絶対に死んではいけないACfa (2ndQB)
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Chapter1
第1話


主人公視点

 

 

いや~、困りましたねぇ。

 

「よし、こういう時こそ落ち着いて状況の確認をしよう」

 

ピンチの時こそ冷静になれって亡くなったおじいちゃんが言ってたからね。

うっし、じゃあ落ち着いたついでに今の状況を確認しておこうか。

 

※分かった事まとめ※

 

まず一つ目  『ベットの中で眠っていたと思ったら、いつの間にかラインアークに居た』

つぎに2つ目 『自分は今ネクスト機に搭乗、ゲーム中と同様に機体を動かせる事ができる』

そして3つ目 『通信機などの細かい扱い方がわかる』

 

じいちゃぁぁん!!冷静に状況確認したらさらに意味分からなくなっちゃたよ!!!

しかし、この状況が非常にまずい事だけは分かるんだ。だってさ

 

《!? 2機目のネクスト機だと!?》

《くそ!本当、何だってこんな時に限って……》

《ノーマル部隊!大至急援護に来てくれ!》

 

……などなど、俺の【背後】にいるMT部隊からの回線を受信してるからね。

この回線を聞いたら分かる人には分かるんじゃないかな?俺があの〝ラインアーク襲撃〟に居合わせている事に。

 

ちなみにですが、今、俺はPA(プライマルアーマー)は切っている。

だってPA使うとコジマ汚染でなんかメッチャやばいらしいし……個人的にラインアークの人に迷惑かけたくない。だって唯でさえビンボーな所なのに、汚染で人住めなくなったり病気になったりしたらオーバーキルすぎる。

 

あのラインアークのミッション仲介人の人の腰の低さね。あれをオーメル社の仲介人様に見習って頂きたいとゲーム中に何度思った事か……と、言うか撃ってこないでしょうね。

 

いくらネクスト機でもさすがにPA無いとMTの攻撃でも穴あきチーズになりかねない。

俺はチラリと後ろのMT部隊を見やると、小さく息を吐いた。

 

そしてゆっくりと視線を自機の【前方】に戻す。

 

先ほども言ったように恐らく、これは〝ラインアーク襲撃〟だ。となるとそこには当然……

 

《……》

 

あの〝ストレイド〟を駆る傭兵 通称『首輪つき』もそこに居合わせる事になる。

 

戻した視線の先に見えるのは黒いレイレナード製のネクスト機【03-AALIYAH】。

旧レイレナードの傑作機は、その『目』を妖しく輝かせていた。

 

 

*********************

 

 

MT部隊隊長視点 

 

第一MT部隊の指揮を任されていた男、エドガー・アルベルトはその日、嫌な予感がしていた。

 

《今日も何も起こらないなー》

《来るにしてもずっと『向こう』の方だろう。実際、ラインアーク領で何度がネクストが確認されてはいるが……ここまでの中枢区域に侵入されたことなど殆どない》

《でもよ。ここまで平和すぎると居眠りしちまいそうだぜ》

《ハッ! せいぜい下の水面に落っこちないように気をつけるこったな》

 

ここ最近、エドガー率いるMT部隊はいつもこんな調子である。

常に緊張状態を強いると言うのも酷ではあるが……彼らは曲がりなりにも兵士だ。

流石にこの緩みきった状況には喝を入れる必要があるだろう。そう判断したエドガーは、部隊メンバー達に向けて大声を張り上げた。

 

《ハァ……お前達、今は任務中だぞ? 少し気を抜きすぎだ!!》

 

しかし、部下達の反応はというと。

 

《いや隊長、そう言われましても》

《あの「英雄」がラインアークに来てから、こまで侵入されたなんて事ありました?》

《隊長こそ気合いの入れすぎですって》

《確かに。もう少し気楽にしてもバチは当たりませんよ》

 

……と、喝を入れるどころか此方を引き込もうとする始末である。

しかし、彼らの気が緩むのも仕方無い事だ。事実、彼らの言う「英雄」こと〝ホワイトグリント〟を駆るリンクス……「彼」がこのラインアークに来てからというもの、ここまでの深部が襲撃された事は一度も無かった。

 

MT部隊だけでなく、ラインアークに在住してる者達は誰もが、心の何処かで『「彼」さえ居ればラインアークは護られる』。『「彼」さえ居ればラインアークには簡単には手出しが出来ない』。

 

そう思っている事は否めなかった。

 

《……》

 

無論、エドガー自身も少なからずそう思ってる節もある。

だが、もしその「彼」が居なくなったら……ラインアークの守護神たるホワイト・グリントが居なくなってしまったら。一体、どうなるのだろうか。

 

考えるだけでも恐ろしい。

 

そして現に今、「一時的」にではあるが「彼」はラインアークには居ない。

此方から遠く離れた所で作戦行動中なのである。

 

《嫌な予感がする》

 

エドガーはラインアークを訪れる前、ノーマル・MT乗りの傭兵として様々な戦場を渡り歩いて来た。そして、その戦場で授かったとでも言うのだろうか。彼は、何か悪い事が起こる際には必ず首筋のピリピリする感覚に襲われた。

 

いわゆる「虫の知らせ」だ。

 

《……とにかく今日は気を抜くな。いいな?》

 

そう部下達に返す。すると何か感じ取ったのであろう。彼らの一人がエドガーに尋ねた。 

 

《隊長? 今日はいつもにも増して警戒してますね……?》

《ああ、今日はかなり嫌な予感がする。しかもこれは一際――――》

 

そう返答しかけた時、自機MTのレーダーが熱源反応を感知した。

その反応先は……自分達の遥か前方。しかしこれは確実にラインアーク領域内に侵入されている。

そして気が付いた。その熱源の示す反応が……エネルギー数値が、途轍もなく高いと言う事に。

 

《これは……ネクスト機かッ》

 

誰に言う訳でも無く呟いたその言葉は、しかし部下達の耳に入っていた。

 

《え!?隊長……!?》

《ネクストって……本当ですか!?》

《ちっくしょう!マジだ!この反応!間違いねぇ!!》

《こんな時に限って!》

 

 

嫌な予感が的中した。

 

さて、ここでエドガーは一つの選択に迫られる。撤退するか、否かと言う選択肢に。

しかし即座にこれは何の『選択』にもなって居ないことに気が付く。そう……ネクスト機から逃れられるはずがない。それこそ、自機のレーダーに探知できた時点で完全にアウトだ。

 

ネクスト機とそれ以外とでは、それ程までに機動力に対しての差が存在している。

 

《クッ……!》

 

となると、戦うしかない。彼らは元々このラインアークを護るために存在しているのだから。

 

エドガーは優秀な兵士だ。彼がここに来るまで生き残ることが出来たのは、彼自身の優秀な判断力、そしてその行動力によるものが大きい。それだけに……彼には常人以上に良く分かっていた。

今の自分達がどれほど絶望的な状況下に置かれてるかを。

 

そう。絶対に、勝てない。

 

《隊長!指示を!》

《交戦するんですか!?》

《隊長……!》

 

部下達が指示を仰ぐ。彼らはエドガーを信じていた。

彼らの中には、エドガーがラインアークに来るまでずっと付いてきた者もいる。

今までどんな苦境に立たされてもエドガーは諦めなかったし、自分達を必ず導いてくれたから。

 

《落ち着け!心配するな、策はある……!》

 

どう考えても勝てる筈などなかった。

 

だが……「隊長として」このまま自分部下を不安にさせたままには出来ない。

それに部下達がこのままでは、助かる『奇跡』すら逃してしまいそうだったから。

 

《ほ、本当ですか……!?》

《お……おお!!》

《ま、まさかこうなる事を想定していたなんて!》

 

エドガーの自信に溢れた言葉に部下達の声色が良くなる。

 

《して、隊長。その作戦というのは……?》

                                       

彼の先ほどの「策がある」という言葉は嘘では無い。事実、彼は策を練っていた。

まぁ、何度も言うように、それでネクスト機との圧倒的な戦力差を埋めることが出来るかどうかは別問題ではあるのだが……

 

しかしそれでも、彼らにはやるしか選択肢は残されて無かった。

 

《良い、説明するぞ。まずは接近してきたネクスト機のPAを一斉掃射で剥がす。その際我々の配置についてだが――――

 

 

 

――――何か質問は?》

 

部下達からの返答は無い。

手短に話した作戦内容だったが部下達には伝わったようだ。

 

《それでは、配置に急げッ》

 

部隊が配置につき終えた直後、ネクスト機は彼らの射程範囲外ギリギリに到着―――停止した。

機体を確認するに、どうやらフレームはレイレナード製のネクスト機【03-AALIYAH 】で構成されているらしいが……レイレナード社は、リンクス戦争時にホワイト・グリントのリンクスの手により壊滅に追い込まれている。

 

その事から踏まえるに……特定の企業のネクスト機では無いはず。

 

恐らくは独立傭兵だろうと、エドガーは推測した。

加えて、今ラインアークの戦力はMT、ノーマル部隊のみだ。どういった目的があるのかは分からないが、その事を承知済みならわざわざ高ランクのネクスト機を送り出さないはずである。

 

《アレは恐らく新米、もしくはかなり低ランクのネクスト機のはずだ》

 

エドガーは推測した情報を、簡潔に部下たちに伝える。

ノーマル部隊が駆けつけて来るまでの時間稼ぎが出来るなら、あるいは『奇跡』が起こるやもしれない。

 

縋るような気持ちでそう考えていた、その時。

 

《ッ!》

 

――――停止していたネクスト機のブースターに火が付いた。

 

すかさず部下に指示を出す。

 

《お前達!敵ネクスト機、》

 

しかし。

 

その言葉が最後まで続く事は無かった。なぜならあまりにも予想外な出来事が起こったから。

彼が指示を出したその瞬間――――突如、1機の銀色のネクスト機が彼らの目の前に【背を向け】降下してきたのだ。

 

あまりにも信じられない出来事に、誰もが目を見開いたことだろう。

この場面において、2機目のネクスト機など……誰が想像できよう。少なくとも、エドガーの駆るMTのレーダーにはまったくと言っても良いほどに反応が無かった。

 

当然、ECMも感知していない……これではまるで。

 

 

《何もない空間から――――》

 

 

一瞬そうエドガーはそう考えたが、その思考は部下達の声によって中断させられる。

 

《に、 2機目!?》

《くそ!本当、何だってこんな時に限って……!》

《ノーマル部隊!大至急援護に来てくれ!》

《た……隊長、これは……!?》

 

部下達も混乱しているようだ……が、その声によりエドガーは返って冷静になった。

このネクスト機は、現れるまで防衛部隊を攻撃してこなかったのだ。

此方側のレーダーにここまで接近するまで映って無かったのに、である。それこそ、防衛部隊を撃破しようと思えばいつでも出来たはず……

 

どう考えても、防衛部隊との交戦の意思は無い。しかしそうなってくると。

 

《助けた……のか?》

 

まさか、自分たちを助ける為に割って入ったとでもいうのか。

 

そう疑問に思う最中、エドガーは更にとある重要な事実に気がついた。

何とこのネクスト機は、PAを展開していないのである。いやもしくは「出来ない」のか……

いくらなんでも、無防備すぎると言わざるを得ない。

 

《……》

 

見た所、機体フレームはアルゼブラ社の軽量機【SOLUH】で統一されている。

如何にネクスト機といえども軽量機ともなれば、ここまでの至近距離からMTの攻撃を受けた場合……当たり所によっては致命傷になる可能性も大いに存在すると言うのに。

 

ここまでの情報から、このネクストは少なくとも敵では無いとエドガーは判断。部下達に伝えた。

 

《大丈夫だ。どういう訳か、恐らく敵では無い》

《ほ、本当ですか?》

《ああ。だが「恐らく」だ……下手に刺激するとまずい、少し様子を見る》

《は、はい了解しまし……》

 

部下の一人がそう返答しかけた瞬間。

 

その軽量ネクスト機がチラリとエドガーに振り向いた。

 

 

《――――……ッ》

 

 

その瞬間エドガーは「死」を覚悟した。

 

今まで味わった事の無い恐怖。

 

それは絶対的強者に対する感覚。

 

それほどまでに、このネクスト機から発する威圧感はとてつもないものだった。

 

《――――》

 

部下達もその感覚に言葉を無くす。

 

その永遠にも感じられた時間は、銀のネクスト機がもう1機の――――【03-AALIYAH 】に視線を戻す事で終わりを告げた。

今までかつて感じたことの無い威圧感に、彼らは皆、その謎のネクスト機が敵で無い事を祈る事しか出来なかった。

 



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第2話

主人公視点

 

 

はっはっは!本当どうしよこれ……

 

なんか後ろのMT部隊は静かになっちゃって話しかけられる雰囲気じゃないし。

前に居るストレイドは直立不動だし。ただ今絶賛〔ザ・ワールド〕状態です。凄く気まずい。

とは言え原因は間違いなく俺だろうし。ここはやはり俺から話かけるしかないか。

よーし、飛ばすぜ。すかした言葉を……

 

《――――聞こえるか、そこのネクスト機。こちら、ストレイドのオペレータだ》

 

やべえ、向こうから話しかけてきたよ。しかも声まんまゲーム中の奴だよ!

生スミカちゃんだよ!? よ、予想外すぎる。だだだだ大丈夫だ、いつも通り答えれば……

 

《……ああ、聞こえている》

 

ってなんでや!なんでや自分!ちょっとすかしすぎだろ!これじゃあ第一印象最悪じゃないか。

 

《貴様、何者だ。ラインアークがもう1機ネクストを抱え込んでいるとは聞いてないが》

 

……スミちゃん何か勘違いしてないですかね。俺ラインアークの所属じゃないですよ。

 

《くはは……》

《何がおかしい?》

 

やべぇ、ついつい笑っちゃったよ。いやもう非現実的な状況とか勘違いとかで、そりゃ出ますよ。

まあ良いや、間違いは訂正すればいいしな。

 

《俺はラインアークのネクスト機では無い》

《ほう……ならば何故ここに居る?》

《……それは言えないな》

 

だって言っても信じてくれないだろうし。

 

皆どう思うよ。「部屋で眠って起きたらリンクスでした」とか言われたらさぁ。

少なくとも、もしそんな事を俺が言われたらまず病院を紹介する。恥かくだけだし言えません。

 

《なら質問を変えよう 。貴様はどちらの「敵」だ?》

《どちらの敵でもない》

《ならそこを退いてもらおうか?》

 

……いやいや、退いたら防衛部隊の人達全滅だからね。さすがに平和な日本に住んでいた自分としては人が死ぬのを見るのは出来るだけご遠慮願たい。

今はまだ、この世界と言うものに全くと言ってよいほど適応できていませんので。

 

《ほう。退く気は無いようだな?》

《……》

《ならば貴様を排除するしか無いな。 PAも展開してない……いや、「出来ない」ようだが。それでいて戦り合うつもりか?此方も舐められたものだ》

 

 

ああ、まずいぞ……これはマズイ。スミちゃんメッチャ怒ってますやんか。 

 

まあ怒るよね。日本でいうと仕事しに行ったら知らない奴が「ここを通りたければ、俺を倒していく事だな!」とか言ってるようなもんだし。

そのクセ構えの一つもとってないというね。これは激おこぷんぷん丸ですわ。

 

《ふむ……》

 

ああ、ちなみに何度も言うけどPA展開は「してない」だけだ。スミちゃんに勘違いさせて申し訳ない……いや、ある意味、心理的には「出来ない」んだけど。

っていうか、今排除するって言ってたよね?や、やばいぞ。どうにかして切り抜けないと……

 

《なるほど、排除か。出来るのか? そのネクスト機に》

《……どういう意味だ?》

 

よし、食いついたな……さて、上手くいくか。

 

《そこのリンクス。これが初任務だろう?》

《……。貴様が何を言っているかわからんな》

 

いや、分かるはずだ。貴方が一番。

 

《隠さなくとも良い、こちらには既に分かっている事だ》

《仮にそうだとしたら何だ? PA無しでも勝てるとでも言いたいのか?》

《さて、どう思う? それはそちらが良く分かってるはずだ》

 

俺はそこで一呼吸置き、次の台詞をハッキリと口に出した。

 

 

――――セレン・ヘイズ……いや、『霞・スミカ』?

 

 

さてさて、どう出ますかね。

 

 

 

*********************

 

セレン・ヘイズ視点

 

 

その日は彼の――――ストレイドの初任務の日だった。

依頼内容は至って単純。MT,ノーマル部隊で構成されるラインアーク守備部隊の全滅だ。

ホワイトグリントは離れた所に居り、ネクスト戦の心配は無い……はずだった。

 

しかし彼女達が守備部隊を捉え、作戦を開始しようとしたその時。突如ネクストが現れたのだ。

 

全くもって理解不能としか言いようのない事態であった。

どこから現れたのか、いつから待機していたのか、何故レーダーに反応しなかったのか。

彼女の内には、一瞬の内に様々な疑問が浮かぶ。

……しかし分からないことだらけの状況の中、1つだけハッキリしている事があった。

 

このネクスト機は、只者では無い。

 

オペレーション室のモニターはネクスト機の見ている映像を映し出す事が出来る。

ストレイドが映し出した銀のネクスト機... そのネクスト機から発せられる強大な威圧感がそれを物語っていた。

 

その威圧感は、その力をもってして幾多もの戦場を潜り抜け、生き延びた者……

いわゆる、「猛者中の猛者」が醸し出すものだ。

セレンはリンクス戦争時、その空気を纏った者を直接的にでは無いにしろ目にした事がある。

 

一人は、かつてのアスピナの天才リンクス、〝ジョシュア・オブライエン〟。

 

そしてもう一人は、〝アナトリアの傭兵〟 現〝ホワイトグリント〟だ。

 

《……》

 

とにもかくにも、あのようなネクスト機はカラードに登録されていない。無駄に終わる事は目に見えているが、まずは素性を探るのが先か。

そう判断したセレンは、動揺を悟られぬよう不要な感情を排して不明機へと通信を試みた。

 

《貴様、何者だ。ラインアークがもう1機ネクストを抱え込んでいるとは聞いてないが》

 

彼女の問いに、相手は答えない。

まぁ、先の通り、不明機側が素性をホイホイ漏らす阿呆のはずもなかったのだが……

これは少し対応を変更する必要が出て来たか、と、セレンが判断しかけたその時。

 

《くはは……》

 

黙っていたリンクスが突然笑いだした。

セレンにとってその笑い声はまるで、圧倒的な力を持った者が弱者を嘲るような、そんな笑い声に聞こえてならなかった。

 

《何がおかしい?》

 

思わず聞き返す。

 

《俺はラインアークのネクスト機では無い》

《ほう……ならば何故ここに居る?》

《……それは言えないな》

 

そうであろう。これ以上この質問をして得られるものは何もないはずだ。

その言葉を受け取り、彼女は先の通り、不明機に対して臨機応変に対応する。

 

《なら質問を変えよう 。貴様はどちらの「敵」だ?》

《どちらの敵でもない》

 

どちらの敵でも無い。その割にはMT部隊の盾になったりと、彼女の目からはその行動が随分と「ラインアーク寄り」に見えるものだが。

 

《ならそこを退いてもらおうか?》

 

スミカの言葉に、リンクスは答えない。

 

《ほう。退く気は無いようだな?》

《……》

《ならば貴様を排除するしか無いな。 PAも展開してない……いや、「出来ない」ようだが。それでいて戦り合うつもりか?此方も舐められたものだ》

 

そう、あのネクスト機は姿を現した時からPAを展開していないのだ。

 

いくら歴戦のリンクスであろうとPAも展開しないで通常戦闘を行うなんて事はしない。

遭遇した時こそ、ラインアークにコジマ汚染を引き起こさないためにPAの展開をしていないのかと彼女は思ったものだが……よくよく考えてみれば、ラインアークに所属しているネクスト機で、PAを「展開して無かった」だけなら、それこそストレイドを確認したらPAを展開、問答無用で叩きにくるはずだ。

 

例えPAを「展開出来ない」状態だったとしてもやる事は変わらない。

何せ主権領域内に堂々と正体不明のネクスト機が居るのだから。自機が動く限り、例えどのような状態でも、それを迎撃しない道理は無いだろう。

 

《……》

 

相手の反応を待つ最中、更に彼女は考える。

 

あの不明機……姿を現すまでレーダーにまったく反応が無い、つまり不意打ちは可能だった。

もし不明機がラインアークに所属のネクスト機でPAを「展開出来ない」状態なら、不利を避ける為には確実に不意打ちする必要がある。しかしストレイドには攻撃して来なかった。

 

ということは不明機のリンクスが言うとおり、ラインアーク所属のネクスト機では無いのか。

 

ラインアークと「無関係」でPAを「展開して無かった」のなら、汚染なんぞ関係無しにPAを使うはずだ……と。そこまで考えたところでセレンはある事に気づく。

今までの考えを整理すると、不明機はラインアークと「無関係」でなおかつPAを「展開出来ない」状態で出てきたと言うことになる。

 

実際、彼女は限りなく正解に近い回答を出していた。

 

正確に言うと、相手はラインアークと「無関係」でPAを「展開出来るのに」して無い状態である。しかし悲しいかな、彼女は自身の誤った推論を続けてしまう。

所属するしないの「どちらにせよ」普通に考えて、【PAの展開が出来るなら】ネクスト機を確認した時点でPAを展開をするはずだと思ってしまったのだ。

 

つまり彼女の出した結論は、不明機は【何らかの理由でPAの展開が出来ない】。

 

セレンはそこに賭けた。この脅しが上手くいけば不明機を撤退させる事が出来る。

そうなればMT部隊を殲滅、めでたく初任務完了だ。

それに戦闘になった場合でも、倒せる可能性は十二分に存在する。そうなれば、「初任務でのネクスト遭遇、撃破した。」という箔もつくだろう。

 

《ふむ……》

 

不明機リンクスの少々考え込むような呟きに、セレンは手ごたえを感じていた。

 

先程までの推論に加え、相手がストレイドの情報を相手が持っているはずが無い……何せストレイドがカラードに正式に登録されたのは「今日」の任務直前なのだから。

PA不展開の状態でネクスト戦など以ての外。ましてや戦力が未知の敵との戦闘……そんな事は自殺行為以外の何者でも無い。

 

そう、そう考えるはずであろう。「普通」の者ならば。だが。

 

《なるほど、排除か。出来るのか? そのネクスト機に》

 

この男は引かなかった。まるで確実に勝てるかのような、何かを確信しているような口ぶりだ。

 

《……どういう意味だ?》

 

「そのネクスト機」。その言葉がセレンには妙に引っかかった。

いや、ありえない話だ。『そんなこと』は、ありえない。ほんとうについ最近の出来事で、その細かな情報がこの短時間で出回ることなど……

 

セレンは高をくくっていたが、男の次の言葉に彼女はは驚愕する事となる。

 

《そこのリンクス。これが初任務だろう?》

 

コイツは、何故、その事を知っている。

 

この状況、冷静に判断で来る者なら「新米リンクスの可能性がある」とまでは分かるだろう。

だが……「初任務」である事が分かるはずがない。それこそ、「初めからそれを知ってる」者なら話は別であるが。

 

《……。貴様が何を言っているかわからんな》

 

セレンはかろうじで平静を取り繕った。

が、相手はもうネタは挙がってると言わんばかりに言葉を続ける。

 

《隠さなくとも良い、こちらには既に分かっている事だ》

《仮にそうだとしたら何だ? PA無しでも勝てるとでも言いたいのか?》

 

もうシラをきる事は不可能だろう。しかし、相手がPAを使わない……「使えない」という事実は確かにある。例えストレイドのリンクスが今回初任務だったとしても、彼女側の有利は揺らがない。

セレンはそう考えていたが……しかし、依然としてこのリンクスは余裕の態度を崩さなかった。

 

《さて、どう思う? それはそちらが良く分かってるはずだ》

 

そして男の次の言葉は、先ほどよりもさらに大きな衝撃をセレンに与える事となる。

 

 

 

――――セレン・ヘイズ……いや、『霞・スミカ』?

 

 

 



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第3話

主人公視点

 

 

《貴様ッ……!一体どこでその情報を手に入れた!》

 

うぉっ、なにこれ凄く怖いんですけど!いきなり大声出すのは心臓に悪いので控えめに……

アニメとかで良くある『お前らの事何でも知ってるぜー』みたいななキャラで脅かして帰らせようとしたのに。これはもしかしてですけど。

 

《答えないつもりか……良いだろう。貴様が何者か、力づくで吐かしてやる……!》

 

めちゃめちゃ逆効果じゃないですか!

良くあるパターンならここで、「今はまだ戦うには早い……まずは奴の情報を集めてからだ」ってなってまだ見ぬ強敵に備える感じですよね?よね?

 

これもうスミちゃん『げきオコスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム』状態じゃん。

やめられない止まらない状態じゃん。えぇ?力づくってことはネクスト戦?

マジモンの殺し合いするの? って、もうストレイドこっちに向かって来ていますよね!?

 

え……ちょ、ちょっと……待っ。

 

《待て》

 

怖すぎて声に出ちゃった。

 

《ほう……怖気づいたか?》

 

なにその見え見えの挑発!いや本当めっちゃビビってますけど。

もう挑発っていうかただの事実みたいなもんですけど……あぁ~でも多分、スミちゃんこの挑発で俺を乗せようとしてるよね。スミちゃんの中で俺のキャラどんなんなの?

 

プライド高いベ○-タ的なキャラじゃないんだから、そんな挑発には……

 

《……クハハ、よく言う》

 

乗るしかない、このビックウェーブに。

いや、一度でいいからこんなやりとりしてみたかったんですよね。だって漫画でしか見た事ないし、男の子なら一度は妄想するでしょ?こんな見え見えの挑発にノリノリで返答する自分。

 

……。うん、バカだったね。これは戦う流れに更に加速してしまってるね。ど、どうする!?とりあえずは、何かこう。

 

《霞・スミカ。お前は勘違いをしている》

 

俺のキャラを勘違いしてる事を指摘して、実に平和的解決を行いたい所存である。

 

《勘違いだと?》

《そうだ。「勘違い」いや、お前は決定的な間違いを犯している。》

《貴様……まさかとは思うが》

《ようやく気づいたか》

 

そうそう、気が付いてくれましたかね。俺は本当はこういったキャラじゃなくて……

 

《PAの展開が可能なのか!》

 

……HAI? え、そっち? 気になるのそっちですか?

 

《……ああ、その通りだ。》

 

いや、否定はしませんけど。実際してないだけだし。

 

ん? ストレイドの動きが止まった? 何で? ついでにスミちゃんも静かに……

何だか知らないけど、これはチャンスだ。これを利用しない手は無い。まさかPAの展開無しがここに来て生きるとは……何が希望に繋がるか分からないもんだよ本当。

 

と言っても、出来たらそのまま帰って欲しいんだけど……無理だろうなぁ。

 

スミちゃんの性格的に手ぶらで帰る訳無いし。仕方ない、とりあえず、後ろのMT部隊の人達に知らせよう。

 

《後ろのMT部隊、聞こえるか?》

 

俺は彼らに回線を開く。いや、何で機器の使い方分かるんだろう、本当。

 

《は……え!?》

《え、こっちに喋り……》

《うわっ!な……》

《た、隊長っ》

 

いやちょっと……こんなに驚くものなんですか? この反応はさすがにショックなんですけど。

俺そんなにキモい喋り方してないよね?

 

《聞こえている》

 

おお、これはハッキリした声だ。隊長さんかな?よし、時間も無いし簡潔に話すか。

 

《今から短時間だがPAを展開する。急いでここから離脱しろ……戦闘になる可能性もあるからな》

《ッ!……分かった。今すぐ離脱する》

 

おお、さすが隊長(仮)突然の事なのに冷静だ。

それから彼らは移動を開始する訳だけど……おぉ。 MTって、レーダー見た感じ結構速い速度出るんだな、離脱して20秒位だけどもう結構遠いトコに居る。

 

言うてネクスト機ならすぐ追いつけるだろうけど。

 

しっかし、MTの移動中ずっとストレイド見てたけど、止まったまま動かないな……

てっきり彼らを追撃するのかと思ったんだけど。まぁ、此方としては大歓迎ですよ。

 

《……》

 

さて……この距離だと、多分もうMT部隊の人は大丈夫だろう。 

という訳で本当ごめんなさい、ラインアークの人!ちょっとだけコジマ撒くけど許して!

 

……気合入れていくぜ。

 

《先ほどの言葉、証明して見せよう》

 

PA(プライマルアーマー)――――展開ッ!

 

 

---------------------------------------------------------------------------

セレン→霞・スミカ視点

 

 

《待て》

 

ストレイドが突撃せんとするその時、相手リンクスから声がかかった。

 

《ほう……怖気づいたか?》

 

我ながら安い挑発だ、と感じつつ口を開くセレン。

始めこそ、奴を退避させても良いと、彼女はそう考えていた。だが今は、目の前の不明機を逃す訳には行かなくなったのだ。

 

なぜならこの男は、ストレイドが初任務だという事を知っていた上に、セレン・ヘイズのリンクス時代の名である「霞・スミカ」を知っていたから。

今のセレンが元リンクスだと知っている者は限られている。それこそ、現インテリオルの上層部位のものだろう……この男は、どこまで二人の事を知っているのか。

 

一体どこからその情報を……いや、そもそも。いつから、彼女達について知っていたのか。

 

この男の正体は、必ず暴かなければならない。そして、その時は今だ。

……この不明機は強い。実際に戦闘を見た訳では無いが、この男は確かにそう感じさせた。

対等な状況で戦ったら今のストレイドに勝ち目は無いはず。だが幸運な事に相手は今PAを使えない。しかも不明機は軽量機ときた……つまり、ストレイドの攻撃を1撃でも喰らえば致命傷になりかねない状況だ。

 

いかに相手が手練れであろうと、ストレイドの攻撃を全弾回避なんて芸当は無理なはずである。

 

《……クハハ、よく言う》

 

スミカの予想道理、男は挑発に乗って来た。

まぁ、強い者ほどそういう傾向にあることは元リンクスであった彼女が一番よく分かっている。

そして、そういう者ほど足元を掬われやすいと言う事も。

 

スミカは、 ここぞとばかりにストレイドに指示を出そうとした……が。

 

《霞・スミカ。お前は勘違いをしている》

 

出せなかった。

 

《勘違いだと?》

《そうだ。「勘違い」いや、お前は決定的な間違いを犯している。》

 

間違い、とは何だ。

男の言葉に、スミカは一瞬背筋が冷え行くのを感じた。

彼女の考えでは、『そんな事』はありえないはずだった。だが、しかし。

 

《貴様……まさかとは思うが》

《ようやく気づいたか》

 

焦りに焦ったセレンは、男が言い終わった瞬間に。

 

《PAの展開が可能なのか!》

 

そう、結論を出した。

 

《……ああ、その通りだ》

 

そして、それを肯定する男。

 

それから束の間の静寂が場を支配し……すると、突如後ろのMT部隊が撤退を始めた。

不明機か、それともラインアーク側の指示かは分からないが……これはマズイ。

追撃するべきか、否か。男の言葉は恐らくハッタリ。スミカはほぼほぼ確信していたが……

 

もし、そうで無かったら?

 

その僅かな疑いにより、彼女ははストレイドに指示を出せないでいた。

不明機はラインアークとは深い繋がりは無い。スミカはそう断言できる。だが、少なくとも「今この瞬間」は間違いなくラインアーク側だろう。

つまり、MT部隊を追撃したらほぼ確実に交戦する事になるはず。PAを展開出来無いなら、それでも構わない。だが、もし不明機が本当にPAを展開出来るとすれば……

 

彼女がそう考えている間にも、MT部隊は視界からどんどん遠く離れていく。

 

戦場において、迷いは「死」を意味する。

優秀なリンクスだったセレンはその言葉の意味を重々承知していた。それだけに、今回のように選択を迷うケースは彼女にしては非常に稀だと言っておこう。

 

そして、今回、追撃の指示を出さなかった事は。

 

 

《先ほどの言葉、証明して見せよう》

 

 

彼女にとっては「正解」だった。

 

 

 



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第4話

さっそく感想来ててうんこ漏らした。
いや本当にありがとうございます。


主人公視点

 

PAの準備……OK!

これでどうですかね。スミちゃん御一行が少しでも落ち着いてくれると助かるのですが。

 

《まさか、本当に出来るとはな……》

 

落ち着いたみたいだね。いやいや良かった。もうすぐ問答無用のデスマッチになるとこだった。

とりあえず会話会話……

 

《言っただろう、PAの展開は「してない」だけだ》

《……どうやらそのようだ。今日の所は退いておくとしよう》

 

YES!! 諦めてくれた!ホント一時はどうなる事かと思ったけど……

 

《だが、撤退する前に……貴様に幾つか聞く事がある》

《まあ、答えられる範囲なら良いだろう。何だ?》

《貴様と遭遇した時の行動から察するに、ラインアークとは深い関わりがない事は分かっている》

《ああ、実際に「今」の俺はラインアーク側とは無関係だ》

 

まあ今はね……実はちょっと「ラインアークに住もう!」作戦を考えてるんだけど。

だって行く所無いし……それより、え?どの辺の行動で分かったんですか?

 

やっぱりスミちゃんの洞察力は半端じゃないですね……

 

《関わる関わらない、関係なく、普通はネクスト機を確認した時点で自機のPAを展開する……貴様、何故PAを展開しなかった?》

 

いや、そんな事言われましても。

 

《迷惑だろう》

《……は?》

《ラインアークに迷惑が掛かるからと言っている》

《正気か?貴様?》

 

いや正気も正気。むしろ平和な日本から来ていきなり暴れる奴の方がオカシイです。

 

《なら、貴様が……おそらくだが、ほぼ無関係MT部隊の盾になってたのは》

《可哀想だからな》

 

いや、MTvsネクストって流石にね。無理があるからね。

 

《……》

《……》

 

そしてこの静寂である。俺何か変な事言った?言ってないよね?

 

《はぁ~~……》

 

そんな大きなため息つかないでください。泣きそうになるので。

 

《ちなみに今、MT部隊を排除しようとしたらどうする》

《そちらと戦闘になるだろうな》

《……》

《……》

 

再び静寂。なんだコレ。誰か俺を助けてくれ。っていうかもう帰って下さい……

 

《もういい、ストレイド。帰還しろ。やる気が削がれた》

 

くるりと機体を反転させるストレイド。やる気が削がれたって……や、むしろ良いんだけどさ。

でもちょっとは言い方考えて欲しいです。俺の精神APがマッハで削られてますから。

 

《ああ、そうだ……貴様、機体名は?》

 

え?名前じゃなくて機体名?どうしよう、昔のACキャラから取った名前だけど笑われ無いかな。

いや、ここは物語でいう大事な部分のはず。自信を持って答えよう。

 

《【ネームレス】だ》

 

名前はまだない。(ある)

 

《【ネームレス】……〝名無し〟か。貴様、覚えたぞ。その正体、必ず突き止めてやるから覚悟しているんだな》

 

怖すぎます!

 

いやだから何ですぐ熱くなるの?松岡○造の血族か何かですか?

ってストレイドはOB(オーバードブースト)使って速攻で居なくなるし……それにしても速い。さすがは〝アリーヤ〟燃費悪いけど。

  

《ふぅ……》

 

何とか凌いだ。さて、PAを切ってと…… 

これからどうしようか。まぁ、とりあえずさっきのMT部隊の所行きますかぁ。

 

 

*********************

 

霞・スミカ視点

 

スミカは8割方、PAの展開は出来ないだろうと踏んでいた。しかし。

 

《まさか、本当に出来るとはな……》

《言っただろう、PAの展開は「してない」だけだ》

 

この男は展開して見せた。

つまり、不明機がPAを展開した以上今のストレイドの勝ち目は限りなく低いと言う事だ。

スミカは渋々、悔しがるようにして言葉を発した。

 

《……どうやらそのようだ。今日の所は退いておくとしよう》

 

だが、手ぶらで帰るのは彼女のプライドが許さない。

 

《だが、撤退する前に……貴様に幾つか聞く事がある》

《まあ、答えられる範囲なら良いだろう。何だ?》

 

「答えられる範囲」つまり、この男自身の事は限りなく聞き出せないという事だ。

とは言え、そんな事は言われなくても分かっている。

それ以外で、セレンにはどうしても聞きたいことがあったのだ。

 

《貴様と遭遇した時の行動から察するに、ラインアークとは深い関わりがない事は分かっている》

《ああ、実際に「今」の俺はラインアーク側とは無関係だ》

 

やはりそうだろう。では何故。

 

《関わる関わらない、関係なく、普通はネクスト機を確認した時点で自機のPAを展開する……貴様、何故PAを展開しなかった?》

 

ずっと疑問に思っていた事だ。

この男はリンクスとして、それこそ、熟練者こそ「ありえない」行動を取っていたのだから。

さて……この質問にどう答えるのか。彼女の予想としては、「新米相手にそんなモノわざわざ展開するまでもない」と、ふざけた事を言うつもりだと踏んでいるのだが……

 

《迷惑だろう》

 

……。

 

《……は?》

 

スミカは耳を疑った。この男、今何と……

 

《ラインアークに迷惑が掛かるからと言っている》

 

それは彼女の予想を遥かに上回る返答であった。

 

《正気か?貴様?》

 

故に、純粋な気持ちで聞き返してしまう。

ラインアーク所属でもないのに、この男は自分の身を危険な状況に晒していたという事である。

 

《なら、貴様が……おそらくだが、ほぼ無関係MT部隊の盾になってたのは》

《可哀想だからな》

 

スミカは呆気に取られていた。

 

何せこの男がPAを展開しなかった……MT部隊を庇った理由が、本当に見ず知らずの他人の為に起こした行動だったからだ。

先程から何度も言うように、PAを展開しない状態というのは自殺行為だ。

自分が盾になっているMT部隊に攻撃されたらどうするつもりだったのか。

 

《はぁ~~……》

 

長い溜息をつく最中、スミカは思う。何なんだ、コイツはと。

 

《ちなみに今、MT部隊を排除しようとしたらどうする》

《そちらと戦闘になるだろうな》

 

限りなく面倒なタイプであろう男の言葉に、スミカは少しの間黙ると、呆れるようにして再び口を開いた。

 

《もういい、ストレイド。帰還しろ。やる気が削がれた》

 

……今回は無駄足に終わったが、しかし。このままでは終わらない。

 

《ああ、そうだ……貴様、機体名は?》

 

本人の名前など聞いても無駄だと分かっている。偽名であろうし、聞くのは機体名だけで十分。

 

《【ネームレス】だ》

 

その名を聞いて、何故かは知らないが『何ともそれらしい』とスミカは感じてしまう。

故にその機体は、彼女の危険物リストに光の速さで登録された。

 

《【ネームレス】……〝名無し〟か。貴様、覚えたぞ》

 

セレンも様々なリンクスを見てきたが……ここまで他人に優しい者は居なかった。

戦場の他人に対して「可哀想だろう」とは、お人よしなのか何なのかは分からないが、少なくとも普通の人間の感覚ではない。しかし、この男は。

 

極一部の者しか知らないはずの情報を握っていた。

 

そしてこの幾多もの死線をくぐり抜けて来た者特有の〝威圧感〟。

それがただの「お人よし」であるはずも無いだろう。

 

 

《その正体、必ず突き止めてやるから覚悟しているんだな》

 

 

セレンは、そう最後にこの男。『名無し』に宣言した。

 



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第5話

MT部隊隊長視点

 

 

《後ろのMT部隊、聞こえるか?》

 

目の前にいるネクスト機からの突然の通信。それにエドガーの部下達はに動揺を隠せない。

 

《は……え!?》

《え、こっちに喋り……》

《うわっ!な……》

《た、隊長っ》

 

皆が皆焦っていた。何せ彼らは、リンクスとの直接的な会話をした事が無かったから。

加え、状況も状況だ。命がかかっていれば、混乱するのも無理はない。

 

《聞こえている》

 

ともかくこの目の前に居るネクスト機の通信を無視をする事など出来ない。

エドガーが代表して返事をするが……次のこのリンクスの言葉に、彼らは驚く事となる。

 

《今から短時間だがPAを展開する。急いでここから離脱しろ……戦闘になる可能性もあるからな》

《ッ!……分かった。今すぐ離脱する》

 

エドガーが驚いたのは、このリンクスが「PAを展開する」。「戦闘になる可能性もある」。と言った事もあるのだが……それ以上に。

 

わざわざ、それを自分達に知らせたという事に彼は一番驚いていた。

 

というのも、そもそもこのリンクスはエドガー達の、ラインアークの味方では無いのだから。

わざわざこちら側にそれを宣告する義理などどこにもないのだ。

 

そしてこの言葉でエドガーは知った。「短時間だがPAを展開する」。つまり先程までは意図的に展開して無かったという訳である。

それに、恐らくだがあの黒いネクスト機とも戦闘を行う事を良しとしていない。勝てないと言う事も無いだろう、何せあれほどの威圧感を纏うのだ。

 

よほどの実力者に違いない。

 

となると、あの黒いネクスト機とも敵では無いのか。

とにもかくにも、今は離脱が最優先だろう。余計な事を考えてる場合では無いと、エドガーはすかさず部下たちに指示を出した。

 

《各機、聞こえていたな?今すぐこの場から離脱しろ。PAによるコジマ汚染、それにネクスト同士の戦闘に巻き込まれたく無かったらな》

 

エドガーの声を皮切りに動き出すMT部隊。そして退避中、一人の部下がエドガーに声を掛けた。

 

《あの……隊長》

《何だ?》

《あのネクスト機……あのリンクスは、俺達を助けてくれたんですよね?》

《今までの行動を見る限りそうだろう。だが》

《「何故助けたのかは分からない」と。そういう事ですよね?あの、その事ですが隊長。もしかしたら、大した理由などなかったのでは?》

 

部下のその言葉に、エドガーは眉をひそめる。

 

《……何?》

《いえ、ただ、「助けたいから助けた」。 偶然「目の前に困ってる人が居た」から助けたのでは無いのかと思いまして……って無いですね「リンクス」に限ってそんな事は》

 

その時、通信機越しに突如一人の人間の声が響いた。

 

《まあ、答えられる範囲なら良いだろう。何だ?》

 

何やら銀色のネクスト機のリンクスの声だ。エドガーは耳を澄ます。

 

《ああ、実際に「今」の俺はラインアーク側とは無関係だ》

 

これはどううやら、「向こう側」と話をしているらしいが……なるほど。

エドガー達MT部隊への回線を切り忘れたらしい。となると、この会話からあのリンクスの素性が少しは分かる可能性が出てくるだろう。エドガーは更に集中して声を集めるが……

 

《迷惑だろう》

 

何だ、この会話の流れは。何が迷惑なのか、エドガーにはさっぱり分からない。

 

《ラインアークに迷惑が掛かるからと言っている》

 

しかしリンクスのこの言葉で、エドガーは話の内容を素早く察した。

……となるとやはり、このリンクスは。

 

 

《可哀想だからな》

 

 

ほぼ確定である。

 

《た、隊長……!》

《ハァ……喜べ。このリンクス、お前の言う通りかなりの「お人よし」らしい》

 

まさか、本当にこんなリンクスが存在するとは。エドガーは夢にも思わない気持ちだ。

力を持つ者ほど、その気質はプライドが高く、弱者への嘲りの様なものも多く含まれる傾向にあるはずなのだが……このリンクスは、どうやらそれに当てはまらないらしい。

 

《そちらと戦闘になるだろうな》

 

そして

 

《……》

 

しばしの沈黙。

 

恐らく「向こう側」も驚いているのだろう。

 

リンクスというのは、独立傭兵なら「金」。企業やグループに所属しているなら、そこの「利益」の為に動く。つまり、それ以外の為にはまず動かないと言えるだろう。

だからこそ、個人の事情で動く……それも、自分に何の利益にもならない事に身を危険にさらして動いたリンクスに、エドガー達は驚きを隠せなかった。

 

《【ネームレス】だ》

 

これはまた突然である。「向こう側」が名前か、機体名を聞いたのだろう。

……が、やはり本名は答えないらしい。まあ、当然だろうが。

 

そしてそのやりとりの直後。

 

《これは……》

 

高熱源反応が急速に遠のいていった。どちらか……は考えなくとも分かるだろう。

そして1つの反応がレーダーから消え、1つの反応がエドガー達に近づいてくる。

 

……すさまじい威圧感を纏って。

 

《さてまずは……謝罪しよう。すまなかったな、少しの時間だがPAを展開してしまって》

《くく……いや、謝る必要はない。むしろ感謝している所だ》

 

エドガーは、纏っている雰囲気とは何ともミスマッチな性格らしい男に苦笑しながら答えた。

 

 

*********************

 

主人公視点

 

 

隊長(仮)さんに謝りました。そしたら

 

 

《くく……いや、謝る必要はない。むしろ感謝している所だ》

 

だってさ。これどう考えても皮肉だよね。

 

いや謝ったじゃん。確かに口調は悪かったかもだけど、謝ったじゃん。

どうしよう、このままじゃいま計画中の「ラインアークに住もう!」作戦が上手く行かない!

し、仕方ない。とりあえず自己紹介から始めよう。そして警戒心を解きつつさりげなくその方面の話題に持って行こう。

 

《まずは軽い自己紹介だ、俺の名前は……》

 

あ、やべえ気づいた、俺日本人だからフルネームだと多分良くわかんない悪い感じになるな。

ここは自分の本名から1文字取って。

 

《そうだな、ゼン(善)とでも言おうか。機体名は【ネームレス】だ》

 

……良いよね?ゼンでも。多分変な名前では無いはず。

 

《そうか……では次はこちらの番だな。俺はこの第一MT部隊の隊長をしている、エドガー・アルベルトという者だ。先程むしろ感謝しているとは言ったが、再度礼を言う。本当に助かった》

 

やっぱり隊長さんだったのね……エドガーさん皮肉バリバリで超怒ってるよ。もう何?

「よくもうちのラインアークをコジマ汚染してくれやがったな?」って感じ超出ちゃってるじゃん!!俺もう謝るどころか、返事する事も出来ないんだけど。

 

ど、どうにかして誤解を解かないと……

 

《先に言っておくが、俺はやりたくて(PAの展開を)やった訳では無い》

《……》

 

無理?やっぱり信じる訳無いよね……

 

《……なるほど、分かった》

 

ってあれ?やけに簡単に引き下がったな。へへ!やっぱり真剣に言った言葉は伝わるもんだな!

チャンス到来!ここであの話題を出すしかない!

 

 

《ところで……ラインアークは空き室はあるか?》

 

 



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第6話

MT部隊隊長視点

 

またしても、ゼンは彼らに勘違いをさせていた。先程ゼンの言った、

「先に言っておくが、俺はやりたくて(PAの展開を)やった訳では無い」という言葉は、彼らに

「先に言っておくが、俺はやりたくて(お前らを助けて)やった訳では無い」と何ともツンデレ風な解釈にされていた。そして、その言葉を聞いた彼の部下達の反応はというと……

 

《俺達は回線聞いてたから全て分かってる!あんたが助けたくて助けた事分かってる……!》

《言いたい。あの人に「分かってるから」って言いたい……!》

《ダメだ!言うな!分かるだろ?あの人は称賛される事を望んでいない!》

《隊長、もうこの人ちょっと良い人すぎますって……》

《もう俺この人の部下になりたい》

 

最後の奴は後でしばく。エドガーは鋼の意思でそう決意した。

しかしそんな彼ではあるものの、自身の頬が緩んでいる事には一切気がつかなかった。

そして彼は、ゼンの発したその台詞に対して。

 

《なるほど、分かった》

 

そう返答する。

まったくもって、この男が何を言うか予想できない。さて、次は何を言ってくれるのか。

半ば期待するような気持ちでリンクスの次の言葉を待つエドガー。

 

かくして、対象の口から次に放たれたの言葉はと言うと。

 

《ところで……ラインアークは空き室はあるか?》

 

……本当に、何を言うか予想出来ない。

このリンクスがそんな事を望んでいるなど、誰が想像できようか。

その台詞に、皆が皆、一瞬黙り込んだ……と思ったのだが。

 

《あ、ああ有ります!!》

 

そう答えたのは、彼の部下の中で唯一の女性MT乗りである『アイラ』だ

 

《アイラ、ちょっと待t》

《隊長!彼は、ゼンさんは私たちを助けてくれたんですよ!?》

《いや、だからちょっと待っt》

《大丈夫です!ゼンさん!私の隣の部屋は空き室です!どうですそこに!?》

 

完全に暴走している。恐らくアイラには今話しかけても無駄だろう。

そこでエドガーは、他の部下達にアイラの暴走を止めるよう頼むのだが……

 

《おい、お前達。何とかアイラを、》

 

《いやー、ゼンさんがラインアークに来てくれたらますます安心だな!》

《そうだな、色々話を聞きたいもんだ》

《俺、リンクスと話するのが夢だったんだよなー。〝ホワイト・グリント〟のリンクスにはまず会わないし》

 

これである。だがこの状況では話が進まない。そう判断したエドガーは大きく声を張り上げた。

 

《お前達、少し落ち着け!これは俺たちの独断でどうこう出来る問題じゃ無い!》

 

さすが隊長と言うべきか、その一声で全員が静まり返る。そして、ゼンに一言告げた。

 

《悪いな、こればっかりは俺たちではどうにも出来ない……上の者達に掛け合ってみないと》

《そうか、やはり》

《で、でも、大丈夫ですよ!ラインアークの基本理念は「来るものは拒まず」ですから》

 

最後にそう言うのはアイラだ。

 

《「普通は」な……だが例外もある 》

《リンクス。それも所属不明ともなると話は別、か》

 

そしてエドガーの言葉の先をゼンが紡ぐ。

 

《話が早くて助かる。すまんな……『ゼン』》

《いや、構わないさ『エドガー』。こちらとしても簡単に事が運ぶとは思って無い》

 

ここで彼らは初めてお互いの名を口にした。

 

 

 

*********************

 

主人公視点

 

 

《「普通は」な……だが例外もある 》

 

そうか!ガッデム!!俺とした事がなんってこったい!!ラインアークなら簡単に移住出来るかと思ってた俺をぶん殴ってやりてえ気分だぜ!!

よくよく考えてみたら『リンクス+ネクスト付属』とか言うの超危険物をラインアークに簡単に置く訳無い……っつーかそれこそ相手に迷惑かけてるじゃん。

 

そんな事してまでラインアークに住む事はできないわ

 

《「普通は」な……だが例外もある 》

《リンクス。それも所属不明ともなると話は別、か》

 

いや謝るのはこっちだよ!なにこの人メチャクチャいい人じゃね?なおさら迷惑かけれねえ……

はあ……残念だけど、別の所探さないとな。とりあえず謝ってからどっか行こう。 

 

《いや、構わないさ『エドガー』、こちらとしても簡単に事が運ぶとは思って無い》

《無理を言ってすまなかった。それでは俺は消えるとす……》

 

 

――――だ   め   で   す   !!!!

 

 

……はい?この声は確か……

 

《ダメ!それはダメです!ゼンさん絶対行っちゃダメです!!》

 

アイラちゃんだったかな?たしか隊長がそう呼んでたけど。いやさ、アイラちゃん。

 

《こちらとしても見ず知らずの者達に、大きな負担をかけるのは》

《見ず知らずじゃないです!さっき助けてくれました!!》

 

……何この子!こんないい子に育てた親の顔が見たい!!

 

《そ、そうです!》

《あなたは俺たちの命の恩人ですよ!》

《せめて直接お礼を言わせてからでも遅くはないでしょう!?》

 

YABEEEEEEEE!!!MT部隊マジいい人ばっかりじゃねえか!!

だがそうであればあるほど俺の決意は固まっていくのだよ諸君。さて、さっさと消え……

 

《……ん?》

 

あれ?レーダーになんかいきなり高エネルギー反応が。それにこっちに向かって超高速で近づいてるんだけど。これもしかして〝アレ〟じゃないよな……

いやいや、まさかそんな訳無いよね。だって今〝アレ〟は居ないはずだし。きっとレーダーの表示ミスだよね?そうに違いない 

 

……うわあ。でもメチャメチャ嫌な予感がす――――

 

《――――そこのネクスト機。あなたはラインアークの主権領域を侵犯しています》

 

そして、唐突に機体内部に響く『女性』の声と『台詞』……うっわっ、これマぁジかよ!!

このすんごい聞き覚えのある内容って、もしかしなくても!

 

 

 

《速やかに退去してください。さもなくば……実力で排除します》

 

 

 

ホワイト・グリントがここで出るなんて聞いてねぇっすよ!!!

ねえ?なんで?なんでなん?俺のラインアーク襲撃だけ難易度EXなんだけど?

 



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第7話

MT部隊隊長視点

 

《ダメ!それはダメです!ゼンさん絶対行っちゃダメです!!》

 

アイラがここから去ろうとするゼンを引き止め。

 

《そ、そうです!》

《あなたは俺たちの命の恩人ですよ!》

《せめて直接お礼を言わせてからでも遅くはないでしょう!?》

 

それに続きエドガーの部下達も引き止めに入る。

だが、今までの態度から察するに……簡単には引き留まりはし無いだろうという確信がエドガーにはあった。何せ無関係の者のために命を懸けるような男だ。こちらの迷惑になるとでも考えていてもおかしくは無い。

 

だがエドガー自身、決して彼に立ち去って欲しい訳では無いのだ。さて、どうするべきか。

 

 

彼が頭を悩ませていたその時、自機のレーダーがまたしても高エネルギー反応を察知した。

本日三体目のネクスト反応である。今日はとことんツイてない日だと、半ば呆れる様にしてエドガーは反応がどこから来ているのかを確認した。どうやら反応先は……ストレイドが消えた方向から逆側。つまりエドガー達が退避している方向からだ。

 

そこで彼は気がつく。レーダーに映るこの反応が、【赤】では無く【緑】で表示されている事に。

それが表す事は自機の「友軍」であるという事である。つまりは。

 

《そこのネクスト機、あなたはラインアークの主権領域を侵犯しています。速やかに退去してください。さもなくば……実力で排除します》

 

この高エネルギー反応の正体は、ラインアークの守護神〝ホワイト・グリント〟だ。

高速でエドガー達に向かい接近してくるホワイト・グリントに対し、エドガーは些かの危機感が募る。そう、このままだとほぼ確実に戦闘になるってしまう。その未来を回避するためには、どうにかして、ゼンが敵では無い事を知らせなければならないのだ。

 

《ち、違います!このネクスト機は敵ではありません!私達を助けてくれたんです!》

 

だが彼がその事を知らせるよりも先に、アイラが口を開いた。

 

《……どういう事です?》

 

ホワイト・グリントのオペレータ。『フィオナ・イェルネフェルト』が尋ねると、同時に。

ホワイト・グリントはピタリとその動きを止めた。

 

《このネクスト機は我々をもう1機のネクスト機の襲撃から護衛してくれました》

 

この言葉はエドガーだ。そしてそこまで聞き、フィオナは黙る。

……どうにか敵では無い事は上手く伝わったらしい。そしてここでエドガーは仕掛けた。

フィオナは、ラインアークの守護者であり、象徴であり、稼ぎ頭であるホワイト・グリントの運用について一任されている。つまりは、彼の言う『上』の人物の中の一人である。

 

《それにその際このネクスト機はPAを故意的に不展開にし、敵ネクスト機と相対していました。個人的にはまったくの無関係であるはずの我々を、コジマ汚染から護る為に》

 

実際彼の言うとおりである。防護スーツを着ていない今、汚染される可能性は高かった。

 

《それと……このリンクスは行く所が無いようです。ここ、ラインアークに移住を希望している様子ですが、どううでしょう。我々は、貴方方の判断に従うまでですが》

 

残念だが、エドガーに出来るのはここまでだ。後は向こうがどう判断するかである。

 

《……なるほど、話は聞きました。ですが、にわかには信じがたい話です》

 

そうであろう。実際にその姿を目にし、会話すらこなした彼らでさえ非常に驚いていたのだから。ネクストやリンクスというものをエドガー達よりも遥かに熟知しているはずの彼女達が信じられないのも無理は無い。

 

《そのところ……ラインアークに敵意が無いのというのを実際に私達が見ていないので何とも》

 

その時、エドガー達はドスン、ドスン、と四回ほど地面が揺れるのを感じた。

震源地は彼らの真後ろだ。一体この音の正体は何なんだ、と怪訝な表情をして背後を振り向くと。

 

《……くく。まあ、つまりこういう男という訳ですよ》

 

全身の武器をパージしたネクスト機がそこにはあった。

 

《なるほど……敵意は完全に無いようですね》

 

エドガーは苦笑し、フィオナは呆れ半分に納得した。

 

*********************

 

主人公視点

 

 

あ~あ!!こんなラインアーク襲撃じゃあ初心者じゃ絶対クリア出来ないよ!!

最初のミッションでホワイト・グリントとかもう一歩間違わなくても投げ出す自信あるね。

いや、だが待て。ここで敵対する感じにしたら、自然とラインアークから退場出来るんじゃね?

おお!それだよ!よしそれでいこう!で、でも、もし見逃してくれなかったら戦闘に……

 

《ち、違います!このネクスト機は敵ではありません!私達を助けてくれたんです!》

 

ってアイラちゃんぬ!!ちょっと待ってまだ悩んでるから!断りづらくなるから!

 

《……どういう事です?》

 

食いついた!!フィオナちゃん食いついちゃったよ!いやマジで断りづらくなるからヤメテ!

 

《このネクスト機は我々をもう1機のネクスト機の襲撃から護衛してくれました》

 

エェドガァちゃんぬ!?何この感じ?何で皆そんなに俺の事好きなの?いやすげえ嬉しいけどさ。

もうこれアレだよね?今更「俺はどっか行くから!チャオ!」とか言ったらブッ○されるよね?

 

《それにその際このネクスト機はPAを故意的に不展開にし、敵ネクスト機と相対していました。個人的にはまったくの無関係であるはずの我々を、コジマ汚染から護る為に》

 

エドガーさんパねえ!この人もう、人の良い所しか見てないよ!悪徳商法に騙されるレベルだ!

 

《それと……このリンクスは行く所が無いようです。ここ、ラインアークに移住を希望している様子ですが、どううでしょう。我々は、貴方方の判断に従うまでですが》

 

ハイ!来ました!今決定的な一言来ましたよ!

 

《……なるほど、話は聞きました。ですが、にわかには信じがたい話です》

 

あら、やっぱり俺のした事ってそんなに変な事だったのね。

いやでも普通に生活していた日本人の視点で考えたら、あの状況は助けに入るのでは?

 

《そのところ……ラインアークに敵意が無いのというのを実際に私達が見ていないので何とも》

 

そこで俺の体が反応した。

 

           アンカンジャス

必・殺!!! 無意識(unconscious)パーーーーッッジッッ!!

 

 

説明しよう!!無意識パージとは、対戦における刹那の攻防中に俺が生み出した技なのである。パージに気を取られているといつの間にかAPが減ってた……そんな現象を回避する為の技だ!!

つまる所、【パージが必要な場面】だと分かると素早くパージするだけの技ッ!だが、この技には決定的な弱点がある!

 

そう。技名にもある通りこれは無意識下での行動である為、いつの間にか武器が無くなってると言う恐ろしい事態に陥ることがあるのだ……ハッ!お、俺とした事がやっちまったのか!!

あの技はやはりまだ制御出来て無いか、修行が必要だな……ん?なんか静かになってる?

 

《……くく。まあ、つまりこういう男という訳ですよ》

《なるほど……敵意は完全に無いようですね》

 

おお、なんか知らないが戦闘を回避出来たぜ。やったぜじいちゃん。

 

《そちらのリンクス、聞こえますか?こちらオペレータの、》

《フィオナ・イェルネフェルト》

 

あ、言っちゃったよ。でもまあ、皆知ってる事だし良いよね。適当に理由付ければ。

 

《……ご存知でしたか》

《ああ。「有名人」だからな》

 

俺の中では、ですけど。

 

《そうですか。それと……こちらの守備部隊の護衛、心より感謝します》

《いや、構わないさ。こちらとて礼を言われる為にやった訳では無い》

 

ほんとこれ。逆に言うけど、お礼言われる為だけに命を懸けるって、中々ないのでは。

 

《ふふ、そうですか。それとあなたの待遇ですが……》

 

おお、笑った。いや、人なら笑うだろうけどさ。何だかfaのフィオナちゃん怖かったからなぁ……実はちょっと嬉しい。やっぱり怒るよりは笑顔の方が人は素敵ですよ、ええ。

 

《明日、今回ホワイトグリントの出撃で得た報酬の使い道についての会議があります。そこで、あなたの待遇も協議してから決める事になりますが……よろしいですか?》

《なるほど、了解した》

 

そっかー、まあお偉いさん達で会議してからじゃないと決められないよね。

それは分かったんだけど、それまで俺はどうすんだ。ま、まさか外にほっぽり出したりする……?

いやまぁ、そうなってもしょうがない位の図々しさですけどね!しゅみましぇん!

 

《貴方にはそれまで此方の用意した部屋で過ごして貰う事になりますが、構いませんね?》

 

当然じゃないですかー!いやだって部屋ですよ?部屋?雨風しのげる時点で感謝するべきでしょ。

 

《勿論だ、むしろ部屋を貸してもらえるだけありがたい》

《……。本当に変わってますね、貴方は》

《そうか?おっと、自己紹介がまだだったな 名はゼン、機体名はネームレスだ》

《了解しました。それでは【ネームレス】。そちらにネクスト用ガレージの場所までの道筋を送っておきました。今からそちらに向かってもらいます》

 

OKでっす。じゃ、行く前にエドガーさん達にお礼言わないとね。

 

《エドガー、聞こえるか?》

《ああ》

《おかげで助かった。今度改めて礼を言いに行く、部下達にもそう伝えておいてくれ》

《くく……ああ分かった。伝えておくさ》

 

よし、それじゃあ……発進します!

 



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第8話

約1週間ぶりに来てみたらお気に入り数増えててびっくり。
一周間前のお気に入り数10くらいじゃなかったっけ...

いやいやありがとうございます。





主人公視点

 

 

「それでは、明日の会議が終わるまではこちらでお過ごし下さい。それと携帯端末を渡しておきます。何か用があるのなら、指定の番号におかけください……何か質問は?」

「いや、無い。こちらへの細かい配慮、感謝する」

「……それでは私は失礼します」

 

……。

 

行った?もう案内役の人行った?

くく……ふははは……最高だぜ!! おいおい!この部屋見てくれよ!

就寝用のベッドに机!椅子!シャワールームに何か本が一杯詰まってる本棚まであるぜおい!

 

いや、日本ではもう当たり前にある物ばっかりなんだけどさ。すごい嬉しい。

 

だってさ、失礼な事言うようだけど、俺てっきり『牢屋』みたいな所に入れられると思ってたからね。今、俺は完全な部外者ですし。 

いきなりランアークに現れて「NE!ここに泊めてyo!!」とか超失礼な事言ったんだぜ?

この部屋に案内されるまでに、毛布位は貸して貰えるかなって凄く不安ではあったんだけど、どうやらその心配は無駄だったようだ。

 

しっかし、ネクスト機から降りる時はちょっと気分悪くなるね。まあちょっとだけだけど。

たしかAMS適性が低いと『精神的負担』がすごいらしいし。

その点に関しては、かなり俺恵まれているよなぁ……神様本当にありがとう。 

 

……そういえばこの部屋に居るのは明日まで、って言ってたけど明日の「いつ」までかは説明されなかったな。多分、会議の終了時間とか決まってないんだろけど……まあ本は一杯あるし、読んで時間でも潰すとしよう。さて本棚本棚……と、んん?なんだこの本。

 

「何々……『子供でも分かる!簡単ネクスト機講座』」

 

なんだコレ、誰がこんな本執筆したんだよ。えーと、著者名は【アブ・マーシュ】……かぁ。

……。あ、アブ・マーシュって。おいおいマジかよ。この人って確か、あのホワイト・グリントを一から設計した人だったよな。所謂、『天才アーキテクト』と言われている人だ。

ゲーム中は名前しか出てこなかったけど……どんな人なんだろう。きっと賢いんだろうなぁ!これはもう読むしかありませんわ。いやー楽しみだ。

 

早速読ませて頂きます!お、1ページ目は著者挨拶か!さぁてどんな……

 

『やあ!僕がアブ・マーシュだよ!いやあ、この本を手に取ってくれたという事は君は少なからずネクスト機に興味があるという事だね!』

 

……。

 

『ネクスト機って良いよね!君はどんな娘が好みかな?ちなみに僕が好きなのはインテリオル製の“Y01-TELLUS”かな!テルスちゃんの脚部、良いよねぇ……あのムチムチした感じ。思わず見てて興奮しちゃうよ。あと、トーラス製の“ARGYROS”ちゃん!彼女もまるっこくて可愛い……歩行する時のあの必至な姿。あの姿に惚れたって人も中には多いはず!他には……』

 

おっと、本を取り間違えたかな?間違えてこんな変な本取っっちゃったよ。

さて元の場所に戻して、と。やっぱりネクスト機に乗ると目とかも疲れるんだなー。

マッサージマッサージ……よし!もう大丈夫だ。目も念入りにマッサージしたし。 

 

えーと、ちゃんと表紙と著者を確認して。これだな。よーし、確認OK!読ませて頂くぜ!

 

『やあ!僕がアブ・マーシュだよ!いやあ、この本を手に取ってくれたという事は君は少なからずネクスト機に興味があるという事だね!』

 

ああ、やっぱりさっきので当たってたみたい。もう分かった。この人完全に変人だ。

『子供でも分かる!簡単ネクスト機講座!』ってこれ子供に見せたら悪影響が出るんじゃね?俺の中でのマーシュさんの知的でクールなイメージどうしてくれんの?

 

まあ良いか、せっかく手に取ったんだし読んでみる事にしよう……

 

………。

……。

 

やべえ、認めたくないけど説明超分かりやすいんだけど。【アブ・マーシュ】やはり天才か。

 

この本に書かれてあったんだけど、なんでも機体の総耐久値(AP)が0になってもリンクスは必ずしも死ぬ訳じゃないらしい。機体の大破を防ぐ、つまり数の少ないリンクスの生存率を上げる為にAPが0になったら機体自体は強制的に停止する仕組みになっているんだとか。

 

じゃあ何でリンクス死ぬの?って思ってたら、マーシュさんの本にこう書かれていた。

 

『いや~、ぶっちゃけリンクスの主な死因は機体が強制停止した後に攻撃されるからなんだよね。じゃあその機能いらないんじゃない?とか思うだろうけど、まあ有っても無くてもそこまで追い詰められた時点で死はほぼ確定だよね。だったら機体大破前に強制停止させた方がまだ良いんじゃない?って考えらしいよ』

 

そして最後には、『僕はそうは思わないけど』。とも。

 

う~む、なるほど。一応、一つの不安は解消されたな。

ネクストのAPが0になった後に攻撃しなければ相手は死なない……つまりですよ。俺が相手より強ければ、基本的にはネクスト戦でその相手を殺さずに済むという事だ。やったぜ。

この先ネクスト戦しないとも限らないから不安だったんだよね。

 

しかし『僕はそうは思わないけど』、か。ゲーム中、ハードモードの【ホワイト・グリント撃破】の〝あの〟現象はマーシュさんのこういう考えが反映された結果なのかな……まあ俺に分かる訳無いんだけど。気になるよね。

 

「ふむ……」

 

読んでる途中だけど眠くなって来たな。ちょっと昼寝しよう。「目が覚めたらお家でしたー!」とか無いですかね。夢オチを期待しているんですけど……うん。わかりますよ。

 

無いんですよね、そんなことは。

 

――――――――

――――

――

 

 

……あれ?ここは何処だ?真っ暗なんだけど。俺確かお昼寝したはずじゃ……

 

《やあ、どうも》

 

うおおおおお!びっくりした!って何ですか、声しか聞こえないんですけど。

 

《突然だけどね……ここは夢の中だよ》

 

はい?

 

《いやだから夢の中だって》

 

……おいおいマジかよ。俺もついに何かに目覚める時が来たんですかね。

 

《何にも目覚めないよ。あー、いや、今はある意味〝リンクス〟として目覚めてるかな》

 

……あの、今〝リンクス〟って言いました?すみませんがどちら様でしょうか?

 

《神だよ》

 

なるほど……あなたが神か。

 

《君は全然驚かないね》

 

いやだってこの短時間で色々濃すぎる体験しましたし。

 

《しかしそれでも君は変わってるね。普通の人は何かと私を「質問責め」にするけど》

 

普通の人はって。さては何回か似たような事してますね?

んー、聞きたい事か。あんまり無いな。あー、それじゃあ1つだけ聞いても良いですか?

 

《良いよ》

 

あー、俺って【帰れます】?

 

《帰れるよ、パターンが2つあるけど。1つ目のパターンは死ぬ事かな》

 

ハードですね。

 

《いや、ハードですねって。言う事それだけ?》

 

いや、他に何を言えと。だって死ぬの怖いし。自分には厳しいです。

 

《じゃあパターン2。どれか1つのルートが終わるまで過ごす事》

 

え?それだけですか?

 

《それだけだよ。でも……多分、君は苦労するだろうねぇ》

 

……?

 

《君はどうにも勘違いされやすいらしいから》

 

そうですか。

 

《まったく、こっちは真面目に話してるのに君は。そうだ、君にも伝えておくことがあるんだ》

 

おお!そ、それは……

 

《この世界、君の他にもう一人〝外〟からやってきたリンクスが居るよ》

 

え?

 

《それじゃあ、私はこれにて。会えたら、また会おう》

 

ちょ、ちょっとまって。今、何て……

 

《……》

 

反応無し。行っちゃったか……

 

……。

 

さらっと流してはいたけど、これ、衝撃的事実なのでは?

 

 



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第9話 前編

長くなったんで分けます


ラインアークは会場に建設された構造体とそこに建造された2つの中央ビル・海上ビル群で構成されており、その海上ビル群は市民の生活と労働の場である。

 

そのビル同士は海中の道路で結ばれている為、移動には基本的にそれを利用する。緊急の場合は各ビルの屋上にあるヘリポートからの高速移動も可能。

 

また、中央ビルは行政施設、軍事施設の存在するラインアークの中枢であり、同勢力の最重要施設である。(ちなみに、ゼンが居るのはこの中央ビルの一室)

 

そして今その中央ビルの一角では。

 

「さらにライフラインを整えるべきではないでしょうか?」

「いや、もっと防衛設備の強化に費用を回すべきだ」

「しかし、今ラインアーク市民の欲しているものは」

「だからその欲しているものが何なのかを良く考えろと言ってるんだ!」

 

会議が行われていた。内容は先日、ホワイト・グリントの出撃の際得た報酬の使い道についてだ。

 

「……ふむ、費用の大まかな使い道は決定しましたかな?それでは、フィオナ君」

「次の議題ですが……ここ、ラインアークに移住を求めているリンクスの処遇のついてです」

 

そう。本日は何時もとは違い、重要な議題がもう一つ存在していた。

 

「先日……もう皆様もご存じでしょうが、企業連の策によりラインアークの守備部隊がカラードランク31のネクスト機、ストレイドに襲撃されました。そしてその際、突如現れたネクスト機……【ネームレス】の護衛により守備部隊は難を逃れたという話ですが―――」

 

―――即刻追い出すべきだ!

 

フィオナがそこまで話した所で一つの男の声が挙がる。

 

「この資料によると、そのリンクスは所属不明。カラードにも登録されて居ないそうじゃないか?それなのにネクスト機に搭乗して現れた……あり得ない。企業や組織の支援無しにネクスト機を動かせる訳が無い。必ずどこかと繋がっているハズだ」

 

男は捲し立てる。

 

「見ず知らずのこちらの守備部隊の護衛だと?どう考えても怪しい。こんな者をラインアークに置く訳にはいかないだろう」

 

その言葉を聞き、場が静まる。

 

確かに彼の言うとおり、ネームレスは「誰が」「どう考えても」怪しいのだ。

ネクスト機についてだが、機体の運用には莫大な「費用」が掛かる。メンテナンスをする技術者は数十人単位で必要であり、その技術者の活躍する場である施設も必要。更に精密機器やネクスト用ガレージまで―――挙げるとキリが無いが、それだけのものを個人で用意出来るはずが無い。

 

〝独立傭兵〟と呼ばれる者達でさえ、企業や組織の支援を受けて初めて傭兵として成り立つのだ。加え、見ず知らずの守備部隊の護衛などは……もはや理解不能である。

 

「……確かに、そうですな」

「どこかと繋がっているというのは確実か?となると」

「ラインアークに来た理由、か……」

「先日の襲撃犯と合わせて、こちらに取り入る為の企業連の策だったという可能性も」

 

各々の中でこのリンクスに対する疑念が強まっていく。

皆の反応を見て、自分の意見の正しさを確信したその男は、締めくくるようにして口を開いた。

 

「私に異論のある者は居ないようです……」

 

しかしその時、突如会議室の扉が開き。

 

「―――いや~、それは止めといた方が良いんじゃないかな?」

 

異論を唱える者が現れた。

 

「いやいや!フィオナちゃん、こうして顔を合わせるのは久しぶりだねぇ!」

 

かくして、その者の正体はと言うと。

 

「ハァ…お久し振りです。『アブ・マーシュ』さん」

 

 

――――――――

――――

――

 

「いやいやぁ!本当に久しぶりだねぇ!あ、フィオナちゃん髪切った?似合ってるね!」

「……切ってません」

 

突如会議室に入り込むやいなや、呆気にとられている者達を余所に呑気に会話を始める〝天才〟。

 

「なっ……なんだ突然!ここは今会議中だぞ!?いや、そんな事より」

 

突然の出来事に驚きながらも何とか先ほどの男が口を開く。そして。

 

「何故!アナタがここに居るんだッ!!」

 

皆が一番疑問に思っている事を口にした。

 

そう、このアブ・マーシュという男はラインアークとは別の組織である〝アスピナ機関〟に所属しているのだ。マーシュ個人とラインアークに〝妙な関係〟があるとは言え、会議中に別組織の者が突然乱入して来るというのは前代未聞の事である。

 

が、彼とて何も無断で入り込んだ訳では無い。

 

「あー、ごめんね。ビックリさせちゃったかな?でも僕呼ばれて来たんだよねぇ」

「は?呼ばれた…?一体誰に」

「私がお呼びしました」

 

そう答えたのはフィオナ・イェルネフェルトだ。

 

「……説明してもらえるかな?」

「はい、理由ですが……マーシュさんには例のリンクスの搭乗していたネクスト機を調べてもらっていました。お呼びしたのはその結果を報告してもらう為です。ネクスト機には、各企業の製品が使用されています。フレームや内装、更に細部まで調べ上げる事によりそのネクスト機をバックアップしている企業や組織あるいは、『企業グループ』が大分絞れるはずです」

「そこで、僕が丁度タイミング良く『娘』を診に来ていたものだから、ついでにそっちも調べた訳!しかし相変わらず僕の娘に無茶させているようじゃないかい。彼は」

 

彼の言う娘とは勿論。

 

「……そちらのホワイト・グリントに対する溺愛ぶりも相変わらずの様ですが」

 

ホワイト・グリントの事である。

 

それにしても、「タイミング良く」とは、何とも怪しい限りだ。先ほどのマーシュの言葉からも分かる様に、彼自身はホワイト・グリントの出撃毎にここに立ち寄る訳では無い。彼曰く「娘が寂しがっていそう」な時にラインアークに立ち寄り、〝診察〟するらしい。

 

だが今回、マーシュがラインアークに立ち寄っのは本当にたまたまなのか…色々とタイミングが良すぎな気もする。しかしまぁ、ラインアーク側にとってもそれが別に不利益に繋がる事でも無いので特に誰もそれを口に出したりはしないが。

 

「……マーシュさん」

 

ともかく今は調査結果が重要だ。さっさと報告してくれと言わんばかりにフィオナが催促する。

 

「そうだねぇ、皆を待たせたら悪いし話はまた後にしようか」

 

マーシュは会議室の一番前まで歩みを進め、巨大なスクリーンの前で立ち止まった。そして彼自身に注目が集まったのを確認し、話し始める。

 

「さてさて、それじゃあ僕が分かった事を話させてもらうよ。と、その前に一つ言っとくけど……あんな機体は見た事が無いねぇ。流石の僕も驚いたよ」

「何……?」

「あの男をして見た事が無い機体とは」

「もしや企業の最新型か。一体どんな……」

 

〝天才アーキテクト〟アブ・マーシュをもってしても「見た事が無い」と言わしめる機体だ。彼ら会議室の面々がそれに興味を見せるのも当然と言えた。

 

「じゃ、スクリーンにご注目~」

 

しかしそこに映し出されたのは。

 

「……これが、そうかね」

「あらら?ご期待に添えなかったかな?」

 

何の変哲もないアルゼブラ社の企業標準機、〝SALUH〟だった。

 

〝SALUH〟はアルゼブラ社が旧イクバール社時代から生産している軽量ネクスト機のフレーム部分である。今となっては旧型ではあるがそのフレームは総じて評価が高く、愛用するリンクスも多いと言う話ではあるのだが……

 

「この機体のどこが『見た事が無い』のですかな?」

 

そう、そんな事はここに居る者達なら誰でも知っている。

ましてやアブ・マーシュともあろう者が知らないハズも無いだろう。まさかまたお得意のおふざけが発動したのか、と、皆が眉をひそめた。

 

「申し訳ない。今映しているのはフレーム部分のみなんだ。それに、実際の機体でも無いしねぇ。で……次が、例のリンクスの機体」

 

画面が切り替わる。そこに映し出された銀色の機体は、フレームこそ先ほど見せられたサンプル画像と同じだあったが、見る者が見れば明らかにおかしいと分かる部位があった。

 

「これは……」

「ウフフ、そうなるよねぇ…僕も最初本当に驚いたよ。そう、カラードランク1でありオーメル社の最高戦力、〝オッツダルヴァ〟の駆る機体…【ステイシス】の専用スタビライザーが使用されているんだよねぇ」

 

 

 



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第9話 後編

主人公装備回

外装はともかく内装見て「ガチやんけ」と思った方は握手


「しかも、それだけじゃない」

 

マーシュは更に次の画面に切り替える。そこに映っていたのは【ネームレス】の肘部分だ。

 

「この肘の部分のスタビライザーはローゼンタール社最高のネクスト【ノブリス・オブリージュ】専用の物だし……さらにほぼ全身に渡ってスタビライザーが付けられている、と。まあこの機体を見てもらえば分かると思うけど。」

「……」

不必要なまでにスタビライザーが使用されているねぇ。ネームレス……〝名無し〟ちゃんのデザイナーはかなりのオシャレさんと見える。それこそ、他企業の専用パーツ、しかも特に象徴性の高いパーツをも手に入れたがる位には、ね」

 

専用パーツ―――それは各企業の最高戦力、あるいは戦果の著しい者に与えられるパーツである。当然、専用と言うからにはその企業独自の技術が使われているものも多くそれが外部に流出する事など基本的にあり得ない。あり得ないのだが……

 

どこから手に入れたのか、このネクスト機にはそれが使用されている。

 

「おいおい」

「一体どうなってる……」

「まあ、各々思うところがあるだろうけど次に行かせてもらうよ。さて、次は内装なんだけど……」

 

そこで言い淀んだ。と、同時に頭を掻くマーシュ。

 

「どうかしましたか?」

 

フィオナが尋ねる。

 

「いやいやぁ。何でも無いよ。さて、内装についてなんだけどまずはFCSから説明しようか」

 

マーシュは取り繕うようにして、説明を開始した。

 

「FCSはオーメル社の旧標準機〝JUDITH〟に使用されていたパーツ。そしてオーバードブースタ(OB)も同じくJUDITH。この2つの最大の特徴はとにかく〝軽い〟詰まるところ軽量機にはもってこいなパーツだねぇ」

「……」

「次はサイドブースタ(SB)とバックブースタ(BB)について。SBはSB128-〝SCHEDAR〟、BBはBB11-〝LATONA〟こっちは両方インテリオル社製のブースタだね。SCHEDERはインテリオルの中量標準機〝TELLUS〟に使用されてて、LATONAはインテリオルの最新鋭軽量、名称はそのまま〝LATONA〟に使用されている……こっちの2つはエネルギー(EN)効率を重視しているパーツだねぇ。サイドブースタの方は少し重いけど、EN効率が良い割に結構な高出力だ。色々と『分かってる』よ、名無しちゃんのデザイナーは」

 

専門用語が飛び交う説明に、会議室の面々も何とかついていく。

つまり、この銀のネクスト機にはインテリオル社の最新パーツも利用されていると言う事である。

 

「さて……こ色々突っ込みどころはあるけど、こまでなら100歩譲って『まだ』分かる。問題は」

 

マーシュはここで一呼吸。

 

「メインブースタ(MB)とネクストの心臓部であるジェネレータなんだよねぇ」

 

今まででも問題だらけなのに更にとんでもない事が出てくるのかと顔を引きつらせる会議室の面々。そもそも、問題ばかり起こしている様な男が驚くモノとは一体何なのか……

 

「MBは今は亡きレイレナード社製のパーツで―――S04-〝VERTUE〟」

「……〝VERTUE〟?」

 

フィオナがそのブースタの名称に反応する。何故なら

 

「そう、このパーツも〝専用パーツ〟の中の一つ。まあ、もっともこの専用パーツの持ち主はリンクス戦争時に亡くなっているけどねぇ『彼』と戦って」

 

言うなりフィオナをちらりと見やるマーシュ。

 

……このパーツを与えられていた者の名は〝アンジェ〟。リンクス戦争よりも以前、企業の支配体制を確立させるに至ったきっかけである『国家解体戦争』では最も多くのレイヴン(ノーマル乗り)を撃破し“鴉殺し”の異名を持っていた女性である。

 

リンクス戦争においては〝アナトリアの傭兵〟を廃工場に呼び出し、1対1での決闘を仕掛ける……が、激闘の末敗北。その戦闘の最中の「戦いを楽しんでる」様な発言は10年以上経った今でもフィオナの脳裏に焼き付いている。

 

「……」

 

そしてその際アナトリアの傭兵が苦しめられたのが、2つの専用パーツだ。1つは全ブレード中最高の威力を有し、使用時に紫色の巨大な刀身を発生させるレーザーブレード〝7-MOONLIGHT〟。そしてもう一つが。

 

「S04-〝VERTUE〟これは徹底的にQBの性能を強化してある。全MB中のQB出力値だけで言えばぶっちぎりの1位、相手との間合いを詰めるのにはもってこいだねぇ。まあ、簡単に言うと特徴はこんな感じ……さてさて。当然気になるのがこのパーツの出処だよねぇ」

「……」

「レイレナード社は壊滅した時に製品のいくつかは流出してしまった様子だし、今でもオーメル社ではごく少数だけどパーツの生産も行っている……けど、さすがに今更になってレイレナード時代の専用パーツまでも生産してるとはとても思えない」

 

マーシュは話を続ける。

 

「まあ、〝専用〟と言っても不慮の事態に備えて予備パーツを置いておくのは当たり前だし、それが流出したのなら考えられなくも無いけど…そう簡単に手に入れられるとは思えないねぇ。何せ10年以上前だよ?レイレナード社が壊滅したのは」

「……」

「その時流出した1つのパーツの足取りなんか分かるものかな?それこそ、旧レイレナード出身の者でさえ難しいと思うよ」

 

聞けば聞くほど不可解な事が浮かび上がってくる。

『じゃあ一体そんな機体に乗っているリンクスは何者なんだ』と、今すぐ聞きたいところだが……いかんせん、マーシュはまだ全てを説明し終わってない。

 

「よーし、次、行ってみようか!次はぁ……ジェネレータだ!」

 

ここに来てテンションを上げるマーシュ。なんだろうか、この男が楽しそうにしている姿を見るとハッキリ言ってもう嫌な予感しかしない。

 

「ちょっと話を戻すけど。あのMB、高出力な分EN消費も半端じゃ無い訳だ。そこで必要になって来るのがさっき言ったネクスト機の心臓部であるジェネレータ。こいつがそのEN消費の問題を解決してくれるんだけど……さて、この場合どんなジェネレータを積むのが良いでしょうか!フィオナちゃん分かるかな?」

「……そうですね。EN容量が多いジェネレータなどでは」

「ピンポン正解!フィオナちゃんやるねぇ。そう、EN消費が激しいならENの蓄えが多いジェネレータを用意すればいい。ただし、EN容量が多いものは重いジェネレータばっかりなんだ。この場合、軽量機である名無しちゃんにはかなりキツイ。だって重量過多になる可能性もあるし、そうでなくとも機体速度が落ちて軽量機の強みである機動力が生かせない」

 

そこで今度は別の者が答える。

 

「では……利用されてるのは軽量かつEN容量が多いジェネレータだと?」

「あはは。いやぁ、さすがにそんな都合の良いものは作れないよ。要するにENを切らさない事が大切なんだ、つまり〝EN回復力〟が高ければ良い。それならEN容量が少なくてもすぐにENが満タンになるから高出力ブースタでも飛び回れる」

 

如何に変人と言えど、曲りなりにもアーキテクトだ。中々どううして、分かりやすい説明である。

内心失礼な事をつぶやきながらも、マーシュの説明に感心する面々。だが本当に聞きたいのはそれでは無いのだ。彼らが聞きたいことは……

 

「それで、使用されているジェネレータは?」

 

そう、『どこ製』のジェネレータなのかだ。

 

「〝X-SOBRERO〟って知ってるかな?」

「……そちらで開発中の実験機ですね?」

「お、フィオナちゃん良く知ってるね。そうそう、僕の所の……〝アスピナ機関〟とオーメル社が共同開発って形で色々やってるんだけど」

「まさか」

 

フィオナが察したようにつぶやき、それに対してマーシュは観念したように答えた。

 

「そのまさか。名無しちゃんのジェネレータは……〝X-SOBRERO〟に使用されているモノだよ。ちなみにだけど、このジェネレータの特性は」

「軽量かつEN回復力が高い。ですか?」

「そう。フィオナちゃんの言う通り、EN回復力が異様に高い。それこそENの総負荷が少ない機体なら一瞬で回復する位にはね。しかもこれまたぶっちぎりで最軽量のジェネレータで、機動力を損なう必要は微塵も無い。さて、今まで色々話してきたけど、このジェネレータの使用……これが一番の不思議なんだ。何故なら」

 

そう、何故なら。

 

「存在していないんだ」

 

その言葉に、フィオナは眉をひそめた。

 

「……どういう事です」

 

存在しない。マーシュはたしかにそう言った。だが現に存在しているからこそ、このネクスト機に使用されているのでは無いか?これではさすがに意味不明である。

 

「正確には、現状〝X-SOBRERO〟のジェネレータはこの世に1つだけしか存在していないんだ。何せそのジェネレータはオーメルからアスピナに供与されている実験パーツ……〝完成型〟では無いんだ。そして完成型では無いが故に予備も存在しない」

 

実験パーツの完成毎に、予備を『丸々』準備する意味はないのだ。

どの道再度改良する訳であるし、存在すると言えばそのジェネレータの故障しやすい部位の交換用の部品と設計図位のものだ。

 

「まったく。在るものならともかく、無いはずの物までどうやって手に入れたんだろうねぇ……。その上、名無しちゃんの内部チューンはこれまたビックリ!各企業の最高クラスのネクスト機並みにチューンされているときた」

 

……なるほど、『これまたビックリ!』だ。

と、言うか会議室の面々はアブアブ・マーシュが来てからと言うもの驚きっぱなしである。

 

「それで、最後兵装の方だけど……まあ特に気になる所は無かったかな。腕部武器は左右ともにローゼンタール社の突撃ライフル〝MR-R102〟そして背部兵装はオーメルの軽量レーザーキャノン〝EC-O300〟がこれまた左右に装備されている。肩の装備は、BFF社製のフレア〝051ANAM〟だね」

「……」

「と、機体自体の全体的な確認はこんな感じで良いかな?フィオナちゃん」

「はい、有難うございました。」

 

マーシュが説明を終えた後、会議室を支配していたのは沈黙だった。

ここまで聞いた誰しもがとある事に気づいていた。そう、この機体。この機体はまるで……

 

「まるでこの機体、【自分の好きなパーツだけで作りました】みたいな機体だねぇ。それこそ本当に、〝どんなパーツでも揃えられる。〟と言わんばかりに」

 

マーシュの言う通り、この機体はネクスト機開発に関わった全ての企業の製品を揃えられると言わんばかりに様々なパーツで構成されているのだ。

 

「初めはフレーム自体は統一されている訳だし……アルゼブラ社と深く繋がりがあるのかとも思ったけど、内装や装備を見る限りそんな事は無さそうだねぇ。内装はオーメル社、インテリオル社、レイレナード社製の物だし。武装からも一貫性は見られない」

 

要するに機体を見る限り、リンクスである男の素性は分からず終いという訳である。

 

「ただ、予測できることはある。彼が居た所はかなり大規模な組織だろうと言う事と、そして彼自身もかなりの『モノ』だろうと言う事。何せこんな機体が与えられている訳だし、それに見合った強さだというのは間違いないだろうね」

「……」

「ああ、それと最初の話だけど、彼を追い出すのはやめた方が良いんじゃ無いかな?何せ各企業のパーツを簡単に揃えられる様な組織が、ラインアークに対してどうこうする為にリンクス本人を直接送り込むなんて、そんなバカげた事するとは思えない。今、彼に敵意は無いみたいだし……ラインアークに置いてく方が得策だと僕は思うよ。追い出してしまったら明確な『敵』になってしまう可能性もある訳だし」

 

確かに、彼のいう事は一理ある。少なくともラインアークの配下に置いておけば監視も可能であるし、怪しい動きを見せたのなら拘束、もしくは『排除』してしまえば良いだけの話である。

会議室はマーシュが来る前とは一変。移住を認める流れになる。確かにあからさまに怪しい者を野放しにするよりかは、手元に置いて見張っていた方があるいは正解なのかもしれない。

 

「まぁ、あくまで僕の所属はアスピナ機関だからこの先は自分たちで決定するべきだねぇ」

 

そしてこの時、フィオナは見た。見てしまった。マーシュの口がにやけるのを。

嫌な予感がフィオナの胸を過る。そう、このアブ・マーシュという男がこの表情をする時は必ずといって良いほどに、何かロクでもない事が起こ……

 

「あぁそうだ!思い出した!そういえば特別ゲストを呼んでたんだよねェ!」

 

やはりか、と額を右手で抑えるフィオナ。起こってしまった…いや、正確には今から『起こる』。こうなってしまってはもう遅い、気づいてからではもはや止める術など存在しないのだ。

 

「それでは、特別ゲストの―――リンクス、『ゼン』君!!お入り下さい!」

 

そして扉から突如現れたのは。

 

 

「……」

 

 

この問題の張本人だった。

 

 



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第10話

自分はガチタンが好きです


部屋で寝てたらいきなり白衣纏った如何にも「私は研究者です」みたいな人に起こされる

                    ↓

「ついて来てくれるカナ!?」ってものすごい嬉しそうに言われたので無言でついて行く

                    ↓

その人が何か部屋の前で立ち止まるやいなや「ちょっとここで待っててねぇ」と言われたので待つ

                    ↓

「それでは、特別ゲストの―――リンクス、『ゼン』君!!お入り下さい!」←イマココ

 

……は?いや……何?何なの? 入って良いの?マジでポルナレフ状態なんですけど。

 

つーか何で名前知ってるの……はあああああ!分かった!コレあれだ!きっと自分の為のサプライズ歓迎会だ。となるとラインアーク移住計画は大成功したという訳ですね!

ふふふ、わざわざ気を遣ってくれなくても良いのに……まあ、やってくれると言うのなら楽しませて頂きますよ!うーむ、となるとやはり大事なのは第一印象だな。

 

歓迎会とは言え調子に乗ってる奴だとは思われないように、すんごく真面目な顔で行こう。

 

さて、開くぜ運命の扉ぁ!

 

open!!!

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

……おっほっほ~。なるほどね、そういう感じか。俺は間違えてどこでもドアを開いちまったみたいだ。だってあり得ないじゃん、歓迎会のはずなのにスーツ着たお偉いさんっぽい方々の居るお部屋に突撃隣の晩御飯しちゃったんだぜ?

 

それにしてもなんだこの仕打ち。のび〇君はしず〇ちゃんの入浴中にバスルームに入れるのになぜ自分は会議室に転送されるのか。これじゃ「ゼン君のエッチ―!!」とか出来なくね? いやむしろこんな知らない奴が会議中に入って来たら「え?誰?」ってならない? というか現になってません?

 

……あ、あばば。何!?何ナノ!何で自分がこんな場違いなところに!?た、たすけてドラえm

 

「やあ!ゼン君。いきなりで申し訳ない」

 

あ、アナタは、俺をここに連れてきた研究者っぽい人!

ふー、良かったー。とりあえず自分はどこでもドアをくぐり抜けた訳では無さそうだな。つまり、呼ばれた理由は歓迎会では無いと。となると。

 

「俺に何の用だ?」

「いやあ、君に聞きたい事があってね」

 

聞きたい事があるならさっきの2人きりの時に聞いて下しあ……何もこんなお偉いさんの前で質問しなくたって良いじゃないの。

 

「何だ?」

「単刀直入に聞こう!君がここに来た理由を話してくれないかい?」

「マーシュさん、一体何を……」

 

!? ここ、この声は。フィオナちゃんの声だ!すみません声の方向をチラ見させて貰います……

 

って、超美人やないか!金髪碧眼の美人さんやないか!確か設定だとリンクス戦争から10年ちょい位経ったらしいし、若くても三十代中盤~後半位らしいけど……すごく若々しく見える。誰だよオバサンとか言った人、ブッ飛ばしますよ!いやブッ飛ばされますよ!ホワイト・グリントに!

 

本当アナトリアの傭兵羨まC 

 

あと気になるんだけど、フィオナちゃんさっき「マーシュさん」って言ってたよね。

つまり自分と一緒に来たあの人がアブ・マーシュさんだったのか…す、凄い。凄すぎるよ。もうアレだからね?世間一般に例えるならば芸能人と直接お話ししてるレベルだからね?

サイン貰っとこうかな。『ゼン君へ』って色紙で。うわー、嬉しすぎて口がにやけるわ……

 

「ウフフ、楽しそうだねぇ」

 

すすすびばせんマーシュさん!

ううむ、それにしてもここに来た理由かぁ…ありのまま自分に起こった話をした場合どうなるのか。気になりますねぇ。それではシミュレーションをどうぞ。

 

『いやぁ。実は僕こことは違う世界にある日本でグーグーお休みしてて、突然目が覚めたと思ったら自分の愛用している機体に乗ってラインアークに降下していたんですよ!ちなみにさっき昼寝してたら神様に会って、この世界でしばらく頑張る様に言われました!ははは、参りましたね!』

 

やばいな、こいつぁ相当参ってますよ。

 

……いやマジ無理。冗談抜きで無理ですごめんなさい。こんな事言ったら即追い出し食らうに決まってる。リンクス云々以前に、人としてヤバい感じだよね。でも嘘をつくのもちょとイカンし。

 

となると、ここは。

 

「ああ、理由、か」

 

出来るだけ深刻そうに……

 

「帰れない……俺には、(平穏無事なアパート生活を)守れなかった。この世界にはもう、俺の帰れる場所は無いんだ。これでは、不足か?」

 

こんな感じで言い方を変える方針で行こう!ちょっとカッコつけすぎた感はあるけど、一応嘘はついていないしOKのはず……ああ、何かこんな時なのにアパートの自室を思い出してしまう。早くもホームシックですよ。

 

くっ、こんな暗い気持ではこの先やっていけないぞっ。これからは可能な限り思考をポジティブにもっていく様に努力しなければ。

 

「……なるほどねぇ」

 

何ですかねその反応は。「何言ってんだコイツ」みたいな?やっちまったか……うわ、たしかに考えてみたら凄い恥ずかしい事を言った気がするぞ。ま、まあ過ぎた事だし。今更黒歴史が増えたところで痛くも痒くも……いや、痒みくらいは感じます正直。

 

「私からも質問を」

 

おや。フィオナちゃんも質問あるの?

 

「何だ」

「ゼン、あなたがラインアークに移住する事になった場合ですが……今後、その身はラインアークの為に費やしてもらう事になります。よろしいので?」

 

さっきから何で皆さんそんな事聞くんだろう。いや、それは。

 

「構わん」

 

これは即答ですわ。あのね、そりゃそうでしょうが!来るだけ来て何もしないとか…それもう完全にNEETじゃないですか。英語表記だとちょっとカッコイイけど。

 

しかし『身を費やす』か。ネクスト機には乗らせてもらえないかもしれないし……あれか、雑用とかさせられるのかなー。いや別に全然構わないですよ?

自分で言うのも何ですが掃除とかメッチャ得意。昔は学校の掃除大会で毎回MVPもらってたし。

 

「受けた恩は返す。それは最低限の礼儀だろう」

「なるほど、やはりあなたは……」

 

んん?

 

「失礼しました。何でもありません」

 

気になる!そういう言いかけて止めるの一番気になる奴だから!

 

「と、言う事らしいねぇ。じゃあ、僕とゼンはここいらで失礼するよ」

「もう良いのか」

「ん、ああ。良いんじゃないかな?ここに居る人達なら、きっと君の受け答えで君がどういう人物かが理解できただろうしねぇ。後はラインアーク側の判断だよ」

 

はい?ラインアーク側の判断ってどういう……

 

……。

…………。

 

なるほどね、今更気きましたよ。これ、フィオナちゃんが昨日言ってた会議だ。

うふふ…ふはは…!!何と言う事でしょう。俺はそんな自分の居場所を決める重要な会議で『俺には守れなかった』だの『帰る場所は無い(キリッ』だのクソふざけた事を言ってしまったのか。

 

……なにこれメッチャ痛くも痒くもあるうううううああ!!

 

「ああ、そうだ。一つ個人的に聞きたいんだけど」

 

何ですマーシュさん?このダメダメな自分にどんな質問があるというのですか?

 

「君、ネクストに搭乗しての〝総戦闘時間〟はどれ位だい?」

 

ええ、戦闘時間ですか。この世界に来てからの戦闘時間なんてたかがしれてますよ……というか戦闘してませんしね。しかし0時間とは言えないよなぁ。

 

うーむ、こうなったらゲームのプレイ時間で良いですかね?えーと、AC4位から合わせると大体。

 

「8000時間程だ」

 

まあほぼ毎日やってますし。

……って何その皆様の鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔。何で黙ってるの。ねぇ、不安なんだけど。

 

「……アッハッハ!!」

 

マーシュさんメッチャわろてますやんか。この世界においてはしょうもない時間でしたみたいな?考えてみたらネクスト機自体が開発されてから大分年数あるしな……こっちの世界では需要とかもあって大忙しだろうし。きっとそうだったんだろう。

 

「君もなかなか面白い冗談を言うねぇ」

 

いや冗談じゃないんです。もうやだ恥ずかしい…この世界での基準が分からないし。

 

「まぁ、な。ただ、それなりの時間とだけ言っておこうか」

 

とりあえずこんな感じで許してくだしゃい。

 

「それなりの、ねぇ……まあ、また今度詳しく聞かせて貰おうかな。じゃ、出ようか」

 

終わったか、2つの意味で。これは上手く行く可能性は望み薄ですわ。

本当にどーしよ。部屋に戻ったら今後の事考えなきゃなぁ……

 




誤字指摘感謝です。


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第11話

誰も覚えて居ないだろうなーと思ってコメント欄見たら興ばっかりで吹きました。

頑張ります。


フィオナ視点

 

 

「それでは、特別ゲストの―――リンクス、『ゼン』君!!お入り下さい!」

 

やはりと言うべきか、フィオナの嫌な予感は的中した。そして疑問に思う。

どうやってこの男の居場所を、それこそ名前まで突き止めたのか、と。

そう。フィオナがマーシュに教えたのはゼンの機体がある場所のみなのだ。本人については居場所はおろか、名前などの情報は一片たりとも与えていない……

 

が、そこまで考えたところで彼女は思考を放棄した。

 

何故ならこのアブ・マーシュと言う男は本当に何の前触れもなく、突如行動を起こすのだ。

ラインアークを訪れて暫くしない頃、初めてフィオナと「彼」がマーシュに会った時もそうであった。フィオナ達に対面するなり、開口一番にマーシュはこう言ったのだ。

 

『僕の作るネクスト機に乗ってみないかい!?』

 

まさか「初めまして」の挨拶や自己紹介の前にそんな事を言われるとは……その時の衝撃をフィオナは一生忘れる事は無いだろう。そして聞くところによると、なんとこの男はアスピナ機関所属のアブ・マーシュだと言うのだ。

 

仕事はどうした。それに、そんなにホイホイ所属先から抜け出して来ても良いのか。その様な主旨をなるたけオブラートに包んでマーシュに聞いたところ

 

『僕の担当の仕事はとっくに終わって暇だったんだよね。で、最近ラインアークにジョシュア君の戦友が訪れたらしいって話を思い出したんだ。…以前から、会って色々話しをしてみたいとも思っていたしねぇ。思い立ったが吉日!という訳でちょっとイキナリだけど訪問する事にしたんだ』

 

こう返された。そして。

 

『あ、ちなみに外出許可とかはとってないけど多分大丈夫!』

 

とも。フィオナの聞く限りだと大丈夫な要素が見当たらないのだが。

初代ホワイト・グリントの機体構成を考えた人物であり、天才アーキテクトと呼ばれる男。そんな人物がまさかこの様な変わり者だとは、夢にも思ってみなかった。

 

――――ガチャリ。

 

フィオナが思い出にすらあきれ返っていたその時、会議室の扉がついに開いた。

どうやら、問題の人物が来てしまったらしい。しかしこうなってしまった以上、成るようにしか成らない訳であるし……後は、アブ・マーシュが何もしでかさない様に祈るしかない。

 

「……」

 

かくしてそこから入ってきた男はと言うと……この辺りではあまり見ない黒髪・黒目で中肉中背。顔はそれなりに整っている方だろうか?見てくれはいたって普通の東洋系の若者……それこそ20代前半という感じだろう。しかし。

 

違和感。

 

形容し難い〝違和感〟があった。なんだろか、ここに居るべきでは無い……とでも言うのか。この男の落ち着きぶりもその違和感に拍車をかけている様に感じる。

 

普通はいきなりこんな所に連れてこられたのなら、何らかのリアクションの1つや2つ見せるものだろう。だが、この男は入ってきた時から何一つ表情を変えないのだ。

見た目の若さと反応のつり合いが取れていない。これではまるで経験豊富な熟年者そのものだ。

 

「やあ!ゼン君。いきなりで申し訳ない」

 

そんな異様な雰囲気な男に何ともフレンドリーに話しかけるマーシュ。

 

「俺に何の用だ?」

「いやあ、君に聞きたい事があってね」

「単刀直入に聞こう!君がここに来た理由を話してくれないかい?」

 

フィオナは驚愕した。

 

「マーシュさん、一体何を……」

 

いきなり会議室に例のリンクスを呼び出したと思ったら、今度は最大の疑問点を探りを入れる訳でもなく直球ストレートで投げかけたのだ。やはりこの男に対し、「何もしでかさないで」と願うなど虫が良すぎたか。

 

さて、どんな答えが返ってきたものか。皆の注目がゼンに集まる。そして言葉を発する前に―――

 

―――その視線がチラリとフィオナに向けられた。

 

向けられた視線は鋭い。それこそ自分の事など何もかも見透かされているのでは、と感じる程に。

が、しかしそれは一瞬。口角を僅かに上へとあげ、その無表情を崩した。それはまるで、ここに居る者達を嘲笑っているかの……いや、そうでは無い。その笑みを向けられているのは「自分」だ。

 

『俺にそれを言わせるのか?分かっているのだろう、お前なら』

 

フィオナはそう言われた様に感じた。彼女は薄々気づいていたのだ。ゼンがここに訪れた理由を。

 

「ウフフ、楽しそうだねぇ」

 

何とも軽い調子のマーシュも今は気にならない。

 

「ああ、理由、か。帰れない……俺には、(平穏無事なアパート生活を)守れなかった。この世界にはもう、俺の帰れる場所は無いんだ。これでは、不足か?」

 

そしてここでは無い遠い何処かを思い起こすかの様に目を細めるゼン。

 

やはりそうか、と、フィオナは自分の予想が正しい事を確信した。

この男は、昔の自分達と同じで〝守るべきもの〟を……故郷を守れなかった。だからどんな者も受け入れるここ、ラインアークに身を寄せたがっているのだ、と。

 

「……」

 

フィオナは思う。きっと今、彼は自らの故郷に想いを馳せているはずだ。

仮初の安息では無く、そこに居れば本当の意味での休息がとれる……そんな場所を求めていると。

フィオナの考えあながち間違っているとは言えない。いや、むしろ95%ほどは正解である。しかし悲しいかな……彼が今現在、恋焦がれているのはコロニーや組織ではなく築30年、住んで5年の一人暮らしアパートの狭い一室なのである。

 

「……なるほどねぇ」

 

マーシュの質問でそれを確信したフィオナは最終確認を取るべく自身もゼンに質問する。

 

「私からも質問を」

「何だ」

「ゼン、あなたがラインアークに移住する事になった場合ですが……今後、その身はラインアークの為に費やしてもらう事になります。よろしいので?」

「構わん」

 

即答だった。

 

「受けた恩は返す。それは最低限の礼儀だろう」

「なるほど、やはりあなたは……」

 

フィオナは思う。この男は、「彼」に似ていると。

あの、自身の出来うる限りの全ての力を使いアナトリアに恩を返した〝鴉〟に。いや、「彼」はラインアークに来てからも闘う事を選んだのだ……きっと今でも返し続けているのだろう。

 

「失礼しました。何でもありません」

「と、言う事らしいねぇ。じゃあ、僕とゼンはここいらで失礼するよ」

「もう良いのか」

「ん、ああ。良いんじゃないかな?ここに居る人達なら、きっと君の受け答えで君がどういう人物かが理解できただろうしねぇ。後はラインアーク側の判断だよ」

 

会議室の面々がゼンの言葉をどう受け取ったのかは分からない。だが少なくともフィオナには、今のゼンにラインアークを傷つける様な敵意が見られるとはとても思えなかった。

 

「ああ、そうだ。一つ個人的に聞きたいんだけど」

 

出て行こうとするマーシュが突然思い出したかのようにゼンに訊ねた。

 

「君、ネクストに搭乗しての〝総戦闘時間〟はどれ位だい?」

 

確かに気になるところではある。しかしまだ20代と言ったところだろうし、そこまでの時間では。

 

「8000時間程だ」

 

……。〝搭乗時間〟では無く〝戦闘時間〟が。8000時間……

 

「……アッハッハ!!」

 

そして大笑いするマーシュ。

 

「君もなかなか面白い冗談を言うねぇ」

「まぁ、な。ただ、それなりの時間とだけ言っておこうか」

「それなりの、ねぇ……まあ、また今度詳しく聞かせて貰おうかな」

 

そうだ。そのはずだ。彼女たちの常識から考えても、幾らなんでもあり得なさすぎる数値だった。しかしこの男の言うそれなりとは……その年齢から考えられる以上の戦闘経験を積んでいるのは間違い無さそうである。

 

「じゃ、出ようか」

 

そうマーシュが言い、ゼンと出て行く……

 

……。

 

……二人が出て行き、再び静かになった会議室でフィオナは言葉を紡いだ。

 

「……少しばかり予想外の出来事が起こりましたが、気を取り直し会議を再開しましょう。リンクス本人の言葉も多少ながら受け取った訳です。その点を踏まえ、皆様の意見を―――」

 

 

*********************

 

マーシュ視点

 

ラインアークは彼を受け入れるはず。マーシュはある種確信に近い予想と共に会議室を後にした。しかし、それにしても……おもしろい。マーシュは、例のリンクスのが見た目が『若い』から最後の質問を飛ばしたわけであるが。

 

『8000時間ほどだ』

 

彼の言ったネクスト機での総戦闘時間は、この世界においてしょうも無いどころかその逆。あり得ない数字である。何故ならマーシュが彼に聞いたのは『総戦闘時間』であり『総搭乗時間』では無いのだから。

 

実のところネクスト機というのは、『歩行』や『通常ブーストのみ』での移動などの様に動かすだけならば別にAMSを接続する必要は無い。接続する必要があるのはクイックブーストやオーバードブースト、武器の使用などの高度な機体制御を必要とする場面……要するに戦闘時のみなのである。なので戦闘を行わない、待機している状態や戦闘終了後は脳への負担を減らす為にAMSを切っているのだ。

 

だからこそマーシュは『AMSを接続した時間』だけを知る為に総〝戦闘〟時間を聞いたのだが、返ってきたのは予想外の言葉だった。

 

「搭乗時間だとしても、その年齢では考えられないけどねぇ」

 

リンクスの戦闘時間は20分にも満たない場合が多い……普通はかなり短いと感じるかもしれない。が、それは仕方のない事なのである。長時間AMSを接続し、機体を操っているリンクスの負担は計り知れない。貴重なリンクスを壊してしまわない為に必然的に戦闘時間は短くなるのである。

 

ネクスト機の運用に電撃的な「襲撃」や時間を制限しての「殲滅・護衛」が多いのもそれが理由の1つでもある。

 

「それこそ、平均20分『毎日』戦闘をしたとして半世紀は軽く過ぎる」

 

そう、それに加えリンクスは毎日ネクスト機に搭乗、出撃する訳では無い。もしそんな事になったら並のリンクスでは身体的・精神的疲労からすぐにダメになってしまうだろう。

だが、ゼンがそう言った時……彼の立ち振る舞いを一挙一動見逃さず観察していたマーシュはある事を確信していた。誰も気づいては無いだろうがあの言葉は、間違いなく本気で言ってた。

 

信じられない気持ちではあるが、リンクスの態度と。

 

「『こんな娘』見た後じゃあね」

 

そう、手元にあるゼンの機体【ネームレス】についての資料をめくりながら呟く。

 

実はマーシュはあの会議の場では言ってなかった事があった。この機体、フレームや内装・武器、要するに……全てのパーツに経年劣化や細かなキズすら見られない。つまりは『新品同然』なのだ。これでは、たった今製造されましたと言われても不思議ではない。

 

「うーん、『どうやって手に入れた』というより『どうやって作った』って感じがしっくり来る気がするけど」

 

そして、これから先に起こるであろう様々な事態を思案する。

彼……ゼンの存在は今のところはラインアーク、後は彼に相対したというリンクスにしか知られていないみたいだが、恐らくかなり早い段階、ともすれば明日にでも彼の存在が明るみに出る可能性も否定出来ない。

 

とは言え、そういうことはは〝どこから〟か必ず外部に漏れるであろうし、必死になって隠す必要性も無いだろうが。

 

「……」

 

それにリンクスと言えど「たかが一人」だ。

AF(巨大兵器)が闊歩している今、そこまで大きな問題になる事も無いだろう。『普通』は。ただ、問題なのはあのリンクスが確実に普通では無いと言う事だ。

さて……そんな普通でないモノを目の当たりにした企業連はどう対応してくるか。

 

「ふむ……」

 

人は異端なモノに恐怖を抱く。そしてそれに対する対応は大きく分けて2通り。

一つは、〝関わらない〟そして、もう一つは……〝排除〟。

不安要素を根源から消してしまうのである。さて、「この世界」においては、それに対する行動はどちらが多いだろうか?まぁ、考えるまでもなく、後者であろう。

 

しかしながら……マーシュ自身としては必ずしもそうなる、とは結論付けてはいなかった。

ゼンがこの世界において良い結果をもたらしてくれると言うのなら、話しは変わって来るはずだ。

 

「……」

 

そしてマーシュはあの言葉を思い出す。『俺には、守れなかった』という言葉を。

自身の問いにそう答えたゼンは、どこか悲しげで……だが直後、何かを決意する様な『強い信念』を感じさせた。マーシュもフィオナと同様、どうしても彼が悪い人間には見えなかったのだ。

 

まあ、どちらにせよ彼という存在は。

 

 

「今後、色々な注目を浴びる事になるだろうねぇ」

 

 

そう、何とも楽しそうな笑みを浮かべながら誰も居ない廊下で呟いた。

 



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第12話

お探しの番組はこちらで合ってます。


世界の果てまで行って〇ー!

