ベテラン勇者がRTAする話 (赤坂緑)
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第一章:アルカディアの聖騎士
降り立つ勇者(裏)


最近流行りのRTA系小説を読み漁っているうちに、自分もやりたくなりました。
本当に自分が書きたいだけなのでガバガバなところが多いですが、よろしければ感想とか頂けると嬉しいです。

※改定を加えました。



 

 はい、どうも皆さんこんにちは。

 

 勇者です。

 

 今回は魔王殲滅ルートの最短クリアを目標に頑張っていきたいと思います。

 目標タイムとしては、そうですねぇ……だいたい、2年くらいでしょうか。

 

 えっ? 長い? ですよねー。

 

 でも残念ながら、クソ仕様のこの世界ではこれでも早い方だと思います。

 

 なにせ、最終的に塵にする予定の魔王と来たら、一定の条件を満たさなければ攻撃を通すことすら不可能という鬼畜設定になっているため、プレイヤースキルでのゴリ押しが通用しないからです。

 

 故に必要とされるのは地道極まりないスキル調整と、私の命を守ってくれる肉壁――げふんげふん。仲間の存在です。

 

 特に、本RTAにおいて人脈づくりは決して怠ってはいけない項目であり、これをサボってしまえば津波に刀一本で立ち向かうような難易度に跳ね上がってしまいます。

 

 難易度ルナティックどころではありません。難易度ギャラクシーです。

 

 以前の無知だったころの私は、自分一人で何もかもできると思い込んで魔王の魔術、結界、城、罠、雑魚敵の排除を全部引き受けていたのですが……あれは駄目ですね。勝てはしましたが、時間が足りなくて世界の方が先に詰みました。

 

 その結果として私はまだこうして魔王に挑まなければならなくなったのですが……あのルートをもう一度やるのは流石に勘弁願いたいです。

 

 

 先ほども言ったように、本RTAでは人脈の構築が命です。そして人脈とは即ち、何故か美少女だらけのパーティーメンバーのこと。

 

 つまるところね、これはエロゲーなんですよ(暴論)。

 

 これから仲間になる彼女たちの感情を揺さぶって好感度を上手く稼ぎ、効率よくスキルを習得し、魔王を世界が終わるタイムリミット内にぶち殺す。

 

 うん。しっかりとRTAしてますね。

 結果的に2年くらいかかるけど。

 

 まぁ、某ソードでアートなオンラインゲームだって主人公補正ありきの魔王最短ルートRTAで2年かかっているわけですし、それを思えば平均的なタイムではないかと思います。

 

 かと言って、タイムを縮める努力を怠るわけではありません。

 無駄なイベントや会話スキップし、必要最低限のスキルと人脈だけで攻略を達成したいと思っています。

 

 これで大体の概要は説明し終えました。後は随時、攻略を進めながら説明を挟んでいきたいと思います。

 

 それでは、よろしくお願いします。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

「――勇者様、私の声が聞こえていますか?」

 

 

 もくもく煙が晴れるとそこは、どこかの薄暗い地下室だった!(デデン

 

 まぁ、非常にテンプレートですね。

 

 私は自分の五感が正常であることを確認しながらゆっくりと瞼を開いていきます。

 ここでもったいぶっておいた方がそれっぽいので、タイムの無駄だと思ってもそれらしさを演出しておいてください。

 まぁ、オープニング場面とでも思っていただければ十分です。

 

 パッと開けた視界の先にいたのは、純白の衣装を身に纏った金髪碧眼の美しすぎる少女と、彼女の後ろに控えている五名の神官たち。

 彼らは目を開いた私の姿を見て驚愕しました。

 

「ゆ、勇者様が目覚められた!」

「奇跡だ!」

「信じられん……」

「まさか本当に成功するとは」

 

「――静粛に」

 

 声は凛と、厳かに。

 聖女の一声で彼女よりも高齢の神官たちは黙り込みました。

 情けねぇことのこの上ありませんが、地位的にはこの少女の方が高位にあるので致し方ありません。

 

 もう何回見たか分からない光景を目の前に、私は欠伸を嚙み殺しながら鉄仮面を維持しています。

 

 ポーカーフェイス最強。

 

 その後は自分が勇者であることを説明されるパートがありますが、物凄くありきたりなのでスキップします。

 退屈な自己紹介や王城の案内を終え、暫くの間拠点として利用する予定の自室に到着しました。

 

 あっ、私を召喚した(ことになっている)聖女さんとの会話はしっかりとこなしておきましょう。

 台詞も決まっていますし、今は好感度もクソもないので割と適当でも大丈夫です。

 強いて言えば、自分で設定したキャラ造形から乖離しないようにだけ注意をしてください。

 

 このRTAはロールプレイングが全ての肝なので。

 

 これから先、滅茶苦茶恥ずかしい、リア充でも無理なクサイ台詞をバンバン吐いていくことになりますが、皆諦めないで付いて来てくれよな!

 

「さて、と」

 

 自室に着いたら見た目の確認をしましょう。さり気なく疲れた様子を演出しながら部屋の中にある鏡の前に移動します。

 なぜ演出が必要なのかと言うと、それはもちろんこの部屋が監視されているからです。

 もうどこに監視魔術が潜んでいるか知っているのですが、此処で破壊しても疑われるだけなので今は何もしません。

 

「ふむ……」

 

 鏡を見て改めて思ったのですが――私、イケメンですね(自画自賛)

 

 まぁ、流石に国宝級とはいきませんが、客観的に見ても悪くない容姿だと思います。

 容姿に見合わない行動をしても得することがないので、きちんとキャラ付けはしておきましょう。

 

 ちなみに、私のキャラの方向性は決まっています。

 

 勇者の癖に結構腰が低めで情けない感じだけど、やる時はやる。

 見た目に反して敵には容赦ないが、自分に付いて来てくれる肉壁(仲間)には優しい男。

 

 うん。ベタですが、これでいいでしょう。後はアドリブと勢いで何とかなる筈。

 

「ふぁ~あ。……何が何だかよく分からないけど、取り敢えず寝るか」

 

 走者には時間を無駄にしている時間なんてありませんので、さっさと攻略に取り掛かりましょう。

 一先ず、「何が起きたのかよく分からないけど、自分の見た目は確認できたし、取り敢えず今日はもう寝て難しいことは明日考えよう」という体を装い、ベッドに直行。

 

 部屋の電気も消さないまま冷たい布団に潜りこんで丸くなります。

 

 やはりRTAと宣言したからには正確性とスピードが命。

 

 先手必勝。電光石火。

 ステータスは初期も初期ですが、この王城でやれることは一通り済ませておきましょう。

 

 一先ずは――

 

 

(国王を()るか)

 

 

 攻略に邪魔な奴から消していきましょう。

 

 

 




RTA初心者なので、良く他の方の項目に書かれているbiim兄貴の動画を見てみました。
普通に面白かったのと同時に、世の中には色んな人がいるんだなと思った次第です(小並感)。


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降り立つ勇者(表)

基本的に本小説は勇者がそのガバガバな内側を晒す(裏)視点と、彼によって被害を被っている人による(表)視点サイドの二つによって進行していきます。
2話で慌ててこれを説明している辺り、早速筆者のガバさが露見してますねぇ……(白目


 

 祈りは届かない。

 

 祈りに意味はない。

 

 祈りは通じない。

 

 

 

 

 

「クリスティーナ様」

 

 永遠に続くのではないかと思われるほど長い神殿の廊下を足早に歩いていた聖女クリスティーナは、背後から掛けられた呼び声に振り向いた。

 肩まで伸ばした美しい金髪が翻り、澄み切った青色の瞳が相手を視界に捉える。

 

「オドルー様」

「様はやめてくだされ。今は、あなたの方が立場は上です」

 

 そこにいたのは、豊かな白い髭を蓄えた老人。

 純白の衣は神のしもべの証であり、その胸につけられている金の刺繍は彼の立場の高さを示している。

 彼の名はオドルー。神官たちの長を務める御仁である。

 この国でもトップクラスの権力を持つ老人をしてさらに立場が上とされる金髪碧眼の美少女は、ゆっくりと頷いた。

 

「……そうでしたね」

 

 彼女の衣装には金の刺繍ともう一つ、それを囲むようにして水色の華の刺繍が施されている。

 高貴なる王族の血に連なる者にのみ許される王家の刻印。

 その印は間違いなく、年端もいかない彼女が目の前の老人よりも高位の存在であることを示していた。

 

 そう。本来なら古臭い神官の仕切り役などではなく、王城で花よ蝶よと育てられていた筈の証明。

 

「それで、何の用ですか? オドルー」

 

 感情の温度を感じさせない彼女の眼差しを受けながら、神官長のオドルーは口を開いた。

 

「……召喚の儀についてです。国王陛下が命令を下されたのは知っていますが、本当に実行されるおつもりなのですか?」

「当然です。既に触媒も祭壇も用意しました。ここで中止にする理由がありません」

 

 一切表情を変えることなく冷たい声音で言い切るクリスティーナ。

 

「しかし! 私は納得がいきません! いくら世界を救うためとは言え、生贄を捧げて存在するかどうかも分からない勇者の魂を降臨させるなど――」

「オドルー」

 

 彼の言葉を遮った彼女の声は決して大きくはなかったが、それでも喉元に突き刺さるような鋭利さを秘めていた。

 

「国王陛下がそのように望まれたのです。なれば、私たちはそれに黙って従うというのが道理でしょう? 彼は神の使いである王なのですから。それに、これはただ伝承に縋っただけの儀式ではありません。以前より正体不明とされて来た魔宝石が反応を始めたのです。これがどういった原理で動き始めたのかは分かりませんが、試してみる価値はあると私は判断しました」

「……その結果として、無辜の民が犠牲となってもですか?」

()()()()()()? ならば問題はありません。人類を守るためであれば、多少の犠牲は仕方がないことです」

 

 相変わらず、合理的なお人だとオドルーは思った。

 

 まだうら若き乙女である彼女が感情の一切を殺して冷たく振る舞い始めたのはいつからだったか。

 

 確か、こちらの職場に送られてきた頃には既にこのような性格だったように思うが、幼少期の彼女は明るく利発で、誰からも好かれるような少女だったはずなのだ。

 

 一体何が、彼女をここまで歪めてしまったのか。

 

 心優しき神官はそっと心を痛めた。

 

 話を終えたと判断した彼女は既に先へと進んでおり、無理に着せられた純白の衣装が儚く風に揺れていた。

 

 

 

 

 

 召喚後。

 

 

(思っていたより、上手くいきましたね)

 

 ゆっくりと瞳を開いた勇者を前にクリスティーナは一先ず安堵した。

 

 昼間会ったオドルーにはああして自分が納得しているかのような言い方をしたが、実際には彼女自身かなり半信半疑だったのだ。

 

 世界の危機の最中、急に今までうんともすんとも言わなかった魔宝石が反応を始め、さらには都合よく勇者の依り代が見つかるわ、それをうまく活用するための古の文献が解読されるわと、流石に色々と上手くいきすぎていた。

 

 冷静に考えれば魔王の罠である可能性すら存在しているが、それでも今の彼女にとっては些細なことだった。

 

 世界の滅びなど、彼女にとっては本当にどうでもいいことであった。

 

(まぁ、これであの人も満足してくれるでしょう。後は、変な癇癪を起さないように注意を払って……念のため勇者との接触も暫くは控えた方がいいでしょうね)

 

 頭の中で今後のプランを練りながらも彼女の口は勇者を懐柔するためにぺらぺらと動く。

 マルチタスクは彼女の得意とするところであった。

 

(それにしても……流石は勇者と言うべきでしょうか。まだ状況が把握できていないのか意識が散漫としている所は見受けられますが、それ以外の部分は完璧と言ってもいい。全身から溢れる威圧感。無駄のない立ち振る舞い。冷静な判断能力。期待はしていませんでしたが、意外に良い拾い物をしたかもしれません)

 

「こちらが勇者様の寝室になります」

「……あぁ」

 

 一通り現在の状況を説明し終えたクリスティーナはあまり感情を表に出さないタイプらしい勇者を連れて王城を簡潔に案内しながら最終的に彼の自室に着いた。

 

 不愛想に頷いた勇者は自室に足を踏み入れ、室内の様子をチェックしている。

 

 その様子はごくごく普通の青年にしか見えず、身に纏っている異質な雰囲気との間に少しギャップがあった。

 

「また詳しい説明については明日にさせていただきます。今日はお疲れだと思いますので、この部屋で英気を養って下さい。朝食時にまたお呼びいたします」

「……あぁ」

「では、これにて失礼――」

「クリスティーナ、殿」

 

 退室しようとした彼女を呼び止める声に、聖女は一瞬固まった。

 

 思えば、彼が目を開いてからここまで彼の方から声をかけてくることはなかったのだ。

 

 しかし沈黙はほんの一瞬。直ぐに気を取り直したクリスティーナは手を掛けていたドアノブから手を放して顔を上げた。

 

「なんでしょう勇者様?」

「その、なんというか……」

「?」

 

 物ははっきりというタイプに見えたが、意外にも歯切れが悪い。クリスティーナが脳内で勇者の人物像に修正を加えている最中に彼は言った。

 

「ありがとう。まだ目覚めたばかりでよく分からないが、あなたの親切には感謝しかない」

「――――」

 

 意外な、言葉だった。

 

 明らかに愛想のない事務的な態度だったというのに、こんな言葉を掛けられることが。

 度を越したお人好しか、或いは馬鹿なのかと人物像を再度訂正しかけたクリスティーナだが、ここで違う考えに至った。

 

(不安、なのかもしれませんね)

 

 この青年の中身が勇者と言えど、彼はまだ召喚されたばかりだ。まだ詳しいステータスを彼から引き出せていないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 右も左も分からずテンパっている状況の中、それなりに丁寧に説明して自室まで与えてくれる存在が居れば感謝の一つもしたくなるもの……なのか?

 

 クリスティーナにはよく分からないが、そういうものなのかもしれない。

 一先ず彼女は不安定らしき彼に対して少しだけ優しく接することを決め、口を開いた。

 

「お気になさらず。まだ不安なことが多いかもしれませんが、私に聞いてくだされば分かっていることは全てお伝えいたします。今日のところは一先ずお休みください」

「あぁ。そうするよ」

「それから――殿は止めてください。私の事は普通にクリスティーナで構いません」

「分かった。じゃあ、俺も勇者様じゃなくてルタって呼んでくれ」

「ルタ? それがあなたの本名なのですか?」

 

 思えば、勇者の本名など聞いたこともなかった。

 首を傾げながらクリスティーナが尋ねると、勇者も何故か首を傾げながら答えた。

 

「えーと……多分。今パッと頭の中に浮かんだ名前がそれだったんだ。そうか。俺って、ルタっていう名前だったんだな……」

 

 感慨深そうに頷く勇者改めルタ。

 自分の名前に確信が持てないなど恐怖しかないだろうに、今の彼は名前を思い出せたことを純粋に喜んでいるように見えた。

 どこか異様で、ほんの少しだけ心に棘が刺さるような光景。

 それを振り払うように今度こそドアノブを掴み、クリスティーナは部屋を後にすることにした。

 

「……それではルタ様。私は明日の朝にお迎えに上がります。それまではごゆっくりとそちらのベッドで疲れを癒してください」

「いや、様はいらな――」

「失礼します」

 

 彼の言葉を強引に遮って扉を閉め、クリスティーナは廊下を歩き始めた。国王に報告をする為である。

 背筋をピンと張って歩く彼女の姿にいつもと変わりはないが、その心中は些か穏やかではなかった。

 

(参りましたね……)

 

 コツコツ、と無機質な音を立てながら廊下を歩く。

 

 陰で「鉄仮面」「冷血女」「能面使者」などと揶揄されている彼女は僅かなため息と共に先程の勇者について考えていた。

 

(思っていた以上に人間臭い。これではオドルーの抗議を止められないかもしれません。もう少し英雄らしい覇気を剥き出しにしてくれれば助かったのですが、中身があまりにも普通過ぎる。同情と憐憫は得られますが、それだけ。おまけにメンタルもそこまで強くはなさそう。駒として不安定極まりないですね)

 

 そんな事ばかり考えてるから腹黒なんだ! とどこかの勇者がツッコミを入れたような気もするが、彼女が気付くはずもない。

 着実に王室へと足を進めながらも彼女は頭の中で妙に人間っぽい勇者を如何にして手懐けるかを考えていた。

 

 

 

 

 

――その勇者の中身こそが最も人間からかけ離れていることも知らずに。

 

 

 

 

 

 




RTA→ルタ

ネーミングセンスもガバガバとはこれ如何に。


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やる勇者(裏)

ベテラン勇者がちょっとだけ走者としての貫録を見せる回です。
それから、誤字報告をしてくださった方、本当にありがとうございました。



どーも、勇者ですぅ。

 

 

 私は今、部屋の電気をつけたまま眠って(いるふりをして)いるわけですが……これはもちろんわざとです。

 本当は国王を暗殺したくてうずうずしているのですが、ここで焦ってアリバイ作りに手を抜くと後で非常に痛い目に合います。

 

 面白みのないパートですが、じっとこらえましょう。

 

「……」

 

 とは言え、私自身もう狸寝入りを始めて二時間ぐらい経つので、本気で眠くなってきました……。早く来てくれないと私本当に眠ってしまいます。仮にここで眠ってしまった場合、国王暗殺も難しくなるので、その時にはスパッと諦めてこの城の連中を皆殺しにしてから旅に出ますわ(サイコ)。

 

 コンコンッ

 

 おっ、この控えめのノック音は……やっと来てくれましたか。

 いやぁ、割とここは運の要素が大きくて、早く来てくれることもあれば遅いこともありの辛いパートです。まぁ、来てくれることには変わりないので別に構わないのですが。

 

 あっ、ノックに関しては眠っている(ふりをしている)ので完全無視で。

 

「……失礼します……」

 

 無視すること2分。

 躊躇いがちに扉が開かれ、消え入りそうなほど小さな声で挨拶をしながら人が入って来ました。

 この王城でメイドをしているアルマちゃんです。栗色の髪をした普通の女子で、これといってフラグも何もない無害な少女です。

 

 彼女が私の部屋にやって来た理由はもちろん、つけっぱになっている電気を消すためです。この世界でも電気は大事――というか、神がもたらしたという謎の宝物から絶えず供給してもらっている貴重なエネルギー源なので、無駄にすることは文字通り罰当たりなのです。

 

 よって、じゃんけんで負けた彼女がこうして渋々夜遅くに謎の男性の部屋に入り込み、こっそりと電気を消しに来たという訳です。

 

 ちなみに、どのルートにおいても必ず彼女が電気を消しに来ます。

 私のキャラ選択でさえ確率変動があるというのに、この子だけはずっと変わらないんですよねぇ。

 

……どんだけじゃんけん弱いんだろう。

 

「すいません……お部屋の電気、消させていただきますね……」

 

 本当に耳を澄まさなければ聞こえないくらいの小声で話しながら忍び足で電気を消しに来るアルマちゃん。

 じゃんけんに負けて嫌々来たはずなのに、この気遣い。

 本当にいい子やでぇ~ 

 看護師さんとか向いてるんじゃないかな?

 

 ちなみにこの子、わざとかけ布団を雑に重ねていた場合、わざわざ直してくれます。

 控えめに言って天使かな?

 

 今回も是非直してもらいたいところではあるのですが、残念ながら今の私はRTAとして現世に降臨しています。

 無駄なアクションは省いていくと宣言した以上、それは守って行きたいと思います。

 

「……おやすみなさい。勇者様」

 

 パチッ、という音と共に部屋の電気が落ちました。

 

 さて、そろそろ動き始めますか。

 アルマちゃんの到着時間が遅かった分、それなりに急いで動いた方が良さそうです。

 

 まずはアルマちゃんが背中を見せた瞬間に飛び掛かり、思わず見逃しちゃうような手刀を首筋に一発。

 良し、今回も綺麗に決まりましたね。意識を失ったアルマちゃんを私の代わりにベッドの中に入れます。

 

 これでアリバイは完成しました。

 夜中のうちに何度か見回りが来ますが、これでそちらは回避できるでしょう。

 彼らは私の事をそれなりに恐れているため、ベッドに膨らみさえあればそれだけで寝ていると判断します。

 アルマちゃんも国王の首をチョンした後に自室のベッドに戻してあげれば何の疑問も抱かずに次の日を迎えてくれます。

 

 さらに部屋の中に仕掛けられている監視魔術に関してですが、これはアルマちゃんが電気を消しに来た時点で既に無力化したも同然です。

 

 何故なら、彼女こそが別室からこの部屋を監視していた人物の一人であり、さらに彼女と一緒に見張っているはずの同僚はアルマちゃんに部屋の消灯を押し付けた段階で眠りについているからです。ガバすぎやしませんかねぇ……。

 

 まぁ、どれもこれもベテラン勇者である私を相手にした時点で詰んでいたと考えた方がいいでしょう。経験の差ですよ。経験の差。だいたい、周回一周目の奴が走者に楯突こうなど片腹痛い。こちらが何回ここの脱出で詰んだと思ってんだ(半ギレ)。

 

 おっといけない。気を抜くとこれまでの愚痴をこぼしそうになってしまいますね。今は取り敢えず、国王を殺しに行くことだけを考えましょう。あの屑を殺せば多少は気が晴れるというものです。

 

「じゃあ、行きますか」

 

 では早速国王の首をへし折りに――は行きません。

 この城の人たちは意外と馬鹿ではありません。指紋を残そうものなら即座に逮捕されて打ち首にされます。アリバイ(アルマちゃん)があるとはいえ、やはり犯罪をするなら誰かに擦り付けるのが一番効率的でしょう。

 

 というわけで、今から殺人に使用する凶器を取りに行きます。

 

 部屋の窓を開けて、壁に張り付きながら横に高速移動で目的地までGO!

 

……多分、今の私は相当気持ちが悪い動きをしていると思いますが、タイムの為です。見栄えの事は後回しにしましょう。

 

 そうこうしているうちに城の一番東の塔にやって来ました。ここまで来たら後は楽です。パッと手を放して下に落下し、重力を味方に付けながら真下にいる警備兵にダイレクトアタック!

 

 バタンキューした彼の懐からこの塔の鍵を入手し、扉を開けます。

 はい、着きました。此処が武器庫ですね。

 

 中には驚くほどたくさんの武具たちが眠っていますが、今回必要としているのはとある3つのアイテムだけです。

 周回初心者の人なんかはここで強そうな武器を片っ端から奪う愚行に走りがちですが、武器を仕舞う場所がない上に本当に強い武器は中盤以降に密集しているので大した意味はありません。直ぐに盗みがバレてあの聖女に八つ裂きにされるのがオチです(経験談)。

 必要最低限の武装で乗り切るのも、走者の腕の見せ所です。

 

「おっ、あった、あった」

 

 武器庫に侵入してからおよそ5秒。場所も覚えているので当然ですが、我ながら良いペースです。先程までの遅れを取り戻したといえるでしょう。

 流れるような動きで真っ暗な武器庫の中から「盗賊王の剣」と「盗賊王の指輪」を装備します。そして最後に「盗賊王のフード」を被ってから外に出て扉の鍵を閉め直し、警備兵の懐に鍵を戻したら第一フェーズ終了。

 

 さて、これでようやっと国王を殺すための準備が整いました。

 

 では早速――暗殺開始。

 

 ステータス自体は初期も初期ですが、私にはこれまでの蓄積があります。

 魂まで刻まれた不滅の技術。

 そのうちの一つを使わせていただきたいと思います。

 

夜影音脚(シャドウアーツ)

 

 気合いを入れて小さな声で呟くと同時、私の足元を闇色の何かが覆い隠し、この身のうちが溢れ出るキラキラなオーラも包み隠してくれました。

 暗殺キャラなら習得必須のスキル、「夜影音脚(シャドウアーツ)」。

 

 カッコいい名前に負けず、このスキルはかなり有能です。

 

 後々仲間にする予定の暗殺者の少女が教えてくれる隠密系のスキルなのですが、本当にマジで強いのでオススメです。足音もしないし、気配もしない。自分の「存在」そのものを隠すので、この王城レベルの敵であればぶっちゃけ誰にも気づかれません。

 

 流石に目の前でスクワットしたら気づかれますが(経験談)

 余程の事がない限りはバレません。みんなも楽したかったら取ろうね!

 

 さて、実家のように隅々まで知り尽くしている王城の中はステルスで走っている間、簡潔にですがどうして国王を暗殺する必要があるのかを説明しましょう。

 

 まず、この巨大な城壁で囲まれた都市国家アルカディアの国王であらせられるクリス陛下は――大変お馬鹿であらせられます。

 はっきりと言ってしまえば愚王。無駄にプライドだけが高く、非効率的極まりない思い付き政策で日々国民を困窮に追い込んでいるマジの無能であり、誰からも好かれていません。

 この時点でアルカディア王国は詰んでいるも同然ですが、困ったことに今の時代は魔王が放つ瘴気によって徐々に人が住める場所が削られている人類存亡の危機状態であります。

 

 普通の常識ある王様だったら自分たちの民を全力で守るために城の門を閉じるか、人類のためにと軍隊を整備して攻勢に出るかの二択だと思うのですが、この無能王と来たら自分の城で愛人たちと日夜腰を振ることに精進しているという、実にうらやま――げふんげふん。けしからん奴です。

 ぶっちゃけ、子供が多すぎて後継者争いが地獄絵図と化しているそうですが、攻略に関係なさそうなので全部を把握しているわけではありません。

 

 あぁ、そういえば私を召還した冷血鉄仮面聖女クリスティーナも彼の娘でしたね。

 

 しかも序列の低い愛人とかではなく、普通に正妃から生まれたガチの王女だったはずです。

 流石に第一ではありませんでしたが、第三王女くらいの生まれだったとは思います。そんな人がどうして神官とかいう左遷も同然の古臭い職場で働いているのかと言いますと…………うーん、忘れちゃいましたね。   

 まぁ、攻略に差支えはないので一旦保留にしておきましょう。

 

 閑話休題。

 

 さて、国王を暗殺する理由について改めてお話しすると、彼がマジで邪魔だからです。

 別に無能なだけなら無視して良いのですが、彼の場合、勇者を自分の支配下に置きたいという欲求が強く、こちらをもてなすためのパーティーを事あるごとに開いて来ます。男なんて皆酒と女に弱いんだとばかりに大量の税金をつぎ込んで事あるごとに此方を懐柔しようとしてくるのです。

 これははっきり言って邪魔です。これ以上ないほど明確なタイムロスですし、こちらが得られるメリットは美味しい料理と美人とのワンナイトのみ。一見すると悪くない。どころかかなり良い。……というか実は一回だけこの堕落ルートを走ってみましたが、案外悪くありませんでした。

 

 国王が働きたがらないのも分かります。

 できればあのパラダイスをもう一度――

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

  いやいや! いかんいかん!

 

 今回の私はひと味違います! 美人の誘惑なんぞなんのその! こちとら(ホモ的な意味ではなく)魔王一筋ルートと決めているのです!

 

 攻略中も無能な政策を繰り返してこちらへの支援を滞らせるおっさんに興味はありません。有能で、強くて、躊躇なく盾となってくれる人だけ放課後私の下に集いなさい。

 

 閑話休題。

 

 さて、国王暗殺の意味を解説し終えた辺りで丁度彼の自室前に到着しました。流石はベテランの私。時間配分も完璧です。

 

 やはり腐っても王様。扉の前には普通に護衛たちが立っていますが、特に問題はありません。フードで姿は隠れているので「夜影音脚(シャドウアーツ)」を解除してから堂々と近づいていきましょう。

 

「ん? ……おい、何者だ貴様! そこで止まれ! ここは国王陛下の寝室であるぞ!」

「……」

「ッツ、答えろ! 何者だ貴様!」

 

 問われたからには答えなければなりませんね。

 しっかりと声を低めのしゃがれた感じに調整してから名乗りましょう。

 

「……盗賊王、ジャリバン。この名に聞き覚えはねぇか?」

「なん、だと……?」

 

 大きな槍を持った二人の兵士さんが良いリアクションをしてくれます。

 

「ば、馬鹿な……奴は死んだはずだ! 一か月前に処刑されて、間違いなく死んだ!」

「そ、そうだ! 生きているはずがない! 何者かは知らんが、そのフードを取れ!」

 

 職務に忠実な二人がこちらに近づいて来たので武器庫から盗んだ剣を突きつけて動きを止めます。

 

「……この剣に見覚えはねぇか?」

「そ、それは! ジャリバンが使っていた曲刀⁉」

「武器庫に保管されているはずのそれを、どうして貴様が……」

「……まだ分からねぇのか? 蘇ったんだよ、俺様は」

 

 実際にジャリバンがこんな露骨に悪い奴アピールする話し方をしていたのかは知りませんが、ここで重要なのは雰囲気です。

 さて、時間短縮の為にもここはちょっと気合い入れて喋りましょう。

 

「――盗賊王、ジャリバン。冥府の底より恨みを返上するため此処に帰還した。俺を捕まえた奴。俺を裏切った奴。そして、俺を殺した奴。その全員に報いを受けさせ、この世界を血で染め上げてやるよ」

 

 我ながら寒いことこの上ない台詞ですが、兵士二人はこんなんでもビビってくれます。

 

「ッ! ならば、ここでもう一度死ね! ジャリバン!」

「覚悟!」

 

 あー、はいはい。雑魚乙。

 此処の戦闘描写はぶっちゃけ要らないでしょう。突き攻撃を躱して一撃当てたらお仕舞いです。

 ただし、殺すのは一人だけにしておきましょう。

 もう一人はギリギリ死なないくらいの塩梅で生かしておきます。

 

 後で盗賊王ジャリバンが復活した証人になってもらわなければなりませんからね。

 アリバイ、大事。

 

「ぐわぁ!」

「ぎゃあ!」

 

 はい、料理完了。

 時間がないのでサクサク進めていきます。

 

 ノックもせずに扉を思いっきり蹴り破り、寝起きドッキリを仕掛けます。そして慌てて跳ね起きた国王の首をチョッパし、これにて第二フェーズ終了。

 

 国王暗殺完了! やったね!

 

 でも先生は言いました。「家に帰るまでが遠足である」と。

 

 私もその意見には賛成です。

 取り敢えず、復活した盗賊王の犯行に見せるために国王の部屋中を荒らし、金目の物を貰っていきます。

 

 ちなみに、ベッドの上には国王といたしていた全裸の女性が顔面蒼白で震えていますが、無視して構いません。彼女にも生き証人となってもらう予定ですので。

 

 さて、一通り荒らし終わったので退散しましょう。

 来た道を戻り、再び外壁から自室に帰ります。

 

 はい、帰宅。

 

 

 アルマちゃんは……変わらずぐっすり眠っていますね。良い子です。

 

 帰って来たはいいですが、ここで面倒になるのが血だらけの曲刀とフードと国王陛下から頂いた金品です。

 

 普通だったら始末に困るところですが……もちろん、その点も抜かりはありません。

 

 このために併せて盗んでおいたのが「盗賊王の指輪」です。この指輪、実はかなり優秀でして、俗に言うアイテムボックスの役割を果たしてくれるんですよね。

 と言っても、小型な分収納できる物のサイズや個数には限度がありますが、今身に着けている邪魔なものを仕舞えるくらいの余裕はあります。

 

 殺人に使った凶器を全てこの中に仕舞え終えたらこの指輪とは暫くお別れです。思い切って呑み込みましょう。

 自分の胃の中が一番安全って安西先生も言ってたしね!(大嘘)

 

 ここまでの手順を終えたら、後はアルマちゃんを自室に返してあげて第三フェーズ完了と同時に任務完了となります。初日なので体力的には結構きついですが、そこは気合いで我慢してもう一度「夜影音脚(シャドウアーツ)」を発動して彼女を送り届けてあげましょう。

 以前、どうしても耐えられなくなって送り狼になったことがありますが、純粋に罪悪感がヤバくて自殺したのでここでは紳士でありましょう。

 

 良し、無事に送迎完了。

 

 残りの時間は自室で睡眠に充てましょう。

 休憩もRTAにおいては重要な要素です。

 ここで失った体力を回復させ、明日に備えましょう。

 

 では、今日のところは一旦おやすみなさーい。

 

 




ダクソのRTAを視聴していて、何だか自分もできる気になって挑戦したら初手で詰んだとさ(白目)


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やる勇者(表)

実は、主人公の容姿を変更しました。
以前の一話ではクール系と表現していましたが、ガラッと変えてちょっと可愛い系の男子にしました。
本当にすいません。話の都合上、こう変更するしかなかったんです……
これも全て筆者のガバさが為すところ。すいません……

※それに伴い、一話の内容に変更を加えておきました。よろしければご覧になって下さい。



 祈りは届かない。

 

 祈りに意味はない。

 

 祈りは通じない。

 

 だから、私は祈ることを止めた。

 

 

 

 

「――して、召喚された勇者は如何なものだった?」

「身に纏う覇気は大したものですが、おかしなことに中身が凡庸でした。どこかちぐはぐな印象を受けます」

「ふむ……手懐けることは出来そうか?」

「可能だと思います」

 

 その膨れ上がった自己顕示欲を示すように豪華絢爛な玉座に腰を下ろした国王が、長い階段の最下層にいる白衣の少女へと問い掛ける。

 面を上げることを許されていないクリスティーナは頭を下げたまま淡々と彼の質問に答えていた。

 

「そうか。では、勇者の事はそなたに一任する」

「ありがとうござ――」

「だが」

 

 そこで言葉を切った国王は、首を垂れたままの少女を睨みつけながら言った。

 

「常に経過報告を怠るな。貴様に勇者が肩入れし過ぎないように注意し、一定の距離感を持って接するのだ。断じて、私に牙が向くようなことだけはないようにしろ」

「それはもちろんです」

 

 淀みのない返答をしたクリスティーナだが、国王の反応は好ましくなかった。

 

「……分かっているとは思うが、お前には常に監視をつけている。もしもだが、勇者を手懐けて儂に牙を向けようというのなら――」

「そのようなことは決して」

「今は儂が話しておるのだ! 痴れ者がッ!」

 

 低く頭を下げていたクリスティーナに後頭部に何かが衝突した。次いで、彼女の美しい金髪を濡らしながら赤い液体が下へと垂れていく。

 国王が玉座の上で呷っていたワイン入りの金属製グラスを彼女に向かって投擲したのだ。

 

「……」

 

 屈辱的な目に合わされているはずのクリスティーナはしかし、何も言わない。

 

「ッ!、決して面を上げるでないぞ! 儂がここを退出するまで地を見つめておれ!」

「はい」

 

 もちろんクリスティーナは微動だにしていなかったのだが、一方的に命令を押し付けた国王は、逃げるようにしてその場を後にした。

 

「……」

 

 彼の足音が遠くに行ったことを確認したクリスティーナは、ゆっくりと面を上げた。

 その表情は、やはり無。

 何の怒りも悲しみも感じさせない鉄仮面のままだった。

 

 近くに待機していた侍女にグラスの片づけを命じたクリスティーナは、機械的な仕草で頭に染み付いたワインを拭いながら廊下を歩いて自室に向かっていた。

 

「……」

 

 

 思えば。

 

 王女であるはずのクリスティーナが質素な白衣を纏い、まるで臣下のように何の取り柄もない王に首を垂れるようになったのはいつからだったろうか。

 

『クリス・エヴァートン』

 

 城塞都市国家、アルカディア。

 その王として君臨する王。

 

 愚王。色ボケ王。無責任王。

 

 不名誉な二つ名を多く持つ誰からも嫌われる王であり、そしてクリスティーナの父親でもある。

 

 彼の血を引くということが一体どういった意味を持つのか。

 この世に生を受けたその瞬間から血みどろの争いに巻き込まれることになったクリスティーナは身をもって良く知っていた。

 

 恥に思っている――ことにしている。

 耐え難い屈辱であると認識している――つもりだ。

 

 

 だけど。

 

 

 そんな男ではあるけれども、クリスティーナの脳裏には皆のイメージと異なる男の姿が絶えず存在していた。

 

『クリスティーナ』

 

 邪気のない笑顔で微笑む、ちょっとだけ情けない風貌の男性。

 

 こんなに覇気のない男が王を名乗ったとして、通りを行く人の何人が本気にするだろうか。それほどまでに平和ボケした男であり、そして女性と子供から好かれる人徳者であった。

 

 そう。不本意ながらクリスティーナは知っている。

 

 世間一般では悪鬼のように扱われているが、彼の王が決して情のない男ではなかったことを。いや、寧ろ愛情深い性格だったように思う。だって、彼はいつだって愛した女やその子供に甘くて、いつだってニコニコと笑っていた。

 

 今よりずっと幼かったあの頃は彼の事を父として慕っており、そして彼もまたクリスティーナのことを娘として可愛がっていたのだ。

 

 

 だが

 

『貴様も私を愚弄するのかッ⁉』

 

 全ての歯車が狂ったその日の事を、クリスティーナは断片的に覚えている。

 

 悪鬼のように歪んだ醜い顔でクリスティーナのことを罵倒する父の顔。

 彼をそうさせたきっかけは一体何だったか。

 クリスティーナが悪かったのかもしれないし、彼が悪かったのかもしれない。

 

 ただ、その時の彼女はわけがわからないままに父へ謝ろうとしていた。

 彼女は昔の父に戻ってほしかっただけなのだ。

 

 

 しかし、既に狂い始めていた王に娘の言葉は届かなかった。

 実の娘に向けるとは思えない眼光で彼女に迫ったクリスは、怒りのままに手を振り上げ――

 

「父上!」

 

 父は彼女の悲鳴を無視して頬をはたいた。当時14歳のクリスティーナは、踏ん張ることも出来ずに床へと倒れ込む。

 そこで頭を冷やしていれば、二人はまだギリギリ親子であれたかもしれない。

 しかし、稀代の愚王にして色魔である彼の眼前には、この世のものとは思えない()()が広がっていた。

 

『―――』

 

 窓から差し込む月光が一人の可憐な少女に焦点を当てている。

 真っ赤に晴れた頬に張り付く金糸。潤む青の瞳。倒れ込んだ拍子にドレスは少し乱れ、恐ろしく白い生足が露になる。

 

 その後に起きたことを、クリスティーナはあまり思い出したくない。

 

 どうにか最悪の事態だけは逃れることが出来たが、それでもあと一歩彼女の母が寝室に来るのが遅れていたら、今頃彼女は中身が完全に壊れた廃人となっていただろう。

 

 未遂にこそ終わったものの、彼女の心には永遠に消えない傷跡が残ることとなってしまった。

 

 その後、父は泣いて地に頭を擦りつけながらクリスティーナに謝罪を繰り返した。

 

『すまない。許してくれ……』

『わざとじゃなかったんだ! ただ、少しかッとなってしまっただけで……』

『お前の事は今でも娘だと思っている』

『仲直りしないか?』

『また、父上と一緒に遊ぼう』

 

 

「……」

 

 あまりにも情けないその姿を冷めた目で見つめていたクリスティーナは、何の感情も抱かないままに目の前の人物が自分の父親でなくなってしまったことを悟った。

 

 何も言わず、ただ人形のように無機質な瞳で自分を見つめる娘の姿に何を思ったのか、クリス国王は有無も言わさず彼女を神官たちの下へと送った。

 仲の良い幼馴染の許嫁が決まっていたにもかかわらず、あまりにも惨い処置だった。

 

 当然の様に多くの臣下が彼の決定に異を唱えたが、彼の王はただ青白い顔で断固とした意志を貫くだけであり、結果的にクリスティーナは齢14にして華やかな社交界から姿を消すこととなった。

 

 そんなことをすれば当然、あらぬ疑いがクリスティーナに掛けられることになる。

 

 曰く、「国王と禁断の関係に踏み切ってしまったのではないか」

 曰く、「賢すぎるが故に追いやられた」

 曰く、「恋に狂う母の嫉妬を買った」「見捨てられた」「嫌われた」「堕ちた」「肉欲に溺れた罰」「天誅」「いい気味」「自業自得」「終わった」「一生を無為に終える」「王家の恥さらし」「性悪女」「浄化されるべき」

 

 心無い言葉が何もしなくても耳に入って来た。

 しかし

 

「……」

 

 肝心のクリスティーナはというと、その全てに注意を払わなかった。

 どうでも良かった。

 全てが。

 

 

 彼女の心はあの夜を境に半壊しており、痛みに対して鈍感になっていた。

 何も感じない。

 何も痛くない。

 何もしたくない。

 

 その胸の内にあるのは、ただの諦観と絶望と失望。

 

 派遣された先で、オドルーと名乗る神官長は悲しそうな瞳で抜け殻の様な彼女に言った。

 

『辛いことがあったのでしょう。……いえ、何があったのかを尋ねるつもりはありません。私にその権利はないでしょう。ただ、人を導く神のしもべとして、今のあなたは見過ごせません。まだうら若き乙女がそのような目をされるのは……非常に悲しいことです』

 

 いい人だ、と空っぽのクリスティーナは思った。

 思っただけだったが。

 反応を示さない彼女に対し、オドルーは神官らしいアドバイスを送った。

 

『日が日がな、何もせずボーっと過ごしているのは少し勿体ないでしょう。どれ? 折角歴史あるこの神殿に派遣されたのですから、()()()()()というのは如何でしょう?』

 

 祈り。

 それは、クリスティーナが一番嫌っていたものだった。

 

 だって、祈りは届かない。

 どれだけ願ったって彼女の父は苦しみから救われず、挙句の果てに自分が罰を受けることになってしまった。

 

『……祈るのも嫌ですか。しかし、意外ですな。今あなたの瞳に宿った感情が何であるかは読み取れませんが、祈りという言葉を口にした瞬間、屍だったあなたに命が舞い戻りました』

 

 意外だったのは、クリスティーナ自身も同じだ。

 このまま何も感じずに朽ちていくだけだと思っていた自分に、何か分からない感情が芽生えるなど――

 

 困惑する彼女に対し、国によって潰されかけている宗教を支える偉大な神官長は微笑んでいった。

 

『やはり、祈るべきでしょう。あなたは。その祈りが何であれ、人には熱が必要です。叶う、叶わないに関わらず、それは必要な物なのです』

 

 それに、と彼はウインクをして続けた。

 

『やっぱり祈り続けていればいずれ、その願いが叶うかもしれませんよ?』

 

 

 

 

「国王陛下が……殺された?」

 

 その知らせを受け取った時、クリスティーナの胸の内で名前を付けられない感情たちが暴れ狂った。

 歓喜? 悲哀? 憎悪?

 そのうちのどれかであるような気もするし、でも全然違うような気もする。

 

 狂いそうだった。

 そうならないために心を閉ざしたはずだったのに、今のクリスティーナは崩壊寸前だった。

 こんなことになるんだったら、やっぱり祈りなどするべきではなかった。どうせ届きはしないのだからと祈るのではなかった。

 ぐるぐるグルぐるぐる

 思考が回る。いつものあれだ。あの夜の事を思い出すと始まるいつものあれ。

 

 治さないと。きちんと治さないと。

 

 クリスティーナは胸の前で両手を組み、心安らぐ呪文を唱え始めた。

 

「……祈りは届かない。祈りに意味はない。祈りは通じない。祈りは届かない。祈りに意味はない。祈りは通じない。祈りは届かない。祈りに意味はない。祈りは通じない。祈りは届かない。祈りに意味はない。祈りは通じない。祈りは届かない。祈りに意味はない。祈りは通じない」

 

「クリスティーナ、様……?」

 

 突然何かをブツブツと呟き始めたクリスティーナに困惑する侍女。しかし、彼女の祈りは止まらない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 光を失った瞳で永遠と呪文を唱え続ける彼女に侍女が匙を投げかけたその時、控えめなノック音が響いた。

 これぞ正しく救いの手。侍女は弾けるようにクリスティーナの傍を離れて扉に駆け寄り、誰が来たのかも確認せずにドアノブを捻った。

 

「あっ、えーと……ここがクリスティーナ殿……じゃなくて、クリスティーナさんのお部屋だと聞いて伺ったのですが……」

 

 そこにいたのは、昨夜召喚されたばかりだという勇者だった。

 えらく腰の低い態度だが、その身に纏う覇気は尋常ではない。控えめに言って、どこか異質で気持ちの悪い存在だった。

 

「ゆ、勇者様⁉ 一体どうされたのですか?」

「どうされたのですかって……こちらが聞きたいと言いますか。朝起きたら王城がバタバタしていて、何をしたらいいかと聞いたらクリスティーナさんに指示を仰げと言われたので、すれ違う人に道を尋ねながらここに来た次第です。はい」

 

 懇切丁寧に自分の事を説明する勇者。昨夜目覚めたばかりで右も左も分からない割にはそこそこいいムーブをしているといえるが、今は少々邪魔だった。

 

「……申し訳ございません。現在のクリスティーナ様は少し、その、普通ではないといいますか……」

「えっと……落ち込んでおられる的な?」

「多分、そんな感じだと思います。ですので、今日のところは別の方に指示を仰がれるか――いえ、駄目ですね。皆さん忙しいと思うので、自室で待機して頂けないでしょうか?」

 

 誰か他の人に押し付けようとした侍女だったが、これ以上好き勝手に王城を歩かれるのはまずいと判断して直ぐに彼を閉じ込める方へ誘導し始めた。

 そんな意図など知らない善良な勇者は、困ったように首を傾げながら言った。

 

「待機、ですか……自分って一応勇者らしいんですけど、そんなんで良いんですかね? ()()()()とかしなくても……」

 

 その瞬間である。

 ただ同じ言葉繰り返すだけの不気味なオブジェと化していたクリスティーナに変化が現れた。

 

「犯、人……」

 

 そうだ。殺されたからには、国王を殺した犯人がいる。

 クリスティーナの〇〇を殺した犯人がどこかにいる。

 まだ、息をしている。

 

 ぐるぐるが治まった。思考が明瞭になる。いつもの彼女が帰って来た。

 陰で冷血と恐れられ、多大な皮肉を込めて「聖女」と呼ばれている鉄仮面の少女が見事に帰還を果たした。

 

「――勇者様」

 

 先程までの錯乱模様が嘘のようにスッとベッドから起ちあがったクリスティーナは、凛とした足取りで彼の前まで歩みを進め、身長差のある彼を見上げて言った。

 

「国王陛下の部屋は、万全の警備体制が敷かれていました。部屋の前には手練れの兵士が二人。さらに王城の中は絶えず警備兵が巡回をしています。そんな中で容易にトラップを掻い潜り、国王を殺せるような存在がいるとは、思えません」

「……つまり?」

「内部に手引きをした者がいる可能性があります。よって、あなたに手を貸していただきたい。召喚されて早々に国王の暗殺犯を探させることへの罪悪感はありますが、それでも私はあなたに協力していただきたい」

「別にそれは構わないですけど……俺、いや僕? が犯人である可能性はないんですか?」

「もちろん、それも考慮しています。私は今、私以外の全員を疑っていますから。しかし、冷静に考えて昨夜召喚されたばかりのあなたに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それに――」

 

 彼女は澄み切った青の瞳で不安げに揺れている勇者の焦げ茶色の瞳を見つめて言った。

 

「あなたにそんなことをする度胸があるとは思えませんから」

「……もしかして、馬鹿にしてます? お、俺のこと」

 

 むっとした表情で未だに定まっていない一人称を噛みながら言い返す勇者。

 

「いいえ。ですが、事実だと思います」

 

 きっぱりと言い切ったクリスティーナは、不満げな表情を浮かべた勇者に自分の手を差し出した。

 

「協力して頂けますか? 勇者様」

「……」

 

 差し出された美しい掌。その手をじっと見つめて暫く考え込んだ勇者は自分の掌をチラッと眺めてからこんなことを言った。

 

「いいですけど、条件があります」

「条件? なんでしょう」

「僕の事はルタと呼んでください」

「――――」

 

 そういえば、昨夜そんな約束をしたばかりだった。

 変なところに拘るものだと思ったクリスティーナだったが、その後すぐにこれが彼にとって大事な儀式であることに気が付いた。

 

(自分の存在を確認するための名前。そして一人称。なるほど……彼はまだ自分探しの真っ最中なのですね)

 

 であれば、断る理由などどこにもない。

 クリスティーナは改めて手を差し出してから言った。

 

「よろしくお願いします。ルタ」

「こちらこそよろしく。クリスティーナ」

 

 

 こうして、国王を殺した犯人を追うためのタッグが形成された。

 

 クリスティーナの心を乱した感情の正体はまだ分からない。

 だが、今の彼女は自分の事を考えずに済むための大義名分を手に入れた。

 

 それが終わるまでは、絶対に祈らない。

 

 

 祈りは届かない。

 

 祈りに意味はない。

 

 祈りは通じない。

 

 

 

「……だから、私は祈ることを止めた」

「クリスティーナさん?」

「……何でもありません。それから、さんはつけなくても結構です」

「おっとそうでした」

 

 即席のタッグが王城を歩く。

 

 国王を殺した犯人を見つける。

 その為だけに、彼女は再び立ち上がった。

 




 目の前にいますよ(小声)


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探す勇者(裏)

大量の誤字報告、本当にありがとうございました。自分の雑さ加減に嫌気が差すばかりです。
ですが、これからも文字数は増える一方となり、一日投稿も難しくなってくると思います。

だけど、作者は負けません。頑張ります。

だからよ、止まるんじゃねぇぞ......(自己暗示




 

 グッモーニン。勇者でっす。

 

 さて、目覚めの良い朝ですね。

 差し込む日光が心地よく、そしてこのご立派な王城がひっくり返るんじゃないかと言わんばかりの大騒ぎがいいBGMになっています。

 

 自分の仕事の成果を誇りたいところですが、走者に無駄な時間の使い方は許されません。

 ささっとベッドから起ちあがったらすぐに部屋を出ましょう。そして出来るだけ間抜けそうな顔で辺りをうろついてみます。

 

「あ、あのぉ……すいません」

「わっ! ゆ、勇者様⁉」

 

 それとなく冷血鉄仮面聖女の部屋に近づきながら廊下を歩いていると、都合よく前方には昨夜大活躍をしてくれたアルマちゃんがいるではありませんか。早速極限まで腰を低くして話しかけます。

 

「ど、どうされたのでしょうか?」

「どうされたと言われましても……王城全体が騒がしいみたいなので何かあったのかと思いまして、邪魔になるかもしれないと思いつつ、城内をうろついていた次第です。はい」

「なるほど。こんなに大変な状況の中でも自分に出来ることを探すなんて、流石は勇者様ですね!」

「ありがとうございます。ところで……この騒ぎの原因は何なんですか?」

「それが実はですね――」

 

 何の躊躇もなく国王が暗殺されたことを教えてくれるアルマちゃん。流石に盗賊王が蘇った云々は知らないようですが、それでも昨日出会ったばかりの人間に対して色々喋り過ぎじゃないですか?

