アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~ (志生野柱)
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賢者の石
1 プロローグ


 アンリラこそ至高。旅路書こうかなと思ったがそっちは本家がやってくれるという期待と信仰を持ってクロスオーバーにしました。

 感想・評価・指摘・誤字報告等いつもお世話になっております。本作でもよろしくお願い致します。

 


 アンペル・フォルマー。

 

 その教師には噂が絶えなかった。

 曰く、彼は世界で三人目の『賢者の石』の製造に成功した錬金術師である。

 曰く、彼の使う魔法は既存のどの国の魔法体系にも当てはまらないオリジナルである。

 曰く、彼は死者の蘇生すら可能なエリキシル薬剤を作ることが出来る。

 

 曰く、彼は────異世界人である。

 

 

 ◇

 

 

 「フォルマー先生、どうじゃった?」

 

 ダンブルドアは校長室に入ってきたアンペルを見るなりそう言った。

 杖を振るまでもなく、指を微かに動かすだけでティーセットが動き、ソファーと共に並ぶローテーブルに湯気の立つカップを準備した。

 アンペルは内心で便利な魔法だと感心しつつ、クロークの内側に手を入れた。

 

 「紛れもなく本物の賢者の石です。品質は200そこそこ、付与特性なし。率直に言えば駄作もいいところですが、『賢者の石』として最低限の効果は持っています。命の水くらいなら、問題なく製造可能でしょう。」

 「これは手厳しい。わしとニコラスで作った中では最高傑作だったんじゃが。」

 「・・・『賢者の石』としての役割は果たせるでしょう。ですがそこ止まりです。」

 

 アンペルが気まずそうな顔になったのを見て、ダンブルドアは微笑で流して話を進めることにした。

 

 「さすがは、フォルマー先生じゃ。そこでお願いがあるんじゃが・・・」

 「分かっていますよ。ヴォルデモート卿からの防衛、そのギミックの制作ですね?」

 

 ダンブルドアは真剣な顔になると、ゆっくりと頷いて肯定した。

 

 「フォルマー先生にはディザイアス女史も付いておることじゃし、相手がヴォルデモートだろうと死喰い人じゃろうと遅れは取らんと信じておる。ニコラスもそうじゃ。しかし、その賢者の石そのものを狙われてはどうにもできん。」

 「私や校長が肌身離さず持っていればよろしいのでは? セブルスやマクゴナガル先生でも、死に体のヴォルデモート卿になら勝てそうなものです。」

 

 アンペルが言うと、ダンブルドアは今度は首を横に振った。

 

 「万が一奪われ、全盛期の力をあやつが取り戻してしまえば、いかにセブルスやミネルバが強力な魔法使いといえど時間稼ぎが精々じゃろう。」

 「・・・分かりました。では、早急に取り掛かります。」

 「ありがとう、フォルマー先生。・・・では、おやすみ。」

 「おやすみなさい、ダンブルドア校長。」

 

 

 

 自室に戻ったアンペルを出迎えたのは、不機嫌そうな顔のリラだった。

 ぴこぴこと微かに動く耳と寄せられた眉根が、何より目が、音を発することなく「不機嫌だ」と主張していた。

 

 「・・・いつまで怒っているんだ。やってしまったものは仕方ないだろう。」

 「そうだな。だからそれについては何も言っていない。」

 「なら何に怒ってるんだ、リラ。」

 「今後、私たちがしなくちゃいけないことについてだ。賢者の石の防衛だと? 一体お前は」

 「賢者の石が()()()()()()()()()()()、だろう? ・・・まぁ、100では足りんだろうな。」

 

 アンペルは古式秘具の『複製釜』や中間素材の『赤の輝石』を利用して、既に100以上の賢者の石を製造・所有していた。

 そんなに持って何をするのかと言われれば、アンペルは単純に「錬金術」と答えるだろう。

 

 多くの錬金術師にとって、『賢者の石』は最終目的地だ。物質変換能力という特級の効果をもつ賢者の石を作ることで満足する。

 だがアンペルは違った。

 アンペルにとって、賢者の石はあくまで『中間素材』なのだ。それは中和剤にもなるし、宝石にもなるし、エリキシルにもなる。しかも火・氷・雷・風の四属性すべてを兼ね備えた最高の()()

 それを利用し、新たな素材を、新たな道具を錬成する。それがアンペルのやり方、アンペルの『賢者の石』の利用法だ。物質変換能力を使うことと、物質変換能力を利用することの差は大きい。

 

 そんなわけで大量生産した賢者の石──しかも品質999を前提に、多種多様な強力な付与効果を持たせてある──が、アンペルのトランクに詰め込まれているのだった。

 

 「必要なものを必要な時に必要なだけ作る。旅をする上で学んだだろう?」

 「・・・あぁ、あの時はキツかったな。だが、今はこうして拠点を持っているだろう?」

 

 そういう問題ではない、と嘆息するリラを横目に、アンペルは右手に着けていた金属の枠を取り外した。

 二度、三度と腕を振り、手を開閉して調子を確かめていると、リラが心配そうに近づいて来た。

 

 「痛むか? やはり、もっと高品質な補助義手に変えた方がいい。」

 「いや、戦闘でもしない限り、このままで大丈夫だろう。ライザのセンスには本当に驚かされる・・・杖の性能と釣り合ってないだけだ。」

 

 アンペルの言う「杖」は、魔法界で言う一般的な『杖』とはかなり違っている。魔法族が使う杖は汎用性に優れているのに対して、アンペルの杖は戦闘特化・・・つまり、出力制限が甘い。魔力や余波で、義手や古傷に負担がかかっているのだろう。

 

 「素材はあるんだ、無理はしない方がいい。」

 「大丈夫だと言ってるだろう。・・・もう遅い、部屋に戻れ。」

 

 アンペルがそう言うと、リラは呆れたように溜息をついて、アンペルの寝室の隣、彼女の寝室へと消えていった。

 

 「さて・・・防衛用のギミック、だったか。」

 

 入学式を控えた夏の終わり。

 アンペルは大仕事の予感に嘆息し、大きく伸びをした。

 

 



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2 新学期

 なんとか新学期までにギミックを作り終えたアンペルは、褒美と言わんばかりのタイミングで開かれた入学式で、一心不乱に糖蜜パイを貪っていた。

 

 「イギリスはいい。甘味が豊富で、しかも洗練されている。紅茶に合うことを前提にしているのが玉に瑕だが・・・そうは思わないか、リラ。」

 

 教員テーブルの左端に掛けたリラに、隣に掛けたアンペルが視線を向けることなく問う。口は咀嚼と会話に、目はデザート漁りにだけ使われていた。

 

 「甘味にだけ全力を費やした国、という感じだがな。話に聞くアーランドでは、錬金術師すら菓子作りに傾倒しているらしいぞ?」

 「是非行ってみたいものだな・・・そこに『門』があれば、だが。」

 「目的は見失ってないようで安心したよ、アンペル・・・っと、組み分けだな。注目の生徒は?」

 「新入生の何を見ろと? ライザ以上のセンスを持つ者がそうそう居てたまるか。私は寮監でもないしな。」

 

 それもそうか、と、リラも新入生の列から興味を失ったように、アンペルの皿にどっかりと盛られたデザートに目を向ける。

 

 「乾杯もまだだというのに、どこからくすねてきた?」

 「厨房の屋敷しもべ妖精には何人か知り合いがいてな。」

 

 リラは皿から手ごろなクッキーを取ろうと手を伸ばし───アンペルにそれをぺちっと払われた。

 

 「乾杯もまだだぞ、我慢できないのか?」

 

 もぐもぐと口を動かしながらの一言は、リラの逆鱗を掠めた。

 

 「・・・ほう?」

 

 手を伸ばす。 ぺちり、払われる。

 手を伸ばす。 ぺちり。

 ぺちり。 手を伸ばす前に先制攻撃された。

 

 「おい、アンペル───」

 

 組み分けの喧騒も気にせず戯れていた──アンペルは本気でデザートを防衛していたが──二人だったが、不意に今までを倍する歓声が沸き上がり、新入生のほうに目を向ける。

 

 ひときわ大きく盛り上がっているのはグリフインドールのテーブルだった。悪戯好きのウィーズリーの双子が『ポッターを取った! ポッターを取った!』と叫んでいた。

 

 「ポッター、というと、ハリー・ポッターか。そういえば今年入学だったか。」

 「あぁ。・・・そういえば質問なんだが、それはぷにゼリーか?」

 

 見慣れた錬金術製の菓子がしれっとアンペルの皿に乗っているのを見つけたリラが、もう魔法界一の有名人(ハリー・ポッター)から興味を失って訊いた。

 

 「ん? あぁ、私のお手製だ。品質は600程度だが、いろいろと効果を付与してある。・・・何より、食感がもちもちだ。」

 「・・・何味なんだ?」

 「さぁ・・・色合いとしては七色葡萄の味だろうが、ドンケルハイトなんかも入ってるからな・・・」

 「また超のつく希少素材を・・・」

 

 ドンケルハイトは薬の素材としては最上位に位置する薬草で、死者の蘇生すら可能と言われている。植生地も、適切な採取・保存法も、具体的な成分すらも不明。幻の花と言われていたり、或いはおとぎ話の産物と言われていたりもする。テーブルの反対側に座っている魔法薬学担当のスネイプ教授や、薬草学担当のスプラウト教授辺りが聞いたら発狂してもおかしくない。

 

 「ブルーのを見慣れていたから抵抗があるが・・・まぁ、不味くはないだろう。」

 「一口、いいか?」

 「ん? あぁ、まぁ、それぐらいなら構わんぞ。私の分も残してくれよ。」

 

 リラが虹色のプニゼリーを食べて首を傾げるのを横目に、アンペルはダンブルドアが立ち上がるのを察してデザートを食べる手を止めた。

 

 「おめでとう、ホグワーツの新入生、おめでとう!! 歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせて貰いたい。では、行きますぞ。そーれ! わっしょい! こらしょい! どっこらしょい! 以上!」

 

 アンペルとリラは顔を見合わせて苦笑を交わした。

 

 

 ◇

 

 

 

 「あの人、ちょっぴりおかしくない?」

 

 ハリーが微笑と苦笑の中間くらいのどっちつかずな表情で向かいに座ったパーシーに聞くと、パーシーは満面の笑みで答えた。

 

 「おかしいだって? あの人は天才だ! 世界一の魔法使いだよ! ・・・でもちょっぴりおかしいかも。ところで君、ポテト食べる?」

 

 ハリーはいつの間にか目の前の皿を満たしていたさまざまな、そして山盛りの料理を見て瞠目した。

 そして喜色満面で取り皿に盛っていく。ダーズリー家ではお目にかかることのなかった──いくらかランクの下がったものなら見たことはあるが、すべてダドリーが食べてしまった──ご馳走に舌鼓を打ちながら、周りに座った友人たちといろんな話をする。

 魔法のこと、半透明のゴーストとも話したし、ヒキガエルの自慢をする友達の話も聞いた。

 

 ハリーがなんとなく見上げた上座の教員テーブルでは、ハグリッドがゴブレットで酒を飲んでいた。ダンブルドア校長はマクゴナガル教授と話していた。

 『漏れ鍋』で出会ったクィレル教授は黒髪で目つきの悪い教授と話している。不意に、ハリーの傷跡が軋んだ。

 

 「イタッ!」

 

 思ったより大きな声が出て焦っていると、パーシーが心配そうな顔をしていた。

 

 「大丈夫、なんでもない。・・・あの、クィレル先生と喋ってる先生はどなたですか。」

 「あぁ、あれはスネイプ先生だね。その横で酒を飲んでるのが森番のハグリッド。クィレル先生の隣はマクゴナガル教授だ。僕らの寮監だよ。」

 「へぇ・・・」

 

 一瞬で痛みは引いたが、まだ疼きのような後味を残す傷跡を撫でながら、ハリーはなんとなく教員テーブルを見渡してみた。

 ひときわ大きいハグリッドとは反対側のテーブルの端で、山積みのデザートを一心不乱に食べている教授の姿が目立っていた。

 

 「あの、モノクルをつけた先生は?」

 「あぁ、あれはフォルマー教授だ。三年生になると選択科目で取れる、『錬金術』を教えてる。隣に座ってるのが、助手のミセス・ディザイアスだ。」

 「奥さんなんですか?」

 「本人たちは否定している、が、まぁ見ていればすぐに嘘だと分かるさ。」

 

 ハリーはしばらく関わることもないだろう、と、目の前のご馳走に意識を切り替えた。

 

 



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3 四階の部屋

 それからの一週間は、アンペルにとっては変わり映えのない一週間だった。

 校内を歩き回り、新しいレシピのインスピレーションを探したり。授業でへまをした──アンペルにとってサボりが()()()()()()へまだ──生徒に罰則を与えたり。或いは、意欲のある生徒にアドバイスをしたり。魔法薬学でやらかしたらしい一年生に薬を作ったり。いつも通りの一週間だった。

 

 「なぁリラ、これは興味本位なんだが・・・」

 

 ならばこそ、学者───いや、錬金術師特有の好奇心を発揮するのは必然とすら言えた。

 

 「なんだ、一応聞いてから反対してやろう。」

 「反対するのは前提なのか・・・まぁいい、他の教員のギミックを────」

 「却下だ。全部が全部お前のレベルの専門性で、全部が全部お前くらいの殺意なら、教員の数だけ死ねるぞ。そんなのは御免だ。」

 

 食い気味に反対され、アンペルはがっくりと肩を落とした。

 アンペルは魔法があまり得意ではない。錬金術で作った道具や戦闘魔法による対個戦闘なら魔法界でも上位に食い込めるだろうが、それでも後衛であることに変わりはない。前衛・・・フィジカルが必要な場面ではリラの力も必要だし、何より安定感が違う。1+1を100にするだけの連携が、アンペルとリラならば可能だ。

 

 「・・・はぁ、わかった。」

 

 そんな相棒抜きで、イギリス魔法界でも上位の魔法使いたちが組み上げた、イギリス魔法界最悪の魔法使いに対抗するためのギミックを相手取るのは不安だ。

 

 「言っておくが───」

 「分かっている、お前無しじゃダメだ。」

 「・・・分かっているなら、それでいい。紅茶は?」

 「貰おう。」

 

 夜も更けた頃合いだというのに、アンペルもリラもカフェインを入れようとしていた。

 アンペルは新レシピの研究、リラは付き合いだろうか。

 アンペルがパイ────カクテルレープを摘まみつつカップを傾けていると、不意に部屋の外から大きな金属音が響いてきた。

 

 「・・・ピーブズか? 蒼炎の種火にぶち込んで────」

 『生徒がベッドから抜け出した!! 四階右の廊下だ!!』

 

 人に迷惑をかけることを生き甲斐──生命体ではないが──にしているポルターガイスト、ピーブズの仕業かと思えば、そのピーブズが大声を上げて糾弾していた。

 

 「はぁ・・・何処の間抜けだ。少し見てくる。」

 

 言って、アンペルは部屋を出た。

 

 

 

  ◇

 

 

 

 四階右の廊下と言えば、ダンブルドアに言われて『賢者の石』防衛用のギミックを仕込んだ場所────に通じる扉がある場所だ。迷い込んだ生徒が何年生かは知らないし、自分以外の教員が何を仕込んだのかも知らないが、アンペルの仕掛けは学生どころかイギリス魔法界最悪の魔法使いでも殺しうるものだ。ダンブルドアに、迷い込んだ生徒を跡形もなく吹き飛ばしていました、なんて報告はしたくない。

 

 「・・・?」

 

 ドアを開けると、アンペルのモノクル────幻視ルーペは、魔力を持つ存在や物質を探すコンパスとリンクし、簡易的なレーダーのように機能している。・・・忍びの地図に近いといえば、誰もが欲しがるだろうか。

 そのモノクルに見える地図には、いまアンペルの目の前を通る赤点──魔力を持った存在を示す──が四つ、表示されていた。だが、幻視ルーペ越しの視界にも、肉眼の右目にも、そこを通る人影も、半透明のゴーストでさえも映らない。

 

 「誰だ。・・・おい、止まれ!」

 

 アンペルの誰何に反応して、赤点が慌てたように移動する。足元は毛足の長いカーペットだから足音はしないが、一瞬だけカーペットに足跡が残るのが見えた。高品質でよく手入れされた繊維はすぐに元の形状に戻ってしまうが、それも────四人居る。ヴォルデモートの手先、死喰い人だとしたら、見逃すわけにはいかない。

 

 アンペルはクロークの内側に手を入れ、道具を取り出そうとして───逡巡する。

 

 (何を使う? 手持ちはルナーランプ、賢人の宝典、エターンセルフィア・・・駄目だ、火力が高すぎて内装まで壊しかねん。リラを呼んで・・・)

 

 その一瞬の隙に、四つの光点は突き当りの扉───『賢者の石』へと至る部屋へ入った。

 

 「しまった・・・」

 

 アンペルはこの時点で“赤点”が死喰い人であるという想定を捨てていた。施錠されたドアを開ける寸前、開錠呪文(アロホモラ)()()()のが聞こえたからだ。扉の中こそ踏破不能の魔窟と化しているが、ドア自体は普通の木製だし、鍵も劣化しつつある普通の鍵だ。そんなものを開けるのに、わざわざ詠唱する闇の帝王の手先もいまい。

 

 「生徒なら尚更不味いかッ・・・!」

 

 アンペルは駆け出し、ドアを開け放つ。

 

 中に居たのは四人の生徒と、三匹の犬───いや、三つの頭を持つ大犬、ケルベロスだった。既にケルベロスの三対の瞳は生徒たちを捉え、ある頭は唸り、ある頭は涎を垂らし、ある頭は吠えている。

 冥界の番犬たるケルベロスが上げる気勢に、背丈的に低学年らしい生徒たちが悲鳴を上げた。

 

 「ッ!!」

 

 歴戦の錬金術師とはいえ、アンペルも(一応)人間だ。生命の核をすら揺さぶる咆哮に、咄嗟に戦闘態勢に入る。

 だがケルベロスはおそらく、魔法生物に詳しいハグリッドの防衛ギミックだ。

 

 「殺すのは不味いか・・・」

 

 アンペルは生徒たちの襟首を引っ掴むと、思い切りドアの外に向けて放り投げた。

 

 



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4 冥界の番犬

21:45 サブタイトル追記しました


 生徒たちは安全圏だが、アンペル自身はまだケルベロスの爪と牙、その射程圏内だ。手持ちのアイテムなら今からでも殺すことは可能だろうが、なるべくそれはしたくない。

 

 ケルベロスは逃げない『侵入者』を前に、威嚇ではなく排除行動を取る。

 

 初撃は左の前足、巨大な爪での一閃だった。

 アンペルの主武装である戦闘特化型の杖『幽玄なる叡智の杖』は部屋に置いたままだ。迂闊な自分を呪いながら、アンペルは金属の枠───補助義手に覆われた右腕を掲げた。

 

 アンペルの補助義手は錬金術の産物だ。だが製作者はアンペルではなく、彼の弟子───アンペルが自分以上の錬金術師と認めた少女が作ったものだ。今のアンペルならこれ以上の物も作れるだろうが、それでもアンペルはこれを愛用していた。

 

 骨組は細いが、使われている素材も技術も高等で高度なものだ。ケルベロスの一撃くらいなら、上手く合わせれば────

 

 「ふッ・・・!!」

 

 耳障りな金属の擦過音を上げて、ケルベロスの爪が床へと突き立つ。

 

 上手くいった。

 アンペル自身が驚くほど綺麗に、致命の一撃を遣り過ごした。生まれた隙は一瞬。後衛のアンペルに対して、ケルベロスはフィジカルで言えば比べるのも烏滸がましいほどだ。

 

 続く第二撃は、右の前足だった。いくらアンペルが戦闘慣れしていても、二度も曲芸紛いの攻防を繰り広げたくはない。

 だがアンペルは、既に一撃を凌ぎ、数秒とはいえ時間を稼いでいる。そして────

 

 「アンペル、下がれ!」

 「助かる、リラ!」

 

 ───数秒もあれば、ケルベロスの咆哮を聞いた相棒(リラ)が駆け付けるのには十分すぎる。

 

 アンペルが錬金術で作り出したリラの手甲『オーレンヘルディン』は、精霊の力すら宿す最高級の武具だ。ケルベロスの一撃を正面から受け止め、弾いた。

 大きく体勢を崩したケルベロス。生まれる隙は先ほどの比ではない。

 

 「リラ、こいつもギミックだ。退くぞ!」

 「分かった。行けッ!」

 

 アンペルが先んじてドアへ突進し、リラが続く。ケルベロスからの追撃は無かった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「・・・で?」

 

 アンペルは一息つくと、律儀に部屋の前で待っていた──硬直していたとも言えるが──四人の生徒に向き直った。背後ではリラが扉に鍵をかけ直している。

 

 「・・・グリフィンドール生だな? 名前は?」

 

 ローブに縫い付けられた獅子のエンブレムを一瞥し、腕を組んで四人の顔を順繰りに見る。

 

 「・・・ん? その赤毛は・・・ウィーズリーの血筋か? 双子の系譜だな、悪戯小僧め。」

 

 双子というのは、ピーブズすら超える悪戯マスターズ、フレッドとジョージの兄弟だ。今年度からアンペルの『錬金術』の講義も取っている。

 

 「はい、あの、ロナルド・ウィーズリーです。」

 「そうか。それで君は────あぁ、ミス・グレンジャーだね。マクゴナガル先生から話は聞いているよ、優秀な生徒だと・・・それだけに意外だな、何故夜歩きなんてしてる? 校則は知っているだろう?」

 「はい、フォルマー先生。あの、私は・・・」

 「マルフォイだ。マルフォイに騙されたんだ!」

 

 ハーマイオニーが何か言おうとしたのを遮って、また別の一人が声を上げる。

 アンペルが視線を向けると、見知った──というほどでもないが、知らないわけでもない顔だった。

 

 「ミスター・ポッター。君もか。それで、騙されたとは?」

 

 騙されたとは不穏当な発言だが、誰がどう騙し、どう騙されたのか聞かないことには判断しかねるところだ。

 

 「あぁ待て、話は後日でいい。もう遅いからね、今日は寝なさい。最後の一人は・・・おや、ミスター・ロングボトム。どうだい、薬の方は。」

 「あ、だ、大丈夫です先生。ありがとうございました。」

 

 何をどうミスしたのかまでは専門外だから知らないが、魔法薬学の授業でミスをして体中が腫れ上がったネビルに、アンペルは医務室のマダム・ポンフリーに言われて薬を作ったことがあった。

 

 「今回の事はマクゴナガル教授に伝えておく。・・・私は君たちの寮監でもないし、減点や罰則は詳しい事情を聞いてからでも遅くないだろう。・・・さぁ、もう寮に戻りなさい。」

 「・・・はい、先生。」

 

 従順に歩いていく生徒を見送るアンペルの側に、鍵を補強し終えたリラが立つ。

 その怜悧な相貌には色濃い──と言っても付き合いの長い者にしか見分けられないだろうが──心配が浮かんでいた。

 

 「腕は大丈夫か? あんな使い方は───」

 「───流石に不味いかと思ったが、耐えてくれた。あとできちんとメンテナンスしておかないとな。・・・さぁ、戻ろう。」

 

 二人も部屋に戻り、廊下には元の静寂が戻った。

 

 



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5 ハロウィン

 あれ以来、アンペルは部屋の前に『イバラの抱擁』という、相手を拘束する錬金術のアイテムを設置していた。当然、作動すれば炸裂音がするような仕掛けも施して、だ。

 幸いにして、引っ掛かる間抜けには遭遇しないまま数日が過ぎた。

 

 自室を満たす安穏とした午後の空気に浸りながら、アンペルは紅茶と甘味を満喫していた。

 つい目を閉じて浸っていると、扉の開く音が随分と大きく聞こえた。アンペルはリラの寝室に目を向け───硬直した。

 

 「何を見ている? ほら、菓子を寄越せ。」

 「・・・どういう冗談だ?」

 「冗談なものか。ほら、菓子を寄越せ。トリックオアトリートだ。」

 

 アンペルにとって、菓子は衣食住に勝ると言っても過言ではない重要な物資だ。それを、寄越せと。いくら相手がリラでも聞き返すのは普通だろう。だがアンペルが冗談かと言ったのはそこではない。

 その服装だ。

 普段のリラの服装は、白兵戦を主とするリラが動きやすいようにと布面積を削った、ボディラインの浮かび上がる煽情的とすら言えるもの。強敵に挑む時には、アンペルが作った最高級の鎧『魔殻シュタルクケルン』を着ることもあるが・・・今のリラは、そのどちらでもない、長らく一緒に旅をしてきたアンペルにとっても初見のものだった。

 体を覆う、黒い甲殻。胸元には赤い輝きを宿す宝石が嵌り、甲殻に血管のように線が伸びている。背中には蝶のような形の翅が生え、両手には両刃の剣が握られていた。

 

 影の女王。

 アンペルがかつて戦った中でも最上位に位置する強敵・・・の、コスプレだろうか。

 

 「ハロウィンか!」

 「あぁ。ちなみにおまえの分は───これだ。」

 

 アンペルはリラが取り出したビニールシート状の物を一瞥し、苦笑を浮かべた。

 

 「ぷにの着ぐるみ? おい、それこそ冗談だろう?」

 「冗談で済むかは、お前の行動次第だな。・・・トリック・オア・トリート?」

 

 リラは左右色違いの瞳に快活な輝きを浮かべて、見惚れるほど明るく笑った。

 アンペルはとっておきのカクテルレープを差し出した。

 

 

 ◇

 

 

 

 「・・・それにしても、いつの間にあんなものを用意したんだ?」

 

 なんとか水色の巨大風船に詰め込まれることだけは回避したアンペルは、いつもの服装に着替えたリラと並んで大広間に向かっていた。

 

 「秘密だ。本当は作るのが楽そうな大精霊にしようと思ったんだが・・・知り合いの服飾屋に止められてな。」

 「楽そう、か・・・?」

 

 大精霊といえば、浮遊する巨大で精巧な玉座に掛けた少女をしている。確かにその服だけなら影の女王よりもかなり簡単だ。

 だが本体・・・ではないが、大精霊を象徴する玉座無しでは「なんか違う」感じは拭えないだろう。加えてその服飾屋には、リラのスタイルで大精霊の着ているぴったりとした衣装を着たらどうなるか、という懸念もあったに違いない。

 

 「まぁ、衣装だけなら・・・おっと、すまん。」

 

 アンペルが大広間へ続く曲がり角を曲がったとき、ちょうど反対から来た生徒とぶつかった。双方ともにそこまでの速度ではなかったから転びはしなかったが、低学年らしいその生徒とアンペルでは体格が違う。生徒がよろめき、アンペルは腕を掴んで支えた。

 

 「いえ、こちらこそすみません。それじゃ。」

 

 そそくさと立ち去っていくその生徒に、アンペルは見覚えがあった。

 

 「大広間は逆だが・・・リラ。」

 「あぁ、泣いていたな。どうする、アンペル?」

 「どうするも何も、喧嘩かそこらだろう? ホグワーツで起こる喧嘩にいちいち首を突っ込んでいては、首がいくつあっても足りん。」

 

 アンペルは冷たく言うが、そのアンペルを見るリラの視線はとても穏やかな、我が子を見つめるが如きものだった。

 

 「・・・っと、すまん、リラ。マクゴナガル教授に呼ばれていたのを失念していた。寄っていくから、先に大広間に行っててくれ。」

 「そうか? 分かった。また後でな。」

 「あぁ。また後で。」

 

 

 

 リラが大広間に行くと、既にほとんどの教員と生徒がテーブルに付いていた。マクゴナガル教授の姿もある。が、リラはその姿を一瞥すると、話しかけることもなく席に着いた。

 

 「こんばんは、ミセス・ディザイアス。フォルマー先生はご一緒ではなかったのですか?」

 「こんばんは、マクゴナガル教授。・・・()()()用事があったなら伝えておくが?」

 「本当に、という言葉の意味が分かりかねますが・・・普段から並んで居るところをお見掛けしていたので、少し不思議な感じがしただけですよ。」

 「そうか。・・・それと、私はまだ独り身だ。」

 

 何度も言っているのだろう。いい加減にうんざりした様子でリラが慣れた訂正をした。

 

 「あら、これは失礼。そうは見えなかったもので。」

 

 マクゴナガルは悪戯が成功した子供のように笑った。

 リラは肩を竦め、デザートを二皿に盛りつけた。

 

 「・・・」

 「・・・なんだ?」

 

 それをニマニマと見つめるマクゴナガルに、リラが不機嫌そうに言う。

 マクゴナガルが口を開いた瞬間、大広間の扉を大きく開け放ち、駆け込んでくる人影があった。

 

 「トロールが! 地下室に、トロールが出ました!」

 

 顔面を蒼白にし、ターバンもローブも着崩れたクィレルが息も絶え絶えに叫ぶ。大広間の中ほどまで駆けると、ゆっくりと倒れ伏した。

 

 「お知らせ・・・しなくては・・・と・・・」

 

 大広間は恐慌状態に陥った。



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6 地下室のトロール

 アンペルは既に見えなくなっていた生徒を追い、階段を下っていた。しばらく地下室を進んでいると、薄いドア越しにすすり泣く声が耳に入る。

 アンペルはドアの前で立ち止まり、とびきり苦い顔をした。

 

 「女子トイレ・・・」

 

 さすがに入るわけにはいかない。かといって、ここまで来て放置というのもどうかと思う。まさかトイレの前で待つわけにもいかないしどうするか、と思案し───鼻を突く饐えた臭いに咳き込んだ。

 

 「なんだ、この匂い・・・」

 

 トイレから、ではない。むしろアンペルが来た方から、どんどん臭気が漂ってきている。

 どんどん臭いは酷く、濃くなっていく。加えて───大きな足音まで聞こえてきた。

 

 「肉食の魔獣か何かか、それとも腐肉漁りの類か?」

 

 臭いの元を暫定的に危険な敵対存在と定めて警戒していると、曲がり角を曲がってくる影が見えた。

 

 「トロール、か・・・」

 

 体長は4メートルほどだが、足が短く、腕が長い。胴体は岩のようで、肌は石のような灰色だ。動きが遅く、視界に入っているはずのアンペルに対して何のアクションも起こさない。

 アンペルはいつでも動けるように構えたまま、クロークの内側に手を入れる。前回の失敗を鑑み、手持ちは低級の攻撃アイテムが多い。

 

 「おい、止まれ!」

 

 アンペルが叫ぶが、トロールは無視して二歩ほど進み───驚いたようにアンペルの方を見た。

 唸り声を上げ、手にした棍棒を振り上げた。アンペルと同じぐらいの大きさの丸太といった風情のそれは、おそらく当たれば腕の一、二本は吹き飛ぶだろう。だが───攻撃は重いが、鈍重だ。

 アンペルはバックステップで棍棒の範囲から逃れると、クロークから取り出した小型の爆弾を投げつけた。女子トイレの扉を背後に庇っていては、流石に不利過ぎる。

 『クラフト』という名前のそれは、炸裂と共に棘をまき散らす破片(フラグ)型の爆弾だ。

 

 真っすぐにトロールの胸元に飛んだクラフトが爆発し、設計通りに無数の棘を撒き散らす。その射程からも跳躍して逃れ、アンペルは追撃のための爆弾を取り出した。

 トロールの外皮は固い。低位のアイテムで破れるかどうかは不明だが、備えあれば憂いなしだ。

 

 「・・・やっぱりか。ケチると碌なことにならんな。」

 

 トロールの胸元に直撃したはずのクラフトは、その胴体から僅かに血を垂らすだけに留まった。

 痛みは殆どないだろうが、『出血している』ということは見れば分かる。トロールは傷を負わされたことに怒り狂い、咆哮した。

 

 「なら、次は・・・」

 

 少し威力を上げようかと思案し、今度はクロークから水色の剣のミニチュアを取り出す。氷の刃を作り出し、相手に殺到させる攻撃用アイテム『ノルデンブランド』だ。物理的な攻撃と冷気という非物理的な攻撃を兼ね備えた、トロールを相手にするにはちょうど良い効果と言える。下級のアイテムゆえ単純火力という点では上位の氷属性アイテム『クライトレヘルン』や『バニッジシーゲル』には劣るが、これらは竜でも殺せる代物だ。トロール風情には勿体ないというか、過剰火力だ。

 

 「血濡れの凍剣の威力を教えてやろ───」

 

 ノルデンブランドを使用し、無数の氷刃を出現させる。

 突っ込んでくるトロールの運動エネルギーも合わせればトロールを貫通するであろう鋭さの氷が煌めく。

 

 「フォルマー先生だ、トロールと戦ってる!」

 「今のうちにハーマイオニーを助け出そう!」

 

 ────最悪だ、と、アンペルは舌打ちした。

 トロールの背後から、ロンとハリーが駆けてくるのが見えた。口走っている内容を考えると、アンペルとトロールの間くらいの位置にある女子トイレにハーマイオニーが居ることは知っているらしい。

 それはいい。助けに来たというのも、些か蛮勇過ぎるがまぁ、いい。だが、位置が悪すぎる。

 鈍いトロールが背後の二人に気付くとは思えないが、その位置ではトロールを貫いた氷刃がそのまま二人を切り刻むだろう。

 

 「クソ・・・ッ!」

 

 アンペルは咄嗟にアイテムの発動をキャンセルすると、振り抜かれた棍棒を掻い潜って二人の元まで走った。右手でハリーを、左手でロンを掴んでトロールから離れるように跳躍する。

 

 「先生、ハーマイオニーが!」

 「分かっている、大丈夫だ、任せろ。」

 

 女子トイレからも遠ざかるように移動したアンペルにハリーが言う。

 氷刃を出現させ、撃ち出して攻撃するノルデンブランドを選んでよかった。そのタイムラグがなければ、おそらく死体が三つ並んでいた。アンペルは冷や汗を拭いつつ、険しい声でハリーを黙らせる。

 

 三度、トロールが咆哮し、突進する。

 再度、ノルデンブランドを起動し────カチャ、と、控えめな音を立てて、女子トイレの扉が開いた。ハーマイオニーがおずおずと周囲を見回し、トロールを見て硬直した。爆発音やトロールの咆哮が聞こえれば確認もしたくなるだろうが・・・タイミングが悪すぎる。

 

 「何!?」

 「ハーマイオニー、ダメだ!!」

 

 アンペルが瞠目し、ロンが絶叫する。

 既に振りかぶられたトロールの棍棒は、壁を削りながらスイングされた。ブラッジャーをかっ飛ばすビーターのように、ハーマイオニーの首をその軌道上に据えて。

 

 「ウィンガーディアム レヴィオーサ!!」

 

 ロンが『浮遊呪文』を唱えるが、焦っているのか発音が違うし、杖の振りも滅茶苦茶だ。

 ハリーが駆け出し、それを追い抜いてアンペルが疾走する。

 

 「ッ!!」

 

 ハーマイオニーを抱え、跳躍する。だが、いくらトロールの一撃が遅いとはいえ、一連の動作よりは早い。

 

 ちょうど跳躍した瞬間に棍棒が到達し、咄嗟に掲げたアンペルの右腕を捉える。

 補助義手が軋む。耐えようと動力源である『共振の玉石』が唸りを上げ────砕けた。

 

 「しまっ───」

 

 みしり、と、アンペルの右腕が軋んだ。

 跳躍の勢いに棍棒の威力を乗せて、アンペルは壁に激突した。

 

 



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7 地下室のトロール2

 石の壁に強かに背中をぶつけ、砕けた破片と一緒にずり落ちる。

 肺からすべての空気が抜けて力が入らない。

 衝撃で脳が揺れたか、視界が回転して定まらない。辛うじてハーマイオニーだけは守ったようだ、と不明瞭な意識の片隅で確認すると、腕の中で竦んでいたハーマイオニーを駆け寄ってきたハリーとロンに渡した。

