不思議の墳墓のネム (まがお)
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番外編 パンドラの箱


時系列や本編との繋がりもあんまり考えていない、完全な番外編です。
ネムよりもモモンガの方がメインとなっています。


 モモンガとナザリックがこの世界に転移してから何百年という年月が経過した。

 この先もナザリックはあり続け、この世界は永遠に続く――

 ――誰もがその事に疑問を思っていなかったが、突如として世界は崩壊の危機を迎える。

 

 

「……我はついに蘇った。今度こそ我が悲願、叶えさせてもらおう!!」

 

 

 かつて最初にこの世界の理を穢した元凶。

 竜王(ドラゴンロード)を超える最強の竜――竜帝が蘇り、この世界に牙を剥いた。

 竜帝はこの世界に生きる、ありとあらゆる生物の魂を無差別に喰らい、自然すらも破壊しながらその力を日に日に増していった。

 竜帝の目的はこの世界を喰らい尽くし、蓄えた魂を使って新たな世界へ渡る力を手に入れる事。

 

 

「このままではこの世界ごとナザリックが滅ぶか…… 皆よ、竜退治に出掛けるぞ。アインズ・ウール・ゴウンの栄光と存続を懸けた、大冒険の始まりだ!!――」

 

 

 それを知ったモモンガはナザリックの総力をかけて挑んだ。

 しかし、どれ程の数を揃えようが、召喚したモンスター共々NPC達はほぼ一撃でやられてしまった。

 そしてモモンガと共に最後まで戦った守護者達も、尽くが竜帝の力の前に敗れ去っていく。

 この世界の真なる竜王達が使う恐るべき魔法――始原の魔法(ワイルドマジック)

 それすらも超えた竜帝の使う魔法――世界魔法(ワールドマジック)

 世界魔法の唯一の使い手である竜帝には、ナザリックのレベル百のNPCが力を合わせても手も足も出なかった。

 

 

「くっ、ここまでか……」

 

「お前を守る者はもういない。終わりだ、ぷれいやー」

 

 

 全身の骨が砕け、地に伏したモモンガを見下ろす巨体。

 抵抗する術を失ったモモンガの眼前に、竜帝のトドメの一撃が迫る。

 並の魔法では防御も出来ない全属性複合ブレス――モモンガは避けることも出来ず、その破壊の奔流に呑み込まれた。

 

 

 

 

 明るいような、暗いような不思議な感覚。

 自分が立っているのか、浮かんでいるのか、天地すらもあやふやな世界。

 

 ――モモンガ、モモンガ……

 

 自分の事を呼ぶ懐かしい声が聞こえる。

 閉じる瞼などなかったはずだが、それを開くように意識すると、途端に目の前の光景が鮮明になった。

 

 

「――君は…… ネム、なのか?」

 

「そうだよ。一緒に沢山遊んだモモンガの友達――ネム・エモットだよ」

 

 

 自分の目の前でニコニコと笑っているのは、少女の姿をしたネム。

 どういう事だろうか。彼女はとうの昔に天寿を全うしたはずだ。

 だが、今見ているこの姿は、自分とネムが初めて出会った時のままだ。

 

 

「俺もいますよー、モモンガさん」

 

「ペロロンチーノさん!? 貴方までいるんですか!?」

 

 

 そしてその横から現れたのは、黄金の鎧を纏ったバードマン。

 ギルドメンバーのペロロンチーノだった。

 

 

「幼女がいるんだから俺がいるに決まってるじゃないですか」

 

「ペロロンチーノという理由だけで押し通すのやめて貰えます?」

 

「モモンガさん、褒めたって何も出ませんよ。あっ、エロゲなら貸しますけど?」

 

「……ふふっ、相変わらずですね、ペロロンチーノさん」

 

「俺はいつだって『エロゲーイズマイライフ』ですから!! それより、ネムちゃんが話したい事あるみたいなんで、俺は少し黙ってますね」

 

 

 自分の記憶と完全に一致するペロロンチーノの挙動と言動。

 本当に懐かしいやり取りをした後、待っててくれていたネムに向き直る。

 

 

「久しぶりだね、モモンガ」

 

「ネム…… あぁ、本当に久しぶりだ。何百年ぶりかな…… ここは死後の世界なのか?」

 

 

 死んだはずのネムがいる。何故かあの頃の装備を着けたペロロンチーノがいる。

 その二つの理由から、少しだけ確信を持って問いかけた。

 

 

「さぁ? もしかしたら、ここはモモンガの見てる夢かもしれないよ」

 

 

 しかし、ネムは可愛らしく首を傾げるだけだった。

 ネムが子供の姿でいるのだから、確かにそうかもしれない。

 どちらにしろ今の自分には確かめようもない。そしてその必要もない。

 

 

「モモンガはどうしてここに?」

 

「……私は竜帝と戦って、最後の一撃をくらって死んだ――はずだ……」

 

「モモンガは消えちゃうの?」

 

「さぁ、今の私はどうなっているんだろうな? でも、こうして久しぶりに友達に、ネムに会えたんだ。こんな終わりも悪くない……」

 

 

 本当に心からそう思う。

 自分は随分と長く生きた。アンデッドに生きるという表現が適切かは怪しいが、確かに自分はあの世界を何百年と冒険し続けた。

 良い奴もいれば悪い奴もいた。面白い奴も、面倒な奴もいた。そんな出会いと別れを繰り返しながら、NPCと協力してナザリックも維持し続けた。

 ――本当に楽しかったんだ。

 そんな自分が友が生きていた世界のために戦い、最後にかつての友と再会できたのだ。

 確かに負けたのは悔しいが、自分にとってこれ以上ない程贅沢な終わりだろう。

 

 

「それでいいの?」

 

「いいも何も、私はもう負けたんだ。無理だったんだよ」

 

 

 何かを確かめるように、懐かしい瞳が自分を見つめている。

 

 

「私はもう本気で戦った。私の魔法では竜帝を倒せない。どう足掻いても奴に勝つ事は出来ないんだよ」

 

「モモンガなら出来るよ」

 

「無理だ」

 

「出来るもん」

 

「無理なんだよ。ワールドエネミーに一人で挑むようなものだ。最初から勝てる可能性なんかなかったんだ」

 

 

 そうだ。奴は強すぎた。

 レベル百のプレイヤーが三十六人いても、勝てるかどうか怪しい。

 まさに世界級と言うべき強さだった。

 

 

「出来るもん!! 負けたならもう一回挑めばいいんだよ。それに一度負けたからって、次も負けるとは限らないよ!!」

 

「……くっくく、あははははっ!!」

 

「もう、笑っちゃ駄目だよ!! ……あははははっ!!」

 

 

 ネムも自分と同じ事を思い出したのか、二人して自然と笑いが溢れてしまった。

 

 

「ああ、懐かしいなぁ。でも、ごめんな。いくらネムに言われても、今回ばかりは無理だ」

 

 

 ――あー、俺も幼女に応援されたいだけの人生だった……

 おい、ペロロンチーノ。黙ってるんじゃなかったのか。

 そう自分の喉元まで出かかったツッコミを、ネムとの会話に集中して無理やりに飲み込んだ。

 

 

「むぅ、前はこれで頑張ってくれたのに……」

 

「残念だったな。私に同じ手は二度通用しないぞ」

 

 

 頬を膨らますネムの頭をそっと撫でた。

 あぁ、彼女と話す時間はいつも癒される。過度に気を使う必要もなく、居心地がいい。

 年齢に関係なく、やっぱり自分にはもったいない程の良い友達だ。

 ついでにペロロンチーノもいい友達だ。

 

 

「じゃあ特別に、今回だけ私がタレントでモモンガを助けてあげる」

 

「ネムにそんなタレントはないだろう?」

 

「いいからいいから。うーん、むむむ……えーいっ!! はい、これでモモンガに勝つ可能性が生まれたよ!!」

 

 

 ネムは突然体をギュッと縮め、それを解放するように自分に両手を伸ばしてきた。

 可愛らしい動きだが、特に何かが起こった訳でもない。

 

 

「おいおい、流石に……」

 

「可愛いは正義ですよ。この子が勝てると言ったら勝てるんです」

 

 

 キリッとした雰囲気を醸し出したペロロンチーノが、突然会話に乱入してきた。

 一点の曇りもない瞳で、この世界の真実を告げるように断言してくる。

 

 

「これで本当に勝てたらチートだな」

 

 

 何も変わった気がしない。でも何故だろう。

 もう一度だけやってみようと、立ち上がる気力が湧いてきた。

 

 

「そうだよ、ちーとだよ。タレントっていうのは何でもありだからね。私のタレントは『どんな可能性でも作り出せる』能力だよ」

 

「あっはっは!! つまりは不可能を可能にするって事か。ンフィーレアに負けず劣らずのチート能力じゃないか。ある意味超えているな」

 

「あくまで可能性だけどね。でも、だから私は夢の中でモモンガに会えた。だから私はモモンガとまた再会できた…… 私のタレント、間違ってないでしょ?」

 

「ああ、全くだ。ネムの考えは凄いな」

 

「えっへん。凄いでしょ。私の力はちーとなんだよ」

 

 

 その昔、自分がネムに教えた言葉を嬉しそうに連呼してくる。

 これは死ぬ間際に見ている走馬灯。もしくは既に死んだ自分が作り出した妄想かもしれない。

 自分が会いたかった友人達。彼らが優しく自分に語りかけてくる。

 ――あぁ、なんて都合の良い夢なんだろう。

 ネムがそんな生まれながらの異能(タレント)なんて持っていなかった事は知っている。

 でも、友達が背中を押してくれた事に違いはない。

 

 

「モモンガさん、イメージするのは常に最高の結末です。俺、バッドエンドとかより断然ハッピーエンド派なんですよ。バッドルートとかもプレイしますし、駄目じゃないんですけど、女の子が酷い目に遭うのは――」

 

「ペロロンチーノさん、もういいです。分かりましたから。」

 

 

 本当にどんな場所でもペロロンチーノは変わらない。いつも場を和ませようとしてくれる。

 

 

「はぁ、諦めていたのが馬鹿らしくなりましたよ…… ありがとう、ペロロンチーノさん」

 

「どういたしまして。頑張ってください、モモンガさん」

 

 

 偶に失敗して、姉であるぶくぶく茶釜さんに激怒されていたけど。

 自分にとってはそんな彼の姿も良い思い出だ。

 

 

「ネム…… 俺、もう一度だけ頑張ってみるよ」

 

「うん。頑張れ、モモンガ――」

 

 

 友達からこれだけの激励を受けたんだ。

 

 ――夢が覚めても、たとえ世界が違っても…… 私達は、ずっとモモンガの友達だよ。

 

 勝負を諦めて蘇生拒否などしていられない。

 もう一度やれるだけやってみよう――否、友達が出来ると期待する『モモンガ』に、敗北はありえない。そうだろう、ネム。

 さぁ、奴との決着をつけに行こうか――

 

 

 

 

 竜帝のブレスにより全てが消え去ったはずの大地。

 一度消滅したはずのモモンガは、その中心で再び立ち上がった。

 

 

「自動での蘇生…… アイテムか何かの効果か?」

 

 

 竜帝はモモンガが復活した事に対して首を傾げたが、大して驚いてはいない。

 他のプレイヤーから情報を得たのか、それとも似た効果のアイテムを知っていたのか。

 どちらにせよモモンガが復活した事は、竜帝にとって想定の範囲内だった。

 

 

「蘇ったところでどうするつもりだ? 過去のあいつらと違い、世界を冠する力を持たぬお前では、ぷれいやーと言えど我に勝つ可能性は皆無だ」

 

「随分とこちらの事情に詳しいじゃないか。確かに私にそんな職業(クラス)はない。だが、まだ手はある」

 

「ふむ、超位魔法でも使うのか? たとえ位階魔法を超えた力であろうとも、世界に干渉する事は出来ん。それにわーるどアイテムであろうとも、世界からの加護を持つ我には効かんぞ」

 

 

 竜帝はかつての経験から、プレイヤーの使う手口が粗方分かっていた。

 それ故に慢心とも取れる態度を崩さない。

 

 

「ふふっ…… クソ運営もふざけたアイテムを作った挙句に『世界の可能性はそんなに小さくない』とか言いきってたな……」

 

「お前何を…… この状況で何故笑える?」

 

「ふんっ、世界の加護だと? 笑うに決まっているだろう」

 

「世界の力を操る我に対抗する術など、お前にはないはずだが?」

 

 

 竜帝はモモンガを完全に圧倒して倒した。確かに一度は殺したのだ。

 しかし、何故か負けたはずのモモンガに諦めた様子が見えない。死ぬ前に見せた絶望の雰囲気がなくなっているのだ。

 先ほどまで死んでいたモモンガの余裕の理由が分からず、竜帝は僅かに苛立ちを見せる。

 

 

「今の私には友の加護がある。たかが世界如きに――私の友がくれた可能性が、負けるはずがない!!」

 

 

 だがその苛立ちも直ぐになくなる。

 竜帝には今のモモンガの言葉が、ただの虚勢にしか感じられなかった。

 

 

「くははははっ、死の恐怖でとうとう狂ったか。ぷれいやーよ、長きにわたって強者であり続けたお前は、いつの間にか自分に敗北はないと驕っていたのではないか?」

 

「私は驕ってなどいないさ…… 俺は今も昔もこれからも、何一つ変わらない」

 

「本気で言っているとしたら、とんだ思い上がりだな。そんな虚勢で我に勝てるなど、まったく無駄な事を……」

 

「本当に無駄かどうか、虚勢かどうか…… この魔法を見てから言うんだな!!」

 

 

 眼窩に赤黒い光を灯しながら、モモンガは竜帝に勝つための方法を考えていた。僅かでもいい、勝てる可能性がある手段を。

 モモンガ玉を使っても、恐らく同じ世界級(ワールド)アイテムを持つ竜帝には通用しない。

 たとえ〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉で相手の弱体化を願っても、世界の加護とやらに守られた竜王にはきっと弾かれる。

 だから竜帝に勝てる可能性を、自分が一番に信じるものを願う――

 

 

 

俺は願う(I WISH)!!――友よ、俺に力を貸してくれ!!」

 

 

 かつて自分のボーナスを全て課金に注ぎ込み、やっとの思いで手に入れた超々レアアイテム。

 流れ星の指輪(シューティングスター)を使い、モモンガは超位魔法〈星に願いを〉を発動させた。

 

 

「……」

 

「どうやらお前の最後の手段は不発に終わったようだな」

 

 

 巨大な立体魔法陣が現れ、それが光り輝き弾けた後――何も変化は起きなかった。

 竜帝はそれを見て僅かながら落胆し、モモンガを再び葬ろうと大きく息を吸い込む。

 

 

「今度こそ終わりだ、ぷれいやー」

 

「……これを使うなら、詠唱は必須って言ってましたよね――」

 

 

 モモンガを一度は消滅させた、竜帝の恐るべき全属性複合ブレス。

 その一撃がモモンガを再び呑み込もうとし――

 

 

「――弱者の嘆きよ。理不尽に抗う意思よ。世界に変革をもたらす決意よ…… 我が友の奥義となりて、世界を壊す力をここに顕現せよ!!――」

 

 

 ――〈大災厄(グランドカタストロフ)

 

 

 モモンガから放たれたのは、純然たる破壊のエネルギー。憎悪によって形作られ、呪詛が物理的な現象を伴うほどに凝縮された力とでも言うべきもの。

 その純粋にして膨大な力は竜帝のブレスを撃ち破り、そのまま竜帝の肉体を破壊の渦に巻き込んだ。

 

 

「ぐがぁぁあぁっ!? ……ぐっ、我のブレスが押し負けただと!? いや、その力はまさかっ!?」

 

「どうした。まだ終わりじゃないだろう?」

 

 

 モモンガの放つ覇気に竜帝は僅かに後ずさり、自身のとったその行為に怒りが吹き出した。

 ダメージは確かに大きいが、それだけだ。まだまだ致命傷には程遠い。

 竜帝は自らを奮い立たせ、不快な感情を吐き出すように切り札を切った。

 

 

「我のブレスを破ったくらいでいい気になるなよ…… 本気の力を見せてやる!! 世界魔法〈天地破壊撃(ワールドブラスト)〉!!」

 

 

 それは世界を破壊するかの如き魔法。

 その名が示す通り、天も地も破壊し尽くす事が出来る究極の一撃。

 その莫大なエネルギーは球状に圧縮され、モモンガという個に向けて放たれた――

 

 

「正義降臨――〈次元断層〉」

 

 

 ――だが、モモンガはその一撃に対して、腕を振るっただけで防いだ。

 全てを破壊し尽くすはずの球体は、モモンガを一切傷付けられず、次元の彼方へ消えたように消滅した。

 

 

「そんな馬鹿な!? あの一撃は我の最大攻撃だぞ!! ふ、不可能だ、防げるはずがない!!」

 

「不可能か…… 私はそんな不可能をやってのける人を知っているよ。そして可能性があるならば、今の私に出来ない道理はない」

 

 

 絶対破壊の一撃を防いだモモンガは、ゆっくりと竜帝に近づいていった。

 狼狽る竜帝に対して、まるで何事もなかったかのように静かに歩いていく。

 そして、竜帝の巨体に向けて、何も持っていないはずの両腕を構える。

 

 

「誰かが困っていたら、助けるのは当たり前…… 私には真似できませんよ。――仲間の敵が私にとっての悪だ。友情こそが私の正義だ!!――」

 

 

 ――〈次元断切(ワールドブレイク)

 

 

 真っ直ぐに振り下ろされたモモンガの両腕。

 竜帝にはモモンガが振るった手の中に、確かに一振りの剣が見えた――

 ――その瞬間、竜帝の世界がズレた。

 次元を切り裂く一撃は、強靭な耐久力を持つ竜帝の体に特大の裂傷を与えた。

 竜帝の巨体から血が間欠泉のように吹き出し、体を支えきれなくなって崩れ落ちる。

 

 

「――かはっ…… 何故、お前がその力を使える!? それは世界を冠する力を持つ者だけの技だ!! それを二つもだと!? ありえん、絶対にありえん!!」

 

 

 竜帝は血を吐きながら、自分に起こった現実を受け入れられずに叫ぶ。

 モモンガを常に見下ろしていた頭は地に落ち、戦いの中で初めて二人の視線が同じになった。

 

 

「答えを教えてやろう。課金アイ――友情パワーだよ!!」

 

「ふ、ふざけるなぁぁぁ!!」

 

 

 罵声を浴びせながらも竜帝は勝つ事を諦めず、残った力を集めて体の傷を再生させようとしていた。

 竜というのはどんな生物よりも頑丈で、生命力が高くしぶとい生き物だ。

 竜帝は自身の持つ能力を考えれば、一分もあればとりあえず肉体の血は止まるはず。それから反撃をすれば良いと考える。

 しかし、その前にモモンガは動き出した。

 

 

「私のMPも限界が近い…… これが私の最後の魔法だ――〈あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)〉〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉」

 

 

 モモンガは両腕を大きく広げ、自身の奥の手――即死魔法を強化する特殊技術(スキル)を発動させる。

 するとモモンガの背後には巨大な時計が現れた。

 そして、その時計の上には、薄らと少女の姿が――

 

 

『――いーち、にーい、さーん、よーん、――』

 

 

 時計の針が一つずつ進むのに合わせ、少女は勝利へのカウントダウンを刻む。

 モモンガにこの声は届かない。それでも少女は友達の姿を見守り、その勝利を信じている。

 

 

『――じゅーう、じゅういち…… やっちゃえ、モモンガ!!』

 

「竜帝よ、これで終わりだぁ!!」

 

 

 時計の針が回り切り、十二のカウントダウンが終わった時、モモンガは大きく広げた両腕を閉じようとする。

 その腕の中にあるのは――魔法の効果で竜帝の本物の心臓とリンクした――特大の心臓。

 それを押し潰そうと、モモンガは渾身の力を込めた。

 

 

「ぐぅぅぅうっ!! 我が、負けるはずがぁぁぁあ!!」

 

 

 しかし、竜帝の最後の抵抗により、その心臓を押し潰す事が出来ない。

 

 

「くっ…… このスキルで強化しても、抵抗されるのか!!」

 

 

 ――即死判定が失敗する。

 モモンガがそう思った時、誰かがその腕を支えてくれた。

 

 ――モモンガさん……

 ――ギルマス……

 ――モモンガお兄ちゃん……

 

 モモンガに力を貸すように、沢山の手が、触手が――様々な異形種達がモモンガの周りに集まった。

 

 

『モモンガ、お友達のみんなが手伝ってくれるよ。あと一押し、頑張れ――』

 

 

 そして小さな子供の声が、モモンガには聞こえた気がした。

 本当に声が聞こえた訳じゃない。

 本当に姿が見えた訳でもない。

 それでもモモンガは、確かに仲間の存在を感じる。

 

 

「みなさん…… 力をお借りします!!」

 

 

 モモンガは最後の力を振り絞るように、再び心臓に力を込めた。

 そして友の幻影と力を合わせ、竜帝の心臓を一気に押し潰した――

 

 

「――がはっ!? ……なぜ、この我が……たった一人の、ぷれいやー程度、に――」

 

「……一人ではない。たとえ住む世界が違っても、どれほど昔であっても…… 死して尚、私の友でいてくれた者達が力を貸してくれた」

 

 

 モモンガは既に事切れている竜帝に答えた。

 最後まで仲間もおらず、たった独りで野望のために戦い続けた竜帝に。

 

 

「貴様は私にではなく、私の友との絆の前に敗れたのだ――」

 

 

 こうして、世界を滅ぼそうとした竜帝との戦いは終わった。

 ナザリックの最高支配者。生と死を超越した至高なる存在。

 我が創造主モモンガ様によって世界は救われた――

 

 

 

 

「――という物語を作ってみたのですが、如何でしょう?」

 

「……」

 

「ネム様から聞いたモモンガ様との出会い。そしてお二人の冒険からインスピレーションを受けて執筆いたしました。いやぁ、ネム様と話す度に私の中の可能性という名の妄想の翼が空高く舞い上がり非常に美しく加速いたしまして――」

 

 

 ――なぁにこれ。

 モモンガは繰り返し精神抑制が発動し、開いた口が塞がらなくなっていた。

 

 

「――強大な敵に立ち向かうモモンガ様の勇姿。仲間が敗れていき、最後はお一人で戦いに挑む悲劇的なシーン。超絶スペクタクルな技の数々。そしてラストは熱い友情による勝利!! 全てを兼ね備えた完璧な仕上がりと自負しております」

 

 

 次々とポーズを変えながら、見所を力説するパンドラズ・アクター。

 ――黒歴史が更なる黒歴史を作ってきやがった。

 モモンガは精神を揺さぶられ続けながらも、なんとか再起動を果たす。

 

 

「守護者とかあっさり負けてるけどいいのか?」

 

「物語にインパクトを与えるため――というか、物量戦で勝っても面白くないので」

 

「あー、何というか、設定ガバガバじゃないか? 最後の魔法とかさ」

 

「それは確かに仰るとおりかと…… ですが、これはフィクションで御座います。なのでカッコいい演出を重視させて頂きました」

 

「カッコいいか、これ?」

 

「勿論ですとも!! それにこれはモモンガ様のこの地における、記念すべき一殺目の魔法!! 是非とも使うべきかと思いまして」

 

「いや、何だその一殺目って…… 私は人間だろうが何だろうが殺す事に躊躇いはないが、殺しが好きな訳でもないぞ」

 

 

 モモンガは自分が創造したはずなのに、パンドラズ・アクターのセンスについていけなかった。

 気になるところも、ツッコミどころも満載である。

 言いたい事が飽和して物語に対する意見の中から溢れ出し、むしろパンドラズ・アクターという存在にツッコミを入れたい気分であった。

 まぁ、そんな事をすれば全て自分に返ってくるので、モモンガに出来るはずもないのだが。

 

 

(なんて妄想だ…… 異形種が寄ってたかって特大の心臓を押し潰すとか、B級ホラー映画かよ。少なくとも見た目だけならこっちが悪役だよ。というか、コイツ目線でもペロロンチーノさんはああなのか。一体どこまで言葉の意味とか理解しているんだ?)