 勇者=いい人。という法則が頭の中にあるのかもしれないですが、やっぱりこの子は程よく無能ですね。

 

 良いことです。

 

「なるほど……国王陛下が亡くなったと。まだ会ったこともないので自分はどうしても悲しみづらいですが、お悔やみ申し上げます」

「いえ、勇者様がお気になさることではありませんよ。貴方のお仕事は魔王を倒すことですから。それに、心配されなくとも犯人は直ぐに見つかりますよ。なにせ、今の王城にはクリスティーナ様がおられますから! 裏では冷血鉄仮面聖女とか呼ばれていますけど、本当に思慮深くて冷静で、素敵な方なんですよ!」

「へぇ……」

 

 やっぱりアルマちゃんは使えますね。

 こっちが何も言わなくても自動的にフラグを立ててくれるので、「どうして貴様がそれを知っているッ⁉」みたいな凡ミスを防ぐことが出来ます。

 ちょっと廊下で立ち話をするだけで格段に動きやすくなるので、皆さんもRTA時には積極的に彼女を利用していきましょうね!

 

「アルマさんがそこまで言うのであれば、自分はクリスティーナ殿の部屋に行ってみます。何もしないよりは賢い人に使ってもらった方が有意義でしょうから」

「それはいいお考えです! あの方であれば勇者様にいいアドバイスをして下さるに違いありません!」

「随分とクリスティーナ殿の事を評価しておられるのですね?」

「評価だなんてそんなおこがましいこと私には出来ません。……でも、あの方は不幸な目に遭われたにも拘らず自分の能力だけで今の地位まで上り詰めた御方です。実際に、あの人が提示する政策案は素晴らしいものらしくて、馬鹿な私にはよく分かんないですけど……でも! 本当に凄い人なんです! あまり星の巡りが良くない方なので、これから先の人生でちょっとでも報われて欲しいなぁーって思ってます」

「へぇー」

 

 いまいち何を考えているか分かりづらい鉄仮面聖女さんですが、実は意外にも人徳があったりします。

 まぁ、アルマちゃんの場合は誰にでも懐きそうなのでいまいち信用ありませんが。

 

「優しい方なんですね」

「はい! 実際に何度かお話したことありますけど、見た目の怖さの割には意外に――」

「そうじゃなくて。自分が言っているのはアルマさんの事です」

「……へっ⁉」

 

 心底驚いたらしいアルマちゃんは顔を真っ赤にしながらあたふたと慌てています。初々しいですねぇ~。タイムロスなので口説くつもりはありませんが。

 暫くの間訳の分からない言い訳をしていたアルマちゃんですが、落ち着いてから急に懐疑的な視線をこちらに向けてきました。

 

「……勇者様ってもしかして結構な女たらしだったりします?」

「いえいえ。今のは明らかにアルマさんの耐性のなさが原因かと」

「……否定できないのが悔しいです」

 

 露骨に落ち込むアルマちゃん。話している感じだと結構モテそうな感じですが、すぐにあがっちゃうのが原因なのかもしれませんね。

 

「もっとアルマさんと話していたいのですが、そろそろ動かないとまずい気がします。自分はこれで失礼しますね」

「はい。勇者様のご武運を「あっ、そうだ!」はい?」

「そういえば昨日の夜電気を消し忘れたまま眠っていたんですが、あれを消してくれたのってアルマさんですか?」

「あっ、はいそうなんです。お部屋の電気が消えていなかったのが気になってしまいまして、身勝手ながら私が消させていただきました! ……あの、もしかしてですけど、電気付けといた方が良かったですか?」

「いえ、アルマさんが正しかったです。昨夜は疲れ切っていたのでベッドに倒れ込んだらそのまま寝ちゃったんですよね」

「やっぱりそうでしたかー。召喚されたばかりですもんね、勇者様」

 

 ニコニコと微笑んでいたアルマちゃんだが、不意に顔を伏せると何やら恥ずかしそうな表情をする。どうしたのかとこちらが首を傾げると、彼女は頬に手を当てながら言った。

 

「……まぁ、かくいう私も昨夜はかなり疲れていたようで、気が付いたらベッドに入っていたんです。着替えることもせずにそのままベッドで眠っていて、本当にビックリしちゃいました」

「ハハハ、アルマさんは意外とおっちょこちょいなんですね」

「笑わないでくださいよー!」

 

 顔を真っ赤にしてぷんすか怒るアルマちゃんは非常に愛らしいのですが、生憎とこちらは時間を無駄に出来ない身。

 必要な情報を手に入れたらさっさと退散しましょう。

 

「それでは、自分はこれで失礼します」

「はい。勇者様のご武運を祈っています」

「……あの、その挨拶はちょっとおかしいと思いますよ?」

「? どうしてですか?」

 

 ちょこんと首を傾げてアルマちゃんは言った。

 

「これから国王陛下を暗殺した犯人を見つけてぶっ殺すのですよね? だからご武運をお祈りしたのですが」

「……」

 

 怖っ

 

 アルマちゃんは意外に好戦的な性格も秘めていたらしい。

 

 

 

 

 何故かちょっと青白い顔色になった勇者を笑顔で見送ったアルマは、自分の仕事に戻るため踵を返して長い廊下を歩き始めた。

 

(にしても、勇者様って意外に気さくな人だったんだなぁ~。凄い人っていう印象しかなかったけど、結構話しやすかった)

 

 心なしか足取りの軽い彼女は彼の事を考えていた。

 身に纏う強者の雰囲気とは裏腹に、ちょっと笑っちゃうくらい腰の低い態度の勇者様について。

 

 可笑しな人だな、と思った。

 それと同時に面白い人だとも。

 

 あの勇者の実態を知っている人間は何人いるのだろうか?

 あと数日もすれば王城中に広まることではあるが、アルマは情報を先取りしたみたいでちょっと嬉しかった。

 

 会話の内容も善良な人のそれで、意外に人見知りなアルマでも直ぐに打ち解けられるほどだった。

 

(しかもしかも! 私が電気を消したことを覚えてくれているなんて! なんで分かったのかは分からないけど、流石は勇者様って感じ! 気配を覚えていたのかな?)

 

 そもそも彼は寝ていなかったうえに強引な手段で暗殺のアリバイ工作を手伝わせていたのだが、そんなことアルマは知らない。

 これから知らされることもない。

 知った時は、彼女の命が終わる時である。

 

「フン、フン、フン~♪ フフーン~♪」

「なによアルマ。凄い機嫌よさそうじゃない?」

「えっ? なんで分かったの⁉」

「いや、その態度で分かるなという方が難しいって言うか……」

 

 仕事に戻ってからもアルマは上機嫌を維持していた。当然、おかしく思った彼女の同僚が尋ねて来るが、

 

「ううん……秘密!」

「あっそ。どうでもいいけど、早く仕事済ませなさいよ」

「冷たくない⁉」

 

 にへら、と笑う彼女に同僚も一瞬で諦めた。

 

 その後も上司に「たるんでいる!」と喝を入れられたりしたが、アルマはニコニコ笑顔のまま仕事をこなしていた。

 

 もしも彼が本当に何の肩書もない普通の人物であったとしたら、アルマとてここまで喜んではいない。

 

 だが、彼は「勇者」という肩書を背負った人物である。

 世界が滅びゆく今の時代において、その名がどれほどの効果を持つのか。

 

 世界を救うために呼び出された救世主といち早く仲良くなれたという優越感が彼女の心を満たしていた。

 まず間違いなく顔は覚えてもらえただろう。彼はアルマに対して(非常に小さいが)恩が出来たのだから。

 

 さらには彼女の名前まで――

 

(あれ?)

 

 とここでアルマは首を傾げた。

 そして脳裏に浮かんだ純粋な疑問を吐き出す。

 

「なんで勇者様、私の名前を知っていたんだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふむ。

 

 今のところ、ガバをやらかしている感じはありませんね。アルマちゃんは昨夜のことを覚えていないようですし、国王の暗殺犯も判明していない。

 これは幸先いいですね。このままのペースを維持していきたいものです。

 

 コンコンッ

 

 さて、やって来ましたのは冷血鉄仮面聖女さんのお部屋です。

 

 何故か彼女は異常なほど落ち込んでいますが、一緒に犯人を捜そうやと誘えばあっさりとついて来ます。

 

 どうしてわざわざ犯人捜しをするのか疑問に思われるかもしれません。中には、時間の無駄だと思われる方だっておられるでしょう。

 そんな方々の為に簡潔に説明すると、今回の茶番は全て冷血鉄仮面聖女こと、クリスティーナ・エヴァートンを仲間にする為の作戦なのです(今更)。

 

 もちろん王様が邪魔なことは本当ですが、どちらかというと一石二鳥的な意味が大きく、本命はこちらの怖いお嬢さんの方です。

 

 ここで簡単にですが、彼女のスペックをご紹介しておきましょう。

 

 

 名前:クリスティーナ・エヴァートン

 性別:女

 身長:156cm

 体重:40kg

 スリーサイズ:忘れたけど、お胸はぺったん

 職業:聖職者

 特技:内政、外交、全体指揮、洞察、推理、計算

 趣味:なし

 好きなこと:なし

 苦手なこと:奇跡、魔術、演技

 

 とまぁ、こんな感じなのですが……ご覧の通り、かなり矛盾しているキャラクターであることが分かると思います。

 

 まずは職業が聖職者であるにも関わらず、奇跡と魔術が不得意という「お前本当に聖職者かよ⁉」と突っ込みたくなること必須のあり得ない現象について説明していきましょう。

 

 実はですね彼女、聖職者の癖に神様が大っ嫌いなんですよ! っていうか、祈るという行為自体がもう嫌いらしいです。めちゃくちゃ驚きですよね……えっ? そうでもない? なんでぇ……?

 

 まぁ、分からないことは一旦脇に置いておくとして、

 

 聖職者キャラの癖に回復奇跡の一つも使えない女など存在価値全くないと思われがちですが……ここで目を向けて欲しいのが彼女の特技です。

 

 内政、外交、計算、全体指揮

 

 そう。

 実は彼女、()()()()()()()きの人物なんですよね。

 

 それも柔和な笑みでやり繰りするタイプではなく、断固たる意志で祖国一強を貫くみたいな、そんな強気の外交が非常に得意です。

 おまけに有無を言わさず人を従えさせるカリスマ性も多少は持っており、頭良いので内政も得意です。

 

 ぶっちゃけ、あの無能王じゃなくてこの人が女王になった方が絶対に良いレベルで有能なんですよね。

 どうして皆あの王様を早く殺して彼女を即位させなかったんだろう?(純粋な疑問

 

 さらにさらに、彼女の良さは他にもあります。

 

 実は、この王国には終盤まで使えるスーパーチート級の武器が眠っておりましてねぇ、ヒヒ、それを使えば魔王の攻撃なんて屁でもないようなマジにイカれた性能なんですがァ……これがですねぇ、彼女にしか、ヒヒッ、使えない武器なんですよぉ(ネットリ

 

 

 

……もう一回言いますね。

 

 内政チートの冷血鉄仮面聖女にしか使えない武器があるんですよぉ(怒り

 

 

 はーい、クソ。

 

 ったく、何がレジェンド武器だふざけやがって。誰が魔王を討伐すると思ってんだ? 誰が世界救うと思ってんだ。俺に使わせろや。俺に使わせろや。一週間で魔王殺してやっからよ。なんで? なんでこの世界はこんなに俺に対して厳しいの? ちょっとくらい楽させてくれたっていいじゃん。ほんのちょっと貸してくれるだけでいいんだよ。それだけでさ、攻略タイムが年単位で縮まるんだよォォォォ! 俺、そんなに難しいこと言ってるかな? 別に不正なチートを頼んでいるわけじゃないよ? ちょこっと武器を貸して欲しいだけ。お願い! 先っぽ! 先っぽだけでいいから俺に――

 

 

 自主きせいちゅう

 

 

……ふぅ。すいません、少々取り乱してしまいましたね。あまりの武器欲しさにちょっとだけ我を見失っていました。

 

 ただ、これで私の言いたいことは分かってもらえたと思います。

 クリスティーナ・エヴァートンという少女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 内政をさせてこちらの装備や食事を充実させるバックアップ要因にしても良し。

 それか、私が欲しくてたまらないチート武器を持って攻略に参加してもらうも良し。

 

 どちらにせよ、こちらに益しか生まない金の卵なのです。

 これは全力で羽化させるっきゃねぇ!

 

 というわけで、彼女を最短で仲間にする為にも絶対に見つかるはずがない犯人捜し始まるよぉ~!

 

 

 

 

 

 

 

「……復活した盗賊王、ですか。ルタはどう思います?」

「一応聞いておくけど、この世界に人を蘇生させる魔術とかはあるの?」

「ないです」

「じゃあ、盗賊王に罪を擦り付けたい誰かの犯行だろうね」

「やはりそうなりますか」

 

 私は現在、未来の仲間と共に国王の寝室を訪れています。普通に事件現場ですね。部屋中荒らされていて、流石に死体は撤去されたようですがそれでもベッドとか家具に飛び散った血痕はそのままです。

 これはひどい有様。一体誰の仕業なんだー(棒

 クリスティーナ嬢は鋭い眼差しで部屋中を観察し終えた後、再び私たちに情報を与えてくれた女性と向き合いました。

 誰だこの人って最初は思いましたけど、普通に昨夜国王といたしていたあの女性ですね。わざと見逃したあの人です。

 

「しつこいようですが、もう一度尋ねさせて下さい。本当にその男は盗賊王ジャリバンと名乗ったのですね?」

「……私は直接聞いたわけじゃありません。ただ、扉の向こうで倒れていた警備兵がうわごとのように『盗賊王ジャリバンが帰って来た』と繰り返していたので、そうなのではないかと思っただけです」

「ふむ……風貌はどのような感じでしたか?」

「……薄汚れたマントで全身を覆っていました」

「顔は見えませんでしたか?」

「見えませんでした」

「声は?」

「一言も話していなかったので、何とも。今治療を受けている兵士が意識を取り戻せば分かるかもしれません」

「そうですか……ありがとうございました」

 

 そこで質問を打ち切ったクリスティーナは顎に手をやって何か考え込んでいます。

 彼女は本当に賢いので僅かな糸口でも残していればすぐに僕が犯人であると看破されてしまうのですが、今回は大丈夫そうですね。

 内心結構冷や冷やしながら見ていたのですが、やはりこの女性は生かしておいて正解でした。こちらの手際がどうだったかよく分かりますし、何よりクリスティーナに対して()()()()()()()()()()()()()

 

 今回の私は、何も盗賊王ジャリバンに全ての罪を擦り付けたいわけではありません。というか、クリスティーナの洞察力を前にしてそんなことはまず不可能です。

 

 故に、()()()()()()()

 容疑者は一人じゃありません。一人にはしません。

 

 あともう一人、生贄が必要なのです。

 

 コンコンッ

 

 開きっぱなしだった寝室のドアを律儀にノックし、一人の男性が殺人現場に入室してきました。

 かなりの長身。一部白髪が混じっているものの、完璧に整えられた髪の毛と眉毛。いかにも神経質そうなその男性の姿を見て、若干ですがクリスティーナの眉が寄せられました。

 

「失礼します。クリスティーナ様がこちらにおられると聞き、お呼びに参上しました」

「ゾルディン殿。私は見ての通り、現在事件の調査中です。最優先で解決すべき調査、それを中断する必要があるほど重要な相手からの呼び出しなのですか?」

「でなければ、私が派遣される道理はありません」

「……」

 

 クリスティーナが苦手とする彼の名は、ゾルディン。

 この国の宰相を務める嫌味で神経質な男性です。

 

 ただまぁ、かなり有能な男ではあります。あんなに無能極まりない王がトップに立っていながらも何とかアルカディアが国の形を成していたのは、この男の功績が大きいでしょう。

 

 だからこれからもこの国を頑張って支えて私の攻略を手助けして――とはならないんですよね。残念ながら。

 

「……私を呼び出したのは、一体誰です?」

「あなたの()()です」

「――なるほど」

 

 さてさて。宰相殿。これまで本当にご苦労様でした。長い間、一人で国を回して大変だったでしょう?

 でも大丈夫。これからはずっと楽になります。

 山のような書類と向き合うこともなくなり、無能な王に頭を痛める必要もなくなります。

 

 なんでかって?

 

――あなたは、国王殺しの犯人として捕まるからですよ。

 




うーん、外道。
ただ、一応ちゃんとした理由もありますので、それに関しては次の勇者視点をお楽しみにしていてください。


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探す勇者(表)/冷血聖女の心

昨日は投稿できず、すいませんでした。
あと、明日もできないかもしれません。すいません。

だ か ら

文字数を倍以上にしてお送りいたします(白目

さぁ、読者諸君。

「ついてこられるか――?」(某赤い弓兵)



 状況を整理しよう。

 

 殺害現場の検証を終えたクリスティーナは宰相の呼び出しに従い、己の母が住まう塔へと足を動かしながら頭を働かせていた。

 

 まず、容疑者は地獄の底から復活したとかいう盗賊王ジャリバン。にわかには信じがたいが、目撃者は皆口を揃えて彼の名前を口にしている。

 一先ずその名前だけは頭の中に入れてあるクリスティーナではあるが、彼女自身は全くその説を信じていなかった。

 

(死者は蘇らない。それに――)

 

 不可解なことが多すぎる。

 まず、国王と同じ寝室にいたあの女性を殺さなかったこと。どうして顔を隠してあるとはいえ、自分の事を目撃した無防備な女性を生かしておいた?

 女性に甘さを見せたのかもしれないが、生前の盗賊王の悪行から見てそれはあり得ないことであるとクリスティーナは断じる。

 

 さらに不可解なことは他にもある。

 地獄の底から復活し私怨で国王の首を刎ねたという割には、あまりにもあっさりし過ぎているのだ。

 実際に死体をこの眼で見たわけではないので何とも言えないが、それでも彼が国王を殺すのにかかった時間はわずか一秒足らずであり、鮮やかな手際で首を刎ねただけだったという。

 表の兵士の事と言い、まるで()()()()()()()()()()()()()、極めて合理的な動きをしている。

 兵士と言えば、一人は確実に息の根を止めておきながらもう一人は生かしていることも引っ掛かる。手ごたえで片方を仕留めきれなかったことは直ぐに分かったろうに、それでも敢えて放置していた。

 となるとやはり――

 

(ルタの意見が正しそうですね。盗賊王の犯行に見せかけたい何者かの犯行。露骨な目撃者に、私怨があったようには感じられない淡々とした犯行手口。何者かは知りませんが、少々詰めが甘かったようですね。ただ――実力だけは本物か)

 

 死者蘇生など信じていないクリスティーナではあるが、盗賊王を名乗る男の技量だけは認めざるを得なかった。

手練れとは言え、兵士も人間だ。技量さえ勝っていれば無力化することとて不可能ではないだろう。しかし今回の場合、彼らを無力化するのに費やした時間が常軌を逸していた。

クリスティーナは戦士ではないので詳細は分からないが、それでも鍛錬を積み重ねた熟練の兵士二人が僅か数秒で無力化される異常さはヒシヒシと感じられる。

全体的に詰めの甘さが感じられる犯人ではあるが、戦闘能力だけは本物であると結論付けた。

 

 

 ――いや。

 

 ここでクリスティーナは自分の考えを改めた。

 

(詰めが甘いと決めつけるのも危険ですね。敢えて不可解な事実を残すことにより、捜査の手をかく乱する意図があってもおかしくはありません)

 

 嘗て神童と謳われ、全ての真実を暴くと評されたこともあるクリスティーナである。

 その優れた洞察力と推理力は安易な結論を導き出すことを良しとせず、さらには犯人の思考を読み取ろうとしていた。

 回転の速度を増すクリスティーナの頭脳。

 しかし、彼女はタイミング悪く呼び出された部屋の前に到着してしまった。流石に此処まで来て別の考え事に頭のリソースは割けない。

 思考を切り替えたクリスティーナはここまで案内してくれた宰相のゾルディンに頭を下げた。

 

「案内ありがとうございました」

「いえ、お気になさらず。本当は貴方一人でもたどり着けるとは思ったのですが、苦手な母君を前にして逃げられたらたまったものではないので案内しただけの事です。えぇ」

「……お心遣い、感謝する」

 

 相変わらず嫌味しか言えないのかと思ったクリスティーナではあるが、この程度の嫌味で気分を害すほど彼女は感受性豊かではない。鉄仮面を維持したままさらりと受け流してみせた。

 

 まぁ、宰相に関しては別に良いのだ。昔から理由は不明だがやたらとクリスティーナのことを嫌っていたし、彼女自身もそのことを理解していた。

 だからこの場で今問題なのは――

 

「……ところで、勇者様はいつまでクリスティーナ様の背中を付いて回るおつもりですかな? まさか母君との再会を邪魔するほど無粋な方でもあるまい。ここらで引き返すのが無難であると考えますが。それとも――何か特別な理由でもあるのですかな?」

 

 何故かあの現場から流されるようにしてクリスティーナたちを追いかけてきてしまった勇者である。

 怪訝な表情を浮かべる宰相に対し、勇者は恥ずかしそうに頭を掻きながら言った。

 

「いや、特別な理由はないんですけど、自分はクリスティーナとタッグを組んでいる身ですし、何より自分一人ではあの事件を解決するには至りません。だからのこのこついてきたわけですが……まぁ、取り敢えずはここで彼女の用事が済むまで待たせて頂こうかと思ってます。はい」

「……つまり、何も事情が分からないままに付いて来てしまったと?」

「まぁ、そんな感じ」

「……」

「……です」

 

 宰相ゾルディンの鋭い眼光に射竦められたように背中を丸めるルタ。

 そのあまりにも情けない姿は勇者に似つかわしいものではなく、思わずゾルディンは呆れたような視線を向けた。

 

「なるほど。完全にクリスティーナ様の腰巾着というわけですな。魔王を退治すべく召喚された勇者様にしては些か情けなく思えてしまいます」

「ゾルディン殿。それは勇者様に対する侮辱が過ぎるのではないでしょうか?」

 

 あまりにも行き過ぎた皮肉に思わずクリスティーナが苦言を呈する。

 だが宰相は嫌味ったらしく鼻を鳴らすのみであり、特に謝罪をするような気配を見せない。

 

「ま……まぁ、まぁ、お二人とも。自分はここで待機していますので、そろそろ自分たちの事を為された方がいいのではありませんか?」

「……違いありませんな」

 

 やや険悪な雰囲気を取っ払うように勇者が提案する。彼の言う通り、ここにいる人物にはのんびりとしている時間など許されていないのだ。

 勇者に対して懐疑的な視線を向けていたゾルディンなど、三人の中でも特に忙しい身の上である。

 反対する理由もなく、彼は二人に軽く会釈してから踵を返した。

 

「――あっ、そうだ」

 

 と、そこで突然勇者が声を上げる。

 何事かと面倒くさそうな表情で振り返った宰相に向かって彼は問いを投げかけた。

 

「ゾルディンさんは今回の事件、どう思っているんですか?」

「どう思っているとは? 抽象的過ぎて分かりませんな。質問内容は具体的にお願いしたい」

「盗賊王が復活して国王様を暗殺したらしいんですが、これって現実にあり得ることだと思いますか?」

「あり得ないことでしょう」

 

 クリスティーナに匹敵する、或いはそれ以上の知識と頭脳を持ち合わせている男はそう断言した。

 彼は続けてその根拠を語る。

 

「今回の事件は完全に盗賊王の手口から乖離しています。兵士たちを仕留めた技量こそ恐ろしいですが、それでもそこに奴の意思があるようには思えません。もし仮に蘇っていたとしても、意識だけ奪われた()()になり果てているでしょうな」

「傀儡、ですか……」

「? 何か?」

「いえ、何でもありません。呼び止めてしまって申し訳ありませんでした」

 

 宰相は首を傾げながらも今度こそ立ち去った。

 そのやり取りを黙って見守っていたクリスティーナがルタに近づいて尋ねた。

 

「何か気に掛かることでもありましたか?」

「いえ……なんというか、こう……変な感じがしたんだ」

「変な感じ、とは」

「うん。説明は難しいんだけど、とにかく変な感じ。……まぁ、完全に僕の直感が反応しただけだから、あんまり気にしなくていいよ」

「そういう訳にはいかないでしょう」

 

 本来は非常に理性的で論理的な思考をするクリスティーナである。直感などという曖昧なものに信頼を置きたくはないのだが、それが勇者の直感となれば話は変わって来る。

 

 勇者――それは不可能を可能にする者の名前。

 条理の現実を不合理に捻じ曲げる理外の存在。

 滅びゆく王国が最後に頼った、希望の光。

 

 クリスティーナはまだルタと名乗る腰が低い勇者の能力が何かを知らない。というより、そもそも能力を持っているのかどうかさえも知らないのだ。

 だけど――

 

(この勇者は、()()()()()()()()

 

 そう、クリスティーナは確信していた。

 

 安易な観察の結果だけではない――そもそも知り合ってまだ時間が浅い。

 直感などという非合理的な感覚だけではない――クリスティーナは誰よりも自分自身を信じていない。

 

 故に、彼女は理性と直感の両方でもって勇者ルタのことを非凡な男であると見抜いた。

 

 事件の渦中に自ら飛び込み、へこへこと頭を下げながらも冷静に自分の立ち位置を理解する察しの良さ。柔和な見た目と相反する、強者特有の覇気と息遣い。やけに鋭い観察眼。初対面の人間との距離の測り方。感情的に思えてその実、どこまでも合理的な行動選択。

 

 彼は何かを持っている。

 

 生憎と国王が暗殺されたせいで今日予定されていた勇者の力を測る実験はなくなったが、クリスティーナは無意識のうちに彼が秘めている力を見るのが楽しみになっていた。

 

「分かりました。あなたが何かを感じたというその事実、頭の中に留めておきましょう。今後は私も宰相の動きに目を配っておきます」

 

 結果、クリスティーナはどこまでも彼女らしい理由でルタの曖昧な意見を頭の中に入れることを許した。

 それに驚いて見せたのがルタである。

 

「ちょ、ちょっと! 本当に適当な勘だよ? あんまり真剣に捉えて大事なことを見落としたりしたら大変じゃないか⁉」

 

 彼からすれば、独り言の様な物だったのだろう。

 だが情報が圧倒的に不足している今、クリスティーナにも理解が及ばない勇者の直感は一攫千金ものの情報である。

 

 絶対に、逃がすわけにはいかない。

 

「……ルタ、此方を向いてください」

「?」

 

 どうやって自分の意見を撤回しようか考え込んでいるらしい彼と視線を合わせ、クリスティーナは言った。

 

「私の勘違いでなければ、私とあなたは国王陛下を殺した犯人を追うタッグ。それに間違いはありませんか?」

「あ、あぁ……間違いないよ」

「ならば、私たちの間に必要なのは情報共有です。どんなに些細なことでも構いません。砂の粒ほどの小さな違和感であったとしても、見つけたからには拾い上げる必要があるのです。それが後々重要な意味を持つのかもしれないのですから」

「……つまり?」

 

「これからもあなたが感じたことを私に教えて欲しいと言っているのです。何でもいい。話して下さい。散らばったピースを繋ぎ合わせるのは私の仕事ですから、あなたには遠慮せずに情報をまき散らかしていただきたいのです」

「――――」

 

 随分とまた、思い切った発言であった。

 けれど、右も左も分からない今の勇者にとってその発言がどれほど背中押される言葉であったか、彼女は知らないだろう。

 

「分かった。何か感じたらまた報告させてもらうよ」

「そうしてください。では、私はこれから用事がありますので」

「そうだったね。じゃあ、僕はここで君を待――」

「いえ。あなたにはやっていただきたいことがあります。意識不明の状態にある兵士の様子を病棟まで見に行って欲しいのです」

「そういうことだったら喜んで」

「よろしくお願いします。それでは――また後で」

 

 

 単純労働を押し付けた勇者の背中が廊下の角を曲がったところを見送ったクリスティーナは、ようやっと己の母と対面するべく踵を返し、長い長い廊下を歩きだした。

 努めて、心を無に。

 昔はもっと楽にこの作業が出来たのだが、ここ最近は――というより、今日の朝目覚めて凶報を聞いてよりは中々上手くいかない。

 

 制御しづらくなった自分の心に苛立ちさえ覚えながら長い廊下を歩き終えた先に待つのは、豪華絢爛な意匠が施された分厚い扉。

 

 クリスティーナはもう一度自分の内側の状態を確認してからその分厚い扉をノックした。

 

「……」

 

 制御は上手くいったと思っていたのだが、それでも柄になく緊張している自分を知覚する。

 数えて丁度15秒が経過した頃、ゆっくりと部屋の扉が開かれ、中から疲れた顔の侍女が顔を出した。

 目の下の隈が痛々しい。きっと、心休まらない一日を過ごしているのだろう。

 それはクリスティーナとて同じなのだが。

 

「クリスティーナ様」

「申し訳ありません。遅れてしまいました」

「……いえ。貴方様を責めることは出来ません」

「それは有難い。――で、母上は如何様で私を呼び出されたのです?」

「……それはご本人に伺って下さい」

 

 ギぃ、と嫌な音を立てて扉が開かれる。外見は立派な扉だというのに、内側の整備が全くされていないらしい。

 無言で侍女に会釈してクリスティーナは先に進む。

 部屋の中は、陰鬱な空気で満たされていた。今日は憎たらしくも晴天だというのに、カーテンを開けることすらしていない。

 

 無駄に広い部屋の中を無心で進んでいると、強烈に脳髄を刺激する香りが漂ってきた。

 隣国で流行っているという香水の香りだ。その香水一つで庶民なら一か月は食い繋げるほどに価値の高いそれを、部屋の主は何の躊躇もなく全部使い潰さんばかりの勢いで部屋中に霧散させていた。

 

 確かにいい香りで有名だが、どれほど素晴らしい品でも無暗に数を重ねるだけでは醜くもなろうというもの。

 総合して、この部屋は悪臭と称してもいいほどに甘ったるい匂いに占領されていた。

 

「……」

 

 クリスティーナとて嗅覚はある。というより、心が傷ついているだけで五感は人並みなのだ。思わず吐き気に襲われるが、鉄の理性でそれを制し、彼女は部屋の主が居座る天蓋付きのベッドにたどり着いた。

 

「……母上」

 

 小さく呼びかける。

 彼女の視線の先には、この世の者とは思えないほど淫乱な生き物が寝転がっていた。

 

 腰まで雑に伸ばされたぼさぼさの金髪。情欲に潤む青い瞳。そして、性を司る女神ですら引いてしまうほどに性的な、その肉体。

 まず目につくのはその巨大な胸部だろう。クリスティーナ自身が彼女の遺伝子を引いているとは思えないほどに巨大なそれは、色魔で優柔不断だった国王をして天下一品と言わせた至高の品。さらに彼女は半端に肌を晒す衣装を身に纏っているので、その抗いがたい魅力はあらゆる男性を一目で陥落させてしまうだろう。

 

 全身から発せられる性を刺激するフェロモン。そして肌荒れが気になるものの非常に整った顔立ちと退廃的な雰囲気。

 

 ありとあらゆる意味でクリスティーナと正反対の彼女こそが、暗殺された国王の元正妃、アウラ・エヴァートンである。

 

「母上、クリスティーナが参りました。用件は何でしょうか?」

 

 並の人間であれば男女問わずそれだけで理性を吹き飛ばされそうな光景を前にしながらもクリスティーナの鉄仮面は崩れない。

 淡々と用件を尋ねた彼女の声に反応し、ベッドに寝転がってあらぬ方向を見ていたアウラはようやっと上体を起こしてから彼女を視界にとらえて――

 

「――あれぇ……? 陛下? 陛下じゃありませんか? あぁ! ようやっと私の部屋においで下さったのですね! あぁ、あぁ! お待ち申しておりました! お待ち申しておりましたとも! うふふ、今日は何をしましょうか? 私、待ち焦がれすぎて全身がチリチリと燃えておりますの。陛下は如何様にして私の疼きを鎮めてくださるのかしら?」

 

 けれど、彼女の瞳はクリスティーナのことなど欠片も見てはいなかった。いつか見たあの日を、そしてあの人を見ている。

 アウラは幸せそうだ。彼が来てくれたと無邪気に喜び、そして笑う。

 所々欠け、さらには黄ばんでいるガタガタの歯を見せながら。

 

「……」

 

 己の母がこうなってしまったのは一体いつの事だったか。

 産まれるはずだったクリスティーナの弟が死んでしまった時か。父に愛想をつかされて捨てられた時か。それとも――

 

「母上、私ですよ。貴方の娘のクリスティーナです。私に用事があるから呼び出したのでしょう?」

 

 要らぬ思考を切り捨て、クリスティーナは手早く用件を聞き出そうと動く。ただでさえ忙しいのだ。これ以上、余計な手間を増やすのはごめんだった。

 

「えぇ……? 誰ぇ……? 誰誰だーれ? アハハ!」

「私ですよ。クリスティーナです。あなたの娘の、クリスティーナ・エヴァートンです」

 

 しかし、母の視点はぐるぐるとあちらこちらを彷徨っている。

 異国から勝手に仕入れたという妙な薬のせいだろう。そんなものさっさと捨てさせてやりたいが、以前彼女から薬を奪おうとした侍女が半殺しの目に遭った事件がある。

 彼女から薬を取り上げることは、ほぼ不可能に近かった。

 肉体的にも、精神的にも。

 

――ここにいても無駄だ。

 

 もうこのまま帰ってしまえばいいじゃないか、とクリスティーナの合理的な側面が助言をしてくる。

 

「……」

 

 だが、ここで勝手に帰り後日母が癇癪を起して暴れられても皆が困ってしまう。

 それに――クリスティーナはどうにもこんな母の事を見捨てきれないのだった。

 

 仕方がない。

 

 心のうちで呟き、クリスティーナは母の理性を取り戻させる魔法の言葉を繰り出した。

 

「あなたの夫、()()()()()()()()()()が娘、クリスティーナが参りました。一体、どのような用件で――」

 

 言葉は最後まで続かなかった。頭に鈍い衝撃が走り、痛みの余り思考が停止したからだ。彼女の持ち味である頭脳が回復するまでの僅かな間、ガシャン! と何かの器が壊れる音が耳に響き、それと同時に頭から甘ったるい匂いを被せられたことを知覚した。

 

 

「――ッ、母上……」

 

 痛みと全身を覆う甘ったるさによる不快感に耐えながら彼女は頭を上げる。視線の先には、彼女の母がいた。今度こそきちんと己の娘を見据えた彼女の母親がいた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、全身から憤怒の感情を滾らせながら口を開いた。

 

「……お前か。お前かクリスティーナ。汚らわしい私の娘のクリスティーナ。何をしに来たの? 私はもうお前の顔なんて見たくないのよ。早く死んでほしいの。なんで生きてるのお前? 淫乱の癖にッ この世で最も醜い生き物のくせに! どうしてお前生きているんだ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ⁉」

 

「……」

 

 クリスティーナが父に襲われたあの日。幸いにも未遂に終わったあの夜。彼女は己の母のお陰で助かった。彼女が死に物狂いで父を自分から引き離してくれたから自分は助かった。

 だから――その後、一時期視力を失うくらいに殴られたのも仕方がないことだと思っているし、彼女から淫乱と罵られたことも黙って受け入れた。もちろん反論はしたけれど、彼女は何も聞いてくれなかった。

 彼女はクリスティーナのことを、自分の夫を狙う女狐であると認識したのだ。

 

 あの夜、クリスティーナは己の母も失っていた。

 

「……私を呼び出したのは貴方です。母上。だからはやく用件を――」

 

 けれど、彼女はアウラのことを母と呼び続ける。それが如何なる理由なのか。それは彼女自身にもよく分かっていない。

 あぁ、もしかしたら彼女は心の奥底でこう思っているのかもしれない。「父上は駄目だったけど、彼女ならもう一度自分の母になってくれるかもしれない」と。

 

 そんなこと、ありはしないのだが。

 

「あぁ! あなた! ここに汚い娘がいます! 早く剣を持って来てくださいな! あなたが斬れないなら私が斬ります! 私が止めを刺しますわ! だから早く剣を――」

「父上は死にましたよ。母上」

 

 埒が明かない。そう判断したクリスティーナはさっさとこの茶番を終わらせることにした。これは推測だが、母が此処に自分を呼び出したのは父の死を知ったからだろう。それは自分に縋りたかったのか、八つ当たりをしたかったのか。多分そのどちらかだろうが、いずれにせよ彼女は父の事だけは覚えていて、父の名前でだけ己を一瞬取り戻すのだ。

 だから、彼女の目を覚まさせるために父の死を利用した。

 彼は怒らないだろう。元を辿れば全て彼のせいなのだから。

 

 それに――己の母の醜態は見ていてあまり楽しいものでは、ない。

 

「……………………………………………………はっ?」

 

 案の定、狂人のような振る舞いをしていたアウラの動きはその一言でピタリと止まった。感情が全て顔から抜け落ちる。蝋人形の様な母に対し、クリスティーナは一気に畳み掛けることにした。彼女が厄介な理性を取り戻すその前に。

 

「母上。父上を殺した犯人は必ず私が捕まえます。そして罰を受けさせます。だから、犯人に心当たりがあれば教えてください。今すぐに」

「えっ、あ、犯人……?」

「以前から父上を殺そうと企んでいた人物はいませんか? 直感でも構いません」

「そ、そんな人いないわ……だって、あの人はいつだって皆に優しくて……皆に慕われていて」

「宰相ゾルディンは? 彼に怪しいところは?」

「ゾルディン? な、ないわよ。あの人は冷たい人だけどいつだって国の事を一番に考えていて――」

「そうですか……。では、盗賊王ジャリバンを捕らえた人物の事を覚えていますか?」

「ジャリバン? 知らないわよ。私が知るわけがないでしょう。――ていうか、あなたさっきから何を聞いているの? 娘の分際で私に……娘、娘、娘? ……ッ、貴様ァァァァァアアアアアアアア‼」

 

 

「――母上、失礼します」

 

 クリスティーナは再び錯乱モードに入ろうとした母の首筋に見事な手刀を当て、その意識を強引に奪った。

 神殿で下っ端から成りあがって来た彼女だ。今の立場に上がるその前に神官騎士としての訓練も一通りこなしていた。厳しいあの鍛錬も無駄ではなかったということだろう。

 もっとも、その技を己の母に向かって使うことになるとは想像もしていなかったが。

 

「……」

 

 クリスティーナは己に似ているようで細部が異なっている母の頬をそっと撫でた後、優しくその身体をベッドに戻してから部屋を後にした。

 

「宰相ゾルディン、か……」

 

 母の反応は黒とも白とも言えない微妙なラインだった。嘗て国で一番賢いと言われ、宮廷の陰謀策略のことごとくを食い破って来た彼女であれば何か知っているかと期待したのだが、結果は無惨に終わった。

 

 自分は頭から香水をぶっかけられ、さらには以前よりもなお母の怒りを買っただけ。瓶底が衝突した頭部がジンジンと痛む。

 痛い。とても痛い。

 頭が、ではない。

 軋むような痛みが彼女の胸を襲っていた。

 

 成長期か、などという下らないジョークで流せればよかったのだが、彼女とて鈍感ではない。自分の事は自分が一番わかっていた。

 あれだけ訓練した筈なのに。もう慣れたと思っていたのに。自分は完全に壊れたと感じていたのに。

 

「……あぁ、痛いな」

 

 

 心が。

 

 

 

 

 

「大丈夫?」

「――ッ⁉」

 

 突如掛けられた優しい声音に彼女はびくりと肩を震わせた。地面に向けていた視線を上にあげると、そこには心配そうな表情を浮かべる勇者らしからぬ勇者の姿があるではないか。

 

「……いつからそこに?」

「今。兵士さんはまだ意識が朦朧としているらしくて、もう少し休ませた方がいいみたい」

「……そうですか。ご苦労様でした」

 

 出来る限り素っ気なく告げ、クリスティーナはその場を後にしようとした。

 今、彼と一緒にいるのはまずい。

 直感で動き出した彼女だったが、残念ながらその腕は勇者によって掴まれ、その場に制止せざるを得なかった。

 予想以上に、力強い。

 

 そして、ふと思った。

 

 最後に人と触れ合ったのはいつだっただろうか、と。神官は神にその身を捧げるという信条の下、あまり人同士で接触をしようとしない。そして何より、クリスティーナはあの夜の事がトラウマになっていて無意識のうちに男性を避けていた。

 

 そんな自分が今、強引に二の腕を鷲掴みにされている。

 でも、不思議と嫌悪感はない。

 それは、彼の触れ方が力強くも繊細だからだろう。

 

(……まったく、何を考えているんだ私は。早く捜査に戻らなければならないというのに)

 

 クリスティーナはその腕から逃れることのできない我が身の貧弱さを呪いつつ、身勝手な真似をする勇者を睨みつけてその真意を問うた。

 

「何のつもりです?」

「いや、痛がっていたみたいだからさ、どこが痛いのかと思って」

「心配ご無用です。もう治りましたから」

「嘘つき」

「じゃあ、今掴まれている腕が痛いです」

「それも嘘だ」

 

 真っ直ぐな瞳と言葉に虚を突かれるクリスティーナ。多分、だが。今の彼にはどんな嘘も通用しないように思えた。

 

「……何を根拠に……」

 

 苦し紛れの反論をするクリスティーナ。ルタは掴んだ腕を離さないままにズイっと顔を寄せ、つぶさに彼女を観察してから言った。

 

「顔だよ。明らかにヤバそうな顔色をしている。それに髪が不自然に濡れている。見た感じ……頭に何か液体入りの物体を投げつけられたのかな? たんこぶが出来ているかもしれない。それに、この香り。僕はそこまで嫌いじゃないんだけど、明らかにクリスティーナの匂いじゃないよね。……まだ根拠はいるかい?」

「……結構です」

 

 明らかにセクハラ紛いの発言もあったが、クリスティーナはスルーして不貞腐れたようにそっぽを向いた。

 そんな彼女を見てフッと笑ったルタはようやっと彼女の腕を離した。

 

「取り敢えず、医務室に向かおうか。君の頭脳が生命線なんだ。頭を休ませる意味でもあそこのベッドをお借りしよう」

「休む? 何を言っているのですか。身体的に不備を感じる箇所はありません。頭部も冷やしていればすぐに治ります」

「でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――ッ」

 

 見抜かれていた。戦慄に慄くクリスティーナに対し、ルタは柔らかな笑みを浮かべて言った。

 

「だから言ったじゃないか。顔を見れば分かるって。まだ知り合って間もないけど、そんな顔をする君は初めて見た。付き合いの浅い僕でこれなんだ。きっと、現場に行ったら皆が驚くと思うよ。そして皆口を揃えてこういうに決まっている。『はやく休んでください!』ってね」

「……」

「じゃあさ、そういうこと言われる前に先に休んじゃおうよ。それで頭をスッキリさせてから捜査に戻ればいい。それにこう言っちゃなんだけど、今捜査は手詰まりの状態だろう? 今僕たちが戻ったところで出来ることなんてほとんどないと思うんだけど……どうかな?」

「……」

 

 合理的だった。いっそ腹立たしいほどに。

 クリスティーナは根拠のない感情論を嫌い、理論を好む。

 彼の説得は、これ以上ないほど彼女の琴線に触れていて――

 

「……分かりました」

 

 悔しいが、異論はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ――」

 

 ふと、目が覚めた。

 窓の外を見ると、既に空の模様が真っ赤だ。

 随分と眠ってしまっていたらしい。

 

「あぁ、起きた?」

 

 横からもう聞き慣れた声がする。視線を向けると、そこには王城の図書館で借りたであろう本を読み漁っているルタの姿があった。

 

「……本が読めるのですか?」

「うーん、まぁ、読めなくはないって感じかな。何となく翻訳機能を通しているような違和感はあるけど、暇を潰すにはもってこいだったよ」

 

 柔和な笑みを浮かべるルタ。この人はきっと、世界が滅ぶと知らされた最後の日でさえこうしているのだと思わせるほどの落ち着きがそこにはあった。

 

「……」

 

 不意にクリスティーナは何故か無性に自分の体臭が気になってしまった。あの不快な香水の香りが残ってやしないだろうか。

 彼が少し視線を外したその隙に、スンスンと自分の腕の匂いを嗅いでみる。

 幸いにも、消毒液の匂いしかしなかった。

 

「病室の消毒液って最強だよね。どんな匂いでも打ち消せるんだから」

「……」

 

 しかし残念ながら、そんな彼女の仕草は全て視られていたらしい。完全に横を向いていたというのに、どういう視野の広さをしているのだろうか?

 それを突き止めるのは酷く無駄な作業のように思われたので、クリスティーナは一つ嘆息してから彼の方へと向き直った。

 

「頭はスッキリした?」

「えぇ。お陰様で。今ならあなたの足を引っ張ることはないと思います」

「元々足を引っ張ってなんていなかったけどね。どちらかと言うと僕の方が――」

「そんなことはない!」

 

 突然大声を上げたクリスティーナに驚いた様子のルタ。何事かと様子を見に来た看護師たちを視線で追い払い、彼女は一度咳払いを挟んでから言った。

 

「すいません。突然大声を出してしまって。ですが、あなたはご自身が考えている以上に有能な方だと私は思います」

「あ、あぁ……それはどうも」

 

 賛辞を受け取りつつも困惑した様子のルタ。

 ええい! どうしてもっとこう、上手く褒められないんだ! と自分を罵倒するクリスティーナだが、一度吐いた唾は吞めぬ。彼女はこのまま押し切ることにした。

 

「その、あなたには本当に感謝しています。あそこで一呼吸置かずに捜査を進めていても、きっと大した進展は得られなかったでしょう。その状況判断能力は素晴らしいと思います」

「そりゃどーも。ていうか、えらく褒めてくれるね?」

「……あなたには感謝していますから」

 

 全てが終わったあの夜以降、クリスティーナのことを気遣ってくれる人間など、年上の神官たちとオドルーくらいのものだった。

 でも彼らだってクリスティーナの鉄仮面を見破ることは出来ず、結局彼女は誰かに頼る術を完全に忘れたままここまで突っ走って来た。

 そのことに後悔はない。

 

 これからもそうだと思っていたのだから。

 

 でも――

 

 こうしてお節介を焼かれることを悪くないと思う自分もまた、どこかにいるのだった。

 

「あっ、そういえば」

 

 不意にルタが声を上げる。何事かと顔を上げたクリスティーナに対し、彼はちょっと困ったような表情で言った。

 

「晩御飯ってどうしたらいいんだろう? 僕朝から何も食べてないからさ、流石にお腹が空いて来たんだよね」

「……そういえば、私もお昼を食べていませんでした」

 

 その発言を機に急激な空腹に襲われるクリスティーナ。現金すぎる自分の体に呆れつつ、彼女は言った。

 

「では一緒に食堂へ行きましょう。そこで食事の頼み方もお教えします。……本来なら専属の給仕がつく予定だったのですが、この騒ぎでは暫く人員を割くことは出来ないでしょうしね」

「それは有難い」

 

 ルタは朗らかに笑い、読んでいた本を置いて椅子から立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、なかなか美味しいね」

「それは良かったです」

「あれ? クリスティーナは美味しくないの?」

「……まぁ、何度もここで食事をしていますから、美味しい美味しくない以前に慣れてしまいました」

「ふーん。味音痴ではないんだね」

「恐らくは」

「なんで自信なさげなのさ」

「自分の事に自信など持てません。……それは、あなたとて同じではないのですか?」

 

 ところ変わって食堂。やはりまだ城中バタバタと忙しくしているらしく、だだっ広い食堂に人の姿は疎らだった。

 そんな中でマイペースに食事を進めるルタの胆力はやはり大したものと言うべきか。早々に食べ終わってしまったクリスティーナはそんな彼を見ながら不意に結構重たい問いを投げかけた。

 

 しかし――

 

「うーん、別に?」

 

 ……やはり、この勇者は常にクリスティーナの予想を超えていく。

 どうして、視線で問うた彼女にルタは答えた。

 

「まぁ、今はそんなこと考えているほど余裕がないのもあるけど、でもみんなが僕の事を勇者で呼んでくれるんだ。なら僕は勇者。はい、論破」

「何も論破できていませんよ。他者によって決めつけられた称号で構わないのですか?」

「構わないよ。今はね。勇者としての役割を終えたらゆっくりと自分探しするのもいいかもだけど、今は勇者として振る舞うことに決めたんだ」

 

 胸を張って見せるルタだが、普段の腰の低い態度を見ている身としてはいまいち信用ならない。

 

「……はぁ。お手上げです。もう私にはあなたのことが分かりません」

「いやいや、そこで諦めちゃだめだよ。僕の感じたことを全部教えると約束したばかりじゃないか」

「それはそうですが……」

 

 やや投げやり気味に肯定したクリスティーナにルタは続けて言った。

 

「僕の方も諦めないからさ。クリスティーナも諦めずにどんどん距離を詰めてきてよ」

「……はいっ?」

 

 凄まじい速度で常時回転しているはずの彼女の頭脳が一時停止した。強引に再回転させつつ、彼女は今の言葉を振り返る。

 僕も諦めない? どんどん距離を詰めてきて?

 

 ……頭が痛くなる。頭痛が痛いとはこのことか。

 

 どうやら、目の前の善人は人を勘違いさせるような言動が得意なようだ。

 

 文句を言い募ろうとしたクリスティーナだが、それより先に彼の方が口を開いた。

 

「だってさ、それが平等でしょ?」

「平等?」

「うん。僕が感じたことを君に教えることはもちろんいいんだけどさ、それだと流石に一方通行過ぎるよね」

「……何が言いたいのです?」

「簡単さ。君が感じたこと、それを僕に教えて欲しい。タッグなんだろう? じゃあ、相互理解に努めなきゃね」

「――――」

 

 極めて予想外な、言葉だった。

 クリスティーナに気を遣ってか、その物言い自体は合理性を維持していたが、その根底にあるのは彼女と仲良くしたいというルタの純粋な思いだ。

 

「……」

 

 こういう時、どうすればいいのか。彼女には全く見当がつかなかった。

 そんな彼女の様子を見て何を思ったのか、ルタは慌てて釈明する。

 

「あー、別に今日起きたこととか過去を話して欲しいってわけじゃないよ。もちろん話したくなったら話してくれればいいけど、今は話したくないんだろう?」

 

 やや的外れではあるが、それでも彼の言葉は的確にクリスティーナの本心を言い当てていた。

 

「……あなたの直感は全てを見通すのですね」

「それは買い被り過ぎ。僕にだって、分からないことはあるよ。それに、今のは直感でも何でもないよ」

 

 彼はニコっと笑って言った。

 

「クリスティーナを見ていれば分かることだ」

「……あなた、どこかで女たらしと言われたことは?」

「いや、ないけど?」

 

 全力で嘘をつきつつ、ルタはクリスティーナを見つめる。

 

「……」

 

 その瞳を前にして嘘をつくことは出来ない。

 いや、合理的に考えてつく必要すらないだろう。ならば、自分は合理的に動くだけだ。この男と一緒に行動することのメリットは極めて大きい。このまま彼の直感を頼らせてもらいつつ、本来の目的を遂行する。

 

 あくまでも合理的に考えようと自分を戒めつつ――それでも今までにはない感覚を味わいながらクリスティーナは言った。

 

「分かりました。私の事も話します。だから、あなたもあなたのことを話して下さい」

「合点承知の助」

「今のは真面目な雰囲気だったでしょうに……」

「雰囲気作りはね、先に発言した者によって左右されるのさ」

「先に発言したのは私ですが?」

「じゃあ、発言権が強い方」

「……まったく」

 

 しょうがない人だ、とクリスティーナは呆れる。だが、その顔に不快感など微塵もない。寧ろ、どこかさっぱりとした明るい顔色があった。

 

 

 

「改めてよろしくね、クリスティーナ」

「えぇ。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 ……まぁ、こういうのも悪くないのかも、しれませんね。

 

 そっとクリスティーナは微笑んだ。

 

 

 それは、人の心を亡くして久しい外道の勇者をして見惚れざるを得ないほどに可憐な笑みだった。

 

 

 




うーん。主人公が主人公し過ぎていて逆に辛い。
これは次回ではっちゃけさせなきゃ(使命感

前書きでも言ったように次の投稿はちょっと遅れるかもしれませんが、気長にお待ちいただけると作者非常に嬉しいです。

あと、お気に入り登録者数激増、本当にありがとうございます!
加えて面白い感想を書き込んでくれる兄貴姉貴、そして高評価をくれる聖人の皆様には感謝してもし足りません。

本当、ありがとうございます!(怒涛の感謝祭り


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動く勇者/闇の使者

昨日の夜、用事を終えてチラッとランキングを覗いたら、なんとこの作品が日間で2位になっていました!
信じ難い快挙に作者は白目をむいています。
これも全て読者の皆さんのお陰です。これからも頑張っていきますので、よろしくお願いします!

