モモンガ式領地経営術 (火焔+)
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01. -プロローグ-
01. 巨大複合企業の支配者と死の支配者


第1章はエ・ランテル制圧までです。
本章では領地経営はしません。


 モモンガことアインズ・ウール・ゴウンは、配下のデミウルゴスによるゲヘナ作戦を完遂し、多大な戦果と共にナザリック地下大墳墓へと帰還した。

 

(ふぅ……。色々と想定外の事も多かったけど、誰も大きな怪我をせず無事に乗り切る事が出来たな。)

 

 アインズは自室へと戻り、ベッドに倒れ込む様に身を預ける。

 アンデッドという疲労の知らない身体ではあるが、精神的な疲労によってヘトヘトになっていた。

 

 

(アンデッド創造用の材料もたくさん手に入ったし、暫くは材料に悩む心配はないな。)

 

 

 アインズが、ふと思った時、強烈な違和感が自身の体を駆け巡った。

 そして、鈴木悟だった頃、現実世界に居た頃の記憶がフラッシュバックする。

 

 

(俺は何を殺したんだ……?

 

 八本指という犯罪組織、これは問題ない。死んでも良いほどの悪党であるし、セバスの心をかき乱した愚か者達だ。

 ゲヘナから現れた悪魔と戦って命を落とした兵士や冒険者、これもまだマシだ。戦いに身を置くもの、戦闘員だ、命を落とす事だってある。

 この世界では特に。

 

 だが……)

 

 アインズはゲヘナの内側に居た一般市民、今はナザリック第5階層で絶命し、氷漬けになっている非戦闘員を思い起こした。

 そして自分の脳裏に自分(アインズ)と氷漬けの市民、巨大複合企業を支配する富裕層と自分(鈴木悟)を重ねる。

 

 強者の都合で殺し、奪う。

 

 アインズは自分が唾棄すべき存在になっていた事に気が付き目の前が真っ暗になる。

 

(たっち・みーさんは俺を見たらきっと剣の切っ先を俺に向けるだろうな……

 ウルベルトさんも俺を討伐対象と判断するだろう……)

 

 護ろうとしていたアインズ・ウール・ゴウンを自らの手で穢し、なりたくない存在にいつの間にかなっていた自分に涙が出そうな程の嫌悪感が湧き出てくる。

 だが精神沈静化が発動し、それすらも許さない。

 

 

(俺は……)

 

 

 アインズはベッドから身体を起こすと、アインズ当番をしていた一般メイドのリュミエールは不思議そうに口を開く。

 

「如何為さいましたか? アインズ様。」

 

「第5階層に行って来る。供は不要だ。」

 

「畏まりました、アインズ様」

 

 今はアインズと呼ばれる事が何よりも辛い。

 我侭なのはわかっている。

 それでも如何にもならない心に、アインズはリュミエールから逃げるように自室から去った。

 

 

 

――――――――

 

―第5階層― アンデッド創造用素材保管庫

 

 アインズは氷の中に閉じ込められた一万人を超える王国民の亡骸の前に佇む。

 彼らは全員がLv1。第9位階の真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)でさえ復活は出来ない。

 

(すまない。キミ達を生き返らせる事は私の力では不可能だ。せめて、この世界に存在する者達の幸せの為に役立てることを誓うよ。)

 

 アインズは度重なる精神沈静化により冷静さは取り戻したが、後悔の念が胸の奥にチクチクと突き刺さる。

 彼らへの償いとして出来る事は一つしかないと、アインズは、モモンガは、鈴木悟は思う。

 

 

(現実の俺達が生きてきた様な世界、弱者が苦しむだけの世界にならない様に、努力すればそれなりの報いがある。

 そんな世界になる様に俺の力を使おう)

 

 

 一般市民だった自分が何処まで出来るかは分からない。

 シャルティアを洗脳した強敵の存在にも注意を払わねばならない。

 まだ見ぬ強敵も数多く居るだろう。

 

 それでもやらなければならない。

 このままでは、もしアインズ・ウール・ゴウンの誰かを見つけたとしても、胸を張って会いに行けない。

 

 

(だが、ナザリックの皆は如何思うだろうか……)

 

 

 アルベド、デミウルゴス、アウラ、マーレ、コキュートス、シャルティア、ヴィクティム、セバス、プレイアデス達の顔が浮かぶ。

 セバスやユリは兎も角、他の面々はナザリック外の者を下等生物扱いし、愉しく殺そうとするものが多い。

 

 主として見限られてしまうのではないかという不安と共に1つのやかましい顔が浮かび上がる。

 

(パンドラズ・アクターか……)

 

 NPC達は自分の創造主を誰よりも上に置く。

 アインズ・ウール・ゴウンの中でも最上位にだ。

 だから、パンドラズ・アクターすら説得出来ないようならば、きっと誰も説得は出来ないだろう。

 

(相談してみるか。)

 

 氷に閉ざされた世界を背にして、アインズは自室へと戻った。

 

 

 

――――――――

 

―第9階層― アインズの自室

 

「お帰りなさいませ、アインズ様」

 

 アインズが部屋に戻るとリュミエールが深々と頭を下げてアインズを出迎えた。

 

「リュミエール、パンドラズ・アクターを呼んで来てくれ。相談したい事がある。」

 

「畏まりました。それでは失礼します。」

 

 リュミエールはパンドラズ・アクターを呼びに行くためにアインズの私室を後にした。

 

 

 

 

 しばらくした後、リュミエールが戻ってくるまでの代役としてアインズ当番をしているシクススがパンドラズ・アクターの到着を伝えた。

 

「うむ、通してくれ。」

 

 アインズがそういうと、シクススは扉を開けてパンドラズ・アクターを招き入れる。

 

「パンドラズ・アクター、御身の前に。」

 

 パンドラズ・アクターは流れる様な所作で頭を垂れる。

 その最中、彼のハニワの様な目がピクリと動いた事をアインズは――――

 

 

 ――――見逃した

 

 

 



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02. ターニングポイント

 

「よく来てくれたパンドラズ・アクター。頭を上げよ。」

 

「ハイッ! アインズ様の御命令とあらば例え溶岩の中、氷雪の中! いかなる場所でも馳せ参じます!」

 

 言葉はいつもの様にテンションが高い様な感じ(有り体に言えばウルサイ)だが、所作は片膝を突いたまま落ち着きを払っていた。

 パンドラズ・アクターはアインズの雰囲気がこの世界で再会してから(アインズと名乗る様になってから)と異なる事に気がついていたからだ。

 

「シクスス、そして八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)すまないが、席を外して欲しい。」

 

 普段であれば万が一という事で八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が残る事が多いが、今回はパンドラズ・アクターがいるから安全面に問題は無いと判断し、彼らはアインズの自室から退室した。

 

 

 

 そして、しばしの沈黙が室内を包んだ後、パンドラズ・アクターが口を開く。

 

「アインズ様……いえ、モモンガ様。

 雰囲気が以前、ユグドラシルに居られた時の様に感じられます。

 何か御在りになったのでしょうか?」

 

「そうか、お前は気がつくのか。」

 

「はい、私以外ですと……守護者統括殿くらいでしょうか。」

 

「そうか、アルベドもか……。」

 

 アインズは不安が自身の体を蝕み、沈静化され、再度蝕む。

 終わりの無いような不安感に囚われ、話すべきか迷ってしまう。

 

「今から話す事は、お前にとって気分のいいものでは無いかもしれない。

 ――――それでも聞くか?」

 

「はい。その御役目に選んで頂けた事、光栄にすら思います。」

 

 どの道パンドラズ・アクターでもダメなら、ひっそりとナザリックから去ろう。

 アインズはそこまで思いつめていたのだ。

 もうここまで来たんだ、今更引き返せない。

 そう自分に発破をかけて、アインズは今の自分の思いを吐露した。

 

 

 

 

 

「――――以上だ、パンドラズ・アクター。」

 

 モモンガは話した。

 自身が人間であった事、搾取される弱者であった事。

 皆が思う様な叡智など無い凡庸な存在である事。

 この世界に来てから自身の思考がおかしくなっていた事、今でも人を殺す事に忌避は無いから元に戻ったとは言い難いが。

 そして、ナザリックの在り様とは異なる方向へ進もうとする自分をナザリックの皆は理解を示してくれるだろうかという事を。

 

「意見があれば忌憚無く言って欲しい。」

 

 

「それでは、いくつか質問をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 不興を買う覚悟は出来ている、気に障ったのなら首を刎ねてくれ。

 パンドラズ・アクターの空洞の眼差しからその様な意思が伝わってくる。

 

「1つ、モモンガ様が至高の御方々と友好を育まれたのは、御方々が強者だからでしょうか?」

 

「違う。」

 

「それでは、自分より優れた才覚をお持ちだったからでしょうか?」

 

「違う。」

 

「それでは、利害が一致したからでしょうか?」

 

「違う。」

 

 モモンガにとってアインズ・ウール・ゴウンの友人達は、そんな打算的な関係で結ばれたものではない。

 一緒に居ると楽しかった。それだけでは無かったが、ここが自分の居場所だと自信を持って言える。

 だから最後の日までこの場所を護って来れた。

 この感情を言葉に出来るだけの語彙を持っていないが、パンドラズ・アクターが言った様な陳腐なものではない。

 それは断言できる。

 

 

(……そうか。)

 

 

「その通りで御座います、モモンガ様。

 私達がモモンガ様にお仕えするのは、貴方が強者だからでは御座いません、神算鬼謀の知者だからでも御座いません。

 ましてや、我々の望む事をさせてくれるからなどでは決して御座いません。」

 

「だが、私はお前たちに大した事はしていないぞ?」

 

「そう思われているのは、モモンガ様だけです。

 ナザリックを、我々を最後まで護って下さった優しい貴方だからこそ、私達はモモンガ様にお仕えするのです。

 貴方の成したい事のお手伝いをしたい。それだけです。

 

 ――――フフッ、やはり私達の望む事をさせて下さっているのかもしれませんね。」

 

 

 パンドラズ・アクターの楕円の口が笑ったかのように歪む。

 

 

(勝手に不安に思って、失望されるのを恐れて主らしくあろうと気張って、独り善がりばかりだな。

 皆が去って行くときもそうだった――――)

 

 ホントは引退して欲しくない。でも、彼らにも生活があると自分の心に言い訳をした。

 最後までモモンガはいい人だったと思ってもらいたいと自分の心に言い聞かせた。

 

(もう時は戻らないけど、あの時自分の心に従ったら何か変わったのかな?

 

 今回は自分の心をちゃんと打ち明けよう。

 ダメだったら、その時考えればいいじゃないか。)

 

 

「ありがとうパンドラズ・アクター。お前に相談してよかったよ。」

 

「御力になれたのでしたら、何よりで御座います。」

 

「それではアルベドを始め、NPC全員を第6階層の闘技場に集めてくれ。」

 

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)

 

 パンドラズ・アクターは言葉と共に敬礼する。

 

 

「フフッ、ドイツ語は禁止したはずなのだがな」

 

 そう言いつつもモモンガの表情は穏やかだった。

 

 

「ハイッ! モウシワケゴザイマセン!」

 

 言葉とは裏腹にパンドラズ・アクターも笑っていた。

 

 

 

――――――――

 

―第6階層― 闘技場

 

 闘技場にはアルベド達NPCが頭を垂れ、モモンガの到着を待っていた。

 舞台袖からその光景を見たモモンガは【人化の指輪】を装備し、鈴木悟として壇上へと歩みを進めた。

 神器級アイテムに身を包み、豪華な衣装に凡庸な顔、似合わないのは言わなくても分かる。

 

(だけど、これが今の俺だ)

 

 壇上に立ち、皆の居る方に向き直る。

 

 

「皆の者、突然の招集にも拘らず集まってくれた事に感謝する――――」

 

 

 




なんかパンドラズ・アクターにはいい役回りをさせたくなるんですよね。

●人化の指輪
装備中に限り人間種になる指輪
装備中は異形種のスキルが使用不可能になる
人間種のみ進行出来るクエストを行うための救済処置としてユグドラシル終末期に実装された。
エルフ化の指輪、吸血鬼化の指輪など、様々な種類が存在する


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03. 新たな門出

 

―第9階層― アインズの自室

 

 ナザリックの皆に打ち明けた想いは、拍子抜けする程にあっさりと受け入れられた。

 悩んでいた自分がバカらしいとさえ思えるほどに。

 

 

 流石に話した内容はオブラートに包みはしたが。

 

(みんなの前で泣き言なんて恥ずかし過ぎるだろ?)

 

 勝手に背負っていた重荷を降ろすと気分は随分と晴れやかだった。

 アンデッドに戻ったモモンガは自室のベッドに大の字で倒れこむ。

 

 

(今までから変更があるのは――――)

 

 まず、デミウルゴス牧場の閉鎖。

 デミウルゴスは俺が認知していると思っていたらしく、申し訳ない事をした。

 代わりに犯罪者、六腕のゼロだったか?

 そういう犯罪者の皮を剥ぐ施設として再稼動する事にした。

 

 殺した分、贖罪として人々の役に立って貰おうという考えからだ。

 後は、やはりデミウルゴスの趣味を奪うのは可哀想かな?という想いもある。

 

 

 次に、帝国との接触からそれ以降の方針だ。

 この後の予定ではワーカーをナザリックに誘い込み、それをネタに帝国に接触を計り、最終的に王国を作る計画だったが、帝国の臣下になる道を選択した。

 アルベド達は俺が誰かの下に付く事を快く思わなかったが、そこは何とか説得した。

 正直、都市運営なんて俺には不可能だ。

 帝国の法律や運営方法を学んでアルベド達の知恵で最適化するのが最も効率的だと判断したからだ。

 

 

 次に、自分の名前をモモンガに戻した事だ。

 今回の事でアインズ・ウール・ゴウンを名乗るには自分の力量が足りないと判断したからだ。

 今のままでは仲間が見つかる前にアインズ・ウール・ゴウンの名が地に落ちてしまう。

 

(何故かアルベドはモモンガに戻ると宣言した時、とても嬉しそうだったが……まぁいいか。

 それよりも衝撃な事もあったし…………)

 

 

 最後に、世界征服の方針を決めた事だ。

 我々ナザリックが統治する領地は、人間種、亜人種、異形種区別なく努力をすればそれなりの見返りがある場所にする事だ。

 

 そして征服の方法も極力武力を使用しないつもりだ。

 自身の庇護する民以外は滅びてもいい訳ではないのだから。

 

 亜人種に多くある、俺を従えたかったら俺に勝ってみろ!というヤツには容赦なく武力を用いるが。

 

 

(う~ん。他にもあったはずなんだが、最後のインパクトが強すぎて忘れてしまった事も多いな。)

 

 

 そして、あの時の事を思い出す。

 

 

 

――――――――

 

「――――以上だ。意見があれば忌憚無く言って欲しい。」

 

 皆の視線が俺を捕え、しばし沈黙の時が流れる。

 その沈黙を破ったのはアルベドだった。

 

「無礼を承知でお聞かせ下さい。」

 

 アルベドの真剣な眼差しが俺を見据える。

 一体どのような話が、と身構えていると。

 

「その御姿のモモンガ様には…………」

 

 アルベドは言い辛そうに口ごもる。

 

「アルベドよ。構わない、言ってくれないか? 私は決して怒りはしない。」

 

 アルベドはまだ戸惑っているのかもしれないと、俺はアルベドに話すよう促す。

 

「はい。それでは――――」

 

 意を決したようにアルベドは口を開く。

 

 

 

「その御姿のモモンガ様には…………その……ツイていらっしゃるのでしょうか?」

 

 

 

(――――え?)

 

 

 理解が出来なかった俺は、何について話しているのかと考えようとした、その時――――

 

「アルベド!! この大事な時に無礼にも程があります!」

 

 一番初めにアルベドの意図を察したのは、やはりデミウルゴスだった。

 それにしても一体何が無礼なのかを考えようとすると――――

 

「だって! これも大事な事よ!!

 貴方だって跡継ぎは必要だといってたじゃない!!」

 

「そ、それは――――それはそうですが……

 だからといって、今聞く話では――――」

 

 アルベドの必死な顔とデミウルゴスの冷や汗をかいた困り顔が視界に映る。

 

 

 

(跡継ぎ……? ツイてる……? この人間の姿……? ――――――――!!!!!????)

 

 

 

「えええぇぇぇぇェェェェエエエエエエ――――!!!!!??????」

 

 

 

 この後の事はよく思い出せない。

 人化していたので精神沈静化も全く働かず、パニック状態に陥っていたからだ。

 俺も守護者達も他のNPC達も、しっちゃかめっちゃかになっていた様な感覚だけは残っている。

 

 確か在るとは答えた気がするのだが……忘れよう。

 

 

 

――――――――

 

―第9階層― アインズの自室

 

(まぁ、それだけ心の距離が近くなったのだと思えば悪くはないか。)

 

 ふとアインズ当番改め、モモンガ当番のリュミエールを見るとキラキラと不思議な光を纏う金髪よりも輝く笑顔でニコニコと笑っていた。

 

「何か良い事でもあったのか? リュミエール」

 

「はい。なんだかモモンガ様が御近くに居る、そんな感じがして嬉しくて。」

 

 リュミエールの笑顔に釣られて、自分も笑ってしまう。

 

「そうだな、随分と背伸びをしていた気がするよ。

 苦労をかけることもあるかもしれないが、改めてよろしく頼むぞ? リュミエール。」

 

「はいっ!」

 

 やっぱり言ってみてよかった。

 リュミエールの笑顔を見ると、そう実感する。

 

 

「ところで、週休二日制というのは――――」

 

「承服しかねます♡」

 

 先ほどと変わらない素敵な笑顔だが、キッパリと断られてしまった。

 ワーカーホリックめ。

 

(ナザリックの皆も幸せにする。世界も幸せにする。やっぱり両方やらなきゃあならないよな。)

 

(とすると、行き成り最終目標の週休二日といったのがミスだったかな?

 いや、寧ろ週休二日から譲歩した(てい)で休みを一日増やす様に譲歩を引き出すのもアリか?)

 

 チラっとリュミエールの方を見ると笑顔の中に「断固拒否」と書いてある様に見えた。

 

 

(負けないぞぉーー!)

 

 

 




 回想でモモンガがテンパってからは
 ドリフのオチで流れるテーマをイメージしてます

 ドゥゥゥゥーーーーーーン!
 テッテト テッテトテッテ テッテトテッテ テッテテテ!!
 テッテト テッテトテッテ テッテトテッテ テッテテテ!!
 ティッティティティティッティィッッ!!! ペプーペプーペ
 ティッティティティティッティィッッ!!! ペプーペプーペ


※ワーカホリック
ナザリックの面々はワーク・エンゲージメントが正しいのですが、馴染みの無い言葉なのでワーカホリックという言葉にしておきました。
モモンガから見たらワーカホリックと感じても無理はないのかもしれませんが。


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04. フールーダとの邂逅

基本的には週末投稿予定です。
出来れば水曜日も、今回は話が全然進んでないので投稿する事にしました。


 

―バハルス帝国― 帝国魔法省

 

 フールーダ・パラダインは帝国魔法省の地下に捕えた死の騎士(デス・ナイト)の支配に失敗し、自らの執務室へと戻ってきた。

 その表情には悔しさよりも、今回もダメだったかという落胆の色の方が強かった。

 

 彼は周辺国家で最も優れたマジックキャスターであり、第6位階魔法を行使する逸脱者であった。

 彼の魔法に対する執着心は尋常ではない。魔法の深淵を覗くという夢のためなら皇帝ジルクニフを裏切る事さえ躊躇いは無い程に。

 

(もし、カルネ村を救った謎のマジックキャスターと話をする事が出来れば、新たな視点を得られるかも知れぬが……)

 

 自身の探知魔法をレジストするだけの力を持つ謎のマジックキャスター。

 まだ見ぬ自分と同等かそれ以上の存在に思いを馳せる。

 もしかしたら自分を更なる高みに導いてくれるかもしれない存在に。

 

(何とかしてジルに動いてもらわねばな。)

 

 バハルス皇帝ジルクニフも謎のマジックキャスターには興味を持っている。

 彼は優秀な人材であれば出自や地位を気にしない実力主義を是としているためである。

 もしカルネ村が帝国領であれば、皇帝自ら出向いて勧誘していただろう。

 だがカルネ村は王国領。フールーダもジルクニフも歯痒い思いをしている。

 そう考えているとき、部下の騎士から面会を望む者が居ると報告を受けた。

 

「フールーダ様。リ・エスディーゼ王国のアダマンタイト級冒険者【漆黒】のモモン様が面会を希望されております。」

 

(エ・ランテルを拠点に活動する最も新しいアダマンタイト級冒険者だったか。)

 

 フールーダは戦士のモモンには全く興味が無かったが、カルネ村を救った謎のマジックキャスターについて欠片でも情報を持っているかもしれないという希望と、【美姫】と呼ばれる若く才溢れるマジックキャスターに興味を持ち面会をする事にした。

 

 

 

――――――――

 

―バハルス帝国― 帝国魔法省フールーダの執務室

 

「この度は突然の面会を受け入れていただき有難う御座います。私はモモン、そしてこちらはナーベといいます。」

 

 モモンという黒い全身鎧を纏う戦士は噂に聞くとおり紳士的な人物で、ナーベという人物も噂通りモモンとは正反対の愛想の無い女性だった。

 そんな事よりも自身のタレントである相手の魔法力を探知する魔眼が、モモンとナーベの魔力を一切感知出来ない事に違和感を持った。

 余程の無才でない限り大小あれど魔法力はあるものだ。だが、この二人は全く魔法力を感じられない。

 モモンであれば戦士の才能に振り切っていると推察も出来ようが、ナーベから魔法力を感じられないのは異常としか言いようが無い。

 そう推察しているとモモンが言葉を繋ぐ。

 

「ナーベに魔力が無くて驚かれましたか?

 本日面会に伺ったのは、その魔力隠蔽のマジックアイテムについてです。」

 

 モモンの言葉にフールーダは納得する。

 タレントですら感知出来なくなるほどの性能を持ったマジックアイテムならば、自分の知識を頼りにするのも道理だと。

 そして今まで聞いた事も無いマジックアイテムの存在にフールーダのテンションは急激に上昇した。

 魔法に関するものであれば、マジックアイテムも当然興味の範疇に入るのだから。

 

「ふむ、では話を聞かせてくれるかね?」

 

 

 

――――――――

 

――モモンガ視点――

 

(よし! 何とか懐に入り込む事が出来たぞ!)

 

 もちろん魔力隠蔽のマジックアイテムなんて面会するための切っ掛けに過ぎない。

 そしてマジックアイテムに反応して目の色が変った事から、魔法に関して執着心が非常に高いというデミウルゴスの調査の裏づけも取れた。

 そう思い、モモンに変装したモモンガは心の中でガッツポーズをとる。

 

「そのマジックアイテムはこちらでして……」

 

 デミウルゴスとアルベド、パンドラズ・アクターの情報が確かならば、フールーダは必ず俺の魔力量に食い付く。

 目の前にエサをぶら下げて交渉を進めていく作戦だ。

 

(さて、どれくらい食い付いてくれるかな?)

 

 人化している俺は漆黒の鎧の小手を外し、魔力隠蔽の指輪を外した。

 そしてフールーダへと視線を向けると――――

 

 

 彼は驚愕の顔を浮かべて時が止まった様に固まっていた。

 何秒か待ってみてもフールーダは固まったまま動かない。

 

(う~ん、この反応は想定外だな。)

 

 俺はどうやって話を進めようか迷っているとフールーダの表情が動き、目から大粒の涙が溢れ出す。

 

(えぇぇっ!? 何で泣くの!?)

 

 俺が戸惑っている間にフールーダは俺の目の前に平伏す。

 

「魔法の深遠に到達せし偉大なる御方!

 貴方様に出会えた事、我が一生の中でこれ程歓喜に満ち溢れた事は御座いません!!」

 

 フールーダは俺を神が降臨したかと勘違いしているかの様に涙を流しつつ、歓喜の表情を浮かべている。

 

(ここまでの反応は想定外だけど、作戦は進められそうだし、いいか。)

 

 そんな風に思っていると、ナーベ事、ナーベラルが口を開いた。

 

「人間風情にしては物事の分別が付くようね。モモン――――さ――――ん、とお会いになってその反応は正しいわ。」

 

(ナーベラルゥ!? 何でいきなり上から目線なの!?

 いやまぁ、下等生物(カトンボ)とか言わなくなっただけ嬉しいけどさ!?)

 

「ははぁっ!! 有り難き幸せ! モモン様のご威光を拝見する事ができ、これ以上の幸せはこの世には御座いません!!」

 

 フールーダは額を床に擦りつけて完全に謙っている。

 その様子を見たナーベラルは満更でもない様子だった。

 

「人間如き力不足とは思ったけど、お前ならモモン――――さ――――ん、の為に働くことを許してあげるわ」

 

 ナーベラルは「様」と「さん」の使い分けに苦労している上に「モモンガ」と「モモン」の使い分けが合わさって、今までよりも更に変な言い回しになってしまっていた。

 

 

「光栄に存じます! ――――私を人間と御呼びになる貴方様方は、やはり【神】で在らせられるのでしょうか?」

 

(ナーベラルは上手く要求を呑ますために作戦を考えてきてくれたのかな?)

 

 盛大に勘違いをするフールーダに対してナーベラルはどのようなアクションを取るのだろうと楽しみにしていると――――

 

 

 しまった!!という顔をナーベラルが取る。

 

(えっ?)

 

 ナーベラルは途端にオロオロとしだし、困ったような、縋るような顔で俺を見る。

 その顔には【ど、どうしましょう……モモンガ様】とデカデカと書いてあった。

 

 

 

(え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛――――!!!

 そこまで尊大にしておいてノープラン!?

 俺、今人間になってるから精神沈静化しないんだぞ!?

 と、ともかく何とか誤魔化さないと……)

 

 

 

 ナーベラル……お前のそういうとこだぞ。と思いつつも何て返答しようか考えていると、

 ナーベラルが何かを閃いた様だ。その顔には【私にいい考えがあります】と……

 大丈夫かなと不安になりながらも、ナーベラルに任せる事にした。

 

 

「モモンさ――――んは神の如き力を持った御方。有象無象の人間と一緒にしてもらっては困るわ」

 

 なるほど、そこらの凡人とは格が違うというニュアンスに持っていったのか。

 

「ははぁー!! まさしくその通りに御座います!

 魔法を極めし御方が私如きと同じ存在であるはずが御座いません!!」

 

(よし、フールーダもまともな判断が出来ていない。上手く誤魔化せたようだ)

 

 ナーベラルも安堵して【私、頑張りました!】という顔を俺に向ける。

 元々ナーベラルが播いた種ではあるが、ナーベラルが自分のケツを拭けるようになったのは嬉しい事だ。

 俺はナーベラルの頭を撫でてあげると、ナーベラルは嬉しそうに目を細め俺の為すがまま撫でられていた。

 

 

 

「さて、話が脱線してしまったようだが、本題に入らせてもらってもいいでしょうか?

 まず、私がここに来たのは魔力隠蔽のマジックアイテムについてではありません。

 フールーダ殿、貴方にお願いがあるのです」

 

「何なりと御命じ下さい。私の全身全霊を以て果たしてみせます!」

 

(フールーダからの圧が凄いけど、作戦自体はこなしてくれそうだな……)

 

 そこでまたナーベラルが口を挟む。

 

「老いぼれにしては殊勝な心がけね。」

 

 

(言い方ぁ――――ッ!!)

 

 

 俺はナーベラルに喋らせてはイケナイと判断し、喋らせないための行動を取る。

 さっきナーベラルの頭を撫でていた時は借りてきた猫の様に大人しかった。

 だから、話が終るまで撫でていればずっと黙っていてくれるはずだと。

 

 ナーベラルの頭を俺の太ももに乗せて膝枕をさせた後、ナーベラルの頭を優しく撫で続けた。

 横になったナーベラルは身体を丸めて、幸せそうに目を細め、大人しくしていてくれた。

 

 

 俺はナーベラルの言葉を聞かなかった事にして話を続ける。

 

 

「頼みたい事は1つ。いや、3つですかね――――」

 

 

 




ナーベラルのポンコツ化が著しいのは仕様です。


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05. バハルス皇帝ジルクニフ

ジルクニフはデス・ナイトの支配を試みている事を知っている事になっています。
どの程度強力なアンデッドかはよく知りません。



 

―バハルス帝国― 帝城 通路

 

 モモンガとの面会を終えたフールーダ・パラダインは走りたくなるのを抑えて、早足で歩みを進める。

 自分の夢を叶えるために、ジルにモモンガから拝命した要望を全て呑んでもらわなければ……いや、呑ませなければならない。

 

(ジルの事じゃ、御方の希望を受け入れるのは問題なかろうが)

 

 フールーダはジルクニフの性格からして、モモンガの希望を受け入れるだろうという事は今までの付き合いでなんとなく分かる。

 モモンガはその辺りを踏まえて要望を出したのだろうと思うと、流石いと深き御方と言わざるを得ない。

 

 

 

 フールーダがジルクニフの執務室の前に到着すると、扉の左右に立つ騎士達のうち、左の騎士がフールーダに声をかける。

 

「フールーダ様、陛下は文官の方々と会議をなされています。

 緊急の案件でなければ、時間を改めて頂ければと――――」

 

 フールーダは愚鈍な騎士に苛立ちを覚える。

 急いでこの場所へ来た自分を見て、何故緊急ではないと思うのかと。

 だが、騎士の対応も無理も無い。フールーダは魔法に絡んだ案件であれば大体いつもこんな感じなので、緊急の案件かどうかは所作だけでは判断し難い。

 

「緊急の案件じゃ! 直ちに行動を起こさねば帝国の存亡に関わる!」

 

 剣呑な雰囲気を作るフールーダに騎士たちは直ちに執務室への扉を開けた。

 

 

 

―バハルス帝国― 帝城 ジルクニフ執務室

 

「どうした爺? 随分と慌てているようだが。

 ――――アンデッド労働の実験に進展でもあったかな?」

 

 ジルクニフは会議中の闖入者(ちんにゅうしゃ)にも全く動じず、余裕を持った笑みを絶やさずフールーダに対応した。

 

「その様な些事(さじ)では御座いません陛下。」

 

「ほぅ? と、するならば――――」

 

(爺にとってアンデッドの労働力は肝いりの研究のはずだ。それを些事と評価するのならば、考えられるのは2つ……)

 

 ジルクニフはフールーダの嬉々とした表情と先ほどの言葉から思考を逡巡させて「デス・ナイトの支配」「カルネ村を救ったマジックキャスター」の2つに絞り込む。

 

「流石の陛下でもわかりませぬか。」

 

「爺よ。結論を出すには情報が少なすぎるとは思わないか?」

 

 それは尤もだし、こんな言葉遊びに興じている場合ではなかった。

 つい、いつもの様に会話をしてしまったフールーダは気持ちを切り替える。

 

「そうでしたな。このような事をしている場合では御座いませんでした。

 結論から言いましょう。

 陛下がいくつかの条件を呑んでくだされば至高なる御方、件のマジックキャスターがバハルス帝国の陣営に加わってくださるとの事です」

 

「ほぅ……?それは素晴らしいな爺。だが話が飛び過ぎだ、順を追って話せ。

 それと、今日の会議はこれまでとする。ロウネ、後日続きを行う。諸々の調整を任せる。」

 

 ロウネと文官たちは頭を下げて執務室から退出する。

 フールーダに匹敵するほどのマジックキャスターに関することなのだ、帝国内でも最優先に処理されるべき案件である事はこの場にいる誰もが理解している。

 万が一にでも他国に渡れば、我が国の魔法に関する優位性は一気に失われる。

 それは純粋な戦闘能力だけでなく、外交、諜報、内政、経済、全てにおいてだ。

 だから自分たちの仕事が後回しにされるのも当然の事だ。

 

 

 文官たちが退出した後、ジルクニフは言葉を発する。

 

「先ずは状況を整理しようじゃないか。爺の焦りもわかるが、このような時こそ冷静さを欠いてはならぬ。

 私は件のマジックキャスターの名前も知らぬのだぞ?」

 

 フールーダが魔法に絡むと色々とおかしくなるのはジルクニフだけでなく側近の面々も重々承知している。

 しかも、自身に匹敵するマジックキャスター。フールーダの言葉を察するに自身より優れたマジックキャスターである事も窺える。

 フールーダ自身、ジルクニフが生まれる前からマジックキャスターとしての成長が停滞している事に焦燥感を感じている中、この朗報なのだ。冷静になれないのも理解は出来る。

 だからこそ、必ず勧誘を成功させるためにも冷静さをフールーダに要求したのだ。

 

「はっ、ジルの仰る通りです。私にとっても人生の岐路、冷静さを欠いておりました。」

 

 

 あの御方にもう一度会いたい。可能であれば教鞭をとって頂きたい。

 あの御方の叡智の一端でもこの目に焼き付けたい。

 あの御方に私の進んでいる道が正しいのか、方向を示して頂きたい。

 

 

 フールーダの頭にあるのはモモンガの事ばかりで、自身がいつもより視野狭窄に陥っていた事に気がつかなかった。

 これを成功させなければ全て水泡に帰すというのに……。

 

「先ず、かの御方の名は【モモンガ】様と申します。性別は男性。マジックアイテムの仮面を身に付けており、ご尊顔は拝見できませんでしたが、声質から見て、見かけ上は20~40歳かと思われます。

 こちらに関しては、私の様に老化を止める魔法を使用している可能性が高いため、実年齢は分かりませんでした。

 そして得意とされる魔法は死霊系統と仰られております。」

 

「爺の目から見て魔法の才は?」

 

「私の目を以ってしても正確には測れませんでした。私の魔力量から相対的に判断すると第7~8位階を御使用になるかと。」

 

 これはフールーダの嘘だった。

 タレントの目を以ってすれば魔力系の魔法に限り使用できる位階まで正確に測れる。

 だが、第10位階と正直に言えばジルクニフが自分の目を疑うか、信用したとしても力を恐れて飼い殺しにする可能性がある。

 第7位階ですら神の領域、第8位階など存在しないのではないかというのが魔法界でも一般的な意見なのだ。

 だから自身より遙かに格上というくらいに留めるべきだとフールーダは判断した。

 

「それは本当か!? いや、すまない。爺の目を疑ったわけではない。

 余りに想定外だったのでな。愚かな事を聞いた、すまぬ。」

 

「いえ、そう思うのは無理もありません。私自身も神が降臨なされたかと思ったのですから。」

 

「そうなると、モモンガが提示した条件というのが気になるな。

 それほどの力があれば、何でも出来るだろう?」

 

 魔法というのは武力だけではない。フールーダの持論の通り、国家運営全てにおいて大きな役割を果たす。

 マジックアイテムしかり、回復魔法しかり、諜報魔法しかり、転移魔法しかりだ。

 民の目線に立てば、調味料を生成したり、ドルイドの魔法で植物の成長を助けたり、品種改良の役にも立っている。

 それを理解していないリ・エスティーゼ王国は目を覆いたくなる程の愚か者の集団だ。

 

「条件は大きく分ければ1つ。細かく分ければ多岐に分かれます。」

 

「それでは大きい方から聞こうか。」

 

 

 

「モモンガ様は3箇所の領地を欲せられています。」

 

 ジルクニフは肩透かしを食らった感覚に襲われる。

 もっと難解な条件を提示されるかと思ったのだが――――

 

「随分と俗物的だな? 爺の様に探求者的な条件を提示されるかと思ったが。」

 

「ふふっ、早合点が過ぎますぞ、ジル。」

 

「む? そうなのか、ではその3箇所とやらを教えてくれ。」

 

「1つ目はエ・ランテル含む周辺の領地。こちらは絶対条件と仰られています。」

 

 やはり俗物的では、とジルクニフは思ったが言葉にはしないでおいた。

 

「2つ目はトブの大森林とアゼルリシア山脈、そして3つ目がカッツェ平野でございます。

 こちらは可能であれば、と仰られておりますが絶対条件と認識した方が良いでしょう。」

 

「その土地が欲しい理由は聞いていないのか?爺。」

 

「聞いておりますが、出来れば陛下ご自身で気付いて頂きたいものですな。」

 

(という事は既にヒントは出ている。カッツェ平野といい、死霊系マジックキャスターであることが関係する。そして、エ・ランテルは交通の要所で非常に発展している。そしてあの辺りは土壌も良く穀倉地帯としても――――)

 

 ジルクニフの頭の中に無数のアイデアが浮かび、消えていく。

 そして瞬く間に一つの解へと到達した。

 

(まさか――――)

 

 フールーダはその表情を見てニヤリと笑い、賞賛の拍手を送る。

 

「流石ですな、ジル。では答えあわせとしましょうか。」

 

 

「モモンガがエ・ランテルを欲したのはアンデッドの労働力の効果確認を行いたいため。違うか?」

 

「その通りでございます。私が我々のアンデッド労働力の実験を些事と切り捨てたのは、そこに御座います。

 完成形を知ってしまえば、私の研究など子供の自由研究に等しい。」

 

「それほどか……」

 

(アンデッドの労働力は人間の代わりに単純労働を行うものとして研究をしていた。

 単純労働者を減らし、兵士・マジックキャスター等として育てる事で国力を増加させる目論見だ。

 ただし、これはアンデッドを敵視する神殿勢力との軋轢を免れない。

 それでも、アンデッドの労働力により増える信仰系マジックキャスターの手駒を増やす事が出来れば、対コスト的に神殿勢力と手を切る事は十分に可能だ。

 なにより、それだけのマジックキャスターを他国にみすみすと渡す事などありえない。)

 

 

「アンデッドの棲まうカッツェ平野は言うまでもないが、トブの大森林とアゼルリシア山脈については流石に分からぬな。

 これらを欲する理由はなんだ?」

 

「それはこちらをご覧下さい」

 

 そういってフールーダは古地図を懐から取り出す。

 これはモモンガが渡したもので、この帝国、王国、法国周辺の地理が示されている。

 

「これは凄いな。我々帝国が作成している地図よりも遙かに精密ではないか。

 だが、地形だけで都市の記載はないな。それにエ・ランテル辺りが赤い線で囲われているが……

 

 なるほど、これを有効活用しろということか。」

 

 この(モモンガが作った新しい)古地図は紙の質感から200年以上、リ・エスティーゼ王国やバハルス帝国建国以前の物だということが分かる。

 そしてこの赤枠はモモンガが欲している領土。これは見方を変えれば200年以上前からモモンガの支配地だったとする事が出来る。

 それを許可無くリ・エスティーゼ王国が簒奪した。次の戦争はエ・ランテル周辺をあるべき姿に戻す領土奪還であると大義が出来る。

 

 

 無論モモンガはそこまで考えては居ないが、ジルクニフとナザリックの知者たちはそこまで見通していた。

 

 

「――――と、思考に耽りすぎたな。爺、この点は何かな?」

 

 エ・ランテルから北東に100km程に点が記してあり、ここは帝国と王国の国境線付近で王国側の位置に記されていた。

 

「こちらはモモンガ様と連絡を取るための拠点に御座います。

 モモンガ様はトブの大森林の奥深くに拠点を構えられており、我々が自力でたどり着くのは困難だろうとの事で、この連絡拠点をお持ちだそうです。」

 

「なるほどな。高位のマジックキャスターはやはり変わった者が多いな。

 自身の拠点よりも真っ先に研究成果を発表する場がほしいという事か。」

 

 どの道、トブの大森林は領有権を主張しているが、実際のところ全く手付かずの地、アゼルリシア山脈は領有権すら主張していない。

 それは王国も同じだ。

 

「トブの大森林については、森の入り口付近を除くという条件はつけられぬか?

