不思議の墳墓のネム (まがお)
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番外編 パンドラの箱


時系列や本編との繋がりもあんまり考えていない、完全な番外編です。
ネムよりもモモンガの方がメインとなっています。


 モモンガとナザリックがこの世界に転移してから何百年という年月が経過した。

 この先もナザリックはあり続け、この世界は永遠に続く――

 ――誰もがその事に疑問を思っていなかったが、突如として世界は崩壊の危機を迎える。

 

 

「……我はついに蘇った。今度こそ我が悲願、叶えさせてもらおう!!」

 

 

 かつて最初にこの世界の理を穢した元凶。

 竜王(ドラゴンロード)を超える最強の竜――竜帝が蘇り、この世界に牙を剥いた。

 竜帝はこの世界に生きる、ありとあらゆる生物の魂を無差別に喰らい、自然すらも破壊しながらその力を日に日に増していった。

 竜帝の目的はこの世界を喰らい尽くし、蓄えた魂を使って新たな世界へ渡る力を手に入れる事。

 

 

「このままではこの世界ごとナザリックが滅ぶか…… 皆よ、竜退治に出掛けるぞ。アインズ・ウール・ゴウンの栄光と存続を懸けた、大冒険の始まりだ!!――」

 

 

 それを知ったモモンガはナザリックの総力をかけて挑んだ。

 しかし、どれ程の数を揃えようが、召喚したモンスター共々NPC達はほぼ一撃でやられてしまった。

 そしてモモンガと共に最後まで戦った守護者達も、尽くが竜帝の力の前に敗れ去っていく。

 この世界の真なる竜王達が使う恐るべき魔法――始原の魔法(ワイルドマジック)

 それすらも超えた竜帝の使う魔法――世界魔法(ワールドマジック)

 世界魔法の唯一の使い手である竜帝には、ナザリックのレベル百のNPCが力を合わせても手も足も出なかった。

 

 

「くっ、ここまでか……」

 

「お前を守る者はもういない。終わりだ、ぷれいやー」

 

 

 全身の骨が砕け、地に伏したモモンガを見下ろす巨体。

 抵抗する術を失ったモモンガの眼前に、竜帝のトドメの一撃が迫る。

 並の魔法では防御も出来ない全属性複合ブレス――モモンガは避けることも出来ず、その破壊の奔流に呑み込まれた。

 

 

 

 

 明るいような、暗いような不思議な感覚。

 自分が立っているのか、浮かんでいるのか、天地すらもあやふやな世界。

 

 ――モモンガ、モモンガ……

 

 自分の事を呼ぶ懐かしい声が聞こえる。

 閉じる瞼などなかったはずだが、それを開くように意識すると、途端に目の前の光景が鮮明になった。

 

 

「――君は…… ネム、なのか?」

 

「そうだよ。一緒に沢山遊んだモモンガの友達――ネム・エモットだよ」

 

 

 自分の目の前でニコニコと笑っているのは、少女の姿をしたネム。

 どういう事だろうか。彼女はとうの昔に天寿を全うしたはずだ。

 だが、今見ているこの姿は、自分とネムが初めて出会った時のままだ。

 

 

「俺もいますよー、モモンガさん」

 

「ペロロンチーノさん!? 貴方までいるんですか!?」

 

 

 そしてその横から現れたのは、黄金の鎧を纏ったバードマン。

 ギルドメンバーのペロロンチーノだった。

 

 

「幼女がいるんだから俺がいるに決まってるじゃないですか」

 

「ペロロンチーノという理由だけで押し通すのやめて貰えます?」

 

「モモンガさん、褒めたって何も出ませんよ。あっ、エロゲなら貸しますけど?」

 

「……ふふっ、相変わらずですね、ペロロンチーノさん」

 

「俺はいつだって『エロゲーイズマイライフ』ですから!! それより、ネムちゃんが話したい事あるみたいなんで、俺は少し黙ってますね」

 

 

 自分の記憶と完全に一致するペロロンチーノの挙動と言動。

 本当に懐かしいやり取りをした後、待っててくれていたネムに向き直る。

 

 

「久しぶりだね、モモンガ」

 

「ネム…… あぁ、本当に久しぶりだ。何百年ぶりかな…… ここは死後の世界なのか?」

 

 

 死んだはずのネムがいる。何故かあの頃の装備を着けたペロロンチーノがいる。

 その二つの理由から、少しだけ確信を持って問いかけた。

 

 

「さぁ? もしかしたら、ここはモモンガの見てる夢かもしれないよ」

 

 

 しかし、ネムは可愛らしく首を傾げるだけだった。

 ネムが子供の姿でいるのだから、確かにそうかもしれない。

 どちらにしろ今の自分には確かめようもない。そしてその必要もない。

 

 

「モモンガはどうしてここに?」

 

「……私は竜帝と戦って、最後の一撃をくらって死んだ――はずだ……」

 

「モモンガは消えちゃうの?」

 

「さぁ、今の私はどうなっているんだろうな? でも、こうして久しぶりに友達に、ネムに会えたんだ。こんな終わりも悪くない……」

 

 

 本当に心からそう思う。

 自分は随分と長く生きた。アンデッドに生きるという表現が適切かは怪しいが、確かに自分はあの世界を何百年と冒険し続けた。

 良い奴もいれば悪い奴もいた。面白い奴も、面倒な奴もいた。そんな出会いと別れを繰り返しながら、NPCと協力してナザリックも維持し続けた。

 ――本当に楽しかったんだ。

 そんな自分が友が生きていた世界のために戦い、最後にかつての友と再会できたのだ。

 確かに負けたのは悔しいが、自分にとってこれ以上ない程贅沢な終わりだろう。

 

 

「それでいいの?」

 

「いいも何も、私はもう負けたんだ。無理だったんだよ」

 

 

 何かを確かめるように、懐かしい瞳が自分を見つめている。

 

 

「私はもう本気で戦った。私の魔法では竜帝を倒せない。どう足掻いても奴に勝つ事は出来ないんだよ」

 

「モモンガなら出来るよ」

 

「無理だ」

 

「出来るもん」

 

「無理なんだよ。ワールドエネミーに一人で挑むようなものだ。最初から勝てる可能性なんかなかったんだ」

 

 

 そうだ。奴は強すぎた。

 レベル百のプレイヤーが三十六人いても、勝てるかどうか怪しい。

 まさに世界級と言うべき強さだった。

 

 

「出来るもん!! 負けたならもう一回挑めばいいんだよ。それに一度負けたからって、次も負けるとは限らないよ!!」

 

「……くっくく、あははははっ!!」

 

「もう、笑っちゃ駄目だよ!! ……あははははっ!!」

 

 

 ネムも自分と同じ事を思い出したのか、二人して自然と笑いが溢れてしまった。

 

 

「ああ、懐かしいなぁ。でも、ごめんな。いくらネムに言われても、今回ばかりは無理だ」

 

 

 ――あー、俺も幼女に応援されたいだけの人生だった……

 おい、ペロロンチーノ。黙ってるんじゃなかったのか。

 そう自分の喉元まで出かかったツッコミを、ネムとの会話に集中して無理やりに飲み込んだ。

 

 

「むぅ、前はこれで頑張ってくれたのに……」

 

「残念だったな。私に同じ手は二度通用しないぞ」

 

 

 頬を膨らますネムの頭をそっと撫でた。

 あぁ、彼女と話す時間はいつも癒される。過度に気を使う必要もなく、居心地がいい。

 年齢に関係なく、やっぱり自分にはもったいない程の良い友達だ。

 ついでにペロロンチーノもいい友達だ。

 

 

「じゃあ特別に、今回だけ私がタレントでモモンガを助けてあげる」

 

「ネムにそんなタレントはないだろう?」

 

「いいからいいから。うーん、むむむ……えーいっ!! はい、これでモモンガに勝つ可能性が生まれたよ!!」

 

 

 ネムは突然体をギュッと縮め、それを解放するように自分に両手を伸ばしてきた。

 可愛らしい動きだが、特に何かが起こった訳でもない。

 

 

「おいおい、流石に……」

 

「可愛いは正義ですよ。この子が勝てると言ったら勝てるんです」

 

 

 キリッとした雰囲気を醸し出したペロロンチーノが、突然会話に乱入してきた。

 一点の曇りもない瞳で、この世界の真実を告げるように断言してくる。

 

 

「これで本当に勝てたらチートだな」

 

 

 何も変わった気がしない。でも何故だろう。

 もう一度だけやってみようと、立ち上がる気力が湧いてきた。

 

 

「そうだよ、ちーとだよ。タレントっていうのは何でもありだからね。私のタレントは『どんな可能性でも作り出せる』能力だよ」

 

「あっはっは!! つまりは不可能を可能にするって事か。ンフィーレアに負けず劣らずのチート能力じゃないか。ある意味超えているな」

 

「あくまで可能性だけどね。でも、だから私は夢の中でモモンガに会えた。だから私はモモンガとまた再会できた…… 私のタレント、間違ってないでしょ?」

 

「ああ、全くだ。ネムの考えは凄いな」

 

「えっへん。凄いでしょ。私の力はちーとなんだよ」

 

 

 その昔、自分がネムに教えた言葉を嬉しそうに連呼してくる。

 これは死ぬ間際に見ている走馬灯。もしくは既に死んだ自分が作り出した妄想かもしれない。

 自分が会いたかった友人達。彼らが優しく自分に語りかけてくる。

 ――あぁ、なんて都合の良い夢なんだろう。

 ネムがそんな生まれながらの異能(タレント)なんて持っていなかった事は知っている。

 でも、友達が背中を押してくれた事に違いはない。

 

 

「モモンガさん、イメージするのは常に最高の結末です。俺、バッドエンドとかより断然ハッピーエンド派なんですよ。バッドルートとかもプレイしますし、駄目じゃないんですけど、女の子が酷い目に遭うのは――」

 

「ペロロンチーノさん、もういいです。分かりましたから。」

 

 

 本当にどんな場所でもペロロンチーノは変わらない。いつも場を和ませようとしてくれる。

 

 

「はぁ、諦めていたのが馬鹿らしくなりましたよ…… ありがとう、ペロロンチーノさん」

 

「どういたしまして。頑張ってください、モモンガさん」

 

 

 偶に失敗して、姉であるぶくぶく茶釜さんに激怒されていたけど。

 自分にとってはそんな彼の姿も良い思い出だ。

 

 

「ネム…… 俺、もう一度だけ頑張ってみるよ」

 

「うん。頑張れ、モモンガ――」

 

 

 友達からこれだけの激励を受けたんだ。

 

 ――夢が覚めても、たとえ世界が違っても…… 私達は、ずっとモモンガの友達だよ。

 

 勝負を諦めて蘇生拒否などしていられない。

 もう一度やれるだけやってみよう――否、友達が出来ると期待する『モモンガ』に、敗北はありえない。そうだろう、ネム。

 さぁ、奴との決着をつけに行こうか――

 

 

 

 

 竜帝のブレスにより全てが消え去ったはずの大地。

 一度消滅したはずのモモンガは、その中心で再び立ち上がった。

 

 

「自動での蘇生…… アイテムか何かの効果か?」

 

 

 竜帝はモモンガが復活した事に対して首を傾げたが、大して驚いてはいない。

 他のプレイヤーから情報を得たのか、それとも似た効果のアイテムを知っていたのか。

 どちらにせよモモンガが復活した事は、竜帝にとって想定の範囲内だった。

 

 

「蘇ったところでどうするつもりだ? 過去のあいつらと違い、世界を冠する力を持たぬお前では、ぷれいやーと言えど我に勝つ可能性は皆無だ」

 

「随分とこちらの事情に詳しいじゃないか。確かに私にそんな職業(クラス)はない。だが、まだ手はある」

 

「ふむ、超位魔法でも使うのか? たとえ位階魔法を超えた力であろうとも、世界に干渉する事は出来ん。それにわーるどアイテムであろうとも、世界からの加護を持つ我には効かんぞ」

 

 

 竜帝はかつての経験から、プレイヤーの使う手口が粗方分かっていた。

 それ故に慢心とも取れる態度を崩さない。

 

 

「ふふっ…… クソ運営もふざけたアイテムを作った挙句に『世界の可能性はそんなに小さくない』とか言いきってたな……」

 

「お前何を…… この状況で何故笑える?」

 

「ふんっ、世界の加護だと? 笑うに決まっているだろう」

 

「世界の力を操る我に対抗する術など、お前にはないはずだが?」

 

 

 竜帝はモモンガを完全に圧倒して倒した。確かに一度は殺したのだ。

 しかし、何故か負けたはずのモモンガに諦めた様子が見えない。死ぬ前に見せた絶望の雰囲気がなくなっているのだ。

 先ほどまで死んでいたモモンガの余裕の理由が分からず、竜帝は僅かに苛立ちを見せる。

 

 

「今の私には友の加護がある。たかが世界如きに――私の友がくれた可能性が、負けるはずがない!!」

 

 

 だがその苛立ちも直ぐになくなる。

 竜帝には今のモモンガの言葉が、ただの虚勢にしか感じられなかった。

 

 

「くははははっ、死の恐怖でとうとう狂ったか。ぷれいやーよ、長きにわたって強者であり続けたお前は、いつの間にか自分に敗北はないと驕っていたのではないか?」

 

「私は驕ってなどいないさ…… 俺は今も昔もこれからも、何一つ変わらない」

 

「本気で言っているとしたら、とんだ思い上がりだな。そんな虚勢で我に勝てるなど、まったく無駄な事を……」

 

「本当に無駄かどうか、虚勢かどうか…… この魔法を見てから言うんだな!!」

 

 

 眼窩に赤黒い光を灯しながら、モモンガは竜帝に勝つための方法を考えていた。僅かでもいい、勝てる可能性がある手段を。

 モモンガ玉を使っても、恐らく同じ世界級(ワールド)アイテムを持つ竜帝には通用しない。

 たとえ〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉で相手の弱体化を願っても、世界の加護とやらに守られた竜王にはきっと弾かれる。

 だから竜帝に勝てる可能性を、自分が一番に信じるものを願う――

 

 

 

俺は願う(I WISH)!!――友よ、俺に力を貸してくれ!!」

 

 

 かつて自分のボーナスを全て課金に注ぎ込み、やっとの思いで手に入れた超々レアアイテム。

 流れ星の指輪(シューティングスター)を使い、モモンガは超位魔法〈星に願いを〉を発動させた。

 

 

「……」

 

「どうやらお前の最後の手段は不発に終わったようだな」

 

 

 巨大な立体魔法陣が現れ、それが光り輝き弾けた後――何も変化は起きなかった。

 竜帝はそれを見て僅かながら落胆し、モモンガを再び葬ろうと大きく息を吸い込む。

 

 

「今度こそ終わりだ、ぷれいやー」

 

「……これを使うなら、詠唱は必須って言ってましたよね――」

 

 

 モモンガを一度は消滅させた、竜帝の恐るべき全属性複合ブレス。

 その一撃がモモンガを再び呑み込もうとし――

 

 

「――弱者の嘆きよ。理不尽に抗う意思よ。世界に変革をもたらす決意よ…… 我が友の奥義となりて、世界を壊す力をここに顕現せよ!!――」

 

 

 ――〈大災厄(グランドカタストロフ)

 

 

 モモンガから放たれたのは、純然たる破壊のエネルギー。憎悪によって形作られ、呪詛が物理的な現象を伴うほどに凝縮された力とでも言うべきもの。

 その純粋にして膨大な力は竜帝のブレスを撃ち破り、そのまま竜帝の肉体を破壊の渦に巻き込んだ。

 

 

「ぐがぁぁあぁっ!? ……ぐっ、我のブレスが押し負けただと!? いや、その力はまさかっ!?」

 

「どうした。まだ終わりじゃないだろう?」

 

 

 モモンガの放つ覇気に竜帝は僅かに後ずさり、自身のとったその行為に怒りが吹き出した。

 ダメージは確かに大きいが、それだけだ。まだまだ致命傷には程遠い。

 竜帝は自らを奮い立たせ、不快な感情を吐き出すように切り札を切った。

 

 

「我のブレスを破ったくらいでいい気になるなよ…… 本気の力を見せてやる!! 世界魔法〈天地破壊撃(ワールドブラスト)〉!!」

 

 

 それは世界を破壊するかの如き魔法。

 その名が示す通り、天も地も破壊し尽くす事が出来る究極の一撃。

 その莫大なエネルギーは球状に圧縮され、モモンガという個に向けて放たれた――

 

 

「正義降臨――〈次元断層〉」

 

 

 ――だが、モモンガはその一撃に対して、腕を振るっただけで防いだ。

 全てを破壊し尽くすはずの球体は、モモンガを一切傷付けられず、次元の彼方へ消えたように消滅した。

 

 

「そんな馬鹿な!? あの一撃は我の最大攻撃だぞ!! ふ、不可能だ、防げるはずがない!!」

 

「不可能か…… 私はそんな不可能をやってのける人を知っているよ。そして可能性があるならば、今の私に出来ない道理はない」

 

 

 絶対破壊の一撃を防いだモモンガは、ゆっくりと竜帝に近づいていった。

 狼狽る竜帝に対して、まるで何事もなかったかのように静かに歩いていく。

 そして、竜帝の巨体に向けて、何も持っていないはずの両腕を構える。

 

 

「誰かが困っていたら、助けるのは当たり前…… 私には真似できませんよ。――仲間の敵が私にとっての悪だ。友情こそが私の正義だ!!――」

 

 

 ――〈次元断切(ワールドブレイク)

 

 

 真っ直ぐに振り下ろされたモモンガの両腕。

 竜帝にはモモンガが振るった手の中に、確かに一振りの剣が見えた――

 ――その瞬間、竜帝の世界がズレた。

 次元を切り裂く一撃は、強靭な耐久力を持つ竜帝の体に特大の裂傷を与えた。

 竜帝の巨体から血が間欠泉のように吹き出し、体を支えきれなくなって崩れ落ちる。

 

 

「――かはっ…… 何故、お前がその力を使える!? それは世界を冠する力を持つ者だけの技だ!! それを二つもだと!? ありえん、絶対にありえん!!」

 

 

 竜帝は血を吐きながら、自分に起こった現実を受け入れられずに叫ぶ。

 モモンガを常に見下ろしていた頭は地に落ち、戦いの中で初めて二人の視線が同じになった。

 

 

「答えを教えてやろう。課金アイ――友情パワーだよ!!」

 

「ふ、ふざけるなぁぁぁ!!」

 

 

 罵声を浴びせながらも竜帝は勝つ事を諦めず、残った力を集めて体の傷を再生させようとしていた。

 竜というのはどんな生物よりも頑丈で、生命力が高くしぶとい生き物だ。

 竜帝は自身の持つ能力を考えれば、一分もあればとりあえず肉体の血は止まるはず。それから反撃をすれば良いと考える。

 しかし、その前にモモンガは動き出した。

 

 

「私のMPも限界が近い…… これが私の最後の魔法だ――〈あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)〉〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉」

 

 

 モモンガは両腕を大きく広げ、自身の奥の手――即死魔法を強化する特殊技術(スキル)を発動させる。

 するとモモンガの背後には巨大な時計が現れた。

 そして、その時計の上には、薄らと少女の姿が――

 

 

『――いーち、にーい、さーん、よーん、――』

 

 

 時計の針が一つずつ進むのに合わせ、少女は勝利へのカウントダウンを刻む。

 モモンガにこの声は届かない。それでも少女は友達の姿を見守り、その勝利を信じている。

 

 

『――じゅーう、じゅういち…… やっちゃえ、モモンガ!!』

 

「竜帝よ、これで終わりだぁ!!」

 

 

 時計の針が回り切り、十二のカウントダウンが終わった時、モモンガは大きく広げた両腕を閉じようとする。

 その腕の中にあるのは――魔法の効果で竜帝の本物の心臓とリンクした――特大の心臓。

 それを押し潰そうと、モモンガは渾身の力を込めた。

 

 

「ぐぅぅぅうっ!! 我が、負けるはずがぁぁぁあ!!」

 

 

 しかし、竜帝の最後の抵抗により、その心臓を押し潰す事が出来ない。

 

 

「くっ…… このスキルで強化しても、抵抗されるのか!!」

 

 

 ――即死判定が失敗する。

 モモンガがそう思った時、誰かがその腕を支えてくれた。

 

 ――モモンガさん……

 ――ギルマス……

 ――モモンガお兄ちゃん……

 

 モモンガに力を貸すように、沢山の手が、触手が――様々な異形種達がモモンガの周りに集まった。

 

 

『モモンガ、お友達のみんなが手伝ってくれるよ。あと一押し、頑張れ――』

 

 

 そして小さな子供の声が、モモンガには聞こえた気がした。

 本当に声が聞こえた訳じゃない。

 本当に姿が見えた訳でもない。

 それでもモモンガは、確かに仲間の存在を感じる。

 

 

「みなさん…… 力をお借りします!!」

 

 

 モモンガは最後の力を振り絞るように、再び心臓に力を込めた。

 そして友の幻影と力を合わせ、竜帝の心臓を一気に押し潰した――

 

 

「――がはっ!? ……なぜ、この我が……たった一人の、ぷれいやー程度、に――」

 

「……一人ではない。たとえ住む世界が違っても、どれほど昔であっても…… 死して尚、私の友でいてくれた者達が力を貸してくれた」

 

 

 モモンガは既に事切れている竜帝に答えた。

 最後まで仲間もおらず、たった独りで野望のために戦い続けた竜帝に。

 

 

「貴様は私にではなく、私の友との絆の前に敗れたのだ――」

 

 

 こうして、世界を滅ぼそうとした竜帝との戦いは終わった。

 ナザリックの最高支配者。生と死を超越した至高なる存在。

 我が創造主モモンガ様によって世界は救われた――

 

 

 

 

「――という物語を作ってみたのですが、如何でしょう?」

 

「……」

 

「ネム様から聞いたモモンガ様との出会い。そしてお二人の冒険からインスピレーションを受けて執筆いたしました。いやぁ、ネム様と話す度に私の中の可能性という名の妄想の翼が空高く舞い上がり非常に美しく加速いたしまして――」

 

 

 ――なぁにこれ。

 モモンガは繰り返し精神抑制が発動し、開いた口が塞がらなくなっていた。

 

 

「――強大な敵に立ち向かうモモンガ様の勇姿。仲間が敗れていき、最後はお一人で戦いに挑む悲劇的なシーン。超絶スペクタクルな技の数々。そしてラストは熱い友情による勝利!! 全てを兼ね備えた完璧な仕上がりと自負しております」

 

 

 次々とポーズを変えながら、見所を力説するパンドラズ・アクター。

 ――黒歴史が更なる黒歴史を作ってきやがった。

 モモンガは精神を揺さぶられ続けながらも、なんとか再起動を果たす。

 

 

「守護者とかあっさり負けてるけどいいのか?」

 

「物語にインパクトを与えるため――というか、物量戦で勝っても面白くないので」

 

「あー、何というか、設定ガバガバじゃないか? 最後の魔法とかさ」

 

「それは確かに仰るとおりかと…… ですが、これはフィクションで御座います。なのでカッコいい演出を重視させて頂きました」

 

「カッコいいか、これ?」

 

「勿論ですとも!! それにこれはモモンガ様のこの地における、記念すべき一殺目の魔法!! 是非とも使うべきかと思いまして」

 

「いや、何だその一殺目って…… 私は人間だろうが何だろうが殺す事に躊躇いはないが、殺しが好きな訳でもないぞ」

 

 

 モモンガは自分が創造したはずなのに、パンドラズ・アクターのセンスについていけなかった。

 気になるところも、ツッコミどころも満載である。

 言いたい事が飽和して物語に対する意見の中から溢れ出し、むしろパンドラズ・アクターという存在にツッコミを入れたい気分であった。

 まぁ、そんな事をすれば全て自分に返ってくるので、モモンガに出来るはずもないのだが。

 

 

(なんて妄想だ…… 異形種が寄ってたかって特大の心臓を押し潰すとか、B級ホラー映画かよ。少なくとも見た目だけならこっちが悪役だよ。というか、コイツ目線でもペロロンチーノさんはああなのか。一体どこまで言葉の意味とか理解しているんだ?)

 

「一話目と最終話で同じ技を使うのは中々良いアイディアかと思ったのですが……」

 

「え? これ最終話なの!? 全部で何話あるんだよ!?」

 

 

 まさかの超大作。

 モモンガは思わず素の声が出てしまった。

 

 

(駄目だ。色々な意味で耐えられない。何この技の口上。ウルベルトさんは厨二病全開だから割と言いそうだけど、たっちさんのこれはないわー。はぁぁぁあ、だっさいわー。いや、正義降臨とかは普通にやってたけどね、あの人も――)

 

「お望みとあらば、一話目からダイジェストで語って――」

 

「いやっ、結構だ」

 

「Wenn es meines Gottes Wille!!」

 

 

 ドイツ語に罪はない。ついでにパンドラズ・アクターも一切悪くない。

 悪くないのだが、自身の創造物が口を開く度、モモンガは大ダメージを受けていた。

 

 

「我ながら中々の大作に仕上がったかと。これを本にしてこの世界で売れば、ナザリックの維持費も稼げ――」

 

「却下だ」

 

「これを劇に――」

 

 

 モモンガは全速力でパンドラズ・アクターを壁際に追い詰める。

 この作品を世に出す事。それだけはさせる訳にはいかない。

 

 

「却下だ」

 

「あっ、ドン」

 

「いいな、絶対だぞ。これを捨てろとは言わん。お前が頑張って書いた作品だ。だが、他人に見せるのは却下だ!!」

 

 

 モモンガは自分の作った作品でもないのに、まるで自分の黒歴史を晒すかのような非常に恐ろしい気分だった。

 NPCは創造主に似る。全員でもないし、完全とも言い難いが、NPCの中には似ている部分がある。それを知っているからかもしれない。

 しかしモモンガはこいつは違うと言いたかった。

 NPC達も日々成長している。と、いう事は、パンドラズ・アクターのやっている事も全てが自分の書いた設定のせいとは限らないんじゃないかと。

 

 

「さり気なく私の努力を認めてくださるところが素敵で――」

 

「分かったな」

 

「承知いたしました。モモンガ様」

 

「よし。では私はそろそろ行かせてもらう」

 

 

 しかし、それとこれとは別である。

 モモンガはパンドラズ・アクターに詰め寄り、この物語を外に出さないようにかなり強く念押しした。

 「はい」を選ぶまで先に進めないRPGの如く、死の支配者(オーバーロード)上位二重の影(グレータードッペルゲンガー)に「はい」しか認めない返事を要求し続けていたのだった。

 

 

(はぁ、無限増殖する黒歴史ってヤバくないか? 俺の精神的に…… あぁ、ネムに早くも愚痴りたくなってきた……一緒に冒険したい……)

 

 

 ――ナザリック内の誰にも言えないモヤモヤを晴らしたい。

 ナザリックの宝物殿を出たモモンガは大きく肩を落とす。

 小さな友達のもとへ、今すぐにでも行きたくなるモモンガだった。

 

 

「ふむ、我が創造主は他人に見せるのは駄目だと仰られた…… しかし、誰かに意見を貰わねば、これ以上のクオリティ向上は望めませんね……」

 

 

 

 パンドラズ・アクターはモモンガが去った宝物殿で、作品の出来を向上させる方法を一人で考えていた。

 他の守護者に見せれば面倒な事になるので却下。ならば――

 

 

「――ネム様に見ていただきましょう。彼女ならばモモンガ様の御友人ですし――他人ではありませんよね?」

 

 

 モモンガは詰めが甘かった。

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございました。


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ユグドラシル編(本編)
夢の中で出会ったお友達


転移後の話ではなく、異世界転移が起こるまでの部分をメインに短編を書いてみました。


 夢とは大抵がコントロール出来ないものだ。

 ある時は訳もわからない存在に追いかけられたり。またある時は死んだ人や有名人など、ありえない組み合わせの人が集まって登場したり。

 美味しそうな食べ物にかぶりつこうとした瞬間――味わう間も無く目が覚めてしまったりする事もある。

 意識はあるのに何も思い通りにはいかない。寝ている時に見るのはそんな夢ばかりだ。

 しかし、なんの変哲もない村に住む、ごく普通の少女――

 ――ネム・エモットはある日突然、変わった夢を見るようになった。

 

 

「……ここ、どこだろう?」

 

 

 今自分が立っている場所はとても大きな丸い机の上だった。

 その大きさは軽く走り回れそうな程で、光沢のある白い素材は何で出来ているのか分からない。

 そして自分の足下――机の中央には見たこともない模様がデカデカと描かれている。

 

 

「すごい綺麗……」

 

 

 キョロキョロと辺りを見回すと、これまた見た事がないほど豪華な造りの部屋だった。

 角のない丸い部屋で、所々に模様の描かれた白い壁に立派な黒い柱が立っている。おまけに一箇所だけ壁に長方形の窪みがあり、黄金の杖のようなものまで飾られていた。

 自分が今乗っている机だけで部屋の大半を占めているが、天井も非常に高く、この一部屋だけで自分の家よりも大きいだろう。

 

 

「えいっ……全然痛くない。やっぱり夢だ!!」

 

 

 軽く頬を抓ってみるが痛みは全くない。

 自分は今夢の中で、どこかのお城にいるのだと思った。

 自分の意思で動ける夢なんて中々見られない。しかもこんなに素敵な場所の夢を見る機会もそうはないだろう。

 

 

「よしっ、探検だ!!」

 

 

 これは探検してみないと勿体ない。

 手始めにあの金ピカの塊を近くで見てみよう。

 机から降りるため、周りに並べられた高級そうな赤い椅子に足を下ろそうとした時――

 

 

「――はぁ、やっぱり誰もログインしてないか。今日も一人で金策かな……っえ? 誰?」

 

 

 ――豪華な闇色のローブを着た骸骨が現れた。

 

 

「っおばけぇぇぇえ!?」

 

「はい、アンデッドですけど――っ危ない!!」

 

 

 何の前触れもなく現れた骸骨に驚き、下ろしかけていた足を椅子から踏み外してしまった。

 ――このままだと頭から地面にぶつかるっ!?

 

 

「――っ!!」

 

 

 自分の体が机から落ちていく感覚に恐怖し、思わず目をギュッと瞑ってしまった。

 夢だからこれもきっと痛くないよね――一瞬のうちに祈ってみたが中々衝撃が来ない。

 恐る恐る目を開けると、自分は真っ白な骨の手に優しく抱き抱えられていた。

 

 

「あっ!? いや、これは反射的に動いてしまって…… すみません!! 決して体に触ろうとした訳じゃ――」

 

 

 そして何故か骸骨はとても慌てていた。

 骨の顔に表情は存在しないが、その声から強い焦りが伝わってくる。

 

 

「助けて、くれたの?」

 

「――ですのでセクハラする意図はなくて……え? いや、はい、そうですけど……」

 

 

 急ぎつつも丁寧に自分を下ろし、そっと立たせてくれた骸骨に向き直った。

 赤黒く光る骸骨の目――顔の目の部分の空洞が光っているだけなので、本当に目なのか分からないけど――を見つめながら、勇気を振り絞って尋ねてみる。

 

 

「……私のこと、食べたりしない?」

 

「食べるって、そんな事しませんよ。それにアンデッドは飲食不要だから、何も食べれませんし」

 

 

 アンデッドは人を襲うとても怖い存在だ。

 見かけても決して近づいてはいけないと、両親や姉から散々言い聞かされてきた。

 

 

(でも、ここは私の夢だからいいよね)

 

 

 しかし、この夢に出てきたアンデッドは優しいのかもしれない。今だってこうして自分を助けてくれた。

 それなら自分がするべき事は一つだ。

 

 

「助けてくれてありがとうございます!!」

 

「んん? あれ、よく見たらアイコンが無い? NPCなのか? いや、でも会話出来てるし……表情だと!? マップにも表示されないって一体どうなって……」

 

「どうしたの?」

 

 

 自分がお礼を言うと、目の前の骸骨はよく分からない事を呟きながら考え込んでいる。

 

 

「――なるほど、中の人有りか。そういうイベント、それかテスターかな……ごほんっ。……我がギルドに迷い込みし者よ。君は一体どこから来たのかな?」

 

「ぎるど? えっと、住んでる村はカルネ村だよ」

 

 

 さっきまでの優しげな声から一転、急に骸骨の声が低くなった。

 でも怖い感じがする訳じゃなくて、カッコよくて大人っぽい男の人の声だ。

 

 

「カルネ村…… 聞いた事がないな。人間種しか行けない場所にあるのか? いや、それとも未発見の――」

 

 

 再び骸骨が考えこもうとした時、急に自分の体が透け始めた。

 

 

「えっ、何これ?」

 

「なんだ、もう終わりか。結構短かったな。でも久しぶりにワクワクするイベントだったよ。運営も偶には粋な事をするんだな」

 

「うんえい?」

 

「いや、すまない。それを言うのは無粋だったな。……泡沫の如く一時だったが、中々面白かったぞ。少女よ、最後に君の名前を教えてくれないか?」

 

「私はネム、ネム・エモットです。バイバイ、骸骨さん――」

 

 

 自分の名前を伝え、骸骨にお別れを言うとすぐに視界がぼやけてきた。

 そして何も見えなくなる。

 

 ――だよ……もう……ネ……

 

 真っ暗になった視界に段々と明かりが入ってくる。そして、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

「――ネム、起きて。早くお母さん達のお手伝いしないと」

 

「……あ、お姉ちゃん。おはよー」

 

「うん、おはよう。さぁ、ネムも早く準備して」

 

「はーい……」

 

 

 自分を軽くゆする姉の声で目を覚まし、目元を擦りながらベッドを出る。

 眠気の残る頭でゆっくりと着替えていると、姉が心配そうに声をかけてきた。

 

 

「今日は珍しく寝起きが悪かったけど、体の調子でも悪いの? 大丈夫?」

 

「うん、大丈夫。あのねお姉ちゃん、お城に行く夢を見たの!! すっごく綺麗な部屋でね――」

 

 

 昨日見た夢は不思議な感覚だった。今まで見た事のある夢と違って、何があったか今も鮮明に覚えている。

 少女は興奮で眠気を吹き飛ばしながら、夢の内容を楽しげに語るのだった。

 

 

 

 

 少女は夢の世界で変わった骸骨と出会った。

 交わした言葉はほんの少しだけ。その時間もほんの僅か。

 それはたった一度きりの不思議な夢――では終わらなかった。

 次の日の夜、ネムは再び同じ夢を見る。

 

 

「……昨日と同じ場所だ。骸骨さんはいないのかな?」

 

 

 ベッドに入って眠りについた後、いつの間にかまたこの場所に来ていた。

 辺りを見渡しても昨日見た夢と変わらず、大きな机がある広くて豪華な部屋だ。

 昨日と違いがあるとすれば、自分が机の上ではなく普通に床の上に立っている事くらいだろうか。

 

 

「――あれ、今日もいるのか?」

 

「あっ、骸骨さん」

 

 

 辺りを確認していたら、前と同じようにいきなり骸骨が現れた。

 

 

「こんばんは。やっぱり同じ夢なんだね」

 

「ああ、こんばんは。確かネムだったな。夢、とはどういう事かな?」

 

 

 この夢に出てくる骸骨は自分よりかなり背が高い。村に住む大抵の大人よりも大きいと思う。

 でも出来る限り自分と目線を合わせようとして、わざわざしゃがんでから質問をしてくれる。

 今も挨拶をしたらちゃんと返してくれたし、やっぱり親切な骸骨だ。

 

 

「違うの? ここは私の夢の中だよね?」

 

「夢の中? つまりネムは今寝ているのか?」

 

「うん。それにほら、ほっぺた抓っても痛くないよ」

 

 

 ほっぺたを両手で引っ張り、痛くない事を骸骨に向かってアピールしてみせる。

 すると骸骨はどこか納得したように「なるほど。そういう設定か……」と小さく呟いていた。

 

 

「君はどうやら夢を見ている状態でここに迷い込んでいるようだな」

 

「ここは私の夢じゃないの? もしかして骸骨さんの夢?」

 

「私の夢…… ああ、そうとも言えるな。ここは私と仲間達で作った夢の結晶だ」

 

 

 どうやら自分は凄い体験をしているようだ。

 他人の――人ではないけど――夢の中に入れるなんて、まるで魔法のようだ。それも二回もだ。

 

 

「すごーい!! ここは骸骨さんがお友達と作ったお城なんだね。ねぇ、どうやって夢の中でお城を作るの?」

 

「ふっ、君は中々面白いな。本来なら侵入者には罰を与えるところだが、君は盗賊でもないようだし見所がある」

 

「あっ、ごめんなさい。勝手に入っちゃいました」

 

「はっはっは、君の場合は仕方ないさ。もちろん許すとも」

 

 

 この骸骨は見かけによらず優しい。

 やっぱり夢の中のアンデッドは普通とは違うみたいだ。

 それともこの骸骨が特別なのだろうか。

 豪華な服を着ているし、お腹に赤い玉が付いてるけど、他のアンデッドを見た事がないので違いもよく分からない。

 

 

「ここは元々あったダンジョンを仲間達と攻略して、拠点にするために色々と改造したのだ。物作りが得意な仲間が多くてな。みんな凝り性だったから、随分と時間をかけたものだよ……」

 

「へぇー、お友達はすごい人だったんだね」

 

「ああ、みんな凄いやつばかりだったよ……」

 

 

 夢の中で物が作れるなんて本当に凄い。自分はそんなこと出来ないし、試そうとする事すら出来なかった。

 もしかしたら今なら――夢なのに自分の意思で動ける――何か作れるかもしれないが、残念ながら手元に材料がない。

 お花があったら冠くらいは作れたかもしれないのに。

 骸骨の語るお友達の話に感心していたが、一つ大切な事を忘れていた。

 

 

「骸骨さんの名前、なんていうの?」

 

「おっと、こちらだけ名乗っていないのは失礼だったな。――我が名を知るがいい。我こそはギルド"アインズ・ウール・ゴウン"の長であり、このナザリック地下大墳墓の支配者――モモンガである!!」

 

 

 骸骨さんの見た目はちょっと怖い。

 そして低い声を出している時は頼もしくてカッコいい感じがする。

 

 

「よろしくね、モモンガ!!」

 

 

 でも名前は意外と可愛かった。

 

 

 

 

 かつて日本国内で最高峰のDMMO-RPGと呼ばれたゲーム――『YGGDRASIL』

 しかしそれも最近はプレイヤーの過疎化が激しい。

 かく言うモモンガ自身がギルド長を務めるギルド――『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーも四十一人中、三十七人が引退してしまった。

 ギルドに籍があり、なおかつアカウントを残している者は僅か数名。それもここ数年はログインすらしていない者達だけだ。

 そんな状況でもモモンガは仲間達との思い出が詰まったこのゲームを辞める事が出来なかった。

 かつての仲間達がいつ戻ってきてもいいように、日々の忙しい時間をやり繰りしてギルドの維持費を稼ぎ続けている。

 効率だけを考えた狩りを行い、稼いだ金貨を宝物殿に放り込む。つまらない金策のためだけにログインする毎日だ。

 しかし、ある日からほんの少しだけ、モモンガはユグドラシルにログインする楽しみが出来ていた。

 

 

「――こんばんは、モモンガ。今日もお喋りしよ!!」

 

「こんばんは、ネム。今日も夢の中に来れたようで何よりだ。さて、椅子を用意しよう。〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉」

 

「ありがとう!! やっぱりモモンガの魔法は便利だね」

 

 

 寝ている間だけモモンガの夢と繋がって、ナザリックの円卓の間に現れる――という設定の少女、ネム・エモット。

 肩くらいまで伸びた髪を二つ結びにした、十歳くらいの小さな女の子だ。

 初めて彼女を見た時はプレイヤーを示すアイコンがなかったり、表情が実装されていたりして驚いたものだ。

 

 

「お姉ちゃんったら酷いんだよ。ちょっと休憩してただけなのに、サボるなーって怒るんだもん」

 

 

 ネムが来るとモモンガはいつも魔法で特製の椅子を二人分用意し、それに座って向かいあって話していた。

 ネムは子供らしくコロコロと表情が変わり、その純真無垢な様子にはとても癒される。

 モーションキャプチャーを使っているのかと考えもしたが、表情や体の動きの出力が綺麗すぎる。

 恐らくアバターを動かしているのではなく、何かしらの方法で本人をそのまま投影しているのだろう。

 

 

「はっはっは、それはタイミングが悪かったな。それにしてもネムの世界は自然が豊かで楽しそうだ」

 

「普通だと思うけど? あっ、でも村の近くに大きい森があるよ。魔物が出るから入っちゃダメって言われてるけど」

 

 

 このネムという少女のロールプレイは非常に完成度が高かった。

 魔法や魔物など、ファンタジーな要素が入った世界観で暮らす普通の村娘。その設定を壊す事なく、されど自然体で話しているように感じられた。

 

 

「エンカイシっていう薬草があってね、カルネ村の特産品なんだ。潰して保存するんだけど、すっごく臭いんだよ」

 

「ほぅ、聞いた事のない薬草だな。そちらの世界特有のものかもしれんな」

 

 

 恐らく彼女は運営が表情を実装させるためのテスターとして用意したのだろう。

 まぁ、テスターにここまで練った設定を作るとは、運営はなんて無駄な所に力を注いでいるんだと思わなくもなかった。

 しかし、相手が本気のロールをするならば、こちらも本気のロールで返さなくてはならない――

 だが、いつしかモモンガはそんな事も忘れて、『モモンガ』として自然に『ネム・エモット』に接するようになっていた。

 

 

「はぁ…… 目が覚めても家の手伝いばっかり。雑草を抜いたりとか、畑の仕事はつまんないよ。私も冒険してみたいなー」

 

「残念、ここは夢の世界だからな。ネムがこの部屋から出られるなら、外の世界に連れて行ってあげたのだが……」

 

 

 以前この円卓の間から出られるのか試したが、ネムがいる間は扉が開かないようになっていた。

 テストプレイだからかもしれないが、きっと限定的な場所でしか表情などの高度な処理が出来ないのだろう。

 

 

「体が透けてきちゃった。今日はもうお終いだね」

 

「そのようだな。目覚めの時なのだろう」

 

 

 ネムが消える――夢から覚める時は、いつも体が徐々に透けていく。

 それがネムとのお別れの合図である。

 

 

「またね、モモンガ」

 

「ああ、またな、ネム」

 

 

 ネムの姿が完全に消え、モモンガは一人円卓の間に取り残された。

 

 

「またな、か…… こんな会話、いつ以来だろうな」

 

 

 久しく会っていないギルドメンバーとの思い出が蘇る。

 彼らとはこの円卓の間で、延々とくだらない雑談に時間を費やしていたこともあった。ちょうど今、ネムと話していた時のように。

 

 

「さてっ、ネムも帰ったし、金策のモンスター狩りに行きますか」

 

 

 癒しの時間は終わりだ。

 モモンガはギルドの維持費を稼ぐために、一人で狩場へと向かうのだった。

 

 

 

 

 ひょんな事から始まった、変わった骸骨――モモンガとの付き合い。

 夢の中で何度も会って話していると、自分の住んでいる世界とモモンガの世界は別物だという事が分かった。

 

 

「そちらの世界に名前はないのか? ユグドラシルとかヘルヘイムとか」

 

「ないと思うよ?」

 

「なるほど、異世界という概念がないのかもしれんな。他の世界を認識していなければ名前も付けないだろうし」

 

 

 モモンガはアンデッドなのにとっても優しい。それにいつも自分の話を真剣に聞いてくれる。

 

 

「私もモモンガみたいに魔法が使えるようになりたいなー。どうやったら使えるようになるの?」

 

「んー、モンスターと戦って強くなったら覚えられるんだが、ネムにはまだ危ないかもしれないな。ネムの周りには魔法とか変わった能力が使える人はいないのか?」

 

「村では誰も使えないよ。あっ、でも時々村に来るンフィー君は使えるみたい。タレントも持ってるよ」

 

「タレント? 何かのスキルか?」

 

「えっとね、生まれた時から持ってる能力みたいなモノ? どんな能力かは人によって違うみたいだけど、持ってない人の方が多いよ。ンフィー君は魔法の道具なら何でも使えるんだって」

 

「何だそのふざけた能力は。職業や特別な制約も無視出来るとなれば…… いや、どう考えてもチートだろ」

 

「ちーと?」

 

 

 でも偶によく分からない単語を使う事がある。起きてから姉や両親に聞いてみても分からない事の方が多かった。

 やっぱりモモンガは物知りだ。

 

 

「そういえばネムの世界にいるアンデッドってどんなの何だ? 最初に私の事をお化けって言ってたが」

 

「見た事ないからよく分かんない。でもお母さんは危ないから近づいちゃダメって言ってた。人を見ると襲ってくるんだって」

 

「アクティブモンスターみたいだな。ネムも私みたいなのを見つけても近づいちゃダメだぞ。これでも死の支配者(オーバーロード)、最上位アンデッドだからな」

 

「うん、モモンガが特別なんだよね。夢の事は話したけど、モモンガの事はお姉ちゃんにも言ってないよ。誰にも言ってない秘密のお友達だね」

 

「――っ」

 

 

 自分は何か変な事を言ったのだろうか。

 普段からモモンガは口も開かずに喋っているが、今は完全に固まっている。

 

 

「どうしたの?」

 

「……いや、何でもない。そうだな、夢の中とはいえ、周りにも秘密にした方が良いだろう」

 

「えへへ、お友達だけの秘密ってなんか楽しいよね」

 

「ああ、友と秘密を共有するのは楽しいものだ。俺とネムは、友達だものな……」

 

 

 秘密を持っている事が楽しいのか、モモンガはその時とても嬉しそうな声を出していた。

 

 

「じゃあ、今度はンフィー君の秘密も教えてあげる!!」

 

「おっ、他人の秘密をバラしていいのか?」

 

「どうせ周りは知ってるからいいもん。でも内緒だよ? ンフィー君はね、お姉ちゃんの事が好きなんだよ。隠してるつもりみたいだけどバレバレだもん」

 

「あっはっは、思い人の妹にバレているとは。ンフィーレアとやらも難儀なものだな」

 

「他にもね――」

 

 

 その日は自分の目が覚めるまで、お互いに色んな秘密を話して過ごしていた。

 

 

 

 

 不思議な少女、ネムとの付き合いは意外なほど長く続いていた。それこそユグドラシルのサービス終了まで会えるんじゃないかと思うほどに。

 ネムがこちらにやってくる時間はいつもバラバラだ。モモンガ自身も毎日同じ時間にログインしている訳ではないのに、なぜか毎回自分より先にいるのだ。

 ネム曰く、この場所に来たら割とすぐに自分が現れるらしい。

 自分の夢にネムが入り込む。そう設定されている事を考えれば、ほぼ同時に現れるのも道理なのだが、何とも不思議だ。

 

 

「一週間ぶりだな、ネム」

 

「えっ? 昨日も会ったよ?」

 

「あー、なるほど。私とネムの世界では時間の進みが違うらしい。いや、同じ時もあるから、この夢の世界はかなり変則的なようだな」

 

 

 ただし、二人の世界は時間的には繋がっていないらしい。

 これも夢の世界が繋がるという設定だからだろう。ネムとモモンガの感覚が同じ時もあれば、片方だけ早かったり遅かったりする事もあった。

 

 

「久しぶり、モモンガ!!」

 

「ふむ、私の感覚だと二日ぶりだな」

 

「そうなんだ? 今日はね――って、ええっ!? もう体が透けてきた!? まだ全然話してないのに!!」

 

「残念だが、どうやら今日は早起きみたいだな。また次の夢で会えるのを待ってるよ」

 

「うん…… またね」

 

 

 そしてネムがここにいられる長さもバラバラだった。

 五分とない短い時間の時もあれば、三十分以上お喋りを続けていた時もある。

 

 

「お馬さんいけー!!」

 

「ふっ、手綱はしっかり持っておけよ」

 

「うん!! 負けないよー!!」

 

 

 ネムが現れるのは決まって円卓の間だったが、雑談以外にもゴーレムを使って遊んだこともある。

 円卓の周りを周回する早さを競う、ちょっとしたレースを楽しんだりする事もあった。

 ある時モモンガは興味本位で、食べ物系のアイテム――インテリジェンスアップルをネムに渡してみた。

 

 

「いただきまーす!! ――ん、何これ。味がしない…… 匂いもしないね。それにちゃんと齧ってるのに、齧ってないみたいな変な感じがする」

 

「んー、やっぱり夢だから食べれなかったか」

 

「せっかく甘いものが食べられると思ったのに……」

 

 

 ゲームと現実で起こりうる差異も、夢の中という設定のおかげで違和感もない。

 何度か情報サイトを漁ってみたりもしたが、ネムのような存在は噂にもなっていなかった。

 自分が数少ないアクティブユーザーだからだろうか、もしくは話相手をするプレイヤーはランダムに選ばれただけかもしれない。

 

 

「やはりネムのように他の人の夢と繋がるというのはレアケースのようだな。調べてみたが、他に同じような人はいなかった」

 

「うーん、もしかしたら私、そういうタレントを持ってるのかも?」

 

「あー、あのゲームバランスぶっ壊れのチート能力か。何でもありすぎてビックリしたよ」

 

「えー、モモンガの魔法の方がすごいよ。絶対ンフィー君よりすごいもん」

 

 

 こうしてゲームの中でネムと会った回数は、もう数え切れないほどになっている。

 時たま本当にネムは異世界の住人で、夢の世界から来たのではないか――モモンガはそんな馬鹿な妄想すらも浮かぶようになっていた。

 

 

「あっ、時間みたい。またね、モモンガ」

 

「ああ、じゃあな、ネム……」

 

 

 金策に費やす時間より、この少女とのなんでもない時間の方がはるかに楽しい。

 しかし夢はいずれ覚める――ユグドラシルにも、静かに終わりの時が近づいていた。

 

 

 

 

 ある時からネムは夜になると早く寝るようになった。

 以前ならもっと起きていたいと、しぶしぶベッドに入っていたのに今はやけに素直だ。

 それどころかまるで遊びに出掛ける時のように、寝るのを楽しみにしている節すらあった。

 最初は家族も不思議そうに思っていたが、一度その理由を聞くと納得したように笑い、気にする事はなくなった。

 

 

「今日は会えるかな……」

 

 

 自分には変わったお友達がいる。とっても優しくて物知りなお友達だ。

 それは村に住んでいる人ではない。その友達には夢の中でしか会えず、実は人ではなくアンデッド。別の世界に住んでいる豪華な服を着た真っ白な骸骨だ。

 だから骸骨――モモンガの事は誰にも言っていない秘密の友達なのだ。

 ――今日もモモンガに会えるといいな。

 そんな期待を持ちながらベッドに入り、目を閉じる。

 そして段々と眠気がやってきて、自分は気がつくと大きな机があるいつもの部屋にいた――と、思っていたら違う場所だった。

 

 

「あれ、いつもと違う…… 別の夢かな」

 

 

 天井はありえないほど高く、キラキラとした飾りがいくつもぶら下がっている。壁には沢山の大きな旗が垂れ下がり、見たところ全部別の図が描かれていた。

 左右に太い柱が立ち並び、中央には見たこともないほど長い絨毯が敷かれている。

 そしてその真っ赤な絨毯の先に階段のような段差があり――

 

 

「あっ、モモンガだ!!」

 

 

 ――金の杖を持ったモモンガが大きな椅子に座っていた。

 体験した事のない感触の絨毯の上を通り、すぐさまモモンガに駆け寄る。

 

 

「こんばんは、モモンガ。今日はいつもと違う場所なんだね。でも、ここもすっごく綺麗!!」

 

「ああ、ネムか。もう会えないかと思っていたよ……」

 

 

 いつもと違う場所だったから不安だったが、どうやらここもモモンガの夢らしい。

 モモンガのすぐ側には白いドレスを着た黒髪の女性がおり、少し離れた所には数人のメイドと執事が待機していた。

 

 

「あっちの人達もそうだけど、このお姉さんも動かないね」

 

「ふっ、ああそうだな。ここは夢だ。だから私とネム以外は、動かないのだろう」

 

「やっぱりそうなんだ。でもこのお姉さんすっごい美人だね」

 

「確かに美人だな。でも実はビッ――いや、何でもない。そうだな、彼女はアルベドというのだが、どんな性格だと思う?」

 

 

 モモンガにクイズのように尋ねられ、アルベドという女性の事をじっと見つめてみた。

 頭に角が生えていて、腰には黒い翼がある。でもスタイルが良くて、髪が長くて綺麗で、本当にビックリするくらいの美人だ。

 

 

「うーん……アルベドさんは――」

 

 

 どんな性格か考えていると、ふと最近姉に怒られた事を思い出す。

 そして咄嗟に自身の願望が混じった答えをだした。

 

 

「――妹に甘くてとっても優しい!!」

 

「くっくく、そうか、妹に優しいか…… そういえばネムには姉がいるのだったな。はははっ、それはそれで良いギャップだろう。面白いし、そうしておこう。前のやつより何倍もマシだ」

 

 

 モモンガは自分の答えが面白かったのか、声を上げて笑うと素早く手を動かして、よく分からない何かをしていた。

 

 

「ネム、一つ私の我儘を聞いてくれないか?」

 

「なぁに?」

 

「……私は今日、ここで消える。だから最後まで一緒に残っていてくれないか?」

 

 

 椅子に深く腰掛けたモモンガの言葉。

 その意味が一瞬分からなかった。

 

 

「消えるってどういう事?」

 

「そのままの意味だ。私も、そしてこのナザリックも消えてしまう。私はいつも見送る側だった。だから……」

 

「そんなっ、なんで、なんで消えちゃうの!?」

 

「夢はいつか覚める。当然のことなんだよ。……私はそんな当たり前の事にすら目を背け、いなくなった仲間を待ち続ける哀れな男だったんだ」

 

 

 モモンガの声はどこか疲れたようで、寂しげだった。

 

 

「また友達に会ったり、新しい友達を作ったりも出来ないの?」

 

「そんな事は出来ないさ。それに新しい友達なんか、こんな俺に出来るわけもない……」

 

「モモンガなら出来るよ」

 

「……無理だ」

 

「出来るもん」

 

「無理なんだよ。ここを作った仲間達も、もうここには……来ないんだよっ。ユグドラシルが、ナザリックが消えたら、もう会えないんだよっ!!」

 