 

さぁ、始まりました。世界の果てまで行って〇。

今回はなんと『世界で一番盛り上がるのは何祭り!?(※戦闘)』スペシャルをお送りしたいと思います。はい、そして今…名無しこと私ゼンが訪れているのは何と

 

《ゼン、旧ピースシティエリアに到着した》

 

皆さんご存知、旧ピースシティエリアにございます!

 

いやー、見て下さいよこの景色を。多数のビル群が見事に砂に埋もれております。何というんですかね。こう…近代文明の言わば象徴とも言えるビルがこうも見事に埋もれている姿はある種、幻想的とすら感じさせますね。こんなレアな景色、絶対我々の住んでる日本ではお目にかかれませんよー。

 

そして今回、私のサポートをしてくれる方はこちら!

 

《ああ、了解した。しかし感謝するよ『エドガー』。まさか俺の我儘に付き合ってくれるとは、思いもよらなかった》

 

ラインアーク所属のエドガー・アルベルトさんです!何と彼、ラインアークではMT部隊の隊長をしている凄いお方なんですね。彼は様々な危険な祭り(※戦闘です)を経験しているという事でですね…えー、非常に心強いですね。

 

ああ、今回の祭り(※)は『非常に危険』らしいのでエドガーさん含めスタッフさん達は後方で待機してもらってます。…うわ、メッチャ怖いわー。こんなん本当に大丈夫なんですかね。怪我とかせぇへん?

 

《くく…構わんさ。俺自身、ネクスト同士の戦いとやらに興味があった。それに、お前さんなら俺抜きでも上手くやれるだろうしな。さながら今回は〝見学〟と言ったところだ》

 

《しかしまあ…そうだな。なら今度はこちらの我儘も聞いてもらうとしようか》

 

ハイ!大丈夫らしいです。いやー、熱いエールを頂きました。エドガーさんにそう言ってもらえると勇気?出ますね。

 

《…先に言っておくが、金なら無いぞ?》

 

あと本当、自分お金とかは一銭も持ってないんでそこら辺は勘弁して下さい。

 

《さぁて、どうしようか…っと、どうやらあちらも気付いたみたいだ。では―――》

 

 

《―――ミッション開始》

 

 

《目標はネクスト【ワンダフルボディ】の撃破だ。見せてもらおうか、リンクスの戦いを》

 

 

…本当に大丈夫ですよね?

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

数日前

 

 

もうだめだぁ、おしまいだぁ…

 

はぁ…どうして自分はあんな意味不明な事を言ってしまったんだろうか。あそこか、あそこで間違えたのか?あの時ああ言ってればこんな感じになって…いやそれよりももっと…

 

どうでも良いけど、事が終わってから「ああしておけば良かった」ってパターン良くあるよね。

 

自分が会議室出てからかなりの時間が経つし、そろそろ死の宣告がやってくる頃だろうな…。もしも移住がダメだったらどうしよう。アルゼブラ社にでも行く?行っちゃいます?機体フレームは全部アルゼブラ社製だし

 

「俺、大アルゼブラのこと超尊敬してるっス!」

 

とか言えば案外イケるんじゃない?…いや、ダメだ。きっと追いつめられて肥溜めにぶち込まれてしまうに違いない。嫌だよ~、肥溜めは嫌だ~。

 

だとしたら他に受け入れてくれそうなところは何処があるだろうか。

 

…トーラス社とかどうだろう。変わり者が多いだけあって結構すんなり受け入れてくれるかもしれないぞ。常識とかにとらわれない人多数っぽいし。

 

嘘です。

 

嘘つきました。やっぱりトーラス社は嫌です。いやね、だってあの企業に行くとするじゃん?下手したら「これが今度の実験体かね?」って身体中改造しまくられかねないからね。

 

皆さんどうします?「昨日はやけにぐっすり眠れたな~。よし!顔でも洗うか!」と洗面台の鏡を見たらそこにあった自分の顔…というか頭が

 

 

ソ ル デ ィ オ ス 砲 に な っ て い た ら 。

 

 

キ、キャァァアア!!

 

想像したら超怖ぇー!なんだコレ。世にも奇妙な〇語よりよっぽど怖いんじゃね?是非とも地上波で放送して欲しい。子供時代に見せられたらほぼ確実にトラウマになるだろうとは思うけど。

 

ああ、でもそんな我儘言ってる場合でも無いし―――(コンコン)

 

うお!ノックされた…ついに来てしまったか。まだ特にこれといった解決策も見つけていないというのに…!

 

「失礼します」

 

…!ああ、貴方は、フィオn

 

「…ぃェルネフェルトか」

 

焦った…もうすぐ名前噛むところだった。いや、少し噛んじゃったけどさ。こう言っちゃなんだけど、『イェルネフェルト』って言い辛いんじゃ!ほら言ってごらん、イェルネフェルトって。噛むのも頷けますよね?…そうでも無いですかそうですか。

 

しかしフィオナちゃん直々に死の宣告とは…最後に良い思い出が出来たよ。ありがとうラインアーク、そしてさよならラインアーク…

 

「貴方を、ラインアーク所属のリンクスとしてカラードに登録申請を出しました」

 

へぇ、そうかー。…へぇ!?そうなの!?

 

「〝ゼン〟これからよろしくお願いします」

 

おいおいマジか、超ウルトラvery happyなんですけど!しかもフィオナちゃんがこの自分に握手を求めている…だと?

 

今までの我が人生においてここまでの幸運があっただろうか?いや無い(反語表現)

 

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 

そして握手。…ふ、ふぉぉおお!なんやこの手!ふにっふにやないかい!フィオナちゃんのお手手ふにっふにやないかいッ!!何食べたら手がこんなに柔かくなるの?マシュマロか?マシュマロばっかり食べてたらこんな手になるのか?

 

「早速ですが」

 

握手終了。多分3秒位だったけど良い時間をありがとう。…って何?早速?

 

「貴方に依頼が来ています」

 

「…本当に早速だな」

 

早速すぎぃ!企業の皆さんどんだけ『猫の手も借りたい』状態なんですかね?こんな得体の知れない奴にまでミッションを依頼してくるなんて…

 

「依頼内容は?」

 

「内容は…GA社所属のネクスト機、【ワンダフルボディ】の撃破になります」

 

しかも初っ端からネクスト戦ですか!

 

(この先ネクスト戦しないとも限らないから不安だったんだよね)とか思ってたからか…つまり自分はフラグを立てていたと。

 

「…して、ミッションプランは?」

 

知ってるけど一応聞いてみる。だって現にゲーム中とは全く違うパターンに遭遇しているからね。いきなりホワイト・グリントに遭遇とか。

 

「はい、大まかな流れとしてはインテリオル・ユニオン社が用意する囮の輸送部隊が旧ピースシティエリアに目標をおびき寄せ、それを撃破するという…そうですね。良く使われる手段です」

 

「なるほど」

 

旧ピースシティエリア…簡単に言うと『砂に埋もれたビルが沢山ある』場所。汚染が深刻なのか、人は住んで居ないらしいけど。

 

しっかし、何もかもゲーム中とまんま一緒な件。ワンダフルボディェ…

 

「インテリオル社によると、作戦の準備に数日要する…と。そして依頼主からは僚機のご提案も頂いており―――」

 

「―――雇う場合は【レイテルパラッシュ】・【マイブリス】・【ヴェーロノーク】の3機から選択可能です…受諾しますか?」

 

「ああ、受けよう。だが僚機は必要無い」

 

「了解しました。自信がある様で何よりです」

 

 

うん、現状不安な点は特に見当たらないし多分大丈夫だと思う。あと僚機を雇わない理由は自信があるからというよりですねぇ…あのメンツの中から僚機なんて雇った日には、ほぼ確実にワンダフルボディ消し灰になっちゃいますからァ!

 

特に【レイテルパラッシュ】と【ヴェーロノーク】の2機…あの2機は特に注意せねば。2機共、中に乗ってるのは女の人だけど戦闘した後は基本的に何も残って無いから。

 

【ヴェーロノーク】とか平和の象徴、鳩さんのエンブレム貼ってあるけど全然平和的じゃないから。アレ全てを焼き尽くす白い鳥だから。「弾幕、薄く無かったですか?」じゃないよ、逆だよ!むしろ弾幕やら爆炎やらで敵が見えないレベル。あれにはブライトさんもビックリですわ。

 

そして彼女を雇った際のASミサイルの代金はブライトさんで無くともビックリ。

 

「ところで」

 

ん?

 

「…貴方には専属のオペレータが居ませんが」

 

おぉ、そう言えばそうだな。まあ今回は居なくても何とかなるだろうけど、今後はどうなるか分かんないしな。主にゲーム中と異なる展開とかになったら非常に困る事に…それにやっぱり、状況を逐一知らせてくれる人っていうのが必要な場面も出てくるだろうし。

 

うーん、どうしよう…

 

! そうだ!

 

「ここ…ラインアークにはエドガー・アルベルトというMT乗りが居るだろう」

 

「はい、うちのMT部隊の指揮官でもありますが…」

 

「彼に頼む事は出来ないか?なに、ダメなら無しでも構わないさ。その場合自分で何とかする」

 

「…なるほど、話をしてみましょう」

 

 

ダメ元で頼んでみる感じだし、実際に引き受けてくれるってのは望み薄かなー…




誤字報告ありがとうございます。数か所修正致しました。


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第13話

いつもの倍くらい文章あります


主人公視点

 

 

と、思ってた時期が私にもありました。ハイ。

 

割と本気で、こんなのいきなり過ぎて引き受けてくれないとか思ってたんですが…それがね、何と引き受けてくれたんですよ。しかも聞いたところによると2つ返事でOKしてくれたらしいです。

 

…この人やばない?ちょっと良い人すぎひん?

 

嘘みたいだろ?まだ顔合わせもして無いんだぜ…こr《ゼン、間もなく交戦可能距離に入る》

 

おっとあぶねぇ!いかんなこんな時に考え事してては。さーて、ワンダフルボディはと…お、建物の陰から出てきたぞ。

 

茶色の迷彩色に、GA社の機体特有の角ばった頑丈そうな機体…そして男の子はみんな大好き! セクシーなお姉さんのエンブレムッ!!あ、あれはまさしく

 

 

《ようやくネクスト投入か。仕掛けが遅いな、インテリオル・ユニオンも》

 

 

ワンダフルボディだあああ!

 

すげぇ、本物だ。しかもリンクスである『ドン・カーネル』さんの初登場セリフまで頂いちゃったぜ。ふふ、悪いね『首輪付き』君…。君、カーネルさんとの戦闘はしたのかい?まだだよなァ。初めての相手は君では無いッ!このゼンだッーーー!!

 

…オホン。ところでさ、カーネルさんのこのセリフ聞く度に思うんだけどかなり自信満々な感じに聞こえるよね。

 

多分この言葉、相手が自分じゃ無くても出てくるハズ。…凄いなぁ。カーネルさんってネクスト機を動かすのにまだ慣れて無いらしいのに、どこからあんな自信が湧いてくるんだろうか。

 

例えば自分が初心者の時に

 

「しまった、あの輸送部隊は囮だったのか!」っとかなった所に【レイテルパラッシュ】とか【ヴェーロノーク】とか出てきたらどうする?

 

そうですね。俺なら依頼そっちのけで即反転、即OBで領域離脱ですかね。考えるだけでも恐ろしい…いやー、でもこの自信満々な感じはちょっと自分も見習うべきだ!ここはちょっとカーネルさんを褒め称えよう。

 

《大した自信だ》

 

聞こえてますかね?

 

《何?》

 

大丈夫みたいだね。よっしゃ、褒めまくるぜ!

 

《大した自信だと言ったんだ、ドン・カーネル》

 

《リンクスとしての技量はまだ未熟…にも関わらず、不測の事態が起こりうる戦場でよくその様な態度を取れるな? とてもじゃ無いが、俺には真似する事が出来ない》

 

《まったく、どうすればそうなるのか…くく、尊敬に値するよ》

 

完璧…ッ!!これ以上に無い位の完璧な賛辞だ。これを聞いて喜ばない人とか居るの?ってレベルで非の打ちどころがない。まったく自分の褒めスキルは恐ろしいな!

 

《お、お前ッ…!》

 

お?喜んでる?いやー、良いんですよ。自分は思ったままを口にしたまでですって。本当、そこまで自信に満ち溢れるのは並の人には出来ない―――

 

《コケにしてくれたな…!》

 

…はい?

 

《この、経験も、素質も、すべてが違うこの俺を…!》

 

ちょっ、全然喜んで無いんですけどー! いまの言葉のどこにそんなに怒り溢れる要素が? 少し落ち着いて、冷静になってもう一回よく考えてみて?

 

《…俺は思った事を口にしただけだが》

 

《黙れ!今すぐその減らず口を―――》

 

おや?ワンダフルボディ背部武器展開してない?なんか両背のミサイルのハッチがパカパカ開いている様な…

 

 

―――ドドドドドドッ!

 

 

――――――その直後…砂塵が宙を舞う中、轟音と共にワンダフルボディの背部兵装から大量のミサイルが発射された。(※何か始まりましたがどうかお付き合い下さい)

 

右背部の兵装〝OSAGE03〟からは6発、そして左背部の最新型の兵装〝WHEELING01〟からは16発…何と合計22発ものミサイルが自機に向かって来たのだ。こちらとワンダフルボディとの距離はそこまで離れてはいない。このまま何の行動も起こさなければ、おそらく数秒後には自機にその大量のミサイルが着弾…落とされる、とまでは行かないだろうが、決して小さいとも言えないダメージを被る事になるだろう。さて、どうするか…

 

ここでの選択肢は2つだ。1つ目は至極単純、『避ける』。まあ、こちらは幸い軽量機だ。本気で『避ける』いや『当たらない』つもりで挑むのなら機体を反転、OBやQBを使用すれば高速ミサイルでも無い限り振り切る事など容易いだろう。

 

そして2つ目の選択肢は、自機の肩兵装であるBFF社製のフレアの使用。このフレア、装填数こそは少ないものの『ミサイル誘導率』自体は全フレア中随一。使用すればこちらは動く必要すら無い。まあ、楽と言えば楽なのだが…少々展開が遅い。と、言っても他のフレアに比べると僅かに差がある程度に過ぎないが。

 

こうしている間にも、視界を埋め尽くさんばかりにミサイルはどんどん接近してくる。だが、自分にはまるでそれがスロー再生でもしているかの様にゆっくりと感じられた。…ああ、『たまにある』奴だ。瞬間的に理解する。相当緊張状態が高まると集中力が発揮されるのか、時折こうなる。まるで自分だけが時間から切り離された様に、全ての動きが『ゆっくり』と見えるのだ。

 

しかし残念ながら、こうなるのは大体――――色々と〝ギリギリ〟の時と相場が決まっている。

 

 

選択肢は決まった。

 

 

機体を後方へと瞬時に移動させるべく、バックブースタのQBを吹かす。この世界に来てからというもの、QBすらまともに使用した事は無かったが…特にそれに対して不安などは無かった。何故ならこの機体の事は全て、手に取る様に『分かっていた』から。それがあの『神』による配慮なのかどうかは自分には分からないが…

 

 

 

瞬間。

 

 

 

「―――フッ!!」

 

 

 

QB特有の何かが〝弾け飛ぶ〟様な凄まじい轟音。

 

と共に機体(身体)に莫大な負荷がかかる。肺の中の空気が絞り出され、そのあまりの負荷に思わず顔が歪んだ。

 

確かに『分かって』はいた。だが、まさかここまでとは…!

 

車の急ブレーキを想像して欲しい。数十キロ程度の加速からの急停止。普通に生活する上では感じる事の無い、あの『外に引っ張られる』かの衝撃を。

 

だが、今現在感じた衝撃はその比では無かった。引っ張られると言うよりかは、まるで巨大な何かに『押しつぶされる』とでも言った方が良い様な、そんな感覚…まあ、静止状態から一瞬で時速1000キロオーバーの世界に突入したのだ。『車』を比較対象にするのもおかしな話か。

 

 

選んだ選択肢は2番。つまりは―――フレアの使用だ。その場で使っていたのなら間に合うかどうかが分からない。フレアの展開時間を稼ぐために距離を取ったという訳だ。しかし、本来なら『フレアを使いつつ避ける』つまり、1番と2番を合わせるのが最も正しい解なのだろう。

 

そんな事は良く分かっている。事実、ゲーム上での戦いではそうしてきた。だが、だがどうしても、今の自分の中ではコレがベストな答えだったのだ。なぜなら(※お疲れ様でした)――――――

 

 

おっしゃあああ前方に向けて発射!いけや!我がフレア達ーー!!

 

 

―――フレアフレア~(※心の中のフレア発射音)

 

 

ってSUGEEEE!!!凄い誘導性能だ!あんなに沢山のミサイルを全部誘導してるよ。いやー、やっぱりさ…実際にどんな感じになってるのかを見たいですよね。だってミサイル避けつつフレア撒いてたら本物見ている余裕なんて無いじゃん?1回位こう、フレア達の勇姿をゆっくりと見ても罰は当たらないと思うんだ。

 

ほーら見て!凄いよアレ!俺に向かって来ていたミサイル達は全部、180度回れ右してカーネルさんのところに戻っていってるぜ!もうミサイル達を誘導しすぎて、ワンダフルボディ周辺の建造物全てを破壊して…え?

 

―――ドゴォン!!ドォン!ゴァッ!!

 

…ち、ちょっと激しいね。建物の破片とかも凄くワンダフルボディに降り注いでいるし。で、でも大丈夫だよ! あの機体って超堅いし、破片ごときでは何にも出来ないさ!

 

だって現に機体にぶつかっている破片は全て弾かれて…

 

 

―――ズズン…ズ…

 

 

あ、ワンダフルボディのすぐ隣のビルが崩れ―――

 

 

―――ズズッ!!ズゴゴゴゴッ!!!

 

 

しかも機体のある方向に倒壊している。これはマズイぞ。カ、カーネルさん! は、早く、早くそこから離れないと! 巻き込まれる…って遅っ!! ワンダフルボディ動くの遅っそい!!

 

まさか倒れてきているのに気付いていないとか?…その可能性はあるな。あれだけ自分の周囲で爆発が起こってるんだし、粉塵やら爆発音やらで今どんな状況かが把握出来ていないのかも…

 

…お!? すぐ左側を向いたぞ!ビルの倒壊に気づいたんだ。心なしかヘッドパーツが倒壊するビルを見上げている様に見える。…いや、あれ絶対見上げてるよ。

 

あ、ああー、でももうダメだ。そのまま巻き込まれていく…

 

 

―――カラン…カラ…

 

 

……。

…………ねえ、砂煙で姿が見えなくなったんだけど。

 

お、おいおい!!まさか、まさかやっちまったのか? 建造物破壊で間接的に、げ、撃…

 

《……》

《……》

 

そしてこの沈黙である。お願いしますエドガーさん何か言って下さいますか。

 

《ウ…》

 

…………う?

 

《……グッ、ゼ、ゼン……いくら弾薬が勿体ないからと言っtも、フクッ。さ、さすがにその倒し方はdう、どうなんだ?ゎ、笑い話しにもならな……フゥ!!》

 

いやエドガーさん笑うの堪えてるのバレバレだからね?声とか上ずって震えてるし。これ後で確実に笑い話になるパターンだよね。

 

それと、あんなの狙って出来る訳無いでしょ!? 偶然ですよ偶然! 

 

…それより真面目ににカーネルさん大丈夫なんだろうか。もしかしてネクスト機ごとぺしゃんこに

 

 

《お゛い…》

 

 

お、おお!?カーネルさんの声だ!生きてる!砂煙で姿は見えないけどとりあえずは一安心。

 

…ん、だんだん晴れてきた。

 

…うわぁ、ネクスト機の足元が完全に瓦礫に埋もれている。いや、全身瓦礫まみれだ…本当に申し訳無い。ま、まあでも?動けそうだし!良かったですねカーネルさん!それと一つ質問なんですけど

 

 

《もしかして怒っているのか?》

 

《ブフォッ!》←(※エドガーが吹き出した音)

 

 

すごい気になったので…こちらの理想としては

 

Q「キレてるんですか?」 A「キレテナイッスヨ」

 

的な?一昔前に流行ったギャグみたいな感じで行きたいんですけど。

 

 

《……、殺してやる…》

 

 

カーネルさん超キレてました。

 

マジでヤベーよ。声がガチギレした時の奴じゃん。わざとじゃ無いって言っても絶対信じてくれないよコレ。例えるなら【メガネ掛けてる奴の顔面に間違って手を勢い良くぶつけた時】に出される感じの声。

 

結構的確な例えだと思うんだけどどうだろう。いつも優しい斉藤君に「コロスゾ…ッ!!」って言われた時はおしょんしょんチビリかけたは…

 

こういう時こそおじいちゃんの知恵袋を使おう。おじいちゃん曰く、相手が怒っている時はとにかく良い事を言いまくると良いらしい。おじいちゃん、どうかこの俺を助けてくれ!

 

 

《生きてて良かったな》

 

 

どうだ!?我が至極の一手!

 

 

《……あ゛ァ゛!!??》

 

 

ですよね。っつーかじいちゃんの知恵袋全然役にたたねぇ。

 

頭に血が上っているのか、返事がもはや正当な言語かどうかすら怪しくなっている。ACVのR〇君並にキレてるんですけど。……もうどうすれば良いの? 俺は何をすればカーネルさんの怒りを鎮める事が出来るの?

 

……何か悩みがあるとか?

 

うわ、これは絶対このパターンだ。きっとその何らかの悩みで頭が一杯なんだ……そうじゃ無きゃここまで何かと怒るはずない。悩みがあると些細な事でもイラッとくるしなー。多分、最初に出会った時のスミちゃんパターンだな!

 

そういう時は

 

《どうしたドン・カーネル。様子を見る限りでは、何らかの悩みがある様に感じられるが…何かあったか?俺で良ければ話を聞かせてもらおう》

 

人に話すと楽になりますよ!

 

 

《……》※カーネルさん

《……》※俺

 

《ハッハhh!……ゴホッ!ゴホッ!!》※エドガーさん

 

 

エドガーさんちょっと静かにして下さい。

 

 

--------------------------------------------

カーネル視点

 

 

ドン・カーネルは激怒した。

 

必ず、この傲岸不遜の者を倒さねばならぬと決意した。

 

はっきり言おう。これまでの人生において、ここまでバカにされた事は無い。コイツ、今一体なんと言ったんだ? 悩みは無いかだと? ふざけてる。

 

(悩みの元凶はお前だろうが…!)

 

最初の挑発、そして次の、『わざわざ』コチラの発射したミサイルを逆手にとっての屈辱的な攻撃。その2つで既に我慢の限界だったと言うのに、更に追い打ちを掛けてくるとは…コイツはもうこの世から追い出すしか無い。

 

カーネルは、乗機であるワンダフルボディの使用武器をミサイルから左腕の武器へと変更。銀色のネクスト機へと狙いを定めた。

 

左腕に搭載されているのは、GA社製バズーカ〝GAN02-NSS-WAS〟。驚く事なかれ、このバスーカ砲『散弾』を発射するのだ。1発でも高威力は弾丸が同時に4発…軽量機は言わずもがな、重量機でさえ、その弾丸がフルヒットしたならば大きくそのAPを減らす事になるだろう。

 

(コイツを食らいやがれ…)

 

狙いを定めたカーネルは、迷う事なく弾丸を発射した。

 

直後、ドゴンッ!っという特徴的なバズーカ音が大音量で辺りに響き渡る。相手との距離は近いとは言い難い。だがそれでも一応、射程距離の範疇ではある。重く、痺れる様なバズーカの反動を感じる最中、カーネルは確信していた。

 

『命中した』と。

 

散弾は基本的に命中力が他の武器に比べて劣る。ましてや動いている相手にヒットさせるとなると、至近距離に近づかなければならないだろう。では何故、カーネルはそう確信したのか?

 

何故なら、動いて居なかったから。

 

そう、相手の軽量機はフレアを発射した位置から一歩も動いてないのだ。恐らく、瓦礫に埋もれていたコチラの醜態を目にして悦にでも入っていたのだろう。…腹立たしい限りだ。だが、その余裕の態度が命取りというもの。

 

(さて…被弾して慌てふためく姿を見せろ!)

 

だが、その思惑は外れる事となる。

 

 

《な…にィ…!?》

 

 

当たらなかったのだ。『一発も』。

 

弾丸が迫りくる直前で相手は回避行動を取った訳でも無ければ、こちらの狙いが逸れた訳でも無い。…その瞬間をカーネルは見ていた。発射された4つの弾丸は、信じがたい事にあのネクスト機を中心に3方向に分かれたのだ。

 

1発は機体の右側に、1発は左側、そしてもう2発は機体上部へと。

 

相手のプライマルアーマーが「バチバチッ…!」という音とともに不安定に電気を迸らせている事から、その4つの弾丸がどれも皮一枚ならぬ『膜一枚』隔てて通過したのであろう事も伺わせる。

 

――――偶然のはずだ。

 

カーネルはそう考えざるを得なかった。如何に散弾とは言え、その弾丸が『どう散弾するのか』まで分かるはずが無い…だが、だが

 

(奴は、『動かなかった』)

 

そこが問題だ。

 

あれはただコチラをバカにしていただけで無く、ここで俺がこの武器を使用すると踏んでたのではないか? フレアを撃つ際後ろに下がったのも、4発の弾丸がどの距離でどう分かれるのかを理解していたのではないか?

 

いや、もしそうだとしたら…そもそもどこからこうなる事を予測していたんだ。もしや、あのミサイルを逆手に取っての『ビル破壊』もこの一連の流れを再現する為の――――

 

《クハハ…ドン・カーネル。そちらがどう『考えている』か手に取る様に分かるぞ?》

 

《…クッ!!》

 

――――何なんだ、コイツは。まさか、本当にここまでの事を全部計算していたとでも言うのか。

 

僅かに闘志が揺らいだ。もしや、コイツは俺の手に負えない相手なのでは無いのか。そんな考えが頭の中を過った。しかし

 

(…一体、何を考えているんだ。例えここまでが奴の計算通りであったとしても、問題は無い。そう、俺は『特別』だ。選ばれたんだ。こんな奴に負けるなどあるはずがない!)

 

即座に気を取り直す事に成功する。

 

カーネルには自負があった。GA社の栄えある〝NSS計画〟の最初期の被検体であり、数多の人間の中から『選ばれた』自分は特別だという自負が。

 

《…では、次はコチラの番かな?》

 

相手の「遊びは終わりだ」とでも言いたげな口調。…一々癇に障る男だ。まあ良い、今の内に粋がらせておいた方が後で楽しめると言うもの。

 

 

《…ハッ!お前の番など》

 

 

――――来ないッ!!

 

 

「戦闘開始」だ。

 

 

 

 



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第14話

―――彼は、〝ドン・カーネル〟はリンクスとなる前はGA社に所属する一介のノーマル乗りに過ぎなかった。しかし、GA社がNSS(ニューサンシャイン)計画を始動した為にその運命は大きく変わる事となる。

 

NSS計画とは簡単に言うと、ネクスト機に搭乗する為の先天的な素養(AMS適性)の低い搭乗者でも、十分な戦力を発揮できるような扱いやすい機体を開発する事で、ネクスト戦力の充実を図る…という計画だ。

 

その計画を進めるにあたり、GA社では軍事関係者…主にノーマルやMT乗りに対してAMS適性があるかどうかの検査を行った。カーネルもその検査を受けるはめになったのだが…それに対し、特に期待をする訳でも無かった。何故ならAMS適性というのは本当に僅かの、極一部の人間しか持ち合わせていないのだ。もし自分に少しでも適性があったのなら、それは奇跡以外の何物でも無い。

 

そんなある日、カーネルは任務から戻った際、GA社のいわゆる「上」の人物に呼び出された。ただのノーマル乗り如きが会う事など無いであろう人物だ。

 

まさか自分は何か『しでかして』しまったのだろうか? 特に心当たりは無いが…

そう思っていたところで、ある言葉を告げられた。

 

 

『君には僅かながらだがAMS適性が見受けられる。計画に参加する気はないかね?』

 

 

奇跡が、起こった。

 

 

カーネルは歓喜した。何せ自分はただのノーマル乗り、〝リンクス〟なんて特別な存在は雲の上でしか無い。そう思っていたところに、いきなり「リンクスになれる」と知らされたのだから、無理も無い。

 

そして、長期の訓練を経て自らの搭乗する機体―――NSS計画に伴い開発された【GAN02-NEW-SUNSHINE】と初めて対面した時

 

―――何と素晴らしい機体だ

 

素直にそう思った。余談だが機体名である【ワンダフルボディ】はその様な経緯から命名される事となる。

 

 

その後、彼は実戦経験を積む事になる…が、GA社の方針から、彼が相手にして来たのはノーマル部隊が関の山であった。お世辞にも機体を「上手く」動かせているとは言えなかったが、ネクスト戦力とノーマル部隊…〝通常戦力〟との差は、それを差し引いても圧倒的にネクスト側に傾いた事は想像に難くないだろう。

 

 

加え、彼の乗機【ワンダフルボディ】はGA社の新標準機だ。フレーム自体も堅牢・高性能な上、左腕部には散弾バズーカ〝GAN02-NSS-WAS〟。右腕部にはネクスト規格のライフル中最も装弾数の多い〝GAN02-NSS-WR〟が採用されており、両背に搭載されているミサイルの一方は、同時発射数16発の最新型ミサイル〝WHEELINGO1〟であるなど、機体自体の戦闘力は高いと来たものだ。

 

…その様な理由もあり、彼は向かうところ『敵無し』であった。

 

そして次第に思う様になる。

 

 

―――自分は特別だ

 

 

と。

 

しかし、誰が彼を責める事が出来るだろうか。何せ『連戦連勝』。敵になる様な者が今まで居なかった訳であるし―――事実、彼は『特別』だった。

 

 

そして今回のネクスト戦。カーネル自身、初めての経験ではあったのだが……負ける気などは微塵も無かった。むしろ、この俺を相手にするなど運の無い奴だ、などと憐れむ気持ちですらあったのだが―――

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「っ…!」

 

本格的な戦闘が開始されてから数分。彼―――ドン・カーネルは焦りに焦っていた。彼の乗機、ワンダフルボディのAPは既に40%を切っている。だが、主な焦りはその『機体装甲値』とは別のところにあった。それが何なのかというと…

 

(チッ!ダメだ――――弾が当たらんッ!)

 

そう、先ほどからカーネルの攻撃が当たらない…正確には、〝決定打〟を与えるに至らないのだ。現状、自身の攻撃でダメージを与えているのは右腕部に搭載されているライフルのみ。しかしそれすらカスっている程度だろう。

 

相手は軽量機である強みを生かして、高速で飛び回っている訳では無い。行っているのは、こちらの前進に合わせての通常ブーストでの後退。それに時折QBを折り込んで距離を取っている…位のものだ。カーネルから見ても、なんら特別な事をしている様には見えない。

 

だが、当たらない。

 

…この時、カーネルは相手を追う事に必死になっておりある事に気が付いて居なかった。

 

QBを使うタイミング。相手―――ゼンは何も、適当にQBを使用している訳無い。ワンダフルボディとの距離が550を切った時点で使用しているのだ。ワンダフルボディに搭載されている武器の中で一番警戒すべきのは散弾バズーカである。その有効射程は『546』。つまりは、自機と相手との距離がそれ以下にならない様に保っているのだ。

 

なれば、と武装をミサイルに変更しよう物なら今度はフレアの使用だ。それらは全て無駄撃ちとなってしまう…実質、カーネルは今右腕武器のライフルのみでゼンと相対していた。

 

ネクスト戦に慣れている者なら逆にミサイルを撃ち続け『フレア切れ』を狙うという選択肢もあったのだが―――いかんせん、今回が初のネクスト戦であるカーネルにはそんな事など思いつくはずも無かった。とにかく「相手を倒す」という考えで頭が一杯なのだ。

 

まあ、もしそんな戦略を実行したとしても「意味を成す」かどうかはまた別の話だが…

 

そしてここまで戦闘を続けてきて更にもう一つ、カーネルは不可解な点を発見した。

 

(背部兵装を一度たりとも使用して来ない…何故だ?)

 

相手は戦闘開始直後からずっと、両腕に装備されているアサルトライフルしか使用していない。あの機体の背部兵装、見る限りでは、オーメル社製の軽量レーザーキャノン2門だろう。…言ってしまっては何だが、こちらの機体はEN兵器には滅法弱い。使わないでくれるのならそれに越した事はないのだが、だからと言って

 

(コチラに有利な武装を自分から封印するなど、常識では考えられん…)

 

奴は、一体何を考えているんだ? 

 

舐めているのか。それとも、もしやこの事も既に何らかの〝策〟の内に入っているのか…そんな、裏を読み取ろうとする内にも少しずつ、だが確実に自機の装甲は徐々に削り取られていく。

 

そう、じわじわと―――

 

 

そこである可能性に思い至った。 『恐ろしい』可能性に。

 

(いや、まさか)

 

その可能性を確認するべくカーネルは一つの問いを投げかける。

 

《おい、お前がライフルしか利用しないのは―――》

 

だが、その質問が終える前に、答えは返ってきた。

 

 

 

――――――簡単に死なれては、困るんでな

 

 

《クハハ…ッ!》

 

 

その残虐性を物語るかの様な、不気味な笑いと共に。

 

(―――ッ!?)

 

背筋を冷たいモノが走った。呼吸が荒くなり、視界がグラつく。あの感覚だ。リンクスになってからというもの、一切感じることが無くなっていた…『恐怖』。その答えから、カーネルは自身の予想が的中している事を確信したのだ。そう、この男は―――

 

(俺を…この俺を、なぶり殺しにする気か…!)

 

始めこそ、ライフルしか使わないのはコチラの事を舐めてかかっているからだと思っていたのだが…そう言う訳では無かったのだ。この男は単純に、『狩り』を楽しんでいるだけだ。恐らくはこちらに対して「舐めてかかる」と言う気概すら持ち合わせてはいないのだろう。

 

―――APが残り20%を切る。

 

(まずい。このままでは、このままでは俺は)

 

 

着実に近づいていた

 

 

 

 

 

                 『死』 が 

 

 

 

 

直後

 

 

(おい―――)

 

ブーストが、途切れた。

 

猛烈な『死』の恐怖が、AMSを介しての機体操作のイメージを阻害しているのだ。ここに来て皮肉にも、リンクスであると言う事が仇となった。例えば通常兵器であるノーマルやMTは、ペダルやレバー操作などである事からこちらの体を動かせば機体自体も動く。

 

だが、ネクスト機の操縦の大半は『イメージ』に依存している。…恐怖と言うものは御しがたい。どんなに頭で恐怖を取り除こうとしても、本能がそれを察知するからだ。

また機体を制御しようと躍起になればなるほど、上手く制御出来なかった時の焦りは大きくなり、機体の制御などからは更にほど遠くなる。

 

後はその悪循環が続くのだ―――

 

今のカーネルはまさに、その『ループ』の渦中に居た。

 

《どうした? 動きが悪いな、ワンダフルボディ?》

 

相手はここぞとばかりにコチラに接近、至近距離からライフルを連射する。

 

 

(だめだ、もうAPが10%を―――)

 

 

機体内にアラート音が響く。もはや神に祈る様な気持ちで、機体を制御し直そうとする…しかし

 

祈りは、届かない。

 

APは0になり、機体を強制停止させる。

こうなってしまってはネクスト機の守りの要であるPAも展開されない。如何にリンクスと言えども、この状態から出来る事など何もないに等しい。カーネルは、今やまさしく〝棺桶〟とでも言う様な機体の中で呟いた。

 

《―――死ぬってのか、俺が?》

 

嘘だ。あり得ない。俺は特別だ、選ばれたんだ。こんな所でやられるはずが―――この期に及んで、カーネルは自分の敗北を認められずに居た。尊大な自尊心が、それを邪魔していた。

 

(まだだ、まだ)

 

だが

 

 

 

 

《もう、終わりだ》

 

 

 

 

―――折れた。その一言で。

 

事実だった。コチラはもう何の行動も起こす事は出来ない、この男の言う通りもう『終わり』だったのだ。視界には銀色の機体が映っている。その機体は、ノイズ交じりの乱れた視界から見ても綺麗なままだった。どうしようもな無い差が、そこにはあった。

 

そしてカーネルは理解した。そうか…自分は

 

 

「特別などでは、無かった」

 

 

『特別』と言うのは――お前の様な奴が

 

 

図に乗っていたのは果たしてどちらだったのか…だが、気づいた所でもう遅い。銀色の機体はもはや目の前まで迫っていた。止めを刺すつもりなのだろう…

 

カーネルは目を瞑った。死への恐怖で体が震える。しかし、これはこの世界においての絶対のルールだ…力の無い者は、力有る者の選択し従うしかない。自分がリンクスとなり、今までそうして来た様に。

 

 

………

 

……………、?

 

何も起こらない。もしや、もう死んだのかと思い閉じた瞼をゆっくりと開くと…そこには、相も変わらず乱れた視界に銀色のネクスト機が映ったままだ。

 

(何だ?…何なんだ、一体何が)

 

理解出来ずに居ると、あの憎たらしい声が機体内に響いた。

 

 

《…おい、生きているか?》

 

(……、は?)

 

 

《…オイ! 返事をしろ!!》

 

 

怒声に代わる。今まで余裕の態度を崩さなかった男が、僅かに焦っているかの如き感情を見せたのだ。その変わりように少なからず驚いたカーネルは、訳も分からないまま返答を返した。

 

《あ、ああ、まだ生きてる》

 

そう、〝まだ〟

 

《…そうか》

 

そして、それだけ言うと男は機体を反転させた。

 

《…は!? お、おい、ちょっと待て!!》

 

咄嗟に呼び止める。

 

《何だ》

《と、止めは刺さないのか?》

 

《死にたいのか?》

《……》

 

死にたくは無い。しかし、何故―――

 

《俺の受けた依頼は〝ネクスト【ワンダフルボディ】の撃破〟だ。…リンクスごと始末しろ、とは言われて無いのでな》

 

《そんな―――》

 

《あくまでも俺は依頼を遂行したに過ぎない。文句があるのならコチラの依頼主にでも言う事だな。…ああ、それと》

 

 

―――お前は昔の俺と似ている。

 

 

《一体、何を》

 

《そのままの意味だ。まあ、あまり気にする必要は無い》

 

 

ブースタに火が灯る。

 

 

《ま、まて。まだ話は》

 

 

 

『生き残れ、ドン・カーネル。お前にならそれが出来るはずだ』

 

 

 

最後にそう告げると、機体はゆっくりと移動を開始した。視界から遠ざかるその機体を眺めながら、カーネルは必死に今の状況を確認する。

 

(助かったのか…いや、見逃された? だが、どうして―――)

 

 

―――『お前は昔の俺と似ている』

 

 

……なるほど。そうか。そして一つの結論に至った。

 

(恐らく奴も、俺と同じくして何らかの〝計画〟の被検体だったのだろう。そして自信過剰に陥った、とでも言ったところか…)

 

よくよく考えてみたら、最初の言葉も俺をバカにしていたのでは無く…自分の経験から、戦場での慢心がいかに命取りになるかを教えるために言ったのだろう。

 

 

「ふっ…ははは!」

 

 

自然と笑みがこぼれた。それは本来なら、ここで死んでたであろうハズの自分が『生きている』事の不自然さにか、或いはあのリンクスの心遣いに対してなのかは分からなかったが。

 

とにかく、あの男は自分に「生き残れ」と言ったのだ。ならば自分はそのルールに従うしか無い。〝力無き者〟は〝力有る者〟に従うしかないのだから。と、なれば

 

「…まずは、救助を呼ばなければ」

 

途中まで共に進行していたノーマル部隊が居たハズだ。

 

 

―――とりあえずは通信を試みてみるとしよう



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第15話

くぅ~疲れましたw


主人公視点

 

 

くぅ~疲れましたw これにて戦闘終了です!

実は、ネクスト撃破の話を持ちかけられたのが始まりでした

本当はあまり戦いはくなかったのですが←

企業の皆様のご厚意を無駄にするわけには行かないので自分の愛機で挑んでみた所存ですw

以下、カーネルさんの俺へのメッセジをどぞ

 

 

カーネルサン「と、止めは刺さないのか?」

 

 

物騒すぎるだろ。

 

マジで落ち着いて下さい。俺も確かにちょっぴりカッコつけて「オワリダ…」とか言っちゃいましたけど、それはただの good game.って意味合いだから。これ以上したらそれこそ、カーネルさんの人生が『本当の本当に終わり!』になっちゃいますので。

 

《死にたいのか?》

 

とか意地悪言っちゃったりしてー。

 

《……》

 

…冗談なんでそこで黙り込まないで下さい! 分かってますよ、本気で死にたいとか思ってる人なんでそうは居ない事くらい…でもなぁ。この言葉から察するに、やっぱりネクスト戦では中の人にも止めを刺すのが一般的なんだろうな。

 

ううむ。悲しいのだぜ…

 

まあ、こんな殺伐とした世の中だもんね…フ、フフフッ。だがね、私ゼンはそんな常識を覆すとある重大な事実に気が付いてしまったのだよ…!

 

《俺の受けた依頼は〝ネクスト【ワンダフルボディ】の撃破〟だ。…リンクスごと始末しろ、とは言われて無いのでな》

 

《そんな―――》

 

ズバリその通ォり! カーネルさんが何か言おうとしてるけど、アーアー、キコエナイ。

 

ゲームしてていつも思ってたんだ。どこにも、『リンクス諸共いてまえや』とは明言されてないじゃんかyo!!って。ここではそんなの言うまでも無い事なのだろうけど。ですがねぇ、自分は別にここで生まれ育った訳では無いのでそんな常識は…ナニソレイミワカンナイ!!

 

《あくまでも俺は依頼を遂行したに過ぎない。文句があるのならコチラの依頼主にでも言う事だな。》

 

そうだよ。こういうのは、ちゃんと説明してくれないと困るよ君ぃ~(ネチネチ って感じにしておけば良いんですよ。

 

《…ああ、それと―――お前は昔の俺と似ている》

《一体、何を》

 

《そのままの意味だ。まあ、あまり気にする必要は無い》

 

本当、自分も最初はカーネルさんみたいな動きだったんだよね。いや、それとは比べものにならない位酷かったか。ノーマル部隊にフルボッコにされましたし? それとチュートリアルでヘリコプターに落とされたのは皆には内緒だよ☆

 

それ考えたら、カーネルさんって普通にすごくね?

 

一回負けたら即退場(この世から)がほとんどなこの世界で、ここまで生き残ってきてるんですぜ? …俺はカーネルさん位動けるようになるまでに、ほぼ確実に10回以上撃破されてる。本気と書いてマジで。

 

…う、うむ。身の上話を振り返るのはここまでにしよう。あとカーネルさんとのお話も。多分救助する人達も来るだろうし…ここに居たら邪魔になっちゃうよね。さっさと帰った方が良いなコレ。機体を反転させてと。

 

《ま、まて。まだ話は》

 

《生き残れ、ドン・カーネル。お前にならそれが出来るはずだ》

 

また何か言いたげだったけど、その言葉を遮ってエールを送る。…ブヘヘ。今の自分超カッコよくね? 多分俺史始まって以来のカッコ良さだと思う。カッコ良さの9割位はセリフのお陰なんだろうけど。

 

ACVの主〇って良いキャラしてるよね。

 

機体を移動させる。…心配だけど、振り向いてはいけない。だってその方がカッコ良いじゃん(フロム並の感想)。そのまましばらく機体を移動させていると、エドガーさんから通信が入った。

 

《さすがだな、やられる心配はしていなかったが》

《褒めても何も出ないぞ?》

 

《クク…》

 

へへ、褒められてしまった…しかし、素直に喜べるのかって言われると微妙なとこなんですよ。最初カーネルさんにバズーカ撃たれた時なんて、ビックリして動けなかったし。

あれには本気でビビッた。弾が一発も当たらなかったのは単に運が良かっただけだ。もしあの時、機体の位置がもう少し前だったら…うん。

 

その後の戦いも散弾バズーカが怖くて近づけなかった訳でして…はぁ、きっとカーネルさんも呆れてただろうな。「このチキン野郎!!」とか思ってたに違いない。

 

ま、まあでも、内容はどうあれ勝ったし。今回の反省は次に生かせば良いさ!

 

《それにしても、止めを刺さなかったな》

 

ははーん、エドガーさんまで何を

 

《分かっているのだろう?それは「マズイ」》

 

さっきカーネルさんにも言ったしね!

 

《…まあ、な》

 

うむ。

 

《…いきなりだがゼン、俺の「我儘」を聞いてもらえるか?》

 

い、いきなりだね。まあこっちに来てからイキナリな事ばっかり起こってたら多少は慣れてきたけど。ええと、エドガーさん。あなたの頼みなら何なりと聞き入れたいのですが…

 

《何だ?》

 

戦闘前にも言いましたけど、自分お金とかは本当に無いんで。多分今回の報酬とかも、ラインアークの復興やら機体の運用費やらに消えていくので、そこら辺を考慮してくれるとありがたいというか何というか―――

 

 

《明日、ウチのMT部隊の連中と顔を合わせてほしい》

 

ん!?

 

《そんな事で良いのか?》

 

よ、良かった。脳内で必死にお金関係じゃない事を祈ってたおかげか―――と、言うかそんな事で本当に良いのですか!? 

 

それ位ならいくらでもやりますとも。今度自分から挨拶に行こうとしてたところですし。ラインアークに移住が決まったのも、MT部隊の人達が最初に自分の事をフィオナちゃんに説明してくれたのも大きかっただろうしなぁ…

 

《了解した。では、エドガー。そちらに都合の良い時間を指定してくれ》

 

《感謝する。そうだな、時間なんだが―――》

 

皆さんに都合の良い時間も知れるし、何という神タイミングだッ!! 

やっぱエドガーさんって神だわ。

 

 

 

どんな人達なんだろ。楽しみだなー。

 

 

 

 

----------------------------------------------

 

 

MT部隊隊長視点

 

 

 

 

(やはりと言うべきか―――相手では無かったな)

 

エドガーは先ほどの戦闘を思い浮かべる。

 

(ゼンが手を抜いていたのは明らかだった…何せ、軽量機体の最大の武器である〝軽さ〟を利用した機動戦をまったく行わなかったのだからな。加え、使用武器の制限。)

 

(しかし結果を見ればその状態での圧勝だ。相手も相手ではあったが…先程は全力の何%の力を出していたのだろうか? まったく、底の見えない男だ)

 

そしてゼンの戦いぶり以外にも幾つかエドガーには気になる事があった。

 

(…「昔の俺に似ている」か)

 

まず一つはそれだ。一体、あのリンクス―――〝ドン・カーネル〟の「何」が似ていたと言うのか。性格や口調は何をとっても今のゼンとは似ても似つかない…そしてそれが『昔の俺』からそう簡単に変化するとも思えない。となると。

 

(ネクストの『操縦技術』かもしくは『境遇』か)

 

前者とは考えにくい。詳しい話は分からないがゼンの機体はかなりの〝モノ〟と言う話をフィオナ・イェルネフェルトから聞いている…そんな機体を与えられているのだから、当然AMS適正はかなり高いはずだ。最初から機体を動かすのもさほど苦労は無かっただろう。

 

(…やはり、〝後者〟が濃厚な線か?)

 

ゼンもカーネルと同じく何らかの『計画』に参加していたと考えるのが妥当か…なら、あの機体の事もその計画上必要だった、とすれば辻褄も合う。しかし、だとすれば

 

(何らかの組織に属している―――「居た」はずだ)

 

その組織を抜けて、ラインアークに身を寄せる意味などあるのだろうか? 当然、そこでの待遇も良かったはずだ。それとも、抜けざるをえない状況だったのか…

 

 

…そんな事はここで考えても仕方ないか。 今はゼンへの労いの言葉をかけるべきだろう。

 

 

《さすがだな、やられる心配はしていなかったが》

 

《褒めても何も出ないぞ?》

 

《クク…》

 

 

まったく、この男は。

 

戦闘を終えた直後だと言うのに軽口を叩くゼンに苦笑してしまう。戦闘終了直後、と言うのは気が立っている者が大多数を占める。というのも、今の今まで自分の命を懸けて戦っているのだ。それが終わったからとてそう簡単に落ち着けるはずも無い。

 

そんな事が出来るのは余程の場数を踏んだ者か、もしくは戦場で終始主導権を握っていた側位のものだ。

 

(まあ、この男に当てはまるのは『両方』だろうが)

 

しかし、この男が戦場でもそうで無いにもかかわらず「主導権を握られる」側になる事など想像出来ない。ラインアークへの移住の際こそ下手に出てはいたが、結果的にはゼンの想定道理に事が運んでいたと言っても良い。

 

(今回のネクスト戦においても…ああ、イカン。思い出しても笑いが込み上げてくる)

 

 

―――『もしかして怒っているのか?』

 

 

出会って一言目に挑発され、自分のミサイルを逆手にとられる。更にビルの倒壊に巻き込まれる自らの憐れな姿を見られる。

 

それで怒らない奴などこの世に居るのだろうか? 

 

(ククク、ああ、こんなに笑ったのも久しぶりだったな)

 

そして笑いを堪えつつ、エドガーは2つ目の気になる点をゼンに訊ねた。

 

《それにしても、止めを刺さなかったな》

 

そこが気になっていたのだ。ゼンはその理由をカーネルの何かしらが「似ている」事を理由にしていたが…他にも何かしらの真意がある様に思えてならなかった。そして、その真意が今回の依頼の『違和感』を感じ取っていたのだとしたら

 

 

《分かっているのだろう? それは「マズイ」》

 

 

ゼンの意味深な発言。そうか、やはり

 

 

《…まあ、な》

 

 

今回の依頼の『不自然さ』にも気が付いているのか。そう、エドガーは今回の依頼主に少しばかりの疑問を持っていた。

 

依頼主が―――『インテリオル社』だと言う事に。

 

実のところ、ラインアークはそれ単体で機能しているのではなく『複数の企業』との取引により成り立っているのだ。その中の一つが『GA社』なのである。ホワイト・グリントの背部兵装にGAの完全子会社である『MSAC社』の製品である〝SALINE05〟が装備されている事や、ラインアークに配備されているノーマルがGA社製の物である事からもそれが伺える。

 

では、今回の依頼主たるインテリオル社との関係はどうだろうか?

 

…はっきり言って、ほぼ見られない。と言うのもインテリオルはGA社と敵対関係にあるがゆえ、GA社と裏で繋がっているラインアークとも必然的に距離が遠のいてしまうのだ。

 

だからこそ、そんな『遠い関係』の企業からの突然の依頼に違和感を感じていた。イェルネフェルト曰く、無関係な企業からの依頼もある事にはあるらしいが…それでも稀らしい。ゼンがラインアークに訪れた矢先のこの『稀』な依頼だ…正直、怪しむなと言うのも無理がある。

 

(ゼンがドン・カーネルごと撃破しなかったのも、ラインアークとGA社の事を考えての判断でもあるのだろう)

 

曲りなりにも、カーネルはGA社のリンクスだ。しかも、企業挙げてのプロジェクト〝NSS計画〟の。それを撃破したとなれば、GA社との関係も悪くなりかねない…

 

(フッ、訪れた昨日の今日でラインアークの現状も、そして自分の行動でそれがどうなるのかも理解してると言う訳か…頭脳も腕も一流の傭兵。仲間だと頼もしい限りだが、敵には回したく無い相手だ)

 

 

エドガーはそんな、「敵には回したくない男」に質問をする。

 

 

《…いきなりだがゼン、俺の「我儘」を聞いてもらえるか?》

《何だ?》

 

《明日、ウチのMT部隊の連中と顔を合わせてほしい》

 

 

〝リンクス〟しかも上位クラスの実力者であろう者に、一介のMT乗りが頼みごとをするなどばかげている―――自分でもそう思う。普通なら、話すことすら難しいところだ。だが、エドガーには分かっていた。

 

 

《そんな事で良いのか?》

 

 

この男には、そんな常識は通用しないと言う事を。

 

《了解した。では、エドガー。そちらに都合の良い時間を指定してくれ》

 

それは本来頼んだ者が言うセリフだろうに。そう、心中で呟いたエドガーは時間を指定する。

 

 

《感謝する。そうだな、時間なんだが―――》

 

 

 

クク…さて、すこしアイツらを驚かせてやるとするか。

 

 

 

 



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第16話

そして反動で短め


 

企業視点

 

 

ここはGA本社のとある一室。

 

スーツを着用した壮年の者達がそこには居た。それぞれが円状のテーブルに肘を乗せ、あるいは腕を組み険しい顔をしていた。彼らはとある情報が入ってくるのを待っているのだ。

 

静かな時間が過ぎゆく。だが、それは安らぎとは正反対の「静寂」。目に見えない緊張感がそこにはあった。時計の針、そして呼吸音のみがその空間を支配していた。

 

 

―――その時、ドアが開かれる。

 

 

その静寂を切り開いた存在に注目が集まった。若い女性だ。顔には緊張の色が伺える。恐らくは、これから自らが話す事が「重要」であると理解しているのだろう。そして皆の注目が集まる中、重苦しくその口を開いた。

 

 

「…どうやら、ワンダフルボディは例のネクスト機に敗北を喫した模様です」

 

 

チッ…

 

どこかで舌打ちする音が聞こえた。いや、もしや自分か。きっとこの場に居る誰もが舌打ちをしたい気分だっただろう。何故ならば

 

「…何が、『企業の総意』だ。損な役回りをさせられたものだ」

 

そう、今回の依頼…エドガーの思惑通り『裏』があったのだ。言葉を発した一人が更に続ける。

 

「あの時、易々とインテリオルのジジイ共の挑発に乗せられてなければ今頃は―――」

「では、あのまま引いていろとでも?」

「…そうは言って無い。他のやり方もあったはずだ、と言いたいんだ」

 

『あの時』

 

そう、今回の一件は『企業連』での決定―――つまりは企業同士の敵味方は関係なく『企業の総意』という形で成された出来事だったのである。まあ、表向きには、だが。

本人が知るよしも無い事だが、ゼンがラインアークに訪れた時…各企業は非常に慌てていた。何故なら、ラインアーク内に既に忍び込ませている者から情報が入ったのだ。

 

「あのリンクスは普通では無い」

 

と。始めは、リンクス自体が普通では無いだろうに…と笑って済ませていたのだが、情報が入ってくるにつれその笑みは消える事となる。何と、乗ってきた機体のパーツが全て出処不明。しかも内部チューンは企業の最高クラスのネクスト並と来たのだ。

 

…明らかに邪魔、だった。

 

何故ならば近い内、ラインアークには本格的な攻撃を仕掛ける予定だったのだ。ホワイト・グリント一機だけでも厄介だと言うのに、新たに参入にて来た男は―――機体を見る限りではそれに匹敵する実力の持ち主の可能性が高い。との話ではないか。

 

これはマズイ。そう判断した企業連は〝それ〟をどうするかを話し合う為、急遽『企業連本部』へと各企業の重役達を招いた。

そしてその際決定されたのが、『例のリンクスの実力を測る』との事だったのだが…

 

 

「まさか、白羽の矢が我々に突き刺さるとはね」

「フン…」

 

 

その会議中、『どの企業が』、『どうするか』で揉めた。

 

リンクスの力を測るのはリンクスをぶつけるのが一番では? と誰かが言った。確かに一理ある。だが例のリンクスと戦わせるとなると…リスクが高いのは誰の目に見ても明らかだった。誰が好き好んで貴重な戦力を差し出すと言うのか。

 

待てよ? 独立傭兵をぶつける、と言う選択肢もある―――そう、言いかけた時。

 

『ふむ…そちらの、GA社は今―――〝NSS計画〟とやらを進めている様だが』

 

インテリオル側からの主張が飛んできたのだ。その男…「老人」は口元をにやけさせながらこう言った。

 

『その〝被検体〟のリンクスをぶつけてみてはどうかね』

『それは―――』

『そろそろ〝ネクスト戦〟のデータ収集も必要な頃だろう?』

『…』

 

痛い所を突かれた。そう、今まで被検体であるドン・カーネルはノーマル部隊程度しか相手にさせて無かったのだ。理由は至極単純、〝弱い〟から。だが計画を進めるに当たり『格下』相手のデータだけではどうしても足りない部分があるのも事実だった。

 

『是非とも、その〝計画〟の途中経過を拝見させて頂きたい…ここに居る『皆様方』もそう望んでおられるだろうし…な』

 

ぐるりと周りを見渡す老人。

 

『まあ、君らがその、色々と…露見してしまうのが怖いのなら無理にとは言わんが』

『…良いでしょう。我々のリンクスをぶつけてみます』

 

限界だった。さすがにコチラ…GA社側にもプライドと言うものがある。そこまで言われてしまっては引けるに引けない。ここで引く、と言うのは『怖い』と言うことを事実として認める事になってしまう。

 

かくして、会議はGA社が名乗りを上げた事により終了したのであったが…

 

 

「しかしリンクスには悪いが大方予想通り。と言った所ではある」

「まあ、な…」

「とにかく今は〝ドン・カーネル〟の戦闘データを回収する事が先決だ」

 

 

言ってしまっては何だが、敗れる事など〝想定内〟ではあった…『今』では無いにしろ、いつかはネクスト戦に出さなければならなかったのだ。そのデータが早い段階で取れた、と考えればまあ…

 

「それにだ、元々この計画は〝こういう時〟の為の計画でもある」

 

そう、この計画の目指すところは『リンクスの量産』だ。一人敗れ去ったのならまた補充すれば良い。現に、AMS適正値こそ低いもののカーネルの他にも何人か当てはあ―――

 

 

「あの」

 

 

突然、カーネルの敗北を告げた女性が言葉を発した。

 

 

「そのリンクス、〝ドン・カーネル〟が救援を要請しているとノーマル部隊から通信が」

 

 

〝想定外〟の言葉と共に

 

 

「は?」

 

 

…どう言う事だ? 予想外の事態に一瞬間の抜けた空気が漂った。

 

 

「それが、リンクス曰く『見逃された』とか」

「…」 

 

「…ほう、なるほど」

 

『見逃された』この一言で、この場に居る者は全てを理解した。…相手のリンクスは中々に頭が切れる様だ。少なくとも、コチラがラインアークと繋がっている事を把握している。その上で、ラインアークとGA社が妙な『こじれ』を起こさない様に上手く立ち回っているのだろう。

 

「…一つ『借り』が出来る形になったな」

 

恐らくはそこまで考えている。一応、代わりが居るとは言え…ここまで育ててきた〝被検体〟だ。こちらがそれなりに「無くすのは惜しい」と思慮している事も理解しての行動でもあるだろう。

 

「フン…小賢しい事だ。頭のまわる傭兵ほど面倒なモノは無い」

「しかし今回、その小賢しさが我々においてプラスに働いたのも事実」

「…ふむ」

 

「ラインアークに対し、『借り』を返す何らかの行動も取らねばな」

 

まったく、インテリオル社の問題やラインアークへの手回し。NSS計画や企業連への今回のデータ提出…面倒が多いな。まあ、面倒な事はまず目先の事から処理していくに限る。

 

「まずは、ドン・カーネルの救出だ。即座にポイントに向かう様に指示しろ」

 

「―――了解」



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第17話

新年あけましておめでとうございます。(今更)




主人公視点

 

 

 

俺の機体って超カッコよくね?

 

レイヴンやリンクス、はたまたミグラントの皆さんなら誰でもそう思っている節はあるだろう。更にはガレージに籠りっぱなしで、自機を見てひたすらにやにやするという…もはや傭兵しに来てるのか機体見に来てるんだか分からない状態になる方も多いはずだ。

 

だがその一方で

 

――――はぁ、俺の機体の背部兵装のレーザーキャノン〝EC-O300〟。あれ2門乗っけてるとカッコ良いんだけど、ぶっちゃけあんまり使わないんだよなぁ…ワンダフルボディ戦の時は相手のEN防御の低さから、危ないと思って封印してたし。

 

そうで無くともリロード時間が遅くてのぉ。1対1だと開幕に1発ずつ撃って即パージが普通だったな。だけど、この世界じゃそう簡単に『撃ち捨て』も出来ない。弾代だけならともかく、武器本体まで捨てちゃうとその値段まで請求しなきゃならないし。てかそもそも武装が届くかどうかも分からないし、本当やんなっちゃうぜ――――

 

…などなど、この様に自分の愛機に対してネガティブな思考を持つ場合もまた皆さんあるかと思います。そこで、とある魔法の呪文をお教えしましょう。この呪文を使えばどんな欠点もたちまち愛おしく、更に機体への愛情が湧く事でしょう。

 

では皆さんご一緒に。

 

「だが、それが良い」

 

え? 何だって? 聞こえない! キコエナイよ!? さあもっと熱く!!!

 

「「 だが、それが良い! 」」

 

良くできました。皆さんの声が私の心の奥底まで届いてきましたよ。それでは皆さん、自分の愛機の欠点を思い起こしこの魔法の呪文を付け足してみて下さい。

 

「二脚に折り畳みグレネードはカッコ良いんだけど強化人間じゃないと実用性がな――――」

「タンクはマシ+ショットガンの『重量機に親を殺されたマン』に瞬殺されるのがな――――」

「オーバードウェポンは実質ネタ武器だしな――――(※マルチプルパルスは絶許)」

 

だ が そ れ が 良 い

 

うっひょおお!!テンション上がってきた。

そうそう。自分の機体の欠点が頭の中を駆け巡る時は、こうして洗脳…ああ、いや、言い聞かせるのが一番だよねー。だがそれが良い…ダガソレガイイ…ナニカサレ…

 

……ハップァ!!

 

あ、危ない所だった。もうすぐ闇に堕ちるところたった。何の「闇」なのかは自分でも良く分かって無いけども…ってさっきから何考えてんだ自分は! 落ち着け、大丈夫だ。顔を初めて合わせるってだけで、何度もお話ししているじゃないか。

 

壁に掛けられている時計をチラリと見る…もうすぐだ。そう、もうすぐあの方が来てしまうのだ。

 

――――エドガーさんが。

 

昨日の戦闘が終わった後、エドガーさんが俺に会う為に指定した時間は翌日の正午だったはず。今現在の時間は午前11時45分…どどど、どーするよおい!!

あと、あと15分でエドガーさん来ちゃうじゃん!!

 

やっぱり最初の挨拶はオーソドックスに「今日は良い天気ですね」が良いかな…

 

いや、駄目だ。まず今日は部屋から一歩も出て無いし。もしも雨なんか降っていた日には目も当てられない事態に陥ってしまう。

 

それにだ、それは会話の出だしとしては最もグレードの低い位置にある…!もっとオシャレで気の利いた挨拶があるはずだ。焦るな落ち着け考えろ。まだ時間はあるんだ、エドガーさんが来るまでにはまだ時間が――――

 

――――(コンコン)

 

…なっなな 何ィ!!??

 

ドアがノックされた、だと。

時計は…11時50分を回ったところだ。まだ時間は10分近く残っているんだぞ! そんな、どうして。いや、ドアの向こうに居るのはエドガーさんではないという可能性も無きにしも非z

 

「俺だ、約束通り迎えに来たぞ?」

 

とか思ったら、めっちゃエドガーさんっぽい声と発言なんですけど。でもね、まだ分からないよ。声だけが一卵性双生児並に似ている人なのかもしれない。

「約束」とか言っているけど、自分でも知らない間に、エドガーさんと瓜二つの誰かと何かを約束したのかもしれない。

 

取りあえずドア越しに会話を試みてみよう。

 

「まだ少し早いんじゃないか?」

「待ち合わせの10分前には目的地に着いておくタチでな」

 

あ、このイケメン発言は間違いなくエドガーさんですね~。…疑っちゃってすみませんっした! 

本当、この言葉を全国の遅刻民に聞かせてあげたいわ。特に、遅れたのに半笑いで謝る奴とかね。コジマキャノンをぶっ放したくなるから。

 

「素晴らしい心がけだな…今開ける」

 

そうしてドアノブに手をかける。ちなみに今手汗すっごい出てるから。もう出すぎてドアノブつるっつるになってるから。

 

…緊張しましぁ! さて、オープンッ!!

 

「…」

「…」

 

こ、これは…鋭い眼光だッ! 体も筋肉質で、着ている服が盛り上がってる事からもそれが見て取れる。身長に至っては…もうこれ190センチ位あるんじゃね? あっ、お顔は想像通りのIKEMENでした。さすが我らがエドガーさん。

 

総評:強そう

 

小学生の日記か!って思うかもしれないけど、マジでそうなんです。カツアゲとかされたら光の速さでの『お財布献上』必至って感じなんです。

こ、怖い…だけどいくら見た目が怖いからと言っても目を逸らしたりしてはいけない。初対面で目を逸らしながら会話とか失礼にも程がある…

 

というか何でだんまりなの? じっと俺の顔見て固まってるんですけど…き、気まずい! ただっ広い草原で寝そべってたら突然女子高生に隣に座られるレベルで気まずいよ! ここは自分から話しかけるべきなのだろうか…

 

よ、よし。勇気を持って攻めてるんだ俺!

 

 

「良いヘッドパーツだ」

 

 

いきなり何言ってんだ俺はあぁぁあ!!

 

違うんだよ。自分が言いたかった事はそういうんじゃないんだ。いや、そういう事なんだけど。つまりはね? 「カッコ良いですね」って言おうとしたの。でも何か、緊張のあまり意味不明な言葉が口から飛び出てしまった。

 

これやばない? 初対面の一言目にこんな事言う奴やばない?

 

少なくとも俺の人生において、こんな言動する奴は居なかった。そしてこれからも出会う事は無いだろう。万一こんなの出会ったとしても即『イレギュラー認定』する自信がある。こ、このままでは記念すべき初顔合わせが台無しになってしまう…!

 

 

修正が必要だ。

 

 

「それよりどうした、人の顔をジロジロと…何か付いているのか?」

 

ここでラインアーク移住作戦の時と同じく、さいげなく話題転換するぜ戦法を実施。

さて、その効力やいかに!?

 

「ああ、気分を悪くしてしまったか。…すまない、気にしないでくれ」

 

効果は抜群だぁ!

 

やはりな。移住作戦でも上手くいってたし、不安は無かった(大嘘)。いやー、しかしあえて一言目のアレに触れない辺りにエドガーさんの優しさを感じるわー。まるで最初から耳に入って無かったかのごとき反応…スルースキルもパネェぜ!

 

「おっと、挨拶が遅れたな。今更ながらだが――――エドガー・アルベルトだ。ここ、ラインアーク第一MT部隊の指揮を執ってている。これからもよろしく頼む」

 

そう言って右手を差し出してくるエドガーさん。…はは、まあ確かに『今更』だったかもな。考えてみれば、この世界に来てからというもの一番会話している人だろうし。緊張するだけ損だったかも。

 

「フッ…まあ、確かにそちらの言う通りだな。〝ゼン〟…これでも一応リンクスだ。先日は世話になったな。こちらこそよろしく頼んだ」

 

そしてがっしりと握手。…ちょっと感動。こうやって人の輪が広がっていくんやな…

あと、一つばかり質問なんですけど。

 

「いきなりで悪いがエドガー。握力はいくつだ」

「?…確か、90キロ程だったと思うが」

 

「…やるな」

 

アンタ何者なんすか。

90キロって…そのまま力込めれられたらもう右手粉砕されてしまうやないかーい! …エドガーさん怒らすのはやめよう。元からそんな気は微塵も無かったけれど。

 

ま、まあ何はともあれ顔合わせは無事終了したな。さてさて、お次は

 

「では、早速だが〝アイツら〟のところへ案内するとしよう。ゼン、付いて来てくれ」

「ああ」

 

MT部隊の皆さんだ!

 

 

------------------------------------------------------

 

「着いたぞ」

「…ここは?」

 

エドガーさんの後を付いて行ってしばらく、到着したのは何やら中からわいわい話し声が聞こえる扉の前。…結構人が居そうな感じだな。

 

「ここは…そうだな、ラインアークの防衛部隊が利用する食堂だ。それこそ私達の様なMT部隊の他、ノーマル部隊の者達など多くの者が利用するが」

 

ほほう、そんな所があったとは…こちとらほぼ部屋に籠りっぱなしだからな。特に部屋の外に出るなって言われた訳では無いけども、出てもする事ないですしおすし。

 

「なるほど、今の時間を指定したのはこの為か。皆に会うのには都合の良い時間と場所だな」

「そう言う事だ。じゃ、入るぞ」

 

し、失礼しまーす…

 

構造は…白い長方形の机がいくつも並んでて、それを囲む様な椅子の配置。あと、前の方には料理と取り皿、トレイが並んだ机がある。

…大体想像してた通りの作りだなぁ。何っていうか、軍事映画で出てくる食堂をそのままデカくした感じ。まあ、キョロキョロするのもアレなんで一応視線は真っ直ぐにしている。

 

それにしても

 

「見ない顔だな」

「黒髪黒目…となると」

「東洋辺りの者か」

 

「見た目二十代って所だが…新入りか? いや、しかし」

「…それは無いだろう。見た目こそ若いが、見てみろ。あの落ち着きぶりは―――」

 

周りの方々の視線が非常に痛い…! 今までの人生において注目されるなんて事はほぼ無かったからな。何とも言えない気恥ずかしさがある。

 

ちなみに一番注目を浴びた時は何時だったか、学校の先生に向かって「母さん!」って言った時。しかも何故か男の先生に。あの時は穴があったらそれごと爆殺して欲しいレベルだったわー。

 

そんな黒歴史を振り返っているといつの間にか、談笑している一つのグループの前に到着した。

 

おお、珍しく女の人が居る。

 

茶色の髪を後ろで1つに括った、パッチリお目目の可愛らしい人だ。 あとの男の方たちは…エドガーさんよろしく筋肉モリモリのマッチョさんばっかりです。

自分もそれなりに筋トレとかしてるけど、この人達のは遠く及ばない。まあ、この世界で言う軍人さんみたいなものだろうし、比べるのがそもそも間違っているか…

 

「お前達、遅れてすまない」

 

「あ、戻ってきたぞ」

「ご苦労様です。一体どこに行ってたんです?」

「そうですよ。『少し寄る所がある』って言ったきり突然居なくなったりして…おや?」

「あの隊長、そちらは…」

 

エドガーさんがその一団に挨拶をすると何とも親しげな返事が返ってきた。こ、この聞き覚えのある声は…ッ!! この人達がエドガーさん率いるMT部隊の皆さんか。

 

と言うか、エドガーさん今日俺が来る事の説明して無かったんかい! てっきり昨日の時点で話しているかと…

 

「…この男か?」

「はい、見かけない顔ですが…?」

 

お、説明してくれそうな流れだ。となると自分が何か言う必要は無いかな。

 

「「「………」」」

 

…え?

 

周りの話声が一瞬にして消えた。何でじゃ! 少し前まで皆で楽しくおしゃべりしていたやろ! 

しかもさっきとは比べ物にならない程の食堂中の視線を感じるんですけど。…大丈夫? 俺見られすぎて穴空いて無い?

 

「この男は―――」

 

……。

………エドガーさんメッチャ溜めますね!

 

 

―――〝リンクス〟だ。

 

 

「ぶ ぉ っ ほ ぉ !!」

「なっ!?」

「え、えええ!? つ、つまり」

 

「あの、ぜ…〝ゼン〟さん…? ですか…?」

 

いや自分らちょっとビックリしすぎとちゃいます!? その驚き具合にはこっちがビックリだよ! 驚いてご飯吐く人とか初めて見たわ。

 

「何…ッ!」

「あの噂、まさか本当だったとはな…」

 

「それみろ。只者では無いと言っただろう」

「リンクス…やはり、『強者』独特のオーラとでも言う―――」

「しかし何故…」

 

つーか周りもざわつき過ぎィ! いや、本当自分に驚く要素何も無いから! 今はともかく、向こうの世界じゃお掃除得意な一般ピープルだよ!

それとオーラってなんですかオーラって。そんなの出せる覚え無いし、絶対気のせいだって。少女漫画とかにありがちな『フィルター』かかってますよそれ。

 

「驚きすぎだ。久しぶり…と言う程でも無いか。ゼンだ、ここの…ラインアークの世話になっている。まあ、何だ、これから共同で動く機会もあるだろう…その時はよろしく頼む」

 

「よよよろしくお願いします!」

「そ、そちらから挨拶に来てくれるなんて…」

「本物だ…本物のリンクスだ…」

 

もはや映画スターが来日にた時ばりの反応である。皆さんには一体俺がどう見えてると言うんだ。トム・ク〇ーズさんか? はたまた福〇雅治さんか? 何じゃこりゃ、もう恥ずかしすぎる。趣味はベランダのサボテンに水やりする事ですとか絶対言えない…

 

「人気者だな? ゼン」

「はぁ…やめてくれエドガー。こういうのには慣れてない」

 

本当に慣れていないのでモウヤメルンダ!!

 

「クク…まあ、良いじゃないか。ところでどうだ、我々と昼食を摂らないか?」

 

ううむ。非常に魅力的な提案ではあるんだけど。皆と仲良くなれるチャンスでもあるし。

しかしですねぇ…

 

「いや、話はありがたいが遠慮しておくとしよう。俺が入ってしまうと話がし辛くなるだろう?」

 

あの良くある『知らない奴が友人とかの傍にいると何か話しづらくなーる現象』が起こるのでは無いかと私は危惧しておるのだよ…! ああいう時ってどうするのが正解なんだろうね。下手に話に交じると空気が読めない奴みたいになるし。

 

「そんな事は無いです! いや、むしろ居た方が話が盛り上がりますよ!」

「どうぞこちらへ!」

「そんな遠慮せずに!」

 

「…との事らしいが?」

「いや、しかしだな」

 

やっぱりそう言うのが苦手な方も中には居るでしょうし―――

 

「へぇ。なら、俺たちも混ぜて貰おうか」

「これまでリンクスと話す機会なんて無かったものでな」

「これを機に色々と話を聞かせて貰いたいものだ」

 

な…ッ! どんどん他グループの人達も集まりだして来てるんですけど。なんだこの状況。

ま、マズイ! 完全に周りを囲まれた…!

 

「さあ…どうする?」

 

いやどうするって、もう答えは実質1つしか無いよね。イカツイ男の人達の囲まれているんですよ? そうで無くとも、こんなに人が集まってきてる以上断るという選択肢は取れませんって。

 

「…分かった。昼食はここで摂るとしよう」

 

その言葉に「オオオ!」と歓声を上げるMT部隊とその他の皆さん。中にはハイタッチかましている人も居るし… うん、まあ、個人的には賑やかな食事の方が好きだし。こういうのもアリかな?

 

おっと、となると渡された端末で今日は昼食持ってこなくても良いって連絡しないと―――

 

 

「ああ、お前さんの昼食については既に連絡済だ」

 

 

……エドガーさん、最初からこうなる事を狙ってましたね!?  



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第18話

去年のクリスマスは『力こそが全て』な肩重い中(重量過多中二)の男性と街でデートしてました。思わずコアが熱くなりました。



MT部隊隊長視点

 

 

 

(…何とかなったか)

 

周囲が盛り上がっている中、エドガーは一人安堵していた。

 

実のところ、あの黒いネクスト機に襲撃されてから彼の部下たちは異様に神経を研ぎ澄ましてラインアークの防衛にあたる様になっていたのだ。当然気を抜かれるよりかはよっぽどマシと言うものだが…いかんせん〝集中しすぎ〟である。

 

今まで自分と共に居た者達ならまだしも、その中にはラインアークに来てから初めて仲間に加わった者も居る。その様な者達には精神的にかなり堪えるであろう…

 

そう判断したエドガーは、部下達の息抜きにゼンを会わせる事にしたのだ。

 

(自分達がリンクスと言う強力なバックアップを得られていると言う事実を、『実際に本人に会い』確認出来れば少しは気も楽になるだろうしな…)

 

…それにしても、初対面時は驚いたものだ。

 

ゼンの声質から、比較的若い者である事の想像はついていた。しかしその落ち着いた喋りや雰囲気…それらを加味して、年齢はまあ20代後半~30代前半辺りだろうと予測していたのだが…実際にはその予測とはかけ離れていた。

 

ゼンの姿はどう見積もっても20代前半の若者にしか見えなかったのだ。

 

(それに加え、あのゼンを中心に『固体化』したかの様な鋭い空気…あれには参ったものだ。思わずして、ゼンの一言目を聞き逃してしまった。クク…まあ、実際に話してみると直ぐににアイツだと確信は持てたが)

 

エドガーは、今や座っている周りを大人数に囲まれ質問責めにあっている男へと顔を向ける。

 

「…と言う事は、やはりノーマルではネクスト機に対して勝利を得るのは難しい。と?」

 

「先程にも言った様に火力もさる事ながら、ネクスト機にはPAと言う反則的な防御機構があるからな。それに加え、機動力はノーマルに比べ天と地程の差がある…まあ、普通に考えたのなら相当に厳しいだろう」

 

…しかし何やら興味深い話をしている。どれ、少し話に混ざるとするか。

 

「だが、それはお前さんの言う『普通に考えた』場合の話だろう?」

「ああそうだ。エドガーも言っているが、それは普通に考えた場合の話…何も、ノーマルで撃破するのが絶対的に『不可能』と言う話では無い。」

 

その言葉を聞き、予想外の言葉を聞いたという風に周囲がざわつく。

 

「そうだな…『サイレント・アバランチ』を知っているか?」

 

サイレント・アバランチ…確か

 

「BFF社所属の―――南極にある大規模コジマエネルギー施設〝スフィア〟の防衛部隊だったか」

 

エドガーはその名に聞き覚えがあった。何でも、BFFノーマル部隊の中でもかなりの精鋭達で構成された部隊であり、かつてはその戦力は「ネクストを超える」と喧伝されていた程だ。

 

(リンクス戦争時に〝アナトリアの傭兵〟つまりは現ホワイト・グリントのリンクスにより壊滅的打撃を受けた―――にも関わらず、再編成されたらしいが)

 

 

「そうだ…〝奴ら〟のやり様には目を見張る物がある。まず点在するフィールドについてだが、常に強風が吹き雪が宙を舞い、非常に視認性が悪い。またレーダー対策の為にECMを常に展開し、それが更に奴らの点在位置の把握を分かりづらくしている。」

 

「そして、その索敵性の悪さを利用しての大口径スナイパーキャノンによる狙撃…あの狙撃は中々に厄介だ。威力・衝撃力共に優れている訳だからな…闇雲に突撃しよう物なら、いくらネクスト機と言えどもただでは済まないだろう」

 

「なるほど。つまるところサイレント・アバランチは『対ネクスト』も視野に入った戦術を駆使しており…それを見るに、やり方次第ではノーマル部隊でもネクスト機に対し脅威と呼べる存在になりえる、と言う事だな?」

 

「ああ、そうだ」

 

最初に話を聞いた時は、「何をバカな事を」と一笑に付したものだが…〝ネクストを凌ぐ〟と言う点はともかく、その練度は侮れたものでは無い。と言う訳だ。

そんなゼンの言葉を聞き、内心サイレント・アバランチへの評価を上げるエドガー。

 

そしてその周りはと言うと…

 

「はー、凄いんですね。噂では聞きましたが…」

「さすがに精鋭部隊の名は伊達じゃ無い、という事ですね」

 

「条件さえ整えばネクスト機の撃破も不可能では無い…か」

「ふむ。しかし我々と彼らとでは、言ってしまっては何ですが装備に差が―――」

「いや、それこそ作戦で何とか…」

 

「過去に『そう言う記録』もあるが、それでも正確には〝中破〟止まりらしいからな」

「ネクスト『撃破』か…中々夢のある話だな」

 

それはまあ、大いに盛り上がっていた。

 

有る者も言っているが、過去にはとあるベテランノーマル乗りがネクスト機に追いすがったと言う伝説的な記録もある。が、与えた損傷具合は〝中破止まり〟で結果は実質『相討ち以下』であったと今では判明している。

 

それでも信じられない程の事ではあるのだが…やはりノーマル乗り達としてはネクスト機という「絶対的強者」に対して、誰もが認める勝利を得たいと思うものなのだろう。

リンクス直々の「ネクスト撃破は『不可能では無い』」と言う発言に、ノーマル部隊の面々は特に話題に花を咲かせていた。

 

「あ、あの…一つお聞きしたい事があるのですが…」

 

その中、どこからともなく一つの女性の声が挙がった。と、言ってもこの場に居る女性は数えるほどしか居ないので声の主は限られているが。

 

「…確か、名は〝アイラ〟だったか。何だ?」

「は、はい! 名前をお覚え―――あ、いえその…ゼンさんがサイレント・アバランチと戦闘になった場合は…ど、どうなるのかと」

 

向けられたゼンの鋭い視線に、一瞬体をビクリと反応させ質問に移るアイラ。

その質問はこの場に居る者達にはかなり興味をそそる物だったのだろう。さてどんな答えが返ってきたものか…と皆一様にゼンへと視線を向けた。

 

しかしそんな中、顔をうつむけ笑いを堪える男が一人―――

 

(…まさか、その男に〝それ〟を聞くとはな)

 

その正体はエドガーである。

 

(アイラ…目の前の男はサイレント・アバランチの戦術を解説した張本人であり、同時にリンクスでもある。「じゃあお前はどうなんだ?」と聞きたくなるのは分からないでも無いが…その男に対してその質問は愚問と言うものだ。答えは聞くまでも―――)

 

だが、そこまで考えたところで

 

「俺か? そうだな、まあ…」

 

ゼンは自身の予想とは違った答えを出してきた。

 

 

「殺られるかもしれんな」

 

 

……いや、それは無いだろう。

 

実際にゼンの戦いぶりを目の当たりにしているエドガーは心中でその言葉を即座に否定。

 

「おお、意外ですね。『敵では無い』との反応が返ってくるかと思ってましたが」

「そ、そうですね。質問した私が言うのも何ですが、自分もてっきりそいう反応が返ってくるかと……」

 

そしてそう思っているのはエドガーだけでは無かったらしい。

 

苦笑いとも何とも言えない反応の者が大多数をしめていた。まあ、それもそうであろう。何せ先ほどサイレント・アバランチの戦術について知らない事は無い、と言わんばかりに細かな説明をしていたのだ。これではゼンが敗北を喫する状況を想像する方が難しいと言うものだ。

 

「そうか? 実際に交戦してみない事には何とも言えないだろう。まあ、俺は臆病者なんでな…『勝てる』と断言は出来ん」

 

「クク…お前さんが臆病者に見える奴はそうは居ないと思うがな」

 

「まあ確かに、それは隊長の言う通りですね」

「はは…少なくとも、ここのメンツの中には居ないかと」

 

ゼンの冗談につい吹き出してしまう。そしてつくづく思うのだ、この男は―――

 

「ふふっ…何と言うか、ゼンさんって不思議な人ですね」

「…そうか?」

「ええ…私は『リンクス』と言うのはどこか他人を見下しているものだとばかり思っていました」

 

「私はゼンさんの事は何も知らないです。でもきっと…ゼンさんってリンクスの中でも凄い方なんですよね? ここ数日のラインアーク内の騒がしさを見れば私でもその位は分かります」

 

「…」

 

「なのにそんな事をまったく鼻にかけないと言うか…こうしていると凄く話しやすく感じるんです。その、実は最初見た時は近寄りがたい感じはしましたけど…」

 

そう。アイラの言う通り、出会った当初からそうなのだが…この男は自身がリンクスであるという事実を全く鼻にかけないのだ。

 

今でこそ巨大兵器の台頭によりリンクスの価値は下がってはいる。しかしそれでも上位クラスともなれば、それすら撃破する事も可能なのだ。ゼンの実力は、恐らくその上位に匹敵するであろう事も窺い知れる。

 

その様な者からすれば我々の存在など…あまり口には出したく無いが、取るに足らない存在であろう。実際、ラインアークに訪れる前に何度か共同任務を受けたリンクス達は『そういう態度』の者ばかりであった。

 

しかしゼンの態度はまったくその様な事を感じさせないのだ。時折見せる、己を「ただの一般人」かの如く思っている様子には『不思議』と言わず何と言うのか。

 

「…俺は」

 

その話を黙って聞いていたゼンが口を開く。

 

「元々、リンクスでは無かったからな」

 

「え…あ、ああ! 私達と同じく元はMTやノーマル乗りだったり」

「そう言う意味では無い」

 

その言葉を聞いたエドガーは、気が付けば口が動いていた。

 

 

「では、一体『どういう意味』だ?」

 

 

何となく―――何となくだが、理解出来てしまったのだ。

次に発せられる言葉が、恐らくは謎多きゼンの秘密の『一端』を示す事になるであろうと。

いつしか話し声は聞こえなくなっている……先程、初めてゼンと顔を合わせた時の様な鋭い空気が空間を支配していた。

 

そしてゼンが口を開いた次の瞬間

 

 

「つまりは『AMS適性』など一切無かった、と言う訳だ」

 

 

室内に大きな衝撃が走る事となる。

 

 

「おいおい……」

「う、嘘…ゼンさん、その話―――」

 

「え…そ、それって」

「ッ!?」

「あ、あり得ない……」

 

目を見開く者、口を開けたまま絶句する者、はたまた騒ぎ出す者…その反応は様々だが言いたい事は皆一様に同じであろう。

 

そう、あり得ない。

 

『AMS適性は個人の先天的な才覚に依存し、訓練などによる後天的な獲得は不可能である』

 

これは絶対のルールのはずだ。

カーネルの関わるNSS計画でさえ、僅かとは言え『AMS適性の有る』者を対象として進められているのだ。それほどまでにAMS適性と言うのは無い者が後天的に得る事は困難を極めると言う訳である。だが、ゼンは言った。「AMS適性など一切なかった」と。

 

 

つまりはその『絶対のルール』が破られた。ゼンは〝何らか〟により後天的にAMS適性を得たのだ。

 

(もしもこの話が真実なら、世界がひっくり返るな……)

 

各勢力には〝切り札〟がある。それは言わずと知れたリンクスであり、専らの主戦力がAFに成り替わった今でも変わる事は無い。

 

先にも述べたが、各企業最高クラスのネクスト機ともなれば並のAFなどを遥かに凌ぐ戦力足りえるのだ。まあ、万一それが失われた際の損失が計り知れない為『切り札』として出来る限り慎重に扱われる訳だが。

 

…しかし、我々のようなAMS適性など一切存在しない人間がリンクスに成れるのだとしたら。もしもゼンクラスの人材が大量に確保出来る様になったとしたら―――

 

(―――ハッ、笑うに笑えない事態だ。無限にある『切り札』など)

 

エドガーは背筋に冷たいモノが伝うのを感じた。そんな事が実現してみろ、今でさえ世界がこの現状だ…下手をすれば『終わる』。

 

(やはりゼンは組織の被検体だったと言う訳か…。しかも『AMS適性の付与』などと言ったまさしく、「ふざけた」としか言いようの無い計画の)

 

そこで一つ、疑問が生じた。

 

「おい待てゼン、質問だが…お前さんの様な者は他にも居たのか?」

 

そう、ゼンと言う成功例がここに居る以上その他の被検体が居てもおかしくは無いはずだ。

 

「聞いた話によれば、『あと一人』居るらしいがな。…詳しい事は分からん」

「…成る程」

 

……やはりゼンだけでは無かったか。

 

しかし被験者同士の詳しい話しも聞かされていないとは…何だ? その被験者同士でコンタクトを取られるとマズイ事でもあったのだろうか…

 

それに、NSS計画とは違い真の意味での『リンクスの量産化』を目指している組織が、その存在を外部に知られていないと言うのはどういう事だろうか? 先日の依頼主から察するに、ゼンの存在は企業側からしてもイレギュラーなはずだ。だとすれば計画を進める為の資金は一体どこから―――

 

 

(…駄目だ。分からない事が多すぎる)

 

 

『ゼンが一体何者なのか』は僅かではあるが把握出来た。しかし、その計画の成された理由。〝もう一人〟。組織の場所。資金面での問題。ゼンがそこを抜けだした訳…

 

パッと思いついただけでこれだけの謎が残されている。もはやゼンの言葉を聞いたばかりに謎が増えたと言っても過言では無い。

 

 

(もう少し質問するか…いや、しかし)

 

 

エドガーは脳内でストップをかけた。

 

これ以上は〝危険〟と判断したのだ。『無知は罪』とは言うが、この世界に置いては知りすぎる事は『大罪』となりえる。それこそ、自分達の様に「代えの利く」者達にとっては…まあ、時が来れば今回の様にゼン自身から話を切り出してくれるだろう。

 

「皆、今の話は他言無用だ」

 

今はまだ、これ位で良い。

 

「分かってますよ」

「…俺もまだやりたい事が残っていますし」

「言えてるな」

「は、はい…!」

 

それは何よりだ。ノーマル部隊の面々もそれが良く理解出来ているのか、一様に険しい顔で頷いていた。…ここに居る者達は皆、少なからずこの薄汚れた世界で生き抜いてきたのだ。言うだけ野暮だったか。

 

 

(さて、とすれば先ずは話題を転換するなりしてこの空気を何とか―――)

 

 

エドガーがこの重い空気を改善する為の策を講じようとしていたその時

 

「…マーシュさん!」

「いや、だってこれ、ゼン君宛てなんだし本人に聞かないとさぁ!」

 

食堂のドアの外から声が聞こえてきた。

 

「だからと言ってここで無くとも―――」

「皆で見た方が面白…フフフ、失礼。断りづらいと僕は思うね」

「…全くもって誤魔化しきれていませんが」

 

その、何だ……非常に騒がしい。そのあまりの騒がしさに先ほどまでの重苦しい空気はどこへやら。今や食堂中の注目はそのドアへと注がれている。声から推測するに、どうやら一人は男性でもう一人は女性らしい。

 

(「ゼン君宛て」? 「マーシュ」? いや、まさかな…しかしながら、女性の方は何やら聞き覚えのある声だ)

 

男の方の発言からして、ゼンに何らかの用事がある事は把握出来た。

エドガーは「何か知っているのか」と目線のみでゼンに合図を送る。だが当の本人にも何も知らされて無いらしく、反応はと言うと首をかしげるばかりだ。

 

その声は段々と大きくなっておりそしてついに―――

 

―――バンッ!!

 

という音と共に勢いよく食堂の扉が開かれた。そこから現れた人物は

 

 

「お食事中失礼するよ! さて、ゼン君はどこかな~!!」

「……申し訳ありません。一応、止めようと試みてはみたのですが…」

 

 

……知っている人物だった。「二人とも」

 

諦めとも何とも言えない表情で額を抑えている女性の方は、我らがラインアークの守護神であるホワイト・グリントのオペレータを務める〝フィオナ・イェルネフェルト〟。

 

もう一人の、白衣を身に纏いとても良い笑顔を顔面に張り付けている男性。直接の面識は無いものの、軍事関係者なら誰しも…いや、ともすればそうで無い者も知っているであろう人物。

 

その名は

 

 

「俺ならここだ。しかし…その荷物は一体何だ―――」

 

 

―――〝アブ・マーシュ〟。



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第19話

主人公視点

 

 

 

来た。フィオナちゃんとマーシュさん来たよコレ。

 

「お食事中失礼するよ! さて、ゼン君はどこかな~!!」

 

一体どうしたと言うんだ。

 

「サイレント・アバランチって超強いよね~」的な話や、アイラちゃんが俺の事を何か凄い奴だと勘違いしてたから、俺まず元々リンクスじゃ無かったからね! って事を話して盛り上がっていた矢先の出来事である。

今現在、この状況にふさわしい名言はこれ。『乱入して来るとは、とんでもない奴だ。』

 

「……申し訳ありません。一応、止めようと試みてはみたのですが…」

 

知ってた。

 

だってもう既に疲労困憊って顔してますし。というか声が聞こえてましたよ……

個人的にはマーシュさんの行動を止めるのって不可能だと思う。もう突発的に発生する自然災害と同じ様なものだと割り切ってあきらめた方がまだ―――って、んん?

 

「俺ならここだ。しかし…その荷物は一体何だ?」

 

マーシュさんが何やら細長い…白い包装紙にくるめられた筒? の様なものを抱えている。一方フィオナちゃんが持っているのは茶色の四角い箱。見た目は段ボールっぽい材質だ。

 

「これ? これが気になるのかい!?」

「あ、ああ…」

 

マーシュさんがもうね、すっごい笑顔なの。絶対何かが起こるじゃん。フィオナちゃんに助けを求める視線を送ると…見事に逸らされました。ハハッ!

それと周りを見てごらんよ

 

「え…あ、あれ本物…?」

「で、でも所属先はアスピナのはずじゃ」

「それにイェルネフェルト氏まで…」

「ゼンさんはあのお二方と知り合いなのか…? 一体何者―――」

 

皆この超展開についていけて無いから。あと、俺が更に凄い奴認定されかけてるんで。二人とも…と言うかマーシュさんにはもう少し落ち着いた行動をお願いしたい! はい無理ですね!!

 

「フフフ、これはねぇ…」

 

これは?

 

「君への贈り物さ!!」

 

ちょっとそれ不審物すぎやしませんか。だってついこの間まで、この世界において知り合いとか誰一人として居なかったんだよ? 一体どちら様からのお届け物なんですかね…テストは3点怪しさ満点とはまさにこの事。ま、まさかマーシュさんからの贈り物だったり―――

 

「ちなみに僕からじゃ無いよ! 少し残念だったかな?」

「…そうか」

 

超良かった。

言っちゃ何ですが、マーシュさんからのプレゼントとか絶対ヤバいよね。

小っちゃいソルディオス・オービットとかプレゼントされそうだし。でもそのマーシュさんからじゃないとすると、やはり

 

「差出人は?」

「そこが分からないんだよねぇ。何故かウチに送られて来てたんだ」

 

「ウチに、と言うと『アスピナ機関』にか」

「そうそう、不思議なことに。勝手に開けるのはマズイでしょ? そこで何と、僕に送り届けてくる様に指示があったのさ!」

 

やっぱり差出人は不明か…それにアスピナ機関って、どこに送ってんすか。

 

「わざわざアナタがここに来なくても、ラインアークに送りつける事は出来たのでは?」

「ん!? 君は?」

「ラインアーク守備部隊に所属している、エドガー・アルベルトという者です」

 

「ほほう。君が『あの』」

「……」

 

確かにエドガーさんの言う通り、わざわざマーシュさんが来なくても良かったんじゃないかな。だってここに来るまでに時間も掛かるだろうし。

 

「フフフ。エドガー君。こんなに楽しそうな…もとい、危なそうなモノを他人に任せてはおけないよ! きっと僕なら責任をもって無事送り届けてくれるだろうとの判断―――」

 

「先程、アスピナ機関から『マーシュの奴がそこに来ていないか』との連絡がありましたが?」

 

「判断だったんだよ!」

 

いや無理! 誤魔化しきれて無いですから! もうフィオナちゃんに裏取られちゃってますから! 途中から本音だだ洩れでしたし……つまりはアレね、中身が見たくてわざわざアスピナからこっちに来た訳ですよね。

 

「…開けるか」

「本当かい!?」

 

うおっまぶしっ! マーシュさんの笑顔が眩しいよ!

 

「ゼン、本当によろしいのですか?」

「ああ。問題ないだろう。それに」

 

うーん。大丈夫なんじゃ無いかな。今、こう言う事しそうな人(?)を思い出しましたし。

 

「隊長、あれって何ですかね?」

「想像がつかんな。しかし箱の方はあの大きさだ。大したものではないのかもしれん」

 

「お前、筒の方はどう思う?」

「兵器だったり…は無いか」

「マーシュ氏が片手で持っているところを見るに、軽そうではあるがな」

 

それにほら……ね?

 

「マーシュ以外にも中身が気になる者が多いみたいだしな」

「…の様ですね」

「そういう事だ。ではまずは、そちらの箱から見てみるとしようか」

 

そう言ってフィオナちゃんから箱を受け取る。触った感じは想像どうり、段ボールみたいな…まあ、問題は中身だ。さて一体何が入っているやら。本当、変な物じゃ無いと良いんだど。

そう祈りつつ、上部に貼らているテープをはがす。そして箱を開き中身を確認しようとすると

 

「何が入っているのかな!?」

 

マーシュさんが興奮して間に割って入ってきた。小さい頃、クリスマスプレゼントを貰った時の事を思い出す反応だ。いや、どんだけ見たいんすか。こっちまで興奮してくるんでヤメて下さい。

 

フィオナちゃんの方はどうかなー、と思ってチラッと見ると…箱を凝視していた。アンタも結局見たかったんかい。そんな俺の視線に気が付いたのか、ちょっと顔を赤くしてるし。

 

超かわE。

 

アナトリアの傭兵本当羨m(以下略  

……溜めるのはここまでにしようか。ではでは、開けーゴマッ!

 

 

「「「こ…これは!?」」」

 

 

そこに入っていたのは何と

 

「…何故、これが」

 

沢山の立体パズル。…これ、俺の部屋にあった奴じゃね? 正式名称はキャ〇トパズル。全国のおもちゃ屋さんに置いてあるであろう『知恵の輪』をモチーフとした金属製の立体パズルだ。

 

一見、その洗練された形状は只のオブジェにすら見える。だがそれは知恵の輪同様に分解・組立が出来、更に遊んだ後には飾って見て楽しむ事も可能と言う優れものなのだッ!! でも何でここに…って送り主もう確定ですよね。絶対あの人だよ

 

人じゃないけど、『神』だけど。

 

「…ゼン、これが何だか知っているのか?」

 

エドガーさんが質問が飛んでくる。何って答えよう…この世界に知恵の輪ってあるの? というかあったとしてもコレもはや『輪』じゃないし。ええと…

 

「これは、そうだな…知能指数を測る道具だ」

「え…これが、ですか?」

 

するとアイラちゃんが一つ、箱の中から金属製のそれを手に取る。裏や表をまじまじと観察し、カチャカチャと動かす…が

 

「…? 私にはただの金属製の立体物にしか見えないですけど…」

 

何も起こらない。…ああーそうか、まずは『バラす事が出来る』ってのを知らないと難しいかもね。どれ、ここは私が一つ

 

「貸してみろ」

「え…ああ、はい。どうぞ」

 

確かここをこうして、こうすると――

 

 

―――カチャリ。

 

 

「どうだ」

「えっ…外れた!?」

 

「そうだ、一見そうは見えなくとも、これらは全て分解・組立する事が出来r」

「かっ、貸して!! へぇ~、これは中々…」

 

おおっとー! 

 

箱を開けてからというもの、一切喋る事なく黙り込んでいたマーシュさんが飛びついたァ!! この人本当楽しそう!

マーシュさんが飛びついたのを皮切りに、食堂内の人たちがぞろぞろと箱の中へと手を伸ばす。

きっと珍しいんだろうなー。

 

「くっ…これ絶対ハズれねぇって!」

「いや、そこを回せば何とか」

 

「最初から動かせる要素0なんですけど…」

「内部構造を想像しろ、と言う訳か。しかし――」

 

「ふぬぬ…!!」

「よせアイラ、力で解決して何になる」

「じゃあ隊長がやって見せて下さいよー」

「…良いだろう。渡してみろ」

 

おおー。リアクションを見る限り結構好評な感じ? 良かったよかった。中身を見た時は正直、皆の期待を裏切ってしまったかとも思ったけどそんな事は無かったみたいだな。

だってほら、マーシュさんに至っては

 

「そこの君! これと交換してくれるかい!?」

「あ…どうぞ」

「これは…こうか。そして戻す時は…こう」

 

「よし! はい返すよ。貸してくれてありがとう!」

「…え、いぇ…」

 

パズルを外し、組み立てるだけの機械になりつつあるし。何だアレ凄すぎるんですけど。あんな速度で構造が把握出来るもんなの? 周りの人ちょっと引いちゃってるじゃん。

〝アブ・マーシュ〟…やはり天災…あ、いや天才か。

 

そうやって皆が暫くパズルと格闘して一段落ついた後、フィオナちゃんがとある質問をして来た。

 

「ゼン、貴方は昔からこの様な物を?」

「昔から…? ああ、まあそうだな。子供の頃からこれと似たものを使用していた」

 

「…へぇ」

「……」

 

エドガーさんやマーシュさんもその話を聞いていたらしく、何とも言えない反応を示している。

…別に良いじゃん、こういうので遊んでも!

 

小さい頃からパズルとか知恵の輪とか好きだったんですよ。こんなのばっかりしていたせいで小学生の頃は「暗い奴」呼ばわりされてましたけど!?

いかんな、この状況…過去と同じく『暗い奴』のレッテルが貼られてしまうぞ! 早急に解決策を――

 

「ゼン君、もう一つの筒の方も見てみないかい?」

 

ッシャア!!

 

マーシュさんナイスフォロー! 多分、と言うか確実に欲望のままに口から出た発言だろうけど。助かった事には変わりないし…サンキューマッシュ。

 

「そうだな。では、そちらの方も確認するとしようか」

 

脳内であの、V系AC特有の「ピコンピコン!!」って喜びのブザー連打をしつつ、マーシュさんからその筒を受け取る。…おお、これは中々に

 

「結構、大きいですね」

 

うむ、アイラちゃんの感想通り結構大なきさだ。目測だと1M以上はありそうだけど。またしても中身が何なのか想像がつかないね…とりあえずは白い包装紙を筒から取ってみるかな。

 

巻かれていた紙を徐々に外していく。マーシュさんは相変わらずだけど、それ以外の視線もひしひしと感じる。…無駄に緊張する作業だわ、これ。

そしてその包装紙が全て取られた後、その物体を観察すると…一つとある事に気が付いた。

 

「…これ、『筒』じゃあないね」

 

そう、中身は筒では無く『筒状に丸められた何か』だった。…何じゃこりゃ。

 

「広げてみては如何でしょう?」

「おや、その様子からするにフィオナちゃんはこれが『何か』見当がついてるみたいだけど」

 

「…それは貴方もでしょう」

「ウフフ…まあ、ねぇ?」

 

いやいや全然分かんないよ! 見当がついているのはアナタ方2人だけ…かと思ったらエドガーさんや他何人かも、何やら頷いているし。すみません…欠片も予測出来なくてすみましぇん…

 

「皆、少しトレイをどけてスペースを作るぞ」

「「了解」」

 

エドガーさんの指示により、ガチャガチャとトレイを動かす皆さん。そして机の上には広いスペースが出来る。皆様ご協力感謝致します。

 

さて、準備は万端ですな…それじゃあお待ちかね。

 

 

「広げるぞ」

 

 

少しばかり胸を高鳴らせつつ、丸められたそれを机の上へと広げていく。そしてついには広げ終わり、その『筒だった物』の全貌が明らかになった…と、同時。

 

どよめきが起こった。

 

俺はその中には居ない。何故ならちょっとビックリしすぎて声を出すのも忘れてしまっていたから。 いやー、一つ目の箱の中身が私物だっただけに、もう一つの荷物もそういう類の物だと思っていたんだけど…これは凄いわ。

 

「おおお、これが…」

「これ程近くで拝む事が出来るとはな」

 

はっはっは、マジか―。これアレだよね。俗にいう―――

 

 

「た、隊長。こ、これって『エンブレム』ですよね?」

「…どうやらその様だな」

 

やっぱりそうだよね。これは機体エンブレムに間違い無いわ。しっかし、こんな物まで用意してくるなんて『神様』もやってくれる…

 

自慢じゃ無いけど俺のエンブレム作成技術は下の下レベルだ。過去の『ドット打ち』は言うまでもく『複数のレイヤーを組み合わせる』事で、誰でも簡単に出来が良いのが作れる様になった今ですら、見るに堪えない程の物が完成する。

 

見栄えのするオリジナルエンブレムなんて夢のまた夢だったというのに、まさかこんな形でそれが叶うなんて…エンブレム作れなくて良かった…ッ!

しかし嬉しい事には嬉しいんだけど、このエンブレムは―――

 

「…不気味、だねぇ」

 

その通り、描かれていたのは何とも不気味な絵だった。

 

―――まず最初に目に飛び込むのは『鉄格子』だ。所々が錆びついた様に茶色く変色している事から、何やらそれが長い間使用されてきた物だと想像させられる。

そして奥の方には灰色の壁が…何だろうか、状況的には牢屋、いや檻? を真正面から覗いているのか?

 

だが、それが只の檻では無い事は目に見えて明らかだ。何故ならその中には…黒いシルエットでしか確認出来ないが、『鎖に繋がれた何か』がうずくまっていたのだ。形状から見るに人間では無いだろう。だが…既知の生物に当てはめる事も出来ない、正に『異形』とも言うべき何かだ。

 

唯一そのシルエットから分かるのは、その生物が〝鋭く長い爪〟と〝尻尾〟を持っている、位のものだ。

 

そしてエンブレムの右上…つまりは描かれた鉄格子の右上付近には白いネームプレートらしき物が掛けられており、こう書かれていた―――

 

―――――――――――――――『Name Less』――――――――――――――――

 

……。

 

「ネームレスって…」

「あ…」

「…ゼンさんの」

 

……ちょ、ちょっと強そうすぎやしませんかこのエンブレム!?

 

神様これはやりすぎだって! もうそのあまりの迫力に皆さん言葉を失ってますよ…まあ、うん。正直俺もちゃんと見るまではここまでの出来だとは思ってなかったし。そうなるのも仕方ない…だけどこの絵、ある曲を連想させるな。あのノリノリの曲を。

 

「『名前の無い怪物』」

「……、ゼン?」

 

確か、歌詞はどんなんだったっけな。

 

「『黒い鉄格子のなかで私は生まれてきた』」

「おい、ゼ―――」

 

次は何だっけ? くっそ、思い出せない……サビの部分なのに。結構好きな曲だったんだけどなー。……ああー、しかもこのタイミングで片頭痛がッ! 痛い、右側頭部が痛い!

でもやれる。頑張れ俺! もうそこまで出かかっているぞ!

 

「……」

 

「―――!」

「―――?―――ッ!」

「…ン…オ」

 

でももう

 

「……痛……ッ!」

 

無理ィ! あったま痛い―――って、うおっ!!

 

「ぉぃ…オイ! ゼン!!」

「ゼン君!」

「ゼンさん!?」

 

「あ、ああ、何だ」

 

凄く大きな声で皆に名前を呼ばれている。全然気が付かなかった…あの、別に無視していた訳では無いんです。ただちょっと、頭痛と戦いつつ物事を思い出すのには多大な集中力が必要な訳でして…つまり何が言いたいかというとですね。

 

「…すまない」

「いや、気にする必要は無い。しかしゼン…お前さん、大丈夫なのか?」

 

「大丈夫だ。少し、昔の事を思い出していてな…」

「………」

 

エドガーさんに心配されてしまった。…違うな、皆が心配そうな目でこっちの事を見てる。多分片手で頭を押さえてるからかな? 何と心優しい人達なんだ。あの普段はニコニコ顔のマーシュさんでさえ真剣な表情になっている。

 

「…ゼン、もう昼休憩も終わります。貴方は一足先に自室へと戻り、休息を取った方が良いかと」

「そうか…そうだな。そうさせてもらおう」

 

これじゃ、そのまま居ても皆に心配かけるだけだ。フィオナちゃんの言う通り今日はもうゆっくり休んだ方が良いな。

 

「荷物の方は後で僕が運んでおくよ。今はゆっくりお休み」

 

有難うマーシュさん! やっぱり良い人だよな…変わり者だけど。

 

席を立つ。

 

そして去り際、MT部隊やノーマル部隊の方々からも色々とエールを貰った。アイラちゃんからは、「ま、また一緒にご飯食べましょうね!」という何とも可愛らしい別れの挨拶を…じいちゃん、俺感動してるよ。こんなに沢山の人達から心配される日が来るなんて。

 

皆、絶対良くなるから。良くなって帰ってくるから…!そしたらまた一緒にお昼ご飯食べようね!