 

 最悪だ、と、アンペルは自らの不注意を呪う。

 最上位の防具・・・とまでは言わずとも、中級の『氷霧の鎧』や『シャレドールマント』辺りを着ていれば、あの程度の攻撃にここまで手傷を負うことはなかっただろう。

 

 「あぁ・・・クソ。」

 

 右腕が捻じれ折れ、ひねるように切れた皮膚からだくだくと血を漏らしている。

 力が入らないどころか、持ち上がらない。アイテムを出すこともままならない。

 なんとか肺を動かして息を吸うと、痙攣するように咳き込んで吐血した。

 

 「思ったより痛いな、これは・・・」

 

 アンペルは左手を動かし、クロークから金色の酒杯を取り出した。

 取り出した時には空だったそれに、みるみるうちに透明な液体が満ちていく。

 

 「・・・何をしている、逃げろ・・・」

 

 満身創痍のアンペルを見て竦んだか、或いは庇おうとしてか、三人のグリフィンドール生はその場に残っていた。

 アンペル自身の声が遠く聞こえる。薄い呼吸音に交じり、トロールの唸り声もする。

 だが流石に、トロールが距離を詰めるよりは、アンペルが盃の中身を浴びる方が速い。

 

 そしてそれ以上に───

 

 「───どけッ!!」

 

 疾走してきたリラのオーレンヘルディン、その爪がトロールの首を刈り取る方が速い。

 煌めく爪が光の軌跡を残して閃き、トロールの巨躯に何十もの斬線を刻む。

 

 ばしゃり、と、トロールの残骸が湿った音を立てて落ち、アンペルが盃の中身を浴びた。

 

 「無事か、アンペル。怪我は・・・」

 「大丈夫だ、いま治している。」

 

 ほぼ最上位の回復アイテム『女神の飲みさし』。出血も毒も、部位欠損であろうと癒す聖水だ。ただどういう理屈なのか、古傷までは治してくれない。一説によると古傷は魂そのものに傷の情報が刻まれているから治せないとされているが、立証はまだだ。少なくともアンペルが知る限り、だが。

 メキメキと嫌な音を立てて元の形に戻っていく右腕。当然のように襲い来る激痛にアンペルが唸りながら耐えていると、その光景を見ていたハーマイオニーとロンがトイレに駆け込んだ。ハリーも顔を蒼白にしている。

 

 「・・・そういう問題じゃない。それに義手も・・・」

 

 リラが怒っているのか、それとも心配しているのか、付き合いの長いアンペルにも分からない表情をしていた。

 バタバタと多数の足音が聞こえてきて漸く、アンペルの腕が癒えた。二度、三度と開閉して調子を確かめ、落ちていた補助義手の残骸を拾い上げた。

 

 「あぁ。・・・ライザの力作だったんだが、残念だ。」

 「素材はあるんだ、作り直せばいいさ。」

 

 リラが慰めるように言って、右腕に触れた。

 

 「痛むか?」

 「・・・いや、古傷の疼きはあるが、さっきの傷は治っている。」

 「あ、あの、フォルマー先生。ありがとうございました、助けてくれて・・・ハーマイオニーと僕たちを助けてくれて。」

 

 ハリーが言うと、アンペルは苦笑を向けた。

 

 「トロールを斃したのはリラだ、お礼ならこいつに言え。私は・・・盾ぐらいにしかなっていないからな。」

 「・・・・・・そういえば、あの程度の相手に後れを取ったのか?」

 

 リラが怪訝そうに・・・ではなく、怒りを湛えた目で見てくる。アンペルが盾になるに至る展開に察しがついたのだろう。

 

 「・・・まぁ、その辺りは後で、校長や他の先生方も交えて話すとしよう。」

 

 ようやく姿を見せた教師陣は、バラバラになったトロールと血まみれだが()()無傷の──高位の回復アイテムは傷を治し血も補充するが、流れ出した血が戻るわけではない──アンペルを見て、何が何だか分からないと言った顔をした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「そんなことが───いや、フォルマー先生、よくぞ・・・よくぞ、生徒を庇い、守ってくれた。ありがとう。」

 

 校長室で顛末を聞いたダンブルドアは、目に涙を溜めて声を震わせた。

 

 「いえ、私は───それより校長、お願いしたいことがあるのですが。」

 「生徒の恩人はわしの恩人じゃ、フォルマー先生。何なりと。」

 「報酬を貰おうという訳ではありませんよ。ただ・・・『錬金術』は実技科目です。私がこの調子では、授業に差し障りが。」

 

 アンペルが右手を示してそう言うと、今まで校長室の入り口付近で他の教師たちと立っていたマクゴナガルが不思議そうに声を上げた。

 

 「『修復呪文』は試されたのですか? 見たところ、効果が出ないほど酷く壊れてはいないようですが。」

 「いえ・・・これも錬金術で生み出されたものなので。」

 

 錬金術と魔法は相性が悪い。より正確に言えば、魔法が錬金術に対して相性が悪い、というべきか。

 世界の『理』の範疇でそれを変容させ、強化し、利用するのが錬金術。

 世界の『理』を書き換えるのが魔法だ。

 『理』を理解する必要のある錬金術の方が難易度とコストが高く、『理』による補正がある分効果が高い。

 対する魔法は『書き換える術』さえ学べば効果は発揮する。錬金術で作られた物に対して効果が薄かったり、効果やクオリティで錬金術に劣るものの、万人向けの技術であり、普遍性も高い。

 

 そしてアンペルの補助義手は戦闘も考慮された耐衝撃・耐魔力仕様品だ。ケルベロスの一撃をいなすことが出来たと言えば、その性能の証明になるだろう。

 

 「レパロ 直れ・・・なるほど、これは。」

 

 手応えのなさから、義手がどの程度の魔法抵抗力を持っているのかを察したのだろうか。マクゴナガルが呆れたように首を振った。

 

 「そういうことなら、義手を作り直すまでの期間は休講にすればよかろうて。・・・フォルマー先生、どのくらいかかりそうかの?」

 「・・・」

 「どうしたアンペル。素材なら・・・ッ!」

 

 言い表しようのない顔で沈黙したアンペル。怪訝そうに口を開いたリラがすぐにその理由に気付き、息を呑んだ。

 

 「私は義手なしでは高度な錬金術を扱えません。当然、錬金術や魔法に対応した義手の錬成は“高度”の範疇です。」

 

 



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8 代わりの義手は

 アンペルの右腕は、過去に負った傷の影響で機能を大幅に損なっている。

 力が入らない。精密な作業ができない。魔力の通りも悪い。そんな状態で無理をすれば、一定以上の難易度の錬金術は失敗するか、大惨事になる。

 

 そして錬金術のような精緻な動作を可能とする義手は、例外なく「一定以上の難易度の錬金術」で作り出すしかない。魔法で作り出したものだと、アンペル自身ですら予期せぬ反応を起こす可能性があるからだ。

 義手が無いから、義手を作らなければならない。

 だが、義手が無いから義手が作れない。

 半ば詰みであった。

 

 「ライザにまた頼むというのはどうだ? 今のあいつなら、前以上の力作を仕上げてくれると思うが。」

 「いや・・・」

 

 アンペルは自室のデスクに掛け、砂糖を大量に投入した紅茶をかき混ぜながら、リラの言葉を曖昧に否定した。

 校長が気を利かせ「専門家二人の方がいい案も浮かぶじゃろう」と二人を退室させてから一時間。ここまでに出た案は三つ。

 

 一つ目は、代わりに別の人間が錬成するという案。これは技量不足を理由に没となった。ホグワーツでアンペルに並ぶ錬金術師などいないし、世界最高とされるニコラス・フラメルも『賢者の石』の出来栄えを見るに期待できそうにない。

 

 二つ目は、今のアンペルが出来る最高レベルの義手を作り、それを高レベルの錬金術に対応できるまで徐々にアップグレードしていき、最終的に前回の物と同等の物にするという案。素人目には可能に見えるが、実践は不可能とされて没になった。というのも、現存する物質の強化であろうと、物質同士の錬成であろうと、要求される錬金術の技能は同じ・・・むしろ、完成品を弄る方が難易度やコストが高いからだ。

 

 三つめは、余りあるアンペル作の『賢者の石』を用いて()()()()()()()()()という案。盤を返すような考えだが、人体の錬成は『賢者の石』があれば可能だ。その難易度と、禁忌とされる術法であることを鑑みれば、没になるのも当然だが。

 

 たったいま四つ目が否定されたが、リラがそれに首を傾げた。

 アンペルとリラは、今でもクーケン島を救った『なんてことない』少女、ライザリン・シュタウトとは連絡を取り合っている。賢者の石を中間素材から着想した、いわゆる不世出の天才。アンペルが今まで使っていた補助義手も彼女の作品だ。アンペルは錬金術を取り戻してからも使い続け、先日はケルベロスの一撃に耐えてみせた。それを弱冠15歳にして造り上げたセンスは凄まじいの一言に尽きる。

 

 「いまクーケン島は乾季前で忙しい時期のはずだ。淡水化装置を復旧させたとはいえ、そもそも作物の刈り入れ時だからな。」

 

 アンペルが義手を失ったと聞けば、仲間思いのライザは手伝いなんぞ放り出してアトリエに篭るだろう。そしてより上位の補助義手を作ると意気込んで・・・両親に怒られるのだ。ライザなら間違いなくそうするし、そうなる。それが分かるだけにリラも「あぁ・・・」という顔をした。

 

 「それもそうか。・・・なら、二月ほど待つしかないか。」

 「そうだな・・・ところで、クィレルのことだが。」

 

 クィレルはいま医務室に居る。全身に有刺鉄線で縛めを受けたような裂傷と刺傷を負い、そのうえ未知の毒物を全身に浴びて、ひどく衰弱して倒れているところを発見されたらしい。「トロールの騒ぎに乗じて例の部屋に侵入しようとする者がいないか見張っていたら何者かの攻撃を受けた」と本人は言っている。

 

 「命に別状は無かったらしいが・・・『精神を抜き取る』効果を持った『イバラの抱擁』を喰らっておいて、そんなことが有り得るのか? 少なくとも三日は昏睡しているレベルのはずだろう。」

 

 リラが不思議そうに言う。アンペルは顎に手を当てて考え込む姿勢を取った。

 

 「・・・本人の傷を見たが、『イバラの抱擁』は間違いなく作動していた。いまクィレルの体には、良くて本来の25%くらいしか魂が残っていないはずだ。倒れる寸前の記憶どころか、自分の名前を思い出せたら幸運なレベルだぞ?」

 「気になる、な。」

 「あぁ。・・・だがまぁ、あれでも『闇の魔術に対する防衛術』の教師だ。精神防護の策ぐらいあるだろう。」

 

 アンペルは自分を納得させるように呟くが、リラは・・・いや、アンペル自身も、魔法というモノをそこまで信じていなかった。

 

 「本当に、そう思うか?」

 「いや・・・正直、魂を二人分持っていると言われた方が納得できる。だが、そんなことは不可能だ。体と自我が崩壊する。」

 

 アンペルがかつて宮廷錬金術師だったころ、一個の肉体に複数の魂を入れるという禁忌の実験をした同僚が居た。当然のようにその同僚は封印措置を喰らったが、実験結果だけはデータベースとして宮廷の禁書庫に収まっている。それによれば───肉体は魂の入れ物としては脆弱で、一個に付き一人分しか入らない。しかし、ある方法で魂を細断することが出来れば、その限りではないとされた。

 

 「まさか、な・・・」

 

 アンペルは錬金術でも秘奥、そして禁忌とされる術法をクィレルが知るはずがないと考え、苦笑した。考えすぎ、怯えすぎだ。

 

 (やはり、義手が無いと・・・いざというときに戦えないとなると小心になるな。我ながら情けない。)

 

 アンペルは自嘲気味に苦笑を浮かべ、首を振った。

 

 「まぁ、また不穏な動きをしたときに考えればいいだろう。今はとにかく、義手をどうするかだ。」

 

 11月に入れば、クィディッチの寮対抗戦の時期だ。アンペル自身もリラも熱心なわけではないが、ホグワーツじゅうが沸き上がる。間抜けも増えるし、馬鹿をやる生徒も出てくる。アンペルはオーバーヒート気味のこめかみを押さえつつ、寝室へ向かった。

 

 「寝るのか?」

 「あぁ。おやすみ、リラ。」

 「・・・おやすみ、アンペル。」

 

 久方ぶりの戦闘で(完治しているとはいえ)重傷を負ったアンペルが寝室へ消える。

 トロールを一瞬で切り刻んだリラはまだ起きているつもりなのか、アンペルがさっきまで座っていたデスクに掛けた。羊皮紙を取り上げ、ペンを回しながらアンペルの寝室に続くドアを一瞥する。

 

 「無駄な見栄を張るところは、会ったころから変わらないな。」

 

 リラが呆れたように言うが、その口角は上がっていた。

 

 

 



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9 ダイアゴン横丁

 11月になると、外套なしでは外を歩けないほどだった。

 アンペルはクロークではなく、王都に居た頃に錬金術で作ったコート『シャレドールマント』を着込んでいるし、リラもアンペルが昔に贈った赤と青のイヤリング『焔雪の耳飾り』を着けて冷気対策をしていた。

 依然として右腕の使えないアンペルは、校長から休講と療養を許可されていて暇。助手として側にいるリラも必然的に暇だった。何をするでもなく、そして幸運なことに何が起こるでもなく、二人でダイアゴン横丁に来ていた。菓子店を覗いたり、雑貨屋を冷かしたり──魔法を付与しただけの品は大概が錬金術で生み出したものに劣る──ノクターン横丁に足を伸ばしたり、特筆すべきこともなく過ごしていた。

 

 ランチを終えたころ、座っていたカフェテラスでふとアンペルが眉根を寄せたのに、リラが目敏く気付いて首を傾げた。

 

 「尾けられている、か?」

 「・・・今更か? 少なくともフローリアン・フォーテスキューのアイスクリーム屋を出た時には居たぞ。」

 「なんで言わない・・・」

 

 アンペルがこめかみを押さえながら言うと、リラが苦笑した。

 

 「最近のお前はどうも疲れて見えるからな。直接的な危険はなさそうだったから放っておいたんだ。」

 「素人ということか?」

 

 リラは頷いて肯定した。

 

 「身のこなしも、気配の消し方も甘すぎる。トロール並だな。」

 「問答無用で落第、か。・・・害意は?」

 「あるな。だが───野生動物を追いつめた時のような、恐怖から来る敵意だ。」

 

 アンペルはとても嫌そうに顔を顰めた。

 

 「何をするか分からない、ということか?」

 「・・・そうだな。」

 「・・・排除するか?」

 

 アンペルはコートの内ポケットに手を入れ、紫色の粉が入った小瓶を取り出した。

 『ゆらぎの毒煙』という錬金術のアイテムで、強度の致死性猛毒を持つ煙幕を張ることができる。

 

 「・・・馬鹿、殺気を出し過ぎだ。気付かれ・・・た、か。“姿くらまし”したようだ。」

 「すまん・・・どうも最近気が立っていてな。小心になっているのは自覚しているんだが。」

 「旅をしていた頃に戻ったと思えばいい。私はお前の護衛を辞めた覚えはないぞ?」

 

 リラが諭すように言うと、アンペルは少し面食らったようだった。

 

 「それもそうだ。思えば道中の戦闘はお前任せだったな。・・・なるほど、戻っただけ、か。」

 

 くつくつと笑い、カップに入っていたコーヒーを一息に飲み干したアンペルが立ち上がる。

 

 「次は何処に行く?」

 「そうだな・・・折角だし、ライザたちに送る土産でも探すか?」

 「魔法の品を錬金術師に贈るのか?」

 

 質だけを見れば、錬金術の品は魔法の品の完全上位互換だ。だが、魔法と錬金術では出来ることの幅が違う。そして錬金術では出来ないことを可能とする魔法の品は、アンペルたち錬金術師にとってよいインスピレーションの源だった。だからこそアンペルは首を縦に振った。

 リラはそれに、ふと思い付いたように付け加えた。

 

 「・・・そうだ。折角だし、1時間ほど別行動しないか? 私はレントとクラウディアに贈る品を探すから、お前はライザとタオに贈るものを探して───」

 「それを見せ合う、と。センスを競おう、というわけだな?」

 

 リラは頷いた。アンペルはリラの気遣いに内心で感謝しつつ、気づかないふりをして踵を返した。

 

 「じゃあ1時間後に、もう一度ここに集合だ。相手と店がかち合った場合、先に入店していた方が買い終えるまでは入店禁止、これでいいか?」

 「あぁ、じゃあ、スタートだ。」

 

 

 ◇

 

 

 アンペルは35分ほどで予定通り二人分のプレゼントを買い終えた。

 ライザには魔法で成形された精巧な、けれどそれ自体には魔法のかかっていないブレスレットを買った。タオには付けているだけで本に幾つかの保護呪文をかける、刻印型魔法の付与されたブックカバーを買った。

 余った時間でぷらぷらと色んな店を見回っていると、ふと目に付くものがあった。その商品が展示されているショーケースに近づき、手書きらしい雑な紹介文を読む。

 

 「ドラゴンの革・・・?」

 

 ドラゴンの革や鱗は、他の動物素材の追随を許さない最高峰の物理耐性を誇る。勿論ドラゴンの種類やランクによってピンキリだが、アンペルの目に留まったそれは、布として最高ランクの『エルドロコード』や最高ランクの合成皮革『マスターレザー』には劣るものの、中位素材の布である『ビーストエア』程度のクオリティで、さらに400程度の品質はあるように見えた。

 

 「すまない、店主、これは・・・」

 

 アンペルが立ち止まったのは、大人が4人も入ればパンクするような小さな服屋だった。ダイアゴン横丁でも奥まった、人気のない場所にぽつりとあったその店に、アンペルと年老いた店主以外の人影は無かった。

 

 「んん? お客さん、そいつの価値が分かるのかい?」

 「無論だとも! 幾らだ?」

 

 アンペルは残っていた25分を店主の老翁との語らいに費やし、255ガリオン(手持ちの残りすべて)で掘り出し物を購入した。

 

 

 ◇

 

 

 

 集合場所に戻ってきたアンペルを、先に戻っていたらしく、テラスに掛けてカップを傾けていたリラが手を振って迎えた。

 四人掛けのテーブルのうち一つはリラが座り、隣にはいくつかの包みが入った紙袋が置かれていた。

 アンペルの持った、最後に買った少し大きめの包みを見て、リラが目を丸くした。

 

 「随分と大きいものを買ったんだな? ライザに服でも買ったか? それともタオに珍しい道具でも買ったか?」

 「お前の方こそ、随分と高そうな包みがあるじゃないか。・・・まぁ、クラウディアにはある程度高いものじゃないと駄目な気がするよな。本人は全然気にしないと分かってるんだが・・・それで、どっちが先に見せる?」

 

 リラが何も言わなかったので、アンペルは自分から見せることにした。

 

 「ライザにはブレスレット、タオにはブックカバーだ。」

 「・・・まぁ、堅実だな。そっちの大きいのは?」

 「これはお前の分だ。」

 

 アンペルがさらりとそう言うと、リラは小首を傾げた。

 

 「誕生日はまだ先だぞ?」

 「いや、別にそういう訳じゃないが・・・強いて言うなら、日頃の感謝を込めて、という奴だな。」

 

 これまでも、アンペルがリラに何かを贈るということはあった。錬金術で作り出した装飾品や宝石・装備なんかを誕生日やクリスマスに贈ったこともあるし、逆に贈られたこともある。だがこうして、何もないタイミングで、というのは、言われてみれば初めてだった。

 

 「・・・開けてもいいか?」

 「勿論だ。」

 

 少し大きめの包みを解くと、中には先ほどアンペルが買った『掘り出しもの』───ドラゴン革のブーツが入っている。

 

 「ブーツ、か。暖かそうだな。」

 

 マットブラックの外観と反するように、ブーツの内側には白いファーが張られていた。

 

 「外皮はレベル20相当のドラゴン革、ファーは加工したホワイトアルミラージの毛皮だな。」

 

 どちらの魔法生物も、その素材も、特異な性質を持っている訳ではない。だが断熱性や耐久性は、普通の動物素材の比ではない。

 

 「サイズが合わなかったら言え。サイズの調整くらいなら今の私でもできる。」

 「ありがとう、アンペル。大事にする。・・・さて、次は私の番だな。」

 

 リラは珍しく満面に笑みを浮かべた。そしてブーツを袋に入れ直し、大事そうに抱えたまま選んだ品を紹介した。レントには普通の砥石の三倍の強度があるという革砥を。クラウディアには自動で調律してくれるという魔法のチューナーを買っていた。

 

 「・・・その高そうなのは?」

 

 革砥もチューナーも、リラの腕ほどもあるその包みからは出てこなかった。

 アンペルが心底不思議そうに聞く。リラはもともと物欲がある方ではないし、高級志向でもない。包みを見ただけで分かるような高級品に手を出すとは思えなかったからだ。

 だが、リラはそのアンペルの疑問こそが不思議なようで、逆に首を傾げた。

 

 「お前の分だが? ・・・私だって、普段からお前に世話になっているとは思ってるからな。」

 

 少し不機嫌そうに言って──照れ隠しだろうか──リラは顔を背けた。

 そんな少し子供っぽい振る舞いに苦笑して、アンペルは心から礼を言って包みを受け取った。

 

 

 



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10 試合を見ろ

 十一月の初めの土曜日。

 今シーズンのクィディッチ・ゲームで最も注目される試合が行われるというので、アンペルとリラも会場に来ていた。

 カードはスリザリン対グリフィンドール。アンペルはそもそもクィディッチにも寮杯にも興味が無いし、なんならルールもうろ覚えだ。もちろん、七百もある反則の全てを覚えている生徒はごく一部だろうが。そして、リラも別に熱心なファンという訳ではない。

 

 「あぁ、もう始まってたわ。ちょっと失礼、通して・・・おや、ミセス・ディザイアス。靴を新調されたのですか?」

 「あぁ、まぁな。どうだ?」

 「よくお似合いですよ。タイトなデザインが特に──」

 

 リラが教員用の観戦ブースに入ってきたスプラウトと談笑を始めた。完全に試合から興味を失っている。アンペル自身も、大して興味のない試合のために態々寒空の下に出てくることもなかったか、と薄々思い始めていた。

 

 「ふぉ、フォルマー先生は・・・義手をし、新調されたのですか?」

 「ん? ・・・あぁ、クィレル先生。えぇ、まぁ、リラにこれを貰ったので、折角だし普段から着けておこうかと。」

 

 アンペルが右腕を覆う、以前より少しゴツい金属の枠を撫ぜていると、背後に座っていたクィレルに声を掛けられた。

 先日、ダイアゴン横丁でリラが見つけてきたこの補助義手は、駆動に魔法を使っているだけあって錬金術には向いていない。高級品らしく、動きの補助は滑らかで違和感もない。だが耐久性はそこまで考慮されておらず、以前のように戦闘に耐えうる確証はない。だが・・・どういうわけかそれを着けていると、アンペルは落ち着くことが出来た。

 

 「い、いい品ですね。」

 「えぇ。呪い避けの刻印魔法や動力補助の魔法陣も刻まれていて──っと、失礼。こういった魔道具について語りすぎるのは癖でして。」

 「いえ、そんな・・・。そ、そういえば、その手のものは使い慣れたものから・・・べ、別の物へ替えるといろいろと、ふ、不都合があるそうですが・・・?」

 

 クィレルが気遣うように言うが、そんなことは無い。確かにスペック上、戦闘や錬金術は無理だろう。だが着け始めたばかりの今でさえ、全くと言っていいほど違和感が無い。オーダーメイド品を何度も調整してようやく至るレベルだ。テーラーに注文したリラが凄いのか、テーラーや職人が巧いのか・・・その両方だろう。少なくとも、職人や調整技師がここまでの調整を可能にするだけの情報を、リラは伝えられたということだ。もしかしたらアンペル以上に腕の事を知っているかもしれない。

 

 「す、少し触っても?」

 「・・・えぇ、構いませんよ。」

 

 にこやかに、アンペルは右腕を差し出した。リラはスプラウト教授と話しながらも、意識はこちらに向けていたのだろう。正気を疑うような目でアンペルを見ていた。アンペルはそれに気づかないふりをし、そっと左手をコートのポケットに入れた。そこには最高位の攻撃アイテム『賢人の宝典』が入っている。

 リラが思わず瞠目する。スプラウト教授は試合の方にかなり意識を向けているし、他の教師もそうだ。クィレルは義手を見ているし、リラの表情が一瞬で消えたことに気付く者はアンペル一人だろう。

 アンペルは言外にこう示した。『おかしな真似をしたら消し飛ばす、用意しろ』と。そして、リラはそれに応えた。

 

 「これは・・・ミケランジェロぎ、義体店の・・・は、ハイエンドサポーター、ですか?」

 「・・・えぇ、素晴らしい逸品ですよ。魔力の通りがすごくいい。闇払い御用達、というだけのことはあります。」

 

 アンペルでも知っている最高クラスの義体専門店の名前が飛び出し、困惑する。そんな代物だとは初耳だが、アンペルもリラも互いに何かを贈るときに値段を気にすることは無かったから、仕方ないと言える。ちなみに、義手の説明は以前見たカタログか広告の受け売りだ。

 

 「な、なるほど。・・・では、錬金術のじ、授業も再開されるので?」

 「・・・そ───」

 

 アンペルが答えに窮したのは一瞬。悟られることのない一瞬だけ逡巡する。そして諦めて口を開き──爆音のアナウンスが鼓膜に刺さる。

 

 「ゲームセット!! グリフィンドール、圧勝です! 170対30! グリフィンドールの勝ち!」

 「・・・どうやら、グリフィンドールの新シーカーはかなりの名プレイヤーらしいですね。」

 「そ、そうですね。流石は、は、ハリー・ポッターだ。」

 

 これ幸いとアンペルはベンチを立つ。リラもそれに続き、二人は城に戻る道を並んで歩き始めた。 

 

 「・・・義手はどうだ?」

 「何も仕込まれてはいない。有名な品ならスペックも調べればすぐに分かるだろうし、見せるぐらいなら問題ないさ。」

 「・・・そう、だな。だがアンペル、クィレルは──」

 

 アンペルが仕掛けていた『イバラの抱擁』が発動したということは、あの部屋に入ろうとしたということだ。その時点でグレーだが、精神を抜き取る効果を持った『イバラの抱擁』を喰らって昏睡していないというのも気になる。禁術に手を出しているかもしれない。

 

 「分かっている。だから用心の為に『賢人の宝典』なんて持ち歩いてるんだ。・・・正直、火力過多だと思うが。」

 

 龍どころか大精霊だって数発で殺せる、錬金術でも一二を争う高位アイテムだ。少なくとも対人使用は想定されていない。

 

 「それはそうと、リラ。いつの間にこんな義手を作っていたんだ? 調整も無しでぴったりだったんだが・・・。」

 「・・・お前が義手を壊したその日に、ふくろう便の速達で発注しておいた。サイズや調整は、壊れた補助義手を見せたら技師が勝手に終わらせたんだ。」

 

 どの分野にも一握りの天才というものは存在するのだな、と、アンペルとリラは苦笑を交わした。

 

 




 原作ではクィレルが邪魔をしたため試合は170対60でしたが、介入が無かったため倍速で勝ちました。


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11 ニコラス・フラメル

 十二月に入り、城の外が雪に染まり始めた。

 寒がりのアンペルはほぼ確実に暖炉の前に陣取り、リラも大抵は暖炉前の安楽椅子かソファーに居ることが多くなった。

 未だ休講で、アンペルは特にすることもない。暇潰しにリラから貰った義手を磨いたり眺めたりすることはあるが、それを暖炉前でリラに見られて以来、寝室ですることにしている。今は暖炉の前で安楽椅子に掛け、微睡みに沈んでいた。

 

 昼下がり、昼食も終えて眠気がピークを迎えたころ、扉をノックする音で微睡みは破られた。

 少し不機嫌になりながら、向かいのソファで舟を漕いでいたリラに上着を掛けてドアに向かう。

 

 「・・・こんにちは、フォルマー先生。少し、お時間よろしいですか?」

 「ミス・グレンジャー、と、ミスター・ウィーズリーにミスター・ポッター? どうした?」

 

 トロールの一件で懐かれたようで、アンペルはこの三人と会話することはよく──とまでは行かないが、普通にあった。だが、こうして部屋まで押し掛けてきたのは初めてだ。近くに例の部屋と『イバラの抱擁』があり、かつこの三人が前科アリということもあり、少し身構える。チラリと例の扉に目を向けると、目敏く気付いたハーマイオニーがばつの悪そうな顔をした。

 

 「いえ、あの・・・」

 「ニコラス・フラメルという人を知りませんか? フォルマー先生。」

 

 助け舟を出すように、ロンが訊いた。

 知っているか知らないかで言えば、勿論知っている。『錬金術』の授業で扱う教科書の大半は彼が書いたものだし、つい先日には彼の作った『賢者の石』を検分した。魔法史の授業でも確実に出る名前だし、アンペルの記憶が正しければ蛙チョコのカードにもなっていた。つまり、有名人である。

 

 「ニコラス・フラメルだと? 勿論知っているが?」

 

 これは、あれだろうか。世間知らずだと思われているのだろうか。アンペルがそう思い眉根を寄せると、三人は予想外の反応をした。

 目を輝かせ、満面の笑みを浮かべる。そして叫び、詰め寄ってきた。

 

 「本当ですか!」

 「話を聞かせてください!」

 「どんな些細なことでもいいんです! お願いします!」

 

 アンペルは困惑した。そんなのは聞くまでもなく、図書館に行って司書のマダム・ピンスに「ニコラス・フラメルについて書かれた本を」と頼めば百冊単位で出てくる。それなのにここに来たということは──本に書かれていないようなことが知りたいのだろうか。だが生憎、アンペル自身は彼と面識があるわけではない。むしろ───

 

 「ダンブルドア校長に聞いた方がいいんじゃないか? 私が話せるのは一般に知られていることと、あとは錬金術師としての意見くらいだ。」

 

 アンペルがそう言うと、三人は困惑したように顔を見合わせた。

 

 「あの、フォルマー先生。ニコラス・フラメルは一般には知られていない、とても強力な魔法使いなのでは?」

 「一般には知られていない? 馬鹿な。私が授業で使っている教材は、殆ど彼の著作だぞ。」

 

 アンペルがそう言うと、ハーマイオニーがあっと叫んだ。アンペルは指を立てて「静かに」と示すが、ハーマイオニーは余程興奮しているのか無視した。

 

 「分かったわ! 二人とも、ちょっと待ってて!」

 

 全速力でグリフィンドール寮の方に駆けていくハーマイオニーを、残された三人は呆然と見送る。

 

 「じゃあ僕たちはこれで。ありがとうございました、フォルマー先せ──」

 「逃がすと思うか?」

 「ですよね。」

 

 どさくさに紛れて立ち去ろうとするロンの首根っこを捕らえ、引き戻す。元から逃げ切れるとは思っていなかったのだろう、ロンはすぐに観念したし、ハリーも逃げようとしなかった。

 

 「説明してもらうぞ、何故いきなりニコラス・フラメルについて調べ出したのか。」

 

 アンペルは二人の首根っこを掴んだまま、大広間に向かって歩き出す。ハーマイオニーの「ちょっと待ってて」という言葉は完全に無視した。

 

 

 

 

 「・・・それで?」

 「それで、ハグリッドにあの犬の事を聞いたら、ニコラス・フラメルって名前を漏らしたんだ。」

 

 アンペルは一通りの話を聞き終えたあと、こめかみに手をあてて嘆息した。

 この三人は、間違いなく『賢者の石』のことを探っている。それは途轍もなく危険なことだ。防衛ギミックを組み上げたアンペル自身が、そう断言できる。アンペルの組み上げたギミックは、学生風情が破れるものではない。そう自負できるだけの物を用意した。

 

 「フォルマー先生、ニコラス・フラメルは錬金術に関係した人なんですね?」

 

 先ほどアンペルが言ったことを理解したのか、ハリーが断定的に訊ねた。

 アンペルはちょっと考え、正直に言うことにした。この手の好奇心は、満たしてやればすぐに興味を失うものだ。

 

 「そうだ。今代最高の錬金術師と言われているな。さっきも言った通り、私が授業で使っている教材は、ほとんど彼が書いたものだ。」

 「じゃあ、賢者の石にも関係が?」

 

 アンペルは首を傾げた。むしろ賢者の石──アンペルに言わせれば駄作だが──の作成こそが、彼を有名人たらしめていると言っても過言ではない。

 

 「ニコラス・フラメルは世界で初めて『賢者の石』の製造に成功した錬金術師だ。」

 

 アンペルがそう言うと、ハリーとロンは顔を見合わせて頷き合った。

 

 「やっぱり、あの犬は『賢者の石』を守ってるんだ!」

 「・・・言っておくが、見に行こうとか考えるなよ? あの犬はお前たちの手に負える相手じゃないし、奥にはもっと危険な防衛装置もある。」

 

 アンペルがそう言うと、ロンが安堵した顔で頷いた。

 

 「あんなおっかないのが守ってるんだ、たぶん世界一安全だぜ。ハリー。」

 「うん、そうだね──」

 

 ハリーも頷き、そこで大広間に甲高い怒声が響き渡った。

 

 「ちょっと、待っててって言ったじゃない! 探したわよ!」

 

 目を向けると、肩を怒らせたハーマイオニーが立っていた。後ろにはアンペルの上着を持ったリラもいる。どうやら部屋の中にいると思ったハーマイオニーに起こされたらしい。

 

 「人が寝てる側で大声を出すからだ。ほら、アンペル。ありがとう。」

 「あぁ。」

 

 リラが上着を投げて寄越す。

 アンペルは立ち上がって袖を通すと、振り返って三人を順番に指差した。

 

 「いいか、絶対に・・・あの部屋には入ろうとするな。心神喪失状態で医務室に担ぎ込まれたくないならな。」

 「・・・はい、フォルマー先生。」

 

 ロンはそう言うが、ハリーは今一つ納得がいっていないようだった。どうせというか何というか、扉を開けようとすれば『イバラの抱擁』が作動するから問題は無いが。流石に生徒殺しは気分が悪すぎる。

 ともかくアンペルは踵を返し、大広間を出る。その時背後からハーマイオニーが「この本を見て! ニコラス・フラメルについて書かれてるんだけど───」と語り始め、ロンが「知ってるよ、賢者の石を作った人だろ?」と遮るのが聞こえた。

 

 

 

 

 



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12 閑話

【悲報】予約投稿くん、ボイコット


 アンペルたちが立ち去った後、ハーマイオニーはもう一度二人に本を見るように言った。分厚い本にびっしりと書き込まれた細かい文字を見て、二人は心底嫌そうな顔をする。

 

 「この本、どうしたの?」

 「少し前に図書室で借りてきたの。ちょっと軽い読み物が欲しくて。」

 「ちょっと軽い!? これが!?」

 

 ロンは自分の腕より厚い本を示した。ハーマイオニーは無視した。

 

 「ここを見て。錬金術のところ───」

 

 ハーマイオニーが示したページには、ニコラス・フラメルについて確かに書かれていた。だが、二人はちょっと見て顔を見合わせた。

 

 「だから、もうフォルマー先生に聞いたってば。」

 「うん。ハーマイオニー、悪いけど───」

 「あら、ならこれも聞いたのかしら?」

 

 ハーマイオニーはちょっともったいぶって一冊の本を取り出した。抱えるように持っていたものとは別の、普通の教科書サイズだ。

 