※今回は、RTA色がかなり濃いです。


 絶対にガバを許さないRTAはーじまーるよー!

 

 どーも。勇者でっす。

 

 今回も攻略を頑張っていきましょう。

 

 さて、私は今事件現場から足早に離れていくクリスティーナの背中を追っかけています。これは重要なイベントシーンなので絶対に逃すわけにはいきません。

 宰相さんは迷惑そうな目で私をチラチラ見ていますが、彼には後に多大な苦労をしてもらうことになるのでこの程度の視線は甘んじて受け入れましょう。必要経費という奴です。

 

 クリスティーナ嬢の母親がいる辺りまで近づくといよいよ宰相殿によって追い払われそうになりますが、精いっぱい腰を低くして何とかこの場に留まりましょう。

 そして、根負けした彼が立ち去ろうとしたところで話題を振り、最後に意味深なことを言ってから彼を追い返します。

 

 これで上手くいっていればクリスティーナ嬢が――

 

「何か気に掛かることでもありましたか?」

 

 よし! いい具合に食いついてくれましたね。彼女が話題を振ってくれなければ自分から振ることになりますが、その場合にはいまいち信頼度が上昇しにくいので気を付けて慎重に立ち回りましょう。

 あくまでも、彼女自身が導き出した考えに沿う形で風呂敷を広げることが重要であり、ちょっとでもこちらが思考を誘導する仕草を見せればすぐに企みを看破され、呆気なく喉元を食い破られることになります。

 

 賢すぎるというのも考えものですね。

 

  しかし、彼女の方から歩み寄ってきたとはいえ、油断は禁物です。ここで彼女を焦らし過ぎない程度に悩んで見せましょう。

 すると――

 

「……ルタ、此方を向いてください」

 

 ふむふむ。良い調子ですね。良い感じに私の事を気にしています。

 この調子でいけば――

 

「これからもあなたが感じたことを私に教えて欲しいと言っているのです。何でもいい。話して下さい。散らばったピースを繋ぎ合わせるのは私の仕事ですから、あなたには遠慮せずに情報をまき散らかしていただきたいのです」

 

(よし、来たァァァァ!)

 

 この台詞が出ればほぼ勝確と言っていいでしょう。

 これは彼女が私の発言をある程度信用するという証なので、これを機に自分の直感を盾にして好き勝手に情報を吹き込みます。

 

 具体的には、「宰相怪しいんご」的な感じです。これが意外に効果的で、普段のクリスティーナであれば一顧だにしないでしょうが、国王暗殺という事件のデカさと犯人の不透明さが彼女の心に僅かな疑念を与えてくれます。

 

 種は撒き終えました。

 後は彼女が自分で自分の首を絞めてくれるのを待つのみです。

 

 さらに、ここで母の下へ向かうクリスティーナの配慮によって一時的に自由の身になったので――ここで一気にタイムを縮めるために頑張りましょう。

 

 

 まず、廊下の角を曲がって彼女の視線が切れたその瞬間に全力でダッシュ! 一気に階段へと近づき、そのまま恐れることなくジャンプします。大丈夫。あの狂人(クリスティーナの母)が閉じ込められているこの建物に近づく人物はいません。安心して階段を飛ばしまくり、一気に一階へと駆け下りましょう。

 一階についたら角を右に曲がり、少し速度を落としてクールフェイスを装いながら廊下を淡々と進みます。ここはあまり足音を立てると警備兵たちに怒られるからです。別に足音消しても良いのですが、無音のまま全力ダッシュするのも絵面的にまずいので自重します。

 廊下を渡り終えて最初の角を左に曲がったら再び全力でダッシュします。廊下はおよそ50mあるので2秒で駆け抜けましょう。えっ? 無理? じゃあ、RTA向いてないですね(無慈悲)。

 冗談はともかく、この廊下を歩き終えて左に曲がったらようやく目的の場所につきます。

 

 はい。医務室ですね。

 

 クリスティーナ的には出来るだけ捜査の役に立つうえでそれなりに時間を稼げる場所を指定したつもりなのでしょう。普通だったら場所も知らない医務室にたどり着くには10分以上を必要としますが、生憎とこの身は走者。ただの一度も敗走はなく、ただの一度も無駄走りはないのです。

 およそ15秒で到着したので、かなり時間を稼げたと思います。

 この時間を無駄にしないため、この後の作業も高速で進めていきましょう。

 

 コンコンッ

 

「はい?」

「勇者です。兵士さんは目覚めていますか?」

「いえ? まだですけ「ありがとうございました」ど」

 

 はい、終了。

 兵士が目覚めていないのは知っています。そういう風に斬りましたから。

 こんな無駄なパートは2秒で済ませましょう。

 

 いやいや、だったら見に来る必要もないだろう? そう思われる方もおられるかもしれません。

 しかし、容態を確認しに行ったという事実がなければクリスティーナに疑われる可能性があるので、面倒だとは思いますが一応ここまで来て確認しておくことをお勧めします。

 彼女を前にガバは許されないのです。――まぁ、この後の流れ次第ではグッと楽になる可能性もありますが、未来の事は分かりません。今は彼女に疑われている前提で動きましょう。

 

 さて、次です。

 

 このまま上に戻ってクリスティーナ嬢と母親の会話を盗み聞きして自分の発言がどこまで信用されているのか探るのも一つの手ですが、それよりも有意義な時間の使い方があります。

 

 

 

 

 

 

「おや、これはこれは勇者様ではありませんか。このような場所で如何されたのですかな?」

「あなたは、確か召喚の間にいた……」

「あぁ、自己紹介がまだでしたな。私の名はオドルーと申します。しがない神官の一人でございます」

 

 医務室の真上にある王城の図書館。そこに目的に人物はいました。

 

 はい。私の推しキャラ、オドルーおじさんですね。

 ぶっちゃけ、この世界で出会った人間の中で一番の聖人だと思います。

 優しくて、謙虚で、お茶目で、余裕があって、何より信仰を貫く意志のステータスが尋常ではないです。

 戦闘能力は欠片もないですが、ことメンタル面に関していえば私の次くらいに強いでしょうね。

 

 この聖人おじさんの欠点といえば、年齢と例のスーパーチート武器の権限を私に与えてくれないことくらいです。

 

 ……まぁ、私の特性的に使いこなせないことは分かっているので、もうこれ以上グチグチ文句を言うつもりはありません。

 

 今回彼を探していたのは、単純に仲良くなるためです。クリスティーナ嬢はこれから先も事件の調査に掛かりきりになるため、なかなか彼と接触できる機会がないんですよね。だったら自分から動いて面識を持っておこうというわけです。

 

「神官のオドルーさん、ですか。随分とお年を召されているようですが、もしかしてクリスティーナの上司だったりしますか?」

「いえいえ、私の方が部下ですよ。優秀な彼女に抜かれて今では頭を下げる立場でございます。いやぁ、やはり若さとは尊いものですなぁ」

 

 まいった、まいった、と頭を掻きながらへらへら笑うおじさん。

 齢17の小娘に立場を抜かされたというのに、全く悔しさや嫉妬を見せる様子はありません。

 

 うーん、ビバ聖人。

 これで戦闘能力と生存能力が高ければ躊躇なく仲間にしているのですが、しかし残念ながら彼はもう齢72のおじいちゃん。これから先の厳しい戦いにはついて来られないんですよね……。

 

 内政クリスティーナ、回復(ヒーラー)オドルーのコンボとか安定感トップクラスの最強組み合わせだと思うのですが、世の中上手くいかないものです。

 

「それで、勇者様はどうしてここへ?」

「実は今、クリスティーナと一緒に国王暗殺の犯人を捜すために調査をしているのですが、彼女の方に大事な用事が出来たようでして……踏み込むわけにもいかないので一旦別れて手持ち無沙汰にうろついていたらここにたどり着いた次第です」

「クリスティーナ様と一緒に捜査ですか。……痛ましい事件ですが、あのお方であれば正しい結論を導き出して下さることでしょう」

「僕もそう思います。まだ知り合って間もないですが、彼女が優秀なのは痛いほど分かりましたから」

「ははは。私の例もありますからな」

 

 若干自虐ネタを挟みながら納得した様に頷くオドルーおじさん。

 

「ところで、クリスティーナ様の用事とは何でしょうか? 神官の方に任務は回っていなかったと思うのですが……」

「あぁ、私用らしいですよ。何でも母君とお会いになるとか」

「――なんですと」

 

 その瞬間、オドルーの雰囲気が変わりました。今のところ彼女と接している時間が一番長く、当然の様に事情を全て知っている彼の事です。その組み合わせがまずいことに気が付いたのでしょう。

 

「クリスティーナ様がアウラ様と……」

「えーと……何かまずいことでもありましたか?」

「……そうですな。残念なことに感動の親子再会とはならないでしょう。これだけは確かです」

 

 険しい表情で思案するオドルー。その意見には私も全面的に同意です。一度、あの親子の関係を修復する善人ルートを試したことがありましたが、一番の救いが母親も首チョンパして父親と同じ場所へ送るという超絶後味の悪いものだったので、二度と関わりたくないです。

 

 本当、エヴァートンファミリーは地雷地獄やでぇ……。

 

「……事情はよく分からないのですが、何か僕に出来ることはありませんか?」

「クリスティーナ様の為にですか?」

「当然です。彼女とは知り合ったばかりですが、それでも一緒に国王陛下を殺した外道を探し出すと誓い合いました。その約束が果たされるまでは――いえ、その後も彼女の力になりたいのです」

「……どうしてそこまで?」

「どうして、ですか。そう言われると難しいですが……強いて言うなら、彼女の事が気になるから、でしょうね。見ていて痛々しいといいますか、どうしても力になってあげたくなるのです」

「なるほど……」

 

 神官長オドルーは厳かに頷き、年老いてもなお澄み切った瞳で勇者を見据えて言った。

 

「勇者様はお優しい方ですな。……ますます、私たちの身勝手で呼び出してしまったことが申し訳ないです」

「それに関してはお気になさらず。困ったときはお互い様でしょう? 私も困ったときはあなた方に頼ります。ですから、あなたたちも私を頼って下さい。……まぁ、お力になれるかどうかは分かりませんが」

「おぉ――」

 

 謙虚さを前面に押し出していくと、オドルーが何かに感銘に受けたような表情をしてくれます。

 彼、不遇な立場にある人がそれでも健気に生きている姿にとことん弱い筋金入りの聖職者なので、懐柔するのは意外と容易いです。

 

「流石は勇者様です! その謙虚で真っ直ぐな姿勢、私も見習うべきですな!」

 

 あなたもう十分すぎるほど謙虚だと思うのでいいですよ。ていうか、それ以上聖人度が上がると眩しすぎて直視が難しくなるので止めて頂きたい。

 

「ありがとうございます。ところで、クリスティーナについてはどうしたら――」

「あぁ、そのことですが、私からアドバイス出来ることはありませんな」

「……というと?」

「簡単なことです。貴方が思うままに彼女と接してください。もしも彼女が落ち込んでいるようでしたら慰めて差し上げれば宜しい。もしも憤っているようでしたら、柔らかく受け止めて差し上げれば宜しい。――なに、あなたのように優しい心の持ち主を拒絶するほど彼女は堕ちていません。思うがままに彼女と接してください」

「……それは、オドルーさんがやった方がいいのでは?」

「いえ……私は、彼女が一番辛い時期に一緒に居過ぎました。彼女の方も私の事を嫌ってはいないと思うのですが、それでも一緒に居れば思い出してしまうのでしょう。自分が絶望に打ちひしがれていた傷だらけの過去の事を。無力だった嘗ての自分を」

「……」

「ですから、これは貴方の仕事です。私のように老いた者はこうして偉そうに言葉を投げかけることしか出来ません。先へ手を取り合って進むのは、若者たちの特権ですから」

 

 自虐と――底知れない愛情に満ちた言葉。

 外道に堕ちた私ではありますが、こんなおじいちゃんが欲しかったと心の底から思います。

 

「……分かりました。この後、彼女のところへ行ってみます」

「そうしてください。私はこれから用事がありますので失礼いたします」

 

 こちらの背筋がピンと伸びるような一礼をしたオドルーは手に幾つかの蔵書を抱えたまま図書館の出口へと向かい、扉をくぐるその寸前にこちらへと振り返って言いました。

 

「私は大体この王城の裏にある神殿におります。困ったことがあればいつでもいらしてください。私に出来ることがあれば、微力ながらなんでもお力になりますので」

 

 えっ、じゃあ武器下さい。

 

 思わず素で言い掛けましたが、私はガバを許さない走者。ここはニコッと笑ってお気持ちだけ受け取っておきましょう。

 

「ありがとうございます。またお会いしましょう。オドルーさん」

「えぇ。こちらこそ」

 

 こうして、聖人オドルーおじさんは図書館を後にしました。

 ふむ。ファーストコンタクトは成功に終わったとみて間違いないでしょう。

 彼は本当に重要なキャラクターなので、丁寧な会話を心掛けた甲斐がありました。

 

 

「……さて、逝くか」

 

 もう少し自分の成果に浸りたいところではありますが、走者に休んでいる暇はありません。

 直ぐに図書館を後にし、近くのトイレに入りましょう。別に用を足しに来たわけではありません。

 

 個室に入り、周囲に誰もいないことを確認したら喉に指を突っ込んで――

 

「オえぇ――――」

 

 絵面は汚いことこの上ないですが、朝から何も食べてなかったお陰で胃液と共に盗賊王の指輪を吐き出すことに成功しました。

 クリスティーナの観察眼が怖くて今まで身体の内側に仕舞っていましたが、この後に会う彼女は間違いなくメンタルが弱っていて怖さが半減しているので、ズボンのポケットに入れておいても問題ありません。

 

 ……それでもやっぱり怖いので、変にポケットへ意識を向けるのだけは避けましょうね。

 

 さて、これで下の階で回収できることはなくなりました。時間も迫っていることですし、急いでクリスティーナの下へと戻りましょう。

 

 はい、到着。

 

 時間的にはピッタリの筈ですが――

 

「……あぁ、痛いな」

 

 廊下の奥から響く悲痛な声。

 どうやら、本当にピッタリみたいでした。

 

 此処から先は、ひたすら彼女の心に寄り添うパートになります。相手は弱っているとは言え、それでもクリスティーナなので油断は禁物です。

 自分に暗示をかける勢いで優しくなり、何とかして一気に距離を詰めましょう。

 ここが一番のチェックポイントと言っても過言ではありません。彼女を本当の意味で味方に出来るかどうかで攻略に大きな違いが生まれますので。

 

 頑張れ! 私!

 

 

 

 中略

 

 

 はい、何とかなりましたね。

 私の誘導が上手くいき、今は彼女とディナーを楽しんでいます。

 

 ここではしっかりと仲良くなりたいアピールをして、こちらからガンガン距離を詰めていきましょう。彼女は押しに弱いので、猛プッシュすれば案外何とかなります。まぁ、引き際を見極めないとやはり喉元食い破られてしまうんですけどね。

 

 聖女怖すぎワロタ。

 

 でも、笑った顔は本当に可愛かったです。

 美人で可愛いとか最強でしょう。これでもうちょっとアホでいてくれたら本当に私好みの美少女だったというのに――。

 

「む、今変なことを考えませんでしたか?」

「いや、なにも? クリスティーナは賢いなーって思ってた」

「……それは、どうも」

 

 おぉ、恥ずかしがってる恥ずかしがってる。

 非常に初々しくて愛らしいのですが、変に直感まで活性化されるのは止めて欲しい。

 やはり、彼女の相手をする時には極限まで理想の勇者モードにリソースを割いた方が良さそうですね。

 

 

 

「では、お休み。クリスティーナ。良い夢を」

「はい。お休みなさい、ルタ。そちらこそ良い夢を」

 

 食事を終えたら廊下でさっぱりと別れましょう。ここで変に粘ると下心があると思われて好感度が下がるので、当たり障りのない挨拶をして背を向けます。

 そのまま自室に帰り、今日はもう疲れたのでゆっくり眠る――とはならないんですよね、これが。

 

 もちろん私の本番はこれからです。

 

 昼はクリスティーナの好感度を上げることに従事し、夜にコソコソと陰謀を張り巡らせる。これこそが王城における基本のRTAムーブです。

 これから挑戦してみたいという方も是非参考にしてみてくださいね。

 

 さぁ、まずは夜に動く時に忘れてはならないアリバイ工作から始めましょう。

 

 もちろん、電気消し忘れ戦法はもう使えません。あまりにしつこいと普通にバレますし、何よりこの部屋にはもう監視魔術がないのです。

 国王暗殺という大事件によって人員整理や書類仕事が激増し、皆さん忙しいらしいんですよね。だからわざわざ腰の低い勇者に構っている暇はないという訳です。

 

 まったく、これも全て間抜けに暗殺された国王のせいですね(責任転嫁)。

 

 だからという訳でもありませんが、今回のアリバイ工作は割と雑で大丈夫です。まずは図書館から借りて来た分厚い本を布団の下に置き、ベッドの上に膨らみを与えます。

 

 はい、終了―。

 

 えっ? これで良いのかって? 良いんですよ。

 気を付けるのは夜の見回りだけなので、本当にこれだけで大丈夫なんです。

 

 ざるな警備に感謝しつつ、今度は手早く盗賊王の指輪の中からマントと曲剣を回収し、身に纏いましょう。

 

 盗賊王ジャリバン復活ッ!

 

 もう死んでいる人に罪を擦り付けることへの罪悪感はありますが、便利なので止められないんですよね~(外道)。

 これからも自分が楽するためにじゃんじゃん使用していきたいと思います。

 

 さて、王城の人たちが寝静まるまで待ってから――行動開始です。

 

夜影音脚(シャドウアーツ)

 

 例の最強隠密スキルを発動させ、十分に辺りを警戒しながら城内を走ります。無音かつ、壁上を走っているのでまず気づかれることはありません。

 

 目的地は、皆さん薄々気が付いているかもしれません。そう。あの人の部屋です。絶対に犯人が見つからないこの事件に収拾をつけてくれるあの人。

 

「――宰相、ゾルディン」

「ッ! 何者だ! 貴様!」

 

 そう。みんな大好きゾルディン宰相のお部屋にやって参りました。

 

 もう皆寝静まっているというのに、この人はこんな時間までお仕事をされていたみたいですね。お疲れ様です。あと、ご愁傷様。私みたいな奴に眼をつけられて大層迷惑でしょう? あっ、私自分が迷惑な奴っていう自覚はあるんですよね(どうでもいい

 

 取り敢えず、驚いている宰相さんに自己紹介をしておきましょう。初対面ですしね。

 

「何者か、と問うたな。ならば答えよう。我が名は盗賊王ジャリバン。国王の首を刎ねた闇の使者だ」

「……なるほど。盗賊王が地獄から蘇るなど信じたくはないが、その尋常ならざる覇気、ただ者ではないな。表の兵士たちはどうした?」

「眠っているだけだ。()()()()()()()

「……」

「意外そうな顔だな。安心しろ。お前も殺すつもりはない」

 

 これはマジです。これから私の仲間(共犯)になってくれる奴を殺めるわけないじゃないすかー。

 宰相は少し考え込んだ後、こんな状況であるにもかかわらず全く揺らぎのない瞳でこちらを見据えて問いを投げかけてきました。

 

「……目的はなんだ?」

「提案をしに来た」

「提案?」

「あぁ。お前にとっても有意義な話だと思うぞ」

 

 さて、ここからが非常に重要です。

 何百回という試行の末にたどり着いた最短ルートへの道筋。

 国王暗殺によって生じた混乱に乗じ、自分が絶対的なアドバンテージを得るための策略。

 

 それ即ち――

 

 

()()()()()()()()()()()()。俺様は絶対に捕まる筈がないからな、このままでは王室の面子は丸つぶれだろう。だから、代わりにあのお人好しを捕まえて牢屋にぶち込んでやろうって話さ」

「――――」

「どうだい? そっちにとっても悪い話じゃないだろう? お前は厄介者を排除できるし、俺もこれ以上追いかけまわされることがなくなる。お互いに良いことづくめだ」

 

 宰相ゾルディンは呆気にとられたような表情をしています。そりゃあ、いきなりこんなこと言われたら混乱するに決まっていますが、もう少し頭の回転を早くしてほしいものです。クリスティーナならもう結論出してますよ?

 

「……分からないな」

 

 こっちがじれったく返答を待っていると、宰相が声を絞り出して言いました。こっちが全く望んでいない言葉を。

 全く。早く先に進みたいんですけどねー。

 

「何が分からないんだ?」

「お前の言っていることがだ。私はこれでも()()()()()()()()? そんな男が、如何に弱そうとは言え国を救う光である勇者を無暗に差し出すものか」

「……あー、そっか」

「馬鹿馬鹿しいにもほどがある。いいか、よく聞け薄汚い暗殺者よ。お前が私を殺そうが殺さまいが、それはどうでもいい。ただ、()()()()()()()()()お前に勇者を売り渡すようなことはしない。絶対にな。それに――私は、国王陛下に忠誠を誓った身。そんな、我が主を殺した下郎を、生きたままこの国から出すと本当に思っているのか?」

「……なるほど、理解した。そういうことね」

「?」

「悪い、悪い。こっちが忘れていただけだったわ」

 

 いやぁー、すっかり失念してました。このルートは久しぶりなので本当にうっかりしてましたね。

 普段はアイツ、内側に沈んでいるんでした。

 これは叩き起こしてやらないといけませんね。

 

 

「俺はお前と話してなどいない――いいからさっさと起きろ。聞こえているんだろう? ()()()()()()()()・ゾルディン」

 

 その名を呼んだ瞬間の変化は劇的でした。

 

 元々黒かったゾルディンの瞳がぐるりと反転し、白目を一周してから見るも()()()()()()()()()()()、神経質そうだった彼にはあり得ない酷薄な笑みが口元に現れます。

 さらに外見の変化と同時に部屋の中の空気が急に重圧感を増しました。明らかに、今の私よりもレベルが高いと分かる強者の覇気。

 

 

 

 

 

『――なんだ、同業者か』

 

 

 

 

 そして、地獄の底から響いたような威圧感と重厚感に溢れた声が響きます。

 やれやれ、やっとお出ましですか。

 

 

 このラスボス手前の四天王臭が凄い彼こそが、終盤に1位から6位まで束になって一斉に襲い掛かって来るオンスモも真っ青な鬼畜ボスの一人、魔将騎ゾルディンです。

 まぁ、もっと簡単に説明すると、魔王直属の部下で1000単位の魔族を従える至高の魔人さんであらせられます。

 なんでそんな大物がこんな国で宰相やっているかと言うと、普通にスパイですね。生かさず殺さずの状態で国を内側から滅ぼしつつ、魔王さまからの命令をこなすみたいな、そういう役回りです。

 ちなみに、本物の宰相さんも今は表面上生きていますが、それでも無意識のうちに思考を操られる傀儡と化しています。

 

 いやぁー、皮肉ですな(白目

 

 ていうか、相変わらずコイツ強いですね。今の私では絶対に勝てないです。主にステータスと武器的な問題で。ぶっちゃけ初期ステータスでオンスモに挑むようなものですが、この身は走者。

偶には無茶もしなければならないのです。

 

 内心冷や汗でガクブルしていると、愉快そうに笑ったゾルディンが口を開きました。

 

『いきなり無能の首を斬り飛ばしてくれたもんだから何者かと思ってたが、直ぐに殺さなくてよかったぜ』

「それはこちらも同意見だ。魔王さまから知らされていなければ、ただの人間と判断して斬っていた」

『けけけ、良く言うぜ。――で? 何者だ、テメェ?」

「俺は魔王様から派遣された闇の使者、ルイン。盗賊王の名を借りて国王の首を刎ねてこいと命じられた者だ」

『……へぇ?』

「何か不満でも?」

『いや、ちょっとおかしいなと思ってよ。俺は魔将騎の一人だぜ? そういう重要なことは真っ先に通知されると思ってたんだがなぁ』

 

 うーん、鋭い。やっぱりコイツ嫌いです。

 でもこちらはコイツに対して特大の切り札を持っていますので、それをぶつけていきましょう。

 

「そんなあなたに魔王閣下からお達しだ。『いつまで掛かっている? 早く()()を見つけだせねば、貴様への失望の念を抑えきれぬ』だとさ」

『――ッ⁉』

 

 露骨なまでにゾルディンの表情が変わりました。やっぱり、魔王様ラブなだけはありますね。絶対に嫌われたくないのでしょう。真っ青な顔色で黙りこくっています。

 

 ……いいなぁ、僕もこういう忠誠心溢れる有能な部下が早く欲しいものです

 

 というか、この魔将騎ゾルディンさんはマジの有能なので、このまま仲間にしたいくらいなんですよねぇ。

 まぁ、敵である以上は不可能なんですが。

 

 

「というわけで、魔王さまは大変お怒りだ。故に俺が派遣され、この停滞した王国にアクションを起こすべく国王の首を刎ねた。これで、自分の立場は分かってもらえたか?」

『……あぁ、痛いほどな。つまり、あれか? 俺はテメェみたいな薄汚い暗殺者の指示に従ってさっさと聖剣を見つけださなきゃならねー。そういうことか?』

「よく分かっているじゃないか。そういうことだ」

 

 見下すようにして笑いかけると、屈辱に全身を焼かれているゾルディンが凄まじい目力で睨みつけてきます。

 

 うーん、楽じいィィィィィ! 

 

 やっぱりこのルートの良いところはこれですよね! はるか序盤で格上の魔将騎を煽れるという、この快感。

 これまで蓄積されて来た魔将騎に対するフラストレーションが解消されていくようです。

 

 まぁ、あんまりやり過ぎるとマジで殺されるのでここらへんで留めておきつつ、話を先に進めましょう。

 

「――で、どうなんだ? 俺の策に乗ってくれるのか?」

『ッチ、業腹だが乗るしかねぇだろ。あの勇者に脅威はあまり感じねぇが、どうにも異様な気配を持っている。早めに処理しようと思っていたから、お前の提案は正直言ってありがたい』

 

 ……こちらこそ、提案してよかったです。

 真っ向勝負挑まれていたら普通に負けていたので。

 

「では、俺が言ったように動いてくれ。あなたの立場なら楽な仕事だろう?」

『まーな。面倒なのはクリスティーナの小娘だが、まぁ、少しの間なら押さえておけるだろう。その間に勇者を葬ればいい』

「勇者を殺る仕事は俺に任せてもらってもいいか?」

『なんだと――?』

 

 ゾルディンの機嫌が悪くなりますが、彼も比較的合理的な人間なので理論でゴリ押せば説得は容易いです。

 

「だって、考えてもみろ。あなたには聖剣を見つけだし破壊するという重要な仕事があるにも関わらず、未だにそれを成し遂げられていない。いっそのこと、国ごと破壊すればいいものを、それすらもたついている始末――」

『うるせぇぞ。部外者は黙ってろ。聖剣はな、ただ壊せばいいってもんじゃねーんだよ。きちんとした手順を踏まなきゃ、アレは何度でも蘇る』

 

 うん、知ってる。

 ゴキブリ並みの生命力だよね、アレ。

 

 いいなぁー。欲しいなぁー。

 私の全力出しても壊れない武器、欲しいなぁー。(未練たらたら)

 

『おい、聞いてるか?』

「あぁ、もちろん聞いているさ。そして聞いた上でこう断言させてもらおう。あなたは自分の仕事に集中しろ、とな」

『……』

「雑魚勇者は俺が始末する。だが、俺は別に武勲が欲しいわけじゃないからな。魔王さまにはあんたが始末したと報告すればいい」

『なんだ、随分と虫が良い話じゃねぇか。逆に胡散臭いぜ?』

「疑いたいなら疑えばいい。俺はただ――勇者という架空の存在に自分の刃が届くのかを確かめたいだけなんだ」

『……ふん、身勝手な奴だ。だが、動機としては悪くない。いいぜ、あのクソ雑魚勇者はお前にくれてやる』

「感謝する(うるせぇ)」

 

 まぁ、色々と腹立つこと言われましたが、交渉は成功ですね。

 これ以上この部屋に留まってフードを取れと言われても面倒なので、速めに離脱しましょう。

 

 一先ずは、任務完了です。

 

 

 

 

 

 

 さて、ここでどうしてこんなに序盤で魔将騎に接触するというリスキーな行為に出たのか説明しておきましょう。

 

 皆さん。RTAにおいて一番大切なものは何だと思いますか? 私は経験と知識だと思っています。

 では2番目に大切なものは? そう聞かれた場合、私はこう答えます。「敵を瞬殺できる火力である」と。

 今の私は、はっきり言って火力不足です。一応、この初期ステータス状態でも繰り出せる技は持ち合わせているのですが、それでも全体的に足りていない感は否めません。

 もちろん序盤だから仕方ないのですが、そんなありふれた言い訳で攻略を諦めるなど愚の骨頂。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 ここに絶好のカモがいるじゃないですか。

 結構な立場にいる魔人で、しかも私が知る中でもかなり使い勝手のいい武器を所有している敵が。

 勝てるか勝てないかではないのです。

 勝たなければならない。

 この世界に。

 そして、魔王に。

 そのための一歩として――

 

 

 

 魔将騎ゾルディン、ここで倒してしまっても構わんのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【次回予告】

 

 やめて! 勇者のステータスはマジ雑魚で、このままじゃあ普通に負けて王国ごと滅ぼされちゃう!

 勇者が死んだらようやく心を開いて来た聖女や聖人おじさんはどうなっちゃうの? ライフはまだ残ってる。だから頑張って勇者! もう瀕死だけど、ここで勝てば終盤まで使える大火力が手に入って攻略が楽になるんだから!

 

 

 次回、「勇者死す」

 

 

 デュエルスタンバイ!

 

 




次回予告はもちろん嘘っぱちです。
流石の勇者も何の策もなしに魔将騎に挑んだりはしません。

また、具体的なステータス表記がないから今の勇者がどれくらい雑魚なのか分からねーよ! という声があるかもしれないので、一章が終わると同時に人物のステータスや性格を書いた登場人物紹介回を作ろうと思っていますので、それまでは脳内補完でお願いします。


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聖女の覚悟

今回はクリスティーナ回ですね。
ただ、勇者のうるさい思考も多少入っているので、何とも言えない感じです。

もしかしてこの勇者、地の文で喋らない方がイケメン......?


 クリスティーナと勇者ルタがタッグを組んで捜査を開始し、早くも三日が経った。

 

 だが、残念なことに犯人の足取りは未だ掴めず、捜査は手詰まりの状態となっている。焦燥感に駆られるクリスティーナは手当たり次第に王城のあちらこちらを調べているが、それでも有力な手掛かりは見当たらない。

 

 幸いにも重傷を負った兵士は昨日、目を覚ましてくれたが、残念なことに有力な情報を得ることは出来なかった。せいぜい盗賊王を名乗る男の声とその凄まじい技量が分かっただけであり、調査を先に進めることは出来なかった。

 

 こうなってしまうと、後は怪しい人物について片っ端から調べるしかなくなってくるのだが――

 

「……やはりおかしいです」

「何が?」

 

 時刻はお昼時。

 

 この三日間でお馴染みとなった食堂で向き合って食事をとっている最中、山のように積み重ねられた資料と睨めっこしながらパスタを口に運んでいたクリスティーナが呟いた。

 その向かい側でステーキに齧り付いていたルタが尋ねる。

 

「犯人の手口は明らかに王城の内部を知り尽くしたものです。必然的に内通者がいると思ったのですが……怪しい者が一人もいないのです。逆に怪しいくらいに」

「うーん……しつこいようだけど、宰相殿はどうだった?」

「やや怪しいですが、当日のアリバイは完璧。妙な人物と接触したような記録はありませんし……やはり私個人としては彼に国王陛下を殺すようなメリットがあるとは思えないのです」

「メリットか……自分が王様になりたかったとか?」

「こんな滅びかけの王国のですか?」

「それは流石にちょっと自虐が過ぎるんじゃない……?」

「……そうですね。言い過ぎました」

 

 反省した様に頭を垂れるクリスティーナ。

 彼女とてこの王国で生まれ、そして育った身の上だ。嫌なこともあったが、それでも生まれ故郷に対する思いはそれなりに持っているつもりだった。

 

(いけませんね。どうしても、彼といると口が軽くなってしまいます)

 

 普段の彼女なら絶対に言わない皮肉めいた冗談のような本音。どうやら捜査が中弛みしているのと同時に自分もやや気が緩んでしまっているらしい。

 これは引き締め直さなければらないと思っていたその時――

 

「ちょっと話は逸れるけどさ」

 

 と、ステーキを食べ終えたらしいルタが口を開いた。

 一旦資料を置き、パスタを口に運びながら視線で答えると彼は言った。

 

 なんでもないことのように。

 とんでもないことを。

 

「クリスティーナが女王様になるってのはどう?」

「ブフッ」

 

 あまりの衝撃に、思わず口に含んでいたパスタを吐き出しそうになるクリスティーナ。鉄の意思でそれを何とか呑み込んだ彼女は、恨めし気な視線をルタに向けて言った。

 

「一体何を言い出したかと思えば……そういう冗談はあまり笑えないですよ」

「別に冗談のつもりじゃなかったんだけどなぁ……」

「冗談にしておいてください。私にそういうつもりはありませんし、何より誰も望んでいないでしょう」

「僕は望んでいるけど」

「――――」

 

 本当に、この男は。

 

「……何故です? どうして私が女王などという大それた職に相応しいと思うのです?」

「うーん、だって、頭良いし……」

「頭が良いだけで女王は務まりません」

「実は意外と人望あるし」

「ありません。何を言っているのですか」

「人を顎で使うの得意そうだし」

「それは……否定しづらいですけど」

「上昇志向強そうだし」

「普通くらいです」

「王家の血筋だし」

「だったら私の他に姉が二人います」

「でも、一番優秀なのは君だろう?」

「……まぁ、そうですけど……」

 

 自分の能力を過信しているわけではないが、それでも既に結婚して王城でダラダラ過ごしているあの自堕落な姉たちと比べれば自分はまだマシな方だと思っている。

 

(でも……流石に褒め過ぎじゃありません?)

 

 先程から聞いていれば予想以上にルタが自分の事を高く評価しており、動揺しているクリスティーナ。

 人からは尊敬の念よりも侮蔑と畏怖を多く受けて来た彼女である。素直に褒められることに慣れていないので、どうしても恥ずかしくて彼の言葉を否定してしまう。

 

「それから後はそうだな――」

「まだあるのですか……?」

 

 呆れたように溜息をつくクリスティーナに向かって彼は言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()、かな」

「――――はっ?」

 

 その言葉は、予想外という範囲も容易に超えていた。

 理解不能。意味不明。

 一体何を言っているのか。

 よりにもよって、あの冷血クリスティーナがアルカディア王国を愛しているだと?

 この国の人々によって辛酸をなめさせ続けられた彼女が、それでもこの国を愛していると彼は本気で思っているのか?

 

 頭が混乱しているクリスティーナに追い打ちをかけるようにルタが畳み掛ける。

 

「偶然出会った王城のメイドさんが言っていたよ。クリスティーナは凄い人で、いつも王国の事を考えた政策を提案しているって」

「そ、それは……オドルーに言われたから義務で提出していただけで……」

「でも義務なら別にサボっても良かったよね? クリスティーナの性格的に無駄だと思ったことはとことん手を抜くと思うんだけど」

「……」

 

 その通りだ。

 クリスティーナはいつも神官側から意見の参考として資料の提出を求められた際、締め切りギリギリまで根を詰めて有意義な政策を提案しようとしていた。

 残念ながら提出した政策の殆どは宰相と国王によって握りつぶされたが、それでも無駄を嫌うはずのクリスティーナは毎回必死になって資料を作っていた。

 

 何故だ?

 何故そんなことをしていた?

 

「だからさ、クリスティーナはこの国を愛しているんだよ」

「……あっ」

「じゃなきゃ、そんなことは出来ない。君はいい人だからね。きっと見捨てられなかったんだろう」

 

 いい人、か。

 

 一番自分に相応しくない言葉だとクリスティーナは思った。

 それと同時に、どうして彼がそんな結論を導き出してしまったのか疑問を抱く。

 少し考えた彼女は、その理由に思い至った。

 

 ――あぁ、そういうことか。

 

 簡単なことである。彼は自分の過去や事情を知らないのだ。

 だからきっと、勘違いしてしまったのだ。一生懸命働いている彼女が、この国に尽くしている健気な少女に見えたのだろう。

 

 勘違いは正さなければならない。

 

 クリスティーナ・エヴァートンという少女が、どれだけ醜く、中身のない空っぽの女であるかを教えてやらなければならない。

 

「いいですか、ルタ?」

「なんだい?」

「私は――」

 

 彼女は過去を打ち明けようとした。そして、自分が抱えている失望や絶望、空虚な中身について話そうとした。

 別に、自分の事を話すことくらいどうってことはない。彼とは良好な関係を築いているし、そもそも彼以外の王城関係者はほぼ全員知っている。今更口封じをしたところで手遅れだし、いずれは彼の耳に入るだろう。

 だったら自分から言ってやろうという訳だ。ここで話しておいた方がさらに信頼度が高まり、彼自身の能力を知ることが出来るかもしれないという打算もあった。

 でも――

 

「? クリスティーナ?」

「わ、私は………………」

 

 何故か、口が動かない。

 いつもは勝手にぺらぺらと話してくれるはずの彼女の口が、固まって動いてくれない。

 身体的な問題ではないだろう。ここ数日ずっと働き詰めだが、不思議とコンディションは悪くなかった。

 ならば精神的な問題ということになるが……幸いなことにここ数日は精神も非常に安定していた。父の凶報を受けたあの朝とは大違いだ。

 

 しかし、そうなるといよいよ原因が不明になる。 

 一体何が彼女に異変を生じさせたのか。

 分からない。

 全く分からない。

 

「えーと……大丈夫?」

 

 珍しく言葉に詰まって沈黙したクリスティーナを心配したのか、のんびりと食後の紅茶を楽しんでいたルタがコップを置いて尋ねて来る。

 

 その顔を見たクリスティーナは、不意に安堵が胸を過ったのを感じて……悟った。

 

 もしかして――

 

(私、彼に嫌われることを恐れている……?)

 

 そんな馬鹿な、と笑い飛ばせればどれほど良かったか。

 

 しかし、それも出来ないほどに彼女はルタと親しくなり過ぎた。この三日間、ずっと一緒に行動していたのだ。

 恐らく、14で王城を去って以来初めて出来た友人のような人だから、無意識のうちにかなり心を許してしまっていたのかもしれない。

 

 だからこそ、嫌われたくない。

 クリスティーナの過去は決して綺麗な物ではないから。

 

「ねぇ、クリスティーナ……」

「大丈夫です」

 

 大丈夫ではないが、彼女はそう言い切ってこの話題を終わらせることにした。

 

「大丈夫ですから、この話は終わりにしましょう。私に女王など向いていないし、そしてこの王国に対する忠誠心も大して持ち合わせてはおりません。私はただ、言われた仕事をこなすだけのつまらない女ですので」

「……」

「行きましょう。この後は武器庫に行って盗賊王の剣が盗まれていないか確認する手はずでしたね」

「……うん。分かった」

 

 これ以上踏み込んでほしくないというクリスティーナの意図を悟ったのか、ルタはあっさりと引き下がって席を立った。

 そういう気遣いが出来る人物が自分の相棒であることに安堵すると同時、こんなにいい人が自分と一緒に居て大丈夫なのだろうかという焦燥感も生まれる。

 

 いい意味でも悪い意味でも、彼の隣はクリスティーナにとって毒だった。

 

 

 

 

 食堂で食事をとり始めていた時の和やかな空気とは打って変わり、若干ピリピリした空気で二人は武器庫までの道を歩く。

 会話は疎らにあるが、それでもいつもと比べると若干ぎこちない。

 これは参ったなとルタが頭をかいていたところで、救いの主が前方から現れた。

 

「あれー? 勇者様じゃないですか!」

「おー、アルマちゃんじゃないか。久しぶり」

「そうですね! 大体三日ぶりくらいです!」

 

 お城の元気なミーハーメイドさん、アルマちゃんである。

 彼女はお掃除中だったのか手に雑巾を握っているが、全く気にした様子もなくこちらに近づいて来た。

 メイドとしてそれでいいのかと思わなくもないが、そこはアルマちゃんだから仕方がないとしか言いようがない。

 

 久しぶりにご主人様が帰って来た子犬のようにルタに走り寄った彼女は満面の笑みを浮かべた。

 

「今日はどうされたんですか?」

「国王暗殺の犯人を彼女と一緒に探しているんだよ」

「彼女?」

 

 ルタは横に一歩逸れることで後ろから付いて来ていたクリスティーナが姿を見せる。

 彼女の姿を目にしたアルマちゃんはただでさえ大きな目をさらにガン開きにした。

 

「えええええ! クリスティーナ様ッ⁉」

「……なんでそんなに驚いているのさ。君がクリスティーナのところに行けと言ったんだろう?」

「しかも呼び捨て⁉ お、お二人は一体どういう関係で……⁉」

「あ、あの……こちらの方は?」

「あぁ、そういえばまだ自己紹介がまだだったね。こちらは王城でメイドさんをやっているアルマち――」

「こ、こんにちは! 私アルマって言います! クリスティーナ様のファンなんです! サイン頂いてもいいですか⁉」

「……え、えぇと……」

「まぁ……こういう人です」

 

 なるほど、そういう人らしい。

 今になって思い出したが、確かクリスティーナ自身も彼女と面識自体はあった。部屋の掃除を頼んだ時の事だ。やたらと張り切っている若いメイドが居て、ちょっとだけ話をした記憶がある。

 

 確かに変わったメイドだとは思っていたが、まさかここまでの変人だとは思いもしなかった。十何年王城に住んでいて彼女の存在に気が付かなかったとは、逆に凄いことじゃないかと思えてくるくらいだ。

 そしてそれと同時、彼女は一つの真実に思い当たってしまった。

 

『実は意外と人望あるし』

 

(ま、まさかとは思いますが……それってこの娘の事ですか?)

 

 もしかしなくてもそうなのだが、クリスティーナはちょっと微妙な気持ちになった。

 言っちゃなんだがこのアルマちゃん、見るからに誰にでも懐きそうなのだ。ちょっと優しい言葉かけただけでコロッといっちゃいそうな、そんな感じ。

 

 やっぱり自分には大して人望などないのだと、間接的にアルマちゃんを傷つけそうなことを考えてしまうクリスティーナ。

 

 そんな彼女を差し置き、呑気な勇者とミーハーメイドは楽しくお喋りをしていた。

 

「そうですか。本当に勇者様は探偵になられたんですね!」

「まぁ、どちらかというと助手だけどね。推理はもっぱらクリスティーナの仕事さ」

「あれ? 勇者様、頭良くないんですか?」

「アハハ、残念ながらね。……というか、ちょっと言い方考えようか」

「私、クリスティーナ様のサインが欲しいんですけど、勇者様後でお願いできますか?」

「ガン無視ですか……」

「あっ、勇者様のサインもついでに御願いします」

「ついでですか……」

 

 楽しく? お喋りをしていた。

 

「……」

 

 その光景を黙って見つめていたクリスティーナだが、不意に会話が途切れたのを見計らってルタに話しかけた。

 

「……ルタ、そろそろ動いた方がいいのではありませんか?」

「うん? ……そうだね。あんまり長居し過ぎて警備兵さんたちを待たせるのも忍びない。そろそろ行こうか」

 

 小声で話し合う二人を見て悟ったのか、意外にも空気が読めるアルマはあっさりと引き下がった。

 

「それじゃあ、お二人とも行かれるみたいなので私もそろそろ失礼しますね。お仕事頑張ってください!」

「アルマちゃんもね」

「はい! ありがとうございます!」

 

 ペコリと可愛らしくお辞儀をしたアルマちゃんはクリスティーナよりも小柄な体躯でルタたちと正反対の方向へと駆け出して――

 

「――あっ、そうだ」

 

 と、急に何かを思い出したらしく声を上げるアルマちゃん。何事かと振り向いたルタとクリスティーナに向かい、彼女は迷惑になると分かりつつ、どうしても聞きたかったことを勇者に尋ねた。

 

「そういえば勇者様、()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 私、一度も名乗ってないですよね?」

「……」

 

 どうやら彼女は救いの主ではなく、地獄の使者だったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ふむ」

 

 純粋無垢なアルマちゃんの瞳が正面に。そしてその一方で、疑惑に満ちたクリスティーナの眼が真後ろに。

 正しく前門の虎後門の狼。

 この危機的な状況に遭遇した勇者ではあるが――その瞳に動揺の色はない。

 なにせ彼はこの世界を知り尽くした男。

 神にも匹敵する知識を持った人ならざる魔性の者である。

 並大抵の出来事で動じるはずがなかった。

 

 だいたい、この程度のリカバリーも出来ずに何が走者――

 

 

 

(ま、まずい、まずい、まずい、まずい、まずいィィィィィ! ガバってた! ガバってたよ俺! よりにもよって! 初歩の初歩でつまずいてたよ俺! あー、もう! なんでアルマちゃん名乗ってないのさ! 名乗れよ! 俺様が目の前に来たんだからきっちり名乗れよ! それが礼儀ってもんでしょ⁉ 俺は名乗ったぞ! この世界で最も偉大な男が名乗ったんだから、お前も名乗るんだよォォォォォォッ! ……つーか、マジでこの状況どうしようか。クリスティーナ嬢はマジで鋭いからなぁ……前なんか普通に俺が前の記憶持ちだったこと見抜かれたし、もう目を潰すくらいしか対処法ないんじゃないの? しかも、さっき会話ミスったせいで機嫌悪いし……はーあ、せっかくここまで積み上げてきた物が台無しですわ。一応足掻いてみるけど、無理だったらごめんね? あーもー、俺って本当にアホだわ……)

 

 滅茶苦茶焦っていた。

 

 だが、もう引くに引けないところまで攻略を進めてしまっている以上、引くという選択肢は存在しない。

 それに、今回はまたとないくらい順調に攻略が進んでいるのだ。だからこそガバを見落としていたともいえるが、逆に言えばこれさえ乗り切れば彼は再び走者として遺憾なくこの世界を走り回ることが出来るようになる。

 

 勇者ルタは覚悟を決めた。

 

「あー、そのことね。簡単だよ。実に簡単。部屋の電気を消してくれたのが誰か気になって、それで他のメイドさんに尋ねたらアルマちゃんのことを教えてくれたんだ。見た目もあの人たちが教えてくれたのと一致しているし、何よりアルマちゃんはアルマちゃんって感じの雰囲気だからね、思わず自己紹介をしてないにもかかわらず名前を口に出しちゃったという訳さ」

「なるほど! それなら納得です。それじゃあ、今度こそさようなら!」

「じゃーねー」

 

 手を振ってアルマちゃんの背中を見送る。やはり彼女は単純で、扱いやすい。これで戦闘能力が高ければ躊躇なく仲間にしているのだが……いや、現実逃避は止めよう。

 

「ルタ。お話があります」

「……なんすか?」

「先程の話ですが……おかしな点がいくつか。まず、人から容姿を聞いていたからと言って、名前も尋ねずに人の名を勝手に呼ぶとは貴方らしくありませんね。そこは普通に自己紹介をすべきなのでは?」

「だから、忘れていたんだよ」

「自己紹介をですか?」

「うん」

 

 信じられるか、とクリスティーナの瞳が言っている。

 

「まだあります。彼女の容姿は茶髪に焦げ茶色の瞳でした。言っては何ですが、この王城内では非常にありふれた容姿です。だというのに、あなたは彼女の雰囲気がアルマちゃんだから、などという訳の分からない理由で彼女をアルマであると特定したのですか?」

「ちょ、直感で……」

「あまり私を嘗めないでいただきたい」

 

 バッサリとルタの言い訳を切り捨て、クリスティーナは険しい表情で言った。

 

「貴方の言動は全て、彼女という人を知ったうえで発せられていたように思えてなりません。もしかしてあなた……本当は彼女のことを知っていたのではありませんか?」

「……」

 

 鋭い。ただひたすらに鋭い。

 これだから彼女を相手にするのは嫌なのだ、とルタは思う。

 

 だが、文句ばかり垂れていたところで事態が解決しないのもまた事実。ここでしっかりとクリスティーナの追及を逃れておかなければ、後々に響いてしまうだろう。

 

 幸いにも、というべきか。切り抜けるための策はなくもない。

 だが――

 

「答えてください。ルタ」

 

 彼女の澄み切った青の瞳がルタを睨みつけている。

 彼は冷や汗を流しながらも強引に決意を固めた。

 

(えぇい! 絶対に好感度を下げるだろうから言いたくはなかったが、もう残っている手札はこれしかねぇ! いくぞ俺! 毒を食らわば皿までだ!)

 

「じ、実はね……」

「実は?」

「一目見た時からアルマちゃんが気になっていたんだ」

「――はい?」

 

 必殺、彼女の事が気になってたの作戦。

 この作戦、一見すると非常に馬鹿っぽいが馬鹿にすることなかれ。男が恋愛となると脳みそが猿にまで退化するという事実は、清廉潔白なクリスティーナ嬢でも知っている。

 

 ほら、現に凄くショックを受けたような顔をしているじゃん。 

 

(これは……行ける! 有耶無耶に出来る!)