 

 

…まあ、只の頭痛なんですけど。

 

 




古王さんの犯罪係数はやばい(確信)


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第20話

投稿から約一年が経ちました。そしてこの亀進行である……




アブ・マーシュ視点

 

 

 

ゼンが席を立ち、扉から出て行く。

 

その背中を見守る最中、マーシュはとある事を考えていた。そしてゼンの姿が完全に見えなくなったのを確認するとエドガーに向かって質問を飛ばす。

 

「エドガー君。君達と話をしていた時に、ゼン君は何か重要な事を言ってたみたいだけど」

「……」

 

「もしよければ、僕にもそれが何だったのかを教えて貰えないかい?」

「…それは」

 

しかし、何やら話すのを渋っている様子だ。

 

何せマーシュの所属はあくまでもアスピナ機関。つまりは立場上ラインアークと仇なす企業側に位置している訳だ。今日初めて会った人間…しかも『外部の人間』に対し、そう簡単に警戒心を解くはずも無いか。

 

だが

 

「心配は要りません。彼は信用に値する人物です」

「お、フィオナちゃんが僕の肩を持つなんて珍しいねぇ」

 

「…事実を述べただけです。普段の行動からは想像が付きづらいでしょうが」

「フフフ…」

 

『上司』直々の指示なら話は別。しかも自分は中々に高評価を頂いている模様だ…個人的には、普段から信用を得られるような行動を心掛けているつもりなのだが。

 

「それで、ゼン君は一体何と?」

「…それが―――」

 

『上』の人物にそう言われてしまっては仕方がないと判断したのか、エドガーはゼンから聞いた話をマーシュへと伝える。

そうして話をすべて聞き終えたマーシュは一人ポツリと呟いた。

 

「これはまた…とんでもない事だねぇ」

 

まさかゼンに『元々AMS適性が無かった』とは…これは少しばかり予測出来なかった。

エドガー曰く「ゼンが嘘をついている様には見えなかった」との事だが…まあ、こんな非現実的な話だ。嘘をつくにしてももう少しマシな嘘をつくはず。

 

(それにこの話はゼン君から切り出してきたらしいし…)

 

ゼンの立場上、普通なら自身の出自に関わる話題はなるべく避けたいと思うはず。状況を整理するにどうやらその可能性は低そうだ。

 

「フィオナちゃんはそう言う話を聞いたことがあるかい?」

「…いえ、その様な話は一切。初耳です」

 

(…だろうねぇ)

 

AMS技術の最先端を担うとされているアスピナ機関にすらそんな情報は入ってきていない。適性の付与…マーシュ個人としては非常に興味深くはあるのだが、かなり危険な技術だ。もし流出しようものなら企業間の争いは更に加速、地上の汚染もそれに比例する様にさらに深刻化するであろう。

 

「でも…そう簡単にいくかな?」

「…と言うと?」

 

マーシュは茶色の箱の中に納まっている立体パズルのうち一つを手に取る。

 

「これ、良くできてるよねぇ。フィオナちゃん、君がゼン君に『以前からこのような物を?』と聞いたのを覚えているかい?」

「ええ」

「その際ゼン君はこう答えたんだよ『子供の頃からこれと似たものを使用していた』って。つまりは―――」

 

「…AMS適性を付与する為には、何らかの〝土台作り〟が必要だと言う事ですか」

「おお、エドガー君。君も中々に察しが良いねぇ。さすがはゼン君にオペレータとして指定されるだけはある!」

 

エドガーの言う通り、恐らくはAMS適性の付与を可能にするためには『其れなりの労力』を費やさなければ為らないはずだ。ゼンが子供の頃からこの様な物を使用させられてたのは、その〝土台作り〟に密接にかかわっているからだろう。

 

それにゼンの他に「もう一人」しか居ないと言うのもおかしい。もうゼンと言う成功例が居るのだから、リンクスを作りたいのならその方法をなぞれば良いだけのはず…

 

「ま、僕らの様な『既に大人になっている』人間への付与は難しいんじゃないかな。恐らくは『子供の頃』からそれに向けての開発をしなければ為らないんだと思うよ」

 

「成る程…それは分かりましたが。マーシュさん? 私はエドガー・アルベルトが『ゼンのオペレータ』だと言った覚えは有りませんが?」

 

「…後、もう少し気になる事もあるよね!」

 

フィオナの指摘をスルーしつつ話題を進めるマーシュ。AMS適性云々の話は興味深くはあるが、それ以外にも気になる事がある。それが何なのかと言うと

 

「エンブレムを見たゼン君の反応」

 

ゼンのエンブレムを見た直後の反応。あれは明らかに普通では無かった。こちらの呼びかけ…それこそ〝大声〟であったにも関わらずそれには一切反応せず、自分の世界へと入り込んでいた。

加えてはあの―――

 

「ゼンさん…人が変わった様な感じでしたね」

「そうだねぇ…君、アイラちゃんだっけ? ゼン君の事を良く見ているね。関心するよ」

「…え!? よよ、良く見てるだなんてそ、そんな事…」

 

「『黒い鉄格子のなかで私は生まれてきた』」

「…隊長?」

「ゼンの呟いたあの言葉だ。確かに『一人称』が違う。ゼンの一人称は〝私〟では無く〝俺〟だ」

 

あの時ゼン本人はその事に気が付いていただろうか? 「人が変わった様に」とは良く言うが、一人称まで変わると言うのはあまり聞かない。

昔、つまりはラインアークを訪れる前の呼称が「私」だったのか…

 

「それにあの突発的な頭痛。あれも気になるねぇ…あれはもしやすると以前の事を思い出したくは無いという―――所謂、『防衛反応』なのかもしれない」

「ゼンさん…でも、どうして。リンクスって皆大切に扱われるものじゃないんですか?」

 

「彼の場合は色々と特殊すぎてねぇ。何せ『適性の付与』なんて不可能と言われていた計画の被験者だ。それが成功するまでにどんな扱いを受けてきたか…もしやすると、実験動物の様に扱われていたとしても不思議では無いよ」

「そ、そんな…」

 

アイラは悲痛な表情を浮かべた。マーシュはそんなアイラの事を慰めるかの様に、肩に手を置くと、机の上に広げられたエンブレムへと視線を移す。

…やはり、一番目を引くのは檻の中にうずくまっている異形な生物だ。

 

「『Name Less』ねぇ…ゼン君が言った『名前の無い怪物』。これがゼン君自身の事を表している事は分かるんだけど…。となると他は一体何を表しているのか」

 

あの反応を見るに、エンブレムがここに来る以前の事を連想させたのは確実だろう。

檻は…ここに来る以前の〝組織〟の事か? それともその境遇? ゼンは『檻の中』の様なえらく閉鎖的な環境下に置かれていたのだろうか。

 

となると鎖の方は何を示しているのか。「記憶」か…わざわざゼンに荷物を届けたのは、そこでの出来事を忘れさせない様にする為の―――

 

 

―――無意味です。

 

 

マーシュがゼンの背景を推測する最中、一つの男の声が挙がった。その男の名は

 

「…エドガー君」

 

ラインアーク第一MT部隊隊長。〝エドガー・アルベルト〟

 

「ゼンに対し『檻』や『鎖』など…何の意味も為しません。確かに、多少の動きは制限出来るやもしれませんが…断言します」

 

 

 

「あの男が本気になれば―――鎖を千切り、檻を抜け出すなど容易い」

 

 

 

エドガーは言いきった。何のためらいも無く、『ゼンにはそんな物は無意味だ』と。

それを聞いたマーシュは自身がある思い違いをしていた事に気が付く。何時の間にやら、考えの対象がゼンから〝一般人〟にすり替わっていたのだ。

 

普通の人間なら、その組織の『影』に縛られてしまうかもしれない。だがあの男の場合は…

 

「…ふふふ。まあ、確かに。彼ならそれ位やってのけそうだねぇ」

 

そしてマーシュがそう言ったのとほぼ同時、昼休憩の終わりを告げる鐘が鳴った。

 

「そう言う事です。…では、我々は自分の持ち場に戻りますので」

「ああ、頑張ってね」

 

「お前達、さっさと片付けてすぐ行くぞ」

 

「「「了解です」」」

 

「あっ…途中から食べるの忘れてた…」

「アイラ…何をやっているんだお前は」

 

皆はトレイを片付け、それぞれの部隊の仲間同士で集まりだす。ゼンの時と同様に、一人、また一人と扉から出て行くのを見守る。

そして食堂内の残されたのがフィオナと二人だけになったのを確認すると何気なく会話を始めた。

 

『笑顔で』

 

「ねぇ。一つ良いかな?」

「…何でしょう」

 

露骨に嫌そうな顔をするフィオナ。

 

「僕、ここにしばらく滞在する予定なんだけど」

「…アスピナ機関への連絡は?」

 

マーシュは即座に白衣のポケットから携帯端末を取り出し電話をかけた。フィオナの目じりがピクピクと動いている事から残された時間は残り僅かである事が分かる。しかし焦ってはいけない…焦りは行動から洗練さを遠ざける。

 

電話はワンコールで通じた。

 

それが通じるやいなや向こう側から何やら小言を言われたりもしたが、それを無視して用件だけを素早く告げると強制的に電話を切る―――一切の無駄が省かれ、もはや『完成』された動作。この間実に10秒程の出来事である。

 

「…良いって!」

「……」

 

答えは沈黙。

 

フィオナは沈黙を貫き通していた。マズイ、このままでは『お説教』が飛んでくる。そう判断したマーシュはその天才的な頭脳を駆使し、どうすればこの状況を突破できるのかを考えた。当然「アスピナに帰る」と言う解は無しで。

 

そして最もその可能性の高い解答にたどり着く。まあ、それでも導き出された成功確率は10%以下だったが…

 

しかしマーシュは諦めない。諦めずに行動を起こせば大抵の事は何とかなる事もまた、マーシュは知っていたから。そう、諦めずに行動を起こせば

 

 

 

「フィオナちゃんは怒った顔もかわいいn」

 

 

「マーシュさん! 貴方はどうして毎回そう、事前に連絡を取ると言う事を怠るんですか!! 大体今回の突然の来訪も―――」

 

 

 

が……駄目っ……!!

 

 

 

 



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第21話

ちょっとバレンタイン襲撃してくる。



主人公視点

 

 

 

あれから一週間程が経過しました。皆に心配された片頭痛も今では影をひそめており、僕はすこぶる元気に過ごしています。

 

自室のベッドに横になりながら、以前の出来事を思い出す……実はあの後、睡眠を取ったけどすぐに起こされたんだ。ん?誰に起こされたのかだって? そんなの決まってるじゃないですかー

 

マーシュさんです。

 

荷物は後で運んでおくよ!って言ってたにも関わらず即行で俺の部屋に来てた。

曰く、怒り狂ったフィオナちゃんから逃げて来たとか何とか。

怒らせた理由については聞かなかったけどね。まあ、次の日にマーシュさんが食堂に居た事から大体想像はついたし。

 

あの人の所属ってアスピナ機関で合ってますよね?

 

…いや、もうそれについては深く考えない方が良いな。だってマーシュさんだし。あの人なら何やっても不思議じゃない。

 

と、言う訳でそれについては一旦置いておきましょう。そう、それは良いんだけど…実は今ちょっと不安な事がありましてな。それが一体何なのかと言うと

 

 

依 頼 が 来 な い 

 

 

もしも働き者の多い日本の皆さんがその事を知ったら、「1週間も働かない者。秩序を破壊する者……プログラム(※社会的)には、不要だ」何て言われそうなものだけど、まさしくその通りなんじゃないかな。

 

俺の立ち位置ってアレですよ、一応ラインアーク所属のリンクスなんですよ?

それなのに傭兵もしないで一日中部屋に籠りっぱなし。本を読んだり送られてきた知恵の輪をひたすら分解して組み立てて、疲れたら眠って、起きたらご飯食べて……

 

お、おおお、おまっ!お前これ完全に……に、NEETやないかい! 英語表記で誤魔化してるけど、『働かざる者』やないかい!!

 

これについて二日前、フィオナちゃんに色々と聞いたら「貴方は特殊なケースですから……企業も警戒しているのでしょう」って返されました。

 

警戒って、実力的な意味でですか。つまりはコイツに頼むよりかはホワイト・グリントさんとか他の傭兵の方に頼んだ方が良くね?って思われてるんですね分かります。

まあ確かに実績なんて無いし。信用出来る訳無いよねー。

 

ぶっちゃけ自分も雇う立場なら俺よりかは他の人を選びます。ええ。

 

昔、偉い人は言いました「働かざる者食うべからず」と。

…ど、どうしよう。フィオナちゃんに頼んでラインアーク内での働き口でも探してもらおうかな。清掃員的な職業ならなんとかいけるか…!? となれば早速連絡を――――――

 

 

―――――(コンコン)

 

 

これは…ノック音だ! 

 

来客に備え上体を起こしつつ、その人物について思案する…俺の部屋に来る人は限られているし、一体誰なんだろう。

 

「ゼン、俺だ。入っても良いか?」

「ああ」

 

ドアを叩いたのはエドガーさんだった。てっきりマーシュさんかとも思ったけど。

昼食のお誘いかな? あれから何度か一緒にしてるけど。でもまだそんな時間じゃないし…

 

ガチャリ。とドアノブを回して部屋の中に入ってくる。エドガーさんの手には紙の束…資料?のような物が見える。こ、これはもしや

 

「クク……ゼン、顔に出てるぞ。お前さんお待ちかねの〝依頼〟だ」

「来たか…」

 

ガタッという擬音が付きそうな勢いでベッドから立ち上がる。どちらかと言うとギシッだけど。

 

ふむふむ、以前はフィオナちゃんが依頼について話してくれたけど、今回はエドガーさんか。いや、『今回から』かな? 正式に俺のオペレータを務めてくれる事が決定した訳だし、一緒に依頼の確認する必要もあるんだろうな。

 

「依頼主はGA社だが……そうだな、細かい点についてはこれを見てくれ」

 

そう言って俺に資料を手渡してくるエドガーさん。

 

えーと何々、出撃先は…『旧チャイニーズ上海海域』か!それを何枚かめくると、海面が上昇した事により水没しているビル群の画像があった。

おー、ゲーム中では四角いビルばっかりだったけど、やっぱり本物は形のバリエージョンが豊富だな。

 

しかし…

 

「依頼内容が『AFの護衛』か。これはまた何とも…」

「不満か?」

 

「いや、面白いと思ってな」

 

ここでGA社の巨大兵器〝ギガベース〟が出てくるのは知ってたんだけど、まさか撃破では無く護衛する事になるとは。原作ではオーメル社からの依頼しか無いから、撃破するしか無いんだよね。

 

「マシントラブルにて上海海域に停泊予定…か。おいおい、大丈夫なのか」

 

「何でも、電子制御での主砲のロックが合わないらしい。ま、幸いなことに弾丸は問題なく出るし、手動で標準を合わせる事も可能らしいが……『ロック』が出来ない状態ではな」

 

「ロック不可。つまり、今現在の主砲はただの『超高威力ロケット』に過ぎないと言う訳か。このタイミングにネクスト機に襲撃されでもしたら事だな」

 

「つまりはそう言う訳だろう。VOBは愚か、通常推力でも接近されかねんからな。まあトラブルが起きたのはつい先程で、今のところ情報漏れの心配は無いとの事だが」

 

なるほどなるほど。ここでVOBを使わなくても接近可能だったのはこんな裏話があったのか。

むむむ、思い起こせば主砲の精度も悪かった気がしてきたぞ!

 

資料によると、護衛は『簡易的な復旧作業が終わるまで』らしい……どうにも、こういったトラブルに慣れてますよ感がすごいな。さては何度か同じような目に遭いましたね?

そういや『AFカブラカン撃破』のハードモードではGA社のマシントラブルでスミちゃんが激おこだったな…

 

よし!

 

 

「出撃する」

「ククク…一応『受けない』事も可能だが。お前さんには意味の無い選択肢だったな」

 

ミッションを成功させれば報酬も入ってラインアークに貢献できるし、雇い主であるGA社の評価が上がれば次の依頼も来るかもしれない。

何より、この俺をご指名なんですぜ!他に信用できる傭兵の方々が一杯いるのにだよ!?

 

てな訳でこいつはいっちょ頑張らせてもらうぜ!

 

「ああ、もう輸送機とネクスト機の配備は済んでいる。後はお前さん待ちだ」

「……さすがだな」

 

あ、相変わらず用意周到ですね!

 

 

**************************

 

 

 

はいっ!って事でやって参りました『旧チャイニーズ上海海域』!

 

海良いよねー海。君は海好き?

 

俺は大好きだ。釣りに潮干狩り、晴れた日の海水浴なんて最高だと思うよ。水着姿のチャンネー(死語)達が居ればなおの事良し!

 

だけども海には危険が一杯なんだ……毒を持っているクラゲやカサゴなどの生物、そうでなくとも浅瀬に居るウニやガンガゼと言ったトゲトゲしい奴には注意が必要だ。

潮干狩りの時は出来るだけ履物を履いた方が良いかもね。

 

準備運動も忘れずに行おう。それを怠ったばかりに足をつり溺れた、なんて事例もよくあるからさ。良く聞いてねチビッ子の皆! 準備運動をしないと、おサメのジョースに丸かじりにされちゃうかもしれないぞ!

 

がおー。

 

 

――――――ガゴンッ!!ガゴンッ!!

 

 

………。

 

 

《聞こえているか?此方AFギガベース。あんたが護衛のネクスト機だな。ま、暇な任務になるかも知れないがよろしく頼むぜ》

 

《…ああ》

 

いや、あのちょっと

 

《『旧チャイニーズ上海海域』か。ノーマル部隊の配置、または遮蔽物としても利用可能な建造物もある。実際に見るに、停泊するには中々良い場所か? しかしゼン。これはアチラの言う通り〝暇〟な任務になる可能性大だな》

 

《…ああ》

 

可能性が大きい、そうか大きいのか…〝大きい〟…

 

目の前の『コレ』大きくない?

 

 

――――――GA社製の拠点移動型AF『ギガベース』。タンカー二機を繋いだ双胴船の様な外見をしており、海上で使用される大型実体弾砲は非常に精度が高く、並のネクスト機ではまず接近する事すらままならないだろう。

 

更に「海上で」と前述されている事からも想像が付くだろうが、ギガベースは底面に無限軌道を備え持っている為、陸上での運用も可能だ。

陸上に居る際の主兵装は海上とは異なり、船体下部に折りたたまれている全長約500メートルの『超大型レールガン』が姿を現す。

 

敵に接近された時の対策としては以下の通り

 

・速射野砲×8

・多連装ミサイルランチャー×12

・近距離防御用砲×12

・近距離防御用マシンガン×2

 

と言った様々な兵装を備え持っている。

 

これ程の武装をしている訳であるから当然、それに比例する様に本体も大きくなるのだが、この『ギガベース』の全高がどれ程の物なのかと言うと――――――

 

 

《それにしても〝全高400m〟か。お前さんの視界を通して此方にも見えるが、これは……》

 

《《デカいな》》

 

エドガーさんと声がハモる。

 

本当、少なくとも想像してたのよりかは遥かに大きいッス。えっと全高400メートルって、身近で想像しやすいのだと東京タワーかな?いやいやあれは確か333mだから……

 

東京タワーより、ずっとでかい!!

 

少し見ない間に大きくなったねって会話はよくあるけど、そんなレベルじゃない。夏休み終わったら友人の身長が『数倍』伸びてましたたみないな?まさにそんな衝撃を今俺は感じている。

 

更には周りには小規模ながら、BFF第八艦隊の護衛。海面から飛び出たビル群の屋上にはガトリング砲を備え持った半砲台型のノーマルも配置されている……こんなんジョーズも食べた人間を吐き出して、アフターケアまで付けるレベルですわ。

 

はっはっは!いやー海には危険が一杯ですn(ガゴンッ!!ガゴンッ!!

 

さっきからガコガコ大きい音が鳴っているのはギガベースが主砲を上下左右に忙しく動かしているから。ちょいちょいコッチにその主砲が向くからビクってなる。

多分そうやって狙いを定めるのも復旧作業の一つなんだろうけど……ふふふ……怖いな。

 

まあ今は味方だし心配無いけどね。敵さんが来る気配も無さそうだし、せっかくの機会だから色々と観察させてもらおう。

 

俺は機体の位置をギガベースの前面から側面へと移動させる。中には200機のノーマルを収容出来る奴もあるらしいけど、コイツはどうなんだろう。

ざっと見た感じだと全長600~700mはあるぞ。

 

……しかしなぁ。やっぱり何というか、明らかな弱点があるよな。ほら、ギガベースの形状って分かりやすく言うと『H』型なんだ。双胴船をつなぐ真ん中の部分を狙われるとかなりツラいだろう。

 

そうやてギガベースの周りをぐるりと一周し終えると、エドガーさんから通信が入った。

 

《クク…『敵情視察』か?》

 

《どちらかと言えば『味方』だがな。やはり、ギガベースは敵機等に懐に入り込まれると厳しいものがある》

 

いくら何でも、ネクスト級の火力で一気に弱点を攻められでもしたらね…いや、まあそんな如何にも「俺、分かってますよ」的なコメントをしている自分ですが?

 

実はギガベースに何回撃破されたか分かりません。

 

多分この世界だと初撃破までに、少なくとも10回は人生やり直すハメになってる。

思い出すと泣けてくるぜ! 第八艦隊とか観察して気をまぎらわそう……

 

そうやって暫く時間が経過した頃、何とも嬉しい一報が耳に入った。

 

《此方ギガベースよりネクスト機へ。朗報だ、復旧作業は思ったより早く終わりそうだ》

 

本当に!?

 

今回はもしかしてラッキーパターンか?このままただ付き添うだけで任務が完了しそうだぞ。

いや、今までが多少不運だったのか……こういう感じで何事も無く終わるミッションとかも案外多いのかもしれないぞ。

 

理由は何であろうと、戦わないに越した事は無い。

 

ふふふ…ふははは!サイコ―だ! 戦ったりしてないから当然被弾や弾薬の消費はしてない。本来その分で掛かってたはずの費用はラインアークに貢献できるし、GA社にも自分の依頼に対する姿勢は伝わったはず…働いてるからご飯もおいしい!!

 

はーはっは!何と素晴らしい世界なんだー!最高ッ!最高ッ!さいk

 

 

《……! ゼン!遠距離からそちらに向かい高速で近づいてくる反応がある。この速度…かなりのものだ。まずネクスト機で間違いは無いだろう》

 

 

はい。

 

喜びを露わにした途端のこの仕打ち……う~ん。素晴らしいSYSTEMだね。

そうだ!これを『ぬか喜びSYSTEM』と名付けよう。我ながら素晴らしいネーミングセンスだ。

まあ、正直絶対このまま終わるとは思ってなかったからね…本当だから。別に泣いてないから。

 

……はぁ。高速接近中のネクスト機…一体何者なんだ。確かここで襲撃側に回った際、僚機として雇えるのは

 

・カラードランク22、ネクスト『サベージビースト』

・カラードランク11、ネクスト『トラセンド』

 

そして『あと一機』から選べたんだけど…いやー思い出せないわー。本当、確か青くて素早くて超高ランクのネクスト機だった気がするんだけど思い出せないわー。

 

ま、思い出せないのは仕方がないよね!

 

でもトラセンドはちょっとな…リンクスの『ダリオ・エンピオ』さん怖いし。

出来たら「やっぱり俺が 最強かぁ~(´・ω・`)」で有名なサベージビーストのリンクス、『カニス』さんが良いな!優しそうだしね!

 

いやいや待てよ、ゲーム中の立場から察するに来るのは首輪付き君の可能性も…

 

そんな事を考えている内に、自機のレーダーもその存在を感知する。それに従い、感知した方向へと機体を向けると…まだ細かい形状を確認するには至らないが、確かに水飛沫を上げこちらへと近づいてくる物があった。

 

そして徐々にそのシルエットが鮮明になってゆき……その機体は一つのビルの上へと機体を停止させる。

 

《おいおい、こいつは…ゼン、AMSに信号を流す。それとも自分でやるか?》

 

その正体を見たエドガーさんはどうやら驚いている様子だ。…今回は戦闘が無さそうだったからAMSに電気信号は流して無かったんだけど

 

《いや、頼む》

 

こいつはちょっとマズイ。エドガーさんお願いします!

 

結論から言うと、現れたネクスト機は俺の心配していた『トラセンド』では無かった。ラッキーと思います?それがね、そいつはカニスさんの『サベージビースト』でも首輪付き君の操る『ストレイド』でも無いんですわ。

 

つまりは、『青くて素早くて超高ランクのネクスト機』がやってきた。

 

 

《フン、下らない敵ばかりかと思えば…例の『名無し』だな、貴様? よりにもよってラインアークに与するなど……》

 

 

その正体は―――――

 

 

《貴様には水底が似合いだ》

 

 

―――――カラードランク【1】 ネクスト、『ステイシス』。

 

 

 

 

 

 




※誤字指摘有難うございます。数ヶ所修正致しました。



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第22話

AMS接続完了。

 

ふふっ、今の僕には全てが見えt…オボロロ! カッコよく行こうとしたけど無理でした。

ホンマに接続直後は吐き気に襲われますな!今にも吐き出してしまいそうだぜ…

 

後、胸が締め付けられるかの如く「キュッ」ってなるんです。苦しいよ…あ、別に恋とかじゃないんで。あんな甘酸っぱい感じじゃなくてムカムカするんじゃ!ッぺ!

 

《貴様には水底が似合いだ》

 

オッツダルヴァさんの名台詞「水底が似合いだ」を頂きました。いやー至極光栄に存じます…ここで聞く予定は無かったんですがね!本当、どうしてこうなった。

機体エンブレムがチェスの駒の人に聞いたら答えは返ってくるだろうか。ハッハー!

 

《ハッハッハ!》

《クク…楽しそうだな。相手はあのランク1だぞ?》

 

いやいや、エドガーさん。楽しくて笑っているんじゃ無いです。自分の運の無さに笑ってるんです。だって原作基準だと来る確率は1/4ですよ?

そこまで低確率って訳でもありませんが、だったら他のネクスト機でも良かったんじゃないですかねぇ。

 

《チッ!情報漏れが早すぎる……しかもよりにもよってステイシスか。リンクス!何やら『上』の者はお前を買っているようだが、やれるか?》

 

えぇ!俺ってそんな評価を頂いてたの!?

ワンダフルボディを倒してしまったから、逆に目の敵にされているかとも思ったのに…くっそ、そんな事を言われたら

 

《任せろ》

 

としか返せないじゃないのよ!

 

《フッ、アレを相手に大したもんだ。此方も急ピッチで復旧作業に当たっている。最悪、此方の作業が終わるまでに第八艦隊とノーマル部隊とで持ちこたえてくれれば良い》

 

よし、OK! AFの援護が受けれるようになれば心強いけど…どちらにせよ頑張るしかないな。

となればまずは

 

《ステイシス、いや『オッツダルヴァ』。まさかお前が出てくるとはな? 此方としては少々予想外だった》

 

会話で場を繋ぐ作戦で。

 

いや、初っ端から戦闘はまずいよね。闘いで分かり合える程に戦闘民族じゃないからね、俺は。と言うか日本人の大半はそうだと思う。

「あ?お前ドコ社だオラ?」「ハァ!?オメ社(※オーメル社)だとテメッ、やっちまうぞゴルァ!!」

みたいにはちょっと…

 

《何時もに増して老人連中の言葉が耳に障ったが……成る程、原因は『貴様』か》

 

訳わかめなんですけど。原因が俺って何?老人連中ってオーメル上層部の人達の事だよね。

オーメルの人達に個人的に何かやったっけ…全く思い当たる節が無いんですが。

 

《はて、俺が『何か』したか?》

《フン、分かっていながら……良く口を聞けるものだな?》

 

いや分かんねーですよ!この世界の人達って基本的に説明が足りなさすぎません?ミッションプランとか大抵は大丈夫なんだけど、その『裏』の事情とかさ…

まあ、それを想像するのが我々の所謂『フロム脳』の役目なんですがね。

 

《まあ、とっとと水底にでも沈む事だ》

 

アンタ水底好きだな!

 

それを言うなり、水面へと降り立つステイシス……あぁ~もう!やっぱり戦闘は避けられ無さそうな感じか!

 

 

――――――直後、特徴的な甲高い、まるで何かを『吸収』しているかの如き音が辺り一帯に響き渡った。と、同時にステイシスの背面に眩い白光が収束するのが観察できる……この特徴的な現象を目の当たりにした俺は、次に何が起こるのかを瞬時に理解した。

 

この現象、これは

 

(オーバードブースト……ッ!)

 

オーバードブーストは起動するとジェネレータ内、そしてプライマルアーマーに回されているコジマ粒子を急速に回収し始める。

その際一定のコジマ粒子が集まると、それらはブースター内で一気にプラズマ化されるのだが、その結果どうなるのかと言うと―――――

 

 

――――――一瞬で、莫大な推進力を生み出す。

 

 

次の瞬間、空気が震えるほどの轟音。

 

音速を優に超えた、まさしく『爆発的』な加速で飛沫を上げながら自機に突進してくるステイシス。配置されているノーマル部隊や第八艦隊は、それに向かいガトリング砲、またはキャノン砲を一斉に発射した……が、それが当たる事は無い。

 

弾丸は空を切り、ステイシスの後方に出来る幾多もの水柱へと姿を変えた。

 

まさか防衛部隊を無視して此方に向かって来るとは…いや、オッツダルヴァの発言から察するに、オーメル社からすれば最初からメインは自分だったのか。

 

今はとにかく、アレをどうにかする事が先決だ。

 

一直線に迫りくる相手に向かい自機のライフルを構えた。取りあえずは牽制目的で2、3発撃ってその動きを止める事にする。

何せステイシスの左腕部に搭載されている『レーザーバズーカ』は近距離では驚異的な威力を誇るのだ…一旦距離を取ってその後の出方を伺うのが得策だろう。

 

オッツダルヴァの戦闘スタイルは中距離らしいが…それはあくまでも『設定上』での話だ。これを見る限りでは『実際』どうかは分からない。

 

 

《1100…940…800…650…》

 

 

エドガーからの通信。

 

急速に距離が縮まっている。焦る気持ちを抑えつつ、確かに狙いが定まっているかを確認する。そしてその距離が550を切ったタイミングで

 

―――――ドドドンッ!!

 

3発の弾丸を放った。

 

放った弾丸は一直線にステイシスを捕える。しかし向こうはハナから避けるつもりなど無いのか、回避行動を取る気配が一向に感じられない…つまりは多少の被弾など承知の上での行動だったと言う訳だ。

 

(…避ける気は無し、と。これは作戦変更を―――)

 

此方もそれなりの対応を取るために、機体を動かそうとした……その時

 

 

(……ッ!?)

 

 

突如、爆発音が鳴り響いた。

 

 

《何だッ!》

 

 

エドガーの疑問は最もだろう。ともすれば、この戦場に居た者の総意であったかもしれない。この時、一番目の前で見て居た筈の自分自身も一瞬何が起こったのかを理解できなかったのだから。

 

『何が起こったのか』をごく単純に説明すると―――ステイシスのレーザーバズーカが『爆発』したのだ。今ステイシスの左腕部からは黒煙が上がっており、つい数瞬前まで握りしめていたはずのレーザーバズーカは姿を消している。

 

その突然の事態にさしものステイシスも此方への接近をやめ、防衛部隊の攻撃が届かない場所まで機体を退避させた。

 

作戦成功である。

 

だが、それは『思わぬ』成功だった訳で――――――

 

 

ん、んん…?ば、ばば、爆発した!?な、何で…

 

《貴様……狙ったか!》

 

は!?

 

ね、狙ったかって…もしかして俺の放った弾丸がステイシスのレーザーバズーカの銃口を貫いたって事? いやいやいや!無い無い、それは無いって!オッツダルヴァさん絶対勘違いしてるって!

 

《おいおい、そんな事が現実に起こり得る訳が無いだろう。確かに俺はステイシスを狙った…が、銃口を撃ち抜くなんて行為は現実的にありえん。大方暴発か何かじゃないのか?》

 

《……》

 

絶対そうだって。

 

昨日見た番組がお友達と被りましたとか、お家に帰るタイミングが家族と一緒でしたとか、そんな偶然なら分かりますよ。でも銃口を撃ち抜くなんてそんな……どうかしてるぜ!ヒーハー!

 

《もしやお前は嫌われているのではないか?》

《何?》

 

《例えば今回の件で『暴発』が原因だった場合…それは何者かに仕組まれていたのではないか、と言う事だ。どうだオッツダルヴァ、何か『心当たり』があるんじゃないか?》

《……何が言いたい》

 

《例えばそうだな…『宇宙』》

《!?き、貴様…ッ!》

 

オッツダルヴァさんには心当たりが無さそうだったのでさりげなく指摘する。ほら、『あの計画』とかさ。

解説ではオーメルの後ろ盾を得て開始したってあるし、もしかしてオーメル上層部の中にはオッツダルヴァさんがその計画の重要人物だって分かってる人も居るんじゃないかな…となるとよ?

 

当然それについて面白く感じない人も居ると思うんですよ、その『面白くない派』の人がオッツダルヴァさんに嫌がらせをする為にこんな酷い事を…ゆ、許せん!!

靴を隠されたりするのもキツイけど、暴発を仕組むなんてなんて悪質な人達なんだ!!

 

《ほう、どうやら心当たりがある様だな》

《…何者だ、『君』は?》

 

なっ口調が変わった?

 

《何者か、か。それは事情があって言えんな。それはそちらとて同じはずだが?》

《……》

 

もしや、今は『あの人』状態なのか…

 

《どうだ、ステイシスのリンクス。此方とて余りこう言った事は口にしたくは無いが……今のこの状況。目に見えてそちらに不利だろう》

 

ステイシスは左背部にはレーダーしか載っけてない。つまり左腕部武器のレーザーバズーカが使えない今、有効なダメージを与える事が可能なのは右側の装備のみだ。

しかし片側の装備の同時使用は不可能、つまり右腕部のライフルと右背部のPMミサイルは一緒に使えないんだ。

 

これでは戦闘中は実質一つの武器しか使用出来ない。おまけにコッチはフレア持ちだから、PMミサイルはほぼ封殺出来る。

 

《また此方のAF、ギガベースもじきに復旧作業を終える。お互いやるべき事もあるだろう。ここらは一つ『引き分け』でどうだ》

 

俺はギガベースの護衛をせにゃならんのです! 幾らステイシスの戦闘力が落ちていると言っても、優先順位を俺からギガベースに変更されると非常にマズイのですよ!

 

《フッ…この際致し方なし、か》

 

よっしゃ!

 

《ククク…お心遣い痛み入る、とでも返しておこうか》

《フン、良く言う…ステイシス、帰還するぞ》

 

お、元に戻った。

 

オッツダルヴァさんはそう言うと機体を反転させる。遠目でしか確認出来ないけど、地味にクイックターンを活用しているぞ……うーん、やっぱりステイシスはスタイリッシュだな!

 

 

《まあ、アリじゃないか、貴様》

 

 

そして去り際に一言そう言うと水平線の向こうへと姿を消していく…何か褒められた!

しかしオッツダルヴァさん超カッコ良いな。ファンになってしまいそうだ。

 

《大したものだなリンクス。まさか、あのステイシスを退けるとは…さすがにお偉いさん方のお墨付きは他とは違うな》

 

ステイシスの姿が完全に見えなくなった後。AF部隊の人からそんな通信が入る。

 

《ククク……何、向こうのトラブルのお陰だ。俺は特にこれと言った事はして無い。それにそちらのAFをダシに使わせてもらった訳だしな》

 

多分あの時、ギガベースの復旧がもうすぐ終わるって事を伝えたのが大きかったと思う。まあ、さすがのオッツダルヴァさんもあの状態で『完全に復活したギガベース+ネクスト機』を相手にするのは分が悪いって判断をしたんだと思う。

 

そのネクスト機はなんちゃってリンクスの俺氏が操ってる訳ですがね!

 

《ゼン、お前さんは本当に――――いや、何はともあれご苦労だったな。相変わらず鮮やかなお手並みだった》

《クク……そう褒めるなよ》

 

エドガーさんからお褒めの言葉を頂く。いやいや今回は本当、戦闘面では何も……あえて言うのならオッツダルヴァさんと交渉した位ですし。まあ、あれは交渉と言うかお願いかな。

 

 

《……もしお前さんの言う『トラブル』が無かったとしたら、奴に勝てたか?》

 

 

そしてこの突然の質問である。

 

はは……痛い所突かれちゃったな。「奴に勝てたか」か。どうだろう、正直な話かなり微妙だ。前回のワンダフルボディ戦で色々と気がついた事があってさ、やっぱり『キツい』んだよね。機体を動かすのが。

 

ゲーム中の機動の再現をやろうと思えば出来るはずだ…それは何となく分かる。でもそれをすると、体が『ヤバい』事になるのはそれ以上の確信が持てているんだ。

 

きっと今の自分にはそれなりの機動が精一杯だろう。だってクイックブーストを使うと「アベシッ!!」って感じになるから。超半端ないから。

 

しかしこんな話を切り出すなんて、これはエドガーさんに心配されているのか。

 

《フッ…この前話しただろう。『勝てる』と断言は出来ないと》

《……》

 

でもね、俺は

 

 

《だが『負けん』誰にもな》

 

 

エドガーさんを、いや俺の身を案じてくれている人を不安にさせる訳にはイカンのだよ!つまりこう言う以外の選択肢を取るなんてあり得ませんなァ!!

 

それに、この言葉は嘘じゃないしね。だって…ピンチになれば逃げれば良いじゃん!倒されなければ勝てはしなくても、決定的な敗北になる事は無い。生き延びてまたチャレンジすれば良いのSA! HAHAHA!!

 

スミちゃんが聞いたら「この腰抜けが」ってキレられそうだな……

 

《クク…そこも『相変わらず』だな》

《まあな》

 

エドガーさんは既に俺の性格を把握済みとな。は、恥ずかしい!

 

《リンクス、ご苦労だったな。間もなく復旧作業は終了だ……『上』から報酬には色を付けておくとの連絡も入ったぞ》

 

おお!本当に?

 

報酬増額か……やっぱりGA側としてはステイシスが退いたのは嬉しかったのか。まあランク1に襲撃なんてされた日にはもうかなりの絶望が押し寄せるだろうしな。俺も少しは役に立てて良かったよ。

 

はぁ~…それにしても緊張した。任務終了!帰ったらひと眠りしよう。

 

《悪いがリンクス、ノーマル部隊を収容するまでは護衛を頼むぞ》

 

……はい!

 

 

 

 

**************************

 

 

 

…キ…

……キテ…

 

んん…何です…

 

《…ネエ…起き…》

 

……いや、もう少しだけ……

 

《起きて~!!》

 

ッシャオラアアア!!な、なんじゃい…ん!? お、俺は任務が終わってラインアークに到着した後、なだれ込むように自室のベッドに倒れこんだはず…なのにこの真っ暗闇の中で声だけが聞こえる不思議な感覚は――――

 

もしやGOD!?

 

《そこは神様で良いよね》

 

き、キター! 本当はもう会う事は無いんじゃないかと思ってましたが、これまたどうしました?

 

《君が上手くやれてるかを直接確認したくてね。それでどうだい?君としては、この世界には慣れてきたかな?》

 

ええ、大分馴染んでる感はありますよ!色々と怖い目にも遭ってますが、案外何とかなってます。俺をサポートして下さる方々も居ますし。

 

《それは良かったね。君自身の『人徳』が成せる技だよ……君自身はあまり気が付いてないだろうけど》

 

うっほ!神様もお世辞がお上手ですな!ウチの神様マジGOD。

 

《いや何を言ってるのかな君は。全く…何か聞きたい事があるんじゃないのかい?》

 

おっと、そうそう。もう神様なら俺の聞きたい事なんてとっくに承知してるとは思いますが…その。

 

 

『全力』出したらどうなります?

 

 

《君自身はそれについてどう思てるんだい?》

 

……かなりヤバいかな、と。

 

《そう、君の言う通り『かなりヤバい』。この世界ではゲームとは違って実際にネクスト機に搭乗するんだ。当然中の人へも負荷が掛かる訳だし……ゲーム中の機動なんか再現するとなると、それこそ精神的・肉体的に莫大な負荷が掛かるよ》

 

《君の場合は特にね》

 

やっぱりそうですか…でも仕方がないかな。ぶっちゃけ普通に機体を動かすのでさえ結構辛いのに、それが出来る方がどうかしてるって事ですよね?潔く諦めま――――

 

《いや出来るよ》

 

って出来るんかい! だって先程はそんな雰囲気は微塵も…

 

《いやいや、『かなりヤバい』ってだけで何も『不可能』とは言ってないよ。たださ…》

 

た、ただ?

 

 

『3分』

 

 

……え?

 

《君がゲーム中同様の機動を再現できる時間のリミット。どんなに長くても『3分半』が限界だ。この世界においては、それ程までに君の機動は体に負荷が掛かるんだ》

 

《私達としても、君のような存在にはあまり不自由はさせたく無くてね。一応肉体の強化なり何なりを施してはいるんだけど……それでも、その時間以上には伸ばせない。これ以上すると『人間』の枠から完全に外れる。》

 

ま、マジですか?と言う事は今でも俺は人外の領域に半分足を踏み入れているのか…

 

《本気出した後は少なくとも2週間は絶対安静にする事だね。ああ、それとリミットを過ぎても頑張っちゃった場合は地獄の苦しみが君を待ってるから気をつけてね。最悪後遺症が残るか、死ぬから》

 

は…はい、超絶気をつけます…ああ、そうだ!

 

《ん?》

 

パズルとエンブレム有難うございました。パズルは良い暇つぶしになりますし、エンブレムに至ってはあんなにカッコ良いのを…感謝してもしきれません!

 

《ふふ……律儀だね、君は。そうだ、今度ペットでも君に送るから仲良くしてあげてね》

 

おお、ペットですか。出来るだけ飼いやすい奴でお願いしますね。ちゃんと飼えないとその生き物にも失礼ですから。

 

《相変わらず優しいね、君は。それじゃあ私は行くよ……頑張ってね》

 

…。

……行ってしまったか。

 

それにしても3分…いや『3分半』か、ウルトラマン並の短さだな。しかしネクスト機同士の一騎打ちならまだイケるか?どんなに長引いても大概5分以内には決着が着くからな。そう考えるとそこまで悪い数字でも無いのか…

 

問題はインターバルに少なくとも2週間って事と、身体へのダメージだ。最悪死に至る…つまりは肉体強化のお陰か『死なない』可能性の方が大きいと言う事だろう。だがどう言った物かは分からないが、後遺症は残る可能性がある。

 

確か、死んだら元居た世界に戻れるはずだけど…その場合どうなるんだろうか。まさか後遺症が残ったままになるのか?くっそ、神様にその辺り聞くべきだったな。まあ、その内また現れるだろうしその時に聞くか…

 

はぁ…『制限付き』か。こりゃオーバードウェポンを思い出すな。

 

使い勝手悪すぎて困っちゃうYO!

 

 

 

 

 




※誤字指摘ありがとうございます。修正致しました。


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第23話

MT部隊隊長視点

 

 

 

勝負は一瞬の内に決した。

 

ステイシスがネームレスへと突撃した、その瞬間をゼンは狙っていた。

ネームレスは迫りくるそれに対して三発の弾丸を射出。そして吸い込まれるようにステイシスへと向かっていった弾丸の内の一つは―――――

 

相手の銃口を、貫いていた。

 

(…ハッ、冗談にしては良く出来ているな。今度昼飯を食う時にはアイツらにこの話でもするか?)

 

信じる者がいるかどうかは定かでは無いが。

 

《ククク……何、向こうのトラブルのお陰だ。俺は特にこれと言った事はして無い。それにそちらのAFをダシに使わせてもらった訳だしな》

 

ゼンはGAのAF部隊には頑なに「あれは向こうのトラブルだ」と言い張っている…初めはエドガー自身もそう思っていた。

 

主にデータ収集との名目でネクスト機の戦闘中の視界は洩れなく録画されている。

 

そしてエドガーは今、輸送機の中で録画された『先程のシーン』をスロー再生していた。どうしても気になったのだ。オッツダルヴァのあの「狙ったのか」と言う発言が。そして発射された三発の弾丸の行方を追っていたのだが…結果は先の通りだ。

 

《ゼン、お前さんは本当に――――》

 

 

『トラブル』だと思っているのか?

 

 

そう、訊こうとした。何故ならゼンは本気でそう思っているかの如く態度を見せているのだ。ゼン自身の「そんな事が現実に起こり得えない」との発言は最もだろう。銃口を撃ち抜くなど、誰がどう考えてもあり得ない。

 

しかし…その『あり得ない』が現実に起きたのだ。

 

だからこそ、その真意を確かめようとしたのだが

 

《いや、何はともあれご苦労だったな。相変わらず鮮やかなお手並みだった》

《クク……そう褒めるなよ》

 

――――やめた。

 

止まって居る相手ならまだしも、音速を超える速度で接近するネクスト機にあんな…しかも銃口に。あれは偶然云々で片付けられる話では無いだろう。むしろ「狙ってやった」と言われた方がまだ納得する。

 

ゼンはああ言ってるが、真実は恐らく……

 

(全く、とんでもない奴だ)

 

しかし、そう納得すると同時にある疑問が生まれた。

 

 

《……もしお前さんの言う『トラブル』が無かったとしたら、奴に勝てたか?》

 

 

ステイシスが現れた始めこそ、思わぬ強敵に笑いが止まらないと言った風ではあった。

 

しかしながら、実際のところゼンはあまり戦う事を良しとしていない。例の『トラブル』の後に追撃を掛けようと思えば可能だった……自分が圧倒的に有利であったにも関わらず、交渉を通じてステイシスとの戦闘を避けたのだ。

 

以上の事からそれに間違いは無いはず。

 

となると…何故戦いを避けたのか。それに繋がる一つの理由として考えられるのがゼンの『機体の機動』。ワンダフルボディ戦から疑問に思っていたのだが、ゼンはクイックブーストを多用しない。今回のステイシス戦においては使用すらしていないのだ。

 

(もしや、機動戦を不得手としているのか……今回の相手は相性が悪かった?だからこそ本格的な戦闘が始まる前に『トラブル』を引き起こしたのか)

 

(いや、なら自機を軽量機体にする意味など一体どこにあるのだろうか。それならば重量機とは言わなくとも、乗機にはせめて中量機体を採用するべきだ。以前所属していた『組織の方針上仕方が無く』と言えば分からなくも無いのだが――――)

 

そんなエドガーの疑問にゼンは答える。

 

《フッ…この前話しただろう。『勝てる』と断言は出来ないと》

《……》

 

やはり【ランク1】を相手には、さしものこの男も苦戦を強いられるのか…そんな考えが一瞬頭の中を過った。

 

……まあ、

 

 

《だが『負けん』誰にもな》

 

 

そんな可能性は一片たりとも存在しないと即座に再確認する事となったが。

これでは『勝てる』と言ってるも同然だ。一瞬でもこの男が負ける可能性を考えた自分がアホらしくなったエドガーは、苦笑しつつ返事を返す。

 

《クク…そこも『相変わらず』だな》

《まあな》

 

そうだ、例え機動戦が不得手だったとしても、この男にはそれを補うだけの圧倒的な技術がある。現に今回、ステイシスと戦う前に決着が着いていたでは無いか。

 

(全く、俺は何を見ていたのか。この男が敗北するなど…しかしステイシス側もやけにあっさりと撤退たものだ)

 

やはりレーザーバズーカを失ったまま戦闘を繰り広げるのは不利だと判断したのか。だが、それにしてもあのプライドの高そうな男があんなに物分かり良く引き下がるとは……

鍵を握るのは恐らく、ゼンの「お互いやるべき事もあるだろう」との言葉か。

 

つまりオッツダルヴァには、万が一にでも今倒れたらマズイ理由があるのだ。

 

当然『オーメル社の為』と言った健気な話では無いはずだ。何でも、オッツダルヴァとオーメル社との仲はそれほど深くないとの話だ。

それはオッツダルヴァの出身が今や無き『レイレナード社』だと言う事からも想像が付く。

 

レイレナード社が壊滅した際、人員の一部はオーメル社に吸収されたらしいが……実はその『一部』と言うのは対外的な発表で、実際には『かなりの人員』がオーメルに取り込まれたとの噂ではないか。これでは実質、自分の古巣がオーメルの傘下に入ったも同然――――いや、『企業』と言う母体を持てなくなった分さらにタチが悪いだろう。

 

更に言えば、元々オーメル社とレイレナード社はお互いに敵対していたのだ……オッツダルヴァとしては面白かろうはずも無い。

 

(あの話様…ゼン自身はオッツダルヴァの『やるべき事』を知っているはずだ)

 

しかしながら一リンクスに出来る事など限られている……まあ中には例外も居るが。

 

少なくともオッツダルヴァの様な高ランク、しかも企業に囲われているリンクスはその行動に対して常に『制限』がついて回るはずだ。オッツダルヴァの目的がどんな物にしろ、それがそこまで大それた事にはならないだろう。

 

 

(さて、どちらかと言うと気になるのはその『例外』の方なんだが)

 

 

――――『お互いに』か。

 

 

ゼンは何らかの事情……『目的』があってラインアークを訪れ、その力を我々に貸している。

そんな事は分かり切っている。ゼンも説明こそしないが、その『力』を借りている我々もその説明を強要は出来ない。

 

恐らくはゼンがラインアークに移住する際、この男が居る事による『不安要素』と同じくしての『経済面+戦力面』での利益。上の者はこの2つを天秤にかけた筈だ。

まあゼンの事だ、『現状の』ラインアーク上層部の者達がどちらに重きを置くのかなど手に取るように分かっていたのだろうが。

 

(名目上、ゼンはラインアークに『所属させてもらった』立場ではあるが……実際の力関係はどうなのやら。まあ、それは俺が考えても仕方がない事か)

 

それにだ、例の「組織」から荷物が届いたと言う事は、我々の与り知らぬ所でもゼンへのバックアップが取られていると考えるべきだろう……

 

 

(フーッ、『名前の無い怪物』……一体何を考えているのやら)

 

 

エドガーは録画の再生を止め、メインモニターを眺め続けた。『怪物』の視界を通せば何かが分かるかも知れない――――そう思ったから。

 

 

 

 

**************************

 

 

 

オッツダルヴァ視点

 

 

 

《どうだ?》

 

帰還を試みる最中、オッツダルヴァ……いや、『彼』は自身のオペレータへと指示を出していた。エドガーと同じく、記録されている映像の確認をさせていたのだ。

 

《――、―――。》

《……そうか》

 

やはり『暴発』などでは無かったか。

 

あの時…向こうから弾丸が発射されたのとほぼ同時にステイシスはレーザーバズーカの引き金を引いていた。だからこそ、相手の「暴発か何かだろう」との発言に納得しかけていたのだが……それは違っていた。

 

レーザーバズーカが爆発する直前に『ゴッ!!』と言う音と共に左腕部に多大な衝撃が走っていたのだ……成る程、あれは弾丸が銃口を貫いた時の現象だったのだろう。

 

よくよく考えてみれば機体の整備をする者は一人では無い。例えそれが何者かに仕組まれていたとしても、他の整備員が確実に気が付くはずだ……というより実弾とは仕組みが違う為、そもそもレーザー兵器は『暴発』などしない。

 

(全く、私としたことが……少しばかり狼狽え過ぎたか)

 

《――、―――?》

 

狙ってやったのか、だと?

 

……あんな事が偶然にでも起こるはずが無い。現に『彼』が知る限りでは、ネクスト機が開発されてから―――いやそれ以前、ノーマル型ACが主戦力だった頃からその様な報告は上がって無いはずだ。つまりは今までのデータ上、偶発的にすら起こる可能性は0だと言う事だ。

 

《あの男は3発しか撃たなかった上に、その場から『動かなかった』。それが答えだろう》

 

牽制目的にしてももう少し弾幕を張っても許される場面だったはずだ。

 

それにレーザーバズーカと言う驚異からは一刻も早く逃れたいはず……それなのに、あの男は動く気配を一切見せなかったのだ。恐らくは機体を動かす事による照準のブレを嫌ったのだろう。

 

つまりは此方の『正面突撃』と機体を動かさない事による『最小限の照準のブレ』。その2つを利用して、まさしく『針の穴を通す』作業をやってのけたのだ。3発しか撃たなかったのは余程銃口を撃ち抜く自信があったと言う訳だろう……途轍もない技術だ。

 

《―――――?》

 

オペレータからの、引き込むのか。という質問。これから分かる様にこの者か『彼』の計画に賛同したオーメル内の同士である。

 

《フッ…私が『褒めた』のが珍しかったか?》

 

出来るならばあの男を迎え入れたい、と言うのが正直な心境だ。『計画』を進めるに当たり戦力が足り過ぎると言う事も無いだろう。一瞬の邂逅ではあったがあの男の実力は十二分に知る事が出来た。

 

それに『計画』について知っている事も仄めかしていたのだ。一体どこまで知っているのかは定かでは無いが、少なくとも現状の把握は出来ている筈だ。

 

企業の隠匿した『罪』について。

 

 

《実力的には申し分ない。どこから情報を得たのかは定かでは無いにしろ、我々の『計画』について嫌悪感を示している風でも無かった訳だ――――それならそれで説明する手間が省ける》

 

第一に――――『彼』はそこが一番気に入ったのだが――――口調こそ横柄な物を感じさせるがその実、あの男は中々の人格者だ。『彼』がそう確認するに至ったのはあの男の「引き分けでどうだ」との言葉。

 

あの状況……言われるまでも無く此方側が不利だった。

 

にも関わらず、あの男はわざわざ自分の立場を下げてまで引き分けと言ってのけたのだ。並の者に出来る事では無い……それこそ『力』を持っている者には。

『彼』自身も自らにその様な気質が備わっている事は良く理解していた。もしもあの時立場が逆だったならば、自分を下げるなんて行動は絶対にしない。

 

《だが、厳しいだろうな。引き込むのは》

 

 

『お互にやるべき事もあるだろう』。

 

 

あの男は我々と同じくして何らかの『目的』がある。その為にあえてラインアークを根城に選んだのだろう……あの、何かとトラブルが絶えないであろう地を。

 

「来る者拒まず」などと言った大層な理念を掲げているお陰で、あちらは常に人事の流動が絶えない。つまりは企業によるリンクス管理体制下に置かれるよりかは遥かに連中の目を盗みやすいと判断したのだ……悪くない考えだ。

 

(知恵も回る、と来たか。資金面についてはその分、企業所属よりかは遥かに劣るが…恐らくはあの男にはそれを補えるだけの『バック』が付いていると見える)

 

同志とは言わないまでも、可能なら敵には回したくは無い相手だ……まあ今は

 

《ともかく、今の問題はあのカビの生えた老人共についてだ》

《――――、――――。》

 

今回の件でオーメル上層部の者達が多少なりとも騒ぎ出すだろう。

何せランク1でありオーメルの切り札として機能している自分が撤退を余儀なくされたのだ。

「下らない」と言った理由でミッションを放棄した事は何度かあるが、今回の様な出来事はまさしく『異例の事態』である。

 

 

「全く、面倒な」

 

 

彼――――――『革命家』は誰に言うでもなく呟く。

 

だが、それも後僅かの辛抱だ。もう『計画』を始める準備は九割方整っているのだから……

 

 

 

 




※誤字指摘有難うございます。数ヶ所修正致しました。


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第24話

吹いている、確実に…ッ! 主からのバレンタインプレゼントをどうぞ。




主人公視点

 

 

 

ステイシス戦から数日が経ったある日、エドガーさんから昼食に誘われたので食堂へと向かうと

 

「ゼンさん」

「「あれは一体!」」

「「「どう言う事なんですか!!」」」

 

扉を開くなりエドガーさん率いるMT部隊の皆さんに取り囲まれた。

 

おおー凄い、このシチュエーション。まるで俺が夢にまで見た『美少女に取り囲まれる主人公』みたいな場面ではないか!困ったことに実際は、俺を囲んでいるのはアイラちゃんを除いて屈強な男性ばっかりなんですがね……字面だけ見たら完璧に騙されるな。

 

つまり、おしょんしょんをチビリそうと言う事。スミカ・ユーティライネンです(´・ω・`)ノシ

 

「それは此方が聞きたい。返すようで悪いが、これは一体何の騒ぎだ」

 

質問に質問で返したらドえらい事になりそうですが、本当にどうしたんですかね。

他のMT部隊やノーマル部隊の方々もそれぞれが何やら話し込んでいるけども――――机に座っているマーシュさんの周りでね!

 

何だ何だ。マーシュさんは机に置かれた……ノートパソコン?を眺めてニヤニヤしてるし。エドガーさんも色んな人達に質問責めに遭っているし。

 

「ああ、ゼン君!よく来たねぇ」

「おいおい、どうしたんだ。何故こんな事になている」

 

「これを見てごらんよ!」

 

首をクイッっと動かしてパソコンを見るように促すマーシュさん。この騒ぎの原因はパソコンなの?とにかくマーシュさんの席の近くに移動してみないとな。

 

「お、どけどけ!ゼンさんが通るぞ!」

 

MT部隊の方の内一人がそんな事を言うと、マーシュさんを囲んでいた人垣が割れる。

や、やめたげてよぉ!俺をヤクザの親分みたいに仕立て上げるのはやめたげてよぉ!

失礼ですが、見た目的にはあなた達の方がヤクザに近いからね?いかん、突き刺さる視線が「兄ちゃん、ショバ代持ってきた?」って視線に思えてきた……

 

そんな恐ろしい体験をして何とかマーシュさんの元へと到達。そしてパソコンの画面を覗き込むと……んん?これは

 

「『フリードマン・レイ』?」

 

「このサイトを経営している彼は軍事専門のフリージャーナリストでね。企業関係はもちろん、反体制勢力や、驚くべき事に一部のリンクス個人にもパイプを持っている」

「で、それを利用して日々各地の戦場で起こった出来事を記事としてまとめているんだけど……何と、今回は君の記事なんだ!」

 

本当ですか。

 

ついに町内のカルチャークリーナー(※慈善清掃員)と呼ばれた俺も世界デビューを飾る日が来たのか……感慨深いな。元の世界に戻ったら、家族に「俺、新聞的な何かに乗った事あるんだぜ」って伝えなきゃ!えーと、何々…

 

――――――――約2週間ほど前、『ネームレス』というネクスト機と共に新たなリンクスがカラードに登録された。近年リンクスは増加の一途をたどっている為、普段ならさして注目する事も無いのだが……面白い事に、このリンクスの所属はあの『ラインアーク』なのだ。

 

地上最大の反体制勢力『ラインアーク』。そこに所属しており、一説では「現最強なのでは?」とまことしやかに噂されているネクスト機、【ホワイト・グリント】の事は誰もが知っているであろうが――――(中略)――――私は密かにこのリンクスについて注目していた。

 

そしてつい先日、私は独自の情報網からこのリンクスに関する衝撃的な情報を入手する事に成功した。何とこのリンクス、カラードランク1に君臨するネクスト機【ステイシス】を退けたとの話なのだ。

 

数日前、旧チャイニーズ上海海域にて小規模な戦闘が起こった。何でもGA社のアームズフォート部隊が停泊していた最中、その『ランク1』に急襲されたらしい。しかし最悪の事態を想定し、ネームレスを護衛として雇っていたGA社は――――――――

 

 

……うん、後は良いかな。何かメッチャ持ち上げられてたし。「この様な実力の高いリンクスが今まで一体どこに隠れていたのだろうか?」とか書かれてたけど、あれ別に俺が退けた訳じゃないんで。

 

向こうさんがトラブルで引き下がっただけだから。

 

「そ、それでゼンさん!これは事実なんですか!?」

「「「どうなんですか!?」」」

 

凄い一体感を感じる……今までにもあった一体感を。

勘違い…なんだろう吹いてきている確実に、着実に、俺の方へ。

中途半端(な弁明)はやめよう、とにかく最後までやってやろうzy(以下略

 

あ~……あのですね、期待を裏切るようで悪いですが

 

「それは―――――」

「真実だ」

 

ちょ、エドガーさん何という事を!皆さん「おおお……!」って目をキラキラ輝かせているではありませんか!ま、まさか工作員の邪魔が入るとは…!

 

「ゥワァオ!オッツダルヴァ君をやっつけるなんて、僕はビックリさ!」

 

マーシュさんが手を広げて後ろに仰け反るというオーバーリアクションを取っている。あなたそんなアメリカンな口調でしたっけ?すっごい楽しそうにしてるんですけど……うわ、嫌な予感がするな。さっきから腕時計をチラチラ見てるし。

 

「俺たち凄い人と一緒に居るんだな…」

「ああ…今度休みもらったら知り合いに自慢しよう」

「ゼ、ゼンさんってやっぱり凄い人だったんですね!私…私、光栄に思います!」

 

「ランク1を退ける、か」

「ラインアークにもとんだ大物が入ってきたものだ…」

 

「もう少し…もう少し。あと2分…いや1分位かな?ウフフ……」

「………」

 

勘違いを解くタイミングを完全に逃した……いや、今はそれどころでは無い。

それよりも、問題はさっきからマーシュさんが何かブツブツ呟いてる事だ。その不穏な空気にエドガーさんも気が付いているらしく、黙って俺に顔を向けてくるし。

 

あの……俺も何も知らないので。不安なのは俺も一緒なので。だからそんな険しい顔してコッチを見ないで下さい。すっごく怖いから。

 

 

「失礼します」

 

 

二人で不安に駆られる中、扉から一人の人物が箱の乗った手押し台車を押して入って来た。金色の髪に青い瞳の美人さんだ。その人物を確認するやいなや、ブツブツと呟いていたマーシュさんは凄い勢いで席を立つ……ビックリさせないで!

 

「フィオナちゃん、待っていたよ!」

 

その様子はさながら恋人を待っていた男性を彷彿とさせる。でも

 

「その『荷物』を!」

 

マーシュさんに限ってそれは無いですよねー。フィオナちゃんには『彼』が居ますし分かってはいたけども……そうか。荷物を待っていたからソワソワしていたのか。

気持ちは良く分かる。注文した品がAmaz〇nから届くときはワクワクするよね!

 

「貴方の荷物ではありません。と、言うよりそもそも何故貴方がこの荷物について知っているのです?一切情報は知らせて―――――」

 

「凄く大きいね!」

 

アンタのじゃ無いのかい。しかも安定のフィオナちゃんの話をスルーしてるし。

もう新たにフィオキャン(フィオナちゃんの言葉をキャンセル!)と言う言葉を作ろう(提案)。それにしても良く人の荷物でそこまで楽しみにでき……

 

「ゼン君!開けてみよう!」

 

………ん!?

 

「俺宛ての荷物なのか?」

「ええ、相変わらず差出人は不明ですが。宛先は貴方となっています」

 

俺は手押し台車に近づき、それに乗っかっている箱を観察する……うーん。この前フィオナちゃんが手に持ってた奴とは大分大きさが違うな。これは一辺70~80cmはあるぞ。材質は相も変わらず段ボールっぽい……しかし特大サイズだな、こりゃ。

 

「その、中で何かが蠢いているかの様な感じがしましたが」

「む…そうか」

 

中で動いていたって事は、やっぱり今回の贈り物は『生き物』なのかな…この前神様がペットをプレゼントするって言ってたし。部屋で過ごす割合が多い俺としては大いに歓迎したいところだ。寂しさを紛らわせる事が出来るからね!

 

「う、動いたの!?ゼン君、早く出してあげないと!生き物だったとしたら何時までも箱の中に閉じ込めておくのはカワイソウだよ!」

 

マーシュさんが凄く真面目な事言ってる!確かに…箱の大きさや、外から動いた事が分かることから推測するに、中に入っている生き物は結構大きいのかもしれない。

 

「生き物か、何だと思う」

「犬か何かじゃないか…?いやしかし、送られて来たんだぞ。その間食糧等は持つのか?」

「確かにな…」

「となると相当腹が減っている可能性も―――」

 

俺と同じく箱に引き寄せられた皆さんがあれやこれやと意見交換をしている。ううむ、彼らの言う通り食べ物とか持たないんじゃ…しかし神様の事だからその辺は配慮しているのか? 

 

とにかく、中身を見ない事には始まらないな。

 

 

「開くぞ」

 

 

前回同様、沢山の視線を集めつつ箱の上部に貼られたテープを剥がしていく……うわっ今箱がモゾッとしたぞ!それを気にしつつテープをどんどん剥がす…すると剥がせば剥がすほどその箱の揺れが大きなものになっていく。

 

怖いッス。もう文字に表すと「モゾモゾモゾモゾッ!!」って感じ。

 

「………?」

 

しかしテープを全て剥がし終えると奇妙な事にその揺れがピタリと止んだ。

な、なんだ、どうしてイキナリ動かなくなったんだ?俺は箱から目を離しぐるりと周りを見渡す…皆さん緊張した面持ちだ。マーシュさんはどちらかと言うと興奮しているみたいだけど。

 

……ゴクリ。

 

唾を飲み込み、中身を確認するべく、意を決して箱へと手を伸ばそうとした―――その時。

 

 

――――――ボンッ!!

 

 

何と、その『中身』がビックリ箱よろしく突然箱から飛び出してきた!

 

「キャ…!」

 

「うおお!?」

「何だ!」

「おわっ!!」

 

アイラちゃんの可愛らしい悲鳴……は男性陣の野太い声にかき消される。一番近くで被害に遭った俺も当然悲鳴を上げたけども、この分じゃ多分気が付かれては無い……と思いたい!

 

それにしても全然見えなかったぞ!何だ、一体どこに―――

 

「ゼン、上だッ!」

 

エドガーさんの声。上…上だって?と、言う事は鳥類なのか?個人的な推測ではACという関係性から「鴉」を連想するけど。いや、今どうこう考えても仕方がないな。ここはとにかく、エドガーさんの指示に従うべきだ。

 

俺はどういった生き物なのかを確認するべく、即座に顔を上へと向けた。

 

するとそこに居た、いや『飛んで』いたソイツは

 

 

 

「なッ…にィ…!?」

 

 

 

『鳥類』では無かった。

 

生物的にどう言った分類に当てはまるのか分からない生物が、そこには居た。

ソイツの形状を極単純に言うのなら『羽の生えたノミ』だ。だがその羽は鳥類と言うよりかは『昆虫』、例えるならカブトムシやテントウムシの様な形状をしている。

 

大きさはざっと見た限りではボーリング玉程度か。足は紫色の前足(触手か?)のみが6本生えており、眼と思わしき物はそれと同じく6つ。そして体表は緑色…おいおいおい!

 

「ゼ、ゼゼゼ、ゼンさん!?あ、あああれは」

「お、俺たちひょっとしてマズイんじゃ…」

「面妖な…」

「NICE JOKE.」

 

「なッ、これは一体」

「す、凄い!凄いよゼン君!あれは一体何だい!?」

 

 

ちょッ!マッ……ジかよ、これっ!

 

 

「いかん、そいつには手を出すなッ!!」

「全員、一旦後ろに下がれッ!」

 

 

俺がそう言うのとほぼ同時にエドガーさんはこの場に居た者全員に指示を出した。それを聞くやいなや、固まっていた人や驚いていた人、誰しもが例外なく皆一斉にその生き物から距離を取る……当然俺もその場から限りなく遠くに離れる事にしました!

 

そして皆が後ろの壁ギリギリまで退避し終えたのを確認したエドガーさんは、俺へと質問を飛ばしてきた。

 

「ゼン、お前さんがあそこまで狼狽えたんだ。当然アレに関わるとただ事では済まないのだろう……一体、奴は何なんだ?」

 

ブゥゥゥ……と言った羽音を出し、空中に停滞している『奴』ですか?あれは

 

 

 

「『AMIDA』だ」

 

 

 

あの姿…間違いない。

 

「『AMIDA』?あんな生物は見た事が無いぞ…そいつは何か良くない事を引き起こすのか?」

 

…うん、良くないって言うか、アレ

 

「奴は『爆発』する」

「なッ……」

 

「ばっばばば爆発って!ゼンさん、あの『変なの』爆発するんですか!?」

「爆発するのかい!?す、凄い!どう言った原理なのか是非とも僕に聞かせて―――」

「マーシュさん、貴方は危機感と言うものを持ち合わせていないのですか?」

 

「爆発だと…」

「一体どれほどの威力なんだ」

「もうここで終わりか…」

 

俺の「爆発する」宣言を聞いた食堂内の皆さんが更に騒ぎ出す。俺も騒ぎ出したいです。

ヤバいな、ここに来てからネクスト戦とか色々あったけど今日が一番危機感を感じている。だってよぉ!アレ、爆発だけに留まらず『酸』とか吐いてくるんだぜ!しかもACが溶けるレベルの。人間にかかったら絶対只じゃ済まないぞ!

 

ま、待て俺。冷静になれ…あれは神様からの贈り物だ。俺達に危害を加える可能性は低いんじゃないか?それによくよく見てみれば…

 

「アレは本来2~3m程の大きさのハズ…奴はかなり小型だ。もしやすると害は無いのやも知れん」

「2、3mだと?本来はかなりの大きさなのか…確かに、話を聞く限りではアレは大分小さいな」

 

サイズ比的には1/10以下になっているんじゃ無かろうか?だけどそれでもボーリング玉大だしな…

 

「僕、ここに逃げて来る時に手押し台車も一緒に押して来たんだけど…もしかしたらAMIDAちゃんの入ってた箱にはもっと何か入ってるんじゃないかな?」

 

マーシュさんすげぇ。俺なんか手押し台車の存在なんかすっかり忘れて逃亡して来たのに、何という冷静さだ。でも俺は聞き逃さなかったよ、マーシュさんがAMIDAに『ちゃん』付けをしているのを。もしかしてアレを気に入りました?

 

「よいしょ…」

 

マーシュさんがごそごそと箱の中身を調べ始める。

 

その間俺たちは空飛ぶAMIDAとにらめっこだ。こっちに来ませんようにと祈りながら。

だって見た目が怖すぎるんです。どんな生物か知らない人は『アーマードコア  AMIDA』で検索検索ゥ♪

 

「あっ!あったった!『説明書』が!」

 

俺達の祈りが通じたのか、マーシュさんが説明書を見つけるまでAMIDAは空中に静止したまま一切動くことは無かった。いやー良かった良かっt…『説明書』!?

そんな、電化製品か何かじゃないんだから…あるならあるで助かりますけども。

 

「読んでみるよ。えー何々……『名称〝AMIDA〟。全高2m強を誇る生体兵器。攻撃対象に近づくと自爆し、酸をまき散らす。ただしこの個体は自爆機能と言った攻撃特性は一切持ち合わせておらず、体も極端に小さい。その代わりとでも言うのか、人間の言葉を解する程に知能が発達しており、研究対象としては非常に興味深い存在である。』」

 

「『性格は穏やかで、場の空気が読める。ただし繊細で傷つきやすい為この個体の扱いには細心の注意を払う必要がある。優しくされると喜ぶ。雑食で、1回の食事で軽く1ヶ月は活動可能。性別はメス。好みのタイプは優しくて強い人。』だって」

 

凄っ!AMIDA超凄いんですけど!

 

繊細で傷つきやすいとか乙女かよ。いや、性別的にはメスなんだけど…てか好みのタイプとか、もう突っ込みどころ多すぎィ!

ま、まあとにかく、AMIDA…AMIDAさんは空気が読めるって点は大いに理解出来た。だって俺達に一切近づいて来ないし。多分自分が怖がられている事を把握してるんだろう。

 

「ゼン君、話しかけてみよう。彼女は言葉が分かるらしいしさ!何なら僕が――――」

「いや、俺がいこう」

 

「ゼン君……分かった。ここは君にまかせるよ」

 

マーシュさんが話しかけるとか、不安要素が大きすぎますぁ!って事で俺が…よ、よし!

 

「おい、そこのお前」

「……、……」

 

ねぇ、これAMIDAさんに通じてるの?周りから見たら、俺頭がおかしな人みたいになってるんじゃない?そう不安になり後ろを振り向く……すると、皆が無言で頷く。

 

どうやら幸いなことにそんな事は思われて無さそうだ。けど「世界の命運はお前に係っているぞ!」みたいな空気がすごい。なんだ、何なんだ。俺はどうしてAMIDAさんを相手に緊張感溢れる交渉を繰り広げているんだ。

 

でもAMIDAさんは反応しないし…あれか、俺達の態度がお気に召さないのか?

確か繊細で傷つきやすいらしいからな。ここは一つ謝罪するべきなんだろうか。

 

「先程の非礼を詫びよう、AMIDA。我々も君の様な存在には慣れなくてな…つい『酷い』態度を取ってしまった。女性に取るべき行動では無かったな」

 

「……!ア、アミーダ……」

 

!?

 

「しゃ、喋った…!ゼンさん、今アミーダって喋りましたよ!」

「何と…!」

「さすがはランク1を退けた男だ。我々とは違うな」

「うむ……」

 

「エドガー君、今僕は感動しているよ。ゼン君は僕を危険な目に遭わせない為に自ら…」

「……そうですか」

「いえ、あれは恐らく貴方に任せると危険との判断だったのでは?」

 

外野が騒がしいけど、俺は今それどころでは無い。いかにしてAMIDAさんを畳み掛けるかを必死で考えているからだ。

喋ったと言う事は俺の『謝る』と言う判断に誤りは無かったはず。だがこの後は一体どうすれば良い?確か「優しくされると喜ぶ」だったか…しかしこのまま話しかけるだけでは決定力に欠けるな。

 

 

――――アレを使うか。万国共通、皆がハッピーになるアレを。

 

 

俺は皆の元を離れAMIDAさんへと歩を進める。

 

「ゼンさん!?」

「アイラちゃん落ち着いて、きっと彼には何か考えがあるんだ。見守ってあげよう」

 

そう、俺にはまだアレがある…!ファンタズマじゃ無いよ。

 

AMIDAさんは俺が近づくにつれて徐々にその高度を下げ…そこにたどり着くまでには飛ぶ高さが俺の胸のあたりにまでなっていた。

 

ち、近くで見るとますます怖ぇえー!

 

脳内俺の一人が『作戦放棄を提案します!』って凄く語りかけてくる。いや、でももうここまで来ちゃってるんだぜ?今更諦めるなんて…でも確かにこれは危険だよな。自爆は無しと言っても、腕を噛まれたりでもしたら…

 

『作戦、続行する』

 

お、お前は、脳内俺2!

 

『敵も無反応では無い、君ならやれる。幸運を』

 

クッソ、何か腹立つ言い回しだが通りだ…そうこれはチャンスなんだッ!

 

そこで俺は勇気を振り絞り、一気にAMIDAさんへと手を伸ばすと――――

 

――――ギュムッ

 

「アミッ!?」

 

ハグをした。……これは意外に軽い!

 

「なッゼンさん!羨ま――――じゃない、何してるんですか!」

 

アイラちゃんから激が飛ぶ!いやね、これは所謂AMIDAさんと仲直りをする為の行動なんだ。ハグされると皆ハッピーになるって言うでしょ?昔ドラ〇もんの歌にもあったじゃん。

 

ほら、AMIDAさんもこの表情ですよ。

 

「アミ…アミダー…」

 

いや顔は分かんないけど、何となくリラックスしてるっぽい。

 

「どうだ、これで先程の出来事は水に流してはくれまいか?」

 

そう聞くと、AMIDAさんは俺の腕の中から這い出し地面にポトリと落ちる。ちなみに触った感触は、ゴムみたいなぷにぷにした感じでした。正直ヌメヌメしてると思っただけにかなり意外だった。

 

「アミッ!アミーダッ!」

 

おおーピョンピョン飛び跳ねてる。これは仲直り成功と取ってもよろしいか。しかしこの姿をみると自爆しないか不安に駆られるな!

 

その姿を見て少しは安心したらしく、遠くから様子を伺っていた皆さんも恐る恐るこちらへと歩み寄ってきた。あ、マーシュさんはダッシュです。ハイ。

 

「ゼン君お疲れ様。君ならやれると信じていたよ!あ、AMIDAちゃん、ちょっと君の体を触ってみても良いかい?」

「アミー…」

 

「ん?あまり気乗りしない?しかし僕としても君みたいな存在を見るのは初めての事でね。一技術者として非常に興味があるんだ。そこを何とか頼めないかな?」

「アミミ?」

「うん、ベタベタ触ったりはしないよ。僕は美人さんに嫌な思いをさせたくは無いからねぇ」

 

「アミーダ!アミアミ!」

「フフフ、何を言ってるんだい。僕は本当の事を言ったまでだよ。しかし君は本当に頭が良いねぇ。どこかで僕たちの言葉について――――」

 

何だこの人。

 

ジェスチャーとかで判断するんじゃ無くて、もう普通に会話が成立してるんですけど。

完全にAMIDA語を理解しているよねこれ。何?もしかして、そう言う言語があるの?どこかで習えるの?つくづく思うんだけど、マーシュさんって一体何者なんだ…

 

ふぃ~、まあとにかくAMIDA騒動は一件落着か。お腹もすいたし、お昼ご飯食べよう。

 

 

 

 



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第25話

良く耐えた、傭兵。




主人公視点

 

 

そんな、AMIDA、襲来―――――

 

からそう日にちの経っていない今日この頃。新たなミッション連絡の為にエドガーさんが俺の部屋を訪れていた。毎度毎度ご苦労様です。

 

「……あー、今回の任務についてだが」

「うんうん」

「依頼主はトーラス社。目標はギアトンネル内に設置された砲台、『プロキオン』の排除だ」

「アミアミ~」

 

おー、今回はプロキオンの排除か。

初心者リンクスのみなさんは結構苦しめられたんじゃないかな?

砲台相手に真正面から突撃しちゃって「ネクストは、粉微塵になって死んだ」的な惨劇に見舞われた方も多いはずだ。

 

え?なってない?少なくとも俺はそうなったよ!ごり押しの無能でしたよハイハイ!

 

「理解しているとは思うが、今回は閉所での戦闘となる為、お前さんには少々不利な条件となる。問題は……」

「無いね!」

「アミダ!」

 

これさっきから俺の意見なくね?

 

今現在、この狭い室内には4つの生命体が存在している。まず椅子に座る俺、次に立ったままのエドガーさん。そしてベッドに座るマーシュさんと、その彼の真横に鎮座するAMIDA……さん。

 

うん。まあ、正直AMIDAさんに関しては逃げられないと思っていましたよ。

あの時の昼食後の話し合いで当然のごとく引き取り先は俺になった。途中からお偉いさんもいっぱい来てたし……何人か腰抜かしてたけど。

あとマーシュさんが僕が僕がーっ!ってメッチャ駄々こねてました。最終的にはフィオナちゃんに引きずられて退場する始末だったし。

 

「大丈夫だよね!ゼン君!」

「アミア!」

「……ああ」

 

あれからマーシュさんがAMIDAさんに会いに中々の頻度で俺の部屋を訪れてくる。

賑やかなのは好きですよ?だけどね、すぐ隣で「えぇー?酸で溶かしちゃったのかい!?」とか「自爆はだめだよねー」とか話されると心が休まらないんですよ。

 

AMIDA語分からない俺からすればテロ犯罪の話にしか聞こえないから。

 

「……オホン。ゼン、出撃る準備は良いか?」

「問題ない」

 

依頼内容の確認を一通り終えた後、生暖かい眼差しで此方に確認をとってくるエドガーさん。

……ハァ。

そんな視線に小さくため息を吐きつつ、部屋を出て行こうとドアに足を進めようとした……

 

その時、不思議な事が起こった!

 

「んん?どうしたんだいAMIDAちゃん?」

「ミミ……アミアミ……」

「……何とッ!あいわかった任せてくれたまえ……ゼン君ッ!」

 

AMIDAさんがマーシュさんに何かを耳打ち。(?)

すると、何と、ベッドから勢いよく立ち上がった彼は大きな声でこう言ったのだ。

 

 

「彼女は行ってらっしゃいのキスがしたいんだって!」

 

 

!?

 

ドエレー〝COOL〟じゃん……?

 

行ってらっしゃいのキスってあれですよね。外国の映画だったりで良く見る「貴方、お仕事がんばってね(ハート)」何て台詞とセットでついてくる、若奥様とかがやるあの……

 

「ア……アミアミ~!」

 

そこで俺はチラッとベッドに鎮座したままのAMIDAさんに目をやる。

すると彼女は六本の前足(触手)を器用に折り曲げ、同じく六つのお目目をそれで覆い隠した。

分かりやすく説明しよう。AMIDAさんは今「恥ずかしいよ~><」なジェスチャーをしているのだッ!!

 

圧倒的女子力……53万位あるんじゃなかろうか。しかしそんな知識どこから……

 

「……良いだろう」

 

ああ、これ断る選択肢とか無いから。

何日か前、夜寝てる時にAMIDAさんが俺のお腹の上に乗ってきた事があってさ。

「ちょっと重いからやめてね」的な事を言ったんだ。そしたら……ヒ、ヒィ!恐ろしくて語れません!いや、アレは女子に対して失礼なことを言った俺が悪かったね。

 

「アミー」

 

羽を広げ飛び立つAMIDAさん。すると高度を俺の頭の高さにしつつ近づいてくる。

……何だろうか、以前に比べて恐怖感が薄らいでいる。確かに怖い事は怖いんだけど、慣れとはかくも素晴らしい物よ。

 

「やるなら頬に頼む」

 

まあ大丈夫だろ。(適当)

っつーか、エドガーさんが冷や汗掻いてヤバいんですけど。いやいや実際今の状況、冷や汗を掻きたいのは俺の方だから。これ多分周囲から見たら捕食シーンのそれだよね。

やべっ、ちょっと怖くなってきた。目を瞑ろう……

 

―――――ピトリ。

 

……ん?何?今の?

 

「アアアアミダ!!」

「ヒュー!やったね!まるで新婚さんみたいだったよ!」

 

何かめっちゃ盛り上がってるマーシュさん。

今ので終わり?俺目を瞑っていたから何も分かんなかったんだけど。エドガーさん今一体何……

 

「くっ、ゼン!大丈夫か!?」

「い、いや。特に問題は……」

「そうか、身体に異常をきたしたらすぐに知らせてくれ」

 

一体何されたの俺は!不安をあおる様なリアクションはやめて!

 

「全く失礼しちゃうね!アミダちゃんはゼン君に危害を与える様な事はしないよ!」

「アーミアミアミ! アーミアミアミ!」

 

先程同様に目を塞ぎ、泣きまねをするAMIDAさん。本当器用だね……

 

「では、行ってくる」

 

そんな俺の挨拶に「行ってらっしゃい!」と手(触手)を振る彼ら。

それに対して此方も手を振りかえす……うーん、見送りか。何だろうね、ちょっと嬉しい様な、気恥ずかしい様なこの感じは。ふふふ……

 

「どうした?」

「ああ。いや、何でもない」

 

おっと、ニヤケてたかな。

エドガーさんに気づかれちゃったよ……よーし、今日も頑張って来るからね!

 

 

――――――――――――――――――――

――――――――――

――――

 

 

 

超帰りてぇぜ。

 

 

今の状況。ギアトンネルに無事到着した俺は、薄暗いトンネル内を奥へ奥へと進んでいる最中だ。高さ的にはネクスト機の全高を軽く凌ぐ、中々の大きさのこのトンネル……出撃直前のブリーフィングでは何やら

 

『多数の防衛部隊が展開されているだろう』

『目標はあくまでもプロキオン単体の為、ポイントに向かうまでは無用な戦闘は避けた方が無難』

 

何て話だったんだよね。

 

まあそこは俺氏。これまでの経験から学びましたよ。「多数どころかとんでもない量の防衛部隊が配置されているかも」。「トンネル入った瞬間攻撃されるかも」みたいな?

AC乗りの基本、『かもしれない出撃』をしました。で、いざ到着してみたらどうなってたと思います?

 

それがね

 

《駄目だな、ゼン。反応が無い》

《……ふむ》

 

これ。反応0。そう、防衛部隊が居なかった。

 

ああ、いや。ちょっと違うかな。正確には『防衛部隊が撃破されていた』。どんどんポイントに近づいて居る自機の視界映るのは、変わり映えしないトンネル内の景色、そして撃破されて無残に残骸を散らしている防衛部隊……だったもの。

 

南無……。

 

さて、ほどなくして目標近くにまで到達したわけであるが。

 

《無い、何もな。プロキオン自体も既にやられている様子だ》

 

お仕事しにいったら既に他の誰かにお仕事奪われていたでござる、の巻。

……え、これ何なの?誰がやったの?ってかこの場合報酬とかどうなるんだ。

違う違う!それも気になるけど、この状況はアカン。俺……ってかACやってた人なら分かる。

 

絶対ロクでもない事が起こる。

 

《このまま居ても仕方がない、か?どうする、先方にコンタクトを取れない事も無いが》

《そうだな、まずは―――》

 

即行でトンネルを出ようと思います。そう、言いかけた。しかし

 

《……おっと、連絡は後回しだ。どうやら『来た』みたいだぞ?》

《……まずは、『来た』何かの確認とするか》

 

突如レーダーに映る高熱源体が。速度的にネクスト機ですよねー。

エドガーさんは多少驚いてはいるものの、その声は比較的落ち着いている。多分こっちと同じく何かが起こると思っていたんだろうな……ああ……今度はどちら様ですかねぇ。

 

反応は前方からだ。トンネルの奥を注視する……何やらかなり特徴的なシルエットを有した機体の様だ。遠くから見てもすぐ分かる程に『尖って』いる。

 

そして機体後方がやけに明るい。クイックブーストを使用しては無いはずだけど……んん?

揺らめいている?かなりの噴射炎だな。色も通常のブーストとは比べものにならない位の鮮やかなオレンジ色……

 

《…………》

 

此方にある程度まで接近した機体は停止。

 

《成る程。これは困った》

 

そして気が付く。二振りの刀に、月を裂いているかの如きエンブレムに。

機体後方が異様に明るかったのは、背部兵装を犠牲にして追加ブーストを採用していたからだ。肩にはフラッシュロケット、左腕にはマシンガン。

 

右腕には、全レーザーブレード中最高の威力を有する〝07-MOONLIGHT〟。通称『月光』を装備した、旧レイレナード社の傑作機〝“03-AALIYAH〟ベースの超攻撃型の機体。

 

機体名――――『スプリットムーン』。

 

閉所で一番会いたくない人来たよ。これまだ時期的にchapter1も終わってないんじゃ……勘弁してくれ〝真改〟さん。

 

 

 

**************************

 

 

MT部隊隊長視点

 

 

ギアトンネル内の突如現れた、銀色(いや灰か?)のネクスト機。

リンクス戦争後に失われたと噂されていた『月光』を装備し、フレームから武装まで、外見をほぼ全て旧レイレナード社製のモノで固められた近接特化の機体。

 

外装の確認を終えたエドガーは、即座にカラードには登録されていないネクスト機だと判断。

 

何せ極めて特徴的な機体だ。一度知る事があればまず忘れる事は無い。

だが脳内の『カラードネクスト機大百科』の中には、自身の知る限りでは現在当てはまる機体は一切見当たらなかった。

 

《成る程。これは困った》

《「成る程」?》

 

ゼンの発言が気になったエドガーは即座に聞き返す。

 

《知り合いか?》

《一方的な、な。まず間違いなく相手は此方の事を知らないだろう》

 

一方的。つまりゼンはこの相手、少なくとも機体については既に知っていたと。

となればこの者が例の組織の〝もう一人〟の線は薄いか。以前〝もう一人〟について話していた時ゼンは「詳しくは知らない」と言っていたのだ。

 

また、ゼンの立場上は〝もう一人〟の方がゼン本人の事を知っているor知らないかどうかは不明瞭なはず。にもかかわらずこの相手には「間違いなく此方を知らない」と言い切ったのだから。

 

しかし……となると一体

 

《何者なんだ?》

《ネクスト、『スプリットムーン』。リンクス名は――――》

 

答えようとしたその時。

 

 

―――――――ジャキィッッ!!

 

 

相手……スプリットムーンはマシンガンを構え、突撃体勢を取った。

まあ、何時までも静止状態でいるはずもないのだが……話の続きが気になるが、後は自分で調べてみるとしよう。

 

《来るぞ……!》

 

パラパラと小気味の良い音と共にマシンガンを発射・突撃するスプリットムーン。

ゼンはそれに合わせて機体を後退、ライフルを構えると『引き撃ち』体勢に移る。

 

横幅的にはネクスト三機が入るかと思われるが、ここはあくまでもトンネル内。

ブレード持ちの相手に不用意に接近されればどうなるかは明白……セオリー通りの対応か。

 

《後方距離約400。そのままみて左曲りだ》

《助かる》

《360……300……》

 

後方の確認中。ようは目を離した隙に接近されでもしたら事だ。ここはオペレーターとして少しでも負担を減らすべきだろう。

 

(……速い)

 

エドガーの見ているモニターには、ネームレスから放たれた弾丸に臆することなく、着実に距離を詰めている敵機の姿が。

 

《ふむ……》

 

するとネームレスはここで武装を変更。両背のレーザーキャノンを構え、すかさず発射。

それらはオーメル社製のレーザー兵器特有である、橙色の発射光と共に、二本の軌跡を描きつつ敵機へと向かっていく。

 

が、ここでスプリットムーンは両脚部をスライドさせた。

 

被弾する直前、ドリフトターンの要領で機体を回転・『半身』のすることで、二本のレーザーキャノンの間を縫うようにして回避。勢いに任せそのまま一回転し、

 

 

―――――――パラララッッ!!

 

 

再びマシンガンを連射。体勢を立て直す。

 

《まあ、良しとしよう》

《クック……『距離』は稼げたか?》

 

ゼンからすれば「当たれば良いが」程度の認識だったのだろう。しかしこれらの回避行動から見て取れる通り、この『スプリットムーン』を操るリンクス……かなりの手練れだ。

 

横方向へのクイックブーストでは、トンネル内の壁に衝突してしまう可能性もある。

恐らくはそれを見越してのドリフトターンか。レーザーキャノン同士の隙間を縫うなど、ゼンの『銃口抜き』を見て居なければ些か驚いていたところだ。

 

(しかし、それはそうと……先程から不自然だ)

 

フラッシュロケットや、前方向へのクイックブーストを全くと言って良い程使用ないのは……

 

「何故だ……」

 

エドガーは小さく呟く。そう、この相手。戦闘が始まって以来、一切クイックブーストを使用しないのだ。

 

引いているネームレスに、攻めるスプリットムーン。これまでの戦闘からゼンの方に比べて相手の出力値の方が高い事は見て取れる。追加ブーストと言う出力増幅装置もあり、明らかにメインは急速接近からのブレード、『月光』のはずだが。

 

《……》

 

ゼンは適度に後退のクイックブーストを使用してはいる……だが、それでも少なすぎる頻度だ。

距離を取る為にはもう少し使用しても許されそうな場面だ。何か理由でもあるのだろうか?

 

しかし、そんなエドガーの疑念を余所に更に戦闘は進行。そのまま双方ジリ貧の展開が続くかと思われた、その時。

 

(!)

 

スプリットムーンが、変化を見せた。

 

《浮い……!》

 

機体を浮かせたのだ。それと共にブースト出力も上昇。ネームレスとの距離が急速に縮まる。

 

ネクスト機を浮かすには狭いと言わざるをえないトンネル内。通常ブーストとは言え時速数百キロは出ているだろうに、大した機体制御だ。

これまでとは明らかに違う展開。確実に何かを仕掛けてくるだろう……さあ何を―――――

 

 

―――――ガクン。

 

 

そこで一瞬。モニターに映るネームレスの……ゼンの視界が、上下にカクついた。

 

《な……!》

《……!》

 

何が起こった?

 

通信越しの息遣いから判断するに、ゼンも多少なりとも驚いている筈だ。

トンネル内の壁にでもぶつかった?いや、違う。今現在二機の映っているマップは真っ直ぐ……次曲がるポイントまでは距離がある。それは間違いない。では、何故。

 

そんな疑問に埋め尽くされるエドガーの目に入った、僅かに、だが確かに『変化』していたもの。それは

 

 

高度計。

 

 

そう。ほんの僅か……いや、『地面にいるにしては』急にネームレスの位置する高度が上昇していたのだ。本来なら飛行する際に注視するものだが、これが今の状況で示すことは即ち、ネームレスは今現在『坂を上っている』と言う事だ。

 

後方を確認していなかった為に、機体のバランスを一瞬崩しかけたと言う訳だろう。

ネクスト機はリンクスとAMS接続されているだけあり、その操縦感覚は適性に優れた者であれば人間時とほぼ遜色が無いと聞く。

 

……つまりは今回、その繊細な制御感覚を逆手に取られたのだ。

 

「クッ……!」

 

やられた。これは自分の責任だろう……エドガーは感じた。

自身の『ナビ』を信用していたゼンは、本当に必要最低限しか後方を確認していなかったのだ、と。

 

《む……!》

 

宙に浮いたスプリットムーンはここぞとばかりにフラッシュロケットを発射。

それを回避するべく、ネームレスはすかさず横方向へのクイックブーストを発動する。

 

―――――キィッ!!

 

その際僅かに機体を壁にこすったのか、甲高い音が響く……狭いトンネル内でよくやるものだ。いや、ゼンが壁に激突するなど万に一にもあり得ないが。

それより問題はロケットの方だ。回避は成功し―――――

 

 

―――――そこで炸裂音と同時。モニターが白に染まった。

 

 

 

……確かに、フラッシュロケットは回避していた。フラッシュロケットの『弾丸』は。

しかしながら、スプリットムーン側からすれば、別にネームレスに直撃させずとも良かったのだ。

 

エドガーは知る由もない事だが、スプリットムーンが狙いを定めていたのはネームレス本体では無く、『本体を含めた地面(坂)』。

フラッシュロケットは何も機体本体に直撃させる必要などない。視界を潰せる事さえ出来れば良いのだから、ロケットの『炸裂(有効)範囲』に相手を納めれば事は済む。

 

 

不味い、殺られる。

 

 

モニターには何も映ってはいないが、エドガーには分かっていた。『月光』が、来る。

見えなくなる直前の相手の位置、ブースト出力の差を考えても、恐らく回避は困難を極めるだろう。しかし……このままでは、軽量機であるネームレスは下手をすれば一撃で……

 

 

《―――――下がれッ!!》

 

 

咄嗟に出た言葉。それは過去様々な戦場を渡り歩いてきた、一人の兵士としての『勘』だった。

 

《了解》

 

こんな時にすら焦りを感じさせないゼンの了承の意。そしてふと思う。もしやこの男ならば、この窮地を脱するだけの〝何か〟を持っているのでは無いかと。すると

 

(何だ……!!)

 

通常のクイックブースト音とは一線を画す、まさに「鼓膜が破けるのでは無いか」と思う程のブースト音が通信機越しにこだまし、それとほぼ同時

 

―――――ザンッッ!!

 

何かを〝斬り裂く〟音がトンネル内に鳴り響いた……

 

 

 

 

 



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第26話


若干改造されてます。




真改視点

 

 

完璧だった。

 

突撃する際の位置取り、タイミング。更に自機のメインブースタに対する相手のバックブースタの出力差。全てが、噛み合っていた。

かつての盟友。〝彼女〟から受け継いだ『月光』は妖しく、しかし搭乗者の意志に呼応するかの如く強き光を放ち、相手を斬り伏せんと横一閃に薙ぎ払われた。

 

……鈍い斬り裂き音がトンネル内に響く。

 

手応えは、確かにあった。

 

(……)

 

――――はずだ。だが、何故

 

 

《ふ~。肝が冷える、とは良く言った物だ》

 

 

斬れていない?

 

……いや、事実として、斬れてはいる。

だが、斬れている『部位』が狙いとは大きくズレが生じているのだ。

真改自身が狙いを定めていたのは機体のコア部分。だが、実際に損傷を与える事が出来た部位はコアでは無く『右腕武器』。つまりは相手の持つ突撃ライフルである。

 

《しかし……これではもう使えんな》

 

回線を繋げた相手はそう言うと、見せつけるかの如き仕草で右腕を頭部辺りにまで挙げた。

これでは、と言うのも、その右腕に握られているライフルは銃身が中央辺りからスッパリ無くなってしまっていたのだ。切断面は『月光』に斬られた際の熱で赤白く発光している。

 

(……)

 

斬りかかった際の出来事を鮮明に思い出す。

その時、この銀のネクスト機は自機の突撃に対してほぼ完璧なタイミングでクイックブーストを使用していた。

閃光弾の影響で視界の塞がれた中、勘のみを頼りにそれをやてのけたのは驚嘆に値する。

 

しかし前述の通り、真改は戦闘中に相手のブースト値。正確には『クイックブースト』の出力がどの程度なのかを見極めていた。

クイックブーストは通常時のそれとは違い、細かな出力調整が出来ない。

いやまあ、必ずしも一定と言う訳では無いが……それはあくまでも誤差の範囲内。基本的には予め決められた値でしか吹かす事が出来ないのだ。

 

だからこのその調整不可を、誤差の範囲内すら計算に入れ、相手がどんなに完璧なタイミングで後退しようとも確実にコアを斬り裂ける距離から突撃した……

 

にもかかわらず、この結果。すなわち

 

《……上昇……》

 

そう、変わらないはずのクイックブーストの出力が上昇したのだ。

どう言ったカラクリを使ったのかは分からないが、誤差の範囲を大きく逸脱する、もはや『ブースターが変わった』と言っても過言では無い程に。

 

《さすがに気になるか? 正解だ。無理やり『上げた』。気分は最悪と言ったところだが》

 

思わずして呟いた言葉に男が反応する……やはり。だがあり得るのか?その様な事が。

 

《そうだな。こういうのはお約束だ。少し説明するとしよう。先程使用したのは『二段クイックブースト』と言われる技術だ。見た通り、クイックブーストの出力が大幅に上昇する。まあ、通常時のモノ以上に、そう手軽に出来る訳では無いが……》

《……》

 

『二段クイックブースト』。聞いた事の無い技術だ。話や語彙から推測するに、クイックブーストにはもう一つ上の段階、『二段階目』があると言う事か……つまり我々はネクスト機の性能を限界まで引き出せていない?

 

いや待て、確か昔……リンクス戦争以前。アスピナのリンクスが特殊なクイックブースト値を叩き出していると一時期話題に上がっていたが、まさかそれが。

 

《と、まあ。お喋りはこれ位にしてだ……今のはマグレだと思ってもらおう。次は》

 

――――無い。

 

紛れ……つまり『今回の損失は万に一つの可能性が起こったに過ぎない』とでも言いたいのだろう。他の者が言おうものなら、その傲慢さに笑いでも出て来るやも知れない。

 

しかしながら真改には理解っていた。この男の言う通り、恐らく次は……

 

最初、相手を見たその瞬間に確信していたのだ。この者が件のリンクスであると。

アルゼブラの軽量標準機をベースとした、銀のネクスト機。近頃はあの『ランク1』を撤退に追い込んだなどと、企業連中のみならず反体制勢力にまでその噂を轟かせている男。

 

あの『ランク1』を退けた〝名無しの怪物〟に対し、不用意に攻め立てるなど愚の骨頂。

なればこそ、全ての条件がそろい踏みしていたはずだったあの一瞬に勝負を賭けていたのだ。

 

(……)

 

この状況、真改側は多少の被弾と引き換えに相手……ネームレスの武装の一つを破壊した。

戦闘スタイルから見るに両手に持つライフルが主兵装で間違いないはず。それだけ考えると、撃破こそ叶わなかったものの、それ程悪い結果では無いのか。

 

しかし問題は、この者を相手に二度同じ手は通用しないであろうと言う事。

 

此方が相手を観察していると言う事は、その逆も然り。己の手の内……戦略、癖などはほぼ全て晒してしまったも同然。対して相手は『二段』などと言った切り札を持っている。

さしもの真改と言えども、一度見ただけでは『二段』の正確なブースト上昇具合は測れない。

 

……今の勝負。切り札をギリギリまで隠し持っていた相手が一枚上手だったと言うべきか。

 

(……されど……)

 

まだ終わった訳では無い。むしろここからが本番――――

 

 

《……?》

 

 

そこで起こった突然の出来事。

 

 

《何だ……?》

 

 

地面が、揺れだしたのだ。

 

いや、地面だけでは無くトンネル全体が揺れている……地震か?

だがこれは妙だ。自機の後方……トンネルの奥からは甲高い金属音がこだましている。

 

《……近づいて居るな》

 

そうだ、これは地震では無い。この揺れを引き起こしている『何か』が近付いているのだ。

トンネル内に反響している音は徐々に多いくなり、それに比例するように地面の揺れも大きさを増している。

 

そのあまりの振動に、トンネルの天井からはパラパラと細かいコンクリート片や埃が降り注ぐ……その異常事態に、思わず闘いを忘れトンネルの奥を注視するネクスト二機。

 

――――ゴゴゴ……

 

……来た。

 

薄暗いトンネルの奥から、地を照らす明るい光が近付いてきている……これは『何か』の発しているライトか?しかし一体何が、

 

――――ゴゴゴゴゴゴゴッッ!!!

 

……。

 

その近づく何かの正体を確認した真改は思わずして顔を顰めた。ここで『それ』が出てくるか。さすがに想定可能な範囲を超えている。

さて、一方でその『何か』の正体を目の当たりにした〝名無しの怪物〟はと言うと。

 

《ハッハッハ!成る程!これはまた!》

 

何とも、愉快そうだ。通信越しに聞こえてくる声はもはや嬉し泣きしている様を想像させる。

……「ギアトンネルの様子を見に行ってくれ」と言われただけの筈だったのだが、ネクスト一機の相手に加え、次はコレか。とんだ大事に発展したものだ。

もしや参謀役のあの男は、こうなると知ってて己に頼んだのではないか。

 

依頼を回してきた同志にそんな疑念を持ちはじめたその時

 

《ハッハ……ふー。休戦と行くか?》

 

笑いが収まったらしい男からの提案。

休戦。悪くない案だ……まずはアレをどうにかしなければ始まるまい。

 

《――――斬る》

 

狭いトンネル内、ネクスト二機が相対するのは――――

 

 

――――旧型の巨大兵器『ウルスラグナ』(〝URSRAGNA〟)

 

 

さて、どう攻略したものか。

 

 

――――――――――――

 

ウルスラグナ。まるで巨大なモグラの如き外見をしたそれは、今は無き旧アクアビット社と旧GAE社の合作AFで、高速での突進のより対象を破壊する蹂躙型兵器である。

射撃武器としてはレーザーやガトリングガン、コジマキャノンを装備。前面には四つの整波装置を備え付ける事により高出力のPAを展開しており、こと狭いトンネル内では厄介極まり無い相手だ。

 

この世界の約十年前……リンクス戦争時においてはここ、ギアトンネルを経由し、アナトリアへの直接攻撃を試みた兵器、と言えば分かりやすいだろうか。

 

(……!)

 

激しい地響きと共に急速に接近するウルスラグナ。やがてその全面中央が緑色に眩く輝き出す。

 

《来るぞ!》

 

次の瞬間、落雷の如き轟音と共にコジマキャノンが発射された。

トンネル中央辺りに居たネクスト二機は即座にサイドのクイックブーストを噴射、スプリットムーンは右、『名無し』は左方向へ。

 

直後に二機の間を通過する野太い緑の光。そして遅れて聞こえる着弾音……これは、まずい。

 

まずは距離を取るのが得策か、と機体をウルスラグナに向けたまま後退を試みる二機。

幸いにも此方に比べると相手の移動速度は大分遅めだ。重量機でも無い限り通常ブーストでの後退で事足りる。

 

(……先ずは……)

 

整波装置の破壊からか。

 

あのコジマキャノンは厄介だが、チャージにそれなりの時間が掛かるようだ。

クールタイム毎に突撃、装置を一つ一つ破壊していくのが良いだろう。

 

《整波装置、右上方からだ》

 

向こうからの指示が入る。どうやら考える事は同じらしい。

 

その合図が引き金となり二機は同時にウルスラグナへと突撃する。レーザーはともかくガトリングに関しては完全回避は厳しいが、まあそれは必要経費と言うもの。

 

《よし》

 

ある程度まで距離を詰めた二機は目標に向かいそれぞれレーザーキャノン、ライフル、マシンガン等を連射。如何に分厚いPAと言えども、一点に攻撃を集中されれば流石に『その側』は弱まる。

 

その隙を見逃す真改では無い。

 

機体、スプリットムーンを浮かすと共にクイックブーストを使用。更に前方へと加速、一気に対象への距離0へと持ち込む。

 

――――一閃

 

振るわれた『月光』に成す術も無く斬り裂かれる整波装置。

その対象からはバチバチとした火花が……爆発の前兆である。それに巻き込まれぬよう、真改はウルスラグナを『蹴り』、同時に後方へのクイックブーストを発動。一瞬で対象との距離を取る。

 

直後、爆発。

 

熱風と爆炎が機体を包む。視界がふさがれるが、特に問題は無い。

トンネルの天井間際、空中でもう一度後方にクイックブーストを噴かし、その煙から脱出。

 

ブーストを切り、

 

――――ドンッ!

 

再び地に足を付け体勢を立て直す……さて

 

《……壱……》

《クック……さすがにやるな?》

《……》

《おっと、軽口を叩いている場合では無いな。次は右下方だ》

 

最初と同様にお互い機体を後退させつつ、隙を図る。

……一回目の突撃で対処法の確認は取れた。後はこれを繰り返せばよい。

 

二機は同じ手順で一つ、また一つと整波装置を破壊。順調にその数を減らしていく。

 

そしてついに

 

《これで》

《……肆……》

 

四つ全ての整波装置を破壊。残るは丸裸の正面装甲のみだ……と言っても、敵AFはこの時点で大きな損傷を受けているが。

至る所から火花を散らすウルスラグナを見据える。恐らくは次で最後の突撃となるだろう。

 

(……されど……)

 

撃破目前のこの時、真改は考えていた。

 

《順調すぎる気もするが……》

 

そう、あまりにも順調すぎる。

この男も何らかの違和感を抱いているのか、先ほどとは比べ声色がやや低めだ。本来なら喜ばしい事なのだが、何だこの違和感は?

 

……まあ良い、事実として今のところは何の問題も発生していない訳だ。ならばこのまま一気にカタをつける。

 

タイミングを見計らい――――今だ。

 

最後に狙うはウルスラグナの主砲。キャノンのチャージ中にそれを狙う事で、コジマ爆発を誘発させる算段である。

真改は違和感を振り払うかのように機体を最大出力で加速。対象が『月光の』有効範囲内に入り、振りかぶったその時。

 

――――キュゥウンッッ!!

 

『二枚目』

 

(――――!!)

 

中央のコジマキャノンを覆いかぶさるように、新たなPAが展開された。

どう言う事だ。確かに整波装置は全て破壊したはずだ。何故、コイツは……

 

寡黙な男。普段から殆どその表情を変化させる事の無い真改が、驚きに少なからず目を見開く。

PAに囲まれている範囲は各整波装置によるそれよりははるかに小さい。だが、このPA……異常なほどに電流を迸らせている。恐らくは何らかの技術によりコジマ粒子の還流範囲を圧縮、通常よりPA膜を『厚く』しているのだろう。

 

レーザーブレードは基本的にPAの干渉は受けづらいとされている。

が、これ程となると威力の減衰は……いや、それ以前にこの状況はマズイ。一瞬反応が遅れた。

 

コジマキャノンがチャージされ――――

 

《真改ッ!》

 

しかしそんな掛け声とほぼ同時、機体の右背部に衝撃が走った。それにより機体は左に向かい約45°回転。先の戦闘中の如く半身となることで、発射されたコジマキャノンを間一髪で回避する。

 

何が起こったのかを理解する前に、自機の視界に映ったのは一つの『赤い線』。

そして宙に浮かぶ『銃身が約半分のライフル』。これは……

 

真改は即座にそれに向けマシンガンを発射。するとそのライフルのマガジン部分に大量に残っていた弾薬に当たったのであろう、大規模な爆発が起こる。

至近距離の自機はそのダメージをモロに受けてしまうが、それは今は関係ない。

 

今は『ウルスラグナのPAを減衰させる事』が最も優先されるべき事なのだから。

 

流石にその衝撃には堪えたのだろう。分厚いPA膜が『揺らぐ』。

 

《――――前を向け》

 

通信越しの男の言葉。それは奇しくも、最強の剣士であった〝彼女〟の口癖と一致していた。

 

『前を向かぬ者に、勝利は無い』

 

そう。彼女は……アンジェは、どんな時も――――

 

 

《――――フッッ!!》

 

 

正面に向き直る。強く息を吐き、『月光』を振った。それは斬ると言うよりかは〝抉る〟ように。

 

渾身の一撃。コジマキャノンのチャージこそされていなかったものの、それに耐えられるはずも無く、対象は沈黙。その動きを完全に止めた。

 

(……)

 

それに一瞥をくれた後、真改は機体を例の〝名無し〟の方へと向きなおす……

 

………。

 

睨み合う両者。しばしの静寂がトンネル内に満ちる……が、それを破ったのはやはりこの男。

 

《……さすがは『月光持ち』と言ったところか》

《……貴様、何故……》

《最後のアレか?……ああした方が良いと感じた。他意は無い》

《………》

 

冷静になった今なら理解できる。

 

あの瞬間この男は二門のレーザーキャノンを発射し、その内一発を自機の背に当てたのだ。

その衝撃のお陰でどうにかコジマキャノンを回避できた……恐らくは事前に見せていた、ドリフトターンを用いての回避行動からヒントを得たのだろう。

 

更には『月光』により斬られ、使い物にならなくなったライフルを利用し、ウルスラグナのPA減衰を狙ったと言う訳だ。しかしあの完璧なタイミングで……一瞬で判断したのか、それとも予測していたのか。

 

どちらにせよ驚異的な能力。〝名無しの怪物〟とは良く言った物だ。

 

だが……あの時。此方側がミスを、もしくはこの男の意図を読み取れない可能性も――――

 

《まあ、何だ。信じていたぞ》

《……》

 

何なんだ、この男は。

 

傲慢かと思えば一変してこの態度、まるで掴みどころがない。

どこぞの『革命家』でもあるまいし。

 

《おっと、真改。後ろを見てみろ》

《……?》

 

呆れて居た所で、男からの指示が入る。まさか、また動き出したりでもしたのか。

少々警戒しつつ、言われるがまま後ろを振り返った……しかしそこには相も変わらず沈黙しているウルスラグナがあるのみ。

 

何も変わり無いではないか、と再び〝名無し〟に視線を戻すとそこには

 

《ハッハ!》

 

此方に背を向けオーバードブーストを展開しているネクスト機が。完全に離脱体勢である。

 

《…………》

《すまないが、帰らせてもらおう!仕事は元より無かったも同然なのでな!》

 

もはや戦闘継続の意思は全く見られない。呆気にとられている真改を余所に、相手のネクスト機は準備を整えたらしく、轟音を響かせその場から離脱した。

 

その間際

 

《しかしながら見事なブレード捌きだった。まるで――――》

 

聞き捨てならない言葉を告げて。

 

――――オルレアを彷彿とさせる。

 

 

《……!待……》

《また、な》

 

しかしそんな制止も空しく、機体は加速。驚異的な速度でその場から遠ざかる。

 

《……》

 

追う事は出来る。が、しかし全力で退避するアレに追いつくのはさすがに苦労しそうだ。

第一、自機の損傷具合も激しい……『今回は』ここまでか。まあ、また『次回』もあるだろう。

奴自身が最後にそう告げたように。

 

……それにしても「オルレアを彷彿とさせる」か。

 

オルレア、それは〝彼女〟のかつての愛機。

真改自身としては未だに〝彼女〟に追いついた……追いつける気すらしていないが。

しかしながら、気が付けば『リンクス戦争』から早十年。弱かった己も、少しはまともになったのやもしれない。

 

《……ぬぅ……》

 

あの男は〝彼女〟の事を……いや、今更ながら初対面にも関わらず真改という『名』を知っていた。もしや元々はレイレナード陣営に所属するリンクスだったのか。

それに加え「仕事は元より無かったも同然」とは、まるで

 

『プロキオンや防衛部隊をやったのは他の誰か』

 

だとでも……まあ、疑問は尽きないが

 

 

 

「……終始……」

 

 

 

中々、悪くない気分だ。

 

  

 



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第27話

そろそろチャプター1終了。



主人公視点

 

 

真改さん超やべぇ。

 

こっちのライフル一挺ぶった切られるし(実はコアもギリギリ傷ついているよ!)。

ウルスラグナにブレードで斬りかかったと思ったら、整波装置蹴って爆炎の中から現れるし。

蹴り入れるとかVACかよアンタは……そんなんやろうと思います? 一応AMSで接続されているだけあって、人間時の感覚・イメージで出来るんだろうけどさぁ……

 

挙句の果てには、俺が最後にテンション上がって「これも食らっとけやオラァ!」ってぶん投げた半分ライフルを狙い撃ちして、相手のPA弱らせるし。

 

《……さすがは『月光持ち』と言ったところか》

 

ハリウッド映画並みの活躍で目ん玉飛び出るわ!

 

本当、俺要らなかったんじゃね。真改さん全然太刀筋が寝ぼけて居なかったよオイ……

もしかしたら上位勢のリンクスって皆こんな感じなの? 