 「ここを見て。」

 

 二人はちょっとうんざりしながら本を覗き込み、揃って首を傾げた。

 

 「これ、フォルマー先生のことが書いてる?」

 「えぇ、そうよ。その本によれば───」

 

 『我々は錬金術に関する歴史書や教科書を全て書き直さなければならない。今までニコラス・フラメル氏が唯一製造に成功したと思われていた『賢者の石』だが、近年になってもう二人、それを開発または所持・保管していることが判明したのだ。それはフラメル氏と共同研究していたホグワーツ魔法魔術学校校長のアルバス・ダンブルドア氏と、同校教諭のアンペル・フォルマー氏である。』

 

 「まさか、フォルマー先生が?」

 

 ロンがついさっき二人が出て行った扉を振り返る。ハリーはその先を読み進めた。

 

 『“賢者の石”は卑金属から黄金を作り出し、不老不死をもたらす“命の水”の材料になるとされている。この性質を狙い、フラメル氏は幾度となく狙われているが(報告されただけで300回以上)、闇払いたちの渾身の護衛により奪取が叶ったことは一度もない。ダンブルドア氏は賢者の石の製造に成功するも、その場で破壊した。』

 『フォルマー氏は 奥方 助手のディザイアス女史と常に行動を共にしており、既に死喰い人や犯罪者など、“賢者の石”を狙った者を100人以上撃退している。』

 

 「・・・フォルマー先生が、『賢者の石』を・・・やっぱり、そうだったんだ。」

 

 ハリーが呟くと、二人も納得したように頷いた。

 

 「・・・けど、それって危なくないか? もし『名前を言ってはいけないあの人』が石を狙ってるなら・・・」

 「先生も狙われる。・・・警告しなきゃ。」

 

 ハーマイオニーが言うが、ハリーは首を振って否定した。

 

 「そんなの、先生なら気付いてるに決まってる。」

 「そうだよ。・・・それに、君もミセス・ディザイアスの攻撃を見たろ? いや、全く見えなかったけどさ。」

 

 ロンが腕を滅茶苦茶に振り回す。リラがトロールを細切れにした時の再現だろうか。

 

 「えぇ、そうね。でも私たちは、その二人に命を助けられたのよ?」

 

 二人が黙り込んだのを肯定と受けたか、ハーマイオニーは続ける。

 

 「今度は私たちが助ける番よ。・・・二人を影から護衛するの。」

 

 

 



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13 迂闊なアンペル

 学校がクリスマス休暇に入っても、アンペルがすることは大して変わらなかった。

 暖炉の前に陣取り、新しいレシピの研究や理論の構築に一日の大半を費やす。実験や検証はできないが、それももう暫くの辛抱だ。三月になればクーケン島の乾季も終わり、ライザが新しい補助義手を作ってくれるだろう。

 アンペルがそんなことを考えながら微睡みに沈んでいると、フクロウ小屋に行っていたリラが戻ってきた。

 

 「おかえり。髪に雪が付いてるぞ。」

 「・・・取れたか?」

 

 ふるふると頭を振ったリラが尋ねる。アンペルが頷くと、リラが手紙を投げて寄越した。

 

 「ライザたちから連名で手紙だ。この前の土産の礼かもな。」

 「それぐらいしか思い当たる節がないしな。・・・すまん、ペーパーナイフを取ってくれ。」

 「お前の方が近いだろう・・・まったく、ほら。」

 

 少し怒りながら、リラはアンペルに向かって毛布を投げつけ、デスクにあったペーパーナイフを手渡した。アンペルが毛布にくるまりながら封を切ると、嗅ぎ慣れない香りが周囲に漂った。

 

 「デルフィローズ香? ・・・いや、だがこの匂いは・・・太陽の花か? 随分と洒落たことをするようになったな。」

 

 王都で一時流行った手紙の飾り方だ。・・・毒物や惚れ薬系の薬品を仕込む不届き者が出たせいで、宮廷では禁止されていた方法だが。

 アンペルは懐かしさと、想定外の『成長』に苦笑し、手紙を取り出した。

 

 『アンペルさん、久しぶり。』

 「ッ!?」

 

 いきなり喋り出した手紙を、アンペルは驚きのあまり手放した。

 手紙は膝の上からふわりと浮き上がり、唇のカリカチュアになった。

 

 「吠えメール、か。最近見ていなかったから驚いたぞ、まったく・・・」

 

 魔法界では一般的なものだが、まさか知り合いの錬金術師から送られてくるとは思わなかった。それはリラも同じようだったが、むしろ彼女は興味深そうに話しだした手紙を見つめていた。

 

 『この前アンペルさんが送ってきた・・・吠えメール、だっけ? 再現に成功したから、お返し。どう、びっくりした?』

 

 ・・・実はアンペルはライザに『吠えメール』を送ったことがある。しかも、ややドッキリっぽく。そんなことは知らないリラが「何をしたんだ?」と聞いてくるが、アンペルは「まさにこれだな」と悪びれもせずに答えた。

 

 『レシピは同封したから、改善点とか、意見とか聞かせてほしいなーって。・・・それで、本題なんだけど、アンペルさん。バジリスクって知ってる? 蛇の王様って言われてる、すごく大きな蛇らしいの。その毒か、牙が手に入る機会があったら、持って帰ってほしいんだ。理由は』

 「・・・ん?」

 

 言葉の途中でぱさりと地面に落ちた吠えメールもどきを拾い上げ、ぱたぱたとはたく。

 どうやら動力切れらしく、込められていた文章を発語できなくなったようだ。

 

 「・・・改善点その1、だな。」

 

 アンペルは毛布を置いて立ち上がると、デスクに向かった。『吠えメール』は手紙に魔法をかけて文章を発話させる。だがライザが送ってきたそれは紙の蓄音機とでも言うべきもので、動力を補充するまで読めそうにない。

 

 「何属性だ、これは・・・風、か?」

 

 エレメント・コアという最上級のエネルギー源はあるが、それらは火・風・雷・氷・闇の五属性に分かれており、別の属性では意味がないし、万が一反属性のエネルギーを込めでもしたら動作に支障を来す可能性がある。

 

 「・・・安全策でいいか。」

 

 アンペルはトランクから賢者の石──アンペル作のものだ──を取り出し、エネルギーを充填する。

 

 「むやみに賢者の石を出すな。お前も狙われているんだぞ?」

 「いや、ここは私の私室だぞ? それにお前も居る。たとえ王国最精鋭の近衛第一騎士団だろうが、闇の帝王の手先の死喰い人だろうが吹き飛ばせる、火力の集積地だ。」

 

 リラが今までアンペルが陣取っていた安楽椅子で毛布にくるまりながら、無防備にトランクを開けたアンペルを咎める。

 アンペルは口ではそう言いながらも、役目を終えた賢者の石を手早く仕舞い、トランクの鍵を閉めた。

 

 「それがどうしたんだ。お前は今は手負いで、戦闘もまともに───」

 「・・・どうした?」

 

 いきなり黙り込んだリラに、アンペルが怪訝そうな顔を向ける。リラは何も言わずに精霊の力を宿す手甲『オーレンヘルディン』を着けると、そっと立ち上がった。

 

 「・・・敵か?」

 

 アンペルがポケットから『ゆらぎの毒煙』を取り出して構える。

 だがリラはアンペルが注視するドアとは反対側、窓の方に近づいていく。

 

 「“ブレイズ”。」

 

 リラが呟いたのは、彼女が力を使うことのできる精霊の一つ、炎の精霊ブレイズの名だった。

 

 オーレンヘルディンが赤く輝き、高熱を帯びる。それは物理的な熱も持っているが、魔法的・概念的な炎でもある。

 一閃されたそれは、アンペルの目では見えない何かを確かに切り裂いた。

 

 「・・・非物理的な盗聴手段、という奴だな。魔法で作り出した感覚器を透明化して忍び込ませたんだろう。不味いぞ、アンペル。」

 「・・・すまん、迂闊だった。」

 

 リラは首を振ると、慰めるようにアンペルの肩に手を置いた。

 

 「過ぎたことを責めるつもりはない。それに、“ブレイズ”を付与した状態で斬ったんだ。火傷か焼死か・・・少なくとも無傷ということはないだろう。」

 「すまん・・・足を引っ張ってばかりだな、私は。」

 「気にするな。義手が出来たら取り返して貰うさ。」

 

 リラがひらひらと手を振りながら言う。

 アンペルは、如何な死喰い人といえど多種多様な防御魔法が張り巡らされたホグワーツ内で盗聴用の魔法を行使する・・・行使できるとは思っていなかったし、アンペルとリラは錬金術製の装飾品や防具で魔法に対する耐性を上げている。油断があったと言えば、そうなのだろう。

 

 「あぁ。・・・そういえば、そろそろクリスマスか。どうする? 一度クーケン島に戻るか?」

 

 クーケン島に『戻る』と言ったアンペルを、リラが愉快なものを見る目で眺める。

 その視線に気づいたアンペルが口を開く前に、リラは首を横に振った。

 

 「いや・・・ここを空けるのは得策じゃない。来年の楽しみにしておこう。」

 「・・・そうだな。なら、そう伝えておこう。」

 

 アンペルは紙とペンを取り出すと、どれくらいの音量を込めるかを考え出した。

 

 

 



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14 クリスマス・イブに、ホグズミードにて

 ホグワーツの学生にとって、クリスマス休暇とは素晴らしいものだった。

 まず何と言っても、授業が無い。そして帰省が許可され、長らく会っていなかった親の顔を見ることが出来る。勿論、帰省しない友人とホグワーツで遊ぶことだって許される。いつも豪勢な夕食もクリスマス仕様になり、チキンやケーキが振る舞われる。まさにクリスマス・ウィークだ。

 そして、今日はその最終日前日、クリスマス・イブだ。

 

 そんなハイテンションで過ごしていた生徒たちは、既に積もった雪を控えめに上書きする空を見てこう言うのだ。

 ホワイトクリスマスだ、と。

 

 そして教師たちはこう思う。

 そうだな。それで、今年は誰がどんな馬鹿をやるんだ?

 

 「去年は・・・ジャック・フロストに喧嘩を売った馬鹿がいたな。」

 

 ジャック・フロストは冬の、大雪の日ににだけ出現する巨漢の姿をした精霊だ。朗らかで温厚な性格をしており、一緒に雪だるまを作ろうと提案すると超大作が出来上がる。ちなみに喧嘩を売ると問答無用で氷漬けにされるが、その生徒は幸運にも、たまたま別のジャック・フロストと一緒に雪だるま──最終的に出来上がったのは“ぷにの雪像”だったが──を作っていたアンペルとリラによって助け出された。

 

 「今年は・・・確かウィーズリーの兄弟が既に、天文台に忍び込もうとして捕まっていたな。」

 「あいつら・・・」

 

 アンペルがこめかみを押さえる。

 そもそも天文台は授業時以外の立ち入りが制限されているし、何かを仕掛けてもあまり意味が無い場所だ。そんなところで一体何をする気だったのか、逆に怖い。

 

 「・・・まぁいい。リラ、ホグズミードまで買い物に行こうと思うんだが、どうする?」

 「私も行こう。どうせ明日の酒と肴だろう?」

 「あぁ。プレゼントはもう用意してあるからな。」

 

 アンペルは毎年、ライザたちそれぞれの誕生日とクリスマスには欠かさずプレゼントを贈っている。大概は錬金術で生み出された何かだったが、今年は違うだろう。

 

 「毎年毎年、律儀なことだ。・・・準備してくる。」

 「あぁ。三十分くらいしたら出よう。」

 

 

 ◇

 

 

 アンペルとリラが『姿現し』したのは、ホグズミード村の入り口付近にあるモニュメント前だった。

 ハニーデュークスに寄ったあと、二人はホグズミードのバー『ウェザースプーンinホグズミード』に腰を落ち着けていた。

 

 「・・・それで、こんなタイミングで部屋を空けた理由は?」

 

 ワイングラスを揺らし、リラが少しだけ落とした声で言う。

 

 「クリスマス用の酒を買いに来た・・・というのも嘘じゃない。だが一番の理由は・・・クィレルを釣るためだな。」

 「そんなところだろうな。だが、それなら私を引っ張ってきたのはどうしてだ?」

 

 リラを部屋に残していれば、たとえ全盛期のヴォルデモート卿と死喰い人が攻めてきても防衛できるだろう。だがアンペルは、そう主張したリラを説得して連れてきた。

 

 「お前が残っていれば、まず間違いなくクィレルは警戒して行動を起こさない。あの日地下で何があったのかは公開されていないが・・・もしクィレルがあのトロールを“服従の呪文”や遠隔操作系の呪縛にかけていた場合、お前が盗聴用の触覚を斬ったことで特定されるかもしれない。あの日、トロールを切り刻んだのはお前だ、とな。」

 

 アンペルはハニーミルクにウォッカを投入しながら反論した。

 リラは何も言わずにワインを呷り、アンペルはウォッカ入りのハニーミルクをちびちびと飲みながら、何とはなしに店内を見回す。

 レストランとしてもそこそこ名の売れたチェーンのバーだけあって、昼過ぎでも客は散見された。カラカラとドアベルを鳴らして客が入ってくる。

 一瞥すると、その客と目が合った。

 

 「ハグリッド?」

 「おお、フォルマー先生。こんなとこで奇遇ですな。ミセス・ディザイアスも、お元気そうで。」

 「あぁ。」

 「ハグリッドは、昼食か?」

 「いんや。お前さんたちと同じく、これだ。」

 

 ハグリッドはグラスを呷る仕草をした。

 

 「ほどほどにな。まぁ私たちが言えたことじゃないが。」

 

 奥の席に向かったハグリッドを見送る。

 アンペルはハニーミルクを啜りながら、ハニーデュークスで買い揃えた戦利品の事を想起した。甘味、甘味、そして甘味。あぁ、何を合わせようか。安直に辛めのワインでもいいし、ウイスキーなら何がいいか。ウォッカならどうしようか、と。

 

 「アンペル。」

 

 囁くようなリラの声に、アンペルは気づかなかった。

 

 「アンペル? おい・・・おい、アンペル。」

 

 シンプルなローファーにドラゴン革のブーツの踵がめり込み、ようやくリラが険しい顔をしていることに気付く。

 

 「痛っ・・・」

 

 リラの靴が戦闘用のヒール付きじゃなくて良かったと幸運に感謝しつつ、アンペルはリラが視線で示した店の外を見た。

 控えめに降り続ける雪の他には、店の前を通る村民や滞在者が見えるだけだ。アンペルがリラに視線を戻すと、リラは嘆息した。

 

 「反応が遅いから消えてしまったじゃないか・・・まぁいい、一応見に行くぞ。」

 「何があった?」

 

 アンペルがテーブルに二人分の代金を投げ、リラがオーレンヘルディンを着ける。

 

 「店に入ろうとした客が、私たちを見てUターンした。お前が昔半殺しにした賊という可能性もあるが──」

 「お前が半殺しにした賊かもな。・・・冗談だ、クィレルかもしれないと言いたいんだろう?」

 

 眦を釣り上げたリラに両手を上げると、アンペルはコートから『ノルデンブランド』を取り出した。

 

 

 既に『姿くらまし』したのか、それらしい人影は無かった。

 

 

 

 



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15 クリスマス・プレゼント

 22:52 挿絵の場所を変更しました


 クリスマスの朝は、ホワイトクリスマスと言い張れないこともない程度の豪雪だった。

 流石に雪下で恋人と語らおうとする間抜けは居なかったが、約二名、ジャック・フロストと共にセブルス・スネイプの雪像を作り上げた馬鹿が居た。クオリティはジャック・フロストの力もあって素晴らしく、ダンブルドアとマクゴナガルは20点を与えると言った。

 なお、首から下がボディビルダーのようなマッチョだったその像は、見事なポージングと誇るような大胸筋もろとも破砕呪文で粉々にされた。下手人の黒いローブを着たセブルス・スネイプはグリフィンドールから50点減点した。

 朝食もまだの時分に何をしているのかと、アンペルは寝室の窓からそれを眺めて失笑した。

 具体的な感想に関しては明言を避けるが、アンペルはそれを伝聞するしかない生徒のことを可哀想に思ったし、グリフィンドールに10点を与えた。

 

 「おはよう、アンペル。メリークリスマス。」

 「あぁ、おはよう、リラ。メリークリスマス。」

 

 私室の談話スペースに出ると、既にリラが暖炉に火を入れていた。

 暖炉の前にあるローテーブルには幾つかのプレゼントが載っており、リラはアンペルが起きるのを待っていたようだった。

 

 「ライザたちのか?」

 「あぁ。アンペルの分もあるぞ。」

 

 アンペルは時計を一瞥する。

 既に朝食まで三十分ほどだった。

 

 「先に朝食に行かないか? 朝のふくろう便で来るのもあるかもしれない。」

 「構わないぞ。・・・多分だが、王都にいるタオの分と、クラウディアの分がそうだな。」

 

 朝食に行くと、ダンブルドアが上機嫌だった。

 

 「あぁ、フォルマー先生。おはよう、そしてメリークリスマス。あの雪像はご覧になったかの?」

 「おはようございます、校長。雪像ですか?」

 

 バッチリ見ていたし、吹き出した。何ならグリフィンドールに加点したが、アンペルは視界の端にいたスネイプに気を遣った。

 

 「いや、いや、何でもないとも。ところでフォルマー先生───」

 

 ダンブルドアも遊び過ぎだと思ったのか、すぐに話題を切り替えた。

 アンペルは適当に受け答えつつ朝食を摂り、今は自室で食後のコーヒーを飲んでいた。

 

 「・・・。」

 「・・・。」

 

 アンペルとリラは、カップ片手に安楽椅子に揺られ、ソファーに沈み、沈黙に浸っていた。

 ぱちぱちと暖炉で薪が爆ぜ、外では落ち着きを見せ始めた雪が音もなく降り続けている。時計が一秒を刻み、沈黙を際立たせる。

 微睡みに落ちそうな空間で、アンペルはカップを傾け────窓に何かが衝突する音が、すべてを台無しにした。

 

 アンペルがエターンセルフィアを取り出し、リラがオーレンヘルディンを着け精霊の力を纏った。

 何かが窓に当たり、砕けているようだ。連続することもあれば、途切れては再開されることもある。

 何度目かでその正体に気付いた二人は、嘆息して脱力した。

 

 リラが鍵を開けて窓を開き、飛来した()()を掴み、腕だけで投げ返す。

 アンペルの動体視力では確証は持てないが、どうやら掴むと同時に握り固めて氷の塊にし、耐久力を高めている。そしてある程度の速度に耐えられるようになった雪玉は、空気と摩擦熱を生じるレベルの速度で飛翔する。

 すい星のように水蒸気の尾を引きながら飛来した雪玉が目の前で蒸発して消滅したのを見て、その双子はどう思ったのだろうか。

 アンペルはリラに声をかけて呼び戻し、温かいコーヒーの注がれたカップを差し出す。

 

 「・・・まぁ、なんだ。多分あいつらは、ここが私たちの部屋だと知らなかったんだろう。」

 

 知っていてもやったかもしれないが、少なくともあんなバレやすいやり方はしないだろう。まさか去年ジャック・フロストから救った恩を忘れたわけではあるまい。いや、「それはそれ、これはこれ」とか言いそうではあるが。

 

 

 ◇

 

 

 クリスマス・ディナーはいつもより豪勢だったが、アンペルは普段の七割くらいしか食べなかった。

 部屋で昨日買ってきたハニーデュークスの菓子がたくさん待っているからだ。

 

 ダンブルドアが解散を宣言するや、アンペルは『時空の天文時計』を使って部屋に戻った。

 後から戻ってきたリラと5分以上の差を付けていたアンペルは、グラスを置き、ワインを出し、つまみ食いしそうになる己を全力で律しながら菓子を並べていた。

 リラが呆れ顔でそれを一瞥し、暖炉前のソファーに掛けた。

 

 「プレゼントも揃ってるし、準備完了か?」

 「あぁ。っと、栓抜きがない。」

 「全く・・・ほら、貸してみろ。」

 

 リラがコルクを抜くと、炭酸の弾ける音と共に果実系の香りが漂う。開けたのはシャンパンだ。他にもワインやウィスキーが並び、ローテーブルに乗らない分は魔法で浮かべていた。

 

 「乾杯といこうか。・・・聖夜に?」

 

 アンペルがそう言うと、リラがクスクスと笑いを漏らした。

 

 「無宗教じゃなかったか、アンペル?」

 「それはまぁそうなんだが・・・なら、何に乾杯するんだ?」

 

 リラが祖先と戦友への祈りを口にすると、今度はアンペルが首を振った。

 

 「それは食前の祈りだろう? 普段からやってる・・・」

 

 と、そこで二人は閃いたようで、顔を見合わせてにやりと笑う。

 

 「同じことを考えてるか?」

 「そうだろうな。・・・じゃあ、行くぞ?」

 

 二人はグラスを掲げて合わせた。

 

 「「なんてことない日常に。」」

 

 

 二人は菓子をつまみつつ酒を飲み、プレゼントを開けていた。

 クラウディアの分は、アンペルにはモノクルに付ける小さな装飾、リラには厚手のマフラーだった。レントからは二人にと旅先で買い揃えたらしい様々な国の名菓が。タオからは上等な羽ペンがリラに、王都で最近出版されたらしい錬金術師向けの論文集がアンペルに送られてきた。

 そしてライザからは、リラにはアンペルを模した小さなマスコットが、アンペルにはリラを模した小さなマスコットが送られてきた。同封されていた手紙に曰く、「互いが互いのを持ってれば、その相手に危機が迫ってるときに教えてくれるの。・・・まぁ、いつも一緒にいる二人には必要ないかもね!」とのこと。

 

 「余計なお世話、と言ってやりたいが・・・ありがたく貰っておこう。」

 

 リラがそれを服の帯に付けると、アンペルはベストのポケットに入れた。その眉間には深いしわが寄せられている。

 

 「どういう理論・・・いや、魂の観測か? だとしたらどんな素材を使った? おそらくは精霊の小瓶と・・・」

 「おい、アンペル。プレゼントを分析するな。」

 「・・・確かにそうだな、すまん。」

 

 リラが苦笑交じりに軽く諫めると、アンペルはばつが悪そうに頬を掻いた。

 リラはワインで唇を濡らすと、まだ未開封だった包みをテーブルから取り上げ、アンペルに差し出した。

 

 「私からだ。あぁ、お前からのは最後の楽しみに取っておくからな。」

 「そんなに期待されても困るんだが・・・今年はただでさえ錬金術が使えないんだからな?」

 

 言いつつ、アンペルは包みを開け────瞠目して絶句した。

 

 黒い包装、白い緩衝材と順に開き、出てきたのは見慣れていたものとは少し違う、それでも一目見れば機能の分かる金属の枠───補助義手だった。

 

 「まさか、リラ。これは・・・?」

 

 アンペルが震える声で言うと、リラはどこか寂しそうに笑って頷いた。

 

 「ライザの補助義手だ。・・・実は、ミケランジェロ義体店にオーダーをかけるのと同時に手紙を出していたんだ。乾季の忙しい合間を縫って作り上げてくれたらしい。」

 「品質999、付与特性は────っと、すまん。つい癖でな。ありがとう、リラ。」

 「構わんさ。お前がこれから使う物だ。存分に調べて調整すればいい。」

 

 アンペルは一頻り検分して感嘆すると、立ち上がってデスクの側にある義手スタンドに向かう。

 今はリラが発注したサポーターを付けているが、もはやそれは必要ないのだから。

 アンペルはスタンドに手をかけて異常が無いか確かめると、()()()()()置いた。

 

 アンペルが何食わぬ顔で安楽椅子に戻ると、リラは無言のまま、何とも言えない顔でアンペルを見ていた。

 

 「・・・まぁ、その、なんだ。錬金術をするときは流石にあれを着けるが・・・もう、このサポーターに慣れてしまってな。これが無いと落ち着かないんだ。」

 「・・・子供か、お前は。」

 

 アンペルが暖炉から目を離さずに言うと、リラはとても優しげな声で返した。

 ほんの少し、二人は沈黙に浸る。互いが何度かグラスを傾けたころ、アンペルが思い出したように声を上げた。

 

 「そういえば、リラ。私からのプレゼントを忘れているぞ。」

 「ほう? 私からのプレゼントを見ても、それに負けないものだと言えるのか?」

 「いや、まぁ、クオリティは惨敗だが・・・」

 

 アンペルはブツブツ言いながら包みを渡す。

 リラはからかいすぎたと軽く謝罪しながらそれを開ける。

 

 「これは・・・セーターか?」

 

 リラが問うと、アンペルは咳払いして語り出す。

 

 「あぁ。今の・・・いや、さっきまでの私が扱える錬金術をフル活用して錬成した『ヘブンズストリング』と在庫があった『ソーサリーローズ』で作った。品質800、付与特性は品質上昇++がレベル50、全能力強化がレベル30と、スーパースキルだな。」

 「鎧でも作る気だったのか? ・・・まぁいい、少し待っていろ。」

 

 そう言って、リラは寝室に引っ込んだ。

 しばらくして出てきたリラの姿を見て、アンペルは片手で顔を覆った。

 

 「似合わないか?」

 

 少し悲しそうな声色で尋ねたリラに、アンペルは首を横に振って答えた。

 良くない反応をされたリラ以上に、アンペルは落ち込んでいるようだった。

 

 「すまん、リラ。まさかサイズを間違えたとは・・・」

 

 リラが着たセーターは、胸元で生地が伸びているにも関わらず大腿ほどまであったし、右手と左手で袖の長さが違っていた。

 

 「あぁ、これか? そういうデザインなのかと思っていたが、ミスなのか? 珍しいじゃないか、お前が錬金術でミスなんて。」

 「馬鹿を言うな。錬金術ならそんな低度のミスはしない。それは私の手編みだ。」

 「・・・は?」

 

 リラが目を丸くするのに気づかず、アンペルは後悔に沈んでいた。

 

 「おかしいな・・・編んでいる最中には同じ長さだったんだが・・・すまん、今から錬成し直そう。せっかくお前が義手を用意してくれたんだし────」

 

 アンペルがアトリエに行こうとするが、リラは立ち上がってそれを制した。

 

 「いや、いい。」

 「いや、だがそれは───」

 

 お世辞にも綺麗な服とは言い難い。丈の長さは最悪「そういうもの」と言い張れないこともないが、片手は出ているのにもう片方は袖の中というのは歪だ。はっきり言って違和感が凄い。アンペルには製作者として、そして何よりクリエイターとして、自分の作品を直す必要があると感じていた。

 だが、リラはそれを不要だと主張した。

 

 「これで──いや、これがいい。」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 頬を染めて、少し嬉しそうに言うリラ。

 どうやらアンペルに気を遣っている訳ではないらしい。

 それを察して、アンペルは少し救われた気分になった。

 

 

 

 

 が、それはそれである。

 酒の入った二人は第一次セーター争奪戦を勃発させた。

 

 



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16 みぞの鏡

 クリスマスから数日後のことだ。

 アンペルは数か月振りに再開した『錬金術』の講義でふざけていた生徒に課した罰則の監督を終え、夜の校舎を歩いていた。

 既に生徒の殆どが寮へ戻り、ゴースト一人歩いていない廊下を進んでいた時だった。

 アンペルのモノクル『幻視ルーペ』に反応が灯る。その光点は今まさにアンペルが見つめる曲がり角を曲がり───誰も、その曲がり角を曲がってくる者は居なかった。

 

 「何?」

 

 肉眼には映らない、透明化した人間がいる。

 いつかと同じ体験に、アンペルは息を殺してその光点の後を尾けた。

 

 アンペルがその光点を追って一つの部屋に入ったとき、中ではハリーとダンブルドアが話しているところだった。

 使われていない教室らしく、壁際に寄せられた机や椅子が埃を被っていた。

 その教室の真ん中に、異様なまでに目立っている鏡があった。

 

 「・・・?」

 

 ダンブルドアがハリーを帰し、そのダンブルドアが鏡を一撫でして立ち去ったあと、アンペルは何かに惹かれるように鏡を覗き込んだ。

 

 鏡の中のアンペルが、アンペルと同じようにこちらを見ている。

 アンペルが右手を上げると鏡の中のアンペルが左手を上げ、下げると、下げる。

 

 「・・・ただの鏡、だな。」

 

 アンペルは左手を上げ、鏡の中の自分が右手を上げるのを見て───違和感を覚えた。

 左手を下ろし、右手を上げる。・・・何の違和感もない。ただの鏡だ。

 アンペルは首を傾げて鏡の中の自分が同じ動きをするのを見届けると、溜息を吐いて首を振った。

 

 「考えすぎか。」

 「何がだ?」

 

 唐突に背後で上がった声に、アンペルは特に驚くこともなく振り向いた。

 ちょうど部屋の入口で、呆れたようにリラが壁に凭れていた。部屋に戻るのが遅いから、探しに来たのだろうか。

 

 「校長とポッターがこの鏡について話していたようだったから、少し気になったんだ。・・・何の変哲もない鏡みたいだが。」

 「その鏡か?」

 「あぁ。」

 

 アンペルは脇によけ、リラが鏡に映るようにした。

 リラは立ち止まると、アンペルの方を見て、また鏡に視線を戻す。

 

 「・・・?」

 

 リラがもう一度鏡に目を向けると、アンペルの方を見ながら鏡を示した。

 

 「なぁ、アンペル。お前が映ったままなんだが、数秒前を映す鏡なのか? これは。」

 「何? 私が見た時には何も・・・」

 

 アンペルが鏡を覗き込むが、左右反対の自分とリラが映っているだけだ。

 

 「何も映っていないじゃないか。」

 「今はな。だがさっきまでは・・・」

 「見間違いじゃないのか?」

 

 アンペルとリラはそれから十数分ほど鏡を調べたが、それから一度も鏡は異常性を示さなかった。

 

 

 

 

 

 



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17 ノルウェー・リッジバック

 不思議な鏡のことがリラとアンペルの記憶から消えた頃だ。

 いつものように夕食を終えたとき、アンペルはハグリッドに呼び止められた。何も聞かずに、今日の深夜に自分の小屋に来て欲しいと。

 アンペルは首を傾げつつ了承し、リラは先に部屋に戻ると言った。

 

 だからアンペルは、一人でハグリッドの小屋に来た。もしここに過去のアンペルが居れば、アンペルはその頬を張り倒して説教しているだろう。どうしてリラを連れてこなかった、自分とは違った知見を持つ者の存在がどれだけ重要か知らないのか、と。

 アンペルを待っていたのは、小屋の持ち主であるハグリッドと飼い犬のファング。

 そして、法律で許可なき者の所持・飼育が禁じられているドラゴンの幼体だった。

 

 「ハグリッド、悪いことは言わないから、どこかの山野に放すか、処分すべきだ。」

 「そうできないから、お前さんの力を借りたいんじゃ。頼む、この通り。」

 

 巨体を曲げて頭を下げたハグリッドの姿を見ても、アンペルの頭痛は癒えそうになかった。

 

 ハグリッドの説明によれば、ドラゴンの種族はノルウェー・リッジバック。ドラゴン種が往々にして持ち合わせる魔法耐性も高く、爪や牙、膂力による殺傷力も凄まじい。魔法省にチクられれば、退職どころかアズカバン行きだってあり得る。

 アンペルはハグリッドに、森で見つかった魔法生物の死骸やハグリッドが狩った生き物から素材を譲り受けている。つまりは借りがあるし、そうでなくてもこの気のいい巨漢を監獄送りにはしたくない。

 

 「ハグリッド、具体的にどうしたいんだ? 飼い続けたいなら、魔法省に届け出を出して正式に飼うか、隠れて飼うか・・・どちらかだぞ?」

 

 アンペルが一般論を口にすると、ハグリッドは首を横に振った。

 

 「魔法省は好かんし、奴らも俺に許可を出したりはせん。隠れて飼うにしても、ダンブルドアに迷惑をかけちまう。」

 

 ハグリッドの言葉を聞いたアンペルは引っ掛かりを覚えたが、そこには触れずに言葉を続ける。

 

 「なら、誰か・・・きちんと許可を取っている知人に預けるとかだな。ドラゴン・テイマーの知り合いは?」

 「・・・チャーリーのやつがドラゴンの研究をしとる。許可も取っとるはずだ。」

 「チャーリー・ウィーズリーか。・・・連絡出来るか?」

 

 ハグリッドは頷くと、目に涙を溜めてアンペルの手を掴んだ。

 

 「ありがとう、フォルマー先生。あんたのおかげで道が見えてきた・・・この礼は、必ずする。」

 「あ、あぁ。・・・ところでハグリッド、ドラゴンの幼体なんてどこで手に入れた? まさか拾った訳でもないだろう?」

 

 アンペルとしては連絡を取ったとして、どうやって受け渡すのか気になるところではある。まさか堂々とホグワーツの正門から入って来てもらう訳にもいかないだろう。出る場合も同様だ。が、それこそハグリッドの問題だし、チャーリーと摺り合わせるべき問題だ。

 アンペルはそう結論付けて、代わりにもう一個の気になっていたことを聞いた。

 

 「あぁ、賭けで貰ったんだ。」

 「賭けか。」

 

 どこでどんな相手と、というのは聞かない方がいいだろう。まさかそこらの酒場という訳でもあるまい。なんせ相手は、法律違反のドラゴンの幼体を賭けの対象として出すような輩、あるいは賭博場だ。突かない方がいい藪である。確実に。

 

 「じゃあ、私はそろそろ戻るよ。リラが寝てから戻ると、起こしてしまうかもしれないからな。」

 

 アンペルが小屋を出ると、既に城の明かりは半分ほどが消えていた。

 位置的にアンペルたちの部屋は見えないが、リラはもう眠っているだろうか。

 

 アンペルは足早に城に戻った。

 

 



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18 禁じられた森1

 ストックが無くなったので少々不安定になりますが、更新は続けて行きます。感想、評価等もとても励みになりますので、今後ともよろしくお願いいたします。


 アンペルがハグリッドの相談を受けてから数日後の夕食の席でのことだった。

 アンペルがデザートを食べていると、不意に喧騒を貫いて自分の名前が耳に入った。出所を探ると、案の定と言うべきか、隣でマクゴナガルと話しているリラだった。

 

 「・・・おい、アンペル?」

 

 話の中で名前が出ただけだと勝手に思い込んでいたアンペルのデザートに伸びる手を、リラの少し不機嫌そうな声が止める。

 呼ばれていたのかと少しばつが悪そうに向き直ったアンペルに、二人分の非難するような視線が突き刺さった。

 

 「・・・なんだ?」

 

 アンペルにしてみれば唐突なことである。当然の権利を行使して怪訝そうな顔をする。

 リラも話に参加してすらいなかったアンペルに言い募ることもなく、一度言っているらしい言葉を繰り返す。

 

 「だから、ハグリッドがドラゴンを飼っているというのは本当か?」

 「・・・は?」

 

 アンペルは心底不思議そうな声を上げた。

 なんで知ってる? 顔はそうリラに尋ねているが、リラの後頭部でマクゴナガルには見えていないだろう。

 少し呆れた顔をして、リラはすべてを察したような声で続ける。

 

 「昨日の深夜、マクゴナガル先生がスリザリン寮のマルフォイを捕まえたらしい。天文台の前で。」

 「今年は天文台に忍び込むのがトレンドなのか?」

 

 アンペルが薄々ながら事情を察しつつ混ぜ返す。

 リラは淡々と続けた。

 

 「ポッターがドラゴンを連れてくる、と言い張っていたらしいが、どんな事情があれ校則違反だ。それでマルフォイをスネイプ先生のところに連れて行こうとしたら───」

 「───本当にポッターとグレンジャーが居たんですよ。彼らはハグリッドの友人ですから、何も喋ろうとはしません。ですがマルフォイは「ハグリッドが違法なドラゴンを飼っていた」と主張していて・・・」