 

「一話目と最終話で同じ技を使うのは中々良いアイディアかと思ったのですが……」

 

「え? これ最終話なの!? 全部で何話あるんだよ!?」

 

 

 まさかの超大作。

 モモンガは思わず素の声が出てしまった。

 

 

(駄目だ。色々な意味で耐えられない。何この技の口上。ウルベルトさんは厨二病全開だから割と言いそうだけど、たっちさんのこれはないわー。はぁぁぁあ、だっさいわー。いや、正義降臨とかは普通にやってたけどね、あの人も――)

 

「お望みとあらば、一話目からダイジェストで語って――」

 

「いやっ、結構だ」

 

「Wenn es meines Gottes Wille!!」

 

 

 ドイツ語に罪はない。ついでにパンドラズ・アクターも一切悪くない。

 悪くないのだが、自身の創造物が口を開く度、モモンガは大ダメージを受けていた。

 

 

「我ながら中々の大作に仕上がったかと。これを本にしてこの世界で売れば、ナザリックの維持費も稼げ――」

 

「却下だ」

 

「これを劇に――」

 

 

 モモンガは全速力でパンドラズ・アクターを壁際に追い詰める。

 この作品を世に出す事。それだけはさせる訳にはいかない。

 

 

「却下だ」

 

「あっ、ドン」

 

「いいな、絶対だぞ。これを捨てろとは言わん。お前が頑張って書いた作品だ。だが、他人に見せるのは却下だ!!」

 

 

 モモンガは自分の作った作品でもないのに、まるで自分の黒歴史を晒すかのような非常に恐ろしい気分だった。

 NPCは創造主に似る。全員でもないし、完全とも言い難いが、NPCの中には似ている部分がある。それを知っているからかもしれない。

 しかしモモンガはこいつは違うと言いたかった。

 NPC達も日々成長している。と、いう事は、パンドラズ・アクターのやっている事も全てが自分の書いた設定のせいとは限らないんじゃないかと。

 

 

「さり気なく私の努力を認めてくださるところが素敵で――」

 

「分かったな」

 

「承知いたしました。モモンガ様」

 

「よし。では私はそろそろ行かせてもらう」

 

 

 しかし、それとこれとは別である。

 モモンガはパンドラズ・アクターに詰め寄り、この物語を外に出さないようにかなり強く念押しした。

 「はい」を選ぶまで先に進めないRPGの如く、死の支配者(オーバーロード)上位二重の影(グレータードッペルゲンガー)に「はい」しか認めない返事を要求し続けていたのだった。

 

 

(はぁ、無限増殖する黒歴史ってヤバくないか? 俺の精神的に…… あぁ、ネムに早くも愚痴りたくなってきた……一緒に冒険したい……)

 

 

 ――ナザリック内の誰にも言えないモヤモヤを晴らしたい。

 ナザリックの宝物殿を出たモモンガは大きく肩を落とす。

 小さな友達のもとへ、今すぐにでも行きたくなるモモンガだった。

 

 

「ふむ、我が創造主は他人に見せるのは駄目だと仰られた…… しかし、誰かに意見を貰わねば、これ以上のクオリティ向上は望めませんね……」

 

 

 

 パンドラズ・アクターはモモンガが去った宝物殿で、作品の出来を向上させる方法を一人で考えていた。

 他の守護者に見せれば面倒な事になるので却下。ならば――

 

 

「――ネム様に見ていただきましょう。彼女ならばモモンガ様の御友人ですし――他人ではありませんよね?」

 

 

 モモンガは詰めが甘かった。

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございました。


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ユグドラシル編(本編)
夢の中で出会ったお友達


転移後の話ではなく、異世界転移が起こるまでの部分をメインに短編を書いてみました。


 夢とは大抵がコントロール出来ないものだ。

 ある時は訳もわからない存在に追いかけられたり。またある時は死んだ人や有名人など、ありえない組み合わせの人が集まって登場したり。

 美味しそうな食べ物にかぶりつこうとした瞬間――味わう間も無く目が覚めてしまったりする事もある。

 意識はあるのに何も思い通りにはいかない。寝ている時に見るのはそんな夢ばかりだ。

 しかし、なんの変哲もない村に住む、ごく普通の少女――

 ――ネム・エモットはある日突然、変わった夢を見るようになった。

 

 

「……ここ、どこだろう?」

 

 

 今自分が立っている場所はとても大きな丸い机の上だった。

 その大きさは軽く走り回れそうな程で、光沢のある白い素材は何で出来ているのか分からない。

 そして自分の足下――机の中央には見たこともない模様がデカデカと描かれている。

 

 

「すごい綺麗……」

 

 

 キョロキョロと辺りを見回すと、これまた見た事がないほど豪華な造りの部屋だった。

 角のない丸い部屋で、所々に模様の描かれた白い壁に立派な黒い柱が立っている。おまけに一箇所だけ壁に長方形の窪みがあり、黄金の杖のようなものまで飾られていた。

 自分が今乗っている机だけで部屋の大半を占めているが、天井も非常に高く、この一部屋だけで自分の家よりも大きいだろう。

 

 

「えいっ……全然痛くない。やっぱり夢だ!!」

 

 

 軽く頬を抓ってみるが痛みは全くない。

 自分は今夢の中で、どこかのお城にいるのだと思った。

 自分の意思で動ける夢なんて中々見られない。しかもこんなに素敵な場所の夢を見る機会もそうはないだろう。

 

 

「よしっ、探検だ!!」

 

 

 これは探検してみないと勿体ない。

 手始めにあの金ピカの塊を近くで見てみよう。

 机から降りるため、周りに並べられた高級そうな赤い椅子に足を下ろそうとした時――

 

 

「――はぁ、やっぱり誰もログインしてないか。今日も一人で金策かな……っえ? 誰?」

 

 

 ――豪華な闇色のローブを着た骸骨が現れた。

 

 

「っおばけぇぇぇえ!?」

 

「はい、アンデッドですけど――っ危ない!!」

 

 

 何の前触れもなく現れた骸骨に驚き、下ろしかけていた足を椅子から踏み外してしまった。

 ――このままだと頭から地面にぶつかるっ!?

 

 

「――っ!!」

 

 

 自分の体が机から落ちていく感覚に恐怖し、思わず目をギュッと瞑ってしまった。

 夢だからこれもきっと痛くないよね――一瞬のうちに祈ってみたが中々衝撃が来ない。

 恐る恐る目を開けると、自分は真っ白な骨の手に優しく抱き抱えられていた。

 

 

「あっ!? いや、これは反射的に動いてしまって…… すみません!! 決して体に触ろうとした訳じゃ――」

 

 

 そして何故か骸骨はとても慌てていた。

 骨の顔に表情は存在しないが、その声から強い焦りが伝わってくる。

 

 

「助けて、くれたの?」

 

「――ですのでセクハラする意図はなくて……え? いや、はい、そうですけど……」

 

 

 急ぎつつも丁寧に自分を下ろし、そっと立たせてくれた骸骨に向き直った。

 赤黒く光る骸骨の目――顔の目の部分の空洞が光っているだけなので、本当に目なのか分からないけど――を見つめながら、勇気を振り絞って尋ねてみる。

 

 

「……私のこと、食べたりしない?」

 

「食べるって、そんな事しませんよ。それにアンデッドは飲食不要だから、何も食べれませんし」

 

 

 アンデッドは人を襲うとても怖い存在だ。

 見かけても決して近づいてはいけないと、両親や姉から散々言い聞かされてきた。

 

 

(でも、ここは私の夢だからいいよね)

 

 

 しかし、この夢に出てきたアンデッドは優しいのかもしれない。今だってこうして自分を助けてくれた。

 それなら自分がするべき事は一つだ。

 

 

「助けてくれてありがとうございます!!」

 

「んん? あれ、よく見たらアイコンが無い? NPCなのか? いや、でも会話出来てるし……表情だと!? マップにも表示されないって一体どうなって……」

 

「どうしたの?」

 

 

 自分がお礼を言うと、目の前の骸骨はよく分からない事を呟きながら考え込んでいる。

 

 

「――なるほど、中の人有りか。そういうイベント、それかテスターかな……ごほんっ。……我がギルドに迷い込みし者よ。君は一体どこから来たのかな?」

 

「ぎるど? えっと、住んでる村はカルネ村だよ」

 

 

 さっきまでの優しげな声から一転、急に骸骨の声が低くなった。

 でも怖い感じがする訳じゃなくて、カッコよくて大人っぽい男の人の声だ。

 

 

「カルネ村…… 聞いた事がないな。人間種しか行けない場所にあるのか? いや、それとも未発見の――」

 

 

 再び骸骨が考えこもうとした時、急に自分の体が透け始めた。

 

 

「えっ、何これ?」

 

「なんだ、もう終わりか。結構短かったな。でも久しぶりにワクワクするイベントだったよ。運営も偶には粋な事をするんだな」

 

「うんえい?」

 

「いや、すまない。それを言うのは無粋だったな。……泡沫の如く一時だったが、中々面白かったぞ。少女よ、最後に君の名前を教えてくれないか?」

 

「私はネム、ネム・エモットです。バイバイ、骸骨さん――」

 

 

 自分の名前を伝え、骸骨にお別れを言うとすぐに視界がぼやけてきた。

 そして何も見えなくなる。

 

 ――だよ……もう……ネ……

 

 真っ暗になった視界に段々と明かりが入ってくる。そして、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

「――ネム、起きて。早くお母さん達のお手伝いしないと」

 

「……あ、お姉ちゃん。おはよー」

 

「うん、おはよう。さぁ、ネムも早く準備して」

 

「はーい……」

 

 

 自分を軽くゆする姉の声で目を覚まし、目元を擦りながらベッドを出る。

 眠気の残る頭でゆっくりと着替えていると、姉が心配そうに声をかけてきた。

 

 

「今日は珍しく寝起きが悪かったけど、体の調子でも悪いの? 大丈夫?」

 

「うん、大丈夫。あのねお姉ちゃん、お城に行く夢を見たの!! すっごく綺麗な部屋でね――」

 

 

 昨日見た夢は不思議な感覚だった。今まで見た事のある夢と違って、何があったか今も鮮明に覚えている。

 少女は興奮で眠気を吹き飛ばしながら、夢の内容を楽しげに語るのだった。

 

 

 

 

 少女は夢の世界で変わった骸骨と出会った。

 交わした言葉はほんの少しだけ。その時間もほんの僅か。

 それはたった一度きりの不思議な夢――では終わらなかった。

 次の日の夜、ネムは再び同じ夢を見る。

 

 

「……昨日と同じ場所だ。骸骨さんはいないのかな?」

 

 

 ベッドに入って眠りについた後、いつの間にかまたこの場所に来ていた。

 辺りを見渡しても昨日見た夢と変わらず、大きな机がある広くて豪華な部屋だ。

 昨日と違いがあるとすれば、自分が机の上ではなく普通に床の上に立っている事くらいだろうか。

 

 

「――あれ、今日もいるのか?」

 

「あっ、骸骨さん」

 

 

 辺りを確認していたら、前と同じようにいきなり骸骨が現れた。

 

 

「こんばんは。やっぱり同じ夢なんだね」

 

「ああ、こんばんは。確かネムだったな。夢、とはどういう事かな?」

 

 

 この夢に出てくる骸骨は自分よりかなり背が高い。村に住む大抵の大人よりも大きいと思う。

 でも出来る限り自分と目線を合わせようとして、わざわざしゃがんでから質問をしてくれる。

 今も挨拶をしたらちゃんと返してくれたし、やっぱり親切な骸骨だ。

 

 

「違うの? ここは私の夢の中だよね?」

 

「夢の中? つまりネムは今寝ているのか?」

 

「うん。それにほら、ほっぺた抓っても痛くないよ」

 

 

 ほっぺたを両手で引っ張り、痛くない事を骸骨に向かってアピールしてみせる。

 すると骸骨はどこか納得したように「なるほど。そういう設定か……」と小さく呟いていた。

 

 

「君はどうやら夢を見ている状態でここに迷い込んでいるようだな」

 

「ここは私の夢じゃないの? もしかして骸骨さんの夢?」

 

「私の夢…… ああ、そうとも言えるな。ここは私と仲間達で作った夢の結晶だ」

 

 

 どうやら自分は凄い体験をしているようだ。

 他人の――人ではないけど――夢の中に入れるなんて、まるで魔法のようだ。それも二回もだ。

 

 

「すごーい!! ここは骸骨さんがお友達と作ったお城なんだね。ねぇ、どうやって夢の中でお城を作るの?」

 

「ふっ、君は中々面白いな。本来なら侵入者には罰を与えるところだが、君は盗賊でもないようだし見所がある」

 

「あっ、ごめんなさい。勝手に入っちゃいました」

 

「はっはっは、君の場合は仕方ないさ。もちろん許すとも」

 

 

 この骸骨は見かけによらず優しい。

 やっぱり夢の中のアンデッドは普通とは違うみたいだ。

 それともこの骸骨が特別なのだろうか。

 豪華な服を着ているし、お腹に赤い玉が付いてるけど、他のアンデッドを見た事がないので違いもよく分からない。

 

 

「ここは元々あったダンジョンを仲間達と攻略して、拠点にするために色々と改造したのだ。物作りが得意な仲間が多くてな。みんな凝り性だったから、随分と時間をかけたものだよ……」

 

「へぇー、お友達はすごい人だったんだね」

 

「ああ、みんな凄いやつばかりだったよ……」

 

 

 夢の中で物が作れるなんて本当に凄い。自分はそんなこと出来ないし、試そうとする事すら出来なかった。

 もしかしたら今なら――夢なのに自分の意思で動ける――何か作れるかもしれないが、残念ながら手元に材料がない。

 お花があったら冠くらいは作れたかもしれないのに。

 骸骨の語るお友達の話に感心していたが、一つ大切な事を忘れていた。

 

 

「骸骨さんの名前、なんていうの?」

 

「おっと、こちらだけ名乗っていないのは失礼だったな。――我が名を知るがいい。我こそはギルド"アインズ・ウール・ゴウン"の長であり、このナザリック地下大墳墓の支配者――モモンガである!!」

 

 

 骸骨さんの見た目はちょっと怖い。

 そして低い声を出している時は頼もしくてカッコいい感じがする。

 

 

「よろしくね、モモンガ!!」

 

 

 でも名前は意外と可愛かった。

 

 

 

 

 かつて日本国内で最高峰のDMMO-RPGと呼ばれたゲーム――『YGGDRASIL』

 しかしそれも最近はプレイヤーの過疎化が激しい。

 かく言うモモンガ自身がギルド長を務めるギルド――『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーも四十一人中、三十七人が引退してしまった。

 ギルドに籍があり、なおかつアカウントを残している者は僅か数名。それもここ数年はログインすらしていない者達だけだ。

 そんな状況でもモモンガは仲間達との思い出が詰まったこのゲームを辞める事が出来なかった。

 かつての仲間達がいつ戻ってきてもいいように、日々の忙しい時間をやり繰りしてギルドの維持費を稼ぎ続けている。

 効率だけを考えた狩りを行い、稼いだ金貨を宝物殿に放り込む。つまらない金策のためだけにログインする毎日だ。

 しかし、ある日からほんの少しだけ、モモンガはユグドラシルにログインする楽しみが出来ていた。

 

 

「――こんばんは、モモンガ。今日もお喋りしよ!!」

 

「こんばんは、ネム。今日も夢の中に来れたようで何よりだ。さて、椅子を用意しよう。〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉」

 

「ありがとう!! やっぱりモモンガの魔法は便利だね」

 

 

 寝ている間だけモモンガの夢と繋がって、ナザリックの円卓の間に現れる――という設定の少女、ネム・エモット。

 肩くらいまで伸びた髪を二つ結びにした、十歳くらいの小さな女の子だ。

 初めて彼女を見た時はプレイヤーを示すアイコンがなかったり、表情が実装されていたりして驚いたものだ。

 

 

「お姉ちゃんったら酷いんだよ。ちょっと休憩してただけなのに、サボるなーって怒るんだもん」

 

 

 ネムが来るとモモンガはいつも魔法で特製の椅子を二人分用意し、それに座って向かいあって話していた。

 ネムは子供らしくコロコロと表情が変わり、その純真無垢な様子にはとても癒される。

 モーションキャプチャーを使っているのかと考えもしたが、表情や体の動きの出力が綺麗すぎる。

 恐らくアバターを動かしているのではなく、何かしらの方法で本人をそのまま投影しているのだろう。

 

 

「はっはっは、それはタイミングが悪かったな。それにしてもネムの世界は自然が豊かで楽しそうだ」

 

「普通だと思うけど? あっ、でも村の近くに大きい森があるよ。魔物が出るから入っちゃダメって言われてるけど」

 

 

 このネムという少女のロールプレイは非常に完成度が高かった。

 魔法や魔物など、ファンタジーな要素が入った世界観で暮らす普通の村娘。その設定を壊す事なく、されど自然体で話しているように感じられた。

 

 

「エンカイシっていう薬草があってね、カルネ村の特産品なんだ。潰して保存するんだけど、すっごく臭いんだよ」

 

「ほぅ、聞いた事のない薬草だな。そちらの世界特有のものかもしれんな」

 

 

 恐らく彼女は運営が表情を実装させるためのテスターとして用意したのだろう。

 まぁ、テスターにここまで練った設定を作るとは、運営はなんて無駄な所に力を注いでいるんだと思わなくもなかった。

 しかし、相手が本気のロールをするならば、こちらも本気のロールで返さなくてはならない――

 だが、いつしかモモンガはそんな事も忘れて、『モモンガ』として自然に『ネム・エモット』に接するようになっていた。

 

 

「はぁ…… 目が覚めても家の手伝いばっかり。雑草を抜いたりとか、畑の仕事はつまんないよ。私も冒険してみたいなー」

 

「残念、ここは夢の世界だからな。ネムがこの部屋から出られるなら、外の世界に連れて行ってあげたのだが……」

 

 

 以前この円卓の間から出られるのか試したが、ネムがいる間は扉が開かないようになっていた。

 テストプレイだからかもしれないが、きっと限定的な場所でしか表情などの高度な処理が出来ないのだろう。

 

 

「体が透けてきちゃった。今日はもうお終いだね」

 

「そのようだな。目覚めの時なのだろう」

 

 

 ネムが消える――夢から覚める時は、いつも体が徐々に透けていく。

 それがネムとのお別れの合図である。

 

 

「またね、モモンガ」

 

「ああ、またな、ネム」

 

 

 ネムの姿が完全に消え、モモンガは一人円卓の間に取り残された。

 

 

「またな、か…… こんな会話、いつ以来だろうな」

 

 

 久しく会っていないギルドメンバーとの思い出が蘇る。

 彼らとはこの円卓の間で、延々とくだらない雑談に時間を費やしていたこともあった。ちょうど今、ネムと話していた時のように。

 

 

「さてっ、ネムも帰ったし、金策のモンスター狩りに行きますか」

 

 

 癒しの時間は終わりだ。

 モモンガはギルドの維持費を稼ぐために、一人で狩場へと向かうのだった。

 

 

 

 

 ひょんな事から始まった、変わった骸骨――モモンガとの付き合い。

 夢の中で何度も会って話していると、自分の住んでいる世界とモモンガの世界は別物だという事が分かった。

 

 

「そちらの世界に名前はないのか? ユグドラシルとかヘルヘイムとか」

 

「ないと思うよ?」

 

「なるほど、異世界という概念がないのかもしれんな。他の世界を認識していなければ名前も付けないだろうし」

 

 

 モモンガはアンデッドなのにとっても優しい。それにいつも自分の話を真剣に聞いてくれる。

 

 

「私もモモンガみたいに魔法が使えるようになりたいなー。どうやったら使えるようになるの?」

 

「んー、モンスターと戦って強くなったら覚えられるんだが、ネムにはまだ危ないかもしれないな。ネムの周りには魔法とか変わった能力が使える人はいないのか?」

 

「村では誰も使えないよ。あっ、でも時々村に来るンフィー君は使えるみたい。タレントも持ってるよ」

 

「タレント? 何かのスキルか?」

 

「えっとね、生まれた時から持ってる能力みたいなモノ? どんな能力かは人によって違うみたいだけど、持ってない人の方が多いよ。ンフィー君は魔法の道具なら何でも使えるんだって」

 

「何だそのふざけた能力は。職業や特別な制約も無視出来るとなれば…… いや、どう考えてもチートだろ」

 

「ちーと?」

 

 

 でも偶によく分からない単語を使う事がある。起きてから姉や両親に聞いてみても分からない事の方が多かった。

 やっぱりモモンガは物知りだ。

 

 

「そういえばネムの世界にいるアンデッドってどんなの何だ? 最初に私の事をお化けって言ってたが」

 

「見た事ないからよく分かんない。でもお母さんは危ないから近づいちゃダメって言ってた。人を見ると襲ってくるんだって」

 

「アクティブモンスターみたいだな。ネムも私みたいなのを見つけても近づいちゃダメだぞ。これでも死の支配者(オーバーロード)、最上位アンデッドだからな」

 

「うん、モモンガが特別なんだよね。夢の事は話したけど、モモンガの事はお姉ちゃんにも言ってないよ。誰にも言ってない秘密のお友達だね」

 

「――っ」

 

 

 自分は何か変な事を言ったのだろうか。

 普段からモモンガは口も開かずに喋っているが、今は完全に固まっている。

 

 

「どうしたの?」

 

「……いや、何でもない。そうだな、夢の中とはいえ、周りにも秘密にした方が良いだろう」

 

「えへへ、お友達だけの秘密ってなんか楽しいよね」

 

「ああ、友と秘密を共有するのは楽しいものだ。俺とネムは、友達だものな……」

 

 

 秘密を持っている事が楽しいのか、モモンガはその時とても嬉しそうな声を出していた。

 

 

「じゃあ、今度はンフィー君の秘密も教えてあげる!!」

 

「おっ、他人の秘密をバラしていいのか?」

 

「どうせ周りは知ってるからいいもん。でも内緒だよ? ンフィー君はね、お姉ちゃんの事が好きなんだよ。隠してるつもりみたいだけどバレバレだもん」

 

「あっはっは、思い人の妹にバレているとは。ンフィーレアとやらも難儀なものだな」

 

「他にもね――」

 

 

 その日は自分の目が覚めるまで、お互いに色んな秘密を話して過ごしていた。

 

 

 

 

 不思議な少女、ネムとの付き合いは意外なほど長く続いていた。それこそユグドラシルのサービス終了まで会えるんじゃないかと思うほどに。

 ネムがこちらにやってくる時間はいつもバラバラだ。モモンガ自身も毎日同じ時間にログインしている訳ではないのに、なぜか毎回自分より先にいるのだ。

 ネム曰く、この場所に来たら割とすぐに自分が現れるらしい。

 自分の夢にネムが入り込む。そう設定されている事を考えれば、ほぼ同時に現れるのも道理なのだが、何とも不思議だ。

 

 

「一週間ぶりだな、ネム」

 

「えっ? 昨日も会ったよ?」

 

「あー、なるほど。私とネムの世界では時間の進みが違うらしい。いや、同じ時もあるから、この夢の世界はかなり変則的なようだな」

 

 

 ただし、二人の世界は時間的には繋がっていないらしい。

 これも夢の世界が繋がるという設定だからだろう。ネムとモモンガの感覚が同じ時もあれば、片方だけ早かったり遅かったりする事もあった。

 

 

「久しぶり、モモンガ!!」

 

「ふむ、私の感覚だと二日ぶりだな」

 

「そうなんだ? 今日はね――って、ええっ!? もう体が透けてきた!? まだ全然話してないのに!!」

 

「残念だが、どうやら今日は早起きみたいだな。また次の夢で会えるのを待ってるよ」

 

「うん…… またね」

 

 

 そしてネムがここにいられる長さもバラバラだった。

 五分とない短い時間の時もあれば、三十分以上お喋りを続けていた時もある。

 

 

「お馬さんいけー!!」

 

「ふっ、手綱はしっかり持っておけよ」

 

「うん!! 負けないよー!!」

 

 

 ネムが現れるのは決まって円卓の間だったが、雑談以外にもゴーレムを使って遊んだこともある。

 円卓の周りを周回する早さを競う、ちょっとしたレースを楽しんだりする事もあった。

 ある時モモンガは興味本位で、食べ物系のアイテム――インテリジェンスアップルをネムに渡してみた。

 

 

「いただきまーす!! ――ん、何これ。味がしない…… 匂いもしないね。それにちゃんと齧ってるのに、齧ってないみたいな変な感じがする」

 

「んー、やっぱり夢だから食べれなかったか」

 

「せっかく甘いものが食べられると思ったのに……」

 

 

 ゲームと現実で起こりうる差異も、夢の中という設定のおかげで違和感もない。

 何度か情報サイトを漁ってみたりもしたが、ネムのような存在は噂にもなっていなかった。

 自分が数少ないアクティブユーザーだからだろうか、もしくは話相手をするプレイヤーはランダムに選ばれただけかもしれない。

 

 

「やはりネムのように他の人の夢と繋がるというのはレアケースのようだな。調べてみたが、他に同じような人はいなかった」

 

「うーん、もしかしたら私、そういうタレントを持ってるのかも?」

 

「あー、あのゲームバランスぶっ壊れのチート能力か。何でもありすぎてビックリしたよ」

 

「えー、モモンガの魔法の方がすごいよ。絶対ンフィー君よりすごいもん」

 

 

 こうしてゲームの中でネムと会った回数は、もう数え切れないほどになっている。

 時たま本当にネムは異世界の住人で、夢の世界から来たのではないか――モモンガはそんな馬鹿な妄想すらも浮かぶようになっていた。

 

 

「あっ、時間みたい。またね、モモンガ」

 

「ああ、じゃあな、ネム……」

 

 

 金策に費やす時間より、この少女とのなんでもない時間の方がはるかに楽しい。

 しかし夢はいずれ覚める――ユグドラシルにも、静かに終わりの時が近づいていた。

 

 

 

 

 ある時からネムは夜になると早く寝るようになった。

 以前ならもっと起きていたいと、しぶしぶベッドに入っていたのに今はやけに素直だ。

 それどころかまるで遊びに出掛ける時のように、寝るのを楽しみにしている節すらあった。

 最初は家族も不思議そうに思っていたが、一度その理由を聞くと納得したように笑い、気にする事はなくなった。

 

 

「今日は会えるかな……」

 

 

 自分には変わったお友達がいる。とっても優しくて物知りなお友達だ。

 それは村に住んでいる人ではない。その友達には夢の中でしか会えず、実は人ではなくアンデッド。別の世界に住んでいる豪華な服を着た真っ白な骸骨だ。

 だから骸骨――モモンガの事は誰にも言っていない秘密の友達なのだ。

 ――今日もモモンガに会えるといいな。

 そんな期待を持ちながらベッドに入り、目を閉じる。

 そして段々と眠気がやってきて、自分は気がつくと大きな机があるいつもの部屋にいた――と、思っていたら違う場所だった。

 

 

「あれ、いつもと違う…… 別の夢かな」

 

 

 天井はありえないほど高く、キラキラとした飾りがいくつもぶら下がっている。壁には沢山の大きな旗が垂れ下がり、見たところ全部別の図が描かれていた。

 左右に太い柱が立ち並び、中央には見たこともないほど長い絨毯が敷かれている。

 そしてその真っ赤な絨毯の先に階段のような段差があり――

 

 

「あっ、モモンガだ!!」

 

 

 ――金の杖を持ったモモンガが大きな椅子に座っていた。

 体験した事のない感触の絨毯の上を通り、すぐさまモモンガに駆け寄る。

 

 

「こんばんは、モモンガ。今日はいつもと違う場所なんだね。でも、ここもすっごく綺麗!!」

 

「ああ、ネムか。もう会えないかと思っていたよ……」

 

 

 いつもと違う場所だったから不安だったが、どうやらここもモモンガの夢らしい。

 モモンガのすぐ側には白いドレスを着た黒髪の女性がおり、少し離れた所には数人のメイドと執事が待機していた。

 

 

「あっちの人達もそうだけど、このお姉さんも動かないね」

 

「ふっ、ああそうだな。ここは夢だ。だから私とネム以外は、動かないのだろう」

 

「やっぱりそうなんだ。でもこのお姉さんすっごい美人だね」

 

「確かに美人だな。でも実はビッ――いや、何でもない。そうだな、彼女はアルベドというのだが、どんな性格だと思う?」

 

 

 モモンガにクイズのように尋ねられ、アルベドという女性の事をじっと見つめてみた。

 頭に角が生えていて、腰には黒い翼がある。でもスタイルが良くて、髪が長くて綺麗で、本当にビックリするくらいの美人だ。

 

 

「うーん……アルベドさんは――」

 

 

 どんな性格か考えていると、ふと最近姉に怒られた事を思い出す。

 そして咄嗟に自身の願望が混じった答えをだした。

 

 

「――妹に甘くてとっても優しい!!」

 

「くっくく、そうか、妹に優しいか…… そういえばネムには姉がいるのだったな。はははっ、それはそれで良いギャップだろう。面白いし、そうしておこう。前のやつより何倍もマシだ」

 

 

 モモンガは自分の答えが面白かったのか、声を上げて笑うと素早く手を動かして、よく分からない何かをしていた。

 

 

「ネム、一つ私の我儘を聞いてくれないか?」

 

「なぁに?」

 

「……私は今日、ここで消える。だから最後まで一緒に残っていてくれないか?」

 

 

 椅子に深く腰掛けたモモンガの言葉。

 その意味が一瞬分からなかった。

 

 

「消えるってどういう事?」

 

「そのままの意味だ。私も、そしてこのナザリックも消えてしまう。私はいつも見送る側だった。だから……」

 

「そんなっ、なんで、なんで消えちゃうの!?」

 