……考えてみればお互いOB中に相手のメインブースタを狙い撃ちする人も居るしな。

 

《……貴様、何故……》

 

褒め褒め作戦終了のお知らせ。うわー、やっぱり怒り心頭な感じですよね。

多分怒りの原因はライフル投げた時のWレーザーキャノン発射の件だろう。間違ってスプリットムーンの背中の方に一発直撃させちゃった……

 

《最後のアレか?……ああした方が良いと感じた。他意は無い》

 

本当にごめんなさい。悪意とかは全く無くて、ただ真改さんに何もかも任せっきりなのはどうかと思ってたんです。自分も働いてますよアピールをしたかったんです。

結果的に真改さんとこに一発当てると言う最悪の事態に陥りましたけれども。

 

《………》

 

無言。無言である。

 

普段から物静かな方らしいですが……あの頭部パーツ見てよ。AC4のオープニング機、シュープリスの如く『目を細めて』いるのが分かる。完全に睨まれてますねー。

さすがにAMS、そして複眼が採用されているだけあって人間的な部分も垣間見えます(逃避)。

 

《まあ、何だ。信じていたぞ》

《……》

 

うっし意味ないな。逃げよう。

 

《おっと、真改。後ろを見てみろ》

《……?》

 

此方の指示通りに後ろを振り向くスプリットムーン。くっく……今だ!OB機動!

 

《ハッハ!すまないが、帰らせてもらおう!仕事は元より無かったも同然なのでな!》

 

ほんとこれ。元々お仕事無かった訳だからね!

てか、結果的に言えば無かったどころか格段に仕事量が増加していたから。お給料が出るかどうかも分からない奴が。まったく、傭兵稼業はブラックも良いとこだぜ……

 

くやしい、でも受けちゃう!ピコンピコン!!(※ブザー音)

 

《しかしながら見事なブレード捌きだった。まるでオルレアを彷彿とさせる》

《……!待……》

《また、な》

 

そう言ってその場から超速で離脱する……はぁ。

真改さん強かったな。初めての室内戦でトンネルの壁に激突しないか注意散漫だったし、あのまま乱入無しで戦ってたらどうなってたことやら。

 

本当、AC4のオルレア戦を思い出したよ。まあそっちはゲーム中でしか戦って無いけども。

今回俺はトンネル内での戦闘だったから引き撃ちで何とか対応出来たけど、オルレア戦はこっちより超絶狭い倉庫での戦いだし……スライスされまくったなぁ。

 

初見で倒したアナトリアの傭兵さんマジイレギュラー。

 

《ゼン》

 

OBを使い、レーダーからスプリットムーンの反応が消えた頃、エドガーさんから通信が入った。おお、そう言えば

 

《すまな……》

《感謝する、エドガー》

《!》

《今回、そちらのお陰でスプリットムーンの一撃を回避する事が出来た。ハッキリ言って、あの指示が無ければ致命傷は免れなかっただろう》

 

あれは危なかった。ぶっちゃけ死にかけたよね。

「真改さん何か狙ってんなー」っては思っていたけど、まさか急勾配な坂を利用してくるとは夢にも思わなかったよ……実戦経験の差が出た場面だったね。咄嗟に二段QB出しても超ギリギリ……

 

と言うか殆ど偶然みたいなものだったし。正直、次あんな事されたらもう無理っす。

 

……アカン。思い出したら身体中が痛くなってきた。二段QBと普通のとじゃ身体にかかる負荷が全然違う。普段からQB慣れしていないってのもあるんだろうけど、そんなホイホイ使用出来る代物じゃないぞ。

 

《……そうか。役に立てていたのなら、それで良い》

《何を言っている。そちらにはいつも借りを作ってばかりで悪いと思っている程だぞ?》

《フッ……お前さん、少しばかり甘すぎるぞ》

《クック……それ程か?》

 

ゼンさんの半分は優しさで出来ています。嘘です。頭痛によく効くお薬作ってる会社に怒られそうなのでここまでにしよう。

 

《まあそれは良いとしてだ、エドガー。スプリットムーンの来た方向……少し妙だと思わないか?》

《それは此方も思っていたところだ。あの機体はお前さんとは『逆方向』から現れた。それこそ『待っていた』訳でも無くな》

 

そうなんだよなー。

 

俺狙いなら待ってれば済む話だ。真改さんが撤退しかけて、レーダーにこっちの機体が反応したから戻って来たとか?

でもわざわざ戻って来てまで俺(その時点ではまだ未確認機)と戦うかな……

 

《つまりお前さんは『スプリットムーンの現れる前に何者かが防衛部隊およびプロキオンを排除した』と考えている訳だな?》

 

え?あっ!そう言う事ねハイハイ!いやー実はそうなんだよ。俺も今同じことを思ってたんだよねー。いやマジマジ。

 

《むぅ……》

 

しっかしスプリットムーンの件もそうだけど、突然現れたウルスラグナの方も気になるな。

ゲーム中、ハードモードでは動かない固定砲台みたいなものだったし。

しかもよ?あれ、俺はともかく、スプリットムーン諸共破壊せんと猛突進してきた訳よ?

真改さんからしても予想外の出来事だったみたいだし、絶対『旅団』側じゃ無いよね。

 

てか全面中央に二枚目のPA隠し持ってるとか聞いてねぇ。何アレ新型?リンクス戦争からの十年間で改造でもしたんだろうか。

 

《クックック……成る程》

《……?》

 

わからん。もう謎めいている。誰か名探偵つれてきて。

そもそもの話として、依頼主がトーラスとか言う時点で怪しかったのかもしれない。

何やらラインアークはGA系列と仲良しらしいし。

 

…………。

 

おいおーい!今回きな臭さ半端じゃないぞ!

俺の知らないところで何かヤバい事起こってるんじゃないだろうな?いやでも、これ絶対幾つかの企業(組織)の思惑が絡んでるでしょ……

 

《全く、困りものだな》

 

ったくこれだからアーマードコアはよォ!

 

ゲーム中ならいざ知らず、実際に当事者になると裏の動きが全然分からぬぁ!

そう言う情勢を教えてくれるメールシステムやらナレーションやらも無いし……アレか?もしや、俺も例のアレなのか?

 

いつの間にか組織間のイザコザに巻き込まれていく、AC特有の『面倒な事』になるのか?

し、しかしそう言うのは別に担当が決まって……

 

……ハイヤメ!この話はやめよう!ぐちぐち気にするのは男らしくないし!

今日は疲れたし帰ったらゆっくり――――

 

《む……ゼン。突然だが先方からの連絡が入った。「報酬は倍振り込んだ」だと》

《そうか》

 

倍ってなんだよ倍って。

 

 

**************************

 

 

MT部隊隊長視点

 

 

戦闘終了後、ラインアークに戻ったエドガーは上層部への報告ついでにある人物を探していた。長い廊下を歩き、目的の人物が滞在していると聞いた部屋へと到着。

扉をノックし、するとそこから顔を出した者は……

 

「おやおや!珍しいねエドガー君。君が僕を訪ねて来るなんて」

「貴方に、少しお話を伺いたかったので」

 

アブ・マーシュ。言わずと知れた天才アーキテクトである。

エドガーの姿を確認しても特に驚いた表情は見られない。まさか来訪を予測していたとは思えないが、この男の場合「絶対に無い」と言い切れない辺りが何とも……

 

「立ち話も何だし、部屋にでも入りなよ」

「では、失礼します」

 

室内に入るとチラリと辺りを見渡す。まず目に付くのは木製のデスクに椅子。そしてベッドに加え、個人用のPC端末……何とも殺風景な部屋だ。

下手をするとゼンの部屋よりも何もないのではないだろうか。聞いた話によると大喜びで選んだらしいが。

 

マーシュはベッドに、エドガーは勧められるままに椅子へ座ると、観察もそこそこに本題に入る。

 

「それで、聞きたい事とはなんだい?」

「そうですね……まずは『スプリットムーン』と言うネクスト機について何かご存知で?」

「『スプリットムーン』……確か、旧レイレナードに所属していたリンクスの機体だねぇ。〝彼〟が本社を壊滅させた後のリンクスの消息は不明だったはずだけど……その様子だと」

「ええ、遭遇しました」

 

やはり旧レイレナード社出身か。機体構成を見る限りでは間違いないとは思っていたが。

しかしながらその様なネクスト機、リンクス戦争時を含め聞いた事が……

 

「そうだねぇ。申し訳ないけど、スプリットムーンのリンクスについては僕も詳しくは知らなくてね。知っている事と言えばリンクスネームは『真改』。十年前は確かまだ登録されたばかりのレイレナードの『被検体あがり』で、それゆえ戦場には出されなかった……と」

「なるほど」

「ああ、いや。とは言え僕らみたいな研究者だったりには『かなり優秀なリンクス』と噂では流れてきていたよ。まあ、あの頃は二人のリンクス、特に〝彼〟の話題で持ちきりだったからねぇ……」

 

戦場には出ていなかったとは……

 

確かに十年前、リンクス戦争時は〝彼〟ことアナトリアの傭兵。

そしてもう一人……ジョシュア・オブライエンの活躍の噂が毎日のように飛び交っていた。

そんな中では如何に優秀と言えども、自分達の様な一介の兵士にその名が伝わる事も無いか。

 

「お話、有難うございました」

「いやいや。あまり役に立てなくて申し訳ないねぇ」

「いえ、そんな事は」

 

十分有用な情報だ。元レイレナード社所属と言う事実の確認が取れただけでも良しとしよう。

 

「時に、ゼン君からは話を聞かなかったのかい?その様子だと彼、真改君の事は既に知っていたんだろう?」

「……タイミングを逃しました。ゼンは今回の件を少し『整理』している様子で、邪魔をするのもどうかと思ったので」

 

実際にはもう既に事の背景を理解しているように思えるが。戦闘終了後の「なるほど」との呟きからはそれこそ『全て』知っているかの如く……

まあ、根掘り葉掘り聞かれるのも嫌だろう。多少は自分で考えてみるべきだ。

 

「……」

 

ネクスト機、スプリットムーンを動かせる程の不明組織が背後にあったとして、ゼンのところと繋がっているのか、はたまた別か。

状況的には別の可能性が高いが、はたしてそれ程大規模な組織がそうそう存在するのか……

 

「……実は最近」

 

そこでマーシュが切り出す。

 

「公表は控えられているんだけど、世界各地で所属不明機がちょくちょく確認されていてね」

「!!……それは『別』機体で?」

「その通り。確認された機体それぞれのフレームは異なっているよ。明らかに組織的犯行と見るべきだねぇ……しかも、その全員が中々の実力者揃いと来たものだ。実際に量産型のAFも幾つかやられている様子だし」

「何と……」

 

何時もは柔和な笑みを浮かべているマーシュだが、この時は違った。

何かを思い出すかの様に天井を見上げ、瞼を閉じる。

 

「騒がしいねぇ……ゼン君が現れてからと言うもの、とても騒がしいよ」

「……」

「この感じ……『来る』かな?」

「……『一悶着』。で済みそうな話では無さそうですね。ゼンが切っ掛けとなるのか、はたまた別の要因なのか……ですがこのままでは確実に」

 

そう。確実に、起こる。

 

「だろうねぇ……まあ、ゼン君が現れた時点で『何か』が起こる事は明白だったんだけどさ。あれから約十年、僕的にはもう少しこの日常を謳歌したいところかな?」

「ククク……まだ謳歌し足りないので?」

 

傍目には中々謳歌している様に思えるのだが。しかし

 

「ふふふ、まだまださ」

「フ……実に貴方らしい」

 

全然、足りないらしい。

 

まあエドガー自身としても、決して平和とは言えないが、この日常が続いてほしいと願っている。何せリンクス戦争では戦いから遠く離れていた者達にまでその被害が及んでいたのだから。

 

今はクレイドルと言う新体制も出来上がっているだけに、その〝揺りかご〟が万が一にでも新たな戦火に巻き込まれでもしたら……考えるだけでも恐ろしい。

 

「そうそう。その、真改君。強かったかい?」

「ええ、ネームレスの装備が一つ破壊されました。しかし……あれは自分のミスが引き起こしたと言っても過言では――――」

「でも、ゼン君はそんな事思ってなかったんでしょ?」

「……貴方には、何でもお見通しの様子で」

 

全く。ゼンとはまた違った意味で敵に回したくはない男だ。

最近思うのだが、ラインアークにには曲者が集まってくる傾向でもあるのだろうか?

それらのお陰で企業と言う巨大な相手に立ち向かう事が出来ているのだろうが……

 

「えー。ではあと一つの質問を。『二段クイックブースト』という技術に聞き覚えは?」

「二段……いや、無いねぇ。全く……ふふ、もしかしてゼン君何か凄い事をしたのかい?例えば」

 

まさか、この男をして聞き覚えが無いとは。だがこの反応……

 

「QBの出力値が上昇したり?」

「! 流石です。ええ、今回の戦闘中において一度、QB時における出力が大幅に上昇しました」

 

やはり想定していた。それにこの反応、出力上昇の件については以前から知っている様子だ。

 

「僕の知る限り、それを可能にしているリンクスはこれまでに三人確認されているよ」

「これまでに三人とは……何と僅かな」

「うん。リンクスと言えどもその……『二段』だったかい?それを可能にするにはAMS適性以外の+αが必要だと僕は考えている。残念な事に研究対象が少なすぎて未だに解明するには至っていないんだけどねぇ」

 

これまでの、ネクスト機開発が行われてきての三人。余りにも少なすぎる……

つまりゼンは確認されているだけでも史上四人目の『二段QB』の使用を行える人物なのだ。

全く。何なんだあの男は。

 

「その三人とは?」

「まず一人は、ジョシュア・オブライエン」

「……!それはアスピナの……」

「ジョシュア君はAMS適性もさることながら、その『二段』を用いた高速戦闘もお手の物。更に頭脳・精神的な面から見ても最も理想的なリンクスだったんだ!」

 

目を輝かせ、興奮した様子でジョシュアの話をするマーシュは何というか……言うなれば、憧れの人物について語る無邪気な子供の様であった。

だが、エドガーは見逃さない。その最中に一瞬だが暗い表情をしたマーシュの事を。

 

「……」

 

アスピナの天才リンクス。ジョシュア・オブライエン。彼の最期について知る者は少ない。

かくゆうエドガー自身、『ジョシュア・オブライエンは作戦行動中の不慮の事故により行方不明』との公表しか耳にしていないのだ。

 

しかし少し考えれば分かる事だ……そんな事があるはずが無い。事の真相ははたして――――

 

「……ゴメンゴメン。少し熱くなりすぎたかな?」

「……お気になさらずに」

「えーっと。それで、ジョシュア君以外の二名は、かつて『砂漠の狼』の二つ名で知られたリンクス、アマジーグ。そしてもう一人は……」

「当てて見せましょう。『アナトリアの傭兵』、現ホワイト・グリントのリンクスでは?」

「ふふ、やるねぇ。正解。〝彼〟も使用していたよ」

 

やはり。何となくだが思った……リンクス戦争の英雄。あの男であろうと。しかし

 

「アマジーグにアナトリアの傭兵。両名は共にAMS適性は劣勢。それに使用『していた』とは」

「そう、〝彼〟はとある一戦でしか『二段』を使用しなかった。あるいは、出来なかったのか。アマジーグ君に関しては何とも言いきれないねぇ。彼は致命的な精神負荷と引き換えにネクスト機の戦闘力を引き上げていたらしいけど……」

「それと『二段』とは関係が無いと?」

「全く無いとは言い切れないね。ただ、精神的負荷を上げれば『二段』を使用できるなら、今までもっと使用可能なリンクスが出てきて居るはずなんだ。それこそ、戦場では死にもの狂い何て日常茶飯事なはずだからねぇ」

 

成る程、それでの『+α』か。AMS適性が劣勢でも良い……いや、AMS適性以外の〝何らか〟の才能?それははたしてAMS適性よりも更に希少な才能なのか……

 

 

もしくはAMS適性所持者。つまりはリンクスに著しく欠けている〝何か〟。

 

 

いや、まさかな。

 

「……貴方の、適性以外の+αに関する見解は?」

「ふふ……それは分からないなぁ?さっきも言った通り、研究対象が少なすぎて目星も付けられないよ」

 

嘘だ。このニヤケ顔……確実に何らかの目星はついている。

 

「クック……そうですか。それは残念です」

 

こうなっては仕方がない、ここはひとまず引いておくとしようか。

 

その後は、マーシュの『AMIDAちゃん観察日記』を見せつけられたり『浮く!ミニミニソルディオス砲制作計画!(〇秘)』を聞かされたりもしたがその話は割愛。

そもそも〇秘を人に教えても良いものなのか……

 

「……では、自分はこれで失礼します」

 

大分時間が経った頃、タイミングを見計らい部屋からの脱出に移る。

自分から訪れておいて何だが、マーシュはこのままだと一日中喋り続けそうなのだ。

 

「そうかい?まだまだ話し足りないけど……有意義な時間を過ごせたよ!また来たまえ!」

「ええ、また来ます」

 

危ない所だった。

エドガーは椅子から立ち上がると一礼をし、部屋から出て行こうと背を向けた。するとそこで何かを思い出したのだろう。

 

「おっと、エドガー君」

「? 何でしょう」

 

マーシュが非常に『ニヤニヤ』しながら語りだした。

 

「今度、ゼン君の戦っているところを皆で見よう!」

「……どう言う事でしょうか」

「その時のお楽しみさ!まあ、楽しみにしておいてくれたまえよ……あ!フィオナちゃんにはその時まで言わないでね。怒られちゃうからSA!」

「……ええ」

 

また何か企んでいる様子である。怒られちゃうから……とは、これまたフィオナ・イェルネフェルトも中々の苦労人だ。

 

ため息を吐きつつ部屋を後にする。

 

「……」

 

そして気が付いた。この場合、マーシュから計画を知らされた自身も所謂『共犯者』なのではと。しかし、今イェルネフェルトに告げ口をした場合マーシュの言う『お楽しみ』が阻止される可能性が高い。

 

エドガー自身としてはマーシュの企みが非常に気になる為に、密告と言う選択肢は無い訳で……

 

「ふー……やられたな」

 

長い廊下で一人呟く。今度は自分も『怒られちゃう』事になるやもしれない。

全く……まあ、マーシュが自分の関わりを話さなければ無事に済むか。

 

 

 

 



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第28話

もう初めの投稿から2年が過ぎました。カタツムリ更新ですが頑張っていきます。



主人公視点

 

 

「オライ!オライ!」

 

……ねぇちょっと。

 

「オライ!オライ…あーそこそこ!その辺に置いて!」

 

ねぇ何?何やってるのこの人?

 

今現在、ガソリンスタンドのお兄さんみたいな声で指示を出しているのは言わずもがな、トラブルメーカーのマーシュさん。そんなマーシュさんの指示通り何人かの作業服着た運搬屋さん(?)がどんどん『室内』に荷物を抱えて入って来る。

何だあれ。マッサージチェアみたいな物まで運んでんだけど……

 

お、そうそう。今この『室内』が何処かと言うと。

 

「おい、またマーシュさんが何か始める気だぞ」

「うむ……今回はまた荷物が多いが」

「ゼンさんの私物じゃないか?」

 

「うわー…隊長。何か知っています?」

「……。知らんな」

「アミアミダ!」

「アミちゃんは知っているみたいですね!うーん、でも私は言葉がちょっと……」

 

 

食堂。

 

ええ、まごうことなき食堂です。何時も通り皆さんと昼食摂りに来たら既に色々運び込まれてたんですけど。何これ。

 

それにしてもアミダさん周りに溶け込みすぎじゃね?

姿を見せてからまだ日が浅いにも関わらず、もう誰も突っ込まないし。女性のよしみなのか特にアイラちゃんと仲良くなってんだけど……アミちゃんってアダ名?

 

「それはそこ!はい皆も机を隅に寄せて!ああ、一つは中央に残してから!ハイハイハイ!」

 

手を叩いて俺らにも指示をだすマーシュさん。小学校の先生かよ。ここ食堂だよね?

前々から思ってたけど研究室的な場所じゃ無いよねここ。

 

突っ立ってても仕方がないので長い机と椅子を皆ではしっこ寄せる……お昼ご飯どうするのさ。

 

「リンクス。こんな形だが、そちらと共に作業できる事を光栄に思う」

「……見ない顔だな。エドガー等とは別部隊の者か?此方こそ光栄だ」

「ふふ……やはり噂とは違う。しかし、あなたの様な者が机寄せとは。何とも奇妙な光景だよ」

 

『噂』って何ですかねぇ。私、気になります。

……いやー。でも、こうしてまだ見ぬ人達と知り合いになれるのは良い機会だとおm……

 

「足を踏むな足を!」

「お前の立ち位置が悪いんだが!?」

「君達!喧嘩はやめたまえ!この僕。アブ・マーシュとの約束を忘れたのかい?」

 

「……ハァ」

「隊長?何か元気無いみたいですけど……」

 

うん賑やかだね!給食時間の終わりを思いだすね!実際には始まってすらないけど!

あと何かエドガーさんがさっきから元気無いんだよね。どうしたんだろうか?

 

そのままガヤガヤと荷物運びやら会場設営的な事だったりが進む……が、しかし、事はそう簡単には終わらなかった。

 

――――カツカツカツカツッッ!!!

 

突如ドアの外から足音(ヒールか?)が響いて来る……室内は騒がしいのに何故か良く耳に通る音だ。ああ、これはアレですね。あのお方がいらっしゃいますね……しかも絶対に

 

「き、来た!これは怖いぞ……っ!」

 

激怒している。

 

これは怖いぞじゃないでしょマーシュさん!何を他人事みたいに……あれ、エドガーさんが何かぶつぶつ呟いているんですけど。しかも天上見上げながら。ちょっとちょっと、本当にどうしたの……

 

――――バァン!!!

 

ついに勢い良く開かれた扉。そして

 

 

 

「……何を、しているんですか……?ん……?」

 

 

 

そこに立つクッソ怖い顔した美人さん。フィオナ・イェルネフェルト。うっわこれマーシュさん死ん……

 

「エドガー君が!」

「!」

「エドガー君も共犯なんだ!」

 

な、何だってーー!?

 

誰もがマーシュさんの死を確信したその時、衝撃的な事実が彼の口から飛び出した。

エドガーさんが共犯!?一体どう言う事なんだ、室内の者達の視線がエドガーさんに集まる。そんなエドガーさんの顔はと言うと……

 

 

「……!?」

 

 

驚愕の色に染まっていた。いや、あなたちょっと驚きすぎじゃない?何があったんだよ、この中で誰よりも驚いてるじゃん。そういやさっきから元気が無かったのはこの為……

 

「……えー、自分は」

「エドガー君は僕の計画を知っていながら、黙秘していたんだ!これはいけない事だよ……!そうだよねエドガー君……!」

 

これはいけないってどの口が言ってるんですかね?

それにエドガーさんの言い分に被せてくるとは必死すぎる……確かに今日のフィオナちゃんは迫力が段違いだけれども。一人(怒られるの)は嫌なんだろうけれども。

 

「……そうだったんですか?エドガー・アルベルト?」

 

にっこり微笑みながらエドガーさんに質問するフィオナちゃん。くそ怖ぇ。暗黒微笑じゃないよ、もはや深淵微笑だよこれ。深淵を覗込む時、深淵に覗かれてる感じの目(意味不明)だよ……

 

「ん"ん"……??」

 

フィオナ姉貴、額に青筋がピクピクのピクニックやないかい。美人が怒ると怖い説は本当だった。

 

その余りの迫力に、ゴクリ。と静まり返った室内。エドガーさんの答えは ……

 

 

「いえ、知りません。一切」

 

 

や、やった……!

 

ぶっちゃけ事前のテンションから察するに、確実にマーシュさんの言う『黙秘』説は真実だろう。だが、ここで一手……!

 

毅然とした態度で「何も知りません」を貫く事によって、マーシュさんへのヘイトを上げにかかったのだ。下手な言い訳をするよりも、エドガーさんの場合はこれで充分……彼の人柄、人望はAAA+(推定)なのだから……!

 

対するは何時も変な事ばっかしてるマーシュさん。結果は火を見るより明らかだろう。

 

「との事ですが……?」

「そ、そんな……」

 

膝から崩れ落ちる"天才"。日頃の行いの差が明暗を分けたか……

 

「ふ……フフ……」

 

しかし……何かがおかしい。マーシュさんから笑みが ……

 

「とでも、言うと思ったかい?この程度、想定の範囲内だよぉ!ヒャハァ!」

 

うわメッチャ聞いたことある台詞!じゃない、この期に及んで一体何をするつもりだ!

するとマーシュさんは白衣の胸ポケットからボタンのついた長方形の何かを取り出した。そのボタンの内一際大きなのを押すと……

 

『今度、ゼン君の戦っているところを皆で見よう!』

『……どう言う事でしょうか』

『その時のお楽しみさ!まあ、楽しみにしていてくれたまえよ……あっ、フィオナちゃんにはその時まで言わないでね。怒られちゃうからさ!』

『……ええ』

 

こ、これはァ!!音声会話記録!!つまり長方形のそれはボイスレコーダーだったと言う訳だ。き、汚い...!いや悪賢いと評価すべきか。さすがの頭脳だ……ここまでの流れを予め想定する事など容易いとでも言うのか。

 

「フフ……エドガー君。あの時、君は退出する為に一度僕に背を向けたね?瞬間、ボイスレコーダーを仕込んだのさ。その後咄嗟に『思い出した様に』話かけたのも演技!」

「くっ……!」

「そう、最初から勝負は決まっていたのさ……君が僕の部屋を訪れた時点で!」

 

すげぇ。

 

けどもう何なの。無駄に頭脳戦みたいになってんだけど。マーシュさんアナタちょっと能力の無駄遣いしすぎでは?

 

「それから!」

「マーシュさん?結局は全て貴方が画策した事ですよね……?」

「これら!僕の足掻きが無意味なものになるであろう事もっ!最初から全て予測ずm……痛い痛い!!!フィオナちゃん痛いよ!!!」

 

頭にアイアンクローかまされるマーシュさん。足掻くな、運命を受け入れろ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「それで?これは一体何の騒ぎですか?」

 

マーシュさんに『お説教』した手をパンパンと叩きつつ、質問....尋問するフィオナちゃん。地面に倒れているマーシュさんは、そこでガバッと立ち上がると元気良く 答えた。

 

「良くぞ聞いてくれたね!これはゼン君の戦いを見る為のシミュレーション装置を運んで居たのさ!」

 

ジャジャーン。みたいに手をヒラヒラさせるマーシュさん。反省してねぇなコレ……いや、それにしても。

 

「……シミュレーション、か」

「ああ、言葉の通りだよ。ちょっと君が戦闘しているのを生で見てみたくてねぇ...実戦とは行かないまでも、さ」

「ふむ……」

「もちろんただとは言わないよ。君の"名無し"ちゃん……武装が一つ欠けてるよね?それを君にプレゼントしちゃおう!悪く無い案だと思うけど、どうだい?」

 

おいマジか。

 

このままじゃお仕事出来ないしどうしようかと思ったけど、思わぬ救いの手が!

でもネクスト用パーツよ?いくらマーシュさんとは言え個人で何とかなる代物じゃ無いんじゃ……

それに実際に決めるのは俺じゃ無くて、『上』の方。この場だとフィオナちゃんに相当する。

 

「……貴方は、何を考えてるのです?」

「心配せずとも、僕はフィオナちゃん達の味方さ!」

「貴方が味方な事は重々承知の上での質問なのですが……はぁ。少し上層部と連絡を取ります」

 

そう言ってフィオナちゃんは携帯端末を取り出す……武装の一致って何の事だろうか。

 

「終わりました……要約すると『リンクスに聞け』と」

「へぇ……?それまた随分と消極的な……で、ゼン君の意見は?」

「構わん」

 

即答。ええ、即答です。武装が必要だし、そのシミュレーションとやらも経験してみたいからね。

マーシュさんはその答えに満足そうに頷くと、更に運ばれた巨大なスクリーンやらヘルメット的な何かやら、その他諸々の機材をテキパキと準備。

 

作業服の方々の手助けもあり、あっという間に室内は簡易研究室と化した。

 

「まあ、こんなとこかな?」

 

室内の中心には椅子2つ(内一つは例のマッサージチェアらしきもの)が備えつけられた一つの長机があり、その上にには数台のモニターが。更にはプロジェクターらしき物に加え、例のヘルメットも置かれており、地面にはアレ……CPU本体?がモニターと同じ台数設置。

 

コンセントがいっぱいあると思った。(小学生並のry)

 

後は、壁のはしに巨大なスクリーンが掛けてある。

 

「おい昼飯取って来たか?」

「ああ、まあ設置してる内にな……」

「俺はまだ……」

 

俺もまだです。ってか多分終わるまで食べれません。

 

これは周りの人の会話だ。プレートを片手にワイワイ立ち話している……そう、この感じ。

まさしく映画館。まあ椅子とかはほぼ全て後ろに寄せたんで俺やマーシュさん以外は地べたに座るか立つしか無いんだけど。

 

「じゃあゼン君はここに座って! あと、これも」

 

言われるがままに指定場所へ移動する。ちなみにマッサージチェア(※恐らく違う)がある所である。そしてマーシュさんから手渡されたのはヘルメットと、AMS接続の端子そっくりの……ってか本物じゃないこれ?

 

データ収集にはやはり繋ぐ必要があるのか。ネクスト機本体の知識は予め備わってるんだけど……それ以外はさっぱりだ。色々と勉強になります。

 

そして俺がマッサージチェア(※違います)に座ると同時、室内の照明が消えた。そこでふと、皆がどんな感じなのか気になるので後ろを振り向く。そしたら

 

「がが、がんばって下さい!アミちゃんと応援してますっ!」

「アミアー!!」

「俺達も楽しみにしてますよ!ね!?隊長!」

「クック……まあ、『頑張れ』としか言えんな」

 

「リンクス、刮目させてもらう」

「さて、どれ程の力か……」

「しかし我々は幸運だな。直で上位リンクスの――――」

 

これだよ。言っとくけどこんなんじゃ無いから。十人単位で人が居るから。いつの間に来たのか、スーツ姿のお偉いさんっぽい人もちらほら見かけるし……結構なぎゅうぎゅう詰めだ。

 

やっべえ緊張してきた。軽く引き受けちゃったけど、不味ったか ……

 

「フフ……皆楽しみみたいだねぇ。まあ、僕もそうだけど。準備が良いならAMSを接続、それも被っちゃって!」

「……まあ、精々頑張らせてもらう」

 

ええい、ままよ!

 

俺はヘルメットを被ると、首筋の接続部位にAMSを接続した。視界は黒に染まっている……が、次の瞬間。吐き気に襲われ、目前にノイズの様な物が走る―――――

 

 

 

――――――と共に、視界が"開けた"。

 

 

 

「「「おおお……」」」

 

 

 

その瞬間、背後からどよめきが聞こえた……恐らくはあのスクリーンに俺の視界がそのまま映っているのだろう。まあ、外のガヤガヤが聞こえたのは本当にその一瞬だけで、もう何も聞こえなくなったんだけど……

 

いや……正直メチャメチャびっくりしてます。今俺の目前には何と、あの"旧ピースシティエリア"が存在していたのだ。砂、そしてそれに埋まったビル郡……まんまワンダフルボディと戦った時のと同じ様な風景。

 

そしてネクスト機の感覚……

 

うわっ、やっべえ超リアルだぞ。フルダイブ型とか言う奴か?一体どう言う技術なんだよ……これゲームとか作ったら絶体楽しい奴じゃん。

 

これでアーマードコアやりたい。(錯乱)

 

《ゼン君》

 

うわっ! マーシュさんからの通信だ……これそのまま話せば良いのかな?

 

《調子はどうかな?》

《良好だ》

 

どこかで聞いた事のあるようなやり取りをする。

よし、大丈夫そうだな……とにかく今はマーシュさんの指示に集中しなければ。

 

 

《それは良かった……じゃあ、少し説明するよ》

《ああ》

《君には数回の戦闘をこなしてもらう。相手はAI……とは言え本人の行動パターンから分析された機動、戦術を繰り広げる。無いとは思うけど、油断はしない方が良いんじゃないかな?》

《了解》

《じゃあ早速……まずは》

 

よし一戦目。気合い入れてこう。

 

《ベルリオーズ君から》

 

はい?ベルリ……え、ちょ待っ

 

 

――――――ピッ

 

 

そんな電子音と共に、視界の左端付近に38040と言う数字が現れる。この数字見て何か分かった人は良く訓練されたレイレナードファン。これは最新レギュレーション(1.40)でのアリーヤフレーム一式の総AP値だ。

 

レーダーの端には赤い点が。動きは無いけど、AIの投入が完了したらしい。

最初からベルリオーズさん……ネクスト『シュープリス』とか飛ばしすぎでしょ!

 

《では……開始っ!》

 

そんなマーシュさんの通信と同時、俺レーダーに映った赤い点を目視。姿の見えない相手の動きに注意を払いつつ、ビル群の間を駆けていく……予定だったのだが。

 

《む……!》

 

開始直後に、その赤い点が高速で自機に接近。対応を余儀なくされる。

やがてビルの影から姿を現したそれは、いつかのオープニングで見た機体そのもの。ライフル二挺に、通常より延長されたバレルのグレネードを背負った、今はなき旧レイレナードの"英雄"。

 

……威圧感パネェ!と、とにかく引き撃ちっ!引き撃ちDA!

 

と言う訳で様子見を兼ねて引き撃ちを決行。相手も此方の発砲とほぼ同時にライフルを発射。どうやら初めの突撃は単に早めに距離を詰めたかっただけらしく、結果的には中距離での射撃戦に。

 

シュープリスはビル群を上手く利用しながら立ち回っており、中々弾丸を被弾させる事が出来ない....堅実な戦い方だ。AP・機体防御的には向こうに分がある為、こうなってくると此方は攻めざるを得ない。

 

ここで戦術を切り替え、シュープリスとの距離を詰めにかかる……基本的に使用したく無いQBを交えつつ。 そしてついにビル一つを挟むところまで追い付いたその時、

 

 

事件は起こった。

 

《.....!!》

 

シュープリスが 、攻めに転じたのだ。

 

突如ビルの陰から姿を現した相手は、此方に向かいQBを発動。それを見て理解出来るのは『互いの距離を限りなく無くそうとしている』と言う事。

瞬間。脳裏に過ったのは、スプリットムーンの"月光"。ブレードで斬りかかる際のアクション。

 

やっ……ばいっ……!『シュープリスの0距離突撃』は、不味い!"アレ"が、来る……ッ!

 

咄嗟に右腕部を折り曲げ、構えたライフルを"縦に"する。

そしてそこにはしる多大な衝撃……そう、シュープリスの行った行動。それはズバリ 『ライフルで、直に突き刺しに来た』のだ。

 

AC4のオープニングを参照にすると分かりやすいだろう。一機のノーマルがそれによりコア部分を貫かれているシーン……まさしくそれだ。

 

《……ッ!》

 

間一髪で防いだものの、機体のウェイト差で軽く押し飛ばされる。直ぐ様体勢を建て直すが……くっそマジかよ。グレネード構えてるんですけど……ぉ……っ!

発射されたグレネード弾をサイドのQBで回避。爆風のダメージを僅かに受けるが、何とか直撃を避ける。

 

一旦距離を取り、減衰したPA膜の回復・状況整理の為一つのビルの影に身を隠す……そして一息。

 

《ふー……》

 

つっえぇ……これってAIだよね?ベルリオーズさんとんでも無いんですけど。この分じゃ本人とかどんだけだったんだよって話になるんですが。

っつーか今更ながら、この世界は基本的に俺の知っているネクスト機の常識が通用しない。ライフルで串刺しにして来たり、スプリットムーンが壁蹴りしてたのもそうだし。

 

くぅ……俺のとこの常識だと連続QBだったり、二段だったり出し放題。機動戦なんか軽々出来るってのに、ここじゃあ一発QB吹かすだけでも苦しくて大変だ。全然上手いこといかない……

 

 

…………んん?

 

 

待てよ?ここって、『仮想空間』だったよね。余りにも色々リアル過ぎて忘れてたけど、一応のところ現実世界の俺には肉体的な負担は一切無い訳であって。

思い起こせば、心なしかブーストやQB時の感覚も現実時に比べて大分マシな気が ……

 

《……"動く"か》

 

 

そうと決まれば、と即座に行動を起こす。

その場で機体を浮かし、身を隠したビルの屋上まで持っていく。そこでレーダーを確認、更に高所からの目視でシュープリスの姿を捉えると同時

 

 

 

――――――ドッ

 

 

 

前方への二段クイックブーストを始動とした

 

 

 

――――――ドドドドヒャアッッ!!!!

 

 

 

五連続でのQBを発動。普段では考えられない推力でシュープリスに接近……いや、『交差』する。さらに次の瞬間には反転→左→前→の順にQBを発動、実質8連続でのQBだ……よし。

 

完全に相手のバックを取った。さて、この時点で感覚的な問題はどうなのかと言うとーーーーー

 

 

 

《クックック…… 》

 

 

 

いや普通に苦しいんだけど。

 

我、中々の苦しみを感じておる。何これどうなってんだよ。

普通はパターン的に、『やっぱり仮想空間だったら平気だったぜ!』ってなるだろ!

やっぱり脳が直接的に苦しみを感じ取ってしまうんですかね……

 

か、仮想空間内ですらこんな苦しみを味わうなんて……でも……ふ、ふは……ふはは!

 

 

 

《ハッハ、ハーッハッハァ!!》

 

 

 

でももう止められないんだな、これが。だって一度『機動』し始めたんだ。

このまま一気にカタをつけないと、この苦しみが無駄になる。俗に言う、『コンコルドの過ち』みたいなアレである。そして、久方ぶりの『何時もの動き』に我ながらテンションMAX。多分アドレナリン出まくってるよ今。

 

 

あ、あびゃあ~、苦しいのに楽しすぎるぅ~。誰か止めてぇえぇえぇ~!!

 

 

 

 

 



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第29話

MT部隊隊長視点

 

 

シュープリスとの戦闘が始まり、ライフルによる『突き』を防御。ゼンが機体をビルの陰に隠し、一息入れた頃

 

「す、凄い、これがリンクスの……ゼンさんの戦い……!」

「アミアミ……」

「見たか?『0距離』からの突きをいなしたぞ……」

「この身のこなし。やはり、リンクスとしても相当優秀な部類に入ると見える」

 

室内は大いに盛り上がっていた。

 

この中には資料として、または"外"からは見たことはあっても、直にリンクスの戦闘中の『視界』を目の当たりにした者など数える程しか居ないであろう。それこそオペレータ、もしくは研究者位のものだ。

 

その上、今見ているのは上位クラスは確実の者の戦闘ときた……盛り上がるのも納得できる。

だが……エドガーは理解していた。

 

この状況、押されている。

 

今まで実際に戦闘をした相手とは違い、明らかにシュープリスは『距離を取って』戦っている。そう、ゼンはクイックブースト(機動戦)を苦手としているのか……いや、事実として苦手なのだろう。基本的には『引いて』戦闘をこなしてきた。

 

しかし、今回の相手にはそれが通用しない。『攻めなければならない』立場だ。先程、相手の仕掛けたライフルを用いた突き……虚を突かれたにも関わらず防ぐ事が出来たのは見事と言うものだろう。

 

だがその直後にグレネード……爆風に当たってしまった。機体本体は大した損失を受けてはいない。 が、減衰したPAを回復するために再び距離を取ってしまった。

 

これが問題。さて、どうするのか。再度接近しようにも被弾は確実。加え、接近しても何をされるか分かったものでは無い……

 

「ククク……まあ、そう易々とやられたりするとは思えんが」

「……隊長?」

「ああ、いや、見物だと思ってな……気にするな」

 

既に解っている事だ。『何か』あるんだろう?

 

このゼンと言う男は軽く想像を飛び越えてくる……今回も間違いなくこの場に居る者の度肝を抜かしにかかってくるに違いないのだから。

そうしてスクリーンに注目するエドガー。その耳に……果たして何人の者が気がついたか。

 

 

――――"動く"か

 

 

男の、言葉を聞いた。全身に鳥肌が立つのを感じる。これは……

 

「来るぞ……ッ!!」

「えっ?何が――――」

 

思わず反射的に叫ぶ。この男が言ったのだ。"動く"と。

 

エドガーの耳にはもう周りの言葉など入って来ない。これから起こる出来事を一挙一動見逃すまいと、目を見開く。ゼンの視界を、スクリーンを凝視する。

 

ゼンが機体を浮かし、ビルの上に立った。そして遠方にシュープリスを視認。

 

 

「――――」

 

 

次の瞬間、スクリーン越しの視界がブレた。

 

 

 

 

と、思っ

 

 

 

 

――――――――ドドドドヒャアッッ!!!!

 

 

 

 

「ば……ッ!?」

 

 

 

 

エドガーは驚愕に目を見開いた。

 

離れた位置に居たはずの相手は、一瞬の内にゼンに後ろを取られていたのだ。今視界に映っているのは、遠方に居たはずのネクスト機。シュープリスの後ろ姿。

 

「ふぁいぃ!?」

「アミァ!??!」

「おいおいおいっ……!」

「ちょっ!?えええ!?」

 

「な、何が起こっ……!マーシュさん!?」

「いやいやいや!!さすがに僕も予測出来ないよフィオナちゃん!?」

 

あり得ない。ネクスト機の瞬発力をもってしても、あの距離を一瞬で詰めるなど不可能のはずだ。

 

「何が……!」

 

だが、それを理解するよりも早く再び視界が激しくブレる。一端落ち着いたと思えばまたしてもスクリーンに映るのはシュープリスの後ろ姿。そして、ネームレスから放たれている弾丸がそれに吸い込まれているかの様に直撃している映像。

 

 

「ハッハ、ハーッハッハァ!!」

 

 

ざわつく室内にゼンの高笑いが響く……いや、"嗤い"か。

その声を聞いた室内の誰しもが、冷や汗を流していた。ここでようやく分かったのだ、今、ゼンが何をしているのか。

 

この男、ほぼ絶える事なくクイックブーストを吹かしている。シュープリスがクイックターンで振り替える度に、少なくも2、3回QBを使用、常に背後を取る様立ち回っているのだ。少しでも離れれば更に多くの回数、もしくは例の『二段』を使用し一瞬で接近。

 

 

 

張り付いて、離れない。

 

 

 

「異常だ....」

 

 

誰かが呟いた。そう、異常。エドガー等の知っているネクスト機の機動とは根本的に異なっている。聞いた話では、クイックブースト時の"圧"は人体には致命的なものらしく、どんなに熟練したリンクスでも僅かとは言え一定の間をおかなければ使用不可との話だ。

 

それに加え、QB時の機体の挙動制御自体に難があり、『場合場合で自機がどの様に動くか』を熟知していなければならないらいのだと言う。

 

今、現実のゼンの身体には何の衝撃も伝わって居ない……当然の事だ。が、しかしそれは関係無い。何故ならば『仮想空間だから出来る』訳では無く、『現実で可能。もしくは可能だと思っている常識』が仮想空間には反映されるから。

 

様はこの男の頭の中には『ネクスト機=間を置かずに連続でのQB使用が可能なモノ』と言う常識が入っている訳だ……どうかしている。

 

 

「気分が、悪いな」

 

 

ひたすら張り付き、シュープリスのAPが残り30%程になったその時、ポツリとゼンが呟いた。何?気分が、悪い……?

 

「マズイ、中止しないと」

「ど、どう言う事ですか……?」

 

同じくマーシュの突然の呟きにアイラが反応する……普段一切感じさせない焦りを顕にしつつ、説明するマーシュ。

 

「脳に負担が掛かりすぎているんだ……!」

「えっ……そ、それって……」

「ゼン君!聞こえるかい!?」

 

手持ちのヘッドセットに呼び掛けるマーシュ。しかし

 

「くっ、どうして……すまないゼン君、『切る』よ!」

 

反応無し。戦闘に集中しすぎているのか、或いは別の要因か。

 

しかし既に準備は整っていたのだろう、そう言うとマーシュは手元のPC端末を操作。即座にスクリーンの視界が暗転、ーcanceledーの文字と共にシミュレーションが終了した事を告げた。

 

「…………」

 

椅子に腰掛けたまま微動だにしないゼン。それを見てエドガーは直ぐ様隣まで駆けつける。

 

「おい、大丈夫か……!」

「…………」

「おい、ゼン!」

 

被っているヘッドギアを外す。そこには目を瞑っている姿が……一瞬、嫌な予感が脳裏を過った。しかし

 

「……ああ、大丈夫だ。問題無い」

 

ゼンはゆっくりと瞼を開き、返答を返した……不敵な笑みを浮かべながら。

そこでふーっと息を吐きつつ会話に応じる。

 

「全く、あまり心配させてくれるなよ?」

「ん……?ああ、すまないな。いくらか"集中"しすぎていたみたいだ……悪いが、少し席を外させてもらう。構わないか?アブ・マーシュ」

 

「……構わないよ」

 

どうやら本当に問題なさそうだ。室内にも安堵の溜め息を漏らす者もチラホラと ……

だが、アブ・マーシュ。そしてフィオナ・イェルネフェルトは未だに険しい表情を見せている……それを疑問に思ったエドガーだが、即座にその意味を理解する事となった。

 

AMSのプラグを外し、椅子から立ち上がったゼンに異変が起こったのだ。

 

「ぬ……!」

 

歩こうとしたのであろうその時、ゼンはバランスを崩した。

突然の出来事に、隣に居たエドガーは咄嗟にゼンの身体を支えようと肩に腕を回したのだが……

 

 

「―――――!?」

 

 

出来なかった。

 

正確には腕を回すことまでは可能だったが、身体を支える事ができずに、共にしゃがみこむ形になってしまった。何故ならばそれほどまでに、ゼンの身体は『重かった』から。明らかに見た目から推定される体重を超越している程に。

 

ゼンの超機動を見た時と同じか、またはそれ以上に内心驚きに満ちているエドガー。

……そんな、しゃがみこむ二人を覗き込む様にしてマーシュが問いかける

 

「ゼン君、今日はここまでにしようか」

「何?たかだか一戦程度しかこなしていないんだぞ?そちらの手間に比べて……」

「いや、良いんだ。今回の君の一戦は通常のデータとは比べものにならない程の価値がある。初めの約束はきちんと守るよ、だから今日はもうお休み」

「だが……」

 

 

 

――――――ダメだッ!!

 

 

 

一喝。

 

普段の雰囲気とは似ても似つかない厳粛とした声。エドガーやその他はおろか、フィオナ・イェルネフェルトでさえ目を丸くしている……唯一表情を変えて居ないのはゼン位のものか。

 

「僕が頼み込んだにも拘らず申し訳ないねぇ。でも、どうか聞き入れてはもらえないかな?」

「……了承した」

「……うん。分かればよし!ご飯は運ばせておくから、部屋で食べると良いよ....立てるかい?」

 

「ああ、少し力が抜けていただけだ。エドガー、そちらにも迷惑をかけたな」

「……気にするな。何かあったら連絡をよこしてくれ」

 

足に力を入れ、ゼンが立ち上がる。

しかし、如何にゼンと言えども今の状態では……流石に一人では心配と言うもの。

 

「アイラ!」

「はっはいぃ!」

「付き添いだ。何かあったらすぐ俺に知らせろ。良いな?」

「え!?わた、私がですか....?」

 

「アミアミ~」

「その……あー、AMIDA氏もお前と友人なんだろう。一瞬に連れていってやれ」

「り、了解です!」

 

アイラは何やらゼンに対して憧れの様なものを抱いている様子だ……話をさせる良い機会だろう。 ……それに、"この後"はあまり良い話が続くとは思えない。

 

「ほう、では部屋まで頼んだぞ?アイラ」

「ははは、はい!ゼンさんの迷惑にならないように頑張ります!」

 

そうして二人と一匹は食堂の扉から姿を消して行った……さて。と、完全に彼らの話し声が聞こえなくなった辺りで"科学者"に向かい切り出す。

 

「どう、思われましたか」

 

要領を得ない質問だ、と思う。だが事実として、その質問に今回の出来事についての全てが集約されてもいた。

 

 

……何と返ってきたものか。

 

 

 

 



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第30話

アブ・マーシュ視点

 

 

「どう、思われましたか?」

 

ラインアーク第一MT部隊隊長、そしてネクスト"ネームレス"のオペレータを務める男からの質問。その鋭い眼光を受け止めたマーシュは、まずこう言った。

 

「『普通』じゃあ無いね」

 

まず間違いなくこの場に居る者の共通認識。それを提示する。では、何が普通では無いのか……挙げればキリが無いそれを、一つ一つ確認していく。まず最も記憶に新しい出来事。それは、ゼンがバランスを崩しかけた際の事だ。

 

明らかに、おかしな点がそこに見受けられた。

 

「そうだね。まずエドガー君……きみ、ゼン君の身体を『支えきれなかった』でしょ?」

「やはりお気づきで……ええ、その通り。自分はゼンの身体――――正確には"体重"を受け止める事が出来ませんでした」

 

そんなエドガーの言葉に室内がざわつく。なぜなら、普通ならばそんな事はあり得ないから。

ゼンの体重はどう重く見積もっても60~70kg程だ……体格、筋肉量的に見てもエドガーが支えきれない何て事は考えられない。

 

それを聞き、イェルネフェルトが尋ねる。

 

「それで、ゼンの体重はどれくらいか推測する事は可能ですか?」

「短い出来事だったので正確には……しかし、少なくとも100kgは下らないかと」

「な、100……?冗談――――では、無さそうですね?」

 

更に騒がしくなる室内。

 

しかし……正直、マーシュ自身としてはその辺に関して、そこまで予想外では無い。なぜなら、もう一つの"本当の予想外"からその辺りの想像はついていたからだ。

 

「それは一端置いておくとして……一番の驚愕は、あの"動き"だよねぇ」

 

これだ。これがあまりにも"想定外"すぎた。その呟きに対して即座にエドガーが反応する。

 

「貴方が知る限りで、ネクスト機があの様な動きをしているのを見た事は?」

「無いね。唯一、近いものと言えば『プロトタイプ・ネクスト』……エドガー君も聞いた事あるんじゃないかな?」

「……現在のネクスト機の"前身"となった機体。その余りの高負荷により、搭乗者を死に追いやると言われている……」

 

そう。どんなに高いAMS適性を持っていようが搭乗したが最後、ほぼ100%リンクスを"ダメ"にしてしまう恐ろしい機体……考えるだけで、無意識の内に険しい表情になってしまう。

 

しかしフィオナが苦い顔でマーシュ自身を見ている事に気がつき、すぐに取り繕う

 

「しかしそれでも……それでも、"近い"だけ。ゼン君の動きはプロトタイプ・ネクストのそれを遥かに上回っていた。そして同時、脳への負担もかなりね」

「それはどれ程のもので?」

「そうだねぇ……僕が止めた時点で、適性の低いリンクスなら激しい目眩・嘔吐感が止まらないレベル。まず戦闘はこなせないだろうね。僕みたいな適性無しの人間が仮に感じる事が出来たなら――――まあ、結果は想像するまでも無いねぇ」

 

あの時点で、だ。

 

実際にネクスト機を動かしている訳でも無く、ただのシミュレーション内での負担がアレ。

事実、ゼンですら終了後に身体のバランスを崩す始末……もしかするとあの時、ゼンは我々が気がつかない様な体調不良に襲われていた可能性も捨てきれない。

 

「ゼンの奴が現実であの動きを再現可能。と考えていますか?」

「十中八九、可能。仮想空間での動きは、リンクスの常識の動き……まず間違いなく『ちょっと試すか』であの動きは不可能だよ」

「自分には、人間にアレが可能だとは到底……」

「だからこその『ゼン君』なんだ。常人には到底不可能な動きでも、それに耐えられる身体を保有していたのなら話は別。ゼン君の身体の異様な重さ……あれは超機動に耐えうるだけの頑丈さを身に付けている結果なんじゃないかな?」

 

自分で言っていながら思った。少し"飛んだ"理論だと。

しかし、そうでもなければ辻褄が合わない。『出来ないと思っている』ならば、あんな機動をする筈がないのだから。

 

「……『強化人間』って、聞いた事あるかい?」

 

特に誰に向けた質問では無いが、それに対して多数の反応が返って来る。

 

「それってあの話か?」

「名称的に近いのはそれだろうが…… 」

「いや、しかし、それは『駄目』なんじゃ……」

 

その中で代表して、イェルネフェルトが答えを返す

 

「強化人間では無く、『身体強化』の話なら」

「まあ、それと似た様なものだねぇ」

「もう随分昔の話だそうですが……確か、全身のあらゆる器官に医療的措置を施し、様々な意味で常人とは一線を画す身体能力を持たせる計画。でしたか?」

「そう。僕はゼン君の身体にはその『強化』が施されていると見ているのさ」

「ですがその計画は……強化する人間の身体への負担・リスクの高さ、または倫理的観点からの問題も多く、実用化されるに至らなかったと」

 

 

そこだ。

 

 

「一般的にはね……しかしゼン君の居た組織でその『価値観』があったのかどうかは解らない。以前も話したと思うけど、リスク承知で多くの人体実験を繰り返していたのかも知れないし。そもそもの話……僕は『少なすぎる』と思っていたんだ」

 

ここでは敢えて何が少ないのかを――――"もう一人"については明言しない。"もう一人"につうて知らない者には余計な不安を煽るだけであるし、『分かる』者だけが理解出来れば良い。

 

ゼンが前にも話していたが、"組織"のリンクスが二人だけではいくらか何でも少なすぎる。小さい頃からの訓練以外にも、何か理由があるはずだ……それが、恐らくはこれ。

身体強化の、余りに低い手術成功率故の、二人。

 

「その人体実験の末に出来上がったのが"怪物"だったりして……ね?」

「まさか……」

 

誰もが絶句している。

 

おおよそ人間を人間と思って無いかの、"組織"の所業を想像したのだろう。もしくは、結果的に生まれた"怪物"への畏怖か。 あの様な動きが可能な身体を持っている人間は、もはや人間と呼べるのか。

 

「うーん。厳しいね」

 

現実世界であの様な動きをされた場合の対処……無くは無いにしろ、非常に困難を極めるだろう。もはや実力云々のレベルを遥かに超越している。

 

……とは言っても実際、特に問題は無い訳なのだか。なぜなら――――

 

 

「ですが、ゼンの奴は味方です」

 

 

マーシュが口を開こうとしたその時、暗い室内に男の声が響いた。

 

「え、エドガー君。僕のセリフを取らないでくれたまえ!」

「申し訳ありません。余りにも皆が辛気臭い顔ぶれだったのもで」

「えーっと、まあそう言う事だよね。今まで少し暗い感じだったけど……エドガー君の言う通り、ゼン君は今味方なんだ。何も心配する必要は無いと思うよ?」

 

ズバリそうだ。敵、あるいはどうなのか解らないのでは無く、ゼンは今現在ラインアークの味方なのだ。

 

「ですが……」

「フィオナちゃんの言いたい事は分かるよ。確かにゼン君はラインアークを利用しているだけで、裏切る可能性だってある。だけど……僕が思うにゼン君。彼、"良い人"だよ」

「……全く、どうしてそこまで言いきれるのか」

「自分で言うのも何だけど、僕は人を見る目は確かだと思っている。それにフィオナちゃんだって、本心では結構彼の事を信用しているんでしょ?」

「ハァ……まあ、貴方程ではありませんが」

 

これはラインアークにとって幸運だ。この脅威的な潜在能力の持ち主が味方であると言う事実……正直、ラインアーク以上に、企業の者たちからすれば不安の種でしか無いはずなのだ。

"もう一人"に関しての不安は勿論ラインアークにはあるだろうが、ここには対抗馬が居る。何かあったとしても、ゼンが味方する限り対処は可能だろう。

 

「そうそう。少し戻るけど....あくまでも僕の考えとして、ゼン君の超機動は『恐らくは可能』と言うレベルの話だよ。僕がゼン君の実戦データを見る限りでは、常に力を押さえている印象だからね。まあ、やっぱりあの機動を現実にするにはそれこそ『もう死んでも良い』位の覚悟が必要なはずさ」

「成る程……」

 

室内の暗い雰囲気が徐々に晴れていくのを感じる。 時計を見ると、昼休憩もあと僅かだ……ここらでこの話は終わりとしよう。 室内の照明をつけ、パンパンと手を叩く。

 

「じゃ、話はこれで終わり!お昼を食べて居ない人はきちんと食べた方が良いよ!僕は片付けがあるから――――」

 

そこでガシッと肩を掴まれるマーシュ。

 

「ところで、聞き捨てならない事が耳に入りました。『僕がゼン君の実戦データを見る限りでは』?正式な所属先はアスピナ機関の貴方にこちらの、ゼンの戦闘データを開示した覚えは有りませんね……ご説明願いますか?」

「あっ……あー!それより僕、急な用事があったんだ!忙しい忙しい!」

 

 

よし、逃げよう。するべき行動を定めたマーシュは、研究者にあるまじき身のこなしで食堂を後にした……

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「あー、もしもし?僕だけど」

 

あの後、食堂を抜け出し自室へと戻ったマーシュは、携帯端末を片手に椅子に腰掛けていた。通話先はアスピナ機関、自身の本来の所属先である。

相も変わらずワンコールで繋がったそれに対し、一切の油断の無い、真剣な声で問いかける。

 

「武装。提供可能かな?」

 

要件は『ネームレスの武装』について。此方の件については、ゼンの機体の破損箇所が判明した時点でアスピナへと連絡をとっていた。その為、恐らくはもう……

 

「うん。大丈夫みたいだねぇ……ん?こっちは心配しないでよ。中々に快適だしねぇ……OK。任せたよ。じゃあ、また」

 

準備は整っている。この短期間で流石にやるものだ。

 

電話を切ったあと、小さく、ある言葉を呟いた。それは、ネームレスへ武装を提供するネクスト機……のリンクスだった者の名。

 

 

「――――ジョシュア君……」

 

 

そう――――取り寄せる武装は、初代・ホワイト・グリントの物だ。

 

ネームレスが損失したのは、ローゼンタール社の突撃ライフル〝MR-R102〟。

それはかのリンクス、ジョシュア・オブライエンが愛用していたものと一致していた。そして、奇跡的にもその損失箇所……『右腕武器』と言う条件さえも。

 

「……」

 

恩を売る、チャンスだと思った。

 

マーシュがラインアークに滞在している理由……それは、ゼンへの個人的な興味によるものだけでは無かった。ゼンと言う強力な『リンクス』とのパイプを持つ目的でもあったのだ。

 

アスピナがマーシュの滞在を黙認している理由もそこにある。

 

……アスピナは企業では無い。多少規模が大きいとは言え、それは『一機関』に過ぎないのだ。何か理由があれば……『邪魔』だと判断された場合、今直ぐにとは言わないまでも、企業に潰されかねない存在。

 

事実。約十年前には一度、潰されかけた。あの時は、一人の"友"の命と引き換えに事なきを得たが。

 

 

――――今度は、僕が――――

 

 

友が最期の戦場へと向かった時、心に決めた。どんな手を使おうと、友の"護った"アスピナを最後まで護り抜くと。

 

 

「……」

 

 

フィオナが上層部へと通話した際の、あの消極的な返答。恐らく、上層部はゼンの武装の件で少なからず頭を悩ましていたはずだ。

反応から察するに、やはりラインアークに居る限り、ネクスト機の武装が手に入る事自体困難である事は間違いない。

 

そんな中、アスピナは武装を提供した。しかもゼンの使いなれている武器を。

今回の件はゼンだけでなく、ラインアークに対しても大きな「貸し」となるはずだ。

 

「まあ……」

 

相手側からすれば、押し付けられた善意に感じる可能性も大いにあるが。

しかしながら……ラインアークはともかく、ゼンは違うだろう。

そう理解していたとしても、必ず「感謝」を、この一件を「貸し」として捉えるはずだ。

 

それに、言ってしまっては何だが……あくまでもメインはゼンである。ラインアークにはゼンの「ついで」に恩が売れたに過ぎないし、そこまでの期待もしていない。

 

「……嫌な世界だねぇ。いや、僕かな? 嫌なモノは」

 

困った時の助け船、とは言うものの、此方は始めから相手を利用する気満々ときたものだ。「普通の人間」からすれば良い迷惑だろう。ゼンの置かれている状況を考えれば尚更だ。唯でさえラインアークの、世間の荒波に揉まれている最中だと言うのに。

 

いや、それとも……

 

「……ふふふ。でも、ゼン君だからねぇ」

 

あの「普通では無い」人間の事だ。迷惑どころか大歓迎、何て考えていても不思議では無い、か。

 

「おっと、そうだそうだ」

 

そこまで考えたところで、一つ。

アスピナへと伝え忘れた件を思い出し為、再び携帯端末をポケットから取り出し、耳に当てる。

 

「もしもし……あー、何度もすまないねぇ。『お姉さん』の方、変わらすにお世話を続けておいてくれるかな?……んん?いや、供えあれば憂い無しってね……うん。僕も近い内に戻るよ、じゃあ……」

 

通話終了。短いながら、極めて重要な意味の込められた会話である。

 

「……『供えあれば憂い無し』、か」

 

実際に憂いが無くなるかどうかは定かではないが……備えがあれば、少なくとも『無い』時よりかは幾分かマシな状況にはなるだろう。

 

さて……

 

 

「この備え。どう効いてくるかな?」

 

 

 

 




次回。AF戦。




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第31話 前編


あくまでも、『っぽい人』ですので。ファンの方はご安心ください。




ドン・カーネル視点

 

 

この日、GA社所属のリンクス、ドン・カーネルはとある任務に従事していた。

それはズバリ、ロロ砂漠を移動中の同社AF輸送部隊の護衛だ。

事前に聞いた話によると、「砂漠を経由する際には毎回違うルートを移動する上、この広大な砂漠地帯では場所を特定される事は考えにくい」との事である。

 

何やらその輸送物資がよほど重要な物らしく『念には念を押して』ネクスト機を護衛として付けたと言う――――――所謂、楽な仕事になる予定だったのだが。

 

《……おい》

 

カーネルは、新しく就いた自身のオペレーターに不機嫌を隠そうともせず問いかけた。

 

《如何、なさいました?》

 

女性の声がコクピット内に響く。

 

それは透き通る様な美しい声であった…が、あまりにも抑揚が無い。

良く言えば冷静な、悪くいえば無機質な機械を思わせる声。『現状』を確認しても尚そんな声色を出せるオペレータに対して我慢の限界に達したのか、ついに声を荒げる。

 

《何が『如何、なさいました?』だ!! お前はこの妙な状況に何とも思わんのか!?》

《お静かに、ドン・カーネル。癪に障ります》

《それを言うなら『耳』だろうが!いや、それでも似たようなものだが……お前は毎回毎回、》

《お前、では無く『キャロル』と申しま……》

《そんな事は知っているッ!!だからこの現状ーーーー》

 

この様に彼らが言い合っている……いや、カーネルしか気にしてはいない様に見える『現状』なのだが、実は非常にマズイ状況下に陥っていた。

 

ロロ砂漠。

 

見渡す限りの砂、砂、砂。そして上を見上げればサンサンと輝く太陽に、雲一つ無い青い空。そんな代わり映えしなかったハズの景色の中に、一つ。妙な物体が現れたのだ。もう、それが現れた瞬間に『楽な仕事』は終了したも同然のモノ。それが一体何なのかと言うと……

 

《『カブラカン』が何故こんな場所に現れる!?》

 

アルゼブラ社製のAF『カブラカン』。ネクスト級の火力をもってしても容易には崩せない分厚い装甲で囲われおり、別名「走る鉄塊」の異名を持つ巨大兵器である。

 

前面に搭載された障害物破砕用『物理』ブレードを用いて前方の障害物をなぎ倒しながら移動すると言う……そう。まさしく「こんな砂漠に何の用があって来た」と言いたくなるのも理解出来る、そんな兵器。

 

《知る必要などありません。貴方の仕事は速やかに『アレ』に対応、輸送部隊の護衛を無事に完遂する事です》

 

簡単に言ってくれる。内心、カーネルはそう呟いた。

 

例の戦闘で敗北を喫した後、新たに就いたオペレーター。 キャロルとはこの短期間で様々な戦場を駆け巡ったが、毎回この調子なのである。いや、コレよりも更に酷い。

とあるノーマル部隊を相手にした時は彼女が敵全撃破までの『時間』を指定。一秒でも時間を過ぎると、やれ「期待外れ」だの「ハエが止まりそう」などと煽ってくる始末……

 

だが。

 

《どうすれば良い……》

《おや。今日は何やら素直なご様子で。コレは砂漠に雨が降るやもしれ……》

《良いから早くしろ!》

 

キャロルは優秀だった。この短期間でも充分に理解出来る程に。

出す指示は的確。情報は常に最新のモノを迅速に伝えてくる。彼女の指定してくる『時間』は何やら実力を出しきればギリギリで達成可能な目標タイムでもあったのだ。

 

 

中でもカーネルにとって悔しいのが、彼女のお陰で以前までとは違い、自身の『リンクスとしての位置』が良く把握出来ていると言うところ。

何と言うか……これまでの戦闘で、自身の実力が今のランク以下である事をまざまざと指摘されている様な気がしていたのだ。

 

いや、少なくとも一人。自身よりも低ランクだが、その『強さ』において遥か高みに位置する者を知っている。

 

《ふむ。カブラカンの装甲ですが、残念な事にネクスト級の火力では大したダメージは与えられません》

《……では、此方の輸送部隊のAFをぶつければ》

《不可能です。我々輸送部隊のAFは旧式な上、AFにしては小型。迎撃体勢を整えたところで、撃破が間に合わず物理ブレードで『バラバラ』になる事は明白》

《チッ……!》

 

思わず舌打ちをしてしまう。

 

カブラカンに対しての、ネクスト機での有効な対処法など今までに聞いた事が無い。

AFなど基本的にネクスト機で挑むような代物では無いのだから、それも仕方がない事なのだが。しかし、このままやられる訳には……

 

《では、『停止』させましょう》

《!》

《どうやらカブラカンの機動は、スカートアーマー内のキャタピラによる物。それを破壊、機動力を奪います》

《……出来るのか?》

《『やる』のです。少なくともあのスカートアーマーは構造上、他の部位の装甲に比べては脆いはず。貴方の機体は火力『だけ』は高い様子なので、一点を集中して狙えばアーマーのプレート一枚程度ならば何とかなるでしょう》

 

何やら気に入らない物言いだが、成る程。確かにわざわざあの堅物を撃破する必要など無い。あくまでも此方の任務は輸送部隊の護衛なのだから、相手の攻撃が届かなければ良いだけの話だ……

 

《スカート内……か。チッ、全く面倒な――――》

《ドン・カーネル。その卑猥極まりない発言、お止めになっ》

《黙っていろ!集中出来んだろうが!》

 

何時かコイツには何かしらの苦しみを与えてやる。

そう心に決めたカーネルは機体のブースターを点火、カブラカンへ向けて動き出した……

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

《我々が相手をしている間、輸送部隊にはカブラカンとの距離を稼がせる為『後退』させる様に指示を出しました》

《……そうか》

 

さて。『カブラカンのキャタピラ破壊大作戦』が決まったのは良いが……問題はそれを防御しているスカートアーマーの『どこ』を狙えば良いのかと言うこと。

 

《スカートアーマーは、多数の防御プレートが一枚一枚円を描くように設けられています》

 

カブラカンに接近する最中、キャロルからの指示に耳を傾ける。

 

《掘削物理ブレードのある方を前方として……アーマー中部~後方の上部にはミサイルポットにスラックガン等が設置。その為、そちら側から攻め込には若干のリスクが伴います。つまり》

《……つまり?》

《前方。物理ブレード側にあるアーマープレートを破壊します。まあ、此方はネクスト機です。『よほど下手な動き』でもしない限りあの巨大ブレードにはまず当たらないかと》

 

あからさまなカーネルへの当て付けである。何か言い返そうかとも思ったが、今はそんな事をしている場合では無い。迫るカブラカンからミサイルが発射されたのだ。

カーネルはそれに対応するべく即座にフレアを展開。

 

更に、接近速度を上げる為に、ブースト出力を上昇させる。

 

《しかしながら、毎回そのフレア使いに関しては目を見張るものが有ります》

《誉めるのなら別のところにしろ……!》

《ご冗談を》

 

やがて、その目標であるスカートアーマーが目前へと迫る。もうここまで来れば例のミサイルポッドも『射角』の関係上ロックは出来ない。

後は物理ブレードに気をつけてひたすら一枚のプレートに向けて弾丸を放つのみ。

 

《よし……!おい、掘削ブレードの真横(右)の、コイツで良いな!?》

《まあ、良いでしょう。『付け根』辺りを狙い撃ちすることをお薦めします》

 

確認は取れた。

 

即座に両腕武器を構え、指示通りにプレートの付け根部分に攻撃を開始。

ライフルに、散弾バズーカの重たい発砲音が断続的に砂漠地帯に響き渡る。

 

《離されない様に》

 

攻撃の最中、キャロルからの通信が入る。そう、このカブラカン。巨体に反して中々の移動速度を誇っているのだ。その速度、時速にして約300km/h。

ワンダフルボディのその重量・バックブースターの出力では、通常ブーストの『引き撃ち』だけでは追従速度が足りない。

 

その為、適度に後方に向けてクイックブーストを吹かす必要があるのだが……

 

《……ッ!》

 

正直に言って辛い物がある。AMS適性の低いカーネルにはQB時の機体制御に難があったのだ。加えて機動戦の経験も浅い為に、その際の衝撃自体にも慣れていない訳であって……思わずして攻撃の手が揺るまってしまう。

 

《休む暇などありません。攻撃を続けて下さい》

 

まあ、キャロルは『そんな事は関係無い』と言わんばかりに次々と指示を出してくるのだが。だが、この程度のスパルタ(?)言動はこれまでに幾度と無く言われてきた。

 

カーネルは下唇を噛みしめ、再度狙いを定める。確かにキャロルの言う通り休む暇など無い。防衛対象の輸送部隊とはまだ幾らかの距離は有るが……このカブラカンの移動ペースを考えるに、それに追い付くのに時間はかからないだろう。

 

《ぬぅ……ッ!!》

 

気合いを入れ、一点を集中で攻撃を再開。出来るだけ機体速度をカブラカン以上に保ったまま、ひたすらトリガーを引き続ける。途中でやや突き放され、何度もミサイルやスラックガンにロックされる事態にも見舞われたが、もはや被弾など関係無い。

 

今のカーネルの視界・思考はこの一枚のアーマープレートの為だけに使われていた。

 

やがて狙いのプレートに、弾痕が無い部分が見当たらない程の傷が付いた、その時――――

 

 

《――――――!!!》

 

 

『落ち』た。

 

破壊されたプレートは、落下時に大量の砂煙を巻き上げ地面へと落下。

その際の地響きによりカーネルの視界は若干ぐらつく。やがて、その砂煙の奥に見えた物は、

 

 

 

《見えました。目標です》

 

 

 

キャタピラ。破壊対象である。この次点での機体APは約40%……途中でスラックガンにPAを剥がされた為、中々の痛手を負ってしまった。また、気にする余裕も無かったが、レーダーを見るとGA輸送部隊までの距離も迫っている。

 

 

 

《止ま、れ……ッ!!》

 

 

 

喜びに浸る間も無く、カーネルはその場でスカートアーマー内に必殺の散弾バズーカを撃ち込んだ。強烈な弾丸に貫かれたキャタピラは火花を散らしつつ、その車輪から履帯(ベルト)が外れ――――

 

 

 

 

――――――――停止。

 

 

 

カブラカンは、その機動力を完全に失った。

 

《……、ハァ……》

 

静かになった戦場で、溜め息を吐くカーネル。本来なら喜ぶべきなのだろうが、今現在感じているのは多大な疲労感に異ならなかった。まあ、挑んだ事の無いAF戦――――それこそ、撤退出来ない様な状況で『撃破方法すら曖昧』な相手に立ち向かったのだ。精神をすり減らさない方がどうかしている。

 

だが、

 

《これで……終わり、だな?》

 

キャロルに確認を取る。そう、辛い戦いもこれで終わりだ……そう、思っていたのだが

 

 

 

《浅はかな。何が終ったと言うのです?》

《あ?》

 

 

 

一体何を言って

 

 

 

 

 

――――――――――――ゴウンッッ!!

 

 

 

 

 

嫌な音を聞いた。

 

瞬間的にカブラカンの上部の巨大コンテナ、『ALGEBRA』のロゴが描かれている辺りを見ると、そこからは何やら煙の様な物が……この時、カーネルは半ば確信に近い予感と共に思った。

 

まさかこのAF―――――――

 

《『開きます』。その場から移動して下さい》

 

指示に従いカブラカンから距離を取ると、ロゴが描かれてれている部分がまるで剥がれ落ちる様に落下。更に、その巨大なコンテナ部分が『開い』た。

 

すると、そこから出てきた物は

 

《おい……》

 

 

自立兵器群。しかも数えるのが億劫になる程に大量な。

先程の静けさから一辺、途端に砂漠地帯は自立兵器達の機動音で溢れ返る。突っ立っていても仕方がないので、取り合えず適当な獲物をロックするが……ふと思った。

 

 

カブラカン自体は停止させたのだから、この自立兵器達を相手にする必要など無いのでは?と。

それにこのまま戦闘をこなせば……考えたくは無いが、ワンダフルボディのAPも底を尽きてしまう可能性が非常に高い。

 

直ぐ様キャロルにその確認をしようと試みたのだが。

 

 

 

《敵影数、一機増加》

《は?》

 

 

 

そうは問屋が卸さない。

 

 

 

《上空約300。不明ネクスト機が急速に降下中です。『可能ならば』目視で確認して下さい》

《なッ、にッ!?》

 

 

 

この日のカーネルは、まるで何処ぞの男の如く『出会い運』に恵まれて無かった……

 

 

 

 

 

 




長くなってしまったので、カーネルさん視点は分けます。



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第31話 後編

引き続きカーネルさん視点をどうぞ



《敵影数、一機増加》

《は?》

《上空約300。不明ネクスト機が急速に降下中です。『可能ならば』目視で確認して下さい》

《なッ、にッ!?》

 

ネクスト機? 何故? 誰だ? このタイミング?

 

《不明ネクストはどうやら軽量機の模様》

 

突然の申告。ハッキリ言って、カーネルは自立兵器達の確認だけで手一杯だ。

いきなりこの様な事を言われても、大量の自立兵器郡の中からネクスト一機のみを瞬時に見つけ出す事など困難である。

 

《ミサイルにロックされています》

《ッ!?》

 

その言葉に条件反射でフレアを使用。レーダーを見れば確かにミサイルが自機に向かい接近しているのが分かる。その最中、カーネルは必死に今の状況を整理しようとするのだが、それをし終わる前に次々に通信を傍受してしまう。

 

《オーバードブーストを展開、スカートアーマー内へと退避して下さい》

《おっ……い!》

《今、すぐに》

 

そこで一つ、違和感を覚えた。相変わらず抑揚が少ないオペレーターだが、この口調は……少なくともここまで自身への『煽り』が無く、テキパキと指示を出された事など一度として無い。

 

まさか、それ程の相手なのか。

 

《クソッ……!》

 

そのまま、訳の分からない内にオーバードブーストを展開する。

 

まだまだ自立兵器は残ってはいるが、それらに構っている場合では無いらしい。当然不明ネクストの目視すら出来ては居ないが、今は退避が最優先だろう。

視点を宙に浮かぶ自立兵器郡から、地面と平行へ、スカートアーマーへと移す。

 

《フ……ッ!》

 

直後に展開されたオーバードブースターが点火、爆発的な速度で機体が加速する。

キャロルがこれまでの実戦中(※実質戦闘終了後だが)に何度かOBの使用を指示していた為、その最中の姿勢制御に覚えはある。

 

《くっ……!》

 

自身が破壊した事によりスカートアーマーの『入口』となった箇所が目前へと迫ると、OBを切断。

後は慣性により薄暗いアーマー内へと滑り込み……中にあるキャタピラにぶつかる直前、その慣性を殺す為に後方へとクイックブーストを発動。

 

姿勢の制御に全霊を掛ける。

 

《ッッハァァッー ……!!》

 

 

何とか、止まった。

 

《悪くありません。まあ、以前より『多少は』制御技術が向上しているかと》

《ふっ……ふざけるな、よ……!》

 

やった事は『OBで逃げ、QBを一回使用しただけ』。だが、カーネルはかなりの疲労感に襲われていた。

 

先にも述べたが、カーネルは機動戦闘の経験が浅い……と、言うか実質無いに等しい。カブラカン本体との戦闘時こそ、機体の平均速度が時速300km / hを超えていたものの……逆に言えば今のカーネルではその程度が『戦闘』をこなせる限界なのだ。

 

OBなど、移動手段として扱うので精一杯。どこぞの上位ランカー達の様に『OB中に火器を用いた戦闘』などをする余裕は全く無い。

《では『入口』に向き直り、両腕の武装を構えて下さい》

《ハァ……ハァ……》

 

次の指示だ。

 

息も絶え絶えだが、大人しくそれに従う。今のところカーネル自身が入って来た場所以外は他のアーマープレートが塞いでいる為、ある意味で『待ち伏せ』しているかのごとき状況である。

 

……そんな、武装を構えてから数秒が経っただろうか。スカートアーマーの外から、ミサイルの発射音の様なものが聴こえてきた。恐らくは例のネクスト機の仕業だろうが、これは……

 

 

《数が減少しています》

《自立兵器共のか》

《ええ。何者かは知りえませんが、現状、我々と同じくして『自立兵器の破壊』を目的として動いている様子……しかしこの異常とも言える撃破速度。やはり只者では無いでしょう》

 

『入口』から見る外の景色には何やら雨の様に降り注ぐ自立兵器の残骸が。

レーダーからは、それに対応する様に敵機を表す赤い点が瞬く間に減少している。

 

《やはり、だと? 》

《外のネクスト機ですが、恐らくはこの自立兵器群が出てくるタイミングを見計らい降下して来た、と考えられます》

《……確かに、偶然出会したにしてはタイミングが良すぎる、か》

《『自立兵器の出現に紛れて我々を奇襲する』算段だったのでしょう。あの数です。初見の者は動揺するでしょうし……加え、途中で一機ネクスト機が紛れたとして、それに即座に気がつく者は少ないかと。中々悪くない手です》

 

……それに対して即座に気が付くオペレーターがここに存在する訳だが。認めるのは癪だが、さすがに優秀だ。

 

《だがそれが本当だとすると、奴はこの自立兵器共に関して既に情報を得ていたと言う訳か?》

《ですから『只者では無い』のです。カブラカンの自立兵器郡についての情報は、一部を除きアルゼブラ社内の者しか知り得ないはずですので》

 

成る程。仮に外のネクスト機が自立兵器郡の存在を知っていたとして……現状の破壊活動から推測出来る事は、『アルゼブラ外部の者が、カブラカンの奥の手について知っていた』と言う事だ。

 

《まあ。とは言い『何かしらあるだろう』程度の予測ならば、GA社内でも何度か話題には上っていましたが。そもそもカブラカンはAFにしては搭載火力が少なすぎると―――――おや?》

《…………》

《その反応。もしや貴方はカブラカンに対し何の疑念も抱かなかった、と?》

《黙ってろ。……おい、此方の護衛対象はどうなっている?》

 

図星だった為に話題を無理矢理変える。 護衛の輸送部隊が気になっていたのも事実な訳であるし……

何せこうして隠れている間に、外のネクスト機が向こうに狙いを変更したりでもしたら一大事だろう。

 

《その点は問題有りません。じきに我々の雇ったネクスト機が一機、護衛対象へと合流する予定です》

《……》

《第一、狙いが我々の輸送部隊ならば最初からそちらを襲撃するはず……ふむ。それにしても、何やら外のネクスト機はカブラカンにご執心の様子。もしや、最近各地で起こっているAF襲撃犯の一人――――――》

 

世界各地でAFの襲撃が見られている事など一切知らない。本来ならばそれについて詳しく問いただしていたところだろう。だが、カーネルはその話が出る前にサラッと出た言葉が気になって仕方がなかった。

 

ネクスト機を、雇った……?

 

《友軍にネクスト機が合流予定だと!?》

 

半ばキレ気味のカーネル。

しかしキャロルはそんな事など意に介さない様で、淡々と現状の変化のみを報告していく。

 

《自立兵器、全滅しました。経過時間は一分と少々―――驚異的な戦闘能力です。そのままの体勢を維持して下さい。くれぐれも、外には出ないように》

《チッ……!後で詳しく話してもらうぞ!》

《後があれば良いのですが》

 

全く、何故コイツは雇われたネクスト機についてを最初に伝えないのか。

 

不満をよそにレーダーを確認すると……つい先程までそれを埋め尽くしていた赤い点が、一つを残してキレイさっぱり消え失せているのが分かる。どうやネクストは自立兵器を殲滅した後、上空の一点でピタリと静止している様子だ。

 

《集中して下さい。次は我々です》

 

『入口』に銃器を構えたまま、ゴクリと唾を飲み込む。この感覚、緊張感。何時かのネクスト戦以来である。あの時は見逃されたが、次もその幸運が続く事は無いだろう……

敗北=死。これが戦場での基本なのだから。

 

 

……

 

………………。

 

 

無音。

 

長い。一秒一秒が、とてつもなく長く感じる。レーダーをチラリと見るが……相手は一向に動き出さない。そのあまりの変化の無さに一瞬、カーネルは自身以外の時が止まっているかのごとき錯覚に陥った。

 

 

――――――何時だ、どのタイミングで来る?

 

 

緊張感が、極限まで高まったその時。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――ジリリリリッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

機体内に大音量で、目覚まし時計の鐘の音らしきものが響き渡った。

 

 

「ぉお!??!?」

 

 

突然の騒音に仰天したカーネルは、奇声を放ちながら構えたライフルと散弾バズーカのトリガーを引いてしまう……重い発砲音がアーマースカート内に反響した。

と、同時に強い衝撃が両腕部から走る。 しかし弾丸は何も居ない『外』へと放たれた為、当然止まる所を知らない。

 

そのままどこぞへと消え失せてしまう弾丸達……傍目に見たら何とも悲しい光景である。

 

 

 

《ハッハッハ》

 

 

 

何時のまにやら鐘の音は消え、通信機からは抑揚の無い女の笑い声。

 

 

《今の貴方は実に滑稽でした》

《お前は!一体!!何を!!!しているんだッ!!?》

 

 

やはりこのオペレーターの仕業か。これにはさすがのカーネルも怒り心頭である。

と言うより、この場面でこんな事をされてはカーネルでなくとも怒る可能性が高い。

 

《――――――極度の緊張状態》

《ッ!》

《私が『ほぐして』差し上げたのです。あれでは結果は見えているも同然でしたので》

 

確かに今ので緊張感は大分薄れたが、やり方と言うものがある。よりにもよってこんな方法で。一応キャロルの『目的』が正当なものであった為、先程よりかは怒りが収まってはいるにしろ……カーネルはその『手段』について文句を言おうと口を開きかけた。

 

《しかしながら……そろそろ援軍が到着する模様ですので、ご安心を》

 

まあ、キャロルの放つ重要な情報を前にまたしても言う機会を失うのだが。

 

《援軍……まさか、雇ったとか言うネクスト機か?》

《ええ。どうやら輸送部隊が『ワンダフルボディの援護へ向かってくれ』との指示を出した模様です。護衛対象にまで心配されるとは、何とも情けない》

《…………俺に一々文句を言わないと生きて行けんのかお前は》

 

援軍のネクスト機。カーネルには誰の事だか予測出来ない。『雇った』と言っているのだから、独立傭兵の類いか? いや、しかし一体どこのどいつが……

 

すると、自機のレーダーに突如友軍信号である『緑の点』が点滅。位置はカーネルの見ている『入口』からはやや左方向だ。高度は外で停滞しているネクスト機とほぼ同程度を、直線的に巡航している。

 

 

《!!!》

 

 

そこで、つい数瞬前まで静止状態にあった不明ネクスト機が動きを見せた。

何と、先程の静けさから一変。その友軍機に対して猛スピードで突撃していったのだ。

外からはブースターの爆音が響き、間をあけない『連続』でのQB音が流れ込んでくる。

 

 

 

《―――――なんッ……だッ!? これは……ッ!!》

 

 

 

カーネルの見るレーダー上には、常軌を逸した機動をする敵機が映っていた。

対して友軍信号を発するネクスト機。こちらもそれに対応するかの様に、直線的な機動から超・変則機動へと変化。

 

 

赤い点と、緑の点。二つが一瞬の内に、『数回』交差する。当然、外から響くQB音が絶える事は無い。

 

 

アーマー内で武器を構えたままのカーネルには、外の景色……外部二機の戦闘は直線見ることは叶わない。が、それでも理解出来てしまう。

何かが――――――異常な出来事が、起こっている。

 

《おい》

《……》

《……オペレーター!聞こえんのか!?》

《………》

 

返事が返って来ない。 まさか、あまりの驚きに口がきけなくなってしまったのか。

 

《クソッ!!『キャロル』!!!!》

 

名を呼ぶのは不本意ではあったが、カーネルにはこれ以外に彼女を呼び戻す方法が思い付かなかった。が、カーネルの最終手段なだけあり効果はてき面。

 

《お静かに。そんなに叫ばれては聞こえる物も聞こえません……機体を入口正面から左奥へとずらして下さい》

 

どうやら気を取り戻したらしい……いや、この言動。驚いていたのでは無く、何らかの通信を行っていたのか? ともかくカーネルは機体をその指示通りに動かすのだが……

 

その最中、戦闘中の友軍機から通信要請が入ってくる。

それを確認したカーネルは、即座にその友軍機の要請を受け入れた。かくして、通信機越しに聞こえて来た声は。

 

 

 

 

《――――――――――――ッハァァ、ハッッ!!! ドン・カーネルかッ!!?》

 

 

 

 

まともに呼吸出来ているのかも怪しい、男の声。だが、カーネルはこの声に聞き覚えがあった。そう、これは、この声は――――――

 

 

 

《おまっ……お前ッ!?》

 

 

 

『あの日』。初めてカーネルに敗北を味わわせた者の声。

 

 

 

《ハッ……ハアッ……! おい!! そちら、に……っ、逃げ込むぞッ!!!》

《んなッ……!!!》

 

 

 

そんな言葉に咄嗟にレーダーを観察する。

 

そこには緑の点が急激に自機に……正確には、カブラカンのスカートアーマーめがけて接近している様子が。赤の点はそれを逃がさんと言わんばかりに追従している。

瞬く間に接近するそれらに軽くパニックに陥りかけるが、とにもかくにも、今は『入口』を少しでも広げなければならない。

 

カーネルは機体を更に奥へ奥へと押しやる。すると、

 

 

 

 

――――――――――――ドッシャァアアアッッ!!

 

 

 

 

大量の砂煙を巻き上げ、一機のネクスト機がスカートアーマー内へと侵入。

と、同時に爆発音。恐らくはスカートアーマー外部に不明機から放たれたミサイルが着弾したのだろう。そのアーマー全体に。いや、ここら一体に多大な震動が襲った。

 

 

《ハアッ…………ハアァッ!!全、く……!付き合って……ハァ…………られんな……ッ!》

 

 

通信機から『しんどい』とでも言った雰囲気を醸し出すこの男。徐々にに砂煙は晴れ、退避して来たネクスト機のシルエットが明らかになる。

薄暗いスカートアーマー内ながら、鈍い輝きを放つ、アルゼブラ製の軽量機をベースとした――――――

 

 

 

《『銀色』……!》

《ゴホッ、ゴホッ……ふー、また……会ったな?》

 

 

 

銀色の機体。"ネームレス"。

 

 

 

 



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第32話

主人公視点

 

 

出た。

 

《ハアッ……ハアァッ!!全、く……!付き合って……ハァ…………られんな……ッ!》

 

とびきり、ヤバイのが。

 

《『銀色』……!》

《ゴホッ、ゴホッ……ふー、また……会ったな?》

 

逃げ込んだスカートアーマー内には、AF輸送部隊の方から話を聞いた通り、ワンダフルボディが待機していた。カーネルさんお久しぶりです。中身の俺が今にも死にそうなんで、まともな挨拶も出来ずに申し訳ない。

 

《……ゼン。やはり、あれは》

《そ、う……だな。奴は、間違いなく―――》

 

ああ……正直この任務聞いた時から、エドガーさんと二人して話をしてたんだよね。

 

嫌な予感がするってさ。

 

 

 

 

*********************

 

 

 

一週間程前。

 

 

 

あのシミュレーションからどれ位の日数が経過しただろう。

 

ネームレスの武装を未だに紛失している俺は依頼も受諾出来ず、お部屋の中でAMIDAさんと一緒に知恵の輪解体ショーに勤しんでいた。カチャカチャとした金属音が静かな室内に響く……

 

「……」

「アミ……」

 

……お、俺は、俺は……ぉ俺はあああああああ!!!

 

「……フンッッ!!」

 

バキッ。

 

「アミ!?」

 

ハッ!? し、しまった!一体何をしているんだ!余りに力み過ぎて、知恵の輪の一つが壊れてしまったではないか……あれ?でもこれって、力を入れても壊れない様になっているんじゃ……

まあ、きっと偶然力の入った位置が良かったんだろう。スプーン曲げみたいな?

 

……俺は本当にこんな事をしていて大丈夫なのかな。あのギアトンネルの時、スプリットムーンにライフルを斬られたのがここまで響くなんて……はぁ。追い出されたらどうしよう!!ねぇどうする!?

 

「……」

 

それに良く良く考えて、マーシュさんにも迷惑かけてない?『武装』の件について言い出したのは、あの人からだけど……

 

シミュレーションが終った後に一瞬意識が無くなりかけて、転びそうになった。

それを心配したマーシュさんが、たった一回しか戦って無い俺に、部屋で休む様に言ってくれたんだ……マーシュさんにあるまじき、『本気』での注意だったよななぁ。

 

思うに、あれ絶体身体(脳)に負担が掛かった結果なんだと思う。シミュレーション内、しかも三分とは程遠い時間で……はっは。こっちでやったら、下手しなくても死んじゃうんじゃない?

 

「……?」

 

そこでノック音。どうやら誰かが部屋を訪ねて来たらしい……何奴!

 

「ゼン、入るぞ」

 

あっエドガーさんですね。もう幾らでも入って来て結構です。

最近は『武装』の件で奔走しているのか、マーシュさんも中々顔を見せなくなってしまったので寂しかったんですよ。もうAMIDAさんが居なかったら余りの寂しさに精神ヤミヤミって感じ。

 

そして部屋に入って来たエドガーさんは、何やらニヤリとした表情である……こ、これは。

 

「ゼン。朗報だ……予定では、あと一週間以内には武装が到着するらしいぞ」

「!」

「そして、お前さんに『依頼』だ」

 

来たコレェ!!

 

長かったぞ!!日数的には『そこまで』では無いにしろ、精神的には一年位待たされた気分だ!

この間なんかストレイドが色々活躍してるって噂も流れて来てたし。肩身が狭い日々だったでござるよ……

 

「ついに届くか。アブ・マーシュには礼を言わなければな……それで、依頼内容は?」

「依頼主はGA社。内容は『同社のAF輸送部隊の護衛』だそうだ。ロケーションはロロ砂漠……その輸送自体は、本日より丁度一週間後に行われるらしい」

「何ともタイムリーな話だが……問題は、武装が間に合うかどうかだな」

「ああ。GA側もお前さんの状況は把握していてな。ダメ元で依頼を出したらしい。一応『代え』は居るらしいが……可能ならばお前さんに、と」

 

うーん。GA社の方々から依頼を頂けるのは大変喜ばしい事なんだけど、こりゃまた色々な意味で微妙な時期に……

 

「それにしても護衛とは。以前の上海海域での戦闘をを思い出すぞ……」

「フフ……あの時は災難だったな」

「クック……本当にな」

 

いやはや。本当、ステイシスが現れた時はどうしようかと思ったよ。まあ結果的に何とかなったものの。そんな、二人して苦笑した後、エドガーさんの表情が至極真面目なものへと切り替わる……

 

あらー、エドガーさんも何となく感づいてるみたいですね。

 

「……今回の件だがな。向こう側からの詳しい情報は得られ無かったが……話様から察するに、何やら焦っていそうな雰囲気だったぞ」

「そうか……エドガー。『どう』思う?」

「勘だがな。この依頼、荒れるぞ」

 

そうなんっスよ。

 

その……俺が聞いたストレイド活躍の噂話に『マザーウィル撃破』が混ざってたんだよね。世間的には、その事について何ら情報は流れて無いらしいけど……

この噂に関しては情報通のマーシュさんから聞いた話だし、それに『物語的』に間違いは無いからほぼ確定だろう。

 

そこでよ?

 

この『chapter1』の大イベントが起こった後の俺への依頼……今までの経験上、確実に何か良くない事が起こるよね。しかもエドガーさんまで感づくとか、相当ヤバイ展開になって来そうで笑えない。

 

「依頼主は当日まで返事を待つらしいが……もし受諾可能な状況になったとして、お前さんはどうするつもりだ?」

 

……そりゃあ、アナタ。

 

「受ける」

「……だろうな」

 

ラインアークに住まわせて貰ってるからには、此方も対価を支払わなければならない。今の俺が最大限貢献出来るのは傭兵稼業だからね……こっちじゃ初めからリンクスとして存在していたからさ。本当なら清掃員みたいな、そんな誰でも出来る様なお仕事でも全然良かったんだけど……

 

ゼンさんだけに、全然良かった。

 

「……ックック」

「?」

「何でもない。気にしないでくれ」

 

しょうもないギャグを思い付いてしまった。しかも自分で笑うとか死にたい。

でも、ネガティブ思考に陥りかけるとストッパーが発動してしまう自分がちょっと好き。

 

「あくまでも、武装到着が間に合えばの話だ。どう転ぶかは今は分からないぞ?」

「……それもそうだな」

 

そうだよ。ま、今はエドガーさんとの会話でも楽しんでおくかな。

 

 

 

*********************

 

 

 

当日、武装が、届きました。滅茶滅茶ギリギリで。

 

 

《ゼン、目標を発見した。そのまま進めば合流出来るはずだ》

《了解》

 

……実質GA部隊との合流が間に合わずに遅刻してますが。

聞いたところによると何やらGA社は、余りにも連絡寄越さない此方に対して『あっこれ無理な奴かな?』って思ったらしく、既に自社のネクスト機に根回ししたみたいだ。

 

ちなみに此方がそれでも合流に向かっている理由だけど、準備が遅れたって事を伝えたら『それでも構わないから合流してくれ』ってな連絡が来たから。

 

《あの焦り様からして、予め何らかの予測はしていたんだろうが……》

《それは此方も同じ事だろう、エドガー。まあ、まさかカブラカン何ぞが現れるとは思ってもみなかったがな》

 

ロロ砂漠、目標地点に近づいた時点で連絡が入ったんだ。「カブラカンと鉢合わせた」って。

原作だとロロ砂漠での撃破対象は、インテリオル社が改造したGA製AF『ランドクラブ』だったはずなんですけどねぇ……何時もの事ながらどうなってんだ。

 

俺が居る事によるバタフライ効果ってのかな?

 

《見えたぞ。輸送部隊に……確かに、更に奥の方にはカブラカンが確認出来るな》

 

ブースト出力を上昇させ、それらに対してさらに高速で接近する。

やがて、護衛対象のAF輸送部隊の元まで辿り着こうとしたその時……俺は妙な事に気がついた。

 

 

《……》

 

まず目を引くのが、機動していないカブラカンの姿。

 

どうやらコンテナ部分は既に開ききっているみたいだけど……この状況。俺の知っている限りでは、今はカブラカンが射出する自立兵器達で一杯のはず。

だけど一機も見当たらないなんて……いや、あの地面に散らばっている物がその残骸?

まさか、GA社のネクスト機が既に全滅させ―――

 

 

 

―――はぁ。なんてね……現実逃避は止めよう。俺には、ちゃんと見えている。

 

 

 

一つだけ。よく晴れた青空の中、宙に停滞している『何か』の姿がさ。

……そいつは、余りにも黒すぎた。そう。まるで日の光すら吸収しているかのごとき、漆黒。

ここから見れば、まるでこの青空にぽっかりと穴が空いているかの様にも見える。

 

《こちらGA社、AF輸送部隊……リンクス。良く来てくれたな》

 

そこで輸送部隊からの通信。その声からは緊張の色が窺える。

 

《細かい事は省く。今すぐ、向こうに居る『ワンダフルボディ』の援護に向かってくれ》

《了解》

 

GA社のネクストがワンダフルボディだったとは……

 

だけど、俺も細かい事は聞かない。何故なら、あの宙に浮いてる『何か』。

アレが明らかに異質過ぎる存在感を放っているから。

まず間違いなく今回の障害として立ちはだかるだろう……嫌が応にも想像出来る。

 

《いや、一つ……言わなくても分かるだろうが、黒い『奴』はネクスト機だ》

《ああ》

 

輸送部隊との通信終了。

 

そこで機体を地面から上昇させ、『奴』とほぼ同高度まで持っていく。さて、近づくにつれ『奴』のシルエットが明らかになる訳だが……

 

 

《―――ゼン。俺は、今……お前さんと初めて出会った日に感じた『感覚』に襲われている》

 

 

……ああ。これ、アレだな。

 

 

 

 

 

《――――――こいつは、最高にヤバイ》

 

 

 

 

 

今日、死ぬかもな。

 

 

 

 

 

――――――直後。宙に停滞していた『奴』は、俺に気がついた……いや、ある程度まで此方が接近するのを待っていたのだろう。機体を此方に向け、即座にオーバードブーストを展開する……

と、同時に前方向へとクイックブーストを使用。瞬時に此方との距離を詰めに掛かる為だろう。

 

そして、互いの距離が200を切ったところでOBを切断―――からの『連続QB』。

 

 

『交差』する気だ。

 

 

 

《――――――》

 

 

 

相手のシルエットから、何の武装を積んでいるかの確認は済んでいる。『奴』は所謂ミサイル機。

此方のBFF製フレアは、展開→射出までに若干のタイムラグがある。その為、1、2秒程前には展開……つまり相手がミサイルを撃つタイミングを読む必要があるのだが……

 

今回。一瞬その『展開』させるタイミングが遅れた。

 

妙な言い方になるが、この漆黒の機体が余りに躊躇無く『良く見知った機動』を繰り出した為だ。

……とても正気とは思えない。普通に考えて、そんなふざけた機動を行おうとは思わないだろうに。

 

 

《……ッッ……!!》

 

 

仕方が無いので、此方もその『ふざけた機動』――――連続QBで対応、機体同士が『交差』する。

 

 

……息が出来ない――――圧倒的加速の前に身体が軋む。

 

 

普段からQBは極力使用を控えていた。何度も言う様だが……『苦しいから』。

そう。己の想像以上に、アレは苦しかったのだ。だが、ここでそれが裏目に出た。

QBの加速感に慣れて居ない自分に此方(現実)側での本気の動きは辛い、などと言うレベルでは無い。

 

 

一瞬意識が飛びかける、が。

 

 

《―――――チッ……イ……ッ!》

 

 

気合で持ちこたえる。この身体でなげれば確実に気を失っているはずだ。下手をすればその衝撃・精神的負担に耐えられず、あの世行き。

休む暇さえなく、即座に振り向くが……そこに、既に『奴』の姿は無かった。

 

 

だが、見えなくても分かる。『上』にいる。

 

 

《フ……ッ!!》

 

 

ここで先程のフレア展開が生きる。『奴』の機体構成からは、上方からの「交差際」に大ダメージを狙う事は百も承知。このタイミングでのフレア射出では、『アレ』は行えないだろう。

 

さて、次は此方の番だ。

 

 

フレアの射出中。此方が圧倒的優位に立てる時。

 

 

死ぬ気で機体を動かし再度『奴』を捉える。フレーム構成見たところ、AP的には此方に分がある為に引き撃ちで対応。ライフル弾をばら蒔き、少しでも削りに掛かる。

 

 

 

――――そんな戦闘が約30秒程行われただろうか。その時、俺は――――

 

 

《……ッ……ハッ……アァ!!》

 

 

死にそうだった。いや、本気で。

ふ、ふざけんなよ……!こっちは身体中から『ミシミシ……ッ!』て音すら聞こえてるってのに……

 

あんた本当に人間か?

 

 

 

 

『もう一人』……ッ!

 

 

 

 

しかも、そんな『テンプレ機体』に乗ってるなんて聞いて無いんですけど!?

はい。って事で半分キレかかっている俺ですが、この漆黒の不明機の外装を紹介していきたいと思います。

 

右腕武器『機動レーザーライフル(※ER-O 200)』。

左腕武器『黒板消し(※ハンドミサイル、ALLEGHENY 01)』。

右背部『核ミサ(※大型ミサイル、BIGSIOUX )』。

左背部『重垂直十六連ミサイル(※WHEELING 03)』。

肩には『BFF連動ミサイル(※061ANRM)』。

 

機体本体については、コア・脚部は『ライール(LAHIRE) 』。

腕は『ラトナ(LATONA )』。

あ、頭は~……相手の動きが速すぎて全然分っかんねぇ!クッソ平たい感じからして『皿頭(HOLOFERNES )』か!?

 

多分これを聞いた一般人は「日本語でok」何て思っている事でしょう。

では超簡単に説明します。

 

 

 

ヤヴァイ機体です。

 

 

アーマードコアには代々テンプレート。つまりは強い……『ある程度腕のある奴がこれ使っときゃ、まあ間違いは無いっしょ!』みたいな機体がプレイヤー達によって開発されるんだけれども……フォーアンサーでの機体の一つが、アレ。通称『ミサイラー軽二(軽量二脚)』。

 

これは余談になりますが……お恥ずかしい話、私の愛機ネームレスも、ブースターやらの内装は軽量機体のテンプレにあやかっております。相手の外装を見るに、内装もテンプレ。つまり此方の機体とほぼ同じと見るべきだろう。

 

FCSは長距離用でも積んでるのか?

サイドブースターは、前方への突進力・EN確保を高める為に俺の機体より出力値の低い物に変えてる可能性が高いかな……

 

 

はっはっ。こいつマジヤバい。完全に対ネクスト戦特化型。全力で殺しにきてやがる。

 

 

 

《ゼンッ!ワンダフルボディのオペレーターから通信だ!カブラカンのスカートアーマー内に退避しろッ!!》

《了……解ッ!!エドガー!此方からもワンダフルボディに通信要請を出してくれ!》

 

 

ぬああああああ!!!死……ぬ!!もう、死ぬから!十六連ミサイル避けるのキツいから、まともに息して無いから早く早く早く、つーか連動ミサイルもクッソうざっ……、ああ~ダメダメそんな悪口を考えるなんてダメっ!でもマジでもう勘弁しt……っしゃあ!!

 

通信繋がったァ!!

 

《――――――――――――ッハァァ、ハッッ!!! ドン・カーネルかッ!!?》

《おまっ……お前ッ!?》

《ハッ……ハアッ……! おい!! そちら、に……っ、逃げ込むぞッ!!!》

《んなッ……!!!》

 

ごめんね!情けないけど、今全然余裕無いから!

 

 

 

 

ゼンさんだけに。

 

 

 

 

じゃねぇ!ンな糞ギャグ考えてる場合じゃないよ!あーもう!離脱ッッ!!

 

 

 

 

*********************

 

 

 

《ハア……ハア……》

 

……で、今に到ると。

 

《……ゼン。やはり、あれは》

《そ、う……だな。奴は、間違いなく『もう一人』だ》

 

エドガーさんの質問に答える。あんな機体見たこと無かったし……ああ、『劇中』では見たことが無かった、の間違いか。

オンライン対戦だったりだとテンプレ機体の把握は必須+実際の対戦でも何度か相手にした事があるから……少しでも真面目に対戦やり込んだプレイヤーなら、下手な機体より有名に思うかも知れない。

 

《回線に割り込ませて頂きますが、あなた方は『人間』で間違いは有りませんね?》

《……そちらは》

《申し遅れました。私、ワンダフルボディのオペレーターを務めております。『キャロル』と申します》

 

……えっと。あれ?キャロルって……キャロルの事?(混乱)

 

もう色んな事が起こり過ぎて訳が分からなくなってんだけど。キャロルさんの声・雰囲気・名前が凄く何処かの誰かに似てるし。ってか名前とか完全に一致して……うん。きっと良く似た別人なんだろう。気にしてはいけない。

 

えーと、ちなみにその質問に対する答えなんだけど。

 

《俺に関して言えば、『一応』はな》

《成る程。それだけ聞ければ充分です》

 

相手はどうか知らないですけど……

 

いや、だって本当に何の躊躇も無かったから。何時も通りに機体動かしてる体で、超加速しまくってたからね。

今、奴さんはスカートアーマーの『外』で停滞してるけど……正直、中の人はちょっと頭のネジが吹き飛んでると思う。

 

 

本当に中身が居ればの話だけど。

 

 

《ところで、このカブラカンを止めたのは……》

《それは、俺だ》

 

うおお。カーネルさんがやったんだ。

 

《クック……やるな》

《……! ふ、ふん! 当然だ! その位、この俺にかかれば――――》

《甘やかしてはいけません。結局のところ、多数の自立兵器を破壊したのはあの「不明機」。加え、今のワンダフルボディのAPは残り約40%です。『相性』が良くてこれでは……》

《お前。何時か覚えてろよ……》

 

キャロルさん毒舌ですね。『あの人(?)』に雰囲気は似てるけど、やっぱ別人みたいだ。

後、何となくだけどカーネルさんが少し丸くなっている気がする。

きっとキャロルさんに色々と絞られまくってんだろうなー……いやはや、お疲れ様です。

 

《あー、お前さん方。世間話も良いがな……外の『アレ』、どうするつもりだ?》

 

ここでエドガーさんの最もな意見。そうだよ。こんな会話している場合じゃ無い。

外で待機中の不明機をどうにかしないと……しかし、そうは言ってもなー。

 

本当、少しだけ戦って分かった事があるんだよね。それが何なのかと言うと……

 

《『奴』は強い》

 

これね。馬鹿みたいな意見だけど、この超短時間で嫌でも分かった。

 

《……感覚的にはどの程度か教えてくれ》

《まともにやりあったとして....現状は『4:6』で向こうに分がある、と言ったところか》

《ほう。現状ですか。では、私からは『推移』をお聞きしても?》

《外の不明機は所謂『ミサイル機』。此方のフレアが無くなれば『3:7』にまでその差が広がるだろう。少なくとも、俺には身体的負担もあるしな。要は長引けば長引く程に勝つ可能性が下がると言う訳だ》

 

皆にはハッキリ言わないけど、正直相当厳しいっす。

腕的には互角orそれ以上で……機体自体の戦闘力に関しては完全に向こうに分がある。

 

 

《中々に由々しき事態だな》

 

 

……本当、アーマードコアってバリバリ現実を直視させて来るよね。 何と言うかさ。

「不思議パワーとかそんなん無いから、勝ちたけりゃ強いフレームとか武装使えや」みたいな。

 

対戦なんかだと、格好良く・正面から正々堂々と戦いたい初心者なんかに、偉大な先輩方が「引きうち」やら一機に対して全員でフルボッコにしてかかる、通称「鳥葬」やらを繰り広げてくるし。

 

まさに勝てば正義を体現する世界である。例えそれがどんな手段であれ……うん。

冷静に考えるとACってやべぇ。もう修羅じゃん。修羅達の訓練場じゃん。

夢も希望もあったもんじゃないよコレ。

 

《銀色。お前……まさか、『勝てない』なんて事を抜かす気じゃ無いだろうな?》

 

カーネルさんが凄くガッカリした声を出してるんだけど。

本当に情けなくて御免なさい。しかしカーネルさん……ある重要な事を忘れてないかね?