 

 アンペルは頭痛をこらえつつ苦笑を作る。

 

 「どんな理由があれ、違反は違反でしょう。・・・それにしても、彼らの仲の悪さには定評がありますね。いっそ、同じ罰則でも受けさせては?」

 「えぇ、ですから今夜、四人を禁じられた森に行かせることにしました。」

 「四人ですか? もう一人は誰です?」

 「恥ずかしながら、もう一人も我がグリフィンドールの・・・ロングボトムです。」

 

 アンペルは本心から苦笑した。

 つくづく運のない少年だ、と。

 それに禁じられた森とは、また随分と思い切ったことをする。流石に監督役も同伴するだろうが、夜の森はそれだけで危険だ。迷うし、足元も悪い。

 

 「監督役はどなたが?」

 「ハグリッドです。禁じられた森のことに関して、彼の右に出る者は居ないでしょう。」

 「えぇ、全くだ。」

 

 アンペルは深く同意した。

 

 

 ◇

 

 

 

 二時間後。

 アンペルは禁じられた森に足を踏み入れていた。

 

 「・・・なぁ、アンペル。」

 「・・・なんだ、リラ。」

 

 不機嫌そうな顔のリラに同じく、アンペルの表情も色濃い不満を湛えていた。

 なんだってわざわざ未知と危険の代名詞な森に入らなければならないのか。アクロマンチュラやケンタウロス程度ならいざ知らず、アトラク=ナクアや黒山羊の落とし子辺りが出てきたら逃げるしかない。そんな怪物が校内の森にいるとは思えないが。だがそういう敵性存在以上に危険なのは──

 

 「・・・そこ、泥濘だぞ。」

 「────先に言え。」

 

 泥濘に足を取られ、盛大に尻餅をついたアンペルが恨めしそうに言う。

 

 「こ、これが世界最高の錬金術師だって?」

 「黙れよ、マルフォイ。 大丈夫ですか、フォルマー先生?」

 

 引率していたマルフォイが震え声で嘲り、ハリーがそれを睨みつける。

 

 「あぁ、大丈夫だ。・・・全く、負傷したユニコーンも転倒した訳じゃないだろうな・・・?」

 

 アンペルはハグリッドに「ユニコーンを傷つけられる強力な“何か”がいる。危険だから監督役としてアンペルにも来て欲しい」という旨の要請を受けていた。確かに森はやけに静かだったが、大蜘蛛一匹出てこない。

 リラは呆れたように首を振った。

 

 「泥濘で転ぶ間抜けはお前ぐらいだよ、アンペル。体力を付けろと普段から言っているだろう?」

 「・・・戦闘用とはいえヒールで森を歩くのも大概だとは思うが・・・お前なら問題ない、か?」

 

 実際リラは、ここまでは何の問題もなく歩いていた。常識外れではあるが、アンペルとリラの旅路では何度か見た光景でもある。だがアンペルの声は流石に懐疑的だった。

 

 「問題ない、というより、選択肢の問題だな。」

 

 リラが持っている靴は、戦闘用の金属製ハイヒールブーツと、アンペルが贈ったドラゴン革のブーツの二つ。危険度の高い森に入るのにどちらがマシかと言えば、前者ではある。加えて言えば、アンペルがくれた靴を汚したくないという思いもあっただろう。

 アンペルは頷くと、尻を払ってから周囲を見回した。

 

 「・・・リラ。」

 「あぁ。・・・アンペル、私の側に。お前たちも下がるんだ。」

 

 森の雰囲気が激変する。

 今までの静寂ですらパーティーの喧騒かと思うほどの、耳を刺すような沈黙。

 物理的な痛みを錯覚させるような音の空白に、その音が異様な違和感を齎していた。

 ズルズルという滑るような音。気配が殆どしないにもかかわらず、明確に、そして異様な存在感を放っていた。

 黒いローブで全身を包んだソレは、フードの奥の伽藍洞から白い息を吐き出しながら、どんどん森の奥へ滑っていく。

 

 「アンペル、何だ・・・あれは。」

 「分からん・・・だが、敵意も害意も感じる。生徒たちを逃がすか?」

 

 アンペルが言うと、マルフォイが期待に満ちた目でアンペルを見つめた。ハリーは額を押さえて呻きながら、アンペルのコートを引いた。

 

 「先生・・・大丈夫です。僕、戦えます。」

 

 マルフォイが嘲りを含んだ正気を疑う目でそれを見つめ、リラは呆れを、アンペルは困惑を示した。

 

 「戦うだと? 私もアンペルも、そんなことは言っていない。」

 「あぁ。今ある選択肢は、追うか、逃げるかだ。」

 

 明確な“正体不明”相手に、武器も防具もアイテムも万全とは言えない今の状態で挑むのは愚者のすることだ。

 アンペルもリラも強いが、それを弁えていなくてもなんとかなる程の強者ではない。

 アンペルが言うと、ハリーは傷ついたように──或いは失望したように顔を歪め、アンペルのコートから手を離した。

 

 「リラ、周囲に敵は?」

 「アレが来た瞬間から何の気配もなくなった・・・やはり、今のうちに生徒を下げるべきじゃないか?」

 「そうだな。マルフォイ、ポッター、ハグリッドのところに戻れ。」

 

 アンペルが背後を指すと、マルフォイは喜色満面で駆けだした。

 ハリーは不満そうにしつつもそれを追って走り出す。

 

 「リラ、前衛を。これを着けていろ。」

 「お前の分は?」

 「もう着けてる。」

 

 アンペルがネックレスを投げ、リラはアンペルの返事を聞いてからそれを着けた。

 二人は最上位よりいくらか劣る武装を手に、森の奥へ進んでいった。

 

 



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19 禁じられた森2

 ズルズルという独特な移動音が止んだ後も、ソレを追跡するのはそう難しいことでは無かった。

 地面に擦れた後があるのもそうだが、進行方向と一致する方角から、何かを啜るような音が聞こえているからだ。

 

 「・・・近づいているな。」

 「あぁ。どうする、アンペル?」

 

 戦闘か、観察か。

 リラが言いたいのはそういうことだろうが、アンペルは既にノルデンブランドを持っており、その双眸は鋭く細められている。

 

 「あれがもしクィレルで、この悍ましい音がユニコーンの血を飲んでいる音なら・・・殺してやるのが救いだろう。」

 

 ユニコーンの血は、素材単体で比較してほぼ最上位の癒しの力を持っている。

 流石に最上位の『不死鳥の涙』や『ドンケルハイト』には劣るが、肉体の損傷の殆どを治すことができる。

 とはいえそれには多大な代償が求められ、ユニコーンという無垢なる生物を自分の命の為に殺めた者は、その魂を呪われる。死ぬまでだ。

 

 「・・・甘い男だ。」

 

 リラもそう言いつつ、両手を覆うオーレンヘルディンを確認した。

 

 「・・・音が止む前に仕掛けるぞ。用意は?」

 「大丈夫だ。・・・行くぞ!」

 

 アンペルの合図に合わせ、リラが風の精霊を身に纏わせ、目的地──音源までの最短距離を遮るように生えている木々を斬り飛ばす。

 小規模な竜巻じみた一撃で切り拓かれた道を、アンペルが無数の氷刃を従えて疾走する。

 

 「やはりユニコーンを・・・!!」

 

 倒れ伏した銀色の巨体から、蒼褪めた銀色の液体が流れている。

 黒いフードを着たソレは、全く同じものを伽藍洞のフードの、おそらく口に当たるだろう場所から垂らしていた。

 驚愕か、恐怖か、或いは戦意か。ソレは棒立ちのままアンペルを見つめ───弾かれたように右手を上げ、緑色の閃光を放った。

 

 「遅い───!!」

 

 閃光と言っても、魔法の飛翔速度は光のそれに遠く及ばない。音すら超えない一撃を躱すことなど、後衛のアンペルにだって容易い。

 アンペルは少しだけ身をずらして閃光を避けると、ノルデンブランドを完全に起動し、無数の氷刃を殺到させた。

 黒いフードが翻り、杖が振られる。だが────氷刃そのものに干渉する魔法は、錬金術優位の法則により効果を発揮しない。

 

 擦過10以上、直撃6。それが一撃目の挙げた戦果だった。

 

 「浅い・・・いや、効いていないか。」

 

 血飛沫が一滴たりとも上がらなかったという事実は、アンペルにさらなる警戒を呼び起こすには十分だった。

 敗れたローブの下からは、やはり伽藍洞が覗いている。幻術か、認識阻害か、或いは両方か。そして防御系の魔法も併用しているらしい。少なくとも二つの魔法を同時並行し、継続的に使えるだけの魔法使いだ。

 

 「アンペル・フォルマー、見事な体捌き、そして錬金術だ。あの奇妙な液体と言い、驚かされたぞ。」

 

 老人か、若者か。それ以前に男か女かも分からないような、歪な声が届く。

 それがローブの奥から聞こえているということは、状況から見れば明らかだろう。

 

 「だが残念なこともある。それはお前の錬金術では、この身に届かぬということだ。」

 

 アンペルは声の語りを話半分に聞きながら、周囲に気を配る。

 どうやらハグリッドたちはまだ遠く、周囲に黒ローブ以外の敵性存在はいないらしい。

 声は続く。

 

 「俺様にはそれが惜しい。とても惜しい。もしお前が俺様の配下となるのであれば、望むだけの環境を与えてやろう。そしてその才能を───」

 

 そこで、アンペルの喉が鳴る。

 笑いを噛み殺そうとした結果のその音に、ローブの中身は目敏く気付いた。

 

 「何が可笑しい?」

 

 アンペルはただ笑い、ローブが不快そうに揺れる。

 その伽藍洞が動くと同時に、ローブの胸元から三本の爪が生えた。

 

 「リラの接近にも気付けないような奴に何が出来るのか、という点が一つ。」

 「あ、ぐ・・・」

 

 胸を突き破り、赤い雫を滴らせるオーレンヘルディンに力が加えられ、吐き気を催すような音を立てて捻られる。

 ちょうど半回転したタイミングで引き抜かれ、ローブの男が崩れ落ちた。

 

 「もう一つは───本物の“天才”を見たことが無いらしい、といったところか?」

 「その通りだ。」

 

 アンペルは倒れ伏した男に近付くと、戦闘特化型の杖『修練の道標』を突き付けた。

 

 「殺したか?」

 「心臓は抉った。・・・死んだかどうかは分からん。首でも刎ねておくか?」

 

 リラが首を傾げつつ訊ね、アンペルがその仕草と言葉のギャップに苦笑した。

 

 「まぁ、顔の確認は首だけでも出来るし───リラっ!!」

 「ッ!?」

 

 胸元から確実に致死量の血液を流していた身体が跳ね上がり、死人のように蒼褪めた右手がリラの喉元に迫る。

 即座に薙がれたオーレンヘルディンがその手を肘から斬り飛ばし、アンペルが撃ち出した黒い閃光が胴体にもう一つの大穴を開けた。

 

 だが、男は止まらなかった。

 跳躍して二人から距離を取ると、こちらを伽藍洞の顔で睨みつける。

 

 「無事か、リラ?」

 「あぁ、助かった。・・・アンペル、腕を。」

 「そうだな。」

 

 アンペルが杖を振り、リラが切り落とした腕を黒い炎で焼き払う。

 かつてアンペルの同僚が研究していた禁術に着想を得た、攻撃能力に特化した魔法だ。

 その黒い炎は延焼はしない。そういう風に制限をかけているからだ。しかし───

 

 「!?」

 

 ローブの男がもはや存在しない右腕を庇うような仕草をする。今その肘の先には、腕が血も出ないほどの超高温で焼かれている痛みが走っていることだろう。

 

 それがアンペルの出した炎の能力。魂を焼き、切断されたパーツを介してすら本体に苦痛を与え、さらには呪文や錬金術による修復や治癒を阻害する。

 

 「ユニコーンの血の効能は知っているようだが、その傷はもう二度と癒えんぞ。」

 

 アンペル自身が一番よく知っている。自信を持って断言できるほどに。『女神の飲みさし』だろうが、死者蘇生すら可能な『エリキシル薬剤』だろうが、魂の傷は癒せない。

 

 「退()け!」

 

 ローブの男がそう叫び、木々の間を滑るように逃げていく。

 まるで誰かに命じるようなその言葉がブラフであったと二人が気づいた時には、既にその気配は感じ取れなくなっていた。

 

  

 



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20 仕掛けられた罠

 デススト楽しいめう(更新が遅れてしまい申し訳ありません。エタる(死語)つもりはありませんので、今後ともよろしくお願いいたします)


 『錬金術』の実技試験は、定期試験最終日の最終コマだった。

 流石に試験で馬鹿を遣る間抜けは居なかったが、緊張からミスをする生徒はいた。とはいえかなりの期間休講していた分、課題の難易度はかなり低い。復習問題が殆どで、休講期間中も研鑽していればO・優が付く簡単なテストにした。おかげでミスした生徒も怪我一つない。というのに────

 

 「これはどういうことです、フォルマー先生!!」

 「いや、アンペルの所為では・・・」

 「貴女は黙っていてください、ミセス・ディザイアス!!」

 

 アンペルとリラは、医務室でマダム・ポンフリーの説教を受けていた。

 彼女が怒っている理由は他でもない、ベッドで横たわり虫の息となっているネビル・ロングボトムのことだ。

 

 「彼は何者かに操られ、例の四階奥の部屋に入ろうとした。そして私の仕掛けた罠に───」

 「罠! 生徒が引っ掛かるかもしれないと考えなかったのですか!」

 

 引っ掛かるなら、それは侵入を試みた間抜けだ。間抜けがそれに相応しい結末を見るのは当然だし、別に死ぬわけではないからいいのではないか。

 アンペルがそういう旨の言い訳を口にすると、マダム・ポンフリーは激昂を通り越して呆れた様子で二人を追い出した。

 

 「それで、どうするアンペル。『イバラの抱擁』は突破されたのか?」

 「一回の発動で全てのストックを使い切るような仕組みにはしていない。もし突破されていても、地下のあれを突破できるとは思えん。」

 

 二人は足早に四階の廊下に戻ると、扉に仕掛けてあった罠を確認した。

 

 「・・・大丈夫だ。あとは────」

 「待て、何か聞こえないか?」

 

 言って、リラはアンペルの口を押えた。

 アンペルは戸惑いつつも耳を澄まし───扉の奥から聞こえる()に気が付いた。

 

 「・・・アンペル、すぐに装備を整えるべきだ。」

 「同感だな。」

 

 アンペルの罠は確かにまだ動作している。しかし───侵入された痕跡があるのも確かだ。どうにかして──たとえば、作動した瞬間に身代わりを盾にし、その間に扉に滑り込むなどの手段で──罠を潜り抜けられたと考えるべきだ。

 二人は最高の装備を身に着け、部屋に突入した。

 

 

 その背後、廊下の突き当りから身を乗り出す影が三つ。

 それらは素早く扉まで進むと、後を追うようにその中に入った。

 

 

 

 ケルベロスは、戦闘準備を万全にしたアンペルとリラの敵ではない。二人の言うレベルに当て嵌めれば20レベルそこそこ、魔力は高いが物理攻撃特化。対策の立てようはいくらでもあるし、各種状態異常への耐性も高くない。アンペルに殺害の意志は無いが、睡眠や麻痺など、行動阻害の手札は多い。万が一それらへの耐性を付与された特殊個体でも、前回の攻防からフィジカルを逆算すれば、リラの敵ではないだろう。

 中から聞こえてくる音楽は、『エネルジアニカ』のようなバフ系アイテムと当たりをつける。ケルベロスを正面戦闘で打倒する気だろう、と。

 

 そう、即開戦、ケルベロス対侵入者対自分たちの構図を覚悟して突入する。

 しかし、二人を敵意が出迎えることはなかった。

 それどころかハープが独りでに穏やかな音楽を奏で、ケルベロスは三つの頭がシンクロするように安らかに寝息を立てている。

 

 「・・・無力化された、と見て間違いなさそうだな。急ぐぞ。」

 「あぁ。」

 

 それを歓迎の計らいと受け取るほど、二人は平和ボケしてはいない。

 二人はケルベロスが守っていた跳ね扉を開けると、ぽっかりと空いた穴に滑り込んだ。

 

 「リラ!」

 「分かっている!」

 

 リラがオーレンヘルディンを壁に突き立てる。耳障りな音を立てながら制動し、残った手をアンペルのクローク──戦闘用の“智者のクローク”という特別製──に伸ばす。

 

 「・・・ヨシ。」

 「・・・言いたいことはいくつかあるが、後にしておこう。」

 

 錬金術で作られたそれは、対物理・対魔力共に高い防御力を持つ。故に──アンペルの体重を支えるくらい、造作もない。体に掛かる負荷はとんでもないのだが。

 とはいえ先の分からない穴を無計画に落ちるよりはマシだ。最悪、落ちたら溶鉱炉なんてこともあり得る。

 

 「下は・・・植物だな。」

 「落ちても大丈夫そうか?」

 「有毒っぽい感じではないな。だがこの部屋にある以上、誰かの罠であることに間違いはない。ツタ植物みたいだが・・・経験から言わせて貰えば、こいつは絞め殺す系の植物だな。・・・焼き払うか?」

 

 フィジカルに自信のないアンペルが逆さ吊りのままエターンセルフィアを出し、リラが首を振って否定する。

 

 「私が切り刻んだほうが安全だろう。高さは?」

 「6・・・7メートルくらいか? 落ちるときに」

 

 合図を、という前にリラが手を放す。

 

 「リラ!?」

 「すまん、だが上から何か降ってきたんだ!!」

 

 リラがアンペルを抱えて着地すると、数舜遅れて三つの人影が落ちてくる。

 即座に戦闘態勢を取った二人に、慌てたように声が掛けられる。

 

 「待ってください、先生!」

 「僕たちです! 敵じゃありません!」

 「・・・なに?」

 

 アンペルが暗がりに目を凝らした瞬間だった。足元の植物が高速で動き、その全身に絡みついた。

 

 



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21 仕掛けられた罠2

 「!?」

 

 アンペルが驚愕に身を強張らせると、一瞬でその蔦が燃え朽ちる。

 リラの攻撃、炎の精霊ブレイズによる一撃だろう。

 

 「すまん、助かった!」

 「気にするな。出口は!?」

 「恐らくだが下だ。切り拓けるか?」

 

 リラが口で肯定するより先に腕を振り、一閃で大穴を開ける。

 下に蔦のない空間を認め、アンペルが三つの人影を穴に放り込み、次に自分が飛び込む。最後にリラが続くと、うごめく蔦が穴を閉じる。

 ほのかな明かりを放つ魔法の燭台に照らされ、アンペルが投げ込んだ三人が呻きながら起き上がる。

 

 「うぅ・・・扱いが雑過ぎる・・・」

 「絞め殺されるよりマシだよ。」

 「あの、フォルマー先生、ミセス・ディザイアス、私たち、その・・・」

 

 いつもの三人組がばつの悪そうな顔で二人の顔を交互に見る。

 二人はそれを見返すと、顔を寄せて作戦会議の姿勢になった。

 

 「どうする、リラ。この先は・・・」

 「トラップまみれ、しかもお前の罠は・・・引き返させるか?」

 「いや、罠の対策を立てられないために、ここは徹底した一方通行になっていたはずだ。・・・少なくとも正規ルートなら、だが。」

 

 正直なところ、無理やり──たとえば、上層を遮る植物の天井とその上の本物の天井を破壊するなどの手段で──登ろうと思えば、実行は容易い。勿論しこたま怒られるだろうが、生徒を守るためだったと主張すれば校長は許してくれるだろう。だが、その間にも先行しているだろうクィレルはこちらと差をつけてしまう。

 

 「ここに置いていくか?」

 「正直、それが一番簡単で安全だが──」

 

 アンペルが三人を一瞥すると、彼らは我が意を得たりとばかり揃って口を開いた。

 まだいける、連れて行ってくれ、役に立てる、と。

 

 「・・・子守は御免だ。」

 

 リラの呟きを聞き取れたのはアンペル一人だった。

 

 

 ◇

 

 

 リラの機嫌はともかく、罠の突破はそこまで難しいものではなかった。

 

 飛び回る鍵の群れから正解を見極めて捕獲し、贋作の襲撃を掻い潜る。この程度ならリラの動体視力と運動神経なら朝飯前だ。まぁ彼女に襲い掛かった金属製の鍵はただの金属片と化したが・・・それくらいなら許容範囲だろう。

 

 続く魔法使いのチェスでは、リラとアンペル、加えて名乗り出たロンを駒の代わりに立て、命がけのチェスをする羽目になった。だが──チェスは二人零和有限完全確定情報ゲーム、つまり、相手が取れる手と自分が取る手の組み合わせは有限であり、そのパターンから勝敗を確定できる、先読みの利くゲームだ。アンペルにとってはつまらないパズルだった。

 

 続く薬と毒の論理パズルだが──一人しか進めないのでは意味が無い、と、アンペルが防御用アイテム『神秘の羽衣』を使ってゴリ押すという暴挙に出た。

 

 何故か倒れていたトロールを素通りし、一行は次の部屋へ続く扉に手をかけ──足を止めた。

 

 「アンペル、この先は──」

 「あぁ。・・・お前たちはここで引き返せ。」

 

 アンペルが言うと、三人はその唐突さに困惑しながらも反論した。が、二人は聞く耳を持たない。

 

 「良いから引き返せ。付いて来るのは確かにお前たちの自由だ。だが私たち教師には、お前たちを生かして返す義務がある。」

 

 厳密にはリラは教師ではないが、今はそんなことはどうでもいい。

 扉を開けた先にあるのは、アンペルとリラが仕掛けた罠だ。突破するには、アンペルの知識とリラの力、そして二人の連携が必要になる。或いは、ダンブルドアが校長権限で『姿現し』を許可するか。

 

 「そんな。じゃあヴォルデモートは──!」

 

 どうするんですか。ハリーがその次の句を継ぐことは無かった。

 二人が不意に未熟な魔法使いにも分かるほど濃密な殺気を放ち始めたからだ。

 大量の魔力が吹き上がり、アンペルの持つ戦闘特化の杖『幽玄なる叡智の杖』に集中する。異国の禁術をベースとした戦闘魔法、魂を焼くことすら可能な魔法が準備段階に入る。

 リラの場合は真逆。最上位の手甲『オーレンヘルディン』に、三人には知覚できない「なにか」が集中する。単なる魔力の塊、或いは意思を持った魔法生物、或いはもっと概念的な──とにかく、それは『精霊』と呼ばれていた。燃え上がる炎を、迸る雷を、凍てつく冷気を、逆巻く風を全身に纏い、リラはアンペルに頷きかけた。

 

 「よし。いいぞ、アンペル。」

 「安心しろ、ポッター。そんじょそこらの魔法使いに負けるほど、準備を重ねた錬金術師は弱くない。」

 「最高の護衛もいるし、な。」

 

 アンペルは肩を竦めた。

 

 「行くぞ、リラ。」

 

 ドアを開けた瞬間、緑色の閃光が二人を包み込んだ。

 

 

 



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22 仕掛けられた罠3

 アンペルは自分に向かってくる閃光を確認し、まずドアを閉めた。カチリという微かな作動音を聞き、ノブを捻って施錠を確認する。ドアも錠も特別製で、内側からの魔法では──破砕呪文や開錠呪文のような専用魔法でも──破砕・開錠できないようになっている。二人が追いついたのでなければ、ヴォルデモートはここで()()()、かと言って出ることもできず、こうして誰かが来るのを待っていたのだろう。

 部屋を見回せば、複数用意しておいたギミックのうち、一つ目だったガイダンス──説明文だけが起動していた。そこで追い付いたのか、そこで詰んだのか。非常に興味深い。

 

 「ここで──」

 

 すとん、と。軽い衝撃と共にアンペルの胸に閃光が直撃する。

 

 「馬鹿め! 私の待ち伏せにも気付かずノコノコ──」

 

 大声で哄笑するのは、杖を振りかざしたクィレルだ。もはやいつもの吃りは無く、自信と嘲りが表情と声に表れていた。

 クィレルは直立したままのアンペルと、何故か呆れ顔でそれを見つめるリラに人差し指を突き付けて勝ち誇る。しかし、その声は死体だったはずのアンペルによって遮られた。

 

 「これがアバダ・ケダブラ? 直接的なダメージは軽いが・・・即死効果があるのか。・・・なるほど、耐性のない魔法族には、確かに“死の呪文”だな。」

 「馬鹿な!? 直撃したはず・・・いや、あの忌々しい穢れた血と同じ──」

 

 アンペルが不意討ち気味に黒い光線を放ち、クィレルがそれを転がるように躱す。

 

 「何故生きて──」

 「“死の呪文”は低威力の無属性魔力ダメージと効果の低い即死効果。多少の弱体耐性があれば抵抗(レジスト)するのは簡単だ。それと───」

 

 ぞぷ、と。不快な音を立ててクィレルの胴体から爪が生える。

 いつかのようにねじり抉るように動くそれは、今回は炎を、雷を、氷を、風を纏い殺傷力を増している。

 

 「学習しない奴に斃されるほど、私たちは弱くない。」

 

 リラが爪を引き抜く動作で血振りする。

 崩れ落ちたクィレルの体に、止めのように爪が振り下ろされ──アンペルの声に止められた。

 

 「まぁ待て、リラ。魂の分割と矮小化による寄生の実用化には興味がある。」

 

 既に死に体のクィレルがピクリと動き、彼の物とは違うしわがれた声が届く。

 不安と自信に恐怖を混ぜたような、憎悪に満ちた声だった。

 

 「貴様、どこまで知っている?」

 「何も。私は推測しか話していなかったが・・・その反応を見るに、当たりか? 魂の分割と、肉体への侵入に寄生・・・。」

 

 アンペルの知る禁術に、魂に深く関わる分野のものがある。過去の文献によれば、以前には他者に魂を寄生させて支配することで不老不死を実現する。という試みもあったらしい。

 だが、魂とはその人間の在り方を決定する、人間の持つ最重要ファクターだ。アンペルの傷のように、魂が『治らない傷』と認識してしまえば、たとえ死者すら復活させるエリクシル薬剤でも治せなくなる。薬のスペック上可能であるとしても、だ。それを分割する手段などそうは無いし、他者に乗り移れるほど人格を残すのも難しい。単純に、1の魂と1/2の魂が争ったときに1が勝つ道理がないからだ。

 

 「何をした? 私の知る限り、魂を分割する方法は三つしかない。手頃なのは殺人だが・・・」

 「アンペル、時間切れだ。」

 「何?」

 

 リラがクィレルの首に爪を突き立て、息の根を止める。 即座に四つの精霊が体を破壊し、跡形も残さず消し飛ばした。

 アンペルは特に感情を出すこともなく、崩壊した身体から抜け出した『何か』に魂を焼く魔法を撃ち込もうと杖を掲げ──それを遮るように現れたダンブルドアに面食らった。

 アンペルの魔法は一撃必殺・再起不能を主として作られている。ダンブルドア(肉の盾)を貫いて亡霊もどきを焼き払うことなど造作もない。・・・が、それはイコール、ダンブルドアの死を意味する。

 

 「流石に不味いか。」

 

 アンペルは魔法をキャンセルし、ダンブルドアの背後を一瞥した。

 そこにはもはや死体もなく、リラが呆れ顔で首を振るばかりだった。

 

 

 ◇

 

 

 数時間後、すべての事情を語り終えたアンペルは、リラを伴って校長室を退出した。

 

 「なぁ、結局のところ、クィレルは操られていたのか?」

 「そういう認識で間違いないだろう。一般的な魔法使いと同等かそれ以下の魔法力しか持たないクィレルでは、分割された魂とはいえ最悪の魔法使いには勝てなかった・・・といったところか?」

 

 アンペルは自分の言葉に首を傾げ、リラは矛盾点に気付いた。

 

 「だがアンペル、分割された魂では健全なそれには勝てないんじゃないのか?」

 「まぁな。二分の一でも勝率がかなり低いんだ。それ以上ともなれば──」

 「待て、それ以上だと?」

 

 リラが立ち止まり、アンペルは振り返って不思議そうな顔をした。

 

 「人間の魂を二分割したにしては、あのヴォルデモート卿は矮小過ぎた。おそらく五分割くらいはしているだろうな。」

 「魂を・・・」

 「まぁ、分割するだけならそう大した手間でもないしな。問題はその魂の保管だ。まさか別々に五人の人間に乗り移っていたりしないだろうな・・・」

 

 その場合、容疑者は世界人口約60億である。中にはアンペル以上の錬金術師やリラ以上の戦士も居るだろう。面倒くさいことこの上ない。確実に『違う』と言い切れるのは──

 

 「その場合、あいつらくらいしか信用出来んな。」

 「・・・そうでないことを切に願うばかりだ。」

 

 アンペルは右腕の補助義手を撫でた。

 

 




 賢者の石編はおしまい、エンディングと導入を挟んで秘密の部屋編です。・・・まぁ、秘密の部屋の原作を探すところからなんですが。どこにしまったっけなぁ・・・

 そういえばアンケーヨなるものがあるらしいですね。


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24 賢者の石編エンディング

 誰か私の『ハリーポッターと秘密の部屋』を知りませんか? 本棚に『賢者の石』と『不死鳥の騎士団』から『死の秘宝』までしかないんですけど。間無いんですけど!!

 ところで感想と評価ありがとうございました。励みになるもの、参考になるもの。様々な形で糧にしております。今後ともよろしくお願いいたします。


 長期休暇に入って数日、リラが買い物に行った隙を突いて、アンペルは暖炉前に陣取って義手──リラに貰った方──を磨いていた。

 まず皮脂や埃による汚れやくすみを落とし、研磨剤を使って光沢を取り戻す。上塗り用のコーティング剤もムラなく塗り、フレームの磨き上げは終わりだ。

 次に数種類の──魔法界に『工業規格』などというものはなく、ネジのサイズは割とバラバラだ──ドライバーを用意し、関節可動部の微調整をする。調整と言っても、業界最巧と名高いメーカー、ミケランジェロ義体店の作ったハイエンド・モデルだ。そうそう緩んだり、狂ったりはしない。塗装にしてもそうだ。

 アンペルはいつもリラが寝静まった頃や、先に食事を終えた時などを見計らってこの作業をしていた。毎日しなければならない作業ではないが、わざわざ隠れてやるぐらいならいっそリラの目の前でやれ、と、ライザやレントが居たらそう言うだろう。

 

 「・・・そういえば、ヴォルデモートはどうしてあの部屋に行ったんだ?」

 

 あの部屋に『イバラの抱擁』が仕掛けられているのは身を持って知っていたはず。その中に更なる試練が待ち受けているのは、試練製作者の一人であるクィレルに憑りついていたなら知っていただろう。

 なのに何故、わざわざ低品質の『賢者の石』を奪うために罠に突っ込んだのか。アンペルの部屋に大量の上質な『賢者の石』があるのは知っていたはず。そして、まさかあの部屋よりアンペルたちの部屋の方が危険だと判断したわけではあるまい。

 

 「あの部屋に入る必要があった、か、或いは私の部屋に入る必要が無かった?」

 

 アンペルは冷たいものを背中に感じながら、コンテナを開ける。

 賢者の石の在庫数は変わっていない。だが嫌な予感というモノは、一度感じてしまえば拭いにくいものだ。

 

 「賢者の石の個数、質、それを守る罠の数・・・どれを考えても私の部屋に侵入するのが最適解だったはずだ。私を待ち伏せて殺そうとしていたのだから、私やリラの戦闘能力を知って避けた、というわけでもなさそうだな。」

 

 アンペルは自分を落ち着かせるように、ゆっくりとした口調で思考を口にする。

 無意識に義手を撫でながら、ぱちぱちと爆ぜる暖炉を見つめて頭を回転させること数分。

 

 「・・・甘味が欲しいな。」

 

 酷使された脳が悲鳴を上げていた。具体的には血糖値の上昇を渇望していた。

 深刻そのものといった表情で呟かれた気の抜ける内容に、いつもなら呆れ声で突っ込みを入れるリラは、今は居ない。その不在が作り出した沈黙と微かな寂しさを溜息にして吐き出し、アンペルはデスクに向かった。

 引き出しに仕舞われて──隠されていたとも言う──某伯爵夫人メーカーのチョコをつまむ。ブランデーと糖分が舌の上で溶けるのを感じて、アンペルは満足げに口角を上げた。

 

 「魔法族はマグルを小馬鹿にしているが・・・正直、このクオリティの菓子も作れないなら“魔法使い”とは呼べんな。」

 

 賢しく、強大な力を持ち、何でもできる、髭の生えた老人。アンペルが幼いころ──もう何十年どころではなく前の話だが──読んだ童話では、魔法使いとはそういう存在だった。

しかし、イギリスで見た『魔法使い』は同族以外を──何なら同族であっても生まれで差別し、そのくせ科学や錬金術に可能なことが出来ない。

 王都でアンペルたち宮廷錬金術師と双璧を成していた宮廷魔術師たちや、騎士団の中でも魔導と剣術の両方を高度に修めていた聖騎士たちとは比べるべくもない、お粗末な力しかない。・・・まぁ、同僚の腕を魂ごと焼くような奴がいないのは美点だが。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ヴォルデモート卿、あるいはトム・リドルの残滓は怒り狂っていた。

 もはや自由に操れる肉体は無く、かつて配下であった死喰い人は半数以上が投獄されたか、寝返った。

 状況を打開すべく『賢者の石』を求め、母校たるホグワーツへ侵入した。クィリナス・クィレル。あの程度の人間がヴォルデモート自身がその席を願い、そしてついには座ることが叶わなかった、『闇の魔術に対する防衛術』の教師だという。それを知った時には落胆し、失望し、激怒したが、そのクィレルに寄生するしかないのも事実であり、それがさらにヴォルデモートの怒りを加速させた。

 はじめの数か月は、ダンブルドアがニコラス・フラメルから受け取ったという『賢者の石』の所在を調べるだけで終わった。

 アンペル・フォルマーというニコラス・フラメルにも並ぶ錬金術師も居たが、奴は妻と戯れているだけで、錬金術の授業はニコラス・フラメルの受け売りばかり。噂に負けているという感想しか出てこなかった。トロールごときに片腕を壊されるなど、ましてやそれがすっとろい棍棒での一撃を生身で受けたからとは。魔法使いとしても二流と見えた。

 

 「そのフォルマーが!! なぜ()()を知っているのだ!! 俺様の───ッ!!」

 

 既にゴースト以下の矮小な存在と成り果てたとはいえ、最悪の魔法使いの名は伊達ではない。

 激情に駆られながら、ヴォルデモートは冷静に策を練っていた。

 

 「部屋だ・・・奴の部屋には石があった。それも大量にだ。あれを奪えば、俺様は復活できる。・・・だが、奴は・・・そうだ。奴の魔法、あれは何だ?」

 

 ヴォルデモートは、大概の闇の魔術を知っていた。そう自負するだけの研究をしてきたし、それは過去のイギリス魔法界の混乱が証明している。

 しかし、そのヴォルデモートをして、アンペル・フォルマーという教師が使った魔法は未知であった。

 ホグワーツの歴代『闇の魔術に対する防衛術』教員の何割が知っているだろうかという秘術、分霊術。その名の通り魂を分割する秘術を知り、さらにはヴォルデモートが取った殺人以外の、別の手法までも知っているかのような語り方だった。

 しかも部屋には大量の『賢者の石』があった。ヴォルデモートは錬金術の専門家ではないが、ニコラス・フラメルのそれより質が良かったように思える。問題はその防衛機構だ。そんな錬金術師の部屋が、何の対策もないとは思えない。