 

 勇者が内心で喜んでいる中、クリスティーナは僅かに震えた声音で問う。

 

「……それは、つまり……あのような女性がタイプということですか?」

「まぁ、そう言うことになるね。あっ、本人には言わないでね。恥ずかしいからさ」

「……明るくて、元気な人、ですか」

「クリスティーナ?」

「あ……あぁ、もちろん本人には言いませんよ。大丈夫です。そういうことなら、大丈夫です……」

「?」

 

 どんな心境の変化があったのかは不明だが、一先ず彼女は追及の手を緩めてくれるらしい。

 これ幸いとルタは違う話題を切り出して変な流れを断ち切ろうとしたが――武器庫に到着するまで妙に塞ぎ込んでしまった彼女に元気を出してもらうことは叶わなかった。

 

 

 

 

「どうも、お疲れ様です。勇者です」

「クリスティーナです」

 

 結局、ちょっとギスギスした空気のまま武器庫にたどり着いた二人だったが、お互いに仕事へ私情を持ち込むタイプではなかったため、武器庫の前で仁王立ちしていた警備兵に挨拶をした瞬間にはスイッチが切り替わっていた。

 

「お待ちしていました。今から鍵を開けますので、少々お待ちください」

 

 事前に連絡をしてあった甲斐があり、警備兵は無駄のない動作で武器庫の鍵を開き、二人を中に案内した。さらに真っ暗な武器庫の出入り口に火を灯し、中を見やすくしてくれる。

 

「ありがとうございます。調査が終わりましたら言いますので、それまでは待機をしていて下さい」

「了解しました」

 

 簡潔に頷いた兵士は表へ出て行く。無駄のない、きびきびした動作だった。効率厨であるルタの眼から見ても中々いい兵士である。是非仲間にしたいものだとその背中を眺めていたのだが、クリスティーナの方は既に調査を開始していた。

 慌てて近くにより、ルタは彼女の指示を仰いだ。

 

「えーと、僕は何をしたらいいかな?」

「……別に、何も」

 

 やけに素っ気ない態度のクリスティーナ。さっきのガバが原因だと悟ったルタは、天井を仰いで頭を抱えた。

 

(クッソォ……途中まで上手くいってたと思ったらこれだよ。やっぱり俺はRTA走者(笑)という称号から永久に抜け出すことが出来ないのか……!)

 

 この勇者、悔やんでばかりである。情けないことこの上ないが、積み上げてきた物が壊された時の人間など、こんなものなのかもしれない。

 

 落ち込みながらもクリスティーナの役に立とうとノロノロ動く勇者。だが、そんな動きで彼女の役に立てるはずもなく、結局は邪魔にならないようにと武器庫の角で作業を進める彼女の背中を眺めることしか出来なかった。

 

 その一方で、淡々と武器庫の在庫や持ち出しの履歴をチェックしているクリスティーナではあるが――

 

(……はぁ、一体私は何をしているんでしょう。彼は何も悪くないのに、勝手にこちらが機嫌を悪くして、手伝おうと提案してくれる手を振り払って……馬鹿みたいじゃないですか)

 

 勇者と同じようにうだうだ悩んでいた。

 憂鬱な空気を抱えた人間が二人、薄暗い武器庫の中で淡々と作業をしている。

 

 一種の地獄であった。

 

(取り敢えず、さっさと作業を終わらせたら今日は早めに解散にしましょうか。一晩寝かせたら案外、元の関係に戻っているかもしれませんし)

 

 こういった人間関係の機微に詳しくないクリスティーナは明日に持ち越すことを考えた。そういうのを問題の先送りというのだが――

 

(ガバのことはしょうがない。やらかした事実は消えないんだから。それよりもクリスティーナ嬢のことだ。どうすっかな……何も思いつかねぇな……明日考えよう)

 

 奇しくも、勇者ルタも全く同じことを考えていた。

 実はこの二人、合理的で効率厨でその癖若干面倒くさがり屋という、性格的にも極めて近いものがあった。

 

 喜ばしい接点ではあるが、二人は中々そのことに気が付かない。

 

 それが良いことか悪いことかはひとまず置いておくとして、悩んでいる間も淡々と進められていたクリスティーナの作業が終了した。

 

「ふぅー」

 

 調査結果としては、「盗賊王の剣」「盗賊王の指輪」「盗賊王のフード」が盗まれていたことが判明しただけという、悲しい結果だった。

 分かり切っていた事実を再び確認しただけに過ぎず、リストの中から怪しい人物を探し出すこともなかった。つまるところ、収穫はゼロということである。

 

「お疲れ様」

「……はい」

 

 空気は最悪で、調査結果も最悪。

 今日はもう帰ろう。それが二人の総意であり、お互いに反対する理由はどこにもなかった。

 

「ん?」

 

 二人が帰り支度を始めたその時である。

 唐突に武器庫の扉が開き、表で見張りをしているはずの兵士が中に入って来た。

 

「どうしたのですか? 今から帰るのでタイミング的にはばっちりでしたが……」

「……」

 

 困惑した表情でクリスティーナが尋ねるが、兵士は何も答えない。

 分かるのは、先程までとは明らかに違う雰囲気で、その手が()()()に伸びていることくらいで――

 

「クリスティーナ!」

 

 流石は勇者と言うべきか。咄嗟に危険な空気を察知したルタが叫ぶが、もう遅い。さっきまで礼儀正しく優秀な兵士だったはずの彼はしかし、何の宣告もないままに腰の剣を抜刀してクリスティーナに斬りかかった。

 

「えっ――」

 

 クリスティーナはというと……残念なことに反応できていなかった。

 ただ呆然と立ち尽くすのみであり、このままではあの剣によって斬り殺される未来しかない。

 

「させるかッ!」

 

 咄嗟に武器庫にあった剣を拾った勇者は瞬間移動と見紛う動きで兵士とクリスティーナの間に割って入り、その振り上げられた凶刃から彼女を守ってみせた。

 

「ッ、何のつもりだ! お前!」

「……」

 

 鍔迫り合いをしながら問い掛ける勇者だが、兵士からの返答はない。ただ中身の消えた無機質な瞳で彼の事を見つめるのみ。

 

「これは……」

「ルタ!」

 

 背後で混乱の極みにあるクリスティーナが叫ぶ。

 

「大丈夫! 大丈夫だからちょっと下がっていて!」

 

 実際のところ、この程度の兵士相手に負ける勇者ではない。鍔迫り合いの状態にある最中、彼は鮮やかな剣捌きで力の均衡を崩し、空いた左手で兵士の顔面に掌打を叩き込んだ。堪らず後ろへとよろめく兵士。

 その隙を逃すわけがなく、ルタは呆気なく兵士の剣を弾き飛ばし、己の剣の切っ先を彼の喉元に突きつけた。

 

「――動くな」

 

 無駄のない、極めて合理的で実戦的な動き。初めて彼が戦うところを見たクリスティーナは驚愕に目を開き、一方で喉元に剣を突きつけられた兵士は変わらず無機質な瞳で勇者を見据えていた。

 

「……君、何者だい? さっきまで普通の兵士さんだったよね? クリスティーナを狙っていたみたいだけど……何か、恨みでもあるのかな?」

「……」

 

 己の生死を握られているにもかかわらず、やはり兵士は答えない。不可解な現象に勇者は眉をひそめ――不意に、気が付いた。

 

(コイツ……あぁ、そういうことか)

 

「ル、ルタ……その人は私を狙って?」

「いいや違う。多分、この人は操られているだけなんだよ。きっと本命は――」

 

 勇者がその先を口にしようとしたその瞬間である。これまで何のアクションも見せなかった兵士が突然両手で勇者が構えている剣の刃を鷲掴みにし――

 

「ッ、止せ!」

 

 これにはさしもの勇者も反応できなかった。

 意識を奪われた傀儡となった兵士は何の躊躇もなく前進し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 咄嗟に剣を引き抜く勇者だが、残念なことにその反応は遅かったと言わざるを得ない。

 

「……やられた」

 

 倒れ伏した兵士の脈を測った勇者は、そう静かに呟いた。その声には言葉にならない懺悔と悔しさが滲んでいる。

 

「死んだ……のですか?」

「あぁ。死んだよ」

 

 恐る恐る尋ねるクリスティーナにはっきりと答える勇者。誤魔化しても仕方がないことだ。それよりも今は、どうしてこの兵士がこのような凶行に走ったのかを突き止めなければ――

 

「た、大変だ!」

 

 これから先のことを考えようとしたその矢先、開きっぱなしだった武器庫の出入り口から驚いたような声が響いた。

 そちらに視線を向けると、青白い顔をした兵士がこちらを見つめている。

 喉元を貫かれて絶命した兵士と、そして、血に濡れた剣を片手に持つ勇者の姿を――

 

「ち、違うのです! 落ち着いて聞いてください。この兵士は私たちが事件の調査をしている最中に――」

 

 この状況のまずさに気が付いたのか。兵士よりも真っ青な顔色をしたクリスティーナが必死に言い訳をしようとする。だが、そんなものが通じるはずがない。

 兵士は逃げるようにして王城の方へと走っていた。

 

「ま、まずい……これは、まずい……」

 

 この流れは、まずい。

 ガタガタと今にも崩れ落ちそうなほど震えているクリスティーナ。

 彼女の聡明な頭脳は既にこれが勇者を貶めるための罠であることを見抜いていた。そして、自分たちがまんまとそれに引っ掛かってしまったことも。

 この後、彼はどうなる?

 

 恐らく、兵士を殺した罪で連行されるのだろう。

 彼はただ、クリスティーナを守ってくれただけなのに。

 

 そして釈明の機会も与えられないままに裁判が始まり、やがては身に覚えがない罪まで擦り付けられることになる。

 例えば、国王暗殺の犯人、みたいな――

 

「ルタッ!」

 

 最悪の未来を想定したクリスティーナは彼の肩を掴んで引き寄せ、鼻と鼻がぶつかるくらいの至近距離で言った。

 

「逃げてください! 今すぐに! このまま捕まれば、あなたは国王暗殺の犯人に仕立て上げられてしまう! 王室は捕まらない犯人に業を煮やしていましたから、これを良い機会とみて間違いなくあなたに罪を着せるでしょう。そうなったら私にはどうしようもありません。だから逃げてください! アルカディアよりも遠い大地へ。そこで新しい生活を――」

()()

「なっ――」

 

 返答は、簡潔にして明瞭だった。

 驚愕に目を見開くクリスティーナに対し、こんな状況にもかかわらずやたらと落ち着いた態度の勇者は言った。

 

「だって、僕が逃げたら次はクリスティーナが餌食になる。そんなの、耐えられないよ」

「私の事はどうでもいいのですッ!」

 

 何を言うのかと思えば、この期に及んでこのお人好しは……!

 苛立ちすら覚え始めたクリスティーナは、どうしても彼に逃げて欲しくて言葉を重ねる。

 

「あなたは勇者なんですよ⁉ この世界を救う義務があるのです! こんな、どうでもいい王国で捕まるなど、そんなことがあってはいけないのです!」

「でも、クリスティーナが」

「私の事はどうでもいいと言っているでしょう! いざとなれば私も逃げます! ですから――」

「ダメだよ」

「何が……」

「クリスティーナは、この国から逃げちゃダメだ。ここは君の国なんだから。出て行くときは、皆に見送られていかなきゃね」

「あなた、まだそんな戯言を……」

「戯言じゃないさ」

 

 そして彼は、場違いなほど柔らかな――まるで太陽の様な笑みを浮かべて彼女に告げた。

 

「ここは君の国だ。君が誰よりも頑張っていて、君が誰よりも守りたいと願っていて、君が誰よりも愛している国なんだ。その想いを、裏切らせやしない」

「―――」

 

 それに、と勇者は笑って言った。

 

「誰も知らないところへ逃げたって、後ろを気にしていたら落ち着いて魔王と戦うことなんて出来ないよ。だから、向かってくる敵は此処で倒す。僕は死なないし、クリスティーナも死なせない」

「そんな、都合の良いことが……」

「できるよ。僕は、勇者だからね」

 

 いつもの腰の低さが嘘のような、自信と誇りに満ちたその姿。

 クリスティーナは――その姿に、光を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やって来た大量の兵士によって後ろ手に縛られた彼が牢獄へ連行されていく。

 何事かと王城から顔を出した連中が好き勝手に勇者の事を話している。

 いつか見た光景だ。

 トラウマになっている、昔の記憶と似ている。

 父に尊厳を奪われて。

 ありもしない罪で母に嫌われて殴られた。

 周囲の人々は好き勝手なことを言った。話を捻じ曲げて、不幸の沼に沈んでいくクリスティーナを見て心底楽しそうに笑っていた。

 

 やはり、こういうのは見ていて気分が良いものではない。

 きっと、以前までの彼女だったら目を閉じて耳を塞ぎ、心を凍らせて無反応を装っていただろう。

 

 だけど――

 

(もう、逃げない)

 

 逃げるわけにはいかない。

 自分なんかよりもずっと凄い筈の勇者が、彼女が見捨てられないからと牢屋に連れて行かれているのだ。

 ここで昔の事を思い出して怖いから逃げるなど、女の風上にも置けない。

 

 

 彼女の心は折れることなく――氷の様だった青い瞳に炎を灯し、真っすぐに前を見据えていた。

 




感想は全て目を通させて頂いております。ただ、時間の関係で返信しきれないこともありますので、その点はご了承ください。
毎度、モチベーションアップに繋がっております。
今後ともよろしくお願いいたします!


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迅速を尊ぶ勇者

タイトルが全てです。以上。

日間ランキング1位、ありがとうございました!


 

 今度こそ本当にガバを許さないRTA始まるよー。

 

 どうも。勇者でござんす。

 

 いやー、アルマちゃんのガバは本当にびっくりしましたね。まさか、あんなに初歩的なミスを犯しているとは思いもしませんでした。

 危うくクリスティーナ嬢に全てを見破られて殺されるところでしたが、今回はリカバリーも上手くいっていたので良しとしましょう! ……えっ? そうでもなかった? そんなぁ……。

 

 

 閑話休題。

 

 

 さて、現在私は牢屋に居ます。身に覚えがあり過ぎる殺人罪によって拘束されている感じですね。私以外に収容者がいないこの牢獄はかなり特別な場所らしく、捕まえたはいいけどあまりにも大物過ぎてちょっと衆目の眼から隔離したい時に使われる牢らしいです。

 鉄格子の向こう側には見張りの兵士が二人立っていて、チラチラと殺気混じりの視線をこちらに向けてきています。きっと殺された兵士の同僚か何かだったのでしょう。

 

 やれやれ。殺気も隠せないとは二流ですね。

 

 ちなみに、あの兵士が襲い掛かって来た時に驚いていたのはマジです。 魔将騎ゾルディンに勇者を陥れようぜ! と提案すると確定で何かアクションを起こしてくることは分かっていたのですが、残念ながらその手順は毎回ランダムで予測不可能だからです。

 

 今回はかなり悪質な手を使ってきましたね。

 

 まぁ、咄嗟のアドリブにも即座に対処して見せるのが走者というもの。

 殺してしまったあの兵士さんには申し訳なく思っていますが、恨むなら君を遠隔操作で操っていた魔将騎ゾルディンを恨んでくださいね。私、悪くない。

 

 コツコツ

 

 うん? この革靴の足音は……宰相ですか。

 

 私の予想通り、悠々とした足取りで地下の牢獄に現れたのは宰相ゾルディンでした。見た感じ、魔将騎ではない普通の宰相モードっぽいですね。

 

 彼は私が閉じ込められている牢の前までやって来ると「二人で話がしたい」と言って見張りの兵士たちを上に行かせてから嫌悪感も露に口を開きました。

 

「久しぶりだな、勇者殿。まさかこんな形で再会することになるとは思わなかったよ。その牢屋、気高き勇者殿には狭かろうと危惧していたのだが……安心した。驚くほど貴様に似合っている」

「お久しぶりです、宰相さん。僕の方も意外でしたよ。あなたがこんな小細工を弄するような方だとは思いませんでした。人の命を使った卑劣な手段……恥には思われないんですか?」

「? 一体何の事だか分からないが、貴様が犯した殺人の罪を私に押し付けるのは止めろ。……まったく。大人しいだけの犬だと思っていたが、まさか薄汚いハイエナの部類だったとはな。心底失望したよ」

「もともと期待もしていなかったでしょう?」

「そうだとも。よく分かったな」

 

 ニヤリ、と意地の悪い笑みを浮かべる宰相ゾルディン。

 滅茶苦茶腹立ちますが、ここは必死に我慢です。首チョンしたいのは山々ですが、中身は魔将騎なので普通に返り討ちにされて終わりです。

 

「……それで? 宰相ともあろう方が、わざわざこんなところへ何の用ですか?」

「何の用だと? そんなもの、決まっている。……決まっている? いや、違う。決まっていない。私はお前に用事などない。お、お前に用事など……」

「宰相殿?」

 

「あgじょあgjぽえjぎおjどぎひうがへ」

 

 あー、この感じは()()()ですか。

 

 咄嗟に驚いた顔を作った私の眼の前では宰相が自前の黒目をぐるりと反転させ、裏から黄金の瞳を出すという誰にも自慢できない高等技術を披露していました。

 変わる気配。浮かぶ酷薄な笑み。此方を圧倒する覇気。

 

 

『……用事があるのは俺の方だ』

 

 

 はい。皆大嫌い、魔将騎ゾルディンさんですね。

 もうその顔は(殺すとき以外)見たくないのですが、向こうから接触してきた以上は仕方ありません。初対面のふりをしてお決まりの台詞で尋ねましょう。

 

「……何者だ、貴様?」

『魔将騎ゾルディン。テメェが殺そうと息巻いている魔王さまが臣下にして、この国の宰相も兼任で務めている男だ』

 

 うん、知ってる。

 

「……卑劣な。間者か」

『ふん。間者は戦争の基本だろうが。俺はただ、敬愛する魔王さまの為に動くのみ……だが、今はそんなことどうでもいい。今回はテメェに()()()()()()()()()()()()

「忠告、だと? 魔王軍の敵将が勇者に塩を送るというのか?」

『然り。俺には俺なりの理由があるのさ』

「……」

『どうだ? 知りたいか?』

 

 ニヤリ、と先程の宰相と似ているようで全然違う不敵な笑みを浮かべる魔将騎ゾルディン。視線で先を促すと、彼は喜々として語ってくれました。

 

『勇者さんは素直で良いこった。さて、忠告の内容だが――今から後に闇の使者ルインとかいう奴がテメェを殺しに来る。そいつは国王をぶっ殺した張本人で、伝説の勇者であらせられるテメェに自分の刃が届くのかを確かめたいんだとさ。青臭い話だよなぁ~』

「……それで?」

『それだけだ。そいつが来るから用心しろ。本当にそれだけだ』

「……その闇の使者ルインとかいう奴は、あんたの仲間じゃないのか?」

『仲間? ハハッ、んなわけねーだろ。向こうが勝手にやって来ただけだ。魔王さまの命令だか何だか知らないが、あんなに図々しい奴を信用するわけがねぇだろ』

 

 ……そーですか。

 

「つまり、お前はそのルインを僕に倒して欲しいのか?」

『まぁ、そんなところだわな。体面上はあいつの指示に従ったが、別に勇者にアドバイスをするなという約束は交わしていない。俺が勝手にここで独り言を話しているだけで、あいつには何の迷惑もかけちゃいないのさ』

「……」

 

 うーん、流石魔族。汚い。さすまぞ汚い。

 まったく、私のように高潔な精神を見習ってほしいものですね。

 

「だが、僕は今手元に武器がない。徒手空拳で闇の使者に張り合えと言うのか?」

『あぁん? それくらいは自分で何とかしろや。勇者様なんだろ? 最悪素手で戦いな』

「……」

 

 まぁ、素手でも勝てるんですけどね。

 自分が相手なんで。

 

『じゃあ、俺はこれで失礼するぜ。精々、雑魚同士で潰し合ってくれや。勝った方の相手をしてやるからよ』

「……全てがお前の掌の上ということか。さぞかし楽しいだろうな?」

『あぁ。本当に楽しいぜぇ。馬鹿な連中が躍っている様を眺めるのはなぁ!』

 

 分かるぅ。本当に楽しいよね!

 

「外道め……」

『ふん、なんとでも言え。とにかく忠告はしたからな? 簡単にくたばってくれるなよ、勇者。テメェには期待しているんだ。()()を扱える人材として、な』

「聖剣?」

『――資格ある者にのみ応える光の剣。大層な肩書だが、ようはどこかに引き籠ったままの腰抜けさ。だが……お前が呼べば応えてくれるかもしれんぞ?』

「……」

『じゃあな。また会えたら会おうや』

 

 ひらひらと手を振り、意味深なことを言ってから牢屋を去った魔将騎ゾルディン。

 

 ふむふむ。なるほど、なるほど。

 急にこちらに接触してきた時はびっくりしましたが――どうやらアイツ、聖剣が見つからなさ過ぎて本気で焦っているみたいですね。

 

 で、焦った末に資格がありそうな勇者を焚きつけ、あわよくば聖剣を携えてやって来たカモ勇者ごと破壊することを目論んでいる、と。

 

 

 なるほど、なるほど……。

 

 

 いやー、天下の魔将騎さんも落ちたもんですなぁ! 自分じゃ見つけられないから他人任せですか! ご立派、ご立派!(凄まじい煽り)

 

 でもね、ゾルディンさんや。あなたの作戦にはちょっとした大穴があってですねぇ……ヒヒッ、その明らかに勇者の専用武器っぽい肩書と性能を持つ聖剣はねぇ……私には使えないんですよぉ! ヒヒッ、びっくりでしょう? 私もびっくりなんだなこれが!

 

 ……もう一回言いますね。

 

 明らかに勇者専用武器の聖剣なのに、肝心の私が出禁にされているんですよぉ(怒り

 

 

 はーい、クソ。

 

 なんで? 聖なる剣なんでしょう? 邪悪なる魔王を殺すための武器なんでしょう? じゃあ俺に応えてよ。俺に応えろや。君を一番使いこなせるのは俺なんだぜ? いや、ホントマジで。この世界で一番技量が高い戦士って俺なんだよ。冗談抜きで。少しでもいいから力を貸してくれたら魔王なんて瞬殺なんだけどなぁ(チラッ)。あっ、もしかして聖剣ちゃんってツンデレだったりする? なかなか素直になれない女の子だったりする? もうなんだぁ、だったら早く言ってくれたら――

 

 

 

 じしゅきせいちゅう

 

 

 

 ……ホント、すいません。でもね、皆さんもあの剣の力を見たら私と同じことを言いたくなると思うんです。それくらいに出鱈目なんです。

 

 ただまぁ、文句ばかり言っていても始まりません。

 宰相の足音が建物を出たのは感じ取れましたし、牢屋の見張り番たちも帰って来ました。

 

 そろそろ動くとしますか。

 

「あの……すいません」

「……なんだ?」

 

 こちらが呼びかけると不機嫌そうな表情で振り返る見張り番の兵士さん。ですが振り返るだけで中々こちらまで距離を詰めてくれません。

 流石に警戒されていますか。これは……仕方ありませんね。

 

「僕が殺した兵士って、もしかしてあなたの同僚だったりしますか?」

「ッ、だったらなんだ!」

「いえ、何も? ただ……弱いというのは、悲しいことだと思っただけです」

「――ッ、貴様ァアア‼ あいつが真に善良な人間だったと知っての侮辱か!」

「止せ!」

 

 もう一人の方が静止しようとしていますが、もう遅いです。私は既にポケットに忍ばせていた盗賊王の指輪から曲刀を取り出し、まんまと近づいて来た彼の喉を刺していましたから。

 

「な、なっ――」

「やっぱり、弱いというのは罪ですね。ただ生きているだけじゃあ、何も成し遂げられやしない。誰も守れない。何も救えない。善良な心に従いたいなんて……そんなの、ただ戦うことを止めた()()()()()()()()()

 

 目の前で同僚が刺されるところを目撃した兵士さんは急いで逃げようとしますが、絶対に逃がしません。曲刀を投擲して一撃で脳髄かち割ってしまいましょう。

 はい。これでお掃除完了。この犯罪も全て盗賊王さんのせいになりますから、死体の後処理とかに気を配る必要はありません。

 

 さて、勇者さんは忙しいのでのんびりしている暇はありません。

 直ぐに指輪から盗賊王のフードも取り出して羽織り、全力で牢屋を蹴り破って外に出たらいつものように「夜影音脚(シャドウアーツ)」を発動させて移動開始です。

 

 向かう先はもちろん宰相ゾルディンの部屋。

 こういう辻褄を合わせに奔走することになるのが本チャートの面倒なところですが、トータルで見れば一番効率的だと思うので弱音を吐かずにやっていきましょう。

 

 今回は先日みたいにゾルディンさんに驚かれても面倒なので、扉の前まで来たら「夜影音脚(シャドウアーツ)」を解除しておきましょうか。そうすればあっちも勝手に感づいて魔将騎モードに切り替わってくれるでしょう。

 

 こういった気配りも大事なところなんですよ。

 おっ、そんな事を言っていたら宰相の部屋が近づいてきましたね。それじゃあ、早速「夜影音脚(シャドウアーツ)」を解除して――

 

「だから! あなたのそれは言い掛かりだと言っているではありませんか! 彼は私を庇ってくれたのです!」

「残念ながら、あなたの証言だけでは説得力に欠けますな。クリスティーナ様」

 

 げっ! クリスティーナ⁉ な、なんでゾルディンの部屋にいるのさ! もう深夜ですよ! 良い子はちゃんと眠らないとお胸に栄養が――いや、そんなことを言っている場合じゃない!

 

 秘技、天井に張り付く術と同時に「夜影音脚(シャドウアーツ)」を再発動。

 さらに聞き耳を立てて内部の様子を伺ってみますが、間一髪でバレた様子はありませんね……。

 

 あ、あっぶねー! もうちょっとで本当に詰むところでした。とんでもないところに地雷が転がってるものですね……。

 

 にしても、こんな夜遅くに二人は何をしているのでしょう? 聞き耳を強化して会話を盗み聞きしますか。

 

「ならば! せめて牢に入れられた彼に会わせてください! まだ助けてもらったお礼も言っていないのです!」

「却下です。今は誰も彼と接触をさせるつもりはありません。それが貴方となればなおさら。勇者と一番近くにいた貴方には共犯の疑いが掛かっておりますので、暫くの間は自室で謹慎を願いたい」

「――ッ、国王暗殺の犯人捜査は……」

「こちらで引き継ぎましょう。元々、貴方が国王陛下の親族ということで大目に見ていたくらいです。本来は王城内で解決すべきこの事件に、貴方の様な神官が関与する余地はありません」

「……言ってくれますね」

「言いますとも。今まで皆が貴方を怖がって言いませんでしたが、この際だからはっきりさせましょう。貴方は左遷された元第三王女であり、今では国王陛下暗殺犯の容疑者候補その一です。これ以上余計な口を挟まれるようでしたら、こちらも強硬手段に出るしかなくなりますが……いかがなさいますか? 聡明な貴方なら分かると思うのですが」

「……失礼します」

 

 こんなこと言われたら引き下がるしかないですよねぇ。

 部屋の扉が開き、クリスティーナ嬢が外に出てきます。

 これでやっと地上に降りられると思ったのですが、彼女は扉を開いたまま不意に振り返って切り出しました。

 

「あぁ、そうだ。ゾルディン殿に一つだけ忠告を」

「……なんですかな?」

 

 普段と違う彼女の雰囲気に呑まれつつ、ゾルディンが聞き返します。

 冷血鉄仮面聖女と呼ばれるクリスティーナは、こちらが肌で感じられるほどの強い威圧感を放ちながら言いました。

 

「――あまり、()()()()()()()()()()()()。後々、小娘にしてやられたと恥をかくのは嫌でしょう?」

「……」

「では、これで失礼します。夜分遅くに時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 こうしてようやっと立ち去ったクリスティーナ嬢。

 これでこっちも「夜影音脚(シャドウアーツ)」を解除できるってもんなんですが……うん。

 

 

 こ、怖えぇぇぇ……。

 

 私、あの声音を知っています。あれは、彼女が本気でぶち切れている時の声音。絶対に相手の弱点を見つけて徹底的に潰すウーマンと化している時のアレです。

 絶対に相手をしたくない状態なんですが、救いがあるとすればその怒りがゾルディン殿に向いていることですね。

 

 いやぁ、ほんとお疲れ様ですゾルディン殿!

 

 私は人柱に感謝しつつ、意気揚々と彼の部屋に入室します。

 

「だ、誰だ! 貴様!」

 

 あっ、「夜影音脚(シャドウアーツ)」解除するの忘れてた。

 

 

 

 

 

 

 

『――で、何の用だ? 勇者を殺った結果報告か?』

「そんなわけがないだろう。寧ろその逆だ。これから殺しに行くという報告をしに来た」

『……おいおい、折角俺がアイツを捕まえてやったってのに、まだ出向いてなかったのか。何をしてたんだ、テメェ?』

「少し、()()()()()

 

 そう言って兵士を斬った血で濡れた曲刀を指輪から取り出して見せれば、魔将騎に切り替わったゾルディンは納得したような笑みを浮かべました。

 

『なんだ、城下で人間を殺ってたのか。そういうことなら早く言え。俺も参加したかったのによ』

「あんたには立場があるから無理だろう。……だが、些か遊びに熱中してしまい、勇者の捕縛に気が付くのが遅れたのも事実。これに関しては素直に謝罪しよう。申し訳なかった」

『あー、気にすんな。魔人の本性を抑えるのは難しいからな、今日のところは見逃してやる。それよりも早く勇者を殺りにいきな。クリスティーナの嬢ちゃんに本気を出されたらアイツを拘束しておける時間も短くなる。気づかれる前に殺っちまえ』

「あぁ。お気遣い、感謝する」

 

 勇者に塩を送っておいてこの態度。

 流石に面の皮が厚過ぎません? とは思いましたが、特大ブーメランが返ってくるような気がしたのでここはスルー。

 

 ともかく、これで闇の使者ルインとして彼に会うのも最後です。

 礼儀正しくお礼を言ってからこの場を後にしましょう。

 

「それではな、魔将騎ゾルディン。誇り高き魔人の頂点に出会うことができ、俺としては非常に嬉しかった」

『……フン。さっさと行きな。それで玉砕してこい』

「ハハハ。俺は負けないよ」

 

 良い感じの雰囲気で締めくくって部屋を出たらすぐに「夜影音脚(シャドウアーツ)」を発動。今来た道を引き返して牢屋に戻りましょう。

 

 さて。魔将騎ゾルディンの前で啖呵を切って始まることになった勇者vs闇の使者ルインの一戦ですが――勝敗は当然、勇者の勝ちにしておきましょう。

 まぁ、暗殺者風情に負ける勇者ではなかったということですね。ゾルディンから塩を送られていたこともありますし、そういう意味においてもここで負けるのは些か不自然です。

 

 というわけで、まずは大きな戦闘があったように思わせるために()()()()()()()()()()()()()

 

 手当たり次第に曲刀を振り回して辺りの物を壊しまくって下さい。ただ、この時注意しなければならないのは、絶対に傷がつかないような場所にまで刀傷を残さないようにすることです。

 じゃないと、例によってクリスティーナ嬢にバレて全てが破綻します。

 ほどほどにリアリティーを持たせる立ち回りで――なんなら、仮想敵を想定しながら鍛錬も兼ねて暴れ回りましょう。

 

 当然の様に音を立て過ぎたら上から兵士たちが様子を見に来ますが、その時は「()()()()()()()()()()()!」と勇者ボイスで警告をしつつ、盗賊王の格好で彼らに斬りかかり、手傷を負わせながら頭を殴って気絶させていきましょう。

 殺してはいけません。彼らには「勇者が盗賊王と死闘を繰り広げていた」という報告をしてもらう必要があるからです。

 

 さらにこの時大事なのは、彼らが状況を完全に把握しきる前に意識を奪うことです。

 

 今の光景、実際には盗賊王のマントを羽織った男が一人で暴れているだけなので、その現実を認識される前に斬りかかり、痛みで視覚と思考が麻痺している間に気絶させてあげます。

 

「ぐわぁ!」「ギャー!」「痛てぇ!」「ガッ!」「ぐぅ!」

 

 はいはい、雑魚乙。

 

 上に待機している兵士は五人なので、これで全員ですね。

 

 良し。ほどほどに暴れたお陰で出来たリアルな戦闘跡に、そこら中に転がっている血だらけの兵士たち。

 

 あとこの場に足りないのは――私の血ですね。

 

「よいしょっと」

 

 手首を曲刀で斬りつけ、溢れ出して来た血をそこら中にばら撒いていきます。もちろん、これもリアルに見えるように気を使いながら。難しいと感じる人は、さっきと同じ動きを再現しながらまき散らせばいい感じに配置できると思います。

 

「こんなもんかな……」

 

 我ながら中々いい仕事が出来たといえるでしょう。

 

 さて、いよいよ最後の締めです。

 

 今まで愛用してきた盗賊王の曲刀に別れを告げる日が遂にやってまいりました。雨の日も風の日も、初期からずっと私の汚れ仕事を引き受けてくれた彼に敬礼ー!

 

 今まで……クソお世話になりましたァァァァァァァ!

 

 はい。敬意を示したので、これはもう折っちゃいます。

 

 ポキッとな。元々耐久値が高い武器ではないので、床に転がっている剣を全力でぶつければ割と簡単に折れてくれます。

 

 これを適当に床に転がし、ついでにフードも脱いでから私が最初に殺した兵士さんに被せて、指輪も嵌めてあげれば――良し! 君が今日から盗賊王ジャリバンだ!

 

 クリスティーナさん、お父さんの仇は此処に居ましたよー。

 

 さて、これでこの現場には「謎に争った跡」と「盗賊王の衣装を身に纏った兵士」と「勇者の血痕」だけが残されます。

 

 うーむ。我ながら完璧な工作。

 見事過ぎて溜息すら出ます。

 

 というわけで、今回はここまで。傷を負った勇者はどこかに消えたことにする予定なので、暫くの間私は雲隠れをします。

 

 キリが良いので今日のところはこれにて退散。

 

 

 サラダバー!

 




外道すぎワロタ。
次回はクリスティーナ回です。

それから感想欄であった各々の視点についてですが、これからももしかしたら話の都合で前の話と同じような感じになるかもしれません。極力分かりやすくなるように努力はしますが、もし分かりにくかったら感想で教えてくださいね!



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動く聖女

大変遅くなってしまい、申し訳ありません。
ここ一週間は非常に忙しかったので中々時間が取れませんでした……

だ か ら

今回も文字数増大で攻めていきます(白目

これからも文字数増えると思いますが、許してね。


 勇者が投獄されていた牢獄が盗賊王ジャリバンと思わしき人物に襲撃を受け、大量の血痕を残したまま勇者ルタが消えた。

 

 その報せを受けた時、クリスティーナは青白い顔色のまま暫く呆然とすることしか出来なかった。

 危惧していた事態を遥かに上回る常識外の事態に対し、思考が動くことを止めてしまっている。

 

 どうしてそうなる? まだ時間はあると思っていた自分が甘かったのか? 何故警備を重点的に固めておかなかった? 彼は生きているのか? 生きているとしても怪我の具合は?

 

 ぐるぐると、とめどなく疑問だけが噴出する。

 

 自分への苛立ちと、話も聞かずに彼を投獄した王城の連中に腹が立ってしょうがない。だから言ったじゃないか、と。

 だがそれと同時、理性的な彼女の側面が今回の事態のおかしな点を訴えていた。

 

(なぜこのタイミングで襲撃を? 勇者の逮捕という一大スキャンダルを王室が隠さないはずがない。間違いなく情報統制がされている中で盗賊王を名乗る男はまたしても王城に侵入し、ルタのことを殺そうとした。……やはり、内通者がいると思った方が良さそうですね)

 

 あっさりと国王陛下が暗殺されたことで勘違いされているが、このアルカディア王城の警備は並大抵のものではない。王城をぐるりと囲む城壁には常に結界が張られており、警備兵たちが24時間警戒に当たっている。これでも暗殺を防ぐことが出来なかったと悔やんだ宰相により、さらに警備は強化されているのだ。

 

 まさに鼠一匹通さない王城となっているというのに……犯人は容易く内部の情報を仕入れ、さらには再び襲撃をしてきた。

 幸いにも盗賊王は勇者によって倒されたというが、それでも内通者がいるのではないかという疑念は消えない。

 そして何より――

 

 盗賊王ジャリバンを名乗る男が死んだということ自体が信じられない。

 

 クリスティーナはこう推測していた。

 勇者が姿を見せていないのは、彼がまだ容疑者になっていることだけが理由なのではなく、まだ彼の命を付け狙う暗殺者の影がちらついているからであると。

 

(やはり、私自身の手で調査を行う必要がありますね)

 

 元より複雑だった状況はさらに絡み合い、本質を見失わせようと立ち塞がってくる。だが、クリスティーナは一歩も引き下がるつもりはなかった。

 

 今までのクリスティーナだったらきっと、大人しく引き下がっていただろう。元より定められたルールや命令に対しては従順だった彼女だ。ここらが潮時と合理的に判断していた筈。

 

 だが、今の彼女に言わせれば、そんなものは「クソくらえ」である。

 

 宰相から脅されているから動けない? 容疑者とされていた男は死んだのだからもういいじゃないか?

 

 クリスティーナが事件の調査と神官の仕事で板挟みになっていた時、彼に言われたことを覚えている。

 

 

『君が思うように行動したらいいんじゃないかな? それで上手くいかなくても、僕が助けるからさ』

「あなたが私を助ける?」

『うん。助けるよ。ただ、代わりに僕の事も助けて欲しいな。一人じゃちょっと心もとないし』

 

 ルタは徹底してクリスティーナの味方であると主張してくれていた。その証拠に、調査が滞って宰相を始めとする人物から嫌味を言われたとしても、彼は常に彼女の盾として前に立ち、彼らの追及を防いでくれていた。

 

 今まで積極的に守られることなどなかったクリスティーナにとって、その背中がどれほど逞しく映ったことか……彼は知らないだろう。

 

 だから、今度は彼女が彼を助ける番である。

 状況から見ても明らかに彼は生きている。怪我の具合だけが心配だが、彼は自分もクリスティーナも死なせず、敵を此処で倒すと宣言したのだ。

 ならば、クリスティーナはその手伝いをするだけのこと。

 

 だが――

 

 残念なことにクリスティーナ一人では何もできない。そこまで彼女は自分の能力を過信しているわけではないし、そもそも聖女という立場を失った彼女に残されたものといえば小賢しい頭脳だけだ。

 

(……味方が必要ですね。こんな私にも手を貸してくれそうな、お人好しで正義感の強い味方が)

 

 クリスティーナは暗い自室の中で一人の聖人を思い浮かべていた。

 

 

 

 

 

「なるほど。状況はよく分かりました。喜んで協力いたしましょう」

 

 クリスティーナの信頼する侍女から極秘に言伝を受けた神官長オドルーは直ぐに彼女の部屋にやって来てくれた。

 さらに、彼自身にとってもかなりリスクのある彼女の提案をあっさりと受け入れ、全面的に協力してくれるのだという。

 これに面食らったのは提案した本人であるクリスティーナである。彼女はオドルーのことを信頼していたが、それでも彼が王城からの圧力と神への信仰との間で板挟みになっているのを知っていた。間違いなく断られると思って懐柔策を事前に考えていたくらいなのだ。

 だというのに彼と来たら――

 

「……本当に、良いのですか? これから私が相手にしようとしているのは国王陛下亡き今、この国で一番権力を持っている男です。ただでさえ、彼は宗教に対する弾圧の姿勢を強めているというのに、これ以上彼から眼をつけられるのはまずいのでは?」

「確かにその通りですな」

 

 深刻な表情で頷く神官長。

 しかし、その瞳には恐れなど欠片もなかった。

 

「ですが、私はあなたが信じたい人を信じます。聡明で、常に神官たちとこの国の事を考えてくださったあなたです。今こそ、その恩に報いる時でしょう」

「……そんな、私はあなたに感謝されることなど何も……」

「ハハハ、そう謙遜なさいますな。あなたはご自身について過小評価を為さっている。神官として働いている者たちは皆、あなたに感謝していますよ。私が言うのだから間違いありません。それに――」

 

 長年クリスティーナを見守って来た神官長は柔らかな笑みを浮かべて言った。

 

「勇者様と出会ってからというもの、あなたはいい顔をするようになった。……かつてあなたが絶望の淵に居た時、大した役に立てなかった私です。今こそこの老骨を役立ててください」

「そのような、ことは……」

 

 彼の言葉のどれを否定しようとしたのか。クリスティーナ自身もよく分からなかったので、中々次の言葉が出てこない。

 そもそも、自分の方から協力してほしいと厚かましく誘っておきながら、土壇場で迷うなど一体何事か。

 クリスティーナは自責の念やらなんやらで再び頭が混乱し始めていた。

 オドルーはそんな彼女にフォローを入れる形で言った。

 

「実はですな、私も勇者様と面識がありまして、あの好青年が不当に貶められるのは我慢がならないことです。是非とも協力させていただきたい」

「む、そうだったのですか。……しかし、いつの間に?」

「クリスティーナ様?」

「いえ、ルタのフットワークの軽さに驚いていただけです」

「ルタ? ……ほうほう、勇者様の本名はルタというのですか」

「知らなかったのですか?」

「えぇ。図書館で偶然出会って少し話をしただけですから。もしかすると、この王城で彼の本名を知っているのはあなただけかもしれませんな」

「そう、かもしれませんね……」

 

 そう言えば、彼が「勇者」という称号以外の名前で呼ばれている場面を見たことがない。彼自身がそのことを受け入れているようだったので特にクリスティーナから何かを言うことはなかったが……

 

(そうですか。私だけですか)

 

 妙な優越感が生まれるのを感じつつ、しかしそれを表に出すような愚行を犯すことなくクリスティーナは改めてオドルーに向き直った。

 

「ともあれ、オドルー殿に協力して頂けるならこれ以上に心強いことはありません。ありがとうございます」

「いえいえ。こちらこそ、勇者様の危機を救うという大義にお呼びくださり、光栄な限りです。私に出来ることであれば何でもご協力いたしますとも」

 

 穏やかに微笑んだオドルーは右手を差し出した。クリスティーナも自身の右手を差し出し、二人は堅い握手を交わした。

 一先ず、ここに二人きりだが優秀極まりない人材が揃った神官同盟が結成される運びとなった。

 

 

 

 

 

「まずは、現場を私自身の眼で見てみたいのです」

「いきなり高度な要求がきましたな……」

 

 同盟を結成した二人はクリスティーナの自室で秘密の作戦会議を開いていた。

 彼女に全面協力することを誓ったオドルーだが、いきなりの無茶ぶりに早速頭を抱えることになる。

 彼自身は別にその意見に対して異議はないのだが、ただ残念なことに宰相ゾルディンが許してくれるとは思えない。

 

「うーむ……私一人であれば神官長という立場で死者の供養がしたいとゴリ押せば入れないこともないのですが……クリスティーナ様はそういうわけにもいきませんからなぁ……」

「そこをなんとか出来ませんか? 第三者の齎す情報ではどうしても偏りが出てしまいます。無茶を言っているのは承知ですが、どうにか私自身の眼で確認したいのです」

 

 申し訳なさそうに眉を下げながらも一歩も引く様子を見せないクリスティーナ。諦めが悪くなった彼女に老婆心ながら好印象を覚えていたオドルーだが、今回は気合いだけで押し切れる場面ではない。

 最悪、謹慎よりも酷い処置が待っていることを考えると慎重に立ち回る必要があるだろう。

 必死に頭を働かせたオドルーは、苦肉の策を思いついた。

 

 

「……変装して侵入する、というのはどうでしょう?」

「変装、ですか……」

 

 もはや、クリスティーナという名前の力を使えない以上、別人を装うしかない。

 中々合理的な策ではあるがしかし、変装と言われてもピンとこないのが正直なところ。

 クリスティーナはこれまでの人生において変装などしたことがないし、オドルーに至っては生まれた時から神官の服装などではないかと思わせるほど毎日同じ格好だ。

 

 二人して頭を抱えていたが、不意に何かを思いついたらしい彼が口を開いた。

 

「私に一つ、考えがあります」

 

 何故か嫌な予感がしたクリスティーナに対し、楽し気な笑みを浮かべたオドルーはお茶目なウインクをして見せた。

 

 

 

「おぉ! 良くお似合いになっていますぞ!」

「それはありがたいのですが……やはりこれは動きにくいですね」

 

 カチャカチャ、と音を立てながらクリスティーナは自分の全身を覆う変装装具を見た。

 銀を基調とした全体的に重厚感のある装甲に反し、背部につけられた青いマントが爽やかさを演出している。

 

 至る所にアルカディア王国の紋章がつけられたそれは、神に仕える騎士、神官騎士たちが着用する鎧であった。

 

 当然ながら女性であるクリスティーナ専用の鎧はなかったため、やむを得ず少年用の鎧を持参したオドルーだったが、予想以上に様になっているクリスティーナに驚きを隠せない。

 

 その鋭利な視線と凛とした雰囲気から年齢を間違われやすいクリスティーナだが、実際にはまだ17歳の少女である。顏も整っているもののまだ幼さが抜けきっておらず、全体的に中性的な雰囲気がある。

 

 結果的に、その鎧は彼女に恐ろしいほど似合っていた。

 凛と佇むその姿はまるで――

 

「聖騎士様……」

「? 何か言いましたか? オドルー」

「……いえ、何でもありません。すぐに現場へ向かうとしましょう。あまり時間を掛け過ぎると宰相殿に気づかれてしまいますからな」

「はい」

 

 肝心のクリスティーナは全身を覆う甲冑の重さに苦戦しているが、姿を隠すためには文句を言っていられない。甘んじて受け入れるつもりでいた。

 彼女はフルフェイス型の兜を頭に装着し、完全に顔を隠した。

 顔さえ見えなければ、胸がない彼女の体型では完全に騎士にしか見えない。

 

 

 二人は厳かな雰囲気を纏いながら慎重に――だが、堂々と胸を張って歩き始めた。

 

 先導するのはオドルー。

 普段の穏やかな雰囲気しか知らない人々は意外に思うかもしれないが、彼は厳粛な神の祈りを粛々と歌い上げることのできる立派な神官である。 純白の証である白のローブでゆったりと歩いて見せれば、大概の人々は彼の全身から溢れ出る圧倒的なオーラに思わず首を垂れてしまうだろう。

 

 ガシャン、ガシャン、と少々耳障りな音を鳴らしながらオドルーの後ろを歩くのはクリスティーナである。

 

 その容姿はさながら、威厳のある神官長に寄り添ううら若き騎士といったところか。若々しい背丈とは裏腹に、その身に纏う空気は凛とした騎士のそれ。

 彼女――いや、彼はきっと誠実にして潔白な騎士なのだろうと、誰もが羨望の眼差しで見つめてしまうほどに素晴らしい存在感を放っていた。

 

(ふむ……苦労して着込んだ甲斐はあったようですね。誰もこの甲冑の中身が私であることに気が付いていないようです)

 

 先ほども言ったように着心地は最悪の甲冑に全身を包まれているクリスティーナは、不自然なほど道を空けてくれる通行人たちに内面首を傾げつつ、変装の効果が抜群だったことを喜んでいる。

 

 その後も二人は誰かに怪しまれて呼び止められることもなく順当に牢獄にたどり着き、さらにはオドルーの権威によるゴリ押しによって勇者が襲撃された地下へ辿り着くことができた。

 

「――ッ!」

 

 死者の供養という名目で入って来たオドルーと騎士に扮したクリスティーナである。決して長居は許されない身ではあるが――最初に牢獄へと足を踏み入れたクリスティーナは思わず息を呑んでしまった。

 

 兜で覆われていてもなお、鼻腔に絡みついてくる血の香り。

 人外たちが争ったようにしか見えない荒れた室内。

 そして布こそ被せられているものの、哀れに死体となり果ててしまった兵士と――盗賊王ジャリバンと思わしき人物の死体。

 

 当然の事だが、彼の姿はない。あの腰が低くて、いつもへらへらと笑っている癖に肝心な時だけ役に立つあの男の姿はない。

 彼がいたと思わしき牢獄には大量の血痕だけが残されており、当の本人は死体すら残さずどこかへ消えた。

 

「……()()()。あまり時間がありません。手早く観察を終えてください」

 

 啞然と立ちすくんでいたクリスティーナを現実に引き戻したのはオドルーの小声である。事前に決めた父と同じという、どこか因果な偽名で呼ばれた彼女はようやく自分のすべきことを思い出した。

 

「――すいません。直ぐに取り掛かります」

 

 オドルーに付き従う形で祈りを捧げつつ、彼女は斬り殺された兵士たちの死体をさり気なく検分していく。

 

 現場にいる調査員たちが向けて来る嫌悪混じりの視線は努めて無視をする。彼らからすれば神官など現場を荒らしに来た無駄飯くらいにしか見えないのだろう。早く立ち去ってほしいという無言の圧力を感じるが、今回ばかりはそういう訳にもいかないのだ。

 

「聖なる神の導きがあらんことを。あなたの道行きが今世よりも穏やかであることを祈り――」

 

 偉大なる神官長オドルーが血で汚れた床に膝をつき、既に息をしていない兵士の額に手を当て、朗々と祈りを捧げる。

 その間にクリスティーナは彼の後ろで僅かに会釈をしながら布を剥ぎ取られた兵士の死体をつぶさに観察していた。

 

(……背後から頭蓋骨を一撃で射貫かれている。凶器は曲刀。折られた刃の先端に血が付着していることからもそれは明らか。恐らく、逃げようとしたところを背後からの投擲で仕留められた。恐ろしい腕前ですね)

 

 瞬時に死体から情報を読み取ったクリスティーナは、簡略化された祈りを終えたオドルーと共に次の遺体の前に――盗賊王ジャリバンと思われる男の前に移動した。

 

「聖なる神の導きがあらんことを。あなたの道行きが今世よりも穏やかであることを祈り――」

 

 罪人が相手であろうともオドルーの祈りに変わりはない。彼は全ての人間は平等であると考えており、また神も全ての人の子らを愛していると信じているからだ。

 その一方、真摯に祈りを捧げるオドルーの後ろで盗賊王の衣装を身に纏った兵士の死体を観察していたクリスティーナは、奇妙な違和感に襲われていた。

 

(……違う。この人は、()()

 

 喉を突かれて死亡しているこの盗賊王ジャリバンと思わしき男性は、ごく普通の兵士だったという。此処に来るまでの道中で如何に彼が情に厚く素晴らしい人間だったのか、という話を同僚から聞いていたが……その話は正しいのかもしれない。

 

 この男性は、盗賊王ジャリバンではない。

 

 クリスティーナはそう断じた。

 