 入り口付近でも品質の高い薬草の群生地が多い。そこまで持っていかれるのは些か困るな。」

 

(まぁ、税収の一部に薬草を追加すればいいだけだが、面倒事が減るのに越した事はない。)

 

「はい。その話が出た際は森から1km程度であれば問題ないとのことです。」

 

 これまでの歴史からトブの大森林に1kmも奥に分け入るなどオリハルコン以上の冒険者で無ければ不可能なのは明らかだ。

 上手い所を突いて来る。ジルクニフはそう思った。

 

「ふむ、引き際も心得ているようだ。

 いいだろう、トブの大森林はそれでいい。アゼルリシア山脈はモモンガが実効支配してくれればこちらで領土宣言しよう。」

 

(ドワーフの国もあるが、そのあたりは上手く折衝すればいいだろう。

 これだけ物事を理解しているやつだ。そのあたりも織り込み済みなのかもしれんがな。)

 

 マジックキャスターとしてでなく、知者としても優秀さを感じるモモンガにジルクニフは益々モモンガの事を手に入れたくなった。

 

「カッツェ平野については寧ろ貰ってほしいくらいだな。

 アレが手から離れるだけで、財政が大分楽になる。

 

 ――――大きな事がこれだとすれば、小さい事はこれらに関わる事を上手く取りまとめてくれという事かな?」

 

「ご明察の通りです、陛下。

 これだけの領地を御渡しになるのであれば、それなりの根回しは必要となるでしょう。」

 

(先代もフールーダを招聘したときは頭を悩ませたのだろうな。

 フフッこれは大仕事だ。六代前の皇帝には頭が下がるな)

 

「ロウネを呼べ。今年は本気で王国を切り崩しにかかる。6軍全てを出すぞ。」

 

 

 帝国騎士団は第1~8軍まで存在し、帝国全土の防衛に最低でも2軍が必要となる。

 ジルクニフの6軍全て動員するというのは、帝国の総力戦を意味する。

 その言葉を聞いた護衛の騎士は慌てて退出し、ロウネの元へと向かった。

 

 

「陛下、その戦争にはモモンガ様自らが最前線に立つ事を希望されております。

 私より格上のマジックキャスターである事を示すには最も分かり易いだろうと。」

 

「なるほど、功績を作れば些事の根回しにも役に立つだろうとの配慮か。

 だが、大丈夫なのか?

 いかに優秀とは言えマジックキャスターは近接戦は不得手とするだろう?」

 

「多数のアンデッドを従えた私が10人最前線に立つことをお考えになれば、簡単かと?」

 

 本来はフールーダ100人以上並ぼうが、モモンガに届かない事は重々理解しているが、事実は時にして判断を鈍らせる。

 それ故に敢えて10人としたのだが

 

「それは些かモモンガを買い被り過ぎではないのか?」

 

 フールーダの優秀さを知っているジルクニフは、どうしても自分を過小評価するフールーダをフォローしようとする。

 だが、それがフールーダの怒りに触れてしまう。同時に知らぬという事の愚かさに哀れみも湧く。

 

 

 マジックキャスター……下らない。

 

 

 愚かな王国の外交官が口にした時の怒りに満ちたフールーダの視線に良く似ている。

 フールーダが魔法に関してデタラメを言う筈がない。フールーダを信じたいあまり、逆に信じていなかった事にジルクニフは謝罪する。

 

「すまない、爺。バハルス帝国最優の爺が言うのだから正しいのだろう。」

 

「お分かり下されば構いません、陛下。」

 

 怒りを纏った雰囲気が霧散し、いつものフールーダに戻る。

 

 

「さて馬車の準備だ。彼を勧誘しに行こうではないか、爺。帝国四騎士のバジウッド達も同行させる。」

 

「陛下ならそう為さると思っておりましたぞ?」

 

「当たり前だろう? 此処で動かぬようでは、私は退位すべきだ。」

 

 フールーダとジルクニフの不敵な笑みが交わる。

 

 

 これも全てナザリック3人の知者の計画通り。

 それを知る者はこの場には居ない――――。

 

 

 





モモンガも知らない――――

デミウルゴスたちはつい、モモンガなら理解している前提で進めそうですよね。


●小話
「爺よ、もし私が条件を飲まなかった場合、どうした?」

「その様なありえない妄想をしても意味はないと思いますが? 陛下。
 それに言わなくてもお分かりでしょう?」

「ふっ、そうだな。下らん事を聞いた、許せ。」

(もし、条件を飲まなかった場合、フールーダはバハルス帝国からその日の内に姿を消していただろう。
 その場合、落日の近い竜王国に身を寄せて同じ条件を飲ませようとしたのだろうな。
 フールーダの身を担保とすれば、竜王国は領地を渡す事など厭わないだろうな。)

 フールーダは夢を叶える為ならば国を捨てるなど厭わないとジルクニフは理解している。
 モモンガもそんな変人じゃなければいいなと、馬車に揺れる中、ジルクニフは願わずには居られなかった。


●小話2

「爺よ、モモンガは何故王国に自分を売り込もうと思わなかったのだと思う?」

「それは帝国魔法学院の学生に聞いても答えられると思いますぞ?」

「へぇ?一体何なんです?
 マジックキャスターが正しい評価をされてないからですかい?」

 話を聞いていたバジウッドが会話に参加してきた。

「簡単なことですな。沈み行く船に乗る者が居るわけない。そういうことですぞ」

「なるほど。モモンガっつー方は、隠者でありながら随分と世情に詳しいみたいですね。」

 バジウッドが理解するとジルクニフが口を開く

「爺が歩みを止めているのは、意外とそのあたりなのかも知れんな。
 もう少し公務を増やしてみる気はあるか?」

「そうですな。世界を知る事が深みへと至る為に必要なのかもしれませぬ。」

 モモンガが実験を終えた後、隠遁生活に戻るとしても
 フールーダが帝国への魔法研究にウェイトを増やしてくれるなら、この訪問は正解だったなとジルクニフは思った。




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06. フールーダははしゃぎたいお年頃

 

―リ・エスディーゼ王国国境付近― ナザリック転移門設置拠点

 

 数日後、ジルクニフ達は古地図に記されたモモンガとの連絡拠点へと到着した。

 そこには小規模ではあるが、パルテノン神殿の様な石柱が特徴的な神殿が立っていた。

 

「此処からでは正確には分からんが、まるで1つの石から削りだしたような美しさだな。」

 

 ジルクニフも様々な美術品を日常で目にしているため審美眼(しんびがん)は確かなものだ。

 ジルクニフの言うとおり、石柱や屋根などの大きなパーツは1つの岩石から削りだされていた。

 それだけの財力と技術がある事を分かり易く提示するために、モモンガがデミウルゴスと相談して作り上げたものだ。

 

 バハルス帝国の面々が神殿の美しさに見とれていると、神殿の中から一人の女性が現れた。

 

(なっ! なんと大きい――――いや、美しい。)

 

 男ならば誰もが引き付けられるだろう爆乳。

 そして黒髪をアップに纏めた彫刻のように美しい女性。

 

(メロンか……いや、よもやスイカ……はっ!いかん。)

 

 ジルクニフとて一人の男。つい見てしまうのは仕方ない。

 胸元から視線を上げて美しい顔に視線を向けると視線が交差した。

 ジルクニフの視線は眼鏡をかけたメイド服を着た女性に感知されていたようだ。

 

(しまったな。レディに対して失礼な事をした。)

 

「申し訳ない。貴女の知的さと美しさを兼ね備えた姿に心を奪われてしまっていたようだ。」

 

「ありがとうございます、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下。私はユリ・アルファと申します。

 モモンガ様は陛下との面会の準備をなされております。

 長旅でお疲れでしょうから、しばしご休憩下さい。」

 

 そういってユリはパンッパンッと手を叩く。

 ジルクニフは神殿の中で休憩を取るのだろうとその為に荷物持ちを呼んだのだろうと思った。

 だが、ナザリック(主にデミウルゴスとアルベド)がそんなに安易な応対をするわけが無い。

 

 

 出てきたのは身長2m以上の黒い騎士。

 顔はゾンビの様でアンデッドだという事がわかる。

 それがテーブルやイスを持ってぞろぞろと出てきたのだ。

 

(ほぅ……。モモンガの使役するアンデッドは下男の様な仕事も出来るのか。なかなかやるな。)

 

 ジルクニフがそう思っていると、隣から――――

 

 

「ほわわぁぁぁァァァァアアア――――――――ッッッ!!!!!! くぁwせdrftgyふじこlp――――」

 

 

 歓喜に飛び跳ね、泡を吹くフールーダの奇声がこの場に響き渡る。

 一体如何したのだとフールーダの方を向くと、バジウッド達四騎士や側近の騎士達が悲壮な表情をしつつも自分の得物に手を掛けようとしていた。

 モモンガを招聘しに来たのだからこちらから攻撃はしてはならない。剣に手を掛けてはならない。その矜持がギリギリの所で暴挙に出ることを防いでいた。

 戦士としての才覚が皆無(クラスレベルを取得していないだけだが)なジルクニフもようやく、この下男のアンデッドが只者ではない事を悟る。

 

 

「爺! いったいこのアンデッドは何者なのだっ!」

 

「ふはははハハハハッッ!!!! 流石は至高なる御方ァ!! 私が5年の年月をかけても全く支配できなかった伝説のアンデッドをこれ程容易く完璧に支配なされているッ!!」

 

 瞳孔が開き狂喜乱舞しているフールーダの言葉を聞いて、ジルクニフはこのアンデッドが何者かを理解する。

 

「このアンデッドが死の騎士(デス・ナイト)――――なのか?」

 

 帝国魔法省の地下で厳重に封印されている伝説のアンデッド。

 5年前カッツェ平野に突如現れ、帝国軍の1軍を一体で滅ぼした強大な力を持つアンデッド。

 フールーダを含む高位のマジックキャスターが多大な犠牲を払いつつ、空中からの爆撃で何とか捕縛する事が出来たアンデッド。

 

 つまり、一体でもこちらに対して敵意を持てば瞬く間に生者は存在しなくなる。

 そのことを理解したジルクニフは肝を冷やす。

 

「この死の騎士(デス・ナイト)達はモモンガ様の完全な支配化に入っております。

 どうかご安心下さい。」

 

 ユリがそういい、頭を下げるとジルクニフは少しだけ冷静さを取り戻す。

 

(あの女性も死の騎士(デス・ナイト)がモモンガの支配下から外れれば危険なのは変わりない。

 それなのに全く動じぬその姿勢、それに爺も危機感ではなく――――狂喜といえばいいのか……。兎も角身構えてはおらぬ。

 皇帝として堂々としないわけにはいかないな。)

 

 ジルクニフは飛び跳ねて踊っているフールーダの姿とユリの動じぬ様を見て、男として情けない姿は見せられないと精一杯の虚勢を張る。

 その姿を見て四騎士たちは、落ち着きを取り戻して姿勢を正した。だが、強張った顔が(ほぐ)れる事はなかった。

 

「バジウッド、お前たち四騎士があれと戦った場合勝てるか?」

 

「冗談を言わないでくだせぇ陛下。4対1でも数分と持ちませんぜ。

 アレと戦うくらいなら同じ人間のガゼフ・ストロノーフと戦った方がまだマシでさぁ。」

 

 アレだけ大きなタワーシールドを持つのだ。

 生物相手なら防御に徹して疲労を誘い、力が落ちたところで攻めに転じるだろうとバジウッドは判断する。

 そうであるなら、同じ様に疲れるガゼフの方がマシだと。王国の至宝を装備された場合はどちらとも戦いたくはないが。

 

 そんな事を考えている間に、フールーダは死の騎士(デス・ナイト)に近づいていく。

 

「ユリ殿や、死の騎士(デス・ナイト)をもっと近くで見てもいいじゃろうか?」

 

「はい、問題ありません。彼らの動線を遮らないで下さると助かります。」

 

 ユリの承諾を得たフールーダは死の騎士(デス・ナイト)に纏わり付くように観察する。

 人差し指を死の騎士(デス・ナイト)に近づけて、骨に幽かに触れた瞬間手を引いて奇声を上げて笑っていた。

 

「爺、みっともないぞ。」

 

 奇行に走るフールーダを見かねたのか、ジルクニフはフールーダを嗜めた。

 

「問題は御座いません、皇帝陛下。フールーダ様も仕事を終えた死の騎士(デス・ナイト)でしたら触って下さって御問題ありませんよ。

 アンデッドに興味を持って下さるのは我が主にとっても喜ばしい事ですので。」

 

 自身もアンデッドであるユリはこの世界でのアンデッドの評判を重々承知している。

 フールーダが変わり者である事は見れば分かるが、少しでもアンデッドの見方が変るのであればと、お触りを許可したのだ。

 アンデッドを世界に広めていくモモンガにとっても都合がいいはずだと。

 

「ふぉぉぉぉォォォ――――ッッ!!」

 

 ユリのお許しを頂いたフールーダは、作業を終えた死の騎士(デス・ナイト)に早速しがみ付く。

 骨に頬ずりをするフールーダの姿にジルクニフは手で顔を覆う。

 ああなったフールーダは止まる事はない。ジルクニフはそれを知ってしまっている。

 

「申し訳ないユリさん。後でキツク叱っておきますので、如何か気分を害されない様お願いしたい。」

 

 皇帝であるため頭は下げないが、フールーダの無礼な振る舞いに謝罪をしないわけにはいかなかった。

 

「謝罪など不要です、皇帝陛下。

 モモンガ様はこの様な事態も想定されて死の騎士(デス・ナイト)をお使いになられたのだと思います。」

 

(なるほど、爺があれほど取り乱し、四騎士達が戦いを放棄したくなる程のアンデッドを下男として寄越す。

 つまり、それだけ力があるとのアピールをしていたという訳か。

 モモンガというマジックキャスターの力量を示すには最適というわけだ。)

 

 たった1つの事柄で十分な力を示すモモンガという男にジルクニフは評価をさらに1つ上げる。

 アレだけの神殿を作る財力、技術力。ユリという爆乳美女を従え、死の騎士(デス・ナイト)を支配する稀代のマジックキャスター。

 金、女、暴力の全てを高い次元で所有するモモンガ。

 エ・ランテルを所有するという事は、自身の実験を披露する場と同時に権力両方を手に入れる心積もりなのだろうとジルクニフは判断する。

 

「そうです。騎士の方々も死の騎士(デス・ナイト)でトレーニングなされては如何でしょうか?

 長旅で筋肉も固まっていることでしょう。

 死の騎士(デス・ナイト)、武器を使用することは禁じます。そこに置いておきなさい。」

 

 ユリが指示すると死の騎士(デス・ナイト)はフランベルジュを手放し、邪魔にならないように隅に纏めた。

 

「おぉ……モモンガ殿以外の命も聞くのか。」

 

「はい。モモンガ様より命令権をお借りしておりますので。」

 

 それほど強固に支配されており、モモンガが命令権を貸せばモモンガの居ない地でも労働力として働かせる事が出来る。

 ジルクニフの目にはそう映った。

 

「雷光、激風、重爆、不動、折角の申し出だ。受けてみてはどうだ?

 このようなハンデで強者と戦う機会など、二度とないかも知れんぞ。」

 

 ユリから回復魔法を使うマジックキャスターも控えているという話を聞いて、バジウッド達は諦め半分と好奇心半分で死の騎士(デス・ナイト)を模擬戦を行う事になった。

 

 

 

「クソッ! 連携すらさせてくれねぇか!」

 

「速さには自信があったのですか……! これ程とはッ!」

 

「【重撃】が完全にはいりましたのに……。全く動じないなんて!」

 

「…………!!」

 

 

 死の騎士(デス・ナイト)は四騎士たちの猛攻をタワーシールドとケタ違いの速度で易々と回避する。それに対し四騎士たちは死の騎士(デス・ナイト)のシールドバッシュに弾き飛ばされ、速度差でまともに連携もさせて貰えずに、シールドでしこたま打ち据えられていた。

 

 

 ジルクニフはそれを眺めつつ、ユリが注いでくれた果実のジュースを口にした。

 

(美味いな――――。はぁ、久方ぶりに休息が取れた気がする――――。)

 

 ジルクニフはジュースによるバフを癒しと勘違いし、ゆっくり流れる時をまどろんでいた。

 少し先では四騎士だけでなく、護衛の騎士達も死の騎士(デス・ナイト)にしこたま打ち据えられ、フールーダは死の騎士(デス・ナイト)にしがみ付いたまま離れない。

 常人が見れば余りに異常な光景だが、ジルクニフは確かに何年ぶりかの休息を得ていたのだ。

 

 

 しばらく時が経ち、バジウッド達は体力の限界に達し、草原に倒れこむ。

 それと同時に死の騎士(デス・ナイト)は役目を終えたと判断してユリの後ろに控えた。

 

「それでは皆様の治療に入らせて頂きます。ルプスレギナ、お願いね。」

 

 ユリがそういうと神殿の中から、赤く長い髪を三つ編みにした褐色肌の巨乳メイドが現れた。

 

「お初にお目にかかります。私はルプスレギナ・ベータと申します。

 皆様の治癒はわたくしにお任せ下さい。」

 

 ルプスレギナは調子に乗らなければ、公私をキッチリと切り替えられる。

 特にユリが監視についているのだから、そうそう変な事もできないというのもあるが。

 

「このくらいでしたら第3位階の中傷治癒(ミドル・ヒーリング)で十分そうですね。」

 

「たのんます」

 

 バジウッドの手を取り、傷の状態を確認していくルプスレギナにバジウッドはガラにも無く顔を赤くする。

 

魔法三重最強化(トリプレット・マキシマイズ)中傷治癒(ミドル・ヒーリング)

 

 魔法強化で効果を高めた回復魔法によってバジウッドの傷は瞬く間に回復していく。

 そして、同じ魔法をかけられたレイナースはその効果の高さにあるお願いに出る。

 

「ルプスレギナさん、解呪の魔法に心得は御座いますか?」

 

「信仰系の魔法でしたら、ある程度は使えますよ。」

 

「でしたら――――」

 

 ルプスレギナはレイナースが口を開こうとしたのを押し留める。

 

「申し訳御座いません、モモンガ様の許可無く高位の魔法の使用をするつもりは御座いません。」

 

 ホントはそんな指示はないのだが、ルプスレギナの「イジワル8割」と「無駄に手の内を見せない2割」でレイナースの申し出を断った。

 

「陛下、私はモモンガ様の下に付くかもしれない事をご了承下さい。」

 

 レイナースは(自身の顔の右半分に掛けられた呪いを解くために)自分の身を優先するとジルクニフに雇われた時に契約した。

 ジルクニフもそれは了承しているので、今更反故にする事はない。

 

「わかった。さてさて、これで益々モモンガを帝国に招かねばならなくなったな。」

 

 これは自身の代でもっとも大きな仕事になるかも知れんな。

 ジルクニフは覚悟を決めた。

 その視線の先には死の騎士(デス・ナイト)に肩車をされているフールーダの姿があり、何とも言えない感情がジルクニフの中に渦巻いていた。

 

 

「それでは皆様、モモンガ様の準備が整いましたのでこちらへお越し下さい。」

 

 

 




フールーダならこれくらいやる。やるよね?モモンのブーツ舐めるくらいだし。


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07. モモンガ、バハルス帝国に所属する(前編)

―偽ナザリック地下大墳墓 第??階層― 玉座の間(舞台裏)

 

(はぁぁぁ――――!!! なんで皇帝がアポなしで来んの!?)

 

 人間状態だったモモンガは突然のジルクニフ訪問にパニック状態になりながらも、一般メイドたちの力を借りつつ準備を整えていく。

 

(いや、アポはあったけどね!! 30分前に!!)

 

 メッセージの魔法が信用されないこの世界で、早馬の情報速度なんてタカが知れている。

 それにジルクニフの馬車自体、異例の高速でこちらに来たのだ。早馬を責めるのは間違っているのもモモンガは分かっている。

 

 だが、モモンガの気分はこんな感じだ。

 

(客先の会社の重役と打ち合わせさせて貰って会談の段取りつけましょうね。って話だったのに、行き成り客先の社長が来ちゃったよ! しかも大企業の! 俺みたいな平社員に如何しろってんだよ!!)

 

 文句の一つも言いたい気分だが、しっかり役目をこなさないと折角デミウルゴス、アルベド、パンドラズ・アクターが考えてくれた作戦が台無しだ。

 

(あ、そうだ!こんな時こそ死の支配者(オーバーロード)じゃないか!)

 

 人化の指輪を外して死の支配者(オーバーロード)に戻ると精神安定化が発動して落ち着きを取り戻す。

 冷静さを取り戻したモモンガは着々とジルクニフを迎える準備を整えていった。

 

 

 

――――――――

 

―偽ナザリック地下大墳墓 第??階層― 廊下

 

 ジルクニフ達は神殿の中にあった一枚の大きな姿見、転移門を通ってトブの大森林内に作った偽ナザリックへと転移した。

 アウラ、マーレ達の力作であるこのダミー・ナザリックは、素材こそオリハルコンやアダマンタイトなどの低級金属ではあるものの、ナザリック第10階層にも相応しい荘厳な造りになっていた。

 

転移(テレポーテーション)のマジックアイテムにも驚いたが、この城もなんと素晴らしい!」

 

 ジルクニフは10m以上ある天井に細かな装飾が施されている壁や柱、そして今にも動き出しそうなほど精巧な彫像に魅入ってしまっていた。

 

「まさか、ゴーレムという事はありませんわよね?」

 

 レイナースの言う通りそのまさかだが、先導するユリとルプスレギナは微笑を絶やさずに深紅の絨毯の先へと進んでいく。

 

「レイナース様の仰るとおり、これらは全てゴーレムで御座います。

 此処にはゴーレムを作成する設備も揃っておりますので。

 この通路には67体の悪魔を模したゴーレムが警備にあたっております。」

 

「67体も……」

 

 ジルクニフたちは辺りを見渡しつつ先へ進んで行くと、3mもあろうかという扉が現れた。

 その隣には先ほどより大きい、天使と悪魔のゴーレムが(たたず)んでいた。

 

「陛下、この色オリハルコンですぜ……」

 

「その様だな……これが最強のゴーレムか。」

 

 ナザリックにとっては最弱のゴーレムに等しいのだが、そんな事をユリたちがいう必要はない。

 本来ならばもっと高位の金属で作られたダミーレメゲトンの悪魔たちが並んでいるのだが、デミウルゴス達によりバハルス帝国の者達にもわかる金属で作成された超劣化レメゲトンの悪魔たちが設置されたのだ。

 

 

「皇帝陛下。この部屋にモモンガ様方がおられます。

 このまま御進みください。

 私達は此処から先に入る権限が御座いませんので。」

 

 ドアマンと化したオリハルコンゴーレムが扉を開けると、ジルクニフは先頭に立って玉座の間へと入っていく。

 

 

――――――――

 

―偽ナザリック地下大墳墓 第??階層― 玉座の間(舞台裏)

 

 ジルクニフ達が廊下のゴーレムや調度品に驚いているのと時を同じくして

 

「アルベド……本当にいいのか? デミウルゴスの様にそのままという選択肢もあるのだぞ?」

 

 モモンガは心配そうにアルベドを見つめている。

 

「はい、問題は御座いません。こちらの方が今後動く際に自由が利きますので。」

 

 アルベドはそう言いつつ、自分の頭から生えている角を掴んだ。

 そして――――

 

「ふんっ!!」

 

 ――――バギッッ!という音と共にアルベドの角が根元から折れた。

 2本ともだ。

 その角を予め用意しておいたヘアバンドに括り付ける。

 

(自分の角じゃないけど、見ているだけでキモが冷えるよ……。精神安定化が働いて無かったら、絶対取り乱してた。)

 

 アルベドはヘアバンドの作成を終えると、次は自分の腰から生えている黒い翼の根元を掴んだ。

 

「や、やはりそちらはやらなくても良いのではないか?アルベドよ。」

 

 幾ら作戦とはいえ、アルベドが傷つくのはやはり心苦しい。

 モモンガはそう思いアルベドに無理はしなくていいというが。

 

「いえ、こういうのはキッチリやらなくてはなりません。

 腰に巻くベルトにつける設定なので、服を脱がない限りわかる事はありませんが、万が一の場合後悔が残りますので。

 ふんっっ――――」

 

 アルベドが力を篭めると一対の羽根もあっけなく根元から千切れる。

 アルベドにとっては大きなダメージではないが、流石に痛むのか少し顔が痛みに歪む。

 

「アルベドよ。やはり痛むのか?」

 

 モモンガは心配して角の生えていた頭と羽の生えていた腰の辺りをさする。

 すると、アルベドの顔は歓喜に妖艶に微笑み

 

「モモンガ様のお陰で痛みは全く御座いませんわ。寧ろ気持ちいいくらい――――

 あ、出来れば腰を撫でて下さっている御手はもう少し下の方が……」

 

 アルベドはモモンガの手を取り自分のお尻に導こうとするが……

 そこにデミウルゴスの待ったがかかる。

 

「アルベドふざけ過ぎです、モモンガ様がお困りですよ。」

 

「わかってるわよ。でも、痛みがあったのは本当なのよ。

 貴方だって尻尾を千切ればモモンガ様が撫でて下さるかもしれないわよ」

 

 アルベドは、ぷくーっと頬を膨らませてモモンガの手を離す。

 モモンガはホッとした様な、ちょっとがっかりした様な複雑な気分だ。

 

「それは私とて興味はありますが――――」

 

(えっ? あるの? それ聞きたくなかったな~)

 

 デミウルゴスの発言にモモンガは精神安定化が発動する。

 

「あ、いえ。アルベドみたく性的な興味ではありませんよ。

 至高の御方で在らせられるモモンガ様に手当てして頂ける。それがどれ程光栄な事か、その感覚を味わってみたくはなります。」

 

(あ、そっちか。よかった~。)

 

 モモンガの雰囲気から悟ってくれたデミウルゴスがフォローを入れてくれる。

 

「やはり貴方も人に扮してはどう?」

 

「いえ、尻尾は兎も角、私の目は流石にごまかしが利きません。

 目をくり貫いて、氷漬けにしてある人間の目を入れても自然には動かせないので。」

 

 アルベドへの返答に目をくり貫くなんて恐ろしいことを言うデミウルゴスに、モモンガは精神安定化が再発動する。

 

「いや、デミウルゴスはそのままでよい。私に下った魔神という設定のままな。」

 

 

 アルベドが角や羽根をもいだのは、対ジルクニフのためであった。

 デミウルゴス情報ではジルクニフは【精神防御のネックレス】を装備しているため、幻覚魔法による誤魔化しが通用しない。

 なのでアルベドは悪魔の証を取り払い、アクセサリーという形で身につけるという剛毅な選択を提案してきたのだ。

 一度その様な姿を見せれば安心してしまうもので、これ以降は淑女の頭や腰を無作法に触る者も居ないだろうし角や羽根をつけていても怪しまれないだろうとの算段だ。

 アクセサリとしての効果も角は【精神攻撃に対する完全防御】羽根は【即死に対する防御】というマジックアイテムとして紹介すれば、取り外す機会も無くなるだろう。

 それに角や羽根は治癒魔法で回復すれば元通りにもなる。

 

 デミウルゴスに関しては先ほど彼が言ったとおり、(皇帝の前でサングラスをして隠すわけにも行かず)どうしても目が誤魔化せないので元・魔神という体で紹介することになっている。

 これも、モモンガが魔神を降す事のできる強力なマジックキャスターというのを分かり易くするのにも役に立つ。

 

 

 もちろん同じアンデッドのシャルティアもだが――――

 

 

「モモンガ様ぁ~~~♡♡」

 

 液体ファンデーションを持ったシャルティアがモモンガの元にやってきて猫撫で声で擦り寄った。

 三度の精神安定化が発動して、緊張しかけたモモンガは落ち着きを取り戻す。

 

「どうした?シャルティア。」

 

「わらわは~自分じゃファンデを塗れないでありんすぅ~♡

 だからぁ、モモンガ様にぃ~~お願したいでありんす♡♡」

 

(確かに首元や背中などは塗り残しが無いか気になるだろうしな。)

 

 シャルティアは目にカラコン、肌をファンデで化粧する事で吸血鬼の白さを隠すことになっている。

 犬歯は削って他の歯と同じ高さに揃えてある。モモンガは先ほどのシャルティアとの会話で口内を確認していた。

 

「うむ。構わないが。何処を塗ればいい?」

 

「それは~♡ 胸と♡ 足の付け根のあ・い・だ♡ でありんす♡♡

 丹念に隅々まで塗って欲しいでありんすぅ♡♡♡♡」

 

 

(え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ェ゛ェ゛ェ゛――――!!!)

 

 

 モモンガに四度目の精神安定化が襲い、シャルティアには背後から拳骨が襲う。

 

「いったぁ! 何するでありんすか! チビすけ!」

 

「それはこっちのセリフだよシャルティア。馬鹿には躾が必要でしょ?」

 

 シャルティアの馬鹿な行動に呆れているアウラがシャルティアに拳骨を食らわせたのだ。

 

「だからって、ブたなくってもいいでありんす。」

 

 タンコブが出来たかの様に頭をさするシャルティアにアウラが追撃をかける。

 

「モモンガ様が御忙しい時にふざけた事をするからだよ。

 アルベドもだよ! 守護者統括のアルベドが馬鹿な事をするからシャルティアが真似したんだからね!」

 

 姉は強しというべきか、ぶくぶく茶釜の面影がうっすらと見えるアウラの叱る姿は堂に入っている。

 アルベドとシャルティアはしゅんとしてアウラのお叱りを受けたままだ。

 そんな光景を見てモモンガは懐かしいような寂しいような嬉しいような何とも言えない感覚になる。

 

「はははっ、アウラそれくらいにしておいてあげなさい。

 シャルティアも塗りが心配なところはアウラに見て貰いなさい。」

 

 

 

 ちょっとしたハプニングがありながらも、準備は着々と進んでいく――――

 

 

 

「モモンガ様、わたくし達は先に出て準備しております。」

 

「うむ。手はずは任せたぞ、アルベド。」

 

 アルベド達は先に玉座の間で控えて、ジルクニフたちを待った。

 

 

 

 そして、ジルクニフ達が玉座の間に入り――――

 

 

「ようこそ御出で下さいました、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス皇帝陛下――――」

 

 

「――――それではモモンガ様、お入り下さい。」

 

 

(ふぅ……もう逃げる場所はないぞ俺!

 国のトップと一般市民との会談なんて……!)

 

 精神安定化が断続的に発動して、モモンガの精神は徐々に落ち着いていく。

 手のひらに人の字を何度も書いては飲み込む。

 

(あまり待たせては状況が悪くなるばかり。大丈夫だ!俺!)

