change (小麦 こな)
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犯罪者の就職活動①

「貴博。お前、前科持ちだったんだな」

「ああ、そうですけど」

「なら明日から来なくて良い。それと俺たち従業員に二度と関わるな、いいな?」

 

 

冷たい風が吹き付ける12月の夜に言われたこの言葉は、これから何回聞くことになるんだろうな。もうすでに数十回は聞いたこの言葉。嫌な思いなんて少しも無い。

 

俺はさっきまで働いていた店から出て行く。ちゃんと今月分の給料は入るんだろうな?なんて言っても無意味な事ぐらい知っている。

 

 

この店は俺にお金を渡さないだろう。

 

 

世間ではもうすぐクリスマスらしく、サンタの衣装を身に着けた女が寒さを我慢しながら営業スマイルで赤の他人にチラシを配っている。

 

それは俺にも当てはまったらしい、サンタ衣装の女が俺の目の前にチラシを出してきた。

俺はチラシを受け取って内容を確認する。

「家族や大切な人と、素敵なクリスマスを過ごしませんか?」とケーキの写真と共にプリントされていた。どうやらケーキ店のチラシだったようだ。

 

「……くだらねぇな」

 

俺はそのチラシをサンタの衣装を身に着けた女の前でクシャクシャに丸めて近くのゴミ箱に捨ててやった。

サンタの衣装を身に着けた女は鋭い視線を俺に向けていた。

 

いつから俺はこんな視線を何も知らない人間からも向けられるようになったんだろう。

そしていつからそんな視線を受けても嘲笑で流せるようになったんだろう。

 

 

俺の頭の中で、無意識に弟の顔が浮かんだ。

高校一年生の時、いきなりやって来た警察に連れていかれてからこんな人生が始まった。

 

俺は何もやっていないのに「万引き犯」と言うレッテルを貼られた。身に覚えがないって言っても高圧的な警察の態度。暴れるなって言う方が無理じゃないか?

 

「……チッ」

 

俺は舌打ちをする事で頭に浮かんだ過去を打ち消すことに成功した。

今更こんな事を考えていても仕方がない。それは分かっていた。

 

だけど身体が勝手に動いた。

まるで誰かに操作されているかのように。

そして誰かの手のひらの上で踊らされているかのように。

 

俺の弟である正博の大事な女である宇田川巴を傷つける事を選択した。

正博を追い込むことを選択した。

 

でも俺はそんな事をしたかった訳じゃ無い。あの時の巴の言葉は正論過ぎた。

俺はその日から頻繁に上を見るようになった。

 

お前の都合通り、悪役に徹してやった俺には何も見返りが無いのか?

主人公がハッピーエンドを迎えるために、他の人間を不幸に陥れるのがおまえのやり方なのか?

 

 

そんな訳の分からない事を考える。

遂に俺もおかしくなってしまったらしい。犯罪者と呼ばれるようになってもうすぐ4年になるが、精神は耐えきれていなかったのかもしれない。

 

働き口を失った俺は明日から生きていくためにバイトを探す。

そのために今日()実家に戻る。

 

実家のドアを開けると、俺の母親が我が子に見せる物とは思えない冷たい瞳を俺にぶつけてきた。

まぁこの人は俺を我が子だと思っていないだろうけど。

 

「ちょっとは人に役立てたの?」

「……知るかよ。そんな事」

「ほんと、ゴミクズね。サッサと死んでくれたら良いのに、こういうゴミ程長く生きるのよね」

 

母親とは一切、目を合わせずに自分の部屋に入っていく。

普段、自分の部屋の物なんてじっくり見ないのだが、今日は何故かゆっくりと部屋を見渡していた。

 

ボコボコにへこんだ部屋の壁。所々カビが生えている。

バラバラに破られた家族写真。俺の写っている部分だけ異様に裂かれている。

そして分厚いカーテンと雨戸がしっかりと閉められている窓。

 

こんな環境なら刑務所の中の方がよっぽど居心地が良いんじゃないかって本気で思う。

隣はちょっと前まで正博が使っていたらしい部屋があるが、おそらくきれいに整頓されているだろう。

 

「あ?そう言えば確か……」

 

俺は何故かボロボロの学習机の棚をおもむろに漁り始めた。確か一番下の大きな棚に鍵が置いてあって、一番上の鍵付きの棚が開けられるようになるはず。

小学生ぐらいの俺が脳裏でそう伝えていた。

 

予想通り鍵は見つかった。

その鍵を手に持って、棚の鍵穴にいれる。クルッと鍵を回せばカチッと言う音が鳴る。

 

だけど俺はこの時、ワクワクと楽しみにしていた家族旅行の中止を告げられた小学生のような気持ちになった。

俺の思い描いていた物が、鍵付きの棚には無かったのだ。

 

「たまには感傷に浸りたい時もあるって言うのに、それすらもさせてくれねぇのか」

 

鍵付きの棚をソッと、ゆっくり閉める。

普通ならイライラに任せて力一杯甲高い音を立てて閉めるが、この棚だけはそういう扱いが出来ない。

 

今日は寝ることにする。夜の街に出かけても良いけどこんな田舎に遊ぶ場所なんて無い。

それに自分と同じような境遇の人間と傷を舐めあうような、陳腐な考えは生憎持ち合わせていない。

 

 

鍵付きの棚の中には俺が大事にしていた写真が無くなっていた。

あったのは胸をチクチクさせる、黄色の花が描かれた絵があっただけだった。

 

 

 

 

まだ日が昇っていない早い時間に俺は家を出た。

母親と父親はまだ寝ているだろうこの時間に家を出る理由は至極真っ当なものだ。

あいつらに朝出会っても良い事なんて無い。

 

電車に乗って花咲川近くまで出かける。この辺りは学校が多いから働き口も多い。

多少のお金はかかるが、実家近くの田舎の店なんかより時給が高い。

 

駅に着いて、置かれてある求人雑誌をベンチに座りながら眺める。

目の前にはスーツを着た奴や学生らしき奴らが色々な表情を浮かべながら俺の目の前を通っていく。

 

雑誌を流し読みをしながら頭の中で候補を絞っていく。

大体同日に5店ぐらい面接に行って先に連絡のくれた方に働くのが俺のスタイル。別に犯罪者だから人にどう思われても平気な俺は普通の声色で面接の合格を伝えてきてくれた店長に断る事も出来る。

 

今回もそんな感じで働き口を探していたら一つだけ、目に入ってからずっと離れないような求人募集があった。

 

 

俺は黙って求人雑誌を元に会った場所に置く。

その場所と電話番号を即時に頭の中に入れて、公衆電話のある場所に向かう。

 

10円玉を入れてから番号を入力していく。

 

「もしもし。求人雑誌を見たんで、面接させてください」

 

 

 

駅からあまり遠くない場所にあった、想像していたよりも小さな事務所の前に俺は立っていた。

頭にメモをした住所ではここで合っているはず。

 

時間まで余裕があるから少しだけ時間を潰すことにする。

面接をする時は普段被っているキャップを外す。キャップを外せば髪形以外の顔のパーツが弟にそっくりでモヤモヤとした気分になったからキャップを深くかぶる。

 

 

突然、俺の右肩をチョンチョンと突かれた。

道案内でもしてほしい高齢者か、それともこの広告代理店の従業員なのか分からないが少しじれったそうに後ろを振り向いた。

 

そこにいたのは、俺の知らない女の子だった。

年は同じくらい。その女は俺の方を見ながらニヤ~ッとしていた。

 

「ここで何してるの~?」

「……お前こそ、よく誰かも分からん男に話しかけて何してんだ?」

「あれ~?まーくんだと思ったら違う人?」

「誰だよ、俺は生憎おまえの探しているまーくんじゃねぇよ」

「でも、顔はそっくりなんだよ~。ドッペルゲンガーってやつ~?」

 

俺はこのフワフワとした雰囲気を出している女の情報から俺を誰と間違えているのかがはっきりと分かった。

……あいつ、知り合いが増えたんだな。

 

「おまえ、正博と間違ってるぞ……残念だが人違いだ」

「まーくんを知ってるの~?それじゃあ、モカちゃんとキミもお友達だね~」

「訳分かんねぇ事、言ってんな」

「そんな事ないと思うけどね~。それより~、あたしのママに用事があるの~?」

「はぁ?ママ?」

「ここ、あたしのママの事務所だよ?」

 

イマイチ意味が分かっていなかったが、時間が経つにつれて段々とバラバラに散らかっていたピースを正しい場所に、正確にはめる事が出来た。

 

俺がアルバイトの面接をしに来たデザイン事務所が、正博と知り合いのフワフワとして何を考えているか分からない女の母親が経営しているらしい。

 

どうやったらこんな偶然が重なるんだ、と言う気持ちともしかしたらこの境遇が俺の目を留めたのかもしれないと言う気持ちが合わさって深いため息をこぼした。

 

「ため息ついたら、幸せが逃げちゃうよ~?もっと笑って笑って~」

「幸せなんてとっくの昔に全部なくなってんだよ」

「それじゃあ、この美しい女神であるモカちゃんが幸せをあげよう。感謝するのじゃ~」

「いらねぇよ……余計なお世話だ」

「ひどい~」

 

そんなやり取りをしていると、もう電話で伝えられた時間になった。

だから俺はこの銀髪の女を無視して事務所の中に入る。あの女の母親が事務所をやっているって大丈夫なのか甚だ心配だが、直観的にヤバイと感じたら帰れば良い。

 

そう思って事務所に入ったが、何故か俺の後ろをあの女がニヤ~ッとしながら付いて来る。

この女の意図がまったくと言っていいほど分からない。

 

まぁ、そんな事を気にしていても始まらないから事務所の中央でパソコンを操作している、銀髪の女性の前に立つ。

そして取り繕ったかのような抑揚のない声を彼女に投げかけた。

 

「今朝、バイト雑誌を見て電話させて頂いた者なんですけど」

「あぁ、貴方ね。そこのソファに座りなさい。それと……」

 

どうしてモカも来ているの?と女性は言い放つ。

悪いけど、その理由が聞きたいのは俺も同じだったからじれったそうな雰囲気を出して首を後ろに向ける。

モカだっけ?その女は未だにニヤ~ッとしていた。

 

「ふっふっふ~。モカちゃんが案内してあげたのです。偉いでしょ~」

「これから大切な面接よ。モカは席を外しなさい」

「あたしも面接官する~」

 

恐らくモカの母親であろう女性も「……はぁ、仕方ないわね。邪魔はしない事」となぜか許されてしまう辺り、俺の面接の重要性なんて無いようなものだ。

 

俺のそんな表情が顔に出てしまったのだろう、モカが「緊張してる~?笑顔でいこ~」なんて能天気に話しかけてきた。

別に緊張なんてしてねぇよ。

 

俺はかばんから履歴書を差し出す。

履歴書を親子二人がまじまじと見つめる。

 

別に俺の履歴書に特筆目を引くものなんて書いてなんかいない。

それに俺だってバカじゃないから、前科がある事を真面目に書いてなんていない。

 

「……高校中退、ね。どうして辞めたの?」

「家庭の事情で。それで高1から今まで働いてます」

「そう……それなら丁度良いわね」

 

モカの母親は立ち上がると、さっきまで座っていたデスクに向かってから、紙切れを持って来て俺の前に広げ始めた。

 

「アルバイトと言っても基礎や常識は重要よ?これから簡単な試験を受けてもらうわ。せっかくだしモカも受けなさい?」

 

俺は無表情でマークシートと就職試験とプリントされている冊子を見下ろしていた。

モカはニヤニヤ顔から一転、かなり嫌そうな顔をしていた。

 

 




@komugikonana

次話は8月9日(金)の22:00から公開します。
この小説は毎週火曜日と金曜日の週二回の投稿とさせて頂きます。

~次回予告~
佐東君に勝てたら彼がパンを奢ってくれるみたいよ?

そんな一言によって、テストにやる気を出すモカ。単純って羨ましい。
俺もテストは解いてやった。出来は上々だと思う。

そんな俺に帰ってきた言葉。
「それで、今回の面接の結果を言うね。佐東貴博君。君は……」


アルバイトとして雇えない。

よく聞きなれた言葉だった。


〜豆知識〜
・主人公が前科持ちの理由……双子の弟である正博が万引きをしてしまいました。その際、正博は怖くなってしまい、名前を顔がそっくりである兄の名前を言ってしまいました。そのため、主人公である貴博はやっていない罪を背負いました。
・双子の弟の今……双子の弟である正博は今は過去に犯した罪と向き合いながら、前を向いて歩き始めています。そして正博には宇田川巴という彼女もいます。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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犯罪者の就職活動②

「あたしはやらなくてもいいじゃん。ママのケチ」

「佐東君に勝てたら彼がパンを奢ってくれるみたいよ?」

「やる~」

 

訳が分からないままドンドン新展開を迎えていた。

そもそも俺がモカにパンを奢るなんて一言も言っていない。真面目そうに見えるモカの母親も、所詮親子だと言う事なのだろうか。

それとも娘を上手い事利用しているようにも見えなくもないけど。

 

心の奥底では何を考えているのか分からないのはこの親子の共通点だろう。

モカはマークシートと問題冊子を手に持って俺とは違う机に向かって行った。

 

別にテストを受けるくらいなら受けてやるけど、しっかりこの行動の意図を教えてもらうからな、と心でモカの母親に言いつけてやってから俺も問題を解き始めることにした。

 

 

 

制限時間は90分だった。

俺はそれなりに時間に余裕を持って解き終えることが出来た。問題数が制限時間の割に多く、体感的には120問くらいあった。

教科は主要5科目と言ったところだろうか?俺は途中で高校を辞めたから知らないが基本的な科目だったと思う。

 

モカの母親は俺とモカの分のマークシートを回収して機械にいれる。

するとすぐに解答結果が出てきたらしい。モカの母親は俺たちの点数を見比べているのだろうか、交互に2枚の紙を見比べている。

 

「佐東君、本当に高校中退?大学生のモカより正答率が良いわ」

「うそ~!あぁ、モカちゃんのパンがぁ……」

 

モカの母親から紙を受け取る。大体9割が正解だったらしい。

チラッとモカの正答結果も見たが、彼女も8割近い正答が出せていた。

 

てっきり勉強の出来ないバカのような感じに思えたけど、そうでもないらしい。

人は見かけによらないって事だな。それはモカも、俺にも当てはまる事。

 

「どうして俺にテストをやらせたんですか?理由が聞きたい」

「佐東君はなぜその理由を知りたいの?」

「狙いが無いのにただやらせる……そんな無意味な事、貴方がしませんよね」

「ふーん、佐東君。君は面白いね」

 

疲れたでしょ?ちょっと休憩して、と言ってモカの母親は俺の前に温かいお茶を出してくれた。

目の前に置かれたコップは無機質なデザインだったが、俺には色々な感情が読み取れた。

こんな不思議な気持ちになったのはいつぶりだろうか。

 

小さい頃、友達の家に上がらせてもらった時に友達の母親が出してくれたような温かさを感じた。

こんな温かさを感じたのは久しぶりで、俺の心がポカポカしていた。

だけど俺にはそんな感情を抱ける立場の人間ではない。

 

そっと、ポカポカとした心地の良い感情を心の中にあるドブ川に投げ捨てる。

禍々しい、プラスをマイナスに一瞬に変えるような、そんなドブ川。

 

「私たちはデザインでお金を貰っているの。デザインは依頼主の一歩先を形にしなくちゃいけない。でも一歩先を形にするには常識がないと話にならないからね」

「……」

「それで、今回の面接の結果を言うね。佐東貴博君。君は……」

 

 

アルバイトとして雇えない。

そうモカの母親がまっすぐ俺を見つめてそんな言葉を投げかけてきた。

 

特に俺は驚きもしなかった。

自分自身否定されることにも慣れているし、モカの母親は直感的なのか分からないが俺に何か違和感を感じたのかもしれない。

 

モカは少し驚いた顔をしてから「ママ、それはちょっと……」って何故か俺をかばうような事を言っていた。

 

正直、俺は驚いた。

モカが今日知り合ったばかりの人間をかばうような仕草をしたことが俺を驚かせたわけでは無い。

 

いつもは何を考えているのか分からないその顔が、今はしっかりと考えていることが読み取れる顔に変化したことに、俺は驚いたんだ。

 

「あたしはこの人、良い人だと思うんだけどな~」

「そうね、でもそれはモカが決めることじゃない。私が決めること」

「それは、そうだけど……」

 

俺はこんな親子の会話を聞きたくてここに座っているわけでは無い。

たまには有意義な時間が過ごせたんじゃないかって俺自身でも思う。有意義な時間は有意義のまま終えなくちゃいけない。

 

「じゃあ、俺はここで失礼します。今日はありがとうございました」

 

俺はモカの母親にそう告げて、座っていたソファから立ち上がった。

本当はこれからまた求人雑誌を見ながら働き先にコンタクトを取ることが先決だけど、今日はそんな気になれない。

 

色々な感情をドブ川に投げ捨てて、無心になった俺は事務所を出ることにした。

だけど。

 

「待ちなさい、まだ話には続きがあるの」

「……。アルバイトとしては(・・・・)雇えない、ですもんね」

「あら、分かっていて帰ろうとしたの?佐東君は常識がない子だったりする?」

「高校を途中で辞めてる人間に、常識があると思いますか?」

「ふふふ。私がこれから言いたいこと、分かる?」

 

意地悪な顔をしながら俺にそんな言葉をかけて見ている顔は、モカそっくりのニヤ~ッとした顔だった。

 

モカの母親はかなり勘の鋭い人だって思うと同時に、やり手の大人なんだろうなってため息をつきながら思った。

こういう大人が一番苦手なんだよ。

 

「佐東君、貴方を明日から正社員としてここで働いてもらうから」

 

 

 

 

「それにしても~、そっくんが明日からママの下で働くなんて、何があるか分からないね、世の中」

「……そっくんって誰だよ」

 

事務所でアルバイトのつもりが正社員としての雇用と良い方向に転がった帰り道。

どうしてか俺の後ろをモカがニヤニヤしながらついてくる。

 

ちょっとは気を利かせて歩くスピードを遅らせて隣通しで歩いてもいいけど、生憎俺はそんな手段を取らなかった。

これは俺がモカに出来る、最善の選択。

 

「まーくんにそっくりさんだから~、そっくん!」

「なんだよ、それ」

 

後ろを向いていないから、モカがどんな表情をしているのかは分からないけど、ある程度どんな表情を彼女がしているのかは分かった。

 

彼女の声の上がり方はきっと嬉しそうな顔をしている。

声って聴くだけでどんな表情をしているか読み取れる。その点に気付いている奴は少ない。

 

気づいているのは、俺みたいに絶望を味わったことがある人間だけだろう。

人が発する声に神経質になっている奴なんて身の回りに居ないだろ?

 

「そっくん、モカちゃんお腹すいた~。パン、食べたいな~」

「自分で買え」

「そっくんのケチ~」

 

どうもモカという女はパンが好きらしい。

俺が出したお金でパンを買ってもおいしくないと思う。自分が汗水垂らして稼いだお金でパンを買った方が10倍は美味く感じる。

 

それに俺はこの辺りのパン屋なんて1件しか知らない。

あそこのパン屋は本当に美味しい。

 

「それじゃあ、そっくんも一緒にやまぶきベーカリーに行こうよ」

「……俺は行かない。山吹がいるだろ」

「あれ?そっくんってさーやと知り合いなの~?」

「お前が『やまぶき』ベーカリーって言っただろ」

「おお!さすがそっくん。頭がいいね~」

 

モカのゆっくりトーンで言われるとバカにされているように感じてしまう。

まぁ声色は彼女のようにフワフワしているからボーっとしてると風船のように空高く飛んで行ってしまう。

 

そのフワフワした雰囲気のモカが俺から離れないのは何かの皮肉なのかもしれない。

俺は風船を手に持った子供なのかもしれない。

 

手放せば風船は彼方へ飛んでいくのに、それが惜しいと思えるから繋がれた細い紐をギュって握ってる。

 

「……ねぇ、そっくん」

 

モカは今までのようなフワフワとした声色を変えて、俺に話しかけてきた。

俺は後ろに振り返りはしなかったけど、歩みを止めた。

 

俺にはモカのイメージが全くつかめない。もしかしたら彼女は……。

 

俺はそんな疑念を持った時に、携帯の音が鳴る。

なんの曲か分からないけど、ロック系の音楽が携帯の持ち主に着信があったことを知らせる。

 

携帯の持ち主であるモカは携帯をポケットから取り出してから、どうしてかジーッと眺めているだけだった。

 

「出なくて良いのか?」

「……うん」

「後悔しても、知らねぇぞ」

 

俺はさっきより広い歩幅で歩き始めた。

電話が誰からかかってきたのかなんて俺は知らない。知る必要もない。

だけど俺がいたら話しにくいんじゃないかって思ったから、気持ちだけ速く足を動かした。

 

後ろから同じようにモカもついてきているが、足音がより遠くに感じた。

 

その方がモカにとっても最善の接し方なのに、どうしてか一握の寂しさがにじみ出てきた。

俺はそんな感情を機械のようにドブ川に捨てる。

俺がそんな感情を持ったらまた人を不幸にしてしまう。

 

「そっくん」

「なんだ?」

「あたし、この道を曲がるから、ここでお別れだね~」

「パンでも買いに行くのか」

「あったり~」

 

俺が後ろを振り返ってみると、モカがフワ~ッとした雰囲気でそんなことを言っていた。

おいおい、その道って……。

 

まぁそんなことを言うのは野暮ってもんだよな。

その道を曲がったらやまぶきベーカリーから遠ざかってしまうって。

 

俺は手をサッと上げてから前を向いて歩きだす。

 

「そっくん()、明日も会えるよね?」

「……そうだな、明日()会えるな。じゃあな、青葉」

 

ほんと、親子そろって意味深な事ばかり言いだすんだから腹が立つ。

まぁ知らないからかもしれないけど、犯罪者の俺に接してくれているだけでも変な親子だよ。

 

「ばいばい、そっくん」

 

後ろからモカの声が聞こえた。

 

俺はその声を聴いてから再び、だけど今度は一人で歩きだす。

今日はあんな実家に帰らずにネットカフェとかで一夜を過ごそうかな。

 

 

俺は上を見上げた。

空は曇り空で、明るく照らしている太陽は全くをもって光を失っていた。

漏れる光も厚い雲でかき消される。

 

「ハッピーエンドって……誰かが幸せになれたらハッピーエンドなんだよな?」

 

誰に問いかけているのか分からない。

だけど俺は、その言葉を言っておきたかった。

そこで聞いているんだろ?

 

 

犯罪者の力、見せてやるよ。

 

 

久しぶりに、口角が上がった。

 

 

 




@komugikonana

次話は8月13日(火)の22:00に公開します。
お盆休みですね!作者は仕事です……。

新しくお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからもサクッと飛べますよ!

~高評価をして頂いた方々をご紹介~
評価10と言う最高評価をつけて頂きました 進撃のワトさん!
同じく評価10と言う最高評価をつけて頂きました 和泉FERRDOMさん!
同じく評価10と言う最高評価をつけて頂きました ジャングル追い詰め太郎さん!
同じく評価10と言う最高評価をつけて頂きました よもぎ丸さん!
同じく評価10と言う最高評価をつけて頂きました 猫又侍さん!
評価9と言う高評価をつけて頂きました Wオタクさん!
同じく評価9と言う高評価をつけて頂きました みゃーむらさん!
同じく評価9と言う高評価をつけて頂きました フジナさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
この作品は始まってばかりですが、これからも応援よろしくお願いします!

~次回予告~
昨日、棚から牡丹餅みたいな感じで正社員として働くことになった俺は朝からモカに揶揄われているだけでモカの母親に「うるさい」と言われ、モカと外を歩くことになった。
モカがどこに向かっているかが分かってしまってため息が出る。

そしてさらにため息が出てしまう出来事が起こる。


「……あれ?モカじゃん」
「あっ、蘭だ~。おはよ、蘭」

~感謝と御礼~
今作品「change」が1話目にして評価バーに色が点灯しました!いつもありがとうございます。そして嬉しい事に今作を初めて投票してくださった方も複数人いらっしゃって嬉しい限りです。数ある作品から私の作品を読んでいただいてありがとうございます!
感想数も10を超えましたね!感想は気楽に書いちゃってくださいね。待っていますよ!


では、次話までまったり待ってあげてください。

そして、みゃーむらさん。
お誕生日おめでとうございます。


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新たな変化と一筋の赤色①

腰の痛みと、疲れが完全に取れていないのか分からないが身体の節々が痛んでくる。

俺こと、佐東貴博は我が子とは到底思えないような振る舞いをする両親がいる実家では無く、ネットカフェで一夜を過ごした。

 

あの家に一日帰らなかっただけでガミガミとうるさく言ってくるのが悩みの種だが、今日ぐらいは良いだろう。

 

背中が妙に疼くのは仕方がない事だ。

 

昨日、棚から牡丹餅みたいな感じで正社員として働くことになった。

そうなんだけど、出勤時間とか聞くのを忘れていた。

まぁ大体9時、早くても8時30分くらいから始業ってところが多いから若干早めに行けば問題ないだろう。

 

ネットカフェから出て、昨日面接を受けたあの事務所に向かう。時刻は7時30分。

モカの母親は俺をどの程度の戦力として考えているのかなんて知らない。まぁそれなりにやっていけばいいだろう。

 

もし犯罪者とばれたらクビにされてしまうのだから。

 

そんな事を思っていると、なぜか頭の片隅からモカのニヤニヤ顔が浮かび上がってきた。

どうしてこんな時に彼女の顔が浮かんできたのか分からない。朝からあんなニヤニヤ顔で近寄られたら面倒極まりない。

 

俺は頭を勢いよく掻いて、モカのニヤニヤ顔を記憶の果てに飛ばすことにした。

 

「あら、早いのね佐東君」

「おはようございます。青葉さん」

 

事務所に着いてドアをじれったく開けると、すでにモカの母親がいた。

小さな事務所ではあるものの代表者としての自覚があるのだろう、誰よりも早くに来て作業に取り組んでいるらしい。

 

こんなしっかりした母親で、どうやったらあんなフワフワした娘(モカ)が生まれるんだ……父親がモカみたいな雰囲気なのかもしれない。

それはそれでキツイな。

 

「貴方、実家から通ってるのよね?」

「ちょっと訳アリなんですよ。なので今日はネットカフェで一夜を過ごしました」

「ふーん、そうなの」

 

そんな会話で今日一日が始まるらしい。

モカの母親は俺の言ったことを深堀もせずに、あっさりと流してパソコンを打ち始めた。

 

俺からすれば深堀されるのは嫌なタイプなので、こういう対応はかなり嬉しい。

チラッとモカの母親と俺の目が合った時も、何かを見透かしているような瞳だった。

 

「……と思うそっくんなのであった」

「なんでお前がいんの?」

 

すぐ後ろから聞き覚えのある声がしたから振り向くと、そこにはモカがニヤ~ッとしながら立っていた。

もしかしてモカもここで働いているのか?いや、もしそうなら昨日モカが事務所の外を歩いていた時点でおかしい。

 

まぁモカに聞いても仕方がないし、興味も無いから聞かないでおく。

そう心で思っているのに感情は正直なもので、気づけば言葉を紡いでいた。

 

「大学に行くの、めんどくさいからここにいるんだよ?」

「大学に行きたくても行けない奴らに聞かせてやりたいな」

「せっかくこのかわいいモカちゃんが会いに来てあげたのに」

「頼んでねぇよ、そんな事」

「辛辣~」

 

言っている言葉の割にはニコニコしているモカは、ひょこっと俺の隣に出てきた。

朝早くからモカは一体何をしているんだ。

 

まだ何も仕事を教えられていないが、始業時間までボーッと突っ立っている訳にはいかないからとりあえず掃除をすることにした。

 

モカの言葉を無視して箒で小さな事務所の隅まで掃いていく。

箒で掃いてもあまりゴミが無かったことに意外性を感じた。

 

「そっくんは偉いね~」

「給料が発生してるからな。お前らみたいな学生じゃないんだ」

「そっくん。モカちゃんが仕事、教えてあげよっか~」

 

俺は手に持って動かしていた箒をピタッと止めた。

モカが仕事を教えてくれる……?ありえない話ではない。こんなモカでも事務所の代表者の娘だからいくらかは手伝ったことがあるのかもしれない。

 

目の前には腰に手を当てて「ふっふっふ~」とにやけているモカ。

 

モカの母親に聞けば手っ取り早いが、今は忙しそうにしている。

掃除以外で出来ることがあるならやるべきだろう。

 

「そっくんの仕事は~……」

「仕事は?」

「あたしにパンを奢ること~」

 

俺は盛大にため息をついた。

せっかく集めていた塵がさっきのため息のせいで散らばってしまったんじゃないかって思うほどのため息だったから、下を見てみる。

 

塵は、当たり前だけど、散りばめられずに一か所に集められていた。

 

モカの顔を見ると「してやったり」みたいな顔をしていて、朝から妙に腹が立ってきた。

……はぁ、いつ見ても楽しそうな顔をしていな。

 

数分前のモカの言葉に期待していた感情はすぐさま遠くに放り投げて、さっきまで集めていた塵を塵取りで取り除く。

掃除機が無いのは、その音が集中力を乱してしまうからなのかもしれないって勝手に想像する。

 

「そっくん。パン、買って」

「自分で買いやがれ」

「……そんなこと言ってたら、モテないよ?」

 

知るか、そんな事。

それに今の俺が大事な人を作るべきではないって分かっている。

犯罪者の妻、犯罪者の息子。あるいは、娘。

そんな何も罪のない人が俺みたいな扱いを受けてしまうなんて、ごめんだ。

 

そんなやり取りをしていたからか、モカの母親が「あなたたち、うるさい」なんて言われた。口調にはちょっとしたイライラが感じ取れた。

 

俺は横目でモカの方を見てみる。

モカは反省なんてしていなさそうなニヤ~ッとした顔で俺の方を見ていた。

 

「そっくん。仕事中は静かにしなきゃメッ、だよ」

「そっくりそのままお前に返してやるよ」

 

別に俺も怒られたことを気にしていないし、起きてしまった事を一々気にしていても仕方がない。俺たちは現在軸でしか動けないのだから。

 

モカも常識があるだろうから、そろそろ俺との会話は辞めて大学に向かうんじゃないか?

そう思っていたけど、俺の認識は甘かったらしい。

こいつのイメージは、どうにも掴めない。

 

「そっくん、あたしについてきて~」

 

事務所の出口近くで、間の抜けた笑顔をしながら俺の方を見て手招きしているモカがいた。

 

 

 

 

今は事務所から少し離れて、商店街を歩いている。

朝の寒いこの時期は、呼吸をするだけでも白い吐息が目に見える。その吐息は俺の視線のちょっと上まで行った後、散りばめられ冬の綺麗な空気と一体化する。

 

モカについてきて、なんて言われてついて行く俺もどうにかしているんだけど、今はモカと一緒。

モカは俺の3歩半くらい前を歩いている。

 

「今はママも忙しいから、仕事が始まるまであたしと時間を潰そ~」

「パン屋に向かってる、とかじゃないだろうな?」

「あったり~」

 

モカは鼻歌を歌いながら、冬の商店街を軽快に歩いている。

彼女の様子とは正反対の俺は両手をズボンのポケットに突っ込んで無表情で歩く。

ポケットの中にある財布が手に触れた。物欲のない俺は別にお金に困っているわけでは無い。まぁパンの一つや二つぐらい奢ってやるのも悪くない。

 

まぁ、毎日ねだられると財布事情が今の時期のように冷え込むから勘弁だけど。

 

「なぁ、青葉」

「どうしたの?あ、もしかしてパンを奢ってくれたりする?」

 

モカは俺の隣にまで駆け寄ってきて、キラキラと輝いた眼で俺の方を覗き込んできた。

彼女からはほのかに良いにおいがしてきて、俺の鼻をこちょこちょっとくすぐる。

パンぐらい奢ってやるよ。でもな、俺だって聞きたいことがある。

 

そう思って俺は、ゆっくりと口を開こうとしたときに後ろから女の声がした。

 

「……あれ?モカじゃん」

「あっ、蘭だ~。おはよ、蘭」

 

モカの知り合いの女だろうか、黒髪に左側の一部分だけ赤いメッシュを入れた髪型。

その女は俺の方もチラって見てきた。

 

その時のこの女の変化を俺は見逃さなかった。

俺も嫌な人間だなって心で嘲笑する。だってさ、最初に向けてきた優しい眼が一転してきつい目つきに変わったのだから。

 

「……あんた、正博じゃないね。誰?」

「正解。残念ながらお前が求めていた正博じゃないんだよな。……で?お前こそ誰だよ」

「ふたりとも、朝から仲良しだねぇ~」

「モカは黙ってて」

 

クセの強い女と絡むのは大嫌いなんだよ、という気持ちを込めて盛大にため息を吐いてやった。それにせっかくモカが雰囲気を悪くしないような方向に持って行こうとしていたのに、ぶち壊したな。

 

メッシュ女は何かに気付いたのだろうか、少し目を大きく見開いた後、モカの腕をギュッと掴んだ。

なんだ?仲良しごっこか?

 

「……モカ、早く学校に行こ」

「え~、あたしまだパン買ってないよ?」

「良いから!」

「ああ、あたしのパンがぁ~」

 

メッシュ女がモカを無理矢理引っ張って先へと歩いて行った。

 

このまま仕事場である事務所に帰ってしまおうか。選択の余地なんてないし、一応正社員として雇ってもらっている。だからその方が理にかなった行動だ。

 

だけど俺は、違う行動にとった。

理由なんて分からない。ただ朝の、澄んでいてきれいな冷たい風が、妙に騒ぎ出しているような気がしたからなのかもしれない。

 

俺はゆっくりとだけど、メッシュ女とモカが歩いて行った方向に足を進めた。

確かこの辺りであいつらは曲がったはずだから……。

 

「ビンゴ、だな」

 

案の定、曲がった場所にメッシュ女とモカがいた。

俺はあいつらには見えないように壁に背中を預けて、会話を聞くことにした。

 

朝だから静かなのが幸いして、意外ときれいに会話が聞き取れる。

 

「モカ!分かってる!?あいつが巴に何をしたか!」

 

そんなメッシュ女の声を聞いて、瞬時に俺の脳で回答が導き出された。

 

どうしてモカは正博()を知っていたのか。

そしてあのメッシュ女が鋭い視線で俺を見てきたのか。

 

俺は表情を殺して、こいつらの会話を聞こうと思った。

 

 




@komugikonana

次話は8月16日(金)の22:00に投稿します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
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~高評価していただいた方々をご紹介~
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同じく評価9と言う高評価をつけて頂きました 伊咲濤さん!
同じく評価9と言う高評価をつけて頂きました しおまねき。さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
まだまだ始まったばかり。にもかかわらずたくさんの投票をしてくださったので、皆さんの期待を声援に変えて頑張っていきますので応援よろしくお願いします!!

~次回予告~

「あいつは平気で人を傷つける!どんな関係か知らないけど……今すぐ縁を切った方が良いよ」

そんな言葉がメッシュ女から発せられる。
俺の視線はどうしてだろうか、自分の足のつま先とアスファルトしか見えない。
無意識ながら下を向いてしまっている。

別にメッシュ女に悪口を言われても平気だ。
だけどモカに悪口を言われたら、そんな想像をすると胸が締め付けられるような感覚になった。

呼吸が、乱れる。

「……蘭。心配してくれて、ありがとう」


~感謝と御礼~
今作「change」が早くもお気に入りが100件を突破しました!みなさん、ありがとうございます!
まだまだこれからもエンジン全開で、読者のみなさんに満足を提供していきますのでこれからも応援よろしくお願いします!

~豆知識~
貴博が巴にやった事……主人公である貴博君は双子の弟に成りすまして多額のお金を借りた過去がある。お金は返したが、その影響で弟と巴の関係が一時期冷え切っていた。

~お詫び~
私、小麦こなは個人的な不注意によって利き手を痛めてしまいました。腱鞘炎です。さらに詳しく言うとドケルバン病です。やばそうな名前ですけど死なないので安心してください(笑)
ただ、執筆スピードが遅れる可能性があります。申し訳ございません。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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新たな変化と一筋の赤色②

俺は壁に背中を預けながら、あいつらの会話を聞くことにした。

相変わらず両手はポケットの中に入れてある。

 

俺の視線はどうしてだろうか、自分の足のつま先とアスファルトしか見えない。

無意識ながら下を向いてしまっている。

 

落ち込んでいる?

そんなわけないだろう。俺はメッシュ女に何を言われるかなんて安易に想像がつくし、その想像は実現するはずだ。

 

「蘭~、そんな朝から怒らないでよ~」

「あたしはモカの事、心配してるんだよ!?モカに何かあったら、あたし……」

「蘭……」

「あいつは平気で人を傷つける!どんな関係か知らないけど……今すぐ縁を切った方が良いよ」

 

ほら、俺の頭に思い描いていたセリフがチラホラ出てきた。

確かに俺は前科を持っている。だけど、俺が何をしたんだ?俺は人を殺したのか?違うだろ。

 

別にメッシュ女に悪口を言われても平気だ。

だけどモカに悪口を言われたら、そんな想像をすると胸が締め付けられるような感覚になった。

 

こんな感覚になるのは久しぶりで、俺の呼吸がちょっとだけ乱れる。

どんな表情をしているかまでは見えないけど、大体予想は付く。

 

でも、モカだけは本当にどんな表情なのかイメージできなかった。

 

「……蘭。心配してくれて、ありがとう」

「べ、別に……良いよ」

「あたしはね?そっくんが悪い人には見えないんだ」

「……モカ。それ、本気で言ってるの?」

「そっくんがともちんに何をしたかもぜーんぶ知ってるよ?」

「だったら……!」

「でもね、昨日会ってばっかりだけど、言葉にトゲはあるけど優しいよ?」

「……。モカ、約束して。何かされたらすぐにあたしに連絡して」

「うん、分かった」

 

頭の整理が出来ない。

 

モカは昨日出会った時から俺がどんな人間なのか分かっていたらしい。俺が巴に何をしたかも知っていたのに、どうして俺と普通に話が出来るんだ?

 

モカにとって、巴も大切な幼馴染なんだろ?なのにどうして……?

なにか裏がある?それが俺の違和感をくすぐっているのかもしれない。

 

これ以上、こいつらの会話に進展は無いだろう。

俺はそう決めつけて、さっきまで預けていた壁から背中を外して事務所の方に戻ることにした。

 

きれいに冴えわたった冬の空気とは裏腹に、俺の内心はよどんだ空気が嵐のように吹き荒れていた。

 

 

 

 

「初日からさっそく仕事場を抜け出すなんて、貴方は大物ね」

 

そんな皮肉に満ちた言葉をモカの母親に浴びせられた仕事もあと少しで終わる。

この事務所にはモカの母親も入れて2人のデザイナーと1人の営業が働いている。名前は覚える価値が無いように感じたから知らない。

 

俺はどうやら顧客に仕事のアポイントを取る仕事、簡単に言えば営業みたいな事をするらしい。

そんな俺は今日は外に行かず、モカの母親に付きっきりで普段どのような仕事をしているのかを見学させて貰った。

 

定時になって俺は帰る準備をする。

今日はどうしようか……実家に帰ろうなんて思えない。

 

「佐東君、ちょっと良い?」

「はい」

 

そんな事を頭の中でぼんやりと考えていると、モカの母親である青葉京華(きょうか)さんに呼ばれた。

早速明日の仕事について説明されるのだろうか。でも俺はメモ帳を持たずに京華さんの場所に向かう。

 

メモなんて、頭の中で書いてやればいい。

そして、それが俺には出来る。

 

だけど、俺には予想外な言葉が京華さんから言い渡された。

 

「住む場所がないなら、ここの事務所の二階に泊っても良いよ」

「良いの、ですか?」

「私から言っているのだから良いに決まってるわよね」

 

それもそうか、と思いながらこの魅力的な提案を受けることにした。

京華さん曰く、敷布団ぐらいなら用意できるけど他は無いらしい。晩御飯は京華さん宅、つまりモカの家で食べるなら良いと言ってくれたがそこは丁寧に断っておいた。

 

まぁ、モカと一緒にご飯を食べるのが嫌なわけでは無い。

他の理由だ。理由を聞かれても答えるのがめんどくせぇから言わない。

 

 

二階に早速足を踏み入れてみた。

あまり使われていないと聞いていたからほこりっぽいのを想像していたが全くそんなことは無く、むしろ埃が一つも見当たらない状態だった。

 

そこに疑問を持っても仕方がないから、壁の近くで床に腰を下ろして胡坐(あぐら)をかく。

背中を壁に預けながら目を閉じてじっとしていたら、誰かが下の階からここに上がってきているのを感じた。

 

そして、その足音は少しずつ近づいてきた。

 

「そっくん、おはよ~」

「……今から寝るんだけど」

「そんな事言わずに~。モカちゃんからのお土産~」

 

そう言いながらモカは青い皿を持っていた。皿の上には丸いおにぎりが3つ並べてあって、少しの塩のにおいがした。

俺はいらない、とそっけなく言ったが身体は正直だったらしくお腹が情けない音を出した。

 

恥ずかしくなってふくれっ面をしながらモカの方をチラッと見る。

モカはニヤッとした笑い方ではなく、ニコッとしていた。

 

俺はモカと出会って2日目だけど、こんな表情で笑うモカを初めて見た。

 

仕方がないからモカの手に乗っている皿の上からおにぎりを一個を手に持ち、そのまま口の中に運んだ。

……ほんと、俺はこういうのに弱い。

ただの塩むすびで中に具材は入っていないのに、他のどこで食べるおにぎりよりも美味いんだから。

 

愛情のこもった手料理をこのまま食べるとおかしくなりそうだから、俺はモカに話しかけることで感情を他の場所に移すことにした。

 

「なぁ、青葉」

「美味しい?おにぎり」

「お前、巴の幼馴染だったんだな」

「……付いて来てたんだね、もぅ、JDの後ろを付いてくるのはダメだよ?」

 

俺がおにぎりを食べながらそんな話をするとは思っていなかったであろうモカは、一瞬だけ目を大きく見開いた。

だけどすぐにニヤッとした顔に戻る。

 

「お前、良く俺に話しかけれるな。大事な幼馴染を傷つけたクソ人間だぞ?俺は」

「そっくん。そっくんはどうして……」

 

 

すごく悲しそうな顔でそんな事を言うの?

 

 

モカのニヤッとした顔はすぐに影を潜めた。

そして彼女の表情は哀愁の漂っているような、そして悲しさを目の奥に秘めながら俺の方を見てきた。

 

どうしてそんな事を言うのか?

簡単だ。嘘偽りなく俺はクソな人間だろう?

 

なのにどうしてお前(モカ)がそんな顔をするんだよ……。

 

「知るかよ。俺は元々こんな顔だ」

「……我慢しちゃ、だめだよ?」

「その言葉をそっくりそのままお前に返してやるよ」

「あたしには我慢していることなんてありません。ざ~んね~ん」

「……そうかよ」

 

俺はモカにおにぎりはもういい、と伝えた。

気が付くとおにぎりを2つも平らげていた。お腹の中はアツアツのおにぎりを食べたからだろうか、ホカホカとしている。

 

モカは残った一つのおにぎりをモグモグと食べ始めた。まるでパンを食べているかのような食べ方でおにぎりを食べ進めるモカを見ていると自然に……。

 

「そっくん。今の顔、かわいかったよ~」

「は?」

「あたしが食べているの、見てたでしょ?」

「……」

「優しい眼で、口元もほころんでいたよ」

「知るかよ、ぶっ殺すぞ」

 

確かにモカがおにぎりを食べている姿が小さい頃にみた弟の姿とシンクロした気がする。

でも俺はあの時の俺とは違う。

 

それに俺はそんな顔をするキャラではない。だから俺は出来る限りの汚い言葉をぶつけることを選択した。

 

でもちょっとだけ後悔した。

俺がやっていることは恥ずかしい真実がばれて言い訳する小学生のように感じたから。

それとモカがニヤ~ッとしながら俺の方を向いているから。

 

「ねぇ、そっくん」

 

モカが顔を変えて、優しく微笑みかけてきた。

俺は横目でモカの方を見ていた。そして同時に震える左手を後ろに隠した。

 

「これから楽しい思い出、作っていこうね」

 

モカはそんな言葉を残して部屋から出ていった。

その直後、部屋には大きなため息が響き渡った。

 

 

 

 

そんなことがあった次の日。

俺はあまり深い眠りにつくことが出来なかった。理由としてはモカが部屋を出ていく際に言った、あの一言。

 

俺がそばにいる時点で楽しい思い出なんて、どう頑張っても出来ない。俺に前科があると分かった瞬間、モカにも飛び火がかかるのは火を見るよりも明らかだ。

それなら俺はどうしたら良い?

 

だったら俺はモカにだけ楽しくなれるようにしてやればいい。

 

そんなことよりも俺は気になっている点がある。

恐らくモカは……。

 

その時、急に部屋のドアが勢いよく開けられた。

 

「佐東君……あれ?起きてるんだ」

「ノックぐらいしてくださいよ京華さん……あの能天気娘と同じことしてますよ」

「そんなことより、貴方にお客さんが来てるわ」

 

急に入ってくるなり、お客さんが来ていると言う京華さん。

やっぱり変な部分で親子は似ているものだと確信した俺は、ジャージのまま階段を下りていく。

 

俺にお客さんなんか、あまり良いイメージはしない。

たまに警察が来て近況を一々報告させられることや、冷やかしをしにくる暇をもてあそばせたバカぐらいしかいない。

 

京華さんが「事務所に上がってもらったから」と言っていたから事務所のドアを開いた。

そこにいたのは予想とはまた違った人物だった。

だけど俺のイメージは正しくて、めんどくさそうな雰囲気がしたから大きなため息を吐いた。

 

「……待たせといてため息ってどうなの?」

「待ち合わせをした覚えはないけどな、メッシュ女」

 

来ていきなりトゲトゲしい言葉を浴びせてくるメッシュ女。昨日はモカに忠告していたくせにもう俺の前に来るのか。

……よっぽどこの女からしたら、幼馴染が、モカが大事なんだろう。

 

「……話があるから」

「悪いな、メッシュ女。俺はこれから仕事が入る」

「あたしには美竹蘭っていう名前があるんだけど」

「あっそ。まぁ社会人は忙しいんだ、さっさと帰れ」

「だったら19時に羽沢珈琲店に来て。来なかったら社会的に殺すから」

 

言いたいことを言ったのだろう、美竹は事務所から出ていった。

もう俺は社会的に殺された身だから、何されても変わらない。

 

だけどまた美竹はモカに忠告しに行くだろうし、そうなりゃモカにも迷惑になってしまうよな。

モカには今、考える時間が必要なことぐらい分かれよ。幼馴染だろ。

 

 

「ここは俺が、やってやるか」

 

 




@komugikonana

次話は8月20日(火)の22:00に投稿します。
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評価7と言う高評価をつけて頂きました TOアキレスさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
この小説は私にしては珍しく、ドンドンと進んでいく小説となっております。みなさんのワクワクも加速していくと嬉しいです!

~次回予告~
約束の時間まで1時間はあるが、じっと時を待っていても身体がソワソワするだけだから一足早く集合場所に行こうって考えて美竹が指定してきた珈琲店の前に着く。

しばらくコーヒーを飲んでいると、俺を呼んだ本人が登場してきた。
「単刀直入に言う。モカから離れて」
「おいおい……めちゃくちゃだな」

こいつとは話にならない。だけどせっかく会ったんだ。発破でもかけてやるか。


「俺は青葉に何をするか分からねぇぞ?手遅れにならないようにしっかりと青葉を守れよ?」

さぁ、お前はどう動く?
時間は、思ったよりねぇぞ。

~お知らせ~
感想欄の返信の仕方を変更します。今までは私の言葉で書いていたんですけど、今回からは感想の返信をモカちゃん口調に変更します!
モカちゃんと少しでもお話しているような感覚になってくだされば……とも思っていますし、単純に他の作家さんもされていない方法だと思うので面白いかなと思いました。
ぜひ、気楽に感想欄に感想を書き込んでくださいね!
モカちゃんがみなさんの感想、考察にお答えします!


では、次話までまったり待ってあげてください。


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新たな変化と一筋の赤色③

今の時期は世間的に夕方と分類されるような時間帯でさえ、太陽は姿を消し明るい色を消し去ってしまう。

そんな時間に俺は一人で商店街の近くを歩いている。近くの時計は6時を示していた。

 

約束の時間まで1時間はあるが、じっと時を待っていても身体がソワソワするだけだから一足早く集合場所に行こうって魂胆だ。

 

すると、俺の横に見たことのある男と目が合った。

確かあいつは1年前働いていた場所の従業員だ。その男は俺と目が合った瞬間に目を逸らして足早で俺から離れていった。

 

俺に前科があることを知る以前は普通に仲が良かったが、今となってはあんな対応。

 

いつかモカにも、そんな対応をされる日が来るのだろうか。

もし来るなら、いつ来るのだろうか。

 

はっきりしないことが嫌いな俺ならではの考え方か、そう思いながら美竹が指定してきた珈琲店の前に着く。

やまぶきベーカリーの近くに位置しているこの店は見たことはあるけど入店したことが無かった。

 

店の戸を力を込めて開く。

 

「いらっしゃいま……せ……」

「空いてる席で良いのか?」

「は、はい!」

 

羽沢珈琲店に入ると、同い年くらいの女の子が対応してくれる。

最初は元気いっぱいだった声がだんだん尻すぼみになっていくのを見て、この女も事情を知っているんじゃないかって安易に予想できた。

 

じっと席に座って待つのも退屈だからメニューで目に入ったブレンドコーヒーを一杯頼む。

 

店員の女がコーヒーを俺の目の前まで持ってきて、そっと机に置いた。

彼女の手はわずかにだが、震えていた。

 

運ばれてきたコーヒーを片手に右手で頬杖をつきながら、もう暗くなってしまった、人工的な光で溢れる商店街を見ていた。

 

クリスマスも近づいているからなのか、表情が明るい人間が多く歩いている。

もちろん中にはムスッとした顔をしている人間や疲れ切った顔をしている人間だっている。

今の俺は、どんな顔をしているんだろうな。

 

 

「……もう来てるんだね。正直来ないって思ってた」

「お前が呼んだんだろ。それと俺は人を待たせるのが嫌いなんだ」

 

美竹はぶっきらぼうな言い方で、俺と向かい合う形で座ってきた。

俺だってお前となんか話したくもない。こういう時間は有効に使いたいんだよ、俺は。

 

……まぁ、ここのコーヒーの美味しさを知れただけでも良かった。

 

「単刀直入に言う。モカから離れて」

「悪いけど俺は青葉の母親の事務所で働いてる。それに青葉から近づいてくるんだ」

「だったら今すぐ仕事を辞めて」

「おいおい……めちゃくちゃだな」

 

俺は美竹の要望をコーヒーと一緒に流し込む。

 

確かに俺がモカのそばにいたらモカが辛い思いをするのは認めるし、美竹の要望も間違っちゃいない。

だけどさぁ、お前らは間違っていると俺は思うぞ?

 

「あたしは正論だと思うけど」

「お前ら幼馴染のためなら俺は不幸になっても良いってことか、それは」

「……そうだね。あんたはそういう人間だから」

「随分な嫌われようで笑いが出るよ」

 

それほど美竹からすれば巴を傷つけたことが許せないらしい。

俺もやり過ぎたとは思う。

 

けどさ、俺があのような行動をとったからこそあの二人は今も(・・)上手くやっているんじゃないのか?

もし弟が、過去を隠したまま巴と仲良くしていたらどうなっていたと思う?

答えなんてすぐに出るぞ?

 

俺は、弟の幸せを願う事も許されないのか?

なぁ、教えてくれよ。誰でもいいからさ。

 

「じゃあさ、美竹」

「……なに?」

「どうして青葉の母親に俺の事を言わないんだ?」

 

一瞬だけ、美竹の表情が変わった。

今まで高圧的な態度で鋭くとがった視線を俺に降り注いでいたのに、目を大きくさせて、しかもその目からは少しの迷いが見て取れた。

 

京華さんに「佐東は前科がある」と言ってしまえばもちろんクビになるだろう。

美竹からすれば良い事尽くしだ。それに俺とこんな話をしなくても良い。

 

「俺が犯罪者だって京華さんに言えば、お前の悩みはすぐに解決だぞ?」

「……それをしたらモカの家族に迷惑がかかるでしょ」

「その分、リターンが高いと俺は思うけどな」

 

もちろん犯罪者を雇っていたという風評が広がるリスクもある。

でもそんな事は「本人から聞いていなかったから」と言ってしまえば、その風評はすべて俺の方に向けることが出来る。

むしろノーリスクハイリターンな方法だと思うけどな。

 

……あぁ、そういう事か。

もう少しだけ、待ってくれよ。俺にだってやりたいこと(・・・・・・)があるんだ。

 

「……くだらねぇ時間を過ごした。俺は帰るぞ……あぁ、そうだ美竹」

「……言いたいことがあるなら言って」

 

目の前のブレンドコーヒーをススッと飲み終えて席を立つ。

そして美竹の目をしっかりと見て、わざと大きく口をにやけさせながら言いつける。

 

それはまるで、悪人が悪い事を行う予兆のような微笑み。

 

美竹の顔が引きつる。きっと背中には冷たい汗が噴き出しているんじゃないかな?

それくらいしないと美竹は動かないだろう。

良いぞ、美竹。お前の案に乗ってやるよ。

 

「俺は青葉に何をするか分からねぇぞ?手遅れにならないようにしっかりと青葉を守れよ?」

「あんた……っ!」

「じゃあな。それと飲み物代だ。奢ってやるよ」

 

机に千円札を置いて俺は羽沢珈琲店から出ていった。

外に出ると、冷たい風が俺の身体全体を噛みついて離さない。そういえば今日の夜は一段と冷えるとか言っていたような気がする。

 

両手をズボンのポケットの中に突っ込んで白い息を吐きながら、昨日から住むことになった事務所まで足を運ぶ。

……正社員雇用だからそれなりには給料が出るだろう。格安携帯でも買っておこうか。

 

 

そんなことをぼんやりと考えていたら、「そっくん」という声が聞こえた。

視線を下から前に上げていくと、そこにはモカがいた。

 

今日の彼女はいつも持っているやまぶきベーカリーの袋は無く、手ぶらでこんな寒い夜を歩いていたらしい。

 

「……なんでお前がここにいるんだ?」

「そっくんのいる部屋に行ったら真っ暗で~。家出したのかなって心配して探しに来たんだよ~」

「家出した先が商店街って良く分かったな」

「ふふ~ん。モカちゃんの名推理さくれつ~」

 

そんな事をフワフワとした表情で言うモカと並んで一緒の方向に帰ることになった。

こんな場面を美竹に見られていたらめんどくさい事になりそうだなって思うと、自然にため息が出てきた。

冬はため息が形になって表れるから感傷的になるのは俺だけだろうか。

 

恐らくモカは俺が商店街にいるって確信を持っていたと思うけど、ここは言わないでおこう。

俺にだってちょっとした気遣いぐらいなら出来る。

 

二人でゆっくりと歩いていると、コンビニを見つけた。

もちろん寒いし、早く帰りたいって気持ちもあるが俺の晩御飯を買わなくてはいけない。

 

「青葉、悪いけどちょっとコンビニに寄る」

「いーよー。いってらっしゃ~い」

 

俺は一人でコンビニの中に入っていく。外は寒いからモカも中に入ってくるのかと思ったが彼女は外で待つことを選択したらしい。

それならばと俺は目に入った弁当を手に持ってレジに持って行った。普段なら弁当を吟味するが外に待たせて風邪でもひかれたら困る。

 

ギャルっぽい見た目の店員に弁当を渡す。

温めるかと聞かれたが、持って帰る時間だけで中途半端な温さになるから断っておく。

 

その時に、どうしてか知らないが俺の目はコーヒーに目が入った。

……はぁ、しょうがないな。

 

「ホットコーヒーのS追加で」

「はーい、かしこまりました!百円です」

 

 

 

コンビニから出ると、モカが冷たく赤くなってしまった指先を息でフーフーと温めていた。

いつもはフワフワとしているくせに、意外と女の子らしい部分もある彼女に黙ってホットコーヒーを渡す。

 

「……ほらよ」

「あたしにくれるの?そっくんは神様だ~」

「そんなので神様なら世の中神様だらけだよ」

 

でも日本のいたるところに神社があるからあながち間違って無いかもしれない。

そんなしょうもない事を考えていても仕方がないので事務所の方に歩き出す。

 

モカはコーヒーを両手で持ちながらトコトコと付いてくる。

時々コーヒーをちょびっと飲んでいる姿を見ると、なぜか心が安らかになるのを感じた。

 

商店街を抜けると明かりが少なくなり、人通りも少なくなるから今までより一層寒く感じた。モカもそんな風に感じるのか、少しだけ身体を震わせた。

 

でも俺は、いつもよりは寒く感じなかった。

いや、むしろ温かく感じた。

 

今までは一人でどんな季節も歩いてきた。

でも今日は偶々だけど、モカが隣を歩いてくれている。

 

人の温かさってこんな風にも感じれることを知った。

でも、いつまで俺はこのぬくもりを感じることが出来るのだろうか。

 

そっくん

「……」

「むー」

「……」

「えいっ!」

「いたっ!なんで足を踏むんだよ!」

 

考え事をしていたら思いっきりモカに足を踏まれた。

もしモカがヒールとか履いていたら俺の足にきれいな穴が開いていたに違いない。

 

モカの方を見ると、ほっぺたを膨らませながら俺の方を見ていた。

そんな表情をして胸がキュンとなるような男じゃないぞ、俺は。

 

「そっくん、って呼んでるのに無視するからー」

「あぁ?まったく聞こえんかった。もう一回言ってくれ」

「……そっくんも寒いでしょ?コーヒー、飲んでも良いよ?」

 

モカがホットコーヒーを俺の方に近づけてくる。

別にこの年だから間接キスなんて気にもしないし、気にする方が格好悪い。

 

その割には逆の言動をするんだけど。

モカの好意には悪いが、向けられたコーヒーを受け取ることはしなかった。

 

「別にいらない。さっきもコーヒー飲んだから」

「つぐの家でコーヒー飲んだの?」

「誰だよ、つぐって」

「つぐはつぐだよ~」

 

だから誰だよって言いたくなったけど、モカが楽しそうな顔をしていたからもういい。

今日は美竹の件で色々あったし、美竹に発破をかけたつもりだ。

 

「ねぇ、そっくん」

「……なんだよ」

 

モカは楽しそうな顔を継続させながら俺の近くまで寄ってくる。

もうすぐ手と手が触れてしまいそうな距離にまで近づいてきて、俺はちょっと距離を置こうとしたけどモカが「むー」と言うから大人しくしておいた。

 

そしてモカは俺の顔をジッと見て、そして暗闇でも見えるような輝いた笑顔で言葉を放った。

俺は思わず動かしていた足を停めてしまった。

 

 

 

「ありがとう、そっくん!」

 

 

俺の心が、かすかに揺らいだ。

 

 




@komugikonana

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~次回予告~

仕事にもある程度慣れてきた1月。
数週間前に始めたにも関わらず、あまり疲れや不満が溜まっていないのはもしかしたら仕事と合っているのかもしれない。
そんな事を言っても休日は休日でゆっくりと休む。

そんな休日の男の部屋に京華さんがやってきて……。

「うちの娘に変わって、アルバイト行ってくれない?」
「はい?京華さんの娘さんはバイトをサボって遊びに行く子なんですかね」
「あの娘、珍しくしんどいって言うのよ。代わりもいないらしくて困っていたらしいけど、身近にいたわね」

風邪でもひいたか?


では、次話までまったり待ってあげてください。


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過去と現在(いま)を繋ぐもの①

仕事にもある程度慣れてきた1月。

数週間前に始めたにも関わらず、あまり疲れや不満が溜まっていないのはもしかしたら仕事と合っているのかもしれない。

 

そんな事を言っても休日は休日でゆっくりと休む。

土曜日の今日は、この前買った格安携帯で世の中で何が起きているのかを確認していた。

 

世の中は色々と物騒な出来事が起こっているらしい。

ご当地アイドルがファンにナイフで切りつけられるとか、若い女性が通りすがりの男性に催涙スプレーをかけられるとか言い出したらキリがない。

 

俺はそんなネットを寝転びながら見ていた。

どうしてこいつらは自ら人生をフイにしてしまうような事をやってしまうんだろうな。一度犯罪者ってレッテルを貼られたらこれから生きていくのは大変だぞ。

 

まぁそんな物騒な事をやっている奴らと同じ穴の(むじな)である俺が言えることではないけど。

 

携帯を閉じてから俺は窓の外を見た。どんよりと重たそうな雲が空を覆っていた。

もしかしたら今日はめんどくさい事が起こるかもしれない

 

「おはよう、佐東君」

「おはようございます京華さん。それとノックしてくださいっていつも言ってますよね」

 

朝の早くからモカの母親である京華さんが俺の部屋に入ってきた。

「ノックして要件が伝わればするけどね」と言う、ぶっ飛んだ意見を普通の顔で言えるのはやっぱりモカの母親なのかもしれない。

 

それと京華さんが部屋にやってくる時は大体めんどくさい事が起きる。

この前は土曜日のくせに仕事を頼まれた。しかも電車で片道3時間もかかる場所にまで行かされた。

 

今回は京華さんの表情が明るい感じだからヤバい要件かもしれない。

もちろん俺は住む場所を提供してもらっているから拒否権なんて存在しない。

 

「うちの娘に変わって、アルバイト行ってくれない?」

「はい?京華さんの娘さんはバイトをサボって遊びに行く子なんですかね」

「あの娘、珍しくしんどいって言うのよ。代わりもいないらしくて困っていたらしいけど、身近にいたわね」

「……何時からですか?」

「9時からね」

「もっと早く言ってくださいよ!」

 

今の時刻は8時20分だという事をこの人は知っているのだろうか。

それにバイトで給料が日当なら問題ないが、それ以外のバイトで関係ない人が働けないよな……。

 

そんなことを考えていても仕方がないから、京華さんにモカのバイト先を聞いてから急いで事務所から飛び出した。

 

 

 

 

「青葉の代役で来ました、佐東です」

「佐東君、よろしくねっ!」

 

モカのバイト先はコンビニだったらしい。そして同じシフトにはギャルっぽい人が付いてくれる。今井リサと言うらしい。

ここのコンビニ店長に自分が代役で大丈夫なのかを聞いた時は流石にイラっとした。

 

店長曰く「働くのが好きな男の人だから無給で良いって聞いた」かららしい。いったい誰がそんな事を言ったのか想像は容易い。

店長が悪いわけでは無いからここで怒っても仕方がないから、帰った後はじっくりと訳を聞くことにしよう。

こいつらには労働の規則を教えてやらなくちゃいけないな。そもそもバイトの代役は同じバイト仲間でするもんだろ。

 

コンビニのバイトは以前やった事があるから作業の流れは大体分かるし、レジの打ち方もこのタイプなら問題なく行える。

 

「無給でアルバイトって佐東君って仕事大好き人間だったり?」

「そんな訳ないですよ……青葉のイタズラでしょ」

「あはは……それはドンマイだね」

「まぁ、足を引っ張らないように働きますよ」

 

俺は軽く今井さんと話をしながら、来た客を無難に対処していく。

この時間だからピークほど忙しくは無いだろうけど、それなりに客は来るものだ。

 

そして客が少なくなってきたら商品の整理を行うためにレジを離れる。

どうもこのコンビニは働くのには良い環境かもしれない。客足が落ち着いているときはあまり来ないのだから。

……確かにモカがバイト先に選びそうだな。

 

「ねぇねぇ、佐東君」

「何ですか?」

 

今井さんはレジの方から商品整理をしている俺の近くまで来る。

この人、結構人との距離が近い。俺はどうってことは無いけど、弟なら嫌いなタイプの女性なんだろうなってふと思った。

 

「佐東君とモカってどういう関係?おねーさんに教えてほしいな~」

「顔見知りなだけ、ですよ」

「ほんとかな~?モカにはナイショにしててあげるから、正直に言ってみなよ、ね?」

 

片目を閉じながら顔を近づけてくる今井さんを無視しながら俺は空いた棚の隙間に商品を詰め込んでいく。

俺とモカの関係なんて、別にあんたたちが予想しているような仲ではない。

 

俺とモカの関係性はジンベイザメみたいなものだ。

普通に泳いでいてもコバンザメがお腹辺りにくっ付いてくるのと同じで、モカが勝手に俺の場所に現れる。ただそれだけ。

 

今井さんは「面白くないなぁ~」と俺にわざと聞こえるような声を出した後、レジに戻っていった。

 

ただ、俺は少しだけモカとの関係性を考えてみた。

 

友人ではないけど、知り合いにしては会う頻度が多い気がする。

モカは俺の働き先の上司の娘って関係性なのか?でもそれでは寂しい気がする。

 

……寂しい気がするのは気のせいだ、きっと。

 

「じゃあさ、佐東君はモカの事、好き?」

「本当にそういう話が好きなんですね……」

「LOVEじゃなくても良いから!」

 

今井さんはレジの前で少し前のめりになりながら聞いてきた。

 

その時に、俺の頭の中からモカの顔がフワワン、と湧いて出てきた。

そのモカはニヤニヤしながら「どっちなの~。そっくん」とか言ってきている。

 

俺は少しだけ力を入れてポテチを棚にぶち込んだ。

ポテチはガシャ、と言う音を立てながら棚の中にすっぽりと入っていった。

 

モカが好きか、嫌いか。その二択なら答えは大体だけど決まっていたりする。

 

だって、あいつ(モカ)は俺の正体を知っているのに話しかけてくるんだ。

しかもみんなと変わらない口調で。それが意外と嬉しいんだよな。

 

「……嫌いじゃない、です」

「わぁお!だったら付き合っちゃいなよ!」

「悪いけど、LIKEの好きなんで。付き合うとかそんなのは全然ないですよ」

 

頭の中でふんわりとした笑みを浮かべているモカは「そっくん、だいたん~」とか言った後にサラッと消えていった。

 

はぁ、と深いため息を一息こぼした。

 

 

指定されていたバイトの時間が過ぎた。

思っていたより時間の経過が長く感じたのはどうしてだろう。あいつを心配している?それこそまさかだ。

 

俺は今井さんに「お先に失礼します」と一言言ってから店の裏の方に行き、コンビニの制服を脱ぐ。

 

そして店長にも一言挨拶してから住んでいる事務所に帰ろうとした。

その時に俺は店長に呼び止められた。

 

まだ店長は「佐東君」としか言っていないから、要件が分からないのが普通なんだけど今日の俺はどうやら冴えているらしい。

軽く手を挙げてから、俺はこう言い放ってやった。

 

「全部、あいつの口座に入れておいてください。その代わり、もう二度と代役としては来ませんから」

 

訳の分からねぇことを言ってるな、俺って。

 

 

 

 

俺はバイトを終えた後はそのまま事務所の2階に行って疲れ切った身体を癒そうと思っていた。

だけど俺の足はそんな考えとは裏腹に事務所に向かう方向の反対を歩いていた。

そんな自分に、一回舌打ち。

 

俺はあるお店の中に入った。

このお店は全国にチェーン展開しているらしい。俺は遠出なんてしたことも無いから知らないけど、聞いた話によると確かにそうらしい。

 

俺はこう言う(たぐい)の店のにおいは好きになれない。

臭いというわけでは無いが、店内に充満する薬品っぽいにおいが生理的に無理なだけ。

 

俺はそのまま真っ先に冷えピタの売っている売り場まで足を運ぶ。

冷えピタをガシッ、と鷲掴みにしてからカゴに入れる。その足で自分が良く使っていた風邪薬を買う。もちろん解熱作用のある薬だ。

 

そのままレジに向かおうとしたら、目に食品コーナーが映った。

そういえば最近は薬局でも食品を買う事が出来るようになったんだっけ。うどんとタマゴの小パック、スポーツドリンクを手に掴んで一緒にカゴの中に入れた。

 

「誰か風邪をひかれたんですか?」

 

パートであろう、俺の母親と同年代ぐらいのおばさんがカゴに入れた商品を精算しながらそんなことを言ってきた。

別にアンタには関係がないだろ。そんな事を真っ先に思ってしまった辺り、俺が最低な人間だという事を再確認した。

 

「……まぁ、そういう事」

「最近は冷えますもんねぇ。1260円になります」

 

俺はしわくちゃになっていた千円札と小銭を出す。

おばさんは千円札を受け取って何回かシワを取ろうと千円札を伸ばしていたけど、そこに描かれているおっさんは相変わらずくちゃっとしていた。

 

そういう事だから、気にしないでくれよ。おばさん。

俺たち人間も紙切れみたいなもんだ。いちどシワを作ればまっすぐにするのは無理だ。きれいに折りたたまれた紙もあれば、俺みたいにしわくちゃな紙もいるし、自ら燃やして灰になるバカだっている。

 

「ふふふ。お札がしわくちゃな理由、ちょっとおばさん分かったかも」

「悪かったな。ガサツな人間で」

「そうじゃないわよ。……大事な人なのかな?お大事に」

 

勘の良いおばさんだな、そんな事を考えながらお釣りを受け取っていつもより広い歩幅で事務所の方まで歩いて行った。

 

冬のくせに顔はあったかいし、口や鼻から出る吐息がやけにあったかく感じる。

いつもはポケットに入れている手も、左手でレジ袋を持って、右手も外気に触れている。

 

事務所に着いてから、俺は京華さんのデスクを探る。

俺のやっていることは悪い事だし、印象にも悪影響を与える。簡単に言えば俺の「イメージ」が悪くなる。

 

そんなことは分かっている。

 

デスクの上に置いてある書類を片っ端から確認していく。次は棚を一つずつ確認していく。

 

「……見つけた」

 

そして俺の目当ての情報を手に入れることが出来た。

その時の俺の顔は自分では見れないから分からないが、良い顔をしたと思う。口角がグッと上がるのを感じたのだから。

 

間違っていても良い。その道を突き進んでいくことが大事なんだ。

しわくちゃな紙でも、たまには役に立つ時だってあるだろ?

 

俺は見つけた情報が書かれている部分を携帯で写真を撮る。

そのまま俺はデスクを探ったことが京華さんにばれないようにきれいに整頓してから、携帯で撮った写真を頼りに出ていくことにした。

 

左手には薬局で購入したレジ袋を持って。

 

 




@komugikonana

次話は8月27日(火)の22時に更新します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ。

~高評価を付けてくださった方々のご紹介~
評価10という最高評価をつけて頂きました いぇあさん!
同じく評価10という最高評価をつけて頂きました トム猫ですさん!
同じく評価10という最高評価をつけて頂きました イバラキングさん!
評価9という高評価をつけて頂きました 邪竜さん!
評価9という高評価をつけて頂きました ジベレリンさん!

評価9から10へ上方修正してくださったsteelwoolさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~

頭の中では、小学生低学年くらいの子供が熱で寝込んでいるところを同じような背格好の子供が看病している映像が壊れかけのオルゴールの音とともにノイズ付きで再生されていた。

どうやら俺が捨て去った過去の思い出が急にフラッシュバックしたらしい。
どうして青葉家の玄関前でこんな事を思い出したのだろう。

少し硬めにうどんをゆで終わってから水溶きタマゴと水溶き片栗粉、冷蔵庫に入っていたショウガとネギを少量入れてすぐに火を止める。
……さて、そばに行ってやるか。

~感謝と御礼~
今作品「change」のお気に入り登録者が200人を突破いたしました!かなり速いペースで作者もびっくりしまくっています。
読者のみなさんの応援のおかげでこの小説も順風満帆なスタートを切ることが出来ました。これからの展開にも期待してください。
読者のみなさん、応援ありがとうございます!

~豆知識~
しわくちゃのお札……貴博君の財布から出てきた千円札。しわくちゃなのは、何度も使おうとしたけど思いとどまって使わなかった。いわゆる我慢。お金少ないもんね。
でもそんなお金を躊躇なく出せるモカとの関係って、何なのだろうね。


では、次話までまったりと待ってあげてください。


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過去と現在(いま)を繋ぐもの②

“ほら、しっかり身体を拭かないまま寝るから熱が出るんだよ”

 

“……ごめんね。お兄ちゃん”

 

“そんなの良いから早く元気になれよな。ほら、お前の好きなうどんだ。今回はタマゴ入りだ”

 

“母さんが作ってくれたの?”

 

“母さんにはナイショでキッチン使って俺が作った!”

 

“ええ!?そんなことしたら怒られちゃうよ……?”

 

“風邪を治すためだから大丈夫だって!それとそれ食べたらこのすっごく効く薬置いとくからな”

 

“うん。……お兄ちゃんはこれからどこか行くの?”

 

“ああ。よっちゃんとかその辺りと遊ぶんだ。急がないと置いて行かれるからもう行くな?”

 

“時間無いのに……僕のために、ごめんなさい”

 

“何言ってんだよ”

 

“え……?”

 

“俺とお前は兄弟だろ?世界で唯一の存在なんだから、気にすんな!”

 

 

 

 

頭の中では、小学校低学年くらいの子供が熱で寝込んでいるところを同じような背格好の子供が看病している映像が壊れかけのオルゴールの音とともにノイズ付きで再生されていた。

 

どうやら俺が捨て去った過去の思い出が急にフラッシュバックしたらしい。

どうして青葉家の玄関前でこんな事を思い出したのだろう。

 

頭を軽く左右に振るってから、インターホンをぶっきらぼうに押した。

ピンポーン、という軽そうな音が響いてすぐにドアが開いた。

 

「はい……あら、佐東君?どうしたの?」

「ちょっとお邪魔させていただいても良いですか」

「もちろん。どうぞ入って」

 

京華さんが開けてくれたドアから青葉家の家に足を踏み入れる。

そのまま京華さんはリビングに案内してくれた。彼女にとりあえず座って、と言われているように感じたから椅子に座ることにした。

 

俺の目の前にあったかいお茶が置かれた。

 

「どうしてそんなに不機嫌そうな顔をしてるの?」

「そりゃあ、無給で働かされたら不機嫌になりますって」

「本当にそれが理由?ま、良いけどたまには素直になりなさい」

 

京華さんは小さくため息をついてから、俺の向かいに座わりながら頬杖を突いてこっちを見ている。

もちろんそんな視線や愚痴は出してもらったお茶できれいにのどからお腹まで流し込んだ。胸のあたりがポカポカしているような気がする。

 

それは温かいお茶を飲んだせい?

それとも他の理由があるのか?