(彼の死亡原因となったのは明らかに盗賊王の曲刀。自分の武器で自分の喉を突く人間はいない。それに彼がもし盗賊王であったとしても、これだけの戦闘跡があって傷が喉元にしかないのはおかしい。戦いの中で劣勢だったルタが咄嗟に曲刀を奪ってカウンターで繰り出したという可能性も考えられますが、その場合には曲刀が折られて放置されていることに説明がつきません。……ルタが盗賊王は死んだということをアピールしたかった? いや、だったら姿を現さない理由が分からない。だけど、彼の行動には何かしらの意味が――)

 

 クリスティーナの思考は真実を導き出そうとフル稼働するが、どうにも深入りすればするほどに先が見えなくなってくる。

 彼女は兜の内側でそっとため息をついた。

 

(国王暗殺の時と同じ感じですね……情報が錯乱し過ぎていて真意を読み取りづらい。犯人の捜査をかく乱させようという意志を感じる)

 

 盗賊王のフードや曲刀は魔術鑑識に回されるらしいが、大した結果は得られないだろうとクリスティーナは考えていた。ここまで用心深い犯人だ。自分が不利になるような証拠を残しているはずがない。

 

「……クリス」

 

 熟考していた彼女の意識を再び浮上させたのはやはりオドルーの声だった。

 

「そろそろ行きましょう。祈りは済みました。後は冥界で二人が良い旅路を歩むことを願うのみです」

「……承知しました」

 

 声を低くして答えたクリスティーナは半ば睨みつけるようにしてこちらを見て来る調査員たちに軽く会釈をし、堂々と歩くオドルーの後ろについて歩き出した。

 

「何か、分かったことはありましたかな?」

「……残念ながら、複雑な状況が分かっただけでした。折角協力していただいたのに、申し訳ないです」

「いえいえ。まずは着実に一歩ずつ。焦らずとも、あなたなら真実にたどり着くことが出来るでしょう」

 

 穏やかに微笑むオドルー。

 

「……ありがとうございます。あなたが味方で本当に良かったです」

「こちらこそ。あなたがその聡明さを失わずにいてくれてありがたい限りです。私ではとても解決不可能な事件ですからな……」

 

 先程とは打って変わって深刻そうな表情で彼は言った。

 

「本当に、痛ましい限りです。勇者様とクリスを襲った兵士の事といい、もう私には何が起きているのかさっぱり分かりません。とてもではありませんが、人間の所業とは思えませんな。裏で悪魔が手を引いているようです」

「――今、何と?」

「はい? いや、裏で悪魔が手を引いているようだと比喩で言っただけですが……」

「……」

 

 再び高速で回転するクリスティーナの頭脳。

 彼女の脳裏にはこれまでの不可解な出来事が映し出され、バラバラに見えるそれらを繋ぎ合わせようとしていた。

 

 神出鬼没で、内部の情報を知り尽くしているようにしか思えない盗賊王ジャリバン。

 突如、何かに操られているように襲い掛かって来た兵士。

 いち早く情報を察知して襲撃を試み、失敗して喉を自分の剣で貫かれて死んだジャリバン。

 折られた剣。

 

 これらの意味するところは――

 

(傀儡。盗賊王ジャリバンは中身のないただの傀儡であり、裏で操っていた人物がいる。それも、誰かの肉体を操作できる凶悪な能力を持った人物。トリガーは恐らく、あの曲剣。あれに触れると意識を乗っ取られてしまうのかもしれない)

 

 全然そんなことはないのだが、ルタを疑うという発想がない以上、彼女の聡明な頭脳はそのように解釈してしまう。

 だが、彼女は決して思い違いだけをしていたわけではない。

 

(裏から操っていた人物。怪しいのは――いや、ここまで来ると()()()()()()()()()()()()()()()。国王暗殺に関してはともかく、勇者を害して人間が得をすることは何もない。であれば、この国を内側から崩壊させようとしている魔王軍の手先がこの城の中に紛れ込んでいるという推測も決して飛躍し過ぎてはいない筈。可能性があるとすれば、ある程度の地位があって国王が邪魔で勇者も邪魔な人物)

 

「……宰相ゾルディン」

「? クリス、どうかしましたか?」

「いえ。何でもありません。それよりも早く自室に戻りましょう」

 

 当たらずも遠からず。真実に近いようで一番肝心な黒幕オブ黒幕の正体には気が付けていないが、それでもクリスティーナは順調に真実へと距離を縮めていた。

 

 結果的に収穫はそれなりにあったといえる。

次の動きはどうしようかと考えていたクリスティーナは自室前に到着し――

 

「クリスティーナ様!」

 

 そこで、意外な人物と再会した。

 

「あなたは確か……アルマさんでしたね?」

「そうです! 以前、勇者様とお話をさせて頂いていたアルマです!」

 

 お城の元気なミーハーメイド、アルマちゃんである。

 だが今日の彼女はどこか元気がなく、憔悴しているように見えた。

 

 それも仕方がないことだろう。なにせ、彼女が懐いていた勇者に殺人の罪が擦り付けられ、挙句の果てには謎の襲撃を受けて大量の血痕を残したままどこかへ消えてしまったのだから。

 

 彼女が勇者側の立場なのかは分からないが、複雑な心境であることは間違いない。

 兜を脱いだクリスティーナは彼女にしては比較的優しい声音で話しかけた。

 

「私の自室の前にいたようですが……何か私に用事でも?」

「は、はい! あ、あの……私……その……」

「待ってください」

「クリスティーナ様?」

「……ここで話すのはよくありませんね。一先ず私の部屋に入りましょう」

 

 王城内部が安全地帯でないことは既に十分すぎるほど思い知っている。 彼女を半ば強引にオドルーと共に自室へと引き入れ、しっかりと鍵をしたのを確認したクリスティーナは改まって彼女に向き合った。

 

「それで? 私にどのような用事があったのですか?」

 

 突然連れ込まれた聖女の自室や、よくよく見ると騎士の甲冑を身に纏っているクリスティーナに心底驚きつつ、アルマはここにやって来た目的をおずおずと語った。

 

「……実はですね、勇者様からクリスティーナ様宛に言伝を預かっていまして……」

「なんですって⁉」

「ひっ!」

「す、すいません。あまりに驚いてしまって……先を続けてください。出来れば、そこに至った経緯も交えながら」

「は、はい……」

 

 突然大声を上げたクリスティーナに驚くアルマだが、驚きたいのはこちらの方だと騎士の鎧を身に纏ったままのクリスティーナは思う。

 だが、今は重要な情報を握っているアルマを優先すべきだろう。彼女はアルマの言葉を一言一句逃すまいと耳を澄ませた。

 

「あの、いつも通りに森に面している王城の窓を掃除していた時のことなんです。突然窓に石が投げつけられて、びっくりして恐る恐る外を見たら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

「――それで?」

「は、はい。驚いて私が外に出て行くと、彼は木の影に隠れていて……近づいてどうしたのかと尋ねると、『君にクリスティーナへ言伝を頼みたいんだ』と言われました」

「……その情報を他の人物に話したりしましたか?」

「いいえ。その後すぐにクリスティーナ様のお部屋にやって来て待機していましたから」

「素晴らしい判断です。――で、その言伝の内容は?」

 

 ピンと張り詰めた空気が部屋に満ちる中、トレードマークの笑顔を消した真剣な表情でアルマは言った。

 

「『宰相ゾルディンはこの国に害を為す魔王軍の手下、()()()だった。彼に警戒しろ。僕は怪我を治し、機会をうかがって反撃に打って出る』……だそうです」

「な、なんと……⁉」

「……」

 

 驚きの声を上げたのは、空気を読んで今まで黙っていたオドルーである。実質国のトップにいた人間が魔人だったとは……誰が予想できようか。

 だが、その一方でクリスティーナはそこまで驚いていなかった。つい先ほどその結論に至ったばかりだ。アルマの言伝は、彼女の結論を裏付けるものとしてこれ以上ないほどだった。

 

(あなたの命を懸けた言葉、確かに受け取りましたよ。ルタ)

 

 心中でまだ彼が生きていることへの安堵と感謝を吐露しつつ、クリスティーナはアルマに頭を下げた。

 

「――ありがとうございました。アルマ。あなたは勇者から託された仕事を見事に全うし、我々にとって有益な情報を与えてくれました。胸を張って下さい」

「そ、そんな! 頭を上げてください! 私はただ言われたことをやっただけですから……それよりも、本当なんですか? 勇者様のお言葉は」

「残念ながら、本当です」

 

 クリスティーナは端的に言い切った。下手に誤魔化しても仕方がない。 

 彼女はメッセンジャーとして巻き込まれただけだが、ここまで来ては立派な関係者だ。曖昧な嘘をつくよりはきちんと話してこちらの陣営に引き込むべきである。

 

「そう、ですか……」

 

 複雑そうな表情で黙り込んだアルマだったが、直ぐに顔を上げて頷いた。

 

「分かりました。勇者様の言葉を信じます。だから、私に出来ることがあったら協力させてください!」

「……いいのですか? 世間一般では、彼は善良な兵士を殺害した殺人犯ですよ? そして、私はその共犯とされている。協力することのリスクを本当に理解できているのですか?」

「大丈夫です。出来ています」

「……」

 

 素直にその言葉を信用したいところではあるが、クリスティーナはいまいち懐疑的だった。あまりにも事が彼女の望む方向に進んでいることへの危惧だろう。アルマが裏のある人物でないことは十分に分かっているが、それでも自ら進んで死地に飛び込んで来る理由が分からなかった。

 

 そんなクリスティーナの考えが瞳から読み取れたのか。

 アルマは決意を秘めた瞳で語った。

 

「……私、勇者様から頼りにされた時、本当に嬉しかったんです。皆、私が馬鹿で愚図だからたくさん雑用を任せてくれますけど、それでも本当の意味で私を必要としてくれる人はいなかったんです」

「……」

「だから! ボロボロになった勇者様が私を見つけた時、心底ほっとしたような表情で『君がいてくれてよかった』って言ってくれた時、絶対に役に立ちたいと思ったんです! だって、こんなこと二度とないじゃないですか! 私が誰かに頼りにされて、大事な役割を任せてもらえるなんて!」

 

 アルマは――頭が空っぽで、愚図で、ニコニコ笑っているだけが取り柄で、いつも誰かに憧れているだけだった雑用係だった彼女は、真っすぐに聖女を見据えて言った。

 

「私役に立ちます! 絶対に役に立ちます! 何でもします! この国の為に……そして、勇者様の為に頑張ります! だから、協力させてください! お願いしますッ‼」

「……」

「……クリスティーナ様」

 

 何故かアルマと同じような懇願する視線を向けて来るオドルーの視線を切るようにクリスティーナは目を閉じ、それから呆れたように笑った。

 

「やれやれ。こんな風に頼み込まれて断れるわけないじゃないですか。分かりました。あなたには我々の協力者となっていただきましょう」

「本当ですか⁉」

「ただし」

 

 クリスティーナは今にも舞い上がりそうだったアルマに釘を刺すように言葉を挟み、言った。

 

「誰かに頼りにされる機会が二度とないと言いましたね。それは訂正させていただきましょう。()()()()()()()()()()()()。これから先も存分に頼りにしますから、覚悟をしておいてください」

「―――」

 

 その言葉に、どれほどアルマが衝撃を受けたか。

 どれほど喜んだか。

 それは彼女のリアクションが大きく物語っていた。

 

「あ、ありがとうございます! 頑張ります! 私、本当に頑張ります! もう! が、頑張りまくりますから見ていてください!」

 

 特別な自分になりたい。だから、特別な人に憧れてその背中ばかりを追っていた。

 そんなアルマに訪れた突然の転機は、こんな状況にもかかわらず彼女を心の底から笑顔にさせていた。

 

 喜びの余り、クリスティーナの左手を両手で掴んで熱心な握手をしているアルマを心穏やかな心境で見つめていたオドルーではあるが、不意に気になって口を開いた。

 

「ところでアルマ殿、勇者様は他に何か仰っていませんでしたかな? 正直なところ、気を付けろと言う警告だけでは動きにくいところがあるのですが……」

「あっ、言っておられました! それを今からお伝えしようと思っていたんです!」

 

 きっと、一言一句聞き漏らすことなく記憶しているに違いない。

アルマはそう確信させるほどに淀みのない口調で勇者のもう一つの伝言を語った。

 

「『彼からは血の匂いがした。もしかしたら、これまで城下でコソコソと()()をしていた可能性がある。そこから探ってみるのもいいかもしれない』と仰っていました。食事って、どういう意味なんですかね?」

「……あまり、良い意味ではありませんよ」

 

 クリスティーナはシェイクされ過ぎて痛む左手を空中で振りながらも勇者からのメッセージをきちんと読み解いた。

 

(なるほど。まずは椅子の上でふんぞり返っている将を引き摺り下ろすのが先決ですか。ここでいきなり勝負を挑んでも勇者を欠いた私たちでは敗北は必至。まずはあの化けの皮を剥ぎ、その上で全面対決を挑むと)

 

 着実に、一歩ずつ。

 オドルーがいつも言っている言葉である。

 

 クリスティーナは自分の部屋に集まった数少ない味方を見た。

 

 いつも穏やかな笑みを絶やさず――しかし、その確固たる信念でこの国の宗教を守って来た偉大なる神官長オドルー。

 

 お城の元気なミーハーメイドで――特別な自分になることを心の底から望んでいた善良で、記憶力の良いクリスティーナの新しい部下、アルマ。

 

 頼りなく見えるかもしれない。ほとんど負け組に等しいお前達に何が出来ると思われるかもしれない。だが、クリスティーナはこの二人が誇らしくて仕方なかった。

 

 それに――

 

 この部屋には居ないだけで、この王城にはまだまだ彼女たちに協力してくれるであろう善良な人々がいる。その事実が、無性に嬉しい。

 

「聞いてください。二人とも」

 

 視線をこちらに向けたオドルーとアルマに向かい、クリスティーナは神に宣戦布告するように言った。

 

「私たちの敵は、勇者ルタの情報によれば魔将騎だそうですね。魔人の中でも最上位の存在が私たちの国の頂点に立ち、傲慢にも私たちを見下ろしている。……はっきり言って、恐ろしい相手です。これまで誰も彼の事を疑わず、自分が楽を出来るからと彼に国の舵取りを任せてきました。今なら分かります。この国が衰退したのは奴のせいであり、そして同時に私たちの怠慢が原因であったと。でも、だからこそ――」

 

 ふと、クリスティーナの脳裏に全てが崩壊したあの夜の事が過った。

 思えば、父が可笑しくなったのも宰相であるゾルディンが何かを吹き込んだせいかもしれない。

 つまり、彼女の全てが壊されたのは奴のせいかもしれない――

 

(いや、今は関係ない)

 

 クリスティーナは心中にどろりとした黒い感情が生まれたのを感じつつ、それを封殺して続けた。

 

「……だからこそ、私たちは負けてはならないのです。この国は私たちの祖先が築き上げて来た財産であり、これからも続く未来だ。私たちはまだ――滅びを受け入れるつもりはない」

 

 そうですね? と尋ねたクリスティーナに二人は大きく首を振って頷いた。

 

「おっしゃる通りです。……追い詰められた人間たちのしぶとさを魔人に教えてやりましょうぞ」

「私、頑張ります!」

 

 意気揚々と賛同してくれた二人に頷き返し、クリスティーナは確かにこの三人の間で絆が生まれたのを感じた。

 これまで一人で戦ってきた彼女にとってそれは新鮮な感覚であると同時に、これが正しいのだと感覚的にしっくりくる。

 彼女はもとより全体を指揮するタイプの人間であり、孤軍奮闘で状況を打破するタイプではなかったのだ。

 

 適材適所を得た今、クリスティーナ・エヴァートンに死角はない。

 

 そして後は――全てのキーマンである勇者の帰還を待つのみ。

 

「……信じていますよ。ルタ」

 

 他人を信じる。今までのクリスティーナではあり得なかった心境の変化に彼女自身はまだ気が付けていない。それよりも考えることが多いからだろう。

 しかし、彼女の変化をしっかりと読み取っていたオドルーは密かな喜びと共にこの王国にまだ未来があることを悟った。

 

 祈りは無駄ではなかったのだと。

 どれほどの理不尽にさらされようとも、人の心は折れないのだと。

 

 

 彼の脳裏には、一振りの聖なる剣が浮かんでいて――

 

 彼の視線は、騎士の甲冑を脱ぎ忘れたままアルマとこれからのことについて話し合っている一人の少女に向けられていた。

 

 聖騎士が如き威光を無意識のうちに発しているクリスティーナへと。

 




ここらでルートの進行具合を明かしていきたいと思います。

聖騎士クリスティーナルート:70%
闇騎士クリスティーナルート:30%
女王クリスティーナルート:50%

色魔クリスティーナルート:5%

冷血鉄仮面聖女ルート:閉鎖
レジェンドウェポンフルカスタマイズ勇者ルート:永 久 閉 鎖

勇者「はぁ?」


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ピンチな勇者

コメント欄が色魔クリスティーナルートで埋め尽くされていてかなりの恐怖を覚えた作者です。
でもね、そのルートはね、効率が悪いから本チャートではやらないって勇者が決めているんだぁ(無慈悲

番外編で色魔ルートを含め、本編ではやらなかったルートの話をやろうと考えているので、そちらをお楽しみにしていてください!

今は一章を完結させないとネ!(なお、まだアルカディア王国から抜け出せていない模様


 人類諸君、おはよう!

 

 世界を絶対救うマンこと勇者でござーる。

 

 さて、現在の私はこれまでの莫大な経験を活かしてRTAに励んでいるわけでございますが……RTAをやっている以上、そこには必ずと言っていいほど無用なトラブルがつき纏うものです。

 

 いざという時に出ないレアドロップ武器。

 いつもなら上手くいっているのに、今日に限って敵の行動パターンがおかしい。

 前半が上手く行き過ぎたせいで後半にやって来る謎のしわ寄せ。

 そして、見落とした細かいガバによる大幅なタイムロス……等々、待ち受けている困難は列挙に事欠きません。

 

 私はこれでもベテランの勇者である自覚があるのですが、こればかりは時の運というほかありません。

 運だけは個人技能でどうこうできるものではないので、諦めが肝心となるでしょう。ですが、ただ諦めるというのではなく、プレイヤースキルや直感を磨き上げることでこういった理不尽に対処して見せるのが走者というものです。

 

 徹底したリスク管理とリカバリーを果たしてようやく、ベテラン勇者への道が切り開かれるのです。私のようになりたいという人は、是非今言ったことを脳裏に刻みつけて魔王討伐に励んでくださいね!

 

 

 ……さて、どうして突然当たり前のことを言い始めたのかといいますと。

 

『流石は勇者様、と言うべきかな? 残念ながらルインは負けちまったらしいな。いやぁ、ホントに悲しいぜ』

「……魔将騎ゾルディン」

『よぉ。勝った方を労ってやろうとここで待っていたが、予想通りテメェが出てきてくれて嬉しい限りだぜ』

 

 うん。現実逃避ですね。

 

 クリスティーナの思考を逆手に取ったいい感じにカオスな殺人現場を工作出来たことですし、後は雲隠れかまして彼女が聖剣に目覚めるまで城下でイベント回収をしつつ、ゾルディンを殺すための武器を作ろうと画策していた時の事です。

 

 もう完全に油断していましたね。外は暗いですし、見張りも潰したので後は楽勝だぜと森を呑気に歩いていたら、辺りを高度な結界が覆い始めたじゃないですか。これはまずいと逃げ始めた時にはもう遅く、いつの間にか目の前に魔将騎ゾルディンがいました。

 

 いやはや、全く。

 私は世界を救うために身と心を粉にして働いているというのに、神様というのはつくづく私に優しくないですねぇ。

 

 色々と言いたいことは山ほどありますが、まずは――

 

 

 な ん で こ こ に い る の?

 

 

 いや、ホントに。あんた、この時間は執務室で激務に明け暮れているはずでしょう? 聖剣が見つからないせいで無駄に国を維持する必要があって、泣く泣くこの国の経済を回しているはずだったでしょう? なんでこんなところで油売ってんの? なんでここにいるの? 

 

 そんな私の疑問が伝わったのか、奴は懇切丁寧に理由を語ってくれました。

 

『なんでここにいるんだって顔をしているなぁ? いやなに、理由は簡単さ。お前が都合よく聖剣に目覚めてくれれば楽に終わったんだが……お前より()()()()()()()()を見つけたからな。そっちに聖剣探しは任せることにしたんだよ』

「それはまさか……」

『おぉ、察しが良いじゃねぇか。そうさ。お前が考えている通り、あのクリスティーナの嬢ちゃんの事さ。魂の純度も気高さも、如何にも聖剣が好きそうな娘だからなぁ。俺の探し物は彼女に見つけてもらうことにした。だから――』

 

 魔将騎ゾルディンは残忍な笑みを浮かべて言いました。

 

『テメェはやっぱりお払い箱だ。此処で死にな』

「……随分と急じゃないか。僕の事が怖くなったのか?」

『話を聞いてなかったのか? ただ単に邪魔になっただけだ。他の連中に俺の正体を知らされても面倒だからな。……あぁ、だがテメェには一応それなりに感謝しているんだぜ? 一度完璧に心をへし折ったあの聖女を復活させてくれた功績に関しては本当にお手柄だ。お陰でようやく資格者を見つけることが出来たからな。その礼として、苦しませずに殺してやる』

 

 残酷な慈悲を見せると同時、ゾルディンの姿が急激に変わり始めました。

 

 50代の人間としてそれなりに老けていた筈の容姿は急激に若返り、さらに肌が不気味な灰色に染まっていきます。

 金色の瞳は完全に瞳孔が開き、好戦的な笑みを浮かべた口元には鋭利な牙。

 完全に人間としての形態から逸脱した彼の身体には何時の間にか無駄にかっこいい鎧が装着されており、その手元には黒い刀身に紅いラインが入った禍々しい剣が握られていました。

 

 魔王軍の中でも選りすぐりの戦士7名だけが至ることのできる極地、魔将騎が一人。

 第六位に位置する彼の二つ名は、灰狼ゾルディン。

 

 相手に噛みついたら最後、その命が絶えるまで絶対にその牙を離さない凶悪で、残忍な性格と戦闘スタイルからそう名付けられたそうです。

 

 絶対にこんな序盤で――それも特別な武器がない状態で出会っていい敵ではありません。

 普通に詰みですね。どうしようもありません。はい。

 

 どうしてこうなったのかって? ……どう考えても私の調整ミスですねぇ、これは。

 

 

 あはははは

 あはははは

 あはははは

 

 ああああああああ! クリスティーナの好感度上げ過ぎた! 彼女が無駄にゾルディンに噛みついたせいで眼をつけられる羽目になってんじゃん! 何が原因だ⁉ 三日間、ひたすら彼女にポジティブな言葉を浴びせ続けてたのが間違いだったのか⁉ いや、今まではそれでも上手くいっていた。ということはもしかして、あの武器庫でのイベントが原因? ……フフフ、そうか。そういうことですか。おのれゾルディン! テメェが雑な仕事してくれたせいで色々と狂ってんじゃねぇか⁉ お陰でゾルディンがこっちに来る羽目になったんだぞゴラァ! どう責任取ってくれんだゾルディン! ていうか俺、さっきからゾルディンしか言ってない! クソォ、人が積み上げてきた物をこんなにも簡単にぶち壊しやがって!

 

 キレました。

 流石に温厚な私でもキレちゃいましたよこれは。

 

「……なるほど。そういうことか。ならば、こちらも黙って殺されるわけにはいかないな」

『おいおい、止めておけ。無駄に痛い目を見るだけだぜ?』

「それは――やってみなければ分からない」

 

 よぉし、決めた。今決めた。もう決めた。ゾルディンはここで倒します。ここでけちょんけちょんにしてやります。武器もステータスも知ったことか! テメェはここで死ね! 魔将騎ゾルディン!

 

 これが私の、リカバリーだッ‼

 

 

 

 

 

 

【次回予告】

 

 やめて! 勇者のステータスはマジ雑魚で、このままじゃあ普通に負けて王国ごと滅ぼされちゃう!

 勇者が死んだら聖騎士として覚醒しかけているクリスティーナや聖人おじさんはどうなっちゃうの? ライフはまだ残ってる。だから頑張って勇者! もう瀕死だけど、ここで勝てば終盤まで使える大火力が手に入る上に、最終決戦前で地獄を見ることもなくなるんだから!

 

 次回、「勇者死す」

 

 デュエルスタンバイ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――うん。無理。

 

 いやぁ、これはホントに無理でしょ(真顔)。

 

 コイツ、マジで強すぎます。私のステータスが最終決戦仕様になれば片手で捻れるレベルなのですが、残念ながら今の雑魚ステータスでは攻撃を避けるので精一杯。

 一応、牢獄を出る時に室内にあった剣を一本拝借してきたのですが、こんな鈍らではコイツの鎧はおろか皮膚に傷を入れることすらできません。

 私の技量をフル活用すれば致命傷を与えられないこともないのですが、その場合は剣が耐え切れず壊れてしまうので、使いどころに困るんですよねぇ……。

 ホント、マジで聖剣が欲しいです。別に能力発動できなくてもいいので壊れない剣として運用したい。

 

『ハハハッ! 随分と粘るじゃねぇか! しつこい男は嫌われるぜ!』

「別に、あなたに嫌われたところで困ることなど何もない」

『なるほどォ! そいつは正論だァァァァァァァ!』

 

 攻撃のパターンは全て知っているので躱せないわけではないのですが……それでもやはり肉体レベルが仇となって時々被弾してしまいます。

 まずいですね。このままでは普通に殺されて終わってしま――

 

『隙ありィィィィィ!』

「痛ッ“!」

 

 痛ッてぇぇぇぇぇ! 

 

 しまった! 思考にリソースを回し過ぎたせいで回避がおろそかになってしまいました。右肩を切り裂かれて無茶苦茶痛いです。

 

『オラオラ、どうしたァ! 今まで上手いこと避けてたのによォ、もうお仕舞いかァ?』

「――ッ、うるさい」

 

 あぁ、もう! ステータスで圧倒的に負けている雑魚をチート装備でイジメているくせにイキるんじゃありませんよこの馬鹿!

 

 私はねぇ、本当はあなたのような宝の持ち腐れに負けるほど弱くはないのですよ!

 

 えっ? 信じられないって? ……しょうがないですねぇ。

 

 そろそろ敵の攻撃を躱し始めて時間がそれなりに経過しましたし、これを発動しても怪しまれないでしょう。

 

 では行きます。魂に刻まれた不滅の武術、発動。

 

 

 【流適最応Vol.1(システム・ワン)

 

 

 ガチンッ、と頭のギアが切り替わった感覚。

 思考は明瞭に澄み渡り、全身が一気に軽くなります。

 

 私の身体は何も知らずに突撃してきてチート級の魔剣を振り回すゾルディンの攻撃を、無意識のうちに難なく躱していました。

 

『なにッ――⁉』

 

 フフフ、驚いていますね。

 

 これは幾多の戦いの中で獲得した敵の技を全て躱し、或いは受け流す技能です。培った膨大な経験と心眼がこの身体捌きを可能としています。

 最高ステータス時には、四方八方から迫る魔王とその愉快な仲間たちの攻撃を三日間避け続けたという実績を持っているくらいですから、並大抵の攻撃は食らいませんよ。

 

 後は適度に煽りながら攻撃を避け続けてこの場を離脱したら万事解決――と言いたいところですが、そうは問屋が卸さないんですよねぇ……。

 

『ええい! ちょこまかっと鬱陶しい野郎だ! こんな奴相手に使うのは業腹だが……仕方ねぇ。起きろ! ()()()()()!』

 

 あぁ、やっぱり発動させましたか。魔剣ゾラム。

 

 ゾルディンという名前と言い、どんだけ「ゾ」が好きなんだと突っ込みたくなること必須ですが、侮ることなかれ。

 

 この魔剣、マジで強いです。

 

 剣の銘を叫ぶと同時に自分の掌を自ら切り裂き、刀身に血を吸わせるゾルディン。すると、今までただの紅い紋様に過ぎなかったラインが脈を打ち、魔剣の禍々しいオーラが増大しました。

 

 ……あっ、これヤバいやつだ……

 

『そらァ! ここで微塵切りになって死にな、勇者様よォォォォォォッツ!』

「ま、待て――」

『待つわけねぇだろう馬鹿がッ!』

 

 久々の戦闘による興奮でハイになっているゾルディンが血の付着した魔剣を本来なら刃が届かない中距離で振るいます。虚空を轟音と共に切り裂く黒い刀身。そして――本来なら届かないはずの刃が()()()()となってこちらへ飛翔してきました。

 

「このッ――!」

 

 あぁ、もう! 雑魚に向かってそんな技を使うんじゃありませんよ! 

 

 怒り心頭の私ですが、迫りくる刃たちはどれもが触れただけで身体の一部が持っていかれるヤバい威力です。真面目に避けないと、本気で詰みます。

 加えて言うと、ゾルディンはこうしている今もこちらの刃が届かない中距離でブンブンと馬鹿みたいに魔剣を振り回して斬撃を飛ばしています。

 その数、およそ10。これを全て避けないと行動不能に陥って私は死にます。

 

 絶望的な状況ですが……ここまで来て再走なんて馬鹿なことは出来ません。全て躱し、油断しているアイツに致命傷を与えてやりますよ!

 

 はい、この斬撃は屈んで回避。次の2つは上に飛んで空中で身体をねじりながら回避。次は右でしょ。で、その次は左で、上、下、捻じり、下、――あっ、これは無理。

 

 どうやら自分の身体のスペックを過信し過ぎていたようです。このままでは間に合わないので思わず持っていた剣で受けましたが、案の定その刀身はへし折れてしまいました。幸いにも剣に守られたお陰で斬撃の威力は弱まって軽傷で済みましたが……これ、マジで終わった奴では?

 

『……魔剣ゾラムの斬撃を前にして生き残るとはな。中々やるじゃねぇか』

 

 感心した様にゾルディンが呟いていますが、こっちはそれどころではありません。

 一応、まだ戦う意志はあるアピールとして折れた剣を逆手のナイフ持ちにして構えていますが、全身を浅く切り刻まれている上に疲労が限界でもうこれ以上戦える気がしません。

 

 降参したいのは山々なんですが、相手は中距離の攻撃手段を持っているので背中を見せた瞬間に詰みますし、かと言って接近戦では火力的な意味で勝ち目がありません。

 クソォ、いいなぁ、あの魔剣。

 早く手に入れたいな――

 

「魔剣ゾラム」

『へへへ、いいだろこれぇ。俺が魔王さまから授かった唯一無二の武器さ! テメェにもう少しマシな武器があればもう少し楽しめたかもしれねぇが、運がなかったな。ここで魔剣の栄養分となりな。雑魚勇者』

「……」

 

 見せびらかすように魔剣を振り回すゾルディン。

 

 

 ……ふむ。ちょっとどうでもいい話かもしれないですが、聞いてもらえますか?

 

 実はそこでイキっているゾルディンとかいう噛ませ犬さんですが、どや顔晒しているくせして魔剣の使い方を間違えているんですよね。

 確かに使用者の血を魔力に変換して撃ち出すあの攻撃手段は便利ですが、その程度があの魔剣の真価と勘違いされては困ります。

 

 いいですか?

 

 あの魔剣の真価は、使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのです。

 

 以前検証してみたのですが、辿り着いた魔王に向かってもう勝ち目がないからと躍起になって寿命の殆どを捧げてから繰り出した私の斬撃が、一撃で奴の体力を五分の一ほど減らしたと言えばその異常なまでの強さがお分かりいただけるでしょう。

 もちろん生命力捧げ過ぎて瀕死だったのでそのルートはあっさりと止めを刺されて終わりましたが、それ以来私の脳裏にはあのふざけた火力がこびりついており、ゾルディンと出会った際には確実に彼からこの剣を奪うことにしています。

 

 命を削れば削るほど強くなる魔剣。

 

 某ダークソウルなゲーム的に言えば、赤い涙石の指輪が一番近い効果かもしれませんね。というか、そのものです。

 

 異なる点があるとすれば、剣が強くなる「瀕死」状態になるために自分から敵の攻撃を受けて血まみれになる必要はなく、ただ単にこの剣に生命力を吸わせるだけでも発動するという点だけです。

 

――つまり、この魔剣は使用者が傷を負うごとに威力を増す聖剣よりも健気な剣で、特に瀕死状態で繰り出される一撃は火力馬鹿の超性能。

 別に傷を負わなくても剣に自分の生命力を捧げるだけで瀕死状態とまではいかなくともそれなりの火力が出せてしまうという怪物武器、なのです。

 

 こんなにも優れた武器であるにもかかわらず、目の前でイキっている魔将騎さんとやらは、ただ血を捧げて斬撃飛ばせるだけの剣だと思い込んでいるようですねぇ……。

 

 

 うーん、舐めてんの?

 

 

 その武器はね、本当の意味で死ぬ気になれば自分の格上を抹殺できる最強武器の一角なんだよ? そんな武器をどうしてお前がさも自分の物のように所持して使ってるの? どうして恥ずかしげもなく月牙○衝してんの? そんな使い方するぐらいだったら俺に譲れや。俺に譲って。……ていうかゾルディン君はさぁ、いつまで経ってもその剣の真価に気が付けないから永遠にドべから2番目の第六位に甘んじることになるんだよ。君が自分の武器をもっと上手く使いこなせばさぁ、第三位までは簡単に屠れるんだぜ? 第二位と第一位はちょっと強さが阿呆だから無理だけど、本当だったら君はこんな辺境の地で燻ってる必要ないんだぜ? なんかさっきからアドバイスみたいな感じになってるけどさ、使いこなせないんだったらマジで俺にちょうだ――

 

 

 自主規制なり

 

 

 ……すいません。優秀な武器の性能に気が付けない無能に思わず腹が立って愚痴をこぼしてしまいました。

 

 こうしている間にも私の身に死が近づいているので、何とかして此処を切り抜けるために現実を見ましょうか。

 

 私の武装はへし折れてしまった剣が一本と、これまで積み上げて来た膨大な知識と卓越したスキルのみ。

 対する魔将騎ゾルディン側は、私が欲しくてたまらないチート魔剣に、カッチカチの強度を誇る鎧と皮膚。それから人間に戻った時に使える国家権力。

 

 うーん、勝ち目なさすぎワロタ。

 そもそもここでエンカウントすること自体が想定外なのでどうしようもないことではあるのですが……まぁ、文句ばかり言っていても意味がありません。

 

 私はベテラン勇者。この程度の危機など幾らでも乗り越えてきたのです。

 

 幸いにも魔剣について考えていたお陰で良い作戦を思いついたので、それを実施するとしますか。

 

「……確かに凄まじい性能の魔剣だね。加えて、使用者の技量が見事というほかない。流石は魔将騎と言うべきかな」

『なんだ? 褒めたって見逃してやる気はねぇぞ』

「素直に褒めただけさ。流石は灰狼。魔将騎序列()()()の実力者なだけはある」

『――――』

 

 その言葉を発した瞬間のゾルディンの変化は如実でした。

 これまで口元に張り付けていた薄ら笑いが消え去り、憤怒に燃える瞳がこちらを睨みつけてきます。

 

『……おい、テメェ。今の俺の立場を知っていてその戯言を吐くのか?』

「戯言? ……おかしいな。王城の図書館で調べたところ、その容姿と力を持つのは序列第三位の灰狼だと思っていたんだが、違ったのか? それともまさか――」

 

 私は心の底から疑問に思っているような表情を浮かべて言いました。

 

「お前、第三位から六位まで転落したのか?

『――殺す』

 

 疑問に対する答えは、ゾルディン自身の態度が示していました。

完全に顔から表情が削げ落ちた彼は、純粋な殺意だけで空気を振動させながら魔剣を構えています。

 

 そう。実は彼、第三位から六位まで転落した敗北者なんですよね。

 

 ……大事なことなのでもう一回言いますね。

 

 実は彼、第三位から六位まで転落した敗北者なんですよね。

 

 くふふ、ねぇ、今どんな気持ち? 自分が見下していた新人に抜かされ、挙句の果てに六位まで突き落とされたのはどんな気持ち? し か も 人間界ではまだ第三位だと思われているんですよゾルディンさん。恥ずかしくないんですか? 私だったら恥ずかしすぎて自殺しているでしょうねぇ……。

 

『もうテメェは生かしておけねぇ。俺の逆鱗に触れたんだ。ここで死体も残さず塵となれ』

 

 ゾルディンは魔剣を構え、先程よりも大量の血を刀身に吸わせ始めました。魔剣がドクンッと波打ち、使用者の血と魔力を喜んでいるように見えます。さらに彼は蓄積された魔力を解放するように魔剣を頭上へと掲げ、天に届かんばかりに膨れ上がった紅い魔力の刀身を見せつけてきました。

 

「こ、これは……」

 

 見るからに一撃必殺の魔力量ですが……だからこそ私にとって都合がいい。

 

 こちらが恐れているのは武器の破損と相手の中距離攻撃、そして手数です。この際、武器が壊れてしまうのは致し方ありません。ですが、敵が中距離から放ってくる手数だけはどうしても減らしたい。

 

 だから――

 

 相手がこちらを一撃で仕留めるための大技を、逆に利用してやりましょう。

 

『オラァ! 骨も残さず塵になりなァ! 吼えろ、魔剣ゾラム!』

 

 ゾルディンが頭上に掲げた魔剣を振り下ろし、全力の一撃を放ちます。先程の雑な斬撃飛ばしなど比較にならない程の質量。

 この森を丸ごと切り裂かんとするその巨大な刀身は、碌な装備のない私を容易く一刀両断して余りあるでしょう。

 

 まぁ、私が普通の勇者であればの話ですが。

 

「発動――」

 

 ではお見せいたしましょう。我が魂に刻まれた不滅の武技。

 私が持ちうる最強の攻撃手段。

 

 折れた刀身に魔力を通し、私は迫りくる巨大な斬撃に向かってそれを振りました。

 

 

 

 

 

原理処断(オリジンブレード)

 

 それは、一つを極めた者だけが至れる武の極致。

 全てを見切る心眼と研ぎ澄まされた異常なまでの集中力が織り成せる奇跡の御業。

 そこに在る物の原理を紐解き、そして斬る狂気の剣技。

 

 万物には綻びがあると言ったのはどこの魔眼使いだったか。

 

 勇者を名乗るこの男は、気が狂いそうなほどに長い回数を重ねることによってこの世界の弱点が全て見えるようになったのだ。

 ともすれば、直死の魔眼並みに厄介な力。

 

『ば、馬鹿な――』

 

 驚愕に満ちた声を吐き出したのはゾルディンだ。彼の目の前には魔剣による大破壊の爪痕が広がっていた。

 自然豊かな森にメスを入れたような残忍極まりない一撃。

 本来であればこの斬撃が通った後に生き残っている生命などない筈だった。

 

「痛てて……ギリギリだったな。流石に武器がこれじゃあ、全部を防ぐのは無理か」

 

 ならば、あそこで平然と突っ立っている勇者は一体何者なのか。

 無傷ではない。全身に傷が刻まれているがしかし――あれは、その程度で済む一撃ではなかった。

 

 何故だ? 何をやった? どうやって生き残った? 狙いが甘かったのか?

 

 あまりの衝撃に身動きが取れないゾルディンの目の前で勇者は先程まで握っていた剣の柄を放り投げた。

 刀身が跡かたもなく砕け散ったそれは既に剣の形をしているとは言い難く、ここで捨てるのも無理はない――

 

(まさか⁉)

 

 ここでゾルディンは恐ろしいことに気が付いてしまった。

 

(あの折れた刀身で魔剣の一撃を防いだというのか⁉)

 

 果たしてそんなことが人間に可能なのか。まず、魔人である己ですら不可能であると認めざるを得ない技術だ。

 迫りくる巨大な刀身のうち、自分を殺しうる範囲の攻撃だけを着実に防ぎきる――それも、折れた剣で。

 そんな不可能を、目の前の勇者は事もなげにやってのけた。

 

 もしも勇者の装備が万全だった場合、負けていたのは自分かもしれない。――いや、負けていたかもしれないではない。ほぼ確実に負けていた。そしてさらに言うのであれば、まだ勝負はついていないのだ。

 

『クソッタレ……!』

 

 慌てて魔剣を構え直すゾルディンだが、勇者にとってはそのわずかな隙で十分だった。彼の目的はここで彼を倒すことではなく、この場を切り抜けることなのだから。

 

「流石に逃げさせてもらうよ。次会った時に決着をつけようか」

『ま、待てッ――!』

 

 慌てて呼びかけるが、勇者がそれに応えるはずもない。

 彼の背中は、動揺していたゾルディンの目の前で消えた。

 そして、いつの間にやらゾルディンの張った防音と姿隠しの結界をすり抜け、物理的にも魔術的にも追えないところまで逃げられていた。

 

 結界すらすり抜けて見せる謎の技術。それが「夜影音脚(シャドウアーツ)」と呼ばれる隠密の術であることはゾルディンの知るところではない。ついでに言うと、闇の使者だと疑わずに信じていたルインが同じ技を使っていたことも知らないし、なんなら勇者とルインが同一人物であり、彼の一人芝居に付き合わされていたことも知らない。

 

 結局、魔将騎ゾルディンは魔剣の性能もこの世界の裏で起きていることも知らず、ただ間抜け面を晒すことしか出来なかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いやー、余裕でしたね(震え声)

 

 魔剣はともかく、使い手であるゾルディンが雑魚なお陰で何とか逃げ切ることが出来ましたが……全身傷だらけです。

 

 これはマジで困りました。この後は急いで城下に行ってゾルディンを倒すためのイベントを回収しなければならないというのに、全く動ける気がしません。

 

 ゾルディンは彼が魔人であるという証明が出来てないまま殺すと国民たちの納得を得られず、結果的にアルカディアの支援が低下して効率が悪くなってしまいます。

 よって、証拠探しはサボってはいけないパートなのですが……。

 

「参ったなぁ……」

 

 今王城に戻ってもゾルディンが待ち構えているでしょうし、かと言ってこの傷を放置しておくのはまずいです。

 あーあ、都合よく助けてくれる知り合いが目の前に現れないかなぁ……なんて、夜が明けてから走者にあるまじき運頼みで王城周りをくるくると回っていますが、誰も見当たりません。

 

 ここから見えるものと言えば、無駄に豪奢な王城の造りと、窓掃除をさせられている哀れなメイドさんだけで――

 

「うん? あれってもしかして……」

 

 いやいやいやいや。それはないでしょう。幾らなんでもそれはないって。確かに過去の経験から彼女がよく人通りの少ない場所の掃除ばかり押し付けられていたのは知っていましたが、それでもこんなに運が巡ってくることなんてあります? いやいや、ないでしょ。

 

 あの女の子がアルマちゃんなんていう都合の良いことがあるわけ……ありましたねぇ!

 

「き、きてる! リカバリーきてるわこれ! 世界が俺に味方してるぅぅぅぅぅぅ!」

 

 急いでそこら辺に落ちている石を拾い、彼女が掃除している窓に向かって投げます。こちらに気が付いた彼女が驚いた顔で近づいて来てくれました。

 

「あぁ……アルマちゃん。君がいてくれてよかった」

 

 ホントに、マジで。

 アルマちゃん天使過ぎますわ。

 

「ゆ、勇者様! そのお怪我はいったい……」

「ごめんね。ちょっと時間がなくてさ、説明している余地はないんだ。ただ、どうしても君に頼みたいことがある」

「な、なんですか?」

 

 ちょっと怯えているアルマちゃんに私は言いました。

 

「君にクリスティーナへ言伝を頼みたいんだ」

 

 本来なら私がゾルディンの本性を暴いて強引に最終決戦まで持っていく予定だったのですが……この傷ではやむを得ません。クリスティーナ嬢に押し付けることにしましょう。

 彼女であれば容易くこちらの意図を読み取って行動してくれるはず。

 

 というわけで、かくかくしかじかをアルマちゃんに説明します。

 

「な、なるほど……詳しい事情は分かりませんが、クリスティーナ様への言伝は確かにお預かりしました」

「ありがとう。本当に助かるよ、アルマちゃん」

「いえいえ。私に出来ることであれば何でもおっしゃってください。……それよりも、勇者様のお傷は本当に大丈夫なんですか? 早く医務室に行った方が……」

「お気遣いはありがたいけど、残念ながらそれは出来ないんだ」

「どうしてですか?」

「ちょっと事情があってね。今、医務室は頼れない」

「そんな……」

 

 アルマちゃんの心配はありがたいですが、今王城に忍び込むのはマジの自殺行為なので止めておきます。

 

「大丈夫さ。一応、回復してくれる人の宛はあるからね。それに、俺はこの程度の傷でくたばるほどやわじゃないよ。アルマちゃんはその言伝をクリスティーナのところまで届けることだけに集中してくれ」

「勇者様……」

「頼む! 君だけが頼りなんだ!」

「ッ! わ、分かりました! 私、頑張ります!」

 

 そんなに張り切ることでもないと思うのだが、妙にやる気になったアルマちゃんは素晴らしい回れ右をして王城に戻る――かと思いきや、急に反転してこちらに戻って来ました。どした?

 

「あ、あの……この薬草、掃除していてあかぎれになった時によく使っている物なんです。勇者様レベルの怪我になるとあんまり意味ないかもしれないですけど……どうぞ使ってみてください」

 

 アルマちゃんがメイド服のポッケから取り出したのは、小さな蓋つきの壺でした。中身は今言ったように傷薬らしいですね。蓋を開けた瞬間、結構強めの香りが漂ってきました。

 非常にありがたいのですが、彼女はこれから先の人生もずっと雑用係なのであなたが持っておいた方がいいのでは? ……いや、ここは下手に断らない方がいいとみました。

 

「ありがとう。大事に使わせてもらうよ」

「はい! 早くお怪我を治して、またお話をしましょう!」

 

 アルマちゃんは元気に手を振ってから王城へと戻っていきました。

 

 よし、ではこちらも怪我を治すために動くとしますか。医務室が使えない以上、この国で身体を回復させるために最適な場所はもちろん神殿です。

 そこにいるオドルーに頼み込めばあっさりと治してくれるでしょうし、なんならこっちの味方に引き込むことも出来ます。

 

 そろそろ出血多量でくらくらしてきたので急いで向かいましょう。

 

 いざ神殿へ! 助けてオドルモン~!

 

 

 

 

 なお、神殿で三時間待ってもオドルーは帰ってこなかった模様。

 

 ……Why?

 

 

 なので、ありがたくアルマちゃんの薬草を使わせてもらいました。

 うーん、よく効きますね。

 

 ですが、これだけでは傷を治せないのも事実。

 仕方がないので王城の医務室に夜中忍び込み、使える薬を盗んできました。

 

 やれやれ。序盤は結構良い感じだったのに、ここにきて急にグダグダになって来ましたね……。

 まぁ、RTAとは総じてこういうものでしょう。今回は運がなかったと切り替えて、次のパートで挽回してみせます!

 

 次回に乞うご期待!

 

 それじゃあ、サラダバー!




後書きで申し訳ないのですが、ダストン様より推薦を頂きました。
ありがとうございます! 非常に嬉しいです!

またそれに加え、いつも誤字報告をして下さる皆さま、本当にありがとうございます。

皆さまの応援。これを励みに完走まで頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願いします!


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お城の元気なメイドさん

お久しぶりです。先週は本当に忙しかったので投稿できませんでした。すいません......。

代わりに今週と来週はそこそこ余裕があるので、第一章完結を目指して書き進めていきたいと思います!

と、止まるんじゃねぇぞ......(強烈な自己暗示)




 クリスティーナがオドルーたちとチームを組み、宰相ゾルディンの化けの皮を剥がそうと動き出して早くも三日が経過した。

 この期間に勇者が姿を見せることはなく、また調査も順調に進んでいるとは言い難いのが現状であった。

 

 上手くいっていない主な理由は、深刻な人員不足である。

 

 オドルーの部下である神官たちを派遣することは可能であるものの、強かなゾルディンのことだ。神官の内部にもスパイを仕込んでいるかもしれない。

 よって、オドルーの信頼する限られた部下にしか手伝ってもらうことは出来ず、調査の範囲を広げることが難しくなっていた。

 

「まずいですね……」

 

 焦燥に駆られたクリスティーナは、山のように書類が積まれた自室でポツリと呟いた。

 

 彼女が行っている作業は、ゾルディンが関わった政策や外交に関する資料の見直しである。謹慎を命じられている以上、派手に城下をうろつくことも出来ないので自室で出来る作業に没頭していたのだ。

 だが、目を皿のようにして資料を見直しても彼が魔人であるという決定的な証拠がそこに残っているはずもなく、クリスティーナは寝不足の瞼を擦りながら凝った肩を一人で揉んでいた。

 

「少し休まれた方がいいんじゃないですか?」

 

 そう言って淹れたてのお茶を差し出したのはアルマである。心配そうな表情を浮かべている彼女だが、目の下には隈があり、彼女も十分な休息が取れているとは言い難いようだった。

 

「……そうですね。少し休みますか」

「是非そうしてください! こちらにお茶を置いておきますね。クッキーも召し上がられますか?」

「是非」

「分かりました。それじゃあ、直ぐに食堂から拝借してきますね~」

「あぁ、待ちなさいアルマ。ティーカップは二つ用意してください。クッキーも多めでお願いします」

「? どうしてですか?」

 

 首を傾げる働き者の侍女に向かってクリスティーナは言った。

 

「休まなければならないのは私だけではないでしょう。どうです? 偶には一緒にティータイムを楽しむというのは」

 

 自分が積極的に休まなければこのメイドも休みにくいだろうと考えたクリスティーナの提案に対し、アルマは嬉しそうに微笑んで頷いた。

 

「はい! ご一緒させていただきます!」

 

 彼女は直ぐに予備のカップをキッチンから持参し、驚くほどの素早さで食堂から大量のクッキーを仕入れて来た。

 そしてクリスティーナが腰掛けた向かいのソファーに座って甲斐甲斐しく奉仕を始めた。

 

 そのテキパキとした動作は間違いなく訓練された侍女のものであり、彼女がそれなりに優秀であることを証明している。

 注がれた紅茶の香りを鼻で味わったクリスティーナは惜しみのない称賛を送った。

 

「流石はアルカディア王城の侍女ですね。よく訓練されています。この紅茶も素晴らしい香りですよ」

「いやぁ~、侍女長のミラリス様にはまだまだだと言われていますよ。こんなのじゃあ、王族の方のお世話係にはなれないと。このままじゃあ、一生下っ端ですよ」

「なっているじゃないですか」

「はい?」

 

 何故そこで首を傾げるのか。

 クリスティーナは呆れたような表情で補足した。

 

「王族の世話係にですよ。……忘れているかもしれませんが、一応私は第三王女なんですよ?」

「えっ……あ! そうでした! クリスティーナ様のイメージが強すぎて忘れていました! そうですね! 王女様でした!」

「私のイメージとは一体……」

「凄い! 私、王族の方にお茶を入れている! 後で皆に自慢しよーっと!」

「それは止めなさい」

 

 騒がしいアルマに対し、冷静で落ち着いたクリスティーナ。

 

 性格は殆ど真逆と言っていい二人だが、年が近いこともあって意外にも話の種は尽きず、ティータイムは思いもよらないほど長引くことになった。

 

 話の内容は主にアルマが仕入れて来た様々なゴシップネタに対し、王城の内部をそれなりに知り尽くしているクリスティーナが答えるというもの。

 

 アルマは兼ねてより気になっていた噂の真実を知ることが出来てご満悦であり、クリスティーナもまた面白みがないと思い込んでいた自分の話を喜んでくれる人がいることに嬉しさを感じていた。

 

 しかし、用意されたお茶と話題が減るにつれ、徐々に会話の流れはある一人の男に移り始めた。

 

「……勇者様、ご無事なんでしょうか?」

 

 不安そうな表情でアルマが呟く。

 何杯目かも分からない紅茶を口に運んだクリスティーナは、冷静に自分の心をコントロールしながら返答した。

 

「……恐らく無事でしょう。私は彼に助けられた時、勇者と呼ぶに相応しい戦闘能力を目にしました。私たちの前に姿を見せないのは気になりますが……それでも私は彼が無事だと信じています」

「クリスティーナ様……」

「だから、今の私たちに出来ることはルタの言葉によって明らかになった王国の癌を取り除くことだけです。今はただ、彼を信じて働くことにしましょう」

 

 力強い輝きを放つクリスティーナの青い瞳。

 その輝きに魅入られたアルマは無意識のうちに呟いた。

 

「強いんですね。クリスティーナ様は」

「はい?」

 

 ティータイムを終わらせようとしていたクリスティーナは面食らったような表情でアルマを見た。急に何を言い出すのだこの娘は、と。

 アルマはクリスティーナの様子には気付かず話を続ける。

 

「私なんて血だらけの勇者様を前にただびっくりすることしか出来なくて……宰相様が魔人だと知らされた今も大した実感がないままにお手伝いをさせてもらっています」

「……」

「でもクリスティーナ様は違います。きちんと現実を見て、それでも心折れることなく前を向いておられる。本当に、お強い方だと思います」

「そんな、ことは……」

「ありますよ! 私、人を見る眼だけは確かなので間違いないです!」

 

 キラキラと、憧れの人物を見るかのような視線。

 正直、クリスティーナはその視線が苦手だった。なんだかむずがゆくて、落ち着かない。これならまだゾルディンに向けていた蔑みの視線の方がマシだと思うほどに。

 

 それに、アルマは大きな勘違いをしていた。

 

 クリスティーナは決して強くなどない。そして現実を見てもいなかった。

 ただやるべきことを頭の中に並べて考えないようにしているだけなのだ。

 

(そうだ。私は、一体何をしているんだ……?)

