ブチギレ立香ちゃんの漂白世界旅 (白白明け)
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立香ちゃんは激怒した①

ようやく人理修復を終えた一息ついてから、第二部やるぞ!と意気込んでやったら…立香ちゃん。ちょっと可哀そうすぎない?…と思い書きなぐった作品です。

原作のネタバレ・原作の立香ちゃんなら、絶対に言わないこと、やらないことをしています。

それでもいいと読んでくれる方の暇つぶしになれば幸いです。(__)





質問①‐なぜ世界を救おうと思ったのか。

 

逆に聞きますが、なぜ世界を救わないという選択を選べるのですか?地球に生を受けた一個の生命体として、宇宙船地球号の一員として、世界を救わないなんて選択肢は初めから存在しなかった。カルデア以外の場所が消えてしまった地球で、一年間を愉しく過ごすなんて出来なかった。

 

 

質問②‐自身が優秀なマスターであると思っているか。

 

思っていません。私は人類最悪のマスターです。それは魔神王からのお墨付きなんですよ?

 

 

質問③‐君は自身の行いを正しかったと思っているのか。

 

当然です。私は世界を救った。どうあれ救ったんです。私はその偉業を否定しない。誇りに思っています。私が居なければ、世界は滅んでいた。私が居なければ、目の前で偉そうに踏ん反り返っている貴方たちも居なかった。そうでしょう?

 

 

質問④‐…問②、問③の回答を以って、君が聖女では無い事は証明された。ならば、問①の回答には虚偽が含まれていたと我々は判断する。再度、問う。質問①‐なぜ世界を救おうと思ったのか。‐二度目の虚偽は、許されない。

 

………あは。あはは、アハハ!なんだ、やればできる子じゃないですか。うんうんうん。その目です。最初から、その目で私に聞いてくれればよかったのに…貴方たちは私を人と見て居なかった。魔術師故の傲慢ですか?非魔術師は自分よりも劣る存在だと?浅慮です。眩暈がします。

 

 

質問⑤‐質問①の回答を求む。以降、他の言動を許可しない。

 

答えている最中です。急かさないでください。早漏は嫌われますよ?―――なんて、冗談ですって、そんな目で睨まれると怖いです。答えないのではなく、答え難いなんてこと、察してくれてもいいじゃないですか。

 

…確かに私は魔術の素人でレイシフト適性が辛うじてあるだけの一般人に過ぎない。サーヴァントに満足な援護も出来ない最悪のマスターです。けれど、どうあれ私が世界を救った。大勢の人の力を借りて、沢山の英雄の助力を得て、…多くの犠牲を払って世界は救われた。

 

私は、世界を救った。その偉業を誇ります。ええ、誇りますとも、絶対的にそこだけは譲らない。

 

けれど、どうして世界を救おうと思ったのか。その切っ掛けは、残念ですけど、誇れないんですよ。私は―――“死にたくない”。ただその一念のみを以って世界を救ったんです。

 

 

質問⑥‐その回答は回答足りえていないと我々は判断する。“死にたくない”、その思いを我々は軽んじない。命への執着は我々魔術師もまた持ちえるもの。不死の探求により始まった魔道は数多く存在する。だが、しかし、人類焼却式、彼らとの対峙において、それは世界を救う回答足りえない。世界を救う過程で、君は死よりも辛い苦痛を味わったのではないか。

 

…ええ、なんだ、知っているじゃないですか。はい。その通りです。私はレイシフトした時代で沢山の英雄たちと出会い一緒に様々な“世界”を旅してきました。そして、沢山の綺麗なものと沢山の醜悪なものを、見てきました。国が滅ぶのを何度も見てきた。いわれのない虐殺を繰り返し見てきた。正義の蛮行を瞼に焼き付くほど見てきた。人間狩りを、奴隷制度を、仲間割れを、非人道兵器を、人身売買を、姥捨てを、親殺しを、子減らしを、文化の弾圧を、遺産の大量破壊を、資源の枯渇を、差別と偏見を、復讐と逆襲を、男尊と女卑を、飢餓と疫病を、見てきた。私自身、何度も酷い目にあったけれど、それでも、私は諦めきれなかった。生きることを―――諦めたくなかった。だから、いつか、いつか、いつか、いつか、いつか、いつか世界を救えると信じて戦った。

 

 

質問⑦‐…その結果、君は世界を救った。それは紛れもない事実である。では、その救われた世界で君はなにを成すのか。人類最後、人類最悪を自称するマスター。

 

決まっているじゃないですか。家に帰るんです。

 

質問⑧‐自身と周囲の安全の保障。それのみが望みか。世界を救った割には殊勝に過ぎる願いに不信を覚えるものもいる。

 

そんなの知りません。一年分の労働の対価はダ・ヴィンチちゃんからしっかり貰いましたから、貴方たちから貰うものなんて小石一つもいりません。せいぜい、私が居なくなったカルデアで私が残した残飯でも漁っていればいいんですよーだ。あは、アハハ!貴方たちにとってはそれがとても価値のあるものなんでしょう?

 

 

質問⑨‐…我々の中には君が望むのならば君をそれなりの待遇で迎えると言う者もいるが、どうする。

 

あれれ~、おかしいな~。私みたいな素人マスターに価値なんてないんじゃなかったんですか。まあ、別に貴方たちの心変わりなんて、どうでもいいですけど。答えはノーですし!おすし!言ったでしょう。私はお家に帰るんです。陰気な貴方たちの顔なんて見ていたくもないですし!おすし!

 

 

質問⑩…では、これが最後の質問となる。君は本来、世界を救うはずだったマスター達。カルデアのAチームのマスター7名をどう思うか。

 

………別になんとも思わないかな。顔も名前も知らないですし、まあ、あえて無理やり感想を出すならそうですねぇ。寝坊助さん達ですかぁ?あは、アハハ!残念でしたー。貴方たちが救うはずだった世界はこの美少女☆マスター・立香ちゃんがもう救っちゃいましたよーだ。アハハ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年12月31日。

 

人類焼却式‐魔神王ゲーティアの3000年の大望が藤丸立香の手によって砕かれ、世界が救われてから数日後、世界を救った英雄として称えられるべき藤丸立香は拘束されながらの6時間に及ぶ審問会からようやく解放されカルデアの廊下‐独房となった謹慎室への帰り道を歩いていた。その頭の上には小さな白い獣。元・災厄の獣であり現・可愛らしい小動物であるフォウ君が乗っかっている。

 

「うんうん。そうだよね。あはは~、わかりみが深いよ~、マジ卍~」

 

頭の上に乗せたフォウ君の鳴き声に合わせて返事をしながら若干時代遅れのギャル言葉を駆使する立香をカルデアから魔術協会(ロンドン)に送られた報告書の通りに“普通の一般人”と見るかは判断の別れる事であったが、少なくとも立香を拘束し謹慎室へ送り届ける役目を負ったNFFの傭兵からすればどう見ても“普通の一般人”には見えなかった。

いや、この年頃の少女が砕かれ意味すら捨てた言語を話すこと自体は何も珍しいことではない。

ただ()()()()()()()という普通とは言えない状況で普段通りの言葉遣いで、よりにもよって小動物と会話しているという事態が、“普通”ではないのだ。

 

 

そう拘束だ。立香は傭兵に見張られているのではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

普通ではない状況。普通ではない。日本という小国で生まれ魔術を知らぬ普通の一般人とされた藤丸立香は普通では無かった。否、カルデアから魔術協会に送られた藤丸立香のプロフィールに嘘偽りはなかった。

立香は普通の一般人()()()。ただ変わってしまった。レイシフト。人理の航海をへて普通の少女は変わり果ててしまった。一介の傭兵にはそうとしか思えなかった。

 

「ねえ、傭兵のお兄さんのお給料っていくらなんですか?」

 

立香から唐突に掛けられた質問に答える権利を傭兵は持たない。彼に許されている権限は審問会を終えた立香を謹慎室まで送り届けることだけ。だから、質問に沈黙を返す傭兵に対して立香は返事なんて期待していなかったと言わんばかりに直ぐに言葉を重ねる。

 

「私、実はお金持ちなんですよ。人生を遊んで暮らせるくらいの無駄金が世界を救ったら転がり込んできたんです。だから、傭兵のお兄さんが貰っているお給料の倍くらいは出せると思うんです。だから、NFFなんかじゃなくて私に雇われませんか?」

 

立香の口から出る笑えない冗談に笑う権利も傭兵は持たない。それは彼の領分を越えている。許されているのは、()()()()()()()()()()()()、彼女を謹慎室まで送り届けることだけだ。

拘束具で拘束されているものが拘束している側に権利を課す。その異常な事態は言うまでもなく異様なもので、傭兵にとって初めての経験で、マスクの下で流れる汗に苛立ちながら、銃を握る手が震えることだけは必死にとどめていた。

その様子を見ながら、立香は嗤っていた。

 

「あは、アハハ!そんなにおっかなびっくりしないでくださいよー。冗談ですよ。私の、私たちの救世の冒険の対価を貴方なんかにあげる訳ないじゃないですか。ねー。フォウ君」

 

そう嗤う立香の微笑は美しく可愛らしかった。けれど、その言葉の中には傭兵への、いや、カルデア乗っ取りを考える新所長‐ゴルドルフ・ムジークとそれに与するNFFへの嫌悪を感じずにはいられなかった。否、立香はそれを隠そうともしていないのだろう。だからこそ、嗤う。美しく嗤う。可愛らしく嗤う。世界を救った自分を拘束し、家に帰りたいだけの少女を監禁する奴らを差別なく侮蔑していた。

 

それを傭兵は子供の様な駄々だと思った。そうだ。カルデアを手に入れようとしたゴルドルフのやり方は決して責められるような手段ではなかった。むしろ真っ当に私財を投じてカルデアの機関すべてを買い取り纏め上げようとする正道だった。

勘違いされそうになるがゴルドルフのやろうとしたことは只の合併と買収だ。その上でゴルドルフは職を失うカルデア職員の再就職先まで面倒を見ようとしていた。善良なやり方だと、言っても良かった。

それに対して悪感情をむける立香こそ、責められて然るべきだった。子供の様にと‐いや、もとより少女であるのだから、子供の様な駄々は仕方ないにしろ、それを咎める者くらいはいても良かった。

 

傭兵である彼は自分はそれをできる人間だと思っていた。けれど、それが間違いであったことを知ったのは…ほんの数日前のことだった。

 

 

 

2017年12月26日。

 

その出来事はカルデアの新所長となったゴルドルフがNFFの傭兵を率いてカルデアの心臓部である管制室にやって来た時に起きた。ゴルドルフを迎え入れる場にはカルデアの代表代行であった現存する唯一のサーヴァント‐レオナルド・ダ・ヴィンチの他に多くの職員。そして、立香もいた。この時はまだ立香は只の普通の少女‐(世界を救ったマスターに対してそんなことを言うのもどうかと思うが)‐でしかなかった。すくなくともゴルドルフやNFFの傭兵達。そして、傭兵達を束ねるNFFの代表である美女‐コヤンスカヤでさえ、そうであった。

 

ゴルドルフに対応したのはダ・ヴィンチで立香はダ・ヴィンチとゴルドルフとの会話に入って来ようともせず頭の上に乗せたフォウ君と戯れつつ、隣にいた色素の薄い少女‐カルデアの報告書にも載っていたデミ・サーヴァントであるマシュ・キリエライトにちょっかいを掛けてケラケラと嗤っていた。それがゴルドルフの目に留まった。ゴルドルフとしても自身の威厳を示さなければいけない場で、ふざけて居る子供がいれば、一言二言は言わないわけには行かない。それでもその場でのゴルドルフは言葉を選んで立香を注意していたように思う。少なくとも罵倒を浴びせて詰ったりはしなかった。‐「能天気な顔だね。君ぃ。まるで蜂蜜をかけたマフィンの様だ」くらいの事は言ったかも知れないが、その程度だ。

それに対しては立香も別に気にした様子はなかった。自分の第二の故郷とも言えるほど濃い時間を過ごした場所を奪いに来た太っちょに苛立ってはいたのだろうが、‐「あはは、マシュ。見てよ。でっかいマシュマロが喋ってる」くらいの事しか言わなかった。

 

だから、間違えたのはその後の対応だった。雇い主が威厳を示さなければいけない場の御ふざけを注意されて軽口を返した少女に対して一人の傭兵が銃口を向けた。

 

それは責められることだったかもしれない。少なくとも雇い主の命令もなく立香に銃口を向けてしまったその傭兵を同じ傭兵である彼は傭兵失格だと思ったし、雇い主であるゴルドルフ自身も直ぐにその銃口を下げるように命じようとした。

 

けれども、それは、決して、両腕で贖わなければならない罪では無かった。

 

―――おぃおぃ、テメェ、誰のマスターにちょっかい掛けてんだ?

 

立香に銃口を向けていた傭兵の両腕が切り落とされた。鮮血が、舞う。一瞬、止まった時間を動かしたのは両腕を失った傭兵の悲鳴だった。誰もが目を疑う中で“ソレ”は“ソコ”に確かに存在していた。

 

人一人を容易く串刺しにするだろう大きな直槍。重厚な具足を身に纏いながら兜は無く、血の様に赤い髪は無造作に束ねられていた。そして、何より印象的なモノはその眼‐明らかに正気ではない狂気に呑まれた眼。

 

言われるまでもなくその場の誰もが理解した。“ソレ”が、“コレ”こそが、“英霊(サーヴァント)”。ダ・ヴィンチ以外に存在しない筈のサーヴァントが其処に居た。しかも、厄介なことにそのサーヴァントはダ・ヴィンチとは違い立香(マスター)に敵対行為を取った者に対して一切の容赦を見せなかった。否、そのサーヴァントの正体がかの戦国武将・森長可だと知る者なら斬り捨てられなかっただけ容赦はしたのだと言っただろうが問題は其処ではない。

 

鮮血が舞った。悲鳴が響いた。居ない筈の“モノ”が存在していた。その現実に誰もが絶句する。まさかカルデアの代表代行を務めていたダ・ヴィンチが、万能の人である彼女が魔術協会への虚偽の報告を行い、あまつさえこんなお粗末な形でそれを露見させるとはゴルドルフはおろかコヤンスカヤでさえ思わなかった。

 

けれど、それは違った。確かにダ・ヴィンチは魔術協会に虚偽の報告をしていた。確かにダ・ヴィンチの他にサーヴァントは存在していた。しかし、それは()()()()()()()。万能の人であるダ・ヴィンチが居るかもしれない“見えない敵”への対応策として用意していた“敵には見えていない味方(サーヴァント)”は今も工房の奥で気配を消している筈の名探偵シャーロック・ホームズだけだ。

この瞬間までダ・ヴィンチの頭には森長可の“も”の字もなかった。

 

だからこそ、ダ・ヴィンチは目を見開きながら立香を見た。それを見てその場の誰もが理解した。ダ・ヴィンチもまた立香を守る為にずっと存在し続けていただろう森長可を知らなかったことを―――

 

―――あは、あはは、アハハ!

 

立香は嗤った。美しく嗤った。可愛らしく嗤った。驚く大切な仲間たちと戸惑う可愛い後輩も置き去りにして嗤いながら両腕を切り落とされた傭兵へと近づいた。

 

―――もう、森君ってば、駄目だよ。私、ちゃんと大人しくしててってお願いしたのに。

 

―――でもよ、コイツ、マスターに筒なんて向けやがったんだぜ。殺されても仕方ねぇよなぁ。

 

―――そうかもね。でも、そうじゃないんだよ。ありがとう。でも、ごめんなさいなんだよ。森君。わかった?

 

―――………意味わかんねぇけど、了解(おう)

 

誰もその会話に入り込めなかった。立香の大切な仲間たちも、立香の可愛い後輩も、誰も主人(マスター)使い魔(サーヴァント)の会話に入り込むことは出来なかった。手負いの傭兵へと近づきながら、欠片もその傭兵への関心を割かずにサーヴァントと会話をしている立香が何処かオカシイトと気が付きながらも、口に出せなかった。

 

立香は両腕を切り落とされ痛みで失神しかける傭兵の元へと辿り着くと白い制服が血に塗れるのも厭わずに跪き傷口を見る。そして、緑色の光が傷口を包むと血が止まった。それは難しい魔術ではない。立香の着る制服‐魔術礼装・カルデアに装備されたただの応急手当だ。血が止まろうとも傭兵の失われた両腕がまた生える訳でも繋がる訳でもない。それでも、微笑みながら傷を癒す立香の姿はまるで聖女の様にも見えた。

その光景を見て後輩‐マシュは安堵した。傷を癒すその優しさはマシュの知る立香そのものだった。

ただその傷は立香のサーヴァントである森長可の負わせたもので、その傷を癒した後の立香は何とか意識を保つ傭兵に対して微笑みながら、嗤いながら、言った。

 

―――腕、無くなっちゃったね。でも、命があってよかったって感謝して義手でも付ければ良いよ。まあ、ダ・ヴィンチちゃんと違って貴方には義手なんて似合わないと思うけどね!

 

その言葉は悪意に満ちていた。隠す気のない嫌悪に塗れていた。そうして、ゴルドルフやコヤンスカヤはおろかダ・ヴィンチやマシュもようやく気が付いた。立香が、怒っていたことを‐第二の故郷とも呼ぶべき濃い時間を過ごした場所、カルデア。人理継続保障機関・カルデアに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に、無遠慮にも土足で踏み入ってきた者達に対して、あまつさえ自分に銃口を向けた者たちに対して、立香はただ普通に苛立ちではない怒りを覚えている。

 

―――あは、あはは、アハハ!………ほんと、嫌になる。どうして私にそんな態度がとれるのかな。私はカルデアを代表する、人理を救ったマスターだよ?

 

こうして立香は拘束されることとなった。

 

 

 

 

 

ゴルドルフやコヤンスカヤ、NFFの傭兵達にとって意外だったのはそんな立香が易々と拘束具を着せられることを受け入れたことだった。大聖杯やそれに連なる膨大な魔力の使用なく単身でのサーヴァントの使役というどう考えても魔術の域を出た文字通りの“奇跡”を起こす立香がその気になればそれこそカルデアからゴルドルフ達を追い出すことだって出来たかもしれない。

 

しかし、立香はそうせずに現界した森長可を消した後、直ぐに拘束を受け入れた。立香とて魔術協会に正式にカルデアの新所長と認められたゴルドルフと本気で戦う気などない。業腹ではあるが、彼女は既にカルデアからの退去を受け入れている。そもそも挑発されて森長可が勝手に現れなければ自分は何の問題も起こす気なく日本に帰国していたと立香は嗤う。

 

その笑顔は今までの立香の笑顔となにも変わらないもので、拘束具を着せられた状態で彼女と再会したマシュは何処かオカシイ彼女の事を変わらずに“先輩”として“大切な人”として受け入れると決めた。

ダ・ヴィンチは“今の立香”を測りかねていた。見た目に記憶、他の身体的情報、魔術的に見ても“今の立香”は“前の立香”と何の変りもない。けれど、なにかが違っている。それを測ろうとしているダ・ヴィンチに対して立香は少しだけ寂しそうに笑うのだった。

 

ダ・ヴィンチにとってそれは時間を掛けなければならないことだった。立香は拘束された。しかし、それは立香の脅威が消えたことを意味しない。現界を解き姿を消した森長可は未だ“ソコ”に居て立香を守っている。彼がその気になれば立香から拘束具を外す事なんて容易いこと、そして、立香はだからこそ拘束を受け入れたことにダ・ヴィンチは気が付いていた。悪辣だと思いもした。けれど、形だけでも拘束され周りを安心させている優しさだとも思いたかった。少なくともゴルドルフはあの後の立香の謝罪を受け入れ、拘束されることを約束した彼女をおっかなびっくりしながらも尊大な態度で許した。先走った傭兵にも非はあると認める事すらした。そのことからダ・ヴィンチはゴルドルフを悪人ではないとみていた。居るかもしれないと思った“見えない敵”は少なくともゴルドルフではない。

“見えない敵”は、ゴルドルフの裏に潜む何者かか、あるいは立香を変えてしまったかも知れない何かか、万能の人にして簡単には答えの出ない問だった。

だから、致命的とも言える時間が過ぎてしまっていた。

 

 

 

 

 




なお、このお話の中では時系列的にまだ召喚できないんじゃないの?な、サーヴァントが普通に登場します。

やっぱり好きなサーヴァントを出したいから、仕方ないよネ!

申し訳ございません。(__)


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立香ちゃんは激怒した②


皆様の暇つぶしになれば幸いです(__)

※原作の立香ちゃんなら絶対しないことをしています。





 

 

2017年12月31日。

 

拘束具を着せられた立香の寝台は“壁”だ。両腕は胸の前で交差(クロス)させられ動かせない。辛うじて歩くことの出来るように調整された両足の拘束も謹慎室の壁に備え付けられた器具に嵌めることで完全に身動きはできなくなる。他のカルデア職員たちとは違い完全拘束を約束させられた立香が動くことの出来る時間は審問会の行き帰りと食事・排泄の短い時間だけだった。

ガシュンと機械音が鳴る。立香の身体が完全に“壁”に嵌め込まれ拘束されたことを確認すると傭兵は安堵のため息を漏らしながら部屋から出ていった。

 

「…これ見よがしなため息に立香ちゃんはプンプンだよ。ねえ、フォウ君もそう思うでしょ」

 

立香の頭の上で白い毛玉‐フォウ君がもぞもぞと動き鳴き声を上げた。拘束されて以降、立香の話し相手はフォウ君だけだ。マシュとダ・ヴィンチとは一度しか会えていない。審問会の送り迎えをする傭兵は声を掛けても返事もくれない。拘束されている立香を揶揄いに来た‐(立香視点)‐美人秘書・コヤンスカヤや神父・言峰は立香と一度だけ話をするともう現れなくなってしまった。

 

つまりは立香は―――暇なのである。

 

「はぁ、フォウ君をクンカクンカするのもいいけど、そろそろマシュに会いたいなー。マシュと一緒にお風呂に入りたいなー。どさくさに紛れて脇をペロペロしたいなー」

 

だいぶ人としてどうかと思うことを素直に口に出しているが、コレはダ・ヴィンチの言うところの変わってしまった部分ではなく、立香(※この物語の立香)の平常運転である。立香は明らかに自分に“先輩”として以上の好意を向けてくれる後輩とイケナイことをしないほど、出来た人間ではなかった。人類救済の旅という限界の状況で呼び起こされる生存本能を抑えられなかった。だから、立香はマシュと色々とイケナイことをした。そしたら、歯止めは利かなくなった。仕方ない。立香は健全な少女で、その周りには自分に好意を向けてくれる数多くのサーヴァントたちがいた。そんなサーヴァント達は皆、綺麗で、格好良くて、素敵だった。仕方ない。立香は色々なサーヴァントとイケナイことをした。歯止めは利かない。

具体的には清姫の前でマシュと※※※して、嫉妬でベッドを燃やしそうになった清姫にマシュと一緒に※※※してあげたりした。またある時はディルムッドに無理を言って魅了の魔術をかけて貰って本気でイチャイチャラブラブしながら朝まで※※※したりした。またある時は大勢のハサン達と※※※したりした。またある時は恩着せがましくベディヴィエールに迫り※※※して貰ったりした。またある時は酒呑童子と一緒に茨木童子に※※※したりした。またある時はシェヘラザードと一緒にフェルグスの部屋に突撃して返り討ちにあい朝まで※※※されたりした。なんかもうめちゃくちゃだった。立香の部屋のベッドが濡れていない日は無かった。やり過ぎて(ジャンヌとジルの絡みが見たいと言って)殺されそうになったり、ナイチンゲールに立香の私室が性病の温床にならない様にと(立香は綺麗な身体で相手はサーヴァントなので心配はないが)監視されるようになったりしたが、それは立香には些細なことだった。

 

ともかくとして立香が言いたいのは人肌が恋しいということだった。いや、フォウ君の獣肌はとてもモフモフで心地いいがそれだけでは物足りない。立香は普通に欲深い。

 

「もーいくつ寝ると―お正月―。お正月になったら、家に帰ってゴロゴロするんだー。それでマシュの検査が終わったら、マシュを家に呼んでお父さんとお母さんに紹介しなきゃ。私の可愛い後輩で、お嫁さんですって!あは、アハハ!同性婚の出来る国に引っ越さなきゃなー」

 

年明けと共に立香は解放される。以後、カルデアと魔術協会は立香に干渉しない。それがゴルドルフと審問会と立香の間で交わされた約束だった。

 

立香は純粋だった。純粋で無垢で、“そこ”は普通の少女だった。だから、立香は約束は果たされるものだと疑ってはいなかった。

 

太っちょ紳士‐ゴルドルフの名誉の為に一応は断言しておこう。彼は立香との約束を守る気でいた。ゴルドルフが欲したのはカルデアであり、正直、“奇跡”を起こす少女は手に余った。それにいくら立香が他に類を見ないほど貴重な存在だったとしても、意に沿わない形で少女を従わせるというのはゴルドルフの主義に反するものだった。それが彼が経営者には向いても魔術師には向かないと言われる“甘さ”であったが、立香に対する対応として正しかった。

 

間違いを犯そうとしていたのは魔術協会。彼らは立香との約束を守る気はなかった。単身による英霊の使役という“奇跡”を起こす立香は魔術師にとって文字通り喉から手が出る程に欲しい貴重な存在(サンプル)だ。魔術協会は何としても立香を手に入れようとしただろう。少女が帰りたいと願った場所を踏み躙り‐少女の両親すらも利用したに違いない。そうなれば、立香は※※※する。激おこぷんぷん丸どころではない。怒髪、天を衝くどころではない。ダ・ヴィンチの言うところの“今の立香”は確実に※※※する。それをできるだけの意思と力を立香は持っている。

 

英霊・戦国武将‐森長可。()()()()()()。立香の中にはあと5騎。あの時、あの場所で、マシュもダ・ヴィンチも誰も見ていない場所で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

立香との約束を魔術協会が破れば、彼らを率いて立香はたった一人で時計塔(ロンドン)に攻め込むだろう。そして、攻め込んできた立香と魔術協会は戦うことになる。その戦いの結末は、わかりきっていることだ。いくら英霊、いくら英雄と言えどたった6騎と一人のマスターでだけでは魔術協会は倒せない。魔術協会は立香に勝利する。ただし、甚大な被害を出しながら、ロンドンを火の海に変えながらの勝利になったことだろう。そして、死の間際、立香は最後の意地として自分の遺骸をサーヴァントの宝具によって塵も残さず消し去ったに違いない。

 

魔術協会はロンドンを火の海に沈めながら何の成果も得られずに立香に勝利する。

 

そんな最悪の結末が十分にあり得た。否、今から起こる最悪な出来事が無ければ物語は最悪な結末を辿っていた。けれど、だから、これから起こることに感謝しろなどとは立香の前では決して言ってはならない。何故ならばこれから起こる最悪は、立香のこれまでの旅の否定である。カルデアへの否定である、人理への否定である。

そして、最後まで泣いて消えていった彼女と誰でもない彼への否定であると立香が思わずにはいられないからだ。

 

 

2017年.12月30日。この日、世界は“漂白”される。

 

カルデアに非常事態を知らせる警報が鳴った。

 

立香は目を見開きながら、その音を聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルドルフは痛みと絶望の中にいた。

 

「…ああ…あああ、誰か、誰か…!誰かいないのか!誰でもいい、誰か、誰か―――!」

 

人理継続保障機関・カルデアは、彼のモノとなる筈だった場所は、現在、正体不明の軍勢に占拠されようとしていた。カルデアの心臓と言えるカルデアス。それに繋がれたコフィンの中で眠っていた世界を救うはずだった7人のマスターの救出。その術式(オペレーション)は完璧だった。万能の天才たるダ・ヴィンチ。そして、自分が指揮をとるのだから万に一つの失敗も無いと信じていたゴルドルフだったが、それが成功した時は思わず小躍りしてしまいそうだった。

 

しかし、喜びも束の間。この瞬間を以って、世界の“漂白”が明るみに出た。

 

オペレーションは完璧だった。けれど、コフィンの中に7人のマスター。世界を救うはずだったカルデアAチームの姿は何処にもなかったのだ。

 

そして、鳴り響いた警報が電磁波の一切の検知を、宇宙線の一切の検知を、人工衛星からの映像が、マウナケア天文台からの通信が、消失したことを知らせてきた。

星からの映像が、マウナケア天文台からの通信が、消失したことを知らせてきた。

 

其処から先は電光石火の出来事だった。称賛する他にない制圧だった。カルデアに攻めて来たのは黒い装束の兵隊とそれを率いる白い少女。彼らの制圧により、既にゴルドルフの私兵‐NFFの傭兵たちは壊滅。遂に黒い兵隊たちはゴルドルフの眼前に迫ってきていた。

 

黒い兵隊の持つ鎌で切り裂かれる。鮮血が舞う。痛みが走る。抵抗する様に打ち出した魔銃の玉が黒い兵隊を貫く。倒れる。起き上がる。その繰り返しだ。黒い兵隊は減らない。増えることはあるが減ることがない。明らかに人ではない。人間でない。

 

「ひぃぃ!?誰か、誰かいないのかぁ!なんだって私がこんな目にあう!?くそう、私を誰だと思っているんだ!私はゴルドルフ・ムジークだ!ムジーク家の長男なんだぞ!?」

 

館内放送用の手持ち小型マイクを握り助けを求める。返事はない。

 

黒い兵隊は耳を貸さない。切り裂かれる。鮮血が舞う。痛みが走る。

 

「あがっ!?き、今日という日からカルデアを栄光に導く男!栄光、そう、栄光!そのはずだったのに………!」

 

黒い兵隊は耳を貸さない。切り裂かれる。鮮血が舞う。痛みが走る。

 

「ひぃぃ、いたい、いたいぃぃい……!ああ…ああ…ひっぐ、うう、ううううう…!…なぜだ。なぜなんだ。なんでいつも、最後になって裏切られるんだ!」

 

切り裂かれる。鮮血が舞う。痛みが走る。

 

「ああ、いつもこうだ!私はいつもこうだった……!」

 

切り裂かれる。鮮血が舞う。痛みが走る。

 

「何処に行っても私はのけ者だった。敗者だった。つまはじき者だった」

 

切り裂かれる。痛みが走る。痛みが走る。

 

「知っているさ、私が嫌われ者だってコトぐらい!でも、だからってどうしろと言う!嫌われる理由が分からない!人に好かれる方法なんて分からない!」

 

痛みが走る。痛みが走る。痛みが走る。

 

「私だって、努力したんだ!私なりに最善を尽くしてきたんだよ!なにも一番なんて望んではいなかったんだよ?二番でも三番でも満足だった!だが、はは、結果はどうだ。三番どころか成果すら出せなかった!」

 

痛みが走る。痛みが走る。痛みが走る。

 

「ああ………いたい、いたーい!やめろ、やめてくれーーーぃ!」

 

痛い。痛い。痛い。

 

「くそう、今まで何もいい事がなかったのに!やっと、やっとここで成功できると思ったのに……!どこまでいっても私の人生はどん詰まりなのか、チクショウ、チクショウ………っっっ!」

 

痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

 

「死にたくない、まだ死にたくない!だってそうだろう、私はまだ、一度も、一度も―――」

 

痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!」

 

痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

 

 

「痛いなぁ」と、立香は呟いた。

 

 

ゴルドルフには目の前の光景が信じられなかった。目の前には拘束具を着たままの立香が、まるで自分を守るかの様に、黒い兵隊と自分との間に何時の間にかに立っていた。

 

「は…え…?なぜ、お前が此処にいる?なぜ、お前が私を守ろうとしている?だって、お前は、私の事が…、憎んでいた、はずだろう?嫌悪を、隠そうともせずに、それなのに、なぜ?」

 

ゴルドルフの言葉の通りだった。立香はゴルドルフが嫌いだった。だから、見ていた、()()()()()()()

カルデアに異常事態を告げる警報が鳴り響き、謹慎室の“壁”の拘束を破壊し抜け出して、ゴルドルフを見かけてから、ずっと見ていた。ゴルドルフが黒い兵隊に追われるのを見ていた。ゴルドルフが鎌で斬られるのを見ていた。ゴルドルフの抵抗を見ていた。ゴルドルフが痛みで涙を流すのを見ていた。最後まで、見ているだけのつもりだった。だって、立香はゴルドルフが嫌いだから。

 

立香だって現カルデアの解体が仕方のないことだということを理解していた。ゴルドルフが悪くないこと位わかっていた。それでも、立香はゴルドルフが嫌いだった。それは仕方のないことだ。()()()()()()()()()()()()()()()

ゴルドルフは運が悪かったのだ。仕方のない。此処に立香が居るという幸運は本来なら起きるはずのない幸運だったのだから、立香がゴルドルフを助けないのも仕方のないことだ。

そう思い立香は最後まで見ているだけのつもりだった。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

だが、しかし、立香はゴルドルフの最後の言葉を無視できなかった。

 

 

人生に良い事なんて一つも無かったと泣きながら消えていった女性がいた。立香の手は、彼女には届かなかった。救えなかった。助けられなかった。助けたかった、はずなのに。

 

 

「古傷がね、痛いの。ゴルドルフさん、女の子をイジメたら、駄目なんだぞ」

 

「な、なにを、君は言っている。やはり、君は何処か、オカシイのか?」

 

「あは、あはは、アハハ!ゴルドルフさんってばひどーい。折角助けてあげようかと思ったのにー。そんなこと言われちゃうと立香ちゃんのやる気はダダ下がりなんだぞ。助けるの止めちゃおうかな?」

 

「な!?ま、待て待て待て!?此処までやって来てそれはないだろう!?敵とはいえ、目の前で死にそうなのを救助しないのは国際法違反だ!そして私は別にお前の敵という訳ではなかろう!?」

 

「私、そういう難しいこと知らないから。()()()()()。………ねぇ、ゴルドルフさん。酷い事言って、ごめんなさいは?」

 

「………………すまん」

 

「うん。許しちゃう。まあ、正直、今はゴルドルフさんと遊んでいる時間も惜しいみたいだしねぇ。ねえ、黒い兵隊さん。貴方たちは、誰?どうして此処に来たの?どうして、カルデアを滅茶苦茶にするの?どうして、彼女の夢を土足で踏み躙って平気な顔をしていられるの?」

 

黒い兵隊‐殺戮猟兵(オプリチキニ)は答えない。彼らは皇帝(ツァーリ)の威光を示す為のみに存在し、ただその為だけに動く人形に過ぎない。だからこそ、立香の問いに答えない。ただ鎌を振り上げるだけである。

 

「…そう。言葉が通じないなんて、哀しいね」

 

立香の言葉には嘘がない。この時の立香は本当に心の底から悲しんでいた。カルデアをこんなにした黒幕の正体が知れなくて、殺戮猟兵(オプリチキニ)が仕える皇帝(ツァーリ)が誰なのかを知れなくて心底、ガッカリした。そして、その悲しみに答えるように現れた猛き武将の手によって殺戮猟兵(オプリチキニ)は四散に割れて消滅した。

 

ゴルドルフは目の前の光景を疑った。

 

「(これが、これが、報告書にあった未熟なマスターだというのか?)」

 

立香の命もなく現れ消えた森長可。去り際に自分の事を虫けらでも見るように見下して消えていったサーヴァント。彼は完全に立香の意思を命令もなく遂行し魔力の消費を最小限に抑えて消えていった。

 

「(英霊との完璧なまでの意思の疎通。これで未熟だと言うのなら、一流のマスターは目配せ一つで超高度な作戦内容をサーヴァントに伝えられる化け物だとでもいうのか…!?)」

 

拘束具を着たままに殺戮猟兵(オプリチキニ)を容易く蹴散らした立香はゴルドルフの方へと改めて向き直ると、床に腰を落としているゴルドルフと視線を合わせる為にしゃがみながら言った。

 

「ねえ、ゴルドルフさん。この拘束具、そろそろ外してもらえませんか?」

 

「え、あ、ああ、うん。まあ、そうだな。非常事態だ。仕方なかろう。…しかし、その、あれだ。別にお前、自分でもこれは外せるだろう?なぜ私に許可を求める?」

 

「あは、他人(ひと)に嵌めて貰った物は他人(ひと)に外して貰うから意味があるんじゃないですか」

 

「そうなのか?いや、意味が分からんな。まあ、いいか」

 

ゴルドルフが立香の拘束具の留め金を外す。立香は拘束具から解放された。拘束具を脱いだ立香の肢体が晒される。オレンジの下着姿だった。当然だ。拘束具と拘束服は一体型で、それは決して制服の上から着るようには造られていない。

立香の下着姿を見てしまったゴルドルフは目を逸らしながら、上着を脱いで立香に渡した。

 

「…私の上着を着なさい。少女が下着姿でうろつくのは、問題がある」

 

「えー、汗臭いから要らない」

 

「いいから着なさい!紳士である私の前ではしたない格好をするんじゃない!?」

 

「…仕方ないなぁ」

 

渋々と言った様子でゴルドルフの上着を羽織りながら、立香はゴルドルフに問いかける。

 

明らかにサイズの合っていない上着を羽織った立香は図らずも裸ワイシャツを想わせる意外と煽情的な姿に成ってしまったが、ゴルドルフは真っ当な大人であったので、少女である立香には欲情しなかった。ゴルドルフはコヤンスカヤの様な蠱惑的な美女が好みだ。

 

「ねえ、私、拘束されていたせいで状況がよく分かってないんですけど、敵はどうやってカルデアの防衛ラインを突破したんですか?」

 

「それは私も知らん。ただ奴らは外から押し寄せ東区画から侵入した。既に東区画は奴らの手に落ちている」

 

「ふーん。東から攻めてきて、そのまま進んでたら、今頃は管制室まで来てますかね。よし、じゃあ、向かう先は管制室で決まりですね!ゴルドルフさん!行きましょう!レッツゴーです!」

 

「いやいやいやいや、待て待て待て待て、君、何を言っているのかね?君自身が言ったことだからね?管制室には奴らの大群がいるのだぞ?」

 

「ええ、そして、たぶん奴らの親玉がいる場所ですよね」

 

「そうだよ?だから、絶対に近づいちゃ駄目だろう?」

 

「だから、行くんでしょう?」

 

かみ合わなかった。太っちょ紳士‐ゴルドルフと半裸少女‐立香の言葉と考え方は明らかに致命的にかみ合っていなかった。立香は呆れたようにため息を吐きながら、変な事を言っているゴルドルフに物事の考え方を一から説明してあげることにした。

 

「いいですか、カルデアを、こんなにした敵の親玉はたぶん、管制室にいるんですよ?なら、行かなくちゃ。戦わなくちゃ。此処は私の大切な思い出の一杯あるカルデアで、ゴルドルフさんの栄光はこのカルデアから始まるんでしょう?なら、取り戻さなくちゃ駄目です。私、なにか間違ったことを言ってますか?」

 

「…」

 

言っていなかった。立香は何も間違ったことを言ってはいなかった。正体不明の勢力からカルデアを取り戻す。それは言うまでもなく“正しい選択”だ。出来るかどうかという問題を棚上げするなら、それ以外に取るべき手段なんてない。ただその棚上げする問題が、問題なのだ。敵は未知数。されどその勢力は膨大で強大であることは予想できる。

それに対して今の此方の戦力は立香とゴルドルフの二人のみ。確かに立香にはサーヴァントと言う強力な力がある。しかし、サーヴァントは強力だが絶対の存在ではない。戦って勝利は約束されない。負ければ待っているのは“死”だ。

ならば此処はいったん引き、反撃をするにしてもダ・ヴィンチ達と合流してから考えるべきだと思うゴルドルフの考えが真っ当だ。しかし、ゴルドルフはそれを口に出来なかった。

 

気が付いてしまったのだ。敵は未知数。されど膨大で強大。そう約束された戦場で戦ってきたマスターこそが、立香だった。

人類焼却式‐魔人王ゲーティア。おそらくゴルドルフが逆立ちして百回戦っても勝てない相手に勝利し世界を救ったマスターが立香なのだ。

 

かみ合わない筈だ。初めから人間としての種類が、違っていたのだとゴルドルフは思った。

 

「…付き合いきれん。私は逃げるぞ。戦うのなら、一人で戦え」

 

「そうですか。まあ、そうなりますよね。じゃあ、ゴルドルフさん。さようなら!無事に逃げられて、もしダ・ヴィンチちゃんやマシュに会うことがあったら伝えてください。立香は立派に戦って何処かで死んでいるかもって!あは、アハハ!」

 

そう言って立香はゴルドルフの前から消えた。走って消えた。管制室に向かうその小さな背中を見送りながら、ゴルドルフは奥歯を噛んだ。

 

「なんだ、あの娘、狂ってなどいないではないか。…自分が死ぬかも知れないと、理解しているでは、ないか」

 

何もできない。ゴルドルフでは、立香の隣に立って戦えない。それに対する悔しさをゴルドルフが持たない訳ではない。只一人で戦場に向かった立香に対して、ゴルドルフが出来ることは館内放送用の手持ち小型マイクを持つことだった。

先ほどまでのゴルドルフはコレで助けを呼んだ。《誰かいないのか》と叫んだ。

 

「…カルデア内にいる私ではない誰かに伝える。助けてくれ。…頼む。助けてやってくれ。あの娘が、藤丸立香が、管制室に向かった。…カルデアを救う為に、一人で、戦いに行った。…頼む。…誰か、助けてやってくれ」

 

ゴルドルフはもう叫ばなかった。けれど、その言葉は確かに“誰か”に届いていた。

 