 

 

 

 最後にダメ押しの精神安定化が働き、モモンガの足が動き出す。

 アルベドの呼びかけに応じて、モモンガは舞台袖から大舞台へと――――

 

 

 



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08. モモンガ、バハルス帝国に所属する(後編)

 

―偽ナザリック地下大墳墓 第??階層― 玉座の間

 

 ジルクニフたちはユリに薦められるがままに大きな扉をくぐった。

 そこで見た景色はジルクニフにとっても、フールーダにとっても、誰もが初めて見る景色だった。

 

 黄金の装飾を施した深紅の絨毯の左右には、見た事のない紋章を掲げた数十体の死の騎士(デス・ナイト)が並んでいた。

 その死の騎士(デス・ナイト)達も、外で見た者とは風貌が違う。

 鎧は全身鎧になっていて、フルフェイスのヘルムはアンデッドの恐ろしい顔を隠している。

 盾も綺麗に磨かれて、マントもボロボロではなく新品のような綺麗さだ。

 所々見える骨が無ければ、高貴な黒騎士と言っても差し支えないほどの。

 

(この騎士たちは死の騎士(デス・ナイト)の上位種なのだろうか?)

 

 一糸乱れぬ姿で整列をする死の騎士(デス・ナイト)達の姿に圧倒されつつも歩みを進めると。

 死の騎士(デス・ナイト)の首元には大きなドッグタグが装備されていた。

 ジルクニフがそれを見ると――――

 

 

 ――――死の騎士(デス・ナイト)01――――

 

 

 と書かれていた。

 ペットの名札みたいで吹き出しそうになったのをジルクニフは理性で押し留める。

 

 先へ進むと目の前には十段程ある階段、そして最上段には空位の玉座。

 左右に視線を向けると、最上段から一段下に角と黒い羽根を携えた爆乳の女性。

 もう一段下には、赤いスーツを着た明らかに悪魔の男。その隣に青白い甲殻を持つ蟲人、そして黒いスーツの老人。

 反対側には双子らしきダークエルフ、そして赤いドレスを身に纏った年齢には不相応な巨乳の少女。

 

(先ほどのメイドといい、目の前に居る二人の女性といい。モモンガというマジックキャスターは巨乳が好きなのか?)

 

 アインズ・ウール・ゴウンの仲間達の趣味から、あらぬ誤解を受けるモモンガ。

 

「ようこそ御出で下さいました、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス皇帝陛下。

 わたくしはモモンガ様の秘書をさせて頂いておりますアルベドと申します。」

 

 余計な事を考えてしまった瞬間にジルクニフはアルベドに機先を制されてしまう。

 もちろん、これもデミウルゴスたちの計算の上でだが。

 

「突然の訪問失礼する。私はジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ。

 バハルス帝国の皇帝をやっている。

 本日はモモンガ殿を帝国に招きたくこちらに参った。モモンガ殿はご在宅かな?」

 

「はい。モモンガ様は皇帝陛下の到着を待ち侘びておられました。

 モモンガ様、皇帝陛下がお着きになられました。」

 

 アルベドがそういうと、アルベド、デミウルゴス、アウラ、マーレ、コキュートス、シャルティア、セバスと死の騎士(デス・ナイト)は一斉にモモンガが入ってくる予定の箇所に向き直る。そして――――

 

「それではモモンガ様、お入り下さい。」

 

(悪魔の男も蟲の人も直立不動でモモンガの入場を待っているな。彼らもモモンガの配下なのだろうか?)

 

 見かけ上はそうとしか見えないが、何せ人間ではないのだ。自分たちの常識に当て嵌めるのは早計だとジルクニフは思考を巡らす。

 そして、モモンガが入ってくるであろう方向を見つめた。

 

 

 

(―――――なっっ!!!!!???)

 

 

 

――――――――

 

【モモンガ視点】

 

 俺は舞台袖から踏み出し、玉座を目指してゆっくりと落ち着いて歩みを進める。

 余裕を持って優雅に、何度も自室で練習した歩き方で。

 皇帝ジルクニフの顔は見ない。見ると緊張するからだ。

 

 練習通りに歩みを進めて玉座までたどり着く。

 

(よし、Step1クリア!)

 

 ふっわとローブを靡かせて前を向き、そして座る。

 そこで初めて皇帝の顔を見る。

 

(Step2クリア! ――――え? なんで驚いたような、驚愕したような顔?)

 

 うっかり怪訝な表情をしてしまい、しまったと表情を引き締め直す。

 

(あぶない、あぶない。俺はこんなに役に立ちますよって、自分を売り込む大切なプレゼンだ。こういう表情一つで評価も変わってしまうものだ。)

 

 俺は心の中で胸を撫で下ろす。

 

(結構やれるもんだな。もっと緊張するかと思ったけど――――)

 

 そこで自分が全く緊張してない事に気が付く。

 そして、緊張してない理由は――――

 

 

 

(しまった――――!!!! 死の支配者(オーバーロード)のまま出てきちゃった!!??)

 

 

 

 精神安定が何度も強制的に発動して、テンパった頭がドンドンドンドン冷えていく。

 

(失敗を反省するのは後だ! 先ずは人間にならないと!)

 

「ウオッホン!!!」

 

 俺はわざと大げさに咳をしてバハルス帝国の人達をビックリさせる事を試みた。

 上手い事成功したみたいで、皇帝やフールーダ、後ろの騎士さん達はビクリと身体を震わせる。

 そして瞬きをした瞬間を見計らって。

 

魔法無詠唱化(サイレントマジック)完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)

 

 運よく速度重視の戦士職に再構成されて、目にも留まらぬ速さで【人化の指輪】を装着する。

 

(よし!何とか人の姿になれた。ここを誤魔化す方法は――――)

 

 バハルス帝国の人たちは先ほどの光景が夢だったのかと思ってくれたのか

 鳩が豆鉄砲を喰らった様に呆気に取られていた。

 

「如何でしたかな? 陛下はサプライズがお好きな様なので、こちらも余興を催させて頂きました。お気に召したでしょうか?」

 

(よし!これで幻術か何かと勘違いしてくれるはずだ!)

 

 

「なるほど、これは一本取られたようだ。」

 

 真っ先に冷静さを取り戻したであろう皇帝が不敵な顔で笑う。

 すると、帝国の騎士達も安心した様に息をついた。

 

(よし、後は皇帝の質問に対しては「なるほど」と頷いて、内政絡みならアルベド、外交絡みならデミウルゴスに話を振ればいい。)

 

 

 

――――――――

 

(ど、どういうことだ……!!)

 

 ジルクニフは顔には冷静さを貼り付けるが、内心は混乱の境地に達していた。

 

(幻術とは言ったが、私の【精神防御のネックレス】は幻術を無効化するはずだ。

 ならば先ほどのアンデッドの姿は本物! だが――――!)

 

 今の人間の姿も本物。ジルクニフの目に映るモモンガという男の姿がそれを証明している。

 

(どういうことだ! 私の装備を凌ぐだけの強力な幻術なのか!? 爺より高位のマジックキャスターなのだ、ありえないとは言い切れない……!)

 

 いくつもの想定が浮かんでは消えていく。

 どれも信用するには決め手が欠けて、これだ!というアイデアには至らない。

 

(爺は知っていたのか?)

 

 ほんの僅か目の端をフールーダに向けると彼は大きな驚きと、はしゃぎ出しそうな程の歓喜の目だった。

 その表情から察するに以前から知っていたとは考え難い。

 

(とするならば、フールーダは白か。

 決め付けるのは早いが、それよりも情報を得なければ答えなど出ない。)

 

 

 

「私もサプライズは好きな方だが、受ける側に回るとなかなかどうして。」

 

「お気に召して頂けたようで何よりです。」

 

 互いに不敵な笑みを浮かべているが、ジルクニフは警戒心をモモンガは安堵を心の内に抱えていた。

 そして、お互いの自己紹介と配下の紹介をした後、ジルクニフが先手を打つ。

 

 

「早速本題に入りたい所だが、その前にいくつか質問したい事があるのだ。いいかな?モモンガ殿。」

 

「ええ、構いませんよ。」

 

 モモンガとしては(アルベド達の)シナリオ通りの展開だ。

 

「デミウルゴス殿と言ったかな?

 彼は如何見ても悪魔のようだがどういう経緯でモモンガ殿と行動を共にしているのかな?」

 

 ジルクニフから見れば、デミウルゴスがモモンガの配下である保障はない。

 仲間とも配下とも取れるニュアンスで質問を投げかける。

 

「デミウルゴスは皇帝陛下の仰る通り悪魔です。

 随分昔のことですが、彼は魔神としてこのあたりでヤンチャをしていましてね。

 私が彼と戦い降したのですよ。

 デミウルゴスの名前もそのとき彼に与えたのです。」

 

「ほぅ……!魔神だったのか。もしかしたら古代の文献に遺っているかも知れない。

 よろしければ、以前のお名前を聞いても?」

 

 ジルクニフの質問に対してデミウルゴスは困ったように笑う。

 

「申し訳御座いません。当時は世間知らずでして若気の至りでした。

 あの頃の事は自分の心の奥にしまっておきたいのです。

 ご無礼かもしれませんが、何卒よろしくお願いします。」

 

 深々と頭を下げるデミウルゴスを見ては思考を巡らす。

 

(デミウルゴスという魔神は随分礼儀正しいヤツだな。

 悪魔というのは大抵不遜な態度を取るものだが、これもモモンガが支配しているからなのだろうか?)

 

 魔神にもピンからキリまでいる。

 200年前の十三英雄の戦いでは数多くの魔神が倒されている。

 それに近年では蟲の魔神を蒼の薔薇が倒したともジルクニフは聞いている。

 フールーダより強者なのであれば、魔神を下すことも不可能ではないとジルクニフは判断した。

 

(モモンガがアンデッドであればグルの可能性もあるが、とりあえずは納得しておこう)

 

 

「そうか、ならば仕方ない。

 ではもう1つ、そちらのコキュートスという彼はどの様な経緯で?」

 

 明らかに怪しいデミウルゴス、コキュートス、アルベドの3人は何らかの情報を得ておかないとモモンガを勧誘すべきかの判断材料に出来ない。

 

「彼はアゼルリシア山脈で武者修行をしていた蟲人でしてね。勧誘させて貰ったのですよ。

 陛下のお膝元、闘技場にいる武王と似た様なものです。」

 

「モモンガ様ノ下デアレバ、自ラノ能力ヲ更ニ高メル事ガ出来キルト判断シ、モモンガ様ニ付キ従ウ事ヲ決メタノデス。」

 

 コキュートスの話を聞いたジルクニフは――――

 

(思ったより普通の受け答えだな。まぁ、優秀な者の下に優秀な者が集うのは当たり前の事だ。

 自慢ではないが自分も優れたものである事は自覚しているし、フールーダは言わずもがなだ。

 コキュートスという者は中身はしっかりしているようだ。見た目で判断してはいけないな)

 

 バハルス帝国にも闘技場のチャンピオンとしてトロールの武王が存在する。

 確かに事実として存在する者を例えにされると意外と納得してしまうものだ。

 

 

「なるほど、ありがとう。

 最後だがモモンガ殿の秘書であるアルベド殿は悪魔とお見受けするが?」

 

 モモンガの頭脳であるデミウルゴスとアルベド二人が悪魔であれば、モモンガがアンデッドであれ人間であれ、騙されている可能性も出てくる。

 

「彼女の角と羽根はマジックアイテムでして。

 アルベド、頭の角を外してくれないか?」

 

「はい、モモンガ様」

 

 そういうとアルベドは何事もなく頭の角を取り外した。

 

(マジックアイテムだったのか。不思議な形をしたマジックアイテムというのは数多くある。

 アルベドは秘書だから手厚く装備を与えているのか?)

 

 ジルクニフがそう考えていると、モモンガが話を切り出す。

 

「皇帝陛下、このマジックアイテムは【精神攻撃に対する完全防御】を持ちます。

 よろしければアルベドに装備させておきたいのですが、もう宜しいでしょうか?」

 

「あ、あぁ……すまないな。もう大丈夫だ」

 

 精神攻撃に対して備えるのは確かに必要だ。

 ジルクニフは自身がその恩恵に与っているので、モモンガはアルベドの身を案じたのだと安易に推測できる。

 デミウルゴスは悪魔ゆえに精神攻撃に対して先天的な耐性を持っているのだろうとジルクニフは予測する。

 

「羽根の方は衣服を脱がないと取り外す事が出来ないので、ご容赦頂けると助かるのですが。」

 

「ああ、大丈夫だ。」

 

 モモンガの言葉にジルクニフは頷く。

 念のためとも思うが、この場で女性に脱げという選択肢を取るほどジルクニフは愚かではない。

 

 

 

(さて、一通り聞いたが。特に違和感があるところは無かったな。

 上手く繋がっているのが不自然とも取れるが、何もやましい所が無いのならそれも当然だ。

 それに、余り疑いすぎても余の狭量さが疑われる。)

 

 本題の勧誘に入る前にジルクニフは状況を整理する。

 モモンガのアンデッドの姿を見て、本当に勧誘するのが正しいのか判断に困ったのだ。

 

(先ず、モモンガがアンデッドか人間か。何故両方の姿を見せたのか?

 アンデッドであるならば、人間の姿のみ見せるべきだ。

 敢えて見せるメリットとデメリットは?)

 

・人間である場合、何故アンデッドの姿を見せたか?

メリット:私を欺くほどの幻術を行使できる力を示す

デメリット:私が警戒心を持つ

 

・アンデッドである場合、何故アンデッドの姿も見せたか?

メリット:????

デメリット:私が警戒心を持つ

 

(くそ、メリットが全く見えてこない。将来的に姿を曝す事があっても、少なくとも今ではないはずだ。

 今までのやりとりから、モモンガがそれすら考えられない愚か者とは到底思えない。)

 

 

 ジルクニフが悩むのも無理はない。

 モモンガは単純に失敗しただけなのだから。いわばファンブルだ。

 ジルクニフはモモンガを知者として評価しているため、モモンガが失敗したとは微塵にも思ってないのだ。

 

 モモンガがアンデットか否かを考える時間に取られすぎて、ジルクニフは本題に入るためのタイムリミットがドンドン削られていく。

 少なくとも黙ったまま会話を先に進めないのは相手に不信感を与えるだけでメリットは何も無い。

 

 数秒の思考ではあったが、それが致命的な時間でもある。

 

(駄目だ。把握できない事が多過ぎで頭が回らん!

 これ以上引き伸ばすことも不可能だ。今ある情報からモモンガを帝国に勧誘すべきか判断せねばならん。)

 

 

分岐条件は2つ

1.モモンガは人間orアンデッド

2.モモンガが帝国に所属する。他国に所属する。

(※この場合、竜王国or王国に行くと仮定する)

 

 

(ケース1、モモンガが人かつ帝国に所属する。

 この場合、知者でありかつ、フールーダクラスのマジックキャスターと死の騎士(デス・ナイト)の部隊が帝国の戦力となる。

 ここに居る7人は未知数ゆえに計算に入れない。

 正直願っても無いチャンスだ。国力増強は当たり前で、モモンガを護りに置けばフールーダを前線のサポートにも回せる。

 何より、エ・ランテルがモモンガ領になり王国・法国・竜王国と国境を接する。

 帝国は国家連合へと戦線を絞れるため総力戦を7軍まで引き上げられる。

 それにアンデッドやゴーレムによる経済効果も計り知れない。

 メリットを上げればキリがないな。)

 

 国土も増えるし国力も増える。ジルクニフにとっていい事尽くめだ。

 だから自ら足を運んで此処まできた。

 

(ケース2、モモンガがアンデッドで帝国に所属する。

 メリットに関してはケース1とさして差はない。モモンガが理知的なのは言うまでもないからだ。

 デメリットが問題で最悪の条件を考えると帝国が死の都と化す。沈黙都市ではなく沈黙国家となるな。

 さらに法国が感づいた時に宣戦布告される恐れがある。)

 

 ケース2はかなり危険な綱渡りだ。

 アンデッドの思考など読めないとジルクニフは考えている。

 

(ケース3、モモンガがアンデッドで他国に所属する。

 メリットは沈黙国家となるのが幾分か遅くなる。当たり前だ、竜王国や王国にモモンガを止められるはずが無い。

 隣国が死の都となれば、次はバハルス帝国だろう。

 デメリットはフールーダがバハルス帝国から消える。爺の性格だ、アンデッドと知って尚モモンガについて行くだろう。

 オマケに呪いを解かれたレイナースも消えるかも知れんな。

 王国・竜王国どちらについてもバハルス帝国の未来はない。

 フールーダ一人で帝国軍全軍を抑えられるのだ。前衛に死の騎士(デス・ナイト)が数体付くだけで終わりだ。

 

 法国と共闘してもバハルス帝国は上記の通りフールーダで手一杯だ。

 法国が残り全部を相手取れるほど強力とは思えん。2国纏めて死の都だろう。

 国力に圧倒的差があるならば、とっくに周辺国家を束ねててもいいはずだ。)

 

 ジルクニフは番外席次、第一席次を知らないため国力差がそこまであるとは思っていない。

 

(さらにケース2ではモモンガは一応臣下であるが故にある程度の行動はつかめる。

 だがケース3ではどのように動くかすら全くつかめなくなる。

 モモンガに尻尾を振れば、バハルス帝国だけでも死の都にならなくて住む可能性があるだけケース2の方がマシだ。

 ケース3の場合、一度勧誘をやめたのだ。尻尾を振るにも遅すぎる。)

 

 ジルクニフはケース2であれば、一定量の生贄と引き換えに国の体裁を保てるかもしれないと懐柔策を考える。

 

(ケース4、ケース1、モモンガが人かつ他国に所属する。

 考えるだけ時間無駄だ。それを選ぶ位なら、私は後継者の育成に力を入れて退位の準備をすべきだ)

 

 ジルクニフは数秒で考えた結果を纏める

 

ケース1(人間、帝国):◎

ケース2(不死、帝国):▲

ケース3(不死、他国):×

ケース4(人間、他国):××

 

 

(なるほどな、最早勧誘するという選択肢しか残されていないわけだ。

 どちらであれ完全にモモンガの手の内という事か。)

 

 ジルクニフは選択肢があるようでなかった事を察し覚悟を決めた。

 

(いいだろう!

 余はバハルス皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ!

 清濁併せて飲み干してみせようではないか!!)

 

 

「モモンガ殿、単刀直入に言おう。

 フールーダから聞いた領土についての件、(うけたまわ)った。

 今年の戦争で勝利し、貴公をエ・ランテル領領主および、トブ領領主、アゼルリシア領領主、カッツェ領領主として封じよう。」

 

「おぉ!真に有難う御座います、皇帝陛下。

 微力ではありますがバハルス帝国の末席として必ずや陛下のお役に立つことを約束しましょう!」

 

 

 モモンガはジルクニフの悩みなど露知らず、単純に喜ぶだけだった。

 

 

「ありがとうモモンガ殿。詳しい話はアルベド殿とデミウルゴス殿に任せた方がいいかな?」

 

「えぇ。それでお願いします。」

 

「ロウネ、任せるぞ。」

 

 

 

 目玉の話が終了すると、モモンガは玉座から立ち上がり階段を一歩ずつ降りていく。

 デミウルゴス達知者も、モモンガの行動を読めず見守っているだけだ。

 そしてジルクニフの元までたどり着き――――

 

「皇帝陛下。今後ともよろしくお願い致します。」

 

 そういってモモンガは手を差し出す。

 

(偉い人の会談の後って握手するよね! きっと必要なことなんだよ)

 

 ハバルス帝国や王国ではアンブッシュを警戒して握手などはしない。

 というより、平和ではないこの世界で握手するほうが稀なのだが、モモンガの意図を察したジルクニフは応対する。

 

「あぁ、帝国の発展に尽力してくれ。

 それと、これからはジルと呼んでくれ。」

 

 愛称で呼ぶことで少しでも親近感を与える腹づもりだ。

 モモンガが人間、アンデッドどちらであったとしても有効な手であると。

 そう思い、モモンガと握手をすると――――

 

(――――!!!!

 温かい!? 血が通った人の手だ!)

 

 幻術の類も考えたが、防御を突破してここまで騙せるのであれば如何あがいても自分が看破する事は不可能。

 人であるという自分の直感をジルクニフは信じる。

 

 モモンガは握手が出来て、本当に無事終了したという安心感に包まれた。

 そして、ジルと呼んでくれというジルクニフに好印象を与えられた事に安堵した。

 

(よかった。陛下はサプライズが好きなのかな? 失敗したと思ったけど、結果的に成功したのかな?)

 

 見当違いも甚だしいが、結果だけは見事に一致している。

 

「ありがとうございます陛下。時が熟しましたら、そうお呼びさせて頂きます。」

 

 モモンガとしては結果を出してから呼ぶようにしますという思惑。

 ジルクニフは自身の思惑通り、時と場を弁えて私用でのみジルと呼ばせて貰うという解釈で受け取った。

 見事にすれ違う二人だが、結果だけ一致する離れ業を披露した。

 

 

 そうして、ジルクニフは胃が痛くなる思いをしつつも会談は無事終了した。

 

 

 

 




こんな大げさに書いたけど、全部ジルの思い過ごしです。
普通にケース1で話は進みますよ。


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09. 褒美×治療×デミウルゴス

小話で後書きにしておくつもりだったのに、意外に長くなってしまったので。



●小話1:モモンガとフールーダ

 

「モモンガ様!」

 

 モモンガとジルクニフが握手をした後、フールーダがモモンガの足元に平伏していた。

 フールーダはジルクニフを早期に動かした褒美が欲しい。だが、褒美をねだる事を自ら口にすればモモンガの機嫌を損ねてしまうかもしれない。

 魔法の深遠に近づきたいという想いと、遠ざけられたくないという想いが入り混じり、表情にもそれが表れていた。

 

「フールーダ殿、此度はありがとう御座いました。」

 

「ははっ! 御方の使命を果たす事が出来て光栄に存じます!」

 

「魔法というのは一足飛びで先に進むことはできません。

 という事で、私自らが直接指導するにはまだ時期尚早ということは分かりますね?」

 

「ははぁっ!」

 

 フールーダ自身も半歩にすら及ばないが、地道に歩みを進めてきた。弟子達も第1位階、第2位階と一つ一つ歩みを進めてきた。

 

「なので、魔法系、精神系それぞれ第7位階の魔法を使いこなし、自らも探求者の2名をフールーダ殿の下に派遣しましょう。」

 

 モモンガが手を叩くと、舞台袖から2名のアンデッド、ナイト・リッチと星幽大図書館の司書(アストラル・ライブラリアン)が姿を現す。

 ナイト・リッチは魔術系、星幽図書館の司書(アストラル・ライブラリアン)は精神系のマジックキャスターで、モンスターの設定でも高位魔術の探求者、星幽大図書館(アストラル・ビブリオテーケー)の蔵書を全て記憶しているというヤバめのフレーバーテキストを持っている。

 

(実際に説明させたらチンプンカンプンで訳分からなかったもんなぁ……多分フールーダならこのくらいの方がいいだろう。)

 

 

「モモンガ様からのご下命を承り、貴方に教鞭を取る事となりました。以後、よろしくお願いします。」

 

 エルダーリッチより身なりの良い金の刺繍を施した黒いローブのアンデッドと、白いローブを纏い透けて半透明に見える顔を認識するのが何故か難しいゴーストがフールーダの前に立つ。

 

「モモンガ様!真にありがとう御座います!

 貴方様の期待に応えられる様、力を尽くします!!」

 

「え、えぇ……。励んでください」

 

(一々行動が大げさだなぁ……)

 

 

 モモンガとフールーダの温度差は今日も絶好調なまでに開いていた。

 

 

 

●小話2:在るべき姿のレイナース

 

 フールーダの件が終わった後。

 

「失礼を承知でお願いしたい事があります。」

 

(次は誰ぇ!? でもこれから帝国に所属するんだし、お偉いさんにちゃんと応対しないと大変な事になるし)

 

 フールーダの所為で疲れているモモンガが声の方向へ振り向くと、重爆のレイナースが居た。

 

(確かデミウルゴス情報では昔呪いを受けて右の顔が膿んでいるんだっけ。)

 

「えぇ、私に出来る事でしたら。」

 

「私はレイナースと申します。

 単刀直入に申し上げます。私は昔魔物から死に際の呪いを受けてしまいました。モモンガ様にどうかその呪いを解いて頂きたいのです。」

 

(まぁ、そりゃそうだろうな。美人な人なのに顔の半分が酷い事になっていれば何とかして解きたいと思うよね。

 というか、顔に出来た膿を眉一つ動かさずに直視できる自信ないんだけど……。

 そういうのに敏感だろうし、心を傷つけるのはちょっとなぁ……治すのは全然大丈夫なんだけど。)

 

 そう思って【何かアイデアない?】と、モモンガはジルクニフの方をみる。

 ジルクニフが察してくれて口を開こうとした瞬間にデミウルゴスの声がモモンガの耳に届く。

 

「モモンガ様、差し出がましいかも知れませんが、宜しいでしょうか?」

 

「ん? あぁ、構わない。」

 

「幾ら呪いを解いて貰いたいとはいえ、レイナース嬢はうら若き淑女(レディ)です。

 自らの恥部を殿方に見せるのは、いくらお覚悟があるとは言え……

 ですのでアルベドに確認させた方がよろしいかと愚考いたします。

 いいですね?アルベド。」

 

(ナイスぅ!デミウルゴス!)

 

「よろしいでしょうか?レイナース殿。」

 

「は、はい。」

 

 レイナースは頬を朱に染めてモモンガの提案を受け入れる。

 レイナースの表情をみて、そこは気が付かなかったと思うモモンガ。

 久しく忘れていた令嬢としての扱いをしてもらい、忘れていた心がときめくレイナース。

 そして先手を取られて、株を下げてしまったジルクニフ。

 

(しまったな。先ほどのモモンガの視線はその意図だったか。

 確かにモモンガからその発言をすれば、レイナースの膿んだ顔を見たくないと取られる恐れもある。

 レイナースを配下に持つ私が言うのがもっとも正しい対応だった。

 それにしても、デミウルゴスという悪魔も中々機微に聡いな。悪魔だからこそ人間の感情に鋭いのかもしれないが、少なくとも今回はいい方向に使ってくれたようだ。)

 

 ジルクニフの中ではデミウルゴスの株が大きく上昇していた。

 

 

 アルベドはレイナースの顔の呪われた部分を確認してモモンガに向き直る。

 

「モモンガ様。この呪いでしたら解呪はさして難しくありません。

 念のため、ペスに解呪をさせると宜しいかと」

 

「ふむ、ではアウラ、マーレよ。レイナース殿を保健室に案内してくれるかな?

 皇帝陛下。少しレイナース殿を借りても?」

 

「「はいっ!!」」

 

 ジルクニフの快諾を受け、レイナースはアウラ、マーレに連れて行かれて保健室へと向かった。

 そしてモモンガはメッセージでペストーニャに保健室に来る人間の呪いを解いてくれと指示を出す。

 

 

 レイナースが保健室に辿り着くと、そこには茶色の長い髪と犬耳を携えた美女が居た。

 もちろん幻術で本当の顔は隠してある。

 

「私はペストーニャ・S・ワンコと申します…………わん。」

 

(この方も美人で――――豊満な胸を持っていらっしゃいますわ。やはりモモンガ様は胸の大きな者を好まれるようね。

 私も鎧で隠れてはいますが、そこそこのモノを持っていますわ。)

 

 などとモモンガの誤解はあらぬ所で広がっていく。

 

「私はレイナースと申します。貴女が解呪をして頂けると伺いこちらに参りました。」

 

「はい。それではこちらにお越し下さい…………わん。

 目を閉じて――――」

 

 

 解呪はあっけないほどに早く終わった。

 瞳は閉じたままだが、右の顔にあった痒みや違和感が無くなっているのだ。

 まるで今まで悪夢を見ていただけと思うほどに。

 

「それでは目を開けてください…………あ、わん。」

 

 レイナースが瞳を開くと視線先には昔見た自分を成長させたような姿があった。

 ペストーニャが大きな鏡をもってきてくれたのだ。

 

「おめでとうございます、レイナースさん…………わん」

 

「おめでとー!レイナース。」

 

「おめでとうございます、レイナースさん。」

 

 ペストーニャ、アウラ、マーレがレイナースの回復を祝ってくれる。

 そこでレイナースの涙腺は決壊した。

 うずくまって嬉し涙を流すレイナースをアウラたちは優しく介抱した。

 

 しばらくするとレイナースの感情も落ち着きを取り戻し、取り乱した事を3人に謝罪する。

 

「いーよ、いーよ。気にしなくて」

 

「モモンガ様は、慈悲深き御方ですから……。」

 

 アウラとマーレの言葉を聞き、レイナースは疑問に思っていたことを話す。

 ダークエルフの小さい子が何故あの場に居たのだろうと。推測に過ぎないが、この子達も自分と同じ様に救われたのかもしれないと。

 

「貴方達もモモンガさんに救って頂いたの?」

 

「そーだよ!ずっとずーっとアタシ達を見守って、護り続けてくれたんだよ!

 最後までずっと護り続けてくださった……」

 

 アウラの脳裏にふと、ぶくぶく茶釜の姿がよぎる。

 

(本当はお隠れになったぶくぶく茶釜様も一緒に…………ううん!モモンガ様が居て下さるだけでもとんでもない程に光栄な事だもんね!)

 

 レイナースは一瞬だけ曇ったアウラの表情を見逃さなかった。

 

(この子達も、モモンガさんに救われる前は大変な思いをしたのでしょうね。)

 

 勘違い……ではないのかもしれないが、レイナースは同じ境遇だったであろうアウラ、マーレに親近感を抱いた。

 

 

 まるで聖人の様な振る舞いをするモモンガにレイナースは淡い想いを抱くようになるが、それが叶う事は多分ない。

 

 

 

●小話3:デミウルゴス劇場

 

 ジルクニフ達が帰った後――――

 

「流石ですモモンガ様!

 このデミウルゴス、全く気づく事ができませんでした。

 このタイミングでアンデッドの姿をお見せになる事に、これ程に効果があるとは。

 やはりモモンガ様は我々を遙かに越える知謀の御方。」

 

(え!? どういうこと?)

 

 デミウルゴスもアルベドも、気配を消してモモンガ用のカンペを持っていたパンドラズ・アクターも敬服したような雰囲気だ。

 他の面々は分かっておらず、全てデミウルゴスの台本どおりだと思っていた。

 確かに、アンデッドのまま出てしまったこと以外は全てデミウルゴスの脚本どおりだった。

 

(どーしよ!? このまま、実は失敗だったんだよ~あはは~。ということも出来るが失望されたくないし……特にアウラ、マーレには。)

 

 どうにも子供であるアウラ、マーレにはカッコイイ姿を見せたくなってしまう。

 

(いやいやいや! ちゃんとホントの自分で向き合うって決めたじゃないか!)

 

 

「喜んでいる所に申し訳ないが、アレは私も想定外のミスだったのだ。

 デミウルゴスの作戦にどのようなシナジー効果が得られたのかね?」

 

 デミウルゴス達は先ほどのことを無かった事にして話を始めた。

 ここで勝手に喜んだことを謝ってはモモンガはデミウルゴス達に申し訳ない気持ちを抱いてしまわれると判断したからだ。

 

「畏まりましたモモンガ様。

 皆も聞いて欲しい。今、アンデッドになったことの大きなメリットを」

 

 デミウルゴスは姿勢を整えて守護者達のほうへ向き直る。

 この場には階層守護者、セバス、ペストーニャ、オーレオールを除くプレアデスが集まっていた。

 

「まず、アンデッドの姿で登場したことのメリットだ。

 この会談での私達の目的は最も好条件でバハルス帝国に所属する。それは分かるね。」

 

「モチロンダ、デミウルゴス。

 ダガ、アンデッドノ御姿デナクトモ、ソレハデミウルゴスノシナリオ通リダッタノデハ?」

 

「そうだね、コキュートス。だが、アンデッドの御姿を見せた方が、長期にわたってメリットが続くのだよ。」

 

「長期的ナ視点カ……マダ私ニハ難シイ事柄ダナ……」

 

「焦る必要はないさコキュートス。それでどのようなメリットがあるかだ。

 まず、短期的な効果だが、現れた存在がアンデッドだった。そこで驚きがはいる。

 向こうもあちらの利益が大きくなるように準備してきた事は間違いないし、シャドウデーモンから事前報告も入っている。

 だが、想定外の事象が起きるとそれを理解するために思考が奪われてしまうものだ。

 私が悪魔のまま、コキュートスがそのまま、アルベドも角と羽根をつけたまま出たのもそれを期待してのことだ。」

 

(なるほど、驚かされたら考えてきた事忘れちゃうもんな。)

 

「じゃあ、アンデッドの御姿のままの方が良かったんじゃありんせんか? デミウルゴス。」

 

「う~ん、それは残念ながらそうではないのだよシャルティア。

 人というのは自分と異なるものを受け入れ難いものだ。

 あの絶妙なタイミングで戻ったからこそ、最大の効果が発揮されたのです。

 驚いた後にサプライズだったという安心感を得た場合、人の心には安堵感と共にその人に好感を持ってしまうものなのだ。

 他人であればそうは行かないが、交流を持とうとしてやってきたのだから尚更効果は高いのさ。

 

 そして、最大のメリットが皇帝だけが所持している精神耐性のマジックアイテム。

 これにより、皇帝だけがアンデッドでもあり人でもあるという混乱に陥り、他のものは只のサプライズという温度差を生み出す。

 アウェーに来て、さらに心情を誰も理解してくれないというのは結構キツイものだよ。」

 

「なるほど、女性と女性の悦びを分かって貰えないわらわの様なものでありんすね。」

 

 意味の分からない事を言うシャルティアは正にデミウルゴスの言った状況に良く似ている。

 

「ん……? それは……ちょっと良くわかりませんが、似たようなものでしょう。」

 

 困惑するデミウルゴスもそういうことにしておいて話を進める。

 

 

「皇帝はこれ以降、アンデッドを帝国に所属させるかもしれないという懸念を抱えながら話を進めなければならない。

 それに思考が占有されて、通常の半分以下の精細さだったね。」

 

「デミウルゴスさん、皇帝さんに疑いを持たれるのは良くない事なんじゃないでしょうか?」

 

「いい着眼点だね、マーレ。

 一見良く無さそうに見えるが、それが長期的なメリットなんだよ。

 皇帝はモモンガ様の情報を最優先に集めようとするだろう。つまり最も注目される人物となる。」

 

「あ! モモンガ様の功績と慈悲深さが全部皇帝さんに伝わるんですね!」

 

「その通りだよマーレ。

 一見悪手に見えるが、その後の功績はそれを遙かに上回るものだからね。

 余すことなく皇帝に伝わる事が大事なんだよ。」

 

(そっか。仕事を十分にこなしても、上にまでそれが何%届くかだもんな~。)

 

 

「それに皇帝の事だ。モモンガ様の御姿どちらが本当か、そして帝国に所属するか他国に所属するかを計算して、どちらであれ帝国に所属して貰うしかないという結果に行き着くだろしね。

 アンデッドかもしれないという幻想に怯えて、閑職に回すなんて事は出来るはずもないだろう。

 どちらも本当の御姿だというのに、無知とは恐ろしいものだよ全く。」

 

「つまり、帝国に所属しつつもモモンガ様の御好きな様に事を運べるという事だね、デミウルゴス。」

 

「そうです。待遇も私が想定したものよりいいものとなるでしょう。

 エ・ランテルやカッツェ平原の大都市、小都市への文官派遣も確約を取れましたしね。

 このあたりは王国戦後を予想していたのですが。」

 

(おぉ!半分くらいは帝国から渡される仕事をしないといけないかなって思ったけど、何かいい方向に進みそうだぞ。

 今回は運が良かったけど、次はそうともは限らないから気をつけないとな。)

 

 

(さてと、次は帝国に出向いて他の貴族との面通しと、カルネ村で準備だな。)

 

 

 




会談のときパンドラズ・アクターはモモンガに変身し、かつ死の騎士(デス・ナイト)に扮して裏でカンペを持っていました。


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10. モモンガ登城する

―――― ナザリック【モモンガ視点】

 

 バハルス帝国に所属してから一月程が経過した。

 特に帝国に召集される事も無く、カルネ村やリザードマンの集落で試行錯誤の毎日だ。

 

 だが時間はゆっくりと流れているようで流れていない。

 バハルス帝国ではジルクニフとフールーダによる俺の受け入れ準備を着々と進めているとデミウルゴスから報告があがっている。

 また、毎年恒例のバハルス帝国によるリ・エスティーゼ王国への宣戦も行われた。

 

 ただ、今年の宣戦布告はいつもとは毛色が違う。

 俺の渡したナザリック製の古地図が宣戦理由に使用されたからだ。

 ジルクニフ曰く、

 

 

「この古地図はバハルス帝国、リ・エスティーゼ王国建国以前に作成されたものである。

 そして、この赤枠はこの古地図の持ち主であるモモンガの領地であったものだ。

 そのモモンガという人物は我がバハルス帝国に所属することとなった。

 つまり、エ・ランテル近郊の領土はあるべき姿に戻らねばならない。

 今年の宣戦理由は再征服(レコンキスタ)だ!