 

 今まで聞いた事のないモモンガの叫び。

 私は我慢出来なくなって、椅子に座るモモンガに飛びついた。

 "はらすめんとこーど"とかいうのがあるらしく、抱きつくのは止められていたけど、今はガツンと言ってあげなくちゃいけない。

 

 

「出来るもん!! この夢が覚めるならまた次の夢を見たらいいんだよ。それに夢が覚めても、それで友達じゃなくなる訳じゃないよ!!」

 

「それは……」

 

「別の場所なら友達にまた会えるかもしれないよ。それに新しい友達もきっと出来るよ。私はここを作ってないけど……私とモモンガは、友達になれたよ?」

 

「――っ!?」

 

 

 モモンガはゆっくりと、恐る恐る私の頭に手を置いた。

 

 

「……ああ、どうして私は忘れていたんだろうな。そうだな、この場所がなくても友達は友達だ。新しい別のゲームを一緒にしませんか(新しい別の夢を一緒に見ないか)――そう誘われた事もあったじゃないか。みんな私を置いていった訳じゃない。私が、前に進む事を拒んだんだ……」

 

 

 その時、タイミング悪く私の体は透け始めてしまった。

 

 

「そんな……体が……」

 

「良いんだ。こちらも丁度終わる頃だ。ネム、本当にありがとう。君は俺に新しい可能性を教えてくれた。『またどこかでお会いしましょう』――ふっ、仲間たちもこんな気分だったのかな」

 

「うん、また会おうよ。今度はモモンガが私の夢に来てくれても良いよ」

 

「あっはっは!! そうか、こんな私を誘ってくれるのか…… そうだな。もし別の世界で会えたなら、今度は一緒に冒険をしよう。狭い部屋なんかじゃなくて、広い外の世界で遊ぼう」

 

「約束だよ!! 私、いっぱい寝るから、モモンガもちゃんと来てね」

 

 

 モモンガと指切りをしようと思ったが、残念ながら既に手首から先は完全に消えている。

 でも、モモンガはちゃんと口に出して言葉にしてくれた。

 

 

「ああ、約束だ。俺の四十一人目の友、ネム・エモットよ。君に会えて本当に良かった。ネムの未来に栄光あれ…… ネム、またな――」

 

「またね、モモンガ――」

 

 

 最後に告げたのはさよならではない。

 モモンガは消えると言っていたが、私はその言葉より後からした約束の方を信じる。

 完全なお別れではなく、再会の約束を取り付け、私の意識は途絶えた。

 

 ――きて……もう朝……ム……

 

 真っ暗になった視界に段々と明かりが入ってくる。そして、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

「――ネム、起きて。今日もお手伝いしないと」

 

「お姉ちゃん、おはよう……」

 

 

 見慣れた家の天井。いつも通りの姉の姿。

 自分は完全に夢から覚めた。

 

 

「あれ……ネム、涙の跡がついてるけど、怖い夢でも見たの?」

 

「えっ?」

 

 

 心配そうに自分の顔を覗き込む姉。

 顔に手を当てると、乾いているが確かに目の下に跡がついていた。

 

 

「……全然怖い夢なんかじゃないよ。楽しい夢だったよ」

 

「そうなの? どんな夢だったの?」

 

「んー、内緒っ!!」

 

 

 今回の夢での出来事は姉に話さなかった。

 これは友達と私の、二人だけの約束だ。

 ――秘密にすると言った訳じゃないけど、()()との秘密は楽しいから。

 私が内緒にすると決めたのだ。

 

 

「次も同じ夢を見れたら、その時はお姉ちゃんにも教えてあげるね」

 

 

 この日を境に、ネムが不思議な夢を見る事はなくなった。

 夜、どんなに早くベッドに入っても。

 昼間、何度お昼寝を繰り返しても。

 ネムが夢の中でモモンガに会う事は、もう二度となかった。

 

 

 

 

 最後に夢の中でモモンガと約束をしてから、私は夢を見ていない。

 実際には夢を見る事もあったけど、モモンガに会う事はなかった。

 私にとっての楽しみが一つなくなり、いつもと変わらない――不思議な夢を見る前の――以前の平凡な生活が戻ってきた。

 しかし、その平凡な毎日すらなくなってしまう瞬間が、突然に訪れた。

 

 

「ネムっ、もうちょっとだけ頑張って!!」

 

 

 自分を励ましながら走る姉に手を引かれ、ただ必死に足を動かした。

 姉の声に応える余裕もない。もう敵が――二人の騎士がすぐ後ろまで迫っている。

 

 

(なんで、どうして……)

 

 

 いつもと変わらない朝のはずだった。

 しかし、なんの前触れもなく、急に現れた騎士の集団が村を襲ったのだ。

 村のみんなは剣を持った騎士に斬られ、沢山の人が血を流して倒れていた。

 自分たちを逃す時間を稼ぐため、騎士達に突撃した両親。

 後ろを振り返る余裕はなく、お父さんとお母さんすら無事でいるかも分からない。

 森まで行けば隠れてやり過ごせるかもしれない。それだけを信じて自分は姉と一緒に走り続けた。

 

 

「――あっ!?」

 

「ネムっ!?」

 

 

 しかし私の体力は限界を超え、姉の足の速さについていけなくなり、とうとう足を地面に引っかけて転けてしまった。

 そんな私を姉は見捨てる事なく、私を守るように咄嗟に覆いかぶさった。

 

 

(怖い、怖いよ。お姉ちゃん……)

 

 

 数秒と経たず二人の騎士は私達に追いついた。

 全身を鎧に包まれた騎士は既に剣を振りかぶっている。

 ――ああ、ここで死んじゃうんだ。

 私を強く抱きしめる姉に、自分も離れないように強く抱きしめ返した。

 せめて姉と二人一緒に、出来るだけ痛くないように死ねる事を祈りながら――

 

 

 「――〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉」

 

 

 ――まだ自分は生きている。姉も斬られた様子はない。

 すぐ側で鉄の棒を落としたような、鎧を着た人が崩れ落ちるような――金属の音が響いた。

 

 ――でもその前に聞こえたあの声はもしかして。

 

 姉の体の隙間から恐る恐る顔をだす。

 倒れている騎士はピクリとも動かず、完全に死んでいた。

 そして、もう一人の騎士は凍りついたように固まり、私達の後ろにいる()()を見ている。

 握った剣の切っ先が震えているのが分かり、後ろにいる()()は余程恐ろしい存在なのかもしれないと思った。

 

 

「――夢から覚め、世界の壁を越え、私は今、ここにいる…… また会えたな――」

 

 

 でも違った。私には全く怖くない。

 自分を抱きしめる姉も、鎧に身を包んだ騎士さえも絶望を目にしたように震えている。

 そんな中、私にだけは別のものが見えていた。

 

 

「――約束を果たしにきたぞ、友よ」

 

 

 私の目には、間違いなく()()が映っていた。

 

 

 




モモンガに新しい友達が出来るルート。
ゲームにのめりこみすぎたモモンガならではの話でした。
呼び捨てに出来る関係性も意外と新鮮かもしれない。
あと個人的にネムは最強だと思う。


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異世界編
夢の外で再会したお友達


自分が書いた中で過去最高に綺麗に終わった――でも続きを書いた事に後悔はない。
ネムをメインに短編の続きを少しだけ書いてみました。
ナザリックも一緒に転移していますが、出来る限り現地人の目線のみで書いてみようとチャレンジしています。



 私を抱きしめる姉が、後ろにいる()()を目にして怯えている。

 鎧に身を包んだ騎士さえも、剣の先が震える程に怯える()()が後ろにいる。

 襲ってきた騎士から目を離すのは怖い。それでも聞こえた声の正体が気になってしまう。

 

 ――あの声は、もしかしたら……

 

 姉の体から顔を離し、二人の視線を追うようにゆっくりと振り向いた――

 ――でもそこに立っていたのは、私にとってちっとも怖い存在なんかじゃなかった。

 

 

「――約束を果たしに来たぞ、友よ」

 

 

 私の目には、間違いなく()()が映っていた。

 夢の中でしか会えないと思っていた、家族にも教えていない私の秘密のお友達。

 

 

「モモンガ……」

 

「まさか本当に異世界の住人だったとはな。こうして再会出来た事と言い、ネムの教えてくれた可能性には驚かされるよ」

 

 

 闇色の豪華なローブを身に纏い、黄金の杖を持った背の高い骸骨。

 その眼窩には赤黒い光が灯り、お腹には謎の赤い球体が浮かんでいる。

 あの夢の終わりに――最後に会って約束をした時と全く同じ姿だ。

 

 

「モモンガ、なんだよね……」

 

「そうだぞ。便利な魔法が沢山使える特別なアンデッド…… ネムと友達になったモモンガだよ」

 

 

 震える声で名前を呼ぶと、私を気遣う優しい声が返ってきた。

 

 

「んっ、痛い…… 夢じゃ、ないんだよね……」

 

「もちろんこれは夢じゃない。だが『夢が覚めても、それで友達じゃなくなる訳じゃない』そうだろう?」

 

 

 姉に抱きついたまま、片手でほっぺを抓ると鈍い痛みが走った。

 それにあの言葉は、私があの時モモンガに言った言葉だ。

 

 

「幻じゃ、ないんだよね……」

 

「ああ、私はここにいるぞ」

 

 

 私の側にしゃがみ込み、モモンガは手を差し出してくれた。

 真っ白な骨の手だ。硬くて、温かくなくて――でも、とっても優しい友達の手。

 私が握りしめる手の中に、確かにそれはあった。

 夢でも幻でもない。モモンガが現実に来てくれたのだ。

 

 

「あ、あなた様は、一体……」

 

「ん? どことなくネムと似ているな…… ああ、なるほど。君が姉のエンリ・エモットだな?」

 

「はい、そうですけど…… どうして私の名前を? それにネムとはどういう――」

 

「すまないが細かい説明は後だ。むしろ私の方こそ確認したい事が山ほどあるくらいなのだが…… 一つ言えるのは、私は君達を助けに来た――君達の味方だ」

 

 

 モモンガはそう言って立ち上がると、私と姉を守るように一歩前に進み出た。

 やっぱりモモンガは凄い。

 さっきまであれだけ怖かったのに、その背中を見ただけで私はもう安心している。

 

 

「――ふぅ。感動の再会だというのに、余韻にすら浸れないとは…… 精神抑制も考えものだな」

 

「ば、化物……」

 

「どうした、その棒切れでかかってくるがいい。ここからは特別に私が相手をしてやろう」

 

「あ、ああっ、なんで、こんなっ、何故アンデッドが人間を庇って……」

 

「友を助けるのに理由がいるのか? くだらん問いかけだ…… 消えろ――〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉」

 

 

 モモンガが冷たい声で魔法を唱えると、騎士はビリビリとした光に包まれて崩れ落ちた。

 鎧に包まれた体から焼け焦げたように煙が立ち上り、あんなに怖かった騎士が起き上がってくる事は二度となかった。

 

 

「ふんっ、この程度で死ぬとはな。あまりにも弱すぎる。……ちっ、やはりただの人間だと一人、二人殺しても何も感じない――っうおっと!?」

 

「モモンガーっ!! 助けてくれてありがとう…… ごわがっだよぉぉ……」

 

 

 私を止めようとする姉の腕を振り切り、モモンガに思いっきり飛びついた。

 この場に敵はもういない。極限状態だった緊張が解けてしまい、溢れてくる感情を止められなかった。

 

 

「よしよし、遅くなってごめんな。もう大丈夫だぞ。ネム、これで涙を拭きなさい」

 

「うん……ありがとう」

 

「ネムっ!! ちょっと待って、その方は一体誰なの!? ああっ、助けていただいてありがとうございます。い、妹が無礼をっ!!」

 

「君もそんなに慌てる事はない。先程も言ったように私は味方だ。まぁこの顔では不安になるのも無理はないか。君達の村の事だが――」

 

 

 モモンガに渡された真っ白なハンカチで顔を拭いていると、後ろにあった闇――宙に浮いている、ぽっかりと空いた穴のような物――から何かが出てくるのが見えた。

 今まで気にする余裕がなかったけど、モモンガもアレから出て来たのだろうか。

 

 

「――モモンガ様、時間がかかってしまい申し訳ありません。敵勢力の排除、および村人の保護が完了いたしましたので、ご報告を」

 

「デミウルゴスか。ちょうど良いタイミングだ」

 

 

 現れたのは丸い眼鏡をかけた男の人。

 赤い服を着て、黒い髪をオールバックにしている。

 初めて見る人物にドキリとし、思わずモモンガのローブの裾を掴んで身構えた。

 

 

「――重ねてお詫び申し上げます。老爺八人、老婆二人、中年男性五人、中年女性四人、青年七人、子供四人――合計三十人の人間は治療が間に合わず……」

 

「そうか…… 私が気づいた時点で手遅れだったのだろう。お前が気に病むことではない」

 

 

 話している様子から、どうやらモモンガの知り合いらしいという事は分かった。

 一瞬こっちをチラリと見て表情が動いたような気がしたけど、この男の人は私の事を知っているのだろうか。

 

 

「ですが、モモンガ様の御命令を果たせなかったのは事実で御座います。どうか私に罰を……この命で償いをさせて頂きたく」

 

「――やめよ。無理な命令を出した私にも責はある。それよりも村の様子を聞かせてくれ」

 

「おぉ、なんと慈悲深い…… モモンガ様の恩情に深く感謝いたします。現在の村の様子ですが――」

 

 

 モモンガの友達、いや友達にしてはちょっと言葉が固い。それにこの男の人からはモモンガに対する凄く強い尊敬を感じる。

 

 

「――村人は広場の中央に集め、その周りをアルベド、セバス、アウラ、数名のプレアデスで固めております。村の周囲には高レベルの隠密部隊、伏兵としてマーレが率いる部隊を控えさせております。ナザリック側の防衛戦力と速やかに動ける者を考え、このようにさせて頂きました」

 

「お、おぅ……御苦労だったな」

 

「勿体なきお言葉です。ですが指揮を執った者として、完璧な結果をお見せする事が叶いませんでした……」

 

 

 そういえばモモンガは前に自分の事を"アインズ・ウール・ゴウンの長"とか"ナザリックの支配者"だって言ってた。

 きっとこの人はモモンガの部下なんだ。

 部下に応えるモモンガは堂々としていてカッコいい。まるで王様みたいだ――本物の王様は見た事ないけど。

 でも、どことなく引いている感じがする。何でだろう。

 

 

「救援対象は人間種の村。よって見た目の印象も考慮しメンバーを選別したのですが、敵との戦力差が余りにも酷く…… いえ、はっきりと申し上げますと、セバスを筆頭に少々やり過ぎました」

 

「村にいた主力部隊がそれ程までに弱かったと?」

 

「はい。レベルで言えば大半が十にも満たない存在ばかりでした。ただ、モモンガ様からの御命令に、皆が張り切り過ぎていた事も一因かと」

 

「ぇぇ…… そうか」

 

 

 二人の話は難しくて私にはよく分からない。

 それでも何かの集団で村を助けに来てくれたという事だけは理解出来た。

 

 

(あ、尻尾がある…… でも、大丈夫だよね)

 

 

 たとえ人間ではなくても、彼はモモンガの仲間だ――それが分かると、不安で身構えていた私の緊張は解けていった。

 

 

「もちろんでございます。ナザリックでモモンガ様の御命令に奮起せぬ者などおりません」

 

「そうなのかぁ…… んんっ――報告を続けよ」

 

「はっ。敵の殲滅と村人の保護を優先した結果、村の建物にもそれなりに損害が出てしまい…… 申し訳ありません。モモンガ様の慈悲に救われておきながら、村人達は感謝と恐怖、半々くらいの感情を持っていると思われます」

 

「その程度の事を気にする必要はない。それにお前たちの考えも優先順位としては間違っていない。未知の敵を侮り、こちらが痛手を負うより遥かにマシだ。デミウルゴスよ、情報の少ない状況で良くやった。私はこの者達と村に向かう。隠密と伏兵だけ残して、残りは引き上げさせろ」

 

「ですが、それではモモンガ様の護衛が……」

 

「油断も慢心もするつもりはないが、村にいた敵は殲滅したのだろう? ……まさかとは思うが、私が村人に後れを取るとでも?」

 

 

 低い声を出している時のモモンガは凄い。

 モモンガの声に反応して、デミウルゴスの尻尾がびよんびよん伸びたり縮んだりしてる。

 

 

「いえ、至高の御方であるモモンガ様に対してそのような事は…… ですが、せめて即座に対応出来る形にして頂きたく」

 

「良かろう。ならば伏兵と合流させておけ。村の周囲の警戒も怠るな。何かあれば私に直接〈伝言(メッセージ)〉を寄越せ。デミウルゴスは引き続き全体の指揮を頼む」

 

「……畏まりました。私如きの意見を受け入れてくださり、感謝いたします」

 

 

 デミウルゴスはモモンガに深く頭を下げてから去っていった。

 でも去り際に私の顔を見たような気がする。やっぱり私の事を知ってたのだろうか。それとも顔に何か付いていたのだろうか。

 

 

「――はぁ……よく考えたら早過ぎないか? 俺が飛び出してから十分も経ってないような…… あいつらどんだけ本気出したんだよ。いや、俺も魔法が効かなかったら逃げようと思ってたし、初手は本気の即死魔法を使ったけどさ。でもこの弱さは予想外だった……」

 

 

 デミウルゴスが闇の中に消えていくのを見届けた後、モモンガはがっくりと肩を落とした。

 モモンガは疲れてるのかもしれない。

 それなら後で私が肩でも揉んであげようかな――でも骨だから意味がないかも。

 

 

「――チュートリアルのスライムかよ。そんな雑魚にレベル百のパーティ使うとか、オーバーキル過ぎる…… あぁ、確かに『村の者達を確実に助けられる部隊を出せ』って言ったの俺だけど……」

 

「モモンガ、大丈夫?」

 

「っあ、ああ!! 私は大丈夫だ。村の方は私の配下の者が既に助けてある。だが、全員は救えなかったようだ……」

 

 

 申し訳なさが滲んだモモンガの声。

 さっきの会話で村の人達が全員助かった訳じゃないのは分かっている。でもそれはモモンガが悪い訳じゃない。

 

 

「すまない。私がもう少し早く気がついていれば……」

 

「そんなっ、モモンガのせいじゃないよ」

 

「妹の言う通りです。妹を、村を助けてくださり本当にありがとうございます」

 

「気にするな。村を救ったのは私ではないが、配下には後で礼を伝えておこう。さて、そろそろ私達も行こうか。〈全体飛行(マス・フライ)〉」

 

 

 お母さんとお父さんは無事なのか、それを確認するのは怖い。でもいつまでもここで待っていても仕方がない。

 いつの間にか黄金の杖をどこかに仕舞い込んだモモンガに促され、魔法でふわりと浮かび上がった私達は村に向かった。

 

 

「――はぁ、命令丸投げしてこっちに来たのは不味かったかなぁ。でもネムがピンチだったんだから仕方ないじゃないか。見つけて直ぐに動いてなかったらもっと被害が出たかもしれないし……」

 

 

 村に戻るまでの間、モモンガは悩むようにずっと一人で小さく何かを呟いていた。

 さっきも独り言が多かったし、凄いアンデッドでも色々苦労しているんだろうな。

 

 

「――あぁ、俺たちの事、なんて説明すれば…… うっ、建物どれくらい壊したんだろう。村の人達に謝らないとなぁ…… お詫びにこっちで建て直すか? あっ、顔隠さないといけないんだった」

 

 

 助けてくれたのはモモンガで、悪い事なんて何もないのに。モモンガはとっても責任感が強い。

 村に着いたら私がみんなに説明してあげよう。モモンガは悪いアンデッドじゃないんだよって。

 

 

「ねぇ、ネム。結局この方は何者なの?」

 

「私の友達だよ。夢にあるお城に住んでて、とっても綺麗なんだよ。あっ、寝てる時にモモンガとは会ったんだ。あとね、モモンガは魔法が色々使えて――」

 

 

 モモンガが一人で思考に集中している中、困惑した表情の姉が小声で尋ねてくる。

 私はとりあえず村に着くまでの時間で、精一杯モモンガの良いところを姉に頑張って伝えてみた――

 

 

「――それで約束したら来てくれたんだよ。凄いでしょ?」

 

「あはは…… モモンガ様は凄いお方なんだね。うん、凄すぎて何言ってるのか理解しきれないけど……」

 

「あー、ネムよ。姉も困っているようだし、私の正体は秘密にしておこうか」

 

「うん、分かった……」

 

 

 ――でも、結局モモンガの正体がアンデッドだという事は、村のみんなには秘密にする事になった。

 ごめんね、モモンガ。私じゃお姉ちゃんにすら上手く伝えられなかったみたい。

 

 

 

 

 村に着いてから両親を探すと、奇跡的に二人とも生きていた。

 どちらも剣で刺されて死ぬ寸前だったらしいが、突然現れたメイドが治癒の魔法で助けてくれたそうだ。

 

 

「お母さん、お父さんっ!!」

 

「ああ、ネム、エンリ!! 二人とも無事だったか……」

 

「エンリ、ネム、本当に無事で良かったわ……」

 

 

 この村を直接助けた人達は既に帰っており、今は誰も残っていない。だけどモモンガの部下である事は告げていたらしい。

 仮面を着けたモモンガがさっきまでいた集団の主人だと名乗っても、それ程怪しまれる事はなかった。

 でもモモンガは村のみんなから少し怖がられていたように思う。

 村長の家で報酬の事とか色々話していたみたいだけど、モモンガ曰く「営利目的の集団と思われた方が向こうも安心するだろう」との事だった。

 

 

「なんでそんなに怖がるんだろう。モモンガは優しいのに……」

 

「ネム、モモンガ様は村の事を心配してくれているの。だから本当の事は言っちゃダメよ」

 

「うん、言わないよ……」

 

 

 モモンガ達は魔法の実験に失敗して、この辺りに集団転移してきた旅人の集団。

 そして偶然近くの村が襲われている事に気がつき助けに来た――という設定の作り話を村のみんなに伝えていた。

 私とモモンガが友達であるという事も、不自然だから周りには秘密のままだ。

 

 

(モルガーさん…… それにあの子も…… っ私は生きてる。だからしっかりしなくちゃ!!)

 

 

 助からなかった人の中には近所に住んでいた人、一緒に遊んだ事のある友達――自分のよく知る人達も当然いた。

 家族を失った人は泣き崩れていたが、それでも今は立ち上がっている。

 亡くなった人達の葬儀も終わったばかりだが、それを悲しみ続けてもいられない。

 

 

「お姉ちゃん、こっちは終わったよ」

 

「ありがとう、ネム。次は村長さんの所にこれを届けてくれる?」

 

「うん、分かった」

 

 

 私に出来る事は少ないが、今は少しでも人手が必要とされている。子どもだからと自分だけ休んではいられない。村のみんなも一生懸命働いているのだ。

 荒れてしまった村の片づけを手伝っている途中、私はモモンガと村長が不安気に話しているのを見つけてしまった。

 

 

「どうかされましたか、村長殿」

 

「ああ、モモンガ様。実はこの村に騎士風の者達が近づいているようで」

 

「なるほど…… 分かりました、それでは――」

 

 

 村長とモモンガだけを広場に残して、村のみんなは村長の家に向かっている。

 私も家に行くように言われたが、少しだけモモンガと話がしたかった。

 

 

「モモンガ……何かあったの?」

 

「この村に何者かが向かって来ているらしい。でも大丈夫だ。きっとこの村を助けに来てくれた人達だよ」

 

「本当?」

 

「ああ。それにもし悪い人達だったら、私が魔法でやっつけるから安心しろ。さぁ、もう行きなさい」

 

「うん、また後でね…… モモンガも気をつけてね」

 

 

 家族をこれ以上待たせる訳にもいかない。私は家族と一緒に、村のみんなが集まっている村長の家へと急いで向かった。

 走りながら後ろを振り向くと、私に軽く手を振るモモンガの姿が見える。

 そしてその背後に、馬に乗った人が近づいて来ているのが見えた。

 

 

「――私はリ・エスティーゼ王国"王国戦士長"ガゼフ・ストロノーフ――」

 

 

 襲って来た騎士達とは違う格好だ。それでも鎧姿は嫌な記憶が蘇ってくる。

 何も出来ない私は心の中で祈った。

 どうかあの人が悪い人じゃありませんように――もしもの時はモモンガが負けませんように、と。

 

 

 

 

 ガゼフは数十人の部下を連れ――帝国の騎士と思しき集団に襲われているとの報告があった――辺境の村を救うべく行動していた。

 しかし、駆け付けた村は既にどれも壊滅状態。悲劇を食い止める事は出来なかった。

 

 

「この村もか……くそっ。周囲を警戒しつつ、生き残りを探せ!!」

 

「はっ。了解しました」

 

 

 焼け落ちた村で助けられたのは、息を潜めて地下の物置などに隠れていた数名のみ。その僅かな生存者のために、部隊から人を割いてエ・ランテルまでの護衛を用意した。

 そのため一つ、二つと襲われた村を見つける度、部隊の戦力は減り続けていった。

 

 

「ガゼフ戦士長、これは確実に罠です。戦士長もお気づきでしょう」

 

「だがここで退けば、それこそ確実に民は犠牲となる」

 

「ですがっ、貴族どものせいで明らかに戦力が足りていない…… 一度皆でエ・ランテルまで引き返すべきです。例え残りの村が犠牲になろうとも、最強の戦士である貴方を失う事に比べれば……」

 

 

 貴族の横槍が入り、ガゼフは本来の最強装備――王国の至宝を装備していない。

 そして王から出動を許可された人数もたったの五十名だけ。

 おそらくこれは罠に違いない。全て副長の言う通りだ。だが、それでも自分には退けない理由がある。

 平民であった自分を取り立ててくれた王に対する忠義のため。そして、この国を愛し、守護する者の一人として。

 

 

「私は平民出身だ。村の生活は死と隣り合わせ、モンスターに襲われる事も珍しくはない……」

 

「私も平民出身ですので、それは分かります。誰も助けに来てくれない事が当たり前でしたが……」

 

「そうだ。だが心のどこかで期待していただろう? 貴族や冒険者、力ある者が救いの手を差し伸べてくれないかと。だからこそ、我々が示そうではないか。危険を顧みず、弱き者を助ける――強き者の姿を」

 

 

 ガゼフは危険を知りながらも諦めず、一人でも多くの人を助けるために次の村へと進み続けた。

 そして最後に辿り着いた辺境の村――カルネ村を目にした瞬間、ガゼフは驚きとともに自らの無力さを嘆いた。

 

 

「なんだこれはっ!? くっ、我々は間に合わなかったのか……」

 

 

 酷く飛び散った血痕。壁が粉々に破壊された家。焼け焦げた地面。深く抉れた大地。

 ――まるで怪物が暴れ回ったような有様だ。

 今まで見てきた他の村の様子とはかなり違ったが、襲撃を受けた後である事は明白だった。

 

 

「ガゼフ戦士長、前方に人の姿が」

 

「なにっ、生存者か?」

 

 

 村の中へ馬に乗ったまま駆け込むと、広場に二人の人物が立っていた。

 一人は四十代半ばだと思われる男性。どこの村にもいる普通の平民だろう。

 

 

(あれは……何者だ?)

 

 

 だが、もう一人は異様な格好をしていた。

 身に纏っているのは豪華な闇色のローブ。その手は無骨な籠手に包まれ、顔には仮面を着けている。

 どう見てもただの村人には見えない。

 

 

「――私はリ・エスティーゼ王国"王国戦士長"ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士達を討伐するため、王の御命令を受け、村々を回っている者である」

 

「おお、王国戦士長様が……」

 

「この村の村長だな? 隣にいるのは一体誰なのか教えてもらいたい」

 

「はい、この方は――」

 

 

 村長に紹介され、彼こそがこの村を救った旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)であると教えてもらった。

 正確には彼の指示を受けた部下達が、襲われていたこの村を助けたそうだ。

 彼ら自身も転移の事故というトラブルの最中だったというのに、村を襲った騎士達を一人残らず殲滅し、その上村人達の治療まで行ったのだと言う。

 

 

「モモンガ殿。この村を救っていただき、感謝の言葉もない」

 

「いえいえ。私達も偶然に通りがかっただけですから。それに報酬もいただいておりますしね」

 

 

 助けた理由を気軽に告げるその姿に、なんと人徳ある御仁なのだと思った。

 神殿の神官達に魔法で治療してもらう場合、かなりの大金が必要だ。それこそ普通の平民ではまず払えない金額だ。

 村を救った事も考えれば、きっと彼らは正当な額の報酬など受け取っていないだろう。しかし、それを不満に思っている様子もない。

 

 

「申し訳ない。緊急だと判断し、仲間達も少々手荒にやってしまいました。証拠となる死体や鎧も、あまり状態が良いものは残っていないのですが……」

 

「はははっ、村を救っていただいたのだ。モモンガ殿がそのような事までに気にされる必要はない」

 

 

 体格に似合わず謙虚な物言いに思わず苦笑してしまう。だが、その誠実さはガゼフ個人としては非常に好感が持てた。

 冒険者などが無償で治療する事は法で禁止されているが、それは言わずに目を瞑った。

 村を救った事に比べれば些細な事だが、今の自分に返せる事などこの程度しかない。

 

 

「よければどこか話せる場所を貸していただけないだろうか。詳しい状況を――」

 

「――っガゼフ戦士長!!」

 

 

 もう少し詳しい話を聞きたい所だったが、その時部下の一人が真剣な様子で駆け寄って来た。

 

 

「どうした。何があった」

 

「戦士長、周囲に複数の人影が。村を囲うように接近しつつあります。魔法詠唱者と思われる者達が最低でも三十人以上かと」

 

「なんだと!?」

 

「天使のようなモンスターを召喚しているのも確認しております。このままでは完全に包囲されるのも時間の問題です……」

 

「不味いな。至急皆を集めろ」

 

 

 ――魔法詠唱者による天使の召喚。

 そんな事が可能な魔法詠唱者を大量に用意出来るとなると、相手は恐らくスレイン法国に違いない。

 それも神官長直轄の特殊工作部隊――六色聖典のいずれかだろう。

 ガゼフは思わず歯噛みする。

 

 

(貴族派閥だけでなく、他国――スレイン法国にまで命を狙われるとは……)

 

 

 つまりこれまで帝国の騎士と思われていた謎の集団が、王国の村を襲っていたのはスレイン法国の偽装工作。自分を誘き寄せるために法国が仕掛けた作戦だったのだ。

 

 

「モモンガ殿、よければ雇われ――」

 

 

 今の自分たちの戦力では勝てない。だが、この村を救ったモモンガの仲間達がいれば、協力する事で何とかなるかもしれない。

 そう判断したガゼフは向き直って声をかけようとした――が、先程まで話していたモモンガの姿は綺麗さっぱり消えていた。

 

 

「――なっ!? ……村長殿、モモンガ殿はどちらに?」

 

「も、申し訳ありません。私も気づいたら隣にいたモモンガ様がおらず……」

 

 

 まさか逃げたのか。いや、これで彼を責めるのは間違っている。

 そもそも彼らはこの国の者ではないはずだ。無関係にもかかわらず、義憤によって賊を討伐し、村人に治療まで施してくれたのだ。

 既に一度村を救ってもらっておきながら、何の恩も返さずに再び命を懸けてくれなど、国に仕える兵士として恥ずべき事だ。

 

 

(私は王国戦士長。王を御守りし、国を害する敵を倒すための剣だ。今度こそ自らの手で民を救わなければならない)

 

 

 ガゼフは集まってきた部下の顔を見て、村を救うために囮になる決意を固める。

 

 

「村長殿、我々は今から敵の包囲網を突破します。出来るだけ敵を引き付けますので、その間に村の者達は反対側から脱出を」

 

「戦士長様…… 分かりました」

 

 

 村長は一度驚いたような顔をしたが、生きるための強い意思を持って頷いてくれた。

 そうだ。私はこのような者達を救うために来たのだ。何も迷う必要はない。

 

 

「お前達、我々は今から村を出て敵に突進攻撃を仕掛ける!! 包囲網を突き破り、全ての敵を村から引き離せ。然るのちにそのまま撤退だ。いいか、絶対に生きて――」

 

 

 ――突如として空気を震わせる轟音が響いた。

 

 

「――今のは一体なんだ!?」

 

 

 部下に激励していたガゼフは音の正体を探るべく、咄嗟に村の外へ顔を向けた。

 村の外に広がる草原。その遥か先で何かが光り、再び爆音が連続して轟く。

 音が静まり返ってからしばらくの間、ガゼフ達は動かずに様子を見ていた。

 

 

「――突然席を外してしまい申し訳ない。偵察に出ていた仲間から連絡があったもので」

 

「モモンガ殿!?」

 

 

 すると唐突にモモンガが目の前に現れた。

 先程消えたと思ったのは魔法で転移していたのだろう。この魔法がどれほど凄い事なのか、魔法に詳しくない自分では判断が出来ない。

 だが、この正体不明の仮面の御仁からは、底知れぬ何かを感じる。

 

 

「転移の魔法か…… モモンガ殿、貴方は一体何を……」

 

「不快な連中が村の外にいましたので――撃退してまいりました。いやぁ、実に手強い相手でした。仲間達と協力して戦ったのですが、残念ながら一部は逃げられてしまいました」

 

 

 ――逃げられたというのは嘘だ。

 この短時間で撃退したという事の方が信じられないはずなのだが、それ以上に敵は全滅していると戦士の勘が告げている。

 だが、そもそも村を包囲していたはずの敵をどうやって集めたのだろうか。それとも仲間とやらが各個撃破していったのか。

 どのような方法を使ったのか全く見当もつかない。

 

 

「倒した敵の死体や装備はそのままにしてあります。同じ事の繰り返しで申し訳ないが、原型を留めていない物が多いと思います。証拠になるかは分かりませんが、好きにしてください」

 

「ああ…… 二度も村を救っていただき、感謝する……」

 

 

 この言葉の意味を真に理解するのは、ガゼフ達が村を出て帰路に就いた時だった。

 戦いが行われたであろう場所を見て、戦士団は全員絶句する。

 焼け焦げた地面。深く抉れた大地。バラバラに千切れた衣服鎧の切れ端。もはや肉片しか残っていない死体。

 ――まるで怪物が暴れ回ったような有様だ。

 

 

「モモンガ殿…… 本当に貴方は何者なのだ……」

 

 

 この村に来た時の違和感に答えは出たが、それ以上の謎は残ってしまう。

 かき集めても三人分程度にしかならなかった証拠を回収し、無傷の戦士団は王都に帰っていった。

 部下に犠牲が出なかったのは素直に嬉しい。だが、ガゼフはこの謎の魔法詠唱者の情報により、特大の疲労を抱える羽目になった。

 

 

 

 

 やっぱりモモンガは凄い。

 私達が村長の家に隠れている間に、モモンガとその仲間達が悪い人達を全部やっつけてくれたらしい。

 村はボロボロだし、やる事も沢山あるけど、とりあえず村のみんなもほっと一息つくことが出来た。

 

 

「モモンガ、もう行っちゃうの?」

 

「悪い人達はもういなくなったからな。そろそろ私も家に帰るよ」

 

「うん、分かった。モモンガ、今日はみんなを助けてくれて本当にありがとう。じゃあね……」

 

 

 家の前でちょっとだけ話をしていたが、とっくに夕日も沈んでいる。これ以上引き留めるのは私の我儘になるだろう。

 そう思って口にするのを我慢していたが、話したい事が顔に出ていたのだろうか。

 モモンガは黙っていた私に優しく声をかけてくれた。

 

 

「ネム、これからは夢の中じゃなく、この村に私から遊びに来てもいいか?」

 

「また来てくれるの?」

 

「もちろんだとも。お互いに今は忙しいだろうけど、落ち着いたら必ず来るよ」

 

「うんっ!! 待ってるね、約束だよ!!」

 

「ああ、すぐには来れないかもしれないが、約束だ」

 

「またね、モモンガ」

 

「またな、ネム――」

 

 

 あの時出来なかった指切りをしてから、モモンガは魔法で自分のお家に帰っていった。

 

 ――人じゃなくなった俺を、受け入れてくれてありがとう……

 

 魔法で姿が消える寸前、私に何か呟いていたような気がするけど、残念ながら声が小さすぎて聞き取れなかった。

 

 

「ネム、モモンガ様は帰られたの?」

 

「うん、今帰ったよ。また遊びに来てくれるって」

 

「そっか…… 色々びっくりしたけど、その時はまたお礼を言わないとね。ほら、そろそろ家の中に戻りなさい」

 

「はーい」

 

「……ネム、いつもみたいに早く眠りたいって、言わないの?」

 

「もう早く寝るのはいいかな」

 

「そうなの? うーん…… でも、もう少ししたら寝る時間だからね」

 

「うん、分かってるよ。そうだ、お姉ちゃんに前に見た夢の内容、教えてあげるね――」

 

 

 でも別に構わない。気になるけど、また次に会った時に聞けばいいのだ。

 絶対にモモンガはまた会いに来てくれる。

 だってモモンガは――夢が覚めても、私の()()だから。

 

 

 




虫「あの……セバスを見て私を思い出すシーンは? 精神の変化とか、仲間への執着とか、私の出番とか、結構大切な部分なんですが……」
鳥「え? 幼女がピンチなのに悩む必要ある?」
悪「回想で正義降臨出来なくて残念でしたねぇ」


転移前に友達認定しているので、異世界に転移してモモンガの精神が変化しても、ネムはもちろん友達枠に入ってます。
ギルドメンバーではないけど、友達がいる分モモンガの心労は少しだけ減る――かもしれない。
ナザリック側の活躍はカットしていますが、転移後はギルドの隠蔽だったりみんな結構働いていました。


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プレゼンをするお友達

モモ「――未知の世界を冒険し、一つ一つ制覇していくのも面白いかもしれないな」
デミ「っ!?」
モモ(夜空綺麗だなぁ。この世界を冒険とかしたら楽しそうだなぁ)
デミ(世界を制覇……なる程、世界征服ですね)

不思議の国のアリスをイメージして書いた一話完結の短編だったので、転移後の話は完全にタイトルと関係なくなってしまいました。



 騎士の集団に村が襲撃されて――私がモモンガと再会してから、一週間が経った。

 あの日、沢山の村の建物が壊され、多くの村に住む人が亡くなった。確かに一度、村はボロボロになってしまった。

 普通なら元通りになるのに何ヶ月も、もしかしたら年単位で時間が掛かっていたかもしれない。でも今のカルネ村は人口こそ減ってしまったが、既に以前と近い姿を取り戻している。

 実のところ村の井戸や倉庫、住んでいた家などは、全て数日前に修理が終わっているのだ。

 

 

「私の配下が壊した物は責任を持って修理、あるいは建て直しをさせて頂きます」

 

 

 村が襲われた次の日。朝早くから来てくれたモモンガは、村長夫妻の家を訪れてそう告げたらしい。

 そしてモモンガと一緒に来た集団が、村の物をあっという間に直してしまった。

 ただしその人達の正体は分からない。

 作業をしていた人達は、みんな体をスッポリと覆う上着を着ていたのだ。

 だから私達はどんな人か知らない。頭から隠していたので、彼らの顔すら見ていない。

 飲まず食わず休まずの超速作業。村のみんなもその人達の仕事の早さには驚いていた。

 

 

(多分、顔とか隠してるのって、モモンガと同じ理由なのかな?)

 

 

 でも私にはちょっとだけ正体に予想がつく。

 モモンガの仲間はきっと人間じゃない――私は別に気にしないけど、大人の事情とか気遣いというものなんだろう。

 

 

「おっと魔法が滑ったー。〈衝撃波(ショック・ウェーブ)〉あー、申し訳ない。私の不注意でまた壊してしまった。こちらも修理させて頂きます」

 

 

 それは誰の目から見ても演技だと分かった。

 仲間達が他の所で作業をしている時、モモンガは元から壊れていた場所――騎士達が壊した場所に魔法を撃ち込んでいた。

 そうする事で理由を作り――モモンガの仲間が壊した物だけでなく――騎士達が壊した物も、全て無償で直してくれたのだ。

 

 

(やっぱりモモンガは優しいよね……)

 

 

 その優しさが伝わったのか、それからモモンガの事を怖がる人はいなくなった。

 でも何かを思い出したように「あの美人だけどヤバいメイド達の主人とは思えない」「騎士の頭を拳で爆散していた執事が言ってたが、慈悲深いとは本当だったのか」「ダークエルフの鞭恐い」「黒い戦斧を振り回す女戦士恐い」って言う人はいっぱいいた。

 多分他の仲間の事だろうけど、どういう意味なんだろう。

 

 

「慌ただしくてすまんな。今度はちゃんと遊びに来るからな」

 

「うん、待ってるね。モモンガも無理しないでね」

 

「ああ、ネムも体には気をつけてな」

 

 

 作業をしている仲間をそのまま村に残し、モモンガはその日の内に帰っていった。

 そしていつの間にか作業を終えたのか、仲間の人達も数日以内にいなくなっていた。

 以来、私は家の手伝いを頑張りながら、今日までずっとモモンガが来るのを待っている。

 

 

「モモンガ、次はいつ来るのかな……」

 

 

 家でお昼ご飯を食べた後、私は一人で家の外に出ていた。

 村の人手が足りなくて、両親はとっても忙しそうにしている。もちろん、姉も同じだ。

 本当はもっと色々手伝いたいけど、今の自分に出来るのは邪魔をしないようにする事だけ。

 だからお昼の休憩くらいは、私に構わずゆっくりして欲しい。

 

 

(近所のおじさん、今日は凄い元気だなぁ)

 

 

 特に何も考えずに歩いていると、異様に機敏な動きで作業をしているおじさんを見かけた。

 遠目から観察すると姿がブレて見える。一つ一つの動作をする度にシュパッ、シュパッと音が聞こえてきそうだ。

 

 

(集中してるみたいだし、邪魔しちゃ悪いよね)

 

 

 昨日見た時はあんなに風じゃなかった気もする。何があったのか気になるけど、忙しそうだし声をかけるのはやめておく事にした。

 一人でどうやって時間を潰そうか迷っていると――私の目の前に闇が現れた。

 

 

「――数日ぶりだな、ネム。元気にしていたか?」

 

 

 宙に浮かぶ闇から出て来たのは、私が待ち望んでいた友達だ。

 前と違って地味なローブを着ているし、変な仮面で顔も隠れている。

 でも私にはその声と雰囲気で分かった。間違いなくモモンガだ。

 

 

「モモンガ!! 遊びに来てくれたの?」

 

「ああ、これからは気兼ねなく遊べるぞ。時間はかかったが、やっと仲間達を説得出来たんだ」

 

「やったー!! あっ、説得って何?」

 

「いや、護衛がいないのは危険だ何だと、色々と言われて大変だったんだ……」

 

「あれ? でもモモンガは今一人だよね?」

 

 

 思わず喜んだが、モモンガは無理をしていないだろうか。

 モモンガは部下が沢山いるみたいだから、その人達から何か言われたのかもしれない。

 でも、その割にモモンガの周りには誰もいない。

 

 

「厳密には一人という訳でもないんだが…… まぁ気にしなくていい。ところでネムよ、前にしたもう一つの約束を覚えているか?」

 

「約束? ……っあ!!」

 

 

嬉しそうなモモンガの問いかけに一瞬首を傾げるも、直ぐにその約束を思い出した。

 

 

「冒険だ!!」

 

「そう、冒険だ!! この世界には冒険者というのがいるのだろう。ネム、私と一緒に冒険者をやってみないか?」

 

 

 冒険者の事なら知っている。

 薬師のンフィーレアが森に薬草採取をしに来る時――姉に会うための口実かも――一緒に連れて来ているのを何度か見た事がある。

 

 

「やりたい!!」

 

「それは良かった。じゃあ早速両親に許可を貰いに行こう。ネムはまだ未成年だから、こういうのはキッチリとしておかないとな」

 

「お父さんとお母さん、許してくれるかな?」

 

「そこは私に任せておけ。こう見えて営業、交渉にはそこそこ自信があるんだ」

 

 

 モモンガはとっても自信有り気に見える。

 もしかしたら色んな凄い魔法とかを使う時よりも自信に満ち溢れているかもしれない。

 

 

(営業とかよく分からないけど、モモンガなら大丈夫だよね)

 

 

 あの大きな机のある部屋で、私はモモンガの色んな冒険の話を聞いた。その時から私はずっと憧れていた。

 そんな冒険に、遂に自分がモモンガと行ける。そう考えるとワクワクした気持ちと期待が止まらない。

 

 

「うん、モモンガに任せる!!」

 

 

 それに、冒険者になってお金がちょっとでも稼げたら――私でも、少しは家族の役に立てるよね。

 

 

 

 

 これは一体どういう状況なのだろうか。

 目の前にいるのは地味なローブを纏い、仮面と籠手を身に着けた人物。総評すると全く地味ではなく、むしろ非常に怪しい人物。

 だが私達夫婦の命の恩人――赤毛のメイド――の主人であり、この村にとっても大恩人と言える方だ。

 

 

「お父さん、お母さん。私、モモンガと冒険者になる!!」

 

「突然の事ですみません、エモットさん。ネムと冒険に行きたいのですが、許可して頂けないでしょうか?」

 

 

 そんな凄い方――モモンガ様を連れて来たのは、非常に生き生きとした笑顔を見せる一番下の娘だ。

 何故か仲が良いとは聞いていたが、全く意味が分からない。

 

 

「あの、モモンガ様。流石にそれは……」

 

「もちろん大切な娘を心配するお気持ちは理解しております。そこで、先ずはこちらをご覧下さい」

 

 

 突然に取り出されたのは、材質が不明の白い板。

 何やら色々と書かれているが、まるで状況が理解出来ない。

 

 

「冒険と言えば危険が付きもの……やはり気になるのは安全面でしょう。ですが大丈夫です。こちらの指輪があれば――」

 

 

 更に二つの指輪を取り出して見せてくれるが、こちらはただの農民だ。

 価値がある物だとは分かるが、その先の効果の理解までは及ばない。

 

 

「私は『安全』『楽しい』『凄い』をモットーに冒険をしようと思っております。当然ネムの希望も――」

 

 

 一体私は何を見せられているんだろうか。

 恐らく魔法によるものだと思うが、空中に冒険者の絵が浮かんでいる。

 先程から隣に座っている妻や、長女のエンリも固まってしまい、二人とも目が点になっている。

 でもネムだけはキラキラと目を輝かせている。

 

 

「依頼を受ける際など、難しい大人との交渉は私が責任を持って行わせて頂きます。もちろん報酬はネムと完全に折半し、御希望であれば明細書を――」

 

 

 完全に理解するのは諦めた。

 ただ一つ分かった事は、この方は本気で娘と冒険に行きたいという事。まるで友人と遊びに行きたいと言っているかのようだ。

 その気持ちに裏表はなく、本当にそれだけだと感じる。

 

 

「私はホワイトな冒険を望んでいるので、長時間労働もありません。門限は親御さんの希望に合わせ、行き帰りの送迎も完備しております」

 

 

 モモンガ様が提案される事は、どれも限りなくこちらの事情を配慮してくれている。

 それは本当に冒険者なのか。ピクニックの間違いではないのか。思わずそう言いたくなる程に。

 

 

「――本企画は娘さんを成長させてくれる、そんな貴重な経験となる事でしょう。私、モモンガが自信を持ってお約束させて頂きます。……如何でしょうか?」

 

「凄い凄い!! 完璧だよモモンガ!! お父さん、お母さん、冒険者になってもいいでしょ? お金も少しは稼げるようになるよ?」

 

 

 仮面の人物に向けられた、本当に嬉しそうな娘の屈託のない笑顔。

 ――本当に内容を理解していたのか娘よ。

 そしてこちらを見た時の――私達、家族を気遣う様な表情。

 ああ、私はなんて情けない親なんだ。

 

 

「エンリ、ネムを連れて少しだけ出てくれないか。モモンガ様と私達だけで話したい事がある」

 

「お父さん…… 分かった。ネム、ちょっとだけ外に行きましょ」

 

「はーい」

 

 

 二人の娘達が家を離れた後、私と妻は真剣な顔をして姿勢を正す。

 

 

「モモンガ様……申し訳ありませんが、娘を冒険者にする事は出来ません」

 

「何かこちらに至らぬ点があったでしょうか?」

 

「そうではありません。貴方様の御力があれば、娘は冒険者となっても怪我一つしないでしょう」

 

 

 この方自身にも問題はない。私達のような平民に対しても、しっかりと礼を尽くしてくれる立派な方だ。そしてその力も申し分ない。

 きっと約束通りネムを守ってくれるだろう。

 

 

「ですが、それはあの子の力ではない。娘には、そんな無責任な仕事をさせたくないのです……」

 

 

 娘に寂しい思いをさせている自覚はある。

 娘が無理をしているのも知っている。

 そんな駄目な親であっても、子供には立派な大人になって欲しい。これが私の本音だった。

 これが既に十六歳のエンリであれば――本人が冒険者をやりたいと言えば――やらせたかもしれないが。

 

 

「……なるほど、確かにこれではネムの成長にはなりませんね。申し訳ない。私とした事が浮かれて失念していたようです」

 

「モモンガ様に非はありません。私も娘の気持ちを思えば、冒険に行かせてやりたいと思います。……最近のあの子はとても良い子です。良い子になってしまった……」

 

 

 あの日から、娘は我儘を言わなくなった。

 以前は天真爛漫で、よく私達を困らせていた快活な娘だった。そんなネムが、最近では自分から進んでお手伝いをするようになった。

 私達に迷惑をかけないように、気遣うようにいつも笑顔を作っている。

 

 

「モモンガ様と一緒に来たあの子は、久しぶりに心から笑っているように見えました。娘からのお願いも久々でした……」

 

「そうでしたか…… 話は変わるのですが、ネムと私の関係について、どの程度ご存知ですか?」

 

 

 今更だが、この方と娘の関係はよく知らない。

 ネムが心から信頼しているという事。本人も凄い魔法詠唱者(マジックキャスター)で、かなり力のある集団を率いる主人である事。それ以外はほぼ知らないと言っていい。

 

 

「いえ、長女のエンリからも何故か仲が良いとしか……」

 

「私もネムからは、モモンガ様は友達だと聞いているくらいで……」

 

「では、少し話を聞いて頂きたい。こんな怪しい風貌の私に、お二人は誠意ある対応をしてくださった。私も誠意を見せたいと思います」

 

 

 真剣な様子で、そしてどこか楽しそうに、モモンガ様は娘との出会いを話してくれた。

 

 

「あの子と初めて会ったのは、私の家の中でした。彼女は私の見ていた夢に迷い込んだのです」

 

「夢、ですか……」

 

「ええ、恐らくタレントか何かでしょう。無意識でしょうが、他人の夢に入れるのかもしれませんね。机の上に見知らぬ少女が立っていたので、私も驚きましたよ」

 

 

 荒唐無稽だが、嘘を言っているようには見えない。

 娘にそんな力があったとは知らなかった。

 でも以前、夜になると早く寝るようになった理由もこれで合点がいった。

 娘に言われた時は理解出来ていなかったが、本当にネムは夢の中で遊びに行っていたのだ。

 

 

「ネムは最初、私の顔を見たとき『お化け』だと言って驚いていましたよ」

 

「娘が大変失礼な事を……」

 

「気にしないでください。事実ですから。それでその後、ネムが机から落ちそうになったのを助けたのですが…… 二言目は『私の事を食べたりしない?』でしたね」

 

 

 割と最悪な出会いではないだろうか。

 だが、モモンガ様は別段怒っているようには見えない。むしろ微笑ましい思い出程度に捉えているようだ。

 モモンガ様は常に仮面で顔を隠されているが、その素顔はそれ程怖い顔だったのか――

 

 

「ですが、ネムは最後に私に向かって『助けてくれてありがとう』と、ちゃんとお礼を言いましたよ。こんな私にね――」

 

「っ!?」

 

 

 ――これは確かに怖い。思わず死を覚悟してしまった。

 あっさりと目の前で外された仮面。その下に隠されていたのは、皮も肉もない完全な骸骨だった。

 

 

「アンデッド、だったのですか……」

 

「ええ、その通りです。私はアンデッド……不死の肉体を持つ化け物です」

 

 

 眼窩に淡い灯りが灯った骸骨。

 穏やかな声に反して、その見た目は恐ろしいの一言に尽きる。

 悲鳴こそあげなかったものの、私も妻も体が僅かに震えてしまった。

 

 

「こんな私にネムは友達だと言ってくれたのです。だから私はこの村を救いました」

 

「全てではありませんが、色々と納得しました…… 正直なところ、貴方様の事を怖いとも感じています」

 

「……アンデッドは生者の敵。そんな存在と仲良くなるなど、あまり褒められた事ではありませんから。それが普通だと思います」

 

 

 モモンガ様はそれが当たり前だと言い、どこまでも穏やかな様子が崩れない。

 目を瞑ればそこに人間がいると、正体を知った今でもそう思うだろう。

 

 

「――ですが、改めてお礼を言わせて下さい。私達を、この村を救って頂きありがとうございました」

 

「本当にありがとうございました」

 

 

 確かに恐ろしいし、アンデッドは生者の敵だ。だが、目の前のアンデッドが私達を助けてくれたのだ。たとえ人間ではなくとも、この村を救った恩人である事実は変わらない。

 妻と一緒に頭を下げると、目の前のアンデッド――モモンガ様は驚いたようだった。

 そして変わる事のない表情のまま、優しい声で小さく笑った。

 

 

「やはりあなた方はネムの両親ですね…… 心配なさらずとも、あの子は前から良い子でしたよ」

 

「ありがとうございます……」

 

「いえいえ、育て方が良かったのでしょう。上の娘さんも、私のこの姿を見た上でお礼を言ってくれましたから」

 

 

 どうやらネムだけでなく、エンリも正体を知っていたらしい。

 だが、周りに話す事は出来ない。これは私達家族だけで秘密にするべきだと思った。

 

 

「おっと、大切な事を忘れるところでした。とりあえず冒険者になるのはやめておきます。ただ、ネムと森へ散歩に行ってもよろしいでしょうか?」

 

「トブの大森林ですか?」

 