 

「……京華さん、キッチン借りますよ」

「あら、その言い方……私に拒否権はなさそう」

「理解が早くて助かります」

 

お茶を飲み干してから、左手に持っていたレジ袋からうどんとタマゴを取り出した。

片手鍋に水を注いでからガス台に火をつける。

最近は料理もしていなかったが、慣れた手つきでうどんのスープを醤油やかつおだしを用いて作っていく。

 

京華さんは頬杖を突いたままふーん、となにやら声を出した。

そして彼女は立ち上がってリビングから出ていくらしい。ただ俺はタマゴを細かく溶いているので振り向くことはしなかった。

 

「佐東君、モカの事よろしくね。モカは二階で寝ているはずよ」

「はいはい」

「それと月曜日、私のデスクを勝手に(あさ)った罰を用意しておくから楽しみにしててね」

「はぁ!?」

 

京華さんのまさかの発言に思わず後ろに振り向いてしまった。

彼女はしてやったりみたいな顔をしていて、ちょっとだけ舌を出していた。どうやらブラフに引っかかってしまったらしい。

 

いや、もしかしたら俺をはめるためのハッタリなんかではなく、監視カメラが仕掛けられていたかもしれない。普通ならそんなバカな、となるが京華さんだったら本当に仕掛けていそうで乾いた笑いしか出ない。

 

少し硬めにうどんをゆで終わってから溶きタマゴと水溶き片栗粉、冷蔵庫に入っていたショウガとネギを少量入れてすぐに火を止める。

……さて、そばに行ってやるか。

 

 

 

左手に片手鍋、右手にはスポーツドリンクと冷えピタが入ったレジ袋を持って青葉家の二階へと足を踏み入れた。

階段を踏みしめてもギシギシと言う音が全く鳴らなくて、むず痒い気持ちになった。実家でも、仕事場でも階段を上るたびにギシギシと音が鳴るのに。

 

階段を上り終えてまっすぐ進むとドアが3つあった。

なるほど、的中確立は1/3か……。めんどくせぇな。

 

見なくても分かるようなムスッとした顔で手前からドアを開けていくことにした。

普通はノックしてから入るのは常識だが、モカにはそんな常識はいらないって思った。

 

「!?……そっくん?」

「邪魔するぞ」

 

一つ目のドアを開けると、そこには布団の中で包まっているモカがいた。

彼女の頬を若干赤らんでいて、目はいつもよりもトロンとしている。

 

俺は彼女の部屋に置いてる机に持ってきたものを一旦置いてから、彼女のいるベッドに腰かけた。

 

「……女の子の部屋を確認ナシに入っちゃだめだよ?そっくん」

「知るかそんな事。お前もノックせずに入ってくるだろうが」

「あたしが着替えていたら、どうしてた?」

「女の下着を見るだけで興奮するようなガキじゃねぇよ、俺は」

 

モカはいつもみたいにフワフワとしているかと思っていたけど、本当にしんどいらしい。

さっき買ってきたばかりの冷えピタをモカのデコに貼り付ける。冷蔵庫に入れていなかったから冷えてはいないけど。

 

案の定、モカは「ぬる~い」とか言いやがったから冷えピタの上からデコピンをお見舞いしてやった。

 

「うう……そっくんがいじめてくる~」

「んな事はどうでもいい。青葉、うどん食べれるか?」

「うどん~?でもあたしはパンの方が食べたいなぁ」

「……黙ってうどん食っとけ」

 

モカの要求を考える間もなく却下して、サッと作ったタマゴとじうどんを小皿に移して彼女に手渡す。

モカはふー、ふーとうどんに息を吹きかけてからはふはふとうどんを口の中に入れていく。

 

俺はそんなモカの姿を見ていると、昔の思い出が遡ってきた。

まるで砂時計のように少しずつ積もっていく思い出たちを振り払う。気持ちをひっくり返すことで思い出を閉じ込めた。

 

「青葉、それ食べたらこのすっごく効く薬置いとくからな。飲んどけ」

「ちょっと聞きたいことがあるけど、いい?」

 

俺はそろそろ帰ろうとしたところでモカに呼び止められた。いや、呼び止められたというよりモカの呼びかけに応じたという方が正しいだろう。

今の俺だったらモカの要求を無視して帰ることだってできるのだから。でもそれをすることは無かった。いや、出来なかった。

 

「そっくんは、どうして自分を偽っているの?」

「はぁ?何言ってんだお前」

「そっくんは、誰よりも他人想いで優しいのに……どうして?」

「熱でうなされてんのか?さっさと薬飲んで寝ろ」

「あたし、こう見えても真剣に聞いてるんだけどなぁ~」

 

誰よりも他人想いで優しい……?俺のイメージを持っていてどうしてそんな事を言えるのだろう。

 

確かに小さい頃は周りにチヤホヤされた時もあった。偉いね、とかお勉強も出来るのにお手伝いなんて立派ね、とか。

だけど俺はそんな周りの大人たちが嫌いだった。俺からすれば当たり前の行動ばかりとっているだけで褒めてくる大人なんて見る目が無い。

 

「じゃあ、俺は帰るぞ」

「え~……もうちょっとお話しようよ」

 

俺の帰りを妨げようとするモカ。病人なんだからさっさと寝て体調を万全にまで持って行くことの方が大事だと思うけど。

いつの間にか俺の作ったタマゴとじうどんをすべて平らげた彼女はベッドに腰かけて、隣の空いたスペースに手でパンパンと叩いて催促してくる。

 

俺は2回分のため息をはぁ、と吐いてから壁に寄りかかって腕を組む。

 

「……で?何をしゃべりたいんだ?ないんだったら帰るぞ」

「そっくんの作ってくれたうどん、美味しかったよ?」

「あっそ。口に合って良かったな」

「味もおいしかったんだけどね~」

 

モカは顎を親指と人差し指でちょびっとつまみながら考えるしぐさをしていた。

彼女の口からはうーん、なんて言えば良いのかなぁ……だなんて聞こえてくる。

 

確かに言葉にするのが難しいことだってある。

そんな時は思ったことを一度伝えりゃ良い。もしかしたら分かってくれるかもしれないし、分かってくれなくても相手には何か伝わる。

 

そんな心情を読みとったのかは分からない。

でもモカは確かに口にした。

 

「うどんを食べたら~……感情がドーン、と来たような感じ?」

 

 

俺の頭の中で、モカが言った言葉がこだまする。

 

もしかしたら口をぱっくりと開けてしまったかもしれない。

もしかしたら大きく見開いた目でモカをまじまじと見ていたかもしれない。

もしかしたら壁にもたれていなかったら体勢を崩していたかもしれない。

 

 

……昔を思い出させるんじゃねぇよ、くそったれ。

 

 

「……もう寝ろ、悪化しても知らねぇからな」

「うん……ねぇ、そっくん」

「なんだ?もう話には付き合わねぇぞ」

 

彼女の、モカの晴れ晴れとした表情が俺の砂時計を強引にひっくり返させた。

つまり、過去の思い出がサラサラと確実に思い浮かんできた。

 

 

“どうだ?早く治っただろ?”

 

“うん!お兄ちゃんのうどんを食べたらね?そしたらね!?たくさんの気持ちがドーン、ときたんだ!”

 

“当たり前だろ?俺だからなっ!”

 

“うん、僕の自慢の、世界一のお兄ちゃんだよっ!”

 

そしてモカの顔と、小学生低学年の男の子が同じような顔をして、同じ言葉を言ってきたんだ。

 

 

 

 

「「ありがとっ!」」

 

 




@kamogikonana

次話は8月30日(金)の22:00に公開します。
新しくお気に入り登録してくださった方々、ありがとうございます。
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~高評価をしてくださった方々のご紹介~
評価10という最高評価をつけて頂きました ひょろひょろもやしさん!
評価9という高評価をつけて頂きました (*^ー゚)b さん!
評価9から10へと上方修正してくださった フジナさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからもこの小説の応援、よろしくお願いします。

~次回予告~
「おはようございます」

一階の事務所のドアを開けてあいさつ。
いつも京華さんは事務所にいるからそれなりにはあいさつをする。

俺の出した声に反応してくれる一人の声に、ひそかに嬉しさを感じる。
でも今日は違った。

「あ、おはよう。佐東君」
「そっくん。おっは~」

俺は一瞬、顔をしかめた。そして少しだけ頭を抱える。
いつもどうしてモカに出会ってしまうのだろうか……。

彼女と会うことに嫌悪感なんてものは一握りもないけれど、学校も生活も全く違うのにこうも毎日出会ってしまうと変な気分になる。
こう、心がモヤッとするような感じ。

「そうね……モカ、佐東君に手伝ってもらったら?」

嫌な予感がする……。

~感謝と御礼~
今作品「change」の評価バーがすべて赤色で埋めることが出来ました。
これでデビュー作から5作連続で評価バーをすべて赤色で埋めることが出来ました。
読者のみなさん、ありがとうございます。
そしてこれからの小麦こなの活躍を期待してくださると嬉しいです!


では、次話までまったり待ってあげてください。


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雨のち、芽生え①

熱が出ていたらしいモカに冷えピタやらうどんやらを支給してあげた日の翌日。

日曜日にも関わらず何故か早く目を覚ましてしまった俺はコンビニにいる。

 

もちろん、昨日働かされたコンビニと言うわけでは無い。

俺はそこのコンビニ店員にいつも言いなれた番号を言って、お金を渡す。

 

買ったばかりのたばこ、ラッキーストライクの6mgを口に(くわ)えてからライターでそっと火を灯す。

煙をたっぷりと肺に吸い込んでから、日ごろの疲れを吹っ飛ばすかのように口から副流煙を吐き出す。

 

数回吸ってから、灰皿の上で親指を適度な力加減で揺らして吸殻を落としていく。

ゆっくり吸うたばこは美味しい。

 

「あれー?そっくんってたばこ吸ってたんだ~」

「……ほんと、いつも俺の前に出てくるよな。後つけてんのか?」

「ふっふっふ~。モカちゃんセンサーがそっくんの場所を知らせるのだ~」

「それは便利なセンサーだな。もっと他の用途で使えよ」

 

日曜日の朝だというのに、なぜかモカと出会ってしまった。

彼女の頬を赤く染まっていた。この染まり方は熱と言うよりも、長時間寒い外にいた時になるような染まり方に似ているように思えた。

 

俺はまだ吸えるたばこを強引に灰皿に押し付けて、そのまま灰皿の下へとたばこを落とす。

 

本音を言うとたばこがもったいなく感じる。だけどたばこのにおいが苦手な奴だっているだろうし、そんな奴の前でたばこを吸っても美味しくない。

 

「……で?昨日まで寝込んでた奴が朝早くに何してんだ?」

「今からパン、買いに行くんだ~」

 

モカは嬉しそうな声でそう答えていた。彼女の顔もニコニコとしており、モカにとってパンと言う存在の大きさが見て取れた。

 

ただ、俺はモカがパンを買いに行くためだけにこんな早い時間に外を歩くには別の理由があるように感じた。

そしてその理由は、クリームパンの中身を当たるような感覚で分かった。

 

「そっくん」

「はいはい、どういたしまして」

「む~……まだ何も言ってないよ」

 

俺はすぐにモカの後に続いたであろう言葉を先読みしてやった。

別に褒められたくてやったわけじゃない。ただモカがちょっとだけ、心配だっただけだ。

 

コートの胸ポケットから一本、たばこを取り出してモカの前をチラつかせる。

要するに俺はもう一本たばこを吸うからお話はここまでだ、と暗示したつもりではある。

 

だけどモカには通じていないのかしれない。彼女はムス~ッとした顔で俺の方をジーッと見ていた。しかもちょっとだけほっぺたを膨らませながら。

 

 

そんなモカを尻目に2本目のたばこに火を付けようとライターをたばこの先端に近づけた時、突然モカの携帯が音を鳴らした。

 

ロックな音に似合わず、不穏な音に聞こえる着信音が鳴った時のモカの表情の変化を、俺は見逃さなかった。

一瞬にして、顔の色を暗くさせた彼女は、携帯を手に取って少しだけ見つめてから電話に出ることを決心したらしい。

 

彼女が電話している内容を盗み聞きする気もないから、どんな内容の話をしているのか分からない。もちろん誰と話しているのかも分からない。

 

俺は無意識に、口に銜えていたたばこに火を付けずに箱の中に戻した。

 

「それじゃあ、失礼しますね……」

 

ズシッと重量のあるような重たい言葉で電話を終えたモカは、ポケットに携帯を入れながら俺の方を向いてきた。

 

彼女の表情は、まるで塩釜焼きにされた魚のような顔になっていた。

今のニッコリとしている彼女の表情は作られていて、金づちで叩けば本当の表情が出てくるんじゃないかって思えてしまった。

 

「なぁ、青葉」

「……もうあたし、パン買いに行くね。ばいばい~」

「そうかよ」

 

モカは、手を振ってからどこかへ歩いて行った。

他の人にはモカがどのように見えるかなんて分からないが、俺には壊れかけのブリキ人形のように見えた。

 

 

 

 

次の日の朝。

あまり気持ちよく眠れなく目覚めが悪かった俺は、顔に不機嫌さを隠しつつ一階へと降りて行った。

 

いつもは朝早く降りて会社のパソコンで事務作業を行いつつ、良い頃合いになったら外に出てうちのデザインを営業しに行く。

別に朝早くから仕事をすることは強制されていないが、住まわせてもらっている身だから少々ブラック気味な労働環境でも仕方がない。

 

「おはようございます」

 

一階の事務所のドアを開けてあいさつ。

いつも京華さんは事務所にいるからそれなりにはあいさつをする。

 

俺の出した声に反応してくれる一人の声に、ひそかに嬉しさを感じる。

でも今日は違った。

 

「あ、おはよう。佐東君」

「そっくん。おっは~」

 

俺は一瞬、顔をしかめた。そして少しだけ頭を抱える。

いつもどうしてモカに出会ってしまうのだろうか……。

 

彼女と会うことに嫌悪感なんてものは一握りもないけれど、学校も生活も全く違うのにこうも毎日出会ってしまうと変な気分になる。

こう、心がモヤッとするような感じ。

 

「そうね……モカ、佐東君に手伝ってもらったら?」

「うん、そうする~」

 

何故か身体全体に怠さが出てきた。別に一昨日のモカのように熱があるわけでは無く、これから面倒くさい事が起きるような気がしたからだ。

 

現にこの親子は、俺に許可を得ることはしないで物事を進めるのだから恐ろしい。

同時に拒否権も無いから開き直っている自分も居たりする。

まるで生簀の中にいる鯛のようだな、って思った。

 

「と言うわけだから佐東君、よろしくね?」

「はいはい。……で?今回はなんすか?」

「それはモカに聞いて?」

 

京華さんはフワリ、とした笑顔で言った。

俺はモカの方を見ると、彼女はニヤ~ッとしながら、そして俺の目を見ながら「そっくん、今日はよろしく~」なんて能天気に言っていた。

 

そんな表情の彼女の右手には、何かが(えが)かれた紙が握られていた。

 

 

「じゃあ、さっそく案出して~」

「何を描くかも知らされてねぇんだけど」

「あたしの意図がテレパシーで伝わらないなんて……」

 

京華さんの近くに構えられているこじんまりとした俺の机で、こんなバカみたいな会話が繰り広げられている。

あまり大声を出しすぎると京華さんにも、他のデザイナーにも迷惑がかかるから小声で話しているつもりだが、モカはそんな俺の気配りを踏みにじっている。

 

ただ分かることはと言えば、モカの手に握られていた紙は何度も消した跡があって相当悩んでいるという事。

 

「ポスターを描きたいんだよね~。そっくん、案出して」

「せめて何を宣伝するのかぐらい教えろ」

「なんと……あたしたちのライブポスター!」

「お前、歌でも歌うのか?」

 

モカが音楽活動をしているなんて知らなかった俺は、素直な疑問を口にしながら机の一番下にある引き出しをググッと引っ張る。

 

この引き出しの中にはカタログとか、この会社の人たちが描いたデザインなどが入っている。よくこの書類を持って客に提案している。

 

少し厚めの黄色いファイルを手に取ってから、目的のページをサラサラッと開きながら探す。そしてそのページを上に向けて机の上にドサッと置く。

 

「最近こんなのが流行ってるらしいぞ」

「う~ん……なにか違うんだよね~」

「具体的に何が違うんだ?」

「あたしたちの雰囲気に合わない!ってかんじ~?」

 

やんわりとモカに断られてしまった。個人的にはかわいい系のデザインを見せたつもりなんだけど、雰囲気が違うらしい。

 

モカが「あたしたち」と言っていたから、複数人で音楽活動をしているのは安易に想像できた。だけどモカたちの活動の方向性に関しては見誤ったようだ。

 

モカが複数で音楽をしそうな奴……か。

俺の頭の中でスッと出てきたのは巴とメッシュ女。後は分からないがこの二人だけで今更だけど大体の方向性が分かった気がした。

 

「……なるほど、かっこいい系か。バンドとして見たら王道だな」

「おお~!やっとあたしの電波が届いた?」

「そんなことは良いからサッサと描くぞ」

「あいあいさー」

 

俺は絵に関しての知識は少しだけある。だけど描く方は初心者に近い。

モカも大学は羽丘女子大学の文学部らしいからそちらも素人だろう。

 

まぁでも、悪くないデザインは出来そうな気がする。

 

少しだけ椅子の背もたれに体重を預けて天井を見上げる。

絵に、デザインに関する仕事をするたびに頭によぎるんだよなぁ。

 

「そっくん、何考えてるの?」

「なんでもねぇよ……気にすんな」

 

 

お前の事。

 

 

 

 

「むぅ~……そっくんも、ママも、いじわるだよ~……」

「奢ってやろうって思ったけど、やっぱ無しな」

「そっくんってかっこいいよね~。ひゅーひゅー」

 

俺たちは昼飯を兼ねて、近くにあるハンバーガーショップにいる。

ここにいる理由はいたってシンプルなもので、俺たちが作っていたデザイン作業に行き詰りが生じたからだ。

 

モカはもちろん、俺も悪くないデザインだと思ったが京華さんは「これは何を伝えたいのかサッパリ分からない」とバッサリと俺たちのデザインを切り捨てた。

 

モカの安っぽい掌返しにため息をつきながらレジの前に立っている女の方に向かう。

俺はコーヒーのsサイズとダブルチーズバーガーを注文した。

モカは俺の横をトコトコと付いてきて、注文していた。

 

「会計は一緒で良いですよ~」

「かしこまりました」

 

モカはニヤ~ッとしながら俺の方を見てくる。

いやいや、モカがどうでもいい女だったら殴り倒しているところだ。そんな言葉を表情に変えて顔に乗せる。

 

どんな顔をしているか俺自身は分からないが、モカは「ごちになります~」とか言いやがった。

そしてモカは席を取りに行ったのだろう、飲食スペースの方へ歩いて行った。

 

モカがした注文を取り消してやろうか、なんて考えが一瞬だけ頭を遮ったがそこはグッと我慢することにした。

心の中で奢るのは今回だけだからな、と言い訳を何度も唱えながら店員の女にしわくちゃの千円札を渡した。

 

 

女の店員からはきれいな色のした硬貨と、まっすぐに伸びたレシートを受け取った。

いつもはしわくちゃに丸めるレシートを、今日はきれいに二つ折りにして財布に入れた。

 

 

二人分のお昼を一つのトレイに載せてモカが歩いて行った場所へ向かう。

はっきり言って、モカが座っている場所はすぐに分かった。

 

だけど、俺はすぐには彼女の近くに行って座ろうなんて思えなかった。

それは、モカの事が嫌いだからではない。

奢らされたことに腹を立てているわけでもない。

 

彼女が着信を知らせるために騒ぐ携帯をじっと、かなり苦しそうな顔をしながら見つめていたからだ。

 

 

「ちょっと離れて、観察してみるか」

 

 




@komugikonana

次話は9月3日(火)の22:00に公開します。
新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
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~高評価を付けて頂いた方々をご紹介~
評価10という最高評価をつけて頂きました 弱い男さん!
同じく評価10という最高評価をつけて頂きました 咲野皐月さん!
評価9という高評価をつけて頂きました 赤の断末魔さん!
同じく評価9という高評価をつけて頂きました EpicPicさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これから第一章のメインに移ってきます!
出来は……かなりいいですよ?期待してまっててくださいね。

~次回予告~

俺は少し離れたところでモカの様子を見ることにした。もちろんトレイを持ったまま突っ立っているのはダルイから空いている席に座って様子を伺う。
ただモカの口が動いているのは分かるが何を話しているかまでは分からず、少し距離が遠すぎるらしい。

だけどこの距離からでも、モカがはっきりしないような顔をしているのは分かった。
まるで夢を叶えられるが重要な何かを犠牲にしてしまう、そんな究極の選択を迫られているような顔だった。


「そっくんはね?『別れ』についてどう思う?」


~感謝と御礼~
今作品「change」の通算UA数が1万を突破しました!これも読者のみなさんの応援が無ければ達成できない事です。
読者のみなさん、本当にありがとうございます!

~お知らせ~
私、小麦こなは9月25日で作家活動1周年を迎えます。
1周年記念に向けて、個人的には企画を計画していたりします。まだ先なので頭の片隅に置いてくださっていればと思います。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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雨のち、芽生え②

二人分の昼飯が載っているからなのか、それとも周りに張り詰める空気が重たくてイタズラをされているのかは分からないが、手に持っているトレイがズシッと重く感じる。

 

俺は少し離れたところでモカの様子を見ることにした。もちろんトレイを持ったまま突っ立っているのはダルイから空いている席に座って様子を伺う。

ただモカの口が動いているのは分かるが何を話しているかまでは分からず、少し距離が遠すぎるらしい。

 

だけどこの距離からでも、モカがはっきりしないような顔をしているのは分かった。

まるで夢を叶えられるが重要な何かを犠牲にしてしまう、そんな究極の選択を迫られているような顔だった。

 

モカはどこからか手のひらサイズのメモ帳を取り出し、何かをメモしてから電話を切った。

 

俺は重たい腰をしっかりと起こしてから、モカの座っていた席に座る。

モカは俺の方を見て、さっきとは全く違う、にこやかな顔を向けてきた。

 

トレイを持っている両手に力が無意識に入った。

本当は辛いのに、助けてほしいのに平気な顔をしている奴が俺は一番嫌いなんだ。

 

「……なぁ、青葉」

「なぁに?そっくん」

「もう一度だけ忠告しとく。後悔しても、知らねぇぞ」

 

じっくり見ておかないと分からないくらいだったが、確かにモカの瞳が揺れ動いた。

俺は今の段階では(・・・・・・)モカが何に追い詰められているのかは分からない。そう、今の段階では。

 

トレイに載っていたモカの頼んだ商品をゆっくりと彼女の目の前にまで持って行く。

俺は自分が頼んだダブルチーズバーガーをぶっきらぼうに頬張った。

 

「……そっくんは、どこまで知ってるの?」

「ああ?何も知らねーよ」

「ふーん……」

 

モカは疑い深そうな、そんなジト目を俺の方に向けてきた。

どこまで知っているの……か。その言いまわし方だと受け取り方は人それぞれなんじゃないかって感じた。

 

だから俺は「知らない」って答えた。

もちろん詳しく言及されたら答えるつもりだったけど、大雑把な問いかけには大雑把な返答が的を得ている。

 

「そっくんはね?『別れ』についてどう思う?」

「別れねぇ」

 

そんなの、俺の中では答えは決まっていた。

 

世間一般では「別れ」を美化している。春になると決まって、世の中を分かったそぶりをしている大人が「別れもあれば出会いもある」なんて言いやがる。

 

でもさ、あんたらは経験したことが無いからそんな安っぽい言葉をペラペラと口に出せるんだ。

一度人間は別れちまったらそれっきりで、出会いがあるという確証なんて無いぞ?

 

現に俺は……。

 

「別れなんてしないのが一番良いに決まってるだろ」

「でも、お別れによって人は強くなるよ?」

「あほか。それは明確な目標を持った、決意に溢れた奴だけだ」

 

コーヒーを口の中にゆっくりと流し入れる。

モカの言葉には少し引っかかるものがあったが、ようやく理解できてきた。

たしかモカは俺と出会ってばかりの時にもよく似た言葉を発していた。

 

“そっくん()、明日も会えるよね?”

 

「まぁ俺が言っても仕方がない。青葉、お前の好きにすればいい」

「それは……そうなんだけどなぁ~」

 

モカは頼んでいた飲み物に刺してあったストローをグルグルと回しながら、ポツンとそんな言葉をこぼした。

トレイは一つしか持ってきていなかったからモカの囁きはこぼれて、店内のどこかへ消えてしまった。

 

今のモカの心に秘められた感情も、こぼれ続けるだけで受け止めててくれる器がないんだろうなって俺は直感的に思った。

器になるべきはずの人間は一体何をやってるんだ、くそったれが。

 

「……悪い、青葉。少し外の空気を吸ってくる」

 

そんなイライラが表に出てきてしまったから、俺はモカに一言言ってから席を立つ。

そしていったん店の外に出てから、ポケットに入れてあったたばこを取り出して口に銜える。

 

たばこの先端に火を灯してから一気に煙を吐く。

 

俺はそんなうっすらと消えていく煙を見ながら携帯を取り出した。

そしてある人物に電話をかける。

 

「……もしもし?佐東です」

 

左手に持っているたばこは、まだ煙が昇って行っている。

たばこの吸い殻が無くなってしまう前に、火が消えてしまう前に俺は行動に移してやるしかなさそうだ。

 

それにしても、いつからこんな性格になったのだろう。

まぁ、良いか。犯罪者なんだから犯罪者なりに暗躍して、ヒロインには表で輝いてもらおう。

 

 

 

 

モカと一日デザインを考えていたけど、彼女の納得のいくデザインは出来なかったみたいだ。

何回も紙に書いては捨てるの繰り返しで今日は終わってしまった。

 

モカからすれば、大事なライブになるであろうから最高のものを作りたいって言うのは分かる。

だけど優先すべきことが他にないのか?あるだろう。

 

だけど俺はその言葉を言えずにいた。

モカには自分で気づいて欲しいし、俺が言うのも野暮だって感じたから。

 

 

夜の9時。俺は事務所の二階であの人が来るのを待っていると、珍しくドアをノックする音が聞こえた。

入っても良いですよ、と声をかける。

 

「約束通り、来たわよ佐東君」

「ありがとうございます。それとこれからは今みたいにノックして入ってきてくださいよ、京華さん」

「だって……夜の男の子の部屋なんて一人で(ナニ)してるか分からないもの」

「ほんと、貴方の考えていることは分からないですよ」

 

俺はため息を零す。この人は仕事が出来るのは間違いは無いが、やっぱり親と子は似るんだなって思う部分もあったりする。

……俺にも、あんなクソみたいな母親と似ている部分があるのかもな。

 

「早速本題に入るけど、良い?」

「もちろんです」

「結論から言うと、私は何も聞いてない」

「……そうですか」

「だけど、佐東君が欲しそうな情報は手に入れることが出来た」

 

俺はじっと京華さんの顔を見つめる。

そんな京華さんは「先に貴方に聞きたいことがあるわ」と口にしてきた。

 

「佐東君はモカの事、好きなの?」

「悪いですけど、そんな感情は皆無です」

「そう?気にかけてくれてるみたいだし、貴方なら歓迎なんだけど」

 

俺の事を歓迎だなんてそれこそあなたたちに迷惑が掛かってしまうでしょ、と言う気持ちを込めて大きなため息をつく。

京華さんはまだ俺が前科持ちだという事は知らないはず。あなたたちまで不幸にしてしまうほど俺も腐ってはいない。

 

俺は京華さんに目で、早く情報を教えてほしいと訴えかける。

京華さんは口角を少しだけ上げて首を右横に傾げた。

 

「モカの携帯を開いて着信履歴を調べたの」

「……強硬手段に出たんですね」

「あの子のパスワードったら単純なんだから簡単。それでなんだけど」

 

京華さんは俺にA4サイズの紙を渡してきた。

その紙はとある会社の概要が載ってある、簡単に言えばその会社のホームページにある会社概要をコピーしただけの紙。

 

だけど俺にとっては顔をニヤつかせるには十分な情報だった。

やっぱり、俺の予想は当たっていたらしい。

 

普通は喜ばしい事なのに、モカは悩んだり苦しそうな顔をしているのを見る限り恐らく……そういう事だろう。

これはしっかりと怒ってやる必要がありそうだ。

 

「良い情報でしょ?」

「確かに、とっても良い情報ですね」

「佐東君の話からモカに起きている出来事は推測したけど……佐東君。貴方はどう行動するつもり?」

 

京華さんは少しだけ真面目な顔つきになって、俺に問いかけてきた。

こういう時は、答えはおおよそ何でもいい。

 

だけどこれだけは言える。

 

相手の目をしっかりと、強く見て発言すれば大体上手くいくもんだ。

俺は京華さんの綺麗な瞳を見つめながら、俺の考えを吐き出してやった。

 

「青葉に、モカにそばにいてくれる人間の大切さを思い知らせてやりますよ」

「そう……佐東君らしい。私も貴方ならそうしてる」

 

 

 

 

そんな出来事があって、たしか1週間ぐらいたった時の休日。

俺の部屋にモカが入ってきた。もちろん、彼女もノックなしで入ってくるのは変わらない。

 

ただいつもと変わっていたのは、彼女が何かを手に持って俺の部屋に来た事。

 

「そっくん。やっとできたんだ、ポスター」

「そうか……よかったじゃねぇか」

「そっくんにもあげるね?かわいいモカちゃんからのプレゼント~」

 

俺はモカからポスターを受け取った。

確かによくできていて、日付やバンド名、そしてどこで行われるかがすぐに目に入ってくるようなデザインに仕上がっていた。

 

こんなすごいポスターを結局は一人で作り上げてしまうモカは、京華さんの娘さんなんだなって素直に感じてしまう。

 

「そっくんも、良かったら観に来てほしいな~」

 

そんな言葉を言いながら、だけど目線は少し斜め上を向けながらそう言ってきた。

普段の俺ならめんどくさい、と言って一蹴するのだが今回だけはそうはいかない。

 

もちろんモカにガツンと言ってやらなければならないって目的もあるさ。

だけどそんな目的を抜きに、モカたちのライブを観てみたい感情が俺には芽生えていた。

わざとらしくスケジュール帳を広げて、ポスターに書いてあった月日を確認する。

 

「空いてるから観に行ってやるよ、お前のライブ」

「そっくん、熱でもあるの?」

「はぁ?」

「これが、そっくんがツンデレに目覚めた瞬間であった」

「何言ってんだ?……なら観に行かねぇぞ」

「そっくんが来てくれるの、あたしは嬉しいな~」

「棒読み感を出すな」

 

モカは俺の部屋に少しだけ居座るつもりらしい、床にちょこんと女の子座りをした。

俺はそんなモカにめんどくさいからさっさとどっか行け、と口では言ったが目は違った感情を込めていた。

 

お前のライブ、観てやるからしっかり演奏しろよ。

そしてお前の最後のライブになんてさせるつもりはねぇから。

 

モカはムスッとした顔を一瞬だけしたけど、その後はいつものようなふんわりとした笑顔を俺に向けていた。

 

 

 




@komugikonana

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これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~

「はぁ……面倒ごとは嫌いなんだけどな」

そんな言葉とは裏腹に、口角をグイッと上げながら昼下がりのオフィス街を颯爽と歩く。
もう3月下旬。モカが言う「出会いと別れの季節」が近づいている。

その季節に俺はライブハウスに向かった。

そこである人物で出会った。

ふと、昔の思い出と被った。
小学生になるかならないか分からないくらいの、まだ世の中の右も左も分からねぇぐらいのガキだった頃。
その時のお前の顔が、今のお前の顔とダブって頭から離れない。
おまけに言ってくる言葉まで似てるから困ったもんだ。


「兄さん!」

~ファンアート~
伊咲濤さんからファンアートを4枚も頂きました!ありがとうございます!
まず前半戦として2枚公開します。後の2枚は金曜日に公開します。
ファンアートも随時募集中です。TwitterのDMにて受け付けております!

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では、次話までまったり待ってあげてください。
モカちゃん、誕生日おめでとう。


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雨のち、芽生え③

「お電話ありがとうございます。Nextmusic株式会社です」

「良いギタリストがいるんだけど、目を付けてるか?」

「……申し訳ございません。そのような情報は……」

「他の事務所が動いてるらしいけど?そんなので良いの?」

「少々お待ちくださいっ!」

 

 

「お電話変わりました。それで、良いギタリストって言うのは?」

「Aftergrowってバンドのギター担当の青葉です」

「あぁ、彼女なら3か月前からアプローチをかけてますよ!あのバンドではあの子が一番上手い。あともう一押しであの子を引き抜ける……」

「そうかい。じゃあ用はない」

 

 

向こうが得意げに話している途中で電話を一方的に切ってやった。音楽関係者を装って電話をかけてみたが、案外成功するもんだな。

お前らがモカを引き抜こうなんて考えていることはお見通しなんだよ、くそったれが。

 

俺は手帳を確認する。明後日がモカたちのライブ日で、モカは表情には出していないつもりかもしれないけど、俺にだって分かるような悪い顔色をしていた。

 

さっき電話で得た「あともう一押しで引き抜ける」と言う言葉。きっとモカの携帯にひっきりなしに電話がかかってきているんだろう。

モカも自分の夢を思い出すことが出来たら、そんなに悩む必要は無いだろう。

 

まぁ、モカの忘れかけている「夢」を思い出させるのが今回の俺の役目ってやつかもしれない。

 

 

「はぁ……面倒ごとは嫌いなんだけどな」

 

そんな言葉とは裏腹に、口角をグイッと上げながら昼下がりのオフィス街を颯爽と歩く。

もう3月下旬。モカが言う「出会いと別れの季節」が近づいている。

 

初春の冷たい風が、ソワソワと静かに騒ぎながら俺の肌をかすめていった。

 

 

 

 

その日の夜。俺はいつものように事務所の二階でくつろいでいた。

といってもベランダに出てたばこを2本吸った程度のくつろぎ。寝ころびながらテレビを見るだとか、そういうくつろぎでは無かったりする。

 

そんな時を過ごしている俺に邪魔が入った。

普段ならない俺の格安携帯が着信が来たことを知らせてきた。

 

こんな時間に電話してくるのは京華さんからの仕事依頼以外考えられなかった俺は、いやそうな雰囲気をこれでもかと醸し出しながら携帯を手に取る。

 

でも、着信をしてきたのは京華さんでは無かった。

俺は電話を取る。

 

「……なんだ?」

「かわいい女の子からの電話だよ?そっくん、喜びたまえ~」

「……で?要件は?」

「特になし!えへへ~」

「切るぞ」

「うえ~ん、そっくんがいじめる~」

 

白々しいウソ泣きを電話の向こう側でするモカ。

普段の俺だったら無表情で通話を終了していたはずだ。だけど今回はそんなことはしなかった。

 

こんな夜遅くに電話をかけてくるっていう事は、モカにもモカなりに不安があるんじゃないだろうか。

それに、悩みながらも懸命に問題を解決しようともがく彼女を羨ましく感じた。

 

俺は、もう何をやっても認められないから。

 

「……ライブ直前で落ち着かないのか?」

「……ううん、違うよ?だけどね?」

「なんだ?」

「あたしの決心が、整理できてない感じがする」

 

俺は静かに、集中してモカの話す声に耳を傾けた。

モカの息遣いが聞こえるぐらい彼女の声をしっかりと咀嚼した。

 

 

その決心が揺らいでしまっている理由、お前なら分かるはずだぞ?

 

「そりゃあ、悩むことぐらいあるだろ」

「そっくんには分からないかもだけどね?今のあたしの頭の中は、チョココロネみたいにグルグルなんだよ~」

「お前の頭がパンなら、頭の中で菌でも湧いてんのか?」

「ひどい~。ママに言いつけるよ~?」

 

そして電話越しで「ママ~、そっくんがいじめてくる~」とか言っている。

流石の俺も苦笑いをしてしまった。京華さんらしき人の声がモカの上げた声に反応していたから。

 

「苦」笑いではあったが、他人のやり取りで笑ってしまったのは随分と久しぶりだ。

それまでの俺は一切表情を変えない、いわば機械のような感情だったから。

 

 

心臓がぽかっとした気がした。

 

 

「そっくん、起きてるー?」

「あぁ、もう眠たいから早く通話が終わらねぇかなって思ってる」

「ヨヨヨ~……可憐な美少女のモカちゃんがこんな扱いを受けるなんて……しくしく」

「電話、切るからな」

 

明後日、お前の晴れ舞台を楽しみにしてるから。

 

そう言ってから通話を中断した。

モカからはかすかに「えっ?」と言う声が聞こえたように感じたが、真相は闇の中。

 

そんな真相とは真逆に、明るい光に満たされた部屋で横に寝転がった俺は、頭の中でスケジュール帳をぼんやりと想像した。

ライブまであと1日と22時間。どのようなやり方をすればモカは……。

 

「そんな事を考えても、一緒か」

 

俺は電気を消した。

蛍光灯は徐々に光を失っていく。そして俺は辺りを支配した闇の中に意識を放り投げることにした。

 

 

 

 

その日から2日が経って、モカの晴れ舞台であるライブ当日の今日。

 

今日と言う一日は、まるで高校生の平日の朝のような目覚めだった。

簡単に言えば朝になると自然と目が覚めるが、怠さが身体全体に染み渡っていてベッドから抜け出せないような、そんな目覚め。

 

 

現在時刻が10時を少し回ったくらいの時間帯だったから、寝すぎの原因からくる怠さと言う理由もあると思う。

もちろん、それが一番の理由では無い事を自分が一番分かっている。

 

気怠く、重たい身体を起こしてベランダに向かう。

そして朝のタバコを一本、口に銜える。

携帯が伝えてきた天気予報によると、今日は午後から大粒の雨が降るらしい。天気予報なんて外れるものだが、朝の段階で空はどんよりと曇っている。

 

確か、あの日もこんな天気だったっけな。

 

「まぁ、今から心配しても仕方ねぇよな」

 

ベランダに置いてある安物の灰皿にタバコをグリグリと押し付ける。

タバコのように、不安な火種は小さいうちにこうやって消しておくのがいいもんだ。

 

小さな火種は、放っておくと手が付けられないぐらいに大きな炎になる時だってあるからな。

 

俺は背伸びをしてから部屋に入る。

そしてそのまま服を適当に着替えてから外の街に繰り出すことにした。

 

自分らしくないと思っている。こんな風になってからは他人に干渉するような、そんなおせっかいはしないようになっていたのに。

そんな自分に舌打ちをした後、事務所から出ていった。

 

 

 

 

大粒の雨が、小さな傘を容赦なくたたきつける午後の6時。

俺はまるで、今の天候がモカと音楽事務所の関係性みたいなもんだな、と深いため息をついた。

 

モカたちのライブまであと1時間と迫ったこの時間に、俺はライブハウスにいた。

さしていた傘を閉じてから、さっきまでたたきつけていた雨を振り払う。モカも、この傘についた雨粒のように不安が飛び散ってしまう事を心の片隅で想いながら綺麗にたたんでカバンの中に入れる。

 

俺の肩はぐっしょりと濡れてはいるが、多少の犠牲は仕方が無いだろうと目をつむる。

 

開始の一時間前だというにも関わらず、たくさんの人間がライブハウスに来ていた。客層は意外と女性が多くいる印象を受けた。

 

モカたちのバンドは最後を飾るらしいから今日帰れるのは一体いつになるのだろうか。

そんなしょうもない事を考えながらモカから貰ったライブチケットを女に手渡す。

 

なぜかこの女は俺を見て、少し不思議そうな顔をしていた。

そんなに俺と服が被ったのが嫌なのか?と言う訳の分からない気持ちが心から浮かび上がった。

でも、この女の俺を見る目はそんな感情を持っていないことは女の目を見たら分かった。

 

ジーパンのポケットに入れてあった500円を女に手渡す。

分からない事を考えていても仕方がない。

 

 

「音楽……か」

 

俺はさっき買ったコーラを壁にもたれながら飲んでいた。

口の中がしゅわしゅわと弾けながら、その刺激をそのまま喉に流す時がコーラと言う飲み物の醍醐味だと思う。

 

俺の頭の中には懐かしくて、へたくそなりにも一生懸命アコースティックギターをかき鳴らしていた音が鳴り響いた。

簡単なコードで弾けて、尚且つ「好き」と言う気持ちを込めて弾いていた、そんな音。

その音に合わせてかわいらしい女の子の声が合わさる。

 

ささやかなこんな日常を抱きしめておきたいって決めていた日だったらしい。

そんな日常は。

 

「えっ!?……もしかして」

 

俺の目の前から、俺に話しかける物好きな人間がいるもんだって思った。

もちろん、そんなことを思ったのは一瞬だけ。

 

声を聞いただけで誰かが分かった俺は、一瞬だけ目を背ける。

 

なるほど、チケットを渡したときにあの女が不思議そうな顔をしたのかが分かった。

そりゃあ、顔がそっくりな人間が現れるんだから不思議にもなる。当たり前だ。

 

 

俺の目の前に現れた人物は、俺にそっくりな顔に同じくらいの背丈。

俺の日常をそいつの一存でぶっ壊されたのに、どうしても憎むことが出来なくてどうしても気にかけてしまう厄介な存在。

 

「どうしてここにいるの!?」

 

そんな大きな声を出さないでくれ。俺がどこにいても不思議じゃないだろう。

 

それに不思議とこいつからは俺を邪険に扱うような目では無くて、まるで親友と久しぶりに会ったかのような表情をしながら見てくる。

ちょっと前にはお前に辛い思いをさせた人間なんだからもっと嫌われていると思っていた。

 

 

ふと、昔の思い出と被った。

小学生になるかならないか分からないくらいの、まだ世の中の右も左も分からねぇぐらいのガキだった頃。

その時のお前の顔が、今のお前の顔とダブって頭から離れない。

おまけに言ってくる言葉まで似てるから困ったもんだ。

 

 

「兄さん!」

 

 




@komugikonana

次話は9月10日(火)の22:00に公開します。

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~高評価を付けてくださった方々のご紹介~
評価9という高評価をつけて頂きました キャンディーさん!
同じく評価9という高評価をつけて頂きました キズカナさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~

ライブが始まってもう2時間が経過した。
残すバンドは1組となり、観客のボルテージが徐々に上がっていく。

そんな盛り上がりを見て、モカたちがどれくらいの人気があるのかなんて手に取るように分かった。


彼女らの登場が待ちきれずペンライトを振り回す人。
メンバーの名前を叫びだす人。
まだ始まってもいないのに飛び跳ねる人。



そして、ライブの最後を締めるにふさわしいバンドが姿を現した。
でも、周りの観客はみんな少し不思議そうな顔をした。

そして俺も、すぐにライブが行われる会場を走って離れた。

なぜなら、ステージに立ったバンドの人数は4人(・・)で、ギターをかき鳴らすであろう彼女の姿が無かったのだから。

~ファンアート~
前回に引き続き、伊咲濤さんが書いてくださったモカちゃんを公開!
ファンアートは随時募集しています。ドシドシご応募ください!


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では、次話までまったり待ってあげてください。


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雨のち、芽生え④

「兄さん!」

「正博……そうか、ここでバイトしてるのか」

「いや、バイトじゃなくて……僕、大学辞めたんだ」

「まぁ、後悔が無いならいい。でもそれで巴を幸せに出来んのか?」

「あはは、今は無理だけど……今、頑張ってるんだ。兄さんほどではないけど」

 

ここに正博がいることが驚きだが、大学を辞めたと聞いてまた一つ驚きが入ってきた。

そのうち正博から「僕、来年に父親になるんだ」とか言い出すんじゃないだろうか。

まぁ反対する人間なんていないし、こいつならなんだかんだ上手くやっていくと思うけど。

 

「その……兄さん」

「なんだ?」

「今、手持ちがこれぐらいしかないけど、受け取ってほしいんだ」

 

そういって正博は財布から2万円をとりだした。

その二万円を俺の方に渡してくる正博に、俺は手で静止した。

 

「僕、兄さんにも償いたいんだ。だから……」

「お前、まだ一人前じゃないだろ?」

「え、あ、う、うん……で、でも!」

「立派になってからでいい。それにお金で解決できることじゃねぇだろ。その『償う』と言う気持ちだけで俺は十分だ」

「やっぱり、兄さんは兄さんだ」

 

それでも二万円を中々財布に入れようとしない弟に、はぁとため息がこぼれる。

普段は気が弱いくせに、変なところで頑固なのは昔と変わらない。

 

「また、兄さんは何かやるつもりなの?」

「物騒な言い方するんじゃねぇよ、バカ」

「……否定はしないん、だね」

 

正博の「否定はしないんだね」と言う言葉が、なぜか俺の心に響き渡った。

さっきまでは明るい口調で話していたのに、急に人を心配するような、そんな哀愁がこもったような声に変わったからだろうか。

それとも別の理由があるのだろうか。

 

「安心しろ。お前の生活を壊しかねるような真似はしない」

「巴ちゃんはまだ……兄さんの事、悪い人だと思ってる……だから!」

「それでいい。変に同情されるのは大っ嫌いだからな」

 

コーラを飲み干してから、手に持っていたビンを所定の場所に捨てながら俺は歩き始める。もちろん向かう場所はライブが行われる場所。

今回は変な胸騒ぎがするから前の方でライブを観たいと思っている。この胸騒ぎが杞憂で終わってくれると良いんだけどな。

 

まぁ、俺がモカに何かやったら巴やメッシュ女に更に嫌悪感を抱かれるんじゃないか。

もしかしたら明日、背後から刺されるかもしれない。メッシュ女ならやりかねないから乾いた笑いしか出せないのも問題だな。

 

「僕が言うのも説得力なんて無いし、そもそも言う資格も無いけど……僕は兄さんの味方だから」

「俺の味方をする暇があったら、もっと別の事に集中しろ」

 

俺をどん底に陥れた張本人が言うようになったなと心の中で笑う。

でも心の中ではそんな感情を抑えられなかったらしく、口角がグニッと上がったのを感じた。

 

 

 

 

ライブが始まってもう2時間が経過した。

残すバンドは1組となり、観客のボルテージが徐々に上がっていく。

 

そんな盛り上がりを見て、モカたちがどれくらいの人気があるのかなんて手に取るように分かった。

 

 

彼女らの登場が待ちきれずペンライトを振り回す人。

メンバーの名前を叫びだす人。

まだ始まってもいないのに飛び跳ねる人。

 

 

 

そして、ライブの最後を締めるにふさわしいバンドが姿を現した。

でも、周りの観客はみんな少し不思議そうな顔をした。

 

そして俺も、すぐにライブが行われる会場を走って離れた。

 

なぜなら、ステージに立ったバンドの人数は4人(・・)で、ギターをかき鳴らすであろう彼女の姿が無かったのだから。

 

俺が重たいドアを力いっぱい押して外に出た。

 

「今日はモカが体調不良だから、4人でやるけど着いてきて……」

 

その時に聞こえたメッシュ女の声に、全力で舌打ちをした。

 

 

 

 

もう何分経っているのだろう。数分だけ?もしかしたら数十分が経過している?

一曲が終わるのはおよそ4分。モタモタしていたらライブが終わってしまう。

 

俺はまずライブハウス内を走りながらだけど確認する。

でも、俺の探している人は見つからない。関係者以外立ち入り禁止の楽屋の扉も開いたが、そこに彼女の姿は無かった。

 

普段は走らないから運動不足なのか、それとも他に原因があるのか分からないが心臓が嫌な音を立てながら身体全体に響き渡る。

あのバカ(モカ)はどこで油を売ってやがるんだ、くそが。

 

 

俺は即座にライブハウス内に彼女がいないと結論付けた。

そこで俺は雨が吹き付ける外に出ていく。もちろん傘なんかさしている場合じゃない。傘を右手に持ってそのまま外に走り出す。

 

ライブハウスから出てすぐのところに、俺みたいに傘をささないでトボトボと歩く人影を見つけた。

背中にはギターケースを背負っている彼女は、俺の探していた人間だった。

 

「……そんなところで何やってるんだ?傘もささずに」

「……帰るところだよ?そっくんこそ、傘をささずに何をしているの?」

 

俺は自分で言葉を発してから気づいたが、自分の声が今の季節の雨に負けないくらい冷たいものだった。

対してモカは、周りの雨の音に消されているような弱弱しい声だった。

 

もしかしたら俺は腹を立てているのかもしれない。理由なんて分からないが。

だからモカの右手を強引に握ってライブハウスの方に引っ張っていく。

 

帰るところ?

ふざけるのもいい加減にしろ。

 

「痛いよ……離してよ!」

 

強引に握りしめた手は、同じように強引に振りほどかれる。

雨のせいなのか、もうすっかり冷たくなってしまっていた彼女の手。この雨は彼女の心までも冷たくしてしまったらしい。

 

「もうほっといてよ……そっくんにはあたしの事、何も分からないんだから」

「あぁ、確かにお前の事なんか何も知らない」

 

モカと出会ったのも最近なんだから知らない事の方が多いだろう。

彼女の好きな色とかは全く知らないし、パン以外を食べている姿も見たことが無いんだ。

だから嫌いな食べ物も知らない。

 

でも、そんな俺でも分かることがある。

 

「だったらどうしてそんな顔してんだ」

「これがあたしの普通の顔なんだけど~」

 

雨がさらに勢いを増して、俺たちに降り注ぐ。

モカもびっしょり濡れていて、前髪がピタッと顔にくっ付いてしまっている。だから彼女の目は隠れている。

 

にも関らず、どうして俺が「そんな顔」と言ったか分かるだろ?

 

するとモカは、口角を少しだけ上げて口を開いた。

 

「……ライブ前にね?あたし、音楽事務所からオファーが来てるから夢を叶えるためにバンドを抜けるって、言った」

「……ああ」

「夢については言わないね?言ったら言い訳になるから」

 

まるで自分の哀れな行動を笑ってほしいかのような、そんな痛々しい口調で話し始める。

 

「そしたらみんなは様々な表情をしてた。でも蘭はね~?あたしに怒ってた」

「そうか」

「うん……蘭はあたしがずっと傍に、横にいてくれるって思ってたんだと思う。実際はあたしよりずっと前を歩いているのにね」

「……で?」

「もう蘭には、みんなにはあたしは必要ない。あたしがいなくても前に進めるんだから」

 

どんよりとした黒い雲が空を覆う。

俺の手もそろそろかじかんできて冷たくなってくる。俺たちのすぐ上にある街灯は寂し気な光を降り注いでいた。

 

「後悔はないか?青葉」

 

俺は、最後にそんな言葉を彼女に投げかけた。

正直、モカの人生だからどうなったって俺は関係もないし、わざわざ介入する必要もない。

他人の未来を変える力があるのは主人公だけで、俺にはそんな力は無い。

 

「ないよ?モカちゃんはモカちゃんの道を行くから」

「なるほどな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけどそれは、本当に後悔のない決断をした人間に対しての事だ。

 

「だったら……どうしてお前は泣いているんだよ!!」

 

大雨の中、傘をささずに歩いているモカ。

そんな行動をとった理由は、雨に濡れることで涙をごまかすためなんだろ?

 

「泣いてなんか……ない、から……」

「青葉モカ!お前が一番やりたいことはなんだ!?言ってみろよ!」

 

腹から、いや、心から力を込めて言ってやった。

モカの冷め切った感情に少しでも響くように。

 

「お前の涙を雨で誤魔化して、それで良いのかって聞いてんだ!」

 

モカは口角の両端を下に少し下げた。

 

 

そして彼女は、勢いよく俺の胸のところまで飛び込んできた。

今日初めて彼女の顔を近くで見たけど、大雨では隠すことが出来ないぐらいの大粒の涙をこぼしていた。

 

冷め切った彼女の身体を、ゆっくりとだけど抱きしめる。

俺には女の子を抱きしめることとか、慰めることをする資格なんて無い。だけど今日のこの時ぐらいは許してほしい。

 

「つぐと、ひーちゃんと……ぐすっ、ともちんと……蘭と!大好きなみんなとバンドをやっていたいよ!!ぐすっ、ぐすっ……」

「だったら、今は泣いてる場合じゃないだろ?行くべき場所があるからな」

「でも、あたし……」

「大丈夫だ。まだ間に合う。お前ならな!」

 

俺は手に持っていた傘を急いで開く。そして開いた傘を彼女に手渡す。

指が冷え切ってしまったら、ギターを弾くことがままならなくなる。もう遅いかもしれないけどやらないよりマシだ。

 

そして俺はモカの右手を優しく、だけど気持ちを込めてライブハウスの方向へと走り出した。

モカも俺の手をキュッと握り返してきて、脚を必死に動かしていた。

 

 

無我夢中で走っていたから、ライブハウスにはすぐ到着することが出来た。

店内に入ると、俺の視界には弟が入ってきた。

弟はかなり驚いた顔をしていた。そんなに驚かなくても良いだろ。

 

「兄さん!?それに青葉さんも!?一体どうしたの……」

「事情は良いからサッサとタオル持ってこい、正博!」

「わ、分かった!」

 

正博はバタバタとしながらどこかに入っていった。そしてすぐに複数枚のタオルを握って帰ってきた。

モカを少し乱暴だけど、頭からタオルを思いっきり擦った。彼女は「うう~」とうなっていた。

 

「今から急いだら最後の曲までには間に合う、急ごう兄さん!青葉さん!」

 

正博の言葉をかわきりに、急いでステージ裏まで移動する。

もう、モカの手を握らなくても良い。彼女は自分の意志でステージに戻ろうとしているのだから。

 

ステージ裏に着くと、男性スタッフが少し驚きながらこっちを見てきた。

そりゃあ関係者以外の人間が、しかも全身ずぶ濡れの見知らぬ男がいたら驚くだろう。

 

でも傍にモカもいたから何かを察したのかもしれない。

 

 

モカがギターのチューニングを終えると同時にバンドの演奏が終わった。次がラストの曲らしい。

 

俺はそっと、モカの背中を押した。

モカは俺の方を見てうん、と軽くうなずきながらステージに出ていった。

その時の彼女の顔に、迷いなんて無かった。

 

モカが帰ってきたことにメンバーを驚いている様子が見ているこっちにまで伝わった。

観客は体調不良と聞いていただけだから、モカの登場に一層ボルテージが上がる。

 

モカはコーラスマイクを指でコツコツと叩く。

そして彼女の言った言葉に、俺は思わず口角を上げてしまった。

 

「遅れてごめんね?あたしはここにいるみんなが大好きだって、今気づけました。だからみんな……

 

 

 

これからもずっと一緒に音楽やろうね!!

 

 

 




@komugikonana

次話は9月13日(金)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
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~新しく高評価をしてくださった方々をご紹介~
評価10という最高評価をつけて頂きました シンノスケさんゴリラさん!
評価9という高評価をつけて頂きました col83さん!

評価9から10へ上方修正してくださった 邪竜さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~

「こんなめんどくさい事、もうこりごりだぞ……」

夜、仕事場の事務所の2階。
俺の住居スペースのベランダでタバコを吸っていた。こんな内容が濃い一日を送って置いて、明日は仕事だとか勘弁してほしい。

そんな想いが心を支配していたからなのか、普段よりも多くのタバコをふかしている。
具体的な数を言うならば、これで家に帰ってきてから4本目。

そんな時に彼女がやってきて……。

「あたしは、君にどうしても言いたいことがあるんだよね~」

~感謝と御礼~
今作品「change」のお気に入り数が早くも300を突破致しました!
たくさんの読者さんに支えられていてとっても嬉しく思います。こんな頼りない私ですが、これからも支えてあげてください。
そしてこれからも小麦こなを、「change」をよろしくお願いします!


では、次話までまったり待ってあげてください。



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雨のち、芽生え⑤

ライブハウス内は、外の寒い空気とは裏腹に熱狂に包まれていた。

しっかりとみんなの中に入ってギターをかき鳴らしているモカの姿は、俺が今まで見てきた中で一番輝いていた。

 

夕焼けの後には夜空が来る。真っ暗な空が明けたら朝の始まり。

そんな事を曲を通じて感じることが出来た。今のモカが演奏するにはうってつけの選曲じゃないかって心の中で思う。

 

 

彼女らは最高の形でライブを終えることが出来たらしい。

観客たちの興奮がしばらく冷めることが無かった、と言うのがその証拠だ。

 

ライブハウスのスタッフの誘導により、徐々に観客は外に出ていく。

もちろん中にはまだ残って余韻に慕っている奴らもいるが。

 

ステージの上では、幼馴染たち5人が真ん中に集まっている。

笑顔に包まれているところ、水を差して悪いんだけどあいつには一言言っておかないと俺の気が済まないんでね……。

 

「……おい」

 

俺はステージ袖からある人物の方向に一直線に向かって歩を進めた。

 

幼馴染たちは、俺に視線を集める。

モカは小さい声で「そっくん……」と言っていたけど、悪いな。今はお前にかまってやってる暇はないんだ。

 

「……あたしに何か用?今良いところなんだけど」

「そうだな。だったら簡潔に分からせてやるよ」

 

 

 

バチーン、と大きな音がホール中に響き渡った。

 

ここのスタッフが誤って機材を落としてしまった音ではない。

急に停電が起きて電気がショートした音でもない。

 

俺が、メッシュ女の左頬に力いっぱい平手打ちをした音だ。

余りの突然の出来事に幼馴染たちだけでなく、余韻に浸っていた観客たちも唖然とした顔をこちらに向けていた。

 

「……これが今まで我慢してた青葉の『気持ち』だ。お前が誰よりもいち早く気づいてやれよ、くそ野郎が」

 

俺はメッシュ女にビンタした後は用が済んだので住んでいる場所へと帰るためにライブハウスを後にする。

 

 

お前がしっかりしていたらモカも泣かずに済んだだろ。

なに全員そろってないのに曲を始めているんだよ。

 

そんな感情を込めてやった。

たしかに女の子を思いっきりビンタする男なんて最低だと思う。だけど俺は自分がとった行動に後悔はないし、正しいことだって思ってる。

例え、だれに理解されなくてもな。

 

 

 

予想通り、俺を批難する複数の言葉が背中を突き刺した。

でもそんな言葉が刺さったまま、ライブハウスを後にした。

 

 

 

 

 

「こんなめんどくさい事、もうこりごりだぞ……」

 

夜、仕事場の事務所の2階。

俺の住居スペースのベランダでタバコを吸っていた。こんな内容が濃い一日を送って置いて、明日は仕事だとか勘弁してほしい。

 

そんな想いが心を支配していたからなのか、普段よりも多くのタバコをふかしている。

具体的な数を言うならば、これで家に帰ってきてから4本目。

 

空は暗いけど、モカを止めた時のような雨は止んでいて空もどんよりとしたものではなくすっきりしている。

きっと明日は元気な太陽が姿を見せてくれるはずだ。

 

 

俺はベランダの外に予め置いてある灰皿で、吸っていたタバコをゴシゴシと擦る。

すると、突然視界が真っ暗になった。

 

 

「……だーれだ」

「誰でもいいから帰ってくれねぇかな」

「む~……そんな答えはメッだからね」

 

そう言って、さっきより一層目に当てている手の力を強める誰かさん。

ちなみに言わないけど、俺の背中にお前の胸が当たっているんだけどそこは気にならねぇのかな……。

 

まぁ、そんなことを言ったら言ったで話がややこしくなるからわざわざ口にはしない。

思っているだけだ。それだけでいい。

 

「今日の演奏、最後しか聞いてねぇけど良かったんじゃねぇの?」

「褒めるなら、ちゃんと褒めてほしいな~」

「お前、褒めたら調子に乗るだろ?それといい加減離れろ」

「だめだよ~、まだあたしが誰か当ててないじゃん?」

「……美竹か?」

「お仕置きじゃ~」

「痛い痛い!」

 

俺の後ろで目隠しをしている女の子、青葉モカは本気で目を指で押さえつけてきた。

モカの指圧から離れるために咄嗟に離れた。目は今もチカチカとしていて時々見える背景がぐにゃん、と曲がっているかのような錯覚を覚える。

 

少しきつめにモカを睨みつけたが、当の本人はニヤ~ッとした顔をしながら俺の方を見ていた。

彼女はパジャマを着ていて、上着は羽織っていない。寒くないのだろうか。

 

「ちょっとだけ、隣にいてもいい~?モカちゃんは少し人と話したい気分なのです」

「あっそ……明日仕事だから早めに要件は済ませてくれ」

 

俺はモカが隣に入れるようなスペースを開けるために少し右側に寄った。彼女はその空いたスペースに入ってきて、ベランダの柵に手を置きながら外を見ていた。

 

雨上がりの身体を冷やす風が、今だけは心地の良い風に思えた。

 

モカは少し真面目な顔をした。

そしてだんだん俺のそばに近寄ってくる。残念だけど、付き合いたての若いカップルや初々しい両想い幼馴染のような甘い空気は出せない。

彼女は俺の近くに寄って……

 

 

 

俺の左頬を摘んできた。地味に力がこもっていて頬がヒリヒリとする。

摘んでいる本人は「むに~」とか言いながら摘んでいる。

 

「地味にいふぁいんだけど」

「蘭に乱暴しちゃった男の子を成敗!って事?」

 

自分で摘まんできておいて、最後を疑問形にする辺りモカらしい。

モカに左頬を摘まれているから痛いがいふぁい、になってしまった。

 

俺だってやられっぱなしは嫌いだ。

そもそも美竹を叩かざるを得ない原因を作ったのは誰だったかを目の前の、楽しそうに他人の頬を(つね)っている女の子に問いただしてやろうか。

 

「ごめんなさいは~?」

「そもそも……」

「言い訳はダメだよ?」

「お前がオファーを断っていたら俺が出る幕なんてなかっただろ!」

 

負けじと俺もモカのほっぺたを摘む。しかも両頬。

親指と人差し指で彼女の柔らかい頬をむに~っと、ゆっくりと伸ばしていく。どんどんモカの口角が広がっていくのが地味に面白い。

 

 

お互い、頬を抓られた状態で目が合う。

 

 

そんな状態で夜なのに大声で笑ってしまった。もちろんモカも控えめに、だけど笑い声をあげている。こりゃ明日、ご近所さんに怒られるな。

ただイチャイチャするな、みたいな注意だったら全力で否定させてもらおう。

 

「でも、君のおかげであたしは大切な場所を失わずに済んだんだよね~」

「俺はただチャンスを与えただけだ。そのチャンスをモノにしたのは青葉だ。俺は何もしてないだろ?」

「モカちゃんがナデナデしてあげようか?」

「反吐がでるからやめろ」

「うぅ~ショック~」

 

俺はモカにナデナデしてほしくて、こんなにめんどくさい事をしたわけじゃないんだからそこのところは理解していて欲しい。

大切な人を失う、って事がどれほど辛い事なのか。そしてそんな経験をモカにしてほしくない。

そんな一心で動いただけだ。

 

まぁ、リターンのある行動を起こせば必ずリスクが付きまとうのが世の中の道理だ。

 

俺がモカに「居場所を確保」してもらうというリターンに対して、今まで以上にメッシュ女や巴などのバンドメンバー、そしてまだあの場にいた観客からは「最低の人間」として見られてしまうというリスクを得た。

 

もちろん、俺はそんなリスクよりリターンの方が大きいと睨んだから行動に移したのだけどな。

 

「あたしはどうして今ここにいるのか、君には分かる?」

「さぁな、他人の考えなんか分かるわけねぇだろ」

「本当は分かってるくせに~」

「知るか」

 

いや、本当は薄々とだけど勘づいてきている。

どうせ「今日はありがとう、そっくん」って言うんだろ、って。

 

「あたしは、君にどうしても言いたいことがあるんだよね~」

 

ここまでは俺の予想通りだった。

でも、ここから先は俺の予想を上回ってきて思わず頭の中が真っ白になった。

 

新雪が降り積もって、誰も足を踏み入れていない場所のような一面真っ白な頭の中。

そんな場所に一人の女の子が踏み入れてくる。

 

彼女の口は、声は、こう俺に聞き取らせた。

 

「これからもよろしくね!貴博君(・・・)っ!」

 

 

モカは、俺の事を「そっくん」じゃなくて「貴博君」と呼んだ。

しかも、夜のまっくらな夜景に溶け込んでいるにも関わらず、彼女の頬はほんのりと赤く染まっていた。

 

モカはん~、と少し難しい顔でうなりながら顔を少し傾ける。

俺が難しい顔をしていたからかもしれない。でも彼女の頬は赤いままだった。

 

「やっぱり貴博君よりも~……たっくんとか、たかくんの方が良い?」

「っ!……勝手にしろ」

「じゃあ、貴博君!」

 

俺の呼び方が決まったらしい。

モカはそれを言い終えた後「また明日ね」といって部屋から出ていった。彼女の手は、彼女の顔の近くで小さく左右に揺らされていた。

 

俺の事を犯罪者と知っていながら、俺の事を名前で呼んでくれた人間は初めてだった。

そんな初めての感情が、俺の心臓をキリキリと締めていく。

モカの事が好き、と言う感情ではない。素直に嬉しいんだ。

 

俺は寝る前に最後の一本、たばこに火を灯した。

 

煙を肺に目いっぱい吸い込んでから、口から副流煙を出す。

その時にふと、左手で持っていたたばこの先端を見た。

 

チリチリとだけど、しっかりと燃えているたばこ。

火が灯るという事はいつか消えてしまうっていう事。でもそれと同時に、火が灯るという事は何かが始まるっていう事でもある。

始まりがあれば終わりがあるんだから。

 

「……でもさ、消えない火があっても良いよな」

 

 

始まりがあって、終わりがない事があってもいいじゃないか。「油断大敵」という四字熟語の語源となった寺の炎も千年は燃えているって言うから夢物語と言うわけでもないだろう。

 

そしてふと、我に返る。

自分らしくない事を言っている自分は相当疲れているらしい。

 

たばこの火をそっと、優しく消した。

本当は消したくなかったけど。

 

 

 




@komugikonana

次話は9月24日(火)の22:00に公開します。
誠に勝手ながら一週間の休みを頂きます。ご了承ください。

新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
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~新しく評価を付けてくださった方々をご紹介~
評価9という高評価をつけて頂きました どっへーいさん!
評価8という高評価をつけて頂きました そこら辺のAC乗りさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援よろしくお願いします!


~次回予告~
「佐東君、うちの娘と何をやったの?」
「あなたの娘が勝手に俺のところに来るんですよ。どんな教育したんですかね」
「なるほど、勝手に来たうちの娘を抱いたのね……」

こんな会話で始まる一日は憂鬱だ。
あの場面を京華さんに見られたのが間違いなんだよな。

そんな会話の原因でもある彼女はこんなことを言うのだ。

「明日、あたしとデートしよ?貴博君」


~お知らせ~
次話まで一週間の休暇を挟みます。理由は簡単で執筆する時間を設けるためです。
ストックが残り15話くらいしかないので、作者はその間に頑張って書きますので許してくださいお願いします。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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記念すべき日に、初めてを①

桜の花びらも少しずつ散り始めてきた4月のある日。

モカのような大学生はきっと新入生の歓迎とかでバカ騒ぎするような季節だったりする。まぁ社会人にもそれは当てはまるんだけど、残念ながら今年の4月に入ってくる新入社員はいないらしい。

 

そんな華やかな季節と違って、今日の目覚めはあまり良くないように感じる。

今さっき目を覚ましたのだが、身体の半分、いや正確に言えば右半身が重たく感じる。

 

本当ならもう少し寝ておきたいのだが、少しでも意識を手放してしまったら始業時間までには起きれない気しかしなかったから重たい右半身に鞭を打って起きようとした。

 

だけど生半可な力では持ち上がらなかった。少し寝ぼけている頭を少しだけ回転させる。

右手は全く動かないけど、柔らかさと温かさも感じる。

 

「ぅん……すぅ~すぅ~」

「……」

 

ゆっくりと顔を右の方を見ると、なぜ俺の右半身が重たかったのかが分かった。

俺の右手にモカがくっ付いていて、しかも気持ちよさそうに寝ていた。

 

こいつがどうしてここで寝ているのかも疑問だが、これで何回目なんだと少し頭を抱える。

実はモカをバンド脱退危機から救えた日から、ごくまれにモカが俺と同じベッドで寝ている。

 

何が(たち)が悪いって、俺が寝付いて記憶が無いときにモカが布団の中に入ってきているらしい事実がある。

 

こんなことしてたらモカに彼氏が出来たらめんどくさいんだろうなって思う。

 

「ほら、起きろ青葉。それと右手が痛いから離れろ」

「うにゅ……う~ん、朝?」

「そうだ、速く支度してとっとと学校に行け」

「むむ~……もうちょっとぎゅ~っとさせてよ~」

「しなくていいから」

「やだ。ぎゅ~~~」

「はぁ……良いから離れろってめんどくせぇ」

 

今日は一段とくっついてきて面倒くさい。

俺も思いっきり引き剥がしたら良いのだが、そんな行動に移さないのもダメなんだろうなって想いがあふれてため息となる。

 

どうやったらモカが離れるのか考えてみたけど、俺の頭に浮かんだ案は一つだけだった。

それは「やまぶきベーカリー」の名前を使う事。嘘でも良いから京華さんが昨日パン買ってたぞ、とか言ったら絶対離れるはずだ。

 

俺は右手にくっ付いて離れないモカに言おうと口を開いた瞬間だった。

 

 

普段、この時間に空くことのない俺の部屋のドアが開く音がした。

 

「おはよう佐東く……あなたたち、朝から何やってるの?」

 

見つかると一番面倒くさい奴(京華さん)に見られてしまった事に俺は一段と重いため息を布団にこぼす。

 

モカはと言うと、急に抱きしめていた俺の右手を離して少し距離を置いて座った。

彼女の顔はこれでもかと言うほど真っ赤に染まっていた。

 

まるで、熟した甘いイチゴのような顔色だった。

今のモカからは、ビニールハウスの中のイチゴ園のような甘い香りがするんじゃないかなって思った。

 

 

 

 

「佐東君、うちの娘と何をやったの?」

「あなたの娘が勝手に俺のところに来るんですよ。どんな教育したんですかね」

「なるほど、勝手に来たうちの娘を抱いたのね……」

「面倒くさいんでその話、もうやめましょうよ」

「……今日の晩に薬局で妊娠検査薬、買わなくちゃいけないじゃない」

 

京華さんと共に働き始めてもう4ヵ月目に入るが、この人は本当に良く分からない。

仕事は出来るのは間違いないが、こんな風にオフの会話はモカと話しているような錯覚を受けることがある。

 

「それにしても、意外だったね」

「……何が、です?」

 

外に出かける準備をしていた俺に話しかけてくる京華さん。

また取るに足りないような話が来るような気がしたけど、彼女の口ぶりからは少し真面目な雰囲気がした。

 

提案用のデザインが入ったファイルをカバンの中に詰め込んでいたがその手を止める。

京華さんの顔を見てみると、まるで遠くを見つめているような細い目をしながら天井を見ていた。

 

「あの娘にも、そんな時期が来たのかって……」

「前にも言いましたけど、俺はそんな気持ち持ってないですよ」

「……勘が良すぎるのも厄介ね」

 

それはあなたにも当てはまるでしょ、と言う想いを載せてため息をこぼす。

ため息は床に着地して、デスクの隅に転がっていったように見えた。

明日、掃除をするときに箒で掃いてしまおう。

 

もう時間が無いので外に出る。

俺が仕事を取ってこないとこの会社の収入源が無いから責任は重大だ。まぁ、京華さんの描くデザインは適当に薦めても相手側は好感触だから楽だけど。

京華さん以外の雇われたデザイナー2人の描く絵は、そんなに魅力は感じない。

 

「外周ってきますんで。……それと京華さん」

 

自分の気持ちを正直に吐露するために、まじめな顔を作って彼女の方を見る。

京華さんは一瞬だけ、俺の方を向いた。その後はパソコンを叩きながらそっけない声で「なに?」と聞いてきた。

 

「俺より良い人間(・・・・)なんてたくさんいますよ」

「それもそうね」

 

俺は速足で事務所を出る。

もちろん時間に追われているからと言う理由もある。

 

 

でも、一番の理由は。

京華さんの言葉にはまだ続きがあるって分かってしまったからだ。

 

 

 

 

春風の中、お昼を求めてふらっと歩き回る。

今日もそれなりの数は提案できたし、仕事ももらえた。そのことを京華さんにはばっちり報告済みだ。

 

俺自身も少し慣れてきたし、少し遠い場所にまで出るのも視野に入れている。

俺の勤務時間が増えてしまうのは事実だが、ビジネスチャンスが拡大するのも事実。

 

こういう部分もリスクとリターンを考えて行動するのが人間だ。

京華さんにレンタカー代が経費で降りるのか、聞いてみるか。

 

 

歩いていると、丁度いいところに美味しそうな雰囲気があふれ出しているラーメン屋を見つけた。

以前まで店でラーメンを食べるのは贅沢だと感じていたが、今ではそれなりには財力はあるしたまには良いかと店に入る。

 

食券を買って店員に手渡した後はカウンター席に腰を据える。

店内は濃厚なとんこつスープの香りが漂っていて、においだけでお腹の虫を鳴らしてしまう。

 

「……今日ぐらいはちゃんと勉強してるのかぁ、モカは」

 

ふと、そんな事を思ってしまった。口にしてしまった。

俺の言葉のまま解釈してしまうとモカはあまり大学に行ってないように感じてしまう奴がいるかもしれないが、まったくその通りだ。

 

この前なんて朝から授業があるのに「期間限定のパンが今日出るから大学に行かない~」とか言っていた。

大学に行かせてもらってるんだから、たかが4年くらいは勉強したってバチは当たらないし、大学に行きたくても行けない奴だっているんだからさ。

 

 

ふと、右腕にぬくもりを感じた。

今日の朝、モカに抱き着かれていたこの右腕を優しくなでる。

 

最近は無意識にモカの事を考えるようになった。

今朝京華さんに言った通り、俺はモカに好意を持っているわけでは無い。

 

だけど気になる。と言うか放っておけない、と言う感情の方が多いかもしれない。

前までは他人の事なんてどうでもいいし、どうなっても良いなんて考えていた。そんな俺が変わったもんだな、と嘲笑する。

 

「お待たせしました。ラーメンです」

 

店員が俺の後ろからゆっくりとラーメンを置く。

白く濁ったスープの上にはバラ肉のチャーシューやネギ、きくらげがバランスよくトッピングされている。おまけにスープの色とは正反対のマー油が食欲をそそる。

 

日本人なら誰もが好きなこのにおいを存分に吸いながら、硬めにゆでられた細麺を無心に頬張った。

 

 

 

 

 

「ただいま帰りました」

「おかえり、佐東君」

 

少し暗くなってきた空を背景に、今日も外回りから事務所に帰ってくる。

依頼を貰えた件数をパソコン上で整理をして、明日の準備をしたら今日の仕事は終わりを告げる。

 

事務所内には俺と京華さんしかいなく、残り2人の従業員は先に帰ったらしい。

 

「佐東君、ちょっと良い?話したいことがあるから」

「はい?なんです?」

 

仕事終わりに京華さんからの伝言なんてあまりなかったから素直な疑問を顔に乗せながら彼女のデスク前へと向かう。

もしかしたら明日は遠くまで行ってこいだとか言ってくるかもしれない。その時はお昼に考えていたレンタカーの件を話してみればいい。

 

だけど、そんな俺の予想は音を立てて崩れていった。

 

 

「佐東君、明日から3日間有給休暇だから。来なくていいよ」

「……いきなり過ぎません?」

「最近の佐東君、働きすぎだから羽でも伸ばしたら?」

 

今日が火曜日だから3日も休んだら、次は土曜日だから仕事もない。実質5連休みたいなもんだ。

いきなりこんな休暇を取らせるのだから、何回かは休日に働かなくてはいけなくなるような場合が来るんじゃないかなんて深読みまでした。

 

「貴博君、これからしばらく休みなの?」

「……今度はどっから湧いて出てきたんだ、お前は」

「あの辺りからだよ~」

 

掃除用具入れの方向を指さしながらフワフワとした表情をしているモカ。

俺はそのままモカを掃除用具入れにぶち込んでやろうかと思ってしまった。

 

そういえばモカが学校帰りにここの事務所に立ち寄る回数も増えた。

ライブ前なんかはほとんど事務所に顔を出していなかったのに、最近はほぼ毎日いるような気がする。

 

「じゃあさ、貴博君」

「……却下」

「まだ何も言ってないじゃ~ん!」

 

嫌な予感がしたから要件を聞かずに断っておいた。

モカは頬っぺたをプク~ッと膨らませながらジト目で俺の方を見てくる。

 

京華さんはそんな俺たちのやり取りを柔らかい表情で見ていた。まるで子供の幼馴染が家に来て遊んでいるのを見守っているかのような、そんな安らかな表情だった。

 

「分かった、聞くから」

 

いつまでも頬を膨らませて見つめてくるモカを見かねて言葉をかけた。

その言葉を聞いたモカが待ってました~、と言わんばかりの笑みを浮かべる。なんだかすべてがモカの思惑通りに動いているように感じて少し腹が立つ。

 

モカは満面の笑みで口を開いた。

 

 

 

 

「明日、あたしとデートしよ?貴博君」

 

 




@komugikonana

次話は9月27日(金)の22:00に公開します。
新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
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~高評価をつけて頂いた方々をご紹介~
評価10という最高評価をつけて頂きました game-soulさん!
評価9という高評価をつけて頂きました 逃避迅さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう。
これからも応援よろしくお願いします!