 

 

 

 

《俺『達』は負けん》

 

 

 

 

……そう。ACってのは中々に現実的なんだ。

 

対戦では、秘めた力の覚醒だったりも無ければ、リベンジマッチで負けるなんてザラ。

強い奴には、何回戦っても勝てないもんは勝てない。怒りに任せて戦う人なんかはもう負けているも同然で、より冷静・合理的な判断を下せる人が勝利に近づける。

 

 

 

 

そして、味方の数は多ければ多い程良い。

 

 

 

 

《ドン・カーネル。そちらの力が必要だ》

《……! ま、まあ、協力するのは癪だが……良いだろう。この際仕方がない!》

《作戦だがな。まず――――》

 

 

――――――さて……

 

 

《ネームレスのオペレーター。そちらの担当するリンクスは優秀な様子で何より……此方のリンクスにも見習わせたい限りです》

《クック……なまじ優秀だと、此方のやる事が少なすぎてな。暇になるぞ?》

 

 

ああは言った物の、これでダメならもう無理だ。気合いを入れて――――

 

 

 

 

《……行くぞッッ!!》

 

 

 

マジでやります。

 

 

 

 



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第33話

MT部隊隊長視点

 

 

《……行くぞッッ!!》

 

 

作戦を手短に確認した後、ネームレスは機体のブースターを点火。

スカートアーマーから『外』へと勢い良く飛び出す……

輸送機内、モニター越しの視界には一瞬、青空が。そして宙に静止する例の漆黒の機体が映り

 

―――同じくして、一瞬で視界から消え去る。

 

ゼンも相手のその異常な動きに食らいついているのだろう。モニターから映る景色は常にブレており、そこから理解出来るのは、『人知を超えた高速戦闘が行われている』と言う事のみ。

声を抑えてはいるが、通信機からは呻く様な声が聞こえてくる。

 

現実でこの機動を行うなど自殺行為も良いところだ。だが『死ぬ気』で相手取らないと、この不明機には勝てない。いや……先程ゼンはこう言っていた。「由々しき事態」だと。

恐らくは、死ぬ気で戦っても『勝てない』可能性の方が高い相手なのだろう。

 

 

 

この、『もう一人』は。だが……

 

 

 

エドガーは、通信機越しに合図を送る。

 

《出てきて良いぞ!ワンダフルボディ!》

 

そこでレーダーには多数のミサイル表示が表れる。これは不明機の物では無く、ワンダフルボディから放たれた物だ。狙いは当然、漆黒の機体。

放たれた多数のミサイルは不明機目掛けて一直線に飛来する……が、それが一発とて直撃する事は無い。その超機動を前にしては仕方がない事だ。

 

たが、これで良い。

 

ミサイルを気にしていると言う事は、どうしてもネームレスへの意識が遠退く。

 

《ハァ……アッッ!!》

 

そして、その隙をゼンは逃さない。ミサイル回避に徹する相手に、容赦無く弾丸を撃ち込んで行く。しかしこうなって来ると、当然相手もその『五月蝿いネクスト機』を先に排除したくなるだろう。

 

不明機は、狙いを直ぐ様ネームレスからワンダフルボディへと変更。さて、重垂直ミサイルを放ちつつ、異常な速度で接近するそれに対し、ワンダフルボディはと言うと……

 

《ほら、さっさとスカートアーマー内に隠れて下さい》

《黙……って、ろ!!》

 

狙われたと分かった瞬間、フレアを撒きつつOBを展開。

 

全速力で再度スカートアーマー内に退避を試みる……これは少々情けないと思う者も居るだろう。しかし、事前にゼンは言っていた『出来る事をやれば良い』と。ワンダフルボディがこの戦闘に直接介入するなど、誰が考えても無理な話であるし……それに、だ。

 

 

この手が最も相手の『神経に障る』。

 

《ハァ……ハッハッ!!これはっ!もし俺がされたなら……ハァッ……!『キレ』るところだぞ……ッ!!!》

 

喋るのもやっとだろうに……全く、この男は。

 

《ぬ……ぅ!!》

 

だが、そうは言ってもゼンの機体は確実にダメージを受けている。

相手のミサイルもそうだが、『機動レーザーライフル』がじわじわと装甲を削り取っているのだ……それに。

 

『リミット』がある。

 

ゼン本人から聞いたが、どうやらこの機動を行える時間は限られているらしい。

まあ、普通に考えてこんな機動を何時までも続けられるはずが無いのだが……しかし『3分』とは。この機動から考えれば長い方かもしれないが、ネクスト戦に限って言えば『微妙』な線だ。

 

 

《グッ……! ハッ……ァアッッ……!!!》

 

 

―――一分半が経過。

 

 

 

その時、例の不明機がネームレスに『交差』を試みた。

 

ここまで何度も行われてきた行動なだけに、さして気にも止めて居なかったが……何故だろうか。急激に悪寒が走った。エドガーは気がついていなかったが、その『交差』が行われた位置はネームレスの機体「上方」から。タイミングは、丁度フレアを展開・効果時間が切れた時―――

 

 

 

つまり。

 

 

 

《――――》

 

 

 

『加速撃ち』。

 

 

戦闘前、ゼンがワンダフルボディらに「注意しろ」と言っていたネクスト戦での戦術。

 

それは簡単に言うと『発射するミサイルにネクスト機の速度を上乗せする技術』らしい。

不明機にはハンドミサイルに加え大型ミサイルが搭載されていた。この二種類のミサイルは、威力・旋回性能は十分すぎる程十分だが、いかんせん巡航速度が圧倒的に足りない。

 

そこで、ゼンの『居た場所』ではこのミサイル達の運用法を研究。最も有効的なこの戦術が開発されたのだとか。実際、この方法をタイミング良く使えば『瞬間最高時速3000km/hを優に超えた、食いついて離れない超高威力のミサイル』が完成する訳らしい。

 

……こんな事を思い付くなど、やはりよほど頭のイカれた連中が揃ってたと見える。

 

 

《銀色ッ!!》

 

しかしここで、いつの間やら此方側に接近していたワンダフルボディがフォローに入る。

何と、完璧なタイミングでフレアを展開。『加速撃ち』を打ち消しにかかったのだ。

発射された大型ミサイル達は、ワンダフルボディの『垂直フレア』に導かれ、遥か上空へ……

 

 

青空に、特大の『花火』が咲き誇る。

 

 

《私の発言通り、『そろそろ』だったでしょう?》

《ハァ……ハァ……!疲れさせおって……!!》

 

 

成る程。ワンダフルボディのオペレーターの指示か。

 

 

《チィッ……エドガー!!》

 

 

そしてゼンからの『合図』……もう大丈夫だろう。さて――――

 

 

 

 

《――――『良い』ぞ!!》

 

 

 

 

そんなエドガーの掛け声とほぼ同時、砂漠地帯に異常な爆音が響き渡った。それは、ネクスト機から発せられるにしては、余りにも大きな『発射音』。では、一体その爆音の発生源は何なのか?それはズバリ……

 

 

 

 

GA社、AF輸送部隊。

 

 

 

 

そう。此方の狙いは最初から、AF輸送部隊の『援護』にあったのだ。

 

旧式とは言え、腐っても巨大兵器……その射程・威力は既存のネクスト機に対して、十分脅威足りえる。此方の二機だけを相手取り、完全に輸送AFから気を反らしていた不明機は――――

 

 

 

 

――――――ゴッッ!!

 

 

 

その内の一発を脚部に直撃。機体のバランスを大きく崩した。

 

《カーネルッ!!》

 

ワンダフルボディはバランスの崩れた不明機に対し、ここぞとばかりに散弾バズーカを放つ。しかし……

 

《チ……ッ!》

 

不明機はそれをクイックブーストで回避。直ぐ様バランスを立て直し、此方側の二機から大きく距離を取った。……あの状態から一瞬で立て直すとは。並のリンクスなら、確実にそのまま散弾バズーカの餌食となっていただろうに。

 

 

やはりこのネクスト機、『化け物』だ。

 

 

距離を取った不明機は、すかさずカブラカンの陰へと身を隠す……AF対策か。

カブラカンの『巨体』を壁とする事で、弾丸を遮る魂胆ななのだろう……しかし、何だ?

隠れた後は、その場から一切動く気配が無い。

 

《ハァッ……ハァ……エドガー。あの不明機と……回線を繋げるか?》

《ああ》

《やって……くれ》

 

ゼンの指示通り、その不明機へと回線を開くが……

 

《そこの……不明機。聞こえているな》

《……》

《ゴホッ……ハッキリ、言おう……お前は強い。一対一でなら、此方の敗北する可能性は高かったはずだ……》

《……》

《……だが今回はそうでは無い。圧倒的に此方側が有利だ……つまり何が言いたいのかと言うと、今日のところは『引け』。このままやっても、この俺を倒す事は叶わんぞ……そちらが一番良く分かっているはずだ。此方側の二機を合わせれば、フレアもたんまりあるしな?》

 

成る程、撤退勧告か。確かにこの状況では圧倒的に此方側が有利だ。不明機はAFの一撃を食らっている訳であるし……だが、そうはたして上手くいくのか。

 

そう、思っていたのだが。

 

 

 

突如砂漠地帯に響き渡る、『吸引音』。これは……

 

 

 

《オーバードブースト、か》

 

 

 

そう、不明機から発せられた物だ。ゼンの言葉を真に受けた……あるいは、こうなった時点で決めていたのだろう。その特徴的噴射音と共に、此方側から一気に距離を開け『撤退』していった……随分と冷静な判断だ。まさか、迷うこと無く撤退するとは。

 

リンクス。それも『強者』ともなれば、そのプライドも非常に高いはずなのだが……やはりゼンと同郷出身なだけあり、その辺りに関しても常識では測れないらしい。

 

 

…………

 

 

………………。

 

 

 

《……ふー、上手く行ったな》

 

 

 

静けさを取り戻した砂漠で、ゼンが一人呟く。

 

《と、言うと?》

《ハッキリ言って、これ以上は動けん》

《おいおい。まだ、リミットまでは時間があっただろう?》

《それがな、エドガー。情けない話だが、そちらに合図を出した時点でもう既に限界だったんだ。フレア弾数も残り少なくなってきていたしな……実にありそうな『ハッタリ』だっただろう?》

 

……全く。『このままやっても、この俺を倒す事は叶わん』だったか。

 

今回のネクスト戦は、ゼンの働きによるものが大きかっただけに……もしもこれ以上続けていたら、やられていたのは此方(GA側)の方だったと言う訳だ。

 

《フッ。今更言うのも何だがな。お前さん、中々やるな?》

《クック……》

 

何はともあれ、これで……

 

《何が、『この俺を倒す事は叶わん』だ!格好付けよってからに!》

《いえ、事実としてアレは格好が付いていました。仮に貴方が同じ台詞を言おうものなら、今更鉄屑にされている事でしょう。まさしく、ワンダフルボディと言った状態にな……》

《止めろ!これ以上は本気で怒るぞ!?》

 

《此方GA社AF輸送部隊。二機共、本当に良くやってくれた》

 

……何だ、途端に賑やかになっている。

 

《此方ネームレスからAF輸送部隊へ。まさか本当にあの不明機に被弾させるとはな....驚いたぞ?》

《一同、外したら『終わり』だと思って死ぬ気で狙っていたのさ……しかし、我々まで君達の戦闘に参加するハメになるとは思わなかった。正直、生きた心地がしなかったぞ……》

《クック……》

 

確かにあの作戦会議中、ゼンがAF部隊の利用を仄めかした時は少々驚いたものだ。

「してやられた」とでも言うのか。あの時は、突然の『もう一人』出現にばかり気を取られてしまい、ネクスト機以外の戦力(AF輸送部隊)の存在が思考に入る余地が無かった。ましてや、それを利用するなど……

 

AF部隊は何やらカブラカンに『追い付かれていた』為、その位置がゼン達の戦闘場所から比較的近かったのも幸いだっただろう。まあ……あのAF部隊の一撃が当たったのはその位置条件以上に、彼らの『執念』によるものだろうが。

 

 

《そしてネクスト、ワンダフルボディ》

《何だ!?》

《良い働きだった……『キャロル』もな?》

《私に関して言えば、当然の事をしたまでです。しかしながら、まあ……ドン・カーネル。確かに、この男にしては『中々の働き』をしていた事を認めましょう》

 

ワンダフルボディのオペレーターは少々辛口なコメントが多い様子だが、流石に今回のカーネルの働きぶりに関しては認めているらしい。ゼンの戦闘のアシストに加え、カブラカンを停止させたと言う事実。この一件は『ランク以上の働き』をした事は確実なはずだ。

 

《エドガー》

《クックッ。俺にも、何かしら誉めてくれるのか?》

《当然だ。AF達を『不明機が狙いやすいポイント』に誘導したのはそちらだろう?》

《フッ……感謝は有り難く受け取っておく》

 

まるで一番の功労者は自分では無く周りの者達だとでも思っているかの言い分だ。今なら、「全ては俺の実力によるもの」と発言しても許されそうな状況だろうに……実に律儀な男だ。

 

……それはそうと。

 

《しかしゼン。お前さん、動けないと言っていたが》

《言葉の通りだ。あまり言いたくは無いが、今にも『死にそう』でな。悪いがこれ以上は護衛に付き合う事は出来ん……ワンダフルボディ。後は任せたぞ》

《こっちはハナからそのつもりだ!……おい、一応聞いておいてやるがな。大丈夫なんだろうな?》

《何、本当に死にはせん。此方は気にせず、早めに任務終了を目指した方が良いぞ?》

 

ゼンのそんな言葉に、GA側も納得したのだろう。それぞれが一言二言挨拶をし、その場から移動を開始……視界の奥へ奥へと、その姿が小さくなっていく……

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

《…………。疲れた、な》

 

 

 

 

そんな彼らを眺めつつ、ポツリと呟く『怪物』。

 

 

だが、先程までの元気が全くと言って良いほど見当たらない……不味い。やはりこの男、我慢をしていたのだ。大方、GAの手前『ここまで弱っている姿』を見せるのは良くないとでも考えていたのだろう。

 

 

《今、急いでそちらに向かっている。もう少しで到着す……》

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――少しだけ、休んで良い?

 

 

 

 

 

 

 

 

男の声。

 

 

それは、まるで――――『何処にでも居る普通の青年』の様な、そんな声だった。

 

 

余りにも普段の雰囲気からかけ離れたその声色に、一瞬、聞き間違いかと思いゼンに聞き返す。

 

《…………ゼン?》

《……》

《おい……ゼンッ》

 

しかし返事が無い。気を失ったのか……いや、本当にそれだけ?

不安の波が胸中に押し寄せる。『そんな事』は有り得ないと言い聞かせては居るが、以前のシミュレーション時の出来事を嫌が応にも思い出してしまう。

 

あの時の、バランスを崩したゼンの姿が――――

 

 

《――――操縦士ッ!!緊急事態だ……もっと急いでくれ……ッ!!》

 

 

どうか杞憂であってくれ――――エドガーはそんな、祈る様な気持ちでモニターを見続けていた……

 

 

 

 




ガチ戦闘回。勘違い要素が少なくなって(ほぼ無い)しまいましたが、どうかユルシテ……




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第34話

主人公視点

 

 

 

 

「―――これ!その『なよなよ』した喋りは控えろと言ったであろう!」

 

 

あ……れ、ここって

 

 

「で、でも……」

「『でも』も何もあるか!男児たるもの、他人に隙を見せてはいかん……お前は優しすぎる。その様な口調や態度では、直ぐに誰かにつけ込まれてしまうぞ!」

 

――――家。ああ……俺がまだ小さくて……お爺ちゃんが生きていた頃、良くこうやって怒られてたな。古風な考えな人だった。何時も険しい顔してさ、何かと『男児たるもの……』って現代の日本には余り必要性の無い知識ばかりを押し付けられてたよ。

 

「誰かって……誰?」

「儂が知るか!」

 

知らないのかよ。

 

「とにかく、分かったら返事をせんか!」

「……うん。分かった……」

「違ぁう!!『……ああ』じゃろう!?ほれ!言ってみぃ!?」

「……ああ」

「ほっほ~?お前さては不機嫌じゃな?その様な殺気立った顔をしよってからに!」

 

当たり前でしょうが。何言ってんだこの人は。子供ながらに「……ああ」とか返事する奴なんか居ない。お陰で学校では中々お友達が出来なかったよ……何か皆ビビって俺にあんまり話かけてくれなかったし。ってか今でもその『癖』が全然抜けなくて、結構苦労してます。

 

でも……

 

「ほーれ!キャッチボールじゃ!爺だと思って舐めていたら顔面が陥没するぞ!」

「……もう少し、ゆっくり投げて貰いたいものだが」

 

あんまり寂しくは無かった。家に帰れば、何時も遊んでくれたし。

それに「 お前が大きくなるまでは死なんから安心せい」何て言ってた通り、ちゃんと俺が『成長』するまで頑張って長生きしてくれたから。

 

ああ、超楽しかったなー……

 

 

 

***********

 

 

 

 

「………」

 

 

 

目が、覚めた。

 

 

ぼやけた視界に映るのは、真っ白で、だけど所々に大きなヒビが入った......そう。良く知っているラインアークでの『自室』の天井だった。なるほど、さっきまで見ていたのはやっぱり夢だったのか。久しぶりに懐かしい感じを思い出したよ....ついつい、ノスタルジーな気分に――――

 

……え?あれ?ラインアークって事は。

 

 

俺、生きてる?

 

 

確か俺は……あの時。謎の機体に対抗する為に物凄く頑張って、で、死にそうになって。

痩せ我慢なんかもしてたけど、最終的に身体中が痛くなって気分も最悪になり……我ながら完全に『あ、終わったな』と悟った挙げ句、ついに意識を手放したんだけど。

 

……俺生きてるんだけど!!なっなんで、いや本当に!?

 

「……!」

 

そこで気が付いた。病院で着る様な患者服を纏っている事と、腕には注射機が刺さっている事に……これ栄養剤か何か?チューブみたいな物まで伸びてるんだけど。まるで入院患者のごとき処遇である。

 

「しかし……何だ?」

 

ハッキリと意識は戻ったにも関わらず、視界の『ぼやけ』が戻らない。

 

試しに両目を擦ってみる。で、再び瞼を開けてみても……はい、全然ダメ。

全くもって、その異常が元に戻る気配は無い。次にベッドから身体を起こし、この部屋の入口があった辺りに目を向けてみるが……見えない。いや、正確には、ドア自体はぼんやりと見えるが『ドアノブの形』が全くと言って良い程に把握出来ない。

 

……ああ、これは。

 

 

 

「視力が、落ちている」

 

 

 

しかも大幅に。俺の視力は今まで両目共に2.0だったんだけど、今どの位なんだろう。

こんなの経験した事が無いから、現状の視力を把握する事が出来ない……少なくとも、このままでは日常生活に支障をきたすレベルではある。

 

「……」

 

つまるところ、これが脳へ多大な負荷をかけた事による影響なんだろう。

まあ、シミュレーションの時に予兆はあった。何事も無く終わるはずも無かったんだけど……足……手、その他は……

 

 

「……ッシ」

 

 

小さくガッツポーズを取る俺氏。ッッシャア!!!!動く!!超ラッキィ!!

 

え?いや……だって普通に考えてよ?俺、ネクスト機であんな機動した訳よ?視力がメッチャ落ちた程度で済むとか幸運すぎる。正直、脚とかが動かなくなってても「しょうがないよね」位には思ってましたし。

 

大体ですね。元は普通の人間だった俺がネクスト機に搭乗してる事自体があり得ない。

本当ならもうその時点で何らかのペナルティが課せられてても不思議じゃ無いよね。

まあ、次にあの機動したらお目目見えなくなるかも知れないけど……その時はその時で考えよう。

 

いや、今の内に点字とか練習しとくかな。今度マーシュさんか誰かに本持ってきてもらおう。

 

「ゼンさん、お見舞いに来ましたよー」

「アミアミ~」

 

俺が盲目対策を決定したその時、丁度ドアが開き、そこから丸い何かを抱えた一人の人間が入ってきた……全くもって顔が見えねぇ!でも声的に多分アイラちゃんとAMIDAさんだろう。それにしてもAMIDAさんはもう普通に外出して……

 

……ん?

 

「あ……ぜ、ゼンさん?」

「ミ……」

 

入口で固まるアイラちゃん達。いや一体どうし……

 

「お、おおお、起き!!? た、隊長に連絡しないと!!アミちゃん行きましょう!!!」

「アミアミ!!!」

 

そしてダッシュで室内から出ていく彼女達。でもドアはちゃんと閉める辺り、人間性が現れており非常に良いのではないでしょうか。(評論家)

 

 

 

……こっちも出迎えの準備でもしようかな。

 

 

 

 

 

――――――

 

――――――――――――

 

 

 

「――――ゼ……ンッ!大丈夫か!?」

 

 

部屋に飛び込んできたエドガーさんの第一声。息切れを起こしている事から、急いでここまで来た事が窺える……ま、相変わらず視界が超ぼやけてるんで、表情とか全然把握出来ないんだけどSA!HAHAHA!やっぱり結構困るなこれ!

 

「――――僕を心配させないでくれたまえよ!」

 

次に部屋に入って来たのは白衣を着てる……マーシュさんだね。いやいや、心配してくれてありがt……

 

「本当ですよー。ね?アミちゃん?」

「アミダ!」

 

「俺達も心配しましたよ……」

「まあ、易々と死ぬはずは無いとは思いましたが……」

「うむ……」

 

うん一杯来たね!!

 

シルエットや声から何となく判断するに、多分お昼時に良く話す人達だろう。

フィオナちゃんは来てないみたいだけど……うーん。やっぱり自分の事を心配してくれる人が居ると嬉しい気持ちになりますね。

 

結構狭い部屋なだけにぎゅうぎゅう詰めになっているのが申し訳無いけど。

 

「あー……何、一部を除き特に問題無い」

「『一部』……? ゼン。やはりお前さん、何らかの身体的障害が……」

「視力が大幅に落ちた。このベッドからすぐそこに居る……エドガー等、皆の顔もハッキリと見えない程度にはな。だが、正直それ程――――」

 

うん。今回の代償は視力だけだからそこまで……

 

「「「「な………っ!!!」」」」

 

だが、そんな俺の発言に、途端に重たい雰囲気が室内に満ちた……どうやらやっちまったみたいだぜ! で、でも本当の事だし。それに嘘なんかついてもその内バレちゃってただろうし!!

まさか皆がこんなにショックを受けるとは思ってもみなかったよ。

 

「……」

 

………

 

…………。

 

……お、重てぇ~……!!空気がクッソ重たい!! ヤバイどうしよ。顔は見えないけど、多分皆さん暗い表情してるんだろうな……ちっくしょう。この場合普通に「大丈夫だ」って言ったとしても、絶体カラ元気だと思われるよ。どうするどうする……

 

そうだ!

 

「当然の結果だ」

「……」

「俺はな……とてつもない『力』を行使した。おおよそ並みの人間からは考えられない程度のな。代償が無いと言うのも可笑しな話だろう?正直、『かなりの視力低下』程度で済んでいるのが不思議な位だ。次はどうなるかは分からんが....その時はその時だ」

 

作戦名。『正直に話す』……さすがにペナルティ無しは甘く考え過ぎですって。

 

……いや、まあ、そりゃあね?本当の本当は、ちょっぴりショック受けてますけど。

でも、起こってしまった事にクヨクヨと悩んでいてもしょうがないからね。問題はこれから先どうするかでしょうが!アンタって子は~……もう!(お母さん)

 

「俺の事はそこまで心配しなくとも良い。そんな事よりも、此方がどれ位眠っていたのか……そして、その間にあった事を教えてくれ」

 

自分としては、それが気になりますね。話題もすり替えられますし!

 

「……そうか。お前さんがそう言うのなら……オホン。まず、お前さんが眠っていた期間だが...今日で不明機との戦闘から9日となる」

「……長いな」

「ああ……で、だ。様々な事が起こっただけに、何から話したら良いか悩むが……まず、あの時の『戦闘記録』がネットワーク上に出回った」

「!」

 

おおっと~?これは……

 

「今、世間……特に軍事系統の者達の間では『ちょっと』どころの騒ぎでは収まらない事態に陥っているぞ。現に、ここに居る俺の部下達も……」

「はい。『記録』見ましたよ……ゼンさん。本当にあんな動き出来るんですね……」

「ああ。一週間位前か?いきなり『ネクスト機の戦闘記録』が知人から携帯端末に送られてきて……内容にはかなり驚いた」

 

ちょっ、待て待て待て。え? いや、別に俺自身としては戦闘記録が見られても良いんだけど……気になるのは、

 

 

「……『どこから』洩れた?」

 

 

そう、誰がそんな事したのかってところ。そんな俺の質問に、今度はマーシュさんが答える。

 

「『アルゼブラ側』からだねぇ。君達、カブラカンのすぐ周辺で戦闘を行っていただろう?それをカブラカンに予め設置されていた複数のカメラが撮影していたらしくてね。何やらそれが出回ったみたいだよ?」

「……ふむ」

「――――そう。問題はアルゼブラ社がそんな事をするメリットが無いって事。あのカメラ映像からだと、自社の自慢のAF、カブラカンが見事に『してやられた』事は誰の目に見ても明らかだしねぇ....今の各企業のメイン戦力がAFなだけに、イメージ低下は免れない。因みに、その件についてアルゼブラ社は現在『ノーコメント』らしいよ?」

 

成る程……と、なるとアルゼブラ社でも無い何者かがその映像を広めた?

じゃあソイツは『誰』だ……もしかしてあの「不明機」側がやったのか。

アルゼブラ社にハッキングでもして、カブラカンの映像を奪ったんですかねぇ……

 

「――――」

 

……それ以前に、その「不明機」はどこ所属だ?

 

現時点ではまだ明るみにはなってない『ORCA旅団』?確か、最終的にカブラカンの自律兵器を破壊したのは「不明機」だったっけ。そいつの元々の目当てが『AF破壊』なら、その『旅団』も似たような事をしてたし、合点もいくんだけど……

 

「いや……しかし」

 

何だこの感じ。ちょっと違う気が……そうだよ。

 

考えてみれば、もっと前、『プロキオン撃破』の時の事。

ORCA 旅団のネクスト機『スプリットムーン』が現れる前に、既に何者かが来た可能性があるってエドガーさん言ってたな。実際、最初に俺が来た時にも既にプロキオンは破壊されていたし。

 

その『何者か』が不明機だとすると、ORCA旅団と繋がっている可能性は低い?

 

じゃあ、一体……あれ。あの時の俺への依頼主って『トーラス社』だっけ。

依頼主がGA社なら分かるけど、何でトーラス社?みたいな事を思っていた気がするけど。

 

 

「……いや、まさかな」

 

 

いやいやー、さすがにこじつけが酷いかな?

 

 

つい最近「不明機」がORCA旅団と繋がった、みたいな可能性もありますし。

そもそも「不明機」側が戦闘記録を流出させたと決めつけるのもね……考えすぎは良くない。

疑心暗鬼になっちゃいそうだぜ!

 

「あー、ゼン?」

「む……すまんなエドガー。少々考え込んでしまった。更に『何か』あったのか?」

「それが……」

 

エドガーさんが口を開きかけた時。

 

 

 

――――メガリスが、襲撃されました。

 

 

 

今度は女性の声が室内に響いた。声の元は……部屋の入口、ドアからだ。

 

「イェルネフェルトか」

「はい。ゼン……貴方の帰還を歓迎します」

 

フィオナちゃん来た!しかも超優しい声!多分顔にっこりしてるよ今……でも、やっぱ表情が全然見えNEEEE!!

 

「しかし、メガリスが」

「ええ。オーメルの飛行部隊に。貴方の状態が状態なだけに、この機に企業がラインアークへの直接攻撃を開始する可能性も警戒して居ましたが……どうやらそれは杞憂に終わった様ですね」

「そうか……それで、どうなった?」

「メガリス襲撃の際、ホワイト・グリントは作戦行動中だった為、ネクスト『ストレイド』に依頼を出しておきました。被害状況は極軽微……見込み通り、と言ったところでしょうか?」

 

ふー。そっかそっか。メガリスって確か、巨大な発電施設だったよね。

詳しい解説は無かったけど、ラインアークにとっては、ライフライン維持の為のかなり重要な施設だったはず……良かったー。さすがはストレイド、やってくれるぜ!

 

「僕が考えるに、企業は今相当『ビビって』いるからねぇ……君達の『戦闘記録』のインパクトが強すぎて、ラインアーク中枢への直接攻撃に踏み切る事が出来なかったんだよ。フィオナちゃん達もかなり頑張って、ゼン君の『状態』については出来るだけ外部に洩らさない様にしていたみたいだし?」

「ええ……まあ。とは言え、さすがに多少の情報は流れ出てしまいましたが。しかしながらオーメル社としては、ゼンの……貴方が『寝たきり』の状態であると言う確証は持てなかったのでしょう」

 

何だこの駆け引き!

 

ってかマジで色んな事起こりすぎィ!……俺とかただグースカピースカ寝ていただけだってのに。クッソ申し訳無いぞ!

 

「えーと、私からも良いですか?」

「今度はアイラか……何だ?」

「何と言うか、アミちゃん何ですけど……」

 

え?何?AMIDAさんが何だって?

 

「何か大きくなってます」

 

……は?

 

「どう言う事だ?」

「それがですね……アミちゃん、ゼンさんのところまで行ってあげて下さい」

「アミアミ」

 

AMIDAさんらしき物体がアイラちゃんの腕からポトリと落ちると、ヨジヨジと此方のベッドの上まで這い上がって来る……そして、間近で見ると漸くその変化に気づいた。

 

おいおい、これって

 

「AMIDAよ……余り言いたくは無いがな。少々、『太った』のでは無いか?」

 

大きさが1.3倍位になってるんですけど。

 

「ア……ミ……!!」

「ぜ、ゼンさん!」

「ゼン……貴方は何と言う事を」

 

やばい、AMIDAさん多分ショック受けてるよ。言わなきゃ良かったかな……

いや、でもこれは彼女の為だし。ってか、アイラちゃんとフィオナちゃんの女性タッグから非難めいた事が上がってんだけど。マーシュさんとか「カワイーヨ、カワイーヨー」って連呼してるし。

 

「良いかAMIDA? 太ると様々な良くない事が起こる。ともすれば、俺達と『早すぎるお別れ』をするハメにもなりかねん……そうなってしまっては、後悔しても遅いんだ。仮にそんな事態に陥りでもしたら、俺は悲しいぞ?」

「アミ……」

 

何言ってんだ俺。さっきまでシリアスな雰囲気だったのに、何でこんな『太りつつある彼女に対する忠告』みたいな事してんだ……事実だけどさ。AMIDAさんが居なくなったら悲しいけどさ。

 

「ゼン君。彼女はこの9日間、君とお喋り出来ないのがストレスだったみたいだよ?」

「そうだったのか……すまなかったな。だが、これからは何時も通り一緒に過ごせるぞ。だから過度た食糧摂取は控えてはくれまいか?」

「……アミダ!」

 

 

「うわー、ゼンさん素敵ですね……」

「……『彼』に会いに――――」

 

「隊長」

「何ですかこの状況……」

「俺に聞くな」

 

いやマジで何だよこれ。女性二人はどっかトリップしてるし。その他男(マーシュさん除く)はこの状況に困惑してるし……AMIDAさんストレス太りとかマジですか。 これもし一ヶ月とか会わなかったら超でかくなっちゃうんじゃね?

 

そこからは何やら雑談コースへと切り替わり……一段落ついたところで、こっちから終わりを切り出す。

 

「あー……もう報告は無いみたいだな。皆、わざわざ俺の部屋までご苦労だった。嬉しかったぞ」

「クック……まあ、それは我々とて同じ事だ。皆、随分と心配したからな……では失礼するぞ?」

 

そしてお別れタイム……と、その前に。

 

「ゼン君。今度、君の視力を測定しよう」

 

マーシュさんからの提案。おお、これはまさか。

 

「『矯正機具』が無いと困るだろう?」

「マーシュさん?それは……」

「ああ、フィオナちゃんはその話の時は居なかったねぇ。ともかく、君には後で説明するとして……じゃあ、そのつもりで居てくれたまえよ!」

 

そんなマーシュさんの言葉を最後に、AMIDAさんを除いた一人一人が部屋を出ていく……

矯正機具。つまりは眼鏡か何かか。いやはや、有り難いお話しで……あっ、ネクスト機の武装のお礼言うの忘れた!

 

今度、視力検査をする時にしっかり言わなきゃなー。

 

「全く……まあ、もうしばらくは安静にしておくか」

「アミダ!」

 

 

ま、最低二週間……後5日位はね?

 

 

 





以後、ゼンさんは頑張るたびに身体機能が一部、著しく低下していきます。
ですが安心して下さい。彼はとても前向き(おバカ)なので。





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第35話



区切り。




とあるお茶会視点

 

 

 

 

ゼンが目を覚ます少し前……丁度、オーメルの飛行部隊がメガリス襲撃を決行した頃だろうか。

 

《―――今回、呼び掛けに応じてもらったのは他でも無い》

 

そこでは、とある『会議』が行われていた。

その男が発した……ノイズがかった「音声」から分かる事は、その『会議』が何らかの通信機器を介して行われていると言う事。参加メンバー数は、最初に発言した男を含めて四人。

 

《例の「記録」についてだろう?》

 

まず呼び掛けに応じたのは、老齢を思わせる男性の声。

 

《フッ……しかし、珍しい参加者が居るな》

 

次に、比較的若い女性。

 

《…………》

 

最後。通信は繋いで居るものの、一切話す素振りを見せない寡黙な男。

 

会議メンバーは、皆が皆『妙に落ち着いた』とでも言うのか……そう。言うなれば 只者ではないと思わせるような、そんな雰囲気を纏わせていた。まあ事実として、彼らの中では一人たりとも普通の人間は存在しなかったのだが……

 

《では、全員が「記録」を見たと仮定して話を進めるとしよう》

 

……何故ならば

 

《単刀直入に言う。これから暫くの間、AFの破壊活動は控える》

 

彼らはその全員が、リンクス。

しかも企業に仇を成す―――乗機が一機としてカラードに登録されていない、完全に非公式な存在。つまりは……

 

《これは私の独断だ。今、『旅団』の人数を減らすのは惜しい……『その時』が近いだけにな》

 

『ORCA旅団』。

 

最近頻発していた世界各地の「AF襲撃」を企てたのは、旅団の参謀役であるこの男―――

「メルツェル」による物だ。 彼は来るべき時に備え、主に邪魔になりそうな物……AFを減らそうと企てていたのだが。

 

《質問だ》

 

質問をしたのは、メンバー内唯一の女性。

 

《「ジュリアス」か》

《想像はついているがな……一応聞こう。何故だ》

《例の『Mirage(ミラージュ)(蜃気楼)』の存在は知っているな?》

 

――――実のところ、そのAF襲撃は『全て』がORCA旅団のメンバーによる物では無かった。内幾つかには、明らかに『ORCA旅団外部の所属不明機』がしたと思われる犯行が存在したのだ。

 

メルツェルはその何者かについての情報を集めていたのだが……大した情報は得られなかった。分かった事と言えば、各AFが訳の分からぬまま『超短時間』で撃破されている位の物だ。

 

その『何者か側』が意図的に情報を隠蔽しているのは明らかだったが……それにしても、あまりにもそれに関する情報は少なすぎたのだ。さながら幻を、そこに存在するはずの無いモノを相手どっているかの状況。

知らず知らずの内に、旅団内・旅団関係者の間ではその者にある敬称が付いていた……

 

それが、『蜃気楼』。

 

《今回ネットワーク上に出回った「記録」にはネクスト機が三機映っていた。一機はGAのワンダフルボディ。二機目は例の『怪物』、ネームレス。そして三機目は……》

《『蜃気楼』、か》

《ああ。「漆黒の不明機」―――――まず奴で間違いないだろう……そこでだジュリアス。いや、この場の皆に聞こう。「記録」を見た感想は?》

 

さて、メルツェルのその問いかけにこの会議メンバーは ……

 

《《化物だな》》

《…………》

 

事も無げにそう返した。いや、まあ、約一名は相変わらずの無口ではあったが。

お互いの率直な感想を知ることとなった彼らは、苦笑しつつ雑談に入る。

 

《ほぉ?ジュリアスのお嬢ちゃんがそう評価するとは》

《フッ。私からすれば貴方の回答の方が驚きだな、『銀翁』。そうだ……『真改』。そちらは一度ネームレスと戦闘をこなしたのだろう?是非とも感想を聞きたいところだ》

《……、(つわもの)……》

 

……そんな事を言っては居るものの、世間一般に言えば彼等も十分化物の部類である。

 

『ジュリアス・エメリー』に関して言えば、かつてはジョシュア・オブライエンの再来と呼ばれたリンクスであり、『ネオニダス』――――ORCA旅団内では 『銀翁』と呼ばれる男は、全リンクス中最高峰のAMS適性の持ち主。『真改』は言わずもがな。必殺のレーザーブレードを難なく操る実力者だ。

 

《そう言う事だ。仮に戦場でアレ等……特に『蜃気楼』と鉢合わせでもしたら、流石のお前達とて無事では済むまい》

《ふむ……つまりはメルツェル。お前さんは「駒を失うのはゲームが始まってから」と言いたい訳だな?》

《話が早くて助かる、銀翁》

 

言い方は悪いが、メルツェルは旅団員の一人一人を『目的を達成する為の駒』として見ていた。

当然、自身を含めて。そしてそれだけに、その一つ一つの『駒』が如何に重要なのかも理解している……

 

そう。銀翁の言う通り、駒には駒の『失いどころ』と言うものがあるのだ。

ゲームの開始前にそれらを失っては意味が無い……手持ちが多いに越した事は無いのだから。

 

《私としては一度合間見えてみたいものだがな……銀翁、どうだ?やり合ってみたくは無いか?》

《無茶を言う。私もこれまでに色々と見て来たが、あの二機はそれこそ別格だ……『あんな機動』をされては勝負にもならんよ》

《…………》

 

ジュリアスは決して戦闘狂と言う訳では無いのだが……どうやら自身の『腕』がどれ程通用するのか試してみたい気持ちもあるらしい。

彼女程のリンクスの相手は並みの戦力では務まらないだけに、これまでの境遇には少々退屈を感じていたのだろう。

 

……その声色からは、『別格』の強敵の出現に対し、浮かれているかのごとき印象を覚える。

 

《ジュリアス。先程銀翁も言ってはいたが、今『駒』を減らす訳にはいかん。無いとは思うが……妙な気だけは起こしてくれるなよ?》

《分かっているさ。だが……遥か格上が居ると言うこの事実。新鮮な気持ちにもなろう?》

《フッ……まあ、遠く無い内に『計画』が始動する。さすればこの二機も動くだろう……必ずな。思うところがあるのなら、その時に思う存分やれば良い》

 

確かに、『怪物』と『蜃気楼』は別格だ。それこそ天上知らずの強さを誇っている……が、ジュリアスもまた紛れもない天才。やり様によっては、その次元違いに食い付く事も不可能では無いはず…

 

メルツェルは既に、出回った「記録」から幾つかの『対策法』を編み出していた。

 

《ともかくだ。今後……そうだな、『蜃気楼』の居場所を正確に把握するまではAFの襲撃は控える。良いな?》

《今、ORCAの頭脳・団長代理はお前さんだ。誰も異存なんてなかろうよ。なあ、真改にジュリアスの嬢ちゃん?》

《ああ、了解した》

《……承知……》

 

良し……

 

《当然、これは他の団員達にも通達する……『最初の五人』であるお前達だけに伝えても意味など無いのでな。手伝ってもらうぞ》

 

これで一つ、重要な議題の確認を終えた。『蜃気楼』の居場所については未だに不明ではあるが……一応のところ、ある程度の予測はしてある。後はその予測地点に何らかのアプローチをかけ――――どんな『反応』が返ってくるかを見れば良い……

 

 

さて、次に進むとしよう。

 

 

通信機越しとは言えせっかくの集まりだ。まだまだ話す事は山程あるのだから―――――

 

 

 





ヤバい方(もう一人)の二つ名は、過去作の企業名から。

そしてようやくchapter1が終了しました。更新遅くて二年以上かかりました。
最後までとなると、あとどの位掛かるかどうかは分かりませんが、それまで気長に待っていただけると嬉しいです。




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Chapter2
第36話


フィオナ・イェルネフェルト視点

 

 

――――使われていない会議室。

 

いや、正確には『つい先程まで』使用されていた場所。そこに、とある人間の姿があった。

会議の終了後、メンバーが一人、また一人とその会議室を後にする中で……最後まで残ったのは、一人の女性。静寂の中、一人席に腰掛けていた彼女は……

 

フィオナ・イェルネフェルトは小さく呟いた。

 

「どうなってしまうのかしら……」

 

彼女がそう呟いた理由には様々なモノが絡み合っているのだが……

まず一つは、ここ2週間程における、ラインアークへの入居希望者数の爆発的な増加だ。

それこそ、近年の増加率から見ても異常な人数がラインアーク移住を希望している。

 

原因はゼンと漆黒の不明機……誰が呼んだか、『ミラージュ』と囁かれる者とのの戦闘記録。あれがフィオナ等、ラインアーク上層部も予想だにしない宣伝効果をもたらしたのだ。

……恐らく、記録を見た入居希望者の誰しもが思ったのだろう。あの二機が居る限り、平穏な場所など限り無く0に近いと。どんな企業にも手が出せない……出したとしても、ほぼ100%返り討ちに遭う程の存在なのだと。

 

あの二機はそれ程の次元違いな戦闘力を有していた。

かつての『彼』、アナトリアの傭兵をすぐ傍で見てきたフィオナ自身でさえそう思ったほどだ。

そうでない者からすれば、あの二機はそれこそ『恐怖の象徴』となっていても不思議ではない。

 

「……」

 

特に顕著に表れていたのが、企業からの亡命者数。あの戦闘から約2週間……この時点で、企業出身者のラインアークへの入居志望者数は、先月の1.7倍。一月が終わる頃には3倍以上にまで膨れ上がる見込みである。

これにはゼン、ミラージュの両方が反企業勢力(ミラージュの場合はAF狩りの犯人と見られている)に属していることが理由として挙げられるだろう。少なくとも現状、企業所属よりかはゼンの庇護下であるラインアークに所属した方が安全性が高いはずだ。

 

まあ、ゼンとミラージュに何らかの因縁はありそうだが……少なくとも一回。ゼンはミラージュに勝利している。『再度仕掛けられようとも、勝つのはゼン(ネームレス)』とでも考えているのだろう。

 

これら企業亡命者に加え、他の地上勢力からの入居志望者数を合計するとなると……

 

「……ハァ」

 

ため息を吐くフィオナ。

通常の場合、組織における人数と言うのは非常に重要な要素である。人が多ければ、それだけでもう『強い』とも呼べるかもしれない。しかしながら……ラインアーク内の現状からすれば、それはハッキリ言って「望ましくない」。

 

ラインアークの人口は既に数百万人に膨れ上がっており、単純な話、資源が不足しているのだ。

最近こそゼンの傭兵稼業参入で、財政面で多少マシになっているとは言え、それこそ『多少』。

ここにきての更なる人口増加に対応できるほどの金額ではない。

 

新たな人々の居住区の追加、食糧問題……何より一番の問題が

 

「電力不足。こればかりは……」

 

そう。これだ。

 

ラインアークの電力供給は循環型電源施設「メガリス」とその他小さな発電施設により賄っているのだが……最も金が掛かるのがこれらである。それはメンテナンスといった維持費に、単純に建設にかかる費用と言った理由だけではない。企業に狙われる事が大いに予測されるこれらには、防衛機構もセットで付与する必要があるのだ。

 

特にメガリス。先の企業襲撃には間に合わなかったが、今現在は敵のVOB使用も想定した対空プラズマ砲の建設最終段階である。……この建設費だけでもいくらかかった事か。まあ、完成してさえしまえばほぼ敵無しの防衛機構だ。最も重要な機関故にそれ位はしておくべきなのだろうが……

 

……それはさておき。

 

「どうしたら……」

 

この電力不足については前々から話題に上っていた。このままいけば、いずれラインアーク内の人口増加に電力供給がおいつかなくなると。居住区が追加されたとて、電気が回せなければ何の意味も無い……まあ、今回の出来事によりそれが決定的になったと言えるだろう。

しかしながら何度も言うように、発電施設には非常に金がかかる。第一、発電施設を建設したとして、その爆発的に増加する人口を賄えるほどの電源を供給できなければ意味が無い。

 

つまるところメガリス級、もしくはそれに及ばないにしろ、かなりの電力(エネルギー)が供給されるような施設が必要なのだ。例えるのなら―――――

 

 

 

「――――アルテリア施設……?」

 

 

 

フィオナは、ふと呟いた。

そして首を横に振る。いや、無理だ。自分は何を考えているんだ、と。

アレには手が出せない。アレは今現在、企業にとっても最重要施設である。何せ……空の揺りかご、一機につき約2000万もの人々が住んで居る、『クレイドル』の生命線だ。

 

企業が取引に応じるはずも無い……例えゼンをダシに使ったとしても、それは変わらない。し、どうにかして手に入れたとしても、アルテリア施設によほど詳しい者達でなければ、その電力をラインアークに回すことが出来ない可能性もある。

 

いや、しかし最近の企業からの亡命希望者の中にはアルテリア施設に詳しい者が居るやも……

 

「……ふふ。現実的ではない、か」

 

そこまで考えたフィオナだったが、途中でどうにも可笑しくなってしまい、思考を放棄した。

流石に無理がある。ラインアークがアルテリア施設をどうこうしようなど。

今の状況では、それをどうにかする程の『組織力』も何もあったものでは無いし、そんな事を考えるならばまだ『何処かの誰かが凄い発電施設をくれるかもしれない』と考えた方がまだ夢がある。

 

「現実的な線で言えば、発電施設をどうするかより『人数を絞る』方が妥当、か……」

 

フィオナは思った。そもそもこの問題は、『来る者拒まず、去る者追わず』の理念を掲げているラインアーク自体に問題があると。後先を考えない……とまでは言わないが、もう少し入居者の取り扱いについて考えるべきだったのではないかと。

 

とは言っても、フィオナと『彼』もこの理念のお陰でラインアーク内に住まわせてもらっている面もある為、声を大にしては言えないのだが。まあ、フィオナ以外の上層部の人間も、恐らくはこの結論に至っている者が多いはずだ。

 

……結論を実行に移すのかどうかは、また別の問題ではあるのだが。

 

「さて……そろそろ、私も向かいますか」

 

フィオナは席を立つ。彼女にはこの後もやらねばならない事があるのだ。

つい先程、会議での決定事項をある男に伝える為、彼女は『檻』へと向かう事を決意した……

 

 

*********************

 

 

主人公視点

 

 

働きたいぜ。

 

いや、傭兵稼業をしたいって訳じゃないんだけど。あ、でもそう言う意味でもあるんだよな……

つまりね、休養期間が2週間だったじゃん?で、そのお休みTIMEが終了して……何か依頼とか一杯きてるんじゃね、とか思うじゃん?

 

一通も来てないじゃん?

 

エドガーさんに確認とか取っても、「クク……やりすぎたな、お前さん」みたいな反応じゃん?

〝ボス・サヴェージ〟さんかよ。ACシリーズを通して最初に主人公を騙して罠にかけ、さらに最初に主人公をイレギュラー認定した重要なキャラクター。

 

〝ボス・サヴェージ〟さんかよ。

 

まあ、あの人のセリフは「やりすぎたんだ お前はな!」みたいな感じだったけど。

つまり何が言いたいのかと言うと、一日の殆どを部屋にこもりっきりなのはツライと言うこと。

スミカ・ユーティライネンでs

 

「アミダ!」

 

ぬっ!アミダさんのこの反応は……

 

「ゼン、入ってもよろしいでしょうか?」

 

来客者です。ドア越しのこの声、フィオナちゃんか……

 

「良いぞ」

 

そう言うとフィオナちゃんはドアを開け、室内へと入ってくる訳だが……んん?なんだ?

あまり顔色が優れない。でも体調が悪いと言った風ではなさそうな感じだな……どちらかと言うと、何か悪い出来事があった時の顔だ。うーん。気になる……

 

まあここに来たと言う事は、俺に話があるって事だろうし、とにかく聞いてみるしかない。

 

「どうした?」

「……ええ。先の会議で少し、貴方の対応についての話題が挙がってまして」

「ほう、俺もついにクビにでもなったか」

「ふふ……いえ、それは違います。簡単に言うと、貴方の部屋割りについての話です」

 

へ、部屋割り?なんだ、もしかして牢屋にでも入れられるのか?

働かないグータラ山猫は、檻にぶち込んで反省してもらう的な? おいおいー。ご飯とかちゃんとついてくるんだろうな。ちょっとだけでも良いから、水も用意してくれよー。あとトイレも頼むぜー。

 

頼みますね。お願いします。

 

「貴方には、よりセキュリティの高いルームへと移り替えてもらいます」

 

予想GAYです。何だと……より安全性の高い部屋!?

 

「ほー。これはまた」

「……貴方には全てお見通しでしょうし、包み隠さず話します。要するに、貴方を今このラインアーク内で暗殺される訳にはいかなくなりました」

「クック……」

 

いや何笑ってるんだよ俺は。暗殺とか怖すぎるんですけど。全然お見通しじゃ無いよ。

……そういやリンクスってどこに居るか普通は分からないようになってるって、お昼ご飯のとき皆がお話ししてたな。えっと、つまり

 

「今までは、割とどうでも良かった、と」

「はぁ……意地の悪い事を言うのはやめて下さい。……事実ではありますが」

「おっと、すまんな。ただ確認を取りたかっただけなんだ」

 

まあ、ねー? そりゃあそうかってはなるけど!

俺なんかネクストに乗っていきなりラインアーク内に現れた(主権領域を侵犯した)訳だからな。この問答無用で殺害されてもおかしくない状況で、更に「ちょっとー。ラインアークに空き部屋とか無いっすか?(笑)」何て発言する始末。

 

おいおいおいおい。自分の事ながらやべぇよ。こんなん怪しさを具現化した男だよ……そりゃあ、「暗殺でもされてろや!」って対応でも仕方がないな。

 

しかしながらそう考えると、ホワイト・グリントのリンクスについて一切の細かい情報が入って来ていないのって凄いな。このラインアーク内のどこに居るーだとか。噂ですら聞かないし。

やっぱその辺はちゃんとしてんだな……それだけホワイト・グリントが大事だってことだ。

 

「……ミラージュの存在が明らかとなった今、アレに対応できるのは貴方だけです」

 

つまり、あの黒い機体の……ミラージュさん?への対抗策としてゼンさんが居ないと困るぜ!ってことですね。

 

いやーでも、ずっとあの超機動は続かないんだなぁコレが。しかもすればする程に身体機能が奪われていく事実が発覚しましたし。つまりピンチになる度にあんなんしてたら直ぐ廃人!

 

でも普通に戦ったら上位ランカーさん達に超大苦戦なんですわ。まあそりゃそうか!

ははは!困ったわい!

 

「貴方がラインアークに訪れた理由は私達には分からない。貴方が『敵』である可能性が高いとも考えています。しかしミラージュから……ラインアークを護れるのは、貴方しか居ない。今だけは、ラインアークの盾となって欲しいのです。……貴方からすれば、何とも都合の良いと感じる話でしょうが」

 

あ、いや別に全然良いっすよ。

敵と思われてようが、適当な部屋に入れられてた事実があろうが、どんどんお手伝いします。

ただなー……

 

「そうだな……俺が安全性の高い部屋に入れられる場合、皆に会う頻度はどうなる」

「『皆』と言うのは、何時も昼食を共にしているメンバーと言う事でしょうか?」

「それ以外にも、この間知り合った清掃員の者達や、この塔内を巡回している警備員達も居るな」

「何時の間にそんな知り合いが……」

「まあ、食堂までの道中にな。人間には嫌でもすれ違うだろう?その過程で出来た顔見知り達だ」

 

おっと。当然その人達には身分を隠していますぜ。エドガーさん達の反応で、リンクスがとっても珍しい生き物だって事は把握済みですので。第一、俺は『向こう』では一般人だったし、「俺実はリンクスなんだぜ!凄いだろ!」とか恥ずかしくて言えねぇ。

 

「……オホン。その件なのですが……今回のケースは少々異なります。貴方の行動範囲は今までと同じく変わりがありません」

 

……はい? 俺はてっきり、「超制限されます」とでも言われるものと思い込んでいたんだけど。

 

「通常、暗殺が警戒されるのは企業から送り込まれた刺客によるものですが……今現在、企業にとってそのメリットは薄い。つまりゼン、貴方が暗殺される可能性は低いのです」

 

……ちょっと分からないですねぇ。俺を安全性の高い部屋に入れたがるのは暗殺されない為。

これはOK。じゃあ暗殺される可能性が低い今、何でそんな事するんだい。

ってかそもそも、どうして企業は俺を暗殺するメリットが少ないんですかね。

 

「これはマーシュさんからの情報ですが、ミラージュの所属先・目的が分かっていない今、企業からしてもネームレス……貴方の存在は一種の救済措置としてとらえられています。何せあなたは、所属先はどうあれ身分は『傭兵』。誰が相手だろうと、依頼さえあれば貴方が確実に退ける」

 

過大評価すぎてやばいんだけど。

 

言う程か?言う程確実に退けててるか?だいたい何時もピンチやぞ。

それに次ミラージュさんと戦っても負けないように出来る可能性は低い。あの人異常に強いし。何らかの策を考えないとなぁ……

 

まあ、企業の俺への暗殺意欲低下に関しては理解出来た。となると次分からないのは

 

「そうですね……にもかかわらず、貴方をより安全性の高い部屋へと移し替える理由。それは単に……」

「『念のため』」

 

とか?

 

「……はい。これからミラージュが企業側に就く可能性も考慮しての事です。その場合、貴方の安全性は一気に損なわれることになるでしょうし」

 

まさかの正解。

フィオナちゃんの話を聞く限り、多分世間的に見た一番の警戒対象はミラージュさんなんだろう。その警戒対象を企業側が取り込むことが出来たら、俺なんか用済み。邪魔なだけだし即暗殺ですわぁ……って事でしょ?

 

怖い!この世界殺伐としすぎてて怖い!

 

「……まあ、事情は分かった。俺自身、身の安全には気を配りたいところではあるしな」

「では、今までの話に納得して頂けると?」

「構わん……そうだろう、AMIDA」

「アミアミ!」

 

うっし。アミダさんにも納得して貰ったし……この件に関しては一件落着だろう。

引っ越しの準備とかしないとなー。っても運ぶものとか知恵の輪パズルとか、あとお気に入りの本数冊とかだけだけど。

 

っと、そうそう。

 

「……ああ、そうだ。イェルネフェルト。俺の行動範囲は今までと変わりないんだったな?」

「ええ、それがどうか?」

 

ちょっとねぇ。折り入ってお話があるんですよ……

 

「働かせてくれ」

「はい?」

「清掃員として雇ってはもらえないか」

「……あー。何を言っているのです?」

 

やばいぜ。フィオナちゃんが困惑しているぜ。でもこのまま行くぜ。

 

「いやな?今の俺はリンクスだが、依頼が来ない時は何もしていないに等しいただの男だろう?」

「は、はぁ」

「どう思う?世間はこんな俺を見てどう思うだろう?ゼンと言う男は傭兵稼業をしていない時、パズルを解くだけの機械になっている、と思われてしまうのではないだろうか?と、言うかだ。そもそもこんなに室内に閉じこもっていては多少なりとも精神構造に異常をきたしてしまう可能性も捨てきれない。つまり、依頼が来ない日は他のラインアークへの貢献活動をさせてもらいたいと言う訳だ。詰まる所アルバイトの様なものだ。別に構わないだろう?この前知り合った清掃員の者達ももう少し人手が欲しいと嘆いていたことだしな」

 

何言ってんだ俺は。まあ良いか。良く勢いで誤魔化せとか言うし。

 

「もう一度言うが、俺を清掃員として雇ってはくれまいか?」

「え……ええ。話、を聞いてみます」

 

よっしゃ。話をつける事は出来たな。

 

「……で、では。要件は伝え終えたので、私は一度退出します。具体的な場所については明日にでも伝えますので、それまでに準備をしておいて下さい」

「了解した」

 

そしてフィオナちゃんが部屋から出て行く直前、俺に一言。

 

「ああ、ゼン。その『眼鏡』……とてもお似合いですよ?」

 

……サンキュー!サンキューマーシュさん!フィオナちゃんに誉められたぜ!

ってか今まで突っ込まれなかったから、普通にスルーされるかと思ってたぜ!

 

「アミー」

「フフ……AMIDAよ。誉めても何も出んぞ」

 

俺はかけていた眼鏡のブリッジを指で押しやると、早速引っ越しの準備に取りかかった……

 

 

 

 




投稿ペース遅くて申し訳ない。




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第37話

 

主人公視点

 

 

「ゼン。『新居』の居心地はどうだ?」

 

どうも。おはようございますエドガーさん。

新居、つまり『とても厳重なセキュリティが売りの引っ越し先』の居心地ですか?

 

そうですねぇ……

 

「金庫の中にでも入っている気分だ」

 

これね。もう箱入り娘だとかそんなレベルじゃない。

だってですね。まず俺が居る階(フロア)に入るまでに、クソ厚い扉を3枚位くぐっているから。

しかもそれぞれにナンバーとお目目で認識する虹彩認証?のロックが掛けられていますし。

 

しかもよ。重武装の兵士さんがその3つの扉、それぞれにつき2人づつ配置されているからね。

ってかここどこだよ。毎回専用エレベーターなるものでメッチャ下まで下がってくるんだけど。

行動は制限されていないとか言いつつ、まず普通の階層に行くまでに結構な時間が掛かるんですわ。

 

あと俺の部屋に入るための扉。

入室許可の無い人間がドアノブに触ったら、高圧電流が流れるんだって!超あぶねぇ!

 

「お前さんの居るココは確実に金庫以上の場所だろうが……しかし此方としても驚いた」

「何だエドガー、ここに来るのは初めてだったのか?」

「クック……存在すら知らなかったさ。言っておくがゼン。俺はお前さんが来るまでは一介のMT部隊隊員でしかなかったんだぞ?それがこんな……全く。今や部下や同僚達から質問攻めの毎日だ。まあ、答えられる事などほとんどないがな」

 

まあそうなるか。こんな場所一般的に知られるはずが無いし。

上層部関係者、もしくは選ばれた人間しか入ってこられないんだろうなー……あと答えられないって、これ秘密漏らしたりしたらエドガーさん粛清されちゃう感じなの?

 

俺もエドガーさんの立場を危うくしないように立ち回らなければ。

 

「……そうだ。ゼン。最近、お前さんに関するある噂が立っているんだが」

「具体的には?」

「東棟。30階付近を清掃している清掃員の中に、ゼンに似た男が居る、と。部下達からの情報だ」

「俺だな」

「お前さんか」

 

エドガーさんの、「何やってんだコイツは」みたいな視線が痛い。

おいおい噂が出回るの早いな!俺まだ2回位しかそのアルバイトやってないぞ!

ちなみに週に2回、傭兵稼業の無い日に適当に入れて貰えることになりました。

 

やったぜ。

 

「リンクスが清掃活動か。しかも今話題のお前さんが……世間にその事実が公表されたら、それはそれで大騒ぎになるぞ」

「うむ。次からはもっと顔を隠して行ってくるとしよう」

「そういう問題では無い気もするが……ゴホン。世間話はここまでだ。依頼の説明に入る」

 

来たか。エドガーさんの雰囲気が仕事モードに入る。

俺もそれに応えるかのように、結構真面目な表情に……なれてると良いけど!

さてさて、病み上がり一発目。そしてゼンさん版chapter2の最初の傭兵稼業でもあるその任務は

 

「依頼主はいつものGA。依頼内容は、GA社の誇る『地上最強』。AF『グレートウォール』の防衛だそうだ」

「成る程……」

 

地上最強を『防衛』ね。これはまた、一悶着ありそうなお話で。

 

「理由だが……ロウランド砂漠を横断中のところをインテリオル社に見つかったらしくてな。恐らくは2日後、ネクスト機の襲撃に遭う可能性があるんだと。情報の出処は、毎度のことながらシークレットだそうだが」

「傭兵に対して何でもかんでも話す義理は無い……との考えだろう。まあ、重要なのはそこよりも、『誰』が来るかだ」

「それがな……」

 

そこでエドガーさんの顔が若干渋る。うっわ。結構ヤバい人引いちゃった感じ?

大体今までネクスト機が出てくるのって乱入ばっかりだったしな。事前に情報が入ってくるなんてワンダフルボディ戦以来だし……大分怖いなー。頼む!上位ランカーだけは来ないで……!

 

「ネクストは『二機』。『レイテルパラッシュ』に『マイブリス』の可能性大だ」

 

ラスボス戦かよ。

いやそもそも二機とか詰んでない?俺普通の状態だと上位ランカーに1対1で超苦戦するレベルよ。

でも、超機動なんかそうそう使えないから。何回でも言うけど、直ぐ廃人になるからね。何たって昨日の今日だし。

 

うわーやべーよ。今回も例に漏れず大分やべぇ。

 

「しかしだゼン。今回はそれを見越して、GA社も僚機を用意したらしい」

「ほう」

「まあ、お前さんの負担も幾分かマシにはなるだろう」

 

いやエドガーさん、俺が依頼遂行する事前提に話し過ぎぃ!

幾分じゃないよ。死ぬほど助かるよ俺からしたら!

 

僚機……いやー良かった良かった。

 

よくよく考えてみれば、原作HARDモードで有澤重工の『雷電』さん居たじゃん。あの「正面から撃ち負けはしない」と豪語するスーパータンクが居れば、かなり良い感じなのでは?

 

でもそういやEN防御が絶望的だった!やっぱ相性的に厳しいか!?

 

「僚機は『ストレイド』。あの黒いレイレナード製のネクスト機だ」

 

sっしゃああああああああ!来た!メイン主人公来た!!でも何で!?

 

「『雷電』はどうした?」

「おいおい。お前さん、何故その情報を……そうだな。有澤重工、『雷電』は今、武装のOIGAMIが不調なんだと。本来ならあの男がパートナーの予定だったらしいが……。代わりとして今回は、非常に優秀な戦績を残している新人を充てたらしい。まあ、お前さんの陰に隠れがちではあるがな」

 

その新人イレギュラーやぞ。

しかもネクスト機とか言う戦力込みで言ったら、歴代最強かもしれん男やぞ。

どうすんだコレ。もうちょっと企業の皆さんとか、『首輪付き』君に焦点を当てた方が良いって。

 

あれ本物だから!静観してて良い人間じゃないから!

 

「そうか……期待しておくとしよう」

「一人が良かったか?」

「やめてくれ。『楽』なことに越したことは無い」

「……クック。今回も期待しているぞ?」

 

毎度報告ご苦労様です。ご期待に添えられる様頑張りますとも。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

『グレートウォール』。

 

GA社が『地上最強』と謳う列車型AFで、その全長は7kmに及び……

極めて強固な装甲と並外れた積載量を持ち、多数のノーマルを搭載する母艦としての機能を持つ。

また、本体も超大型のガトリング砲や大量のミサイルを用いた攻撃能力を有する。

 

特徴は列車型と言われる通り、車両の組換を行う事で編成を自在に変更が可能であり、車両の種別としては

 

•動力車×2

•武装車輌/ グレネードガトリング×4

•武装車輌/ミサイルコンテナ×4

•貨物運搬用車輌×複数

 

の通りである。因みにだが、全車両連結時には全長最大14kmにもなると言う。

 

後は……

 

《1車輌に搭載出来るノーマルは、最大121機。と》

 

 

――――――ゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!!!

 

 

……ああ。今ぼく、砂漠地帯を爆走するグレートウォール車輛の屋根に乗っかってます。

いやでけぇよ。俺達の居る場所は、前から数えて一車輛目と2車輛との繋ぎ目の方なんだけど、反対側の端っこの方とか見えなくなってんじゃんコレ。

原作中より断然デカい。ゲーム中の車輛内部はネクスト一機が入っても狭そうだったけど、これ内部でも機動戦がそれなりに出来そうなくらいの横幅もあるぞ。

 

あと、グレネードガトリングが凄いカッコ良い。

そもそもガトリングでグレネードを撃ち出そうとかいう考えがもうカッコ良い。

むしろバカじゃね?こんなん誰が近付けるんだよ。普通に接敵できるのってイレギュラーの皆様方くらいじゃね。

 

ねぇ?

 

《地上最強と言われるだけのことはあるな?》

 

そう思うよね!首輪付き君もっ!

 

《…………》

《……チッ!》

 

し、静かだぁ!周りはうるさいけど、首輪付き君は静かなんだねぇ!

あ、あとぉ、スミちゃん!舌打ちはやめようね!ゼンさん的には精神的にクルから!

ところで何で首輪付き君の機体……ストレイドはずっと後ろから俺の事見てるんだろうね。

 

怖いね。

 

《おっと、そう言えばそのストレイドの……『腕』。面白い事をしているようだな》

 

とりあえず話題を振る。振りまくるよ俺は。無視されても諦めないから。

だってその『腕』が気になっていることも事実ですし。いや、これは凄い変わってるよ。

 

だって、ストレイドの右肘部分からもう一本『腕』みたいなものが生えてるんだもの。

マジでなんだこれ……腕の先はマシンガンにくっ付く様にして取りついてはいるけど……

 

 

【挿絵表示】

 

 

見た目的には、マシンガンを二本の手で支えているかのようにも見えるな。

 

《……ああ。これは『コイツ』が珍しく頼みごとをしてきたからな。私が古いつてを頼ってこうしてやった訳だ》

《ほぉ~……『複腕』か?》

《【03-AALIYAH 】に元々は想定されていた機構だ。まあ、エネルギー負担と……特に、リンクスの心的負担の大きさから最終的にオミットされた機構だがな。……が、どういう訳か、コイツにはその心的負担が全くないらしい》

《右腕が『二本』か。どういう感覚か非常に気になる所ではあるな……それはやはり、射撃安定性が増したりは》

《当然だ。通常の倍の腕で武装を構えるんだぞ。それ位の恩恵がなければやる価値が無い》

 

す、すげぇ~!今首輪付き君の脳は、腕が左右合計で3本だってことで処理してるんだ……

やっぱりイレギュラーは違うな。

今、ストレイドの左腕武装はブレードだからやる意味あんま無いんだろうけど、多分やろうと思えば左腕にもできるんだろうなー。そしたら合計で四本だ!

 

あれ?でもこれに加えて四脚とかに乗ったらもっと凄くね?

脚四本、腕四本とかリンクスのストレスが半端じゃなさそうではあるけどね。

 

《ククク……俺も腕を六本くらいに増やせれば、更なる安定性が望めるのだがな》

《おいおいゼン。お前さんが言うとシャレにならんぞ……》

《チッ!気色の悪い想像をさせるな!》

《……》

 

エドガーさんとスミちゃんの突っ込み。

いや冗談だからね!?俺の中で人間の腕は二本って常識しか入ってないから!

それと気色悪いって、毒舌すぎではなかろうか。ACプレイヤーじゃない人がその台詞聞いてたらショック受けるよ!あるいはご褒美か……

 

《しかし流石はストレイドだな。感心する》

《……!》

《……コイツの話はもう良いだろう。次は此方の質問に答えろ》

 

うおっ、まさかの相互質問形式……何聞かれるんだろうな。

 

《『お前達』。一体何なんだ?》

《……》

《質問を変える。お前達は『身体』に何かをされているな?》

 

……確証もって言ってるっぽい。まあ、これは別に隠す必要はないか。

 

《ああ。曰く、俺は『ギリギリ人間』だそうだ》

《ミラージュは?》

《分からん。ただ仮に俺と同じ処置だったとして……その場合、アレは相当イカれているな。戦闘記録を見たのだろう?あの機動力での戦闘を最初に仕掛けてきたのは奴だ。しかも全く躊躇なく、な。俺はやむなく対応したに過ぎない》

《……お前と奴、どちらが強い》

 

あんま弱気な事は言いたく無い。エドガーさんの手前もあるし。でも

 

《一対一。砂漠、もしくはあの機動戦が可能なマップだと仮定する。対等条件ではほぼ確実に『勝てない』》

《……》

 

だから考えてる。

 

《だが負けないんだろう?》

《クック……まあな》

 

流石エドガーさん。

そう、どうにか負けない方法を考えてる途中だし、負けるつもりはないよ。

特にミラージュさんには……くっそ!でも超強いんだよねあの人!どうしよう!

 

《……らしいぞ。満足したか?》

《……ん?どうかしたか?》

《『コイツ』がお前に聞け、としつこくてな。全く……》

 

コイツって、首輪付き君が?

ああー。だからさっきからずっと俺の事睨んでたのか。

そのヘッドパーツから放たれる黄色のアイカラーがミステリアスで素敵です。

 

だから怖いって。背後からいきなりぶった斬られたりしないよね?よね?

 

《……》

《……》

 

……お互い特に話すことも無くなってしまった。

ずっと無視されていた訳では無くなったので、俺も話しかけるのを止めにし、グレートウォール上からの景色をゆっくりと眺める事にする。

 

うーん。平和だ。相変わらず周りは騒音だらけではあるけど。

このまま何事もなく終わったりしてくれねーかなー。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

エドガーさんとスミちゃんのオペレーターコンビの声が被る。

だよね~!やっぱり来ちゃう感じだよね~!

しかしこの切羽詰まった声は……何となくわかる。少々予想外な出来事に遭遇したんだろう。

 

《敵機はさ……いや、予定通り二機だ!》

 

おいおいどうしたんですか!!何!?やっぱりあのコンビだよね!

あのルートによってはラスボスを張ってのける、凶悪なEN砲使いまくりのインテリオル社……

 

《これは……!》

《VOBかッ!》

 

『VOB(Vanguard Overd Boostヴァンガード オーバード ブースト)』。

機体背部に接続する巨大な追加ブースターで、これを使用することでネクストは時速2000kmにも達するスピードで飛行することが可能になる代物。

 

つーかVOB!?えっ!VOBとか使えるのこのミッション!?

いやいやそれよりどっから来るんだ!?ちょっ、ど、どk

 

《先頭車輛の方角から真っ直ぐ来るぞ!》

《チッ!ガトリングの射角を回避する算段か?備え付けのミサイル共では恐らく追いつけん!》

 

つまりグレートウォール上をなぞる様にぶっ飛んでくるつもりって事かい!

それになんだか「ゴォォォォォオオオッッ!!」って!段々ブースト音みたいなんが聞こえてくるんですけど!しかもその音が大きく……

 

《ネクストのレーダー範囲内に入った!ゼン!見えているな!》

《ああ!これより目視に移る……》

 

………………

…………

 

 

居た。まだ小さい影しか見えない、

 

けどっ、

 

こ、これッ、もの凄い速度でその影がデカくなってきてい――――――

 

―――――――――

―――――

 

―――その二機とすれ違ったのは、一瞬の出来事だった。

 

 

が、不思議とその姿だけは、ハッキリと目に映っていた。

俺たちの待機している丁度真上を、轟音とそれによる『揺れ』と共に通過していった二つの物体。

VOBの装着された、真鍮色の軽量機に、緑のアイカラーが印象的な流線形状の重量機。

 

『レイテルパラッシュ』に『マイブリス』だ。

 

インテリオル社系列のネクスト機における、最強の二機。

そして俺は感覚的に理解した。すれ違う瞬間、この二機と、――――中の者リンクスと目が合った事を。

 

《ゼンッ!》

《クッ!奴らは最後尾からの侵入が目的だ!急いで追えッ!》

 

クッソォ!こんな事なら最初から最後尾の入り口で待機しておくべきだった!

ってかそもそも、本当はそこがストレイドの持ち場じゃなかったっけ!?今更だけど!

 

俺とストレイドはすかさず機体を反転させ、OBを起動。

ほぼ同時に展開したのだろう。

その噴射音が重なり、相手のVOBに勝るとも劣らない程の爆音を発生させる。

……それとこの身体にクる加速感ね。まあ、それでも『この前』に比べるとずっとマシだけど。

 

《流石に速……い、なッ!》

 

ちっくしょう!追撃を開始したのは良いけど、視界から段々遠ざかりやがる!

 

さてここで問題!

 

連結車輛は全部で6。

一車輛につき約1.2㎞の長さだと仮定して、2車輛目から時速約2200㎞/hで飛行する『インテリオル組』と、同じく2車輛目から時速約1600㎞/hでそれを追従する『雇われ組』がそれぞれ最後尾までにかかる時間を述べなさい。

※ただし、雇われ組の内一名はテンションが低いものとする。

 

誰か答え教えて!ってか注釈の意味ねぇ!

 

《敵ネクスト、VOBをパージ!》

 

おっと、その最中にインテリオル組はVOBパージするんだって!じゃあどうなるかな!?

 

どうでも良いか!

 

パージされたVOB片はグレートウォールにぶつかりまくって、ミサイル砲台やガトリング砲台にダメージを与えている。いや、そういう使い方もあるんだね!勉強になります!

でも丁度そこを通過する俺らからしたら、爆風とかのダメージが怖いんでやめて頂きたい!

 

《インテリオル二機、最後尾へと到着した!》

《急げ!速攻でカタを付けられるぞ!》

 

はっえぇ!でも、もうすぐ俺達も……

 

《……よし!》

 

到着した……けど駄目だ。

姿が見当たらないってことはつまり……侵入されたか。今すぐ追わないと大分マズいぞ!

あの二機の事だし、目標は最前方の動力部一本に絞っているハズ。余計な戦闘は避けに掛かるだろうし。

 

俺とストレイドもすかさず最後尾の入り口からグレートウォール内に侵入するよう動くのだが……

 

《……!》

《……》

 

そこから一本の野太い光が射出された。

その青い光は、原作中で良く目の当たりにした……インテリオル社製のレーサー光に酷似しているが……

 

マジか。ここでまさかのパターン。

 

 

 

《―――――悪いね大将。こっから先は通行止めだぜ》

 

 

 

通信機聞こえてきたのは、そんな、掴みどころの無いような男の声。

と同時に、視界には、その入り口を塞ぐようにして一機のネクスト機が待ち構えているのが見えた。

 

……だぁ~!!やられた!『足止め』役か!

 

 

 

《『マイブリス』……!》

 

 

 

どうしよう……!

 

 




挿絵に関しましては、私自身が設定資料集より模写、ペイント機能にて加工してあります。
ACが好きな人ならもっとACが好きになる様に、分からない方も楽しめるようにとの措置ではありますが……問題となりそうならば即座に消去致しますね。





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第38話

MT部隊隊長→エドガー視点

 

 

《悪いね大将。こっから先は通行止めだぜ》

 

ネームレスにストレイド。

両機が追いかけて行った先、最後尾車輛の入り口で待ち構えていたのは……

 

ネクスト機『マイブリス』だった。

 

リンクス名は『ロイ・ザーランド』。

特定の企業に属さない独立傭兵のリンクスではあるが、カラード内のランクはNO.7。

独立傭兵としては最高位戦力で、どちらかと言えばインテリオル・ユニオン寄りの傭兵。

 

事実確認を終えたエドガーは、一人確信する。

 

《マイブリス……!》

 

この状況は、非常に良くないと。おそらくこの時点で、既に半分詰んでいるに近い状況である。

グレートウォールの内部自体はそれなりに広い。では何が一体問題なのか。

 

それは単純に、その広い内部に入る為の入り口が非常に狭い点にある。

マイブリスが陣取っているこの入り口だが、ネクスト機一機がちょうどすっぽり収まる程度の広さしかないのだ。加えマイブリスは重量機。ただでさえ狭い入口が更に狭く見える。

 

(それに加え……これは)

 

重量機体なだけあって積んでいるのは高火力の武装ばかりである。

特にあの右腕部武器、『デュアルハイレーザーライフル』。あれには特に注意が要る。

中・軽量機体であるこちらの両名からすれば、直撃だけは避けたいところだろう。

特にゼンの場合、軽量機の中でも特にEN防御の低い機体構成だ。

 

だからと言って、このまま静観している訳にはいかない。

今すぐにでももう一機のレイテルパラッシュを追いかけなければ……いや、下手をすればもう追いつかない可能性すらある。

何せレイテルパラッシュは軽量機であり、搭乗者はあの『ウィン・D・ファンション』。

 

内部に待ち構えているであろう防衛部隊なんぞ、障害にすらならないだろう。

 

《ストレイド!ここは任せたぞ!》

 

ここでゼンがストレイドに通信を行う。

だが、エドガーには『任せる』。の意味が良く理解出来ていなかった。

普通に考えるのならば、此方の二機でマイブリスを『どうにか』するしか無い。

 

それなのに任せるとは……?

 

するとゼンは、ここでエドガーの予想だにしない行動に出た。一体何を思ったのか、

 

《おいおいお前さん……!》

 

何と、せっかく最後尾車輌まで来たと言うのに、そこから引き返すように再び前方車輌に向けて機体を動かし始めたのだ。

しかも、OBを再展開……つい先程のOB使用によりPA膜が薄くなっていると言うのに。

言うまでも無く、PAはネクストの生命線である。つまり現状、これを『切らしても良い』と言う程に切羽詰まっていると言う訳だ。

 

《おい、名無し……!一体何のつもりだ!》

 

ストレイドのオペレーターからの最もな疑問。

グレートウォールの『中』ならともかく『外』からどうするつもりなのか。

今、エドガーの見ているスクリーンに映っているのは、ネームレスがグレートウォールに並走するように地面を駆けている映像である。その最中、時折グレートウォール本体を見るように視点を動かしている様子だが……

 

《エドガー!もうすぐ四車輛目と三車輛目の繋ぎ目辺りに到着するな!?》

《ああ……!》

 

何の事かは分からない。分からないが、このゼンと言う男には『考え』がある。

 

エドガー自身に出来る事は、それをサポートする事だけである。

やがてネームレスがその『四車輛目と三車輛目の繋ぎ目』に到着。そこから見えるのはグレートウォールの繋ぎ目、連結部特有の大きな『隙間』。だが一体、そこに何の用があると言うのか。

 

《『ここ』だろう……!》

 

するとネームレスはその隙間の内、最も三車輌に近い場所に潜り込む。

そこから見える『天井』を見据え、機体を上昇。やがて機体がその天井付近にまで接近した……

 

その時。

 

《何だ……とッ!?》

 

エドガーの顔が驚愕の色に染まる。そう、異常が発生したのだ。

まず非常に大きな『金属音』。そしてモニター越しのゼンの視界から理解出来る事実は、今、地面が大地震が発生したかの如く大きく揺れていると言う事。

 

そして……そんな中、エドガーの見るレーダーに映った一番の『異常』。それは……

 

《『切り離し』た……!?》

《名無し!一体何をしたッ!!》

 

最前車輌+第二車輌から後方の車輌。つまり第三車輌以降が全て切り離されたのだ。

 

《よし……!》

 

エドガーは知る由もない。これは原作中、つまりゲーム中における『バグ』の一種だ。

実はこのグレートウォール。わざわざ最後尾から侵入する必要などないのだ。

そのバグはゼンの行動通り、『四車輛目と三車輛目の繋ぎ目』に潜り込むことで発生する。

 

そうすることにより、どういう訳かグレートウォールは第一、第二車輌以外の後部車輌を放棄しにかかる。

 

ただ、この世界に置いてはそれは『バグ』では無く、れっきとしたシステムエラーとして存在していた。つまり『四車輛目と三車輛目の繋ぎ目』にネクスト大の大きさの物体が入り込んだ場合、それをグレートウォールの防衛システムが『内部侵入者』と勘違い。

 

後部車輌を『速攻』で切り捨てに掛かってしまったのだ。

 

ゼンからすれば、「マイブリスの相手をしていては、レイテルパラッシュに追いつけない」との判断であり、同時に大きな賭けでもあった訳ではあるが……まあ、それについても今のエドガーには与り知らぬところ。

 

《話はあとだ!『前』に向かう!》

 

ゼンは『隙間』から抜け出すと例の『二段クイックブースト』を使用。

切り離された区画へと猛スピードで突撃していく。その驚異的なスピードで瞬く間に第三車輌の一番前まで到着すると……そこからは動力部、逃げに掛かる第一車輌と第二車輌の姿が見えた。

 

レーダーを見る限り、まだ第二車輌の中へレイテルパラッシュは到着してはいない。今は……

 

《ゼン。相手はまだ『第三車輌』の中だ!》

 

正確には第三車輌の約半分を通過したところである。

 

《おぉ……!》

 

ゼンはすぐさま切り離され、入り口となった場所から第三車輌内へと入り込む。

すると、そこには―――――

 

 

《……フッ。競争は終了か》

《悪いな。ここから先は通行止めだ》

 

 

『GAの災厄』。レイテルパラッシュが佇んでいた。

 

 

 

*********************

 

ウィン・D・ファンション視点

 

 

この男……

 

《悪いな。ここから先は通行止めだ》

 

……『間に合わせた』。

 

グレートウォールにおける『車輌切り離し』機能。

それらについては特に驚く事は無い。何せ既に彼女達はその情報を得ていたから。

聞いた話によると、その切り離し機能を実行するのには幾つかの『段階的手順』を踏む必要があると言う事である。まあ、動力部以外の連結車輌もグレートウォールを構成するにあたり重要な要素だ。

 

人的ミスも含め、『即時』切り離しが行われる機構にするのは少々不安もあったのだろう。

 

そこで今回取った彼女たちの戦略。

それはつまり、その手順が完了するよりも早く、動力部に到着。速やかに破壊することであったのだが……

 

《……》

 

この男が何かをした。それらの手順を全てすっ飛ばせるような『何か』を。

そのお陰でグレートウォールは後部車輌の切り離しに成功。レイテルパラッシュの侵入を防いだ。

 

《フフ……恐ろしいな、貴方は》

《……そう見えるか?》

《ああ。例の記録から見る戦闘力。今回の様に不測の事態に対応する対応力。まるで勝ち目がないと言う風に思わせてしまう存在感……》

 

ウィン・Dはこれまで、自分が世界で一番強いと思っていた訳では無かった。

しかしながら、「絶対に勝てない」と思う様な相手を見た事も無い。

事実、彼女はこの世界のリンクス達の中でも『最強』に限りなく近い位置に立っていたから。

 

しかしながら

 

《そうか……ウィン・D・ファンション。俺が、恐ろしいか》

 

つい最近、現れた。「絶対に勝てない」と思う様な相手が。

 

……ウィンDはこの任務を受ける前に、例の『銀色』が出てくるとの話を聞いていた。

それを耳にしたとき、生まれて初めて「死んでも出撃したくない」と思ってしまった。

何せあまりにも、ウィン・Dら現リンクスと『銀色』達とでは差がありすぎたから……勝てる要素が無いに等しかったから。

 

でも、それでも……

 

《今にも逃げ出したいくらいさ》

《クク……そうは見えないがな》

 

逃げなかった。

ここで逃げてしまえば、己の中の『信念』に背を向ける事になると思った。

強い者が現れた途端に、恐怖心から、現実から逃げてしまっては、何も『護れない』。

 

彼女は震える心を抑えるかの様に、大きく息を吸い……そして吐いた。

ウィン・D・ファンションは前を見据える。あの銀のネクスト機の眼光を、真正面から見据える。

 

《……》

 

チャンスは一度……一瞬で、決める。

覚悟を決めた彼女は、自機のハンドレールレールガンとデュアルハイレーザーキャノンを構えると同時、OBを展開。

 

《――――――》

 

両武器から弾が射出され――――また、その瞬間に展開されたOBが発動する。

多少広いとはいえこの直線状の室内……相手から見れば、ハイレーザーキャノンの野太い光や、その室内における反射光で、一瞬レイテルパラッシュの姿が見えなくなっている筈だ。

 

彼女は圧倒的加速感を身に感じつつ、次の考えに入る。

 

相手……ネームレスの居た位置は室内のほぼ中央。

回避行動を取るならば、左右どちらかしかありえない……ここからは勘だ。

 

(――――左)

 

ウィン・Dは自分から見て「左」を選択。すると――――

 

 

――――出た。攻撃を回避したネームレスの方向は、正面「左」。

 

 

予想は的中した。

一瞬後にこだまする敵機のQB音を耳に流しつつ、レイテルパラッシュの装備を右腕部……

ブレード以外の全てをパージした。それはつまり機体重量が大幅に軽くなると言う事であり、結果、当然機体速度も上昇する。

 

ブレードを構えたレイテルパラッシュは、このタイミングで前方向へのQBを発動。

OB中に発動したと言う事もあり、その瞬間最高速度はVOB時以上の出力を発揮した。

 

目前に迫る敵機。ウィン・Dは、その『恐ろしい怪物』に向かい

 

《――――ハァッ!!》

 

ブレードを振るった。

 

が、

 

 

 

 

 

肉厚な青い刀身は、空を斬った。

 

 

 

 

答えはこうだ。ネームレスがほぼ間を開けない『二連続目』のQB(回避行動)を行ったから。

……これがありえない。QBは、連続して行う様なシロモノではない。

普通の人間なら、その負担に身体が、精神が悲鳴をあげる。

 

もはや勝負は決した。こんな反則的な行動は、並の人間には出来ない。そう――――

 

 

 

―――――――ドドヒャアッッ!!!

 

 

 

並の、人間には。

 

 

……………

………

 

 

……彼女は知らない。

 

ネームレスの……ゼンの居た世界の傭兵達は、ある意味で、皆がイレギュラーだった。

何度も世界を破滅させ、または救い、予想外な敵など数えきれない程撃破してきた者達ばかり。『彼ら』のこなしたミッション数は、この世界の傭兵達の誰よりも多かったはずだ。

 

まさに百戦錬磨の猛者ばかり。いや、ともすれば千か、万か。

 

……まあ、「たかがゲームだ。本当の命など懸かってはいなかっただろう」と言われれば、確かにその通りではあっただろう。

しかしそれでも、『彼ら』が己の愛機と共にミッションへと出向いた『その時』。

『その時』だけは、たががゲームの枠を超え、一傭兵としての命(プライド)が懸かっていた。

死(ミッション失敗)は全力で避けていたはずだ。

 

ゼンやミラージュの機体。そしてその機動。

 

それは、そんなイレギュラー達のプライドの結晶だった。

イレギュラー達が、イレギュラー達に勝利する為に、イレギュラー達の戦いの中で生まれてきたものだ。そもそもの話として、企業間のパーツ制限無しや、超機動が『常識』であった向こうの世界の住人に対して、ウィン・D等が勝てる可能性は限りなく低かった。

 

だが、この時。

 

(――――――ッッ!!)

 

ウィン・Dは、『全く間を開けない』2連続のQBを発動した。

……そう。たかが2連だ。『彼等』からすれば何ら驚く事は無い行動だろう。

 

しかしながら、彼女にはこの2連QBが限界だった。

 

それこそ『記録』が出回ってから、彼女は昼夜問わずシミュレーションルームで彼等の動きを真似ようと試みたが……どうしても『3連続目』に繋げる事が出来なかった。身体が拒絶していたのだ。『これは現人類に可能な動きでは無い』と。

 

だが、だがそれでも、その2連QBは

 

《おいお……》

 

ほんの一瞬。

ウィン・D・ファンションを『向こう』の世界へ……イレギュラー達の舞台へと押し上げた。

 

《―――――がっ、ハッ!》

 

実際に現実で行ったのは初めての機動。

途轍もない身体への負荷により、一瞬意識が遠のく。

 

が、今、彼女の目の前には……ネームレスの、彼女が恐れてやまない怪物の『後姿』。

 

 

 

完全に、バックを取っていた。

 

 

 

後は斬りかかるだけ、再度、斬りかかるだけ。

 

 

 

しかし、

 

 

―――――――――ゴッッ!!!

 

 

……耐えられなかった。

あまりの負荷に、機体の制御を一瞬失った。

 

それによりバランスを崩したレイテルパラッシュは、グレートウォール内への壁に激突。

 

……今度こそ、完全に決着が着いた。ネームレスはほとんど何もしていない。

結果から見れば、レイテルパラッシュの自滅に近い有様だ。しかし事実として……

 

《……途轍もない、な》

 

ネームレスは何も『出来なかった』。ウィン・Dの行動に、全く対応できていなかった。

 

《グッ、ハッ……ハァッ……残、念……だよ……。もう少し、だった……んだが、な》

《……生きているか》

《ああ……不思議な、ことに……っ》

 

ウィン・Dは再度機体の制御に取り掛かる。

激突した衝撃、何より先程の機動の代償としてか、身体の自由が利きづらい。

視界に関しては、通常の色彩が失われ、ただの白黒画像の様にしか周囲が見えないが……

 

《ハァ……》

 

何とか機体を立て直す。

 

《……ああ、そうだ。貴方は……『ゼン』……と呼んでも構わないか?》

《? ああ。そうだが》

《では、『ゼン』》

 

そして一言。

 

 

《私達の任務は終了だ》

 

 

彼女の発したその言葉の直後に、前方『外』から聞こえてきたのは耳をつんざく爆音。

これは彼女と共に依頼を遂行した者が引き起こした現象である。

この音を聞き、目の前にいる怪物は何が起こったのかを即座に察したのだろう。

 

《―――――!》

 

第三車輌から出るべく、即座に銀色の機体を『出口』へと移動させる。

そんな姿を傍目に、ウィン・Dは僚機全員に向けた通信を行う。

 

《ロイ!生きているか!》

《―――――『まだ』な!ところ、でっ!『化け物』は一人って話じゃあなかったっけか!この新人、とんでもなく強……》

《大丈夫そうだな。『音』を聞いたな!どうやら終わったらしい、とっとと帰るぞ》

《おいちょっと待》

 

まず一人目。これは共にVOBで飛来してきたマイブリスに。

そして『もう一人』。本来は『予備』だった者への通信。

 

《ご苦労だったな》

《―――――レイテルパラッシュ。ご無事な様子でなによりです》

《ああ。そちらも良くやってくれた……》

 

 

……その、リンクスの名は―――――

 

 

 




すまぬ……すまぬ……



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第39話

主人公視点

 

《私達の任務は終了だ》

 

ウィンDさんの呟いたこの言葉の直後。

外の……丁度前方車輌が走っているであろう方角から、ものすごく大きな爆発音が響いた。

ヤバい。ヤバいやばい!これメッチャ嫌な予感がするんですけど!!

 

俺は機体を移動させ外へと勢いよく飛び出す。するとそこから見えたのは……

 

車輌中から火を噴き、走行バランスを失っている第一+第二車輌の姿。

この状況から推察されることは一つしかない。

 

《動力部がやられたか……!!》

 

おおい!どうなっているんだこれは!

マイブリスはストレイドが相手をしているだろうし、レイテルパラッシュもつい先程まで俺の目の前に居たんだよ?まさか首輪付き君がマイブリスを逃がした……いや。無いな。ロイさんには悪いけど、首輪付き君がそんなミスをするとは思えない。

 

じゃあ、この状況はどうやって……

 

《エドガー!》

《いや、此方のレーダーには何の反応も示していない!》

 

嘘でしょ。おばけがAF撃破しましたってオチじゃないですよね?

これもうわかんねぇな。ちょっとウィンDさんに聞いてみるしかないですね。

 

《ウィン・D・ファンション。これはどういう事だ?》

《ゴホッ、ゴホッ……『本人』の声を聞いてみると良い》

 

本人?って、どういうこ……

 

《――――――『失礼』します》

 

俺の脳内がクエスチョンマークで埋め尽くされる中、そんな声が通信機からこだました。

それは若い男の声。落ち着き払っており、何とも『冷静』な印象を受けるが……

 

こ、この声は……!

 

《誰だ……!》

 

いや本当に誰!?全然聞いた事ねぇ声なんだけど!

しかも無駄にカッコ良い。知的でありながら、ある意味さわやかともいえる様な……

そんな食レポみたいな事思っている俺ですが、何となくわかる。絶対中の人イケメンだろ!

 

《ああ。彼には、私のスペアとして動いてもらった。この男は……》

《『クラースナヤ』。リンクス、『ハリ』です。()()、お見知りおきを》

 

ネクスト機『クラースナヤ』。

カラードランクは『10』であり独立傭兵。リンクスは特異なAMS適性につき、短期間しか戦闘をこなすことが出来ないが、その実「時間限定の天才」とも評される。

 

え、えええええ!?予想外すぎる人選っ!

 

しかもなんだその『以後』ってのは。単なる挨拶にしては妙な含みが感じられる。

し、しかしまさかクラースナヤが……そういえば、リンクスの『ハリ』さんって、グレートウォール見た事あるんだっけ?小説か何かでそうだった記述がチラホラあった気が……

 

いや、それよりも今気になる事は。

 

《……ハリ。何故レーダーにそちらの機体は何の反応も示さなかった?》

《簡単です。『追従型ECM』を使用したのですよ》

 

『追従型』……?あのBFF製の……ネクスト『アンビエント』も使ってた奴か。

確かにアレを使えばレーダーに映る事は無いだろう。そりゃあ気が付かないはずだ。

……でも確かクラースナヤの武装って、元々はBFFライフル二挺だけだったはず。

 

加えそれを手に入れたってことは、やっぱBFFに何らかのつながりがあるのか……

 

いやでもBFFってGAグループ内にあるしな。

もしハリさんがBFFと強い繋がりがあったとしたら、今回の『グレートウォール撃破』側にはまわらないだろう。となると考えられるのは……

 

『ORCA旅団』つながりで手に入れた説が濃厚っぽいな。あの人達、多分世界の至る所に『同志』が居るだろうし。

 

《成る程……では、もう一つの質問だ》

 

そう考えたとしても、だ。

クラースナヤはVOBを使っていなかった……もしくは使っていたとしても、結構遠くでVOBをパージする必要があったはずだ。じゃないと流石に『目視』で気づかれる。つまり……

 

《俺とレイテルパラッシュの居た位置は第三車輌だ。しかもこの『車輌が切り離されてから』の短期間で……前方車輌までクラースナヤがたどり着くにはそれなりの『速度』が必要だったはずだろう》

《ああ。彼は移動時にOBを使用していた。その外部からの『音』で存在がバレる可能性もあったさ。だから私はこのグレートウォール『内』で戦闘をこなした。ほぼ密室に近いこの状況なら、我々の戦闘時におけるブースト音やグレートウォールの武装、ミサイルの機動音などが反響するだろう。しかも貴方はその時点で入り口に背を向けている……まず見られることは無い》

 

…………。マジか……

 

《クック……》

 

ハッハッハ!!いやぁ~!やられたわマっジでよォ~(怒)!

この人達対策が完璧すぎるんだけど。本気で任務成功の事だけ考えて、それを遂行された。

さすがと言わざるを得ない。だってこれ、仮に俺のインチキ切り離し作戦が成功して無かった場合、そのままレイテルパラッシュが動力部を破壊していた訳でしょ?

 

そもそも二機の時点でほぼ詰んでいたのに、更なる三機目の存在を最後まで隠し通すとか……

 

《全く……してやられた。この任務、俺達の失敗だ》

 

ゼンさん版Chapter2、最初のミッションは失敗に終わる……と。

はぁー……GAの人には本気で申し訳ないよ。俺たちの事を信頼しててくれたんだろうに。

俺は僚機のストレイド、というかオペレーターのスミちゃんに向けて通信要請を出す。

 

《霞・スミカ。聞こえるか》

《……チッ!ああ、良くな。私の『後輩』と愉快な仲間達にしてやられたんだと?》

《そちらの戦闘は……》

《『帰した』。ここでマイブリスを倒してしまっても私は一向に構わなかったが、『コイツ』の戦う気が無さそうなんでな……どこかの誰かの真似事をしているらしい》

 

誰だ!その『どこかの誰か』は!

 

《僚機は皆、既にこの周辺から退避しているらしい……私もそうさせてもらう》

 

俺が第三車輌の方を向き直ると、その入り口からは丁度レイテルパラッシュが出てきているところだった。……そういやクラースナヤの姿を一切見ていないな。

多分通信している時には既に遠く離れた所に居たんだろう。何という行動の速さ。

 

《もうそちらの妨害をしても意味が無いのでな。好きにすれば良い》

《フッ……しかし、貴方にも出来ない事があるんだな?》

《こうまでされてはな……初めての任務失敗だ。それとウィン・D・ファンション》

 

彼女に向けて、ちょっと一言だけ言っとこうと思う。

 

《俺も、そちらの事が『怖かった』》

《……!フフ……そうか。それは光栄だな》

 

そう返すと、彼女はOBを展開。

 

地平線の彼方へと消えて行った……

 

…………

……

 

《ふー……》

 

『一回』。インチキしちゃったな。

あのウィンDさんのブレードを回避するために。たった一回だけど、これは大きな一回だ。

ミラージュさん以外に、インチキ機動を使わされた。

ウィンDさんのあまりの気迫に押されてしまった。しかもあの人……

 

 

2連QBを発動させていた。

 

 

何の強化も施されていない人間が、そんな常識などあるはずのない人間が。

……俺は今からきっと、戦いを続ける度に弱くなるだろう。

それは身体的にと言う意味であり、相手が俺たちの動きに対応してくると言うことでもある。

 

やっぱりこの世界の人達は違う。戦いの中で生まれてきた戦士達は……

うおーメッチャカッコ良いな!俺って凄い人たちと出会ってるよ!本当、尊敬するぜ!

 

《ゼン。聞こえているか?》

《エドガーか》

《ストレイド達もこのエリアから退避した》

《そうか……では俺も退散するとしよう》

 

俺は撃破されたグレートウォールへと一度だけ目を向けると、ブースターを点火。

輸送機へと向けて動き出した……

 

 

 

*********************

 

エドガー・アルベルト視点

 

グレートウォール防衛『失敗』。

任務の後、ラインアーク自室へと戻ったエドガーは、当時の事を思い浮かべていた。

それは驚きや後悔と言った様々な出来事が起こっただけに、まず何から整理してよいのか悩ましいところではあるのだが……

まず最初に思い浮かんだのが、敵機二機がレーダーに表示された瞬間の出来事。

 

――――『敵機はさ……いや、予定通り二機だ!』

 

ここでエドガーが言いなおした理由。

この時実は一瞬……本当に一瞬だけ、レーダーには敵影数が『三つ』映っていたのだ。

あまりにもそのレーダーへの投映時間が短かった為、見間違いかと思ってしまったのだが……今考えればあれは、幻の三機目『クラースナヤ』の影だったのだろう。

 

つまり、気が付くチャンスはあったと言う事だ。

 

エドガーはその事が頭に引っかかっていた為に、一応、周囲をレーダーにて探索してはいたのだが……何も見当たらなかった。ストレイドのオペレーターにも一度確認を取ってはみたものの、そもそも彼女のレーダーには最初から二機としてしか映っていなかったと言う。

 

「……」

 

ゼンにハッキリ伝えるべきだった。一瞬ではあるが三機映ったと。

そうしていればクラースナヤの接近に気が付けていた可能性もあった。

 

……そしてエドガーは、このことについてゼンに何も話してはいなかった。

 

例えゼンに謝ったとしても、きっとあの男は笑って許してくれるに違いないだろうから。

しかも『本心』から。あの男はとても優秀な上に、優しいのだ。それだけに申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。優秀なあの男の足を引っ張っているのは自分なのではないか、と。

 

「フー……」

 

まあ、終わった事だ。後悔しても仕方が無い。

悔やむ位ならそれを糧にし、次に備える方がずっと有意義だ。

 

「しかしアレは一体……」

 

エドガーが次に思い浮かべたのは、ゼンが取った奇妙な行動についてだ。

マイブリスに最後尾車輛からの入り口を塞がれたゼンは、車輌外部から『四車輛目と三車輛目』の繋ぎ目へと向かった。結果、何が起こったのかグレートウォールは三車輛目以降の全てを切り離した。

 

ゼンの行動には驚かされてばかりだが、今回の事には不可解な点が多い。

 

後にゼンに聞いた話によると「賭けだった」との事ではあるのだが……どういう意味なのか。

あの迷いない行動から、恐らくゼンはグレートウォールの『即時』切り離しについて知っていたはずだ。だが……エドガーが同じくしてGAの者にその事を質問した時、GA社の者は「そんな機能はない」と答えていた。

 

切り離しには段階的な手順が必要、との事だ。

 

ではどうやって。どのようにしてゼンは即時に切り離したのか。

そもそもGA社員でさえ知らない事を何故ゼンが知っているのか……考えられる事は……

 

「『内部』に、か……?」

 

GA社内部に、ゼンの『組織』のスパイが居ると言う事。

つまり今回、こうなってしまう可能性も視野に入れていたゼンは、その同胞に連絡を取った。

その同胞の協力を得て……システム自体に細工を施した可能性が高い。

 

機体が四車輛目と三車輛目の繋ぎ目に入った瞬間、手順を全てすっ飛ばして一瞬で切り離しが行われるようにしておいたのだろう。まあ、今回は相手側がその更に上の策……幻の三機目を用意していた為に、残念な結果には終わってしまったが。

 

「クック……全く、お前さんにはついていけんな」

 

情報やそれを行う為の『繋がり』。また、予測。全てにおいて格が違う。

オペレーターとして抜擢されたエドガーは勿論、ゼンのその様々な意味での『スピード』について行けるように努力してはいるのだが……どうやら、まだまだ不足しているらしい。

 

まあ、実際はゼンの方こそ毎回タジタジの様子ではあるのだが……

 

 

――――――コンコン。

 

 

ノック音だ。さて、誰が訪ねてきたのやら……

エドガーはすぐさま自室のドアへと向かい、その扉を開ける……するとそこに立っていた者は。

 

「任務ご苦労様でした、エドガー・アルベルト」

「貴方は……イェルネフェルト女史」

 

フィオナ・イェルネフェルトだった。

何とも言えない表情をしているが……まあ、大方ゼンの任務失敗についての報告を受けたのだろう。あの男が任務を失敗するなど考えられなかっただけに、その気持ちも分かる。

 

さて、理由として『自分の報告ミス』が原因だとでも報告。お叱りでも受けるとしよう……

 

……と思っていたのだが。

 

「失礼、施錠させて頂きます」

 

室内に入るなり、フィオナ・イェルネフェルトは部屋のカギを閉めた。

……何だ、これは。

エドガー自身に逃げられないように……と、言うより、周囲をやけに警戒している印象だ。

ものものしい雰囲気を感じ取ったエドガーは、何があったのかをフィオナに尋ねる。

 

「どうかしたのですか?」

「……貴方に以前、現ラインアークの抱える問題についてお話したことを覚えていますか?」

「ええ、確か資源が……特に『電力』の不足が深刻になりつつある、と」

 

そうだ。それらの事について一通りの話を聞いた事は覚えて居るのだが……

 

「……これを。私『達』は既に読み終えました」

「この封筒は……手紙、ですか」

 

フィオナから手渡されたのは一通の手紙。

封筒には、『Dear Jarnefeldt&Alberto』とあるが……

イェルネフェルトにアルベルト。つまりフィオナとエドガーの姓名である。

 

裏には……何も書かれていない。が、これは自分達にむけた手紙だ。

 

「…………」

 

エドガーは封筒から手紙を取り出すと、その内容に目を通す。

そして一通り読み終えた後、確認を取った。

 

「………この手紙。ゼンの奴には」

「………まだ」

 

ゼンはまだ読んではいない。読んではいないが………これは、非常に大きな問題となる。

ともすれば、ラインアークの未来にも関わる可能性のある内容。

 

その手紙の本文中には、差出人の名が書かれていた。その名は――――――

 

 

 

――――――マクシミリアン・テルミドール。

 

 

 

 




もうアレです。
『でもBFFってGAグループ内にあるしな。』ってな独白書いている最中は、もう恥ずかしすぎて死にそうでした。

これで何とか修正できたと信じてます。


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第40話

主人公視点

 

グレートウォール戦から翌日。俺は自室のベッドに座りつつ、あの時の事を思い出していた。

………。やらかしたな。いやいや本気で。あの時、グレートウォール内に入り込んだのは俺のミスだった。レイテルパラッシュが第三車輌から出てくるまでそのまま外で待機しておくべきだった。

 

そうすりゃ多分三機目の存在、つまりクラースナヤの接敵にも気が付けたはずだ。

よくよく考えてみれば、あの状況から俺がレイテルパラッシュに追いつけたこと自体が怪しい。

ウィンDさんの「だから私はこのグレートウォール『内』で戦闘をこなした」何て言葉から察するに、あの人はワザと機体の移動速度を遅くしていた可能性もある。

 

そう、俺をグレートウォール内に誘い込むために。

 

「アミアミー」

「む、何だAMIDA。心配してくれているのか?」

「ミミ!」

「心配には及ばん。ただな、もう少し冷静に周りを見るクセを付けるべきだと考えていたのだ」

 

やっぱり人間焦るとイカんね。まあ、今回のミスは次への教訓として生かしていこうか。

とは言ってもあの人たちは傭兵として一流の方々ばっかりだし、何とかなるとは限らないけど。

 

……しかしAMIDAさんは気を遣える良い娘だよ本当。

エドガーさん達もそうだけど、俺って周りに恵まれているよなぁ。

 

「―――――ゼン、居るか?」

 

おっと、噂をすればなんとやら。そこで扉の外から聞こえてきたのはエドガーさんの声である。

これは………先のグレートウォール戦についての話の続きかな?

昨日はエドガーさんからすぐ休むよう指示されて、そこまで詳しく作戦内容を振り返らなかったからな。

 

うっし、怒られるとするかぁ!

 

「ああ。入って良いぞ」

 

若干怯えつつ入室許可をする俺。そして室内に入って来た人物は………

 

「失礼する」

「失礼します」

 

エドガーさんと、フィオナちゃん……二人。まさかの二人である。

しかも両名ともに顔が真顔だし、雰囲気がとてもピリピリしている。

おいおい。今まで見た中でもかなり神経質な表情をしているぞ。やっぱり昨日の任務失敗はラインアーク的にもNGだったか? 

 

とにかく確認するしかないな。

 

「どうした?」

「………これを」

「ん?これは……手紙か?」

「ああ。此方の二人は既に読み終わっている。とにかく、中身を見てくれ」

 

フィオナちゃんから渡された一通の封。形状から察するに手紙で間違いは無さそうだ。

しかしながら、エドガーさんの既に読み終わっている宣言。そして二人の発するこの重苦しい空気。つまるところ、この手紙がその原因ととらえるべきか。

 

………あ、怪しすぎる。これちょっと怪し過ぎんよ~。

手紙一通で、二人にここまでクソ重たい空気を出させるんだぜ。一体どんな内容が書かれてんだ。

 

「………」

 

俺は内容を確認する為、封から手紙を取り出す……俺を見る二人の視線が痛い。

さ、さて、一体どんな内容のお手紙なんだろう。えー何々、一行目は……

 

『お初にお目にかかる。ORCA旅団団長、マクシミリアン・テルミドールだ』

 

ブッ!!!

 

「ゴホッ!ゴホッ!」

「ゼン?」

「ああいや。少しむせただけだ。問題はない」

 

え、いきなり!?いきなりこんな感じ!?

怖ぇ~よ……もう既にきな臭い感じプンプンだよ。だってこのテルミドールさんアレだからね。

この俺の居る世界、ACfaの世界においての超重要人物だからね?

 

しっかし何たってそんな人が手紙なんか……何だろうか。もしかして昨日、クラースナヤのリンクスが言ってた『「以後」お見知りおきを』ってのは、この事が関係しているのか?

 

「………」

 

まあ、先を読んでみない事には始まらない。

と言う訳で俺はその文章を一字一句、舐めまわすように視線を這わせるが………

……うん………うん。

……ほほう……。

……。

 

「……ハッハ」

 

マジで?これマジで?

以下、ちょっとこの手紙に書かれていたことについて要約しますね。

 

『・我々ORCA旅団は、噂になっていたAF襲撃犯そのものである。その目的については、今は明らかにすることは出来ない。

・今、ORCA旅団はラインアークの抱える重要な問題(深刻な電力不足)について知っている。

・ラインアークが、旅団に必要な『とある事』に協力すれば、その問題について秘密裏に手助けを行う事が可能。それは近々起こるであろうオーメル主導の『ラインアーク本格攻撃(仮)』時に行ってもらう。

・一考の余地ありと判断したのなら手紙に付随の携帯端末から連絡を。特にネームレスのリンクスには此方としても幾つか話を聞きたい。』

 

「なるほど」

 

超絶略しました。略したこの中に気になる事が多すぎて困るんですけどね。

深刻な電力不足に、旅団への協力依頼。ラインアーク本格攻撃(仮)。そして付随の携帯端末から

 

特 に ネ ー ム レ ス の リ ン ク ス に 話 聞 き た い 。

 

怖すぎィ!もう怖すぎィ!これ下手したら俺の問答次第でよからぬことに発展する事も捨てきれないんでしょ?どどどどうすんだこれぇ!つか話が本格的に進んで来たなオイ!と、とりあえず!

 

「……イェルネフェルト。この手紙、『どうやって』受け取った?」

 

重い沈黙の中切り出す。そりゃこんな手紙みりゃこんな空気にもなるわ。

俺がまず気になっているのはこの手紙の出処。受け取り方によっちゃあ、ラインアーク上層部が既にORCA旅団に繋がっているのかどうか判断する材料になるかもしれない。

 

「……すれ違い様に」

「何?」

「『清掃員』の格好をした者が私とのすれ違い様に手紙を『落とした』のです。いえ、あれは清掃員が手紙をわざと落とした。私に拾わせた……のでしょう。手紙を拾った私はその者にに声をかけたのですが無反応でどこかへ……」

「で、その手紙の封を見てみるとそこに書かれていたのはイェルネフェルトとアルベルト。つまりこの手紙はそちら両名に向けられたものだった、と」

「ええ。後に確認を取ったのですが、私とその清掃員がすれ違った場所の監視カメラはご丁寧に『使えなく』されていました。昼食時で人の移動も多く行われていたため、上下階のカメラからの個人の判断は難しく……と、言うかお恥ずかしい話、全ての監視カメラが性能の良い物では……」

「……分かった」

 

うーん。上層部から手渡された、とかの正式なルートって訳じゃあ無さそうだな。

 

にしてもだ。すれ違い様……しかもよりにもよって『清掃員』とは、タイムリーすぎる。

これもしかして俺のバイト先のメンバーの中に既に紛れ込んでいるとか無いよな?

……無いと言いきれない、と言うかむしろ有りそうなのがな。

 

よし、じゃあ、

 

「次の質問だ。ラインアークの電力供給問題に関してだが………実際、どの程度『苦しい』?」

 

そもそも俺はラインアークの電力問題について何も知らされていない。

元は部外者の俺にそう簡単に内部事情を話すなずも無いのは分かっているけどね。

でも俺的にはこれが最も気がかりだ。だってここには俺の友達が沢山いるから。

 

……相手がどう思ってようと、俺が友達だと思ってたらそいつはもう友達だから。(狂気)

 

「このペースでは、年内にはラインアーク内の方針を変える必要が出てきます。つまり、『来る者拒まず』では無くなると言う訳です。ここも他の地上勢力と同じくして、人数を絞らなければなりません」

「なるほど」

「ですが、もし……もし、貴方がこのままラインアークに居続けると言うのならば。長期的な目で見れば貴方の稼ぐ報酬から解決策を――――」

 

フィオナちゃんがそこまで言いかけた時、俺は思わずして口ずさんでいた。

 

「無理だ」

 

そうそうそれは無理なん……

 

「ゼン……」

「アミ……」

「……」

 

……3人共なんでそんなに残念そうな表情をしているんだよ。俺の心が痛くなるんだけど。

え?何?もしかして皆俺のこと好きなの?俺は皆のこと大好きだけど?部外者だった俺に皆は優しくしてくれるし。特にエドガーさん。出会って短いながらに何度も俺の事を助けてくれるしさ。

いや違うか、大事な金づるが居なくなって残念的なアレでしょ?

 

いやっハッハ!困ったな!……困った困った。

 

「ゼン……俺に理由を聞かせてくれないか?」

「期限があるんだ」

「期限?」

「ああ。そうだな……そもそも、俺はこの世界あと1年も存在できるかどうか分からん」

 

「「「ッッ!!!」」」

 

さ、更に悲壮感が増したぁぁぁっぁあああ!!

ゆ、許してくれ!そんな悲しそうな顔をしないでくれ!こ、心が痛い!

 

「何故それを先に言わ……ッ!……いや、すまないゼン」

「俺は元々この世界に存在するべき人間では無いんだ。だから……」

「ゼン……」

「アミ……」

 

エドガーさんが怒ってらっしゃる。

……あのさ。今更だけどさ。この言い方、何か俺が余命1年しか無いみたいな言い方じゃね?

もしかして皆さん勘違いしてね?俺は予定では普通に元居た世界に帰る感じだから。

 

元の世界では元気いっぱいの予定なんですけど。やっべぇ~。しんみり空気にしちゃったよ。

 

「……とにかくだ。そういう訳で、俺がずっとラインアークに居続ける事は出来ない」

「……」

「何だ。その……出来る限りはここに居る予定だからな。その時までよろしく頼む。と、言う事で話を次に進めるぞ。イェルネフェルト、この『協力』について、そちらとしてはどう考えているんだ?」

 

ハイハイ!ゼンさんの話はもうヤメ!次行こうぜ!

 

「……はい。そもそも私はこの手紙の『真偽』すらまだ疑わしいとは思っています。ORCA旅団など本当に存在するのかどうかも」

「旅団は実在する。これは確実だ」

「貴方『方』は確信を得ている様子ですね……となると、この手紙の本文が全て真実であるとして話を進めましょう」

 

貴方『方』。方って何?俺が旅団について知っている事で確実に質問来ると思っていたんだけど。

まさかスルーされるとは。もしかして俺の知らないところで勘違いが花を咲かせてたりするの?

……それはさておき。さてさて、この解答次第ではこの先の未来も大きく変わってくる気がする。

 

…………

……

 

室内に緊張が走る中。フィオナちゃんは一呼吸を置くと、凛とした声で言葉を発した。

 

 

「――――この取引。私は受けるべきだと考えています」

 

 

来た……!

 

「と、言ってもです。実際にそう決断すべきかどうかは、この携帯端末で詳しい話を彼等から聞いてからですが」

 

そういってフィオナちゃんは上着の胸ポケットから携帯端末を取り出した。

ああ、これか~。『手紙に付随の携帯端末』とやらは。フィオナちゃんはその端末を弄ると……どうやら連絡先が見つかったらしい。室内のメンバー全員にその画面を確認させる。

 

……これはこれは。ご丁寧に連絡先は一つだけしか載って無いらしい。かけ間違う心配もないぜ!