「はい。ネムが以前行きたがっていたので、冒険の代わりにと」

 

 

 本来ならトブの大森林も危険な場所だ。

 だが、この方にとっては魔境の探索も森林浴と変わらないのだろう。

 

 

「モモンガ様、娘をよろしくお願いします」

 

「お任せください。ああ、それと一つだけお願いがあるのですが……」

 

「何でしょうか?」

 

「私の事を様付で呼ぶのをやめて頂けないかと――」

 

 

 ――友人の家族にそう呼ばれるのは、恥ずかしいですから。

 

 この方は人ではない。一般的には生者を憎むアンデッドと呼ばれる存在だ。

 しかし、それでもモモンガさんは――ごく普通の、ただの娘の友人なのだろう。

 

 

 

 

 あれだけ期待させておいて、この結果というのは流石に心苦しい。だが伝えなければならない。

 エモット夫妻と話し終わった後、外で待っていたネムに冒険者にはなれない事を告げた。

 

 

「そっか……残念だけど、仕方ないよね」

 

「ごめんな、ネム。代わりと言うわけではないが、今から森に行かないか?」

 

「行く!!」

 

 

 期待の表情から一転、ネムは非常に残念そうな表情を浮かべた。だが、代わりにトブの大森林へ行く事を提案すると、すぐに笑顔に戻ってくれた。

 こうなればもう決まっている。善は急げである。

 

 

「急がないと時間がなくなっちゃう。早く行こ、モモンガ!!」

 

「はははっ、慌てるな。森までは私の魔法でひとっ飛びだ――」

 

 

 村から一番近い場所――始まりの村の次に行く場所など、大抵は雑魚敵しかいないものだ。

 実際アウラ達の調査でも、脅威となるモンスターなどは見つかっていない。

 大した事はないかも知れないが、初めての場所に行くのだ。これも冒険には違いない。ネムと一緒に大自然を楽しませてもらおう。

 

 

「私も本物の森に入るのは初めてだが、結構薄暗いんだな」

 

「本物?」

 

「あー、この世界では初めてって意味だよ」

 

 

 森に入ってすぐの所は人の手が入っており、あまり危険なイメージはない。

 だが、森の奥へと歩みを進めると、その雰囲気が一変する。

 現在の時間帯は昼間で、太陽は一番高い位置にある。明るい時間帯にもかかわらず、背の高い木々が日光を遮り、森全体が薄暗く感じる。

 

 

「なんだかワクワクしてきたな。随分と歩き辛いが、ネムは大丈夫か?」

 

「絶好調だよ。モモンガって本当にいっぱい魔法が使えるね」

 

「まぁな。私ほど多くの魔法を覚えた人は、周りにも中々いなかったからな」

 

 

 太い樹木の根が飛び出た道はデコボコで、草木によって視界も悪い。

 暗がりや木の影から、突然モンスターが飛び出して来ても不思議ではない。

 多少は警戒しないといけないが、ネムの言葉につい気が緩んでしまう。

 

 

「あっ、薬草があった。お土産にしよっと」

 

「何がいるか分からんからな。周りにも気を付けろよ」

 

「はーい。こっちにもあった!!」

 

 

 人の手が届かない場所だからだろう。取り放題とばかりに、ネムはあちこちに生えている薬草を集めていた。

 一応ネムに声をかけたものの、実はありったけの補助魔法は既に唱えてある。正直不安もあまりなかったりする。

 

 

『――侵入者よ。某の縄張りに何用でござる?』

 

 

 一度ここらで引き返すべきか。そう考える程度には時間も経過してきた頃。

 二人で呑気に散策を続けていると、突如どこからか声が響き渡った。

 

 

「ネム、私の近くに……」

 

「うん……」

 

 

 声が反響していて相手の位置が掴めない。

 魔法で探知する手もあるが、若干隙が出来てしまうだろう。

 保険はいくつもあるが、念のため不意打ちでネムが狙われる事は避けたい。

 

 

「姿を隠してないで出て来たらどうだ? 私は逃げも隠れもしないぞ。それとも……姿を見せる事さえ出来ない臆病者か?」

 

『言うではござらぬか。ならば侵入者よ、某の威容に恐れ慄くがよい!!』

 

 

 ――コイツ意外とちょろいな。

 

 自分の挑発に予想よりあっさりと乗り、謎の声の主が二人の前にその姿を現した。

 

 

「こ、これは!?」

 

「凄く、大っきい……」

 

 

 樹々の間から飛び出すように現れたのは、モモンガを上回る大きさの四足歩行の魔獣。

 自分はその見た目に驚きを隠せず、ネムはその巨大さに呆然としている。

 

 

「ふっふっふ……某の姿を見て驚いているようでござるな」

 

 

 魔獣の見た目は非常にデカいジャンガリアンハムスターだった。

 情報系魔法をこっそりと発動してみたが、そのステータスも大したことはない。

 この妙なござる口調と言い、チュートリアル後に出てくる小ボスみたいなものだろう。

 

 

「色々とツッコミたいが、今はネムと散歩中だ。会話シーンはカットさせてもらうぞ!!」

 

「言葉は不要でござるな…… さぁ、命の奪い合いを――」

 

 

 ネムの前で少しだけカッコつけようと、特殊技術(スキル)でオーラを解放しながら――

 

 

「――ふぁぁぁあっ!? 降伏でござるー。某の負けでごさるよー」

 

 

 ――まだ何もしていないのに決着が着いた。

 厳密には〈絶望のオーラI〉を発動したが、本当にそれだけだ。

 

 

「えぇ……」

 

「どうするのモモンガ? 魔獣さん、寝転んじゃったけど」

 

「普通に魔法で殺そうと思ってたんだが……」

 

 

 ぶち殺す気満々だったのだが、この見た目でこうも降伏されるとやる気も削がれる。

 

 

「待ってほしいでござる!! その強さに感服したでござる。某、殿に忠誠を――」

 

「いらん。忠誠とかお腹いっぱいなんでいいです。結構です」

 

「そんなぁぁ……」

 

 

 これ以上は本当にいらない。悪いが即断る。

 涙目でお腹を見せる魔獣がネムの目にはどう映っていたのか。ネムはゆっくりと魔獣に声をかけた。

 

 

「魔獣さんは、悪い魔獣さんなの?」

 

「何をもって悪とするかは知らないでござるが…… むむむ、そうでござるな。自分から人間を襲いに行った事はないでござるよ? 某の縄張りに入った者は殺すと決めているので、別でござるが……」

 

 

 魔獣の言葉を聞き、ネムはじっくりと考えている。そして悩んだ末に、ネムは私にあるお願いをしてきた。

 

 

「うーん……モモンガ、この魔獣さん見逃しちゃ駄目?」

 

「別に構わないぞ。ぶっちゃけどうでもいいしな」

 

 

 本当にどうでもいい。どうせ自分はもうこれ以上経験値は貯まらないはずだし、こんな弱い奴を倒してもたかが知れている。

 ネムのお願いを無視してまで殺すメリットは皆無だ。

 

 

「魔獣さん、勝手に縄張りに入ってごめんなさい。でも、また襲われるのも嫌だから、私と友達にならない? 友達なら入っても良いよね?」

 

「なんと、某の命を助けるだけでなく、友になろうと言うのでござるか……」

 

「やっぱり嫌、かな……」

 

 

 なんてネムらしい発想だろう。流石は骸骨に向かって友達だと言い切っただけはある。

 もしまた魔獣が襲うと言うのなら、今度こそ殺してやろう。

 

 

「嬉しいでござる…… 某を倒して名声を得ようとする者は多かったが、友になろうと言ってくれた人間は、其方が初めてでござる。是非とも、某と友になって欲しいでござる」

 

「そうなの? じゃあ私が初めての友達だね。私の名前はネム・エモットだよ」

 

「ネム殿、よろしくでござる!!」

 

「よろしく!! 魔獣さんの名前も教えてよ」

 

「残念ながら、某にちゃんとした名前はないでござる。以前は森の賢王と呼ばれていたでござるが……」

 

「うーん、そのままじゃ呼び辛いね。じゃあ今から名前、考えようよ」

 

 

 目の前で繰り広げられるハートフルな光景。

 巨大なハムスターと少女の触れ合いは、見ていて非常に和む。

 良かったな魔獣。死なずに済んで。

 

 

「モモンガも一緒に考えよ!!」

 

「殿が名付けて下さるなら、某は一生の誇りにするでござるよ!!」

 

「ん? 名前か……あー、そうだな……」

 

 

 このハムスターのような魔獣につける名前か。ハムスケ、ダイフク、モリケン――いくつか思い浮かぶが、一体どれが良いか。いっそのことネムに決めて貰っ――

 

 

「っあ!!」

 

「思いついた?」

 

「思いついたでござるか?」

 

 

 ――ネムとこの魔獣を見て、名前とは別の事を閃いた。

 これ以上ないほどの素晴らしいアイディアだ。完璧な作戦だ。

 

 

魔獣使い(ビーストテイマー)ならいけるんじゃないか?」

 

 

 

 

 ――私は夢を見ているのか。

 

 森から帰ってきたネムとモモンガ、そして()()()()の存在を見て、エモット家は驚愕に包まれた。

 

 

「いくよ、ハムスケ!!」

 

「了解でござる!!」

 

 

 合図とともに跳び上がるネム――と言ってもそこは子供の筋力。大した高さではない。

 巨大な魔獣――相談の結果、ハムスケと命名された――はネムが跳んだ隙間に尻尾を滑り込ませ、その足を一気に持ち上げる。

 そしてそのまま流れるようにネムはハムスケに跨り、少女と一匹はドヤ顔をキメた。

 

 

「エモットさん、ネムにはどうやら魔獣使いとしての才能があったようです。これなら冒険者としてやっていけるのではないでしょうか?」

 

「ネムが、こんな恐ろしい魔獣を…… いや、しかし、これは……」

 

 

 モモンガからすれば可愛らしいサーカス程度だが、現地民からすれば違った見方になる。

 ハムスケの事を恐ろしい魔獣と認識しているので、それをネムが従えているように見えたのだ。

 

 ――あともう一押しだな。

 

 エモット氏が驚きを隠せない様子を見て、仮面の下でモモンガは笑う。

 

 

「ハムスケ、さん…… 貴方は、本当にネムに従っているのですか? モモンガさんにではなく?」

 

「もちろんモモンガ殿に敬意はあるでござる。しかし、某がネム殿と一緒にいるのは個人的な友誼故に」

 

 

 流石のエモット氏も疑いを隠せなかったのか、勇気を持って直接ハムスケに尋ねた。

 

 

「ネム殿は某を何百年の孤独から救って下さった…… その懐の大きさに感動したのでござる!! だからこそ某はネム殿の友に、いや相棒になったのでござる!!」

 

「ハムスケは私の相棒になったんだよ。さっきのも一緒に練習したんだから」

 

 

 ハムスケは染み染みとその思いを語り、そして強く断言した。そしてそれが間違いではないと告げるネム。

 

 

「エモットさん、私はハムスケに何もしておりません。全てはネムの友になろうという言葉がきっかけです。それに彼女が集めた薬草を見ましたか? あれは正真正銘ネムだけで集めたものです。私には薬草の知識はありませんから、彼女がいたからこそ出来た事です」

 

「娘には、それ程の能力があったのですね……」

 

「今回の事は偶然かもしれません。ですが、娘さんの才能を伸ばすと思って、旅立たせては如何でしょうか…… 週に一度だけでも構いません。私が一緒にいるので、毎日だってこの村に帰って来れますよ」

 

「モモンガさん……」

 

 

 モモンガはエモット氏の肩に手を置き、優しく語りかける。

 そして強張っていたエモット氏の体から、段々と力が抜けていく。

 

 

「ええ、娘の才能を伸ばしてやるのが親の務めです…… ネム、冒険者は危険な仕事だが、本当にやるんだな?」

 

「うん、私冒険者になる。モモンガもいるし、ハムスケも一緒だから大丈夫だよ!!」

 

「そうか……モモンガさんを頼るのは仕方ない。ただ、頼り切りにならないようにな。色んな事を学んできなさい。それからネム、約束だ。必ず無事に生きて帰ってきなさい」

 

「うん!! 私、頑張るよ!!」

 

 

 父と娘の約束、そして抱きしめ合う親子。

 母と姉が見守り、背後の魔獣すらも瞳を潤ませ感動するシーン。

 そんな中、仮面を着けた骸骨は、心の中でガッツポーズをとっていた。

 

 ――計画通り。

 

 今回の事は全てがモモンガの描いたシナリオ通り。

 冷静を装ってはいるが、モモンガの頭の中はネムとの新たな冒険でいっぱいだった。

 

 

(ネムとの冒険楽しみだなぁ。今回の戦い……俺の勝ちだ!!)

 

 

 モモンガというプレイヤーはユグドラシルのPvPにおいて、ロマンビルドでありながら勝率五割を誇る。一度目は負けても徹底して情報を集め、必勝法を見つけて次に繋げる。そんな戦術が得意だった。

 そんな彼が一度プレゼンが失敗したくらいで、友との冒険を諦める訳がない。

 何故なら彼は――リアルのブラック企業を生き抜いてきた、社畜の元営業マンなのだから。

 

 

 




ネム自身の力(ハムスケ&薬草採取)
これには父親も納得するしかない。情報量が増えすぎて判断能力も鈍ってたとは思いますが。
親が子を思う気持ちに心を打たれた――と思わせておきながら、そんな事はなくまるで諦めていないモモンガ様でした。アンデッドになると生き物の死に無頓着になってたり、やはり多少は性格が変わってますね。
モモンガ様に営業をやらせると営業(力技)みたいになってしまった。でもドアインザフェイスも立派な交渉術ですよね。
鈴木悟の時はどんな営業してたんでしょう。




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幕間 悪魔の誓い

今回はナザリック側の話をまとめています。
なのでネムは出ません……
能力確認とか18禁確認など、よくあるシーンは色々省略気味です。


「またね、モモンガ――」

 

 

 ユグドラシルのサービス終了時刻。

 最後まで一緒にいてくれたモモンガの友達――ネムは光の粒子が弾ける様に姿を消した。

 それを見たモモンガも、始めはゲームが終わったのだと思っていた。

 しかし、一向に自身がログアウトする様子がない。サーバーダウンの時間はとうに過ぎたはずなのに、未だに自分は玉座に座ったままだ。

 そして驚くべき事に――玉座の間にいたNPC達が喋り出したのだ。

 

 

(一体何が起こっているんだ……)

 

 

 モモンガはログアウトをするために思いつく限りの手段を尽くしたが、GMコールも繋がらず強制終了も行う事が出来ない。

 更には自身の焦りや興奮といった強い感情が起こった時、強制的に鎮められるという異常事態。もはや仮想世界のゲームという言葉では片付けられない事だらけだ。

 ゲームの世界が現実になったのか。それとも自分がアバターのまま異世界に来たのか。

 ネムはどういう理由で消えたのか。

 玉座の間にいたアルベド達以外のNPCも意思を持ったのか。その忠誠心は高いのか。

 拠点の外はどうなっているのか。NPCは外に出られるのか。

 今の自身の状態、手持ちのアイテム、魔法などの力は使えるのか。

 確認しなければいけない事は無数にある。

 未曾有の事態に巻き込まれた事を切っ掛けに、モモンガはナザリック内外の情報収集を始めるのだった。

 

 

 

 

 ギルド"アインズ・ウール・ゴウン"の拠点――ナザリック地下大墳墓の第六階層に存在する円形闘技場。モモンガの招集を受け、第四、第八階層を除いた守護者達がここには揃っていた。

 彼らがこの世界に来てから初めての忠誠の儀を終えた後。

 この場に集まった者は自らの主人――モモンガの持つ至高の支配者たる器を見て、誰もが身を震わせていた。

 

 

「凄かったね、お姉ちゃん。ぼ、僕もさっきはすっごく怖かったよ」

 

「うん。あたし達といた時は全然オーラ出してなかったけど、さっきのモモンガ様の力の波動は押しつぶされるかと思ったよ」

 

 

 

 その感動は本人が闘技場を去った後もしばらく抜ける事はなく、この場は至高なるカリスマを称賛する声で満たされていた。

 

 

「少し話したい事があるわ。みんな、心して聞いて頂戴……」

 

 

 しかし、一人だけ違う様子を見せる者がいた。守護者統括であるアルベドだ。

 

 

「なにやら大事な話のようだね」

 

「ええ。ここに来る前の事を皆で共有しておきたくて――」

 

 

 彼女にしては妙に覇気のない様子に、デミウルゴスは不吉なものを感じた。

 あまり良い話ではないのだろう。そう考えたデミウルゴスは、ほんの少しだけ身構えていた。

 だが、事は彼の想像を遥かに超えるものだった。

 

 

「――以上が、モモンガ様が玉座の間で仰られていた事よ」

 

「なんという事だ……」

 

 

 それは時間にすれば三十分にも満たない。玉座の間での本当に短い出来事。

 しかし、その内容はあまりにも重い。

 アルベドの話を聞き終わるまでもなく、デミウルゴスは即座に自害したくなる程の後悔に襲われていた。

 聞かされたのはユグドラシル、並びにナザリックは消滅の危機だったという事。

 そして何よりも衝撃だったのが、至高の御方であるモモンガすらこの地で消滅しようとしていた事だ。

 

 

「私は、私はっ……」

 

 

 そんな非常事態だったというのに、自分は守護領域である第七階層を見ていただけ。

 ――これではナザリックの知者であれと自分を創造して下さった創造主、ウルベルト・アレイン・オードル様に顔向け出来ない。

 なんたる無能か。自分は何もする事が、主人の苦悩に気づく事すらも出来ていなかった。

 デミウルゴスは悔しさを隠しきれず、強く奥歯を噛みしめ、拳をきつく握りしめた。

 

 

「皆の後悔も分かるわ…… けれどネムという少女のおかげで、モモンガ様は再び立ち上がられた。先ほどの支配者としての姿を見たでしょう?」

 

「ウム。マサニ至高ノ支配者ト言ウベキオーラヲ感ジタ」

 

 

 デミウルゴスはアルベドの言葉で彼女が何を伝えたかったのかを察した。

 今回のような事が二度と起こらない様にするためにも、この状況を皆で正しく理解しなくてはならない。

 

 

「……なるほど。シモベとしては非常に悔しいが、その者には感謝しなくてはならないね」

 

「それってつまり……どういう事でありんすか?」

 

 

 あまりの事に上手く情報を整理出来ていないのだろう。守護者の中でもシャルティア、アウラ、マーレなどはその様子が顕著に表れている。

 そんなシャルティアの質問に対して、デミウルゴスも頭の中の考えを整理するように順を追って答えた。

 

 

「至高の御方はリアルとユグドラシルを行き来なされている。言わばここナザリックは御方にとって複数ある拠点の内の一つにすぎない」

 

「確カニ、デミウルゴスノ言ウ通リダ。弐式炎雷様ハ異ナル世界デモ強者トシテ、上位二君臨サレテイルト聞イタ事ガアル」

 

 

 デミウルゴスの知る限りでは、至高の御方はユグドラシル以外にも複数の世界を渡られている。

 だが、モモンガ以外のメンバーはナザリックに姿を見せる事がなくなってから随分と久しい。恐らくこの地に来る事が出来なくなった理由があるのだろう。

 デミウルゴスは最も確率が高く、最も否定したい予想を思い浮かべる。

 モモンガも濁していたが――シモベとしては決して認めたくはないが――他の至高の御方は御隠れになられた可能性が高い。

 

 

『体ですか? もうボロボロですよ……』

 

『残業に激務、まじでブラック。そろそろ本気で死にそう』

 

『あー、ウチの方もそろそろヤバイかもしんない』

 

 

 同胞にこの考えを告げる事はしない。しかし、デミウルゴスはかつてギルドメンバー達が話していた内容を繋ぎ合わせ、これは正解に近いだろうと結論付けていた。

 

 

「だが、モモンガ様はあまり他の世界へは目を向けられず、ユグドラシルに来られる事が多かった。我々とこの地を守るため、お一人で残り続けて下さったのです」

 

 

 モモンガはこの地を守るため残り続けた。

 ギルドの維持費を稼ぐために日々戦い続けた。

 ナザリックさえ残っていれば、仲間は再び蘇る。そう信じ続けたのだろう。

 ギルドメンバーが帰ってくる日を、再び仲間が蘇る日を夢見ながら、このナザリックを維持して待ち続けた――

 

 

(至高の御方々は死亡しても大抵はナザリックで復活されていた。確か、りすぽーん地点と仰られていましたね…… しかし――)

 

 

 ――それが本当に夢物語だと知りながら。

 デミウルゴスはそれを愚かだとは思わない。それを笑う事など断じて許さない。

 本来は比べる事すら不敬――自身を遥かに超える頭脳を持つモモンガの事だ。本当は分かっていたはずなのだ。

 その類稀なる叡智が仲間の生存を否定した。どの様な魔法、アイテムを使ったとしても復活する事が不可能だと判断してしまった。

 

 

(――それでもモモンガ様は、最後まで諦める事が出来なかったのでしょうね……)

 

 

 あれ程慈悲深く、仲間思いの支配者だ。そう簡単に仲間との別れを受け入れられるはずがない。

 ――だからこそ待ち続けたのだ。

 デミウルゴスはモモンガの心中を察し、何も出来なかった自分を再び責めた。

 

 

「しかし、いくら至高の御方と言えど、世界の消滅――ユグドラシルそのものが無くなってしまえばどうしようもない。そして――」

 

 

 これより先の言葉はあまりにも恐ろしい。

 自らの不甲斐なさ、何よりもモモンガの心中を考えると、デミウルゴスは胸が張り裂けそうな程痛んだ。

 

 

「――モモンガ様は……私達ナザリックの者達と、心中しようとしていたのだよ……」

 

「そんなっ!?」

 

「ソノヨウナ事、断ジテアッテハナラナイ!!」

 

「も、モモンガ様がボクたちとっ!? だ、ダメです!!」

 

 

 やっとどのような状況だったか理解できたのだろう。あまりの衝撃に各守護者から、一人を除き悲鳴があがった。ただ一人、アルベドだけは悲痛に顔を歪ませるだけだった。

 おそらく玉座の間でモモンガの言葉を直接聞いたアルベドは、その事に薄々気がついていたのだろう。

 その気になればモモンガはリアルなど他の世界に行く事が出来た。ユグドラシルの消滅に巻き込まれずに済む方法は幾らでもあったのだ。

 それでも尚、最後までここに残っていて下さったのだと。

 その時の心情はどの様なものだったのか、デミウルゴスでは推し量る事も出来ない。

 

 

「落ち着きたまえ。モモンガ様が今も御健在なのは先ほど見ただろう? つまり……それを止めてくれたのが、そのネムという者なのだよ」

 

 

 悪魔であるデミウルゴスからすれば、ナザリックに属さない者など基本的に有象無象に過ぎない。

 しかし、その者にだけは本当に心から感謝していた。

 世界の消滅という至高の御方ですら諦めるような緊急事態。その状況でモモンガを助けようとしてくれたのだから。

 

 

「更にはその説得によりモモンガ様はもう一度立ち上がられ、何の因果かナザリックと我々は消滅を免れた」

 

 

 デミウルゴスの言葉を聞き、守護者達は僅かに安堵の表情を見せた。

 それも仕方のない事だろう。彼らにとって主人がいなくなる事は――仕えるために生まれた自身の存在意義の消滅に等しい――自分が死ぬ事よりも遥かに恐ろしい事なのだから。

 

 

「流石はモモンガ様が友と認められたお方。か弱い人間の少女でありながら、モモンガ様を奮い立たせようとする姿は非常に御立派でございました……」

 

 

 背筋をピンと伸ばした老執事は、恩人の事を呟くように褒め称える。

 玉座の間にいたセバスは、その時のモモンガとネムの様子を間近で見ていた。

 あの時第九階層に久しぶりに現れたモモンガから「付き従え」と珍しく命令され、プレアデスと共に玉座の間で待機していた。

 そこで聞いたのは主人の悲痛な叫び。

 そして何も出来なかった自分達と違い、モモンガの心を救ってみせた少女の姿を見た。

 セバスは鋭い眼光を潤ませながら、その時の光景を思い出して感極まっている。

 

 

「まさかモモンガ様が人間を友として認められていたとは…… いや、本当にそのネムという少女はただの人間だったのかな?」

 

「はい。私の目には確かに人間に見えました。肉体的な強さも全く感じられませんでした。ただ、確かにモモンガ様は彼女の事を、四十一人目の友だと……」

 

 

 至高の御方が友と認める程の人間がいる。

 悪魔であるデミウルゴスだけでなく、基本的にナザリックに属する者は人間を軽視する傾向がある。人間など所詮は下等生物。良くて玩具か餌にすぎない。

 そんな考え方の彼らからすれば、それは驚愕の事実だった。

 アルベドの話ではその少女が玉座の間から消えたと同時に、モモンガは今回の異常に気がついた。

 ――もしや、その少女とナザリックが転移した事に何か関係でもあるのか。

 ――モモンガ様の得た新たな可能性とは一体何なのか。

 

 

「……ふむ。出来る事なら是非とも会って話がしたいものだ」

 

 

 デミウルゴスはまだ見ぬ少女に感謝と共に興味を抱き、想像と考察を膨らませていた。

 

 

「そうね。私も会ってお礼を言いたいわ。モモンガ様を呼び捨てにしていたのは少し不敬だけれど、御友人なら仕方ないでしょうね。それにしても――」

 

 

 アルベドが人間を認めたような発言に、デミウルゴスは少しばかり違和感を覚える。

 彼女の性格上、ナザリック以外の者をそう簡単に認めるとは思えない。

 御方の御友人、それも命の恩人とあらばそういう事もあるのだろうか。

 デミウルゴスは何気ない言葉から、数多の思考を巡らせる。

 

 

「――モモンガ様…… はぁぁ、魂から痺れてしまうようなオーラ。最高支配者としての威厳あるカリスマ!! それにあの胸元が大きく開かれた服装、白磁の美しすぎる玉体…… あぁ、我慢出来ない。我慢する必要もないわ!!」

 

 

 しかし、その考えはより大きな言葉に邪魔された。

 暗いブルー一色だった空間が、アルベドの吐いた言葉で瞬時にピンクに染め上げられていく。

 

 

(心して聞けと、皆に言ったのは貴女なんですがね……)

 

 

 呆れるような思考の切り替え速度だ。

 玉座の間での出来事を知り、沈んでいたこの場の空気が一気に吹っ飛んでしまった。

 

 

「至高の御方でも側でサポートする者は必要よね? これはもう私が秘書として支えるしかないわ!! おはようからお休みまで!! お側で!! 近くで!!」

 

 

 想い人には決して見せられない表情で、テンションを上げて捲し立てるアルベド。

 ナザリックに属する女性ならば、誰もがモモンガの寵愛を望むだろう。

 デミウルゴスもそこに疑問はない。だが――

 ――これが守護者統括で大丈夫だろうか。

 至高の御方の采配に僅かながら疑問を感じ、デミウルゴスは不敬であると、その考えを即座に切り捨てた。

 

 

「はぁぁぁっ!? ふんっ、嫌でありんすねぇ。賞味期限の切れたオバさんは妄想が激しくて」

 

 

 モモンガがこの場を去った後も体勢を変えずに座り込み、一つの質問以外はほとんど沈黙状態だったシャルティア。

 彼女はアルベドの宣言を聞き、不快げに顔を歪めて叫んだ。

 

 

「あらあら、嫉妬かしら?」

 

「アルベドの戯言なんて真に受ける価値はありんせん」

 

「うふふ、理由に想像はつくけど、さっきまで黙りこくっていたビッチには分からないでしょうね」

 

「あぁ? 年寄のボケに付き合う気はありんせんえ?」

 

 

 シャルティアは勢いよく立ち上がり嫌味を浴びせたが、アルベドは怒鳴る事もせず澄ました表情のままだ。

 

 

「うぇぇ……アルベドのその余裕、なんだか気味が悪いでありんす……」

 

 

 ヤツメウナギ位の言葉は言い返してくると予想していただけに、シャルティアは理由が分からず戸惑いの表情を見せた。

 デミウルゴスも失礼だとは思いながら、アルベドの様子を不自然に感じている。

 それ程交友が深い訳ではないが、彼女の性格からすると怒鳴り返しても不思議ではないと思っていた。

 

 

「私はモモンガ様から『妹という存在に甘くて優しい』と定められたの。そしてモモンガ様は私の胸をお揉みになったのよ!!」

 

「なぁっ!? モモンガ様から……しかも胸を!? モモンガ様はまさか妹萌え? でも、それとアルベドに何の関係が……」

 

「くふふ……私は次女。つまり妹属性を持っているのよ!!」

 

「あぁぁぁぁあっ!?」

 

 

 恍惚な表情を浮かべた後、シャルティアに向かって勝ち誇るアルベド。

 驚愕に目を見開き、悲鳴を上げるシャルティア。

 デミウルゴスは非常に頭の悪い会話故に聞き流していたが、そろそろ止めに入るべきか悩んだ。

 しかし、こういう事は適任者に任せた方がいいだろうと思い至る。

 

 

「アウラ、こういうのは同じ女性の君に任せるよ」

 

「えぇ……デミウルゴス、あたしに押し付ける気? あの意味わかんない事言ってる二人を?」

 

「適材適所というやつさ。いざとなったら協力するとも――」

 

 

 ――コキュートスと一緒にね。

 デミウルゴスは守護者の中でも自身の戦闘力はかなり低い方であると自覚があった。

 もし力技が必要になった時、自分では間違いなくあの二人には勝てない。

 古来より女性の色恋話に男性が首を突っ込んでも、ロクな事にはならないと相場が決まっている。

 デミウルゴスは頭の中で理論武装をしていたが、本音は面倒の一言に尽きるだろう。

 

 

「っくぅ……ペロロンチーノ様が、モモンガ様は中々ご自身の性癖を暴露してくれないとは仰っていんしたが…… まさか、そんな……」

 

「悪いわね、シャルティア。そういう事だから私は自分に甘いの……甘くても良いのよ!! 職権濫用と言われようが、モモンガ様の側で秘書として四六時中控えさせてもらうわ!!」

 

「ず、ずるいでありんす!!」

 

「はんっ、何とでも言いなさい。これはモモンガ様が直々に私に定められた事よ。至高の御方の決定は絶対!!」

 

「こんのぉ……そんな横暴認めないでありんす!! ちょっと賢いだけの大口ゴリラがぁ!!」

 

「私に意見があるなら妹になってから出直してきなさい、このヤツメウナギがぁ!!」

 

「吐いた唾は飲めんぞ!! 秘書の座を懸けて決闘じゃあっ!!」

 

「あーら、良いのかしら? まぁ、頭も悪くて妹でもない貴女がモモンガ様に選ばれるとは思えないけど。勝負は目に見えてるわね」

 

「あぁぁぁぁあっ!? この、この……」

 

「くふっ、公私共に支える関係となって、私もゆくゆくはモモンガ様と…… くふ、くふふふふっ……」

 

「貴女達、話を飛ばしすぎでは? そもそもアルベドが秘書になる事は定められていないと思いますが…… いえ、それ以前に――」

 

 

 ――守護者統括としてそれでいいのか。

 そもそもモモンガ様が望まれたのは、そういう事ではないはず。

 デミウルゴスは危うく本音が漏れそうになったが、今のこの二人に巻き込まれるのは非常に避けたい。

 しばらくは口を閉ざした方が賢明だろうと、途中からまた聞いていないフリをした。

 

 

「……まだ、まだ勝負は終わってないでありんす!! チビ助!!」

 

「な、なによ……」

 

 

 頭の悪い会話はまだまだ終わりが見えない。

 それどころかシャルティアは――二人の様子を渋々見守っていた――アウラの方へ突然顔を向けた。

 

 

「あなた、わたしの姉になりなさい。元々弟がいるんだし、妹が増えても構わないでありんしょう?」

 

「はぁぁぁっ!? シャルティア、あんた何言ってんの?」

 

「妾の創造主であるペロロンチーノ様と、アウラ達の創造主であるぶくぶく茶釜様は御姉弟でありんす。なら何も問題ないでしょ!!」

 

「あるに決まってんでしょ。このお馬鹿!!」

 

 

 守護者達はギルドメンバーについてならば、どんな些細な内容でも知りたい。至高の御方の話が聞ける事は、NPC達にとって非常に嬉しい事なのだ。

 しかし、デミウルゴスはこの場に限って素直に喜べない。

 

 

(モモンガ様は既に動かれていると言うのに、一体いつまで続ける気なんですかね……)

 

 

 残念ながらアウラまで巻き込まれてしまった。こうなるといつ終わるかも分からず時間も惜しい。

 嫌々ながら、本当に嫌々ながら自分が止めに入るしかないだろう。

 デミウルゴスは三人の挙動に注意しながら、混沌に足を踏み入れる覚悟を決めた。

 

 

「どちらに行かれたかは分かりませんが、私はモモンガ様の側へ控えさせていただきます」

 

「……ああ、分かったよ。アルベド達が正気に戻ったら、君にも追加の指示を伝えよう」

 

 

 自分の覚悟に水を差す様な同僚の台詞。

 デミウルゴスはこの場から逃げ出せるセバスに僅かな苛立ちを感じながら、心の中である言葉を刻む。

 ――自分がしっかりしなければいけない。

 アルベドは自分と同等の頭脳を持つ知者である。更に言うなら守護者統括という重要なポジションだ。

 だが、ナザリックがこの地に転移してから、アルベドの様子が明らかにおかしい。

 

 

「非常に興味深い議論だが、今はそれ位にしてくれたまえ。アルベド、そろそろ私達にも命令をくれないかね」

 

「……えぇ、そうね。まずはモモンガ様にルベドの起動を――」

 

「今は緊急時だ。私欲の混じった冗談は控えてくれたまえよ?」

 

 

 デミウルゴスは少しだけ強めた口調でアルベドの言葉を遮った。

 そしてデミウルゴスの疑問は確信に変わった。

 アルベドの自身を律する能力が非常に下がっている。有り体に言ってしまえば、上に立つ者としてポンコツだ。

 これは今後のナザリックの運営に関して致命的ではないだろうか。

 

 

「守護者統括である君が……モモンガ様の信頼を裏切ってまで、そんな事をするとは思わないがね」

 

「……もちろんよ。皆、これからの計画を――」

 

 

 ――今の間はなんですか。

 アルベドを守護者統括に命じられたのは至高の御方々だ。

 しかし、この先彼女に指揮を執らせる事に、デミウルゴスは不敬ながら非常に不安を感じる。

 

 

(モモンガ様の仰った『各員、異常がないか確認せよ』とは、こういう事だったんですかね……)

 

 

 アルベドに極太の釘を刺し、忠義の悪魔は再度心に言葉を刻む。

 ――自分がしっかりしなければいけない。

 しかし、この問題が根本的に解決するのは随分と先になりそうで、デミウルゴスは思わずため息をついた。

 

 

 

 

「皆、緊急の任務、ご苦労だった。素晴らしい働きだったぞ。これからも諸君らの忠義に期待している」

 

 

 この地に来てから初めてモモンガ様より賜った仕事――カルネ村の救援。

 その任務を終えてナザリックに帰還した後、私達は玉座の間にてモモンガ様から直接お褒めの言葉を頂いた。

 

 

(モモンガ様は非常に御喜びになられていた…… だが、あれは御友人と再会出来たからに過ぎない)

 

 

 しかし、自分はそれを素直に受け取る事が出来なかった。頂いたお言葉に不満がある訳ではない。主からの言葉はどんな宝石にも勝る褒美だ。

 だがそれでも、自分が指揮を執った結果に納得が出来なかったのだ。

 モモンガ様が玉座の間を去られてからは、それが如実に表情に出てしまう。

 

 

「デミウルゴス、さっきからどうしたの? せっかくモモンガ様から褒めてもらったのに、嬉しくないの?」

 

「そんな事はありません。ですが……我々の仕事はこの程度で良いのかと、そう思うのです」

 

「どういう意味?」

 

「モモンガ様はこれまでお一人でナザリックを維持してこられた…… それは並大抵の事ではない。言葉に出来ない偉大さだよ」

 

 

 ギルド拠点の維持費は膨大。それもナザリックレベルの規模となれば、想像を絶する金額が必要となるだろう。

 これまで四十一人で行われていた事を一人で行っていた。単純に考えても四十一倍の仕事量。

 至高の御方四十一人分の仕事など自分では――いや、モモンガ様を除いてナザリックの誰であっても不可能だ。

 

 

「そりゃあ、モモンガ様は至高の御方々のまとめ役だよ? 凄いに決まってるじゃん」

 

「ではアウラ、君はこのままで良いと思うかい? 我々は与えられた階層を守護するだけで満足していた。だが、結局ナザリックが存続出来ていたのは、たった一人で維持費を稼ぎ続けたモモンガ様のおかげだ」

 

「それはそうだけど……」

 

「じゃ、じゃあデミウルゴスさんは、御命令以外に何をするべきだと?」

 

 

 難しい顔で疑問を浮かべる双子の守護者に、自分がこの地に来てから考えていた事を伝えた。

 

 

「我々が維持費を稼ぐべきだ…… そしてナザリックの運営も可能な限り我々がやるべきです」

 

 

 創造して頂いた以上、忠義を尽くすなど当たり前。ナザリックを守護する事も当たり前。

 そんな程度では駄目なのだ。

 あれ程慈悲深いモモンガ様がこの地を去るとは思えないが、その優しさに甘えるだけではいけない。

 

 

「モモンガ様は十分過ぎるほどにナザリックに尽くして下さった。だからこそ、今度はモモンガ様のやりたい事を、我々がサポートするべきだと思わないかい?」

 

 

 思わず熱くなって声が大きくなってしまう。しかし、これが自分の本心だ。

 ナザリックとシモベをお一人で守り続け、最後は共に消滅するなど、絶対にあってはならない。そのような考えを二度と主人に抱かせてはいけない。

 だからこそ、モモンガ様に我々は守られるだけの存在ではないとアピールするのだ。

 

 

「も、モモンガ様のやりたい事って何ですか?」

 

「皆はまだ知らなかったね。マーレがナザリックを偽装していたあの時……私は夜空の下で、モモンガ様の真意を聞いた」

 

 

 自分がお供をさせて頂いた時に、至高の御方が発した言葉だ。一言一句忘れるはずもない。

 

 

「モモンガ様はこう仰った。『――未知の世界を冒険し、一つ一つ制覇していくのも面白いかもしれないな』と。モモンガ様は最終的に世界征服を成し遂げるおつもりです」

 

 

 壮大なスケールの野望。常人が言えば失笑されるであろう夢物語。

 しかし、モモンガ様という筆舌に尽くし難いカリスマ的存在が、それを不可能に感じさせない。

 

 

「モモンガ様をサポートするためにやるべき事は沢山あります。私はそろそろ失礼するよ」

 

「デミウルゴスさん、何をするんですか?」

 

「なに、御方にちょっとした遊戯の時間をご提供しようかと思ってね。些末事を済ませておくのさ」

 

「勿体ぶらないで教えて欲しいでありんす。外の世界なんてモモンガ様に命じて頂ければ、わたしが即座に蹂躙して――」

 

「慌ててはいけないよ、シャルティア。我々が本気を出せば世界を捧げるなど簡単だ。でも一方的なゲームなどつまらないだろう? だから過程を楽しんで頂かなくてはね」

 

 

 今まで働き詰めだったモモンガ様に戯れ――世界を舞台にしたゲーム――を提供する。

 

 

「それにどのような形で献上するのが最適かも考えなくては。至高の御方に捧げる贈り物だ。包装にも手を抜く訳にはいかないからね」

 

 

 その計画の一端を知り、守護者達に激震が走った。そして、皆一様に頷いた。

 ――全ては至高なる御方、モモンガ様のために。

 

 

 




裏で色々やるけど、上手くやりすぎてナザリック側の出番はあまりない予定。
設定変更のせいでアルベドから不穏さがゼロになって、ある意味安心ですね。
デミウルゴスはモモンガを楽しませつつ、全力で世界征服する事を目指します。
もうコイツ一人で良いんじゃないかな状態ですね。
色々勘違いが起こってますが、ナザリック勢はネムに対して感謝してます。




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お友達との冒険者デビュー

冒険者になる許可を勝ち取った後、エ・ランテルにやって来たモモンガとネム。
そして宿屋で起こる定番のイベント……

みんな大好きモブ視点から始まります。


 リ・エスティーゼ王国で最も人の行き交う都市、エ・ランテル。

 バハルス帝国とスレイン法国の領土にも面している城塞都市であり、三国にとって貿易の要所となる場所である。

 

 

「良さげな仕事もなかったし、どうすっかな……」

 

 

 この街では冒険者御用達とも言える宿屋が複数存在する。自分が拠点として長年利用している宿もその内の一つだ。

 組合で初めて冒険者登録をした場合、その時点で冒険の準備が整っている者は少ない。

 そして必要な道具や知識、パーティを組む仲間など、足りない物を数え出したらキリがない。

 

 

「とりあえず戻って酒でも飲むか。どうせアイツらも居るだろ」

 

 

 宿屋とはそんな不足を補う事が出来る場所――冒険者にとっては社交場とも言える場所だった。

 

 

「おう、親父。いつもの頼むわ」

 

「お前もこんな早くから飲んだくれやがって…… ほらよ」

 

 

 ここはエ・ランテルの冒険者組合が新人によく紹介している宿の一つ――最低ランクの安宿である。建物の二階と三階が宿屋として使われ、一階は利用者の受付を兼ねた酒場となっていた。

 外観や中身はお世辞にも立派とは言えないが、そんな事を気にする利用者はいない。最低限の宿としての機能があればそれで良いのだ。

 

 

「相変わらずここの酒は薄いな。偶には良いやつ頼んでみるか?」

 

 

 昼と言うには少し遅く、夕方と言うにはやや早い時間。

 酒を持って飲み仲間――――もとい、冒険者仲間の座るテーブルへと向かう。

 小汚いが意外と広い酒場では、現在自分も含めて十人程の冒険者達がたむろしていた。

 依頼について仲間と情報共有していたり、仕事先で出会ったモンスターについて話したり――単なる愚痴をこぼしたり。

 

 

「味の違いなんかお前に分かりゃしねぇだろ。俺らはこれで十分だよ」

 

「そうだぜ。それにそんだけ飲んでりゃ薄くても一緒だろ。おっ、誰か来たぜ」

 

 

 酒を片手に話す内容は人それぞれだ。

 自分が二人の酔っ払いといつもの様に安酒を飲んでいると、店の扉を開く音が聞こえた。

 入り口に取り付けられたウエスタンドアを押し開け、入って来たのは身長差のある奇妙な二人組。

 

 

「紹介された宿はここだな」

 

「うん。ここで冒険の道具が揃えられるって、受付のお姉さんが言ってたよね」

 

 

 その二人の首元に光るのは、真新しい(カッパー)のプレート。つまりは最下級冒険者の証だ。

 この宿で今まで見かけなかった事を考えると、冒険者になりたての新人で間違いないだろう。

 しかし、本当に新人の冒険者か疑いたくなる姿だった。

 一人は金の模様が入った漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を包んだ戦士であり、面頬付き兜(クローズド・ヘルム)のせいで顔は全く分からない。

 おまけにやたらと目立つ真紅のマントを身につけ、重厚なグレートソードを二本も背負っている。本当にそれを自在に振り回せるとしたら、とんでもない剛力の持ち主だろう。

 

 

「なんだあの装備、スゲーな……」

 

「俺らには無理だよ。羨ましいこった」

 

 

 周りからは羨望の篭った視線が集まり、嫉妬混じりの声もチラホラと聞こえてくる。

 鎧も剣も恐らく超が付くような一級品。まるで物語に出てくる英雄を具現化したような見た目だ。

 自身の量産品の装備と比べてしまい、無意識に相手の実力が装備に相応しくない理由を探してしまう。

 

 

(ちっ、良い装備してやがんな、あの戦士。どっかのボンボンか?)

 

 

 とてもではないが、銅級の冒険者が買えるような代物ではないはずだ。

 金持ちの親か何かに買ってもらった物だろう。

 もしかしたら遺跡等で偶然に見つけた物か、先祖代々引き継がれている武具という線もある。

 あいつ自身は大したことないに違いない。

 

 

「おい、見ろ…… あれ、どう思う?」

 

「分からん。それより――」

 

 

 酒場の騒がしさは変わっていないが、この二人組が入ってきた時点で少しだけ雰囲気が変わった。周りの同業者も値踏みするように彼らを観察している。

 隅に座った一人の冒険者だけは尊敬の目を向けていたが、きっと装備に目が眩んでいるだけだろう。

 二人を完全に気にしていないのは手元のポーションをうっとりと眺め、そちらに意識を奪われている女冒険者くらいのものだ。

 

 

(それにしても……もう一人は何の冗談だ?)

 

 

 ある意味全身鎧の人物より更に異質だった。

 なにせどこからどう見ても――その首元のプレートを除けば――普通の少女だ。

 ワンピースタイプの服を着ており、その裾の下には短めのズボンが見え隠れしている。

 

 

「武器を持った人がいっぱいだ…… 凄いね、モモン」

 

「ここは冒険者向けの宿だからな。私達からすれば皆先輩と言ったところか」

 

 

 少女は酒場に入ってから、物珍しそうに辺りをずっとキョロキョロと見渡していた。

 若くとも十五、六歳ならば成人とみなせるが、それも程遠い。幼い顔つきからして精々十才程度だろう。

 戦士の方が大柄な事もあって、横に並ぶと少女はより一層小さく感じられた。

 どう考えても冒険者には見えず、外で遊ぶのが好きそうな子供としか思えない。

 二人を親子と思えばまだ納得出来る部分もあるが、その考えも子供の首にあるプレートが邪魔をしてくる。

 

 

「……子供を連れて泊まるには向かないぞ?」

 

「いや、泊まる気はない。冒険者をするための最低限の道具が欲しい。ここで準備してもらえると、先ほど組合で聞いたんだが」

 

 

 店主は二人を一瞥するなり、帰れと言いたげな表情を作っている。それを知ってか知らずか、表情の見えない戦士は怯むことなく淡々と返した。

 体格から予想はついていたが、その低い声からしても全身鎧の戦士は男性だろう。

 

 

「……冒険者は何があっても自己責任。お前さんはともかく、そっちの嬢ちゃんは分かってんのか?」

 

「ネムなら問題ないさ。それにこう見えて優秀な魔獣使いだ」

 

「私の相棒のハムスケは凄いんだよ。それにモモンはもっとすっごく強いから大丈夫だよ、おじさん」

 

 

 渋い顔をした店主とは真逆に、少女は冒険者をやる事に何の気負いもないようだった。

 

 

「はぁ、そうかい…… 自分で決めたんなら、まぁ俺がどうこう言う事でもねぇがな。命は大事にしろよ。道具は夕方までには準備しといてやる」

 

 

 それにしても中々見ない光景だ。強面の店主が珍しく客に気を使っている。

 それとも子供の冒険者にどう接したら良いか分からないが正解だろうか。

 意外と面倒見が良いのは知っていたが、流石に子供相手だといつものように強くも言えないらしい。

 

 

「だが嬢ちゃんのサイズだと、マントとかこっちじゃ用意出来ない物もある。その辺は自分で何とかしな」

 

「ああ、分かった。ではネムよ、後回しにしていた魔獣登録の方を先に済ませに行こうか」

 

「うん。ハムスケも待ってるもんね」

 

 

 予想はしていたが、店主との会話から新人である事は確定だ。

 ならば、ここらで俺が必殺の「おいおい、痛ぇじゃねぇか」をかましてやろう。

 新人の冒険者には必ず何かしらの洗礼が行われる。相手の対応能力などを見る一種のテストのようなものだ。

 同じ仕事を請け負えば、お互いに背中を預け合う可能性がゼロとは言えない。チームに欠員が出た者ならば、新しい仲間の候補を探すのに役立つ。

 理由は様々だが、新参者の能力を測るためにもこれは必要な事なのだ。

 

 

(こちとら伊達に万年鉄級(アイアン)じゃねえ。数多の新人達に足をぶつけてきた自負ってもんがあるんだよ)

 

 

 スキンヘッドに刺青――元から厳つい顔つきも合わせると、自分の容姿は人を十分に威圧出来る自信がある。それに冒険者として鍛えているから筋肉だってそれなりにある。

 自分より相手が多少デカかろうが、鎧を着ただけの新人をビビらす程度は簡単だ。

 ついでに子供の方にも冒険者の怖さを教えてやろう。夢見る少女にこの仕事を諦めさせるには良い機会だ。

 

 

(よし……そうだ。そのままこっちに歩いてこい…… まだだ、まだ――今だっ!!)

 

 

 相手の歩く速度を観察しながら、完璧なタイミングを見計らう。

 こちらに歩いてくる戦士の進路を塞ぐように、さっと足を突き出し――

 

 

「――あてっ」

 

 

 ――少女の方が引っかかった。

 

 

(……何でだよ!? さっきは後ろにいたじゃねぇか!!)

 

 

 前を歩く戦士に足をぶつけさせて難癖をつけるつもりだったが、突然少女の方が前に飛び出してきた。

 その結果、自分が出した足に引っかかり、戦士ではなく少女がそのまま転けてしまった。

 

 

「えへへ、転けちゃった」

 

 

 倒れた少女は床に手をつき、少し恥ずかしそうにしながら顔を上げた。

 自分もどうしていいか分からず、何も言えずに固まってしまう。

 この状況で「おいおい、痛ぇじゃねぇか」なんて言ったらただの馬鹿だ。

 

 

(おいおい、なんでガキの方が引っかかるんだよ…… ふざけんなよ、何でこのタイミングで……)

 

 

 子供は稀に突拍子もない事をするから、行動が本当に読めない。

 数秒経って一旦冷静さを取り戻すと、少女に対して苛々とした感情が湧いてきた。

 きっと飛び出した理由も前を歩く戦士に何か話しかけようとしたとか、多分くだらない事だろう。

 

 

「ちっ!!」

 

 

 自身の作戦を邪魔されたことで、思わず大きな舌打ちが出る。

 これでは洗礼が台無しだ。いや、今からでも適当に責任を取れとか言って、戦士の方に難癖をつけるべきか。

 自分は子供ではなく、こっちのデカイ方の実力を――

 

 

「――貴様……今、ワザと足を出したな?」

 

 

 この瞬間、今まで沈黙していた戦士から、建物全体を押し潰すような濃密な殺気が放たれた。

 ――おいおい、やべぇじゃねぇか。

 寒気がする程の恐ろしい圧が自身を襲い、気温が急激に下がったように感じる。

 頭の中で考えていた少女への文句も、迫り来る全身鎧のせいで何もかも吹っ飛んでしまった。

 

 

「どうした、何故答えない?」

 

「あ、か……」

 

 

 今の自分は竜に睨まれたゴブリンだ。

 突然声が枯れたように喉がひりつき、口の中がカラカラに乾く。

 恐怖のあまり指先一つ満足に動かせず、言葉も上手く出てこない。

 

 

(なんだコイツ!? 声が、出せねぇ……)

 

 

 先程まで見世物の如くこの状況を楽しんでいた者――彼らを値踏みしていた周りの者達の表情すら固まっている。

 洗礼を肴に酒を飲んでいた冒険者達が一斉に押し黙り、酒場の中は一気に静まり返っていた。

 

 

「こういった歓迎も予想はしていた。まぁ私を狙うのならば、それも笑って流してやったんだがな……」

 

 

 怒鳴り散らしているわけではない。

 むしろ呆れている様にも、笑っている様にも聞こえる程の落ち着いたトーンだ。

 だが、その声には獰猛で挑戦的な意思が滲み出ていた。

 

 

「私達の力が知りたいのなら、ちょっと模擬戦でもしてみないか――セ・ン・パ・イ?」

 

(おいおい、死んだわ俺)

 

 

 これが圧倒的な強者の覇気というものか。

 隔絶した格の違いを見せつけられ、現実逃避した思考はどこか他人事な考えに陥っていた。

 こんな怖い「先輩」の言い方は聞いた事がない。顔から嫌な汗が吹き出し、頬を伝って流れ落ちていく。

 この絶体絶命のピンチを切り抜けるべく、出来るだけ慌てず周囲の冒険者に救援を求める視線を向けた――

 

 

(――おいおいおいおい、なんで誰も俺と目を合わせねぇんだ。目線を逸らすな、下を向くな。反対向いて酒飲んでんじゃねぇ!?)