~次回予告~
「……似合ってるぞ」

俺はこれからどこに行くのか分からないけど、前を進んでいく。
流石にモカの顔を見ながら言ったら照れてしまいそうだったから歩きながら、そして下の無駄にきれいに(なら)されたアスファルトを見ながら言った。
デートなんだから良いだろ、これぐらい。

すると後ろからモカが小走りで来たと思いきや、俺の左手に抱き着いてきた。
おいおい、デートだからって流石にやりすぎだろ。

俺がそんな事を視線に乗せてモカに行ったけど、モカは顔をほんのりと赤くしながら上目遣いで見てきた。
彼女の両手は俺の左手をがっしりと捉えている。

そして上目遣いのまま彼女はこう言った。

「分かってるなぁ、貴博君は」


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記念すべき日に、初めてを②

平日にも関わらず、目覚ましのアラームを聞かなくても良い朝はとても気分が良い。

他の社会人は機械のように今日も決まった時間に起きて出社するのだろう。他人と違った行動が出来る、と言うだけで優越感に浸れるのだから人間って単純でバカな生き物だと思う。

 

そんな今日は朝から目覚めの一本をベランダでゆっくりと吸ってから、服を着替える。

赤色のパーカーの上に黒色のジャケットを羽織り、黒のチノパンを身に着ける。仕上げは少し髪の毛をワックスで整え、香水を軽く手首につける。

 

今日は平日にも関わらず、モカとデートの日だ。デートと言っても俺たちは恋人の関係では無いから曖昧な部分はあるが、男女が二人で外に出かけたら立派なデートなのかもしれない。

 

モカは水曜日は授業を履修していないらしい。らしいというのは青葉本人が言っているだけで、真相は分からない。

 

「そもそも、今の時期にどこに行くつもりなんだろうな」

 

春の始まりにふさわしく綺麗に、そして爽やかに晴れ渡った天候に触れながら外を歩き始める。向かう場所はモカの家で、事務所からすぐの場所にある。

 

小鳥の(さえず)りが様々な気持ちを後押ししてくれているように感じる中、家の前で携帯を触りながら塀にもたれるモカの姿を見つけた。

彼女は黄色いパーカーに藍色で袖が白色のスウェットブルゾン、そして緑色のミニスカートを身に着けていた。さすがにまだ寒いので脚は黒色でデニール数の高いタイツを履いていた。

 

「……なんだ、外で待ってたのか青葉」

「もう!貴博君遅いよ~。外もちょっと寒いし」

「家の中で待ってればよかったじゃねぇか」

「分かってないなぁ、貴博君は」

 

何が分かってないのかがさっぱり分からなかった。モカはどうかは知らないけど俺は一応デートの経験がある。もちろん当時、俺にとって大事だった人と。

その時もあいつは「分かってないなぁ」って言っていたような気もする。気のせいか?

 

「じゃあ、これからかわいい美少女とデートにしゅっぱつ~」

「なぁ、青葉」

「なに~?自分で『美少女』とかいう女の子は大体容姿は良くない、とか言うつもり~?」

 

まぁ、確かにモカの言ったことも思った。自分で「美少女」とか言っている奴は大体勘違い女だったりする。

だけど俺はそんなことを言いたかったわけでは無かった。それにモカも普通に美少女の部類に入る。モカは稀なケースだ。

 

「ちげぇよ……お前、髪の毛切っただろ?」

「えっ!?」

「……似合ってるぞ」

 

俺はこれからどこに行くのか分からないけど、前を進んでいく。

流石にモカの顔を見ながら言ったら照れてしまいそうだったから歩きながら、そして下の無駄にきれいに(なら)されたアスファルトを見ながら言った。

デートなんだから良いだろ、これぐらい。

 

すると後ろからモカが小走りで来たと思いきや、俺の左手に抱き着いてきた。

おいおい、デートだからって流石にやりすぎだろ。

 

俺がそんな事を視線に乗せてモカに行ったけど、モカは顔をほんのりと赤くしながら上目遣いで見てきた。

彼女の両手は俺の左手をがっしりと捉えている。

 

そして上目遣いのまま彼女はこう言った。

 

「分かってるなぁ、貴博君は」

 

 

 

 

俺たちはまず初めにショッピングモールにやってきた。平日の午前という事もあって客は少なくて居心地がいい。年齢層が高めだから少し(いぶか)し気な視線で見られるのは少し癪に障るが気にしないでおく。

 

流石に付き合ってもないのに密着しすぎだとしっかりと言葉にしてモカに伝えたので今は俺の左隣を歩いている。

 

まずショッピングモールデートでは服を見るのが定石だと思っていたが、俺たちが一番最初に立ち寄った場所は楽器店だった。

 

モカはギターの弦を買っておきたいらしい。

俺はそんなモカを待ちながら、アコースティックギター売り場をゆっくりとみる。

 

どうしてだろう、久しぶりにギターを弾きたくなってきた。

 

そんな衝動を抑えきれず、目に入ったギターを店員に言って試奏させてもらう事にした。

店員がすぐにチューニングを終えて俺にギターを渡してくる。

 

ピックを借りて、およそ4年ぶりに弦をかき鳴らす。やはりブランクは感じられるものの、不思議と当時弾いていた曲のコードは覚えていた。まるで運命がやがて辿る道をさりげなく導くかのように。

 

「貴博君ってギター、弾けるんだ」

「弾けるってレベルじゃないけどな」

「でも、聴く限り上手だよ?」

「そいつはどうも」

 

俺は記憶の通りコードを奏でていく。モカは少し考えているような顔をしていたけど、俺の弾いている曲が何なのかが分かったのか目を少しだけ大きくさせた。

 

「貴博君、その曲ね?最後まで弾ける~?」

「あぁ……多分な」

「モカちゃん、貴博君の演奏聞きたいなぁ~」

 

俺は面倒くさそうな顔を前面に出しながらだけど、モカの希望通りイントロを終えるとそのままAメロのコードをかき鳴らす。

 

すると、モカが俺の演奏に合わせて歌を歌い始める。彼女の歌声は透き通っていて、いつまでも聞いておきたくなるような歌声だった。

 

俺の頭の中に走馬灯が走る。高校一年生の、まだ人生が音を立てて崩れる前の事。

そして俺がライブハウスでコーラを飲みながら思い出していた映像と同じものがフラッシュバックする。

 

アウトロの最後のコードをゆっくりと奏でる。そして6弦からゆっくりとピックを下へと下ろしていく。

ジャララン、と言う音が何故か切なく響いたような気がした。

 

モカは何か言いたそうな顔だったけど、そんな表情はすぐに隠して笑顔になった。

まるで、俺がどんな気持ちでギターを弾いていたかを知っているかのようなそぶりだった。

 

 

 

 

 

「貴博君、プリクラ撮ろうよ~」

「それだけは勘弁してくれないか……」

「デートだから良いじゃん?」

 

お昼ご飯をフードコートと言う、いかにも学生らしい場所で食べた俺たちは午後もショッピングモールの中を歩き回っていた。

そこでモカはゲームセンターを見つけてしまい、プリクラを撮ろうなんて提案してくる。

 

悪いけど、俺はプリクラが大嫌いだ。なんだか子供っぽいし、何より恋人関係でもない男女が撮っても仕方が無いだろう。

 

「ほらほら~、速く行くよ~」

「おい!引っ張るなって!」

 

そんな俺の想いなど意も関せずモカは俺の左手をグイグイと引っ張ってはプリ機の中に入れ込もうとする。

対する俺は引っ張られまいと必死に足を踏ん張る。俺はもう笑顔を無くしてしまったから楽しむことなんてできないんだよな。

 

「貴博君……そろそろ素直に従った方が良いんじゃないかなってあたしは思うんだけどなぁ」

「あぁ?なんでだ?」

「周り……見てみて?」

 

俺はモカの言われた通り周りを見渡す。

なぜか俺たちの周りには人が集まっていて、微笑ましい笑顔を送る人たちやイチャイチャするんじゃねぇよみたいな雰囲気を出しまくる人たちもいる。

 

流石の俺もこんな状態では目立ってしまうので仕方なくプリ機の中に入る。

動画を撮っているバカは後で叩き潰すから覚悟しとけ。

 

プリ機の中はほんのりと温かくて、晴れた日の芝一面の公園で寝ころんでいるような感覚にとらわれる。

モカの方を見ると、こっそりお金をプリ機に入れていた。彼女は悪い顔でニヤリとしていた。

 

逃げられないと観念した俺はプリ機の壁の方にもたれる。モカは慣れた手つきで写真のフレームとかを選択している。

プリ機から出る、甘ったるい声がやけに耳に残る。

 

「せっかく撮るんだから、楽しまないとねー。いえーい」

「……」

「貴博君、笑って~」

 

モカが俺の横に立ってピースしている。俺も口角をぎこちなく上げて、震える手を抑えながらピースをする。

 

プリ機から流れる「いつまでも仲良し2人組!」とか甘ったるいセリフを甘い声で再生するから笑えねぇよ。

同じ条件なのに天真爛漫な笑顔を出せるモカが、羨ましい。

 

何枚か撮っていく。プリ機の指示に従ってモカは俺に腕を組んできたりとノリノリだったりする。俺はずっと同じポーズなんだが。

 

もうすぐ終わりの時間。

次はプリ機がどんな甘い言葉を出すのか心配になってきた。

そんな俺の心配は杞憂には終わらなかった。

 

 

「大好きな気持ちを込めて、ほっぺにちゅー!」

 

バカか、このプリ機は。

流石のモカも横で固まっていた。しかもやけに顔が赤くなっていた。でもプリ機は待ってくれず、勝手にカウントダウンを3からと開始する。

 

俺はせめてもの抵抗で、ピースもせず突っ立っていることを選択した。

1、 と言う声が聞こえて、シャッターの音が鳴るはず。

 

シャッターの音が鳴る少し前。

俺の左肩に少しだけ体重がかかる。これは恐らくモカが両手を置いたのだろう。

ぼんやりとだけど背伸びをしているのだろう、つま先を伸ばしている。

 

そしてシャッターの音が鳴る直前。

左頬にぬくもりを感じた。

 

 

 

 

写真を撮り終えたら、撮った画像を編集する場所に移動する。

顔を真っ赤にした彼女は何やら文字を書き込んでいた。

 

「なぁ、青葉……お前」

「あたしね、貴博君に助けてもらったでしょ?貴博君がいてくれなかったら今頃バンドを抜けてて……どうなってたんだろうね?」

「……」

「でも、貴博君は導いてくれた。あたし、まだお礼できてなかったから……。ほっぺのちゅーは……かわいいモカちゃんからのご褒美、ってかんじ~?」

「……あっそ」

 

 

まだそんな事をモカは想っていたのか。

もう過ぎたことなんだし、今は今まで通りにバンド活動出来ているって本人からも聞いた。

前を向いて歩きだしてるんだから気にしなくても良いんだけどな。

 

彼女は画像の加工をし終えたらしい。外に出ていった。

俺も彼女の後をつける。ゴツイ自販機みたいな場所からさっき撮ったプリクラが出てくる。

 

「はい、貴博君!大事にしてよね~」

 

 

受け取ったプリクラを見る。

最後のプリクラ。モカが背伸びをして、俺の頬にキスしている写真。

 

その写真の人物の下にはそれぞれ「モカちゃん」、「貴博君」と書いてあって。

 

 

 

そして真ん中あたりにかわいらしい字で「はつでーと」と書いてあった。

 

 




@komugikonana

次話は10月1日(火)の22:00に公開予定です。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからもサクッと飛べますよ!

~高評価を付けて頂いた方々をご紹介~
評価10という最高評価を付けて頂きました herethさん!
評価9という高評価をつけて頂きました Solanum lycopersicumさん!
同じく評価9という高評価をつけて頂きました Faizさん!
同じく評価9という高評価をつけて頂きました 青ガメラさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~

モカに左手を引っ張られながら何分ぐらい歩いただろうか。すっかり空模様は夜にシフトされていて、幾つかの星がピカピカと光を発している。
かなり都心の方まで歩いている。周りはビルなどの大きな建物が夜空とは対照的に人工的な光が不気味に広がっている。

「ここだよ。モカちゃんのセンスが光ってるね~」
「有名なところだよな、ここって」
「らしいね~。でも今日は特別だからオッケーという事にしよう」

まだデートは、続く。

~お詫び~
今作品「change」の6話において誤字が確認されました。
みなさんにご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。
そして報告してくださったWhiteさん。ありがとうございました。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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記念すべき日に、初めてを③

ずっとショッピングモールの中にいたから、外に出てみると太陽が赤く染まっていてもうすぐで地平線の下にもぐってしまいそうな時間になっていた。

 

4月とはいえどまだ晩冬の肌寒さが名残惜しく残っていたりするこの季節は、俺は意外と好きだったりする。好きになった理由は忘れた。

 

「次はどこに行くんだ?」

 

俺はそんなことを口にした。どうやら俺はもう少しだけモカと一緒に行動したいらしい。

丁度ごはんを食べるのには良い時間帯と言うのもある。モカはパンが好きだからフランス料理店でパスタとかごちそうするのが良いかもしれない。

 

「次はね~?ごはん!」

「そうか……だったら俺が良いお店を」

「実は昨日、お店に予約したんだよ~。褒めて?」

「予約?」

 

モカがディナーまでデートプランに入れていることに少し驚いたが、それよりもビックリなのが「予約」したという事実。

昨日、急に京華さんから有給を言い渡された。その後すぐにモカが飲食店に予約を入れたという事なのか?

 

平日だから予約を入れれるだろう。

だが逆に考えれば、平日にもかかわらず予約を入れなくてはいけないようなお店なのか?

 

「うん!せっかくだから美味しい料理、食べたいじゃん?」

「それは分かるが、お前……」

「大丈夫だよ~。意外と資金繰りはしっかりしてるんだよ~」

 

フワフワとした表情で俺の言いたいことを先読みして言ってくるのが母親譲りなんじゃないかって思う。

実際モカはバイトもしているしお金に関しては普通の大学生のように「好きなものに使うためにバイトをしている」みたいな感じだろう。

 

そんなお金を俺といるために使ってくれるのが、少しだけ嬉しく思う。

 

そんな手持無沙汰な干渉に浸っているとき、俺の左手にぬくもりを感じた。

モカが、キュッと包み込むように優しく俺の手を握っていた。

今日のモカはやけに積極的に感じる。デートと言う名目だからかもしれないけど、さ。

 

「貴博君の言いたいことは分かるよ?」

 

まだ何も言っていないのに、まるで俺が心に秘めていた感情を(すく)い取ったかのような声でモカは言葉を紡ぐ。

 

モカがどうして今日は距離が近いのかなんて彼女に聞かないと分からない。

俺はどうしてそんな行動をとっているのかの予想はぼんやりとだけど、つく。

 

俺は心でこう想っている。

どうか、俺の予想は「外れて」いてほしい。

 

もし、モカが俺に好意を寄せているという予想が当たってしまっていたら……。

モカを不幸にさせないためにも、彼女を拒絶しないといけない。

彼女に「犯罪者の嫁」というレッテルを背負わせるわけにはいかないから。

 

「でも、デートだから……今日だけはオッケーという事にしようよ」

「……今日だけだからな」

 

だったら俺も今日だけ、自分の感情に正直になろうって思った。

もう少しモカと一緒にいたい。

 

そして、一生口では言えないような想いにも素直になろう。

こんなありふれた当たり前みたいな生活を送れて、誰からも必要とされているお前に……。

 

俺はモカのような人間になりたい。

一種の羨望。憧れだからモカには楽しく生きてほしい。

 

 

「それじゃあ、しゅっぱーつ!」

 

憧れだから、お前が悲しんでいる顔なんて見たくない。

 

 

 

 

 

モカに左手を引っ張られながら何分ぐらい歩いただろうか。すっかり空模様は夜にシフトされていて、幾つかの星がピカピカと光を発している。

かなり都心の方まで歩いている。周りはビルなどの大きな建物が夜空とは対照的に人工的な光が不気味に広がっている。

 

「ここだよ。モカちゃんのセンスが光ってるね~」

「有名なところだよな、ここって」

「らしいね~。でも今日は特別だからオッケーという事にしよう」

 

俺の目の前には会社なども入っている大きなビル。そこの20階では夜空を堪能しながら食べられる場所があるって前に雑誌で読んだことがある。

なんでも「デートでぜひ行きたいお食事処」3年連続1位の店らしい。

 

俺とモカは手を繋ぎながらエレベーターに乗り込む。

モカは「20」と書いてあるボタンを押す。そのまま扉が閉まってエレベーターが俺たちを目的の場所へといざなっていく。

 

「ドキドキするね~」

「どんな美味しい料理が待っているんだろうな」

「そっちの意味じゃ、ないんだけどなぁ~」

「なんだそりゃ」

 

モカはジト目で俺の方を睨んでくる。

もしかしたら金銭的な面でドキドキしているのか?それこそ口に出すのは野暮ってもんだし、デート中にお金の心配する奴はマナーがなってないだろ。

 

それともモカは高所恐怖症なのか?もしそうならわざわざこんな場所でディナーの予約なんて取らないはず。

 

少し頭を傾げていると、エレベーターが目的の階に止まった。

エレベーターの、目的の階に着いた時の一回下がるような感覚はいつになっても慣れることが無いと思う。

 

扉が空いた。モカは真っ先に出て言って、くるっと俺の方を向いた。

そして彼女はニヤニヤ顔でこういうのだ。

 

 

「貴博君のにぶちん」

 

 

にぶちんってなんだよ。

 

 

フロアは高級感に溢れていて周りはお洒落かつ上級感の感じる人間ばかりで場違い感を感じた。

黒のタキシード姿の受付にモカは何やら話している。恐らく予約の確認とかだろう。

程なく案内してくれるらしく、タキシード姿の男の後ろについて行く。

 

案内された場所は人気な場所なのでは無いだろうか。座席は窓際の席で、右を見ればそこには街々の街灯が小さく見え、夜空は今はこっちが主役だと言わんばかりに星が輝いている。

 

早速前菜として、見るだけで美味しいと分かるような野菜スープが俺たちの前に置かれる。

スプーンを右手で持って、奥から手前へとスープを掬い取る。こういう場所だからこそ、食事のルールは最低限守るように心掛けた。

 

モカは少し不思議そうな顔をしながら、俺がスープを飲んでいるのをまじまじと見ていた。

なんだ?口にスープが付いているのか?

 

「……そんなにまじまじ見られたら食べにくいだろ」

「えっと、貴博君って左利きだよね~?」

「ああ、そうだ」

「でも、今は右手でスプーン持ってるからどうしてかなって思っちゃったわけです」

「スプーンは右手で持つのがルールだからな」

「へぇ~、知らなかったなぁ」

 

知らないなら仕方がない。まだ俺たちは20にもなっていない子供だからな。

でもこの「知らない」と言う事を恥だと思って「知っていく」ことが若いうちは大事なんじゃないかって思う。

一回目の失敗は誰でもあるが、同じ失敗を二回するのはただのバカだからな。

 

タキシードを着た男が今度はパンを運んできた。これはサービスらしく取っても取らなくても良い。

まぁスープにも合うだろうし二つ貰っておく。モカは4つ貰っていた。

 

「ここのパンも美味しいね~」

「そりゃあ、そうだろ」

「でも~……さーやのところのパンも負けてないからすごいよね」

「……それを俺じゃなく山吹に言ってやれ」

 

またモカは俺をジト目で見てくる。今日はよくジト目で見られる日だ。

俺は右側を見て夜景を目に焼き付ける。普段見ないけど、たまに見るとこんなにも夜景ってきれいなのかって思う。

 

「貴博君……さーやのこと、絶対知ってるよね?」

「あぁ?それを知ってどうするんだ?」

「むぅ~……」

「それに今は青葉とデート中なんだろ?他の女の名前なんて出すもんじゃない」

「どうしてさーやが女の子だってこと、知ってるの~?」

「そんな名前の男なんていないだろ」

「むむぅ~……」

 

そんな事を話していたらメインデッシュが運ばれてきた。タキシード姿の男は「牛テールの赤ワイン煮込み」なんて言っていたけど、すべてが聞きなれない言葉で頷くことしかできなかった。

 

牛テールなんてどんな触感なのか想像もつかないし、赤ワイン煮込みなんて言われても味の想像がつかない。

ただ分かるのは、匂いと見た目で間違いなくこの料理は美味しいという事。

 

右手のフォークで肉を抑えながら左手のナイフを入れる。驚くほど簡単に切れて、尚且つ中から溢れ出る肉汁はすぐにでも口の中に入れたいという衝動を生み出す。

 

衝動のまま口の中に入れると、もう、こう表現することしかできなかった。

それはモカとて同じだったらしい。

 

「「うまっ」」

 

 

 

 

「美味しかったね~」

「そうだな。たまにはこういうのも良いな」

 

すべての料理を食べ終えて、夜景を見ながらモカと会話をする。

今日一日モカと一緒に歩いて、話して、ギターを弾いて、食事をして。

 

今日と言う時間はとても速く流れたように感じる。それはきっと、それだけ有意義な時間を過ごせたという事なんだろう。

こればかりはモカに感謝しなくちゃいけないな。

 

すると突然、明かりが良い感じに暗くなった。

停電だろうか、なんて考えたが夜景の下を覗くと街灯は今も健気に光を出し続けていた。

 

少し暗いけど、モカの顔ははっきりと見えた。

とてもニタニタしていて、まるでこの後に起きる出来事を知っているかのような顔つきだった。

 

するとタキシード姿の男が何か明かりの灯った食べ物を机の上に置いた。

明かりをともしていたのはろうそく。年の分だけさしてあるため明るいわけだ。

そっか。そういえば今日だっけ。もう何年も何もなかったから忘れていた。

 

そんな他人事のように思っていると、モカが大きな声で言うんだ。

 

 

「誕生日おめでと!貴博君!!」

 

 

モカの声をきっかけに暗かった店内は明るくなり、周りから拍手が鳴り始めた。

まったく、どうしてモカが俺の誕生日なんて知っているんだ……なんて考えていたけど頭の片隅にはニコニコとした、俺とそっくりな顔の人間が浮かび上がった。

 

俺はこんなキャラじゃないんだけどな。

そう思いながらもろうそくに灯った火をふぅ、と消す。すべての火が消えた時、再び店内は拍手の包まれた。

 

タキシードの男がケーキを切り分けてくれる。今から1ホールも食べられるのだろうか。

でも目の前では自分の事のように嬉しそうな顔をしたモカがケーキをすごい勢いで頬張っているのを見て、不安はさっきのろうそくの火のようにふっと消えた。

 

 

 

「今日は楽しかったね~」

「あぁ、ありがとな……青葉」

「貴博君からありがとうが聞けるなんて……大人になったんだね」

「お前は誰目線なんだよ」

「うーん……ママ目線?」

「あほか」

 

ディナーを食べ終えて、夜の街中を歩く俺達。もう後はお互いの家に向かう道をゆっくりと歩いている。

腕時計を見ると、21時を指していた。まだもうちょっとだけ、時間があるな。

 

「なぁ、青葉。こっちじゃなくて、あっちの道で帰らないか?」

「え?でもこっちの方が近いよ?」

「それは分かってる……ほら、今日はデートだろ?少し、遠回りして、帰らないか」

 

モカは少し目を見開いたけど、すぐニヤッとした顔に変わる。

顔が赤くなっているのは本人は気付いているのだろうか。

 

「それじゃ、あっちの道で帰ろう」

「ああ、決まりだな」

「貴博君、『ゆっくり』歩いてね?」

「……分かってる」

 

夜空は、今日もきれいに輝いていて。

俺の視界は今日だけはカラーに見えているように思えた。

 

 




@komugikonana

次話は10月4日(金)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてくださいね。作者ページからサクッと飛べますよ!

~高評価を付けてくださった方々のご紹介~
評価10という最高評価を付けてくださいました GOMI@0101さん!
同じく評価10という最高評価を付けてくださいました llightさん!
評価9という高評価を付けてくださいました 異境さん!
同じく評価9という高評価を付けてくださいました n-y-xさん!

評価9から評価10へ上方修正してくださいました 休憩さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~
外は生憎の空模様が続く。
と言うのも梅雨入りが発表されたから当たり前だと言えば当たり前なのだが、今年の梅雨入りは例年よりも大幅に遅れていてもうすぐ7月だというのにやっと梅雨入り。
一体梅雨が明けるのはいつになるのだろうか。

蒸し暑いこの季節にもかかわらず、俺の働く事務所はまだ冷房が入っていない。
京華さん曰く「冷房を入れるのは7月になってから」らしい。無駄な費用は抑えたいという、経営者らしい考えに基づいているらしい。

そんな日に、俺は重大なミスを犯してしまった。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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ありがとうの伝え方①

外は生憎の空模様が続く。

と言うのも梅雨入りが発表されたから当たり前だと言えば当たり前なのだが、今年の梅雨入りは例年よりも大幅に遅れていてもうすぐ7月だというのにやっと梅雨入り。

一体梅雨が明けるのはいつになるのだろうか。

 

蒸し暑いこの季節にもかかわらず、俺の働く事務所はまだ冷房が入っていない。

京華さん曰く「冷房を入れるのは7月になってから」らしい。無駄な費用は抑えたいという、経営者らしい考えに基づいているらしい。

 

「クーラー、入れてほしいよね~」

「その意見には同意するが、青葉はさっさと涼しい場所(大学)に行ってこい。お前がいるだけで暑苦しいから」

「うえ~ん、貴博君がいじわるする~」

 

俺とモカの距離感は適度に保たれているような気がする。

デートの時なんかはくっついて離れなかったが、今はくっつきすぎず離れすぎず。

 

ただモカはボディータッチが増えた気がする。悪い思いもしないし俺としては別にいい。

付き合ってもいないのに人前で俺の腕に抱き着いたりしてくるのは勘弁だが。

 

「佐東君、うちの娘とイチャついてないでこっち来て」

「はいはい、なんですか」

 

京華さんも最近は俺をからかってくるようになった。別にイチャついているわけでは無いが否定するだけ疲れそうな気がするから無視を決め込む。

俺が呼ばれただけなのにモカも同じようについてくるからこうやって疑われるんだ、とモカに目で訴えても彼女はそんな事知った事じゃないという顔をしている。

 

「はい、賞与よ。よく頑張ってくれました」

「あぁ、どうも」

「佐東君は人生で初めての賞与?」

「そうですね……」

「そう……ならお世話になった大人たちに使ってあげるのも手なんじゃない?貴方のご両親とか」

「考えときます」

 

賞与とは、簡単に言えばボーナス。給料とは別でもらえるお金だ。

ここの事務所は規模が小さい割にちゃんと賞与が年に2回ある。それに京華さん曰く、俺が頑張っているおかげで仕事の量も増えているらしい。

 

そっと明細書を開くと、自分が予想していた金額の倍くらいの金額が表示されていた。

後ろから覗いていたモカも「貴博君、お金持ちだ~」とかのんきに言っていた。

 

そんなモカの頭に一発、優しくだがげんこつを入れる。

人の給与明細は勝手に見てはいけないって親に教えてもらわなかったのか?

モカは「うぅ~……暴力はダメだよ~」と小さくうなっていた。

 

「京華さん、俺、こんな大金貰えないですよ」

「どうして?この会社で一番頑張った貴方が他の社員より多く賞与を貰うのは当然の事よ」

「俺はまだ1年も働いてないのに……そんなに貢献できている気もしません」

「そう、ならこれは私からのお小遣いだと思いなさい?それとも、ここの代表者の言う事を聞けないの?」

「そこまで言うのなら……」

 

俺は給与明細を受け取る。京華さんは「貰えるものは貰っておけば良いの」なんて言っているけど、俺がそこまで貢献できている実感がない。

モカも不思議そうな顔をしている。どうせ貴博君だったら悪い顔をしながら受け取るとでも思っていたのだろう。

 

程なくして、京華さんは珍しく外で仕事があるらしくどこかに出かけて行った。

ほぼ同じタイミングでモカも事務所を後にする。モカは出ていく前に俺に目を合わせながら口パクで何か言っていた。

 

恐らくだけど「良かったね、貴博君」とか言っていたような気がする。

そして女の子らしく小さく手を振ってからどこかに行く。

 

俺は少しだけ、モカがいなくなることに寂しさを感じる。どうせ外回りから帰ってきても会えるのに。

 

 

「……で、新入りのくせにいくら貰ったんだ?」

「35万だけど」

「ふざけてんな。こんなクソ中卒のどこに気に入ってんだか……どうせ社長の娘に何か吹きかけたんだろ」

「残念ですけど、あんたの思っていることはない」

「敬語ぐらい使えよな、クソガキが」

 

そう、最近はモカが俺に接してくる態度にも変化があったが、他の社員の風当たりもきつくなってきている。

どうせ年下で新入りのくせに京華さんに気に入られているのが気に入らないのだろう。

 

そんなしょうもないプライドしか持てない大人にどうして敬語を使う必要があるのだろうか。あんたを敬った事なんて今まで一度もねぇよ。

そんなこいつの名前は何だったかな?覚える価値もない。

 

 

俺は多少のいら立ちを持ちながら外回りの準備をする。本当はこんなに早く出ていかなくても良いのだが、こんな人間と同じ事務所にいるだけで吐き気がする。

京華さんがいなくなった途端に強くなる弱い人間と馴れ馴れしくするつもりは毛頭もない。

 

 

 

 

雨が降りしきる街中。歩いている人間は濡れるのを防ぐために傘をさしている。

すれ違う人間は晴れの日と違って、表情が傘によって隠れているからどんな顔をしているか分からない。

 

そんな無表情な街中を歩く俺は、仕事の依頼を受けた会社に向かう。

この会社は俺が関わっている中ではトップクラスに規模が大きく、個人的には最重要な得意先だったりする。

 

そんな大事な会合が始まる10分前にその会社の玄関に到着する。

ビニール傘についた雨粒を振り払って傘をたたむ。どうしてか払ったはずの雨粒がたくさん残っていて手が冷たくなった。

 

少し嫌な空気が俺の周りを渦巻く。

だが今はそんなことを気にしている場合ではない。受付に俺の名前と事務所名を言って要件を話す。そして許可証を首にかけてからエレベーターに乗り込み会議室に向かう。

 

エレベーターに乗っている途中、空を見る。

雨だから当たり前なんだが、暗くどんよりとした雲が覆われている。おまけにガラスは雨粒がいたるところについている。

 

「佐東さん、お待たせしました。こちらです」

「おはようございます。こちらこそお世話になっています」

 

担当者はエレベーターの前で俺を待っていたらしい。

担当者に導かれて、椅子に腰かける。

 

早速本件に入りたいらしい担当者にせかされ、俺は今日提出のデザイン案の入ったクリアファイルをカバンから取り出す。

……はずなのだが、入れたはずのクリアファイルがカバンの中に入っていない。

 

俺は何度もカバンの中を調べたが、何回探してもない。

俺の額からは嫌な汗が染み出る。

 

「……どうしましたか?」

 

担当者は俺が焦っていることに気付いて声をかけてくる。

大体察しもついているだろうに、いじわるなんだなと心で悪態をつく。

 

「申し訳ございません」

「まさか……その書類が今手元にないとおっしゃるのですか!」

「申し訳ございません」

 

こんな初歩的なミスをしてしまったのは何年ぶりだろう。いや、俺は確かに必要な書類はカバンの中に入れたはず。

でも、そんな心の葛藤を言ってもただの良いわけでしかないよな……。

過程はどうでも良く、結果が求められるのが大人の世界なのだから。

 

「それだったら今回の件は無しにします。上にも伝えておきます」

「ご迷惑をおかけしました」

「これでは時間も足りない……どうしようか」

 

担当者は慌てながら会議室を出ていく。

大事な勝負の場が、俺の思いもよらなかった方向に傾いて幕を閉じた。

 

 

 

 

外回りを終えて、急いで事務所に戻る。

今日の俺のミスはすでに京華さんには伝えてあるが、こんな大ごとな事を電話だけで済ますほど俺だって薄情な人間ではない。

 

事務所に入って真っ先に京華さんのデスクまで行く。

格好悪いところをモカに見せたくないから今日は事務所にいないでくれって願っていたが、俺の願いは届かなかったらしい。

 

モカは俺に声を掛けてくれそうだったが、俺の表情を見て口に出すのは辞めたらしい。

彼女は少し気まずそうに目線を下に下げていた。

 

「京華さん、本当に申し訳ありませんでした!」

「謝っても事態はもう良くなることは無いわね。それよりどこにファイルが置いてあったか分かる?」

「いえ……分かりません」

「貴方のデスクのど真ん中に置いてあったみたいよ。井川君がそう言っていたの」

 

井川と言うのは確か……朝方俺に陰湿な事を言ってきた社員の名前、だったはずだ。

カバンを整理した後に入れるのを忘れてしまって出て行ってしまったのか?

どちらにしろ、出かける前の確認を怠った俺が悪い。

 

「今回の仕事は佐東君のおかげでキャンセル?」

「……はい。無かったことになりました」

「うーん、痛手ね」

 

京華さんは額に右手を当てて少しうなっていた。

仕事をしていれば失敗はつきものだが、初めての失敗がこんな大きいと流石の俺も堪える。

 

「……身勝手ですみませんが、今日は退社させていただきます」

「うん、そうしなさい」

 

もう一度、深く礼をしてからそのまま事務所の二階まで上がる。

 

扉を開けて、ベッドに向けて思いっきりカバンを投げつける。カバンはチャックするのを忘れていたらしく、たくさんの書類がベッドの上に散らばる。

くそったれが……そして自分のミスを物に当たってしまう自分にも腹が立つ。

 

何故か手に持っているスケジュール帳がずっしりと重たい感じがした。

そんなスケジュール帳を手に持って扉の方に投げつけようとした時、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。

 

俺の部屋に来るのは京華さんか、モカしかいない。

それにこのタイミングで京華さんが来るとは考えずらい。必然的に誰が来たのかは分かった。

 

いつもは入っても良いぞ、なんて言うのだが今日は一人にしてほしかった。

だから俺はこう言ってやった。

 

 

入ってくるな

 

 

なのに、そんな警告を無視して入ってくる女の子がいた。

 

 




@komugikonana

次話は10月22日(火)の22:00に公開します。1週間空く理由は下記の「宣伝」をご覧ください。
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~高評価していただいた方々をご紹介~
評価9という高評価を付けていただきました 桜田門さん!

評価9から10へ上方修正していただきました キャンディーさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからもよろしくお願いします!

~次回予告~

「あちゃ~……荒れてますな~」

モカは何を少し困ったような、眉をハの字にしながらベッドの上の散らかった書類を一枚ずつ拾ってきれいに整理し始めた。

そしてモカは、俺を……。

「たとえ日本のみんなが貴博君を拒絶しても、あたしは受け入れるよ?」

ポカポカと、させてくれるんだ。

~宣伝~
10月10日(木)に小麦こな小説活動1周年記念短編小説を「Twitter」限定で公開します。明日にTwitter上で宣伝しますので「いいね」を押していただいた方限定でDMにてお送りいたします。ぜひ楽しみにしていてくださいね。
ちなみに短編小説は「月明かりに照らされて」のアフターストーリーです。
1周年記念はまだまだ企画中なので続報もあると思います。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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ありがとうの伝え方②

「おい、入ってくるなって聞こえなかったか?」

「あちゃ~……荒れてますな~」

 

モカは何を少し困ったような、眉をハの字にしながらベッドの上の散らかった書類を一枚ずつ拾ってきれいに整理し始めた。

 

そんなモカを立ったまま見つめている俺は何をやっているんだろう。

無意識に空気を握っていた手の力が増す。怒られるダサいところをモカに見られたくなかったくせに、それ以上にダサいところを見られている。

 

「今日は一人にさせてくれ。反省したいんだ……お前だったら俺が何を言いたいか分かるよな」

「分かるよ?でもあたしは今の貴博君を一人にしたくない」

「だったら叩き出すぞ?」

 

すべて俺が悪いのは分かってる。分かってるさ。

でもそんなミスを仕方ない事だよ、と同情されるのが一番嫌いなんだ。だからそんな言葉をモカから聞きたくない。

 

モカは俺の低く、ドスの利いた声を耳にすることなく書類を一枚、一枚丁寧に集めている。

彼女は少しだけため息を吐いてやれやれ、といった感じで言葉を放つ。

 

「失敗の一つや二つは、仕事に付き物って言うじゃん~」

 

俺の一番聞きたくない言葉が。

 

「だから、あんまり自分を責めたらだめだよ?」

 

大人げないのは俺の方だな。そう思っていても、口にしてしまう。

モカに悲しい顔をしてほしくないとか言っていた奴が、今から悲しい顔にさせるんだぜ?傑作だろ?

 

「今回のミスはやってはいけないミスだ!お前に言われなくても分かってるんだよ!!」

「貴博君……」

「それにお前には関係ないだろ!早く出て行って……」

 

そう言いかけたけど、やめた。

いや、やめざるを得なかったと言った方が正しいかもしれない。

 

突然モカが立ち上がって、涙目で、しかも今まで聞いたことないような大声を出したのだから。

 

「関係なくない!」

「……は?」

「あたしのママの下で働いてるから!蘭やともちんは関係ないけどあたしはある!それに……それに、貴博君はあたしにとって特別なんだよ!関係なかったらこの場所にすぐに来ないよ!」

「何、言ってんだよ」

「貴博君が辛い顔をしていると、あたしだって同じくらい辛いんだよ?」

 

さっきまでのイライラとした、モヤモヤ感が頭からきれいさっぱり消えていた。

そして残ったのは、俺の感情をチクチクする謎の痛みだけ。

 

普段はおっとりしていて、フワフワしている彼女がこんなに声を上げるなんて。

しかも顔はとても真剣なんだ。

 

「だから貴博君が抱えている不安、モカちゃんにも教えてほしいな」

「……怖いんだよ」

「……うん」

「また『拒絶』されるんじゃないかって。犯罪者だから拒絶されることは何回もあった。だけど慣れるもんじゃないんだよ……今回は仕事のミスで拒絶されるのかって思うと怖いんだよ」

「あたしたちは、拒絶しないよ?君の事」

「京華さんの事務所も小さいだろ?ああいうところは評判が命だ。俺が犯罪者って分かればすぐに拒絶されるさ……分かってても嫌なんだ、怖いんだ」

「犯罪者って言っても貴博君は……」

「大きい事件だろうが小さい事件だろうが同じ犯罪者っていうカテゴリーだ。そんな人間はこの世にいる資格もないし、笑う資格もないんだよな」

 

そんな時、俺の前が柔らかい物に包まれる。

モカが、前から俺の方に抱き着いてきたんだ。それも優しく、まるで大切な宝物を包み込むかのように。

 

ふわっと良い匂いが鼻をくすぐった。

 

「あたしは、そんな面を含めて貴博君を拒絶しないよ?」

「……はぁ、お前みたいなバカは全国に数えるくらいしかいないだろ」

「たとえ日本のみんなが貴博君を拒絶しても、あたしは受け入れるよ?」

「青葉……」

「だからね?貴博君もこの世にいても良いし~、幸せになっても良い。笑っても良いんだよ。次はね~……貴博君が幸せになる番!だと思うよ?」

「悪いけど、俺にそんな資格は」

「あたしはずっと、貴博君の味方だから安心してよ。ほら、ポカポカしてきたでしょ~?」

 

こんなにも優しく、そしてふんわりと包み込んでくれた事は人生で一度も無かったんじゃないか、って感じた。

自分の両親にもこんな事をされたことが無かったから、初めて人間のぬくもりというモノを感じた。モカの言う通りポカポカする。

 

俺がモカに甘えることは許されない。

だけど、モカの気遣いや温かさは十分に伝わった。それにこのポカポカも悪い気分がしない。むしろもうちょっとこんな雰囲気に包まれていたいぐらいだ。

 

これが、人が与える「安心感」なのかもしれない。

 

 

たっぷりと安心感を貰った俺は、胸元で顔をうずめているモカをゆっくりと離す。

いつまでも甘えていたらダメだ。

それに俺は、影の人間だ。こんな日の当たる場所は俺の居場所じゃない。

 

「悪い、青葉。ちょっと情緒がおかしくなってて」

「そっか……当たり前だよね」

「何がだ?」

「ううん、貴博君には関係ないよ?……もう夜遅いから美少女のモカちゃんは帰るのです」

「そうか……またな」

「そこは『もうちょっと傍にいてくれ』ってイケボで抱きしめながら言うのが正解なのに~」

「テレビの見過ぎだ、バカ」

 

そんな掛け合いをした後、モカは本当に部屋から出て行った。

 

俺はモカが整理してくれた書類をボーッと見ていた。

今日はモカに、いや、周りの人間に迷惑を掛けたな。

 

いつもならベランダでタバコを一本吸ってから、今日の出来事を反省しながら眠りにつく。

 

でも今日は違った。

何か心が訴えてくるような感覚に陥ったからだ。

 

根拠もないし核心もない。

でも本能が今いる場所から離れて事務所の一階に向かえ、と言い続けている。

 

そっと、出来るだけ物音を立てずに階段を下りていく。

すると、誰もいないはずの事務所に少しの明かりが漏れていた。少しだけ、誰にもバレないようにドアを数ミリだけ開けて中を伺う。

 

電気がついているのは俺が普段仕事で使っているデスク。

そこに、寂し気な背中をしたモカが座っていた。

 

「ごめんなさい、貴博君……。あたしを助けてくれて、デートもして優しく接してくれてたのに……一番の君のキズの事を忘れちゃってて……ぐすっ、ぐすっ」

 

ドアの向こう側で、隠れて嗚咽を鳴らすモカ。

俺は思わず視線を下に向けてしまった。モカは何も悪くないのにこんなにも責任を感じさせてしまっていて申し訳ない気持ちが溢れ出てきた。

 

心が、痛い。

 

「あたしには想像できないような辛さが、ぐすっ、ぐすっ……あるんだよね?」

 

数ミリ開けていたドアをゆっくりと閉めて、そのドアにもたれる。

俺は情けない事に、額と目を左手で覆う事しかできなかった。

 

俺の心臓の痛みは、壁越しからも聞こえるモカの鼻をすする音と共鳴していた。

 

 

 

 

 

次の日の朝は、梅雨らしくジメジメしていた。

そんな天気とは裏腹に、落ち着いた心で昨日モカが整理してくれた書類をサラッと目を通す。そして不備が無い事を確認してからカバンの中に入れる。

 

俺は眠りながら自分の頭に「次に失敗しないようにする解決策」を頭の中にあるメモ帳に書きなぐった。

そして朝になってそのメモ帳をおさらい。

 

……ばっちり覚えている。

 

そして朝のタバコをゆっくりと吸ってから事務所の一階に降りる。

誰もいない事務所に一番早く来て、掃除をするのが俺の仕事でもある。今日はいつもより早めに事務所に行く。

 

いつものように事務所のドアを開けると、いつもならいない人がすでに事務所にはいた。

 

「おはよう佐東君」

「今日は早いんですね、京華さん」

「どうせあなたの事だから早く来ていると思った。貴方は態度より姿勢で現わす人間だもの」

「態度で反省の色を出すのは子供までですよ」

「佐東君もまだ19よ?まだまだ子供じゃないの」

「……京華さん。わざわざ『そのこと』で速く来て頂いて、すみません」

「ほんとに、佐東君って頭のいい子ね」

 

京華さんはやれやれ、といった表情をしていた。

せっかく早く仕事場に来たのに勘づかれたら意味ないじゃない、みたいな顔にも取れて俺は敢えて苦笑いで会釈しておく。

 

まだ未成年の子供に重大な仕事を任せたこちら側にも非がある……か。

元はと言えばミスした自分が一番悪い。

 

そんな事より、俺は京華さんに聞いておきたいことがあった。

 

「京華さん、その……」

「なに?」

「パン好きのフワフワ娘は、今日はいないんですか?」

「モカ?私が家を出る時はまだ寝てたわね?どうして?」

「あいつに、言いたいことがあるんです」

 

昨日、モカに感謝の言葉を掛けていなかったのが今も心の端っこで引っかかっているんだ。

俺のために涙まで流してしまった女の子に「ありがとう」の一言も言えていないのは自分の中では納得がいっていない。

 

 

それにこうも伝えたい。

俺の「近く」にいてくれて嬉しいってことを。こんな時に俺の事なんか気にしなくても良いから、とか言ったらシラケてしまうだろうから。

 

今はまだ無理だけど、いつかはモカの前ぐらいは笑顔を見せても良いかもしれないな。

 

「むにゃ……おはよー、ママ。貴博君」

「あ、噂をすれば来た」

「モカちゃんのうわさってなにー?」

 

すごく眠たそうな顔をしたモカが事務所に入ってくる。

最初は事務所と家が別なんだし、ここに来るぐらいなら少しでも寝てりゃ良いのになんて思っていたけど最近ではそんな考えは無くなった。

 

確かにこいつにお礼は言いたかったけど、京華さんの前で「ありがとう」なんて言ったらなんか変な方向に持って行かれそうだから嫌なんだよな……。

 

京華さんは娘譲りにニヤ~ッとした顔をこちらに向けてくる。

この人、わざとこの場で言いたい事を言わざるを得ない雰囲気を作りやがった。

 

「なになに?モカちゃんが絶世の美少女だね、とか噂してたり~?」

 

モカもモカでこういう事を言い出す。

だから俺はこう言ってやる。

 

()ほか。お前がいつも()()ドングリを含んでいる()きのような間抜けな顔してんなって言()噂をしてたんだ」

「貴博君の鬼~!流石のモカちゃんもぷんぷんするよ~」

 

モカは文字通りリスがドングリを頬張っているときのような、ぷくっとした顔を膨らましていた。

 

俺のありがとう(・・・・・)はきっとモカに伝わっていないと思う。

だけどもうすぐ言葉にして言うべき時が来るから、その時まで待ってろ。

 

 

 

 

 

 

突然、モカは顔を膨らますのを忘れて、一瞬だけぽかんとした顔をした。

そしてその後、かわいらしい笑顔を振りまいた。

 

彼女の瞳には、不器用にだけど確かに笑っている俺の顔が映し出されていた。

 

 




@komugikonana

次話は10月25日(金)の22:00に投稿します。
みなさん、お久しぶりです。

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~次回予告~
もうすぐ7月も終わりを迎えそうな今日この頃。
土曜日で仕事が休みにも関わらず、俺は京華さんの電話によって朝の早くに叩き起こされる。

最近、モカの生活リズムが悪いから佐東君に任せる

そんな訳の分からない電話で6時ごろに起きてしまった俺は渋々モカの家に足を運んでいる。京華さんが言うには朝の4時くらいに寝て、7時に起きるという生活サイクルを送っているらしい。
モカの部屋には会いたくない人間もいて……!?

「あら……佐東君はうちの娘を餌にして蘭ちゃんと二人でこっそり抜け出すなんて……策士ね」
今回だけは、京華さんを殴っても良さそうな気がする。


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今と昔と、自分の周り①

もうすぐ7月も終わりを迎えそうな今日この頃。

土曜日で仕事が休みにも関わらず、俺は京華さんの電話によって朝の早くに叩き起こされる。

 

 

最近、モカの生活リズムが悪いから佐東君に任せる

 

 

そんな訳の分からない電話で6時ごろに起きてしまった俺は渋々モカの家に足を運んでいる。京華さんが言うには朝の4時くらいに寝て、7時に起きるという生活サイクルを送っているらしい。

 

まぁ大学生らしい生活リズムだし、なによりモカも大学の単位を貰うために夜な夜なレポートに追われているんじゃないかと思っているからあまり心配していない。

 

けど平日を睡眠時間3時間で乗り切るのはかなりキツイしモカが体調を崩してからじゃ遅いからこうやって行動に出ているのだけど。

 

彼女の家に到着する。

そういえば家の鍵を貰っていないけどどうやって入るんだ、なんて思いながら玄関のドアを引いたら問題なく入室出来た。

おいおい、この家の安全性はどうなってるんだ……。

 

そのまま靴をきれいに並べてからリビングに入る。するとそこには京華さんが優雅に座っていた。

パソコンを触っている辺り、形式上休みでもこうやって仕事の事を考えているのだろう。

 

「あ、佐東君。やっぱり来てくれた」

「いきなり電話かけてきて任せると言っておきながら『やっぱり来てくれた』は無いでしょう。それにここの家の警備大丈夫ですか?」

「私は貴方に『来い』とは一言も言ってないわよ?それに貴方が来るって分かっていたから施錠しなかったの」

 

何もかも俺の行動を見透かされていて深いため息を零す。

京華さんのそのきれいな瞳は、俺と言う人間をどこまで見通しているのだろうか。そしてその瞳が俺が前科持ちだと知った時、どう動くのだろうか。

 

少し、怖い。

 

「それより佐東君。モカの部屋は6時の時点で電気が付いてた」

「はいはい、分かりましたよ」

 

京華さんの言葉を軽くあしらいながら2階にあるモカの自室へ向かう。今日は土曜日だから徹夜しているのか、それともキリが悪いと思って続けていたらこんな時間になったのか。

 

今はもう明るいからかどうかは知らないが、モカの自室からは一切明かりは漏れていなかった。

モカは寝たのかもしれない。だったらノックなんてしなくてもいいだろう。

過去に一度怒られたが寝ているのにノックをして起こすのも後味が悪い。

 

彼女の部屋のドアをゆっくりと開ける。

 

 

「あれ?どうしたの貴博君……それより、ちゃんとノックしなきゃメッだよ~あたしが着替えてたらどうするのー」

「やっぱり予想通りじゃねぇか……」

「そんな事より~、丁度いいところに来たから貴博君も」

「いや、帰るから」

「貴博君のケチ~」

 

モカはパソコンとぶ厚い本をにらめっこしながら何かの作業をしていたらしい。

それに俺が帰るって言った理由は明白だ。

 

「……なんであんたがここに」

 

モカとは別のパソコンを起動させているメッシュ女がその場にいたからだ。

 

 

 

 

 

「とりあえず青葉、お前は今すぐそこのベッドで寝ろ。いいな?」

「まさか貴博君……あたしを襲うの?朝からはちょっと……」

「寝言は寝て言え。お前の生活リズムがバグってるから是正しろって言われてんだよ」

「誰に?」

「京華さんにだ」

「それじゃあ、貴博君がこのレポートをあたしの代わりに書いてくれるなら、寝ても良いよ?」

「書いてやるからサッサと寝ろ」

 

モカはテスト返しで予想以上の点数が取れた中学生のような、そんな驚いた顔を俺に向けてきた。

恐らく彼女は冗談半ばで言ったつもりだったがまさかの快諾だったからだろう。

 

あとで締め切り間近になって徹夜で作業しなくてはいけなくなったその怠慢さと無計画さを是正させなくちゃいけないな。

 

モカは急いで開いていたページをUSBに保存してバツボタンを押し、そのUSBを抜き取る。

俺はそんなモカの行動に一握の疑問を抱いた。

 

「……それなら、貴博君にお願いするね?えーっと、レポートが出来たら~、テキトーにパソコンのどこかに保存しておいて?」

「分かった」

 

モカの座っていた場所に俺が座る。モカは少しふらついた足を制御しながらベッドに倒れこむ。

その後5分くらいしたら彼女のかわいらしい寝息が部屋中にこだまする。

 

別にモカの寝息がうるさいわけでは無い。むしろ静かだ。

ただこの部屋の、起きている人間が出す音はパソコンのタイピング音だけ。

 

あとは美竹の鋭い視線と、お前はどこかに行けと言わんばかりのオーラを出しているくらいだろう。

 

「……ねぇ、あんた」

「なんだ?今は忙しいし、お前と話している場合じゃねぇけど」

「うるさい。それに真剣だから」

「あっそ。じゃあ一階で待ってろ。30分ぐらいでレポート書き終えるから」

「そう。あたしもあんたと同じ部屋にいるのが苦痛だし丁度いいね」

 

美竹は部屋から出て行く。イライラしてそうな雰囲気は彼女の姿を直接見ていなくても伝わるぐらいだった。

まぁ、最後にあったのはあいつの頬を叩いた時だからな。俺に対するイメージがそうなっているのも仕方がない。

 

どうせ世間の奴らが俺を見る目は変わらない。

今までも、そしてこれからも。

 

モカに依頼されたレポートを書き終える。3000字程度で良いらしく、ほんの数十分でかきおえることが出来た。内容も我ながら分かりやすくて良いと思う。

 

パソコンを閉じて、深く深呼吸をする。

部屋を出る前に、かわいらしく寝息を立てているモカをチラッと見る。

こんなにすぐ寝れるんだから疲労が溜まっているのだろう。

 

「ちょっとお前の親友にいちゃもんつけられてくるわ」

 

寝ているモカにそう告げてから、ゆっくりと静かにドアを閉めた。

 

 

 

 

一階に降りると、美竹は京華さんと何かを話していた。

俺が来たことを確認した美竹は外に出るように促してくる。

 

「あら……佐東君はうちの娘を餌にして蘭ちゃんと二人でこっそり抜け出すなんて……策士ね」

「京華さんも寝ぼけてるんですか?しっかりしてくださいよ」

 

京華さんのあほみたいな言葉を無視して外に出る。

 

家から出て商店街の方に向けて歩いていると後ろから美竹が急いで走ってくる。まぁ待ってやる必要もないし、並んで話す必要もない。

その感情は彼女も同じみたいで、追いついてからは適度に距離を空けて話しかけてくる。

 

「あそこの公園で良いから」

「お前は良いかもしれねぇけど、俺は嫌なんだよ。暑いし夏の公園なんて蚊がうじゃうじゃいるだろ」

「まぁ、そうだけど……」

「だったらまだこの前の珈琲店の方がマシだ」

 

美竹も抗議をしてこなかったので、癪だけど俺の意見に肯定なのだろう。

朝と言ってもこの季節にもなるとすでに暑いし、この暑さで美竹にぶっ倒れられたらそれはそれでめんどくさい。

 

そんな事よりもサッサと美竹との用事を済ませたい。俺だって人間だから目の前で自分に関する悪口なんて出来れば聞きたくないし、モカが目を覚ました時に誰も居なかったら不安になってしまうだろう。

 

「つぐの店に着く前に、あんたに聞いておきたいことがある」

「歩きながらも尋問されんのか?」

「……モカとの初デートは楽しかった?」

 

俺は思わず動かしていた足を停めてしまった。

立ち止まった俺を何事も無かったかのように追い越していく美竹。

 

どうしてこいつがそのことを知っているんだ……。

思ったより面倒くさい尋問が始まりそうな気がした。

 

「なんでお前が知ってるんだ?」

「モカの部屋でプリクラを見つけたから」

「そうかい……ただお前が期待しているようなことは無いぞ」

「それなら良かった。あんたとモカが付き合ってる、なんて言い出したらあたしが全力で阻止するから」

 

今は美竹の後ろを歩いているから、どんな表情をして「阻止するから」と言ったのかは分からない。

ただ、分かることは一つだけあった。

 

彼女のその言葉を発した声色から、本気度が分かった。

冗談で言っているのではなく、まじめに言った言葉であるということ。

 

 

俺たちは羽沢珈琲店に入店した。恐らくモカの幼馴染でこの子が彼女らの言うつぐ、と言う子だろう。確かバンド演奏の時もこの子がいた。

 

そのつぐと呼ばれている子に案内されて空いている席に座る。

美竹がいつもの、と注文する。俺はめんどくさいから美竹と同じもので良いと言った。

 

美竹は嫌そうな顔をこちらに向けていた。

同じものを注文するだけで嫌がられるなんて、自分の想像以上にこの子に嫌われてるらしい。

 

美竹は携帯を触った後、ポケットに入れてからムスッとした顔を向ける。

 

しばらくして注文していたコーヒーが運ばれてくる。

つぐと呼ばれている子は俺達から離れて、事の顛末を見守るらしい。

 

コーヒーを口に含む。適度な苦みが口の中に広がる。

もちろん苦みだけでなく、香りも広がって鼻から程よい香りが抜けていく。

 

その後に残るうまみは、もう一杯飲みたいと衝動を与えるのには十分すぎるアクセントとなっていた。

 

 

「とりあえず、あんたに言っておきたいことを言うよ。あたしもあんたと長居したくないしね」

 

 

それならメールか何かで一方的に送ってくればいいじゃねぇか、なんて思ったけど直接言わないと伝わらない事はたくさんある。

また「早くモカから離れて」とか言うんだろう?

 

しかし実際に美竹の口から出た言葉は俺が想像していたものとは大きくかけ離れていた。

 

「その、この前は……あ、ありがとう」

 

 




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~高評価をつけて頂いた方々をご紹介~
評価10という最高評価をつけて頂きました 保土ヶ谷花音さん!
評価9という高評価をつけて頂きました 桜田門さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援よろしくお願いします!

~次回予告~

「あんたにされたビンタで、やっと気づいたことがあったから……」
「はぁ、お前……変な奴だな。ビンタされて嬉しかったのか」
「ちっ、違うし!」

俺はどうもこの美竹と言う人物が苦手だ。こいつといるだけで俺の存在が薄くなっていくような感覚に陥るから

「あんた、モカに何を吹き込んだのか教えて」
……こういうところだよな。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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今と昔と、自分の周り②

「その、この前は……あ、ありがとう」

 

美竹が視線を右横に流しながら言った言葉が俺の中には入ってこなかった。

何がありがとうなのか分からないし、そもそも俺がこいつに何かした覚えがない。

 

「俺はお前に何かした覚えは無いぞ」

「あんたにされたビンタで、やっと気づいたことがあったから……」

「はぁ、お前……変な奴だな。ビンタされて嬉しかったのか」

「ちっ、違うし!」

 

もしそうなら思いっきり力を込めてビンタしてやろうかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

でも、俺がこいつにビンタしたことは間違ってなかった。俺の込めた気持ちがこいつには伝わったみたいだからな。

 

あの場にいた全員に「女に暴力をふるう最低な男」と言うリスクを冒した甲斐はあったらしい。

 

「あの時叩かれて初めて、モカの心のキズに気付けたから」

「……後でも、自分で気づけたのならそれで良い」

「勘違いしないで。あたしはあんたを許せないし、信用もしていないから」

「俺も嫌われたもんだな」

「あたしだけじゃなく、みんなにも嫌われてるからそのことに早く気づいた方が良いんじゃない?」

 

そんな事お前に言われなくても分かってるんだよ、くそったれ。

美竹からしたら何気なく言ったつもりだろうけど、俺にはその言葉がいつまでも心の中で木霊してチクチクと刺し続ける。

 

「……で、もう話は終わりか?そうなら俺は帰るぞ」

「待って。まだ最後に一つだけあるから」

「それは今言わなくちゃいけない事か」

「当たり前。だからこっちも嫌々あんたと喋ってるんだから」

 

どうでもいい話だったらすぐに席を立ってやろう。

俺はどうもこの美竹と言う人物が苦手だ。こいつといるだけで俺の存在が薄くなっていくような感覚に陥るからだ。

 

このような感覚に陥ってしまうのは仕方がない。

なぜなら、それは過去に俺がこうなってしまうリスクを負ってまでも成し遂げたいことを優先したからだ。

 

成し遂げたかったことは、モカの幼馴染である赤い髪の女と弟の幸せだ。

それが実現できている今、俺が美竹や他の幼馴染にクソ人間だと思われるのは仕方がない。

 

「あんた、モカに何を吹き込んだのか教えて」

「意味わかんねぇぞ。ちゃんと詳しく話せ」

「とぼけないで。現に今、モカは期末のレポートを後回しにして法学の勉強をしてる」

 

モカが法学の勉強?どういうことだ?

確かモカは文学部に在籍しているはずで、学部の変更は出来るだろうがかなり面倒くさい手続きやテストもしなくちゃならないから普通の学生はそんなことしない。

 

しかも今は春学期末のレポート提出前だろ?

どうして今のタイミングで単位認定とは関係のない勉強をしているんだ……。

 

「悪いけど、俺は何も知らない」

「じゃ、どうして優先すべきレポートを後回しにしている訳?普通に考えておかしいから」

「お前からモカに聞けばいいじゃねぇか」

「聞いた。でもモカは『今、法学に興味がある』しか言わないから……もしこれで単位が足りなくなってモカが留年したらどうするつもり!?」

「知るかよ、そんな事」

「あんた最低だね……。どうしてモカがあんたを擁護するのかも分からない。あんた、モカの弱みを握って脅していたりして……」

「話にならねぇ!……俺は帰るぞ」

 

机を力いっぱい叩いて、そのままの勢いで俺は立ち上がる。

このまま美竹の勝手な被害妄想をはいそうですか、と聞いていられるほど俺はお人好しじゃないんだよ。

 

大きな音を立てたから、店の中にいたお客さんは俺と美竹に視線を集める。

 

俺は財布を開いて千円札を机の上に置いて店を後にする。

店の外の暑い空気を吸ってみると、なぜか頭の中は冷静になった。

 

どうして俺はこんなにもイライラしているのだろうか。

俺の些細なミスで仕事を失ってしまったあの日から、ずっとイライラしているような気がする。

 

俺の心情に変化が出てきているのか?

犯罪者なのに?もしそうなら指をさされて笑われるだろう。

 

「あ、貴博君見つけた」

「あ?なんでお前がいるんだ……もう起きたのか」

 

帰り道、どうしてかモカに出会った。モカはさっきまでぐっすり寝ていたはずなのだが。

時計を見るとモカが寝てから2時間が経っていることに気が付いた。

 

「ふと目を覚ましたら部屋に蘭もいなかったし、気になって寝れないよ~」

「それもそうか。美竹なら商店街の珈琲店にいるから行ってやれ」

「貴博君はどうするの?」

 

モカはぽけーっとしながらだけど、しっかりとしたきれいな目で俺に問いかけてくる。

どうするの、か……。

 

「少し散歩してから事務所に帰る」

「そっか、ならあたしも……」

「青葉、お前は珈琲店に行った方が良い。美竹がお前に聞きたいこととかありそうだしな」

「……分かった」

 

モカは何か訴えていそうな上目遣いをしてから、ゆっくりと商店街の方へ歩いて行った。

 

夏の、これから気温が高くなっていく時間帯に散歩なんて我ながらバカな事を言った気がする。ただ、気持ちを整理するにはちょうどいいかもしれない。

 

ふと、俺はモカが歩いて行った方向を振り向いた。

 

丁度、モカも俺の方を振り向いていた。

彼女は少し寂しそうな表情をしていて、それを隠すように笑いながら手を振っていた。

 

 

 

 

真夏のヒリヒリとするような紫外線を肌に受けながら、俺は花咲川地区に足を踏み入れていた。どうしてここに来たのかは分からないが、本能のまま歩いていたらここに着いてしまった。

 

少し歩くだけでも額や背中には汗が伝う。

背中は痛みは無いが名前の知らない痛覚がジクジクと染み渡る。これだからあまり夏は外に出たくない。

 

近くのコンビニで飲料水を一本購入して、一番最初にやってきたのは俺と弟の母校である高校。こんな可もなく不可もない公立高校に、県外から通っていたのは俺たちぐらいだろう。いや、もう一人いたな……俺と同じ地区に生まれてここの高校に通っていた奴が。

 

俺たちは確か親戚のほうに戸籍を移すなど、面倒くさい過程を経て通っていた。

そんな面倒くさい事を提案したのは俺だ。

小学校から何かといちゃもんをつけられていた弟に、新しい環境で人間と関わる楽しさを知ってほしくて提案した。

 

「少し、入ってみるか」

 

今日は休日だから学校内でやっているのは部活動だけだろう。

それになぜか、高校を見ていると無性に入りたくなったのだ。理由は分からない。

 

周りが制服だらけの中、一人だけ私服で歩いている人間はやはり目立つ。

在校生はどこかの部活のOBかな、みたいな好奇心の溢れる視線を受ける。

 

教員に何か言われるのが面倒だから、当時の、4年前の記憶を記憶を頼りの事務室に向かう。

 

「すみません、ここのOBなんですけど少しだけここの校舎に入らせてもらって良い?」

「はい、もちろんですよ。えーっと、名前は……」

「2年前に卒業した、佐東正博(・・)

「2年前、2年前……あー、確認が取れました。これを首にかけてください。帰るときに返してくれればいいですよ」

 

事務員は2年前の卒業名簿を見ながら確認を取ったらしい。

「来場許可証」という、いかにもパソコンで5秒もあれば作れそうなホルダーを首にかける。

 

最初に向かったのは1年生の教室。

ここでは俺は確か……4ヵ月とちょっとしか通っていなかった。その蛍の光のような儚く短い輝いた期間は、俺の高校生活の期間と同じ。

 

そういえば、警察に連れていかれたあの日もこんな暑い日だったと思う。

夜でも蒸し暑かったのを覚えている。日付は、思い出したくもない。

 

「確かここの教室の後ろ側のドアは衝撃を与えれば……」

 

ガタガタ、と軽い衝撃を与える。

すると後ろのドアは当時と同じように施錠が解除され、中に入ることが出来た。

 

確か、俺はここに座っていたはず。

廊下側の、前から3番目と言う中途半端な席。

 

真横は当時俺が付き合っていた女の子で、廊下側とは正反対の窓際の前から3列目にはよっちゃんが座っていた。

弟は確か……どこだっけな。前の席だったのは覚えている。

 

「もう少し、みんなと楽しい学生生活を送りたかったな……」

 

ポツンとした、そしてもう二度と叶うはずのない願いが無意識に口から零れ落ちた。

今からでも大学には入れるが、入ったからと言って何が出来るだろう。

新卒で就職しても、どうせバレたら辞めさせられるんだろ?馬鹿らしい。

 

当時自分が座っていた席に座って何分経過しただろう。

分からないけどお腹の空き具合から推測するにお昼の時間帯なのだろう。

 

俺はそっと席を立ち、ゆっくりと椅子を入れる。

少し背伸びをしてから教室を出ようとした時、通りすがりの若い教員と出合い頭にぶつかりそうになってしまった。

 

「あっ、ごめんなさい」

「いや、こっちこそ……」

 

すみません、と言おうとして固まった。

ぶつかってしまいそうになった若い教員は女性で、顔を見た瞬間に誰だか分かってしまった。

 

「えっ、貴博君……だよね?」

「久しぶり……夢、叶えたんだな」

「うん!……といってもまだ教育実習中で大学生だからまだまだ途中、だけどね」

 

 

驚いた。当時俺が座っていた席の隣にいた女の子に、今会えるなんて。

彼女はどうやら高校一年生の時から持っていた「夢」を今もひたむきに追いかけているらしい。

 

当時ショートカットだった髪型は現在も変わっていない。

化粧をするようになったからか、年齢を重ねたのかは分からないけど大人びていて綺麗になっていた。

 

「貴博君は最近どう?……その、ほら……あぅ」

 

少し目を伏せながら、時折目を合わせて彼女は俺に聞いてきた。

何気なく聞いたつもりだったのだろうが、やってしまったというような表情になっていく彼女に俺は優しく答える。

 

「それなりには上手くやってる。もちろんお前ほど輝いてないけどな」

 

そして首にかけていたホルダーを彼女に渡す。これを事務の人に返しておいてくれと伝える。

 

 

「貴博君!あのねっ!」

 

帰ろうとして歩き出した時、後ろから彼女が声を掛けてきた。

俺はゆっくりと振り向く。

 

彼女の顔からは決心が見て取れた。

何かを決めて、それを成し遂げようとする姿はとても輝いていて……俺にとっては少し羨ましくも思えた。

 

「あたしねっ!生徒のみんなに『日常の大切さ』を何よりも伝えられる先生になるんだ!もう、君の弟のように虐げられる光景を見たくないからっ!そして何より、当時自分の保身のためだけに君を突き放したあたしに出来る罪滅ぼしだからっ!」

「良い先生になれそうだな。まぁお前だったらそんな心配も杞憂か」

「あたしはもう、貴博君の事を好きになる資格は無いから……だからねっ!」

 

 

 

「遠くから、貴博君の幸せを願ってるよ!」

 

 




@komugikonana

次話は11月5日(火)の22:00に公開します。
……あと2ヶ月で今年が終わるってマジ?

新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
Twitterもやっております。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~高評価を付けてくださった方々のご紹介~
評価10という最高評価をつけて頂きました ソラリアさん!
同じく評価10という最高評価をつけて頂きました ヤイチさん!
評価9という高評価をつけて頂きました 岩山直太朗さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~
少しでも癒しを、と思って買ってきたアルマオイルをコップに入れた熱いお湯に数滴垂らして香りを楽しんでいた時に、ドアが急に開かれた。
もちろん、来た奴なんて見なくたってわかる。
「そりゃ、あの時は青葉の事知らなかったし当たり前だろ」
「今もあたしのこと、分かんないくせに~」
「少しは、分かるようになったと思うぞ?」
「あたしは貴博君の事、いっぱい知ってるよ?」

えへへ~、と笑うモカ。
彼女の右手に握られている懐中電灯は決められた限界を超えているかのようにピカピカと光っていた。

俺は「少し」と答えてモカは「いっぱい」と答えた。
この違いは、どこから生じたんだろう。俺とモカは始まりは同じなのに。

~訂正とお詫び~
今作「change」の”記念すべき日に、初めてを①”において、誤字がありました。
誤)それは「やまぶきベーカリー」に名前を使う事
正)それは「やまぶきベーカリー」の名前を使う事
ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。

~感謝と御礼~
今作「change」のお気に入り数が400を突破致しました!
連載中にお気に入り数が400を超えたのは3作目である「幸せの始まりはパン屋から」以来です!
みなさんの温かい応援にいつも助けられています。本当にありがとうございます!

これからまだまだ面白い展開がたくさん待っているので引き続き応援よろしくお願いします!


では、次話までまったり待ってあげてください。


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今と昔と、自分の周り③

散歩のつもりが、学校で感傷に浸ってしまったり元カノと出会ってしまったりと色々あった日の夜。

 

明日からまた仕事だと思うと、少しだけ憂鬱な気分になる。

大きな失敗をしてしまった後、必要以上に気を遣う事が多くなってしまい心労が溜まってきているらしい。

 

少しでも癒しを、と思って買ってきたアルマオイルをコップに入れた熱いお湯に数滴垂らして香りを楽しんでいた時に、ドアが急に開かれた。

おいおい、今日の朝にノックしろって注意してきたのは誰だが教えてやりたい。

 

「貴博君、げんき~?」

「おいこら、部屋はいる時にノックしろって言ったやつは誰だ?」

「この部屋、いいにおいする~」

「はぁ……」

 

朝、ノックしろと言ったくせに今は普通の顔でノックもなしに入ってくるモカに思わずため息が零れた。

 

モカはいつものようなフワフワとした表情で俺を見つめてくる。

 

「ねぇ、少しだけ散歩しない~?夜のお散歩。気持ちいいよ~」

「散歩か……しょうがねぇ、付き合ってやるよ」

「やった~」

 

昼も散歩して、また夜も散歩だなんて俺はどれだけ歩くのが好きなんだ、って心の中で自嘲した。

けど、たしかに夜の散歩は程よい温度でリラックスも出来るかもしれない。

 

モカは手に持っていた手のひらサイズの懐中電灯を点灯させる。

まだ屋内なのにどうしてつけているのかは分からないが、追及しても面倒だから辞めておく。

 

「とりあえず、その辺りをブラブラしよう」

「あぁ、そうしよう」

 

事務所から出て右方向に歩き出す。商店街とは逆方向のこの道は、最近歩いていなかったため夜道が新鮮に感じられた。

 

「貴博君って、少しは素直になったよね~」

「……お前は俺を貶してんのか?」

「だって、会ってすぐの頃の貴博君だったら~……あたしが『散歩いこ』って言っても絶対断られてたもん」

 

モカの言葉が俺の心にスッと入ってきた。

確かにモカの言う通りかもしれない。

 

「そりゃ、あの時は青葉の事知らなかったし当たり前だろ」

「今もあたしのこと、分かんないくせに~」

「少しは、分かるようになったと思うぞ?」

「あたしは貴博君の事、いっぱい知ってるよ?」

 

えへへ~、と笑うモカ。

彼女の右手に握られている懐中電灯は決められた限界を超えているかのようにピカピカと光っていた。

 

俺は「少し」と答えてモカは「いっぱい」と答えた。

この違いは、どこから生じたんだろう。俺とモカは始まりは同じなのに。

 

「む~、貴博君。あたしのこと疑ってるでしょ~?」

 

今度は顔をぷくっと膨らませて不満げな顔をするモカ。

 

実際、俺の事をどのくらい知っているのか気になっていたから彼女の言い分は間違ってはいない。

 

「あぁ、青葉が俺の何を「いっぱい」知ってるのか気になってな」

「……貴博君、蘭に何か言われちゃった?朝、とっても悲しそうな顔をしてた。でも、あたしの前ではそんな表情を我慢して前には出さない。貴博君はすぐ我慢しちゃうよね?」

 

確かに朝、美竹に言われた言葉は心に一言一句残っている。思い出すだけでチクチクとする鼓動が身体全体を震わせる。

 

 

 

“あたしはあんたを許せないし、信用もしていないから”

“あたしだけじゃなく、みんなにも嫌われてるからそのことに早く気づいた方が良いんじゃない?”