 

 

 

 



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立香ちゃんは激怒する①

皆様の暇つぶしになれば幸いです(__)





 

 

敏腕美人秘書‐もとい今回のカルデア襲撃の首謀者の一人であるコヤンスカヤは目の前の光景を疑った。まさか馬鹿正直に本当にやってくるとは思ってもみなかった。ゴルドルフの館内放送。それはゴルドルフが立香に出来る唯一の助力。そして、少し考えればわかることだが、それはゴルドルフがやってはいけなかった敵への助力でもあった。

 

立香が管制室に向かった。それを敵側に知らせてしまった。それを立香も聞いて知っていた。

 

だから、来る筈が無いと考えていた。来たとしても裏をかくとか裏口を使うとかそれくらいの事はしてくると思っていた。けれど、そんなことはなかった。人類最後のマスター。()()()()最後のマスターは、堂々と正面から管制室に乗り込んできた。

 

半裸で。

 

「くしゅん。…なんか部屋が寒くないですか?」

 

寒い。どころの話ではない。管制室の床や壁は既に凍り付いていた。それを成したのは殺戮猟兵(オプリチキニ)を率いる白い少女‐初雪の様に白い皇女はコヤンスカヤの隣に立ちながらやってきた立香を残念そうな目で見た後、コヤンスカヤにコレが私の敵なのかと視線で問いかけてきた。

 

コヤンスカヤにそんなことを言われても困る。管制室にやってくると言われたのだから、まさかとは思いつつも待ち構えない訳にはいかない。だからコヤンスカヤは大量の戮猟兵(オプリチキニ)と白い皇女と共に立香を待っていた。それだけなのだ。やってきたのがコレであったことは、コヤンスカヤには責任がない。責任者は何処か。

 

「皇女様。一応、あんな成りでも()()()()最後のマスターです。その上、彼女は単身でのサーヴァント召喚を可能とする“奇跡”でもあります。()()()のサーヴァントである貴女が遅れを取るとは思いませんが、一応、気をつけてくださいね」

 

「…まあ、いいわ。皇帝(ツァーリ)の威光に従わない者には死を。裏切り者には粛清を。ヴィイ、(わたくし)が願います。(わたくし)が呪います。石に、氷に、頑なに。我らはあらゆる“善き者”を砕きましょう。“邪眼”を開きなさい、ヴィイ!」

 

白い皇女はサーヴァントだった。しかも、何やら立香の知らない何処かで何処かから呼び出された普通ではないサーヴァントらしい。異聞帯(いぶんたい)?あまり難しい言葉は使わないで欲しい立香だったが、まあ、ある程度の事は理解した。目の前のコヤンスカヤと白い皇女はカルデアの敵であり、管制室が凍り付くほど寒いのは白い皇女のサーヴァントの所為だということは理解した。

 

「白くて、可愛いのに、残念。でも、白くて可愛い子は大勢いるから、まあ、いっか。こんにちは!カルデアへとようこそ!早速だけど死んでもらおう!」

 

魔王の様な事を言いながら、立香は腕を組み犬歯を見せて嗤った。堂々と、あくまで堂々と自分の正しさを欠片も疑うことなく図太く堂々とした態度にコヤンスカヤは眉をひそめ、白い皇女のサーヴァント‐アナスタシアは目を細めた。

立香の姿は自信に満ち満ちていた。敵に囲まれ吐く息が凍りそうなほどに寒い劣悪な環境に置かれながらもその自信は轟くほどに揺ぎ無く、驚くほどに隙が無い。

 

「今更、身構えないでよ。私の事を侮っていたんでしょ?私の事を馬鹿だと思っていたんでしょ?なら、そう思い続けなよ。自分の考え曲げるなよ。最後まで、自分を信じて、潔く終わりなよ。あは、あはは、アハハ!愚かにも、ね!」

 

立香は手を挙げた。誰にも邪魔はさせなかった。そして、つかみ取る。立香にしか見えないモノをつかみ取る。“奇跡”は何時だってつかみ取ると決めた者の前に転がってくるものであることを立香は知っている。そして、これは()()()()()()

 

英霊が召喚される。たった一人の少女の願いに答える為に、人理に刻まれた英雄はやってくる。

 

「ねぇ、やっぱりこの部屋は寒いよ。だから、貴女の炎で温めて!ノッブさん!」

 

召喚陣など無かった。詠唱もしなかった。あるのは只、触媒のみ。()()()()という触媒のみをもってその召喚は成立していた。

まさしく“奇跡”だとコヤンスカヤは吐き捨てた。自身のマスターの敵をアナスタシアは見定めた。

そして、立香は嗤った。美しく嗤った。可愛らしく嗤った。だから、これは“奇跡”ではない。この召喚は只の()()()()()。誰も知らない場所で、誰でもない彼と立香と共に戦った6騎の英雄‐6()()()()()が、抱かずには居られなかった感情。

 

「あは、あはは、アハハ!わーお!登場しながら炎で温めてくれるノッブさんってばやさしかっこいい!」

 

「くは、くはは、クハハ!よもや寒いからなどと言う理由で我を選び呼ぼうとは!相変わらず我がマスターはぶっ飛んでおるな!」

 

立香の笑い声に反響するように声が響いた。光は収縮する。人の形が現れる。それは現代日本において最も有名であろう英雄‐天下布武を謳い全国支配にあと一歩まで迫りながら夢破れた戦国武将。

 

地獄の業火の様な深紅の長髪は腰の下まで伸びていた。女性でありながら大抵の男性を見下すだろう長身。漆黒の具足を身に纏い瞳は赤く輝いている。その口元は英雄と呼ぶにはあまりに歪に世の全てを嗤っていた。

それこそは数多の可能性の総体でありながら、あらゆる可能性から最も遠く、最も深淵に近しい者。『彼あるいは彼女』の物語が生んだ最も強い姿の一つ。彼岸にて燃えさかる、ヒトの形をした炎。つまりは“戦国武将”『織田信長』ではない。

 

“第六天魔王”‐魔王信長の君臨である。

 

 

 

 

 

 

コヤンスカヤは魔王信長の召喚に舌打ちをした。異聞帯のサーヴァントは汎人類史のサーヴァントより強い。それは異聞帯が劣悪な環境であるからだ。異聞帯とはそれ故に消え去った世界であるのだが、その説明は置いておいてコヤンスカヤが言いたいのはハードモードで出てくるモンスターの方がノーマルモードより強いということだ。劣悪な環境で生き延びる生命体のいる異聞帯の“英霊(サーヴァント)”だからこそ、汎人類史の英霊(サーヴァント)よりも強力だ。それは間違いない事実であるのだけれど、“魔王信長”。あれは反則だろうと、コヤンスカヤは舌打ちしたのだ。

 

「(人間どもに弄られたあらゆる可能性(信長)の集合体。人でありながら変性した神仏衆生の敵。劣悪な環境で生まれたサーヴァントが強いと言うなら、その法則はアレにもあてはまっちゃうんですよね~)」

 

事実、管制室を覆っていたアナスタシアの氷が魔王信長の登場と共に現れた炎によって溶けはしないまでも勢力を弱めていた。既に吐く息が白くないほど、管制室の気温は上がっている。まだアナスタシアが本気を出していないにしろ、それは魔王信長も同じ。ぶつかり合えばどうなるかはわからない。

 

「(こんな時にあの神父はどこで何をやっているんでしょうかねぇ)」

 

コヤンスカヤは此処には居ない同胞の事を考えながらも状況を的確に進める為にアナスタシアに指示を出した。

 

「皇女様。言うまでもなく分かっていると思いますが、目の前のサーヴァントはおそらく藤丸立香の持つ者の中でも最上級の代物です。正直、皇女様でも相手にするには厳しいですが、逆に言えばこの場で魔王信長を失えば藤丸立香の脅威は半減したと言って良いでしょう。貴方のマスターの“偉業”もぐっと近づきますよ?」

 

「…そう。正直、貴女の口車に乗るのは嫌なのだけれど…彼の助けになるなら、まあ、いいわ。ヴィイ。(わたくし)が願います。(わたくし)が呪います。“邪眼”を開きなさい。あらゆる“善き者”を砕きましょう。遍くものに皇帝(ツァーリ)の威光を!」

 

「我を善き者?我に威光だと?くはは、クハハ!笑わせてくれる!貴様の方こそ恐れよ我を!臆せよ生を!我こそは第六天魔王信長なる!」

 

アナスタシアと魔王信長がぶつかり合う。その戦闘は凄まじかった。氷塊が飛ぶ。炎熱が飛ぶ。アナスタシアの影から現れた“獣”を魔王信長の拳が押しとどめる。蹴撃がアナスタシアを吹き飛ばす。魔王信長の脚が凍る。炎が氷を溶かした。氷が炎を凍らせた。

その激しい戦闘の中でコヤンスカヤは立香に対して何度も攻撃魔術を放とうとした。しかし、その度にコヤンスカヤの直感はその攻撃が無駄であることを告げていた。

 

「(私が以前に見たサーヴァントは魔王信長ではなかった。なら、あの子はあと一騎サーヴァントを使役している。いえ、魔王信長の口ぶりからするに少なくとも三騎は抱えていると見ていいでしょう)」

 

只一人で三騎のサーヴァントを使役する。それが出来るのなら、たとえ魔術の素人であっても“藤丸立香”はもう三流マスターではない。一流、いや、超一流と言っても良かった。

厄介な事になったとコヤンスカヤは思った。普通の一般人は誰も知らない何時の間にかに異常なほどの重要人物に変貌していた。

 

「(こんなことなら、独房で磔にされている間に殺しとくんでした)」

 

自分の詰めの甘さを後悔しながら、コヤンスカヤは立香を“奇跡”を“起こせる三流マスターという枠組みから外した。

 

 

そして、コヤンスカヤは正しかった。

 

 

「ねえ、白いお姫様。貴方のマスターは、コヤンスカヤさんなのかな?」

 

戦いの最中に立香は声を掛けた。無論、アナスタシアはその声に答えない。魔王信長との戦闘において、アナスタシアが立香に意識を割く余裕はない。けれど、立香の声はよく響いていて、否応なしにアナスタシアの耳に届いていた。

自他ともに認める通り、立香は魔術師としては三流以下だ。礼装なしでは魔術の一つも使えない彼女は戦いの最中にサーヴァントを支援する術に乏しい。半裸であり礼装服を着ていない今においては立香には魔術的に魔王信長を支援する術は皆無だ。

けれど、立香は何もできなからと言って何もやらないことを選ぶほどに怠惰ではなかった。

魔術が使えない?‐だからどうした。肉体的にも脆弱?‐乙女に筋肉を求めるな。なにもできない?‐そんな筈はない。

 

何もできない者は、何もやろうとしていない者だけだ。

 

立香は違う。何時だって何かをやろうと足掻いてきた。それが意味のあることなのか、そもそも出来ることなのか、そんなこと、関係なかった。ある紅い皇帝は言った。自分に出来ることをやればいいと‐それは其方(立香)にしかできないことであると‐その通りだ。

だから、立香は口を開く。堂々と自信しかない声を上げる。

 

「違うよね?お姫様のマスターは別に居るんだよね?見てればわかるよ。けど、じゃあ、お姫様のマスターはどこにいるのかな?どうして此処に、いないのかな?」

 

コヤンスカヤがまずいと思った時にはもう遅い。立香のよく通る声が、嗤い声を上げた。

 

「知ってるよ!お姫様のマスターは前線に出て来られない臆病者(チキン)なんだよね!私はお姫様のマスターの顔も名前も何にも知らないけど、知ってるよ!きっとその人は前線に立てない意気地なしで、根暗で、ジメジメする陰気な人なんだよね!あは、あはは、アハハ!女の子を戦わせて!自分は後ろでスケベ心ばっかり丸出しで!お姫さまはそんなマスターのハーレム要員になるのが望みなんだよね!」

 

あまりにもあまりな品性下劣の嘲笑だった。立香はアナスタシアのマスターのことなど何も知らない。だから、口から出た言葉は全て立香の想像でしかない。少し考えればその言葉の全てがアナスタシアから少しでも理性を奪おうとする挑発でしかないと気が付けただろう。

 

しかし、立香は知らなくてもアナスタシアは、彼のマスターを知っていた。彼が苦しみの中で足掻き異聞帯のサーヴァントである自分のマスターになったかを知っていた。彼が守ろうとする世界を知っていた。彼が張ろうとする意地を知っていた。彼が、彼が、彼が、どんな思いで汎人類史に反旗を翻したのかを、知っていた。

 

だからこそ、立香の言葉を許せないと思った。

 

それは隙と呼ぶにはあまりにアナスタシアの小さな揺らぎ。それを魔王信長は見逃さなかった。

 

「勝敗の差は、やはりマスターの有無であるか」

 

魔王信長の炎を纏う拳がアナスタシアの身体を捕らえた。衝撃が走る。氷の大地が砕ける音がした。アナスタシアの身体は吹き飛ばされ、壁にぶつかり、動かなくなった。

 

 

 

 




ヤベーよ、興がのって織田さんを勝たせちゃったよ、、、
織田さんがカッコ良すぎるから、是非もないよネ!

次でストックが切れます。二日で書いたから仕方ないよネ!

暇つぶしになるように頑張ります(__)





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立香ちゃんは激怒する②

皆様の暇つぶしなれば幸いです(__)。





異聞帯のサーヴァント‐白い皇女アナスタシアを打ち破った可能性の集合体‐魔王信長は紅い瞳を次はコヤンスカヤへと向けた。アナスタシアがいくら強力な英霊(サーヴァント)だとしても所詮、使い魔(サーヴァント)でしかない。カルデア占拠の首謀者が誰かをまだ魔王信長も立香も知らないが、どう考えてもコヤンスカヤは首謀者側の人間だ。

魔王信長の拳はアナスタシアの霊基を砕くには至らなかったが、深手は負わせた。この戦いにおいてアナスタシアは既にリタイアしている。ならば、次に倒すべきは誰であるかを魔王信長と立香は間違えない。

 

対しコヤンスカヤは目の前で起きた光景を認めることにした。認めよう。魔術師としては三流以下であろうが、マスターとしての立香は超一流だ。加えて戦術家としても優秀だった。

立香のやり方は万人に受け入れられるものではない。他人の誇りに唾を吐きかけ、尊厳を踏み躙り、その上で勝利しようとする在り方は英雄的ではない。彼女のやり方を否定する者はそれこそ星の数ほども存在するに違いなかった。それでも、コヤンスカヤは立香を認めよう。

 

そのいじらしい抵抗を認めたで上でコヤンスカヤは優しく微笑んでみせた。

 

「まずは、おめでとうございます。貴女のカルデアを凍らせた敵を見事に取ってみせましたね。…そして、実に面倒くさいことをしてくれました。本来、カルデアの占拠は少しの障害もなく進行する筈でしたのに」

 

皇帝(ツァーリ)の眷属である戮猟兵(オプリチキニ)とアナスタシアによるカルデア占拠作戦。それは電光石火で遂行され終了すべき作戦だった。なぜならコヤンスカヤにとってカルデアの占拠など前哨戦に過ぎない。これから始まる大偉業。世界の“漂白”の為の前準備に過ぎないのだ。

 

2017年。この惑星(ほし)の歴史は終了する。汎人類史は抹消され、新たに異星の神が惑星(ほし)を造り直す。コヤンスカヤはその為に異星の神が派遣した眷属の一人。

 

「いえ、だからこそ、ある意味は幸運でした。この段階で私たちは“藤丸立香”というファクターを認知することができた。普通の一般人?とんでもございません。汎人類史最後のマスター。いえ、人類最悪のマスター‐立香ちゃん♪」

 

「あは、アハハ!嬉しいな。コヤンスカヤさんが私を名前で呼んでくれるなんて、謹慎室であった時は私を見てもくれなかったのに」

 

「ええ、その節は申し訳ありませんでした。あの時の私の眼は節穴だったと認めざるをえません。この眼を抉り出してでも、非礼を詫びる所存ではあるのですが…どうでしょうか。一つ、私の商談に乗ってみませんか?」

 

「商談?」

 

「ええ、それは―――ごふっ!?」

 

それ以上の言葉をコヤンスカヤは口に出来なかった。息は全て腹部に空いた穴から漏れた。一瞬、瞬きの間にコヤンスカヤの腹部を魔王信長の拳が貫いていた。口から鮮血を漏らしながら、コヤンスカヤは魔王信長を睨む。サーヴァントの暴走。そう思った。けれど、それは違った。魔王信長の目には理性の光があった。彼女は復讐者(アヴェンジャー)であり、狂戦士(バーサーカー)ではない。ならと、逸らした視線の先にいた立香は余りに冷たい目でコヤンスカヤをみていた。

 

「…いらないよ。貴女から貰うものなんて、何もないよ。言葉はいらない。言い訳も聞かない。命乞いも、謝罪だって求めない。私ね、わかっちゃうんだ。貴女たちが何をしようとしているのかは知らないけど、それが彼女のカルデアを土足で踏み躙っていいものでないことは、わかるよ」

 

とても哀しいと立香は思った。言葉で分かり合えないと言うのはとても悲しいことだと立香は知っていた。だから、立香はせめて笑う。せめてもと笑う。自分とは違う思考回路を備えた誰かを、嗤う。そして、言葉にありったけの憎悪を込めた。言葉で分かり合うことは出来ないけれど、せめてこの気持ちが伝わりますようにと‐願いを込めて。

 

「そして、それが誰でもない彼が悔しがりながらも認めた世界を台無しにするなら…許さない」

 

コヤンスカヤは諦めた。立香との対話を諦めた。そして、それで正解だった。もし仮にコヤンスカヤが尚も立香と対話を、あるいは敵意を持ち対抗しようとしたのなら、魔王信長の手はコヤンスカヤの霊基を握り砕いていた。いや、握り砕くのが早まっていた。そうなればコヤンスカヤは物語から退場していただろう。

 

そう成らなかったのは魔王信長がコヤンスカヤを握り潰すより数秒早く‐管制室に一人の神父がやってきたからだった。

 

「そこまでだ。藤丸立香。彼女から手を引き給え。そうすれば私も、この少女から手を引こう」

 

聖堂教会から派遣された神父‐言峰。彼もまたコヤンスカと同じく異星の神側の人間だった。それに対する立香の驚きはない。同時期にカルデアにやってきた彼らがグルであることは立香でも少し考えればわかることだ。だから問題はない。問題なのは‐言峰神父が引きずる様にマシュを連れていることだった。

色素の薄い白い肌は青く腫れていた。うっ血した皮膚は見るに堪えない。立香の視界が赤く染まった。それでも唇を噛み切り言峰神父に殴りかかることを耐えたのは、言峰神父の左手がマシュの白い首筋に伸びたからだった。

 

「…どうしてっ、…どうしてっ、…どうしてっ!」

 

「この少女を責めるべきではない。この少女はゴルドルフ氏の放送を聞き、ダ・ヴィンチと共に無理をして此処まで駆け付けたのだから…君を助ける為に」

 

「っ…!?」

 

「愚かな、とは口が裂けても言えない筈だ。なぜなら、彼女たちは君がここまでの力を有していることを知らなかった。いや、君自身が伝えていなかった。恐れたのだろう?君は、自分が変わってしまった自覚があった。それを彼女たちが受け入れてくれるか恐かった。ならば、この結果は君の心の弱さが招いたものだ」

 

返す言葉など何もなかった。出そうになるのは意味をなさない罵倒だけだ。そう、馬鹿な事をしたと立香は思った。自分は、なんて馬鹿な事をしたのだと思った。自分は大丈夫だからと一言だけでもダ・ヴィンチとマシュに伝えておけばよかったと思った。ゴルドルフに嫌がらせ交じりの言伝なんて頼まなければよかったと思った。

 

そして、気が付く。ボロボロになったマシュを守る為に戦っただろうサーヴァントの姿がないことに気が付いた。

 

「………ダ・ヴィンチちゃんは?お前、ダ・ヴィンチちゃんを何処にやった‼」

 

「キャスターならば、この少女を守り消滅したよ。私が心臓を()いた。いかにサーヴァントといえ、霊基の核を潰されれば消滅は免れまい」

 

「あああああああああああああ‼」

 

視界が赤く染まる。怒りが湧き上がる。ダ・ヴィンチは消滅した。立香の知らない所でマシュを守って消滅した。お別れも言えなかった。ダ・ヴィンチは“別れは何時だって唐突なものさ”とマシュを慰めて消えていった。最後までマシュを守れなかったことを後悔しながら、万能の人は消滅した。

 

許さない。許してはいけないことだった。怒り。怒り。怒るべきことだった。

止めどない熱は猛き武将を呼び覚ます。現界した森長可にとって最早マスターからの命令は不要だった。怒り。憎み。立香が憎悪する敵が目の前に存在している。ならば、駆けねばならない。

 

「ブチ殺すぞテメェェエ‼」

 

その結果がたとえどんな悲劇を生もうとも‐狂戦士(バーサーカー)である森長可は止まらない。

 

言峰神父は森長可が向かってくるのを見て、躊躇なく左手に力を込めようとした。マシュを殺してしまおうとした。その手が止まったのは、向かってくる森長可が動き出してすぐに吹き飛ばされたからだった。森長可を吹き飛ばし最悪の結果を防いだのは魔王信長だった。魔王信長の左手にいつの間にか火縄銃が握られていた。魔王信長は右手でコヤンスカヤの霊基を掴んだまま、左手の火縄銃で森長可の暴走を止めて、舌打ちを鳴らした。

 

「鬼武蔵故に仕方無きことではあるが、少しは周りを見てから暴れよ馬鹿者が、せめて人質位は視界に入れよ。…そして、我がマスター。正気を取り戻せ。これ以上、マスターの怒りに呼応し他の奴らまで現界すれば我一人では収められぬ」

 

「…あ、…ああ、うん。ごめんなさいなんだよ。ノッブさん」

 

「良い。マスターを助ける事こそ、我らの願いである」

 

「ありがとうございます。森君も、ありがとうなんだよ。でも、少し下がっててね」

 

「………了解(おう)

 

自分の怒りにより森長可が暴走しマシュを失う。そんな立香にとっての最悪の結果は魔王信長の手によって防がれた。その一部始終を見ながら、言峰神父は興味深そうに笑っていた。

 

マスターとサーヴァントが良好な関係を築き上げ。時にサーヴァントがマスターを諌める事すらしながら探求を続ける。人理修復の旅路において“藤丸立香”が行ってきたとされるサーヴァントとの接し方。関係性の構築。その点のみをみれば“今の立香”は“前の立香”と何も変わっていなかった。

 

「では、対話を再開しようか。藤丸立香」

 

「…」

 

言峰神父はマシュの首に左手を添えたまま、魔王信長はコヤンスカヤの霊基の核を握ったまま、此処に言峰神父と立香の対話が成立した。

 

「対話と言うが私は一つ提案を君にするのみだ。即ち、何方(どちら)を選ぶかと言う簡単な問いかけに過ぎない」

 

言峰神父は薄く笑いながら、視線をカルデアの心臓部‐カルデアスへと向けた。

 

「我々の目的はレイシフトの凍結。歴史を書き換えるという神を恐れぬ愚行を行う手段を破壊すること‐カルデアの占拠はその為の手段に過ぎない」

 

それを立香は認めない。

 

「許さない。認めない。彼女の夢を壊させはしない。カルデアは私が守る」

 

「然り。君ならば、そう言い切ると信じていた。故に私は、提案しよう。西区画の格納庫。そこにカルデアの生き残り達が避難したコンテナがある。もし君がコヤンスカヤ君から手を引くと言うのなら、この少女と共にそのコンテナへ向かうことを許可しよう。そのコンテナはどうやらダ・ヴィンチが用意した物らしい。おそらく脱出装置としての役割も持っているに違いない。あのキャスターの抜け目の無さは、私などより君の方が良く知っている筈だ」

 

「…そうしないと言ったら?」

 

「我々は戦うことになる。そうなれば君のサーヴァントはコヤンスカヤの霊基を砕き、私はこの少女の首をへし折る。そこから先は、正直、どうなるか分からない。我々にはまだ隠した戦力が存在するが、それは君とて同じだろう。君の奮闘次第では、カルデアを取り戻せるかも知れない」

 

立香の選ぶべき二つの道は示したと、言峰神父は嗤う。

 

「さあ、選択せよ。藤丸立香。少女の命を助けカルデアを諦めるか、あるいは、少女の命を見殺しにしてでもカルデアの為に戦うか。正直、私はどちらでも構わない」

 

怒りだ。怒りだ。怒りしかない。激おこぷんぷん丸どころではない。怒髪、天を衝くどころではない。立香は※※※しそうになる。いっそのこと※※※してしまった方が、楽だとすら思ってしまう。それでも、それでも、立香はギリギリで踏みとどまることができた。

 

「………ノッブさん。コヤンスカヤさんを、離してあげてください」

 

「良いのか?」

 

「はい。マシュの命は、失われれば戻ってきません。けれど、この場所は、カルデア(思い出)は、取り戻せると信じます」

 

「で、あるか」

 

魔王信長の手がコヤンスカヤを手放した。コヤンスカヤは床に落ちる。荒い息と血を吐きながらも未だに意識を保ち続ける彼女の生命力は常軌を逸していたものであったが、流石にもうその口からは何の言葉も出はしなかった。

 

それを見て言峰神父もまたマシュを手放す。ボロボロになっていたマシュは、それでも懸命な足取りで立香の元まで来ると安心したように気を失った。

 

「では、これで対話は終了だ。さらばだ、藤丸立香。…君の成した偉業が凡人の手により蹂躙される様を、生き残り、見届けるがいい。汎人類史最後のマスター。いや、この惑星(ほし)最後の人間達よ」

 

 

 

 

 

様々な可能性があった。ダ・ヴィンチの言うところの“今の立香”が立香である限り、2017年の結末は様々な可能性が存在していた。けれど、結局のところ立香は運命を変えられなかった。()()()()()()から、その運命を変える為の力を与えられていながらも、立香一人では運命に立ち向かうことは出来ても、打ち勝つことは出来なかった。

 

もしも、仮に立香が()()()()()()から、力を与えられたことを、ダ・ヴィンチに、マシュに、誰かに伝えていたのなら‐誰かを信じることが出来ていたのなら、きっと運命は変わっていた。

 

2017年12月31日。世界は“漂白”される。

 

その結末を、変えられた。けれど、もう遅い。結末は結果として残り、立香はマシュと共に逃げることしかできなかった。

 

運命(フェイト)は、確定した。

 

 

 

 

 

 

『……通達する。我々は、全人類に通達する。この惑星はこれより、古く新しい世界に生まれ変わる』

 

それはこれまでの旅路を否定する物語。

 

 

『人類の文明は正しくはなかった。我々の成長は正解ではなかった』

 

これは誰でもない彼が悔しがりながらも認めた世界を否定する物語。

 

 

『よって、私は決断した。これまでの人類史―――汎人類史に叛逆すると』

 

それは人類に叛逆した裏切り者たちの物語。

 

 

『今一度、世界に人ならざる神秘を満たす。神々の時代を、この惑星に取り戻す。その為に遠いソラから神は降臨した。七つの種子を以って、新たな指導者を選抜した』

 

これは異星の神に力を与えられ調子に乗った者達の物語。

 

 

『指導者たちはこの惑星を作り替える。もっとも優れた『異聞の指導者』が世界を更新する。その競争(たたかい)に汎人類史の生命は参加できず、また、観戦の席もない』

 

それは数多の英雄たちの歴史を否定する物語。

 

 

『空想の根は落ちた。創造の樹は地に満ちた。これより、旧人類が行っていた全事業は凍結される。君たちの罪科は、この処遇をもって清算するものとする』

 

これは神の使徒を気取る傲慢な者達の物語。

 

 

『汎人類史は、2017年を以って終了した』

 

それは未来を否定する物語。

 

 

『私の名はヴォーダイム。キリシュタリア・ヴォーダイム』

 

 

()()()()()()()()()

 

 

『7人のクリプターを代表して、君たちカルデアの生き残りに―――いや。今は旧人類、最後の数名となった君たちに通達する。―――この惑星の歴史は、我々が引き継ごう』

 

 

立香は吼えた。汎人類史、最後の砦。万能の人‐ダ・ヴィンチと名探偵‐ホームズが作り上げた虚数潜航艇(きょすうせんこうてい)シャドウ・ボーダーの甲板の上に立ち、吼えた。

喉が枯れる程に、血反吐が零れるほどに、力の限り吼えた。

 

 

 

「ヴォーダイム‼キリシュタリア・ヴォーダイム‼」

 

 

 

認めない。認めていい筈がない。その怒りは、立香の傍に立つ6騎の英霊もまた同じだった。

ああ、そうだとも―――人を否定する神など、いらない。それが、よりにもよって異星の神だというのなら、部外者(ジャンル違い)がしゃしゃり出るなと言う話だ。

 

往年に渡り、何人もの物書きが繰り返してきたとおりに、偉大なる作家の文字をなぞろう。

 

 

立香は激怒した。必ず、かの邪知暴虐のクリプター達を除かなければならぬと決意した。

 

 

その怒りに6騎の英霊(サーヴァント)()()()()()()、それぞれ呼応する。

 

狂戦士(バーサーカー)‐森長可は吼えた。

復讐者(アヴェンジャー)‐魔王信長は嗤った。

騎兵(ライダー)‐■■■は哀れんだ。

■■■‐■■■は泣いた。

■■■‐■■■は笑った。

■■■‐■■■はたぶん、怒っていた。

 

これは、英雄の物語ではない。

これは、“善き人々”の物語ではない。

 

これは、ブチギレ立香ちゃんの歩む物語である。

 

 

 

 

 




これにてストックは終了です。
正直、書いていて、この文を不快に思う方がいることは分かっていましたので続きを書くかは考え中です。

とりあえず、次回で一区切り。次回は凄い短いです。

皆様に少しでも楽しんでいただけたのなら、幸いです(__)





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誰でもない彼は怒らない

とりあえず前に行ったとおり、短いですが投稿します。

暇つぶしになれば幸いですm(_ _)m





いつか、どこかで、()()()()()()は立香に敗れた。

 

 

終局特異点‐『冠位時間神殿ソロモン』。魔神王ゲーティアが行おうとした三千年をかけた大偉業は、一人の少女の手によって否定された。全ての戦いが終了し、崩壊する神殿の中、カルデアの観測もなく、可愛い後輩もいない。

そんな誰も見ていない場所で、もはや消えるだけの残滓となった魔神王ゲーティアは、誰でもない(ゲーティア)として、立香の前に立った。

 

「―――私の夢は潰えた。―――この神殿に座し、行った膨大な時間は、無為となった」

 

彼は立香に敗北した。

 

「ここで何をしようと敗北は覆らない。おまえを殺したところで結果はなにもかわらない。……これは、何の意味もない戦いだ。以前の私では、考えようのない選択だ」

 

だが―――立香は、誰でもない彼を理解した。

 

「わたしがあなたでも、同じことをするよ」

 

「――――そうだとも。私にも意地がある。()()()()()()()()

 

誰でもない彼は限りある命を得て、ようやく立香(にんげん)を理解した。立香の歩んだ探求に敬意を抱いた。

 

「だからこそ―――この探求の終わりを始めよう。人類焼却を巡るグランドオーダー。人類最後、(いな)、この私を否定し、私を神座より引きずり降ろし、私を誰でもない誰か(にんげん)と同じ目線に立たせた―――我が怨敵。我が憎悪。私にとって、人類最悪のマスター!」

 

誰でもない彼は、そうして立香と戦い、立香の元に最後まで残っていた6騎のサーヴァントの手によって、打倒された。

 

 

(ゲーティア)はそこで生まれ、そして滅んだ。

 

 

そして、今際(いまわ)(きわ)に彼が立香の辿るだろう未来を見たのは、きっと神などではない運命の悪戯だったのだろう。

 

(ゲーティア)の眼は彼の(マスター)がそうであったように、“人”になった瞬間、世界が滅ぶ未来を見た。

 

「(なんだ…これは…)」

 

人類焼却式は否定され世界は救われた。けれど、彼の見た未来において世界は“漂白”され滅んでいた。その未来を見た時の彼の絶望は、言葉に出来ない。そして、彼は理解する。これが嘗ての彼の主‐ソロモンが抱いた絶望だった。

 

「(そうか…これが、これを、私にも乗り越えろというのか…)」

 

それが運命(フェイト)が彼に与えた最後の物語。

 

彼は最後の力を振り絞る。いや、もう力なんて欠片も残っていなかったが、それでも誰かに背中を押されているような感覚がして、振り絞ることができた。

 

その力を彼は立香と共に最後まで戦った6騎のサーヴァントに託した。

 

今より滅ぶ彼に世界は救えない。けれど、今、背を向けて駆けていく少女が再び世界を救う為に立ち上がることを彼は未来など見なくても確信した。

 

「故に…託そう。…お前たちに、神ではない、人間たちに…」

 

誰も彼の言葉には答えなかった。彼もまた返事など求めなかった。

人類に絶望した彼は最後の最後に人を信じた。信じることができた。

 

「………ああ、悪くない気分だ」

 

悔しがりながらも、そんな強がりを言って消えた。

 

 

 

 




エピローグ的な、どうして立香ちゃんはサーヴァントを召喚できるの?に答える話です。

この物語自体が彼のちり際の話を見た上で、考えてたものですので、短いですが投稿させて頂きました。


また続きを読みたいと言ってくれる方がいてくださいましたので、本編も書いていこうと思います。
ただ私は定期更新が苦手な奴ですので、一気に書いて一気に投稿になると思います。
気長に待って貰えると幸いですm(_ _)m



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ロシア異聞帯編
立香ちゃんは許さない①


ロシア異聞帯編が八割がた書き溜められましたので投稿します。

皆様の暇つぶしになれば幸いです(__)


※予約投稿をしていたら三話先くらいのものを間違って投稿してしまいましたので、削除しました。




2017年‐世界は“漂白”され、人類の歴史は幕を閉じた。

 

宇宙からの侵略が始まってから90日。人々は諦めを抱きながら空を見上げる日々のみを過ごしていた。数日前に最後まで侵略に抗っていた合衆国も姿を消した。もはやこの地上に人類は築き上げた国は一つもなく、もはやこの地上に人々が縋るものは一つもなかった。

 

今日という日が地球最後の一日になるかもしれない現実を、絶望に濁った瞳で誰もが受け入れている。‐けれど、“彼”はどうしても納得がいかなかった。最後の祈りに没頭する人々を尻目に、駄々をこねる子供の様にキャンプを飛び出した。

世界は終わった。‐それはいい。侵略者は宇宙人だった。‐それはいい。だが、その動機が、目的が、経緯が、あまりにも秘されていた。

 

空から七つの光が堕ちてきた日‐彼は天からの声を聞いた。その声は自分たちの歴史が間違っていると言った。‐どういうことだ?その声は惑星を造り直すと言った。‐どういう意味だ?その声は最後まで自分たちを見もしないまま傲慢に告げた。‐彼にはそう聞こえた。

 

‐『歴史は我々が引き継ごう』

 

ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな!叫びだしたかった。たとえ天から聞こえる声に届かないと知りながらも、叫びたかった。否、()()()()()()()()()()()()()()―――彼は空を見上げていることしか、出来なかった。

 

だが、代わりに叫ぶ声を聞いた気がした。空を見上げることしかできなかった自分たちの代わりにどこかで誰かが叫んでいる声を確かに聞いた。それは少女の声だったように思う。あるいは獣の咆哮の様な声だったとも思う。物理的に聞こえるはずの無い声だった様にも思う。分からない。天からの声と同じように、その声の事もまた彼には何も分からない。

けれど、わかることもある。その声は、その叫びは、確かに地上から天へと向けられた怒りの咆哮であったのだ。

 

人類の歴史は幕を閉じた。残された一握りの人々は絶望に濁った瞳でその結末を受け入れている。―――否である。世界のどこかで諦めを踏破しようとしている誰かがいる。理不尽な結末にブチギレている誰かがいる。その事実が彼の身体を動かした。

 

もう人類には逆転の目も、生存の目もない。あらゆる活動は何の成果も現わさない。けれど、その上でみっともなく、彼は過去の記録を漁ろうとしていた。片道切符の燃料で、旧式の自動二輪に跨って白い世界と化した荒野を走る。

 

それが人間。それが人類。それが誰でもない彼が最後に認め、一人の少女が最後まで守ろうとするものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立香の朝は早い。汎人類史最後の砦‐虚数潜航艇シャドウ・ボーダーの中にあっても立香の体内時計は狂わない。午前5時に目が覚める。寝台から起き上がり上体を反らして身体を伸ばす。ちなみに立香は寝る時は下着は付けない派‐寝間着の下で人並みはある胸が揺れた。

 

「フォウ君。おはよー」

 

枕の横で丸くなっていた白い小動物‐フォウ君に声を掛けるがフォウ君はまだお眠の様で返事はない。身体を揺する立香の手を邪魔だと思ったのだろう、尻尾でテシテシと叩いてくる。立香はフォウ君を起こすことを諦めて着替えを始めることにする。

潜航艇‐船であるが故にスペースの限られるシャドウ・ボーダーではあるが汎人類史最後のマスターであり、現段階のシャドウ・ボーダーにおいて最大戦力を有する立香には狭いながらも個室が与えられている。他の一般職員は四人部屋だというのに、立香は恵まれた環境に申し訳なさを感じながらも感謝してクローゼットを開ける。

 

「オッレンジ、オッレンジー。ラッキーカラーはオレンジだよー」

 

時間の概念から切り離された虚数領域にあるシャドウ・ボーダーには勿論テレビもラジオもない。そんな誰に聞いた占いだという突っ込みを入れる者が誰もいない空間で適当な事を言いながら立香は着替える。ボディラインの協調されるオレンジ色のスーツ。魔術礼装・カルデア戦闘服に着替え終えた立香は部屋を出た。

このシャドウ・ボーダーが外見のわりに意外と広いことは乗り込んだ初日に行った探検で知っていた。なんでも空間を湾曲して空間を確保しているらしい‐難しいことは立香には分からない。空間×2? ともかく意外と広い船内を歩く。ただ広いと言っても限りはあるので目的の場所には直ぐに辿り着いた。

 

「おじゃましまーす」

 

返事も待たずに部屋に入る。その部屋には色々な機械に繋がれたカプセルが置いてあり、カプセルの中で1人の美少女が眠っていた。その美少女の名は‐ダ・ヴィンチ。そうカルデアで立香がお別れも言えないまま消滅してしまった万能の人‐ダ・ヴィンチである。ただし、外見からわかるように今まで立香が一緒に冒険をしてきたダ・ヴィンチ本人ではない。万能の人が“こんなこともあろうかと!”と用意していたスペア(ロリ)ボディ。ホームズ曰く低燃費故に低出力らしい“新しいダ・ヴィンチちゃん”だ。

 

以前のダ・ヴィンチの記憶を知識として引き継いでいるらしい新しいダ・ヴィンチ。なら、どうであれ立香にとっては“大切なダ・ヴィンチちゃん”。

 

彼女はこのシャドウ・ボーダーの要であり、虚数潜航を行っている間はその演算制御の為、こうしてカプセルの中に居なければいけないらしい。たまにカプセルの中で目を覚ましていることもあるが、今日は目を覚ましていない日の様なので立香は起こさないようにコソコソとダ・ヴィンチの様子を伺うことにする。

 

「ああー、ダ・ヴィンチちゃんは可愛いな。前の大人のダ・ヴィンチは綺麗だったけど、ロ・リンチちゃんはかわゆいよー。早く虚数空間からでて一緒にお風呂に入ろうね!…っ、静かにしなきゃだった…」

 

人としてギリギリアウトなことを言いながらダ・ヴィンチの寝顔を堪能した立香は部屋を後にする。寝ているようにみえるが今も仕事をしているダ・ヴィンチの邪魔をすることは立香の本意ではない。

 

次に立香が向かうのは司令室兼操舵室(コックピット)。先ほど同様にさほど離れていない距離をスキップする。

 

「おはよーございまーす!」

 

司令室兼操舵室に着いた立香は元気よく片手を突き上げながら挨拶をする。早朝だというのに詰めていた職員たちは立香を出迎えながら各々に返事を返してくれた。立香はその一人一人に二度目の挨拶をしながらキョロキョロとあたりを見渡す。どうやらまだ此処にはゴルドルフもホームズも偉い人は誰もいないらしい。‐厳密にいえばダ・ヴィンチの意識が存在しているが‐立香は早起きは得だとはしゃぎながら一番大きな椅子‐船長が座る椅子に腰かける。

普段、この席に座っているゴルドルフはまだ来ていない。立香は無駄に大きな椅子に身を預けながらボーっとする。どれくらいボーっとしていただろうか、気が付けば立香の膝の上にフォウ君が乗っていた。

 

「えへへー、寝坊助フォウ君めー」

 

立香が膝の上で丸くなっていたフォウ君を弄り始めると、フォウ君は抵抗する様に立香の顔を肉球でテシテシと叩いた。どれくらいそうしていただろうか―――立香は気が付けば眠りに落ちていた。

フォウ君は“二度寝してんじゃねぇ”とでも言いたげな鳴き声を上げていた。

 

 

「ええい、いい加減にせんかヘボ探偵!なぜ浮上しない!もうとっくに安全圏に脱しただろう!」

 

 