 

 ふと、眠る前に頭が空っぽになると浮かんでくる疑問がある。

 

 最初は父を殺した犯人を見つけるだけの筈だった。

それがいつしか勇者の救出に変わり――かと思えば、国の内側に魔人が潜んでいたことを知り、遂にはこの王国を救うために宰相の正体を暴こうと必死に調査を進めている。

 紆余曲折もいいところである。

 本来の目的を彼方に追いやってしまい、もはや彼女自身も何のためにこんなことをしているのか分からなくなってきていた。

 

 今の彼女は、自分を救ってくれた勇者への恩返しと、胸を焦がす謎の焦燥感に駆られているだけで――

 

 コンコンッ、コン

 

 そんなことを考えていたその時、不意にクリスティーナの自室をノックする音があった。

 決めていた合図によるノック。彼女の同士である印である。クリスティーナは即座に頭を切り替えた。

 

「どうぞ」

「失礼いたします。至急、お伝えしたいことがございまして」

 

 許可を得て入室してきたのはオドルーの部下である神官であった。生真面目そうな顔立ちが特徴的な彼の名はオリバー。まだ年若いが、確たる意志と揺るがぬ信仰心を持った青年である。

 

「どうしました?」

「いい知らせと悪い知らせがございます」

「いい知らせからお願いします」

 

 即座に返答を返したクリスティーナに頷き、オリバーは言った。

 

「数日間の張り込みの結果、遂に宰相ゾルディンの怪しげな足取りを見つけました」

 

 神妙そうな表情で放ったオリバーの言葉は衝撃的だった。これまで何の進展も見せていなかった調査にいきなり光明が差したのだ。

 驚きに目を見開くアルマとは対照的に落ち着いた態度を維持したままのクリスティーナが尋ねた。

 

「やはり、あそこでしたか?」

「はい。クリスティーナ様のご考察どおりでした」

「ど、どこですか⁉ 一体どこの話をされているのですか⁉」

 

 興奮気味に尋ねてくるアルマに怪訝な視線を向けたオリバーだったが、クリスティーナが頷いたことで渋々話し出した。

 

「……城下第四地区の南通りです。えぇ、その通り。アルカディアの掃き溜めと言われているあの地域です。宰相殿が実は好色であり、娼館に足繫く通っているのは周知の事実でしたが試しに私の部下が調査をしてみたところ、少々怪しげな噂が幾つか舞い込んでまいりまして……」

「好色で知られていれば、それを理由に城下に下ったところで何も疑うところはない。木を隠すなら森の中、というわけですか」

 

 クリスティーナの言葉に頷き、オリバーは続ける。

 

「はい。何でも、宰相殿が訪れた際に使い物にならなくなってしまった娘が数人いるという噂があり、また場合によっては失踪してしまったケースもあるとのことです」

「……予想以上に深刻ですね。一体何人の女性が餌食になったことやら……」

 

 悔しそうに呟くクリスティーナ。二人の会話を聞いていたアルマも大よその事情は把握できた。

 

「悔やんでも悔やみきれませんな。……しかし、ここで悪い知らせがあります」

「なんです?」

「神官はこれ以上の調査に踏み込むことは出来ません。我らの信じる神は意味のない姦通を禁じておられます。性に溺れ、怠惰を極めた人間の集う薄汚れた娼館に近寄るなど、とてもではありませんが我々の許容できるところではありません」

「――それは言い過ぎでは? 全ての仕事には意味があります。あなたは意味もなく人を見下している」

「……」

 

 思わず苛立った声で異議を唱えるクリスティーナだが、オリバーの表情に変化はない。

 厳格なる神官をこれ以上説得するのは不可能であると悟ったクリスティーナは、苦い表情で言った。

 

「……報告ありがとうございました。宰相が通っていたという娼館と噂を入手した情報源だけ教えていただけたら退出して頂いても結構です」

 

 極めて事務的な態度で情報を提供したオリバーは、能面の様な表情で一礼をしてから部屋を退出した。

 

「……」

「クリスティーナ様……」

 

 悩ましい表情で窓の外を眺めるクリスティーナ。

 オリバーへの憤りはあるものの、一定の理解も示していた。それが彼らの信じる道である以上は仕方がないことではある、と。

 それに彼らは立場を失いつつあるクリスティーナに善意で手を貸してくれている存在だ。これ以上の善意を求めるのは厚顔無恥にあたるだろう。

 

 しかし、だからといって手に入れた貴重な情報を見逃すようなことがあってはならない。何としてでも宰相ゾルディンの化けの皮を剥ぐ必要があるのだが……やはり人材不足が致命的だった。

 

(こうなったら、私が行くしか……)

 

 クリスティーナが覚悟を決めようとしていたその時――

 

「あ、あの!」

 

 クリスティーナの背中にお節介焼きな侍女の言葉が届いた。彼女が振り向くよりも先にアルマは予想通りの提案をした。

 

「私が行きます。私が行って、確かめてきます」

「アルマ……」

 

 悲痛な表情で振り返るクリスティーナ。そんな彼女の表情を見たアルマは、自分も彼女に心配される程度には親しくなれたのだと悟り、場違いにも嬉しくなってしまった。

 一方でクリスティーナはアルマの提案を受け入れるしかないと理解しつつも複雑な心境でいた。

 

 城下第四地区の南通りはオリバーが言っていた通り、「アルカディアの掃き溜め」と評されるほどに治安が悪く、衛生面においても最悪の一言に尽きる地域である。

 暗殺された国王、クリスの無意味な政策の数々によって職を失った者や見捨てられた者たちが集う場所であり、とてもではないがアルマの様な世間知らずを派遣していいところではない。

 

 調査の為とは言え彼女を送ってもしものことがあった場合、クリスティーナは自分を許せそうになかった。

 

「……私も一緒に行きます」

「クリスティーナ様! それはいけません! あなたは私たちの指揮官です。貴方を失った時が私たちの敗北なのですから、あなたはここで魔人を討つための指揮を継続していてください」

「しかし!」

「クリスティーナ様がここで待っていて下さるから、私は行くんです」

「アルマ……」

 

 不安そうな表情を浮かべるクリスティーナに対し、アルマは強い意志の籠った瞳で言った。

 

「私、まだお役に立てていません。クリスティーナ様に誓ったのに、やっていることと言えば一生懸命働く皆さんにお茶をお出しするくらいで、結果的にはただの侍女と変わりありません」

「私はそれでも十分「私は嫌なんです!」」

 

 クリスティーナの言葉を遮り、アルマは自分の意思を主張する。

 役に立ちたいのだと。特別な自分になりたいのだと。

 今までの自分には別れを告げた。

 だから――

 

「私がここにいる意味を下さい。大丈夫です。決して無茶はしません。慎重に立ち回って必要な情報を入手してきます」

「……信用しても良いのですか」

「もちろんです。私、こう見えても結構生き汚いんですよ? それに、クリスティーナ様が思っているほど世間知らずじゃありませんから」

「むっ」

 

 考えていたことを読み取られ、思わず言葉に詰まるクリスティーナ。

 そんな彼女を見て微笑んだアルマは手早く片付けたティータイムのセットをテーブルに置いてから起ちあがった。

 

「まぁ、私にドンと任せておいてください! 人の噂話には敏感なんです、私! 絶対役に立つような情報を拾ってきますから!」

「しかし……」

「しかし、じゃありません! これしかないんですから、クリスティーナ様はここで優雅に紅茶でも飲みながらお待ちください。……あっ、お代わりを作っておいた方がいいですか?」

「馬鹿にしないでください。それくらいは自分で出来ます」

 

 憮然とした表情で答えるクリスティーナ。

 それもそうですよね、と快活に笑ったアルマは畳み掛けるように言った。

 

「それじゃあ、紅茶を自分で入れられるクリスティーナ様にはお願いがあります」

「なんです?」

「私に知恵を授けてください。私が貴女の役に立てるように、貴女のお考えを教えてください。クリスティーナ様が考えられた作戦であれば、間違いなんてありませんから」

「……行かない、という選択肢はないのですね?」

「ありません。それは、クリスティーナ様自身が一番分かっておられるのではありませんか?」

「……」

 

 どこまでも、彼女の言う通りだった。

 クリスティーナは予想以上に有能な部下を手に入れてしまったことに複雑な気持ちを抱きつつ、敬意を表して言った。

 

「……アルマ。貴女はとても賢い女性だ。本来であれば私のアドバイスなど必要ないほどに」

「えっ、本当ですか⁉」

「本当ですよ」

 

 大袈裟に喜ぶアルマを微笑ましく見守りつつ、クリスティーナは続ける。

 

「ですが、私の身勝手で貴女を危険な場所に送り出すことになる以上、ある程度の備えが必要なこともまた事実。――分かりました。今から貴女にアドバイスを致します。これを胸に刻み、慎重な行動を心掛けてください。アルマ、貴女を頼らせていただきます」

「はい! 分かりました!」

「……本当に大丈夫なんですかね?」

 

 元気が良すぎるアルマの返事に場違いな感覚を抱きつつ、クリスティーナは危険な場所へ赴くことになる自身の部下へと幾つかアドバイスを送った。といっても、そこまで難しいことは言っていない。押さえておくべき重要なポイントを念押ししておいただけであり、後はアルマの応用次第である。

 

 彼女が機転の利く賢女であることは既に実感している。

 クリスティーナに出来ることは、彼女に無理をしないことをきつく言い含めてから送り出すことだけであった。

 

 

「――いいですか? 何度も言っていますが、くれぐれも無茶だけはしないように。危険だと判断したらすぐに引いてください。ゾルディンの手掛かりがそこにしかないとは限らないのですから。それに、罠の可能性も十分に考えられます」

 

 作戦を伝え終えた後の事である。

 

 城下第四地区の南通りへ行くため、準備を進めるアルマにクリスティーナが声を掛ける。既に聞き飽きた感もあるが、アルマは笑顔で頷いて見せた。

 

「もちろんです。私、臆病者ですから。怖くなったら直ぐに逃げちゃいますよ。何の成果が得られなくても怒らないでくださいね?」

「当たり前です。誰が貴女の事を責められましょうか。恐ろしいのであれば、今から行くのを取り止めてもいいのですよ?」

「それは無しですよ。クリスティーナ様」

「そう、ですか……」

 

 クリスティーナは未だにアルマを派遣することに対して反対しているようだった。だが、現時点において彼女たちに出来る動きがこれだけなのも事実。

 

 これ以上先延ばしにしていれば、ゾルディンの方が先に手を打って証拠を揉み消してしまうかもしれない。

 その前になんとしてでも証拠を掴み取らなければならないのだ。

 

 不安そうなクリスティーナを安心させるように微笑み、アルマは言った。

 

「大丈夫ですってば。私みたいなチビに眼をつけるような輩は殆どいませんし、あそこの地区の人たちは絶えず餓えているので力が強くないんですよ。王城の美味しいごはんで武装した私に死角はありません!」

「……」

 

 むん、と握りこぶしを作って力説したアルマだが、いまいちクリスティーナの反応がよろしくない。

 どうかしたのかと思ったところでアルマの敬愛する上司は口を開いた。

 

「……アルマ。私の気のせいであれば申し訳ないのですが、あなたは今、実際に()()()()()()()()()()()()()かのような物言いをしていましたね。あなたの生まれを気にしたことなどありませんし、これからも生まれで判別するようなことはしませんが、あなたはもしかして――」

「あっ……」

 

 思わず口が滑ってしまった。そんな表情であった。

 クリスティーナが追及しようとするよりも先にアルマは動き出し、

 

「――そ、その話は帰ってからしますから! ともかく、行ってきますね。クリスティーナ様はここで吉報を待っていてください!」

「アルマ!」

 

 クリスティーナの静止を振り切り、アルマは部屋を飛び出して行った。

 急いで追いかけようとするクリスティーナだが、今追いかけたところで問いには答えてくれないだろうという確信があり、仕方なく部屋に留まることしか出来なかった。

 

「……アルマ……」

 

 この三日間で親しくなった少女の名を心配そうに呟く。

 クリスティーナから合理的な思考を奪う心配事の種がまた一つ増えた。

 

 

 

 

 

 

(あちゃ~、つい気が抜けて喋りすぎちゃった)

 

 王城を飛び出したアルマは、トレードマークであったメイド服から質素な私服に着替え、城下第四地区の南通りへと向かっていた。

 その足取りはしっかりしており、どこか慣れているようにも見える。

 それもそのはず。アルマの出身地は()()()()()()であり、今向かっている掃き溜め地区のお隣だったからだ。

 

 つまり、彼女は自分の出身地区に向かっているも同然であり、そしてそれが第四区へ行くことに抵抗がなかった理由でもある。

 

「……懐かしいな」

 

 アルカディア王国は巨大な2つの城壁によって辺りを囲まれており、一つ目は外部から侵入者を防ぐための第一城壁。そしてもう一つは、聳え立つ王城と城下を区切る城壁――即ち、富裕層と貧困層を分け隔てるための壁によって構成されていた。

 

 アルマは許可状が必要な城壁を慣れ親しんだ抜け穴からあっさりと抜け出し、見知った道を歩いていく。

 道を南に進むにつれ、建物や人の景色が徐々に変わり始めるが――これも慣れたものだ。

 

 ここは掃き溜めの一歩手前。行き場を失った者たちがたどり着く場所。

 

 アルマの家族もそうだった。

 

 アルマは十人兄弟の末っ子として生まれた。

 父は元々稼ぎの良い役人だったらしいが、クリス国王陛下の予算削減案によって職を失い、結局は酒に溺れた。

 母は元娼婦だった。少し頭が足りない人だったが、いつもニコニコしている優しい人だった。でも、自分が母であるという実感はあまりないようだった。

 

 父は碌に働きもしない癖に性欲だけは一人前で、とにかくたくさん子供をこしらえた。

 

 生まれた当初、アルマは捨てられる予定だったという。

 しかし、久しぶりに生まれた女の子だからと見逃された。

 

 その後も娼館に売り飛ばされそうになったりと色々あったが、ひもじさに耐えるだけでなんとか生きていることは出来た。

 

 自分はまだ()()()()()()()、とアルマは思っている。

 

 第三区の生まれだからまだ自分で探せば仕事があったし、うまく立ち回ればご飯にありつくことも出来た。

 汚れた仕事をさせられることもなく、ただ何も考えず頭を空っぽにしていれば生存は許されていた。

 今に至っては、運よく王城に潜りこむことによって侍女という立派な職も与えられることになり、毎日美味しいご飯にありつくことが出来ている。

 

 どうやって今日を乗り切ろうか考えていたあの日々とはえらい違いだ。アルマは王城に常々感謝していた。

 

 けれど第四区は違う。

 あそこは本当の意味で掃き溜めだ。

 

 人権のない人たちが集まる場所。

 この世の地獄。

 アルマの事をきちんと認知していたか怪しい両親も、口を揃えてあそこには近づくなと言っていた。

 その忠告を無視し、一度だけ運び屋の仕事で中に立ち入ったことがあったが……本当に危ないところだったと、思い出せば今でも背筋が凍る。

 

 だけど、そんなところに自分から飛び込もうとしている自分自身がアルマはおかしくて仕方なかった。

 

 思い浮かべるのは綺麗な青い瞳と金色の髪を持った同年代の彼女。

 

 美しく、聡明で、強いあの人。

 

 初めて彼女を目にした時の感動を今でも覚えている。

 

 凛とした立ち姿。思わず目を背けたくなるほど不遇な境遇であるにも関わらず、その瞳の輝きは失われていない。

 

 自分とは真逆だ。

 

 アルマは常々、自分に学がないことを恥じていた。

 学校に行ったことがなく、教養がないので大事な仕事が任されることはない。

 正直、今でも文字の読み書きは怪しいし、言葉にも変なアクセントがないだろうかと心配している。

 取り柄はデカい声くらいのもので、仕事ぶりも飛びぬけて優秀なわけではない。

 

 自分の代わりが幾らでもいることをアルマは知っていた。

 

 でも、あの人は違う。

 

 彼女は賢くて、自分で考えて行動していて、どん底から自力で這い上がって来た。

 

 “あぁ、なんて凄い人なんだろう……”

 

 アルマは彼女に――クリスティーナに憧れていた。

 学がないからこそ、その聡明さに。

 愚図で空っぽだからこそ、その意志の強さに。

 そして、その美しさに。

 

 全部憧れているだけで終わる筈だった。

 遠くから眺めているだけの筈だった。

 だけど――

 

(今、私はあの人の部下として働けている。こんなに光栄なことなんてない)

 

 彼女は今、身動きが取れない状況だという。本当は自分から足を運びたい場所に自分が行けないのだという。

 

 だったら、自分が彼女の代わりになりたい。

 役に立ちたい。

 認められたい。

 

 特別な自分に――彼女にとって特別な自分になりたい。

 

 その一心でアルマは脚を動かしている。向かう場所は危険極まりない場所だが、それでも彼女の心はどこか弾んでいた。

 それは、自分が成りたい自分に近づけているからかもしれない。

 憧れの人の役に立てるからかもしれない。

 

 

 

 なんて。

 

 

 そんな純粋でひたむきな思いが彼女に牙を向くことを知る由もなく――

 

 アルマは気が付けば目的地にたどり着いていた。

 

 

「……ここ、だよね」

 

 王城を出る直前、オリバーが言っていた住所をメモした紙に視線を落としながら呟く。

 城下第四地区の南通り。入り口をくぐってから二つ目の曲がり角にある小さな娼館。外観はかなりボロイが、中身は第四地区にしては小奇麗に整備されているらしい。

 

 なんでも、王城の有力者たちが表沙汰にできない()()()をする時に使う家なのだとか。

 

「……」

 

 アルマは変装を施した自分の身なりを汚い水たまりで再度確認した後、その家へと向かった。少々緊張気味な自分を自覚しつつ、外見はボロボロな家の扉をたたく。

 少し待った後、扉が開いて気怠そうな表情を浮かべた女性が現れた。

 

「なんだいアンタ。ここはお子様が来る様なところじゃないよ」

 

 いきなり友好的ではない態度だが、この程度は予想していた。

 アルマはクリスティーナから貰ったアドバイスを反復しながら慎重に言葉を絞り出した。

 

「すいません。実は、その……ここなら今までの経歴を聞かずに働かせて頂けると聞いたのですが……あなたは?」

「あたしはイリーナだ。ここの主をやってるものだが……お嬢ちゃん、誰に騙されたのかは知らないが、いくらうちでもそんな無茶苦茶な雇い方はしないよ。だいたい、アンタそこそこ身なりが良いじゃないか。わざわざこんな掃き溜めで仕事を探さなくたって、他所に行けばなんかあんだろう?」

「でも……」

 

 アルマはいつものニコニコ笑顔を封印し、出来るだけ卑屈に見える表情を作りながら言った。

 

「ゾルディン様が、ここで雇ってもらえと仰ったので……」

「なにっ⁉」

 

 イリーナと名乗る女性の変化は非常に分かりやすかった。見るからに驚き、大して興味がなさそうだったアルマのことを頭からつま先まで舐めるようにして観察している。

 これは当たりだな、とアルマは悟った。

 どうやらここが情報通り、ゾルディンが贔屓にしている店らしい。

 

「ふーん、アンタがねぇ。見るからにちんまいが、肌の張りは良さそうだし、確かにあの方が好みそうな感じだ」

「あ、ありがとうございます……?」

 

 喜んでいいところなのか疑問に思ったアルマは素で首を傾げた。

しかしそのリアクションが逆に現実味があったのか、イリーナはあっという間にアルマの言葉を信用したようだった。

 

「なるほど、アンタが新しい女ってわけだ。まったく……よくやるねぇ、あの方も。この間新しい子を仕入れたばかりだろうに……」

「新しい子?」

 

 何故かアルマの反応が気に入らなかったらしいイリーナは、どこから苛立ちを含んだ低い声で言った。

 

「……アンタねぇ、自分だけが特別だと思わない方がいいよ。あの方は気に入った女の子には片っ端から声をかけるような人なんだから。妙な期待を抱いていると、直ぐに飽きられて捨てられちまうよ」

「捨てられちゃうんですか、私……?」

 

 不安そうな表情でアルマが見上げると、相変わらず寝起きみたいに気怠そうなイリーナはため息をつきながら言った。

 

「そうそう。あんま調子乗ってると、あっという間に消えちまうよ。もう何人の子があの方に泣かされていなくなったことか……。全く、仕入れてくるのもあの方だから別にうちとしちゃ構わないんだが、こうも節操がないとねぇ……」

 

 どうやら彼女は完全に愚痴をこぼすモードに切り替わったらしい。

 これをチャンスと見たアルマはさらに踏み込む。

 

「あの……居なくなるって、この地区からも居なくなったっていうことですか? ここ以外に行き場のない人たちが、別の地区に行ったってことですか?」

「あー、そういえばこの地区で見掛けることはなくなったねぇ。一体どこに行っちまったんだか……」

 

 心底不思議そうに首を傾げるイリーナ。どうやら、彼女が少女たちの失踪に関わっているということはなさそうだ。

 アルマは少し声を潜めて尋ねた。

 

「現実的にそんなことはないとは思うのですが……ゾルディン様が連れ去ったという可能性はないのですか? 自分のお屋敷に閉じ込めているとか……」

「アハハ! そいつは都合のいい妄想が過ぎるってもんだぜ、お嬢ちゃん。あの方はたかだか娼婦に情を移すほど物好きじゃないし、優しくもないよ。期待するだけ無駄ってもんだ」

 

 そう言い切ったイリーナだが、その人差し指は無意識のうちにくすんだ金髪を弄んでおり、表情もどこか曇っている。

 

(……この人、もしかしてゾルディンのことが……)

 

 思わず口に出しそうになったアルマだが、気合いで押し殺した。

今回の彼女はいつもとは違う。目に見える地雷に突撃するアルマちゃんではなく、なるべく慎重に立ち回るアルマさんなのである。

 本当は好奇心の赴くままに質問攻めにしたいのだが、彼女はどこぞの勇者よりも遥かに自制の効く人物であった。

 

「じゃあ、本当にここで働いていた方々はどこかへ消えてしまったのですね……」

「そうそう。……あぁ、そういえば、巷の方では()()()()()()()()()()()()()()()()って噂もあったりするが……案外マジなのかもなぁ!」

 

 けらけらと笑うイリーナ。

 

 ふと、アルマは目の前の女性から()()()()を感じ取った。

 

 昔からアルマは鼻が良く、その効果は鎧越しでもクリスティーナの香りを嗅ぎ付け、彼女が兜を脱ぐ前に中身を当てて見せるほどである。……いや、この場合は単にクリスティーナのいい香りを執拗に覚えていただけなのだが……それはともかく。

 

 娼館の主を自称するイリーナからは第四地区と第三区の境目で嗅いだことのある危険な臭いがしていた。

 理性を失った人のなれの果てが放っていた、あの香り。

 

「……」

 

 長居は禁物だ、とアルマは直感で悟った。

 これ以上は危険である。即座に撤退して王城に引き返すべきだろう。

 

「あの、すいません。最後に一つだけいいですか?」

 

 だが、もう少しだけ。

 あと一つだけ知りたいことがある。

 

「なんだい? もうすぐあたしの客が来るから早く終わらせてほしいんだがね」

「大丈夫です。直ぐに済みます」

 

 アルマは尋ねた。

 

「この娼館でゾルディン様を担当されている女の子って、どこに居ますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は自分の先輩になるのだから、色々と聞きたい。

 ゾルディン様のことについて、もっと深く知りたい。

 

 そんな感じの拙い誤魔化しで何とかその女の子の住所を聞きだしたアルマは、王城に戻れと囁く直感を無視してその子の家を訪れていた。

 

 今にも崩れ落ちてしまいそうな、家とも呼べない家。

 この場所に少女は住んでいるという。

 

「……ごめんくださーい」

 

 胸に沸き上がった様々な感情を一先ず置いておき、アルマは重要な情報を握っていそうな少女の家の扉を叩いた。

 軽くノックする程度の力加減だったのだが、それだけで壊れてしまいそうなほどに脆い。

 

「……誰?」

 

 暫くの後、扉の向こうから顔を出したのはアルマと同じ年くらいの少女だった。それもまたアルマをやるせない気持ちにさせるが、今は関係ない。

 

「こんにちは。ここがエリナさんのお家であっていますか?」

「……そうだけど」

「あなたがエリナさん?」

「……うん」

 

 怪訝な表情で頷くエリナ。

 アルマは出来るだけ友好的な笑みを浮かべた。

 

「私、アルマって言います。あなたと同じところで働くことになったんです。つまりは……後輩ってところですね。今日は先輩であるあなたに色々とアドバイスを頂けたらいいな、と思いまして……」

「……」

「あ、あの……聞いてます?」

「……取り敢えず、中に入って」

 

 そう言ってエリナは家の中に消えていった。すぐに後を追いかけたアルマは「お邪魔します……」と小さな声で挨拶をしながら汚い扉をくぐった。

 

 外観と同じく、決して綺麗とは言えない内観。

 アルマは本当にここで人が生活していけるのか疑問に思いつつ、目の前でボーっと他者からのアクションを待っているらしいエリナに声を掛けた。

 

「えぇと、急に押しかけてしまってごめんなさい。でも、貴女に聞きたいことがあって来たんです」

「……」

 

 エリナは答えない。相手の言葉に答えるだけの、生きる屍の様な状態。

 まるで昔の自分を見ているようだ、と思ったアルマだが、今は関係のない思考だ。直ぐに切り替えて本来の質問を投げかけた。

 

「ゾルディンっていう人の事を知っていますか?」

「私のお客さん」

「……うん。そう聞いています。その人について何か知っていることがあれば教えてくれませんか? 例えば、これまで彼の相手をしていたあなたの同僚がどこに行ってしまったのか、とか」

 

 流石に酷な質問だったか、と反省しつつエリナの反応を伺う。

 答えは――

 

「……分からない。他の人の事は知らない」

「そう、ですか。本当に、他の女の子とは話したこともないんですか?」

「ない。偶に見かけても、直ぐに居なくなっちゃうから。今のところ、無事なのは私だけ」

「……それは何故ですか?」

「私が美味しくないから」

 

 様々な解釈の出来る言葉だ。少し下世話な意味にも取れるが……ゾルディンの正体を加味すると、そういうわけでもないのだろう。

 

「美味しくないから……それは、ゾルディンっていう人が言っていたの?」

「うん。お前は愚図で、美味しくなくて、役立たずだって言ってた。痩せすぎで、()()()()()()()()()()()って」

「――――」

 

 アルマはようやく探し求めていた存在を見つけたことを悟った。十分すぎるほどの収穫だ。今すぐに王城に帰還してクリスティーナに知らせるべきだろう。

 だが――

 

「……エリナさん。あなたは自分でもゾルディンの言葉が正しいと思っている?」

「さぁ。どうでもいい」

「どうでもよくないよ」

 

 エリナという少女の言葉はどうしようもなく昔のアルマと似ていて、どうしようもなく気に食わない感情を抱かせた。

 放っておけない。

 アルマはエリナの細い肩に手を置き、優しく語りかけた。

 

「……あのね、エリナさん。私は今、王城で働いているの。その前は働くなんて言えないようなことをして生きていたけど、でも今は凄い人たちの下で働くことが出来ているの」

「……」

「私の上司はね、私よりもずっと価値のある人で、賢くて強くて、何でもできるの。だけど……その人でさえ、一人ぼっちじゃ何もできないって言っていた。やっぱり、巨大な存在に立ち向かう時には誰かの手が必要なんだって、言っていた」

「……」

「あなたは自分の人生に価値がないと決めつけているみたいだけど……たった今、私たちの為になることを教えてくれた。それは本当に価値があることなんだよ」

「……」

「このお礼は絶対にするから、それまで頑張って生きていて欲しいな。私が、迎えに行くから」

「……」

 

 エリナの能面のような表情に変化はない。

 だが、アルマは必ずこの地獄の様な場所で生きることを強いられた少女を救って見せると誓った。

 今の自分になら、それが可能だと信じていた。

 

 心の底から。

 

 

 

 

 

 

「……ごめんね」

 

 だから、唐突にエリナが謝罪の言葉を口にした時、アルマは一体何について謝っているのか本当に分からなかった。

 

「一体、何の事?」

 

 聞き返したアルマに対し、エリナは相変わらず死んだ顔で淡々と語った。

 

「……ここで待っていたらお金をくれるってあの人が言っていたから。お前でも、釣り餌くらいの価値はあるって言ってくれたから」

「何を……」

 

 言っているのか。

 

 

 

 

 

 

 

『その疑問には俺が答えよう』

 

 返答は、背後から。

 ゾッと寒気がする声を聞いたアルマは咄嗟に立ちあがって振り返り――

 

「ゾルディンっ⁉」

『正解。なんだ、使い捨ての雑用係にしては頭の巡りは悪くなさそうじゃねぇか』

 

 背後に居たのは宰相ゾルディン――ではなく、灰色の不気味な肌をした人ならざる何かだった。

 

「ッ!」

『おっと。逃がさねぇよ』

 

 直ぐにこの場から逃走を図るアルマだが、魔人相手に人間が出来る抵抗などない。あっという間に捕まったアルマは彼の腕に囚われ、そして――

 

『悪いな。殺しはしないからよ、今度はこっちの雑用係になってくれや』

 

 意識が落ちる寸前、アルマはそんな言葉を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本来の姿に戻った魔将騎ゾルディンは、自身の魔術によって意識を失った少女を見ながら三日前の事を思い出していた。

 底が見えない勇者の実力。結果的に武器の性能差でゴリ押したから圧倒できたものの、それでも仕留めきれなかった自分の不甲斐なさ。

 

 そして――

 

「お前、第三位から六位まで転落したのか?

 

 本来であれば人類側に流れているはずがない自分の個人情報を手に入れていたことの疑問点。

 一体どこから情報を仕入れたのか。答えは決まっている。

 

(ったくよぉ。死ぬ前に全部ゲロっちまうとは……最後まで使えねぇ暗殺者だったな)

 

 牢獄で勇者に敗れた暗殺者、闇の使者ルインである。

 ゾルディンに対して挑発的な態度を取り続けていた奴の事だ。きっと勇者に殺される直前、せめてもの意趣返しにとゾルディンの情報を流したのだろう。

 

 思えば、勇者は何故かやたらとゾルディンの攻撃を知っていた。初見の筈の魔剣ゾラムも知っている様子だったし、戦っている最中ずっと疑問だったのだが……情報を吹き込まれていたと考えれば辻褄が合う。

 

 ルインが身に纏っていたフードや曲剣は、魔王軍に繋がってもいけないので宰相特権で焼却処分を命じておいたが、まさか彼自身がゾルディンの仇となる情報を流しているとは想定もしていなかった。

 

 だが、お陰様でゾルディンの心から慢心は取り払われた。

 人類が相手だからと侮ることはしない。

 勇者のひ弱な見た目や言動に騙され、格下と侮ることもない。

 

 これより先は、己の全力を掛けて潰しに行く。

 

『精々役に立ってもらうぜ。お城の元気なメイドさんよ』

 

 完全に覚醒した魔将騎ゾルディンは、牙を向いて邪悪に笑った。

 

 

 




次回はやや変則的ですが、勇者視点ではなくクリスティーナ視点でお送りします。

近日中に公開できると思います。(多分)


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聖なる祈りの剣(上)

第一章もいよいよ終盤です。
過去最多の文字数になりましたが、最後まで読んで頂けるとありがたいです。


 

『クリスティーナ』

 

 優しく自分を呼ぶ声が聞こえる。男の人の声。

 これは……父上の声だ。

 

『クリスティーナ』

 

 また自分を呼ぶ声。

 この美しい声は……母上の声だ。

 

 

『クリスティーナ』

 

 二人の声が重なる。そうだ。二人とも、この声の通り優しい人だった。

 皆に優しくて、いつも穏やかに微笑んでいて、クリスティーナや姉たちには人一倍優しかったのを覚えている。

 

 暖かくて、優しい日々。

 

 それが壊れ始めたのは、父上が……お父様が国王にされてからだった。

 

 前国王の一人息子であったお父様は、血筋を尊ぶアルカディアの流れに沿って即位をさせられ、被りたくもない王冠を被ることとなった。

 元来より腰が低く、ニコニコ笑っているしか能のない人だ。当然の様に強気の姿勢が必要となる外交など出来ようはずもなく、他国からは「腰抜け王」と陰で馬鹿にされる始末だった。

 かといって頭の回転が早いわけでもないお父様には複雑な内政も務まらず、誰かの助けを借りなければ碌に書類も捌けない。そんな人だった。

 

 でも、最初のうちは誰も彼の事を責めるようなことはしなかった。

 

 彼が困ったらいつも誰かが「仕方がない王ですね」と苦笑いで手を貸していて、彼を慕う家族たちも呆れたように笑いながら彼の事を応援していて――

 

 クリスティーナだってそのうちの一人だった。いつだって彼の助けになりたくて、そして将来的にはお母さまの様に賢く気高い女性になりたかった。

 幸福だった。間違いなく。

 忙しく、良いことばかりではなかったけれど、それでも皆でお父様を支えていたあの時は確かに充実していた。

 

 

 だが。

 

 そんな日々は、突如蘇った魔王によって完膚なきまでに叩きつぶされた。

 

 ただ存在しているだけで命を害する瘴気を放つ魔王により、徐々に人の大地は汚されて面積を削り、大小さまざまな国家に大打撃を与えていた。

 そしてそれは、他国の輸入品によって生活を支えられていたアルカディア王国にも明確なる危機として迫り、王国誕生以来の無能と評されるお父様は前代未聞の災害に対処することとなった。

 

 日々、飢えに苦しむ国民たち。

 募る不満。

 溜まるフラストレーション。

 徐々に反抗的な態度を見せる臣下たち。

 

 お父様は幾度も眠れない夜を過ごした。それでも国民たちを見捨てられないと歯を食いしばって、碌に読めもしない小難しい資料に目を通していた。

 

『クリスティーナ。祈りなさい。この王国が救われますようにと。隣の国の人々も救われますようにと。そして願わくば――世界が救われますようにと』

 

 寝不足で隈が出来た顔で、それでもお父様はそう言って微笑んでいた。

 この時期にはまだオリバーが神官長を務める純白教の力が強く、祈れば救われると皆が信じていた。

 

 

 だからクリスティーナも祈った。

 この国が救われますようにと。隣の国の人々も救われますようにと。そして願わくば――お父様が救われますように、と。

 

 

 だけど、この時期から聡明だったクリスティーナはどうしても祈るだけでは我慢が出来なくなっていた。他にもっと、出来ることがあるのではないかと思い立ったのだ。そして彼女は一日中図書館に籠る様になり……父の眼を盗んでは小難しい書類に目を通した。

 

 気が付けば、世界の構造が理解できるようになっていた。何をどうすれば物事が上手く回るのか分かる様になっていた。

 それは、アルカディア一の賢女と言われた母の遺伝子だったのだろう。

 

 クリスティーナは独りでに賢くなり、そしてこの国を救うための効率的な政策を幾つか思いついた。

 

 唯一疑問だったことがあるとすれば、自分よりも賢い筈の大人たちや母上がこの方法を思いつかなかったことだが――今にして思えば、あの時期から既に魔将騎ゾルディンの手が入り込んでいたのだろう。

 

 幼きクリスティーナはとっくに内側から国が崩壊していることに気が付けず、馬鹿正直に気が狂いかけていた父に改善案を提案して――悲劇の夜を迎えた。

 

『クリスティーナ』

 

 

 あの優しい声は消えた。

 もう二度と戻ることもない。今なら分かる。クリスティーナはきっと、あんな目に合った後でも父の事を愛していた。

 だから彼が死んだ時、本当に悲しくて仕方なかったのだ。

 夜も眠れないくらいに。

 

 

『クリスティーナ』

 

 

 でも最近になって、似たような響きを持った男の人の声が聞こえるようになってきた。

 自分の全てを知り、それでもなお受け入れてくれそうな……そんな、彼女にとって都合が良すぎる声が。

 そんなことがあるのだろうか? まだ彼女の人生には希望があるのだろうか?

 

 

 

 私はまだ、生きていていいのだろうか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クリスティーナ様」

「うん……?」

 

 ここ数日ですっかり聞きなれた声に顔を上げる。やけに背中が痛い。そして頬に何かが張り付いていた。手で払いのけると、それがゾルディンに関する書類であったことが分かった。

 

「もー、机で眠っていたんですか? 風邪ひいちゃいますよ?」

「……アルマ?」

「はい。アルマです」

「……アルマ!」

「はい。だからアルマですって。ギリギリまで私を待っていてくれたんですね。……ありがとうございます。そしてごめんなさい。遅くなりました」

 

 いつもの柔らかな笑みを浮かべるアルマを見て、クリスティーナはようやく目覚めた。

 そうだ。昨夜、なかなか帰ってこないアルマを待っている間に机で寝落ちしてしまったのだった。

 クリスティーナは慌てた様子で椅子から立ちあがってアルマに詰め寄った。

 

「な、何をしていたのですか⁉ 私がどれほど心配していたと……!」

「ご、ごめんなさい……その、調査対象の人と仲良くなった結果、泊っていかないかと誘われてしまいまして……」

「と、泊まる⁉ へ、変なことはされませんでしたか……?」

「アハハ! 心配し過ぎですよ。相手はイリーナっていう女の方です。一緒におしゃべりして、後はぐっすり眠っていました」

「そ、そうでしたか……それは本当に良かった。あまりにも貴方の帰りが遅かったので、敵の罠に引っ掛かってしまったのかと心配していたのです」

「考えすぎですよ。私はこうして五体満足ですし、それに良い情報も仕入れて来たんですよ」

「流石はアルマですね。では早速報告を――」

「その前に」

 

 クリスティーナの言葉を遮る様にアルマは言った。

 

「一先ず、湯浴みをなさった方がいいかと。私のせいではありますが、年頃の女性が机で寝落ちなど言語道断です! まずはしっかりと湯船につかって疲れを癒してください! そして然る後、適切なお肌のケア! それから――」

「報告が先では? それに、私まだ眠いのですが……」

「お風呂に行けば目が覚めます! ……あっ、本当にしんどいようでしたらベッドでお眠りになって下さい」

「いえ、睡眠時間的にはいつもと大差ありません。……そうですね。偶には大浴場に足を運んでみるのもいいかもしれません」

「でしょう! あそこ、王族の人とその付き人しか入れないので、ずっと憧れだったんですよねぇ~」

「それが目的ですか……」

 

 やれやれ、と首を振ってみるクリスティーナだが、いつも通りのアルマが帰ってきたことに内心喜んでいた。

 まぁ、こうして王城に帰ってきた以上は心配事もない。報告は後でいいだろうとクリスティーナは判断した。

 

 そんなこんなで二人は大浴場に向かうことになったのだが

 

 ………………

 

 …………

 

 

 ……

 

 

 

「いやー、クリスティーナ様の髪はやっぱりお綺麗ですね」

「……アルマ」

 

 浴場からの帰り道。クリスティーナはげっそりとした表情で、アルマは活気に溢れた表情で廊下を歩いていた。

 

「お肌ももちもちのすべすべで、羨ましい限りです!」

「アルマ」

「お胸の方はまだまだ成長過程ですが……大丈夫です! 私の考案した胸部マッサージがあれば、あと二段階は進化出来ますから! 私が保証します!」

「アルマッ‼」

「は、はい?」

「私はここに誓います――あなたとは、二度と一緒に入りません」

「そ、そんなぁ!」

 

 崩れ落ちた後、子犬のように纏わりついてくるアルマをあしらいながらクリスティーナは大きなため息をついた。疲れを取るためのお風呂でどうして疲れなければならないのか。やっぱり、一人風呂が最高だと思い直す孤独主義者のクリスティーナ。

 

「あれ? あの方は……オリバーさんでしたっけ?」

 

 飼い主に見捨てられた子犬のように潤んだ瞳でクリスティーナに縋りついていたアルマだが、急に正気を取り戻し、クリスティーナの自室前に佇む青年を指差した。

 彼女の言う通り、前方に見えるのは堅苦しい雰囲気が特徴的な神官、オリバーに相違ない。

 

「オリバー殿。私に何か御用ですか?」

 

 風呂上がりで申し訳ないとは思ったが、別に破廉恥な格好をしているわけでもない。クリスティーナはごく自然に声を掛けた。

 

「……………………なるほど」

「はい?」

「いえ、なんでもありません。オドルー神官長より伝言を授かって来ただけです。神殿まで来て欲しいと」

「分かりました。この後、すぐに向かいます。用件はそれだけですか?」

「はい。詳しいことは、ご本人に尋ねてください」

 

 そう言ってオリバーは踵を返し、廊下の奥に消えていった。心なしか、早足で。

 

「……なんでしょう?」

 

 オリバーが不愛想なのは昔からだが、今日は特に様子がおかしく、どこかぎこちなかった。どうしたのだろうと首を傾げるクリスティーナの横でアルマはニヤニヤと笑っていた。

 

「いやぁ、なるほど。そういうことですか。これはまた面白いネタが増えましたねぇ……クフフ」

「その不気味な笑いを止めなさい。ところで、彼の様子がおかしなことに心当たりでもあるのですか?」

「えぇ、ありますともありますとも」

「なら――」

「いやぁ、でも残念ながら教えられないんですよねぇ、これが。ご本人たちの問題ですから。部外者の私は黙っておくことにします」

「……意地悪ですね。あなたらしくない」

「これがアルマですよ。でも、一つだけヒントをあげるとすると……お風呂上がりのクリスティーナ様の色気が半端なかったということですね!」

「????」

「……マジかー。これが分からないって、相当重症ですよ、クリスティーナ様」

 

 まぁ、これまでの境遇を考えると仕方がないのかもしれないけど。

 

 アルマは少し悲しい思いを抱きながらも、己が仕えるこの主にそういった幸せが訪れることを祈るばかりである。

 そして、自分がその場面を見られたらどれほど幸福なことか――

 

「まぁ、分からないことを考えてもしょうがありません。アルマの報告を自室で済ませたらすぐにオドルーの下へと向かいましょう」

「分かりました」

 

 ………………

 

 …………

 

 

 ……

 

 アルマの仕入れた情報を簡潔に手早くまとめあげたクリスティーナは、素晴らしい成果を上げたアルマをべた褒めした。

 明確なる目撃者。これでゾルディンの化けの皮を剥がせる。

 

(追い風が吹いていますね。今度はこちらから仕掛ける番です)

 

 早速この成果をオドルーと共有したいと思ったところで彼からの呼び出しだ。色々と都合よく進んでいる状況に多少の違和感はあるが、これまでの劣勢を思うとこれくらいのボーナスがあってもいいだろう。

 

 変装の為、例の動きにくい騎士甲冑を身に纏ったクリスティーナはアルマを伴って神殿に向かった。

 

 オリバーから後にクリスティーナたちが訪れることを聞いていたのだろう。オドルーは神殿の前で待っていた。

 

「クリスティーナ様。それにアルマ殿も。わざわざの御足労、痛み入ります」

「構いません。あなたがわざわざ呼び出すとは、余程大事なことなのでしょう。こちらこそ、到着が遅れて申し訳ありませんでした」

「お風呂に入ってたら遅れちゃったんです。クリスティーナ様、昨日は机の上で寝落ちしてたんですよー」

「余計なことを言わない!」

「それはよろしくありませんな。女性にとって美容は大事なことですから」

「オドルーも!」

 

 やたらとノリがいい二人の部下に頭を痛めつつ、クリスティーナは尋ねた。

 

「それで? 一体どういった用件で私たちを呼び出したのです?」

「あなたに受け取っていただきたいものがあったからです。こちらへどうぞ」

 

 そう言ってオドルーは神殿へと二人を誘った。

 神殿はそこそこ立派な建物ではあるのだが、所々ひび割れている箇所もあり、決して整備されているとは言い難い様相だ。

 これは、王城から改築や修繕の為の費用をケチられたからであり――また、建物が王城の裏という極めて不便で布教がしにくい場所にあるのは、オドルーの先代が王と揉めたことが原因であった。

 

 クリスティーナにとっては見慣れた場所。アルマは何気に初めての場所だった。

 

 ビリッ

 

「? あれ、今の何だろう?」

「どうかしましたか、アルマ」

「いえ……なんでもないです」

 

 神殿の扉をくぐり抜ける一瞬、頭の奥底に痺れが走ったような気がしたが、直ぐに気のせいだと持ち直したアルマはクリスティーナの背中を追いかける。

 神殿の中は外とは隔絶された、どこか特別な空気が漂っていた。日光がステンドグラスから差し込み、柔らかく内部を照らしている。

 だが、差し込む日光を抜きにしても神殿内は異常に明るかった。

 

 何かがある。何かが待っている。

 

 全貌は見えない。

 だが、とてつもない力が作用していることだけは分かる。

 

「こ、これは……」

 

 一体何なのだろうか。

 クリスティーナが疑問に思っていたところでオドルーが口を開いた。

 

「我らの信じる純白教には、祈りを捧げることで神の御業を一時お借りすることの出来る信仰奇跡があることはご存知ですね? 魔術の様な理論と魔力で形成されたものとはまた違う力。それは時に人を癒し、時に邪悪を打ち滅ぼす武器となり得る」

「え、えぇ……実際にこの眼で見たこともありますから、知っています。……しかし、医療が発展してきた今、使い勝手が悪いそれらの奇跡は用いられなくなってきた、と」

「その通りです。奇跡は私たちの祈りに乱れがあれば発動しません。であれば、怪我人が病院に運ばれるのは必然の流れでしょう。使えない奇跡に価値を見出すものなどごく少数です」

 

 半ば啞然としているクリスティーナとアルマを先導するようにオドルーが歩みを進める。

 

「――ですが、利便性に欠ける奇跡にも良いところはあります。その祈りが絶えない限り、永久にその効力が続くということです。つまり、人類が滅びない限りは決して絶えることのない希望を生み出すことが出来る」

 

 オドルーの背中を追いかけた二人は光源の正体を知り、そして戦慄した。

 

 一本の剣。

 

 美しすぎる刀身。シンプルながら、素晴らしい意匠。

 伝説の中にしか存在しない筈のそれは、抜き身のまま持ち主の到来を待ち望んでいた。

 

「『聖なる祈りの剣(ラスト・サンクチュアル)』。純白教の聖典に登場する天の使い、聖騎士様が振るうとされる剣です。私たちの祈りは神への祈りであると同時に、世界を救う武器を鍛え上げるものでもありました。この聖剣を是非、クリスティーナ様に受け取っていただきたい」

 

 聖剣、とオドルーは言った。その存在はクリスティーナも知っている。父が昔、彼女に聞かせてくれたおとぎ話に出て来た剣。

 皆を救う、そんな都合のいい現実を齎す奇跡の結晶。

 そんな大それた代物を、オドルーはよりにもよって自分に渡そうとしている――

 

「そ、そんな……これは……こ、こんなに大事なもの、受け取れません」

 

 文字通り血を吐くような苦行の末、彼らの切なる祈りが結晶となった剣。

 あまりにも畏れ多い代物だ。クリスティーナは無意識のうちに後退った。

 

「……聖剣は、自らが選定した者にしか使わせません。私はあなたこそが相応しいと判断しました。来るべき魔人との決戦に備え、是非ともあなたに――」

「嫌です」

「クリスティーナ様……」

 

 駄々をこねるように首を振るクリスティーナ。

 彼女は初めて見せる悲壮な表情で語った。

 

「……ルタもあなたも、勝手が過ぎます。何故私みたいな人間にそんな大層な期待を掛けるのです? やれ女王になれだの、聖剣を受け取れだの、そんなの……荷が重すぎます。だいたい、そういうのは他に相応しい人物がいるはずでしょう? もっと国のことを考えていて、清らかな心を持った人物が」

「じゃあ、クリスティーナ様が適任じゃないですか」

「ア、アルマ?」

 

 唐突に口を開いた彼女の発言に面食らうクリスティーナ。アルマは気にした様子もなく、己の思いを語った。

 

「――私は、クリスティーナ様にずっと憧れていました。どんな苦境に立たされても決して諦めることなく、戦い続けてきたあなたのことを見てきました。私、馬鹿で難しいことはよく分かんないですけど、それでもクリスティーナ様以上にこの聖剣に相応しい人はいないって、自信を持って言えます。例え勇者様であろうとも、クリスティーナ様には敵わないって、誇りを持って宣言できます」

「アルマ……」

「もっと自分に自信を持ってください。私は、あなたを見て救われました。もっと素敵な自分になれるんじゃないかなって、期待を持てました。だから、自分の事をそんなに卑下しないでください。あなたはクリスティーナ様です。誰よりも美しくて、誰よりも強い聖騎士様になれるお方です」

「―――」

 

 お世辞だ、なんて言葉が無粋であることはクリスティーナにも分かった。だって、アルマの言葉には、その一つ一つに彼女の熱が込められていた。クリスティーナへの、真っすぐな思いが込められていたのだ。

 それを無駄に出来るほど――クリスティーナは冷酷になり切れない。

 

「……いい部下を持ちましたな」

「えぇ。私には、勿体ないくらい」

「では、私からも最後の念押しをさせていただきますか。――クリスティーナ様。私はあなたこそが聖剣に相応しい人であると信じています。最も人間らしく、そして光り輝く魂を持ったあなたが持つべきであると。それに、私には分かるのです。この神殿の地下より封印から解き放たれた聖剣が、あなたを強く求めていることが」

「……しかし、あなたの信じる神がお許しになるかどうか……」

「神は剣を振るいません」

 

 はっきりと言い切り、オドルーはクリスティーナを見つめた。

 

「この剣を振るうものがいるとすればそれは、己の意志でこの世界を救わんとする者だけです。クリスティーナ様。絶望により心を折られたあなたが、それでも何とか這い上がらんとするところを私は見てきました。貴方の心の中に信仰がなくとも構いません。歪んだ思いがあろうとも構いません。それもまた人間です。だけど、これだけは覚えていてください。私はただ、あなたに救われて欲しいのだと。そして、願わくば――」

 

 この世界を救ってほしい。

 あまりにも大袈裟な言葉をしかし、オドルーは真っ直ぐな瞳で言い切った。

 

「……本当に、いいのですか?」

「構いません。もし武器として使えなくとも、それはあなたを守る盾となる筈。魔人に抗する勢力が我々のみである以上、核であるあなたが持っておいて損はないでしょう。それに――どうにも嫌な予感がします。この聖剣を扱える人材がいて損はないでしょう」

「……もしも私が相応しくなかったら?」

「その時は、私が使いましょう」

 

 茶目っ気のあるウインクを一つ。

 それで肩の力抜けたクリスティーナは、ゆっくりとその手を聖剣へと伸ばした。

 

 聖剣は彼女を受け入れるように光り輝き――

 

 そして聖剣はクリスティーナ・エヴァートンの所有物となった。

 伝説の始まりである。

 誇り高き聖騎士の誕生。

 

 クリスティーナは己に任された聖剣の輝きに目を細め、オドルーは万感の思いを持ってその光景を見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズブリ

 

 

 

 

「えっ――」

 

 だから、その直後に起きた出来事を正しく認識するのに時間を要したのも仕方がないことだろう。

 

「ア、アルマ……?」

 

 徐々に熱を持ち始めたクリスティーナの脇腹。そこには、切っ先鋭い本物の短剣が差し込まれていた。甲冑の合間を狙った的確な一撃。

 そして、その凶行に及んだのは……クリスティーナの信頼する部下、アルマ。

 

「ど、どうして……」

 

 言葉にならない感情が押し寄せる。

 疑問と、絶望。

 痛みと、熱。

 

 どうして? どうして? 信頼してくれたのは嘘だったの? なんで? あなたのこと、信頼していたのに。あなたとなら、友達になれると思っていたのに。私、また間違えた? またいけないことをした? これはその罰?