 バハルス帝国の総力を挙げて、祖国の領土を回復する事を此処に宣言する!」

 

 

 事実を知っている俺からすればトンでもない話だが、そう仕向けたのも自分である以上やむを得ない。

 まったくこれを提案したデミウルゴス達には頭が下がるし、言わずとも真意を看破したジルクニフも並々ならぬ才覚だ。

 

(ウルベルトさんの言ってた「鉄人が独裁すると凄い」って。こういう事なんだろうな。確かに国民もバハルス帝国のほうが活き活きしてるし。)

 

 

 話が脱線したが、今年はそういう理由でバハルス帝国の本気が見て取れたというのが世間の感触らしい。

 リ・エスティーゼ王国は当たり前のように、そんなもの出鱈目だとつっぱねた。

 スレイン法国は静観するかと思ったが、消極的賛成のスタンスを取ったのだ。

 理由は、帝国が王国の使者に宣戦を告げた場にスレイン法国の外交官(マジックキャスター)が居たためだ。

 ジルクニフが見せた最近作った古地図を見せた時に、法国側は魔法によって作成年代を調査したのだ。

 

 その結果、おおよそ400年前に作られただろうという判断に至った。

 つまり、法国がユグドラシルプレイヤー転移を認識していない400年前と。

 

(あ、これもデミウルゴスとアルベド、パンドラズ・アクターの調べね。)

 

 魔法を信じないリ・エスティーゼ王国は出鱈目だと無視したが、はじめから真っ向対立していたのだから如何でもいいだろう。

 そうして情勢も、例年とは違うバハルス帝国よりの空気が流れた。

 

 

 

 そして、戦争まで一月を切った辺りでジルクニフからの登城(とじょう)依頼が舞い込んだ。

 フールーダが親書を持ってやってきたのだが……。お前重鎮だろ……。

 

(登城依頼じゃなくて、登城要請でもいいんだけどな……

 まぁ、まだ末席の位置だし仕方ないか。)

 

 モモンガは快諾の返信をフールーダに持たせた。

 

(何か活き活きしてるな。あいつらの言う事、良くわかるなぁ……俺だったら寝てるよ)

 

 ナイトリッチと星幽図書館の司書(アストラル・ライブラリアン)催眠術(うんちく)を思い出して、もう二度と御免だと思う。

 

「さて、私はアーウィンタールへと向かうことになったが、アルベド、セバス、護衛を頼むぞ。」

 

 ナザリックから動かすことの出来るLv100NPCでは、人間らしくみえるアルベドとセバスが適任だろう。

 

(アルベドに関しては角と羽根を他の面々にも見せておく必要があるしな。)

 

 そのあたりはアルベドとジルクニフが上手い事やってくれるだろう。

 アルベドは計算通りと言わんばかりに羽をはためかせ、セバスはいつも通り静かに頷いた。

 

 

 

―――― バハルス帝国 帝都アーウィンタール皇城

 

 今日はモモンガが皇城に登城する日。

 謁見の間にいる人物は皇帝ジルクニフ、三重魔法詠唱者(トライアッド)フールーダ、帝国四騎士、ロウネ率いる文官衆、帝国8軍の将軍達、そして鮮血帝の粛清を乗り越えた優秀な貴族たちであった。

 これほどの陣容は国賓を招待する時くらいだ。

 この場に居るモモンガを知らない面々に対しては、ジルクニフがどれだけ本気かを証明するのに十分だった。

 

 各々も噂では聞いている、曰くフールーダを超えるマジックキャスター、曰くジルクニフに並ぶ程の英知を持つ者、曰く400年の時を生きる不老不死、どれもが眉唾過ぎて誰もが半信半疑。

 レイナースの呪いを解くことができる聖人。隠していた右半分の顔を見せるように髪形を変えたレイナースを見た者達はそれだけは事実だと理解していた。

 

「陛下、モモンガ様が到着なされたようです。」

 

「あぁ、こちらに通してくれ。」

 

 ジルクニフは余裕の笑みを貼り付けてモモンガを通すように指示する。

 

(アンデッドの姿では来るなよ……!ここでアンデッドとなってメリットがあるとは思えん。だが、アイツなら余の想像を超えてくる事は十分にある……!)

 

 対照的にフールーダは大師匠の到着が待ち遠しくて仕方ないという雰囲気だ。

 

「ここに居るものは分かってはいると思うが、念のためにもう一度言おう。

 モモンガに対する非礼は決して許さん。

 まぁ、余が許さぬ前にフールーダが許さんだろうがな。」

 

 ここに居る者達はジルクニフが愚か者ではないと判断した者のみだ。

 普段なら分かっている筈だと口にはしないが、今回ばかりは念のため、そしてモモンガが何してくるか分からないため、釘を刺しておくことにした。

 それを分かっている者達は一層気を引き締める。

 それにフールーダの顔を見れば嫌でも分かるというもの。彼の魔法狂はここに居る者達には周知の事実。

 そのフールーダがあんな顔をするのだ、間違いなく私怨を買う。

 万が一があれば貴族たちはフールーダの魔法に関する全ての伝手を失うだろうと推測できた。

 それくらいにヤバい顔をしている。

 

「それではモモンガ様、ご入場」

 

 案内の者はどこか不安げな様子で扉を開ける。

 わずかな揺らぎが波を打ち始める。

 

 

「……………………」

 

 

「………………………………」

 

 

「…………………………………………」

 

 

 扉の先には誰もおらず、何も起こらない。

 

 

「……………………」

 

 

「………………………………」

 

 

 何事だろうか?と周囲がざわつき始めた瞬間、レッドカーペットの上に3人の人物が立っていた。

 

 

 あまりに突然の事態に一瞬のあいだ時が止まる――――皇帝とフールーダ以外は。

 

 

 だが、非常に良く訓練された騎士たちは臨戦態勢を取ろうとするが皇帝は手を上げてそれを止める。

 そしてひと呼吸落ち着いた頃、謁見の間に居る者達は三人をまじまじと見る。

 

 

 一番最初に目を引いたのが3人の左に位置する絶世の美女。

 濡れた様な黒い髪に不自然な角、胸元と腰周りが大きく開き絹のような素肌が見える純白のドレスを身に纏う。

 扇情的なドレスにもかかわらず、淑女のような印象を与えるのは美女の知的な表情からだろうか。

 そして腰周りに大きな黒い羽をつけている。

 風貌と美貌から皇帝陛下の情報にあったアルベドという秘書である事は誰もが容易に予想が付いた。

 

 二番目に目に引くのが3人の右側に立つ、白髪のダンディな執事(バトラー)だ。

 黒い執事服は上質なものである事が容易に窺え、佇まいも見事なものだ。

 貴族たちの中には自分の自慢の執事(バトラー)よりも格が高いのではないかと感じるものも多かった。

 寧ろ見る目が確かな上級貴族の方がそう思う傾向にあった。

 この者がセバス・チャンと言うものだろう。

 

 そこでこの場に降り立つものがモモンガ一行である事が

 この場に居る者達にも理解が出来た。

 

 二人より一歩前に立ち、中央に立つものがモモンガであろう。

 身に纏うローブは袖や裾に金や紫で細やかな装飾が施された純白のローブ。

 特級品である事は確かで、その質は貴族たちのものよりかは上、しかしジルクニフの纏うものより1段階下がる代物だ。

 それが貴族たちの心を捉えた。解っている奴だと。

 

 服装は皇帝陛下を超えないように調整され、自己主張の強い不和を招くものではない事。

 そして自分たちのものより上ということで、お前たちより格上の存在だと衣服だけで示したのだ。

 更に金では買えない上質な装いも、金だけではなく技量を持つものの伝手がある証左。

 

 

 そしてその顔は――――

 

 

 

 平凡(へいぼん)

 

 

 

 至って平凡、美形が多いこの中では下から数えた方が圧倒的に早い位の……。

 だが、それが高位のマジックキャスターという噂が真実であると皆に思わせた。

 フールーダも決して整った顔立ちではない。そして外交の場に立つ者達は顔も1つの武器だ。

 もちろん外交の場に立つ貴族たちも皆、顔が良い。

 そうでなくしてこれほどの待遇が高位のマジックキャスターである事を示す。

 

 貴族達には寧ろ好ましいと思うものさえ居た。

 フールーダは魔法に傾倒しすぎて、貴族的な振る舞いが全く出来ない。

 だがモモンガという存在はそれが自然なほどに出来ている。

 古代のエ・ランテル地方を治めていたのが真実ではないかとそう思わせるほどの。

 

 

(ふぅ……。また色んなことをやってくれたなモモンガ。一手で貴族たちの心を掴んだか。

 まぁそれはいい、最悪の想定だけは外してくれたのだからな。)

 

 ジルクニフはモモンガが普通に登場しない事は百も承知だ。

 各所の関所から連絡もないし、アーウィンタールに入ったとの連絡も無かった。

 そして皇室空護兵団からも上空に異常なしとの報告、これはもう転移しかないと。

 

 フールーダはモモンガなら自分の想像も付かない事を魅せてくれると勝手に思っていただけだった。

 

(だが、こんな奥まで、この場所まで一息で跳んで来るか。恐ろしいものだ)

 

 もちろん、普通は出来ない。

 モモンガは完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)で一度この場所に来ているから出来た芸当なのだ。

 

 

「よく来てくれたモモンガ。キミの事だ、どんなサプライズを見せてくれるか楽しみだったよ。」

 

 ホントは胃が痛くて仕方なかったが、ここは皇帝たる振る舞いを必要とされる場である事は理解している。

 

「ありがとうございます皇帝陛下。皆様の疑問を解消する為にはこの方法が一番かと思いましたので。」

 

「ということだ。彼が新しくバハルス帝国に加わってくれたモモンガだ。」

 

 ということだ。ではありませんと心の中で思う側近たち――――とモモンガ。

 頭の良い者達は言わなくてもわかってる前提で進めて行くのは本当に困る。

 

 

「あぁ、そうだモモンガ。今度の戦争で魔法を披露してくれるとの約束をしたと思うが、どの様な魔法を使うか決まったのかな?」

 

「えぇ、皆と相談しましたところ、2パターンのアイデアが出来ましたので、陛下にお選び頂こうかと。」

 

 ジルクニフとしてはモモンガの脅威度を測るため、強力な魔法を使ってくれと提案した。

 この場で「強力な」という文字を抜いたのは、有事の際に自分はそんな事を言った覚えが無いとシラを切る為だ。

 だが、2つから選べと言われると毛色が変わってくる。

 モモンガの提案をジルクニフが決めたことになるため、有事の際に責任を負うことになる。

 ジルクニフは自分の策が見破られている事を確認した。

 

「ほぅ、その2つはどんな魔法なのかな?」

 

「魔法というより作戦ですね。

 1つ目は【最優】の作戦。魔法を駆使してこちらの被害が無いのは勿論、敵兵士達すら被害を最小限に完全勝利する作戦。

 2つ目は【最凶】の作戦。殲滅力の高い魔法を使用して、敵全軍を殲滅し勝利する作戦です」

 

 モモンガとしては「1」がオススメだが、ジルクニフは鮮血帝の異名をとる。

 万が一血を好む作戦を良しとするならば「1」は気に入らないだろうと「2」の作戦をバックアッププランとして用意しておいたのだ。

 

(15万以上の兵を殲滅出来ると豪語しておいて余に選択させるか!

 正直実力を見てみたいという思いはあるが、そんな選択をしてはバハルス帝国は世界の敵になる。

 その手札をチラつかせて選択させぬとは……!

 くそっ!余の作戦をまんまと逆手に取られたか!)

 

 皇城まで容易く侵入でき、10万以上の人間を殲滅できる。つまりアーウィンタールを容易く死の都に出来る。

 モモンガはそういったとジルクニフには聞こえてしまった。

 もちろんモモンガはそんな事考えてはいないが。

 

 そこでジルクニフはふと思う。

 

(爺の話では死の騎士(デス・ナイト)一体で10万の都市を落とせるといってたな。

 とするならば既にその力量は示している。再確認だという事か。

 態々警告してくれているとはありがたいことだ。)

 

 とっくに帝国を殲滅できる手札は見せられていたことにジルクニフは不思議な安心感を覚える。

 自分が策を巡らせても無駄なのだ。

 【余計な事をするな】今回のメッセージはそれを含んでいるんだろうと。

 だからといって何も手を打たないなどありえないが。

 

「ほぅ、非常に悩ましいところだが、やはり1つ目の作戦がいいだろう。

 王国はいずれ帝国の一部となる。つまり未来の臣民をむやみに殺す必要はない。」

 

「ハッ!畏まりました皇帝陛下。

 ではその様に準備の方、進めさせて頂きます。」

 

 モモンガはジルクニフの思い込み(なやみ)など露知らず「1」でよかったと思うのだった。

 

 

 

 

「そうだ、モモンガ。貴公には取り急ぎ伯爵の地位を用意しておいた。」

 

 伯爵という言葉にアルベドとセバスが僅かに不快感を纏う。

 その程度かと。

 

「だが、次の戦争においての活躍により大公の席を新たに用意してある。

 貴殿のために新たに創設したのだ。この席を空位にしないでくれよ?」

 

 バハルス帝国の貴族は男爵~公爵までしか存在しない。

 つまりモモンガは公爵より上位の存在、皇国貴族の序列2位としての席を用意された。

 第1位は皇帝なのだからここが最高位となる。

 

 それならばとアルベドとセバスも不快感を抑えた。

 二人からすれば、その地位は既にモモンガが手にしたも同然だからだ。

 

 

 モモンガの高待遇に、ここに居る貴族たちはさぞや不快だろうと思いきや、案外そうでもなかった。

 既にその様な根回しがあったし、宮廷貴族になったとはいえ派閥は当然としてある。

 そこに無所属の一大勢力が現れたのだ。パワーバランスを傾けるのに何とかして派閥に取り込みたいと、モモンガの所作を観察している。

 何に興味があるか、如何すればこちらに靡くか。

 

 それだけでなく、依然として貴族の力を持ち続けるには相応の資金が要る。

 つまり彼らは商会の長や有力な地主でもある。

 マジックアイテムを作り出せるであろうモモンガはそちらの方面でも是非、懇意にしたいのだ。

 さらに帝国が勝利すればエ・ランテルのマーケット、さらにトブやアゼルリシアの素材が手に入るかもしれないと皮算用までしたくなるほどに。

 それほどまでに、モモンガは存在が宝の山なのだ。

 

「身に余る光栄です――――」

 

 モモンガが(うやうや)しくジルクニフの言葉を受け取ると、ジルクニフは「うむ、励めよ」とうなずいた。

 

 

「もう1つ忘れていたよ。アーウィンタールでの住まいはもう得ているのか?」

 

「いいえ。まだで御座います陛下。」

 

「そうか、それなら丁度いい屋敷がある。掃除は済ませておいたから好きに使うといい。

 ハウスキーパーはキミの拠点からつれてきてもいいし、ここで雇ってもいい。好きにしたまえ。」

 

(ここまで手厚くしてくれるのは嬉しいけど、受け取って良いのかな?)

 

 モモンガが判断に迷っていると、アルベドから小声でフォローが入る。

 

『お受け取り下さい。』

 

(まぁ、アルベドがそういうのなら。)

 

 モモンガはジルクニフからの下賜品を受け取る事にした。

 ジルクニフにとっては爵位を剥奪して没落した貴族が売り払った空き家を渡しただけに過ぎないし、ハウスキーパーを雇っても良いといえば、他の貴族が自分の手の者を送り込むだろうと考えたからだ。

 自分ひとりの視点からではモモンガの動向を掴み続けるのは難しい。だが、多方面からの目によって思惑の欠片でも掴めるかも知れないとの判断だ。

 もちろんアルベドもそれを理解しているからこそ、モモンガに引き受けることを助言したのだ。

 モモンガの偉大な功績を可能な限り、バハルス帝国に知らしめるために。

 

 

 モモンガの顔見せは無事終了した。

 この後は軽い立食パーティーがあったが、モモンガは基本的な応対をアルベドとセバスに任せて、場の空気に慣れることに精一杯だった。

 立食パーティとしたのは、テーブルマナーを知らないモモンガに配慮しての事だ。

 元々フールーダの様に、貴族的な振る舞いは全く出来ないという前提条件だったのだから当たり前だろう。

 

 他の貴族たちもモモンガの振る舞いを見てなんとなく、貴族的な振る舞いも少しは出来る高位のマジックキャスターという立ち居地に収まった。

 つまりはフールーダの上位互換というわけだ。

 

 

(あぁ~~~…………疲れた――――)

 

 

 これはジルクニフ、モモンガどちらの言葉なのだろうか。

 

 

 




ここでの公爵はDuke(諸侯の称号)という感じです。
大公はその上、偉大なる公爵という扱いでお願いします。
公爵関連は王族血縁者だったりややこしいので、この作品ではそういうことで。


●小話1:ロクシー

「ロクシー。お前の目から見てモモンガはどういう奴だった?」

 ジルクニフは立食パーティーに同席させたロクシーに聞く。
 バハルス帝国に益をもたらすか害をもたらすかだ。

「非凡と平凡が上手く融合した様な……不思議な感じですね。
 人望は高く、陛下のように下を率いるというより、下が彼を支えるという感じでしょうか。
 ただ支えられるだけでなく、時折見せる非凡さが下の心を惹き付けるという様な……。
 申し訳ありません。上手く言葉に出来ないようです。」

「確かにアルベドもセバスも非常に有能だったな。
 今日のモモンガは平凡という感じがした。表向きはな。
 あいつは上手く真実を隠す。帝国にはどうだ?」

「陛下が行動を誤らなければ益をもたらすでしょうね。
 欲は凡人並みにはありそうですが、大義という芯を持っていそうです。
 そのあたりを陛下が見極められるかが鍵でしょう。」

「大義か……。」

「最後に、性格は非情にもなれますが、基本的に穏やかなタイプでしょうね。」

(うむ……。穏やかなアンデッド?余計わからないな。)

「さ、考え事をしているくらいなら跡継ぎを作る仕事でもして来なさいな。」

 ロクシーの部屋から追われて、ジルクニフは考えつつも今日の夜の仕事を果たしに行く。
 ジルクニフとしてはロクシーはありだと思うのだが、ロクシーがそれを許さない。
 帝国の顔なのだから華やかでなければならない。顔も武器だと。

(それも分かるのだが、王佐の後継者を産んでもいいと思うのだがな。
 有能であればすげ替えようと思っているのがバレているのだろうな。)



●小話2:フールーダとジルクニフ

「爺よ。お前だけにこの話はしようと思う。お前なら知って尚変らない確信がある」

「ふむ、陛下――――いや、ジルよなんですかな?」

「モモンガがアンデッドだとしたら如何する?」

「どうもこうもしませんな。死霊魔術師にとって意思を持ったままアンデッドになるのは理想の1つですからな。常識ですぞ?
 永遠に研究できるなんて最高ではありませんか。」

「常識なのか……。」

 結局は研究の為、マジックキャスターは探求者ばかりなのかとジルクニフは思う。

「なるほど、精神魔法耐性のマジックアイテムを持つ陛下の目にも両方の姿が映ったのですな。
 ふむ、人でありアンデッドでもある。神の如き力であれば可能なのかもしれませんな。
 フフフ、意外と真の姿は竜なのかもしれませんぞ。」

(なるほど、2つの姿で全てとは限らないか。これは盲点だったな。)

 ジルクニフの勘違いは更に加速する。
 決してフールーダは嘘を言ったわけではない。第10位階を使いこなすモモンガならば何でもありだと、そう思っただけなのだから。



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11. 戦争前夜

―――― カッツェ平野【モモンガ視点】

 

 開戦の一週間前、俺はカッツェ平野のバハルス帝国軍要塞に足を運んでいた。

 本来ならば、3日前か前日入りする予定だったのだが、パンドラズ・アクターから建前でもヤル気を見せておくべきと言われたからだ。

 

 偉い人とはあまり会いたくないんだけどそういわれたら仕方ない。

 よくよく考えると連れて行くアンデッドたちに慣れて貰うのと、労働力としての試供の場が持てたと思えば中々悪くない。

 きっとパンドラズ・アクターはそこらの事まで考慮してくれたのだろう。

 

 

「――――モモンガ閣下ようこそおいで下さいました。

 私が閣下の護衛をさせていただく事になりました、ニンブル・アーク・デイル・アノックです。

 デミウルゴス様もようこそ。」

 

 金髪青眼のイケメン伯爵で帝国四騎士「激風」の、天にニ物以上与えられたニンブルが敬礼で迎えてくれる。

 今回はデミウルゴスを護衛につけた。アルベドは悔しがっていたが、こういう場は女性をあまり受け入れないから仕方ない。

 

「出迎え頂き有難う御座います。ニンブル殿それと――――」

 

「モモンガ大師匠!お待ちしておりました!」

 

 何故か居るフールーダ。

 いや、デミウルゴス曰く俺の活躍を「絶対に」「絶対に」見に行くとジルクニフに直談判して、ダメなら勝手に行くと駄々をこねてこっちに来たらしい。

 まぁ、帝国の防諜はナイトリッチ達にやらせているので、ジルクニフの安全は問題はないが……

 好きにさせておこう。

 

「あぁ、フールーダも息災か? あまり陛下を困らせるなよ。」

 

「申し訳御座いません。大師匠の活躍をどうしてもこの目で見たく……」

 

 俺に言われると反省するのか……。

 公私はもう少し使い分けてくれると嬉しいのだが。因みに俺を大師匠と呼ぶのは、ナイトリッチ、星幽大図書館の司書(アストラル・ライブラリアン)が師匠でその師匠だかららしい。俺は弟子を取ったつもりも、フールーダを孫弟子にしたつもりもないが、この状況を見るにそうしとかないと色々面倒そうだ。

 

 

「それと、ニンブル殿。何故私を閣下と呼ばれたのでしょう?」

 

「モモンガ閣下が伯爵に封ぜられたからです。」

 

 そういえばそうだった。

 「トブ北東領」「トブ南東領」を伯爵領として先んじて貰っていたんだった。

 貰ったんだから魔物が人里に降りないように整備しておかないと。

 

「ちなみに私は騎士としての肩書きを主としていますので、敬称は使わないで頂けると助かります」

 

 ニンブルも伯爵だが帝国四騎士の肩書きを誇りにしているため、閣下と呼ぶのは非礼に当たるらしい。ややこしくて大変だ……。

 

「分かりましたニンブル殿。

 それでこれから呼び出す私の兵たちは何処に置けばいいでしょう?」

 

「あのあたりの一面を閣下のエリアとしておりますのでお好きに使いください。」

 

「ありがとうございます。それでは呼ぶとしましょう」

 

 ニンブルは呼ぶ?と不思議がっていたが、フールーダはまた上位転移(グレーターテレポーテーション)が見れるのかとワクワクしていた。

 

(違うんだよなぁ。)

 

『シャルティア。転移門(ゲート)で部隊を送ってくれ』

 

『お任せ下さいでありんす。』

 

 俺は伝言(メッセージ)でシャルティアに連絡を取って俺のいる座標にゲートを開いてもらった。

 そこから出てきた者達は――――

 

 

「で、死の騎士(デス・ナイト)……そ、それに……何に騎乗を……」

 

 ニンブルは大きく目を見開いて驚く。予想はしていたのだろうが、やはり実物を見ると違うのだろう。

 そしてフールーダは見た事のない魔法に喜びつつも――――

 

「ニンブル殿。死の騎士(デス・ナイト)の方々が騎乗されているアンデッドを知らぬのは不勉強が過ぎますな。沈黙都市はご存知かな?」

 

「ま。まさか……魂喰らい(ソウルイーター)ですか」

 

「正解じゃ。私も生で見るのは初めてではあるが――――なるほど、これ程の迫力。3体で10万のビーストマンを滅ぼしたのも頷ける。」

 

 帝国軍は死の騎士(デス・ナイト)までは知らずとも沈黙都市で有名な魂喰らい(ソウルイーター)は誰もが知っている。

 そのような強力なアンデッドがカッツェ平野で生まれない様にするために、多額の予算を割いてアンデッド狩りをしているのだから。

 

 そんな死の騎士(デス・ナイト)魂喰らい(ソウルイーター)がそれぞれ100体ずつ転移門(ゲート)を通って出てくる。

 この2種のアンデッドにしたのは、横で控えているデミウルゴスの案によるものだ。

 曰く、強さが分かり易いモンスターの方が相手に強い印象を与え易い。

 そういう意味ではエルダーリッチでも良かったのだが、それではレベルが低すぎて(Lv22)ナザリックの品格にはそぐわないとの事。

 帝国の騎士たちは冒険者換算だと鉄~金。レベル換算だとLv15未満だからエルダーリッチでも十分だとは思うんだけどね。

 デミウルゴスによると帝国軍で倒せるシモベを連れてくる事自体がダメらしい。

 次に出てくる予定のシモベもそのあたりを考慮している。

 

「モモンガ大師匠。死の騎士(デス・ナイト)魂喰らい(ソウルイーター)の方々はこれで全てで御座いますか?」

 

「あぁ。これくらいで十分かと思ったが、足りないか?」

 

「滅相も御座いません。十分というより過剰なほど。」

 

 フールーダは戦力の十分さを分かってくれたようだが、ニンブルには過剰すぎて上手く伝わらなかったようだ。

 

「フールーダ老、この戦力は一体いかほどなのでしょう?」

 

「そうじゃな。魂喰らい(ソウルイーター)は3体で10万のビーストマンに相当する。

 死の騎士(デス・ナイト)は倒した相手をゾンビとして従えるが、その強さがまた相当じゃ。

 ひとりひとりが疲れを知らぬ白金級冒険者の実力を持つ。死の騎士(デス・ナイト)殿であれば、2人で人間の10万人の都市を滅ぼすのは容易いだろう。」

 

 確かにスクワイアゾンビは、この世界では死の騎士(デス・ナイト)の半分のレベル17~18になる。

 

「つまりここに居られる死の騎士(デス・ナイト)魂喰らい(ソウルイーター)の方々で800万の敵を一日で滅ぼせるという事だ。

 この数は王国国民900万人、帝国国民800万人に相当するな。今回相手する王国兵26万など、鎧袖一触といってよいだろう。」

 

「そ、それほどなのですか……」

 

 ニンブルは200体しかいないアンデッドたちを見て顔を青くする。

 これが帝国を滅ぼせる軍隊と。

 

「そこまで身構えないで下さい。フールーダですら帝国全軍を相手取り、その上勝つ事も出来るのでしょう?

 多少の規格外など今更とは思いませんか?」

 

 ニンブルは確かにその通りかと納得してしまう。

 ひとりで帝国全軍と200体で帝国全てと考えれば、フールーダのほうが規格外だからだ。

 

 

「さて、もう1部隊も出していいかな?

 こちらは衛生兵なのだがね。」

 

 ニンブルの了承を得るとシャルティアに指示して次の魔物を出してもらう。

 こっちは金貨で召喚した魔物だから、正直磨耗はして欲しくない。

 

 そう思いつつ、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が20体転移門(ゲート)から出てくる。

 

「こいつらは威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)。帝国騎士達の衛生兵としてつれてきた。アンデッドにはダメージになってしまうからね。」

 

「そうですね。アンデッドにとっては神聖魔法は天敵ですからね。」

 

 ちょっとしたジョークを交えたのだが、ニンブルは分かってくれて、フールーダは口を開けたまま固まっていた。

 フールーダは威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の力が分かるようだ。

 

「大師匠……。この天使は主天使(ドミニオン)なのですか……?」

 

「そうだ。」

 

「第7位階の天使召喚で光臨為されるあの……最高位天使」

 

 どうやらスレイン法国の事情に詳しい者はわかるらしい。

 第2位階で天使、第3位階で大天使、権天使、能天使、力天使、主天使と続くことを。

 ちなみに第7位階で終わりとされているらしく、座天使(スローンズ)智天使(ケルヴィム)熾天使(セラフィム)は存在も知らないらしい。

 スレイン法国の上層部は知ってそうだけどね。

 

 その話を聞いたニンブルは笑顔のまま固まっていた。

 ちょっと刺激が強すぎたようだ。

 

 まぁ、主天使(ドミニオン)は帝国、王国というより法国宛のメッセージで連れて来たからね。

 見てるんだろうきっと。

 

 

「さて、お前たちは別命があるまではあの開けた区画で待機していろ。」

 

 俺が死の騎士(デス・ナイト)たちに命じると、兵士の行進のような綺麗な隊列で行動を開始した。

 

 

 

―――― カッツェ平野 帝国軍要塞【モモンガ視点】

 

「本当に宜しいのですか?」

 

 帝国第二軍の将軍ナテル・イニエム・デイル・カーベインが俺の破格の提案に自分の耳を疑っているようだ。

 

「ええ、私の私兵は傭兵のように扱ってくだされば結構です。

 今からでは連携も難しいでしょうし私は軍人ではありません。本職に預けたほうが有効利用してくださるでしょう?

 あなた方の命に従うように指示しておきますので。」

 

 実際は万が一の為に帝国軍の盾として連れて来たアンデッドで、本命は当日までのお楽しみだ。

 

「万が一、王国内に私と同等の力を持つものがいた場合、アンデッドたちを盾にして退いて下さい。

 私の全力で貴方たちを巻き込むわけにはいきません。

 その場合【最優】の作戦は失敗となるでしょう。」

 

 正直、強者がいなければ死の騎士(デス・ナイト)を一列に並べて前進させるだけで勝ちきるだけの戦力を持ってきたつもりだ。

 自分の力を見せる作戦で帝国兵士に怪我をさせるわけには行かない。

 

「わかりました。モモンガ閣下の兵たちを預からせていただきます。」

 

 ナテル将軍は本当にいいのだろうかと怪訝な顔をしているが、今後もこういうことはあると思うしその辺りは慣れてもらおう。

 

「それと、死の騎士(デス・ナイト)も周囲の警備の仕事を与えてやっては下さいませんか?

 彼らも暇を持て余すのは本意ではないでしょう。」

 

 そう、ここが大事だ。

 このために1週間前に来たといっても過言ではない。

 

 アンデッドの警備兵。寝ない、気を抜かない、疲れない、賄賂に靡かない。良い事尽くめだ。

 だが、騎士達の仕事を全て奪ってはアンデッド達に良くない気持ちを持つというものだ。

 その様な采配は本職に任せるべきだ。一応貴族の自分が言う以上、全く使わないということは出来ないだろうし、使える肩書きは使わせて貰おう。

 死の騎士(デス・ナイト)たちにドッグタグの様な大きな名札をつけたのも、カッツェ平野で他のアンデッドと俺のアンデッドを見間違わないようにとの考えからだ。

 

「はっ、モモンガ閣下のご好意、ありがたく頂戴します。」

 

 

 

 ナテル将軍は本当に死の騎士(デス・ナイト)たちを上手く使ってくれた。

 魂喰らい(ソウルイーター)は自衛の出来る物資運搬に。

 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は騎士達の傷や病気の治療。

 死の騎士(デス・ナイト)は付近を哨戒する騎士達のパーティーに加えられて警備に当たっていた。

 死の騎士(デス・ナイト)のヘイトを集めるスキルで遭遇するアンデッドの攻撃は大体死の騎士(デス・ナイト)に向く。

 上手くタンクとして機能した死の騎士(デス・ナイト)を援護するように騎士達がアンデッドを駆逐していく。そういう使い方だった。

 騎士達も最初は敬遠していたが、自分の命が懸かっている場で頼もしい活躍をすれば、その様な気持ちも溶けていって意外なほどに上手く受け入れてくれた。

 アンデッドは敵であって倒すものという今までの固定概念はあるものの、実利がそれを上回った形といえよう。

 命の危険がある仕事ほど、固定概念(それ)どころじゃないのかも知れないな。

 

 あとは、思ったとおり夜間の警備には大きく役にたってくれた。

 初めて6軍全軍を召集したが、今までで一番戦争の準備が整え易かったとナテル将軍に感謝されるくらいだった。

 こちらとしても、アンデッドの使い方を学ばせて貰ってありがたかった。

 

 

 

 そして学ぶ事の多い日を過ごしつつ決戦当日を迎える――――

 

 

 

 




誤字報告ありがとうございます。

●小話1:占星千里と風花聖典

「あ、あれは……あのお姿は最高位天使」

 スレイン法国の漆黒聖典が第七席次「占星千里」はモモンガが連れて来た20柱の威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を見てうろたえる。
 魔神をも倒すその強さは六色聖典で知らぬ者はいない。

「風花聖典の半数はこの事実を本国に届けてください。」

 風花聖典は占星千里の指示で瞬く間に行動を開始した。
 彼らとしても本国に報告せねば無ければならない重要な方法である事は明白だからだ。

「一体、あのモモンガという者は何者なのでしょうか……?」

「わかるわけないわ。事実として最高位天使の威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)死の騎士(デス・ナイト)魂喰らい(ソウルイーター)を配下に持つもの。あの傍に控える悪魔もね。」

 占星千里も風花聖典もしやという期待がよぎる。
 もしかしたら従属神様かもしれないという。

「六大伸様の命によってトブの大森林で活動為されていたという可能性は……」

「早計ね。そう思いたい気持ちもわかるわ。そうである場合、何故スレイン法国へお戻り頂けないのか、その理由がつかめないし。
 『神人』または『ぷれいやー』かもしれないし。」

 天使とアンデッドと悪魔、そしてそれを従える者が弱いはず無い。
 それだけの力を持つ場合、『従属神』『神人』『ぷれいやー』そのあたりが妥当。エルフの王の様にその限りではない場合もありはするが……

「騒動を見る限り『人類の敵』という雰囲気はないけれど……」

 雑務や警備をこなすアンデッド、治療にあたる最高位天使を見る限り『八欲王』の様な自己の欲で動く非道な存在で無い事はわかる。

「やめましょう。私達で考えて分かる事ではないわ。どのように接するかは本国の決める事
 私達は事実を集めて伝える目となる事。」

 ブレザーとプリーツスカートを身に纏う女子高生の様な占星千里はこの後に起きうる事態を目に焼き付けんと翌日に迫る開戦に臨むのだった。


●小話2:ジルしってるか?天使はりんごしか食べない。

「なんでこんなにリンゴが多いんだ?」

 物資を運ぶ騎士はいつもとは違う物資を不思議に思う。

「モモンガ伯が連れて来た天使様の食事なんだとよ。」

「そうだったのか。俺も腰痛めたときお世話になったし、ちゃんと運ばないとな。」

 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は怪我だけじゃなく持病なども治癒してくれるため、帝国騎士には人気があった。
 天使はアンデッドと違い食事をする。
 ホントは果物系なら何でも食べるのだが、モモンガがふざけてリンゴしか食べないと言ったらこうなってしまった。
 モモンガは慌てて訂正したが、逆効果でモモンガが遠慮したと思われてしまったのだ。
 そういう如何でもいい経緯があって威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)はリンゴしか食べれない生活を送っている。



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12. 開戦

 

―――― カッツェ平野【モモンガ視点】

 

「壮観だな。」

 

 俺の眼前には王国軍26万人。

 王国国民が900万人程だから、およそ全人口の3%があそこに居るという事だ。

 

「『まるで人がゴミの様ですね。』と言いたい所ですが。」

 

「ダメだよ~デミウルゴス。モモンガ様はそれを望まれてないんだから」

 

「冗談ですよアウラ。私がモモンガ様の意思に背く事は決してあり得ません。」

 

 俺の隣ではアウラとデミウルゴスが軽口を叩き合っている。

 ここにはデミウルゴス、アウラ、マーレ、コキュートスが俺の護衛として控えている。

 マーレ、コキュートスは無言ではあるが、表情からリラックスしているのは読み取れる。

 

(よし、緊張しているのは俺だけの様だな!)