 

 「奴を捕らえる必要があるが・・・あの女が邪魔だ。汚らわしい混じり物が・・・」

 

 ヴォルデモートは憎悪の焔を燻ぶらせながら、アンペルの妻の姿を想起する。

 左右色違いの目に、手を覆う白銀の毛と鋭い爪。そしてトロールを切り刻む人外の身体能力。恐らくは人狼と人間のハーフか。ヴォルデモートが嫌う、魔法使いの高貴な血族とは違う野蛮な血だ。しかしその戦闘能力が脅威であるのも事実。トロール程度の下級魔法生物では相手にもならない。ヴォルデモートの諜報術を介してクィレルに深手を負わせた──あの時点でクィレルの内臓系は殆ど重度の熱傷を負っていた。そのせいでユニコーンの血が必要だったのだ──正体不明の魔術攻撃も気になる。細心の注意を払っていたのに気づかれたということは、探知能力も高いのだろう。

 

 「忌々しい穢れた血め・・・」

 

 ヴォルデモートは憎悪を込めて、名も知らぬ戦士の行く末を呪った。

 

 

 

  ◇

 

 

 

 何の因果だろうか。

 時を同じくして、赤毛の少女の大鍋に、一冊の日記帳が紛れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 賢者の石編・終

 

 秘密の部屋編へ続く



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秘密の部屋
秘密の部屋編 プロローグ


 夏休みも終盤のころ。

 アンペルはうだるような暑さを呪いながら、頭に氷属性の爆弾、レヘルンを乗せて涼んでいた。

 レヘルンは昨年度に世話になったノルデンブランドより下位のアイテムで、たとえ頭上で爆発を起こしてもアンペルに害を及ぼすことは出来ない。しかし、漏れ出る冷気は頭を使っているアンペルに程よい癒しを与える。

 

 いまアンペルの頭を悩ませているのは、熱気ではなく『石』だ。

 

 アンペルは自室にストックしてある『賢者の石』の存在を隠している。

 例外となるのは、アンペルが信を置く相棒、リラ・ディザイアス。アンペルが『賢者の石』を作れると知っている、アルバス・ダンブルドア。そして、アンペルの部屋に諜報術を仕掛けた、ヴォルデモート卿。

 

 品質999、特性全開放の『賢者の石』があれば世界征服くらいは容易い。正確には無尽蔵の魔力による武力支配だが。そして、ヴォルデモート卿ならば()()使うだろう。故にアンペルにとって、自室の防御強化は急務であった。

 

 問題は、ヴォルデモート卿の本気度合いがアンペルには分からないことだ。去年のクィレルを利用した侵入の折、アンペルの自室にある良質な方ではなく、幾重にも罠の張り巡らされた、しかし大して質の良くない方を狙った辺り、全く狙いが読めない。アンペルは別に実力を隠しているわけではないし──喧伝している訳でもないが──アンペルの持つ錬金術の腕前を知ることはそう難しくないはずだ。逆にアンペルと、そしてリラの戦闘能力を知ることも難しくなかった訳だが、アンペルたちは今のところ高レベルのアイテムは使っていない。強いて挙げるなら回復用の『女神の飲みさし』と武器・防具の類だけだ。この辺りで手を抜くと痛い目を見るというのは、リラは戦士としての経験で、アンペルはトロールの一撃から学んでいる。

 

 それはともかく、ヴォルデモート卿はどの程度本気で『石』を狙ってくるのか。部屋に侵入するものを撃退する程度で足りるのか、この城を吹き飛ばされてもなお部屋だけは残るほど堅牢にする必要があるのか。前者はかなり容易いが、後者は・・・少なくとも部屋そのものに、多少なりとも手を加える必要がある。アンペルの一存では決定できない。

 

 「とりあえず、許可なく入った者を焼き払う程度で良いか?」

 「そこまでの殺意が必要な相手か? 正直言って、あの程度の魔法使いならレントでも倒せる。」

 

 リラの言葉は正しい。

 そもそも錬金術は魔法に対して優位にある。錬金術で作り出したものは程度の差こそあれど、魔法に対して高い耐性を持っている。魔法による防御・変質・攻撃その他の干渉を封じてしまえば、ほぼ一方的な戦いができる。

 しかし、裏を返せば『錬金術師は準備が全て』ということでもある。強力な武器を準備し、堅牢な防具を準備し、多種多様なアイテムを準備して初めて『戦闘用意完了』なのだ。

 

 クィレルに寄生していた1/5程度のヴォルデモート卿とはいえ、ほぼ何も準備もしていない状態の二人に完封された。多少の慢心も仕方ないほど、あっさりと。

 

 「いや、組織の長が常に組織最強とは限らないぞ? ヴォルデモート傘下・・・死喰い人の中に、奴以上の猛者が居るかもしれん。」

 「あの手の悪党は強さが全てだ。・・・とはいえ、あの逃げ足の速さは不自然だな。強者はプライド故に、逃走を善しとしない。にも拘わらず、奴は高度な逃走術を持っていた。・・・影武者の類かもしれんな。」

 「或いは、逃走しても目的を達成できると確信していたか。」

 

 リラは楽観し、アンペルは悲観する。クーケン島に居た頃も、それ以前からも続いている、二人合わせて丁度いい立案ができる方法だ。

 いつも通りネガティヴに考えるアンペルに、リラは苦笑して肩を竦めた。

 

 「今はこれ以上は妄想になるな。・・・ところで、新しい『闇の魔術に対する防衛術』の教授が来るというのは今日だったか?」

 「早くて今日の夜、遅くとも明日の午前中、という話だったな。なんだ、興味があるのか?」

 

 アンペルが少しだけ愉快そうにリラの方を見遣る。

 リラは片眉を上げて不思議そうに視線を合わせた。

 

 「そう見えるか?」

 「とても楽しそうだぞ? ・・・実は、私もなんだが。」

 

 アンペルのデスクには数冊の本が置かれていた。タイトルに一貫性は無いからシリーズものではないのだろうが、作者は同一人物だった。

 名を──ギルデロイ・ロックハート。

 

 「グールやトロールはともかく、人狼やヴァンパイアといった危険度の高い亜人種と高度な意思疎通を取れた例はあまりない。」

 「そうだな。・・・だがアンペル、本は所詮本だぞ? フィクションかもしれないし、盛っている部分もあるだろう。」

 「分かっているさ。その辺りは直に会ったときに聞くまでだ。」

 

 アンペルはレヘルンを額からどけると、紅茶を口に含んだ。

 

 「・・・そういえば、ライザの“お願い”はどうだ? なんとかなりそうか?」

 「・・・正直、厳しいな。」

 

 昨年のクリスマスごろにライザから届いた『吠えメールもどき』で、彼女はバシリスクの毒が欲しい旨を伝えてきた。

 バジリスクといえば、即死の魔眼と腐食の吐息をもつとされる、蛇の王だ。流石にクーケン島にはいないだろうし、仮に接敵してもライザ一人では・・・いや、ライザ一人でも余裕か。だが死骸の運搬や素材の切り分けには人手が必要だろう。

 

 アンペルの脳裏に、ライザが難無く最強の蛇を打倒し、その骸の前で運搬方法に頭を悩ませる光景が浮かんでくる。

 薄く口角を上げると、リラは少し怪訝そうな顔をして続ける。

 

 「バジリスクの持つ攻撃手段は有名だし、対策も簡単だ。耐性の方も・・・まぁ、影の女王よりは下だろう。問題は──」

 「──生息地だ。全く、この手の問題はいつもいつも・・・」

 

 上級炎素材である『永遠の焔』をその身に宿すという“巨岩の兵士”を探して歩き回った時間は計り知れず。結局それが特定条件下(クエスト)でしか現れないと知った時の絶望もまた。

 

 「もしバジリスクを見かけたら、生け捕りにして不死身にして、それから永劫素材サーバーとして使い続けよう。」

 「八つ当たりも甚だしいな・・・」

 

 



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1 新学期

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。


 Vの沼は深いですね。最近の推しは殿下と健屋といにゅいです。


 「知っているか? 退学届を書くのに大層な理由は要らん。経済的な負担が、とでも書いておけば、余程の優等生でもない限り奨学金は出ないし、大して調査もされずにハンコが押されて無事退学だ。あぁ、キミの場合は調査されても問題なく退学だろうがね。ウィーズリー。・・・ヴォルデモート卿を幼くして退けた英雄殿ともなれば例外だろうが、それにしたってわざわざ歴史ある、しかも希少な木の枝を半分以上も、空飛ぶ車で折る必要は無かったと思うがね。」

 

 黙り込んで、スネイプのネチネチした小言を聞き続けるロンとハリー。

 上階──スネイプの私室は地下にある──からは、新入生を迎える宴の喧騒が微かに聞こえる。それがまた惨めさを加速していた。

 

 「失礼、スネイプ先生。・・・出直しましょうか?」

 「いえ、結構。どうされましたかな、フォルマー先生。」

 

 アンペルの登場に助け舟でも期待したか、二人が希望の籠った目で見る。

 しかし、その考えは甘い。確かにいつものアンペルならば、見るからに落ち込んでいる生徒を見れば声くらいは掛けただろう。

 アンペルは今───猛烈に機嫌が悪かった。

 

 「“暴れ柳”の修復に使う薬剤の製造を校長から依頼されたのですが・・・手持ちの素材では強すぎるのでね。素材をいくらか買い取りたい。」

 「聞いていますよ。素材は経費で補填するので無償でお渡しするようにとも、ね。」

 「それはありがたい。では。」

 

 最低限の会話だけして立ち去ったアンペルからは、言い表せない威圧感のようなものが噴出していた。足取りは粗雑で、いつもならば避けるゴーストにもそのまま突っ込んでいる。

 

 「おっと、フォルマー先生?」

 「およしなさい、サー・ニコラス。彼はその・・・低血糖なのよ。」

 

 ゴーストたちは、その理由を知っているようだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 アンペル・フォルマーは、基本、温厚であった。

 勿論、感情を持つ生き物である以上、そこに起伏は存在する。授業でヘマをすれば怒るし、不真面目であれば減点や罰則も課す。しかし、それはアンペルにとって『教師が怒るべき場面』であるから怒っているに過ぎない。

 教師が怒るべき場面だから。人間なら怒るべき場面だから。そういう“判断”を基に、動作に対する落とし前をつけさせる。この一連の流れを見た余人は、『アンペルはいま怒っている』と見做すのだ。

 

 常に冷静であるべき錬金術師は、激情に身を任せてはならない。

 そう自分に言い聞かせ徹底し、アンペルは自らを制している。王都に居た頃からずっとそうだ。腕を焼かれ王都を追われ、しかし復讐の道には堕ちなかった精神性。その所以である。

 

 そのアンペルは、普段のような些末な“苛立ち”ではなく明確に、『怒って』いた。

 

 「血糖値だ・・・ブドウ糖が足りない・・・」

 

 アンペルはつい先刻・・・30分前まで、大広間の教員席に座っていた。

 いつも通り隣に掛けたリラからデザートを防衛しながら、デザートを待っていた。・・・自前で持ち込んだデザートを食べながら、給仕されるデザートを待っていた、という意味だ。

 その時に起こったことを簡潔に再現すると、こうなる。

 

 『それは見たことない菓子だな?』

 『ソフィナンシェだな。知り合いの人形に教わったんだ。』

 『ほう?』

 『うに辺りの素材はどこにでも生えてるからな・・・おい、勝手に取るな。』

 『別に良いだろう。どうせこれからデザートなんだ。』

 『それはそうだが・・・仕方ない。いいぞ。でも半分までだ。』

 

 リラが食べ始めたタイミングで騒音───エンジン音と、木の枝が一斉に折れるような音が響く。

 

 『・・・どうやら厄介ごとのようじゃな。みなはそのまま宴を楽しむとよい。先生方・・・そうじゃな、もうデザートを食べておるフォルマー先生だけでいいじゃろう。わしと来てくれんか。』

 『えっ』

 『ふふっ・・・』

 

 そして音のした場所を見に行き、傷ついた“暴れ柳”の修繕──なるべく急ぎ──を頼まれ、今に至る。

 アンペルが積んでいたデザートはリラによって消費されることだろう。太るぞと嫌味を言いたいところだが、リラが太らない体質であることは知っているし、ホグワーツの女性陣を敵に回すだけなので自重する。

 

 「“賢者の石”に“バジリスクの毒”だけでも面倒なのに、“暴れ柳”だと? マンドラゴラ辺りが出てこないことを切に願うばかりだが・・・」

 

 ぶつくさ言いながらアンペルは“暴れ柳”の攻撃を掻い潜り、幹に触れて大人しくさせる。

 難なく避けてはいたが、振られる枝はアンペルの足ほどの太さがあるし、重量もかなりの物だろう。当たれば『智者のクローク』によってダメージは殆どないだろうが、スタート地点・・・暴れ柳の攻撃範囲外まで吹っ飛ぶことは想像に難くない。

 

 「毎回この作業をするのも面倒な話だが・・・っと、樹液は採取しておこう。」

 

 修繕の為に。あと貴重な素材として。ちょっとぐらいなら得をしてもいいじゃないか、とは後の本人談である。

 

 「あとは枝のサンプルと・・・ッ!?」

 

 アンペルを振り向かせたのは、唸り声に似た低音だった。

 森から獣でも迷い出たかと、アンペルは主武装である『幽玄なる叡智の杖』を抜き放つ。

 木立の間、黒々とした闇から覗く不自然に輝く一対の光点。

 

 「──いや、非生物か。ゴーレム系の・・・」

 

 無機質な唸りとの睨み合いは、不意に光点が消失することで幕引きとなる。

 

 「・・・また面倒ごとか。」

 

 アンペルは嘆息し、慰めるように肩に落ちた葉を払いのけた。

 

 

 



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2 ギルデロイ・ロックハート

 新しくSCPモノを書きたいなと設定を練りつつSCPを漁っていたところ、SCP-3000のY-909に被曝してこのssのことを忘れていました・・・。

 SCP界隈は才能が溢れててモチベが下がりますね。2000といい3001といい、有名どころは特に。個人的にはSCP-3005が秀逸過ぎてすき。


 ギルデロイ・ロックハート。

 ホグワーツ魔法魔術学校『闇の魔術に対する防衛術』担当教員。

 著書『泣き妖怪バンシーとのナウな休日』『グールお化けとのクールな散策』など多数。

 闇の力に対する防衛術連盟名誉会員。

 勲三等マーリン勲章受章。

 

 彼の肩書を一言で表せば、誰もが、アンペルとリラも口を揃えて「輝かしいものだ」と評するだろう。

 そして実際に出会い、言葉を交わした者は、だいたい半数くらいが「素晴らしい人だ」と評し、残る半数は「なんか胡散臭いよな」と目を細めるだろう。

アンペルとリラは───前者だ。

 著書を読み、内容に興味を持つ。ここまでは、世に居る大勢のファンと同じ流れだ。中には偶然会えたり、握手会やサイン会に行くコアなファンもいるだろう。だが───幾度となく修羅場を潜り、かつて異界を呑み込んだ蝕みの女王、その怨嗟の化身である影の女王すら下した猛者であるアンペルとリラ。二人は一目見ただけで実力───戦闘能力を見抜いた。

 

 リラは言う。フィクションだと悟らせない文章力や想像力は脱帽に値する。

 アンペルは言う。誰かの経験をそのまま文にしたような本は初めてだった。

 

 二人にとって、ギルデロイ・ロックハートとは───稀代の夢想家にして当代一の作家である。

 

 

 

 アンペル・フォルマー。

 ホグワーツ魔法魔術学校『錬金術』担当教員。

 明らかになっている功績は『賢者の石』の製造に成功したというもののみ。未知の魔術を扱うという噂や、不老不死であるという噂もあるが、所詮都市伝説である。

 出身・経歴はおろか年齢さえ不明。

 

 リラ・ディザイアス。

 ホグワーツ魔法魔術学校『錬金術』補助教員。

 アンペルの助手兼護衛だとされているが、内縁関係にあるのではないかと目される半人らしき女性。

 白兵戦でトロールを下すなど、常外の力を持っている。

 出身・経歴・年齢はおろか詳細な種族さえ不明。

 

 彼らの話を聞いたとき、ロックハートは大して興味をそそられなかった。

 知られている功績は『ギルデロイ・ロックハート』の能力・公歴からはかけ離れているし、聞こえる噂も眉唾ものばかりだ。加えて言えば、ホグワーツはダンブルドアのお膝元だ。

 

 そして、その印象は実際に会っても変わることは無かった。

 『賢者の石』の製造すら疑わしい、覇気のない男。女の方は白皙の美貌を持ってはいるが、あれは良くない。あの見定める、というにはあまりに機械的な目つき。ああいう目をする手合いを、ロックハートは見たことがあった。

 闇払い。魔法界でも一握りのエリートであり、戦闘能力でも突出した者たちだ。そうと注意して見て、ようやく分かるほど巧妙な観察眼。迂闊に接触すれば、ロックハートの全てを見透かされる。そんな確信があった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「・・・なぁ、アンペル。」

 「なんだ? 今は手と目が離せない。」

 

 錬金釜の前でかじりつくように液面を見つめているアンペル。リラは呆れ顔でその頭を小突いた。

 

 「素材の錬成は不可逆性や固定化の関係上、不可能だ。こんなの教科書にだって載ってるだろう?」

 「ニコラス・フラメルでさえ知ってるだろうな。・・・だがな、リラ。どう考えてもバジリスクの毒は───」

 

 リラは聞き飽きたと遮り、大釜を覗き込む。

 

 「今度は・・・ポイズンキューブからの逆抽出か?」

 「あぁ。すべての毒の成分を含んだポイズンキューブからなら、バジリスクの毒も精製出来るかと思ったんだが・・・」

 

 アンペルは目を伏せると、興味を失ったようにローテーブルに置かれていたカップを傾ける。

 冷め切った中身に顔を顰めつつ新しい紅茶を用意するアンペルに、リラは揶揄うような視線を投げた。

 

 「バジリスクの毒の粉末か?」

 「ただの燃えないゴミだ。錬金灰ですらない、本物のな。」

 

 ここ数日で何度となく見た錬成物、あるいは失敗作。リラの目から見ても分かる、どうしようないクズが錬金釜の底にこびりついていた。

 

 「削り取って廃棄、でいいのか?」

 「あぁ。・・・全く、ライザはバジリスクの毒を何に使うつもりなんだ?」

 

 ライザはあれでコレクター気質なところもある。わざわざ賢者の石を使ってまでエネルギーを再充填した吠えメールもどきは、「理由はね・・・完成してからのお楽しみ! じゃあよろしくね、アンペルさん。クーケン島のみんなも会いたがってるから、たまには帰ってきてよね!」という言葉を再生した後に、灰も残さず燃え尽きた。

 その才能を十全に発揮した素晴らしい作品が出来上がるか───ライザの手帳の空欄が埋まるだけか、どちらかだ。

 



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3 双子とアンペル

 翌朝の朝食の席でも、アンペルの機嫌は戻らなかった。

 採取した『暴れ柳』の樹液からは修復に使えそうな情報は得られなかったし、樹液そのものの品質や付与特性が良くなかったからだ。端的に言えば骨折り損だった、ということだ。しかも修復作業は一ミリも進んでいない。

 そしてトドメの───

 

 「・・・。」

 「アンペル、落ち着け。大広間を吹き飛ばすつもりか?」

 

 椅子を蹴立てて立ち上がったアンペルが睨みつける先には、いつものように皿の容積ぎりぎりに積まれたデザートの山がある。それは普段であればアンペルの血糖値を高め平常心を取り戻させるだろう。

 そのデザートの山から上方斜め四十五度に伸びる謎の飾りは、小刻みに痙攣すると、上に載っていたデザートを盛大にまき散らしながら飛翔した。

 

 「逃がすか!」

 「いや、生徒のふくろうなんだから逃がさないと駄目だろう。」

 

 アンペルは振り上げていた最上位雷系攻撃アイテムの『創世の槌』をふらふらと飛ぶ梟に向かって投擲した。

 回転し稲妻を迸らせながら飛ぶ、いや、飛ぼうとしたそれをアンペルの手から離れた瞬間にキャッチしたリラは、呆れ顔でアンペルの頭を小突いた。

 

 「落ち着け、梟の持ち主に悪意があったわけでもないだろう。それに、あいつはもう年だ。翼に力が無い。」

 「・・・・・・悪かった。」

 

 ため込んでいた鬱憤もあり、二度、三度と深呼吸しても収まらないのか、アンペルは言い捨てて大広間を去った。

 食事に興じる生徒たちは殆ど気付いていないようだが、同じテーブルに掛けていた教授たちはみな揃ってぎょっとした顔をしていた。

 

 「はぁ・・・全く───」

 「ミス・ディザイアス。」

 

 追いかけようとしたリラの呆れたような微笑は、呼び止める声によって怪訝そうな顔に変わった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一限の授業が終わり、アンペルが黒板を消していた時の事だった。

 

 「フォルマー先生」

 「ちょっとお時間いいですか?」

 「・・・なんだ?」

 

 アンペルは手を止めず、肩越しに振り返って訪問者を一瞥する。

 少しだけ、アンペルの頬が引き攣った。

 

 「先生に手伝ってほしいことというか」

 「探してもらいたいものがあるんだ。」

 

 アンペルは面倒ごとの予感に嘆息し、二人の方に向き直った。

 二人はそっくりの容姿にへらっとした笑いを浮かべ、それでも目だけは真剣にアンペルを見つめていた。

 

 「・・・とりあえず言ってみろ、ウィーズリー。どちらが、誰の、何を失くした?」

 

 二人は顔を見合わせると、声を揃えて言った。

 

 「俺たちは悪くない。」

 

 アンペルは意外そうに眉を上げると、微かに苦笑した。

 

 「それは悪かった。それで、何を探せばいいんだ? ・・・言っておくが、まだ引き受けたワケじゃないぞ。ただでさえ暴れ柳の修復で忙しいんだ。」

 

 顔を綻ばせた二人に釘を刺すと、双子は揃ってニヤリと口角を上げた。

 

 「その暴れ柳に関係する話です。」

 「・・・本当か、フレッド?」

 「俺はジョージです、フォルマー先生。」

 

 アンペルが謝罪すると、双子は笑いながらシャッフルするようにステップを踏んだが、アンペルが油性のマジックを取り出したのを見て動きを止めた。

 

 「・・・先生に探してほしいのは、車です。」

 

 気を取り直したように、フレッドが咳払いして言う。

 

 「車だと? ・・・それと暴れ柳の修復にどんな関係がある?」

 

 『暴れ柳』に空飛ぶ車が突っ込んだという話は聞いている。だが、加害者が見つかったところで被害者の傷が癒えることは無いように、ただ飛ぶだけの金属の塊が修復に役立つ情報を与えてくれるとは思えなかった。

 

 「ノン。ただの車じゃないぜ、なんせ───」

 「空飛ぶ車の事だろう? 回収して破棄しろとでも?」

 

 確か、マグル由来の品を改造したり私物化するのは犯罪行為として咎められる可能性があったはずだ。その証拠隠滅の手伝いをしろと言うのか。アンペルが遠回しにそう指摘すると、成績はともかく頭の回転は速い双子だ。すぐに意図するところに気付き、訂正した。

 

 「いや、違うんですよ先生」

 「俺たちはただ、ソレを親父に返したいんですよ。」

 「魔法省に届け出る、ということか?」

 

 フレッドとジョージの父、アーサー・ウィーズリーは、魔法省マグル製品不正使用取締局で働いている。と、アンペルはそこまで考え、納得したように頷いた。

 

 「なるほど、な。車は親父さんの作品か?」

 

 空飛ぶ車は、二人のいたずらの産物にしては高度なものだ。だが成人し、魔法省で勤務するほどの魔法使いが手掛けたものだとすれば、納得は出来る。

 

 「あぁ。それで、それをロンが()()()()もんだから、親父はカンカンで・・・」

 「折れた杖のスペアすら買ってもらえない状態なんです。退学リーチのオマケまでついてる。」

 

 アンペルは少し黙考し、また口を開いた。

 

 「折れた杖のスペアが無いのは魔法を学ぶ障害となる。教師としてはなんとかしてやりたいが・・・それは家庭の問題だろう?」

 「そりゃそうだ。けど、教師に家庭のことを相談するのも、別に珍しいことじゃない。違いますか、先生?」

 「それに、車が意思を持って逃げ出したのなら、捜索の手からも逃げるんじゃないか? 私にも時間的制限がある。片手間の捜索ではどうにもならん。」

 「だから、見つけたらでいいんだ。もし先生の前に現れたら、そいつをとっ捕まえてほしい。」

 

 双子に順番に説得され、アンペルの表情が苦くなる。

 追い打ちのように、ジョージが深刻そうに顔を寄せて囁く。

 

 「それに、あいつは負けず嫌いなんだ。雪辱を果たしに来るかもしれないぜ。」

 「雪辱? ・・・冗談だろう?」

 

 その相手に心当たりが無い者などいない。だが流石に車が木に雪辱を挑みに来るなど考えられなかった。

 アンペルは時計を一瞥すると、双子に向けて手を振った。

 

 「頭の片隅には置いておこう。ウィーズリー・・・君たちの弟のこともな。もう二限が始まるぞ。」

 

 不満そうに出て行く二人を急かして、アンペルは窓の外遠くで静かに揺れる暴れ柳を見つめた。

 

 

 



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4 薬草学

 翌朝、呆れ顔のリラを意にも介さず真剣な表情で、周囲に氷の剣──待機状態のノルデンブランド──を漂わせたアンペルは、フクロウたちが入ってくる時間を遣り過ごそうとしていた。

 同じく呆れ顔のマクゴナガル教授がアンペルの周囲に設置型の『盾の呪文』を使うが、アンペルの『智者のクローク』が魔法を阻害する。確かな実力を持つマクゴナガルの魔法が弾かれたのを見て、スネイプ教授が片眉を上げ、スプラウト教授は「打つ手なし」とばかり首を振った。

 そこに颯爽と、そしてにこやかに一人の教師が現れた。

 

 「おはようございます、皆さん。」

 

 彼こそは『週刊魔女』チャーミングスマイル賞、5回連続受賞記録保持者。『闇の魔術に対する防衛術』講師、ギルデロイ・ロックハートである。

 ロックハートは殺気立つアンペルを一目見て、爽やかに笑いながらこう言った。

 

 「あー・・・いいアクセサリーですね。とてもクールだ。」

 

 ・・・少しばかり、困惑した笑顔だった。

 

 

 

 アンペルが闘いの時を終え、落ち着いて食後の紅茶に口を付けた時だった。

 大広間に女性の怒号が響き渡った。

 

 「ロナルド・ウィーズリー!! 車を盗むとは、何てことです!!」

 

 吠えメール。どこの誰か知らないが、災難なことだとアンペルは哀れみ交じりに苦笑した。

 そもそもあれは外観を見るだけで分かるように封筒の指定があるのだから、部屋に帰って開ければいいだろうに。と、クーケン島で弟子のような『友人』が見舞われた悲劇を知らずに。

 聞き耳を立てるまでもなく大広間に響く怒声は、件のロナルド・ウィーズリーを叱責するだけ叱責すると、その妹に真逆の猫なで声を掛けて散り散りの紙片に変わった。

 

 「・・・。」

 

 アンペルとリラ、教師たちも含めて、全員がいたたまれないような気まずいような、複雑な気持ちになって沈黙していた。

 大広間全員の例に漏れずグリフィンドールのテーブルを見ていると、アンペルに向かって拝むような仕草をする双子がいた。少し目を動かせば、三人の兄であるパーシー・ウィーズリーも微かに頭を下げていた。

 

 「どうしろと・・・」

 

 その呟きをきっかけのように、また大広間に喧騒が戻って行った。

 

 

 ◇

 

 

 ホグワーツ魔法魔術学校では、いくつかの授業は城の教室ではなく専門棟で行われる。

 天文学は一番高い観測塔で行われるし、魔法生物学は野外ですることが多い。箒飛行やこの二つと並んで野外で行われる授業と言えば、温室での薬草学だろう。

 ハッフルパフの寮監であり、薬草学の担当教諭であるスプラウト教授が入ってくると、温室内は静かになった。

 

 「おはよう皆さん。」

 「「おはようございます、スプラウト先生」」

 

 揃った挨拶を返した生徒たちは、スプラウトの後から入ってきた顔を見てざわめいた。

 

 「おはよう、諸君。」

 「「おはようございます、フォルマー先生」」

 

 いつも通りに挨拶を返した生徒たちだが、困惑の色は抜けないようだ。

 そこにスプラウトが説明を入れる。

 

 「本来は錬金術の担当をしているフォルマー先生ですが、今回と次回のみ、臨時講師としてお手伝い頂くことになりました。」

 「フォルマーだ。講師とは言うが、報酬目当てで釣られた傭兵みたいなものだと思ってくれ。」

 

 困惑交じりの苦笑が生徒の間に流れたとき、挙手する生徒がいた。

 

 「ミス・グレンジャー?」

 「この植物──マンドレイクですよね? フォルマー先生のような戦闘能力が必要な、直接的な危険があるんですか?」

 

 スプラウトが指名すると、ハーマイオニーが怖々と言った。確かに思い返してみれば、ハーマイオニーとアンペル、そして植物という組み合わせが呼び起こすのは『悪魔の罠』だろう。そうでなくとも、アンペルは彼女の前でトロールやケルベロスと戦っている。

 

 「いいえ、マンドレイク自体に直接的な攻撃能力はありません。ですが、マンドレイクの悲鳴は危険です。特徴を言える人は?」

 

 またハーマイオニーが挙手した。

 

 「マンドレイクの悲鳴は人間の命を奪います。」

 「その通りです。これらはまだ成長前ですから死にはしませんが、数時間は気絶するでしょうね。」

 「その・・・フォルマー先生は、()()()()()()()()で呼ばれたんですか?」

 

 スプラウトは首を横に振り、否定の意を示した。

 

 「いいえ。しかし、マンドレイクは時折、亜種進化系に変質する・・・つまり、別の種に変わることがあります。誰か・・・ミス・グレンジャー?」

 「ホワイトルートという変種になると読んだことがあります。」

 「正解です。まだ他にもあるのですが・・・結構。この先はフォルマー先生にお願いしましょう。」

 

 アンペルが会釈して生徒たちに向き直ると、生徒たちは居住まいを正した。

 

 「マンドレイクは成長すると、自分の足で移動することが可能になる。とはいえ悲鳴による攻撃を封じてしまえば、非力な小動物程度の力しかない。」

 

 温室の空気が弛緩する前に、アンペルは畳みかける。

 

 「しかし、稀に変異した個体が現れることがある。1ランク上のホワイトルート、2ランク上のアルラウネー、そして3ランク上のキンモクジュだ。イギリスで発見されているのはここまでだな。実際にはもう少し強い種類もいるが、滅多に出会うことは無い。そして魔法植物と魔法生物の中間に位置するこいつらは、魔法・物理への耐性を有する。よって、万が一それらが発生した場合に備えて、私が駆り出されたというわけだ。」

 「作業中に攻撃された子はすぐに申し出て───マンドレイクの悲鳴で聞こえないでしょうから、手を高く上げるように。では耳当てを付けて───」

 

 その授業では幸いにして、アンペルが戦うようなことはなかった。

 

 

 




 毎日投稿なぁ・・・してぇなぁ・・・んなぁ・・・


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5 吊られた猫

 毎夜、『暴れ柳』の修復について頭を悩ませるのが日課になりつつあるアンペル。ライザからの『お願い』は、アンペル自身の興味や探求心もあり、モチベーションがある。・・・比較的、という但し書きが必要なのは確かだが。

 

 正直なところ、傷ついた植物の修復、という課題だけなら達成は容易なのだ。

 

 アンペルには『エリキシル薬剤』という最後の切り札がある。死者蘇生の力を持つとされる『ドンケルハイト』という希少植物を原料とする薬で、その効能は傷の完全治癒・治癒能力の異常向上。そして、死者の蘇生。本人の肉体も魂も、世界すら認識した『死』を覆すジョーカーだ。おそらく、木にも使えるだろう。

 

 当然ながら、たかが珍しいだけの木が傷ついた程度の理由で切って良い札ではない。特にヴォルデモート卿が明確にアンペルを警戒している今は。

 できるのに、できない。その事実が苛立ちを加速させる。

 ますます殺しておくべきだった、と、少し物騒な方向にアンペルの思考が向かったとき、それは甘い匂いで遮られた。

 

 「ほら、眉間に皺が寄ってるぞ。」

 「・・・もう年だからな。ありがとう、リラ。」

 

 リラが差し出したのは、琥珀色の液面から微かに湯気を立てるカップだった。

 嗅ぎ慣れない、しかし確実に知っている匂いに首を傾げるアンペル。一口啜り、ようやく合点がいったように眉を上げた。

 

 「メイプルリーフを煎じたのか。」

 「あぁ。ネクタルか躍動シロップでも垂らそうかと思ったんだが───」

 「思いとどまってくれて良かった。寝られなくなる。」

 

 そのままで十分に甘い葉を煎じたメイプルリーフ・ティーは、アンペルの血糖値を十分に高めてくれた。カフェインも紅茶に比べて低いというのは素晴らしい。

 ゆったりとした時間のなか、アンペルは大きく息を吐き出し、そのまま静かに寝息を立て始めた。

 

 リラは呆れと慈愛の中間のような微笑を浮かべて、そっと毛布を掛けた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 アンペルの心に幾許かの余裕が生まれ、数日は平穏な日々が続いていた。

 ある日の夕食を終えて居室に戻る途中、アンペルはダンブルドアに呼び止められた。振り向くと、教授たちが勢ぞろいしている。

 

 「フォルマー先生、何か、忘れてはおられませんかな?」

 「はい? ・・・あぁ、職員会議でしたね。失礼しました。」

 

 いくらなんでも抜けすぎだ、と苦笑して、アンペルはリラと共にダンブルドア率いる教授たちの輪に加わった。

 リラは気が合うのかスプラウト教授と話し、アンペルはスネイプと戦闘魔法について語っていた。校長室に向かう道を歩いていたとき、唐突にアンペルは何かに足を取られた。

 

 「!?」

 「おい。」

 

 磨き上げられた大理石の床に、誰の仕業か水がぶちまけられていた。咄嗟にリラが腕を掴んでいなければ、盛大に転んだうえクロークを濡らしていただろう。

 また悪戯兄弟の仕業かとこめかみに青筋を浮かべる。そちらから水が来ているのか、廊下の先ではスリザリンの生徒たちが立ち往生していた。

 

 「全く───」

 

 無駄に盛大な嫌がらせだ、と、アンペルは嘆息する。

 しかし、もはや状況が悪戯の域にないことを示す押し殺した殺意が、曲がり角の向こうから聞こえた。

 

 「私の猫を殺したな、ポッター・・・お前を殺してやるぞ!!」

 

 ダンブルドアが足早に生徒の群れをモーセのごとく割って廊下を曲がると、管理人のアーガス・フィルチが血走った目でハリーの胸倉を掴んでいた。

 

 「アーガス。」

 

 落ち着き払った声で、ダンブルドアは管理人を静める。

 そのまま廊下を一瞥し、壁に書かれた血文字と、横に吊られた猫に目を留めた。

 

 「猫は死んではおらんよ。石にされたのじゃ。」

 「やはり。・・・私が側にいれば反対呪文で助けられましたのに・・・残念だ。」

 

 一瞬で見抜いたダンブルドアに追従するように、ロックハートも声を上げる。

 廊下にいた生徒たちの何人かは頼もし気な顔でそれを見たが、アンペルは首を振った。

 