 

 

「ヒュッ! ど、どうして……」

 

 喉の奥から血がせりあがって来る。内臓が傷ついているらしい。だが、クリスティーナは痛みや血などどうでも良かった。今はただ、どうしてこうなってしまったのか疑問で疑問で、分からなくて、本当に何がいけなかったのか分からないの。私? そんなにいけない子だった? 私は――――

 

「いけない!」

 

 手に持った聖剣を振るうことも出来ず、ただ呆然と立ち尽くすクリスティーナ。遅まきながら現状を把握したオドルーは咄嗟にアルマを突き飛ばし、クリスティーナを支えながら後退した。

 

「クリスティーナ様! しっかり!」

「ゴホッ! ゴホ!」

「くっ、今は治療が先決か」

 

 クリスティーナの脇腹に刺さったままの短剣を見て直ぐに回復の奇跡を行使しようとするオドルー。しかし、彼は直ぐに奇跡を取りやめた。クリスティーナの治療を諦めたわけではない。それよりも先に解決しなければならない問題があったからだ。

 

『……』

 

 突き飛ばされた体勢からゆらりと立ち上がったアルマ。彼女の瞳はほぼ無力と化しているクリスティーナへと向けられている。

 

「ッ、アルマ殿! どうしてこのような凶行に出た! あなたはクリスティーナ様に尽くすと誓ったではありませんか! だというのに――」

『……』

 

 オドルーの声を無視し、アルマは突進してくる。武器は手元にないが、恐ろしい雰囲気を纏った彼女を野放しにはしておけない。

 

「神の奇跡よ、我らを守り給え!」

 

オドルーは咄嗟に教会の守りを発動させ、クリスティーナと自分を覆うように結界を発動させた。

 決して強度の高い結界ではないが、非力な少女の攻撃程度なら防げる。オドルーは理性を失ったように結界へ無意味な攻撃を続けるアルマに語りかけた。

 

「アルマ殿! 聞こえていますか! あなたは今、正気ではない! これ以上、クリスティーナ様に害を為そうというのなら、こちらも相応の実力行使に出る! それでもよろしいのですか⁉」

『……』

 

 アルマは答えない。両手の拳から血を流しながら物言わぬ人形のように結界を殴り続けている。

 説得は不可能か、とオドルーは落胆する。今の彼にとっての優先事項は、聖剣の担い手となったクリスティーナの命を何としても守り通すことだ。ここで彼女を失うような愚行は犯せない。

 彼が最も嫌う命の選別。出来ればやりたくはない。アルマは仲間だ。ここ数日、彼女が一生懸命働いている姿を見守って来た。役に立とうと奮闘している姿を見て勇気を貰い、遂に聖剣の解放に踏み切った。

 

 だが……この非常事態に綺麗ごとは言っていられない。

 

 最悪の場合、アルマには――

 

(いや、待てよ。人形のよう……まさか)

 

「……クリスティーナ様」

「ゴホッ! ゴホッ! ア、アルマ……」

「クリスティーナ様! 辛いのは承知です。だが、聞いてください。アルマ殿は誰かに操られている可能性があります。この攻撃は、彼女の意思ではない」

「―――――あっ」

 

 痛みと動揺で乱れていたクリスティーナに冷静な思考が蘇る。顔色は良くないが、それでもオドルーの言葉は間違いなく彼女にとって救いとなった。

 辛うじて、ではあるが。

 

「そうか……あの情報はやはり罠。ゾルディンが私たちの動きに感づいてアルマに洗脳を――」

「クリスティーナ様! このままではアルマ殿の拳が使い物にならなくなってしまいます! お早く指示を!」

「――邪悪を祓う力の奇跡を放ってください。恐らく、それで正気を取り戻すはずです」

「承知!」

 

 結界を解除したオドルーはクリスティーナの指示通り、力の奇跡を放った。軽い衝撃波がアルマを襲い、軽い彼女の身体を吹き飛ばす。

 激痛を訴える脇腹を押さえながらクリスティーナが駆け寄る。

 

「アルマ! 目を覚ましなさい! アルマッ!」

 

 暫く苦しそうに唸っていたアルマだったが……目を開いた時、その瞳にはいつもの輝きが戻っていた。

 

「う、ん…………あれ、クリスティーナ様? どうしたんですか」

「……なんでもありません。なんでもありませんよ」

「いや、でも……なんだか泣きそうな表情をされています」

「フフフ、なんでもありませんってば。でも、あぁ、そうですね。――あなたが無事でよかった」

「????」

 

 柔らかく微笑んだクリスティーナに首を傾げるアルマ。どうやら先程の記憶はないらしい。

 それでいい、とクリスティーナは思った。彼女はきっと自分のしたことを知れば凄まじい自責の念に駆られるだろう。苦しむ彼女の姿は、見たくなかった。

 

「――さて」

 

 クリスティーナはその表情を引き締めると気合いで立ちあがり、そして――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な、何をされているのです⁉」

 

 慌てて駆け寄ったオドルーが彼女の傷口に手を当てて回復の奇跡を施すが、クリスティーナの視線は神殿の外に向けられていた。

 

「これはゾルディンからの攻撃です。致命傷を避けられたのは、運が良かったか……或いは僅かに残っていたアルマの意思のお陰でしょう。ですが暗殺に失敗した以上、次は必ず本命が攻めて来る筈」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ご名答。良い読みだぜぇ、お嬢ちゃん』

 

 

 

 

 

 

 声は頭上から。

 ただでさえボロボロだった神殿の天井をぶち壊し、それは地上に降り立った。

 

 人ならざる灰色の皮膚。ギラギラと輝く金色の瞳。鋭い牙。そして、禍々しいオーラを放つ黒い刀身の剣。

 

 クリスティーナは聖剣を静かに構え、問うた。

 

「……魔将騎ゾルディン、ですね」

『あぁ、そうさ。お初にお目にかかる。クリスティーナ・エヴァートン。――いや、今は聖騎士様と呼んだ方が良いのかね?』

「どちらでも。私の名などどうでもいいことです。あなたは、ここで倒しますから」

『ほう? ご立派な武器を手に入れたばかりでご満悦のとこ悪いけどな、俺がテメェみたいな小娘に負けるとでも?』

「そちらこそ。たかだか魔人の分際で、聖剣の輝きに耐えられると? 貴様はここで殺す!」

『ほざくじゃねぇか……!』

 

 獰猛に笑ったゾルディンの全身から凄まじい魔力が溢れ出す。迸るその殺気だけで人を殺せそうなほどに圧倒的な存在感。

 初めて魔人と相対したオドルーは死の予感に背筋を凍らせ、アルマは震えあがる。

 

 だが――クリスティーナは聖剣から溢れ出る力によって寧ろ()()()()()()

 

 正式な所有者となった今だからこそ分かる。この剣の恐ろしさが。そして、この刀身に込められた切なる祈りと、その力が。

 

 分かる。

 使い方が。

 そして、戦い方が。

 

『調子こいたその首、この魔剣ゾラムで切り裂いてから城門に飾ってやるよッ!』

 

 魔将騎ゾルディンが神殿の床を踏み抜き、凄まじい速度でクリスティーナに迫る。人間の反応速度では対応できないそのスピードは、彼が勇者ルタと相対した時よりも上がっている。

 彼の心からは完全に慢心が消えたのだ。さらに目の前で鬱陶しく輝いている聖剣は、魔王さまですら警戒しているほどの伝説の武器。どんな効果を持っているか分からない。

 

 様子見で大ダメージなど喰らってはシャレにならないので、先手を取ることにしたのだ。

 

 

 ――が。

 

『な、に……!』

「どうした? 魔将騎とは、人間の小娘一人も仕留められない雑魚の集団なのか?」

 

 掛け値なしの本気で放った魔剣ゾラムの一撃は、聖剣によってあっさりと防がれていた。訓練を受けただけで碌な戦闘経験もない筈の少女に合わせられ、止められていたのだ。

 屈辱に顔を歪めるゾルディンだが、彼の戦闘脳は鍔迫り合いを繰り広げながらも冷静に聖剣の力を分析していた。

 

(俺の速度に合わせたところを見るに、所有者の反射神経向上か? いや、この力は……筋力も上がってやがるな。となると、所有者の戦闘能力底上げか。それも、ほぼ強制的にこっちと同じレベルまで引き上げる力。……ふん、確かに厄介な能力だな)

 

 その後も試しに数度打ち合ってみたが、ゾルディンの斬撃がクリスティーナに届くことは一度もなかった。やはり、所有者の近接戦闘能力を向上させる代物らしい。

 だが――その程度では肩透かしもいいところだ。

 実力者が持てばとんでもなく厄介かもしれないが、相手はたかだか十数年生きただけの小娘。優に数百年の時を過ごしているゾルディンの敵ではない。

 

『オラァ!』

 

 本気の斬撃で聖剣を弾き、一旦距離を取った。仕切り直しである。近接戦闘で埒が明かないと分かったのであれば、中距離から圧倒的な火力で仕留めるだけの事。

 

『吼えろ! 魔剣ゾラムッ‼』

 

 ゾルディンは愛剣に己の血を吸わせ、大量の魔力を注ぎ込んだ。刀身が赤い魔力に包まれ、徐々に肥大化していく。

 勇者ルタをして月牙○衝と言わせたそれは、魔将騎ゾルディンが持つ最大火力にして、あらゆる敵を灰燼と化す一撃である。

 

『聖剣諸共ここで滅びなァァァァァァァ!』

 

 ゾルディンは刀身を振り下ろした。この神殿を丸ごと葬りかねない程の威力と範囲。逃げることは出来ない。受けきることもまた出来ない。

 この斬撃から生き延びた勇者という例外もあったが、彼ですら自分に害の及ぶ範囲を消し去るので精いっぱいだったのだ。

 この斬撃が向かう先にはクリスティーナの他に、オドルーとアルマもいる。彼女は全員は守り切れない。

 

(生き延びてもいいぜ、聖騎士さんよ。ただし、その先には後悔と懺悔の地獄が待ち受けているけどなァ)

 

 ゾルディンは邪悪な笑みを浮かべ、赤黒い斬撃を見守る。

 必殺の一撃は無力な人間たちに迫り――

 

 

 

 

 

 

聖なる祈りの剣(ラスト・サンクチュアル)

 

 

 光があった。

 

 決して穢されることのない光が。

 

 

 クリスティーナは誰に言われるまでもなく、ゾルディンの斬撃が迫りくるその瞬間に聖剣を地面に突き立て、祈る様に膝を折った。

 

 魔王すら恐れ、勇者がその力を渇望した聖剣。

 信徒たちの祈りが結晶となり、気が遠くなるほどの長い年月をかけて完成されたそれは、この世で最も理不尽な存在であった。

 

 その力の正体は――()()()()()()()()()()()()()()

 

 切っ先を突き立てた場所を中心に広がった光はクリスティーナとオドルーとアルマを包み込み、そしてゾルディンの斬撃を難なく防いだ。

 

 

 驚愕に目を見開く面々。

 だが、それだけではない。

 

「聖剣よ。私に力を」

 

 光が闇を喰らいつくしていく。

 それはそう表現する他にない、歪な光景だった。

 

 聖剣が赤黒い斬撃の魔力を喰らい、光へと変換していく。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 正義が悪に打ち勝つ瞬間だというのに、それはどこか生々しくおぞましかった。

 

 

『て、テメエ! それはまさか――』

 

 これから起きる現象に気が付いたゾルディンが焦ったように身構えるが、もう遅い。

 聖剣の力を身体で理解したクリスティーナは魔力が充填された剣を頭上に掲げ、巨大な刀身となったそれを躊躇なく振り下ろした。

 

聖なる戦いの剣(ラスト・クルセイド)

 

 光の斬撃がゾルディンに押し寄せる。それは彼が先程放ったはずの一撃であり、同時に聖剣の力によってブーストされた理不尽極まりない一撃であった。

 生存本能がゾルディンを突き動かす。彼は己の魔力を枯渇させる勢いで魔剣ゾラムに血を吸わせ、最速で再び斬撃を繰り出した。

 

 拮抗する光と闇。勝つのは当然――光だった。

 

『クソッタレがァァァァァァァ!』

 

 ゾルディンは光に焼かれながら吼えた。痛みに。熱に。悔しさに。この上ない屈辱に。

 まさか勇者にのみならず、聖剣を手に入れただけの小娘にすら破れるとは。

 

 魔王さまの失望した顔が脳裏に浮かぶ。同僚たちの蔑みが思い出される。「役立たず」と罵られ、六位に転落したあの日を思い出す。

 

(死ねるか! こんなところで、死んでいられるかよォォォォォォッツ!)

 

 強烈な生への渇望が彼を生かした。嘗て灰狼と恐れられたゾルディンは光の斬撃を魔力で強化した全身で受け止め――気が狂いそうなほどの痛みを耐えきった。

 

『ハァ、ハァ……俺ァ、死なねぇぞ』

 

 全身に大火傷を負い、今なお聖なる光に全身を焼かれながらも彼は生きていた。直ぐに止めを刺そうとクリスティーナが聖剣を構えるが、その前にゾルディンは神殿から逃走していた。

 背中を見せることに何の躊躇も感じていない鮮やかな逃げ。

 

「仕留め損ないましたか……痛っ!」

 

 急いで後を追おうとするクリスティーナだが、脇腹の傷はまだ完治していない。激痛に動きを制限されてしまった。

 

「クリスティーナ様!」

 

 駆け寄ったアルマは彼女の傷口を見て青褪めた。なんて酷い傷。一体、誰がこんなことを……。

 オドルーは再びクリスティーナに回復の奇跡を施しながら必死に訴えた。

 

「急いで治療をしましょう! こんな状態では戦うこともままなりません!」

「……いいえ。このままゾルディンを追いかけます」

「クリスティーナ様!」

「奴は死に体です。そんな彼が次にどんな行動を起こすか……分かるでしょう」

 

 オドルーは青褪めた。クリスティーナの言葉を理解したからだ。

 

「食事、ですか……」

「然り。奴は必ず、人間を食って体力を回復させる。その前に仕留めなければ……!」

「で、でも! クリスティーナ様の怪我だって酷いです! これじゃあ、とてもじゃないけど戦え、な、い……」

「……アルマ?」

 

 徐々に顔色が悪くなっていくアルマに疑問を抱きつつ、クリスティーナは聖剣を杖にして起ちあがった。彼女の事は気に掛かるが、今はゾルディンを追いかけることの方が先決だ。そう、全身が訴えていた。

 

「オドルー。アルマをお願いします。私は今から奴を――殺しに行きます」

「クリスティーナ様!」

 

 悲痛なアルマの声が聞こえるが、クリスティーナは振り向かなかった。彼女の思考はゾルディンを殺すことだけに集約されていたからだ。――それが、邪悪を決して許さない()()()()()()()()()()であるとは知る由もないままにクリスティーナは駆ける。

 

 聖剣の力は絶大だった。羽のように身体が軽く、力も増し、そして敵の攻撃も無効化することが出来る。

 

 決して慢心などしない性格のクリスティーナだが、それでもこの力があれば敵なしであると確信していた。脳内を駆け巡る聖剣の魔力。一種のドーピングを施した状態であるクリスティーナは痛みを無視し、王城を駆け巡る。

 

 追跡の目印はあった。ゾルディンの血痕である。必死に逃げているようだが、何故か王城の方には向かっていない。クリスティーナは風のように駆けながら首を傾げた。

 

(何故王城に向かわない? あそこには、奴の食事が山ほどあるというのに……)

 

 疑問ではあるが、考慮するほどの事でもないとクリスティーナは判断した。それもまた普段の彼女からかけ離れた思考だったが、気付くことが出来ない。

 

 自身が聖剣を使っているのではなく、()()()使()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ただ魔人を狩るだけの装置となったクリスティーナは目を皿のようにして辺りを探し回り――

 

 

『なんだ、やっぱり追いかけて来たか。期待通りで何よりだぜ』

 

「ゾルディンッ!」

 

 声は再び頭上から。視線を上に向けると、そこには背中から生やした漆黒の翼で悠々と宙に浮くゾルディンの姿があった。

 そして、その右手には既に息絶えた王城で働く侍女の姿が――

 

「き、貴様ァァァ!」

 

 間に合わなかった。必死に追いかけて来たのに、救えたはずの命を救えなかった。自分のせいだ。あそこでゾルディンを仕留められなかった私のせいだ!

 

 あぁ、許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない!

 

『おぉう、怖い怖い。お前、そんなキャラだったか?」

 

 一方のゾルディンは空中に浮遊しながら首を傾げ、食事を終えた死体を適当に地面へと放り投げた。

 怒りに駆られた状態のクリスティーナは何とか侍女の死体を受け止め、優しく丁寧に地面へと下ろした。

 

(あれ? この人、どこかで……)

 

 仰向けに下したことではっきりと見えるようになった侍女の顔。クリスティーナはその顔に見覚えがあることに違和感を覚えた。

 だが、聖剣に駆り立てられた正義感が余計な思考を許さない。彼女は怒りに燃える表情で聖剣を構え直し、ゾルディンと睨みつけた。

 

「もはや、貴様を生かしておく理由はどこにもない。ここで死ね、ゾルディン。私が引導を渡してやる……!」

『……んー、やっぱ変だよなぁ……なんつーか、らしくねぇ?』

「何をごちゃごちゃと抜かしている! いいからそこから降りて私と戦え!」

『ありゃりゃ、戦闘能力が上がった代わりに語彙力が低下しちまったみたいだな。……まぁ、知恵のないテメェなんてただの小娘だ。その聖剣は恐ろしいが……頭を冷やせば対処法くらい思い付くって話だ』

「いいから掛かって来い! ここで引導を渡してやると言っているんだ!」

『嫌だよ』

 

 はっきりとゾルディンは言った。そして、食事を終えたことによって充実した頭脳でもって導き出した結論を口にする。

 

『テメェの聖剣だけどなぁ……それカウンター専門の武器だろ? 俺の攻撃が欠片も通用しなかったときは流石にビビったが、要は単なる初見殺しだ。こっちから仕掛けない限り、脅威でも何でもない』

「―――ッ!」

『ほらよ。俺の言葉に何か反論でもあるか? あるんだったらその剣から直接斬撃を繰り出してみろよ。俺のお膳立てなしでな』

「き、貴様ァァァ!」

 

 歯軋りし、屈辱に顔を歪めるクリスティーナ。

 その姿を見たゾルディンは呆れたように言った。

 

『やっぱり馬鹿になってんなぁ。聖剣の副作用か? 持ち主の長所を潰してるようじゃあ武器失格だぜ、聖剣さんよ。……まぁ、俺にとっちゃあ、ありがたい話だけどな。遠慮なく勝ちを拾いに行ける』

 

 ゾルディンは牙を剥き出しにして残忍に笑い、魔剣でとある塔を指した。

 

『なぁ、お嬢ちゃんよ。テメェには確か、大事な家族がいたよな。勝手な言いがかりでボコボコにされて、左目を失明しかけて、それでも根気強く面倒を見続けていた家族がいたよなァァァ⁉』

「な、なにを……」

 

 危機を察知したからか。僅かながらに本来のクリスティーナが戻って来る。だが、それでは間に合わない。この場所におびき出された時点でクリスティーナは詰んでいた。

 

『魔王さまが仰っていた。聖剣は、例え刀身をへし折られようとも持ち主の心が折れぬ限り不滅である、と。だが逆に言うとよォォ、持ち主の心さえ折っちまえば、俺の勝ちってことだよなァァァ?』

「ま、まさか……!」

 

 ここに至り、ようやくクリスティーナはゾルディンの思惑を察した。そして思い出した。あの侍女の正体を。彼女は、母の隔離されている別塔で働いている侍女――

 

『そのまさかだァ! 俺に泣いて感謝しな! テメェの母親、あの間抜け親父と同じところに送ってやるよォォォォオオ!』

 

 血を吸わせたゾルディンの魔剣が肥大化する。その矛先は、クリスティーナの母アウラが暮らしている部屋で――

 

止めろォォォォォォォォォォォォォォォオ‼

 

 悲痛な叫び声が響く。クリスティーナは絶叫しながら聖剣の守りを発動させるが、母の部屋は塔の上にあり、どう足掻いても範囲外であった。

 絶対的な守りはクリスティーナを守り切る。傍にいる人も守る。だが、全員は救えない。

 

 空中にいるゾルディンは聖剣に妨害されることもなく易々と魔剣を振り切り、赤黒い斬撃を繰り出した。狙いすまされた一撃は間違いなくアウラの部屋に直撃し――

 

「母上ッ‼」

 

 クリスティーナはゾルディンが健在であることも忘れて塔に駆け寄った。一縷の望みをかけて見上げる。もしかしたらゾルディンの狙いが甘かったかもしれない。もしかしたら母はそこに居なかったかもしれない。

 

 だが――

 

「あ、あぁ……そ、そんな……」

 

 ゾルディンの斬撃は的確だった。大きな破壊痕が痛ましい塔には生存者の気配などどこにもなく、そして宙には母が愛用していたドレスが無惨に切り裂かれた状態で漂っていて――

 

 

 

“クリスティーナ”

 

 あの優しい声も、遂に聞けなくなった。

 あの日々の残滓は完全に消え去り、クリスティーナは本当の意味で一人ぼっちになった。

 

 

「お母さま……」

 

 茫然自失。クリスティーナは聖剣を構えることもせず、ただ崩れ落ちた塔を見て涙を流していた。

 

『……聖剣に選ばれたとて、所詮は人の子。心さえ折っちまえばこんなもんだ。見てるか? アルカディアのクソ神よ。テメェのお人形さんはここまでだ。後は大人しく魔王さまに滅ぼされるのを待つんだな。この娘は……俺がきっちり殺してやるからよ』

 

 地上に降り立ったゾルディンは魔剣を振り上げる。

 最後の抵抗か。クリスティーナの意思と関係なく動いた聖剣がゾルディンの魔剣を打ち払おうとするが、意志なき剣に敗れるほど魔将騎は甘くない。

 数合斬り合った後あっさりと聖剣を弾き飛ばしたゾルディンは、今度こそ無防備になったクリスティーナに刃を突きつけ、短く別れの言葉を告げた。

 

『じゃあな』

 

 ズブリ。

 

 禍々しい魔剣が人体を貫く。

 肉をあっさりと切り裂き、身体の反対側から切っ先が飛び出る。

 身体の内側に刃物が入り込むその感触。クリスティーナは今日、初めてそれを味わったが……この魔剣は先程の比ではないだろう。

 

「―――あぅッ!」

 

 悲痛な声が漏れる。口元から大量の血が溢れ出る。あぁ、あれは痛いだろうな、なんて。

 その光景を、クリスティーナは地面に倒れ込んだ状態でぼんやりと見上げていた。

 

「ク、クリスティーナ様……さっきは、本当にごめんなさい。やっぱり私、愚図で役立たずみたいですね」

「ア……アル、マ?」

 

 魔剣に胴体を貫かれるその直前。無抵抗だったクリスティーナを突き飛ばしたのは、神殿から全速力で追いかけて来たアルマだった。敬愛する主がゾルディンに殺されようとしていたその瞬間、彼女は何の躊躇いもなく飛び出した。

 

 そして突き飛ばしたクリスティーナを庇うように立ちふさがり――魔剣にその胸を貫かれた。

 

 間違いなく、致命傷だった。

 だというのに、彼女は口元から血を零しながら笑っている。

 

「で、でも……最後にお役に立てたなら……本望です」

『あぁ? 何を言ってやがる。何の役にも立ってねぇよ』

 

 苛立ちをあらわにゾルディンはアルマに突き刺した魔剣を引き抜く。大量の血を流しながらアルマが倒れ落ちる。クリスティーナは反射的に彼女を受け止めた。

 だが、それだけだ。

 信仰心が薄く、奇跡を学ばなかった彼女ではアルマを死から救う術はない。

 

 というより、この傷では助けようがない。オドルーですら無理だろう。

 

「あ、あァァァァァァァっァァァァ」

 

 母は死んだ。殺された。

 そして、アルマも今まさに死にそうになっている。

 

 クリスティーナのせいで。

 

『……ふん。見ろよ、この情けねぇ顔を。これが聖剣の担い手だってよ。これが、テメェの守ろうとした主人だ。敵が目の前にいるってのに、剣を構えることすらしねぇ』

 

 ゾルディンは蔑むようにクリスティーナを見下ろした。

 

『名も知らぬ小娘。テメェの勇気は買ってやるが……残念ながら稼いだのは無駄な時間だ。自己犠牲なんざ、ただの自己満足に過ぎねぇってのに……おめでたい奴だ』

 

 吐き捨てるように言い、ゾルディンはアルマの犠牲が無駄であったことを証明するために魔剣を振り上げ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうでもないさ

 

 風が吹き抜ける。

 ゾルディンが振り下ろした刃は、美しい銀の刀身によって防がれていた。

 

 力強い意志を感じさえる瞳。先日とは比べ物にならないほどに増した覇気。出会う人を安心させるような優しい顔立ちに怒りの表情を貼り付け、彼は参上した。

 

『テメェは……⁉』

「再会を喜びたいところだけど……悪いね。今は機嫌が悪いんだ」

 

 風のように駆け付けたその男は怒りを押し殺したような低い声で呟くと同時、鮮やかな剣技で魔剣を斬り払い、そして強烈な回し蹴りでゾルディンを吹き飛ばした。

 

 少女二人を庇うように立つその後ろ姿。

 クリスティーナはアルマを抱きしめながら呆然と呟いた。

 

「……ルタ?」

「クリスティーナ。久しぶりだね。そして、ごめん」

 

 油断なく剣を構え、ゾルディンを吹き飛ばした方角に視線を向けながら彼は言った。

 

「遅くなった」

「――ッ! ルタ! 母上が! それにアルマも!」

「……あぁ、知っている」

 

 後悔と懺悔が入り混じった声。だが、限界まで追い込まれているクリスティーナはそのことに気づけずに彼の脚に縋りついた。

 

「た、助けて下さい! アルマが重傷なんです! わ、わたしを庇って、魔剣で貫かれて……」

「クリスティーナ」

「私、奇跡が使えないんです! でも、あなたなら使えるでしょう⁉ 早くアルマを治してください! あぁ、そうだ! 聖剣もあなたに譲ります! これであなたがゾルディンを――」

「クリスティーナッ!」

 

 初めて聞くルタの怒声に、クリスティーナは一瞬で正気を取り戻した。そして、こちらへ振り向いた彼の悲痛な表情で全てを察した。

 

「……ごめん。言いたいことは色々とあるけれど、僕はゾルディンの足止めに行くよ。アルマのことは……残念だ」

「ア、アルマを……た、助けられないのですか?」

「……すまない。僕が遅かったせいだ。この贖いは、ゾルディンの首で」

 

 言葉短く、しかしそれ以上に伝えられることなどない。

 勇者は地面を踏み抜き、凄まじい速度で蹴り飛ばしたゾルディンを追って森の中へと消えていった。

 

「そ、そんな……」

 

 希望が現れ、そして絶望に覆われる。

 

 クリスティーナは徐々に呼吸が浅くなっていくアルマを抱きしめたままただ茫然とすることしか出来なかった。

 

 

 

 




英雄(クソ野郎)は、肝心な時に間に合わない――


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聖なる祈りの剣(下)

勇者回です。時系列的には少し遡ることになります。
前回との温度差があまりにも酷すぎ、書いている自分が頭おかしくなって風邪をひきそうになりましたが、気合いで耐えきりました。

読者の皆さんも風邪とコロナウイルスには十分気を付けてネ!


 

 いい湯だな~♪ いい湯だな~♪

 

 あっ、どーも。天然の露天風呂から全裸でお送りいたしております。

 勇者で~す。

 

 前回、クソ雑魚ナメクジのゾルディン相手に逃亡を選択するという走者にあるまじき失態を見せ、さらには傷を手早く治したいばかりに神殿で三時間も無駄にし、挙句の果てに傷を治し切れなかったというガバを行いました。

 

 もう再走まったなしのやらかしっぷりですが、私はまだへこたれていません。というか、いつもより徹底的にチャートが壊れたせいで逆に結末を見届けたくなったといいますか。もしかしたら新しいルートを開拓出来るかもしれないという一縷の望みに掛け、今こうして温泉につかっています。

 

 なんで温泉なのかって?

 

 フフフ、それはもちろん趣味……ではなく、効率よく傷を治すためです。

 

 この温泉はアルカディア山脈の頂上にある天然の露天風呂でありまして、下に霊脈が通っているので湯船につかっているだけで傷が治っていくという優れものなのです。

 滅多に人の来ない秘境ですし一息つきたい時にもってこいなのですが……欠点があるとすれば、王城からかなり離れてしまうことですかね。

 

 瀕死の身体に鞭打った大ジャンプと偶然にも空を飛んでいたワイバーンの背中を拝借することで何とかたどり着きました。

 

 標高が高い場所にあるだけあってかなりの絶景で心が癒されるのですが、こうしている間にも時計の針は進んでいます。

 走者として焦る気持ちはあるのですが……まぁ、私が抜けた分の穴埋めはクリスティーナがやってくれるでしょう。

 いつもの流れであれば今頃城下でゾルディンの証拠集めをしているはずなのに、おかしなことになったものです。

 

 今回のチャートがどれほど乱れているかを説明するため、一応これまでやっていた流れを説明しておきますね。

 

 ①私がゾルディンの正体を暴く。

      ↓

 ②クリスティーナと一緒に彼が魔人であるという証拠を握っているエリナという少女を保護して証言をさせる。

      ↓

 ③焦ったゾルディン、公衆の面前で怒りの大変身。

      ↓

 ④変身したゾルディンがごちゃごちゃ喋っている間、クリスティーナに父を殺した犯人がゾルディンだと吹き込む。

      ↓

 ⑤クリスティーナ怒りの覚醒。ついでに聖剣も覚醒してどこからともなく飛来し、勝手に彼女の手に収まる。

      ↓

 ⑥勇者私と聖騎士クリスティーナの二人でゾルディン蹂躙。

      ↓

 ⑦ハッピーエンド。

 

 

 まぁ、こんな感じでしたね。ちなみにクリスティーナの好感度を上手い具合に上げていればこの後魔王討伐に付いて来てくれたり、女王になってこちらの支援を全力でしてくれるわけです。

 聖剣はデメリットもありますが、クリスティーナのメンタルを鍛え上げればその支配から抜け出すのも可能なので、是非とも覚醒させて仲間にしたいところではあります。

 

 さて、これまでの前例と今回のイレギュラーな状況を加味した上で私は今後どのように立ち回るべきか――

 

「……あ~、癒されるんじゃぁ……」

 

 すいません。あともうちょっと露天風呂堪能してから考えますわ。

 

 

 

 

 はい。

 

 最後まで見守るといいつつ、若干諦めムードの漂っている本チャートですが、一応最低限の努力はするつもりです。

 今からゾルディンに仕掛けても勝ち目がないので、一先ずは元のチャートでもやっていた武器調達に乗り出すとしましょうか。

 本来であればゾルディンの証拠探しと並行してやるものなんですが、そっちをクリスティーナに丸投げした以上、こっちに注力するしかありません。

 

 というわけでやって参りました城下の鍛冶屋さん。

 

 もちろんバレてはいけないので変装はしています。そこら辺で盗んだローブを羽織っただけの雑な変装ですが、この地域はゾルディンの証拠探しルートから外れているので誰かと出くわすようなこともないでしょう。

 

 私がここでするのは先程も言ったように武器の調達です。ゾルディンの魔剣に対抗できるだけの装備がないと流石に厳しいので、この鍛冶屋さんのところにやって来ました。

 

「ごめんくださーい」

 

 カン、カン、カン、

 

「……なんじゃ、お前さん」

 

 一心不乱に金槌を振り下ろしていた白髪で筋骨隆々のおじさんがこちらに振り向きます。

 彼の名はアンドリュー。

 このアルカディア王国で一番の鍛冶屋と言われており、事実彼によって鍛えられた武器は終盤まで安定して使えることに定評のある割とすごいお人です。

 

 というわけで――

 

「武器貰いますね。もちろんタダで」

「なんだと?」

 

 はい、相手が戦闘態勢に入る前に首チョンパ。このおじさん、分厚い筋肉が物語っているようにかなり強いので勝負を長引かせたら最悪こちらが死んじゃいます。素早く先制攻撃で首を落としましょう。

 

 死体を地下に手早く葬ったら早速物色開始です。

 

 なんと! 今ならアルカディア一の鍛冶職人の武器が無償でもらえるチャンス! これを見逃す手はないでしょう。

 

 剣、槍、弓、そして彼が使っていたハンマー。どれも非常に魅力的ですが、やはりここは私の戦闘スタイル的に剣を選んでおくべきでしょう。

 火力が高くとも下手に重い武器を選んでしまうと回避に支障が出てしまうので軽くて固い直剣を一本頂きました。

 

固い決意の剣(デュランダル)

 

 アンドリューが鍛え上げた中でも最上級の剣であり、聖剣や魔剣と打ち合っても折れないという頭の可笑しい耐久度を誇っています。

 伝説の騎士が使用していた剣をモデルに作られたとかなんとか、色んな逸話がありますが……まぁ、私は性能重視なのでそこら辺の歴史はどうでもいいことです。

 

 さて、武器は手に入れたので早速ゾルディンを殺しに行きたいのですが、その前に奴の取り巻きを始末しておかないと面倒なことになります。

 

 ゾルディンはこのアルカディア王国内にたくさんの部下を潜入させておりまして、そいつらを放置しておくと奴との決戦最中にちょっかいを掛けてきて面倒なことになるんですよねぇ。

 

 敵の潜伏先はすべて把握しているので今からそちらを潰しに行きたいと思います。

 

 ちなみに、この雑魚処理はクリスティーナの聖剣が覚醒すればまとめて焼き払えるので本来は必要ないのですが、クリスティーナの現状を把握できない今、聖剣を頼りにしたチャートを組むのも危険です。

 最悪私一人でゾルディンと戦うことになった際、魔族の大軍も同時に相手できるほど火力に自信がないので、地道に不確定要素を潰しておくことにしましょう。

 

 まったく。どうしてこんなことになったのやら。どのミスからこうなったんですかね? クリスティーナの好感度調整をミスった時? もっと遡ってアルマちゃんでガバをやらかした時? ……はぁ、それくらいのガバは見逃して欲しいものですけどねぇ。

 

 閑話休題。

 

 はい。ではこれより気を取り直して魔族狩りを開始したいと思います。

 目標撃破個体数は35体。

 連中は城の衛兵や酒場の店員、果ては娼婦などありとあらゆる職業の人間に擬態しているため、的確な個別撃破が必要となります。

 目標タイムは三日です。魔族狩りだけではなく、王城をクリアした後通ることになる道の整備もついでこなす予定です。

 

 迅速に、手早く。決して一般人を間違えて殺さないように気を付けながら一撃必殺で仕留めていく。

 

 それではこれまでのガバを帳消しにするための魔族撲滅RTAはーじまーるよー!

 

 

 

「やぁ、魔族さん。人間のふりは楽しいかい?」

「……何だテメェ?」

 

 酒場でいつも飲んだくれている(ふりをしている)魔族に話しかけ、その顔の特徴が記憶のものと一致した瞬間に首チョンパ。

 我ながら鮮やかな手口で仕留められました。

 死体は放置しておけば勝手に魔族に戻るので大丈夫です。暇があれば神殿近くに置いておくといいでしょう。聖域の力で浄化され、骨一本も残らなくなるので。

 

「こんにちは」

「なによ、アンタ」

 

 路地裏でたむろしていた情報屋(のふりをしている)気の強そうな女性の心臓をブスリ。ゾルディンの情報網の一つなので、早めに処分しておくことをお勧めします。

 

「ちーす」

「あぁ?」

 

 ガラの悪そうな男に話しかけ、ハートキャッチプリキ○ア。魔族は人間と同じで首と心臓が弱点なのでそのどちらかを潰すと良いでしょう(今更)。

 

「お勤めご苦労様です」

「うん? ……あぁ、どうも」

 

 ごく普通の衛兵っぽい兄ちゃんの首をチョンパ。仲間が来る前に死体を神殿の裏に破棄しておきます。いやー、ほんとにお勤めご苦労さん。

 

「雑魚処理とチャートの再構築。両方しなければならないってのが、走者の辛いところだな」

「何言ってんだお前?」

 

 山賊としてアルカディア王国を狙う予定だった集団をまとめて討伐。人間も混じっていましたが、山賊は一般人ではないのでセーフでしょう。

 というか、この連中は次のエリアに移動するときに襲い掛かって来るモブなので、いまのうちに始末しておいて悪いことはないです。

 

 

「ていうか、今にして思えば」

 

 首チョンパ。

 

「ゾルディンって意外と優秀な奴なんですよね」

 

 心臓ズブリ。

 

「きちんと王城を内部から掌握しているし」

 

 首チョンパ。

 

「自分の部下も抜かりなく配置している」

 

 心臓ズブリ。

 

「魔剣の能力に気づけないのも、裏返せばこれまで殆ど致命傷を負ったことがないということだし」

 

 首チョンパ。

 

「聖剣の破壊という大事な任務も任されている」

 

 心臓ズブリ。

 

「総合的に見ればそこそこ優秀なんですよね。まぁ、私からすれば雑魚ですが」

 

 首チョンパ。

 

 さて、アルカディア王国の至る所に潜んでいるので移動が大変です。もう一日が終わろうとしています。

 とは言え、魔族討伐だけでは芸がないので、ついでにアルカディア王国の浄化も済ませておくことにします。

 貧困街で流行っている麻薬の撲滅や、元凶の討伐。悪徳業者を肉体言語で調教し、王国の癌を排除していきます。

 これをやることによってアルカディア王国から受けられるバックアップが強化されるので決して無駄な作業ではありません。

 

 では、この調子で魔族討伐と城下の掃除をこなしていくことにします。

 三日後にお会いしましょう。サラダバー!

 

 

 

 ……………………

 

 

 

 ………………

 

 

 ……

 

 疲 れ た

 

 けど、何とか作業は終了しました。潜伏していた魔族は全員討伐。王国を腐らせていた元凶共も大方駆逐しておいたので、後は頭のいい人が王座に着けばそこそこいい国に生まれ変わるでしょう。

 

 さて、ではやることもなくなったのでクリスティーナの進捗状況を確認しておくことにしますか。と言っても、直接彼女に聞きに行くような野暮な真似はしません。何故かって? 

 

 ……ギリギリになって到着した方が好感度上がるからですよ(ゲス顔)。

 

 というわけで、やってまいりました城下第四地区の南通り。アルカディアの掃き溜めと言われている素敵な場所ですね。相変わらず陰鬱な空気で満ちていますが、元凶は殺しておいたので後は国の支援が入れば普通の地区に生まれ変わるでしょう。

 

 ここで確認したいのは先程も言ったようにクリスティーナがゾルディンにどれほど迫れているかという進捗の確認です。

 ゾルディンが魔人であるという証拠を握ったエリナという少女がいるのですが、その子にたどり着くことさえできていればこちらの勝ち確です。

 

 さて、エリナちゃんは(死んだ瞳で)元気にしてるかな―――――って、あれ?

 

『いいか? 俺の事を尋ねて来た奴がきたら直ぐにこのベルをこっそりと鳴らせ。そうすりゃあ、直ぐに駆け付けてやる。分かったか?』

「……はい」

 

 ゾ、ゾゾゾゾゾルディン⁉

 

 あ、あっぶねぇ……あと少しで見つかるところでした。急いで「夜影音脚(シャドウアーツ)」を発動させ、近くの茂みに身体を隠します。

 最悪、戦闘もやむを得ないと覚悟していたのですが、ゾルディンはエリナ嬢とコソコソ何かを話し合ってからどこかへ飛んで行きました。

 

 ……うーん、会話の内容は分かりませんでしたが、何やらマズイ事態になって来たのは理解できます。

 これは、いまのうちにエリナ嬢を始末しておくべきですかね……?

 

 いや、そうするとゾルディンの化けの皮を剥ぐ証拠がなくなります。ここは慎重に立ち回るべきでしょう。暫くここを見張って全体の流れを把握する必要が――

 

 

 

 

 

 

『そこで何をしているの?』

「――ッ⁉」

 

 

 

 

 

 

 私の隠密が暴かれた⁉ それに、この中性的な声は――

 

 直感に身を任せてその場から跳躍し、背後から声を掛けて来た奴の後ろに着地します。顔を上げた私の目の前にいたのは、予想通り途轍もなく厄介なアイツでした。

 

『いい反応だね。ゾルディンが手こずっているだけある』

「……何者だ?」

『あれ? ボクのこと知らないんだ。じゃあ、一応自己紹介しておくね。ボクの名前はユリウス。皆からは幻郷のユリウスって言われている。一応、魔将騎序列()()()をやらせてもらってるんだ。結構凄いでしょ?』

「……」

 

 白色の髪と眠たそうな瞳が特徴的なこのショタは、本人が名乗った通り、ゾルディンを負かして第三位まで上り詰めたマジの実力者です。

 

 幻郷のユリウス。

 

 厄介なのはその能力なのですが、本人も冗談抜きで強いです。正直、終盤の武器でようやっと倒せるレベルのヤバ敵です。

 確実に倒せる攻略法があるのですが、それをするために必要な肉壁(仲間)はいないし、今の状態では絶対に勝てません。

 

 

 

 はーい、詰んだ。

 

 ねぇ、なんでここにいるの? 君、今頃は果ての森でエルフ狩りしている最中だよね? 金髪巨乳のエルフたちを殺しまくってる最中の筈だよね! さっきも言いましたがゾルディンよりも強いんですよコイツ! なんで! そんな実力者が! 超序盤にいるんすか⁉ 初心者狩りか? まだ右も左も分からない初心者を狩りに来たのか⁉ 外道か貴様! ぶち殺すぞテメェ! いや勝てないんだった!

 

『……ふーん、ボクとの実力差を悟れるくらいにはやるみたいだね。表情に変化はないけど、焦りを感じるよ。力は抑えているつもりだけど、中々どうして鋭いじゃないか』

「……」

『まぁ、そう警戒しないでよ。今日は殺し合いをしに来たわけじゃないからさ』

「……なに?」

 

 えっ、マジで? なんだぁ、びっくりさせないでくださいよ。マジで心臓を吐きそうだっ――

 

『ただし、君が目的なのは間違いない。……まったく、元三位だからって調子に乗り過ぎだよね、あのおっさん。今の三位は僕なのに、魔王さまへの報告は任せただとさ。怒られるのが怖いからって、後輩に頼むなっての。全く』

「……話が、見えないんだが」

『うん? 今言った通りさ。ボクは君の事を調査し、レポートに纏めて報告するためにやって来た。だから、その能力を正確に把握したいのさ』

「……つまり」

『そう。つまりだよ。これから君と()()()()()()。ちょうどエルフ狩りにも飽きていたところだし、楽しませてくれると嬉しいな』

「……」

 

 あっ、死んだやつだこれ。

 

 いやー、想定外にもほどがありますわ。私、一人でコイツと戦ったこと数えるくらいにしかないんですよね。大抵は仲間に任せていたので。

 苦手なんですよ。攻撃手段厭らしいし、強いし、面倒だし、もう嫌だ。

 

 あーあ、良いところまで行ったと思ったんだけどなぁ……今回は此処までの様です。また次回のRTAにご期待ください!

 

 では、サラダバー!

 

 

 

 …………………………

 

 

 

 ………………

 

 

 

 ……

 

 

『なかなかやるね。今日のところはこれくらいで勘弁しておいてあげるよ。もっと強くなってからボクに挑むことだね。楽しみにしているよ』

「……」

『これからゾルディンと戦うことになると思うから、傷も治しておいてあげる。精々、この後も気合い入れて頑張ることだね。それじゃあ、さようなら』

「……」

 

 

 生 き て た

 

 ユリウスが手加減していたこともありますが、私生きていました。たまげたなぁ……絶対死んだと思っていたのですが。

 ま、まぁ、これが走者の実力ってことですよ(震え声)。

 あの調子に乗ったショタの出現条件はいまいちわかりづらかったですが、私のガバが原因であることは何となく分かりました。

 

 もうほんと、あれですね。ガバったら駄目ですね(当たり前)。

 

 文字通り、痛い目に合ったのでこれから先は絶対にガバをしないことを此処に誓います! ワタシヤクソクハマモルヨ。

 

 さて、あの無駄に強い三位のせいで大幅に時間を取られてしまったので、直ぐに動き出しましょう。あいつの作った異空間の中で移動しながら戦っていたので一瞬ここがどこだか分からなくなりましたが、王城付近であることは直ぐに分かりました。それと同時、ゾルディンの魔力と何かがぶつかり合っていることも。

 

 この気配は……聖剣、ですかね。これまで色々とありましたが、一先ずは第一目標を達成できて良かったといいますか。

 

 崩壊しかけていたモチベーションも少しばかり回復しました。ゾルディン程度に手間取る聖剣とクリスティーナではないと思いますが、念のため援護に向かいましょう。

 方角的には神殿の方ですね。聖なる神殿で何をしているんだとは思いましたが、恐らく聖剣を覚醒させたところを襲撃されたのでしょう。うーん、ゾルディンさんやけに鋭くない? 第六位の癖に良いムーブをしています。

 

 何だか無性に腹が立ちますが、そんな事を言っている間に神殿に到着しました。

 だけど、中にはオドルーおじさんがいるだけで、目当てのゾルディンと聖剣はおらず。

 なんで?

 

 

「お、おぉ! 勇者殿ではありませんか! ご無事で何よりです!」

「オドルー殿、再会の挨拶はまた後で。それよりもここで魔力の波動を感じて駆け付けた次第なのですが、争っていた者たちはどこへ?」

「逃げたゾルディンを追ってクリスティーナ殿が神殿を飛び出していったのです! それに、先程アルマ殿までも……」

「アルマ殿? ……まぁ、事情は分かりました。僕も直ぐに追います」

 

 どうしてそこでアルマちゃんの名前が出るんだとは思いましたが、色々とぐちゃぐちゃなチャートですし、クリスティーナとの関係に変化があったのかもしれません。深く考えている暇もないのですぐにゾルディンたちの後を追うことにします。幸いにも血痕が地面に残っていたので足取りを追うのは難しくなかったのですが――

 

「で、でも……最後にお役に立てたなら……本望です」

 

 アルマちゃん、なんで魔剣に貫かれているんですかねぇ……。

 

 今までこんな場面を見たことがなかったのでマジで困惑してしまいます。個人的にはクリスティーナを守ってくれただけでも特大のファインプレーだと褒め称えたいところではあるのですが、肝心のクリスティーナの表情を見る限り、そういうわけでもなさそうです。

 

 暗く、淀んだ瞳。

 

 私はあの瞳を知っています。あれは確か、恋人になるまで好感度を上げた状態で彼女に全てがバレてしまった時のこと。

 最愛の男の正体が、己の父を殺し自分を誑かした道化だったと知った時の彼女の顔といったら……本当に最高の一言でしたね。

 

 ただ、その後聖剣を私物化した彼女によって心身諸共ボコボコにされたのは割と洒落にならない記憶です。いやー、達磨にされてからの監禁ルートはもう勘弁願いたいですねぇ。マジで性癖が歪みそうでした。

 

 今の彼女からはその時と似たような雰囲気を感じます。もう何もかもが嫌になり、自暴自棄になってしまっている状態。走りながらよくよく辺りを観察すれば、彼女の母上であるアウラの塔が無惨に破壊されているではありませんか。

 あー、これは闇落ち案件ですわ。折角聖剣が覚醒したのにこんなところで何の役にも立たない闇落ちルートはマジで勘弁願いたいのですが、もう手遅れっぽいですねぇ。

 

 だるっ

 

 もうあれじゃあ、立ち直れないでしょう。この時期のクリスティーナはメンタル激弱なので、自力ではほとんど何もできません。まぁ、思春期の多感な時期をずっと神殿や自室にこもっていれば仕方がないことだとは思うのですが、私と旅に出て色んな経験を積み、仲間と出会ってメンタルを鍛えられるまでは本当に聖剣による防御カウンターくらいしか取り柄がないのです。

 

 だというのに、それすらできなくなるとは――

 

 はーつっかえ。

 

 あれだけ頑張ったのに闇落ちかよぉ。クリスティーナはかなり好きなキャラですが、流石にそれはガン萎えです。今までの努力を全てパーにされた気持ち、分かりますか? 別に彼女抜きでも攻略は出来なくもないのですが、それでもこの一週間が水の泡と消えた徒労感だけは拭い去れません。

 

 駄目だ。何か、凄い腹立ってきた。

 

 この怒りは全ての元凶である(ブーメラン)ゾルディン君にぶつけるしかないですねぇ。

 

 よっしゃ! 今度こそ死ねやゾルディン! 