立香はそんな声で目を覚ました。寝惚け眼を擦り時計を見る。寝ている間に何時の間にか午前7時を回っていた。そして、気が付けば立香の寝ていた椅子を挟んで新所長‐ゴルドルフと名探偵‐ホームズが何やら口論をしていた。寝惚け少女の頭にはその内容が入ってこない。いや、たとえ意識が覚醒していたとしても立香がホームズの話を完全に理解できたかどうかは疑問だ。何やら難しい単語が飛び交っていた。‐まあ、二人の口論(ホームズにやり込められるゴルドルフ)は最近よく見る光景だったので立香は気にするのを止めた。

 

とりあえずゴルドルフが来たので立香は彼の椅子から立ち上がる。ゴルドルフの身体が驚いたようにビクリと震えた。

 

「ふお!?な、なんだ起きていたのか…ええい、ならば一声かけてから立ち上がらないか!それに私の船長席に毎度毎度勝手に座るんじゃない!」

 

「ゴルドルフさんがいない間だけだからいいじゃん」

 

「よくない!いいか、このボーダーの船長である私には相応の威厳と言うものが求められるものなのだよ。君の行為はそれを損なう行為だ」

 

「あは、あはは、なに言ってるのゴルドルフさん。ゴルドルフさんの威厳はそのでっかいマシュマロみたいな身体(ボディ)で十二分に事足りているんだよ?威厳十分。御利益十二分だよ」

 

「………それ、褒めてないよね?」

 

「えー、褒めてるよー。ねー、マシュ」

 

寝ている間に傍に来ていた立香の可愛い後輩は苦笑いをしていた。

 

珍妙な言い回しではあったが、どうやら褒めているらしかった。短い期間ではあるが立香と接し、ゴルドルフはそういったことで立香が嘘を吐かないことを知っていた。立香はこの年頃の少女としては極めて普通に“うざい”や“嫌い”と感情をあらわにするタイプだ。だから、普通に傷つくのだが‐ともかく今は立香が自分の味方なのだろうと考えることにしたゴルドルフは畳みかけるように言う。

 

「そうだ。君からもホームズに言ってやりたまえ。我々は何時までこの虚数空間を漂っていなければならないのだと!こともあろうにコイツは世界が滅びたなどとデタラメを言っているのだぞ!」

 

2017年‐世界は“漂白”され滅びた。しかし、それは世界の“漂白”が明るみに出る前にシャドウ・ボーダーに乗り込み虚数空間へと退避‐以降、虚数空間に留まっていた立香たちは知る由もないことだ。ゴルドルフの様に信じられなくて当然。ホームズの様に計器の反応を見て推測‐推理して正解を確信できることの方が異常なのだ。

立香はゴルドルフの言葉を受けて、ホームズの方を見た。人類史上最高の名探偵は容易に答えを口にしない。口にしている時点でそれは確固たる事実なのだろうと‐立香は理解する。

 

「………世界は、滅びてなんていないんだよ」

 

「それ見た事か!コイツもそう言っているのだ!世界が滅びる筈がない!」

 

()()()()()()()()、世界は滅びてなんていないんだよ」

 

「そうだ!我々が最後の………え?」

 

ホームズに詰め寄る梯子を外されたゴルドルフは振り返り立香の顔を見る。立香は目を見開きながら、強がりを口にしていた。奥歯がギリリと音を立てている。

 

「え?いや、そんな顔で強がりを言うの?おまえさん、絶対に負けを認めないタイプじゃなかったの?」

 

ゴルドルフからすれば強がりを言うことは事実上の敗北宣言だ。立香の狂気じみた激情を垣間見たゴルドルフとしては絶対にそんな言葉を口にしないと思っていた。

ただゴルドルフと立香の考え方は少しだけ違った。

 

「やダナー、負けてないですよ。強がりを言えるほどまだ強いんですから、負けじゃない。負けるのは全部を諦めたときだけ!私はまだ何も諦めてない。そこんトコロを理解してもらえなくちゃ立香ちゃんは激おこぷんぷん丸だよ。ぷんぷん」

 

激おこぷんぷん丸な立香は怒りを鎮める為に傍にいたフォウ君を抱き上げて白い毛並みに顔を埋める。‐駄目だ。治まらない。前足でテシテシと頭を叩かれた。仕方がないのでフォウ君を床に下ろして、立香は傍にいた可愛い後輩‐マシュの胸に顔を埋めることにする。

 

「マシュ、慰めてー、はわわ、マシュのマシュマロは柔らかいなー。おっきいなー。まさしくマシュマシュマロだねー」

 

「え…ちょ!?先輩っ、こんな皆さんの前でそんな、せめて人のいない所で…で、ではなく!今は真面目な話の最中ですよ!?せんぱーい!?」

 

なんかもうめちゃくちゃだった。色々と酷かった。桃色の波動が乱れる光景を目の当たりにしたゴルドルフは逆に冷静さを取り戻しながら、ホームズの説明に耳を傾けることにした。

ホームズはゴルドルフがこうなることを予測して立香がマシュとイチャコラし始めたのかとも考えたが‐たぶん違うので考えるのは止めた。

 

その後、ホームズの説明により関係性という“楔(アンカー)”が無ければ浮上できない虚数空間を航行するシャドウ・ボーダーが、唯一浮上できる場所は“漂白”された世界でシャドウ・ボーダーを知り、また立香たちも知っているという相互関係性の結ばれた相手‐白い皇女のサーヴァント‐アナスタシア‐並びに殺戮猟兵(オプリチキニ)の存在する座標。つまりは敵の本拠地だと言う事が判明。

また今まで生体ユニットとしてシャドウ・ボーダーの演算を担っていたダ・ヴィンチの計算により、その浮上のタイミングは今しかないことがわかった。

 

これによりシャドウ・ボーダーは現段階より虚数空間より浮上。―――つまりは反撃を開始する。

 

「やっほーい!戦だ戦だ!優秀な立香ちゃんはちゃんとカルデアの残ってた資料から(クリプター)の情報を見たもんね!森君風に言うなら、あの普通そうな子は一点!凄そうな子は三点!超凄そうなのは百点でどうかなっ!勿論、生死問わず(デッド・オア・アライブ)!」

 

「まま待て、浮上するなら、シートベルト、シートベルト!総員、席に座れ!怪我などで脱落するな!藤丸立香、貴様もだ!車内であればシートベルト一つで大事にはならん!私の経験則だからな!」

 

「わー、ゴルドルフさんが船長みたいなこと言ってる。プークスクス、かっこいー(棒)」

 

「みたいも何も私は船長だからね!?そしてやっぱり君は私が嫌いだよねぇ!?」

 

―――反撃は始まった。これより、立香たちの向かう世界は弱肉強食の理論を突き詰めた永久凍土の世界。絶え間ない雪嵐‐産み落とされる魔獣に対抗する為、人が進化を遂げた歴史。脆弱さは邪悪であり、死は敗北であり、強靭さこそが正義と称えられる異聞(いぶん)

 

異聞深度:D『永久凍土帝国アナスタシア』 開幕。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虚数空間(トンネル)を抜けるとそこは白銀の世界だった。‐否。情報は適切に表現しなければならないだろう。一面の銀世界どころではない。シャドウ・ボーダーが浮上した緯度経緯共にロシアの大地である筈の世界には修正液で塗り潰したような風景が広がっていた。

 

雪雪雪。絶え間ない雪嵐。外気温マイナス100度の極寒の世界。人類の健全な生存など望むべくもない環境。

 

その光景を目にした一同は文字通り身が震えた。故に行動は迅速を貴ぶべき状況。既に食糧面で猶予の限られていたシャドウ・ボーダーが浮上した先が生物の生息が困難を極める極寒の世界だと知ってすぐ、シャドウ・ボーダーの頭脳であるダ・ヴィンチとホームズの二人はゴルドルフに立香と彼女のサーヴァント達による周囲の情報及び食糧の収集を進言。“立香を自由にする”ということに不安感を抱いているゴルドルフであったが、太っちょ紳士たる体型維持の為に食糧の確保は彼としても急務であり一度考えながらも要請を受理。

 

立香は単身で極寒の世界に向かうこととなった。

 

それに対してマシュは自分も着いて行き力になりたいと言おうとして、けれど言葉にはできなかった。今のマシュにはデミ・サーヴァントとしての力が少ししか残っていない。短時間ならまだしも長時間の戦闘には耐えられない。あるいは立香に誰でもない彼から貰った力がなければ、ホームズとダ・ヴィンチもそんなマシュを危険だと知りながらも立香と共に送り出すしかなかっただろうが、今の状況はそうではない。立香にはチカラがある。だから、単身での極寒の世界の調査が許されたのだ。

 

でも、それでもと自分も一緒に行くと口にしようとしたマシュの脳裏に浮かんだのは‐自分を守り消滅してしまったカルデアのダ・ヴィンチの姿だった。次はない。もう次はない。それを知るからこそ悔し気に唇を噛むマシュを立香は出立の前に優しく抱きしめて、言った。

 

『マシュ。行ってきます』。まるで妹を思う姉の様な、本当に優しい声だった。立香は笑う。優しく笑う。楽しそうに笑う。その笑顔にマシュは‐『行ってらっしゃい。先輩』と言葉を返すしかなくなった。

 

こうして立香は単身、魔術礼装‐極寒地用カルデア制服に身を包み極寒の世界に旅立った。

 

 

―――それが数日前のことである。

 

 

「魚魚魚―、さかなーをーたべーるとー、頭頭頭―、あたまがーおかしくっと、獲物を発っ見―。残念ながら蜥蜴です。さて、クイズです!ムニエルさんの郷土料理を食べるのはいつになるのでしょか!」

 

極寒の世界で蠢く魔獣。()()()()()()()()()()、基本は常時平常運転の立香は()の頭をテシテシと叩いた。無論、彼の頭は痛まない。なんなら立香の手が痛くなるくらいだ。

 

見下ろされた魔獣。本来ならうら若き乙女である立香の柔らかな肢体を容易く引き裂くことが出来る魔獣は‐彼の手により叩き潰される。立香は飛び散った魔獣の血を気にすることなく彼の肩から飛び降りると魔獣の肉片を集め始める。これは食料。シャドウ・ボーダーで立香の帰りを待つ皆の大切な食糧。だから、手を休めることなく魔獣の肉片を片っ端から背負う天才印の特製特大バッグに詰め込んでいく。そして、積み込み終えると彼の名を呼んだ。

 

「積み込み完了!また肩に乗せてー、バベッジさん」

 

「了解した。我が手に乗り給え」

 

立香の呼びかけに答え‐極寒の世界で起動する巨大ロボ。もとい、蒸気王‐チャールズ・バベッジは蒸気を噴き上げながら巨大な手を立香の前に差し出した。立香はその手に乗りバベッジの肩の上に帰還する。

立香を肩に乗せ、バベッジは進行を開始する。

 

蒸気王‐バベッジのスキル‐『機関の鎧』。それは彼の宝具‐渇望と夢想とが昇華された固有結界より生み出された全身機械鎧であり、バベッジは常にそれを身に纏っている。

故に彼の行動には常に駆動音と蒸気が発生する。

 

バベッジの歩みは蒸気を巻き上げ周囲の雪を少なからず溶かしながらの進行であり、歩を進める度に鳴る駆動音は辺りの魔獣たちに自分たちの存在を知らしめながらの進軍であった。

 

そして現れる魔獣たちを文字通りの鎧袖一触にする様はまさしく“王”そのものであり、だからこそ、数日前より立香とバベッジの存在に気が付きながらも近づくことが出来ずにいた()()は、今日も魔獣を狩り去っていく二人の姿を見送ることしかできなかった。

しかし、()()を荒らされた彼らの怒りは強い。

 

―――彼ら(ヤガ)の爪と牙は既に研がれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 





アンケート機能と言うものを使いたくて使ってみました。
アンケート次第で今後の展開が変わったり変わらなっかったりするかもしれません。



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立香ちゃんは許さない②


皆様の暇つぶしになれば幸いです(__)




 

 

シャドウ・ボーダーを中心に立香の持つ通信機の通信可能領域の探索。南に向かい。西に向かい。東に戻り北に行く。そうして周囲の探索・調査を行うこと数日‐極寒の世界で魔獣の肉ではあるが食糧事情の安定。並びに危険因子の排除を可能にした立香たちの非日常は比較的、普通に受け入れられるものに成っていた。

だから、だろう。新所長‐ゴルドルフは名探偵‐ホームズによる広範囲を対象とした探索の要請を突っぱねていた。

 

『いやいやいや、君ぃ。折角、この周囲に危険がないことが証明されたのだ。もう少し、そう、もう少し食糧やら何やらを集めるべきだろう?それにもしかしたらもう少し待てば我々同様に世界の“漂白”から逃れた者が現れるかもしれない。もしくは君たちが可能性を示唆した汎人類史から呼び出された英霊が現れるかも知れない。だから、まだ、時期尚早だろう』

 

ゴルドルフの変わらない返答にホームズは何度目か分からないため息を吐きながら現状維持なら少し休ませて貰おうと司令室の席を立つ。

 

向かう先はダ・ヴィンチのいる電算室。

虚数空間より脱しカプセルより出て船内を自由に動き回れるようになったダ・ヴィンチは私室としている電算室の中で何やら機械を弄っていた。それは何だ?‐と問うホームズに対してダ・ヴィンチは可愛らしく笑う。

 

「なに、今のうちに出来ることをやっておこうと思ってね。そっちはどうだったのかな?どうせゴルドルフ君はまだ動く気はないんだろう?君の顔を見ればわかるさ」

 

「…そうだ。どうやらゴルドルフ氏はボーダーでの生活を意外と気に入ってしまったらしい」

 

「あはは、確かに現状ではボーダー内にいれば危険はない。レーダーに空調設備もある。司令室の椅子のスプリングが若干硬いことを除けばボーダーは完璧さ。流石は私だね」

 

可愛らしいドヤ顔をするダ・ヴィンチにホームズもまた同意する。二人が作り上げた虚数潜航艇シャドウ・ボーダーはあの限られた時間で作り上げられるものとしては完璧だった。完璧に過ぎた。そして、そこに6騎のサーヴァントを有する立香という戦力が加わることで停滞を呼ぶ。安全・安心・安寧。素晴らしい。‐だが、それは凡人を容易に堕落させる。

“何もしなくなり何もできなくなってしまう”。‐今のゴルドルフがそれだ。完璧故に理想的な展開のみが続く現状を経て、思考もまた楽観的なモノへと流される。

 

“良い事が続いているのだから、幸福が訪れるに違いない。”

“たとえば、そう。()()()()()()()()()()()。”

 

ホームズは断言したい。それはない。絶対にない。だが、しかし、その考えは彼の頭脳の中にだけある納得でしかない。故に‐君はどう思う?と問いかけるホームズに対してダ・ヴィンチは少し眉を下げた。

 

()()()()()()()。いや、私としても現状維持には反対さ。今は安定しているけど、此処は敵地だ。必ずピンチはやってくるものさ。ただ藤丸ちゃんなら、そのピンチをチャンスに変えちゃうかもとも思うのさ」

 

「ピンチをチャンスに…ふむ、確かに彼女の旅路は常にそうあるものだった。ならば今回も、か。…ダ・ヴィンチ。そう言えば私は一つ、疑問に抱いていることがある。何故、彼女は森長可や魔王信長ではなく、バベッジ卿を選んだのか」

 

ホームズの上げた疑問にダ・ヴィンチは首を傾げた後、揶揄うような可愛らしい声で答える。

 

「おいおい、そんなことは解りきっているだろう?この極寒の地で活動可能なサーヴァントとしてチャールズ・バベッジは最適解さ。何せ彼は常に『機関の鎧』を着こんでいて寒さとは無縁。それに彼の傍にいれば蒸気で温めて貰える。その上、急な潜航で傷んだ魔術と科学の融合体であるボーダーの修理にも彼の知識は多くに役立ったものさ。だから、私たちは藤丸ちゃんの決めたことに口を出さなかった………あ」

 

「そう。()()()()()()()()()()()()()()。さて、藤丸立香は此処まで的確に状況判断のできるマスターだったか?いや、成長したのだろう。数多の旅路を経た彼女を昔の彼女と比べてはいけない」

 

立香は成長した。‐それはいい。絆を結んだ英霊を理解している。‐それもいい。その上で適切な判断を下せている。‐素晴らしいことだ。だが、しかし‐ホームズの続く言葉にダ・ヴィンチはなぜこんな簡単な疑問に気が付かなかったのだろうと唸った。

 

それは成長と呼ぶにはあまりに歪で、理解とは到底かけ離れたもので、独断は適切ではない判断だ。‐少なくとも彼らの知る“立香”なら。

 

「だが、私たちの知る彼女なら、私たちに助言の一つでも求めてくれていただろう」

 

「…もったいぶるなぁ。君がそこまで言葉にしたんだ。答えは出ているのだろう」

 

気付いてしまえば当然の疑問にホームズは答えを出す。

 

「彼女が我々の為に戦おうとしていることは明白だ。そこに疑問を挟む余地はない。だが、その過程における彼女の考え方は、我々、いや、この場合はマシュ嬢と言うべきだろう、()()()()()と相容れないと判断したのだろう。だから、我々に助言を求めない。そして、彼女に助言を与える存在は6騎のサーヴァントの中に存在している」

 

「それは誰かな?」

 

「彼女が誰を抱えているのか、それを何故か秘している今の段階では“私たちの知る誰か”としか言えないだろう。少なくともカルデアのデータサーバーに記録された彼女と絆を結んだサーヴァントではあるだろうからね」

 

ホームズの理論にダ・ヴィンチは一応の納得を示しながらも、やれやれと両手を上げ首を横に振り小馬鹿にした様子で可愛らしく否定の言葉を口にする。

 

「どうやら君は一つ勘違いをしているらしい。まあ、そこがシャーロック・ホームズがシャーロック・ホームズたる部分ではあるのだろうけどね」

 

「ほう?私の推理が間違っていると?」

 

「いや、完璧さ。藤丸ちゃんの後ろに良からぬ入れ知恵をしようとしているサーヴァントが居るという君の推理は正解なんだろう。けど、動機の部分が少し足りないんじゃないかな。彼女は我々に気を使っているのさ。君にも経験くらいはあるだろう。自分を過信してしまったことが…ね」

 

ダ・ヴィンチの言葉にホームズは嫌な事件を思い出したとでも言いたげな彼としては珍しい苦虫を嚙み潰したような表情をした後、‐ああそうかとダ・ヴィンチの言いたいことを理解した。

 

そう。事は全て立香が二人に要らない気を使ったことが原因。しかし、その原因の原因が事だけに強くは責められない。カルデア襲撃時、自分でも手の届く範囲のことを行おうとした立香は、意図せずにダ・ヴィンチの手を借りようとしたことで‐彼女を失った。その時の激情は、後悔は、“新しいダ・ヴィンチちゃん”が現れた所で未だに立香の中に残っている。

 

だから、進んで頼ろうとしなかった。自分で、自分たちでやりきろうとした。そして、そんな立香の思いを称賛して手を叩いたサーヴァントが居た。彼女にとって努力とは何より貴ぶべきもので、だから“光栄に思うがよいぞ!“と皇帝にまで上り詰めた、些か歪んではいるが間違いなく優秀な頭脳で立香に知恵を貸したりしていた。そうなると立香は簡単に調子にのる。その結果が、これである。

 

皆が気が付かない所で気を遣おうとした立香は、自分が気が付かない所で皆に迷惑をかけていて、しかも、気を遣おうとしていたことを見抜かれた。後日、それを知った立香は穴に入りたくなるほどの羞恥を味わうのだがどう考えても自業自得なのでどうでもいい。

 

考えるべきは立香に知恵を授けた彼女の考えである。

 

極寒の世界における6騎の内で最も適切なサーヴァントの選抜。上と下とが明確に区分された国において皇帝にまで上り詰めた彼女の策謀がその程度で終わる筈が無かった。

 

移動と行動に蒸気と駆動音を巻き上げる‐バベッジ。絶対零度の世界において目立つ他にない彼を選んだ彼女の意図は、丁度、その瞬間に明るみにでた。

 

シャドウ・ボーダー内に立香の異常事態を知らせる放送が流れる。

 

《はわわー!?なんか囲まれてるよー!?なに、あれ。狼男かも!?》

 

ホームズとダ・ヴィンチは何処かで童女が笑う声を聞いた。‐にぱ☆。

 

 

 

 

 

 

 

 

零下100度の極寒の世界に適応した新人類。この異聞における人類の名は“ヤガ”。人と魔獣の混成である彼らの外見は立香の言う通り人狼の様だった。寒さに耐える毛皮を纏い、鋭い牙と爪を持つ人間。性能(スペック)だけで見れば、立香達を()()()と呼べるほどには優れた新人類ではあった。ただし、本当にヤガが優れているだけならばこの異聞は切除されなかった。

 

ヤガは優れていたが、同時に燃費が悪いという欠陥を抱えてもいた。旧人類と比べ10倍位以上のカロリーを摂取しなければ生存できない彼らは、生物の活動が著しく制限され畜産も農作にも適さないこの世界において、唯一適応した人類でありながら文明の進化には適さない。故に消し去られたこの異聞。

 

そして、ここまで説明をしたのならヤガ達にとって立香とバベッジが魔獣を狩って回っていた場所‐彼らの“狩場”がどれだけ大切なものだったかは説明しなくてもいいだろう。

 

ロシア異聞帯はもうすぐ本格的な冬の時期に入る。ただでさえ強く吹き荒れる雪風が更に強くなる。そうなる前にヤガ達は備蓄をしなければならなかった。生きる為に魔獣狩りをしなければならない。それが彼らの生きてきた歴史‐そこに割って入ってきた者たちにかける情けを彼らは持たない。

 

魔獣を蹴散らす鋼鉄の巨人。それを操る魔術師。それらに対する恐怖はあった。

しかし、もうこれ以上、狩場を荒らされればどちらにせよ彼らに生存の道はない。

覚悟を決めてヤガ達は武器を取った。

 

「はわわー!?なんか囲まれてるよー!?なに、あれ。狼男かも!?」

 

「周囲に生命反応を多数確認。どうする、端的に言って貴様は狙われている。魔獣たち同様に蹴散らすか」

 

「うん!って言ったらバベッジさんは私を地面に落す癖に、言葉が通じそうだし蹴散らさないよ。ふんわりメレンゲホイップだ!」

 

「理解不能。端的に言って私には貴様の命令の意味が分からぬ。“ふんわりメレンゲホイップ”とはどんな意味を持つのか説明を求む」

 

「優しく甘々に小突いてあげて♪」

 

「承った」

 

その覚悟は、結果的に言えば全くの無駄で終わる。当然だ。ヤガがいくら優れて居ようとサーヴァントには届かない。牙を剥き出し爪を研ぎ武器を持ち立ち上がったヤガ達は少女を肩に乗せた鋼鉄の巨人に成す術もなく敗北を喫した。

それは考えれば当然の帰結であり、場を荒らして現地民との関わりを持つ。“武力を以って(わらわ)たちの威光を示してやるのじゃ!”と考えた、立香のちょっと悪役よりの頼れる頭脳(ブレイン)の目論見通りの展開だった。

 

ただその先‐現地民たちとの戦闘の余波により呼び起こしてしまった存在の対処は、流石に予想外の展開だった。

 

「接近する熱源反応。巨大である」

 

「ほえ?バベッジさん。どしたの突然?」

 

「貴様も周囲の者達も警戒せよ!」

 

元々少女たちの手により荒らされていた魔獣たちの縄張り‐さらにそこで大勢のヤガ達が遠吠えを上げたことで“縄張りの主”が動き出した。

 

―――大地を揺らす咆哮。

 

多頭の大蛇の魔物が現れた。村一つなら平気で潰すことの出来るこの異聞においても脅威とされる魔物の乱入に、ヤガ達は震えた。

 

「な、“ジャヴォル・トローン”だ!くそっ、音を出し過ぎたんだ‼」

 

「あのデカ物にも勝てなかったのに、あんな化け物相手にしてられるか!俺は逃げるぞ‼」

 

「でもそれじゃあ、俺達の狩場が!?」

 

「命あっての物種だろうが‼お前が相手にできるってのか!?」

 

混乱の極みに陥ったヤガ達が次々と逃げ出していく中で一人のヤガは銃を抱えたまま鎌首を(もた)げるジャヴォル・トローンを見上げていた。“彼”の中の本能が逃げられないと理解していた。ヤガ達の身体能力は高い。だが、それは先ほど鋼鉄の巨人に勝てなかったことからも分かるように絶対ではない。対して、彼の中でジャヴォル・トローンは絶対だ。村一つを平気で潰す怪物。そんな相手に鋼鉄の巨人との戦いで消耗した状態で出会った時点で自分たちの命運は尽きていたのだと彼は悟る。

 

強食を突き詰めた異聞(せかい)。そこに置いて“死”は何の価値もない。生者の腹を満たすだけの“屑肉”でしかない。弱肉にも成れない。

 

「(そうか、俺はそれに疑問を持つから)」

 

ジャヴォル・トローンの頭の一つが彼に向かってくる。目の前でジャヴォル・トローンは口を開けた。

 

「(周りの連中と、噛み合わねぇ訳だ)」

 

彼の視界が鋭い白色と悍ましい赤色で満たされる。

 

「死にたく、ねぇなぁ」

 

年老いた母親の姿を想いながら一人の若いヤガがそうして命を散らした。

‐その結末を止めたのは荒々しく武骨なまでに巨大な鉄塊だった。

 

「…は?」

 

鋼鉄の巨人の持つ鉄塊がジャヴォル・トローンの頭を殴り飛ばす。殴られたジャヴォル・トローンの頭は飛んだ。彼にとって絶対である化け物が悶絶の悲鳴を上げている中で、嗤い声が響いた。それは古い書物の中にしか存在しない清々しい空に響く遠吠えの様な嗤い声だった。自分の“絶対”を信じて疑わない子供の様な嗤い声だった。

 

彼が目を向けた先で鋼鉄の巨人の肩に仁王立ちしている少女は‐嗤っていた。

 

「あは、あはは、アハハ!駄目だよ。私が救うと決めたんだから殺すことは許されないのだー!やっちゃえ、キャスター!」

 

その掛け声は常識的に考えて頭脳で戦う筈のキャスターに掛けるものではなかったが、仁王立ち少女‐立香のキャスターは世にも珍しい鋼鉄の塊(アイアンメイス)を振り回して戦うキャスターであったので、ヤガ達を守れというマスターの命令に彼は嬉々として従った。

 

「承った。この身すべては妄念と夢想に過ぎず、故に貴様の世界を憂う者である。鋼鉄にて、狂気満ちる貴様を導かんとする者である。想念にて、有り得たる貴様を導かんとする者である。蒸気圧(じょうきあつ)解放(かいほう)

 

鋼鉄の巨体が動き出す。蒸気を噴き上げ動き出す。

 

“チャールズ・バベッジ”。

十九世紀の数学者にして科学者。世界の変革を夢見た蒸気王。現実世界における彼は‐志半ばにして死んだ。“階差機関”も“解析機関”も完成しなかった。時代の狭間に消えた“有り得た未来”の夢を世界に残し、彼は死んだ。

そして、だからこそ現界した彼は思う。有り得た未来を異形の鋼鉄として身に纏い‐夢想した未来を宝具として‐自分の肩に乗る少女を思う。

 

“我が空想世界には、争いはなく発展と繁栄のみがある”

 

‐そう語って聞かせた時の少女の笑顔を思う。

 

「『絢爛なりし灰燼世界(ディメンジョン・オブ・スチーム)』」

 

異形の世界の大偉業‐創造へ叛逆する万物破壊の固有結界。そうしてバベッジはジャヴォル・トローンを数多の肉片に変えた。

 

 

 

 






沢山の感想ありがとうございます\(^o^)/




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立香ちゃんは許したくない①


皆様の暇つぶしになれば幸いです(__)

※原作の立香ちゃんが絶対に言わないことをサーヴァントに対して言っています。





 

 

 

 

ロシア異聞帯‐零下100度を下回る極寒の世界に適応する為に魔物と人間を掛け合わせることを選んだ世界。そうして生まれた新人類‐ヤガ。彼らは突如現れ自分達の“狩場”を荒らした立香たちに戦いを挑み、敗れ、そして()()()()

 

少なくともそう考えるヤガの若者‐パツシィは多頭の蛇の魔物‐ジャヴォル・トローンの肉片の雨が降る中、それを成した立香とバベッジに恐怖を覚え他のヤガ達が逃げ出していく中で、ただ一人、最後の瞬間まで立香とバベッジの戦いを見ていた。

 

圧倒的だった。圧倒的な蹂躙だった。そして、パツシィはその蹂躙に魅入られた。自分が絶対と信じたものが容易く砕かれる瞬間は逃げることも忘れて見入るに十分な光景だった。

 

ジャヴォル・トローンの蹂躙を終えた立香とバベッジがパツシィに視線を向ける。バベッジの巨体がパツシィに近づいてくる。

 

鋼鉄の巨人の肩に乗る少女の視線が自分に突き刺さっているのを感じた。

巨人の歩みを遅く感じる。聞こえてくる異音の度に逃げ出しそうになる。それでもパツシィがその場に留まることが出来たのは彼の他のヤガからは異端とされた考え方が故だった。

 

弱肉強食を突き詰めたこの異聞(せかい)において、パツシィには“死”が無意味だとは思えない。生きることの為に全てが許される世界で、自分が生きること以外にも大切なものはあるのではと考えてしまう。()()がなんなのかをパツシィは知らないが、立香は知っている。

 

‐だからだろうか。自分たちを恐れ、自身の生を優先し逃げ出したヤガ達とは違い、その場に残り自分達にお礼を言ってきたパツシィに立香は笑顔を返した。外見がまるで違うが故に美的感覚を共有できない新人類と旧人類ではあるが、パツシィは立香の笑顔を何故か美しいと感じた。

 

「こんにちは。私は立香。あなたは誰?」

 

「…パツシィ。あんたは、ヤガじゃないよな。“旧種”、人間か。皇帝(ツァーリ)のコルドゥーンと同じ」

 

皇帝(ツァーリ)。あは、あはは、アハハ!知ってるよ。皇帝(ツァーリ)の威光を遍く全てに!だよね。ねえ、パツシィさん。私、知りたいことが多すぎて困ってるの。助けてくれると嬉しいなっ!」

 

皇帝(ツァーリ)という言葉を聞いた瞬間に表情を変えて嗤いだした立香に対して若干引きながらもパツシィは答えを返す。

 

「…いいぜ。ただそれでさっきの借りはチャラだ。それでいいな」

 

「うん!」

 

それからパツシィが語ったことは立香たちが求めて止まなかった情報。

この国において500年間に渡り存命だという最古のヤガ‐“皇帝(ツァーリ)”‐イヴァン雷帝。古くからイヴァン雷帝に仕える為に存在する殺戮猟兵(オプリチキニ)。そして、最近になり王都に集い始めたという魔術師(コルドゥーン)。その魔術師(コルドゥーン)の中には()()()()()()()がいるという。

 

(クリプター)の居場所は判明した。この異聞帯が歩んだ歴史も理解した。もはや探索に掛ける時間は要らない。そこからの立香の動きは早い。すぐ様にでも王都に攻め込む。そう意気込み駆け出そうとした立香を通信を通して話を聞いていたホームズが止めようとする前にパツシィが立香を止めた。

 

「なあ!待ってくれ!あんた、皇帝(ツァーリ)と戦うつもりなんだろう。なら、叛逆軍と合流した方がいい。殺戮猟兵(オプリチキニ)のやり方にムカついて皇帝(ツァーリ)を倒そうとしている奴らが居るんだ。聞いた話じゃ、最近そこにも妙な奴が入ったらしい。会う価値はあるんじゃないのか」

 

パツシィの言葉で立香は止まる。少しだけ考えこむように首を傾げた後、立香は自分の傍にいる頭脳(ブレイン)に意見を聞こうとした。‐ところで、通信機を通じて可愛らしい声が辺りに響いた。一つだけ言っておこう。もしこの天才的に可愛らしい声が無ければ叛逆軍と立香が合流する未来はなかった。なぜなら立香の頭脳(ブレイン)は叛逆者とか、謀反者が嫌いだった。イヴァン雷帝を打倒しなければならない自分達を棚に上げて“謀反とかマジ無いのじゃ”である。叛逆軍など羽虫の集まりが彼女の考え方であった。

 

だから、その天使の如く天才的な可愛い声は今後の立香の行動を大きく救った。

 

《私を頼ってくれたまえ‼》

 

「ふぇ!?いまの声はダ・ヴィンチちゃん。急な大声に立香ちゃんの心臓はバクバクだよ?どうしたのかな?」

 

《えへへ、なにちょっと出番が欲しくなっちゃって。でだ、藤丸ちゃん。そこのパツシィ君の提案に乗ろう。敵の敵は味方さ。ここまで言うんだ。案内役はパツシィ君が買って出てくれるんだろう?》

 

「あ、ああ…なんだ、どこから声がすんだよ。まあ、けど、その通りだ。だが勿論、タダじゃねぇ。あんたらを案内する代わりに俺も無事に叛逆軍の元に連れていくと約束しろ」

 

「パツシィさんも叛逆したいの?皇帝(ツァーリ)に中指突き立てガッデムなの?」

 

「ああ、少し前までは皇帝(ツァーリ)の威光に従っていればキツイが生きられたんだ。だが、それも三ヶ月くらい前に変わっちまった。正直、冬を乗り切れるかもわからねぇんだ。なら、いっそ叛逆軍に加わった方がマシだ」

 

《よし!話は決まったね。藤丸ちゃん。まずはパツシィ君を連れてボーダーまで戻ってきてくれたまえ。それから叛逆軍の下に向かうことに‐ゴルドルフ君ちょっと黙っててよ。ホームズ。うん。いつまでも好きにさせる訳にはいかないだろう》

 

何やら通信機の先でゴルドルフが喚いている声が聞こえていたが、ホームズがゴルドルフに一言いうと消えた。立香には何を言っていたかは聞こえなかった。

 

「ダ・ヴィンチちゃん?なにかあったの」

 

《ううん。なんでもないさ。そういう訳だ。待っているから早く帰っておいで‐何なら戻ったら一緒にシャワーでも浴びるかい?》

 

「え!本当‼わーい。バベッジさん。パツシィさんを乗せてあげて!全速力でボーダーに帰還するよー」

 

「承った。我が手に乗るがいい。異なる世界の隣人よ」

 

「…え。…あんたに、乗るのか………わかった。握りつぶしたりするなよ」

 

こうして立香はパツシィと出会い、()()()()()()()()で叛逆軍の下へ向かうことになる。

 

 

 

 

 

―――それが正史。それが正道。それが正解。‐だというのに立香(にんげん)は何時だって失敗する。失敗を繰り返してきた。その繰り返しの中でダ・ヴィンチの言うようにピンチをチャンスに変えてきた。だから、今回の事もまたその一環である。‐筈だった。

 

立香が力を持つことで正史においてロシア異聞帯でパツシィと出会うタイミングが遅れた。叛逆軍と合流するタイミングも遅れた。けれど、世界の修正力とも呼ぶもののチカラにより、絶妙なタイミング。ギリギリのタイミングで合流することが出来るはずだった。けれど‐

それは後に記録を見れば明らかな失敗だった。そのせいで立香は叛逆軍と合流できずに、あったはずの出会いを台無しにした。けれど、それを責めることは出来ない。神のみぞ知る、でもない。神も知らない。知りえない。いつの時代もそれを見誤るからこそ、神は姿を消してきた。

 

「…なあ、散らばってるジャヴォル・トローンの肉塊を集めて、一度、村に寄ってもいいか。…母親が村に残っているんだ」

 

「お母さんも叛逆軍に参加したいの?」

 

「いや、あいつは弱い。叛逆軍になんて参加できねぇよ。奴らにも戦えない奴を養う余裕はないだろ。…だから、コレを最後にあいつに届ける食糧にしたい」

 

それは肉親を思うヒトの感情。それはヒトがヒトである証左。そして、‐往々にしてそれは奇跡を呼ぶと等しく悲劇を生む。

 

「ふーん。…いいねぇ。パツシィさんの今日のラッキーカラーはきっと白だねっ!。いいよー、お母さんも一緒に連れて行こう。叛逆軍が面倒をみない?残念!立香ちゃんが助けちゃいますからー」

 

 

 

 

 

 

 

パツシィの村。

 

皇帝(ツァーリ)に忠誠を示し、“狩場”を独占することで他の村々よりも比較的に食糧事情に余裕を持つその村には、だからこそ税の徴収に訪れる殺戮猟兵(オプリチキニ)が駐留していた。そして、パツシィ達のような若く強いヤガが居るのなら、その村を襲うには相当な労力を要する。少なくない犠牲も覚悟しなければならないだろう。

 

ただでさえ“叛逆”という“正義”を掲げる彼女にとって、皇帝(ツァーリ)に忠誠を示しているとはいえ、ただの村人である彼らに弓を向けるのは心が痛む‐その痛みの上に積み重ねられるかもしれない犠牲は、可能な限り減らしたい。その考えは真っ当なもので、だから、ギリギリのタイミングだった。

 

立香達がジャヴォル・トローンの肉塊を食糧として集めて居なければ、ギリギリのタイミングでパツシィの村へと、やむにやまれぬ事情により食糧の提供を強制的にお願いしようとする叛逆軍と、村にたどり着く前に合流することができた。

 

だが、しかし、そうはならなかった。

 

「ボス、どうやら情報通りに村の男衆は出払ってるみたいです。理由はわかりませんが…どうせ、独占している狩場での狩りでしょう。あの村の連中はその狩場の為に他の村の者を撃ち殺す様な連中だ」

 

「…憤りは収めろ。私たちは無駄な争いは望まない。だから、このタイミングでやってきたことを忘れるな。皆にも伝えろ。無益な血を流すことは許さない。特に子供に銃を向けるような奴が居れば私がハリネズミにしてやるとなっ!」

 

「ボス、ハリネズミってどんな魔物です?強いですか?」

 

「…やりにくいな」

 

黒い毛皮を纏った女性‐人理を救う為に世界が召喚したサーヴァント‐アタランテ・オルタ。

子供に優しい彼女は堪えるように顔を歪ませパツシィの村を見ていた。

 

「正義のための戦いとは、こんなに苦しいものだったか?」

 

答えはない。それでもアタランテ・オルタは弓を取らなければならない。彼女は叛逆軍とは名ばかりの行き場の無い弱き者達‐ヤガの常識からすれば見捨てるべき弱き者達、老人や病人や子供を捨てられずに意思弱き者達と迫害され行き場をなくした彼らを救わなければならない。

 

その為には食糧が必要だ。先日、殺戮猟兵(オプリチキニ)に焼き払われた隠し食糧庫には叛逆軍の集めた全体の三割にも及ぶ食糧が収められていた。それを失った。ヤガにとって食糧を失うことは死活問題だ。人間は水だけでも7日は生きられるが、ヤガは3日で死ぬ。老人や病人、子供であれば更に早く命を失う。それだけは‐彼女にとって避けなければならない最悪の結末だった。

無論、アタランテ・オルタもパツシィの村が飢えるほどの食糧を持っていく気はない。パツシィの村が食糧を必要以上に溜め込んでいることは調べが付いているのだ。だから、飢えない程度に奪う。だから、これは助け合いなのだと吐き捨てて‐自嘲した。

 

「とてもではないが子供に見せられぬ姿をしているのだろうな。今の私は………、行くぞ」

 

それでも弱者を救う為に。それでも前に進むために出した足は‐確固たる信念の為に出されたが故に止まることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

村の手前でパツシィが叫んだ。ヤガの目は人間よりもはるかに遠くを見渡す。

 

「なんだ、あの連中…っ、まずい。()()()()()()()()()()‼」

 

《藤丸ちゃん。こっちでも殺戮猟兵(オプリチキニ)の霊基を確認した。どうやら村で争いが起きているようだ》

 

火は燃える。炎に変わる。雪の世界ではあまりに不運な争いがあっさりと起きてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

叛逆軍を率いるサーヴァント‐アタランテ・オルタ。

 

彼女はホームズが推理した異星の神に対抗する為に召喚された汎人類史側のサーヴァント。つまりは立香の味方となる筈のサーヴァントだった。過酷な世界で生きるヤガ達‐その上に振り下ろされる皇帝(ツァーリ)の威光が幼い子供の命まで奪っているという現実に叛逆する為に弓を取った彼女の感性もまた立香が好む“英雄”そのものであり、だからこそ立香とアタランテ・オルタは共に戦うことが出来た筈だった。

 

白銀の世界を黒い魔獣‐魔猪(カリュドーン)の毛皮を纏ったアタランテ・オルタが疾走する。序だとばかりに周囲にいた殺戮猟兵(オプリチキニ)達を斬り倒しながら、鋼鉄の巨人‐バベッジに迫り、バベッジの肩に乗る少女‐立香に矢を向けた。振り下ろされる巨大な鉄塊(アイアンメイス)。矢が放たれる前に振るわれたバベッジの攻撃がアタランテ・オルタに迫る‐アタランテ・オルタは距離を取った。繰り返すこと五度目の攻防。

立香とアタランテ・オルタの視線が交差する。互いに言葉はない死線のやり取りにバベッジの蒸気が花を添える。死地が築かれていた。

 

何が悪かったかといえば、きっとすべてが最悪だった。タイミングも、互いの第一印象も、村人たちがかけた言葉すらも、悪かった。

 

アタランテ・オルタはパツシィの村に来て直ぐに駐留していた殺戮猟兵(オプリチキニ)達を制圧した。圧倒的な武力を見せつけた上での交渉にパツシィの村の村長は応じるしかなく、備蓄していた食糧の五割を叛逆軍に提供することなる‐寸前で立香とパツシィを乗せたバベッジが村に到着した。