 「いえ、これは呪文によるものではないでしょう。」

 「・・・生徒たちは今すぐ、自分の寮に戻りなさい。先生方は予定通り、職員会議じゃ。もっとも、議題は少しばかり変わってしまうじゃろうが・・・特にフォルマー先生とロックハート先生には、知恵と力をお貸しいただこうかの。」

 

 

 

 校長室の空気は、廊下よりも暗澹としていた。

 状況の分からない生徒たちより、いくらか知識と、自身の力量を知る大人ばかりだからだろう。

 

 「では、フォルマー先生。先ほどの件を詳しくお願いできますかな?」

 「はい。まず第一に、あの猫───」

 

 そこでフィルチが「ミセス・ノリスだ」と短く唸った。

 

 「どうも。ミセス・ノリスが掛けられた石化は、呪文によるものではありません。そうですね、マクゴナガル先生。」

 「えぇ。私とマダム・ポンフリーが試しましたが、治療術も、呪い破りも、効果を発揮しませんでした。まるで・・・そう、錬金術を相手にしたときのように。」

 

 通常の石化呪文、ペトリフィカス・トタルスの効果は、簡単な、しかし確実な呪い破りであるフィニートの呪文で解除できる。しかし、ホグワーツでも屈指の実力者による解呪の試みは失敗に終わった。

 アンペルは頷いて謝意を示した。

 

 「錬金術が効果や耐性の面で魔法より優位にあるのは、固着や非可塑性などの理由もありますが、『特性』の存在が大きいです。今回の件も、恐らくは。」

 

 『特性』は、大体の場合において魔法を凌駕する。即死効果を持つ『アバダ・ケダブラ』を、死しても灰となり、灰から生まれ復活する不死鳥に撃ってもその生命の円環を切れないように。

 

 「つまり、錬金術師が犯人だと?」

 

 殺気立つフィルチ。壁に凭れて話を聞いていたリラがそれを一瞥する。

 

 「落ち着いてください、フィルチさん。そうは言っていません。勿論その可能性も否定できませんが、私は違うと思っています。」

 「と、言うと、フォルマー先生。犯人の目途がついておるのかの?」

 

 ダンブルドアの問いを、アンペルは頷いて肯定した。

 

 「えぇ。魔法以外で生物を石に変えることが出来る。そんな特性を持つ生物は確かに存在します。そして、壁面の血文字を覚えていますね?『秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、心せよ。』継承者、というのは、創設者たちの子孫、或いは寮生のことでしょう。誰かとまでは分かりませんが、石化という特徴を鑑みれば、創設者の誰かは絞り込めます。」

 「・・・つまり?」

 

 勿体ぶったアンペルにいら立ったのか、それとも同じ結論に至ったか。スネイプ教授が不機嫌そうな声を上げた。

 

 「石化の魔眼。メドゥーサやバジリスクの幼体が持つとされる特性です。そして蛇と言えば───」

 

 



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6 危機感

 「・・・フォルマー先生、その話は、いま推理されたのかの?」

 「えぇ。まぁ勿論、バジリスクやメドゥーサといった希少素材・・・いえ、希少な魔法生物がこの城にいるとは思えませんが。ですが、幼体のバジリスクやゲイザーは隠して持ち込むことも可能なサイズです。一度、あの三人に『真実薬』を使ってみては?」

 

 あの三人、というのは、石化したミセス・ノリスを初めに見つけ、犯人との疑いを掛けられたハリー一行だ。

 そこでダンブルドアは、スネイプとマクゴナガルと顔を見合わせた。スプラウト教授も感心したような顔で頷いており、何だか分からないような顔をしているのはロックハートとフィルチだけだった。

 

 「新任のロックハート先生とフォルマー先生はご存じないじゃろうが・・・『秘密の部屋』は、確かにサラザール・スリザリンが作ったとされる部屋じゃ。そして中には───『恐怖』が入っているとされておる。」

 「それはどこに?」

 「それが、儂にも分からんのじゃ。ただ言い伝えでは、継承者の手によってのみ開けると。」

 

 この時点で、アンペルは内心ほくそ笑んでいた。

 推理通りなら、生徒か城は石化能力を持つ魔法生物───希少度的に野生のメドゥーサは考えにくいので、バジリスクかゲイザーの二択。つまり『秘密の部屋』か『継承者』のどちらかは、二分の一の確率でアンペルの求めるバジリスクを所有しているということだ。

 飼い慣らしているのか、或いは未知の手段──往々にして、魔法生物は魔法に対して高い耐性を持っている──で使役しているのか。どちらにせよ、金銭か武力による交渉でバジリスクの毒ないし本体を手に入れられる目算が出てきた。

 

 「そうですか。では、私たちの方でも独自に調べてみましょう。リラ。」

 「・・・分かった。」

 

 校長が何かを───具体的には、アンペルの『仕事』について尋ねる前に立ち去ろうとした二人は、予想外の声で引き留められた。

 

 「待ってくれ! 私の猫は!? 救えるのか!?」

 

 悲痛な管理人の叫びに、ダンブルドアが伺うような視線をアンペルに向ける。

 アンペルは何を期待されているのか知りながら、それを敢えて無視する。

 

 「えぇ。魔法では無理でも、魔法薬のような間接的な作用であれば、問題はないでしょう。幸運にも、スプラウト教授はマンドレイクの苗をお持ちです。成長すれば、石化を解く薬が出来るでしょう・・・そうですね?」

 

 水を向けられたスプラウト教授とスネイプ教授が頷く。

 ほっと安堵の空気が流れる。今度こそ立ち去ろうとしたアンペルに、ダンブルドアが邪悪な──アンペルの主観だが──微笑を向ける。

 

 「ではこれ以上の犠牲者を出さぬよう、先生───フォルマー先生とディザイアス女史に、パトロールをお願いしたいのじゃが。」

 

 戦闘を、バジリスクとメドゥーサとゲイザー、おまけにヒュドラが同時に襲ってくるとでも想定しているのか。役不足だ。

 アンペルが嫌そうな顔をしたのを見たわけではないだろうが、思わぬ助け船が出る。

 

 「お待ちください! そういうことなら、私の出番でしょう!」

 「作家の? どういうことです、ロックハート先生?」

 

 無意識ながら火の玉ストレートなアンペルの問いに、マクゴナガルがわざとらしく窓の外を見る。リラは下を向いて震えているし、スネイプでさえ口角を上げていた。

 そしてロックハートもまた、不敵に笑って見せた。

 

 「ハハ、私の著作をお読みになったのならご存知でしょう? 私はこう見えて、勲三等マーリン勲章を叙勲した魔法戦士ですよ。」

 「あー・・・そうでしたね。失念していました。」

 

 アンペルは思った。

 コンテンツとしての『ギルデロイ・ロックハート』を演じるのに余念がない。これが作家というものか、と。

 

 リラは思った。

 バジリスクの幼体でもゲイザーでもメドゥーサでもそう大した脅威じゃないのは確かだが、コレが「戦士」を名乗るのは可笑しいな、と。

 

 そして二人は思った。

 バジリスクだといいなぁ・・・と。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その週の日曜日はクィディッチのスリザリン対グリフィンドールの試合、つまり、一番盛り上がるゲームだった。

 大半の生徒が競技場に出かけた城で、アンペルは一人黙々とアトリエで作業していた。バジリスクの毒は『秘密の部屋』に期待して放置できるとしても、校長から要請のあった暴れ柳の修復はせねばならない。加えて言えば、昨年取り逃がしたヴォルデモート卿、そして存在するかもしれないその配下の強者への対策も。車の鹵獲? 面倒だし「雪辱」に来たら破壊しようと決めている。

 

 「・・・くぁ」

 

 欠伸が漏れた瞬間に、激しくドアを叩く音がする。アトリエではなく、居室の方のドアだ。

 ノック、というよりはブリーチングでも試みているのかという勢いで、合間合間に「開けてください」「ハリーが大変なんです」といういつぞやの問題児たちの声がした。

 

 「はぁ・・・」

 

 アンペルは問題の予感に嘆息し、ドアが叩き壊される前に───万が一ドアが壊れた場合は致死性の防衛機構が作動する───開けた。

 

 「なんだ、どうした?」

 「先生、何とかしてください!」

 「ハリーの腕が折れて、いえ、骨がなくなったんです!」

 

 骨を折られただけなら簡単な、つまり低レベルの回復アイテムで治癒できるが、無くなったものは生やすしかない。

 今日はクィディッチの試合で、試合中に杖を抜くことはルール違反だったはずだが、どこでそんな面倒な呪詛を受けてきたのだろうか。

 

 「どこの骨だ?」

 

 肋骨や背骨のような致命的な箇所なら、「女神の飲みさし」辺りを使う必要が出てくる。

 

 「右腕です。」

 「ロックハートの野郎が───」

 「ロックハート()()よ、ロン。」

 「ロックハート先生がポッターに呪詛を? 彼は今どこに?」

 

 教師が生徒に、しかもおそらくは競技場で衆人環視のなか呪詛を使ったというのは大問題だ。しかも相手は『生き残った男の子』。校長の管理・監督責任まで追及されるレベルである。

 更迭されたか謹慎中か。アズカバンに一時拘留されている、というのが、ホグワーツの体裁としては一番不味いだろうか。

 

 「さぁ? 部屋じゃないですか?」

 「謹慎中か。まぁ、腕だけなら『骨生え薬』辺りで何とか出来るだろう。マダム・ポンフリーのところに行くんだな。」

 

 この二人は去年、トロールに殴り飛ばされて重傷を負ったアンペルが瞬時に回復するアイテムを使ったのを見ている。

 だからここに来たのだろうが、あれは切り札──数量ではなく情報的な意味で──だ。

 

 二人の不満そうな顔を無視して、アンペルは扉を閉じた。

 

 



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7 決闘クラブ

 「あー、フォルマー先生。少し、よろしいですか?」

 「ロックハート先生? えぇ、何か?」

 

 夕食も食べ終わり、さぁ仕事だと憂鬱になっていたアンペルは、その快活な声で呼び止められた。

 一緒に部屋に戻ろうとしていたリラは、いつものように先に戻ろうとする。声の主であるロックハートは、その背中にも声を掛けた。

 

 「ミセス・ディザイアス。貴女も。」

 

 怪訝そうに戻ってきたリラがアンペルに並んだのを見て、ロックハートは勿体を付けて咳払いした。

 

 「あー、ミセス・ディザイアスにはお話しましたが、伝えて頂けましたか?」

 「? ・・・あぁ、あれか。言ったはずだぞ、こいつは忙しいし、私もそうだと。」

 

 アンペルが疑問の表情を向けると、ロックハートは深く頷いた。

 

 「えぇ、えぇ。暴れ柳の件ですね? 存じ上げていますとも。ですが、同じくらい重要なことなので───」

 「待て、厄介ごとか?」

 

 面倒の気配を察知したアンペルが不機嫌を露わにする。

 必要とあらば意識の一つ、二つ刈り取って立ち去る、という気迫が見え隠れしていた。

 しかし、そこは自称百戦錬磨の男ロックハート。隠された威圧になど動じはしない。

 

 「とんでもない。校長から言われた大事な仕事ですよ。」

 

 アンペルは踵を返し、校長室へ突撃した。

 

 結果としてアンペルは、追加の休暇と恒久的な昇給をもぎ取った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「ご紹介しましょう。勇敢にも私の助手を務めてくださる、フォルマー先生です!」

 

 大袈裟な、と思いつつ、アンペルは特設ステージに登る。

 校長とロックハートに依頼されたのは、最近の物騒な情勢を鑑みての特別講義。名を決闘クラブ。

 名前は物々しいが、実際は教師が模擬戦をしたり、教師監督の元、非致死性の魔法に限定した『決闘ごっこ』をするだけだ。

 

 「二年生の皆さんはあまり面識はないかもしれませんが、彼は『錬金術』の担当教師です。本人は戦闘魔法はあまりお使いにならないらしいですが、私の旅路と比べれば、誰だってそんなものですからご安心を。来年からの錬金術の先生を替えるようなことはしませんしね。」

 「お手柔らかに。」

 

 爽快に笑うロックハートに追従して、アンペルも笑みを浮かべる。

 担当教師はあくまでロックハート先生じゃからのう。適当に魔法を撃って適当に防げばいいのじゃよ。とは校長の談だ。これで恒久的な昇給と休暇が手に入るのだ。楽な仕事である。

 

 「では、まずは模範演技です。決闘には手順があります、まず───」

 

 決闘に、というより、儀礼的な戦闘というモノに触れてこなかったアンペルは、実のところ少し興味があった。

 騎士の決闘は見たことがあったが、ルールが無数にあり、とても殺し合いの場には見えなかった。出来る準備を怠り、殺せる場面を見逃し、敗者は潔く死ぬ。

 錬金術師の主な相手がルール無用の魔物ということもあってか、それは酷く滑稽に見えた。勿論、それは逆の視点でもそうなのだろうが。

 

 ロックハートの言う通り、杖を構え、一礼し、背を向ける。

 隙だらけだが、それはお互いそうだ。それにこれは儀礼的な動作であり、まだ戦闘に入ってはいない。何度殺せた、という仮定の話は無意味だ。

 だから嘆息するのをやめろ、と、部屋の壁に凭れて暇そうにしているリラを見たアンペルは思った。

 

 「ワン・トゥー・スリー!」

 

 カウントダウンが終わり、アンペルは台本の内容を思い出す。

 アンペルに初手を譲り、ロックハートがカウンター。次はロックハートから攻撃し、アンペルが反撃。なんとも盛り上がりに欠ける脚本であるが、決闘とはそういうものらしい。

 

 アンペルが使う魔法は、イギリス魔法界で広く知られホグワーツで学ぶ魔法体系とはかけ離れている。

 防御や補助・回復といった汎用的な魔法は不要。それは錬金術の方が優れている分野だからだ。

 だから錬金術では劣ってしまう箇所、威力度外視のスピード特化型戦闘魔法。それがアンペルの修めた魔法戦闘技術である。

 威力を考えない牽制用ではあるが、錬金術師の主な相手は耐性の高い魔物だ。人間相手なら十分以上の殺傷力を持つだろう。

 

 当たれば一撃で命を刈り取る滅魂の魔術・・・では勿論なく、ただ相手を吹き飛ばすだけの衝撃波がロックハートにぶつかる。

 大きく後ろに吹っ飛んだロックハートが、豪快に背中から墜落した。

 

 「・・・?」

 

 アンペルは首を捻った。

 おそらく、今の攻撃は生徒でも半数は見切ることのできる速さだった。確かに詠唱は省略した無言呪文だったが、まさか決闘の場では詠唱しなければいけないルールでもあるのだろうか。

 ロックハートは体を起こすと、笑いながら距離を詰めてきた。

 

 「無言呪文ですか。それを生徒たちに見せたのは素晴らしい判断ですが・・・あー、時期尚早では?」

 「ふむ・・・確かにそうですね。」

 

 無言呪文はホグワーツのカリキュラムでは6年生以降に習う技術だ。

 戦闘の場で今から自分がする攻撃を相手に知らせるのは──フェイントをかけないのであれば──愚かしいが、ルールならば仕方ない。

 

 「でもさ、ちょっと考えてみろよ。クィディッチ中に「右のゴールにシュート!」って言いながらフリースローするか?」

 

 演壇の下でロンが囁き、周りにいた生徒たちが笑った。

 とはいえ、この場の監督者はロックハートだ。アンペルとしては従うしかない。

 

 「では、ロックハート先生?」

 「えぇ、仕切り直しとしましょう。次は私から・・・オブスキューロ!目隠し!」

 

 ロックハートの杖からアンペルの顔目掛けて細長いリボンが飛び出す。それはアンペルの視界を遮る前に黒い炎で燃やされた。

 アンペルに対する魔法攻撃は大概が錬金術優位の法則によって効果を発揮しない。アンペルはわざわざ魔術で迎撃する必要もないが、そこはそれ、脚本というモノがある。

 

 アンペルは今度はしっかりと詠唱し、リボンが燃え尽きる前に3つに裂き、さらにその全てを蛇に変えた。

 

 三匹の蛇が右側にいた生徒、左側にいた生徒、そして正面のロックハートに向けて威嚇音を上げ始める。

 一応アンペルが変身させたのは毒を持っていない種の蛇だが、生徒たちとロックハートは怯えたように下がる。

 

 やり過ぎたか、と、アンペルが蛇に杖を向けた時だった。

 ハリーが喉を絞り上げるような音を出し、全ての蛇が弾かれたようにハリーを見る。

 

 他の生徒が怪訝そうな顔になり、一部の生徒が信じられないといった様子で首を振る中、ハリーはまた掠れた音を出す。

 シューシューという蛇の威嚇音にも似たそれは、蛇が威嚇の姿勢を解くまで続いた。

 数人の生徒の表情に恐れが混じり、悪ふざけは止せ、と、誰かが呟いた。

 

 

 



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8 進捗

 誤字修正しました。報告ありがとうございます。


 魔法界一の有名人、ハリー・ポッターが蛇語話者、パーセルマウスだと判明した。

 なるほど魔法族にとっては大ニュースだろう。かのサラザール・スリザリンと同じ希少な才を持つ人材、それが『死の呪文』に抗った少年、生き残った男の子だというのだから。

 で、それがどうしたというのか。その情報は暴れ柳の修復とバジリスクの捕獲、それから賢者の石の防衛とヴォルデモート卿の葬送に何か役立つのか。

 アンペルは大多数の生徒のように好奇の視線を向けることもせず、さりとて庇ったりもせず。仕事に追われて沈んでいた。

 

 「ふぅ・・・」

 

 修復剤試作4、というラベルの張られた試験管を指の間で回し、達成感と徒労感の中間のような溜息を吐いた。

 

 「完成か?」

 「()完成だ。おそらくな。」

 

 半分ほど満ちた緑色の液体が揺れる試験管を、アンペルは無造作に投げる。

 難なく掴みとったリラが、窓際に置かれた鉢植え──暴れ柳の樹液から錬成したクローン──に向かう。

 彼女は適当な枝を何本か折ってからコルクの蓋を開け、ピポットを使って植木鉢に垂らす。

 月光を浴びて一瞬だけ緑色の雫は淡く輝き、すぐに土に吸収された。

 

 「・・・やはりな。」

 

 ミニチュア暴れ柳の変化は著しかった。

 手折られた枝は瞬く間に再生し、新芽が萌え、葉に艶が出ている。

 土に交じっていたのだろう。多種多様な草が鉢植えを埋め尽くさんばかりに萌芽する。

 そして───変化は再生と新生で終わりではない。

 月光に照らされていた暴れ柳の葉は瞬く間に脱色し、枝から切離されて落ちる。新芽は即座に枝となり、葉を付け、枯れて朽ちた。

 土の表面を覆いつくすほどの草も、花を付け実を結し種を落とし、枯れたものは即座に腐敗して分解される。

 そしてやがて、その腐敗すらも停止した。

 

 わずか五分ほどで、その鉢植えは死に切った。

 暴れ柳も、他の植生も、バクテリアでさえ、死と新生を繰り返して()()した。

 

 「・・・一応聞いておくが、何を使ったんだ?」

 

 異界でも見ない凄惨な光景に、ぴったり五分絶句していたリラが復活する。

 ちなみにこれまでの施策1から3までは、それぞれ異常成長、効果なし、凶暴性の増大と攻撃力の上昇が見られた。

 

 「ベースは妖薬エボニアルだ。中和剤の量が少なかったか・・・?」

 

 思ったよりいい反応だったぞ、と好感触に口角を上げるアンペル。

 裏腹に、アンペルの挙げた薬剤の名前に呆れ顔なのはリラだ。

 

 「アンペル。前回何を使ったか覚えているか?」

 「試作三番はウォーパウダーベースだったな。」

 

 ウォーパウダーは妖薬エボニアルと同系統の補助アイテムで、どちらも戦闘時に、地力ではどうにもならない相手に対抗するときにブーストとして使う。

 ちなみに妖薬エボニアルより下位のウォーパウダーでも、暴れ柳の鉢植えは、後衛とは言え戦闘経験豊富なアンペルの横っ面を張り倒すだけの速度と力を手に入れた。

 

 「なんでレベルを上げたんだ? 学校の敷地内にエルダートレントでも召喚する気か?」

 「属性的に合わなかったのかと思ってな。暴れ柳の樹液は氷属性と風属性だが、ウォーパウダーは雷属性だ。だが、妖薬エボニアルは氷属性も持っているだろう?」

 

 現に再生には成功した、と、アンペルは文字通り何も生えていない鉢植えを示す。

 脱窒菌や硝化菌といった細菌も死滅しているので、完全に不毛の地となったわけだが。

 

 「それで、次は?」

 「明日は・・・そうだな。ヒロイックガイストを───」

 「本気なら、きちんと装備を整えてからやるぞ?」

 

 失敗したら本気状態のリラに折檻される可能性を悟り、アンペルは目を逸らした。

 

 「───試すのは今度にして、回復系の効果をもうすこし検証するか・・・」

 

 試作二番、施しの軟膏ベースの修復剤は、期待に反して何の効果も見せなかった。人間との体重比を考えて濃厚にはしたのだが、そもそも材料からして『苦い根っこ』は人間向けの薬効植物だ。遺伝子的に効かないのかもしれない。

 

 「私の仮説が正しければ、癒しの薬玉や百薬煎じのような人体向けではなくネクタルや女神の飲みさしのような神秘系の方がいいだろう。」

 「あの感じだと、一番弱いネクタルでも十分そうだがな。・・・アンペル。中和剤の残りが少ないぞ。」

 

 冗談だろうと笑いかけたアンペルは、寸前で現状を思い出した。

 最強の中和剤である賢者の石は100個以上のストックがあるが、よくよく考えれば賢者の石は全ての性質を兼ね備えるから結果として中和に使えるだけであって、性質強化能力は桁外れだ。そもそも最優先秘匿物品である。

 雷属性の中和剤・黄はさっき妖薬エボニアルの調合で使い切ってしまったし、氷属性の中和剤・青の残りも確かに心もとなかった。ネクタルのような強力な──死者蘇生も可能な──薬剤の中和には足りないと断言できる。

 

 「そうか・・・気分転換がてら、セブルスのところに行ってくる。中和剤と、ついでにネクタルの素材も貰ってこよう。」

 

 錬金術の出来栄えは、技量もだが、素材に依るところも大きい。

 アンペルの抱えている最上級クラスの素材では、どうしても強力なものが出来てしまうのだ。大は小を兼ねないし、小は大を兼ねない。適材適所が重要なのだ。

 ちなみに、一定以上の強者になると「それはそれとして、筋肉は全てを兼ね備える(ゴリ押し万歳)」という考えも持つ。ごり押しが効かないときだけ考えればいいや、というスタンスで上手くいってしまうだけに、強者とはズルいものである。

 閑話休題。

 リラは後片付けを引き受け、アンペルは素材の調達に向かった。

 

 




 単独行動はフラグってそれ一番言われてるから


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9 遭遇

 スネイプから素材を貰って帰る途中、アンペルは思わぬ顔とすれ違った。

 

 「待て。」

 「なんですか、先生?」

 

 屈託なく笑う顔に見覚えはないが、特徴的な赤毛が目に入った。

 

 「グリフィンドールの寮生だな?」

 「はい、ジニー・ウィーズリーです。」

 「一年生だな? この時間は、確か呪文学のはずだったが、気分でも悪いのか?」

 

 呪文学の教室は反対方向だし、医務室に行くにも遠回りだ。トイレには近いが、教室からはもっと近いトイレがあるだろう。

 

 「いえ。言われた課題が終わったので、図書館に行こうかと。」

 「・・・そうか。実はサボりを疑ってたんだが、悪かった。」

 

 確かにこの近くには図書館への近道があったな、と、アンペルは納得してジニーと別れた。

 

 

 ◇

 

 

 思わぬ遭遇は連鎖するのか、アンペルは曲がり角の先でふと思った。

 

 「ミスター・ポッター。」

 「・・・フォルマー先生。」

 

 グリフィンドールの二年生は、確かハッフルパフと変身術の授業だったかと記憶を探る。

 しかしアンペルが問うより早く、ハリーは弁解するように喋り出した。

 

 「あの、僕、変身術の課題が早く終わって。それで、その・・・」

 

 この近くには変身術の教室からグリフィンドール寮までの、管理人規則で使用を制限されている──つまり、みんなが使う──抜け穴がある。だが流石に教師に面と向って言うのは憚られたのか、ハリーは言い淀んだ。

 

 「近道だろう? 別に危険なわけでもないし、そのくらいでフィルチさんに告げ口したりしないさ。勝手に禁じられた森に入ったりしたら別だがな。」

 

 冗談めかして言うが、ハリーはにこりともしなかった。

 蛇語話者であることが露呈して色々と──あまり快くない方向に──注目されていたからなのだが、アンペルはそこに思い至らなかった。

 その様子に首を傾げる前に、ハリーが弾かれたように天井を仰いだ。

 つられてアンペルも上を見るが、年季の入った石造りの天井に異常はない。

 

 「先生、声が・・・」

 「声? ・・・私には何も聞こえんが・・・まぁ、年だし───」

 

 そこで、アンペルの脳裏を幾つかのピースが飛び回る。

 秘密の部屋。バシリスク。ハリー・ポッター。蛇語。天井。

 

 「まさか。」

 

 階上にバシリスクがいる『秘密の部屋』が存在するのでは? アンペルは思った。

 ちなみに正解を言っておくと、真上にある部屋はただの空き教室だ。施錠はされているが、鍵は普通に管理人室のキーボックスにぶら下がっているし、何なら『開錠呪文』も効く。別に床と天井の間に謎空間があったりもしない。

 

 「ポッター、すぐに寮に・・・」

 

 戻れ、という前に、アンペルは思索した。

 ここで別行動して、もしポッターの方が接敵した場合。蛇語による命令は、バシリスクが『継承者』による支配を受けていたり、或いは『秘密の部屋』の自動防衛機構のような存在だった場合でも効くのだろうか。

 仮に言葉が通じるとしても、蛇の王とまで言われるバシリスクだ。命令に従わない可能性は十分にある。

 

 「いや、目を閉じて、私のクロークを掴んで付いてこい。もし私が逃げろと言ったら───」

 「先生?」

 

 不自然に言葉を切ったアンペルの方を見ようとしたハリーはしかし、強引にローブを掴んで後ろを向かされた。

 

 「今すぐに、床だけを見て走れ。安全な・・・そうだな、私の部屋が一番近い。中にリラが居るはずだから保護を求めろ。」

 

 真剣な、そして剣呑なアンペルの声色と、アンペルが真っすぐに見つめる方角から流れてくる水で、ハリーは何が起こっているのかを察した。

 

 「秘密の部屋の怪物なんですね!?」

 「恐らく、な。言っておくが、見たら死ぬぞ。比喩ではなく、物理的にそういう性質を持った相手だ。」

 

 アンペルが動かないということは、まだ曲がり角の先にいるのだろう。

 待伏せしているのかもしれない。現にさっきまであれほど血を渇望していた声は、ハリーにも聞こえなくなっていた。

 

 「でも、ミセス・ノリスもコリンも石にされただけで、死んではいないって───」

 「幼体だったからだろう。そして、成長していないとも限らないし、石にした後止めを刺されない保証もない。」

 「先生は、怪物の正体を知ってるんですね?」

 「また今度教えてやる。・・・今だ、走れ!」

 

 ハリーは躊躇いながらも、振り返ることなく走り去った。

 大方、保護を求めるのではなくリラを増援として呼んでくるつもりなのだろう。

 

 

 ◇

 

 

 間のいいことに、その巨大な蛇が現れたのは、ハリーが見えなくなってからだった。

 アンペルは数秒だけその姿を捉え───慌てて視線を逸らした。

 

 「・・・思った以上だな、これは。」

 

 焦りと自嘲で、思わず独白する。

 結論から言って、バシリスクの魔眼の即死効果はそこまで高くない。。

 アンペルの想定では、魔眼を見ることで即死判定が発生し、装備や耐性で抵抗。そこから先はただ大きな蛇を()()するだけ。のはずだった。

 予想外なのは、その判定の回数だ。目が合っていたのはほんの2、3秒だったが、その倍は即死耐性を持つ装備が力を発揮したのが分かった。つまり、0.5秒に一回の即死判定だ。

 自惚れ抜きで計算しても、サイズから考えた攻撃力とスピード、そして生物最強格の毒を持つ()()ではアンペルには届かない。おそらく、牙はクロークに阻まれて刺さらないし、毒もレジスト可能だ。尾を鞭状に振るって攻撃しようが、上からのしかかろうが、クロークの防御を抜くことは無い。

 即死効果の強度も、耐性を考えればたとえ一万回試行しても防御を抜くことは無いだろう。

 

 「───は?」

 

 どう加工するか、と考えていたアンペルは、即死を含めた状態異常に耐性を付ける『智者のクローク』ではなく、()()()()()()()()()『クォーツネックレス』が力を発揮したのを感じ取り、声を上げた。

 即死していた。今のは確実に、耐性を貫通して即死効果を与える攻撃だった。クォーツネックレスを初めとする戦闘不能回避効果をもつ装備品が無ければ、間違いなく死んでいた。

 そして戦闘不能回避、とは言っても、死を瀕死に留めるに過ぎない。

 アンペルは膝から崩れ落ちるのをなんとか片膝立ちで耐え、急激に生命力を失ったことに起因する眩暈と戦いながら、バシリスクの方を見る。

 

 鱗の周りに立ち上がり、消えつつある燃えるようなオーラ。

 対魔物のスペシャリストである宮廷錬金術師として何度も見たソレを、どうして失念していたのか。いや、見くびっていたのだ。たかだか魔法生物風情が、まさかそんな隠し玉を持っているとは思っていなかった。

 魔物が持つ必殺の一撃───スペシャルアタックだ。

 

 

 



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10 遭遇2

 アンペルが部屋を出てしばらく経ったころ。

 ハミングしつつ片づけをしていたリラは、ふとアンペルのトランクに目を留めた。

 一見しただけでは普通の旅行用トランクだが、内部は拡張されているし、リラとアンペル以外が開けようとしたら自動的に内容物──大量の賢者の石──がエネルギーを放出して内部を焼き払う仕組みになっている。

 賢者の石。圧倒的な性質強化。薬効植物。リラの脳内をそんなワードが飛び交うが、像を結ぶ前に立ち消えてしまう。

 思考にかかる靄を嘆息して払うと、片づけを再開する。

 

 しばらく作業を続けていると、不意に腹部に強烈な熱を感じた。

 ちょうど錬金釜の周りを掃除していたリラは、薬液か薪でも跳ねたのかと慌てて飛び退く。

 しかし、熱源はぴったりとリラの腹部に追従してくる。直ちに火傷を負うほどの高温ではないし、普段着とはいえ戦闘装束だ。熱耐性も高い。

 慌てながら帯に手を入れ、熱源らしきものを取り出すと、見覚えのある顔と目が合った。

 去年のクリスマスに、ライザが贈ってくれたミニチュアのアンペルだ。アンペルにはリラの姿を模したマスコットが贈られた。

 確か正式名称は『映身のマスコット』だったか。互いの身に危険が迫った時、人形にも異常が現れて知らせてくれるアイテムだったはず。

 同梱の説明書曰く。普段はほんのり温かい程度だが、危機に瀕した際には危険度に応じて熱を持つ。

 

 マスコットを握りしめると、リラは一瞬だけ逡巡する。

 普段二人が一緒に部屋を空けるときは、アンペルが防御用の仕掛けを何重にも展開する。仕掛けの作動方法は教わっているリラに出来ない訳ではないが、流石に製作者でありプロフェッショナルであるアンペルより時間がかかる。人形の発熱具合を考えれば、万全ではないとはいえアンペルの防御を貫くだけの強敵を相手取ったか、或いは秀でた希少な一芸で汎用装備を無視されたか。

 最低限。それがリラの結論だった。

 部屋に入ろうとしたら一発。部屋を出ようとしたら一発。それだけ起動して、リラは全速力で廊下を駆け抜けた。正確な場所までは分からないが、マスコットはなんとなくの位置を教えてくれる。スネイプの部屋に向かってから数十分。帰り道だろうから、マスコット無しでも見当は付く。

 

 「あ、ミセス───」

 

 途中ですれ違ったハリーにも気付かないほど、リラは珍しく焦っていた。

 アンペルがトロールに吹っ飛ばされた時には、こうして危機感をダイレクトに伝えてくる道具は無かった。

 しかし今は、服の帯で揺れる小さな人形が、そのモデルとなった生命の危機を熱として表している。

 そして。

 

 パン。と、小さな音を立てて、マスコットは中身の綿を舞わせながら弾け飛んだ。

 

 「───は?」

 

 所詮は手のひらサイズのマスコットが爆ぜただけ。リラの体幹を揺らすような衝撃にはならない。

 そして動揺もない。ただ、ミニチュアの顔が静かに地面に落ちた時、彼女の中で何かが爆発した。

 

 

 ◇

 

 

 アンペルは荒い息を整えながら、バシリスクの胴体を見つめていた。

 バシリスクにとっても先の魔眼の解放は必殺の一撃のつもりだったのだろう。未だ斃れない人間を、きっと不思議そうな目で、静かに観察していた。

 アンペルは最早、なるべく綺麗に素材を残して、出来れば生け捕り、などという考えを捨てていた。

 バシリスクは、想定より戦闘慣れしている。それが『継承者』によるものなのか、或いは古の偉人であるサラザール・スリザリンの手によるものか。恐らく後者であるとアンペルは考えているし、それはつまり、相手は()()()()()などではなく、錬金術師が敵として相手取る魔物であるということだ。

 

 「とはいえ、最大火力をぶつける訳にもいかんか・・・」

 

 最上位クラスの攻撃アイテムを使えば、確かにバシリスク程度の耐性ならば跡形もなく消し飛ばすことは可能だ。

 だが当然のように、築100年では済まない室内で使っていいものはではない。

 

 動かない、とはいえ生きているアンペルを、バシリスクも獲物ではなく敵と判断したのだろう。

 鎌首をもたげ、シューシューという威嚇音を鳴らす。牙から滴る毒液が大理石の床に落ち、煙を上げた。

 

 (中級程度のローゼフラムか・・・いや、爬虫類相手ならクライトレヘルンの方がいいか?)

 

 生物相手なら確実に通用する火か、或いは変温動物向けの氷か。

 アンペルが選択するのと、バシリスクが気勢を上げ、燃えるようなオーラを立ち昇らせるのは同時だった。

 

 (バシリスクのスペシャルアタックは耐性無視か、或いは即死効果の大幅上昇。もう一度喰らって検証するか・・・?)