 

 

 ――だが、誰一人として自分と目を合わせやしない。

 一緒に飲んでいた二人の仲間も、お尻が椅子に固定されたかのようだ。戦士の放つ目に見えないオーラの前に全く動けないでいる。

 

 

「せめて謝罪くらいはして欲しいものだな…… ずっと黙っているが、喉に何か詰まったのか?」

 

(――やめて怖い、籠手が迫ってきてる。どうなっちゃうの俺? えっ、死んだ? マジで死ぬの? 足引っ掛けただけで? おいおい、頼むから俺を見捨てないで――)

 

 

 こちらにゆっくりと伸びてくる戦士の腕。

 解決策は浮かばないくせに、無駄に加速し続ける自分の思考。

 ――冒険者は何があっても自己責任。

 店主の言葉は正にその通りだった。

 しかし――

 

 

「大丈夫だよ、モモン。私も今日から冒険者だもん。これくらいへっちゃらだよ」

 

 

 ――(少女)は俺を見捨てなかった。

 

 

「ネムが大丈夫ならいいが…… ネムも周りをもっとよく見ないと、これから大変だぞ?冒険では一瞬の油断が命取りだからな」

 

「うん、気をつけるね」

 

 

 少女が戦士に声をかけると、首元まで迫っていた死の気配は霧散した。

 膝をはたきながら立ち上がった少女が思わず女神に見える。いや、間違いなく自分にとっては救いの女神だったのだろう。

 

 

「わ、悪かったな、お嬢ちゃん……」

 

「怪我もしてないから大丈夫です」

 

 

 何事もなかったかのように笑顔を見せる少女に、何とか謝罪の言葉を絞り出した。

 どうやら自分は助かったらしい。

 だが精神的には三度は死んだ気がする。そして周りからの視線が妙に生温い。

 ――やめろ、そんな目で俺を見ないでくれ。

 周りに対しても、無邪気に笑う目の前の少女に対してもそう叫びたい気分だった。

 

 

「ハムスケの登録が済んだら軽く街を見て回るか。その後で道具を受け取って今日は一度家に帰るぞ」

 

「えー、お仕事しないの?」

 

「仕事をするには微妙な時間帯だからな。それに事前の準備はしっかりするべきだ」

 

「はーい……」

 

「そう残念がるな。仕事はまた次回のお楽しみだ」

 

「うん!! じゃあハムスケのとこ行こ」

 

 

 彼らは自分の事など既に気にも止めていない。あまりにも和やかな会話だ。

 戦士が少女を気にかける様子からは、あれ程の殺気を放った男と同一人物とは思えない。

 そのまま二人が宿屋を後にすると、宿全体が安堵の雰囲気に包まれていく。

 そして、静まり返っていた宿屋に段々と喧騒が戻ってきた。

 

 

「――ぷっはぁ…… なんだあの殺気。見てたこっちまで死ぬかと思ったぜ」

 

「見かけ倒しじゃねぇな。あんな全身鎧とデカブツ二本も装備しておきながら、全く体がぶれてなかったぞ」

 

「あのガキも中々ヤバいんじゃないか? 仲間とは言え、あの殺気だぞ。あんな空気の中で平然としてられるって、どんな神経してんだ」

 

「子供だと侮っていたが、ありゃ只者じゃないぞ」

 

「親子かと思ったが、呼び方からしてそれも変だな。どっかの孤児か?」

 

「魔獣使いって言ってたな。出任せかと思ったが、案外マジなんじゃ……」

 

「あり得るな。冒険者としては新人だが、二人とも相当な修羅場を潜ってそうだ……」

 

「また俺らを簡単に飛び越していきそうな奴が出て来たな。しかも今度は子供連れかよ」

 

 

 周囲からは先ほどの二人組に対して、あれやこれやと感想や意見が飛び交っている。

 かなり好き放題に言われているが、そのほとんどが賞賛や畏怖に溢れるものだ。

 

 

「あー、お前も災難だったな。ありゃ予想外だよ」

 

「そうだぜ、ありゃビビっても仕方ねぇ。俺もマジでビビっちまったよ。ほら、酒でも飲めよ」

 

「ああ、ありがとよ……」

 

 

 一緒に飲んでいた冒険者仲間が慰めの言葉とともに、酒の入ったジョッキを渡してくれた。

 

 

(このやり方、もうやめようかな……)

 

 

 長年愛用していた「おいおい、痛ぇじゃねぇか」はもう潮時かもしれない。

 洗礼の慣習は残したいが、あのやり方は不味い。何が不味いって、今回相手の力量を読み間違えた自分が一番不味い。新しい方法は追々考えよう。

 そんな事を思いながら、先の恐怖を振り払うように再び酒に口を付けた。

 

 

「ここの酒は、やっぱり薄いな……」

 

 

 先程までと変わらない安い味。

 その味は日常を感じさせ、自分がちゃんと生きていると安心させてくれた。

 

 

「おい、ブリタ。どうした、顔色が悪いぞ。さっきの圧にやられたか?」

 

「……おやっさん、どうしよう」

 

「なんだ?」

 

「ポーション、飲んじゃった……」

 

「……しらん」

 

 

 ちなみに先程の凄まじい殺気に耐えかね、思わず買ったばかりのポーションを飲んでしまった女冒険者がいたとか。

 倹約に倹約を重ねて買ったらしい、金貨一枚と銀貨十枚の治癒のポーション。

 決して安くない値段が一瞬にして消えた事実に、女冒険者はしばらく立ち直れなかったそうだ。

 

 

 

 

 冒険者としての登録、それからハムスケを連れて歩くための魔獣登録というのも済ませた。

 モモンガは自分で使わなそうな――睡眠も飲食も不要の骨だから――冒険者の初心者セットを何故かノリノリで買っていた。

 さぁ、これから冒険だ――そう意気込んでいたが、残念ながら今日は時間切れ。

 お金がもったいないから、私は冒険に必要な道具は出来るだけ家にある物で代用しようと思っている。だから残念と思いつつも、今日は仕事を受けなくて丁度良かったのかもしれない。

 街を出て人目につかない所まで移動し、その後は行きと同じモモンガの魔法でカルネ村の入り口まで帰ってきた。

 

 

「さて、今日はもう解散だな。初仕事は……そうだな、明後日にでも受けに行くとしよう」

 

「なら某は一度森に帰るでござる。それではネム殿、モモンガ殿、さよならでござる」

 

「バイバイ、ハムスケ」

 

 

 森に向かって走り去るハムスケを見送り、私も後は自分の家に帰るだけだ。

 しかし、どうにも気が高ぶっている。今夜は中々寝付けないかもしれない。

 

 

「楽しみなのは分かるが、今日はちゃんと寝て明後日の準備をしておくんだぞ」

 

「うん、道具の確認もしておくね」

 

 

 私が浮かれているのが分かったのだろう。

 モモンガは優しく笑いながらも、少し真剣な雰囲気を出した。

 

 

「ネム、改めて聞いてくれ。私は冒険者をやるにあたって、君に必要以上の手助けはしない。今日のようにすぐに手を貸さない時もあるだろう……」

 

 

 モモンガは悩ましげに言ってるけど、結構すぐに助けてくれた気もする。

 あの宿で会った冒険者のおじさんは、いきなりモモンガに詰め寄られて死にそうな顔になっていた。

 モモンガの行動は一つ一つがカッコいい。でも、周りの人たちは本気でびっくりしてたけど、あれは怒っているフリだったんじゃないだろうか。

 

 

(モモンガって人間になりきるの上手いし、ごっこ遊びとか得意そうだもんね)

 

 

 モモンガの低い声って本当に凄い。言葉だけで相手を圧倒できるのだ。

 私も冒険者をやっていれば、いつかあんな風に出来るようになるのだろうか。

 

 

「ネムの装備だってその気になればいくらでも用意出来るが、それでは面白くないからな」

 

「約束は覚えてるよ。自分の力で集めるのも冒険の醍醐味なんだよね」

 

「ああ、その通りだ。私も戦士としては完全に初心者。お互いに初めて同士、一から頑張ろう」

 

 

 これは冒険者をやると決めた時、モモンガと一緒に考えて決めた事だ。

 モモンガが魔法を使えば何でも出来る。でもそれでは意味がないから、あくまで戦士『モモン』として冒険する。

 そして私は出来るだけモモンガの力を借りずに、自分の力で出来る事を増やしていく。

 私達が一緒に成長するための約束だ。

 

 

「もちろん相談はしてくれて構わないからな」

 

「分かってるよ、私達は対等な冒険者仲間になるんだもんね。私もモモンガが困ったら助けるよ」

 

「その時は是非とも助けてくれ。さて、正式に冒険者になったお祝いだ。ネムにこれをあげよう。ちょっとした武器と、もしもの時のお守りだ」

 

 

 モモンガが差し出してきたのは、Y字型の棒にゴムがついた道具――パチンコだろうか。

 それともう一つは指輪だ。指輪は羊を模したデザインで、とても可愛らしい。

 でも嬉しいけど、受け取るのは少し迷う。

 

 

「いきなりルール破ってない?」

 

「そんな事はない。ほら、冒険者『モモン』ではなく、これは友達の『モモンガ』からの贈り物だ」

 

 

 そう言ってモモンガは両腕を広げ、着ている地味なローブをアピールしてみせた。

 街にいた時に着ていた鎧――実は魔法で作ってる――はもう着ていない。村に帰ってくる時にわざわざ解除していた。

 ちなみに鎧姿ではモモンと呼ぶ事になっているが、この姿になったらモモン呼びは終わりだ。

 

 

「もー、今回だけだよ。でもありがとう、モモンガ」

 

「どういたしまして。それは魔法のスリングショットでな、大抵の物を弾として使用する事が出来る。まあ、ネムからすればただのパチンコと思えばいい」

 

「へぇー、凄い…… 魔法の武器なんだ」

 

「だが、敵を倒す程の力は無い。それはあくまで牽制用にしかならないレベルの物だ」

 

「そうなの?」

 

「敵を倒す事だけが全てじゃないからな。それに、いきなり強い武器を押し付けるのも、ちょっとな…… 将来的に戦いたいなら、どんな武器を使うかはネムが自分で考えて探していくと良い」

 

 

 これでモンスターなどを倒すのは無理らしい。でも、自分がいきなり武器を持って戦えるとも思っていないから、問題はないかもしれない。

 やっぱりモモンガは親切だ。私の事をいろいろ考えてくれている。

 それにこのパチンコは初めて持ったのにとっても手に馴染む気がする。ハムスケに乗りながら使うのも良さそうだ。

 

 

「指輪も着けてみるといい」

 

「こう? ――凄い!! この指輪、私にピッタリだ!!」

 

「保険は大事だからな。武器は使わなくても構わないが、その指輪だけは外さないでくれ」

 

「うん、ずっと大切にするね!!」

 

 

 着ける前はサイズが大きいと思ってたけど、指に嵌めたらピッタリだった。

 よく分かんないけど不思議な指輪だ。

 モモンガと村の前で別れた後、貰ったパチンコを握りしめ、自分の指に嵌ったキラキラとした指輪を眺めながら家に戻った。

 

 

「ただいまー」

 

「ネム!? もう帰ってきたのか……」

 

 

 家に戻ると家族は凄くビックリしていた。

 ちゃんと晩御飯までに戻って来れたはずなのに、みんな何を驚いているんだろうか。

 

 

「どうしたの? 今日は冒険者登録してきただけだよ。ほら、このプレート見てよ」

 

 

 首のプレートを掲げて見せると、お父さんはそれを見つめながら怪訝な顔をした。

 

 

「いや、登録だけって…… エ・ランテルと村を往復したら結構な距離だぞ? 一泊してくるか、それかもっと遅いものだと……」

 

「モモンガの魔法ならすぐだよ?」

 

 

 そう言えばお父さんはモモンガの魔法を見た事がないのかもしれない。

 私も初めて体験した時は驚いたけど、闇を潜るだけで遠い距離を移動出来るのだ。

 もちろんハムスケもすっごく驚いていた。

 でもモモンガは魔法を使う度に鎧を脱いだり着たりを繰り返していたから、色々と制約はあるのかもしれない。

 

 

「送迎完備ってそういう意味だったのか……」

 

 

 モモンガの凄さに今更気づいたのだろうか。お父さんは苦笑いしていた。

 

 

「でもこの魔法の事は周りには秘密だってさ。それに村との移動に使うだけで、冒険中はちゃんと自力で移動するって言ってたよ」

 

 

 色々と説明してあげると、お父さんは額に手を当てて天を仰いだ。

 

 

「……ネム。仕事の時は宿泊してきて構わないから、モモンガさんにあまり迷惑をかけてはいけないよ……」

 

 

 それを見たお母さんは、隣で口を隠して可笑しそうに笑っている。

 お姉ちゃんは、前に見た顔――理解を諦めた顔だ。

 なんだかよく分からないけど、これは門限――冒険の時間制限が解除されたと、前向きに考えるべきだろう。

 

 

「うん、分かった。冒険者のお仕事頑張るね!!」

 

 

 これで出来る仕事の幅も広がるはずだ。

 でも明日は冒険にも行かないし、家のお手伝いもいっぱいしておこう。道具の準備もパチンコの練習もしなくちゃいけない。

 村はまだまだ大変な状態だ。みんな忙しく働き続けている。

 冒険をしたらお金をいっぱい稼いで驚かせよう。

 それなら私でもきっと家族の役に立てる――役に立ったと胸を張れる。

 

 

(私だって、やれば出来る!!)

 

 

 今はまだ迷惑をかけてばかりだけど――その時はちゃんと褒めてもらえるよね。

 

 

 

 

 待ちに待った冒険の日。

 前日はしっかりと寝たので体調は万全。必要な持ち物も事前に確認して、既に用意しているので準備も完璧だ。

 

 

「いってきまーす!!」

 

 

 朝ご飯を素早く食べ終えると、用意しておいた小さなリュックを背負う。

 服のポケットにはモモンガから貰ったパチンコが、すぐ取り出せるように入れてある。

 そして茶色のマント――村に住む野伏(レンジャー)のラッチモンさんが子供の頃に使っていた物を貰った――を羽織れば冒険者ネムの完成だ。

 私は家族に元気よく挨拶をすると、駆け出すように家を出た。

 

 

「二人ともおはよう!!」

 

「ネム殿、おはようでござる」

 

 

 村の外で待ち合わせしていたモモンガとハムスケに合流し、その後はちょっとだけモモンガの魔法の出番だ。

 

 

「おはよう、ネム。忘れ物はないか? 街の近くまで〈転移門(ゲート)〉を開くぞ?」

 

「うん、大丈夫」

 

 

 モモンガは少しだけテンションの高い声で魔法を唱え、宙に浮かぶ闇を生み出した。

 一昨日街に行った時も使ったが、これを潜れば一瞬で移動できるのだ。

 

 

「本当に便利だよね。これが使えたら朝の水汲みが楽になりそう」

 

「某も魔法は少々使えるでござるが、殿には全く敵わないでござる」

 

 

 モモンガのこの魔法はかなり凄いものらしい。ハムスケも魔法は少し使えるそうだけど、こんな便利な魔法は知らないようだった。

 

 

「第十位階の魔法を使ってやる事が水汲みとは…… ネムは中々大物だな」

 

「井戸を往復するのって結構大変だよ? お姉ちゃんも腕が太くなったらどうしようって言ってた」

 

 

 素直に思った事を言っただけだったが、モモンガはどこか感心したような、驚いたような雰囲気を見せた。

 自分では大きな瓶を持ち運べないため、水汲みのお手伝いをする事は少ない。それでも姉の姿を見ていれば大変さは分かる。

 

 

「あくまでも家族と仕事のためか…… ネムらしい、優しい使い方だ」

 

 

 色んな魔法が使えるモモンガにとっては不思議な理由だったのだろうか。

 確かにモモンガならわざわざ井戸を往復しなくても、直接水を生み出したりも出来るのかもしれない。

 モモンガの顔は今は仮面で隠れているけど、何故か自分のことを優しげな目で見ている気がした。

 

 

「どうしたの? 行かないの?」

 

「いや、何でもない。さぁ、行こうか!!」

 

「うん、しゅっぱーつ!!」

 

「出発でござる!!」

 

 

 みんなで元気よく声を出して、闇の中へ足を踏み入れた。

 こうしてお喋りしているのも楽しいけど、何はともあれ出発だ。

 ――どんな仕事があるんだろう。今日一日だとどれくらい稼げるんだろう。どんな物が見られるんだろう。

 今日から私、冒険者ネム・エモット、相棒のハムスケ、そして冒険者モモンの本格的な活動開始だ――

 

 

 

 

 意気揚々とカルネ村から街までやって来た二人と一匹。

 出発時の笑顔はどこへ消えたのか、ネムは眉を八の字にしながらモモンガと共に唸っている。

 

 

「これが依頼書か。ふむ、どうしたものか……」

 

「むむむ…… どうしよう?」

 

 

 辿り着いたエ・ランテルの冒険者ギルドで、ネムとモモンガは早速壁にぶつかっていた。

 魔法で作った鎧に身を包んだモモンガは顎に手を当て、掲示板の前でどうしたものかと考え込んでいる。

 

 

「読めん…… ネムは文字が読めるか?」

 

「読めない…… モモンも?」

 

「ああ、私の故郷とはまるで違う文字だ。言葉は翻訳されるのに、文字は違うとか不便だな……」

 

 

 冒険者登録をした時に、何故気付かなかったのか不思議なくらいの初歩的な問題。

 モモンガとネムは張り出された依頼書の文字が読めなかったのだ。

 モモンガは異世界の言葉故に。ネムは単純に読み書きを習っていないからだ。

 屋外に待たせているハムスケに聞いてみるという手もあったが、あの微妙に賢くない魔獣に文字が読めるとも思えなかった。

 そして、観念して二人で受付に依頼を見繕ってもらおうとしたが、そこで待ち受けていたのは新たな問題だった。

 

 

「申し訳ございません。現在は緊急時でして、銅級の方に紹介できる仕事はございません」

 

「……え?」

 

 

 返ってきたのは事務的な台詞。

 二人してポカンとしていたが、受付の女性はそんな事も知らないのかと言いたげな表情だった。

 

 

「昨夜より共同墓地からアンデッドが溢れ出し、その対応に追われているのです。そのため、他の依頼は一部停止させて頂いております」

 

「えぇ……」

 

 

 ネムとモモンガは二人揃ってガックリと肩を落とした。

 現在多くの冒険者はアンデッド退治や街の防衛の仕事を請け負っているが、それは一度も仕事をしたことがない新人に回せるようなものではなかった。

 厳密には荷物運びの仕事などはあるのだが、この緊急時に何も知らない奇妙な二人組に任せるのは良くないだろうと、受付嬢はあえて言わなかった。

 

 

「モモン、どうしよう?」

 

「選択肢は三つ……いや、この場合一つか。ネム、今日は訓練をしないか?」

 

 

 ネムはモモンガの提案を聞いて若干気分が落ち込んだ。

 本当はお仕事がしたい。お金をちゃんと稼ぎたい。せめて街に入る時の通行料分くらいは取り戻したい。でも、仕事がないのだから仕方がない。

 

 

「ネムはまだモンスターとちゃんと戦ったことはないだろう?」

 

「うん……」

 

 

 諭すようなモモンガの言葉に、ネムは小さく返事を返す。

 頭で分かっていても、ネムが気持ち的に納得出来るかは別問題だ。

 

 

「ハムスケと私を含めた連携を確認する必要もある。手ごろなモンスターを探して戦ってみよう」

 

「うん……」

 

 

 ネムもチームワークは大切だと思う。

 冒険者は基本的にチームで動き、お互いをカバーするのだと聞いた事がある。練習する必要性も理解している。

 ただ、今日も何の成果もなく家に戻るのは嫌だ――

 

 

「ゴブリンとかを狩れば報奨金が出るぞ」

 

「――やる!! モモンに昨日の練習の成果を見せてあげるね!!」

 

「おっ、もう自分で練習をしてたのか。偉いぞ。よし、じゃあ気を取り直して街の外に行くか!!」

 

「いくぞー!!」

 

 

 ――ゴブリン死すべし。

 ネムは二重の意味でやる気を漲らせた。

 

 

 

 

 エ・ランテル近郊の平野で、ネムとの実戦的な連携の訓練を始める事にした。

 お互いに出来ることを確認しながら、時折見つけたモンスターとも戦っている。

 その相手はもっぱら弱いゴブリンで、安全を考慮して群れからはぐれた個体を狙って狩っていた。

 

 

「ねぇモモン、ハムスケと新しい技を考えたの!!」

 

「某とネム殿の合体技でござる!!」

 

 

 訓練を始めてから数十分。ネムがゴブリンとの戦いの中で何かを閃いたようだ。

 何をするのか少しワクワクしながら見ていると、ハムスケが尻尾の先をネムに絡めた。

 いったい何をするつもりなのか。そのままネムの体を固定すると、空に向かって尻尾を垂直に伸ばしていく。

 

 

「私が上からパチンコで攻撃して」

 

「某がその隙をついて地上で攻撃するでござる」

 

「天才か」

 

 

 ハムスケの尻尾は堅い鱗に覆われているが、伸縮自在で伸ばせば少なくとも二十メートルはある。普段は鞭の様に敵に叩きつけて使っており、かなり自在に操れるらしい。

 それをそのまま武器として使うのではなく、ネムを空中に固定する道具にするとは中々面白い。

 

 

「ふむ、考えたな。これなら周囲の偵察にも使えそうだ」

 

「でしょでしょ!! でも、これまだ未完成なんだ……」

 

「何が足りないんだ?」

 

 

 制空権などネムは知らないはずだが、敵の頭上を取れれば有利だろうし、高い位置にいる分視野も広くなる。

 何より敵が飛び道具を持っていなければ、ネムが一方的に攻撃出来ることになる。

 尻尾から降りて来たネムは未完成だと言ったが、この世界のレベルを考えれば十分使える作戦だと思う。目立って的になりやすい事を気にしているのだろうか。

 

 

「尻尾を真っ直ぐに伸ばし続けるのは、某が少々疲れるでござる」

 

「ポンコツか」

 

 

 疲労のないアンデッドである自分には、ハムスケの苦労は分からない。

 だが、そこは頑張れと言いたい。

 

 

「あと、高すぎて怖いです……」

 

「盲点だった…… いや、あの高さだから当たり前か。むしろ良くさっきは我慢出来たな?」

 

 

 空中での恐怖を思い出したのか、ネムが怯えた表情を見せた。

 確かにあの高さは普通の人間には怖いだろう。自分は恐怖などの感覚も麻痺しているため、本当の意味では共感出来ないが。

 

 

「止まってる時はまだ良いけど、ハムスケが移動したら尻尾も揺れるから、すっごく怖いの……」

 

「尻尾でしっかりと体を掴んでいるゆえ、決してネム殿を落としはしないでござるが…… 極力揺らさないとなると、某は一歩も動けないでござる」

 

「まさかの移動不可……」

 

「爪くらいは振れるでござるよ?」

 

 

 尻尾はネムのために使っているので、必然的にハムスケの残りの武器は爪となる。

 超近距離武器しかなく、移動出来ない戦士――駄目かもしれない。

 

 

「面白い作戦だが、改良が必要だな」

 

「うん。あと高い所から撃つと難しかったから、もっと練習しなきゃ!!」

 

「某も特訓に付き合うでござるよ!!」

 

「よし、私も後衛をカバー出来る立ち回りの練習だ!!」

 

 

 その後もゴブリンを数匹狩り、色んな動きを試してこの日の訓練は切り上げた。

 見つけた中で一匹だけ攻撃が当たらず倒せなかったゴブリンがおり、見事に逃げられたことでネムはすごく悔しそうにしていた。

 そんな風に時には上手くいかない事もある。それもネムにはいい経験だろう。

 

 

(たかがゴブリン。雑魚モンスターだ……)

 

 

 今日戦ったモンスターは非常に弱く、戦士の真似事をしている自分でも一太刀で斬り殺せる。やろうと思えば戦術など皆無の力押しで、何千匹でも倒せる雑魚だ。

 自分一人どころか、ハムスケだけでも余裕で倒せる程度の相手でしかなかっただろう。

 報酬金にしたって銀貨で数枚程度。ユグドラシル金貨に換算すれば、一枚にも満たない僅かな額だ。

 しかし――

 

 

(でも、楽しかったな……)

 

 

 ――楽しかった。

 ユグドラシルでは強敵に挑んで負ける度に、試行錯誤を繰り返した。

 難しいクエストにチャレンジする時は、みんなで知恵を出し合った。

 強い戦術や面白い技などを編み出しては、仲間内で披露しあった。

 

 

(ああ、そうだ。俺はただ、こんな風にみんなと遊んでいたかったんだ……)

 

 

 かつての仲間と過ごしたあの頃を思い出し、自分としては今日の訓練は大満足だった。

 もし叶うなら、もし彼らがこの世界に来ているのなら、彼らともまた一緒にこんな風に遊びたい。

 

 

「ねぇモモンガ、今度はいつ行くの?」

 

「うーん、どうするか。あまりネムを連れ出し過ぎるのも、家族に悪いしなぁ」

 

 

 ネムをカルネ村に送り届け、別れる直前。

 次の冒険の予定を聞かれた。そう、ネムとはまだ次があるのだ。

 

 

「私はいつでも準備万端だよ!! 次はちゃんとお仕事をこなして、今度はみんなにお土産を買って帰りたいな」

 

「ふふふっ……了解だ。じゃあ次は――」

 

 

 自身に向けられた真っ直ぐな瞳を見て、思わず笑いがこぼれた。

 かつての仲間に会いたい気持ちは、自身の中に当然の様にある。

 張りぼてでも、支配者としてナザリックを絶対に守り抜いてみせる。

 自身の精神が変質している自覚はある。だが、たとえ何年、何十年経とうが、アンデッドとなったこの身が消える時まで、この想いは決して無くならないだろう。

 だけど今は――

 

 

(少しくらい、新しい友人との約束を楽しんでも、構わないですよね。皆さん――)

 

 

 ――ネムとの冒険を楽しんでも、罰は当たらないだろう。

 

 

 

 




名声とか興味ないので、モモンガは共同墓地の事件を放置です。
問題が起きればきっとデミウルゴスが何とかしてくれるはず……

――色んなフラグを折った結果――
シャルティアは洗脳されない(そもそも外に出てない)。
漆黒の剣はどこかでモンスターを狩ってる。
ンフィーレアは叡者の額冠を装備中。
カジっちゃんはアンデッド化に成功。
クレマンティーヌは無事に逃走。


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幕間2 忘却される護衛役

時系列としては幕間「悪魔の誓い」の後。
モモンガがネムの家族にプレゼンをする少し前です。



 ナザリック地下大墳墓の第九階層――ロイヤルスイート。

 ギルドメンバーの私室等が設置された階層であり、最高支配者のための執務室もそこにあった。

 執務室は高級な調度品が数多く備え付けられているが、一人で使うにはあまりにも広すぎる空間だ。本来ならメイドが一人控えていようが気にならない程度の広さである。

 だが、そんな広々とした場所にもかかわらず、この部屋の主は息が詰まりそうな状況に陥っていた。

 

 

(さて、どうする……)

 

 

 黒い革製の椅子に座った死の支配者(オーバーロード)は、出来るだけ冷静に思考を巡らせようとしていた。

 机を挟んで彼の向かいには、並々ならぬ熱意を漲らせた悪魔が立っている。正直なところ圧が凄い。物理的な熱気を感じてしまいそうなほどだ。

 

 

「ふむ、なるほど……」

 

 

 そんな部下の熱い視線を感じながら、モモンガは手に持った計画書をめくり続ける。

 余りに分厚すぎるそれは辞書のようで、まるで終わりが見えてこない。

 

 

(――ギルドの維持コスト削減案、防衛体制の見直し、ナザリックの戦力増強案、スクロール作成、採掘場、牧場、領地の取得、各種能力実験、ユグドラシル金貨の入手方法、G情報網の構築、偽ナザリック建設計画etc……)

 

 

 淀みなく優雅に読み進めるその姿は、まるでやり手の経営者。

 目の前で見ているデミウルゴスのみならず、こちらの様子を伺う一般メイドすらもその一挙手一投足に魅了されていた。上限だったはずの尊敬や忠誠心も爆上がりである。

 しかし、モモンガは優秀過ぎる部下が作った計画書を読んでいるフリをしながら、内心では頭を抱えていた。

 

 

 

(――駄目だ。書かれている計画が多すぎてサッパリ内容が頭に入らない…… 難しい単語だらけだし、概要だけで何ページあるんだよこれ)

 

 

 時折ページをめくりながら「ほぅ……」「これは……」などと呟き、内容に関心している演技もしていたが、時間稼ぎもそろそろ限界だろう。

 

 

「如何でしょうか。このデミウルゴス、全身全霊を以って作成させて頂きました」

 

「どれも素晴らしい計画だ。流石はナザリック一の知者と言えよう」

 

 

 ページをめくる手が止まる頃を見計らい、意見を求めてきた部下にとりあえず労いの言葉をかけた。モモンガの誤魔化しという名の戦いはここからが始まりだ。

 

 

「ありがとうございます。計画の立案にあたってナザリックのギミック、全NPC、傭兵モンスターの能力、及び保管された素材やアイテムなどの資源も確認済でございます」

 

「え、全部確認したのか?」

 

 

 部下の手際の良さに思わず素の声が出てしまったモモンガ。

 

 

「はい。後は外の情報を手に入れ、細部を調整するのみです。ご許可頂けるのであれば、即座に始めさせて頂きます」

 

「本当に凄いな、お前……」

 

 

 モモンガもナザリック内の事は粗方把握しているつもりだが、情報が多すぎて全てとは言い切れない。それを臆面もなく全て確認したと言い切るデミウルゴス。

 ナザリックが異世界に転移してから、まだ一週間も経っていないのにだ。

 感心を通り越して、もはやドン引きするレベルだった。

 

 

「ありがとうございます。ですがモモンガ様ならば、これ以上の計画を作る事も容易かと」

 

「ふふっ、謙遜はよせ。ところでデミウルゴスよ。お前は何を思いながらこの計画書を作った。お前自身の言葉で聞かせてくれないか?」

 

 

 モモンガは支配者らしい態度を維持しながら、頭を垂れるデミウルゴスに問いかけた。

 要約すると「この計画書の内容分かんないから説明してくれ」である。

 

 

「やはり私如きの考えなど全てお見通しでしたか……」

 

 

 デミウルゴスは一瞬だけハッとした表情を見せた。

 しかし見通すも何も、モモンガは何も分かっていないし何も考えていない。

 

 

「モモンガ様のお考えの通り――」

 

 

 一体何を察したのかは不明だが、デミウルゴスはモモンガに自身の気持ちを語ってくれた。

 

 

「――ですので、舞台を整える事をお任せいただきたいのです。モモンガ様にはこの世界を存分に楽しんでいただければと……」

 

 

 ――これまでギルドの維持を任せていた事が申し訳なかった。我々にも手伝わせて欲しい。モモンガ様はどうかご自身のなさりたい事をやって欲しい。

 デミウルゴスの言葉をモモンガはゆっくりと噛みしめる。

 

 

(要するに……ナザリックを維持する手伝いがしたいから任せてくれって事なのか。でも世界を楽しむってどういう事だ? もしかして俺が冒険者になろうとしてるのがバレてたか……)

 

 

 その内容はモモンガにとって、ある意味悪魔の囁きだった。

 ギルドマスターとしてそんな無責任な事は出来ないが、思わず「任せた」と言ってしまいたくなる提案だ。

 

 

(うーん、でも案外アリじゃないか? 俺なんて元々ただのサラリーマンだし、トップで考えて指示するより優秀な部下の案を採用する方がいい気が……)

 

 

 だが、客観的に自身の能力を判断すると、モモンガはデミウルゴスの方が正しいように思えてきた。自分がするべき事は大きな方針だけ決めて、もしもの時に責任を取る事ではないだろうか。

 一度そう考えてしまうと、モモンガはデミウルゴスの提案がますます魅力的に見えてくる。

 

 

「良かろう。この件はデミウルゴス、お前に()()()()する」

 

「おぉ、私に()()を任せて頂けるとは……ありがたき幸せ」

 

「忙しくなるお前には必要になるだろう。これを受け取るがいい」

 

「これはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン!? このような至宝まで…… 必ずや世界を、御身にご満足いただける結果を献上させて頂きます!!」

 

 

 ギルドの指輪を渡されたせいか、デミウルゴスも非常にやる気になっている。

 

 

「ん、世界? ……まぁ良い。そう緊張するな」

 

 

 部下のモチベーションを維持し、能力を引き出す事こそ理想的な上司の役目だろう。

 モモンガはどこか認識の噛み合わなさを感じつつも、デミウルゴスの熱意を信じる事にした。

 

 

「いくつか私から条件、注意事項の様な物を付けさせてもらう。それから、計画の責任を取るのはあくまで私だからな」

 

「その様な配慮まで……畏まりました。どのような条件であれ、完璧にこなして見せましょう」

 

「期待しているぞ。条件だが――」

 

 

 ナザリックの敵対者を出来るだけ作らないようにする。

 弱そうな現地人でも未知の存在に油断しない。

 この地に来ているかもしれない他のプレイヤーにも注意する。

 モモンガは大雑把にこのような内容を伝えた。

 

 

「ナザリックとして表に出ることはないと」

 

「仲間を見つける手としては良いかもしれない。だが、我らの悪名はユグドラシルでは広まりすぎていた。いらぬ敵を作りかねないからな」

 

「ではその条件に合うように、計画を幾つか修正させて頂きます」

 

 

 ギルドの名を出すか出さないか。モモンガとしても非常に悩んだ。

 しかし、かつての仲間には会いたいが、守るべき存在が多いため危ない橋は極力渡りたくないのだ。

 それに自分も彼らも異形種だ。寿命という時間制限がない以上、もしこの世界に来ていればいずれ会える。モモンガはそう前向きに考える事にしていた。

 

 

「うむ、頼むぞ。あー、それとだな。計画には大きく関係していないが……私はこの世界で冒険者をやろうと思っている」

 

 

 話が一区切りついた所で、モモンガは冒険者になることを切り出した。

 反対される可能性も考慮していたので、微妙に歯切れが悪くなる。

 

 

「畏まりました。近衛兵の編成は既に済んでおります」

 

「いや、出来れば護衛を連れるのは避けたい」

 

「お言葉ですが……流石に御身お一人では危険かと。最低でも一人以上は盾となる者がいなければ……」

 

 

 護衛の事は遠慮したいが想定の範囲内だ。だが、快適な冒険者ライフのためには何とか言いくるめなければならない。

 

 

「この冒険は一人ではなく、ネムを誘うつもりなのだ…… 理由は分かるな?」

 

 

 モモンガは威厳を感じさせる声でデミウルゴスに語りかける。まるで深い意味があると言わんばかりに。

 とんでもなく勿体つけているが「友達と遊ぶ姿を部下に監視されるのって恥ずかしいよね」と、モモンガは言いたいだけだ。

 

 

(頼む。察してくれ……)

 

 

 しかし、至高の支配者には似合わない理由のため、NPCに直球で言うのは躊躇われる。

 この優秀過ぎる部下なら伝わるだろうと、モモンガは遠回しにその意思を伝えた。

 

 

「……なるほど。そういう事ですか。モモンガ様の真意、理解いたしました」

 

 

 デミウルゴスは数秒ほど悩み、何かに気がついたようだ。

 そして表情を緩めると恭しく頭を下げた。

 

 

「話が早くて助かる。私はそれの準備に入るとしよう」

 

「畏まりました。それでは私も直ちに準備させて頂きます」

 

 

 デミウルゴスは深くお辞儀をすると、すぐに執務室を後にする。

 やはり出来る男は違うなと、モモンガはその後ろ姿を満足げに見送るのだった。

 

 

 

 

 ナザリック内の確認が終わり、モモンガがそろそろネムに会いに行こうと思った矢先の事。

 その日モモンガは「例の件の準備が整いました」とデミウルゴスから連絡を貰い、第六階層に向かっていた。

 

 

(計画書の事についてだったらどうしよう…… まだちゃんと読めてないんだが)

 

 

 さも分かっていた風に応えたが、当然モモンガは例の件が何の事か分かっていない。デミウルゴスに色々なことを一任してから、その後の確認もとれていなかった。

 

 

(もう少し報連相を徹底させるべきか。いや、でもなぁ……色々聞かれても、俺じゃ分かんないしなぁ)

 

 

 彼らの理想の支配者像を壊さないために、細かい内容を聞き返す事が出来なかったのだ。

 NPCの事が分かってきた今なら、多少の駄目な姿を曝け出しても忠誠心が落ちる事はないとほぼ確信している。しかし、それも今更だろう。

 モモンガ自身も彼らをガッカリさせたくないと思っているので、自業自得だが引くに引けない状況なのだ。

 

 

「ご足労頂きありがとうございます。モモンガ様」

 

「……うむ。今から例のアレをやるのだな?」

 

「はい。アレでございます」

 

「あー、あの時話していた件だな?」

 

「はい。あの時でございます」

 

 

 ――だからどれだよ!!

 

 モモンガは叫びたい気持ちをぐっと堪え、支配者らしく抑揚に頷いた。

 辺りを見ればこの場にいるのはデミウルゴスだけではない。

 ガルガンチュアとヴィクティムを除く階層守護者が全員揃っている。更にセバス、プレアデスから三人、領域守護者などのNPCに加え、高レベルの傭兵モンスター達が集まっていた。

 皆一様にやる気を漲らせているが、特にアルベドとシャルティアが凄い。

 やる気と言うより欲望だろうか。二人とも目が血走ってて正直かなり怖い。

 

 

「デミウルゴスよ。念のためこの企画の趣旨を、改めて皆にも説明してあげなさい」

 

「畏まりました。では始める前に、改めてこの企画の説明をしよう」

 

 

 モモンガは伝家の宝刀「デミウルゴスよ、説明してあげなさい」を発動した。

 後はデミウルゴスが仲間にする説明を、モモンガが理解すれば万事解決である。

 

 

「モモンガ様は冒険者として活動を開始されます。しかし、我々はそれに参加しません」

 

(うんうん。流石デミウルゴスだ。俺の事をよく理解している。やっぱり気兼ねなく冒険したいからな。お供はいらないぞ)

 

 

 モモンガは彼らの事がもちろん嫌いではない。今はいないギルドメンバーの子供のような存在だと思っており、大切なナザリックの一員だと考えている。

 しかし、彼らは配下としての姿勢を貫き、モモンガに支配者としての姿を求めている。

 そうあれと生み出されたのだから、それはそれで構わない。

 だが、モモンガは遊びの一環――趣味として冒険者になりたいのだ。

 

 

「モモンガ様の大いなる計画のためには、冒険者としてのパートナーは現地人が望ましい。我々ナザリックの者ではない事に意味があるのだよ。そこで――」

 

(うんうん。四六時中支配者ロールをするのはちょっとしんど過ぎるからな――ん、計画?)

 

 

 だからそんなNPC達と一緒に冒険に行くのは、自分の求める物とはちょっと違うと思っている。プライベートは自由に楽しみたいのだ。

 そんな事を考えていると、デミウルゴスの説明の雲行きが怪しくなってきた。

 

 

「――モモンガ様に決して悟られず、護衛が出来る者を選抜したいと思います!!」

 

(どうしてそうなった!?)

 

 

 モモンガはツッコミを声に出すことなく何とか飲み込んだ。しかし、状況が好転するわけではない。

 モモンガは軽く考えていたが、忠誠心が天元突破しているNPCがそう簡単にモモンガを一人にするわけがない。

 特にデミウルゴスはモモンガ――自分達が仕えられる最後の支配者――がこの地を去らないか一番危惧していたNPCだ。

 例えモモンガに命令されたとしても、そう簡単に頷くわけがないのだ。

 

 

「これより『モモンガ様を護り抜くのは君だ!! 第一回ナザリック大、大、大、かくれんぼ大会』を開催いたします!!」

 

「「「うおぉぉおぉぉぉぉっ!!」」」

 

 

 デミウルゴスはいつの間にか握りしめていたマイクを使い、この場にいる者全員に向かって叫んでいた。

 悪魔の発した非常に耳障りの良い声。

 周りから上がる歓声。

 

 

「ぇぇ……」

 

 

 そしてかき消される骨の嘆き。

 デミウルゴスの声は心地よく耳に入ったが、モモンガは状況を理解出来なかった。例え多少の時間があっても理解は出来なかっただろう。

 

 ――お前、こんなキャラだったのか。

 

 NPCは程度に差はあれど、ギルドメンバーによって性格などが設定として書き込まれている。しかし、設定に書かれた文章が全てではないらしい。

 モモンガはNPCの新たな一面を知り、何とも言えない気分になった。

 

 

「ルールは簡単だ。まず事前に配ったリストバンドは――」

 

(うわぁ、準備万端。何故だ!? そこまで気遣いが出来るなら、何故その結論に至った!? 普通に一人で行かせてくれよ!!)

 

 

 モモンガの驚愕を他所に、デミウルゴスから今から行う大会のルール説明が行われる。

 一つ、モモンガから一定距離を離れない事。

 二つ、モモンガに気付かれない事。

 これらの条件に反すると魔法のリストバンドが壊れて自動的に失格となる。

 要は制限時間終了まで、モモンガに見つからずにストーキングすればいいのだ。

 少々変則的な部分もあるが、シンプルなルールと言えるだろう。

 

 

「そうそう、冒険者のパートナー役として私はモモンガ様と一緒に動きます。私に見つかっても当然失格だからね。……如何でしょうか、モモンガ様。一部の守護者を納得させるため、少々趣向を凝らしてみました」

 

「……誰もが納得する素晴らしい案だと思うぞ」

 

 

 ――俺は微妙に納得してないけどな。

 モモンガは心の中で愚痴りつつ、表情の変わらない骸骨になった事を感謝した。

 

 

「ありがとうございます。では、これからモモンガ様には森林内の所定の位置について頂きます。後はスタートと同時に自由に動き回っていただければ幸いです」

 

「ほぅ、森林内がフィールドか。参加者はどの程度いるのだ。既に姿を隠している者もいるのだろう?」

 

「流石はモモンガ様。素晴らしい慧眼で御座います。レベルとしては五十以上の者が数十名ほど……ナザリック内に同種が複数いるモンスターや、傭兵モンスターは代表一体のみの参加となっております」

 

 

 細かい人数は不明だが、かなりの人数が参加していると見て間違いない。

 プレアデスの内シズとソリュシャンが見当たらなかったが、シズはレベル的に不参加のはずだ。

 一方で盗賊の職業を持つソリュシャンはレベルの条件も満たしているため、既に森に潜んでいると考えられる。

 傭兵モンスターで気をつけるべきは、高い隠密能力を持つ忍者系モンスターだろう。

 あとはここの階層守護者でもあるアウラとマーレが警戒すべき相手だ。

 あの二人にとってここは有利すぎる場所。能力的に考えても申し分ない。

 

 

「なるほどな…… 魔法などを使っても良いのか?」

 

「はい。転移と攻撃魔法以外でしたら、アイテムなどを使っても構いません」

 

「……分かった。折角の機会だ。私も少々本気を出させて貰おう」

 

 

 この世界に来てから生産の目処は立っていないが、少々スクロールも使わせてもらおう。モモンガはこれは初期投資だと、自身に言い訳を重ねる。

 

 

「それでは、スタートです!!」

 

 

 森林内の所定の位置につき、デミウルゴスの合図でゲームが始まった。

 モモンガは肺のない体で深呼吸を行い、冷静になりつつも気合を入れる。

 

 

(ネムとの冒険に水を差されるわけにはいかない。――どんな手を使っても全員見つけ出してやるからな!!)

 

 

 モモンガは大人気なく本気を出す事を決意した。

 すべてはネムとの楽しい冒険のために――

 

 

 

 

「――そこまで!! ここでタイムアップです」

 

 

 異形種達のかくれんぼ大会は苛烈を極め、そして今終わりを迎えた。

 ――御方の圧倒的な力を見せつけられるという結果で。

 

 

(まさかこれ程とは。私はまだ至高の御方の力を甘く見ていた……)

 

 

 パートナー役として常に側にいた自分は、至高の御方の妙技を思い出していた。

 

 

『――飛ぶぞデミウルゴス!!〈飛行(フライ)〉』

 

 

 参加者から距離を引き離すべく、自分を抱えたまま華麗なアクロバット飛行をしてみせたモモンガ様。

 

 

『えーと、ぷにっと萌えさん考案の探知術は――』

 

 

 数々の情報系魔法を使いこなし、次々と参加者を発見していったモモンガ様。

 

 

『目を増やすか。スキル〈下位アンデッド創造〉〈中位アンデッド創造〉〈上位アンデッド創造〉ふむ、これだと足りないか? おまけに〈不死の軍勢(アンデス・アーミー)〉っと』

 

 

 召喚魔法を使い、人海戦術を披露して下さったモモンガ様。

 そのお言葉と魔法で罠を張り巡らせ、凄まじいオーラを撒き散らし、数々のアイテムを湯水の如く使い――参加者の尽くが脱落していった。

 

 

(やはり私如きの作戦では、モモンガ様には通用しませんか)

 

 

 自分の策がほとんど通用しなかった。悔しいと思う反面、主人の偉大さに誇らしくもある。

 実を言えばこの大会は守護者だけでなく、モモンガ様に護衛の同行を納得して頂くための場でもあったのだ。

 そのため公平性に欠けるとは思ったが、大会のルールはモモンガ様に不利な仕様で作った。

 予め森林内での活動が得意なモンスターを用意し、チームとして動くように指示も出していた。

 自分というパートナーがいる事で、移動を制限される仕組みも用意していた。

 

 

(あらゆる想定はしていたつもりでしたが、私も精進しなくてはなりませんね)

 

 

 モモンガ様が探索系の職業を修めていないのは承知している。その上で隠密に長けた者を参戦させていたのだ。

 更には転移と攻撃魔法を制限した以上、魔法詠唱者としての能力は十全に発揮出来ない。

 参加人数すらワザと正確には伝えなかった。

 これなら最低でも五人は残ると考えていた。

 考えていたのだが――

 

 

「中々楽しかったぞ、デミウルゴス。そろそろ私は行かせてもらうとしよう」

 

「はっ。ご協力ありがとうございました」

 

「あぁ、もし私が見つけられなかった者がいるのなら、そのままついて来るといい」

 

 

 ――最後の超位魔法は予想外だった。

 まさか〈天地改変(ザ・クリエイション)〉を使って大森林を一時的に作り変え、潜んでいた参加者を無理やり炙り出すとは思わなかった。

 こちらの作ったルールの穴を突いた見事な作戦の数々。まさに智謀の王。端倪すべからざる御方と言う他ない。

 

 

「どうするのよデミウルゴス!! このままじゃモモンガ様がお一人で行かれてしまうわ」

 

「そうでありんす!! ああっ、あの時アルベドが邪魔してなければ……」

 

「なんですって? それはこっちのセリフよ!!」

 

 

 アルベドとシャルティアが騒いでいるが、結果は結果として受け止めなければならない。というより、二人は勝手に自爆しただけだ。

 モモンガ様が装備を着替える瞬間を目に焼き付けようとして、二人してあっさりと見つかったのだから。

 二人の気持ちは分からないでもないが、あれ位は罠だと気がついて欲しい。

 そもそも隠密能力がない二人だから、最後まで残れるとも思っていなかったが。

 

 

「あー、後もうちょっとだったのになぁ……」

 

「お、惜しかったね、お姉ちゃん」

 

「アウラ、マーレ、二人ともお疲れ様。私も二人のコンビならいけると思っていたが……モモンガ様は我々の想像を容易く超えてしまわれたよ」

 

「流石はモモンガ様だよね。でもいいの? 本当にお一人で行かせて?」

 

 

 かなり悔しげだが、やり切った表情を見せるアウラに労いの言葉をかけた。

 事実この二人は本当に健闘してくれた。

 恐らく最後の超位魔法がなければ、樹々や地面に隠れ潜んだまま見つかる事はなかっただろう。

 

 

「問題はないさ…… お一人、ではないからね」

 

 

 念のための保険として用意していた最後の策。

 参加するように声をかけたのは自分だが、残ったのがその彼だけというのはかなり悔しい。

 

 

(モモンガ様の事を頼みましたよ)

 

 

 自分の感情はさておき、モモンガ様の護衛として信頼は出来る。

 まさか一人しか残らないとは思わなかったが、きっと彼なら大丈夫だろう。

 なにせ彼は――

 

 

 

 

 

 かくれんぼ大会を終え、ナザリックの地表部まで出て来たモモンガ。

 そこでモモンガは頭を抱えて自己嫌悪に陥っていた。

 自身の先ほどの所行を思い出し、精神抑制が三度ほど繰り返されている。

 その理由は単純――やり過ぎたである。

 

 

(うわぁぁ、やっちゃった……どうしよう。フィールドを更地にして見つけ出すとか、ないわぁ…… かくれんぼで隠れる場所を潰すとか、絶対ダメだろ……)

 

 

 ナザリックのシモベには見せられない情けない姿。

 しかし、そんなモモンガに近づく者がいた。

 

 

「モモンガ様!! 如何なさいましたか?」

 

 

 妙なイントネーション呼ばれた己の名前。

 その声を発した者の姿を見て、モモンガは顎が外れかけた。

 

 

「ぱ、パンドラズ・アクター!?」

 

 

 誰もいないと思っていたモモンガの目の前に現れたのは、黄色い軍服を着た二重の影(ドッペルゲンガー)――

 ――モモンガが創造したNPCだった。

 

 

「はい、貴方様に創造して頂いた唯一の存在…… 宝物殿の領域、守護者!!」

 

 

 パンドラズ・アクターは肩にかけたコートをバサリとはためかせ、軍帽に手をかける。

 更にブーツの踵を打ちつけ音を鳴らし、つるりとした卵のような顔を斜めに傾けた。

 

 

「そして、今はモモンガ様専属の護衛!! パンドラズ・アクターでございます!!」

 

 

 おそらくキメ顔をしているのだろうが――顔の造形は黒い穴が三つ並んでいるだけ――その表情は全く変わらない。

 目の前で繰り広げられるオーバーアクションを前に、モモンガは先程よりも多く精神抑制が起こった。

 

 

「あー、久しぶりだな。元気だったか? というか、お前もさっきのに参加してたのか……」

 

「はい、元気にやらせて頂いております。先程の大会もデミウルゴス殿に誘われ、参加しておりました!!」

 

 

 モモンガが何とか気を取り戻すと、パンドラズ・アクターからテンションの高い応答が返ってくる。

 彼は宝物殿に引き篭もらせていたはずだが、デミウルゴスが呼び出したらしい。何気にこの世界に来てから会うのは初めてだったりもする。

 そこでモモンガは改めて気付いてしまった。

 

 

「お前が私の護衛なのか……」

 

「お任せ下さいモモンガ様!! ありとあらゆる手を尽くし、決して御身に気付かれずに、完璧に護衛して見せましょう。私は影となり空気となり、モモンガ様の冒険の邪魔には――」

 

「宝物殿の方は大丈夫なのか?」

 

「もちろんで御座います!! そちらの方の仕事も完璧ですとも」

 

 

 歌うように高らかに宣言し、大袈裟に両腕を広げ、くるりと半回転。

 そしてピタッと動きを止め、腕を交差し決めポーズをするパンドラズ・アクター。

 モモンガは全てのNPCの事をギルドメンバーの子供だと思っている。

 

 

「……任せるぞ。それから冒険中の出来事を他の者に細かく報告したりはするなよ?」

 

 

 しかし、自分が創造したコイツについては、どう接したら良いのか分からない。

 仮に創造主ではなくても、目の前で一人ミュージカルを繰り広げるような奴の接し方など分かるはずもないが。

 

 

我が神のお望みとあらば(Wenn es meines Gottes Wille)!!」

 

「……」

 

 

 突然のドイツ語に絶句するモモンガ。そして再び襲いかかる精神抑制。

 

 

(うぉぉぉっ……ドイツ語だったかぁぁぁ!? ――よし、さっさとネムに会いに行こう。前に話してた冒険の事覚えてるかなー)

 

 

 うん、取り敢えずコイツはいない者として扱おう。

 大丈夫だ。きっといつの間にか忘れているはずだ。気付かれない事が護衛の条件だしな。

 

 

「ではモモンガ様。一足先に先にカルネ村の様子を確認してまいります」

 

「分かった。少しだけ遅らせてから私も向かおう」

 

「現地の安全確保は完璧にして見せましょう。この先モモンガ様は私に決して気づくことなく、しかし私はその尊い雄姿を目に焼き付け、大いに冒険を――」

 

「はよ行け」

 

 

 モモンガは気持ちを切り替え、目の前の黒歴史から目を背ける。

 そして、パンドラズ・アクターが消えてから、少し間を空けて〈転移門(ゲート)〉を唱えた。

 闇を潜った先、最初に目に入るのは何でもない村の風景。

 

 

 

「――数日ぶりだな、ネム。元気にしていたか?」

 

 

 そして、何よりも待ち望んでいたもの――

 

 

「モモンガ!! 遊びに来てくれたの?」

 

 

 ――こちらに気がつき、花が咲いた様な笑顔を見せる、小さな友の姿だった。

 

 

 

 

 




ナザリックが一緒に転移している。つまりモモンガは一人になれないのでは?
しかし、原作通りナーベラルを護衛にすると冒険を楽しめないかもしれない……
と、いう事で考えた結果、護衛役はパンドラズ・アクターです。
彼ならきっと誰にも気づかれずに、尚且つ柔軟な対応をしながら見守ってくれる……はず。




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骨と少女と魔獣のわーきんぐ

前回のあらすじ

「冒険者になったよ!! でもお仕事がない……」
「おいおい、死んだわ俺」
「アンデッドは放置してネムと訓練するか」
「尻尾が疲れるでござる」

今回こそ普通にお仕事回です。
でも仕事してない部分が割と多い……


 リ・エスティーゼ王国の都市エ・ランテル。

 都市の外周部――西側の地区には共同墓地があり、現在は門と壁の修復作業が行われていた。

 

 

「こりゃひでぇな…… 一から作り直した方が簡単なんじゃねぇか?」

 

 

 一週間ほど前に起こった大規模なアンデッドの襲撃。その爪跡が一人の大工の目にまざまざと映った。

 頑丈な石材で作られた外壁は傷だらけで、至る所が崩れている。門に至っては大穴が空いており半壊状態だ。

 

 

「街を守ってくれた冒険者と衛兵さん達に感謝だな。しっかし、いったい何だったのかねぇ……」

 

 

 その襲撃には秘密結社『ズーラーノーン』の関与が疑われているが、墓地からアンデッドが大量発生した正確な理由は不明である。

 冒険者達が必死になって戦っていたら、いつの間にか襲撃が止んだのだ。

 黒幕も解決した者も一切分からない――何ともスッキリしない終わり方だったそうだ。

 

 

「お前達にはこっちの資材を運んでもらう。そこから半分に分かれて――」

 

 

 現場で班長を任されていた男は、日毎に変わる顔ぶれに声をかけていた。

 工事に参加する人数も毎回違うが、この程度の分担作業は慣れたものだ。

 

 

「――かなり重いから気をつけろよ。一度木箱から出して、そこの袋に詰め直して持っていけ」

 

 

 この場にいるのは建築の専門家ばかりではない。

 作業着を着た職人の他、日雇いの冒険者らしき者達が半分くらいを占め、彼らは雑用として働いている。

 集合したほとんどの者が動きやすい軽装で、首からタオルをかけている者も多い。

 ――しかし、一人だけ異彩を放つ存在がいた。

 

 

「これ、そのままでもいけそうですね」

 

 

 およそ工事現場には似つかわしくない、質の良さそうな重装備を着けた人物。照りつける太陽光が、その鎧をキラリと光らせる。

 漆黒の全身鎧を纏った男は、木箱を指して軽い口調で意見を述べた。

 

 

「はっはっはっ!! なんなら箱ごと持ってみるか、鎧の兄ちゃん――」

 

 

 班長が冗談だと笑い飛ばす中、男はあっさりと木箱に近づきしゃがみ込んだ。

 その正体はもちろん、ネムと仕事に来たモモンガである。

 

 

「では遠慮なく。よっこいしょっ、と」

 

 

 満身の力を込めている様子も、何か魔法を使っている様子も見られない。

 ただ掴んで持ち上げるだけ――その動作だけで、数百キロはあるであろう重量が、たった一人の手によって宙に浮かんだ。

 

 

「それで、これをどちらまで運べば?」

 

 

 まるで空箱を持ち上げる様な気軽さで、頭上に木箱を掲げるモモンガ。

 ヘルムで顔は見えないが、彼の声には明らかな余裕があった。

 その態度は如何にも「普通の事をやっていますよ」と言わんばかりだが、どう考えても異常だ。

 そのくせ冒険者にありがちな、力を見せつける意図すらも感じられない。謎の鎧の人物にとってはまさしく簡単な事なのだと、彼の纏う雰囲気が物語っていた。

 いっそ清々しいまでの怪力っぷりだ。

 

 

「おいおい、アイツの筋力どうなってんだよ……」

 

「ありゃ鎧の中身はきっと凄いぞ。『胸ではなく大胸筋です』よりもムキムキに違いねえ」

 

 

 どこからか発せられた小さな呟きは、この場にいる全員が思っていた事だろう。

 ――実際のところ、鎧の中身は筋肉どころか肉も皮もない骨だが。

 そして本職は戦士ではなく魔法詠唱者(マジックキャスター)である。

 

 

「あの、もしもし?」

 

「――っは!?」

 

 

 鎧姿を内心で馬鹿にしていた者も含め、周囲の人が全員絶句している。

 班長もどこかへ意識を飛ばしていたが、モモンガに声をかけられ現実に戻ってきた。

 

 

「あ、はい。あっちの骨組みをしている所に、頼み――ます……」

 

「了解しました」

 

 

 そして次に指示を出す時は、思わず口調が丁寧になっていたという。

 

 

(営業先の面倒な人間関係も、無茶ぶりしてくる嫌な上司もない。それにリアルじゃこんな肉体仕事絶対ありえないから、ちょっと楽しいな)

 

 

 普通の人間からすれば超が付く重労働だが、レベル百の肉体を持ち、アンデッド故に肉体の疲労すらないモモンガにとっては楽すぎる仕事。

 周りの驚愕をよそに、鎧の中で骨は意外とルンルン気分で働いていたとか。

 

 

 

 

 一方その頃、同じ現場で働いている少女と魔獣のコンビ。

 彼女達もまた、モモンガとは別の意味で異彩を放っていた。

 

 

「おーい、誰かロープを取って来てくれ」

 

 

 外壁周りには工事のため、五メートル程の高さの足場が組まれている。

 重労働という訳ではないが、一々降りて自分で道具を取りに行くのは少々面倒な高さである。

 そのため足場に乗った作業中の男は、下にいる者に道具を取ってもらおうと声を張り上げた。

 

 

「はい、ロープです!!」

 

 

 程なくして僅かな地響きと共に、工事現場には似合わない少女の可愛らしい声が聞こえてきた。

 

 

「おお、ありがとう。お嬢ちゃ……ん?」

 

 

 男が呼び掛けられた方に振り向くと、小さな少女がロープの束を抱えている。

 何も間違ってはいない。望みの物は予想よりも早く男の下に届いた。

 若干の違和感を感じながらも、それを受け取り少女に軽くお礼を告げた。

 

 

「また何かあったら言ってくださいね」

 

「あ、ああ……」

 

 

 たとえ小さな事でも仕事が早いのは嬉しい。最近の子どもは随分と勤勉なようだ。

 ――しかし、おかしい。

 自分のいる足場に誰かが登ってくる音も気配もなかった。そもそも、この子がいる方向に足場は存在しないはず――

 ――この少女、一体どこに立っているのだ?