 

そんな場面を目撃すれば、“相手は盗賊だ”と叫んだパツシィに非は無く、また立香もその言葉を信じた。無論、盗賊の頭目と思しき者がサーヴァントであったことに何も思わなかったわけじゃない。立香は戦う前に、何か事情があるのだろうと‐対話を試みようとした。

 

ただ、その瞬間に殺戮猟兵(オプリチキニ)の増援が現れた。しかも、村に駐留していた殺戮猟兵(オプリチキニ)より強力な個体だった。それをみた村長は叫んだ。

 

『や、やった…!皇帝(ツァーリ)はやはり、我々を見捨てていなかった!コルドゥーンの方も来てくださった!叛逆軍ども!恐れおののくがいい!皆殺しにされると思え!』

 

最近になり皇帝(ツァーリ)の元に集ったコルドゥーン‐旧種の魔術師のことは噂になっていた。だから、そう言われてしまえば立香がそうであると思ったアタランテ・オルタの考えは至極真っ当なもので、矢を番えたこともまた仕方のないことだった。アタランテ・オルタとの対話を望む立香に矢は放たれた。それが立香を射抜いていたなら、まだよかった。アタランテ・オルタの矢は確かに立香の肩を抉ったかもしれないが、それだけで命を奪うものではなかった。アタランテ・オルタ自身が動きを止める為だけに射ったもの。ただ、その矢から立香を庇うようにパツシィが飛び出した。

 

「ちっ、痛て…くそ、ぼさっとすんなよ!旧種って奴は、弱いんだろ!?」

 

目の前で守ろうとしていた者が射抜かれた。その時点で、立香はアタランテ・オルタとの対話を放棄した。プッツンした。怒髪(どはつ)(かんむり)()く、立香は吼えた。

 

「パツシィさん!?大丈夫、そうだね。よかったー。…マジ意味わかんないんですけどお、いきなりなにするの、話し合おうとか思わないの。…いいよ。うん、心まで獣に成りたいなら、付き合ってあげる‼ねぇ、バベッジさん‼」

 

「否定する。他の者が貴様に対し甘すぎる故に、私は叡智を捨てず猛る貴様を窘める者である。だが、目の前のサーヴァントの危険性は理解する。その危険性が貴様に危険を齎すなら、我が鋼鉄は全ての破壊を是とするものである」

 

「アハハ!結局、戦ってくれるってことだね。バベッジさんは優しいから大好きっ。パツシィさんは降りててねー」

 

心優しい鋼鉄の巨人は怪我人を降ろすと嗤う少女を肩に乗せたまま動き出す。巨体が異音を鳴らし蒸気を噴き上げる。単眼(モノアイ)が赤く光る。その光景は対する者すべてに恐怖を与えるものであり、叛逆軍のヤガ達は銃を向けて発砲した。無論、そんなものがバベッジの装甲に通じる筈もなく振りかぶられた巨大な鉄塊(アイアンメイス)で叛逆軍のヤガ達は殺戮猟兵(オプリチキニ)ともども吹き飛ばされる。それはバベッジがヤガの身体の頑丈さを知っているからこその攻撃であり、手加減をしているのだがそれを知る由もないアタランテ・オルタは同胞が討たれたことに怒りを抱きながら矢を番える。

 

「貴様ッ、やはり皇帝(ツァーリ)の手先となった魔術師とサーヴァントだな‼」

 

「否定する。私の主は誰の手先にもなり得ない」

 

「あはは、そうだよ。私を皇帝(ツァーリ)の手先と間違えるなんて、最低()最悪()つまんない()

 

「え、えすえす、てぃー?ええい、意味の分からない言葉を使うな!人の言葉で話せ!」

 

「話してるよー。そっちこそ無理に人の言葉で喋んなくてもいいんだよ?使い慣れたの使いなよ。アハハ!豚語とか、ブヒブヒ♪」

 

「…ブチ殺す」

 

本来であれば共に戦うことの出来たサーヴァントとマスターの争い。どちらが悪かったとか、そういうことはない。確かに立香の性格は少しばかり悪かったかも知れないが、引き金を引いたのはアタランテ・オルタが先で、バベッジは立香を甘やかす他のサーヴァントとは違い自分位は立香を窘める側に回ろうと思いながらも結局は甘やかしていたが、やはり誰が悪い訳でもない。この場にいる者達に責任の所在は問えない。責任者は何処か。

 

責任は問えない。往々にして運命の分かれ道を決める弾丸はそうして放たれる。一つの弾丸から始まる虐殺がある。立香は見てきた。何度も見てきた。多くの英雄たちの記憶を夢として見る中で多くを見てきた。いわれのない虐殺を繰り返し見てきた。正義の蛮行を瞼に焼き付くほど見てきた。だからこそ、激情に駆られながらも、そこだけは間違えてはいけなかった。ああ、だから、やはり、先の言葉は否定するべきだ。

 

立香(じぶん)が悪かった。と‐後に立香は後悔した。

 

殺戮猟兵(オプリチキニ)。‐バベッジとアタランテ・オルタの戦いのついでとばかりに蹴散らされる皇帝(ツァーリ)の威光を示す為のみに存在するイヴァン雷帝の宝具の一つ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

この場において彼らだけが誰の味方でもなかった。立香は村人の味方だった。アタランテ・オルタは叛逆軍の味方だった。殺戮猟兵(オプリチキニ)だけはこの場にいない皇帝(ツァーリ)の味方で、そして、その庇護対象には村人も入ってはいない。彼らは取り立てる者。皇帝(ツァーリ)の威光の為に税を、命を刈り取る者。

 

「粛清。粛清。粛清。この光景全てが皇帝(ツァーリ)の威光を貶めるもの。全員、首を差し出すべきだ」

 

殺戮猟兵(オプリチキニ)が銃を構える。その先には母親に庇われる子供がいた。‐()()()()()()()()。乾いた音が鳴った。

 

凶弾が二人の命を簡単に奪おうと放たれる。戦いに巻き込まれた親子が死ぬ。誰かの叫びが上げる。それを全員が見ていることしかできない。立香も、バベッジも、アタランテ・オルタも見ていることしかできない。自分達が起こした戦いで親子が死んだ。その結末に三者が動けずに辿り着く寸前で、親子に向けて放たれた殺戮猟兵(オプリチキニ)の銃弾が空中で静止した。

 

空中で静止する弾丸。無論、そんな現象はあり得ない。目を凝らせば見えてくる氷の壁が、凶弾から親子を救っていた。突然訪れた救いに眼を疑う中、戦いが止まり掻き消えていたダ・ヴィンチの言葉が立香に届いた。

 

《――ちゃん!-丸ちゃん!藤丸ちゃん!ああ、よかったようやく聞こえたようだね。目の前のサーヴァントとカルデアのアタランテの霊基パターンが一致した!彼女はアタランテが反転した姿、おそらく私たちの敵じゃない。()()()()()()()()。間違いない。カルデアに残されていたデータ通りの魔力パターンだ。元Aチームの魔術師‐カドック・ゼムルプス。七人のクリプターの内の一人だよ!》

 

ダ・ヴィンチの通信を聞いて立香は村の奥へと目を向ける。雪風が吹きすさぶ中、近づいてくる白い二つの影。

くすんだ銀髪の少年が白い皇女と共に歩いてくる。

 

彼は村で起きている惨状を見ながら吐き捨てるように言った。

 

「世界を救っておきながら、村一つ満足に救えないのか。三流マスター」

 

 

 

 

 







作者はアタランテ・オルタが大好きです。
最終再臨がエッチすぎるけど、是非もないよね!





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カドック君はがんばりたい

皆様の暇つぶしになれば幸いです(__)


少し短めのカドック君の回です。





「世界を救っておきながら、村一つ満足に救えないのか。三流マスター」

 

 

 

クリプター‐カドック・ゼムルプス。

 

混沌(カオス)となる場。唐突に思えるカドックの来訪の理由を説明するのなら、時間を少しだけ巻き戻し舞台も変えよう。

 

 

 

 

 

 

数日前‐異聞帯ロシアの首都‐ヤガ・モスクワに聳える城の一室にロシア異聞帯を担うクリプター‐カドックはサーヴァント‐アナスタシアと共にいた。

凍える世界にありながら安全に暖を取ることの出来る場所で温かい紅茶を飲む。上流階級にしか許されない時間を過ごしながらもカドックの表情は暗い。

それに対してアナスタシアは不満を持ったようで冷ややかな視線をカドックに送る。

 

(わたくし)とのティータイムは、もう少し楽しそうにしなさい」

 

カドックは眉間を揉みながら、小さく笑う。当然、寝不足により刻まれた隈は消えない。

 

「久々にゆっくりとした時間がとれたんだ、楽しんでるさ。ただ後のことを考えると憂鬱になる。僕らには、やるべきことが多すぎる」

 

「それはそうでしょう。けれど、忙しくとも余裕を持つことが何事においても大切よ。急いては雪だるま一つ満足に作れない。極東にそんな言葉があるのでしょう?」

 

「…だいぶ違うが、まあ、いいさ。意味は通じている。…アナスタシアの言う通りだ。皇帝(ツァーリ)は未だに夢の中。今は僅かばかりの余裕を楽しむことにする。()()が来れば、その余裕すらなくなるからな」

 

「奴ら、()()()()だったかしら」

 

「ああ、そうだ。君が壊滅させ、君を倒したマスターさ」

 

カドックの言葉にアナスタシアは驚いたように空色の目を見開いた。アナスタシアにとってカドックの言葉はそれほどに意外だった。‐()()()()()

文字通りに受け取るなら嫌みともとれる言葉だが、カドックがそういうことを言う人間でないことをアナスタシアは知っている。卑屈な努力家である彼は自分のいない所でのアナスタシアの失敗を責めはしない。その原因が自分の不在だとするなら、なおさらに‐なら、どういう意味かしら‐とアナスタシアは考えて、考え至り微笑んだ。

 

「カドック。もしかして、(わたくし)が傷を負ったこと怒ってくれているの?」

 

「…そういう訳じゃない。僕はただ現状の確認がしたかっただけだ。君が優秀なサーヴァントであることは疑わない。そんな君を奴らは不意打ちとはいえ打倒した。その危険性は誤魔化せるものじゃない。ただ、そう言いたかっただけさ」

 

「貴方は誤魔化すときに早口になる癖があるわ。…ふふ、冗談よ。そんな目で睨まないで頂戴。本当に可愛い人」

 

テーブルを挟んで座るアナスタシアの手がカドックの頬に触れる。氷の様に冷たい手だとカドックは思った。抵抗せずに受けいれ続ければ凍傷を負ってしまうだろう程に冷たい手。その手を受け入れながら、カドックはアナスタシアの視線から目を逸らしながら照れ隠しをするように言う。

 

「知っているか、極東には冷たい手の持ち主の心は温かいって言葉もあるらしい」

 

「あら、その言葉は間違いね。(わたくし)の心はブリザードの様に凍り付いているわ」

 

「ああ、そうだ。手も肌も冷たい、()()()()()()()()()()()()。誰かに差し伸べる手も、誰かを温める肌もないさ」

 

「…そうね。ねえ、カドック。どうして(わたくし)たちは凍えているのかしら。いえ、答えはわかっています。それはこの国が凍えているから、だから皇族である(わたくし)は成しえなければなりません。皇帝(ツァーリ)の威光を遍く全てに」

 

「ああ、わかっているさ」

 

カドックは頬に触れるアナスタシアの手を取る。自分の頬から手を外しながら、その手を握り犬歯を見せて弱く笑う。その眼がアナスタシアの目を正面からみることはない。それでもその手はアナスタシアの手を離さない。カドックは理解している。自分の脆弱(よわ)さを知っている。

 

汎人類史最後のマスター‐藤丸立香。自分たちが救う筈だった世界を救ったという少女の姿を初めて見た時、その顔に才能なんてものは欠片も感じられなかった。

カドックは自分が大した魔術師ではないと知っている。才能は並み。家柄も精々300年程度の歴史しかない。そんな自分より劣っている三流以下のマスター。そんな感想。

 

‐自分なら、もっと上手くやれた。

 

人類史救済の功績を聞いた時、そう思ったのは本心だ。藤丸立香よりも自分が、自分よりも他のクリプター達が、そして、誰よりもキリシュタリアが、もっと上手くやれたはずだ。

 

言峰神父にカルデアでアナスタシアが敗れ、コヤンスカヤが殺されかけたと聞くまでは、そう思っていた。

 

藤丸立香‐凡人だと思っていた少女は単独で6騎のサーヴァントを従える化物(きせき)だった。

 

なんて悪い冗談だとカドックは嗤った。汎人類史の抑止力が生んだ奇跡といえば聞こえはいいが、どうやらそうではないようだった。

キリシュタリアに言わせれば既に世界の“漂白”は成され、惑星は異星の神に敗北している。故に汎人類史が抑止力を振り絞ろうとも異聞帯にはぐれサーヴァントを数騎召喚するのが精々だという。ならば、藤丸立香は本当に単独で6騎のサーヴァントを抱えていることになる。

魔術の才能どころか知識もなく歴史も持たない一般家系の一般人。それが、神をも恐れぬチカラを持っている。正気の沙汰ではない。嫉妬などという言葉すら出てこない。

 

()()()()()()()()()()()()()()。何かの間違いとしか思えなかった。

 

それでもカドックが歯を食いしばりその真実に耐えたのは彼が優秀な魔術師だったからだ。誇るべき家柄は無い。努力と共に積み上げてきた魔術も数いる天才の足元にも及ばない。唯一誇れると思った生まれ持っての才能‐レイシフト適性もその有用性を証明するまでにすべてが終わってしまっていた。

けれども、証明しなければならない。カドック・ゼムルプスに価値はあるのだということを‐

 

その思いは彼女を召喚したことで完成した。

 

アナスタシア・ニコラ・エヴナ・ロマノヴァ。

 

ロマノフ帝国最後の皇帝‐ニコライ二世の末娘。ロシア革命の激動に飲み込まれ虐殺された亡国の皇女。汎人類史ではサーヴァントに成りえなかった彼女は異聞帯のマスターであるカドックに召喚されたことにより異聞帯の干渉を受け比類なき力を得た。

 

汎人類史の彼女が死の間際に見たロマノフ帝国秘蔵の精霊‐ヴィイ。

その力を操る氷の精霊遣い(シャーマン)と成った彼女は、力を得ていながら復讐を選ばなかった。

 

両親は死んだ。オリガ、タチアナ、マリア、皆死んだ。家来も召使もペットも皆虐殺された。善良な人生を送ることを主に祈った少女の祈りは‐届かなかった。

それでも彼女は復讐者(アヴェンジャー)に堕ちることなく魔術師(キャスター)としてカドックの前に現れた。マスターとサーヴァントの間に生まれる絆は、サーヴァントの過去を夢としてマスターに見せることがある。その逆もまた然り。

 

アナスタシアの記憶を見たカドックは尋ねた。‐なぜ、恨まないのかと。

 

『恨みます。(わたくし)は憎悪を忘れない。けれど、ロマノフ帝国の末裔として民を導く使命があります。ええ、憎くても、辛くても、(わたくし)はその道を選びましょう』

 

その姿にカドックは女帝の姿をみた。ロシア異聞帯‐この帝国に君臨すべき皇帝(ツァーリ)はアナスタシアであり、そして彼女の世界の為に勝利を誓った。

 

七人のクリプター。七つの異聞帯。それは漂白世界で行われる新しい指導者を定める競争(たたかい)競争(たたかい)とは名ばかりだと、クリプターの一人であるベリルは言った。その通りだ。この競争(たたかい)はほぼキリシュタリアの勝ちで決まっている。

それほどまでの差がキリシュタリアと他のクリプター達の間には存在した。だが、カドックは諦めることを止めた。

アナスタシアという光に目を焼かれたことを卑屈ながらに認めた。一目惚れではない。‐ないと言ったら絶対にないが、それでも彼女が凍えながらも創る世界を見たいと願った。

アナスタシアの威光を必ず帝国の頂点へ。そして、世界の頂へ。その為に戦うとカドックは決めた。

 

「…僕は弱いが、弱音を吐くのはまだ早い」

 

「何か言ったかしら?」

 

「いや、なんでもない。それよりアナスタシア。僕は奴らがこの異聞帯に来たら直ぐに奴らに接触を図る。カルデアのマスター、誤植が生んだ化物(きせき)。精々、あの偉大なる皇帝(ツァーリ)を打倒する為に使ってやるさ」

 

異聞帯にはそれぞれ“王”がいる。ロシア異聞帯の王はイヴァン雷帝。齢500年の最古にして最大のヤガ。汎人類史であれば齢50程で死亡する筈だった皇帝は極寒の世界に適応する為にロシア国土の下で凍り眠っていた太古の大型生物と合成されることで、()()()()()()()。そして、今となっては山の様な体躯を持つ人の意思を持っていてはいけない怪物になってしまった。

 

極寒の世界に置いて威光を知らしめ帝国を導いた偉大なる皇帝(ツァーリ)‐彼はもう生きているだけで罪深い。歩くだけで国を壊す。その上で、イヴァン雷帝は異星の神を認めなかった。彼には信仰する旧世界の神がいて、異星の神が齎した“空想樹”がロシア帝国に根を下ろすことを許さなかった。ただでさえ詰んでいるこの異聞帯が、それでは他の異聞帯に勝てる筈もない。

だから、カドック達はイヴァン雷帝を王座から引きずり降ろしアナスタシアを玉座にすえる。

 

そこがようやくカドックのスタートラインだ。

 

だから、やることは多くある。寝る間もないほど時間が惜しい。

けれど、今は‐

 

「紅茶が冷めてしまったわ」

 

「いいじゃないか。僕は冷めた紅茶も好きだ」

 

(わたくし)は温かい紅茶が飲みたいの。淹れなおしてちょうだい」

 

「はぁ、わかったよ。まったく我儘な皇女様だ」

 

カルデアの一行がロシア異聞帯に訪れた時点でカドックは一気呵成に動き出す。その為の準備も怠らない。

 

けれど、今は‐このティータイムを楽しもう。

 

 

 

そして、数日後、首都から離れた村にカルデアの者たちが現れたとの情報を受けて、カドックは動き出した。手始めには偉大なる皇帝(ツァーリ)‐イヴァン雷帝の打倒。

 

次いで、ようやく彼の戦いは始まる。

 

 

 




作者はカドック君とアナスタシア皇女が大好きです。

この組み合わせはクリプターの中で一番だと思います。まあ、まだ最新章まで言ってないんですけどね。
神ジュナさんに勝てないぞ!\(^o^)/




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立香ちゃんは許したくない②

皆様の暇つぶしになれば幸いです(__)





クリプター‐カドック・ゼムルプス。くすんだ銀髪に金眼。耳にピアス。カルデアに残されていた資料通りの外見をした少年の登場に、立香の意識は完全にアタランテ・オルタから外れた。

 

「バベッジさんっ!」

 

肩に乗る立香の敵意の先を見据えてバベッジは巨大な鉄塊(アイアンメイス)を振り上げる。人一人を簡単に叩き潰す重量が、氷の大地を砕いた。‐そして、巨大な鉄塊(アイアンメイス)が凍り付く。聞こえてきたのは少女の冷たい声だった。

 

「…だから言ったでしょう。彼女は問答無用で貴方を殺そうとすると、そういう目をしています」

 

「…ああ、わかっていたさ。だから、君にも来てもらったんじゃないか」

 

砕いた大地から舞う粉雪が晴れる。カドックへのバベッジの攻撃を防いだアナスタシアはため息を吐いた後、凍るように冷たい視線で立香を見据えた。

クリプター‐カドックの前に立つ白い皇女‐アナスタシア。

 

その二人の姿を見た立香は嗤った。

 

「あは、なんだ、図星だったからお姫様は怒ってたんだね。お姫様のマスターは、見ての通り根暗でジメジメしてるー」

 

「…(わたくし)に同じ手が二度も通じると思わないで、不快だわ」

 

「あれ?根暗でジメジメは否定しなくていいの?お姫様はそういう人がタイプ?あは、趣味わるーい」

 

「…あなたは本当に不快な人ね」

 

アナスタシアの冷ややかな視線に対して嗤う立香は、会話の中で二騎目のサーヴァントを召喚し不意を突こうと隙を探る。

バベッジの武器を凍らせて油断している今が好機(チャンス)だと嗤い顔の下でほくそ笑む立香の考えを読んだカドックは、事態が動き出す前に声を上げる。

 

今回、カドックは立香と戦いに来た訳ではない。偉大なる皇帝(ツァーリ)‐イヴァン雷帝を打倒する為に立香を利用しにやってきた。つまりは一時的な共闘の申し出。だから、カドックは今は戦う気はないのだと立香に語る。

 

「待てよ。藤丸立香。僕らは首都から態々、お前と話をする為にここまで来たんだ。わかるか、今の僕たちが望むのは対決ではなく対話だ。…対決は、まだ早いんだよ」

 

カドックから掛けられた声に対して立香はあからさまな舌打ちを鳴らした。普通にガラの悪い少女の態度でカドックを見る。嫌悪感を隠さない。立香はカドックを、クリプター達を嫌悪し憎悪し激怒しているのだから隠す理由もない。

無論、立香とてカドックがこうして正面からやってきた時点でわかっている。対話を望むという言葉があれば確信もできる。十中八九、カドックは立香にも利のある提案をしようとしている。だが、しかし‐立香は目を見開きながら、カドックを見下した。

 

「黙ってよ、人類の裏切り者。私にはお姫様と話す口はあってもお前と話す口はないんだから」

 

「…はは、アナスタシアの言う通り、これはとても会話できる目じゃないな。だが、話さなくても聞いては貰う。これは僕にとってもお前にとっても重要な話だ。この異聞帯の“王”‐イヴァン雷帝は普通に戦って勝てる相手じゃないんだよ。だから、ちっ、…お前、本気かよ」

 

カドックの言葉を妨げるように氷を削る音が鳴る。

 

アナスタシアにより凍らされていたバベッジの武器が轟音を上げて回転する。そして、氷の拘束から抜け出た武器を手にバベッジは再び戦闘態勢に移行する。その肩に乗る立香は腕を組みながら、動揺を隠せないカドックに対して嘲笑を向ける。

 

敵意は示した。既に一撃を向けたことで立香の中では宣戦布告も済んでいる。なら、交渉なんてまどろっこしい真似をする気は立香にはなかった。それに、此処でもし立香がカドックとの交渉に応じてしまえば、それこそ立香は彼らに皇帝(ツァーリ)側の人間だと勘違いされてしまう。

 

「あは、アハハ!カドック君てば、うけるー。冗談で殺そうとするわけないじゃん。本気だよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そもそも最初に対話を放棄したのはお前たちじゃん。なにが、“()()()()()()()”だ。観戦なんて頼まれたってしてやるもんか。全部、舞台ごと、ぶっ壊してあげるんだから。って、ことだよ。アタランテさん!」

 

立香はカドックの交渉に一ミリも応じない。そもそも交渉の席に立たない。それは立香の抑えきれない激情故のことでもあったが、同時に冷静に過ぎる状況判断故の決断でもあった。

この場で皇帝(ツァーリ)の魔術師であるカドックとの敵対関係を明確に示せば、先ほどまで争っていた彼女と共闘することが出来ると踏んだ。

 

「ダ・ヴィンチちゃんが言うには、あなたは汎人類史側のサーヴァントなんだよね。なら、ごめんなさいしますから、一緒に戦いましょう」

 

ダ・ヴィンチはアタランテ・オルタが汎人類史側のサーヴァントだと言った。そして、それは正しく、立香との衝突からカドックの登場まで二転三転する展開に若干の混乱をしながらも皇帝(ツァーリ)の王妃と共にいる魔術師が叛逆軍の敵でない筈がない為、立香の声に応えて矢を番えた。

ただアタランテ・オルタはカドックが殺戮猟兵(オプリチキニ)からヤガの親子を救うのを見ていた。だからこそ、立香と対話をしようとするカドックにも何らかの事情があることが察せられる。さらにカドックが立香へかけた言葉は皇帝(ツァーリ)を敵に回そうとしているかのようだった。

 

故にアタランテ・オルタが番えた矢は二本。

 

一本はカドックへ。もう一本は立香へ。それぞれ狙いを定めながら、自分に向けられた矢の意味が分からず首を傾げる立香に向けて調停を申し出た。

 

「ほえ?アタランテさん、なんで私に矢を向けるの?」

 

「そんな心底不思議そうな顔をするな。私が悪いことをしているみたいではないか。…私たちは先ほどまで戦っていたのだ。正体不明は、お前も同じだ。この魔術師は皇帝(ツァーリ)を打倒する為に、お前に話があると言った。であるなら、私の矢はお前たち二人に向けられるべきものだ。話を聞かせろ、皇帝(ツァーリ)の魔術師」

 

「はは、マスターよりもサーヴァントの方が聞き分けが良いってどういうことだよ。…藤丸立香。どうする?アタランテは話し合いが終わるまで中立を保つそうだが、僕らもろとも敵に回すのか?」

 

皇帝(ツァーリ)打倒の為に動こうとするカドックをアタランテが支持することは意外ではない。むしろ、叛逆軍を率いるボスである彼女であれば目的の為に敵を利用することは真っ当なもので、敵の敵は味方だ。さらにカドックを後押しするようにダ・ヴィンチからの通信がきた。

 

《藤丸ちゃん。ここはカドック・ゼムルプスの話をとりあえず聞こうか、聞くだけなら私たちに不利益はないよ。むしろ、情報は私たちが一番望むものさ》

 

「みんな、ちょっと甘いんじゃないかなぁ。こいつら、正真正銘の人類の敵だよ?」

 

そう言いつつも立香は姿勢を崩し、バベッジの頭に身を預けつつ肩の上で座り込む。考えたようなアタランテとの共闘が望めず、あまつさえ場合によっては再び敵に回るというのならダ・ヴィンチの言う通りに話位は聞くのが賢い判断と言うものだ。立香の頭脳(ブレイン)である童女もそこは違えない。

怒りは納めず治まらない。だが、ここまで言われたのなら話位は聞いてあげると立香はカドックに視線を送る。ようやく話を聞く姿勢をとった立香に対して安堵の息を吐きながら、カドックは口を開く。

 

カドックから語られたのはロシア異聞帯の王。イヴァン雷帝の正体‐約500年前から存命のこの世界に於ける最古最大の生物。偉大なる威光を以って世界を照らした皇帝は‐既に生物の範疇を越えた怪物に成ってしまった。生きているだけで国の害となるほどに強大に成長してしまった彼が生きている限り、この世界(くに)にこれ以上の繁栄(せいちょう)はない。

だから、討たなければならないと語るカドックの話を聞き誰もが息をのむ。

自分たちが敵に回している者の巨大さに英雄であろうと身が震える。

 

自分たちが争っている場合ではないというカドックの言葉に嘘は無かった。たとえその先での対決が決定的なモノであろうとも、偉大なる皇帝(ツァーリ)‐イヴァン雷帝を討つまでの間は全員で共闘をしなければ勝ち目はない。

 

それを理解したアタランテ・オルタが息をのみ、通信の先で話を聞いていたダ・ヴィンチ達が沈黙をする他にない中で、立香は独り嗤っていた。腹を抱えて嗤っていた。

 

「あは、あはは、アハハ!山より大きな偉大なる皇帝(ツァーリ)!いいね、()()()()()()()。それで、皇帝(ツァーリ)さんを倒す為にみんなで仲良くピクニック?立香ちゃんてば、嗤い死んじゃうかも!」

 

「…お前は、やっぱりイカレてるのか。今の僕の話で状況の把握くらいは、できただろう。共闘か全滅か、僕らの道は二つに一つだ。それとも憎い僕と共闘しなきゃならない。そんな自分の弱さを嗤っているのか?」

 

「私はお前と違って現実を嗤い飛ばせるくらいには強いから、それはないよ。そして、今のは返事はオッケーって意味なんだよ。うん。ダ・ヴィンチもそれで良いって。じゃあ、カドック君。私を皇帝(ツァーリ)さんの元に連れてってよ。こうしてノコノコと出てきたんだから、準備くらいは終えているんでしょう」

 

カドックにとって意外だったのは、立香が意外にもあっさりと自分の提案に乗ってきたことだった。

 

“藤丸立香は自分(クリプター)達を憎んでいる”。

 

そんなことは誰に言われるまでもなく理解していた。自分たちは彼女の旅路を否定した。彼女の救った世界を滅ぼした。恨むなという方が無理があるとカドックは思っている。クリプター達の中で一番立香に近い感性を持つとされた凡庸な魔術師と自認するカドックはだからこそ、()()()()()

 

 

人類焼却式。それを覆すためのグランド・オーダー。人理救済の旅路に於いて立香は幾度も一度は敵対した相手と共に敵と戦った。最終局面においては数多の敵が立香を助ける為に駆け付けてくれた。だから、今回の共闘もすんなりを受け入れた。‐そんな筈がない。

 

そもそも以前の旅路と今回では状況が違い過ぎている。七つの特異点‐そこで立香の敵として立ちはだかった者たちはどうあれ人類史に刻まれた(ヒト)として立香の前に立った。人類全てを憎んでいた者がいた。人類救済の為に大勢を犠牲にした者もいた。だがどうあれ、彼らが見ていたものは確かに人だった。今の人類に絶望し、新しく完璧な人類の創造を夢見た魔神王‐ゲーティアでさえ、最後に理解者(隣に立つ者)としてマシュを求めるほどに正面から人類(ひと)をみていた。

 

だが、世界の“漂白”‐これはどうだ。対話はない。対決もない。“観戦の席もない”と揶揄された“漂白(これ)のどこに正面から人を見ようという意思があるのか。彼も人、我も人、故に対等。それが基本である筈だ。その基本を(ないがし)ろにする意図が、立香には理解(わか)らない。

わからないから、ブチ切れるのだ。

 

それは子供の様だと非難されて然るべき態度(もの)。だが、しかし、説明なしに理解を許すほど世界が単純でないとするなら、やはりその感性もまた正しいものである筈だろう。少なくとも立香はその考えの元でクリプター達を同じ人間と思いながら、正面から殴る。罵倒する。()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、結論から申し上げますとカドック君は見誤ったのです。立香ちゃんは共闘する気など微塵もなく、ただ利用する為に嗤うのです。アハハ!

 

 

 




特殊フォントなるものを使ってみたかった。




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立香ちゃんは拳を握る①

暇つぶしになれば幸いです。m(_ _)m




偉大なる皇帝(ツァーリ)‐イヴァン雷帝の打倒。カルデアもクリプターも叛逆軍も関係なく協力しなければ倒すことなどできないと判断された強大な敵を前に彼らは手を取り合った。

後に対決をすることになろうとも今は共闘を‐とある竜の魔女からすれば人間的であり、とても素晴らしいことねと皮肉交じりに揶揄されること請け合いな状況に立香は勿論、不満タラタラだった。

だが、しかし、それを隠しながら立香はニコニコと嗤う。この手の腹芸は人理修復の旅路に於いて様々な英霊たちから鍛え上げられている。

 

ただ立香自身は気が付いていないが、その態度が既に不審だった。激怒し激高し激情を良しとする。素直と言い換えてやっと美徳と思えなくもない立香の基本姿勢からして、(クリプター)との共闘など(はらわた)が引っ繰り返ってようやく受け入れられるものであることは、それなりの付き合いしかないゴルドルフでさえ理解が出来ていた。ならば、更に近くで長く立香を見てきたダ・ヴィンチ、ホームズ、そしてマシュからすれば、カドックに案内されロシア異聞帯の首都‐ヤガ・モスクワを進むニコニコ笑顔の今の立香は余りに歪で、危険に思えた。

 

だから、彼らは立香に対して通信機越しの指示しか出せない現状を良しとはしなかった。そもそもその指示自体が入るか怪しいことはアタランテ・オルタとの戦闘の時に既に露見している。立香を支援するにしろ静止するにしろ、その場にいなければ話にならない。

 

故にカドックに案内され立香がヤガ・モスクワに向かった時点でシャドウ・ボーダーもまたその後を追う形で移動を開始した。敵の本拠地に近づくという危険行為にゴルドルフは異を唱えようともしたが、立香の暴走はゴルドルフとしても見逃せるものではないのでシャドウ・ボーダーの防衛の為にホームズとダ・ヴィンチがシャドウ・ボーダーから動かないことを条件にその要請を受理。

 

この異聞帯に於けるほぼ全ての主要人物が首都‐ヤガ・モスクワに集結する。出だしで遅れた美少女☆マスター・立香ちゃんの漂白世界での初めての旅路は一気呵成に動き出す。

これはカドックが立香たちがこの異聞帯にやってくる前に行っていた事前準備の賜物であり、立香はその点はカドックに感謝をしても良かった。まあ、そんなことを立香の前で言えば普通にグーパンチが飛んでくるのだが、ともかくとしてロシア異聞帯‐物語は最終局面。場所はロシア異聞帯において比較的、安定した気候が約束されているヤガ・モスクワ。偉大なる皇帝(ツァーリ)‐イヴァン雷帝のお膝元。

 

そこで炸裂するのはカドックが寝る間も惜しんで作り上げたイヴァン雷帝を打倒する作戦。

アナスタシア。立香のサーヴァント。アタランテ・オルタ。全サーヴァントの総力を集結して、眠りにつく皇帝(ツァーリ)の寝首を掻く‐筈だった。

 

ヤガ・モスクワに聳える城‐イヴァン雷帝の眠るその城に自分達の友人として立香たちを招待し、警備の殺戮猟兵(オプリチキニ)たちの目を掻い潜る。そんな作戦の第一段階が終了した瞬間、入城を果たしたその時に立香の頼れる頭脳(ブレイン)(美少女ではなく美童女のほう)は早速その悪辣さを遺憾なく発揮した。

 

清濁併せ吞み、皇帝の座にまでたどり着いた究極の努力の人と呼ぶべき彼女の策謀はカドックの予想の範疇に収まることを許さない。自分のマスターが敵の傀儡になることなど彼女のプライドが許さない。故に彼女は霊体のまま立香に指示を出した。

 

『無事に入城したのじゃな。なら、もう我慢は毒じゃぞ?』

 

立香はその甘い囁きに喜んで飛びついた。わーい!とはしゃぎながら城の中を走り出す。次いでとばかりに-

 

「カドック君とお姫さまはデキてて野外で※※したり※※※してるのを私、見ちゃいました!」

 

-と殺戮猟兵(オプリチキニ)に無いこと無いこと密告することも忘れない。

 

警備の為に場内にいた殺戮猟兵(オプリチキニ)の視線がカドックとアナスタシアに集まる。ここでアナスタシアがカドックとの※※※を想像して顔を若干赤くしたのがまずかった。殺戮猟兵(オプリチキニ)皇帝(ツァーリ)の威光を示す為にのみ存在している。それを陰らせるものはたとえ皇女であろうと許されない。

殺戮猟兵(オプリチキニ)がどういうことかとカドックとアナスタシアに殺到する。アタランテ・オルタもそれに巻き込まれた。

 

「お前っ、ふざけるな!」

 

カドックの叫びはもう遅い。走り出した立香は聞いちゃいない。此処にカドックの積み上げた努力は虚しく崩れ去り、常識は破棄され、道のりはより混沌としたものに定められた。

 

「あは、さあ、みんな大好き立香ちゃんのターンだよ‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カドック達を置き去りにして城内を走り出した立香の足取りは意外にもしっかりとしていた。考えなしと思われる立香の行動には当然の様に理由はある。確かに敵との共闘という状況に笑顔を保っていた立香の表情筋が限界だったことは認めよう。けれど、立香は度し難い阿呆ではあるが考えなしの馬鹿ではない。立香が走り出したのは頭脳(ブレイン)であるサーヴァントからゴーサインが出たからの行動だが、切っ掛けは実は入城の時点で存在していた。

 

城の中で音楽(ピアノ)が聞こえた。

 

聞いたことがあるような無いような音楽だった。そして、首を傾げていた立香の脳裏はようやくそのピアノの音を思い出した。懐かしきはオルレアン‐神の子と呼ばれた人でなし‐現代に於いて知らぬものがいないその音楽家の名はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。

城の中で微かに聞こえる音は彼が奏でる音に少しだけ似ていた。

 

その音を辿り立香は城内を走る。そして、辿り着いた部屋のドアを蹴り開けた。

 

「呼ばれなくてもじゃんと登場!…て、あれ、アマデウスさんかと思ったけど違った。でも、とても素敵な音を奏でる貴方は誰?」

 

辿り着いた部屋。円形の部屋の中心にはピアノが置かれていて、それを弾いていた者は立香の突然の登場に動揺をしながらもそれは仮面の下の事で、それを悟らせずに静かな声で答えた。

 

「お前こそ誰だ。いや、そんなことはどうでもいい。()()()()()()()()

 

自分はアマデウスだと語る彼を前にして立香は眉を潜める。立香はピアノから立ち上がった彼の姿をまじまじと見る。その姿は立香の知るアマデウスとはまるで違っていた。

 

漆黒深紅の外装を身に纏う異形の姿‐彷彿とさせる感情は“怒り”だろうか。それは立香の知るアマデウスが終ぞ“この立香”の前では見せなかった感情。ならば、此処までその感情を露わにする彼がアマデウスである筈がない。

 

「えー、違うよー。アマデウスさんはそんな格好いい鎧は着てなかったもん」

 

「ふむ、そうだ、これは格好いいだろう。いや、そうではない。()()()()()()()()

 

「違うよー」

 

()()()()()()()()

 

「違うよー」

 

()()()()()()()()

 

「違うよー」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()‼」

 

アマデウスと偽る者の拳が立香に向けて振るわれる。

それを現界したバベッジが受け止める。

 

異形の鎧を纏う者同士が対峙するの中で立香は心底残念そうな声を出す。

 

「言葉が通じないのは哀しいね。きっと私は貴方を大好きになれるのに、それは今じゃないのかな。うん。なら、いいよ。おいで、天才と偽る人。それはとっても悲しいことなんだって、教えてあげるんだから」

 

「偽りではないっ、私はアマデウス!私が、アマデウスでなければならないんだ‼」

 

本来、共に戦うことが出来たサーヴァント‐アマデウスと偽る彼と立香はそうして出会い、戦うこととなり、そして、アマデウスを騙る彼は立香たちに敗れた。

 

床に仰向けで倒れ、砕けた仮面の下を立香に晒した彼は洗脳から解かれた意識が消失していくのを感じながら自分を見下ろす少女の顔をみた。その顔は先ほど戦っていた時の狂気の滲む笑顔とは打って変わって、今にも泣き出しそうな子供の様な顔をしていた。

 

「…少女よ。“きらきら星”は、好きか?」

 

「うん、大好き。星の歌だもん。天文台(カルデア)の私が、嫌いなわけないよ」

 

「そうだな、私たちの時代とは違い、現代におけるあの曲は愛ではなく星の曲であったな。私が本来、アマデウスより託されたのは、お前のような子供に“きらきら星”を、聞かせてやることだったのに…すまなかった」

 

「いいんだよ。けど、もし次があるなら、その時は“きらきら星”も、あなた自身の曲も聞かせて欲しいな」

 

「ああ、約束しよう」

 

そうしてアマデウスと偽る彼は真名も明かさないままに消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パチパチと演奏を終えた奏者に送るには乾きすぎている拍手が部屋に響いた。アマデウスと偽る彼が消えた場で響く拍手に目を向けると、そこには一人の神父が立っていた。

 

「…あは、アハハ!なんだ、一点かと思ったら一万点が出てきたよ」

 

「女性が犬歯を剥き出しにして嗤うものではない」

 

拍手を終えた神父‐言峰神父は立香を見据えながら薄く笑みを作る。此処での彼の登場に意外性はない。彼は異星の神の使者‐クリプター達の戦いを監視する立場にあり、そしてサーヴァントとしての彼がアナスタシアと浅からぬ縁がある以上、此処にいることに不思議はない。

不可解なのは彼が全てを見ていながら立香の暴挙を止めなかったこと‐彼、言峰綺礼の遺骸を器にして現界した英霊‐ラスプーチンは立香を止めることができた。けれど、それをせずにカドックがイヴァン雷帝に打ち込んだ楔であるサーヴァントの消滅を見届けた。

 

それに不信感を抱く立香に対してラスプーチンは聞かれてもいない答えを返す。

 

「なに、そう不審がることではない。私の中身はアナスタシア皇女に手を貸したいと思っているが、私の外側は君にこそ興味がある。人類最悪、奇しくもアレと同じ名で語られるマスターよ」

 

「わーい。立香ちゃんてばモテモテだ。でも、駄目。貴方の外見は素敵だけど、臭いもん。外も中も臭うもん。その匂いフェチになるには、まだ早いのだ」

 

「そうか。残念だ。だが、正直に言えば君がどう思うかは問題ではない。全ては私の中で完結している。中身がアナスタシア皇女に手を貸したいと思い、外側が君に興味を持つのなら私の取るべき行動は静観しかあるまい」

 

だから、見ていた。カドックがイヴァン雷帝を眠らせ続ける為に用意したサーヴァント‐アマデウス。その後継として自分は“アマデウスである”と洗脳されたサーヴァントが消滅するのをただ見ていた。そして、それはこの先の展開においても変わらない。

グレゴリー・ラスプーチンと言峰綺礼が交じり合う疑似サーヴァントである彼はこの異聞帯での全てを見届ける為に此処に立つ。その在り方は揺るがない。強固なまでのエゴの塊。