「夢はいつか覚める。当然のことなんだよ。……私はそんな当たり前の事にすら目を背け、いなくなった仲間を待ち続ける哀れな男だったんだ」

 

 

 モモンガの声はどこか疲れたようで、寂しげだった。

 

 

「また友達に会ったり、新しい友達を作ったりも出来ないの?」

 

「そんな事は出来ないさ。それに新しい友達なんか、こんな俺に出来るわけもない……」

 

「モモンガなら出来るよ」

 

「……無理だ」

 

「出来るもん」

 

「無理なんだよ。ここを作った仲間達も、もうここには……来ないんだよっ。ユグドラシルが、ナザリックが消えたら、もう会えないんだよっ!!」

 

 

 今まで聞いた事のないモモンガの叫び。

 私は我慢出来なくなって、椅子に座るモモンガに飛びついた。

 "はらすめんとこーど"とかいうのがあるらしく、抱きつくのは止められていたけど、今はガツンと言ってあげなくちゃいけない。

 

 

「出来るもん!! この夢が覚めるならまた次の夢を見たらいいんだよ。それに夢が覚めても、それで友達じゃなくなる訳じゃないよ!!」

 

「それは……」

 

「別の場所なら友達にまた会えるかもしれないよ。それに新しい友達もきっと出来るよ。私はここを作ってないけど……私とモモンガは、友達になれたよ?」

 

「――っ!?」

 

 

 モモンガはゆっくりと、恐る恐る私の頭に手を置いた。

 

 

「……ああ、どうして私は忘れていたんだろうな。そうだな、この場所がなくても友達は友達だ。新しい別のゲームを一緒にしませんか(新しい別の夢を一緒に見ないか)――そう誘われた事もあったじゃないか。みんな私を置いていった訳じゃない。私が、前に進む事を拒んだんだ……」

 

 

 その時、タイミング悪く私の体は透け始めてしまった。

 

 

「そんな……体が……」

 

「良いんだ。こちらも丁度終わる頃だ。ネム、本当にありがとう。君は俺に新しい可能性を教えてくれた。『またどこかでお会いしましょう』――ふっ、仲間たちもこんな気分だったのかな」

 

「うん、また会おうよ。今度はモモンガが私の夢に来てくれても良いよ」

 

「あっはっは!! そうか、こんな私を誘ってくれるのか…… そうだな。もし別の世界で会えたなら、今度は一緒に冒険をしよう。狭い部屋なんかじゃなくて、広い外の世界で遊ぼう」

 

「約束だよ!! 私、いっぱい寝るから、モモンガもちゃんと来てね」

 

 

 モモンガと指切りをしようと思ったが、残念ながら既に手首から先は完全に消えている。

 でも、モモンガはちゃんと口に出して言葉にしてくれた。

 

 

「ああ、約束だ。俺の四十一人目の友、ネム・エモットよ。君に会えて本当に良かった。ネムの未来に栄光あれ…… ネム、またな――」

 

「またね、モモンガ――」

 

 

 最後に告げたのはさよならではない。

 モモンガは消えると言っていたが、私はその言葉より後からした約束の方を信じる。

 完全なお別れではなく、再会の約束を取り付け、私の意識は途絶えた。

 

 ――きて……もう朝……ム……

 

 真っ暗になった視界に段々と明かりが入ってくる。そして、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

「――ネム、起きて。今日もお手伝いしないと」

 

「お姉ちゃん、おはよう……」

 

 

 見慣れた家の天井。いつも通りの姉の姿。

 自分は完全に夢から覚めた。

 

 

「あれ……ネム、涙の跡がついてるけど、怖い夢でも見たの?」

 

「えっ?」

 

 

 心配そうに自分の顔を覗き込む姉。

 顔に手を当てると、乾いているが確かに目の下に跡がついていた。

 

 

「……全然怖い夢なんかじゃないよ。楽しい夢だったよ」

 

「そうなの? どんな夢だったの?」

 

「んー、内緒っ!!」

 

 

 今回の夢での出来事は姉に話さなかった。

 これは友達と私の、二人だけの約束だ。

 ――秘密にすると言った訳じゃないけど、()()との秘密は楽しいから。

 私が内緒にすると決めたのだ。

 

 

「次も同じ夢を見れたら、その時はお姉ちゃんにも教えてあげるね」

 

 

 この日を境に、ネムが不思議な夢を見る事はなくなった。

 夜、どんなに早くベッドに入っても。

 昼間、何度お昼寝を繰り返しても。

 ネムが夢の中でモモンガに会う事は、もう二度となかった。

 

 

 

 

 最後に夢の中でモモンガと約束をしてから、私は夢を見ていない。

 実際には夢を見る事もあったけど、モモンガに会う事はなかった。

 私にとっての楽しみが一つなくなり、いつもと変わらない――不思議な夢を見る前の――以前の平凡な生活が戻ってきた。

 しかし、その平凡な毎日すらなくなってしまう瞬間が、突然に訪れた。

 

 

「ネムっ、もうちょっとだけ頑張って!!」

 

 

 自分を励ましながら走る姉に手を引かれ、ただ必死に足を動かした。

 姉の声に応える余裕もない。もう敵が――二人の騎士がすぐ後ろまで迫っている。

 

 

(なんで、どうして……)

 

 

 いつもと変わらない朝のはずだった。

 しかし、なんの前触れもなく、急に現れた騎士の集団が村を襲ったのだ。

 村のみんなは剣を持った騎士に斬られ、沢山の人が血を流して倒れていた。

 自分たちを逃す時間を稼ぐため、騎士達に突撃した両親。

 後ろを振り返る余裕はなく、お父さんとお母さんすら無事でいるかも分からない。

 森まで行けば隠れてやり過ごせるかもしれない。それだけを信じて自分は姉と一緒に走り続けた。

 

 

「――あっ!?」

 

「ネムっ!?」

 

 

 しかし私の体力は限界を超え、姉の足の速さについていけなくなり、とうとう足を地面に引っかけて転けてしまった。

 そんな私を姉は見捨てる事なく、私を守るように咄嗟に覆いかぶさった。

 

 

(怖い、怖いよ。お姉ちゃん……)

 

 

 数秒と経たず二人の騎士は私達に追いついた。

 全身を鎧に包まれた騎士は既に剣を振りかぶっている。

 ――ああ、ここで死んじゃうんだ。

 私を強く抱きしめる姉に、自分も離れないように強く抱きしめ返した。

 せめて姉と二人一緒に、出来るだけ痛くないように死ねる事を祈りながら――

 

 ――〈心臓掌握(グラスプ・ハート)

 

 ――まだ自分は生きている。姉も斬られた様子はない。

 すぐ側で鉄の棒を落としたような、鎧を着た人が崩れ落ちるような――金属の音が響いた。

 

 ――でもその前に聞こえたあの声はもしかして。

 

 姉の体の隙間から恐る恐る顔をだす。

 倒れている騎士はピクリとも動かず、完全に死んでいた。

 そして、もう一人の騎士は凍りついたように固まり、私達の後ろにいる()()を見ている。

 握った剣の切っ先が震えているのが分かり、後ろにいる()()は余程恐ろしい存在なのかもしれないと思った。

 

 

「――夢から覚め、世界の壁を越え、私は今、ここにいる…… また会えたな――」

 

 

 でも違った。私には全く怖くない。

 自分を抱きしめる姉も、鎧に身を包んだ騎士さえも絶望を目にしたように震えている。

 そんな中、私にだけは別のものが見えていた。

 

 

「――約束を果たしにきたぞ、友よ」

 

 

 私の目には、間違いなく()()が映っていた。

 

 

 




モモンガに新しい友達が出来るルート。
ゲームにのめりこみすぎたモモンガならではの話でした。
呼び捨てに出来る関係性も意外と新鮮かもしれない。
あと個人的にネムは最強だと思う。


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異世界編
夢の外で再会したお友達


自分が書いた中で過去最高に綺麗に終わった――でも続きを書いた事に後悔はない。
ネムをメインに短編の続きを少しだけ書いてみました。
ナザリックも一緒に転移していますが、出来る限り現地人の目線のみで書いてみようとチャレンジしています。



 私を抱きしめる姉が、後ろにいる()()を目にして怯えている。

 鎧に身を包んだ騎士さえも、剣の先が震える程に怯える()()が後ろにいる。

 襲ってきた騎士から目を離すのは怖い。それでも聞こえた声の正体が気になってしまう。

 

 ――あの声は、もしかしたら……

 

 姉の体から顔を離し、二人の視線を追うようにゆっくりと振り向いた――

 ――でもそこに立っていたのは、私にとってちっとも怖い存在なんかじゃなかった。

 

 

「――約束を果たしに来たぞ、友よ」

 

 

 私の目には、間違いなく()()が映っていた。

 夢の中でしか会えないと思っていた、家族にも教えていない私の秘密のお友達。

 

 

「モモンガ……」

 

「まさか本当に異世界の住人だったとはな。こうして再会出来た事と言い、ネムの教えてくれた可能性には驚かされるよ」

 

 

 闇色の豪華なローブを身に纏い、黄金の杖を持った背の高い骸骨。

 その眼窩には赤黒い光が灯り、お腹には謎の赤い球体が浮かんでいる。

 あの夢の終わりに――最後に会って約束をした時と全く同じ姿だ。

 

 

「モモンガ、なんだよね……」

 

「そうだぞ。便利な魔法が沢山使える特別なアンデッド…… ネムと友達になったモモンガだよ」

 

 

 震える声で名前を呼ぶと、私を気遣う優しい声が返ってきた。

 

 

「んっ、痛い…… 夢じゃ、ないんだよね……」

 

「もちろんこれは夢じゃない。だが『夢が覚めても、それで友達じゃなくなる訳じゃない』そうだろう?」

 

 

 姉に抱きついたまま、片手でほっぺを抓ると鈍い痛みが走った。

 それにあの言葉は、私があの時モモンガに言った言葉だ。

 

 

「幻じゃ、ないんだよね……」

 

「ああ、私はここにいるぞ」

 

 

 私の側にしゃがみ込み、モモンガは手を差し出してくれた。

 真っ白な骨の手だ。硬くて、温かくなくて――でも、とっても優しい友達の手。

 私が握りしめる手の中に、確かにそれはあった。

 夢でも幻でもない。モモンガが現実に来てくれたのだ。

 

 

「あ、あなた様は、一体……」

 

「ん? どことなくネムと似ているな…… ああ、なるほど。君が姉のエンリ・エモットだな?」

 

「はい、そうですけど…… どうして私の名前を? それにネムとはどういう――」

 

「すまないが細かい説明は後だ。むしろ私の方こそ確認したい事が山ほどあるくらいなのだが…… 一つ言えるのは、私は君達を助けに来た――君達の味方だ」

 

 

 モモンガはそう言って立ち上がると、私と姉を守るように一歩前に進み出た。

 やっぱりモモンガは凄い。

 さっきまであれだけ怖かったのに、その背中を見ただけで私はもう安心している。

 

 

「――ふぅ。感動の再会だというのに、余韻にすら浸れないとは…… 精神抑制も考えものだな」

 

「ば、化物……」

 

「どうした、その棒切れでかかってくるがいい。ここからは特別に私が相手をしてやろう」

 

「あ、ああっ、なんで、こんなっ、何故アンデッドが人間を庇って……」

 

「友を助けるのに理由がいるのか? くだらん問いかけだ…… 消えろ――〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉」

 

 

 モモンガが冷たい声で魔法を唱えると、騎士はビリビリとした光に包まれて崩れ落ちた。

 鎧に包まれた体から焼け焦げたように煙が立ち上り、あんなに怖かった騎士が起き上がってくる事は二度となかった。

 

 

「ふんっ、この程度で死ぬとはな。あまりにも弱すぎる。……ちっ、やはりただの人間だと一人、二人殺しても何も感じない――っうおっと!?」

 

「モモンガーっ!! 助けてくれてありがとう…… ごわがっだよぉぉ……」

 

 

 私を止めようとする姉の腕を振り切り、モモンガに思いっきり飛びついた。

 この場に敵はもういない。極限状態だった緊張が解けてしまい、溢れてくる感情を止められなかった。

 

 

「よしよし、遅くなってごめんな。もう大丈夫だぞ。ネム、これで涙を拭きなさい」

 

「うん……ありがとう」

 

「ネムっ!! ちょっと待って、その方は一体誰なの!? ああっ、助けていただいてありがとうございます。い、妹が無礼をっ!!」

 

「君もそんなに慌てる事はない。先程も言ったように私は味方だ。まぁこの顔では不安になるのも無理はないか。君達の村の事だが――」

 

 

 モモンガに渡された真っ白なハンカチで顔を拭いていると、後ろにあった闇――宙に浮いている、ぽっかりと空いた穴のような物――から何かが出てくるのが見えた。

 今まで気にする余裕がなかったけど、モモンガもアレから出て来たのだろうか。

 

 

「――モモンガ様、時間がかかってしまい申し訳ありません。敵勢力の排除、および村人の保護が完了いたしましたので、ご報告を」

 

「デミウルゴスか。ちょうど良いタイミングだ」

 

 

 現れたのは丸い眼鏡をかけた男の人。

 赤い服を着て、黒い髪をオールバックにしている。

 初めて見る人物にドキリとし、思わずモモンガのローブの裾を掴んで身構えた。

 

 

「――重ねてお詫び申し上げます。老爺八人、老婆二人、中年男性五人、中年女性四人、青年七人、子供四人――合計三十人の人間は治療が間に合わず……」

 

「そうか…… 私が気づいた時点で手遅れだったのだろう。お前が気に病むことではない」

 

 

 話している様子から、どうやらモモンガの知り合いらしいという事は分かった。

 一瞬こっちをチラリと見て表情が動いたような気がしたけど、この男の人は私の事を知っているのだろうか。

 

 

「ですが、モモンガ様の御命令を果たせなかったのは事実で御座います。どうか私に罰を……この命で償いをさせて頂きたく」

 

「――やめよ。無理な命令を出した私にも責はある。それよりも村の様子を聞かせてくれ」

 

「おぉ、なんと慈悲深い…… モモンガ様の恩情に深く感謝いたします。現在の村の様子ですが――」

 

 

 モモンガの友達、いや友達にしてはちょっと言葉が固い。それにこの男の人からはモモンガに対する凄く強い尊敬を感じる。

 

 

「――村人は広場の中央に集め、その周りをアルベド、セバス、アウラ、数名のプレアデスで固めております。村の周囲には高レベルの隠密部隊、伏兵としてマーレが率いる部隊を控えさせております。ナザリック側の防衛戦力と速やかに動ける者を考え、このようにさせて頂きました」

 

「お、おぅ……御苦労だったな」

 

「勿体なきお言葉です。ですが指揮を執った者として、完璧な結果をお見せする事が叶いませんでした……」

 

 

 そういえばモモンガは前に自分の事を"アインズ・ウール・ゴウンの長"とか"ナザリックの支配者"だって言ってた。

 きっとこの人はモモンガの部下なんだ。

 部下に応えるモモンガは堂々としていてカッコいい。まるで王様みたいだ――本物の王様は見た事ないけど。

 でも、どことなく引いている感じがする。何でだろう。

 

 

「救援対象は人間種の村。よって見た目の印象も考慮しメンバーを選別したのですが、敵との戦力差が余りにも酷く…… いえ、はっきりと申し上げますと、セバスを筆頭に少々やり過ぎました」

 

「村にいた主力部隊がそれ程までに弱かったと?」

 

「はい。レベルで言えば大半が十にも満たない存在ばかりでした。ただ、モモンガ様からの御命令に、皆が張り切り過ぎていた事も一因かと」

 

「ぇぇ…… そうか」

 

 

 二人の話は難しくて私にはよく分からない。

 それでも何かの集団で村を助けに来てくれたという事だけは理解出来た。

 

 

(あ、尻尾がある…… でも、大丈夫だよね)

 

 

 たとえ人間ではなくても、彼はモモンガの仲間だ――それが分かると、不安で身構えていた私の緊張は解けていった。

 

 

「もちろんでございます。ナザリックでモモンガ様の御命令に奮起せぬ者などおりません」

 

「そうなのかぁ…… んんっ――報告を続けよ」

 

「はっ。敵の殲滅と村人の保護を優先した結果、村の建物にもそれなりに損害が出てしまい…… 申し訳ありません。モモンガ様の慈悲に救われておきながら、村人達は感謝と恐怖、半々くらいの感情を持っていると思われます」

 

「その程度の事を気にする必要はない。それにお前たちの考えも優先順位としては間違っていない。未知の敵を侮り、こちらが痛手を負うより遥かにマシだ。デミウルゴスよ、情報の少ない状況で良くやった。私はこの者達と村に向かう。隠密と伏兵だけ残して、残りは引き上げさせろ」

 

「ですが、それではモモンガ様の護衛が……」

 

「油断も慢心もするつもりはないが、村にいた敵は殲滅したのだろう? ……まさかとは思うが、私が村人に後れを取るとでも?」

 

 

 低い声を出している時のモモンガは凄い。

 モモンガの声に反応して、デミウルゴスの尻尾がびよんびよん伸びたり縮んだりしてる。

 

 

「いえ、至高の御方であるモモンガ様に対してそのような事は…… ですが、せめて即座に対応出来る形にして頂きたく」

 

「良かろう。ならば伏兵と合流させておけ。村の周囲の警戒も怠るな。何かあれば私に直接〈伝言(メッセージ)〉を寄越せ。デミウルゴスは引き続き全体の指揮を頼む」

 

「……畏まりました。私如きの意見を受け入れてくださり、感謝いたします」

 

 

 デミウルゴスはモモンガに深く頭を下げてから去っていった。

 でも去り際に私の顔を見たような気がする。やっぱり私の事を知ってたのだろうか。それとも顔に何か付いていたのだろうか。

 

 

「――はぁ……よく考えたら早過ぎないか? 俺が飛び出してから十分も経ってないような…… あいつらどんだけ本気出したんだよ。いや、俺も魔法が効かなかったら逃げようと思ってたし、初手は本気の即死魔法を使ったけどさ。でもこの弱さは予想外だった……」

 

 

 デミウルゴスが闇の中に消えていくのを見届けた後、モモンガはがっくりと肩を落とした。

 モモンガは疲れてるのかもしれない。

 それなら後で私が肩でも揉んであげようかな――でも骨だから意味がないかも。

 

 

「――チュートリアルのスライムかよ。そんな雑魚にレベル百のパーティ使うとか、オーバーキル過ぎる…… あぁ、確かに『村の者達を確実に助けられる部隊を出せ』って言ったの俺だけど……」

 

「モモンガ、大丈夫?」

 

「っあ、ああ!! 私は大丈夫だ。村の方は私の配下の者が既に助けてある。だが、全員は救えなかったようだ……」

 

 

 申し訳なさが滲んだモモンガの声。

 さっきの会話で村の人達が全員助かった訳じゃないのは分かっている。でもそれはモモンガが悪い訳じゃない。

 

 

「すまない。私がもう少し早く気がついていれば……」

 

「そんなっ、モモンガのせいじゃないよ」

 

「妹の言う通りです。妹を、村を助けてくださり本当にありがとうございます」

 

「気にするな。村を救ったのは私ではないが、配下には後で礼を伝えておこう。さて、そろそろ私達も行こうか。〈全体飛行(マス・フライ)〉」

 

 

 お母さんとお父さんは無事なのか、それを確認するのは怖い。でもいつまでもここで待っていても仕方がない。

 いつの間にか黄金の杖をどこかに仕舞い込んだモモンガに促され、魔法でふわりと浮かび上がった私達は村に向かった。

 

 

「――はぁ、命令丸投げしてこっちに来たのは不味かったかなぁ。でもネムがピンチだったんだから仕方ないじゃないか。見つけて直ぐに動いてなかったらもっと被害が出たかもしれないし……」

 

 

 村に戻るまでの間、モモンガは悩むようにずっと一人で小さく何かを呟いていた。

 さっきも独り言が多かったし、凄いアンデッドでも色々苦労しているんだろうな。

 

 

「――あぁ、俺たちの事、なんて説明すれば…… うっ、建物どれくらい壊したんだろう。村の人達に謝らないとなぁ…… お詫びにこっちで建て直すか? あっ、顔隠さないといけないんだった」

 

 

 助けてくれたのはモモンガで、悪い事なんて何もないのに。モモンガはとっても責任感が強い。

 村に着いたら私がみんなに説明してあげよう。モモンガは悪いアンデッドじゃないんだよって。

 

 

「ねぇ、ネム。結局この方は何者なの?」

 

「私の友達だよ。夢にあるお城に住んでて、とっても綺麗なんだよ。あっ、寝てる時にモモンガとは会ったんだ。あとね、モモンガは魔法が色々使えて――」

 

 

 モモンガが一人で思考に集中している中、困惑した表情の姉が小声で尋ねてくる。

 私はとりあえず村に着くまでの時間で、精一杯モモンガの良いところを姉に頑張って伝えてみた――

 

 

「――それで約束したら来てくれたんだよ。凄いでしょ?」

 

「あはは…… モモンガ様は凄いお方なんだね。うん、凄すぎて何言ってるのか理解しきれないけど……」

 

「あー、ネムよ。姉も困っているようだし、私の正体は秘密にしておこうか」

 

「うん、分かった……」

 

 

 ――でも、結局モモンガの正体がアンデッドだという事は、村のみんなには秘密にする事になった。

 ごめんね、モモンガ。私じゃお姉ちゃんにすら上手く伝えられなかったみたい。

 

 

 

 

 村に着いてから両親を探すと、奇跡的に二人とも生きていた。

 どちらも剣で刺されて死ぬ寸前だったらしいが、突然現れたメイドが治癒の魔法で助けてくれたそうだ。

 

 

「お母さん、お父さんっ!!」

 

「ああ、ネム、エンリ!! 二人とも無事だったか……」

 

「エンリ、ネム、本当に無事で良かったわ……」

 

 

 この村を直接助けた人達は既に帰っており、今は誰も残っていない。だけどモモンガの部下である事は告げていたらしい。

 仮面を着けたモモンガがさっきまでいた集団の主人だと名乗っても、それ程怪しまれる事はなかった。

 でもモモンガは村のみんなから少し怖がられていたように思う。

 村長の家で報酬の事とか色々話していたみたいだけど、モモンガ曰く「営利目的の集団と思われた方が向こうも安心するだろう」との事だった。

 

 

「なんでそんなに怖がるんだろう。モモンガは優しいのに……」

 

「ネム、モモンガ様は村の事を心配してくれているの。だから本当の事は言っちゃダメよ」

 

「うん、言わないよ……」

 

 

 モモンガ達は魔法の実験に失敗して、この辺りに集団転移してきた旅人の集団。

 そして偶然近くの村が襲われている事に気がつき助けに来た――という設定の作り話を村のみんなに伝えていた。

 私とモモンガが友達であるという事も、不自然だから周りには秘密のままだ。

 

 

(モルガーさん…… それにあの子も…… っ私は生きてる。だからしっかりしなくちゃ!!)

 

 

 助からなかった人の中には近所に住んでいた人、一緒に遊んだ事のある友達――自分のよく知る人達も当然いた。

 家族を失った人は泣き崩れていたが、それでも今は立ち上がっている。

 亡くなった人達の葬儀も終わったばかりだが、それを悲しみ続けてもいられない。

 

 

「お姉ちゃん、こっちは終わったよ」

 

「ありがとう、ネム。次は村長さんの所にこれを届けてくれる?」

 

「うん、分かった」

 

 

 私に出来る事は少ないが、今は少しでも人手が必要とされている。子どもだからと自分だけ休んではいられない。村のみんなも一生懸命働いているのだ。

 荒れてしまった村の片づけを手伝っている途中、私はモモンガと村長が不安気に話しているのを見つけてしまった。

 

 

「どうかされましたか、村長殿」

 

「ああ、モモンガ様。実はこの村に騎士風の者達が近づいているようで」

 

「なるほど…… 分かりました、それでは――」

 

 

 村長とモモンガだけを広場に残して、村のみんなは村長の家に向かっている。

 私も家に行くように言われたが、少しだけモモンガと話がしたかった。

 

 

「モモンガ……何かあったの?」

 

「この村に何者かが向かって来ているらしい。でも大丈夫だ。きっとこの村を助けに来てくれた人達だよ」

 

「本当?」

 

「ああ。それにもし悪い人達だったら、私が魔法でやっつけるから安心しろ。さぁ、もう行きなさい」

 

「うん、また後でね…… モモンガも気をつけてね」

 

 

 家族をこれ以上待たせる訳にもいかない。私は家族と一緒に、村のみんなが集まっている村長の家へと急いで向かった。

 走りながら後ろを振り向くと、私に軽く手を振るモモンガの姿が見える。

 そしてその背後に、馬に乗った人が近づいて来ているのが見えた。

 

 

「――私はリ・エスティーゼ王国"王国戦士長"ガゼフ・ストロノーフ――」

 

 

 襲って来た騎士達とは違う格好だ。それでも鎧姿は嫌な記憶が蘇ってくる。

 何も出来ない私は心の中で祈った。

 どうかあの人が悪い人じゃありませんように――もしもの時はモモンガが負けませんように、と。

 

 

 

 

 ガゼフは数十人の部下を連れ――帝国の騎士と思しき集団に襲われているとの報告があった――辺境の村を救うべく行動していた。

 しかし、駆け付けた村は既にどれも壊滅状態。悲劇を食い止める事は出来なかった。

 

 

「この村もか……くそっ。周囲を警戒しつつ、生き残りを探せ!!」

 

「はっ。了解しました」

 

 

 焼け落ちた村で助けられたのは、息を潜めて地下の物置などに隠れていた数名のみ。その僅かな生存者のために、部隊から人を割いてエ・ランテルまでの護衛を用意した。

 そのため一つ、二つと襲われた村を見つける度、部隊の戦力は減り続けていった。

 

 

「ガゼフ戦士長、これは確実に罠です。戦士長もお気づきでしょう」

 

「だがここで退けば、それこそ確実に民は犠牲となる」

 

「ですがっ、貴族どものせいで明らかに戦力が足りていない…… 一度皆でエ・ランテルまで引き返すべきです。例え残りの村が犠牲になろうとも、最強の戦士である貴方を失う事に比べれば……」

 

 

 貴族の横槍が入り、ガゼフは本来の最強装備――王国の至宝を装備していない。

 そして王から出動を許可された人数もたったの五十名だけ。

 おそらくこれは罠に違いない。全て副長の言う通りだ。だが、それでも自分には退けない理由がある。

 平民であった自分を取り立ててくれた王に対する忠義のため。そして、この国を愛し、守護する者の一人として。

 

 

「私は平民出身だ。村の生活は死と隣り合わせ、モンスターに襲われる事も珍しくはない……」

 

「私も平民出身ですので、それは分かります。誰も助けに来てくれない事が当たり前でしたが……」

 

「そうだ。だが心のどこかで期待していただろう? 貴族や冒険者、力ある者が救いの手を差し伸べてくれないかと。だからこそ、我々が示そうではないか。危険を顧みず、弱き者を助ける――強き者の姿を」

 

 

 ガゼフは危険を知りながらも諦めず、一人でも多くの人を助けるために次の村へと進み続けた。

 そして最後に辿り着いた辺境の村――カルネ村を目にした瞬間、ガゼフは驚きとともに自らの無力さを嘆いた。

 

 

「なんだこれはっ!? くっ、我々は間に合わなかったのか……」

 

 

 酷く飛び散った血痕。壁が粉々に破壊された家。焼け焦げた地面。深く抉れた大地。

 ――まるで怪物が暴れ回ったような有様だ。

 今まで見てきた他の村の様子とはかなり違ったが、襲撃を受けた後である事は明白だった。

 

 

「ガゼフ戦士長、前方に人の姿が」

 

「なにっ、生存者か?」

 

 

 村の中へ馬に乗ったまま駆け込むと、広場に二人の人物が立っていた。

 一人は四十代半ばだと思われる男性。どこの村にもいる普通の平民だろう。

 

 

(あれは……何者だ?)