 

「どうする。今、連絡するのか?」

「ええ。清掃員の手渡し方から、まだ上層部には伝わっていない可能性があります。つまり、まずは我々だけに話をしておきたい、との相手方からの意思表示でしょう」

「フッ……イェルネフェルト女史。本当に上に知らせずに事を進めてもよろしいので?」

「ええ……エドガー・アルベルト。この事はくれぐれも内密にお願いしますね?」

 

にっこり微笑むフィオナちゃん。けど威圧感がやべぇ。

エドガーさんちょっと汗かいてるじゃん。さすがにリンクス戦争の英雄のオペレーターだ。

威圧感が違いますよ!あと実はちょっとマーシュさんに近いんしゃねこの人。

 

何かワクワクしてる感じが凄いんですけど。普段悪い事しない人がチョイ悪するとこうなるのか。

 

「では……早速ですが、連絡を取りたいと思います」

 

フィオナちゃんはダイアルボタンを押したらしく、端末を耳に当てた。

しかしORCA旅団の誰が電話に出るんだろう。もしかして受付さん的な人が居たりするの?

でも旅団だったらそれ位居てもおかしく無い気がする。

 

「……」

 

暫くのコール時間。相も変わらず室内は静かそのもの……き、緊張する。

……すると電話が繋がったのか、フィオナちゃんの表情が一気に険しくなった。

で、出るのか!?

 

「……はい。私は―――ネクスト、ホワイト・グリントのオペレーターを務めさせていただいております。フィオナ・イェルネフェルトと申します」

 

出たぁ!

 

「……3人ほどですが。私と、アルベルト。そしてネームレスの……いえ、『彼』は今ここには……はい。その点についての心配をする必要は……承知しました」

 

何の話をしてるんだ、と思った矢先。

フィオナちゃんは端末から耳を離し、室内のメンバー全員の顔をぐるりと見回した。

どうしたどうした!

 

「向こうから『ハンズフリー機能』にて話をしたい。との要望が」

 

あれか……話し声が周りに聞こえるようにする機能の奴か。

それは当然俺たちの3人の声も相手側には聞こえるようになる訳だが……この要望。

もしかするとフィオナちゃんが喋っていた相手はORCA旅団内でも結構な上層部の人なのか?

 

俺とエドガーさん……と幻の4人目のAMIDAちゃんはそれぞれ顔を見合わせると、OKの意を込めてフィオナちゃんに頷いた。

 

「では……」

 

フィオナちゃんは端末の機能を変更。ドキドキしつつそこから聞こえてくる声を待つ俺達。

さ、さあ!一体どんな人間がこの端末の先に待ち構えているんだ!出てこいやオルァ!!

 

かくして聞こえてきた声はと言うと。

 

 

《まずは自己紹介といこう。私はORCA旅団副団長―――メルツェルだ》

 

 

ふ、副団長様ー!実質、今団長代理を務めている人だったー!!

このスーパー切れ者が通話相手かよ!マーシュさん辺りとかと会話させた方が良くない!?

 

俺腹芸とか結構厳しめなんですけど!

 

 

 



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第41話

エドガー・アルベルト視点

 

 

《まずは自己紹介といこう。私はORCA旅団副団長―――メルツェルだ》

 

端末越しに室内に響く男の声。エドガーの思う第一印象は、『冷静沈着』であった。

ORCA旅団………アブ・マーシュの言っていたAF襲撃犯の犯人。

最近の噂では例のミラージュもそのAF狩りを行っていたと見られている事から、ともすればこの旅団の一味の可能性が高いのではないか。そう、エドガーは睨んでいたのだが。

 

「メルツェル、か」

《その声は……》

「ネームレスのリンクスだ。今、俺の向かいに居るのが」

「エドガー・アルベルト。ネームレスのオペレーターを務めている者です」

 

ゼンに促されるように軽く自己紹介をする。さて、問題はこれから……

 

《成る程……まあ、概要は先の手紙の通りだ。その点に関しての質問があるのなら受け付けよう》

「では私から。我々の抱える問題解決に向けての手段。それは何をもってして―――」

 

フィオナが聞こうとしている事。それはエドガー自身最も気がかりな事でもあった。

そうだ。この手段……このラインアークの爆発的な人口増加を賄えるほどの圧倒的な電力供給源。

そんなものを一体どこから持ってくると言うのか。まずはそれについての確認を取らなければ取引にもならない。

 

しかし、フィオナがその発言を終える前に……男は声を被せた。そしてその言葉は

 

 

《―――『アルテリア施設』》

 

 

室内の者に大きな衝撃を与える事となる。

 

「……ああ、成る程。そうなるか」

 

唯一、ゼンだけは妙に『納得』しているかの様子だったが。

 

「……それ、は」

《そうだな……我々の目的はさておき、その方法だけは話しておこう。我々ORCA旅団は近々、世界各地のアルテリア施設にネクスト機による同時襲撃を行う予定だ。君達に提供するのはこの内の幾つかと言う事になる》

 

エドガーには一瞬、この男の言っている意味が理解出来なかった。

アルテリア施設を襲撃するだと……? どう考えても、ありえない。

アルテリアはクレイドルの生命線だ。アレが止まると言う事はつまり、無垢な空の人々がこの汚染された大地に突き落とされると言う事。

 

クレイドルには一機につき2千万もの人々が住んで居る訳で……

 

「……正気ですか?」

《君は……アルベルト、だったか。君の、いや、君達の考えている事は良く理解できる。確かにこれは現状『テロ』に分類されるであろう行為だ。当然我々とて、クレイドルの民から出るであろう犠牲者数についても勘定に……》

「では……!」

《これは決定事項だ。我々は『人類』を救う。その為に『人』の犠牲は避けては通れないのだよ》

 

駄目だ。理解出来ない。あまりにも、このメルツェルと言う男の言葉が足りなさすぎる。

いや、どちらかと言うとあえて説明を省いているのか。恐らくこの室内の中でそれについて理解出来ているのは……

 

「メルツェル。詳しく話せない理由は分かる。ラインアークが敵に回る可能性も考慮しての事だろう。事前に情報を敵か味方かも分からない相手に伝えると言うのは中々のリスクだ。正直俺としては、良くその『アルテリア襲撃』までの情報を伝えたものだと感心している。そこでだ、イェルネフェルト、エドガー」

 

ゼン位だろう。この男は恐らくすべてを見通している。

 

「今、決めるべきだ」

《ほう……》

 

……今、決めるべきとは一体。

 

「俺が言うのも何だがな。時間が無いはずだ。そうだろう、メルツェル」

《ああ。ネームレスのリンクス。君の言う通り、オーメル主導のラインアーク本格攻撃までの時間はあまり残って無い。我々の計画を進めるには、そのタイミングでの協力がベストだ》

 

ラインアーク本格攻撃。その時に一体何を協力する必要があるのか。

しかしながら、恐らくそれは聞いても答えてくれはしないだろう。まだエドガー達はORCA旅団に協力するとは一言も言ってはいないのだから。

 

しかし、それに協力すると言う事は……

 

「そのテロの片棒を担げ、と?」

《何、君たちは片棒を『一瞬担ぐ』程度の話だ。大層な協力は願わない。その後、我々が君たちに何かしらの迷惑をかける事も無い。我々の計画が成功した暁には、君たちには秘密裏に、タダ同然で莫大な利益が入る……悪い話では無いと思うがね》

 

……仮に男の言う通り、簡単に事を運ぶことが出来たのなら、確かに悪い話ではない。

現状のラインアークからすれば、電力供給問題を一気に解決に導くことが可能かもしれないチャンスでもあるのだから。

 

だが、片棒を一瞬担ぐ程度だったとしても。

その要求を呑むと言う事は、確かにテロ行為にに加担したと言う事実に変わりは無い。

 

《ではフィオナ・イェルネフェルトに問おう。君自身、この話について『受けるべき』だと考えていた。違うか?》

「それは……」

《そもそもだ。何故私が君達に『のみ』この話をするのか。私は、ラインアーク上層部の者達なら確実に我々の提案を受け入れるだろうと判断したのさ。そちらの方は後からでもどうとでもなる……しかし上での判断がどうあれ、実際に戦場でその決定権をを握っているのはリンクス、そしてオペレータに他ならない。つまり、私の考える最大の障害は君達と言う訳だ……だが、》

 

メルツェルは話を続ける。

 

《言ってしまっては何だが、私達は別段、ラインアークへの『絶対的な協力』を求めたいわけではないのだよ》

「……」

《あくまでも『このタイミング』がベストだったに過ぎない。他にやり様はいくらでもあるのさ》

 

……この男。暗に、あくまでもこの交渉を支配しているのは自分達とでも言いたげだ。

いや、事実としてそうなのだろう。要約するとなると

 

『現状、ラインアーク側が電力を欲している事は良く理解出来ている。提供できるのはORCAだが、別に無理して『協力』に付き合う必要はない。自分達からすれば他に方法はあるのだから。まあ、好きにしろ……断ったらお前達のチャンスは潰えるがな』

 

こんなところか。全く、これではもはや……

 

《どうするかね。先程ネームレスのリンクスが言っていた通り、時間は限られている。我々も君達の回答を悠長に待つ訳にはいかない……今、この場で決断してもらおう。フィオナ・イェルネフェルト。まずはそちらの意志から確認したい》

 

回答など決まっている様なものだ。エドガーはフィオナと視線を合わせる。

そして、互いに頷き合った後、メルツェルの問いに答えた。

 

「……分かりました。ORCAとの協力体制、受け入れましょう。ホワイト・グリントのリンクスには後で私から伝えておきます」

《フッ……殊勝な心がけだ。では、エドガー・アルベルト》

「俺に選択権はありません。イェルネフェルト女史の決定に従うまでです」

 

二人は協力体制を受け入れたのだ。

エドガー自身、テロ行為につながる行いに加担したくはない。が……現状、ラインアークを救う事が出来る可能性はこれしかなかった。

私情でどうこうした挙句、このチャンスを潰す訳にもいかない……し、どうこう出来るとも思えなかったから。

 

ただ、問題は……

 

「この俺が、協力体制に賛成すると思っているのか?」

 

そう、この男だ。ネームレスのリンクス……ゼン。

私情でどうこう出来る力を持っているこの男がどう反応するのか。これが問題だった。

 

 

 

*********************

 

主人公視点

 

えーっと。

 

「この俺が、協力体制に賛成すると思っているのか?」

 

オペレーターコンビだけにしか確認取って無いけど、その辺はもう理解してる感じ?

ああいや、当然俺は協力には賛成する派ですよ。たしかにクレイドルの人達は可哀想だけど、こっちには俺のお友達が居るから。そっちを救うのが俺の中では最優先事項な訳でして……ってかさ。

 

どの道メルツェルさんはどうにかするんでしょ?だったら受けた方が良くね。

チャンスは生かそうぜ。

 

《フッ……勿論、君に関してはそう一筋縄では行くとは思っていない》

 

は!?何言ってんだメルツェルさん。

俺に確認取らなかったのは、別に俺が賛成するって知ってたからじゃ……

 

《そうだな……君は現状、ネクスト機の武装に関して何か思うところがあるのではないか?》

「ああ、それはそうだが」

 

武装の弾薬自体は特に問題が無い。

GA陣営が頑張っているのか、『弾薬だけ』ならオーメル社との取引で何とかしてるっぽいし。

まあ俺のネクスト機の武装は世代的に見て大分昔のものばかりだし、珍しいものも特には無い。

故にそこまでGA陣営は睨まれてはいないんだろう。

……仮に俺の武装が最新のものばかりだった場合、弾薬供給は不可能だったかもね。

 

ただ問題はですね。ネクスト機の『武装そのもの』は古い物、最新のもの、どちら問わず他企業から取り寄せる事は限りなく難しいと言う事だ。それこそGA陣営からでさえね。

何でも武装提供は、一目でネームレスに協力したことがバレちゃうのが痛いんだって。

 

企業にも色々事情があるんですねぇ……でもね。俺的にはこのままじゃあ結構マズイ。

ミラージュさんに対抗するには、こっちもそれなりの武装が必要なんですわぁ。

 

サンタさんか誰か、俺にオーメル横散布ミサイルとかハンドレールガンとか送ってくれないかな……

 

《君が我々に協力すると言うのなら、ネクスト、ネームレスの武装。我々が提供しよう》

 

さ、サンタさんッッ!

オイオイオイ。こんなところにサンタさんが存在するんですけど。

元々協力するつもりだったのに、何を勘違いしたか幸運が舞い込んで来たんだけど。

 

で、でもなぁ。これに食いついたら何か、がめつい男だと思われそうじゃない?

よ、よし、ここは……

 

「いや。そうだな……俺が困った時。そちらの力を一度借りたい。それでどうだ」

《ほう……》

「武装の案は魅力的ではあるがな。まあ、後に俺が武装提供を求めればそれはそれで変わらん」

《……。成る程。承知した》

 

これでどうよ?ほんとはメッチャ欲しいんだけど、これで何と言うか『別に俺は興味ないんですけど?』的な人間を演出できたのではないだろうか。……女の子にモテない男の子かよ。

やっぱ普通におなしゃす!って頼んどけば良かったわ……

 

《では、そちら側は全員が協力体制に賛成したとして話を進める。これから君達に話すのは、我々とどの様な協力体制を取るのかについて、だ》

 

うっし本題来たな。いやまぁ、ぶっちゃけ何するのかは大体想像が付きますけど。

 

《近々起こるであろうオーメル主導の『ラインアーク本格攻撃』時に……君達には『演技』に協力してもらいたい》

「演技……」

「とは…?」

 

うっわぁ出たよコレ~。エドガーさん達はかなり意味不明って感じなんだろう。

でもむしろ今、俺は全てのピースが揃ったと言っても良い程に納得していた。

まさかあの事件が『こういう事』だったとはね……ようやく理解することが出来たよ。

 

《ああ。その際、君達の敵としてランク1……オッツダルヴァが出てくるだろう。その彼を無傷でネクスト機ごと『水没』させてもらいたいのさ。あの男の救出に関しては我々がラインアーク上層部と連絡を取り合う。そこを気にかける必要は……》

「す、少し待ってください。『演技』……オッツダルヴァを救出?話が見えません」

《ふむ……君たちの了承も得られたことだ。この際、話しておく必要もあるだろう。あの男……オッツダルヴァは、我々ORCA旅団の団長なのだよ》

 

知ってた。驚愕に目を見開く皆さんには申し訳ないけど、超知ってた。

 

「なに……」

《我々の計画にはあの男の存在が必要不可欠だ。だが、彼は滅多な事では動く事が出来ない……要するに、『あの男が敗れても仕方の無い状況』。そこでオーメル社から離脱させることがベストなのさ。加え、協力者が居るのなら尚更良し……》

「……質問させて下さい。そもそも……何故オーメル社は、今ラインアークを攻撃する必要があるので?」

 

これはエドガーさんの質問。

 

あーそれは確かに。今、俺は企業からすればかなりの脅威として見られているんだっけ?

だったら今企業側がラインアークを本格攻撃する理由があんまりわからない。

そもそも、俺はミラージュの対抗策としても見られている訳だし、俺の事倒しちゃっても良いの?ってなるよね。

 

《それについては順を追って説明しよう》

 

説明お願いします!

 

《ネームレスとミラージュの戦闘記録が出回った後、体制・反体制問わず、恐らくは全ての軍事関係組織が君達に関する会議を行った事だろう。当然、各企業を企業連本部へと集めた「総会議」も行われた訳だが……》

 

訳だが?

 

《「荒れた」。まずその会議で話題に挙がったのが、この両名の身体能力面についてだ。戦闘記録から、二人の身体機能が異常な程に発達「させられている」ことは誰の目に見ても明らかだ。それは言うまでもなく、彼等の属している・あるいは属していた組織によるものだろう……が、ここで一つの問題が発生した》

 

ふむふむ……

 

《協力者の存在。つまり彼等の「組織」に協力している企業が居るだろう、と口に出した者が居たらしい。優れた「企業外組織」があったとして、常識的に考え、どこの企業にも見付からないと言うのは無理がある、と。更に言うのならば、「身体強化」には莫大な資金や様々な意味での人材・機材が必要だ。それに加え、リンクスなどと言う存在が付随するなら尚更に……》

 

……おいおい。こりゃ……

 

《さて、後は簡単に想像が付くだろう。所謂、犯人捜しの始まりだ。身体強化と言う禁じられた行為を行う「組織」に手を貸し、果てに生み出された怪物達を全く秘密裏に手中に納めんとする……他企業を出し抜かんとする企業の存在。当然、犯人以外の企業からすれば許しがたいだろう》

 

やばい変な笑い出てきそう。

何やってんだ企業の人達は……もう色々突っ込みたいけど、それは最後にする。

 

《そこでだ。どの企業が一番疑わしいしいのか……結論は早かった。「オーメル社」。理由はこうだ。現存する企業中、総合的に見て彼等が最も「怪しかった」から。彼等の傘下にあるアスピナ機関はAMS開発のプロフェッショナルだ。ネームレスやミラージュ。君達の人外機動を支えているAMS適性数値は恐らく計り知れないモノがあるだろうが、それにアスピナが関わっている可能性は極めて高いと考えられた。言うまでもなく、資金面での提供はオーメル社が、とな》

 

おっほ。おっほっほー。

 

《しかし、決定打となった理由は……ネームレスの機体構成だ。そもそも、ステイシスの専用スタビライザーや、アスピナが開発元の……この世に二つと存在しないはずの試験ジェネレータ使用の事実。これが余りにも怪しすぎる。武装やフレームに関してならまだ言い訳も可能だろうが、こればかりはどうしても説明が付かない。まあ実際、我々ORCA旅団から見てもこの二点に関してを『どうやって揃えたのか』は皆目見当もつかないがね》

 

……ここまで聞いた俺は、首を上に向けるようにして部屋の虚空に視線をさ迷わせた。

もう突っ込みせざるを得ない。

 

ヤ、ヤメロォー!もうやめてくれェ~!

 

勘違いが酷すぎる。もう余りにも酷すぎて、この人達勝手に疑心暗鬼なった挙げ句に自爆コースに突っ走りつつある。 「組織」って何だよ「組織」ってよォ!

そんなんこの世界に存在して無ぇからァ!見えない何かの存在がクソでかくなってんだけど!

どうすんだコレもぉ~!

 

それに無実の罪で疑われてるオーメル社が可哀想すぎてヤバい。

 

なまじ優秀な製品ばっかりなせいだ。プレイヤー視点だとほぼ絶対にオーメル社製品は使うし……

ステイシスのスタビライザーについてはゴメンナサイ。完全に俺の趣味です。

 

「全く……」

 

思わずして呟く俺氏。一体どうなるんだコレから……

…………

……

 

……聞き終わりました。以下、内容の略です。

 

 

『疑われたオーメル社は何とかして身の潔白を証明したい!でも実際それは大分厳しい!じゃあどうしよう!』

                      ↓

 

『仕方がないから、「名無し」の存在により白紙になりかけてた『ラインアーク襲撃』をオーメル主導で行う予定!勝てる見込みはほぼ無い……ってか、「名無し」は「ミラージュ」への対抗策だし、万一にも勝つ訳にいけないんだけどね!でも要は「名無し」と敵対している姿勢を見せれれば良いんだよ!ついでに大事な大事なランク1を起用して「そんだけの覚悟」があるとこも示しちゃうよ!』

                      ↓

 

『その際あわよくば、ホワイト・グリントだけでも撃破出来れば良いかな!正直途中で撤退させればランク1さんも無事かもしれないし!ってかネームレスって今までネクスト機にとどめ刺したことないらしいし、普通にいイケるっぽくねこれ!』

 

らしい。オーメル社に俺の行動パターンバレバレだった件。

そもそもオーメル社の行動がORCA旅団につつ抜けな件。 さすがにその辺りは抜け目無いっすね。

 

……しっかし気になるのが、会議中に「組織に協力している企業が居るだろ」って発言した人。

この人絶対ORCA関係者でしょ。この状況を作り出して、ランク1=テルミドール団長の帰還に相応しい舞台を整えましたって感じか。

 

……ちょっとメルツェルさんに聞きたい事あんだけど、良い?

 

「メルツェル。会議中に「組織への協力者が居る可能性」を発言した者が居たと言ったな。あれはそちらの指示か」

《どうだろうな。ただ、私は目的の為には面倒を惜しまない》

 

うわ~!絶対そうだよ~。この人ならそれ位見越して、ちょちょいのチョイだよ~。

そう考えると先の手紙自体、実際にはメルツェルさんが書いた臭いよね。

だって今、テルミドールさんは自由に動ける様な状況じゃないでしょ。

 

「クック……」

 

しかし、白紙になりかけてた作戦を無理矢理もってくるとは……

そうそう。その他に、何か同グループ内の企業からも、『明らかに大量に死人が出る前提の身体強化施術(人体実験)に手を貸すのはNG』みたいな態度取られているってな事も言ってた。

 

ま、まあ実際ならネクスト機(AMS)の開発段階よりも遥かに死人出そうな感はあるよ。

 

実際にあればな!今んとこ神様(仮)しか出来ないけどな!

勝ち目の無い(と思っている)戦いにランク1駆り出すとか、オーメル社も相当今の状況に焦ってんだろうな。自社以外全員敵とかになったら流石に解体不可避だし。

 

《……と、言う訳だ。納得して頂けると良いがね》

 

納得はしたけど、もうマジで酷すぎる。

か、勘違いがVOB並みの速度で加速しまくっている……だれか修正してくれ。

 

「事情は分かりました……では、我々はどのようにしてオッツダルヴァの『水没演技』に協力すれば?」

《その事だが、君達にはステイシスのメインブースタを『作戦領域外』で撃ち抜いてもらいたい》

「メインブースターを?」

《ああ。通常で考えるのなら困難極まりないミッションとなるだろう。が、ラインアークのリンクスは極めて優秀だ。彼等なら造作もない事だろう。水没地点は……我々がそちらの上層部を通して後に伝える》

 

いや無理~!普通に無理~!

その役はホワイト・グリントぐらいしか無理だから!俺に期待はしないで下さい!

 

《ふむ。そうだな……その役はホワイト・グリントに頼みたい》

 

っしゃあ!でも、

 

「何故だ?」

《ネームレスのリンクス。君にはもう一方、そして……『奴』を抑えて貰いたいのさ》

 

『奴』……考えたくないけど。あの人だろうなぁ。

話を聞く限りじゃあオーメル側には就いていないんだろうけど、絶対出てくるでしょ。

あの……

 

「『ミラージュ』か」

《ああ。我々も彼の居場所をまだ特定出来なくてな。だが、恐らく『出て』くる。だろう?》

「これは勘に近い。が、俺もそう思っている。奴なら確実にこの機を狙って来るだろう」

 

うん。絶対出てくるでしょあの人なら。

それにプレイヤーなら、と言うよりミラージュさんの『絶対ネームレス殺すマン』的な行動から、その時に茶々を入れてくる可能性が高い。となると俺は2対1かぁ……マジで死ねるな。

 

オッツダルヴァさんの僚機として首輪付き君が採用された場合は尚更に。まあ……

 

「その時は全開で行く」

《……!》

「初っ端からな。持てる限りの力を尽くそう」

《フフ……頼もしい、な》

 

はっはっは!身体どうなんのかなぁ!でもエドガーさん達の未来に繋がるからいっか!

 

「ゼン……」

「良いんだ。それに、俺は少し楽しみでもある……次に奴と戦うのがな」

 

エドガーさんは相も変わらず俺の心配をしてくれている。全くもって良い人だ。

でも大丈夫。俺は本当に、次の機会が少し楽しみでもあるんだ。

この前は結構してやられたからな。次はある意味リベンジの回でもある……

 

《……今思い出したが、私の仲間は君達の戦闘記録を見てこう言っている者も居た。「ミラージュはあの時、ネームレスを倒したかったな」とね》

「……何?」

《その者は、どうやら戦闘中の他人の感情が見えるらしくてな。君との戦闘時、ミラージュは何かを焦っている様子に見えたらしい》

「ほう……」

《果たして本当かどうかは定かでは無いがね。ただ、もしそれを考えた時最初に思いつくのが……君と似た『武装』問題。ともすればミラージュは、弾薬関係に苦労しているのやもしれない。だからこそ、弾薬に残りがあり、ベストに近いコンディションで戦闘をこなせた『あの時』。君を倒したかったのではないのか、と……》

 

なるへそ……こりゃちょっとは運が此方に傾いてきたか?

まあ、それが本当だとすればの話だけど。大体、俺に運が回ってくる事なんて、逆に死亡フラグな気がしてならないんだけどね。

 

あと感情が見える人って、ORCAナンバー12の『ラスター18』さんっぽくない?

うおー、まだ生き残っているんだ。いやー良かったですね。

 

 

《……それでは、もう少し詳しく計画の概要・そしてORCA旅団についての話をしよう……我々としては―――》

 

 

―――その後、俺達は結構な時間を共同作戦についての話で費やすこととなった。

 

さてさて、俺もラインアークの一員としてこれから更に気合い入れていかないとね。

 

 




今年最後の投稿となります。では皆さん、また来年お会いしましょう~。




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第42話

初投稿から3年過ぎました。このペースだと終わるまでに少なくとも後3年はかかりそうです。
傭兵諸君はキレずにガレージで待機してて下さいお願いします。



主人公視点

 

突然だけどみんな。お掃除についてどう思っているかな?

俺はね。掃除はヒトが人として生きる為には必要不可欠だと思っているんだ。

お部屋だったりはたまた道路だったり、人間が日常を送る場所にはホコリやゴミも溜まっていく。

 

そのままでも良い、何て思う人も中には居るだろう。

 

でもそれを掃除することで清浄な空間で生活する事ができ、心の平穏にも繋がるんじゃないかな。心に余裕があればきっと他人にも優しくなれるだろうしね。

そう。だから例えば、こんなタイルの黒ずみとかを見た時は……

 

「消し飛ばしてくれる……ッ!!」

 

綺麗サッパリ落としたくなっちまうよなァアアアア!!!

 

消し飛ばしてしてやるぜ!!この世から跡形も残さず!!!オラオラァ!!(ゴシゴシ)

どうだ痛いか!?このGA社製の洗剤は!!どんなに強力なPA(汚れ)も一瞬で消滅させる事が出来るんだぜ?流石に火力が違いますよフハハh

 

「新人テメェ細かくやり過ぎんじゃねェ!時間かかるし次の場所に行くぞ!」

「了解」

 

先輩にダメ出し食らった。

 

「ほっほ。まぁ、元気なのは良い事じゃ。そう直ぐに怒らんでもいいじゃあないか」

「爺さん!アンタは甘すぎるぜ!コイツこのクソ長い廊下のタイル一枚一枚見る度にこんなんだから、あっと言う間に日が暮れちま……」

「速く次の場所に行こうではないか。日が暮れてしまうだろう、先輩」

「全く、ヨシ君の言う通りじゃ」

「俺のセリフ!!それ今俺が言おうとしてた奴!!」

 

残念だな。もっと綺麗にしたかったのに……と、まあね

 

この通り、今現在わたくしはバイト先で勤務中なのであります。きちんと制服も着て見た目もバッチリ清掃員してます。ちなみに『ヨシ君』ってのはバイト先での俺の仮の名前だ。

いやまあ、実際にはゼンよりもヨシの方が本名に近いんだけどねー。

 

メンバーは爺さん、ヤンキー先輩、俺の3人一組ペア。他にも色々人居たんだけど、なんやかんやでこの二人のトコに配属されたんだ。

 

「ククク……」

「ほっほっほ」

「笑ってんじゃねぇよ!」

 

いやー良いね。すごい日常感があるよこれは。二人とも良い人だし、バイトが楽しい。

ただね。先日の……話し合いの時に出てきた、『謎の清掃員X』ね。フィオナちゃんに手紙渡したとか言う人物が凄い気になる。

 

この二人のどちらかと言うパターンはちょっと怖いんでやめて頂きたい。

しかし……だったとしてもその人はORCA旅団側、つまり今は協力関係にある訳で特に問題はないのか。

 

「ったくよォ……ああ、そうだ。新人、爺さん、あの噂知ってるか?」

 

次の清掃場所に移動している最中、ヤンキー先輩から話題が振られる。むむ……中々興味のそそられる出だしだ。ゼンさんねー、こういう感じの大好きなのよ。さあさあ!どんな噂なんだい?

 

「噂?」

「とな?」

「アレだよ。今話題になってんだろ?突如現れた謎のネクスト『ネームレス』!そして、ソレに因縁のある『ミラージュ』の噂だよ」

 

って俺らの話ですかい!いやもう本人ですから!

でもミラージュさんについてはほぼほぼ情報ゼロだしなー……聞く価値があるかも知れない。

もしかしたら居場所に関する手掛かりが掴めるかも……

 

「いや、特には。爺さんは何か知っているか?」

「うーむ。まぁ、まずはこやつの話を聞いてみんことには……」

「へっ、その様子じゃ知らねぇみてぇだな。まあ、特別に教えてやる。聞いて驚くな……何でもよ。奴ら、禁じられた『身体強化』を施された常人ならざる者だって話だぜ。しかも、ネームレスのリンクスに至っては、ラインアーク上層部との力関係を視野に入れた交渉術を駆使し、裏では現状五分五分の関係を築いている……ってな噂だ」

 

違ああああああああーーーーーう!!!なんてこったい手掛かり0だよ!!

その情報ほっとんど当たってないよオイ。身体強化の件は前回のORCA旅団との話し合いの時にも出てたけど、別にこの世界で何かされた訳じゃないですって!

 

あと交渉術って何ですかね。そんなん駆使した覚えは無い。むしろ駆使したい側だよ……誰か別の奴と間違えてんじゃないの?

 

「……初耳だな。まあ噂は噂。実際は大した者では無いのやもしれんぞ?」

「はっ……分かってねぇな。この俺から言わせれば、そのリンクスは今流れている噂以上の存在に間違いはねぇよ」

「……」

「あ?何だ新人?もしや俺が何者か怪しんでるのか?まあな、こんなヤバイ情報を持っている奴が側に居たら不安だろうが……安心しな。俺は味方だ。それにラインアーク防衛部隊の奴にもパイプがあるしよぉ……へへっ。ビビらせちゃ不味いな。この辺でこの話は終いとしようや。くれぐれも、今の話は口に出さない方が良いぜ。命を狙われたく無かったらな……」

 

マジかよこの人。口に出しちゃってるよ。ヤバイ情報を俺に伝えちゃってるよ……命を狙われるんじゃね?全く……見てよ、爺さんも呆れて物も言えないのか黙り込んでるし。

しゃーない、一応爺さんにも意見聞いてみるか。

 

「爺さん。この噂についてどう思う?」

「……ほっほ。まぁ、真実はともかくこの者達が只者では無いと言う点には同意じゃ」

 

ん……?何だ。爺さん、ちょっと雰囲気が……

 

「お主ら、例の二機の戦闘記録……見たじゃろう?」

「ああ、まぁ……」

「おぉ!見た見た!!いやーアレはちょっとヤバすぎ……」

「……妙じゃったな」

 

爺さんの一言。妙だった、とは?

 

「あ?妙?」

「気付かんか。あの記録、編集されとっただろう」

「……」

 

……ああ、確かに。カブラカンには無数のカメラが設置されているらしいけど……戦闘中の俺達の映像。二機のネクスト機の動きに合わせて、各カメラの映像が繋ぎ合わされた感じになってたな。

 

要するに、一つのカメラではネクスト機の動きを追いきれない。そのカメラの死角に入った瞬間に、次の、俺達の映っている別のカメラ映像に切り替えられていたと言うか……

 

考えてみればかなり丁寧な編集だ。

 

「だから何なんだよ?」

「ふむ……あの映像、非常に見やすいと感じなかったか?」

「……確かに、そうだな」

「映像記録について今現在アルゼブラ社はノーコメントを貫き通しておるが……流出したのは明らかじゃ。つまり記録を流出させた何者かは、それにあたりわざわざ一般人にも見やすく編集しておるんじゃよ」

 

わざわざ編集……何が目的なんだ? 見やすく……俺達の映像を見た一般人はどう思うんだ。

 

……普通に考えてみれば怖がるはずだな。怖がるはず……ビビったらどうなるんだ。

つーかそもそも一般人だけじゃない。アルゼブラ社からすれば他の企業にも知られたくない・見られたくない映像のはずだ。つまり流出させた人は一般人だけじゃなく、企業の人達にも見やすく、そしてビビらす事も目的としていたのか?

 

いや、だから皆がビビったらどうなるんだよ……

 

……ああ。まあ、一応俺へのメリットはあったな。企業が俺達を……ミラージュさんを恐ろしく感じる事によって、俺が対抗策として見られているってトコ。おかげで今現在俺は暗殺対象から外れているし、こうして気軽にアルバイト先に出る事も出来ている。

 

いやしかし、俺へのメリットは流出させた人の本当の目的の副産物だろうしなぁ。

となるとやっぱり気になるのは

 

「……誰が、そんな事をしたのか」

「そこじゃな。ワシもそれを考えとった。そこを絞り込む事が出来れば目的もハッキリするんじゃがのぉ……ヨシ君はどう思っとる?」

「ミラージュ側から……と初めは思っていたんだがな。しかし考えてみれば、今の今まで姿を隠していたにも関わらず、ここに来て突然自分の存在を認知させるのは……」

「違和感を感じる、かの?まぁ確かに、彼奴はネームレスとは違い……少なくとも世間一般には全く認識されておらんかったしのぉ。流出させたとなると、ミラージュの今までの行動からは真逆にも感じられる」

 

んん〜やばいやばい。戦闘記録の謎が深まってきたわ。流出目的とその人物、それは一体……

ミラージュ側以外のパターンの方が有り得るのかこれ。もうどの陣営が怪しいのか分からんなぁ!!

 

「……しかし、じゃ。あえてその姿、驚異的な戦闘力を晒す事によりミラージュにもメリットがあった。と考えるとまた……」

「ぬぅ……」

「お……オイオイオイ!!何だよスゲェ面白いじゃねぇかよ!!何か俺達世界の闇に足を踏み入れてきてんじゃねェか!?」

 

ちょっ、やけに静かだと思っていたら……ヤンキー先輩が急に超楽しそうなんですけど。

いや分かるよ。ほら、さっきも言った通りゼンさんも噂話好きだし。ただね、何回も思うんだけど実際にそれらの当事者になると面白いってかクソ面倒なだけだからね。

 

渦巻く陰謀とかに巻き込まれたくは無いからね俺は。

 

……いやそれにしても。爺さんアナタもしかして……ちょっとカマかけてみるか?

 

「話は変わるが……爺さん」

「む、何じゃ?」

「宇宙(ソラ)は好きか」

 

突然の問い。少し驚いたのか、一瞬の間を開けた後……爺さんは答えた。

 

「大好きじゃ」

 

……ほっほ!こりゃ分かんねぇわ。そんな良い笑顔されるとさ。

ま、どっちでも良いか。何か良い人オーラ出てるし、多分俺に害を与える事は無いだろう。

で、次は一応ヤンキー先輩にも聞いてみようかと思っ……

 

「クレイドルっつー奴に乗ってみてェな。いや、んな事よりさっきの話の続きだ続き」

 

……ったんだけど、聞く前に答えてくれました。

 

そもそも俺の問いかけに対する答えじゃないんですけどね。

ソラが好きか聞いてるのに、クレイドル乗りたいって。俺の質問にどんだけ興味無いんですか……この人が謎の清掃員X説は無さそうだな。賭け事ならヤンキー先輩はかなりの大穴だろう。

 

分の悪い賭けが好きな人はヤンキー先輩にどうぞ賭けて下さい。

 

「……む?」

 

そんな、先輩に促されるままに話の続きをしようとしていた矢先……胸ポケットに入れていた携帯端末から音が鳴り出した。この端末は俺がラインアークに来たばかりの時に渡された物で、主にエドガーさんやその他ラインアーク関係者との会話に使われる奴だ。

 

ちなみにこの前ORCA旅団から渡された端末についてはフィオナちゃんが所持しています。

 

「何だよ新人。仕事中は携帯切っとけ……つってもまあ、仕事が仕事だしな。そう言う規則もねェ。相手からしたら緊急の用かもしれねぇから、とっとと出て戻って来いや」

「すまない。恩に着る」

 

何だかんだで優しいヤンキー先輩は最高だと思います。

あと確かに俺のマナーがなってない件。まさしくマナーモードにし忘れたっぽいぜ……以後気を付けます。

 

ではでは……と、ポケットから端末を取り出す。なるほど、電話の主はエドガーさんみたいだ。

話し声聞かれるのもアレなんで、通話を初めるのは皆と少し離れてから……よし。

 

《俺だ》

《ああ。ゼンか……今は清掃活動中か?》

《そうだな。真っ只中だ》

《全く。お前さんの事だから心配はしていないが、くれぐれも上手くやってくれ》

《任せろ……清掃帽も目深に被っているからな。完璧な変装だ》

 

エドガーさんが何だかお母さんみたいな事言っててホッコリします。

いやいや違う違う。こうしてコールしてきたって事は、それなりに重要な何らかの用事があるはずなんだ。

 

えーと。

 

《それはそうと、何かあったか》

《ああすまん。次のミッション……依頼について話がしたくてな。今日は部屋に何時頃戻るのかを確認しようと……》

《そうだな。ペースにもよるだろうが、遅くとも19時頃には戻るだろう》

《19時……そうか、分かった。では切るぞ、清掃員?》

《ククク……せいぜい綺麗にさせて貰うさ》

 

通話off。エドガーさんが気を使ってくれてんのか、かなり手短に済んだ。

次の依頼も来てるみたいだし、ここでの生活も中々良い感じになってきたなー……何かやる気出てきたぞオイ!

 

「待たせたな……終わったぞ」

「ふむ、やけに早いのぉ」

「定時連絡の様なものだったからな」

「定時連絡……って、何だよ新人。テメェやっぱりこの他にも仕事抱え込んでんだろ?」

 

いやまぁ、そうなんですけど。

 

「良いのだったら紹介してくれよ。体力には自身があるぜェ俺はよ!」

「ほっほ。ワシも歳の割にはそこそこやるぞい!」

「……まあ、機会があればな」

 

うーん!死んじゃうかも知れないからあんまりオススメはしませんよ!

 

あの仕事は本当危険だからね……うっし、やる気出たついでにさっさと仕事終わらせにかかろう。

早く終わればその分、エドガーさんから依頼についてのより詳しい話を聞く事が出来るかもしれないしね。

 

「……でよー、さっきの話の続きなんだが俺的には―――――」

 

……先輩。仕事忘れてませんかね?

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

さて。かくして清掃活動が終わった後、俺は部屋に戻った訳であるが……何と、ドアの前には既にエドガーさんが待機していた。

その際ずっと待っててくれたのかどうか聞いてみるに、デートの待ち合わせで使われると言うあの伝説の言葉……「今来たところだ」と返されました。エドガーさんが言うと普通にかっけぇ。

 

いや、それは良いんだけど。その後すぐに部屋で話し合いが始まって……

 

その……肝心の依頼についての内容がね。まずロケーションが『B7』だったのよ。

もう既に不安要素満載だよね。だってB7って言えばあのトーラス社の保有している施設だからね?トーラス社……いや〜怖すぎるだろ。プレイヤーの選ぶACfa変態企業ランキング堂々の一位。

ぶっちゃけミラージュさん関連でも怪しいと俺は思ってるから。

 

で、次。依頼主は……ORCA旅団。ハァイやばいですありがとうございました〜。

 

これまでに依頼主が原作とは違う事は多々あったけど、ここで旅団からの依頼とか……何でアナタ方がトーラス社を気にしてるんですかねぇ……私、気になります。

まあね、依頼される事自体に関しては別に構いませんよ。話し合いの時に『水没演技以降には迷惑かけない』って言ってたから。

 

つまりそれまでは協力していただきますって事だったんだろうしね。

 

《……》

 

だからね。そこまではね。実はそこまでならまだ良かったのよ。

何だかんだ言っても、これまでは依頼目的から大体の内容が想像できたじゃん。全てがガラリと変わる訳じゃ無かったじゃん。

 

でもね。今回の依頼の目的が……

 

《……「トーラス社が何かを開発している様子だから見てこい」。か》

 

これだよ!思わずしてつぶやいちゃったよ!!B 7 に 侵 入 し た 瞬 間 に よ ォ ! ! !

 

《正確には、「可能なら破壊しろ」だな。しかしゼン、あれは……明らかに破壊について重きを置いた説明だと感じなかったか?》

《まぁ、確かにな》

 

ハァ〜……マジかよー。聞きました皆さん?トーラス社が何か作ってるんですって。

しかもB7で。やべぇよやべぇよ。完全に原作に無かったミッションだよ。超初見だよ……

一体全体何を作っているというんだ。まさかアレか。

 

ソルディオス・オービットか。

 

正直、この世界であの空飛ぶ変態玉を相手にしたくは無い。しかも閉鎖空間内では……いやしかし、それは相手も同じか。室内でソルディオス砲がビュンビュン飛び回れるとはとても思えない。

 

つーかさ。そもそもおかしいんだよ。だって……

 

《エドガー。確認するが、ここB7は『採掘施設』なんだろう?》

《ああ。確か地下……最大深度5000mのな》

《採掘施設で、一体何を開発しようと言うのか》

《……ともかく目標地点に到達してみないことにはな。意外に大した事の無いものだったりするかも知れないぞ?》

《で、本音は》

《……まあ、何かしらの兵器の気がしてならないが》

 

だよね〜。まあここ、作業員を生活させるための居住区が備えられているらしいし。

それに、施設のエネルギーをまかなうためにこのB7内に中規模のコジマエネルギープラントも併設されているから。

 

こう考えると、巨大な施設に莫大なエネルギー。人手もあるし、他企業の目の届きにくい地下深くと、ある意味で極秘に兵器が開発されるにはうってつけの様にも思えてくるよね。

 

これもしかして採掘施設ってのは名ばかりで、実は兵器開発局でしたみたいなパターンじゃないだろうな……

 

《む……》

《ゼン、これからしばらく下へと降りる事になるぞ》

《了解》

 

侵入してしばらくは入り組んだ通路を通っていた俺だったんだけど……ここからは先はかなり降るみたいだ。何せ眼下には底なしかと思う様な『穴』が広がっているから。

ここからの景色……何だか見た事ある気がするな。原作だとB7関連ではここがスタート地点だった様な気がする。

 

いやしかし、ここに到達するまでにもそれなりに区間を通過してるからな。そう決めつけるのも良くないか。

 

ではでは……降下します。

 

《………》

 

………

…………深い。

 

落下時にはブーストを使用して適度に速度を調整している。自由落下は危ないからね。

でもそれにしたって深い。数秒下ってはいるものの、未だに地面らしき地面が見えないし。マジで一体どこまで……

 

 

―――――施設内に不明機体が侵入、ネクスト機と推測されます。

 

 

そんな最中、突如、施設内に大音量で警報が鳴り響いた。

 

 

―――――総員、戦闘配置。

 

 

……おうおう。

 

《少し、遅かったな》

《ああ。まぁ、ここに至るまでの区間には隔壁閉鎖なども確認されなかった。トーラス側の旅団が手を貸していた、とも読み取れるが……しかし》

 

エドガーさんが違和感を感じている様子だ。うーむ……

だって仮にORCA構成員がトーラス社に居たとして……今回みたいな依頼説明をするかなー。

だってその説明が「トーラスが『何か』を作ってる」だよ?ちょっと曖昧だよね。 社員として、しかもB7務めならもう少し細かい情報を把握してても良いと思うんだけど。

 

もしや、トーラス内部ですら極一部の限られた者にしか知らされてない……みたいな?

うわーこのパターンありそう。ORCAのスパイですら知らないトーラス社の極秘兵器……

 

いや怖すぎィ!

 

《……!》

 

……とか考えている間に、地面が見えてきました。おまけにレーダーには敵影が。

ってことなんで、

 

ハイ着地しまぁぁあす!!

 

《ぬん……ッ!!》

 

ドンッ!!と言う重量感ある音と共に着地成功。どうやら先は少し開けた場所で、そこに待ち構えているらしい……いや。

 

この場所の更に先の通路にも多くの反応がある。なるほど、どうやら重要そうな場所に近付いているらしい。いやいや、ルートが正しい様で何より……

 

《では行くか》

《ああ》

 

俺は臆する事なく……いやそこそこ臆して反応の元へと機体を進める。

 

開けた場所。複数の反応。普通に考えれば防衛のノーマル部隊だろう。

だが、これまでの経験上一筋縄で行かないだろうと予測をしていた―――――

 

のだが。

 

《!!》

 

俺は驚愕した。何と、その場所に待ち伏せていたのは。

 

《エドガー……普通のノーマル部隊だぞ!!》

《何……だと……!!》

 

そう。原作に良く出てきていた、ただのインテリオル製ノーマルだった。

嘘だろ?こんな事ってあるのか。こんな優しい出来事が……ハッ!!いや違う!!

確かHardモードではPAの自然減衰があったはずだ。きっとここではそれがあるんだ!今すぐ機体のPAゲージをチェックし……減ってない!?

 

何も異変が起こっていない……!

 

《何と言う事だ。この俺が普通にノーマル部隊を相手にする日が来るとは》

《奇跡的だな》

 

エドガーさんの台詞が悲しい。いやマジ今日奇跡じゃね。

 

何だか鉢合わせの相手のノーマル部隊の皆さん方も動く気配全く無いし。

これ俺の事祝福してくれてんじゃない?ちょっと通信かけてみて良い?いやもうかけるからね俺。

全周波のオープンチャネルで。

 

《おい》

《ひっ……!!》

《ね、ネームレスの……!?》

《な、なに?!一体!一体何の……っ》

 

何の用って、そりゃあなた。

 

《お前達、最高だな》

《《……は?》》

 

通信終了。防衛部隊はシカトして先へ進みます。

邪魔な隔壁はライフルでぶっ壊してからね。はいドンドン行くからね〜危ないからちょっと離れてた方が良いかもよ〜

 

あっ、ノーマル君。隔壁壊した瞬間とっつきで突いてくるのはやめようね〜普通に死ぬからね〜。

 

――――――――――

―――――

―――

 

 

それから俺はめっちゃ進んだ。曲がりくねった〜♪道の先に〜♪とか言う歌が脳内をグルグルとループする位進んだ。もう俺一人では帰り道とか分からないんですけど。

これ本当にACfaの世界?AC3系を思い出すレベルで入り組んでね?って感じ。

 

アームズフォート見てて思った通り、この世界はやっぱり原作と比べてスケールが大きく感じますね……

 

でだ。で、遂に俺達は辿り着いた……

 

《ここが》

《目標地点、となっている》

 

……正確には、そこに至る隔壁の前にだけどね。

 

ああ……来てしまった。ついに来てしまいましたよ〜……俺考えたんだけどさ。

多分、今まで見てきた普通のノーマル部隊は、これから起こるヤバイ事を示唆しての事だと思うんだよね。

 

分かるでしょ?ま、最初は良い思いさせとくか。みたいなね?

 

しかも今回のこれは完全に初見。ゼンさん版オリジナルACfaだからね。正直クッソ怖いわ。

予備知識が無いミッションをリアルにやる羽目になるとは……でも、こうしていても始まらない。

 

《……さて、鬼が出るか蛇が出るか》

 

行くしかな―――――

 

《まぁ、お前さんは怪物だがな》

 

―――――………。ふっ、ははは!何ですかそれ。エドガーさん、俺の事を励ましてくれてるの?

いやいや……まぁ、例え怪物だったとしても俺は掌サイズの可愛い奴だからね。

ったく。でも、そんな応援されちゃあ頑張るしかないぜオイ……

 

《……フッ!!》

 

俺は意を決して隔壁を破壊。目標地点へと勢い良く乗り込んだ。

オッラァ!!!手乗り怪物の登場だゴラァ!!!

 

《!! ここは―――――》

 

かくして本当の意味で到着した目標地点。

そこの特徴をまず挙げるのなら――――ドーム状、だったと言う事だろうか。

AC世界におけるドーム。これを聞いてまずイメージに『アリーナ』を思い浮かべる人も多いだろう。しかしこの場所は違った。

 

アリーナにしてはあまりに狭すぎる。

 

しかしそれはあくまでも、アリーナにしてはと言うだけであり……一般的な実験施設にしてはむしろ十分な広さを誇っていた。イメージとして最も近いのは……この世界の十年前。つまりAC4時における、『レイレナード製自律型ネクスト』初出時の実験場か。

 

地面は白い砂の様な物質で埋め尽くされており、ますますあの場所を想起させる。

 

……だが、しかし。

 

《……》

 

違う。似ているが、あの場所とは違う。何だ、『突貫工事』で作った実験場とでも言うのか。

とにかく、整っていない印象だ。

 

そして、そんな実験場の端……丁度俺の入ってきた場所から反対側に―――――

 

そいつは、立っていた。

 

《……フッ。いや、まぁ、出たな》

 

あ〜あ〜あ〜……出ちゃったよ。

 

《ゼン、あれは……『未確認兵器』で、良いな?》

 

鬼でも蛇でも無い。全くもって見知らぬ、「変なの」がさぁ……!

 

 

 

 



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第43話

オリジナル回。やりすぎてたらごめんなさい。



主人公視点

 

俺の視界の対極……壁際に位置する『そいつ』は二本足で立ち、腕も二本備えている事から、まず人型で間違いないだろう。大きさは、ネクスト機の……軽〜中量機体くらいか?

少なくとも俺のネームレスよりかは大きそうだけど……距離があるから正確には分からんのだぜ。

 

まぁしかし、それだけなら普通にも思える情報だ。

では、次はそいつの特徴……あまり普通ではないところに関して描写していこうと思う。

 

《……》

 

まずその両腕部。ダラリと下げられたそれらだが……中々に長い。

これ、下手すりゃ脚部の脛に達する位まであるんじゃないか?それに、両手には何も握られてはいないし……武器腕と言う訳ではなさそうだけど。

 

で、その次に目に着くのが、コア部分。非常にゴテゴテとしてるし、何よりコア前部にある剥き出しの整波装置が気になる。そうだな……レイレナードの『03-AALIYAH』あるじゃん。

あれもコア前部にある整波装置がそこそこ丸見えだけど……この未確認兵器はそれの比じゃない。

 

マジでこれでもかと言う位に剥き出し。円柱状の整波装置がコアにただぶっ刺さってるみたいな……しかも六つも。分かる?コア前部と言う偏った場所に六つも整波装置あんのよ。

これでまずこいつがコジマ粒子の使用された兵器だと確定だよね。

 

そして脚は細い。今はなきアクアビット社製の軽量脚部にそっくりだ。

ただ、その脚の細さとコアの大きさが相まってアンバランスさを醸し出しており、何とも不気味だと言うか……ヘッドパーツも変だし。真正面から見た形を記号で表すなら、まさに凸な頭してるからね。

 

しかし、何より妙なのは……

 

《あれは……『パイプ』か》

《の、ようだ》

 

そう。パイプだ。幾つかのパイプが機体背後に接続されており、更にそれが背後の壁際へと伸ばされていたのだ。……何だあれは。パイプを介して何かが機体に供給されてますよ、みたいな?

いや絶対そうだわ。絶対よからぬ物質が供給されてるわアレは。

 

総評:エイリアン。

 

 

【挿絵表示】

 

 

本当、パッと見こいつにあだ名をつけるならエイリアン以外に思い付かない。

 

それくらい異形とも言える形状をしているのだ。ぶっちゃけきめぇ……こいつ一体何なんだ?

ネクスト機?いやでも、少しプロトタイプ感がすぎないか?何と言うか、前時代的と言うか……

今のトーラス社が作るにしては、やけに形が整っていないと言うかさ。

 

《特に反応は無い様子だが。ゼン、どうするつもりだ?》

《まぁ、見てくれは妙な相手だが……武器らしい武器も見当たらん。今はまだ機体の起動実験の段階……とも取れる》

《だとしたら好都合だな》

《ああ。本当にそうならだが。とりあえず、何発か撃っ……》

 

――――バチ……ッ

 

あ?

 

《何だ?》

 

エイリアンの周囲が何か光ったと思った……次の瞬間。

 

大量の放電現象と共に、奴の機体には『PAらしき物』が生成された。

 

おいおい……この異常とも思える放電。俺は見た事があるぞ。これはあの時の……スプリットムーンと共に倒したアイツ。ウルスラグナが生成していた『二枚目の隠しPA』とそっくりじゃないか。しかしPA……ってことは、このエイリアンはやっぱりネクスト機なのか?

 

PAを生成した後は、相も変わらず微動だにしないが…………ちょっかい出してみるか。

そう決めた俺はとりあえずライフルの照準を奴に定めるとーーーーー5、6発の銃弾を放った。

 

薄暗い室内の為、発射された弾が熱で赤く発光する様が良く見える。

相手はそれら全てを真正面から直撃。着弾時の反応だろうか、その瞬間の奴のPAは一層激しい放電現象を行っていた。

 

……本当、放電が激しすぎて機体が一瞬見えねぇレベルだわ

たが、しかぁし。これにはさすがのエイリアンも何かしらのアクションは示すだろう。

だってねぇ、そのまま立ち止まっていたらこれ以降もダメージ食らいまくり……

 

……って、ちょっとちょっと。

 

《おい……》

 

コイツ、全く動く気配がねぇ。そのまま直立不動とかどういうつもりだ?

ならば今度は、と言う事で両背のレーザーキャノンを展開。すかさず奴に向かって放つが……

ダメだ。相変わらずの正面受け安定。全くの反応無し。

 

……ハッハッハ。何だか知らんがこりゃラッキーだぞ!!

 

そのまま撃ちまくってりゃ普通に倒せんじゃない?なぁにが未確認兵器じゃビビらせやがってYO!!

オラオラこのライフル弾を食らいなァ!!痛いか?痛いのか!?

大丈夫だよ!中に人が居る時の事も考えてるから!優しくしてるからオラオラァ!!

 

ふーははははぁ………

 

…………

 

……

 

 

 

……それから俺はエイリアンに数十発程のライフル弾を叩き込んだ。

叩き込んだんだ訳けど……ねぇ。あのさ。ここまでしといて何だけどさ。一つ聞いていい?

いや、実は最初にライフル撃った時にも感じてた事なんだけど。気のせいかと思ってたんだけど。

 

《あー、エドガー……あの未確認兵器だが》

《何だ》

《俺の攻撃。通っている様に見えるか?》

《いや、全く》

 

い や 、 ま っ た く 。

 

は?嘘だろ何だアレ。アイツやばない?だって……は!?いやいやイヤイヤ!!

おかしいオカシイ!だってアイツに全然攻撃効いてないもん!

真正面から銃弾受けまくってんのにPAも最初と変わらず全く減少しないし……あっ。そっか分かった。

 

おいおい〜アイツちょっとラグってんよ〜(対戦脳)

 

だからさー。無線はマズイって。有線LANにしないとラグが起こって攻撃が無効化されちゃうからさ〜。そこら辺は本当気を付けていきたいよね。

だってACfaなんか機体速度がクソ速いせいで、ただでさえラグが起こりやすいゲームなんだから。

 

いやアイツ動いてねぇな。そもそもこの世界でラグとか起こり様がなかったわ。

ふっざけんなお前それ一体どうやっ………

 

―――――ガシャッッ!!

 

あまりのインチキ臭さに俺が一瞬キレかけたその時……機械的な音と共に、未確認兵器にとある変化が起こった。

 

先程までダラリと下がっていた長い両腕が、コチラに向けられたのだ。

 

『前ならえ』の様な格好にも見えるが、正確には両の手のひらを俺に向けている為にそれとは異なっている。両の、手のひら……?何で、アイツは武器を持って……いやこれっ

 

 

 

やっば、い!?のッ……か!?

 

 

 

違和感を感じとった俺は反射的にサイドのQBを使用していた。

とにかく、その場に居たら何かヤバイ気がしたのだ。そして、その勘は……

 

《お……いッ!何だ、『ソレ』は……っ!!》

 

俺の命を救う事となる。

 

このエイリアン……!!手のひらからレーザーブレードみてーなん出しやがった!!!

しかも何だこれクッソ長い……実験場の端から端位まであんじゃねぇか!?

もしかしてAF『ジェット』のアレ、建物をチーズも同然の様にスライスすると言う、伝説の超巨大ブレードか………っぶ、ねェ!!

 

コイツ片方から一本ずつ出してるから……合計二本かよ!しかも全然消えな……!?

 

マ……ッジでふざけんなよお前オイオイオイ!!

消えないレーザーブレードとか新兵器にも程があんだろ!!壁とか地面の砂とか、レーザーブレードに触れた部分が溶けてやが……チィッ!

 

にしても、いきなりすぎ……

 

《ゼン!パイプだッ!!》

 

どうにか二本のレーザーブレードを回避している最中、エドガーさんから通信が入る。

あぁ!?パイプ……って、あの繋がってるやつか!やっぱアレから何か供給されてんだな!

この出力を保っていられる理由は絶対それ……

 

いや、でも!近付くのはかなりリスクが高いぞ!!

 

くっ……正直帰りたいけど、今のこいつに背を向けたくはない。やるしかないってか。

 

《………》

 

落ち着け、落ち着いて観察しろ………

 

アイツの腕……人間が動かしている時の様な、正確な精度では動いていない。

仮にそうなら今頃は細切れにされていてもおかしくは無いだろう。

それはチャンスだが、ある意味で『危険』だ。予測がし辛い。となるとまずは……

 

《端……にッ!》

 

レザーブレードをある程度誘導する。誘導場所は俺から見て正面左だ。

機体の脚を地面に着け、ブレードの高度も下げつつ……時計で言う9時方向、壁際まで機体を持って行ったら……ブースト出力を上げ、機体を上昇させる。

 

ここでオーバードブーストを起動。約1.5秒先の『展開』に備える。

 

《……》

 

さて。上昇した機体だが、左脚を壁に着け『蹴る』様にして、更に同時に左サイドのQBを使用。

これにより今までとは逆(右)方向への瞬間的な加速を行う。

 

《ぬぅ……!》

 

その際視界には、機体の足元に伸びている二本のレーザーブレード。そして自機のPAゲージの減少が見えた。……『カスった』な。多分、ブレードは数瞬前、浮いたネームレスの足の裏ギリギリを通過していたはずだ。じゃないとPA減少の理由がつかない。

 

何はともあれ誘導+回避は成功。ここで先程のOBが展開され……る!

 

爆発的な加速感が身を包むが……今、この室内の右側にはその加速を十分に生かせるスペースが存在している。先程の誘導の賜物だ。

 

〝待〟ってたぜェ!! この〝瞬間〟をよぉ!!

 

《よし、ゼン!そのまま右から……》

《回り込むッ!!》

 

当然のごとく同時に二段+連続QBも使用します。いや〜この前の一戦で少し思ったんだよね。

多分、一瞬だけならインチキ機動しても大丈夫なんじゃないかなって。

 

だってレイテルパラッシュとの戦闘時にも二連続のQB使ったけど、身体に何も変化が起こらなかったし。

 

……いやまぁ、実際にはそんな虫の良い話はないんだろうけどさ。

でも少なくとも、ミラージュ戦の時の様にすぐさま後遺症は現れなかった訳であって。

変な言い方になるけど、今後はちょっとずつインチキ(当然ピンチの時のみに)して、ちょっとずつ後遺症を誘発していくスタイルを取れればまだマシかなって考えています。

 

……っと、それはおいといて。

 

その加速により俺は一瞬にして敵との間合いを詰め、なおかつ回り込む事に成功した。

眼前には壁から敵機に接続されたパイプが……俺はすかさずそれに狙いを定め、ライフル弾を撃ち込む。銃弾の餌食になったパイプからは白煙や火花が散っており、確かな手応えを感じるが……

 

《……よしッ!どうだッ?》

 

パイプを完全に破壊すると敵機……エイリアンの両腕レーザーブレードは即座に消失。

それだけで無くPAに迸っていた異常な電流も収まっている様に感じる……いや、間違いなくPAも弱体化しているはずだ。

 

コイツの機体のすぐ側でライフルを突きつけている俺には良くわかる。

 

《ふー……何とか凌いだな》

《……エイリアンでは怪物には敵わなかった、と》

 

いやエドガーさんもエイリアンだと思ってたんかい。まぁ、やっぱそう見えるよね。

しっかし良かったぜ。こいつ、パイプに繋がれていたからその場から移動できなかったじゃん。

もしも移動とかしていたらマジでヤバかったわ。巨大ブレード避けれなかったと思う。

 

《全く……》

 

パイプを破壊されてすっかり大人しくなったこいつを見て思呟く。

何時もの事だけど、死んだと思ったわ……さてこれからどうするか。

相手のPAが消失していないのを見るに、機体自体が死んでいる訳じゃなさそうだけど。

 

ここから離れるのも怖いし、どう―――――

 

 

―――――キュイイイイイン!!!

 

 

おい。何だ、この起動音は。まさかこいつ、また何か……

 

《ゼン!!離れろ!!》

《!!》

 

エドガーさんが叫ぶ。そんな声に従う様にして俺が敵機から距離を取った……

 

 

瞬間。

 

 

 

《な―――――》

 

 

 

大 爆 発 。

 

 

 

すさまじい轟音と共に、一瞬目の前が真っ白になった。

 

爆発の衝撃を受けた俺は機体の姿勢を制御し、地面の感覚を確かめる。

その時ふと頭を過ぎったのが、アサルトアーマーの存在。こいつまさか、使いやがったのか!?くっそ、俺の目は回復したが機体のカメラはリカバリー出来てな……っしゃあ直った!!

 

どうした!?実際には何が……

 

《こいつは……》

 

状況を把握しようとした俺の目の前に映ったのは何と……

 

《自爆……か?》

 

爆散して、バラバラになったと思われるエイリアンの残骸……らしきもの。

 

こ、これ自爆だよね……?な、何だったんだ?何で自爆?

どうせやられる位なら自爆して俺にもダメージ与えてやるぜみたいな?これ中に人乗ってたら確実に死んでんな。

 

見上げた覚悟でした。どうか安らかに眠りについて下さい。まぁ無人機臭かったけど。

 

《ゼン!……大丈夫か?》

《俺はな。だが、機体がやられた。右肩のフレアが吹き飛んだらしい》

 

やってくれるわ……右腕部にもそこそこのダメージ入ってるみたいだし。

修理費がかさむんですけど。修復パーツはGA陣営が何とかしてくれるから良いにしろ、修理期間とかもあるし勘弁して下さい……

 

……ミラージュがミサイル機のまんまだと、フレア無しだと大分キツイしな。

 

《まぁ、何はともあれ一応依頼は完了か》

《全く……謎は多いがな》

 

本当ね。毎度そうだけど、今回は何時もにも増して疑問が多すぎる任務だったよ。

 

……はァ〜。普通に神経すり減ったわ。早くかえって休も……

 

―――――ちょいと待ちな。

 

…………。え?

 

 

《アンタ達に聞きたい事がある》

 

 

この声だれ?いきなり通信に割り込んできたんだけど。

声質は……女の人だな。でも、しゃがれたその声からは中々高齢の女性を想像させる。

原作でも聞いた事ないんだけど……ちょっとちょっと。面倒はごめんだよ。

もう既に一戦闘終えてるんだからこっちは。

 

《……エドガー》

《見つけたぞ。こちらに真っ直ぐ向かってくる……ネクスト機だな》

 

だーっは!最悪だ〜!いい加減慣れているとは言え、今回ネクスト戦は止めてくれ!

逃げるか……と思ったけど、やめにしよう。ここに至るまでには少し長い一本道が続くんだ。

そんなとこではち合わせ、戦闘開始とか不利すぎる。

 

だったらまだ広いこの場所で迎え撃った方がずっと良い。

 

《……ふー。どうやら遅かった……みたいだね》

 

そうしてしばらくしない内に、彼女は俺達の前に現れた。

白い旧GAE製の4脚。コアにはトーラス社の最新型ネクスト『ARGYROS』の物が使用され……

背部兵装のコジマミサイルが特徴的な機体。ネクスト機『カリオン』だ。

 

カラードランク『29』でリンクスは―――――『ミセス・テレジア』。

原作のストーリー中には全く出てこなかった謎多き女性リンクス…… ちょっと誰か、今だけ俺と交換しない?

 

少し水飲みたいからさ(逃避)

 

 

*********************

 

 

ミセス・テレジア視点

 

 

ミセス・テレジア。唯一のトーラス社専属リンクス。カラードランクは29と低いが……

その実、知る人ぞ知る影の実力者である。

何せ彼女は数十年前の国家解体戦争に参戦した、所謂オリジナルと呼ばれる人物だ。

 

リンクスとしては最古参に位置する人物であり、トーラス社設立の際にも、その力をもってして邪魔なモノの全てを排除した。搭乗機体に関しては細部に渡るまで内部チューンが施されており、また、高火力武器の使用も相まってその戦闘力は非常に高い。

 

さて、そんな彼女なのであるが……目標地点に到達した今の状況。

素早く内部を観察し終わった後、一人頭を抱えていた。

 

《……ふー。どうやら遅かった……みたいだね》

 

この実験場の奥にいる例の『怪物』、ネームレスを視界に収めながら、ふと呟く。

 

彼女がここに来た理由なのだが……それは以前から、トーラス本社のとある上層部員に「B7に近頃怪しい動きがある」との説明を受けていたからだ。

詳しい事は分からないが、何かをひた隠しにしている様子なのだと。

その者曰く、本当ならもう少し詳しい状況を知ってから彼女を投入する算段だったらしいのだが……

 

問題が発生した。そう、ネームレスだ。

 

依頼をした上層部の者がネームレスによる襲撃の情報を得たのは、彼等がラインアークを発ってからだった。

この予想外の事態に緊急でテレジアを呼び出し、急ピッチで彼女をこのB7に送り込む羽目になってしまったのだと言う。

 

(……困ったね)

 

ネームレスの周囲に転がっている『何か』の残骸……これが恐らく、B7で隠したかった物。

本来ならば彼女自身がその何かを確認、戦闘するなり何なりで実戦時の映像データを持ち帰るはずだった。それが……

 

(……ふむ)

 

テレジアは考える。

 

恐らくだが、そもそもこのB7自体には『何か』の詳しいデータは無いのではないかと。

この突貫工事とも取れる実験場から、この『何か』がここで開発された物とは思えなかった。

どちらかと言うと、どこかで作られた『何か』をこのB7に持ち運んだ可能性が高いと見たのだ。

 

(だが、『B7内に持ち運んでからの実験データ』ならまだ……いや。それすら、もう)

 

ここに戦闘痕もあると言う事は……その間に、この実験場の関係者がここで得られた僅かなデータすらも抹消している可能性も高い。

 

《……やってくれたね、アンタ》

 

ネームレスのリンクスに向かって恨めしそうに発する。

上層部の者からの直々の依頼だと言う事は、つまりトーラス社存続に関わる可能性の高い案件だと言う事だ。今回の『秘匿実験』の件に関しては、間違いなくB7(トーラス社)内部に務める何者らかの独断で行われている。

 

つまり、ある意味でこれは反逆行為に等しいと言えるだろう。

 

兵器開発やその実験を行う場合、正しい手続き……手順を踏まなければ許されない。

でなければそれはただの兵器密造者であり、企業を危機に陥れる存在として認識されるから。

だからこそ、今回の出来事はトーラス社内部だけで処理し……最悪『何か』の情報だけでも得て、それが外部に漏れるのを防ぎたかったのだが。

 

《俺は何もしていないぞ》

 

テレジアの言葉にそう答えるリンクス……良く言う。

 

何と戦ったかは分からないが、実験場をこんなにしておいて……まるで化物か何かが暴れ回ったかの様子ではないか。壁や地面も大きく抉られ、何だ、これは溶けているのか?

 

全くもって最悪だ。まさかネームレスがここに居た『何か』を跡形もなく消し飛ばしてしうとは。

『何か』を停止させる、あるいは多少原型を留めてなくとも、どんなモノだったのか全体像を把握できる程度の破壊なら良かったのだが……

 

見たところネームレスに高火力武器は搭載されていない様子だが、どのようにしたらここまで木っ端微塵にする事が出来るのか。とてもじゃないが理解しきれない。

 

《ハァ……》

《あー、何だ。帰って良いのか?》

《ダメだ》

《なら戦闘でもするか?》

 

戦闘?何を言っているんだこの者は。

 

《する訳ないだろう。アタシゃ馬鹿じゃないんでねぇ。アンタみたいなのと戦う趣味はない》

 

まぁ、本当ならネームレスをここで消す事が出来たら最高なのだが。

 

しかしながらそれは無理だ。

先に流出したとされるネームレスの戦闘記録、そして今回実際に見た怪物の戦闘痕を見て察した。ランカー上位勢を相手にするならまだしも、コレはとてもじゃないが手に負えない。

 

戦ったら『何か』と同じ運命を辿るのがオチだろう。

 

《だから質問だけさせな》

《それは構わないが……》

《じゃあまず、アンタが見たのは『兵器』だったんだね?》

《ああ》

 

成程、確定か。 では次……これは、テレジア自身の個人的な質問だ。

そして、今最も気になっている事……ともすれば今回の案件にも関わっている可能性すらある。

 

それは……

 

《では次だ。アンタのお友達、『ミラージュ』。どこに居るんだい?》

 

この事だ。そう、ミラージュの居場所について。

この質問に男がどう答えるかによって、テレジア自身の今後の方針が変わる。

 

さて一体何と答える……?

 

テレジアは半ば祈る様な気持ちで男の回答を待っていた。『アレ』だけは辞めてくれと。

そんな彼女をよそに、しばしの沈黙が続いた後……男は、歯切れ悪くこう答えた。

 

《それは……トーラス社、では、無いのか?》

 

男の言葉に、テレジアは深々と、そして苛立つ様に溜め息を吐いた。

最悪だ。この……この回答以外なら何を言っても良かったのに。これだけは、非常に不味い。

現実を受け止めたく無かった彼女は、ネームレスのリンクスに向かい確認を取る。

 

《……本気かい?》

《ああいや。すまない、実は俺もその事を探っていてな。丁度その質問をそちらにしようと思っていたところなのだが……『違う』のか?》

《……そう思いたいがね。何やら思い当たる節が多々あって困っているのさ》

 

そう。考えてみれば……

 

《テレジア。先程から『何か』についての質問や、ミラージュについて聞きたがっているが。これはつまり、「トーラス社内部に何か良くない事が起こっている」と言う認識で良いな?》

《……アンタ。アタシに協力しないか》

《何?》

《ハッキリ言うがね。アタシゃ、アンタのお友達が……ウチらの『どこか』にいる気がしてならないのさ》

 

そう言葉を告げる。テレジア自身も、ネームレスのリンクスと同じく考えていたと。

そしてそれは、先程男が言っていた「トーラス内部に良くない事」を肯定と捉えて良いとの意味も込めてだ。

 

……丁度ネームレスが現れた頃だろうか。

 

軍事業界がざわめき出したあの頃……テレジアの耳にとある一報が入った。

何が起こったのかは分からないが、辺境に存在するとあるトーラス社支部に、GA社製のAF……

 

ランドクラブが二機程『入った』と。

 

明らかに妙だった。その支部の存在する場所は先程も言った様に辺境であり……何というのか。

そこは、トーラス本社(上層部)での決定を良くないように思う者が集められた、所謂『左遷』された者達が多く居る場所とでも言うのか。

 

故に、そんな場所にランドクラブなんて大物が二機も搬入されるのはどう考えてもおかしいのだ。

 

当然、それに対して追求する様な声も上がったらしいが……最終的にうやむやになったのだと。

何故ならその辺境支部の総意と言う体で、ランドクラブ二機がトーラス本社の技術部門に進呈されたから。

 

(……確か、その時期は)

 

……丁度、トーラス本社がとある新技術を生かす為の『母体』を多く必要としていた時期であった。しかもランドクラブとは……まさしくドンピシャ。

彼ら左遷組の「貢献している」様な態度からも、深い追求をする事をやめたのだろう。

 

実際、彼らの働きにより予定よりも非常に早く、新技術を駆使したAFが完成している訳であるし。

 

《……『どこか』とはまた、曖昧な》

《まぁ、怪しい場所は既に目を付けてるさね》

 

左遷組の辺境支部……あそこに何かある気がしてならない。

 

せめてあるのは『何か』のデータだけで、ミラージュが関わっている痕跡が無ければ良いのだが。

まぁ、これはまた次だ。今は話を進めるべきか……

 

《アンタはミラージュを探している。アタシもそうだ。つまり目的は一致している……情報を交換し合いたいのさ》

《成程……して、具体的にそちらの欲しい情報と言えば》

《今回の、『何か』との戦闘データ。そしてアンタの『依頼主』が誰なのか……》

《おいおい。中々に欲張りだな?》

 

普通なら段階を踏んで……腹の読み合いなり何なりをするのだが、今回に限ってはそれをしない。

「帰っても良いか」との言葉から、怪物は何やら早くこの場を去りたがっている様子だ。

妙に長引かせて機嫌を損ねては、手に入る情報も入らなくなってしまう。

 

何度も言うが、下手をすれば『何か』の二の舞だ。

 

《何なら、アタシが先に情報を提供しても良い。どちらにせよ、アンタには十分な見返りを約束するよ》

 

まぁ、『何か』の情報も必要だが……それはトーラス本社への提出用。

本命はネームレスへの『依頼主』。トーラス内部でも限られた者しか知らないはずの『何か』の存在を知っており、その排除を依頼した者。

 

その情報網を持つ者が誰なのか分かれば、利用……とは行かないまでも、今回の一件やミラージュについての糸口を見付けられるやも知れない。

 

しかし、だ。相手がこの要求を飲むかどうかは―――――

 

 

《―――――!!!》

 

 

その時、突如驚きを顕にするテレジア。

理由はこうだ。レーダーに映る敵影反応が一つ、増えたから。これは……高熱源体。

 

間違いなく『ネクスト機』だ。

 

《おい。またか》

 

ネームレスのリンクスのそんな一言で我に帰るテレジア。

何……『また』か、だと?一瞬ネームレスの友軍かとも思ったが、この反応は。

 

ネームレス自身にとっても予想外だと言う事か。

 

その謎の一機の位置は……入口、テレジア自身の背後から。つまり彼女が来た通路をまっすぐ、向かって来ている。

 

《一体何だい……》

 

テレジアは自機、カリオンを入口付近からネームレスの隣へと移動させる。

敵の敵は味方だ。いやまぁ、今のネームレスは明確に敵と言う訳では無いのだが……ともかく。

このネクストの隣に居れば何が起きても安心だろう……怪物自身に、いきなり喰われでもしない限りは。

 

《《……》》

 

実験場の中、ネクスト二機は仲良しこよしに横並びし『謎の一機』を待つ……

 

かくして、入り口に現れたのは。

 

《ほっ!何と、これはまた。予想外だ》

《……?》

 

ネームレスと良く似た色の、銀のネクスト機。

しかし似ているのはそこだけで、後は全くと言って良い程の別物だ。

 

非常に丸々しいフォルムをしたそいつは、紛うことなき重量機だったのだから。

 

そしてテレジアはそのネクスト機……正確にはネクストのフレームについて良く知っていた。

何故ならその重量機を構成していフレームは、彼女の所属している企業、トーラス社によって製造されている―――――『ARGYROS』だったから。

 

(……何だい、コイツは?)

 

しかし解せない。

トーラス社製品一式で構成されたそいつを、トーラス専属傭兵である彼女は知らなかった。

 

一体何者なんだ?カラードにはまず登録されていないだろう。しかもあの『円』を描いている様な背部兵装は見た事が無いが……?

 

……ネームレスのリンクス。そう言えば妙に納得、理解している様子に見える。

この者に聞けば答えてくれるのではないか。そう思った彼女は口を開きかけるのだが。

 

 

《……私だよ。久しいな、テレジア》

 

 

それより早く、彼女達の回線に丸々しいソイツが割って入って来た。

老齢の男の声。そして、その声を聞いたテレジアの反応がどうだったのかと言うと―――――

 

 

《―――――アァンタッ!!やっぱり生きていたねッッ!!!》

 

 

大声で怒鳴り散らかすやいなや、速攻でそのネクストに対し攻撃を開始。

 

《おいっ……テレジア少し待て……!私は》

《なぁにが、「久しいな」だい!?》

《だから話を……》

《ふざけんじゃないよ!アンタ、アタシがどれだけ……ここでくたばんな!!》

 

何やら老齢の男はテレジアを宥めようと必死だ。そんな最中、通信機には……

 

《……あ〜、知り合いだった。みたいだな》

 

このような若い声が響いた気もしたのだが。

 

 

しかしコジマミサイルを放つのに忙しい彼女の耳には、もう何も届いてはいなかった。

 

 




どうにかしてこいつを出したかった。シルエット重視ですみません。
未確認兵器の綺麗で細かい全体像が見たい方は、資料集を買いましょう。(販売促進)




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第44話

主人公視点

 

えーと、何?

 

《ここでくたばんな!》

 

会話から察するに、テレジアさんはこの人……『ネオニダス(銀翁)』さんと知り合いなの?

 

ネオニダス……銀翁さんについて説明すると、彼はORCA旅団所属で乗機ネクストは『月輪 』。

旅団内でのネクストランクは堂々の2位。確か素性の解説ではAMS適性も極めて高いと言われており……

一説では原作中最強クラスのAMS適性なのでは、ともプレイヤーに噂されている。

 

つまり、かなーり強い人のはずだ。実際ゲーム中でも強かったしね。

 

で。俺はつい先程まで、そんな人の突然の来訪に超びっくりしていたんだけど……

何があったのか、テレジアさんがいきなり怒りして、全開火力で月輪に攻撃し始めたのだ。

ちょいちょいちょい。色々起こりすぎて訳分からんくなってきてんぞ俺は!

 

とりあえずテレジアさん!

 

《あ〜……知り合いに対していきなりソレはキツいんじゃないか?》

 

この人マジで銀翁さんの声聞いた瞬間に重火器ぶっぱなしてっから!!

 

《落ち着けテレジア!私にも目的があ……待て待てそれは洒落にならんだろうにっ》

《何避けてんだい!そのでかい図体で……そう言うところも腹が立つね!!》

 

いや全く聞いてねぇわ!何故か俺の周囲で重ネクスト二機が戦闘始めてるわ!

 

いやまぁ月輪の方は防戦一方、そもそもテレジアさんに手を出す気がないんだろうけど。

ちなみに今俺はテレジアさんの動きに合わせて機体を移動させてる。だってその場に留まってたら危ないし。彼女のネクスト、カリオンは高火力武器満載で、流れ弾とか当たったら大変だし!

 

つーかコジマミサイルとか普通に撃ってっけどヤバくね。

 

いやでも月輪がミサイル撃ち落としてるわ!ちょっ、すげぇ!何か楽しいなオイ!

強者二機の動きを間近で見れるとか最高なんだけど!コイツは特等席だぜフハハハ!

 

《ネームレスの!テレジアを何とかしとくれんか!私の言葉には耳を傾けん!》

 

いや銀翁さん俺ですか!?この人俺の言う事にも全くの無反応でしたよ!

フィオナちゃんとかも見てて思うんだけど、女の人って怒ると本当手をつけられないよね……

 

あ~でも何とかしないと。

 

《テレジア!!さっきの話!!銀翁から何か聞けるやも知れんぞ!!》

《!!》

《殺してはそちらの欲しいの貴重な情報が一つ、失われる事になる可能性がある!!》

 

銀翁さんごめんなさい。本当は依頼主がORCA旅団の事とか色々黙っておきたかったんだけど。

今の彼女を大人しくさせるには、先程の話し合いの事をダシに使うのが一番効果的なんです。

銀翁さんもテレジアさんに手を出したく無いみたいだし……

 

とにもかくにも仕方が無かったんです(言い訳)。

 

《―――チッ。残念だが、アンタを殺すのは後になりそうだね》

《………ふー。お前は昔からそうだ。一度怒り出すと手に負えんよ、全く》

 

よ、ようやく止まった……テレジアさんこえぇ。

 

《アンタには聞きたい事が山ほどあるが……そうさね。まず何故、今ここに、アンタが居る?》

《……メルツェルの小僧めが。全く面倒な事を……》

《聞いているのかい!?》

《聞いとる聞いとる。ああ……まぁ単刀直入に言うと、お前を誘いに来たのだよ》

 

おぉ?銀翁さんがテレジアさんを『誘い』に?ちょっとちょっと。面白そうな話だよこれは。

自分が中心になっていない、こういうお話とか大好き。

少し黙って成り行きを見守ってみようぜ……エドガーさんもさっきから黙ったまんまだし。

 

《……どう言う事だい》

《ふー、それは……そうだな。まずネームレスのリンクス。君は、どこまで我々の事を知っているいる?》

 

静かにしてたらこれだよ。早速話題振られてきたよ。

 

《君は先程、私の事を『銀翁』と呼んだな。あれは旅団内部の者の私の通称だ。つまり君がその事知っているのは少し妙だと言う事になる。咄嗟の事で頭が回らなかったのか、それともワザとそう呼んだのかは知らんがね……まぁ。そもそも、私の存在について知っている時点でほぼ『アウト』だとは思っているが……実際、どうなのかね?》

《……計画については、何を使い、何をしたいのか。そしてそれに至るまでの大まかな筋道。それらを把握している》

《旅団?計画?アンタら一体何を言ってるんだい?》

 

テレジアさんは分からないか。つか、咄嗟に銀翁さんの名前出したのミスったかな。

いやでも、だから何なんだって感じもするけど。どうせこの人らに今は協力している訳だし、目をつけられたりはしないと思……わない?いや既につけられてんのかなこれ。

 

《そうか……テレジア》

《何だい》

《トーラス社が作っていた、新技術のAF。あれについて何か知っているか?》

《あの『とんでもない奴』かい。そうさね。確か……ウチのバカ共が「宇宙に行く前準備」とか何とか言っていたね。まぁ、そんな事が出来るハズが無いが。何せ空にはアサルトセル共がわんさか……》

 

そこまで言って、テレジアさんは口を閉じた。まるで何かを予期したかの様子だ。

 

《……まさか、アンタ》

《そうだテレジア。我々は、『宙』を手に入れる。トーラス本社で開発していた新技術のAF。あれは別に予め兵器としての運用を目的として作られてはいない。どちらかと言うと、新技術の研究成果としての副産物に過ぎないのだよ》

《あー……横からすまない。俺から質問だが、その新技術のAFと言うのは……『ソルディオス・オービット』の事か?》

《……その通り、正解だ》

 

いやそうだったの!?!?

 

あの空飛ぶ変態玉って、宇宙を手に入れた際の事を視野に入れで開発されてたの!?

道理で……いやアイツさー。動きがおかしかったんだよ。通常ブースターとか見当たらないのにプカプカ浮いてたしよ。しかもどこに付いてんのかQBとかもしやがるから。

 

いやいや待て待て。ってつまり、トーラス本社の上層部はORCA旅団と繋がってたのか?

考えてみれば銀翁さんの機体、月輪って、トーラス社で秘匿開発された実験機だったっけ。

そう考えると、そんなモノを手に入れる事が出来た理由の謎が解けるな……

 

《はっ……何を世迷い事を。あのアサルトセル共を一体どうするつもりだい?》

《衛星軌道掃射砲―――『エーレンベルク』を使う》

《!! バカな。あれはもう無い……アナトリアの傭兵が破壊したはずだろう》

《無ければ作れば良いだけの事。電力に関してはやや不安も残るが、私達ならやれる》

 

エーレンベルク……そういや気になって設定をちょっと調べた事あるけど、その砲身周辺には防衛機構としてアクアビット製のプラズマキャノンやパルスキャノンが設けられているって説明されていたな。

言うまでも無くアクアビットは今のトーラス社の前身だ。つまり旅団の保有する『ACfa版エーレンベルク』建設に、トーラスが今回協力していたと言う可能性もあると……

 

ほっほ!おいおい盛り上がって来たな。謎が解けて超楽しいぜ俺は!

 

いやでも気になる事があるわ。

 

《銀翁。その電力の件。トーラス上層部は『色々と』把握しているんだろうな》

《当然だ。老人共やその家族、関係者の安全については配慮されている》

 

うっわー。マジかよ。衛星軌道掃射砲使ったらクレイドル墜落するじゃん?

その事についてはやっぱ考えてんのか……多分何らかの手段で、トーラス上層部の関係者……ってか、企業の老人達の内でもORCAに手を貸している『一部』の人か。

彼らは堕ちるクレイドルから逃れる事が出来るんだろう。

 

そう。本当に限られた人間のみが、ね。

 

新技術の開発は、宇宙が解放された後にトーラス社が他企業より1歩、いや、数歩のアドバンテージを産む為にやっている事ってか……うわー。何か考える事がえげつないわー。

 

マジ黒いっすねこの世界。良い感じに『アーマード・コア』してるわ。

 

《どうだテレジア。『知らないまま』だと何かと不便だろう。私達、ORCA旅団の一員にならないか?》

《……アンタは、この計画の為に姿をくらましたのかい?》

《ああ。『とある男』に口説かれてな》

《男に口説かれて喜ぶなんざ……》

《熱い男だ。会えはお前もきっと気に入る……まず、驚くだろうがな》

 

うーむ。銀翁さんはメルツェル……違うか。熱い男だから多分、初めに旅団長についていったんだろう。どのタイミングでテレジアさんの前から……トーラス社を抜けたのかは分からないけども。

そもそも設立前、アクアビット社が壊滅した時が怪しいか……?

 

あくまでも予測の域を出ねぇ。この人らの関係も気になるのに〜!

 

《……その答えはまた後でだ。次の質問に移るが、今回の一件。ネームレスに依頼をしたのはアンタ達『旅団』だね?》

《ああ》

《アンタら、ウチの上層部……全員かどうかは分からないが、とにかく繋がっているんだろう。なら何故、このタイミングで動いた?トーラスの考えとしては、本来なら、もう少し情報を集めてからB7に突入する算段だった事を知っているはずだ》

《……そうだな》

 

ふむふむ……いやそうだったんだね。

 

《アンタらがわざわざネームレスに依頼した理由も解せない。それに加え、アタシに依頼をくれた上層部のソイツは……ネームレスの襲撃について直前まで知らなかったとも言っていたね。旅団とトーラスが繋がっているなら、何故その様な真似をする必要があった》

 

話を聞く限り、テレジアさんの依頼主は俺の襲撃については知らぬ存ぜず、と。

トーラス社と旅団が繋がっているとして、今回、旅団側の独断専行とも取れる『未認兵器破壊』の理由が謎だって言いたいのか。

 

《まず、このタイミングで私達が動いた理由についてだが。恐らく既にB7連中は、トーラス上層部に怪しまれている事に気付いとった。つまり悠長に情報収集なんぞしとる時間は無かったのだよ……私達ORCAでさえ、その事実に気が付いたのはごく最近の事だった》

《……つまり、そいつらが未確認兵器に関する証拠をごっそり消しちまう前に、緊急でネームレスに依頼をした……と。ああなるほど。あまりに急ぎだったんで、その直前までトーラス上層部への連絡を怠ったって訳か》

《そうなる。ネームレスの起用については、今回の『奴』については情報が無さすぎたからだな。トーラス社、B7内部で実験が行われているモノ……大いに危険が予測されるだろう。この実験場の戦闘痕を見ても分かる。恐らくだが実際、ネームレスは何かしらの脅威と戦闘をこなしたはずだろうし……当たっとるかね?ネームレスのリンクス》

《そうだな。奴は非常に危険だった》

 

いやーあれはキツイっす。チーズみてーにスライスされるところだったから。

 

《……まさかここまで跡形も残さず消しちまうとは、私としては予想外だったがね》

《全くだ。これじゃあ、アタシらの技術者とは言え復元にはかなり時間がかかっちまうよ》

 

だからアイツが勝手に自爆したんだって!後で俺の戦闘記録でも見て下さいよ!?

 

《しかしなるほど……あの時、依頼主は「何も知らない」と言っていたが。裏ではバッチリ、アンタら旅団からの連絡が入っていたんだねぇ》

《まぁ、上層部の者がそう言うのも仕方があるまい。……社内のお抱えリンクスとは言え、私達の関係性についてはそうそう話す事は出来ない》

 

テレジアさんが旅団について知らされてなかったのは、リンクスだからこそってのも有りそう。

ORCA旅団のやろうとしている事は、多くの人にとっては理解が得られにくいものだ。

リンクスである彼女は力を持っているし、トーラス社に反旗を翻されたりしたらマズイしなぁ……

 

とか俺は考えてるけど、実際どうなのかは相変わらず分からないっすハイ!

 

《……なぁアンタ。じゃあ、私がここに来た必要性ってのはつまり》

《ネームレスが未確認兵器を仕損じた場合の予備。それには私も含まれているな。ふむ……まぁ、この怪物が殺られる事はあり得ないと思うがね》

《仮に私がネームレスと会った時、攻撃を仕掛けてたらどうすんだい。その逆パターンは……》

《それは無い。お前さんは戦闘狂ではないからの。勝てる見込みの無い者に攻撃を仕掛けたりはせんだろうに。ネームレスに関しては……まぁ、団長・副団長曰く『分かる男』との事だ。あの両名がそう言うのなら心配する必要はあるまい》

 

分かる男って。原作知識しかないから。背後の関係性とかクソ程も分かってねぇから。

確かに、出会う奴皆殺しだぜぇ!みたいな頭のキレた奴ではないけどさ。旅団のトップ2が中々に買い被ってるぜぇどうしよ!

 

《まぁ、メインは私がこうしてお前に会う事にあった》

《!》

《テレジア。お前と直接会って話をしたかったのだよ》

《……フッ。何だい、そりゃ。アンタみたいなんと会っても何も嬉しくはないね》

 

いやちょっとうれしそおおおああぁぁ!!

 

テレジアさん声のトーンちょっと上がってますよ。

ンだよー。この二人何か良い感じじゃねぇかよー。あーつまんねーな!(本当は楽しい)

 

《はぁ……じゃあ最後の質問さね。アンタ……アンタ達旅団は、ここにあった『何か』はつまり、ミラージュとは関係性があると思っているのかい?》

《恐らくな……今回のネームレスによる「未確認兵器破壊」と言うアクション。これによるトーラス内部の、細部に至るまでの反応を観察する。もしミラージュがこれに関わっているとするのならば……》

《ともすれば、奴の方から直接的な反応が見れるやも知れん……と。そう言う事だな、銀翁》

 

しっかしミラージュさんがこれに関わっているとか……嫌な予感が胸を過ぎるんだけど。

冷静になれねーよ。ミ・アミーゴ。

 

《おい、御両名》

《む?》

《何だい》

《俺が今回戦闘を行ったアレ。仮にミラージュが使ったとしたら……負けるつもりは無いが、しかし正直、大分厳しいものがあるぞ》

 

そんな俺の言葉を聞いた二人は、何やら驚愕している様子だ。

 

《君をして、それ程言わすのかね》

《戦闘記録を見れば分かる。いや、まぁ。あくまでも『そのままの性能』だった場合だが。とにかく、反則じみた相手だった》

《アンタが言うんじゃないよ。アンタが》

 

テレジアさん貴方ね。あのエイリアン無敵とか使ってたんだから。

俺は素早く動けるけど弾当たったら普通に削れますからね。実質制限ありですし。

身体中に後遺症が出まくって死ぬまでの運命だからね。回復とかしないし、俺はあのエイリアンに比べたら随分と良心的ですって。

 

《あー……何だ。テレジア。俺はもう、帰っても良いのか》

《……好きにしな。聞きたい事はある程度コイツから聞けたしねぇ。まぁ、アタシはもう少しコイツと話があるから……》

《全く、突然仕掛けてきおって。その野蛮なところを何とかすれば大分マ……》

《何か言ったかい?》

《……言っとらん》

 

仲良いっすね。二人共結構なご高齢だと噂されてるけど、メッチャ元気。

銀翁さんの本編とは違う一面も見れて僕的には大満足でした……この人テレジアさん苦手なのかなぁ。

 

《と、言う事だ。エドガー?》

《ああ。聞いているぞ》

《やけに静かだったから心配したぞ。今からそちらに戻る》

《クク……了解。ラインアークに戻ったら、お前さんに色々聞きたい事もある。早めに頼むぞ》

 

ああ〜疲れたんじゃ。未確認兵器、ネクスト、ネクストと……

ネクスト二機とは戦わなかったけど、今日はいつにも増して精神的に参ったぜ。

初見一発で未確認兵器倒したの、ACシリーズやってて初めてだったなぁ……

 

やっぱ今日奇跡起こってたわ。

 

 



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とある地にある、とある施設……

 

の、とある一室。

 

そこに、とある技術者然とした人間が一人、携帯端末を耳に当て立っていた。

相手からの緊急の連絡だ。電話口から聞こえるその声から、何やら向こうは少々焦っているかの様な印象を覚える。

 

「……もう少し様子見をすると思っていたのだけれど。早かったわね……ええ、分かったわ」

 

手短に話をし終えたらしい。

通話終了のボタンを押した技術者……彼女は、すぐ隣にあるベッドに横たわっている『男』を見下ろしながら話しかけた。

 

「ごめんなさい。一機、無駄になってしまったわ……でも安心して。本命の方は無事よ」

 

その問いかけに、男は何も答えない……寝ているのか。

こうしていると彼女には見分けがつかない……殆どの時間において目を瞑っているこの男が、今起きているのか、眠っているのか。

 

彼女は男のベッドの横に置かれたPC端末のモニター目を通す……なる程、脳波を見る限り寝ているらしい。ちなみにだが……そのPC端末から伸びる一本のケーブルは、ベッドに横たわっている男の『首筋』に繋がっている。

 

それに頼る事で、男はどうにか施設の者とコミュニケーションを取ることが出来ているのだ。

 

これは喋れない……いや、身体機能に様々な難のある男を憂いた技術者達が、有り合わせの材料で作った物の内の一つである。それでもしっかりと稼働している事から、この施設の者達の技術力の高さが伺える。

 

「……」

 

彼女は考える。恐らく、そろそろ潮時だ。もうこの男が世間の目から逃れる事は厳しいはずだ。

彼自身、その事を理解しているし……この時に備え、僅かとは言え種を巻いてある。

 

彼女達は、これまで彼への協力を惜しまなかった。

 

「ねぇ……」

 

彼女は、優しく男に語りかける。

 

「……『空』の人を、助けてあげて」

 

例え『本社』の、上層部の方針だとしても。それを彼女達は認めない。

 

クレイドルは、絶対に堕とさせない。

 

これまでの彼女達なら、権力と言う名の巨大な力の前に、指を咥えて見ているしかなかった。

でも今は違う。今の彼女達には、それに対抗しうるだけの圧倒的な『力』がある。

 

「!」

 

その時、ベッドに横たわっていた男が目を開いた。どうや、眠りから覚めたらしい。

するとすぐ脇のPC端末に何かしらの反応が……彼女はそれを確認する為に、モニターに目を通す。反応のあったページは……ここだ。

 

彼女がそのページを開くと、そこにはとある言葉が書かれていた。それは……

 

 

 

『―――――オモテニデル』

 

 

 

簡単な文字だけで構成された、無機質な言葉。それを目の当たりにした彼女は、笑顔で答えた。

 

「おはようございます。そうですね、では―――――」

 

 

 

 

―――――出るとしましょう。『ミラージュ』。

 

 

 

 

 

 




ここだけの話ですが、こんな続くとは思ってもみませんでした。
亀更新にもめげずに見に来て下さる方々の応援のお陰です。これからも頑張ります。



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第45話

AC新作まだですかね。



エドガー視点

 

 

トーラス社保有の施設、B7。

ただの採掘施設であるはずのその場所で突如勃発した戦闘。『名無しの怪物』VS『エイリアン』。

 

どこぞの古いB級映画にでもありそうなあらすじ・タイトルだ。一見して「くだらない」と判断し、まず手に取ることはないであろうこのタイトルが――実は身の毛もよだつパニックホラー。

気の弱い方は視聴をおすすめしない。現役バリバリの戦闘員、屈強な体躯を持つ男性ですら緊張感で心臓が止まるところだったのだから。

 

「……フッ」

 

など、しょうもない事を考えていた『屈強な体躯を持つ男性』。エドガーは少し吹き出しつつ先日の戦闘について思い出していた。

あの中に割って入ることの出来る存在があるとすれば、それこそ『山猫』……その中でも最上位に君臨している『化け猫』の類くらいだろう。

少なくとも、だだの人間では決して混ざることの許されない領域だったことは確かだ。

 

さて、そんな恐ろしい場所で見事勝利を収めたのはどちらだったのかと言うと―――

 

「―――ネームレスだった、と。相変わらず彼は厄介な相手ばかりを引き当ててしまうみたいだねぇ。エドガー君?」

「の、ようです。自分の知る限りまともな戦闘相手はワンダフルボディだけに止まっているかと」

 

とある一室で両名が言葉を交わす。

エドガーの目の前で椅子に腰かけるこの男は、アスピナ出身でありながら何故かラインアークに居座る謎多き変人。天『災』アーキテクト。アブ・マーシュである。

 

相も変わらず白衣を怪しげに着こなす男は、くつくつと、面白そうに口を動かした。

 

「それは大変だ。君も毎回心臓がドキドキだろうねぇ」

「まったくです。何度心臓が止まりかけたことか」

「くっくっく……でもさ、多分これからはもっとそうなるかも」

「!」

 

男の雰囲気が変わった。いつものニヤニヤとした笑みは消え、声も少し低くなる。

なるほど、談笑はここまでらしい。「これからはもっとそうなる」と言うことはつまり……

何か分かったと言うことか。例の異形の兵器『エイリアン』について。

 

「君に依頼されていた『エイリアン』の素性について、いくつか分かったことがあるよ」

「この短期間で……さすがの情報収集力です」

「3日もあれば、そこそこの事は調べられるものさ」

 

……例の戦闘後、エドガーは『エイリアン』についての情報収集をマーシュに依頼していた。

トーラス社の『内部分裂の可能性』との情報を踏まえ、今回の案件はこれまでの任務に比べても秘匿性を高く保つ必要がある。故に、情報を他者に漏らすことは非常に危険性が伴うのだが……

 

どうしても知りたかった。

 

『エイリアン』。あの異形の兵器は一体何なのか。

これまでの相手も曲者揃いだったが、今回の敵については事前情報が無さ過ぎた。

ORCA旅団がアレとミラージュが関連する可能性を示唆していたと言うこともあり、エドガーは危機感を覚えていたのだ。

 

あの兵器。はっきり言って、強力すぎる。もしアレをミラージュが使用したとしたら……

 

「思うところは尽きないだろうけど、とりあえず僕が調べたことを話すよ」

「……お願いします」

 

エドガーは一旦、不安を心の奥底にしまう事にする。

 

この男の情報収集力は確かなものだ。

それが希望的なものでありまたはその逆であり、どちらにせよ有用なものには変わりがないだろうから。今は耳を傾けることだけに集中するべきだろう。

 

「そうだねぇ。まずはこれを」

 

そういって、マーシュはデスクの上に置かれたPCへとエドガーの視線を誘導する。

その画面に表示されていたのは……

 

「これは……確かアクアビット社製の」

「そう、さすがによく知っているねぇ。これはネクスト〝LINSTANT〟。現在のトーラス社の前身たる企業、旧アクアビット社で開発されたネクストフレームだよ」

 

〝LINSTANT〟。軽量ながら極めて高いKP出力・PA整波性能を叩き出す機体だ。

確か頭・腕・脚部はアクアビット製で、唯一コア部分のみがレイレナード社製の〝03-AALIYAH〟で代用されていたと思うのだが……

 

しかしそこまで考えたところで、マーシュは次の画像へと画面を切り替える。

 

「で、次にこれ。例の『エイリアン』なんだけど」

 

画像はネームレスが『エイリアン』を真正面から見据えた時のものだ。

どうやらかなり拡大してあり、中々に粗が目立つが……それを見たエドガーは即座に気が付いた。

 

「やっぱり気になるよねぇ」

 

そう。非常に気になる点が存在する。

 

「〝LINSTANT〟と『エイリアン』。コア部分以外の形状がよく似ていると思わないかい?」

「……これはまさか。そう言うこと、という訳ですか」

「まぁ、恐らくはね。つまるところこれは―――」

 

これは。

 

「―――〝LINSTANT〟のプロトタイプ、です、か?」

「おっと、僕のセリフが取られちゃったか。まぁ、の可能性が高いねぇ。〝LINSTANT〟はアクアビット社製のネクストではあるけど、知っての通りコア部分だけは〝03-AALIYAH〟と来てる。何かしらの理由でコアの完成にはこぎ着けなかったんだろけど……この『エイリアン』。どうやらその世に出回っていない『〝LINSTANT〟のコア部分』を使用している可能性が高い」

 

一瞬エドガーは考える。『〝LINSTANT〟のコア部分』……新造でもしたのか、と。

しかしながらネクスト機の部位を一から開発すると言うのは大量の資金と時間が必要なはずだ。

コアという最も重要とも言える存在なら尚更である。

 

ミラージュが関わっているとしても、昨日今日でハイ作ろうで完成するとは思えない。

 

となると

 

「これは『過去の産物』の改良型、と考えてもよろしいので?」

「ほぼ間違いないだろうねぇ。この『エイリアン』、そもそも作られていた・作りかけだったものを引っ張り出して現代のコジマ技術で蘇らせた代物なんじゃあないかな。最悪、図面・人手さえあればパーツを作って組み立てるくらいなら出来る。まぁ『過去の産物』たる一番の決め手は……この子の外見。少し整っていない印象を受けるよ」

 

エイリアンを『この子』扱いするとは、いやはや何とも恐れ入る

 

「ネクスト機が開発されてから数十年……今と比べてみては洗練具合が違う、と」

「まぁそう言うこと。で、次に例の防御力・その他もろもろビックリ兵器について」

 

来たか。エドガー自身最も気がかりな部分の話だ。

 

「いやぁ、『アレ』はすごかったねぇ。記録を見てて思わず飛び跳ねてしまったところさ!」

「アレ……思い当たることは多々ありますが」

「じゃあまず例の両の掌からのレーザーブレードについてだけど……あれは厳しいねぇ。出力を高く見積もり過ぎて、自分が動けていないよ。つまるところEN不足。そして使用と同時に伸ばされた両腕が段々と自壊していっている」

 

見てごらん、とPC画面に先日の戦闘記録を映し出される。

映像は編集されており、『エイリアン』の腕部分を拡大したものを繋ぎ合わせている。

……なるほど、見やすい。スロー再生で尚且つ画面の粗を可能な限り取り除いているらしい。

 

先日は気が付かなかったが、映像の『エイリアン』は時間経過ごとに段々と両腕から多くの火花や電流をほとばしらせている。更に言えば……何だこれは。

装甲が弾け、剥がれ落ちてきているのか。溶けているようにも見えるが……

 

暫く食い入るように見た後に、映像が止まる。

 

「見た通り、いろんな意味で出力過多。少なくとも実戦じゃあ使い物にならないだろうねぇ。と、言うか恐らくはB7以外ではこの出力を維持出来ない。この子のコアにはパイプが繋がれていたと思うけど……まぁ簡単に言うなら施設の電源ありきで出来た芸当だよ」

「と、言うことはあのPAも」

「うん。きっとこの子単体ではあのKP出力は維持出来ないだろう。つまるところ、完璧な兵器なんてものは存在しないと言うことさ」

 

 

エドガーは大きく息を吐いた。

そうか、と。アレがそのままの性能で現れることは無いのだな、と。

何せゼン自身が言っていた。先の性能のアレをミラージュが操ったら、厳しいものがあると。

 

さすがにアレは反則も良いところだ。攻撃が通らないのでは対処のしようが……

 

「ただね」

 

エドガーの気が少しばかり緩んだ次の瞬間、マーシュがそんな言葉をつぶやいた。

……やはり、ただでは終わらないか。まぁそんな気はしていたが。

世の中そう上手くことは運ばない。ゼンのミッションに同行していれば嫌でも分かることだ。

 

「ただ?」

 

不安げに言葉を返す。願わくば、そこまで悪い情報ではない事を願いながら。

 

「僕が言ったのはあくまでも『そのままの性能では出てこない』と言うことだ」

「……多少は性能が落ちたとしても気は抜けない、と」

「そういう事。あそこまでの出力を維持できないにしても機構はそのまま残っている可能性が高い。例えるなら両腕のレーザーブレードなら、威力は大幅に下がってはいるor出力維持は出来ないものの……一瞬刀身を出すだけなら問題ない、とかね」

「まるで格納ブレードの類……ですね」

 

やはり油断は出来ないか。

 

そうだ、ともすれば自壊覚悟で一瞬だけなら超出力ブレードを使用することも考えられるのだ。

例の刀身の長さを考慮するに、間合い管理は常に徹底、頭に入れておくべきだろう。

気を抜いたところにアレを放たれたら……と言っても、実際に戦うのはゼンだ。あの男が気を抜くなどありえない話ではあるのだが。

 

「ねぇエドガー君。君の考えるこの子の最大の不安要素は……」

「超硬度PAです。いくらなんでもアレは……もう一度お聞きしますが、『性能そのまま』で現れる可能性は極低い。これに間違いは、」

「ああ。それはほぼ確定なんだけど」

 

確定だけど何だ?

 

「あのさぁ、話を戻すけど。僕がさっき話していた〝LINSTANT〟のコアの開発について……」

「『〝LINSTANT〟のコアが世に出ていない理由は不明』、でしたか」

「そうそう。その理由ね、僕は何となく見当がついているのさ」

「……まさかその理由と『エイリアン』のPA機構とで何らかの関係が見受けられるので?」

 

マーシュはにやりと口元を歪めた。

それを見たエドガーは思う。やはりこの男に情報探索の依頼を行っていて正解だったと。

ことネクスト機に関する知識(情報)では、他の追随を許さないのではないだろうか?

 

「これは一般にはほとんど知られていない事なんだけど……ネクスト機のPA機構ってさ。開発初期の構想と、最終段階のそれとは大きく異なっていたんだ」

「具体的にはどのような違いが?」

「防衛機構は『前面』のみだった」

「!!」

 

PAが『前面』のみだと?しかしそれだと……

 

「まぁ正確には『前面に重きを置いていた』とでも言った方が良いねぇ。ともかく今の様に『全ての方角からの攻撃を万遍なく防ぐ』ことは視野に入れられてなかった。技術不足と言うこともあってね」

「最も攻撃を受けるのは機体正面。確かに理にかなっては居ますが、出来ることなら全方向からの攻撃を守りたい」

「だろう?まぁ技術の進歩と共にその願いは叶うこととなる。ほぼ全ての企業は『前面防御』から『全面防御』に開発方向をシフトチェンジだ。読み方が同じで分かりづらいけど……汎用性は全く違うからねぇ」

 

こんがらないようにジェスチャーを交えながら話すマーシュ。

……確かに。前面防御特化だと後ろを取られた時のリスクが非常に大きい。

背後を取られやすい重量機体などは特に。常識的に考えるなら現在主流のPA機構の開発に躍起になるだろう。

 

「で、ここまで話したところでこのエイリアンちゃんの画像。コア部分に注目して見よう」

「……『多い』ですね」

「ねぇ。この子のコア『前』部分。PAの整波装置が異常に多い。パッと見分かるだけで、剥き出しのソレが『6つ』も前半分に集中している。手足に比べてコア部分も大きいし……映像で詳しいことは分からないけど、更にコア内部にも整波装置を組み込んでいる可能性もある」

 

 

【挿絵表示】

 

 

なるほど。ここまで言われれば分かる。この機体はつまり……

 

「アクアビットは、前時代的なPA機構の開発を進めていた」

「らしい。恐らくアクアビットは前面の防衛機構にこだわっていた。まぁ彼らは変わり者だからねぇ……でもそんなものを開発したところで周りは皆『全面防御』だ。完成したとしてもそもそも汎用性の低さから売れない。だって背後を取られないネクスト機なんて居ないし。どんな戦場でもそんな超機動を行えたら人間じゃない」

 

エドガーは冷や汗を流す。

背後を絶対に取られないネクスト機など存在するはずがなかった。

常にQBを使用する位のありえない機動を行わなければそんなことは出来ない。

 

そう。そんなネクストは居なかった。『今まで』は。

 

「……コアが世に出なかった理由・機構については把握しました。確かに先日の戦闘で『エイリアン』は正面からの攻撃をほとんど無力化していた……しかしそうは言っても奴は」

「これを見てごらん」

 

エドガーの言葉を遮ると、マーシュは次の映像に切り替えた。

これは……ネームレスが敵機の背後に繋がるパイプを破壊した直後の映像。

その立ち位置的に『エイリアン』を真横から見た格好になっているが……

 

「これ、パイプを破壊してブレードは消失。PAはその出力(膜)が弱まっているように見える」

「……実際弱まっているでしょう」

「確かに。でもここで注目して欲しいのはPA全体では無く『PA前面』」

 

前面だと……?

 

「これねぇ。アングル的に分かりづらいけど、PA前面……あまり弱まっていないね」

「前面のみ、が?そんな」

「見てごらんよ。サイドから後方にかけての濃度・厚さと前面のそれ。明らかに迸る電流の量に差がある……戦闘終了直後で、注目が行くのは視界前方(アングル的にエイリアンのサイド)・そして破壊したであろうパイプだ。まぁリンクスの視点だとその時は『全体的にPAが弱まった』と錯覚してもおかしくはない」

 

実際、リンクスの視点で見ていたエドガーはそう思っていた。

パイプを破壊し、PA膜は弱まっている、と。常識的に考え前方のみの防衛が強化されているとは考えないということもあり、その思い込みは強まった。

 

「加え、その数秒後の『自爆』。インパクトは絶大だ。まずコア前部への注目はいかない」

「……即座に自爆したことに関しては、コアの『前面防御』についての情報を与えないために行った可能性も考えられます、ね」

「ま、敵はゼン君だけじゃないし。証拠隠滅としての様々な意味合いがあるだろうねぇ」

 

全くもって素早い判断だ。ネクスト機を動かしていた『誰か』は中々に優秀らしい。

しかしながら、ここまでの情報を踏まえるに……

 

「なるほど……全方向では無くなったものの、『エイリアン』は前面防御のみはそのまま。もしくはそれに近しい可能性がある。そして威力はどうあれブレード機構も残っている可能性が高い」

「だねぇ。他にも何かしらの機構がある可能性はあるけど……情報はそこそこ得られたんじゃないかな?僕としてはもっと調べたかったんだけどねぇ。いかんせんちょと厳しめだよ今回のは」

「いえ、本当に助かりました。貴方が居なければ対策を立てることすら難しかったでしょう」

 

本当に助かった。これだけの情報が得られれば多少は……ゼンの負担がマシになると思うのだが。

しかしながらどうしたものか。前面のみの硬さだとしても、ミラージュから背後を取るのは至難の業だろう。過去の戦闘記録を振り返ってみるに、少なくともミラージュはネームレス以上の速度を有しているように思われた。

 

まぁ、それはあの時点での話ではあるのだが。

 

『エイリアン』はミラージュの……なんだったか、『テンプレ機体』だったか?よりも機動力特化なのか?とても素早そうには見えなかったが、いやしかし実際動いていないからなんとも……

 

「エイリアンちゃん。恐らく乗るのはミラージュなんだろう?側面・背後を取れるのかい?」

「……分かりません。現状ネームレスの装備は対PA効果が薄いこともあります。此方側の機動性が下回っていた場合は……」

「ふむ。武装問題はあるだろうねぇ。マシンガンやショットガンだったりの超瞬間火力を用いて一瞬でPAを減衰させる位の準備は必要かな?可能かどうかはおいておいて、正面突破が必要な場面に迫られることも考えておいた方が良いだろうね」

 

確かに。備えは必要だろう。

ライフルによる正面攻撃はほぼほぼ無力化されてしまっていた。武装を変えた場合の可能性は……

……だめだ。エドガー自身としては、どうしてもアレが減衰するイメージが湧かない。

 

可能な限りの機体速度は必要。更に並みの火力ではだめだ。どうする?どうすれb

 

 

「アブ・マァァァシュ!!!」

 

 

エドガーが対策に没頭していた最中、突如その様な叫び声が部屋の外から聞こえて来た。

あまりに突然の出来事に目を点にするエドガー。マーシュの方向を見て見ると……なるほど今回はこの変人も事態を把握しきれていないらしい。「え?僕?」と自分を指さし困惑している様子だ。

 

直後。バァン!と言う大音量と共に勢いよく扉が開く。

 

かくしてそこから現れた人物は

 

「俺は良いことを考えたぞ!」

 

黒髪黒目のやけに興奮している様子の男性。そして、

 

「ゼン!もうすこしゆっくり歩き……」

 

金髪碧眼のやけに疲労している様子の女性。つまり。

 

「ゼン……!?」

「と、フィオナちゃん?」

 

今やラインアークの有名人である二人だ。何だこれは。

何をこんなに楽しそうにしているんだこの男。何時もと違う形相のゼンに少しばかり不安になる。

本当にどうしたと言うのか。何か良い事でもあったのか?と、言うか「良い事を考えた」だと。

 

まるでどこぞの天災アーキテクトの様な口ぶりだが……

 

「どうしたゼン。ちょっとおちt」

「皆の者!良く聞いてくれ!」

 

だめだ聞こえていない。よほど『良い事』を考えたらしい。

まぁこの男がここまで喜ぶのはあまり見られた光景ではないし、少し話を聞くのも悪くは……

 

 

「俺は『プロトタイプネクスト』に乗るッッ!!」

 

 

エドガーは吹き出した。しかしそれは彼だけでは無かったが。

 

 



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第46話

主人公視点

 

 

おいおいやべーよ。とんでもねぇ名案思いついちまった。

 

エイリアンくっそ強いじゃん?PA硬すぎてダメージ通らないじゃん?