 

それを前にして立香が目を細めると同時に、床が揺れた。いや、床だけではない。城全体が揺れている。その突然の地震に驚く立香を嗤いながら、誰か分からない彼は言う。

 

「もはや私に構っている暇はない。清算の時だ。君は仕出かした不始末の責任を負わねばなるまい。カドック・ゼムルプスが時間を掛け打ち込んだ楔はその手によって砕かれた。偉大なる皇帝(ツァーリ)、イヴァン雷帝。目覚めの時だ」

 

城が崩れる。瓦礫が降ってくる状況の中で、立香の視線は崩壊する城壁の先を見ていた。城の外に聳えていた山が胎動している。

“世界最古最大のヤガ”。“山より大きい怪物”。カドックが語った全てに嘘は無かった。生きているだけで世界を壊しかねない“偉大なる皇帝(ツァーリ)”が夢から覚める。

 

それは同時に殺戮猟兵(オプリチキニ)達の消滅を意味する。

 

 

《夢から醒める。夢から醒める。あの御方が、夢から醒める。―――故に。我らも旅立とう。偉大なる皇帝(ツァーリ)に栄光あれ!偉大なる皇帝(ツァーリ)に栄冠たれ!》

 

 

彼らはイヴァン雷帝の宝具。イヴァン雷帝が眠り続ける限り滅びることのない悪夢(へいおん)。故に‐彼らの消滅は立香がやらかしたことを全ての者たちに伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山が動き出す。それこそは国を守る為に進化と増大を繰り返し、新しく築き上げた筈の王都すらも滅ぼした後に此処に戻り眠りについた男の残骸(なれのはて)。イヴァン雷帝はもはや人でない。そして、ヤガですらない。その肥大化した夢路の果てに―――神の獣になった。

 

 

 

「おお。おおお、おおおおおおお‼殺戮猟兵(オプリチキニ)より報告が入った!平和は、幸福は、何もかも嘘だったのか!夢幻だったのかああアアアアアアアアア‼」

 

 

 

イヴァン雷帝は眠っていた。幸福な夢の中にいた。至高の音楽家の奏でる(おと)は彼に安らかな眠りを与えた。時折、薄目を開けようとも其処には国の平和と繁栄のみを伝えてくれる王妃‐アナスタシアがいた。故に眠る。眠り続ける。治世に乱はなく、皇帝の威光は遍く全てを照らしていると信じて眠り続ける。

 

「―――だが、永い夢から醒めて、気が付けば周囲には何もない。マカリー神父を騙った私との語らいも、王妃を騙ったアナスタシア皇女とのささやかなやりとりも。全ては、私たちの嘘と誤魔化しだった。今、内に戻した殺戮猟兵(オプリチキニ)がイヴァン雷帝に真実を伝えている」

 

怒りを見た。激情を見た。世界を壊しかねない感情の発露を立香は()()()()()()と共に見た。天に向けて吼えるその姿はまるで(じぶん)を見ているようで、だから、きっと涙だって零していた。

 

「イヴァン雷帝はヤガとなりロシアを統一した。大寒波に伴う飢餓から民を守る為、西進を繰り返した。民の為に。皇帝(ツァーリ)の威光を守る為に。だが、この異聞(せかい)は唐突に断絶した。彼らの意思も、彼らの努力も、彼らの願いなど関係なく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そして、消滅した。そこに対話は無かったのだろう。対決の場も観戦の席さえも与えられなかったに違いない。そう気が付いて、立香は嗚咽を漏らした。ボロボロと流れてくる涙も拭わずにイヴァン雷帝。偉大なる英雄の姿を見上げた。

 

此処でようやく、立香は異聞帯がどういうものであるかを理解した。此処は特異点とは違う。特異点の修正が間違えた歴史の修正ならば、異聞帯は何も間違えてなどいない。ただ過酷な運命に抗っただけ。全地上を凍土と化した大寒波。汎人類史では訪れなかった災厄に、地獄に耐えてきただけだ。その結果、行き着く先はヤガの他になく、その選択は断じて間違いなどでは無かった。

 

 

 

「カルデア!カルデアスの残党!余は、ロシアは、断じて滅びぬ!断じてだ!この地獄(せかい)を耐えてきたのは、諦める為ではない!許容する為ではない!そんな結末を迎える為では断じてない!故、認めぬ!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()‼」

 

 

 

「―――イヴァン雷帝の言葉に嘘偽りはない。異聞帯の切除とは、すなわちこの世界を滅ぼすことに他ならない。一度は汎人類史に敗北し消滅した世界は異星の神の手により甦った。…よろこべ、世界を救ったマスター。神は再びお前に試練を与えた。世界を救う為に世界を滅ぼす、その試練を前にお前はどんな選択をする」

 

「…決まってるじゃん。呼んでる。彼は、私を呼んでいるんだよ。彼の怒りは正しいの。彼の無念は正しいの。だから、()()()()()()()()()()()()!」

 

「世界を守らんとする異聞の王の前に世界を滅ぼす者として立つのか?」

 

「そうだよ!そうじゃなきゃ、誰も救われないじゃない。…振り上げた拳の先が無いなんてことは、あっちゃいけないんだよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

そう言って立香は飛び出した。瓦礫を踏み越え、歯を食いしばり、拳を握り、零れる涙を拭うことも忘れてイヴァン雷帝の元へと駆けていく。巨象に立ち向かう蟻の如き光景を前に()()()()は、ほくそ笑む。

 

その姿、その在り方は歪だが、酷く正しく人であると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分達を取り囲んでいた殺戮猟兵(オプリチキニ)達の消滅。そして、崩れていく城を見てイヴァン雷帝の目覚めを知ったカドックは立香の行動を考えなしと吐き捨てる。

カドックの行った準備は全て無駄に終わった。敵も味方も死者に至るまで組み込んだ作戦は行う前から少女の手によって台無しにされた。

 

「くそ、最初から全部やり直しだ。…幸い、まだイヴァン雷帝には僕らの裏切りが完全に露見した訳じゃない。嘘を吐いていたのはバレたが、誤魔化しは利く筈だ。あの馬鹿はイヴァン雷帝が潰す。呆気ない幕引きだけど、仕方がない」

 

イヴァン雷帝は正面から戦って勝てる相手ではない。そんなことは馬鹿でもわかるとカドックはアナスタシアの手を引くが、アナスタシアは動かなかった。どうしたとアナスタシアの顔色を伺うカドックは、その視線の先を追って信じられないものをみた。

 

動き出したイヴァン雷帝。この世界最強最大の生物に向かっていく6騎のサーヴァントがいた。そして、その内の一騎の肩の上には橙色の髪を揺らす少女の姿があった。

 

アナスタシアが動けないのも無理はない。カドックの思考もまたその光景を前に停止する。

 

巨像に立ち向かう蟻どころの話ではない。イヴァン雷帝がたった6騎のサーヴァント。たった一人のマスターでは敵う相手ではないことは見ればわかる。だというのに立ち向かおうとするのは蛮勇だろう。すぐに蹴散らされるに違いない。だが、しかし、此処でようやくカドックは立香と自分の違いに気が付いた。()()()()()()()()()

 

『才能があれば成し遂げられるなど、勘違いも甚だしい』

 

どこかで胸を抉る声を聞いた気がした。思わず心臓に手を当てる。

 

「(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと?なんだよ、それ、ただの希望的観測じゃないか)」

 

そんな筈がない。国中にいた殺戮猟兵(オプリチキニ)は真実の全てをイヴァン雷帝に伝えている。カドック達がイヴァン雷帝を騙していたことは既に知られている。それでも今のイヴァン雷帝がカドック達に敵意を向けていないのは、カドック達よりも優先すべき敵が目の前にいるからだ。

 

立香は人理修復というカドックが歩む筈だった旅路を奪い。また今、カドックが立ち向かわなければならない相手の前に立っていた。

 

その現実はカドックの心を容易に抉る。立香の背は余りにもあっさりとカドックから離れていく。

 

その最中で立香がカドックの方へ振り向いたのは、ただの偶然だった。それでも立香はカドックを見つけてしまったから、何か言おうとして、止めた。

 

立香はもうカドックが眼中になかった。カドックなんかより、優先すべきものがあった。だから、本当にカドックから視線を切る立香の口から零れた言葉は誰に向けたものでもない。

 

「案山子」

 

カドックを見て感想を言っただけの文章ですらない単語。

それに続く言葉があったとすれば、それは容易くカドックの心をえぐる。

 

“誰でもいい”。

“お前じゃなくていい”。

 

そんないつか何処かでカドックが誰かにかけた言葉だった。

 

 

 

 

 

 



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立香ちゃんは、拳を、握る②

沢山のご感想ありがとうございます!しっかりと全て読んでいます。


※ご都合展開があります。

皆様の暇つぶしになれば幸いです(__)







 

人類最悪のマスター‐立香は偉大なる皇帝(ツァーリ)‐イヴァン雷帝に立ち向かわなければならない。これは立香の意地の問題だ。信念の為の行動だ。敵は強大‐されど、背を向けることは許されない。怒りを露わにするイヴァン雷帝との対決を避けるようなことをすれば、自分は()()()()()()()()()()()()()()()()()。‐少なくとも立香はそう思っている。

 

信念を語った。意地の張り処を無粋にもつまびらかにした。

では、次に夢も希望もない現実の話をしよう。

‐そも、6騎のサーヴァントと1人のマスターだけでイヴァン雷帝が倒せるか否か。

 

答えは無理だ。

 

偉大なる皇帝(ツァーリ)‐イヴァン雷帝。その巨躯は山の如し。いくら英霊(サーヴァント)が強力な存在であるとしてもサイズの違いは如何ともし難い。蟻の一噛みでは巨象は殺せない。蟻が犬猫になったとしてもそれは変わらない。これはそういう単純な問題だった。

 

「はッはッはッはあッ!面白くなってきやがったぜぇ‼」

 

猛き武将‐森長可がイヴァン雷帝に向かい槍を振るう。彼にイヴァン雷帝を恐れる心はない。万人が恐れ戦いすら放棄する巨躯を前に笑っている。大地を砕き抜く左前脚を避け、振り下ろされる重鼻を受け流し、無防備な脇腹に迫る。イヴァン雷帝は巨躯故に重鈍だ。近づくだけなら難しくない。故に森長可は確実な距離で手加減などない全力で宝具を開帳する。

 

膾切(なますぎ)りにしてやるぜ!喰らえやデカ物ゥウ‼『人間無骨(にんげんむこつ)』‼」

 

森長可の宝具‐『人間無骨』。その槍の前では人間も骨が無いように容易く両断されてしまうという逸話からその名が付いた宝具は、逸話通り対象の防御力を無効化する極めて強力な宝具ではあるが、しかし、人ならざる神獣と化したイヴァン雷帝を相手どるには少しだけ破壊の規模が足りていなかった。

 

切り裂かれた脇腹から噴き出す血を浴びながら、森長可は自分の攻撃がイヴァン雷帝への決定打に成りえないことを悟り悔し気に息を吐く。犬猫の一掻きで巨象は死なない。

 

「くそが…百段(ひゃくだん)さえいれば、やりようがあるのによ」

 

イヴァン雷帝の巨躯が揺れる。それは勿論、森長可の宝具のダメージにより体勢を崩したからではない。自分の身体の下に潜りこんでいた森長可を押し潰す為に態と身体を地に伏すのだ。避けようもない巨大な壁が森長可の視界を覆った。そうして、森長可は霊基が完全に砕かれる前に霊体に戻り立香の元へと帰っていく。

 

この戦闘において森長可は此処でリタイアした。

 

これで既に2騎が墜ちた。

 

既に6騎いた立香のサーヴァントの内の三分の一が消滅している。それが半分になるのも時間の問題だと‐森長可の最後を腕を組み見届けていた彼岸に燃える炎‐魔王信長は状況を正しく判断する。

 

立香の6騎のサーヴァントの内、最大戦力の一人である魔王信長は必然的にサーヴァント達の中でリーダー的役割を担っている。元・戦国大名。現・第六天魔王。その立ち位置は必定であると高らかに嗤う彼女には、だからこそ、この合戦(たたかい)に対する責任が立香と同等に存在する。

 

戦力差。地理的優位。状況判断。Etc.‐全てを統括して勝利に導かなければならない。

 

だが、しかし、どう考えても分が悪すぎた。あの巨躯ではダメージを与えること自体が困難。更にあの神獣は血潮を滾らせ雷雲を呼ぶ。森長可に一撃を喰らって以降、落ちてくる雷を身体に纏わせて暴れている。

 

近づくことさえ容易ではなくなった状況でそれでも魔王信長は嗤っていた。

 

「くは、クハハ!やはりマスターの傍にいれば退屈せんのう!良いぞ良いぞ!これこそ魔王たる我が出陣(でる)べき戦場(いくさば)というものよ!」

 

イヴァン雷帝と正面から正々堂々と戦う。策もない。弱体化も。援軍もない。おそらく多くのものは立香を愚かだと嗤うだろう。考えなしの馬鹿此処に有りと指を指すに違いない。

だが、しかし、魔王信長は違う。それでこそ我がマスターと手を叩く。

 

「稀代の大うつけ。良いではないか。ああ、そうであろう。張れぬ意地に意味など無い‼正面から堂々とその怒りを受けて殴ると決めた!で、あればこそ!我らが力を貸す価値があるというものよ‼のう、我が同胞(はらから)たちよ‼」

 

魔王信長の大声に前線でイヴァン雷帝と戦っている2騎のサーヴァント。ライダーとセイバーから同意と共に“高笑いをしていないでお前も戦え”と罵倒が飛んでくる。

 

「で、あるか‼」

 

罵倒を気にせずカラカラと嗤う魔王信長の魔王ムーブを前にしてセイバーは思わず斬りたくなったがどうにか我慢してイヴァン雷帝の相手をする。落ちてくる雷すら斬る太刀筋でイヴァン雷帝の巨躯を少しずつ削り取っていく。

対しライダーは一杯一杯だった。攪乱に専念しているが、いつ墜ちてもおかしくない状況で笑えない。

 

時間はもうあまり残されてはいない。狂戦士(バーサーカー)‐森長可は墜ち(リタイア)暗殺者(アサシン)‐もう真名バレをしているだろうし隠すのも面倒なので記すが、暗殺者(アサシン)武則天(ぶそくてん)帰った(リタイア)

 

「まあ、あの子供皇帝に関しては『妾の前で皇帝を名乗るとはおっろかものー』と勇んで出てきておきながら、この寒さに驚き、くしゃみをして引っ込んでいっただけだから実質リタイアではないのだがな‼まったくマスターに要らぬ知恵を与え場をかき乱しながらの、その所業、是非もなし‼それを許すマスターもどうかと思うが、それが()()()()。愛すべき我がマスターである!」

 

嗤う。笑う。哂う。天を見上げて大笑する。その上で魔王信長は言い切ろう。

 

「どうだ、理解したか。異界の皇帝よ。()()()()()()

 

既に2騎を潰され何を偉そうに言っているのだとイヴァン雷帝は唸りを上げて重鼻を持ち上げ、魔王信長に向けて振り下ろす。魔王信長はそれを()()()()()

イヴァン雷帝は初めて動揺した声を出す。

 

 

 

「貴様、余の圧政を受け止めるとは何者か!」

 

 

 

「我こそは第六天魔王。神仏衆生の敵。つまりは“神”(お前たち)の天敵よ‼」

 

魔王信長は不敵な笑みを絶やさない。たとえ重鼻を殴り返した右腕の骨が砕けていようともそれを一切態度に出すことなく嗤ってみせる。

魔王信長には逸話通りの神性特攻が存在する。並みの神格であるならば彼女は殴り飛ばせる。しかし、イヴァン雷帝。偉大なる皇帝(ツァーリ)は規格外に過ぎていた。そもそも彼は厳密にいえば神ではない。神の如き獣である。故に魔王信長の神性特攻は十全に発揮されていない。

 

しかし、それでも魔王信長は退かない。立香が正面からイヴァン雷帝と対峙すると決めたのなら、そこから一歩も引く気はない。

 

 

それに奥の手が無いわけではない。

 

 

偉大なる皇帝(ツァーリ)異聞(せかい)最強の生物を立香(じぶん)たちだけで打倒する術がないわけではないと魔王信長は、バベッジの肩に乗っている立香に視線を向ける。

視線の先の立香は戦っていた。魔術の素人である立香にはサーヴァントを支援する術が乏しい。‐否であると魔王信長は考える。それは戦の素人の考え。大将が前線にいるだけで兵の士気は上がるものよと嗤う。

 

そして、そんな立香にだからこそ自分たちは力を貸したいと願い、魔神王と呼ばれた(ヒト)はそんな者達だからこそ力を託した。

 

立香には6騎のサーヴァントを世界に留める力を与えた。

そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()を託した。

 

余談だが、クリプター達には“大令呪”と呼ばれる奥の手が存在する。

 

その存在を彼は“視た”。詳細こそ分からないが絶大な力であることは理解した。彼の身体は伊達に魔術王と呼ばれていた訳ではない。彼の中身は酔狂で魔神王を自称した訳ではない。

目に見える脅威がある。敵には奥の手が存在する。

 

‐よろしい、ならばこちらも秘密兵器(奥の手)だ。

 

エネルギーの収集は彼が三千年をかけてやってきたこと。そのエネルギーの譲渡は彼が魔神柱(じぶん)たちに散々行ってきたこと。故に奥の手は当然の如くに存在する。前作だからといってラスボスを舐めるな。

 

クリプター達の“大令呪”に対抗する立香のサーヴァント達の奥の手に名を付けるなら“大宝具”。何の捻りもない名の意味することは霊基の器を越えた宝具の強制解放。一度きりの奇跡の具現。

 

魔王信長の大宝具。それは文字通り三千世界を滅するだろう。偉大なる皇帝(ツァーリ)‐イヴァン雷帝とはいえ受ければ只では済まない。魔王信長の大宝具は解放まで時間が掛かるが、だからこそ前線でセイバーとライダーが戦って時間を稼いでいる。勝ち目は最初から存在していたのだと立香から視線を切り、右手を天へと掲げ覚悟を決めた魔王信長を止めたのは、武骨で大きな機械の腕だった。

 

「…何をしておる。蒸気王。我の超カッコいいシーンをじゃまするでないわ」

 

立香を肩に乗せ守っていたバベッジが何時の間にか自分の傍まできて、その手で天へと掲げようとした自分の腕を抑えている状況に流石の魔王信長も意味が不明だと眉を潜める。

 

バベッジはそんな魔王信長に首を振る。

 

「可能性の終着点‐魔王たるものよ。今はまだ貴様の大宝具を切る場ではない。大宝具を使用すれば確実に霊基が砕ける。戦闘不能(リタイア)ではない、完全消滅(ゲームオーバー)である」

 

バベッジの言葉に魔王信長はため息を吐く。その言葉はこの場では、立香のいる前では言ってはならないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“大宝具”という聞いたことのない言葉。それに連なる消滅の単語を聞けば、魔術師としては三流以下だが、マスターとしては一流であると敵にすら太鼓判を押された立香が状況を飲みこめない筈がない。立香は変なところで勘が良いのだ‐だから、6騎のサーヴァントたちの間でも魔神王から無理やり持たされた“大宝具”という()()について立香に伝えるかどうかは意見が割れていた。

票の割れ方は5対1。“伝えて良し”が5票で、“止めておけ”が1票だった。その対立は6騎のサーヴァントたちがそれぞれに立香の事を深く理解していたからに他ならない。

 

“大宝具”の存在を知った立香がどういう反応をするのか。自分を犠牲にする力なんて使わなくていいと泣くだろうか。‐否、それはない。立香は使う。ことが終局に至り、他に打つ手なしと判断したなら、たとえサーヴァントを失うことになろうとも立香は“大宝具”を使用する。

 

表で嗤い裏で泣きながら、 “私の為に消滅(きえ)て”と、令呪を用いて命じるだろう。

‐それが覚悟と言うものだ。戦う以上、味方に損害が無いなど有り得ない。仮にも神を語る者との戦いだというなら、なおさらに犠牲はでるだろう。‐その犠牲の全てを背負う覚悟の無いものが何故、英雄(サーヴァント)たちの主人(マスター)などと名乗れよう。

 

“全ては自分がやったこと”。

“殺した敵も、失った仲間も、全部、自分が戦った結果に生まれた犠牲”。

 

全ての責任は藤丸立香(じぶん)にあるのだと、嗤う彼女がそこに居る。

 

5騎のサーヴァントはそんな少女がマスターであることを誇らしく思っている。神の敵として、武士(もののふ)として、夢想家として、為政者として、裁判官として、それを強さと認めて傷つく少女を痛ましく思いながらも信じて愛している。

 

対して1騎のサーヴァントはもうこれ以上、少女に傷ついて欲しくないと思っている。少女の傍に誰よりも長くいたその英雄は知っている。‐本来の彼女が、英雄(じぶん)たちに憧れた只の子供であると。

 

だから、“大宝具”の存在は1人の英霊の意思の下に秘匿された。魔王信長がまとめ役を買って出てはいるが、立香のサーヴァント6騎の立場は平等だ。会議は全会一致が絶対条件。

 

無論、隠し続けることはできない。異星の神。クリプター。世界の“漂白”を成し遂げた者たちとの戦いに於いて全力を出さなければならない戦場が無いわけがないのだ。

 

「…“大宝具”。そっか、あの人は意外とお節介だね。誰かさんとそっくり」

 

それでもと願った英霊の祈りは否定された。此処に“大宝具”の存在が立香に知らされた。

ならば、立香は思考し決断しなければならない。使えば霊基が砕け消失する一度限りの奇跡の具現。

 

使()()()()()6()()()()‐立香の中で臓腑が腐る。

()()()()()()()()()()()()()()()()()‐腐り堕ちたソレを吐き出すのを必死で抑えて、痛々しく嗤う。

 

犠牲の選択は、選定の剣を引き抜いた理想の王であっても感情を殺さなければならなかった。それが味方であるのならどれ程の負担になるのかを知らないものはいない。

 

それでも立香は冒涜的取捨選択をしなければならない。そして、少し考えればわかることだがバベッジの言う通り“()()()()()()()()()()()()()()”。‐立香は胃液を少量吐いた。

酸っぱいものが口の中に広がる不快感に耐えながら思考する。クリプター達の後ろにいる首魁が“異星の神”だとするなら魔王信長の神性特攻は勝利に於いて一番重要となるもの。

最後の最後まで魔王信長を失う訳にはいかない。

 

なれば、どうする?‐誰を犠牲にする?‐立香の視線は、神の如き獣‐イヴァン雷帝に向けられる。今この時も時間を稼ぐ為に山の如し巨躯に追いすがる2騎のサーヴァント。二人ならばイヴァン雷帝に勝てるだろうか?‐いや、違う。想定すべきは人との戦いではない。神との戦いでもない。雷を纏い、歩みは大地を砕き、そこに在るだけで世界を壊す。そんな災害との戦いである。

 

ならば、答えは既にで出ていた。立香は目を逸らすことを止めて、蒸気王‐バベッジを見た。

 

「バベッジさん。…お願いしても、いいかな」

 

「承った」

 

バベッジもまたその言葉を待っていた。イヴァン雷帝の巨大さに対抗できる宝具を持つのが魔王信長の他に自分であることを理解していた。だから、魔王信長の“大宝具”の使用を止めた。そして、肩に乗る立香を彼女の傍に下ろす。

 

鋼鉄の巨人と橙色の髪の少女が極寒の世界で向き合う。雷鳴と神の如き獣の咆哮が世界を揺らす中で二人の視線は揺らぐことが無く、少女はあまりに悲しい命令を嗤いながら言おうとして、嗤えず、笑えずに、泣いた。それでも絞り出した声はマスターとして彼に最後に掛ける言葉が消えることのないように、聞き返されることのないように、はっきりと。

 

「令呪を持って、命じます。()()()()()()()()

 

武骨で大きな機械の手が少女の頭に置かれる。

 

「貴様は、我を、信じるのだな」

 

「はい」

 

「では、貴様に見せてやろう。我が夢見る空想世界。笑ってみているがいい」

 

蒸気が噴き出す。異音が鳴る。鋼鉄の巨人が空を飛び、神の如き獣に向かっていく。

その最後を立香は目を逸らすことなく見届ける。

 

 

 

 




明日は投稿できないかもしれません。




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遥かなる旅路の果てを

皆さんの暇つぶしになれば幸いです。m(_ _)m

拡大文字を多用してます。
やってみたかったのです。ご容赦を。







 

偉大なる皇帝(ツァーリ)‐神の如き獣となったイヴァン雷帝の前に、蒸気王‐バベッジは飛んだ。蒸気を噴き出し異音を鳴らす力強い飛行を見て、丁度、その時にライダーは墜ちた。

イヴァン雷帝を攪乱し続けたライダーの脱落(リタイア)は、この戦いに於ける立香(じぶん)たちの不利を明確に示すものであるとバベッジは判断する。

 

“怒り”。“嘆き”。“暴れる”。そもそもが、そんな神の如き獣を相手に策も弄さず正面からぶつかるという選択自体が間違っていたことを碩学たるバベッジは認めている。

 

ロシア異聞帯に於ける立香の行動は余りに幼稚なものであったと言わざるを得ない。持てる力の全てを使い、全力で事に挑むと言えば聞こえはいいが、策があるなら弄するべきであるし、犠牲を少なくしたいなら搦め手も用いるべきである。

 

それを許容するのなら、別の結末があったのだろう。“大宝具”の使用という勝敗に関わらず1騎のサーヴァントを失う選択をしなくても済む結末もあった筈だ。

 

たとえば、そう。村でのカドックの共闘の申し出。神の如き獣を討つ作戦があると語る(クリプター)の手を立香が取れていたのなら、きっとこの場には6騎のサーヴァント以外にも力を貸してくれるサーヴァント達がいたことをバベッジは見誤らない。

 

「―――だが、しかし、やはり否である。それでは道理が通らず、貴様の怒りは価値の無きモノに堕ちるのだろう」

 

たしかに、いくらでも別の結末は存在していた。イヴァン雷帝を倒す為にカドックと一度は手を取り合う戦いもあったのだろう。あるいはカドックと和解することもできたのだろう。どちらにせよ今よりも、もっと賢い戦い方は確実に存在していた。‐だが、しかし、それはできない。そんなことは()()()()のサーヴァントであるなら、誰であれ知っている。

 

世界は“漂白”された。救った筈の世界は唐突に断絶した。その上で最後まで泣いていた彼女の死も、誰でもなくなってしまった彼の努力も、誰かになれた彼の誕生も、全てが失敗だったのだと吐き捨てられた。

 

「そうである。許してはならぬ。断じて、認めてはならぬ。世界は貴様の理想を叶えなかった。…嗚呼、貴様の怒り(こえ)が聞こえる。嗚呼、貴様の嘆き(こえ)が聞こえる。許せぬだろう。認められぬだろう。全て、()()()()()()()()。神の如き獣よ」

 

厄介な小蠅(コバエ)は叩き落とした。けれど、次に飛んできた者は意味の分からない言葉を並べている。‐同じである筈がない。皇帝として彼が願うのは国の繁栄。世界の平和。皇帝(ツァーリ)の威光を以って遍くものを照らす事。

 

 

「余は守護(まも)る。この国を、世界を、それのどこが、貴様たちと同じだという!世界を壊さんとする貴様たちと!この世界で生きる者全てを虐殺せんとする貴様たちと余は違う!」

 

 

「否。同じである。我らもまた己が世界を守護(まも)らんとするものである。我らは人々と文明の為にこそ在る。故にこそ、私は求めた。空想世界を。夢の新時代を。故にこそ………我らの世界には貴様の世界を砕く価値がある」

 

 

「おお。おおお。おおおおおおお‼不敬なり、許さぬ。余の国を壊させてなるものか‼」

 

 

「その怒りを理解しよう。正しきものと認めよう。その思いあればこそ、私のマスターは貴様と正面から殴り合うと覚悟した。そして、我は命じられた。その勤めを此処に、果たそう!蒸気圧最大‼ディファレンスエンジン起動‼」

 

怒りの前に(さかし)くなることの正しさを彼のマスターは認めない。そこに正しい選択があったのかもしれないと理解しながらも、認めない。

 

許すことが大切だと知ったようなことを言う者はいるだろう。

この戦いが無意味なものだと呆れる者もいるだろう。

 

だが、しかし、それでもと振り上げた意思(こぶし)には確実に宿るナニカがある筈だと‐鋼鉄の巨人はその体躯を軋ませた。

 

「見果てぬ夢を此処に。我が空想!我が理想!我が夢想!その行き着く終焉(さき)を見るがいい‼―――『大宝具(オーバーロード)絢爛たる灰燼世界(ディメンジョン・オブ・スチーム)』‼」

 

異形の世界の大偉業。バベッジの持つ固有結界(宝具)‐それは本来、身に纏う有り得た筈の未来の鋼鉄を強化し、万物破壊の力に変えるもの。だが、しかし、彼の宝具の本来の形はそうではない。現代史に於ける世界の創造と等しき偉業‐コンピューターの基礎概念を打ち立て“父”と呼ばれた彼の宝具の本質が“破壊”である筈がない。

 

それは立香も知っていた。懐かしきカルデアでの彼との会話で聞いていた。‐『我が宝具を真に解放すれば、様々な夢の機械が現れよう』‐その言葉に目を輝かせた。

無論、それはあり得た筈の夢‐空想でしかない。科学者であり魔術師ではなかった彼がキャスターのサーヴァントとして召喚された以上、その霊基は彼の宝具の真の解放には耐えられない。

だから、『絢爛たる灰燼世界(ディメンジョン・オブ・スチーム)』は出力を落し破壊のみを世界に与えた。

 

 

だが、しかし、此処にあり得た筈の夢の世界がやってくる。現実を上回る空想が花開く。

 

 

「おお。おおおおおおお‼なんだ!?何なのだこの世界は!?」

 

 

イヴァン雷帝が驚くのも無理はない。『大宝具(オーバーロード)絢爛たる灰燼世界(ディメンジョン・オブ・スチーム)』の解放と共に世界は姿を変えた。

 

極寒の世界は見果てぬ夢の世界に塗り替えられる。鈍く煌く隕鉄の砂の大地。満天の星空。そして、そこに打ち捨てられた数々の機械たち。人々が空想した夢の機械‐過去未来問わず人類が開発する機械の全てを内包した世界がそこにはあった。

 

此処には何でもある。立香(こども)が目を輝かせる全てが詰まった玩具箱(せかい)

 

探せば“何処にでも行ける(ドア)”もあるだろう。

“空を飛ぶ竹とんぼ”も。“大小を操作する懐中電灯”も。

時間旅行機(タイムマシン)”もあるに違いない。

 

そして、だとするならもちろん、“宇宙世紀に立つ機械の巨人”も間違いなく存在する。

 

空想の世界に於いても比類なき巨大(サイズ)なイヴァン雷帝の前にソレは同じ巨大さ(サイズ)を携えて現れた。姿形は少しだけ変わっている。それでも鈍く輝く鉄色の鎧と黄金の装飾。そして、煌々と輝く意思を燃やす赤い単眼(モノアイ)がソレが彼であることを告げている。

鋼鐵機動戦士‐C・バベッジが大地に立つ。

 

その姿を見て、初めて自分と目線を同じくするものを前にしてイヴァン雷帝は動揺を隠せなかった。

 

 

「…いったい、なんだというのだ。なぜ脆弱な筈の汎人類史(おまえたち)が、余と同等の威光を示さんとする。この世界は、貴様は、いったい何なのだ‼」

 

 

「我が名は蒸気王。有り得た未来を掴むこと叶わず、仮初めと消えた儚き空想世界の王である。我に武勇なく、覇業なく、栄光も有り得ず。この身すべては妄念と夢想に過ぎず、故に――そうとも、故にこそ!我が宝具は真に無尽無限にして無双であると知れ!―――‼」

 

 

神の如き獣‐イヴァン雷帝に引けを取らない巨体(サイズ)となった鋼鐵機動戦士‐バベッジが拳を握る。

 

 

「この拳は我がマスターの意思と知れ。貴様の怒りは正しい。貴様の無念は正しい。その上で、我らも己の正しさを疑わず。故に、殴り合おう」

 

 

「殴り合う、だと?余と、偉大なる皇帝(ツァーリ)である余と、子供の如き喧嘩をするだと………、ふ、ふふ、フフハ!なるほど、それがカルデア、子供の如き貴様のマスターか!よかろう!であれば、知るがいい!余の500年に及ぶ旅路の重みを‼」

 

 

「認識し、理解し、共感しよう。そして、貴様も、我らが歩んだ人理修復の旅路の重みを知るがいい‼」

 

 

「おお。おおお。おおおおおおお‼」

 

 

「おお。おおお。おおおおおおお‼」

 

 

山に等しき巨躯を持つ神の如き獣と宇宙世紀ですら立てるだろう鋼鐵の巨人が殴り合う。鋼鐵の巨人の右ストレートが神の如き獣の横っ面を殴る。神の如き獣の左前脚が鋼鐵の巨人を蹴り飛ばす。重鼻が振るわれる。受け止めて投げ飛ばす。重鼻を振り上げ、天から雷を落す。異音が響き鋼鐵の巨人は姿を変え、蒸気が空を包む。吼える雷帝。立ち上がる蒸気王。

‐固有結界の発動と共にこの空想世界に取り込まれ、戦いを見ている誰もが息をのむ。それを見ていたヤガの大人達は後にまるで神代、創世記の戦いだったと語る。

 

だが、しかし、ヤガの子供達はそうではなかった。

 

胸の高鳴りの意味も分からないままその戦いに魅入っていた。恐怖ではない。世界を壊すかも知れないと根源的恐怖を生み出していたイヴァン雷帝の巨躯は既に唯一ではない。それに並び立つ者が現れたことで恐怖は薄れ代わりに沸き立つ感情がある。子供たちは幼心に、いや、幼心があるからこそ純粋無垢に理解する。

 

怒れる神の如き獣の咆哮‐偉大なる皇帝(ツァーリ)が自分たちを守ろうとしているのだということを、理解する。

 

確かにイヴァン雷帝は遥かな旅路の果てに生きているだけで世界を壊す獣となった。イヴァン雷帝が居てはこの世界の繁栄(せいちょう)はないとするカドック達の言葉は正しい。

だが、しかし、()()()()()()()子供達(かれら)には、そんな難しいことは関係ない。だから、叫んだ。声を出して天に吼える。1人の子供のヤガが出した声は、次第に数を増やし、遂に子供たちの声は偉大なる皇帝(ツァーリ)のいる天に届くものになる。

 

 

「がんばれ!がんばれ!僕たちの偉大なる皇帝(ツァーリ)!かんばれ!」

 

 

振り上げられる重鼻。空想世界に浮き上がる雷雲がイヴァン雷帝の身体に極大の雷を落す。稲妻を迸らせながらイヴァン雷帝は吼えた。

 

 

「おお。おおお。声が聞こえる!余を望む民の声が‼子供たちの、声が聞こえる‼安心せよ!ロシアは滅びぬ‼余は負けぬ‼」

 

 

確かにイヴァン雷帝は数多の魔獣の命を吸いつくし、生きているだけで数多の命を奪う怪物と成り果てた。五百年に及ぶ妄執の果て‐在りし日の皇帝(ツァーリ)を知る者はもはや(ただ)の一人もなし。ならば、もう彼を理解できるものはいない。生きているだけで罪と断じられた‐世界を壊すと定められた‐それが真実であることを誰よりも自身が理解している。彼の栄光は終わった。君臨すべきは己ではない。

 

だから‐否。だが、それでも孤独(それ)で終わる筈がない。

 

 

「かんばれ!皇帝(ツァーリ)!がんばれ!がんばれ!」

 

 

たとえ世界に疎まれても。精一杯頑張った(ヒト)の最後が、最後にたどり着く場所が、孤独(そこ)であっていい筈がない。

 

時が経つほどヤガ達は知る。偉大なる皇帝(ツァーリ)‐イヴァン雷帝の目指した理想の全てが自分たちの為であったことを‐結果は確かに凄惨なものだった-だが、しかし、それでもなお、今この時、偉大なる皇帝はヤガたち全てを背負い戦っていた。

だから、子供だけでなく大人のヤガもまた誰ともなく声を上げた。‐観よ。汎人類史(せかい)。これがヒトの妄執の果て。‐神の如き獣と化した我らの偉大なる皇帝(ツァーリ)であると。

 

 

「おお。おおお。おおおおおおお‼おおおおおおおおおおおおおお‼余は、ロシアは、不滅なり‼」

 

 

空想世界に於ける優勢はそうして決定される。多くのヤガ達が皇帝(ツァーリ)の勝利を願っている。それは同時にアナスタシアを帝位につけるというカドックの望みが潰えた瞬間でもあった。それでも彼は声を出せなかった。世界を壊す筈の英雄が世界に望まれる姿に呑まれていた。

 

カドックには、声は出せない。それがイヴァン雷帝を“切り捨てるべきもの”として見た彼の限界。

そして、声はあった。大勢のヤガの声にかき消される、けれど、力強い声は戦いの最初から叫ばれていた。それはイヴァン雷帝を“立ち向かわなければならないもの”として見た少女の声‐立香は天に向かって今もなお吼えている。

 

 

「勝って!バベッジさん!貴方の世界の素晴らしさを‼私は誰より知っているから‼だから、勝ってー!」

 

 

それは世界の優勢に反する小さなものの声。懸命に叫んだ所で簡単にかき消されてしまう者の声。多数に対する少数。それに意味はないのか。否‐そんなことがあってはならない。多数決で決まる世界に“正義”はない。子供が無垢な瞳を輝かせるモノはない。故に‐だからこそ、その小さな声にこそ仮初めの命を懸ける価値があるのだとバベッジは叫んだ。

 

 

「認識し‼理解し‼共感した‼だからこそ、貴様にも見えるだろう‼それが我が夢見る空想世界、その全て!退けぬのではなく退かぬ旅路の終わりが、あの子供を孤独(そこ)に取り残すものであっていい筈がないのだと‼」

 

 

「おお。おおお。余とて理解した!その拳に乗るものが余の願いに等しくあると認めよう‼だが―――」

 

 

「そう、だからこそ―――」

 

 

「余は負けぬ‼」

「私は負けぬ‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神の如き獣と鋼鐵の巨人の殴り合い(戦い)に終わりはない。どちらが倒れることもない。なればこそ‐もう、終わらせなければならない。その旅路の果てを見るがいい。彼らがその終わりを示そう。

 

イヴァン雷帝は重鼻を持ち上げ天に掲げる。空より墜ちる雷を飲み込み唸りを上げる。その姿こそが神獣の十字行。皇帝(ツァーリ)がいずれ行き着くと信じている天上の国に向かう進行。異星の神を認めぬ程に練り上げた旧世界の神への信仰。つまり、その歩み‐止めること即ち神への冒涜である‐不敬なるものに神罰は下される。

 

 

「『我が旅路に従え獣(ズウェーリ・クレースニーホッド)』‼」

 

 

極大のエネルギー砲とも呼ぶべき光線がイヴァン雷帝から放たれる。‐ヤガの子供たちの目が輝いた。

 

対し、バベッジはそれを受け止める。極大のエネルギーを前に彼は避けることも防ぐこともしない。正面から受け止める。それを彼のマスターが、他ならぬ彼が望んでいる。鋼鐵が軋む。夢想故に無双である筈の身体が砕けていく。これがイヴァン雷帝が歩んだ旅路の重みだと理解しながら、ならば耐えられぬ筈がないとエンジンを回し蒸気を噴き上げる。

 

バベッジが立香と共に歩んだ旅路はイヴァン雷帝のそれになんら劣るものではなく、故に‐胴体の装甲に大きな罅が入る。故に‐メインカメラが機能を停止する。故に‐罅が広がり全身が砕けそうになる。故に‐()()()()()()()

 

 

神罰は下された。不遜なる者が決して辿り着けぬ旅路の果てを示した。そして、イヴァン雷帝は尚も立ち上がるボロボロのバベッジを見た。機械の身体が砕け欠け、単眼(モノアイ)にも光がない。しかし、それでもバベッジはイヴァン雷帝の前に立っていた。

 

 

「次は、私の番である」

 

 

鋼鐵の巨人は満天の星空に手を伸ばすと、星の一つを掴み取る。今より起こるは大偉業‐未来の果てで初めて人が手にする神の力。鋼鐵の巨人の願いの元に()()()()()()()()()()

 

それは現代に於いてとある大国が開発中の軍事衛星(宇宙兵器)

高度1,000kmの低軌道上に設置された衛星より、タングステン・チタン・ウランからなる全長6,1m、直径30cm、重量100kgの金属棒を打ち出す運動エネルギー爆撃。落下速度はマッハ9を超え、地下数百メートルにある目標すらも破壊する‐『神の杖(ロッズ・フロム・ゴッド)』。

 

イヴァン雷帝は光り輝く空を見上げて理解する。これより降り注ぐものが己の身体ごと大地を砕いてあまりある破壊の光であることを理解する。しかし、それでも避けることも防ぐこともできない。()()()()()()()

彼らが歩み、彼が夢見た空想の果て‐その旅路を受け止めなければならない。目の前で立つ勇者(ブレイバー)の様に‐

 

 

人が創り上げる神の光が堕ちてくる。それが神話を終わらせた人の全て。それが神代を否定した人の行き着く果て。機械文明の終着地‐そこで人間は愚かしくも神の名を冠する獣に成り下がる。だか、それでも‐その歩みを否定することがイヴァン雷帝には出来なかった。

 

彼は見てしまっていた。多くのヤガ達、多くの子供が自分を応援している声を聞きながら、内の中に戻した殺戮猟兵(オプリチキニ)が作り出した凄惨な光景を‐知ってしまっていた。

それだけではない。彼の歩んだ世界を救うための旅路の下で、生きる為に子供(弱者)を切り捨てる両親(強者)が数多く存在したことを思い出してしまった。

 

偉大なる皇帝(ツァーリ)‐神の如き獣‐イヴァン雷帝の旅路は決して間違ってはいなかった。汎人類史においてロシア最悪の暴君と謳われた彼の旅路は、民より絶対的な皇帝として敬われ、西欧の人々に“恐怖(デリブル)”として恐れられた彼の歩みは、それでも決して間違ってはいなかった。間違っては、いなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

神の如き獣が地に伏す。同時に空想世界は砕けて消える。

 

蒸気王‐バベッジは創り出した空想の世界が消えると共に消失する。最後にもはや肩に乗せることも出来なくなってしまった少女を見ろしながら、それでも手を伸ばした。

 

 

「貴様にも、見えただろうか、我が、夢見る空想世界、が」

 

 

「うん。見たよ。やっぱり、バベッジさんは私のヒーローなんだよ」

 

 

「そう、か。であるなら、良い。ああ、良い、良い、旅路で、あった。ありが、とう。マスター」

 

 

空想の世界は解れて消える。そして、極寒の世界が戻ってくる。

 

そこにはもう立香のヒーローは立っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

極寒の世界に伏した神の如き獣の冠が零れ落ちる。それはイヴァン雷帝がヒトであった頃の最後の名残。五百年の妄執と化した男の残滓が零れ落ち、身体を引きずりながら自らを打ち倒した者達の前へとやってくる。

 

立香と魔王信長は彼が近づいてくるのを静かに待っていた。

そして、彼は二人の前にたどり着いた。

 

光沢のある青銅色の身体。神の如き獣としての身体を失おうとも、長身である魔王信長が見上げる程に大きなイヴァン雷帝の残滓を前に立香は笑った。

 

「…皇帝(ツァーリ)さんに流れる血も、赤いんですね。あは、私と同じ」

 

「…余は、問わねばならぬ。答えよ。彼の王のマスター。余は、余の旅路は、間違いであったのか」

 

「それは違うよ。絶対に、貴方の旅路は間違ってなんていない。そして、私も…理解したんだよ。私たちのこれからの旅路が正しくないってことも、ちゃんと理解したんだよ」

 

イヴァン雷帝の残滓は間違いを認めながらも自分を睨みつけている立香をみた。

汎人類史の旧種(ヒト)。世界を(ただ)しにきた少女は世界で苦しむ民たちを一人残らず殺戮する覚悟をしながら、そこに立っていた。

 

「私は自分が皇帝(ツァーリ)さんより優れているなんて思わないんだよ。正しいなんてこともある筈がないんだよ。でも、間違っているとも思わない。そして、私たちは皇帝(ツァーリ)さんより、強かった。これは、そういうことなんだから…ただ、それだけのことなんだから…」

 

イヴァン雷帝の残滓は立香の答えを聞くと、今度こそ消えていく。

 

「勝者が泣くか…惰弱な汎人類史らしい在り方だ…しかし、その哀しみは…もう、ヤガが持てなくなったもの。他者に対する憐憫……共感……。か弱い、幸福者」

 

立香の涙を見てイヴァン雷帝の残滓は思い出す。かつて、彼が愛した王妃‐アナスタシアもまたそのような(ひと)であったことを‐この地獄(せかい)で生きることの辛さではなく、他者の不幸に泣くことの出来た(ひと)であったことを。

弱肉強食を突き詰めた世界。弱者は弱肉にも成れぬ世界。そこに君臨したイヴァン雷帝にとって、その“余分”こそが美しく映った。

いつから、だろうか。その何より愛おしむべきものが、世界から無くなってしまったのは‐そして、それが失われた世界であったからこそ、蒸気王の一撃を自分は受け止めきれなかったのだと、イヴァン雷帝の残滓は理解した。

 

「…認めよう…藤丸立香…汎人類史、最後のマスター…おまえの……勝利を…。たとえ、誰が認めずとも……。余は…認め…敗者として……去りゆく……のみだ……。……民よ……子らよ……すまぬ……この者達との喧嘩(戦い)は……。……存外に……。余の……心を……満たし。………」

 

偉大なる皇帝(ツァーリ)‐イヴァン雷帝の五百年に及ぶ旅路はこうして幕を閉じた。

 

 

 




ロシア編。後1話で完結です。

偉大なる皇帝に栄光を!!