 

 

 だが、もう一人は異様な格好をしていた。

 身に纏っているのは豪華な闇色のローブ。その手は無骨な籠手に包まれ、顔には仮面を着けている。

 どう見てもただの村人には見えない。

 

 

「――私はリ・エスティーゼ王国"王国戦士長"ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士達を討伐するため、王の御命令を受け、村々を回っている者である」

 

「おお、王国戦士長様が……」

 

「この村の村長だな? 隣にいるのは一体誰なのか教えてもらいたい」

 

「はい、この方は――」

 

 

 村長に紹介され、彼こそがこの村を救った旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)であると教えてもらった。

 正確には彼の指示を受けた部下達が、襲われていたこの村を助けたそうだ。

 彼ら自身も転移の事故というトラブルの最中だったというのに、村を襲った騎士達を一人残らず殲滅し、その上村人達の治療まで行ったのだと言う。

 

 

「モモンガ殿。この村を救っていただき、感謝の言葉もない」

 

「いえいえ。私達も偶然に通りがかっただけですから。それに報酬もいただいておりますしね」

 

 

 助けた理由を気軽に告げるその姿に、なんと人徳ある御仁なのだと思った。

 神殿の神官達に魔法で治療してもらう場合、かなりの大金が必要だ。それこそ普通の平民ではまず払えない金額だ。

 村を救った事も考えれば、きっと彼らは正当な額の報酬など受け取っていないだろう。しかし、それを不満に思っている様子もない。

 

 

「申し訳ない。緊急だと判断し、仲間達も少々手荒にやってしまいました。証拠となる死体や鎧も、あまり状態が良いものは残っていないのですが……」

 

「はははっ、村を救っていただいたのだ。モモンガ殿がそのような事までに気にされる必要はない」

 

 

 体格に似合わず謙虚な物言いに思わず苦笑してしまう。だが、その誠実さはガゼフ個人としては非常に好感が持てた。

 冒険者などが無償で治療する事は法で禁止されているが、それは言わずに目を瞑った。

 村を救った事に比べれば些細な事だが、今の自分に返せる事などこの程度しかない。

 

 

「よければどこか話せる場所を貸していただけないだろうか。詳しい状況を――」

 

「――っガゼフ戦士長!!」

 

 

 もう少し詳しい話を聞きたい所だったが、その時部下の一人が真剣な様子で駆け寄って来た。

 

 

「どうした。何があった」

 

「戦士長、周囲に複数の人影が。村を囲うように接近しつつあります。魔法詠唱者と思われる者達が最低でも三十人以上かと」

 

「なんだと!?」

 

「天使のようなモンスターを召喚しているのも確認しております。このままでは完全に包囲されるのも時間の問題です……」

 

「不味いな。至急皆を集めろ」

 

 

 ――魔法詠唱者による天使の召喚。

 そんな事が可能な魔法詠唱者を大量に用意出来るとなると、相手は恐らくスレイン法国に違いない。

 それも神官長直轄の特殊工作部隊――六色聖典のいずれかだろう。

 ガゼフは思わず歯噛みする。

 

 

(貴族派閥だけでなく、他国――スレイン法国にまで命を狙われるとは……)

 

 

 つまりこれまで帝国の騎士と思われていた謎の集団が、王国の村を襲っていたのはスレイン法国の偽装工作。自分を誘き寄せるために法国が仕掛けた作戦だったのだ。

 

 

「モモンガ殿、よければ雇われ――」

 

 

 今の自分たちの戦力では勝てない。だが、この村を救ったモモンガの仲間達がいれば、協力する事で何とかなるかもしれない。

 そう判断したガゼフは向き直って声をかけようとした――が、先程まで話していたモモンガの姿は綺麗さっぱり消えていた。

 

 

「――なっ!? ……村長殿、モモンガ殿はどちらに?」

 

「も、申し訳ありません。私も気づいたら隣にいたモモンガ様がおらず……」

 

 

 まさか逃げたのか。いや、これで彼を責めるのは間違っている。

 そもそも彼らはこの国の者ではないはずだ。無関係にもかかわらず、義憤によって賊を討伐し、村人に治療まで施してくれたのだ。

 既に一度村を救ってもらっておきながら、何の恩も返さずに再び命を懸けてくれなど、国に仕える兵士として恥ずべき事だ。

 

 

(私は王国戦士長。王を御守りし、国を害する敵を倒すための剣だ。今度こそ自らの手で民を救わなければならない)

 

 

 ガゼフは集まってきた部下の顔を見て、村を救うために囮になる決意を固める。

 

 

「村長殿、我々は今から敵の包囲網を突破します。出来るだけ敵を引き付けますので、その間に村の者達は反対側から脱出を」

 

「戦士長様…… 分かりました」

 

 

 村長は一度驚いたような顔をしたが、生きるための強い意思を持って頷いてくれた。

 そうだ。私はこのような者達を救うために来たのだ。何も迷う必要はない。

 

 

「お前達、我々は今から村を出て敵に突進攻撃を仕掛ける!! 包囲網を突き破り、全ての敵を村から引き離せ。然るのちにそのまま撤退だ。いいか、絶対に生きて――」

 

 

 ――突如として空気を震わせる轟音が響いた。

 

 

「――今のは一体なんだ!?」

 

 

 部下に激励していたガゼフは音の正体を探るべく、咄嗟に村の外へ顔を向けた。

 村の外に広がる草原。その遥か先で何かが光り、再び爆音が連続して轟く。

 音が静まり返ってからしばらくの間、ガゼフ達は動かずに様子を見ていた。

 

 

「――突然席を外してしまい申し訳ない。偵察に出ていた仲間から連絡があったもので」

 

「モモンガ殿!?」

 

 

 すると唐突にモモンガが目の前に現れた。

 先程消えたと思ったのは魔法で転移していたのだろう。この魔法がどれほど凄い事なのか、魔法に詳しくない自分では判断が出来ない。

 だが、この正体不明の仮面の御仁からは、底知れぬ何かを感じる。

 

 

「転移の魔法か…… モモンガ殿、貴方は一体何を……」

 

「不快な連中が村の外にいましたので――撃退してまいりました。いやぁ、実に手強い相手でした。仲間達と協力して戦ったのですが、残念ながら一部は逃げられてしまいました」

 

 

 ――逃げられたというのは嘘だ。

 この短時間で撃退したという事の方が信じられないはずなのだが、それ以上に敵は全滅していると戦士の勘が告げている。

 だが、そもそも村を包囲していたはずの敵をどうやって集めたのだろうか。それとも仲間とやらが各個撃破していったのか。

 どのような方法を使ったのか全く見当もつかない。

 

 

「倒した敵の死体や装備はそのままにしてあります。同じ事の繰り返しで申し訳ないが、原型を留めていない物が多いと思います。証拠になるかは分かりませんが、好きにしてください」

 

「ああ…… 二度も村を救っていただき、感謝する……」

 

 

 この言葉の意味を真に理解するのは、ガゼフ達が村を出て帰路に就いた時だった。

 戦いが行われたであろう場所を見て、戦士団は全員絶句する。

 焼け焦げた地面。深く抉れた大地。バラバラに千切れた衣服鎧の切れ端。もはや肉片しか残っていない死体。

 ――まるで怪物が暴れ回ったような有様だ。

 

 

「モモンガ殿…… 本当に貴方は何者なのだ……」

 

 

 この村に来た時の違和感に答えは出たが、それ以上の謎は残ってしまう。

 かき集めても三人分程度にしかならなかった証拠を回収し、無傷の戦士団は王都に帰っていった。

 部下に犠牲が出なかったのは素直に嬉しい。だが、ガゼフはこの謎の魔法詠唱者の情報により、特大の疲労を抱える羽目になった。

 

 

 

 

 やっぱりモモンガは凄い。

 私達が村長の家に隠れている間に、モモンガとその仲間達が悪い人達を全部やっつけてくれたらしい。

 村はボロボロだし、やる事も沢山あるけど、とりあえず村のみんなもほっと一息つくことが出来た。

 

 

「モモンガ、もう行っちゃうの?」

 

「悪い人達はもういなくなったからな。そろそろ私も家に帰るよ」

 

「うん、分かった。モモンガ、今日はみんなを助けてくれて本当にありがとう。じゃあね……」

 

 

 家の前でちょっとだけ話をしていたが、とっくに夕日も沈んでいる。これ以上引き留めるのは私の我儘になるだろう。

 そう思って口にするのを我慢していたが、話したい事が顔に出ていたのだろうか。

 モモンガは黙っていた私に優しく声をかけてくれた。

 

 

「ネム、これからは夢の中じゃなく、この村に私から遊びに来てもいいか?」

 

「また来てくれるの?」

 

「もちろんだとも。お互いに今は忙しいだろうけど、落ち着いたら必ず来るよ」

 

「うんっ!! 待ってるね、約束だよ!!」

 

「ああ、すぐには来れないかもしれないが、約束だ」

 

「またね、モモンガ」

 

「またな、ネム――」

 

 

 あの時出来なかった指切りをしてから、モモンガは魔法で自分のお家に帰っていった。

 

 ――人じゃなくなった俺を、受け入れてくれてありがとう……

 

 魔法で姿が消える寸前、私に何か呟いていたような気がするけど、残念ながら声が小さすぎて聞き取れなかった。

 

 

「ネム、モモンガ様は帰られたの?」

 

「うん、今帰ったよ。また遊びに来てくれるって」

 

「そっか…… 色々びっくりしたけど、その時はまたお礼を言わないとね。ほら、そろそろ家の中に戻りなさい」

 

「はーい」

 

「……ネム、いつもみたいに早く眠りたいって、言わないの?」

 

「もう早く寝るのはいいかな」

 

「そうなの? うーん…… でも、もう少ししたら寝る時間だからね」

 

「うん、分かってるよ。そうだ、お姉ちゃんに前に見た夢の内容、教えてあげるね――」

 

 

 でも別に構わない。気になるけど、また次に会った時に聞けばいいのだ。

 絶対にモモンガはまた会いに来てくれる。

 だってモモンガは――夢が覚めても、私の()()だから。

 

 

 




虫「あの……セバスを見て私を思い出すシーンは? 精神の変化とか、仲間への執着とか、私の出番とか、結構大切な部分なんですが……」
鳥「え? 幼女がピンチなのに悩む必要ある?」
悪「回想で正義降臨出来なくて残念でしたねぇ」


転移前に友達認定しているので、異世界に転移してモモンガの精神が変化しても、ネムはもちろん友達枠に入ってます。
ギルドメンバーではないけど、友達がいる分モモンガの心労は少しだけ減る――かもしれない。
ナザリック側の活躍はカットしていますが、転移後はギルドの隠蔽だったりみんな結構働いていました。


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プレゼンをするお友達

モモ「――未知の世界を冒険し、一つ一つ制覇していくのも面白いかもしれないな」
デミ「っ!?」
モモ(夜空綺麗だなぁ。この世界を冒険とかしたら楽しそうだなぁ)
デミ(世界を制覇……なる程、世界征服ですね)

不思議の国のアリスをイメージして書いた一話完結の短編だったので、転移後の話は完全にタイトルと関係なくなってしまいました。



 騎士の集団に村が襲撃されて――私がモモンガと再会してから、一週間が経った。

 あの日、沢山の村の建物が壊され、多くの村に住む人が亡くなった。確かに一度、村はボロボロになってしまった。

 普通なら元通りになるのに何ヶ月も、もしかしたら年単位で時間が掛かっていたかもしれない。でも今のカルネ村は人口こそ減ってしまったが、既に以前と近い姿を取り戻している。

 実のところ村の井戸や倉庫、住んでいた家などは、全て数日前に修理が終わっているのだ。

 

 

「私の配下が壊した物は責任を持って修理、あるいは建て直しをさせて頂きます」

 

 

 村が襲われた次の日。朝早くから来てくれたモモンガは、村長夫妻の家を訪れてそう告げたらしい。

 そしてモモンガと一緒に来た集団が、村の物をあっという間に直してしまった。

 ただしその人達の正体は分からない。

 作業をしていた人達は、みんな体をスッポリと覆う上着を着ていたのだ。

 だから私達はどんな人か知らない。頭から隠していたので、彼らの顔すら見ていない。

 飲まず食わず休まずの超速作業。村のみんなもその人達の仕事の早さには驚いていた。

 

 

(多分、顔とか隠してるのって、モモンガと同じ理由なのかな?)

 

 

 でも私にはちょっとだけ正体に予想がつく。

 モモンガの仲間はきっと人間じゃない――私は別に気にしないけど、大人の事情とか気遣いというものなんだろう。

 

 

「おっと魔法が滑ったー。〈衝撃波(ショック・ウェーブ)〉あー、申し訳ない。私の不注意でまた壊してしまった。こちらも修理させて頂きます」

 

 

 それは誰の目から見ても演技だと分かった。

 仲間達が他の所で作業をしている時、モモンガは元から壊れていた場所――騎士達が壊した場所に魔法を撃ち込んでいた。

 そうする事で理由を作り――モモンガの仲間が壊した物だけでなく――騎士達が壊した物も、全て無償で直してくれたのだ。

 

 

(やっぱりモモンガは優しいよね……)

 

 

 その優しさが伝わったのか、それからモモンガの事を怖がる人はいなくなった。

 でも何かを思い出したように「あの美人だけどヤバいメイド達の主人とは思えない」「騎士の頭を拳で爆散していた執事が言ってたが、慈悲深いとは本当だったのか」「ダークエルフの鞭恐い」「黒い戦斧を振り回す女戦士恐い」って言う人はいっぱいいた。

 多分他の仲間の事だろうけど、どういう意味なんだろう。

 

 

「慌ただしくてすまんな。今度はちゃんと遊びに来るからな」

 

「うん、待ってるね。モモンガも無理しないでね」

 

「ああ、ネムも体には気をつけてな」

 

 

 作業をしている仲間をそのまま村に残し、モモンガはその日の内に帰っていった。

 そしていつの間にか作業を終えたのか、仲間の人達も数日以内にいなくなっていた。

 以来、私は家の手伝いを頑張りながら、今日までずっとモモンガが来るのを待っている。

 

 

「モモンガ、次はいつ来るのかな……」

 

 

 家でお昼ご飯を食べた後、私は一人で家の外に出ていた。

 村の人手が足りなくて、両親はとっても忙しそうにしている。もちろん、姉も同じだ。

 本当はもっと色々手伝いたいけど、今の自分に出来るのは邪魔をしないようにする事だけ。

 だからお昼の休憩くらいは、私に構わずゆっくりして欲しい。

 

 

(近所のおじさん、今日は凄い元気だなぁ)

 

 

 特に何も考えずに歩いていると、異様に機敏な動きで作業をしているおじさんを見かけた。

 遠目から観察すると姿がブレて見える。一つ一つの動作をする度にシュパッ、シュパッと音が聞こえてきそうだ。

 

 

(集中してるみたいだし、邪魔しちゃ悪いよね)

 

 

 昨日見た時はあんなに風じゃなかった気もする。何があったのか気になるけど、忙しそうだし声をかけるのはやめておく事にした。

 一人でどうやって時間を潰そうか迷っていると――私の目の前に闇が現れた。

 

 

「――数日ぶりだな、ネム。元気にしていたか?」

 

 

 宙に浮かぶ闇から出て来たのは、私が待ち望んでいた友達だ。

 前と違って地味なローブを着ているし、変な仮面で顔も隠れている。

 でも私にはその声と雰囲気で分かった。間違いなくモモンガだ。

 

 

「モモンガ!! 遊びに来てくれたの?」

 

「ああ、これからは気兼ねなく遊べるぞ。時間はかかったが、やっと仲間達を説得出来たんだ」

 

「やったー!! あっ、説得って何?」

 

「いや、護衛がいないのは危険だ何だと、色々と言われて大変だったんだ……」

 

「あれ? でもモモンガは今一人だよね?」

 

 

 思わず喜んだが、モモンガは無理をしていないだろうか。

 モモンガは部下が沢山いるみたいだから、その人達から何か言われたのかもしれない。

 でも、その割にモモンガの周りには誰もいない。

 

 

「厳密には一人という訳でもないんだが…… まぁ気にしなくていい。ところでネムよ、前にしたもう一つの約束を覚えているか?」

 

「約束? ……っあ!!」

 

 

嬉しそうなモモンガの問いかけに一瞬首を傾げるも、直ぐにその約束を思い出した。

 

 

「冒険だ!!」

 

「そう、冒険だ!! この世界には冒険者というのがいるのだろう。ネム、私と一緒に冒険者をやってみないか?」

 

 

 冒険者の事なら知っている。

 薬師のンフィーレアが森に薬草採取をしに来る時――姉に会うための口実かも――一緒に連れて来ているのを何度か見た事がある。

 

 

「やりたい!!」

 

「それは良かった。じゃあ早速両親に許可を貰いに行こう。ネムはまだ未成年だから、こういうのはキッチリとしておかないとな」

 

「お父さんとお母さん、許してくれるかな?」

 

「そこは私に任せておけ。こう見えて営業、交渉にはそこそこ自信があるんだ」

 

 

 モモンガはとっても自信有り気に見える。

 もしかしたら色んな凄い魔法とかを使う時よりも自信に満ち溢れているかもしれない。

 

 

(営業とかよく分からないけど、モモンガなら大丈夫だよね)

 

 

 あの大きな机のある部屋で、私はモモンガの色んな冒険の話を聞いた。その時から私はずっと憧れていた。

 そんな冒険に、遂に自分がモモンガと行ける。そう考えるとワクワクした気持ちと期待が止まらない。

 

 

「うん、モモンガに任せる!!」

 

 

 それに、冒険者になってお金がちょっとでも稼げたら――私でも、少しは家族の役に立てるよね。

 

 

 

 

 これは一体どういう状況なのだろうか。

 目の前にいるのは地味なローブを纏い、仮面と籠手を身に着けた人物。総評すると全く地味ではなく、むしろ非常に怪しい人物。

 だが私達夫婦の命の恩人――赤毛のメイド――の主人であり、この村にとっても大恩人と言える方だ。

 

 

「お父さん、お母さん。私、モモンガと冒険者になる!!」

 

「突然の事ですみません、エモットさん。ネムと冒険に行きたいのですが、許可して頂けないでしょうか?」

 

 

 そんな凄い方――モモンガ様を連れて来たのは、非常に生き生きとした笑顔を見せる一番下の娘だ。

 何故か仲が良いとは聞いていたが、全く意味が分からない。

 

 

「あの、モモンガ様。流石にそれは……」

 

「もちろん大切な娘を心配するお気持ちは理解しております。そこで、先ずはこちらをご覧下さい」

 

 

 突然に取り出されたのは、材質が不明の白い板。

 何やら色々と書かれているが、まるで状況が理解出来ない。

 

 

「冒険と言えば危険が付きもの……やはり気になるのは安全面でしょう。ですが大丈夫です。こちらの指輪があれば――」

 

 

 更に二つの指輪を取り出して見せてくれるが、こちらはただの農民だ。

 価値がある物だとは分かるが、その先の効果の理解までは及ばない。

 

 

「私は『安全』『楽しい』『凄い』をモットーに冒険をしようと思っております。当然ネムの希望も――」

 

 

 一体私は何を見せられているんだろうか。

 恐らく魔法によるものだと思うが、空中に冒険者の絵が浮かんでいる。

 先程から隣に座っている妻や、長女のエンリも固まってしまい、二人とも目が点になっている。

 でもネムだけはキラキラと目を輝かせている。

 

 

「依頼を受ける際など、難しい大人との交渉は私が責任を持って行わせて頂きます。もちろん報酬はネムと完全に折半し、御希望であれば明細書を――」

 

 

 完全に理解するのは諦めた。

 ただ一つ分かった事は、この方は本気で娘と冒険に行きたいという事。まるで友人と遊びに行きたいと言っているかのようだ。

 その気持ちに裏表はなく、本当にそれだけだと感じる。

 

 

「私はホワイトな冒険を望んでいるので、長時間労働もありません。門限は親御さんの希望に合わせ、行き帰りの送迎も完備しております」

 

 

 モモンガ様が提案される事は、どれも限りなくこちらの事情を配慮してくれている。

 それは本当に冒険者なのか。ピクニックの間違いではないのか。思わずそう言いたくなる程に。

 

 

「――本企画は娘さんを成長させてくれる、そんな貴重な経験となる事でしょう。私、モモンガが自信を持ってお約束させて頂きます。……如何でしょうか?」

 

「凄い凄い!! 完璧だよモモンガ!! お父さん、お母さん、冒険者になってもいいでしょ? お金も少しは稼げるようになるよ?」

 

 

 仮面の人物に向けられた、本当に嬉しそうな娘の屈託のない笑顔。

 ――本当に内容を理解していたのか娘よ。

 そしてこちらを見た時の――私達、家族を気遣う様な表情。

 ああ、私はなんて情けない親なんだ。

 

 

「エンリ、ネムを連れて少しだけ出てくれないか。モモンガ様と私達だけで話したい事がある」

 

「お父さん…… 分かった。ネム、ちょっとだけ外に行きましょ」

 

「はーい」

 

 

 二人の娘達が家を離れた後、私と妻は真剣な顔をして姿勢を正す。

 

 

「モモンガ様……申し訳ありませんが、娘を冒険者にする事は出来ません」

 

「何かこちらに至らぬ点があったでしょうか?」

 

「そうではありません。貴方様の御力があれば、娘は冒険者となっても怪我一つしないでしょう」

 

 

 この方自身にも問題はない。私達のような平民に対しても、しっかりと礼を尽くしてくれる立派な方だ。そしてその力も申し分ない。

 きっと約束通りネムを守ってくれるだろう。

 

 

「ですが、それはあの子の力ではない。娘には、そんな無責任な仕事をさせたくないのです……」

 

 

 娘に寂しい思いをさせている自覚はある。

 娘が無理をしているのも知っている。

 そんな駄目な親であっても、子供には立派な大人になって欲しい。これが私の本音だった。

 これが既に十六歳のエンリであれば――本人が冒険者をやりたいと言えば――やらせたかもしれないが。

 

 

「……なるほど、確かにこれではネムの成長にはなりませんね。申し訳ない。私とした事が浮かれて失念していたようです」

 

「モモンガ様に非はありません。私も娘の気持ちを思えば、冒険に行かせてやりたいと思います。……最近のあの子はとても良い子です。良い子になってしまった……」

 

 

 あの日から、娘は我儘を言わなくなった。

 以前は天真爛漫で、よく私達を困らせていた快活な娘だった。そんなネムが、最近では自分から進んでお手伝いをするようになった。

 私達に迷惑をかけないように、気遣うようにいつも笑顔を作っている。

 

 

「モモンガ様と一緒に来たあの子は、久しぶりに心から笑っているように見えました。娘からのお願いも久々でした……」

 

「そうでしたか…… 話は変わるのですが、ネムと私の関係について、どの程度ご存知ですか?」

 

 

 今更だが、この方と娘の関係はよく知らない。

 ネムが心から信頼しているという事。本人も凄い魔法詠唱者(マジックキャスター)で、かなり力のある集団を率いる主人である事。それ以外はほぼ知らないと言っていい。

 

 

「いえ、長女のエンリからも何故か仲が良いとしか……」

 

「私もネムからは、モモンガ様は友達だと聞いているくらいで……」

 

「では、少し話を聞いて頂きたい。こんな怪しい風貌の私に、お二人は誠意ある対応をしてくださった。私も誠意を見せたいと思います」

 

 

 真剣な様子で、そしてどこか楽しそうに、モモンガ様は娘との出会いを話してくれた。

 

 

「あの子と初めて会ったのは、私の家の中でした。彼女は私の見ていた夢に迷い込んだのです」

 

「夢、ですか……」

 

「ええ、恐らくタレントか何かでしょう。無意識でしょうが、他人の夢に入れるのかもしれませんね。机の上に見知らぬ少女が立っていたので、私も驚きましたよ」

 

 

 荒唐無稽だが、嘘を言っているようには見えない。

 娘にそんな力があったとは知らなかった。

 でも以前、夜になると早く寝るようになった理由もこれで合点がいった。

 娘に言われた時は理解出来ていなかったが、本当にネムは夢の中で遊びに行っていたのだ。

 

 

「ネムは最初、私の顔を見たとき『お化け』だと言って驚いていましたよ」

 

「娘が大変失礼な事を……」

 

「気にしないでください。事実ですから。それでその後、ネムが机から落ちそうになったのを助けたのですが…… 二言目は『私の事を食べたりしない?』でしたね」

 

 

 割と最悪な出会いではないだろうか。

 だが、モモンガ様は別段怒っているようには見えない。むしろ微笑ましい思い出程度に捉えているようだ。

 モモンガ様は常に仮面で顔を隠されているが、その素顔はそれ程怖い顔だったのか――

 

 

「ですが、ネムは最後に私に向かって『助けてくれてありがとう』と、ちゃんとお礼を言いましたよ。こんな私にね――」

 

「っ!?」

 

 

 ――これは確かに怖い。思わず死を覚悟してしまった。

 あっさりと目の前で外された仮面。その下に隠されていたのは、皮も肉もない完全な骸骨だった。

 

 

「アンデッド、だったのですか……」

 

「ええ、その通りです。私はアンデッド……不死の肉体を持つ化け物です」

 

 

 眼窩に淡い灯りが灯った骸骨。

 穏やかな声に反して、その見た目は恐ろしいの一言に尽きる。

 悲鳴こそあげなかったものの、私も妻も体が僅かに震えてしまった。

 

 

「こんな私にネムは友達だと言ってくれたのです。だから私はこの村を救いました」

 

「全てではありませんが、色々と納得しました…… 正直なところ、貴方様の事を怖いとも感じています」

 

「……アンデッドは生者の敵。そんな存在と仲良くなるなど、あまり褒められた事ではありませんから。それが普通だと思います」

 

 

 モモンガ様はそれが当たり前だと言い、どこまでも穏やかな様子が崩れない。

 目を瞑ればそこに人間がいると、正体を知った今でもそう思うだろう。

 