 

 

「ハムスケ、ここは届けたから次行くよ」

 

「了解でござる!!」

 

 

 彼の疑問は直ぐに解決した。答えは少女の足元を見れば一目瞭然である。

 ――少女は浮いていた。

 それも魔法で浮いている訳でも、ロープで吊り上げられている訳でもない。

 

 

(魔獣!? しかも喋っただと!?)

 

 

 恐ろしく強そうな魔獣の尻尾を体に巻き付け、必要な高さまで運んでもらっていたのだ。

 高い知能を有する魔獣は器用に尻尾を操り、少女を優しく自らの背に戻している。

 

 

「あの子、一体何者なんだ?」

 

 

 魔獣の背に乗り去っていく少女を眺め、驚きがポツリと溢れる。だがその言葉に返事をくれる者はいない。

 ――あんな立派な魔獣を脚立扱いするなど、実はとんでもない存在ではないだろうか。

 

 

「――うん、真面目に働いてるみたいだし、どうでもいいか。俺も仕事だ仕事……」

 

 

 そんな不安にも似た思いが一瞬だけ頭をよぎった。

 しかし、彼女と一匹が行く先々で同じように小間使いを繰り返しているのを遠目に見て、男は深く考えるのをやめた。

 

 

「魔獣と働いちゃいけない、なんて法律はないしな……」

 

 

 王国では重要視されていないが、この世界には魔法だってちゃんと存在している。

 バハルス帝国では魔法を学ぶ大きな学校もあるし、軍隊では魔獣に騎乗する部隊もあるらしい。

 ならば、少女と魔獣が一緒に働く事も、あり得ない事では――ない。

 

 

「この調子でどんどん行くよー!!」

 

「某も頑張るでござる!!」

 

 

 現場では今も少女が元気な声を響かせながら、魔獣と共に駆け回っている。

 少女と魔獣は礼儀正しく、二人とも働き者だし何も害はない。

 ――気にしたら負けだ。

 働いている者達は皆、そう納得するしかなかった。

 

 

 

 

 今日はいっぱい働くことが出来た。

 疲れたけどそれだけじゃない。疲労感だけでなく、満足感が体に満ちているのを実感する。

 

 

「お疲れ様、ネム。怪我とかはしなかったか?」

 

「モモンもお疲れ様。疲れたけど全然大丈夫だよ。ハムスケもありがとう!!」

 

「なんの、某からすればこの程度は余裕でござるよ」

 

 

 今日やった仕事は工事現場でのお手伝い。

 仕事中はモモンガと離れて作業する事も多くて、最初は少し心細かった。

 だけどハムスケは一緒だったし、周りの大人はみんな親切だったから、不安はすぐになくなっていた。

 

 

「それは良かった。私も全部を見ていた訳ではないが、ハムスケと協力しながら色々工夫もしてたみたいだな」

 

「うん。ハムスケは細かい事出来なくて、私は力がないから、一緒に頑張ったよ」

 

「他の者と協力するというのも、中々新鮮な体験でござるな。それに、某もあともう少しで何か新しい力が目覚めそうな――」

 

 

 モモンガの顔は見えないけど、声の感じからしてニコニコしていると思う。

 私を乗せてくれているハムスケも、その活躍をモモンガに話せて楽しそうだ。

 

 

「――お前さん達、ちょっと待ちな……」

 

 

 今日の出来事をあれやこれやと話しながら歩いていると、私達の前に一人の男性が立ち塞がった。

 

 

「お、お前は――」

 

 

 モモンガはわざとらしく驚きの声を上げ、その男に向かって指を突きつけた。

 私もちょっと真似して驚いたフリをしてみる。

 ――そこそこ鍛えられた肉体。

 ――スキンヘッドに彫り込まれた刺青。

 ――あんまりカッコよくない顔。

 

 

「――オイオ・イテージャ・ネーカ!!」

 

「そんな・名前じゃ・ねぇよ!?」

 

 

 前に宿屋で会った、冒険者のおじさんだった。

 モモンガはいつもカッコいいけど、意外とお茶目なところもあるよね。

 

 

「すまない。ちょっとした冗談だ」

 

「お前冗談とか言うんだな…… いや、そもそもお前らにはそれ言ってねぇよ。何で知ってんだよ?」

 

「なに、飲んだくれ仲間が話していたのを小耳に挟んだだけだ」

 

 

 モモンガの付けたあだ名?が気に入らなかったのか、おじさんはガックリと肩を落とした。

 私はそんなに悪くないと思うけどなぁ。なんというか響きがしっくりきた。

 ハムスケの名前を思いついたのもモモンガだし、モモンガは名付けのセンスがあると思う。

 

 

「それでおじさん、どうしたんですか?」

 

「ああ、その…… ちょっと聞きたいことがあってな」

 

 

 私が尋ねると、おじさんは髪のない頭をポリポリと掻き、視線をどこかへ漂わせた。

 そして、ゴクリと喉を鳴らすと、こちらを見つめて意を決した様に口を開く。

 

 

「……お前ら、一体何者なんだ?」

 

「ネムです」

 

「モモンだ」

 

「ハムスケでござる」

 

「そうじゃねぇよ!?」

 

 

 流れる様に自己紹介をしたら、勢い良くツッコまれた。

 このおじさんは意外とノリが良いみたい。

 

 

「仕事場で見せた、お前の化け物じみた筋力。そこのやべぇ魔獣。それを操るお嬢ちゃん…… どう考えたって普通の新人冒険者じゃないだろ」

 

 

 ため息混じりに吐き出された言葉。

 モモンガは確かに凄いけど、他は色々勘違いしているようだ。

 

 

「私はアレだ。十二年程戦い続けて何やかんやしていたらこうなった」

 

「テキトーだな…… だけど冒険者は初めてってだけで、やっぱり経験は豊富か。実は意外と歳食ってんのか?」

 

「ふむ、今何歳だったかな? 歳なんて気にしてこなかったが…… 確か、三十歳くらいだったような…… いや、まだ二十代だったかな?」

 

「自分の年齢が曖昧って、どんな生活送ってきたんだよ!?」

 

「超過労働だが?」

 

 

 モモンガは首を傾げながら、慣れた様に正体をはぐらかしている。

 でも私も知らなかったな。モモンガはアンデッドだから、もっと何百歳とか長く生きてるのかと思ってた。

 意外とお父さんと近い。もしかしたら若いくらいかも。

 あれ? でも、もしかしたら今のは誤魔化すための嘘?

 どれが本当なのか後で聞かなきゃ。

 

 

「まぁまぁ落ち着くでござるよ。先ほどから何を恐れているのか分からんでござるが、某は元々『森の賢王』と呼ばれていた者」

 

「も、森の賢王……だとっ!?」

 

「断じてやべぇ魔獣ではないでござるから、安心するでござるよ」

 

「滅茶苦茶やべぇ奴じゃねぇか!? むしろ予想してたよりずっとやべぇわ!!」

 

「はぁ、騒がしい雄でござるな。モモン殿を見習って欲しいでござる。……それに某よりモモン殿の方がもっとやべぇでござる」

 

 

 ハムスケが安心するように言ったけど、おじさんには逆効果だったみたい。

 でも慌てすぎて、ハムスケが小声で呟いた後ろの言葉までは届いてなさそう。

 伝説になってるハムスケが言うくらいだし、やっぱりモモンガは本当に凄いよね。

 それはそうと、私も訂正しておかなきゃ。

 

 

「それとおじさん、私はハムスケのこと操ってなんかないですよ?」

 

「……は? この魔獣、実は首輪なし? ガチ野生?」

 

「ハムスケは私の友達で、相棒です!!」

 

「あー、はいはい。なるほどね? うん。お嬢ちゃんの言いたい事は完璧に理解しましたぜ」

 

 

 おじさん絶対分かってない。

 言葉遣いが怪しいし、考えるのを諦めたお姉ちゃんみたいな顔してる。

 ハムスケは魔獣登録の都合上、私のペットみたいに思われているけど全然違う。

 ここは譲れない大事なポイントなのに。

 

 

「聞きたい事はそれだけですか?」

 

「ああ、お前らを真剣に知ろうとした俺が馬鹿だった」

 

 

 何かを悟った様な、爽やかな笑顔で言い切られた。ちょっとむかっとする。

 このおじさん、本当に何しに来たんだろう。

 

 

「地味に失礼だな。私達は基本的に嘘をついていないというのに」

 

「わ、悪かったな。にしても、やっぱりこっちが素なのか? 宿で殺気を放った時とは、えらい違いじゃねぇか。……中身別人だったりしねぇよな?」

 

「もう一度やりましょうか?」

 

「すみません。勘弁してください」

 

 

 腰から九十度にピシッと折り曲げられた、とっても綺麗なお辞儀を見せるおじさん。

 太陽が頭に反射して微妙に眩しい。

 

 

「そろそろ行かせてもらいますよ」

 

「いや、もうちょっとだけ待ってくれっ。俺も賭けで負けて仲間から色々聞いて来いって――」

 

 

 冒険者としては私達の方が明らかに後輩なのに、モモンガの一言で完全に立場が逆転している。

 やっぱりこれもモモンガのカリスマのなせる技なのだろうか。

 

 

(今日の報酬で何を買おうかな~。半分は貯金でしょ。あとはお肉がいいかな。それとも保存食かな?)

 

 

 でも私はこのやり取りに既に飽きていた。

 ハムスケの上でおじさんの頭部を眺めていたけど、頭の中は家族へのお土産を何にするかでいっぱいだ。

 大人のよく分かんないお話、早く終わらないかな。

 折角お仕事してお金が手に入ったんだから、モモンガと早く買い物に行きたいのに。

 

 

(新しい包丁とか? 布とかの方がいいかな。でも甘いお菓子も欲しいなぁ。それから――)

 

 

 このお金は家族のために稼いだけど――ちょっとは自分の欲しい物を買っても良いかな?

 

 

 

 

 多くの人で賑わうエ・ランテルの中央広場。

 日用品から食材、ちょっとした装飾品を売る店など、沢山の露店がところ狭しと並んでいる。

 至る所で食べ物の美味しそうな匂いが漂い、思わず財布の紐が緩んでしまいそうな場所となっていた。

 

 

「それもいいなぁ…… こっちのも良い…… うーん、迷っちゃうなぁ」

 

 

 この広場は一般市民だけでなく、当然のように冒険者も利用している。

 今も一人の冒険者――一見すると普通の少女に見える――が感嘆の声を漏らしながら、嬉しそうに瞳を輝かせていた。

 

 

「買い物でテンションがここまで上がるとは、ネムもやはり女の子だな」

 

「某も雌でござるが、あまり理解出来ないでござるな。獲物を前にした興奮と似たような物でござろうか?」

 

 

 そしてその少女の後ろには、あまりにも存在感の強い者達がいた。

 漆黒の全身鎧を身に纏った戦士。人語を操る巨大な魔獣。もはや一番普通なはずの少女の方が浮いている。

 彼らは買い物客の中でも一際目立ち、一歩間違えれば騒動になりそうな三人組だった。

 

 

「今日はまだ時間があるから、ゆっくり見ても問題ないぞ」

 

「うん!!」

 

 

 モモンガとハムスケはゆったりとした歩調で、前を元気に走るネムについて行く。

 少女を見守る微笑ましげな雰囲気。そして冒険者である事を示す首のプレート。

 そのどちらかが欠けていれば、彼らは衛兵に通報されていただろう。

 

 

「おいしそう…… でも、食べ物以外にも色々あるしなぁ」

 

 

 ネムにとって惹かれる物は沢山あるが、資金は有限。無駄遣いは厳禁だ。

 あっちこっちに動き回り、店先に並ぶ商品を眺めながらも、よだれを飲み込み必死に誘惑と戦っている。

 

 

「一つだけなら…… あれ?」

 

 

 そんな中、ネムは広場の片隅で店を構える、一つの露店が目に入った。

 

 

「なんのお店だろう?」

 

 

 全体はパステルカラーで統一され、小さな灯りで飾り付けられたファンシーな店。

 見た目は派手な屋台のはずなのに、何故かひっそりとした印象を醸し出している。

 不思議な雰囲気の店で、そこの周りだけ何故か客が一人もいない。

 まるで、誰もその店がある事に気付いていないかのようだ。

 

 

「――モモン、ハムスケ!! こっち来て!!」

 

 

 ネムは好奇心に身を任せ、その店に小走りで向かった。

 手が届くほど近くまで寄れば、その店の正体もハッキリと分かる。

 色鮮やかな台の上で輝きを放っているのは、様々な装飾が施されたネックレスに指輪、髪飾り。その他にも用途の分からない物がいくつか並べられている。

 どうやらアクセサリー等の小物を売っている店のようである。

 

 

「キラキラして綺麗……」

 

 

 ネムは感嘆の声を上げつつも、並べられた商品を触る事は躊躇った。

 綺麗に配置された商品は、そのどれもが精巧で美しく、露店で売られている事が不思議なくらいの完成度だったのだ。

 

 

「ようこそお客様。私――のショップへ」

 

 

 ネムが後ろの二人を手招きしながら商品を眺めていると、いつの間にか近くに人が立っていた。

 露店の店主にしては上品過ぎる、村では見慣れない服を着た二十代前半くらいの男性。

 ネムの知る限りだと、以前見たデミウルゴスの服装が近いだろうか。

 男は優しそうな笑顔を浮かべ、少女に向かって優雅に挨拶をした。

 

 

「こんにちは。どれもとっても綺麗ですね」

 

「お褒め頂きありがとうございます。実はどの商品も私の手作りでして、自慢の一品です」

 

 

 ネムは元からあまり人見知りなどはしない。それに加えて店主の話し方も硬すぎず、大人にしては随分と話しやすそうに思える。

 そのため、ネムは普通に挨拶を返して店主と話し始めた。

 

 

「――すっごーい!! これとか凄く可愛いです!!」

 

「流石はお客様、お目が高い。それこそは……それこそは!! 私のおすすめ商品でございます!!」

 

「ところで、こっちのは何に使うんですか?」

 

「このアイテムはですね――」

 

 

 この店にあるのは初めて目にするものばかりで、好奇心旺盛な少女の質問は中々尽きない。そうやって話していると、二人が打ち解けるのにはさほど時間はかからなかった。

 ネムは目につく商品をどんどんベタ褒めし、店主の男が楽しそうに商品の説明をする。

 そんな流れを繰り返し、二人だけのお祭り騒ぎ状態である。

 

 

「わぁ、これとかお土産にしたら喜ぶかな……」

 

「ほっほーう、それをお選びになるので?」

 

 

 店主は時々妙なイントネーションで喋り、爽やかな見た目に反してテンションも高かったが、ネムは気にする事なく一緒に盛り上がっていた。

 

 

「これっていくらですか?」

 

「金貨五百枚でございます」

 

「五百枚? ……え、金貨で!?」

 

 

 ネムは鳥の翼を象ったネックレスを指差し、何気なく質問しただけのつもりだった。

 しかし、自分が見ていた物の値段を知り、冷や水をかけられた気分になった。

 一つが超高額だと分かれば、他の商品も自然と似たような値段ではないかと思ってしまい、腰が引けて僅かに後ずさってしまう。

 

 

「えっと、ごめんなさい…… 買えないです……」

 

 

 先ほどまで満開の笑顔だった表情も、どこかぎこちなく、引きつった様に硬くなる。

 それも仕方のない事だろう。幼いネムにとってはまさに桁違いの金額で、一生働いても買えそうにない。

 今日やってきたお仕事だと、何回分の報酬が必要かも計算出来ないくらいだ。

 

 

「おや、驚かせてしまった様ですね。これは失礼を…… 金貨五百枚というのは冗談です。とてもではないですが、そんな値段など付けられませんよ」

 

「な、なーんだ。すっごく綺麗だから本当かと思っちゃいました」

 

「そんなまさか。フフフ…… お客様が付けている指輪に比べれば、私の商品はどれも安価なものですよ」

 

 

 冗談だと笑う店主にほっとするネム。

 しかし、何となく聞いたら後悔する気がして「じゃあ本当はいくらなの?」とは聞けなかった。

 骸骨には物怖じしない少女であっても、根っからの平民である事には変わらない。

 金貨五百枚という具体的な値段は、村娘には少々刺激が強かった。

 

 

「驚かせてしまったお詫びに、こちらの商品でしたら格安でお売りしましょう。二つセットで、なんと銅貨六枚!! 姉妹でお一つずつ、如何ですか?」

 

 

 店主がどこからか取り出したのは、色鮮やかな二つの髪飾り。

 赤いリボンが付いた物と、花をモチーフにした淡いピンク色の物だった。

 

 

「わぁ、可愛い。えっと、どうしようかな……」

 

「うーん、困りました。私も今日はあまり時間が残されていないのですよ…… なので!! 今日初めての出会いを記念して、特別に銅貨四枚にまけましょう!!」

 

「買います!!」

 

「毎度ありがとうございます!!」

 

 

 自身を見上げる少女の前で、高らかに指を四本立てる店主。

 銅貨四枚というお手頃な値段もそうだが、髪飾りの見た目が好みだったため、ネムは即答してしまった。

 店主の演出にまんまとハマった感がなくもないが、欲しいと思ってしまったのでしょうがない。

 

 

「お兄さん、バイバイ」

 

「さようなら、お嬢さん。またのご来店を、お待ちしております。……本日はもう店仕舞いですね」

 

 

 店主に別れを告げ、良い買い物ができたと満足気なネム。

 しかし、店から少し離れたところで、ネムはどこか違和感があった事を思い出す。

 何かが間違っているとか、会話が噛み合わなかったわけではない。

 ただ、さっきの店主との会話、どこか変なところがあったような――

 

 

「――ここにいたのか、ネム。急に走るからどこに行ったのかと思ったぞ」

 

「人混みに紛れたから心配したでござるよ」

 

 

 自分を探していた二人が現れ、ネムはハッとする。声はかけたけど、そういえば二人とも追いついてはいなかった。

 買い物に夢中になってしまい、途中からモモンガとハムスケの事をすっかり忘れていた。

 

 

「ごめんなさい。でもそんなに離れてたかな? すぐそこのお店を見てたんだけど……」

 

「店? 何もないぞ?」

 

「あれ? もう片付けちゃったのかな?」

 

 

 ネムが店のあった方向に振り返ると、屋台は跡形もなく消えていた。

 もちろん店主の姿もどこにも見当たらない。

 

 

「まぁいいか。それで、何か良いものは見つかったか?」

 

「うん!! これ、お姉ちゃんへのお土産」

 

「おぉ、この色合いといい中々綺麗じゃないか。エンリもきっと喜ぶぞ」

 

「えへへ、他にもお父さんとお母さんに、もうちょっとだけ何か探そうかな――」

 

 

 ネムがモモンガに見せたのは、先程買ったばかりの花をモチーフにした髪飾り。

 これ以外にも両親へのお土産を探しに、もう少しだけ広場を見て回る事にしたネム達だった。

 

 

 

 

 少女は家に帰り、家族団欒の時間を過ごす。

 ネムが買ってきた髪飾りを渡すと、エンリはとっても喜んでくれた。

 

 

「わぁ、とっても綺麗ね。ありがとう、ネム」

 

「実はそれ、金貨五百枚なんだよ」

 

「あっはっは。良かったな、エンリ。超高級品だぞ? 大切にしないとな」

 

「ほんとね、エンリ。家宝になるわよ」

 

 

 他のお土産も家族は嬉しそうに受け取ってくれた。

 だが、両親が一番嬉しかったのは、それを渡す時のネムの笑顔だったのかもしれない。

 

 

「ふふっ。ネムの買ってくれた、このとっても高価な髪飾り、大切にするね」

 

「えー、なんで騙されないの? 私は一回騙されたんだけどなぁ」

 

 

 貰ったばかりの髪飾りをさっそく付けて、エンリは妹に優しく笑いかける。

 ネムはドッキリが成功しなかった事を残念に思いつつも、普段より少しだけ華やかに見える姉の姿を見て喜んでいた。

 家族が笑顔で過ごす何気ない時間。これにはお金で買えない価値がある。

 ――そして、少女が銅貨四枚で買った髪飾りの本当の価値は、誰も知らないままである。

 

 

 

 

おまけ〜至高の勝負〜

 

 

 ナザリック地下大墳墓の最深部。

 荘厳な雰囲気を醸し出す玉座の間にて、一人の少女と魔王が対峙していた。

 

 

「モモンガ、次で決めさせてもらうよ……」

 

「それはどうかな? 一度目の敗北は、私にとって真なる勝利を得るための餌に過ぎない」

 

 

 長いようで短い、しかし二人にとっては負けられない本気の勝負。

 

 

「ふふん、そう言えるのも今のうちだよ」

 

「はははははっ。勝ちを確信するにはまだ早いぞ。……三回の内残り二回、私が連続で勝てば良いだけのこと」

 

 

 骸骨の魔王を追い詰めた少女は不敵な笑みを浮かべる。

 それに対し、追い詰められているはずの魔王は、より尊大に声を上げて笑い返す。

 

 

「ネムよ、君は我が秘儀の前に敗れ去るのだ!!〈魔法無詠唱化(サイレントマジック)上位幸運(グレーターラック)〉」

 

「いくよ、モモンガ!!」

 

 

 魔王は力を溜めるように右腕を引き、それに合わせるように少女も右腕を引いた。

 そして、お互いが同時に言霊を紡ぎ、拳を突き出そうとする。

 その手に込められた、二人の意思が激突する戦い――

 

 

「「――ジャン、ケン、ポン!!」」

 

 

 ――すなわちジャンケンである。

 

 

「やったー!! 私の勝ちー!!」

 

「あぁっ、負けた!?」

 

 

 モモンガの繰り出した『チョキ』は、ネムの『グー』にあっさりと敗れた。

 二人がやっているのは、ノリで始めた勇者と魔王ごっこ。言ってみればただの三回勝負のジャンケンである。

 

 

 

「くっ、なんか絶妙な悔しさがあるな」

 

「えへへ、もう一回やってもいいよ?」

 

 

 さり気なく反則気味のモモンガ、見事にストレート負けである。

 レベル百の肉体能力、動体視力を利用した禁じ手をしていないだけ、まだマシかもしれないが。

 

 

「――素晴らしい。戯れとは言え、モモンガ様に勝利なさるとは…… お見事です」

 

 

 勝負の興奮冷めやらぬ中、心地の良い低音ボイスが玉座の間に響く。

 どこから見ていたのか定かではないが、赤いスーツを纏った悪魔が、ネムを称賛する拍手と共に現れた。

 

 

「デミウルゴスか。ふふっ、情けない所を見せたな。見事に負けてしまったよ…… いや、本当に」

 

「ご謙遜を。モモンガ様は敢えて、駆け引き無しで勝負されておりましたね?」

 

「さぁ? 敗北は敗北だ。潔く受け入れよう……」

 

 

 意味深な会話をする主人と悪魔。

 もちろんデミウルゴスの深読みであり、モモンガは本気で負けている。

 本当に――モモンガの望む通りの――魔法の効果が作用したかは不明だが、せこい手を使った上で負けている。

 

 

「さて、どうでしょう。次は私と勝負して頂けますか?」

 

「デミウルゴスさんと? いいですよ!!」

 

 

 デミウルゴスは何を考えたか、勝利の喜びでピョンピョン跳ねるネムに勝負を申し込んだ。

 ネムはそれを快諾し、笑顔で腕を構える。

 しかし、デミウルゴスは直ぐには構えず――

 

 

「では…… 私は『グー』を出すと、先に宣言しておきましょう」

 

 

 ――容赦なく頭脳戦を仕掛けた。

 

 

「先に言っても大丈夫なんですか?」

 

「ええ。信じるかどうかは貴方次第、ですがね……」

 

 

 問いかけるネムの目の前に、握った拳をチラつかせるデミウルゴス。

 忠義の悪魔は大人気ない。遊びとは言え、主人の仇討ちには本気である。

 まぁ、設定ではなく創造された日から計算すれば、十歳のネムと年齢差などあまり無いのだが。

 

 

「「ジャン、ケン――」」

 

 

 掛け声と共に振りかぶられる二人の腕。

 手が決まるまでの僅かな時間、デミウルゴスの頭脳は人知れず高速回転していた。

 

 

(――運のみの勝負とはいえ、先程の一瞬、貴方はモモンガ様を極々僅かながら上回った。その偉業は素直に称賛いたしましょう。しかし、知略を張り巡らした本物の駆け引きにおいて、運という不確定な要素が介在しない世界…… お優しいモモンガ様ではなく、私が教えてあげましょう。――『グー』を出すと宣言された事により、貴方の中に迷いが生まれる。それに勝つための『パー』、もしくは裏を読み『チョキ』を出すか、さらには裏の裏を読むか…… しかし!!『グー』を出せば取り敢えず引き分けを狙える。負けはしないという甘美な誘惑。その葛藤の中で、貴方は先程モモンガ様に勝利した『グー』の手を無意識に頼り――この知恵比べ、私の勝ちです!!)

 

 

 デミウルゴスの脳裏に浮かぶ、勝利への方程式。

 とてつもなく長い思考に思えるが、この間僅かコンマ五秒――

 

 

「――ポン!! やった、私の勝ち!!」

 

「なにっ!?」

 

 

 ――しかし、勝ったのはネム。

 悪魔が自信満々に出した『パー』は、少女の小さな『チョキ』にあえなく両断された。

 驚きに顔を歪めたデミウルゴスだったが、即座に表情を戻し、静かに口を開いた。

 

 

「少々甘く見ていたようです…… ここからは本気でいかせていただきます。――〈悪魔の諸相:豪魔の巨腕〉」

 

 

 デミウルゴスの右腕が膨れ上がり、原型からは想像もつかない強靭な鈍器となる。

 全てを撲殺し破壊せんとする、その禍々しい拳が示す形は――『グー』だ。

 

 

「驚くのはまだ早いですよ。――〈悪魔の諸相:鋭利な断爪〉」

 

 

 デミウルゴスの左手の爪が伸び、あらゆる物を切り裂く黒い刃と化した。

 その鋭い指先が生み出した形は――『チョキ』だ。

 

 

「すっごーい!! デミウルゴスさん、そんなこと出来たんですか!?」

 

「ふふふ…… 創造主により与えられた力、その一端ですよ。さて、私はこの右手と左手のどちらかで、次の勝負に挑みましょう」

 

 

 ネムはヒーローの変身シーンを見た子どもの様に瞳をキラキラと輝かせた。

 ただし、少女の目の前にいるのは最上位悪魔(アーチデヴィル)。完全な悪役である。

 まぁ、死の支配者(オーバーロード)が友達のネムにとっては、相手の種族くらい些細な事に過ぎないのだが。

 それに今からやるのはジャンケンだ。何の問題もない。

 

 

「「ジャン、ケン――」」

 

 

 掛け声と共に振りかぶられるネムの右腕。

 しかし、対面するデミウルゴスは「ケン」まで言い終わっても、ギリギリまで微動だにしなかった。

 「ポン」の掛け声を言い始める寸前、悪魔の頭脳は再び人知れず高速回転していた。

 

 

(無垢なる笑顔の裏に己の策を隠し切る手管。この私を欺くとは、まったくもって見事と言うほかありません。しかし、もう油断はしませんよ。――スキルにより変化させた両腕。予想外の一手により、貴方の思考に僅かな混乱をもたらし、判断力は低下する。さらに、貴方の脳裏には〈悪魔の諸相〉によって強烈に『グー』と『チョキ』のイメージが植え付けられた。ここで貴方はこう考える。『グー』と『チョキ』のどちらかが出てくるならば、『グー』を出せば負けはない、と。私がギリギリまで動かない事によって、その焦りは増大し、その一つの思考に囚われる…… 残念でしたね。私は右手と左手のどちらかで勝負するとは言いましたが――裏の裏の裏の裏を読み切りました。この読み合い、私の勝利です!!)

 

 

 デミウルゴスの脳裏に浮かぶのは、完全なる勝利へのロード。

 とてつもなく長い思考に思えるが、この間僅かコンマ三秒――

 

 

「――ポン!! ぶいっ、私の勝ちです!!」

 

「バカなっ!?」

 

 

 ――しかし、勝ったのはネム。

 自身の計算が外れた衝撃で、膝から崩れ落ちるデミウルゴス。

 特殊技術(スキル)により強化された、悪魔の凶悪な『パー』は敗れた。

 少女の勝利のピースサイン――何の力もない『チョキ』に呆気なく切り取られたのだった。

 

 

(なんという事だ…… モモンガ様のご友人は、幼き身でここまでの力を秘めていたとは――いや、モモンガ様の仰られていた可能性とは、もしや!? なるほど、そういうことですか。この方は原石、磨けば光る至宝の原石であると。遊びを通してその片鱗を感じさせ、私の中にある自分では気付かなかった人間種に対する致命的な慢心を悟らせ、さらには私達シモベの更なる成長を促し――あぁ、流石はモモンガ様。我らの至高なる支配者。たった一つの行動でこれほどまで多くの事を成し遂げるとは…… 一体どれほど先を見通しておられるのか……)

 

 

 デミウルゴスは頭の中で、自身がモモンガの掌の上で転がされているという、甘美な体験を味わっていた。自身の智謀が足元にも及ばない、そんな主人に仕えている幸せをこれでもかと噛み締める。

 全ての出来事にまったくのノータッチでも周りからの尊敬を集めてしまう。流石はモモンガ様、端倪すべからざる骨である。

 

 

「ありがとうございます。モモンガ様」

 

「……ぇ?」

 

「ネム()もありがとうございます。私の完敗です。非常に良い勉強になりました」

 

 

 モモンガの呟きは奇跡的に誰にも届かない。

 デミウルゴスは一人納得すると、素早く立ち上がりネムに握手を求めた。

 それに対して、えっへん、と言いたげな顔で握手に応えるネム。

 

 

「またやろうね、デミウルゴスさん。次はモモンガも入れて三人でやる?」

 

「三つ巴とは面白い。受けて立とうではないか。なぁ、デミウルゴス」

 

「おお、私も混ぜていただけるとは、光栄でございます。このデミウルゴス、今度こそ勝利を――」

 

 

 この出来事をきっかけに、デミウルゴスはネムに対して、さらなる尊敬を込めた呼び方をするようになった。

 究極的なまでに勘違いが起こっているが、少女が悪魔の予想を超えたという点では間違っていない。これもきっと少女の偉業と言えるだろう。

 

 

「――ポン!! また私の勝ちだね!!」

 

「流石です、ネム様。本当にお強い……」

 

「三人でジャンケンしてるのに、一発勝ちで三連勝…… ネムの幸運値どうなってんの?」

 

 

 ただのジャンケン。

 されど、親しい友と行えば、それは何よりも楽しい遊戯となる。

 ――ナザリックは今日も平和である。

 

 

 




ツッコミ役がいないので、モブのおじさんに頑張ってもらいました。
おまけ部分のテーマは「デミウルゴスの深読みを、ネムに対して全力で発動したらどうなるか」です。
そろそろタグにギャグを追加するべきかもしれない……




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未来のお義兄ちゃんを探せ 前編

三行でだいたい分かる。これまでのお話。

「さすモモ」
「すごネム」
「なるほど。そういうことですか」

こんな感じのノリでネタがある限り細々と続きます。
今回は仕事の導入部分です。


 ナザリックに存在するシモベ達の中で、最も幸せに満たされているNPCは誰か。

 それは己の存在意義を全うしている者――それすなわち、主人であるモモンガのために沢山働いている者と言っても過言ではない。

 一人はモモンガ専属の護衛として――創造主本人に忘れられつつも――エンジョイしているパンドラズ・アクター。

 

 

『仕事の様子、ですか? そうですね、短くまとめるならば…… 楽しそうなモモンガ様を合法的に眺められる最高の仕事であり――御身の舞台をサポートしているという満足感を得られるのです!! 宝物殿のマジックアイテムを愛でるのと同じくらい興奮いたします。いや、ですが実際にアイテムと触れ合う機会がゼロになるのは遠慮いたしますが。言うなればアイテムを磨き上げる時のジャストフィット!!の快感を――』

 

 

 本人からの報告については、特に深く考える必要もないので割愛する。

 彼は唯一創造主がナザリックを去っていないNPCであり、ある意味例外の者でもある。

 そして、真に働いている者。

 モモンガからナザリックの維持に関して、何だかんだで全権を一任され、超過労働を続ける悪魔――

 

 

「――モモンガ様。現在の運営状況のご報告に参りました」

 

 

――つまりはデミウルゴスである。

 

 

「――各階層の一部の罠、ギミック、フィールドエフェクトを停止する事によってコストを大幅にカット。代わりにユグドラシル金貨を使用しない、POPモンスターの配置などの変更により防衛体制は維持してあります。さらに臨時ではありますが、外の世界で穀物などの資源を確保いたしました」

 

「ほぅ、仕事が早いな」

 

「試算したところ、最低でも半年程の活動資金にはなるかと。今後はパンドラズ・アクターとも協力し、エクスチェンジ・ボックスを利用した永久的にユグドラシル金貨を獲得する体制を整えていきたいと思います」

 

 

 主人からかけられた労いの言葉に尻尾が震えだすが、デミウルゴスが表情を緩める事はない。

 モモンガから与えられてきた恩はこんなものではない。自分は配下もフルに活用しているが、モモンガはユグドラシル時代に一人で維持費を稼いでいたのだ。

 それもこの世界と違って、かなりの強者がひしめく環境でだ。

 自分の働きはまだまだ足りない。主人の成してきたことの足元にも及ばないと、貪欲に成果を求め続ける。

 

 

「回収していた陽光聖典での実験結果は、こちらに」

 

「あー、あの肉片だけ王国に渡した奴らか。分かった、確認しておこう」

 

「それからスクロールについてですが、低位の物は作成に成功いたしました。今後は必要な羊皮紙を量産するべく、牧場の規模も拡大していく予定です」

 

「素晴らしい!! この短期間でこうも成果を出すとは、流石はデミウルゴスだ」

 

 

 主人からのストレートな称賛の言葉。それだけで天にも昇るような気分である。

 デミウルゴスの尻尾は高速振動を開始した――が、モモンガにみっともない姿を晒さぬ様に努めた。

 同室で控えている同僚の執事――セバス・チャンにそんな姿を見せたくないというのも、表情を緩めない大きな理由ではあるが。

 

 

「ところで牧場と羊皮紙とあるが、どんな羊を仕入れたのだ?」

 

「そうですね…… 牧場自体はアベリオン丘陵にあるのですが、『王国両脚羊』とでも名付けましょうか」

 

 

 しかし、自身の種族的な趣味に関わることでは別だ。

 牧場を作るために拐ってきた『羊』を思い浮かべ、悪魔はニヤリと口元に笑みを浮かべた。

 

 

「羊皮紙の素材となる生き物を探していた頃、共喰いすら厭わぬ下等生物を発見いたしました」

 

「草食動物の羊ではなく、理性のない雑食の獣か……」

 

「おっしゃる通りです。弱った同族を苦しめながらも、自身は良心の呵責も感じぬ畜生ですので、研究材料には最適でした」

 

 

 デミウルゴスは本心からそう答えた。本当にアレは良い実験動物だ。

 管理は部下に任せている部分が多いが、視察した際には自分も存分に楽しんでいる。

 背中の皮を剥ぐ際に飛び出る悲鳴は、剥がし方によって変化する。

 それらが牧場内で絶妙に重なり合い、悪魔にとって非常に心地よい音楽となっていた。

 

 

「ふむ。乱獲や住処を汚すなど、生態系を破壊しないようにだけ気を付けてくれ。それから我々が関与している事は誰にも悟られないようにしろ」

 

「万事心得ております。こちらの存在がバレぬ様に、隠蔽工作にも万全を期しております。万が一の際は罪を被る黒幕の用意も既に準備してあります」

 

「お待ち下さい。デミウルゴス、それは……」

 

 

 セバスの眼光が僅かに鋭くなり、口を挟んできた。

 何かに気付いた様だが、デミウルゴスの知った事ではない。

 自分達の法である主人が黙認しているのだ。それ以上に必要な許可など、ナザリックには存在しない。

 

 

「なんだいセバス」

 

「周囲に不必要な敵を作る可能性があるのではないかと、愚考いたしました」

 

「話を聞いていなかったのかい? 我々がやったという証拠は何も残していない。回収してきた羊をどう扱おうが、外敵を作るようなヘマはしていないさ」

 

「万が一を考え、もう少し穏便な方法を取ることも出来るのでは?」

 

 

 デミウルゴスとセバスは相手を睨み、言葉を交わすたびに眉間のシワを深くした。

 

 

「それこそ十二分に配慮しているさ。私はわざわざ害獣を選んで駆除しているのだから、問題はないはずだよ。――君も好きだろう? 善良な人間のためになることはね」

 

「貴方のやり方はご自身の嗜好にいささか偏っていると、考えざるを得ませんね」

 

 

 互いに丁寧な言葉づかいを崩さず、されどピンポイントで相手を煽っていく。

 

 

「実験方法に私の趣味が全く入っていないと言えば、嘘になるがね。まさか、君は害獣にすら慈悲が必要だと言いたいのかね? 善人ぶるのは勝手だが、将来君がナザリックに仇なす者にすら甘い事を言いそうで私は不安だね」

 

「そんな事は言っておりません。貴方の考えは極端すぎます。私は必要以上に苦しめる理由はないと――」

 

 

 燻り始めた怒りで顔の血管がピクピクと浮かび上がり、両者とも段々とヒートアップしていった。

 二人の物言いはかなり感情的で、もはや完全に子供の口喧嘩だ。

 

 

「くくくっ、ああそうだ。時にはぶつかり合う事も必要だよな」

 

 

 その様子をモモンガはどこか懐かしい物を感じながら、微笑ましげに見ていた。

 

 

「――っ失礼しました。モモンガ様」

 

「申し訳ありません。お見苦しいところをお見せしました」

 

 

 主人の笑い声で慌てて我に返った二人。

 しかし、モモンガは何も怒ってなどいない。

 むしろNPCが設定のみに縛られた物ではなく、仲間の意思が生きている存在だと実感できて喜んでいるくらいだ。

 

 

「フハハハハッ、構わないさ。本音で言い合える相手というのは貴重なものだぞ。たまには存分に言い合うといい」

 

 

 揃って謝罪する二人の姿を見て、気にする事はないとモモンガは軽く手を振った。

 デミウルゴスとセバスは己の浅慮を恥じ、主人の懐の大きさに敬服するばかりである。

 

 

「さて、私はそろそろネムと遊び(冒険者の仕事)に行ってくる。留守は任せたぞ」

 

「はっ。いってらっしゃいませ」

 

「いってらっしゃいませ、モモンガ様」

 

 

 ナザリックでの確認を済ませ、部下に見送られながら執務室を後にしたモモンガ。

 

 

『はぁ…… 君の言い掛かりのせいで、時間を随分と無駄にしてしまったよ』

 

『私は事実を述べたまでですが』

 

『だいたい君のその――』

 

 

 一般メイドが扉を完全に閉めた後、部屋の中から僅かに声が漏れ始める。

 始めは小さな声だったが、段々と音量が増していき、内容も幼稚になっていく様子がモモンガの耳に伝わってきた。

 

 

「ふふっ、面白いものだ。設定にはそんな事書いてないはずなんだがな…… たっちさんとウルベルトさんが、きっとお前達の中に生きているのだな」

 

 

 喧嘩する二人の姿が彼らと重なり、今も壁越しにその光景が目に浮かぶようである。

 ――でも、たまには俺が仲裁しないのも、アリですよね。お二人の喧嘩を止めるのは大変なんですから。

 彼らの言い争いが廊下に聞こえる中、モモンガは再びほくそ笑むのだった。

 

 

 

 

 エ・ランテルの冒険者組合では、半ば名物になりつつある冒険者チームがいた。

 メンバーは新人の銅級(カッパー)が二人と、使役魔獣が一匹。

 魔獣を頭数に入れたとしても、小規模のチームと言えるだろう。

 週に一、二度くらいしか仕事をせず、チーム名すら存在しない。特別難しい依頼をこなしている訳でもない。

 しかし、それでもそのチームは――下手な白金級(プラチナ)の冒険者よりも遥かに――この街での知名度が高かった。

 

 

「さぁ、今日も張り切って依頼を受けよう」

 

「お仕事やるぞー!!」

 

 

 漆黒の全身鎧を身に纏い、威風堂々と腕を組んでいる大柄な戦士。

 かけ声と共に拳を高く突き上げている、一般人にしか見えない小さな少女。

 組合の中でも一際目立つ、楽しそうな雰囲気の二人組――モモンガとネムである。

 モモンガ達は依頼書の文字が読めないので、いつものように仕事を受付で見繕ってもらっていた。

 

 

「今日もお元気そうで何よりです。最近の依頼ですと――」

 

 

 最初は怪しんでいた職員も今では二人の人柄に触れ、丁寧に対応してくれるようになっている。

 情勢に疎いモモンガ達にも分かるように色々な補足を入れてくれたりと、正直かなりお世話になっていた。

 

 

「トブの大森林での薬草採取の依頼がいくつかございます。ハムスケ様がおられるので、普段なら比較的容易かと思います。ただ今回は……」

 

「何かあったのですか?」

 

「時期や詳細は不明ですが、森林内で大爆発が起こったそうで…… ここだけの話、今はあまりオススメ出来ません」

 

「ハムスケは何も言ってなかったよね?」

 

「まぁハムスケだからな」

 

 

 ネムは首を傾げているが、モモンガからすれば納得のいく話ではあった。

 なにせハムスケは食べる事と、自身の同族を見つける事以外に興味が薄い。

 さらに自身の縄張りを出た事がほとんどないらしく、森の中の事ですらあまり知らなかった。

 森の賢王という大層な二つ名は、本当に誰が付けたのだろうか。人語を喋れるという点以外、ハムスケには賢い要素がまるでない。

 

 

「他には何かありますか?」

 

「エ・ランテルにある倉庫の護衛任務はいかがでしょうか。最近倉庫内の食料などが盗難被害にあったらしく、複数のチームを募集されています」

 

「……エ・ランテルの治安、大丈夫ですか?」

 

「ここに限らず、ですね。王都の方でも似たような事件が多発しているようなので…… 戦争用の備蓄がなくなって、上は非常に困っているようです」

 

 

 受付嬢からは苦笑がこぼれた。

 その後もいくつか仕事を紹介してもらうが、どれもピンとくるものはなかった。

 モモンガとネムは少し悩んだが、時間をかけても新しい依頼が増える訳ではない。

 

 

「どうする、モモン?」

 

「そうだな。ネム、今日は好きなの選んでいいぞ――」

 

 

 いっそネムに直感で決めてもらおうかと思った矢先、組合の二階から必死に懇願するような声が聞こえてきた。

 そちらに視線をやれば、ここエ・ランテルの冒険者組合の組合長と、一人の老婆が部屋から出てきた様子がうかがえる。

 

 

「――頼む、この通りじゃ。もう一度、もう一度だけ孫を探してくれんか」

 

「バレアレさん。お気持ちは分かります。しかし、今はもう人手を割けないのです」

 

「見つけてくれたら報酬はいくらでも出す。だから――」

 

 

 階段を降りながらも言葉は止まらず、老婆――リイジー・バレアレは組合長に縋り付くように頼み続けた。

 

 

「お孫さんはあの事件に関わっている可能性が高い。それに、言いにくいですが、もう行方が分からなくなってからの期間が……」

 

「最悪の事態はわしも覚悟しておるよ…… じゃが、せめて亡骸だけでも、遺品だけでも、弔わせてはくれんか」

 

 

 白髪のアフロの様な髪型をした組合長――プルトン・アインザックは、リイジーの言葉になんと返すか悩んでいる様だった。

 無下には出来ないが要求も呑めない。そんな気持ちが混ざった顔をしている。

 

 

「バレアレさんの依頼で既に一度、ミスリルのチームが捜索した後なんです。彼らですら何の成果もあげられなかった。彼らの実力不足ではなく、そもそも達成が困難な事は分かり切っている」

 

 

 既に打てるだけの手は打ったと、これまでの経緯を丁寧に説明するアインザック。

 おそらくだが、これもリイジーには何度も伝えた事なのだろう。

 アインザックは一度言葉を切り、申し訳なそうに視線を落とした。

 

 

「――その上で、時間のかかる依頼を受ける事は、現在人手が足りていない組合としては許可を出せないのです。優秀な冒険者も無限にいるわけじゃない……」

 

 

 リイジーに対してキッパリと、そして周りにも言い聞かせるように、少しだけ声を大きくして言い切った。

 

 

「貴方の顔を立てて、一度目は引き受けましたが、上位の冒険者にしか出来ない依頼も数多く溜まっているのです」

 

 

 アインザックも組合長として中々のやり手な男なのだろう。

 金に釣られてこっそりと依頼を受けないよう、周囲の冒険者達に釘を刺しているようだ。

 最近は冒険者に死傷者が多いのか、それとも依頼の数が多いのか。詳細は分からないが、この組合では現在よほど人手が惜しいらしい。

 

 

「申し訳ない……」

 

「そうか、無理を言ってすまんかったの……」

 

 

 老婆の声には諦めが入り、その背中は実際の身長よりも小さく見えた。

 肩を落とし、弱々しく組合を後にしようとするリイジー。

 ――しかし、組合長の思惑を全く意に介さない存在が、今ここにいる。

 

 

「リイジーおばあちゃん!! 久しぶりだね。どうしたの? 困ってるならお話聞くよ?」

 

 

 突然ネムに声をかけられ、リイジーは目を見開いた。

 

 

「ネムちゃんじゃないか。どうしてここに…… いや、その首のプレート……」

 

「うん、冒険者になったんだ」

 

 

 顔見知りの幼い少女がいつの間にか冒険者になっていれば、そんな顔にもなるだろう。

 他人の空似ではないと理解しているが、すぐには納得出来ないのか、リイジーは目をパチパチとさせている。

 

 

「どうやらネムの知り合いのようですね。はじめまして、私の名はモモン。ネムの冒険者仲間です」

 

 

 モモンガは厄介ごとかもしれないと思いつつ、ネムをフォローするように会話に加わった。

 ――暗黙のルール? 空気を読め? そんなものは知らんな。

 あえて気づかないフリをするのも、社会人として鈴木悟が身に付けたスキルの一つだ。

 何かしら抜け穴があるのなら、グレーゾーンであれば大抵はみんな利用する。

 組織にマイナスを与えない範囲でルールを無視するのは会社でもよくあることだと、モモンガは自身に言い訳を重ねた。

 

 

「どうやら何かお困りのご様子。よろしければお話を聞かせて下さい」

 

「モモンは凄いんだよ。本当にすっごく頼りになるよ、おばあちゃん」

 

 

 後ろで組合長が額に手を当てているが、モモンガは見えていないフリをした。

 ネムがアインザックの意図に気づいていたのか、それとも本当に何も分かっていないまま、知り合いのリイジーに声をかけたのかは謎である。

 

 

 

 

 行方不明になった薬師の少年、ンフィーレア・バレアレの捜索依頼。

 ことの詳細を聞き終えた後、少年の祖母であるリイジー・バレアレからの指名依頼という形で、モモンガ達は依頼を受ける事になった。

 

 

「……モモン。お願い、ンフィー君を探すの、手伝ってくれない?」

 

「しょうがないな。今日は好きにしていいと先に言ったのは私だ。バレアレさん、ご指名頂ければ、我々が力になりましょう」

 

「お、おぬしらがかい?」

 

 

 リイジーも最初は悩んでいた。

 彼らは冒険者としては最下級の銅級で、経験や実力も怪しい。しかもリイジーにとって、ネムは知人であるエモットの娘だ。そして孫が懸想している少女の妹でもある。

 人探しとはいえ、こんな危険な仕事――『ズーラーノーン』が関わっているかもしれない――を頼んでも良いのかと。

 

 

「私達は手が空いている銅級ですから、組合長のおっしゃられていた問題も大丈夫でしょう」

 

「じゃが、おぬしらに頼んだとて……」

 

 

 そもそも孫のンフィーレアが見つからない事は、心の奥底では分かっている。

 あの事件の日にどこかへ連れ去られた最愛の孫。年老いた自分に残っていた唯一の家族。

 もう死んでいるのかもしれない。その後肉体はアンデッドになったのかもしれない。もう遺体すら残っていない可能性もある。

 

 

(情けない…… あれ程組合に探して欲しいと頼んでおったのに。いざ、本気で探してくれる者が出てきたら尻込みするとは…… わしも弱くなったの)

 

 

 諦めきれない自分の自己満足の依頼――労力が無駄になる可能性が高い――を頼んでも良いのか。受け止めたくない現実が待っているだけなのではないか。

 だが、ンフィーレアが今も生きていると、信じている事も事実だった。

 

 

「ンフィー君がいなくなったら…… おばあちゃん、任せて!! 絶対ンフィー君は見つけてくるから!!」

 

「不安はあるかもしれませんが、どうか任せて頂きたい。ネム、少し準備をしてくるから、先にハムスケの場所で待っててくれ。安心しろ、策はある」

 

「うん!! モモン、ありがとう!!」

 

 

 どこか別ベクトルで焦った様子にも見えるが、孫の生存を信じて疑わない少女の強い熱意。

 そのネムが全幅の信頼を寄せている事が分かる、並々ならぬ自信と気配を放つ漆黒の戦士。

 

 

「――頼む。孫を見つけておくれ」

 

「ああ。その願い、確かに引き受けた」

 

 

 そしてこの場にはいないが、ネムの相棒であるハムスケ――元『森の賢王』の存在を知り、リイジーは一縷の望みをかけた。

 かの伝説の大魔獣なら、何とかしてくれる知恵を持っているのではないかと。

 

 

「感謝するよ、二人とも……」

 

 

 それにリイジーも純粋に嬉しかったのかもしれない。

 死亡確認のために証拠を探すのではない。

 本気でンフィーレアが生きていると信じて、孫を見つけ出そうとしてくれる彼らの事が――

 

 

「ちっ、なんであんな奴らが……」

 

 

 ――しかし、彼らが依頼を受けた事に、強い不満を持つ者もいた。

 男は嫌悪の表情を隠そうともせず、冒険者組合を出たネムの背中を睨みつけている。

 

 

(組合長が断った依頼を横から奪い取りやがって。そもそも俺らが何の手掛かりも得られなかったのに、銅級風情がどうにか出来るわけねぇだろうが)

 

 

 少女を追いかける一人の不審者の正体。

 それはエ・ランテルには三組しか存在しない、この街では最高ランクのミスリル級冒険者チーム――『クラルグラ』。

 そのリーダーを務める男、イグヴァルジである。

 

 

(あのババアめ。見つからないと分かった上で俺らが一度受けてやったんだ。それで満足しろってんだよ)

 

 

 自分が失敗した依頼――本人は失敗だとカウントしていないが――を他人が受ける。

 それも自分より遥かに格下の銅級が受ける事に、イグヴァルジはどうしようもなくイライラしていた。

 

 

(あいつらもムカつくぜ。ガキが目立つ魔獣を連れてるだけじゃねぇか。戦士も装備が良いだけの木偶の坊だ)

 

 

 少女が魔獣に乗って移動する姿は、イグヴァルジも何度か実際に目にした事がある。

 伝説の魔獣に騎乗する――それこそ物語で語り継がれるような、まさに英雄的な偉業だ。

 

 

(けっ、何が伝説の魔獣だ。どうせデカいだけのネズミに決まってる)

 

 

 しかし、英雄になる事に昔から固執しているイグヴァルジは、自分以外が偉業を成し遂げる事を認めない。絶対に認めたくなかった。

 自身がトップに立つため、将来有望そうな冒険者は様々な手を使って潰してきた。

 もちろん自身を強くするために、正統派の鍛錬だって人一倍こなしてきた。

 血反吐を吐く思いで地道に依頼を達成し、長い時間をかけ、やっとの思いでミスリルまでのし上がってきたのだ。

 それだけの苦労をした自分よりも先に英雄になってしまいそうな、ぽっとでの存在が許せなかった。

 

 

(俺がアイツらの化けの皮を剥いでやる。ガキでもちっとは痛い目みてもらうぜ)

 

 

 この場所は人通りの少ない裏道で、少々手荒な事をするにはおあつらえ向きだ。

 鼻歌を歌いながら魔獣の待機場所に向かう少女を、イグヴァルジはバレないように慎重にストーキングする。

 街中だから当たり前とも言えるが、ネムからはまるで警戒心というものが感じられない。

 

 

(ふんっ、呑気なもんだ。敵の接近にも気づけないなんて冒険者失格だぜ。こんなガキに出来るなら、俺があの魔獣を従えてやる!!)