“だからこっちも嫌々あんたと喋ってるんだから”

“あんた最低だね”

 

 

 

「……青葉が思っているほど悪い事は言われてないから安心しろ」

「ほんと?嘘ついたらパン千個飲ませるよ?」

 

俺の顔に懐中電灯の明かりをチラチラと見せてくる。

まぶしいし、目がチカチカする。でもそんな彼女の顔は輝いていて、素敵な表情で笑っていた。

 

ずっとゆっくりと歩いていると河川敷に到着した。少しだけ座ってお話しよ、と言うモカの提案に同意して河川敷に腰を下ろす。

 

川の緩やかなせせらぎ音、そして上に視線を上げてみればきれいな星たちがピカピカと輝いていた。

虫たちによる夜の合唱団は、日中ライブを開いているうるさい合唱団とは違い安らぎを与える。

 

「でも、あたしが貴博君の部屋に入った時はね?懐かしいおもちゃを見つけたような、柔らかい表情だったから、なにか良い事、あったんじゃないかな~ってモカちゃんは思うのです」

「そうかよ。……まぁ、ちょっと知り合いの人間に会ったな」

「それって、貴博君のカノジョだったりして~」

「元々そういう関係だった奴だ」

 

俺がそういうと、さっきまでニヤ~ッとしていたモカの顔がどんどんとしぼんでいった。

なんというか、少し元気がなくなったような感じ。

 

「貴博君は、今もその女の人の事、好き?」

「いや、もうそんな気持ちは持ってない。俺はフラれた側だしな」

「そっか。だったらモカちゃんが慰めてあげよう~」

「おい、だからって頭に触れるのはやめろっ!」

 

俺が彼女にもうそんな気持ちを持っていないと言った瞬間から、モカの表情は一気に明るくなった。周りが暗くて、懐中電灯の少しの明かりしかないのにはっきりと分かったぐらいだ。

 

俺の頭をナデナデしてくるモカを必死にあしらう。

モカにナデナデされるのは、なぜかバカにされているように感じるから。

 

「でもさ、青葉」

 

俺は伸ばしていた膝を曲げて、体育座りをする。

モカは俺の方を不思議そうな顔で見つめていた。

 

「俺が暗い表情をしてたら、と思って心配してくれてこんな時間に事務所に来たんだろ?」

「さぁ~、モカちゃんの気まぐれかもしれないよ~?」

「それなら、俺は勝手にそう解釈しとく。ありがとな」

 

言い終えると、しばらくしてから左脇腹をきゅ~っと摘まれるような痛みを感じた。

それはモカが文字通り俺の脇腹を抓っていた。ボソボソと小声で何かを言っていたが、虫の合唱団によって遮られてしまった。

 

モカの事だから、どうせ俺の悪口を冗談交じりに言っていたのかもしれない。

 

「……そろそろ帰り始めるか」

「うん、そだね~」

 

ゆっくりと立ち上がって、お尻についた雑草や小石をパンパンと叩き落とす。

モカはうーん、と背伸びをしながら大きなあくびをしていた。

 

ゆっくりと歩き始めようとした時、モカの持っていた懐中電灯の光が徐々に消えていった。

彼女は何回も電源を入れたり切ったりを繰り返していたが、なんの変化もない。

 

俺たちは真っ暗な背景の中、顔を見合わせる。

 

「貴博君。その~、言いにくいんだけどね?」

「ああ、言わなくても分かってる」

「電池、切れちゃった」

 

どうやらもう懐中電灯に明かりを灯すことは不可能らしい。電池を変えれば生き返るだろうが、ちょっとした散歩なので財布なんて持ってきていない。

 

「しょうがねぇな……ほら、手を貸せ」

「どうして手なの?」

「はぁ、暗い道だからお前がこけたらケガするだろ」

 

そう言って、同意を得ていないままモカの右手を握る。

彼女も嫌がっているというわけではなさそうで、ゆっくり、きゅっと握り返してきた。

 

空いている右手で、スマホのライトを照らす。

光量は決して強くは無いが、今だけは頼もしく見えた。

 

「貴博君って大胆だよね~。いつもこうやって女の子をもてあそんでいるの?」

「……だったらケガして泣いても知らねぇぞ」

「じょーだんだよぉ~」

 

まったく、ちょっとは気遣いを見せたつもりなのにすぐこうやってからかってくる。

でも、不思議とモカにからかわれても嫌な気分は一切しなかった。

 

どちらかと言うと……。

 

そんなモカのからかいを心地よく思っているのかもしれない。

 

「ねぇ、貴博君」

「なんだ?文句でもあるのか?」

「ううん、今週の土曜日か日曜日、空いてるのかなって」

「今週の週末……か」

 

俺は頭の中にあるスケジュール帳をペラペラと開く。

 

気のせいかもしれないけど、俺の左手を握っている力が強くなっているような感じになった。

例えばこう、少しの希望を求めてお願いしているような、そんな感じの力加減だった。

 

今週の週末……ね。確か。

 

「どっちも予定が空いてたと思うぞ」

「ほんと~?」

「帰ってから確認するけど、なにか用事があった記憶は無いから大丈夫だ」

 

モカはニヤニヤしながら「じょーだんだったら~、貴博君の事嫌いになるよ?」とかからかってきているけど、手を握っている力が少し和らいだ。

 

「それじゃあね、貴博君。土曜日か日曜日、どっちがいい~?」

「どっちでも」

「それが一番困るんだよね~」

「……土曜日」

「きまり~」

 

モカは嬉しそうな声を上げながら、繋いでいる手をブンブンとさせている。

俺は神社にある鐘じゃないんだぞ、なんて思いながら彼女を睨む。

 

一体、何が決まったのか分からないからだ。

これで貴博君はパンを奢ることになったのです、とか言いやがったらグーが飛んでいくかもしれない。着地地点はモカの後頭部。

 

「何が決まったんだよ」

「あたしとね、プールに行こ?」

「……プールね」

 

モカから帰ってきた返答は、想像していたものと違っていたからホッとした。

だけどそんな安心感と同じくらいのモヤモヤとした気持ちが俺の感情をグルグルとかき乱している。

 

「あれ?貴博君は乗り気じゃないって感じ?」

「別に、そういうわけじゃねぇけど」

「分かった!貴博君は泳げないんでしょ~?名探偵モカちゃんはなんでもお見通しなのだ~」

「はいはい、名推理名推理」

 

別に泳げないというわけでは無い。恐らく人並みには泳げると自負している。

ただ、俺が抱えているモヤモヤの原因をモカに言うべきか迷った。

 

俺自身はいくらモカと言えども、言いたくないことだってある。

 

「……で?どこのプールに行くんだ?」

「……無理して、行くとか言わなくても大丈夫だよ?」

「あほか。そんな無理とかしてねぇよ」

「あたし、貴博君が溺れちゃったら助けてあげるね~」

「泳げるからその心配は無用……だっ!」

 

モカの綺麗なおでこにポコッとデコピンをする。彼女はほんのりと赤くなったおでこをスリスリとさすっている。

いらない心配とかしなくても良い。それにモカも母親譲りで変に察しが良いのが厄介だ。

 

「う~、貴博君がいじめる~」

「寝ぼけてるのかと思ったから目を覚まさせてやったんだよ」

「寝てないもん~」

 

そう言っているうちに、モカの家の前まで帰ってきた。

モカとつないでいた手をゆっくりと、名残惜しそうな雰囲気を残しつつ離した。

 

 

「それでね、貴博君」

「なんだ、もう一回デコピンか?」

「違うもん!まだ答え聞いてないから。プールに行く?行かない?」

「……一緒に行くか」

 

結局、こう伝える。

俺の返答を聞いた後のモカの笑顔は、どんな夜を照らす光よりも輝いていた。

 

 




@komugikonana

次話は11月5日(火)の22:00に更新します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
Twitterもやっております。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

前話では投稿日付を間違っていたことをお詫びいたします。

~次回予告~
土曜日の朝から大きなかばんに必要なものを詰め込んでいく。
例えば水着やタオル、防水が出来る小銭入れなど。最近はプールに行くことも無かったからあまり何を持って行けば良いのか分からない。

これだけならもう1サイズ小さい鞄でも良いかと思ったが、大は小を兼ねると言う。

それにバカみたいなポエムじゃないけど、思い出も積み込めるかもしれない。

そんな少し慌ただしくて、けれども少しの高揚感が溢れ出ているこの時間に誰かが階段を上ってくる音が聞こえた。

腕時計を確認してみると、予定時刻より30分も早い。
どうやらあちら側も高揚感を抑えきれずにいるらしい。

「おはよ~、貴博君」


では、次話までまったり待ってあげてください。


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水の冷たさと心の温かさと①

土曜日の朝から大きなかばんに必要なものを詰め込んでいく。

例えば水着やタオル、防水が出来る小銭入れなど。最近はプールに行くことも無かったからあまり何を持って行けば良いのか分からない。

 

これだけならもう1サイズ小さい鞄でも良いかと思ったが、大は小を兼ねると言う。

 

それにバカみたいなポエムじゃないけど、思い出も積み込めるかもしれない。

 

そんな少し慌ただしくて、けれども少しの高揚感が溢れ出ているこの時間に誰かが階段を上ってくる音が聞こえた。

 

腕時計を確認してみると、予定時刻より30分も早い。

どうやらあちら側も高揚感を抑えきれずにいるらしい。

 

「おはよ~、貴博君」

「おはよ、青葉」

 

この部屋にやってきた人物は予想通りの人物だった。

彼女は白を基調としたトップスに青色のミニスカートを身に着けていた。いつもはもっとカジュアルな服装をしていたような気がするが、今日は少しおしゃれだ。

 

「まだ俺の準備が出来てないから少し待ってろ」

「貴博君、準備遅いよ~。ぶーぶー」

 

そう言いながらも俺のベッドに腰かけるモカ。

俺はそんなモカの姿をチラッとだけ見る。

 

座ることでより一層、脚の露出度が増える。彼女のスラッとした、そしてきれいな脚はどんな男性でも視線を向けてしまうんじゃないか。

俺ははぁ、とため息をつく。最近は気が抜けているのだろうか、仕事でのミスも増えてきていて以前より頻繁にため息をつくようになった。

 

「どうしたの~、ため息なんてついちゃって~?」

「お前に似合ってるのは事実だが、俺はミニスカートが好きじゃないんだ」

「目の向け場に困るってかんじ~?」

「それもある」

「けど、あたしって結構短い丈の短いパンツとかよく身に付けちゃうけど?」

「ショートパンツだったら良いけど、スカートはだめだろ」

「貴博君、もしかして~……」

 

今までにないほどのニヤニヤ顔をしながら立ちあがって、俺の近くにまで来る。

これは面倒くさい事になりそうだなって薄目で彼女を睨みつける。

 

モカは俺の近くにまで来て、まるでキスをしちゃうような仕草で俺の耳に顔を近づけてきて……。

 

「貴博君は、あたしのスカートの中、みたい?」

 

彼女の吐息が耳をくすぐる。さすがにこそばしいし、モカが近づいてきてから分かった事だが今日はやけに良いシトラス系のにおいがした。

 

「今から出掛けるんだから、そういう考えを持っている奴が見てくるだろ」

「貴博君は、みたい?」

「アホな事言ってる暇があったら睡眠時間を増やせ、バカ」

 

俺だって男だから、スカートの中が見えそうになったら思わず目を向けてしまう。

だけど俺は中学生じゃないから、女の下着を見たところで「こいつはこの色を履いているのか」ぐらいにしか思えない……はず。

 

どうして自信がないのかは、そう思うのはどうでもいい女の事であってモカは例外になってしまうかもしれない。

事実、どうでもいい女がミニスカートを身に着けていたところでどうでも良い。モカだから注意した。

 

「ほら、用意できたからさっさと行くぞ」

「……」

「なんだ?やっぱり行かないのか?」

 

モカは下を向いたまま黙っていた。

その後、顔を上げたモカは頬がリンゴのように赤くなっていて目は上目遣いのウルウル仕様というどんな男でも思わず見入ってしまうような表情をしていた。

 

俺の顔はもしかしたら、固まっていたのかもしれない。

どうしてこんな表情をしているのか分からないし、頭では何も考えられない。

 

「……貴博君だったら、良いよ?」

「は?」

「みても……良いよ?」

 

ゆっくり、ゆっくりとスカートをめくりあげるモカ。

元から短く、モカの綺麗な脚を見せつけていたのにめくりあげることで隠れていた部分まであらわになっていく。普段見えない身体の部分がチラッと見えるだけで、どうしてか心臓の鼓動が高まる。

 

俺は何も言えず、そして何も行動できず、のどに詰まった唾を飲み込むことしかできない。

 

モカはさらに顔を赤くしながら、だけどスカートはどんどんと捲り上げていく。

もうすぐでモカの下着が……。

 

 

「……」

「引っかかった~。貴博君、見たくないとか言っておきながら凝視じゃーん。やっぱり貴博君も……うにゅ!」

 

俺は無言でモカの頭をはたいた。

 

モカのスカートの中は、下着ではなく水着だった。もうすでに水着を身に着けているらしい。

どうやら俺はからかわれていたようだ。顔を赤くしたり、上目遣いで目をウルウルさせた演技力は褒めてやってもいい。

 

だけど、無性に腹が立ったから頭をはたいてやった。

ぺちん、というかわいらしい音が部屋中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

「うぅ……頭がチクチクするよ~」

「はっ、自業自得だ」

「かわいい女の子に暴力はメッだからね~」

「まぁ、演技力は認めてやるよ」

「えんぎ?何のこと~?」

「顔を赤くさせたり、上目遣いで目を潤ませたりとか」

 

土曜日の朝からバカなことをやった後、予定通りプールに行くことにした俺たちは真夏の太陽が照り付ける中を歩き続ける。

もうすぐプールに着くはずだ。今日は暑いし、もしかしたら人がたくさん来ているかもしれない。

誰もがアツアツコンクリートのように熱を一方的に浴びたくはないし、どこに行っても車内のような暑さだから涼を求めるだろう。

 

額に汗がにじむ中、プールに到着した。

後は料金を払って更衣室で着替えたら冷たい水に浸かることが出来る。これにはモカも今までより一層、ニヤニヤと顔をフワつかせているに違いないだろう。

 

そう思いながら彼女の顔を見た。

彼女は、俺の予想に反して顔を赤く染めていた。

 

「流石に暑さにやられたか?」

演技じゃあ、ないんだけどなー

「どうしたんだ?」

「な、なんでもないから大丈夫だよ?」

「……あっそ」

 

モカは何やら小さい声で何かつぶやいていた。演技がなんたら、と聞こえた。

演技が上手くいって面白すぎて顔が熱くなったのか?もしそうならかなり良い性格していると思う。

 

モカは目をあちこちに向けながら、小走りで更衣室の方に走っていった。

……あいつ、まだお金払ってないのに先に行きやがって。

 

でも、モカに誘われていなかったら休日にプールなんて行こうとは思わなかったし、口には言えないけどモカには何度も助けてもらっている。

今日ぐらいは全部お金を払ってやるか。

 

お金を渡し終えた後は更衣室に入る。

ロッカーはあまり空いていなく、大体が誰かが使っているものだった。

 

ウロウロと蒸し暑い更衣室を歩いていると、ようやく使えるロッカーを発見した。

そのロッカーを何気なく開けて、中にカバンを詰める。

水着とラッシュガードを手に持って着替え始める。あまり人前で着替えるのが好きではない俺はすぐに身支度を終えた。

「17」とタグが付けられているロッカーのカギを左手首に付ける。

 

「そういえば、着替え終えてからどこに集まるか言ってなかったな……」

 

勝手にモカが小走りで更衣室に行ったから、どこで落ち合うか決めていなかった。

携帯電話で電話をするのも面倒だし、更衣室の出たところで待ってる、という文字にすると表情の分からない言葉を彼女の携帯に送り付けた。

 

壁にもたれて、手を組みながら周りの人間を観察する。

親子連れや友達同士、大学生の男女グループなど様々。流れるプールでは浮き輪に乗って密着しながら談笑しているカップルもいる。

 

「あいつ……遅ぇな」

 

更衣室の前で待って10分は過ぎたのではないだろうか。いや、もしかしたら体感的にそう感じるだけで実際は1分も経っていないのか?

どちらにしろモカの方が早く更衣室に行ったし、あいつはもう水着を着ているから服を脱いだら準備が出来るはずだ。

 

男には分からない、女の子の準備というモノがあるのかもしれない。

そういうことを吟味してみると、つくづく男で生まれてよかったと思う。気楽に生きて、気ままに行動する。

 

そんなバカらしい人生が一番楽しいのかもしれないな。

 

「おまたせ、貴博君」

 

後ろから、待っていた女の子の声が聞こえた。

壁にもたれながら腕を組んでいたから、怒っているように思われると困るから出来る限りの笑顔で遅ぇぞ、なんて言ってやろうと思った。

 

でも、俺はモカの水着姿をまじまじと見つめてしまった。

白を基調にした水玉なビキニで、だけどパンツは緑色だった。恐らく腰に巻いているパーカーのようなのがセットなのだろう。

 

そんなことよりも、普段見ない彼女の腰はとてもきれいでしっかりとくびれもできていた。

なによりビキニだから胸にも目が行ってしまう。

 

感想だけ言っていればただの変態野郎みたいなことしか言えていないが、とにかくじっくりと見てしまった。

 

「そんなにまじまじと見て……むぅ~」

「な、なんだよ」

「貴博君の、えっち」

 

いつもならあほか、とか言ってあしらうのだが今回はモカのいう事に反論が出来なかった。

 

「今回だけは許してあげる」

「お、おう」

「その代わり、今日は思いっきり遊ぶからね」

 

俺の左手首を掴んで、プールサイドの方へ引っ張っていくモカのされるがままに走り出す。

でも、きっと俺は嫌そうな顔はしていないと思う。

 

プールの目の前まで来た。

 

ほら、やっぱりな。

 

 

 

 

水に反射して映し出されていた俺の顔は、まるで好きな食べ物を前にする子供のような顔をしていた。

 

 




@komugikonana

次話は11月8日(金)の22:00に投稿します。
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~高評価をつけて頂いた方をご紹介~
評価10という最高評価をつけて頂きました にゃるさーさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援よろしくお願いします。

~次回予告~
「貴博君、あのウォータースライダーに乗ろうよ~」
「……混んでるからめんどくせぇ」
「え~、いいじゃ~ん」

来ているこのプールはモカが指さしているウォータースライダーが有名だったりする。
日本でも有数の高さを誇っていて、他では味わえないスリリングさに定評があるらしい。

確かに並んでいるからめんどくさい、という理由もある。
でも実際はもっと単純明快だ。

「もしかして、貴博君って高いところが苦手?」
「……」


では、次話までまったり待ってあげてください。


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水の冷たさと心の温かさと②

今日のような、夏の暑い日差しも冷たいプールに入ってしまえば温度差のコントラストで心地よく感じてしまう。

こんな感覚が得られるから、冬より夏の方が好きな人間は多いのかもしれない。

 

俺はそんなことを思いながら青く、どこまでも澄み渡ったきれいな空を見ていた。

こんな風に、曇ることも無く晴れ渡ってくれていたら……。

 

「ぶっ!」

「いえーい、だいせいこう~」

 

突然、俺の目の前は冷たい水で覆われた。

心の準備も何もしていなかったから、器官に水が入っていくのを感じる。このムズムズ感は何回経験しても慣れることは無い。

 

「いきなり水を掛けるのはやめろって」

「貴博君がぽけーっとしてたから、つい」

 

つい手が動いてしまったらしい。

プールだし水を掛けられるのも仕方がないか。そもそも男女二人でプールに来ておいてボーッと空を見上げていた俺も悪い。

 

でも、俺には今日の空模様がまぶしく見えるんだ。

太陽がすごい光で俺たちを照らしているけど、そういうまぶしいじゃない。

 

何と言うか……こんな日がいつまでも続いたらいいのになって羨望みたいな感じのまぶしさ。

天気なんて二転三転するものだから、俺の言っていることは支離滅裂なんだけどさ。

 

「貴博君、あのウォータースライダーに乗ろうよ~」

「……混んでるからめんどくせぇ」

「え~、いいじゃ~ん」

 

来ているこのプールはモカが指さしているウォータースライダーが有名だったりする。

日本でも有数の高さを誇っていて、他では味わえないスリリングさに定評があるらしい。

 

確かに並んでいるからめんどくさい、という理由もある。

でも実際はもっと単純明快だ。

 

「もしかして、貴博君って高いところが苦手?」

「……」

「もしかして図星だったり~?」

「行ってやるよ、くそったれ」

 

モカがニヤニヤとした顔を向けながら、俺の欠点を指摘してきたから思わず行くと言ってしまった。

一度言ったことは取り返しがつかない訳で、結局俺たちは長い列の最後尾に立つ。

 

そしてこういう時の時間は恐ろしく早く過ぎるもので、ドンドンと列が前に進んでいく。

周りの人間がワクワクを隠し切れないような顔をしているのは理解できなかった。

高いところに楽しさを見いだせる意味が分かんねぇよ。

 

「次の方、並んでください」

 

どうやらもう俺たちの番らしい。受付の女の営業スマイルがやけに腹が立つ。

モカにはなぜかダサいところを見せたくない俺は、恐怖心を心の奥底にしまい込んでから台の上に座ることにする。

 

すでにモカが降りていく気満々だったから、こいつが降りてから俺もどさくさに紛れて適当にやり過ごすか。

そうだな、目を瞑っていれば怖くないか?

 

「カップルは同時に行ってください、どうぞ~!」

「ちょっ!?おいっ!」

 

受付の女が突然、俺の背中を力強く押す。

予想外の出来事だったが座るまでは対応できた。だけどモカと密着してしまう。

 

そして勢いは消されないまま、俺とモカは同時にスライダーをものすごい速さで降りていく。

水しぶきを受けているから前が全く見えず、気づけばゴール地点であるプールにザパァンと投げ出されていた。

鼻に水が入ったらしく、ムズムズする。こんな状況でもモカはニコニコしているんだろう。

 

「……」

「どうした、青葉」

 

そう思っていたが、意外とモカは冷静だった。と言うか何やらゴニョゴニョと独り言をつぶやいていた。

 

「急に後ろから押されたから、びっくりしちゃったよ~」

「それは受付の女に言えって。おれも押されたんだから」

「まぁ、そう怒らずに笑顔だよ~、貴博君」

「はいはい」

 

モカの言う通り、スライダーは思っていたより怖くは無かった。

楽しかったかと問われると……微妙だが、嫌では無かった。

 

「でも~……楽しかったよね?貴博君」

「……そうかもな」

 

モカは顔を少しだけ赤くしながら、ニマニマした顔で言った。

 

 

 

 

ウォータースライダーを楽しんだ後、俺は少しの休憩を兼ねて流れるプールの端っこで腰かけていた。

流れる水のおかげで足には緩やかで、冷たい水が絶えずやってくる。これがプールの真ん中に行けば流れもきつくなる。

 

俺が休憩すると言った時、モカはどこかに歩いて行った。

座っている場所は彼女に伝えてあるから帰ってくるはずなんだけど、中々帰ってこない。

 

モカは、フワフワとしているしどこか抜けていそうな雰囲気を出しているけど容姿はかなり良い。

変な奴に絡まれていないと良いんだけど。

 

そんなことはどっかの青春アニメにしかない事だと思っているし、そもそも俺がモカを心配する必要もないんだが。

だけど、いくら忘れようとしたって頭の片隅からそういう想いが離れてくれない。

 

「貴博君、おまたせー」

「遅かったな……どこ行ってたんだ?」

「うん?そんなに遅くなってないと思うけど……それより~、じゃーん!」

 

モカは手に大きな浮き輪を手に持ってやって来た。

恐らくどこかの店でレンタルしてきたんだろう。

 

別に浮き輪を持ってくるのは問題ない。

だけどどうしてこんなにも大きい浮き輪なのだろう。

 

「この浮き輪で、流れるプールの中をぐるぐるゆったりしよ~」

「俺が嫌って言ってもそうなるんだろ?」

「さすが貴博君、分かってるね~」

 

モカは浮き輪を手に持ってプールに入っていったから、それに続いて俺もプールサイドに座っていた尻を立たせてプールに入る。

先ほどまで足は浸かっていたが身体は浸かっていなかったため、想像しているより冷たく感じた。

 

確かに流れるプールを浮き輪の上で座りながら流されるのも悪くない。

だけどモカが浮き輪の上に乗るなら、俺はその浮き輪のそばをついて行くのだろう。

 

周りの人間に当たらないように神経を配るのは、正直面倒くさい。

 

「はい、貴博君」

「あ?」

「先に浮き輪の上に座ってもいいよ~」

 

意外にも、モカから浮き輪を渡された。しかも上に座っても良いらしい。

俺の予想と言う名の矢は、ことごとく的を外していた。

 

まぁ良いか、と俺は浮き輪の上に腰を下ろす。

お尻の部分はひんやり冷たくて、上半身は暑い太陽に照らされる。この温度差のコントラストが何とも言えない感覚で中毒性がある。

 

 

浮き輪の上に座った時、俺はあることに気が付いた。

先に浮き輪の上に座ってもいいよ~、というモカの言葉にどうして違和感を感じなかったのか。

 

「先に」だぞ?

 

 

「よいしょっと……貴博君、もうちょっと詰めてほしいなぁ」

「ちょっ!?青葉!おかしいだろ!」

「モカちゃんが貴博君の上に乗っちゃったら、興奮しちゃう?」

「分かったから一回降りろっ!」

 

このニタニタ顔の彼女はいったい何を考えているのか分からない。

青葉を下ろして、俺もすぐに浮き輪から降りる。

 

不服そうな顔に変わったモカにため息をつきながら浮き輪を持ち上げる。

そのまま浮き輪の穴にモカを入れる。モカの持ってきた浮き輪は大きいからもう一人くらいなら……。

 

「はぁ……これで文句ないか?」

「おぉ~、貴博君、だいたん~」

「お前に言われたくねぇよ、バカ」

 

一つの浮き輪の中に入る二人。モカは何を思ったのかは分からないが後ろに回って抱き着いてきた。

まだラッシュガードを着ているからまだ肌と肌の振れ度合いはマシだが、それでも密着度はかなりのもの。モカだって水着だから直に、その、あれが触れるし。

 

でも、なぜか俺は安心してしまった。

モカは無意識なんだろうけど、背中を優しく包み込んでくれているだけで安心するんだ。

きっとこの感情は、俺にしか分からない。

 

「みんな、あたしたちの周りを空けてくれるね」

「一つの浮き輪に男女が、しかも後ろの女は男に抱き着いてる。こんなバカップルに近づきたくないだろ」

「あたしたち、カップルに見えるのかな~?」

 

知るかよそんな事。

 

そういって流すが、今日はなぜか後ろを見てしまった。それはモカの表情を確認するため。

モカの表情は、いつものようなフワフワ。だけどほんのりと顔が赤いのは日焼けのせいだろうか。

 

「そう見えるんじゃねぇのか?」

「貴博君は~、あたしとカップルに見られて、嬉しい?」

「大迷惑だ」

「ひどい~」

 

俺は仲のいい女と一緒にいる時、一番うれしい事は「カップルにみられる事」だと思う。

それほど二人は仲が良さそうに見えるから、周りが勘違いするのだろう。

そのくせ、大迷惑と言ったのは一緒にいる相手がモカだからだ。

 

モカが嫌いで、いやだというわけでは無い。

素直に嬉しいと答えるより、信じてもらえると思ったからだ。

 

「でも、あたしは一つだけ、嬉しい事があるよ?」

「人の金でプールを満喫できているからか?」

「貴博君って、そういう気遣いは無いよね」

「うるせぇ」

 

自分でもそういう心遣いが無いのは自覚しているが、モカに指摘されると反対したくなる。

 

心なしか、それとも本当にそうなのか分からないけど、少しだけモカがぎゅっと抱き着いたような気がした。

 

「……知りたい?」

「興味ないって言ったらどうするんだ?」

「それでも教えてあげよう~」

「じゃあ、興味ない」

 

他人からしたら、訳の分からない会話内容だと思う。

でも、俺達からすればとっても分かりやすい言葉のやり取りなのかもしれない。

 

例えで言うなら、「はい」か「いいえ」だけで会話しているようなものか。

俺が「はい」を「興味ない」と言い換えているだけだ。

 

「貴博君、心臓、ドキドキしてるよね」

「悪かったな、ドキドキして」

「ううん、悪くないよ?」

 

流れるプールは、依然と冷たい水を身体全体に供給してくれる。

新しい水が次々に当たるからだ。

 

だけど、背中は温かい。

モカに抱き着かれているからだ。

 

でもモカは、背中だけを温かくしてくれているわけでは無い。

もう、分かるよな?

 

「貴博君()ドキドキしていたから、嬉しいのです」

 

心も、温かくなっているんだ。

 

 




@komugikonana

次話は11月12日(火)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
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~高評価をつけて頂いた方々をご紹介~
評価9という高評価をつけて頂きました SCI石さん!
同じく評価9という高評価をつけて頂きました 神仙神楽さん!

評価9から評価10へ上方修正して頂きました 岩山直太朗さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
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~次回予告~

あたしには気になることがある。
それはあたしが密かに想いを寄せている彼についてなんです。

そんなあたしの前以外では鉄仮面をかぶっているような彼が、自分から有給休暇を取らせてほしいとママに言った。
周りの人たちからしたら普通かもしれないけど、仕事人間の彼が自分から休みを欲しいなんて言ったことは今まで無いらしい。

そしてその有給休暇を欲しいと申請した日付が、お盆休みの一日前なんだって。
ママの事務所は土日も含めて8回もお休み出来るのに、わざわざ一日前に休む理由が気になって仕方が無かった。

だから、あたしは行動に移したんだ。


次回は番外編となっております。予想がつく人もつかない人も同じくらい楽しめる内容となっております。お楽しみに!


では、次話までまったり待ってあげてください。


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番外編:思い出という名の鮮やかなキャンバス①

あたしには気になることがある。

それはあたしが密かに想いを寄せている彼についてなんです。

 

あたしの通っている羽丘女子大学は長い休み期間に入ったから、時間を見つけては事務所に向かって彼に会いに行っている。

会う前はとってもドキドキして胸が苦しくなるのだけど、あたしの目が彼を映すとそんな苦しさは心地よい鼓動に包まれる。

それに最近、以前より少しだけだけど、笑ってくれるようになった。

 

 

そんなあたしの前以外では鉄仮面をかぶっているような彼が、自分から有給休暇を取らせてほしいとママに言った。

周りの人たちからしたら普通かもしれないけど、仕事人間の彼が自分から休みを欲しいなんて言ったことは今まで無いらしい。

 

そしてその有給休暇を欲しいと申請した日付が、お盆休みの一日前なんだって。

ママの事務所は土日も含めて8回もお休み出来るのに、わざわざ一日前に休む理由が気になって仕方が無かった。

 

だから、あたしは行動に移したんだ。

 

「……そろそろ起きろって」

「うにゅ?うーん……おはよ、貴博君」

 

あたしはまた、勝手に寝ている貴博君の布団に入って添い寝をしていた。

夜中にいつも来て、そして高鳴る鼓動をぎゅっと抑え込んで彼の腕に抱き着いて眠る。

高鳴る鼓動を抑えるのはあたしの心臓の音が大きすぎて彼が起きてしまわないように、なんだ。

 

「お前、また夜更かししたのか?」

「ううん、してないよ~。どうしてそう思ったのかモカちゃんに申告するのだ~」

「何回ゆすっても起きなかったからだ」

「貴博君と一緒だと安心できるからだよ~」

「……あっそ」

 

そんな不愛想な顔で、ちっともロマンなんて感じない言葉の中にしっかりとあたしを心配してくれるのがモカちゃん的胸きゅんポイントなんだよね。

 

心配してくれてありがと。

嘘ついちゃってごめんね。

 

「貴博君、今日は有給でお休みなのに早く起きるんだね~」

「……どうして俺が今日休みって知ってんだ」

「ママから聞いた~」

 

はぁ、とため息をつきながら布団から出て行く貴博君。そんなにため息ばっかりだと幸せが逃げちゃうよ?

でも、逃げちゃうほど幸せがあるって考えると素敵だね。

 

もし幸せがなかったら、逃げることも出来ないもんね?

 

貴博君が目で合図をしたから、あたしは部屋の外に出る。

これは彼からの、着替えるから出て行ってくれという合図。

 

でもちゃんと着替え終えたら入っても良いぞ、と言ってくれるあたり優しい部分もある。

もっとみんなにそういう優しい部分を出して言ったら良いのになー、っていつも思う。

 

「青葉、悪いけど俺はちょっと出かけるからまた明日な」

「そっか、ばいばい」

 

貴博君は大きめのカバンを手に持って、そのまま部屋から出て行った。

時計を見ると7時30分を示していて、あたしの疑問がモクモクと大きくなっていく。

 

もしかして貴博君、女の子とどこかに出かけるのかな?

もしそうだったらあたしはとってもつらい。

 

つらいけど、真相も確かめたい。

もし貴博君が女の子とどこかに行くのであれば、応援しなくちゃいけないよね?

たとえ、あたしの秘めている想いを抑え込んででも。

 

 

 

 

 

悪いとは分かっているけど、貴博君の後をついて歩いていた。

どこに向かうか検討もつかないし、もしかしたらコンビニでたばこを買うのかもしれない。

 

貴博君は商店街の方へ入っていく。

夏休みだからか、小さな子供たちは朝の早くにも関わらず元気に走り回っている。

 

あたしたちにも、こんな時期(とき)があったっけ。

 

あまり子供たちを見ていると、本命である貴博君を見失ってしまうからしっかりと視線は彼の方に向けておく。

 

「……え?貴博君?」

 

あたしは少しだけだけど、目を疑った。

心臓も少しだけ、嫌な音を立てながらキリキリと締めつけていく。

 

彼が入っていったお店は、あたしも良く行くお店のパン屋さんだった。

貴博君がやまぶきベーカリーに行くなんて思ってもいなかったし、彼がパン派ではなくごはん派だという事も知っているあたしにとっては不思議でしかなかった。

 

おそるおそる、店内を確認する。

 

貴博君が、パン屋で働いているあたしと同い年の女の子であるさーやとお話していた。

やっぱり貴博君はさーやのこと、知ってたんだ。

 

店の外からみると、貴博君の表情は分からないけどさーやはとっても楽しそうに笑っている。

もし貴博君はさーやの事が好きだったら……。

 

あたしは無意識に、脚を動かしていた。

この気持ちはきっと、網の上で焼く餅のようにぷくっとした感情なのだろう。

 

 

「いらっしゃいませ!あ、モカ。おはよー」

「やっほー、さーや……あれあれ?また会っちゃったね、貴博君」

 

出来る限りのニヤ~っとした顔で、そして少々わざとらしく貴博君に話しかける。

さーやはちょっとびっくり、みたいな顔をしていて貴博君は苦虫を噛んだような顔をしていた。

 

このお店は今日も焼き立てのパンのにおいがする。

 

「モカ、佐東君のこと知ってるの!?」

「うん、ばっちり。デートとかする仲だもんね~?」

「そうなの!?佐東君もしっかりしてるじゃん」

 

なにやらさーやもあたしと同じような顔をして貴博君をいじり始めた。

貴博君は面倒くさそうな顔をして軽いため息を零してから、トングを持ってパンを探しに行った。

きっと貴博君は女が二人集まるだけで面倒くさい、なんて思ってそう。

 

だからあたしは少しだけ訂正させなくちゃいけないよね~。

女じゃなくって~、美少女二人だよって。

 

「山吹、さっさと会計してくれ。青葉がいると面倒くさいから」

「そんなこと言われたら、ゆっくり会計したくなっちゃうな~?」

 

このやりとりを見るだけでも、案外二人の仲が良い事が分かった。

でも貴博君はいつ、そしてどこでさーやと会ったのかな。

 

もしかしたら貴博君は昔、ここでアルバイトをしていたとか?

でもそれなら、常連のあたしも知っているはずだから無いと思うんだよね。

 

貴博君がレジに持って行ったパンはクリームパン。しかも3つ。

同じパンを3つも買うなんて……きっと、とってもそのパンが好きなんだね。

 

「……クリームパン、しばらくはたくさん店に置くんだな」

「うん、あたしが父さんにお願いしていつもよりたくさん作ってもらってる」

「そうか……。山吹、無理するんじゃねぇぞ?」

「ふふふ、それはお互い様なんじゃない?」

「うるせぇ」

「それより、佐東君はモカの事好きなの?」

 

途中までの会話は、二人にしか分からない内容だったのに最後の会話だけは第三者のあたしにも意味が分かった。

そして、気味が悪いほど心臓がドキン、となった。

 

さーやはちらっとだけどあたしの方を向いて、その後すぐに貴博君の目を見つめ始めた。

 

「……嫌いじゃねぇよ。またな」

 

その言葉があたしの耳から入った瞬間、身体全体に心地よい感情が一気に支配し始めた。

 

嫌いじゃない。

それは遠回しに好きと言ってくれているみたいって勝手に解釈し始める。

 

あたしは、貴博君のこと……。

 

「モカって佐東君の事、好きでしょ?」

「へっ?」

 

そんなフワフワとした感情を身体の中に充満させているときに、さーやはあたしの感情を読みとったかのようなタイミングで話しかけてきた。

 

「佐東君が『嫌いじゃない』って言った後のモカの顔、恋する女の子の顔だったよ?」

「あたしがパンを買っているときのような顔~?」

「パンを買う時よりも、もっと夢中になってた。それより……」

「それより?」

「モカが、佐東君の事が好きだったら……」

 

この後に続く言葉が、ちょっとだけ怖い。

もしさーやも貴博君の事を好きだったら、あたしたちは恋敵になっちゃうんだもんね。

 

あたしは、もしそうなっちゃったら、さーやに勝てる気がしない。

さーや、かわいいもん。

 

 

でも、そんな考えとは全く違った言葉がさーやから放たれた。

 

「今からでも、佐東君の後を追った方がいいよ」

「貴博君の後を?」

「そう!佐東君の事を知りたかったら追いかけるべきだと思う。それにここだけの話、パンを3つ買ったでしょ?普段、この時期は2つしか買わないから絶対モカの分も入ってるよ」

 

あたしには引っかかる言葉がたくさん出てきた。

この時期になったら貴博君はパンを買う理由とか、あたしの知らない事をさーやは知っているという事実とか。

 

でも、今のあたしにはそんな事なんてどうでも良くなっていた。

 

「ありがと、さーや」

「……うん、いってらっしゃい!」

「また、パン買いに来るね~」

 

あたしはさーやに手を小さく振ってからお店を後にした。

正直、周りを見渡しても貴博君の姿はどこにも無かった。だけど、あたしは全く焦らなかった。

 

そして迷わず歩を進める。

直感と言うか、モカちゃんセンサーが「貴博君はこっちにいるよ~」って伝えてくれているから。

 

8月の中旬だというのに、まだまだ朝は暑い。

でも確実に季節は変わりつつあって、周りにこだまするセミの合唱の中に「ツクツクボウシ」と言う訳の分からない呪文のような声が聞こえるようになってきた。

 

「あっ、みーつけた」

 

あたしの目は、どこかへ向かっている貴博君を捉えた。やっぱり、モカちゃんセンサーは間違ってなかったね。

 

あたしは、うさぎのようにぴょんぴょんと飛び跳ねながら貴博君を追いかける。

なんというか、貴博君に早く声を掛けたくて歩いていくよりも気持ちが早まっているからスキップで向かっちゃうんですよ。

 

こんな朝早くに向かう場所なんて分からない。

いや、それよりもあたしはまだ貴博君の事に関して知らない事がまだある。

 

だから、一つずつ知りたいんだ。君の事を。

そしてすべて理解したいんだ。君の事を。

 

「貴博君っ!」

 

あたしは彼の横からぴょん、と出て君に話しかける。

ちょっとかわいく思ってもらいたいから、手を後ろに組んで顔を覗き込む。

 

彼は少し顔をほころばせながらあたしの方を向いてくれた。

でも表情と口調が一致していなくてくすくすと笑ってしまう。もっと素直になってくれてもいいのに。

 

「ほんと、俺のいる場所に出てくるよな。暑苦しい」

 

いつか素直にさせてやる、と言う気持ちとこれから君の事を知れるドキドキとした気持ちが入り混じる今日が、始まるのです。

 

 




@komugikonana

次話は11月15日(金)の22:00に投稿します。
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~高評価を付けてくださった方のご紹介~
評価9という高評価をつけて頂きました 神無月紫雲さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~

「もしかして……貴博君」

もしかして、あたしにお花をプレゼントしてくれるのかもしれない。そんな突拍子もない答えが頭の中で産声を上げた。

あたしは頭の中で想像する。
貴博君が真面目な顔であたしの前に来て、そして花束を渡してくる。
そして、あたしの妄想の貴博君がこう言う。

青葉、俺と結婚しよう。



「……お前、何一人でニヤニヤしてんだ?」

見られちゃった。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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番外編:思い出という名の鮮やかなキャンバス②

「ねぇねぇ、貴博君。これからどこに行くのかモカちゃんにも教えて~?」

「まずは『一緒に行っても良い?』って聞くべきだと俺は思うんだがな」

「あたしも一緒に行く~」

「……付いてくるなって言っても付いてくるんだろ?」

「あったりー」

「はぁ、ほんとに能天気な奴だな」

 

貴博君とお話をしながら、商店街を抜ける。

貴博君とお話をしているだけで、モカちゃんの心はポカポカする。このポカポカは8月の気温のようにギラギラしていなくて、いつまでも心地の良いあったかさなのです。

 

貴博君は7分袖の白色シャツに黒のチノパンを身に着けていて、暑くないのかなって思う。

でもあたしはその感情を口にすることは無いだろうね。

 

他人の、貴博君のファッションなんだからあたしが口出しする必要はないよね。

そしてなにより、この服装で行く理由があるのかもしれないよね。

 

世の中、分からないことだらけだよね。

でもそんな世の中だから、知りたいと思ったことには夢中になれるんだとあたしは思う。

 

「青葉、お金持ってるか?」

「うん。財布の中にお札は入ってるよ?」

「だったら問題は無いな」

「もしかして……今日は全部モカちゃんのお金で生きていくつもり~?」

「あほか」

 

だって、お金の有無を聞くことなんて普通ないじゃん。

それにちょっと頬っぺたを膨らませただけなのに、貴博君はジト目で左頬を抓り始める。

むぅ~、ちょっと痛いんだからね。

 

だけど、からかってほしいから頬っぺたを膨らませているからあたしの作戦は成功している。

さすがモカちゃん。誰もが認める美少女策士なのです。

 

あたしたちは駅の近くまで歩いてきた。お金の有無を聞いていたから、もしかしたら電車に乗って遠出でもするのかな?

 

「青葉、暑いから先に駅に行って涼んできても良いぞ」

「良いの?」

「良いから言ってんだ。俺はちょっとだけ買うものがあるからあとで駅のホームで合流するか。210円の切符買って1番のりばだから間違えるなよ」

 

そういって貴博君は違う方向に歩き始めた。

たしかにまだ朝が早いにも関わらず、気温はグングン上昇してきているし貴博君なりの優しさかもしれない。

 

だけど、暑さをしのぐよりも女の子には大事なことがあるんだよね。

でもそれは恋する女の子の特権だよ?

 

あたしは駅に向かわず、こっそり貴博君の後をついて行った。

 

 

うまい具合に人ごみの中に身を隠しながら後を追っていると、貴博君はお花屋さんに入っていった。

あの貴博君がお花を買う。想像もできなかったし、何よりなぜこの時期にお花を買うのか分からなくて頭の上にはクエスチョンマークが頭の上にポコポコ生まれる。

 

「もしかして……貴博君」

 

もしかして、あたしにお花をプレゼントしてくれるのかもしれない。そんな突拍子もない答えが頭の中で産声を上げた。

 

あたしは頭の中で想像する。

貴博君が真面目な顔であたしの前に来て、そして花束を渡してくる。

そして、あたしの妄想の貴博君がこう言う。

 

青葉、俺と結婚しよう。

 

あたしは思わずニヤニヤ顔になってしまった。

まだ貴博君と付き合ってもいないし、このあたしの想いは一方通行。それなのにこうも気持ちがフワフワする。

 

こんな感情は、さーやのお店でパンを買っても得られないよ?

モカちゃんはなんて答えようかな?ニヤニヤしながら考える。

 

「……お前、何一人でニヤニヤしてんだ?」

 

 

そんな声が聞こえて、あたしは我に返る。

するとあたしの目の前には、貴博君がすごいジト目であたしを見つめていた。

 

あちゃー。

でも、後悔はしていない。だって……。

 

「一人は寂しいから、貴博君の後を追ってきたモカちゃんに~、その言い草は良くないよ?」

「……で?どうしてニヤニヤしてんだ?」

「それはね~、乙女の秘密だよ?」

 

そういって、貴博君の左腕にぎゅっと抱き着く。

だって、駅まで貴博君とお話しながら歩けるのだから。

 

「暑苦しいから離れろ」

「しゅん……」

「後でアイスクリーム買ってやるから」

「やったー」

「お前はガキか?」

 

あたしのこの秘めた想いは、まだ君には伝えないだろう。

まずはあたしが君を助けなきゃいけないから。

 

貴博君は、あたしを助けてくれた。バンドを脱退しなくて済んだのも君がいたからなんだよ?

だから次はあたしの番だよね?

 

 

「ほら、まだ時間に余裕があるから好きなアイスクリームを買ってこい」

「お金までくれるの?さすが貴博君だね~」

「気が変わった。金を返せ」

「ざ~んね~ん。もうモカちゃんのお金になっちゃった~」

 

本当は気が変わったわけでもないのに、なんて想いをニヤニヤ顔で表してあげた。

よく蘭にもそのニヤニヤ顔がモカっぽい、なんて言われるけどそんな表情を見せる人は限られているんだよ。

 

コンビニに入って奥に行くと並んでいるアイスクリーム。量が多いから何を買うか迷っちゃうよね~。

冷たい冷気に包まれたアイスクリームを覗きながらふと思う。

 

貴博君にも、アイスクリームを買ってあげようかな。

好みは分からないからモカちゃんチョイスにおまかせだね。

 

「抹茶もいいけど~、これにしよっと」

 

あたしが手に取ったのはモナカアイス。モカちゃんだけにモナカなのです!

それにモナカアイスだったら二つに割って食べられるよね。

 

店員さんに渡してお金を渡す。普段コンビニでアルバイトをしているから店員さんの気持ちが分かる。今日も頑張ってくださいね~。

 

外では、あたしを待ってくれている貴博君が座りながら街を眺めていた。あたしと一緒にいる時はたばこを控えているらしい。

あたしはたばこのにおい、ちょっと苦手だけど我慢しなくてもいいのにとは思うけど。

 

「おまたせ、貴博君」

「ん、早かったな。じゃあ、そろそろ駅に向かうか」

「はい、貴博君」

 

あたしはモナカアイスを袋から出し、真ん中あたりで二つに折った。

綺麗に二等分出来なかったから大きい方を貴博君に手渡す。

 

「青葉……ありがとな」

「うん!二人で食べた方が美味しいからね~」

 

一瞬、貴博君の目が揺れていた。昔、こんな思い出があったのかなって勝手に想像する。

誰かなって思ったけど、きっと弟のまーくんだよね。

 

「まさか、同じセリフを言うとは思わなかったぞ」

「なになに~、あたしがまーくんと同じこと言った?」

「お前のその勘の良さは他のところで活かしやがれ」

 

ほら、やっぱり。

そして手に持っていたモナカアイスをパクッとかじる。サクッとした歯ごたえの後にくるひんやり冷たいバニラ風味は病みつきになる。

 

アイスを食べながら駅まで歩いた。丁度アイスがなくなった時に改札前にたどり着くことができた。

あたしは財布から210円を取り出して切符を購入する。貴博君はICカードをタッチして駅の構内へと入っていく。

 

あたしは電車に乗るのが久しぶりで、ちょっとドキドキしている。

大学までずっと地元だったあたしにとっては、ちょっとした冒険のような高揚感もあったりする。

 

「お、丁度電車がきたな。あれに乗るぞ」

「あいあいさー」

 

プシュー、と音を立てながら目の前の停止エリアでぴったりと止まった電車が開く扉にあたしたちは乗り込む。

お盆前の期間だし、平日だから思っていたよりも人は乗っていなかった。

貴博君は多分、そういう時間を見越してこの時間の電車に乗っているのだろう。

 

「貴博君は、よく電車に乗る?」

「まぁな。高校も電車で通ってたしな」

「貴博君って、実家がちょっと遠いんだっけ?」

「ああ、でも生まれたのは花咲川地区だけどな。中学は別だけど高校は花咲川で過ごしてる」

「うそ~!」

「お前に嘘をつく理由が一ミリもないだろ」

 

そんな情報はまったく知らなかったから、思わず大きな声を上げてしまった。車内に人が少なかったから良かった。

 

じゃあ、貴博君はあたしの近くにいたんだ。もしかしたら幼少期のころにあたしたち、出会っているかもしれないね。

 

「青葉、次の駅で降りるから準備しとけ」

 

楽しい会話はすぐに時間を経過させる。

まだ乗って数分しか経ってないような感じがするけど、もうすぐ到着らしい。

車内は貴博君が買った花のいいにおいが充満する。

 

電車が停まる。そしてたいそうな音を立てて開く扉の向こうへ足を踏み出した。

 

到着した場所は、一言で言うと何もない場所だった。

駅の名前も確認するのを躊躇(ためら)われるようなところにもかかわらず、貴博君は行きなれた場所のようにドンドンと改札口へ向かっていく。

 

あたしは、そんな貴博君の後をちょこちょこと歩いていく。

改札を出ても、何もないのは変わらない。広がったコンクリートに生きているか分からない建物。

 

「貴博君、この場所ね?モカちゃんにはモノクロに見える」

「へぇー、そうか」

「貴博君は、何色に見える?」

「俺はこの場所だけはカラーに見えるけどな」

「えっ?それってどういう事?」

「そういう事だ。俺にはこの町は綺麗なパステルカラーに見える」

 

あたしは思わず首を傾げる。

何回目をこすっても、白や黒しか色が入ってこない。上を見上げればきれいな青色とか白色、オレンジ色は見えるけどパステルカラーには見えない。

 

同じ景色を見ているはずなのに、見え方が違って見えるのかな?

それはそれで面白いよね。

 

「貴博君は、この場所に何回も来るの?」

「いや、一年に一回だけだ」

「この場所に、なにか大事なものでもあるの~?」

 

一年に一回来るらしい。そしてさーやは「この時期に」と言っていた。

あたしには分からないから貴博君に聞いてみた。

 

貴博君は、進めていた歩を止める。それに従ってあたしも貴博君の隣で立ち止まる。

貴博君は少しだけ、遠くを見つめていた。

 

あたしは貴博君の顔を覗き込む。

彼の表情は、懐かしいものを思い出すかのような顔をしていた。子供の頃、よく遊んでいたおもちゃを大人になって見つけた時のような、そんな表情。

 

そして彼はこう言った。

 

「今から、親友に会いに行くんだ」

 

 




@komugikonana

次話は11月19日(火)の22:00に公開します。
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~次回予告~

「あたし、貴博君を支えるから、安心して見ててくれると嬉しいな~」

そう言っていると、あたしの頭上から優しい衝撃が走る。
貴博君があたしの頭をはたいたらしい。顔を上げると、貴博君がムスーッとした顔をしてるんだもん。

「支えるとか、夫婦みたいな事言うな」
「あたしたち、夫婦じゃなかったの……?」
「違ぇわ!付き合ってもねぇだろ!」
「じゃあ~、……モカちゃんと、つ、付き合ってください……」

実は大切な場面なんです。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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番外編:思い出という名の鮮やかなキャンバス③

「今から、親友に会いに行くんだ」

 

それは、あたしの想い人である貴博君の口から発せられた言葉。

親友に会いに行く。それはきっと言葉の通りなんだと思う。

 

あたしの心臓はトクン、トクンと高鳴りながら一定のリズムで弾む。

貴博君の親友ってどんな人なんだろう。そもそも性別までも分からない。

 

だけどあたしの心臓をこんなにも高鳴らすのには別の理由があるのです。

 

それは貴博君がその親友さんの前でどのように紹介するのか、という事。

 

「ねぇ、貴博君。いつぐらいになったらその親友さんに会える~?」

「……どうして青葉がそんなにソワソワしてるんだよ」

「貴博君がお世話になってまーす、って言わなきゃいけないからね~」

「お前は俺の保護者か。……まぁ、あまり期待するなよ」

 

期待するなよ、なんて言葉を掛けられて「はいそうですか」って言える人間はこの世の中に存在しないとモカちゃんは思います~。

 

なんて思いを顔に乗せて貴博君に訴えてみた。

貴博君はジト目であたしを見た後、軽くため息を吐いてから歩き出す。

 

大きな河川敷があって、その河川敷に垂直にそびえる橋を私たちは歩く。

ここの河川敷は周りに桜の木がたくさんあって、4月とかに来るときれいなんだろうなって思う。

 

まぁ、モカちゃんは花より団子派なんだけどね~。

 

「なぁ、青葉」

「なーに?」

「幼馴染たちは、何があっても大切にしろよ」

「そんなことは言われなくても分かってるから、おっけ~」

「そうかい。だったら良い」

 

どうしてこのタイミングで言うのかは分からない。

だけど蘭やつぐ、ともちんにひーちゃんはずっと大切に思っている。なにより貴博君がその幼馴染の大事さを改めて教えてくれたって個人的には思っている。

 

あたしは先に音楽事務所に入って、みんなを紹介しようって考えていた。そうしたら4人もデビューできるから。

そして紹介し終えたあたしは、その事務所を辞める気だった。

 

ライブのあったあの日、あんなに真剣に止めてくれた貴博君。

あの時から、あたしの視線の先にはずっと貴博君がいる。ずっと追っているんだ。

 

 

「それにしても暑いね~、貴博君」

「そうだな……。俺は暑いのが苦手だから勘弁してほしいわ」

「どうして暑いのは苦手なの?」

「染みるんだよ……汗が」

「?」

 

何に、染みるんだろう。

汗が出る場所は汗腺が集中しているところだから額とか胸、背中辺り。

 

もしかしたら汗が心の感傷に染みる、とか言いたかったのかな。

もしそうなら、貴博君は面白い男の子だよね~。笑っちゃいそうだよ。

 

あたしはニヤニヤしながら貴博君の顔を伺う。

貴博君はうざったそうな顔をこっちに向けてから進行方向に顔を向ける。

 

 

「暑いところ悪いんだけど、これ持っててくれるか?」

「うん、いいよ~。でも貴博君。ここって……」

 

あたしは貴博君と話したり、素敵な表情を確認することに夢中だったせいで周りの景色が目に入っていなかった。

そして貴博君からクリームパンの入ったやまぶきベーカリーのレジ袋を手渡される。

 

今、あたしの目に入ってくる光景。

それは貴博君の口からも語られる。

 

「ああ、ここは墓場だ。もうちょっと先だから我慢してくれ」

 

さっきまであたしが出していたフワフワな雰囲気を一気に空へと手放す。

ここに貴博君の親友さんがいるっていう事?それって、そういう事だよね……?

 

そんな事を考えていたら、あたしの額に軽い衝撃を受ける。

額を手で押さえながら涙目でデコピンをした君を見つめる。

 

「うにゅ……いたいよ~」

「辛気臭ぇ表情(かお)してるからだ、バカ」

「むぅ~……仕方ないじゃん」

「死んだ奴にいつまでも悲しみの表情を向けても仕方がねぇだろ」

 

だから青葉もいつも通りでいればいい。

 

貴博君はどんどんと前に歩いていくけど、あたしは立ち止まったままだった。

さっきの君の一言でたくさんの感情が湧いた。もちろん良い感情だよ?

 

あたしは下を向く。

そして出来る限り、口角をぐい~っと上げて前を向く。

 

「早く来い、置いてくぞ」

「うん、今行くから待ってて~」

 

あたしは速足で君の隣まで歩いていく。

しっかり、明るい表情で親友さんに挨拶したいから。

 

 

貴博君は墓場に置いてあった小さなバケツと手桶を借りて、バケツに水を入れて歩いていく。

歩き始めてすぐ、ある場所で貴博君は歩みを止めた。

 

「まだ帰ってきてねぇかもしれねぇけど、俺はわざわざ会いに行くタイプじゃないんでね」

 

そう言ってバケツに入った水を手桶でお墓にかけ始める。

お墓のてっぺんから何度も水を掛けていて、お墓は暑そうな表情からシャワーを浴びた後のような爽快感に変わったような気がした。

 

「でも貴博君、会いに来たよね~。ツンデレ貴博君の登場だ~」

「こいつから会いに来いって言う意味だ」

 

最後に思いっきり水をお墓にかける。

かなり水を掛けたから周りがビショビショになっていて、貴博君の親友さんも大変だなぁ~、と思うモカちゃんでした。

 

でも貴博君は持ってきていたタオルでお墓を丁寧に拭き始める。やっぱり貴博君はツンデレなのです。

でも、どうしてタオルでお墓を拭くのだろう?

 

「どうして、雑巾じゃなくてタオルでお墓を拭いてるの?」

「さぁな。ただ……」

「ただ?なに~?」

「いつもその拭いたタオルを持って帰って部屋で干すんだ。そうすると不思議とよっちゃんが近くにいるように感じるんだ」

「よっちゃん?」

「あぁ、こいつのあだ名だ。ガキの頃からそう呼んでる」

 

貴博君が小さい頃からお友達なんだね。

だからここに来る前に貴博君は言ったんだ。幼馴染たちは、何があっても大切にしろよって。

 

お墓に刻まれた苗字を見ようと思ったのだけど、さっき貴博君の掛けた水が太陽に反応してキラキラと輝いているから見えなかった。

 

「青葉、クリームパン出してくれるか?」

「うん、いいよ~」

 

あたしはレジ袋からクリームパンを3つ、すべて取り出して貴博君に手渡す。

受け取った貴博君は1つはお墓の前に、そして1つはあたしに返される。

最後に残ったクリームパンを貴博君は口に運んで食べ始めた。

 

「青葉も食べていいぞ」

「お墓の前で、食べるの?」

「おれとよっちゃんは良く食べ歩きしてたからな。これが俺達なんだよ」

「素敵な関係なんだね~」

 

生前の思い出をこうやってお墓の前の友人と行うのもお墓参りの1つの在り方かもしれないって思った。

けど、あまりお墓で物を食べるのは良くないように感じるけどね。

 

「去年も~、よっちゃんさんの前でクリームパン、食べた?」

「去年はハンバーガーショップでダブルチーズバーガーを買ってここで食べたな」

「……貴博君って、変なところでバカだよね」

「食べてたら坊主にキレられたっけ」

 

そりゃあ、お坊さんも怒るだろうね。

でも貴博君はそのお坊さんを論破してそう。生前は二人でこうやって過ごしてたから二人で会える日くらい良いだろ、とか言ってたりして。

 

そんなことを考えていると、自然と笑みがこぼれた。

真夏の青空の下、怠そうな顔や辛そうな顔をするより、こうやって笑顔で来た方がお互い楽しいよね。

 

「よっちゃん。そろそろ帰るわ」

「……」

「俺は俺でそれなりには上手くやれてる。いつどうなるかなんて分かんねぇけど。それと今日一緒に女が来てるけど、気にしなくていい」

「……」

「お前の好きだった花を置いとく。じゃあな。……そうだ。最後に一言」

「……」

 

貴博君は花屋さんで購入していた花をお墓に置く。黄色の花で……何の種類の花かあたしには分からない。蘭だったら知ってるんだろうな~。

 

「勝手に死んでんじゃねぇぞ、くそったれが」

 

最後のこの言葉は、霊園全体に響き渡ったんじゃないかって感じた。

貴博君は笑顔を作っていたけど、きっと別の表情をしたかったんだと思う。

 

それにあたしにはこう聞こえたんです。

 

 

もっと、お前と親友でいたかった。

 

 

そう聞こえました。

 

あたしはお墓の前でちょこんとしゃがみ込んで、あたしもよっちゃんさんとお話してみようと思った。

どうしてか分からないけど~、急にお話したくなったんだよね。

 

「貴博君から紹介がなくて~、ムッとしてるんだけどね。あたしはモカちゃんって言います。よろしく~」

「……」

「貴博君はね、ああ見えても大変だと思うんだ~」

「……」

「あたし、貴博君を支えるから、安心して見ててくれると嬉しいな~」

 

そう言っていると、あたしの頭上から優しい衝撃が走る。

貴博君があたしの頭をはたいたらしい。顔を上げると、貴博君がムスーッとした顔をしてるんだもん。

 

「支えるとか、夫婦みたいな事言うな」

「あたしたち、夫婦じゃなかったの……?」

「違ぇわ!付き合ってもねぇだろ!」

「じゃあ~、……モカちゃんと、つ、付き合ってください……」

「あほか」

「うえ~ん、フラれちゃった~」

 

冗談で告白したのに、こんなにも緊張しちゃうとは思っても無かった。

これじゃあ、しばらく告白は出来ないかもしれないね……。

しかも告白は失敗に終わっちゃうし、ヨヨヨ~……。

 

何よりも貴博君の親友であるよっちゃんさんの前で、こんな事をしてても良いのかな。

きっと、よっちゃんさんは口をあんぐりと開かせてそうだけどね。どんな人か分からないけど、そんな気がする。

 

貴博君はお墓の前に置いていたクリームパンを手に持ってから帰る準備をした。

あたしも、ずいぶん軽くなったバケツと手桶を手に持つ。

 

来た時と同じように、あたしは貴博君の横に並んで霊園を後にする。

その時に、ふと絵の具のにおいと言葉が聞こえたような気がした。

 

貴博君に聞いても「誰もいねぇのに声が聞こえる訳ねぇだろ」って言われちゃったけど、うっすらと何か聞こえたんです。ホラーとか、そんな怖さは感じなかった。

 

その時に聞こえたのは多分、だけど。

照れ隠しだから気にするな、と言う言葉と、笑い声だった。

 

 

 

 

 

モノクロにしか見えない駅の改札で電車を待つあたしたち。

電車が来るまであと20分もあるらしい。この駅は各駅停車しか停まらない。

 

「青葉、クリームパン食べるか?」

「うん、食べる~」

「俺も食べるから半分だけど、文句言うなよ」

「モカちゃんに全部くれても良いじゃん、ケチ」

「……俺が全部食べるから、さっきの会話は無かったことにしろ」

「半分こしてくれるなんて、貴博君は紳士だなぁ」

 

貴博君は細い目をしながらパンを半分に分けて、大きい方をあたしに渡してくれた。

結局パンをくれるのだから優しいんだよね。

 

そう思っていたからか分からないけど、手に力が入っていなくて受け取ったパンを地面に落としてしまった。

あっ、と言うあたしの切ない声と相変わらずの目で落ちたパンを見てからあたしの方を見る貴博君。

 

「はぁ、しょうがねぇな……俺の分のパンやるよ。今度は落とすなよ」

「えっ?良いの?」

「良いから渡してるんだ」

 

今度はしっかりとパンを受け取る。

貴博君は落ちてしまったパンを手に取って、汚れを手で払ってからレジ袋の中に戻した。

 

あたしは、貴博君の顔をジーッと見つめた。

多分口からもジーッ、という声が漏れていたかもしれない。

 

「心配すんな。パンは捨てねぇよ。家に帰ってレンジでチンすりゃあ食べれるだろ。菌は熱に弱ぇんだから」

「そうじゃなくって、はい」

 

あたしは更にパンを2つに分けた。元の大きさから4等分したから小さくなっちゃったし、中に入っていたクリームも指圧によって所々飛び出しちゃってるけど。

 

貴博君と一緒に食べた方が、美味しいもん。

それにね?

 

「ありがとな」

 

あたしは、君からその言葉を聞けるだけでお腹が一杯になるんだから。

 

 




@komugikonana

次話は11月22日(金)の22:00に公開します。
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~次回予告~

「人間は変わる……か」

副流煙を口からスーッと、外に吐き出す。
京華さんの事務所で正社員として働かせて貰って半年が過ぎた。

半年の間に色々な事があったが、こんなにも充実した半年は学生ぶりかもしれない。
京華さんは良い人だし、モカだってこんな俺に普通の人と同じように接してくれる。

だから、少し怖い。
高校生活のように、急に楽しい生活が幕を閉じてしまうんじゃないか?

「……何を考えてるんだ、俺は」

こんな事を考えるなんて俺らしくない。
ずっと仕事のスタンスは一緒だった。前科持ちとバレてしまえば仕事を辞めて他の仕事を探す。そしてそんな行動を今まで数えきれないほどしてきた。
なのに……。

俺も、変わったのかもしれないな。


ぬるく、嫌らしい風が頬をそっとなでる。
灰皿にたばこをグリグリと押し付けて、不安と言う名の火種を消した。



その時に、俺の携帯が音を立てた。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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4日後に送るプレゼント①

お盆休みの最終日ともなると流石に身体が怠くなってくる。いつものようにベランダに行って寝る前のたばこを一本口に(くわ)える。

時刻は午後の10時。学生にしたら物足りないが、社会人からしたら睡眠のゴールデンタイム。

 

お盆休みは、モカと一緒によっちゃんのお墓参りに行ったきり。

簡単に言えばそれ以降、モカと出会っていない。休み期間中に京華さんから仕事に関する連絡があった時にモカは何をしているのか聞いた。

なぜ聞いたかは……。寂しかったという理由で誤魔化しておこう。

 

その時に帰ってきた答えは「夜更かし」している、とのことだった。

お盆休みだし、学生なら夏休みなのだから夜更かしぐらいだったら誰でもしたくなるもの。

俺はため息を吐いてから電話を切ったものだ。

 

それにしても、モカが夜更かしを初めてもう1ヶ月は経過しているし、もうすぐ2ヵ月目に突入するんじゃないか?

 

「あいつ、夜に一体何やってんだか」

 

ちょっと前なんかは「夜更かしは肌荒れするし、美少女モカちゃんの敵なのだ~」とか言っていたくせに、人間は意外とすぐに変わるもの。

 

「人間は変わる……か」

 

副流煙を口からスーッと、外に吐き出す。

京華さんの事務所で正社員として働かせて貰って半年が過ぎた。

 

半年の間に色々な事があったが、こんなにも充実した半年は学生ぶりかもしれない。

京華さんは良い人だし、モカだってこんな俺に普通の人と同じように接してくれる。

 

だから、少し怖い。

高校生活のように、急に楽しい生活が幕を閉じてしまうんじゃないか?

 

「……何を考えてるんだ、俺は」

 

こんな事を考えるなんて俺らしくない。

ずっと仕事のスタンスは一緒だった。前科持ちとバレてしまえば仕事を辞めて他の仕事を探す。そしてそんな行動を今まで数えきれないほどしてきた。

なのに……。

 

俺も、変わったのかもしれないな。

 

 

ぬるく、嫌らしい風が頬をそっとなでる。

灰皿にたばこをグリグリと押し付けて、不安と言う名の火種を消した。

 

 

 

その時に、俺の携帯が音を立てた。

俺の携帯に電話を掛けてくるのは京華さんかモカしかいない。そしてこの時間帯なら恐らくモカなんじゃないか。

 

そう思って携帯を開いたが、映し出される番号は俺の知らない番号だった。

一瞬の浮ついた気持ちを返しやがれ、と言ういら立ちを舌打ちに乗せて電話に出てやる。

 

「……もしもし」

「久しぶりだな、クソガキ」

「お前、誰?面倒くさい」

「俺が誰か知りたかったら事務所前にいるから出て来いよ」

「ふーん、ご苦労さん。で?拒否したらどうすんの?」

「面白い事になるぞ?」

「へぇー、面白い事ねぇ……それなら今すぐあんたに会いに行ってやるよ」

 

電話を切って、一階へと降りていく。

本当に誰か分からない赤の他人だったら、俺もさすがに会いに行ってやらないけど今回は別だ。

 

事務所前にいる。

そしてどうしてあの建物が事務所だと分かった?簡単だ。電話を掛けてきたのは京華さんと関係がある人間。そして尚且つ俺とも接点がある人間。

 

だったら、名前の覚える価値もない従業員二人の内のどっちかだ。

 

「わざわざこんな時間に会いに来てくれてご苦労さん。で?あんたの名前何だっけ?」

「井川だ!その口をすぐにでも開けないようにしてやろうか……」

「話は簡潔にしろ。俺はデブと話すのが苦手なんだ」

 

この俺に対してキレているデブは、同じく外を周って依頼を受けるのが役割らしい。つまり俺と同じ役割を担っているというわけだ。

俺にキレているのは、俺が来てから自身の売り上げが下がり始めていてその歯止めが利かないらしいからだろう。要するに嫉妬か?

 

 

「お前!代表の娘さんに媚売って雇って貰ってるんだろ?あの娘さんがかわいそうだ」

「何言ってんだ?寝言は寝てから言えよ」

「あの娘さん、お前にとったら大事なんだろ?かわいいもんなぁ」

「あんたみたいなデブに答える必要はない。帰ってくれ、臭いから」

 

俺は話の途中で事務所に入っていこうとした。

俺がモカに媚を売って会社に雇ってもらった?ふざけるんじゃねぇよ。

 

それにあの言い方、モカに危害を加えるかもしれない。

そうなる前にこいつを排除するほうが良さそうだ。どんな手を使おうか。

 

そう考えていたが、次の瞬間には頭が真っ白になった。

原因は、井川とか言う人間の一言。

 

 

「お前が犯罪者って事、ばれたらどうなるんだろうなぁ」

「……てめぇ、どこで知りやがった」

「京華代表やその娘さんにばれたらお前、終わりだなぁ」

 

気持ちの悪い笑い声が夜にこだまする。

モカは俺には前科があることを知っている。

 

だけど京華さんはそのことを知らない。

もし事務所で働いている人間が犯罪者だったら?

もし自分の娘と話している男が犯罪者だったら?

 

吐き気が、する。

 

「俺も鬼じゃねぇから、俺の要求を呑んでくれるなら黙っといてやるよ」

「要求……だぁ?」

「あぁ、まず一つ目の要求はだな……」

 

 

 

 

井川という男との会話を終えて、いつもならすぐに布団に潜り込んで明日に備えるのだが、今日はそういうわけにはいかなかった。

 

うっすらと危惧はしていたし、覚悟もしていた。

隠し事なんていつかは「必ず」バレる。それが望んだ状況でなのか、意図しない状況なのかの違いはあるけれど。

 

部屋の片隅の壁に寄りかかって座りこんでしまう。

 

その時に頭の中でフラッシュバックするのは色々な表情で俺をサポートしてくれる京華さんと、最初は面倒だったけど今は心の拠り所になっているモカのふんわりとした笑顔。

 

左手が、自然と力が込められていく。

そして、視界もうっすらと(にじ)んでくる。

 

「……待て、今はそうなってる場合じゃねぇ」

 

自分で自分を無理矢理鼓舞する。

こんな状況になってしまった以上、好転することはない。

むしろ俺は今までのようなどん底生活になるのは分かり切っている。

 

だったら今すべきことはなんだ?

 

「……簡単、だよなぁ」

 

あの井川と言う人間も一緒にどん底に落ちてもらう。

あの人間の思考回路は間違いなく、京華さんとモカに悪影響をもたらす。

 

あんたは俺に挑発をしてきたんだ。

しっかりとその挑発に乗ってやるよ。

 

 

明日からの行動の仕方を決意した後、俺はもう一度ベランダに出る。

だが今回はたばこを吸わない。

 

半年の間だけど、毎日ここのベランダで夜の街を見渡してきた。

正直、ここの景色は好きだったりする。どうしてか分からないけど心がポカポカするような、そしてこんな俺を受け入れてくれているような感覚がするから。

 

「しっかりと一日一日、見納めておかないとな」

 

空は、俺の心とは正反対できれいな星がキラキラと輝いている。

そういえば、モカと一緒にレストランで夕食を食べながら星を見ていたっけな。

 

ポケットに入っている携帯を取り出す。

そしてメッセージを送るわけでは無いけど、モカの連絡先を見る。彼女のアイコンがやまぶきベーカリーのパンなのは出会ってから変わらない。

 

クスッと笑ってしまう。どうしていきなりこんな感情になったのかは俺にも分からない。

もし分かるなら、俺に教えてほしい。

 

携帯を右手に持ち替えて、利き手である左手で携帯の裏側を優しくなでた。何回も、何回も。

携帯の電源は付いたまま。その携帯が画面に表示しているのはモカの連絡先アカウント。

 

 

井川と言う男の処遇は決めた。あいつは必ず潰す。

もちろん、法律に触れない範囲で。

 

それと同時に、ある決断も迫られているという事にも気づいている。

だから、携帯を何度も優しくなでてしまうのだろう。

 

「こういう時に、モカに電話を掛けるのも面白いかもな」

 

携帯を左手に持ち替えて、通話ボタンを押す。

間の抜けた着信音で待つこと数分。

 

モカは電話に出ることはなかった。

また今日も、夜更かししてるのか。

 

 

 

こういう時にこそ、モカの声が聞きたかったんだけどな。

そう思いながらベランダを後にして、来てほしくもない明日を迎えるためにベッドで睡眠をとることにした。

 

寝る前に携帯で天気予報だけチェックすることにした。理由はおざなりなものだ。

 

そして明日からの天気は皮肉かのように晴れが続いていた。

俺の心の天気はこれから梅雨入りだというのに。

 

 




@komugikonana

次話は11月26日(火)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてくださいね。作者ページからもサクッと飛べますよ。

~次回予告~

ベランダに行って、いつもは一本で終えるたばこを今日は2本吸った。2本目のたばこを吸っている最中にポケットの中の携帯がブルブルと震え始めた。

手に取ってみると、モカからの着信だった。

今、モカの声を聞いたら色々とおかしくなってしまいそうだからと答える。


この世界は面倒くさい。人間が「言葉」と言うものを発明してしまったから、想っていることも口にしなければ伝わらないし大きな声でないと聞いてくれない。
その言葉に「感情」まで込められるんだからやってられない。

モカの着信は見ていなかったことにして、携帯をポケットの中にしまう。
かなり短くなった吸殻を灰皿にこすりつける。もう短いのにさらに力を入れて火を潰しているから、たばこの吸い殻は草臥(くたび)れてへにゃんとしている。

そんな無様な吸殻を、無気力な目で見つめていた。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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4日後に送るプレゼント②

こんなにも目覚めの悪い朝は初めてかもしれない。

いつの通りの時間帯に起きたというのに身体がすこぶる良くない。きっと夜中に3回くらい目を覚ましていたからそのせいだろう。

 

こういう時はたばこに当たるのが俺の悪い癖かもしれない。

ベランダに行って、いつもは一本で終えるたばこを今日は2本吸った。2本目のたばこを吸っている最中にポケットの中の携帯がブルブルと震え始めた。

 

手に取ってみると、モカからの着信だった。

 

普通なら、いや大抵の人間ならば電話に出るだろう。

だけど俺は、電話に出ることはしなかった。

 

理由はと問われればなんとなく、と答えたいがそうは問屋は下ろさないのがこの世界の仕組みだから敢えて言葉にするのなら。

 

 

今、モカの声を聞いたら色々とおかしくなってしまいそうだからと答える。

 

 

この世界は面倒くさい。人間が「言葉」と言うものを発明してしまったから、想っていることも口にしなければ伝わらないし大きな声でないと聞いてくれない。

その言葉に「感情」まで込められるんだからやってられない。

 

モカの着信は見ていなかったことにして、携帯をポケットの中にしまう。

かなり短くなった吸殻を灰皿にこすりつける。もう短いのにさらに力を入れて火を潰しているから、たばこの吸い殻は草臥(くたび)れてへにゃんとしている。

 

そんな無様な吸殻を、無気力な目で見つめていた。

 

 

 

 

いつもと同じ時間に一階に降りて自分のデスクに座る。

すでに井川という男は来ていて、俺の顔を見るなりいやらしい笑みを浮かびあげていた。

 

座りながら荷物の整理を行って、それが終われば京華さんの座っているデスクに赴き挨拶をする。

それがいつもの日常であり、半ば習慣化してきた行動。

 

だけど今日は少し違う。

井川という男の要求をここで呑まなければならない。震える左手を隠して京華さんの下へ行く。

 

「おはようございます。京華さん」

「おはよう佐東君。……なにか悩み事でもある?」

「俺に悩み事なんてありませんよ。仕事に関する相談はあるんですけど」

「あら、私はそんな相談より貴方の悩みの方が気になるわね」

 

モカとそっくりな笑顔を向ける京華さんが、俺の心をくすぐる。

そして無気力な俺の目がかすかに揺らぐのを感じた。

 

この人は俺が犯罪者だと分かった時、どんな顔になってどんな感情を載せて言葉を発するのだろう。

 

俺を蝕むこの悩みなんて、今どころかこれからもずっと人には話せない気がする。

 

俺は震える口で、自分の情けなさを隠しながら井川という男の要求を京華さんに交渉する。

その要求と言うのは。

 

「現在の俺の持っている営業エリアを半分に減らしてほしいです。井川に引き継がさせますので」

「……」

 

俺の営業エリアを半分井川という男に引き継がせるという事。営業エリアが少なくなるという事は俺が持ってこれる仕事が減るという事。

裏を返せば井川という男の売り上げが上がるという事。安易な考えだ。

 

京華さんは両手を前で組んで、その手の上に顎を載せながら俺の方をジッと見つめる。

京華さんの顔は綺麗で整っているし、目も綺麗だ。

 

だがその分、代表者であり事務所の経営者としての鋭い視線が恐怖を煽る。

経営者は時に残酷であるという事は、俺でも知っている。

 

 

「……」

「最近ミスも多いですし、京華さんの期待に応えられない自分が情けないですが……お願いします」

「いつ、井川君に引き継ぐの?」

「出来れば明日には」

「だめ。最低でも4日後にしなさい。私もそれに応じて準備しないといけないから。それとね……」

 

 

貴方のミスなんて、私が全部責任取るから気にしなくても良いの。

 

 

どうして、この人は。

ほとんど嘘で構成された俺の言葉の中で、本当に想っている言葉だけを抽出してフォローしてしまうのだろう。

 

ほんと、この人には適わない。

 

 

自分のデスクに座ると、井川という男が小さく舌打ちをした。きっとこのデブの計画が多少なりとも誤差が生じたからだろう。

俺はそんな男を見ている場合では無いからパソコンを立ち上げる。やりたくもないが引き継ぎの準備書類を作らなければならない。

 

……ちょっと待て。このまま行ったらまずい事になるぞ!