 

「――ですが、改めてお礼を言わせて下さい。私達を、この村を救って頂きありがとうございました」

 

「本当にありがとうございました」

 

 

 確かに恐ろしいし、アンデッドは生者の敵だ。だが、目の前のアンデッドが私達を助けてくれたのだ。たとえ人間ではなくとも、この村を救った恩人である事実は変わらない。

 妻と一緒に頭を下げると、目の前のアンデッド――モモンガ様は驚いたようだった。

 そして変わる事のない表情のまま、優しい声で小さく笑った。

 

 

「やはりあなた方はネムの両親ですね…… 心配なさらずとも、あの子は前から良い子でしたよ」

 

「ありがとうございます……」

 

「いえいえ、育て方が良かったのでしょう。上の娘さんも、私のこの姿を見た上でお礼を言ってくれましたから」

 

 

 どうやらネムだけでなく、エンリも正体を知っていたらしい。

 だが、周りに話す事は出来ない。これは私達家族だけで秘密にするべきだと思った。

 

 

「おっと、大切な事を忘れるところでした。とりあえず冒険者になるのはやめておきます。ただ、ネムと森へ散歩に行ってもよろしいでしょうか?」

 

「トブの大森林ですか?」

 

「はい。ネムが以前行きたがっていたので、冒険の代わりにと」

 

 

 本来ならトブの大森林も危険な場所だ。

 だが、この方にとっては魔境の探索も森林浴と変わらないのだろう。

 

 

「モモンガ様、娘をよろしくお願いします」

 

「お任せください。ああ、それと一つだけお願いがあるのですが……」

 

「何でしょうか?」

 

「私の事を様付で呼ぶのをやめて頂けないかと――」

 

 

 ――友人の家族にそう呼ばれるのは、恥ずかしいですから。

 

 この方は人ではない。一般的には生者を憎むアンデッドと呼ばれる存在だ。

 しかし、それでもモモンガさんは――ごく普通の、ただの娘の友人なのだろう。

 

 

 

 

 あれだけ期待させておいて、この結果というのは流石に心苦しい。だが伝えなければならない。

 エモット夫妻と話し終わった後、外で待っていたネムに冒険者にはなれない事を告げた。

 

 

「そっか……残念だけど、仕方ないよね」

 

「ごめんな、ネム。代わりと言うわけではないが、今から森に行かないか?」

 

「行く!!」

 

 

 期待の表情から一転、ネムは非常に残念そうな表情を浮かべた。だが、代わりにトブの大森林へ行く事を提案すると、すぐに笑顔に戻ってくれた。

 こうなればもう決まっている。善は急げである。

 

 

「急がないと時間がなくなっちゃう。早く行こ、モモンガ!!」

 

「はははっ、慌てるな。森までは私の魔法でひとっ飛びだ――」

 

 

 村から一番近い場所――始まりの村の次に行く場所など、大抵は雑魚敵しかいないものだ。

 実際アウラ達の調査でも、脅威となるモンスターなどは見つかっていない。

 大した事はないかも知れないが、初めての場所に行くのだ。これも冒険には違いない。ネムと一緒に大自然を楽しませてもらおう。

 

 

「私も本物の森に入るのは初めてだが、結構薄暗いんだな」

 

「本物?」

 

「あー、この世界では初めてって意味だよ」

 

 

 森に入ってすぐの所は人の手が入っており、あまり危険なイメージはない。

 だが、森の奥へと歩みを進めると、その雰囲気が一変する。

 現在の時間帯は昼間で、太陽は一番高い位置にある。明るい時間帯にもかかわらず、背の高い木々が日光を遮り、森全体が薄暗く感じる。

 

 

「なんだかワクワクしてきたな。随分と歩き辛いが、ネムは大丈夫か?」

 

「絶好調だよ。モモンガって本当にいっぱい魔法が使えるね」

 

「まぁな。私ほど多くの魔法を覚えた人は、周りにも中々いなかったからな」

 

 

 太い樹木の根が飛び出た道はデコボコで、草木によって視界も悪い。

 暗がりや木の影から、突然モンスターが飛び出して来ても不思議ではない。

 多少は警戒しないといけないが、ネムの言葉につい気が緩んでしまう。

 

 

「あっ、薬草があった。お土産にしよっと」

 

「何がいるか分からんからな。周りにも気を付けろよ」

 

「はーい。こっちにもあった!!」

 

 

 人の手が届かない場所だからだろう。取り放題とばかりに、ネムはあちこちに生えている薬草を集めていた。

 一応ネムに声をかけたものの、実はありったけの補助魔法は既に唱えてある。正直不安もあまりなかったりする。

 

 

『――侵入者よ。某の縄張りに何用でござる?』

 

 

 一度ここらで引き返すべきか。そう考える程度には時間も経過してきた頃。

 二人で呑気に散策を続けていると、突如どこからか声が響き渡った。

 

 

「ネム、私の近くに……」

 

「うん……」

 

 

 声が反響していて相手の位置が掴めない。

 魔法で探知する手もあるが、若干隙が出来てしまうだろう。

 保険はいくつもあるが、念のため不意打ちでネムが狙われる事は避けたい。

 

 

「姿を隠してないで出て来たらどうだ? 私は逃げも隠れもしないぞ。それとも……姿を見せる事さえ出来ない臆病者か?」

 

『言うではござらぬか。ならば侵入者よ、某の威容に恐れ慄くがよい!!』

 

 

 ――コイツ意外とちょろいな。

 

 自分の挑発に予想よりあっさりと乗り、謎の声の主が二人の前にその姿を現した。

 

 

「こ、これは!?」

 

「凄く、大っきい……」

 

 

 樹々の間から飛び出すように現れたのは、モモンガを上回る大きさの四足歩行の魔獣。

 自分はその見た目に驚きを隠せず、ネムはその巨大さに呆然としている。

 

 

「ふっふっふ……某の姿を見て驚いているようでござるな」

 

 

 魔獣の見た目は非常にデカいジャンガリアンハムスターだった。

 情報系魔法をこっそりと発動してみたが、そのステータスも大したことはない。

 この妙なござる口調と言い、チュートリアル後に出てくる小ボスみたいなものだろう。

 

 

「色々とツッコミたいが、今はネムと散歩中だ。会話シーンはカットさせてもらうぞ!!」

 

「言葉は不要でござるな…… さぁ、命の奪い合いを――」

 

 

 ネムの前で少しだけカッコつけようと、特殊技術(スキル)でオーラを解放しながら――

 

 

「――ふぁぁぁあっ!? 降伏でござるー。某の負けでごさるよー」

 

 

 ――まだ何もしていないのに決着が着いた。

 厳密には〈絶望のオーラI〉を発動したが、本当にそれだけだ。

 

 

「えぇ……」

 

「どうするのモモンガ? 魔獣さん、寝転んじゃったけど」

 

「普通に魔法で殺そうと思ってたんだが……」

 

 

 ぶち殺す気満々だったのだが、この見た目でこうも降伏されるとやる気も削がれる。

 

 

「待ってほしいでござる!! その強さに感服したでござる。某、殿に忠誠を――」

 

「いらん。忠誠とかお腹いっぱいなんでいいです。結構です」

 

「そんなぁぁ……」

 

 

 これ以上は本当にいらない。悪いが即断る。

 涙目でお腹を見せる魔獣がネムの目にはどう映っていたのか。ネムはゆっくりと魔獣に声をかけた。

 

 

「魔獣さんは、悪い魔獣さんなの?」

 

「何をもって悪とするかは知らないでござるが…… むむむ、そうでござるな。自分から人間を襲いに行った事はないでござるよ? 某の縄張りに入った者は殺すと決めているので、別でござるが……」

 

 

 魔獣の言葉を聞き、ネムはじっくりと考えている。そして悩んだ末に、ネムは私にあるお願いをしてきた。

 

 

「うーん……モモンガ、この魔獣さん見逃しちゃ駄目?」

 

「別に構わないぞ。ぶっちゃけどうでもいいしな」

 

 

 本当にどうでもいい。どうせ自分はもうこれ以上経験値は貯まらないはずだし、こんな弱い奴を倒してもたかが知れている。

 ネムのお願いを無視してまで殺すメリットは皆無だ。

 

 

「魔獣さん、勝手に縄張りに入ってごめんなさい。でも、また襲われるのも嫌だから、私と友達にならない? 友達なら入っても良いよね?」

 

「なんと、某の命を助けるだけでなく、友になろうと言うのでござるか……」

 

「やっぱり嫌、かな……」

 

 

 なんてネムらしい発想だろう。流石は骸骨に向かって友達だと言い切っただけはある。

 もしまた魔獣が襲うと言うのなら、今度こそ殺してやろう。

 

 

「嬉しいでござる…… 某を倒して名声を得ようとする者は多かったが、友になろうと言ってくれた人間は、其方が初めてでござる。是非とも、某と友になって欲しいでござる」

 

「そうなの? じゃあ私が初めての友達だね。私の名前はネム・エモットだよ」

 

「ネム殿、よろしくでござる!!」

 

「よろしく!! 魔獣さんの名前も教えてよ」

 

「残念ながら、某にちゃんとした名前はないでござる。以前は森の賢王と呼ばれていたでござるが……」

 

「うーん、そのままじゃ呼び辛いね。じゃあ今から名前、考えようよ」

 

 

 目の前で繰り広げられるハートフルな光景。

 巨大なハムスターと少女の触れ合いは、見ていて非常に和む。

 良かったな魔獣。死なずに済んで。

 

 

「モモンガも一緒に考えよ!!」

 

「殿が名付けて下さるなら、某は一生の誇りにするでござるよ!!」

 

「ん? 名前か……あー、そうだな……」

 

 

 このハムスターのような魔獣につける名前か。ハムスケ、ダイフク、モリケン――いくつか思い浮かぶが、一体どれが良いか。いっそのことネムに決めて貰っ――

 

 

「っあ!!」

 

「思いついた?」

 

「思いついたでござるか?」

 

 

 ――ネムとこの魔獣を見て、名前とは別の事を閃いた。

 これ以上ないほどの素晴らしいアイディアだ。完璧な作戦だ。

 

 

魔獣使い(ビーストテイマー)ならいけるんじゃないか?」

 

 

 

 

 ――私は夢を見ているのか。

 

 森から帰ってきたネムとモモンガ、そして()()()()の存在を見て、エモット家は驚愕に包まれた。

 

 

「いくよ、ハムスケ!!」

 

「了解でござる!!」

 

 

 合図とともに跳び上がるネム――と言ってもそこは子供の筋力。大した高さではない。

 巨大な魔獣――相談の結果、ハムスケと命名された――はネムが跳んだ隙間に尻尾を滑り込ませ、その足を一気に持ち上げる。

 そしてそのまま流れるようにネムはハムスケに跨り、少女と一匹はドヤ顔をキメた。

 

 

「エモットさん、ネムにはどうやら魔獣使いとしての才能があったようです。これなら冒険者としてやっていけるのではないでしょうか?」

 

「ネムが、こんな恐ろしい魔獣を…… いや、しかし、これは……」

 

 

 モモンガからすれば可愛らしいサーカス程度だが、現地民からすれば違った見方になる。

 ハムスケの事を恐ろしい魔獣と認識しているので、それをネムが従えているように見えたのだ。

 

 ――あともう一押しだな。

 

 エモット氏が驚きを隠せない様子を見て、仮面の下でモモンガは笑う。

 

 

「ハムスケ、さん…… 貴方は、本当にネムに従っているのですか? モモンガさんにではなく?」

 

「もちろんモモンガ殿に敬意はあるでござる。しかし、某がネム殿と一緒にいるのは個人的な友誼故に」

 

 

 流石のエモット氏も疑いを隠せなかったのか、勇気を持って直接ハムスケに尋ねた。

 

 

「ネム殿は某を何百年の孤独から救って下さった…… その懐の大きさに感動したのでござる!! だからこそ某はネム殿の友に、いや相棒になったのでござる!!」

 

「ハムスケは私の相棒になったんだよ。さっきのも一緒に練習したんだから」

 

 

 ハムスケは染み染みとその思いを語り、そして強く断言した。そしてそれが間違いではないと告げるネム。

 

 

「エモットさん、私はハムスケに何もしておりません。全てはネムの友になろうという言葉がきっかけです。それに彼女が集めた薬草を見ましたか? あれは正真正銘ネムだけで集めたものです。私には薬草の知識はありませんから、彼女がいたからこそ出来た事です」

 

「娘には、それ程の能力があったのですね……」

 

「今回の事は偶然かもしれません。ですが、娘さんの才能を伸ばすと思って、旅立たせては如何でしょうか…… 週に一度だけでも構いません。私が一緒にいるので、毎日だってこの村に帰って来れますよ」

 

「モモンガさん……」

 

 

 モモンガはエモット氏の肩に手を置き、優しく語りかける。

 そして強張っていたエモット氏の体から、段々と力が抜けていく。

 

 

「ええ、娘の才能を伸ばしてやるのが親の務めです…… ネム、冒険者は危険な仕事だが、本当にやるんだな?」

 

「うん、私冒険者になる。モモンガもいるし、ハムスケも一緒だから大丈夫だよ!!」

 

「そうか……モモンガさんを頼るのは仕方ない。ただ、頼り切りにならないようにな。色んな事を学んできなさい。それからネム、約束だ。必ず無事に生きて帰ってきなさい」

 

「うん!! 私、頑張るよ!!」

 

 

 父と娘の約束、そして抱きしめ合う親子。

 母と姉が見守り、背後の魔獣すらも瞳を潤ませ感動するシーン。

 そんな中、仮面を着けた骸骨は、心の中でガッツポーズをとっていた。

 

 ――計画通り。

 

 今回の事は全てがモモンガの描いたシナリオ通り。

 冷静を装ってはいるが、モモンガの頭の中はネムとの新たな冒険でいっぱいだった。

 

 

(ネムとの冒険楽しみだなぁ。今回の戦い……俺の勝ちだ!!)

 

 

 モモンガというプレイヤーはユグドラシルのPvPにおいて、ロマンビルドでありながら勝率五割を誇る。一度目は負けても徹底して情報を集め、必勝法を見つけて次に繋げる。そんな戦術が得意だった。

 そんな彼が一度プレゼンが失敗したくらいで、友との冒険を諦める訳がない。

 何故なら彼は――リアルのブラック企業を生き抜いてきた、社畜の元営業マンなのだから。

 

 

 




ネム自身の力(ハムスケ&薬草採取)
これには父親も納得するしかない。情報量が増えすぎて判断能力も鈍ってたとは思いますが。
親が子を思う気持ちに心を打たれた――と思わせておきながら、そんな事はなくまるで諦めていないモモンガ様でした。アンデッドになると生き物の死に無頓着になってたり、やはり多少は性格が変わってますね。
モモンガ様に営業をやらせると営業(力技)みたいになってしまった。でもドアインザフェイスも立派な交渉術ですよね。
鈴木悟の時はどんな営業してたんでしょう。




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幕間 悪魔の誓い

今回はナザリック側の話をまとめています。
なのでネムは出ません……
能力確認とか18禁確認など、よくあるシーンは色々省略気味です。


 

「またね、モモンガ――」

 

 

 ユグドラシルのサービス終了時刻。

 最後まで一緒にいてくれたモモンガの友達――ネムは光の粒子が弾ける様に姿を消した。

 それを見たモモンガも、始めはゲームが終わったのだと思っていた。

 しかし、一向に自身がログアウトする様子がない。サーバーダウンの時間はとうに過ぎたはずなのに、未だに自分は玉座に座ったままだ。

 そして驚くべき事に――玉座の間にいたNPC達が喋り出したのだ。

 

 

(一体何が起こっているんだ……)

 

 

 モモンガはログアウトをするために思いつく限りの手段を尽くしたが、GMコールも繋がらず強制終了も行う事が出来ない。

 更には自身の焦りや興奮といった強い感情が起こった時、強制的に鎮められるという異常事態。もはや仮想世界のゲームという言葉では片付けられない事だらけだ。

 ゲームの世界が現実になったのか。それとも自分がアバターのまま異世界に来たのか。

 ネムはどういう理由で消えたのか。

 玉座の間にいたアルベド達以外のNPCも意思を持ったのか。その忠誠心は高いのか。

 拠点の外はどうなっているのか。NPCは外に出られるのか。

 今の自身の状態、手持ちのアイテム、魔法などの力は使えるのか。

 確認しなければいけない事は無数にある。

 未曾有の事態に巻き込まれた事を切っ掛けに、モモンガはナザリック内外の情報収集を始めるのだった。

 

 

 

 

 ギルド"アインズ・ウール・ゴウン"の拠点――ナザリック地下大墳墓の第六階層に存在する円形闘技場。モモンガの招集を受け、第四、第八階層を除いた守護者達がここには揃っていた。

 彼らがこの世界に来てから初めての忠誠の儀を終えた後。

 この場に集まった者は自らの主人――モモンガの持つ至高の支配者たる器を見て、誰もが身を震わせていた。

 

 

「凄かったね、お姉ちゃん。ぼ、僕もさっきはすっごく怖かったよ」

 

「うん。あたし達といた時は全然オーラ出してなかったけど、さっきのモモンガ様の力の波動は押しつぶされるかと思ったよ」

 

 

 

 その感動は本人が闘技場を去った後もしばらく抜ける事はなく、この場は至高なるカリスマを称賛する声で満たされていた。

 

 

「少し話したい事があるわ。みんな、心して聞いて頂戴……」

 

 

 しかし、一人だけ違う様子を見せる者がいた。守護者統括であるアルベドだ。

 

 

「なにやら大事な話のようだね」

 

「ええ。ここに来る前の事を皆で共有しておきたくて――」

 

 

 彼女にしては妙に覇気のない様子に、デミウルゴスは不吉なものを感じた。

 あまり良い話ではないのだろう。そう考えたデミウルゴスは、ほんの少しだけ身構えていた。

 だが、事は彼の想像を遥かに超えるものだった。

 

 

「――以上が、モモンガ様が玉座の間で仰られていた事よ」

 

「なんという事だ……」

 

 

 それは時間にすれば三十分にも満たない。玉座の間での本当に短い出来事。

 しかし、その内容はあまりにも重い。

 アルベドの話を聞き終わるまでもなく、デミウルゴスは即座に自害したくなる程の後悔に襲われていた。

 聞かされたのはユグドラシル、並びにナザリックは消滅の危機だったという事。

 そして何よりも衝撃だったのが、至高の御方であるモモンガすらこの地で消滅しようとしていた事だ。

 

 

「私は、私はっ……」

 

 

 そんな非常事態だったというのに、自分は守護領域である第七階層を見ていただけ。

 ――これではナザリックの知者であれと自分を創造して下さった創造主、ウルベルト・アレイン・オードル様に顔向け出来ない。

 なんたる無能か。自分は何もする事が、主人の苦悩に気づく事すらも出来ていなかった。

 デミウルゴスは悔しさを隠しきれず、強く奥歯を噛みしめ、拳をきつく握りしめた。

 

 

「皆の後悔も分かるわ…… けれどネムという少女のおかげで、モモンガ様は再び立ち上がられた。先ほどの支配者としての姿を見たでしょう?」

 

「ウム。マサニ至高ノ支配者ト言ウベキオーラヲ感ジタ」

 

 

 デミウルゴスはアルベドの言葉で彼女が何を伝えたかったのかを察した。

 今回のような事が二度と起こらない様にするためにも、この状況を皆で正しく理解しなくてはならない。

 

 

「……なるほど。シモベとしては非常に悔しいが、その者には感謝しなくてはならないね」

 

「それってつまり……どういう事でありんすか?」

 

 

 あまりの事に上手く情報を整理出来ていないのだろう。守護者の中でもシャルティア、アウラ、マーレなどはその様子が顕著に表れている。

 そんなシャルティアの質問に対して、デミウルゴスも頭の中の考えを整理するように順を追って答えた。

 

 

「至高の御方はリアルとユグドラシルを行き来なされている。言わばここナザリックは御方にとって複数ある拠点の内の一つにすぎない」

 

「確カニ、デミウルゴスノ言ウ通リダ。弐式炎雷様ハ異ナル世界デモ強者トシテ、上位二君臨サレテイルト聞イタ事ガアル」

 

 

 デミウルゴスの知る限りでは、至高の御方はユグドラシル以外にも複数の世界を渡られている。

 だが、モモンガ以外のメンバーはナザリックに姿を見せる事がなくなってから随分と久しい。恐らくこの地に来る事が出来なくなった理由があるのだろう。

 デミウルゴスは最も確率が高く、最も否定したい予想を思い浮かべる。

 モモンガも濁していたが――シモベとしては決して認めたくはないが――他の至高の御方は御隠れになられた可能性が高い。

 

 

『体ですか? もうボロボロですよ……』

 

『残業に激務、まじでブラック。そろそろ本気で死にそう』

 

『あー、ウチの方もそろそろヤバイかもしんない』

 

 

 同胞にこの考えを告げる事はしない。しかし、デミウルゴスはかつてギルドメンバー達が話していた内容を繋ぎ合わせ、これは正解に近いだろうと結論付けていた。

 

 

「だが、モモンガ様はあまり他の世界へは目を向けられず、ユグドラシルに来られる事が多かった。我々とこの地を守るため、お一人で残り続けて下さったのです」

 

 

 モモンガはこの地を守るため残り続けた。

 ギルドの維持費を稼ぐために日々戦い続けた。

 ナザリックさえ残っていれば、仲間は再び蘇る。そう信じ続けたのだろう。

 ギルドメンバーが帰ってくる日を、再び仲間が蘇る日を夢見ながら、このナザリックを維持して待ち続けた――

 

 

(至高の御方々は死亡しても大抵はナザリックで復活されていた。確か、りすぽーん地点と仰られていましたね…… しかし――)

 

 

 ――それが本当に夢物語だと知りながら。

 デミウルゴスはそれを愚かだとは思わない。それを笑う事など断じて許さない。

 本来は比べる事すら不敬――自身を遥かに超える頭脳を持つモモンガの事だ。本当は分かっていたはずなのだ。

 その類稀なる叡智が仲間の生存を否定した。どの様な魔法、アイテムを使ったとしても復活する事が不可能だと判断してしまった。

 

 

(――それでもモモンガ様は、最後まで諦める事が出来なかったのでしょうね……)

 

 

 あれ程慈悲深く、仲間思いの支配者だ。そう簡単に仲間との別れを受け入れられるはずがない。

 ――だからこそ待ち続けたのだ。

 デミウルゴスはモモンガの心中を察し、何も出来なかった自分を再び責めた。

 

 

「しかし、いくら至高の御方と言えど、世界の消滅――ユグドラシルそのものが無くなってしまえばどうしようもない。そして――」

 

 

 これより先の言葉はあまりにも恐ろしい。

 自らの不甲斐なさ、何よりもモモンガの心中を考えると、デミウルゴスは胸が張り裂けそうな程痛んだ。

 

 

「――モモンガ様は……私達ナザリックの者達と、心中しようとしていたのだよ……」

 

「そんなっ!?」

 

「ソノヨウナ事、断ジテアッテハナラナイ!!」

 

「も、モモンガ様が僕たちとっ!? だ、ダメです!!」

 

 

 やっとどのような状況だったか理解できたのだろう。あまりの衝撃に各守護者から、一人を除き悲鳴があがった。ただ一人、アルベドだけは悲痛に顔を歪ませるだけだった。

 おそらく玉座の間でモモンガの言葉を直接聞いたアルベドは、その事に薄々気がついていたのだろう。

 その気になればモモンガはリアルなど他の世界に行く事が出来た。ユグドラシルの消滅に巻き込まれずに済む方法は幾らでもあったのだ。

 それでも尚、最後までここに残っていて下さったのだと。

 その時の心情はどの様なものだったのか、デミウルゴスでは推し量る事も出来ない。

 

 

「落ち着きたまえ。モモンガ様が今も御健在なのは先ほど見ただろう? つまり……それを止めてくれたのが、そのネムという者なのだよ」

 

 

 悪魔であるデミウルゴスからすれば、ナザリックに属さない者など基本的に有象無象に過ぎない。

 しかし、その者にだけは本当に心から感謝していた。

 世界の消滅という至高の御方ですら諦めるような緊急事態。その状況でモモンガを助けようとしてくれたのだから。

 

 

「更にはその説得によりモモンガ様はもう一度立ち上がられ、何の因果かナザリックと我々は消滅を免れた」

 

 

 デミウルゴスの言葉を聞き、守護者達は僅かに安堵の表情を見せた。

 それも仕方のない事だろう。彼らにとって主人がいなくなる事は――仕えるために生まれた自身の存在意義の消滅に等しい――自分が死ぬ事よりも遥かに恐ろしい事なのだから。

 

 

「流石はモモンガ様が友と認められたお方。か弱い人間の少女でありながら、モモンガ様を奮い立たせようとする姿は非常に御立派でございました……」

 

 

 背筋をピンと伸ばした老執事は、恩人の事を呟くように褒め称える。

 玉座の間にいたセバスは、その時のモモンガとネムの様子を間近で見ていた。

 あの時第九階層に久しぶりに現れたモモンガから「付き従え」と珍しく命令され、プレアデスと共に玉座の間で待機していた。

 そこで聞いたのは主人の悲痛な叫び。

 そして何も出来なかった自分達と違い、モモンガの心を救ってみせた少女の姿を見た。

 セバスは鋭い眼光を潤ませながら、その時の光景を思い出して感極まっている。

 

 

「まさかモモンガ様が人間を友として認められていたとは…… いや、本当にそのネムという少女はただの人間だったのかな?」

 

「はい。私の目には確かに人間に見えました。肉体的な強さも全く感じられませんでした。ただ、確かにモモンガ様は彼女の事を、四十一人目の友だと……」

 

 

 至高の御方が友と認める程の人間がいる。

 悪魔であるデミウルゴスだけでなく、基本的にナザリックに属する者は人間を軽視する傾向がある。人間など所詮は下等生物。良くて玩具か餌にすぎない。

 そんな考え方の彼らからすれば、それは驚愕の事実だった。

 アルベドの話ではその少女が玉座の間から消えたと同時に、モモンガは今回の異常に気がついた。

 ――もしや、その少女とナザリックが転移した事に何か関係でもあるのか。

 ――モモンガ様の得た新たな可能性とは一体何なのか。

 

 

「……ふむ。出来る事なら是非とも会って話がしたいものだ」

 

 

 デミウルゴスはまだ見ぬ少女に感謝と共に興味を抱き、想像と考察を膨らませていた。

 

 

「そうね。私も会ってお礼を言いたいわ。モモンガ様を呼び捨てにしていたのは少し不敬だけれど、御友人なら仕方ないでしょうね。それにしても――」

 

 

 アルベドが人間を認めたような発言に、デミウルゴスは少しばかり違和感を覚える。

 彼女の性格上、ナザリック以外の者をそう簡単に認めるとは思えない。

 御方の御友人、それも命の恩人とあらばそういう事もあるのだろうか。

 デミウルゴスは何気ない言葉から、数多の思考を巡らせる。

 