でもPAってマシンガン系に弱いじゃん?そう言うのいっぱい撃ったら行けそうじゃん?

 

でも普通は二本の腕で撃つのが限界。少々火力に不安がありまする……

 

どこぞの首輪付き君みたいに腕を増やしたいけど、残念ながら俺には出来ない。

俺イレギュラーじゃ無いし。ってかそもそも腕を増やせる技術者が……いや、居るんだけど。

天才アーキテクトが居るんだけど。時間とお金メッチャかかりそうだし却下。あと怖い。

 

はぁマジどうしよっかな~。でもな~マシンガン沢山撃ったらいけそうなんだよな~。

武器『五本』位で一斉射撃したらいけそうじゃんマジでな~。

 

 

 

 

プ ロ ト タ イ プ ネ ク ス ト

 

 

 

 

はぁぁぁぁぁ!!はっ、ハァアア嗚呼あゝ!!

 

おいおいーこんなんレオナルド・ダ・ヴィンチに匹敵する天才的発想力ですやん。

思いつくか?ものすごい敵ネクスト(仮)に出会った絶望的状況下の中で思いつくかこれ?

いや誰も思いつかないだろ絶対。プロトタイプネクストのこととか絶対忘れてるだろみんな。

 

あの五連超重ガトリングだったらほぼ100%やれるはずだ。コジマキャノンも付いてるし。

しかもプロトタイプネクストの機動力すごいから。もう凄過ぎてテレポートとか呼ばれるレベル。

つまりあの巨大ブレードとかも絶対避けれるからぁぁぁあああ!!

 

っつーことで。

 

「俺は『プロトタイプネクスト』に乗るッッ!!」

 

どうよ皆ぁ!?

 

「「「ブフッ!!!」」」

 

全員吹き出したぁぁ!

 

あのマーシュさんですらむせてるんですけど。ちょっとビックリしすぎなのでは?

全く皆さんどうし……ん?あれ。それはそうと、ここマーシュさんの部屋だよね。

フィオナちゃん呼び出して案内してもらったから合ってると思うんだけど。何でエドガーさんがこの部屋に居るのでしょうか……まぁ良いか。皆そろってる方が色々と都合が良い。

 

「と、いう訳なんだが」

「ゲホッ!ゲホッ……な、何がそう言う訳なんだゼン?」

「いやな。色々考えたんだが、あの『エイリアン』を相手取るには、此方もそれなりの対応を行わなければならないのでは、とな」

「ッああ……突然私を呼び出してみれば。なにを言い出すのですか貴方は!」

「ンホンッ!ああ。あ~……ちょっと落ち着こうかいゼン君」

 

皆むせてて苦しそう。大丈夫かなごめんね。次からはもうちょっと……って違う違う。

三人は何やら批判的な雰囲気を醸し出しているけど、俺としては結構真面目に考えた結果なんだ。

あの変なのはホント普通じゃない。正直言って攻撃の通らない相手と戦うのはマジで厳しいのね。

だから少しでも対PA効果が高い兵器は何かを考えた結果としてプロトタイプネクストを……

 

「ゼン君。君は自分の戦った相手についてどう思っているんだい?」

「反則級だ」

「だろうねぇ。でもあの性能はB7ありきの物であり、そのまま出てくる可能性は極低い……」

「確かに俺がパイプを破壊した後、奴の性能は幾らか落ちた。それは分かる。しかし」

 

しかぁし。

 

「最悪の事態を考慮して動きたい」

 

そう、これなんですわ。

 

今までの傾向から、相手が予測通りの動きをすることは極まれだ。

事前情報の通りに上手くことが運んだのは初戦のワンダフルボディ位だろう……もし、もし。

 

『本番』で、あれ以上の性能の相手が現れたらどうする?

 

仮に搭乗者がミラージュだったとしたら、普通の機体で戦えるのか?

……いや、さ。そんな事はほぼあり得ないとは自分でも分かってるんだよ。

マーシュさんも言っているけど、実際パイプ壊して色々弱体化したのを目の当たりにしたし。

 

しっかし。今回のアレはちょっとイカンでしょ。予測を裏切った場合のリスクがでか過ぎる。

 

「ふ~……まぁ、君は何かと厄介な敵に会いやすいからねぇ」

「此方としてもお前さんの戦場を見て来たんだ。気持ちは痛いほど良くわかるが……」

「ゼン。そもそも貴方には当てはあるので?」

 

最後のはフィオナちゃんからの質問。あ~やっぱ気になるよね。

普通に過ごしていたら……ってか、それなりにリンクスしててもプロトタイプネクストのある場所何て分からないだろうし。でもねぇ、『外』から来た俺は知ってるんですわ。

 

「ある」

 

俺の言葉を聞いた三人は、何とも言えない表情を見せる。

疑っている……訳じゃ無さそうだ。むしろ、やはりそう来たか、みたいな。それでいて何だろう、特にフィオナちゃんとマーシュさんの顔が曇っている。

 

……ふぃー。やっぱりなぁ、この二人は色々と思うところがありますよね。

批判的な雰囲気になるのも仕方が無いか。昔それ絡みで色々と良くない事があったもんな……

 

「……と言っても何だ、『何が何でも絶対に乗りたい』と言うほどでもないんだ。汚染の問題もあるだろうしな。もし良ければ例の―――っと。聞くのは今更になるが、例の作戦についてアブ・マーシュには色々と『説明』はなされているのか?」

「ええ、一応は。彼には幾つか手伝って頂くことがあるので」

 

フィオナちゃんがマーシュさんにアイコンタクトを送る。

おっけーおっけー。じゃあ普通に『ラインアーク防衛』時の話はしても大丈夫なんだね。

えーと、どこまで話したっけ。

 

「そうか。では続きだが……プロトタイプネクストは現行のネクスト機に比較しても、起動時におけるコジマ汚染率が高いだろう。オーメルからのラインアーク直接攻撃時、プロトタイプネクスト使用によるそれ……」

「ラインアーク側で協議し、許可が得られれば使用は認められます。が、しかし汚染については例の作戦時『そこまで気にしても仕方が無い状況』になる事が予測されるでしょう。故に一番の問題点はそこでは無く」

 

そこでは無く?何なんだ?

 

一応、フィオナちゃんの言う『そこまで汚染を気にしても仕方が無い状況』ってのは理解出来た。

ラインアーク防衛時にはそれこそ複数のネクスト機での戦闘が行われることとなるだろうから、ちょっと汚染率のやべー奴が一機混じったところで……って話だよね。

 

じゃあ一番の問題って一体……

 

「お前さんのことだよ。ゼン」

「エドガー」

「俺たちはな、お前さんの身を案じているんだ」

 

あ~……そっちね。

 

「ゼン君。君はプロトタイプネクストに乗った人間がどうなるか知っているんだろう?」

「ああ」

「如何に貴方と言え、無事では……」

 

……。そうだね。

 

良く知ってるよ。変な言い方になるけど、俺は『アナトリアの傭兵』だったから。

初代ホワイト・グリントのリンクス。あのジョシュアさんでさえ死を覚悟して乗ってた代物だ。

俺の身体がいくら強化されていると言っても、搭乗して無事で居られるとは思えない。

 

だけどさ。そもそも。

 

「俺がミラージュと戦う時点で、無事ではすまないだろう」

「それは……」

「良いか皆。そもそも、俺の事はそこまで気にする必要はないんだ。前に一度言っただろう?俺はこの世界にあと1年も存在できるかどうか分からないと。これは確定事項であり、絶対に変えられない運命と言うものだ。そんな『居なくなる人間』の事をいちいち考えていては」

 

いけな……

 

「命の恩人を、気にするなと言いたいのか?」

 

……エドガーさん。

 

「……言いたいことは色々とあるが、今は辞めておく。ただな?お前さんに命を救われた者たちが居て、お前さんに何かあると悲しむ者もいる。その事だけは忘れないでくれ」

「ふー……分かった、分かった。『自分を大切に』だな?意識しておくとしよう……しかしながら、だ。プロトタイプネクストの件、俺は前向きに検討させてもらうぞ」

 

エドガーさんが俺のことを常に気にかけてくれているのが分かって、涙でそう。

いや俺としてはあなた方の方こそ自分を大切にして欲しいんだけどさ。

エドガーさん達に何かあったらマジで悲しいから、だから俺は頑張れる・頑張るのよ。

 

この殺伐とした世界での癒しだからさ。

 

「全く。僕とフィオナちゃんも、アレに関わることはおススメしないんだけどねぇ。まぁ、最終的な判断は君とラインアークに任せるよ。で、実際その辺り、どうなりそうなのフィオナちゃん」

「そう、ですね……ラインアーク側の問題点として挙げられるのは『政治的配慮』でしょうか」

 

政治的配慮……っつーとどういう意味でだ。解説おなゃす。

 

「ラインアークが『プロトタイプネクスト』を防衛側に出撃させた場合、当然相手企業にもその情報が漏れることは避けられません。その時、問題となるのはその強力な兵器の出どころ……『何故ラインアークなんぞにそんな代物が?』と、彼らは躍起になってその提供元を探そうとするでしょう。ゼン。聞きますが、貴方はプロトタイプネクストをどこから持ってくるおつもりで?」

「ORCA旅団」

 

俺の言葉に皆がため息を吐く。なんである事知ってるんだコイツ、みたいな?

あるいはその答えが望ましいものでは無かったか。いやっはぁ~スマンな!

 

「……『貴方のところ』ではありませんでした、か。今回の計画はマッチポンプではあるものの、我々ラインアークが旅団と繋がっている事実は絶対に公表されたくはありません。この後彼らの行う行為はテロ行為そのものであり……公になるとイメージ低下どころの話ではないので」

「うーん。まぁフィオナちゃんの言わんとしている事は良くわかるよ。ゼン君の『組織』の情報管理の徹底さから、出自がそこならまだ安心は出来るんだけど」

「ORCA旅団から持ち寄せるとなると……情報統制に関して少々の不安がある、か」

 

三人とも息ぴったりだね。俺の『組織』とかこの世に存在してないからね。ごめんね。

 

しかしそっか~。そう言うところもちゃんと考えて動いていかないとヤバいか。

考えてみれば、俺がラインアークに居る時点で色々と企業側から目ぇ付けられてるもんな。

色々無茶言ったり迷惑かけたりして、もう土下座してぇ気分っす。

 

はぁ。ちょっと俺も何かそれっぽいこと言って、理解してますよ感出しておくわ。

 

「まぁ、三人の言うことは理解できる。単純な問題として、『プロトタイプネクストを持ってこれるほどの組織がバックにある』と認識されること自体厄介だろうしな。例の作戦後、企業のラインアークへの対応にも大きく関わって来るだろう」

 

こんな感じでどうよ。ちょっとお馬鹿加減を隠せ……

……

…………。

 

「……」

 

ああー……

 

「……?」

「え~っと」

「ゼン?どうした?」

 

……そうか。そうだな。ちょっとマジな閃き来たわ。

『これ』。良いやん。この案で行けば色々と問題は無くなるんじゃないか?

そう……だな。うん、そうだそうだ。これでラインアーク問題片付くわ。

 

でもな~、これちょっとバレたら色々アレなんだよな……繋がる携帯は基本フィオナちゃんだし。

 

……『爺さん』とこ行くかぁ?マジであの人っぽいんだよな。まぁ違ってたら違ってたでOKか。

それなら今まで通り過ごせば良い訳だし。OK OK。

 

「ん。ああ、すまんな。どうすれば全て上手くいくのかを少し考えていた」

 

黙んまり状態から回復した俺の言葉に苦笑する皆。何だなんだ、馬鹿にしておるのか!

でも良いよ!ゼンさんは君たちが笑ってくれるのが一番好きだからな!

おらもっと笑えや!(憤怒)

 

「お前さん、何か良い案が浮かんだのか?」

「ククク……どうだろうな。まぁなんだ、フィオナ・イェルネフェルト。ORCA旅団に今、連絡を取れるか」

「向こうが可能なら」

「そうか。今話しているプロトタイプネクストの件で連絡を取りたい。使用する・しない、どちらにせよ先ずは向こうの許可を取ってから話を進めた方が良いだろう」

 

確かに、一理あります。と頷くフィオナちゃん。

すると胸ポケットからORCA旅団専用の通話機を取り出し、部屋全員の顔に一瞥をくれた後……

 

「……それでは」

 

通話ボタンを押した。

 

それにしても判断はえーな。言っておいて何だけど電話かけるのに迷いなしか。

まぁラインアーク上層部との話し合いの為に、既に数回連絡取り合ってるかもしれないしな。

 

「……」

 

静まり返った部屋に響くコール音……かくして、3コール程した事を確認したその時。

 

《どうした。何か問題でも発生したか》

 

携帯端末から男性の声がこだました。機能は例に漏れずハンズフリー機能を使用しているらしい。

低く良く通るこの声。つまり主はあのお方!

 

「メルツェルか」

 

ORCA旅団副団長ぉ!相変わらずかっこよい声してらっしゃる!

 

《ほう。ネームレスのリンクスか》

「ああ。少しそちらに頼みたいことがある」

《手短に話そう。何だ?》

「プロトタイプ・ネクストを貸してほしい」

 

言われた通り手短に行きました。だって何かメチャメチャ忙しそうな雰囲気だし。

しかし俺の質問があまりにも突拍子もないものだったのか、一瞬の沈黙が訪れる。

いや分かりますよ!なんで知ってるんだってなってるんですよね!

 

さっきこのメンツにも似たような反応(ため息)されましたから!ほんと突然ですんません!

 

でも今回はその特大お願いに更に追加があるんだよなぁ!?

はいどんどん行くよ。怒るなよ!絶対怒るなよ!(振りではない)

 

「それと武装。アルゼブラ社製の背部兵装備、スラッグガン〝KAMAL〟二本、オーメル社製ショットガン〝SG-O700〟一本。そして旧レイレナード社製のマシンガン〝03-MOTORCOBRA〟が一本欲しい」

 

自分でも大分無茶言っているのは分かる。

前回の通話でメルツェルさんが、俺への『借り』として何らかの頼みを聞いてくれるって話はあったけど、さすがにこれはやり過ぎ感が否めないだろう。でも……

 

《先日の不明機対策か》

「さすがに記録を見たらしいな。ああ、その通りだ。今のままではアレと戦えん」

《少々注文過多だが……そうだな。ネームレスのリンクス、一つ聞きたいことがある》

 

何だ?

 

《この先の人類。どうなると考える?》

 

なんじゃそりゃ。ここでこの質問することに何の意味が?

聞かれたから勿論返事はしますが……そんなん答えは決まってますやん。

 

アーマード・コアの存在する世界なんだから。

 

「生き残る」

 

これ以外にない。どんなに劣悪な環境下に置かれたとしても、人類は生き残る。

数は減っても、絶対に全滅しない。新しい戦いに惹かれ、数を増やし、また減っていく。

それの繰り返しで、時々イレギュラーが現れて、世界を救い、破滅させる。

 

俺の見てきた『アーマード・コア』は、人類の絶滅した世界なんて無かった。

 

《言い切るか。中々興味深いな》

 

少し嬉しそうなメルツェルさん。この人は人類大好きだからな。

どれくらい好きなのかと言うと、活動目的が『人類存続』ってな位。

よーし、このちょっと嬉しいテンションに発破かけて、今までの要求を通させたい次第。

 

ゼンさんに、黄金の時代を……

 

「俺にはある種の確信がある。それはそうと、この要求を聞くと其方に良いことがあるぞ?」

《具体的には》

「秘密だ」

《秘密か》

 

ひ・み・つ(ハート

 

いや本当の事なんだけど。ちょっと今この場では話せないんですわぁ。

後でみんなに何の事か聞かれたら、あんなの嘘に決まってんじゃん!って嘘つかなきゃ。

っで!どうなんだ!OKなのか!ダメなのかどっち!

 

《……良いだろう》

 

ッシャおらぁ!

 

《私としてもミラージュ対策は万全なものにしておきたい次第だ。今回のプロトタイプネクストとネームレス兵装の輸送、情報統制を徹底する。企業に我々の関係性を知られたくは無いだろう。輸送ルートや時間等の動きは此方が指定した通りのものとなるが……フィオナ・イェルネフェルト》

「こちらに」

《輸送機が何時到着しても良い様に、受け入れ態勢を整えておくと良い。では、な……》

 

そしてブツッ……と言う音と共に通話終了。

やっべーなこの人。俺らが心配していることは全部お見通しってか。情報統制を徹底するとかやたら安心させる言葉を吐いてきたんですけど。

 

「ふ~っ。彼、やけに理解が早いみたいだねぇ」

「……まぁ、所謂参謀役だしな。と、言うか珍しく黙っていたな。アブ・マーシュ」

「いやね。少し考えていたのさ、それにしてもあっさりと要求を飲んだな、とね」

 

うーん確かに。

 

「ゼンの奴の口八丁に乗せられたのか、それともあの男なりの考えがあるのか……」

「あるいはその両方だったりしてねぇ」

「ともかく、交渉は上手くいきました。輸送に関しては追って向こうから連絡が来るでしょう。

私は……今回のプロトタイプネクストの件、上層部での話し合いを持つ機会を設けなければ……」

 

とりあえず一段落ついたか?

 

まぁネームレス用の武装も注文したし、今できる準備はこれくらいかなぁ。

ああいや、俺は少しばかり個人的に動く予定があるんだった。

急ぎたいところだけど、怪しまれるとアレだし次のバイトの時間までは大人しくしとくか。

 

ことがことだけに、部屋に戻ってゆっくり考えた方が良いだろうし。

 

「あ、そうだゼン君。話し忘れていた」

「?」

「エドガー君から依頼されて、例の『エイリアン』について分かったことが幾つかあるんだ」

 

おお、マジか。

 

「本当か。二人とも、何時もすまないな」

「フッ。と言っても、此方は特になにもしていないさ」

「エドガー君は謙遜上手だねぇ。フィオナちゃんはどうする?聞いてくかい?」

「そうですね。『彼』の助けになる可能性もありますし……聞いておきましょうか」

 

おっけーおっけー。

 

じゃ、色々解説頼むわマーシュさん!

 

――――――――――――

――――――

―――

 

で、翌日。やって来ました。

 

「おう!来たか新人!」

「ほっほっほ。ヨシ君、今日もよろしく頼むぞい」

 

バイトの時間だあぁぁ!

 

「このフロアの清掃は……新人!一旦爺さんのところを手伝ってきな」

「そちらは大丈夫なのか?」

「問題ねぇ。ご老体を労わりつつ、迅速な行動を心がけるんだぞ?この前みてぇに、タイル一枚一枚完璧にピカピカに磨こうなんて考えるんじゃあねぇぞ!?分かったな!!」

「了解」

 

先輩ナイス采配!爺さんと二人っきりになれるぜグへへ。

それにしても先輩のキレ具合が初っ端から半端ねぇ。血管切れるんとちゃうか。

 

いや俺のせいなんだけどさ。

 

「では行くとするかの」

 

爺さんの合図を機に指定の場所まで移動を開始。

到着したら、通常通り暫く業務をこなしつつ……時折周囲に目くばせを行う。

近くに人がいないことを確認し、場が整ったと判断したら。

 

「なぁ爺さん」

 

ちょっと聞いてくか。

 

「何じゃ」

「爺さん、ORCA旅団か?」

「そうじゃよ」

「そうか」

 

ふーん。そっか、旅団かー。

 

ん?

 

今旅団っつった?

 

「ゼン君、そこもう少し強めに擦っとくれ」

「ああ」

 

あゴシゴシ……あ~ここの床の汚れとりづれぇな。

洗剤多めにしとくか?いや、メッチャ汚れ落ちるスポンジに変えるか。

でもな~ワックスまで落ちると色々と問題が……

 

いやゼン君って言ったよね今。偽名完全にバレてるよねこれ。

 

「爺さん」

「何じゃ」

 

ほ~ん。あくまでもその態度を貫くつもりっすか。じゃあこれ。

 

 

「ORCA旅団に入りたい」

 

 

そんな俺の言葉に、それまで動かしていた手をピタッと止める。

 

……これは流石に効いたか。

 

俺がゼンだって知ってるってことはつまり、件のリンクスだと言うことも既に承知のはず。

そいつがこんな意味不明な事言い出したら、そりゃこうなるか。さてさて……

 

「何を考えておる」

「欲しいものがあってな」

「何じゃ」

「色々」

 

再び、爺さんは手を動かし始める。

 

「答えになっとらん」

「最近、本当に色々と欲しいものが増えた。故に一概に『これ』とは言えんのだ」

「……ではお主の欲しいものとやらは、旅団に入れば本当に手に入るのか?」

「『全て』は無理だな。だからこそ選んだ。絶対に手に入れるべきものを」

 

そう。ラインアークに来てからと言うもの、いつの間にか色々と欲しくなってきてさ。

でもやっぱり全部は無理だ。どう考えても何かを得るためには何かを捨てないといけない。

俺の両手がいっぱいいっぱいになっちゃって、視界が塞がったら意味がない。

 

あれこれ欲して、身動きが取れなくなるのは論外だ。

 

それに『今』を逃したくない。俺にとって最も重要なものを手に入れるチャンスを。

 

「……ふぅ。まぁ、ここで問答してても仕方が無い。儂に入団云々の権限なんぞ無いしのぉ」

「爺さん」

「分かっておるわ。ほれ、この端末を受け取れ」

 

そう言って、爺さんはさり気なくそれを手渡してくる。

形状はフィオナちゃんが持っている旅団専用の端末と酷似しているな……と、言うことは。

フィオナちゃんにすれ違った謎の清掃員Xは、やっぱり爺さんで決まりっぽいか。

 

「電話帳の一番下にでも掛けるが良い。儂の名を出せば……と、言うかお主なら一発じゃろうて」

「……恩に着る。それはそうと、俺はまだ爺さんの名前聞いていないぞ」

「それもそうじゃったか。儂の名は……『ラスター』とでも呼ぶがよい」

 

ら、ラスター?

 

「なぁ爺さん。ネクスト、『フェラムソリドス』を知っているか?」

「何じゃお主、倅の事を知っておるのか?」

「倅……だと?おいおい、まさか」

「そういう事になるかのぉ。もう長い間顔を合わせておらんが、彼奴め。小さい頃から何かと油断する癖を持っておるからのぉ。どこぞの戦場で乗たれ死んでおらんと良いが」

 

おおおおい。普通に予想外だぞ!

謎の清掃員説よりも遥かに衝撃的なんですけど!?

ちょっ、ちょっと。あの人の小さい頃の話とかメッチャ聞きたいんだけど。

 

『ラスター18』さんって本編だとちょい役だったし!でも俺結構好きだったよあの人!

 

「俺の情報だと、まだあの男は生きている可能性大だぞ」

「ほほう。しぶとく生き残っとるか……まぁ何じゃ。仲間になったら倅と仲良くしとくれ」

 

どことなく安心している表情の爺さん。

一回目のメルツェルさんとの通話で『感情の見える男』の生存は確認できたし。

間違いはないだろう……今のところは。あと是非とも仲良くさせて頂きます。

 

旅団に入れたら、だけど。

 

「うおおおおおおい!!サボってんじゃねぇぞぉぉおおおお!」

 

ちょっ、煩さ!遠くに居るくせにヤンキー先輩の声超聞こえるわ!

 

「煩いのもおるし、話はここまでじゃな」

「端末の返却は次に会う時で良いか」

「うむ……さて、真面目に仕事するとしようかのぉ」

「了解」

 

はぇ~……仕事終わったら少しだけ『ラスター18』さんの子供時代の話聞かせてもらうか。

 

 

 



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第47話

ORCA視点

 

面倒な事になった。

 

「どうだ。何か情報は得られたか?」

「いえ。今のところそれらしき情報は得られては……」

「そうか。警戒態勢は引き続き維持しておけ。何かあったらすぐ私に伝えろ」

「了解しました」

 

ORCA旅団副団長「メルツェル」は執務室から部下を追いやると、一人、小さく息を吐いた。

 

「……」

 

そして改めて考える。本当に、面倒だと。

……先に言っておくが彼は生来の『面倒くさがり』ではない。むしろ面倒が必要だと判断すれば、自ら進んでそれをこなす程度の器量は持ち合わせている。

 

冷静沈着・頭脳明晰、敵に回すとそれこそ面倒な男。

 

だからこそ副団長と言うポジションを任されている訳でもあるのだが……

先のため息から分かるように、今現在、そんな彼が『非常に面倒』だと判断している案件がある。

それが一体何なのかと言うと。

 

「先を越された、か」

 

そう。先を越された……可能性が高い。

 

『ミラージュ』に。

 

「EU第6支部……」

 

メルツェルの呟いた言葉。正確には『トーラス社、EU第6支部』である。

この第6支部……何を隠そう、ORCA旅団がミラージュの潜伏先として睨んでいた施設なのだ。

先日の『エイリアン』製造事件の後、帰還したネオ二ダス……銀扇はこう話していた。

 

『テレジアの奴もそう睨んどった』

 

と。言うまでもなくミセス・テレジアは現役のトーラス専属リンクスである。

彼女がそう予測していと言うこともあり、メルツェル自身、その信憑性は高まったと判断した。

故に、ネームレスによる『エイリアン』破壊の後のリアクションを見れば更なる核心に迫れると踏んでいたのだが……問題が発生した。

 

何と、その第6支部がオーメルの飛行部隊に急襲されたのだ。

 

それまでにオーメル内部のORCA構成員からは飛行部隊に関する情報は一切入ってきて居ない。

更に言うのなら、この出来事はエイリアンを破壊してから『24時間以内』に発生しているときた。

つまるところ、完全に予想の範疇外の事態である。

 

「……」

 

トーラス第6支部は辺境にある……言っては何だが、さほど重要では無い施設だ。

もっと言うのなら、誰の目にも止まらないような『左遷組』の集まる場所。

こんな辺鄙な場所に何を求めて『襲撃』なんぞを仕掛けるのか。普通なら理解に苦しむところだ。

 

派手な戦場ならもっとある。今回の出来事は世間的にも全くもって認知されていないだろう。

故に出回る情報も少なく、縁のある戦場ジャーナリストとの連絡も徒労に終わっている。

 

……しかしながら、だからこそ一つの確信を得られた。

 

「やはり、か」

 

『ミラージュ』はあそこに居た。オーメル社の反ORCA……現状『維持派』とでも呼ぼうか。

その者達は自分達よりも早い段階でその確信を得ており、今回の行動へと至ったのだろう。

……しかしながら先ずそこまで考えた時、メルツェルはある違和感を覚えることとなる。

 

そう、余りにも準備が良すぎたのだ。

 

今回のオーメルの行動。飛行部隊の準備は秘密裏に進められており、そしてあまりに速すぎた。

単にタイミングが良かった、で片づけられる問題だとは到底思えない。

そこでメルツェルはとある仮説を立てる。それは……

 

「オーメル『維持派』と『トーラス第6支部』。この両者、繋がっていたのではないか」

 

これである。

 

……突拍子も無いだろうか?メルツェル自身、初めはそう思った。

これまでミラージュの存在については全ての企業が注意深くマークしていた。それはオーメル社とて同じであり、『維持派』の者達もそうだっただろう。

あの狼狽えぶり、とても老人たちが演技をしていた風には見えなかった。

 

しかしながら……言い方を変えよう。維持派の中でも更に細分化された、『特定の連中』。

 

これならどうだろうか。

 

「……『ウルスラグナ』」

 

メルツェルは思い出す。しばらく前、『スプリットムーン』が出た戦場での出来事を。

ギアトンネル内、今現在オーメル陣営管轄の地で突如現れたアームズフォート……

ウルスラグナ。アレは確か製造元は『旧アクアビット+旧GAE』だったか。

 

要するに現在のトーラス社の母体となった企業の代物である。

 

果たして、何故そんな代物がギアトンネルに現れた?旅団にも少々予想外の事態だ。

戦闘から帰還した真改からその話を聞き、また戦闘記録を見た時には少しばかり驚いたものだ。

まぁその時は「ただ驚いただけ」に留まっていたのだが……

 

今現在は違う。

 

「似ていた、か」

 

そう。似ていた。

 

ウルスラグナの前面『二枚目の隠しPA』と。エイリアン正面の『超硬度PA』。

PA生成範囲の規模こそ違うものの、見比べてみるとその迸る電流の量、推測される『厚さ』。

それらが非常に酷似していることに気が付いた。

 

そして更に思考を巡らせる。今回の一件と、その過去の一件。どうにも臭う。

ともすれば例のウルスラグナはエイリアンの超硬度PA生成に関わっていたのではないか?と。

つまるところ……今回の『飛行部隊による急襲』。ミラージュ側によって仕組まれた……

 

「……面倒だ、な」

 

そう。そうなって来ると、非常に面倒だ。

 

しかしながらこの考えで行くと、これまで起きた様々な事に『納得』出来てしまう。

例えば、何時だったか……ネームレスとミラージュの初戦闘が起こった時の話だ。

その戦闘はまさに『化け物』達の食い合いだった。流出した映像はそれを見た全ての人間を恐怖に陥れた事だろう。特にミラージュ。居場所が分からない・AF襲撃犯だと認知されていたこともあり尚更に。

 

これにより、ネームレスは結果的に企業側から『安全装置』としての地位を確保した。

 

「……」

 

さて、問題となるのは何者かがこの映像を大々的に『流出』させた目的。

それについてメルツェルは今現在こう考えている。「大衆に恐怖心を植え付けるため」と。

まぁ、この仮説通りなら流出目的は大成功だ。恐らく予想以上の結果が出て万々歳と言ったところではないだろうか。

 

それで、だ。その結果一番恐ろしい目に遭う企業が存在している。

犯人探しの被害に遭った、可哀想な大企業。

 

オーメル・サイエンス・テクノロジーが。

 

「……」

 

皆にネームレス&ミラージュの『組織』との繋がりを疑われた彼らはどうする?

何かしらの態度を示さなければ周囲の追及は止まらない。

そう。例えば居場所の分かる怪物、ネームレスへの攻撃など……

 

嫌だろう。考えるまでもない。ランク1を使って、勝ち目のない作戦に赴くなど。

下手をすれば多大な損失を被る可能性すらあるのだから。いやまぁ、実際にORCA旅団との提携関係によりランク1は『生死不明』となることが決定づけられているのだが。

 

とにかく、無駄の一切を嫌う性質でもある彼らにとって、今回のラインアーク直接攻撃は屈辱だ。

誰でも良いから、助けを乞いたい気分だろう。それこそ諸悪の根源。

 

 

「ミラージュ」

 

 

蜃気楼だったとしても。

 

トーラス第6支部……ミラージュが、彼の回収を『オーメル特定』連中に依頼していたとしよう。

さて、どうなる。今現在の世界最高峰戦力がオーメル『維持派』へと手に入るチャンスだ。

怪物達の『組織』と繋がりを疑われている彼らではあるが、今回の一件、断る筈がない。

 

この世界は力こそが正義。

 

ミラージュさえ手に入れば、今回の『ラインアーク直接攻撃』は大いに勝ちが狙える。

いや、そもそもの話ミラージュはトーラス社から引き取った形になる故に『かかわりの深い企業はトーラス社だった』との言い訳すら可能になってくる。

 

周囲の企業も大きな口を叩けなくなるだろう……

 

「……」

 

トーラス本社の者達はORCAの思想に理解を示しているだけあって、これは大きな痛手だ。

今思ったが、トーラス第6支部の連中は『左遷組』故に本社の命に背いた、つまりは『現状維持』を支持する者の集まりだった可能性もある、か。

 

「厄介な」

 

それに加え……ミラージュが企業側に渡ったという事実があれば。

 

ネームレスの『安全装置』としての役割は消える。

 

恐怖の対象は一変して、ミラージュからネームレスへと変わる可能性大だ。

戦闘記録を流出させさこともあり、多くの企業関係者……それこそ名も知らぬ一般人、『大衆』の手によりネームレス糾弾へと流れが変わってもおかしくは無い。

 

……ラインアーク(反体制)所属という事実により、それに更に拍車がかかる事も予測される。

 

「切れる」

 

これはまだ、あくまでもメルツェルの予測でしかない。

しかしここまでの流れ、もしこの通りになるとすれば……ミラージュ。中々の切れ者だ。

一体いつからこの計画を考えていたのやら。願わくば、この予測が外れてほしいものだが。

 

「あ、あの……!」

「メルツェル様!」

 

そこで、執務室のドアがノックされる。

声の主から察するに、女性・人数は二人か。先ほど部下を退出させたばかりだと言うのに。

しかしながらこの慌てようは……

 

ついに来たか?有益な情報が。

 

「入れ」

 

声をかけると同時、ドアを開けた二名が緊張した面持ちで室内に踏み入れる。

……よほどの一大事の様子だ。

 

「有益な情報は得られたか?」

「は、はい。では私の方から……」

 

向かって左の女性が、顔を青くしてこう告げた。

 

 

「み、ミラージュが。今しがたオーメル名義で『カラード』に登録されました……っ」

 

 

最悪だ。最悪の状況が実現したと言っても良い。

つまり先ほどの予測、おそらくほぼ全てがメルツェルの予測した通りに事が運んでいる。

ミラージュ……ついに表に出て来たか。しかも企業側に与するなど。

 

反企業。ORCA旅団にとっては死活問題だ。

アルテリア施設への襲撃は、アレが出て来た時点で終了したも同然。

 

「そうか」

 

メルツェルは冷静に努める。

 

一応のところ、この時に備え『昨日』に手は打ってある。

ラインアークからの直通電話。もっぱらフィオナ・イェルネフェルトから掛かってくるそれに、例の『名無しの怪物』が出てきたのだ。

 

どこから情報を手に入れて来たのか、『プロトタイプネクスト』を貸せとの話だったが。

 

あの時即座にそれを了承したのはこうなった時の為でもある。

ミラージュが表に出なかった時ならまだしも、正式に企業所属となった今、奴はほぼ確実にアルテリア襲撃時に現れるだろう。

つまり今度のラインアークでの作戦時、ミラージュを葬れなければORCA旅団に未来は無いのだ。

 

だからこそ切り札をネームレスのリンクスに明け渡した。それこそネームレス用の武装も。

少々注文過多ではあったが……それに、あの男の言う『良いことがある』が気になったから。

良ければ今度の作戦時までにその『良い事』が起こると良いのだが……

 

「それで、そちらの方は」

 

ミラージュの方は気になるが、もう一人の部下の方へと問いかける。

まさか、二人とも同じ案件で来たわけでもあるまい。

 

「はい。私の方ですが……この端末を」

「これは」

「ラインアークへの工作員、ラスターの端末から……ネームレスのリンクスと名乗る者が」

「何だと?」

 

ネームレスのリンクス……ゼンか。昨日、奴の要件は話し終えたはずだろうに。

しかもラスターの端末からなど。イェルネフェルトに渡した物からではいけなかったのか。

そもそもラスターの端末を手に入れるとは、つまり正体を見破られたという訳……か?

 

しかもこのタイミング……疑問は尽きないが、とにもかくにも出てみなければ話にならない。

 

「私だ」

《昨日ぶりだな……手短に話そうか?》

「ふっ。少々『長め』でも構わん」

《そうか》

 

現状について、少し話をしておきたいことが……

 

《ORCA旅団に入れて欲しいと思ってな》

 

……何だと。この男、まさか今。

 

「何を考えている?」

《ラスターの爺さんにも似たようなことを言われたがな。まぁ何だ。アルテリア施設の件だ》

「約束は守る主義だ」

《疑っている訳じゃない。ただな、俺はそれがどうしても欲しい。だから待つのは辞める》

 

……アルテリア施設がどうしても欲しい、だと?

まさかとは思うが、ラインアークへの貢献と言う話では無いだろう。

ラスターの端末を使用していることから、この男が個人的に動いている事は確かだ。

 

単なる隠れ蓑に過ぎないラインアークの為に彼がここまでするとは思えない。

まさか彼らの『組織』が欲しているのか。

何の為に欲しがっているのかは分からないが……しかし。

 

これは大きなチャンスだ。そうメルツェルは考えた。

 

ここで『組織』に恩を売っておけば後々役に立つときが来るかもしれない。

そもそも、このタイミングでこの怪物が旅団に参入してくれることのメリット。

 

計り知れないものがある。

 

「これが昨日の通話で君が言っていた『良い事』という訳か」

《そうなるな。戦力として不安か?》

「申し分ない。ただ、条件がある」

《何だ》

 

そう。一つ条件がある。

 

「例の作戦時、必ず生き残って見せろ」

 

これが出来なければ話にならない。

 

《ハナからそのつもりだ》

「それは良った」

《それとだ。それにあたり俺はラインアークを抜ける》

「ほう。迎えは此方で用意しておこう。時期の指定は?」

 

メルツェルの言葉に少しの沈黙が訪れるが……

 

《今すぐには出来ん。しかしそう長い事待たせるつもりも無い》

「なるほど。連絡は追って頼む。可能な限り速やかに、な」

 

良い傾向だ。まさに光明が見えた、とでも言うのか。

 

これなら例の作戦時にミラージュを必ず潰す必要は無くなる。

最悪あの場ではアレを撤退させることが出来れば良い。

当然、面倒事は早めに処理するに限った話ではあるのだが……ネームレスさえ無事ならば、やりようは幾らでもある。

 

「ところでネームレスのリンクス。ミラージュに関する新情報が入った」

《情報?》

「奴はカラードに正規登録されたらしい」

《おいおい……冗談はよせ》

 

それが何とも、面白くない事に。

 

「冗談ではない」

《何時頃に登録された?》

「今しがた、だ」

《それはつまり―――》

 

ネームレスのリンクスは口を開きかけるが、

 

 

―――《(おい!ゼン!大変だ!)、(ゼン!居るのでしょう!扉を開け……)》

 

 

そこで通話口から聞こえる聞き覚えのある声達。なるほど。

 

「ここまでのようだな」

《らしい。もう少し話を聞きたかったが》

「今から其方に来る『正規の端末』に連絡を取るとしよう」

《クック……なるほど。では、また後ほど》

 

怪物との通話終了。

 

さてさて……

 

「これを返す……喜べ、光明が見えた」

「!!」

「本当ですか!」

 

メルツェルに下らない嘘をつく趣味はない。

それを部下たちも分かっているのだろう。先の表情から一転、明るいものへと変化する。

 

「詳しい事は後ほど、まとめて皆に伝える。私はこれから少し連絡を取り合うのでな」

「はっ!」

「それでは、失礼します!」

 

そう言って室内から出ていく部下二名……その姿を見送りつつ思う。

 

どうして中々、世の中悪い事ばかりは起きないものだな、と。

 

 



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第48話

勿論、書いていますよ。
ところで皆さん、デモンエクスマキナってゲームが出るらしいです。
スタッフの方がどこかで見たことあるような人達なので、凄く楽しみですね。



ドン・カーネル視点

 

 

ラインアークにORCA旅団。現体制を良しとしない二つの反体制勢力。

彼らが誰に知られることなく、一時的な協力関係を築き上げようと画策していた最中……事件は起こった。

 

何と、ミラージュが表舞台(カラード)へと姿を現したのだ。

 

「……」

「……」

 

そのあまりに唐突・衝撃的な展開に、誰もが困惑した。

 

何せミラージュはネームレス以上に危険で、謎多き存在とされていたのだ。彼の行動……複数のAFを瞬殺するなどといったアウトローっぷりから、何らかの反企業勢力に所属していると踏んでいた者も大勢いた。

 

「おはようございます」

「……ああ」

 

故に、今回の「オーメル名義」でのカラード参戦。あまりに不可解な出来事である。

 

そこで『男』は一瞬、考えた。まさか、オーメルがミラージュの存在を秘匿していたのか、と。

 

しかし、如何にオーメルとは言え、ミラージュ程の存在を誰に知られることなく隠すとなると……それは難しい話だ。いや、むしろオーメルだからこそ厳しいとでも言うのか。

 

ここに至るまで、現存企業中最も経済力・発言力のあるオーメルが一番に『怪物達』との関連を疑われていたとの話だ。他企業からの激しい追求があったとして……もしミラージュを秘匿していたのなら、もっと早くにその事実が明らかになっていたとしても、不思議はないのではないか。

 

何より有名どころと言うのは、それだけで『隠し事』が難しくなるのだから。

 

「一つ、よろしいですか?」

「何だ」

 

この件に関してオーメルは何の声明も出しておらず……事件から二日経った今でも何の情報も得られていない。あるのは様々な憶測だけ。一体世界はこれからどうな……

 

「突然ですが、貴方に蹴りを入れます」

「あ?」

「ふっ」

「っが!」

 

太股にはしる衝撃、そしてパァン!と言う小気味よく乾いた音。

考えに没頭していた『男』、ドン・カーネルは突然身に降りかかった暴力に顔をしかめた。

 

「ふむ。身体だけは頑丈な様子で」

「~~~!なんっ、何なんだお前は!?」

「『キャロル』です」

「知っとるわそんなこと!俺はお前にその暴力の理由を聞いとるんだ!」

 

状況を説明しよう。

 

今現在カーネルが居るのは、GA本社における『シミュレーションルーム前』だ。

ネームレスに敗れさってからと言うもの、暇な時間は昼夜を問わずこの部屋に籠りっきりのカーネルであったが……今日は珍しく、彼の携帯端末に相棒(?)であるキャロルからの呼び出しがあったのだ。

 

急がねば碌なことにならん。

 

今までの経験上そのことを良く理解している彼は、急いでルームを出たのであったが。

何と、出た時には既にキャロルが扉の前で待機していた。その姿を見て、嫌な予感がしたカーネルだったのだが……まさか、いきなり蹴りを入れられるとは。

 

何とも恐ろしい女である。

 

「理由が知りたい、と?」

「当たり前だろうが!」

「では、失礼して」

「んなっ……」

 

カーネルタイキック事件の詳細を明らかにすべく、抗議の声を挙げようとしたカーネルの顔に……

 

キャロルの両腕が伸ばされた。

 

男の頬に、女性特有の柔らかで、暖かな感触が伝わる。

……蹴りを入れられた時以上の、想定外の出来事だ。故に、対応が出来ずに固まってしまう。

一方、キャロルの方はと言うと。

 

「ふむ……」

 

両手で掴んだカーネルの顔を、下から覗き込むように何やら観察している。

彼女の視線の先は……カーネルの目元か。どうやら、二人の視線が完全に交錯している訳ではないらしいが……

 

暫くそんな状況が続いた後……キャロルは男の顔から手を離し、口を開いた。

 

「近頃の睡眠時間は?」

「あぁ?何言って」

「睡眠時間は」

「……2時間は寝ている」

 

何故、今この質問をされたのかは分からないが、カーネルは取り繕うように答えた。

 

そう。別に、寝ていないことは無い。

 

ただ、今のカーネルとしては寝る時間が勿体無いと感じているだけだ。睡眠を多く取るよりかは、戦闘訓練に充てた方がまだマシだろう。やればやるほど、結果は現れるはずなのだから……

 

「愚かな。低いAMS適性故、唯でさえストレスを受けやすい身体だと言うのに。これ以上に負担を抱え込んでどうするのです」

 

……そう、思っていたのだが。キャロルから苦言を呈されてしまう。

 

「小言を言いに来たのか?」

「はい。このままでは大事になりそうなので」

 

何を言い出すかと思えば。

 

「お前が俺の心配か?明日は嵐だな」

「反応速度が鈍っています。それこそ、私のか弱い蹴りに何も対応出来ない程度には。このままでは、次回の任務に支障をきたす可能性が大きい」

「チッ。何が『か弱い』だ……ああ分かったよ。ちゃんと休めば良いんだろうが」

「ほう。素直なのは良いことです。仮に拒否したのなら、次はか弱い手刀を見舞うところでしたよ」

 

か弱いと言う言葉がここまで似合わない女も珍しい。そう、カーネルは思う。

 

いやなに、身体的な意味で言うのなら、キャロルは細身ではあるのだが……その精神性、性格とでも言うのだろうか。恐らくだが、その辺の男性軍人よりもはるかに図太い精神の持ち主だろう。

 

その無駄に整った見た目からは想像が出来ない。全くもって可愛げg

 

「今、失礼なことを考えましたか?」

 

……。

 

「いや」

 

別に失礼ではない……はずだ。

 

「ならば良いです。では、行くとしましょう」

 

そこで気がついた。そう言えば、と。

 

キャロルに呼び出されはしたものの、その目的はハッキリとしていなかったのだ。

行きましょう。と、言うことは別室で次の任務の説明でもするのだろうか?

いや、しかし……今日はそう言った雰囲気ではない。何と言うのか、あまりピリついていないとでも言うのか……まぁ、相変わらずの無表情ではあるのだが。

 

「何処に行くんだ?」

「コーヒーでも飲みに」

「……。はぁ?」

「おや。コーヒーをご存知でない、と」

 

この女ぶっ飛ばしてやりたい。カーネルはプルプルと震え出す。

 

「そんなん知っとるわぁ!!」

「では行きましょう。ついてきて下さい」

 

……。駄目だ。これでは何時ものペースだ。いや、むしろ何時もよりも不味い。

今日のキャロルは行動が読めなさ過ぎる。何とかしてこの時間を乗り切らないと……

 

スタスタと軽快に前を歩くキャロルと対照に、カーネルの足取りは妙に重かった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

それから数分程移動しただろうか。

幾つかの扉(セキュリティ)を突破した後、無事目的の場所へと辿り着く二人。

そこは何やら中々の人で溢れかえっており、静かながら、何処か活気を感じさせる場所である。

 

「……」

 

……まぁ、ここがどんな場所なのかは見れはわかるが。

中に入る前に一応、「おい」と、カーネルはキャロルにアイコンタクトを送った。

かくして、返ってきた言葉はと言うと。

 

「カフェテリアです。GA職員専用の」

 

その名も、『スター・パックス』。やたらお洒落な雰囲気を醸し出してるコーヒー専門店である。

 

その店内に居る客達は、スーツや白衣を着こなす、やたら頭の良さそうな連中ばかりだが……恐らく、ここ(この区画から先)に居るのは職員の中でも『それなりの位置』に居る人間だろう。

カーネルはそう予測した。監視カメラの数や、ここまで抜けてきた扉、また番をしていた兵士の数からも大体把握出来る。

 

中々の監視体制だ。

 

まぁ、でなければリンクスであるカーネル自身を、むやみやたらと人前に出すとは思えなかった。

……いや、キャロルならやりかねないか。否定出来ないのが彼女の恐ろしいところである。

 

「注文は」

「知らん。お前が決めろ」

「よろしいので?私も今日が初めてですが」

「……。構わん。だが妙なのにはするなよ」

 

来るの初めてだったのかお前は。

 

彼女の台詞に一抹の不安を覚えるが……釘を刺しておいたので恐らく大丈夫だろう。

第一、コーヒーなんぞ詳しくない上に、この様な場所にはカーネルも縁がない。

自分で選ぶとなると時間もかかりそうだし、何より面倒であった。

 

……それから暫く。

 

注文を受け取った二人は、適当に空いている席を見つけ、向かい合わせになって座る……

座ったのだが。

 

「……目立っていないか?」

 

先程からチラチラとした視線がこちら側に向けられているのには気が付いていた……が、しかし。

何だこれは。どんどんそれが周囲に感染している様な気がしてならない。

 

「貴方の様なくたびれた中年男性が珍しいのでしょう。この空間での貴方の浮きっぷりは、もはや天才的とも言えます。間違い探しなら最序盤に見つけられるオブジェクト並みの違和感……」

「……お前は誰にでもこうなのか?」

「まさか。貴方は特別です」

 

嬉しくない。

 

カーネルはため息を吐く。まぁ、自分にもこの視線の原因はあるのかも知れないが……チラついた視線の大半はキャロルに向けられているだろう。

何せ先の通り、キャロルの外見はそれはもうお人形さんの様に整っているのだ。それこそ、どこぞの服店にマネキンと共に立っていても違和感が無い程度には。

 

だからこそ言いたい。お前ら騙されているぞ、と。

 

この女は大変な毒舌で、人のことを小馬鹿にするのが大好きな困ったちゃんだぞと。

 

「……で。俺と愉快にコーヒーを飲む為だけにこんな場所に来たのか」

「飲めばお分かりになるかと」

「……。なるほど、何も混ざっていない」

「はっは」

 

真顔で笑うキャロル。声に抑揚が無いのがまたシュールである。

全く……いや、まぁ、しかし。今回は本当に何も仕掛けてこない気か。これも彼女なりの気遣いと言うのなら、それを受け入れてやるのもパートナー……リンクスとしての務めなのだろうか?

 

信用と警戒心とで揺らぐカーネル。だがそんな彼をよそに、キャロルはとあるキーワードと共に口を開いた。

 

「ネームレスに、ミラージュ」

「!」

「やはり、気になりますか。貴方の近頃の睡眠不足には、彼らのことも関係していそうですね」

「……ふん。俺だけじゃないだろう」

 

そうだ。彼らが気になるのはカーネルだけじゃ無いはずだ。

それこそ、ここに居る軍事関係者全員があの二機のことを気にかけているだろう。

 

「確かに今や、GA内部はその話題で持ちきりであり……出どころ不明の噂も数多く存在している」

「はっ。『中身は脳みそだけ』説には流石に笑えるがな」

「ふむ。しかし否定は出来ないでしょう。我々は『会話』こそしましたが、その中身……リンクス本人を直接目にした訳ではありませんので」

 

確かに、言われてみればそうだが……しかし。

 

「脳みそだけで会話は出来ん」

「話す役割など誰でも可能です。それこそ、貴方でさえ演じきれる……とは言え、私としてもその噂は信じ難いのが事実」

「まぁ、だろうな」

「『脳すらない』」

 

……。意味不明な言葉に一瞬固まるカーネル。

 

「何だそれは」

「『脳だけ』と言うのは、あまりにも……私が技術者ならば、その様なものは無くします」

「知ってるか?人間を動かしてるのは『脳みそ』なんだ。それを無くしたら、何も出来ん」

「はたして、本当にそうでしょうか」

 

キャロルが何を言いたいのか検討もつかないが。何やら興味深い話に突入しそうである。

 

「こんな言葉をご存知ですか。『機械と、我々の脳の違いは、電気信号の複雑さだけだ』。仮にそうだった場合……我々の技術が進歩して、脳の発する信号パターンを完全に機械にコピー、意識を電子化出来た場合。どうなるのでしょう」

「……」

「今の我々の技術の延長線上に、そのような未来が待ち構えていても何ら不思議では無いのでは?ともすれば、怪物達の『親』が既にその域に到達している可能性もあるでは?そう考えると……中々どうして、面白い」

「……チッ。気味の悪いことを言うな」

 

全く不気味なことを言う。人間が機械と融合……いや、完全に機械自体になるなど。

 

今現在においてネームレスのリンクスやミラージュがそうだとはとても思えないが……そんな研究、進めている・進めようとする者が居たとすれば、その人間は余程のイカれ野郎に違いない。

 

それが成功した世界なら、『人間』で居る意味が薄れる。

 

しかしそうなると……戦場にオリジナルのコピー品が大量に出回ることにもなりかねないのか。

クローン技術のソレよりも危険な……つまり、今以上にロクでもない戦場が展開される可能性は大だ。そもそも、肉体などただの枷である、と考える者も多く出るだろう。

 

恐ろしい話である……だが。

 

「俺には、そんな技術が上手く行くとは思えん」

「ほう。理由をお聞きしても」

「知るか。機械と、人間は違う。入れ物を変えても上手くいかん」

 

ボトルの水を他の容器に移し替えても、完全に全てを、100%を取り出せない。

器を変えることで、大事な何かが欠けてしまうのではないか。カーネルはそう思ったのだ。

 

それがもし、人を人たらしめている……“魂”のような、何かだったら、と。

 

まぁ、カーネル自身がそう言ったオカルトじみたものを完全に信じているという訳でもないし……

正確な根拠など、どこにもないのだが。全く、これではまた小馬鹿にされてしまうか。

 

「なるほど。シンプルで実に貴方らしい」

「馬鹿にしているのか?」

「いえ……ふむ。しかし……貴方の様な者こそが、意外に真実に。中々に的を射ているのやも」

「意外は余計だ」

 

褒めてるのか貶めてるのか良く分からないが、少なくとも何時もよりはマシな反応である。

それにしても……丁度良い機会だ。これまで顔を合わせる時は、任務以外のことについてあまり話せるせる雰囲気ではなかった。少し気になることもあったことだし、今回で少し情報の整理をするべきだろう。

 

「おい」

「はい」

「……ラインアークは、」

「展開されるかと」

 

即答である。カーネルの意見を遮るあたり、すでに意図に気が付いているのか。

いや、むしろカーネルに聞かれるべき質問を予め予測していた可能性が高い。実によく回る頭である。……ところで、会話を振っておいて、と言うか今更ながら。

 

「……こんな場所で話をしても良いのか?」

「ラインアーク戦に関してはそれなりに情報が流れ出ているので、無闇に秘匿する必要はありません。加え、今我々の居る区画のセキュリティレベルは3。それなりの職員しか立ち入ることの許されない場所です。つまり」

「ああ分かった。大丈夫なんだな」

「それで、何を気になさっているので?」

 

それは……

 

「出るのは、誰なんだ?」

 

これである。来たるべきラインアーク戦。一体、どの機体が候補として挙げられているのか。

カーネルはここ最近、これが気になって仕方が無かったのだ。特にオーメル陣営の面子について。

まぁ、別に、決して怪物達(ラインアーク側)を心配している訳ではないのだが。

 

のだが。

 

「ステイシス、ネームレス、ホワイト・グリントは確定」

「……ミラージュは」

「恐らく。オーメルとしては『彼』を試す機会にもなるでしょうし、そもそも、何処に所属していたとしても手を出していたのでは?貴方も知っての通り、怪物達には何やら因縁がありそうです」

 

そうか……この、四機が。

 

「加え、未だ正確な情報ではありませんが」

「まだ、何かあるのか」

「ストレイド」

「……!」

 

ストレイドと言えば、そのリンクスは戦場に出て数ヶ月程度のネクスト搭乗歴でありながらも……幾つものジャイアントキリングを達成していると言う『超大型新人』。確か、有名な戦果ではBFFの『スピリット・オブ・マザーウィル』の撃破などが挙げられる。加え……

 

「先日。我社のAF『グレードウォール』が、インテリオルの計らいにより撃破されました」

「……中で、『マイブリス』とまともにやり合っていたな」

「ええ。カメラ映像を確認するに、お互い本気で潰し合ってはいませんでしたが。それでも、終始押していたのはストレイドの方。彼は所謂、『例外』です。怪物達さえいなければ、今の世でスポットが当たっていたのは彼でしょう」

「……」

 

キャロルをしてそこまで言わせるとは……間違いなくストレイドのリンクスは『本物』なのだ。

自分を卑下するわけではないが、カーネルは自分との力の差を感じずにはいられない。

何時から自分はこんなに弱気になってしまったのか。いや、まぁ、間違いなくネームレスやキャロルなど、『力』を持った人間に出会ったのが原因なのだろうが。

 

……それはそうと。そのストレイドまでオーメルに付くとなると、ラインアークはかなりの苦戦を強いられそうである。

 

「ふむ、しかしながら。彼がオーメルでは無く、ラインアークに付いた場合。これが問題です」

「!」

 

ストレイドがラインアークに付く、だと?

 

カーネルは眉を顰める。そんなことに何のメリットが……付くなら普通はオーメル側に。

いや待て。そもそも、ストレイドは依頼をしなければ動かないはずだ。と、言うことはつまり、ラインアーク側もストレイドに連絡を取っているのか?

キャロルの言い分からは、少なからずラインアークとの関係性を示唆しているかの様に感じるが。

 

「状況を整理しましょう。仮にそうなった場合……【オーメル陣営】:ステイシス、ミラージュ。【ラインアーク陣営】ホワイト・グリント、ネームレス、ストレイド。となります」

「……ああ」

「合わないでしょう」

 

合わない……と、言うと。

 

「数が、か」

「ええ。『2対3』で、オーメル側が不利です。ラインアーク側が不利ならともかく……最大手の企業がランク1を引っ張り出してまでの潰し合い。オーメル不利な状況からはミッションを開始しないでしょう」

 

カーネルは冷や汗を流す。それは、つまり……

 

 

 

「―――――そう言うことです。その場合、最低でも一つ『枠』が空きます」

 

 

 

空くのは、オーメル陣営。ネクスト戦は恐らく、『3対3』。

 

「……」

「……。ふむ。何やら、静かになりましたね」

 

カーネルだけではない。このカフェテリアが静まり返っていた。

 

時折二人に視線を送り、密かに彼らの会話に耳を傾けていた客達の声が無くなったのだ。

恐らくだが、周りの客達はこの二人組が普通とは少し事なっていることに気が付いていたのだろう。一人は今まで見た事のない程の美人。片や迷彩服を着たやたらガタイの良い中年男性だ。

加え二人の出す雰囲気がやたらと……刺々しいとでも言うのか。

 

当の本人達はそれに気がついていないのだろうが……注目を浴びるのも無理は無かった。

しかしそんな彼らをよそに、会話は続く。

 

「近しいラインアーク戦。参戦するネクストは恐らく最大で6」

「『ステイシス』、『ミラージュ』、『ホワイト・グリント』、『ネームレス』、『ストレイド』」

「+あと『1』……これはこれは。さすがの私も……」

「……」

 

何時になく気分が高揚しているのか。キャロルの顔が少しだけ赤い。

想像でもしているのだろうか。この五機が一同に会する戦場を。最後の一枠が誰なのかを。

しかし、しかし。これは……

 

「魑魅魍魎が跋扈する、とはまさにこの事。この五機の中に混ざるのは、ヒトでは少々厳しいでしょう。それこそ、何歩かそこから踏み外してでもいなければ」

「……」

「何せ、仮にこの予想が当たっていた場合……私が知る限りではネクスト史始まって以来、過去最高の面子です。リンクス戦争時、アナトリアの傭兵が出たと言われる4対4(1)の戦場ですら、これには及ばない……斃れた方々には、些か失礼でしょうが」

「……過去最悪、の間違いだろうが。こんな連中が同じ場所に集うなど。下手をすればラインアークが跡形もなく消し飛ぶぞ」

 

……こう、整理してみて改めて分かるが。何やら、とんでもない事になりつつある。

 

この戦いの後、世界はどうなってしまうのか予測が出来ない。

いや、少なくとも、今現在の様な情勢のままで居られる筈がない。どういう形でかは分からないが、この余波は間違いなくGA社にも及んでくるであろう。

 

それにあの『名無し』。

 

いつだったか、人に『生き残ってみせろ』などとのたまっていたが、自分自身はどうなんだ。

この面子。キャロルに則るわけじゃないが、控えめに言って異常なメンバーだ。

 

「ふむ。しかし、安心しました」

「何が」

「貴方が、『最後の一枠に入る』などと言ったふざけた事を言い出さなくて、です」

「……ハッ。第一、これはお前の予測だ。そもそも枠なんぞ空いていないかもしれんだろうが」

 

そうだ。これはあくまでもキャロルの予測。最悪の場合、だ。

一つの戦場に、全6機での戦闘などそうそう起こりえない。企業も大事なリンクスを―――――

 

「答えになっていません」

「あぁ?」

「貴方が心の奥底で、何を考えているのか。まぁ、言う必要などないでしょうがここは敢えて……『資格』はありません。今の、貴方には」

「チッ……お前は本当に、腹の立つ奴だ」

 

カーネル自身、出来るだけ考えないようにしていたと言うのに。

 

だが、分かっている。そんなことは分かっている。自分は、彼らとは違う。

それこそ人間の中での最底辺辺りをウロチョロしているような自分では、彼らの集う『人外魔境』には混ざるとは出来ないだろう。例え混ざったとて……十数秒持てば御の字と言ったところか。

 

それでも夢想せずにはいられない。血が騒がずにはいられないのだ。

 

この世界のリンクスとして、『戦う怪物』の姿を最も多く、最も近くで見たことのある男。

少年でも、青年でもない、ただの中年は、年甲斐もなく憧れを持ってしまっていた。

彼らほどの強さから見える景色は、今の自分とどう違うのか。戦いの最中で、何を思うのか。

 

彼らと共に、対等に、戦ってみたかった。

 

「貴方は偏屈で、弱く、そして若くもない」

 

しかし、キャロルからは追い打ちをかけられるように非常な現実を突き付けられてしまう。

 

「お前の心情なんぞ知ったことか」とばかりに毒舌攻撃を繰り広げてくる彼女に、内心苦笑いしてしまうカーネル。まぁ、認めたくはないが実際その通りではある、と。

年甲斐もなく頑張ってしまうオッサンは、周囲から見れば実に滑稽であろう。

 

……リンクスに抜擢された頃、最もなりたくなかった存在になりつつあるのが今の自分とは。

 

これなら、ノーマル乗りだった頃の方が随分とマシな活躍をしていた様に思えてしまう。

少なくともAMS適性なんぞ必要に無い世界の方が、色々と『楽』であったことは確かだ。

 

「偏屈なのはお前もだろうが」

 

まぁ、言われっぱなしと言うのも癪なので、とりあえずキャロルに何か言い返しておく。

さぁ……来るぞ。恐らく10倍の罵詈雑言となってドン・カーネルに襲い掛かって―――――

 

 

「ですが期待しています。それなりには」

 

 

――――……。

 

……。

 

「……ん゛ん゛っっ!!?!?!?」

 

今世紀最大とも言える衝撃が、カーネルを襲った。

 

それは怪物達の戦闘を間近で見たあの日の出来事より、大きかったかもしれない。

なぜなら、キャロルの口からありえない言葉が出て来たのだ。本当にありえなさすぎる言葉が。

もしかして幻聴だったのか、と思いつつ、カーネルは冷静に対処する。

 

「おっ、おお、お前!今、俺の事っ」

 

極めて冷静に。

 

「ほほう。なるほど。褒めると喜ぶ、と」

 

しかし幻聴じゃなかったらしい。

カーネルは先ほどよりも更に冷静に対処すべく、落ち着き払った様子で口を開いた。

 

「おっ……何だ、お前。当然のことだ。俺は『選ばれた』んだからな。全く、何をあたりまえを」

「声のボリュームは小さめに。先ほどより目立っています」

 

物騒な話をしていたと思ったら、突然大喜びするおっさんに、店に来てからほとんど表情を崩さないマネキン美人。遠巻きに彼らを観察していた人々は「あっ、これ間違いなくやべー奴らだ」とようやく確信でもしたのか、一人、また一人と店内を後にしていく。

 

「御覧なさい。この人数の減少。どう責任を取るおつもりで?」

「……知らん。勝手に居なくなっただけだ」

「まさかただのジョークでここまで大喜びするとは、さしもの私にも予想外でした」

「ジョー……ハッ。別に、俺は喜んでなどいないが?何を勘違いしている」

 

これまでとは打って変わって、やたら元気になったオッサンはドヤ顔でコーヒーを啜る。

そんな男の姿を見て、全く、とでも言いたげに軽くため息を吐くキャロル。

 

「……」

「……」

 

……しかし、流石に先ほどの喜び様にはカーネル自身も恥ずかしくなったのか。

小さく咳払いをすると、この空気を切り替えるように、半ば強制的に話題の路線を修正した。

 

「おい、それより話を戻すぞ。あの『名無し』どもに関する情報はもっと無いのか」

「随分とお好きなようで。彼が」

「妙な言い方をするな!俺はただ、来たるべきに時に備えてだな」

「ですから、来ないと何度言えば――――」

 

――――……二人のブレイクタイムはまだ始まったばかり。話すことはいくらでもあるだろう。

 

特に、渦中のあの男達に関しては。

 

「ところで、カフェインを摂取すると眠気が収まるらしいですが」

「俺の睡眠時間に文句付けておいてお前……」

 

……。

 

彼らのブレイクタイムは、始まったばかりだ。

 



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第49話

主人公視点

 

ネクストごと輸送機に乗り込んで、どれ位の時間が経過しただろう。

 

《間もなく作戦エリア上空。ゼン。最終確認をするぞ》 

 

コクピット内に、エドガーさんの声が響いた。

 

《依頼主はGA社。今回のミッションは、インテリオル輸送部隊によるレッドバレー突破を阻止することだ》

 

ええと……『レッドバレー』は、複数の輸送ルートが各所で交錯する、古い交通の要衝。

 

これまで戦ってきた土地と似て、そのマップには砂漠が広がっているが……イメージとしては、『元々砂漠化していた土地に道路を作りましたよ』みたいな、そんな感じ。

あと、名前にもバレー(valley)ってあるように、最短ルートでは道路のすぐ傍には高い壁が、所謂『谷壁』が存在している。で、その谷の上だったり各要所にはGAのノーマル部隊だったりが待ち構えているという訳だ。

 

ちなみに今までの説明から何となく分かっているとは思うけど、レッドバレーは今現在GAの勢力下にあると言う……まさに、なぜこんな危険な場所を通ろうと思ったんだお前達、状態である。

 

《……壊すなよ?》

《『中身が見たい』か。まぁ、今の時期にインテリオルのこの行動だ。GAが気にかけるのも頷ける……と、言うか俺も気になる。危険を犯してまで、一体何をせっせと運んでいるのか》

《ミラージュ関連の何か、だったりしたら事だが》

《ハッ。インテリオルからオーメルへの差し入れか?菓子か何かだと良いがな》

 

まぁ無いやろ。と思いつつ冗談をと飛ばす。

全く勘弁してくれ。オーメルとインテリオルって一緒にAF作っちゃうこともあったし、ミラージュにこれ以上変なの送られたら堪ったもんじゃないぞ。

 

《なぁ、ゼン》

《何だ》

《存在を臭わせて説明はされてはいたが。現れるのは誰だと思う?》

《インテリオル系列……『レザネフォル』だったら面倒だ》

 

ネクスト、レザネフォル。リンクスは『スティレット』さん。

本編中じゃあまり関わることのなかったネクストだ。あるとすれば、とある重要な任務で僚機として雇う選択肢があるくらい。ただあの人の何が面倒かって、搭載武器がENオンリーな事。

 

僕の機体はね。EN防御カスだからね。グレートウォール戦の二機も激ヤバだったけど……

もう来ないよね?あの人達ともう一回とかマジやめてね。ってかインテリオルに曲者多すぎる。

 

《レザネフォル……現存する『オリジナル』の頂点か》

《まぁ、そうなってくると、ある意味で輸送物資の方は当たりではあるがな》

《インテリオルの出方次第で、重要な任務かどうかの判断はつくと》

《そういうことだ。最近は妙な連中ばかり相手にしていたからな。少しは休みたいものだが》

 

言っておいて何だが、じゃあ受けんなよ!って話だよね。

いやっは~でもGA社には弾薬だったりその他もろもろですっごくお世話になっているからさ。

それにこの間だってグレートウォールの防衛に失敗しちゃったし断りづらいと言うか。

 

ところで。

 

《エドガー。僚機の方は》

《既に到着済みだ》

《『セレブリティ・アッシュ』か》

《GA曰く、今日はタイミングが悪かった、と。お前さんが確定で来るなら、奴に依頼は出さなかったろうさ。ま、お前さんは渦中の人物だ。ラインアークから出るとは思わなかったんだろう》

 

俺達はORCA旅団と連絡を取り合っているから、オーメルの目立つ動きはだいたい分かってるし。

留守の間に突然ラインアークが攻撃されるなんてことはまずないだろう。そもそも、相手の目的はホワイトグリントと同時に俺をぶっ殺すことだろうし、まぁ大丈夫でしょ。

 

いや大丈夫じゃないんだけど。怖すぎるんだけど。とにかく今は安心ってことよ。

 

《タイミングが悪い、か。インテリオルの動きは突然のものだったらしいしな。流石に動ける者は限られるか》

《自社ネクストも他の任務に就いているんだと。そこで仕方なく……らしいぞ》

 

GA社のセレブリティ・アッシュへの評価が辛辣すぎる。仕方なくって何だ仕方なくって!

リンクスの『ダン・モロ』君は頑張り屋さんでしょうがぁぁぁ!!

僕は彼を応援していますよ。てか、彼の事を嫌いなプレイヤーって実は少ないんじゃない?

 

《――――ゼン。作戦エリアに到達した》

 

エドガーさんからの通達。OK。気を抜けるのはここまでだな。

 

《今日も存分に遊んで来い》

《楽しめると良いが》

《なぁ。ところで、今度皆と久々に飯でもどうだ》

《……フッ》

 

いや、ホント。エドガーさん。

 

《良いな、それは》

 

是非ご一緒させて頂きます。

 

 

――――ガゴンッ!!

 

 

そんな俺の言葉を合図と取ったのか、勢いよく、輸送機下部のハッチが開かれた。

瞬間、今まで暗かった視界の中に眩いばかりの光が侵入してくる。

そして、それとほぼ同時に……地に足のつかない、言いようのない浮遊感。

 

ああ、この感じ、始まったんだな。

 

《ククク……》

 

毎回ながら、この非現実的な感覚を妙に受け入れている自分が何やら可笑しくてたまらない。

そして、それから更に数秒後。視界は、完全に開かれた。

搭乗していた輸送機からネクスト機が完全に投下されたのだ。

 

まず見えたのは空。青々としており、どこまでも吸い込まれそうなほどに天気は良い。

 

そして、視線を下へと向けると……これは凄いな。

『池』だ。巨大な池が、眼下には存在していた。茶色に染まる台地の中にぽつりと存在するそれはさながらオアシスのような美しさであり、また、その池を半分囲むような形で存在する巨大な谷壁は、何とも荘厳な自然の情景を作り出していた。

 

枯れ果てた台地には当然の様に『緑』は存在していなかったが……それでも、この光景は―――

 

《おっと》

 

いかんいかん。観光しにきたんじゃないんだ俺は。

ブースター使ってバッチリ姿勢制御を取って……どうやら機体に問題は無さそうだな。

さて、眼下にどんどん迫ってくる巨大な池を眺めつつ、チラリとその周囲を更に観察する。

 

景色にばっかり気が行ってたけど、やっぱり要所要所では部隊が展開されているな。

どうやらマップ自体は原作の構造と大して違いは無いみたい。良かった良かった。どこに何があるのか事前に把握できているのはデカいからね。

 

で、だ。

 

《……よし》

 

到着。湖の真上に。

ふふ……ちょっとかっこ良くない?こう、水面に浮かんでいると何か強そうに見えるんじゃね?

ちゃっかりポーズなんかも取っちゃったりして……いや、さり気なくよ。さり気なくがポインt

 

《あ、あの》

 

俺がそんなアホみたいな行動にテンションを上げていたその時、機体に通信が入ってきた。

お、おお。この声は……

 

《セレブリティ・アッシュか》

《! あ、ああ。そうだ。俺だ》

 

うおおお。ダン・モロ君!初めまして!

 

《ネームレスのリンクス。ゼンだ。よろしく頼む》

《あっ、俺はリンクス、ダン・モロ……です》

《合流するか》

《あ、ああ。場所はトンネルの方……って、分かるよな。レーダーで、はは……》

 

やべぇ何だこれ。ダン君めっちゃ緊張してますやんか。いや、そんな畏まらなくても。

こんなん本当なら俺が緊張する側だからね。君みたいな本物のリンクスと喋れるような人間じゃないからね俺は。

 

かくして移動を開始する俺。やがて、セレブリティ・アッシュの元に到着する訳でなんだけど……

 

《うわっ》

 

うわってなんだ、うわって。人の機体見るなりこの反応はちょっと悲C。

 

《ふむ。しかし》

 

なるほど。トンネル前の防衛部隊の数は原作と完全に一致しているな。ノーマル×3、砲台×4。

そしてそこからいくらか離れた崖上のところにミサイル搭載車×2、MT×3……配置されている部隊の数については、今のところ原作との違いは見られない。あいや、ネクストが一機いるんだけど。

 

つっても、まだここだけしか確認していないから何とも言えないか。

 

《あ、あの。さ》

 

俺に見られるのが居心地悪かったのか、ダン君が話しかけてくる。いやごめん!ちょっと確認を。

 

《アンタが来るってことは、その。何か、ヤバい……の?》

《どうだろうな。すまんが少し全周波のオープンチャネルに切り替えるぞ。エドガー》

 

エドガーさんに合図を送る。すると……どうやら切り替わったらしい。

 

《あー。あー。ここら一帯のGA部隊、聞こえるか》

 

《お……っ!》

《ネームレスの!?》

《おいちょっと貸せ!》

《はい。こちら地点Dに展開されている―――》

 

大丈夫みたいだね。じゃあ話すわ。

 

《各配置の防衛部隊の数を教えてくれ》

 

はい。まぁエドガーさんに頼めば一瞬なんだけど。

俺が本当にやりたいのはこの人たちとのコミュニケーションだから。何かあった時に現場の人の報告はすんごく大事だし。さてさて…

 

《―――こちらは以上です》

《そうか》

 

各部隊との配置確認終了。

 

結果。変化なし。俺の記憶している部隊数と完全に一致していますねぇ……

弱体化すらしていないってのが気がかりだな。今までの傾向上、自陣営が弱体化しないってのは良くない事の前兆だ。これは伝えておいた方が良いかも。

 

《全員良く聞いてくれ。今回、ネクスト戦が展開される可能性が大きい》

《!》

《やはり……》

《噂は本当、か》

 

ん。なんじゃ、皆さん方も何となく予測できてたのか。

 

《え!?聞いてないぜそんなの!》

 

ダン君は知らなかったんかい!噂程度の情報すら流されてなかったとかどんだけ~!

 

《恐らく、だ。もっとロクでもない事になる可能性もあるがな。まぁ、何だ。お前たちも仕事でやっているのだろうから、こういう事を言うのもアレになるが。命は大事にな。以上だ》

 

そうして俺は部隊との通信を切る。最後の、生意気だったかな。

 

くっそがぁ!でも本当は、ヤバくなったら超逃げて!とか言いたいんだよ俺はぁ!

でもこの人たちも自分の仕事に信念を持っているかも知れないし、そうじゃなかったとしても、逃げ出すなんてことが簡単にできるとは思えない。

 

だってよぉ!簡単に逃げ出すような奴らに、企業がお金払うとは思えないし!

戦場に出てる人達は何だかんだで自分達の生活の為に戦っている人ばっかなんだよなぁ!

当たり前のことなんだけど、その当たり前が心に来ますよ。つまり皆さんいつもお疲れ様です!!

 

《あ、ああ。分かった。危なくなったら、俺もすぐに撤退するぜ》

 

そして安定のダン君である。いや~そのすぐ逃げちゃいそうな感じ、俺は本当に良いと思うよ。

自分の命を一番に行動するってのは、それはそれは素晴らしい事だと思います。ACの世界ってなんか死にたがりが多いし。こういう子は珍しいよね。

 

《……ゼン》

 

そうして暫くトンネル前で待機していると、エドガーさんから通信が入った。

おぉ~っと……この何やら緊張しているような声色は、もしやアレですか。来た感じですか。

 

《どうした》

《来たみたいだ》

《そうか。数は?》

《これは……『増加中』だっ。少なくとも十ではきかん!恐らく……多数のノーマル部隊!》

 

確認を取った俺は、エドガーさんの言葉に一瞬固まってしまう。

……はぁ?どういうこっちゃ。増加ちゅ……え、増加中!?

 

《部隊に通信は!》

《もうやってある!》

《位置は!》

《これは……谷壁側以外!ほぼ全方位、囲まれているぞ!》

 

おいおいおい、何じゃそりゃ!ダン君じゃないけど、聞いてないぜこんなの!

しかもノーマル部隊ってなんだよノーマル部隊って。もしかしてネクスト戦じゃないのか?

 

いや、そんな筈はない。どこかに……どこかに絶対居るはずだ。ネクスト機が。

 

《な、なぁ。ど、どうする。俺、どうすれば……》

《相手の大多数は恐らくノーマル。セレブリティ・アッシュ。お前はそいつらを相手に、配置されている各GA部隊を手当たり次第に援護してくれ》

《あ、アンタは?》

《輸送部隊が来るのは俺たちの居るトンネルから見て向こう正面のはずだ。俺はそこへ行く》

 

ここで原作の知識を生かすぜ。

俺はそうして、インテリオル輸送部隊が最初に現れる筈の位置に機体を動かそうとした――最中。

 

事件は起こった。

 

 

《―――おいおい。俺は聞いてないんだがなぁ。バケモンが居るなんてよ》

 

 

こちらの回線に突如、謎の声が割り込んできたのだ。

俺はその通信に対して眉をひそめる。おいおい……出たよこれ。この声、聞いたこと無い奴だよ。

そう。俺の原作知識を照らし合わせても、この声の主に対して一致する人物像が一切浮かばない。

 

ハリさんやテレジアさんよろしく、完全に知らない人だ。しかもこの人……

 

《リンクスか?》

《ンクク……まぁ、そうだな。見れば分かるさ。池の方に来てみろよ》

 

一理ある。と、言うか。こっちのレーダーに一機だけ高速移動して映っている赤い点。

これは恐らく他の侵入者達よりも早くこの領域に到達したという事実の表れだ。つまり。

 

《ゼン。ネクストだ》

《了解。おい、セレブリティ・アッシュ。多少予定は変更になったが、大まかな手筈は先の通り。ネクストは俺がやる。ノーマル部隊は任せたぞ》

《……!あ、ああ。任せろっ》

 

OK。じゃあ……行きますかねぇ。

と言うことで移動開始。レーダーに従って敵ネクストの方へと移動する……と、言うかこちらに向かってきているのか。このままいけば……敵機は俺が先ほど降り立った池へと到達するだろう。

 

《敵ネクスト、GA部隊、E地点を突破》

《『無視』か。あくまでも狙いは俺という訳だな》

 

やがて視界には小さな『黒い点』が現れ、それが徐々に大きく、形を鮮明に映していく。

そして、ついに。

 

《なるほど》

 

その正体があらわになった。

 

湖上に浮遊する、一機の敵ネクスト……

それはこの空に広がっていた青色と同じく、とても明るい色をした機体だった。

その『黄色』は太陽に照らされ、眩いまでの輝きを放っており、一瞬目を細めてしまうほどだ。

 

しかし何より注目してしまうのが、そのとても珍しい機体構成。

 

その機体色に負けないほどに、良く目を引く機体だ。軽量タンク型脚部に、両の腕はハイレーザーライフルと一体型の、いわゆる武器腕。

インテリオル・ユニオン系の試作パーツを数多く使ったその独特の構成……一度見れば、例え『声』を聞いたことがなくとも、分かる人にはすぐに分かってしまう機体。その正体は。

 

《ネクスト『バッカニア』。独立傭兵組織、コルセールの長か》

 

そのリンクス名。

 

《―――フランソワ=ネリスだ。へぇ、でも……俺のことを知ってるなんて、光栄だね》

 

コルセールは所謂ゴロツキ集まりで、この人がまとめ上げているって噂だ。そして何と。

 

この方、女性である。

 

一人称は『俺』だし、喋り方だって男性のソレと遜色は無いんだけど、その声質が完全に女性だ。

設定でも確か女性って書かれてたはずだし、間違いは無いんだろうけど……深い理由があるのか。

あまり突っ込まない方がよさそうだ。

 

《『北アフリカ』から長旅ご苦労》

《ンクク……良く知ってるな。全く、オマエが居ると知ってたらわざわざ来なかったんだが》

《帰っても良いぞ》

《そりゃ無理だ。申し訳ないけど》

 

ですよねぇ。全く、また面倒なことになりそうで。

 

 



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第50話

フランソワ=ネリス視点

 

《そりゃ無理だ。申し訳ないけど》 

 

とは言ったものの……さて、どうしたものか。

 

巨大な湖上に浮遊するネクストの二機の内一機、『バッカニア』。

そのリンクスであるフランソワは目の前の怪物をしっかりと見据えつつ、現状を整理する。

今回、『コルセール』に依頼された任務は、インテリオル輸送部隊のレッドバレー突破支援。

 

彼らは普段、拠点の存在する北アフリカを中心に依頼を選別、受諾しているのだが……今回は別。

何かと世話になっているインテリオル・ユニオンからの依頼と言うこともあり、わざわざここ、レッドバレーの存在する北米大陸まで足を運んだ訳である。

 

まぁ、わざわざGA管轄下の地を通過しようと言うのだ。そこそこ重要な任務であることは想像に難くなかったのだが……いかんせん。この『名無しの怪物』が出てくるとは。

 

《ただ、そうだな。ぶっちゃけた話をするとさ。オマエが居る時点でミッションは失敗してるも同然なんだよね》

 

フランソワは事も無げに話した。

そう、まさしくコレなのだ。ネームレスが出て来た時点で、コルセールに勝ちは無い。

 

《俺はさ。オマエに勝てると付け上がる程の馬鹿じゃないし、強い奴と殺り合いたい、なんて思う程のイカレ野郎でもない。出来ることはきっちりやって、できないことは諦める》

 

フランソワは……『彼』は、戦闘を得意だとは思っているが、決して好きと言う訳ではない。

 

彼がリンクス(傭兵部隊)をやりくりする最大の理由は、この仕事が最も手軽に、多くの利益を上げることが出来るからに他ならない。故に、彼とって重要なのは、最終的に如何に利益を得るか。

言い換えるならば、被害が出る場合はどう軽微に収めるべきかを、常に最優先で考えている訳だ。

 

《諦めている様子には見えないが》

《お得意先からの依頼だからなぁ。諦めるにしても、簡単にそうしちゃダメだろう?》

《一理ある》

 

なんだ。意外と通じるやつだな。鬼神のごとき強さを有しているとは思えない程に、話せる。

 

フランソワは少し意外に思いつつも、あの『噂』は本当だったのか、と少しばかり安心する。

「ネームレスのリンクスは意外にまとも」とは、良く言ったものだ。情報の精度が悪かったら今頃問答無用で叩き潰されていたところである……まぁ、これは信頼できる筋からの情報だ。

 

恐らく大丈夫だろうと踏んでの行動だったが。

 

しかしこれならば、とフランソワは会話を続行する。では、ここからは……

 

《ってことでさ。少し話があるんだけど、良いか》

 

交渉の時間だ。

 

《話?》

《ああ。さっきも言った通りさ、俺達がオマエに勝てる可能性は無い訳よ。でも、負け戦だからって端から諦めていたら依頼主様に面目が立たない。ちょっぴりとは言え前金も貰ってるしなぁ》

《何が言いたい》

《いやさ。俺達とちょっと遊ぼうぜ。死なない程度にさ》

 

フランソワは提案する。

 

《つまり『自分たちは頑張っていましたよ』と、インテリオルにアピールする、と》

《そゆこと。頑張ったけどダメでしたってのは、要は失敗したことの言い訳であって、普通なら信用を落とすことになりかねないんだけど……オマエは別でしょ。最初からオマエ専用に念入りに立てた作戦でもない限り、出し抜くなんてムリ》

《……》

《どうよ?この案に乗ってくれると助かるんだけどなぁ。アンタも今の時期、機体は大事にしたいんじゃないか?》

 

フランソワはわざと『今の時期』を強調したが、果たしてどう出るのか。

ネームレスのリンクスは恐らく……と言うか、ほぼ確実に発生するラインアーク戦に向けて、自機を極力傷つけたくはないはずである。まぁ、ラインアークは経済難だという話であるし、今回はミッションに出撃せざるを得なかったのだろうが。

 

と言ってもそもそも、ネームレスが本気を出せばフランソワの視界になど映らないはずである。

 

だが、彼にはこの案に『怪物』が乗ると言う半ば確信的な予測があった。

恐らく、ネームレスのリンクスは……

 

《だってオマエ。常に本気、出せないでしょ》

 

このはずだ。如何にこの男であれ、あの化け物じみた動きを常用出来るはずがない。

 

《周りに待機させてる『お友達』はどうするんだ?》

《あっちも適当にやらせとくよ。アンタらの面子もあるだろうし、やりすぎない程度にさ》

《ふむ。まぁ、戦りながら、だな》

《ンクク。どうやら、輸送部隊も作戦領域に入ったみたいだし。とりあえず一戦交えておこうか》

 

レーダーに、防衛対象である『インテリオル輸送部隊』の表示か3つ、小さく表れる。

 

《さて》

 

交渉の結果こそ出てないものの、今のところ過程は上々。

少なくとも問答無用で抹殺されることはなくなった様子であるし……戦闘開始か。

 

そうと決まれば、と、フランソワは仲間に合図を出す。

 

《おい、始めるぞお前ら!適度に加減はしろよなぁ!》

 

と同時に、クイックブーストを用いて大きく後退。

前方の怪物へと向かって、手始めにと、両腕からハイレーザーを発射した。通常の相手ならこれでも十分に直撃する可能性はあったのだが……この怪物はと言うと。

 

《最初から飛ばし過ぎだ》

 

サイドのQBで当然の様に回避。

 

《オマエなら避けるだろ!じゃあどんどん行くから、適当に流せよな!》

 

強く当たって、あとは流れで。

どこぞの八百長ではないが、今はこうするのがコルセールにとって一番良い結果となる。

インテリオル輸送部隊には悪いが、彼らには化け物とまともに殺りあう趣味はないのだから。

 

そしてどうやら、フランソワの引き連れてきたノーマル部隊も、戦闘を開始したらしい。

重火器特有の重苦しい衝撃音がこの地にこだまし、二機の居る湖面を大きく波立たせた。

やがて各方面からは黒煙が立ち上り、戦闘中のフランソワの視界端にチラつくようになる。

 

加減しろとは言ったが、彼らがしっかりと言うことを聞いているのかどうか怪しいものだ。

まぁ、所詮はゴロツキの集まり。気性の荒さには多少目をつむってほしいところである。

 

《そういやさぁ!オマエに色々聞きたいんだけど!》

《何だ!》

《オマエ達って、何者なんだ!》

《またそれか!言うなれば部外者……といったところっ、かっ》

 

戦闘中に敵に話しかけるなど、本来ならば決して行わないのだが、今回に限っては別だ。

少なくともフランソワ自身は真剣な殺し合いをするつもりなどないし、相手もどことなくそういう雰囲気だ。なら、多少の情報集位はさせてもらっても良いだろう。

 

インテリオルへの手土産にもなるであろうし。

 

《部外者ぁ?それって、どういう、意味!》

《あ~、説明が難しい!が、本当なら、俺はお前たちの目に触れなかったとでも言うのか!》

《なんじゃ、そりゃ!あとさ!ミラージュ戦の時のあの動きっ、今やってみてくれよ!》

《ダメだ!》

 

それは残念。少し生で見てみたかったのが、拒否されては仕方ない。

しかしそれはつまり、今現在、超機動を行う必要はないと言う事であり……やはり。

あの動きを常日頃から行うことは出来ないという事だろう。身体的・精神的に高いリスクでも伴っているのか。

 

核心に近づく良い回答だ。つまり、怪物が最初から本気でさえ無ければ、付け入る隙は存在する。

 

もしくは、どうにかしてその力を使い続けさせ、最終的に摩耗しきったところを狙えば……

やはり、目の前の怪物は『無敵』ではない。まぁ、自分で怪物討伐を成し遂げる予定はないが。

そうしようと考える愚かな連中にとっては、良い情報だろう。

 

《兄貴!》

 

するとそこで彼の部下、ノーマル部隊の一人から通信が入った。何やら切羽詰っている様子だが。

 

《どうした。ネクスト相手とは言え、最下層の雑魚だ。俺の手ほどきを忘れたか?》

 

コルセールの者達にはフランソワ自身がネクスト機を用いて定期的に演習を行っている。

その辺のノーマル部隊とは対ネクストに関した備えが段違いのはずであり、最底辺のセレブリティ・アッシュ程度なら数の力で攪乱することぐらいなら十分に可能なはずなのだが。

 

レーダーを見ても、仲間の数にさほど変容は見られない。一体何をそんなに―――

 

 

《―――『ミラージュ』です!!》

 

 

……。

 

《間もなく合流すると……!》

 

フランソワは一瞬、自分の耳を疑った。こいつは、一体何を言っているのか、と。

ミラージュ……ミラージュだと?ありえない。

アレはつい先日オーメルが存在を公にしたばかりのはずだ。それがこんなところに何の……

 

思わずして、彼は部下に聞き返してしまう。

 

《馬鹿を言うな。俺は下らん冗談は好かないぞ》

《断じて冗談などではありません!》

 

……どうやら、これは、一大事らしい。それこそ過去最高に。

 

フランソワはネームレスとの戦闘を一旦中断させ、互いに冷静な話し合いを取り行うことにした。

しかしどうやらネームレスは自身のオペレーターと連絡を取り合っているのか、しきりに何かを確認するような言動を繰り返している。

 

しばらくし……向こうの話し合いが終わったタイミングで。

 

《……なぁ。ネームレスの》

 

フランソワは恐る恐る目の前の怪物に話しかけた。

 

《あ~……気が付いてる、よな?あのさぁ。ちょっと》

《邪魔は、しない方が、良いぞ》

 

ネームレスのリンクスの、低い声。

 

有無を言わせない迫力を醸し出しているそれに、思わずして冷や汗を流してしまう。

どうして、こうなった。化け物2匹の戦場に駆り出されるなど、一切予測出来なかった。

何故ここにミラージュが。『合流』ということは恐らく味方のはずだが……呼んであるなら、最初からをコルセールを出さずとも良かっただろうに。

 

いや、しかしミラージュは今オーメルに所属していることになっている。

インテリオルからの依頼では体面上出しづらいはず……あるいは、インテリオル自体もこのことを把握できていなかった?これはオーメルの独断なのかどうか。とにもかくにも。

 

《お前達、一旦―――》

 

フランソワが、部下に指示を出そうとした、その時。

 

―――ピッ。

 

レーダーに、敵影数が一機、増加した。その位置は、彼らの居る湖の……真上の位置。

 

思わずして、上空を見上げる。

 

そこには青空と、太陽と……それを背にするような、小さな黒い影。

光のあまりの眩しさに、目を細めてしか確認出来ないが……しかしその影は徐々へ徐々へと大きくなっている。やがて、朧げながらそのシルエットを捉えることが出来たと思った、瞬間。

 

《おいおい》

 

影が、増えた。正確には、小さな粒のようなものが、ソレから放たれたのだ。

そこでレーダーへの更なる熱源反応数増加。それはつまり。

 

《これ……》

 

ミサイルだ。

 

瞬時の判断で機体をその場から移動させる。いや、狙いはフランソワ自身でない事は分かってる。

標的は名無しの怪物だろうが、爆発の範囲に巻き込まれたらことだ。

フランソワはQBを使用する直前に、視線を再び水平へと戻すが……目の前にいたはずの怪物は、既にそこから消え失せていた。

 

《うぉっ!》

 

そして背後からの数度の爆音。驚きながら振り向くと、そこには―――

 

《―――神出鬼没だな》

 

巨大な水しぶきに、滝に打たれるようにして佇む銀のネクスト機。

湖面にミサイルを着弾させたのか。しかもわざわざ自機からあんな遠くにまで離れて。

その余波である雨のような飛沫に視界を遮られつつ、フランソワは驚愕した。

 

この一瞬で、少なくとも自機のQB4、5回分の距離は移動している。

 

しかし驚きも長くは続かない。フランソワのすぐ目の前に、この『雨の原因』が降り立ったのだ。

今、彼の目にはその機体の背中側しか見ることは叶わないが。

 

《……マジか》

 

漆黒の、機体。

 

見る限りそいつは、流出した記録に映っていた機体構成と何一つ変わりはなかった。

他企業間のパーツがふんだんに使用された、ある意味で特殊とも言える機体。

 

間違いようがない。完全に、本物だ。

 

《……》

《……》

 

怪物達は、互いに睨み合うようにして、その場から微動だにしない。

異常な緊張感が支配する空間で……フランソワは意を決して、その漆黒の機体に通信を試みる。

 

《アンタが、ミラージュ?》

《……》

《今、見ての通り戦闘中だったんだけどな。まさかアンタが来るとは》

《おい》

 

最後のは、ネームレスのリンクスの言葉。

 

《大手企業への就職おめでとう。で、何だ。就職祝いに、ここでまた、殺し合いでもするか?》

 

おいおいおいおい。冗談だろう、本気で勘弁してくれ。

 

フランソワの顔が引きつる。こんなグラウンド・ゼロに自分を巻き込まないでくれ、と。

独立傭兵として様々な地を渡り歩いた彼ではあったが、さすがにここまで生きた心地のしない戦場は初めてだ。最初は話の通じそうだったネームレスのリンクスも、ミラージュが現れてからはブースターに火が灯ったかのように臨戦態勢まっしぐらである。

 

これは最初に『人外A』が言っていた通り、大人しく帰っておいた方が良かったか……

 

《そんなに大事な荷物なのか?いや、そうなんだろう。お前が出るなんて、余程のことだ》

《……手を引きなさい》

《!! ミラージュが女だとは》

《残念ね。私は『彼』の代理、ただのオペレータよ……話を続けさせてもらうわ。悪いけれど、あの輸送物を破壊される訳にはいかないの》

 

ミラージュは喋らないのか、或いは喋れないのか。通信にはオペレーターが対応している。

空気的に、フランソワがその通信に入る余地はないが……あの輸送部隊。何やら、中々に重要な荷を積んでいるらしい。しかもこの反応は恐らく、ミラージュ関連のブツだ。

 

《安心しろ、壊しはせん。GA社が中身が見たいと言うのでな。持って帰るだけだろう》

《同じことよ。とにかく、これ以上邪魔をすると言うのなら……分かるわね?》

 

なるほど。GA社としても輸送物ごと破壊するつもりは無かったという訳か……

などと、納得している場合ではない。なんだコイツら。予定では、この先のラインアーク戦でやり合うはずだろう。それがまさかのここでのご対面で、突発的に頂上決戦が行われるのか?

 

……これはもう腹を括るしかない。

 

フランソワは大きく深呼吸をすると、部下達に自分の元に集まるようにと、小さく指示を出した。

敵はネームレス。此方側はミラージュ付きで1対2(+ノーマル多数)。有利なのは間違いない。

非常に不本意な状況ではあるが、ここはどうにかして生き残らなければ……

 

 

《―――ああっ!み、皆!どうしよう!》

 

 

……。

 

これから起こる戦闘に集中力を高めていたフランソワの耳に突如、間の抜けた男の声が侵入した。

しかもこの回線、どうやらオープンチャネルで行われているらしく、この戦場に居る全員が傍受していることだろう。

 

当然フランソワは困惑した。何だ、このやたら情けない男の声はと。

これからガチガチの殺し合いが行われるであろうというのに、やたらタイミングが悪い。

と、言うか誰だ。何をこんなに慌てふためいているんだ?

 

今この場において、ミラージュ出現以上に驚愕すべきことが存在するとはとても思えな……

 

 

《ゆ、輸送部隊に!ミサイルが当たって……破壊しちゃった!》

 

 

……。時が、止まった。

 

こ、こいつは。もしかしてだが、このクソバカは……

 

《……プッ。クク……》

《……ハァ。全く。どうしてこう、上手くいかないのかしらね》

 

もしかして。

 

 

《 《《セレブリティ・アッシュ!!》》 》

 

 

戦場に、呆れるような怒声が複数響いた。

 

 

*********************

 

ダン・モロ視点

 

 

よぉ皆。俺はダン・モロ。凄腕の独立傭兵さ。

 

今回、俺に充てられた任務は、インテリオル輸送部隊のレッドバレー突破阻止。

ただの輸送部隊の足止めって話だし、とても楽そうなミッションさ。こんな簡単なミッションに俺を駆り出すなんて、些かの憤りを感じたものだが……他ならぬGAの頼みだ。

まぁ、何があるかも分からないし、俺は仕方なく相棒のネクスト『セレブリティ・アッシュ』と共にこの地にやってきた訳だ。いや、ホント仕方なく、な。

 

レッドバレーに到着した俺は観光気分で景色を楽しんだよ。

 

後、配置されてるGA部隊の奴とかにも挨拶はしておいた。大事だろ?挨拶。

俺が来たからには大丈夫!ってな感じに。だって俺、セレブリティ・アッシュだぜ。ネクスト機って超強いし、コイツらを守るくらいどってことないからさ。安心させてやろうと思ったわけだ。

 

まぁ、皆反応が「うん……」みたいな?微妙な感じだったが。き、緊張してたのかなぁ。

 

そんなこんなで、インテリオル部隊を暫く待っていたんだけど。

そしたら何か、銀色のネクスト機がやって来たんだよ。どっかで見たことあるような奴がさ。

へ、へぇ~みたいな?まぁ、ちょっとだけ強そうな奴だったよ。俺くらいかな。あはは……

 

で、だ。それからまた暫くすると。ついに現れたわけだ、敵が。しかもいっぱい。

 

そして俺は銀ぴかに指示された通り、ノーマル部隊を相手に孤軍奮闘していた。

いやさ。ネクスト機も一機居たみたいだけど。このノーマル達が凄い強いんだよ。本当に。

数で攪乱してくるし、一機を狙おうとしたらすぐ他の奴が邪魔してくるし、ブレードも当らない。

 

こいつら絶対銀ぴかの相手している奴よりも強かったね。

 

そもそも俺ってGAの部隊守りながら戦ってたし、しょうがないんだよな。

何か途中にまたネクストが一機増えたみたいだけど、俺忙しいから。銀ぴかの援護とか無理だよ。

ま、まぁ、でも?そろそろちょっとウザったいな、みたいな?

 

敵ノーマル共に目にモノを見せてやろうと思ったわけ。

 

特に、インテリオル輸送部隊の近くの奴らの方に援護に行こうと考えてさ。

で、遠くからミサイル撃ってやろうとしたんだ。ミサイルつよいから。

だけどそしたらまたさ、近くのノーマルどもが邪魔してくる訳。つまりミサイル撃てないじゃん。

 

流石に俺もムカついたね。そんなにやられたいのかと。だから撃ったんだ、そいつらに。

 

撃ったんだけど……アレ、ロックしてなかったね。ロック。ノーロックで放っちゃったんだ。

そしたらノーロックで放ったミサイルの内の数発が……地上を爆走する輸送部隊の方へとさ。

 

飛んでったんだ。いや、こんなことってある?

 

当たらないでくれって神様にお願いしたんだけど……ダメだったね。

ミサイルに見事に直撃した輸送部隊は、跡形もなく爆発四散。もうすごい位に木端微塵だった。

……いや~。まぁ、しょうがない。人間誰にでもミスはあるから。流石の俺も例外じゃ、

 

《 《《セレブリティ・アッシュ!!》》 》

 

あダメだ今日死んだな。

 

《う、うわぁ~違うんだ!ワザとじゃないんだ許してくれ!》

 

あぁ~やっぱダメだ俺は。なんたってこんなことになっちまったんだ。

第一詐欺だろぉ。だって楽な任務だって言ったじゃないか。嘘ついたのかよGAはぁ。

泣きたい気分だよもう。

 

《……クフ、フ。いや、何だ、まぁ。やってしまったものは仕方が無い》

《全く、とんだ無駄足ね》

《俺としたことが……か、勘違いしていた。無害どころか、余計な事をする方の阿呆か……》

 

何だよぉ。俺だってそのまま空気みたいに目立ちたくは無かったよ。でもしょうがないだろ。

皆ネームレスのリンクスみたいに、優しく対応してほしいよ本当。ってか、お前ら敵同士だろ。

何ちょっと一体感出してるんだよ。

 

《で、どうする。思わぬハプニングだが、続けるか?》

《……『興が削がれた』と。そもそも、予定とは異なっているのも事実ね》

《ハァ……無駄な覚悟だったか》

 

な、なんだ。これどうなるんだ?俺も一応、逃げ出す準備はしておこう。

 

《帰還するわ。これは忠告だけれど……貴方、妙な事は考えないことね》

《妙なことなど、考えたことがない》

《まぁ、良いさ……おいお前達、撤退するぞ。これ以上は意味がない》

 

おぉ!?へへ、な、何か知らないが、ラッキーか!?頼むからこのまま居なくなってくれ……

すると今度は俺の願いが天に届いたらしい。

レーダーから一つ、また一つと敵影反応が遠のいていく……そして残ったのは、自機と銀ぴか。

 

そしていまだ健在の複数のGA部隊。いやはや、これは何とも……絶対怒られるな。

 

《おい》

 

ほら来た。ネームレスのリンクスからお叱りが。

 

《うわぁ!は、はい!》

《やってくれたな。あの空気が一瞬で、この有様だ》

《す、すまない!本当に、わざとじゃないんだっ》

《いやなに。流石だな、と……まぁこの分だと、次回どうなることやら》

 

何を言っているのか理解できないが、怒ってはいない様子だ。と、言うか。

 

《次回……?》

《此方の話だ。『一回休み』。このツケをどう払わされるのか……全く、先が思いやられる》

《?? あ、アンタも何だ、大変そうだな……?》

《それなりにな。まぁ、とにもかくにも。今回の任務は失敗だが、こういう幕切れも偶にはアリだろう。お前のお陰で、此方も予定通りにことが……運ぶ、はずだ》

 

何やら腑に落ちない様子のネームレスのリンクス……ハァ。

 

やっぱな、真剣に考えるなら、俺のせいだよな。

俺の下らないミスでネームレスの任務としても黒星がついてしまった。

味方に迷惑かけるのだけはやめようって、いつも思って頑張っているのに、何でこうなるんだ。

 

今回なんかも、ノーマル部隊を相手にこの手古摺りよう。情けなさ過ぎるよ。

 

《な、なぁ。アンタさ……》

《?》

《俺って、リンクス向いていないのかな。やっぱ……》

《……》

 

いや、分かってるよ。俺にはきっと向いていない。

 

一応、自慢じゃないけど、AMS適性だけはそれなりなんだ。低い奴らからすれば、それはきっと羨ましい事なんだろうけど……それだけじゃダメななんだ。

俺には、銀ぴかみたいに……どんな敵とも渡り合えるような、強い『心』を持っていない。

 

ネクスト機に乗れるだけじゃ、強い奴にはなれないんだよ。戦う為の何かが、俺には……

 

《『アーマード・コア』は好きか?》

《……ああ。好きだよ。コイツは、本当のヒーローなんだ。でも》

《嫌いになったらやめれば良い。戦いじゃなくて、機体が、な》

《は、はぁ……?》

 

意味が分からない。と、言うか答えになっていない。俺は、アンタに……

 

《アーマード・コアが好きな奴は、どうせその内強くなる。上達具合に差はあるだろうが……何も心配する必要はないぞ。自分のペースで、焦らずやるといい》

 

……。

 

……何だよ、それ。意味が分からねぇよ。でも。

 

《言っちゃ何だけど……アンタってさ。変な奴なんだな》

《そうか?》

《ああ。絶対、変だよ》

《むぅ……まぁ何だ。後は頑張れとしか言えん》

 

……はは。俺なんかの事応援するなんて、やっぱこの人変だよ。

だけど。何だか心が軽くなった。あの言葉を真に受けるわけじゃないけど、俺にももしかしたら可能性が残されているのかもしれないな……諦めるのはまだ早い、か。

 

《俺はもう帰還するぞ》

《あ、ああ。すまなかった。妙なこと、聞いてさ》

 

いきなりこんな変な事聞く奴にまともに返事くれるとは。思ってもみなかった。

滅茶苦茶強いんだから、もっと取っつき難いイメージだったんだけど……案外、皆こうなのかな?

いやでも、やっぱこの人が特別おかしいのか。上位陣は性格に難ありみたいなの色々聞くし。

 

《ではまたな……それはそうと、GA社の者から連絡だ。「あのバカに、連絡を取らせろ」と》

《え゛っ》

《じゃあな》

 

そして去ってゆく銀ぴか……ああ。一件落着だな~

 

………

……

 

ちなみにこの後、俺がこってり絞られたのは誰にも言えない秘密だ。

 




本来ならここでもバリバリ戦ってもらう予定でしたが、拍子抜けさせてしまいましたかね。
申し訳ない、この先ゼンさんがやべー事になりそうなので±0にします。
あと気が付いた方も居るかもしれませんがタグだったり紹介文だったりが若干変わっております。話の流れが書き始めたころとは全然違ってきているので……不思議なものですね。


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第51話

主人公視点

 

皆、今日が何の日か知ってるかな?

今日はねぇ……ラインアーク守備部隊の皆さんと久しぶりにお食事をとるのですよ。

エドガーさんがそろそろ部屋に迎えに来てくれるはずなんだけど……いや~楽しみですねぇ!

 

楽しみタノシミ……コワイ!

 

すっげぇ怖い!何が怖いって、前回のアレ。ミッションが強制終了された件について。

独立傭兵部隊コルセール+ミラージュとか言う半ば死亡確定ゾーンを一瞬にしてアッシュ君がぶち壊してくれたんだよね。あれちょっとヤバない?アッシュ君すごすぎるでしょ。

 

普通に考えて、あの流れはバチバチの殺り合い一歩手前だったからね。

もう今ここで「別に倒してしまっても構わんのだろう?」みたいな空気全開だったし、実際俺もちょっと興奮状態だったし。つい挑発的な口調になってしまったのは大変な阿呆だったぜ……

 

いやまぁアッシュ君には感謝してます。あのまま始まってたらマジで斃されてた可能性大だった。

インテリオル輸送部隊の荷物も、多分ミラージュ関連のものだっただろうし、GA社には悪いけど破壊できたのは大分デカい。

 

ただ言わせてほしいんだけど、この分だと次回の任務……かどうかは分からないけど絶対ヤバい。

良い事があると次は悪い事が起こるって、ゼンさんこの世界に来て良く理解できてるから。

前回の件から、ミラージュにビビったインテリオルが、オーメルと仲良くなっている説まで出てきているし。

 

まぁ両者共に元からそんな仲悪くはなかったっぽいけど……二社とも色んな意味で『強い』から敵対すると厄介極まりないよね。

 

「アミダ?」

「ああ、いやな。少し考え事をしていてな」

 

アミダさんに心配されてしまった。

 

うーん。でも最近は色々起こり過ぎて、ちょっと本気で未来が心配だよ。

ミラージュのオペレーターさんの言葉「妙なこと考えるな」とかもメッチャ気になるし。

まさかとは思うけど、此方側の情報漏れ出てたりしないよね。プロトタイプネクストの件が流出してたらちょっとまずくない?

 

どうにかして対策とってきそう。

 

「なぁ、アミダよ」

「ミ?」

「これはここの誰にも言えない秘密の話だが……俺はラインアークを抜けようと思っている」

「アミ!?」

 

突然の俺の告白に、さすがのアミダさんもこの驚きようである。

やっぱびっくりするよな……でもアミダさんにはお話しておかないといけない。

 

「自己中心的な理由に他ならないが……お前はどうする」

「……」

「俺についてくるか。そのままラインアークに留まっておくか」

「ミミ……」

 

アミダさんは俺のペットという立場でこのラインアークに送られては来たが、実際そうではない。

今の彼女は自分たちと同じような思考、感情を持っている生物として皆に認識されている。

異形な姿かたちを持っている彼女が、ラインアークの……一部の防衛部隊の者達には、受け入れられている。アイラちゃんという女の子同士のお友達も出来たみたいだし。最近俺会ってないけど。

 

「俺はこの先、良くない事をする。世界の皆から疎まれるような……所謂、非難轟轟とか言うやつだ。俺に付いてくると、ロクでもない目に遭う事必至だろうな。しかも俺がこの世界に居られるのは期限付きで、ずっと一緒には居られない」

「アミアミ……」

「と言っても、時間はまだある。ただ……ラインアーク戦までには決めておいた方が良いだろう。そこがターニングポイントだ。まぁ、そもそも俺が斃されなければの話ではあるがな」

「アミダ」

 

アミダさんはもう自分の居場所を手に入れている気がするんだよな。

少なくとも俺が出会ってきたラインアークの面子は良い人ばっかりだったったし。彼女にとってもここが居心地の良い場所なのは間違い無いはずだ。まぁ、最終的な判断は彼女に任せるけど。

 

「ミミダー?」

「エドガーか? 先にも言った通り、これは秘密の話だ。お前以外の誰にも話すつもりはない……だから、くれぐれも内密に頼むぞ。妙に騒ぎにでもなったら敵わんからな」

 

いやね。さっきも言ったけど、ラインアークの人とかめっちゃ良い人ばっかだったからさ。

俺が「ラインアークに電力供給する為に、クレイドル不時着させてでもアルテリア施設手に入れるわ」とか言ったらどうなると思うよ。皆罪悪感一杯になっちゃうんじゃない?ってかそもそも、ORCA旅団のすることってメチャ批判されてもおかしくない行動だ。

 

とてもじゃないけど、ラインアークに居たままじゃそんなこと出来ない。

 

目に見てわかる反乱分子がラインアーク所属とか、企業の攻撃がラインアークに集中されでもしたら元も子もないし。うーむ……と、なると。どうするか

最初からORCA旅団に合流するまでの隠れ蓑だったんだYO!!とか超悪者の感じでフェードアウトでもするか。騙されたねお馬鹿ちゃん達。お仲間ごっこは楽しかったぜェみたいな。

 

これ良いな。出ていくときは最低な男路線で攻めていこう。

 

「アミミ!」

「む……来たか?」

 

アミダさんの反応から察するに、エドガーさんがやってきたのか。

カツコツとした足音が扉の前から響き、それが徐々に大きくなってきている。

アミダさんすげぇな。足音で来る人把握でもしてんのか……ってか、俺も意外とアミダさんが何を言わんとしているのか分かってきているのも中々アレだけど。

 

「ゼン。入るぞ」

 

そして扉の前から聞こえてくるノック音+エドガーさんの声。アミダさん大正解。

 

「ああ」

 

よ~し。悪い奴路線で攻めていくためにも、今は楽しい思い出いっぱい作っておかなくちゃ。

 

今日も皆と仲良くご飯食べるぞ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

そんなこんなで、皆との久しぶりの昼食に胸を躍らせていた俺が、食堂に入った瞬間。

 

 

《第一回!ラインアーク守備部隊腕相撲トーナメント~!!》

 

 

そんな聞き覚えのある声が、大音量で室内に響いた。

俺とエドガーさん、アミダさんは三人とも入り口で固まっている。と、言うか。

食堂内に居る防衛部隊の皆様方も、固まっていた。『ある男』へとその視線を向けて。

 

うん。マーシュさんなんだけどね。なにこれ。マイク片手に何やってるの?