 

 

 フォレストストーカーという野伏(レンジャー)系の職業を習得しているイグヴァルジにとって、物音を立てずに尾行するのはそこまで苦ではない。

 森林での活動がより得意というだけで、街中でも問題なく培ってきた経験や能力は発揮できる。

 向けられた敵意に何も気づいていないネム。

 襲う機会を虎視眈々と狙うイグヴァルジ。

 

 

(……あんな奴ら絶対に認めねぇ。――俺は、俺が英雄になるんだ!!)

 

 

 ――そして辺りに人の目は完全になくなり、イグヴァルジを縛る最後の枷もなくなった。

 ネムはまだハムスケの待機場所に辿り着いてはいない。イグヴァルジにとって最高のチャンスだ。

 何も知らない少女の背後から、嫉妬に塗れた男の魔の手が迫り――

 

 

「――はい、ドーンッ!!」

 

「ぃぐゔぁっ!?」

 

 

 ――屋台が高速で突っ込んできた。

 

 速度を緩める気がゼロの屋台に轢かれ、イグヴァルジは派手に吹っ飛んだ。

 空中でくるくると見事なきりもみ回転を見せ、そのまま頭から不法投棄の山に突き刺さって動かなくなる。

 イグヴァルジの全身はほとんどゴミに埋もれ、目を凝らせばかろうじて足先が見えるくらいだ。

 ピクピクと痙攣しているので、ちゃんと生きてはいるのだろう。

 

 

「何の音?」

 

 

 ここまで盛大な衝突音は、流石に少女の耳にも入る。

 ネムが物音に気付いて後ろを振り向くと、そこにいたのは屋台のリヤカーを引いている男性が一人。

 

 

「――おぉ、これはこれは。このような場所で再び巡り合うとはなんという偶然。どうもこんにちは、お嬢さん」

 

「お店のお兄さん!!」

 

 

 以前ネムがモモンガ達と買い物をした広場で出会った、装飾品を売る露店の店主だった。

 ネムに向かって華麗にウィンクをキメており、相変わらず独特な服を爽やかに着こなしている。

 

 

「こんにちは。こんな所でどうしたんですか?」

 

「いえ、最近移動販売でも始めてみようかと思いまして。この辺りを回りながら、良い場所を探していたのですよ。夢中になり過ぎて、うっかり壁にぶつかってしまいましたが」

 

「そうなんですか。でもこの辺りは人通りが少ないですよ?」

 

 

 ハムスケという大魔獣を待機させておくには、人がいない場所の方が周囲に迷惑がかからず都合がいい。

 だが、人気のない所に店を構えるメリットはほとんど無いはずだ。

 

 

「こういう所にある方がカッコいいかと思いましたが…… ふむ、隠れ家スポット、秘密のお店、知る人ぞ知る――まぁ他を当たるとしましょう」

 

 

 少なくともネムはそう思っていたが、店主はぶつぶつと呟きながら真剣に悩んでいた。

 

 

「ああ、そうです。ここで会ったのも何かの縁。こちら、サンプルを差し上げますので、良かったら使ってみてください」

 

 

 店主がふと思い出したように荷物を漁り、ネムに差し出したのは筒状の物体

 ネムが片手で持つにはやや太いが、特に重たい物ではない。丸い底にはクラッカーの紐のような物が付いている。

 

 

「なんですか、これ?」

 

「こちらはヒモを引っ張るだけで使える、簡易式の打ち上げ花火という物です。空に向かって放てばあら不思議!! 夜空に美しい光の花を咲かせる、使い切りのマジックアイテムでございます!!」

 

 

 大袈裟に腕を振り、全身を使ってアイテムの紹介をする店主。

 ネムからすれば見ていて楽しい動きだ。

 まぁ大多数の人間が抱く感想――動きがうるさいとは、まさにこの店主の様な状態を言うのだろうが。

 

 

「見たことないけど凄そう!! 本当に貰ってもいいんですか?」

 

「ええ、もちろん。宣伝でお配りしている物ですから。何かの記念日などに使うと、華やかで良いかもしれませんね。使ったら是非、感想を聞かせて下さい」

 

「ありがとうございます!!」

 

 

 ネムが貰った花火を大切に仕舞っていると、店主は指をぴっと立てて、注意事項を告げた。

 

 

「それと、人に向けて使ってはいけませんよ? とっても危険ですから」

 

「はーい」

 

 

 タダでアイテムを貰って得した気分のネム。

 そのまま特別何か起こるわけでもなく、ハムスケの待機している場所に向かうのだった。

 

 

 

 おまけ〜あくまで教師〜

 

 

 この場にいるのは少女と悪魔のみ。

 非常に珍しいような、ナザリック内では意外とそうでもないような組み合わせ。

 デミウルゴスの気まぐれ、ほんの戯れのようなひと時での出来事だ。

 

 

「ところでネム様、世界征服についてどう思われますか?」

 

 

 これは特に意味のある問いではない。

 モモンガに世界を捧げる事は確定事項であり、既に第一段階を実行する準備が整っていた。

 ――具体的には、リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、竜王国の三国の玉座を、即座に奪い取る事が可能である。

 

 

「世界征服?」

 

「ええ。この世界のありとあらゆる存在がモモンガ様を讃え、平伏する世界。モモンガ様が全ての頂点に君臨するという事です」

 

 

 ただ、モモンガの友人がどう考えるのか、純粋に興味があったのだ。

 つまりデミウルゴスのこの問いは、自身の好奇心の域を出ないはずのものであった。

 

 

「すごいカッコいい…… モモンガが王様になるんだよね!! すごく良いと思います!!」

 

 

 少女の頭の中には、真っ赤なマントと黄金の冠を着けたモモンガの姿が浮かんでいた。

 優しくて賢くて強い。そんな凄い友達が人々から声援を貰って、威厳ある姿で手を振り返す――

 ――あくまでネムの想像の中では、だが。

 ネムはモモンガという特別な存在に慣れすぎていた。もし実際にアンデッドが王様になったら、ほぼ全ての人々は恐れ慄き、姿を目にすれば間違いなく悲鳴が上がるだろう。

 

 

「その通りです。ネム様もやはりそう思われますか。モモンガ様ほど上に立つことに相応しい方はおりませんからね」

 

「うん!! あ、でも……」

 

 

 少女も自身と同じ事を想像した――細部も方向性もかなり異なるだろうが――と考えているデミウルゴスは、満足げに頷く。

 だが、笑顔で賛同の意を示したはずのネムが何かに気づいたのか、僅かに表情が曇ったのを悪魔は見逃さなかった。

 

 

「どうしたのですか? 何でもおっしゃってください。私も貴方の出す意見に興味があります」

 

「えっと、モモンガが王様になったら、ちょっと寂しいかなって……」

 

「寂しい?」

 

 

 デミウルゴスが先を促すと、ネムは申し訳なさそうに、声を落として控えめに口を開く。

 

 

「たぶん王様になったらお仕事大変ですよね? もしそうなったら忙しくなって、もう一緒にモモンガと冒険できないのかなって……」

 

 

 普通は世界征服が可能かどうかで疑問に思うところなのだが、この考えが先に浮かぶあたり、ネムも相当モモンガによって感覚がマヒしている。

 しかし、その言葉は悪魔にとって衝撃的だった。

 

 

「――なっ!?」

 

「でもでもっ、全然反対じゃないです」

 

 

 デミウルゴスが驚いたのを見てぎこちなく笑い、慌てて付け加えるネム。

 少女の伝えた思いは、デミウルゴスにある一つの真実を突き付ける。

 ――自らの失策だ。

 

 

(なんということだ…… モモンガ様により良い物を献上しようとするあまり、当初の目的を見失っていたとは)

 

 

 これは悪魔が少女の悲しげな表情に絆された――なんて甘い話ではない。

 如何にネムがモモンガの友人といえど、デミウルゴスのカルマ値はマイナス五百であり、そんな人間染みた感傷はない。

 情に絆されるなど――相手がモモンガと創造主である場合を除いて――断じてあり得ない。

 単純に自身の目指していた世界征服の方向性が、モモンガの望むものと違っていた事を自覚しただけだ。

 

 

(モモンガ様を激務から解放し、自由に望まれる時間を作る事にこそ意味があったはずだ!! そのためにナザリックの維持を任せて頂いたのだ!! だというのに、私はなんと愚かな…… モモンガ様は誰よりも慈悲深く責任感のあるお方。たとえ表向きにでも王となってしまえば、その執務に励んでしまわれる――そうか!? それを伝えるためにネム様はあえて、寂しいなどと――)

 

 

 そしてデミウルゴスは全てを悟った。

 

 

「デミウルゴスさん?」

 

「いえ、なんでもありません。非常に貴重な意見、ありがとうございます。そうですね、やはりモモンガ様は、ナザリックだけの王であられる方が良いでしょう」

 

 

 頭にハテナを浮かべるネムの思考を置き去りにしつつ、デミウルゴスは新たな世界征服のプランを考える。

 これまで準備していたのは、デミウルゴスが『ヤルダバオト』として全ての国を支配下に置いた後、その王位を全てモモンガに献上するという方法だが、これは破棄である。

 

 

(――モモンガ様が直接支配される栄誉など、考えてみれば外の者には勿体ない代物だ。はっ!? ではモモンガ様のおっしゃられていた、ナザリックの名は出さずに世界を一つ一つ制覇する事の真意とは――なるほど、そういうことですか。表向きは平穏に変わらぬ日常があり、裏からの実質的支配と利益のみを得るという事ですね。確かにこれならばナザリックが背負うリスクは格段に――)

 

 

 ある程度の方向性を見出したデミウルゴスは、一度思考を中断してネムに向き直る。

 

 

「是非ともお礼がしたいのですが、何か要望などはありますか?」

 

「お礼? 何のですか?」

 

「ネム様のおかげで、仕事が上手くいくアイディアが浮かびましたから」

 

 

 デミウルゴスの述べた理由にイマイチ納得が出来なかったが、とりあえずネムは今欲しいものを考える。

 そして、相手が賢そうなデミウルゴスだからこそ、一つの提案を思いついた。

 

 

「じゃあ、デミウルゴスさん。文字を教えてくれませんか? 私もモモンガも王国の文字が読めないから、私が出来るようになったら役立つと思うんです」

 

「モモンガ様が、文字を? ……なるほど。分かりました。周辺国家の基本的な読み書きはマスターしてありますから、王国語でしたら問題ありません」

 

 

 デミウルゴスはモモンガに対して若干の深読みを発動させつつ、最短最高効率で文字を学ぶ手段を構築し始める。

 デミウルゴスは陽光聖典で一通りの人体実験を済ませてあるため、現地の人間に悪影響のないアイテムの使い方なども頭に入っていた。その気になれば脳をいじることも――

 ――もちろんネムに勉強を教える際、過激な手段を取る気はこれっぽっちもないが。

 

 

「毎日とはいきませんが、私が時々暇を見つけて指導しましょう。なに、甘い物を食べながらやれば、ネム様ならすぐに覚えられますよ」

 

「勉強したら甘い物が食べられるの!?」

 

 

 驚きの表情を見せるネムに、デミウルゴスは笑みを見せた。

 もしセバスがここにいれば、何を企んでいるのかと悪魔と喧嘩になった事だろう。それくらい穏やかな――悪魔には似合わない――笑顔だ。

 まぁ今回に限っては本当に裏はない。これはネムに対するデミウルゴスからの純粋なお礼なのだから。

 ネムに教えられなければ、主人の意に反する事をしていたかもしれない。それを考えれば文字を教える程度、非常にお安い御用だ。

 必要経費は自分が外の世界で確保した物で賄えばいいと、デミウルゴスは手早く必要な計算を終える。

 

 

「はい。糖分は脳を動かす際に必要ですから。さっそく料理長に作ってもらいましょう――()()()()()()を使ったデザートをね」

 

「やったー!! 勉強頑張ります!!」

 

 

 一瞬だけ悪魔的な笑みが見えた気がするが些細なことである。

 かくして、おそらく世界一お金のかかる授業計画が始動した――

 ――そして、成果は早くも表れる。

 デミウルゴスの教え方が上手かったのか。

 実はネムの地頭が良かったのか。

 それとも他の要因が大きかったのか。

 

 

「デミウルゴスさんに教えてもらってる時だけ、すごく頭が冴えてる気がする…… これが糖分の効果ですか?」

 

「さぁ、どうでしょう? コンポートのお代わりはしますか?」

 

「欲しいです!!」

 

 

 理由はさておき、ネムは驚異的な速度で読み書きを学習していったらしい。

 

 

「――俺も家庭教師欲しいなぁ。せめて、報告書が何書いてあるのかすぐに理解できる程度の頭は身に付けないと……」

 

 

 ちなみに、同じ方法で勉強が出来ないモモンガは、裏で密かに嘆いていた。

 誰かに習おうにも、モモンガは理想の支配者であるという、周囲の期待を裏切れない。

 ネムと同じくらいとは言わずとも、もう少し彼らがフランクであればモモンガも踏ん切りがつくのかもしれない。

 

 

「でも、俺も今できることをやらなきゃな。――騒々しい。静かにせよ!! せよ、せよ? こっちの方が支配者らしいかな?」

 

 

 ――モモンガは今しばらく、一人で支配者らしい演技の練習に励むしかないのだった。

 

 

 




ハッピーエンド?のために、危ないフラグは尽くへし折っていくスタイル。
ネムがいつの間にか表の世界を救いました。
でも異世界の人達的に優しいのか優しくないのかは、判断しづらい展開になってきました。

裏ではえげつない事をかなりやってるはずですが、オマケだと不思議と優しく見えるデミウルゴス。
ネムが勉強時に食べているのはバフ効果のある料理なので、現地人基準でとんでもなく金をかけた授業ですね。知力が上がるのは一時的でも、その時勉強した記憶は永久的に残る――なんて便利な勉強法なんだ。
ちなみにインテリジェンスアップルの効果は名前からの想像です。


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未来のお義兄ちゃんを探せ 後編

前回のあらすじ

「孫を見つけておくれ」
「とりあえず屋台で轢いておきました」
「読み書きのお勉強を始めたよ!!」

今回は前回の話の続きです。
骨と少女のハートフルな物語をご覧ください。




 エ・ランテルで最も腕の立つ薬師、リイジー・バレアレからの指名依頼。

 依頼者であるリイジーの孫――ンフィーレア・バレアレを捜索するため、大人の事情を無視して依頼を受けたモモンガ達。

 

 

「はぁ…… 君達のような将来性のある冒険者には、本当は他にしてほしい事があるんだがね」

 

「過分な評価には感謝いたします。ですが、私達はただの銅級(カッパー)ですから」

 

「昇級に興味のない冒険者なんて、前代未聞だよ……」

 

 

 白髪アフロのお小言を聞き流した後、モモンガは諸々の下準備を終えてから街を出た。

 時間短縮のために――本当に渋々だが――ネムと二人でハムスケに騎乗し、早速ある場所を目指して移動を開始する。

 

 

「ふふん。ついにモモン殿にも乗ってもらえて、某ちょっと感動してるでござる」

 

「良かったね、ハムスケ。モモンはあんまりハムスケに乗りたがらないもんね」

 

「そうでござる。某がこの背に乗せるのはお二人だけと、心に決めているのでござるのに」

 

「大人には色々あるんだよ……」

 

 

 モモンガが今までハムスケに騎乗するのを拒んできた理由はただ一つ。

 ――メリーゴーラウンドに一人で乗るオッサンには絶対になりたくない。

 周りからは凄い魔獣に乗っているように見えても、独身の成人男性であるモモンガの精神的には辛いのだ。

 だが、ネムと一緒なら絵面もそこまで悪くはないだろうと、モモンガは自分を慰めた。

 ――たとえ巨大なハムスターに自分が跨っているという事実に、なんの違いもないとしてもだ。

 

 

(予想通りではあったが、探知妨害も逆探知もなかったな。普通に魔法が通ったから、生きている事は確定、と……)

 

 

 本来ならネムと一緒に行う冒険者の仕事では、モモンガとしての力は使わない。

 だが、今回は事情が事情である。

 今はもう鎧を着直しているが、ネムとの相談の上、ンフィーレアの居場所を探知するために一度だけ反則技を使っていた。

 

 

(それにしても、彼は何故あんな遠い場所に……)

 

 

 そもそも魔法も無しに人探しとか、モモンガからすれば無理ゲーだ。

 現実ではゲームのイベントのように、都合よく目撃情報が集まる訳もないのだから。

 

 

(事件に巻き込まれたらしいが、普通に探してたら絶対に見つからなかったな)

 

 

 もしネムが冒険者をやる時の約束にこだわっていたなら、それもまた良いだろう。

 自力で探したいと希望していた場合、モモンガもそれに付き合う事自体はやぶさかではない。

 だが、早々に諦めていた事は確実である。

 

 

(そこに誘拐犯のアジトでもあるのか? 自力で逃げている途中――にしては、期間が長すぎるか……)

 

 

 実のところ、モモンガはンフィーレアの生死にあまり興味がない。

 精々レアな生まれながらの異能(タレント)の事が気になるくらいだろう。

 

 

「ンフィー君はこっちにいるの?」

 

「ああ、とりあえず生きてはいるようだ」

 

「良かった…… 早く見つけてあげなきゃ」

 

 

 だが、これはネムが珍しくお願いしてきた仕事なのだ。そういう意味ではンフィーレアが生きているという事実は喜ばしい。

 ネムがショックを受ける最悪の展開は避けられそうで、モモンガは内心でほっと胸を撫で下ろしていた。

 

 

「この平野を越えて、さらにずっとずっと先に行った所に反応があった。完全に国外だな」

 

「霧で真っ白だね。全然先が見えない……」

 

 

 ほぼ一年中霧が立ち込め、至る所でアンデッドが出現する呪われた土地――『カッツェ平野』。

 その手前まで辿り着いたモモンガは、霧で先の見通せない遥か遠く――エ・ランテルから南東にあたる方向を指差した。

 

 

「――よし。ハムスケ、ここを全速力で真っ直ぐ突っ切ってくれ」

 

「モモン殿、流石にそれは危険ではござらんか? この場所は嫌な感じがするでござる……」

 

「問題ない。お前のレベルならこの辺りの下級アンデッド程度、体当たりだけで倒せるから心配するな。これが最短ルートだ」

 

「某、スケルトンくらいならまだしも、ゾンビなどの腐っている奴にはあまり触りたくないでござるなぁ」

 

 

 ハムスターの顔で器用に困った表情を作り、難色を示すハムスケ。

 知能が高めなせいか、魔獣の割に妙なところで感性が人に近いようだ。

 だが、こんな所で立ち止まる訳にはいかない。

 モモンガはネムと一瞬でアイコンタクトを行い、渋るハムスケの説得を試みる。

 

 

「そっかー。ハムスケがいくら凄い魔獣でも、出来ない事はあるよね」

 

「そうだな。しかし、ネムの相棒である最強の魔獣、ハムスケなら出来ると思ったんだがなぁ」

 

「仕方ないよ。モモンガ以外のアンデッドは怖いもんね?」

 

「それもそうだな。かつて森の賢王と呼ばれたハムスケでも、苦手な物くらいはあるか。残念だが、私の見込み違いだったらしい……」

 

「うんうん。いつもと違って二人も乗せてるから、ハムスケも大変だもんね」

 

 

 ネムと一緒に胸の前で腕を組み、ハムスケの背中でうんうんと唸った。

 まぁ流石のハムスケでも、この程度の煽りでは――

 

 

「なぁっ!? そんな事ないでござる!! それくらい楽勝でござる!!」

 

「本当でござるか?」

 

「無理はしなくて良いんでござるよ?」

 

「出来るでござる!! 二人とも大船に乗ったつもりで、某に任せて欲しいでござるよ!!」

 

 

 ――ちょろい。

 これなら自分が魔法を使わずとも、移動に関しては何とかなりそうだ。

 ハムスケからは見えない位置で、骸骨と少女は笑顔でグッと親指を立てた。

 

 

「二人ともしっかり掴まったでござるか? 某の本気、とくと見るでござる!!」

 

 

 その後、ハムスケは数々のアンデッドを跳ね飛ばしながら、陽が沈むまでカッツェ平野を走り続けた。見た目はハムスターだが、猪突猛進という言葉が非常に似合う走りっぷりである。

 途中でモモンガの予想よりも強いアンデッドが出てきたが、それでもハムスケは果敢に立ち向かう。

 

 

「カッツェ平野、恐るるに足らずでござるー!!」

 

「ハムスケすごーい!!」

 

「ハムスターもおだてりゃ猫を噛むだな。……ん、微妙に違うか?」

 

 

 鎧袖一触――数々のアンデッドを打倒し、その日はハムスケの勝利の雄たけびがカッツェ平野に響き渡っていた。

 ちなみにモンスターを討伐した証――部位の回収を忘れていたと気づくのは、ネムが家に帰ってから数日後の事である。

 

 

 

 

 リイジーおばあちゃんの依頼――ンフィー君を探し始めて二日目。

 昨日の夜はモモンガの持ってきていた魔法の家で寝泊まりして、今日も朝早くから移動を始めた。

 

 

(あんな家があるなら、野営の道具ってモモンガには必要ないよね。なんで前に買ってたんだろう?)

 

 

 ふとしたモモンガへの疑問を思い出しつつ、周囲を軽く確認する。

 霧のある場所は抜けたけど、遠くに山が見えるだけでこの辺りはまだ何もない平野だ。

 だけど凄い勢いで景色が後ろに過ぎ去っていき、少しずつ周りの様子が変わっていくのが分かる。

 

 

「ハムスケ、まだ走れそうか?」

 

「某は、まだまだっ、平気でござる!!」

 

 

 激しい振動で体が揺さぶられ、強めの向かい風が自分の頬を絶え間なく叩く。

 ハムスケってこんなに早く走れたんだと、初日の頃は驚いていた。

 だけど二日目にもなると、そんな事を考える余裕もなくなってきた。

 

 

「ネムは大丈夫か?」

 

「――っうん!!」

 

 

 ハムスケにしっかりとしがみ付いているが、それでも常に風を浴びているため、口を開くのも大変だ。

 普段のハムスケは私を乗せてくれる時、スピードを随分と抑えてくれていた。だけど、今は本気の速度で疾走している。

 

 

(モモンガに魔法を使ってもらってまで探したんだもん。私もこれくらい我慢しなきゃっ)

 

 

 両手の力を緩めないように、自分を叱責して気合いを入れ直した。自分のせいで速度を落とさせる訳にはいかない。

 それでもモモンガが背中にいなければ、そしてハムスケの尻尾で固定されていなければ、私はとっくに振り落とされているのだろう。

 

 

「モモン殿、方向は本当にこのままで良いんでござるかーっ!!」

 

「ああ、今朝も一度確認した。ンフィーレアが移動していなければ、このルートで間違いない。もうそろそろ見えてくるはずだ」

 

「了解でござる!!」

 

 

 一人だけ平然としたモモンガの指示に従って、ハムスケはただひたすらに走り続ける。

 モモンガは骨だから、風を浴びて息苦しいとかもないのだろう。

 途中で何度か休憩を挟み、ついに目的の場所――『竜王国』のとある都市に辿り着いた。

 

 

「ひぃ、ふぅ…… こんなに走ったのは、生まれて初めてで、ござる」

 

 

ここまで頑張り続けたハムスケは息も絶え絶えで、心なしか毛皮もふにゃりとしている。

 

 

「どうで、ござるか? 某、凄いで、ござ、ろう?」

 

「ありがとう、ハムスケ。ハムスケのおかげでこんなに早く着いたよ」

 

「なんのなんの。しかし、某は、ここまで、で、ござ――る……」

 

 

 べしゃりと音を鳴らし、地面と同化するように体を投げ出したハムスケ。

 二日に及ぶ全力疾走の繰り返しで、体力を使い果たしてしまったみたいだ。

 ここまで運んでくれてありがとう、ハムスケ。今はゆっくり休んでいいから――

 

 

「よくやった、ハムスケ。という訳で、これを飲むといい」

 

「むぐっ!?」

 

 

 モモンガはどこからか謎の液体が入った瓶を取り出し、瞳を閉じたハムスケの口に突っ込んだ。

 色々準備はしてきたって言ってたけど、それにしたって対応が早すぎるよ。

 

 

「――ぷはぁっ。おおっ、元気百倍でござる!!」

 

「これでよし。ンフィーレアが移動すると厄介だ。さっさと見つけてしまおう。さぁ、行くぞ」

 

 

 ――ごめんね、ハムスケ。

 もうちょっとだけ頑張って。帰ったらいっぱいブラッシングしてあげるからね。

 

 

「でも釈然としないでござる……」

 

「どうした? 一本では足りなかったか?」

 

 

 ハムスケの頬袋がぷっくりと膨らんでいる。

 でもちゃんとモモンガの言った通りに歩き出すあたり、私の相棒は素直すぎる魔獣だと思う。

 

 

「モモン殿はストイックでござる」

 

「あはは…… きっとハムスケの成長のために必要なんだよ」

 

「そうなのでござるか?」

 

「うん、モモンなりの期待の表れだと思うよ。……たぶん」

 

 

 普段のモモンガはとっても優しい。それは間違いないと、私が保証する。

 だけど、お仕事中は自分達の成長のために、けっこう厳しいのだ。

 

 

『うーん、やはり独学では無理か。私もコキュートスに前衛の動き、剣技を教えてもらわないとな……』

 

『ネムよ、まずは一度チャレンジしてみると良い。心配するな、私とハムスケがついているぞ』

 

『ふむ。ハムスケも武技を覚えられるか実験、もとい訓練をさせてみるべきか……』

 

 

 冒険者をやる時に「必要以上の手助けはしない。すぐには手を貸さない」と、モモンガは宣言していた。

 モモンガは現状に満足する事なく、常に自分達が成長出来るかを模索している。とっても努力家なのだ。

 

 

『――貴様……今、ワザと足を出したな?』

 

『怪我をしたら直ぐに言うんだぞ。ポーションは腐る程持ってるからな』

 

 

 だから私の事もだけど、ピンチの一歩手前…… 二歩かな? いや、三、四歩くらい前かもしれない。

 とにかくモモンガは最初は見守ってて、一度実際に困った後にしか手助けしない――

 

 

『門限は親御さんの希望に合わせ、行き帰りの送迎も完備しております』

 

『お腹が空いた? しょうがないな。ほら、どうせ俺が食べる事はないから、ハムスケにやろう』

 

『新しい技をまた考えたから見て欲しい? どれどれ…… おおっ、凄いじゃないかネム!!』

 

 

 ――あれ? 全然厳しくない。むしろ助けるのも早すぎないかな?

 ちょっと訂正。冒険中もとっても優しいです。楽しい思い出しかないです。

 やっぱりモモンガは本人が思っているより、かなり人に甘いかも。

 

 

(思い返しても、特に困った記憶がない…… 私、本当に成長出来てるのかな?)

 

 

 最終的には絶対助けてくれると、モモンガの事は信頼している。

 モモンガの全力は見た事ないけど、何でも出来るのだろうと本気でそう思う。

 でも、それに甘えないようにしなきゃ。

 家族の役に立つためにも、私はお金をしっかり稼がないといけないのだから。

 

 

「むむむ…… モモン殿はそこまで某の事を考えてくれていたでござるか。ならば、もうひと頑張りするでござる!!」

 

「うんうん、一緒に頑張ろう!!」

 

 

 ハムスケが完全復活したところで、ンフィー君探しを再開だ。

 私達は情報を集めるため、早速街の人に聞き込みを開始した――

 

 

「すみません。ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

 

「ああ、なんだい」

 

「実は――」

 

 

 老若男女を問わず、とりあえず片っ端から話しかける。相手は少し訝しげな様子だったけど、ほとんどの人は快く質問に答えてくれた。

 

 

「なんか、みんな元気がないね」

 

「ふむ。心なしか痩せている者が多いな。あまり豊かな土地ではないのか?」

 

 

 この街に着いてから小一時間。ンフィー君探しとは特に関係ないけど、少し気になる事がある。

 街の中ですれ違う人達は、みんなハムスケを見て驚いていた。だけどエ・ランテルの人達と違って、そこに明るさがない。

 全体的に活気がなく、俯いている人が多いように感じた。

 

 

「――ンフィーレア・バレアレ? いや、知らないな」

 

「えっと、じゃあこんな風に目が隠れてる男の人は見ませんでしたか?」

 

「ああ、それなら一応見覚えがあるぞ。最近この街にやって来た奴に、そんなのがいた気がする。ただ、アレは薬師って感じじゃなかったけどな……」

 

 

 何人もの人から情報を集めた結果、この街の住民ではない少年――ンフィーレアらしき人物が近くに滞在している事が分かった。

 最近この街に集団でやって来た旅人の内の一人らしいが、服装は作業着ではなかったそうだ。

 でも背格好や顔付きなどは似ているそうなので、ンフィー君の可能性は十分にある。

 

 

「本当にンフィー君なら、なんで別の国に来てるんだろう? 薬草集めかな?」

 

「事件に巻き込まれたらしいから、それはないと思うが…… 本物かは断定出来ないが、とりあえず泊まっている宿とやらに行ってみよう」

 

 

 話をしてくれた人の中には妙な表情をしていたり、会いに行くのはやめた方が良いと言った人もいた。

 だけど、確かめなければならない。何としてもンフィー君を連れて帰らなければならない。

 心配しているリイジーおばあちゃんのため、そして――

 

 

(お姉ちゃんをお嫁さんにしてくれる人、いなくなったら困るもんね!!)

 

 

 ――未来のお義兄ちゃんを捕まえるために。

 ただでさえ姉は恋愛ごとに疎いのだ。

 放って置いたら本人が気付かないうちに、チャンスと婚期を逃してしまうかもしれない。

 姉の周りには歳の近い男性がいないから、将来有望株のンフィー君を逃す訳にはいかないのだ。

 

 

「この部屋だね」

 

「さて。本人かどうか、ご対面だ」

 

 

 集めた情報から辿り着いた宿屋。

 その人物の部屋に案内され、軽く扉をノックする。

 

 

「――お待たせしました」

 

 

 返事と共に扉が開かれ、中から現れたのは――

 

 

「まさか、僕の事を最初に見つけ出すのが君だったなんてね」

 

 

 ――変態さんだった。

 

 

「へっ、んフィー君!?」

 

 

 その顔も声も、正真正銘ンフィーレア・バレアレだ。

 だけど、その格好がおかし過ぎる。

 ンフィー君は全身に妙な装飾品を付け、フリフリのスカートを履いている。

 

 

「ネムちゃんが冒険者になってたなんて驚いたな。そっちの人はお仲間かな?」

 

「う、うん…… 冒険者仲間のモモンだよ」

 

 

 一体ンフィー君に何があったのだろう。驚いたはこっちが言いたかったセリフだ。

 こんな服装をするくらいなら、薬草臭い作業着の方が何倍もいいと思う。

 

 

「いつかはこんな日が来る事も予想はしていたよ。思ったより随分と早かったけどね…… さぁ、中へどうぞ」

 

「お、お邪魔します」

 

 

 思わず「変態」と、口に出さなかった自分を褒めてあげたかった。私、えらい。

 ――でもこんなお義兄ちゃんは、ちょっと嫌だなぁ。

 

 

『――お揃いのを着てみたんだけど、変じゃないかな?』

 

『わぁ…… 綺麗だよ、ンフィー』

 

『ありがとう。エンリも体が逞しくなってきたね。腕なんか僕より太くて良い筋肉がついてるよ』

 

『そうかな? 毎日外で畑仕事を頑張ってるおかげかな』

 

『僕もエンリのために、家で――』

 

 

 ――駄目だ。とんでもなく不気味な未来だ。

 妙に生々しくて、少しあり得るかもと思ってしまった事が余計に嫌だ。

 

 

(あれ、普通逆だよね……)

 

 

 姉とペアルックのスカートを履いたンフィーレアを想像してしまい、私はほんの少しだけ鳥肌が立った。

 

 

 

 

 横並びに座るモモンガとネム。その対面には一応ンフィーレア・バレアレらしい少年。

 その少年の姿を初めて見た瞬間、モモンガはヘルムの中で顎が外れそうになった。

 あまりに驚き過ぎて、思わず精神の鎮静化が起こったほどだ。

 

 

(この意味の分からない格好。いや、これらの装備品はまさか……)

 

 

 少年の身につけている物は、和洋折衷なんて言葉ではすまなかった。

 和風、洋風、中華風など、リアルにある国の様々なテイストが混ざっている。

 さらには古代の物から近未来にありそうな物まであり、産み出された年代すらも異なっている。

 おまけに漫画に出てきそうなファンタジーな装飾、男物から女物のデザインまで、ありとあらゆる物をごちゃ混ぜに身に付けている。

 一言で言えばヤベーやつとしか言えない。

 

 

「あー、ンフィーレアさん。で、よろしいでしょうか?」

 

「そうですね。ンフィーレアとは捨てた名前。既に死んだ者の名ですが、私は元ンフィーレア・バレアレで合っています」

 

 

 しかし、一応確認のための会話を挟みながらも、モモンガはある確信があった。

 ――これはユグドラシルのアイテムだ。

 こんなチグハグな格好をする人達を、モモンガは以前にも見た事がある。

 それはユグドラシルの初期、まだ装備の見た目を統一する方法が一般的ではなかった頃。

 頭や腕などに分かれている装備の内、各シリーズの最も強い部分だけを組み合わせて、性能重視で装備していたプレイヤー達が少なくなかった。

 

 

(あれはおそらく装備条件が厳しい装備のはずだ。女性専用の装備まで使えるとは…… 本人のタレントも関係してるんだろうけど、これは凄いな)

 

 

 ユグドラシルではドロップ品だけでなく、プレイヤーメイドの装備品も普通に売り買いされている。

 そのため、それらの装備をそのまま混ぜて使うと、見た目に統一感がなくなる事はよくあったのだ。

 まぁそれでも、目の前の少年ほど酷い見た目は中々いなかったが。

 

 

「私達はあなたの祖母である、リイジー・バレアレさんから依頼を受けた冒険者です。孫である貴方を探して欲しいと」

 

「おばあちゃん、すっごく心配してたよ。一緒に帰ろう、ンフィー君」

 

 

 祖母からの依頼である事を告げると、彼は悲しさと嬉しさが混ざったような表情をした。

 

 

「……隊長、彼らに少しだけ事情を話す事を、許可していただけませんか?」

 

 

 少しだけ考え込み、真剣な顔付きに戻ったンフィーレアが軽く後ろに視線を向ける。

 そこには一人の青年が立っていた。

 ずっと同じ部屋にいたのに、モモンガは全く気が付かなかった。巧妙に気配を殺していたのだろう。

 

 

「……分かりました。与える情報は最小限に抑えてください」

 

 

 この辺では珍しい黒髪を長く伸ばした、隊長と呼ばれた十代くらいの若い男。彼はンフィーレアからのお願いに、やれやれと言うように頷いた。

 しかし、一挙手一投足すら見逃さないとばかりに、分かりやすくこちらを見つめている。

 室内でもみすぼらしい槍を手放さないあたり、彼はこちらを警戒しているのだろう。

 

 

「ありがとうございます。モモンさん、ネムちゃん。少しだけこれまでの事をお話しします」

 

 

 ンフィーレアは隊長に軽く頭を下げると、こちらに向き直って姿勢を正した。

 

 

「端的に言うと、僕は一度死にました。だけど、神のお導きによって蘇ることが出来たんです」

 

「蘇った…… まさか、蘇生魔法!?」

 

「ええ。ですから、僕は生まれ変わったんです。偉大なる六大神に仕える聖職者になり、人類救済の為に生きると決めたんです」

 

「そ、そうなのですか……」

 

 

 ンフィーレアから語られる突飛な経緯に、モモンガは無難な返事しか返せなかった。

 リアルではほとんどの宗教が廃れていたが、取引先のお偉いさんが熱心な信者だったこともある。その際は話題選びにもえらく気を使ったものだ。

 そんな経験からモモンガは「その格好のどこが聖職者だよ」とか、「現地に蘇生魔法を使える組織があったのか」とか、色々な言葉は何とか飲み込む事に成功していた。

 

 

(年中作業着のちょっと奥手な目隠れ系男子って聞いてたんだけどなぁ。ネムの反応からして本物なんだろうけど……)

 

 

 ネムから聞いていたンフィーレアの人物像と、目の前の彼はあまりにも違いすぎた。

 前髪を伸ばして目を隠しているところはそのままだが、見た目も思想も違い過ぎる。

 実は魔法か何かで洗脳されているんじゃないかと思うくらいだ。

 その可能性を考慮すると、死んで蘇ったという話すらも真実かどうか判断できない。

 

 

「ンフィー君、街には帰ってこないの? ……お姉ちゃんの事も、いいの?」

 

「……ネムちゃん、僕はもうンフィーレアじゃない。『万能魔具』として、神に信仰を捧げる一人の聖職者に過ぎないんだよ」

 

 

 ネムの問いかけに対する反応から、ンフィーレアにはほんの少しだけ未練があるように感じる。

 それでも彼の決意は固いようで、新しい人生を歩み続けるという気持ちは変えられなかった。

 

 

「エンリ達が安心して暮らせるように、この世界から亜人や異形種を滅ぼさないといけないんだ。実はこの街にいるのもビーストマンと戦ってきた帰りで――」

 

「そこまでです。それ以上は必要ありません」

 

 

 これ以上は不味いと判断したのか、それとも適当なところで切り上げさせたのか、隊長がンフィーレアにストップをかけた。

 ユグドラシル産らしきアイテムの出所など、彼らの所属してる組織の正体が気になるが、今のモモンガはモモンとして静観するしかない。

 

 

「すみません、隊長。そうだ、ネムちゃんにお願いがあるんだけど、いいかな?」

 

「お願い?」

 

「うん。おばあちゃんに手紙を、ンフィーレアの遺書を届けて欲しい。すぐに書くから、少しだけ待ってて――」

 

 

 ンフィーレアだった少年は過去と決別するように、素早くだが丁寧に手紙を書き始めた。

 その迷いを感じさせない様子に、モモンガはこれ以上の説得は無理だと判断する。

 

 

「ネム、残念だがンフィーレアの意思は変わらんだろう。結果を報告するために戻ろう」

 

「うん。そうだね……」

 

 

 ネムもそう感じたのか、少し寂しげな表情を見せた。

 そしてンフィーレアの手紙を受け取り、大切にリュックに仕舞い込むのだった。

 

 

 

 

「ネム殿、元気出すでござるよ。ネム殿はちゃんと依頼をやり遂げたでござる」

 

「うん……」

 

「そうだぞ、ネム。こうして手紙を預かる事も出来たんだ。戻ったらネムがンフィーレアの様子を伝えてやると良い。孫が生きていると知れるだけでも、きっとリイジーさんは満足するだろう」

 

「うん……」

 

 

 行きと違って緩やかな速度で進むハムスケ。

 ネムは下を向いて何か考え込んでいたが、モモンガは好きなだけ悩ませてあげることにしていた。

 仕事には成功も失敗も、よくわからない結末になる事もある。どう折り合いをつけるかは本人が決める事だ。

 まぁネムがあまりにも悩み続けるようなら、元気付けるためにモモンガはあの手この手を尽くすのだろうが。

 

 

「……ねぇ、モモン」

 

「ん、なんだ?」

 

「モモンは、えっと、モモンガはまだ結婚してないよね?」

 

 

 突然の質問。

 ネムの言葉は、モモンガの思考を一瞬だけ停止させた。

 

 

「……え?」

 

「恋人もいないよね?」

 

「まぁ、そうだが……」

 

「ふーん……」

 

 

 追い討ちの質問。

 ネムの言葉は、無意識にモモンガの急所を貫いた。

 ちなみに質問はこれで終わらなかった。

 やたらと異性に関する質問をされ続け、モモンガの心中はまったく穏やかではない。

 

 

(……なんだ!? この質問の意図はなんだ!? 彼女いない歴=年齢のアンデッドに、ネムは一体何を求めているんだ!?)

 

 

 ネムは普段から好奇心旺盛な子供だと思っていたが、今聞かれている事は明らかにいつもと毛色が違う。

 

 

「そっかー、モモンガには恋人もいないんだね」

 

「モモン殿も某と同じでござったか。お互いに早く番を見つけたいでござるなぁ」

 

 

 ネムの表情が一瞬だけニヤリと緩んだ気がした。心なしか声も弾んでいるように聞こえなくもない。

 残念ながら、ハムスケにネムと一緒に跨っているモモンガの位置からは、ネムの顔がしっかりと見えないので断言する事も出来ないが。

 

 

(これはアレか…… 交際経験の一つもない大人は頼りにならないと、言外に言われているのか?)

 

 

 前に乗ったネムは普通に笑っているのか。自分が笑われているのか。

 それとも、笑顔に見えたのは気のせいなのか。

 

 

(いや、もしかして営業に自信があると言いながら、ンフィーレアをちゃんと説得しなかった事を責めているのか? くっ、アイツを縛ってでも連れて帰るのが正解だったかもしれん……)

 

 

 話の意図が読めずに悩む骨。

 どこか悪戯っ子な表情を浮かべる少女。

 何も考えずに歩き続ける魔獣。

 

 

「じゃあ、モモンガは結婚に興味ある? もしかして今好きな人がいるとかは?」

 

「いや、急にそんなことを聞かれてもだな……」

 

 

 ネムとモモンガはハムスケの背にゆったりと揺られながら、数日をかけてエ・ランテルに帰還していくのだった。

 ――もちろん、その間もネムからモモンガへの際どい質問は、奇襲のように繰り返されていたとか、いなかったとか。

 

 

 

「おや、もう戻ったのかい。それで孫は、ンフィーレアは……」

 

 

 予想よりも早い帰還に驚きの表情を見せ、その後心配そうな声で尋ねてくるリイジー。

 リイジーは過去の経験から、最低でも二週間はかかると踏んでいた。にもかかわらず早すぎる結果報告のため、最悪のパターンを想定しているのだろう。

 

 

「……貴方のお孫さんは、宗教にハマってました」

 

「ンフィー君、スカートを履いてました。でも元気そうだったよ」

 

「はい?」

 

 

 モモンガは悩ましげに、しかし自分が見聞きしたままをリイジーに伝える。

 ネムもドストレートに、自分が見たンフィーレアの感想を伝えた。

 

 

「おばあちゃん。はいこれ、ンフィー君からのお手紙」

 

「我々も中身は知りませんが、遺書だそうです。おそらく貴方へのお別れの言葉などが、そこには書かれているのではないでしょうか」

 

 

 ぽかんとした顔のリイジーに、ネムはずいっと手紙を差し出した。

 リイジーは手紙を受け取ったものの、中々状況が飲み込めていないようである。

 

 

「ちゃんと生きてたから心配しないで!! ンフィー君、人類救済のために頑張るって言ってたよ!! 変な格好だったけど」

 

「今は薬師ではなく、本人は聖職者だと言ってましたね。いささか個性的な服装でしたが」

 

「ウチの孫、本当に大丈夫なのかい?」

 

 

 リイジーは懐疑的な表情になったが、手紙を開くとそれも崩れていった。

 孫の直筆の手紙を読み進め、筆跡と内容からそれを書いたのが本人だと分かると、ふっと口元に笑みを浮かべた。

 

 

「二人とも、感謝するよ。あんたらのおかげで、わしも胸のつかえが取れた。まったく、薬師としての道を捨てるなんて、あの孫は……」

 

 

 柔らかい笑みを浮かべるリイジー。

 モモンガも手紙の内容は本当に知らない。どんな言葉が綴られてあったのか、どこまで事情を説明しているのかも分からない。

 しかし、リイジーのその顔は、大切な孫を応援する優しい祖母としての顔だった。

 

 

「――どうせ神を信仰するなら両方を極めんか!! わしの教えを無駄にしおって、あの馬鹿孫が…… 聖職者になるなら薬師と両立しろと、次に会ったら締め上げてやるからね!!」

 

 

 天に向かって咆える老鬼も見えた気がしたが、モモンガとネムは華麗にスルーである。

 

 

「これで依頼は達成だな」

 

「うん!! 手伝ってくれてありがとう。でも私、全然力になれなくて……」

 

「なに、今回の依頼の成功はネムの協力があってのことだ。私一人ではあれほどスマートな聞き込みは出来なかっただろう。ネムが話しかけた時の方が、明らかに相手も警戒心が解けていたしな」

 

「そうかな?」

 

「そうだぞ。私とハムスケだけなら、話しかけても絶対逃げられていたぞ。竜王国でンフィーレアをすぐに見つけられたのは、間違いなくネムのおかげだ」

 

「えへへ、それなら私も役に立てて良かった!!」

 

 

 リイジー・バレアレからの指名依頼――『ンフィー君を探せ』――これにて完了である。

 

 

 

 

 

おまけ〜悪魔がアップを始めたようです〜

 

 

「――えっと、これが接続詞で、こっちの『らーじあ・えれ』の意味が邪眼で、主語がこれだから…… 『我が邪眼によって貴様は破滅する』かな? デミウルゴスさん、邪眼ってなんですか?」

 

「邪眼というのは、特殊な能力を有する眼の事を指す言葉の一つだね。魔眼などと呼ばれる類いの物もあるが、邪眼の場合は何かを見る力ではなく、視線によって相手に不幸、害、呪いなどを与える意味合いが――」

 

 

 普通の村ではあまりお目にかかれない、綺麗な紙とペンで真剣に勉学に励む少女。

 側にはインテリジェンスアップルを丸ごと使用した、美味しそうなリンゴ飴が置かれている。

 丁寧にコーティングされた飴が絶妙に光り輝いているこのデザートは、ナザリックが誇る料理長が特別に調理した至高の逸品である。

 ネムは時々それを舐め齧りながら、教鞭をとるデミウルゴスの話を熱心に聞いていた。

 

 

「――持ち主が死んだ場合、摘出された眼球は力を発揮しなくなる事も多い。つまり、それらの力は己の眼を媒体としたスキルと考える事も出来る。そういった能力を持つモンスターだと、例えばギガント・バジリスクの石化の視線は有名どころだね」

 

「へぇー。そのギガント・バジリスクは強いんですか?」

 

「ナザリックの者からすれば雑魚と言っていいが…… そうだね、ハムスケより少し弱いくらいだろう」

 

 

 王国語を学ぶために使っている教材は既製品ではなく、全てデミウルゴスのお手製である。

 そのため普通に生活していれば使わない単語や例文、その他の知識も多々盛り込まれているが、そこは悪魔の趣味だ。

 

 

「ハムスケもやっぱり強いんだ。ところでデミウルゴスさんの眼も魔眼ですか?」

 

「私の眼は魔眼ではないよ。偉大なる創造主によって創造された、自慢の眼ではあるがね」

 

 

 好奇心旺盛な少女の質問に対する返答として、デミウルゴスは指先で少しだけ眼鏡をズラす。

 そのさり気ない動作には、創造主に生み出された事に対する誇りが満ちていた。

 

 

「創造主さん、凄い…… とってもキラキラしてて、宝石みたいで綺麗です!!」

 

「お褒め頂き感謝します。ネム様は素晴らしい審美眼もお持ちのようですね」

 

 

 あくまで優雅にデミウルゴスはお礼を返す。

 至高の御方であるウルベルト・アレイン・オードルによって、頭の天辺から爪先まで創り上げられた肉体。

 その中でも創造主が細部までこだわりを持って作った眼が美しいのは当然である。

 当たり前の事と認識はしているが、それはそれとして少女の真っ直ぐな賛美は悪魔にも心地が良かった。

 

 

「ネム様に少しお聞きたいことがあるのですが……」

 

「なんですか?」

 

「これはちょっとしたクイズとしてお考え下さい――」

 

 

 その日の指導がひと段落ついたところで、デミウルゴスは少女の知恵を借りるために声をかけた。

 

 

「――貴方にとって大切な方達が、重要な仕事をするために家を出ました。貴方はその間、家を守るように留守を任されました」

 

 

 例え話として説明しながらも、これでは何を指しているか丸わかりだ。

 流石にネムにもバレバレだろうと、自分で話しながらデミウルゴスは思った。

 

 

「留守を任された者達のために、たった一人だけ主人が家に残ってくれました。その主人は素晴らしい方で、貴方の事も非常に大切にしています。それでも、貴方はもう一人の大切な方に会いたいという気持ちがあります」

 

 

 重い口を開くたび、気分が沈んでいく。

 この世界の情報を集めていく内に、デミウルゴスはこの世界に創造主達がいない可能性が高い事に気づいてしまった。

 ナザリックのシモベ達を危険な目に遭わせないように、目立つことを避けているモモンガならまだしも、それ以外の至高の御方が世界にその名を轟かせないはずがない。

 なのにその痕跡を全く見つけられない。

 

 

「しかし、どれだけ待ち続けても、大切な方は帰ってきませんでした……」

 

 

 つまり、至高の御方々が既に元の世界で亡くなっているという、最も外れて欲しかった予想が真実である可能性はより濃厚になった。

 自身を遥かに超越した叡智を持つモモンガでさえ、一度はもう会えないと諦めたほどだ。

 仮に御方々が生きていても、自分達は見捨てられたのかもしれない。

 ナザリックの仲間内でするにはあまりにもデリケートな問題である。一種の爆弾と言ってもいい。

 主人であるモモンガに負担を掛けないためにも、無策のままにそう易々と相談は出来ない。

 

 

「……そんな時、ネム様なら、どうなさいますか?」

 

 

 だからこそ、モモンガの友人であるネムに話を聞いて欲しかったのだ。

 ――モモンガを救ったネムならば、何か良い考えが浮かぶのではないか。

 このやり方はデミウルゴスらしくはない。

 しかし、希望的観測に過ぎないと分かっていても、デミウルゴスはネムの持つ可能性に賭けてみたくなったのだ。

 

 

「うーん…… その人を探しに行って、見つけたらそのお仕事を一緒に手伝います」

 

「一緒に、ですか……」

 

「力になれるかは分からないけど、仕事が早く終われば帰ってきやすいですよね。それに、もし大切な人が家族とかだったら、やっぱり力になりたいです」

 

 

 ネムが返したのは実にシンプルな回答。

 デミウルゴスは自身の固まった思考に、微かにヒビが入った音が聞こえた。

 心のどこかで、自分では至高の御方の役には立てないと、諦めてはいなかったか。

 帰って来てもらう事を望むばかりで、自らがその隣に立とうとは考えもしなかったのではないか。

 

 

「……世界中を探しても、その方を見つけられなかったら?」

 

「えっと、夢の世界みたいな別の世界に探しに行くとか?」

 

 

 自身の考えが音を立てて崩れていく。

 デミウルゴスはネムの答えに、新たな可能性を見出した。

 創造主達は亡くなった可能性が高いと勘違いしていたが、単に住む世界の繋がりが断絶されただけなのではないか。

 そうだ、必要な情報は既に示されていた。

 至高の御方のまとめ役、モモンガ様は仲間が死んだと明言した訳ではない。会えない事を嘆いておられただけだ。

 そして、私達シモベの成長を喜び、望んでいる節があった。

 

 

(至高の御方はリアルとユグドラシルを移動していた。『あーべらーじ』や、『えろげー』なる世界に移動されていた方もおられたはず…… つまり、我々も同じ移動手段を手に入れる事が出来れば――)

 

 

 自分達シモベは"そうあれ"と、完成された状態で生み出された。しかし、そこから更に成長し、至高なる御方と同じステージを目指すべきだった。

 対等の存在になろうとするなど、不敬と思われるかもしれない。

 だが、対等になろうとする努力を怠れば、サポートする事もままならないではないか。

 何も出来ないシモベ風情が、ただ創造主に帰ってきて欲しいと望むなど、傲慢にもほどがある。

 

 

(……なるほど。そういうことですか。モモンガ様の仰った『――未知の世界を冒険し、一つ一つ制覇していくのも面白いかもしれないな』の真意とは、ただの世界征服などという、ちっぽけな物ではなかった)

 

 

 欠けていたパズルのピースが埋まっていき、面白いように答えが見えてくる。

 そうだ、自分達は一度異世界に転移したのだ。二度目が出来ないはずがない。創造主達の住む世界に転移することも不可能ではないはずだ。

 

 

(――お言葉通り、未知なる世界を制覇する。まさかこの世界に来た時点で、他の異世界への移動を見越しておられたとは……)

 

 

 答えが分かってくると、それだけの未来を見据えていた主人に、これまで以上の尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

 ――いったいあの方は、どれ程の高みにおられるのか。

 モモンガの真意に気づいた興奮で、デミウルゴスは段々と息すらも上がってきた。

 

 

「でも、お留守番もしないといけないんですよね…… そうだっ!! モモンガみたいに、お家ごと持っていくのはどうですか?」

 

「ははは、それは流石に――っ!?」

 

 

 ネムが笑顔で繰り出した提案。

 笑って否定しかけたが――デミウルゴスの脳に電撃が走った。

 ナザリック地下大墳墓はユグドラシルのヘルヘイムから、理由は不明だがこの世界に転移してきた。

 つまり、ギルドホームである()()()()()()()()()()()()()と、既に実証されている。

 

 

(なんという常識破りの発想…… これが普通の人間に出来る発想なのか!? あ、あり得ない。明らかに普通ではない…… モモンガ様のように洗練されていないとはいえ、流石はネム様。まったく、末恐ろしい方だ……)

 

 

 完全に盲点だった。

 この発想にある種の恐怖すら感じ、顔に一筋の冷や汗が流れた。

 これはデミウルゴスだけでなく、同等の知能を有するアルベドでも思いつかなかっただろう。

 

 

「……デミウルゴスさん?」

 

 

 拠点を防衛するために生み出された自分達では、拠点そのものを移動させる事など絶対に辿りつかないアイディアだ。ましてやこのナザリックを丸ごと動かすなど、誰が考えつくというのだ。

 

 

「あのー、デミウルゴスさーん?」

 

 

 この方法ならば、創造主より与えられたナザリックの守護という使命を放棄する事なく、その上で至高の御方を探しに行ける。

 自身の存在意義を保ったまま、創造主の手伝いにも行ける。なんと素晴らしい事か。

 

 

「もしもーし、聞こえてますかー?」

 

 

 万が一創造主達が既に亡くなっていたとしても、最後に死んだ世界を見つけ出せばいい。

 その世界で蘇生魔法を行えば、成功する可能性もかなり高まるはずだ。

 

 

「……フフフ、フハハハハっ!! 素晴らしい!! ありがとうございます、ネム様。おかげで私のやるべき事がはっきりいたしました」

 

「ど、どういたしまして?」

 

「少々急用が出来ましたので、失礼させていただきます」

 

 

 一点の曇りもない、実に晴れ晴れとした気分である。

 思わず優雅さに欠ける笑い声を上げてしまったが、今のデミウルゴスにそんな事を気にする余裕はない。

 異世界へ転移する方法。ギルドホームを移動させる方法。他にも研究すべき事は山のようにある。

 

 

(モモンガ様からあれだけヒントを頂いておいて、この体たらく…… これ以上お待たせする訳にはいかない。一秒でも早く計画書を作り、モモンガ様にお見せしなければ!!)