ストックが切れましたので、更新は少し遅くなるかも知れません。





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立香ちゃんは歩く


短いですがエピローグ。これにてロシア異聞帯編は終了です。

皆の暇つぶしになったのなら幸いです。(__)







偉大なる皇帝(ツァーリ)‐神の如き獣‐イヴァン雷帝は立香の手によって討たれた。

 

その戦いを見上げて居ることしかできなかったサーヴァント‐アタランテ・オルタは戦いの中で交わされていたバベッジとイヴァン雷帝の会話の中で残酷に過ぎる世界の姿を見た。

 

汎人類史と異聞帯の戦いはどちらかの世界を滅ぼさなければ進めない過酷すぎる旅路。異聞帯が消え去れば、そこで生きる全ての者が消える。‐つまり、今までアタランテ・オルタが率い守ってきた叛逆軍の皆も消える。命を落とす。

 

アタランテ・オルタは旧世界の抑止力が呼んだ汎人類史側のサーヴァントだ。だが、しかし、異聞帯で長く過ごす間に彼女は此方側に染まってしまっていた。汎人類史のサーヴァントだからと言い訳をして、今まで守ってきた者達を切り捨てられるほどに彼女は弱くなれない。

 

ならば、やるべきことは明白だった。イヴァン雷帝を打倒した立香は直ぐにでも異聞帯を支える要である空想樹の切除を始めるだろう。その前にアタランテ・オルタは立香を倒さなけれならない。

幸いにして戦いを終えた立香たちは疲弊している。今ならあの怪物であったイヴァン雷帝と渡り合った強者とはいえ、アタランテ・オルタでもその命を取ることが出来るだろう。狩人の矢は容易に子供の命を射抜くだろう。急がねばならない。

 

世界が壊される前に、皆を救う為に、“正義”を‐震える手で矢を番えようとしたアタランテ・オルタを止めたのはヤガ達だった。

 

叛逆軍のヤガ達、そして、パツシィの手が、震えるアタランテ・オルタを支えるように、弱弱しいその身体に添えられる。

 

「…お前たち、何をする。安心しろ、私はお前たちを裏切らない。世界を、守ろう」

 

ヤガ達はアタランテ・オルタの痛々しい言葉に首を振る。

 

「もういい。もういいんだ。俺達はボスのそんな姿は見たくない。…それに、ああ、それにこれは認めなきゃならないことだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そうさ。イヴァン雷帝の姿には正直、痺れたぜ。敵である筈なのに応援しちまった。そうなった時点で俺達にはもうアンタに守ってもらう資格はなくなったよ」

 

「強食のみの世界。そこで一番強い者が、私達の為に戦って、負けたんです。なら、私達も認めます。ええ、悔しくても苦しくても認めなきゃならない。…敗者は去るのみ。イヴァン雷帝が最後に示したそれが、色々なものを捨ててしまった私たちに残った最後の大切なものなんでしょう。だから、もういいのです」

 

アタランテ・オルタは敗れ消えゆく者たちの最後の矜持を見た。

 

「そう、か。お前たちはやはり強いな。私などより、きっとずっと強い。ああ、わかった。()()()()()()()()()()

 

アタランテ・オルタは弓を置く。もはや彼女に立香と戦う理由はない。敗者は去りゆくのみ‐そうあることがヤガの矜持だというのなら、自分もそれに従おうと立香たちに背を向けて去っていく。

 

空想樹は切除されるのだろう。この異聞(せかい)は滅びるのだろう。

だが、それは直ぐではない。幸いに、情けない話だがアタランテ・オルタは余力を存分に残したまま戦いを終えることが出来たのだ。ならば、最後の時まで彼らのボスであろう。隠れ家に置いてきた子供達にお腹いっぱい食べさせてあげられる獲物を狩ろうと‐狩人はヤガ達を連れてその場から去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、アタランテ・オルタとヤガ達の他にもう一組、戦いの全てを見ていた者たちがいた。

 

クリプター‐カドックにはもう立ち上がる力は残されていなかった。

 

カドックがアナスタシアを皇帝にする為に費やした時間は無駄になった。たとえ今から立香を倒したとしても異聞帯(せかい)はアナスタシアを“皇帝である”とは認めないだろう。

『非常大権』は譲渡されない。そんなことはカドックにもわかる。わかってしまう。

 

皇帝の座は易々と譲り渡されるものではない。

 

何かを成し遂げられるものは、何かを成し遂げようとしたものだけだ。偶々世界を救うだとか、偶々強大な敵を倒すだとか、そんなことは絶対にない。絶対にあってはならない。

 

そんなことはカドックだって知っていた。だから、機会さえあれば自分にも成し遂げられると信じたかった。人理修復に挑む旅路‐カドックが唯一持ちえた誇れるかもしれないモノ‐レイシフト適性。それが輝く機会は奪われた。‐奪われたと思っていた。

 

けれど、目の前でそれが間違いであったことを見せつけられた。カドックにはまだ機会が与えられていた。

 

クリプターとなった時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()があった。

 

今ならばカドックにもわかる。()()()()なら、同じ立場に立たされた時、その選択をしたのだろう。カドックを嗤いながら見事に裏切ってみせ、イヴァン雷帝を倒したのと同じように、たとえ他のクリプター達を敵に回し、七つの世界全てを裏切る結果になろうとも自分たちの世界の為に戦ったのだろう。

 

堂々と胸を張り、高らかに“正義”を主調しながら、それが間違いだと認めながら、それでも笑い続けたのだろう。

 

そして、そんな英雄(彼女)だからこそ力を貸したいと願う英霊(サーヴァント)たちが数多く居たに違いない。

 

そんな旅路をカドックの位置に立香が立っていたのなら、歩んだのだろう。

 

‐それを知ってしまったカドックはもう立ち上がれない。地面に座り込み、俯くことしかできない。完全に心は折れていた。

 

そんなマスターの姿を見つめながら、サーヴァント‐アナスタシアはこれで良かったのかもしれないとも思った。彼女はカドックの頑張りを傍で見ていた。ずっと見ていた。じっと見ていた。その懸命(いじらし)さを可愛いと思った。けれど、こうして絶望に沈む彼の姿もまたアナスタシアには可愛らしく見えてしまう。

 

全てを諦められなかった故に弱気だった少年は、遂に全てを諦めようとしていた。それを全てを諦めたが故に強気な少女は優しく抱きしめた。座り込む小さな身体を包み込むように抱きしめる。

 

「もう、いいのではないかしら」

 

それは優しい声だった。

 

「貴方の頑張りを(わたくし)は知っています。貴方の価値を(わたくし)だけは知っています。この物語(せかい)(わたくし)たちを認めないのでしょう。なら、()()()()()()()()()()()()

 

「…だが…僕は、君を皇帝に」

 

「カドック。(わたくし)の可愛いマスター。それが貴方を縛る楔なら、解きましょう」

 

カドックは続くアナスタシアの言葉を止めようとした。優しい口調から紡がれる言葉の先をマスターであるカドックだからこそ予想ができた。それ以上、先をアナスタシアに言わせてはいけない。

言わせてしまえば、()()()()()()()()()()

 

「駄目だ…アナスタシア、それは…それだけは…」

 

初めからその可能性は存在していた。アナスタシアはロシア革命の激動に飲み込まれ虐殺された亡国の皇女。革命により彼女の大切な人々は皆、死んだ。両親は死んだ。オリガ、タチアナ、マリア、皆死んだ。家来も召使もペットも皆虐殺された。善良な人生を送ることを主に祈った少女の祈りは‐届かなかった。

 

(ヒト)を恨むなという方が無理がある。

 

それでもアナスタシアは皇族として民を導く道を選んだ。だが、しかし、此処にその道も閉ざされる。汎人類史だけでなく異聞帯においてもまた彼女の祈りは届かなかった。可愛らしいマスターの願いも叶わなかった。ならば、()()()()

 

自分を止めようとするカドックの言葉を口づけで止めた後、アナスタシアは美しく嗤う。

 

(わたくし)はもう、こんな世界はいりません」

 

言葉と共にアナスタシアの霊基が反転する。カドックは目の前でアナスタシアが魔術師(キャスター)から復讐者(アベンジャー)に堕ちるのを見て顔を歪ませた。

 

「あ、ああ、ああああああああ!」

 

「ふふ、酷い顔。大丈夫よ。カドック、たとえ霊基が変わろうと(わたくし)(わたくし)です。さあ、マスター。一緒に選びましょう。これからどうするのかを」

 

 

‐《まだ諦めない》

‐《もう終わりだ》

 

 

カドックにはもう立ち上がる力は残されていなかった。

 

その選択を見届けて、アナスタシアは全てを終わらせる事にした。

 

「ヴィイ、(わたくし)が願います。(わたくし)が呪います。石に、氷に、頑なに。我らに何者にも侵されぬ永遠の眠りを。“邪眼”を開きなさい、ヴィイ」

 

優しい冬が二人を包む。

 

白い皇女。獣国の皇女となる筈だったアナスタシアは、ロマノフ帝国の末裔として民を憎悪しながらも導くという苦難の道を選ぶことはせずに、カドックと共に安らかな眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イヴァン雷帝はバベッジの手により倒れた。異聞帯の要である空想樹も魔王信長とセイバーの手により切除された。‐その最中、立香が首を傾げた。

てっきり空想樹の切除の前にカドックが自分を止めにやってくると思っていたからだ。けれど、カドックは現れなかった。

逃げたのだろうと思いもしたが、立香的にはカドックはボコボコしなきゃならない相手。その機会を()()()なんていう予想で失えば自分で自分が許せなくなるので、立香は全てが終わった後もカドックを探しまわることにした。

 

 

‐そして、見つけた。極寒の大地の片隅に少年と少女の氷像があった。

 

 

それを見て立香の視界は赤く染まる。

 

「ふざ、けんな。ふざけんなよ!」

 

モノ言わぬ氷像と化したカドックと彼に寄り添い笑うアナスタシアの残滓に、立香は怒声を浴びせる。

無論、返事はない。

 

「お前たちは何なの‼突然現れて私たちを馬鹿にして‼何もしないでいなくなるの‼ふざけんなよ!戦えよ‼私と戦え‼私がお前を殴るから、殴り返せ‼怒るってことは一人じゃできないの‼振り上げた拳が、私が、私は、どうすればいいの‼」

 

カドック達の氷像に殴りかかろうとした立香を魔王信長は抱きとめる。

 

「もうよい。もうよいのだ。マスター」

 

「でも、でも、ノッブさん…でもぅ…でもぅ…」

 

「此度の(いくさ)はこれで終いである。其処に転がる首は、マスターが拾う価値も無きもの。戦うことも選べぬ臆病者にこれ以上、マスターが心を痛める必要はない。いい加減に無視し続けている通信に返事をしてやろうぞ」

 

魔王信長の言葉で冷静さを取り戻した立香は通信機の音に耳を傾ける。聴こえてくるマシュの声が遂に泣き声に変わろうとしていた。

 

「…うん。そうだね。あはは、みんな、怒ってるかな。怒ってるよね。…一緒に謝ってくれる?」

 

「是非もなく。嫌である」

 

 

 

 

 

こうしてロシア異聞帯の旅は終わる。残る異聞帯の数は6つ。残る(クリプター)は6人。

 

対し立香のサーヴァントは5騎。このまま1つの異聞帯で1騎づつサーヴァントを失い続ければ、立香は最後の異聞帯でただ一人立たなければいけなくなるだろう。

しかし、この立香はどんな状況になろうとクリプターとの共闘には応じない。

故にこの旅路の先は過酷なものであると決定づけられ-

 

ブチギレ立夏ちゃんの旅路は未だ始まったばかりである。

 

 

 

 




カドック君の終わりについてはアナスタシアさんのマテリアルを参考にさせて頂きました。マスターの選択次第では、こんな終わり方も有りかなと。
このアナスタシアさんは苦難の道を選ぶことはせずにカドック君との優しい眠りに付きました。



次の北欧異聞帯編はまた書き溜めて一気に投稿予定です。

( `ー´)ノ

後、アンケートには深い意味はないので気軽に答えてみてください。





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門幕
新たなる旅路を



もう時期に2020年が終わる。やり残したことがあるんじゃないかと自分に問いかけて、愚かしくも投稿させて頂きます。

みなさまの暇つぶしになれば幸いです(._.)





 

 

《……繰り返す。我、汎人類史の魔術師。次の座標にどうか合流を―――こちらはバルトアンデルス。彷徨海(ぼうこうかい)、バルトアンデルスである》

 

 

 

 

ロシア異聞帯での戦いから数日後、立香はマシュと共に“漂白”された世界を歩いていた。白い大地。不気味なほどに澄み切る青空の下には、世界の“漂白”に取り残された建物が残っていた。

以前は人が暮らしていただろう建物がまるで前衛的芸術作品のような不可思議な形で残されている。“形が欠けた”としか言い表せない建物に立香とマシュは踏み込んだ。

 

「まるで、違う惑星のようです」

 

マシュの言葉に立香は頷く。世界は“漂白”され、地球は異聞帯以外に()()()()()()()()と成り果てた。だが、しかし、此処の様に極まれに取り残された地域・建物・そして生命が存在する。これをカルデアは『残留物』と呼称し、立香は『希望』と呼んでいた。何もなくなってしまった世界で、それでも生きている人がいる。その事実があるからこそ立香は拳を握ることができる。

 

「どうやら此処では何人かの生存者が数日、数週間。いえ、数か月は暮らしていたようですね。先輩」

 

ペットボトルや缶詰の数々。何度も修理を試みたであろう通信機の残骸。床に転がる人々が暮らしていた名残の中から、立香は幼年向けの人形らしきものを拾い上げる。それは生存者の中には小さな子供もいた証。そして、今は持ち主を失った人形のビーズの瞳が立香をじっと見つめていた。

 

“許せない”。“許してはならない”。‐そんな声が立香の頭に響く。

“許せない”。“許してはならない”。‐ああ、その通りだと立香は嗤う。

 

理不尽に奪われた。唐突に世界は断絶した。この人形の持ち主であった子供に“罪”はあったのか?明日を信じて眠る子供から明日を取り上げる権利が彼らにはあったのか?‐答えは出ない。‐()()()()()()()

立香はその確信を抱きながら、マシュに問いかける。

 

「ねえ、マシュ。私は間違っているのかな。私の気持ち(怒り)は、幼稚なのかな」

 

「…先輩」

 

「許すことが大切だって言う人がいるの。クリプター達にも理由があったんだっていうの。うん。そうかもね。彼らは私と違って凄い魔術師だから、きっと人類を裏切った頭のいい理由を十も百も並べ立ててくれる筈なんだよ。…でも、それが許す理由にはならないよね」

 

立香は嗤う。憎しみと怒りの混じる顔で嗤う。それを見ながらマシュは思う。

大好きな先輩にこんな顔をさせているのは自分なのだと理解する。‐立香とマシュではクリプター達を見る視点が違う。立香にとってクリプター達は突然現れた敵でしかない。

しかし、マシュにとっては立香と同じく“先輩”と呼ぶべき存在。

 

クリプター‐元Aチームの魔術師たち。マシュもまた元々はAチームに配属されていたデミ・サーヴァンだ。確かに彼らとマシュとの交流は薄かった。けれど、零ではないし、マシュを気にかけてくれる人たちも確かに存在していた。‐それは立香も知っている。立香は滅茶苦茶に見えるが勤勉だ。“優秀な立香ちゃん”を自称する彼女は努力を怠らない。その努力の中には敵への理解も当然の如くに含まれる。

カルデアに残されたデータベースの中で立香はマシュに好意的だったクリプター達の姿を見た。かつてのマシュはその好意を優しさだとは受け取っていなかったが、今のマシュならば彼らの行動が善意からのものであったことを理解しているだろう

 

だから、マシュは立香の前で口に出してしまったのだ。

‐“彼らにも何か理由があったのかもしれない”と。

 

「…あは、困らせて、ごめんね。でも、言っておかなきゃ、いけないことだから、言っちゃった」

 

マシュは自分に向けられる立香の哀し気な笑顔をみた。マシュは胸が締め付けられる痛みを感じた。

“この立香”は(クリプター)を許せない。許したくない。けれどもマシュは彼ら(クリプター)を立香の様に心の底から憎むことが出来ない。

“優しい彼女”と“この立香の考え”は交われない。けれどもこの物語(せかい)はとても悪趣味だから、互いを大切に思い合う二人の対峙は優しさ故に先送りにされてしまう。互いにいつか訪れると解りきっている結末から目を反らしながら、立香はマシュを抱きしめた。‐困らせてしまった後輩に謝りながら優しく抱きしめる。マシュはそれに答えるように立香の背に手を回した。

 

「私はマシュが、大好きなんだよ」

 

「私もです。先輩は私にとって大切な人です」

 

人はすれ違う生き物だ。そのズレを“気遣い”や“思いやり”と言うもので埋めながら生きている。けれど、決定的に分かり合えない者は存在するし、どれだけ相手を想おうと避けられない決別は存在する。“この立香”と“優しいマシュ”が最後にどうなってしまうかは天才である彼女にもわからないことだけれど、とりあえず言わなければいけないことがあるとダ・ヴィンチは可愛らしい声で通信機越しに二人に伝える。

 

《二人とも、そろそろ時間だよ。そして、私たちが観測していることも忘れないでいてくれると嬉しいな》

 

立香とのイチャイチャラブラブを観測機越しにシャドウ・ボーダーの皆に見られていたと気付いたマシュは顔を赤くして、そんなマシュを見て立香は笑った。

 

 

 

 

ロシア異聞帯を後にしたシャドウ・ボーダーは航海の最中に届いた通信に応え、航路を定めた。向かう先は‐彷徨海(ぼうこうかい)バルトアンデルス。

ロンドンの時計塔。エジプトのアトラス院に並ぶ魔術世界に置ける三大組織の一つ。北海に隠された神代の島‐最古の魔術棟‐彷徨海(ぼうこうかい)

その実態は世界を彷徨う“異世界の海”に西暦以前に建てられた魔術棟だという。神秘のテクスチャを貼りながら移動する大地はまるで“独立した特異点”だとホームズは評した。

そして、そんな彷徨海バルトアンデルスだからこそ世界の“漂白化”を逃れ、未だ存在している可能性は高くあった。

 

故にカルデアは届いた通信は彷徨海バルトアンデルスからのものであると判断。残された汎人類史の英知を集結させるため、指定された海域に向かうこととなる。

ただ現在の地点から指定された海域へ向かう為には“北欧異聞帯”と称する第二異聞帯区域を越えねばならずマシュと立香による“漂白化”より取りこぼされた区域の捜索終了後、シャドウ・ボーダーは二度目の虚数潜航を行うこととなった。

 

ただし今回は異聞帯の調査・攻略は後回しでいい。北欧異聞帯を越え彷徨海にたどり着くことが第一の目的。そう決めたのはダ・ヴィンチとホームズ。そして、ゴルドルフ。彷徨海にたどり着けばサーヴァント召喚に必要なエネルギーが手に入る。そうすれば戦力の増強と共に()()()()()()()()()以外のサーヴァントの召喚が可能になるだろう。

 

現カルデアの頭脳であるダ・ヴィンチとホームズの二人。そして現所長であるゴルドルフはロシア異聞帯で()()()()の危うさを見せつけられた。度重なる独断。繰り返された命令無視。ダ・ヴィンチとホームズは立香がカドックと合流後にイヴァン雷帝の眠る首都で暴れまわっている間、ずっと立香に呼びかけ続けていた。そして、立香は通信機越しの言葉を無視し続けた。結果‐確かに立香はイヴァン雷帝に勝利しロシア異聞帯の空想樹は無事に切除された。だが、そんなものは偶々だ。次も立香の行動が全て上手くいく保障など何処にもない。

 

 

立香は頑張っている。独断での単独行動の全ては戦える者が戦うべきだという判断の元の行動。ダ・ヴィンチはシャドウ・ボーダーの制御の為に離れる訳にはいかない。ホームズはそのシャドウ・ボーダーを守らなければならない。‐だから、私が戦うんだと拳を握る立香の思いを二人は理解している。だが、しかし、それとこれとは別の問題。否、戦えるのが立香しかいないというのなら尚更に彼らは立香を失う訳にはいかない。だから、立香の単独行動は許してはいけないと‐ロシア異聞帯での戦いを終えた後に二人は立香にお説教をした。

 

因みにその際、勘だけはいい立香は何やら不穏な空気を感じたが、ダ・ヴィンチからのお風呂の誘いがあるとそれも忘れて着いて行って簡単に捕まった。そして、立香を助けようと勝手に飛び出した森長可はホームズの“バリツ”に沈んだ。ダ・ヴィンチを狙った森長可を後ろから奇襲するとか流石に探偵は汚い。

 

そんなどうでもいい攻防の末、立香はダ・ヴィンチとホームズの二人から三時間に及ぶお説教を受けた。立香は反省した。‐問題は其処からだった。立香は確かに反省をした。シャドウ・ボーダーからの通信を無視した事、マシュを泣かせてしまった事を深く反省して、ゴルドルフを含む全職員の前で頭を下げて謝った。だが、しかし、続く言葉があった。

“同じ状況になった時、私は同じ選択をする”と立香は言った。握った拳を解かない意思を示した立香はダ・ヴィンチとホームズを大いに困らせる。立香の気持ちも分かってしまうから、困るのだ。

 

立香の気持ち(怒り)をダ・ヴィンチとホームズの二人は否定しない。理解しようとしている。だが、しかし、やはり立香が繰り返すだろう危険な行動を止める必要性はある。立香の暴走を止める存在が必要だった。

幸いにして立香の隣に立ち、立香を止める役割を果たせる人物が一人は居た。‐マシュだ。デミ・サーヴァントである彼女は既に力を取り戻している。以前の様に“聖騎士ギャラハッド”の加護を宿した状態ではないが、ダ・ヴィンチの造り上げた“霊基外骨格オルテナウス”を装着することで前線に出られるだけの力は取り戻している。以降、立香のストッパーとしてマシュを共に立たせることをダ・ヴィンチとホームズはゴルドルフに進言し、ゴルドルフもそれを許可した。

ただ、それだけでは不安だと零したゴルドルフの言葉にダ・ヴィンチもホームズも頷く。

 

確かにマシュは立香を危険から遠ざける為に役割を果たしてくれるだろう。しかし、いざとなればマスターの立香の意思を尊重するのがマシュという少女だ。たとえ今の立香とマシュのクリプター達への考えが少しだけズレていたとしてもその根底が変わることはないだろう。

だから、マシュの他にも立香のストッパーとなる者が必要だった。

 

二人は立香のサーヴァント達に接触を試みた。立香は自分に力を貸してくれるサーヴァント達を何故か明かしたがらなかったが、ダ・ヴィンチが一夜を一緒の布団で寝ることを提案すると“わーい!”と喜んで二人の前で全員を現界させた。

 

二人は立香のサーヴァント達に、シャドウ・ボーダーにいる間は自分たちが寄り添う(止める)から、戦場では君たちが止めて欲しい頼んだ。結果は芳しくなかった。

 

復讐者(アヴェンジャー)‐魔王信長は立香の決断を称賛する立場で危険が迫れば命を掛けて守るが、止めはしないと嗤った。

狂戦士(バーサーカー)‐森長可は立香の怒りは正当だろうがと二人の提案を吐き捨てた。

暗殺者(アサシン)‐武則天は(わらわ)達は悪くないもんと顔をそむけた。

唯一、ダ・ヴィンチとホームズの話に理解を示した騎士(セイバー)は悩みながらも立香の気持ちを尊重したいと申し訳なさそうに首を振った。

騎兵(ライダー)は論外だった。あんな野郎(クズ)に立香の事を頼むなら、“私が出陣(でる)”が二人の共通見解だった。

 

此処にきてロシア異聞帯で魔術師(キャスター)‐バベッジを失ったことの大きさが響いてくる。彼は少しだけ立香に甘い部分はあったが、子供を叱れる立派な大人だった。‐だが、失ったものを嘆くことばかりをしていられない二人は立香のサーヴァント達から協力が得られないと分かると次善の策を考える。

 

それが新しい英霊(サーヴァント)の召喚。その為に必要な場所とエネルギーの確保に苦慮していた二人に届いた彷徨海からの通信はまさしく助け舟。

 

こうしてカルデアの頭脳二人の提案。そしてゴルドルフの決定によりシャドウ・ボーダーは彷徨海への到達を第一目標として、北欧異聞帯を駆け抜けることに決めた。

 

 

 

それは正史‐辿る道筋は少しだけ違うが彼らがそう選択することは必然だった。

 

“ロシア異聞帯での戦いを終えた後、彷徨海よりの通信を受けてシャドウ・ボーダーは北欧異聞帯を横断する決断をし、戦いを避けて指定された海域を目指す”。‐結果、それは叶わずに終わり、立香たちは北欧異聞帯での戦いを強いられることになる。

 

その運命を変えたのはやはり立香だった。

 

北欧異聞帯を越える為に行われた二度目の虚数潜航。第二航海の最中、突如、船内に鳴り響くレーダー音が虚数空間を進んでいるシャドウ・ボーダーに()()()()()()()()()()を知らせてくる。そして、船が()()()

 

「ありゃ、衝突事故かな?ダ・ヴィンチちゃんの運転は完璧だから、きっと相手のわき見運転だね!」

 

「待て。待て、待て。待てぇ!虚数空間に…な、な、なにが存在するというんだ!?」

 

軽口を叩く立香と慌てるゴルドルフという最早見慣れた光景にどこか安心感を抱きながらも、現状が安心を許さない状況であることは明確だった。

あらゆる物体が存在しえない虚数空間でシャドウ・ボーダーが何かにぶつかった。

 

次いでダ・ヴィンチからの報告が飛んでくる。

 

《うーん。ボーダーに積まれたソナー、魔術的・霊的なレーダーにもさっぱりだ。何がぶつかったのかは分からない。けど、さっきからボーダーの進みが良好(いい)。何かわからないけど、コレは船を押しているね》

 

それを聞いて立香は敵じゃないのかな?と思った。それを支持するようにマシュは“何処かほんのりとあたたかいようななにか”を感じると伝えてくる。

現状、シャドウ・ボーダーを押す何かが敵かは分からない。けれど、ゴルドルフは最悪の事態を想定しながら所長としての決断を下す。

 

「敵だ。こういう時は最悪を想定するべきなのだ!マシュ君の感じる心地良さも悪魔の常套手段だ!悪魔というものは最初は優しいんだよ!」

 

敏腕美人秘書‐コヤンスカヤに騙された太っちょ紳士‐ゴルドルフのその言葉には誰もが頷いてしまう説得力がある。

 

「私は私の理性に従う!いいかね諸君、断じて冒険野郎なんかにはなりたくないが!この場合、緊急浮上が最善なのは私にだって分かる!カルデア所長権限により、命令する!虚数潜航艇シャドウ・ボーダー、全力で緊急浮上を行え!」

 

危険も伴う緊急浮上。そのゴルドルフの決断にダ・ヴィンチもホームズも賛同する。マシュが感じるという心地よさだけでは何か分からないものが味方とは言い切れない。ダ・ヴィンチの“眼”にも映らない何かがシャドウ・ボーダーの傍にいることは確定的である以上、まずはその未知から距離を取るというゴルドルフの判断は正しい。

立香もそれを受け入れる。ゴルドルフが第一に考える“全員の安全”は立香も第一にしたいと思うことだ。

 

‐だから、ゴルドルフの決断に待ったを賭けて運命を変えたのは立香ではない。立香ではなく“この立香”が居たからこそ存在した英霊(サーヴァント)は、立香がギリギリまで擁する全サーヴァントの真名を秘匿していた理由である彼は、不敵に笑いながら何時の間にかシャドウ・ボーダーの(ハンドル)を握っていた。

 

意味が不明だった。唐突に表れた彼の存在も、彼の行動も、立香にだって分からないことだったから、全員が固まってしまった。ただダ・ヴィンチだけは彼がシャドウ・ボーダーの(ハンドル)を握った瞬間、シャドウ・ボーダーの制御が自分を離れたことを悟り叫んだ。

 

《私の船に何をするつもりかな!()()()()!》

 

美少女の可愛い怒声にライダーは一切の怯みを見せることなく堂々とした余裕たっぷりの態度で笑う。

 

「なあに、悪いようにはせんさ。ただ俺もそこの嬢ちゃんと同じ意見でな。()()()()()()()()()()()()。俺達を新天地に運んでくれる潮風さ。だから、相棒(マスター)()()()()

 

傍若無人な振る舞いを見せるライダーはそれでも勝手を起こす前に立香に許可を求めてきた。当然だ。彼はもう二度と立香を裏切らない。いや、二度とではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そんな信用も信頼もするべきではない彼の言葉を立香は再び信じてみせる。

 

その立香の決断にホームズは呆れ、ダ・ヴィンチは顔を覆い、マシュは崩れ落ちた。“優秀な立香ちゃん”を自称するこの立香に唯一、誰も庇うことが出来ない汚点があるとすればそれはこのサーヴァントとの関係性に他ならない。

 

立香とライダーは共に戦い。共に勝利し。そして、何度も立香はライダーに裏切られてきた。

 

そんなこと繰り返すこと十数回。オルレアンで、セプテムで、オケアノスで、ロンドンで、北米で、キャメロットで、バビロニアで、新宿で、下総国で、そして()()()()で、ライダーは立香を裏切り続けてきた。その度に立香は打ちのめされながら、最後にライダーを打ちのめし、許し続けてきた。

 

“許すことが大切だ”‐誰かが言った言葉は、他でもない()()()()が言った言葉だ。

 

「ゴルドルフさん。緊急浮上は止めて、あの人に任せてみませんか?」

 

「な、何を言っているのかわかっているのかね!?其処に居るサーヴァントが何者なのかは私でも知っている、何故英霊の座に居るのかも分からないロクデナシではないか!そんな男をこの状況で信じろと言うのか!?」

 

「はい。たぶん大丈夫ですよ。だって私のライダーの幸運はEXなんですよ?あは、幸運Eしかなさそうなゴルドルフさんとは違って!」

 

「ぐぅ、その歪んだ笑みの原型はそのサーヴァントの笑い(ソレ)か‼ええい、あんな奴を少女のサーヴァントにするなんてカルデアの連中は何を考えていたのだ‼」

 

ゴルドルフの言葉に返す言葉がダ・ヴィンチを含めたカルデア職員には無い。確かに彼は無垢な少女が使役していい英霊(サーヴァント)ではない。確実に人格の形成に影響を及ぼす。‐結果、()()()()が出来上がってしまったと明言はできないが、全く影響がなかったとも言えないだろう。

 

だが、しかし、立香はあの場所で彼と出会ってしまったのだ。

 

人理修復の旅地の第一歩‐オルレアンに挑むためにカルデアで行われた初めての英霊召喚。その場所で初めての召喚に驚き尻もちを着いた立香を見下ろしながら、彼は言った。

 

 

『サーヴァント、ライダーだ。まあ、よろしく頼むぜ』

 

 

それが立香の初めて見た英雄の姿だった。

 

以降、立香はライダーと共に人理修復の旅路に挑み今に至る。

そんな彼が信じろと言う。‐ならば、立香は信じてみよう。

 

「大丈夫ですよ。だって世界を救わなきゃ、奪うモノもないもん。そうでしょ、ライダー」

 

「ははっ、違いねぇ。なあに、心配するな。船に関しちゃ、俺は嘘は言わないさ。この船を押す、これは()()()だ。この風と俺の操舵(うで)があれば、このまま海に潜ったままで新大陸までお前たちを運んでやるよ」

 

ライダーの言葉にゴルドルフは驚いた。

 

「な、このまま虚数空間を進み北欧異聞帯を越えられると言うのか!…ダ・ヴィンチ技術顧問!そんなことが本当に可能なのか!?」

 

《…正直、ノーと言いたいけどね。うん。この出力で彼の腕なら、可能かもしれないな。彼はロクデナシでも操舵(うで)はピカ一さ》

 

「そ、そうか。…よし、わかった。()()()()()()()()()。お前はそのサーヴァントとして務めを果たせ!いや、果たしてくださいよ本当に!」

 

「はっはっはっ、いい答えだ!」

 

こうしてライダーがシャドウ・ボーダーの舵を取る。“この立香”でなければ有り得なかった展開により、シャドウ・ボーダーは北欧異聞帯を越え彷徨海へと辿り着くこととなる。

 

 

これにより日曜日を嫌う少女が日曜日を迎える時は先送りにされ、その結果がどうなるのかはまだ分からない。事態は混乱し、予定調和は壊れた。未来は見えずに、運命はまだ確定していなかった。

 






北欧異聞帯は先送りにさせて頂きます。
理由は物語の構想当初、自分のカルデアがまだインド異聞帯で止まっていたので実は戦乙女様をラスボスにしようと考えていたんですよね。



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立香ちゃんは行く

おーみそかー\(^o^)/

みなさまの暇つぶしになれば幸いです(^^)




運命は変わった。予定調和は崩れ、未来はより混沌となる。この立香でなければ成しえなかったと断言できる“偉業”の一つはライダーの手によって完遂された。

 

“漂白”された世界に向けて発信されていた通信を受け、シャドウ・ボーダーは本来なら有り得なかった速さで目的地に到達した。

 

それが二週間前のこと‐つまり現在、原初の魔術工房‐彷徨海バルトアンデルスに立香はいた。

 

年に一度、12月31日にのみ姿を現し限られた才能のみを招き入れる神秘の海域。多くの才能ある魔術師達が望みながらも足を踏み入れることの出来ない場所で立香は途方にくれていた。

 

「むぅ、帰り道が消えたんだよ」

 

夜中に目が覚めて、与えられた私室を暇だからという理由で飛び出して、廊下を歩いていた立香は何時の間にかに迷子になっていた。時刻は深夜‐立香の頭の上にのるフォウ君も小さな寝息を立てている。立香はフォウ君を起こしてしまわない様に絶妙なバランス感覚を誰に目にも触れない場所で無駄に発揮しながら廊下を歩く。失くしてしまった帰り道を探す立香の旅路は長く‐続く訳もなく五分ほどで見慣れた場所にあっさりと辿り着く。‐当然だ。

 

現在の彷徨海バルトアンデルスを取り仕切るアトラス院の才女‐シオン・エルトナム・ソカリスと、そのサーヴァント‐“キャプテン”は立香たちが彷徨海バルトアンデルスにやってきてから、たった二週間の間に人が暮らす環境では無かった彷徨海をカルデアベースに造り替えてくれていた。

 

現在の彷徨海バルトアンデルスは昔のカルデアとほぼ同じ造りをしている。‐その場所で迷子になる立香にこそ問題があったが‐それは隅に置いておいて見慣れた場所にたどり着いた立香は安堵しながら、食堂の扉を開いた。

 

「―――む?」

 

「…深夜の食堂の扉を開けると、そこには盗み食いをする新所長の姿があったのです。これは事件かも!」

 

深夜の食堂。電気が付いていながらも“まあ、誰もいないよね”と開いた扉の先にゴルドルフが居て、しかも、ケーキを盗み食いしていたという事態に立香のテンションが謎に上がる。

 

「ねえねえ!何食べてるの?バターの香りかも!ケーキ?ケーキ!ケーキ!?」

 

深夜テンションという非常に厄介な状態で絡んでくる立香に対してゴルドルフは心底、迷惑そうにしながら声を上げた。

 

「ええい、鬱陶しい!まったく…鼻の良い奴だ。おおかた、私と同じく甘いバターの香りに釣られたのだな?………仕方あるまい。私はもう充分に味わった。そら、まだ手を付けていない半分をくれてやろう。お茶はポットにあるぞ」

 

立香はゴルドルフから渡されたケーキをわーい!と受け取り、甘いバターのいい香りに欲望が刺激されるまま口に運ぼうとして、止まった。

そんな立香の様子をみてゴルドルフは怪訝な顔をする。

 

「どうしたのだ?」

 

「うーん。よく考えたらこんな深夜にケーキは女の子の敵すぎるかも。お茶だけ飲んで、ケーキは明日の楽しみにしようかな?…うん。そうするね。ゴルドルフさん、ケーキありがと。明日、マシュと一緒に食べて味の感想を聞かせてあげるからね」

 

「…え?なんで私に味の感想を?」

 

「…え?だってこれ、ゴルドルフさんが作ったケーキでしょ。なんで不思議そうな顔をするのかな?…ていうか、ちょっと顔色が悪すぎるかも!大丈夫!?」

 

摘まみ食いをしたケーキ。‐青白い顔で冷や汗をかき始めたゴルドルフから聞けば、それはゴルドルフが用意した物ではなく、食堂に『for藤丸立香』と書かれて、置かれていたものらしい。

謎のケーキ。そして、そのケーキを食べてから明らかに体調を崩し始めたゴルドルフ。その事態が意味することを立香が理解するよりも前に、暗殺者(アサシン)のクラスである彼女は“敵”の存在を看破し現界した。