 

 蘇生用アイテムには余りがあるが、それは万が一、生徒が魔法薬でどうとでもなる石化ではなく、死んでしまった場合に──知る者全てへの破れぬ誓いか忘却術を前提としてではあるが──使うためのストックだ。軽々に切るべきではない。

 とはいえ、どうせ瀕死状態からの回復にはエリキシル薬剤か女神の飲みさし辺りを使うのだから、ここで使うか部屋で使うかの違いではある。

 確かにここで使えばバシリスクに、延いては『継承者』に知られることにはなるが、どうせ両方とも消すつもりだ。死霊術師や超級の錬金術師が仲間にいない限り、基本的に死人に口なしである。

 

 アンペルは逡巡し、そして今後の為にも検証を選択した。

 

 ───時に、呪詛というモノは、単純なものから複雑なものまで多種多様である。『名を呼ぶ』『指をさす』『視線を合わせる』。この辺りがホグワーツで学ぶ、最も簡単な『呪詛』である。もちろん人間程度の魔力では大した効果は出ないが、たとえば、吸血鬼にとって真名を知られ呼ばれることは弱体化に繋がるとされている。

 そして、『見る』という行為もまた、最も簡単な呪いの一つに数えられる。『視線を合わせる』の下位互換のようなものではあるが、神格を見た者は例外なく灰になってしまうと言われるように、グリムを見た者は不幸になると言われるように、確かに存在するのだ。

 先のバシリスクのスペシャルアタック。あの時に行われたのは、バシリスクからの一方的な視認だった。つまり、『見る』という呪いだ。

 

 「・・・!!」

 

 アンペルがそれに気づいたのは、保険代わりの自動蘇生アイテム『天使のささやき』を取り出したタイミングだった。

 同時に、バシリスクが動く。

 長い尾を鞭のように使い、アンペルの顎をカチ上げる。

 モノクルに付けていた繊細な装飾は跡形もなく千切れ飛び、モノクル自体も外れて飛んでいく。

 防御力と攻撃力のデッドレースには勝っている。アンペルには傷一つない。しかし───逸らしていた視線を、上げてしまった。

 当然ながら、目を閉じるまでのほんのコンマ数秒でさえ、外界の認識は継続する。つまり、視線が、目が、合う。

 

 りぃん、という澄んだ音を聞きながら、アンペルは『智者のクローク』をはじめとした状態異常耐性を発揮する装備が、一瞬だけ力を失うのを知覚し───今度こそバシリスクの想定通り、斃れ伏した。

 

 



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11 遭遇3

 誤字訂正しました。報告ありがとうございます。


 水浸しの廊下に、うつ伏せで倒れ込んでぴくりともしないアンペル。

 背筋に凍り付いた鉄棒を差し込まれたような感覚を味わいながら、リラは座り込み、仰向けにしたアンペルの頭を膝に乗せる。

 脈はない。確実に心臓は停止しているし、濡れた胸元は上下したりしない。

 

 こいつを蘇生するのももう何度目だ。慌てるな。これはアンペルの作品だ。あいつの腕は確かだ。間違いなく成功する。絶対に蘇生する。そして油断したと、ばつが悪そうに苦笑するはずだ。

 そう思う、そう信じる半面で、リラの心の片隅にはいつも悪夢がある。

 もし失敗したら? もしエリキシル薬剤でも蘇生できない、アンペルの傷のような『死』だったら? これを飲ませても、振りかけても、この瞼が開かなかったら?

 強敵と直面するたびに、アンペルが死ぬたびに、潰れそうになる程の不安を抱えて蘇生してきた。

 

 マスコットが破裂する場面がフラッシュバックする。フィルフサに踏みつぶされたアンペルの死体が。精霊に焼き殺されたアンペルの死体が。蝕みの女王に首を刎ねられたアンペルの死体が。次々に脳裏を過る。

 これまでに何度となく見た場面のはずだ。戦闘の末の死と蘇生は、一定以上の力を持った錬金術師や魔術師、死霊術師なら当然のこと。今更怯えることでもない。

 

 だが、一緒に戦闘していたのならともかく、全くの知覚外で死んでいるのは初めての事だ。

 もし自分の知らない、蘇生不可攻撃だったら? もし───この先の一生を、アンペルのいない生涯を過ごすことになったら?

 戦闘中なら、アドレナリンのような興奮物質がネガティブな思考を妨げてくれる。だが今は、焦りと不安が思考を歪めていた。

 

 「アンペル───」

 

 死んでいるのなら、それは意味のない呼びかけだった。少なくとも、エリキシル薬剤やネクタルのような蘇生系アイテムを使ってからするのが正道といえる。

 だが今回に限っては、それは正解だった。

 

 「────なんだ、リラ。気付いてたのか。」

 「・・・!?」

 

 死者からの返答ほど驚くことも少ないだろう。

 リラの身体が跳ね、その拍子にアンペルの身体が床に落ちた。

 

 「戦闘中でもないのに、随分な扱いじゃないか。」

 

 ごつ、というあまり聞きたくない音を額で鳴らしたアンペルが不満そうに言う。

 確かに戦闘中は、回避ついでに死体にエリキシル薬剤をぶっかけて蘇生、敵の攻撃が届かない安全圏までぶん投げる・・・という扱いも偶にはある。

 

 「す、すまん。その・・・急に生き返るからだな・・・」

 「悪かった。なら、今度は声を掛けてから生き返ろう。」

 

 そこでようやく、からかわれていたことに気付くリラ。自動蘇生アイテムをあらかじめ使っていたのだろう。

 一発殴ろうかと拳を振り上げるも、残念ながら手首には最上位武装のオーレンヘルディンが付いている。

 

 「・・・どうだった?」

 「バシリスクの成体だった。かなり戦闘慣れした個体で・・・スペシャルアタックは耐性無効化と即死効果だ。それ以外のスペックはそう高くない。」

 「耐性無効化だと?」

 

 影の女王ですら使えない、特級すぎる攻撃だ。リラは心配、怒り、驚愕と、情緒が乱高下して眩暈すら覚える。

 しかし、実際に対峙し、一度死んでまで分析したアンペルは首を振る。

 

 「要はタイミングだ。即死の呪いが視線で発動する・・・つまり、発動から着弾までが光速と言える以上、発動してからの対処は困難だ。事前に自動蘇生アイテムを使うか、発動前に倒すかだ。」

 

 アンペルもリラも、スピード重視の攻撃魔法や手数重視の物理攻撃をベースとした戦闘スタイルになっている。その点ではむしろ相性がいい。

 

 「なら、耐性は無視して速度を優先するか?」

 「いや、魔眼による即死能力は常時発動型だ。試行回数がとんでもないからな・・・耐性は完璧にしておこ・・・う。」

 

 アンペルの不自然な言い淀みに気付かないリラではない。なんとなく嫌な予感を覚えながら、とりあえず吐けと胸倉を掴んで詰め寄った。

 

 「もし『耐性無視』ではなく、『耐性の大幅低下』だった場合・・・それを上回る耐性を準備すれば、どうなる?」

 

 耐性を100%下げられるなら、200%用意すればいいじゃない、の理論である。

 この期に及んで脳筋思考から離れないアンペルに、リラの呆れた視線が向けられる。

 

 「もし『耐性無視』だったら、ただの枷だな?」

 「それは・・・その通りだが。」

 

 錬金術師は、探求者だ。

 ある者は人々のために、またある者は利益のため、またある者は知識のため。錬金術の最奥を目指す。

 特に宮廷錬金術師と呼ばれる一握りは、探求の為なら倫理観ですら投げ捨てる。世界を住民もろとも食い潰すような輩だ。

 そして、アンペルも最低限の道徳を忘れていないだけで、寿命・生死すら意のままに操らんとする、冒涜者といえる。少なくとも本人はそう嘯く。

 命は有限だが、貴重ではない。

 何十回と死と蘇生を繰り返していれば、そんな価値観が染みつくのも仕方ないのだろうか。

 

 「その時は───また装備を替えてやり直せばいいだろう?」

 

 リラはアンペルを張り倒したい衝動に駆られたが、いま殴れば高確率で首が刎ね飛ぶ。いくらクロークの防御力が高かろうが、所詮は魔術防御用。しかも普段使い用の低品質。物理攻撃に秀でた戦士の一撃を受け切れるほどのものではない。

 それにリラには、アンペルがここまで性質の解明に拘る理由も分からないではないのだ。

 ライザのため。より正確には、今後必ずライザに同行してバシリスク狩りに行くことになる、クーケン島の友人たちのため。

 大人として、先人として。或いは師として。道を示してやりたいのだろう。

 

 「その間に出るホグワーツ生の被害は?」

 「・・・そうだな。」

 

 アンペルも分かってはいたのだろう。

 ここは意地を張っていい場面ではない。

 確かに、殺したあとサンプルを解析するのと、生きている間のデータと死後のサンプルの両方を調べるのでは、圧倒的に後者の正確性が高い。

 だが一人ずつでもバシリスクを打倒できるだろうライザたちと違って、ホグワーツ内ではダンブルドアなら或いはというレベルだ。

 

 アンペルが渋々といった体で頷く。

 

 「先生! 無事だったんですね!」

 「フォルマー先生、一体何が・・・?」

 

 嬉しそうに駆け寄ってくるハリーと困惑気味のジニーに、アンペルは水浸しの廊下に座り込んだまま手を振って応えた。

 

 

 

 

 

 



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12 不幸は続く

 アンペルが事の顛末を報告したとき、真っ先に声を上げたのはロックハートだった。

 

 「もし私がその場に居れば、フォルマー先生も気絶することなく───」

 

 流石に死から蘇生したとは言っていない。魔眼を見ないように戦った結果、フィジカル攻撃で気絶したと偽った。

 

 「───無傷で、バシリスクを打倒して見せましたのに!」

 

 それを聞いて、リラの眉根が寄せられる。だけでは済まず、組んだ腕を握る手に力が籠り、僅かに殺気すら漏れている。

 他の教師たちも、表情から呆れが滲み出ている。アンペルですら苦笑するほどだ。

 

 「あー、例えばどのように?」

 

 リラが激発する前に、アンペルがロックハートを庇う位置に進む。

 ロックハートは気づかないばかりか自信ありげに、秘策があると言った。

 

 「即死効果を防げると?」

 「左様。相手の攻撃を跳ね返せばいいのです、杖をこう───」

 

 杖を複雑に振り回すロックハート。フリットウィックが頭を抱えるが、アンペルの位置からは見えない。

 

 「そうですか。では今度はお願いします。私は───他にも山ほど仕事があるので。」

 

 うんざりとした表情でダンブルドアを見るが、彼は悪戯っぽく微笑して首を横に振った。

 とりあえず暴れ柳の修復。車が雪辱に来ないかの確認。可能なら捕縛。バシリスク襲撃の警戒───ただ殺せばいいという訳ではなく、生徒と城を守りつつというのが面倒極まる───と、仕事は山ほどあるのだ。というか暴れ柳の修復ぐらいやれよ、という視線をスネイプに向けるが、通じなかった。

 加えて言えば賢者の石の防衛もだ。こればかりは自己責任なので何とも言えないが。

 

 「フォルマー先生には申し訳ないが、今回の相手は蛇の王と云われるバシリスク。しかも戦闘慣れした個体とのことじゃ。こちらも相応に戦闘慣れした人に対応頂かねば、生徒たちも安心できんじゃろう。」

 「はぁ。ではセブルス───」

 「そういうことであれば、やはりフォルマー先生以上の適任はいらっしゃらないのではありませんかな?」

 

 スネイプが嫌な笑みを向ける。押し付け失敗である。

 

 「あー・・・では手を貸していただけますか、ロックハート先生?」

 「・・・えぇ、勿論。戦闘経験であれば、私も負けるつもりはありませんからね。」

 

 ロックハート先生は捻り出したような笑みを浮かべたが、アンペルはにこりともしなかった。

 心中にあるのはただ一事のみ、つまり。

 

 「校長、特別休暇の追加を。」

 

 こんなところにいられるか、私はクーケン島に帰るぞ! である。

 

 

 ◇

 

 

 結果から言うと、アンペルは追加の休暇を得ることは出来なかった。

 正確に言えば、それどころではなくなった、の方が正しい。

 

 「・・・どういう状況だ、これは?」

 

 校長室から帰ってきたアンペルを迎えたのは、永久凍土と見紛うほどの氷で覆われた廊下だった。

 

 「・・・何者かが侵入を試みた、ということだろうな。」

 

 分かり切ったことを聞くなと言わんばかりのリラに、アンペルは頷く。

 アンペルの私室に数ある侵入対策の一つ、クライトレヘルンによる自動防御だ。

 

 「何者か、というか。バシリスクだろう。」

 

 氷に埋もれて見えにくいが、巨大な蛇の抜け殻が氷に沈んでいた。

 バシリスクがわざわざ侵入しようとするとは考えにくい。おそらくは『継承者』の指示だろう。

 そして、わざわざアンペルの部屋に入ろうとする理由は二つしかない。

 中にいる──と『継承者』が予想した、実際にはアンペルの元へ向かっていた──リラを殺すため。

 或いは────賢者の石。

 もちろん錬金術による強力な薬剤、つまりバシリスク対策を恐れてのことかもしれないが、そんな情報を知っているのは教師の中でも数人と、去年トロール騒ぎに巻き込まれた三人、あとはヴォルデモート卿くらいだ。

 

 もし後者だとすれば、継承者とやらはヴォルデモート卿だ。アンペルが100以上の賢者の石をこの部屋に隠し持っていることを知るのは彼しかいない。

 逆に前者なら、それは継承者にとってもバシリスクにとっても不運なことだ。

 アンペルとリラを、しかも十全ではないにしろ、情報を得てしまった二人を相手取るのだから。

 だが、とりあえずこの場で最も不運なのは。

 

 「どうやって入る? エターンセルフィアで融かすか? 恐らく辺り一帯が溶岩に沈むが。」

 「掘るにも削るにもこの量はな・・・」

 

 部屋から閉め出された二人だろう。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 数日後。

 ようやく氷河を掃除した──結局タルフラムで少しずつ発破した──二人は、その報告に校長室を訪れていた。

 しかし、出迎えたのは副校長のマクゴナガルだった。

 

 「は?」

 「ですから、ダンブルドア校長は現在停職中です。新たな犠牲者が出るのを止められなかった責を問われて、理事会に罷免されたのです。」

 

 新たな犠牲者、という単語に引っかかりを覚えたアンペルは、憤懣やるかたないといった状態のマクゴナガルに問うことはせず、代わりに側にいたフリットウィックに水を向けた。

 

 「我がレイブンクローのクリアウォーターと、グリフィンドール寮のグレンジャーです。昨日の夜遅くに───」

 「彼女たちはこれを握っていました。万が一バシリスクに出会ったとしても、辛うじて死を免れるようにでしょう。」

 

 秘密の部屋の怪物がバシリスクであるという情報と、目を見てはいけないという警告は既に学校中に掲示されている。

 おかげで曲がり角を曲がるときは手鏡を使うのが大流行しているわけだが、石化で済んだからと喜ぶわけにはいかない。

 

 「・・・フォルマー先生、もはや一刻の猶予もありません。バシリスクの討伐に必要なものがあれば、校長代理として許可します。速やかな排除を。」

 「・・・バシリスクのねぐらが分かれば、私と───」

 

 「私が行きましょう! 私の生徒をこれ以上傷つけさせるわけには行きませんからね!」

 

 いつから居たのか。ロックハートが肩を怒らせてアンペルの隣に並ぶ。

 

 「副校長。私とフォルマー先生であれば、必ずやバシリスクを討伐出来ましょう。」

 「・・・では私とリラと、ロックハート先生で突入します。他の先生方は調査をお願いします。」

 

 

 

 そんな会話をしていれば、血糖値も下がろうというモノだ。

 部屋に戻ったアンペルは、リラの入れた躍動シロップ入りの紅茶を一息に飲み干すと、大きなため息を吐いた。

 

 「最大戦力は罷免された上に、バシリスクの寝床に足かせ付きで行ってこい? ふざけてるのか!?」

 

 アンペルらしからぬ激昂。漏れ出る魔力はティーカップを割るのに十分だった。

 粉々に崩壊するティーカップの残骸が、握りしめた拳の内側からさらさらとカーペットに落ちる。 

 

 冷静に考えれば、バシリスクに出会った瞬間に足枷は即死するだろう。だが出会う前に恐怖で発狂でもされると面倒極まりない。というか本当にそうなった場合、殺してバシリスクの餌にする。

 

 「落ち着け、アンペル。とりあえず今日はもう休───」

 

 そして。不幸は続く。

 

 夜風を入れようと開けていた窓から、金属がひしゃげるような音とバキバキという枝の折れる不快な音が飛び込んでくる。

 いつぞや、聞いた音だ。二度と聞くことは無いと思っていた音でもある。

 遠く、「ハグリッドじゃなかった!」という嬉しそうな声がした。

 

 「あー・・・アンペル?」

 

 彼にしては珍しく、おそるおそるといった体で窓を覗く。

 夜闇を切り裂くヘッドライト。唸りを上げるエンジン。振り下ろされる枝。飛び散る葉。

 ぶちり、と、リラは確かにそんな音を聞いたという。

 

 




 次回 科学 vs 錬金術
 ・・・いや、そんな話はプロットにない。


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13 捕獲

 アラゴグの子供たち、つまりハリーとロンを捕食しようと追って来ていた大蜘蛛の群れを、ウィーズリー氏の空飛ぶ車はいとも容易く振り切った。

 二人はつかの間の安堵を、ふよふよと不安定ながら浮遊する車の上で共有する。

 

 「助かった・・・」

 「ハグリッド、僕たちが食べられるとは思わなかったのか!?」

 「そうかも。アラゴグも友達だって言ってたし・・・ロン、前!」

 

 ハリーが悲鳴を上げるが、もう遅い。

 ただいま!と、クラクションを鳴らしながら、空飛ぶ車は暴れ柳に衝突した。おかえりの抱擁はいささか手荒だったが、車が喰らう頃には二人とも車から投げ出されていた。

 

 「いてて・・・」

 「またかよ!」

 

 二人は悪態をつくが、前回とは違って車vs木の戦闘を見るだけでいい。鉄の棺桶に閉じ込められていないのは素晴らしかった。

 

 「あー。ハリー、まずいかも。」

 「まずい? どうして?」

 

 ハグリッドは犯人じゃなかったんだ! とハリーは嬉しそうに言うが、ロンの叫びはもっと大きかった。

 

 「危ない、ハリー!」

 

 暴れ柳の右フックを喰らった車が、勢いもそのままに二人の方に飛んでくる。

 残念ながらロープもフェンスもなかった。

 

 しかし、二人は幸運であった。

 車はどういうわけか、二人に衝突する寸前に姿を変える。

 

 それは、キューブだった。

 表面にどこか禍々しい幾何学模様の光るラインをあしらった、宙に浮く箱状のなにか。

 

 「時間は空間に作用する。魔法を学べば、いつかお前たちもこのくらい出来るようになるだろう。」

 

 だがそんな未来は訪れない。お前たちはここで死ぬからだ。

 そう付け加えられそうな、憎悪の籠った声だった。

 

 「フォルマー先生!」

 

 そんなことには気づかず、二人は安堵の声を上げる。

 苦虫を噛み潰したような顔で、アンペルは手のひらサイズまで縮んだキューブを弄ぶ。

 

 「禁じられた森に入ったのか?」

 「・・・はい、先生。そのことでお話したいことが。」

 

 勘弁してくれ。そう零しそうになる口を嘆息で誤魔化す。

 アンペルは教師だが、寮監ではない。授業時間外の規則違反は、原則として──つまり誰も気にしていないという意味だ──寮監が罰則や減点を課す。

 ここでハリーとロンの言い分を聞き、説教を垂れるか否か、罰則を課すか否かを決定する()()()()()

 

 「・・・悪いが、私は忙しい。あとで寮監か森番のところに行きなさい。」

 

 迎撃間に合わず、無事(?)傷を増やした『暴れ柳』を一瞥する。

 

 もう別の『暴れ柳』を探して植え替えた方が早いんじゃないだろうか。

 そんなことをぼーっと考えていたアンペルは、あやうく次の言葉を聞き逃すところだった。

 

 「先生は、アズカバンのことをご存知ですか?」

 「・・・なに?」

 

 これは脅しだろうか。話を聞かなければブチ込むぞという。

 相手がもっと強力な──ダンブルドアくらいの──権力と魔法力を持った魔法使いなら口角も上がろうが、生徒相手なら不快感も湧かない。

 

 「ハリー、その言い方はあんまりよくない、かも。」

 「え? ・・・あ、そうじゃなくて。ハグリッドがそこに入れられたかもしれなくて、それで───」

 「ハグリッドが?」

 

 魔法生物の専門家がアズカバン送り。最大戦力である校長は罷免。

 いっそ作為的なほどのタイミングの良さだ。

 

 「どうしてだ?」

 「秘密の部屋が前に開いたときも、ハグリッドが疑われて退学になったらしくて・・・」

 

 前回はそれで被害が収まったらしい。だが今回は───

 

 「いつ拘束された?」

 「三日前です。・・・ハーマイオニーが襲われた翌日に。」

 

 猛烈に嫌な予感がする。

 ここまで戦力を削いでおきながら、ハグリッドに罪を擦り付けて事件終了、となるだろうか。

 あのバシリスクはかなり戦闘慣れしていた。『継承者』がその気になれば、ダンブルドア不在のホグワーツ教師陣など2日で壊滅する。その先はただのマンハント。バシリスクが空腹になれば生徒を殺し、喰らう、最悪のルーティンが出来上がるだろう。

 

 「それで、ハグリッドがアズカバン送りになったことと、お前たちが森に忍び込んだこととどんな関係がある?」

 「僕たち、バシリスクの弱点を探してて・・・」

 「それで、無機物の車を探しに行ったのか?」

 

 アンペルがキューブを示すと、二人は首を傾げた。

 

 「あの、先生のその魔法は・・・?」

 「そんなすごい魔法があるなら、バシリスクも倒せるんじゃないですか?」

 「いや・・・そもそもバシリスクに魔法は通じにくい・・・はずだ。未検証だが、貴重な一手を無駄にできる相手じゃないように思える。」

 

 顔を見合わせて、二人はひそひそと言葉を交わす。

 

 「フォルマー先生が警戒するほど強いのかな?」

 「さぁ? けど臆病風に吹かれるタイプじゃなさそうだし・・・」

 「とにかく、お前たちが車を手に入れようとしていたのは分かった。だが生徒をバシリスクと戦わせるわけにはいかん。」

 

 二人は一言もそんなことは言っていないのだが、アンペルは冷静さを欠いていた。

 これ幸いと、二人は車だったキューブの没収を渋々──に見えるように──受け入れ、寮監の部屋へ向かった。

 

 その背中を見送り、アンペルは手中に視線を落とす。

 

 諸悪の根源。規定外労働の発端であり、そもそも違法と言える物品だ。

 さてどうするか。選択肢は三つだ。

 一つ。魔術で塵も残さず風化させる。

 一つ。双子を通じでウィーズリー氏に返還する。

 一つ。クーケン島に送る。

 

 「ふむ。」

 

 アンペルはキューブをポケットに仕舞うと、再度、暴れ柳を一瞥した。

 当然ながら、傷の数は変わらない。ゆらゆらと風に揺られる葉と枝は、凶暴性を感じさせない静謐さを湛えていた。

 

 




ゲームでもさらっと流されてるけど、しれっと時間干渉魔法とか空間干渉魔法とか使ってるあたり、宮廷錬金術はたぶん全員怪物。


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14 完成。しかし

 「か、完成だ・・・!」

 「漸くだな。お疲れ様、アンペル。」

 

 いつぞや、リラが持ってきたぷにの着ぐるみは、アンペルの手によって大型のクッションに改造されていた。

 アンペルが飛び込むと、ぐにゃりと歪んで体重を分散して受け止める。

 理解不能な、およそ言語の域にない労働への怨嗟を漏らしながら、アンペルはクッションに顔を埋めた。

 

 鉢植えの暴れ柳は完全に、つまり不自然な強化なく修復され、窓から吹き込む夜風を受けて静かに揺れている。

 

 「あぁ・・・リラも、随分と付き合わせてすまなかった。ありがとう。」

 「気にするな。私は・・・お前の“助手”なのだからな。」

 

 冗談めかして、リラは扉に向かった。

 顔を埋めているアンペルにもうっすら聞こえるほど、扉が激しく叩かれていた。

 

 「フォルマー先生! いらっしゃいますか! フォルマーせ・・・んせいは、いらっしゃいます、か?」

 

 扉を叩いていたのは、珍しいことにマクゴナガル先生だった。

 普段の礼節を重んじる彼女ではありえない、焦燥の見えるノックと呼びかけはしかし、リラの顔を見た途端に終息した。

 

 「少し静かに。アンペルはいまとても疲れている。つい先ほど、校長からの依頼品を仕上げたのでな。」

 「そ、そうですか。それはとても───」

 「これがそうだ。暴れ柳の根元に一滴ずつ、四方を囲むように垂らすといい。それでは。」

 

 リラが緑色の薬液が満ちた小瓶をマクゴナガルに押し付け、どさくさに紛れて扉を閉めようとする。

 マクゴナガルは扉が閉まる寸前で、自分の用事を思い出した。

 

 「い、いえ。そうではなく。フォルマー先生は───」

 「言ったはずだ。疲れていると。」

 

 漏れ聞こえてくるリラの声から察するに、彼女はとても怒っていた。

 アンペルは触らぬ神に祟りなしと寝たふりを決め込むが、続くマクゴナガルの言葉でそうもいかなくなる。

 

 「ですが、生徒が『秘密の部屋』に攫われたのです。既にロックハート先生が救助に向かいましたが───」

 「『部屋』の場所が分かったのか?」

 「ロックハート先生はご存知だと。」

 

 アンペルはクッションに埋もれたまま、錬金術を終えたばかりで過熱気味の頭を回転させる。

 生徒が「攫われた」というのは不可解だが、『部屋』の位置が割れたのなら好都合だ。

 バシリスクを適度に痛めつけられる装備を整え、素材サーバーとして未来永劫死んだように生き続けて貰おうか。そう、いつものように考えて、すぐに却下する。

 バシリスクは戦闘経験を積み、さらには広範囲型とはいえクライトレヘルンの炸裂を受けてなお、凍土からの脱出を可能とする程度には強靭だ。とはいえ、それは野性、本能による戦闘能力に過ぎない。

 生徒を殺すでも石化させるでもなく、「攫った」というからには、それはバシリスクではなく『継承者』の仕業だろう。つまり、いま部屋に突撃すれば、最低でも魔法使い一人とバシリスク一匹を同時に相手取ることになる。

 

 なるが────そんなものは、別に問題にはならない。

 

 問題になるのは攫われた生徒、人質の方だ。

 それをどうにかしないことには、ジョーカーが切れない。と、そこまで考えて、アンペルは()()()になっている自分に気が付いた。

 

 クッションに顔を埋めたまま、アンペルは口角を上げた。

 

 「ですから───」

 「だから────」

 

 未だ言い合っていた二人を一瞥し、アンペルはクッションから起き上がった。

 

 「リラ。」

 「・・・アンペル?」

 「私は教師だ。生徒の危機を見過ごすことは出来んさ。」

 

 見定めるように、リラがアンペルの身体を上から下まで睥睨する。

 少しでも不調を認めれば、彼女は意識を刈り取ってでも休ませるだろう。アンペルは畳みかけるように、矢継ぎ早に説得を重ねる。

 

 「それに、先を越されては素材を剥ぎ取れなくなるかもしれないし、ロックハート先生の手に余るかもしれない。というか十中八九そうだろう。殺されている程度ならまだいいが、『服従の呪文』を使われて敵対されると面倒だ。リラ、急ぐに越したことはないんだ。それに────」

 

 アンペルは少し移動し、マクゴナガルからは顔が見えないところに立った。

 リラが訝しそうに眉を寄せ、やがて理解したように口角を上げた。

 

 アンペルは口の動きだけで、リラにこう伝えた。

 

 「さっさと寝たい。」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 マクゴナガルが言った通り、ロックハートは既に自室には居なかった。

 夜逃げの準備でもしたように、私物の類は全てトランクに押し込まれていた。

 まるで誰かに追い立てられたかのように、中途半端に開いたトランクからローブが垂れ、部屋の扉が開け放たれていた。

 

 「どうする?」

 

 二人は『秘密の部屋』の場所を知らない。

 安楽椅子に掛けたまま敵を倒すことなど出来ない二人にとって、そして接敵すれば確実に下せる二人にとって、唯一の関門がそれだった。

 ロックハートが部屋の場所を知っているというからここまで来たのに、時間を無駄にした。

 

 「どうしようもない。・・・バシリスクの出現場所から推理するしかないだろう。」

 「そうなるか。一応、精霊たちに尋ねてみよう。」

 

 アンペルが部屋を後にしながら頭を抱える。

 リラはその数歩後に続き、顎に手を当てて考え込んだ。

 

 「猫の吊られた廊下と、ゴーストの殺された廊下、お前が戦闘した場所・・・全て城内の廊下だな。寮のある塔や、階段じゃない。」

 「だがフロアは違う。4階、2階、3階・・・そういえば、どうして教室や広間に現れなかったんだ?」

 「それは・・・待て、アンペル。反応ありだ。」

 

 アンペルが振り返ると、リラが複数の小さな光───精霊を周囲に浮かべていた。

 歌うように、精霊の言葉が紡がれる。アンペルには音色のようにしか理解できないそれを、リラが精霊と交わす。

 

 「アンペル、入り口が分かった。場所は───あー・・・」

 「どうした?」

 

 リラは自分の耳を疑っているようだったが、すぐに精霊たちの言葉を訳した。

 

 「女子トイレらしい。」

 

 




 勝手に地下に空間作って危険な生物飼って、そのうえ入り口を女子トイレに設定した偉大なる魔法使いがいるらしい。


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15 秘密の部屋1

 「おぉ、本当だ。」

 「柳の次はトイレの修理をすることになりそうだな。」

 

 まずトイレの便器を6つ全て。次に6つの流しが付いた円形洗面台を丸ごと吹き飛ばしたアンペルは、水道管ではないトンネルのようなパイプを発見した。

 なにか重い、硬質なものが擦れた跡があるのを見るに、バシリスクの移動ルートなのだろう。

 

 「パイプを使って移動していたのか? ・・・なるほど、それでどこもかしこも水浸しだったのか。」

 

 呟きながら、アンペルはぽっかりと空いたトンネルに小さな小瓶を投げ込んだ。

 リラが不思議そうな顔になったのを見て、アンペルがトンネルを指して説明する。

 

 「禁忌の雫だ。トンネルの先に大口を開けたバシリスクが待っていないとも限らないからな。」

 「あぁ、それは・・・」

 

 リラが苦笑する。

 確かに想像するといささかシュールな絵面だが、そこに自分が滑り落ちて死ぬのはもっとシュールだ。

 

 数秒ほど待つが、何も聞こえてこない。

 二人は顔を見合わせて、まずリラが穴に身を踊らせた。

 

 

 ◇

 

 

 一見して、ハリーとロンは絶体絶命の窮地に在った。

 ジニーが『秘密の部屋』に攫われたと聞くや、部屋の場所を知っているだとか、バシリスクなど取るに足らないだとか吹聴していたロックハートを連れて──というより引き摺って──突入した。

 そして今、そのロックハートに杖を向けられている。

 

 「坊やたち、お遊びはこれでおしまいだ! 私はこの皮を少し学校に持って帰り、女の子を救うには遅すぎたとみんなに言おう。君たちは女生徒の無残な死骸を見て発狂したともね。さあ、記憶に別れを告げるがいい!」

 

 ロックハートが「得意」と断言した魔法、忘却呪文の光が閃く。

 その寸前で、ガラスの砕ける音が微かながら、全員の耳に届いた。

 

 「今のは? ・・・まあいい。───ぁ」

 

 杖を振り上げた姿勢で、ロックハートが硬直する。

 その顔はすぐさま苦痛に歪み、姿勢が揺らぐ。

 

 「───?」

 

 ハリーが怪訝そうな顔になるが、動く前にロンが声を上げた。

 

 「ハリー、動いちゃダメだ!」

 「ロン?」

 「こいつの首を見て!」

 

 斃れ伏したロックハートの首筋に、紫色の斑点があった。

 つい先ほど三人が滑り降りてきた穴の出口に、割れた小瓶と、そこから零れたらしい紫色の液体が見て取れる。

 さらに目を凝らせば、ロックハートのローブから覗く足首は紫色の斑紋に覆われ、壊死しかかっていることが分かる。

 

 「それ───たぶん、何かの毒だと思う。前にフレッドが蛇に噛まれたんだ。その時に似てるけど、もっと酷いや。」

 

 二人が口を押えて後ずさる。

 見てどうなるものでもないと理解してもなお、足元の砂利に染み込んでいく紫色の液体を見つめずにはいられない。

 そして、二人が凝視する前で、トンネルから二人の人影が現れた。

 

 「っと、アンペル。割れているぞ。」

 「その上ロックハートにかかったらしい。・・・バシリスクのせい、ということにしておくか。」

 

 リラが呆れ交じりに、アンペルの冗談に口角を上げる。

 

 「バシリスクの毒より幾分か強力な毒だがな。・・・それで、またお前たちか。」

 

 二人が部屋に行く前に再三、マクゴナガルが協力を仰げと他の先生に言っていた。

 そして二人も、一年生のころからその強さを実感している、ホグワーツ最強と目される二人。

 

 その見定めるような視線を受けて、二人はたじろいだ。

 去年、賢者の石を追っていた時にも感じた威圧だが、今回は過去よるも幾分か鋭く感じた。

 それはアンペルが低血糖で苛立っていたり、リラもアンペルが扱き使われているのを良く思っていなかったり──とは随分と控えめな表現だが──することによる、いわば悲しき間の悪さが原因なのだが、二人は知る由もない。

 

 「あ、あの、先生・・・?」

 

 ロンの震え声を、二人は完全に無視して奥へ進む。

 二人にしてみれば、アンペルはロックハートを恐るべき猛毒で殺した、それもバシリスクにやたらと詳しい殺人者である。

 入学してからずっと世話になっていた相手ではあるが、二人の視線に恐怖が混じるのも当然だろう。

 

 「まさか、先生が?」

 

 すれ違いざまにハリーが零した一言に、リラは過剰なまでに反応した。

 

 「なんだと?」

 「だって、そうでしょう? この『部屋』に入るには蛇語を話さなきゃいけないし、そもそもこの場所の事だって・・・それに、先生はバシリスクについて凄く詳しかった。」

 

 アンペルは無視して進もうとするが、リラが完全に足を止めたことで立ち止まらざるを得なくなった。

 

 「リラ、先を急ぐぞ。」

 「バシリスクの目を直接見なければ死なないということも、先生の力なら簡単に実験できたはずだ。」

 

 正解である。直接見た場合の致死率について言及すれば追加点、バシリスクの打倒可能性に正解すれば満点だ。

 ハリーの言葉を聞き、ロンの顔がどんどん蒼褪めていく。

 アンペルとリラの戦闘力を実感したのは各一度のみ。しかし、トロールを白兵戦で下す戦士と、空間操作すら可能にする魔法使いであることは知っている。

 もしアンペルが『継承者』なら、ジニーの奪還どころか二人が生きて帰れるかすら怪しい。

 

 「───先生が、継承者なんですね?」

 

 しかし、ハリーの正義感は、恐れなど容易にねじ伏せる。

 未だ杖はハリーの手にあり、ジニーを取り返すという目的も達していないのだから。

 

 ハリーが杖を握りしめ、信じた相手に裏切られていた怒りを表出させる。

 それを見咎め、リラが姿勢を低く構える。

 力も速度も正確性も、普段使い用ではなく戦闘用の装備に切り替えた今の二人は、いつもより数段強い。

 

 「杖を下ろせ、ポッター。」

 

 リラの視線に険を超え怒りが宿るのを見て、アンペルは先にハリーを止めた。

 しかし、この場においては逆効果といえるだろう。

 安易な制止は激発を生む。

 ハリーの杖に不可視の魔力が集中するのを、二人は常外の視力で確認した。

 

 「アラーニア・エグズメイ!」

 

 放たれたのは蜘蛛避け呪文。対人において殆ど効果を発揮しない呪文だ。

 しかし、効果が無いのなら、それは防御の対象にもならないのではないだろうか。ハリーはそう考えた。

 ハリーの知る中で最も効果の高い対人攻撃呪文は、相手を石化させる全身金縛り術か、武器を奪う武装解除呪文だ。しかし、直接的な攻撃は錬金術優位の法則によって効果を発揮しない。成人した魔法使いの攻撃でさえ──ロックハートの技量がどれほどの物かは知らないが──防げるのだ。学生風情が突破できるものではないだろう。