 

「――モモンガ様…… はぁぁ、魂から痺れてしまうようなオーラ。最高支配者としての威厳あるカリスマ!! それにあの胸元が大きく開かれた服装、白磁の美しすぎる玉体…… あぁ、我慢出来ない。我慢する必要もないわ!!」

 

 

 しかし、その考えはより大きな言葉に邪魔された。

 暗いブルー一色だった空間が、アルベドの吐いた言葉で瞬時にピンクに染め上げられていく。

 

 

(心して聞けと、皆に言ったのは貴女なんですがね……)

 

 

 呆れるような思考の切り替え速度だ。

 玉座の間での出来事を知り、沈んでいたこの場の空気が一気に吹っ飛んでしまった。

 

 

「至高の御方でも側でサポートする者は必要よね? これはもう私が秘書として支えるしかないわ!! おはようからお休みまで!! お側で!! 近くで!!」

 

 

 想い人には決して見せられない表情で、テンションを上げて捲し立てるアルベド。

 ナザリックに属する女性ならば、誰もがモモンガの寵愛を望むだろう。

 デミウルゴスもそこに疑問はない。だが――

 ――これが守護者統括で大丈夫だろうか。

 至高の御方の采配に僅かながら疑問を感じ、デミウルゴスは不敬であると、その考えを即座に切り捨てた。

 

 

「はぁぁぁっ!? ふんっ、嫌でありんすねぇ。賞味期限の切れたオバさんは妄想が激しくて」

 

 

 モモンガがこの場を去った後も体勢を変えずに座り込み、一つの質問以外はほとんど沈黙状態だったシャルティア。

 彼女はアルベドの宣言を聞き、不快げに顔を歪めて叫んだ。

 

 

「あらあら、嫉妬かしら?」

 

「アルベドの戯言なんて真に受ける価値はありんせん」

 

「うふふ、理由に想像はつくけど、さっきまで黙りこくっていたビッチには分からないでしょうね」

 

「あぁ? 年寄のボケに付き合う気はありんせんえ?」

 

 

 シャルティアは勢いよく立ち上がり嫌味を浴びせたが、アルベドは怒鳴る事もせず澄ました表情のままだ。

 

 

「うぇぇ……アルベドのその余裕、なんだか気味が悪いでありんす……」

 

 

 ヤツメウナギ位の言葉は言い返してくると予想していただけに、シャルティアは理由が分からず戸惑いの表情を見せた。

 デミウルゴスも失礼だとは思いながら、アルベドの様子を不自然に感じている。

 それ程交友が深い訳ではないが、彼女の性格からすると怒鳴り返しても不思議ではないと思っていた。

 

 

「私はモモンガ様から『妹という存在に甘くて優しい』と定められたの。そしてモモンガ様は私の胸をお揉みになったのよ!!」

 

「なぁっ!? モモンガ様から……しかも胸を!? モモンガ様はまさか妹萌え? でも、それとアルベドに何の関係が……」

 

「くふふ……私は次女。つまり妹属性を持っているのよ!!」

 

「あぁぁぁぁあっ!?」

 

 

 恍惚な表情を浮かべた後、シャルティアに向かって勝ち誇るアルベド。

 驚愕に目を見開き、悲鳴を上げるシャルティア。

 デミウルゴスは非常に頭の悪い会話故に聞き流していたが、そろそろ止めに入るべきか悩んだ。

 しかし、こういう事は適任者に任せた方がいいだろうと思い至る。

 

 

「アウラ、こういうのは同じ女性の君に任せるよ」

 

「えぇ……デミウルゴス、あたしに押し付ける気? あの意味わかんない事言ってる二人を?」

 

「適材適所というやつさ。いざとなったら協力するとも――」

 

 

 ――コキュートスと一緒にね。

 デミウルゴスは守護者の中でも自身の戦闘力はかなり低い方であると自覚があった。

 もし力技が必要になった時、自分では間違いなくあの二人には勝てない。

 古来より女性の色恋話に男性が首を突っ込んでも、ロクな事にはならないと相場が決まっている。

 デミウルゴスは頭の中で理論武装をしていたが、本音は面倒の一言に尽きるだろう。

 

 

「っくぅ……ペロロンチーノ様が、モモンガ様は中々ご自身の性癖を暴露してくれないとは仰っていんしたが…… まさか、そんな……」

 

「悪いわね、シャルティア。そういう事だから私は自分に甘いの……甘くても良いのよ!! 職権濫用と言われようが、モモンガ様の側で秘書として四六時中控えさせてもらうわ!!」

 

「ず、ずるいでありんす!!」

 

「はんっ、何とでも言いなさい。これはモモンガ様が直々に私に定められた事よ。至高の御方の決定は絶対!!」

 

「こんのぉ……そんな横暴認めないでありんす!! ちょっと賢いだけの大口ゴリラがぁ!!」

 

「私に意見があるなら妹になってから出直してきなさい、このヤツメウナギがぁ!!」

 

「吐いた唾は飲めんぞ!! 秘書の座を懸けて決闘じゃあっ!!」

 

「あーら、良いのかしら? まぁ、頭も悪くて妹でもない貴女がモモンガ様に選ばれるとは思えないけど。勝負は目に見えてるわね」

 

「あぁぁぁぁあっ!? この、この……」

 

「くふっ、公私共に支える関係となって、私もゆくゆくはモモンガ様と…… くふ、くふふふふっ……」

 

「貴女達、話を飛ばしすぎでは? そもそもアルベドが秘書になる事は定められていないと思いますが…… いえ、それ以前に――」

 

 

 ――守護者統括としてそれでいいのか。

 そもそもモモンガ様が望まれたのは、そういう事ではないはず。

 デミウルゴスは危うく本音が漏れそうになったが、今のこの二人に巻き込まれるのは非常に避けたい。

 しばらくは口を閉ざした方が賢明だろうと、途中からまた聞いていないフリをした。

 

 

「……まだ、まだ勝負は終わってないでありんす!! チビ助!!」

 

「な、なによ……」

 

 

 頭の悪い会話はまだまだ終わりが見えない。

 それどころかシャルティアは――二人の様子を渋々見守っていた――アウラの方へ突然顔を向けた。

 

 

「あなた、私の姉になりなさい。元々弟がいるんだし、妹が増えても構わないでありんしょう?」

 

「はぁぁぁっ!? シャルティア、あんた何言ってんの?」

 

「妾の創造主であるペロロンチーノ様と、アウラ達の創造主であるぶくぶく茶釜様は御姉弟でありんす。なら何も問題ないでしょ!!」

 

「あるに決まってんでしょ。このお馬鹿!!」

 

 

 守護者達はギルドメンバーについてならば、どんな些細な内容でも知りたい。至高の御方の話が聞ける事は、NPC達にとって非常に嬉しい事なのだ。

 しかし、デミウルゴスはこの場に限って素直に喜べない。

 

 

(モモンガ様は既に動かれていると言うのに、一体いつまで続ける気なんですかね……)

 

 

 残念ながらアウラまで巻き込まれてしまった。こうなるといつ終わるかも分からず時間も惜しい。

 嫌々ながら、本当に嫌々ながら自分が止めに入るしかないだろう。

 デミウルゴスは三人の挙動に注意しながら、混沌に足を踏み入れる覚悟を決めた。

 

 

「どちらに行かれたかは分かりませんが、私はモモンガ様の側へ控えさせていただきます」

 

「……ああ、分かったよ。アルベド達が正気に戻ったら、君にも追加の指示を伝えよう」

 

 

 自分の覚悟に水を差す様な同僚の台詞。

 デミウルゴスはこの場から逃げ出せるセバスに僅かな苛立ちを感じながら、心の中である言葉を刻む。

 ――自分がしっかりしなければいけない。

 アルベドは自分と同等の頭脳を持つ知者である。更に言うなら守護者統括という重要なポジションだ。

 だが、ナザリックがこの地に転移してから、アルベドの様子が明らかにおかしい。

 

 

「非常に興味深い議論だが、今はそれ位にしてくれたまえ。アルベド、そろそろ私達にも命令をくれないかね」

 

「……えぇ、そうね。まずはモモンガ様にルベドの起動を――」

 

「今は緊急時だ。私欲の混じった冗談は控えてくれたまえよ?」

 

 

 デミウルゴスは少しだけ強めた口調でアルベドの言葉を遮った。

 そしてデミウルゴスの疑問は確信に変わった。

 アルベドの自身を律する能力が非常に下がっている。有り体に言ってしまえば、上に立つ者としてポンコツだ。

 これは今後のナザリックの運営に関して致命的ではないだろうか。

 

 

「守護者統括である君が……モモンガ様の信頼を裏切ってまで、そんな事をするとは思わないがね」

 

「……もちろんよ。皆、これからの計画を――」

 

 

 ――今の間はなんですか。

 アルベドを守護者統括に命じられたのは至高の御方々だ。

 しかし、この先彼女に指揮を執らせる事に、デミウルゴスは不敬ながら非常に不安を感じる。

 

 

(モモンガ様の仰った『各員、異常がないか確認せよ』とは、こういう事だったんですかね……)

 

 

 アルベドに極太の釘を刺し、忠義の悪魔は再度心に言葉を刻む。

 ――自分がしっかりしなければいけない。

 しかし、この問題が根本的に解決するのは随分と先になりそうで、デミウルゴスは思わずため息をついた。

 

 

 

 

「皆、緊急の任務、ご苦労だった。素晴らしい働きだったぞ。これからも諸君らの忠義に期待している」

 

 

 この地に来てから初めてモモンガ様より賜った仕事――カルネ村の救援。

 その任務を終えてナザリックに帰還した後、私達は玉座の間にてモモンガ様から直接お褒めの言葉を頂いた。

 

 

(モモンガ様は非常に御喜びになられていた…… だが、あれは御友人と再会出来たからに過ぎない)

 

 

 しかし、自分はそれを素直に受け取る事が出来なかった。頂いたお言葉に不満がある訳ではない。主からの言葉はどんな宝石にも勝る褒美だ。

 だがそれでも、自分が指揮を執った結果に納得が出来なかったのだ。

 モモンガ様が玉座の間を去られてからは、それが如実に表情に出てしまう。

 

 

「デミウルゴス、さっきからどうしたの? せっかくモモンガ様から褒めてもらったのに、嬉しくないの?」

 

「そんな事はありません。ですが……我々の仕事はこの程度で良いのかと、そう思うのです」

 

「どういう意味?」

 

「モモンガ様はこれまでお一人でナザリックを維持してこられた…… それは並大抵の事ではない。言葉に出来ない偉大さだよ」

 

 

 ギルド拠点の維持費は膨大。それもナザリックレベルの規模となれば、想像を絶する金額が必要となるだろう。

 これまで四十一人で行われていた事を一人で行っていた。単純に考えても四十一倍の仕事量。

 至高の御方四十一人分の仕事など自分では――いや、モモンガ様を除いてナザリックの誰であっても不可能だ。

 

 

「そりゃあ、モモンガ様は至高の御方々のまとめ役だよ? 凄いに決まってるじゃん」

 

「ではアウラ、君はこのままで良いと思うかい? 我々は与えられた階層を守護するだけで満足していた。だが、結局ナザリックが存続出来ていたのは、たった一人で維持費を稼ぎ続けたモモンガ様のおかげだ」

 

「それはそうだけど……」

 

「じゃ、じゃあデミウルゴスさんは、御命令以外に何をするべきだと?」

 

 

 難しい顔で疑問を浮かべる双子の守護者に、自分がこの地に来てから考えていた事を伝えた。

 

 

「我々が維持費を稼ぐべきだ…… そしてナザリックの運営も可能な限り我々がやるべきです」

 

 

 創造して頂いた以上、忠義を尽くすなど当たり前。ナザリックを守護する事も当たり前。

 そんな程度では駄目なのだ。

 あれ程慈悲深いモモンガ様がこの地を去るとは思えないが、その優しさに甘えるだけではいけない。

 

 

「モモンガ様は十分過ぎるほどにナザリックに尽くして下さった。だからこそ、今度はモモンガ様のやりたい事を、我々がサポートするべきだと思わないかい?」

 

 

 思わず熱くなって声が大きくなってしまう。しかし、これが自分の本心だ。

 ナザリックとシモベをお一人で守り続け、最後は共に消滅するなど、絶対にあってはならない。そのような考えを二度と主人に抱かせてはいけない。

 だからこそ、モモンガ様に我々は守られるだけの存在ではないとアピールするのだ。

 

 

「も、モモンガ様のやりたい事って何ですか?」

 

「皆はまだ知らなかったね。マーレがナザリックを偽装していたあの時……私は夜空の下で、モモンガ様の真意を聞いた」

 

 

 自分がお供をさせて頂いた時に、至高の御方が発した言葉だ。一言一句忘れるはずもない。

 

 

「モモンガ様はこう仰った。『――未知の世界を冒険し、一つ一つ制覇していくのも面白いかもしれないな』と。モモンガ様は最終的に世界征服を成し遂げるおつもりです」

 

 

 壮大なスケールの野望。常人が言えば失笑されるであろう夢物語。

 しかし、モモンガ様という筆舌に尽くし難いカリスマ的存在が、それを不可能に感じさせない。

 

 

「モモンガ様をサポートするためにやるべき事は沢山あります。私はそろそろ失礼するよ」

 

「デミウルゴスさん、何をするんですか?」

 

「なに、御方にちょっとした遊戯の時間をご提供しようかと思ってね。些末事を済ませておくのさ」

 

「勿体ぶらないで教えて欲しいでありんす。外の世界なんてモモンガ様に命じて頂ければ、私が即座に蹂躙して――」

 

「慌ててはいけないよ、シャルティア。我々が本気を出せば世界を捧げるなど簡単だ。でも一方的なゲームなどつまらないだろう? だから過程を楽しんで頂かなくてはね」

 

 

 今まで働き詰めだったモモンガ様に戯れ――世界を舞台にしたゲーム――を提供する。

 

 

「それにどのような形で献上するのが最適かも考えなくては。至高の御方に捧げる贈り物だ。包装にも手を抜く訳にはいかないからね」

 

 

 その計画の一端を知り、守護者達に激震が走った。そして、皆一様に頷いた。

 ――全ては至高なる御方、モモンガ様のために。

 

 

 




裏で色々やるけど、上手くやりすぎてナザリック側の出番はあまりない予定。
設定変更のせいでアルベドから不穏さがゼロになって、ある意味安心ですね。
デミウルゴスはモモンガを楽しませつつ、全力で世界征服する事を目指します。
もうコイツ一人で良いんじゃないかな状態ですね。
色々勘違いが起こってますが、ナザリック勢はネムに対して感謝してます。




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お友達との冒険者デビュー

冒険者になる許可を勝ち取った後、エ・ランテルにやって来たモモンガとネム。
そして宿屋で起こる定番のイベント……

みんな大好きモブ視点から始まります。


 リ・エスティーゼ王国で最も人の行き交う都市、エ・ランテル。

 バハルス帝国とスレイン法国の領土にも面している城塞都市であり、三国にとって貿易の要所となる場所である。

 

 

「良さげな仕事もなかったし、どうすっかな……」

 

 

 この街では冒険者御用達とも言える宿屋が複数存在する。自分が拠点として長年利用している宿もその内の一つだ。

 組合で初めて冒険者登録をした場合、その時点で冒険の準備が整っている者は少ない。

 そして必要な道具や知識、パーティを組む仲間など、足りない物を数え出したらキリがない。

 

 

「とりあえず戻って酒でも飲むか。どうせアイツらも居るだろ」

 

 

 宿屋とはそんな不足を補う事が出来る場所――冒険者にとっては社交場とも言える場所だった。

 

 

「おう、親父。いつもの頼むわ」

 

「お前もこんな早くから飲んだくれやがって…… ほらよ」

 

 

 ここはエ・ランテルの冒険者組合が新人によく紹介している宿の一つ――最低ランクの安宿である。建物の二階と三階が宿屋として使われ、一階は利用者の受付を兼ねた酒場となっていた。

 外観や中身はお世辞にも立派とは言えないが、そんな事を気にする利用者はいない。最低限の宿としての機能があればそれで良いのだ。

 

 

「相変わらずここの酒は薄いな。偶には良いやつ頼んでみるか?」

 

 

 昼と言うには少し遅く、夕方と言うにはやや早い時間。

 酒を持って飲み仲間――――もとい、冒険者仲間の座るテーブルへと向かう。

 小汚いが意外と広い酒場では、現在自分も含めて十人程の冒険者達がたむろしていた。

 依頼について仲間と情報共有していたり、仕事先で出会ったモンスターについて話したり――単なる愚痴をこぼしたり。

 

 

「味の違いなんかお前に分かりゃしねぇだろ。俺らはこれで十分だよ」

 

「そうだぜ。それにそんだけ飲んでりゃ薄くても一緒だろ。おっ、誰か来たぜ」

 

 

 酒を片手に話す内容は人それぞれだ。

 自分が二人の酔っ払いといつもの様に安酒を飲んでいると、店の扉を開く音が聞こえた。

 入り口に取り付けられたウエスタンドアを押し開け、入って来たのは身長差のある奇妙な二人組。

 

 

「紹介された宿はここだな」

 

「うん。ここで冒険の道具が揃えられるって、受付のお姉さんが言ってたよね」

 

 

 その二人の首元に光るのは、真新しい(カッパー)のプレート。つまりは最下級冒険者の証だ。

 この宿で今まで見かけなかった事を考えると、冒険者になりたての新人で間違いないだろう。

 しかし、本当に新人の冒険者か疑いたくなる姿だった。

 一人は金の模様が入った漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を包んだ戦士であり、面頬付き兜(クローズド・ヘルム)のせいで顔は全く分からない。

 おまけにやたらと目立つ真紅のマントを身につけ、重厚なグレートソードを二本も背負っている。本当にそれを自在に振り回せるとしたら、とんでもない剛力の持ち主だろう。

 

 

「なんだあの装備、スゲーな……」

 

「俺らには無理だよ。羨ましいこった」

 

 

 周りからは羨望の篭った視線が集まり、嫉妬混じりの声もチラホラと聞こえてくる。

 鎧も剣も恐らく超が付くような一級品。まるで物語に出てくる英雄を具現化したような見た目だ。

 自身の量産品の装備と比べてしまい、無意識に相手の実力が装備に相応しくない理由を探してしまう。

 

 

(ちっ、良い装備してやがんな、あの戦士。どっかのボンボンか?)

 

 

 とてもではないが、銅級の冒険者が買えるような代物ではないはずだ。

 金持ちの親か何かに買ってもらった物だろう。

 もしかしたら遺跡等で偶然に見つけた物か、先祖代々引き継がれている武具という線もある。

 あいつ自身は大したことないに違いない。

 

 

「おい、見ろ…… あれ、どう思う?」

 

「分からん。それより――」

 

 

 酒場の騒がしさは変わっていないが、この二人組が入ってきた時点で少しだけ雰囲気が変わった。周りの同業者も値踏みするように彼らを観察している。

 隅に座った一人の冒険者だけは尊敬の目を向けていたが、きっと装備に目が眩んでいるだけだろう。

 二人を完全に気にしていないのは手元のポーションをうっとりと眺め、そちらに意識を奪われている女冒険者くらいのものだ。

 

 

(それにしても……もう一人は何の冗談だ?)

 

 

 ある意味全身鎧の人物より更に異質だった。

 なにせどこからどう見ても――その首元のプレートを除けば――普通の少女だ。

 ワンピースタイプの服を着ており、その裾の下には短めのズボンが見え隠れしている。

 

 

「武器を持った人がいっぱいだ…… 凄いね、モモン」

 

「ここは冒険者向けの宿だからな。私達からすれば皆先輩と言ったところか」

 

 

 少女は酒場に入ってから、物珍しそうに辺りをずっとキョロキョロと見渡していた。

 若くとも十五、六歳ならば成人とみなせるが、それも程遠い。幼い顔つきからして精々十才程度だろう。

 戦士の方が大柄な事もあって、横に並ぶと少女はより一層小さく感じられた。

 どう考えても冒険者には見えず、外で遊ぶのが好きそうな子供としか思えない。

 二人を親子と思えばまだ納得出来る部分もあるが、その考えも子供の首にあるプレートが邪魔をしてくる。

 

 

「……子供を連れて泊まるには向かないぞ?」

 

「いや、泊まる気はない。冒険者をするための最低限の道具が欲しい。ここで準備してもらえると、先ほど組合で聞いたんだが」

 

 

 店主は二人を一瞥するなり、帰れと言いたげな表情を作っている。それを知ってか知らずか、表情の見えない戦士は怯むことなく淡々と返した。

 体格から予想はついていたが、その低い声からしても全身鎧の戦士は男性だろう。

 

 

「……冒険者は何があっても自己責任。お前さんはともかく、そっちの嬢ちゃんは分かってんのか?」

 

「ネムなら問題ないさ。それにこう見えて優秀な魔獣使いだ」

 

「私の相棒のハムスケは凄いんだよ。それにモモンはもっとすっごく強いから大丈夫だよ、おじさん」

 

 

 渋い顔をした店主とは真逆に、少女は冒険者をやる事に何の気負いもないようだった。

 

 

「はぁ、そうかい…… 自分で決めたんなら、まぁ俺がどうこう言う事でもねぇがな。命は大事にしろよ。道具は夕方までには準備しといてやる」

 

 

 それにしても中々見ない光景だ。強面の店主が珍しく客に気を使っている。

 それとも子供の冒険者にどう接したら良いか分からないが正解だろうか。

 意外と面倒見が良いのは知っていたが、流石に子供相手だといつものように強くも言えないらしい。

 

 

「だが嬢ちゃんのサイズだと、マントとかこっちじゃ用意出来ない物もある。その辺は自分で何とかしな」

 

「ああ、分かった。ではネムよ、後回しにしていた魔獣登録の方を先に済ませに行こうか」

 

「うん。ハムスケも待ってるもんね」

 

 

 予想はしていたが、店主との会話から新人である事は確定だ。

 ならば、ここらで俺が必殺の「おいおい、痛ぇじゃねぇか」をかましてやろう。

 新人の冒険者には必ず何かしらの洗礼が行われる。相手の対応能力などを見る一種のテストのようなものだ。

 同じ仕事を請け負えば、お互いに背中を預け合う可能性がゼロとは言えない。チームに欠員が出た者ならば、新しい仲間の候補を探すのに役立つ。

 理由は様々だが、新参者の能力を測るためにもこれは必要な事なのだ。

 

 

(こちとら伊達に万年鉄級(アイアン)じゃねえ。数多の新人達に足をぶつけてきた自負ってもんがあるんだよ)

 

 

 スキンヘッドに刺青――元から厳つい顔つきも合わせると、自分の容姿は人を十分に威圧出来る自信がある。それに冒険者として鍛えているから筋肉だってそれなりにある。

 自分より相手が多少デカかろうが、鎧を着ただけの新人をビビらす程度は簡単だ。

 ついでに子供の方にも冒険者の怖さを教えてやろう。夢見る少女にこの仕事を諦めさせるには良い機会だ。

 

 

(よし……そうだ。そのままこっちに歩いてこい…… まだだ、まだ――今だっ!!)

 

 

 相手の歩く速度を観察しながら、完璧なタイミングを見計らう。

 こちらに歩いてくる戦士の進路を塞ぐように、さっと足を突き出し――

 

 

「――あてっ」

 

 

 ――少女の方が引っかかった。

 

 

(……何でだよ!? さっきは後ろにいたじゃねぇか!!)

 

 

 前を歩く戦士に足をぶつけさせて難癖をつけるつもりだったが、突然少女の方が前に飛び出してきた。

 その結果、自分が出した足に引っかかり、戦士ではなく少女がそのまま転けてしまった。

 

 

「えへへ、転けちゃった」

 

 

 倒れた少女は床に手をつき、少し恥ずかしそうにしながら顔を上げた。

 自分もどうしていいか分からず、何も言えずに固まってしまう。

 この状況で「おいおい、痛ぇじゃねぇか」なんて言ったらただの馬鹿だ。

 

 

(おいおい、なんでガキの方が引っかかるんだよ…… ふざけんなよ、何でこのタイミングで……)

 

 

 子供は稀に突拍子もない事をするから、行動が本当に読めない。

 数秒経って一旦冷静さを取り戻すと、少女に対して苛々とした感情が湧いてきた。

 きっと飛び出した理由も前を歩く戦士に何か話しかけようとしたとか、多分くだらない事だろう。

 

 

「ちっ!!」

 

 

 自身の作戦を邪魔されたことで、思わず大きな舌打ちが出る。

 これでは洗礼が台無しだ。いや、今からでも適当に責任を取れとか言って、戦士の方に難癖をつけるべきか。

 自分は子供ではなく、こっちのデカイ方の実力を――

 

 

「――貴様……今、ワザと足を出したな?」

 

 

 この瞬間、今まで沈黙していた戦士から、建物全体を押し潰すような濃密な殺気が放たれた。

 ――おいおい、やべぇじゃねぇか。

 寒気がする程の恐ろしい圧が自身を襲い、気温が急激に下がったように感じる。

 頭の中で考えていた少女への文句も、迫り来る全身鎧のせいで何もかも吹っ飛んでしまった。

 

 

「どうした、何故答えない?」

 

「あ、か……」

 

 

 今の自分は竜に睨まれたゴブリンだ。

 突然声が枯れたように喉がひりつき、口の中がカラカラに乾く。

 恐怖のあまり指先一つ満足に動かせず、言葉も上手く出てこない。

 

 

(なんだコイツ!? 声が、出せねぇ……)

 

 

 先程まで見世物の如くこの状況を楽しんでいた者――彼らを値踏みしていた周りの者達の表情すら固まっている。

 洗礼を肴に酒を飲んでいた冒険者達が一斉に押し黙り、酒場の中は一気に静まり返っていた。

 

 

「こういった歓迎も予想はしていた。まぁ私を狙うのならば、それも笑って流してやったんだがな……」

 

 

 怒鳴り散らしているわけではない。

 むしろ呆れている様にも、笑っている様にも聞こえる程の落ち着いたトーンだ。

 だが、その声には獰猛で挑戦的な意思が滲み出ていた。

 

 

「私達の力が知りたいのなら、ちょっと模擬戦でもしてみないか――セ・ン・パ・イ?」

 

(おいおい、死んだわ俺)

 

 

 これが圧倒的な強者の覇気というものか。

 隔絶した格の違いを見せつけられ、現実逃避した思考はどこか他人事な考えに陥っていた。

 こんな怖い「先輩」の言い方は聞いた事がない。顔から嫌な汗が吹き出し、頬を伝って流れ落ちていく。

 この絶体絶命のピンチを切り抜けるべく、出来るだけ慌てず周囲の冒険者に救援を求める視線を向けた――

 

 

(――おいおいおいおい、なんで誰も俺と目を合わせねぇんだ。目線を逸らすな、下を向くな。反対向いて酒飲んでんじゃねぇ!?)