 

俺が計画していたことに最悪のビジョンを連想させる穴が見つかってしまい、冷や汗をかいている時に俺の背中がちょんちょん、と指に触れた。

 

振り向くと、そこにはいつものフワフワとした笑顔を見せながら前かがみになっているモカがいた。

そして彼女は俺の耳のそばでこう呟いた。

 

「ちょっとだけお話、しよ?」

 

 

 

 

モカに手を引かれて事務所の外に出る。

朝なのに無駄に暑いこの季節は出来ればすぐに何処かへ行ってほしいが、こういう季節ほど長く居座るものだ。

 

本当ならばカフェとかで話したいが、生憎俺は仕事中だしモカのその点は留意しているだろう。

 

「まず最初に聞きたいことがあるんだけど~」

「なんだ?さっさと言え」

「昨日の電話の事。貴博君から掛けてきてくれる事って珍しいから」

 

確かにその通りで、俺からモカに電話を掛けることは今までの中で無かったのではないか。

彼女は興味があるのだろう、上目遣いで俺の顔をチラチラと覗き込んでくる。

 

「青葉には悪いけど、特に用事があって電話したわけじゃない」

「ふーん。じゃあなんで電話してきたの?」

「そうだな……お前の声が聴きたかった、という事かな」

「急に、どしたー?」

「忘れろ。悪いけど今日は忙しいから戻る。あとでな」

 

モカは言葉ではおどけているけど、頬はほんのりと赤く染まっていた。

そうか、モカがいるのか……。最悪のビジョンは免れるけどベターな選択肢ではない。

彼女には負担を掛けてしまう。しかも最悪の場合は大学も……。

だけど、今はこれしか思いつかねぇ。

 

やっぱり、俺は人に不幸をもたらす人間らしい。

 

「た、貴博君っ!」

「……なんだ?」

 

モカが珍しく声を上げて俺を呼び留める。

さすがの俺も、事務所に入ろうとしていた足を止めた。そして事務所側に向けていた身体をモカのいる方向に持って行く。

 

「4日後、多分なんだけどね?あたしから、貴博君にプレゼントをあげるよ」

「はぁ?プレゼント?」

「うん。喜んでくれると嬉しいけど、あたしの勝手な判断だから~、その……」

「青葉からの勝手なプレゼント?それは手放しでは喜べないな」

「ひどい~」

 

俺は少し口角を上げて、冗談を交えて笑顔を作った。

モカからプレゼントねぇ……パンの無料券とか、ガキがつくるようなお手伝い券か?

それに多分ってなんだよ。

 

それにしても4日後が色々な事があって面倒くさそうだ。

何が一番面倒かって言われたら、4日後は木曜日でまだ一日平日が続いてしまうということだ。

 

顔が真っ赤のモカに別れを告げて事務所に入る。

事務所に入ると、冷房が効いていてかなり涼しく感じた。それほど外と中では温度差がかけ離れているという事だろう。

事務所の代表である京華さんは席を外していた。いつ、あの人は出て行ったのだろう。

 

すぐにデスクに座って、引き継ぎ作業の続きを行う。

井川という男に渡す書類は、悪いけど意図的に虚偽の情報も入れている。

あんたにも、堕ちてもらうからな?

 

もちろん、もう一種類の書類は今までのノウハウを詰め込んでおく。

書類を2種類も作成しなくちゃいけないのは面倒だけど、仕方がないよな。

 

 

「おい、クソガキ」

「……今、あんたのための作業で忙しいんだけど、なに?」

「お前を見ていると胸糞悪いから地獄を見せてやろうか」

 

悪いけど、こっちも胸糞わるいからお互い様だろ。

それに井川という男は自尊心だけは人一倍持っているので、自分がチヤホヤされたくて仕方がないのだろう。

 

そんなお前の口から出る「地獄」なんて、生ぬるく聞こえる。

お前の考える「地獄」は世間に犯罪者として見られることを指しているんだろ?甘い、甘すぎるんだよなぁ。

 

 

「代表の娘と今すぐ別れて縁を切れ」

「……断るって言ったら、どうするんだ?」

「それなら、今すぐにでも代表にお前の事を言うぞ?良いのか?」

「だったら、丁度いいな」

「は?」

 

 

井川という男の間抜けな声が事務所中に響き渡る。

京華さんが俺に前科があることを知るのは既に時間の問題だろう。この男がこうやって脅しているのはビビっている俺を見たいだけ。

 

いつ京華さんに言っても良いわけなのだから。

 

俺はそんなリスクを負っている。

このリスクはどうやっても回避することが出来ない。

 

だったらどうする?

 

 

簡単だ。

この状況の中でベストなリターンを得られる行動をとることだ。

 

京華さんが俺を犯罪者と知ったら、母親としてモカが近づけないようにするに決まっている。我が子を心配しない親なんて、どこかにいるクソ親以外いないだろう。

でもモカはそんな忠告を聞くとは思えない。美竹からあれほどの口調で言われても何食わぬ顔で接してくるんだから。

 

京華さんとモカ。

このお世話になった二人を、この親子を守ることが大事だ。

 

「あんたが気に食わないんだったら」

 

これからが、俺にとっての地獄の始まり。

俺を信頼してくれている人を自ら手放すんだ。一人は好きでも、孤独が好きな人間なんてこの世の中にいるわけがないんだ。

そしてそれが一番心にダメージを深く刻む。

 

まぁ、モカが俺の事を信頼しているかどうかだなんて知らないけど。

悪いな、モカ。俺は勝手に思い込んでる。お前が、俺の唯一の友人だってことを。

 

 

 

 

「お前のその要求、呑んでやるよ。実行は4日後だ」

 

左手の指を四本立てながら、口角をグニッと上げてやった。

井川という男は、驚きよりも恐怖を感じていそうな顔をしている。そりゃあ、怖く感じるだろ。でも、犯罪者なんて大体そんな人間の集まりだ。

 

甘く見ていたんだったら、お前の負けだな。

 

 

 

心が嫌な音を立てる。

ズキズキと、痛みが増えていった。

 

 

心の叫びは、聞かなかったことにした。

 

 




@komugikonana

次話は11月29日(金)の22:00に公開します。
新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
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~次回予告~
井川という男との2つ目の、最後の要求を聞いた日から3日が経った夜。

明日は流石に俺も堪えるかもしれない。
そんな弱気な自分を奮い立たせるようにベランダに行ってたばこを吸っていた。

たばこは短くなってしまった、新しいたばこを取り出して火を付ける。
これで今日16本目。いつもの4倍以上も吸っている。

いつもより多い本数を吸っているのが原因なのか。他が原因なのか分からないけど頭がズキズキと痛む。
ああ、きっとニコチンの取りすぎだろう。きっとそうだ。



携帯の電源を付ける。
そしてあいつの電話を掛ける。

彼女は、ワンコール目で電話に出た。

「いきなりで悪いけど、今日会えねぇか?」



では、次話までまったり待ってあげてください。


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4日後に送るプレゼント③

井川という男との2つ目の、最後の要求を聞いた日から3日が経った夜。

 

明日は流石に俺も堪えるかもしれない。

そんな弱気な自分を奮い立たせるようにベランダに行ってたばこを吸っていた。

 

たばこは短くなってしまった、新しいたばこを取り出して火を付ける。

これで今日16本目。いつもの4倍以上も吸っている。

 

いつもより多い本数を吸っているのが原因なのか。他が原因なのか分からないけど頭がズキズキと痛む。

ああ、きっとニコチンの取りすぎだろう。きっとそうだ。

 

 

「ちっ」

 

これ以上、たばこを吸っても美味しく感じないから、舌打ちをした後まだ長い吸殻を思いっきり灰皿にこすりつけて火を消した。

たばこはくの字に折れ曲がって、灰皿の真ん中に置かれる。

 

ベランダから、部屋に入る。

部屋は綺麗に整頓したばかりだから、あまり落ち着かない。

 

時計を見ると、深夜の1時を指していた。

明日も仕事なのだが、今日は寝なくたっていいんじゃないかとも思った。

 

いつものように行う何気ない呼吸が、たばこのにおいに変わっている。

そんな俺にため息をつきながら、筆ペンを取り出す。

 

そして昨日買った茶色の長形3号の封筒と……。

事務所の退職届用紙を出す。

 

 

 

「半年に一回は出してるんじゃないか?笑えねぇな」

 

自らの嘲笑を耳にしながら筆ペンを手に持つ。

アルバイトによっては退職届を出さなくても良い職場もあったが、出さなくちゃいけない職場だってあった。

それを念頭に置いていても、これで退職届を書くのは5回目。

 

人生山あり谷ありとか言うけれど、俺にぴったりな言葉だと思う。

やっと慣れ始めて、自分の居場所を見つけることが出来たと思った矢先に急転直下が始まるのだから。

 

半開きの眼で、退職届を見下しながら左手で筆ペンをグッと握る。

そして流れるように日付の欄から書いていく。

 

 

そう、書いていくはずなのに。

 

 

「……どうして、手がブレるんだよ」

 

何故か左手が大きく揺れる。

その揺れを制御しようと手に力を込めても震えは止まらない。

 

 

 

退職届を書いてしまえばすべてが終わるぞ?

 

分かってる。終わった方がモカの、京華さんの為だろ。

 

後悔しても、知らねぇぞ?

 

うるせぇ、うるせぇよ……。

 

手のひらはぐっしょりと濡れていた。

そんな手で退職届をゆっくりと、震えを悟られないように隠しながら記入する。

 

角ばった字を書き終え、紙から手を離そうとすると手汗の影響だろう紙が左手に張り付いていた。

 

こんな時に限って引っ付いてこないでほしい。

まるで、助けを乞うているような描写に見えてしまうじゃないか。

 

手にくっ付いた退職届を強引に引き剥がし、三つ折りにしてから封筒の中に入れた。

 

今日ほど夜明けが早く感じられる日は、なかったように感じた。

 

 

 

 

太陽が俺をあざ笑うかのように上ってきた。

俺はそんな太陽に負けた気がしたからせめてもの抵抗で陽の光を自分の背中で遮ってやった。

 

そんな些細な抵抗をしながら荷物をまとめている時、俺の携帯が音を上げる。

こんな朝早くから電話を掛けてくる人物なんて一人しかいない。

 

もしかしたら、最後になるかもしれない人との会話。

心臓に小さな穴が開いたような、そんなスースーとした気持ちになる。

 

「……佐東です」

「おはよう佐東君。急なんだけど、今日は午後からの出勤よ」

「どうしてです?」

理由(わけ)はあとで伝える。……佐東君」

「……はい」

「朝のうちに、自分の気持ちを整理しておきなさい」

 

 

意味深な言葉を残して、通話は物悲し気なツー、ツーという音しか聞こえなくなった。

朝のうちに自分の気持ちを整理?京華さんにはまだ俺が犯罪者だという事はばれていないはずなんだが。

 

あの人(京華さん)の嗅覚は恐ろしく利く。

これだから俺は、頭の周る利口な大人は苦手なんだ。

 

自分の気持ちの整理が朝から正午までの6時間の間で出来たら、夜はぐっすりと快眠できたと思うのだけどな。

ただ、いつ実行に移すかを考えていた「ある行動」を行う時間が出来たのは好都合だ。

 

やりたくない事を控えている時の時間の経過スピードが速く感じてしまうのは、神様の皮肉という名のイタズラなのだろうか。

それとも、人間には困難を乗り越えて強くなってほしいと願っている?

 

もしそうなら、俺は今日から一切、神なんて信じない。

人間はそんなに、強くねぇよ。買いかぶりすぎだ。

 

 

携帯の電源を付ける。

そしてあいつの電話を掛ける。

 

彼女は、ワンコール目で電話に出た。

 

「いきなりで悪いけど、今日会えねぇか?」

 

 

 

 

平日の11時は、少し落ち着きが感じられる。

あと1時間もすれば人が動き出すだろう。

 

今の空模様は気持ちの悪いほどの快晴で、こういう時は登場人物の心情を空が表すんじゃねぇのかよ、とロマンのかけらもない言葉を吐き捨てる。

 

待ち合わせは商店街の近くにある公園。俺自身は寄った事は無いけど存在は知っていた。

通りかかった時は子供たちが遊んでいて、いつも活気にあふれている場所だ。

 

場所は相手が指定してきたから何も言わないが、出来れば他の場所が良かった。

公園で、俺があいつに……。

 

胸の鼓動がシーソーのように上下に弾けているような痛みが走る。

たまに高い場所から飛び降りた時のような締め付けも感じる。

 

「貴博君、おまたせ~」

 

いつもの彼女の声が、今日はやけに心に響き渡る。

そして水の波紋のように徐々に広がっていく。

 

モカと、4日ぶりに会った。

睡眠不足から来ているのだろう、いつもよりファンデーションが濃いように感じた。

 

いつものフワフワな彼女は俺の近くまでゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「……なぁ、青葉」

「どうしたの?貴博君?」

 

こんな俺に近寄って来てくれる人間をこれから俺は。

 

 

前から分かっていたのに。俺に他人と親しい関係になっても苦しむのは自分だってことを。

前から決めていたのに。俺は一人で日陰で生きていくことを。

 

でも結局、孤独が寂しいんだ。

犯罪者でも一人の人間なんだ。寂しさを埋めたくなる。

 

「ずっと思ってたが、どうして俺に付きまとうんだ?正直、めんどくせぇから辞めてくれねぇかな」

「えっ……」

 

そんな寂しさを埋めてくれたのは、目の前にいるモカと言う名の女の子。

いつも俺の目にふらっと表れて、そして俺に楽しい日常を与えてくれた。

口では皮肉を叩いていたけど、本当は、その、嬉しかった。

 

俺にも、こんな楽しい時間を過ごしても良いんだって本気で思えた。

 

「お前の顔を見ただけでイライラするんだよ。目の下もクマで真っ黒だぞ?気持ちわりぃ」

「っ……」

 

モカは何も言わず、ただじっとこっちを見つめている。

その時の彼女の顔は、にこやかだった。

 

俺はそんなモカの笑った顔。

おどけた時の顔。

ほっぺたをぷくっと膨らませた顔。

ふわふわとした顔。

パンを食べながら幸せそうにしている顔。

 

すべてが俺の心に安らぎを与えていた。

 

俺はモカの色々な表情が好きだ。

特にお前が笑った時の顔がお気に入りだったりする。

 

 

 

夏のサラサラとした風が身体をすり抜ける。

蝉たちは俺たちの会話の邪魔はしないと決めたのだろうか、黙り始めてしまった。

小鳥たちでさえ、さえずりを辞めてしまった。

 

まるでこの世界に俺とモカの二人しかいないような、そんな錯覚がした。

もちろん、そんなのは錯覚だ。

 

なぜならこれから「一人の」世界に変わるのだから。

 

「だから単刀直入に言うぞ?」

 

俺は一度、下を向いた。

目に映るのは砂利ばかり。たまに雑草が目に入るが、枯れてしまっていて元気がない。

 

俺が想っているモカの事の反対(・・)の事を口にするのは案外難しい。

こんな感情から、人間は精神を切り崩してしまうのだろう。

 

だけど、これからの一言は本当に思っていることを言う。

だから一度気持ちをリセットするために下を向いたんだ。

 

 

再びモカの方に視線を向ける。

モカは相変わらずフワフワとした表情だったが、一瞬だけ、頬が張り詰めたような感じがした。

 

俺は大きく息を吸う。

夏の空気はこんなにも熱いのか。やっぱり夏は嫌いだ。

 

 

「もう二度と俺の前に現れるな!」

 

 

モカの顔はだんだんしぼんでいく。

俺はそんなモカの顔を見たくないから、背を向けて歩き始める。

 

「貴博君!」

 

モカは大きな声で俺の名前を呼んだ。

俺は無意識に、歩くのを辞めて呼ばれた方向に振り返ってしまった。

 

その時のモカの表情は、俺の眼を潤ませるのには十分だった。

彼女はにこやかに笑いながら、だけど涙をツーッと流しながら言う。

 

「ばいばい」

 

 

俺はすぐに背を向けて速足で公園から出て行った。

俺の眼から、一滴の涙が零れ落ちた。泣いたのなんて久しぶりだ。

 

一人で速足で事務所に戻る帰り道。

さっきまでモカと話していた公園の方を向いて、小さな声で呟く。

 

彼女にはきっと聞こえないだろう。

だけどそれでいい。

 

俺は精いっぱいの感情を込めて、言葉を零す。

 

 

「……幸せになれよ、モカ」

 

 

こぼした言葉は、フワフワと空を舞う。

その言葉は公園のある方角に向かっていったような気がした。

 

 

 

 

 

やらなくてはいけない事を消化した後は、さっきまでが嘘のように時間が早く流れていくように感じる。

時間の流れは年齢とともに加速していくらしい。時間は平等ではない。

 

モカに散々な事を言ったのは二時間前らしい。携帯電話で時刻を確認すると「12:55」と表示されている。

俺はスーツのジャケットにある胸ポケットに退職届を入れて、京華さんの下に向かう。

 

……その前に、今まで俺が過ごしていた部屋の真ん中で、ゆっくりと大きく深呼吸をした。

半年間世話になった部屋。この部屋の空気を吸うだけで今まであった楽しい思い出たちが頭の中を駆け巡る。

 

それも今日で終わりなのか。

深呼吸を終えて、重たい足取りで一階に降りていく。階段はいつもよりギシギシと音を立てているように感じた。

 

いつもより重たく感じるドアノブをしっかりと握りしめてドアを開ける。

 

 

「……その話は本当?井川君」

「はい!本当なんですよ!」

 

 

俺の眼に、京華さんと井川という男が話しているという状況が目に飛び込んでくる。

京華さんは何を考えているのか分からないような顔。

一方、井川という男は希望に満ちたような悪い顔をしている。

 

俺が来る時を見計らってこの話をしてやがる。

そう、直感で感じた。

 

 

「佐東貴博は前科持ちの人間なんですよ!」

 

 

俺はそんな会話を、無表情で聞きながら二人が話している場所へと向かった。

 

 




@komugikonana

次話は12月3日(火)の22:00に公開します。

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評価9という高評価をつけて頂きました ファイターリュウさん!
評価8という高評価をつけて頂きました 平日さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします。

~次回予告~

井川という男は、これでもかというほど鼻息を荒くしながら俺に指を指しながら言葉をぶつけてくる。
ぶつけられる言葉が汚いと、自然に眉間にしわを寄せてしまうのは俺の悪い癖。

こんな状況なのに、気になるのは京華さんの表情だった。
彼女は何を考えているのか分からない、感情の籠らない眼をしていた。

そんな眼をして、こちらを探るかのように見てくる京華さん。
昨日からこの人にも拒絶される心の準備をしたというのに、そんな決心はバラバラと音を立てて崩れ落ちた。


「そうね……今日は一人の人間を解雇しないといけないのね」


京華さんの口から、低く、感情の籠らない声が零れ落ちる。

「……聞いてる?私の話?」



では、次話までまったり待ってあげてください。
一度でも読んでくれた人にも、届きますように。


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4日後に送るプレゼント④

「佐東貴博は前科持ちの人間なんですよ!」

 

小さな事務所内に、そんな声が大きく響き渡った。

俺はそんな響き渡る声を無表情で聞き流しながら、震える足を一歩ずつ、進めていく。

 

「代表!噂をすれば犯罪者が来ましたぜ」

 

井川という男は、これでもかというほど鼻息を荒くしながら俺に指を指しながら言葉をぶつけてくる。

ぶつけられる言葉が汚いと、自然に眉間にしわを寄せてしまうのは俺の悪い癖。

 

こんな状況なのに、気になるのは京華さんの表情だった。

彼女は何を考えているのか分からない、感情の籠らない眼をしていた。

 

そんな眼をして、こちらを探るかのように見てくる京華さん。

昨日からこの人にも拒絶される心の準備をしたというのに、そんな決心はバラバラと音を立てて崩れ落ちた。

 

 

「そうね……今日は一人の人間を解雇しないといけないのね」

 

 

京華さんの口から、低く、感情の籠らない声が零れ落ちる。

こんな真夏に、凍てつくような声を出すことが出来る人間は日本中を探してもほとんどいないだろう。

 

鳥肌が立つような空気の中、京華さんの前に立って頭を下げる。

こんなにも口が震えるのは、どうしてなのだろうか。

 

「今までお世話になったのに、仇で返してしまい申し訳ありませんでした」

「そうね。佐東君……貴方は後で怒らなくちゃいけない。でもその前に処遇を決める」

 

俺はさっきより、深く頭を下げる。

秋の穂は(こうべ)を垂らしている方が実りがあって素晴らしいが、人間に至っては頭を下げることに良い意味なんて無い。

 

つまりそういう事で、俺は良い事なんて無いダメ人間だという事。

 

きっとすぐ横で立っている井川という男は、はちきれんばかりの笑顔を俺に向けているのだろう。

 

「処遇はもちろん、懲戒解雇ね」

 

今の日本社会において懲戒解雇なんて滅多なことでは言い渡されない。

俺だって自主退職は薦められたが、懲戒解雇は初めての経験だ。

 

こんな時に初めての経験。

初めては誰だって怖いけど、経験すれば成長する。

 

これで俺は、何を言われても表情を変えない自信がつく。

 

 

「……聞いてる?私の話?」

 

虚無の眼で下をじっと見つめていた。

 

その時に前から聞こえた、今まで聞いたことのないような恐ろしい声が聞こえた。

この声は京華さんなんだけど、声には怒りが混じっていた。

 

どのような「怒り」なのか、今の俺には分からない。

 

裏切ったから?

重要な秘密を今まで隠していたから?

会社に悪いイメージを与えたから?

モカを、泣かせたから?

 

簡単に思いついたことをつらつらと頭の中で浮かべてみたが、自分という人間に嫌気がさした。

今までこんな人間だったのに「当たり前」のように振舞っていた過去の自分を殴りたい。

 

 

横では、井川という男が今までにないような笑みを浮かべながら俺の方を見ている。

横目で見ても分かるくらいの、満面の笑み。

 

「そう……バカには何言っても分からないのね」

 

そうかもしれない。

俺みたいなバカは勝手に自分をカテゴライズしてしまうのだろう。

 

ここまで京華さんに悪い印象を持たれたのなら、安心して俺はどこかに行ける。

俺は傷ついても、他の大事な人にはそうなってほしくない。

 

モカをあんな風に言ってしまった俺が何を言っているのだろうな。

 

「一刻も早く荷物をまとめて出て行きなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

井川君。

 

 

流石の俺も、自分の耳を疑った。

今まで疑われる立場だった俺が、初めて人の言葉に疑いを感じた。

 

京華さんの方を見ると、先ほど言った言葉が嘘ではない事が安易に分かった。

井川という男はぽかんとした、まるで今まで経験したことが無いような物事が目の前で起きたかのような間抜けな顔をしていた。

 

正直、俺もあんな間抜けな顔をしていると思う。

俺だって、頭も視界も、フワフワしているのだから。

 

この事務所はもしかしたら、重力が全くない空間なのかもしれない。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。どうしてこのクソガキじゃなくて俺なんだよ」

「どうしてって……簡単よ。貴方はこの場所にいらない存在だから」

「この犯罪者で、大きな取引先に重要な書類を忘れて取引をパーにしてしまったこのガキの方がいらない存在だろ!」

「重要な書類?どうして重要って分かるの?」

「俺が代表にその書類の入ったファイルを渡したじゃないですか」

「確かに受け取った。でもクリアファイルを見ただけで重要って分かるの?」

「そりゃあ、代表に渡す前に中身を見て……」

「嘘ね。目が泳いでいるわよ?それにあの時、貴方のデスクの引き出しからそのファイルを鷲掴みにして引っ張り出して私のところに持ってきたじゃない」

 

ドンドンと井川の顔が赤くなっていく。かなり興奮してきているようみに見えるが、俺の目は見開いたままずっと京華さんに釘付けだった。

 

京華さんは、他人をしっかりと見ている。

 

「証拠っ!証拠がないだろ!」

「証拠とか言う時点で胡散臭いわよ?強いていうならカメラの映像、見せましょうか?」

 

この事実が嬉しくもあり、恐ろしさでもある。

 

どうして恐ろしいのか。

それは、俺の立場になって考えてみれば分かるだろ?

 

冷たい汗が背中をよじ登っていく。

 

「それに、ね……」

 

京華さんは、視線を俺の方に移してきた。

その時の彼女の目は、井川に向けていたような感情は一切なく、まるで子猫の傷口を舐める親猫のような目をしていた。

 

口が、変な角度で開き始める。

辛い思いと、歯がゆい思いが交差した時に開くような口。

 

「私は、最初から佐東君が前科持ちだという事を知っていた。正確に言うと採用を決めた日の夜に、あの娘から聞いて、知った」

 

は?

 

それが、真っ先に俺の頭の中に浮かんだ。

そしてそれが無限に増殖して頭の中を支配する。

 

最初から俺が犯罪者だという事を知っていた?

それなのに今まで何事も無いように振舞っていた?

 

どうして?どうしてなんだよ。

 

「だから私は、貴方を怒らないといけない。佐東君」

 

秘密がばれた時は、誰だって心臓がキュッとなる。しかも苦しいくらいに。

それが誰にも言えないような嘘だったら、尚更だ。

そして嘘がばれた時はどうなるのか、相場は決まっている。

 

嘘をつく人間なんて信頼できない。

もう貴方とは口を利かない。

大事な事を隠していたなんて薄情な奴だ。

 

すぐに思い浮かぶだけで3つも挙がった。そしてその3つに共通しているのは「批難」だ。

そしてそれは、一番人間の心を蝕む。

 

手が小刻みに震えてきて、心が痛くなってきた。

視界もグニャン、と渦を巻いているように感じる。

足の裏は気持ちが悪くて、宙に浮いているかのように感じてしまうような痒みが走る。

 

ありとあらゆる異変に耐え切れずに目を瞑った。

頭を叩かれるのだろうか、それとも言葉のナイフでメッタ刺しにするのだろうか。

 

どちらでも耐えられるように、目を瞑った。

 

 

 

 

 

だけど、京華さんは。

 

俺を、優しく包み込んでくれたんだ。

消えかけている火を、消えないように包み込んでいるかのように。

 

「どうして辛いって、言わないの」

「京華さん……なんで……?」

「どうして感情を押さえつけて『当たり前』みたいな顔が出来るの」

 

目に、鼻に、身体全体に、京華さんの温もりを感じる。

やさしくだけど、ギュッと包み込んでくれる京華さんの温かさ。

 

さっきまで視界を歪ませていた正体が雫となって頬をツーッと伝う。

輪郭を綺麗になぞって落ちた涙は、様々な感情を持ちながら床で弾けた。

 

「自分を悪役にして周りさえ幸せになれば良いとか、そう思っている貴方を叱らなくちゃいけない。私が、モカがそんな貴方を見て笑顔になれると思ってる?ほんとバカなんだから」

「京華さん……俺、俺は……っ!」

「そんな貴方に、アドバイスをあげるわ」

 

事務所内は、鼻をすする音と京華さんの誰よりも温かみのある優しい声で溢れている。

 

井川という男は知らない間にどこかに姿を消していた。

きっとバカらしくなったのだろう。

承認欲求の激しい男が、誰にも相手にされないこの空間に。

 

「子供はね?迷惑を掛けるのが仕事なの」

「京華さん……?」

「でも、迷惑を掛ける中で成長できる。判断を『迷』わなくなるの。物事に『惑』わされなくなるの。子供がそうなるまで傍で支えるのが大人の仕事よ」

「俺を、子供扱いしないでくださいよ」

「確かに佐東君は社会人。しかも20歳。でもお酒が飲めるから大人だとか言わないで」

「なんですか……それ……」

「すべての行動に善悪が付いて、責任が持てたら大人よ。働き始めてすぐの子とかは私からしたらまだまだ子供」

 

 

 

だからね。

 

 

 

「前科持ちだから、とかそんなくだらないレッテルなんか気にしないで一度きりの人生、ありのままを過ごしなさい。私が責任もってあげるから。いつでも貴方の味方なんだから」

 

 

ぐすっ、ぐすっ。

……うっ、うっ。

 

黒色の感情を持った心が、子供の頃はよく聞いた音を立てて崩れていく音がした。

子供の頃によく聞いた音、それは。

 

うわあああああああ、という負の感情を外に出す鳴き声だった。

 

20歳にもなってみっともないと思う。

まだ子供だったんだって思う。

今、すごく迷惑を掛けているんだなって思う。

 

心の中に渦巻いていたどす黒い感情は、涙となって綺麗な光を灯しながら流れていく。

今まで見ていたモノクロの景色に少しずつ彩りが加えられていく。

 

俺の涙が枯れた時、何かが「変わる」んだろうなって思った。

 

 

 

 

 

 

 

「……迷惑を掛けてすみませんでした、京華さん」

「落ち着いた?」

「はい」

 

平日のお昼に事務所の代表の胸を借りて大泣きするという、1年後に思い出話として話されたら顔が真っ赤になってしまうような事をやってしまった俺も、少しずつ落ち着いてきた。

 

すべての出来事には発生する原因がある。

俺が大粒の涙を流したのには色々な要因が考えられるが、きっかけは京華さんの優しさに触れた部分があるだろう。

 

「愛情」というモノを初めて触った。

そして血のつながっていない赤の他人でも、それが触れられることを知った。

自分以外の人間に、興味を持った。

 

「それにしても、カメラの映像があるとかハッタリ言ったけど上手く信じてくれて良かった」

「ハッタリだったんですか……」

「あ、そうそう、佐東君に渡したい書類があったの忘れてた」

「……書類、ですか」

「そう、これ」

「これって……どうして京華さんが?」

「事務所あてに届いたの。どうせあの娘でしょ?」

 

京華さんが自分のデスクの引き出しから出してきたそれは、軽い前科持ちの人間になら定期的に届く書類。

そしてその書類は俺の実家にしか届かないはずだった。

京華さんが言った「あの娘」という言葉がやけに喉に突っかかる。

 

「裁判所からの封筒をどうしてあいつが?」

「あの娘があそこまで真剣になったのを見たのは初めて。母親としては、嬉しい気持ちと不器用なんだなって気持ちが入り混じってるけど」

 

京華さんの言葉が、どうしてこんなにも俺の身体に引っかかるのだろう。

いまいち状況を掴めていない俺の顔を見て、京華さんは「あら、意外ね」なんてこぼしている。

 

「頭の良い佐東君なら、とっくに気づいてると思ってた」

「どういう事です?はっきり言ってくれませんか」

「うちの娘が夜更かししてることと関係してるの」

 

モカが夜更かしをしていることは知ってる。彼女の目の下はクマが濃くなっていた。

でも、そういえばモカが夜遅くに何をしているのか考えなかった。

 

それに今日、モカを突き放すために言った言葉が俺の胸の中に嫌なくらい響き渡る。

 

さっきとは違う、ものすごく嫌な予感が背中をスッと伝う。

 

「モカはね、一から法律を調べてた」

「……法律、なんで……」

「法律、なんてちょっと大きい括りだからもっと端的に言うと『刑法』ね」

「そんなの調べて、どうすんだよ……」

「勉強し始めてすぐに『刑法27条』を見つけた。その内容はね……」

 

 

5年以上経てば、前科の効力が失われる。

 

 

考えもしなかった、そんな言葉が俺の耳に入ってきた。

俺は今20歳だ。そして俺に前科が付いたのは高校一年生になってから三ヶ月とちょっとの時。

 

目を思わずギョッと見開いてしまう。

それと同時に小さな声でふざけんなよ、という不器用な言葉が落ちていく。

 

「前科が完璧に消える、という意味では無いけど一般人のような暮らしは出来るようになるんじゃない?私だって専門外だから明言はできないけどね」

「なに、やってんだよ……」

「でも資金が足りない。そこでうちの娘は刑法の勉強もしつつ、夜勤を入れていった。だけど大学は休学せず、以前やっていたコンビニバイトのシフトも変わらず入れていたみたい」

 

どうして大学も、大学終わりのコンビニバイトも続けていたのかは俺にでも分かる。

左手を無意識に握りしめてしまう。

そして俺は過去の自分に全力で舌打ちをして、事務所を飛び出した。

 

 

 

 

「最近の子はみんな不器用なのかしら。……でもちょっと、羨ましいかも」

 

 




@komugikonana

次話は12月6日(金)の22:00に投稿します。
作者はその日は飲み会に行きますが、予約投稿をしておきますのでご安心ください。
……予約投稿ミスってしまう可能性もありますが(過去2回の実績あり)

新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
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~高評価を付けてくださった方をご紹介~
評価9という高評価を付けて頂きました 壮美なる聖告の大天使ガブリエルさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~

こんなに暑い昼間だろうと、汗が滴り落ちてシャツにぐっしょりと染みついて匂いが気になるとか、そんなことを考えずにただひたすらに走る。

最近はバカなくらいたばこを吸っていたせいなのか、ただの運動不足なのかそれとも嫌な予感のせいで心臓がいつも以上に不気味な音を立てているせいなのか分からねぇけど、息が乱れる。

スーツのまま走るのなんて正直ダサいけど、今はそんな周りの評価なんてどうでもいい。
上着である黒いジャケットを着ていることに後悔しながら走る。


自分の中で何かが「変わった」んだって言ったら、何人の人間が笑うのだろう。


「ありがとう!恩に着るよ!」


~感謝と御礼~
今作品「change」のお気に入り数が500を突破!さらに感想数も200を超えました!
みなさん、本当にありがとうございます!
読者のみなさんの温かい声援、そして毎話読んでくださっているみなさんにお礼申し上げます。
ありがとうございます!!

お気に入り数が増えると作者もニッコリなのでバンバン登録してくださいね。
まだまだ「change」は続きます!
これからもよろしくお願いします。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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4日後に送るプレゼント⑤

こんなに暑い昼間だろうと、汗が滴り落ちてシャツにぐっしょりと染みついて匂いが気になるとか、そんなことを考えずにただひたすらに走る。

 

最近はバカなくらいたばこを吸っていたせいなのか、ただの運動不足なのかそれとも嫌な予感のせいで心臓がいつも以上に不気味な音を立てているせいなのか分からねぇけど、息が乱れる。

 

スーツのまま走るのなんて正直ダサいけど、今はそんな周りの評価なんてどうでもいい。

上着である黒いジャケットを着ていることに後悔しながら最後にモカと会った公園に向かう。

 

「頼む、いてくれよ……モカ!」

 

普通の判断なら、朝から昼の長時間でしかも夏であるこの季節に公園に居続けるなんてありえないのだが、俺にはそんな微々たる可能性を信じることしかできなかった。

 

モカの携帯に着信を入れたが反応が無かった今、モカがどこにいるだとか分からないから。

 

公園に着いたが、そこには虫取りをして遊んでいる小学生たちや日陰で座って(いとま)をありのまま使用している老人しかいなかった。

 

心臓がグシャリと握りつぶされそうな感覚に陥る。

自分で蒔いた種を悲観している自分にも腹が立つ。全部悪いのは俺だろ。

 

「やっぱりこいつは電話に応じねぇ……」

 

ダメもとで巴のSNSで通話を試みてみたが、結果は誰でも分かる結末で終わった。

弟に頼る方法が確実かもしれないけど、こんな状況で弟に頼ってはいけないような気がした。

 

「考えろ……。しっかり動きやがれ、俺のくそったれな頭!」

 

焦りによって視野が狭くなるのを叱責する。

そして商店街の方に走り出す。次に俺の頭で導き出された場所へ、風よりも早く突っ走る。

 

正直脚がもつれかけているけど、モカの想いを踏みにじった俺が吐ける弱音じゃない。

モカが、今朝の俺の放った言葉によってどんなに辛い気持ちになったのか。それを考えるだけで自分の身勝手さに反吐がでる。

 

周りの人間が寒山拾得(かんざんじっとく)な目で俺の行く道を避けながら見つめてくる商店街を走り抜けて、美味しそうな匂いのするパン屋のドアを思いっきり開ける。

 

「佐東君!?どうしたの!?汗びっしょりだよ!」

「山吹、モカはいないか?」

「今日は見てないよ。それより汗の量がおかしいって!水持ってくるからちょっと……」

「悪い、山吹。休んでる暇は無くてさ。それと一つだけお願いがある」

「お願い?」

「モカを見かけたら、あいつの好きなパンをあげて欲しいんだ」

 

口に出かかっていた「モカを見つけたら連絡をしてくれ」という言葉をグッと飲み込んだ。

理由は分からないけど、自分で何とかしないといけないと思った。

 

「何があったか分からないけど……私でよければ力になるよ」

「……ありがと、山吹」

 

山吹はちょっとびっくりしたような顔をしていた。

そんな山吹に笑顔でそう言って、静かにお店から出て行く。やまぶきベーカリーが不発だったらもう彼女が居そうな場所は思いつかない。

 

モカの事、全然分かってないんだよな。

そんな想いをため息として出した後、虱潰しにモカを探すために走ろうとした時に脚がピタッと止まった。

 

モカが目の前にいるわけじゃない。

俺の脚が限界を超えたわけでもない。

 

 

俺の視界に入ったのは、美竹と何回か会ったあの珈琲店が目に入ったからだ。

今までの俺だったらきっと、素通りして根拠もない自分の嗅覚をただ信じて走り出していただろう。

 

自分の中で何かが「変わった」んだって言ったら、何人の人間が笑うのだろう。

 

「いらっしゃい……ま、せ」

「君はモカの幼馴染で『つぐ』って呼ばれてる子だよな?」

「えっ、はい。そうですけど……」

 

つぐと呼ばれている子は少し顔色に暗い色が差し込む。

一度巴を追い込んでいるし、何より突然一人で店に来て名前を確認されたんだ。誰だって警戒はするだろう。

 

それにカウンター席にはモカと同じバンドにいたピンク色の髪型の女の子もおり、こちらの様子を伺っている。

 

汗が異常なくらいに滴り落ちてくる。冷や汗とかではなく熱くなった身体を冷やすための汗。

そんな止まることなく溢れてくる水滴をものともせずに、頭を下げる。

 

「モカが一人になりたい時に行きそうな場所を教えてくれないか!頼む」

「えっ!?と、とりあえず頭を上げてください」

 

つぐが慌てた様子で俺の方まで駆け寄ってきた。

このたった一回の行動で、この子がどんな子なのか分かった気がした。

 

「モカちゃんだったら、家の近くの公園とかだと思うけど……」

「そこにはいなくて、やまぶきベーカリーにもいなかったんだ」

「それ以外なら、うーん……」

 

ボーッとしてくる頭に喝を入れながら、必死になって考えてくれているつぐの顔をまっすぐと見つめる。

 

そんな時に、カウンター席の方から声が聞こえた。

 

「花咲川沿いの河原にいるかも。モカ、この前その河原からみる夕焼けも好きって言ってた気がするから」

「なるほど、わかっ」

「その代わり聞かせて。君がモカのところに行ってどうするつもりなの?」

 

ピンク色の髪の女の子の質問は、その子にとってはかなり重要な意味合いがあるらしいことを雰囲気で分かった。

この子とは面識は無いけど、真剣な顔をするのは珍しんじゃないかって感じた。

 

それに俺だって、そんな質問に答えられない訳が無いだろ?

 

「モカに会って、俺の悪かった行動を謝って、それからモカの笑顔を取り戻すさ」

「……そんなことが出来るの?」

「この問題が解決したらこの店にモカを連れてくるから楽しみに待っとけよ」

 

クイッと口角を上げながら、ピンク髪の彼女にそう言った。

言い切ったから強気だと思われるかもしれないが、それはきっと違う。

 

言い切れないような、そんな生半可な想いで俺は行動してないから。

 

「そっか。私は楽しみに待ってよっかな~。もしムリだったら甘い物たくさん奢ってもらうからね?」

「ああ、任せとけ。それと店員さん。おしぼりを一つくれないか」

「は、はい!」

 

つぐはタタタッと小走りで店の奥まで走って行って、すぐにおしぼりを持ってきてくれた。

ブラウンの、お店の雰囲気にぴったりなおしぼりを彼女から受け取る。

 

彼女から受け取ったおしぼりは温かかった。

おしぼりなんて温かい物だけど、なぜかホッとなったような気がした。

 

「悪いな、汗が何滴か床に落ちてしまった。スーツを着てるくせにハンカチを持ってないんだ」

「そんなの大丈夫ですよ!」

「いや、汗を垂らしちゃったらこんなお洒落なお店に失礼だろ?」

「えっ!?あっ、そ、その……ありがとうございます」

 

少し顔を赤らめながらえへへ、と微笑むつぐ。

床を綺麗に拭き終わってから彼女におしぼりを手渡して花咲川沿いの河原に急ごう。

 

涼しい店内のおかげで身体が軽くなったような気がするし、また全速力でモカを探そう。

もしそこにモカが居なかったら……。

 

隅々まで探し回って、必ず見つけるから覚悟しとけよ?

 

「ついでに君たちの名前、教えてくれないか」

「わ、私は羽沢つぐみ。それでカウンターに座ってるかわいい女の子が上原ひまりちゃんだよ」

「つぐ~、自己紹介ぐらい自分でも出来るから~」

「ごめんね、ひまりちゃん!私が言った方が早いかなって思っちゃって……」

 

自己紹介ぐらいでここまで会話が広がるのから、幼馴染たちって本当に仲が良いんだなって半ば呆れながらそのやり取りを見守る。

 

「つぐみちゃんに、ひまりちゃん。ありがとう!恩に着るよ!」

 

二人の名前を言ってから、羽沢珈琲店の戸を開けて再び全速力で走り始める。

外は陽が暮れ始めているにもかかわらずまだまだ暑く感じる。

だったらもっと速く走って冷たい風と共に走り抜ければいいか。

 

そんな訳の分からない考えを頭に浮かべながら足を動かす。

革靴のため何度か躓きそうになりながらも、そのたびに体勢を整えるため体重移動をこなして転んでしまうのを防ぐ。

 

商店街を抜けて、いつもは長く感じる住宅街を走り抜ける。

そこを走り抜ければ、そろそろ川のにおいが鼻を刺激してくるはずだ。

 

そして目の前に広がる、ゆったりと流れる花咲川の河川敷を転げ落ちないように、だけど急いで降りていく。

そのままモカの姿が無いか確認しながら走り続ける。

 

「どこだ?どこにいるんだあいつは……」

 

長い河川敷を走り続けて何分経つのか分からないが、かなり焦ってきている。

その証拠に、川に映し出される自分の顔は川の色に負けないくらい青色になっている。

 

息も乱れ始め、視界が歪んでいるように見えてきた。

これで誤って川に落ちたりでもしたら格好付かねぇぞ。いや、案外びしょ濡れのまま会いに行くのも俺たちっぽくて面白いかもしれねぇな……。

 

空の方を見れば、青くまぶしかった空がだんだんと赤みを帯びていっている。

もうすぐ夕焼けなら、モカと話をするにはピッタリかもしれない。

 

そう思いながら走っていると、俺の視界にはっきりと捉えた人物がいた。

早く動かしていた足も歩幅を小さくさせて徐々にスピードを殺していく。

 

「やっと、見つけた」

 

左手で額にくっ付いた前髪をはらう。ただそれだけの行動なのに、左手は汗でぐっしょりと濡れてしまった。

 

それでも一人寂しく、座りながら夕焼けを見つめるお前のそばに寄る。

あんなことを自分から言っておいていきなりは受け入れてくれないかもしれない。

 

それでも良いから、俺は君を探して会いに来たんだ。

 

 

「今日の夕焼けも綺麗だな。俺にも見させてくれよ」

 

息が乱れて、おかしくなった喉からガラガラな声で優しく問いかける。

 

彼女の、モカの肩が一瞬だけ震えたような気がした。

 

 




@komugikonana

次話は12月10日(火)の22:00に投稿します。
新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
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~高評価をつけて頂いた方々をご紹介~
評価9という高評価をつけて頂きました ヨッチさん!
同じく評価9という高評価をつけて頂きました くろぷさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~

朝にあんなにひどい事を言っておいて、夕方はこんな事を言っている人間がいるなんて鼻で笑ってしまいそうになる。
自分の言葉に関して信頼性がゼロじゃないかとか、都合の良い事ばっかり言うダメ人間なんじゃないかとか思うから。

でも、そんな鼻で笑うような奴は無視してしまえばいい。
鼻で笑っていたちょっと前の自分なら、汗だくになって他人を探すことは絶対にしなかっただろうから。


「今から言うからしっかり聞けよ?俺はな……」

~感謝と御礼~
私の作品5作品累計感想数が1000件を突破致しました!今思えば途方もない数だなって実感の湧かないふんわりとした気持ちではございますが、長い間みなさんに支えて頂いているという事だと思います。
ありがとうございます!これからもドンドン感想、送ってきてくださればと思います。
返信スピードが遅いのは申し訳ございませんが、しっかりと返させていただきます!

これからも小麦こなをよろしくお願いします。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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4日後に送るプレゼント⑥

 

「今日の夕焼けも綺麗だな。俺にも見させてくれよ」

 

朝にあんなにひどい事を言っておいて、夕方はこんな事を言っている人間がいるなんて鼻で笑ってしまいそうになる。

自分の言葉に関して信頼性がゼロじゃないかとか、都合の良い事ばっかり言うダメ人間なんじゃないかとか思うから。

 

でも、そんな鼻で笑うような奴は無視してしまえばいい。

鼻で笑っていたちょっと前の自分なら、汗だくになって他人を探すことは絶対にしなかっただろうから。

 

モカが座っている後ろに、腰を下ろす。

そして呼吸を少しずつ整えながら、視線を夕焼けに目を移す。

 

たしかに、今日の夕焼けは綺麗だ。

 

ちょっとした沈黙がモカの目の前を流れる川のようにゆったりと続いた。

その沈黙に変化を生じさせたのは、彼女だった。

 

「もうあたしと顔も合わせたくないんじゃなかったっけ~」

「……だから、お前と背中越しで座ってるだろ?」

「それなのに息もあがっちゃってて……変な貴博君だ」

「人間、変わってて普通なんだよ」

 

モカの声色は、普段よりも低く聞こえた。

そしてちょっとだけ、声も震えているような気がした。

 

「あたしも、変な事言っても良い?」

「言えば良いんじゃねぇか?」

「心の奥底では~、ほんのちょーっとだけ、貴博君は来てくれるんじゃないかなって思ってた」

「……どうして?」

「あたしに『どうして俺に付きまとうんだ?正直、めんどくせぇから辞めてくれねぇかな』って言ってた時の貴博君の顔が辛そうだったから、また嘘を言ってるって思ったから」

「だったらなんでおま」

「その後の言葉を言った貴博君の顔は、本気で言ってる顔だったから」

「それは……」

「そこであたし、気づいちゃったんだ~。……貴博君のそばにいない方が良いんだって。あたしが貴博君にしてたことがありがた迷惑だったんだって」

 

だからあたしは、泣いちゃった。

 

 

そんな弱弱しい声を、聞いた。

察しが良いモカだから、俺が行動に移した思惑をしっかり受け取ってしまって傷ついてしまったんだって悟った。

 

「貴博君は自分を悪役にして、あたしを傷つけない為にわざとあんなことを言ったんでしょ?もしそうなら、あたしは貴博君の想いに応えなきゃダメだって思うから」

 

一瞬開きかけた口が、すぐに閉じられる。

モカの言っている言葉に「違うんだ」って安易に言えなくて、そしてこんな状況にも関わらず気の利いた言葉を言えない自分に下唇をグッと噛む。

 

「そうか……。それにしてもお前は随分なプレゼントを贈ってきやがったな」

「あ、届いた?良かった~。あれはあたしから貴博君への、いっちばんありがた迷惑なプレゼント、ってかんじ?」

「そうだな。クソほど迷惑だ」

「えへへ……。そっか」

 

この状況で何も言えなくて、最適解も見つけられない俺。

答えが見つけられないのだったら、俺は……。

 

「一人の女の子を寝不足にして、おかしな日常にさせたプレゼントだから迷惑だ」

「えっ……?」

「そもそもの原因である俺が一番ダメなのは分かってる。それでも、気づいたことがあるんだ」

「モカちゃんが居なくなれば二人ともハッピーだよ、ってこと?」

「逆だよ、バカ」

 

最適解が見つけられないのだったら。

それを自分で作ってやれば良いんじゃないか?

 

不器用な人間(俺たち)らしい方法だと思う。

 

「いつもそばにいてくれる(女の子)、俺の事を考えてくれる(女の子)が何よりも大切でかけがえのないモノだってお前のプレゼントで気づいたよ」

「どうして貴博君って、いつもそんなズルい事言っちゃうの?」

「今朝までは周りの人間が幸せになれれば俺なんてどうなっても良いって考えてた。けど、お前のプレゼントでそんな考えは『悪い考え』だってことにやっと気づけた」

「あたしと貴博君、やってた事がそっくりだから気づいたの?」

「そういう事。……隣、座っても良いか?」

「恥ずかしいから、メッだよ~」

 

途中から鼻声で、震えた声でダメって言われる。

女の子だから、泣いている顔とか見られたくないのは分かる。

 

分かるけど、今回はお前の顔をしっかり見て、解決したいんだ。

 

「隣に来ちゃ、ダメって、言ったじゃん」

「お前に辛い思いをさせてごめん。そしていつもありがとう」

「ばかっ、ばかっ……」

 

きっとモカの心の中から色々な感情が抑えきれなくなって、溢れてしまった感情が涙となってポロポロと外に吐き出しているのだろう。

彼女の事を察して、泣き顔を見ないために赤く染まった夕焼けに目を向けた。

 

膝を抱えながら泣きじゃくる声と川のせせらぎを聞きながら、遠くを眺めた。

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

「ちょっとだけ。でも大丈夫だよ~」

 

まだ鼻声だけど、先ほどよりも落ち着いた様子のモカがそう答えてくれる。

その時に、久しぶりに彼女は俺の顔を見てくれた気がした。

 

彼女の目は赤くなっていたけどしっかりと俺を見てくれて、先ほど見ていた夕焼けと同じくらい引き込まれるものがあった。

 

今は赤色も黒く塗りつぶされていく時間帯になってきた。

今の時間に住宅街を歩いたら、幸せな時間を過ごす家族たちの愛がにおいとなって支配するだろう。

きっとお腹もぐう、となってしまうだろうな。

 

「なぁ」

「どしたー?貴博君」

「かなり真面目な事を言うから聞いてくれないか?」

「貴博君が真面目な事を言ったら、明日はパンが降るよ」

「バカにしやがって」

「じょーだんだよ~」

 

俺がプイッと明後日の方向を向いたら、モカが俺の肩をユサユサと揺らしながら明るい声で声を掛けてくれる。

そんな些細な日常が楽しいってもっと前から気づいていたはずなのに、なんて思いながら口角を上げる。

 

俺が明後日の方向を向いても、モカはちゃんと付いてきてくれる。

そう思えたら、不思議と言葉がつらつらと出てくる。

 

「それで、真面目な話ってなに~?」

「今から言うからしっかり聞けよ?俺はな……」

 

 

お前の事が、好きなんだ。

 

 

河原に吹く優しいそよ風も、この時ばかりは静かになった。

微かに聞こえるのは子供の遊び声と、車の走るエンジンの音。

 

さっきまでニヤニヤ顔だった彼女は、俺の言った言葉の後は目を大きく開いて思わず「えっ」と漏らした。

なんだよ、かわいいくせに男から告白されたことが無いのか?

 

「ずっと、俺の隣にいて欲しい。お前に迷惑を掛けるかもしれないけど、その分俺、頑張るから」

「貴博君ばっかり、ずるい」

「何がズルいんだよ」

「あたしだって、貴博君があたしをバンド脱退から助けてくれた時からずっと好きだったもん。貴博君という、一人の男の子が好きなんだよ?」

「なんだよ、また泣いてんのか?」

「むぅ~、嬉しいんだもん……」

 

やっと泣き止んだと思ったらまた涙を流すモカ。

でも今流している涙はポロポロと落ちる涙ではなく、瞼に一杯溜まってそこからツーッと流れる涙。

 

同じ涙だけど、感じ取れる感情は違って思える。

 

「今日よりも明日。明日よりも明後日。そして明後日よりも一年後、毎日少しずつ幸せになろう」

 

 

 

 

 

 

「俺と、付き合ってください」

 

さっきまで地面に付けていた尻を持ち上げて立ち上がる。膝の関節がポキポキと音を立てているような気がするけど気にしないでおこう。

 

そしてまだ座っているモカに左手を差し出す。

この心臓の高揚感の原因は、様々。

 

モカは口角をニヤッと上げてから、俺の手をキュッと握った。

そして彼女は立ち上がろうとした。

 

 

でも、実際は出来なかった。

 

「お、おいっ!どうした!」

 

立ち上がろうとしたのに、力なく倒れそうになっていた。

彼女とつないだ手を強く握って、反対の手で彼女の腰に回す。

 

暗くてはっきり見えないけど、モカの顔は青くなっているように思えた。

それに彼女は目を閉ざしていて、それは意図的に閉じていないとすぐに分かった。

 

「しっかりしろ!大丈夫か!?」

 

急いでポケットから携帯を取り出し、電話を繋いだ人間に今いる居場所を伝える。

疲れから来る貧血かもしれない。それで倒れてしまったり一瞬でも気を失ってしまうのはかなりの重症ケースだと考えられた。

 

モカは目を覚ましたが、意識が朦朧としている。

俺はそんな彼女を支えて、電話で呼んだ人が来るのを待った。

 

 

 

 

 

 

次の日の、太陽が優しく差し込む白色の空間の中で彼女は目を覚ました。

目を開いた時の彼女を見た時は、一番にホッとした気持ちが沸き上がった。

 

「やっと起きたか、ねぼすけ」

「貴博君、おはよ~。……病院、だね」

「そうだ。目が覚めてちょっと検査したら帰れるらしいから安心しろ」

 

元気そうな声が聞けて、思わず凝り固まった身体を伸ばす。なぜか身体を伸ばしたらあくびが出てしまう。

そしてモカが起きたことを知らせるためにナースコールを使う。

するとすぐに看護師のお姉さんが駆けつけてくれた。対応が早くて助かる。

 

ちょっとコーヒーを買ってくる、そう言い残して病室から出る。

正直眠気がすごいし、昼から仕事だと思うと人生をやり直したくなる。

 

でも、やり直したくない思い出もある。

 

「ねぇねぇ、さっきの男性は青葉さんの彼氏さんだったりするの?」

「えへへ、そうでーす」

「やっぱり!あの男の人、一日中ずっと起きて青葉さんのそばにいたから絶対そうだと思った」

「そうなんですか~!なんだか嬉しいな~」

「でも、あの男性も熱中症で体温が38度もあったのに点滴だけで済ましちゃって。彼氏さんにしっかりやすみなさいって怒っといて!」

 

 

病室の外からでも聞こえる女子トークに肩が一気に重たくなる。

ペラペラと喋ってんじゃねーぞ、クソ看護師。

 

このまま病院にいてもあの看護師に話題の餌にされて弄ばれるだろうし、モカはニヤニヤとしながら色々とやってきそうな気がする。

 

コーヒーを買うより家に帰った方が精神的には疲れなさそうだよな。

 

俺は出たばかりの病室に再び入って、俺の彼女を見て言う。

 

「俺は先に帰るから」

「えー!モカちゃんを放っておくの~?ぶーぶー」

「だから気を付けて帰れよ、モカ」

 

 

初めて彼女の名前を、声に出して呼んだ。

 

 




@komugikonana

次話は12月13日(金)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてくださいね。作者ページからサクッと飛べますよ!

~高評価をつけて頂いた方をご紹介~
評価9という高評価をつけて頂きました 部屋の隅の黒いのさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援よろしくお願いします!

~次回予告~

色々とあった今週が終わりを告げて、ずいぶんと久しぶりに感じる休日が目を覚ませばやってきていた。
チラッと時計を見ると時刻は10時近くにを指していて、これほど遅くまで寝ていたのは久しぶりなんじゃないかって思うと同時に寝すぎて身体が怠く感じた。

今週は言葉では言いけれないほど色々あったけど、一言で言うなら彼女が出来た。
この響きは特別感がありそうで、全然ない。もはや実感も無かったりする。

背伸びをしてから着替えて彼女の家に向かう事にする。
部屋の片隅には、「元」退職届だった紙屑がビニール袋の中に入れられている。
こうなってしまったのは彼女の母親がシュレッダーに退職届を入れたからだ。

そんな紙屑を見て、クスッとしてから外の世界に飛び出した。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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前へ進む、確かな第一歩①

色々とあった今週が終わりを告げて、ずいぶんと久しぶりに感じる休日が目を覚ませばやってきていた。

チラッと時計を見ると時刻は10時近くを指していて、これほど遅くまで寝ていたのは久しぶりなんじゃないかって思うと同時に寝すぎて身体が怠く感じた。

 

今週は言葉では言いけれないほど色々あったけど、一言で言うなら彼女が出来た。

この響きは特別感がありそうで、全然ない。もはや実感も無かったりする。

 

背伸びをしてから着替えて彼女の家に向かう事にする。

部屋の片隅には、「元」退職届だった紙屑がビニール袋の中に入れられている。

こうなってしまったのは彼女の母親がシュレッダーに退職届を入れたからだ。

 

そんな紙屑を見て、クスッとしてから外の世界に飛び出した。

 

 

 

 

 

「あら、佐東君おはよう」

「おはようございます。京華さん」

「……あの娘のこと、よろしくね」

「京華さんに任せられると重圧ですけど、幸せにしますよ」

「ふふ。貴方、やっぱり変わったわね。以前の佐東君だったら絶対そんな事言わないもの」

 

クスクスと笑いながら口元を片手で隠す京華さんを、若干あきれ顔で見る。

この人は口に出さなくても分かることが多すぎて、はっきり言ってお手上げ状態に近いかもしれない。

流石にモカと真剣に付き合う、と初めて京華さんに伝えた時は少し驚いた顔をしていたけど。

 

俺の直感では俺たちが付き合う事に対してではなく、別のきっかけに驚いたような気がする。

そしてその直感が、さっきの京華さんの言葉で確信に変わった。

 

「京華さんは相変わらずですね」

「褒めても何も出ないよ。いや、幼い頃のモカの写真なら出るかも」

 

そういう想像の斜め上をサラッと突いてくるのも相変わらずだと思いながら、青葉家の二階へと足を踏み入れる。

もうすぐお昼時だというのにまだ寝ているのかもしれない。

 

でも、それは俺のために身を削った代償でもあるから。

 

寝不足はダメで寝すぎも身体に悪いって言うけど、その考え方が昔からの日本らしいなんて思う。

休みの日を最低限にして真面目に働き頑張る、俺達らしい。

 

モカの部屋のドアをガチャッと開ける。

ベッドの方に目を行かせるも、そこには彼女はいなかった。

 

なんだ起きてんのか、そう思って部屋を見渡した。

そこには着替え中のモカがいて。

下はショートパンツを身に着けているが、上は下着だけ。

 

お互い、ばっちりと目が合ってしまうのは偶然なのかもしれない。

 

「おはよー。でも今あたし着替え中なんだよね~」

「見たらわかる。さっさと上着を着ろ」

「モカちゃんの下着姿、もっと見たくないの?」

「あほか」

 

恋人関係になったから下着姿くらいは大丈夫なんてモカは思っているかもしれないが、人一倍の羞恥心くらいは持っていて欲しい。

そんな願いを込めて大きくため息をつく。

 

いつもなら床に落ちてどこかに行ってしまうため息も、今日はなぜかフワフワと飛んでいるような気がした。

 

「それじゃあ~、行きますか」

「めんどくせぇからサッサと終わらすぞ?」

「またまた~。ちょっとは楽しみにしていたり~?」

「心労しか溜まらないのが目に見えてるのに楽しみになれねぇよ」

 

内心では少し楽しみだったりするが、そこはグッとこらえる。

顔に出したら、いつまでもモカにいじられそうだから。

 

そう思いながらモカを見ると、そいつは口元をぐに~っと歪ませながらニヤニヤとこちらを見ていた。

 

だから。

黙って彼女の綺麗なおでこにピンっと指で衝撃を与えてやった。

 

 

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

俺がモカを連れてきた場所。

そこはお店中が清潔感と揺れた心を穏やかにさせるほろ苦い香りで充満している。

 

恐らく同い年であろう店員の女の子から発せられる元気な声は、自分も頑張らなきゃいけないと錯覚させる。

だからたまに、ここに来たくなってしまう。

 

「あ、モカちゃん!いらっしゃい」

「つぐ~、頑張ってる~?」

 

モカとこのお店、羽沢珈琲店の店員であるつぐみちゃんは楽しそうに会話をしている。

俺はその中に入るのは野暮だと感じたし、二人はひらがなのような関係だから空いている席に腰を下ろした。

 

ひらがなって一文字では何も伝わらないけど、複数になったら言葉が伝わる。

そんな関係がモカたちにはあと三人いる。

 

 

「あの、佐東さん。約束、守ってくれたんですね!」

「あんなことを言っておいて、後には退けねぇだろ?」

「えへへ、そういう事にしておきます」

 

つぐみちゃんの、悪意など一切込められていない天真爛漫な笑顔に思わず顔を背ける。

ただこのまま顔を背けると照れているように思われてしまうから左手で顎を支えて勝手に言ってろ、と言葉をぎこちなく紡ぐ。

 

つぐみちゃんは、どうやら俺に対して悪意や恐怖感を感じていないらしい。

それがとても嬉しい事だという事を、最近知ることになった。

 

チリン、と店の入り口に付けられた鈴が音を鳴らす。

そしてつぐみちゃんの来客へのあいさつがこの空間を弛緩(しかん)させ、程よい居心地を生み出す。

 

あぁ、そういえばガキの頃の俺の夢って確か……。

 

「モカ~!心配したんだからね!」

「ひーちゃんがあたしのことを心配することなんて無いじゃーん」

「急に居なくなって、モカのお母さんに聞いたら病院にいるって聞いたし……うー」

 

俺が眠ってしまいそうなくらいぼんやりと考え事をしていたが、そんな心地の良い感覚は今来たばかりのひまりちゃんの声で我に返ってしまった。

 

モカはいつもの抑揚のないトーンで話しているのに、ひまりちゃんはかなり感情的になっているように思えた。

 

「それで、ひーちゃんはお見舞いに来てくれたけど、あたしは眠ったままだったってかんじ~?」

「う……お見舞いにはいってない、です」

「ひどい~」

「みんなで行こうと思ったんだけど、モカのお母さんがどこの病院か教えてくれなくて」

 

この二人の会話を聞いて、思わずため息がこぼれてしまった。

そして頭の片隅にはニマ~ッとした京華さんがピースサインをしながら浮かび上がってくる。

 

モカの幼馴染と俺が病院でバッタリ遭遇したら大変なことになってしまう事を京華さんは分かっていたのだろう。

本当に貴方には頭が上がらない。それは仕事でも、プライベートでも。

 

「えっと、貴博君……だっけ?ここに座っても良い?」

「いいよ~」

「モカには聞いてないからっ!」

「座ったらダメなんて言わねぇよ。今日は奢るから好きな物を頼んで」

「やったー!甘い物、甘い物~」

 

鼻歌を歌いながらつぐみちゃんに「これと~、これとこれ。……でもこっちも捨てがたいなぁ」とか言いながらメニューを指さしているひまりちゃんは俺の右隣に腰を下ろす。

 

ひまりちゃんが座った時に、風に乗ってふんわりとしつこさの無い甘い香りが鼻を通過した。

甘い香りと一緒に、腰にも地味な痛みが体中を通過した。

 

「むぅ~……浮気はメッだよ?」

「お前がいるのに浮気するわけないだろ?」

 

ギュッと摘まれていた手が腰から手放される。そうしたら腰に残された痛みはヒリヒリと熱くなる。

つぐみちゃんによって運ばれてきたホットコーヒーを軽く喉に通す。

 

口の中に広がる微かで香りの良い苦みは、腰の痛みによって甘くなったような気がした。

そして俺は確信した。

 

モカの顔を見て、にっこりと笑顔を作ってみせる。

俺の中では答えを決めているからお前は安心しておけって事。

 

「あの、佐東さんはモカちゃんとどういう関係なんですか?」

 

一連の動作を少し離れてみていたのだろうつぐみちゃんが、真っ当に思える疑問を投げてきた。

 

これをキャッチボールだと例えるならば、つぐみちゃんによってふわりと山なりに投げられた優しいボール。

そのボールをキャッチしたら、同じように返しやすく返球するのがマナーだと思う。

それは友人でも、上司部下、先輩後輩の関係でも同じだ。

 

 

でも俺は今日一番の大きなため息をついてしまった。

なぜなら俺の愛しいパン好きな彼女が。

 

「ふっふっふ~。モカちゃんと貴博君はラブラブなカップルなのだ~」

「「えっ!?」」

 

飛んできたボールを横取りして、豪速球で返球してしまったから。

つぐみちゃんもあまりの状況にポカンとしてしまっている。

 

テーブルの上に並べられたお洒落なコーヒーカップでさえこの空気に気まずさを覚えているような気がして、咄嗟に頭を掻いてしまった。

 

モカの幼馴染二人の視線が俺に向けられる。

普段から冗談交じりなモカの言葉に、彼女たちの半信半疑な気持ちが視線に乗せられているのが手に取るように分かる。

 

いきなり高度な駆け引きが行われているような錯覚に陥る。

俺の一言によってこの場の空気が一転してしまうであろう状況で、俺は瞬時にベストだと思う回答を口にする必要がある。

 

腹をグッと括る。

思わずこぼれてしまった緩い笑顔。

 

「俺とモカは付き合ってる。モカは俺に大切なものを教えてくれた、かけがえのない女の子だよ」

「照れちゃうな~、貴博君」

 

少しモジモジとするモカを横目で見たのを最後に、俺は目をスッと閉じた。

この後、面倒くさそうなことになることが容易に想像できてしまったから。

 

言葉を選ぶべきだったという言い訳は先に言わせてもらう。

今の間だけは現実逃避、しても良いよな?

 

 




@komugikonana

次話は12月17日(火)の22:00に投稿します。
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~次回予告~

俺が言葉を発した直後、珈琲店の空気が一変したような気がした。
空間が少し歪んでいるように思えた。

この歪みはきっと、答えを絞り切れずに迷っているからこそ生じるのだろう。
君たちの気持ち、分かる気がする。

俺が君たちの立場だったならば、俺もきっと答えを一つに絞れないから。


「モカ、あたしの家の前で何やってんの?」


では、次話までまったり待ってあげてください。


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前へ進む、確かな第一歩②

「「えぇえええええ!?」」

 

こんな女の子特有の甲高い声に思わず目をしかめてしまった。

お店の中で、他のお客さんも数人は優雅に珈琲を嗜んでいるのを分かっているはずだがあまりの衝撃に無意識に声を上げてしまったのだと勝手に予想しておく。

 

目を開いて彼女たちの顔を見る。

つぐみちゃんは口を押えてやってしまった、という仕草をしていたが目は大きく開いていた。

ひまりちゃんはもう、びっくりを体現したような顔をしていた。

 

俺はげんなりとした表情でモカと顔を合わせる。

そんなに驚くことでは無いんじゃないか、という気持ちを視線に込めて彼女を見つめる。

 

彼女は横にこてん、と首を傾げた。

 

「モカ!それ本当なのっ!?」

「そだよ~」

「蘭にはこの事……まだ伝えてない、よね」

「まだだよ?でも蘭にもお知らせしないとね~」

「絶対、蘭は反対するんだろうなぁ……」

 

少し落ち着きを取り戻したひまりちゃん。

さっきまでとは打って変わりうーん、と少しの唸り声をあげた。

 

彼女の言う通り、美竹に伝えたところでどんな言葉が返ってくるのかは安易に想像することが出来てしまった。

そして心の奥底にあった、言葉によってできてしまった傷口がズキズキと染み渡る。

 

「ひまりちゃんやつぐみちゃんは、俺がモカと付き合う事をどう思っている?」

 

俺が言葉を発した直後、珈琲店の空気が一変したような気がした。

空間が少し歪んでいるように思えた。

 

この歪みはきっと、答えを絞り切れずに迷っているからこそ生じるのだろう。

君たちの気持ち、分かる気がする。

 

俺が君たちの立場だったならば、俺もきっと答えを一つに絞れないから。

 

「素直に応援したいけど、引っかかっちゃう部分があるんだよね……」

「……うん、私も」

 

二人とも、素直だと思う。

上辺だけ笑顔にして「ううん、お似合いだから良いと思うよ」という言葉にも出来たはずだ。

 

ひまりちゃんもつぐみちゃんも、正直に言ってくれて嬉しかった。

そして俺がしっかりしないといけないなって改めて思わされた。

 

「貴博君は」

「モカ、大丈夫だ」

 

モカが何かを言おうとしていたが、咄嗟に彼女の言おうとしていた言葉を止めた。

お前の気持ちは分かる。

 

だけど、ここでは言わないで欲しい。

 

「確かに、俺の印象が悪いって言うのは分かる。俺だって君たちの立場に立ったら不安に思うからな」

「……うん」

「正直、保証はないよ」

 

ひまりちゃんとつぐみちゃんの顔が一瞬、青ざめる。

人間は家電製品じゃないからさ、保証書が付いているわけでもないし不良品だからと言って商品を取り換えることなんてできない。

 

だけど人間は。

 

「だから、俺のこれからの行動を見ててほしい。それで判断してほしい。君たち幼馴染にな」

 

人間は「意志」を持ってる。言葉だって話せる。

保証は無いけど、なぜか信じられる。

 

そんなバカみたいな事を人間は出来るんだって思いたい。

 

 

二人の幼馴染たちの顔が明るくなった時、俺はこれから先を後ろ向きにならないで前だけを見て進んでいこうって誓った。

 

 

 

 

 

「むぅ~」

「そんなに不機嫌になることないだろ」

「だって~」

 

羽沢珈琲店を後にした俺とモカはある場所に向かうためにゆっくりと歩いている。

ゆっくりと歩いている理由は特には無いけど、強いて言うならゆとりが欲しいのかもしれない。

もしかしたらモカとゆっくりとした時間を過ごしたいのかもしれない。

 

ひまりちゃんに「二人の前で食べていたら甘いものがさらに甘く感じるから早く行っておいでよ」という甘さとは逆に辛辣な言葉を頂いてしまった。

まぁ、それでモカが不機嫌になっているというわけではなさそうだけど。

 

「みんな、外で判断して中身で判断しないのはおかしいって思わない?」

「モカの言ってることは正しいけど、今あの子たちの前で言うべき言葉ではないだろ?」

「そうかもだけど~、あたしは貴博君が誤解されてるのが納得いかないんだもん」

 

ぶぅ~、と頬を膨らませる彼女を愛おしく思った。

そして彼女の気持ちが何よりも温かく感じて、まるで冬の寒い朝に出てくるポタージュを飲んでいるような気持ちになった。

 

「その言葉だけで、俺は嬉しい」

「この気持ち、みんなにも伝わればいいのにね~」

 

みんなに、というのは難しいかもしれない。

なぜなら人間は一人ひとり価値観が違うものから。

 

でも確実に理解してもらわないといけない人たちがいて、理解してもらえなかったらモカも幸せになれない。

時間を掛けて焦らず、でも急いで何かを変えなければいけないと思う。

 

その「何か」がとっても重要で、手で掴めそうなのにスッと離れていく。

 

「モカ、少し座らないか」

「いいよ~。疲れちゃった?」

「そういうわけじゃないけど、何となく」

 

そう、何となく。

心が理由もなく休みたいと言っているだけだった。

 

目の前に現れたハンバーガー店に立ち寄る。時間も時間だし軽めの昼食はとっておいても文句は言われないと思う。

空いている席にハンカチを置いて、貴重品を持って注文をするために列を並ぶ。

 

モカはベーコンレタスバーガーを注文した。俺は、いつもの。

ハンバーガー店に行った時は決まって注文するダブルチーズバーガー。もうダブルじゃなくてもいいような気もするが、思い出はいつまでも身近に存在するものだといつも心の中で言い訳をしながらそれを注文する。

 

「そういえばさ、モカと付き合ってからゆっくり話してないよな」

「うーん、そうだっけ?」

 

席に着いてから自分が頼んだ分のお金を財布の中から探しているモカに言葉を投げかけた。

特にモカのあの行動が気に食わないから辞めてくれるか?とかそんな事を言いたいわけでは無い。

 

ただ、彼女と前向きになって色々な経験をしたいと思っている。

ただの彼氏ヅラしたエゴのようなものだ。

 

「……今度、二人でどこか行かないか?」

「えへへ、おっけー!……あれ?」

「あ?ハンバーガーが口に合わないのか?」

「ううん。そういえば~、貴博君からデートのお誘いって初めてじゃないかなって」

 

改めてそんな事を言われると、急に顔が熱くなってしまった。

そんな俺を見たモカは何が面白いのか、急にニヤ~ッとした顔をこちらに向けてくる。

 

「やっぱ今の無しで」

「一回言っちゃったら、取り消せないよ?」

「じゃあ、ニヤニヤした顔でこっち見んな」

「揶揄ったわけじゃなくて~、嬉しかったんだよ。貴博君から誘ってくれて、本当にあたしたち、付き合ってるんだなって思っちゃったってかんじ?」

「……そうかい」

 

結局、モカも俺も同じことを思っていたのかもしれない。

そんな簡単な答えが頭の中で導き出された時、クスッと笑ってしまった。

 

「11月ごろ、紅葉を観に行くか」

「まだまだ先じゃん……それにモカちゃんは花より団子派なんだよね~」

「じゃあ、俺だけ懐石料理の出る旅館で泊まるからお前は日帰りな」

「うえーん、モカちゃんも行く~」

 

ウソ泣きをしながら俺の左肩に抱き着いてくるモカを優しい視線で見つめる。

こんなやり取りは俺たちが「恋人」という関係になる前からあったような気がするのに、今はこんなにも心が満たされる。

 

今まで何回もやってきた経験が、違って感じるっていう事。

それは俺にも当てはまるのかな。

 

……当てはまるはずだよな。モカと一緒なら。

 

「じゃあ、紅葉の次はクリスマス!どっかに行こうよ~。あたしたちのライブも見に来て欲しいな~」

「ああ、どっちも行くか」

「きっまり~」

 

そのまま左腕にギュッと抱き着いてくる。

周りの視線が気にならないと言ったらウソになるが、今ぐらいは良いんじゃないかなって思えた。

 

モカの頭を優しくなでる。

さらさらとしている髪をなでるたびに良い匂いがして、最近買ったアロマもこんな素敵な香りだったらいいのにと叶う訳の無い願いが頭の中にポコッと生まれた。

 

「さて、そろそろ行くか」

「貴博君は、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ」

「無理してない?」

「無理してるとかそんなんじゃない。あいつには言わないといけないだろ?だったらやるだけだ」

 

最後に一口サイズになっていたダブルチーズバーガーを口の中に放り込む。

手に持った時はダブルなのに、口の中に入れてしまえばバラバラになる。

 

なんだか、俺とあいつを表しているように思える。

残された方は立派に生きてやるから、羨ましがるんじゃねぇぞ?