 

 まぁ、皆が準備してくれた作戦だ。

 その主役となるのだから緊張するのも無理ない。

 

「アウラ、ターゲット達の動きに変化は無いな?」

 

「はい、モモンガ様。デミウルゴスの調査通りの配置についてます。

 後はスレイン法国の者らしき一団が、南の丘に潜んでいるくらいでしょうか。」

 

「マーレ、檻の準備は整っているな?」

 

「はい、300個全て昨日中にチェックは完了しています。」

 

「コキュートス、次元の追跡者(ディメンジョン・チェイサー)はいつでも動けるな?」

 

「ハッ。今ハスキルニテ次元ノ狭間デ待機シテオリマス。御呼ビ致シマショウカ?」

 

 次元の追跡者(ディメンジョン・チェイサー)は転移系の魔法に特化したLv70台のアンデッドだ。

 特徴はスキルで、完全不可知化(パーフェクト・アウンノウアブル)と同等の効果を持つ次の次元へ(ザ・ネクスト・ディメンジョン)が常時使用可能という点だ。

 容姿は茶色のトレンチコートとソフトハットという昔の探偵の様な装いだ。

 それを纏うのは真っ白のスケルトンで、俺もああいう格好してみたいなと思った事はある。

 まぁ、軍服の方がかっこいいけどね!

 あのパンドラズ・アクターが着ているネオナチのやつ。アレ俺が着ても結構似合うと思うんだよね!

 

 おっと、脱線しちゃったかな。

 

「いや問題ない。時間が来るまで控えさせておけ。

 最後にデミウルゴス。作戦のスケジューリングを頼む」

 

「はい、お任せ下さいモモンガ様。必ずやモモンガ様のお求めになる結果を献上致します。」

 

 俺がガチの戦闘に入ったら作戦指揮までは出来ない。

 ここまでガチガチに固めているのは、やはりユグドラシルプレイヤーへの対応だ。

 王国にはゲヘナの件もあってほぼ確定で居ないと判断できるが、法国はどうにもプレイヤーの匂いが強くする。

 アウラの言った様に偵察しに来ている事からもグレーな存在だ。

 

「よし、準備は万端のようだな。

 それではニンブル殿、宣戦をお願いします。」

 

「はい、ですが……この布陣で宜しいのですか?」

 

 ニンブルが心配するのも分かる。

 俺の左右には300個の檻。100m後ろに死の騎士(デス・ナイト)達。さらに200m後方に帝国騎士達。

 最前線というより孤立状態というのが正しいくらいなのだ。

 

「ええ。もし本気で戦う事態が発生した時、仲間を巻き込みかねませんので。」

 

「その場合は死の騎士(デス・ナイト)の方々を盾に後退して欲しいとも伺っております。」

 

「はい。その場合は相手を私がひきつけて戦線を離脱しますので、死の騎士(デス・ナイト)達を使って進軍をお願いします」

 

 正直その場合は【最優】の作戦ではなくなってしまうが仕方ない。

 

 

 自分の目的の為に他を犠牲にしてはならない。

 

 

「フールーダは宣戦の後、ニンブル殿を連れて後方に下がれ。」

 

「はい。大師匠の魔法戦を見れないのは残念ですが、邪魔とあれば致し方ありません。」

 

 フールーダは自分の力不足をしっかりと分かってくれているので素直に話を聞いてくれた。

 万が一の場合はLv70以下は確実に死ぬからな。

 

 

 

 

「ご武運を。モモンガ閣下」

 

「幸運をお祈りしております。大師匠」

 

 フールーダはニンブルを連れて要塞まで転移してこの場を去った。

 

「さて、上位魔法封印(グレーターマジックシール)魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)上位転移(グレーター・テレポーテーション)

 後は頼むぞ、デミウルゴス。」

 

 俺は戻って来るための転移をいつでも使えるように溜めておく。

 

「はい。次元の追跡者(ディメンジョン・チェイサー)達、これからモモンガ様が偉業の第一歩を踏み出す事となります。

 その作戦に選ばれた事を栄誉に、過信も慢心もすることなく自分たちに与えられた勅命を全うする事を期待している。以上だ。」

 

 そういってデミウルゴスはこちらを向く。

 

「それではカウントダウンを開始させていただきます。

 5……

 4……

 3……

 2……

 

 1……」

 

 

魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)上位転移(グレーター・テレポーテーション)

 

 俺達5人と次元の追跡者(ディメンジョン・チェイサー)達は王国の心臓部、各急所へと転移した。

 

 

 

―――― カッツェ平野 国王直衛【モモンガ視点】

 

時間停止(タイム・ストップ)

 

 俺達5人は王国軍の中心、つまり国王ランポッサⅢ世の居る地点へと転移した。

 そして気付かれる前に時間を停止して作戦に入る。

 

「アウラ。ナザリック陣営以外に動く存在はいるか?」

 

「いえ、アタシ達と次元の追跡者(ディメンジョン・チェイサー)達だけです。

 スレイン法国の一団にも動きは見られません。」

 

 Lv70以下の雑魚、または敢えて動かずに俺達の行動を見極める強者。そのどちらかだろう。

 戦わずして相手の情報と行動指針を得られるならば、俺だって動かない手を選ぶケースもある。

 

「そうか。魔法遅延化(ディレイマジック)転送(トランスポーテーション)魔法遅延化(ディレイマジック)上位転送(グレーター・トランスポーテーション)魔法遅延化(ディレイマジック)上位転移(グレーター・テレポーテーション)

 

 アウラと会話しながらまずはランポッサⅢ世、平民出身の軍師、レエブン卿を檻の中に飛ばす準備をした。

 

「えぇーーい!魔法遅延化(ディレイマジック)大地の牢獄(ガイア・プリズン)!」

 

 マーレは六大貴族のレエブン卿が私兵として雇っている元・オリハルコン級の冒険者を魔法の牢獄に閉じ込める。

 高位の行動阻害魔法なので、マーレが魔法を解くまでは身動きできないだろう。

 

 コキュートス達は俺の護衛に神経を尖らせつつ、俺はザイトルクワエのときと同じ様に時間停止(タイム・ストップ)魔法遅延化(ディレイマジック)を繰り返しながら近場に居る30人の有力貴族を国王派・貴族派満遍なく牢屋送りにした。

 

 一秒にも満たない時間でほぼ全ての指揮官が居なくなったのだ。

 周囲の兵士たちは何が起きたか理解できていないようだ。

 その異常状態から真っ先に理性を取り戻したのは、やはり――――

 

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフだった。

 

 

「ゴ、ゴウン殿!? い、一体これは――――陛下は如何なされたのですか!?」

 

「お久しぶりですね、ストロノーフ戦士長殿。

 国王ランポッサⅢ世はこちらの軍に招待させて頂きました。」

 

「ま、魔法でですか……?」

 

「えぇ、私の配下達も他の貴族の方々を招待している最中です。」

 

「そ、そんな……」

 

 魔法に疎いガゼフでも分かるだろう。王国の上層部を軒並み捕虜にされれば戦う事すら出来ずに負けたと。

 それに兵士たちはうろたえているが、義憤で俺達に槍を向けようとする者は居ない。国民の忠誠心が知れるところだ。

 いや、レエブン卿の領民は隙あらばといった所かな。

 

「やはり、ゴウン殿がバハルス帝国に付いたという噂は本当だったのですね……」

 

 ガゼフは俺と敵対している事を酷く残念に思ってくれている様だ。

 

「ゴウン殿。何故バハルス帝国に? と聞くのは愚問ですね。」

 

「ええ。出来ればストロノーフ戦士長殿の前では口にしたくはありませんね。」

 

 【王国につく価値などない】などと。

 

「ゴウン殿、貴方ならありえないとは思いますが、どうか陛下に危害が加わる様な事がない様に願います。」

 

 フル装備らしきガゼフは剣を抜く事すらしない。

 抜けば国王にとって不利となる事は分かっているようだ。

 

「ええ。ですが、最終判断を下すのは皇帝陛下です。そうならないようには善処しますが、確約はできません。」

 

「そうか……」

 

 この状況でもやはりランポッサⅢ世しかガゼフの目には映らないか……。

 

 

「ストロノーフ戦士長殿、貴方の立場上難しいのも分かりますが、貴方は国王の剣なのでしょうか?

 それとも、国民の剣なのでしょうか?」

 

 ランポッサⅢ世もガゼフも優しい故に国民を苦しめている。

 人格が固まりきった国王はもう変わる事は出来ないだろう。だが、ガゼフであれば一縷の望みはある。

 

「それは…………」

 

「分かっているようですが、敢えて言います。

 貴方は国王だけの剣ではいけない。貴方は振るわれるだけの名刀の時期はとうに過ぎています。

 貴方が何かすれば、良くも悪くも王国に影響を与えるでしょう。だから、影響を与えない様に動いている。

 だが、動かなかった結果命を落とす国民が居る事を忘れてはいけない。」

 

 ガゼフも頭では分かっているのだろう。

 何も変わらなければ王国は消滅しバハルス帝国に併呑される。

 国民の事を考えればそれもいいのだが……何故かな。ガゼフには肩入れしたくなる。

 

「考えておいて下さい。悩む事が出来るうちはまだ何か出来るのですから。

 ――――と、少し長話が過ぎましたね。そろそろ帰らなければ。」

 

「ゴウン殿!!」

 

 ガゼフの表情は悩みと焦り、苦悩の表情が見て取れる。

 元々村人だったのだ。難しい事を言っているのはわかる。

 だが、俺と同じ様に一般市民だからと、できないという事は許されないのだ。

 

「そうそう、ストロノーフ戦士長殿。私はモモンガという名前に戻しました。

 これからはモモンガと呼んでくれると幸いです。

 それでは――――解放(リリース)

 

 俺は上位魔法封印(グレーターマジックシール)で封じておいた上位転移(グレーター・テレポーテーション)で戦闘開始位置へと戻った。

 

 

 ガゼフの口は『戻した……覚悟を決めたということですか……』と動いたような気がした。

 

 

 





誤字報告ありがとうございます。

作戦は「びっくり登城作戦」と同じです。
他者を転移させれるのは異常なまでに強いと思うんですよ。


カルネ村に向かったバルブロ?
カルネ村に着く前にレッドキャップとルプスレギナに始末されてますよ。
なので覇王炎莉にはなれなかったようです。
色々と実験しているので村に来られるのも困るのでね。

・今回のオリジナル魔法
転送(トランスポーテーション)
第5位階の転送魔法。他者のみ長距離転移できる。

大地の牢獄(ガイア・プリズン)
第7位階の信仰系移動阻害魔法。


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13. ほぼ無血勝利

 

―――― カッツェ平野【モモンガ視点】

 

 作戦を終えて戻ってきた場所は動物園さながらの煩さだった。

 

「私を誰だと思っている!! ボウロロープ卿の寄子であるバクロ伯爵家当主であるぞ!!」

 

 勿論動物は未だに状況を理解できていない貴族(バカ)達だ。

 幸い六大貴族と王は状況を理解しているらしく、大人しくしている。

 

(全員が大人しければ次の手を打たなくて済むというのに……)

 

「デミウルゴス、頼む。」

 

「はい、お任せ下さい。」

 

 支配の呪言で黙らせるわけではない。

 自ら黙りたくなるような生贄を捧げさせるのだ。

 その生贄は3人。

 

 ナザリックのメイドとして仕えているツアレニーニャを攫って弄んだ挙句、特殊な性癖を持つ客のための娼館に売り払った男爵。

 自分の領地で麻薬『ライラの粉末』を生産させ、ゲヘナ後に蜥蜴の尻尾切りで村人ごと燃やして証拠隠滅した子爵。

 自分と寄子の領地で気に入った娘を見つけると、重税を課して借金のカタに奴隷として奪っていく。そして飽きたら娼館に売って利益の一部を吸い上げ続ける伯爵。犠牲になった娘は200人を超える。

 

 どれも生かしておいてはいけないクズ共だ。

 他にも色々とやらかしている貴族が居るそうだが、デミウルゴスは俺に配慮してその辺りは報告していない。

 

 デミウルゴスが片手を挙げると、後方に位置した魂喰らい(ソウルイーター)の内3体が、死の騎士(デス・ナイト)を降ろしてやって来る。

 

魂喰らい(ソウルイーター)達よ、始めなさい。」

 

 そういうと魂喰らい(ソウルイーター)達は、例の3人の閉じ込められている檻に向かって駆け出す。

 

「ひっ! ひぃぃ!!」

 

 魂喰らい(ソウルイーター)は猫がネズミで遊ぶかのように、檻を叩いたり(かじ)ったり、タックルしたりする。

 鉄の檻がひしゃげない程度に手加減しているが、中にいる貴族は鉄格子に体が叩きつけられて腕が曲がってはいけない方向に曲がっている。

 

「た、たすけっ! ぐぇ゛っ……!」

 

 瀕死になると威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が第6位階の治癒魔法大治癒(ヒール)で直ぐさま回復させる。

 簡単には死なせないという算段だ。

 この光景をもってうるさい貴族(サル)共を黙らせるわけだ。

 それを悪魔であるデミウルゴスがやるから余計に効果がある。

 

「申し訳御座いません。この子達はチューチューと喚くネズミを見ると獲物だと思って遊んでしまうのですよ。」

 

 ニコリと微笑みながら謝るデミウルゴスをみる貴族たちは顔を青くして手で口を押さえる。

 絶対に楽しんでいると思わせるためだ。多分、楽しんでいるとは思うけど。

 デミウルゴスもストレスが溜まっていると思うし、心が痛まない相手ならデミウルゴスのストレス発散に使ってもいいかもしれないな。

 

 

 10分くらい経った後、3人の貴族は子供に弄ばれた人形の様にボロボロになって息絶えていた。

 

 

「どうやら、お静かになったようですね。」

 

 モモンガがあたりを見渡すと誰一人として口を開く者、開こうとする者さえ居なかった。

 

「さて、ランポッサⅢ世国王陛下。お初にお目にかかります、私はバハルス帝国にて南東トブ領伯爵を拝命しているモモンガというものです。」

 

「お、おぬしが、400年前の古地図を持つ者か?」

 

 ランポッサⅢ世は俺に怯えつつも思ったより冷静に受け答えする。

 甘い人物との評価だったが意外と肝が据わっているようだ。

 

「ええ、あの地図の持ち主です。」

 

 古地図ではないので、敢えて地図と言い直して返答する。

 それを如何解釈するかは俺の知るところではない。

 

「そうか……。この状態を作ったのも貴殿か?」

 

「そうです。」

 

「そうか……。あの時、正しい選択を出来ていれば……」

 

 恐らくカルネ村を救った後に、貴族会議で俺を招聘しようとしたが貴族派閥に一蹴されたときのことだろう。

 あの時は俺もまともではなかったし、結局無駄だっただろうが。

 

「失礼かとは存じますが、早速本題に入っても宜しいでしょうか?

 敵国とはいえ、国王陛下を閉じ込めておくのは礼を欠くと存じますので。

 ですが今は戦争中ですので、どうかご容赦願います。」

 

 つまり戦争が終れば牢から出すと言外に言い含める。

 

「頼む……」

 

 初めから覇気はないが、更に草臥(くたび)れた様に頷く。

 

「陛下自らの口で、この戦いを王国の完全敗北として宣言して頂きたいのです。」

 

 ランポッサⅢ世は既にその状態だろうと訝しむ。

 

「ご推察の通りですが、しっかりとした宣言がないと終わるに終われないものでして。

 こちらの勝利宣言でも構わないのですが――――わかるでしょう?」

 

「敗北を言わせた方が諸外国には効果が高いじゃろうな……。だが……」

 

「和平条約に関しては皇帝陛下とお話し下さい。

 それに口を出す権限は私には御座いませんので。」

 

 何とか譲歩を引き出そうとランポッサⅢ世は食い下がろうとするが、俺はそれを許さない。

 王国の主だった貴族が捕虜なのだ。エ・ランテル周辺、トブの大森林西側、カッツエ平野だけで済むはずがない。

 帝国としては和平条件でゴネて捕虜返還を引き延ばすだけで大きな効果がある。

 

 当主の居ない貴族領は大きく衰退するだろう。

 幾ら次男などの予備が居ようとも当主ほど上手く領を運営できない。

 居ない方がいい場合もあるが、やはり統治は必要なのだ。

 

「ふむ、やはり王国兵が見える場所に居ると決意が揺らぎますか?

 では帝国軍の要塞付近までご案内いたしましょう。」

 

 その言葉に反応してデミウルゴスがもう一度手を上げる。

 すると100体の死の騎士(デス・ナイト)がこちらにやってくる。

 そしてそれぞれ3つの檻を積み重ねて持ちあげる。

 中にいる貴族は鉄格子にしがみ付いてブルブルと震えるだけだ。

 

 因みにランポッサⅢ世の檻は俺が持って移動した。

 死の騎士(デス・ナイト)に持たせて万が一があっても困るからだ。

 

 死の騎士(デス・ナイト)の歩みを邪魔しないように帝国騎士たちは道を開けて要塞付近まで王国貴族たちを運んだ。

 そこにはニンブルとフールーダが敬礼をして待っていた。

 

「お疲れ様ですモモンガ閣下。まさか無血で敵国の貴族を捕虜になされるとは。」

 

「さすがで御座います!モモンガ大師匠!!やはり魔法は如何に使うか、それを改めて勉強させて頂きました!」

 

 

「無血ではありませんよ。少しながら血を流してしまいました。」

 

「戦争で3人でしたら無血といっても過言ではありません。」

 

「ありがとうございます。それではニンブル殿、後の事はよろしくお願いします。私は念のため前線に戻りますので。」

 

「はっ!閣下の功績、必ずや帝国の為になるよう使わせて頂きます。」

 

(必要であったとはいえ、やっぱり楽しいものではないな。)

 

 俺はボロを出さないようにランポッサⅢ世の相手を本物の貴族のニンブルに任せて前線へと戻る。

 ここでプレイヤーとの戦闘になるわけには行かないのもあるし。

 

 

 

 結局、スレイン法国は全く動かず静観しているだけだった。

 プレイヤーの存在はないのか、それとも俺達を敵対勢力と思わなかったのか。

 現状だけを見ると人間に対してむやみに血を流させない存在と映るだろう。

 ただ――――

 

 【人間至上のスレイン法国】

 

 【全存在のユートピアを求める俺】

 

 

 

 対極に位置する方針、どこかで必ずぶつかる日が来るだろう。

 

 

 

 

―――― バハルス帝国 帝都アーウィンタール皇城

 

 戦争から一週間、俺は皇城に呼ばれていた。

 

「よくやってくれた。いや、想像を絶する成果だよモモンガ公」

 

「帝国の為に力を振るったに過ぎません。」

 

 非常に上機嫌なジルクニフ。

 周りの貴族も将軍たちも歓迎ムードで満ち溢れていた。

 

「未だ和平交渉の最中だが、想像以上の領土が手に入りそうだよ。

 公の領土も加増しないわけには行かないな。」

 

 ジルクニフが言うにはエ・ランテルの西、エ・ペスペルを治めるペスペア侯をリ・ロベルに封じる事でエ・ペスペルを割譲させる事はほぼ確定らしい。

 さらに、エ・アナセルに6大貴族の誰かを封じる事でリ・ウロヴァール、リ・ブルムラシュール、エ・レエブルを割譲させる事も可能だそうだ。

 ウロヴァールは北の海の港町、ブルムラシュールは王国北東の鉱山都市、レエブルはエ・ランテルの北西で王都リ・エスティーゼの東に当たる。

 これらはアゼルリシア山脈、トブの大森林を挟むので、俺が欲しなければ毎年王国から帝国に払われる莫大な賠償金が増えるだけだ。

 

「陛下、エ・ペスペル領だけでも十分過ぎます。」

 

「そうか、エ・ペスペルから北上すれば王都だからな。無理に割譲させる必要も無いということか。公は欲が無いな」

 

 領地を割譲させれば俺の税金が増えるが、賠償金ならば全て帝国に支払われるため俺にはビタ一文入らない。

 それを揶揄して無欲といったのだ。

 正直、エ・ランテル、エ・ペスペルだけでも手に余りすぎる。

 

 

 因みに賠償金は6大貴族からもしっかり徴収するみたいで、どちらかの派閥が力を持つことはないそうだ。

 

 

「さて、諸君。モモンガ公がバハルス帝国史上最大の功績を上げてくれた。

 その賠償金は今までとは本当の意味で桁違いだ。

 やらなければならない事は無数にある。この交渉が終わっても暇になる事はないぞ?」

 

 

 愉しそうなジルクニフとは違い貴族達は青い顔をしているが、目は自分たちの利権が絡む産業や土地を発展させようと燃え滾っていた。

 

 

 





誤字報告ありがとうございます。

ホントはモモンガの事はランテル公と呼ぶべきなのですが、
これだとモモンガだと分からなくなるので、人名+爵位という感じで使わせてもらいます。
レエブン侯の様に家名(領地名?)の方が分かり易い場合は、今までどおりということで。
レエブンの名前がエリアスだなんて知らなかったよ……。

モモンガの呼び方は、モモンガ公orモモンガ閣下or大公閣下orモモンガ様で統一すると思います。多分ね。
公爵以上を卿とは呼んではいけないらしいので。
モモンガ公:ジルクニフ
モモンガ閣下:他の貴族
大公閣下:それ以外
モモンガ様:親しい人物

他の国の国王がモモンガを呼ぶ場合は?
わからん!誰か教えて!!


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14. モモンとモモンガ

ようやくプロローグが終わり本編に入ります。
長かった……10話以内に終わるはずだったのに……

あ、四季がある体でお願いしますね。
雨季、乾季とかイマイチイメージ付かないので。



―――― エ・ランテル

 

 一月に始まった1時間にも満たない戦争が終わり、戦後処理で二ヶ月が経過し三月となる。

 寒い冬が終わり春の芽生えが始まる頃、俺はエ・ランテルに凱旋パレードをする事になった。

 

 エ・ランテルがバハルス帝国の国土となったが市民の生活は変わらなかった。

 元々、国民は中世的な感性の持ち主であり、村から都市から殆ど出ずに一生を終える者達が多いのだ。

 つまり鈴木悟の様に日本人という帰属意識はなく、エ・ランテル市民、カルネ村の村人という遙かに小さい括りとなる。

 簡単に言うと彼らは、自身をリ・エスティーゼ王国民とは思っていない者が大半なのだ。

 

 だから統治者がリ・エスティーゼ王国からバハルス帝国に変わろうとも、エ・ランテル市民であることは変わらないから生活も変わらないのである。

 実際には統治方法が変わるから生活は緩やかに変わっていくのだが、市民としては自分の生活が豊かになるかが大事なのだ。

 特に戦争で市民の死が無かった事が変わらなかった大きな要因の一つだった。

 

 故に今回の凱旋パレードは彼らにとって友人を家族を死なせなかった統治者として思った以上に好意的に受け入れられた。

 

 

 

 モモンガはアルベドを傍に従え、意味の分からないほど豪華で大きな神輿に乗ってエ・ランテルの大通りを進んでいく。

 その左右には500名ずつの死の騎士(デス・ナイト)魂喰らい(ソウルイーター)が騎士の代わりに隊を組んで歩みを進め、その外側に今回の為に応援に来た帝国騎士が隊列を組む。

 

 エ・ランテル市民にとってアンデッドは墓地に出現する敵ではあるが、帝国騎士がとなりを歩くという奇怪な現象を見て困惑しつつもその様子を見上げていた。

 この程度で済んでいるのはモモンガが予めエ・ランテル都市長のパナソレイに布告するように指示しておいたからだ。

 

 

 新たにエ・ランテル領主となったモモンガ大公は、十三英雄の一人リグリット・ベルスー・カウラウを超えるネクロマンサーだと。

 

 

 王国民が如何にマジックキャスターについて知識がなくとも、十三英雄は誰もが知る英雄。

 それを超えるものと大々的に触れ込み、しかも先回の戦争では戦わずに王国軍に勝利したという噂もエ・ランテルでは広まっている。

 更に死者がいなかった(市民にとって貴族は数に入っていない)ことが事実ではないかと魔法に詳しい者達は言う。

 普通に戦えば死者がいないなどありえないのだから。それに、戦場から戻ってきた者達が俺達は何をしていたのかと狐に化かされた様子だった事からも、魔法の力説が支持される要因だ。

 それ故に強大な力を持つ俺が使役するアンデッドだからと忌避感が少なかったのだ。

 

 

 エ・ランテル市民たちは事実かどうか分からない噂を確かめるべく大通りに集まった。

 それがモモンガ達の狙いだった。

 

 多数のエ・ランテル市民、冒険者、他国の商人たちといった様々な種類の人間がモモンガ大公の凱旋パレードを見る。

 隠密の報告では、王国と法国、聖王国のスパイがいることも確認済みだ。

 つまり此処での出来事は周辺国家に伝わるということだ。

 

 

 

 これをモモンガが提案した時、デミウルゴス達は非常に驚いていた。

 

「まさか、この時に使うために名声を高められていたのですか」と。

 

 正直これからの仕事は多忙すぎて冒険者をやっている暇はモモンガにはない。

 ついでだからこの機に名声をすげ替えようとしただけだった。

 

 

「モモンガ様。そろそろお時間です。」

 

 モモンガが思考の海に沈んでいるところをアルベドが引き上げてくれた。

 

「あぁ。ありがとう、アルベド。」

 

「とんでも御座いません。モモンガ様のサポートをするのがわたくしの至上の喜び。

 いつまでもお傍に置いてくださいませ。」

 

 やっぱり大げさなもの言いをするアルベドにモモンガは困った笑いを浮かべる。

 

(さて、頼むぞパンドラズ・アクター)

 

 

 

 エ・ランテル三重の門の内、2つ目を通った所で異変は起きた。

 

 漆黒の全身鎧を纏ったモモン(パンドラズ・アクター)が大通りの中央に立っていたからだ。

 隣にはナーベ(ナーベラル)、ハムスケも控えている。

 

 モモンガの乗る神輿はモモンの目の前で止まる。

 エ・ランテル市民たちは何が起きるのかと、息を呑んでその光景を凝視している。

 

 敢えて少し時間を置いてどよめきが起き始めた頃、モモンガは飛行(フライ)モモン(パンドラズ・アクター)の目の前に降り立つ。

 漆黒の英雄と十三英雄を超えると噂されるマジックキャスターが対面し、周囲は不思議と静けさに包まれる。

 

 誰もがこの光景から目を離せない。

 何が起きるか全く想像が付かないからだ。

 

 

 先に動きを見せたのはモモン(パンドラズ・アクター)だった。

 

「我が師よ。いえ、我が義父。ようこそエ・ランテルにお越し下さいました。」

 

「ああ、息災だったかモモン。」

 

 モモンガとモモンは再会を喜び抱擁を交わす。

 それを見たエ・ランテル市民はまさかの関係性に驚愕する。

 

「ナーベ、いやナーベラルも、モモンをよくサポートしてくれた。」

 

「はっ!御身の望むままを果たしたに過ぎません。」

 

 ここでナーベ(ナーベラル)をモモンの従者から、モモンガの命によって行動を共にしていた仲間という関係性に作り変える。

 これ以降は自分の命で動いていても怪しむ事はなくなるはずだとモモンガは思う。

 

「折角の凱旋だ、モモン、ナーベラル。お前たちも共に乗っていくといい。キミも乗っていくかね?ハムスケ君。」

 

 エ・ランテルの英雄『漆黒』のモモンと十三英雄を超えるマジックキャスターのモモンガは神輿に乗って大通りを共に進んでいく。

 驚愕から立ち直ってきた市民達は次第に理解していく。

 

 

 『漆黒』の英雄モモンの師であるモモンガならば、十三英雄を超えるというのも事実だと。

 それも無理はない。市民からすれば英雄譚(ものがたり)の中の英雄よりも、現在も英雄譚を魅せ続けてくれる『漆黒』の方が輝かしく見えるのは仕方ないのだ。

 

 そして高潔で誠実で慈悲深い『漆黒』の師であれば、戦わずして(指揮官を攫って)勝利したのも事実だと。

 血を流さずに、死者も出さずに勝利を収めたのも事実だと。

 

 

 そんなことは並みの英雄では出来ない。

 『漆黒』と共に進む英雄の中の英雄、偉大なるマジックキャスター『モモンガ』。

 

 

 次第に群衆の中から歓声が上がり始める。自分達は奇跡を見ているのだと。

 『漆黒の英雄モモン様、万歳!!』『モモンガ大公様、万歳!!』と。

 

 自分達の未来は必ず明るくなると誰もが信じた。

 そして誰が言っただろうか

 

 

 『無血大公様、万歳』と――――

 

 

 

 『無血大公』と『漆黒の英雄』を祝う声は凱旋パレードが終わるまでずっと続いた。

 

 

 

●現在の領土

 

(

【挿絵表示】

)

 

青:モモンガ大公領

緑:バハルス帝国

赤:リ・エスティーゼ王国

 

地図作ってて分かったけど、モモンガ領広すぎ。

2/3は人類住めないけど……

 

 

●小話1:ジルと爺

 

「まさか、あの『漆黒』とモモンガが知己だったとはな。

 そういうことは早めに言ってほしいものだ。

 彼はいつも驚く事ばかりしてくれる。」

 

 モモンガの宮殿で初めて会ったときも、モモンガが登城したときも、戦争で見せた作戦も、そして今回も。

 

「ジルもサプライズは好きではありませんか。」

 

「俺は自分の流れに持ち込む為に演出しているだけだ。

 ――――爺、何故そんな事をしているのだ?」

 

 フールーダは飛行(フライ)で浮かんで、自身が時計の針になったかのように頭を中点として回っている。

 しかも一分で一回転というオマケつきで。

 

「体内時間のコントロールをする訓練ですぞ、ジル。

 マジックキャスターたるもの、正確な1秒が戦況を変えると大師匠が仰られましたので。」

 

「そうか…………」

 

 モモンガという強大なマジックキャスターが現れてもジルクニフとフールーダの関係は変らなかった。

 いや、フールーダはジルクニフを切り捨てようとしたのだが、モモンガが「自分のやるべき事を平気で投げ出すようなヤツに教える事はない」と説教してフールーダが心を入れ替えたのだ。

 結局魔法の為なのだから変わってないのかもしれないが、お陰で2人の関係は続いたままだった。

 

(まぁ、以前より一層変なヤツになったのは間違いないが……)

 

 くるくると時計回りに回るフールーダを見つつ心の中で溜息をつく。

 

「そうそう、ジルは演出と仰いましたが、大師匠も演出という線は考えられませぬか?」

 

「転移で登城した事に関しては、戦争で用いる作戦の前振りだということは理解できた。それを敢えて言わなかった事も。

 だが『漆黒』の件は予め説明してもいいはずだし、初見でアンデッドの件は見当もつかんぞ?

 『漆黒』については言っても言わなくても特に変わらないといわれればそれまでだが……」

 

 ジルクニフにはどうしてもアンデッドの姿が頭を過ぎる。

 あのタイミングで何故?と。

 

「ジルは随分と外見を気にするようになりましたな。」

 

「何を言う爺。私は才覚があれば容姿など――――」

 

「それにしては大師匠の『外見』を随分と気にされておりますな。あの『漆黒』の関係者だというのに。」

 

「む…………」

 

 人格者である『漆黒』の師という視点から見れば、悪意のある人物とは到底思えない。

 ジルクニフは自分が視野狭窄に陥っている事を改めて実感する。

 

「だが、そうであれば何故あのタイミングであの姿を見せたのか……

 モモンガ程の才覚があればデメリットしかない事は明白のはず……」

 

 ジルクニフは考える、自分にとってデメリットにしか見えないと

 

「いや、違うな。私にはデメリットである必要があった。

 ――――!!

 そういうことか!」

 

 ジルクニフはモモンガの策に気が付き不敵な笑みを浮かべる。

 

「爺よ。私が優秀で人畜無害な人物を招聘した場合、如何扱うと思う?」

 

「その者の能力に適した席を用意し、後は結果を重視する様になるでしょうな。

 勿論、その者に注視しない訳ではありませんが任せておいても結果を出すのならば、必然として他の改善に精を出すことでしょう」

 

「では、優秀だが癖のあり過ぎる人物は?」

 

「それは私のことですかな?ジル」

 

「だったら少しは大人しくしてほしい物だが。

 それもあるが、この場合は爺は当てはまらんな。先代からの実績に先に目が行く。」

 

 二人の会話はまるで台本でもあるかのように進んでいく。

 

「何をするか分からないのであれば、今のように最大限の監視、注目をするでしょうな。」

 

「アンデッドも『漆黒』も『無血勝利』も自分に目を向けさせるためなら納得がいく。

 モモンガは今やこの周辺国家で最も注目されている人物となった。

 『時の人』というヤツだな。この状態でモモンガは自分の実験成果を披露する。

 これ以上の発表会はないだろう。爺とて、自分が素晴らしいと思う研究が完成したら大々的に発表したいとは思うだろう?」

 

「なるほど、大師匠はサプライズがお好きな方かと思っておりましたが……」

 

(そうそう、俺はそこまで考えてないよ)

 

「あのモモンガの事だ、そんな単純ではないだろう。爺は何故そう思うのだ?」

 

(いや、あれはミスだったんだよ!)