 

 

 ――だが、誰一人として自分と目を合わせやしない。

 一緒に飲んでいた二人の仲間も、お尻が椅子に固定されたかのようだ。戦士の放つ目に見えないオーラの前に全く動けないでいる。

 

 

「せめて謝罪くらいはして欲しいものだな…… ずっと黙っているが、喉に何か詰まったのか?」

 

(――やめて怖い、籠手が迫ってきてる。どうなっちゃうの俺? えっ、死んだ? マジで死ぬの? 足引っ掛けただけで? おいおい、頼むから俺を見捨てないで――)

 

 

 こちらにゆっくりと伸びてくる戦士の腕。

 解決策は浮かばないくせに、無駄に加速し続ける自分の思考。

 ――冒険者は何があっても自己責任。

 店主の言葉は正にその通りだった。

 しかし――

 

 

「大丈夫だよ、モモン。私も今日から冒険者だもん。これくらいへっちゃらだよ」

 

 

 ――(少女)は俺を見捨てなかった。

 

 

「ネムが大丈夫ならいいが…… ネムも周りをもっとよく見ないと、これから大変だぞ?冒険では一瞬の油断が命取りだからな」

 

「うん、気をつけるね」

 

 

 少女が戦士に声をかけると、首元まで迫っていた死の気配は霧散した。

 膝をはたきながら立ち上がった少女が思わず女神に見える。いや、間違いなく自分にとっては救いの女神だったのだろう。

 

 

「わ、悪かったな、お嬢ちゃん……」

 

「怪我もしてないから大丈夫です」

 

 

 何事もなかったかのように笑顔を見せる少女に、何とか謝罪の言葉を絞り出した。

 どうやら自分は助かったらしい。

 だが精神的には三度は死んだ気がする。そして周りからの視線が妙に生温い。

 ――やめろ、そんな目で俺を見ないでくれ。

 周りに対しても、無邪気に笑う目の前の少女に対してもそう叫びたい気分だった。

 

 

「ハムスケの登録が済んだら軽く街を見て回るか。その後で道具を受け取って今日は一度家に帰るぞ」

 

「えー、お仕事しないの?」

 

「仕事をするには微妙な時間帯だからな。それに事前の準備はしっかりするべきだ」

 

「はーい……」

 

「そう残念がるな。仕事はまた次回のお楽しみだ」

 

「うん!! じゃあハムスケのとこ行こ」

 

 

 彼らは自分の事など既に気にも止めていない。あまりにも和やかな会話だ。

 戦士が少女を気にかける様子からは、あれ程の殺気を放った男と同一人物とは思えない。

 そのまま二人が宿屋を後にすると、宿全体が安堵の雰囲気に包まれていく。

 そして、静まり返っていた宿屋に段々と喧騒が戻ってきた。

 

 

「――ぷっはぁ…… なんだあの殺気。見てたこっちまで死ぬかと思ったぜ」

 

「見かけ倒しじゃねぇな。あんな全身鎧とデカブツ二本も装備しておきながら、全く体がぶれてなかったぞ」

 

「あのガキも中々ヤバいんじゃないか? 仲間とは言え、あの殺気だぞ。あんな空気の中で平然としてられるって、どんな神経してんだ」

 

「子供だと侮っていたが、ありゃ只者じゃないぞ」

 

「親子かと思ったが、呼び方からしてそれも変だな。どっかの孤児か?」

 

「魔獣使いって言ってたな。出任せかと思ったが、案外マジなんじゃ……」

 

「あり得るな。冒険者としては新人だが、二人とも相当な修羅場を潜ってそうだ……」

 

「また俺らを簡単に飛び越していきそうな奴が出て来たな。しかも今度は子供連れかよ」

 

 

 周囲からは先ほどの二人組に対して、あれやこれやと感想や意見が飛び交っている。

 かなり好き放題に言われているが、そのほとんどが賞賛や畏怖に溢れるものだ。

 

 

「あー、お前も災難だったな。ありゃ予想外だよ」

 

「そうだぜ、ありゃビビっても仕方ねぇ。俺もマジでビビっちまったよ。ほら、酒でも飲めよ」

 

「ああ、ありがとよ……」

 

 

 一緒に飲んでいた冒険者仲間が慰めの言葉とともに、酒の入ったジョッキを渡してくれた。

 

 

(このやり方、もうやめようかな……)

 

 

 長年愛用していた「おいおい、痛ぇじゃねぇか」はもう潮時かもしれない。

 洗礼の慣習は残したいが、あのやり方は不味い。何が不味いって、今回相手の力量を読み間違えた自分が一番不味い。新しい方法は追々考えよう。

 そんな事を思いながら、先の恐怖を振り払うように再び酒に口を付けた。

 

 

「ここの酒は、やっぱり薄いな……」

 

 

 先程までと変わらない安い味。

 その味は日常を感じさせ、自分がちゃんと生きていると安心させてくれた。

 

 

「おい、ブリタ。どうした、顔色が悪いぞ。さっきの圧にやられたか?」

 

「……おやっさん、どうしよう」

 

「なんだ?」

 

「ポーション、飲んじゃった……」

 

「……しらん」

 

 

 ちなみに先程の凄まじい殺気に耐えかね、思わず買ったばかりのポーションを飲んでしまった女冒険者がいたとか。

 倹約に倹約を重ねて買ったらしい、金貨一枚と銀貨十枚の治癒のポーション。

 決して安くない値段が一瞬にして消えた事実に、女冒険者はしばらく立ち直れなかったそうだ。

 

 

 

 

 冒険者としての登録、それからハムスケを連れて歩くための魔獣登録というのも済ませた。

 モモンガは自分で使わなそうな――睡眠も飲食も不要の骨だから――冒険者の初心者セットを何故かノリノリで買っていた。

 さぁ、これから冒険だ――そう意気込んでいたが、残念ながら今日は時間切れ。

 お金がもったいないから、私は冒険に必要な道具は出来るだけ家にある物で代用しようと思っている。だから残念と思いつつも、今日は仕事を受けなくて丁度良かったのかもしれない。

 街を出て人目につかない所まで移動し、その後は行きと同じモモンガの魔法でカルネ村の入り口まで帰ってきた。

 

 

「さて、今日はもう解散だな。初仕事は……そうだな、明後日にでも受けに行くとしよう」

 

「なら某は一度森に帰るでござる。それではネム殿、モモンガ殿、さよならでござる」

 

「バイバイ、ハムスケ」

 

 

 森に向かって走り去るハムスケを見送り、私も後は自分の家に帰るだけだ。

 しかし、どうにも気が高ぶっている。今夜は中々寝付けないかもしれない。

 

 

「楽しみなのは分かるが、今日はちゃんと寝て明後日の準備をしておくんだぞ」

 

「うん、道具の確認もしておくね」

 

 

 私が浮かれているのが分かったのだろう。

 モモンガは優しく笑いながらも、少し真剣な雰囲気を出した。

 

 

「ネム、改めて聞いてくれ。私は冒険者をやるにあたって、君に必要以上の手助けはしない。今日のようにすぐに手を貸さない時もあるだろう……」

 

 

 モモンガは悩ましげに言ってるけど、結構すぐに助けてくれた気もする。

 あの宿で会った冒険者のおじさんは、いきなりモモンガに詰め寄られて死にそうな顔になっていた。

 モモンガの行動は一つ一つがカッコいい。でも、周りの人たちは本気でびっくりしてたけど、あれは怒っているフリだったんじゃないだろうか。

 

 

(モモンガって人間になりきるの上手いし、ごっこ遊びとか得意そうだもんね)

 

 

 モモンガの低い声って本当に凄い。言葉だけで相手を圧倒できるのだ。

 私も冒険者をやっていれば、いつかあんな風に出来るようになるのだろうか。

 

 

「ネムの装備だってその気になればいくらでも用意出来るが、それでは面白くないからな」

 

「約束は覚えてるよ。自分の力で集めるのも冒険の醍醐味なんだよね」

 

「ああ、その通りだ。私も戦士としては完全に初心者。お互いに初めて同士、一から頑張ろう」

 

 

 これは冒険者をやると決めた時、モモンガと一緒に考えて決めた事だ。

 モモンガが魔法を使えば何でも出来る。でもそれでは意味がないから、あくまで戦士『モモン』として冒険する。

 そして私は出来るだけモモンガの力を借りずに、自分の力で出来る事を増やしていく。

 私達が一緒に成長するための約束だ。

 

 

「もちろん相談はしてくれて構わないからな」

 

「分かってるよ、私達は対等な冒険者仲間になるんだもんね。私もモモンガが困ったら助けるよ」

 

「その時は是非とも助けてくれ。さて、正式に冒険者になったお祝いだ。ネムにこれをあげよう。ちょっとした武器と、もしもの時のお守りだ」

 

 

 モモンガが差し出してきたのは、Y字型の棒にゴムがついた道具――パチンコだろうか。

 それともう一つは指輪だ。指輪は羊を模したデザインで、とても可愛らしい。

 でも嬉しいけど、受け取るのは少し迷う。

 

 

「いきなりルール破ってない?」

 

「そんな事はない。ほら、冒険者『モモン』ではなく、これは友達の『モモンガ』からの贈り物だ」

 

 

 そう言ってモモンガは両腕を広げ、着ている地味なローブをアピールしてみせた。

 街にいた時に着ていた鎧――実は魔法で作ってる――はもう着ていない。村に帰ってくる時にわざわざ解除していた。

 ちなみに鎧姿ではモモンと呼ぶ事になっているが、この姿になったらモモン呼びは終わりだ。

 

 

「もー、今回だけだよ。でもありがとう、モモンガ」

 

「どういたしまして。それは魔法のスリングショットでな、大抵の物を弾として使用する事が出来る。まあ、ネムからすればただのパチンコと思えばいい」

 

「へぇー、凄い…… 魔法の武器なんだ」

 

「だが、敵を倒す程の力は無い。それはあくまで牽制用にしかならないレベルの物だ」

 

「そうなの?」

 

「敵を倒す事だけが全てじゃないからな。それに、いきなり強い武器を押し付けるのも、ちょっとな…… 将来的に戦いたいなら、どんな武器を使うかはネムが自分で考えて探していくと良い」

 

 

 これでモンスターなどを倒すのは無理らしい。でも、自分がいきなり武器を持って戦えるとも思っていないから、問題はないかもしれない。

 やっぱりモモンガは親切だ。私の事をいろいろ考えてくれている。

 それにこのパチンコは初めて持ったのにとっても手に馴染む気がする。ハムスケに乗りながら使うのも良さそうだ。

 

 

「指輪も着けてみるといい」

 

「こう? ――凄い!! この指輪、私にピッタリだ!!」

 

「保険は大事だからな。武器は使わなくても構わないが、その指輪だけは外さないでくれ」

 

「うん、ずっと大切にするね!!」

 

 

 着ける前はサイズが大きいと思ってたけど、指に嵌めたらピッタリだった。

 よく分かんないけど不思議な指輪だ。

 モモンガと村の前で別れた後、貰ったパチンコを握りしめ、自分の指に嵌ったキラキラとした指輪を眺めながら家に戻った。

 

 

「ただいまー」

 

「ネム!? もう帰ってきたのか……」

 

 

 家に戻ると家族は凄くビックリしていた。

 ちゃんと晩御飯までに戻って来れたはずなのに、みんな何を驚いているんだろうか。

 

 

「どうしたの? 今日は冒険者登録してきただけだよ。ほら、このプレート見てよ」

 

 

 首のプレートを掲げて見せると、お父さんはそれを見つめながら怪訝な顔をした。

 

 

「いや、登録だけって…… エ・ランテルと村を往復したら結構な距離だぞ? 一泊してくるか、それかもっと遅いものだと……」

 

「モモンガの魔法ならすぐだよ?」

 

 

 そう言えばお父さんはモモンガの魔法を見た事がないのかもしれない。

 私も初めて体験した時は驚いたけど、闇を潜るだけで遠い距離を移動出来るのだ。

 もちろんハムスケもすっごく驚いていた。

 でもモモンガは魔法を使う度に鎧を脱いだり着たりを繰り返していたから、色々と制約はあるのかもしれない。

 

 

「送迎完備ってそういう意味だったのか……」

 

 

 モモンガの凄さに今更気づいたのだろうか。お父さんは苦笑いしていた。

 

 

「でもこの魔法の事は周りには秘密だってさ。それに村との移動に使うだけで、冒険中はちゃんと自力で移動するって言ってたよ」

 

 

 色々と説明してあげると、お父さんは額に手を当てて天を仰いだ。

 

 

「……ネム。仕事の時は宿泊してきて構わないから、モモンガさんにあまり迷惑をかけてはいけないよ……」

 

 

 それを見たお母さんは、隣で口を隠して可笑しそうに笑っている。

 お姉ちゃんは、前に見た顔――理解を諦めた顔だ。

 なんだかよく分からないけど、これは門限――冒険の時間制限が解除されたと、前向きに考えるべきだろう。

 

 

「うん、分かった。冒険者のお仕事頑張るね!!」

 

 

 これで出来る仕事の幅も広がるはずだ。

 でも明日は冒険にも行かないし、家のお手伝いもいっぱいしておこう。道具の準備もパチンコの練習もしなくちゃいけない。

 村はまだまだ大変な状態だ。みんな忙しく働き続けている。

 冒険をしたらお金をいっぱい稼いで驚かせよう。

 それなら私でもきっと家族の役に立てる――役に立ったと胸を張れる。

 

 

(私だって、やれば出来る!!)

 

 

 今はまだ迷惑をかけてばかりだけど――その時はちゃんと褒めてもらえるよね。

 

 

 

 

 待ちに待った冒険の日。

 前日はしっかりと寝たので体調は万全。必要な持ち物も事前に確認して、既に用意しているので準備も完璧だ。

 

 

「いってきまーす!!」

 

 

 朝ご飯を素早く食べ終えると、用意しておいた小さなリュックを背負う。

 服のポケットにはモモンガから貰ったパチンコが、すぐ取り出せるように入れてある。

 そして茶色のマント――村に住む野伏(レンジャー)のラッチモンさんが子供の頃に使っていた物を貰った――を羽織れば冒険者ネムの完成だ。

 私は家族に元気よく挨拶をすると、駆け出すように家を出た。

 

 

「二人ともおはよう!!」

 

「ネム殿、おはようでござる」

 

 

 村の外で待ち合わせしていたモモンガとハムスケに合流し、その後はちょっとだけモモンガの魔法の出番だ。

 

 

「おはよう、ネム。忘れ物はないか? 街の近くまで〈転移門(ゲート)〉を開くぞ?」

 

「うん、大丈夫」

 

 

 モモンガは少しだけテンションの高い声で魔法を唱え、宙に浮かぶ闇を生み出した。

 一昨日街に行った時も使ったが、これを潜れば一瞬で移動できるのだ。

 

 

「本当に便利だよね。これが使えたら朝の水汲みが楽になりそう」

 

「某も魔法は少々使えるでござるが、殿には全く敵わないでござる」

 

 

 モモンガのこの魔法はかなり凄いものらしい。ハムスケも魔法は少し使えるそうだけど、こんな便利な魔法は知らないようだった。

 

 

「第十位階の魔法を使ってやる事が水汲みとは…… ネムは中々大物だな」

 

「井戸を往復するのって結構大変だよ? お姉ちゃんも腕が太くなったらどうしようって言ってた」

 

 

 素直に思った事を言っただけだったが、モモンガはどこか感心したような、驚いたような雰囲気を見せた。

 自分では大きな瓶を持ち運べないため、水汲みのお手伝いをする事は少ない。それでも姉の姿を見ていれば大変さは分かる。

 

 

「あくまでも家族と仕事のためか…… ネムらしい、優しい使い方だ」

 

 

 色んな魔法が使えるモモンガにとっては不思議な理由だったのだろうか。

 確かにモモンガならわざわざ井戸を往復しなくても、直接水を生み出したりも出来るのかもしれない。

 モモンガの顔は今は仮面で隠れているけど、何故か自分のことを優しげな目で見ている気がした。

 

 

「どうしたの? 行かないの?」

 

「いや、何でもない。さぁ、行こうか!!」

 

「うん、しゅっぱーつ!!」

 

「出発でござる!!」

 

 

 みんなで元気よく声を出して、闇の中へ足を踏み入れた。

 こうしてお喋りしているのも楽しいけど、何はともあれ出発だ。

 ――どんな仕事があるんだろう。今日一日だとどれくらい稼げるんだろう。どんな物が見られるんだろう。

 今日から私、冒険者ネム・エモット、相棒のハムスケ、そして冒険者モモンの本格的な活動開始だ――

 

 

 

 

 意気揚々とカルネ村から街までやって来た二人と一匹。

 出発時の笑顔はどこへ消えたのか、ネムは眉を八の字にしながらモモンガと共に唸っている。

 

 

「これが依頼書か。ふむ、どうしたものか……」

 

「むむむ…… どうしよう?」

 

 

 辿り着いたエ・ランテルの冒険者ギルドで、ネムとモモンガは早速壁にぶつかっていた。

 魔法で作った鎧に身を包んだモモンガは顎に手を当て、掲示板の前でどうしたものかと考え込んでいる。

 

 

「読めん…… ネムは文字が読めるか?」

 

「読めない…… モモンも?」

 

「ああ、私の故郷とはまるで違う文字だ。言葉は翻訳されるのに、文字は違うとか不便だな……」

 

 

 冒険者登録をした時に、何故気付かなかったのか不思議なくらいの初歩的な問題。

 モモンガとネムは張り出された依頼書の文字が読めなかったのだ。

 モモンガは異世界の言葉故に。ネムは単純に読み書きを習っていないからだ。

 屋外に待たせているハムスケに聞いてみるという手もあったが、あの微妙に賢くない魔獣に文字が読めるとも思えなかった。

 そして、観念して二人で受付に依頼を見繕ってもらおうとしたが、そこで待ち受けていたのは新たな問題だった。

 

 

「申し訳ございません。現在は緊急時でして、銅級の方に紹介できる仕事はございません」

 

「……え?」

 

 

 返ってきたのは事務的な台詞。

 二人してポカンとしていたが、受付の女性はそんな事も知らないのかと言いたげな表情だった。

 

 

「昨夜より共同墓地からアンデッドが溢れ出し、その対応に追われているのです。そのため、他の依頼は一部停止させて頂いております」

 

「えぇ……」

 

 

 ネムとモモンガは二人揃ってガックリと肩を落とした。

 現在多くの冒険者はアンデッド退治や街の防衛の仕事を請け負っているが、それは一度も仕事をしたことがない新人に回せるようなものではなかった。

 厳密には荷物運びの仕事などはあるのだが、この緊急時に何も知らない奇妙な二人組に任せるのは良くないだろうと、受付嬢はあえて言わなかった。

 

 

「モモン、どうしよう?」

 

「選択肢は三つ……いや、この場合一つか。ネム、今日は訓練をしないか?」

 

 

 ネムはモモンガの提案を聞いて若干気分が落ち込んだ。

 本当はお仕事がしたい。お金をちゃんと稼ぎたい。せめて街に入る時の通行料分くらいは取り戻したい。でも、仕事がないのだから仕方がない。

 

 

「ネムはまだモンスターとちゃんと戦ったことはないだろう?」

 

「うん……」

 

 

 諭すようなモモンガの言葉に、ネムは小さく返事を返す。

 頭で分かっていても、ネムが気持ち的に納得出来るかは別問題だ。

 

 

「ハムスケと私を含めた連携を確認する必要もある。手ごろなモンスターを探して戦ってみよう」

 

「うん……」

 

 

 ネムもチームワークは大切だと思う。

 冒険者は基本的にチームで動き、お互いをカバーするのだと聞いた事がある。練習する必要性も理解している。

 ただ、今日も何の成果もなく家に戻るのは嫌だ――

 

 

「ゴブリンとかを狩れば報奨金が出るぞ」

 

「――やる!! モモンに昨日の練習の成果を見せてあげるね!!」

 

「おっ、もう自分で練習をしてたのか。偉いぞ。よし、じゃあ気を取り直して街の外に行くか!!」

 

「いくぞー!!」

 

 

 ――ゴブリン死すべし。

 ネムは二重の意味でやる気を漲らせた。

 

 

 

 

 エ・ランテル近郊の平野で、ネムとの実戦的な連携の訓練を始める事にした。

 お互いに出来ることを確認しながら、時折見つけたモンスターとも戦っている。

 その相手はもっぱら弱いゴブリンで、安全を考慮して群れからはぐれた個体を狙って狩っていた。

 

 

「ねぇモモン、ハムスケと新しい技を考えたの!!」

 

「某とネム殿の合体技でござる!!」

 

 

 訓練を始めてから数十分。ネムがゴブリンとの戦いの中で何かを閃いたようだ。

 何をするのか少しワクワクしながら見ていると、ハムスケが尻尾の先をネムに絡めた。

 いったい何をするつもりなのか。そのままネムの体を固定すると、空に向かって尻尾を垂直に伸ばしていく。

 

 

「私が上からパチンコで攻撃して」

 

「某がその隙をついて地上で攻撃するでござる」

 

「天才か」

 

 

 ハムスケの尻尾は堅い鱗に覆われているが、伸縮自在で伸ばせば少なくとも二十メートルはある。普段は鞭の様に敵に叩きつけて使っており、かなり自在に操れるらしい。

 それをそのまま武器として使うのではなく、ネムを空中に固定する道具にするとは中々面白い。

 

 

「ふむ、考えたな。これなら周囲の偵察にも使えそうだ」

 

「でしょでしょ!! でも、これまだ未完成なんだ……」

 

「何が足りないんだ?」

 

 

 制空権などネムは知らないはずだが、敵の頭上を取れれば有利だろうし、高い位置にいる分視野も広くなる。

 何より敵が飛び道具を持っていなければ、ネムが一方的に攻撃出来ることになる。

 尻尾から降りて来たネムは未完成だと言ったが、この世界のレベルを考えれば十分使える作戦だと思う。目立って的になりやすい事を気にしているのだろうか。

 

 

「尻尾を真っ直ぐに伸ばし続けるのは、某が少々疲れるでござる」

 

「ポンコツか」

 

 

 疲労のないアンデッドである自分には、ハムスケの苦労は分からない。

 だが、そこは頑張れと言いたい。

 

 

「あと、高すぎて怖いです……」

 

「盲点だった…… いや、あの高さだから当たり前か。むしろ良くさっきは我慢出来たな?」

 

 

 空中での恐怖を思い出したのか、ネムが怯えた表情を見せた。

 確かにあの高さは普通の人間には怖いだろう。自分は恐怖などの感覚も麻痺しているため、本当の意味では共感出来ないが。

 

 

「止まってる時はまだ良いけど、ハムスケが移動したら尻尾も揺れるから、すっごく怖いの……」

 

「尻尾でしっかりと体を掴んでいるゆえ、決してネム殿を落としはしないでござるが…… 極力揺らさないとなると、某は一歩も動けないでござる」

 

「まさかの移動不可……」

 

「爪くらいは振れるでござるよ?」

 

 

 尻尾はネムのために使っているので、必然的にハムスケの残りの武器は爪となる。

 超近距離武器しかなく、移動出来ない戦士――駄目かもしれない。

 

 

「面白い作戦だが、改良が必要だな」

 

「うん。あと高い所から撃つと難しかったから、もっと練習しなきゃ!!」

 

「某も特訓に付き合うでござるよ!!」

 

「よし、私も後衛をカバー出来る立ち回りの練習だ!!」

 

 

 その後もゴブリンを数匹狩り、色んな動きを試してこの日の訓練は切り上げた。

 見つけた中で一匹だけ攻撃が当たらず倒せなかったゴブリンがおり、見事に逃げられたことでネムはすごく悔しそうにしていた。

 そんな風に時には上手くいかない事もある。それもネムにはいい経験だろう。

 

 

(たかがゴブリン。雑魚モンスターだ……)

 

 

 今日戦ったモンスターは非常に弱く、戦士の真似事をしている自分でも一太刀で斬り殺せる。やろうと思えば戦術など皆無の力押しで、何千匹でも倒せる雑魚だ。

 自分一人どころか、ハムスケだけでも余裕で倒せる程度の相手でしかなかっただろう。

 報酬金にしたって銀貨で数枚程度。ユグドラシル金貨に換算すれば、一枚にも満たない僅かな額だ。

 しかし――

 

 

(でも、楽しかったな……)

 

 

 ――楽しかった。

 ユグドラシルでは強敵に挑んで負ける度に、試行錯誤を繰り返した。

 難しいクエストにチャレンジする時は、みんなで知恵を出し合った。

 強い戦術や面白い技などを編み出しては、仲間内で披露しあった。

 

 

(ああ、そうだ。俺はただ、こんな風にみんなと遊んでいたかったんだ……)

 

 

 かつての仲間と過ごしたあの頃を思い出し、自分としては今日の訓練は大満足だった。

 もし叶うなら、もし彼らがこの世界に来ているのなら、彼らともまた一緒にこんな風に遊びたい。

 

 

「ねぇモモンガ、今度はいつ行くの?」

 

「うーん、どうするか。あまりネムを連れ出し過ぎるのも、家族に悪いしなぁ」

 

 

 ネムをカルネ村に送り届け、別れる直前。

 次の冒険の予定を聞かれた。そう、ネムとはまだ次があるのだ。

 

 

「私はいつでも準備万端だよ!! 次はちゃんとお仕事をこなして、今度はみんなにお土産を買って帰りたいな」

 

「ふふふっ……了解だ。じゃあ次は――」

 

 

 自身に向けられた真っ直ぐな瞳を見て、思わず笑いがこぼれた。

 かつての仲間に会いたい気持ちは、自身の中に当然の様にある。

 張りぼてでも、支配者としてナザリックを絶対に守り抜いてみせる。

 自身の精神が変質している自覚はある。だが、たとえ何年、何十年経とうが、アンデッドとなったこの身が消える時まで、この想いは決して無くならないだろう。

 だけど今は――

 

 

(少しくらい、新しい友人との約束を楽しんでも、構わないですよね。皆さん――)

 

 

 ――ネムとの冒険を楽しんでも、罰は当たらないだろう。

 

 

 

 




名声とか興味ないので、モモンガは共同墓地の事件を放置です。
問題が起きればきっとデミウルゴスが何とかしてくれるはず……

――色んなフラグを折った結果――
シャルティアは洗脳されない(そもそも外に出てない)。
漆黒の剣はどこかでモンスターを狩ってる。
ンフィーレアは叡者の額冠を装備中。
カジっちゃんはアンデッド化に成功。
クレマンティーヌは無事に逃走。


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幕間2 忘却される護衛役

時系列としては幕間「悪魔の誓い」の後。
モモンガがネムの家族にプレゼンをする少し前です。



 ナザリック地下大墳墓の第九階層――ロイヤルスイート。

 ギルドメンバーの私室等が設置された階層であり、最高支配者のための執務室もそこにあった。

 執務室は高級な調度品が数多く備え付けられているが、一人で使うにはあまりにも広すぎる空間だ。本来ならメイドが一人控えていようが気にならない程度の広さである。

 だが、そんな広々とした場所にもかかわらず、この部屋の主は息が詰まりそうな状況に陥っていた。

 