 

 

 デミウルゴスは感動でスキップしたくなる衝動を抑えながら、足早に自身の守護する階層に戻っていった。

 

 

 

「……結局、今のクイズの正解ってなんだったんだろう?」

 

 

 この場に取り残されたのは、状況を全く理解出来なかったネムただ一人。

 少女は疑問に満ちた声をぽつりと漏らしたが、それに応えてくれる者は誰もいなかった。

 

 

 




聖女クレマンティーヌならぬ、聖人ンフィーレアの誕生です。
でもンフィーレアの出番が今後もあるかは不明です。

無茶ぶりな研究を任せても、彼ならきっとやり遂げるに違いない。
そんな謎の信頼を感じさせる忠臣デミウルゴスでした。




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幕間 悪魔の肯定と否定

前回のあらすじ

「依頼は完了した」
「お家ごと持っていけばいいんだよ」
「なんという常識破りの発想……」

今回はほったらかしていたナザリック側の話と王国の話です。
残念ながらネムの出番はありません。



 ナザリック地下大墳墓の最深部、第十階層にある玉座の間。

 この場に集められたのは、至高の四十一人によって創り出された主要な役割を持つNPC達。

 彼らは全員片膝をついたまま、ナザリック最高支配者の言葉を粛々と待っていた。

 

 

「――さて、我らがこの地に転移してから早数ヶ月…… お前達の働きによって、ナザリックは今日まで平穏を保つ事が出来ている。まずはその事に感謝しよう」

 

 

 威厳と優しさの両方を感じさせるモモンガの言葉に反応し、感動で息を呑む音が周囲のシモベからは聞こえてきた。

 

 

「ナザリック最高の智者であるデミウルゴスよ、前へ」

 

「はっ」

 

「今のナザリックは当初の計画通り、順調に事を進めている。だが、将来的な事も見据え、今一度、現在の状況を皆に分かりやすく語れ」

 

 

 頼りになる男を側に控えさせ、モモンガは伝家の宝刀を抜いた。

 とりあえず順調とは言ったものの、実はただの予想である。

 なんなら「当初の計画って何だったっけ?」と、ここ最近ネムとの冒険に夢中だったモモンガは、数ヶ月前の事など完全にうろ覚え状態だ。

 

 

「まずは既に完了した計画からだ。質問がある者はその都度挙手せよ」

 

「畏まりました――」

 

 

 だが、デミウルゴスに色々丸投げした事は記憶にある。何かしらやっているのは確実のはずだ。

 

 

(よし、自然に流れは作れた。後はデミウルゴスに任せればいけるはずだ)

 

 

 モモンガは玉座にもたれながら、後はこのまま話を聞くだけだと、ほっと一息。

 実はこの場はモモンガが支配者としての威厳を損ねないように「今何やってるの?」と、部下に確認するために設けたものだ。

 

 

(こういった会議は定期的にやらないとな。デミウルゴスが今何をやっているのか、正直全然把握しきれてないし)

 

 

 任せた相手がデミウルゴスである以上、大きな失敗をしているとは思っていない。

 流石に何か問題が起こっていれば、デミウルゴスなら自分に報告してきたはずだ。

 ――全ての報告書にちゃんと目を通せている自信はないが。

 

 

(はぁ、部下のプロジェクトも管理出来てないなんて…… 俺、上司として失格だなぁ)

 

 

 仮に何か失敗していたとしても、許可したのは自分である。

 そのためモモンガはよほどの事がない限り、デミウルゴスを責める気は微塵もなかった。

 

 

「――諸君。恐怖公達の働きによって、王国、帝国での情報網の構築が終わった。今後も随時拡大予定だが、人間国家の全ての情報はこれから少しずつ集まってくるだろう」

 

 

 デミウルゴスが今説明しているのは『G情報網』についてのはずだ。

 モモンガは以前になんとなくだが、大量の計画書と共にそのタイトルの資料を見た覚えがある。

 

 

(あー、なるほど。確かに恐怖公の眷属なら見つかっても違和感ないし、諜報員としては最適か。死んでも替えは効くし、コストも大して掛からないからな)

 

 

 情報の精度や伝達方法は気になるが、デミウルゴスが報告してくるくらいだから大丈夫なのだろう。

 

 

「また、皆の協力によって各国の財を秘密裏に奪取し、向こう一年間のギルド維持費を用意する事が出来た!!」

 

「ん?」

 

「短期間に同じ手は使えないが、一時凌ぎとしては十分な成果と言えるだろう」

 

 

 思わず自分が挙手しそうになった。

 ――こいつ、今なんて言ったんだ?

 誰か代わりに質問してくれる者はいないかと、周りのシモベ達の顔を見渡したが、彼らは全員内容を理解しているようだ。

 いきなり自身の想定からは外れた事態である。

 

 

(うわぁ…… 敵対者は出来るだけ作らないようにって伝えてたから、そういう事なんだろうなぁ。バレなきゃ敵は増えないとか、流石はカルマ値マイナスの集団だよ……)

 

 

 この場に集ったNPC達からは、やり遂げましたオーラが出ており、頑張りましたと顔に書いてある。

 モモンガは自身に存在しないはずの胃が、一瞬だけ痛むのを感じた。

 

 

「さらに、半永久的な換金が可能となるアイテムを発見した。とはいえ、あの酒は換金効率が良いとは言えない。一日毎に生み出せるユグドラシル金貨は少量だ…… 今後も同様のアイテム、資源となるものは探し続ける必要があるだろう」

 

(ナザリックを守るために多少の事は仕方ない。でも、お前らいつの間にそんな事してたんだよ……)

 

 

 精神の鎮静化が発動しない――絶妙な驚きの連続で、モモンガは少し焦りが募った。

 これは自分が予想していた以上に、ナザリックの事を把握出来ていないのではないだろうか。

 この会議を開く前に資料にはざっと目を通しなおしたはずだが、膨大な量だったため、かなりの見落としがあるらしい。

 やはり支配者らしいポーズと台詞、判子を押すのだけ上手くなっても駄目なようだ。

 

 

「そして一つ、謝罪しなければならない事もある……」

 

 

 今までの誇らしげな報告から一転。

 デミウルゴスの表情が硬くなり、これから切腹を始める武士のような顔付きに変わった。

 ついでにモモンガの存在しないはずの胃も、再びキリキリと痛み始めた。

 

 

「私は以前、君達にモモンガ様の主なる目的は『世界征服』であると伝えたね。それは間違いだった…… 誠に申し訳ありません、モモンガ様」

 

「は?」

 

 

 土下座する勢いで深く頭を下げるデミウルゴス。

 ――自分の目的がいつの間にか世界征服だと思われていた。そして部下はそれが勘違いだったと気がつき、決死の覚悟で謝罪している。

 うん、これは不味い。思考が追いつかなくなってきた。

 

 

「――あ、いや、許す。お前にはこれまでの数々の功績がある。勘違い程度の些細な失敗など、お釣りが来る程だ。それに損害があった訳でもあるまい?」

 

「ですが私の功績など、今回の失態に比べれば……」

 

「よい。失敗は誰にでもある。重要なのはその失敗から何を学ぶかだ。お前は自らの間違いに気がつき、自分から正そうとしている。その姿勢は素晴らしい事だ。私はその行いを評価しよう」

 

 

 真面目なデミウルゴスの日々の頑張りは、上司として正当に評価すべきだろう。

 ――割と頻繁に主人を押し倒して、謹慎をくらっている妹推しのNPCもいるくらいだし。

 デミウルゴスは成果も十分に挙げているので、その程度は許容範囲内の失敗である。

 ネムの勉強も時々見ているようなので、過労死しないか心配なくらいだ。

 

 

(散々企業に文句を言ってた仲間たちが作ったのに、どうしてみんな社蓄属性が強いんだろう……)

 

 

 というか、ナザリックが全体的にブラック企業すぎて怖い。二十四時間フルで働きたいと望むNPCしかいない。

 ホワイト企業を目指すために、どうにかして休ませる方法を考えなければ――

 

 

「これ程の慈悲を頂けるとは…… ありがたき幸せ。このデミウルゴス、更なる成果をもって、今回の汚名をそそぐ所存でございます」

 

 

 ――なんて、別の事を考える余裕は微塵もなかった。

 なんとかしてこの場を凌がなければならない。

 

 

「うむ。私はお前の全てを許そう、デミウルゴス。皆も異論はないな?」

 

 

 とりあえず大仰に頷きながら、周りにも一応の確認という名の釘を刺す。

 ――主人の意を誤って汲み取った臣下を、慈悲深いモモンガ様は簡単にお許しになられた。

 そんな感動的な雰囲気が場を支配しているが、当の主人は絶賛テンパり中である。

 

 

(世界征服とか、一体どこからそんな話になってたんだよ!? ――ふぅ。あ、危なかった…… 本当に会議を今やっといて良かった)

 

 

 モモンガはこれ以上周りから突っ込まれる前に、上位者権限で強引に話を終わらせただけだ。

 あまり使いたくはないし、褒められた手ではないが、それくらい焦っていたのだ。

 

 

「では、改めてモモンガ様の真意を伝えさせて頂きます。それは――」

 

 

 しかし、精神の鎮静化が発動し、落ち着きを取り戻したのも束の間――

 

 

「――この世界に留まらず、全ての異世界を制覇する事です!!」

 

 

 ――どうしてそうなった。

 間違いを認めたはずのデミウルゴスが、更なる爆弾を投下してきた。

 日本語のはずなのに全く頭に入ってこない。

 

 

(……いせかいをせいはする? 異世界を制覇するだと!?)

 

 

 何故だ。モモンガは本当に心当たりが浮かばなかった。

 にもかかわらず、世界征服よりも計画の規模が遥かに大きくなっている。

 もはや凡人である自分の能力では処理出来ない。完全にお手上げだ。

 

 

「全ての異世界を制覇した暁には、我らがナザリックは真の栄光を取り戻す――」

 

 

 デミウルゴスから発せられたのは、希望に満ちた意味ありげな言葉。

 

 

「――この意味が分からなかった愚か者はいないな?」

 

 

 大きな野望を抱いた悪魔の挑戦的な笑み。

 待ってましたと言わんばかりに、周囲のNPC達は歓喜の表情で頷いた。

 

 

「……え?」

 

 

 ただ一人分からなかった愚か者は、間抜けな声を上げるしかなかった。

 ――表情のないアンデッドで本当に良かった。

 今日の会議の中で、自身の驚いた声が一度もNPC達に聞かれなかったのは奇跡である。

 骨の身でなければもう何度醜態を晒した事かと、自身の種族に心から安堵したモモンガであった。

 

 

(待て待て待て。どうして悪化してるんだよ!? 歴史上の偉人ですらそんな野望持ってなかったぞ。しかもみんな嬉しそうだし、俺にも分かるように教えてくれよ……)

 

 

 おそらく彼らの様子から、既に自分以外にはある程度の情報共有が行われていたらしい。

 つまり、引くに引けない状況。

 もしここでモモンガが間違いだと言おうものなら、デミウルゴスがどれだけ過激な自害を申し出ることか。

 

 

(制覇するって、具体的に征服するのと何が違うんだ? そもそもデミウルゴスは一体何を勘違いして……)

 

 

 それに彼らの喜びようからして、無理やり中止させれば全てのNPCが相当なショックを受ける事だろう。

 ここはさり気なくデミウルゴスの真意を引き出し、計画を修正するなり延期するなり手を打つ必要がある。

 

 

「ふむ。流石はデミウルゴス。よくぞ私の真意を見抜いた。……あの時に気がついたのだな?」

 

「そうでございます」

 

「あ、あの時なんだな?」

 

「そうでございます」

 

(どの時だよ!!)

 

 

 ――誘導失敗。

 返ってきたのは笑顔の肯定のみだ。

 デミウルゴスが何故その結論に至ったのか、モモンガは全く手掛かりを得ることが出来なかった。

 

 

 

(くっ、まだだ!! 勤続十年以上の元営業マンを舐めるなよ!!)

 

 

 しかし、ここで諦める訳にはいかない。

 モモンガはリアルで培った営業マンのトーク術を駆使して、何としても情報を引き出そうと再度会話を試みる。

 

 

「あー、デミウルゴスよ。異世界を制覇するというのは、難しいことだな」

 

「全くもって、その通りでございます」

 

「あれが難題だな」

 

「その通りでございます」

 

「あ、あれも困難だな?」

 

「その通りでございます」

 

(だから詳細を言えよ!!)

 

 

 返ってきたのは満面の笑みだけだ。

 ――こいつ、本当は分かっててやってるんじゃないだろうな。

 モモンガはこの世界に転移した直後以来、初めて彼らの忠誠心を疑ってしまい、不甲斐ない自分を恥じた。たとえそれが一瞬だとしても、主人である自分が彼らを信じないのは間違っている。

 これ程尽くしてくれているNPC達が、自分を裏切る訳がない。

 今も興奮した犬の様に、ブンブンと尻尾を振っているデミウルゴスなら尚更だ。

 

 

「それで…… お前は何を優先すべきだと思う?」

 

「複数のアプローチが考えられますが、まずは拠点に関する研究から始めるべきかと」

 

「そうだな……」

 

 

 モモンガは相槌を打ってみたものの、既に異世界を制覇する事との関連性が分からない。

 拠点の事なんか関係ないだろうとすら思っていた。

 

 

「――故に、私は『ナザリック移動要塞化計画』を提案いたします!!」

 

(い、移動要塞化計画だと!?)

 

 

 悪魔の心地の良い低音ボイスが玉座の間に響き渡り、他のNPC達をこぞって興奮させている。

 ――魔王は部下の心が分からない。

 これが一体感のある空気という物なのだろう。

 そして、これが疎外感という物なのだろう。

 

 

「念のため説明しておくが、全ては当初からモモンガ様がお考えになられていた事だよ」

 

 

 ――計画の責任は俺が取るって言ったけど、そういう事じゃないんだけどなぁ。

 悪魔のこれでもかというオーバーキル。

 より一層強くなる周囲からの尊敬の眼差し。

 モモンガの頭の中は真っ白になった。

 

 

(どこの誰だか知らんが、そのモモンガ様って奴は凄いなー)

 

 

 物理的に刺さってるんじゃないかと思う程の視線に晒されながら、モモンガはぼんやりと考える。

 

 

「これはナザリックの防衛力強化にも繋がる計画です。安全な研究のためには他のギルド拠点を探し出し、サンプルとして確保する必要があります。ですが、それはまだ時期尚早でしょう」

 

 

 賢いと思っていた部下は、一周回って馬鹿なんじゃないだろうか。

 そう、中二病という奴だ。難解な言葉を使いたくなるお年頃なのだろう。

 その証拠に、デミウルゴスは今も訳の分からない呪文の詠唱を長々と続けている。

 

 

「手始めにユグドラシルには存在しなかった技術、知識を現地から収集し――」

 

 

 デミウルゴスの生みの親は中二病の化身みたいな男だったし、きっとそうに違いない。

 

 

(蛙の子は蛙か。ウルベルトさんも魔法を放つ時の詠唱にはこだわってたもんなぁ……〈大厄災(グランドカタストロフ)〉を撃つ時なんか、特に長かったし)

 

 

 止まらない悪魔の熱弁。

 自身に突き刺さる期待感。

 繰り返される精神の鎮静化。

 

 

「今後の作戦の候補としては、『ATM』、『フェイクドラゴンロード』などを予定しております」

 

「うむ。期待しているぞ」

 

 

 モモンガは玉座に体を預けつつ、姿勢だけは支配者らしさを維持し続けていた。

 この精一杯の演技が、自分に残された唯一の防波堤である。

 しかし、それも気を抜けばあっさりと崩れてしまいそうな、非常に危ういものだ。

 

 

(落ち着け、落ち着くんだ俺。素数を、いや、ネムを思い出すんだ)

 

 

 モモンガは小さな友の姿を思い浮かべ――現実逃避――もとい、ゆっくりと心を鎮めようとする。

 

 

『――モモンガなら出来るよ!!』

 

 

 いや、どう考えても無理だろう。

 概要も分からない作戦名とかバンバン出てきてるし。本当に自分が承認した内容であるのかすら自信がなくなってきた。

 うん、これは手遅れというやつだ。

 

 

(今度は冒険じゃなく、普通にナザリックに招待してネムと遊ぼうかな……)

 

 

 最低限ナザリックの仲間達が無事であり、ギルドを維持出来ればそれでいい。

 自分より遥かに賢いデミウルゴスなら、きっと上手くやってくれるはずだ。

 

 

「お任せください、モモンガ様。まずは三年以内に、資金問題は完璧に解決して見せましょう」

 

(もう何やらかすのか確認するのも怖いな。はぁ、癒しが欲しい……)

 

 

 偉大なるナザリックの主人は考える事をやめた。

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国の首都にある王城――ロ・レンテ城。

 歴史を感じさせる円形の城壁に囲まれた、王都の最奥に位置する城である。

 国王のランポッサ三世を始めとし、第三王女であるラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフなどの王族のための住居だ。

 

 

「そろそろ来てくれるかしら……」

 

 

 美しい月が夜空を彩る時間帯。

 自室の窓を大きく開け放ちながら、ラナーはある存在が現れるのを待っていた。

 

 

(あちら側も私という存在には気付いているはず。後は最初の接触の際に、どれだけ自分の能力をアピール出来るか)

 

 

 ――可愛い子犬を永遠に鎖で繋いで飼いたい。

 ――愛する者と二人だけの世界を完成させたい。

 そんな自身のささやかな夢を叶えられる力を持つであろう存在を。

 

 

(初めて表に出たのは辺境の村。最近は各国で資源の収集を行っていた。つまり集団で動いているのは確定。組織力はかなりの高水準。軍事力は最低でも帝国の二倍はあるはず。これまでの行動から導き出される彼らの目的は――)

 

 

 自身が城の外に出る事はなくとも、貴族がスパイとして利用している使用人や、偶に会いに来る便利な冒険者から、自然と多くの情報は集まってくる。

 一つ一つが些細な情報でも、それらを正しく繋ぎ合わせ、真実を見極める事は自分にとって難しくはない。

 

 

(――王国と帝国の支配)

 

 

 ラナーは自身の辿り着いた答えが正解だと、確信めいたものを持っていた。

 そして、自分の能力が十分交渉材料になりうると判断していた。

 

 

「……やれやれ。下等生物のする事は理解に苦しみますね」

 

 

 開けていた窓の側に、唐突に何者かが降り立った。

 月明かりが逆光となっているが、その姿形はハッキリと見えている。

 

 

「――御方の持ち物である夜空に向かって何を願う、人間?」

 

 

 仮面で顔を隠しているが、発せられた声は一般的な人間同様に聞き取れる。

 その体型は成人男性に酷似しており、服装も赤いストライプのスーツと、珍しくはあるが一見すると普通の男性にも思える。

 しかし、その背にある蝙蝠の様な皮膜付きの羽と、腰の辺りから生えた銀色の尻尾が人ではない事を証明している。

 自身の持つ知識から判断するに、おそらく亜人種ではなくモンスターの類――上位の悪魔だろう。

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 目の前に現れた人外に向けて、ラナーは落ち着いてお辞儀をした。

 人ではない存在に通じるかは分からないが、理知的な雰囲気を感じさせる笑みも浮かべて見せた。

 並大抵の男なら間違いなく好意を抱く、とびっきり魅力的な表情のはずである。

 

 

「君が随分とわざとらしくメッセージをばら撒くものだから、一度だけ確認しておこうと思ってね。えらく自信があるようだしね」

 

 

 だが、目の前の存在にはまったく通用しなかったようだ。性別は男性だと思うが、相手の声に動揺は見られない。

 

 

「わざわざお越しいただき感謝いたします。お時間を取らせるのも申し訳ないので、早速本題に入りますね」

 

 

 国内外に向けて発信した政策などから、目の前の人外は自分の意図を正確に読み取った。

 少なくとも彼らの仲間の内の誰かが、自分の意図を完璧に看破した。

 だからこそ自分に接触しに来たのだろう。

 

 

「この国の全てを献上いたします。代わりに私のささやかな願いを叶えて欲しいのです。その方法として私は――」

 

 

 勝負はここからだと、ラナーは脳をフル回転させて売り込みを始めた――

 

 

「――そして、貴方達は王国を手に入れる。もちろん王国の掌握が完了した後も、可能な範囲で私もお手伝いさせていただきますわ」

 

 

 時間にして五分ほど。

 ラナーは自分の力が必要かつ、簡単に王国を手に入れられる方法を説明した。

 こちらが話している間、目の前の人外は時折相槌を打ちつつも、静かに聞いているだけだった。

 

 

(この提案が理解出来ない愚者じゃなくて良かった…… それに反応も悪くなかった。これならいける!!)

 

 

 初めて対峙する自身と同等の知能を有する存在。恐ろしくもあるが、自分の能力をアピールする相手としては申し分ない。

 

 

「悪くない案だと思いますが、どうでしょうか?」

 

「……なるほど。君の言いたい事は理解しました」

 

 

 確実にメリットを、自分の価値を伝えることが出来たはずだ。

 ラナーは相手の了承の返事を想像し、僅かに口角が上がりそうになり――

 

 

「期待外れですね」

 

 

 ――しかし、返ってきたのは落胆だった。

 

 

「……え?」

 

「所詮はその程度ですか。まぁ、あの子のような逸材は滅多にいないと分かってはいましたがね」

 

 

 確かな手応えを感じていただけに、ラナーは動揺を隠しきれなかった。

 

 

「な、何が足りないのでしょうか。王国を手に入れるのに、これ以上の作戦はないと思うのですが……」

 

「君の作戦はある程度の頭があれば、当たり前に到達する考えだ。言い換えれば、私でも似たような事は出来ます。――君の知恵程度、我々にとって希少でも何でもない」

 

 

 ありえない。

 これまで絶対の自信を持っていた自身の頭脳が、とるに足らない物だと一蹴された。

 自分の考えを理解できない周りの愚物にではなく、自身と同等の知能の有する目の前の存在にだ。

 

 

「君の作戦は効率的ではあるが、特に驚くような発想もありません。可能性も魅力も感じない。ましてや、至高の答えには到底届いていませんね」

 

 

 この言い方は虚勢ではない。

 この智者は知っているのだ――自身の遥かに上をいく智謀の持ち主を。

 仮面で顔が見えなくても分かった。これは完全に嘲笑されている。

 

 

「そもそもですが、君は我々が望む物を履き違えている」

 

 

 分からない。

 自分は一体何を読み間違えた。

 どこで判断を誤った。

 

 

「そんな…… 貴方達は王国を、帝国を手に入れるために動いていたのではないのですか?」

 

「籠の中の鳥というのは視野が狭いですね。国の一つや二つ、我々にとっては御方が望めば即座に献上出来る程度の価値しかないよ」

 

 

 分からない。

 どうすればいい。

 どうすればこの状況を切り抜けられる。

 

 

「まったく、無駄な時間を取らせてくれたお礼はどうしましょうか。おっと、そろそろ君の大事な子犬とやらが来る時間かな?」

 

「っ!?」

 

 

 分からない

 怖い。恐い。コワイ。

 とるに足らないと断じた自分の弱みを、相手は完全に調べてきている。

 

 

「君はこの国を肥え太らせなさい。私達が資源を奪うに値する国であり続ける限り、君と君の可愛い子犬の命は保証してあげよう」

 

「あ、あぁ……」

 

「それすら出来ないのなら、この国にはなんの価値もありはしない。――君自身にもね」

 

 

 黒い何かが相手の影から飛び出し、自分の影に入り込むのが見えた。

 目の前の人外は知能を抜きにしても、圧倒的に強者のはずだ。

 それなのに――

 ――相手を完全に下等生物と見下して尚、油断や慢心が微塵も感じられない。

 

 

「ああ、そうそう。最後に私の名前を教えてあげよう。私の名はヤルダバオト、しがない悪魔だよ」

 

 

 力の差を見せつけられた上で、一方的に要求を飲まされた。まさに悪魔の所業だ。

 許さない。こいつは自分とクライムの両方を馬鹿にしている。自分とクライムの世界を壊しかねない存在だ。

 目の前の悪魔はいつか絶対に消してやる。どんな手を使っても。

 殺す。殺す。絶対に、殺して――

 

 

「君のお友達に私の討伐を依頼してみるかい? ――『蒼の薔薇』程度の実力じゃ、何百チーム集めても無駄だがね」

 

 

 ――ふざけるな。

 弱者に対して油断しない強敵など、悪夢以外の何者でもない。

 その上で人類最高クラスの強者――アダマンタイト級の冒険者を敵とすら思っていない。

 

 

(これが敗北……)

 

 

 飛び去っていく悪魔をぼーっと眺めていたが、根本的な解決策が何も思い浮かばない。

 ラナーは生まれて初めて、完全な敗北というものを味わっていた。

 何も、本当に何も出来なかった。

 

 

「クライム、クライムとの生活だけは守らなきゃ……」

 

 

 今の自分に出来るのは、悪魔の望む通りに働き、死なない様に立ち回る事だけだ。

 悪魔が去ってから数分と経たず、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。

 

 

「――夜分遅くに失礼いたします。……ラナー様? ラナー様っ!? ど、どうされたのですか!?」

 

 

 クライムが部屋に入ってくるのと同時に、ラナーは膝から崩れ落ちてみせる。

 駆け寄って来たクライムに抱きつき、その慌てぶりにほんの少しだけ落ち着くことが出来た。

 

 

「クライム…… 貴方はずっと私の側にいてくれますか?」

 

「ラナー様? ……はい。勿論です。私の忠誠は永遠にラナー様お一人に捧げております」

 

 

 少年の体に腕を回して抱きつく少女。

 クライムが抱き返してくれない事に、ラナーは僅かに不満を感じる。

 しかし、改めて決心もついた。まだ自分は死ぬわけにはいかないと。

 

 

「ありがとう、私のクライム……」

 

 

 クライムからは見えていないその表情――ラナーの瞳は、どろりと暗く濁っていた。

 

 

 

 

おまけ〜救国の魔女〜

 

 

「お兄様、単刀直入に言います。王になってください」

 

「はぁ?」

 

 

 朝早くから腹違いの妹に呼び出された第二王子、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフは、いきなり冷や水をぶっかけられた気分だった。

 

 

「妹よ、何の冗談だ?」

 

「冗談ではありません。この国はとんでもない存在に目を付けられました。早急に国全体の生産性を上げなければ滅びます」

 

「なんだと!?」

 

 

 ザナックはラナーが用意した紅茶にこれでもかと角砂糖をぶち込み、それを一息に飲んで一旦気持ちを落ち着かせた。

 

 

「……『八本指』が大きく動くのか?」

 

「そんな小悪党ではありません。彼らは文字通りこの国を滅ぼせる化け物です」

 

「化け物のお前がそこまで言う相手か」

 

 

 妹の冗談とは思えない様子に、思わず吐き気がこみ上げてくる。

 あの『八本指』を小悪党と言い切れる相手、どれほどの化け物だというのだ。

 

 

「彼らは資源を望んでいます。だから直ぐにでもこの国を豊かにしなくてはならないのです」

 

「国を豊かにしたいという願いが、ここまで汚く聞こえたのは初めてだよ。つまりこの国はそいつらにとっての牧場か」

 

「はい、その通りです」

 

 

 ニッコリと笑う妹の笑顔に、これ以上ない程の寒気を感じる。

 この国の未来が真っ暗だと思うと、本当に頭が痛くなってきた。

 

 

「もう一人の兄はどうするつもりだ? あんな馬鹿でも第一王子だぞ」

 

「バルブロお兄様の事なら心配いりません。数日以内に()()()しますから」

 

 

 これが『黄金』と称えられる王女の素顔とは、我が妹ながら恐ろしい。

 その顔を直視しているだけで、吐き気も頭痛も酷くなってきたように感じる。

 

 

「……分かったよ。お前の話に乗ってやる。どの道この国を存続させるには、表向きだけでも豊かにしないと無理なのだろう?」

 

「ご理解頂けたようで安心しました」

 

 

 ザナックは元より王位を狙っていた。

 だがそれは権力欲といった野心ではなく、兄が王になったらこの国は終わりだと思っていたからだ。

 

 

「ふんっ、断ったら俺も数日後には事故死してたんだろうが」

 

「そんなまさか――」

 

 

 国を守るために嫌々妹の手を取る事を決心したザナックを、クスクスと笑うラナーのどろりと濁った瞳が射抜く。

 

 

「――今、死んでもらうつもりでしたよ?」

 

「え?」

 

「断られなくて本当に良かったです。お兄様、これをお飲みください。解毒薬ですよ」

 

 

 ザナックは差し出された薬をひったくると、急いで口の中に流し込む。

 吐き気や頭痛は治ったが、寒気だけは変わらなかった。

 

 

「お、お前……」

 

「さぁ、お兄様。一緒にこの国を豊かにいたしましょう――」

 

 

 ――数日後、リ・エスティーゼ王国の第一王子の訃報が国中に広まった。

 死因は落馬による転落死であり、誰がどう見ても疑う余地の無い、完璧な事故死であったそうだ。

 息子の死に心を痛めたランポッサ三世は体調を崩し、そのまま王位を第二王子であるザナックへと譲った。

 

 

「誇り高きリ・エスティーゼ王国の民たちよ。私はここに新たな王として宣言する。私の目的はただ一つ、この国を豊かにし、お前たちに安寧をもたらそう!!」

 

 

 王となったザナックは精力的に働いた。

 各派閥の私利私欲の混じった思惑には一切乗らず、ただひたすらに国を豊かにする政策を実現し続けた。

 税率は下げたが、産業の効率と生産性を向上させ、結果的に全体から取れる税収の総額を増やして見せた。今後も農業の収穫量など、全てにおいて増えていく見込みだ。

 

 

「この国には化け物が潜んでいるからな…… 生きるため、国を豊かにするためには休めんよ」

 

「ええ、その通りですね。お兄様」

 

 

 そしてそんなザナックの参謀として、知恵を貸していたのが妹のラナーである。

 国は見違えるように良くなったはずだが「化け物が潜んでいる」――この言葉は王となったザナックの口癖となっていた。

 

 

 

「お兄様、それ以上太られては早死にしますよ? 今死なれると私がクライムと過ごせる時間が減るので、健康には気をつけてください」

 

「数少ない私の楽しみなんだ。食事くらい自由にさせろ。それに取られる以上に増やせばいいと言ったのはお前だろう」

 

「それは国を豊かにする話であって、食事の話ではないのですが…… それにお兄様の食べ物は誰にも取られてませんよ」

 

「食べ物の代わりに神経をすり減らしているんだよ。どっかの化け物のせいでな」

 

「あらあら、可哀そうなお兄様。紅茶でも飲んで落ち着かれてはどうですか?」

 

 

 

 働き詰めのストレスの影響か、前から豚のように太っていたザナックだったが以前にも増して食事をとるようになった。甘い物に至っては仕事中、ほぼ常に食べ続けている程だ。

 しかし、逆に一切口にしなくなった物もある。

 

 

 

「――紅茶など二度と飲むものか」

 

 

 元々ザナックは紅茶を好まなかったが、もてなしに出された際はマナーとして飲んでいた。

 しかし、彼は王となってから、一度も紅茶と角砂糖を口にしなくなったそうだ。

 

 

 




モモンガ様とデミウルゴスの「あの時だな?」「そうでございます」のやり取りが非常に好きです。
ラナーはプレゼンに失敗したので、ナザリックのために無償で働くことに。比べられる相手が悪かった……
ネムのおかげでデミウルゴスの人間に対する慢心が消えているので、ラナーは付け入るスキすら見つけられないほぼ詰みの状態です。
なのでザナックと二人で頑張って国を豊かにしてくれてます。




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お友達からのご招待

前回のあらすじ

「ナザリック移動要塞化計画だと!?」
「一つ目のATMゲットです。やはりネム様程の人間は中々いませんね」
「悪魔との交渉に失敗しました……」
「妹に毒を盛られた」

今回はエモット姉妹のほのぼの回です。


 エンリ・エモットにはある疑問があった。

 それは妹が日頃からお世話になっている――自分達家族や村の大恩人でもある――モモンガについてだ。

 

 

「モモンガの住んでるとこは広いんだよ。今日はね、一緒に家の中で雪合戦をしたの!!」

 

「へぇ、雪かぁ。楽しそうだね」

 

「うん、冷たくて楽しかったよ。かまくらは作ってないけど、元からいっぱいあったよ」

 

(アゼルリシア山脈の近くに家があるのかな。――あれ、家の中? 近くの間違いだよね……)

 

 

 ネムはモモンガと一緒に冒険者として活動するだけでなく、時々モモンガの家に招かれている。

 そして、帰って来たらその日の出来事を、いつも楽しそうに語ってくれていた。

 しかし、仕事の合間や寝る前などに話す事が多いため、そう長い時間聞いてあげられる訳でもなかった。

 

 

(ごめんね、ネム。お父さん達も私も、ちゃんと時間を作ってあげられなくて……)

 

 

 あの事件以来すっかり『いい子』になってしまい、家族に甘える事のなくなった妹。

 それどころか家族の役に立とうと無理をしている雰囲気があり、我が儘も弱音も言わなくなった。

 たとえ夜中に悪夢で魘されても、一人でじっと我慢していた事があったくらいだ。

 だが幸いと言うべきか、そんな妹にもモモンガという心の支えがある。甘えるのとは少し違う感じだが、モモンガに対しては友達として気兼ねなく接する事が出来ているようだ。

 

 

「モモンガの家にはね、森があるんだよ。こんな太くておっきな木があって、その中がお部屋になってるの!!」

 

「木がお家になってるんだ。見てみたいかも」

 

「素敵な家だったよ。あと、大っきい犬? 狼かな? とにかく、モフモフしたのも沢山いたよ。アウラお姉ちゃんが飼ってるのを見せてもらったんだ」

 

「ペットが飼えるなんて、やっぱりモモンガさんの家は裕福なんだね」

 

「住んでる場所はお友達と一緒に作ったって言ってたけど、たぶんお金持ちだとは思うよ?」

 

(……あれ、家に森がある? 森に家があるの聞き間違いだよね。ログハウスでも建ててるのかな。森に住むなんて危なそうだけど……)

 

 

 今はまだ村の復興に忙しく、両親も自分も日中はあまり構ってやれない。

 ネムが冒険に行っている日もあるので、落ち着いて話せる時間は本当に限られている。

 しかし、モモンガとの出来事を話す時、妹は屈託なく――家族を気遣うために見せる作られた笑みではない――笑っている。

 その時だけは以前の天真爛漫なネムに戻っているようで、両親も自分も嬉しく思っていた。

 

 

「今日はね、モモンガの家の湖を見せてもらったの」

 

「良かったね、ネム。私は湖って見たことないなぁ――ん、家の?」

 

「凄かったよ。この家より大っきなゴーレムさんが沈んでたの!!」

 

「ゴーレム!?」

 

 

 ――だが、話の内容が理解出来ない。

 より正確に言えば、ネムの話す内容が毎回変わっていて、モモンガの家がどんな所かイメージ出来ないのだ。本当に謎の多い方である。

 

 

(……家の湖って言い回し、よく考えたら変じゃない? なんかおかしくない? 家より大きいゴーレムってどういう事!?)

 

 

 モモンガの人柄を考えると、ネムに危険が及ぶような事はしていないと思うが、一体どんな様子で遊んでいるのだろうか。

 今のところ分かっているのは、大きな家である事。大自然に囲まれていそうな場所にある事。沢山の部下と一緒に住んでいる事くらいだ。

 

 

「――ねぇ、ネム。モモンガさんってどんなところに住んでるの?」

 

 

 村の復興も僅かながら軌道に乗り、少しだけみんなの心にも余裕が出来てきた頃。

 迷いに迷ったエンリはある日の午前中、自分からストレートに聞いてみた。

 

 

「うーん、お城?」

 

「お城!?」

 

「でもお城じゃなくて、お墓だって言ってたかな」

 

「お墓!? ――あ、そっか。モモンガさんってアンデッドだから?」

 

 

 エンリはモモンガの正体が骸骨であるという事実を久しぶりに思い出した。

 それを意識しないのも無理はない。村で見かける時は肌の見えない全身鎧かローブ姿であり、ネムと話している様子も非常に人間臭い。

 エンリがちゃんとモモンガの素顔を見たのは、初めて会ったあの日くらいのものだ。

 

 

「どうだろう? 外からだとお墓には見えなかったよ。近くに倉庫みたいなログハウスもあったかな」

 

「ふーん、案外普通な感じなのかな」

 

 

 しかし、アンデッドだから墓地に住んでいるというのは普通なのだろうか。

 以前に聞いた時はキラキラした城だと言っていた気もするが、流石にそれは妹が夢で見た事と混ざっているのだろう。

 

 

「今日も雑草いっぱいかな?」

 

「この時期はすぐ生えてくるからね。栄養が取られないようにしっかり抜かないと」

 

 

 ネムは用事の時間まで仕事を手伝うと言い、エンリと一緒に畑に向かっていた。

 ――その途中、見覚えのある闇が突然二人の目の前に現れた。

 

 

「――ネム、迎えに来たぞ」

 

 

 真っ黒な穴から出てきたのは、素肌を完全に隠す格好をしたモモンガ。

 エンリも慣れてはきたが、地味に心臓に悪い登場方法だ。

 

 

「おはよう、モモンガ!!」

 

「おはよう、ネム。エンリも一緒か。二人で何を話していたんだ?」

 

 

 どうやら今日はネムと約束があったらしい。

 最近は冒険やら遊びやらで良く来るので、今日もと言った方が正しいかもしれない。

 

 

「お姉ちゃん、モモンガの家が気になるんだって」

 

「そうなのか? なら丁度いい。今日はエンリも一緒に、我がナザリックに招待しよう」

 

「い、いえっ!! 私には家の仕事もありますので――」

 

 

 実はアンデッドだという事を忘れてしまうくらい、モモンガは穏やかで気さくな方だ。これも社交辞令ではなく、本心からのお誘いだろう。

 けれど、流石に家にいきなり行くのは悪いと思い、エンリは断ろうとした――

 

 

「――エンリ、折角のご好意だ。仕事は私に任せて行ってきなさい」

 

「そうよ、エンリ。今日くらいお父さんと二人でも何とかなるから。偶にはネムと一緒に過ごしてきなさい」

 

「ちょっと、二人ともどこから聞いてたの!?」

 

 

 ――が、一足先に畑仕事に向かったと思っていた両親がいきなり口を出してきた。

 二人は当たり前のようにモモンガと笑顔で挨拶を交わしているが――偶然忘れ物でも取りに戻って来ていたのかもしれないが――まるで示し合わせたかの様なタイミングの良さだ。

 

 

「今さっきだよ。今年は徴兵もないから少し余裕があるし、本当に問題ないぞ」

 

「お父さんの言う通りよ。最近は税も軽くなったしね」

 

「でも……」

 

 

 それにしても、両親が異様に乗り気なのは不思議である。

 むしろ両親の性格なら、迷惑を掛けないように止める方だと思っていた。

 

 

「エンリにも予定はあるだろうし、無理にとは言わないが…… まぁ、日を改めて招待しても、私は一向に構わないぞ」

 

「無理しないでもいいよ、お姉ちゃん。帰ったらまた教えてあげるね」

 

 

 モモンガの隣で笑っているネムの顔が、一瞬だけ曇った気がした。

 ――そうか、両親は普段寂しい思いをさせているネムのために言ってくれたんだ。

 仮面で表情は読めないが――無くても骨だから分からないけど――モモンガもそれを分かっていて、自分の事も誘ってくれたのだろう。

 

 

「……モモンガさん、やっぱり私もお言葉に甘えていいですか?」

 

「ああ、もちろん歓迎するよ」

 

「やったー!!」

 

 

 妹がとても喜んでいる。

 恩人であるモモンガの家に行くのは少し緊張するが、これで良かったのだろう。

 妹とゆっくり過ごすのは久しぶりだし、モモンガ達に改めて御礼を言う良い機会でもある。

 そのまま笑顔のネムと手を繋ぎ、姉妹揃ってモモンガの家に招待される事になった――

 

 

「――ここがモモンガのお家だよ、お姉ちゃん」

 

「ようこそ、我がナザリックへ」

 

「……え?」

 

 

 モモンガの魔法で転移を何度か繰り返し、瞬く間に辿り着いたナザリックと呼ばれる場所。

 ――これは本当に『大きな家』程度で済まされる物なのだろうか。

 エンリは今、妹に騙された気持ちでいっぱいだった。

 もしかしたら夢を見ているのかもしれないと、自分の意識すらも疑った。

 

 

「あは、あはは……」

 

 

 緻密な彫刻が彫られた巨大な扉が開き、妹に手を引っ張られながらその先へ一歩ずつ踏み出していく。

 モモンガから「ここは第十階層にある玉座の間だ」と告げられたが、もはやエンリの耳には届いていなかった。

 目の前に広がる常識を超えた光景に、エンリは引きつった笑いしか出てこない。

 

 

「あはははは…… こ、これは夢。夢なんですね……」

 

「夢じゃないよ、お姉ちゃん。ほっぺた引っ張ってあげようか?」

 

 

 一糸乱れぬタイミングで聞こえてきた「いらっしゃいませ」の挨拶。

 出迎えてくれたのは一人一人が美し過ぎる容姿を持った、何十人ものメイド達。

 磨き上げられた大理石のような床の上には、豪華な真紅の絨毯が敷かれている。

 そして高過ぎる天井を飾るのは、幾つもの旗と光り輝く高級そうなシャンデリア。

 

 

(ネムのばかぁぁぁあ!! 言ってた事と全然違うじゃない!?)

 

 

 エンリは泣きそうになった。

 自分はちょっと大きなログハウスに行く程度の心積もりだったのだ。

 森や湖などの自然に囲まれている場所を想像していたのだ。

 

 

(どうしよう…… 私、いつもの普段着なんだけど……)

 

 

 断じて、決して、絶対に、こんな神域に招待されるつもりではなかった。

 これならお墓に連れて来られた方が、まだ精神的にマシだったかもしれない。

 

 

「凄いでしょ、凄いでしょ!! もしお姉ちゃんがモモンガのお嫁さんになったら、きっとすっごい玉の輿だよ」

 

「ちょっとネムっ、何を言ってるの!?」

 

「モモンガは優しいし、すっごく優良物件だと思うけどなぁ」

 

「あっはっは、ネムは難しい言葉を知っているんだな。もしそうなったらネムは私の義妹だな」

 

 

 エンリはニタニタと笑う妹に、小さな角と尻尾が生えている姿を幻視した。

 ――小悪魔だ。

 我が妹ながら、とんでもない事を口走ってくれた。

 機嫌良さそうに話している二人は気付いていないのか、それとも自分にだけ向けられているのか。

 ネムが冗談を口にした瞬間から、自分は恐ろしい何かに見られているような気配を感じている。

 

 

(ネム、その冗談は不味かったんじゃないかな……)

 

 

 エンリは恐怖で背筋がピンと伸びていた。

 笑顔で控えているメイドからの視線ではない。獲物を狩るハンターの如き視線に、どこからか狙われている気がする。

 おそらくは嫉妬。それも殺気と思ってしまう程の凄まじい密度の嫉妬心だ。

 不幸中の幸いなのは、モモンガが先程の言葉をちゃんと冗談だと受け取ってくれている事だろう。

 

 

「――さて、立ち話はこれくらいにして、次は第九階層の娯楽施設に案内しよう」

 

「あ、あのっ!! やっぱり私はそろそろお暇させていただきます。え、えっと、私着替えてなくて、働いていたので汚れてて、今も汗臭いかもしれませんし!!」

 

 

 年頃の乙女としては最低の言い訳だ。

 だが、これはある意味まるっきり嘘という訳でもなかった。

 さっきから冷や汗が止まらず、服が湿って体に張り付いている。

 それに今着ている服もあまり綺麗な物とは言えず、こんな場所をこの格好のまま歩くのは自分の精神が耐え切れない。

 高そうな調度品を汚したらと思うと、さっきから気が気ではないのだ。

 

 

「あー、失礼。それは申し訳ない事をした。女性に身支度をする暇も与えずに連れてくるなど、配慮に欠けていたな……」

 

「いえいえ、お気になさらないで下さい」

 

 

 モモンガが紳士的なアンデッドで本当に良かった。これで何事もなく村に帰れる。

 ――ごめんね、ネム。

 妹を一人で置いていくのは心配だが、あれだけ仲良しで何度も来ているなら今回も大丈夫だろう。

 

 

「……お姉ちゃん、帰っちゃうの?」

 

「あはは…… 流石にこんな格好じゃね」

 

「ふむ。それなら――」

 

 

 ネムの顔を見て申し訳なく思ったが、エンリは既にこの家から退散する決意を固めていた。

 妹と過ごす時間は、また別の機会に作ろう。

 妹がお世話になっている事も含めて、恩人であるモモンガ達へのお礼などは、また日を改めてからしっかりとしよう。

 少なくとも私の心の準備が出来てから――

 

 

 

 

 辺りに立ち込める温かい空気と白い湯気。

 室内なのに開放感すら感じられる、豪華で広々とした空間。

 水気を帯びた床は石材が敷き詰められ、上質な桶や椅子が幾つも並べて置かれている。

 そして見た事もない巨大な浴槽に、なみなみと張られた綺麗なお湯。

 

 

「……なんで?」

 

 

 エンリは一糸纏わぬ生まれたままの姿で、ナザリックの大浴場に立ち尽くしていた。

 もちろんタオルは手に持っているが、体を隠そうとする羞恥心すら驚きで抜け落ちていた。

 まぁ妹と二人っきりなので、そこまで気にする必要性がないという理由もあるが。

 

 

「お姉ちゃん、こっちだよ」

 

「あ、うん」

 

 

 エンリは同じく裸の妹に手を引かれながら、先程のやり取りを思い出す。

 

 

『ふむ。それならうちの大浴場にネムと一緒に入ってくるといい。ネムも興味があっただろ?』

 

『すぱりぞーとなざりっくの事だよね!! いいの!?』

 

『ああ、姉妹でゆっくり寛いでくるといい』

 

『やったー!! ありがとう、モモンガ!!』

 

『ふふ、風呂は良いものだぞ。私も大好きでよく入るからな』

 

 

 ――いやいや、どうしてこうなるの。

 お風呂というのは、開拓村などに住む一般的な平民にはあまり縁のない物である。

 カルネ村ではお湯を沸かすのも大変なので、普段は濡れた布で全身を拭く程度なのだ。

 

 

(あれだけのお湯を沸かそうと思ったら、どれだけ薪が必要なんだろう……)

 

 

 エンリは諸々の手間や燃料にかかる費用を頭に浮かべ、怖くなって途中で考えるのをやめた。

 自分達は圧倒的にお世話になっている立場であり、手厚くもてなされる身分でもない。こんな豪華なお風呂に入るなど予想外だ。

 ――ここに来てから予想通りだった事など、ただの一つもないが。

 モモンガは快く勧めてくれたが、本当に自分なんかが使っていい物なのだろうか。

 

 

「まずはここで全身を綺麗にして、その後でお湯に浸かるんだって」

 

 

 ネムが蛇口をゆっくりと捻ると、備え付けられたシャワーから心地良い温度のお湯が雨のように降り注いだ。

 ――なんて贅沢な設備なんだろう。

 妹もここを使うのは初めてのようだが、以前モモンガに色々と使い方を教えてもらったらしい。

 

 

「先に私が洗ってあげるね」

 

「ありがとう、ネム。でも本当にいいのかな? 私達が使っても……」

 

 

 ネムの提案は正直ありがたかった。

 自分では使い方が分からない物だらけだし、知らずに壊したらと思うと手が震えて触れない。

 

 

「いいの、いいの。甘えてばかりはダメだけど、好意は素直に受け取った方がいいよ? モモンガもその方が喜ぶよ」

 

「ふーん…… そういう物なのかな。ネムはモモンガさんの事、よく知ってるんだね」

 

「友達だもん。それに変に遠慮したら、モモンガも寂しい顔になるよ」

 

「顔は変わらないんじゃないかな……」

 

 

 意外な話――という程のものでもないのかもしれない。

 ネム曰く、モモンガは友人と作り上げたこのナザリックという場所を誇りに思っており、それをネムに披露するのが好きらしい。

 今までは周りが敵だらけで見せる相手もおらず、モモンガ達は異形種の集団故、お客さんもほぼ来たことがなかったのだとか。

 色々作り込んでみたものの、ほとんど使う機会がなかった施設も多いと話していたそうだ。

 

 

「かゆい所はない?」

 

「うん、大丈夫」

 

 

 エンリは妹にされるがまま、頭からつま先まで全身をピカピカにされた。

 使っている石鹸が高級なのか、既に自分達の体からは良い匂いしかしない。

 

 

「あっ、凄い。髪もサラサラになってる」

 

「しゃんぷーのおかげだよ。モモンガは髪がないから上手く説明できないって言ってたけど、髪専用の石鹸なんだって」

 

「へぇー」

 

「あとはこんでぃしょなーの効果だって。私もちゃんとは知らないけどね」

 

 

 自身の髪に指を通すと、一切の引っ掛かりがなくなっていた。頭髪の隅々まで潤いを取り戻し、傷んでいた髪の一本一本が元気になったように感じる。

 流石専用の石鹸。凄い効果だ。

 

 

「ふわぁぁ…… このお湯、良い匂いだねぇ」

 

「そうだねぇ」

 

 

 黄色い果実が浮かんだお湯にゆっくりと浸かり、姉妹揃って緩み切った表情をしていた。

 お湯から漂う柑橘系の香りが、とても爽やかな気分にさせてくれる。

 

 

「ああぁぁ、疲れが溶けていく……」

 

 

 最初は自分が入る事でお風呂を汚してしまわないか不安で、端の方に小さく縮こまっていた。

 だが、段々とお湯に浸かる気持ち良さに負けてしまい、しっかりと足を伸ばして堪能してしまった。

 

 

「お風呂って、こんなに良いものだったんだぁ……」

 

「お姉ちゃん、他にも色んな種類のお風呂があるんだってさ」

 

「じゃあ、後でそっちも行ってみよっか」

 

 

 エンリはゆっくりと息を吐きながら、湯船の中で全身を伸ばした。

 温かさが体にじんわりと染みてきて、体中の筋肉がほぐれていく感覚がする。

 ――うん、この快感には誰も抗えない。

 普通のアンデッドが風呂を好むのかは知らないが、モモンガが大好きだと言った理由もよくわかる。

 

 

「こっちのお湯も気持ち良い……」

 

「よく分かんないけど、光ってて凄いお湯だね」

 

 

 普段は働いている太陽も高い時間から、この超がつく贅沢行為。

 数種類のお風呂を楽しむなんて、貴族でも簡単には出来ないのではないだろうか。

 自分は歴とした平民だが、まるでどこかのお姫様にでもなった気分だ。

 

 

(食べ物をお湯に浮かべるなんて、モモンガさんはどれだけお金持ちなんだろう…… ま、いっかぁ)

 

 

 すっかり色んなお風呂を堪能して、身も心も完全にリラックスしてしまった。

 エンリは緊張が緩み切っていたのだろう。

 ――そう、完全に油断していた。

 脱衣所に戻ると脱いだ服がなくなっており、メイドに新しい服を渡されても、エンリはさほど考える事なく袖を通した。

 

 

「では、そのままこちらへどうぞ。先程の服はお帰りになる際にお返ししますね」

 

 

 見た目はそれほど華美ではないが、渡された服は肌触りが良くて着心地も最高だ。

そういった魔法が掛かっているのか、サイズも自分達にピッタリである。

 

 

「気持ちよかったね、お姉ちゃん」

 

「そうだね、ネム」

 

 

 エンリとネムは二人でお揃いの服を着たまま、少し緩んだ笑顔でメイドの後についていった。

 磨き上げられた廊下を歩いていると、エンリは段々と体の火照りが冷めてきた。

 

 

(――あれ? 私、何しに来たんだっけ。よく考えたら、今とんでもない経験してるんじゃ…… というか、私まで更にお世話になってどうするの!?)