 

「数百年も生きると趣味は必要ですぞ。」

 

「なるほどな。余は爺の10分の1も生きては居らぬからな、そういうものかもしれん。」

 

(趣味かぁ……。俺は数十年後何をしてるのかなぁ……)

 

「ほほ。いい顔になってきましたな、ジル」

 

「あぁ、爺が自分と同等、もしくは以上の存在を欲した気持ちが分かる。

 自分を超える知者が近くに居ると感じ入るものがあるな。これがライバル心というものか。」

 

(えぇぇえ――――!!!何でライバル!?!?)

 

「『鮮血帝』と『無血公』。先手は大師匠に取られてしまいましたな。

 それに大師匠は自分より優れた才を持つ者を重用する事が出来る、王者の資質も持ち合わせて居られますからの。」

 

「あの場にいた7名は、やはりとんでもない強者なのか?」

 

「全ては知りませんが、大師匠と同じくらい『武』や『知』に優れた方々だと。

 ジルは私以外に自分を超えるものを重用する事が出来ますかの?」

 

(ホント、アルベド達には助かってるよ。自分が出来ない事くらいわかってるからね。)

 

「爺は生まれる前から重用されていたからな。

 余の器が試されるということか。

 いいではないか、余はバハルス皇帝ジルクニフ。周辺国家を統一するものだ。それくらいの事やってみせようではないか」

 

(おぉ……やっぱりカッコイイなジルクニフ)

 

 モモンガはジルクニフの王者の風格を学ぼうと時折、ジルクニフの行動を覗き見ている。

 

(でもライバルはちょっと荷が重いな……デミウルゴス達のお陰だし……)

 

 時折こうやってプレッシャーをかけてくるのは、ジルクニフの作戦なんじゃないかとモモンガは思ってくる。

 

 

(もしかして、覗いてるの気がついてるかな?)

 

 

 ジルクニフは気付いていないが、知らず知らずにモモンガにプレッシャーを与えることには成功していたのだった。

 

 




モモンとモモンガの間にはモモンラという人物がいるとかいないとか……

画像は初投稿なのでサイズ感が分かりません。
大きくはできませんが、小さくならできるので仰ってつかぁさい


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02. 明日を生きれぬ者に救いの手を(開拓、農業)
01. スラム街からフロンティアヘ


唐突ですが、リ・エスティーゼ王国の人口は900万人います
王都のあるリ・エスティーゼ領に200万人居たとして、残りの8大都市のある領域に700万人が均等に居たとします
すると各大都市の地方には87万人居ることになります。

モモンガは現時点でエ・ランテル領、エ・ペスペル領を治めるので160万人を統治する必要があるみたいですね。
現代の日本の都市に置き換えると、日本人口第5位の都市「福岡市」を統治するという事らしいです。
ヤバイですね。
一般人にそんなのやれとか言われたら、うつ病になっちゃいそうです。

人口が多いとされる中世ヴェネツィアでも約600ha=6キロ平方メートル(2x3km位)の土地に10万人超の人口らしいです。
魔法のある世界なので命を落とす事が現実より少ないのかもしれませんね。
衛生粘体(サニタリースライム)とかが居て衛生面もかなり良さそうですし。


●補足
近世とされる江戸でも110万人、ロンドンでも70万人、パリでも50万人だそうで
江戸とパリを統治の方がしっくり来るかもですね――――来ないわ!!!
ジルクニフが人的資源を削る策をとるのも止むなし。



 

―――― エ・ランテル 貴賓館

 

 正直大変な事になった。

 

 元々はジルクニフが派遣してくれる内政官に面倒を見て貰うつもりだったのに、エ・ペスペル領まで治める事になっちゃったから、内政官は殆どがエ・ペスペル領に行ってしまった。

 元・ペスペア侯の派閥貴族は、エ・ペスペル領の西のリ・ロベル領に封じられたので皆そちらへ移ってしまった。

 だからエ・ペスペル領を統治する者が殆ど居なくなってしまったのだ。

 

 結果バハルス官僚はエ・ペスペル領に付きっ切りになってしまい、エ・ランテルは都市長パナソレイ達が居るから何とかなるだろうと放任されてしまった……。

 

 流石のジルクニフも大都市を2つも得られるとは思ってなかったようだ。

 

 

「大公閣下。これからの統治方針をお聞かせ頂けると幸いなのですが……」

 

 汗を流しながら都市長パナソレイは俺にお伺いを立てる。

 俺は王侯貴族たちが滞在する、エ・ランテルで最も格の高い貴賓館の玉座(?)に座ってパナソレイと会話を交わす。

 

「法律は帝国法に徐々に移行していくとして、最優先事項はスラム街の対応だ。

 それと、私の事はモモンガ公で良い。私はこの名に誇りを持っているのでな。

 その他の事は今のところ、今まで通りで良い。」

 

「畏まりました、モモンガ公。」

 

 

 退席するパナソレイを目で追いつつ、俺は思考の海へ沈んでいく。

 

 度重なる戦争で疲弊しているエ・ランテルを立て直すには、トップダウンもしくはボトムアップどちらかを選ぶ必要がある。

 トップダウンは富裕層に対しての政策を優先し、吸い上げる税金を使って富の再分配を行う。税収を増やし易いので長い目で見れば再分配できる資金量は大きくなる。

 この場合、貧困層は必然的に後回しになり、目先の貧困層は見捨てなければならない。

 

 ボトムアップの場合は貧困層に対しての政策を優先し、トップダウンほどは増加しない税を再分配する。

 この場合、富裕層の負担が増えて上手く統治できなければ最悪富裕層が他の土地へ移住し、治められる税金がドンドン減っていく悪のスパイラルが発生する事がある。

 

 どちらが正しいかは一般人の俺には分からない。

 だから現実の俺に似ている、明日を生きていくのも困難な貧困層から救う事にした。

 

 仮に富裕層が出て行ってしまうとしても、行き先は恐らくバハルス帝国内だ。

 だから帝国の損失にはならないだろう……と思う。

 

 

 

 といっても流石にエ・ランテルをノータッチという訳ではない。

 今までエ・ランテルを警備していた衛兵に加えて、死の騎士(デス・ナイト)たち1000体を衛兵に加えた。

 部隊も人間のみ、混成、死の騎士(デス・ナイト)のみという三種で、バリエーションも持たせている。

 これは、アンデッドと共に働く事を強制していないという意思表示だ。

 

 死の騎士(デス・ナイト)はガゼフに等しい能力を持っているので、犯罪者の確保は迅速かつ確実で治安の劇的な向上に一役買っている。

 治安が良くなるというだけでも領民にとっては喜ばしい事で、貧困層~富裕層どの層のウケも良い。

 

 

 次に行っているのは人口調査と土地の所有者(厳密には所有者は俺で、自由に使う権利を金銭を対価に貸し与えているのだが)だ。

 王国では帝国ほどしっかりと調査はしていないので帝国に編入するためににはしっかり行わなくてはならないし、正確な情報はこれから何をするにも必要だ。

 ここは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を大量投入して、文字通り24時間働いて貰っている。

 

 ちなみに此処で集めた情報は格安で(銅貨~銀貨単位)購入できる。

 人口台帳は氏名こそ明かさないが、どの地区にどのような職種の者が何人いるか年齢層まで正確に書かれている。

 土地台帳には何処が誰の所有する地区か、どこが行政特区かまで色つきで分かる。

 

 これはどちらかというと富裕層向けだが、結局データとしては必要なのでおまけのようなものだ。

 商人には非常に人気ではあるが。

 

 これらはナザリック内の活版印刷で印刷されたものであるため、販売まで出来るのはエ・ランテルのみの行政サービスといえよう。

 活版印刷はルネサンス期ヨーロッパの三大発明の1つなので、暫くは秘匿技術にさせて貰っている。

 魔法が使える世界でこの結果から何が生み出されるかも気になるし。

 

 

 

(エ・ランテルだけで40万人も居るとは思わなかったなぁ……。ていうかスラム街の人口が25,000人も居るなんて……。

 しかも識字率も20%未満だなんて。現実よりハードな世界だなぁ……)

 

 調べてみて分かる事もある。モモンとして活動している時は全然気が付かなかった。

 スラム街の平均年齢は他の地区に比べてかなり低い。

 つまり、病気や事件で若くして命を落とす事が多いし、性暴力もあるのだろう……。

 

 貧困層は都市に来た理由も農家の長男ではないため農地が継げずに職を求めて都市に来たというものが多い。

 または工房を持てなかった零細職人が落ちぶれてというケースもある。

 畑を耕す力、物を製造する力はあるため、実験していた一つのアイデアが上手い事合致した。

 元々はカルネ村の様な発展途上の村の為に開発していたのだが、ここで役に立つとは思わなかった。

 

 パンドラズ・アクターも悪くない政策だといってくれた。

 スラム街から人がいなくなるだけでも治安は良くなるし、何より何の生産性も無かった25,000人が新たなマーケットとなるのだから、商人にとっても、様々な職人にとってもいいことらしい。

 

 

 因みに大雑把にはこんな感じだ。

 200人程の開拓村を作る→スラム街の者を開拓村に送る→以上。

 ね?簡単でしょ?

 

 

 というのは冗談で、200人規模の村を作るのに、死の騎士(デス・ナイト)魂喰らい(ソウル・イーター)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)などのアンデッドを使うのだ。村までの街道を建設、家の建造、開墾をさせる。

 木材はトブの大森林から、石材はアゼルリシア山脈の岩山を削りだして転移で輸送するから建材はノーコストだ。

 

 行政サービスはアンデッド+αが働くから経費はかなり安い。

 村の役場は死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が24時間営業。

 酒場併設の宿は死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が経営し、料理は料理が得意な村人を雇っている。

 教会は流石にアンデッドは無理だったので、レベル40くらいの天使を金貨で召喚した。

 Lv40くらいなのは、ナザリックの召喚できる天使の最低レベルが40からだったからだ。

 もっと安いモンスターを召喚できるようにしておけば安く済んだのにと思うが、こんなこと予測できないから仕方ない。

 鍛冶屋、工房はスラム街からつれて来た零細職人にやらせている。

 

 ちなみに、開拓村を選定するための水源確保も簡単だった。

 アゼルリシア山脈とトブの大森林のお陰で河川もそこそこあるし、井戸は大体何処を掘っても水が出るのだ。

 

 

 そういうわけで、開拓村の新設とスラム街の貧困民救済は半年も掛かってしまったが無事に終える事が出来た。

 これも実験やアインズ時代のアンデッド農業の貯蓄のお陰だろう。

 半年間の炊き出しを行っても貯蓄が尽きる事はなかったのだから。

 

 だが、この政策を行うためにユグドラシル金貨を20万枚も使うことになった。

 勿論そのまま使ったわけじゃない。ユグドラシル金貨を鋳潰して金のインゴットやメダルを作って購入資金を確保したというわけだ。

 帝国金貨にする? 馬鹿言え、幾ら公爵でも貨幣偽造になってしまうよ。

 

 だが、そのアイデアは間違ってなかったのかもしれない。

 鍛冶長達に細工を施してもらって装飾品として売ったほうが付加価値がついて良かったのだろうし。

 

 パンドラズ・アクターとアルベドの試算では10年で回収出来るそうだからまぁいいか。

 

(やっぱりレベル40のシモベが重かったなぁ~)

 

 

 こんなあっさりでは面白くもないだろう?

 少し、各工程の話でもしてみようか――――

 

 

 

●小話1:ジルと爺

 

「爺。これを見たか?」

 

 ジルクニフはそう言ってエ・ランテル土地台帳をフールーダに見せる。

 

「これは大師匠の居られるエ・ランテルの地図ですな。流石は大師匠、精巧な地図をお作りになられる。

 はて、地図に書かれている人名と色は一体?」

 

「これはな、この土地の所有者の名だ。

 色はこの土地が何を表すかだ。緑系が住居、青系が商業、黄系が工房、紫は行政特区だ。

 工房と住居が一体化している場合は、緑と黄色の斜線が引かれている」

 

 ジルクニフは地図を指しつつ、フールーダに説明していく。

 フールーダはこういうことに関わって来なかったため、この手の情報には疎い。

 

「ほうほう、色で分けられていれば見やすいし、文字が読めぬ者にも理解がしやすいですな。」

 

「だが、手間は相当なものだ。」

 

「そうですの。一枚作るだけでも簡単では御座いますまい。

 ですが私にこれを見せるということは、その様な平凡な答えを求めてはいない。ですかな?」

 

 フールーダも気付く。自分がこの話題を振られた意味に。

 そして彼の目が鋭くなっていく。

 

「そうだ。これと同じ物がここに100冊ある。

 各貴族に渡すためとロウネに送られてきた。ロウネが血相を変えて来たときは面白かったよ。」

 

(まぁ、こんなものポンと渡されたら取り乱すのも無理はない。)

 

「木版印刷でも多数の職人が必要になりますし、これだけの精度、帝都でも難しいですな。」

 

「これが一度きりなら帝都でも出来よう、だがこれは二月に一回最新版が出るのだ。

 しかも1冊銀貨10枚だ。」

 

「なんと!! いちいち木版など作っていては直ぐに捨てる事になりますな。

 コスト的にも労力的にもとても現実的ではない!!」

 

 フールーダは驚いた様子で台帳を捲っていく。

 

「ははは。爺よ、あまり演技は上手くないようだな。」

 

「わかりますかな。つまりこれは大師匠の魔法によるものと、そう言いたいのですな?」

 

「あぁ。確か第0~2階位に紙を作り出せる魔法があっただろう?

 階位が上がるごとに品質がよくなり、着色や形が柔軟になっていくヤツだ。」

 

「その延長線上とお考えなのですな?

 第2階位の紙ですら、単色かつ全体の色が変わってしまいますぞ。

 第3,4位階での魔法を編み出したとしても、ここまで色と線を自由に扱う事は困難かと。」

 

「やはりそうか。モモンガ自らが作っているとは考え難い。

 ならば、爺が使えぬような程高位の魔法ではないと思ったのだ。

 だから、爺なら実物を見れば何かひらめくかと思ったのだがな。」

 

 フールーダは印刷された紙をじっくりと眺める。

 もしやモモンガ大師匠の自分に対してのテストなのではないかと勘違いするほどに。

 

「ジル、研究してみましょう。

 此処までのものは難しいとしても、数段劣るものであれば不可能ではないのかもしれません。」

 

「おぉ! やってくれるか。魔法に疎い私でもこれが安易でない事くらいは簡単に分かる。

 それは持っていっても良い。研究に使ってくれ。」

 

 

 ジルクニフがモモンガが紙を大量に購入している事に気が付くのは半年ほど後だった。

 

 

 




貨幣価値:
1白金貨=5ユグドラシル金貨=10金貨=200銀貨=4000銅貨ということにしました。
白金貨~金貨は書籍やアニメで確定してますが、銀貨、銅貨はwikiの考察からキリのいい数値を使いました。
まぁ、銀貨、銅貨が頻繁に出てくることはないですが。

人口台帳:
銅貨10枚。第0位階の安物を使って作っているためコストが安い
各地区毎に人口、男女別年齢層、住んでいる者の職種割合、識字率が書かれている。
行政所に置かれている原本には人名、年齢も記載されている。

土地台帳:
銀貨10枚。第1位階の紙を使用している。
各地区毎の土地の所有者、土地区分(住宅、商業、産業、行政)が色付きで記載されている。
商人などが如何土地活用するか、ライバルが何処に土地を持っているか調べている


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02. 開拓村の建造(ダイジェスト:木材確保)

トブの大森林:Web版で120*40=4800km²の設定がありますが、如何見ても凹の形なので勝手に南部の面積という事にしました。
周囲120kmだと奥行き40kmと幅が全然違うんですよね。



―――― トブの大森林南部

 

 俺はマーレとアウラと共に木材確保のためにトブの大森林南部に来ている。

 大体エ・ランテル方面から森に入って2km程進んだくらいだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 トブの大森林は南部だけでも大雑把に120*40=4800km²の広さを持つ。

 これは現実世界にかつて存在した千葉県(5,100km²)よりやや小さいくらいだ。

 トブの東部も西部も同じくらいの面積なので、トブの大森林全体でかつての四国地方(18,800 km²)よりやや小さい、大森林の名に相応しい森だ。

 

(よくよく考えると広すぎるにも程があるよな。地方丸ごと森って……。

 マーレやマーレのシモベ達に管理を任せれば木材に困る事は永久的に無いだろうな。)

 

「やっぱり、ちょっと薄暗くてじめじめしてますねー。モモンガ様」

 

「そうだね、お姉ちゃん。木さんも密集してて互いに成長を阻害してるみたいだし」

 

「動物たちの生活にもちょっと良くないかも。」

 

 やっぱりダークエルフだと着眼点が違うな、俺だと暗い森だな位しか思わないし。

 

 

「二人とも別の仕事があって忙しいところ済まないが、建築用の木材を手に入れたいのだ。手伝って欲しい。

 私では適当に切ってしまって森にダメージを与えてしまいかねないからな。」

 

「いえ!モモンガ様のお手伝いが出来るのは嬉しいです。

 あちらのお仕事はシズも手伝ってくれてるので、忙しくなる事もありませんし。ね、マーレ!」

 

「う、うん!ボクの方もソリュシャンさんが手伝ってくれていますし。」

 

「そうか、では今回もよろしく頼む。

 ゆくゆくはアウラとマーレのシモベに仕事を移行していくが最初が肝心だからな。

 アウラとマーレ以外に適任者が思いつかなかったのだ。」

 

 

 トブの大森林を森に住むものの楽園にしたいし、木材も欲しい。

 それに俺には判別が付かないが、このあたりにも貴重な薬草が山ほどあるらしい。

 林道を整備すればギルドで採取の仕事も増えるだろうしな。

 

 

「モモンガ様に頼りにしてもらえて光栄です!!

 ご期待に応えられる様、全身全霊で勅命にあたります!」

 

「ぼ、ボクもですっ!」

 

「あぁ。頼りにしているぞ」

 

 元気に返事する二人の頭を撫でるとアウラとマーレは嬉しそうに目を細める。

 アインズ時代は威厳を優先しすぎてこういうことも出来なかったな。

 

 

 

 

「そ、それじゃあ始めますねっ!」

 

 マーレが鬱蒼(うっそう)と茂る木々の間を軽快な速度で駆ける。

 そして伐採する予定の木々に対して杖で目印を付けていく。

 マーレの表情は非常に真剣で、彼はやはり男なのだと思わせる凛々しさが見て取れる。

 

「ああいうときのマーレってカッコイイですよね。」

 

「そうだな、とても頼もしいよ。」

 

 後を追う俺とアウラの話し声が聞こえたのか、マーレが後ろを振り返る。

 そうしつつも、目印をつけるのも森を駆けるのも忘れてはいない。

 

「え? 何か言った? お姉ちゃん。」

 

「マーレが頑張ってるな!ってモモンガ様と話してたの。」

 

「うんっ!」

 

 元気に返事をしてマーレは間伐材の剪定作業に戻っていく。

 その微笑ましい姿に俺とアウラは顔を見合わせて笑う。

 

 

 

 そして2時間位経っただろうか、周囲1kmのチェックが終わり始めにいた所へ戻ってきた。

 俺にはここが始めにいた場所かは分からないのだが、アウラとマーレが言うのだからそうなのだろう。

 そして間伐材の本数は全体の木の1/4という結構な数に上った。

 俺は10,000本を超えたあたりから数えるのをやめたので、大量の本数という感覚しかない。

 

「今回伐採するのは大体100,000本くらいですかね。」

 

「そ、そんなに切って大丈夫なのか?」

 

 アウラの目算に対して流石に多すぎじゃないかと思い聞いてみるが

 

「全然大丈夫ですよ。ここは広葉樹が多いですからね、ある程度伐採しないとお互いを邪魔しちゃうんですよ。」

 

 まぁプロが言うのならそれが正しいのだろう。

 

「ちなみにどういう基準で間伐材を選んだんだ? 後学の為に覚えておこうと思ってね。」

 

「えっとですね、これとこれなんですけど、幹の間が4mくらいしかないです。

 上を見ると2本の木の枝が重なり合って日光が十分に得られなくなっちゃってるんです。

 それに日光が地面に届かなくなって、低木や草木、動物と共存が出来なくなっちゃって……」

 

 確かに上を見上げると木漏れ日なんてモノはないに等しい。

 低木は殆どなく背の低い草やツタ・シダ植物に苔ばかりだ。

 

「これは木々が十分に成長できない。つまり森が健康な状況ではないという事か?」

 

「はい。暗いところを好む動植物も居るので全部切っちゃうのはダメですけど。

 森全体がこういう状態なのは良くないですっ。」

 

 森の中央部ならばこういう暗い状況もいいかもしれないが、確かに森に入って1,2km程度でこれは良くないのかもしれない。

 元の世界では見る事のできなくなった大切な自然だ、しっかり護っていかないとな。

 

「ですから、こっちの印をつけた木は上手く育てなかった木なので森のために切っちゃうんです。」

 

「確かに幹も残す方より細いし、グネグネと曲がっているな。」

 

「はい。木にストレスが掛かっちゃって上手く育てなかったんです。」

 

「そうか……ちなみにこちらの木は? どちらも同じくらいに見えるが。」

 

「こっちはですね――――上を見てください、モモンガ様。」

 

 俺は再度目線を上にあげると、木の(うろ)からリスがこちらを覗いていた。

 

「なるほどな。こっちは切れない訳だ。」

 

「はいっ!」

 

 

 

「それでは伐採していくか。」

 

 色々と聞いた後、そろそろ伐採を始める事にした。

 たくさん切らなければならないのだ、あまり時間をかけるのもアウラ、マーレに悪いだろう。

 

「あ、ちょっと待ってくださいモモンガ様っ!

 折角切るんですから、もう少し成長させたほうがいいかなって!」

 

「成程、確かにマーレの言うとおりだ。

 という事は森林創生(クリエイト・フォレスト)未来森林(フューチャー・フォレスト)あたりか?」

 

「モモンガ様っ!ボクの使える魔法を覚えててくれたんですねっ!! 嬉しいです!!!」

 

「ハハハッ。マーレの魔法もアウラのスキルもちゃんと覚えているぞ。」

 

「ありがとうございます!モモンガ様! 嬉しいね!マーレ!」

 

「うんっ!」

 

 無邪気にはしゃぐ二人の姿を見て俺の心もほっこりとした感じになる。

 

 

 

「でも未来森林(フューチャー・フォレスト)の前に使ったほうがいい魔法があるんです。」

 

「補助系のスキルか魔法かな?」

 

「はいっ!魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)豊穣女神の祝福(ブレス・オブ・ウカノミタマ)!!」

 

 マーレがそう唱えると、緑色の光がマーレを中心に円状に広がっていく。

 光はものすごい勢いで広がっていき、木々に遮られて光は見えなくなっていく。

 マーレが唱えた豊穣女神の祝福(ブレス・オブ・ウカノミタマ)はユグドラシル時代では植物系の魔法の効力が増加する補助魔法で、その効果範囲は半径1kmにもなる。

 この世界ではフレーバーテキストにある、植物に対する成長補助も含んでいて大地の地力を回復・増加させる能力も備わっている。

 

「それから、集団標的( マス・ターゲティング)未来森林(フューチャー・フォレスト)!」

 

 マーレが植物の成長を加速的に促進させる魔法を唱えると伐採予定の植物が見る見るうちに生長して行き、他の木より頭二つほど伸びていく。

 大地の養分も豊穣女神の祝福(ブレス・オブ・ウカノミタマ)によって豊富にあるため幹の太さも十分だ。

 

 この魔法で森全体を成長させることも出来るが、マーレ的には出来るだけ自然に育てたいそうだ。

 これだけ広ければ、無理に森を成長させなくてもいいだろう。

 

「じゃあアタシはマーレが育てた木を伐採していきますね。」

 

 アウラは一緒に来ているカメレオン系クアドラシルと狼系フェンリルと共に木の伐採作業に取り掛かる。

 クアドラシルの長い舌が木に絡み付いて、木を切っても倒れないように補助した後、フェンリルが鋭い爪で木を根元から切る。

 そしてクアドラシルが舌を器用に動かして、アウラの背負う無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)ランドセルVer.にしまっていく。

 勿論ランドセルカラーは赤だ。そしてマーレも黒のランドセルを背負っている。

 昔は青とかピンクとか個性があったらしいが、今の時代そんな贅沢を許されるのは富裕層くらいだ。だから俺は見た事が無い。

 

 二人とも無限のランドセル(インフィニティ・ランドセル)を背負っているのは、アウラの容量が一杯になった後はマーレの方にしまうためだ。

 

 敢えて無限のランドセル(インフィニティ・ランドセル)にしまうのにも理由がある。

 何故かユグドラシル産の収容系アイテムに現地のものを入れるとユグドラシルにある似た物質に変換されるのだ。

 

 トブの大森林の木材だと『オーク樫』という楢なのか樫なのか分からないアイテムに変化する。

 しかも丸太状態に勝手になり、水分が飛んで直ぐに建材として使えるのだ。

 いかにアイテム数が莫大なユグドラシルでも生木状態なんて区分を作らなかった事が原因だと思う。

 

「不思議ですよね~。幹の太さまで均一になるなんて。」

 

「そうだな、枝までしっかり切られているからな。恐らく総質量から等価の木材に変換されているのだろう。」

 

 こういうときユグドラシルのシステムは便利だ。

 流石にゲームでは現実ほど細かくはないからな。

 

 

「さて、私も手伝おうかな?」

 

 俺はグレートソードを上位道具生成で作って木を切って、倒れる前に木を持ち上げる。

 40mくらいに育った木でもLv100の俺ならば重いということはない。

 

 

 まぁ、マーレは片手で引っこ抜いてるがな……

 

 

 

(マーレっ!恐ろしい子ッ!!)

 

 

 

 




森林創生(クリエイト・フォレスト)
森を作り出して相手の視界や動線を遮る。

未来森林(フューチャー・フォレスト)
植物系オブジェクトを強制的に成長させて相手の視界や動線を遮る。
森林創生の下位互換魔法。その分MP消費は低い

豊穣女神の祝福(ブレス・オブ・ウカノミタマ)
一定時間植物系の魔法の効力が増加する設置型補助魔法。
効果範囲は半径1km。魔法効果範囲拡大化を使用時は2kmとなる。
この世界では植物の栄養源となる窒素・リン酸・カリウムが豊富な弱酸性土壌となる。
これは連作障害さえも無効化できる。


水曜日は投稿できるかわからんとです。
ストックがっ!


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03. 開拓村の建造(ダイジェスト:石材確保)

アゼルリシア山脈:地図を見る限りトブの大森林の1.5倍くらいですかね。
現実換算だと1~2周りデカくした奥羽山脈くらいですかね?(約25,500 km²)
でけぇ!!

ほとんど雪山だから標高は相当高そうですね。
季節風に関しては夏は王国側から冬は帝国側からですかね。王国側は土地が肥沃らしいので。
そこまで設定があればorそもそも季節風があるのか不明ですが……

※忘れてました。
 無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)はこの世界にてマジで無限になりました。
 ただ無限をゴリ押しして稼ぐ事はしませんのでご安心を。



―――― アゼルリシア山脈最北端

 

 木材確保をアウラとマーレに任せて、次に石材確保へアゼルリシア山脈最北端へ向かった。

 そこにはアルベドとコキュートスが先に向かっているはずだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 転移でアゼルリシア山脈最北端に移動するとそこは断崖絶壁だった。

 

(うわー!これ刑事モノのサスペンスで犯人が追い詰められる場所だ!)

 

 崖の高さは目算200m下の方は波が崖にぶつかって水飛沫を上げていた。

 

(雰囲気あるな~。この体なら200mから落ちてもかすり傷一つ付かないけど、人化状態だと恐怖で意識手放しちゃいそう)

 

 

 最北端で石材確保するには理由がある。

 こちら側はアゼルリシア山脈が海まで繋がっているので交易ルートが存在しない。

 この岩山を削ってルート整備すれば物流が出来上がるわけだ。

 海上ルートは強力な魔物が生息しているため全く使われていない。

 

 といっても直ぐではなく、王国側に要塞を建てつつ休戦期間の5年以内に出来上がればという目論見だが。

 

 

 

「アルベド、コキュートス。調子はどうだ?」

 

「モモンガ様、ようこそいらっしゃいました。」

 

「モモンガ様、ゴ足労ヲオカケシマス」

 

 アルベドとコキュートスが手を止めて臣下の礼節を取ろうとするのを俺は手を出して不要だと留める。

 

「手を止める必要はない二人とも。」

 

 石材の切り出しは斬撃武器の心得がある二人、アルベドとコキュートスに任せている。

 こちらも最終的にはコキュートスのシモベが引き継ぐ予定ではあるが。

 

「「ハッ!!」」

 

 アルベドとコキュートスが作業に戻るのを見る。

 コキュートスは4本の手に伝説級の斬撃武器を持ち、器用に石を切り出していた。

 対してアルベドは対物体最強のワールドアイテム真なる無(ギンヌンガガプ)を斬撃形態に変化させて振るっている。

 アルベドが真なる無(ギンヌンガガプ)を振るうと何故か縦に振るったはずなのに立方体の岩石が切り出される。

 これは真なる無(ギンヌンガガプ)の能力らしく、物体を自分の思ったとおりに切る事が出来るらしい。

 

(縦に振るっただけで3次元的に刃が入るなんて便利だな。いや、こんな事にワールドアイテム使うのもどうかと思うが……だが、折角所持させているのだから使うのは間違ってはいないのか?)

 

 アルベドとコキュートスが切り出した石材の大きさを測ると一辺が1mで誤差は1mm未満だった。

 つまり精度は±0.1%ということになる。

 

「すごいな……。ここまで精度を出せるとは。」

 

「Lv100の戦士職であれば他愛ない事です。モモンガ様も完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)を御使用になれば容易いかと。」

 

「ふむ……。では、私もやってみるかな?」

 

 完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)で戦士職のクラスに再変換し、上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)で作成しておいたツーハンデッドソードを片手で持つ。

 

「わたくしが手取り足取り腰取りお教えいたしますわ!」

 

 バサバサと揺れるアルベドの腰の羽が下心丸出しである事を教えてくれる。

 

「アルベド。そういうのはいいから。」

 

「あぁ~ん! 御無体ですわ~。」

 

 シュンと凹むアルベドを見つつ、仕方ないと溜息をつく。

 

「守護者統括の名に恥じぬ振る舞いであるのであれば、アルベドに教えてもらおうかな?」

「喜んで!!」

 

 喰い気味に返答するアルベドが元気を取り戻したのを確認し「ちゃんと」教えてもらう。

 

「面白いな。斬撃で岩石がバターの様に切れていく。」

 

 本物のバターどころかマーガリンも見たことはないんだけど、こういう硬いものがスパスパと切れるときの例えらしい。

 1m³の石材を切り出して一辺の長さを計ると、いい精度の石材である事が確認できた。

 

「アルベド、ありがとう。お前のお陰で興味深い経験をする事が出来た。

 アルベドは中々モノを教えるのが上手いな。直ぐにできるようになったよ。」

 

「モモンガ様が愉しまれたのでしたら私にとっても幸福な事でございます。

 勿論モモンガ様がお望みならば『何時でも』『何でも』お教えいたしますわ!