 

(さて、どうする……)

 

 

 黒い革製の椅子に座った死の支配者(オーバーロード)は、出来るだけ冷静に思考を巡らせようとしていた。

 机を挟んで彼の向かいには、並々ならぬ熱意を漲らせた悪魔が立っている。正直なところ圧が凄い。物理的な熱気を感じてしまいそうなほどだ。

 

 

「ふむ、なるほど……」

 

 

 そんな部下の熱い視線を感じながら、モモンガは手に持った計画書をめくり続ける。

 余りに分厚すぎるそれは辞書のようで、まるで終わりが見えてこない。

 

 

(――ギルドの維持コスト削減案、防衛体制の見直し、ナザリックの戦力増強案、スクロール作成、採掘場、牧場、領地の取得、各種能力実験、ユグドラシル金貨の入手方法、G情報網の構築、偽ナザリック建設計画etc……)

 

 

 淀みなく優雅に読み進めるその姿は、まるでやり手の経営者。

 目の前で見ているデミウルゴスのみならず、こちらの様子を伺う一般メイドすらもその一挙手一投足に魅了されていた。上限だったはずの尊敬や忠誠心も爆上がりである。

 しかし、モモンガは優秀過ぎる部下が作った計画書を読んでいるフリをしながら、内心では頭を抱えていた。

 

 

 

(――駄目だ。書かれている計画が多すぎてサッパリ内容が頭に入らない…… 難しい単語だらけだし、概要だけで何ページあるんだよこれ)

 

 

 時折ページをめくりながら「ほぅ……」「これは……」などと呟き、内容に関心している演技もしていたが、時間稼ぎもそろそろ限界だろう。

 

 

「如何でしょうか。このデミウルゴス、全身全霊を持って作成させて頂きました」

 

「どれも素晴らしい計画だ。流石はナザリック一の知者と言えよう」

 

 

 ページをめくる手が止まる頃を見計らい、意見を求めてきた部下にとりあえず労いの言葉をかけた。モモンガの誤魔化しという名の戦いはここからが始まりだ。

 

 

「ありがとうございます。計画の立案にあたってナザリックのギミック、全NPC、傭兵モンスターの能力、及び保管された素材やアイテムなどの資源も確認済でございます」

 

「え、全部確認したのか?」

 

 

 部下の手際の良さに思わず素の声が出てしまったモモンガ。

 

 

「はい。後は外の情報を手に入れ、細部を調整するのみです。ご許可頂けるのであれば、即座に始めさせて頂きます」

 

「本当に凄いな、お前……」

 

 

 モモンガもナザリック内の事は粗方把握しているつもりだが、情報が多すぎて全てとは言い切れない。それを臆面もなく全て確認したと言い切るデミウルゴス。

 ナザリックが異世界に転移してから、まだ一週間も経っていないのにだ。

 感心を通り越して、もはやドン引きするレベルだった。

 

 

「ありがとうございます。ですがモモンガ様ならば、これ以上の計画を作る事も容易かと」

 

「ふふっ、謙遜はよせ。ところでデミウルゴスよ。お前は何を思いながらこの計画書を作った。お前自身の言葉で聞かせてくれないか?」

 

 

 モモンガは支配者らしい態度を維持しながら、頭を垂れるデミウルゴスに問いかけた。

 要約すると「この計画書の内容分かんないから説明してくれ」である。

 

 

「やはり私如きの考えなど全てお見通しでしたか……」

 

 

 デミウルゴスは一瞬だけハッとした表情を見せた。

 しかし見通すも何も、モモンガは何も分かっていないし何も考えていない。

 

 

「モモンガ様のお考えの通り――」

 

 

 一体何を察したのかは不明だが、デミウルゴスはモモンガに自身の気持ちを語ってくれた。

 

 

「――ですので、舞台を整える事をお任せいただきたいのです。モモンガ様にはこの世界を存分に楽しんでいただければと……」

 

 

 ――これまでギルドの維持を任せていた事が申し訳なかった。我々にも手伝わせて欲しい。モモンガ様はどうかご自身のなさりたい事をやって欲しい。

 デミウルゴスの言葉をモモンガはゆっくりと噛みしめる。

 

 

(要するに……ナザリックを維持する手伝いがしたいから任せてくれって事なのか。でも世界を楽しむってどういう事だ? もしかして俺が冒険者になろうとしてるのがバレてたか……)

 

 

 その内容はモモンガにとって、ある意味悪魔の囁きだった。

 ギルドマスターとしてそんな無責任な事は出来ないが、思わず「任せた」と言ってしまいたくなる提案だ。

 

 

(うーん、でも案外アリじゃないか? 俺なんて元々ただのサラリーマンだし、トップで考えて指示するより優秀な部下の案を採用する方がいい気が……)

 

 

 だが、客観的に自身の能力を判断すると、モモンガはデミウルゴスの方が正しいように思えてきた。自分がするべき事は大きな方針だけ決めて、もしもの時に責任を取る事ではないだろうか。

 一度そう考えてしまうと、モモンガはデミウルゴスの提案がますます魅力的に見えてくる。

 

 

「良かろう。この件はデミウルゴス、お前に()()()()する」

 

「おぉ、私に()()を任せて頂けるとは……ありがたき幸せ」

 

「忙しくなるお前には必要になるだろう。これを受け取るがいい」

 

「これはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン!? このような至宝まで…… 必ずや世界を、御身にご満足いただける結果を献上させて頂きます!!」

 

 

 ギルドの指輪を渡されたせいか、デミウルゴスも非常にやる気になっている。

 

 

「ん、世界? ……まぁ良い。そう緊張するな」

 

 

 部下のモチベーションを維持し、能力を引き出す事こそ理想的な上司の役目だろう。

 モモンガはどこか認識の噛み合わなさを感じつつも、デミウルゴスの熱意を信じる事にした。

 

 

「いくつか私から条件、注意事項の様な物を付けさせてもらう。それから、計画の責任を取るのはあくまで私だからな」

 

「その様な配慮まで……畏まりました。どのような条件であれ、完璧にこなして見せましょう」

 

「期待しているぞ。条件だが――」

 

 

 ナザリックの敵対者を出来るだけ作らないようにする。

 弱そうな現地人でも未知の存在に油断しない。

 この地に来ているかもしれない他のプレイヤーにも注意する。

 モモンガは大雑把にこのような内容を伝えた。

 

 

「ナザリックとして表に出ることはないと」

 

「仲間を見つける手としては良いかもしれない。だが、我らの悪名はユグドラシルでは広まりすぎていた。いらぬ敵を作りかねないからな」

 

「ではその条件に合うように、計画を幾つか修正させて頂きます」

 

 

 ギルドの名を出すか出さないか。モモンガとしても非常に悩んだ。

 しかし、かつての仲間には会いたいが、守るべき存在が多いため危ない橋は極力渡りたくないのだ。

 それに自分も彼らも異形種だ。寿命という時間制限がない以上、もしこの世界に来ていればいずれ会える。モモンガはそう前向きに考える事にしていた。

 

 

「うむ、頼むぞ。あー、それとだな。計画には大きく関係していないが……私はこの世界で冒険者をやろうと思っている」

 

 

 話が一区切りついた所で、モモンガは冒険者になることを切り出した。

 反対される可能性も考慮していたので、微妙に歯切れが悪くなる。

 

 

「畏まりました。近衛兵の編成は既に済んでおります」

 

「いや、出来れば護衛を連れるのは避けたい」

 

「お言葉ですが……流石に御身お一人では危険かと。最低でも一人以上は盾となる者がいなければ……」

 

 

 護衛の事は遠慮したいが想定の範囲内だ。だが、快適な冒険者ライフのためには何とか言いくるめなければならない。

 

 

「この冒険は一人ではなく、ネムを誘うつもりなのだ…… 理由は分かるな?」

 

 

 モモンガは威厳を感じさせる声でデミウルゴスに語りかける。まるで深い意味があると言わんばかりに。

 とんでもなく勿体つけているが「友達と遊ぶ姿を部下に監視されるのって恥ずかしいよね」と、モモンガは言いたいだけだ。

 

 

(頼む。察してくれ……)

 

 

 しかし、至高の支配者には似合わない理由のため、NPCに直球で言うのは躊躇われる。

 この優秀過ぎる部下なら伝わるだろうと、モモンガは遠回しにその意思を伝えた。

 

 

「……なるほど。そういう事ですか。モモンガ様の真意、理解いたしました」

 

 

 デミウルゴスは数秒ほど悩み、何かに気がついたようだ。

 そして表情を緩めると恭しく頭を下げた。

 

 

「話が早くて助かる。私はそれの準備に入るとしよう」

 

「畏まりました。それでは私も直ちに準備させて頂きます」

 

 

 デミウルゴスは深くお辞儀をすると、すぐに執務室を後にする。

 やはり出来る男は違うなと、モモンガはその後ろ姿を満足げに見送るのだった。

 

 

 

 

 ナザリック内の確認が終わり、モモンガがそろそろネムに会いに行こうと思った矢先の事。

 その日モモンガは「例の件の準備が整いました」とデミウルゴスから連絡を貰い、第六階層に向かっていた。

 

 

(計画書の事についてだったらどうしよう…… まだちゃんと読めてないんだが)

 

 

 さも分かっていた風に応えたが、当然モモンガは例の件が何の事か分かっていない。デミウルゴスに色々なことを一任してから、その後の確認もとれていなかった。

 

 

(もう少し報連相を徹底させるべきか。いや、でもなぁ……色々聞かれても、俺じゃ分かんないしなぁ)

 

 

 彼らの理想の支配者像を壊さないために、細かい内容を聞き返す事が出来なかったのだ。

 NPCの事が分かってきた今なら、多少の駄目な姿を曝け出しても忠誠心が落ちる事はないとほぼ確信している。しかし、それも今更だろう。

 モモンガ自身も彼らをガッカリさせたくないと思っているので、自業自得だが引くに引けない状況なのだ。

 

 

「ご足労頂きありがとうございます。モモンガ様」

 

「……うむ。今から例のアレをやるのだな?」

 

「はい。アレでございます」

 

「あー、あの時話していた件だな?」

 

「はい。あの時でございます」

 

 

 ――だからどれだよ!!

 

 モモンガは叫びたい気持ちをぐっと堪え、支配者らしく抑揚に頷いた。

 辺りを見ればこの場にいるのはデミウルゴスだけではない。

 ガルガンチュアとヴィクティムを除く階層守護者が全員揃っている。更にセバス、プレアデスから三人、領域守護者などのNPCに加え、高レベルの傭兵モンスター達が集まっていた。

 皆一様にやる気を漲らせているが、特にアルベドとシャルティアが凄い。

 やる気と言うより欲望だろうか。二人とも目が血走ってて正直かなり怖い。

 

 

「デミウルゴスよ。念のためこの企画の趣旨を、改めて皆にも説明してあげなさい」

 

「畏まりました。では始める前に、改めてこの企画の説明をしよう」

 

 

 モモンガは伝家の宝刀「デミウルゴスよ、説明してあげなさい」を発動した。

 後はデミウルゴスが仲間にする説明を、モモンガが理解すれば万事解決である。

 

 

「モモンガ様は冒険者として活動を開始されます。しかし、我々はそれに参加しません」

 

(うんうん。流石デミウルゴスだ。俺の事をよく理解している。やっぱり気兼ねなく冒険したいからな。お供はいらないぞ)

 

 

 モモンガは彼らの事がもちろん嫌いではない。今はいないギルドメンバーの子供のような存在だと思っており、大切なナザリックの一員だと考えている。

 しかし、彼らは配下としての姿勢を貫き、モモンガに支配者としての姿を求めている。

 そうあれと生み出されたのだから、それはそれで構わない。

 だが、モモンガは遊びの一環――趣味として冒険者になりたいのだ。

 

 

「モモンガ様の大いなる計画のためには、冒険者としてのパートナーは現地人が望ましい。我々ナザリックの者ではない事に意味があるのだよ。そこで――」

 

(うんうん。四六時中支配者ロールをするのはちょっとしんど過ぎるからな――ん、計画?)

 

 

 だからそんなNPC達と一緒に冒険に行くのは、自分の求める物とはちょっと違うと思っている。プライベートは自由に楽しみたいのだ。

 そんな事を考えていると、デミウルゴスの説明の雲行きが怪しくなってきた。

 

 

「――モモンガ様に決して悟られず、護衛が出来る者を選抜したいと思います!!」

 

(どうしてそうなった!?)

 

 

 モモンガはツッコミを声に出すことなく何とか飲み込んだ。しかし、状況が好転するわけではない。

 モモンガは軽く考えていたが、忠誠心が天元突破しているNPCがそう簡単にモモンガを一人にするわけがない。

 特にデミウルゴスはモモンガ――自分達が仕えられる最後の支配者――がこの地を去らないか一番危惧していたNPCだ。

 例えモモンガに命令されたとしても、そう簡単に頷くわけがないのだ。

 

 

「これより『モモンガ様を護り抜くのは君だ!! 第一回ナザリック大、大、大、かくれんぼ大会』を開催いたします!!」

 

「「「うおぉぉおぉぉぉぉっ!!」」」

 

 

 デミウルゴスはいつの間にか握りしめていたマイクを使い、この場にいる者全員に向かって叫んでいた。

 悪魔の発した非常に耳障りの良い声。

 周りから上がる歓声。

 

 

「ぇぇ……」

 

 

 そしてかき消される骨の嘆き。

 デミウルゴスの声は心地よく耳に入ったが、モモンガは状況を理解出来なかった。例え多少の時間があっても理解は出来なかっただろう。

 

 ――お前、こんなキャラだったのか。

 

 NPCは程度に差はあれど、ギルドメンバーによって性格などが設定として書き込まれている。しかし、設定に書かれた文章が全てではないらしい。

 モモンガはNPCの新たな一面を知り、何とも言えない気分になった。

 

 

「ルールは簡単だ。まず事前に配ったリストバンドは――」

 

(うわぁ、準備万端。何故だ!? そこまで気遣いが出来るなら、何故その結論に至った!? 普通に一人で行かせてくれよ!!)

 

 

 モモンガの驚愕を他所に、デミウルゴスから今から行う大会のルール説明が行われる。

 一つ、モモンガから一定距離を離れない事。

 二つ、モモンガに気付かれない事。

 これらの条件に反すると魔法のリストバンドが壊れて自動的に失格となる。

 要は制限時間終了まで、モモンガに見つからずにストーキングすればいいのだ。

 少々変則的な部分もあるが、シンプルなルールと言えるだろう。

 

 

「そうそう、冒険者のパートナー役として私はモモンガ様と一緒に動きます。私に見つかっても当然失格だからね。……如何でしょうか、モモンガ様。一部の守護者を納得させるため、少々趣向を凝らしてみました」

 

「……誰もが納得する素晴らしい案だと思うぞ」

 

 

 ――俺は微妙に納得してないけどな。

 モモンガは心の中で愚痴りつつ、表情の変わらない骸骨になった事を感謝した。

 

 

「ありがとうございます。では、これからモモンガ様には森林内の所定の位置について頂きます。後はスタートと同時に自由に動き回っていただければ幸いです」

 

「ほぅ、森林内がフィールドか。参加者はどの程度いるのだ。既に姿を隠している者もいるのだろう?」

 

「流石はモモンガ様。素晴らしい慧眼で御座います。レベルとしては五十以上の者が数十名ほど……ナザリック内に同種が複数いるモンスターや、傭兵モンスターは代表一体のみの参加となっております」

 

 

 細かい人数は不明だが、かなりの人数が参加していると見て間違いない。

 プレアデスの内シズとソリュシャンが見当たらなかったが、シズはレベル的に不参加のはずだ。

 一方で盗賊の職業を持つソリュシャンはレベルの条件も満たしているため、既に森に潜んでいると考えられる。

 傭兵モンスターで気をつけるべきは、高い隠密能力を持つ忍者系モンスターだろう。

 あとはここの階層守護者でもあるアウラとマーレが警戒すべき相手だ。

 あの二人にとってここは有利すぎる場所。能力的に考えても申し分ない。

 

 

「なるほどな…… 魔法などを使っても良いのか?」

 

「はい。転移と攻撃魔法以外でしたら、アイテムなどを使っても構いません」

 

「……分かった。折角の機会だ。私も少々本気を出させて貰おう」

 

 

 この世界に来てから生産の目処は立っていないが、少々スクロールも使わせてもらおう。モモンガはこれは初期投資だと、自身に言い訳を重ねる。

 

 

「それでは、スタートです!!」

 

 

 森林内の所定の位置につき、デミウルゴスの合図でゲームが始まった。

 モモンガは肺のない体で深呼吸を行い、冷静になりつつも気合を入れる。

 

 

(ネムとの冒険に水を差されるわけにはいかない。――どんな手を使っても全員見つけ出してやるからな!!)

 

 

 モモンガは大人気なく本気を出す事を決意した。

 すべてはネムとの楽しい冒険のために――

 

 

 

 

「――そこまで!! ここでタイムアップです」

 

 

 異形種達のかくれんぼ大会は苛烈を極め、そして今終わりを迎えた。

 ――御方の圧倒的な力を見せつけられるという結果で。

 

 

(まさかこれ程とは。私はまだ至高の御方の力を甘く見ていた……)

 

 

 パートナー役として常に側にいた自分は、至高の御方の妙技を思い出していた。

 

 

『――飛ぶぞデミウルゴス!!〈飛行(フライ)〉』

 

 

 参加者から距離を引き離すべく、自分を抱えたまま華麗なアクロバット飛行をしてみせたモモンガ様。

 

 

『えーと、ぷにっと萌えさん考案の探知術は――』

 

 

 数々の情報系魔法を使いこなし、次々と参加者を発見していったモモンガ様。

 

 

『目を増やすか。スキル〈下位アンデッド創造〉〈中位アンデッド創造〉〈上位アンデッド創造〉ふむ、これだと足りないか? おまけに〈不死の軍勢(アンデス・アーミー)〉っと』

 

 

 召喚魔法を使い、人海戦術を披露して下さったモモンガ様。

 そのお言葉と魔法で罠を張り巡らせ、凄まじいオーラを撒き散らし、数々のアイテムを湯水の如く使い――参加者の尽くが脱落していった。

 

 

(やはり私如きの作戦では、モモンガ様には通用しませんか)

 

 

 自分の策がほとんど通用しなかった。悔しいと思う反面、主人の偉大さに誇らしくもある。

 実を言えばこの大会は守護者だけでなく、モモンガ様に護衛の同行を納得して頂くための場でもあったのだ。

 そのため公平性に欠けるとは思ったが、大会のルールはモモンガ様に不利な仕様で作った。

 予め森林内での活動が得意なモンスターを用意し、チームとして動くように指示も出していた。

 自分というパートナーがいる事で、移動を制限される仕組みも用意していた。

 

 

(あらゆる想定はしていたつもりでしたが、私も精進しなくてはなりませんね)

 

 

 モモンガ様が探索系の職業を修めていないのは承知している。その上で隠密に長けた者を参戦させていたのだ。

 更には転移と攻撃魔法を制限した以上、魔法詠唱者としての能力は十全に発揮出来ない。

 参加人数すらワザと正確には伝えなかった。

 これなら最低でも五人は残ると考えていた。

 考えていたのだが――

 

 

「中々楽しかったぞ、デミウルゴス。そろそろ私は行かせてもらうとしよう」

 

「はっ。ご協力ありがとうございました」

 

「あぁ、もし私が見つけられなかった者がいるのなら、そのままついて来るといい」

 

 

 ――最後の超位魔法は予想外だった。

 まさか〈天地改変(ザ・クリエイション)〉を使って大森林を一時的に作り変え、潜んでいた参加者を無理やり炙り出すとは思わなかった。

 こちらの作ったルールの穴を突いた見事な作戦の数々。まさに智謀の王。端倪すべからざる御方と言う他ない。

 

 

「どうするのよデミウルゴス!! このままじゃモモンガ様がお一人で行かれてしまうわ」

 

「そうでありんす!! ああっ、あの時アルベドが邪魔してなければ……」

 

「なんですって? それはこっちのセリフよ!!」

 

 

 アルベドとシャルティアが騒いでいるが、結果は結果として受け止めなければならない。というより、二人は勝手に自爆しただけだ。

 モモンガ様が装備を着替える瞬間を目に焼き付けようとして、二人してあっさりと見つかったのだから。

 二人の気持ちは分からないでもないが、あれ位は罠だと気がついて欲しい。

 そもそも隠密能力がない二人だから、最後まで残れるとも思っていなかったが。

 

 

「あー、後もうちょっとだったのになぁ……」

 

「お、惜しかったね、お姉ちゃん」

 

「アウラ、マーレ、二人ともお疲れ様。私も二人のコンビならいけると思っていたが……モモンガ様は我々の想像を容易く超えてしまわれたよ」

 

「流石はモモンガ様だよね。でもいいの? 本当にお一人で行かせて?」

 

 

 かなり悔しげだが、やり切った表情を見せるアウラに労いの言葉をかけた。

 事実この二人は本当に健闘してくれた。

 恐らく最後の超位魔法がなければ、樹々や地面に隠れ潜んだまま見つかる事はなかっただろう。

 

 

「問題はないさ…… お一人、ではないからね」

 

 

 念のための保険として用意していた最後の策。

 参加するように声をかけたのは自分だが、残ったのがその彼だけというのはかなり悔しい。

 

 

(モモンガ様の事を頼みましたよ)

 

 

 自分の感情はさておき、モモンガ様の護衛として信頼は出来る。

 まさか一人しか残らないとは思わなかったが、きっと彼なら大丈夫だろう。

 なにせ彼は――

 

 

 

 

 

 かくれんぼ大会を終え、ナザリックの地表部まで出て来たモモンガ。

 そこでモモンガは頭を抱えて自己嫌悪に陥っていた。

 自身の先ほどの所行を思い出し、精神抑制が三度ほど繰り返されている。

 その理由は単純――やり過ぎたである。

 

 

(うわぁぁ、やっちゃった……どうしよう。フィールドを更地にして見つけ出すとか、ないわぁ…… かくれんぼで隠れる場所を潰すとか、絶対ダメだろ……)

 

 

 ナザリックのシモベには見せられない情けない姿。

 しかし、そんなモモンガに近づく者がいた。

 

 

「モモンガ様!! 如何なさいましたか?」

 

 

 妙なイントネーション呼ばれた己の名前。

 その声を発した者の姿を見て、モモンガは顎が外れかけた。

 

 

「ぱ、パンドラズ・アクター!?」

 

 

 誰もいないと思っていたモモンガの目の前に現れたのは、黄色い軍服を着た二重の影(ドッペルゲンガー)――

 ――モモンガが創造したNPCだった。

 

 

「はい、貴方様に創造して頂いた唯一の存在…… 宝物殿の領域、守護者!!」

 

 

 パンドラズ・アクターは肩にかけたコートをバサリとはためかせ、軍帽に手をかける。

 更にブーツの踵を打ちつけ音を鳴らし、つるりとした卵のような顔を斜めに傾けた。

 

 

「そして、今はモモンガ様専属の護衛!! パンドラズ・アクターでございます!!」

 

 

 おそらくキメ顔をしているのだろうが――顔の造形は黒い穴が三つ並んでいるだけ――その表情は全く変わらない。

 目の前で繰り広げられるオーバーアクションを前に、モモンガは先程よりも多く精神抑制が起こった。

 

 

「あー、久しぶりだな。元気だったか? というか、お前もさっきのに参加してたのか……」

 

「はい、元気にやらせて頂いております。先程の大会もデミウルゴス殿に誘われ、参加しておりました!!」

 

 

 モモンガが何とか気を取り戻すと、パンドラズ・アクターからテンションの高い応答が返ってくる。

 彼は宝物殿に引き篭もらせていたはずだが、デミウルゴスが呼び出したらしい。何気にこの世界に来てから会うのは初めてだったりもする。

 そこでモモンガは改めて気付いてしまった。

 

 

「お前が私の護衛なのか……」

 

「お任せ下さいモモンガ様!! ありとあらゆる手を尽くし、決して御身に気付かれずに、完璧に護衛して見せましょう。私は影となり空気となり、モモンガ様の冒険の邪魔には――」

 

「宝物殿の方は大丈夫なのか?」

 

「もちろんで御座います!! そちらの方の仕事も完璧ですとも」

 

 

 歌うように高らかに宣言し、大袈裟に両腕を広げ、くるりと半回転。

 そしてピタッと動きを止め、腕を交差し決めポーズをするパンドラズ・アクター。

 モモンガは全てのNPCの事をギルドメンバーの子供だと思っている。

 

 

「……任せるぞ。それから冒険中の出来事を他の者に細かく報告したりはするなよ?」

 

 

 しかし、自分が創造したコイツについては、どう接したら良いのか分からない。

 仮に創造主ではなくても、目の前で一人ミュージカルを繰り広げるような奴の接し方など分かるはずもないが。

 

 

我が神のお望みとあらば(Wenn es meines Gottes Wille)!!」

 

「……」

 

 

 突然のドイツ語に絶句するモモンガ。そして再び襲いかかる精神抑制。

 

 

(うぉぉぉっ……ドイツ語だったかぁぁぁ!? ――よし、さっさとネムに会いに行こう。前に話してた冒険の事覚えてるかなー)

 

 

 うん、取り敢えずコイツはいない者として扱おう。

 大丈夫だ。きっといつの間にか忘れているはずだ。気付かれない事が護衛の条件だしな。

 

 

「ではモモンガ様。一足先に先にカルネ村の様子を確認してまいります」

 

「分かった。少しだけ遅らせてから私も向かおう」

 

「現地の安全確保は完璧にして見せましょう。この先モモンガ様は私に決して気づくことなく、しかし私はその尊い雄姿を目に焼き付け、大いに冒険を――」

 

「はよ行け」

 

 

 モモンガは気持ちを切り替え、目の前の黒歴史から目を背ける。

 そして、パンドラズ・アクターが消えてから、少し間を空けて〈転移門(ゲート)〉を唱えた。

 闇を潜った先、最初に目に入るのは何でもない村の風景。

 

 

 

「――数日ぶりだな、ネム。元気にしていたか?」

 

 

 そして、何よりも待ち望んでいたもの――

 

 

「モモンガ!! 遊びに来てくれたの?」

 

 

 ――こちらに気がつき、花が咲いた様な笑顔を見せる、小さな友の姿だった。

 

 

 

 

 




ナザリックが一緒に転移している。つまりモモンガは一人になれないのでは?
しかし、原作通りナーベラルを護衛にすると冒険を楽しめないかもしれない……
と、いう事で考えた結果、護衛役はパンドラズ・アクターです。
彼ならきっと誰にも気づかれずに、尚且つ柔軟な対応をしながら見守ってくれる……はず。




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