 

何度目かの確認になりますが、ここは食堂でありレクリエーションルームじゃないです。毎度ながら、この人の行動は突発的過ぎて全く読めないんですけど。しかも腕相撲って、一体何考えてるんですかね……

 

《おや!?そこに居るのはゼン君御一行じゃあないか!元気してたかい!僕は元気さ!》

 

でしょうね!貴方が元気じゃなかったところなんか見た事ありませんし!

 

「アブ・マーシュ。これは何だ」

《見ての通りさ、腕相撲大会を開こうかと思ってね!》

「エドガー、何か知っているか?」

「いや。何も。そもそも俺は今日の事について、彼に何も話してはいないんだが……」

 

話していないのに、今日に限ってこんなことしているの?俺が来るって、知らないのに?

相変わらずやべぇなこの人。流石と言わざるを得ないぜ。

ご飯食べに来たら、食堂がこんなことになっているとはとてもじゃないが予測できなかった。

 

「あっ、こんにちは!隊長!ゼンさん!そして、アミちゃん!」

「アミミー!」

「アイラか。久しぶりだな。アミダが恋しがっていたぞ」

「ええ!全くもう、この前私のお部屋で女子会したじゃあないですか!さびしがり屋ですね!」

 

防衛部隊の中からアイラちゃんが出てきて、中々インパクトのある言葉を残す。

女子会か……アミダさん女子会とかしてんのか。普通に楽しそうで羨ましいな。

今度エドガーさんと男子会でもやるか。話す内容は、ネクスト機の格好良さについてとかどうだ。

 

《君たちからも皆に言ってやってくれたまえ!防衛部隊の皆が僕の言うことを聞き入れてくれなくて困っているんだ!》

 

そしてマーシュさんの嘆き。いやもうしょうがないよね。

今日はフィオナちゃん居ないけど、居たらまた何か怒るだろうし。マーシュさんに協力するって、上司に逆らうのと似たような危険性をはらんでいるから。いやマジで。

 

「あ~、どうした、皆。今日は静かだな」

 

一人ではしゃいでいるマーシュさんが可哀想なんで、一応聞いてはみますが。

 

「いや……何と言うか」

「『あのお方』がお怒りになられるので」

「うむ……釘を刺されましてな」

「流石に我々とて、『あのお方』の懲罰対象には、なぁ」

 

俺の言葉に、席に座ったまま(動く気がなさそうに)答える防衛部隊の皆さん。

 

あのお方って何だよ。ハリー・○ッタ―の『名前を呼んでをいけないあの人』にたいな扱いだな……うん。言うまでもなくフィオナちゃんのことなんだろうけど。

釘を刺したってことはつまり、フィオナちゃんは外堀から埋めてかかる作戦に出たのだろう。

 

マーシュさんに何か言っても無駄だろうし、確かに合理的な作戦ではあるのか……?

とりあえず、今回に限っては彼のやりたいことを防ぐことは出来るはずだ。先の通り、さすがに自分たちの上司に怒られるようなことはしたくないだろうしねー。

 

……と、この時俺は思っていました。

 

が、次のマーシュさんの発言により、その静けさは一瞬で失われることとなった。

 

 

《あ~あ!この腕相撲大会の優勝賞品はネクスト『ネームレス』の1/72スケールの完成済み模型なのになぁ!僕お手製の凄い奴!しかもゼン君のサイン色紙付き。でも参加者が居ないんじゃあ仕方がないなぁ。これは僕が大事に大事に飾っておくとし……》

 

 

――――――――ガタガタガタガタッッ!!!

 

 

「模型を手に入れるのはこの俺さ。そうとも知らずに……おめでたい野郎共だ」

「アレは俺のものだ……俺だけのモノだ!!」

「サンキューマーシュ。助かったぜ」

「優勝……その称号は、俺にこそふさわしい」

「システム キドウ」

 

ほぼ全員が席から立ち上がるなり、マーシュさんの元へと雪崩のごとき勢いで殺到していった。

フィオナちゃんへの恐ろしさに、人間の欲が勝った瞬間である。

おいおいーちょっと欲望にまみれすぎてんよー。手のひらを返すって言うか、グラインドブレード並みにギュルギュルと大回転しまくってんよ~。

 

つーか俺のサイン色紙とかどこにあるんですかね。作った覚えないし。てか需要あんの?

 

「わ~。サイン欲しいな……」

 

アイラちゃんでしたか~。

まあアイラちゃん女の子だもんな。流石に屈強な男たちに混ざって腕相撲は出来ないか。

えーと、どうするかな。

 

「サインが欲しいなら後でやろう」

「えぇっ。ダメですよそんなことしちゃ。私だけずるいですしっ。ねぇアミちゃん!」

「アミアミ」

 

いや結局要らないんかい!アイラちゃん良い子すぎて恥かいたぜぇ……

 

「ん、そういえば。エドガーの姿が見当たらないな。トイレか?」

 

そこで、さっきまで隣にいたはずのエドガーさんが居ないことに俺は気が付いた。

消える気配を感じなかったんだけど。まぁ、そのうち戻ってくるか……っと。なんだなんだ。

アミダさんが何か喋っているな。

 

「アミダ!」

「ん。何だ、どうした?」

 

何やらアミダさんはその脚でマーシュさんに集う人ごみを指さしているが……そこで俺は見た。

 

「……おいおい」

 

見てしまったのだ。その中に混ざる、頼りがいのある広い男の背中を。

 

あっ、あの後姿は……っ!

 

「エドガー・アルベルト。お前もか」

 

なにやってんすかぁ!

 

 

 

*********************

 

 

エドガー視点

 

 

ラインアーク第一MT部隊隊長兼、ネームレスのオペレータを務める男。エドガー・アルベルト。

その未来(死)を怪物によって捻じ曲げられた、この世界においても、特別数奇な人生を歩んでいるとも言える人間。そんな、本人は気が付いていないが、もう『普通では居られなくなった男』は本日、やたら気合が入りまくっていた。

 

その目的は、ただ一つ。

 

《では、そろそろ一回戦を開始します!》

 

腕相撲で勝ち、ネームレスの模型を手に入れることだ。

 

何を隠そう、このエドガー・アルベルト。熱烈なネームレスファンなのだ。

怪物が目の前現れた、あの日、あの場所、あの瞬間から、その銀色の機体にホの字である。

まぁ、元々兵器の類には興味津々のエドガーだっただけに……今回の商品。非常に魅力的と言わざるを得ない。

 

《ゼン君はあとで色紙にサインね!それと掛け声をよろしく!》

《まさか俺も司会と似たようなことをさせられるとは、思ってもみなかったが》

《わ、私達もですかぁ(アミアミ!!)》

 

設置された司会席の様なところで、あきれるようにしてマーシュと進行役を務めるゼンと女性陣。

そして……食堂の中央には、二人の屈強な男たちがそれぞれの右の掌を組み合っていた。

一人はエドガー自身。そしてもう片方は他の部隊の隊員だ。相手は見知らぬ顔ではあるが……

 

「ネームレスのオペレータに相応しい実力か否か 試させてもらうぞ!」

 

何やらやたら強そうだ。だが、エドガーとてここで負けるわけにはいかない。

この男には悪いが……速攻で勝負を決めさせてもらう腹積もりである。

それから数秒、互いに睨み合い、その気を膨らませていくと……室内に静けさと緊張感が満ちた。

 

《二人とも準備は良いな?》

 

そろそろ良いか、と、タイミングを見計らったゼンが確認を取り……両者は頷く。さてさて。

 

《では―――》

 

そこで、エドガーは決意する。

 

 

――――――――初めッッ!!!

 

 

たまには、良いところを見せておくとしよう、と。

 

 

「「ぬおぁッ!!」」

 

 

合図とほぼ同時。両者の熱き雄叫びが響き、そして。

 

 

瞬きをする間も無い、まさに刹那の、その瞬間。

 

 

 

――――――――ダンッッ!!

 

 

 

決着は、付いた。

 

 

「「「……」」」

 

 

あまりにも一瞬の出来事に、ギャラリーの反応も追いつかない。

 

かくして、その勝者は。

 

 

《そこまでッッ!!勝者――――エドガー・アルベルトォッッ!!!!》

 

 

ゼンのやたらテンションの上がった実況。

 

それと共に、この一室がお祭り状態と化した。地鳴りのように響くそのド級の振動に加え、どこぞのライヴ会場かと見紛う程に、ギャラリーが湧き上がっている。たかだか腕相撲の一戦目でこの盛り上がり様とは。

 

つい先程までやる気の欠片も感じさせなかった者達とは、到底思えない。

 

《いや~素晴らしい戦いだったね!実況席の皆!一回戦はどうだったかい!》

《ああ。相手選手も相当の実力を持っていると見えるが、さすがはエドガーだ。正直、見ていて胸が熱くなってしまうな、これは》

《す、すごい盛り上がりですね!隊長が勝ってくれて、私たちも嬉しいです!(アミダ!)》

 

……ギャラリーだけでなく、実況席の者達まで何やら盛り上がっている。

エドガーとしては、勝てて嬉しいところではあるのだが、何だろうか。普段はスポットが当たらない職務ばかりをこなしていると言うこともあり、少々気恥ずかしいところではある。

 

良いところを見せようと決意したばかりではあるのだが。困ったものだ。

 

「君ならば、優勝するかも知れんな……本当の強者は誰なのか、皆にも見せてくれ」

 

試合終了後、相手はエドガーを讃えるとリングから離れ、ギャラリーの中へとその身を投じた。

……何はともあれ、一回戦は無事突破である。

これから先、更なる強敵たちが待ち構えていることだろうが……これも全て優勝賞品の為。

 

それにゼンの手前でもある。絶対に負けられない。

 

再度決意を固めたエドガーはリングを離れ、次の戦いに向け集中力を高めることにした―――――

 

 

――――――――

――――

――

 

 

……。

 

どういうことだ、これは。

 

「まさかのパターンだな」

 

さて、困惑するエドガーはさておき。これまでの経過を説明しよう。

 

結論から言うと、エドガー・アルベルトは並み居る強豪たちとの戦いを制し、見事に優勝した。

そこには涙なしには語れない、男たちの熱き・負けられない戦いがあった。

誰しもがプライドと欲を賭け、最終的にはあまりに力を入れ過ぎて筋肉をつるものも続出。

多少の怪我人すら輩出すると言う腕相撲デスマッチへと変貌を遂げてはいたが、それでもなんとか、エドガーは勝った。

 

そう、勝ったのだが。

 

「俺としても『これ』は聞いていないんだが……」

 

今、エドガーは机を挟んで、一人の男と対峙していた。

黒髪・黒目で、東洋人顔。その辺り出身だと、平均的容姿ともとれる出で立ちをした若者だ。

ただ、彼らと少し……大分違うところとして、その身から発せられる謎の威圧感が存在してるが。

 

言うまでもなく、ネームレスのリンクスである。

 

ことの発端は、アブ・マーシュの『エクストリームマッチを開催します!』などと言った台詞だ。

無事優勝したエドガーではあったのだが、男のこの台詞で、全てが茶番だったことに気が付いた。

恐らくだがここまでの腕相撲の目的は、ゼンに対峙させるための強者を選出することにあった。

 

ゼンの身体能力を簡易的に測ることを目的として、今回の催し物が行われたのだろう。

 

《これは世紀の一戦だねぇ!皆も盛り上がっているよ!》

《わ、私たちはどちらを応援すればよいのでしょうかっ(アミミ……)》

 

いや、自分の方に決まっているだろう。エドガーは内心そう突っ込んだ。

今現在、エドガーはゼンと左腕を組まされてはいるが……もう分かる。これは、ヤバい奴である。

男性諸君なら分かっていただけるとは思うが、腕相撲は組んだ瞬間に相手の強さと言うものが大体把握できる。これが本能のなせる技なのかどうなのかは分からないが……とにかく。

 

もう絶対勝てない。思い込みでは無く、確信できる未来である。

 

それぐらい、目の前の男の掌から伝わってくる力強さが、尋常ではない。

エドガーは冷や汗を流す。まさかゼンと言う男と対峙することがここまで厳しいものだとは、思ってもみなかった。

 

「第一MTの隊長、勝てるかね」

「筋肉量の差を見ろ。リンクスの方は重く見積もって体重70㎏未満だろう。対して第一の方は大体90㎏代か? まぁ如何にリンクスと言えども、単純なフィジカル勝負じゃ隊長さんの方に軍配が上がるだろうな」

「お前知らないのかよ。リンクスの方、ああ見えて体重100kgはありそうだって話だぜ」

「は!?ひっ……おまっ。え?冗談抜かすな」

 

冗談ではない。

 

と、言うか、そうでも無いと怪物達特有のネクスト超機動に耐えられないだろう。

そう言う風に設計されているはずなのだ、ゼン達の身体は。一般的に言われる『超人』すら凌ぐ身体機能を有していなければ、あの動きに耐えられずにとうの昔に死んでいるはずだ。

 

だからこそマズイ。この後、自らの左腕は原型を留めているのかどうかが怪しい。

 

「エドガー」

「何だ」

「ゆっくり力を入れていかないか? いきなり全力では、怪我をしてしまうかもしれない」

「良い提案だな。是非ともそうさせてもらう」

 

ゼンからの提案に、内心ホッとするエドガー。

突然ゼンのフルパワーなんぞぶつけられた日には、左腕とさよならを告げる必要があるだろう。

これで安心して腕相撲に臨むことが出来る……多分。

 

《二人とも、準備は良いかな!》

 

マーシュの言葉に、対峙する両者はコクリと頷く……しかし、これは少し面白いかもしれない。

エドガー自身としては、自分がどの程度プレッシャーを与えることが出来るのかを知れるチャンスでもある訳であるし。

 

《じゃ、あとはお互いのタイミングでどうぞ!》

 

その言葉を皮切りに。

 

「では、ゆっくり、な」

「ああ」

 

エドガー達は腕相撲を開始した。

ゼンの言うとおり、ゆっくり、ゆっくりと……その腕に力を入れていく。

 

まずは……10%

 

「「……」」

 

……25%

 

「「……」」

 

40%

 

「「……」」

 

そして、60%

 

「……大丈夫か?」

 

ゼンからの確認。

 

流石にまだ大丈夫だ。この調子なら、まだまだいける。

エドガーはゼンの問いに答える代わりに、組んだ左腕に力を込めた。さてさて……どうなるか。

 

では次は、70%程度から。

 

「「……」」

 

エドガーとしては、さすがに、少しきついが……80%

 

「……」

「……っ」

 

そこで思わずゼンの方を見る。

 

力むエドガーに対し、目の前の怪物は、腕相撲が開始された当初から殆ど顔色が変わっていない。

体格差的に、本来ならここいらで勝負が決まっても何らおかしくは無いはずなのだが……やはりこの男、普通ではない。いや、わかってはいたのだが、実際こう見せつけられるとなると。

 

些か。

 

「ゼン」

「何だ」

「本気を出すぞ」

「ああ」

 

熱くならざるを得ない。

 

90%……を、

 

 

 

飛ばして

 

 

 

「―――――ッッ!!!!おアァッッ!!!!」

 

 

 

100%。

 

 

エドガーは、小細工なし、単純な力比べで、ゼンと勝負を行った。

正直勝てる気はしていなかった、が。今だけは。本気で勝つ気で、この怪物を打ち倒すべく、自分の持てる力の全てを出した。

 

そして、この時エドガーは気が付いていなかったが、彼は所謂火事場の馬鹿力を発揮していた。

彼も男だ。こういう形ではあるが、自分の思う世界最強の男と戦えて、通常時のそれよりも遥かに良いパフォーマンスを発揮出来ていたのだ。それはつまり、100㎏近い体重の、鍛え上げられた男性の本当の意味でのフルパワーが発揮されたという事であり……

 

 

――――――ゴッッ!!!

 

 

ほんの一瞬。怪物の力を凌いだ。

ゼンの倒された左腕、そしてその衝撃音を聞いた時、ギャラリーの誰もが思った。勝った、と。

この勝負、エドガー・アルベルトの勝ちだと。

 

 

だが、しかし。

 

 

「……ッッ!!」

 

 

エドガーの倒した怪物の腕は――――その手首が机に付くまでに留まった。

詳しいルールは知らないが、少なくともこの場において。エドガーの認識としては、手の甲が完全に机に押し倒されるまでは終わりではない。つまり……

 

まだ、死んでいない。終わっていない。

 

「……エドガー、敢えて言っておくっ」

「なんッ……だッ……!!」

「『本来』なら、俺の負けだった――――では、行くぞッ!!」

「来ッ……いッ!!!!」

 

今度は、怪物のターンだ。

 

ここを耐えきれば勝てる。押し込んでいるエドガーが有利なのは誰の目に見ても明らかだ。

このままゼンに押し戻されさえしなければ、勝機はある。

 

しかし。

 

 

「――――フッッ!!!」

 

 

それは、叶わない。

 

他ならぬエドガーが、その事を一番よく理解できていた。

怪物は、短く息を吐くと同時。抑え込まれていた腕を、まさしく人外じみたパワーで押し戻した。

そして、その直後に……

 

 

雌雄は決した。

 

 

「「……」」

 

 

音は無かった。エドガー・アルベルトの手の甲は、とても優しく、机の上に押し倒されたのだ。

そのまま、静寂が室内を包み込む訳であるが……まぁ、こうなることは分かっていた。

皆には悪いが、そもそも『あの時点』でゼンを倒すことが出来なかった時点で、無理である。

 

唯一にして決定的なチャンスだったのだが……やはり、ダメだったか。

 

最後はエドガーの身を気づかって、極力衝撃を与えないようにしてもいた訳であるし。

全く、何とも優しい男である。ただ、何だ、エドガー自身としては大満足だ。我ながら良くや……

 

 

「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」

 

 

突然の大歓声。

 

今日は大なり小なり騒ぎは生じていたものの、間違いなく本日一の歓声だろう。

エドガーはそれに驚くが、それと同時に、目の前の怪物に組んだ左手を高く掲げられてしまう。

 

そして、一言。

 

「俺の相棒は、凄いだろう?」

 

……。

 

どうやら、今日の『ゼンに良いところを見せる作戦』は成功したらしい。

エドガーは小さく笑うと、ゼンと二人でギャラリーに応えるように、更にその腕を高く掲げた。

 

《うんうん。素晴らしい戦いだったよ。思わず僕も感動して泣いてしまうところさ!》

《ガッゴいいッッ、二人とも、がっごいいでずぅぅ(ア゛ミ゛ア゛ミ゛)》

 

いや、泣く程ではないだろう。

 

 

――――――――

――――

――

 

 

後日、エドガーには優勝賞品が贈呈され、一人でにやにやしながら眺め倒していたとか何とか。

 

 



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第52話

霞・スミカ視点

 

その日。

 

《ミッション完了だ》

 

ストレイドのオペレータ、霞・スミカは本日の仕事を無事に終えたことを相棒へと伝えた。

その相棒、ストレイドのこなしたミッション内容はほぼ完璧だ。本来ならここで更に一言二言、褒め言葉でも付け加えるところなのだが……彼女は決してそうはしなかった。

 

それどころか彼女の声色からは、何やら含みのあるものが感じられるまである。その理由は……

 

《……『アレ』の真似事か?》

 

スミカの言葉に、ストレイドのリンクスは答えない。

そう。ここ最近……と言うか何時からか、ストレイドは戦場の敵を極力傷つけなくなっていた。

正確に言うならば、基本的な攻撃箇所をコア部分以外に集中させているとでも言うのか。

 

間違いなく、ネームレスの影響である。

 

何やら噂によると、ネームレスの出る戦場では死傷者が出にくいらしく、スミカが見た幾つかの映像からも、怪物が故意的にそうなるよう仕向けていることは明らかだった。

アレは基本的に、他人に対して優しい。彼女等の初見での邂逅時、即座に襲い掛かって来なかったことからも、その性質が読み取れもしたのだが……

 

《精々上手くやることだ》

 

彼女は忠告する。

 

ネームレスは優しくとも、決して甘いという訳ではないと。アレはどんな時も気を抜いていない。

それこそ、どんな雑魚にもだ。対ネクストだろうが、対ノーマル部隊だろうが、相対した者には殆ど隙を見せていないのだ。スミカの集めた資料映像から分析したネームレスの動きは……

 

敵対した場合、最も面倒なタイプのソレであった。

 

敵を無力化した後ですら、その存在を常に気に掛けるしたたかさ。それを持ち合わせているからこそ、そのスタイルで成り立っているとも言えるのだろう。

アレは自分がどんなに強大な力を持っていようとも、それに慢心することなどない。

相手も一人の人間だということを強く意識し、戦場では常に周囲を警戒し続けているのだ。

 

逆転と言うものが、どんなに小さなところから起こるか分からない。それを分かっている様な……

 

《……》

 

だんまりを決め込むストレイドに、彼女は小さくため息を吐く。まぁ何時もの事ではあるのだが。

彼女の相棒は、感情が非常に読み取りにくい。無口なうえに無表情。彼が感情を爆発させたことなど、出会ってから一度も……

 

……。いや、一度、ある。

 

あれが爆発と言ってよいものなのかどうかは定かではないが。

ネームレスがミラージュと戦闘をこなした時の流出映像を、二人して見た時のことだ。

スミカ自身としては、あの怪物達の戦いに冷や汗を流し、その化け物具合に恐怖心すら抱いたものだが……その時、彼女の相棒はと言うと。

 

笑っていた。

 

それこそ、誰の目に見ても分かる位には、とてもとても素敵な笑顔だった。

……初めての事態だった。先の通り、ストレイドのリンクスは出会ってからほぼずっと無口・無表情であり、多少の感情表現が表に出ることすら稀であったのだから。

 

《なぁ。お前は……》

 

どうしたいんだ?

 

スミカは喉まで出かかった言葉を引っ込めた。

あの時の……笑っていた時の彼の顔。あれは、子供が『良い大人』に憧れる様な表情だった。

もしくは、何か凄いモノを目の当たりにした時のような、輝いた人間の顔。

 

きっとあの時、彼にとってネームレスは……その『とてつもない何か』に見えていたのだろう。

 

それこそ、その行動に対して真似をし始めるくらいの、余程の衝撃だったに違いない。

……それは、きっと良いことのはずだ。模倣先がミラージュでは無かったのなら尚更に。

何せこれはある意味で、彼が初めて、本当の意味で自分で『選んだ』行動だろうから。

 

ネームレスの存在が、彼の人間らしさのようなモノを取り戻す第一歩になってくれると言うのなら。彼が人並みの考えや、感情と言うものに目覚めてくれると言うのなら、それは歓迎すべきではあるだろう。

 

しかし。

 

《……まぁ、良い》

 

それはネームレスがある意味で手本となる様なものだ。

 

彼女は思う。ストレイドのリンクスは天才だ。いや、この男には天才と言う言葉すら生ぬるいと。

当然本人には告げないが、彼女の出会ってきた中でもそれこそぶっちぎりの『才』を放っている。

だが、それでも彼は怪物達とは違う。アレを完璧に模倣するには、どうしても足りない物がある。

 

故に、怪物の真似をすることは危険が伴う。

 

スミカは、ストレイドのリンクスが何時か、どこかで足元を掬われないか不安だった。

それに加えて……いや、こちらの方がメインだ。彼女の本当に心配していることは。

 

ネームレスのリンクスが、何か良からぬことをしでかした場合。

 

その時……彼女の相棒はどの様な選択をするのだろうか。

先の通り、ネームレスがストレイドの手本となっていた場合、ともすれば間違った道に彼は歩みを進めてしまうのではないか。スミカはそのことが些か気がかりだった。

 

とは言え、彼女の心配し過ぎと言う可能性も当然存在しているが。

 

《早く戻れ。とっとと帰還するぞ》

 

……これは、『奴ら』と少し話を進める必要があるか。指示を出す最中、スミカはそう決断する。

彼女がこうまでして頭を悩ませている原因の一つ……いや、それこそ原因か。

それからつい最近メッセージが送られてきているのだ。件名・内容共に、どうしても見逃すことの出来ないメール。

 

一体何を考えているのかは定かでは無いが、その内容をストレイドのリンクスに知らせる前に、まずは自分自身でことの顛末を確認する必要があるだろう……

相棒の輸送機への帰還を待つ最中、スミカはこれから先の出来事に思いを馳せていた。

 

 

――――――――

――――

――

 

 

後日。霞・スミカは自室のPC端末を前に、ヘッドセットを装着した状態で待機していた。

目的は遠く離れているとある人物との対話である。

既に今日、この時刻に連絡を取り合うことは確認してあるはずなので、後は相手が出るだけなのだが……何やら少し遅れているらしい。オペレータらしき人物からは待機を命じられている状況だ。

 

かくして……ようやく通信が出来る状態になったらしい。

 

《こんばんは。霞・スミカ。元気にしていたか?俺は元気だ》

 

ヘッドセットからは聞き覚えのある男の声がこだました。

飄々としているようでその実、芯の通った……相も変わらず、スミカの癪に障る声である。

そんな、初っ端から不愉快な挨拶を決められた彼女は、思わずして悪態をついてしまう。

 

《相変わらず腹の立つ》

《俺の知り合いからこの挨拶でいけばバッチリだと教わったんだが》

《誰だその阿呆は》

《本来、阿呆と真逆を行くような男なんだがな。本人がよければ今度紹介しよう》

 

スミカは「要らん」と吐き捨てると、その応答先である『怪物』に対して質問をぶつけた。

 

《で、何だ。『あの』メッセージは?》

《ほう、無事に届いていたか。いやはや、ラインアーク側に頼んでおいて正解だった》

 

スミカは舌打ちをする。

 

ラインアーク……もとい、この怪物からスミカの元に届いていたメッセージ。

それは来たるべきラインアーク戦において、ストレイドの協力を願うものであった。

 

……何とも、怪しげな。これがまず最初にスミカの抱いた感想である。

 

ラインアーク所属のネクスト機は今現在、ネームレス、ホワイト・グリントの二機。

相対する者達が如何に強者であろうと、その戦力としては決して引けを取るものではないはずだ。

それなのに今現在、経済難であるラインアークが多額の報酬を支払ってまでストレイドを雇おうとするその魂胆。大方この怪物の入れ知恵なのだろうが……スミカはその真意を知りたかった。

 

《質問に答えろ。お前、どういうつもりだ》

《どういうも何も。そのままの意味だ。ストレイドにご協力願えないかと思ってな》

《アイツが使えると?》

《ああ。最高にな》

 

アイツも随分と買われているものだ、とスミカは鼻を鳴らした。

そもそも、前々から気になっていたことがある。何故かは知らないが、この男は以前から……それこそ、出会った時からストレイドの事を一目置いていた。

この男をして、一体何がそこまで強者だと言わしめるのか、彼女が興味を持つのも当然と言えた。

 

《そう言えば貴様の他に。オーメル……企業連からもメッセージが届いていたな》

《逆側の依頼か? 件名は、ホワイト・グリント及びネームレスの撃破とでも言ったところか》

《良く知っているな、お前は。何でも分かるのか?》

《フッ……まさか》

 

……この反応。当たらずとも遠からず、と言ったところか。

どちらにせよ、この世界における情報は必要とあらば大概が怪物に流れ出る可能性が大きい。

まぁ、昨今までその存在すら認知されなかった者達だ。情報操作の類はお手の物だろう。

 

《こう見えて、俺も色々と考えているんだよ。「どうすれば上手く行くのだろう?」とな。しかし実際どの方法が正解なのかは、その時になるまでは分からんだろう。まぁ、当然、取れる対策は取っているつもりではあったが》

《ハッ。お前は試験か何かでも受けるつもりか?》

《言い得て妙だな。で、だ……頭を悩ませていた俺は閃いた訳だ。「今回は既に試験をパスしたことにすればよい」と。満点合格なのか、ラインギリギリなのかは分からんが……少なくとも今回においては。ストレイドさえ此方に引き込めれば、》

《赤点は回避できると。つまり、お前はそう言いたい訳だ》

 

スミカにはこの男の真意が読めなかった。

 

実に回りくどい言い方で、何かを秘匿していることはあからさまである……が、恐らく。

要約すると先にスミカが答えたとおりだろう。どう進むのがベストな結果を生み出すのかは分からんが、ストレイドが味方に付きさえすれば最悪にはならない。そう言いたいのだ……だからこそ。

 

《良い加減にしろ》

 

苛立ちが募る。

 

《お前の言葉は矛盾している。「その時まで正解が分からない」と発言しておきながら、次の瞬間には「今回は既にパスしたことにする」などと……誰でも違和感を感じるはずだ》

《今、重要なのはそこじゃない》

《ああそうだろう。だが言わせてもらうぞ……今のお前は、何時にも増して気味が悪い。私からすれば違和感だらけの、『理解できない何か』だ。お前は何だ? 未来でも見えているのか?》

《だと良かったんだがな。残念ながら上手く行くのは稀だ》

 

彼女の言いたいことは最もだ。実際、怪物の言葉は非常に理解し難いモノであり……

今までの話を言い換えるならば、『既にパスした試験を、より良い結果(点数)を求めて解く』。

ストレイドという道具を使って、これを行おうとしている訳である。

 

しかしこの口ぶりからだと、その試験の詳しい内容(問題)は恐らく分かっていない。

 

当然だろう。そんなことが分かれば誰も苦労はしない。

未来がまるまる、全部分かっていることになるのだから。だが、この怪物の違和感は……

 

《『分かっているのに、分かっていない』。今、私がお前から受けた印象はコレだ》

 

スミカのこの言葉に、怪物は少しの間口を噤んだ。

彼女自身、自分の言葉に少々の違和感を抱きながら発言しているのだ。ネームレスのリンクスも少し考えるところ位はあるのだろう……ヘッドセット越しに怪物は小さく溜め息を吐くと。

 

ようやく――――

 

 

 

 

《俺も、ストレイドだったよ》

 

 

 

 

――――…………。

 

《……ふ、ざけるなよ》

《いやァ。あの時はお互い大変だったな》

《……お前は本当に得体が知れん。これまで聞いてきた冗談の中でも、最大級に気持ちが悪い》

《ククク……すまんな。こういう事も偶には喋りたくなる》

 

『こういう事』……冗談にしては、本当に気味が悪すぎる。

スミカは怪物がその事を口出したその時、不覚にもその身が総毛だった。し、今でも鳥肌が立ちっぱなしである。この感情、一種のおぞましさすら含まれていると言っても良い。

 

お陰で、今日はこれ以上この男の謎に突っかかる気力すら無くなりかけている。

 

《アイツは……お前を、見ている》

《……?ストレイドが、か》

《ああ。話す気は無かったが……お前が、アイツの何だ、その》

《隣に居るのか?》

 

スミカの言葉を遮るようにして、ネームレスのリンクスが口を開く。

 

《そういう意味ではない》

《ではどう言う?》

《……もう良い。ただ、この先アイツが何かをしでかした時、お前の力を貸せ。それで良いなら今回の話、アイツに通しておいてやる。実際どうするのかは分からんがな》

《『シリエジオ』との共闘か。その時は頼むぞ、旧レオーネ社の元エース》

 

当然のごとくスミカ自身も通行止め役に入っているところが、些か笑える。

言ってしまってはなんだが、彼女自身はリンクスとして現役を退いて久しいし、今更上手く機体を動かせるかどうかは分からない。が、まぁ、この怪物となら『そうなった』自身の相棒を止められる可能性は高いだろう。

 

そもそも、ネームレス自身がよからぬことをしないのが一番なのだが……まぁ無理だ。

 

事情を説明して素直に聞き入れるとも思えない訳であるし。だったら多少なりとも相手の飲みやすい条件を提示するのがまだマシだ。

 

《ふん。まぁ、敵同士になることも十分にありえる。その時は首を洗って待っていろよ、貴様》

《恐ろしい事を言うな。ストレイドのリンクスには俺から「是非ともよろしく頼む」と言……》

《話はついたな。味方ならまた連絡を入れる》

《おいおい決まったら早いn》

 

半ば強制的に通話を切断する……全く。本当ならもっと色々聞くはずだったのだが。

我ながら早計だったかと少し反省するスミカ。

いや、しかしあれ以上続けていたとしても奴に関する有益な情報が得られるとは到底思えなかった訳であるし。精神衛生上あの怪物との通話は早めに切り上げるに越したことは無い。

 

しかし……

 

「奴が、ストレイド……」

 

スミカには、この言葉がどうにも引っかかって頭の中から離れない。

そんなはずなどある訳がない。ある訳がないのだが……もし本当に『そう』なら。

 

「ハッ。馬鹿馬鹿しい」

 

スミカはヘッドセットを取り外すと、デスクに投げ捨てるようにして置いた。

そうだ。あまりに荒唐無稽な話だ。第一、彼女の知るストレイドのリンクスはあんなに喋らない。

加え、彼女の相棒はどこか可愛げもある訳であるし……全くの別人だ。

 

「……」

 

それでも、スミカは考える。あの言葉の真意を。

冗談にしては……その時の雰囲気が重すぎた。あの言葉を現実的に解釈した場合、どうなるのか。

考えられるのはやはり、ストレイドのリンクスと怪物が、何かしらの関係性にあるということ。

怪物=ストレイド。となると、その逆になることも当然ありえる。つまり。

 

ストレイドのリンクスが、怪物の『組織』と何かしらの関係がある可能性が出てきたと言える。

 

スミカが出会った頃から、彼の素性・過去は一切不明だったし、本人すらも分かっていない。

しかし『組織』との関連性があるなら、その抹消された情報についても納得がいく。

そもそも、ストレイドのリンクスは……色々な意味で『ネクスト機への適性』が高すぎた。

 

身体が特に弄られて居ないところを見るに、彼は怪物達の成り損ないなのか。いや、それとも。

 

「っ!」

 

そこで突然、彼女の自室の扉が開いた。

思考に没頭し無警戒な状況であっただけに、スミカの身体がピクリと小さく跳ねる。

何だ?と、イラつきながらそこへ視線をやると……扉を開けたのは彼女の良く知る男。

 

ストレイドのリンクスだ。

 

「何だ。いつからそこに居た」

「……」

「……ああ。まぁ、やはり、お前は奴とは違うな。間違ってもああはなってくれるな」

「……」

 

無口な彼を見てうんうんと頷くスミカ。

この反応だけでも、どれほど彼女がネームレスのリンクスを毛嫌いしているかが分かるというもの。さて、しかしながら。このタイミングで扉を開けたと言う事は、だ。

 

「聞いていたか」

 

その言葉に、男はコクリと頷いた……扉の外からとは。何とも獣じみた聴覚だ。

スミカはヘッドセットを利用していた為、通常ならその会話音声が聞こえるはずなどないのだが。

この反応。所々聞こえていなかったにしろ、大概の話の流れは理解できているはずだ。

 

と、なれば。

 

「さて、どうする」

 

スミカは尋ねた。まだ、時間はある。今ここで答えを出さずとも良いが……延ばし過ぎはNGだ。

準備期間含め、早めに決定するにこしたことは無い。

ラインアーク戦に出るのか、出ないのか。出るとしたらどの陣営につくのか。

 

場合によっては、この先の身の振り方も考えなければならないだろう。

 

「お前が選べ」

 

そう。これは彼の物語でもあるのだから。どんな『答え』かは、自分で決めるべきだ。

 

 

 




今回の更新はここまでです。
一回書いた話を全部書き直したりしているので遅くなりますが、許して下さいまし。


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第53話


問題はどの脚部でルビコンに行くのかってところですよね。

皆どうするよオイ。とりま初心者には優しく鳥葬してあげるんだぞ。



ドン・カーネル視点

 

 時刻は午前5時。

 

「おはようございます。ドン・カーネル」

 

 ただ今絶賛爆睡中であったカーネルは、その言葉を聞くや否や一瞬で飛び起きた。

 

 まぁ、どちらかというと起きた要因はその『声』によるものが大きいのだが……何故なら。

 彼は普段、この目覚ましアラームに設定されていても可笑しくないような無機質な女性声に超絶しごかれているからである……ところで、ここまで状況を説明したところで奇妙な事が一つ。

 キャロルが今立っているのはカーネルのベッドのすぐ傍である。それはつまり言うまでもなく。

 

「……おい」

「はい」

「ここは、誰の、部屋だ?」

「清掃することをお勧めします」

 

 まったく話を聞き入れる余地のない彼のオペレータ。キャロル。

 ここはカーネルの自室なのだが……何故この場に彼女が存在しているのか彼には全く理解出来ない。昨日の記憶を整理してみても、通常通りシミュレーションを利用したトレーニングを行った後はこの部屋に直行し、流れるように睡眠体勢に移行したはずなのだが。

 

 まさかとは思うが、記憶にないだけで彼女とこの部屋で一晩……は、ありえない。

 カーネルは秒でその可能性を捨て去った。キャロルは間違いなく美人の部類には入るが、カーネルのタイプではないのだ。と、言うかこの女を部屋に連れ込むなど常人にはまず不可能。呼ぶや否や精神攻撃をお見舞いされて心のPAが一瞬で消滅することは火を見るよりも明らかな訳であるし。

 

「ふむ。キャロルキックをお見舞いして差し上げましょうか」

 

 などなど考えていたカーネルであったのだか。どうやら思考を読まれてしまったらしい。

 キャロルが右足を後ろに引き、蹴りを入れる体制に移る……この状態、非常にまずい。カーネルは今ベッドで上半身のみを起こしている状態であり、防御態勢が十分に取れないのだ。つまりクイックブーストでも使用しない限りはこれから起こる悲劇を回避できない。絶体絶命。

 

しかしカーネルはここでとある打開策を用意した。

 

「そのスーツ。中々、似合っている、ぞ」

 

 女性は服を褒めると喜ぶ。古今東西いかなる時代も変わることの無い不変の事実のはず。

 正直キャロルを褒め称えるのは嫌で嫌で仕方が無かったが、窮地を脱するにはこれしかなかった。と、カーネルは思った。それに純然たる事実として、女性用スーツはすこぶる似合っていたのだ。

 

 本当に認めたくなかったが。

 

「ほう。中々悪くない選択肢です」

 

 しかしなるほど。どうやら彼女の様な一見仕事以外に興味の無さそうな女性にも、自身の外見を褒められることは『嬉しい事』とインプットされているらしい。後ろに引かれた右足が再度元の位置に戻るのを観察したカーネルは、その反応を見て己の判断に間違いは無かった事を確信する。

 

 ……ただし。

 

「では目の覚めるツボを押して差し上げましょう。確か頭頂部あたりに」

「クソッタレ!」

 

 非常に残念なことに、正解など最初から存在しなかったらしい。

 頭をガッと掴まれ、てっぺんを人差し指で押された、その直後。狭い寝室に、うぎゃあぁと情けない中年男の悲鳴が鳴り響いた。

 

――――――――

――――

――

 

《全く……お前の暴力行為はとどまるところを知らんな》

《心外な。素敵な目覚めを提供したにすぎないと言うのに》

《あーあー、そうだな。あと部屋に入るときはノックをしろ。常識だろうが》

《行いましたが反応が返ってくることはありませんでした。故に、強硬措置に》

 

 出たらだめだろう、出たら。

 

 輸送機に揺られつつ作戦領域に向かっていたカーネルはため息を吐く。なんだろうか、このキャロルと言う女性はと。ランクは低いとはいえリンクスと言う貴重な人材にこうも激しくぶつかってくるものなのだろうか。余分な気を使われるよりかは大分マシなのだが、如何せん当たりが中々に強いのだ……と言うか、最近では出会った当初に比べ強くなってきている気がしてならなかった。

 

 まぁ、カーネル自身彼女の行為に大して不快な気持ちにならないのが不思議なのだが。

 

《で、今回の任務の最終確認だが》

《『未確認AFの調査』です。今回は輸送機を使い敵AF上空に接近、高所からの落下を直接行う為、姿勢制御に注意して下さい》

《ハッ。何が『調査』だ。俺がブッ壊せば全て解決だろうが》

《腕に覚えのある者に依頼するならそうでしょう。が、貴方が居たのでは不測の事態に対処できないと上層部に判断されたのでは? 事実、いつかのカブラカン戦では内部から射出された大量の自律兵器に固まっていたでしょう》

《……あれは、これからどうやって倒すかの算段を立てていたんだ。勘違いするな》

 

 嘘である。あの時カーネルは、自律兵器と戦わず撤退する方針を立てていた。

 最終的には間髪入れずに現れたミラージュがものの一分程度で全て撃破していたが、もしもあれが無ければその場から離脱していた可能性は大きかっただろう。まぁ、キャロルがそれを許していたとも思えないが。

 

《大体GAが二機も出撃させて、やることがただの調査ってのが気に食わん》

 

 カーネルは軽く毒を吐く。そう、今回のこの任務。何とワンダフルボディ単機に依頼されたものではないのだ。その証拠に機体内のレーダーには自機を運ぶ輸送機前方にも、もう一機の輸送機(ネクスト)反応が現れている。

 

《僚機、『メリーゲート』は優秀な重量級支援機です。盾に使いつつ、なるべく長時間の調査を狙うのを目的としているのでしょう。とは言え、簡単に話が進むとも思えませんが》

《望遠だとランドクラブの様に見えるんだったか?実験元は恐らくトーラス……GAのアームズフォートを鹵獲するなんぞ、命知らずな奴が居たものだ》

《一時期頻発していた『不明ネクスト機によるAF狩り』。その被害に遭った内の一機の可能性が存在します》

 

 その襲撃犯の内の一機は確か、ミラージュだと噂されていたらしいのだが……今現在オーメル社に居ることから考えるに、実際はどうだったのか。少なくともカーネル自身には裏の事情についてはほとんど分からずじまいである……とは言え。

 

《……ふん。今重要なのはどの程度の兵器なのか、だ》

 

 この通り、今現在最も気にかけるべきなのは敵AFの戦力だろう。

 カーネルは思案する。今回の任務にあたり、詳しい事は何も説明されてはいないのが一番の問題だ。ブリーフィングで言われたことは、トーラス社っぽい奴らがこそこそAF使って実験してるからちょっと見て来い。くらいのものである。

 

《手に負える良いのですが》

《……ハッ。俺のことより僚機のアイツを心配しろ。重量機じゃ、ハチの巣になりかねん》

《自己紹介でもなさっているので?》

《お れ の は 中 量 機 だ》

 

 その堅牢な外観から勘違いしそうになるが、ワンダフルボディはこう見えても中量機に分類される。自分の担当するネクスト機の情報を勘違いするなど、オペレータにあってはならないことだ。どうせワザとなのだろうが、これは文句を言うチャンス……という訳で、カーネルは嬉々としてその口を開こうと――――

 

 

《――――聞こえるかしら?》

 

 

 ――――……したのだが。残念ながら、キャロルに意見するタイミングを失ってしまった。

 カーネルは舌打ちをしつつ、自機が傍受した通信にやむなく対応する。聞こえてきた声は若い女性のものであり、その口調からは何やら柔らかそうな物腰を想像させるものがあるが……どこぞの鉄仮面オペレーターとはえらい違いを感じてならない。

 

《ああ。煩いくらいにな》

《良かった、ちゃんと聞こえているみたいね……ネクスト、『メリーゲート』よ。今日はよろしくお願いするわ》

 

 カーネルは脳内から僚機のネクスト、メリーゲートの情報を引き出す。

 搭乗リンクス名は『メイ・グリンフィールド』であり、カラード内でのランクは確か18位。GA社所属のリンクスではランク4位のネクスト、フィードバックに次ぐ実質的なGAの2番手と言える。そのランクこそ低いものの、重量機特有の高火力武装を多積しており、支援機としては優秀な位置づけにあるとされている……ランク、ネクスト搭乗歴。共にカーネルの上を行く、所謂年下の先輩だ。

 

《ふふ……でも、貴方と一緒なら心強いわ。噂通りの働き、期待しているわね》

《……噂ぁ?》

《あら、知らないのかしら。貴方って今、GA社内じゃすごく期待されているのよ? あの怪物達と2回も相対して生き残るなんて、普通じゃない。NSS計画を推し進めたのは間違いじゃ無かったって。カラードのランクだって、この短期間で3つも順位を上げている訳だし……もうすぐ私も抜かれちゃうわね》

《ぶッ!》

 

 それを聞いたカーネルは、あまりの驚きにゲホゲホとむせてしまう。

 そう、この男。実は今の今まで自分のカラードランクが上がったことやGA内部の自身への評価を知らなかったのだ。まぁ、知ろうとも思わなかった、と言うのが本当のところなのだが……さすがにこの持ち上げられようは予想外にも程がある。

 

《キャロル!》

《はい》

《まさかお前……知っていたのか!?》

《知られてしまうとは、残念でなりません》

 

 思わず自身のオペレータに確認を取ったカーネルは、ここでとあることを確信した。

 この女は、わざと自分にそれらのことを教えていなかったのだと……いや、それどころかカーネルの耳に入る情報すら統制していた可能性までも浮上する始末である。何故それらについてキャロルは何も話してくれなかったのか……疑問に思うのも無理は無かった。

 

《以前の過ちを繰り返されては困りますので》

《……》

《決して驕らず、これからも精進に励みなさい。ドン・カーネル》

《……チッ》

 

 以前の過ちとは、あの日怪物に折られる前のカーネルの事を指しているのであろう。

 自身を特別な、超人だと勘違いしていた頃の愚かな男のことを……ただ、カーネルに言わせれば無用の心配である。今や彼自身、どれほどの努力を重ねても追いつけない存在を目の当たりにしてきている訳であるし、自身の評価が多少上がった程度で慢心するほど愚かな存在ではない。

 

 いや、まぁ、正直に言えばちょっと嬉しいのが本音ではあるのだが。

 

《おい、あの『銀色』はどうなんだ》

《と、言うと》

《ネームレスのランクはどうなんだと聞いてるんだ》

《あら、それは私も気になるわね》

 

 カーネルとキャロルの会話に、メイも混ざる。

 キャロルは彼女の方に回線を開いていないため、メイが聞こえているのは実質カーネルの声だけなのだが……どうやら反応から察するに、メイの方もネームレスのランクを知らないのか。

 ……いや、違うか。これは『知っていて、それを疑問に思っている』のだろう。一体何を……

 

《ネームレスのランクは現在『33』。ミラージュが登録されたことにより更に順位を下げました》

《……ランク33だとぉ? なんだそれは、ふざけているのか。おい、メリーゲート》

《順位の話なら本当のことよ。どういう訳かネームレス、登録されて以来は常に最下位をキープしているみたいで……企業がそうしているのか、本人が何らかの『圧』をかけてそうしているのか。とにかく何かしらの力が働いていると見て間違いないでしょうね》

 

 カーネルは眉を顰める。あの化け物がカラードランク最下位とは、どういう冗談だと。

 何せワンダフルボディのランクが今現在24→21位に上がったことから、単純に計算してもカーネルとは10以上のランク差が開いていることになるのだ。誰がどう考えても実力とランクが見合っていない。

 まぁ、とは言えミラージュの場合に関してはカラード登録されたのがごく最近であるし、さすがに『何の実績のないままいきなり高ランク配置』はありえないとは予測出来るのだが。

 

《何にせよ、次に起こるラインアーク戦の結果で変化は訪れる……これだけは確かよ》

 

 メイの言う事は最もだろう。さすがに化け物の蔓延る戦場を生き残った者に対しては、そのカラードランクに関しても今まで通りではいられるはずがない。例え、如何にネームレスが――――

 

 

《――――ネクスト降下。及び輸送機を急旋回》

 

 

 ……。

 

《はぁ?》

 

 カーネルは困惑した。

 

 メイの声の次に彼の耳に入ってきたのは、オペレーターのキャロルの声であり、その内容が……何やら聞き捨てならない非常に物騒なものであったから。

 とてもじゃないが、今までの愉快な噂話途中に発せられる様な言葉ではない。何せそもそもの話、カーネルの聞いた『ネクスト降下予定地』までは多少の距離があるはずであり、実際にキャロルからもここに至るまでにほとんど何の通達(準備)も伝えられてなかったのだから。

 

《えっ、何?ワンダフルボディのオペレータかしら?》

 

 どうやらここで初めてキャロルの声を聞いたのだろう。

 カーネルと同じくして、メイ・グリンフィールドも困惑している……しかし何故。この状況でようやくメイにも聞こえる様に回線を開いたのか。いや、それどころか、これは。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()G()A()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それに気が付いた時、カーネルは肝が冷える思いがした。

そうだ。これに似た状況は以前にもあった。あの時……怪物達と相対したあの時のことだ。今回と同じように、キャロルが何の前触れもなしに命令を下した時。それは彼女ですら予測が難しかった出来事が生じた場合のみに行う行動であり、つまり。

 

 自身に最悪な出来事が降りかかる前兆。

 

 

 

 ―――――――ガゴンッ。

 

 

 

 そこで輸送機の下部ハッチが唐突に開き、暗かったカーネルの視界に大量の光が流れ込む。

 

《う……おっ、っ!》

 

 まずい、強制的に投下された。

 

 そのことを理解したカーネルは、身に降り注ぐ浮遊感を存分に感じつつ、今現在の状況を把握しようと精一杯に己の脳をフル回転させる。まず初めに機体の姿勢制御だが……これは大丈夫。キャロルにしごかれただけって、落下時のそれに関しては今や何ら困ることは無い。

 では、その次。眼下に迫るロケーションの確認……この場所は旧ピースシティエリア付近。砂漠にうもれるビル群が特徴的な、カーネル自身が初めて怪物に相対した地の近くでもある。ただ今の時刻は夕方で日が傾いてきており、強風によって砂塵が舞っているせいでいつかの日よりも視界がすこぶる悪い。

 

 今現在のワンダフルボディの高度からでは、実際に敵AFの居場所を特定するのにはレーダーに頼る他無いのが実情だろう。そのことを理解したカーネルは、目標の位置を確認するべく即座に自機レーダーに目を落とそうと……

 

 したのだが。

 

《ッッ!なッんだッ!》

 

 出来なかった。あまりにも驚くべきことが、目の前で起こったから。

 何とワンダフルボディのすぐ前方を、下方から放たれた『緑色+極太の何か』が通過したのだ。

 カーネルには分かる。この輝き、この色はコジマ兵器の放つ特有のソレである。やはりトーラス社、何やらまたしても面妖なモノを開発しているときたらしいが……カーネルにはここで一つ、ある疑問が生じた。

 

 地上から放たれた、天をも穿たんとするコジマキャノンらしき何か。これは今、誰を狙ったものなのだと。目の前を通過した、とも言ってもそれはあくまでも体感での話であり、実際のワンダフルボディからの距離はそれなりにあった……まさか。まさかとは思うが、このキャノン砲。

 

《……ッ!》

 

 カーネルは瞬時に空を見上げる。そしてその直後、聞こえて来たのは。

 

 

 けたたましい爆発音、更に重苦しい衝撃。

 

 

 この時カーネルは無意識に叫んでいた。

 

 

《キャロルッ!!》

 

 

 その上空では、一機の輸送機が無残にも爆発四散していた。

 

 

 



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第54話

ドン・カーネル視点

 

 この時、カーネルを支配していたのは得も知れぬ怒り。

 敵なのか、自分に対してなのか。一体誰に対するものなのかは定かでは無いが、カーネルの中には行き場のない怒りで溢れていた……いや、これはやるせなさを隠すためのものなのか。

 

それ故に。

 

《ふ……ざ、けるなッッ!!おい!このバカ野郎!!》

 

 彼は叫んだ。認められるはずがなかったのだ。

 

 カーネルの中でのキャロルという人物は、どこぞの怪物達と同じく絶対的な才の持ち主であり、こんなところで死ぬはずなど無い人間であった。キャロルの指示が無ければ間違いなく自分自身も『ああ』なっていたことが理解できているということもあり、「彼女に救われた」という事実が彼に重くのしかかっていたのだ。

 

 誰かに命を救われるなんて、リンクスになってからもう何回目なのか分からない。こうならない為に、自分自身の力でこれから先の戦場を生き抜くために、生を、努力する機会を与えられたはずなのに。どうしていつもこうなってしまうのか。今の彼には、その理由が――――

 

《――――クソッ!クソッたれが!どいつも、こいつもッ!》

《私としたことが。とんだミスを》

《勝手に……あァ!?》

《全く。私を馬鹿呼びするとは愚かな。帰還したら今度は睡眠のツボを押して差し上げましょう》

 

 本日何度目になるか分からないが、ドン・カーネル。驚愕。

 

《おっ……は!? 死んでないのか!?》

《直撃をもらったのは先行していたもう一機の輸送機。今は速やかに降下、ビル群の陰に入ることのみを考えて下さい》

 

 それを聞いてカーネルは自分の勘違いを理解する。なるほど、アレはメリーゲートを輸送していた方の輸送機だったのか、と。そして同時に謎の安堵感を得ているのを、彼自身は気が付いているのかいないのか……とにもかくにも、敵の正体を一刻も早く確認することが先決か。

 

《後方に下がりキャノンの射程外に離れつつ、降下して下さい》

 

 キャロルの言に従うようにカーネルは自機の高度を急速に下げていく。

 地面が迫り視界がクリアになる最中、視界の斜め下前方にはとある巨大兵器が存在するのを確認出来る。そして、何やらそのAFの周りを取り囲むようにして『ふよふよと浮いている謎の球体』。

 あれは一体何なのか。あまりにも不気味で、また奇妙過ぎる物体であり……正直、近づくことは非常に躊躇われる。この感覚、もはや本能的な嫌悪感と言っても良いだろう。

 

《高度、100……50……接地完了。ふむ。中々悪くない姿勢制御です》

 

 かくしてワンダフルボディは無事に地面に到着。

 カーネルが自機を置いたのは敵AFから多少距離をおいた位置にあるビルの物陰……周囲にはいくつものビルが存在する為、例えキャノンを放たれたとしてもそのビル群が盾になる算段である。

 

《……おい》

《はい》

《色々と聞きたいことはあるが……》

《メリーゲートなら無事です》

 

 レーダーに反応が無いため、メリーゲートの生存は絶望的だと思っていたカーネルは一まず安心する。つまり自機のレーダー範囲外、この地のどこかにメリーゲートも身を隠しているのだろう。

 しかし依然として、最悪に近い出だしであることには変わりはない。何せ、恐らくは。

 

《ただし、輸送機内のオペレータ及びパイロットは死亡》

《確定か?》

《キャノンの直撃+燃料の爆発。そしてあの高度からの墜落。間違いは無いかと》

《……そうか》

 

 撃墜される瞬間を目の当たりにしたカーネルからすれば、それは当然と思わざるを得なかったが……やはり他人の、それこそキャロルの口から出される情報には相応の重みがある。となるとつまり、あの輸送機のパイロットは自機が撃墜されかかっている最中にメリーゲートを緊急降下させたという訳だろう……大したものだ。

 

 ただ、そのオペレータに関しては不運と言う他ない。

 

《……何故、お前にはあの攻撃が予測出来たんだ?》

《トーラス社には旧アクアビット社の職員が多く取り込まれています。過去、アクアビットの作成していたAFから今回の敵AFの予測を立てていたのですが……ふむ。『ソルディオス砲』に関する正確な情報を入手するのに苦心してしまいました。特に、その『射程』に関する情報を欲していたのですが、手に入れたのは先の緊急降下直前でして》

《……どうやってその情報を入手したんだ、お前は》

《結果、あの時点での我々は『旧ソルディオス砲の射程圏内に近い』位置関係だったことが判明した為、即座に降下させたのですが……どうやら、幾分遅かった様子で》

 

 情報の入手経路の質問に関しては全くの無視である。

 しかしながら要件をまとめると……あの球体は新型ソルディオス砲であり、過去より射程が伸びていた。我々はまんまと射程圏内で降下してしまった。そういう訳である。

 

《……チッ!》

 

 思わず舌打ちをしてしまう。

 

 今回の降下作戦。敵AFのほぼ真上からの奇襲じみた調査を行うはずだった為、本来ならまだ多少の時間は残されていたはずだった……オペレータがキャロルでなければ、そのまま二機ともキャノンの餌食になっていたことは間違いないだろう。遅いどころか、普通なら考え付かない事だ。

 

 限られた情報から無理やり予測を立てるとは。悔しいが、オペレータには恵まれている。

 

《――――て。応答してもらえるかしら!》

《っ!》

《おや》

 

 大体の事情が把握出来たその時、両名の通信に割り込んできたのは聞き覚えのある女性のもの。

 メイ・グリンフィールド……どうやら本当に生存して居たらしい。緊急降下以降、トラブルが生じたのか唐突にその通信が切断されていたが、どうにか回復にまでこぎつけたのか。相も変わらずレーダー内には反応が生じていないものの、声を聞く限りでは命に別状はなさそうだ。

 

《良かった、通じた……!貴方たちは無事!?》

《ああ、何とかな。お前の方はどうだ》

《私は何とか降下させてもらったけれど、輸送機は……》

《大破。搭乗員の生存は絶望的かと思われます》

 

 はっきりと言い切るキャロル。まぁ、それはそうなのだが……こんな時にも一切の感情の揺らぎが見られないその口調には何とも恐れ入る。まがりなりにも同胞が殺られている上に、一歩間違えば自分自身もああなっていた可能性があると考えれば、本来多少なりとも何かしらの反応があってしかるべきだろうに。

 

 そんなキャロルの言葉を聞いたメイは、何かをかみ殺すような短い沈黙の後、通信に応答する。

 

《そう……そう、よね。貴方にお礼を言うわ。あの指示のお陰で、私だけでも助かったのだから》

《お気になさらず。むしろ褒め称えるべきなのは、輸送機のパイロットかと……ところで申し遅れました。私、ワンダフルボディのオペレータを担当しております、キャロルと申します》

《リンクス、メイ・グリンフィールドよ。よろしくお願いするわ……でも、困ったわね。あの子……オペレータが居なくなってしまった今、私だけではどうしても力不足に》

 

 何とも悲痛だ。輸送機内で喋っていた時の声色に比べ、随分と沈んでいる。

 

 戦場で人が死ぬのは当然のこととは言え、まさかオペレータにまでその被害が及ぶことになると考えるものは少ないだろう。メイとそのオペレータがどれほどの仲だったのかは分からないが、人並みの付き合いがあるのなら、その突然の死に精神がぐらつくのも無理はない。キャロルとそこまで仲良が良いと思ってもいないカーネルでこそ、先ほどは焦りを隠せなかったのだから。

 

《私が指示を出しましょう》

《……え?》

《ワンダフルボディに加え、メリーゲート。貴方のオペレータも担当して差し上げましょう》

《で、でも。そんなこと。一人のオペレータがネクスト二機を同時に指示するなんて聞いたことが無いわ。貴方の負担が大きすぎるし、本来担当しているネクスト機への指示が疎かになったとしたら……》

 

 戦力が逆に下がる。彼女の言いたいことはそれであろう。

 

 一機のみを担当していれば良かったにも関わらず、もう一機にも気を配らなけばならないとなると、どうしてもどちらかへの配慮が不足してしまう。それこそ、オペレータ職が板に付いていれば付いている程に、通常時との違いに戸惑う事になるであろう。考えるまでもなく、それは当然のことだ……どちらの機体にも常時的確な指示を出すなど、普通に考えてありえない。

 

 普通、なら。

 

《安心しろ。この女は一種の化け物だ。銀色……ネームレスやミラージュなんかと同じくな》

 

 ただ、カーネルの言う通り。彼女は非常に特殊な例である。故に、何も問題などない。

 

《馬鹿の次は化け物呼ばわり、と。罪状を追加します》

 

 ……カーネル自身に問題は発生しているものの、それは無視してやり過ごす。

 

《……分かったわ、貴方の指示に従う。それで、これから私はどうすれば?》

《まず貴方の降下地点からワンダフルボディとの位置関係を把握、二機共に合流して頂きます》

《で、俺達が合流した後はどうするんだ?》

《仕掛けます。やられたままでは、終われないでしょう》

 

 相変わらず抑揚は無いものの、最後のキャロルの言葉からは何やら憤怒の表情が見て取れる。

成る程。カーネルは勘違いしていたがどうやら、これでも彼女なりに些かイラついているらしい。これには相手方に同情せざるを得ない……何せキャロルを怒らせるなど、カーネルには恐ろしくてとても出来たものではないのだから。

 

《細かい策は合流中にお話します。ではメリーゲート、貴方のおおよその位置を――――》

 

 カーネルは身を引き締める。全く、どう反撃したものか。

 

 

*********************

 

キャロル視点

 

 明らかな作戦ミス。

 

 ネクスト二機の合流中、輸送機内において指示を出していたキャロルは思考に没頭していた。

 ブリーフィングではほとんど詳細が説明されてはいなかったが、今回の敵AFはトーラス社が実験元と考えられており、恐らくその兵器がコジマ兵器である可能性が高いことをGA社も予想出来ていたのだろう。

 

 コジマ粒子は非常に不安定な物質であり……射出するともなればその有効射程は極短いものとなる上、チャージする時間も必要となるはず。このことから此度の作戦は『輸送機で直接敵AFに接近、上空から投下する』と言った通常なら非常にリスクの高い策を取ったのだと思われた。

 

《……》

 

 加えるとすれば、この輸送機自体がステルス機能を有しており敵に発見されにくく……強風で砂塵が宙を舞い、視認性も悪いという好条件。その奇襲じみた作戦により敵AFが本格的に起動する前に一気に叩ける可能性も存在した……のだが。結果はこの通り、奇襲は失敗。アレは恐らくソルディオス砲亜種の類であり、小型化が進んだにもかかわらず過去の物より有効射程が伸びていた。

 

 その射程の伸びは恐らく、コジマ粒子圧縮技術の向上によるものか。最大威力は過去のモノより低いだろうが、輸送機一機落とすには十分すぎる火力を備えている。

 

《おい、そろそろ二機とも合流するぞ》

 

 ワンダフルボディからの通信を聞き流しつつ、キャロルは更に思考を進める。

 最大の疑問点は、何故その奇襲がバレていたのかと言う点に他ならない。あの空中に浮かぶ球体は恐らく、キャロル達が作戦領域に入った時点で既に起動していた……そして、射程圏内に入った瞬間にキャノン砲を射出していたのだ。

 

《周囲への警戒はくれぐれも怠らずに》

 

 指示を出しつつ、キャロルは考える。

 

 敵の索敵性能が、こちらを上回った。と考えるのが普通ではある。普通ではあるのだが……どうしても拭いきれない違和感がある。

 そう、先の通り如何に好条件が整っていようと、輸送機で直接敵AFの上空に向かう必要があるのだろうか。ある程度まで輸送機で接近、ネクストを投下した後に彼らを単体で敵AFまで接敵させる方が合理的かつ遥かに安全である。特に今回のような、未確認AFの襲撃ではなく、『調査』という名目なら尚更に。

 

《……》

 

 何かに勘づく様にキャロルは目を細めた。

 

 今回のリスクの高い作戦と併せて考えるに、誰かが自分達を、GA社の戦力を削ごうとしている様にも感じられるが……さて。とは言え。そもそもこの合理的でない作戦を許可したのがGA社というのがまた何とも……まぁ、我々とて一枚岩ではない。意外な人物が意外なところと繋がってた、何てことも珍しくないだろう。とにもかくにも、今回の任務――――

 

 ――――中々どうして、きな臭い。

 

《……ふぅ、何とか無事合流できたみたいね》

 

 かくして、キャロルが今回の任務の裏について思考を割いている最中。

 

 どうやら合流に成功したらしい。キャロルの耳にメリーゲートからの通信が入る。

 実のところ彼女は今回、キャロルの申し出によりGA社から支援機として用意されたものである。この作戦に予め疑問を抱いていたキャロルが念のため用意していた『弾除け』だったのだが。どうやら先のコジマキャノンのデコイとしての役割は果たしてくれた様子であり、キャロル的には大満足である。

 

 何とも鬼畜ではあるのだが。自陣営の安全を優先する辺りは流石と言えるのかどうなのか。

 

《ふむ。では早速ですが》

 

 合流を確認したキャロルは迅速に指示を出す。

 

《行きなさい、ワンダフルボディ。メリーゲートは2秒程おいてその後を追うように》

《……おい、本当に大丈夫なんだろうな》

《辿り着けばお分かりになるかと》

《最悪だ、クソッタレっ》

 

 キャロルがワンダフルボディに出した指示は至極単純。あの敵AFの脚部の合間までOBで突撃するだけである。まぁ、周辺に浮遊する奇妙な球体が存在するのが些かアレではあるのだが。

 

《―――行くぞッ!》

 

 ワンダフルボディのリンクス、カーネルが気合と共に自機のOBを展開。

 隠れていたビルから飛び出し、そのビル群の合間を縫う様にして例のAFへと一直線に駆けて行く……キャロルは敵との距離を測りつつ、その動きを注意深く観察する。輸送機内、リンクスの視点を介するモニターには猛スピードで近づくAFと6つの浮遊玉……ソルディオス・オービットが。

 

 そして、一定の距離に入ったその時。

 

《ソルディオス。チャージ開始》

 

 空飛ぶ球体がエネルギーを充填し始める……未だその動きは緩慢。ただの浮遊に近い状態だ。

 まぁ、その浮遊の原理が謎めいては居るのだが、今はそんなことはどうでも良い。そしてチャージされてから数秒が経ったその時。もやは内部に溜めこむことが出来なくなったエネルギーが、堰を切ったように溢れ出さんとした。

 

 直後。

 

《うッ……おッおぉッッ!!!》

 

 轟音と共に六つのソルディオス・オービットからはコジマキャノンが射出された。

 OB中であったワンダフルボディはは間一髪でその砲撃を回避するが……機体後方からは砂が焼けるような音、そしてその視界もコジマ粒子の四散で緑色に染まる。とは言えこの場合、一番の問題はそれらでは無く、ワンダフルボディのPA。

 

 機体が安定還流させていたコジマ粒子が外部からのそれにより粒子の安定性を保てなくなり、

防御の要であるPAが一瞬で弾け飛ぶ。それはつまり、コジマ粒子を使用したOB機動も当然行えなくなると言う事であり、敵AFの足の隙間に入り込む直前で、その機動力が失われると言うことになる。

 

 そして間髪入れずにAF本体から放たれる大量のミサイル。絶体絶命である……が、しかし。

 

《ハッ……ハッハッ!侮るなよ!この俺を!》

 

 このドン・カーネルと言う男。ミサイルの処理に関してはリンクスとなった当初からお手の物。それこそキャロルが何の嫌味もなく褒める程度には、フレア使いが上手いのである。かくしてワンダフルボディはそのお得意戦法でミサイルを回避。作戦通りにどうにか敵AF、ランドクラブの脚の隙間に入り込むことに成功した。

 

《ハァ……!ハァ……!》

 

 その耳にカーネルの息切れを聞き入れつつ、キャロルはもう一機にも指示を出す。

 

《ワンダフルボディは隠れるようにして待機。メリーゲート》

《今ッ、やっているッわッ!》

 

 メリーゲートに出した指示は、ワンダフルボディを狙った後、クールダウンした状態のソルディオス・オービットの処理。つまり、コジマキャノンを再充填するまでの無害な内に遠距離からの攻撃を仕掛けるという事であり……メリーゲートは今現在、背部兵装の重ミサイルを構え、ソルディオスの内一機を攻撃している最中であった。その攻撃を一旦終了すると、後は自機付近のビル群の隙間に再度身を隠す算段である。

 

 さて。メリーゲートから射出されたミサイル達はソルディオス一体を的確にとらえ、後は直撃するのを待つばかり……のはずだったのだが。ここで誰しにも予測のつかなかったことが発生。

 

 何と。この空飛ぶ球体は。

 

《ちょ……ッ、とッ!!》

 

 それまでの緩慢な動作から一転。

 まるでネクスト機の様な機動……『クイックブーストの様な何か』を発動させたのだ。結果、その超機動によってメリーゲートから放たれたミサイルは全て回避されてしまう……これには彼女だけではなく、キャロルも流石に驚いた様子で。

 

《はっはっはっ。今のは面白い。もう一度よく見たいものです》

 

 声に抑揚は無いが、何時になく面白おかしそうである。ただ、戦闘中である本人はと言うと。

 

《何これ……ふざけてるの!?》

《はっは。はっはっは。まさかこのような。あまりにも愉快です》

《おい!どうした!何があったのか俺の位置からでは見えん!!》

 

 恐れおののくメイ。大爆笑(?)するキャロル。困惑するカーネル。

 これまでの中でも最大級の強敵を目の前にしているにも関わらず、どこか混沌とした雰囲気がGA陣営を包んでいた。あまりに緊迫した雰囲気では出来る行動も出来なくなってしまうものだが、この状況はどうなのだろうか。

 

《全く、何とも……ええ、ワンダフルボディ。貴方にも見てもらった方が早いかと思われますが……ふむ。それはさておき、今回仕掛けたことによって、把握出来た事がいくつかあります。そして予測できることも》

 

 二機が一旦脅威から離れたことを確認してから、キャロルは話し始めた。

 

《まずソルディオス砲についてですが。一定高度より下には下がって来ません。仮にそうなら、脚の隙間に身を隠しているワンダフルボディが狙い撃ちされているはず》

《……まぁ、そうなるか》

《次に、チャージ時間とクールタイムの存在も確認出来ました。少なくとも連射は不可能……そして次に》

《あのクイックブーストもどきの存在、かしら?》

 

 その通り。そして、そこから予測できることは。

 

《ええ。それらから推測するにあの球体は、ネクスト機に備わっている機構が全て使用できる可能性が存在しています》

《は……あぁ?》

《冗談はよして欲しいわね……》

 

 メリーゲートのリンクスがため息をつく。

 

 そう。あれが可能だと言う事はつまり、オーバードブーストやプライマルアーマー。もしくはそれを発展させたアサルトアーマーという機能が備わっている可能性は大いにある。これまでの常識を覆す、本当に奇妙な物体……ソルディオス・オービット。

 

《とは言え、あくまでも仮定にしか過ぎません。調査を続行します》

《……怪物共とやりあったと思ったら、今度の相手も化物か。ハッ》

《全く、ついていないわ……!》

 

 今回の依頼はあくまでも調査。ならそれを主軸においた戦闘を繰り広げればよいだけの話。キャロルは次にどうするべきなのかを素早く考えると、担当する二機共に指示を出した。

 

《ソルディオス砲の電源がどうなっているのか。ワンダフルボディはその本体、ランドクラブの破壊に専念するよう。メリーゲートは何度か牽制しつつ、隙を見つけてソルディオスと擦れ違うように動いて下さい。尚、AF内部からは多数のノーマル反応が検出されている為、油断しない方がよろしいかと》

 

 まずはこんなところか。後は状況を見つつ、撤退戦に切り替えればよい……

 今回の作戦、キャロルには既に全ての流れが見えたも同然だ。些か予想だにしないことはあったものの、後は不確定要素を一つ一つ潰していけば良いだけの話なのだから。

 

《では、次に移ります》

 

 キャロルの出した合図を機に、第二回戦の 火蓋が切って落とされた―――――

 

 

――――――――

――――

――

 

……。

 

「おい」

「はい」

「お前は、馬鹿なのか?」

「お前では無く、キャロルです」

 

 もう何度目になるのかわからないこのやり取りではあるが……さて、このやり取りが行われている場所。一体どこなのかと言うと、ここはズバリGA本社における医務室である。カーネルの目の前にあるベッドには、その頭を包帯で巻かれた無表情美人が上体を起こした姿勢で待機していた。

 

 これらのことから分かる通り、先日のミッションは無事に完遂されたと言う訳である。

 

 いやまぁ、無事というよりかは本来もっと相応しい言葉があるのだが。とにかく紆余曲折あった挙句に、どうにかミッションが成功したと言ったところだろうか。結果の詳しい内容としては、ワンダフルボディとメリーゲートは本体AF、ランドクラブの『停止』に成功し、ソルディオス・オービットも6機中の2機を撃破するに至ったのだ。敵AFの大体の情報が分かった時点で、その二機のAPが20%を切っていた為、戦線離脱を余儀なくされた次第である。

 

 あのまま戦っていたら確実に死んでいただろうが、まぁ、初見の化け物相手には良くやった方なのではないだろうか。少なくとも次、あの化物を相手取ることになる誰かには、有益な情報を提供できるであろうし。

 

「頭を怪我した状態で指示を行う奴がどこに居るんだ」

「こちらに」

「俺をなめているのか?えぇ?」

「はっは」

 

 それはさておき、このカーネルに問い詰められるキャロルという珍しい状況。こうなっている原因はキャロルに存在しており……実は彼女。あのネクスト緊急投下時、輸送機の急激な方向転換が行われた際に身体のバランスを崩し、自身の頭を勢いよく輸送機内でぶつけていたのだ。なにやら頭上から血液らしきものが流れてきていたのには気が付いていたが、それに構わずオペレータ職を進行していたとのことであり……

 

 今回の一件、亡くなった者達を除いて最も肉体的な損傷を受けていたのは実はキャロルである。

 

「そんなに心配せずとも。特に問題ありませんが」

「し……っ!心配なんぞしとらんわッ!ただな!体調不良のお前が指示を出したとあっては、この俺の身にも危険が及ぶんだ!そのことを良く理解させようと……」

「『クソッタレが。どいつもこいつも』。『お前、死んでいないのか』。貴方のあの狼狽えぶりは些か笑えました」

「目の覚めるツボを押してやろうか?おい?」

 

 カーネルをからかうキャロル。

 

 キャロルが死んだと思い込んだ言え、あれほどこの男が困惑するとは思ってみもなかったのだ。それが余程面白かったのか、キャロルはあの時、自身の身体が訴えた頭痛を一時忘れてすらいた。まさか、たかだか数か月程度の付き合いで……それこそノーマル乗りの頃は仲間の死も大勢見て来たであろう中年男が、である。

 

「チッ……まぁ良い。おい、メイ・グリンフィールドからの伝言だ」

「何と?」

「『本当に助かった。身体には気を付けて』、だとよ」

「貴方とは大違いの素直な励ましです。是非とも見習うように」

 

 その言葉を聞きカーネルが再び騒ぎ出す。

 

 メイに関してはそもそもキャロルの僚機申請が無ければあんな悲劇には見舞われなかったのだが。それを告げたところでどうにもならないし、キャロル自身に何の得も生まれないため、真相は秘匿してある次第だ。第一、キャロルの考えでは戦場に赴いて死ぬと言う事はつまり、その本人が弱かったと言うことに他らないのだから。

 

 ただ……

 

「調査するとしましょう」

「あ?」

 

 今回の任務はどうにも疑問の余地が残っている。その謎に迫ることが自分達への利益、ましてや死者への弔いにもなると言うのなら、調べない理由もないだろう……とは言え、この世界において『真相を探る』という行為は、大抵の場合は不利益に繋がるのだが。

 

 特に、ラインアーク襲撃が近いと噂される状況でのこれだ。最終的には件の怪物達に何かしらの繋がりが見つかってしまう可能性もあるだろう。

 

 全く、仕方が無い。

 

「ドン・カーネル。私を護りなさい」

 

 やれやれと、キャロルはふと中年リンクスに命を下した。

 

「お前にその必要があるのか????」

「出来ないのですか?」

「小娘の子守くらい出来るわぁ!!!」

「はっはっはっ」

 

 実に御しやすい男だと、抑揚なく笑うキャロル。

 

「そのように張り切り過ぎては、足元を掬われるのも時間の問題かと」

「とりあえず、俺は喧嘩を売られていると見て良さそうだな。頭頂部を差し出せ」

 

 無表情で自分の頭を両手でガードしながら、キャロルはこれから先の動きを考えていた。

 

 場合によっては、怪物に連絡を取る必要もあるが……さてさて、どうしたものか。

 

 



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第55話

主人公視点

 

 うーむ。何かアレだな……これは、アレだ。

 

「……」

 

 いやまあ、言う程でも無いんだけど。でもやっぱこの感じはちょっと、気になっちゃう。

 ……俺が細かすぎるのかな。『こんなん』普通なら言う程気にしないんだろうけど。一度目にしてしまった以上見過ごせないと言うか。俺の心がコイツを捕まえてしまえと叫んでいると言うか。

 

 どうしたもんかねコリャ。

 

「どうしたんじゃヨシ君。何か悩み事かね?」

 

 一点を凝視し、その場に無言で立ち止まっているでいる俺を疑問に思ったのだろう。すぐ後方に居た『爺さん』からはそんな疑問の声が飛んだ……そうだ。俺は悩んでいるのだ。コイツをこれからどうするかについて。

 

 ってことで。

 

「ラスター。これを見てみろ」

 

 ちょっとちょっと、爺さんこれちょっと見てみてよ。凄いんだから。

 

「ほぉ。これはなんと」

「ヤモリだな。しかも小さい奴だ」

 

 そう、俺の目の前の壁にはちっちゃなヤモリが張り付いていたのだ。

 

 いやはや、思い立てばこの世界に来て人間以外の生物を目の当たりにしたことがなかったな。

 AMIDAさんは別としてだけど……とにかく。俺がラインアークに来てから見た昆虫はこれが初めてだ。ハエやゴキブリ、蚊に蜘蛛さんにいたるまで、室内に居そうな虫さんは全くと言って良いほど見かけなかった。やはりこの荒廃した世界では虫さんの繁殖すら厳しいものがあるのだろうか。

 

「うぉい!いつまでそこに突っ立ってんだ!」

 

 ヤンキー先輩に怒られました。この素敵生物をもう少し観察していたかったのだけれど残念。

 と、言う事で見ての通り、本日私はバイト先の清掃活動に勤しんでおります。ちなみに今俺達三人が居る場所はとある物置部屋の一室で、もうすぐここは終了して次の清掃場所に移動しようとしている最中であります。

 

「おっとすまない。あとはここを拭けば終りなんだが、いかんせんヤモリがな」

「ヤモリぃ?そいつは中々レアな生き物じゃねぇか」

「そうなのか?」

「ああ。俺もガキの頃はコロニーで沢山見たもんだが、特にここに来てからはあまり……ま、ラインアークは海上に位置してるしな。そもそも外部から虫が入って来づらいんじゃねぇか」

 

 その説はあるな。となると、輸送物と一緒にそういったものが入り込んでくるケースが大半か?

 俺が元居た世界だとそういう外来種云々で生態系が崩れたりしたとか言う話は良く聞いたけど……言うてこっちの世界って、そもそも自然環境とかどうなってんだろ本当。動物園とかあるんですか。

 

「……うーし、終わったなら次行くぞ。目的地まで結構歩くからなァ」

 

 俺が壁を拭き終えたのを見届けたヤンキー先輩は、清掃道具を手に持つと物置部屋から出ていく。当然俺と爺さんもそれに倣い部屋を後にするわけだが……

 

 そこで、俺は爺さんに質問を飛ばした。

 

「なぁラスター。動物園って知ってるか」

「なんじゃ藪から棒に。まぁ、知っとると言えば知っとるが……今のご時世、綺麗に見れるのは空の上。クレイドルでしかあり得んじゃろうな」

「地上には無いのか?」

「儂が知っているのはネクスト機が台頭する前までの時代。今は、どうかの」

 

 ……あるにしてもこの地上じゃなぁ。やっぱきれいな空気とか無いと動物たちも厳しいかね。

 爺さんの話を聞くに、クレイドルはある意味で方舟的な機能も果たしているのかもしれないな。こういうのが後の時代に神話になったりするのかなぁ……感覚麻痺してきてるけど、俺ってとんでもない場所に居るもんだよ本当。

 

「一度『閉じ』、もはや新しく始めるしかなかろうて。緑も、空気も、動物も……人も」

 

 長い廊下を歩く最中、爺さんは小さく呟いた。その瞳は帽子に隠れ、表情は伺いきれないが……新しく始める、かぁ。俺もこの世界に来て地上が汚れきっているのを幾分目の当たりにしてきているからさ。ORCA旅団や一部の人間がそう考えるのも無理はないと思えると言うか。

 

 ただ、仮にそうだとして。新しく始まる世界では果たして……

 

「後ろ向き、かのぉ? 儂は」

「まぁ、救われんこともないんじゃないか」

「ほっ。嬉しいことを言っとくれる」

 

 今はまだ……生き抜いた先に何があるのか、俺にも分からないからね。爺さんの考えが色んな意味で後ろ向きだったとしても、その結果が現れるまでは俺には何とも言えないよ。

 俺は自分の事に関しては結構「絶対負けない」とかなんとか抜かしちゃってるけど……実際ねぇ。本当の意味で断言なんか出来ないって。何時もどうなるかハラハラドキドキしてっから。

 

 ハァ……俺の信じる『Chapter終了時の首輪付き陣営絶対勝つ説』。これも実際はどうなのか。

 

「ふむ。しかし時にヨシ君」

「何だ」

「お主の『進捗具合』。どうなっとるんじゃ?」

「……俺が聞きたいところなんだがな、それは」

 

 爺さんの言う進捗とは、恐らくラインアークやORCA旅団関係をひっくるめた意味なのだろう。

 いや、本当ね。先ほどの俺の言葉通り、今どうなっているのかは俺自身が聞きたいところですよ。何せラインアーク上層部が独自に話を進めているのか、俺には殆ど情報が入ってこないんだ。

 

 ここ最近で俺に伝えられた情報と言えば……

 

「お主、ここ二週間ほぼ毎日儂らと共におるが……さては」

「まぁ、そういう事だ。依頼が来ていない」

 

 らしい。

 

 俺が先日受けた輸送部隊のレッドバレー突破阻止(失敗)の依頼を最後に、ネームレスへのミッション依頼は全くと言って良いほど届いていないとのことだ。俺がラインアークに来たばっかりの頃、警戒されてどこも依頼出してくれなかったのはあったんだけど……今の状況でこれはね。

 あまりに暇すぎるので、バイト時間メッチャ増やしているって訳。つーか体動かしていないと押し寄せてくる不安がヤヴぁい。エドガーさんはちょっと忙しそうで最近会えてないし。AMIDAさんもアイラちゃんのお部屋で女子会してるし。

 

 寂しいっすハイ。

 

「となると、ラインアークはもう守りに入っとる可能性が大きいのぉ」

「仮にその通りだったとすれば、ラインアークが俺を出撃させないために虚偽の報告をしている可能性も存在するが……まぁ、どちらにせよ」

「良くない流れが来とることには間違いなさそうじゃ」

 

 ①企業が俺に依頼を出してない=ただ今絶賛襲撃準備中。

 

 ②ラインアークが俺を出さない=もはや身の回りを固めないといけない状況になりつつある。

 

 ……ってことですね分かります。おぉ~いよいよもってして激ヤバ状態に加速してきてますねぇ。これもはや企業がいつ襲撃してきてもおかしくないのでは?

 いや、まぁ、オーメル側にはオッツダルヴァ……テルミードルさんが居るし、襲撃時期は絶対に調整しているはずだ。少なくとも、プロトタイプネクストがラインアークに搬入されるまではGOサイン出さないはず……出しませんよね団長!信じていますよ!

 

「ここ最近、市民も何やらざわついとることだしの。ある噂を巡って」

「噂?」

「『企業連中がここに何かを仕掛けてくる』、とな。どうやら自分たちの置かれている状況に気付きかかっとるらしい。如何せん今回のは何時ものちょっかいとは度合いが違うからのぉ……噂も広がろうて。ラインアークの様な場所では尚更にの」

 

 そうか……ラインアーク。ここは『来る者拒まず政策』でいろんな人が住んでいるらしいからな。それこそ企業・反企業勢力所属の人間、敵味方関係なく入り乱れてそうだし、情報なんかどっからでも流れ込んでくるか。今回のはその中でも特にビッグニュースが表に出かかっていると。

 

 ラインアーク上層部は重要な情報の隠蔽工作とかめっちゃ苦労してそう。ってか、さ。

 

「情報漏洩甚だしいのは良く理解できた。それはつまり、俺が旅団に注文したブツの情報も」

「どこからか漏れ出ているやもしれん。それこそミラージュの耳にも、の」

「それは良くないな」

「儂らの関係性を知られると言う意味ではそうかも知れんのぉ。しかし、単にプロトタイプネクストの存在が知られたと言う意味では……儂にはそこまで問題があるようには思えん。そう簡単に対策なんぞ出来んだろう。特に、お主が乗っているアレには」

 

 だと良いんだけど……ま、そもそもまだプロトタイプネクスト届いてないんですがね。

 メルツェルさんとの交渉から結構な日時過ぎてるし、そろそろ連絡の一つ位あっても良いと思うんだけど……そこんところどうなんだろう。ミラージュ対策の要ですよアレは。

 

「ラスターの爺さん。ブツ到着の目途はついてるのか?」

「もう既に搬入されとる」

 

 へー。じゃあまずは一安心じゃん。ラッキー……

 …………

 ……

 

 ……はいぃ??

 

「おいおい」

「何じゃ。お主、本当に何の情報も得ておらんのか」

「だから言っただろう。ラインアークはおろか、旅団直通の端末からも何も情報は入っていない」

「ほぉ。サプライズじゃの」

 

 サプライズって、いきなりすぎぃ!さすがにもう到着してたとか心の準備が……ていうか。

 

「頼んでおいて何だが……ここに来るまでに何事もなかったのか?」

「さて、のぉ。ただ、まぁ……輸送ルートは、空でも、陸でも、海上でもなかった様子じゃ」

 

 すると爺さんはニヤリと笑い、人差し指を地面へ向けて指した……おいおい、まさか。

 

「……海中か」

「正解じゃ。さすが副団長様じゃのぉ。ラインアークの立地条件を利用するとは」

「確かに、海中から搬入するとは予想外だな。それも、あんな巨大な物を」

「輸送にあたり幾つかのデコイも用意したらしいがの。さっき言った3つのルートに」

 

 はっはっは。なるほど、とんでもない人だな。輸送を徹底的にバレなくするんじゃなく、バレていることを前提にいくつもの囮を用意したのか。そして尚且つ本命は気づきにく、攻めづらい海中のルートを使用したと。

 

 海に没している都市群、ラインアークあってこその輸送手段とも言える。

 

「さすがに切れ者だな。敵には回したくないものだ」

「お主がそれを言うか?」

「知恵比べは苦手でな」

「かっかっか。冗談は得意な様じゃ」

 

 いやこれ凄いわ。こんな大がかりな作戦を考えて遂行するなんて。

 ……逆に言えば、プロトタイプネクスト輸送にはここまで面倒をかけないといけなかったってことだ。じゃないとレッドバレーの時のミラージュ陣営みたいに、何者かの襲撃を受けて搬入に失敗していた可能性がある。

 

「大きな借りが出来たな」

「ま、なにはともあれ良かったのぉ。これで第一段階は完了。あとはお主次第じゃ」

 

 ま、まぁね、俺がやることって言ったってただプロトタイプネクストに乗るだけのお仕事だから。言う程リンクス自身にその情報を知らせる必要はないんだろうけど。でも爺さんは俺と二週間くらい一緒に居たんだから、もう少し前にその話してくれても良かったのではなかろうか。

 

「ふむ、しかし意外や意外。お主ならどこからでも情報を得られるものだとばかり思っておった」

「買いかぶり過ぎだ」

 

 うぐぅ~勘違いの弊害がここに現れてますよ。そうか。今の俺は世間的に謎の組織から来たヤベー奴と認識されているんだった。当然それはORCA旅団とて同じように思っていたと……

 いやぁ違うんだよなぁ!皆の手助けなしには生きていけない言う程ヤバくもない奴なんだよなぁ!何度も言うけど、情報なんかゲーム内のミッションの知識しかないからね。

 

 困ったね。

 

「まぁ、だが良い。プロトタイプネクスト……『00-ARETHA』(アレサ)が到着しているのなら、後は俺が実際に乗り込みテストをするだけの話」

「あの化け物を制御できる自信は?」

「ある……とは言えん。稀代の天才リンクス、ジョシュア・オブライエンですら死に至らしめた代物だ。俺が如何に強化された身体を有していようとも、『もしもの可能性』は付いて回るだろう。いや、そもそもの話、俺は……」

「……。どうやら、思うところがありそうじゃな」

 

 俺が黙り込んだところを見て、何かを察したのだろう。爺さんは怪訝な表情で言葉を返した。

 そう。ラスター爺さんの言うとおり、俺はプロトタイプネクストに関してある不安を抱えている。起動テストにはほぼ確実に問題が発生するであろうが、特に『その不安』が的中した場合の損失に関しては……あまり想像したくないのが本音だ。

 

 とはいえ、一応。

 

「策は用意してある」

「じゃろうて。お主は、ただやられることを良しとしないタイプの典型のようだしの」

「そう見えるか?」

「でなければ、とっくに死んどる。如何にお主程の力を持っていようと、の。違うか、ヨシ君?」

 

 そう言って、かっかっかと笑う爺さん……ふふ。面白いこと言ってくれる人だよ本当。

 

 色々と勘違いはしているだろうけど、俺のインチキパワーを過大評価しないのは嬉しいな。結構色んな人が、超絶無敵のネームレスって感じでイメージしてるみたいだし。こういう人は珍しい。

 ま、オペレーターであるエドガーさんは知ってるだろうけどさ。俺あの人の前ではだいたいピンチな姿晒してるから……つっても情けない姿を一番知られたくないのがエドガーさんなんだよなぁ。

 

 特に最近やたらピンチ多かったし。悲しいでござるよ。

 

「爺さん」

「何じゃ」

「俺は爺さん達二人がラインアークのどこに住んでいるのか分からん」

「そりゃ、教えてないからのぉ。それがどうしたのじゃ」

 

 いきなりの質問でごめんね。ただ、爺さんとヤンキー先輩の居住区分からないとさぁ。

 

「流れ弾に当たるぞ」

「なるほど。戦闘時における儂らの身の心配をしておる訳じゃな」

 

 そういう事。出会って間もないけど、この人達は怪我だったりは絶対してほしくない。

 俺は俺に直接関わっていない人の命に極限まで気を使えるほどの聖人君子じゃないから。だから関わった人の、特に、俺が助けてもらった人達だけでも、苦しい思いをしないで欲しいと思うよ。

 

 我ながらなんとスケールの小さい男だ。こんなんじゃ世界を救う勇者には絶対選ばれないな!

 

「お主が心配する必要は何もないぞ」

「どういうことだ」

「各ビルの地中……海面下とでも言おうか。そこには避難用のシェルターが存在しておる。有事の際には、市民は皆そこに避難し、身の安全を守るんじゃ。特に、この中央ビルのシェルターに関しては堅牢に作られとるらしいが……その辺りは儂にも良くわからん」

「……初耳だ」

 

 し、知らなかったー!いやでも俺の普段住んでいるフロアも相当な下層にあるからな。俺の住処も実はその地下シェルターに分類されるところに存在している説もありますね……なるほどなぁ。

 道理で原作ではビル群に関係なくネクストが弾丸撃ちまくっていた訳だ。謎は全て解けたぜ。

 

「ちなみにじゃが、海中にも道路は存在しとるぞ」

「俺はこの中央ビルからはヘリポートを経由してしか移動したことが無いが」

「VIP待遇じゃの。一般市民は余程急ぎの用が無い限りその海面下の道路を利用して移動することになっとる」

「ほぉ……興味深いな、それは」

 

 海面下の道路か。気にしたことなかったけど、やっぱり市民の移動手段は道路中心なんだね。

 俺がそこを使う機会があるのかどうかはさておいて、知っておいて損はないだろう。もしかしたら逆に、ヘリポート経由で移動できないなんて事態に見舞われるかもしれないし。

 ……俺ラインアーク来てもう何か月か経つけど、知らない事いっぱいだな。ま、知り過ぎていたらここから離れる時に悲しい気持ちが強くなるから、それはそれで良いのかね。

 

「ふむ……丁度良いタイミングじゃ。ヨシ君、儂からも一つ忠告しておくが。お主の方こそ、身の回りには気を付けい。企業連中、何やら良くない事を考えている様子だからのぉ…」

「良くない事か」

「……とは言え今は逆に安全じゃろうがな。企業にとって、お主をネクスト戦で排除することが重要な『今だけ』はのぉ」

「……問題は、これからのラインアーク戦の後、か」

 

 ……いやぁ。俺がアホみたいにアルバイト出来てるのは、逆に言えば『お前はラインアーク襲撃で絶対に殺す』という企業側の意思表示と言う事なんだろうね。だから暗殺みたいな事は今はお預けだし、ラインアーク側もある程度俺に自由に動かせていると。

 しかし『良くない事』の具体的な事を話さない事から、爺さんもそれについての詳しい情報は把握出来ていないのかな……つまり俺なんかが他人の事を心配している場合じゃないっつーことかい。

 

確かに自分のことすら守れないようじゃ……おお、怖い怖い。

 

「では、精々気を付けて清掃活動に勤しむとしようか」

「それが良い。どうやら『彼奴』も怒こっとるらしいしの」

 

 くっちゃべりながらノロノロ歩く俺らの前方には、彼奴……ヤンキー先輩が額にビキビキッっと青筋を立てながら腕を組み、立ち尽くしていた。それはさながら伝説の不良漫画〝特○の拓〟に出てくる登場人物のようで……

 

「急げ……? つっってんだよ? オウ……?」

 

 !?

 

 はぁい今いきまぁす!

 



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第56話

エドガー視点

 

 ネームレスのオペレータを担当する男。エドガー・アルベルト。

 

「……」

 

 その男は今現在、ガラス越しに映る『漆黒の巨人』を目の前にして深く沈黙していた。

 

 彼が今いるこの施設。そこは高さ約50m×50mほどの巨大な球体状の施設の内部であり……そこに立ち入る際は、コジマ対策である黄色い防護服の着用が義務付けられている。何故ならこの場所は先の巨人を収容するための施設であり、ある意味でコジマタンクの内部とも言える場所に他ならないからだ。

 

 まぁそんなところに生身で来る馬鹿など居るはずもないのだが。つまり簡単に言えば、ここは。

 

「う~ん……ガレージで見ると、尚更ヤな雰囲気出してくるねぇ。この子は」

 

 ネクスト機専用のガレージに他ならない。

 

 エドガーの隣では同じく防護服に身を包んだ天才アーキテクト、アブ・マーシュがうんうんと頷きながらその巨人……搬入されたばかりのプロトタイプネクスト―――アレサを観察していた。

 両名が立っているのは大体機体の頭部の高さに位置する外周沿いの一室であり、現状、そのアレサとまるで見つめ合うかの様な形で対面している状況である。

 

「不安かい?」

「……正直に言えば」

 

 マーシュが問いかけにエドガーはそう答えた。

 

 この怪物がラインアークに運ばれてきてから、誰よりも早く上層部……正確には、アブ・マーシュに呼ばれたのがこの男であった。エドガー自身プロトタイプネクストの存在は噂に聞いていたが、その機体を実際目の前にすると何と言うのか……迫力以前に、何とも言えない薄気味悪さを感じてならない。パッと見のイメージとしては何時かの不明ネクスト機『エイリアン』と似通っており、現行のネクストに比べて余りにも歪で、全体的に整っていないと言わざるを得なく……

 

 この機体を前にすると、無性に心がざわついて仕方が無かった。

 

「僕もだよ」

「……」

「僕も不安さ。()()()()()()と分かっていても、この子を見ると少し……ね。でも、この子に触ってゼン君専用に『調整』することが今回、僕のラインアークでの最後の仕事になるだろうから。時間もあんまりなさそうだし、怖がっている暇はない……だろう?」

「……ええ、そうですね」

 

 確かに、それはそうだ。エドガーとしては今回の調節云々に関しては出る幕がないであろうことは自覚しているし、恐れている暇があるのなら自分にできる何か他の仕事を探し出した方が有意義であろう。ともすれば自身の低まりが周囲に伝染する可能性もある訳であるし。

 

「……ねぇ。エドガー君は、ゼン君についてどう思う?」

「どう思う、とは」

「彼について、君が知っていることを話してみて欲しいんだ」

「……」

 

 マーシュからの突然の質問に、エドガーは困惑した。何故今このタイミングでこの質問をしたのか彼には理解出来なかったが……マーシュの目を見れば分かる。この質問にはきっと何か、重要な意味が込められているに違いなかった。故に、エドガーはゼンについて思いつくままの、正直な言葉を口に出そうとしたのだが。

 

「……」

 

 出てこなかった。

 

 いや、知っているはずだ。オペレータ職とは言え、輸送機に揺られ共に戦場へと向かった仲だ……エドガーはゼンの強さや優しさ、賢さを知っているはずだった。

 だが、ここで。この質問をされたことで。逆に言えばそれ以外について殆ど何も知らない事に気が付いてしまったのだ。本名や出身、生い立ち。趣味、嗜好に至るまで。考えてみればこれまで、ゼンと言う男について詳しく知ることは無かった。エドガー自身、それらの情報はゼンが話してくれるまで待つ算段ではあったのだが……

 

 今日日ここに来るまで、あの男は自分自身についての情報をほとんど喋ることは――――――

 

「ゼン君はさ。良い奴だよねぇ」

「……ええ」

「彼がリンクスじゃなければ、きっと」

「存外、普通に暮らしていたやも知れません。まぁ、日常をどう過ごしていたのかに関しては、想像するのがやや難しくありますが」

 

 ふふふ。とマーシュは小さく笑う。

 

「でも、生き辛くはあるだろうねぇ。口調だったり、身体の動かし方だったり……彼の立ち振舞いには強さを感じさせるものがある。本人の性格はさておき、大多数の人間は彼を見てまず勘違いするだろう。あの人は、怖い人だとね」

「戦いが身近にある我々ですら、ゼンに最初会った時はそう感じました。今でこそ多少はゼンの性格を理解しているつもりですが……クレイドルの中、それこそスクールなんぞに通っていたら爪弾きにされていたやも」

「弾いた爪の方が割れちゃいそうだけどねぇ。ふふふ」

「ふっ……確かに」

 

 先の通りこんな話は想像に過ぎないが、ゼンのことである。どんな困難が待ち構えていても、あの男は諦めたりしないであろうし、勝ちはともかく負けはしないように動くはずだ。実際これまでの戦いでも……いや、まぁ、何度かしてやられたことはあったにしろ、少なくともエドガーの中ではゼンが負けたことにはなってない。

 

「しかし……だとした場合、有り得るのか」

「何がだい?」

「あれほどの男が、日常の中に存在するなど」

「うーん成る程。中々興味深い話だねぇ」

 

 エドガーの呟きに、マーシュは腕を組みつつ答える。

 

「つまりエドガー君は、『戦闘時における優位性を瞬時に獲得出来る人間を造り上げれるのか』を考えている訳だ。それこそ、争いとは……殺し合いとは無縁な生活をしている人間に」

「その通りです」

 

 ゼンのあの立ち振舞い。隠しきれない威圧感や窮地に立たされてもパニックにならず、どうにか生を繋ぎ止めることの出来る……メンタルや知能を含めた『生存技術』とでも言おうか。それらはエドガー等戦闘員からすれば、どう見ても争いを前提として育まれた、あるいは教育されてきたものにしか見えなかった。例えば、本当の争いを知らぬクレイドルの住人の中にその様な人間が生まれる、作ることは果たして可能なのか。

 

 エドガーには、それがふと気になったのだ。

 

「無理では、ないんじゃあないかな」

「それは……」

「まぁ、ただ。君の思っている通りそれは不可能に近いだろうね。彼らの、クレイドルの住人の『日常』は僕らのそれとはかけ離れている。とてもとても、残酷なまでに優しい世界なんだよ。それこそ、全てを忘れ去ることが出来るくらいに」

「……」

 

 マーシュは続ける。

 

「優しさはあるいは、どこからか入り込む。彼らの世界で普通に近ければ近い程にね」

「……」

「判るかい?彼らの世界で、『ゼン君のような何か』を造り上げると言うことは、ある種の狂気じみた出来事に他ならない。殺し合いとは無縁なのに、殺し合いへの体勢は万全なんて……仮に誰かがそう教育し、挙げ句の果てに育成に成功するなんて」

「……異常、ですね。確かに」

 

 マーシュの言わんとしていることは最もだ。

 

 平和な日常の中で殺し合いに対しての訓練を行うなんて、ほぼ100%が無駄な労力に終わるに違いない。そんな力や覚悟、精神力を養う意味が無いし、第一それを完璧なまでに育もうとすればするほどに、心は壊れていく。それこそ、彼らの『日常』から溢れ出る優しさを知っていればいる程に、それにすがり付きたくなるはずだ。

 

 つまり『日常』が近いほどに、ゼンは遠くなる。

 

「だからさ。ゼン君を造るなら最初から『そう言った環境』が必要なはずなんだよ。普通ならねぇ」

「では……仮に平和な日常を享受しつつ、それでも尚あの強靭な精神力、力を手に入れることが出来たのなら」

 

 それは……と、エドガーは一呼吸置き。

 

「怪物だよ」

 

 マーシュは言い切った。

 

「教育者もさることながら、当の本人は計り知れない、理解不能の何かさ」

「……」

「ふむ……そうだねぇ。エドガー君はコミック漫画なんかは読むかい?」

「いえ、あまり」

 

 あらら。と言う風に首をすくめるマーシュ。

 

「とにかく。彼ら漫画の主人公の典型的な例に、『平和な世界から、いきなり殺し合いじみた争いに巻き込まれる』と言うものがあるんだけど」

「所謂、王道……ともとれる話、ですか?」

「そうだねぇ。その主人公達は、争いと共に成長し、やがてその力を持ってして悪を討ち滅ぼしたりする訳さ」

「……」

 

 エドガーには分かる。この話は、つまり……

 

「彼らも、怪物だと?」

「に、見えないかい?平和な世界から一転、突如殺し合いの螺旋に巻き込まれて、それにもめげずひたすら戦いに身を投じる……いやいやぁ。いろんな意味で一般人には大分厳しいと思うけど、どうかな?」

 

 訓練を積んだ軍人でさえ、戦場に一度でも行けば『心的外傷後ストレス障害(PTSD)』を発症する可能性は大いにある。それが平和な日常から巻き込まれた一般人なら……果たしてその恐怖に立ち向かえるだろうか。心が弱って、すり減って……何もかもが暗闇に閉ざされてしまわないだろうか。もはや、神にすら救いを求めてもおかしくはないのではないのか。

 

 そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。本当に普通の人間なら――――――

 

「だからこそ、主人公たり得るのかも知れないけどね」

「……希望の象徴こそが本物の怪物だった。なんて笑い話にもなりませんよ」

「はっは。いやまぁ、あくまでも僕の意見だからねぇ。参考までにしておくれよ」

「ふぅ……」

 

 全く、嫌な話を聞いてしまったとエドガーは思う。

 

 日常から怪物が生まれるのか、と言う題材からまさか漫画の王道主人公こそが怪物と言う意見を聞くとは。コミック雑誌はあまり読まないエドガーではあるが、これからは彼ら主人公のことを色眼鏡で見てしまいそうで多少の自己嫌悪に陥ってしまうところである。

 

「ま、とにもかくにも話を戻して。ゼン君みたいな存在が平和な日常から出てくる可能性は極めて低いんじゃないかな」

 

 やはりそうなるか。そうエドガーは納得した。

 

 まぁ、ゼンの場合はあの男の組織が予め環境を設定、意図的に怪物として造り上げたに違いない訳であるし……日常からの発生(イレギュラー)に比べては薄気味悪さと言うものをエドガー自身ほとんど感じていない。と、言うよりゼンの優しさに触れている者なら、それを考えることすら忘れてしまうのではないだろうかと思ってしまう。

 

「エドガー君」

「なんでしょうか」

「後でさ、改めて二人でゼン君に聞いてみないかい?『貴方のことを教えてほしい』って」

「……我々には。自分には、それが許されるのか……」

 

 エドガーには分からない。自らがあの男の情報を知るに値するのかどうかが、分からないのだ。

 むしろ、自分には荷が重すぎると判断し、今までゼン自身の情報を知ることは意図的に避けてすらきた次第である……それはある意味でゼンから逃げているのと同義とも言えるだろう。

 

 恐らくラインアーク内にて、『ゼンに親しい側の人間』であることをエドガーは自覚している。しかし、だからと言ってあの男のオペレーターとして、頼れる相棒として存在出来ているのか……エドガー・アルベルトと言う人間が、必ずしもゼンの近くに居る必要性があるとはとても思えなかった。別段、自らが存在しなくともあの怪物は上手くやるであろうことは予測に難くなかった。

 

「君はゼン君に好かれているよ」

 

 浮かない顔をするエドガーに、マーシュは優しく言葉を紡ぐ。

 

「何かを心配している様子だけれど。ま、君の身に何かあったらゼン君は大激怒するレベルだろうねぇ」

「……くく。それ程ではないでしょうに」

 

 エドガーは笑いながら答える。例え好かれているとしても、まさか自分がケガした程度で取り乱すような男とは到底思えなかったからだ。と言うか、適当な場所でのたれ死んだとしても……まぁ、ゼンと言う男は中々どうして優しい男だ。悲しむくらいはしてくれそうではあるが。

 

「ふむ。君は自らの価値をもっとよく自覚するべきだねぇ」

「自分はただの一兵士に他なりません。ここ最近はめっきりではありますが、ついこの間まで毎日MTに乗って……」

「今は違う。君は今や、一枚の切り札と言える存在さ」

「……自分が?」

 

 マーシュには悪いが、エドガー自身にはどうしてもそう思えない。一体、自分の何が。

 

「君はきっと、この世界で最も特別な人間の一人だよ」

 

 それは、とても澄んだ声だった。何かを確信している様な……未来を見据えているような……

 

 

 

 

「君の価値はもはや、空の『老人』達ですら比にならない」

 

 

 

 

 何かを恐れているような。そんな、声だった。

 

「……貴方が、何を言っているのか自分には」

「じき分かるさ。ここだけの話、僕は君こそが……おっと」

 

 何かを言いかけたマーシュは、思い出した様に自身の左腕を見やった。この動作は。

 

「時間が迫っているねぇ。『調整』の」

「行きます、か」

「うん。ゼン君を迎えに……そして手始めに自己紹介から始めるとしよう」

「……クックッ」

 

 成る程。まずは自分のことから話さないと、相手の情報を得るのは難しい。

 

 マーシュは踵を返すようにして目の前のガラス窓から体を反転、てくてくと室内の出口へと向かっていく。そんな姿を見つつエドガーは苦笑すると、マーシュに続くようにして出口に歩みを進めるが……そのドアをくぐる直前、再度振り向くようにしてガラス窓に、『漆黒の巨人』に一瞥をくれた。

 

 そしてふと思う。

 

「一体……」

 

 この世界は、何を中心にして動いているのだろうと。

 

 



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 勘違いや思い込みとは、得てして恐ろしいものだ。

 

 一度そうだと脳裏に刻まれたのなら、中々どうして他の目線でその物事を、真実を捉えることは難しくなってしまう……特に人に対しては、その現象が顕著に表れてしまうのではないだろうか。

 言うなれば。勘違いとは、目に見えぬ負債の様なモノなのではないかと彼女は思う。一度発生してしまえば、時間が経てば経つほどに、真実とはかけ離れた認識が……人づてに、雪だるま式に積み重なっていく。そして最終的は、元の状態に戻すどころか、取り返しのつかない、致命的なまでの不利益が発生する。

 

 ……そう。この世で最も恐ろしい事の一つが『勘違い』なのだ。

 

「……もうすぐよ」

 

 彼女は車椅子を手で押し進めつつ、そこに座る『男』に……ミラージュに語りかけた。

 

 ……だが、この人はまだ間に合う。いや、むしろ、あと少しで……全てが『逆転』する。

 

「……」

 

 返事はない……だが、これは決して無視を決め込んでいる訳では無いことを彼女は知っている。

 ミラージュがまだ五体満足だった頃、彼らは色々なことを話し合った。会話の内容は……些細なものだ。今日の調子は、天気は、ご飯は。アイツはどうだ。何か面白い事はあったのか、など。

 今や世間から恐れられている人間が話すとは到底思えないような、ごくありふれた日常会話であり、勿論その口調や表情も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 ただ、ある日。ある日を境に突然。

 

「じき、エレベーターに到着ね」

 

 男は動かなくなった。昨日まで普通に話せていたのに、動けていたのに。一夜明けたら突然に。

 彼女たちは困惑した。通常は人間の身体に大きな障害が発生する場合、徐々に症状が現れるか、そうでなくとも当の本人が何かしらの違和感を感じることが多いはずだ。しかも、植物状態に近い症状になるまで一晩で一気にに進行したにもかかわらず……特に、ミラージュ自身の『意識』については問題が見られない。

 

 トーラス第六支部の職員が彼とのコミュニケーションを取るために機器を作成し、画面に表れる文字での会話を見る限り、その思考能力にも何ら変化は見られなかったのだ。発生した障害の深刻さに比べ、彼の生命維持活動は良好そのもの。簡単に言うのならば、『健康な人間がただ動けなくなっただけ』の状態に近かった。

 

「確か階層は……地下6階だったかしら」

 

 あまりにも不可解な出来事である。トーラス職員や彼女がミラージュから何かを聞き出そうにも、彼は何時もと同じく『大丈夫』の一点張りであり、何が起こったのかを彼女たちが完全に把握するのは不可能であった。ただ……ただ、一つ確かな事は。

 

 男が、それ以前より確実に強くなった(ネクスト機に適応した)という事だ。

 

「……」

「……」

 

 エレベーターに乗り込み、目的地まで降りる二人に会話は無いが……その最中、彼女は思う。

 この男はきっと自分ではない誰かの為に、自分を犠牲にしていると。それこそ、クレイドルの……彼の守りたい、無垢なる者達から恐れられることを全く厭わない程度には。

 AFの襲撃、ネームレスとの激闘。これから向かう先にある『異形』……全てはこれから先。

 

「……。到着したみたいね」

 

 彼らの為に。

 

「……ミラージュ。調整の最終段階よ」

 

ただ、願わくば。

 

「どんな時も、私達は貴方の味方でいるわ」

 

この男が皆に受け入れられ、何時の日かその存在が認められることを彼女は――――――

 

 

 





ラインアーク戦も近いですね。ではルビコン3でお会いしましょう。




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