 

 

そのままハンバーガー店を出て、モカがちょっと先を歩くような形でどこまでも続くんじゃないかって錯覚させるようなアスファルトを踏みしめる。

 

「貴博君、緊張してる?」

「なんでだ?」

「さっきから無口だから」

「……緊張とは別の感情だな」

「そっか。でもだいじょーぶだよ?モカちゃんもそばにいるからね~」

 

フワフワとした彼女の口から出てきた、意志がはっきりと表れたしっかりとした言葉は心の中にスッと入っていった。

そんな言葉を身体中に行き届けるために一回だけ、ゆっくりと深呼吸をした。

 

モカの歩みがピタッと止まるから、俺も同じように足を止める。

 

目の前には立派な和風の建物がそびえたっていた。

そしてまだモカから何も聞いていないのに直感でこの家は誰の家なのかが分かった。

 

なるほど。

だからあの子は。

 

「モカ、あたしの家の前で何やってんの?」

「あ、蘭」

 

家の中にお邪魔していないのに、目的の人物が現れてくれた。

思わず口笛をピューっと鳴らした。

 

そんな俺の態度に違和感を感じたのか、顔をしかめながら俺の方を見てきた美竹。

やっぱりこの子は俺の事を心底嫌っているらしい。

 

でもさ、嫌われているってことはもう評価が下がらないってことだろ?

 

そんな美竹に聞こえないようなボソッとした声を漏らす。

 

 

 

チャンス、だよな。

 

 




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~次回予告~

何故か心臓がチクチクと動き出す。
この心臓の鼓動は緊張している時に生じる痛みで、久しぶりに感じる。

自分の人生がドン底に落ちた日ぐらいから感じなくなった、「嫌われたくない」という感情から現れる痛み。
そんな感情を顔に出すわけもなく、苦し紛れに口笛を一回吹く。

美竹の眉がピクッと微かに動いたのを見逃さなかった。
何かの違和感に気付いたのかもしれない。いや、もしかしたら反射的にそうなったのかもしれない。
でも彼女の顔は、間違いなく俺を勘ぐっている様子だった。

~感謝と御礼~
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これほども多くの方々にこの作品を評価して頂いて本当にありがとうございます!みなさんのおかげで評価バーも埋まっております。
これからもまだまだみなさんをワクワクドキドキさせられるような文章を書いていきます。

最後に、これからも小麦こなをよろしくお願いします!


では、次話までまったり待ってあげてください。


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前へ進む、確かな第一歩③

何故か心臓がチクチクと動き出す。

この心臓の鼓動は緊張している時に生じる痛みで、久しぶりに感じる。

 

自分の人生がドン底に落ちた日ぐらいから感じなくなった、「嫌われたくない」という感情から現れる痛み。

そんな感情を顔に出すわけもなく、苦し紛れに口笛を一回吹く。

 

「あんたも一緒にいたんだね」

「まぁな」

「それで、なんの用?」

「美竹、君に話したいことがある」

 

美竹の眉がピクッと微かに動いたのを見逃さなかった。

何かの違和感に気付いたのかもしれない。いや、もしかしたら反射的にそうなったのかもしれない。

でも彼女の顔は、間違いなく俺を勘ぐっている様子だった。

 

「いいよ。正直嫌な予感しかしないけど」

「悪いな、ありがとう」

「……あんたに『ありがとう』って言われると気味が悪いんだけど」

「元々気味が悪いだろ?俺って」

 

自分が想像していた以上にすんなりと話が進んだ事に、まるで自信が無かったテストなのにクラスで1番点数が高かった時のような気持ちが胸の中で踊った。

 

俺と美竹のやり取りをジーッと見ていたモカは、二人の会話が終わると急にニヤニヤとし始めた。

きっとそんなモカの表情の変化を見抜いていたのは美竹も同じだったらしい。思わず二人で目を合わせてしまった。

そして目で会話する。

 

この後、面倒くさい事言われそうだぞ。

……そうだね。

 

「お二人とも、相性ぴったりじゃ~ん」

「「それはあり得ないから」」

「仲良しですな~」

 

まさか発言まで被ってしまうとは思ってなかったので真顔で言い切った後、言葉で表すには難しいような変な顔をしたと思う。

なぜならモカのニヤニヤがより一層増したからそう思っただけ。

 

美竹は最悪、とこぼしながらちょっと不満そうな顔をしながら俺たちに言う。

 

「ほら、早く行こうよ」

 

 

美竹は先に歩き出す。どこに向かっているのかは分からないが、とりあえずついて行こうとモカと話す。

モカは多分あそこに行くんだろうな~、と言っているから見当はついているらしいが美竹について行かないとまた彼女が不機嫌になるかもしれないから適度な距離を保ちながらついて行く。

 

「意外と好感触なんじゃない~?」

「そうだと良いんだけどな」

「蘭も本当はとっても優しいんだよ?」

 

モカの言葉からはたくさんの感情を得ることが出来た。

美竹の本当の素顔はこんな表情じゃなくって、時折笑顔も見せる優しい女の子だってこと。

 

そして「も」という、たった一文字の日本語が俺の心をとらえる。

モカは相変わらずニコニコとしていて、彼女が横にいるだけでこれから先何があっても上手くいくんじゃないかなって錯覚させた。

 

 

 

 

 

「……それで?話って何」

 

美竹について行ってたどり着いた場所は、まだ暑さが残りささめいた風が優しく吹き付ける公園だった。

木陰に入って軽く腕を組んで俺の方を向く美竹の目は、ちょっと揺れていた。

 

まるで結果が分かっているけど信じたくて、葛藤しているような目だった。

俺はそんな彼女の想いを無駄にするわけにはいけない。

 

まっすぐ、しっかりと伝えるのが俺に出来る事だと思う。

それはただの自己満足だろうけど。

 

「俺は、モカと付き合ってる。真剣に」

「……」

 

美竹はとっさに喉から出ようとした言葉を我慢して飲み込むように下唇を噛んだ。

そして視線を一瞬だけ地面に向けてから何事も無かったかのように、少しきつめな目で見てくる。

 

俺には彼女がちょっとだけ、強がっているように思えた。

 

「蘭~、あたしからも言わせて?貴博君と付き合ってます」

「……なんで?」

「……蘭」

「なんでこいつなの?」

「好きになった理由なんて無いけど~……心がキュッとなるから?」

 

少し風が騒がしくなる。

そう感じるのは俺だけなのか、それとも幼馴染二人にも感じているのか分からない。

 

でも俺にはこの二人の関係が冬を間近に迎えるもの寂しい木のように思えた。

その木にはあと一枚の木の葉だけを残す。

そんな木に風が勢いを増したら。そう考えるだけでどうなるのかなんて目に見える。

 

そして冷たい北風をその木に吹き付けているの正体は俺だって事も。

 

「美竹」

「分かってる。……ちょっとだけ心の整理をさせて」

「……ありがとう」

「なんであんたがありがとうっていうのさ」

 

静かに、そして申し訳ない事を承知の上で頼む時に使う声色で美竹に語り掛ける。

幼馴染に好きな男の子が出来たのだから応援したい。だけどそれには懸念材料がある。

 

そんな複雑な心境が混雑して離れない彼女の心境は汲み取るように分かるよ。

君の言葉から溢れる優しさも、とっても分かるから。

 

「正直、嫌な予感が的中して『まじかよ』って思ってるだろ?」

「良く分かってるじゃん」

 

この時、もしかしたらだけど、初めて美竹の笑顔を見たかもしれない。

その笑顔は苦笑いかもしれないし、愛想笑いかもしれない。

 

俺から言わせてもらうと知るかよって思う。

どんな笑いだろうが、彼女が笑顔になったんだから半歩くらいは前進したんじゃねぇのかって思えるから。

 

無理してまっすぐ進まなくてもいい。

斜めでも、前に進めたらそれは「進歩」なんだから。

 

「だからさ、美竹。これからの俺を見て判断してほしい。佐東貴博って言う一人の人間がモカを幸せに出来るのか、出来ないのかを」

「……それって、モカが決めることなんじゃないの?」

「自意識過剰で悪いけど、モカはもう決めてるんじゃねぇかな」

 

不規則なパスをモカに渡したけど、彼女は真面目な顔からぽけ~っとした表情に変わり、フワフワっと、だけどしっかりと首を縦に頷かせた。

 

今日より明日。

明日より明後日。

そして明後日より一年後。

 

夕焼けの河川敷で付き合ってくれって彼女に言ったその日に俺が一方的に言った言葉がそれを証明してる。

何かあった時は、こんな恥ずかしくて二度と言えないようなクサいセリフがモカの笑顔みたいにフワフワッと出てくると良いな。

 

「安心しろ。美竹が俺に死ねって言ったら、死んでやるよ」

「なにそれ。ただの迷惑じゃん」

「迷惑かけてこそ、って事だ」

 

真夜中の海にも、山中の深い森の中にだって飛び込んでやる。

それくらいの覚悟が無いと、人を幸せにすることは難しい。

 

風が優しく、公園にいる三人の頬をそっとなでた。

少しこそばゆかったから、自然と口角が上がった。それは美竹も、モカも同じらしい。

 

「あたしはまだ、あんたの事は信頼してない。ひどい人間だって思ってる」

「そうかい」

「だからさ」

 

 

あ、あたしが認めるまで頑張りなさいよ、貴博。

 

 

言い終わった後、一瞬だけ公園に静寂が訪れる。

少しずつ顔が赤くなっていく美竹と、ジト目でニヤニヤ~っとしているモカ。

 

周囲の風も笑い始めたのと同時に、俺もクスクスっと笑ってしまった。

恥ずかしいセリフを言う時は、顔にその表情を出してしまったらダメだろうって思えば思うほど笑いが止まらなくなった。

 

そして懐かしいにおいが鼻から離れずにいた。

それは高校一年生の夏までには当たり前に嗅いでいたにおい。

 

親しい人たちと楽しさを共有するって言う名の、甘酸っぱくてクセになるにおい。

 

「絶対、あんたは許さないから」

「なんで俺だけなんだよ」

 

美竹は話はもう終わりと言わんばかりの速足で公園を後にしてしまった。

話したいことは話したから良いのだが、しっかりと締まらない終わり方で良かったのだろうかというやんわりとした気持ちだけが残った。

 

「だいじょーぶだよ。さっきのは蘭が『またね』って言っているようなものだと思うから」

「お前の幼馴染の方が心配なんだが」

「ツンデレで頑張り屋さんたちを世話してるあたしの身にもなってよ~」

「ん、精々頑張れ」

「他人事じゃ、ないんだけどな~」

 

モカの幼馴染は美竹みたいな子が他にいるって事だと解釈していたが、どうもそうではないらしい事がモカの顔色で分かった。

分からなくなった時は近場から探すのがセオリーだと思うから、もう一度頭の中のネットでサーチを行うけど、らしい答えは見つからない。

 

まぁ良いかと一回だけ大きく背伸びしてからちょっとだけどこか歩くか、とモカに言う。

 

だけどモカから返事が無い。

だから後ろにいる彼女に振り向いた時、彼女はゆっくりとだけど俺の胸に飛び込んできた。

 

外だから辞めろよ、って言おうとしたが彼女の雰囲気は真面目だったから受け入れる。

 

「……どうかしたか、モカ」

「迷惑かけても良いよ?だけど死んじゃあダメだからね」

「ああ、死なない。何があっても」

 

その言葉の真剣度を持たせるため、彼女の背中に手を回した。

確かに冗談でもまずい表現だったかもしれない、と心の中でしっかりと反省した。

 

俺の胸辺りに顔をうずめながら絶対だよ?と呟くモカに絶対だ、としっかりと返事をする。

世の中に絶対なんて言葉は無いかもしれない。だけど統計上存在するその二文字に望みを託すことにした。

 

まるで、流れ星に願いを伝える子供のように。

純粋で、無垢な望みを託しても良い。そんな人間の方が綺麗に輝くと思うから。

 

「じゃあ、どこに行く~」

「そうだな……夕焼けを観に河川敷に行こうか」

「さんせ~い」

 

さっきまで抱き着いていた彼女が離れる。

温もりがなくなる少しの寂しさと、彼女の笑顔によるたくさんの幸福感が気持ちという名の幹線道路を行き来した。

 

モカの手を握りたかったけど、こういうのはムードが大事だからと我慢する。

大人ぶった行動をとる俺は、まだまだ子供だ。

 

「ねぇ、貴博君」

「なんだ?」

「11月、楽しみだね~」

「そうだな」

 

 

11月とクリスマスに休みを貰わなくてはいけないな。

より一層、真剣に仕事をこなさないといけないな。

 

そんな相反する二つの想いが絡まりあって、一つになった気がした。

 

 




@komugikonana

次話は12月24日(火)の22:00に公開します。
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この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~

「……で?今日は何かあったのか」
「うん!面白い物を持ってきたんだ~」
「持ってきた?嫌な予感しかしねぇんだけど」
「今回は~、モカちゃんを信じて~」

平日の夜にも関わらず、まるでぐっすり寝た休日の朝のような表情のモカに目を細くして見つめてやった。

この前は「貴博君が喜ぶプレゼント」とか言って平気で国内最恐クラスのバンジージャンプのチケットを手渡してきたぐらいだから期待などしたくない。
彼女なりのジョークなのだろうから本気では怒らないが、心の奥底では期待している俺がいるという事も気づいて欲しいものだ。

「……貴博君、信じていないよね?」
「隠し事は無しだからあえて言うが、信じてない」
「むぅ~!ぜ~ったい後悔しちゃうからね~」

頬っぺたをムッと膨らませている彼女をみて、良く分からないフワフワとした罪悪感がゆっくりと満ちてきた。
今回だけは期待してやるか、と言葉にすることはしなかったがベランダからゆっくりと居間の方に戻る。

「……モカ、面白い物ってこれか?」

~感謝と御礼~
今作品「change」のUA数が5万を突破いたしました!たくさんの方々に読んでいただき、感謝の言葉しかございません。
そして近くで私の背中を支えて頂いている読者のみなさんの温かい声援にいつも勇気づけられています。本当にありがとうございます。
これからも応援、そして今作品をよろしくお願いします。



では、次話までまったり待ってあげてください。


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小さいなりの気遣い①

「……でお願いします。……うん、こちらこそよろしくお願いします」

 

失礼します、という綺麗な声が耳に届いたのを確認した後ゆっくりと電話の通話を切る。

 

朝晩はずいぶんと冷え込んできた10月の中旬。

およそ一か月後に迫ったデートに向けての宿の予約は完了した。

 

後は当日になるまでを待つだけなのだが、この一ヶ月という期間が長いようで短い。

先だと思うと時の流れが遅く感じ、カレンダーと共に迫ってくる時は早く感じる。

当日になればもっと時間は早く感じるのだろう。

 

時計は20時を指し示す。

いつもはこの時間にはモカがふらっと部屋に入ってきて今日あった出来事を面白おかしく伝えあうのだが、今日は彼女の姿が見えない。

 

モカは俺の彼女なんだし、そもそも毎日会ってベタベタしていたら長く続かない気がするから来ない事は気にしていないのだけれど。

 

本音を言うと、少し寂しい。

心に少しの隙間が出来てしまったように感じて、冷たい風がその隙間をくすぐって落ち着かない。

 

ベランダに行って、たばこでは無くて夜の澄んだ空気を吸った。

 

「あ、貴博君。ベランダにいたんだね」

「いつの間に来たんだ?階段の音も聞こえなかったぞ」

「びっくりさせようと思って、ゆ~っくり上がってきたんだよね~」

「無駄な努力、ご苦労さん」

「たばこ吸ってたの?」

「だから、たばこは辞めたって言っただろ」

 

そう、俺はモカと付き合い始めた日から数日後にたばこを辞めた。

理由なんて挙げればクソほど出てきてしまうが、強いて言うなら。

 

 

少しでも長くモカと一緒にいたいから。

たばこにかけるお金をモカの笑顔のために使いたいから。

 

 

ちょっと前の自分に聞かせたら鼻で笑い飛ばすであろう理由を持ち始めるようになった。

今の俺はそんなちょっと前の俺を鼻で笑い飛ばすだろう。

 

「そっか」

「……で?今日は何かあったのか」

「うん!面白い物を持ってきたんだ~」

「持ってきた?嫌な予感しかしねぇんだけど」

「今回は~、モカちゃんを信じて~」

 

平日の夜にも関わらず、まるでぐっすり寝た休日の朝のような表情のモカに目を細くして見つめてやった。

 

この前は「貴博君が喜ぶプレゼント」とか言って平気で国内最恐クラスのバンジージャンプのチケットを手渡してきたぐらいだから期待などしたくない。

彼女なりのジョークなのだろうから本気では怒らないが、心の奥底では期待している俺がいるという事も気づいて欲しいものだ。

 

「……貴博君、信じていないよね?」

「隠し事は無しだからあえて言うが、信じてない」

「むぅ~!ぜ~ったい後悔しちゃうからね~」

 

頬っぺたをムッと膨らませている彼女をみて、良く分からないフワフワとした罪悪感がゆっくりと満ちてきた。

今回だけは期待してやるか、と言葉にすることはしなかったがベランダからゆっくりと居間の方に戻る。

 

居間の机の上にはさっきまで無かったはずのレジ袋が置かれてあった。

そのレジ袋には何か入っているけど、今の段階では見えないがそれなりに大きな物が入っているような雰囲気を感じ取れた。

 

「……モカ、面白い物ってこれか?」

「そだよ~」

「早速出してみるか」

 

レジ袋の中に手を突っ込んだところ、触り心地は何やら本っぽい感じがした。

一度手を止めてチラッとモカの様子を伺うと、彼女はショーの開始を待ち望んでいる子供のような表情をしていたから一気に取り出した。

 

レジ袋の中から出てきた物。

それが出てきた瞬間、なぜか懐かしい香りがして、古い書物がたくさん置いてある図書館に入った時のような感覚に陥った。

 

そしてどうしてこれをモカが持っているのかが分からなかった。

こんなものはとうの昔に捨てられてしまったかと思っていたけど、まだ残っていたんだ。

 

「懐かしいな。なんでモカが持ってるんだ?」

「だから、面白い物だって言ってるでしょ?」

「面白いのはお前だけだろ」

「あたし、他人の卒アル見るの好きなんだ~」

「はぁ……良い性格してんな」

 

昔懐かしい小学校の卒業アルバムを手に持ちながら、モカの素晴らしい性格に息を零す。

カバーのようなものの中からアルバムを取り出して一番初めのページを開く。

 

最初のページは俺の卒業した小学校の名前と卒業年度が書いてあった。

そしてその周りにたくさんのクラスメイトや同級生が書いてくれた手書きのメッセージが残されていた。

 

どうやら正真正銘、俺が貰った卒業アルバムだ。弟のやつじゃない。

 

「モカ、これ誰に貰った?」

「秘密~。でも、貴博君なら大体予想ついてそうな気がする」

「俺の家族からってなったらあいつしかいないか」

 

頭の片隅で、ちょっと申し訳なそうな顔をした俺のそっくり人間が即座に浮かび上がった。

別に怒ってもないし申し訳なさそうな顔をされてもな、と苦く笑う。

 

親に捨てられたと思っていたから、見つかって安心した。

俺の大事な卒業アルバムであり、今は亡き親友との思い出と触れ合える大切なものなんだから。

 

「小学生のちっちゃい貴博君、気になるな~」

「あんまり期待しない方が良い。ただの悪ガキだから」

「この付箋が貼られている所に貴博君が写ってる?」

「あぁ?付箋?」

 

モカが指さしたところには確かにピンク色の付箋が貼り付けてあった。

付箋を付けた覚えなんて無いんだけどな、と思いながら彼女に言われた通り付箋の場所を開くと6年2組のページ、つまり俺が卒業した時のクラスの名前と写真のページだった。

 

これはモカが付箋を貼りやがったな、と目で彼女に問い詰める。

 

「本当にあたしじゃないよ?」

「じゃあ、弟か。でもなんでだ?」

「まぁ、良いじゃん~……あ、貴博君はっけーん。かわいい~」

 

モカはすぐに俺の写真を見つけて人差し指でツンツンと突く。

満面の笑みだった卒業写真の俺の顔が心なしか引きつっているように思えて写真に写る自分に優しい視線を送る。

 

 

そして俺は自然と親友であるよっちゃんの写真に釘付けになる。

とても、とても切ない気持ちが次々と湧いてきた。

 

……だめだ。あいつにあんなことを言ったくせにこんな気持ちになっていたら逆に説教を食らってしまうよな。

 

 

「ねぇねぇ、貴博君~」

「そんなに肩を揺すらなくても聞こえてるわ」

「むぅ~、面白くないなぁ」

 

それなら、と言いながらモカは崩していた座り方から正座に変えた。

その後すぐに、俺の耳元に甘い風がやってきた。

 

「貴博君の昔話、聞きたいなぁ」

 

耳元で囁くモカに、俺はまたしてもため息を零す。

付き合う前もごくまれに耳元で囁いてくる時もあったが、付き合ってからは今までとは違った感覚が身体を刺激する。

 

「耳元で言ったらこそばゆいだろ」

「だって~」

「だって、なんだよ」

「貴博君、ちょっと悲しそうな顔してたから」

 

彼女の淡々とした、だけど他人を気遣う優しさが混じった言葉がこそばゆい耳の中をすんなりと入っていく。

脱力系な見た目なクセに、こうやってしっかりと見られているのは反則だろう。

そんな彼女だから暗闇のドン底にいた俺を引っ張り出してくれたのだろう。

 

「貴博君にはいつも笑顔でいて欲しいから」

「……モカ」

「やっぱり、卒アルを持ってきたのは間違いだったかなぁ」

 

そういうモカの顔にもうっすらと暗い影が潜んでいるのが分かった。

利き手である左手の人差し指に想いを込めて、親指によって止められていたエネルギーを利用してモカの額にコツッと当てる。

 

いつものように彼女は「うにゅ」と言いながら額を手で押さえる。

俺はその額を抑えている彼女の手をどかせて、自分の左手で額を優しくなでる。

 

モカが俺にいつも笑顔でいて欲しいと思っているのと同じなわけで。

俺だってモカがいつも笑顔でいて欲しいと思っている。

 

「モカが聞きたいのなら、話してやるよ」

「……良いの?」

「感傷に浸ってしまったのは先に死んだバカが目に入ったからだ。気にするな」

「そんなこと言われたら、気にしちゃうでしょ?」

「思い出の中では生きてるから大丈夫だ」

 

そう言いながら、当時の写真ではあるが、およそ8年ぶりとなる小学校同期生と再開する。

心の中ではたくさんの感情が交差する。

 

こいつと、よく一緒に校庭で遊んだな。

この子、小学校で一番人気あったっけ。

この先生、もうハゲの進行が進んで毛が無いんじゃないか。

 

卒アルとは不思議なもので、眺めていると不思議と当時の記憶が昨日のように蘇ってきて脳内を子供のように走り回る。

 

「じゃあ~、小学一年生の頃のちっちゃい頃の貴博君!」

「悪い、流石に覚えてない。虫とって、走り回って、ゲームして。それくらいの単調な事を永遠してたな」

「それなら、六年生の時のお話は~?」

「まぁ、それくらいなら話せると思う」

 

それくらい、だとか言ってしまうと期待を持たせてしまうかもしれないけど。

案の定モカは早く聞きたいという気持ちが表情に隠しきれていないからやれやれと思う。

 

小学六年生か。

何事もなく穏やかに過ごした印象が多いけど、実は大変なこともあって。だけど思い出としては輝いている、という人生の意義を語る知ったかぶりな大人が応えそうな過去。

 

いざ人にそのことを話すとなると、なぜか心がソワソワとして恥ずかしい気持ちになる。

 

「そうだな……。冬も本格的で卒業間近に迫った二月にあった事でも話そうか?」

「聞く聞く~。なんかおもしろそーだし?」

「先に言っておくけど、面白くはないぞ」

 

周りの空間も当時に戻ったかのような錯覚に陥ったのは俺だけなのかもしれない。

あまり他人には話さなかった、八年前の記憶を頼りに黙々と話し始めた。

 

 




@komugikonana

次話は12月27日(金)の22:00に公開します。
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~高評価をつけて頂いた方々をご紹介~
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同じく評価10という最高評価をつけて頂きました たかたか0205さん!
同じく評価10という最高評価をつけて頂きました Luna*さん!

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これからも応援よろしくお願いします!

~次回予告~

「消しゴムを投げるなんていい度胸してるじゃねぇか。お前をケシカスみたいにチリチリにしてやるっ!」
「じゃあ、お前を練り消しにしてグニョングニョンの伸ばしてやるよ!」

傍から見ればヤンキー漫画に出てきそうな殴り合い前の言葉の応酬のように聞こえるけど、それは小さい頃からの親友の前では単なるじゃれあいの言葉に等しい。
これが俺と、よっちゃんの日常。


「最近、夜に校舎の中に入っている人物がおるようです」


そんな日常に、少しのスパイスが加わった。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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小さいなりの気遣い②

もう聞きなれたはずなのに、授業終わりのチャイムが響き渡った時は年相応の笑顔が溢れ出る。

もうすぐ卒業だって言うのに、全く実感が湧かない。

 

ただ何となく、背中に背負わないといけないランドセルを外すことが出来るという事実だけが妙に嬉しい気持ちをそそる。

小学生になる前は喉どころか、目から手が出るぐらい欲しかったランドセルも月日が経つとありがたいものではなくなる。

 

人間は一度手に入れてしまったら、次は持っていないものを欲しがる強欲な生き物だ。

だから争いは終わらない。たった一瞬の快感を味わいたいがために。

結局みんな、自分の目の前の事しか考えられない。

 

そんなことを考えていると、コツンと頭に衝撃が走る。

どうやら消しゴムが飛んできたらしい。

 

床に音をたてながら転がっていく消しゴムを見て、誰が持ち主なのかは瞬時に理解した。

その人物の方を睨むと、そいつはドッキリが成功した仕掛け人が見せるようなニヤニヤとした表情をしていた。

 

「消しゴムを投げるなんていい度胸してるじゃねぇか。お前をケシカスみたいにチリチリにしてやるっ!」

「じゃあ、お前を練り消しにしてグニョングニョンの伸ばしてやるよ!」

 

傍から見ればヤンキー漫画に出てきそうな殴り合い前の言葉の応酬のように聞こえるけど、それは小さい頃からの親友の前では単なるじゃれあいの言葉に等しい。

 

それはクラスメイトも知っていて、温かい眼差しで見ている女の子とか男たちが集まって一緒にもみ合ったりとか。

これだから6年2組の終わりの会は中々始まらない。たまに日直の男子までもが参加しに来るくらいなのだから当然なのだけど。

 

「みんな、早く席に座れー」

 

担任の言葉が教室に響いたのを合図に、ちょっとずつ席に着き始める。こんな生徒をもうすぐ一年も面倒を見ているのだから毛が薄くなるのも時間の問題だ。

実際、すでに頭皮が髪の毛の間から顔を出していて、理科の実験の時に電灯の光を反射させ頭に当てていたりした。もちろん、俺だけじゃなく他のメンバーもするからそりゃあ黒板の文字が見えないくらい眩しいし笑ってしまう。

 

 

帰りの会を聞き流して終わった後は各自ランドセルを持って帰宅していく。

集団下校だからぞろぞろと列を作って家のある方向に帰っていく。

 

こうして、小学生の学校生活は閉じていく。

 

「タカ、今日はどこに行く?」

「あ?寒いからよっちゃんの家で良いじゃん」

「俺は今日は外に出たい気分なんだって!見れば分かるはず!」

「いやごめん、分かんねぇ」

「なんだよ、役に立たねーな」

「……お前の右鼻に黄色のアクリル絵の具、押し込んでやろーか?」

 

なんで黄色なんだよー、と言いながら腹を抱えながら笑うよっちゃん。

それにつられて自分も笑ってしまう。

よっちゃんといると、名前の通り「幸せ」な感じがする。今あるこの時間が。

 

「じゃあさ、よっちゃん」

「俺の家とか言ったら殴るからね」

「ばか、俺はそんな安易じゃねぇ」

「それもそうか!……で、どこ?」

 

そして俺はよっちゃん譲りのニヤニヤ顔をする。それにつられてよっちゃんも同じような顔をする。

たまにはこういう事をするのも面白そうだし、もうすぐ学校を卒業するのだから良いんじゃないかって思ったから。

 

「夜の学校に、侵入しようぜ!」

 

 

 

 

決まったことはすぐに実行しなくては気が済まない年頃で、早速夜の7時から俺の家の前で集合して学校に向かう。

2月の日が暮れたこの時間帯は手袋をしていても手がかじかんでしまうが、そんな事より夜の学校という未知の体験に対するワクワクの方が大いに勝っていた。

 

もちろん、学校に侵入するのは俺とよっちゃんの二人。

 

「うーん、まだ電気とか付いてるね。人がいるんだ」

「見つからなきゃ良い。それに見つかっても今の時間帯なら『忘れ物を取りに来た』って言ったら問題ないだろ」

「タカが言ったら大丈夫そうだね」

 

上着のポケットに懐中電灯を忍ばせて、しまってある門の上をよじ登って校内に潜入する。

よっちゃんも同じように入っていく。

校門にはカメラも設置してあるが、ああいうのは職員が大して注力していないのは知っていた。

 

このまま探索、というのはリスクが高いから人気の少ない場所に行くべきだろう。

真っ先に思い浮かんだのは家庭科室。職員室とは正反対の場所に位置するという理由もあるが俺たちの教室が近くにあること、そして家庭科の教師が育休明けだという事。

 

育休明けの教師をフルタイムで働かせないだろうから、絶好の隠れ家になりそうだ。

 

問題は施錠なのだが、そこは普段ちょこまかと校内で遊んでいる俺たちに知らない秘密なんて無かった。

 

「……やっぱり空いてる!先生サンキュー」

「この前『施錠してわざわざ職員室まで鍵を取って開けるのが面倒くさい』って言ってたもんね」

 

だから扉を閉めるだけにしている。だって施錠されていると思うのが普通でしょ?という、家庭科教師の先生がいじわるな顔で俺達だけに言った言葉が脳裏に浮かんだ。

 

サッと家庭科室に入って、電気は付けずに光が漏れない机の下に隠れて懐中電灯を照らす。

先生の言う通り、施錠されているものだと関係者の人間が「思い込んでいる」から誰もこの教室の扉を開けないだろう。

 

明けられても、光の出所を消して息をひそめれば問題ないはず。

家庭科室で探すような物は存在しないからな。

 

「ここで誰も居なくなるまで待機だな」

「何をやるかだね」

「俺らのクラスに入って担任の机に育毛剤でも置いとくか」

「それは傑作だね。でも育毛剤なんか持ってるの?」

「持ってないから中身は木工用ボンドで良いか」

「それじゃあ俺の髪の毛を分けてあげるか」

 

何気ない会話が、いつもは入ってはいけない場所にいるという高揚感と誰かに見つかってしまうかもしれないという一匙の緊張感がグルグルと合わさって楽しさという旨味を生み出す。

 

「それよりさ、タカ」

「なんだ?寒くて腹が痛くなったのか?」

「違う。タカは中学は地元の学校にするのかなって」

「いや、俺は隣県の、父親の実家に籍をおいてそこの中学を弟と通うよ」

「お前らしいな。模試で全国で4番目に良い成績のくせに」

 

確かに俺はこの前受けた、中学受験ではもっともポピュラーな模試での順位は日本で4番目に良かった。

中学受験でポピュラーなテスト、つまり受験した人間は学習塾に通っていて尚且つ中学受験を志す人たちが受ける模試。エリートな小学生たちが受けたテストでの結果。

 

だけどそれがどうしたって俺は思う。

 

「勉強するより、よっちゃんとかと遊んでいる方が俺に合ってるからな」

「本当は弟の事が心配なんだろ?」

「……それも、ある。もっと胸を張って生きても良いと思う」

「俺もそう思う。でも出来すぎる兄を持ったら弟は大変なんだろう。兄が出来るから自分も期待に応えなきゃって。ましては双子じゃん?」

「あいつのそういう真面目なところが俺にはない部分だ。それを早く気づいて欲しいもんだ」

 

俺は弟の正博より勉強も、運動も出来るし人とのコミュニケーションも上手い。

でもその分俺は真面目さや責任感はあいつには負ける。

遠い話だけど、大人になったら間違いなく弟の勝っている部分の方が大事になってくるはずだ。

 

だから自信を持ってもらうために、中学は離れた場所に行く。

親には俺まで行く必要はないって何回も言われてるし反対もされているけど、俺だって心配なんだ。

 

「……さて、そろそろ探索でもするか」

「おっけー。行こうか」

 

暗闇に目が少々慣れて、時刻を見れば8時を過ぎていた。

まだ人はいるかもしれないが多くは無いだろうし、事務仕事なら職員室から出ないはずだ。

 

家庭科室の扉をそっと開けてから二人で廊下を歩く。

鍵とは持っていないから出来ても廊下を歩くだけの、何の楽しみも見いだせないはずなのに心はドキドキとして、鼓動は踊りだしていた。

 

 

 

 

 

次の日の平日も、俺たちは何事もなかったかのように決まった時間に集団登校してくる。

だけど心はほくそ笑んでいて、まだ誰も知らない秘密を内側に秘めているような感覚で教室に入る。

 

この通っている小学校には七不思議とかそんな面白いような噂話もないけど、誰もいない静かで暗く、眠っているような建物が俺達にたくさんの高揚感を貰う事が出来た。

 

もちろん、校舎内に入ることは禁止されているしもっと深く掘り下げれば住居侵入の罪に問われるだろうが、あと一ヶ月で卒業だしまだこの小学校の学生だし。

 

俺もよっちゃんも、少しの刺激が欲しい人間なんだ。

 

「おい、席に就け……ってなんで木工用ボンドに育毛剤って書いてあるんだ!」

 

教卓の上に置いておいた木工用ボンドを手に持って予想通りの反応をし、期待を裏切らない担任の言葉と行動に思わず笑みがこぼれる。

チラッとよっちゃんの方を見たら、あいつは笑いをこらえられずに机に突っ伏してプルプルと震えている。

 

おい誰だよーそんなことしたら先生の毛が白くなっちゃうじゃん、というクラスの男子のノリノリの突っ込みも入って朝から笑顔がこぼれる俺たちのクラス。

 

「はぁ、まったく。今日は緊急で朝会があるから体育館に入れ」

 

緊急で朝会?なんでこんな寒い時期に体育館に集まらなきゃいけねぇんだよ。

決まったものは仕方が無いが、機転を利かせてテレビ中継とかしろって思う。普段使わないくせに教室に薄型テレビがあるのだから。

 

廊下に出席番号順に並ばされてゾロゾロと廊下を歩いて体育館に入る。

そこで前から順番に座っていく。

 

全校生徒が集まったらしく、校長が前へと出て行く。

寒さのせいなのか緊張なのか、それとも年齢からくるのか知らないけど震える手でマイクを持つ校長。

 

「おはようございます」

 

校長の言葉にオウム返しのようにおはようございますと返事をする。こういう時の下級生がバカみたいに声を上げる。

 

くだらない話だったらぶっ飛ばすぞ、とか物騒な事を思いながらあぐらをかいて校長の顔を見る。

校長がカスカスの声で言った言葉に、俺は思わず目つきが変わった。

 

 

「最近、夜に校舎の中に入っている人物がおるようです」

 

 




@komugikonana

次話は1月3日(金)の22:00に公開します。
大晦日はお休みさせていただきます。年の変わり目を好きな時間に使ってくださいね。

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評価9という高評価をつけて頂きました ベルファールさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします。

~次回予告~

思わず何も関係のない校長を見る目つきが鋭くなった。
それと同時に頭をフルに回転させる。

「特に被害などはありませんが、帰った後は家で家族のみなさんと過ごしてください」

被害が無いという言葉だけを耳に入れて、それ以外は聞き流す。
特に被害が無いのにどうして誰かが学校に侵入したって分かる?
被害が無いのにどうして緊急朝礼でそのことを言う?
そして気になるのは「最近」というワード。俺ら以外の誰かが、そして複数回にわたって夜の学校に侵入している?

何か、裏に隠された意図がありそうだな……。



では、次話までまったり待ってあげてください。


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小さいなりの気遣い③

「最近、夜に校舎の中に入っている人物がおるようです」

 

思わず何も関係のない校長を見る目つきが鋭くなった。

それと同時に頭をフルに回転させる。

 

「特に被害などはありませんが、帰った後は家で家族のみなさんと過ごしてください」

 

被害が無いという言葉だけを耳に入れて、それ以外は聞き流す。

特に被害が無いのにどうして誰かが学校に侵入したって分かる?

被害が無いのにどうして緊急朝礼でそのことを言う?

そして気になるのは「最近」というワード。俺ら以外の誰かが、そして複数回にわたって夜の学校に侵入している?

 

「兄さん。後ろから……多分よっちゃんかな」

「お、ありがと」

 

メモ帳の切れ端のような紙が四つ折りにされて後ろから来たらしい。

よっちゃんはいつも手のひらサイズのメモ帳を持っているし、この時間に送ってくるのはあいつで間違いないだろう。

 

その紙を開く。

その紙にはこう書いてあった。

 

 

校長の話、お前はどう思う?

 

 

 

お昼になってから作戦会議という名義でよっちゃんとお弁当を食べる。

作戦会議という大層な名前がついているが自クラスのど真ん中で特に小声で、なんて遠慮も無い。

 

「タカは誰だと睨んでる?」

「俺たち」

「シャレにならないって」

 

冗談で俺達と言うとよっちゃんは苦笑いをしながらプチトマトを口に運ぶ。

あながち間違ってないんじゃない、って皮肉を込めて言う。

そんな俺はお弁当のソーセージを食べる。

 

「俺さ、ちょっと気になったんだよ」

「何が?校長が震えてていつ死ぬか不安になったか?」

「違うよ、タカ」

 

校長は、俺たちのクラスを見ながら言っていたんだ。

そんなよっちゃんの言葉を聞きながらゆっくりと咀嚼しながら頭の中に入れる。

 

よっちゃんは絵を描くのが好きだし、かなり上手い。

そして絵が上手い人間の共通点、それは一度見た景色の記憶力と着眼点。

 

「……他に気になった点はあるか?」

「これは余り自信が無いんだけど、校長が話した時にちょっとだけ瀬川さんが肩を震わせたんだ」

「瀬川が?」

 

俺は思わずクラスメイトの瀬川を見る。

瀬川というのは大人しい女の子で、悪さをするような女の子ではない印象がある。

 

ただ、いつも一人で本を読む姿はサラサラとしたロングヘアーも相まってちょっとミステリアスにも感じる。

彼女は朝礼の時は俺の丁度後ろに座っているから流石にその変化には気づけなかった。

 

「それじゃあ、あいつに直接確かめてみるか」

「どうやって確かめるつもり?」

「簡単だ。夜の学校にいる現場に鉢合わせればいい」

「いや、簡単に言うけどさ……」

 

いや、これ以上簡単に真偽を確かめる方法はないだろ。

俺は嫌らしく口をゆがめると、よっちゃんは何かを察したらしい。さすが俺と長年腐れ縁をやっている仲だ。

 

「如何にも瀬川さんがいつ来るか、分かっているような雰囲気だね」

「あぁ。100%とは言えないが大体は予想できる」

「今日とか?」

「いや、今日は絶対にない」

 

瀬川という女は大人しいし、影も決して濃い方だとは言えない。

だからこそ人一倍警戒心を持っているはずの彼女が話をした当日の夜に学校に行くわけがない。

 

なぜなら警備がいつもより厳重になっている可能性もあるからな。

 

「じゃあ、いつ?」

「よっちゃんは今朝の報道番組で天気予報を見たか?」

「うーん、寝ぼけてて良く覚えてない。けどそれ、何か関係がある?」

 

普通ならいつ彼女が学校に来るかなんて考えている時に天気なんて加味しない。

でも、今回はそうとは限らないと俺は睨んでいる。

 

さっきも言った通り、瀬川はかなり警戒心が強いはずだ。何よりもよっちゃんの証言が正しければ、校長に朝礼で侵入者がいると言った時に身体を振るわせたりしないだろう。

震わせるってことは、バレたくないって事だろ?

 

「今朝の天気予報が言うには、今日の夕方から3日かけて雨らしい」

「げっ、金曜日も雨かよー。怠いなぁ」

「その通りだ、よっちゃん」

「うん?」

 

今日は火曜日で天気予報曰く水、木、金と雨。

今日は職員何人か学校内を見回ってから帰るだろう。だけどそれが火曜日、水曜日、木曜日と続いて誰も来なかったら?

 

きっと職員は雨だし誰も来ないよね、って思うはずだ。

そして金曜日は誰だって早く帰って休日を手に入れたいと思うだろう。

 

「雨が降っていて、見回りの教員のモチベーションが下がっている金曜日にターゲットは顔を出すんじゃねぇか?」

 

木曜日の可能性はあるが「三日坊主」なんて言葉があるくらいだ。せめて三日くらいは教員も真面目にやるんじゃないか?

だったら尚更金曜日に可能性がグッと高まる。

 

「それで外れだったらめっちゃダサいよ」

 

よっちゃんが嫌らしい笑みで俺の方を見つめた。

なんだか無性に腹が立ったから、よっちゃんの額にクロスチョップを入れた。

 

 

 

この後、何が起きたかは想像にお任せする。

 

 

 

 

 

雨が降りしきる金曜日の夜は、何か隠し事を内に秘めている時のようにひんやりとした冷たさが俺たちの世界を支配していた。

 

俺とよっちゃんは夜の8時に校門前にやってきた。

校門の前でぺちゃくちゃと話しても良い事なんて一つもないからサッと学校の塀を乗り越えてそそくさと校内に入っていった。

 

「まだ、職員室は電気がついてるね」

「もしかしたら卒業式関連で忙しいのかもな」

「卒業式の準備って大変そうだもんなぁ」

「子供の親が来るからな。それなりの体裁は保ちたいんじゃねぇの?」

 

大人の嫌な部分が垣間見えるから、あまりそういう校内における大きな催しは好きになれない。

それは学校行事に限っての事じゃないし、むしろ社会人の方が体裁を保つような行動ばかりな気がする。

そんな大人の腐った感情のにおいが、鼻にこびりついて離れない。

 

「……まぁ良い。それより俺らのクラスの方に向かうぞ」

「オッケー。でも本当に瀬川さんなのかな」

「それは会ってからのお楽しみ、だな」

 

俺の予想通り、この時間に校内を見回っている人間がいなかったので精神的には余裕を持つことが出来た。

でも校内を見回っている真面目な人間はいないなんて言いきれないから、気配を消しながら確実に進んでいく。

 

学校の廊下にある鏡は、不気味にも俺達二人の姿を映す。

真冬の冷たい空気と調和していて、鏡に人のような心があってイタズラしているように感じて少し背中がゾワッとする。

 

この廊下を突き進んで右に曲がったら、いつも俺たちが座って過ごしている教室が目に見えてくる。

クラス教室は、他の教室と同じように真っ暗でぐっすりと眠っている。

 

教室のドアを思いっきり握って、右方向にずらそうとした。

 

「……あれ、鍵が開いて無いぞ」

「開いてないのが当たり前なんだけどね」

「じゃあ、廊下側の窓の鍵はどうだ?」

 

一枚ずつ確認してみるが、どうもしっかりと施錠されている。後ろ側の扉も動くことは無かった。

いつもこんな感じで施錠してあるのなら、どうやって教室に入るんだ?

 

……いや、待てよ。

どうしてこんな単純な事をどうして今まで見ていないフリをしていたんだ。

 

校長は一言も夜の「教室に」なんて言ってない。校舎内と言ったんだ。

それにも関わらず校長は俺たちのクラスの方を見て言った。

 

頭の中で即座に一つの仮説が出来上がった。

もしそうだったとしたら……。

 

「よっちゃん、図書室に行ってみよう。瀬川は本を読むだろ?」

「分かった。それに瀬川さんって確か図書委員だよ」

「じゃあ、施錠したと見せかけて鍵を開けたままにしておくことも出来るな」

 

ただ問題なのは時刻だ。小学生が夜遅くまで外に居たら普通の親なら心配するだろう。

ましては真面目という文字を体現しているような瀬川の親だったら尚更だろう。

 

急ぐ必要は無いが、いつまでも眠っている教室の前にいても仕方がない。

 

「なぁ、タカ」

「ん、なんだ?」

「どうしてお前はこの件に躍起になっているんだろって、気になってさ」

「……分かんねぇ」

 

いや、本当は分かってる。

分かってなかったら、俺はこんなにも大胆な行動に出ていないだろう。

 

RPGに絶対に一人はいる、意味深な言葉だけをポツポツとこぼすような人間みたいにセリフを零すとするならば。

 

今はまだ、言うべきタイミングなんかじゃない。

 

この言葉は口から出さないで心に秘めておくことにする。

そんな言葉を言ってもかっこいいのはバーチャルに生きる人間だけってことを理解しているから。

 

「図書室に急ぐか。時間もヤバいし」

「しょうがない、今回もタカに付き合うよ」

「さんきゅ」

「その代わり、罰ゲーム(母親の説教)も一緒に受けてもらうからな」

 

その罰ゲームは世界一受けたくねぇな、なんて思いながら笑顔でよっちゃんの問いかけに応えた。

 

足音を殺しながらクラス教室と同じ階なのに真反対に位置する、おおよそ俺達には無縁の場所に走り出す。

もしかしたら途中で見回っている教師とばったりと会うかもしれない。だけど今だけはそんな大人にも説得できるような、それくらいなんとかなりそうな気がした。

 

さて、そろそろ図書室が見えてくるはずだ。

校舎内は冷たいはずなのに、そう感じない何かが身に染みる。

 

冷たいはずなのに、冷たくない。

意味が分からないと思うけど、そう感じるから。

 

「まるで……誰かに聞いてもらいたいのに、そうできない心の叫びのようだな」

「なにか、言った?」

「独り言だよ、バーカ」

 

図書室の前について、俺は深く呼吸を入れた。

生半可な気持ちで行くことだけは避けたかった。それは周りの空気が自然とそうさせるんだ。

 

手に力をグッと入れて、図書室の扉を右にずらす。

 

 

 

 

すると、普段は施錠されていて開かないはずの夜の図書室の扉が開いた。

 

懐中電灯で周りを照らすと、これまたいるはずのない一人の人影が存在した。

肝試しとかで潜入していたら人影というだけで恐怖を感じるだろう。

 

でも、俺たちはそんな軽い気持ちで来ている訳じゃないんだ。

 

 

「ビンゴだな……そこで、何をしてんの?」

 

 

 




@komugikonana

明けましておめでとうございます。新年早々投稿日時を間違えた正月ボケアホ作者の小麦こなです。今年もよろしくお願いします。

次話は1月7日(火)の22:00に投稿します。
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~高評価を付けてくださった方をご紹介~
評価10という最高評価をつけて頂きました CHILDSPLAYさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
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~次回予告~

「なぁ、こんな時間に何してんの?」

特に声色を落とすことも無く、本当に疑問に思っているような声でそこにいる少女に声を掛ける。
イタズラっぽく怒ったような声で話しかけても良かったけど、真面目な子の女の子にはジョークは通じないってなんとなく、分かっていた。

彼女は小さくヒッ、という声をだして即座に懐中電灯で自分を照らす俺たちの方を振り向く。
肩と声の震えから考察するに、自分でもやましい事をしているという自覚はありそうだ。


どうしてそこまでするのか分からない。
だけど、どこかこの女の子が弟とダブるんだ。まるで写真の人物と思い出の中にいる人物が完全に合致するかのように。


では、次話までまったり待ってあげてください。



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小さいなりの気遣い④

「なぁ、こんな時間に何してんの?」

 

特に声色を落とすことも無く、本当に疑問に思っているような声でそこにいる少女に声を掛ける。

イタズラっぽく怒ったような声で話しかけても良かったけど、真面目で大人しい女の子にはジョークは通じないってなんとなく、分かっていた。

 

彼女は小さくヒッ、という声をだして即座に懐中電灯で自分を照らす俺たちの方を振り向く。

肩と声の震えから考察するに、自分でもやましい事をしているという自覚はありそうだ。

 

「あ……佐東君と、えっと……?」

「こいつはよっちゃんで良いよ。こんな時間に何やってんのかなーって」

「な、なにも……!そ、忘れ物したから取りに……」

「誤魔化さなくっていいじゃん」

 

俺は一方的に彼女、瀬川に言及していく。ちょっときつめに問い詰めているのは、こういう大人しい子はその後すぐに自分の心の中にある感情を吐き出す。

そしてその感情を、ちゃんと受け止めてやらないといけない。

 

どうしてそこまでするのか分からない。

だけど、どこかこの女の子が弟とダブるんだ。まるで写真の人物と思い出の中にいる人物が完全に合致するかのように。

 

「やっぱり、私の事、先生に言うんでしょ?」

 

ほら、来た。

 

「君たちは、佐東君は、私の事なんてなんにも知らないじゃん!」

「うん、知らねーよ」

「だったら……!」

「だから、教えてくれよ」

「えっ?」

 

お前の事を。お前の抱え込んじまってる悩みを。

 

急に図書室内がシーン、という音すら鳴らすのをためらうような静寂が俺たちの周りを包み込んだ。

よっちゃんが無口なのは、きっとくだらない事で集中しているんだろう。

 

瀬川は何が起きているのか分からないのだろう、目が色々な方向に動き回っている。

でも口はかわいらしく開いたまま。

 

「……そういえば来週の月曜日の一時間目、クラス全員がこの図書室にいる時間があったよな?それは偶然か?」

「……全部、知ってるじゃん」

「俺が分かるのはそこまで。そこからは俺の知らない、君だけの物語があるんだろ?」

 

せっかく図書室にいるのだから、少しは安っぽい青春小説のような言葉で返事をしてみる。

訳の分からないこの返しはバカらしいけど、笑えない。

 

だってお前、暗闇に囲まれているこの時間でさえ、苦しい顔をしてるから。

 

「……君たちは、クラスの中心だから、一人でいる寂しさと、陰湿な圧力の辛さを知らないよね?」

「ああ」

「同じクラスの中嘉島(なかしま)君って、分かる?」

「いたな、そんな奴」

 

休み時間もずっと机に座って、自分の頭脳レベルにまったく合ってない参考書を毎日解いているおかっぱメガネの奴だろう。

自分は勉強が出来るって自負してるらしいことから、厄介な性格の持ち主なのは大体分かる。

 

そしてたまに、俺に向けて妬ましい視線を送ってくることもあるっけ。

 

「その人から、嫌がらせを受けてるの」

 

特に何も口にせず、ずっと苦しい思いを必死に吐露する彼女の顔をジッと見ていた。

吐くのも苦しいその言葉たちを、眉間にしわを寄せることなく聞いた。

 

本を読んでいる時、ページのめくる音がうるさいと言われた。

何も理由がないのに、机を蹴られた。

帰るときはゴミはこの世界に要らない、と言われ石を投げられた。

 

「私も、悔しいから、お金が無いのにお母さんに無理を言って……塾に通わせて貰ったの」

「それで?」

「でも、私はバカだから、いくら頑張ったって学力は上がらない」

 

それでね、と自分を蔑んだ声色で次の一言を必死に紡いだ。

 

「私も耐え切れなくなって、中嘉島君に仕返しをしようと思った。月曜日、彼が座る椅子のボルトを緩めたの。彼はいつも勢いよく座るから椅子は壊れて、最悪彼のお尻の骨とか折れちゃうかもって……」

 

追い込まれた人間の、最後の手段ってところまで来ているらしい。

今日この場所で瀬川に会えたのはラッキーなのかもしれないって胸の内で呟く。

 

「はぁ、しょうがないバカがいるもんだな」

「そうだね、私は結局バカだから」

「じゃあ、俺がその椅子に思いっきり座ってやるよ。実験ってやつだな」

「……えっ」

 

中嘉島の出席番号を逆算すれば、この椅子にあいつが座るんだろ?

それならこの椅子だな、と標的を定めてズシズシと歩き始める。

 

お尻の骨、とか可愛らしく言っているけど瀬川が言っているのは尾てい骨の事だろう。

この骨が折れるとシャレにならなくて座ることで痛みが出ることはもちろんの事、歩くときや仰向けで眠るときでさえ痛みが走り、何気ない行動すべてに激痛が走るらしい。

 

あと一ヶ月で俺たちは卒業するけど、骨折は一ヶ月では完治しないだろう。

尾てい骨を骨折したら中嘉島は卒業まで学校に来れない。学校生活は座るのがほとんどだもんな。特に卒業式は。

 

そこまで逆算しているんだろ?

 

俺は瀬川が立っている近くに位置するその椅子に腰かけようとした。

 

「やめてっ!」

 

その女の子に身体を真横に押された。

ガラガラ、という大きな物音が図書室内に響き渡ると同時によっちゃんが「だ、大丈夫?」と慌てたような声を出していた。

 

勢いよく横に押されたから俺は床に倒れてしまった。

その時に俺の脚がその椅子に引っかかったらしい、椅子も横になっていた。

 

そしてその椅子は、ボルトのゆるみによって壊れていた。

 

「やっぱり、瀬川はバカじゃない。俺を助けたんだろ?荒っぽいけどな」

「こんな方法でしか止めれない私は、どうしようもないよ……」

「お前はバカじゃない。アホだ」

「なにそれ」

 

瀬川はきょとん、とした顔をしているけどよっちゃんはニヤニヤとしながら笑いをこらえていた。

よっちゃんには、俺の言葉の真意を知っているからだろう。

バカとアホは、紙一重なんかじゃない。そして同じ土俵でもないって事。

 

「アホは漢字で書くと『阿呆』だ。努力すれば呆けは治るさ。でも『馬鹿』はもう人間ですらない。畜生なんだ」

「分かるようで、分かんないな」

「簡単に言えばバカは死ななきゃ治らないけど、アホは何とかなるんだってこと」

 

そう言って、瀬川の頭を優しくなでる。

同時に思わず自分が止めてしまうような卑劣な事を他人に押し付けるんじゃねぇよ、という一言をお菓子についてくるおまけのようにそっと添えた。

 

瀬川は涙目になっていたから十分反省しているのだろう。

ここまで反省出来るんだったらこれから先の未来はお前が思っているほど悲観的なものじゃないよ。

 

「さて、教師に出頭しに行くか。椅子も壊れたし」

「あ、う、うん……」

「なんだ?怒られるのが嫌なのか?」

「そりゃあそうでしょ!」

「安心しろ。俺達も謝るから。な?よっちゃん」

 

瀬川のかわいらしい目がくるくると丸みを帯びてえっ、という声を漏らした。

よっちゃんは苦笑いでしょうがないよねとは言っている。

 

夜中の学校に侵入している俺達も立派な悪い人間だ。

怒られるという機会に直面したら、進むべき道は二つに分岐されている。

 

正直に自分の非を認めて謝罪しに行く道。

逃げや言い訳でのらりくらりと避けていく道。

 

変な事を言っているかもしれないけど、俺は怒られる機会があるんだったら怒られても良いんじゃないかと思う。

 

そう思う理由は瀬川がすべてを示してくれると勝手に期待してる。

俺達は、まだ電気のついている職員室に向かった。

 

 

 

 

「うーん、やっぱり怒られたからちょっぴりへこんじゃうな……」

「俺は言いたいことを言えたから満足だ」

 

職員室でのしょーもない謝罪タイムを終えた俺たち三人は校門の前まで歩いている。

言いたいことって言うのは瀬川が受けていた嫌がらせの件の事。

 

「……佐東君はどうして、私の事、あんなに言ったの?」

「ああ?そりゃあ、夜の学校に侵入した理由を教師どもに知ってもらうためだ。理由もなしに『はいそうです』なんて納得しないだろ?勉強も、人間関係も、全部つながってるんだよ。世の中って皮肉だから」

 

例えば野球でバットのスイングをコーチに理由も言われずにこう改善しろ、なんて言われても納得しないのと一緒だ。

理由を説明されたら納得する部分もあるだろうけど、無かったら文字通り皆無だ。

 

「やっぱり佐東君って天才なんだね。話し方が具体的で、その……説明できないよ~」

「天才ねぇ……。誰がそんな言葉を生み出したんだろうな。どうせくだらない人間が考えたんだろうな」

「ははは……。それにしてもよっちゃん、だっけ?どうして落ち込んでるの?」

「あぁ、それは一年も同じクラスにいて瀬川から名前を覚えられていないというショックから来てる」

 

だろ?ってよっちゃんに問いかけたら、何か別の事を考えながらもうんと頷いていた。

これは重症だなってとどめの一撃を吐いてやった。

瀬川に関してはうわー、ごめんよ~なんて大きな声で言うもんだから思わず耳を塞いでしまった。

 

でも、瀬川って大人しいイメージだったけど……。

こんなにも、色々な表情の出せる普通の女の子なんだなって。

 

いや、もしかしたら抱え込んでいた黒色のモヤモヤがこの女の子の表情を隠していたのかもしれない。

 

 

「あら、貴博君じゃない!うちの子と何して遊んでたのー?」

 

 

一瞬、動きが止まってさっきまでほころびていた口元が一気に凍り付いた。

それはよっちゃんも同じのようでピタッと動きを止めていた。

 

この女の人の声は、昔からよく聞いていた。

いつもは優しくて俺の事も実の子のように接してくれる美人な腐れ縁のお母さんなんだが、こういう声のトーンの時はかなり面倒くさい時だ。

 

瀬川は頭にクエスチョンマークを浮かべながら俺たち二人の様子を伺っている。

 

よっちゃんと目と目でアイコンタクトを取って、お互い頷く。

 

「「すみませんでしたー!」」

 

声だけ反省して、脚を全速力で動かしてよっちゃんの母親から逃げ去る。

俺は怒られる機会があるんだったら怒られても良いんじゃないかと思う、なんて思うのは時と場合によることを心に刻みながら逃げる。

 

校舎の曲がり角をインコースで曲がるとき、後ろから違う女の子の声が聞こえた。

 

 

「よっちゃん、貴博君……!またねっ!」

 

 

 

 

 

 

「みたいな感じ」

「ふ~ん、貴博君は小学生の時から女の子をもてあそんでたんだ~」

「意味わかんねぇこと言ってんな」

 

昔話を話していただけなのに、つい感情が入ってしまって詳しく話してしまった。

俺が過去に行って当時の俺たちを第三者として見守っているかのような感覚に陥っていた。

 

モカはむすーっとした顔で俺の肩に指でちょんちょんとする。

 

「それで、その女の子はあの後大丈夫だったの?」

「ああ、麻衣はあれから変わったからな」

「うわー、下の名前で呼んじゃってる!浮気だぁ……」

「アホか」

 

麻衣というのは瀬川を指す。彼女の本名は瀬川麻衣子(せがわまいこ)で次の週の月曜日から彼女に名前で呼んで欲しいと言われたが、俺が反抗して麻衣と呼んだのが始まり。

麻衣子って呼ぶのは舌が噛みそうだったと言う理由であの時は言ったけど、本当は別の理由もある。

 

それからの麻衣は、他のクラスの子たちと絡むようになってとても明るい子になった。

本も相変わらず読むけど、家でしか読まないらしい。

 

その理由を聞いた時もちょっと驚いた覚えがある。

本はいつでも読めるけど学校のみんなはこの時間しか会えないから、だったっけ。

 

それで卒業式の日は中学がバラバラになることを麻衣が知って、涙をこぼしながら何回もバイバイじゃなくて、またねだからね!とか言ってたな。

結局、あれから会えていないのだけどいつか会えるような気がする。

 

 

「うーん、それにしてもねぇ」

「そんな麻衣に嫉妬心抱いても意味ないからやめとけ」

「それは分かってるよ~」

 

俺はさりげなく好きな女の子はモカだけだ、って伝えたつもり。

それに対してモカも分かってるらしい。

 

でもモカはうーん、とちょっとうなりながら俺たちのクラス写真を眺めていた。

 

「……なんだ?誰か見覚えのある奴がいんのか?」

 

同じ地区だし、中学や高校、または大学とかで出会っている可能性もあるから不思議な事じゃないだろう。

俺はモカの横に座って彼女と同じような視線でクラス写真に再び目を落とす。

 

モカがこの人、と言って指を指した人物に思わず眉間にしわが寄る。

そしてどうしてこのページに付箋が貼ってあるのかが何となく理解した。

 

いや、何となくなんかじゃない。

 

 

 

「この人、見たことある気がするんだよね~」

 

頭の中で不気味な鈴の音が、鳴り響いた。

 

 

 




@komugikonana

次話は1月10日(金)の22:00に公開します。
新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
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~次回予告~

11月も後半になるにつれて、そろそろ薄めのコートやアウターが必要になってきたこの頃。
寒さが俺たちにもうすぐやってくる冬という季節を教えているようなこの時期は木の葉が綺麗に色づく季節でもあったりする。

俺は一人、車に乗っている。
車と言っても自家用車ではなくレンタカーで、一人でと言っても行く先は俺の彼女の家。
決して一人で紅葉を観に行くわけでは無い。

「おはよ、モカ。家の前にいるからサッサと降りて来い」


では、次話までまったり待ってあげてください。


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聞かせて欲しい、君の気持ち①

11月も後半になるにつれて、そろそろ薄めのコートやアウターが必要になってきたこの頃。

寒さが俺たちにもうすぐやってくる冬という季節を教えているようなこの時期は木の葉が綺麗に色づく季節でもあったりする。

 

俺は一人、車に乗っている。

車と言っても自家用車ではなくレンタカーで、一人でと言っても行く先は俺の彼女の家。

決して一人で紅葉を観に行くわけでは無い。

 

仮に一人で行くのであったらわざわざ仕事を休んだりしないだろうし、二人で過ごした方が楽しい時間になることは小学生の計算ドリルを解くくらい簡単に分かることだ。

 

しっかりと安全運転を心がけながらモカの家の前に着く。

あらかじめ集合時間として伝えていた時間より10分ほど早いがモカに着いたことを知らせてやるか。

 

そう思った時に、ふと頭の中にずっとくすぶっていたあの情報が凛と響き渡った。

これから大事な時間を過ごすというのに、タイミングの悪い。

 

悪態をつきながら携帯を触る。もちろん通話をするために。

俺が電話を掛けるとすぐに彼女は電話から出た。こいつはいつも電話を出るのが早い。

だから、ちょっと長めにコール音が響く時は一抹の不安を感じることもあるが本人の前では絶対に言わないだろう。

 

「もしもし~」

「おはよ、モカ。家の前にいるからサッサと降りて来い」

「うん、貴博君が来てるのは知ってるよ~」

 

はぁ、という声が漏れるが車内の中だけに響き渡り外には聞こえていない。なんだか自分の心の中にいるかのような感覚になる。

車の窓を開けてキョロキョロと周りを見渡せば、彼女の家の二階の窓からニヤニヤしながら手を振っているモカがいた。

 

そんな姿を確認した俺は、そっと車の窓を閉める。

ビュイーン、という閉まる音と同時位に携帯を再び耳元に当てて呟く。

 

 

 

今決めた。お前を置いてくわ。

 

 

 

車は精いっぱいエンジンをふかしているが、最近の技術力はすごいらしくあまり騒音や振動が少ないから乗っていても心地が良い。

ローンを組んで中古の車でも買おうかと思ってしまうくらい車の運転が好きな俺は高速道路の左車線を一定スピードで走り抜けていた。

 

案の定、というか当たり前だが助手席にはモカがいる。

電話であの一言を言った後すぐに車の場所まで来て何事もなかったかのように助手席に座った。

彼女のじょーだんも分からないの~、とか言いつつ頬を膨らませながら。

 

「そういえば、モカって車の免許持ってんの?」

「ううん~、まだ持ってないよ」

「早めにとっとけよ。身分証明書にもなるし、就活でも必要になるだろうから」

「でも、一々教習所に行かなきゃじゃん?めんどくさいよ~」

「お前は宿題を嫌がるガキか」

「ガキじゃないよ。立派なレディーだよ~」

 

立派なレディーが面倒くさいとか言わないだろ、と思いながらジト目で前を見つめる。

たしかに都会の近くに住んでると車が無くても生活出来るから面倒くさいという理由も分かるけどな。

 

けど田舎となればその逆で車が無けりゃ生活できないところだし、むしろ車を必要としない都会の方が一握りの例外だ。

この世の中、首都圏に一極集中しすぎたよな。このままじゃオーストラリアみたいに首都圏以外砂漠になっちまうぞ。

砂漠と言っても砂まみれになるとかじゃなくて、寂れるって事。

 

「貴博君は免許合宿で免許取ったの?」

「ん?いや、教習所に通いながら。仕事と平行しながら取得した」

「それにしても、不思議だよね」

「……何が?」

「私たち、もう車を運転できる年齢になったんだって。つい最近まで~、制服着てたのにね」

 

いつの間にか大人になっちゃうんだね、というモカの言葉が違和感なく俺の耳の中に入ってきた。

 

小中学生の時だって大人になるのはまだまだだと思っていたし、高校を経て無理矢理社会人になった時でさえ20歳なんてまだまだだと思ってた。

でも気づけば俺は世間的には成人しているし、車に乗って遠出だって出来る年頃になっている。

 

「もっと、遠回りしても良かったか」

「……高速じゃなくて下道で行けばよかったって事?」

「車じゃなくて、歩きの方だな」

 

子供の頃は誰だって早く大人になりたいと願うもんだ。

しかもその理由は取るに足りないもので勉強したくないだとか、夜遅くまで好きな時間を過ごしたいだとか。

 

そして社会人になってから気づく。

もっと深く掘り下げて勉強したい事柄が出てきたり、何かに一生懸命打ち込んでみたくなったり。

 

大学生だけど、まだ学生に分類されるモカにも当てはまるはずだ。

急ぐ必要はない。ゆっくり遠回りしながら社会人になってほしい。

 

「……モカ、もうすぐ料金所だから俺の財布から金を出しといて」

「あいあいさー」

 

徐々に減速しながら料金所まで車を走らせ、おっさんに料金を渡して下道へ。

高速道路を降りる場合はほぼ必ず曲がりくねった道をゆっくりと降りていき、合流地点の近くには信号機がある。

 

俺達は赤信号に引っかかってしまった。

でもそれでいいと思う。

 

「モカはしっかりと赤信号で止まるんだぞ」

「その言い方だと、貴博君は信号無視してるみたいに聞こえるよ?」

「ああ、信号無視してたな」

「悪い子だ~」

 

俺はニヤッと口をほころばせながら信号の色が変わった事を確認してゆっくりとアクセルを踏み込む。

 

別に今までの俺の生き方に後悔はしてない。

していないけど、もしやり直せるのなら。

 

 

寄り道をしながら急がずゆっくりとしたスピードで目的地まで行きたい。

 

 

 

 

 

 

 

「やっと着いたね~」

「悪い、ちょっとだけ休憩させてくれ」

 

有名な紅葉スポットに到着して、車から降りた。

車内はエアコンにより温かい空気に囲まれていたけど、外に出てみると山のふもとという地形も合わさって肌寒く感じた。

 

鼻から吸う空気はいつも住んでいる場所に比べると断然に美味しくて、いつまでも吸っておきたい衝動に駆られる。

心なしか、肺も俺と同じくらい綺麗な空気を欲しがっているように思えた。

 

近くにあった案内所のような建物の前にある木で出来たベンチに腰掛ける。

 

「何か、飲み物とか買ってこよっか?」

「ああ、頼むわ」

「おっけ~」

 

指で丸を作りながらゆるーく建物内に入っていくモカを見ながら、ふと思った。

 

最初に会った時の第一印象はただフワフワとしているだけで、モカと言う人間の核心が掴めそうで掴めない、つまりどういうタイプの人間なのか分からなかった。

今も多少はフワフワとしてる。そしてそれが彼女らしさだという事も分かっている。

 

だけど最初の時より、はるかに彼女の表情を読み取れるようになった気がする。

読み取れるようになったのも最近の事だけど。

 

携帯をコートのポケットから取り出す。

そして携帯を見ているフリ(・・)をした。

 

何も映らない液晶画面を親指でグリグリとなぞる。

携帯の画面は俺の背後をうっすらと写すだけ。もしかすると普通は使われない使用法に携帯もあたふたしているかもしれない。

 

「おまたせ~。携帯で何を見てたの?」

「ん、ありがと。天気を見てた」

「明日の?」

「そそ」

 

モカから手渡されたあったかい缶コーヒーを受け取る。

コーヒーは無糖のもので、モカを細い目で見つめた。

 

モカはえへへ、とフワッとした表情を浮かべながらVサインをしていた。

 

どうやらモカも俺の考えていることはお見通しらしい。

それなら俺が今想っている将来像も、この子にはお見通しなのだろうか。

 

いや、モカはもちろんの事、京華さんもお見通しかもしれないと思うと思わず苦笑いが零れる。

口に広がるコーヒーの風味も、俺が作り出した笑顔にそっくりだ。

 

「さて、そろそろ綺麗な紅葉を観に行くか」

「もう良いの?もうちょっとゆっくりしてても良いのに」

「せっかくここに来たんだから座ってるより歩いた方が良い。それにジッとしてるの寒いだろうから」

「あたしは、寒くないよ」

「お前は、だろ?」

「?」

 

立ち上がって軽く尻をはたいた後、紅葉がきれいな場所に向かう。

モカは相変わらず頭にクエスチョンマークを浮かべているので発言の仕方はもうちょっと変えた方が良かったか、と自分勝手に思い始める。

 

もちろんフォローはしておかないといけないから、コートのポケットには手を突っ込まない。

 

「貴博君。……手、つなご?」

「そうだな……」

 

すぐ隣を歩くモカがおずおずと手を差し出してくる。モカの手は指先がほんのりと赤くなっているから少し冷たそうだけど、また違った温かさも兼ね備えているように見えた。

 

そんな彼女の手を見て、そして彼女のちょっと目を下に伏せながら照れている顔を見ながら、ニッコリとした笑顔とイタズラ心を交えて言う。

 

 

 

 

「面倒くさいからヤダ」

 

さっきまで色気のあったモカの顔はガーン、と言った効果音が鳴り響きそうな表情に姿を変えた。

そしてがーん、という言葉も同時に口から放り出された。

 

流石に我慢できなくて鼻で笑ってしまった。

目は口程に物を言う、なんて言うけど目以上に色々なパーツが口以上にペラペラと喋っていたから。

 

そしてこんなカップルで来てますよと言うシチュエーションの中で断るという対応も面白い。

モカはもちろんだけど、他の人間もあまり良い目で見ないかもしれないけど。

別に手を繋いであげても良いじゃん、って。

 

その時が来たらちゃんと理由(ワケ)を聞かせてやる。

本気で手を繋ぐのが嫌だってわけじゃないから。

 

「ほら、その代わり今日は紅葉を観るぞ」

「はーい」

 

モカの、案外ノリノリで元気な声が広がって様々な感情が色づいたような気がした。

 

 




@komugikonana

次話は1月14日(金)の22:00に公開します。
新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
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~次回予告~

近くを流れる緩やかな川が奏でるせせらぎは耳と肌に潤いを与えているように思える。
俺達が住んでいる地区の川よりも上流のため水も綺麗だ。

歩けばサクサクと音を立てる道を歩きながら、隣にいる彼女に目を向ける。
モカは嬉しそうな顔に、時折鼻歌を交えているから普段では味わえない特別な環境に身を投じているのだろう。

そんな俺もいつもは味気のないアスファルトのにおいばかりだったから、土の臭みがあるこの場所は自然と心の鼓動を早まらせた。

「貴博君ってこーゆー自然あふれる場所、好きだよね?」
「まぁな。どうしてか心がワクワクするんだよ」
「まだまだおこちゃまだね~」
「うるせー」

いつもならあほか、で一蹴するけど今回ばかりはどうしてか否定できないような気がした。

自然が好きで、無性にワクワクするからおこちゃまなのか。
それとも人間としてしっかりとした責任を持てていないからおこちゃまなのか。

どっちもありそうで、なさそうな曖昧な感情に鼻がむずがゆくなった。



では、次話までまったり待ってあげてください。


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聞かせて欲しい、君の気持ち②

近くを流れる緩やかな川が奏でるせせらぎは耳と肌に潤いを与えているように思える。

俺達が住んでいる地区の川よりも上流のため水も綺麗だ。

 

歩けばサクサクと音を立てる道を歩きながら、隣にいる彼女に目を向ける。

モカは嬉しそうな顔に、時折鼻歌を交えているから普段では味わえない特別な環境に身を投じているのだろう。

 

そんな俺もいつもは味気のないアスファルトのにおいばかりだったから、土の臭みがあるこの場所は自然と心の鼓動を早まらせた。

 

「貴博君ってこーゆー自然あふれる場所、好きだよね?」

「まぁな。どうしてか心がワクワクするんだよ」

「まだまだおこちゃまだね~」

「うるせー」

 

いつもならあほか、で一蹴するけど今回ばかりはどうしてか否定できないような気がした。

 

自然が好きで、無性にワクワクするからおこちゃまなのか。

それとも人間としてしっかりとした責任を持てていないからおこちゃまなのか。

 

どっちもありそうで、なさそうな曖昧な感情に鼻がむずがゆくなった。

 

「ねぇ、貴博君」

「ん?なんだ」

「春と秋って、似てるよね」

「過ごしやすいって観点では似てるかもな」

「んーん。いっぱい似てるとこがあると思うな~」

 

手を後ろに、お尻くらいの高さで組んで黄色いイチョウの花びらを観ながら彼女はポツンと言葉を落とした。

さりげない言葉だったから、そのまま落ち葉の中に落ちてしまいそうだったけど寸でのところでキャッチ出来た。

 

「ほら、春は花見で秋は紅葉!どっちも綺麗だけど、この季節が終わったら誰からも見られなくてある意味悲しい季節でもあるよね」

「……昔、同じような事を言ってた奴がいたな」

 

そいつは黄色のマーガレットがお気に入りという花好きのくせに、桜の花は好きになれないって言ってた。

そして理由もモカと大体同じだった。

 

胸の奥でキレイな花びらがサッと舞ったように感じた。

 

「それに『春』も『秋』も『ヒ』と読む漢字が入ってるし、お互いの部首の画数も同じだよね~」

「『日』と『火』か」

「その『ヒ』の漢字は、次の季節では重要になる!ほら、偶然ではなさそう~」

「どうだろうな。分かんねぇけど、お前のその解釈は好きだな」

「信じるか信じないかは貴方次第~」

 

信じるか信じないかは自分次第、か。

確かにそうかもしれない。

 

モカが俺の事を信じてくれたから今の俺がいる訳で、もしモカが信じてくれなかったら今頃俺は何をやってどのように生きているのか分からない。

そうやって差し伸べてくれた手を握って、今までを含めた自分を信じるか信じないか。

 

はいかいいえの二択かもしれない。

でもその二択の選び方次第では大きく変わる。

 

それなら俺は、信じたい。

 

「確かに色づく葉っぱも黄色や赤が大半で、火を連想させる暖色寄りだな」

「でも、やさしい火だね」

「ああ、そうだな」

 

道脇にある赤く色づいたモミジの葉っぱが俺たちを歓迎しているかのように広がっている。

近くで見ても綺麗だが、遠くに見える紅葉も絵になっていて趣深い。

 

そんなに険しくない山道を歩いてあまり時間が経っていないと思うけど、最初の時に感じた肌寒さは彼方へと飛んで消えていた。

残っているのは土のにおいと、ぽっかりと温まった心の温もり。

 

「いつか、なんだけどね」

 

モカが黄色に染まった葉っぱをジッと見ながら言葉を零した。

彼女が見ていた綺麗な扇形の葉っぱを俺も同じように眺める。その葉っぱは俺に綺麗な姿(・・・・)を観に来てくれてありがとう、と語り掛けてきたような気がした。

 

「また、この場所に来よう。次来る時は~、ちょっとでも進んでいる時に」

 

その時のモカの顔は、不思議な表情をしていたと思う。

すごく大雑把に言うならば希望に満ちた顔に少しの影が差しているような感じ。

 

俺達が永遠ではない事をモカは分かっているのかもしれない。そしてそのような気持ちが季節によって綺麗に色づいた葉っぱたちの今後の姿とシンクロしたのだろう。

 

「次に来る時は、大事な人も一緒に連れて来ような。モカ」

「大事な人って?」

「それは俺たちにとってかけがえのない存在となる人だ」

「それって……」

「そういう事」

 

モカの不安を解消させるように優しい笑顔を作って彼女の頭をゆっくり、やさしく手でなでる。

彼女が顔を赤くさせているのは俺が言った発言の意味を捉えたからだと俺は信じたい。

それとも彼女の顔が赤く見えるのは周りにある綺麗な景色が映えてそう見えさせている?