 

金属がぶつかり合う音が食堂に響いた。

 

立香とゴルドルフが音のした方へと視線を向ければ、そこには立香に向けて放たれた暗器を(べん)で叩き落とした暗殺者‐武則天がいた。

そして、忘れられる筈もない立香にとっての怨敵‐TV(タマモヴィッチ)・コヤンスカヤの姿があった。

 

原初の魔術工房‐彷徨海バルトアンデルスという絶対の安全が約束された場所に突如として姿を現したコヤンスカヤにゴルドルフは毒を盛られていただろうケーキを食べて青くなった顔を更に青くしながら、震えた。

 

「な、なな、ななな、何故コヤンスカヤ君が此処に!?」

 

「…参りましたわ。大の男がこっそり、部下への贈り物をつまみ食いとか。本命には口も付けて貰えませんし。…そして、直接、命を狙おうかと思えば面倒なのが、ワラワラと。相変わらず、無駄に愛されてますわね。立香ちゃん♪」

 

予測などできない唐突過ぎるコヤンスカヤの登場を説明するのなら、ロシア異聞帯での立香の奮闘とカドックの絶命を知った(クリプター)達とコヤンスカヤの間で交わされた交渉の問答を書き連ねなければならないのだが、今はそれをすることはしない。

 

知っておくべき事実は二つ。一つ、コヤンスカヤは立香の命を狙い彷徨海バルトアンデルスに現れた。二つ、この状況下において追い詰められているのはコヤンスカヤだ。

 

不意を突き立香の命を狙った凶刃は暗殺者‐武則天により防がれた。そして、コヤンスカヤを前にした立香の高ぶりに呼応して次々に‐ワラワラと‐立香のサーヴァント達が現界する。その中にはもちろん、カルデアにてコヤンスカヤの霊基(いのち)を砕きかけた魔王信長の姿もあって、コヤンスカヤの頬を冷や汗が伝う。

 

毒殺に刺殺。二つの暗殺を外したコヤンスカヤの状況は悪い。いくら異星の神の使者である彼女とはいえ、五人のサーヴァント達を敵に回せるほどの戦力は有さない。奥の手の一つや二つはあるが、それは立香のサーヴァント達も同じことだ。

彼女はロシア異聞帯での蒸気王‐バベッジの戦いを知っている。其処で解放された“大宝具”という存在もまた知っていた。

故に此処で無理やりに立香の命を奪わんとすることが悪手であると悟り、失敗したことを諦めて、舌先三寸で転がして逃げの一手を打とうと、立香に微笑みかけたコヤンスカヤにとって意外だったのは、自分を見た瞬間に殴りかかってくると思っていた立香が動きを止めていることだった。

 

「…」

 

コヤンスカヤの声掛けに立香から返事はない。コヤンスカヤと対峙する武則天も立香の(めい)を待つ形で動きを止めている。後ろでは今にも飛び出さんとする森長可を制する魔王信長の姿があった。

 

コヤンスカヤの暗殺は失敗し、周りには立香のサーヴァント達が揃い踏み。コヤンスカヤにとって敵地である此処にはもちろん、カルデアの時の言峰神父の様に誰かが助けが入ることはない。逃げようにも武則天がそれを許さない。

どこをどう見ても立香が優位な状況で、それでも立香が顔を俯けて動きを止めている理由を考察して‐思い至ったコヤンスカヤは驚いた後、いやらしく嗤った。

 

「ええ、なるほど、そういうことですか。あなたも意外と愛されてますわね。ゴルドルフ所長」

 

「…は?…ど、どういう意味だ」

 

立香が盛られる筈だった毒を盛られ、顔青くして寒気で身体を震わせるゴルドルフが回らなくなってきた舌で懸命に返事を返すのに対し、コヤンスカヤは嗤いながら言う。

 

「彼女がそうして必死に衝動を抑えてるのは、どう考えて貴方の為じゃないですか。私の命を奪うは、簡単でしょう。けれど、それをしてしまえば()()()()()()()()()()。そう、考えているのでしょう?」

 

コヤンスカヤの言葉でゴルドルフは立香へと顔を向け、そこで怒りに震えながらも歯を食いしばり衝動を必死にこらえている立香の姿をみた。

コヤンスカヤの言う通りだ。今の立香にとって、コヤンスカヤを倒すことは難しいことではない。それを分かっていたからこそ、コヤンスカヤも立香の暗殺を試みた。

正面から戦わずに搦め手で藤丸立香という障害を取り除こうとした。それは失敗してしまったが、コヤンスカヤにとって幸運だったのは“優秀な立香ちゃん”を自称する彼女が、()()()()()()()()ことだ。

 

いや、優秀ではないという言葉には語弊がある。コヤンスカヤとて立香が優秀なマスターであることは認めている。だが、しかし、()()()()()()()()()()()()()()()

 

故に優秀な魔術師ならば選べただろう選択が出来ずに立香は唇を噛む。ゴルドルフの命を前に、小さなリスクを選択することが出来ずにいる。

その姿を嗤いながら、コヤンスカヤは立香に近づく。自分を制していながら、立香がゴルドルフの命を守りたいと思っているが故に動くことのできない武則天を見下し、その前を堂々と横切りながら、コヤンスカヤは立香の目の前に立った。

 

「愚かな…いえ、この場合は可哀そうにというべきなのでしょうね。中途半端に優秀な立香ちゃん。貴女が激情に呑まれるだけの愚か者であったなら、この場で私を倒し多くのモノを救えたのに」

 

自分を見下すコヤンスカヤを立香は睨みつけるが、コヤンスカヤはそんな立香の視線など意に介さず、ただその姿を嗤う。

 

「カルデアで受けた傷が原因でロシア異聞帯では私は動くことが出来ませんでした。けれど、もう傷はこの通り癒えています。次に向かう先の異聞帯では存分に商売をさせていただきます♪それがどういうことか…中途半端に優秀な立香ちゃんなら、わかりますよね?ふふ、そんな怖い顔をしなくても理解しておりますとも。()()()()()()()()()()!」

 

コヤンスカヤは笑う。美しく笑う。優し気に笑う。お前の激怒はその程度かと言いたげに鼻を鳴らし、敵を目の前に動けないという無様を晒す立香を嘲笑う。

 

「カルデアで出会った時の貴女は脅威でした。カルデア以外の全てを、自らの命すらも無視して戦う貴女は恐ろしいほどに強かった。けれど…ええ、けれど、出会って間もないゴルドルフ所長を守ろうとするなんて、()()()()()()()()()()()()()()♪」

 

自分を見上げ睨みつけてくる立香を見下しながらコヤンスカヤの心に沸き立つ感情は落胆だった。視線の交差する僅かな時間に降って沸いた自分の感情に驚きながら、コヤンスカヤは考える。

 

コヤンスカヤにとって立香は目的の前に立ちふさがる敵でしかない。その筈なのに、その敵が弱くなったことに対して落胆しているという事実を客観的に(かんが)みて、思い至り、コヤンスカヤの内側で少なくない衝撃が走った。

 

「(なるほど…なるほど…業腹ですが…私はこの小娘の“怒り”だけは認めていたということですか…)」

 

カルデアで出会った“凡庸である”とされた少女は、凡人の範疇を遥かに超えた怪物だった。

 

クリプター達の数人が“物語の中に生じた誤植”と呼称する程度には脅威だった。立香のサーヴァントに霊基を砕かれかけたコヤンスカもまたそれ自体は認めている。確かに単身サーヴァントの使役を可能にする“奇跡”なのだろう。‐いや、違う。

 

“この立香”の本当の恐ろしさは“そこ”ではない事をコヤンスカヤは知っている。

 

カルデアで戦った時の立香はいっそ清々しいまでに周りの環境と言うものを気にかけていなかった。感情のままに戦い‐自分の命すら勘定に入っていなかった。守る為に戦う‐いや、違う。魔王を従え極寒の中で嗤っていた彼女は‐戦いたいから戦っているようにしかコヤンスカヤには見えなかった。

 

そして、それが“怒り”。七つの大罪の内においても最も強いエネルギーを生むだろう感情の本質であることをコヤンスカヤは知っている。

 

「奪われたことに怒り。踏みにじられたことを許さない。そうして生じた衝動のままに駆け抜ける貴女であったからこそ、私は認めていたのに…出会って間もない相手も大切だなんて、その尻軽さには落胆の一つもしてしまいます。そうして際限なく弱くなり続ける貴女が私たちに勝てる筈がありません」

 

立香にはコヤンスカヤの言っていることの半分も理解できない。それでもその言葉の中に含まれる“哀れみ”を感じ取ることは出来る。敵に向けられるその感情ほど、人の神経を逆なでするものはない。立香の視界が赤く染まりかける中で、コヤンスカヤは小瓶を一つ床に落として姿を消していく。

 

「もし仮に貴女が未だ私たちの脅威だというのなら、証明してみてください。怒りのままに、衝動のままに、向かってきなさい。人類最悪(笑)のマスター。私が次に向かう先は中国異聞帯です」

 

 

結果的に見れば今回の暗殺はコヤンスカヤの完敗だった。立香に盛る筈だった毒はゴルドルフの手によって防がれ、ゴルドルフが誤って服毒した毒も戦いを回避する為に解毒剤を渡したことで解決した。

 

コヤンスカヤの持っていた彷徨海バルトアンデルスへの侵入という一度限りの手札は切られ、“現象”として見れば何も生み出さなかった。‐動かしたものは“衝動”。そして、“感情”。

 

「…あは、あはは、アハハ」

 

怒りと呼ぶにはあまりに弱弱しい声が食堂に虚しく木霊する。

 

その立香の様を見て、ゴルドルフは理解する。立香との付き合いの短いゴルドルフですら、理解せざる得ないほどにコヤンスカヤに煽られた立香は危うかった。

 

次に向かう異聞帯は決定された。向かう先は北欧でもインドでもない。

中国異聞帯の他にない。そうしなければ“この立香”は壊れてしまいかねないと危機感を抱いたゴルドルフは司令官として有能であった。

 

そして、この後に全ての事情をゴルドルフから聞いたホームズとダ・ヴィンチもその決定を支持する。“この立香”の危うさは二人も既に気が付いていたことだ。

 

許せないという純粋な怒りが前に進む為の揺ぎ無い原動力となるのなら、そうでもしないと進めないのなら、その感情は決して汚していいものではない。

許すことが大切だと知ったようなことをいう者がいる。しかし、許せないから、怒るのだ。

 

立香ちゃんは激怒した。必ずや邪知暴虐のクリプター達と異星の使者(コヤンスカヤ)を除かねばならないと。

 

―――戦いが始まる。次に立香たちの向かう世界は恒久的な平和を実現した桃源郷。“戦い”という言葉が失われるほどに進歩して、故に停滞した歴史。完成を持って完了とした異聞。

 

 

異聞深度:E。『人智統合真国シン』開幕

 

 

 

 




長らくの執筆停止の原因は何を隠そう、ぐっ様です。
彼女だけとは立香ちゃんを仲良くさせたいという欲が出て執筆をしてしまいました。ただそれを読み返した後で皆様に答えて頂いたアンケートを読んで、心を鬼にして書いたものを消しました。

そして、今年の夏のイベントで心がバキバキになりました。


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中国異聞帯編
立香ちゃんは全速前進DA!




みなさまの暇つぶしになれば幸いです(^^)




 

”儒教”という教えがある。それは古代中国に起こった思想に基づく教えであり、四書五経を経典とする。それは汎人類史において発生から2000年以上に渡り、東アジア各国できわめて強い影響力を持った。

 

立香にはその教えの素晴らしさを説くことが残念ながら出来ない。‐”良い事を言っている”のだろうと言う事は理解できるが、具体的にどこが凄いのかは説明できない。現代に生きる平凡な若者からすれば”儒教”という教えは残念にすぎるが、()()程度(・・)でしかない。

 

だが、しかし‐その儒教の巻き起こり。つまり紀元前の中国において”儒教”という教えがどういう存在であったのかは、最近は”優秀な”という冠が煽りに聞こえてしまう立香でも想像するに容易いことだ。

 

きっとその時代の儒教は民草にとって”良い事をいっている”様に聞こえて、質の悪いことに今よりも洗練されていなかった。それが為政者にとってどれほど邪魔な存在であったかは想像する必要もない。‐故に古代中国の為政者。つまるところの”始皇帝”は「愚かな学者らは古い本を持ち出して喚き合うだけで、目の前の政治の邪魔をする」と儒教を弾圧するに至った。

 

そして、その執政が後に2000年以上に渡り行われたのなら、民草は”文字”も”詩”もあるいは”自由”さえも失ってしまうのだという事実を立香たちは中国異聞帯に入り直ぐに知った。

 

第二の異聞帯‐中国異聞帯は前回のロシア異聞帯と比べ者にならない位に人類が生きるには適した環境下にあった。温暖な気候。豊穣の大地。そんな世界で暮らせるのなら、そこで生きる者達の気質もまた温厚なものになる。虚数空間から突然現れた立香たちに初めは驚き警戒しながらも、話し合いに応じてくれたその地で暮らす人々の話を聞けば、此処にはロシアとは違い危険な魔物の類もおらず精々が畑を荒らす猪や野犬が出る程度だという。

 

この異聞の人々はその平和な世界の中で田畑を耕し、麦を育て、穏やかに暮らしているという。”病”は無く。”飢え”も無く。故に”争い”も無い。都に住まう”天子”の執政により全ての民の平穏な暮らしは約束されているのだという。

 

 

 

 

 

第二の異聞帯‐中国異聞帯に踏み込みある程度の情報収集を終えたカルデア一同はシャドウ・ボーダーの操舵室兼司令室で今後の方針について話し合っていた。

 

司令官席に座るゴルドルフは唸るばかりで話を進めないので、仕方無くホームズが音頭を取る。

 

「さて、諸君。この異聞帯に於ける敵の居場所が判明した。その上での我々の方針についてだが…まあ、私の考えは最後でいいだろう。何か意見のある人は挙手を」

 

「はーい!」

 

「予想通りの元気な声だ。それでは藤丸君。君の意見を聞こうか」

 

「あいつらは咸陽って所に居るんでしょ?なら、やる事は決まっているんだよ!咸陽に向けて全速前進DA!」

 

「そうだね。兵は神速を貴ぶべきと言う君の意見には一理ある。だが…そうだな。君の―頭脳(ブレイン)は何と?」

 

「ふーやーちゃんも私を支持してくれているんだよ!」

 

霊体化を解かない武則天の闊達な声で「妾を差し置いて帝を名乗るとか、おっろかものー!」という声が部屋に響いた。

 

武則天の真似をして胸を張りドヤ顔を浮かべる立香の姿は可愛らしくマシュは思わず頭を撫でたくてウズウズしたが、名探偵たるホームズはその雰囲気に呑まれずにため息を付いた。

 

「…やはりロシアでバベッジ卿を失ったのは大きかったな」

 

立香のサーヴァント達の中にストッパーが居ないことを嘆いたホームズだったが、すぐに気持ちを切り替る。

そして、この時の為に召喚したサーヴァントの方に顔を向けた。

 

「マスターはこう言っているが、君たちはどう思う?」

 

ホームズの問いかけに赤と白の鎧を纏った―騎士(セイバー)‐裏切りの騎士‐モードレッドは溌溂と笑いながら言う。

 

「マスターの言うように敵の居場所はわかってんだ。殴り込み以外は無ぇだろうが。一番槍は俺が頂くぜ」

 

もう一人の英霊‐筋骨隆々の肉体を拘束具で縛った―狂戦士(バーサーカー)‐叛逆の英雄‐スパルタクスは満面の笑みを浮かべながら言う。

 

「圧制者を許せぬと猛る者、全てが我が友である。その歩みを止めることは許されることでなく我が全力を持って助力せん。今すぐ行こうではないか」

 

「わーい。二人も一緒に全速前進DA☆」

 

二人の言動にホームズは頭を抱えたくなる。

 

流石はこの立香が召喚した英雄‐思考回路がこの立香と似通っていた。

 

ストッパーとして召喚した筈の英霊たちがまさかのブースターだったことに対して、ホームズから立香と共に召喚を担当した人物へと非難の視線を向けられた。

 

ダ・ヴィンチは小さく舌を出しながら片眼を瞑り自分の頭を小突く。

 

「てへぺろ☆」

 

天使の様に可愛い。

 

「………すまない。後は君だけが頼りだ」

 

ホームズの最後の希望‐今回の異聞帯で召喚された英霊‐叛逆三銃士の最後の一人‐―暗殺者(アサシン)‐―荊軻(けいか)は課せられた大きな期待に応える為、三人を窘めるように言う。

 

「マスター。そして、お前たちも逸る気持ちは分かるが落ち着け。帝の暗殺は容易いことではない。私が言うのだから間違いない。まずは、”自分の考えは最後でいい”と勿体ぶっている奴の考えを聞こう」

 

荊軻の言葉に、猛る三人は荊軻が言うのなら仕方がないと直ぐに飛び出そうとしていた姿勢を直す。

暴れ馬が暴れない内に作戦を伝えろと言う荊軻の視線を受けてホームズは了解したと頷く。

マスターである立夏の意思を尊重したいと考えるホームズだが、行き過ぎれば彼女は一人で走り始めてしまうので加減が難しい。

 

今回はこの辺が限界だと考えホームズは明晰な頭脳を持って考えた作戦を伝える。

 

ゴルドルフはそれでいいのだと言う態度で偉そうに頷いている。

 

「まず初めに直ぐに動き出すべきだと言う意見には私も賛成だ。だが、しかし、安易に動くには状況が不明すぎる。敵の本拠地は分かっているが、逆に言えばわかっているのはそれくらいだ」

 

ロシア異聞帯では離れていても見えた異聞帯の要である空想樹がこの中国異聞帯では見当たらない事。そして、はるか上空にある”帯”のような何か。加えて、咸陽と思われる場所に浮かぶ汎人類の技術では有り得ない巨大な建造物。

 

安易に動くのは危険だと言うホームズには百利ある。

その事には頷かざる得ない立香は、しかし、と声をあげる。

 

「私はコヤンスカヤが言っていたことが気になるよ。あいつ、放っておいたらこの異聞帯の人たちに絶対酷い事する。早く倒した方がいいよ」

 

この異聞帯で暮らす人々‐立香たちが情報収集の為に触れ合った農村の民たちは優しく良い人たちだった。

たとえこの異聞帯が消滅すれば消えてしまう‐立香たちが消してしまう人々だとしても理不尽に苦しむ姿は見たくないと立香は言う。

その言葉にホームズは同意する。

その気持ちすら失ってしまえば、その時こそ立香は本当に壊れてしまうのだろう‐故に君の気持ちは分かっていると言いながら、何もしない訳ではないと伝える。

 

「先ほど危険があると言ったが、手掛かりが咸陽しかないのなら向かわない訳にもいかない。だが、全員で向かうにはリスクが大きすぎる。だから、私は二面作戦を提案しよう」

 

ホームズの言葉に待ったをかけたのはずっと黙ったままでいたゴルドルフだった。

 

「ま、待ちたまえ。古来より戦力の分散は愚策だろう!それに戦力を分けると言う事は、こ、このシャドウ・ボーダーの防衛が完全でなくなってしまうではないか!」

 

「この世に完全なものなどありませんよ。それにゴルドルフ氏、我々が敵より優れている点は何だと考えますか?」

 

「それは勿論、シャドウ・ボーダー。後は…この小娘の存在だろう」

 

ゴルドルフは立香を見た。

 

「ええ、そうです。単身で5騎の英霊を使役するマスター。はっきり言って反則だ。その上、今回は更に三騎の英霊の召喚に成功している。そこに私やダ・ヴィンチ、マシュ君を含めて、サーヴァントを戦力として見るなら我々は敵より優位に立っていると考えていい。無論、ロシアの皇帝(ツァーリ)の様な例外はありますが、あそこまで”強大な個”が再び立ちふさがるとは考えにくい」

 

総勢十一騎の英霊。数だけ見ても圧倒的で質も最高と言っていい面々だと胸を張れる。故に戦力を分散し情報収集と侵攻を同時に行うべきだというホームズは言う。ゴルドルフは身の安全に不安を感じながらも、最終的にはホームズを支持した。

 

「はいはいはい!なら、咸陽には私が向かうね!ホームズ達は情報収集をよろしく!」

 

「うん。それは駄目だ」

 

「えー?なんで?適材適所だよ!」

 

「確かに君が戦闘に適していることはロシアで証明された。しかし、私はロシアで君が暴走したことを忘れてはいないぞ」

 

ホームズは実に良い顔でそう言った。

立香は目を逸らすしかなかった。

 

「それに君を動かすと言う事は同時に5騎のサーヴァントたちを動かすことにもなる。攻めると言ってもまずは偵察。戦力が偏り過ぎる。まずは、そうだな。私とモードレッド、スパルタクスの三人で咸陽までの道のりを見てこよう。立香君は村でダ・ヴィンチと共に情報収集に励んでいてくれたまえ」

 

「うぅ………ダメ?」

 

「駄目」

 

「………ぜったいダメ?」

 

「絶対駄目」

 

「ホームズの鬼!意地悪!有能な指揮官!」

 

「はっはっは、耳が心地いいな。では、早速出かける準備に取りかかろう。ダ・ヴィンチ。通信機の準備は?」

 

「もちろん、出来ているさ」

 

こうして当面の方針は決定し、立香にはお留守番の任務が課せられた。不貞腐れた立香をマシュが慰める光景を経て、物語は進み始める。

 

 

 

 

中国異聞帯でのカルデアの方針‐ホームズの二面作戦はその時点で取ることの出来た行動としては一番良いものだった。

この異聞帯の人々の為にコヤンスカヤを放置することは出来ず、解明できない謎を多く抱えた状態で、戦力を無駄にしない作戦。

少なくともこの時点でホームズに異をとなることの出来る戦略家はシャドウ・ボーダーには乗っていなかった。

だから、コレは不運という他にないのだが‐立香たちは見誤った。

 

見誤ったものはまだ見ぬ敵。

中国異聞の王‐始皇帝。

敵のクリプター‐芥ヒナコ。

 

二人の事では、無論ない。

 

ホームズは言葉にしないだけでまだ見ぬ敵の事すら考えに入っている。ホームズはロシア異聞帯の王‐イヴァン雷帝を”例外”として上げたが、この中国異聞帯の王が偉大なる皇帝と並び立つ存在である可能性があることも当然の如く理解していた。全てはゴルドルフを納得させるための方便。そんな方便を使ってまで、リスクに見合った見返りがあると考え抜いた末の二面作戦。‐故に、先の文字は取り消そう。

 

ホームズは何も見誤ってなどいなかった。ただそれが、敵も同じであったということだけだった。

 

 

 



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芥ヒナコは頑張っている


みなさまの暇つぶしになれば幸いです(._.)




 

中国異聞帯‐咸陽。高いビルの一つもない世界で唯一、見上げる程に偉大なる建造物を持つ都。

其処にクリプター‐芥ヒナコの姿はあった。

長く美しい黒髪の二つ纏め(ツインテール)、フレームの太い眼鏡の下の瞳は俗世の全てがくだらないとでも言いたげに冷めている。けれど、小さな口元から零れる言葉には熱が籠っていた。

 

「陛下、以上が私の知るカルデアという者達の全て。そして、クリプターと空想樹。異聞帯と汎人類史の情報です」

 

芥ヒナコが冷めた目で見つめる先には神輿があるが、その中は(から)。故に天上の人‐天子たる始皇帝の声は(そら)から響くように部屋に木霊する。

 

「ふむ…ふむふむ…なるほどな…魔法やら魔術やら英霊(サーヴァント)やらとオカルトを語りだした時には気が狂ったかとも思ったが…星詠(カルデア)に異星の神か…これはちょっと朕も本気で考えるべき議題であるな」

 

「ええ、敵は強大であることをまずは理解していただきたいのです」

 

「敵か…うむ、朕としては其方やタユンスカポンと同じ来訪者である星詠(カルデア)を敵と決めつけたくはないのだが…他ならぬ其方の言葉とあれば仕方ない。外国の使者くらいの対応を取ろう」

 

「ありがとうございます」

 

自分の言葉に傅く芥ヒナコを見て、始皇帝は“ふむ”と首があれば傾げていた。

傅く姿勢‐その姿が芥ヒナコという少女の正体を知っている身としては疑わしい。だが、忠節を示し、隠し事も無く情報を伝える姿に面従腹背の空気は一切ない。

そんな真似をしても芥ヒナコの何の益もないことを始皇帝は知っている。

 

「頭を上げよ。前にも言ったが其方を唯一、朕と同じく“人”であると思っている。故に其方が朕に頭を垂れる必要はないぞ。天仙の女よ」

 

始皇帝の言葉に数秒の間、考えこんでいた様子の芥ヒナコは頭を上げて立ち上がる。

そして、神輿を正面から見据えながら言う。

 

「そう。なら、そうさせてもらうわ。けど、こうして私が貴方と対等に話していると貴方の付き人が怖い顔するの…どうにかならないかしら」

 

芥ヒナコの視線は神輿の傍に立つ中国服を着て丸いサングラスをかけた老人‐衛兵長に向けられる。

 

「こら、衛兵長。芥を怖がらせるでない」

 

「御意。芥殿、申し訳ない。最近、老眼が来たようでつい眉間に力が入ってしまうのです」

 

「いいわけしない。ともかく衛兵長は芥を睨むの禁止だぞ」

 

「御意に」

 

気の抜けるような主従のやり取りにため息を付きながら、芥ヒナコは伝えることは伝えたと神輿に背を向ける。

 

「お?帰るのか?せっかくだから夕食でも食べていくか?」

 

「貴方、私と同じものを食べないじゃない。いらないわ。それに、項羽様を待たせているのよ」

 

「相変わらずに御熱よな。おお、そうだ。芥よ。その事に関する疑問が一つあった。答えてから帰るがいい」

 

始皇帝の言葉で芥ヒナコの足は止まる。煩わし気に振り返る芥ヒナコに始皇帝は至極真面目な声色で問いかける。

 

「何故、朕に星詠(カルデア)が脅威であると伝えた。別世界の英雄譚まで引っ張り出し、何故に朕に脅威と煽る?」

 

「…」

 

「其方に邪な考えがないことは理解している。が、故に疑問だ。芥、否、虞美人。其方の目的は会稽零式と添い遂げることであろう?」

 

クリプター‐芥ヒナコ。その正体はこの惑星に人類が誕生する前から生き続ける始祖の吸血鬼‐古代中国に於いての彼女の名は虞美人(ぐびじん)

汎人類史において項羽の愛妾であった女性。

 

そして、会稽零式。

 

その名前を出されたことに苛立ちを含んだ眼で芥ヒナコは神輿を見る。

 

世界のマナを喰らう神霊に等しき存在。神が己を真似て人を作ったとするなら、まさしく“真人”であると言える始祖の吸血鬼。

 

しかし、始皇帝は怯むことなく言葉を続ける。

 

星詠(カルデア)が脅威であるなら、朕が其方に与えた会稽零式。否、其方の前では項羽と呼ぶ約束であったな。朕の最高傑作の絡繰りにして、国家最高の武人である項羽を呼び戻すのは自明の理であろう」

 

芥ヒナコ‐虞美人が望んだのは項羽と共に始皇帝の治める国の片隅で最後の時まで生きること。

 

言ってしまえばクリプターでありながら、芥ヒナコには異聞帯も異星の神もどうでもいい。目の前にさえ現れなければ、立香たちのことも眼中になかった。

 

そんな思いを持つ芥ヒナコを理解するからこそ、始皇帝は疑問を持つ。

 

項羽を戦場に駆り立てるような情報を何故、伝えるのかと‐それに対して芥ヒナコは苛立ちを隠そうともせずに言う。

 

「カルデアが驚異的に過ぎたからよ」

 

クリプターの一人。カドックが担当していたロシア異聞帯は立香たちがやってきてから、考えられない速度で消滅した。

その様子は言峰神父の手により映像として記録されていて、他のクリプター達と共に芥ヒナコはロシア異聞帯の終わりを見た。

 

芥ヒナコ‐虞美人は数世紀ぶりに人類に脅威をみた。

始皇帝にはその脅威が完全には伝わらないと理解しながらも、芥ヒナコは語る。

 

「ロシア異聞帯の王。神の如き獣となったイヴァン雷帝をチャールズ・バベッジ程度が、近代の、それも魔術師としても記録されていない科学者風情が単騎で討つなんて…カルデアはありえないことを成したのよ」

 

吐き捨てるようにそう言いながら、芥ヒナコは神輿を‐いや、咸陽の空に浮かぶ偉大なる建造物‐始皇帝を見上げながら嗤う。

 

「なら、次はこう考えるわ。この異聞帯も直ぐに消滅するかもしれない。天に頂く帝は落とされ、私は直ぐに項羽様と離れ離れになるとね」

 

芥ヒナコの不敬に過ぎる言葉に衛兵長が動こうとしたのを声で制しながら、始皇帝は問いかける。

 

「不老不死を得て世界を統一してから幾星霜。肉体を捨て、鉄の聖躯(せいく)を得て、宇宙(そら)に長城を浮かべ、もはや敵と呼べるものが外宇宙にしか存在せぬと結論付けた。…その朕が没するというか?」

 

「その可能性を私は見たと言っている。カルデア、否、藤丸立香は私たちの物語に現れた誤植(バグ)のような存在よ」

 

始皇帝は芥ヒナコ‐虞美人を天仙であると、自らに唯一並ぶ“人”と見ている。

そんな者の言葉だからこそ、始皇帝は芥ヒナコの語る脅威を正しく理解した。

 

「衛兵長よ。気が変わった。急ぎ驪山(りざん)に向かい冬眠英雄を数名再生せよ。また後に備え更に百名程度の再生準備を行え」

 

「百名もの再生準備を…陛下は此度の件が阿茲特克(アステカ)共和国との戦いに並ぶ大戦に発展するとお考えですか?」

 

「否、芥の言が真実であるならそれ以上の脅威であろう。誰を起こすかは衛兵長に一任するが、間違っても桃園ブラザーズなんかは起こすなよ?勢い余って国盗りでもはじめかねん。絶対に起こすなよ?振りではないぞ?」

 

「御意に」

 

話の初めとは違い、カルデアを脅威と認めた対応をみせる始皇帝に芥ヒナコは目を見開き驚いていた。

その様子を見た始皇帝は楽しそうにに笑う。

 

「其方の言葉を朕は受け取った。一度、決めれば国家総動員が朕の国の強みである。無論、其方や項羽の力も借りることになるが、否はあるまいな」

 

「…ええ、やってやりましょう。私たちでカルデアとそのマスターを滅ぼし尽くすのよ」

 

 

 

ホームズは敵の脅威を正しく理解していた。

芥ヒナコは敵の脅威を正しく理解していた。

 

ロシア異聞帯での華々しい勝利を経た先に有った至極当然の展開は立香たちにとって絶望的なものであった。けれど、時計の針は戻らない。後ろを振り返る暇はない。

 

事態は加速しながら、物語は進む。

 

しかし、最悪と呼ぶにはまだ早い。

 

 

 

 

始皇帝に敵の危険性を正しく認知させることに成功した芥ヒナコは王宮を歩いていた。

足取りは軽い。顔には出さないが気分もいい。

 

それ程に先ほどの始皇帝とのやり取りは芥ヒナコにとって有益なものだった。

 

“始皇帝”‐紀元前より君臨し続けるこの異聞帯の王は言うまでもなく理想の王であったが、芥ヒナコからすれば甘い部分もあった。言ってしまえば、始皇帝は人が良いのだ。

あの王は異世界からの渡航者である芥ヒナコを受け入れたように、敵であると知らせていた立香たちも受け入れていた可能性があった。

 

少なくとも問答無用で排除する前に話位は聞くのが有益だと判断すると芥ヒナコは思っていた。だが、しかし、此処で芥ヒナコが始皇帝との間に築いた信頼関係が役に立った。

 

無論、始皇帝とて芥ヒナコの言葉だけを以て真実を決めつけはしないだろう。だが、敵の言葉より味方の言葉に耳を傾ける人物であったことが、今は喜ばしい。

 

「カドックの敗北は私には関係ない。アレは覇気に欠けていたのだから、勢いで押し切られても仕方無い。異聞の王との関係も良いとはいえないものだった」

 

‐故に敗れた。獣国の皇女となる筈だったサーヴァントは復讐者(アヴェンジャー)へと身を堕とし、マスターの望みを叶え、共に眠りについた。

 

「だが、私は違う。元よりあんな小娘のサーヴァントに項羽様が劣る筈もなく、何より始皇帝はイヴァン雷帝にも劣らぬ怪物」

 

紀元前より世界を支える皇‐その姿を思い描きながら、芥ヒナコは嗤った。

 

「笑えるわ。何千年も生きる機械に身を堕としながら、未だに自分のことを人間だと信じて疑っていないのよ。可笑しいったらないわ。人であることに固執する意味なんて、何もないのに…貴女もそう思うでしょう?コヤンスカヤ」

 

芥ヒナコの声に応えて空間が揺らぐ。歪む空間の先から姿を現したのは露出の多いチャイナ服に身を包んだ美女‐TV・コヤンスカヤ(中華ヴァージョン)。

 

コヤンスカヤは目を細め珍しいものを見る様に言う。

 

「芥ちゃんの方から私に声を掛けるなんて、明日は槍でも降るのでしょうか?ああ、いえ、明日降るのは血の雨でしたね」

 

「うるさいわね。普段から構ってくる動物の相手をちょっとしてあげようと思っただけよ」

 

「カッチーン。この私を動物扱いとか、いくら芥ちゃんでも言っていいことと悪いことがあるぞ。蝙蝠湯にしちゃうぞ」

 

「あら、なら私は毛皮の首巻が欲しいわね」

 

本気ではない軽口の中に確かな殺意を紛れ込ませる二人は暫くしてから同時にため息を吐く。

 

「止めね。無意味だわ」

 

「同感です。それで、どうして私に声を掛けたんですか?」

 

「警告よ。貴女、早くこの異聞帯から立ち去りなさい。貴女が裏でこの世界の民にしていた悪趣味なことが始皇帝に露見したわ」

 

「あらあら、まあまあ、それは大変ですね。天眼はお見通しという訳ですか」

 

大仰にリアクションをするふざけた態度のコヤンスカヤに芥ヒナコは隠すことなく舌打ちをする。コヤンスカヤの悪趣味‐“人類虐め”に関して芥ヒナコは特に思うことが無い。

 

元より人でなく、人でないが故に人に害され続けた彼女からすれば心底どうでもいいことだ。

 

しかし、始皇帝からすれば違う。愛し守るべき民が害されることをこの異聞の王は許さない。

 

故にお前は邪魔だからいなくなれとオブラートに包むことなく言う芥ヒナコにコヤンスカヤは口元に指を当て、暫く考えた後に笑顔で言う。

 

「いや☆」

 

「そう。なら殺すわ」

 

比喩ではなかった。芥ヒナコの手刀が次の瞬間にはコヤンスカヤの腹部を貫いていた。

始祖の吸血鬼である芥ヒナコからすればサーヴァントの肉体を膂力で壊すことなど簡単だ。

それが好きでもない相手なら躊躇もない。

芥ヒナコはいっそスッキリした。けれど、耳障りな声は消えなかった。

 

「わー、痛ーい」

 

「…チッ、幻覚か」

 

「話の最中にお腹に穴を空けられるのには馴れていますから、最近はこうして対策しているんです。残念でした」

 

「調子に乗るのもいい加減にすることね。私からは逃げられても、この異聞帯にいる限り始皇帝からは逃げられないわよ」

 

「わかっています。傀儡兵は既に五十ダースほどちょろまかして仕事は終わっていますし、暫くの間は趣味も控えて身を隠すことにします」

 

「貴女がそこまでしてこの異聞帯に残ろうとするのには訳があるのかしら?商売が終わったなら、早く尻尾を巻いて立ち去るべきじゃない?」

 

芥ヒナコの言葉は至極真っ当なもので、敏腕美人秘書であるコヤンスカヤからしても仕事を終えたのなら直に次の仕事に取り掛かることが彼女の基本スタンツだ。

 

だが、今回は少し事情が違った。

 

「ええ、けれど、どこぞの敗者と違って、私は挑発だけして逃げるような真似はしません。少なくとも一度くらいは対峙してから次に向かうと決めたんです」

 

忠告だけはありがたく受け取っておきますと笑いを含めた軽薄な言葉を残してコヤンスカヤは姿を消した。

 

その場に残された芥ヒナコは一人で言葉を零す。

 

「…所詮はあの女狐も始皇帝と同じか。どうして、そこまで人間如きに固執するのか、理解に苦しむわね」

 

敵でないなら興味はない。味方でないなら意味もない。‐之は嫌悪ではない。

 

芥ヒナコは藤丸立香を脅威と認めた。敵であるから対処をする。

芥ヒナコはコヤンスカヤが自分の味方に成りえないと再度、理解した。

 

ならば、もう、その存在に意味はない。‐之は嫌悪ではない。

 

芥ヒナコが人類に‐いや、唯一人の存在以外に向ける感情は嫌悪ではない。好きの反対は嫌いではないのだ。‐それは無関心。

 

「まあ、どうでもいいか」

 

芥ヒナコは始皇帝と信頼関係を築いている。それが必要な事だから、芥ヒナコはそれを築き上げた。しかし、それでも芥ヒナコは始皇帝に心を許したわけでも真実の全てを伝えたわけではない。

 

中国異聞帯‐この世界に根付いた空想樹の内側が腐り堕ちていることを、芥ヒナコは始皇帝に伝えていない。

 

「私の望みは今度こそ項羽様と添い遂げること…そのために、この世界には滅びてもらわないと、だって私は不滅なのだから…少しでも長く生きて、少しでも長く一緒にいて、そして、一緒に死にましょう。項羽様」

 

‐それ以外は、至極、どうでもいいことだ。

 



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立香ちゃんはやはり怒っている

みなさまの暇つぶしになれば幸いです(._.)