 

 しかし、蜘蛛避け呪文は蜘蛛に対して攻撃力を持つ閃光を放つ魔法だ。

 人間相手ならば単なる閃光。意味はない───目くらまし以上の意味は、だが。

 

 リラの眼前で、視界を白一色に染め上げるであろう光量が炸裂する。

 

 その背後のアンペルも目を細めたのを確認して、ハリーはその横を全速力で駆け抜けた。

 

 

 



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16 秘密の部屋2

 閃光の出所であったハリーとは違い、ロンはある程度俯瞰して状況を観察できた。

 炸裂した閃光の向こう側、呆れ顔のリラと感心したように目を細めるアンペルの表情も、しっかりと。

 

 「着眼点はいい。機転というのはセンスに依るところが大きいからな。」

 「それも知識あっての事だろう。経験不足は仕方ないにしても、相手の技量を読めないようではいつか痛い目を見るぞ。」

 

 ロンは困惑しつつ、教師然とした雰囲気を漂わせる二人に釣られて挙手をする。

 

 「あの・・・先生たちは敵じゃないんですか?」

 

 呆れと怒りが混じった表情のリラではなく、努めてアンペルに視線を固定して尋ねる。

 アンペルもやや苦笑気味になると、緩やかに首を横に振った。

 

 「違うとも。私たちは誘拐された生徒を助けに来ただけだ。・・・二人、救助対象が増えたがね。」

 

 それだけ言うと、アンペルは踵を返した。リラも続き、取り残されそうになったロンが慌てて後ろに続く。

 

 「あの、先生? 先生は、攫われた生徒をご存知ですか?」

 「いや、知らないな。ただ生徒が拐されたので救出してくれと・・・言われただけだ。」

 

 自分で言っておきながら苛立ちを募らせるアンペル。

 本格的に休暇を取らねば爆発しそうだと自己分析しつつ、脳内で休暇のプランを組み上げていく。

 とりあえず王都に戻り、不用品の整理や外貨の換金。次いでクーケン島に行きバカンス。最高だ。バーベキューでもするか。

 

 そんなことをぼんやりと考えながら、アンペルは行く手を阻む円形の鉄扉を吹き飛ばした。

 

 

 ◇

 

 

 トム・リドルの幻影と対峙したハリーは、自らの早とちりを悔いていた。

 

 「フォルマー先生は『継承者』じゃなかったんだ・・・君が全て仕組んだんだ、ハグリッドのことも!」

 「フォルマー? ・・・奴のような血の定かでない者が『継承者』なわけがないだろう。奴め、いろいろと邪魔をしてくれたが・・・フン。確かに奴に魔法は効かないが、バシリスクの目は別だ。」

 

 杖は奪われ、手には古びた帽子だけ。対するリドルは、部屋の最奥にある巨大なスリザリンの顔を模した石像に語り掛ける。

 

 「スリザリンよ。ホグワーツ四強の中で最強の者よ。我に話したまえ。」

 

 喉を絞るような不快な音。しかしハリーには意味がしっかりと理解できた。

 軋みを上げ、石像の口がゆっくりと開いていく。続く、重いものがこすれる音を聞いた時、ハリーは咄嗟に目を瞑って後退した。

 

 しかし杖もなく、リラやアンペルのような戦闘能力も持たないハリーにはどうすることもできない。

 古びた帽子を握りしめる手に、自然、力が入り───轟音と衝撃が足元を揺らした。

 

 バシリスクの攻撃だ。ハリーがそう思っていたのは、リドルが慌てたような声を漏らすまでの一瞬だった。

 

 「やはり来たな、フォルマー!」

 

 ハリーが振り返ってから目を開けると、秘密の部屋の入り口を固く守っていた鉄扉が、石造りの壁ごと吹き飛ばされていた。

 砂埃と粉塵の舞う中に見える人影は三つ。クロークを靡かせるものがアンペル。手甲の目立つものがリラ。そしてひとつ小さいものがロンだろう。

 

 「だが一足遅かった。既にバシリスクは解き放たれているぞ! やれ、バシリスク。あいつを殺せ!」

 「フォルマー先生、こいつが継承者です、ヴォルデモートだ! こいつは僕がなんとかします!」

 

 大声で、そして重ねて叫ぶ二人の声が聞こえなかったのか。或いは聞こえた上で意味を測りかねたのか。アンペルは首を傾げた。

 

 「リラ、あの生徒とポッターを回収できるか?」

 「任せろ。ついでに、あのゴーストもどきも倒そうか?」

 「いや、それはまだでいい。少し聞きたいことがあるんだ。」

 

 気楽そうに言って、アンペルが無造作に一歩を踏み出す。

 同時に、バシリスクが赤いオーラを身に纏う。

 アンペルがクロークを脱ぎ、リラに投げ渡す。黒い包帯と金属質な補助義手が露わになり、リラが一瞬だけ眉根を寄せた。

 アンペルにしてもやや大きいサイズだ。まだ体格の小さい二年生三人くらいならば、問題なくリドルの魔法やバシリスクの魔眼から守れるだろう。

 

 バシリスクの黄色い瞳がひときわ輝き、耐性を無視する即死の眼光が放たれる。

 視線はつまり、光と同義。回避も防御も不可能。

 そう、トム・リドルとバシリスクは考えていた。

 しかし────光は、重力によって歪曲する。

 アンペルの魔術が眼前の空間を歪め、小規模なブラックホールを生成する。それはバシリスクの目から放たれた視線、バシリスクの目に反射し即死効果を付与された光を呑み込んだ。

 

 「馬鹿な!?」

 

 予め対応策を考え、用意していたが故の防御。いわゆる()()だが、トム・リドルの意識を人質とハリーから逸らすのには十分すぎる衝撃だった。

 その隙を突いて、リラが二人を回収する。

 アンペルは久々に思い通りに進んだ展開に口角を上げ、赤いオーラの消えたバシリスクを挑発した。

 

 「く、空間操作だと!? それは・・・魔法、なのか!?」

 

 実現不可能な三大呪文、「死者蘇生」「永続」「単独飛行」の三命題に挙げられない以上、限定的であれば時間操作・空間操作は可能だ。逆行時計や姿くらましがこの辺りに該当する。

 しかし、アンペルが見せた魔法は闇の魔術にすら精通したヴォルデモート卿を以てして初見であり、また実現不可能と思わせるものだった。

 

 「そうとも。・・・ところでリラ、プランAを再始動してもいいんじゃないか?」

 

 プランA────バシリスク素材サーバー化計画。

 バシリスクの強さを鑑み、保留にしていた計画だ。

 しかし、アンペルもリラも今や装備は万全。あとはリラの助力があれば盤石。そう判断しての問いにはしかし、リラは首を横に振った。

 

 

 



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17 秘密の部屋3

 バシリスクが()()を見た時、初めに覚えた感情は何だっただろうか。

 自身の魔眼が通じない。それは当然が覆されたことを意味する。しかし、バシリスクとってそれは驚愕には値しなかった。

 400年前。サラザール・スリザリンはバシリスクに告げた。

 

 「いつか私の末裔がお前の力を必要とする。その時には、手伝ってやってくれ。」

 

 バシリスクにとって、それは不思議な言葉だった。

 彼はこう考えたのだ。「どんな生物でも目が合っただけで死ぬのに、力を貸せとはどういうことだろう?」

 バシリスクの魔眼は、いわば種としての()()。彼自身の『力』ではない。少なくともバシリスク自身はそう考えていた。

 しかし、その意味を訊ねる前に、彼はどこかへ行ってしまった。仕方なく、彼はサラザール・スリザリンの言葉をこう解釈した。

 

 「魔眼の通じない相手が現れ立ちはだかった時、その戦闘能力を以て敵を撃滅せよ。」

 

 そして、400年に及ぶバシリスクの戦闘訓練が始まった。

 

 

 ◇

 

 

 バシリスクをどう()()しようか。そんなことを考えていたアンペルは、リラの意外な反応に首を傾げた。

 

 「アンペル、こいつは私にやらせてくれないか?」

 「・・・別に構わないが、どうしてだ?」

 「こいつはそれなりの戦士だというのが、一つ目だ。」

 

 リラの言を聞いて、アンペルは納得を覚えた。

 

 バシリスクの行動には不可解な点があった。

 バシリスクは石化させた生徒に──どうとでも料理できたはずなのに──追撃しなかったことだ。魔眼に抵抗すると分かったはずのアンペルさえ、死亡確認の一撃を入れることもなかった。

 戦闘慣れした個体のはずが随分な過信だと、アンペルも首を傾げていたが───謎が解けた。

 死者を徒に辱めないというのは、戦士として一般的な──それこそ異種族間でも──常識なのだろう。

 

 「まだあるのか?」

 「あぁ、もう一つな。」

 

 控えめに言って、リラの視線は戦士として対等な相手が()()されることを嫌った、という訳ではなさそうだった。

 率直に言えば、戦士同士の闘争どころか、一方的な殺戮か蹂躙を展開する、という目だった。

 リラは少し考えてから口を開く。

 

 「───お気に入りのマスコットを壊されたんだ。」

 

 当然ながら自分に向けられたことなど一度もない、というか過去に一度も見たことのない本気も本気のリラに気圧されて、アンペルは言葉を咀嚼する前に頷いた。

 

 「そ、そうか。では私はリドルの方を受け持とう。」

 

 何分で終わるだろうか。そんなことを考えながら向き直ると、リドルは分かりやすいほどの嘲笑を浮かべていた。

 

 「格闘戦だと? ハッ、薄汚い混じり物は思考まで野蛮と見える。」

 「・・・。」

 

 確かに人間離れした容姿ではあるが、別にリラは人間と何かの混血という訳ではない。

 というよりむしろ、人間より精霊との親和性が高い異界の住人であり、神秘に近い存在である。薄汚いというのなら、おそらく彼女にしてみれば、侵略者の血を流す我々人間の方がよほど気色悪いのだろう。

 アンペルは、そう冷静にコメントする自分を俯瞰していた。

 戦闘中の挑発は、相手の思考フレームに言葉の意味を解するという余分なものを挟むという意味でも効果的だ。だからこそ、アンペルのように戦闘慣れした魔術師や騎士は、思考を切り離して戦場を、自身を俯瞰する。

 自分の体力はどのくらいか。魔力の残量は。アイテムの残りは。味方の立ち位置は。敵の行動は。無数の情報を処理する戦闘時において、とても有用な技術である。

 

 が、それはさておき。

 アンペルに限らず、学者というモノは無知を嫌う。とりわけ己の無知を知らない者を。

 そしてアンペルは自己評価はともかく、仲間思いな男だった。かつて信じた友に裏切られていようと───いや、裏切られた過去があるからこそ、絶対的な信の置ける仲間を大切にしていた。

 

 「ふむ。」

 

 ぺし、ぺし、と、最上位武装である『幽玄なる叡智の杖』を教鞭のように弄びながら、アンペルは片眉を上げた。

 

 「質問だが、君は君自身の現状についてどの程度理解している?」

 「現状? あぁ、完璧だとも。もうじき私は、そこの小娘の魔力を奪いつくし、完全に───」

 「あぁ、そうじゃない。魂魄分離と魂の細分の果て・・・分霊体としての君の状態を聞いているんだ。」

 「何故、貴様がそれを知っている。たかだか金儲けの事しか頭にない錬金術師風情が。」

 

 リドルは言葉こそ嘲っているが、表情に嘲笑は一切なく、ただ恐怖と憎悪がないまぜになった憤怒を浮かべていた。

 アンペルが嘆息し、呆れ顔を見せる。

 

 「錬金術は本来、卑金属を貴金属に変えるといった()()()()()学問ではない。」

 「なに?」

 「その本質は有の超越と無の克服。世界の構造を知ることにある。物質変換も死者蘇生も、ミクロコスモスを揺らすための手段──通り道に過ぎん。たかが死の克服程度で行き詰まった魔法使い風情が、大層な口を叩くな。」

 

 リドルの怒りが噴出する。もし今ここにいるのが魔力の不十分な分霊ではなく、完全なヴォルデモート卿だったのなら、確実に『死の呪文』を放っていただろう。

 そして、怒っているのはアンペルも同じだった。

 目の前の若造は気に入らないことだらけで、その上寝不足で低血糖。箱詰めにして宮廷の元同僚にサンプルとして送っていないだけ理性が残っている。

 

 にらみ合いが続き───そして、勝ち誇った笑いを上げたのはリドルだった。

 

 「馬鹿め、時間が私の味方だと気付かなかったのか!」

 

 ゴーストじみた存在感しかなかったリドルは、ほとんど死に体に見える生徒──ジニー・ウィーズリーとは対照的に血色が良くなっていた。存在感もどんどん強まっている。

 

 「先生、ジニーが!」

 

 よほど、リドルのことを信奉し心を許していたのだろう。

 アンペルのクロークに包まれてもなお、魂レベルでの結合と奪取を止めることは出来ないようだった。

 




 ちなみに、箱詰めにして宮廷の錬金術工房に送った場合。

 元同僚1「フォルマーから箱詰めの分霊送られてきた件」
 元同僚2「モルモット送ってくるのは草。じゃあとりあえず他者との混合に使うか」
 元同僚3「まず修復力を確かめない無能おる?」(悪霊の炎)

 トムくん「アァァァァァ」

 元同僚2「火力が強すぎるッピ!」
 元同僚1「とりあえずエリキシル薬剤。じゃあ次は・・・この勅令で禁じられた残虐な実験リストを上からやっていくか!」
 元同僚3「計数外のモルモットは最高だな!」


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18 秘密の部屋 終

 「ぬかったな、フォルマー! その生徒を干乾びたミイラにされたくなければ、賢者の石を寄越せ!」

 

 その恫喝に誰より怯えたのは、クロークの中でジニーを抱き締めるロンだった。

 フォルマー先生ならジニーを救ってくれる。そう信じる一方で、目蓋の裏にはロックハートの死体を見ても眉一つ動かさなかった冷徹な一面がこびりついている。

 確かにロックハートは教師としてクソだったし、人間としてもクズだった。自分の記憶を吹き飛ばそうとした相手だ、残念とも思わない。しかし、ああまで冷たくなれるのだろうか。

 もしかしたら、ジニーのことも足手纏いとして切り捨てるかもしれない。そんな懸念を拭えずにいた。

 

 「フォルマー先生!」

 

 背後からの叫びに、アンペルはリドルから視線を切って振り返った。

 リドルはとても不快そうだったが、無効化されると分かっている魔法を無駄撃ちするだけの余裕はなかった。

 

 「ジニーを助けて!」

 

 切実な祈りが届いた、というわけではないが、アンペルは頷いた。

 バシリスクの素材集めはいわばプライベート。副校長からの依頼───仕事は、生徒の奪還だ。しなびたミイラを持ち帰っては成功とは言えないだろう。

 

 「これを飲ませろ。最悪、頭からかけてもいい。」

 

 アンペルは手のひら大の小瓶をロンに投げる。当然それを見逃すリドルではないが、『呼び寄せ呪文』は精緻な装飾の小瓶に弾かれた。

 

 「クソ、なんだそれは!」

 「君の求めてやまない死者蘇生の薬だ。・・・まぁ、レシピの着想は私ではなく、君より年下の少女だが。」

 

 自嘲の笑みは、リドルへの挑発と受け取られた。

 しかし、リドルは青筋を浮かべながらも口角を釣り上げた。

 

 「ハッ、その小娘が息を吹き返したところで、私に供給される魔力が・・・」

 「倍増すると? そう思うか?」

 

 ジニーが飲んだ薬『エリキシル薬剤』は、錬金術師の大目標である死者蘇生の薬だ。その効果は蘇生と完全回復。完全とはいっても、アンペルの腕のような特異な例もあるわけだが、今回は問題なく完全に作用した。

 体を蝕む寄生虫を、エリキシル薬剤の修復効果は身体から完全に消滅させる。

 

 「馬鹿な、何故・・・」

 

 リドルが後ずさる。その表情には驚愕と恐怖が色濃く浮かんでいたが、アンペルの興味は最早途切れていた。

 

 「リラ、どうだ?」

 「漸く終わったか? 長話すぎだ。」

 

 バシリスクは頭部から1メートルほど、つまり毒腺を残した状態で切断され、顎が閉じないように石柱を差し込まれた状態で死んでいた。

 素材サーバーとまではいかないが、サンプルの採取には困らないだろう。いい仕事だと称賛の意味を込めて頷くと、リラはこのくらい何でもないと手を振った。

 

 「では、ミスター・リドル。最後の授業だ。今の君の状態は宿主を失った寄生虫そのものだ。緩やかに死を待つだけの存在な訳だが、君に残された最後の抵抗手段とは何だと思う?」

 

 寄生虫と言う言葉に、リドルが歯を剥いて怒る。

 アンペルは感心したように眉を上げた。

 

 「正解だ。」

 「なに?」

 

 アンペルがポケットから先ほどとは違う小瓶を取り出す。

 

 駄目だ、と、誰かが言った。

 その小瓶から微かに漂う光を知らない者は居ない。

 月光だ。小瓶の周囲だけが不自然に、しかし自然の夜闇に覆われている。

 三人分の温度が籠っているはずのクロークに包まれた三人をさえ、冷水のような悪寒が襲った。

 

 「な、んだ。それは・・・!!」

 

 ルナーランプ。内包する力は『死』だ。

 アンペル風に言うのなら、大威力の無属性ダメージと高確率の即死効果。

 そして月光は言うまでもなく、光だ。その速度は当然、光速。

 

 アンペルはルナーランプを起動し、秘密の部屋───陽光も月光も届かぬ地下空間に夜闇が満ち、月光が切り裂いた。

 

 

 ◇

 

 

 「・・・さて、どう書こうか。」

 

 アンペルはティーカップを片手に、羽ペンにインクを付けた。

 机に広げられた羊皮紙には、アンペルが望んだ“休暇申請”───ではなく、“秘密の部屋に関する次第報告書”となっている。

 つまり、お仕事である。

 

 「ふーむ・・・」

 

 死人ゼロならばともかく、ロックハートという犠牲が出たことで、理事会は──ダンブルドアを罷免するまで死人が出なかったこともあり──事態を重く受け止め、こうして事態の把握に乗り出した。

 副校長ではなくアンペルに鉢が回ってきたのは、単に現場にいたからだろう。

 

 「事の発端は年度初め、何者かがジニー・ウィーズリーにトム・リドルの日記を模した分霊保管容器を、それと知らさずに与えたことにある。依存は心に隙を与え、分霊による寄生を容易にした。トム・リドルの分霊は以降、秘密の部屋の解放とマグル生まれの排斥を目的として・・・」

 

 書き記す内容を口の中で呟きながら、推敲と筆記を同時進行するアンペル。

 十数分ほど書き連ねていると、ドアが開き、リラが顔を見せた。

 

 「アンペル。バシリスク毒をライザに送ってくる。何かあるか?」

 「・・・秘密の部屋はアンペル・フォルマーが完全に凍結し、物理的・魔法的手段による解凍にはかなりの時間を要するため、以降の懸念は払拭される、と。────よし。ついでにこれも頼む。理事会宛だ。」

 

 たったいま書き終えた羊皮紙を振って乾かしながら、アンペルは立ち上がった。

 

 「お疲れ、アンペル。もう準備は終わったのか?」

 「いや、まだだ。そっちはどうだ?」

 「私は終わったぞ。と言っても、そもそも持っていくものが少ないだけなんだが。」

 

 アンペルは仕事机ではなくローテーブルに置かれた羊皮紙、受理印の捺された休暇届を一瞥した。

 

 「来学期が始まるギリギリまで、か。いい妥協点が見つかって良かった。」

 「よく言う。ダンブルドアが帰ってきた途端に杖を構えて交渉したのはどこの誰だった?」

 

 リラが呆れ交じりに微笑し、報告書を持って出て行った。

 ティーカップを空け、アンペルは保管棚の戸を開けた。取り出したのは500ml大の三角フラスコだ。

 中身はただの灰に見えるし、組成上もただの灰、紙の燃えかすだ。

 

 「自らの分霊を補完するには脆すぎる。まだ、何か見落としがあるはずなんだが・・・」

 

 何度精査しても、ルナーランプの直撃を受けた分霊は消滅し、保管器であった日記帳もこの通り灰になった。これではバシリスクの毒程度でも霊体ごと破壊できてしまう。

 防護が甘すぎる、と、アンペルとリラの意見はその点では一致している。しかしリラは「その程度の相手なんだろう。実力もそんなものだったし、考えすぎだ。」と言うが、アンペルは納得していなかった。

 

 「これは・・・これもライザに見せてみるか。」

 

 自分以上の閃きを見せるあの友人ならば。

 アンペルはそう考えながら、旅支度に入るのだった。

 

 




 秘密の部屋編、これにて終となります。
 以下は完全な蛇足と言うか、私情ですのでご注意をば。

 秘密の部屋編を書きながら思ったことが二点。まず、ハリーたちとの絡みの少なさですね。以前から何度か指摘されてはいたのですが、教師陣といち生徒である以上、このくらいが自然な範囲なのではないかと。
 アズカバンの囚人編はともかく炎のゴブレット編、死の秘宝編(まで続くとすれば)もっと少ないでしょうし。
 ここまでが言い訳。以下は不満です。

 アンリラ成分が少なすぎるッピ! もっと欲しいッピ! でも匂わせ楽しい。特大の感情を少しの動きや表情の描写で隠すの楽しい(変態)

 以上です。お目汚し失礼しました。アズカバンの囚人編はもっとアンリラ成分とアトリエ成分を増やすんだ・・・(願望)


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閑話 エジプトにて

 そこは暗く、ひんやりして、カビ臭く、狭苦しい場所だった。

 暗順応し始めた視界に映る、ヒエログリフの刻まれた石柱。

 呼吸を一回するたびに、息苦しくなるのが感じられた。

 

 「おい、本当にここなのか?」

 「間違いない。この通路の先に───」

 「その“通路”はいったいいつ終わるんだ? もう1時間は歩いているぞ。」

 

 2メートルほどしか照らさない光を杖先に掲げて先導する男。その後ろに続き不満と不信を漏らす、モノクルを掛けた男はアンペル・フォルマーだ。後ろにはいつも通り、リラもいる。

 

 「だからそろそろ・・・っと、ここだぜ、先生。」

 「・・・行き止まりじゃないか?」

 

 やがて行き着いたのは、壁画の書かれた小部屋だ。中央には石棺が置かれている。

 

 「そうとも。ここは死体置き場、行き止まり(dead end)だ! アバダ───」

 

 杖を振り上げた男の顔面にリラの膝がめり込み、歯の折れる音が連鎖する。

 前歯全部だろうなと思いつつ、アンペルは面倒そうに魔術を撃ち込み、男の両腕を焼き切った。

 

 「!!!???」

 

 激痛にのたうつ男の鳩尾に、アンペルの踵が突き刺さる。

 

 「()()墓荒らしか。お前で6人目だぞ。リラを殺して私を脅そうとしたのだろう? 墓荒らしの片棒を担がせるつもりで。それとも私を殺してリラを脅すつもりだったか?」

 

 男は答えない。

 いや、喋れないのだ。前歯どころか顎の骨が砕けている。

 

 「過去の五人がどうなったか教えてやろうか?」

 

 滂沱の涙で苦痛を示し、男は首を横に振る。知りたくないのか、命乞いの意か。

 アンペルは深々と嘆息した。リラはもはや見慣れつつある光景に興味を失い、壁画を眺めている。

 

 「そうか。まぁどうせ知ることにはなるんだが。」

 

 

 ◇

 

 

 アンペルが日の光を浴びたのは、また一時間かけてきた道を戻った後のことだった。

 もはや沈みつつある太陽を眺めながら大きく伸びをするリラ。アンペルも関節を鳴らしながら、大きな欠伸をした。

 

 「これで9つ。ピラミッドというものは、どうしてこうも閉鎖的なんだ。」

 「墓が開放的と言うのも違和感のある話だがな。さて、宿に戻ろう。」

 

 エジプトに多数存在するピラミッドは、一般的には王の墓だとされている。別説では天体観測施設や儀式場、倉庫というのもある。

 その組成は例外なく石。うず高く積まれた分厚い石造りの建造物なのである。二人にとって、とても嫌な予感のする話だった。

 そしていざ訪れてみれば、案の定、『門』の気配がある。

 

 「この辺りから反応がある以上、まだ探索していないピラミッドは・・・あと2つか。」

 「そのくらいなら、もうガイドを雇う必要もないんじゃないか?」

 「まぁ、ガイドより墓荒らしの確率の方が高いしな。そちらの方がむしろ安全か。」

 

 真っ当なガイドだとしても、幻視ルーペを使い未採掘の財宝やミイラを発見するアンペルに同行していれば、道中で手に入れた財宝を殺して奪おうという気になるのも致し方ないところではある。相手の実力を読めない時点で、待ち受けるのはデッドエンドなのだが。

 長い旅生活で襲われることにも返り討ちにすることにも慣れているし、そもそも魔法は錬金術製の服を着ている二人には殆ど効果を発揮しない。古代の王と共に骨を埋める栄誉を得られるだけ、過去の夜盗よりマシな結末といえるだろうか。

 

 「明日はこっちを午前中に踏破したいな。そうすれば明後日はエジプト観光ができる。」

 

 アンペルがそう言うと、リラが申し訳なさそうな顔になった。

 

 「すまない。せっかくの休暇を『門』探しに使わせて・・・前にも言ったが、お前だけでクーケン島に行っても良かったんだぞ?」

 「前にも言ったが、休暇なのはお前も同じことだ。謝ることは無い。」

 

 宿への道を歩きながら、アンペルは3度目になる言葉を口にした。

 しかし、三度目ともなれば、いつもはここで黙っていたリラが言い募るのも無理はない。

 

 「しかし、お前はいろいろと仕事を押し付けられていただろう。その上まだ───」

 「リラ。」

 

 アンペルは立ち止まり、振り返ってリラの目を真っすぐに見据えた。

 

 「私は仕事だから『門』を探しているわけじゃない。これはけじめだと、何度も言っているだろう。」

 「しかし───」

 「それに、だ。リラ。私は別に世界を救いたいわけでも、異界の環境を守りたいわけでもないんだ。・・・いや、その気持ちが全くない訳ではないが、一番のモチベーションではない。」

 

 それは長らく共にいたリラにとっても、初めて耳にする告解だった。

 リラが何か口にする前に、アンペルはごく自然に手を差し伸べる。

 

 「私は、リラの役に立ちたいんだよ。」

 

 リラが一瞬だけ目を瞠り瞬かせ、すぐにその表情は柔和な微笑みに変わった。

 道行く魔法使いが見惚れるような笑顔で、リラはアンペルに手を伸ばし────

 

 「おい、返せよフレッド! 僕のバーガーだぞ!」

 「おっと。これはケバブで、ついでに俺はジョージだ。」

 「二人とも前を見て・・・あぁ、言わんこっちゃない。」

 

 背後から子供二人に衝突され、アンペルはたたらを踏んだ。

 すぐに父親らしき男性が駆け寄ってきて頭を下げる。

 

 「私の息子が失礼しました。ほら、お前たちも───」

 「相棒が失礼を。お詫びにこのケバブを・・・って、フォルマー先生!」

 「ヒュー! これが奇遇ってやつですね!」

 

 いち早く気付いたのは、片割れから素早くケバブを奪ったフレッドだった。ジョージも続き、ロンは父親に説明しようと振り返った。

 

 「パパ、この人だよ! 『錬金術』の先生! ジニーを助けてくれた人!」

 「なんだって? それは本当に失礼なことをした。あなたは私の恩人だ!」

 

 怒涛の勢いに押されたアンペルがのけぞるのを、リラは面白そうに見ているだけだった。

 一片の害意も見えなかったからだろう。すぐそばのケバブ専門店から母親に連れられたパーシーとジニーも姿を見せ、アンペルが囲まれても彼女はどこか嬉しそうだった。

 

 



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閑話 エジプトにて2

 ウィーズリー家の父親と母親、アーサーとモリーにそれぞれ求められた握手に応えた後、留まることを知らない勢いに流され、二人はディナーをウィーズリー一家と共にしていた。

 円卓に掛けたアンペルの右側にアーサーが、リラの左側にモリーが座り、二人は完全に包囲された気分だった。

 レストランに入るまでは自重していたようだが、個室に入り料理が届いたとたん、彼らは堰を切ったように話しかけてきた。

 

 「フォルマー先生はどうしてエジプトに?」

 「先生はどちらのホテルにご滞在なんですか?」

 「先生、そこのソース取ってもらえます?」

 「先生、秘密の部屋でのことをぜひお聞きしたいのですが」

 「先生、車の件はどうなってますか?」

 「先生、『錬金術』について教えてくれませんか?」

 

 完全に被っていた。アンペルとリラには「先生、車の部屋のソースについて教えてくれませんか?」としか聞こえなかったし、喋っている彼らもまともに自分の声が聞こえていないはずだ。

 アンペルはとりあえずソースの入った小椀を取ると、全体を見回す。「あ、どうも」と言ったのはフレッドだった。

 

 「えー・・・秘密の部屋についてですが、食事中にする話ではありませんし、またの機会にということで。それとジョージ」

 「はい、なんです?」

 「あとで話がある。少し時間を貰えるか?」

 「あー、なぁ相棒。心当たりがありすぎてわかんないぞ。どれがバレた?」

 

 相談モードに入った双子を無視して、アンペルは料理に向き直った。

 なぜわざわざバカンス先で説教を垂れなければいけないのか。ただ車を返してやるだけだというのに、随分と警戒されている。

 

 「それで、お二人はどうしてエジプトに? やはりバカンスで?」

 「えぇ・・・あ、いえ。私の専門は『錬金術』と『古代魔法学』でして、今回はピラミッドの探索に。リラも、その手伝いで。」

 

 アンペルは咄嗟に出まかせを並べた。なにか途轍もなく嫌な予感がしたからだ。

 リラも訂正や訝しむようなことはせず、ただ黙々と料理を食べている。

 

 「そうですか。いや、お仕事でしたら、もしよければご一緒にというお誘いもできませんね。」

 「ありがたいですが、お気持ちだけ。」

 

 

 ◇

 

 

 翌日。二人は早々に一つ目のピラミッドを探索し、最後の一つに侵入していた。

 ここ数日で慣れつつあった黴臭い閉鎖空間もこれで最後と思えば、不思議と名残惜しく───は、別にならないが。

 

 「ここに無ければ、最悪のパターン二択だな。」

 「どちらも勘弁してほしい話だ。」

 

 既に失われたピラミッド跡地に埋まっている場合。或いは───

 

 「この散在するピラミッドが、『門』を封じる要石というのは。」

 

 エジプトはオアシスこそあれ砂漠地帯だ。乾燥した地を好むフィルフサの残党が再度力を伸ばすのには絶好の地といえる。

 しかもフィルフサの強さはピンキリ。今のアンペルでさえ手を焼くような個体もいる。

 もしピラミッドが内部に『門』を封じるためではなく、大規模な『門』を封じるために作られたものだとすれば。そんな規模の『門』が開けば、流石に二人では対処しきれない。

 

 「いや・・・リラ。その懸念は必要なさそうだ。」

 「・・・ということは、見つけたのか?」

 

 アンペルが無言で狭い小道の床を撃ち抜き、大穴を開ける。本職の考古学者が見たら絶叫モノだが、あとでそうと分からないように修復するので問題ないだろう。

 穴の先には、かなり大きな空間があるようだ。少なくとも床下収納のサイズではない。試しに魔法で作り出したランプを落としてみるが、光が見えなくなるまで衝突音はしなかった。

 

 「そうらしいな。少なくとも光が届かない程度に深い。そして下は恐らく砂だな。」

 「よし。じゃあ────」

 

 リラが手甲を付けたとき、聞き覚えのある、二度と聞きたくはなかった怪鳥のごとき金切り声がした。

 フィルフサだ。それも複数体の甲中型───二人ではいささか手に余る大物、将軍級の存在を覚悟した方がいいだろう。

 

 「どうやら、『門』は開いているらしいな。」

 「勘弁してくれ・・・」

 

 ピラミッドの分厚い石壁は、どうやら将軍級を呼び寄せるほどの年月を持ちこたえ、砂漠をフィルフサの手から守っていたらしい。

 大穴を開けたことを少しだけ申し訳なく思いながら、アンペルはリラと顔を見合わせた。

 

 「行くぞ?」

 「あぁ。」

 

 リラが精霊を纏い、アンペルは多様な補助アイテムを使う。

 万全の戦闘態勢になったその瞬間、二人は暗闇へと身を投げた。

 

 気味悪く渦巻く『門』、4割ほど砂を残して地面を埋め尽くすフィルフサ、30メートル眼下に見える特徴的な配列の石柱。

 もはやヒエログリフの刻まれた石柱は門扉の役目を果たしておらず、一から再構築する必要がある。それは面倒なのだが。

 

 「「壁だけでいい!」」

 

 千年単位でフィルフサの侵攻を食い止めたピラミッドの外壁。傷つけてはいけないのはそれだけだ。存分に暴れられる。

 アンペルとリラは互いに叫び、それぞれが互いの反対側を確認する。

 

 「アンペル、ホーンデーモン3だ! 甲虫型多数!」

 

 最上級の甲虫型個体を発見し、リラが焦り気味に叫ぶ。着地前に一撃入れようとフィルフサに有効な火属性攻撃、インジェクトブレイズの予備動作に入る。

 しかし、続くアンペルの言葉が動揺を生む。

 

 「不味い・・・影の女王だ!」

 

 影の女王。二人が今まで対峙した中で最強のフィルフサだ。異界をほぼ喰らいつくした蝕みの女王、その怨嗟の残滓。しかしその強さは蝕みの女王をすら上回る。

 歴戦の戦士であるリラにさえ、些か以上の動揺を生む名前だ。インジェクトブレイズは3匹のうち2匹を焼き尽くしたが、残り一匹にはかすり傷しか付けなかった。

 

 アンペルが早々に決着を付けようとルナーランプを起動するが、群れる雑魚を薙ぎ払うだけに終わる。

 一瞬で配下の半数ほどを消し飛ばされた影の女王は、群れの真ん中に着地した()()に咆哮する。

 

 「・・・これは、想定外だな。」

 

 アンペルもリラも、ここまで大規模な群れに遭遇するとは思っていなかった。通常の侵攻隊ならサソリ型が主軸、群れの長は甲虫型中位の影の指令程度だ。影の女王やホーンデーモンがこうも居るとなれば。

 

 「殆ど異界、か。」

 

 

 

 

 

 早々に雑魚を一掃できたのは大きかったが、それでも影の女王は驚異的だった。

 まず何より、素早い。二人の連携に絶妙に反撃を差し込み、コンボを繋げさせない。

 そして、賢い。一番のダメージソースであると同時に最も身体能力の高い、攻撃を回避されやすいリラ。補助に徹してはいるが、群れの大半を一撃で消し飛ばしたアンペル。二人を不規則に狙い、アンペルが防御アイテムや回復アイテムを使い辛くしている。

 

 もう一人居れば。

 

 そう思ったのは何度目だっただろうか。不意に、影の女王の動きが鈍る。

 アンペルがアイテムを使った訳でもなく、リラのスキルという訳でもない。影の女王の動きから見て、かなり強力なデバフだ。

 

 クラウディアのフェイタルドライブ。いや、もっと強力な───!!

 

 「キロか!」

 

 気付けば、『門』のすぐ側に、フードを目深に被った人影が立っていた。

 サイズの合わないフードでシルエットを隠した彼女の名前はキロ・シャイナス。リラと同じ異界の出身であり、リラ以上に精霊との親和性が高い。

 その戦闘力はリラ以上。つまり、この場において最も頼もしい援軍である。

 

 

 



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