 

もしそうなのであっても、良いと思う。

答えが何であれ、彼女を何があっても守ろうと思わせたのだから。

 

綺麗な木の葉も、季節が変われば散っていく。

俺たち人間の命もいつかは同じように散っていく。

でも大切な人に捧げた愛は永遠に咲き続けてほしい。

 

 

「せっかくのデートなんだ。辛気臭ぇ時間じゃなくてかけがえのない時間を作るぞ」

「そうだよね。ごめんね、貴博君」

「謝らなくて良い。俺たちの間に遠慮なんて要らないからさ」

「じゃあ~、モカちゃんが我慢してる手を繋ぎたい衝動はどうしよう~」

「それは我慢しろ、アホ」

「むりだよ~」

 

急に明るくなったモカは俺の左腕にしがみつき、身体をこすりつけてくるから思わずため息が零れ落ちる。

好きな女の子と密着していることが嫌じゃないし、男だから嬉しいに決まってる。

それでもため息を零してしまう意図をそろそろ分かってほしい。

 

俺は面倒くさい事が嫌いなんだって事。

 

「……モカ、いきなりで悪いけど聞きたいことがある」

「なに?」

「お前の携帯見ても良いか?」

「いいけど~、勝手に画像フォルダとか見ないでよね」

「分かった」

 

モカは携帯を俺に渡してくれた。スタートボタンを押して電源を付けると幼馴染5人のライブ後の集合写真だろうか、晴れ切った無垢でかわいい画像が迎えてくれた。

モカに暗証番号を入れてもらって開く。

 

「それで、画像フォルダの中身は……」

「画像フォルダはメッって言ったでしょ~!」

「はいはい悪かった悪かった」

 

そこまで本気で止められたら画像フォルダの中身が気になってしまうが、彼女のためにそのような欲求をバラバラに砕くことに決めた。

 

それに無理に画像フォルダを開いてしまえば俺のからかいが冗談の枠を超えてしまうし、他人の嫌がることをするべきじゃないって言う常識は鼻水を垂らした子供でも分かることだ。

 

「ちなみにモカ。お前の幼馴染の中で一番着信音の大きい騒がしい奴は誰だ?」

「デート中に他の女の子の名前を出すのもメッだよ?」

「別に予想は付くから良いけど」

「当ててみて~」

「ひまりちゃんだろ」

「せいかーい。でもひーちゃんのイメージが騒がしい子みたいになっててかわいそ~」

 

実際ひまりちゃんは賑やかな子じゃないのか、という言葉はグッと飲み込んだ。

案外モカの着信音だけ大きいという美竹のデレデレも見てみたいとは思うけど、彼女は意外とそんなことはしなさそうに思う。

もし本当にそうなら俺は間違いなく腹を抱えて笑うだろう。

 

彼女の携帯から無料通話アプリではなく、電話帳に登録されているひまりちゃんのページを開く。

流石に幼馴染なだけはあって、電話帳には数少ないながらも確実の4人の名義が存在していた。

 

「これでやってみるか」

「何をやるのー?」

「まぁすぐに分かると思う」

 

ひまりちゃんの携帯電話番号を押して、迷わず着信ボタンを押す。

 

 

 

 

 

するとほぼ同時に後ろから携帯の大きな着信音が鳴り響く。

タイミングが良すぎるなぁ、なんてモカにだけ聞こえるような小さなわざとらしい声を出して音のなる方向へ振り向く。

 

早々に音が消えたが、どこから音が聞こえたのかは安易に想像できる。

必死に息を殺しているであろう子たちには申し訳ないが、そろそろ種明かしとでも行こうじゃないか。

 

モカはちょっと驚いた顔をしていたけど、その後すぐにニヤッとした笑みを浮かべていた。

そしてモカの瞳に映し出されていた俺の顔も同じような顔をしていた。

 

まだ付き合って月日は経っていないが、どうやら似ている部分があるらしい。

 

 

「大事なデートを邪魔する悪い子たちは誰かな?」

 

 

ズボンのポケットに手を突っ込んで、いたずらっぽく声を響かせる。

 

そこには幼馴染3人と、涙目で震えるひまりちゃんの姿があった。

 

 




@komugikonana

次話は1月17日(金)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
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~次回予告~
「大事なデートを邪魔する悪い子たちは誰かな?」

佐東貴博という人間を少しでも知っているような人物であれば恐らく今までも、そしてこれからも聞くことはないであろう言葉を使ったと自分でも思う。
感情の籠ってない棒読みでもなくちゃんといたずらっぽく感情も入れた。

それは、モカの幼馴染たちに悪い子なんていないは分かっているから少しでも柔らかく接してあげたかったという気持ちもあったけど。
実際はちょっと違う気持ちも交差しているんだ。

幼馴染たちの中には、巴もいたから。


~豆知識~
前話の切り抜き

携帯をコートのポケットから取り出す。
そして携帯を見ているフリ(・・)をした。

何も映らない液晶画面を親指でグリグリとなぞる。
携帯の画面は俺の背後をうっすらと写すだけ。もしかすると普通は使われない使用法に携帯もあたふたしているかもしれない。

携帯の液晶って一応、鏡にもなるよね。その時から貴博君は幼馴染たちが後をつけているのに気付いていたらしい?



では、次話までまったり待ってあげてください。


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聞かせて欲しい、君の気持ち③

「大事なデートを邪魔する悪い子たちは誰かな?」

 

佐東貴博という人間を少しでも知っているような人物であれば恐らく今までも、そしてこれからも聞くことはないであろう言葉を使ったと自分でも思う。

感情の籠ってない棒読みでもなくちゃんといたずらっぽく感情も入れた。

 

それは、モカの幼馴染たちに悪い子なんていないは分かっているから少しでも柔らかく接してあげたかったという気持ちもあったけど。

実際はちょっと違う気持ちも交差しているんだ。

 

幼馴染たちの中には、巴もいたから。

 

「なんでみんながいるの~?」

「それはだな……ほら、アタシの時だってついてきてたじゃんか!」

 

巴が珍しくわたわたとしているが、巴の話が本当ならついてきてしまっても仕方がないというか恒例化しつつあるのかもしれない。

そうなると美竹やつぐみちゃん、ひまりちゃんも犠牲になるのかと思うと同情のため息があったかく零れた。

 

それにしてもデート中に後をつけられる俺も弟も、まったく信用されてねぇんだなと後頭部辺りをガサガサと掻く。

 

「別に怒ってないから、ひまりちゃんもそんな眼で俺を見ないでくれ」

「……あんたって、やけにひまりに優しいね」

「何だ?美竹も優しく接してほしいのか?」

「べっ、別に……そんなんじゃないから!」

 

美竹は顔を背けながらボソッと言葉を零した。

だけど以前と違って言葉に温かさと彩りを感じることが出来た気がした。よそよそしい態度は変わらないけど、美竹の態度が変わるときは来ないような気もする。

逆に馴れ馴れしくされたらこっちも調子が狂いそうだ。

 

とは思いつつもつぐみちゃんも時折申し訳なさそうな顔を作って俺の方を見つめ、目が合っては少し視線を逸らして地面を見たりとしている。

 

少し参ったなと思う。

やはりもう少し後の方でカミングアウトをした方が良かったのか。こればっかりは俺の判断ミスのような雰囲気が否めない。

 

「モカさえ良ければ、だけどこいつらも一緒に行動するか」

「貴博君は、良いの?せっかくのデートだよ?」

「別に、良いよ。それに夜はモカを独り占め出来るんだろ?」

 

そういうとモカの顔はちょっとずつ赤く染まっていく。

それは周りにいた幼馴染たちも同じように染まっていくのを見て、こいつらは一体どこで時が止まっているんだって半ば呆れた顔で見渡してしまった。

 

ずっと女子高だから恋愛ごとには疎く、世間的には中学生レベルで止まっているのかもと思いながら幼馴染たちを見ていると、不思議と感じたことがあった。

 

それは中学生の頃も変わらないんだろうなって事だった。

 

もちろん仲の良さもだが、純粋さと言い容姿と言い、そのままのような気がした。

 

 

 

 

幼馴染4人を加えて、更なる景色を求めて軽いけもの道が続く山をちょっとずつ進んで行く。この感覚は夏休みにラジオ体操に参加した後に貰えるハンコのような実感が湧いていた。

 

美竹と巴、そしてひまりちゃんはモカの近くに行って色々と話しをしているらしい。

話の内容がとても漏れていて、彼氏とどこまでやったのだとか、顔はすぐに赤くなるくせにかなり濃い内容を聞くんだなと薄目になりながら聞いていた。

 

たまに聞こえてくる何か強要されているようなことはないか、という質問もうっすらと聞こえる。いや、わざと聞こえるような声で話しているのかもしれない。

 

「その、佐東……さん」

「ん、どうしてそんな緊張してるの?」

「あ、その、やっぱり邪魔しちゃったし迷惑な事しちゃったよね……私が佐東さんの立場だったら、怒ってるかもって思ったら」

 

つぐみちゃんはさっきからずっとこの調子だった。

とても優しい女の子で、人一倍責任感がある彼女は未だに罪悪感が残っているらしい。

 

別にそんな落ち込まなくてもいい。

俺達の前を歩いている同罪の幼馴染3人なんてまったく悪気がなさそうだし。

 

「つぐみちゃんは優しい女の子だな」

「そ、そんなことないですよ!」

「否定しなくても良い。俺が勝手に思ってることを言っただけだから。だからつぐみちゃんはありがとうございます、って言っておけばいいんだよ」

「あ、ありがとうございます……」

「そうそう。よくできました」

「て、照れちゃうよ……」

 

またほんのりと顔を赤くしたつぐみちゃんを見てあはは、と声を漏らした。

こうやって俺が笑う事で、そしてつぐみちゃんもその雰囲気に揉み解されて柔らかい表情が戻ってきた。

 

何事も、せっかくやるのだから、楽しくなくちゃ意味がないだろ?

 

「ところでつぐみちゃんは恋してるの?」

「えっ!?恋ですかっ!?」

「うん。つぐみちゃんも恋をしても良い時期だと思うけど」

「わっ、私は……失恋したばっかりだからしばらくは大丈夫、かな……」

「あれま、失恋か。それはごめんな」

「良いんです。勝手に失恋しちゃったから。私が好きになった時にはもう手遅れで……ご、ごめんね?そんな事聞いてないよね」

 

急にあたふたしだすつぐみちゃん。きっと彼女なりに頑張ったのだろうと思う。

そしてこの心残りを誰でも良いから聞いて欲しかったのかなって解釈した。

 

そんな悠長な解釈をしている間に、ふと前を見ると言葉で表しにくいような表情をしている3人がジッとこっちを睨みつけていた。

その3人と言うのは美竹と、ひまりちゃん。そして俺の彼女であるモカ。

 

モカがそういう嫉妬の表情を浮かべるのは百歩譲っても分かるが後の2人は訳が分からん。

これだから女が集まると面倒くせぇんだ、と冷え切ったため息を零した。

 

「貴博君はすぐに女の子を口説くからメッなんだよ?」

 

モカさん、すみませんでした。

だけどこれだけは言わせてほしい。口説いたつもりはない。ただ普通につぐみちゃんと接していただけです。

 

「これは、恋愛映画によくある第二ヒロインの台頭だよねっ!ね!?」

 

ひまりちゃん、あんたは頭もアホだったのか。

後で冷たい甘い物を口に無理矢理ねじ込んで頭を冷やさなければならない。

そして後々恋愛映画とか言うフィクションと現実の違いを教えてやる必要もあるかもしれないな。

 

「ひまりに加えてつぐまで優しく接して……あんた、狙ってんの?」

 

美竹、せめて冗談を言うなら少しは表情を変えて話してほしい。

お前が真顔で言ったらマジみたいに聞こえるだろうが。

ここで言わせてもらうけど、一切狙ってなどいない。ひまりちゃんにつぐみちゃんはとってもかわいいけど、俺にはもうすでに大切な女がいるから。

それに二股、三股出来るほど俺はモテないから安心しろと大声で言い放ってやりたい。

 

 

片道だけでこれほど疲れてしまったら帰り道はどうすればいいんだろうって頭の片隅で考えていたら、目的地に到着したらしい。

真ん中には大きくはないが迫力のある滝が存在していて、その周辺には色とりどりの葉っぱたちが出迎えてくれていた。

 

ゴウ、という滝から放たれる音は荒々しさも感じるけど同時に尊敬の念に似た感情も同時にワサワサと湧いてきた。

 

「ちょっと疲れたから休憩するわ」

 

そう言って近くのベンチに腰を下ろす。モカからはやっぱりたばこは身体に害があるんだねー、なんて言っていたがお前らのイジリの方が百倍くらい身体に毒のように感じた。

 

そしていまだに休憩中にポケットの中を探るクセは無くならない。

そのクセとなる行動をした後にいつも気づく。俺、たばこ辞めたじゃんかって。

 

 

 

なぁ、ちょっとだけ話しても良いか?

 

 

 

ふとそんな声が聞こえた。右横を見ると赤い髪をした女の子が俺の二歩半離れた場所から話しかけてきた。

赤い髪は秋の風と一緒になって踊っているように感じた。それくらい一瞬だけ、強い風が吹きつけたような気がしたんだ。

 

「ダメって言っても一方的に話すんだろ?良いよ」

 

俺もそろそろお前と話しておきたかったと思っていたし。

心の中で思っていたそんな言葉が意図せず口から飛び出した。瞬間、マジかよって思うと同時に無駄に心臓が忙しなく動いた。

 

赤い髪の女の子、巴は何やら小さな声で一言呟いてからそのままの距離でベンチに腰掛けた。

 

ベンチの両端に座る、俺たちの姿は赤の他人からしたらどう見えるのだろう。

ほとんどの人間は初対面の、お互い知らない同士が座っているのだろうって感じながら自分たちの世界に入っていくのだろう。まるで俺たちが最初からいなかったかのように。

 

 

一度だけ、座っている足元を見る。

普段では見ることができないデコボコな地面。そのくせ履きなれている靴。

 

そしてまっすぐ前を見る。

たくさんの水量が俺達より何倍も高い場所から落ちて音を立てている。一体一秒間で何リットルもの水が落ちているのだろう。聞いたってどうせ実感が湧かないから聞かなくても良い。

モカやひまりちゃん、つぐみちゃんは紅葉を楽しんでいるようで写真を撮ったりジッと眺めていたりと様々だ。

 

美竹は俺の方をチラッと見た。

彼女は何かを察したかのような目をした後、他の幼馴染たちと合流した。

 

 

恐らく巴も俺と同じ景色を見ているはず。

感じ方はそれぞれだと思うけど。

 

 

「……なんだ、巴も緊張してんのか?」

 

 

自分も緊張しているくせにって思うだろう。なぜなら俺の言葉も晩秋の冷たい風に吹かれたかのようにブルブルと震えていたのだから。

 

さっきまで無口だった巴はお前から話すんじゃないのか、と案外落ち着いた声が帰ってきた時は嫌な音が心臓に響いた。

と同時に弟はこの先何があっても下を向かずにこれからの未来を歩いて行けるんだろうなって言う安心感も生まれた。

 

……その弟の件についても、少し探ってみるか。

 

強気な自分と弱気な自分がグニャン、と合わさって良く分からない心情が生まれる。

でもこれで良い気がする。

良く言えば程よい緊張感を身にまとう事が出来ているから。

 

逆に悪く言えば、変な緊張感によって機転が利かないって言っているようなものだけどな。

 

 

 

 

「アタシは今も、お前の事は好きにはなれない」

 

巴の口が、開かれた。

 

 




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~次回予告~

「アタシは今も、お前の事は好きにはなれない」

その言葉を、ゆっくりと噛み砕いてかみ砕いて、喉の奥に流し込んだ。
モカと付き合ってから何があっても前向きに生きていこうって決心した俺は恐らくこんな彼女の言葉を聞いても口元をニヘラっとさせて知ってた、なんて陽気な雰囲気で言っているんだろうな。

でも今日は、そんな気分にもなれない。

俺が巴にこの先良い人間だって思われる事が絶対に無いのは知っているのに。
自分の過去の行動によってできた関係性なのに心が痛くなるのはなんでなのだろうか。

そして再び、思ってはいけない感情が染み渡ってくるんだ。


勝手に幸せになろうとしてるけど、本当に良いの?


では、次話までまったり待ってあげてください。


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聞かせて欲しい、君の気持ち④

「アタシは今も、お前の事は好きにはなれない」

 

その言葉を、ゆっくりと噛み砕いてかみ砕いて、喉の奥に流し込んだ。

モカと付き合ってから何があっても前向きに生きていこうって決心した俺は恐らくこんな彼女の言葉を聞いても口元をニヘラっとさせて知ってた、なんて陽気な雰囲気で言っているんだろうな。

 

でも今日は、そんな気分にもなれない。

 

俺が巴にこの先良い人間だって思われる事が絶対に無いのは知っているのに。

自分の過去の行動によってできた関係性なのに心が痛くなるのはなんでなのだろうか。

 

そして再び、思ってはいけない感情が染み渡ってくるんだ。

 

 

 

俺って、犯罪者なんだろ?

理由があったとしても、巴を追い込んだんだろう?

 

 

 

勝手に幸せになろうとしてるけど、本当に良いの?

 

 

 

 

頭の中で飛び交っている、まるで真夏の夜に群がる蚊のようにウロチョロとするそんな感情を殺虫剤をぶちまけるように消していく。

まだ耳に残る嫌な音が残っているが、聞こえないように振舞う事を決めた。

 

「ちょっと待て、なんでお前が顔色悪くなってるんだ?」

「……気のせいだろ」

「普通、逆だろ」

「知るか、そんな事」

「あ、認めたな?」

「揚げ足取ってんじゃねぇよ、バーカ」

 

お互い、恐らく顔も見合わせていないのに酷い口調が出てしまっているのはきっとこの場に存在する気まずさがそうさせているのだと思う。

巴もこっちをじっとは見ていないのに俺の顔色が分かったらしい事から、自分はひどい顔をしているのだろうと推測をする。

 

確かに、頬は氷のように冷たかった。

 

「アタシはお前の事が嫌いだけど、お礼を言いたいこともあるんだ」

「お礼?」

 

気になる言葉につられてベンチの右端に座る巴を見つめる。

彼女は前をまっすぐと見つめながら淡々とした口調で話し出す。

 

「あの後、正博は前を向いたよ。気弱さも以前より少なくなって、安心できる」

「それをそっくりそのまま弟に言ってやれ。きっと照れるから」

「お前のおかげでもあるよ。自分を犠牲にして正博を救ったんだろ?お前ら兄弟はすぐ他人を第一に考えて自分を犠牲にする、悪い癖だぞ?」

「悪かったな。双子だから悪い癖はそっくり似るもんだ」

 

自分の行動心理を巴にはバレていたらしい。だけどそんな事でお礼を言われてもとは思う。

そう思いながら左足を右足の上に乗せて足を組みながら、腕を組んで思いっきりベンチの背もたれまでもたれた。

 

俺達兄弟の悪い癖、か。

生活と言い家庭環境と言い、そうなっちまうのは仕方ねぇよな?

 

「それに関しては、ありがとう」

「どういたしまして」

「でも、お前の事は嫌いだ」

「過去の事を根に持ってネチネチする女は嫌われるぞ?」

「だ、だからってお前のしたことも変わらないからな!?」

「正論だな」

 

冷たい空気によってより青さが増している秋空に、一匙の彩りが追加されたかのように木の葉が一枚舞った。

文字は過去形にするのは簡単だ。そして紙に書きさえすれば消すことも安易だ。

 

そうやって一度でも過去を取り消せたら良いのに。

もし一度だけ過去を取り消せるなら、間違いなく俺は。

 

 

巴と正博を傷つけたあの日を、消すだろう。

 

 

 

「それで?アタシと話したいことってなんだ?貴博」

 

今度は攻守交替の時間で俺が巴に話したいことを言って良いみたいだ。

正直話したいことはいっぱいあって、あの時は悪かったとか今まで言えていなかったごめんなさいとか弟の事とか。

 

でも一度に聞きすぎるのもダメだろうから俺はあの話題をすることにする。

 

背もたれの奥深くまで腰かけていた身体をゆっくりと起こして、ベンチから立ち上がる。

そして巴の方を見つめた。

巴と目が合って、今日初めて彼女と目と目が合った。

 

「……弟のこと、よろしく頼むよ」

「あ、ああ。もちろんだ」

「それと、最後に一つだけ、聞かせてくれるか?」

「なんだ?」

 

この最後の質問に対する巴の答えに、安心したい。

そう思うのはダメな親族なのだろうか。

 

「巴は、正博の事、良く分かるか?」

「当たり前だろ。アタシは正博の彼女なんだからさ」

「頼もしいな。じゃあ、敢えて言わせてもらう」

 

 

 

 

 

弟が、正博が、本当に万引きをするような人間に思えるか?

 

 

 

 

 

抑揚のない淡々とした声で、告げた。

弟を知っている人間なら一度は疑問に思っていた事が、すべて「は?」という訳の分からない二文字に一瞬で帰化するだろう。

 

そしてそれに当てはまる人物、巴に聞いてみた。

巴は俺の弟の彼女だ。巴は良くも悪くもサバサバした性格だから、きっと弟が犯してしまった「過去」を無かったことにしていそうな気がする。

そういう気の持ちようも一つの手段だし、悪くない選択だ。

 

「それってどういう事だよ!?」

 

思わず大きな声を出して立ち上がった彼女は勢いよく俺の近くまで寄ってきた。

彼女の目を見ると、無理もないが軽いパニック状態なのだろうか、目が小さく小刻みに揺れていた。

 

少し遠くにいたモカたちも何かを思案しているような様子でこっちを見ているから、それくらい大きな、そして瞬時の出来事だった。

 

「そもそもさ、おかしいと思わねぇのか?弱気なあいつが万引きをするなんて。しかも都合の良い様に捕まって、実の兄の名前を騙る……。正直、出来すぎた話だろ?」

 

まるで、誰かがシナリオを描いてそのままを演じるドラマみたいじゃないか。

根本的な事は何も間違っていない。すなわち弟が万引きを実行したのは確かだし、本人も犯した罪の償いのために一生懸命生きているなんて言ってやがる。

 

だけど弟は、一度も、自分の意志でやったとは言ってない。

 

「貴博、お前……」

「ここでこの話はお終いだ。お前と正博は今、幸せなんだろ?」

「でも……!」

「だから巴は、出来るだけ弟のそばにいて、弟がすべて抱え込んでいる罪を一緒に背負ってやってくれ。後始末は俺がやってやるから」

 

正博は、背負わなくても良い罪までもすべて「自分の責任」として償おうとしてる。

それはとてもじゃないけど、キツイとか簡単な言葉で現わせられることじゃないだろう。

 

誰とは言わないが悪者扱いだってされたんじゃないか?

 

だから巴には本当に感謝してる。

自暴自棄にも似た正博の元に現れたんだから。そして良い関係になってくれたから。

 

そこまで言ったら、俺が巴や正博に嫌われても良いと思えるくらいの行動をとった理由が分かるだろう。

 

「貴博。最後に聞かせてくれ」

「めんどくせぇから手短にな。一応デートなんだ。暗い話はしたくない」

「そうだよな。でも聞かせてくれ……真相は、掴んでるのか?」

「確証はないけど、掴んでる。そしてそれはほぼ間違いないと睨んでる」

「まさかだけど、そいつに復讐して自分も死のうとか」

「考えてねぇよ、アホ」

 

自分が死ぬことに未練はないけれど、生憎自分から命を絶つほど捻くれてない。

未練があるとすれば、モカとのあの約束(・・・・)を守れないことぐらいかな。

 

 

それにこんな不吉な事を考えていていつか我が身に降りかかったらどうするんだって事。

俺もお前らも、嫌な雰囲気がどこからか溢れてくる気がするだろうから。

 

巴はまだ俺の方を疑問の籠ったような瞳で見ていた。いや、どちらかと言えば取り返しのつかない事にならないように心配するような瞳に近いかもしれない。

双子だから、嫌な事が被って見えるのかな。

 

だからその不安を何とかして拭い去ってあげなきゃって。

 

「それに、学校でも嫌いな奴ほど接点が増えるような気がすんだろ?だから安心しろって」

 

巴の、彼女の方を振り向かずに幼馴染たちがいる方向に歩き始める。

後ろから彼女がついてきているような雰囲気は、感じなかった。

 

 

 

 

 

「なんかごめんな、あんまり二人で紅葉見れなくて」

「だいじょ~ぶ。またいつでも来れるもんね」

「ああ、そうだな」

 

ちょっと前まではこの時間まで太陽が昇っていたのに今となってはすぐに沈んでしまってより一層の寒さと暗さが辺りを取り囲んでくる。

 

モカの幼馴染4人は電車に乗って帰ったらしい。らしいというのは美竹たちがそう言っていただけだし駅まで送っていないから確証がないからだ。

 

残った俺とモカは予約していた宿について、今は二人でゆっくりと晩御飯を頂いている。

一人分にしては多いような盛り付けも、普段食べない物珍しい食べ物や美味しい食べ物でペロッと食べ終えてしまう。

鍋の下に敷かれている液体燃料はまだゆっくりと炎を宿している。

 

「貴博君は、ともちんと何を話してたの?」

「ん?ああ、弟の事をよろしくって事を言った」

「ふーん?」

 

何だか変な空気感だったけどね、と箸でちょこんと掴んだ小さなお肉を口に含んでモグモグと彼女は食べながら相槌をした。

モカはパンを食べる時は勢いよくパクパクと口に運んでいくのに、こういうご飯系の食べ物だと上品に食べる。

 

普段もこんな上品に食べているのだろうか。

もしそうなら、こまめな性格なんだなって思う。

 

「モカ、聞きたいことがあるんだけどさ」

「なにー?」

「次のモカたちのライブのチケット、取ってほしいんだけど」

「もっちろん!というかー、言われなくても取っちゃいま~す」

「ありがとう。今度はゆっくり見たいからな」

 

12月にあるらしい彼女たちのライブ。確か年末の大イベントらしくたくさんのガールズバンドを呼んで演奏をするらしい。

そのたくさんあるバンドの中でも上位の人気を誇るのがモカたちのバンドらしい。

 

その情報を饒舌に語る弟を見ながら少し嬉しくなったのを今でも覚えている。

 

「そのまま年が明けたら、初詣、行こうね?」

「初詣か……。行くか」

「あれ?貴博君はあんまり初詣、行った事ない?」

「まぁな。神とか信じてないし、ただの紙切れで一年や受験生の合否が決まってたまるかって思うからな」

「じゃあ、おみくじで二人が大吉出るまで引き続けよ~」

「それ、おみくじの意味ねぇだろ」

 

それもそれで面白そうだけど。

ふたりで大吉が出るまで引いて、大吉のまま一年をすごしてその一年が素敵な物だったら。

きっと俺は毎年初詣に行きそうな気がする。

 

ちょっとずつ先に楽しみが出来る。そうなれば一日一日を頑張ろうって思える。

そのふとした瞬間に大事ないる人の幸せは、人間が得る最大の幸福感なのかもしれない。

 

 

二人一緒にごちそうさまをして、部屋に帰る時間。

もちろん俺たちは正式に付き合っているから別々の部屋にする理由もない。だから同じ部屋に戻る。

よって部屋に戻るルートは一定なんだ。

 

だけど、まぁ、朝も言ったけどさ。

 

「モカ、ちょっと夜道を散歩するか」

 

 

遠回りしないか。

 

 




@komugikonana

次話は1月24日(金)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
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~次回予告~

「貴博君は、どっちが好き?」

少し前かがみになり、俺の顔を覗き込みながら聞いてくる彼女。
心地よく夜風がサラッと前髪を撫でで来るのがこそばゆくて左手で前髪をあげながら彼女の質問を頭の中で考える。

瞬時に色々な言葉と伝えたいものがポップコーンのようにパチパチと弾けるから、まずは落ち着いて整理をしないといけないのが少し面倒くさい。

~豆知識~
・今日のお話での一文。
”誰とは言わないが悪者扱いだってされたんじゃないか?”

この言葉、貴方にも刺さるのかな?
実は他にも気づいて欲しいギミックもあるけど、それはまぁ良いか。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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聞かせて欲しい、君の気持ち⑤

お腹が満腹になった後に部屋に戻ったら寝ころんでしまって、つい眠ってしまう。

たまに泊りがけで遠出すると、一気にやってくる疲れは誰もが経験したことがあると思う。

 

俺もそうなる予感がした。

だからモカを誘って外を二人で歩くことにした。理由なんて簡単なものでせっかくの機会だから彼女と少しでも良い時間を作りたいと思っているから。

 

いや、ちょっと違うかもしれない。

少しでもモカの笑顔を見たいから、だ。

 

「和風、って感じですな~」

「モカは和風と洋風、どっちが好きだ?」

「うーんとね……洋風!」

「へぇ、どうしてだ?」

「パンが食べられるから~」

 

モカらしい答えに思わず顔をほころばせてしまいながら、あまり遠くに行かないように、だけど二人っきりでいられるような空間を探しながらぶらぶらと歩く。

 

昔ながらの日本らしいたたずまいと、それに似合わないはずの人工的な明かりは控えめに照らしているからより一層、趣を感じる。

これも日本人が昔から大事にしている侘びの精神なのか、と考えるとまた違った見え方になった気がした。

 

不完全だからこそ感じ取れる美しさ。

今の俺はどうなんだろうな。

 

「貴博君は、どっちが好き?」

 

少し前かがみになり、俺の顔を覗き込みながら聞いてくる彼女。

心地よく夜風がサラッと前髪を撫でで来るのがこそばゆくて左手で前髪をあげながら彼女の質問を頭の中で考える。

 

瞬時に色々な言葉と伝えたいものがポップコーンのようにパチパチと弾けるから、まずは落ち着いて整理をしないといけないのが少し面倒くさい。

 

「俺も、洋風の方が好きだな。現代っ子だから」

 

昔ながらの日本人が聞くとあきれるかもしれないけど、和風って色々と不便だと思っている。実用性よりも外見や見た目の見え方を意識するような感じだから。

それなら低効率で使い勝手のいい洋式の方が好きだ。

 

それはトイレにしても、椅子にしても、床にしても。

 

そのことをゆっくりと口に出して伝えた。

モカは深いね~、と言っていたがお前の考えが浅すぎるんだよって毒づいてやった。

 

「ちなみに、どうして俺がこんな質問をしたか分かる?」

「モカちゃんの好みを知るため、でしょ~?」

「正解」

「えへへ、いえーい」

 

大雑把な意味では正解、というのが正しいが正解は正解だし良いだろう。

モカが洋式が好きだという事をこれから3年間くらい覚えておくないといけないなぁ、と思いながらしっかりと頭のメモに書きなぐった。

 

いや、3年より短くなるかもしれないし長くなるかもしれない。

それならメモに残すんじゃなくって記憶におみくじのように結び付けて置こう。

 

暇な時は探しておこうか、洋風の結婚式場を。

 

「正解したお礼に~、ご褒美、おねだりしても良い?」

「金とか名誉とか子供とか言うなよ?」

「今日、どうして手を繋いでくれなかったのかなって」

 

ああ、そういう事かと深く深呼吸をした。たしかにモカには説明しておいても良かったかもしれない。

そう思えてしまうほど、ちょっとモカの顔がどんよりとしているように見えたから。瞬きをした次の瞬間には何気ない笑顔に変わっているのだけど。

 

「蘭たちが、見てたから?」

「そういう事。お前の幼馴染たちにアピールしとかなきゃ、だろ?」

「どういう事?」

「公然の場でイチャイチャするカップルほど、すぐ熱が冷めるってもんだ」

 

自然体でいられて、たまには冗談を言ったりする。だけど二人の時間の時にはポカっとして幸せな日常を送れること。

 

家に帰って一緒に借りてきた映画を見たり。

アパレルショップの試着で本音で似合ってないと言えたり。

同じ布団で寄り添って寝たり。

 

そんな些細な出来事が、一番心地いいんだって事。

別に仲がいいってアピールをする必要なんてないよな。

 

「俺がモカの事が好きだってことに変わりはないから」

「……うん。ありがと、貴博君」

 

モカのフワッとした声に甘い隠し味が加わったような声を出した。口の中に入れてしまえば溶けてしまうような、そんな感じがした。

 

そして実感した。モカはきっと俺に恋しているし、俺もモカに恋をしている。

ちゃんと彼女に好きと言えることが簡単な事のように思えて案外むず痒くて言えないときが多い。

これからも定期的に二人の時間を作って、その感情を伝えたい。

 

「そろそろ旅館に戻ろうか。風呂も入りたいし」

「良いよ~。……一緒にお風呂、入る?」

「やだ。湯舟が狭くなるし」

「ヨヨヨ~……理由がかなし~」

 

予約している宿に混浴があれば話は別だが、そんな都合のいいものが今回は存在していない。仮にあったとしても知らない男にモカの姿を見られるのが腹が立つ。

 

だから一緒に入るとなると部屋に設置されている湯舟だが、一人で入るだけでも狭いのに二人も同時に入れるわけがない。

もし一緒に風呂に入ったら流れでやってしまいそうな予感がするから嫌だ。やるのは問題ないけど、雰囲気は大事にしたい。

 

「この旅館は温泉も有名らしいし、ゆっくり疲れを癒したらいいじゃないか」

「はーい」

 

旅館に戻り、着替えだけとりに部屋に戻ってそのまま各自で温泉に向かう。部屋の鍵は受付に一時的に預かってもらう事にしたけど恐らく先に俺の方が風呂を上がると予想している。

 

着ていた服を脱いでロッカーに押し込み、タオルを片手に浴場に向かう。

入る前に頭と身体を入念に洗ってからお湯につかる。

 

足をゆっくりと延ばしながら温泉独特のにおいを吸い込む。そうすれば自然と目を閉じるくらいの気持ちよさが身体を優しく包み込んでくれる。

 

こうして目を瞑りながら一人になった余韻も一緒につかる。

正直、一人になって考えておきたいこともあった。

 

 

そしてフラッシュバックする、アルバムであいつを指さすモカの姿。

 

 

「どうすっかなぁ、これは」

 

一つだけ、案は思いついているけどそれにはどうしても犯したくないリスクが伴う。それだけが引っかかる。

 

モカが言った、見たことある気がするんだよねという言葉が不安にさせる。

モカは中学校から大学までずっと女子高に通っている。小学校は知らないけど俺とは違う小学校だったからその線はない。

 

そうすると接点が生まれるとしたらライブしかない。

もしかしたらやまぶきベーカリーでばったり、の可能性もないわけではないけどそれなら常連のモカはあった場所をすぐに言えるはずだ。

 

もしモカに危害が及んだら。そのリスクはどうしても排除したいのに、ライブ会場であいつが現れるなら1%でも、そのリスクがまとわりつく。

 

その分リターンも大きいから、少し前の俺なら間違いなく実行してる。でも今は……。

 

「……辞めた。今考えるのは」

 

湯の温度は42度らしく、いつまでも入っていたい気持ちよさだけどのぼせてしまうかもしれないから上がることにした。

服を着てドライヤーをかけながらふと時計を見ると30分ぐらいお風呂に入っていたらしい。

 

お風呂の後は冷たい飲み物が欲しくなる。自販機にはビン詰めされている牛乳やコーヒー牛乳が売られている。さらに横の自販機にはビールも売られている。

流石にビールはまずいか、と考えた挙句コーヒー牛乳を購入してその場で飲み干した。

 

ホカホカとした身体のまま受付に預けていた鍵を受け取りに行く。やはり俺の方が早かったらしいから先に部屋に戻る。部屋の鍵を受け取った旨をモカに携帯で知らせておいた。

 

部屋について施錠をしないまま居間に座る。和風の旅館だからソファとかベッドがあるわけではない。座布団や敷布団がすでに綺麗に敷かれている。

窓際にはしっかりと二つ、椅子が設置してあるので歯を磨き終えてから、外の景色を見ていた。

 

「おまたせ~」

 

ぼんやりとしか見てなかったけど、そんなに時間は経っていないと思うぐらいのタイミングでモカも戻ってきた。

お風呂上りらしい表情の彼女は何回も見たことがあるけど、今のモカはなぜか特別色っぽく見えた。恐らく旅館が用意してある浴衣を着用しているからだろう。

 

「似合ってる?」

「ああ、似合ってる。かわいいじゃん」

 

白を地色に藍色で幾何学的な刺繍がしてある浴衣に、同じく藍色の羽織りを身に着けているモカは発した言葉に偽りがなく似合っていた。

いつものフワフワとした雰囲気がより一層かわいさを引き出しているように感じた。

 

「貴博君は、浴衣着ないの?」

「めんどくせぇもん」

「ぶーぶー、雰囲気が台無しだよ~」

 

俺が来ているのは浴衣ではなく、家でも良く使っているジャージ。いつも身に着けてるものが結局一番しっくりくることを分かっているから迷いもしなかった。

モカの頬っぺたはこれでもかというほど膨らんでいるからどうやらご立腹らしい。

 

「しょーがないなー、貴博君。こっちきて」

「はいはい」

 

小さく手招きしているモカの場所に向かう、といっても歩幅で言うと5、6歩くらいの近さ。

浴衣に着替えさせられるのかな、と思いながら何も考えずにお風呂上がりで良いにおいがする彼女の元に行く。

 

良いにおいが、ものすごく近くなった。

なぜなら鼻のすぐ下あたりからするのだから。

 

そしてどうしてこんなにも近いのかと言うと、モカは俺の胸にすっぽりと入っているから。

彼女の手はしっかりと背中に回されている。

 

俺もゆっくりと、そして大事なものを優しく包み込むようにモカの背中に手を回した。

何も言ってないのにお互いの目と目が合う。

 

 

 

 

そのまま、モカとゆっくりキスをした。

初めて合わさるお互いの唇は、最初は震えていたけど徐々に落ち着きを取り戻していた。

 

「ほら、やっぱり雰囲気が台無しだよ?」

「……そうだな」

「コーヒー牛乳、飲んだ?」

「そんな味がした?」

「うん。はじめてのちゅーがコーヒー牛乳の味って、やだな~」

「歯は磨いたんだけどな」

 

コーヒー牛乳とはいえ、風味はいつまでも口に残るらしい。

それにモカは初めてのキスと言った。俺とも初めてだけど、キス自体も初めてなのかもしれないって今思った。

 

「もし貴博君がコーヒー牛乳じゃなくって、牛乳を飲んでたら~、えっちだね」

「牛乳にしとけば良かったな」

「貴博君は女の子とキス、したことある?」

「ある。だけどそこから先は無いから、モカと同じ初めてだな」

「……ばか」

 

どちらからともなく、またキスをした。

そのキスは徐々に、お互いが求めあっているような情熱的なものに変わっていく。

 

そのままモカと、深い夜を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




@komugikonana

次話は2月4日(火)の22:00に公開します。
来週1週間は投稿はお休みします。ご理解のほど、よろしくお願いします。

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~次回予告~

仕事終わりに特に意味もなく街を歩いている俺は、知らない間に冬が深まってきていてもうすぐ新しい年を迎えるらしい事実を感じていた。

つい最近だと思っていたモカとの紅葉デートがもうすぐ1ヵ月前になるという事実に真冬の湖に飛び込んだ人間のような唖然とした青白い表情を作ってしまう。


ロングコートのポケットに手を突っ込みながら歩いているとサンタの格好をした女性がいて、何かのチラシを街行く人たちに配っていた。
見た時にかわいいなとか頑張ってるなとか寒そうだな、だとかそんな感情よりも真っ先に違う感想が飛び出した。

「そこのお兄さん!クリスマスケーキはいかがですか?」


では、次話までまったり待ってあげてください。


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ライブとけじめ①

仕事終わりに特に意味もなく街を歩いている俺は、知らない間に冬が深まってきていてもうすぐ新しい年を迎えるらしい事実を感じていた。

 

つい最近だと思っていたモカとの紅葉デートがもうすぐ1ヵ月前になるという事実に真冬の湖に飛び込んだ人間のような唖然とした青白い表情を作ってしまう。

 

 

ロングコートのポケットに手を突っ込みながら歩いているとサンタの格好をした女性がいて、何かのチラシを街行く人たちに配っていた。

見た時にかわいいなとか頑張ってるなとか寒そうだな、だとかそんな感情よりも真っ先に違う感想が飛び出した。

 

「そこのお兄さん!クリスマスケーキはいかがですか?」

 

サンタのお姉さんがはにかみながらチラシを目の前まで持ってきた。

お姉さんから受け取ったチラシを見ながら、やはり同じ感想を胸に抱き、心の中で響き渡りながらも共鳴する。

 

 

1年前は、目の前で貰ったチラシを丸めてゴミ箱に捨ててたんだよな。

しかも配ってくれた人間の目の前で。

 

 

そしてそんな事をした数日後に、モカと出会ったんだ。

 

「お姉さん的におすすめのケーキってどれ?」

「そうですねー。やっぱりこれが人気ですよ!」

 

受け取ったチラシに掲載されている中で大きく占めているショートケーキをお姉さんは指さしていた。

デザインの会社に勤めているから、結構チラシの事に関しても仕事に来るからぱっと見でこのチラシにどんな思惑が隠されているかとかは分かる。

 

分かるけど、わざと引っかかってあげることも大事だって思う。

 

「じゃあ、そのおすすめのケーキの4号、買うわ」

「ありがとうございます!こちらの店内でお買い求めください!」

 

お姉さんが示した店の中に入って、予定にもなかったクリスマスケーキを買う。

クリスマスは気持ち的にはまだ先だけど、細かい事は気にしない方の人間だからさりげなく彼女の家にクリスマスプレゼントだと宣言して渡そう。

 

 

ケーキを片手に、光り輝く商店街を歩く。

大小さまざまな大きさのクリスマスツリーはたしかに存在感を放っているし、上を見ればたくさんの光が行く人たちの心に高揚感を沸き上がらせる。

 

そのまま商店街を抜けて、辺りは街灯がうっすら照らすだけのもの寂しい道路を一人でスタスタと足を動かす。

時間を確認することでもうすぐ20時になるらしい事を知った俺は、チラッとだけ寄っておきたい場所があるので立ち寄ることにした。

 

そこには、案外すぐ到着することが出来る。

 

 

神社。

 

 

その場所が俺の行きたかったところ。

住宅街の片隅にちょこんとした敷地の中に設けられている神社の名前は知らないし、もしかしたら近くに住んでいる人間でも存在に気付いていない奴もいるかもしれない。

 

「夜にこんなとこにいて誰かに不審者がいるって通報されたら困るけど」

 

そんな冗談を一人で呟きながら神社の敷地内に入る。

ひっそりとして影の薄く、いまにも消えてしまいそうなこの神社に何故か親近感が湧くのは運命だけが知っているような気がする。

 

1年に数回ぐらいしか入れられないであろう、古びた賽銭箱に500円玉を入れてパンパンと手を鳴らしてお願いする。

そして願い事もシンプルだ。俺は回りくどい言い方は大っ嫌いだから。

 

 

青葉モカを、守ってください。

 

 

願いを念じてお願いは終了する。

最後に心の奥底で別に深い意味は無いから勘違いすんなよ、って目に見えない神様とやらに付け加えた。

 

再びケーキを手に持って神社を後にしようと振り返ると、そこには男が突っ立っていて心臓に悪い響きを与えた。

 

「あ、びっくりさせちゃったね。自分はこの神社の管理者みたいな者でして」

「懐中電灯くらい手に持って来たらどうだよ」

 

自分も懐中電灯を持たずにクリスマスケーキを片手に持っているから人には言えないけど、と呟いてからおっさんを見る。

この神社にも管理人が……いてもおかしくはないけどやけにぼんやりとしてやがる。

 

神社も、管理人に似るのかもしれないなって鼻で笑う。

 

「君を入れて、今年は自分が知っている限り17人目の参拝客だよ」

「もうすぐ今年が終わるぞ?」

「ですから、君が最後のお客さんかもしれないね」

 

 

そのままおっさんを素通りしてモカの家に向かう事にした。

以前から、モヤモヤッとした渦が身体の中に立ち込めていてむず痒くなっているように感じたから神頼みしたのに。

 

「俺を入れて17人目の客、ねぇ」

 

より一層不安を煽るんじゃねぇよって毒づいたため息は、目に見えるように上に上がっていってどこかに消えていった。

 

 

 

 

 

「あら、佐東君いらっしゃい」

「お邪魔します」

「案外久しぶりなんじゃない?」

「仕事でほぼ毎日会ってるでしょう」

 

そうだった?と言いながら手を口に当ててクスクスと笑う京華さんの発言がちょっと引っかかる。

久しぶりと言ったのは俺に向けてではないって事だったらしっくりくるからそういうのは辞めてもらいたい。

 

「佐東君は珈琲と紅茶、どっちがいい?」

「そうですね、今日は紅茶で」

「あ、それとも私の方が欲しい?」

「その年で言うのはキツイので辞めといたほうがいいですよ」

 

うちの娘にはデレデレのくせに、と聞こえるように毒を吐いてからキッチンに向かっていく京華さんは、やっぱりモカの母親なんだなと思わせる。

京華さんは実年齢よりもかなり若く見えてその上美しいのは否定できないという要素が逆に癇に障るというか、憎めない。

 

京華さんと同じくらい上品なテーカップにおっとりとした色の紅茶が運ばれてきた。

いただきます、と声を上げてからゆっくりと口の中に少しだけ紅茶を飲む。

 

「ちなみに佐東君が持ってきたケーキは何?クリスマスかな?」

「少し早いですけど、クリスマスケーキです」

「ありがとう、三等分で良いかな?」

 

さっき座ったばかりなのにまた立ち上がってキッチンに向かう京華さんの足取りは少し軽やかに見えるのは、俺が久しぶりにこの家にやってきたからだろうか。

自然と運ばれてきた紅茶に少しの砂糖を加えた。

 

「京華さんの旦那さんは、まだ帰ってこないのですか?」

「らしいよ。年末ギリギリになるって言ってた」

「メールでやりとりしているんです?」

「ううん、電話よ。貴方たちと同じで結局、旦那の事好きだからなのかも」

 

たまに声を聞かないと元気でないの、と言いながらケーキを綺麗に分けている京華さんはいくら年をとってもやはり女性なんだ。

そういえばモカも電話を掛けてくることが多いっけ。

 

紅茶を口に入れて喉に入れると、胸焼けするような鬱陶しさではない、華やかな甘みが口の中でフワッと広がった。

後味もとてもすっきりしていていくらでも飲めてしまいそうだ。

 

モカの家はいつも目に見えないし肌に感じない。だけどどこか温かく感じる、この口で現わすことが難しい雰囲気が好きだ。

小学生の時に友達の家に上がった時のような、そんなポカポカな雰囲気が青葉家の良いところだって勝手に解釈している。

 

「せっかく来たんだし、今日くらいはモカとゆっくりしなさい」

「……京華さん、何食べてるんですか。ボリボリ言わせて」

「ん?サンタさん」

 

そういえば見せてもらったチラシの写真にも砂糖菓子のサンタが乗っていたような気がする。

京華さんの言葉で分かるのは、今日もモカの帰りが遅くなるらしい事だ。

後1週間後に迫った年末ライブに向けて彼女たちのバンドは最後の仕上げに向かってみんなで邁進しているらしい。

 

なので最近はモカとは電話でしか話していない。

 

最初は何も気にならなかったけど、段々時が過ぎていくごとにモカの顔を見たいという衝動や彼女の髪のにおいが嗅げない寂しさが増えていった。

だから今日も早めのクリスマスケーキを買って彼女の家にお邪魔している訳だ。

 

「ケーキはうちの娘と一緒に食べる?」

「そうします」

「じゃあ、おつまみでも食べなさい」

 

にこやかな表情で京華さんは小さめの皿を片手に、俺と向かい合う形で座る。

そして小皿に乗せられている物を見て思わず二度見してしまった。

 

「京華さんって、もしかしてヤバい人だったりします?」

「あら?失礼ね。前科持ちって知りながら雇った人間がまともに見える?」

 

小皿に乗せられていたのはケーキに乗せられていたサンタだったもの。

なにせ首より下がなくなっていて小皿を少しでも揺らすとコロコロと転がる。恐らく京華さんの刃物によって切断されたのだろう。

 

そんなかわいそうな目に合っているにも関わらず、サンタは子供にプレゼントを無事届けたようなニッコリとした顔を浮かべている。

 

「それより、最近なにか思いつめたような顔をしているけど何かあった?」

「隠しても仕方無いですよね。ちょっと胸騒ぎがして」

「だったらあまり危ないことはしないで、笑顔でいなさい。貴方なら私が言ってることの真意、分かるよね?」

「分かります。一番良いのはこの胸騒ぎが単なる杞憂に終わること、ですよ」

 

砂糖菓子のサンタを見ながら、声のトーンを落として淡々と話した。

笑顔でいなさい、という言葉を伝えるためにこのサンタは首を残されたのだろう。やはりいつまでたっても彼の顔はニッコリとしたままなのだから。

 

俺は迷った挙句、サンタを食べることにした。

硬い砂糖菓子を奥歯でしっかりと噛み砕きジョリジョリと音を立てながら咀嚼するが、時たま砂糖菓子のかけらが歯の溝にはまってしまい気持ち悪く感じる。

 

やっぱり、違和感は残るらしい。

 

「あの、京華さん」

「ん?何?」

 

 

俺が口から言葉を発したと同時に、家の玄関が開く音がした。

そしてフワフワとしたただいま、という声が響いて。

 

俺の声は綺麗に消えていった。

 

でも、京華さんにはしっかり聞こえたらしい事が彼女の顔の表情を見ただけですぐに分かった。

 

 

「こういうのは、貴方がするべきよ。佐東君」

 

 

 




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次話は2月7日(金)の22:00に公開します。
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~次回予告~

モカは冗談か揶揄ったかは分からないけど、俺はしっかりと彼女の問いかけに肯定する。
なぜなら本当の事だし、この気持ちを隠したところでお互い利益が無い事くらい分かっているから。
途中で言葉を不自然にどもったのは、その方が面白いものが見えるという安易な動機だった。

モカの顔が俺の期待通りになって思わず口元を緩めてしまう。
そんな表情を見て、モカはより一層顔を赤くする。もうすぐ彼女の顔はケーキに乗っているイチゴよりも赤くなり、甘くなるんじゃないかと思った。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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ライブとけじめ②

「こういうのは、貴方がするべきよ。佐東君」

 

この言葉によって、一瞬だけ部屋を優しく包み込んでいた空気がカチカチになってどんよりと肩にのしかかった。

お互い真顔で向かい合う俺と京華さん。京華さんはその後すぐにニコッとした。

 

丁度京華さんが笑顔になった時にモカが居間に入ってきて、さっきまで凝り固まっていた空気もふんわり元通りになる。

 

「あれ?貴博君ー。久しぶり~」

「ほんと、親子って似るんだな」

「どーいう事か分からないけど~、そういう事~」

 

モカの顔を見るだけでも顔と心が綻んで安心するのは最近会えていなかったからだろうと勝手に解釈しておくことにした。

もしそんな理由ではないのであれば、きっと俺は溺れているのだろう。

 

京華さんは俺に軽く手を振りながら口パクでごゆっくり、と口ずさんで寝室のある二階へ行った。

軽く会釈しておいたけど、恐らく京華さんは見ていないだろう。

 

「それで、貴博君は何しに来たの?もしかしてモカちゃんに会いたくなった?」

「……そう、だな」

 

モカは冗談か揶揄ったかは分からないけど、俺はしっかりと彼女の問いかけに肯定する。

なぜなら本当の事だし、この気持ちを隠したところでお互い利益が無い事くらい分かっているから。

途中で言葉を不自然にどもったのは、その方が面白いものが見えるという安易な動機だった。

 

モカの顔が俺の期待通りになって思わず口元を緩めてしまう。

そんな表情を見て、モカはより一層顔を赤くする。もうすぐ彼女の顔はケーキに乗っているイチゴよりも赤くなり、甘くなるんじゃないかと思った。

 

「もぅ、貴博君……」

「何照れてんだ?」

「本当に、今日はどうしたの?」

「だからモカに会いたかったからだって。手土産にケーキ買ってきたから食べよ。京華さんが切り分けてくれてるから」

「わーい、ケーキケーキ」

 

結局俺の彼女は典型的な花より団子タイプだからムードや情景よりも食べ物の方を最重視する。それもモカのかわいいポイントだと俺は思ってる。

実は俺もどっちかというとモカと同じタイプだから一度も嫌悪感を抱いたことが無い事も後押ししているらしい。

 

キッチンからケーキを俺の分も含めて二皿持ってきて、机に置いた後すぐさまケーキを口に運び、食べた後の幸せそうな顔を見ると今日ケーキを買ってきてよかったと過去の自分の行動を称賛してしまうのは他人想いの人間なら共感してくれると思う。

 

「美味しい?」

「うん。甘くておいしー」

「そう言ってくれると買ってきた甲斐があるってやつだな」

「せっかく貴博君が買ってきてくれたんだよ?そりゃ食べるよ~」

「もう9時だし、敬遠する女子っているじゃん」

「あたしは、気にしないよ?」

「そっちの方が共感が持てるし、好きだ」

「好きって言われちゃった~。ずっきゅーん」

 

左胸に手を当てて何かに打たれたような仕草をする彼女を見ていると、ささいな日常の中には目に見えない幸せがたくさんあるんだって気づかされる。

俺達人間は今まで何回、こんな幸せを見過ごしてきたのだろうか。

 

小皿に乗ったケーキをフォークを縦にして一口サイズの大きさにしてから口の中に入れると、甘さの中に少しの旨味を見つけることが出来た。

 

「それで、練習のほうはどうだ?モカ」

「うん、ばっちり」

「それなら今回は期待しても良いみたいだな」

「ふっふっふ~。期待しすぎてもいいくらいだよ~」

 

この口ぶりならモカを信じてバカみたいに自分の中で期待値を上げても良いと思う。

なぜならモカたちが期待を裏切るような生半可な事をしないバンドだって知っているし、だからこそたくさんのファンに愛されているのだ。

 

無意識に自分のあごを親指と人差し指で挟んで目を閉じてしまう。

しまった、と思ったがもうすでに遅かったらしく目を開けた時にはモカの綺麗な瞳は俺を映していた。

 

「どうした?モカ」

 

ははは、という乾いた声すら出なかった俺はモカに何でもないようなそぶりをしながら会話を続けることにした。

モカは不満げに頬を膨らませていて、漫画なら吹き出しでぶぅ~、と書かれるような顔をしながらまっすぐに見つめてきた。

 

もう一口、ケーキを食べる。

皿の上のケーキは無くなった。

 

「貴博君……」

「あ、なに?」

「今の考えているような仕草、貴博君が何を考えていたかは名探偵モカちゃんにはすべてお見通しだよ?」

「あ、そう」

「どうしてあたしたちのバンドが人気なのか、考えてたでしょ~」

「すまん、逆。いつになったら解散するんかなって」

「ひどい~」

 

モカのウソ泣きが始まり、俺は声を上げて笑った。

俺が言ったことは冗談だし、そのことは彼女にも分かっているだろう。その証拠にウソ泣きを終えたモカはニコニコとした顔を俺に向けてくれている。

 

毎日帰りが遅いから、ずっと本番に向けて質の高い練習を彼女たちは淡々とこなしているはず。

それなら少しでも憩いの時間を作ってあげたいと思うのは彼氏としては当然だと思う。

 

「なんてな」

 

別に言わなくても良い言葉を敢えて(・・・)言ったのは出来心からだって言ったら何人の人間が失笑するのだろう。

失笑するのは、さっきの会話の続きとしてとらえている人間だ。

 

「さて、夜も遅いしそろそろ帰るわ」

「泊って行かないの?」

「モカは明日もバンド練だろ?夜更かししたら集中してギター弾けないだろ?」

「だって、寂しいじゃん」

「ライブが成功したら、ご褒美やるから」

「ほんと?」

「ああ、何が良いかな……そうだ、俺のおすすめの激辛カップ麺をやるよ」

「この人、わざと言ってるよ~」

 

今までずっと座っていた椅子からお尻を上げる。約2時間ぶりだからお尻付近は少しの温度変化も敏感に感じ取る。

逆に椅子は今もぬくぬくなのではないだろうか。

 

玄関までモカと一緒に歩く。どうやらモカは玄関までついてきて見送りをしてくれるみたいで、またもや見失いがちな幸せを見つけることが出来た。

 

玄関に脱いであった靴を履いて、もうすぐお別れの時間。

一度振り返って優しくモカを抱き寄せた。

 

彼女は何も言わずに背中に腕を回す。その少しの行動が心に潤いを与えてくれる。

 

「またな、モカ」

「うん、ばいばい」

 

離れてから彼女の家のドアノブを力いっぱい握って、ドアを開けた。

ドアの重さが金庫を開ける時のようなぶ厚さと重量感を感じたのは心理的なものが影響しているのだろうか。

 

モカと離れたくないから?

 

それもあるだろう。

でも捉え方に寄ったらこんな風に解釈する人もいるかもしれない。

 

開けてはいけないドアの扉だったから?

 

ドアを開けたその先が不吉な雰囲気がするから、とあたかもその先の世界を見てきたような振る舞いをする人間が言いそうな言葉だ。

 

実際、俺には分からないけど。

 

そのまま事務所の二階へと戻って、明日の仕事に備えて寝ようかと思いながら歩いていると女子大生らしい雰囲気の女の子が二人、向かいから歩いてきた。

 

「もうすぐ年末ライブでしょ」

「そうそう、楽しみだよねー」

「やっぱり注目はRoseliaでしょ!初めて聞いた時鳥肌たったもん」

「分かるー。けど私はやっぱりポピパかな」

 

いつもは息をするように見知らぬ人とすれ違うのに、今回だけは会話に耳を傾けてしまった。

そしてモカたちのバンドの名前が挙がらなかったことに多少のモヤモヤ感が頭の中をはびこっていた。

 

一人でヤキモチしてても仕方がないから、事務所の二階にある自室に速足で入っていった。

すぐに部屋着に着替えて布団の上に身を投げ出して天井をボーッと見つめる。

 

「あいつらのライブまでもう一週間切ってるのか」

 

 

大丈夫、だよな。

きっと成功するよな。

 

 

主語を抜かしてしまっているから俺の心情を聞いたって「何に」心配しているか分からないだろうけど、とにかく心配なんだ。

 

「ピピピピピ」

 

急に携帯が着信を知らせるからちょっと驚いた。

そして掛けてきた人間の名前が表示されているのを見て、舌打ちをする。だけど嫌じゃないから口角は少し上に向いている。

 

「……もう寝るんだけど」

 

携帯越しでもあいつが頭をペコペコとしているのが目に浮かぶ。

そういう気の弱さはいつまでたっても治らないらしい。今度ガツンと言ってやる必要があるかもしれないけど、その役目は俺じゃくてあの子の役目だろうか。

 

「面倒くさいけど、俺も行くよ」

 

本当はちゃんとした理由があるのに?とこちらの事情を手に取っているように言ってくるあいつにうるせぇ、と返したが照れ隠しだとバレてしまったらしい。

電話越しでずっと笑ってる。

 

「それで、本題はなんだ?」

 

さっきまでの笑い声がピタッと止まり、雰囲気がガラッと変わったことが耳を当てているだけなのに分かった。

その気まずさにも似た空気から聞こえてきたのは、すでに何百回聞いたか分からないあのセリフだったから思わずため息が出た。

 

「今回は純粋にライブを楽しむ、って言ってんだろ」

 

それだったら良いのだけど、と消え入りそうな声が耳に届いた。

そもそも今回の件はお前がアクションを取ったんだろ、って言ってやりたかったけど寸でのところで我慢することが出来た。

 

流石に今、これを言ったら逆効果になっちまうもんな。

 

 

 

あの付箋(・・)を貼った意味は、そういう事だろう?

 

 

 

「巴にも同じこと言われたよ。そんなに信用ねぇか?めんどくせぇ」

 

えっ、という声が大きく響いて思わず耳にくっ付けていた携帯を離す。

確かに驚く事かもしれないけどそこまでオーバーな反応をしなくても良いだろうに。

 

でも、昔からいつもこんな反応だったっけ。

 

「信憑性ない人間が言うわ。なにもしませーん。……もういいだろ、切るぞ?」

 

分かったよ、と尻すぼみになっていく言葉を聞いた後に通話を終了した。

 

明日も仕事で朝が早いからすぐに寝たい。

携帯に充電器を差し込んで電気を切る。そうすれば部屋に暗闇が包み込んで俺を眠りの世界へといざなってくれるだろう。

 

 

もうすぐ深い眠りに付けそうだ。

理由は漠然としてるけど、身体がちょっとだけ宙にフワフワと飛んでいるような感覚だから。この感覚を得たら、5分もしないうちに寝れる。

今までの人生でそうだったから、多分合ってる。

 

それじゃあ、アラームにせかされて重たい瞼を擦らなくちゃいけなくなる時間になる前に言っておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪いけど、けじめだけはつけさせてもらうからな。

 

 




@komugikonana

次話は2月11日(火)の22:00に公開します。
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~次回予告~

ピピピピピ、という音が深い眠りについていた俺を叩き起こして現実世界に投げ出された。
何の夢を見ていたか分からないけど心地が良かった。

携帯を切ろうとして耳から離したのにブーブー、というモカの不満が聞こえてきた。
流石に携帯の画面を見てしまったのは、もしかしたらスピーカー機能になっているのではないだろうかって思ったから。

実際はスピーカー機能になっていないから、相当大きな声だったはず。
モカがこんなにも大きな声を出すなんて珍しい、というか今までなかったかもしれない。
今日に限って「今までに」無かったとか、そういう経験はやめてほしい。



では、次話までまったり待ってあげてください。


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ライブとけじめ③

ピピピピピ、という音が深い眠りについていた俺を叩き起こして現実世界に投げ出された。

何の夢を見ていたか分からないけど心地が良かった。

 

それなのに意識が戻れば寒い空気が一斉に身体にしがみついてきて布団という盾の中に隠れておかないと一斉攻撃を受けてしまう。

 

手だけ外に出して携帯を鷲掴みにして耳に当てる。寝起き特有のガラガラ声が自分でも分かるくらいだった。

 

「……もしもし」

「貴博君のねぼすけ」

「別に朝から用事もねぇし、ねぼすけもクソもねぇだろ」

「愛しの彼女であるモカちゃんはこんなにも早く起きて頑張っているのに~」

「おう、頑張れ。おやすみ」

 

携帯を切ろうとして耳から離したのにブーブー、というモカの不満が聞こえてきた。

流石に携帯の画面を見てしまったのは、もしかしたらスピーカー機能になっているのではないだろうかって思ったから。

 

実際はスピーカー機能になっていないから、相当大きな声だったはず。

モカがこんなにも大きな声を出すなんて珍しい、というか今までなかったかもしれない。

今日に限って「今までに」無かったとか、そういう経験はやめてほしい。

 

「朝早くから大声出すなよ、鬱陶しい」

「うえーん、貴博君がいじめる~」

「……はぁ。お前、なんか今日機嫌良いな」

「だって今日はライブだもーん」

 

大勢の人間の前に出て、しかも出番が後半で期待されている演奏を直前にして緊張するそぶりを全く見せないのはモカらしい。

良い意味でマイペースというか、こういう存在が身近にいれば周りも自然とリラックスできそうな気分になる。

朝からこんなテンションで言い寄られるのは電話の相手でも勘弁してほしいってのが本音だけど。

 

それでお前は今どこにいんの、って聞こうとしたら電話越しの奥から美竹の声が聞こえた。

どうやらモカは現在美竹と一緒にいるらしい。

ちなみに聞こえた美竹の声はモカ、うるさい。

 

「今日の夕方頃、ライブハウスに顔出すから」

「うん」

「それじゃ、またな」

 

モカとの通話を終えて後は大きな意気込みを心に宿してから、布団の外へモゾモゾと出るちっぽけな行動を起こす。

どんな小さな行動でも、人によっては行動の何倍も大きな心の準備が必要だ。

 

ボーッとする頭をそのままに、ぼやける視界を左手でゴシゴシと払ってから本棚に入れて置いた卒業アルバムを手に取る。

この卒業アルバムは、モカが持ってきた、小学校の卒業アルバム。

 

アルバムには似合わないピンク色の付箋が、俺の顔の筋肉を引き締める。

この付箋のように簡単にペラッと外せてしまえば大万歳だけど世の中そんな上手くいかない事は短いが密度の濃い俺の人生が語っている。

 

 

 

ふと、時計を見る。

まだ7時になったばかりで、仕事のある平日と同じくらいの起床時間のせいだろうか一度起きてしまえば目は覚めてしまう。

 

モカたちのライブまでかなり時間がある。

だけどモカは気まぐれなモーニングコールで俺を起こした。

 

偶然がめぐり合わせたこの組み合わせは本当に偶然なのだろうかって鼻で笑いながらペンを持って机の前に座る。

 

「……俺らしくねぇから、笑われるかな」

 

特にお洒落でもない白色の便せんを取り出して、思う事を書き始める。

ただ書くだけでは恥ずかしいだけだから少し遊び心も一匙加えよう。加えても分からないような一匙に繰り返しが、今日よりの明日を、作っていくんだって信じてる。

 

思うまま書き続けていて、後半部分に差し掛かった時に思わずため息をついてしまった。

だけど顔の筋肉はかなりほぐれていて第三者が見たら一人でニヤニヤしているヤバい奴に見られるような表情をしているのが鏡を見なくても安易に想像できた。

 

俺って、やっぱりモカの事が好きなんだ。

しかもどうしようもないくらい。

 

そのままの勢いで書き終える、人生で初めて女の子に気持ちを伝える手紙を書いた。

そのまま渡すのはダサいから俺達らしい渡し方が良いと思うけど、直接渡さないとまた京華さんに怒られてしまう。

 

 

そう、怒られてしまう。

 

 

どんな瞬間に立ち会っても楽しく居たい、という俺のモットーが詰まった手紙をモカのギターケースにあるポケットに入れることにした。

その計画を実行するために、少々早くライブハウスに行くことが決定した。

 

「さてと、外でも歩くか」

 

家でジッとしていても退屈だから、といつもならそんな理由を自分の脳に押し付けて外に出る言い訳をするけど今日は違った。

心を落ち着かせるために、外に行くんだって何回も頭の中で呟いて外出用の服に着替えた。

 

 

 

 

 

 

朝の早い商店街はまだ眠っているのではないかと思うほど静かさが辺りを支配していた。

寒さによって家までも布団をかぶってブルブルといつまでも包まっているような雰囲気が支配する商店街の中でも、暖かそうな明かりとにおいを出すパン屋さんがある。

 

「いらっしゃいませー。あれ、佐東君じゃん」

「ん、久しぶり」

「佐東君が来るなんて珍しいね」

「たまには、良いだろ」

「たまにじゃなくて、毎日来ても良いよ」

 

山吹は流石にあいつと関わりがあったおかげなのか、俺の扱いが上手いような気がする。

ただ自分の勘違いかもしれないけどセルフコントロールして勝手な自己暗示は時には良い材料になる。

 

「それで、今日はどうしたの?」

「ああ、夕方の4時くらいになったらまた来るからその時に焼き立てのパンを用意しといて。お得意様だし良いだろ?」

「モカへの差し入れ?」

「まぁ、そんなとこ」

「モカ、めっちゃ喜ぶと思う!」

「そうだと良いんだけど。先に会計とか済ませといたほうが良い?パンの数とチョイスは山吹に任せるけど」

「私4時ごろはライブの準備でお店にいないんだ。母さんに言っとくね」

 

そういえば山吹もバンドで音楽をやってたっけ、と心の中で言葉が湧いた。

それに山吹の母親チョイスか。脳内ではすでに未来の予想が簡単に映像と化して懐かしのテレビのような画質で再生される。

 

ああこれも、あれも持って行きなさい。

そう言って紙袋にたくさんのパンを詰めてくれるやさしいおばさんの姿。これは予定よりも少し多めにお金を持って行っておこうか。

おばさんはきっとお金はサービスするから、って言うだろうけどこのお店は個人的にはずっと続けて欲しいから出来るならお金は出したいと自然に思わせるこのパン屋には脱帽だ。

 

「そうか。じゃあおばさんによろしくって伝えといて」

「おっけー。それじゃ、またね!」

 

ありがとうございました、という明るい声を背中で受けて店の外に出ると辺りの温度が少しだけ温かくなったように感じた。

 

しきりに時計を見てしまうのは、予定があるときの自分の癖。

もう9時なのかという気持ちとまだ9時なのかという二つの相反する気持ちが今日は仲良く寄り添っていた。

 

 

 

 

 

お腹がやけに空いたと感じて、特に時計を見たわけでもないが大体1時くらいなんじゃないかって想像できる時間帯で居酒屋に入った。

居酒屋と言ってもランチを提供してくれる店であり、そのランチが絶品なのだと得意先の人が言っていたのが気になって来てみた。

 

実はこう見えてもお酒が弱い俺にとっては、居酒屋はハードルの高い店だったが入ってみれば案外お洒落で落ち着いている。

 

「今度はモカと、来てみようかな」

 

おすすめの日替わりランチを頼んだ後に、時間を持て余すように携帯を見ていた時にふとそんな想いがあふれてきたのは待ち受け画面がそうさせたのだろう。

 

こんな風に一人でいる時にモカの事を考えることは頻繁になっているという事を一度だけ、あの時は酒に吞まれて無意識にだが、京華さんに言った事がある。

その時の京華さんの何とも言えない顔は今でも忘れられない。

 

「お待たせしました。日替わりランチです。ご注文は以上でよろしかったでしょうか」

 

日替わりランチを持ってきてくれた綺麗なお姉さんに会釈をした後、お洒落に盛り付けられた刺身と、てんぷらとみそ汁、ごはんが付いた定食をゆっくりと堪能する。

……うん。かなりうまい。

 

刺身は臭みは無く、口に入れたとたんに新鮮だと分かるくらいに風味が広がって噛めば噛むほど旨味が広がる。醤油なしでも問題は無かった。

てんぷらもサクサクで、普段はつゆをつけて食べるくせにツウっぽく塩で食べた。

みそ汁はカツオとコンブだろうか、ダシが効いていて具材とかなり調和していた。

 

モカ、和も悪くねぇよな。

 

ランチのおかずたちは艶々と一粒一粒白く輝いているごはんと綺麗に無くなっていった。

最初からみんな一つのものだったかのように感じた。

 

食べ終わった後に少し休憩の意味を込めて携帯を開くとメッセージが届いていた。

差出人はモカで、どうやら彼女たちもお昼ごはんを食べていたらしいが、彼女たちはファミレスで食べているらしい事が送られてきた写真で分かった。

 

少しのイタズラ心で、食べる前に写真をとって置いた日替わりランチをモカに無言で、写真だけ送ってやった。

するとすぐに既読が付いて、思わず笑ってしまった。

 

 

モカからどんなメッセージが帰ってくるか予想してみる。

 

貴博君、ずるい。

知らない女の子とデート中~?浮気だー。

ママと一緒なの?