汎人類史が失った物の中に満天の星空というものがある。栄えた場所である程に、地上の闇は光で照らされ、同時に天の光は見えなくなった。

 

日本の都市で育った立香にとって満天の星空という光景は馴染の深いものではない。だからこそ、その美しさには惹かれるものが有る。

 

ロシア異聞帯では昼夜関係なく吹雪いていた為に見ることの叶わなかった光景に目を輝かせ、木に背を預け、杯を呷る。

 

朱色の盃に注がれた酒を一息に飲み干す立香を見ながら暗殺者‐荊軻は笑みを零す。

 

「良い呑みっぷりだ」

 

「えへへー、色んな人に仕込まれたからね。酒樽一杯くらいなら余裕なんだよ!荊軻さんのお酒は美味しいから、幾らでもいけちゃうかも!」

 

「それは重量。だが、あいにくと持ち合わせはそう多くない。この瓢箪一つで勘弁してくれ」

 

「わかってまーす。荊軻さんも飲んで飲んで!人類の英知であるダ・ヴィンチちゃんが作ったお酒を人類の救世主である私が注いであげるんだから!」

 

「うむ。ありがたく頂こう」

 

返杯を一息で飲み干す荊軻に立香は拍手を送る。つかの間の和やかな時間はゆっくりと過ぎていた。

 

日中、この村でえられた情報は少なかった。元々、村人たちは村の外の事は曖昧な噂話程度でしか知らず、この異聞帯の王の名も正確に知りはしなかった。“天子様”と呼ばれ崇め奉られる存在は十中八九、“始皇帝”であるというのがダ・ヴィンチの分析ではあるが、確信を得るには至らなかった。

 

そんな状況でそれでも懸命に情報収集に励んだ立香たちが得られたのは二つ。

 

一つは大昔に起きたという“戦争”という国事の際に“天子様”の声に応え現れたという”英雄”の存在。

そして、二つ目は彼らが眠ると言う霊山‐驪山の存在。

 

正直、立香にはそれが与太話にしか思えなかったが、カルデアの頭脳であるダ・ヴィンチとホームズはそうではなかった様で、この異聞帯で起きている異常‐この世界には抑止力たる英霊がいないという点と宇宙(そら)に浮かんだ長城‐汎人類史よりも遥かに発達した科学を見て、その話に一つの仮説を立てていた。

 

「英雄が死せずに眠ってる。冷凍保存(コールドスリープ)なんてありえるのかな?」

 

立香が零した疑問に荊軻は杯を傾け、首も傾ける。

 

「私は学者でないから冷凍(こーるど)なんたらは分からないが、英雄が死なぬ世界では抑止力が無くなると言う話には頷ける。死した希望に誰も手を合わせぬ世界では、人々は何にも祈ることはないだろう。…この世界の者たちを見ていると余計にそう思うよ」

 

永久に平穏を享受する安寧と調和が続く太平の国。幸福への隷属と引き換えにこの世界の人々は世界に祈らずとも生きる術を与えられた。

 

祈るのは(ただ)一人‐唯一人(ただひとり)(ひと)‐天子のみ。

 

「気に食わないのじゃ」

 

立香と荊軻の細やかな宴会に子供の声が飛び込んできた。声の方へ振り向けばそこには豪華な織物に身を包んだ童女‐立香の暗殺者(アサシン)‐武則天が立っていた。

 

「あ、ふーやーちゃん。マシュの事、呼んで来てくれた?」

 

「まったく…いくら賭け事(ジャンケン)の結果とはいえ、妾に従者の様な真似をさせるとか、マスターでなければ第一級絶対に許せん(ざい)じゃぞ」

 

そう悪態をつきながら歩いてくる武則天の傍にマシュの姿はない。

 

「残念じゃがあのマシュとか言う娘は妾に劣らぬ美を持つ娘と”ちゅー”するので忙しいから来られぬそうじゃ」

 

「え!?チュウ!?マシュとダ・ヴィンチちゃんがチュウしてるの!?私も混ざりに行かなきゃ!!」

 

「あ、待て待てマスター。“ちゅー”は接吻ではない。何と言っていたか…“ちゅーにんぐ”じゃったか?」

 

「あ…そう…マシュはオルテナウスのチューニング中か、残念なんだよ」

 

「くっふー、しかし安心せよ。妾は優秀故にな!たとえ本意ではなくともお使いから手ぶらで帰る筈があるまい!」

 

そう言いながら笑う武則天の後ろで動く小さな人影。立香たちが目を凝らせば、其処には小柄な武則天の背に隠れてしまう、武則天と同じくらいの背丈の少年がいた。

 

それは村での情報収集の際に何度か言葉を交わした少年だった。

 

「くっふっふー、大人たちは日が落ちて寝静まっていたが、こやつはそこの茂みでお前たちを覗いておいたから、ひっ捕らえてきたぞ」

 

立香と荊軻はそう言いながら武則天に突き出された少年を見る。

二人の視線に少年は顔を赤くした後に頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい。なんだか眠れなくて、夜風に当たりに出たら、お姉ちゃん達の姿が見えて…その、凄く綺麗だったから、覗いてしまいました。ごめんなさい!」

 

立香は少し前から視線を感じていた。荊軻が何も言わないので害はないのだろうと放っておいたが、彼だったようだ。

 

「綺麗だなんて、えへへ、確かに荊軻さんはすっごく綺麗だけど、私もかな?」

 

「うん。お姉ちゃんも凄く綺麗だよ」

 

「わーい。嬉しいな。ほら、こっちにおいでよ。君もお酒を呑む?ジュースの方がいいかな?割る用の奴を水で薄めればいいよね。はい。これ上げる」

 

立香は持っていた朱色の盃に入っていた酒を飲み、盃に果汁を注いで水を足し少年に手渡す。

 

「あ、ありがとう」

 

少年は顔を赤らめながら立香から盃を受け取った。

 

「どういたしまして!ふーやーちゃんは何を呑む?」

 

「ふむ、カルデアの酒も良いが折角だ。荊軻とやら、妾の盃を満たす栄誉を与えてやっても良いぞ」

 

「おや。皇帝陛下が私の酒をご所望か。ふふ、良いだろう。今夜は無礼講としようか」

 

「くっふー、よかろうなのじゃ」

 

こうして四人となった細やかな宴会は再開する。

 

その最中に立香達は少年と様々な事を話した。

 

立香達のいる汎人類史には有って少年の生きる異聞帯にはない儚くも美しく喜びに溢れたもの。

それに触れた少年は目を輝かせて言った。

 

 

「“自由”って、すごいね!」

 

 

その言葉を聞いて、立香は思う。この異聞‐中華異聞帯‐安寧の大地は確かに素晴らしいのだろう。

 

けれど、人が生きるには余りに“つまらない”と立香は思っていた。

 

 

人生に刺激を求めるのなら、この異聞帯を退屈だと称した立香の考えは間違ってはいない。

 

 

一見すれば真面なソレは、けれど、強い者の理屈でもあった。人生を楽しみながら生きられる者の考え方だった。

 

ただ平穏に生きたい。

愛したヒトと共に安らかに生涯を終えたい。

 

そう考える者からすれば、この異聞帯こそが理想形。

 

その平穏を維持する為に愛したヒトが存在していると言う一点を除けば始皇帝の統治こそが彼女にとっての理想郷と言ってよかった。

けれど、その譲れぬ一点が有るからこそ始皇帝と完全に仲良くなれない彼女は‐大局を動かす為に満月の夜に降りてきた。

 

「不愉快ね」

 

言葉のままに不機嫌さを隠すことなく音もなく現れた彼女に対して驚き言葉を失ったのは立香ではなく、荊軻と武則天の二人だった。

 

酔っているとはいえ暗殺者(アサシン)のクラスにいる二人の警戒を掻い潜り突頭に姿を現した敵は、そんな二人を鼻で笑うと視線を外して立香を睨みつける。

 

「サーヴァントが能天気なら、マスターも同じね。その間抜け面は、映像で見るよりも滑稽だわ」

 

「間抜け面は酷いかも。アハ、お前は資料通りの綺麗な顔をしているね。パイセン」

 

「その吐き気を催す敬称は止めなさい」

 

此処に降りるは美しい黒髪を二房に束ねた月下美人。

クリプター‐芥ヒナコが其処に居た。

 

唐突に現れた敵の前に二人の暗殺者(アサシン)の酔いは冷める。武則天が立香と少年の護衛。荊軻が芥ヒナコの排除。

目配せ一つで通じた二人の動きを止めたのは芥ヒナコの背後から現れた英霊の蘭陵王(らんりょうおう)と冬眠英雄の秦良玉(しんりょうぎょく)。それぞれが武則天と荊軻の動きを制する。

 

「あの…お姉ちゃん…」

 

「しー、なんだよ。こっちにおいで」

 

動揺する少年を優しく制し守る様に抱き寄せる立香。

それを見て眉を潜めた芥ヒナコ。

周囲から虫の鳴き声すら消えた静寂の中で立香と芥ヒナコの視線が交差する。

 

互いに本心を見せないまま、唐突に訪れた出会い。状況を動かしたのはやはり立香だった。

 

立香は人差し指を立てるとその指先を夜空で輝く月に向ける。そして、無邪気に驚いた様な声を出す。

 

「あっ!あれれ~、あれはなんだろ~」

 

「…」

 

ふざけた言葉だった。少年をこの場から逃がす為に芥ヒナコや蘭陵王の気を逸らすにしても、もっと頭の良いやり方は存在していた。

まるで馬鹿みたいな真似をする立香。故に溜息すら吐かずに動かないでいる三人にとって其処からは正しく“あっ”という間の出来事だった。

 

血の匂いがした。

 

それにいち早く気が付いたのはこの大地において中立を保たんとする始皇帝側に立つが故に立香を必要以上に警戒していなかった秦良玉だった。

 

立香と対峙する自分たちの背後から香る血の匂い。それに反応して即座に背後を振り返れば其処には血塗れの白い鬼が居た。

 

「芥ヒナコ様!危ない!」

 

「…え?」

 

十字槍を振り上げる血塗れの白い鬼‐森長可の狙いが芥ヒナコだと気が付いた秦良玉は芥ヒナコを突き飛ばし‐身体を切り裂かれた。

 

「あぐぅ!?」

 

鮮血が舞う。倒れる秦良玉を見て呆気に取られる芥ヒナコに代わり森長可の次の攻撃に備えたのは蘭陵王。

 

「マスター!私の後ろに!」

 

剣士(セイバー)のクラスである彼は腰の剣を抜き、森長可の十字槍が次に狙うであろうマスターである芥ヒナコを守る為に対峙するが、しかし、森長可はそんな蘭陵王に目もくれることなく倒れた秦良玉に十字槍を向けると容赦なく首を刈る。

 

秦良玉の躰から血が噴き出す。鮮血(せんけつ)(したた)首級(それ)を掲げて、森長可は白い鬼の兜の下で笑う。

 

「ぎゃはははは!やったぜ!オラァ!この女はサーヴァントか!何点だ?なあ、マスター!」

 

美しかった秦良玉の顔からは文字通りに血の気が引き白さが際立ち美しさに磨きがかかっている。

それを玩具の様に扱う森長可。あんまりにもあんまりな光景に言葉を失ったのは芥ヒナコと蘭陵王だけでなく荊軻もまた引いている。武則天は森長可が秦良玉の首を振り回す度に飛び散る血が身体に掛るのを器用に避けていた。

 

森長可の蛮行に唯一反応するのは無論、それを命じた立香だ。立香はあんまりにもあんまりな光景を少年に見せない様に少年を背中から抱き寄せ、その眼を両手でふさぎながらに森長可に笑顔で答える。

 

「血が流れてまだ消滅していないから、その綺麗な人はサーヴァントじゃないのかも」

 

「あぁ?…ちっ、なんだよ。なら、女子供は三点じゃねぇか」

 

森長可はつまらなそうにそう言うと秦良玉の首を無造作に地面に捨てた。それを見てキレたのは蘭陵王だ。彼は仮面の下の美しい(かお)に怒りを滲ませながらに森長可に詰め寄ろうとして‐それを芥ヒナコに止められる。

 

「止めなさい」

 

「マスター!しかし、秦良玉は!」

 

「私たちの完全な味方では無かったわ。彼女は始皇帝の英雄よ」

 

「…しかし、我々の敵ではありませんでした。素晴らしき武人です。あの様に扱われていい筈が無い」

 

「お前は相変わらず優しいわね。でも、止めなさい。状況が悪い。さっきまで二対二だったのに、今は三対一よ。堪えて。お前は私を守りなさい」

 

「…御意」

 

立香と言葉を交わすこともなく死亡した秦良玉。狂戦士(バーサーカー)に暗殺を命じた頭のおかしなマスターとそれを成したサーヴァント。早すぎる展開に呆気に取られていた芥ヒナコがそれでも冷静で有れたのは秦良玉の死にショックを受けていないからだった。

 

それを察した立香は秦良玉の正体を悟る。森長可の攻撃に反応して芥ヒナコを庇うことの出来た時点で秦良玉が名高い武人であることは立香も分かっていた。そして、芥ヒナコから出た“始皇帝の英雄”という言葉。

ならば、名前も知ることなく殺された彼女こそ村で得られた情報の一つ。霊山『驪山』に眠る“冬眠英雄”なのだろう。

 

(冬眠英霊。ダ・ヴィンチちゃんが算出した脅威度はS。個々の武力に差があるとしても、森君の攻撃に反応する事が出来た彼女が最低ラインだとして、それが何百人も居たなら確かに脅威的なんだよ)

 

「…、…、…」

 

視界を塞いでいようとも風に乗り香る血潮。それに気が付き身体を僅かに震わせる少年。それでも立香の言葉の通りに静かにしている姿を可愛く思いながら、立香は少年の後頭部に胸を押し当てて色々と考える。

 

(でも、パイセンはそんな彼女の死に驚きはしても動揺してない。一緒に行動していたから、臆病者(カドック)よりは異聞帯の王と良好な関係を築いているかもだけど…完全じゃない。なら、恐れるに足らずなんだからね)

 

芥ヒナコの言うように今の立香の状況は良い。

武則天&荊軻 対 蘭陵王&秦良玉という均衡は立香の切った森長可というジョーカーに壊された。これにより芥ヒナコが作りたかった対話の場は台無しになった。

状況は三対一に変わり立香の優位は揺るがない。

 

「お前には本当に私たちと話し合う気がないのね」

 

芥ヒナコの言葉に立香は笑う

 

「当然かも。男の子の臆病者(カドック)とは仲良くしないのに、女の子のパイセンとは仲良くするとか、そんな差別を人格者な立香ちゃんはしないよ。(みんな)一緒(いっしょ)くたに、言葉も発さずに死んでほしいな☆」

 

「あっそ。気色が悪い笑顔ね。私としては話し合いで終わるならそれが良かったのだけれど、それが無理ならお前は無駄に戦うことになるわ」

 

この異聞帯に於ける芥ヒナコの願いは空想樹の成長ではない。故に彼女はこの地に根付いた空想樹の内側が腐っていることを始皇帝に隠している。

 

「この異聞帯に未来は無い。お前が何もせずとも何れ消える運命にある。故にお前が戦う理由は無い。だから、此処を去れと言いに来たのだけれど…その眼は私の言葉なんて信じないわね」

 

「まさか、私がパイセンの言葉を信じない訳ないんだよ。信じた上でこう()うの!お前が其処に居るんだから、戦う理由はあるよ!この人類の裏切り者(クリプター)め!」

 

立香の宣戦布告に芥ヒナコは噴き出して笑う。美しい顔を歪ませながら、我慢が出来ずに漏れた声は艶に満ちていて男を虜にする魔性に満ちていた。

 

「ふふ、あはは、あははは!私が、私が人類の裏切り者?的外れも良い所ね」

 

月下の元で黒髪を解き、長く美しい髪が風に揺れる。そして、眼鏡を外し捨て去れば、その瞳は血の様に赤い。

 

「私にとって人類(お前)たちなんて、初めから塵芥(ちりあくた)でしかないじゃない。私が気にかけるべき人類は、此処に居る蘭陵王の様な特例を除き居ない」

 

その言葉と姿を見て立香は芥ヒナコの正体を悟る。立香は魔術師としては三流以下だが、察しは良い。加えて経験だけで言うなら一級品だ。

故に立香はソレに属する者達に出会ったことがある。流石に始祖となると話は別だが、話だけならダ・ヴィンチちゃんから聞いていた。

 

この星の守護者とも呼ばれる存在。

人類を超越した最強種。

 

始祖の吸血鬼。

 

それがこの状況下でなおも芥ヒナコが揺るがずにいられる理由だと知り立香は目を細めた。

 

「そっか。確かに私が間違っていたね。最初から人じゃないなら、裏切りも何も無いもんね。でも、ならどうして人ではないパイセンが人類史の生存競争に参加しているのかな?カルデアに参加した理由も分かんないけど、関係ないなら、引っ込んでなよ」

 

「私だってそのつもりで居たわよ。元々、カルデア初代所長のマリスビリーが死んだ時点で見切りは付けていたの。二代目の娘に期待なんて出来なかったし、マリスビリーとの契約も切れていたから適当に死んで身を隠す気でいたわ。でも、その時に事が起こった」

 

マリスビリーへの義理を通して参加したレイシフト。それは人類焼却を目論んだ魔神王ゲーティアの配下の手によって失敗に終わり、芥ヒナコは死んだ筈だった。

 

それは彼女にとって都合の良い展開だったと言っていい。

 

元より彼女は人類に興味がない。故に人理修復も本心から言えばどうでも良かった。

それでも一応は期待したマリスビリーは死亡して、レイシフトに参加したことで義理も通した。故に芥ヒナコが死んだなら、その名を捨てて再び始祖の吸血鬼‐虞美人として生きるつもりでいた。

 

けれど、どういう因果か芥ヒナコは生きていて‐そして、この異聞帯で彼に出会ってしまった。もう二度と出会うことは無いと諦めていた虞美人にとっての最愛の人。

 

項羽がこの異聞帯ではまだ存命だった。

 

「だから私はクリプターとしてこの戦いに参加した。項羽様と一秒でも長い時間を共に過ごす為に、異聞帯の王である始皇帝にも協力するわ。その方が都合が良いもの」

 

「でも、この異聞帯の勝利は望んでいないんだよね?」

 

「ええ、どの道、キリシュタリアには敵わない。あの男の異聞帯は異常よ。それこそイヴァン雷帝程に巨大な化け物がごろごろといるわ。勝てはしない。なら、私は戦いを望まない。戦いが続けば続く程、項羽様が傷ついてしまうもの」

 

「だから、一緒に腐り堕ちることを願うんだ。仲間みたいな顔をして。パイセンは、小狡(こずる)いね」

 

「なんとでも言いなさい。お前如きに理解されようとは思わない。それにこの世界を滅ぼそうとするお前に非難される謂れはないわ。そうして庇う振りをしている子供すら、消し去ろうとするお前より私の方が幾分か真面よ」

 

「…え?」

 

芥ヒナコ‐虞美人の言葉にそれまで立香の言いつけ通りに静かにしていた少年から声が漏れる。立香の背後から抱き寄せられて、両手で視界を塞がれたままに少年は言う。

 

「お姉ちゃん達は、僕たちを滅ぼす為にやって来たの?」

 

「そうだよ」

 

思わず言葉に詰まる質問に二もなく立香は答える。その返答を武則天と森長可は当然のものとして受け取り、荊軻は主人(マスター)の抱える深淵を見る。

 

「勝者が生きて敗者は滅びる。そう言う単純な生存競争(たたかい)を貴方たちとする為に、私たちは世界を越えてやって来たんだよ」

 

「…お姉ちゃんは、僕たちの敵なの?」

 

「それは君が自分の目で見て決めることかも」

 

そう言って立香は抱き寄せていた少年を介抱する。

少年の視界は(ひら)けて立香の手で隠されていた光景を見る。

 

首を落とされた始皇帝の使いとそれを成した血塗れの鬼武者。立香と対峙する黒髪の美人とそれを守るように立つ仮面の剣士。そして、自分を見つめる立香とそれに従う二人の女性。

 

激動と言える光景を目にした少年は最後に縋るように立香を見て、その場から走り去っていった。

 

「厄介払いは済んだようね」

 

虞美人の言葉に立香は微笑み答える。

 

「待っててくれるなんて優しいね。じゃあ、始めようか、殺し合い。パイセン」

 

「ええ、そうね。後輩」

 

最早、其処に問答は無用。

互いに許せぬ敵を見据えながら月下の元で対峙する。

 




この立香ちゃんがクリプターを許してしまうのではという心配がいくつかのメッセージや感想の中にありましたが、安心してください。激怒したままですよ。

皆様にアンケートも取りましたし、そこがブレてしまってはこの物語の書きたい部分がなくなってしまいます。
なのでクリプター達との和気あいあいを見たい方は他の方が書いている世界線を読むか原作で-ぐっ様に聖杯を貢ぎましょう。

ぐだぐだな文ですが応援いただけると幸いです。(^^)
またどのような意見であれ、感想をいただけるのは嬉しいです。


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芥ヒナコには戦う理由がある

久々の投稿になります。
みなさまの暇つぶしになれば幸いですm(_ _)m


月下の元で立香と対峙した芥ヒナコは決して立香を侮らない。

秦良玉が討ち取られて大勢は一対三。

眼前に居る立香を守るように立つ二人の英霊(サーヴァント)‐武則天と荊軻。

そして、背後で蘭陵王と対峙する森長可。

戦力(サーヴァント)の差は三対一。其処に芥ヒナコは自身を含まない。始祖の吸血鬼であり本来であれば英霊(サーヴァント)すら圧倒するチカラを持つ彼女であるが、今は人間‐芥ヒナコとして生きてきた身体(ガワ)がある。彼女が始祖の吸血鬼‐虞美人としてチカラを取り戻すには少なくとも英霊(サーヴァント)一体分の純粋な魔力を吸わなければならなかった。

 

(なら、蘭陵王を喰らうか?ふざけるな。どう考えてもそれは悪手でしょう)

 

この状況下でそんな隙を立香が与えてくれるとは芥ヒナコは考えない。目の前に居るのは三流以下の魔術師。しかし、経験だけで言うなら一級品。

 

「…面倒ね。逃げようかしら」

 

芥ヒナコは不意に立香から視線を外し、月を見上げる。その隙を付けと言わんばかりのあからさまな態度に武則天と荊軻は動きを止めてしまった。それが‐悪手だった。

もし、この時に武則天と荊軻が虞美人の首を刎ねる為に武器を振るって居たのなら、決着はあまりにあっけなく付いていただろう。

 

しかし、だからと言って二人を責めることは出来ない。見事なのは芥ヒナコの計略。彼女は戦いを宣言する前の会話から今に至るまで、彼が到着するまでの時間を稼いでみせた。

 

不意に月を見上げた芥ヒナコ。まさかそれに釣られて視線を敵から外す訳にも行かない三人の英霊(サーヴァント)たち。故に彼の者の襲来にいち早く気が付いたのは立香だった。

 

立香は芥ヒナコの視線に素直に釣られて、月を見上げて、月より飛来する異形の影を見た。

 

「ッ!?ふーやーちゃん!荊軻さん!”緊急回避”!」

 

立香の手の甲にある令呪が輝く。頭が理解するよりも早く動く身体に従い荊軻はその場から飛び退き、武則天は立香と共に闇に紛れた。

 

次いで轟く大地を割る轟音。‐否。

果たしてどれ程の技量があればそんな真似が出来るのか、月よりの来訪者は大地を割れども其処に一切の音を鳴らしはしなかった。

 

無音による暗殺術。それを成した武人が狂戦士(バーサーカー)だと語ったとして、それを誰が信じるだろうか。

 

「…見事。よもや我の不意の一撃を持ってしても首一つ刈れぬとは…」

 

無音の破壊。偉業(それ)を成した異形(それ)は高い知性と気品を感じさせる声色でそう言いながら、四つの(ほこ)に込める力を強めて、闇に紛れ姿を隠した武則天と立香を()()()()()()()

 

「…むぅ、ふーやーちゃん。見破られているんだよ」

 

「なんと、妾の雲隠れを容易く看破するとは、あやつはなかなかやるのじゃ」

 

居場所がバレているのでは仕方がないと姿を現した立香はその異形の徒をまじまじと見る。

見上げる程の巨躯。四つの腕に四本の脚。一見するとギリシャ神話に登場する半人半馬の種族であるケンタウロスにも見えるがそうでは無いのだろう。

立香はその姿を見ながらに微笑み問いかけた。

 

「アハ、おっきくて厳つくて格好いいね。ねぇ、素敵な貴方の名前は何て言うの?」

 

「我が名は会稽零‐

 

「項羽様に色目を使うなッ!」

 

‐…そうであったな。其方がある限り我は会稽零式に(あら)ず、我が名は項羽(こうう)。我が妻、虞の呼びかけに応え参上した貴公の敵である」

 

月下の元で威風堂々とそう名乗りを上げた項羽に立香は驚く。

芥ヒナコが語っていた項羽の姿が人ではなく異形であったことは別にいい。差別主義者ではない立香ちゃんは人を見た目で判断しないし、何らな獣姦もいけるくちだ。前に新宿のアヴェンジャーことヘシアン・ロボに性的な意味で襲い掛かって返り討ちに遭い、食事的な意味で食べられそうになったことがある。

 

故に驚いた理由は別にある。

 

「妻、ねぇ。私の記憶が確かなら、虞美人は項羽の(めかけ)だった筈なんだよ。…パイセン、愛されてるんだ。羨ましいな」

 

言葉の最後を尻すぼみ気味に消しながら、立香は芥ヒナコと項羽を見る。その二人の背後では既に森長可と蘭陵王が打ち合っている。

戦いの時間はあまりないと考えてい良いだろう。長引かせてしまえば異変に気が付いたシャドウ・ボーダーの面々がやってきてしまう。

実は立香にとってそれは歓迎すべきことではないのだ。

 

(芥ヒナコの姿が擬態だったとしても、一見すれば物静かな文科系美少女だったんだよ。…マシュとは、仲が良かったのかな?)

 

立香の疑問には答えが出ない。代わりに浮かぶのは哀し気な顔を浮かべながらマシュが自分に対して絞り出した言葉。

 

”クリプターの方たちにも、何か理由があったのかも知れません”

 

ああ、その通りだった。少なくとも芥ヒナコには汎人類史を敵に回しても戦う理由が存在してしまっていたことを”この立香”は認めよう。

 

「共に死ぬと言うパイセンの言葉が、タダの独り善がりで有ればよかった」

 

月下の元、森長可と蘭陵王の剣戟がなる。

その祭囃子を聞きながら、立香は世界を越えて出会ってしまった二人を睨みつける。

芥ヒナコと会稽零式。

否、虞美人と項羽。なんだそれは、ふざけている。それを引き裂く自分は正しく悪役では無いかと立香は笑う。

その笑みに芥ヒナコは怪訝な顔を浮かべる。

 

「…お前は、何を言っているの?」

 

「ただの悲劇気取り(ヒロイズム)なら良かった。パイセンが平行世界の本人(誰か)に惚れた尻軽(ビッチ)なら良かった」

 

「チッ、誰が尻軽(ビッチ)だと‐

 

「なのに!」

 

立香のあんまりな言葉にキレた芥ヒナコの言葉を遮ったのは、他ならない立香の叫びだった。

 

月下の元で剣戟が鳴る。それを祭囃子として立香はまるで踊るように”怒り”を表す。それに呆気に取られる荊軻とは違い、武則天には立香の気持ちが良く分かった。

誰にも語らず。故に誰にも理解されていなかった。

 

立香自身が一番恐れていた事態が起きてしまっていた。

 

「”お前に私の気持ちは理解できない”?()()()()汎人類史(せかい)を敵に回して尚も戦う理由なんて、愛以外にある筈が無いもんね!」

 

立香にはわかる。多くの英霊(サーヴァント)と不純でありながらも数多くの絆を築いた”この立香”だからこそ理解ができる。

 

汎人類史の虞美人と異聞帯の項羽。

出会う筈の無かった二人の出会いがどれ程の奇跡かを理解できる。そして、其処に紡がれた”愛”が真実のモノであると理解しよう。

項羽と共に出来るだけ長い時間を過ごして、共に滅びたいと言うヒナコ(虞美人)の言葉。

 

「そこに愛はあったんだ!それは愛であったんだ!そう呼ばなければ許されない感情が確かに存在していたの!凄いよ!パイセンはかっこいいな!」

 

優秀なる復讐者である立香ちゃんが一番恐れていた事態。それはクリプター達に共感してしまうこと。

 

端的に言おう。

立香は芥ヒナコの叶わぬ恋を応援したくなってしまった。

 

混乱する頭でそれに気が付き思いのままに叫んで、その直後に絶望しそうになった立香を、だからこそ武則天は「おろかものー!」と可愛らしく言いながら殴り飛ばした。

 

「なっ!?武則天!何をしている!」

 

「…サーヴァントがマスターを殴り飛ばした?お前たち、本当になんなの?」

 

「…我が演算能力を持っても理解不能である」

 

武則天の突然の暴挙に敵である芥ヒナコと項羽だけでなく味方である荊軻も驚く。

しかし、武則天は悪びれる様子もなく殴り飛ばした立香を見ながらに言う。

 

「マスター、ちょっとは頭が冷えたかの?」

 

「…うん。ありがとうなんだよ」

 

立香はそう言いながら立ち上がる。その姿は泥に塗れ、着ていたカルデア戦闘服は所々が破れてボロボロだったが、身体には不思議なほど傷がない。

 

何故なら武則天の拳にもまた立香への愛が込められていたからだ。愛は痛いが傷つかない。

 

「やると決めた。ならば、やるのみなのじゃ。そうであろう、マスター」

 

「うん。そうだよね。ふーやーちゃん」

 

例え芥ヒナコ‐虞美人がどれ程に素晴らしく素敵に立香の眼に映ったとしても、もはやそれは関係のない事だ。

 

クリプター達と対立する道を立香は選んだ。

ならば後は武則天の言うように”ヤル”のみなのだ。

 

「私は怒り。私は嘆き。私は恨み。私は、私の世界を取り戻す為に戦うんだから、誰にも邪魔なんてさせないんだから。勿論、自分自身にもね!」

 

立香は拳を天に突き上げて高らかに叫ぶ。それは余りに単純であり、原初の頃から変わらない人間が戦う理由。

だからこそ人間は何時からかソレを声高に叫ぶことを忘れてしまった。

 

「私はお前たちに怒っているんだ!烈火の如くにね!だから、力を貸してよ!ノッブさん!」

 

その声に応え魔王信長は三度、異聞の地に顕現した。

 

そこから先の戦い。シャドウ・ボーダーの面々が気が付きやって来るまで続いた二人の魔王の戦いを事細かく記すことは残念ながら出来ない。

何故なら、立香でさえ二人の戦いを目の前で見続けることは出来ず、戦闘開始から三十秒で武則天と荊軻に抱えられてその場から逃げ出さなければならない状況になり、傍で戦っていた森長可と蘭陵王は戦いの余波で吹き飛んだ。

唯一、戦いが止まるまでの間、見ていた虞美人が語る事をしない以上、それは仕方のない事だった。

故に結果だけを記す。

 

その日、山が一夜にして消えた。

そして、立香たちはシャドウ・ボーダーに乗り中国異聞帯の王‐始皇帝のいる咸陽へと向かう事となった。

 

 

 




感想は嬉しく励みになります(^^)



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立香ちゃんは救われた!

投稿が遅れてしまい、申し訳ありません。
少しづつですが書いていきますので、気長に待ってくれて頂けると嬉しいです。

願わくばみなさまの暇つぶしになれば幸いですm(_ _)m






汎人類史 対 中国異聞帯。

 

 

互いの世界の滅亡を掛けた戦いは、驚くことに咸陽に辿り着く前に最終決戦(クライマックス)を向かえることとなる。

 

 

「聞いて驚き、見て感涙せよ。この大地に朕が降り立った。即ち之が天命である!」

 

立香達が咸陽に向けてシャドウ・ボーダーを走らせている最中にその軍勢は現れた。

人ではない機械兵‐傀儡兵を率いる者もまた人ではない。‐否、彼の者こそがこの異聞帯(せかい)に置ける唯一の人である。

 

唯一神としてではなく唯一人として世界に君臨する天子が何故、鉄の聖躯を捨てて創り上げた生身の身体で立香達の前に現れたかを語る為、時間を少し巻き戻そう。

 

それは始皇帝が立香が情報収集を行った村を”衛星落とし”にて滅ぼした時の事。

 

数時間前の出来事だった。

 

 

 

中国異聞帯の王‐始皇帝は話の分かる善き王だった。民の繁栄を宿命として自らに課し生き続けること数世紀。国は富み、民は安寧を約束されている。始皇帝の執政の元で世界は統一され、喰うに困らず病は無く、故に争いも無くなった世界に置いて、たとえ異世界からやってきた敵である立香達に自国の情報を漏らす者がいたとしても始皇帝は気にも留めなかった。

 

元より民たちから”敵”という概念を消し去ったのは始皇帝本人である。無知は罪でなく安寧の為に必要なものである。

 

故に”咸陽”に”驪山”という国の要の情報を立香達‐カルデアに伝えた民が居たとしても、善君たる始皇帝は民を罰することはない。己が治世の在り方に疑問を覚えることも無く淡々と情報として収集するのみである。

 

ただし、立香達、中でも暗殺者‐荊軻から情報を与えられたことは、許されざる事だった。

 

村の人々に立香達から与えられた者。荊軻が月夜に詠んだ詩。それは始皇帝が禁忌として数世紀前に根絶した”儒”。即ち世界を破滅に導く人の知。一度(ひとたび)、目覚めれば癌細胞の如くに増殖し世界を蝕む疫病に対し始皇帝は一刻の猶予も慈悲も与えはしなかった。

 

愛すべき民たちと守るべき村々の上に天命‐この異聞帯にかかる帯‐衛星軌道上に設置された長城の一部を落とすことに迷いはない。

 

「無知は罪ではない。知を積み上げることが罪となる。重なる罪は大罪となり世界を滅ぼすだろう。利己がある限り人は欲望に打ち勝てない。それに耐えうる真人は唯一、朕のみである」

 

故に”儒”の芽は摘ままれねばならないものだった。

 

此処にダ・ヴィンチの警告は真実のものとなり立香手の届かない場所で立香に良くしてくれた誰か達は死んでいく。

 

それは仕方のない事だ。どうしようもない事だった。だから、始皇帝の心は揺るがない。

 

愛すべき民と守るべき村々を滅することに幾ばくかの痛みは覚えるが、之は世界に恒久的な繁栄と平穏を齎す為に何度も行ってきた天命が故に眉一つ動くことはなかった。

 

だから、始皇帝の心を動かしたのは村々の滅亡という小さすぎることでは無く、もっと大きくて、そして、ちっぽけなことだった。

 

天より下る天命。衛星落としを見上げながら、これから滅ぶ村人たちは膝を折り始皇帝に祈りを捧げていた。慈悲を求めるものも居た。眠るような死しか知らないから突然死の意味も解らない者たちが多く居た。兎も角として、天を仰ぎ見ることしかできない者達の中に‐彼は居た。

 

少年は墜ちてくる星を前に涙を流していた。

始皇帝により失われるモノの大きさに涙を流し、奪われるモノの尊さに悔し気に歯を見せていた。

 

死とは終わりだ。其処に少年が焦がれた”自由”は無い。あるいは死という自由すら始皇帝に奪われた気がして、悔しくて仕方がなかった。

 

けれど、何も出来ない自分の弱さに絶望し、他の大人たちと同じように膝を屈さずに最後まで天を睨みつけることが出来たのは”自由”を教えてくれた人が居たからだった。

 

 

 

『怒りたいなら怒っていい。許せないなら許さなくていい。許すことが大切だっていう人がいるけれど、怒ることは滑稽と言われるけれど、そんなことは関係ないよ。いつからかな。いつから人は、他人の目からでしか自分を見れなくなったのかな。そりゃ、他人の気持ちは大事だよ』

 

 

 

それは酒の席で語られた子供の駄々の様に我儘な理屈で、理性的なモノでは無くて、滑稽だと笑われて然るべきもので、全人類が彼女と同じになってしまえば世界は三日で終わってしまうだろう。

 

『でもそれ以上に、君は君の心を自由にしていいんだよ』

 

それでもその言葉には少年を想う気持ちが溢れていたから、そう笑う彼女の笑顔が少年の眼には空に浮かぶ太陽や月や星よりも美しいものに映ったから、だから、彼は天に向かい吼えたのだ。

大人たちに止められても止めずに、口を塞ぐ指を噛み千切りながら、天に向かい吼えた。

 

「■■■■■■!」

 

それは天子たる始皇帝を貶める言葉だった。

 

そして、自由を唄う詩だった。

 

 

その詩を聞いて始皇帝は既にカメラへと変わっている目を見開き愕然とする。無知であるが故に死に怯えることなく死する筈の民たちは”儒教”に晒され恐怖を覚えてしまった。故に一瞬で全てを終わらせる衛星落としは始皇帝の慈悲であった。光に包まれ彼らは一瞬で蒸発して失せる。其処に少しの恐怖は有っても痛みはない。

 

その筈だったのに‐心を痛め泣いている者がいた。そして、その者は死の間際に天に祈ることはなく(おのれ)を呪った。

自由の賛歌を唄いながら、己が生まれた世界を呪った。

それは聞き間違いようのない天の統治の敗北であり、故に荒野と化した村々を見下ろしながら始皇帝は知らねばならないと理解する。

 

もう二度と目の前で起きた痛々しい惨劇を繰り返さない為に始皇帝は藤丸立香という個を理解しなければならないと決意した。

 

そこから先の始皇帝の動きは迅速だった。元より一つ決めれば国家総動員が彼の国の強みである。全ての工程は一時間の内に終えられた。

始皇帝は手始めに身を隠していたコヤンスカヤを見つけ出し捕らえた。この異聞帯にいる限り始皇帝の天眼からは逃れられないと言った芥ヒナコの言葉に偽りはなくコヤンスカヤは驚くほどあっさりと囚われの身になった。自分の身に降りかかるだろう拷問に内心、戦々恐々としたコヤンスカヤだったが、始皇帝が口にしたのは意外にも商談だった。

 

始皇帝が所望する商品は藤丸立香の情報。それも既に芥ヒナコから得ている人類救済のグランド・オーダー、カルデアでの藤丸立香ではなく”今の立香”の情報。料金はコヤンスカヤがちょろまかした傀儡兵五十ダース。

 

その商談を断れる筈もなくコヤンスカヤはロシア異聞帯での情報を始皇帝に提供した。

 

その中で始皇帝は立香に率いられる6人の英霊(ヒト)と妄執の果てに神の如き獣となった皇帝(ヒト)の戦いをみた。

 

それは世界の命運を賭けた戦いだった。互いが互いの世界を滅ぼすと決めながら拳を握り殴り合う、余りにも非文化然とした人間性のぶつかり合いだった。

その戦いに始皇帝は目を奪われる。

 

「‐‐‐‐うむ、(あっぱれ)だ」

 

始皇帝はその戦いを肯定した。

 

「星の命運を賭け、世界を一つの盤として見た時、殴り合い(これ)ほど分かり易い決着が他にあろうか。のう、衛兵長よ。朕が今、考えていることがわかるか」

 

「天の御心は私如きには理解の及ばないものでしょう。しかし、陛下の傍で150年に渡り仕えていた身から言わせていただくのなら、本当に宜しいのですか?」

 

善哉(よい)。朕はこの決着を善きものとする。芥の話の全てを信じるのなら、決着はこうして付けるべきである」

 

「驪山では既に百名の冬眠英雄を解凍する準備が終わっています。私がこうして戻ってきたのも、それを陛下に伝え直接の命を賜る為。この戦いの勝敗は既に付いているのですよ?」

 

「であればこそ、朕は世界に向けて問い質す。朕の治世を袋小路とし剪定したことは間違いであったと。…そして、何よりこの者の言葉には朕としても同意せざる得ないぞ」

 

始皇帝は拳を握る立香を想う。

 

「編纂事象の地球に居座る上で、どちらの『(ひと)』がより相応しいか……これは人と人との殴り合いで決めるべきこと。握った拳を振り下ろす先が無いなど、有っていい筈がない」

 

「では、芥ヒナコとの約束は反故にするのですか?」

 

「否。朕は約束は違えんぞ。星詠み(カルデア)には総力を持って対処する。その中に絶対的力である朕自身も含むというだけのこと。…衛兵長。よもや朕が負けると思っているのか?」

 

「まさか。陛下は絶対にして完全。たとえ生身で相対そうとも負ける筈がありません」

 

「で、あれば何の問題もないぞ」

 

「確かに」

 

偉大なる皇帝(ツァーリ)とちっぽけな人間(マスター)の世界の命運を賭けた戦いを見た。

 

予想を覆し最後に拳を天に掲げていたのは人間だった。その光景に真人たる始皇帝は目を奪われた。

 

「汎人類の民草よ誇れ。其方らの代表は朕と雌雄を決するに値する英傑(ひと)である」

 

その一念を持って、持てる利の大半を捨てることを理と呼びながら、やはり人である衛兵長には始皇帝の御心を推し量ることは出来なかった。

 

確約された勝利を手放すことは機械であるなら有り得ない判断。‐そう考えて、衛兵長は何を馬鹿なと聖躯(せいく)を前に膝を折る。

 

「全ては陛下の御心のままに」

 

「うむ」

 

始皇帝は鉄の聖躯を持ちながら機械ではない。心を持つ人であり真人である。

 

故にこの不合理も言ってしまえば簡単だ。言葉にするには幼稚に過ぎるが、戦いをみて始皇帝は立夏ちゃんのファンになっていた。

 

偉大なる皇帝(ツァーリ)·イヴァン雷帝が蒸気王·バベッジと戦い彼らの旅路に敬意を抱いたように、始皇帝もまた本来なら見る筈の無かった異なる異聞の戦いを見て藤丸立香という人間に敬意を抱いた。

 

 

故に訪れた対決を前に始皇帝は傀儡兵の大群を率いながらもそれらを使うことを良しとしない。

 

これは世界の命運を賭けた人間同士の戦いである。

 

「故に鉄の聖躯を捨て朕は立つ。感涙し拝謁せよ。今、其方らは世界の王の前にいる」

 

始皇帝は全てを語った。戦う理由と意志を語り、対等に大地に立つ矜持を語った。

 

それを受けての立香の反応はクスリと小さく笑うことだった。

 

アハハと笑う。

ウフフと嗤う。

キャハハと哂う。

 

「意味わかんないかも。支離滅裂なんだよ。ねえ、始皇帝さん。私のロシア異聞帯での戦いを見て、まるで物語を読んで登場人物の気持ちを理解した気になるのは、楽しいよね?」

 

それは始皇帝を前にして許されざる嘲笑でありながら、歓喜にも満ちていた笑い。

 

「わかるよ。そして…私は嬉しいの!」

 

相反する感情の渦巻くままに立香は笑う。

 

「だから愛して!恋しいの!貴方は人で!自分の世界を守る為に私の前に立ってくれているよ!どこかの負け犬とは大違いなんだよ!アハ、アハハ、アハハ!嗚呼(ああ)、ようやく私は…救われるんだね!」

 

始皇帝‐中国異聞帯の王である自分を前に嬌声を上げる時点で分かっていたことだが、この少女は何処が壊れていた。

 

そして、それで良いのだと始皇帝は思う。

 

世界の命運の責任。天下万民の運命を背負い立てる人‐真人は(おのれ)唯一人(ただひとり)

 

その判断に間違いはなく‐只人(ただびと)でありながら世界の命運を背負い立つ少女は壊れてしまっている。

その姿を美しく思い、哀しく思い、救いたいとも思うからこそ始皇帝はこうして彼女の前に立ったのだ。

 

「其方の藻掻き苦しむ旅路はもう終わらせよう。其方も、其方の仲間たちも朕の世で安息せよ。芥より全ては聞いている」

 

始皇帝は優しき王である。

故に敵である立香達すら救うと明言する。

 

始皇帝の後ろに後光が輝き救いの光が立香を照らす。

 

「喜べ!汝が救われる時は来た!人の世界の命運は朕が任されよう!」

 

それに対して立香は光に手を伸ばす。

その光は始皇帝の光でなく天に唯一輝く太陽(ほし)の光。

ではなく太陽の光に消え霞んでいる昼間の星々の光。

眼に見えないが確かに存在するか細いそれを掴みながら立香は言う。

 

「それは嫌かも!世界を救うのは美少女マスター☆立香ちゃんとその愉快な仲間たちなんだから!傲慢にも、ねっ!」

 

人よ。誇れ。人であることを。

何処かで誰かが言った言葉を吠えながら、か細き光は世界を照らす。

 

そう信じる。

 

 

世界の命運を戦い。

 

始まりの大将戦。

 

始皇帝 対 藤丸立香。

 

いざ、尋常に始め。

 

 

 



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