 

 モモンガ様と『初めての共同作業』、一生忘れられない経験でございます!」

 

(はぁ……こういうところが無ければなぁ……)

 

 独りでトリップしているアルベドを見つつ、コキュートスが自分の存在を主張してしまう。

 

 

「ワタシモ居ルノダガ…………」

 

「あら? コキュートス居たの?」

 

「アア……」

 

「御免なさいね、全く気がつかなかったわ。

 それに今はモモンガ様の勅命を全うしている最中よ。

 あまり無駄口は叩かないようにしなさい。」

 

 どの口が言うんだとは思ったが、バカ正直に言うのは地雷を踏むだけだ。

 コキュートスも察したのだろう。

 

「スマナイ……。邪魔ヲシタヨウダ。」

 

「構わないわ。」

 

 

「何か……済まないな、コキュートス。」

 

「イエ、勿体無イオ言葉。」

 

 

「さて皆、そろそろ作業に戻ろうか。勿論アルベドもな。」

 

 俺達は尋常ではない速さで1m³の立方体を次々に切り出していく。

 重さ2トン(石の比重は2.2~3.0が多い)を超える石材がドンドン作り出されては無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)にしまわれていく。

 アルベドとコキュートスの無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)も二人専用にデザインが通常のものとは異なっている。

 アルベドは黒のショルダーポーチ、コキュートスは青白い登山用のリュックサック型だ。

 因みにデザインは俺の独断で決めさせて貰った。

 それがどうも好評らしく階層守護者全員とセバスの物を俺がデザインしている。

 

 

 

 こうやって俺達が切り出した石材と木材は開拓村で使うつもりだったのだが……

 

 

―――― バハルス帝国 皇都アーウィンタール

 

「これらの木材、石材を売ってほしいと?」

 

「はい。金額の方は勉強させていただきます。」

 

 俺が相対しているのは帝国貴族で建築、建材、道路系インフラの利権を持っているマイル卿とヤード卿だ。

 

 何故こんな事になったかというと、俺がアーウィンタールの屋敷にいるときに、パンドラズ・アクターが石材・木材の話をメイドたちにも聞こえるようにしたからだ。

 メイドたちは貴族令嬢で固められているため、こういう話をすると直ぐに宗家へと伝えられてこのような状況になった。

 

「これくらいで如何でしょうか? 勿論、資材の輸送はこちらが請け負います。」

 

「ふむ……。では、資材搬送をこちらで請け負うとしてこの金額は如何でしょう?」

 

 パンドラズ・アクターがマイル卿とヤード卿と金額のやり取りをしているのを俺は堂々とした様子で頷くだけだ。

 素人の俺が話しに入っても邪魔になるだけだし、パンドラズ・アクターはこのあたりはめっぽう強い。

 

「宜しいのですか? でしたら――――」

 

「なるほど、それならば――――。

 そういえば、卿の採石場で余剰の石材があると伺いましたが――――」

 

「そちらをお買い上げ頂けるのであれば――――」

 

「いいでしょう。ではそれで。」

 

「因みにこの特需は何時まで――――?」

 

「早ければ半年、遅くとも一年が目処でしょう。」

 

 

 

(さっぱり分からんが、終始パンドラズ・アクターがイニシアチブをとっていた事だけはわかる。)

 

 パンドラズ・アクターが商談の終了の合図となる目線をこちらに向けてきたので、俺は取りまとめを始める。

 

「マイル卿とヤード卿、良い商談が出来た様で何よりです。」

 

「こちらこそです。モモンガ大公閣下とはご縁を大切にさせて頂きたく。」

 

 

 

「パンドラズ・アクター、今回はどのくらい儲けたのだ?」

 

「1トンの売却で12トンの資材になりました。

 これは資材の輸送をこちらで請け負うからの価格ですね。輸送を半々とした場合は1:8でしたでしょう。」

 

「重量物だから輸送コストは大きいのだな。」

 

「はい。また、あちらの余剰資材を買い上げることで収まる範囲内での取引ですので、金銭のやり取りは最小限となります。

 つまりあちらとしての支出は最小限となります。なので更に2割分割り引いて貰いました。

 今回は物々交換という感じですね。」

 

「なるほど、普通に取引しただけだと1:6の割合、半分にしかならなかったわけだ。」

 

「はい。この世界は馬車での輸送が基本ですからね。輸送コストはバカにならないでしょう。

 それに余っていた資材が有力な商品になり、敢えて数を絞ることでプレミア価格で売るつもりでしょう。」

 

「ふむ。同じ格の貴族で隣だけ質の高い建材で立てられた屋敷ならば、もう一方の貴族は射幸心を大きく煽られるであろうな。

 私にも記憶がある。」

 

 そう、メンバーにシューティングスターを500円で引かれた時は羨ましすぎてボーナス全ぶっぱした位だ。

 

「御身ですらそうなのです。見得が時に武器にすらなる貴族ならば尚更でしょう。」

 

「因みに特需についての話は?」

 

「あちらも売れるのであれば石材の生産量を引き上げるでしょう。

 ただし、いつまでもそれは続かない。大体どれくらいで手を引くべきかの判断に使うのでしょうね。」

 

「なるほど、引き際は肝心だな。」

 

「開拓村の主要施設や建物の重要な部分には、ナザリックで採取した資材を使います。

 ただ、街道や重要でないところまで高級な資材を使えば反発を食らいますからね。

 スラム街の貧民が自分より明らかに良い家に住んでいたら。」

 

「確かにな。自分たちは今まで真面目に税金を納めてきたのに!と憤慨してもおかしくはない。」

 

「といっても我々のシモベが運営する施設の格が高いのは外聞にもなりますし、一般住宅の重要な基盤部分は外からは見えませんからね。

 そのあたりくらいなら、ナザリックの資材を使っても良いでしょう。」

 

「最後に、マイル卿、ヤード卿の両方と取引したのは?」

 

「こちらは、利益の独占を防ぐためですね。

 ジルクニフ陛下が同じ利権を最低でも2つの派閥に与えるのはそのためでしょう。

 利益の独占は通常であれば腐敗を生みますし、競争があればシェアを奪うために派閥内で利益を上げるための努力が為されるでしょう。

 腐敗が無いのはナザリックくらいでしょう。

 まぁ、蓄積されるノウハウや人脈で大きな力を持つのは遠くはないでしょうね。」

 

「それは悪いことなのか?」

 

「悪いことであるかは難しい判断ですね。

 必然的に貴族が力を持つことになるでしょう。しかも自分の国の外でも商売を行えますし。

 その分、外貨を得ることになり帝国の税収が増えるので帝国も富みます。

 ジルクニフ陛下の代であれば問題はないと思いますが、200年後どうなっているかは……」

 

「ふむ……。難しいものだな。だが――――」

 

「ふふふっ。国が富み、多様化してくれば、ナザリックの思うツボですね。

 そのために、アウラ殿、マーレ殿、コキュートス殿にあのような実験をさせているのでしょう?」

 

「流石に分かるか。」

 

「はい。」

 

「ハハハ……」

 

「フフフ……」

 

 

 俺とパンドラズ・アクターは「悪い顔っ!」という感じで笑った。

 

 

 

 




●各員の無限の背負い袋
アルベド:黒のショルダーポーチ
デミウルゴス:赤いストライプが斜めに入ったカジュアルよりのビジネスバック
アウラ:赤いランドセル
マーレ:黒いランドセル
コキュートス:青白い登山用のリュックサック
シャルティア:ドレス用の小さく赤い手提げポーチ
セバス:革素材のカッチリした黒いビジネスバック
パンドラズ・アクター:カーキー色の四角い革製トランクケース

「カジュアルよりのビジネスバック」とかでググれば大体のイメージはあってると思います。

●出来事
トブの大森林:森林整備、高級木材確保
アゼルリシア山脈:北部の岩山を切削中、高級石材確保
商談:マイル卿、ヤード卿(建材の取引)

現時点で高級なだけであって未来永劫ではありません。


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04. 開拓村の建造(ダイジェスト:街道敷設)

魂喰らい(ソウル・イーター)の時速は最高200km/hとしました。
まず、現代の四足歩行動物で最も早いのはチーターです(112km/h)
彼が瞬間的に速い動物といえど、難度100~150の魂喰らい(ソウル・イーター)が彼より遅い事はないはずです。
虎でさえLv8(難度24程)なのですので。

そして同程度のレベルで防御型の死の騎士(デス・ナイト)はアニメのカルネ村で消える様に移動するほど速いです。
私達がヤムチャだとして、目で捉えられないほどに速いという描写なのでしょう。
魂喰らい(ソウル・イーター)死の騎士(デス・ナイト)より速いはずなので、F1のレースカーよりは遅いくらいが妥当かなという事で
魂喰らい(ソウル・イーター)の時速は200km/hとしました。計算し易いし。

Lv100の戦士系守護者はもっと速いのです。
本作品の設定ではセバスが最速で、時速1000km/hを音速を超えるとしています。
ソニックブームすら武器に戦うとか、カッコよくないですか?
セバスだけドラゴンボールの世界に居る感じになってしまいますが。

残念なのはその設定を使う機会が無い事です。
基本的にNo more 暴力!なので



 

―――― エ・ランテル北部

 

「なんだか済まないな、マーレ。」

 

「いえっ!モモンガ様のお役に立てて嬉しいです!!」

 

 木材と石材が順調に確保できるようになって来た頃、次は開拓村までの街道を整備するためにマーレの再召集とデミウルゴスを呼んでいた。

 

「植物や大地の事といえばマーレが最も相応しいですからね。

 私としては羨ましい限りですよ。」

 

 恐縮するマーレとは反対にデミウルゴスからは本当に羨ましいという雰囲気が漂っていた。

 今までであればそういう雰囲気を表に出すことは無かったが、これも守護者達と心の距離が近くなった証拠なのだと思うと嬉しくも思う。

 

「デミウルゴスには随分働いて貰ったからな。

 他の者にも仕事を与えなければデミウルゴスばかり優遇されていると思われてしまうのだ。

 許してくれ、デミウルゴス。」

 

 デミウルゴスには王国、帝国の諜報、アゼルリシア山脈の調査、アベリオン丘陵の傀儡化、聖王国、竜王国の調査など情報に関することの殆どを任せている。

 スレイン法国に限っては、プレイヤーの匂いが濃いため内部の調査は未ださせてはいないが。

 

「許すなど滅相も御座いません。それに、思い起こせば多くの仕事をさせていただきました。

 悪魔といえども欲の掻き過ぎは身を滅ぼしてしまいますね。」

 

「今しばらくは英気を養ってくれ、休戦期間の5年が過ぎる頃にはデミウルゴスに謀略の仕事を任せる事になるだろう。」

 

「はっ、モモンガ様から勅命を頂く際には万全を以って事にあたらせて頂きます。」

 

「ああ、頼むぞデミウルゴス。

 ――――さて、マーレ。早速だが頼めるかな?」

 

「はいっ!凪の大地(カーム・オブ・ガイア)!!」

 

 マーレの魔法によって小高い丘や小さな窪地が見る見るうちに平地へと変っていく。

 都市作成ゲームで平坦ツールを使うかのようだ。

 

 

 無意味にこんな事をしているわけではない。

 街道は馬が馬車を引いて通れるように、ある程度平坦でなくてはならない。

 それ故にエ・ランテル、エ・ペスペル間も街道がぐねぐねとうねっているのだ。

 

(まぁ、川沿いというのも重要なファクターではあるが。)

 

 その高低差をマーレの魔法によって取り除く事で、可能な限り直線道路を作る事が出来る。

 これは普通の馬よりも魂喰らい(ソウル・イーター)の方が大きなメリットを得る。

 曲線が多ければ最高速度を出すのは困難になる。これは輸送を行うのなら生物であれ機械であれ同じ事だ。

 馬と魂喰らい(ソウル・イーター)、どちらの最高速度が速いかは言うまでもないだろう。

 

 つまりは私から魂喰らい(ソウル・イーター)馬車を借りる商人は一日あたりの輸送量が普通の馬とは比べ物にならなくなる。

 慈善事業に見えてそういった布石も準備しているのだ。

 

 

 

 もちろんデミウルゴス案なんだけど。

 

 

 

「モモンガ様、このように道幅の広い道路はエ・ランテルから八方に向けて放射状に広げるんですよね?」

 

「うん?そうだぞマーレ。何か気になる事でもあるのか?」

 

「いえ、ここから開拓村をどうやって作るのかなって。

 道路沿いに開拓村を造った場合、エ・ランテルから離れるほどに街道間の距離が広がっちゃいますし……」

 

「フフフ、違いますよマーレ。モモンガ様、私が説明しても宜しいでしょうか?」

 

「ああ、任せるぞデミウルゴス。」

 

「有難う御座います、モモンガ様。

 マーレ、この道は基幹道路としての機能を持たせます。王国では『王の道』帝国では『皇帝の道』と呼ばれているものですね。

 これは差し詰め『大公の道』とでも呼びましょうか。

 そしてこの『大公の道』から側道を作って開拓村へと繋げてゆくのです。」

 

「ということは、この道を作った後にもこうやって石を敷き詰めて開拓村までの道を作るんですか?」

 

「道は作りますが、石材の敷設(ふせつ)はしない予定ですよ。」

 

「どうしてでしょうか?」

 

「それはね。この石材を見てごらん。」

 

 デミウルゴスはジャック・ザ・リッパーが切り揃えている横20cm、縦10cm、厚さ5cmのレンガの様なサイズにした石材を手に取る。

 

「全部この大きさにして、敷設していますよね?

 それと関係があるんですか?」

 

 スライムの三吉君が除草をして、3体の魂喰らい(ソウル・イーター)がロードローラーで地面をならし、ジャック・ザ・リッパーがパンドラズ・アクターの購入した石材を一定サイズに切り揃え、大量のスケルトンが石材を敷き詰めていく。

 

「全部の石材が一定の大きさである事に意味があるのですよ、マーレ。」

 

 

 

「う~ん…………あっ!もしかして共通規格の概念を教えてあげるんですね!!」

 

「その通りだよマーレ。折角だからその先の答えまで言ってみてごらん。」

 

 パチパチと出来の良い生徒を褒めるようにデミウルゴスは拍手する。

 そしてマーレが気付いたであろうその先も敢えて答えずに、マーレの答えを促す。

 

「自分達の村まで伸びる道は開拓村に住む人たちが、頑張ってレンガを作って道を完成させるんですよね?

 そのときに規格が決まったレンガだったら作りやすいですし、他の村や街で作ったレンガを買って使うことも出来て、共通規格の意味を実感として学ぶ事が出来るんですね!」

 

「そうです。さらには、自分達の手で村をより良くして行く。または税金を使用して公共事業として行う事も出来ます。

 払った税金が自分の環境を良くしていくと分かれば、納税に対する意識も少しずつ変化していくでしょう。」

 

「モモンガ様がお造りになられる完成形の『大公の道』があれば目指すべき形も分かりますしね!」

 

「その通りです。全てを用意してあげては飼っているのと同義になってしまいます。

 私達に誘導はされていますが、敢えて未完成にして自分達の力で完成させる。これが大事なのです。」

 

 

 因みに今作っている道も経年劣化で石材が壊れるだろう。

 その後の補修は200x100x50mmのレンガを購入して補修、または何処かのギルドに委託する予定だ。

 俺達だけが儲かる仕組みであってはいけない。

 

 

 

 

「そういえば、エ・ランテルとエ・ペスペル間の街道に宿を作る計画だったが、あれはデミウルゴスに任せてもよかったのだったな?」

 

「行商人や旅人が泊まる宿ですね。えぇ、アルベドからもそう伺っております。

 コンセプトとしては3階建ての素泊まり宿で、最低限の酒と肉の塩漬けなどの保存食を置くつもりです。

 管理者はモモンガ様から頂戴しました死者の大魔法使い(エルダーリッチ)死の騎士(デス・ナイト)数体の予定です。

 尚、宿泊料以外は相場より高めを想定しております。本来であれば街で十分に準備するのが正しい姿なのですから、それを怠った勉強代として頂戴するつもりです。

 馬車を利用する商人の為に厩舎も建設しておきます。」

 

「ふむ、私の領を根城にする盗賊は大体逃げたか始末したからな。商人の行動も活発になるだろう。」

 

 エ・ランテルとエ・ペスペル間は直線距離で200kmほどだ。

 この世界の商人は毎日50km程移動するから、宿屋は3箇所建てることになっている。

 建設費も人件費もかからず、仕入れは日持ちするものばかり。

 ベッドは藁だが、編んで茣蓙(ござ)にしているから藁が刺すような不快感は少ないだろう。

 綿、亜麻、麻が欲しいところだが、アインズ時代に栽培していなかったからな。

 使う分くらいは栽培しておくか。

 

 

「先ほど休めといったばかりなのに忘れていたよ。許せ、デミウルゴス。」

 

「許せなど、勿体無きお言葉。

 街道敷設の使命を負った身、宿整備もその一環だと思っております。

 ちなみに、エ・ランテル~エ・ペスペル間だけで宜しいのですよね?」

 

「あぁ。どれ程の効果があるか、改善できる点を洗い出すためにも数は絞った方がいいだろう。」

 

 何事もテスト(効果確認実験)は大事だ。

 

「た、楽しみですね!モモンガさま!

 きっと商人や旅する人は喜んでくれますよ!!」

 

「そうだな。そうなるようにしないとな。

 マーレ、デミウルゴス。これからも私を支えてくれると嬉しい。」

 

「勿論で御座います、モモンガ様。

 我々はモモンガ様に御仕えするためにここに居るのです。

 永遠の忠誠を御受け取り下さい。」

 

「ボ、ボクもですっ!!」

 

 

 

(街道間に立つ3つの宿屋。どのような結果が得られるか、楽しみだな)

 

 

 

 




誤字報告ありがとうございます。

●出来事
トブの大森林:森林整備、高級木材確保
アゼルリシア山脈:北部の岩山を切削中、高級石材確保
商談:マイル卿、ヤード卿(建材の取引中)

New!
エ・ランテルから放射状に主要街道を敷き設(大公街道)
エ・ランテル~エ・ペスペル間に3件の宿屋オープン



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05. 大公街道の行商人

今回は一般市民視点です。ちょっと短め。

そうそう、忘れてました。
年月の感覚が無いと時間感覚が分かり辛いとおもったので、本作品ではモモンガが転移した時点を【帝暦200年】とします
王国も建国は同時期なので同じく【王暦200年】とします。
同様に法国は【法暦600年】としておきます。

つまり、冬の戦争を終えた今は【帝暦201年の春~】という事になります。



―――― エ・ランテル西部

 

 俺はエ・ランテルとエ・ペスペル間で行商をしている行商人だ。

 基本的にはエ・ランテルで購入した帝国・法国の道具、またはトブの大森林で採取された質の良い薬草で作成したポーションをエ・ペスペルまで運んで商売している。

 そして、エ・ペスペルからは日用品を仕入れて道中の村で売る。そして道中の村で購入した作物をエ・ランテルまで運ぶという販路で稼いでいる。

 

 今までは帝国製品を法国産と偽って商売してきた。

 そりゃあ王国で敵対している国の製品なんか売ったら因縁つけられて物資の没収がいいところだからな。

 だが統治が『無血公』に変ってからは、そんな事に気をつける心配もなくなった。

 ただ、帝国の一部になったから帝国製品が普通に流通するようになり、あまり旨味が無くなったかな。

 

 しかしそれよりも助かっていることのほうが多い。

 っと、もう宿に着いちまったな。

 

 永続光(コンティニュアル・ライト)が煌々と辺りを照らし、もう薄暗くなってきたのに宿の周りだけはまるで昼のようだ。

 こんなに贅沢に永続光(コンティニュアル・ライト)のマジックアイテムを使うなんて、高級宿くらいでしか無理だ。

 街で泊まっている宿はどちらかと言うと下級の宿で、まばらにランプが備え付けてあるだけだからな。

 

 何でこんな所に高級宿がと思うだろう。入ってみれば分かるさ。

 

 

 室内も永続光(コンティニュアル・ライト)のマジックアイテムがいくつも吊り下げられていて暗く感じる事はない。

 一階は酒場になっていて、既に食事や酒盛りをしている冒険者や同業者(しょうにん)がちらほら居た。

 奥には宿屋の店主兼、酒場のマスターが居る。そこまでは普通なのだが、その人物(?)が尋常ではない。

 

 

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)。本来ならばミスリル級の冒険者が急遽呼ばれるくらいの凶悪な魔物なのだが、ここでは何故か店主兼マスターをやっている。

 俺も初めは混乱したが一週間で混乱はしなくなった。自分でも早いと思うがそれには理由がある。

 店主の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を使役するものがエ・ランテル領主の『無血公』モモンガ大公だからだ。

 アダマンタイト級冒険者。エ・ランテルに住む者なら誰もが知っている英雄の中の英雄『漆黒』モモンの師であるだけでも十分なのに、『無血公』と呼ばれる所以となった先の戦で、血を流さずに勝利を収めた聖者。

 

 そんな御方が道中の安全を確保できるようにとこの宿屋を建てて、その店主に死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を指名したのだ。

 そしてこのような宿屋がエ・ランテル、エ・ペスペル間に3軒もある。

 殆ど毎日見る顔であり『無血公』の選んだ人物(?)だ。最初は『無血公』なら……と自分に言い聞かせていたが、一月以上何も無いと慣れて信用できると思ってくるわけだ。

 

 俺がいつも通りカウンターへ行くと死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が声をかけてくる。

 

「いらっしゃい。一人か?」

 

「あぁ。大部屋で頼む。あと荷物の預かりも。」

 

「大部屋は銅貨6枚、荷物の預かりは銅貨4枚。計銅貨10枚だ。」

 

 

 俺は銅貨10枚を懐から取り出してカウンターに置く。

 建てられたばかりだからというのもあるが、木材が真新しく一部は石材を使用している。街ならば中級の宿といった雰囲気なのに一泊は安宿とほぼ同じ。

 しかも荷物は宿屋のカウンターから降りた地下で預かってくれて、死の騎士(デス・ナイト)という騎士が倉庫番をしていてくれるから盗難の心配はない。

 

 死の騎士(デス・ナイト)というアンデッドは聞いた事はないが、一度エ・ランテルで衛兵をしている死の騎士(デス・ナイト)がもの凄い超スピードで窃盗犯を捕まえていたから実力は相当なんだと思う。

 ただ言語能力は殆どないらしく、首を振ったり、頷いたりでコミュニケーションをとっている。

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)のマスターはアンデッド同士だからなのか意思疎通が出来るらしい。

 

 俺は荷物を預け、死の騎士(デス・ナイト)が地下の倉庫に持っていくのを確認すると街道沿いの宿で取り扱っている酒を頼む事にする。

 街なら当たり前だが、こんなところでも酒を出してくれるなんて輸送が大変だろうに。

 だから、あまり遅いと売切れてしまっている場合もある。

 

「酒を頼みたいんだが、まだ残っているか?」

 

「今日のワインとエールはカルネ村産だ。まだ十分に残っているぞ。

 どちらもジョッキで銅貨2枚だ」

 

 ワインやエールに産地なんて関係あるのかとは思うが、余計なことを言っても仕方ない。

 

「エールを。あと、飯も食べていくからスープも頼む。」

 

 

 俺はエールと野菜スープを受け取り、空いている席に座った。

 そして、野菜スープに持参した黒パンと塩漬け肉を浸す。

 野菜スープは野菜の切れ端を煮込んで塩で味付けしただけだが、旅の最中に自分で用意せずに温かい食べ物が食えるのは有り難い。

 しかも野菜スープは宿泊料に含まれて、朝と夜で両方付いて来る。

 

 

「よぉ、旦那!同席するぜ!」

 

 4人の冒険者が俺と同じく野菜スープと酒の入った木製のジョッキを持って四角のテーブルに腰掛ける。

 

「ああ。座ってくれ。」

 

 彼らは今回護衛に雇った鉄級の冒険者チームだ。

 依頼料は金貨3枚。彼らの経費は自腹で払って貰っている。

 

 ちなみに王国・帝国の一般市民の平均月給は金貨1枚だ。

 だから都市の往復、およそ半月の行程で金貨3枚は割と支払いがいい方だ。

 働こうが働くまいが、宿の料金は毎日掛かるんだからな。

 

「しかしよぉ。最近ちょっと依頼料安くねぇか?

 今までは金貨6枚だったじゃないかよ。」

 

 彼らのリーダー、短い金髪の戦士は俺に愚痴をこぼす。

 

「仕方ないだろ。大公街道のお陰で行程そのものが短くなったんだ。

 オマケに死の騎士(デス・ナイト)たちが街道を警備しているから、ゴブリンやオーガは街道に出なくなった。

 しかも盗賊もめっきり姿を見せなくなった。

 極めつけに毎日野営していたのが宿になった。

 仕事内容が楽になったんだから、依頼料が安くなるのも道理だと思うが?」

 

 そう、大公街道のお陰で6日掛かっていたエ・ランテル~エ・エスペル間が4日になった。

 そして相変わらず獣や魔獣は出るが、街道沿いには厄介なゴブリン、オーガなどの亜人の魔物そして盗賊が出なくなったのだ。

 街道から1~2km外れるとまだまだ今まで通りらしいけど、街道を外れる事のない俺には関係のないことだ。

 

「そうだけどよぉ…………そうだ!

 俺達も荷運びを手伝えば報酬を弾んでくれるか?」

 

「いいぞ。俺だけじゃ背負える荷物も限られているからな。

 あんた達も運んでくれるなら運べる商品の量が増える。

 俺と同じだけ運んでくれるなら、今までどおり金貨6枚だ。」

 

 商品を卸すには商業ギルドに入っている必要がある。

 よそ者が勝手しないためのルールがあり、そもそも俺の伝手がなければ彼らだけで荷運びしても闇市で買い叩かれるだけだ。

 

 そういう意味ではwin-winなんだろう。

 俺は商品が増えて儲かる。

 彼らは護衛の仕事が楽になってしかも報酬は据え置き。

 

「よっしゃ!!

 ――――そういやさ、この宿って街道のど真ん中にあるにしては色々揃ってるよな。

 井戸は勿論、このスープの野菜はどこから運んでいるのやら。サービスで出る割にはそれなりに量はあるし。」

 

「そうだな。俺が経営者だったら最低でも3倍は取るな。

 そういう意味では採算度外視なんだろう。こんな領主は何処でも聞いた事が無い。」

 

 騒がしくしなければ夜中まで酒場に居座っても怒られないし、何時着いても部屋があれば泊まらせてくれるらしいし。

 24時間営業とか言っていたが本当なんだろうな。アンデッドは睡眠不要だと死者の大魔法使い(エルダーリッチ)のマスターが以前言っていた。

 しかも床で雑魚寝ではなくベッドがあり、編んだ藁の中に藁が入っていて寝心地は悪くない。

 流石に布や麻布を使用してないあたりは街中の宿とは違うのだろう。

 

 さらには値段は1.3倍くらいするが食事も摂る事が出来る。

 黒パンや塩漬け肉や乾物などの旅の食料が買えるのだ。

 だから、ここを根城にして近くの森や山で薬草などの素材を採取している冒険者も少しは居る。

 

 俺からするとそいつらは先見の明があると踏んでいる。

 此処を拠点にすれば街を拠点にするより行動範囲が広くなる。

 つまりは手付かずの素材が眠っていると同義なのだ。

 

 この宿に居る金~白金級の冒険者はきっとここを拠点に活動しているのだろう。

 護衛ならば高くても銀級の冒険者で十分だからだ。

 

(エ・エスペルからエ・ランテルに戻る時に薬草などの素材を買い取ってもいいかもしれないな。

 代わりに食料が売れるかもしれないし。)

 

 

 

 急速に様変わりしていく大公領。

 発想を変えれば幾らでも儲けのタネは転がっているのかもしれないな。

 

 

 

 




いつも通りの量になってた……

死の騎士(デス・ナイト)は原作通り、伝説過ぎて一般人は誰も知らないレベルです。
なんかスゲェ強いアンデッドだな。位です。
街にたくさん居すぎて伝説感の無いアンデッドと化してます

●酒の産地
地方に特色を持たせる感覚が無いので地球の様な●●産という概念はまだ無いです。
というか透明なワインじゃないので味もそれなりですし。

やった!UA10万突破しました!
皆様の応援あってのお陰です!


追伸:すみませんが明日は投稿無理そうです。


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閑話 ナザリックのクリスマスイブ

●メインキャスト
アルベド
シャルティア
アウラ
マーレ

モモンガ以外のキャラクターを最初に書いておこうと思います。
導入にはいいかなと思いますがどうでしょう?

パラレルワールド的Somethingでお願いします!
ちょっとギャグが多めかも。(ドラマCD寄りかな?)


 

―――― ナザリック第9階層 通路

 

「ねぇねぇ、お姉ちゃん。

 サンタさんへのプレゼントは何にしたの?」

 

 マーレの問いかけにアウラは答える。

 

「ん~。アタシはカルカンかな。マーレは?」

 

 アウラはモモンガ様がプレゼントを置いてくれるのを知っているから、あまり貴重な物はお願いしないようにしている。

 

「ボクは、ぶくぶく茶釜さまの御声が聞ける腕時計がいいな。」

 

 マーレはアウラが褒美に貰った腕時計が羨ましいようだ。

 自分の創造主の声が聞けるのだから羨むのも仕方はない。

 

「う~ん、流石にサンタさんでも難しいんじゃないかな?

 ぶくぶく茶釜様の御声が祈って聞こえるなら、アタシはずっと祈ってるよ。」

 

 いくらモモンガ様でも、ぶくぶく茶釜さまの腕時計をいくつも持っているとは考え難いとアウラは考えフォローする。

 

「そうだよね……。

 ぶくぶく茶釜様の御声が聞こえるなら、ボクもずっと祈るかな。」

 

 しょんぼりとしたマーレにアウラは自分の腕時計をマーレに渡す。

 

「今日はマーレが持ってていいよ。

 アタシはお姉ちゃんだし、マーレの気持ちも分かるからね。」

 

 いつもは二人で聞いている、ぶくぶく茶釜の声を今日はマーレに独占させてあげようとの気遣いだ。

 

「だ、ダメだよ……! モモンガ様はお姉ちゃんの褒美にって与えて下さったんだよ。

 ボクが持ったらモモンガ様のお考えに背く事になっちゃうよ。」

 

 確かにそうかもしれないとアウラは思う。

 これ程貴重な腕時計だ。自分の判断で一時的にとはいえ所有権を渡すのは烏滸(おこ)がましいのかもしれないと。

 

「そうかもしれないね。ごめんねマーレ。」

 

「ううん。大丈夫だよお姉ちゃん。」

 

 

 

「あら二人とも。昼間に会うなんて奇遇ね。」

 

 シャルティアと共に居たアルベドは、アウラとマーレに偶然であったかのように声をかける。

 

「珍しいね、二人が一緒にいてケンカもしてないなんて。」

 

「いつもケンカしているわけじゃありんせん。

 時には協力する事だってありんす。」

 

 にやりと笑みを浮かべるシャルティアにアウラは心の中で溜息をつく。

 

(またアルベドが何か吹き込んだんだな……)

 

「で、今回は何を企んでるの? アルベド」

 

「企んでいるなんて人聞き悪いわね。

 クリスマスにサタンさんというプレゼントを配ってくれる存在が居るそうじゃないの。」

 

「クリ●●スでありんすk――――いたぁ!! 何でブツのよ、アルベド!」

 

「ふざけている場合ではないわシャルティア。

 貴女もことの重要性は理解しているはずよね?」

 

 怒気を孕んだ声でアルベドはシャルティアを叱責する。

 

「ご、ごめんなさいでありんす……」

 

「はぁ……アルベドも間違えてるよ。サタンじゃなくてサンタね。」

 

「あら? そうなの?」

 

「それに、サンタからプレゼントを貰えるのは子供だけだよ。

 アルベドもシャルティアは――――判断に困るけど、一応大人だよね?」

 

 ペロロンチーノからドエロ設定を盛り盛りに盛られて作られたのだから設定上成人扱いなのだが、身長140cmで胸も小さいため未成年と考えられなくも無い。

 

 

「もちろん今日明日だけは子供ばぶ。」

 

「今日明日だけって……なんで語尾変ってるの?」

 

「子供だからであり――――ばぶ。」

 

 シャルティアはどっかで頭でも打ったのか?とアウラは顔を(しか)めてアルベドを見るが……

 

 

「おぎゃーー」

 

 

(あぁ……こっちもダメだ。)

 

 おぎゃーとしか言わないアルベドから視線を外し溜息をつく。

 

「ちなみに、サンタ様に何をお願いするつもりなの?」

 

「モモンガ様の御声が聞こえる腕時計ばぶ」

 

おぎゃーーーーーーーーー(可能であれば私の名前を呼んで欲しいわ)

 

 ハァ…………とアウラは再度溜息をつく。

 気持ちは分からなくもないが、取る手段がお粗末過ぎると。

 

 シャルティアがペロロンチーノ様の御声と言わないのも、ぶくぶく茶釜様が()を吹き込むお仕事をされているが故、特別に自分が持つような腕時計が存在しているのだと判断しての事だろう。

 

 

「まぁ……好きにしたら? いこ、マーレ。」

 

「う、うん……そ、それじゃ失礼します。」

 

 ペコリと頭を下げるマーレと関わりたくないオーラが漂うアウラにシャルティアとアルベドは手を振る。

 

「バイバイばぶー」

 

おぎゃーーーー(それじゃあね)

 

 

 

 

―――― ナザリック第9階層 アインズの自室

 

「――――という事がありまして……念のためモモンガ様に御報告を申し上げた方がいいかと思いまして……。」

 

 申し訳無さそうにマーレが頭を下げる。

 

「マーレが謝る必要なんて何もないぞ。」

 

(それにしても、あいつらはバカなのか?)

 

「重要な情報に感謝するぞマーレ。サンタという存在がそれを用意できる者なのか尋ねてみるとしよう。」

 

「はい。よろしくお願いします。」

 

 

 

 マーレを見送った後、モモンガはふと気がつく。

 

(あれ、何でマーレはサンタ関連の話を俺のところに……?

 ――――ふふっ、マーレの優しさを尊重して何も気づかなかった事にしておこう)

 

 モモンガはサンタの有無などの些事より、ナザリックの仲間を想った行動を取ったマーレの気持ちを大事にしようと何も気がつかなかったことにした。

 

(と、すると俺も行動しないとな)

 

 モモンガはパンドラズ・アクターに連絡を取り自室へ来るように伝えた。

 

 

 

「なるほど。私のスキルを駆使すれば不可能ではありません、モモンガ様。」

 

「そうか。それはよかった。」

 

 モモンガはパンドラズ・アクターのスキルで、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーのスキルを使用し、自分の声が入った腕時計を作れないかと相談した。

 

(アルベドもシャルティアもナザリックの為に、俺の我がままの為に働いてくれている。

 こんな事でも喜んでくれるなら。やってみる価値はある)

 

「それでは始めようか。先ずは時刻のボイスからだな?」

 

 

『今は1時』『今は2時』『今は3時』『今は4時』……

『1分だ』『2分だ』『3分だ』『4分だ』……

『アルベド』『シャルティア』

 

 

「さて、次はアラームだな」

 

(少しくらいサービスしてもいいかな?)

 

 アルベドもシャルティアも勿論NPC全員が頑張ってくれているのだ。

 今年は二人分で手一杯だが、アウラとマーレ以外の皆にもプレゼントを用意してもいいかもしれないなとモモンガは思う。

 

『おはようアルベド。今日もいい朝だな。』

 

『そろそろ仕事の時間だぞ、シャルティア。今日も一日頑張ろうな。』

 

『おっと! もう昼食の時間ではないか、アルベド。一休みして昼食にしよう』

 

『今日もお疲れ様、シャルティア。よく頑張ったな、ゆっくり休んで疲れを取ってくれ。』

 

『アルベド、そろそろ寝る時間ではないのか? さぁベッドに入って寝ようではないか』

 

 

(はっ! これは皆に長時間労働をさせない良いアイデアかもしれないな!)

 

「パンドラズ・アクター。次の日を休日とする設定はつけられそうか?」

 

「ええ、問題御座いません。」

 

 パンドラズ・アクターはモモンガの思惑に気がついて、休日用のアラームを腕時計に設定できるように調整する。

 

『おはようシャルティア。今日は休日だぞ! さて、何をしようか。

 私か? 私はもう決めているぞ。シャルティアは何をするのかな?』

 

 モモンガは二人の名前を必ず呼ぶ様に考えながら何パターンかのアラームボイスを収録した。

 

(休日専用のボイスもいくつか作ったし、これなら休んでくれるかもしれないな!

 我ながらいいアイデアだ!)

 

「モモンガ様。この腕時計は年々バージョンアップ出来る様にしてみては如何でしょうか?

 それならば、新たなアイデアをお考えになられたときに追加する事が出来るのではと愚考いたします。」

 

「そうだな。苦労をかけるがやれそうか?」

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)

 

 

(ふふ、今日くらいはいいか。)

 

 

 パンドラズ・アクターが腕時計の最終調整に宝物殿へと帰り、モモンガはクリスマスプレゼントの準備を始める。

 

 アウラにはカルカンハイグレード、マーレには、ぶくぶく茶釜さんが『忙しくてユグドラシル来れなくなるから』と貰ったもう1つの腕時計(ぶくぶく茶釜ボイス付き。ボイスキャンセルは出来ない)を。

 

 アウラが恐縮してカルカンと言ったのをモモンガは気がついているので、ワンランク上のものを。

 

(カルカンプレミアムにすると余計な気を使わせかねないからな。

 シャルティアとアルベドには――――喜んでくれるだろうか?)

 

 素人が声優の真似事なんて恥ずかしいが、二人が喜んでくれるならばとモモンガは思う。

 

 

 

 

―――― 翌日 ナザリック第9階層

 

 

「わぁ!カルカンハイグレードだ!!」

 

「やったぁ!ぶくぶく茶釜様の腕時計だよ!! お姉ちゃん!!!」

 

 素直に喜ぶ二人とは対照的に――――

 

 

「や、やりましたわ……。本当に願いが叶うなんて……。」

 

「こ、これは奇跡でありんすか……。」

 

 意外と素直に喜ぶ二人だった――――このときまでは。

 

 

 

 

 

 

―――― ナザリック第9階層 廊下

 

 

「失望したぞ!!!! アルベド!! シャルティア!!!