社会人はお金持ちだなぁ~。

 

色々候補があって面白いけど、この面白さが飽きないからさらに素敵だ。

どうして素敵なのかはモカから返信がくればすぐに分かるさ。

 

 

……ほら、やっぱり。

 

 

今度一緒に、行こうね。

 

 

俺と想っていることと同じ内容をまるで打ち合わせでもしていたかのように返信してくるのだから。

 

 




@komugikonana

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~次回予告~

ライブハウス内はかなり賑わっているのは、実は後30分後にはライブが始まるのが要因だと思う。
モカたちは最後の方の出演らしいから1時間くらい控室で待機するって先ほどモカから愚痴り口調で聞いたばかり。

モカの事だから直前になって顔つきが変わるほど緊張することなんてないとは思うけど、一抹の不安があれば気になってしまうのは俺の性格らしい。
……そう、一抹の不安が。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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ライブとけじめ④

「いらっしゃい……あれ、貴方は?」

「こんにちは。えっと、弟から話が行ってると思うんだけど」

「やっぱり!?ほんとそっくりだね。あ、まずチケット見せてもらっても良いかな?」

「これね。あとドリンク代」

「今日は楽しんでね!」

「そうさせてもらうよ。それとAfterglowの控室(・・・・・・・・・・・・)、入らせてもらうよ」

 

ライブハウスCiRCLEに入って受付らしい女性にチケットを渡した後、予め許可を得たのでそのまま控室の方に向かう事にした。

あの女性は確か弟が名前で言っていたのを電話越しで聞いたのだが、珍しい事もあることですっかり忘れた。

 

きっと、もう一度聴いたら頭の中で心地よい電流が流れて即座に納得するだろう。

ああ、確かそんな感じの名前だったって。

 

ライブハウス内はかなり賑わっているのは、実は後30分後にはライブが始まるのが要因だと思う。

モカたちは最後の方の出演らしいから1時間くらい控室で待機するって先ほどモカから愚痴り口調で聞いたばかり。

 

モカの事だから直前になって顔つきが変わるほど緊張することなんてないとは思うけど、一抹の不安があれば気になってしまうのは俺の性格らしい。

……そう、一抹の不安が。

 

「控室は、ここか」

 

心の中でブツブツと呟いていたら控室があるフロアまでたどり着いた。

そしてドアに貼ってある、Afterglowと書かれてある紙を見つけた。

 

ただそれなりには予想していたが流石に一バンドが控室を独占、みたいな感じではなく他の複数バンドと共有しているらしい。

控室内が広いとはお世辞には思えない。他のバンドに迷惑を掛ける訳にもいかないから控えめにドアをノックした。

 

 

どうぞ。

 

 

女の子の声が帰ってきたが、俺の知っている女の子の声ではなかった。

もしモカたちがいなかったらただの意味わからん男としか見られない気がする。なぜなら左手にやまぶきベーカリーのパンがたくさん入った紙袋を持ってるのだから。

 

「悩んでも、仕方ねぇか」

 

ノックしておいていつまでも入らなかったら部屋の中にいる人間が不安になるだろうし、控室前でジッと立っていても不審がられるし、パンの良いにおいがいつまでも漂ってくるし。

 

「痛ってぇ!」

 

ドアノブを握ろうとしたら、先にドアが開いてきてギャグマンガみたいに俺はドアに額をぶつけてしまった。

額を揺すりながら前を見ると、すでにライブ衣装に着替えたモカがニヤッとしながら立っていた。

 

「やっぱり貴博君だ~。だって、パンのにおいしたし~?」

「それよりも、言う事あんだろ?」

「ごちになりま~す」

 

左手に持っていたパンの袋をモカが持って行ってしまって、俺の元に残ったのはヒリヒリと残る額の痛みだけだったから思わずため息が出てしまった。

 

モカたちのバンド以外にも4バンド同じ控室にいたみたいだが大体は起きた出来事に頭が追い付かずに唖然としていた。

モカの幼馴染たちは苦笑いしていて、ライブ衣装を着た山吹もあちゃ~、という声が零れそうな顔をしていた。

 

山吹って、モカたちと深い関りがあったんだ。

 

「せっかく差し入れ持ってきたのに何か言えっての……はぁ、じゃあな」

 

これ以上自分の気分を下げたくないからすぐに控室を後にすることにした。

ドアを閉める時チラッとモカを見たら、あいつはリスのようにパンを食べていた。

 

別にモカにありがとうって言ってほしくて差し入れを持って行ったわけじゃない。

だけどスッキリしない。

 

それはきっと、モカの笑顔が見たかったからこんなことをしたのだろう。

ちょっと残念な気分だ。

 

ライブを観に来た客たちはほとんどステージに足を運んだらしく、来た時よりも落ち着きを取り戻していた。

動きやすくて楽なはずなんだけど、今の俺には少し悲しく感じた。

 

「あ、佐東君……であってるよね?」

「ん、あ、そうです。すみません、まだステージに行ってなくて」

 

ここのライブハウスの受付のお姉さんが俺に申し訳なさそうに話しかけてきた。

胸あたりに「月島」と書いてあるネームを付けており、そういえば弟がそんな感じで呼んでいたなぁと案の定ビビビッと衝撃が走った。

 

「そうじゃなくて、ライブハウスの外のカフェで待ってるって」

「はぁ、誰がです?」

 

 

 

 

 

 

君のお友達?っていう人。

 

 

 

 

 

 

「実は君が控室に入っていった時くらいに言われてて……もうすぐライブが始まっちゃうのにごめんなさい」

「いや、良いんです。すぐに戻りますから」

 

誰だ、友達って。

いや、白々しくするのはもうよそうか。だって大体の予想は出来ているから。

だけどまさか、こんなにも早くコンタクトを取れるなんて思ってもいなかった。タイミングが良いのか、悪いのか。

 

それが分かるのは話がすべて(・・・)終わった後に分かるはずだ。

 

ライブハウスから出ると、外は既に真っ暗でどんよりとした雲が輝く星々を隠してしまっていた。

カフェの端の方で寒さのせいなのか、それとも他の理由なのか分からないが右足を必要以上に揺らしている人間がいた。

近くによって初めて分かったが、腕を組んでいる人差し指でさえテンポよく起きたり寝たりを繰り返している。

 

「悪いけど、場所変えるぞ。ここじゃ言えないからな」

 

すれ違い様に奴に聞こえるように言って少し離れた路地まで誘導することにしたが、彼は俺の提案に何も言わずにただついてきた。

少し前かがみになりながら歩く姿に気持ち悪さを覚えたのは、何か感じるものがあったのかもしれない。

 

これから熱いライブの数々を控えているライブハウスとは対照的に、ねっとりとした冷たい空気が蔓延る暗がりの路地で進めていた足を止めた。

 

「単刀直入に聞く。俺を呼びだした理由はなんだ?」

「そ、それは久しぶりに会えたからに決まってるじゃないか」

「あのさぁ、単刀直入って言葉の意味、分かってんのか?」

「当たり前じゃないか!僕は賢いのだから」

 

やけに自信満々な声で自分は賢いという事をアピールしてくるゴミ野郎にはしっかりと、分かりやすく言わなければ伝えたいことも伝わらないという事を再認識した。

そうだな……小学生の男の子に算数を教えてあげるような感じで行こうか。

 

誰の家か分からないけどその家の塀に背中を預けてポケットに手を突っ込みながら重たい空を見上げる。

最近事故があったのだろうか、近くで塀が少しだけ崩れていて、大きな塊も下に落ちていたがあまり気にしなかった。

タバコをやめる前だったら、間違いなくここでタバコを銜えて火を灯しただろう。

 

「そっか。じゃあ問題。1+1は?」

「僕を舐めてるの?」

「その言葉、そっくりそのままおめぇに返してやるよ」

 

久しぶりに低い声を出した気がする。

低い声を出すときはほとんどは自分を悪者に変わって、正義を脅かすときに使う。ちゃんと反論できる余地を正義に残して。

 

だが今回はその9割以上を占める理由じゃない。

正義に逆転の機会をそっとアシストするような言い方ではないという事。

 

今回は本気で、腹を立てている。

 

「もう一度言う。俺は回りくどいのが大っ嫌いなんだ」

「だから何だよ!」

「俺の事が気に食わないから呼んだんだろ?」

 

月島というスタッフから聞いた話で全部察してる。

それを小学生でも分かるような誤魔化しをさもばれてませんよと振舞っているその表情に腹を立てている。

 

相手が熱くなっているいるから、これからは金メッキがはがれるようにボロボロと真相を零していくだろう。

その暁には、こいつを。

 

「ああ、そうだよ!どうしてお前があのAfterglowの控室に行けるんだよ!」

「なんだ、羨ましかったのか。そいつは悪かった」

「お前のその態度は昔からずっと嫌いだった!」

 

ドンドンと面白いキーワードが零れ落ちてきて内心かなりほくそ笑んでしまっている俺は、その感情をまだ出さずに、ニヘラと口元をわざと歪ませてゴミ野郎を睨む。

 

昔からずっと嫌いだった。

 

この言葉がもう少し後に出てきてくれたらかなり面白かったのだが。

やるからにはコテンパンにやっつけたい。そして少しでも危険な芽を摘んでおくべきだ。

 

「だから、君がAfterglowのみんなに危害を加える前に呼び出したんだ」

「思い込みと妄想だけは最難関大学並みだな」

「うるさい!」

 

今も常人以上に学歴にコンプレックスを持っていることがすでに分かっていたから揶揄ってみると案の定、釣れた。

自分を過信しすぎているからこそ、足元が見えずに上だけを見る。その結果、理想と現実との乖離を自覚した時が一番危ないにおいがするようになる。

 

そうなる前に、モカに会わせるわけにはいかない。

彼女が傷つくなら、俺の方が良い。それの方が悲しむ人間は少ないから。

 

だから勝手に熱くなって、ボロを出せ。

 

「そもそも思い込みじゃない。現実だ、佐東。なぜならお前は一度蘭ちゃんを叩いた」

「……」

「今回もAfterglowのみんなを脅して控室に入ったのだろう?やっぱりファンである僕が守ってあげなきゃ」

 

小さく、回転の遅い脳でやっと対抗出来る手段が見つかって、その一つの手段を持ち上げて語っているゴミ野郎を見ていると呆れてきた。

たしかに俺は美竹を叩いたことがあるし、それは許される事ではない。

 

でもさぁ。

 

「脅して……ねぇ」

「へへ。やっぱり脅してたんだな!やっぱり犯罪者の考えることは怖いねー!」

 

へぇ……このゴミ野郎は鬱陶しくてくさい言葉は話すだけではなく、更に俺を追い込もうとしているのか。

もしそうなら本当に哀れなバカなんだなとため息をつきたい。

 

そんなにノープランでペラペラと喋っていたら自分の事を追い込んでしまうんじゃないのか、ってこいつに問いかけても分かりやしないだろう。

 

「ああ、犯罪者って考えることはえげつないさ」

「は?お前の事だよ?」

「俺の中では、お前も立派な犯罪者だと思うんだけどな……。5年前、俺の弟を脅して万引きを強要させただろ?」

 

立派な共犯者じゃねぇか、とニヤッと笑ってやった。

ゴミ野郎は分かりやすく目を大きく見開いて、そんな咄嗟に出た反応を必死に隠して誤魔化そうとしている。

 

悪いけど、お前のせいで人生が狂った人間が一人いるんだ。

責任は取ってもらう。

 

 

どんな形になろうが、な。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんか言ったらどうだ?

なぁ、中嘉島。

 

 




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次話は2月25日(火)の22:00に公開します。
焦らし作戦です。はい。

新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
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~新しく高評価をつけて頂いた方々のご紹介~
評価10という最高評価をつけて頂きました 水無月 痣緋さん!
同じく評価10という最高評価をつけて頂きました 珠柄杓さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくね!

~次回予告~

中嘉島は興奮のあまり、自分が裏で手を引いていましたよと自供したような言葉を全く意識なく出しているらしい。
この辺りで手を引こうか、とかそんな優しさは残念ながら俺の性格には含まれていなかった。
含まれていない、という言い方は少し語弊があるかもしれない。

優しさはある。
でもこのゴミ野郎(中嘉島)にあげる優しさなんて要らない。

むしろゴミはゴミらしく燃えて消えてしまえばいい。
リサイクルなんてくそったれだ。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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change①

ゴミ野郎、いや中嘉島は分かりやすく動揺の色を顔に出したが必死に隠そうとしている。

実際は全く隠れていないし、逆にどうして知っているんだという文字が顔に浮かび上がっているようにさえ思える。

 

「な、何を言っているか分からない!そもそも自分の罪を他人のせいにするなよ!」

「それなりに証拠もあるってもんだ」

「お前の弟が言ったんだな!?そうだろ!」

 

中嘉島は興奮のあまり、自分が裏で手を引いていましたよと自供したような言葉を全く意識なく出しているらしい。

この辺りで手を引こうか、とかそんな優しさは残念ながら俺の性格には含まれていなかった。

含まれていない、という言い方は少し語弊があるかもしれない。

 

優しさはある。

でもこのゴミ野郎(中嘉島)にあげる優しさなんて要らない。

 

むしろゴミはゴミらしく燃えて消えてしまえばいい。

リサイクルなんてくそったれだ。

 

「弟が言った、ねぇ……。お前、今自分の罪を自覚したもんだよ、分かってる?」

「ああ!お前の言う通りだよ!」

 

歪んだ笑顔と共に中嘉島は、昔の武勇伝を自慢げに語る老人のような口調で語り始めた。

こんなことをやってやったんだ、すごいだろ?と言わんばかりに。

 

「僕はお前が大っ嫌いだ。勉強しないくせに誰よりも頭が良く、人望もあるお前に!」

「……」

「中学はいなくなって最高だったのに、高校に進学したら何食わぬ顔で新入生代表の挨拶をしてやがった。そこで僕はお前を陥れることにしたのさ……理由は何となくだよ?無性にムカついた、ただそれだけ」

 

高校は弟が自信を取り戻してほしくて、そして離れるのが心配で同じ高校に入った。

もちろん試験を受けて合格を貰ったが、俺はその時、主席入学生として代表でスピーチをした。

 

知らない間に自分の手に力が入ってしまう。

弟を苦しめていたのは、俺の存在のせいなのか?

 

「役に立ったよ。お前の出来損ないの弟は。校舎裏で刃物チラつかせただけで本当に言うとおりにするんだからさ!」

 

奥歯をギリギリと噛み締めながら中嘉島のつらつらと自慢げな口調で話す声を聞いていた。

どうして弟は警察に捕まった時に自分の名前を騙ったのか、という事は俺も以前からずっと気になっていたがまさかそういう事だったとは。

 

「出来損ないの弟は元気か?あいつは傑作だ!刃物で脅したら『僕は、兄さんだけは裏切れない』とかちびりながら言ってた癖に、警察に捕まったらまんまと俺の指示通りにしやがったんだ!聞いてあきれるよな。なーにが裏切れないだ!」

 

話から推測すれば、弟は脅されていたらしい。しかも刃物をチラつかされながら。

誰だって脳裏に浮かぶのは「殺されるかもしれない」という、本能に一番刺激的に反応するワード。

 

警察に突然捕まるというハプニングに、頭が一気にパニック状態にでもなったのかもな。

弟はそういう想定外の事態には弱いし、気も弱い人間だから。

 

「そして無実のお前は犯罪者になって退学。残った本当の犯罪者は校内で色々あって精神崩壊寸前。最高だったよ、本当に!」

 

 

そろそろ、黙ってくれねぇかな……。

これ以上何週間も放置したような生ゴミみたいな鼻障りな言葉を放置しないでくれるか。

 

 

だけどそんな時に、脳内に俺の好きな人の声が響いた。

 

たとえ日本のみんなが貴博君を拒絶してもあたしは受け入れるよ、という昔に聞いたことのあるような言葉。

そして優しく抱きしめてくれた時の彼女の香り。

 

無意識に爪が食い込んで血が出るんじゃないかってくらい力の入った左こぶしをゆっくりと和らげる。

もしここで俺が中嘉島を殴れば、犯罪だ。

彼女が自分を犠牲にしてまで救ってくれたのに、他人を殴ったら今度こそすべて終わってしまう。

 

 

 

今日よりも明日。明日よりも明後日。そして明後日よりも一年後……だっけ。

感情ばかり先走って何も考えずに走る、自分を犠牲にする方法は止めるようにモカと約束もしたような気がする。もしそれが気のせいであっても。

 

「なんだ?僕を殴ったりしないのかい?」

「そんな子供じゃねーよ、バカ」

「でもお前は僕が許せないはずだ!だからどんな手を」

「癪に障るけど、許すよ」

「は?」

 

好きな女の子の言葉が頭に響いてから冷静になれて、そして気づいたことがある。

それは俺が以前のような俺に戻りかけていたという事実。

 

中嘉島にけじめをつけさせる?

もしけじめをつけさせることに成功してもそれは俺の自己満足にすぎないし、もしかしたら中嘉島を大事に思っている他人がいてもおかしくはない。

そんな人間を陥れたら、もう二度と戻れない気がする。

 

けじめをつけるのは、どうやら俺の方らしい。

昔に起きた出来事をずっとズルズルと引っ張っていても仕方がないし、弟も前を向いて進んでいる。

俺だって前科を消せるかもしれない。

 

 

そうなるなら、もうこの一件は片付けてしまっても良いんじゃないか。

 

「俺は警察でもないし、裁判長でもない。だから他人の悪を裁くことは出来ない。たとえクソなゴミ野郎であったとしても」

「大人ぶってんじゃねぇぞ!」

「お前は四流の大学か医学部かなにか知れねぇけど、俺はもう社会人なんだ。これから先を見てた方がきっと幸せだ」

「……ッ!」

「もうすぐ俺の大事な人、いや、モカのライブが始まる。……もういいだろ、二度と俺の目の前に出てくんじゃねぇぞゴミ野郎」

「……モカちゃん、て言ったか?」

 

 

中嘉島は何かブツブツと言葉を発しているように思えるけど、どうせ聞くに足りない戯言だから無視で良い。むしろ今回はモカにも楽しみにしてる事を何回も本人の目の前で言ったんだからモカの見える場所でライブを聞かなきゃ彼氏じゃないよな。

 

 

もたれていた塀から背中を起こしてライブハウスの方に歩いていく。最後にチラッとだけ中嘉島を見たが、ずっと下を向いて未だにブツブツ言っていて、前髪が適度に垂れていてどんな目をしているかは見えなかった。

 

さて、早く行ってやるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モカちゃんに手を出すなぁあああ!」

 

今まで聞いたことのない鈍い音が後頭部の大きな衝撃と共に襲い掛かってきて、思わず身体をふらつかせてしまった。

 

な、何が起こったのか分からない。

今分かるのは耳に恐ろしい程の甲高い音が木霊する耳鳴りと、叩かれた頭部を手で触るとねっとりとした感触。

 

「いつになってもムカつくんだよ、クソ野郎がっ!」

 

もう一回、同じような衝撃が頭を襲いかかってきて……。

そのままちからなくたおれてしまう。

 

なかしまの、こえが、どうしてだろう。

とおくにかんじてしまう。

 

どうしてだろう。

ねむたくないのに、まぶたが、かってに、とじようと、している。

 

 

 

 

うっすらとしたしかいでめをうごかす。

なんで、おれはアスファルトにねそべって、いるのだろう。

 

「う、うわぁあああ」

 

おじけついたような、なかしまのこえ……?そんなにはなれたところでなにを?

またちかくでおもたいものがぶつかったようなおと……。

 

みると、ちであかくそまった……ぶろっくへいだ。

 

そう、だ。はやく、もかの、ところに、いかなきゃだよ、な。

 

 

意図しない力によって、勝手に視界がすべて黒色に暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ?何か違和感を感じる。

その、言葉では表しにくいんだけど。

 

 

何かがchangeしたような感覚?

 

 

「あれ、今日は緊張してるの?珍しくない?」

 

目を閉じて、視界を暗くして深呼吸をしてたのにどうして邪魔をするの~。

目を開けるとひーちゃんがあたしの顔を覗き込んでいた。

あたしだって、今日くらいは緊張しちゃうよ。

 

「ひまりちゃん、モカちゃんの気持ちになれば分かるよ」

「どういう事?つぐ」

「好きな人がライブを観に来たら、ドキドキしない?」

「そういう事!?そっか、モカも恋する乙女なんだよねっ!」

 

こういう時に限ってともちんは何も聞いてないみたいな表情して遠くに行くのはずるい。

ともちんだって~、あたしの気持ち、分かるはずだから。

 

でもあたしの隠している想いをそう直球で人から言われると、どうしてか恥ずかしくなっちゃう。

もう、また手がちょっとずつ震えてきちゃったよ。

 

「ひまり、モカだって集中したいだろうし」

「はーい……」

 

蘭がひーちゃんにビシッと言ってくれてあたしに助け舟を出してくれるのは流石で、やっぱり蘭は一番あたしのことを分かってくれてるような気がする。

いや、一番は貴博君かな。

 

あたしはもう一度、ギターのヘッドにクリップチューナーを付けてしっかりと音を調整する。クリップチューナーの針が弦を弾くごとに左右に振れて、まるであたしのドキドキパラメータみたいになっていた。

 

「モカ」

「なにー、蘭?」

「今日も『いつもどうり』の演奏で、あいつをびっくりさせようよ」

「うん!」

 

あたしは蘭の顔をしっかりと見つめて、こくんと頷いた。

耳にイヤホンを入れて、メトロノームでテンポを確認しながら最終調整をする。

 

あれだけ練習したから、きっと凄い演奏が出来るはず。

そして貴博君をびっくりさせることが出来るよね。

 

 

あたしの右手がピタッと止まった。

ピックが手に会わないとかじゃなくて、心がモヤモヤしたような感じがしたから。

 

「やっぱり、ちょっと失礼だったかな」

「モカ、まだ気にしてるの?」

「……うん」

「貴博はそんなことでモカの事嫌いになったりしないでしょ」

 

蘭が行ってる「そんなこと」と言うのは、貴博君がわざわざ楽屋まで来てあたしたちのために差し入れのパンを買ってきてくれた事。

あたしはみんなの前でデレデレしたくなくて、ついパンに手を出して食べ始めた。貴博君にありがとう、という一言も言わずに。

 

それで貴博君に頬っぺたをむにーっと抓って欲しかった。

ありがとうとかねぇのか、と言いながら。そうしたら周りのみんなも笑顔になっただろうね。

 

でも結果はあたしの思惑通りにはいかずに貴博君はちょっと顔を暗くして楽屋から出て行っちゃった。

あの後すぐあたしは貴博君を追いかけて、ライブハウス中を隈なく探したはずなんだけど見つけることが出来なかった。

 

 

貴博君、怒って帰っちゃったかな。

 

 

「Afterglowのみなさん、もうすぐ出番ですのでステージ袖までお願いします」

 

 

貴博君にそっくりな顔のスタッフさんのが楽屋中に響いた。もうすぐ出番なんだね。

そしてこの時にあたしの心に決心という名の芽が吹きだした。

 

 

ライブが終わったらすぐに貴博君に会って言おう。

ありがとうって。

 

 




@komugikonana

次話は2月28日(金)の22:00に公開します。
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~次回予告~
舞台袖で自分たちの出番を待つときはいつも神妙な気分になるんだよね。
早くファンのみんなが待ってるステージに飛び出して最高の音を聞かせてあげたいという気持ちと、そんなファンたちの気持ちに応えられるのかなと不安な気持ちが交じり合っているから。

あたしは、この神妙な気分の時は好きかもしれないね。
モカちゃんにかかればファンのみんなの心はがっちりだし、今までの努力は裏切らないってみんなを見てたら自然と思うから。

今日は一段と、神妙な気分が高まっている。

良くフワフワしすぎてて掴みにくいんだよな、って貴博君にも言われる。
フワフワとしてるのはあたしのアイデンティティだよ?それに掴みにくいって言ってる割にはあたしの心をがっちりつかんでるのは君なのにね。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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change②

舞台袖で自分たちの出番を待つときはいつも神妙な気分になるんだよね。

早くファンのみんなが待ってるステージに飛び出して最高の音を聞かせてあげたいという気持ちと、そんなファンたちの気持ちに応えられるのかなと不安な気持ちが交じり合っているから。

 

あたしは、この神妙な気分の時は好きかもしれないね。

モカちゃんにかかればファンのみんなの心はがっちりだし、今までの努力は裏切らないってみんなを見てたら自然と思うから。

 

今日は一段と、神妙な気分が高まっている。

 

「さすがって感じだね……湊さんたち」

 

今演奏しているのは蘭がライバル視している湊さんたちのバンドで、今までにないくらいの盛り上がりを見せていてあたしたちもつい見とれちゃう部分もある。

だけど、あたしたちも。

 

「あたしたちも、負けてないよ?」

「当然。あたしたちは『いつも通り』やるだけだから」

「硬いなぁ、蘭は」

「モカがフワフワしすぎなんでしょ」

 

良くフワフワしすぎてて掴みにくいんだよな、って貴博君にも言われる。

フワフワとしてるのはあたしのアイデンティティだよ?それに掴みにくいって言ってる割にはあたしの心をがっちりつかんでるのは君なのにね。

 

湊さんたちの演奏がすべて終了して、彼女たちがステージからいなくなったらあたしたちの登場。その前に色々とスタッフさんが事前に渡してたセッティングリストを頼りに準備をしてくれる。

 

「ねぇねぇ!みんなであれしよう!」

 

もうすぐ出番なのにひーちゃんが何かを言い出した。

ともちんと蘭はまたあれか、みたいな顔でアイコンタクトしてる。あたしも予想は付くんだけどね。

 

「えい、えい、おー!」

 

空しくひーちゃんの声が大きく響いて、つぐもちょっと控えめに参加していた。

みんな言わないの、ってつぐがちょっとあたふたしているのをみると笑顔になっちゃった。つぐは何にでもつぐるからこうなっちゃうんだよね。

 

でもひーちゃんのおかげで凝り固まったみんなの顔がいつも通りに戻った。やっぱりあたしたちのリーダーだよね。

あたしだったらひーちゃんみたいに場を和ませることは出来ないし、つぐもともちんも、そして蘭にも出来ないだろうね。

 

あたしがひーちゃんの事を想っているような想いは貴博君は持っているのかな。

貴博君にとってあたしはかけがえのない存在なのかな。

それも、恥ずかしいけど聞いてみよう。

 

そう決意したら、今回の舞台はかっこよく決めないといけない。

あたしたちはステージに足を踏み入れると、観客たちが様々な声援を大きな声で与えてくれる。

 

「……Afterglowです。疲れたとは言わせない。しっかりあたしたちについてきて」

 

蘭の最初の短めだけど何よりあたし達らしい一言をきっかけに演奏を始める。

あたしはエフェクターを足で踏んでからイントロのギターフレーズを弾き、観客の方に目を向ける。

 

ギターをずっと見ながら弾いているより観客のみんなの方を見ている方が盛り上がるし、楽器を弾いてる側も楽しい。

そしていつもより色々と目をあちこちさせているのは、貴博君を探しているから。

 

……あたしの目に見える範囲では見つからない。

後ろの方で見てるのかな。貴博君は肝心な時に恥ずかしがり屋さんなんだから。

 

 

でも、絶対どこかで見てくれているはずだよね?

いつも以上にピックに入る力が強くなる。もっとあたしの音を聞いて欲しい、だけどうるさすぎるのはダメだから感情を込めて上品に。

 

 

 

「次で最後の曲だけど、まだまだいけるよね?ツナグ、ソラモヨウ」

 

練習のためあれだけ長い期間貴博君と会うのを我慢していたのに、本番はあっという間に終わっちゃうんだね。

それならあたしはどうしたら良い?

 

答えは決まってるよね。

練習の成果をみんなに、貴博君に届ければいいんだよ。

 

イントロはあたしが練習の時、何回も間違えちゃったけど今は完璧に弾くことが出来る。

この曲はリズムも大事。聴いているみんなが思わず身体を動かしてしまうようなリズムをあたしが演出しなきゃ。

 

たった数曲だけなのに額から汗が染み出るけど、不思議とライブ中の汗は演出のようにキラキラと光ってるように思っちゃう。

 

あたしは、貴方についていくよ。貴博君。

 

 

 

 

 

「終わったー!最高だったな!」

 

ライブを終えて控室に戻り、汗をタオルで吹きながらともちんはとっても良い顔で今回の感想を言う。

あたしもともちんの感想に意義はないし、ほかのみんなも絶対そう思ってる。

 

証拠はみんなの満ち足りた顔と達成感。

あたしたち、今回のライブも大成功で幕を下ろしたっぽい。

 

「このまま打ち上げをつぐの家でしようよ!」

「疲れてる……って言いたいところだけど、今回は賛成。つぐは大丈夫?」

「うん!もちろん!」

 

ひーちゃんの提案に珍しく蘭も賛成。きっと蘭も今回のライブが楽しくて余韻に浸りたいんじゃないかな。

そんなことを思ってるモカちゃんも余韻に浸りたい。貴博君にも会いたいけどね。

 

出演者のバンドさんやスタッフさんに挨拶を済ませてからライブハウスを出ると、さっきまで熱くなっていたから外の冷気が一段と寒く感じて思わず肩をぶるっと震わせる。

 

「……?」

「モカちゃん、どうしたの?」

「なにかあったのかなーって。ほら、あそこにいる人たち、警備員さんって感じじゃなさそうだし~」

「あれ、本当だ」

 

みんなは余り気にしてない感じだったけど、ライブハウスを出てすぐの路地で警察の人がたくさん集まっていた。

見慣れた光景、とか言っちゃったら物騒に思ってしまうけど事実だからしょうがない。

警察の人がいるのを一週間に一回は見ている気がするし、どちらかと言えば何が起きたのか気になって見に行ってしまう人たちも多いような気がする。

 

自分の身に不幸が降りてない時は好奇心の方が勝っちゃうのは良くないと思う。

でもあたしだって心のどこかで自分は関係ないし大丈夫だ、って思ってる。

 

「モカ、早く行こう」

「うん」

 

蘭に急かされてあたしもみんなの後をゆっくりとついて行く。背中にはギターを背負っているからずっしりしているのだけど、いつもこんな重量感があったっけと思う。

手に持っているエフェクターボードも重たく感じちゃう。

 

たくさんの人たちとすれ違ったけど、みんな同じような話題を話していた。

ライブハウスの近くなのにライブの感想じゃないのはちょっと寂しい。

 

 

 

聞いた?あそこで殺人未遂事件があったんだってよ。

まじで!?でも未遂って事は死んでないんだろ?

でも聞いた話によると被害者の血の量、ハンパじゃなかったらしい。

うっそ!画像とか流出してないかな、調べようぜ。

 

一人で歩けないよね、こわーい。

安心しろって。俺がいるだろ。

ヤバそうな奴がいたら守ってよね?

当たり前だろ。それより現場、見に行こうぜ

 

 

 

あまり聞いていて気持ちのいい話では無かった。

 

 

 

 

 

 

「みんな、お疲れ様!かんぱーい!」

「「「「かんぱーい」」」」

 

おじさんたちの飲み会の始まりみたいな雰囲気だけど、ジュースで乾杯をしてるのは流石につぐにお店を借りているのにアルコールはまずいだろうという判断。

夜遅くに片付けもしないといけないのにお店を貸してくれているつぐのママとパパにはお礼を言わなきゃだよね。

 

オレンジジュースを口に含むと甘さの中にも酸味が加わっていてとても美味しい。

甘さもあって酸味もあるって、貴博君みたいだね。

 

「……モカ、今貴博の事考えてたでしょ」

「蘭って、エスパー?」

「別にそんなんじゃないけど、貴博のところに行かなくて良いの?」

「これが終わったら、貴博君の布団にもぐるから平気~」

 

ふと携帯を触ってみると、ママからの着信履歴がかなりあった。

何かあったのかなと思ったけどそんなに急ぎじゃないだろうから後にしよう。

ママに急用を頼まれたことなんて今までなかったから。

 

「布団にもぐる!?」

「うん、たまに黙って貴博君の寝てる隙にお布団に入って~、それで貴博君が起きたら叩き起こされるんだよね~」

「貴博君も苦労してるんだね……」

 

みんなの乾いた笑顔が印象的で、多分みんなも本当に好きな人に出会えたらあたしの気持ちが分かると思うんだけどなぁって思う。

いつまでもギュッとしていたいし、貴博君をいつでも感じていたいって思うよ?

 

蘭とか想像できなそうだけど、意外とべったりな気がするんだよね~。

 

「な、何……こっちジッと見てんの?」

「蘭に素敵な人はまだ出来ないのかな~」

「よ、余計なお世話だし!」

 

顔を赤くしてオレンジジュースをちびちびと飲んでる蘭にあたしは笑ってしまった。

蘭はやっぱり分かりやすいね。

ひーちゃんもともちんも、つぐも笑顔で本当に今は最高な時間を過ごしているって自負してる。

 

「でもでも、今日は今までで一番楽しかったね」

「そうだな。アタシもめっちゃ楽しかったし、一番うまくいったんじゃねぇか」

「うん!私もそう思うな」

 

話は次第に今日のライブの感想を言い合っていく方向へと発展していった。

いつもは少なからず反省点があって、それを次の練習では意識してという感じだったけど今回は反省点は挙がっていない。

 

ともちんは今日のドラムスティックが弾けるようだったと言う。

ひーちゃんは自然と指が動き、身体がステップを刻んでいたと言う。

つぐは鍵盤が身体の一部かと思うくらい一体感があって心地よかったと言う。

蘭は言葉では表しにくいけど、今までで一番歌を歌っていて楽しかったと言う。

 

あたしは……。

 

「あたしは~、まだまだ上達できるって感じた~」

「いつもは適当なのに、今日はやけに厳しいじゃん」

「いつも大真面目だよ~」

 

あたしも今日はとっても気持ちが良かったし、楽しかった。

でもあたしの中ではもっと上手く出来たんじゃないかなって心のどこかでは思っていた。

今回は貴博君の事を想っていたから出来た演奏。だから今回も貴博君に助けてもらったってあたしは思う。

 

この気持ちを本番直前だけじゃなくて、練習の時でもその気持ちを持っていたらもっと上のレベルで本番が出来るはずだよね。

 

「だから~、練習の時から今日みたいな演奏が出来たら、もっとあたしたち、上手くなると思う」

「なんだかモカらしくないけど、たしかにその通りだよな。よし、今日の感覚を忘れずに練習に励もうぜ」

 

ともちんがジュースを高く上げながら宣言し、ジュースをゴクゴクと飲み続ける姿は酔っぱらっちゃったおじさんの姿とダブって見えた。

 

その時にお店の電話がジリリリ、と音を立てたからあたしも含めみんな電話機の方に目を向けた。

蘭も不思議そうな顔をしているのは、もうすでにつぐのお店の営業時間は終わっているから。

 

「私、電話出てくるね」

 

つぐが小走りで電話機の元へ行く。

あたしたちは今どきほとんど携帯電話からしか電話がかかってこないから珍しくもない現象に好奇心を抱いてしまったんだね。

 

なんだか、ライブ終わりの事件現場を野次馬する人たちと変わらないような気がしてげんなりとした。

 

「それよりもモカって、本当に貴博君と付き合ってから変わったよね」

「モカちゃんはモカちゃんのままだよ~」

「そんなことないって!モカ、最近輝いてるよ。あーあ、私もモカや巴みたいに素敵な恋をしたいなー」

 

コップの中に入っているストローを手に持ってグルグルとかき混ぜながらどこか遠い場所を見ているひーちゃんが小さなため息をつきながら手に顎をのせていた。

 

輝いている、かぁ。

でも確かにひーちゃんの言う通りかも。貴博君の事を思い浮かべてこんなことをしたら喜んでくれるかなとか、あんな冗談を言ったらジト目で見つめてくるかなとか考えているから毎日が楽しいんだよね。

 

「モ、モカちゃん!モカちゃんのお母さんから。何かとても慌ててる感じでモカちゃんに代わってほしいって」

 

え、ママがあたしに?こんな時間に慌ててるの?

つぐがちょっと不安そうな顔であたしの事を呼ぶから小走りで受話器の近くまで行く。

どうしたんだろ……。今までこんなことは無かったから不安。

 

あ、そういえばあたしの携帯にママから着信がたくさん入ってたっけ。

それと関係、あるのかな。

 

「もしもし~?どしたの?」

「モカ!?今どこにいるの!」

「ちょっとちょっと、落ち着いて話してよ~」

 

こんなに焦っているママの声を聞くのは初めてで、何か嫌な予感がしてきて心臓がギュッと誰か悪い人に握られているような息苦しさを覚える。

 

ママはいつも察しが良いのにどこにいるの、って聞いてくる時点でおかしいよ。

つぐの家の電話に出てるんだからつぐの家にいるに決まってるから。

 

そして受話器から聞こえるママの声が聞こえた瞬間、思わず受話器を落としてしまった。

そして足に力が入らなくなって崩れ落ちてしまった。

 

そして頭の中はパニック状態を通り越して、何も考えられなくなった。

どういう事……?

 

「佐東君が意識不明の重体なのよ!?今緊急手術中なのよ!?」

 

あたしが床に落とした受話器からは空しく声だけが響いていた。

 

 




@komugikonana

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~次回予告~

あたしは足に力が入らず、思わず崩れ落ちてしまった。
貴博君が意識不明の重体?ママ、あたしの大事な人に対してそんな冗談なんて辞めてよ。
何も面白くないよ?

それに、貴博君は……。

今日の昼ぐらいはお互いメッセージをやり取りしていたんだよ?
数時間前はあたしたちにパンを差し入れてくれたんだよ?

そんな貴博君が今は意識不明なんて、あり得るはずないじゃん。

なのにどうしていつも冷静沈着なママが慌てふためいているの?
確かにライブハウスの近くに警察の人がいたけど、そんなはずないよ。

「そんなの、嘘だよ……。だって貴博君は今日も控室に来てくれたもん。その時はいつも通りだったよ?」



では、次話までまったり待ってあげてください。


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change③

あたしは足に力が入らず、思わず崩れ落ちてしまった。

貴博君が意識不明の重体?ママ、あたしの大事な人に対してそんな冗談なんて辞めてよ。

何も面白くないよ?

 

それに、貴博君は……。

 

今日の昼ぐらいはお互いメッセージをやり取りしていたんだよ?

数時間前はあたしたちにパンを差し入れてくれたんだよ?

 

そんな貴博君が今は意識不明なんて、あり得るはずないじゃん。

 

なのにどうしていつも冷静沈着なママが慌てふためいているの?

確かにライブハウスの近くに警察の人がいたけど、そんなはずないよ。

 

「モカちゃん!?どうしたの」

「モカ!大丈夫!?」

 

近くにいたつぐは何が起きているのか分からないくらい慌ててあたしの近くに来てくれて、蘭は目の色を変えてすぐ近くまで来てくれた。

ひーちゃんとともちんは突然の出来事に、固まっちゃってる。

 

「モカ、電話出ても良いよね」

 

蘭はあたしの返事を待たずに落ちている受話器を拾って話し始める。

つぐがさっきあたしのママから、って言っていたのを蘭は聞いていたんだろう。

 

蘭、お願いだからあたしが聞いた言葉がすべて疲れから来ている幻聴だって言って。お願いだから。何でもするから。

 

「うそ……。その話、本当なんですか!?」

 

いつもは感情を表に出さない蘭でさえ、一瞬固まってそこから焦燥の色を顔全体に出しながら早口で受話器に向かって話しかけている姿を見て不安にならない人なんていないと思う。

 

ひーちゃんも、さっきまでストローを持ってグルグルしてたのに、そんな仕草でさえ忘れてしまってる。

 

 

受話器をゆっくりと戻した蘭は、しばらく床を見たままだった。

 

「貴博が、誰かに襲われて……意識不明、なんだって。今手術中だけど、頭を強く打ってるから……色々と厄介らしい……」

 

床を一点見つめたまま蘭が電話越しから聞いた言葉を淡々と話した時、確実にあたし達の周りを流れる時間が止まった。

でも時計の秒針は間違いなく進んでいる。

 

みんな驚嘆の声を上げたくらいで、その後に続く言葉が無い。

あたしは、何をしていて何を言えば良いのかも分からない。

 

あたしの頭の中では、一年前に初めて貴博君に出会った時から今日差し入れを持ってきてくれた貴博君の表情一つ一つが走馬灯のように駆け抜ける。

なぜだか視界がグニャンとなって良く見えない。

 

「そんなの、嘘だよ……。だって貴博君は今日も控室に来てくれたもん。その時はいつも通りだったよ?」

「……モカ」

「きっと違う貴博君だよ?名前が同じな別の人だよ。そうだよね……そうだって言ってよ、蘭」

 

パチン、という乾いた音が鳴り響いたのはあたしが自分のそうであってほしいという願望を言い終えた後だった。

その音と同時にあたしの頬は痛みを感じて、その後ヒリヒリとした痛みが広がっていった。

そしてあたしの視界を歪ませていた正体が目から頬を伝って落ちていく。

 

蘭はちょっとやりすぎちゃった、みたいな顔をしている。それに蘭だって頭の中では情報を整理できていないのかもしれない。

そんな眼をしているのに、蘭はずっとあたしの眼を見ていた。

 

あたしは、すぐに眼を逸らしちゃうのに。

 

「モカは、あいつの彼女なんでしょ……。だったら、モカはあいつの近くにいてあげないといけないでしょ!いつまでも目を逸らしてたらダメだから!」

「蘭……」

 

でもあたしは悪い子だと自分でも思う。こんなに言われても足の力が全然入らないのだから。

蘭の言葉は間違ってなんかない。むしろ全員が全員、早く飛び出して走って貴博君の元に行けば良いじゃんって思う。

でも……。

 

「怖いよ」

 

あたしの心の声がついに漏れてしまった。

意識不明の重体という事は、この先すぐに容態が変化してどうなるか分からないという事だよね?

あたしの目の前から貴博君がいなくなるなんて、怖いよ。

もうあたしの思考の一部、いや大半が君の事なのに、そんな君がいなくなったらあたしはどうしたら良いの?

 

 

しばらくの静寂が続いた。

さっきまであんなにも充実していて楽しかったのに、今は誰も甘いオレンジジュースを飲もうとはしない。

 

「モカの気持ちも、分かるよ」

 

蘭は何かを決心したような声色であたしに優しく声を掛けてくれた。

あたしはまだ、蘭の顔をまっすぐ見れない。

 

「怖いって気持ち。あたしは恋をしたことが無いけど大事な人が突然いなくなっちゃって、もう二度と会えなくなるかもしれないって思ったら怖いよ」

 

だけど、と蘭は話の続きをする。

 

「でもきっと立場が逆なら、貴博だったら、迷わずその人がいる場所に向かうと思うよ」

「……」

「モカは落ち着いてから、病院に行けばいい。あたしは今から会いに行くけど。この時間に大勢で行ってもきっと追い返されるだろうし」

 

だからひまり、つぐみ、巴はモカのケアをしてあげて。

蘭はゆっくりとだけど歩き始めて、店の扉を開けようとする。

 

扉を開けようとした時、蘭はあたしの方を向いた。

 

「モカ。安心して。あいつは死なないから」

 

その言葉を残して、蘭は店を後にした。

そして急に襲い掛かる罪悪感に、あたしの心は悲鳴を上げそうになった。

どうして貴博君の彼女であるあたしはこの場所にいたままで、貴博君とは赤の他人でもある蘭が貴博君の元に行っているの?

 

あたしは、彼女失格だね。

 

「モカちゃん、今日は休もう?私の家にお泊りしても良いから」

 

いつも頑張り屋のつぐから休もう、という言葉を聞けるなんて新鮮だなって思えた。

ひーちゃんもいつの間にかあたしの隣にいてくれているし、なぜだか涙が溢れてしまった。

 

ともちんは店の外で誰かと電話をしているらしい。きっとあの子だろうなと思うし、店の中で電話を敢えてしないともちんの気遣いが心に染みた。

 

 

そのままあたしは、つぐの言葉に甘えてつぐの家で一晩を過ごすことにした。

 

 

 

 

 

 

目を覚ませばすでに辺りは明るくなっていて、窓の外はいつもの日常が幕を開けていた。

昨日からあまり寝れなかったあたしは、もしかしたら昨日見ていたのはすべて悪い夢だったんじゃないかという期待を込めて携帯を見たが、昨日見たママからのたくさんの着信履歴は残ったままだった。

 

あたしは着信履歴をすべて消して、その行動をとった後は深いため息をついた。

何をやっているんだろうね、あたし。

 

横を見ればつぐが静かに寝息を立てていた。

 

「あれ、メッセージが来てる」

 

メッセージの送り主は蘭からで、そのメッセージを見るのも少し怖かった。

きっと手術の結果とか、どうなったかが書いてあるだろうから。

 

もし、貴博君が夜中に息を引き取ったとか書いてたら……。

昨日と同じ得体のしれない怖さが突如襲い掛かってくる。

 

タップせずにメッセージは一部見ることが出来るけど、そこに書いてある文字は「モカ、おはよ。あたしはあのままタクシーで病院行った。手術の結果は」で切れている。

 

すでにあたしは貴博君の彼女失格だけど、これ以上逃げることは許されないから震える指で夜中に来た蘭のメッセージをタップした。

 

 

 

 

 

 

 

 

手術の結果は成功

 

 

 

 

 

 

 

そう書いてあって、止まっていた息が徐々に正常になっていった。

何の手術をしたのかまでは書いてないけど、成功という二文字がこんなにも嬉しく思えたのは人生で初めてだった。

 

「これからあたしは、どうしたら良いのかな」

 

一体あたしはどんな顔をして病院に行って貴博君に会えば良いのかな。

成功したとしてもまだ目を覚ましていない可能性の方が高いけど、貴博君が被害を受けた事件の事を聞いてすぐに駆け付けなかった彼女をどう思うのかな。

 

「ねぇ、貴博君ならどうする?教えてよ……」

 

この場にいないのにあたしは貴博君に助けを求めた。当たり前だけどこの部屋にいるのはあたしとつぐだけで、つぐは眠ってる。

 

でも不思議と、貴博君の声が聞こえるような気がする。

キョロキョロと辺りを見渡してもいるはずがない。もしかしたらあたしの脳内の中にいる貴博君かもしれないね。

 

目を閉じたら、すぐ近くに貴博君がいるような気がして抱きしめたくなった。

 

 

……貴博君のそばにいない方が良いんだって。あたしが貴博君にしてたことがありがた迷惑だったんだって。

 

 

あたしの頭の中で、あたしがこんな言葉を言っていた。

そっか、あたしはたしかにそんな言葉を貴博君に言った。貴博君にもう二度と俺の前に現れるなって言われた。

あの時の夕焼けはとってもきれいだったよね。

 

 

いつもそばにいてくれる(女の子)、俺の事を考えてくれる(女の子)が何よりも大切でかけがえのないモノだってお前のプレゼントで気づいたよ。

 

 

バカ。またそんな事を言うんだから貴博君はバカで、ズルい。

あの河原で君に言われたその言葉は今でも昨日のように思い出せるよ。

 

 

 

 

……そっか。

バカなのはあたしの方じゃん。

あたしにひどい事を言ったって自覚があったのに、貴博君はあたしのプレゼントの正体が分かった後、真夏なのに急いであたしを探してくれたんだよ。

例え熱中症になっていたとしても、あたしを見つけるまで止まらなかったんだよね。

 

それなのに、あたしは。

 

「昨日、蘭の言ってた事が分かった」

 

あたしはまた涙を目に貯めてしまった。

蘭の言う通り、もし事件の被害者があたしだったら貴博君は迷わずあたしの元に駆けつけてくれただろう。

 

まだ、間に合うよね。

貴博君に嫌われるかもしれないけど、嫌われるより怖い事がある。

 

あたしは目に溜まった涙を擦った。

もう泣かない。

 

 

貴博君のそばに行って、そして謝らなくちゃいけない。

こんな最低な彼女でごめんね、って。

 

 

つぐの家を飛び出して、あたしは走る。

冬だから肺のあたりが痛くなってくるけど、そんなの関係ない。

 

そして走りながら蘭に電話を掛ける。

 

 

「貴博君はどこの病院にいるの!?早く教えて、蘭!」

 

 




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新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
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~次回予告~
あたしは走ることとか面倒くさいからあまり好きではない。
だってあたしは動くのが嫌だし、ジッとしていた方が楽だから。

そんなあたしが今、人生で一番本気で走っているような気がする。
特にこの季節の運動は肺のあたりがキュッとするような感覚になるから嫌いだし、高校生の時の冬の持久走は歩いていたくらい。

走りながら蘭に電話したから最初はどうしたの、と言っていたけどなりふり構わずあたしは蘭に聞いちゃった。
貴博君が今いる場所は羽丘大学医学部付属病院らしく、この辺りでは一番大きな病院。だから貴博君が今どんな状況に陥っているかは手に取るよりも簡単に分かる。

そんなに遠くないからきっとすぐに着くはず。
まだ走り始めて時間が経っていないはずなのに息が乱れ始め、吐く息が目に見えるように弱弱しくなっているけど足を止めるわけにはいかないよね。



では、次話までまったり待ってあげてください。


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change④

あたしは走ることとか面倒くさいからあまり好きではない。

だってあたしは動くのが嫌だし、ジッとしていた方が楽だから。

 

そんなあたしが今、人生で一番本気で走っているような気がする。

特にこの季節の運動は肺のあたりがキュッとするような感覚になるから嫌いだし、高校生の時の冬の持久走は歩いていたくらい。

 

走りながら蘭に電話したから最初はどうしたの、と言っていたけどなりふり構わずあたしは蘭に聞いちゃった。

貴博君が今いる場所は羽丘大学医学部付属病院らしく、この辺りでは一番大きな病院。だから貴博君が今どんな状況に陥っているかは手に取るよりも簡単に分かる。

 

そんなに遠くないからきっとすぐに着くはず。

まだ走り始めて時間が経っていないはずなのに息が乱れ始め、吐く息が目に見えるように弱弱しくなっているけど足を止めるわけにはいかないよね。

 

時々もつれる足を自分で制御しながら精いっぱい前に進む。

人が真剣な時に何も関係のない街行く人は不思議な視線をまじまじと送り付けてくるけど知った事じゃない。

 

「モカ、思ったより早く来たね」

「あ、蘭」

 

病院の前にまで走りぬけると、入り口で蘭が待っていてくれた。

きっとあたしが電話した後、貴博君がいる病室まで聞かずに電話を切っちゃったから心配してここまで来てくれたのかな。

 

蘭は時々目を擦っていて、少し眠たそうにしていた。

 

蘭の後を息を整えながらついて行く。

病院の窓がチラッと目に入った時、あたしの髪の毛が冬の冷たい風のせいで変な癖がついていたから右手でサッとした。

 

「……蘭。貴博君の容態は?」

「それは病室に着いてから、説明する」

「そっか。今病院にいるのは蘭だけ?」

「そうだね。京華さんもついさっき帰った。流石に眠たいって」

 

蘭と二人でゆっくり階段をのぼりながら色々と情報を聞いていたが、あたしが気になったのはママも来ていたという言葉で、特に「も」という一言。

誰が、そして何人くらい駆けつけたのかは分からないけど心がチクッとした。

 

「モカ、この部屋の中であいつが待ってるよ」

 

階段をのぼりきってすぐの病室の前で蘭が足を止めた。たしかに病室の前には貴博君の名前が記されている。

蘭がコンコンコンと三回ドアをノックして入るから、と素っ気なく言ってから戸を開けた。

 

戸の中にはベッドが一つだけ設置してある個室らしい。

そのベッドの上で眠っている貴博君がいた。

 

「貴博君……」

 

近くでみると貴博君は気持ちよさそうに、いつも部屋でぐっすり眠っている顔を変わらない寝顔だった。

だけど違う部分と言えば頭には包帯が巻かれていて、その上からネットのようなものをかぶっていた。

 

「モカ、落ち着いて聞いて」

 

病室にあった椅子を二つ持って、あたしに座るように促しながら神妙な面持ちで静かに蘭が語り掛けてくる。

あたしは椅子に座ってから唾をゴクンと喉に押しやり、少しだけ目を閉じて深呼吸した。

 

病院のこの独特のにおいは、あたしはあまり好きじゃないんだよね。

 

「貴博の容態なんだけど、見ての通りまだ目を覚ましてない」

「……うん」

「ブロック塀で殴られたことによって頭蓋骨が骨折しているらしい。脳挫傷も確認されてるけど、そこは不幸中の幸いで軽度なものらしい。でも目を覚ました後に何かしらの障害がある可能性もある。精密検査は既にやったよ」

 

あたしは蘭の話をゆっくりと聞いて、それからゆっくりと椅子を持ち上げて貴博君の近くまで持って行く。

そのままあたしは貴博君の頬を優しくなでた。

 

痛かったよね。辛かったよね。今もしんどい?

 

いつもだったら鬱陶しいからやめろ、とかニヤリとした顔して言うくせに今日は表情を変えない貴博君を何度も、何度も優しく触れる。

 

「医者の先生が言うには、もう目を覚ましてもおかしくないらしいけど……もしかしたらストレス的な要因で目覚めない可能性もあるって」

「そっか。でも貴博君はずっと頑張ってたのあたしは知ってる。だからちょっとくらいは休憩させてあげたいな。このまま寝たまま、とかは許さないけどね~」

「……そうだね」

 

貴博君の事だから実はちょっと前位から目が覚めていて、今は寝たふりをして普段聞けないようなことを聞いて心の中で笑ってそうだなぁ。

そんな気持ちを持ちながら、ふんわりとした視線を彼に送る。

 

蘭はしょうがないね、と言いたそうな顔で小さくため息をついた。

 

あたしの頭の中には実は一つだけ、聞いておかなくてはいけない事がある。

だけど今は知りたくないと思っているし、蘭もあたしの事を気遣ってくれているような感じがした。

 

 

あたしが今そのことを知ったら、きっと取り返しのつかない事をしそうな気がするから。

 

 

「モカ、流石にそろそろ帰っていい?もう眠気が限界」

「え~、もうちょっと頑張ろうよ~」

「無理だって」

 

 

蘭の事を誰よりも知っているあたしなら分かるのは、本当にあの後病院に行って一睡もせず貴博君が目を覚ますのを待っていたという事。

蘭に聞いてもきっと答えてくれないだろうけど、優しい蘭の事だから。

 

その時に病室のドアがコンコンと音を立てた。

あたしも蘭も見えない糸に引っ張られちゃったみたいにドアの方に視線を動かした。

 

「美竹さんに、青葉さん。お疲れ様」

 

病室に入ってきたのは貴博君の双子の弟君にして、ライブハウスCiRCLEで働くスタッフさん。新入りだと思っていたけどもうスタッフを初めて1年も経つんだね。

 

「兄さんは、まだ起きてないんだね」

 

ひょろひょろで、ちょっとした吐息で一気に消えてしまいそうな声色で眠っている貴博君に語り掛ける弟君はとっても意気消沈していた。

まるで、こうなってしまったのも自分に責任があると言わんばかりのように感じた。

 

あたしは声を掛けたかった。

君のせいなんかじゃないし、悪い事は何一つないんだよってね?

 

でもそれをすることが出来なかった。

もしかしたらあたしがまだ知らない事が存在しているのかもしれないって思って、安易に声を掛けられないと判断したから。

 

「青葉さん、兄さんが本番の前にパンの差し入れを持って行ったこと、覚えてる?」

「……うん。覚えてるよ」

「そ、その……僕も今日気付いたんだけどね?やまぶきベーカリーの紙袋に、多分兄さんなんだけど、想いが残ってたんだよ」

「どういう事?」

「紙袋の底にね、これが入ってたんだ。控室に置いてあった紙袋を捨てようとした時に月島さんが見つけたんだ」

 

弟君は右手に淡い青色の封筒を持ってあたしの目の前に差し出してきた。

こんな封筒を見たことがなかったあたしは恐る恐る封筒を受け取った。

 

表側には特に何も書いてなかったから裏返して裏面をみると、そこにはお疲れ様、と書いてあった。

 

どうして裏面にそんな言葉を書いたのか、そして何に対してのお疲れ様なのか。こんな変哲もない言葉に頭を捻る。

 

「モカ、これは今見た方が良いんじゃない?」

「……そう、かな」

「もちろんモカに任せるけどね」

 

こんな大事な分岐点に任せるだなんて厳しいな。

あたしがもしこの封筒を貴博君に直接貰ったとしたら、あたしは寝る前とかに見ちゃいそうな気がする。

 

チラッと貴博君の方を見ても表情が変わらない事は分かり切っているのになぜか彼に確認してしまう。

 

あたしが読んでも、良いのかな。

 

 

丁度貴博君の様子を見に来た、あたしたちと同じくらいの年齢の看護師の女性の人にハサミを持ってきてほしいとお願いをした。

そのままビリバリと封を切っては貴博君に失礼だと思ったから。

 

 

その後すぐに看護師さんがハサミを持ってきてくれた。

ハサミをあたしに渡した後の看護師さんは目を覚まさないまま眠っている貴博君の方を見つめ、口元を上品に手で抑えながら小さな声で何かを話しかけていた。

 

あたしにはほとんど聞こえなかったけど、変わらないという言葉が聞こえたような気がした。

昔も今も恋の形は変わらないってことなのかな?でも看護師さんはあたしたちと同じような年齢なのにね。

 

それならあたしも今だけはこれまでと変わらないように貴博君に接してみようかな、と口元をニヤッとさせながら貴博君に話しかける。

 

「貴博君、読んでも良いよね?」

 

ハサミで封筒の封を切って、中に入っていた白色の便せんを取り出した。

 

便せんは綺麗に折りたたまれていて、自然と持つ手が震える。でも便せんは封が切られるのを待ち焦がれていて、早く読んで欲しいというような気持ちを持っているように思えた。

 

あたしは一呼吸おいて便せんをゆっくりと広げた。

蘭も、弟君も、看護師さんも神妙な面持ちであたしに視線を送る。

 

 

 

確かにこれは、貴博君の字だとあたしの直感がそう伝えてきた。目でゆっくりと、お気に入りの小説を目で追うスピードよりも更に丁寧に、通していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Dear モカ

 

 

俺が君と出会った頃はまさかこんなに深い関係になる

とは思いもしなかった。これを読んでる頃にはバカと

けんかして、もしかしたら君の目の前からいなくな

っているかもしれない。弟にも反対されたくせに

こんな状況になっているのは、もしかすると君にげ

んめつされてるかもな。言い訳をさせて。君の事を愛

してるから、他の誰よりも大事だから危険な目に遭遇し

て欲しくなかった。君が愚かな行いをした俺を許して

くれるなら俺のそばにずっといて、笑っていて欲しいん

だ。こんな事を君の目の前で言うのは、なぜか照れく

さくなるから文字にしたんだ。

いつか、直接言わせてほしい。

 

 

大好きだよって。

 

 

 

 

 

 

 

しっかりと手に持っているはずなのに、勝手に震えてきて文字がしっかりと読めないよ?

それにどうしてあたしの視界が霞んできているのかな。

 

「ここ、もしかして雨漏り、してる?」

 

せっかくの大事な手紙にポトポトと雫が零れ落ちて言って、すでに書かれた字をふやけさせぼやけさせる。

今日雨が降るなんて考えてもいなかった。

 

更に雨脚が強くなって、あたしの鼻もどうしてかグズグズとする。

頬を大粒の雫が滴り落ちるのを何回も右手で拭っているのに、落ちていく。

 

「モカ、我慢しなくて良いんじゃない?感情を出した方が寝たままのこのバカに届くかもしれないよ」

 

蘭の優しい声が、あたしがせき止めていたダムを一気に崩壊させた。

 

「手紙でなんて、ずるいよぉ。どうしていつも、貴博君はそうなの……」

 

普段は口下手であたしをからかう事の方が多いのに、大事な時にはこんな事をしちゃうんだから。

 

「このままじゃ、君の事、もっと好きになっちゃうよ」

 

眠ったままの貴博君の胸に顔をうずめた。

これ以上、両手では涙を拭いきれずに大切な手紙が読めなくなってしまうから。

それと、どうしてもあたしは君を欲しがってしまったから。

 

君の胸元があたしの涙のせいで汚れてしまうかもしれないけど、後先の事を考える余裕なんて無かった。

もし君が目を覚ましたら不自然な胸元の湿り気に嫌な顔をするかもしれないけど。

 

「ばか……ばか……!ありがとう」

 

言葉になんて上手くできないから。

感情に任せても良い?ちゃんと君は受け取ってくれる?

 

「お願いだから目を覚ましてよ!いつまでも寝たままとか嫌だよ?あたしまだ返事をしてないじゃんか!返事をさせてよ!」

 

どうしてお願いにしては、こんなにも荒々しくなっちゃうのかな。

あたしが悪い子だからかな。

 

「いつもみたいな貴博君の笑顔を見せてよっ!声を聞かせてよっ!温かい手であたしの手を優しく握ってよぉ」

 

うぁあああああああああ、ひっく、ぅあああああああん。

ぐすっ、ぐすっ。っぁああああああああ。

 

 

 




@komugikonana

次話は3月10日(火)の22:00に公開します。
次回が最終回です。最後まで応援よろしくお願いします。

新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~高評価をつけて頂いた方のご紹介~
評価10と言う最高評価をつけて頂きました cepheidさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからもこの小説をよろしくお願いします。

~次回予告~

あたしがこんなにも泣いたことは人生で初めてかもしれない。
いつになっても嬉しいという気持ちと申し訳ないような気持ちが湧いてきて、それらの気持ちが一粒の雫となって幾度となく頬を伝った。

あたしは今までかるーく考えて行動していた人間だったから子供の様に泣きじゃくるなんて想像もしていなかった。

落ち着きを取り戻した後は急に名残惜しく感じて、すでに湿り切った君の胸元にもう一度顔をうずめる事にした。
服の上からも感じる優しい温かさが、まるであたしの頭を優しくなでてくれているように感じた。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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change⑤

こんにちは、小麦こなです。
今話でこの小説は最終回となります。あとがきにて恒例のエンドロールを掲載しております。ゆっくりと下にスクロールしながら見てください。
もしかしたら貴方の名前が入っているかも!?

そして次回作についてですが3/22(日)の22:00に投稿予定です。
続報についてはTwitterにてお伝えしていきます!ついでにchangeの後日談もTwitterで……!?

小麦こなのTwitterは作者ページからご覧になれます。

それでは、最終話をどうぞお楽しみください。


あたしがこんなにも泣いたことは人生で初めてかもしれない。

いつになっても嬉しいという気持ちと申し訳ないような気持ちが湧いてきて、それらの気持ちが一粒の雫となって幾度となく頬を伝った。

 

あたしは今までかるーく考えて行動していた人間だったから子供の様に泣きじゃくるなんて想像もしていなかった。

 

落ち着きを取り戻した後は急に名残惜しく感じて、すでに湿り切った君の胸元にもう一度顔をうずめる事にした。

服の上からも感じる優しい温かさが、まるであたしの頭を優しくなでてくれているように感じた。

 

「ハンカチ、貸してあげるよ」

「あ、ありがとうございます」

 

看護師のお姉さんからハンカチを受け取って涙を拭う。

顔にハンカチが触れた時、ほのかに良いにおいがした。そしてそのにおいはどこかで嗅いだことのあるような、懐かしい感じがした。

 

例えで言うならば、たくさんの本に囲まれた空間にいるような感じ。

 

「モカがあんなにも感情をあらわにするなんて、意外だった」

「いつもあたしは感情が豊かだと思うんだけどな~」

「嘘ばっかり。……でも」

「でも?」

「こいつがモカにたくさんのものを与えたんだなって。最初会った時はサイテーな奴だと思ってたし、言葉足らずで態度が気に入らなかったけど、ちゃんと彼氏みたいなことしてたんだってね」

 

蘭の言った事にそっか、と返事して優しい顔を彼女に送った。

貴博君と蘭はどこがとは言わないけど、とってもそっくりだと思う。もし違うところで違う出会いをしていたら蘭とどういう関係になっていたんだろうって、そんなあるはずのない答えを探すような事を考えたことがある。

 

どうしてそんな事を考えたのかはナイショにさせて欲しいかな。

もし言ったら、誰かに怒られそうな気がするから。

 

涙を拭き終えたハンカチは一仕事を終えたようにしゃんとしているように思えて、少しだけ微笑みかける。

そのまま自然と貴博君の寝顔を視界に入れると、君は気持ちよさそうに寝ているから頬をギューッと抓ってみた。

 

「むー……こっちは心配してるのに気持ちよさそうに寝てる」

 

こっちは君の事をこんなにも心配してるのに、無自覚だね。

蘭がボソッともっと強く抓っても良いんじゃない、なんて言うけれどあたしも蘭の意見には賛成なんだよね。

 

弟君は、何やら看護師のお姉さんとお話していた。

双子揃って案外女の子をもてあそぶのが得意なのかな。もしそうならあたしとともちんが協力してその特技を使えなくしようかな、えへへ。

 

「でも、やっぱり貴博君は一人じゃ無かったよね」

 

気持ちよさそうに寝ている君にも、どうか届いて欲しい。

そんな一心を込めて言葉を口にした。

 

「どう?最初の、あたしたちが出会ってすぐの頃ぐらいに考えてた事が今もかな?」

 

最初は自分が犯罪者だから、拒絶されるのが当たり前で……そんな自分を平気な顔で演じてるくせにたまに弱みを見せてたよね。

辛いなら辛いって言えば良いのに。

 

自分を悪者に仕立て上げて、周りの困ってる人に手を差し伸べるのが貴博君だよ。

あたしは悪い行動だとは思わない。

でも、最善の行動でもないってすぐに分かったよ。

 

君が助かることなんてないんだから。

 

「目を瞑ったままだから分からないかもだけど~、今、君の周りにあたしも入れて4人もそばにいるよ」

 

看護師のお姉さんを数字に入れちゃったけど、4人もいるんだよ?

ママやひーちゃん、ともちんにつぐ、さーやとまだまだ増えるよ?

 

人が惹きつけられるのは、それほど君には魅力があるって事。

 

「こんな『変化』が起きたのもあたしのおかげなら、嬉しいな~……なんてね。だから早く起きてね」

 

きっとこの狭い病室にいるみんなが同じような表情で君の寝顔を見ているはず。

怖い表情じゃなくって、きっと太陽のようなポカポカとした優しい笑顔で見てるはずだよ。

 

もし生きるか死ぬか、迷っているならあたしはこう伝えるよ。

 

「一人じゃないから」

 

病室の外から看護師の人だろうか、女性の声でマイちゃん来てーという声が聞こえた。

その声に反応したかのようにあたしにハンカチをくれた看護師さんがはーい、と返事をして病室を出ていこうと戸を掴んだ。

 

そしてあたしの方を振り返ってニコリとした。

 

「もしかしたら患者さんは生きるか死ぬか迷ってると思う。あなたの考えと同じ。でもきっと帰ってくるよ。この患者さんはそういう人っぽいしね。案外寂しがり屋っぽいし」

「……そうですよね」

「あなたみたいな彼女をほっといて死んだらあたしが燃やしてやる!そうそう、彼が目覚めたら私に言ってね。瀬川って言うから」

 

その時に一緒にハンカチを返してくれたら良いから、と言いながら小さく手をヒラヒラと振ってから、看護師のお姉さんは病室を出て行った。

 

蘭も流石にもう帰るらしく帰り支度をこっそりとし始めていて、弟君も渡したいものは渡せたし職場の片付けもしないといけないらしいから帰るらしい。

 

あたしはどうしようかな。

 

 

 

えへへ、もちろん。

 

「あたしはまだ貴博君のそばにいるね」

 

一人だと、寂しいもんね。

 

 

 

病室の窓からはやさしい陽の光が差し込んだ。

こんなやさしい日光を見たのは人生で初めての事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで好きな人とデートに行くような気持ちで何回も鏡の前で服を吟味し、今日はこれにしようと新しい服に身を通した。

階段を下りていき、リビングで家事をしているママに一言挨拶をする。

 

リビングに置いてある薄型テレビでは抑揚の無い声でアナウンサーが原稿を読んでいた。

 

20歳無職の男が殺人未遂の容疑で逮捕されました。警察の取り調べに対し、カッとなったのでやったと容疑を認める趣旨の供述をしました。続いてのニュースは……。

 

 

「ママ、行ってくるね」

「そう、あたしもしばらくしたら行くから」

「えー、ママが来たら貴博君が目を覚まさないと思うよ~?」

「どうして?」

「だってママ、怒るでしょ?」

「ふふ。それは、どうでしょうね」

 

貴博君が病院に運ばれてからゆっくりと時間が過ぎ去って、体感的には何十日も経過したように感じる重たい雰囲気を体験して一週間になる。

新年を明けてしまったにも関わらず、未だに貴博君は意識を取り戻さないでいた。

 

後頭部に強い衝撃を受けている上に、何日も目を覚まさない。

正直なところ気が気ではなく、ちょっとした環境の変化で自分が壊れちゃうんじゃないかと思うくらい精神的には不安定だ。

でも、そんな弱さを人に見せてるくらいじゃ貴博君に笑われちゃう。

 

そんなあたしを助けてくれるクスリが君だという事。

 

家を出てゆっくりと、足にしっかりと力を入れて外に出かける。

本当は駆け出してでも行くかのような気持ちで貴博君のいる場所に行かないといけないのだろうけど、あたしはやっぱり臆病なままだった。

 

もし今日が、君に会える最期の日だったら。

 

なんて一番避けなくてはいけない状況が頭がよぎってしまう。

だから精いっぱいおしゃれをするし、心の準備はしているつもり。

 

人間が考えている最悪な状況にはいつもならないものである。

 

そんな事を言っている英語の入試問題を解いた覚えはあるけど、その考えが心にすっぽりと入っていって広がっていくような事にはなりそうにもなかった。

 

「今日も、持ってきてるよね……?」

 

ぶ厚いコートの右ポケットをゴソゴソと確認すると、あたしの思い描いていたものが手に当たって少しだけチクッとした。

その手の痛みとは反対に少しだけ嬉しい気持ちになった。

 

あたしはポケットから手に触れた、貴博君が書いてくれた手紙を取り出した。

あたしが本当に辛くなった時や、君の事で心が満たされたい時にいつも手に取る。

 

雫でふやけてしまった手紙でも、字は読めるし封筒に入れてあるから破れる心配もない。

封筒のカドでチクッとした時は、貴博君に頬を摘まれているような感覚を覚える時もあるんだよね。

 

またこの手紙を寝たまま目を覚まさない貴博君の前で声に出して呼んであげよう。

きっと貴博君は恥ずかしくて顔を背けたくなるんじゃないかな。

……あたしだって、恥ずかしいけどね。

 

「あ、モカちゃん。いらっしゃい!」

「こんにちは~」

 

病院に入ってすぐに看護師の瀬川さんがあたしを見つけて小さく手を振っていた。

瀬川さんは高校生って言われても違和感がないくらいの外見と振舞いだけど、仕事に関してはしっかり者の同い年の人だ。

 

実はまだ学生で実習中らしい。本当はここまでしっかりと仕事を実習生がしないらしいけど瀬川さんがお願いしたんだって。

どうしてお願いしたのかは聞いても人差し指を口元に添えるだけで教えてはくれなかった。

 

そんな瀬川さんはいつもより表情を表に出していないような気がした。

気のせいかもしれないけれど、今日会った第一印象がそれだった。

 

「ねぇ、モカちゃん。モカちゃんは……運命を変えたくなる時ってある?」

「うーん、場合によるかな~」

「そうなの?もし変えれたら彼氏君と今も仲良くできるよ?」

「貴博君の事だったら、あたしは今のままで良いよ」

「え、どうして!?」

 

瀬川さんは少し食い気味にあたしの答えを聞いてきた。

あたしはまだ大人になったばかりだから人生経験が、とか言えるほどまだ生きてないけどそんなあたしにだって運命を変えられたらって思う事もある。

 

でも、貴博君の事だったら。

 

階段をゆっくりと上がりながらあたしは理由をポツポツと、決してまとまっていないけど話し始める。

 

「貴博君と過ごしてきた日々は、何事にも変えられない気がするから。それとね?」

「それと……?」

「運命を変えたら、二度と貴博君に会えなくなってるかもしれないって思うから」

 

もし貴博君に会ってなかったらって思うとあたしはどうなっていたかなんて分からない。

 

貴博君がいなかったらバンドを脱退していただろう。

そしたら幼馴染のみんなと仲が修復出来ないくらい悪化して、あたしは……。

 

だからたとえ今、貴博君が危険な状態であろうとも、君の存在する現在()を信じていたい。

 

「答えを聞かせてくれてありがとう。私、安心した。……さぁ、彼氏君のところに顔を見せてあげてよ」

 

貴博君がいる病室の前にたどり着いてから、瀬川さんは安心した顔になってから立ち去って行った。

頭の中では疑問な事しか浮かんでこなかったけど、瀬川さんが手を振っていたからあたしも振り返しておいた。

 

いつものようにゆっくりと病室のドアを開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたしの頭は何も考えられなくなった。

きっと口もポカンと開いてしまっているはず。

 

さっきまで鮮明に映っていた景色がだんだんとぼやけていく。

 

どうして?と言う感情よりもバカ、と言う汚い言葉が浮かび上がったのはきっとそれくらい君に心を奪われてしまっていたからだろう。

 

涙が頬をツーッと滴った時、心の中から出てこないように縛り付けていた鎖が音を立てて壊れた。

 

「久しぶり、モカ」

 

あたしは走り出して大好きな彼の胸に飛び込んだ。

ちょっ、バカって言ってるけどそんなの関係ないよ。

 

あたしの背中に小さく震えていて弱弱しい力だけど、しっかりと彼の右手(・・)が回された。

 

君にずっと言いたくて、だけど今まで一度も出せなかった言葉を震えてぐちゃぐちゃな声で伝えるのです。

 

 

 

「大好きだよ、貴博君」

 

 

 

 

 

 

 




change



作者


小麦 こな



キャスト


佐東貴博
青葉モカ


宇田川巴
上原ひまり
羽沢つぐみ
山吹沙綾

井川
中嘉島


月島まりな
佐東正博
瀬川麻衣子




美竹蘭


青葉京華






テーマソング


楽曲名『ツナグ、ソラモヨウ』

  歌 Afterglow
 作詞 美竹蘭
 作曲 Afterglow




アシスタント

ジャングル追い詰め太郎
和泉FREEDOM
咲野皐月
沢田空
伊咲濤
由夢&音姫love♪
鐵 銀
野タマゴ
キズカナ
ちかてつ
猫又侍
シュークリームは至高の存在
輝キング
シフォンケーキ
カラドボルグ
日本人
Kendick
有る。
せきしょー
ひょろひょろもやし
蓮零
llight
ブブ ゼラ
さか☆ゆう
小春春斗
託しのハサミ
どっへーい



Twitterアシスタント

ヘドちゃん
【百合柱】ロンデュークス
Qoo細田
猫又侍
シス
団長
jima@チームRAS
コロンビア宮村
しおまねき。@作家垢
はぷらす
ワト
ベーコン ヤディ
(真木)りすあ
絶望している谷内
こーでぃ・たろう・らんさむ
柏コア
grtl-syk ALC
まったり醤油な竜王丸






エンドロール賛同


柊椰




スペシャルサンクス

Solanum lycopersicum
弱い男
保土ヶ谷花音
もりりん之助
シンノスケさんゴリラ
邪竜
勇者(仮)ああああ
シフォンケーキ
沢田空
今井紗夜
AKARIN
いぇあ
水無月 痣緋
ちかてつ
カエル帽子
steelwool
artisan
No.4
キャンディー
cepheid
トム猫です
イバラキング
小春春斗
和泉FREEDOM
GOMI@0101
剣崎雷太
たわしのひ孫
休憩
ぴぽ
空中楼閣
小さな女性が好きな紳士
すふぃや
YdI/ヤディ
咲野 皐月
ニコアカ
ジャムカ
ジャングル追い詰め太郎
せきしょー
よもぎ丸
託しのハサミ
かぁびぃ
鐡 銀
game-soul
ソラリア
シュークリームは至高の存在
カラドボルグ
整地の匠
llight
猫又侍
hareth
にじいろ
フジナ
にゃるさー
りーりおん
クオ212
マサムネ18
ひょろひょろもやし
ヤイチ
トウガ
tamukazu
おとうふキラー
岩山直太朗
CHILDSPLAY
たかたか0205
真木りすあ
Luna*
TD@死王の蔵人
なおさん
ねこっち 
SCI石
Faiz
神仙神楽
ヘブンズドアー
エル@音ゲーマー
L96
桜田門
ヨッチ
葛宇賀蘆伊都
silverhorn
ブブ ゼラ
Wオタク
逃避迅
異境
普通の石ころ
Mairo Murphy
カット
ファイターリュウ
虎月
日本人
赤の断末魔
〇わ.
n-y-x
ひも
神無月紫雲
T田
Whiteさん
宮ノ村
壮美なる聖告の大天使 ガブリエル
キズカナ
ジベレリン
(「・ω・)「伊咲濤
石月
(*^ー゚)b
どっへーい
キャベツご飯
col83
利虎
鈴鹿楓
くろぷ
青ガメラ
EpicPic
ロンデュークス
5枠5番ヘヴィータンク 
そこら辺のAC乗り
平日 
TOアキレス 


セイ
know
のんびり太郎
ゆい
ミルクチョコレート像
東方0666
Dレイ
カール・クラフト
初代創造神
tamotu
パーレクシィ
やゆわん
大豆(筋肉)
hasu
Sukaborou
さとたろ
ターヤ
てすお
アルパカの森
速読歴
rinte1
猫空
N.N.
ひーこ
Fia
Kaba00000
YouPON
ゆきてる
水姫
gu
レオンハート
オーディン
ジタントライバル
かにみそす
煉獄騎士
Phenomenon
ドリリン デビルマン
ジョン…ドゥ
ベースマン
タクミ★
慈音堂
赤紫セイバー
Gussan0
まっちゃ。
羊の人
シュンちゃん 
孤舞遊
kondotai
クロップ
ズングリ
いましん5631
シロクロ1210
緋磨刃
けんくろ
パンダ!!
フェルト
亜月
ootaka
せっつぁん
猫生
小林 葵
遅音 誠
ロミボ
kainen
[蜃気楼]
トリンキュロー
strigon
阿良良木歴
dami
コーヒー豆
飛翔翼刃
ラム酒
自称紳士
ネオニダス
牛丼ブレスト
こーりゅう
pocket
剣舞姫
arisutoria
凍副
風時計
ソウソウ
カズーーーー
mirakuru
藤代凡人小隊長
まよたま
masako
MR.ブシドー
練炭
カイザーホース
鏡の国の鏡
ネコカオス中尉 
Na7shi
@K
マッキマ
ma96
Pi-ko
iss
つよぽんぽん
Ksuke
cage-bird
千葉県民
あご野郎
丸々三角
バトリオス
魔星アルゴール
枕が恋しい
十六夜64
RC314
流離う旅人
酔生夢死陽炎
Clam ちゃうだー
荒マックス
藤恭 ちまき
春夏零夜
幻猫
絢瀬エリち
下村 秋人
余は阿呆である
ELS@花園メルン
マクレーン
あああ....
村人という脇役
杉ケーキ
クロぱんだ
オニキス012
八咫がらす
ポテチ大好き
騎士森
さおとめ
コウ・エイデン
Music
天宮銀一
炎龍 剣心
ブレンド珈琲
俺達総帥
らいちゃ
フユニャン
タマザラシZ 
サンミー社長
りこ先輩
近衛はるか
城山
萌え豚
神童
ポテト野郎
夜空☪*
レモンに唐揚げ
べっこう飴ツカサ
キズナ武豊
朝夜
戌夜叉
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扇屋
航空戦艦山城
輝夜(かぐや)
工藤 郁
柊椰
ワタトモ
いわなのしおやき
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ワイト01
Remon
黒猫ツバキ
牡蛎野郎
kanmuru
shia-aria
天呆鳥
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キャラメルケーキ
achamox
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秋桜44
にっしんぬ
たなフレッシュ
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赤茄子 秋
ケヤック
watasuke
龍の唐揚げ
grey
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春茄子
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カトレア0708
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寝させろください
rinto
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