 

 

 ついでに冷静な思考も戻ってきた。

 

 

「ふふふ。その様子だと、お風呂は満喫してもらえたようだな」

 

 

 だがもう遅い。

 ここはメイドが開いた扉の先。

 自分は既に、魔王(モモンガ)の部屋に踏み込んでいる。

 

 

「とっても気持ちよかったよ!! ね、お姉ちゃん」

 

「は、はい!! あんな豪華なお風呂を使わせて頂き、ありがとうございました。とても気持ちよかったです」

 

「そうかそうか。それは良かった」

 

 

 今は自分の家にいるのだから当たり前だが、モモンガは仮面を着けていない。見た目は完全に骸骨の魔王だ。

 恩人であるモモンガを怖がる気持ちなど、エンリには全くない。だが、恐ろしい白骨の顔で優しい声を発してくる事には、凄まじいギャップを感じていた。

 今更ながら妹の胆力に驚く。

 最初にどうやって仲良くなり、最終的に友達にまでなったのだろう。

 

 

「実はささやかだが昼食の準備をしていてな。そろそろお腹も空く頃だろう。二人ともここで食べていくといい」

 

「前に言ってた、お友達が考えた特別なご飯?」

 

「中々鋭いな。正解だ。ネムが食べてくれれば、考案したアイツもきっと喜ぶだろう」

 

 

 この流れは不味い。

 モモンガが嬉しそうな声で提案しているので、妹は喜んでご馳走になるだろう。

 だが、自分までこれ以上お世話になるのは本当に申し訳ない。

 

 

「エンリはどうする? ネムとは別の料理も用意出来るが、何か好き嫌いなどはあるかな?」

 

「そ、そこまでお世話になる訳には…… 私は大丈夫です!! 全然お腹も空いていな――」

 

 

 ――ぐぅぅ。

 

 さほど大きな音ではない。しかし、部屋にいる者には確実に聞こえる大きさの音。

 口にした言葉とは裏腹に、私のお腹は素直に自己主張してきた。

 

 

「お姉ちゃん……」

 

「エンリ……」

 

 

 骸骨と妹のとっても温かい視線。

 お風呂から上がって一度冷めたはずなのに、再び顔が火照ってくる。

 何故だろう。そんな事はあり得ないはずだが、二人が同じ表情をしている様に見えた。

 

 

「……妹と、同じ物でお願いします」

 

 

 耳まで真っ赤に染まっているであろう私は、そう呟くのが精一杯だった。

 

 

 

 

 食事の席に着いているのは三人。

 二人の少女は横並びに座り、テーブルを挟んだ向かいにはモモンガが座っていた。

 ネムはワクワクとした表情で、これから食べられる料理を心待ちにしているようだ。

 エンリは少し緊張した様子だが、それでも興味は抑え切れないのか、目の前に置かれた物をしげしげと見つめていた。

 

 

(エンリにはネムとは別の料理の方が良い気もしたが…… まぁ本人が同じ物を望んだんだし、それでいいか)

 

 

 銀で出来たドーム状の蓋――クローシュとかいう名前らしい――を給仕役のメイドが取り去ると、二人は揃って感嘆の声を上げた。

 

 

「本日のメニューは至高の四十一人のお一人、ペロロンチーノ様が考案された『至高のランチプレート』でございます」

 

 

 中から現れたのは美しく盛り付けられた料理――ハンバーグ、エビフライ、ナポリタン、フライドポテト、タコさんウィンナーにオムライスだ。

 そして用意されたデザートは、生クリームとさくらんぼが添えられたプリンである。

 どれも食欲をそそる香りを漂わせているが、村に住む人間には馴染みのない物ばかりだろう。

 

 

(へー、俺も実物は初めて見るな。でもこれって、完全にあの手のゲームからの知識なんだろうな……)

 

 

 一枚の皿の上にメインとなる料理が複数あるという、モモンガもリアルでは見た事も食べた事もない贅沢なメニューだ。

 これを考案したペロロンチーノも、恐らく二次元でしか見た事がないはずだ。

 

 

「うわぁ、凄い……」

 

「これを、私達が……」

 

 

 エンリとネムはどれから手をつけたら良いのか、二人して迷っている風に見えた。

 この料理を初めて食べる人にとって、それは当たり前に通る道と言える。

 料理の一つ一つはミニサイズになっているが、子供の好きそうな食べ物がこれでもかとワンプレートの中に凝縮されているのだから。

 

 

「さぁ、コース料理でもなんでもないし、マナーなど気にせず好きに食べてくれ」

 

「これも食べられるの?」

 

 

 そして極め付けは、オムライスに刺さった小さなギルドの紋章旗。

 ネムが疑問に思うのも無理はない。食べ物に旗が刺さっているなんて、普通に考えたら意味不明だ。

 この世界の人間――しかも辺境の村出身――からすれば、どうしたらいいか分からないに決まっている。

 

 

「その旗はただの飾りだから、食べる時は外していいぞ」

 

 

 モモンガが声をかけると、二人はフォークとスプーンが一つになった可愛らしい食器を手に取った。料理そのものだけでなく、細部のアイテムにも凝っているらしい。

 ちなみに小さなおもちゃもセットで準備されていたが、流石にそれはモモンガの判断で省いておいた。

 こんな物まで用意しているとは、ペロロンチーノはこの料理を再現するにあたって相当なこだわりがあったようだ。

 このレシピを何のために用意していたのかは、友人の名誉のために深く考えないでおくが。

 

 

「――っ美味しい!!」

 

 

 ハンバーグを口に入れた瞬間、カッと目を見開いたネム。

 噛み締めるように咀嚼して飲み込むと、満面の笑みで美味しさを表現してくれた。

 これにはモモンガも眼福である。

 

 

「流石はナザリックが誇る料理長だな。うむ。このお茶の香りも素晴らしいぞ、シクスス」

 

「あぁ、勿体なきお言葉に感謝いたします」

 

 

 モモンガは同席しているが食事は出来ないため、メイドが入れてくれた飲み物の香りだけ味わっていた。

 いつもの事なので自分は慣れつつあるが、一般メイドはモモンガの言葉に過剰に反応している。

 感激のあまり、目の端に涙が浮かぶほどだ。

 

 

(そこまで反応する程の事じゃないと思うんだけどな…… やっぱり活躍の場が少ないシモベ達にも、何か新しい仕事を考えるべきか)

 

 

 アンデッドの肉体になってから食欲などの欲求は消えたが、物を食べられない事を残念に思う気持ちがない訳ではない。

 だが、今は目の前の二人の顔を見るだけで、モモンガも十分に食事の時間を楽しめていた。

 

 

「ん〜、本当に美味しいです!!」

 

「こっちのも凄く美味しいよ、お姉ちゃん!!」

 

 

 エンリも緊張はどこかに吹き飛んだようで、すっかりナザリックの料理の虜になっている。

 美味しそうに料理を頬張る顔はネムとそっくりで、モモンガは姉妹の似ている姿を見て微笑ましく思った。

 

 

「……あの、私の顔に何かついてますか?」

 

「いや、すまないな。本当に美味しそうに食べてくれているものだから、嬉しくてね」

 

 

 食事の手が止まったエンリに、モモンガは軽く謝りながら反省する。

 エンリの年齢は確か十六か十七歳くらいだったはずだ。こんな風にまじまじと見られれば、気恥ずかしくもあるだろう。

 

 

「お姉ちゃん、ほっぺにソース付いてるよ」

 

「えっ、嘘!? って、ネムも付いてるじゃない!!」

 

「あ、本当だ。あははは――」

 

 

 姉妹で仲良く食事をしながら笑い合う少女達。

 きっとこの姿を見れば、ペロロンチーノは涙を流して感動するのだろう。

 もしかしたらタブラ・スマラグティナも、料理の内容も含めてギャップ萌えとして喜ぶかもしれない。

 

 

(それにしても、ユグドラシルでデータが存在しないはずの味はどうやって決まったんだろうな。食材ごとにあるフレーバーテキストも、そこまで詳細には書かれていなかったはずだが……)

 

 

 二人ともメインの料理を綺麗に平らげ、残すところは後一品。

 決して他所では味わえないであろう、至極のデザートだ。

 

 

「甘ーい」

 

 

 クリームの白色、カラメルのべっ甲色、薄いクリーム色の本体。プリンを彩る三色が織りなす甘美なハーモニー。

 その上質で強烈な甘みに、エンリは口の中を優しく蹂躙されていた。

 

 

「デザートもとっても美味しいっ。料理長さん、やっぱりすごーい!!」

 

「あぁ、こんな甘さがあるなんて…… 幸せだなぁ」

 

 

 村で食べられる甘味といえば、果物などが精々だろう。

 二人はプリンを口に入れる度、ウットリと幸福に満たされた顔をしていた。完全に骨抜きである。

 ――ちなみにプリンを食べた時の表情は、エンリの方が確実にネムより緩んでいた。

 

 

(ぶくぶく茶釜さん、やまいこさん達と同じで姉か…… まぁしっかり者でも、エンリだってまだまだ子供だよな)

 

 

 最後に残った一口、赤いさくらんぼまで二人はしっかりと味わってくれた。

 きっと二人ともこの料理を食べるのに相応しい少女だったのだろう。

 食べ終わった後の彼女達の幸せに満ちた表情は、何よりもそれを証明していた。

 

 

「ご馳走様でした。どれも本当に美味しかったです、モモンガさん」

 

「ごちそうさま。凄く美味しかったよ、モモンガ」

 

「ふふふ、ありがとう。私も見ていてお腹いっぱいになれたよ。二人が気に入ってくれて、本当に良かった」

 

 

 それにモモンガ自身は、どんな年齢の人間がこれを食べようと構わないと思っている。お酒と違って人体への影響がある訳でもないし、ちゃんとしたルールがある訳でもないのだ。

 

 

(これは言わぬが花、だよな……)

 

 

 モモンガは空気の読める紳士的アンデッドである。

 この料理の通称が『お子様ランチ』であるという事は、エンリには最後まで伝えなかった。

 

 

 

 

おまけ〜モモンガはモテモテ〜

 

 

 今日はモモンガに招待され、姉と一緒にナザリックを色々と見て回った。久しぶりにお姉ちゃんとずっと一緒だったので、とても楽しかった。

 ご飯も凄く美味しかったし、誘ってくれたモモンガには本当に感謝しかない。

 姉も驚かせることが出来て今日は大満足だ。

 

 

「もうこんな時間かぁ……」

 

「楽しい時間はあっという間だな。二人ともまた招待するよ。さて、家の前まで送るとしよう」

 

「ありがとうございます、モモンガさん」

 

 

 

 名残惜しいがもう直ぐ夕暮れになる。

 そろそろカルネ村に帰ろうと思った時――

 

 

「――あら、もう帰るところなのね」

 

 

 

 ――凄い美人が現れた。

 

 

 

「アルベド、何か緊急の報告か?」

 

「いえ、折角ですからお客様にご挨拶をと思いまして」

 

 

 久しぶりに会ったけど、やっぱりアルベドは凄い美人だ。白いドレスが良く似合っている。

 

 

「貴方がネムの姉のエンリね。私はナザリックの守護者統括、アルベドよ。そして――」

 

 

 あと、姉の前に立つと色々と差が凄い。

 

 

「――モモンガ様の妻です!!」

 

 

 アルベドがハッキリと姉に向かって宣言した。モモンガは独身だったと思うけど、最近結婚したのだろうか。

 本人に聞こうと思ったら、モモンガは口をぱっかりと開けてフリーズしていた。

 

 

「は、初めまして、ネムの姉のエンリ・エモットです。前に村を助けてくださり、本当にありがとうございました。モモンガさんには妹もいつもお世話になっていて…… えと、その、こんなお綺麗な方と結婚していたんですね」

 

「ええ、そうよ。私こそがモモンガ様のつ――ぐぼぉっ!?」

 

 

 美女が発してはいけない系の声が漏れた。

 声と一緒に鈍い音が鳴ったかと思ったら、急に視界からアルベドの姿が消えてしまった。

 

 

「――モモンガ様、わたしもご挨拶に参りんした」

 

「そうか…… 手短に頼むぞ」

 

 

 代わりに現れたのも、これまた超が付く美少女だった。

 前にペットを見せてくれたアウラもそうだけど、ナザリックには綺麗な人が多い。

 モモンガは諦めたような雰囲気で、どこか遠いところを眺めていた。

 

 

「初めまして、ネム・エモットです」

 

「うふふ、中々可愛らしい顔でありんすね。ネムとはいつか会ってみたいと思っていたでありんす」

 

 

 一瞬だけ何か鈍器の様な物を持っていたように見えたけど、きっと見間違いだろう。

 ニッコリと微笑み、優雅にスカートの裾を摘んでいる彼女の手には何もない。

 

 

「わたしの名前はシャルティア・ブラッドフォールン――」

 

 

 フリルやリボンの装飾が多いボールガウンに身を包んでおり、アルベドのドレスと違って肌の露出は全然ない。

 見た目は自分より少し年上くらいだろうけど、とても綺麗な顔をしている。髪は銀髪で、真っ白な肌に紅い瞳が特徴的だ。

 アルベドが妖艶な美女だとしたら、この人は可憐な美少女といったところだろう。

 

 

「――モモンガ様の妃でありんす!!」

 

 

 またしても似た様な宣言だ。

 モモンガのお嫁さんっぽい人が増えてしまった。

 

 

「モモンガのお嫁さんなんですか?」

 

「そうでありんす。さっきのアルベドの言葉は聞き流して構わないでありんすよ」

 

 

 どれが本当の事かは分からないけど、モモンガがモテモテだということは分かった。

 実はモモンガの顔って、人じゃない目線からだと凄くイケメンなんだろうか。

 

 

「そう、わたしこそがモモンガ様の真の――げぇっふぅ!?」

 

「シャルティアぁぁ…… 不意打ちとはやってくれたわね」

 

「くっ、最初にふざけた事をぬかしたのはそっちでしょ!! この大口ゴリラぁ!!」

 

「そっちこそ何が妃よ!! このヤツメウナギがぁ!!」

 

 

 いきなり目の前で取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった。

 思わず姉と顔を見合わせるが、あまりの形相に割って入る気も起きない。

 美人はどんな表情でも綺麗だというけれど、限度はあるらしい。

 

 

「はぁ、アルベドもシャルティアも何をやってるんだか…… 二人の言ったことは冗談だ。気にしなくていいぞ」

 

「うん。モモンガはまだ結婚相手募集中って事だよね?」

 

「勘弁してくれ……」

 

 

 額に手を当てて、深くため息をつくモモンガ。

 とっても美人な部下の人達からこんなに好かれているのに、結婚願望はあんまりなさそうだ。

 でも、外堀を埋められそうになってて大変そう。

 

 

「お姉ちゃんじゃ無理だね」

 

「ん? ネム、何か言った?」

 

「なんでもないよ、お姉ちゃん。……いつか素敵な人と結婚出来るといいね」

 

 

 背後では何かがぶつかり合う音が連続で響いている。きっとあの二人が目にも留まらぬ速さで殴り合っているんだろう。

 

 

「……私、なんでそんなに心配されてるの?」

 

「周りに結婚出来そうな男の人、全然いないよ?」

 

 

 姉では色んな意味で対抗するのは無理だと、私は悟った。

 ンフィーレアを逃したのは、この姉にとってつくづく惜しかったかもしれない。

 

 

 




鳥「妹を利用して姉を家に連れ込み、両方ともひん剥くとは……」
蛸「姉の年齢が絶妙なところが素晴らしい。流石はギルド長、ギャップ萌えを分かってますね」
鳥「お子様ランチを使った時間差の羞恥プレイとか流石っすわ。いつ教えてあげるんですか? 妹の前でバラすんですか?」
骨「おい」

いつも沢山の感想&評価ありがとうございます。
小ネタへの反応、色んな共感、ツッコミ等があってとても嬉しいです。
モモンガ様に自分のいれた紅茶を振る舞えたり、直に褒められるチャンスが回ってくるので、ネムが来る事を一般メイドは大歓喜してます。
姉妹をスライム風呂に入れるネタは流石に書けなかったよ……




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課金の竜王

前回のあらすじ

「我が家へようこそ」
「聞いてたのと全然違う!?」
「モモンガ様の妻よ」
「モモンガ様の妃でありんす」
「お姉ちゃんじゃ無理だね」


今回は幻の薬草採取の話です。


 家の前に置かれた石臼をゴリゴリと鳴らしながら、ネムは籠から取り出した薬草を少しずつ投入していく。

 持ち手を両手でしっかりと握り、力を加減しながら石臼を一定の速度で回し続ける。

 

 

「うんしょ、よいしょ」

 

 

 薬草は種類によって保存方法が変わり、乾燥させる物もあれば、ペースト状にして保存する物もある。

 こうしてすり潰した薬草を壺に入れて街で買い取ってもらうのだが、これが中々の収入になるのだ。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 手のひらは指先まで薬草の色に染まっており、ネムはかろうじて綺麗だと思われる手の甲で額の汗を拭った。屋外で作業を続けていた自分の服は汗でびっしょりだ。

 しかし、石臼を中心に広がる薬草の強い臭いで、汗臭さなどは微塵も気にならない。

 

 

「うん、出来た」

 

 

 潰した薬草をヘラでかき集め、壺の中がいっぱいになるまで入れる。それを何度か繰り返して作業を終えると、ネムは満足げに頷いた。

 この仕事にも随分と慣れてきたのだろう。今回も素早く均一に、無駄なく薬草をすり潰すことが出来た。

 

 

(薬草はもうないし、明日からは別の作業かな……)

 

 

 作業中の臭いはキツく、意外と重労働なのだが、最近のネムはこの仕事が嫌いではない。

 普段はあまり力になれない自分が、自信を持って家族の役に立てていると実感出来る仕事だからだ。

 ネムが使った道具の後片付けをしていると、こちらに向かって何者かが近づいてきた。

 

 

「――こんにちは。貴女がネム・エモットさんよね?」

 

「はい、そうですけど……」

 

 

 初めて会った相手が、何故か自分の事を知っている。

 その事実に僅かに身構えながら、ネムは相手の反応をうかがった。

 

 

「私は『蒼の薔薇』のリーダー、ラキュースよ。お仕事中に悪いんだけど、少しお話を聞かせてもらえないかしら」

 

 

 金色に輝く長髪を巻き髪にした、美人で凛々しい女性だ。全体的に活発な印象を受けるが、どこか品のある優しい笑みを浮かべている。

 そして、その首にあるのは見慣れない色のプレート――冒険者をやっているのが不思議なくらい綺麗な人だ。

 

 

「私達は万病に効く薬草を探しているの。昔トブの大森林の奥地で発見された物よ。聞いたことはあるかしら?」

 

「全然聞いた事ないです」

 

 

 初耳だ。そんな凄い薬草があるなら自分も欲しい。

 とっても高く売れそうだし、もし家族が病気になったら使いたい。

 

 

「そう…… じゃあ、貴女の使役する魔獣は『森の賢王』だと聞いたのだけれど、それは本当?」

 

「……確かにハムスケは森の賢王だったけど、使役なんかしてないです。ハムスケは私の友達で、一緒に冒険してる相棒です」

 

 

 ネムはきっぱりと言い切ったつもりだが、少しだけ声に不満が滲んでしまったかもしれない。

 これは時々聞かれる質問ではあるけど、自分としては非常に困るのだ。

 ハムスケと冒険をする都合上、使役魔獣としての登録は確かにしている。周りからすれば自分がハムスケを従えている様に見えるのだろう。

 だけど、ハムスケは自分にとって友達なのだ。主従関係がある様に思われるのは嫌なのだ。

 

 

「勘違いしてごめんなさい。ハムスケさんは貴女にとって大切なお友達なのね」

 

「うん!!」

 

 

 ラキュースは少し驚いたような顔をしたが、すぐに温かい笑みを見せた。

 自分が伝えたかった事を、彼女はすぐに理解してくれたのだろう。ラキュースは気分を害するどころか、何故か嬉しそうな雰囲気まで出している。

 きっとこの人は良い人だ。そう感じたネムは、少しだけ残っていた警戒心を解いた。

 

 

「ハムスケなら薬草の事を知ってるかもしれないです。会って聞いてみますか?」

 

「ええ、紹介してもらえるかしら。出来れば、ネムさんに通訳もお願いしたいのだけど……」

 

「ハムスケは普通に喋れますよ?」

 

「そうなの? 噂で人語を理解するとは聞いていたけど、流石森の賢王ね…… とにかく助かるわ。薬草の大まかな生息場所は知っているけれど、古い情報だし、ちょうど森林内の事も聞きたかったの」

 

「縄張り内の事なら、きっとハムスケは知ってると思います。今から会いに行きますか?」

 

 

 本当はモモンガの方が色々と詳しそうだと思ったけど、流石にそれを伝えるのはやめておいた。

 冒険者モモンではなく、魔法を使うモモンガの事はあまり広めない方がいいだろう。

 

 

「ありがとう、でも少しだけ待っててもらえるかしら。一緒に依頼を受けた仲間達を連れてくるわね」

 

 

 いや、そもそもモモンガなら「それなら持ってる」くらいの事は言いそうな気もする。

 もしかしたら、もっと凄い薬草も持っているかも。

 

 

(情報は大切だって、モモンガも言ってたもんね)

 

 

 うん。やっぱりモモンガの事は秘密にしておこう。下手に話せば余計なトラブルが寄ってきそうだ。

 どちらにしろモモンガは今いないし、モモンガにばかり頼るのも良くないよね。

 

 

「――彼女達が一緒にチームを組んでいる私の仲間よ。戦士ガガーラン、盗賊のティアとティナ、それに魔法詠唱者(マジックキャスター)のイビルアイよ」

 

「おう、よろしくな」

 

「惜しい。性別が反対なら完璧だった」

 

「愛嬌があって良い。数年後が楽しみ」

 

 

 数分と経たず戻って来たラキュースは、自身の冒険者仲間を紹介してくれた。

 豪快に歯を見せて笑っている、大きなハンマーを担いだ筋肉質で大柄な女性。

 言ってる事はよく分からないけど、顔と服装がそっくりな双子の女性。

 無言で腕を組んでいるのは、仮面を着けた赤いローブのちっちゃい人。

 ラキュースのチームは女性だけで構成されていて、みんなとっても個性的だ。

 

 

「それから、こちらは今回の仕事に協力してくれるミスリルのチーム。『クラルグラ』と『虹』の皆さんよ」

 

「ちっ。……銅級(カッパー)なんかの情報が本当に役に立つのかよ」

 

「おい。失礼な言い方はよせ、イグヴァルジ」

 

「銅級なのは事実だろうが」

 

「……はぁ、すまないね。難しい依頼の前だから、彼も気が立っているようだ。私はエ・ランテルで冒険者をやっている『虹』のモックナックだ。よろしく頼む」

 

 

 そして、その他いっぱいのおじさん達。

 多くて名前は覚えきれない。

 でも、イグヴァルジという人だけは覚えた。

 さっきから妙に睨まれている気がして、ちょっと怖い。

 

 

「えっと、じゃあ案内しますね」

 

「ハムスケさんが住んでいるのは森の中なのよね?もちろんモンスターが出たら私達が対処するけど、ネムさんは何か準備しなくていいの?」

 

「すぐそこだから大丈夫です。ハムスケがいてるせいか、モンスターとかも出ないよ」

 

 

 ラキュースが戻ってくるまでに後片付けは終わらせて、家族にも事情を話しておいたので自分はすぐにでも案内できる。挨拶もそこそこに村を出発し、蒼の薔薇の人達と軽く雑談しながら森に向かった。

 話をしていて分かったが、彼女達はアダマンタイト級の冒険者――王国で二組しかいない最上位のチームの一つだった。凄い。

 

 

「――ここからは森に入るわ。皆、気を引き締めていくわよ」

 

 

 最初は皆のんびりとした雰囲気だった。

 しかし、森に足を踏み入れた直後から、彼女達の放つ気配がガラッと変わる。周囲をかなり警戒しているようだ。

 

 

「着きましたよ」

 

「……えっ、この巣穴がそうなの?」

 

 

 しかし、その警戒も徒労に終わる。

 隊列を組むようにゾロゾロと進み、森に入ってから僅か五分ほど。私達はハムスケの今の住処に辿り着いた。

 短い時間だったが、ここに来るまでに魔物どころか大型の動物すら見ていない。

 あまりの近さに拍子抜けだったのか、ラキュースはポカンとした表情になった。

 

 

「ハムスケー、今いるー?」

 

 

 ハムスケの巣穴の周りは、穴を掘って余った土がこんもりと積もっている。サイズが大き過ぎる事を除けば、普通の動物の巣穴とあまり違いはない。

 私が穴に向かって声を出すと、程なくして地面を擦る音が聞こえてきた。

 

 

「――おおっ、ネム殿ではござらんか。こんなに沢山人を連れて来て、どうしたでござる?」

 

「このお姉さんが、ハムスケに聞きたい事があるんだって」

 

 

 そして、中から巨大な魔獣がひょっこりと顔を出した。

 周りからは「なんと強そうな魔獣だ」「あれがかの伝説の魔獣、森の賢王か……」「深い知性を感じる目をしているな」など、驚きの声が上がっている。

 それが聞こえているハムスケも、どことなく自慢げに見えた。

 

 

「初めまして。私は蒼の薔薇のリーダーを務めるラキュースと申します」

 

「某はハムスケでござる。それで、何を聞きたいのでござるか?」

 

「私達は依頼でとある薬草を探しに来ました。貴方の賢王と謳われる知恵を、私達にお貸し頂けないでしょうか。現在の森の情報と、万病に効くと言われる薬草について教えて欲しいのです」

 

 

 代表でラキュースがハムスケに質問しているけど、本当に丁寧で礼儀正しい人だ。

 もし目指すなら、私も将来はこんな感じの立派な女性になりたい。

 

 

「その薬草に心当たりはないでござるが…… 今、森の奥に行くのは危険でござるよ」

 

 

 ハムスケは苦い思い出でもあるのか、頭をかきながら困り顔になった。

 

 

「森で何かあったのでしょうか?」

 

「何かどころか、とんでもない事があったでござるよ。某は元々森のもっと奥にある洞窟に住んでいたでござる。……しかし、最近になってドラゴンが森に現れたのでござるよ」

 

「ドラゴンですって!?」

 

「遠目から見ただけでござるが、とてつもなく強そうでござった…… 某では絶対に勝ち目がないので、一旦元の縄張りは捨ててきたでござる」

 

 

 ハムスケの引っ越しの真相が判明した。

 そういえば「縄張り争いになったらヤバイでござる」って、前に言ってたかもしれない。

 

 

「ここならネム殿にもすぐ会えるから、そう悪い事ばかりでもないでござるよ。一緒に冒険に行く時も、村に近い方が楽でござる」

 

「もしそれが本当なら、森林内はかなり荒れてる可能性があるわね…… 魔物の行動範囲の変化や、森から逃げ出す個体も増えるでしょうし……」

 

 

 ハムスケの所に自力で行けるようになった嬉しさで、引っ越した理由を詳しく聞くのをすっかり忘れてた。

 でも、これは思ったより重大な事件かもしれない。

 もし今のカルネ村がモンスターに襲われたら、またあの時の様な悲劇が起こってしまう。

 

 

「被害が出たという情報は知らないけど、近くの村は大丈夫かしら?」

 

「カルネ村は多分大丈夫でござるよ? 偶にこっちに来たモンスターは、某が全部叩きのめして糧にしてるでござる」

 

「さ、流石ね……」

 

 

 ハムスケがいつの間にか、村の救世主になってくれていたようだ。

 一応村を囲む柵は作っている途中だが、完成にはまだまだ時間が必要だし、そもそもモンスターの襲撃に耐えられる程の物ではない。

 きっとしばらくの間はハムスケに頼る事になるだろう。

 

 

「ネム殿もそんなに不安そうな顔はしなくていいでござる。某の住んでいる場所にはモンスターも滅多に近づいて来ないし、仮に来てもここは通さないでござるよ」

 

「ありがとう、ハムスケ。よく考えたら、昔からハムスケは村の事を守ってくれてたんだね」

 

「そんなつもりは全然なかったでござるが…… まぁ、結果的にそうなっていただけなので、気にしなくていいでござる」

 

 

 当の本人は呑気にあくびをしているけど、話を聞いたラキュースは真剣に考え込んでいるようだ。

 他の冒険者も眉間にシワを作りながら、お互いに顔を見合わせている。

 

 

「そのドラゴンについてですが、森にいるという事はフォレスト・ドラゴンだったのですか?」

 

「種類までは知らないでござる。森に元からいたのか、それとも飛んで来たのか、ずっと森に住むつもりなのかも不明でござる」

 

「確かに、別の場所から来た個体の可能性もあるわね。そうなると、あえて種類を断定するのは危険ね……」

 

「あんな化け物と戦えるのは、きっとモモン殿くらいでござろうなぁ。いや、モモン殿でも剣じゃ勝つのは厳しいと思うでござる。お主達も死にたくなかったら、諦めて帰った方が賢明でござるよ」

 

「けっ、何が森の賢王だ。銅級如きが戦えるドラゴンがどこにいるってんだよ。ビビってデカい蜥蜴と見間違えたんじゃねぇのか?」

 

 

 ハムスケが何気なく言った言葉に反応して、イグヴァルジが噛み付いて来た。

 やっぱりこの人は好きになれそうにない。

 

 

「某、本当に見たでござる。黄金色の大きなドラゴンだったでござるよ」

 

「そうかよ。仮に本当にドラゴンだったとしても、最下級の戦士が戦える雑魚なら俺達が勝てないはずねぇな」

 

「聞く耳持たずでござるか…… まぁこれ以上は止めないでござるよ」

 

 

 ハムスケは親切のつもりだったと思うけど、上位の冒険者としてのプライドを刺激してしまったらしい。

 ハムスケも冒険者達にそこまで興味はなさそうで、それ以上は何も言わなかった。

 

 

「どうする、鬼ボス?」

 

「……どちらにせよ薬草を採取する必要はあるし、確認の意味でも行くしかないわ」

 

「それしかないだろうな。そのモモンとやらがどれ程の戦士かは知らんが、一口にドラゴンと言ってもピンキリだ」

 

「遭遇しないのが一番だけど、イビルアイの見立てでは勝算もあるのね?」

 

「この魔獣より強くても、竜王クラスという事はないだろう。若い個体ならば仮に遭遇したとしても、私達で十分対処出来るはずだ。古竜(エインシャント)あたりが相手だと厳しいが、最低でも逃げ出せる隙さえ作れれば問題ない」

 

「なら決まりね」

 

 

 少しだけ仲間達と相談した後、ラキュースは決断を下した。

 道中ほとんど喋らなかったイビルアイも口を開いたけど、妙に自信満々だ。

 もしかしたら過去にドラゴンと戦った事があるのかもしれない。

 それとも、モモンガみたいに凄い魔法が使えるのだろうか。

 

 

「イビルアイさんは凄い魔法使いなんですか?」

 

「ふん、わざわざ手の内を晒す気はない」

 

「うちのちびさんは凄えぞ。こんなナリだが、間違いなく王国で一番の魔法詠唱者だ」

 

「おい、ガガーラン、余計なことを…… はぁ、まぁいい。この程度の情報なら構わないか。――私は第五位階の魔法が使える」

 

 

 ――モモンガの半分しかないじゃん。

 イビルアイはぶっきらぼうだけど、隠し切れていない自信とともに言い放った。

 でもそれってモモンガの使っていた、椅子を作る魔法の位階より低かった気がする。

 

 

「す、すごーい?」

 

「あまりピンときていないようだな……」

 

「あっはっは!! ドヤ顔したのに残念だったな。イビルアイもそんくらいで拗ねるなよ」

 

「拗ねてなどいない!! 仮にも冒険者を名乗る者が、魔法の知識を全く持っていない事に嘆いただけだ!!」

 

「そりゃ仕方ねぇさ。この子は冒険者になりたてなんだし、そもそも王国で魔法に詳しいやつは一握りだろうよ」

 

 

 ガガーランが笑ってイビルアイをフォローしているけど、なんとも反応しづらい。

 確かに私は魔法に詳しくないけど、あんまり凄そうには思えなかった。

 本当に大丈夫かな。

 

 

「やっぱり行っちゃうんですか?」

 

「ええ、私達はトップであるアダマンタイト級の冒険者よ。それに彼らも凄腕のミスリル級冒険者。多少の危険で逃げる訳にはいかないわ」

 

 

 一度決断を下してから、ラキュースの表情には一切の迷いが感じられなかった。

 最高位冒険者と呼ばれるに相応しい、カッコいい姿だとは思う。

 

 

「無事に依頼が終わったら、この情報のお礼をさせてもらうから期待していてね」

 

「おう、俺らの無事を祈っててくれや。土産はドラゴンの鱗かもな」

 

 

 最後に少しお茶目な笑顔を見せた後、彼女達は薬草の生息地を目指して出発していった。

 

 

「――ねぇハムスケ。あの人達、無事に戻ってこれるかな?」

 

 

 蒼の薔薇と二つのミスリルのチームが森の奥へと姿を消した後、気になってハムスケに尋ねてみた。

 彼女達は良い人だったけど、私には人の強さなんて分からないし、どうしても不安はある。

 

 

「うーん、それなりに強そうな者達ではござったが…… もし某が見つけたドラゴンと戦えば、正直ひとたまりもないでござろうなぁ」

 

「そっか……」

 

「弱肉強食は自然の掟でござる。挑む相手を間違えれば、死ぬのは必然でござるよ。時には格上に挑まねばならぬ時もござろうが……」

 

 

 ハムスケは誤魔化さずに、自身が感じた事実を答えてくれた。

 厳しい大自然を長年生き抜いてきた――モモンガに会った瞬間に降伏した――大魔獣らしい意見だ。

 

 

「昔は某に挑んできた者もそれなりにいたでござるが、彼らも今の者達も同じ様に誇りがあったのでござろう。富と名声を求める人間も多いでござる」

 

「……よく分かんない。危ないお仕事は断れないのかな?」

 

「当然しがらみもあるでござろうな」

 

「上位の冒険者の人達も大変なんだね」

 

「無謀だとは思うでござるが、笑いはしないでござる……」

 

 

 あの人達に会えた事は、私にとって冒険者の仕事の危険性を知る良い機会になった。

 他の冒険者も自身にとって大切な物――お金、誇り、責任、名声――色んな物を背負って頑張っているのだろう。

 

 

「うーん、私は無理せず頑張るね」

 

「それがいいでござる。某も死にたくはないから、程々に頑張るでござるよ」

 

 

 ラキュース達が無事に帰って来る事を祈りながら、私は改めて思う。

 

 

「まぁ正直モモンガ殿が本気を出せば、ドラゴンがやって来ても何とかなると思うでござる」

 

「あははっ!! やっぱりモモンガが一番凄いよね!! そうだ、今日もブラッシングしてあげようか?」

 

 

 お仕事は大事。でも安全第一。

 やっぱりモモンガは世界一。

 

 

「おお、頼むでござる!! 一度ネム殿にやってもらってから、自分で毛繕いしても満足出来なくなってしまったでござるよ」

 

「そうなの? 私はいつでもしてあげるよ」

 

「ありがたいでござる。……でも先に手を洗った方が良いでござるよ」

 

「……気づいてた? この薬草の臭い、洗ったけど全然とれないんだよね」

 

 

 お金は欲しいけど、それは家族の役に立ちたいからだ。無理して怪我をしたら元も子もない。

 だからこれからも欲を出し過ぎないようにして、自分に出来ることを精一杯頑張ろう。

 とりあえずは、戻ったら畑の雑草取りから始めようかな。

 

 

 

 

 森の中を進んでいると時折モンスターが姿を見せるが、先に発見して先手を取ればこの戦力で負ける事はない。自分が手を出さなくても、無傷で倒せる程の余裕がある。

 ラキュース達の戦闘力を見るたび、尊敬と共に嫉妬心が湧き上がるが、今はそれもすぐに鎮火する。

 周囲の警戒を続けながら、イグヴァルジはニンマリとほくそ笑んだ。

 

 

(トブの大森林だろうが、俺の敵じゃねぇな)

 

 

 アダマンタイト級の引き立て役になるのは御免だが、この仕事自体は実績として悪くない。

 なんせ過去にこれを成功させたのも、ミスリル級のチームを二つ同行させたアダマンタイト級のチームだけだ。

 三十年振りの快挙に大きく貢献したとして、『クラルグラ』の――ひいてはリーダーである自分の名が上がるだろう。

 

 

(こりゃ、オリハルコンへの昇格もすぐだな)

 

 

 魔境と呼ばれるトブの大森林であろうとも、森の中は自分の庭も同然。自分の活躍は約束されているようなものだ。

 確かに戦闘面では彼女達の方が遥かに強い。

 だが、アダマンタイト級である『蒼の薔薇』の二人の盗賊に、自分もレンジャーとしては引けを取らない働きが出来ているはずだ。

 

 

「過去の記録だと、薬草があるのはこの辺りのはずなんだが……」

 

「これは、一体……」

 

 

 イグヴァルジ達は順調に目的地周辺まで進む事が出来た。しかし、目当ての薬草をそろそろ探そうかという段になって、全員が違和感を覚える。

 辺りに木が一本も生えていない、開けた明るい場所に出たのだ。より正確に言えば、葉のついた健康な木々が全くなかった。

 太陽光を遮るものが一つもなく、少し眩しいと感じる程の変化である。

 

 

「――周囲一帯の草木が完全に枯れている。人為的な物ではないと思うが、理由がさっぱり分からん」

 

「何があったのだろうな。森の賢王が見たという、謎のドラゴンが関係しているのか?」

 

 

 自分のチームのメンバーを含め、周りの冒険者が口々に考察を始める中、イグヴァルジは悪態をつくのを必死に堪えていた。

 

 

(くそっ、冗談じゃねぇぞ!! ここまで来たのに依頼失敗ってか?)

 

 

 周囲の状況から考えて、目当ての薬草を採取する事は絶望的だろう。トブの大森林を無事に踏破しようが、依頼としては失敗だ。

 これでは何も知らない奴らから、自分たちが過去の冒険者に劣っていると思われる可能性がある。

 英雄になる事を目標にしているイグヴァルジにとって、人から認められない事は何よりも許せない。

 

 

「どうする、ラキュース?」

 

「……無闇に探すのは危険ね。この現象の原因が不明なため、これ以上の捜索は困難と判断します。あと一時間だけ周りの枯れていない範囲を確認したら――」

 

 

 諦めるのは業腹だが、ここで独断専行して薬草を探す程イグヴァルジも愚かではない。素直に言うことを聞くしかないだろう。

 

 

(……ん、なんだ?)

 

 

 リーダーであるラキュースがテキパキと指示を出している途中、自分たちの頭上から影が落ちてきた。

 太陽が一番高い位置にあった時間はとうに過ぎているが、それでも先程までは雲もなく明るかったのだ。

 この急激な変化は、自然現象ではあり得ない。

 

 

「――っ上だ!!」

 

 

 誰かの叫びに反応して、全員が一斉に武器を構える。イグヴァルジも剣に手を添えつつ、即座に動ける様に腰を落とした。

 そして、影を作った正体を目にして驚愕する。

 翼を羽ばたかせる力強い音。

 それに伴って生まれる暴風。

 地響きと共に、空から大地へと降り立ったのは――

 

 

「人間如きがこの地に現れるとは……」

 

 

 ――竜だ。

 こちらを見下した様な重く低い声。

 磨かれた装飾品の金色ではなく、原始的な黄金色の鱗に覆われた体。

 森の賢王が比較にもならない巨体だ。

 こちらを射抜く鋭い眼光。大きな体を支える強靭な四肢と、太くて長い尻尾。

 どれも生命力に溢れたドラゴンの力強さを表している。

 

 

「それ相応の覚悟はあるのだろうな?」

 

 

 ドラゴンという種族を実際に目にするの初めてだが、それでも確信が持てる。

 自分達に降りかかるプレッシャーは尋常なものではない。

 目の前の生物こそ、数多の物語で最強の存在として描かれる、本物の竜だ。

 

 

「……逃げろ」

 

 

 息を呑む音が聞こえるほど静まり返った中、イビルアイのくぐもった声がポツリと漏れた。

 

 

「――っ早く逃げろ!! 私達の手には負えない!! こいつは、こいつは間違いなく竜王に匹敵する!!」

 

 

 イビルアイの二度目の言葉は指示ではなく、もはや絶叫に近い。

 

 

「――っ!!」

 

 

 イグヴァルジはその言葉を聞いて――この場の誰よりも早く――弾かれる様に反応した。アダマンタイト級を超える反射速度である。

 急速に吸い込んだ空気を肺に送り込み、爆発的な踏み込みで地面を蹴った。

 

 

(俺は死なねぇっ。絶対に死んでたまるか。英雄になるまで死んでたまるか!!)

 

 

 英雄への憧れが、生への執念が、イグヴァルジに大量のアドレナリンを分泌させる。

 長年冒険者として生きてきた人生の中で、最高の瞬発力を発揮して走った。

 

 

(たとえ全員を囮にしてでも、俺は――)

 

 

 極限まで研ぎ澄まされた感覚によって、時が止まっているかのように錯覚する。

 体は前に進んでいるはずなのに、目の前の景色がまるで動いていない。

 

 

(――生きる!!)

 

 

 イグヴァルジは湧き上がる高揚感に満たされていた。

 動かす足は羽を超え、重さのない空気の様に軽い。体が軽すぎて宙に浮かんでいるようだ。

 ――自分はまさか、土壇場で英雄の領域に足を踏み入れたのかもしれない。

 もはや地面を踏み締める感触すらなく――

 

 

「……あれ?」

 

 

 ――何故か迫りくる地面に、顔面から激突した。

 イグヴァルジは口に入った砂利を、不快さと共に荒っぽく吐き出す。そのまま即座に立ち上がろうとするが、何故か上手く立ち上がる事が出来ない。

 そして気付いてしまった。

 血塗れの地面に這いつくばった自分。その視界の左側――

 

 ――自分の下半身が転がっている。

 

 

 

 

 ラキュース達は皆、目の前のドラゴンに意識を集中させている。否、視線を外す事など出来なかった。

 しかし、辺りに漂う血の匂いは、嫌でも彼女達の鼻についた。

 

 

「――愚かな。この私の許可なく帰れるとでも思ったか?」

 

 

 協力して依頼にあたっていた『クラルグラ』のリーダー、イグヴァルジが一瞬で真っ二つにされた。

 ラキュースは先程まで目の前のドラゴンから、一秒たりとも目を離してはいない。にもかかわらず、気付いたら彼が血溜まりに沈んでいたのだ。

 何が起こったのか把握する事さえ出来なかった。ドラゴンとの実力差をまざまざと見せつけられ、この場にいる誰もが動けなくなっている。

 

 

(不味いわね、何も反応出来なかった…… くっ、闇の力を暴走させれば――なんて考えてる余裕もない)

 

 

 蒼の薔薇を結成して以来の――いや、間違いなくラキュース・アルベイン・デイル・アインドラにとって人生最大のピンチだ。

 ――今動いたら殺される。

 ラキュースはそんな確信めいた恐怖に支配され、いつもの妄想を頭の中で繰り広げることすら出来ない。

 握り締めた魔剣がこれ程頼りなく感じたのも、自分がこの武器を手にしてから初めての事だ。

 

 

「それで、貴様らは何故この人ならざる者の土地に侵入した。私を倒しにでも来たか? 私がここにいる事は、まだ誰も知らないと思っていたのだがな……」

 

 

 このドラゴンは一人の人間を殺した事など気にも止めていない。地面に這いずる虫を一匹潰した程度の感覚なのだろう。

 それ故に何の感慨もなく、心底不思議そうな声音で尋ねてきた。

 ――活路はここしかない。

 ラキュースは一瞬で判断し、手に持った魔剣を素早く地面に落とす。

 周りの仲間も即座に自分の意図を理解し、それぞれが持った武器を手放してくれた。

 

 

 

「私達は薬草を採取するためにこの地へ来ました。決して貴方と敵対するためではありません!!」

 

「ほぅ、たかが薬草のためにここへ来たと?」

 

「はい。貴方様のような偉大な竜がいるとは、全く存じておりませんでした」

 

 

 ドラゴンの瞳にじっと見つめられても、ラキュースは顔を逸らさずに耐える。

 心臓がドクドクと早鐘を打ち、相手の反応を待つ一秒一秒が異常に長く感じられた。

 

 

「――まぁ、よかろう。今の私は目覚めたばかりで気分が良い。虫ケラが草を集める程度、寛大な心で見逃してやろうではないか」

 

 

 ドラゴンから放たれる威圧感が僅かに和らぎ、この場の全員がほっと息を吐く。

 何とか賭けには勝った。まだ油断は出来ないが、首の皮一枚は繋がっただろう。

 

 

「だが、『課金の竜王(ガーチャー・ドラゴンロード)』であるこの私に、貢ぎ物の一つもない訳ではあるまいな?」

 

 

 イビルアイの竜王に匹敵するという言葉は正しかったようだ。

 『ガーチャー・ドラゴンロード』など聞いた事はないが、目の前のドラゴンが竜王である事に疑う余地はない。

 そこに存在するだけで感じ取れる力の量が、今まで会ったどの生物とも桁が違う。

 

 

「もちろんです。こちらを捧げさせて頂きます」

 

 

 当然の如く態度で要求されたが慌てることはない。これはまだ想定の範囲内だ。

 ラキュースは蘇生魔法の媒介に使う金塊を取り出すと、ドラゴンの前にゆっくりと差し出した。

 いつも持ち歩いている訳ではないが、今回の依頼では念の為持ってきていて正解だったようだ。

 ドラゴンという種族は共通して財宝を好む特性がある。

 それは目の前のドラゴンであっても例外ではないはずだ。

 

 

「この程度の量ではまるで足りんな。私はこの世全ての財を求める竜王だぞ? ……しかし、その勇気と素直さに免じて、今回に限り許してやろう」

 

「ありがとうございます」

 

「次に私に会えば、お前達の持つ全てを容赦なくもらう。他の人間共にも伝えておくのだな。そこのゴミを拾ってさっさと去るがいい」

 

 

 こちらに興味を失ったドラゴンの気が変わらない内に、ラキュース達は素早くその場を離れた。

 イグヴァルジの死体も安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)で包んで回収する事が出来たので、拠点に戻ったら蘇生を試みるべきだろう。

 

 

「――まさかあれ程のドラゴンがいたなんて…… これは組合どころか、国にも報告する必要がありそうね」

 

「あれはマジでやべぇ…… 俺にはこれっぽっちも勝てる気がしねぇ。仮にガセフのおっさんが国宝を全部纏っても、勝負にすらならねぇはずだ」

 

 

 比較的安全な所まで辿り着き、それぞれのチームは一息ついた。

 極度の緊張状態にさらされていたため、全員がかなりの疲労感を覚えている。

 

 

「周囲にモンスターの気配はない。なさ過ぎるくらいだ」

 

「ありがとう、ティア、ティナ。貴女たちも交代で休んでちょうだい」

 

 

 自分達はまだしも、『虹』と『クラルグラ』の二チームは口も開かずに意気消沈していた。

 無理もないだろう。いくら手練れのミスリル級とはいえ、あのドラゴンの力を間近で感じてしまったのだ。

 特にリーダーを殺されたクラルグラのメンバーは、各々の仕事の役割こそこなしているが、あの時から死の恐怖に怯えきっている。

 この分ではイグヴァルジの蘇生が成功したとしても、チームとして再起出来るかは五分五分だろう。

 

 

「すまない。あの魔獣の忠告を甘く見ていた…… だとしても予想外だっ。あれはかつて十三英雄が戦った魔神を優に越えている。どう足掻いても人の身では勝てんぞ」

 

「あれが森の外に出ない事を祈るばかりだわ。もし人の住む土地にやって来たら――」

 

 

 普段は尊大な態度でいる事の多いイビルアイだが、今回ばかりは流石にしおらしくなっている。

 ガガーランも似た様な事を話していたが、ラキュースもその考えに同意した。

 

 

「――人類の存亡をかけた戦いになるかもしれないわね」

 

 

 自分が妄想で呟くような台詞を、本当に言う日が来るとは思ってもみなかった。

 しかし残念ながら妄想と違うのは、今の自分には対抗する特別な力が無いという事。

 ラキュースは暗い気分を晴らそうと空を見上げるが、鬱蒼とした森の中では太陽を拝む事は出来なかった。

 

 

 

 

おまけ〜いつもの黒幕〜

 

 

「で、デミウルゴスさん。言われた通りドラゴンを一匹散歩させておきました」

 

 

 マーレはペットの拾ってきた金塊を片手に、デミウルゴスに作戦終了の報告をしていた。

 モモンガも同席しているのだが「まずはデミウルゴスへの報告を済ませよ」と、マーレは既に言い含められている。

 

 

「ありがとう、マーレ。私の部下からも報告は貰っているよ。君のドラゴンは中々の名演だったそうじゃないか」

 

「えへへ、でもデミウルゴスさんの作った設定通りに演じてもらっただけですから」

 

「謙遜することはないさ。ともかく無事に終わって良かった。万が一に備えて、不可知化した護衛を用意したとはいえ…… 君のペットに危険な囮役を頼んでしまって、すまなかったね」

 

「い、いえっ。ナザリックのためなら、何でも言ってください」

 

 

 デミウルゴスはカルマ値が極悪の悪魔だが、身内に対しては人一倍思いやりがある。

 組織として時に厳しい判断を下せるが、仲間思いの彼はこうした言葉も忘れる事はない。

 モモンガはそんなやりとりを眺めながら、顎に手を当てて何かを考え込んでいる。

 きっとこの間にも自分では考え付かないような、何か凄い作戦を練られているのだろう。

 

 

「ところで、何でボクのドラゴンだったんですか? デミウルゴスさんのところの魔将でも強さは十分だったんじゃ……」

 

 

 マーレはデミウルゴスに質問しつつ、ちらりと椅子に座る主人を見た。

 モモンガはその程度の事は簡単だと言わんばかりに、小さく笑う。

 そして、支配者然とした態度でゆっくりと頷いた。

 

 

「強さという点ではそうだね。あの冒険者達は一人を除いて弱過ぎた。だが、この世界にいても違和感のない強者だと、君のドラゴンの方が適任だったのだよ」

 

「あ、だから竜王を名乗らせたんですね。確かにあの人間達も納得してました」

 

 

 デミウルゴスが解説を入れてくれたが、モモンガは黙して語らない。

 当たり前のことだが、こうした反応も含めて全てお見通しだったのだろう。

 

 

「その通り。これは我々に匹敵する強者、強者に対抗する技術を炙り出す作戦だ。以前モモンガ様がおっしゃられていたように、我々と同じ様な別世界からの存在も考慮してだがね」

 

「……覚えていたのか」

 

「もちろんでございます。このデミウルゴス、モモンガ様からのお言葉であれば、どれ程の月日が経とうが一言一句記憶しております」

 

「そ、そうか。私は嬉しいぞ……」

 

 

 二人はいつもどのような会話をしているのだろうか。

 非常に悔しいが、自分では難しい内容の話についていける自信はない。

 

 

「そ、そんな先まで考えて…… 流石はモモンガ様です」

 

「正しく端倪すべからざる御方という他ありません。その遠過ぎる背中に一歩でも近付くべく、私も日々精進させて頂きます」

 

「ふふふ、お前ならば既に私を超えているとも。さぁ、報告を続けよ」

 

 

 流石はナザリックでも智者と名高いデミウルゴスだ。お世辞でもモモンガにここまで言われるシモベは中々いない。

 そして驚愕すべきは、遥か先の未来まで見据えていたモモンガの叡智だ。

 その上、謙虚さと慈悲深さまで溢れている。

 この世で最も偉大な支配者のシモベである事に、マーレは深く心の中で感謝した。

 

 

「先程の続きだが、以前監視していたトレントの件もある。あれはこの世界の人間では、対処する事が不可能なレベルのモンスターだった」

 

「お姉ちゃんもテイムは出来ないって言ってたやつですよね」

 

「ああ。それを支配した者達がいる以上、情報収集は必須だ。――もしかしたら我々にも通用する可能性だってあるのだからね」

 

「な、なるほど。冒険者を生きて帰したのも、情報を広めて欲しいからなんですね」

 

「まぁ他にも理由はあるが、概ねそんなところだ。今後もドラゴンに散歩してもらう事が出てくるかもしれないが、その時はまた頼むよ」

 

「はい、任せてください!!」

 

 

 ナザリックの輝かしい未来を想像しながら、マーレは元気よく返事をした。

 

 

「――今後は万一の事が起きても、天災ならぬ竜災に全て揉み消してもらう事が出来ます。実に楽しみですね……」

 

「も、もしボクの力が必要なら言ってください。ちゃんと天災も起こせますから、全部ペシャンコに出来ます」

 

「ああ、手札はあればあるほど良い。頼りにしているよ」

 

 

 そしてデミウルゴスはこれからの作戦を思い浮かべているのか、悪魔らしい笑みを見せる。

 しかし、我らが偉大なる支配者は一味違った。

 

 

「ぇ……」

 

 

 眼窩の灯を消し、完全な瞑想に入っている。

 神聖さすら感じる神秘的で美しい静の姿。

 浮き足立っている自分達に、油断はするなと優しく諭してくれているようだ。

 

 

(凄い…… ありがとうございます、モモンガ様!!)

 

 

 流石は至高の御方のまとめ役、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターである。

 マーレもモモンガに習って、静かに気を引き締めるのだった。

 

 

 




当時の状況は詳しく分からないけど、過去に薬草採取を成功させたチームってかなり凄そう。
課金ガチャのドラゴンが喋れるのか不明ですが、そのあたりは想像です。
ラキュースがそれっぽい事を呟いてますが、人類の存亡をかけた戦いは多分起きない。
ちなみにイグヴァルジは灰にならずにちゃんと蘇りました。




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