 これは没収だっっ!!!!」

 

「もう゛じわげございまぜん゛ん゛!!! モモンガさまぁ~~~」

 

「そ、それだけはっ!! 何卒!何卒――――!!」

 

 ガン泣きでモモンガに縋りつくシャルティアとアルベド。

 

「えぇい!! 足にしがみ付くな!! 腕に縋りつくな!!」

 

 死の支配者(オーバーロード)の姿であるため、何度も精神沈静化が働いて尚、強い怒りに支配されている。

 

 

「想像だにしなかったぞ! まさか録音機能を使って私のボイスで淫語を喋らせようとしていたとはな!!」

 

 

「「魔が、魔が差してしまったんですっ!! も゛う゛二度と゛し゛ま゛せ゛ん゛っ!」」

 

「当たり前だっっ!!」

 

 

 

 

 うわぁぁぁんんと泣きじゃくりながらもモモンガにしがみ付く二人の姿を遠くから見たアウラは――――

 

「はぁ……。そりゃあモモンガ様も怒るよ……。

 バカは死ななきゃ直らないのかね?」

 

 呆れて物も言えないと、アウラはお手上げのポーズをとる。

 

「でもシャルティアさんは、一度……」

 

 マーレのキレッキレなツッコミにアウラは噴き出してしまう。

 一度死んでるのにダメみたい。と

 

「マ~レェ~~。面白かったけど、此処以外で言っちゃダメだからね。」

 

「わ、わかってるよぉ……お姉ちゃん。」

 

 死んでも直らないのは、既に死んでいるからなのか、死んでも直らない程なのか。

 それは誰にも分からない。

 

 

 

 

 モモンガはアルベドとシャルティアを引き摺っている間に精神沈静化で、ようやく冷静さを取り戻していく。

 

(はぁ……。よく考えればペロロンチーノさんもボイスロイドでそういうことしてたっけ……。

 だとすると、ペロロンチーノの考え方を深層に持つシャルティアならやってもおかしくは無かったという事か。

 ならばそこに思い至らず安直に録音機能をつけた俺にも非はある。

 珍しくアルベドはシャルティアに唆されたのだろう。)

 

 モモンガはマジ泣きして目を腫らした二人を見る。

 

「今回はテストを兼ねた試作品でもあった。

 だから今回だけは許そうと思う。

 だが、録音機能と録音したボイスは削除させて貰う。いいな?」

 

「「はいっ!!! ありがとうございますモモンガ様!!」」

 

 うわぁぁあああんと再び泣き出す二人の目元をモモンガはハンカチで拭う。

 

「もう泣かないでくれ。俺は怒ってはいないよ。」

 

 霧散した怒りの代わりにいつもの優しい雰囲気を纏ったモモンガにアルベドとシャルティアは再び号泣してしまう。

 

 

「「も゛う゛し゛わ゛け゛ご゛さ゛い゛ま゛せ゛ん゛て゛し゛た゛ぁ゛ぁ゛――――!!!」」

 

 

 

(何で泣くんだよ~~俺もう怒ってないよ!?)

 

 

 

 




ふざけ過ぎたけど後悔はしていない。

なんか今日ユニークアクセス多くない?
昨日投稿してないのに、投稿翌日並みのアクセスがあるんだけど……。


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閑話 ナザリックのクリスマス

●メインキャスト
全員!

パラレルワールド的Somethingでお願いします!
大事な事なので2回いました。
此処で語られる事が本編で起こるとは限りません。



 

 

―――― ナザリック第9階層 パーティールーム

 

「メリークリスマス!!」

 

「「「「「メリークリスマス!!!!!」」」」」

 

 俺の乾杯の合図と共にクリスマスパーティーが始まる。

 パーティーは立食形式で、様々な料理がテーブルの上に並ぶ。

 

 エンシェント・フロスト・ドラゴン、エルダー・ブレイズ・ドラゴン、グランド・パンゲア・ドラゴン、ノーブル・アトモスフィア・ドラゴンなどの4属性ドラゴンとディープ・ワン・バイコーン、セイクリッド・ペガサスの正邪の二騎が肉料理のメインディッシュだ。

 水晶キャベツ、スター・クレソン、マグマ・ラディッシュ、オーロラ・レタスを使った前菜。

 そしてデザートはエンプレイス・ベリーとサンライト・アップルのアイス。

 

 どれも浄化されてしまう程に美味い。

 皆も好きな料理を皿に盛り、思い思いの時間を過ごしている。

 

 

「今日も美味いな! 料理長、副料理長。

 お前たちには毎日の料理、感謝しているぞ。」

 

「勿体無きお言葉!モモンガ様に料理を御作り出来る事が我々の幸せにございます」

 

 料理長と副料理長(ペッキー)は最敬礼で頭を下げる。

 

「本来であればお前たちにもパーティーに参加して欲しいところだが……」

 

「問題は御座いません。我々は料理を提供するものとしてクリスマスパーティーに参加させて頂いて居ります。」

 

 今日ばかりはNPC全員が出席し、ナザリックの警備はシモベ達が行っている。

 ただ、この様に提供する側として参加しているものもいる。

 セバスやエクレアなどは、自らそういう役を選んでいたりする。

 

 司書長ティトゥス、司書Jなどの食事が出来ないアンデッドも場の空気を楽しんでくれている。

 残念ではあるがグラント、餓食狐蟲王、紅蓮の様な自分の領域から出て来れない者達は後でこちらから出向く事にしている。

 

 

 

 

 

【コキュートス、ナーベラル、パンドラズ・アクター】

 

(おや、珍しいな。コキュートスとナーベラルか?)

 

 普段あまり見ない組み合わせに俺は気になって二人の元へと向かった。

 

「楽しんでいるかな?コキュートス、ナーベラル。」

 

「ハイ。コノ様ナ場バ初メテデハアリマスガ、楽シマセテ頂イテ居リマス」

 

「はい。楽しませて頂いてます。」

 

「そうか、それはよかった。

 ところでお前たち二人は前から仲が良かったのか?」

 

 俺は率直に聞いてみる事にした。

 下手に勘繰っても自爆するだけだろうと思ったからだ。

 

「ハイ。武人建御雷様ト弐式炎雷様ハ御友人デ在ラセラレタ様デスノデ、ナーベラルトハ自然ト友人ニ。」

 

「コキュートスとは姉妹以外で最も親しい友人です。」

 

(ん? 呼び捨て??)

 

「なんだ、呼び捨てにするほど仲が良かったのか。知らなかったよ。」

 

「え? いえ、ナザリックの使命を帯びていない時は――――」

 

 ナーベラル曰く、NPC同士はナザリックの任を帯びていない時は互いに呼び捨てをしているそうだ。

 ユリの様にどちらの場合でも敬称をつける場合もあるが。

 コキュートス曰く、ナーベラルは公私の使い分けはしっかり出来るらしい。

 

「誰モガ至高ノ御方ニヨッテ創造サレタ者デス。本来ソコニ序列ハ存在シマセン。

 ナザリックノ運営上、アルベドヲ統括トシタ、システムデ在ルベキト至高ノ御方々ニヨッテ運命(サダメ)ラレテイルノデ。」

 

「なるほどな。私達がそう在れと決めたから、仕事中は敬称をつけていると。」

 

 そうだったのか。

 言われてみれば、どのNPCも仲間達が作ったものだ。

 其処に優劣があるなんて事は決して無い。

 シクススなど一般メイドとアルベドで能力的な差はあれど、どちらも大切なナザリックの仲間なのだ。

 NPCにとってはそれが当たり前だったのだな。

 

 

 

「そうか――――それにしてはモモンの仲間として行動していた時は……」

 

「流石ニモモンガ様ヲ呼ビ捨テニスルノハ、我々デモ難シイカト……」

 

(なんと! モモンさーーーーんは、ナーベラルがポンコツというわけではなかったのか!?)

 

「ということは、パンドラズ・アクターと任務についているときは――――」

 

「ん? お呼びですかなモモンガ様。」

 

 俺の背後からパンドラズアクターがひょっこりと顔を出す。

 

「ああ、パンドラズ・アクターがモモンをしているときのナーベラルの様子はどうなのかとな」

 

「そうでしたか。ナーベラル嬢は上手くサポートしてくれていますよ。

 ただ――――」

 

「何か問題でも御座いましたか?」

 

(本当だ。仕事の話になった途端口調が変わった。

 雰囲気もクールな仕事モードになっているし。)

 

「そこでしょうかね。切り替えが上手すぎる所ですね。」

 

「え?」

 

「ナーベラル嬢は私と行動している時には切り替えが上手すぎる所でしょうか。

 モモンガ様と行動している時の違いが何れ綻びにならないかが心配ではあります。」

 

「た、確かにその通りです……」

 

「フム、改善スベキ点ガ分カッタノナラ直ス事ガ出来ル。

 ソレヲ成長ダト私ハ学ンダ。」

 

「そのとぉりです! ナーベラル嬢!

 トレーニングですよ!!

 モモンさーーーーん、ですよ!」

 

(あっ、ナーベラルのこめかみに青筋が…………)

 

 ナーベラルは澄ました表情だけど間違いなく怒っている。

 コキュートスも如何すれば……と挙動が不審になり始めている。

 

 

 

「えぇと……俺はさっき出てきた新しいメニューでも……と、とりに行こうかな……?」

 

「ワタシガ、行キマショウカ?」

 

「いや、自分でとりに行くのも醍醐味さ。」

 

(ゴメン、コキュートス……俺は逃げるよ……)

 

 

 

 

 

 

【セバス、エクレア、一般メイド】

 

(ふぅ……冷や汗をかいた。緊張したからな、喉が渇いちゃったよ)

 

「モモンガ様、こちらをどうぞ。」

 

 ふと声の元に視線を向けるとセバスが冷たいドリンクを持ってきてくれていた。

 

「ありがとうセバス。それでは頂こうか。」

 

 俺はジュースで喉を潤してからセバスに尋ねる。

 

「今は仕事の時間ではないのだ。心のままに楽しんでくれていてもいいのだぞ?

 メイド達にも今日は働かなくてもいいといったのだがな。」

 

「はい。私はハウス・スチュワードとして御創り頂きましたので、今、この時が気ままなのです。

 それに、メイド達も給仕をしつつも楽しんでおりますよ。」

 

 一般メイド達は時折、大皿料理を摘まみつつ給仕しているようだ。

 ホムンクルスだからな、お腹も空くのだろう。

 

「そうか、そういう楽しみ方もあるのだな。」

 

「はい。ご容赦頂ければ――――」

 

「構わないさ。楽しんでいるのなら、それが一番だ。」

 

 趣味を仕事に出来る者と出来ない者がいる。

 仕事にすると辛い時も離れたい時も、それが許されない。

 それすらも受け入れられる者ならば、趣味を仕事に出来るが……俺はどうだろうか?

 

(ユグドラシルの運営の仕事……?? やだなぁ……。

 運営には散々文句言ったし、なにより――――

 

 仲間達と未知の冒険に出られないんだもんな……)

 

 

「それは、甘い!カスタードクリームの様に甘い!!」

 

 蝶ネクタイをつけたイワトビペンギンのエクレアが覆面たちに運ばれてこちらにやってくる。

 

「一体如何したのだ? エクレア」

 

「ご機嫌麗しゅう御座います、モモンガ様。

 メイド達は甘いのです! 私達使用人はこのようなパーティーの影で輝くもの。

 これだけの機会を頂きながら、自分の優秀さをアピールできないとはっ!

 このような事では、このナザリックが私の手の内に入る日も遠くはないという事でしょう。

 

 ――――っは!! あんな所に糸クズが!

 申し訳御座いませんモモンガ様。私はこれで!!」

 

(喋るだけ喋って行ってしまった……)

 

「あれも楽しんでいるのか?」

 

「ええ、あれでも楽しんでいるのですよ。」

 

 まぁ、活き活きはしてるもんな。

 

「本当に楽しみ方は色々在るのだな。」

 

「はい。」

 

「セバス、私は他の場所にも回ろうと思う。

 それではな。」

 

「行ってらっしゃいませ、モモンガ様」

 

 

 

 

【デミウルゴス、シャルティア、ルプスレギナ、ソリュシャン】

 

 歩みを進める中、目に入ったテーブルは――――

 

(これは良からぬ内容を話しているメンバーだな。)

 

「これはモモンガ様。如何なさいましたか?」

 

 俺に背中を向けていたはずのデミウルゴスが、いの一番に気付く。

 会話のメンバーはデミウルゴス、シャルティア、ルプスレギナ、ソリュシャン。

 全員嗜虐嗜好であるため何の話か分かってしまう。

 

「何の話題か大体想像が付くが、一応確認しておこう。皆は何の話をしているんだ?」

 

「デミウルゴス牧場に居る、哀れな子羊共の話をしていんす。」

 

「デミウルゴスのお話は、私の様にゆっくり溶かして殺す場合にも、シャルティアの様に惨殺する場合にも非常に為になるお話ですので。」

 

「最高ッすよね~。前も拷問を受けている子羊を特等席で見せて貰ったッス!」

 

 そうそう、デミウルゴス牧場は現在は再稼動している。

 ただし、そこにいる者達は六腕の様に凶悪な犯罪者のみで、罪を償う為に牧場送りにしているのだ。

 散々奪い、殺し、陥れたのだから仕方ないだろう。

 それにヤツラの皮がスクロールに変わるのだから、罪を償いつつ社会に貢献し、尚かつ彼らの様な強い嗜虐性を持つシモベ達の娯楽にもなる。

 私も罪悪感を其処まで感じない連中だから気兼ねしない。

 

「以前に比べれば、羊の数も大分少なくなりましたが、寧ろそれでよかったのだと、このデミウルゴス実感しております。

 モモンガ様は私の成長を想ってくださったのですね。」

 

(ん? 新しい趣味を見つけたということかな?)

 

「あぁ。お前たちも、私もまだまだ成長できる。

 その一端でも感じてもらえたなら私は嬉しく思うぞデミウルゴス。」

 

「はい! ですので、私の学んだ成果をシャルティア、ソリュシャン、ルプスレギナにも教えてあげようと集まってもらったのです。」

 

(ん? なんかおかしいぞ?)

 

「真に素晴らしいでありんす。一人の人間を簡単に殺すのではなく、痛めつけて、心を抉って治して、破壊して、修理して。

 今までの私は勿体無い事ばかりしていんした。」

 

「えぇ。苦しめて溶かして終わり。なんてあまりにも勿体無い。」

 

「わたしは見る専門っすね~。自分で何かするより、デミウルゴスの拷問を相手の目の前でお茶を飲みながら見るのが最近の流行ッす。」

 

「ルプスレギナも面白いように子羊の感情を掻き乱してくれますからね、助かっていますよ。

 一匹の子羊でどれだけ楽しむ事が出来るのか。

 安堵などの正の感情、恐怖などの負の感情、その起伏を上手く利用してどれだけ楽しめるか。

 それすらも慣れた場合、どうやって心をニュートラルに戻すのか。

 まだまだ研究したい事ばかりです。」

 

 

(あぁ…………。これは、俺には合わないやつだ。)

 

「そうか、楽しそうでなによりだ。」

 

 俺はドン引きしている心境を隠して、可能な限り穏やかな表情と口調で答える。

 

「はい。如何でしょう? モモンガ様もお聞きになりますか?」

 

 デミウルゴスは本当に愉しそうな表情で俺を誘う。

 シャルティアもソリュシャンもルプスレギナも本当に愉しそうだ。

 

「お誘いは嬉しいのだがな、出来るだけ皆の所を回りたいのだ。

 また機会があればにしておくよ。」

 

「なるほど、皆に労いをかけて差し上げるのですね。

 でしたら引き止めるわけにも行きません。

 残念ですがまたの機会にさせて頂きます。」

 

「ああ。機会が『あれば』な。」

 

(いや~そんな機会は流石にあってほしくないなぁ~。デミウルゴスには悪いけど。)

 

「それではな。」

 

「行ってらっしゃいませでありんす~。」

 

「行ってらっしゃいッす~」

 

「モモンガ様、ごきげんよう。」

 

「行ってらっしゃいませ。モモンガ様」

 

 俺は足早に恐怖の会場を後にした。

 恐すぎるだろ……。

 

 

 

 

 

【ユリ、ペストーニャ、ニグレド】

 

(おや、あそこに居るのは――――)

 

 1つのテーブルに座ってのんびりとお茶を飲んでいるのは、ユリとペストーニャ、そしてニグレドだった。

 こっちもどんな話をしているのかが分かり易い集まりだ。

 

「やぁ、皆。楽しんでいるかな?」

 

「モモンガ様、ようこそいらっしゃいました。」

 

「宜しければお席に座ってくださいませ――――あ、わんっ」

 

「こんばんはモモンガ様、今日は妹がご迷惑をお掛けしました。」

 

「構わないさ。誰とて魔が差す事はある、つい感情的になってしまっただけだ。

 それで、3人は何の話をしていたのかな?」

 

 ニグレドが謝るような事でもないため、俺は話題を変えるために他の話題を振る。

 

「エ・ランテルでボク達にお任せ頂いた孤児院と学校の話をしておりました。」

 

 ユリもペストーニャもニグレドも孤児院の運営と学校の先生をしている。

 ペストーニャは信仰系魔法の先生で、ニグレドは情報系魔法の先生、ユリは体育教師をメインにオールマイティにやっている。

 みんなナザリックの仕事をこなしつつ、上手い事やっているものだ。

 

 ちなみに、偶にフールーダが来て魔法全般の講義をしていく事がある。

 その人気は絶大で、その為に学校に通う者達も多いそうだ。

 

 

「なるほど、ペストーニャとニグレドは現状の幻術に問題点はないか?」

 

「はい。問題ありませんわんっ!」

 

「ええ、問題がある予兆も御座いません」

 

 二人には常時、高位の幻覚が発動するマジックアイテムを渡している。

 ユリは兎も角、二人はそのまま人間の街に居るのは『今はまだ』難しいからな。

 

 三人の話を聞く限り、孤児院ではやんちゃもするが、学校ではちゃんと授業を受けているらしい。

 

「ふふっ、ちゃんとしないとユリ先生に怒られてしまいますものね――――わんっ」

 

「鉄拳のユリ先生ですものね。」

 

「ボ、ボクはそんなに怒りませんよ……!! 違いますからね! モモンガ様。」

 

 ペストーニャとニグレドがからかうと顔を真っ赤にしてユリが反論する。

 

「はははっ、私もユリの鉄拳で拳骨されないように気をつけなくてはな。」

 

「も~~~! モモンガ様まで!」

 

「「ふふふふっっ」」「ははははっっ」

 

 

 そんなこんなもありつつ、3人はあの子がどうだったとか、この子がイタズラしていたとか、孤児院を卒院した子が立派になって会いにきてくれたとか、孤児院の運営にあてて欲しいって寄付してくれた時は本当に嬉しかったとか、色々な話を聞けた。

 

 本当にやってみてよかった。

 

 

「っと、もうこんな時間か。すまないが、他のNPCの所にも顔を出しておきたいのでな。

 そろそろ失礼するよ。」

 

 俺は用意してくれた紅茶を飲み干して席を立つ。

 

「はい。今日はボク達の話を聞いて下さり有難う御座います。」

 

「私達の孤児院か学校にも顔を出して下さりますと嬉しいです――――わんっ!」

 

「私達に更なる幸せを与えてくださって、感謝の気持ちを言い表せないほどの経験をさせて頂いております。」

 

「喜んでくれているのなら、実施した甲斐があったよ。」

 

 席を離れる俺に、3人も席を立ち深々と頭を下げて俺を送ってくれた。

 

 

 

(デミウルゴス達みたく悪と言える事もやり、ユリ達みたく善といえる事もやる。

 清濁併せ呑んでこそ、本当の統治なのかもしれないな。)

 

 

 

 

【シズ、オーレオール】

 

 会場の隅の方にシズと末妹のオーレオールが居る事に俺は気が付いた。

 シャンデリアの光も十分には届かず、他の場所よりは少し薄暗い感じだ。

 

(どうしたのだろうか? 上手く溶け込めないのか?)

 

 気になったので俺はそちらに向かう。

 出来るだけみんなに楽しんで欲しいからな。

 

「やあ、シズ、オーレオール。ここで何かしているのかい?」

 

「モモンガ様…………こんばんは。」

 

「ご機嫌麗しゅう、モモンガ様。

 私はここで皆様を見ております。」

 

「私はお姉ちゃんだから、オーレオールについていてあげてる……」

 

「ふふっ、ありがとう。シズお姉様。」

 

「うん……お姉ちゃんだから当たり前」

 

 なるほど、敢えてここに居るみたいだ。

 ここからだと会場がよく見渡せる。

 皆が思い思いに談笑しているのがよく分かる。

 

「ここからだと、眺めがいいな。」

 

「はい。皆様の様子が見られてとても楽しいです。

 特にユリお姉さまのとこr……あら、何でも御座いませんわ。」

 

(? 何故言葉を濁すのだろうか? ユリとは姉妹なのだから構わないだろうに……。

 あぁ、シズが付いていてくれている手前、気を使っているのかな? 優しい娘だ)

 

 料理もしっかり食べているようだし、この場所が気に入って居るだけなのかもな。

 

「では私も少しの間だが御一緒してもいいかな?」

 

「はい、楽しい会話は出来ないかもしれませんが、努めさせて頂きます」

 

「私も……話題作りは……ニガテ」

 

「いや、私も少し静かな雰囲気に浸りたいのでな。

 気にしなくともよい。」

 

 接待させたいわけじゃないからな。

 二人が此処で何を感じているのか、欠片でもわかれば俺にとっては収穫だ。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 本当に特に会話もなく、食事しつつ皆を見ているだけだ。

 ただそれでも、視界に入る皆の笑顔を見ているだけで、それで十分な位だ。

 

(あぁ、イカンイカン。このままだと足に根がはってしまいそうだ。)

 

「シズ、オーレオール。私はそろそろ行くよ。このままでは足に根が張ってしまいそうだ。」

 

 俺は肩をすくめて楽しかったがやむを得ないという感じを出す。

 それを二人も分かってくれたようで。

 

「私もモモンガ様と同じ時を過ごせて楽しかったです。ね、シズお姉さま」

 

「うん……また、モモンガ様と一緒……」

 

「あぁ、そうだな。それでは、またな。」

 

 手を振って見送ってくれる二人――――

 

(ん?)

 

 オーレオールは普通に小さく手を振っているが、

 シズは肘を支点にメトロノームの様に手を振っていた。

 

(ふふっ、オートマトンの特性を活かした芸当だな。)

 

 シズは中々芸が細かいんだなと思いつつ、ラストの席へ向かう。

 

 

 

 

 

【アルベド、エントマ、ハムスケ、恐怖公】

 

「これはまた、珍しい組み合わせだな?」

 

「ようこそおいで下さいました。モモンガ様」

 

「モグモグモグ…………こんばんわですぅ~モモンガ様。カリカリカリ…………」

 

「もぐもぐ……殿ぉ~~!!! もの凄い美味しいでござる!! もぐもぐもぐ…………」

 

「これはこれはモモンガ様。ご機嫌麗しゅう御座います」

 

 アルベドはワインで口を湿らせつつ、今朝の事が嘘のように優雅な雰囲気だ。

 エントマと……ハムスケは…………よく食べてるな。エントマは、恐怖公の眷属も時折食べてないか??

 恐怖公は、やっぱりどうやって腰を曲げてるんだろうな?

 

 

「今行っておりますのは、アルベド嬢に淑女となるための特訓で――――」

 

(え? アルベドが!? あ、いや……普段はしっかりしてるからな。失礼失礼)

 

「はい。シャルティアに唆されたとは言え、はしたない事をしてしまい……」

 

「そうですよアルベド嬢。モモンガ様はお優しく誠実なお方。

 あのような失態を繰り返していては、貴女の思いが届く日は限りなく遠いでしょう。

 であるならば、貴女がモモンガ様に釣り合うような淑女にならなければいけません。

 今までの事から察するに、モモンガ様は馬乗りになって来るような超肉食系女子はタイプでは無いと見受けられます。」

 

「えぇ。わたくしは心を入れ替えましたわ。

 『じょしりょく』? なるモノを磨いて、いずれはバイコーンに乗れる様に……」

 

「そういう所がイケナイのですよ……アルベド嬢……」

 

 恐怖公は器用にこめかみを押さえる。

 たしか、バイコーンの騎乗条件は…………『非処女』だったはず…………。

 それに乗れるようにという事は…………そういうことなのだろう。

 やっぱりアルベドはアルベドだな。

 

 なんとなくだが少し安心した。

 

「殿ぉ~~美味しすぎてとまらないでござるよ~~!」

 

 ほお袋いっぱいに食べ物を詰め込んだハムスケは、非常に面白い顔になっていた。

 

「そんなに溜め込んでも、タネみたいな保存食じゃないからな?」

 

「大丈夫でござる! ほお袋に詰め込んでいるのは、保存食でござるよ!

 ――――と、殿ぉ! ほっぺた押さないで欲しいでござる! でちゃうでござるよ!」

 

(そういえば、ハムスケは――――)

 

「以前ナザリックで迷子になったときに恐怖公の眷属が道案内してくれたと言ってたな。ハムスケがここに居るのは、それ繋がりか?」

 

「そうでござるよ! あれ以来、恐怖公とも仲良しでござる!」

 

「ハムスケ嬢にも、もう少し落ち着きというものを兼ね備えて頂きたいものですが、これが中々に難しく。」

 

 ふぅ……と恐怖公は溜息をつく。

 

「わたしはぁ~、ここに居るとメイド達がいっぱい料理を運んでくれるからとぉ~。

 恐怖公の眷属をたべたいからですぅ~~。カリカリカリ…………」

 

(あぁ……やっぱり。)

 

 

「むほぉ……!! く、苦しいでござる……」

 

「どうした!? ハムスケ!」

 

 ごろんと仰向けになり、おなかを手で押さえようとするが届かない。

 

「た、食べ過ぎたでござるよ…………殿ぉ~~~」

 

「それだけ腹が膨らむほど食べれば、そりゃそうだろうな…………」

 

「仕方が御座いませんね、わたくしめがハムスケ嬢を医務室へお運びいたします。」

 

 恐怖公は眷属を呼び、ハムスケを担がせてパーティー会場から出て行く。

 眷族を食べながら、その後を追ってエントマも一緒に出て行く。

 

(食いしん坊かっ!!)

 

 

 

 

 必然、アルベドだけが残されるわけだが……。

 

「モモンガ様、少しお疲れでは御座いませんか?

 そうであるのでしたら、そちらのソファーで少し休まれては如何でしょうか。」

 

 アルベドが指す先には誰も座っていない大き目のソファーが用意されていた。

 疲れているわけではないが、折角の好意だと俺はアルベドの提案を受け入れる事にした。

 

「ほぅ。中々いい席だな。」

 

 オーレオール達が居た場所よりも、更に周りが見渡せて此処から全員の表情が分かる。

 

「はい。お気に召して頂けましたでしょうか?」

 

「ああ。実に気に入ったよ。」

 

 ふむ、流れ的にアルベドが用意させたものなのだろう。

 こういう気配りが出来るのも彼女のいいところだ。

 

 アルベドはソファーには座らず、俺の少し斜め右前に立って控えている。

 いつもなら後ろに控えているところだが、全員を視界に移したい俺の気持ちを汲んでいるのだろう。

 

 

(やっぱり、パーティを開催してよかったな。)

 

 

 皆が乗り気になってくれるか不安はあったが、杞憂ですんだし。

 なにより、いつも働きっ放しのNPC達に楽しい時間を過ごしてほしかった。

 それを見られる事がこれ程に幸せとはな。

 

 

 

「ふふっ、『皆も』メリークリスマスだ」

 

 

 

「? どうかなさいましたか?」

 

 優しい笑顔で振り返るアルベドに――――

 

「いや、なんでもないさ。」

 

 俺も笑って答える――――

 

 

 

 

 まだまだパーティーは続いていく――――

 

 

 

 

 




一部、出ないキャラが居るのは申し訳ない。
アウラ、マーレは昨日メインはっちゃいましたしね。
あと、時間がなかった……

ヴィクティムは――――スマン。


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06. シャルティアのしこり

●メインキャスト
パンドラズ・アクター
シャルティア

モモンガ以外のキャラクターを最初に書いておこうと思います。
導入にはいいかなと思いますがどうでしょう?



 

―――― ナザリック(モモンガの執務室)

 

「モモンガ様、シャルティア様とパンドラズ・アクター様が参られました。」

 

「うむ、通してくれ。」

 

 モモンガ当番のシクススがシャルティア達を迎えるために扉の方へ向かう。

 

「シクススよ、私は今日も出かけてくる。

 帰りは夜になるだろう。それまでは自由に――――」「嫌です♡」

 

「うむ、そうか――――」

 

 今日も笑顔で喰い気味に拒絶されてしまった。

 

(なんだか、拒否されてもヘコたれないメンタルの訓練をしてる気がしてきたぞ!)

 

 そんな事を考えているうちに、シクススは二人を部屋に招き入れていた。

 

 

 

「二人とも来たようだな。マーレは忙しい身だから現地で合流する事となってい――――」

 

「モモンガさまぁ――――!! 愛しのシャルティアでありんすぅ――――♡♡」

 

 シャルティアが俺に抱き付こうとするが、俺はシャルティアの頭を手で押さえる。

 身長差が大きいのでシャルティアは俺に抱きつく事が出来ずに手をジタバタさせている。

 

「あぁ~~ん♡ モモンガさまぁ~いけずでありんすぅ~~。

 ――――はっ! もしかして、これはお預けプレイっ!?

 届きそうで届かない……わたくしの心はモモンガ様に弄ばれていんす♡♡

 なんという快感でありんすっ!!」

 

 ここでシャルティアの頭を押さえている手をどければ抱きついてくるから、どかす事は出来ない。

 しかしプレイをしているつもりは無い……。シクススも羨ましそうに見ているし――――

 

(えっ!? 羨ましいの!?

 はぁ……やっぱり大丈夫かなぁ…………。)

 

 俺は視線をパンドラズ・アクターに向ける。

 あいつのハニワの様な表情は殆ど動く事はないが、自分が作ったからだろうか微笑んでいるだろう事は推測できる。

 

 そして昨日の夜の事を思い出す――――

 

 

 

―――― 昨晩のナザリック(モモンガの執務室)

 

「モモンガ様、パンドラズ・アクター様が御相談したい事があると参られました。」

 

 本日のモモンガ当番はフィースだ。

 

「うむ、通してくれ。

 あぁ、そうだ。今日はよく働いてくれたからな。明日はゆっくり羽を――――」「嫌です♡」

 

「そうか。」

 

(うん、眩しい笑顔だ。これは引き下がるしかないな。)

 

 

 

「よく来たパンドラズ・アクター。なにやら相談があるとのことだが?」

 

「ハイ!ソウダンデス!」

 

「うん、ギャグは要らないぞ。

 用というのは何かの案件でトラブルでも発生したかな?」

 

「アッハイ。

 ではなく、トラブルは御座いませんし、新たに僕が必要という事もありません。」

 

 パンドラズ・アクター案件にトラブルが無いという事は、他のメンバーで何かあったか?

 こいつは周囲をよく見ているからな、誰かがトラブルを抱えかけているという事だろうか?

 そんな設定にした覚えはないのだが、パンドラズ・アクターは和を重んじる様な傾向がある。

 

 

「ふむ、では一体?」

 

「はい、シャルティア嬢のことです。

 何故、モモンガ様はシャルティア嬢に仕事を御与えにならないので?

 ナザリックの仕事ではなく、外に出る仕事でです。」

 

 そういえばそうだったな。

 だが、シャルティアはナザリック防衛という我が家を護る重大な任を与えている。

 総合戦闘力が最も優れているシャルティアだから任せられることだ。

 

「今は他の守護者も外に出ている事が多い。だからこそシャルティアには防衛の任を最優先してもらいたいのだ。」

 

 

 

 此処を失えば俺は『全て』を失う。

 

 

 

「だと、してもです。

 シャルティア嬢は目先の利益に流され易い性格をしています。

 ザイトルクワエの時も、モモンガ様に給料を貰うことになったときも、演劇の練習をした時も。」

 

 確かにザイトルクワエの時は真っ先に手柄を取りに行ってアウラとコキュートスとも揉めてたし、

 給料を与えようとしたときはアルベドの計にハマって自滅していたし、

 演劇の練習をした時もカルカンを使ってアウラを買収しようとして逆に告発されてたし。

 

(添い寝権? 悪いけどあの辺りは全部却下させて貰った。

 

 結構欲に目がくらんでるな。ペロロンチーノさんってそうだったっけ?)

 

 

 

『いやぁ……昨日発売したエロゲ、一目見てパケ買いしちゃったんだけど……ハァ……』

 

『まさか?』

 

『そうなんですよ……。ヒロインの一人が姉貴が声を当ててて……。』

 

『あー……それは……ご愁傷様です。』

 

『はい…………』

 

 

 

(ペロロンチーノさんも結構そんな感じだったな……)

 

 友人を懐かしみつつ、目の前のパンドラズ・アクターに向き直る。

 

「シャルティア嬢は洗脳された時の失敗が、未だ何処で引っかかっている様です。

 それ故に今回も自分は不適格だから外されたと思い込んでいる。そう感じるのです。」

 

「そんな事は決して無いぞ。」

 

「ですが、その想いはシャルティア嬢には伝わってはおりません。」

 

「む…………」

 

 確かに状況だけ考えればそう思うのも無理はないか。

 統治関連での各員の状況は以下の通りだ。

 

 アルベド:石材確保、帝国業務関連のサポート、計画立案

 デミウルゴス:街道敷設、計画立案

 アウラ:木材確保、トブの大森林の手入れ、●●●、●●

 マーレ:木材確保、トブの大森林の手入れ、街道敷設、開拓村建設のサポート、開墾のサポート、●●●●

 コキュートス:石材確保、●●

 シャルティア:なし

 パンドラズ・アクター:各貴族との商売、開拓村建設

 セバス:帝国業務関連のサポート、帝国にある屋敷で働くメイド達の教育

 

 プレイアデスはオーレオールを除いて、各員のサポートにあたっている。

 確かにシャルティアだけのけ者にされていると思い込まれても仕方ないかもしれない。

 

 

「ナザリックの防衛に関しては、ルベド、オーレオール、ニグレド、その配下達が居ります。

 戦力的には守護者達が戻ってくる時間を十分に稼ぐ事は可能です。

 それにデミウルゴス殿もアルベド嬢も、このあたりにナザリックを落とせるだけの存在はいないと判断されております。」

 

 

(そうだな。皆の事を信じなければな。)

 

 

「わかった。であれば明日の開拓村の建設開始と開墾の作業にシャルティアを充てよう。」

 

「はい。ありがとうございます。」

 

「こちらこそだ、パンドラズ・アクター。

 本来、シャルティアの事は私が気付かなければならない事。」

 

「それはどうでしょうか?」

 

「ん?」

 

「シャルティア嬢はモモンガ様の前では平気であろうと振る舞うでしょう。

 こういう場合は、同僚である我々の方が気付き易いものです。

 我々が揃ってのナザリックです。独りで背負い込む必要は御座いません。」

 

 

「フフフ、そうだな。

 ほどほどに皆に頼るとしようかな?」

 

 

 大分皆には苦労をかけていると思うが、どこかで自分で解決しなければという想いが何処かにあったのだろうな。

 

 

「ええ。存分に。

 モモンガ様が道を外れそうになったときは、しっかりと諫言を申し上げますので。」

 

 

「ああ。頼むぞ」

 

 

 と、自分でも結構いい話だと思ったのだが――――

 

 

―――― ナザリック(モモンガの執務室)

 

 暴走するシャルティアを見ていると、本当に大丈夫だろうかと不安になってくる。

 だが、シャルティアがこんなにもはっちゃけているのは、空元気なのかもしれないな。

 

「さて、そろそろ遊びの時間は終わりだぞシャルティア。」

 

「はい! でありんす!」

 

 もっとゴネるかと思ったが意外にすんなりだ。

 

 

「今日はマーレとデミウルゴスが敷設した――――」

 

 

 



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