 

『テメェは……⁉』

「再会を喜びたいところだけど……悪いね。今は機嫌が悪いんだ」

 

 ゾルディンを森に蹴り飛ばし、新しく手に入れた剣を構えながらチラリとクリスティーナを見ます。

 うーん、見た感じアルマちゃんはもう助からないですね。私は敵を効率的に葬り去るための脳筋ステ振りですし、クリスティーナは頭脳全振りです。というか、信仰奇跡全振りのオドルーでもこの傷は治せないでしょう。

 

 私の登場で一瞬クリスティーナの瞳に光が戻りますが、治せないと告げた瞬間にまた闇落ちの目になりました。

 

 うん、ドンマイケル。

 

 アルマちゃんは尊い犠牲でしたねぇ。あんまり関わりがなかったうえに有用性を見いだせないので全く悲しめないのですが。

 

 まぁ、クリスティーナのことはもう諦めるしかないでしょう。最低限のフォローをしてからゾルディンを追って森に凸ります。

 

『よぉ……前会った時よりも強くなったんじゃねぇか、テメェ。さっきの蹴りは中々痛かったぜぇ』

「あなたが弱くなっただけじゃないのか? 前会った時よりも小物感が増したように感じる」

『言ってくれるじゃねぇか……!』

 

 ゾルディンが怒り散らしていますが、実は彼の言葉もあながち間違いではありません。

 確かに私はこの三日間で大分強くなりました。

 それも当然という話で、三日間殆ど休まずに人に擬態した魔族を殺し、山賊や裏社会の連中を皆殺しにしてきたのです。自然と闘いの直感が研ぎ澄まされますし、筋力もそれなりに上昇しました。

 

 加えて、昨日の昼頃から先程まで戦っていた第三位。

 業腹ですが、アレとの戦闘で大分全盛期に近い身体捌きが出来るようになりました。

 武器も新調したことですし、もう負ける要素はありませんね。

 

 その証拠に――

 

『クッ、テメェ! マジで何をしてやがった⁉ 前と比べものにならねぇじゃねぇか!』

「四六時中修行をしていた、と言ったら信じるかい?」

『クソが! 信じるしかねぇだろうが!』

 

 滅茶苦茶ゾルディン相手にゴリ押せています。うーん、第三位を練習相手として呼び出すこのルート、意外に良いかもしれませんね(掌返し)。

 結果的に強くなれたので効率よくボス戦を進められる可能性があります。

 細かい出現条件がよく分かりませんが、それは後で自分の行動を振り返って調べるとしましょう。

 

「この間は散々にやられたからね。今度はこっちの番だ」

『クソッタレがァァァァァァァ!』

 

 ゾルディンが吼えていますが、所詮は負け犬の遠吠え。このまま一気に畳み掛けましょう――って、あれ?

 

 何か急にゾルディンの攻撃力が上昇したような……いや、気のせいですね。この異常に固い剣が軋むくらいの斬撃を放って来たような気もしますが、気にせずに止めを刺しましょう。これ以上長引かせて良いことはありません。早く止めを……止めを……止めを……止めを……

 

『ハァ、ハァ、ハァ、俺は死なねぇ。俺は死なねぇぞぉォォォォォォォォ!』

「……」

 

 あー、忘れてましたわ。

 

 この世界でも最上位に食い込む優秀武器、魔剣ゾラム君の事を。

 持ち主がピンチになればなるほど力を発揮してくれる健気な魔剣君の事を。

 

 アアアアアアアアアアアアアアアア!

 

 クソが! ゾルディン、お前の事は信じていたのに! 気軽に倒せる噛ませ犬だと信じていたのに! 無駄に優秀な魔剣なんか使いやがって! クソ! 羨ましいじゃねぇかこの野郎! これ、一撃でも掠ったら死ぬ奴じゃん! もー、倒すの面倒になったよぉ……。

 

 はいはいはいはい。分かりました分かりました。

 

 もう私は誰も信じません。私が信じるのは私だけです! 聖剣も魔剣も知ったことか! 私はただ自分だけを信じて突き進む! 今までもそうして進んできたじゃないか! これから先もそうするだけのことです。

 

 さぁ、掛かって来いゾルディン! お前は私が一人で倒してやる! 

 あっ、でもその斬撃はちょっとまずいので止め――

 

 

 

 

 

 

聖なる祈りの剣(ラスト・サンクチュアル)

 

 ピンチだった私を救う光。

 それは倍以上の威力になったゾルディンの斬撃を容易く受け止めました。

 こ、この頭がおかしい防御力はもしかして――!

 

「その戦い、私も混ぜてもらいましょうか」

 

 私の背後から聞こえる凛とした声。振り向いた先には、神官騎士の鎧を身に纏い、光り輝く剣を手に持った美しい少女がいました。

 

「友の弔い合戦です。聖剣の真なる力、ここで思い知るがいいゾルディン」

 

 彼女は――絶望の淵に居たクリスティーナ・エヴァートンは自力で立ちあがった。そして、己の自我で聖剣を支配し、堂々と二本の脚で大地を踏みしめている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……クリスティーナ。君の事を信じていたよ」(熱い掌返し)。

 

 

 

 いやー、私は最初から信じていましたよ? クリスティーナが自力で這い上がってくるって。

 なんたって聖騎士ですからね。そんじょそこらのヒロインとは格が違います。私が何かを施すまでもなく、メンタルが出来上がっているんですよ。

 

 ゾルディンの斬撃で死んだと思った皆々様。あれもね、計算ずくだったんですよ。これが私のリカバリーだ! フハハハハハ! 勝ったな!

 

 最強の盾も手に入れたことですし、ここから一気に逆転と行きますか! 

 

 

 私たちの戦いはここからだ!

 

 




掌くるくるし過ぎて千切れないか心配……。

というわけで(?)現在の進捗具合を報告しておきますね。

真・聖騎士ルート:解放
闇落ちクリスティーナルート:60%
色魔クリスティーナルート:9%


勇者「理論値やん」


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覚醒

第一章もあと二話ほどで終了です。
ラストスパート、一気に駆け抜けていきたいと思います!


 思えば。

 

 クリスティーナはこれまで、目の前で人が死ぬ姿を見たことが殆どなかった。誰かが自分の目の前で血を流し、命をすり減らしていく姿を見たことはなかったのだ。

 

 父も、母も、呆気なく命を散らしてクリスティーナの前から去った。

 

「ア、アルマ……」

 

 血が胸元からとめどなく溢れて来る。

 

 こういう時、どうすればいいのか本当に分からない。助けたいのに、助けられない。自分では何もできない。

 クリスティーナは、かつて必要がないと断じ、回復の奇跡を学んでこなかった自分をひたすら責めた。

 

「クリスティーナ様……」

「――ッ」

 

 今にも消えてしまいそうな、細い声。

 クリスティーナは腕の中で荒い呼吸をしているアルマへ必死に語りかけた。

 

「しっかりしてください! 大丈夫です。大丈夫ですから、ゆっくりと深呼吸をしてください。あなたは助かりますから!」

「ゼェ、ゼェ……」

「待っていてください。直ぐにオドルーを呼んで――」

「クリスティーナ、様……」

「アルマ?」

 

 自分に出来ることなどない。そう悟ったクリスティーナが唯一の希望であるオドルーを呼びにこうとしたその時、彼女の手を強く握ってアルマが引き留めた。

 呼吸をするだけでも苦しいだろうに、その手には並々ならぬ意志の強さが込められている。

 

「ど、どうしたのですか?」

「……話を、聞いてくださいますか? 私のつまらない話を」

「それなら後で聞きます。今は治療が最優先――」

「クリスティーナ様! ゴホッ……お願いです」

 

 咳き込んだアルマの口から血の塊が溢れる。キラキラと輝いていた瞳は濁り始めており、呼吸の感覚が徐々に短くなっていく。

 終わりが、直ぐそこまで迫っていた。

 

「……分かりました」

 

 クリスティーナはアルマが楽な姿勢を取れるように膝の上に乗せ、深い悲しみの籠った瞳で頷いた。

 せめて、彼女が少しでも安らかに逝けるようにと。

 

 クリスティーナの配慮を感じ取ったアルマはこんな状況にもかかわらず薄く微笑み、そして朗々と語り始めた。

 その内容は、以前彼女がクリスティーナに話すことを約束していた自身の出自に関することが主だった。

 

 城下第三区の生まれであること。

 ずっと役立たずの馬鹿だったこと。

 無能な自分が嫌いだったこと。

 

 最後に残す言葉がこんなに悲しいものでいいのか。

 そう思って何度も口を開こうとしたクリスティーナだが、結局彼女は最後までアルマの話を聞いていた。

 

「――そんなこんなで私が王城で働けることになった時、お父さんは『学がないお前に出来ることなんてない』と言いました。私もその通りだと思っていました。ゴホッ、ゴホッ……私なんかに出来ることはないって、思い込んでいました」

「……」

「でも、クリスティーナ様を見た時、生まれて初めて憧れという感情を抱いたんです。生まれて初めて、その人みたいになりたいと思いました。あなたが、夢になりました」

「……」

「だから私、あなたの下で働けることになった時、本当に嬉しかったんです。ゴホッ、ゴホッ……でもその反面、心配でもありました」

「……」

「わ、たし……お役に、立てましたか……?」

 

 死ぬことよりも、その答えを聞くことを怖がっているように見えた。

 クリスティーナはそんな彼女を安心させるように優しい声音で本心を伝える。

 

「もちろんです。これ以上ないほどに、あなたには救われました」

「それは……良かったです」

 

 心底嬉しそうに微笑んだアルマは、ふと空を見た。

 澄み渡った青空。こんないい日に死ねるなんて、自分はついている。ついているけれど……何か言い残したことはないだろうか?

 

「あっ……そうだ。クリスティーナ様」

「なんですか?」

「絶対……幸せになって下さいね。私の分まで」

「――――」

 

 境遇が似ているってだけで自分を投影するのはおこがましい話ではあるけれど、それでもアルマは自分とクリスティーナを重ねていた。

 そして、だからこそ彼女に救われて欲しかった。

 

 自分の、光になって欲しかった。

 

「クリスティーナ様……私はここで死にますけど、あなたは生きてください。頑張って生きて、それで幸せになって下さい。最後まで生きて……それから私に会いに来てください。また、お茶会でもしましょう」

「――――はい」

 

 瞳に涙を浮かべながら何度も頷くクリスティーナ。

 伝えるべきことを全て伝え終えたアルマは、その安堵から力が抜けたのか急激に咳き込みだした。

 もう、終わりだ。

 旅立つ彼女に向かい、クリスティーナは最後の言葉を送った。

 

「アルマ。貴女の事を、忘れない。絶対に。貴女は――私の友だ」

「――――」

 

 ただ五月蠅いだけの餓鬼と言われて。

いつも隅っこでへらへら笑うしかなかった自分が。

こんな女神みたいな人に涙ながら微笑まれ、惜しまれながらその腕の中で死んでいく。

 

 こんなに幸福なことがあるだろうか?

 

「あぁ……嬉しいなぁ……」

 

 その他大勢の一人に過ぎなかった小さな少女は、自分の人生が真に幸福なものであったと噛み締め――

 

 

 

 微笑みながら静かにその瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「……」

 

 優しくアルマの遺体を地面に横たえたクリスティーナは、そこら辺に投げ落としていた聖剣を拾い上げた。

 その瞬間、己の脳内に侵入してくる不快な魔力と熱気。狂信にも似たそれはしかし、自分にはない感情でどこか心地よい。

 

 思考を手放すとは、こういうことなのだろう。

 

 己を支配しようとする聖剣に逆らいながらクリスティーナは目を閉じた。

 

 幸せになって欲しいと友人に言われた。その幸せの正体が何か彼女はよく分かっていないのだけど、それでも少女はそれを探すためにこれから先も生きて戦わなければならない。

 それはとても、恐ろしいことのように思えた。心閉ざして一人でいる時間はとても緩やかで、誰に裏切られる心配もない心安らかな日々だった。

 だけど、これからは外に出なければならないのだろう。この聖剣を携え、託された思いを背負って戦わなければならない。

 

「……」

 

 果たして自分にそんなことが出来るのか。クリスティーナは自問する。答えはない。誰も知らないからだ。

 嘲笑、畏怖、嫌悪、そして……尊敬。

 これまで自分に向けられてきた視線を思い出す。過去が自分を蝕む中、最後に向けられた友人の瞳がクリスティーナを肯定してくれているような、応援してくれているような気がした。

 

「……そうですね。できるか、ではない。やらなければならない。見守っていてください。アルマ」

 

 聖剣を杖にして起ちあがる。己を支配しようとしている意志に逆らっているせいか、脇腹の傷口がジンジンと痛み始めた。だが、今はそんなことどうでもいい。

 胸の内から湧き上がって来る感情が彼女から負荷を消し去る。

 

 クリスティーナはゾルディンとルタを追って魔境と化している森へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「……クリスティーナ。君を信じていたよ」

 

 心底安堵した様子のルタ。それを光栄なことだと受け止めながらもクリスティーナの心中は焦りで満たされていた。

 

 二人を追ってたどり着いた先は、やはり激戦地帯と化していた。辺りの草木は全て刈り取られ、地面には巨大な破壊痕が残されている。

 聖剣の意思に逆らいながら戦っている今のクリスティーナが役に立てるかは分からないが、少なくとも盾くらいにはなれるはずだ。

 

「ルタ。ゾルディンの攻撃は私が全て防ぎます。あなたは私を盾としながら一撃離脱を心掛けてください」

「それは構わないけど……大丈夫かい? 顔色があまり良くない」

「あなたも良くはないでしょう」

「そうかもね。だけど、あまり無茶はしないように。……君まで失うのは、心苦しい」

「……そっくりそのまま、同じ言葉を返しますよ」

 

 そう言ってクリスティーナは聖剣を発動させた。常時開放型の鉄壁防御だ。

 ゾルディンの瀕死状態によって魔剣が覚醒しているものの、これを突破するのはかなり難しいだろう。

 

『チィ、完全に心を折ったと思ったのによォ、厄介な奴が増えやがったな! だがちょうどいい。俺の調子も上がって来たからなァ、ここで二人纏めて灰にしてやるよッ‼』

「やれるものならやってみなさい」

「決着をつけようか」

 

 三者三様に構える。

 此処に、アルカディア王国の――いや、世界の行く末を決める最初の戦いの幕が切って落とされた。

 

『死になァァァァァァァ!』

 

 先手はゾルディン。いつも以上に調子が良い彼は自分の命が削れていく感触を味わいながらもそれを快感とし、これまでで一番力強い斬撃を繰り出した。

 それを受け止めるのはもちろんクリスティーナ。意志力と思考の半分を聖剣の制御に回している彼女は、己の役割を防御のみと定め、全力でルタを守るために動く。

 

 赤黒い斬撃は光り輝く聖剣によって阻まれ、消え去った。

 直ぐにでもクリスティーナが反撃を打ち出してくると睨んでいたゾルディンは身構えるが――

 

「後ろ、がら空きだよ」

 

 ゾルディンの斬撃に紛れ背後まで接近していたルタがその首筋に向かって剣を振るう。

 凄まじい隠密と鋭い剣筋。

 避けようのない一撃に対し、ゾルディンは()()()()()()()

 

「――ッ⁉」

『そんな鈍らじゃあ、俺の首は斬れないぜ』

 

 避ける必要すらない。勇者渾身の一撃は強化されたゾルディンの首を断ち切ることが出来ず、浅い傷を与えるのみにとどまっていた。

 驚愕に目を見開いたルタが大きな隙を見せる。その隙を見逃すゾルディンではない。彼は剣を振り上げたが、その切っ先が勇者に届くこともまたなかった。

 

「ルタ! 下がって!」

 

 凛と響くクリスティーナの声。ハッと嫌な予感に駆られたゾルディンは攻撃を中止して背後に振り向いた。そこには光り輝く刀身を天に掲げたクリスティーナがいて――

 

『――ッ!』

 

 咄嗟に防御を固めたゾルディンだが、クリスティーナは一向に聖剣の力を解放しない。

 どういうことかと首を傾げた彼は、いつの間にか聖騎士の後ろまで撤退していた勇者を見て全てを悟った。

 

(フェイクかよ、クソッタレ……!)

 

 自分を囮にし、勇者を撤退させて戦況の仕切り直しを測ったのだろう。

 鮮やかな戦術であった。先程までとは別人のように思えるほどに。

 いや、別人というよりも本来のクリスティーナが戻って来たと言うべきか。

 ゾルディンは油断なく魔剣を構えながら思考する。

 

(どうやら、小娘なりに聖剣の支配に抗っているらしいな。火力は減ったが……やっぱりあの女に考える時間を与えたら駄目だな。こっちが喉元を食いちぎられる)

 

 ただの火力馬鹿であればどうとでもなる。厄介なのは、的確に戦況を把握したうえで自分の思い通りに場をコントロールできる人間である。

 それが出来る人間が目の前に二人。

 しかも、攻撃と防御できっちり役割分担してこちらを睨んでいる。

 

(ったく、手段を問わない勇者に、知能の塊みたいな聖騎士とはな……さて、この状況を切り抜けるためにはどうするべきか)

 

 悩むゾルディンだが、手がないわけではない。

 ただ、その手が非常に屈辱的で彼のプライドに罅を入れるというだけの事であって……。

 

「ルタ! 今です!」

「了解!」

 

 ゾルディンが決断を遅らせている間にも二人の猛攻は続いている。強力になったもののデメリットで命を消費している魔剣の性質上、長期戦になれば不利になるのはゾルディンの方である。

 

『クソッ! 四の五の言ってる場合じゃねぇか!』

 

 非常に屈辱的だが、ここで敗れて魔王さまの命令を果たせない方がまずい。

 ゾルディンは決断した。

 

『おい! いるんだろう()()()()! 俺を助けろ!』

 

 巨大な斬撃の薙ぎ祓いで勇者たちとの距離を稼いだゾルディンが、自分への怒りで顔を真っ赤にしながら声を張り上げる。

 その名前に勇者は背筋を凍らせ、クリスティーナはそんなルタの様子に首を傾げる。

 三者三様のリアクションを取る中、それはのんびりとした口調で戦場に現れた。

 

 

『やれやれ。ボクの方が順位は上なんだから、もっと敬意を払うべきだろう? 第六位さん』

 

 

 一体いつからそこに居たのか。

 必死に戦っていた三人を見下ろすように、ソレは木の枝に腰掛けていた。

 

 幻郷のユリウス。魔将騎序列第三位の実力者。

 ゾルディンは魔剣を構えながら不機嫌そうな表情で口を開く。

 

『うるせぇ。テメェだって聖剣が破壊できないのは困るだろう? ここで一気に仕留めるぞ』

『嫌だ』

『――なに?』

 

 気まぐれな第三位は眠たそうな瞳でゾルディンを見下ろした。

 

『その偉そうな言葉遣いが気に入らない。土下座してボクの靴を舐めるなら考えてあげてもいい』

『テメェ……死にてぇのか?』

『吼えないでよ第六位。多少は魔剣で強くなったみたいだけど、ボクはずっと君たちの戦いを見ていたんだ。もう動きは見切ったし、戦って死ぬのは君の方だよ』

『……ッチ』

 

 ゾルディンとて馬鹿ではない。ユリウスの言葉は正しく、反論の余地を残していなかった。

 元より気まぐれな性格であることは知っていた。凄まじい屈辱に耐えた甲斐がなかったとゾルディンは諦めのため息をついた。

 

『だけど』

『あん?』

 

 しかし、理論に基づいて動く勇者ルタやクリスティーナと違い、この少年はどこまでも感情的だった。

 

『今回は少しだけ手を貸してあげる。折角こんな辺境の地まで来たんだ。レポート纏めるだけじゃあ、勿体ないもんね』

 

 気まぐれここに極まれりと言うべきか。

 第三位はどこまでも予測のつかない自分勝手な理由で参戦することを決定した。

 

『どういう風の吹きまわしかは知らねぇが……それで構わねぇよ。俺はとにかく、あの鬱陶しい聖剣を何とかしてほしいだけだ』

『はいはい。ボクも忙しいんでね、アレを何とかしたら帰らせてもらうよ』

 

 眠たそうな眼がクリスティーナの構える聖剣を見つめる。

 この状況に焦りを覚えたのは、もちろん彼と対戦したことのある勇者ルタである。

 

「まずい、まずい、まずい、まずい! クリスティーナ! 直ぐに後ろに下がるんだ! アイツはヤバい!」

「そ、そこまで言うほどなのですか?」

「あぁ! 戦ったことがあるから分かる! 今すぐにここから離れるんだ!」

 

 顔面蒼白で訴える勇者ルタ。彼の尋常ではない様子から白髪の少年の恐ろしさを悟ったクリスティーナは直ぐに下がろうとするが――

 

『いいや。もう手遅れだよ』

 

 彼の能力を知っているルタは、ユリウスがこの場に姿を見せた時点で察するべきだった。

 辺りが白い霧に包まれる。

 それが第三位の能力であることを知っているルタは急いでクリスティーナを庇うために動くが、いつの間にか距離を詰めていたゾルディンが立ちふさがった。

 

「どけッ!」

『いーや、どかねぇよ。聖剣はここで破壊する』

「この……!」

 

 必死にゾルディンと切り結ぶルタだが、彼の瞳にはクリスティーナに近寄るユリウスの姿が映されていて――

 

「クリスティーナ!」

 

 撤退は間に合わないと悟ったクリスティーナは地面に聖剣を突き立て、絶対防御を発動させようとした。

 させようとした――つまりは過去形。

 

『悪いね。それは厄介だから封じさせてもらうよ』

「えっ――」

 

 クリスティーナは愕然とした。

 

 聖剣を突き立てようとしていた地面が消失していたのだ。今の彼女は、不安定に揺れ動く()()()に立っている。

 本来であれば、聖剣の守りを発動させるのに地面という媒介は必要ない。ただ剣を構えるだけでも発動はする。だが、つい先ほど聖剣の担い手になったばかりのクリスティーナにそんなことを理解しろというのも無理な話だろう。

 

 聖剣の扱いに慣れてないことを見抜いた幻郷のユリウスは、その弱点を突くために自身の能力で彼女の認識を狂わせたのだ。

 

『じゃあ、ここでさようならだね。聖剣さん』

 

 防御が発動しないと悟ったクリスティーナの行動は早かった。咄嗟に目の前のユリウスへと斬りかかったのだ。右も左も分からないこの状況下ではよくやったといえるが、如何せん相手が悪かった。

 

「そ、んな……」

 

 聖剣のサポートを受けながら全力で振るったはずの一撃は、ユリウスに()()()()()()()()()()()()。何でもないように、平然と。

 

『この霧の世界では、ボクが主なんだ。君の心がもう少し強ければ別だったろうけど……残念だったね』

 

 終わりは呆気なかった。

 

 パリンッとガラス細工が砕けるような音と共にへし折れる聖剣の刀身。

 クリスティーナは自分に託された聖剣が無惨に破壊される様をただ茫然と見つめていることしか出来なかった。

 

“聖剣は宿主の心が折れぬ限り不滅”

 

 クリスティーナは強引に心を奮い立たせて起ちあがろうとするが――

 

『それはさせないよ』

 

 幻郷のユリウスは容赦のない強敵だった。彼はその細い指を彼女の額に当て、そして攻撃を浴びせた。

 彼女の心に。

 

幻痛追想(ファントム・ペイン)

 

「――――」

 

 瞳から生気を失い、膝から崩れ落ちるクリスティーナ。

 

 物理攻撃を受けたわけではない。命を落としたわけでもない。

 

 彼女は今、過去の一番辛い記憶を順番に脳内で再生され、乗り越えたはずの地獄を()()()しているのだ。

 これこそが幻郷のユリウスの真骨頂。勇者ルタをして恐れる確実に人の心を折る外道の魔術である。

 

 失われたはずの秘術をいとも簡単に行使したユリウスは達成感など微塵も感じさせない緩やかな表情で歩みを進める。

 それを止める術はない。勇者ルタはゾルディンに足止めされており、クリスティーナは抗いようのない魔術の術中にいる。

 

『やれやれ。思っていたよりもやりがいのない仕事だったな。後は――首を刎ねてお仕舞いか』

 

 これでは退屈しのぎにもならない。

 無造作に左手でクリスティーナの髪を掴んで持ち上げたユリウスは止めを刺そうとした。

 刺そうとした――つまりは過去形。

 

『…………ふん、なるほど。流石は聖剣と言うべきかな。腐っても神の武器ということか』

 

 醜く爛れた自身の右手を見ながら呟く。

 それは聖剣の刀身を握りつぶした方の手であった。何の抵抗もなく壊せたことに多少の違和感はあったが、どうやら悪質な()()の類であったらしい。

 平然とした表情を保っているユリウスだが、こうしている今も絶えず右手を焼かれ続けているような激痛に苛まれている。直ぐに古の魔術で治癒しようとするが、どうにも治らない。それどころか、普段の魔術行使にも支障をきたし始めているようだ。

 

『……』

 

 業腹ではあるが、これ以上の戦闘は不可能であると悟ったユリウスは直ぐに白い霧を解除した。

 

 明瞭になった視界の中、ゾルディンと切り結んでいた勇者ルタは倒れたクリスティーナと聖剣の姿を見て顔面蒼白となり、ゾルディンはユリウスが想像以上の戦果を挙げてくれたことに喜んだ。

 

『仕事はした。ボクは帰らせてもらうよ、ゾルディン。……予想以上に手痛い反撃を喰らったしね』

『おう! ご苦労だったな! また今度飯でも奢ってやるよ!』

『……調子のいい奴』

 

 呆れながらもクスリと笑ったユリウスの身体が霧として消える。

 

 こうして、後に残されたのは未だに激戦を続けるゾルディンと勇者ルタ、そしてユリウスの魔術によって精神攻撃を受けているクリスティーナだけだった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

『ハハハ! テメェも大変だな! あんな役立たずを抱えながら戦わなくちゃならないとはなァ!』

「クリスティーナのことを役立たずと思ったことなど一度もないよ。君の方こそ、気まぐれな同僚を持って気の毒だなッ!」

 

 ルタに揺さぶりをかけるため、心理作戦に打って出たゾルディン。それに対し、ルタは欠片も動揺を見せることなく見事な剣筋で魔剣を打ち払って見せた。

 力はゾルディンの方が圧倒的に上だが、勇者ルタの超越した技術が安易に決着をつけることを防いでいる。

 

 余裕の表情を見せているゾルディンだが、実際のところ不利なのは彼の方であった。

早めに決着をつけたい彼とは違い、勇者ルタはただ耐えるだけでいいのだから。

 ゾルディンが魔剣によって自滅するまで、ただひたすらに。

 

(チィ、やっぱりコイツの相手をするのは面倒だな。中々決め手を見つけられねぇ。どこでこんな戦闘技術を身に着けたのかは知らねぇが……掠るだけで死ぬ攻撃をここまで冷静に避けるとは、相当な修羅場をくぐり抜けてきたに違いねぇ。クソ、こいつもユリウスに始末させるべきだったか)

 

 だが、ないものねだりをしたところで仕方がない。

 それに、ユリウスに対しては大きな借りが出来てしまったばかりである。これ以上重ねては後々に響きそうだ。

 

 だから。

 

 ゾルディンは勇者ルタの明確なる弱点を突くことにした。

 

『……悪いな。こっちも切羽詰まってんだ。そろそろ決着をつけさせてもらうぜ』

 

 一度勇者から距離を取ったゾルディンは肥大化した刀身を掲げ、そして躊躇なく振り下ろした。――光を失った瞳で倒れ伏している無抵抗なクリスティーナに向けて。

 

「クリスティーナッ‼」

 

 全力で叫びながら勇者が馳せる。聖剣は持ち主の心が折れぬ限り、不滅。その言葉を信じるのであれば、彼女が無事な限り聖剣もまた復活するはずなのだ。

 こんなところで彼女を失う訳にはいかない。

 

「うおおおおおおおお! 原理処断(オリジンブレード)ッ‼」

 

 ギリギリで彼女を庇える位置に到着した勇者ルタは、乱れた呼吸もそのままに奥義を繰り出した。身体と武器に多大な負担を強いる代わりに尋常ならざる攻撃力を発揮する人外の剣技を。

 

『野郎ッ――!』

「ぐう―――――!」

 

 拮抗する赤黒い巨大な斬撃と、僅かな煌めきを放つ銀の線。

 魔力に物を言わせたゾルディンの猛攻が力を増し、勇者ルタは神憑った技術でクリスティーナと自分に害が及ぶ部分を削り続ける。

 一歩間違えれば背後のクリスティーナごと真っ二つにされかねない程の魔力。ルタは必死に耐えていた。

 

 だが、神は残酷で、どこまでも平等だった。

 

 力と技の均衡は、桁違いに威力が跳ね上がった魔剣に軍配が上がったのである。

 

「ガッ――――」

 

 懸命に耐えていた勇者ルタの胴体を魔剣の刀身が切り裂く。

 左肩から右腰に掛けての鋭い一太刀。

 

(う、そだろ……?)

 

 明らかに致命傷だった。

 視界が赤く点滅する。何とか意識を保とうとするルタだが、彼の肉体は人の域を出ていない。重傷を受けながら立っていられる理由はどこにもなかった。

 

「く、そ……」

 

 ここまでの努力が水の泡となったことを悟った彼は最後に恨み言を残し、遂に倒れた。

 

 

 

『か、勝った……!』

 

 血を吹き出しながら地面に倒れ込む勇者ルタ。

 その姿を見届けたゾルディンは己が勝ち取った戦果に震えた。

 

『か、勝ったぞ! ハハハハハ! 俺が! 勇者に勝った! 魔王様! ご覧になっていましたか⁉ このゾルディンが憎き勇者を打ち取りましたぞ! ハハハハハ!』

 

 高らかな笑い声が響き渡る。

 ゾルディンは明確なる勝利に酔っていた。

 あれほど手こずっていた聖剣の破壊も同時にこなすことが出来たのだ。その喜びはすさまじいものに違いない。

 

 ……もっとも、クリスティーナを無傷で守り抜いた勇者ルタの勝利と捉えることも出来るが。

 

「ク、クリスティーナ……」

 

 死に体の勇者が必死に手を伸ばす。

 その手は心失いつつある彼女の手と触れて――

 

「ル、ルタ……?」

 

 僅かながら彼女の瞳に光を取り戻した。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

「う、嘘……」

 

 クリスティーナは、幻郷のユリウスによって与えられた地獄を何とか耐えていた。追体験させられる過去の記憶に抗い、失ってしまった嘗ての元気だったアルマの姿に涙しつつ、それでもまだ耐えていた。

 

 しかし、彼女の視界に現実が戻ってきた時、そこには想像しうる限り最悪の結末が広がっていた。

 

 地に倒れ伏す勇者ルタの姿。

 酷い傷だ。ともすれば、アルマの時よりも酷い傷。胴体が真っ二つになりかけている今も荒い呼吸をしていられるのは、彼が勇者たる所以か。

 だが、そんな事今はどうでもいい。

 

 問題は彼が死にかけているということ。

 

 さっきと同じように、命を救う術を知らないクリスティーナの目の前で、死にかけていること。

 

「ああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 血に濡れた手で顔を覆う。もうこんな辛い現実は見たくないと。

 どうして私だけ? どうしていつも私にばかり試練が降りかかるの? ただ普通に生きたいだけなのに。

 お父さんとお母さんと、それから友達と一緒に平和に暮らしたいだけなのに……!

 

「ク、クリスティーナ……」

 

 その時、今にも消え入りそうな声が聞こえた。

 顔を覆っていた手を開く。そこには、死にかけの勇者ルタが最後に残った力を振り絞って口を動かしていた。

 

「ご、めん……クリスティーナ、本当にごめん……」

「ルタ……?」

「救えなくて……ごめん。僕のせいだ。でも()()()、ちゃんと、やるから……――を、殺すから……」

「な、なにを……」

 

 一体何を謝っているのか。何をちゃんとするのか。

瀕死の彼は虚空を見つめながら必死にクリスティーナへと謝っていた。――いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そっと彼の手を握り返す。

 微かに伝わって来るぬくもり。

 

 けれど、それだけでは彼が何に苦しんでいるのかはよく分からない。

 分からないけれど、分かることが一つだけあった。

 

(彼もまた、苦しんでいる)

 

 何かに苦しんでいるのだ。

 クリスティーナを庇い、重傷を負ったことだけではない。彼は何かに苦しみ、絶えず焦っている。

 早くしなければ間に合わないと思っている。

 

 救いたい、と思った。

 アルマの時にも思った。

 

 そして、思っただけに終わった。

 彼女には力がなかったから。

 

「……ごめんなさいは、こちらの方です。少しでもあなたの苦しみを取り除くことが出来れば良かったのに」

 

 クリスティーナは諦観と共に優しく語りかけた。

 自分にはルタを救う力なんてない。

 でも――ゾルディンを殺すことは出来るはず。

 

 幻郷のユリウスは去った。

 彼女の心は折れていない。

 あいつを道連れにすることくらいは……出来るはずだ。

 

『あぁ?』

 

 勝利に酔っていたゾルディンが何かに気が付いたように振り向く。その意識が完全に此方へと向くその前にクリスティーナはルタの手を握ったまま聖剣を胸の前に掲げ、目を閉じた。

 折れてしまった刀身を復活させるためである。

 

 せめて、あいつだけは殺す。

 

 その思いで刃を思い描いた彼女だったが――

 

 

 

 

 ……………………

 

 

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

「……すまない。本当に、すまない。俺のせいだ」

 

 

 崩れ落ち、壊れた世界。

 間に合わなかった全て。

 朽ちていく仲間たち。

 

「あぁ……俺なんて、生まれてこなければ……」

 

 一人ずつ、念入りに。

 最後の最後まで苦しむような、無惨な殺され方をされていた。

 四肢が無事だった者など一人もいない。

 皆が何かに絶望したような表情で息絶えていた。

 

“……”

 

 

 正真正銘の地獄。

 

 そこにはクリスティーナの遺体もあった。そして、そこに縋りつく彼の姿。

 これは未来の姿なのだろうか? それとも過去の姿?

 

 いずれにせよ、これはクリスティーナの記憶ではない。

 偶然にも繋がってしまった―――の記憶だ。

 

  間違った場所に来てしまったのだと分かってはいるものの、クリスティーナはその光景から目を離すことが出来ない。

 あまりの悲惨さに。そして、絶望に心を砕かれた彼の姿に。

 

 そうだ。彼だって人間なのだ。

 いつかは死ぬし、絶望もする。

 

“彼が謝っていたのは、この光景のこと?”

 

 自問するクリスティーナだが、答えはない。

 

 勝手に立ち入るべきではないと理性が告げていた。

 人の心に土足で踏み入っていると自分の良心が訴えている。

 

 でも、その光景から目を離すことが出来ない。

 

 いろんな思いがある。

 理解できないことだらけだ。

 

 あまりにも悲惨な過去――そもそも過去があること自体知らなかった。

 見知らぬ自分――どこからどう見ても自分だが、明らかに自分ではないという矛盾。

 

 思考はこんがらがり、心は定まらない。

 

 だけど、簡潔に今の心境を述べるとすれば、これだろう。

 

“とても、腹が立ちますね”

 

 涙を流す彼に。

 そして、無様に死んでいる自分自身に。

 

 何を勝手に死んでいるのだ? 彼の役に立つと約束したじゃないか。

 それに、あの酷い死に顔。あれが本当に幸せになると誓った女の顔か?

 

『クリスティーナ様……幸せになって下さいね』

 

 友の言葉が脳裏に蘇る。

 そうだ。自分は幸せにならなければならない。

 この光景は断じて幸せなどではない。

 

“――認められない”

 

 認めていい筈がない。

 友に誓った身として、許容できない。

 

“――こんな光景、認められない!”

 

 なら、どうすればいい? 吼えるだけなら誰にでもできる。

 貴女は一体どうする?

 

“――そんなの、決まっている”

 

 幸せになると約束した。

 

 彼女の思いも背負っているのだから、多分人の二倍くらい。

 でも二倍は重いから、人におすそ分けをしよう。そうだ。ちょうどいいからそこで絶望しているルタに分け与えてあげよう。

 もしかしたら幸せが余るかもしれないから、もっとたくさんの人に配ろう。オドルーとか、お世話になった神官たちに。

 より多くの人が――いや、全ての人に幸せを。

 これ以上ないほどのハッピーエンドを。

 

“……そうか。これが私のやるべきことか”

 

 

 答えがそこに在った。

 思考が明瞭になる。

 

 自分の為に、他人を救う。

 何も知らない人が聞いたら偽善だと笑うに違いない。

 でも――彼女のことを知っている人たちは穏やかに微笑んで応援してくれるに違いない。

 

『クリスティーナ様、頑張って!』

“――はい!” 

 

 

 クリスティーナは敵を殺すためだけに存在している刃に背を向け、上に向かって上昇を始めた。

 先が見えない水面へと。

 その先に本当が待っていると信じて。

 

 ふと、必死にもがく彼女を邪魔するような声が聞こえた。

 

 戦え! 催促する声。

 世界を救え! 傲慢に吠えたてる。

 我らの宿主よ! クリスティーナのことを何も知らない高慢な声。

 

“――うるさい! 言われなくとも私は戦っている!”

 

 宣言は声高らかに。

 生まれたての聖騎士は、脳裏に響く声を無視して先の見えない闇の中で手を伸ばす。

 

“――ずっと、ずっと、戦ってきた”

 

 もがく。手を動かす。

 

“――私なりに、戦っていたんだ”

 

 弱虫だった自分が発した自虐を否定する。

 そして、過去の自分を肯定する。

 何も間違っていなかったのだと。

 

“――だから、これから先も戦い続ける”

 

 話が違う、と剣に宿る邪悪な意思は訴えた。

 宿主(いけにえ)を与えると約束したじゃないか。

 厚かましく大昔の約束を持ち出してくる。

 

 彼女は、

 

“――知るか”

 

 どうでもいいと一蹴した。

 

“――あなたたちの思惑など知ったことか。私は私の為に戦う。私の事を信じてくれた人の為に。私自身が幸せになるために。だから――”

 

 水面に到達する。

 暗闇に差す一筋の光。彼女はそれに向かって必死に手を伸ばして――

 

 本来であれば決してたどり着くことの出来ないそこへと至った。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

『……なんだ。何があった、テメェ』

 

 油断なく魔剣を構えるゾルディンの目の前には、自力で起ちあがったクリスティーナの姿があった。

 

「……」

 

 彼女は答えない。ただ無言で刀身のない聖剣を胸の前に掲げ、祈る様に瞳を閉じた。

 

 そして、奇跡が始まる。

 

 

 

 

 

「――私は祈らない

 

 

 それは、彼女が世界に向けた宣言であった。

 もう傀儡にはならないという宣言。

 そして、彼女自身を示す呪文。

 

 

「――世界(あなた)は私を否定し、私は世界(あなた)を否定する

 

 

 聖剣に課せられた枷が軋む。

 

 

「――時が世界を刻む

 

 

 ひび割れる。

 

 

「――剣が先を示す

 

 

 一度刀身が破壊されたことによって緩んだ封印の枷。

 クリスティーナは容赦なくその枷を破壊しようと試みる。

 彼女自身が全ての事情を把握できたわけではない。

 ただ、「気に食わない」なんて個人的な理由で聖剣に宿るなにかを追い出そうとしているだけだ。

 

「――全ては繋がり

 

 それが正しいことなのか、それとも間違ったことなのか。

 クリスティーナは考えることを放棄し、ただ己の心に従う。

 

 

「――ここに秩序の虹が架かる

 

 

 そして、世界は砕け散った。

 

 

 

 クリスティーナ

 

 

 呪文の終わり、聞いたことのない優しい女の人の声を聞いた。まるで、女神さまみたいに綺麗で柔らかな声。

 不思議とその声に親近感を覚えたクリスティーナは微かな笑みを浮かべながら光に包まれた。

 

『な、なんだそれは……!』

 

 ただ眩しいだけだった先程までの光を否定するかの如く、多様な美しさを持つ虹色の光が聖剣の根元から溢れ出す。

 ゾルディンの魔剣など比べ物にならない圧倒的な魔力。

 

 クリスティーナは溢れ出る虹色の光を無造作に振るった。

 

 瀕死だったルタに向かって。

 

 

「う……ん……?」

 

 

 恐らく、それはこの世で最も尊い奇跡なのだろう。

 胸に刻まれていた重傷が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()様を見守っていたゾルディンは、不覚にもそう思った。

 

「あ、あれ? クリスティーナ?」

「――ルタ」

「こ、これは……?」

「気にすることはありませんよ。ただ……時間を巻き戻しただけですから」

「へっ―――?」

 

 虹の光を纏い、茶目っ気を見せながらもクリスティーナの心中には複雑な思いが浮かび上がっていた。

 

“この力にもっと早く目覚めていれば、アルマやお母さまを救えたかもしれない……”

 

 けれど、それは仮定の話だ。

 今は今。

 過去は過去。

 

 胸の中で渦巻く全ての感情を呑み込み、クリスティーナは気丈に微笑んだ。

 

「――――」

 

 それは、ルタをして見惚れざるを得ないほどに美しい、まるで女神が如き力強さと慈悲深さに満ちた笑みだった。

 

「そ、その剣は……?」

「あぁ、これですか。これは――」

 

 照れ隠しのように尋ねたルタに対し、クリスティーナは自分がまだ虹の光を無造作に放出させたままだったことに気が付いた。

 これはいけない、とクリスティーナは虹の光を収束させ、真なる刃として完成させた。

 

 不思議な紋様が刀身に刻まれ、見る角度によって色合いを変える美しすぎる剣。

 聖剣の真なる姿。

 

 その銘は――

 

遠き理想と虹の剣(ラスト・アーチ)

 

「全てを終わらせるための剣です」

 

 封印されていた時の女神の権能が今、ここに蘇る。

 祝福か、或いは呪いか。

 

 鈴の鳴るような音が世界中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

『―――――ほう?』

 

 至高の玉座にて退屈そうに頬杖をついていた魔の王はその音を聞き、楽し気な笑みを浮かべ。

 

 

(なるほど……そう来ますか)

 

 半端に世界を知る道化師(ゆうしゃ)はその光によって救われながらも己の計算が根本から狂ったことを知って顔を歪ませ――だが、予想よりも早く目覚めたソレに歓喜した。先程まで譫言のように繰り返していた原初の罪も忘れて。

 

 

 世界を狂わせる異物。

 目覚めるはずがなかったもの。

 

 だが、己の為した偉業を知る由もなく――いや、たとえ知ったとしても「どうでもいい」と一蹴するであろう誇り高き少女は完全に支配下へと置かれた聖剣を構え、友人の仇を睨みつけた。

 

「さぁ――決着をつけましょうか、ゾルディン。今の私は少々手強いですよ?」

『……』

 

 

 無言で剣を構えるゾルディン。

 

 絶望的な戦いが此処に始まった。

 

 

 




遠き理想と虹の剣(ラスト・アーチ)

入手条件:
 聖剣の刀身をへし折ることによって封印を緩め、そこですかさずクリスティーナに心理的負荷を与えることによって覚醒する。
 なお、覚醒させられるかどうかは彼女の好感度調整と仲間や友人の死などある程度悲惨な経験が必要となる。

効果:
 時の女神の剣であり、文字通り時間を操ることが出来る。
 指定した有機物、無機物の時間巻き戻し(死者は魂の関係上、直ぐにでも蘇生しないと流石に蘇らない)。
 敵の攻撃の無力化(時間を巻き戻してなかったことにする)。
 使用者の動きの倍加(ちなみに5倍速まで可)。
 そして、止めに刀身内で魔力を無限に循環、加速させ、収束させてから放つ斬撃。威力はマジで頭おかしい。王城を縦に割れるくらい。宝石剣ゼル〇ッチかな?

デメリット:
 使用後、消費した魔力量に応じて眠ることになる。最大三日。以上。





 勇者「これ欲じいィィィィィィィィィィよォォォォォォッ!」(発狂)

 ちなみに、勇者がずっと欲しがっていたのはもちろんこちら。
 まじもんの超ウルトラスーパー・ハイパーデラックス・チート武器。
 勇者が使えばマジで年単位で攻略が縮まる

 ゾルディンとの最終決戦は端折ってもいいですよね? だって、どう考えても勝ち目ないんだもん。ゾルディンちゃん可哀想……(涙目


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道化師は笑う

あれ、今回は少なく済んだなぁ......って思っていたら余裕で1万字超えていた時の心境を20字以内で説明せよ。

で、でも、いつもよりは少ないから......。

あっ、勇者視点です。


 

 

 

 計算通り……って、言えたら良かったんですけどねぇ……。

 

 はいはい、どーも。勇者です。

 

 ゾルディン撃破から一日が経過し、ある程度頭の整理はついたのですが……正直、想定外の事態が多すぎてまだ困惑しています。

 

 特に聖剣ですよ。なんであんなに早く目覚めたんですかねぇ? 

 あれって中盤過ぎた辺りでようやく覚醒し始めるものだとばかり思っていたのですが……。

 

 あぁ、別に残念がっているわけではないですよ? とても強いですし、早く目覚めるに越したことはありません。

 ここ数日ガバを繰り返していましたが、その全てがチャラになり、なんならお釣りまで返ってくるレベルで素晴らしいです。

 

 ただ、ですよ。

 

 何がどうなってこういうことになったのかが分からない(白目)。

 

 というのも、私が聖剣の覚醒によって助けられた本人ですし、そもそも暫くクリスティーナとは別行動を取っていたのでどういう心境の変化があったのか知らない。

 加えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()なので、もう本当に詳細が不明なんですよねぇ……。

 

 ゾルディンに斬られたところまでは覚えているのですが、その後の事がもうさっぱりです。いや、ホントにマジで。死んだと思ったら目の前に虹を纏ったクリスティーナですよ? そりゃあ、ビックリもするって話です。

 

 あっ、ゾルディンといえば。

 

 それはもう、気の毒なほどにボッコボコにされていましたね(遠い目

 

 雑にその時の事を説明しますと(誇張あり)

 

 以下、クリスティーナ→ク

    ゾルディン→ゾ

 

 ゾ『虹がなんだってんだ! 色の種類が増えただけでイキってんじゃねーよ!』

 ク「……」

 ゾ「死ね! 必殺の魔剣ビーム!』

 ク「無効化で」(時間巻き戻し)

 ゾ『ハァ⁉』

 ク「……ふっ」(無言の嘲笑)

 ゾ『このッ――じゃ、じゃあ剣技で仕留めてやるぜ!』

 ク「私、五倍速で動けますので」キュイーン

 ゾ『攻撃が当たらねぇ⁉ は、反則だ!』

 ク「反則じゃありません。馬鹿じゃないんですか?」

 私「急なキャラ変に驚きを隠せないっす」

 ゾ『クソ! 調子に乗ってんじゃねーぞクソガキが!』

 ク「良く吼える犬ですね。ムカつくので四肢切断してから微塵切りにしてあげます。ゆっくりとね」

 ゾ『怖い。こうなったら、雑魚勇者狙うしかないンゴ』

 私「はぁ?」

 ク「――絶対に許さない。その攻撃も無効化で。安心してくださいルタ。アイツにはもう攻撃という選択肢を与えませんから(女神の笑み)」

 私「お、おう……」

 ゾ『反則だ! あんなの絶対反則だ!』

 ク「うるさい。取り敢えず、これはアルマの分です!」

 ゾ『ゴバァッ!』(かなりの重傷)

 ク「これはお母さまの分!」

 ゾ『ギャア!』

 ク「それからこれはルタの分です!」

 ゾ『も、もうやめちくり……』

 ク「そしてこれが――私の分だァァァァァァァ!」(怒りのラッシュ)

 ゾ『ぎゃああアアアアアアアアアアアアアアアア』(マジで痛そうだった)

 

 ドンドン、ブッシャ―! ドーン!

 

 ゾ『も、もう殺してクレメンス……』(瀕死)

 ク「いいえ。回復させます」(時間巻き戻し)

 ゾ『はぁ?』(絶望顔)

 ク「地獄は――これからですよ?」

 

 いやあのさ……ゾルディン君、どんだけ怨み買ってたの?

 この後は適当に魔王軍の情報を引き出してゾルディンの心が本気でへし折れてしまった辺りで聖剣の極大斬撃ビームでフィニッシュでしたが、結構外道なことをしてきた私をしてドン引きするほどの蹂躙劇でした。

 

 いやー、これは酷い(確信)。

 

 ぶっちゃけ、今のクリスティーナは普通に私よりも強いです。

 全盛期の私なら勝てると思いますが、それでもあり得ないレベルで進化を遂げたことだけは間違いないでしょう。

 

 ますますどういった経緯で進化を遂げたのか気になるところですが……まぁ、それについては目が覚めた彼女からそれとなく聞き出して今後のチャート構成に役立てるとしましょう。

 

 閑話休題

 

 

 

 

 

 

 それよりも、ですよ。

 

 今の私はちとヤバい問題を抱えておりまして。

 

 こっちを解決したくてわざわざ城下に降りて来たんですが……うん、色々と詰んでいましたね。主に私のせいで。

 

 うん? 何があったのかって?

 

 まぁ、これ以上ぐちゃぐちゃと長引かせてもあれなので簡潔に申し上げますと魔剣ゾラムが壊れました

 

 ……もう一回言いましょう。魔剣ゾラムが壊れました

 

 刀身が粉々に砕け散り、完全に使い物にならない状況です。

 あぁ、私が壊したわけじゃないですよ? 当然じゃないですか。これから自分のメインウェポンとなる武器を自発的に壊すなんていう馬鹿な真似は決してしません。

 

 では誰が壊したのか?

 

 はい。皆さんもうお分かりだと思いますが、もちろん犯人は()()()()()()()()()

 

 覚醒した彼女が、ゾルディンをフルボッコにする過程で適当にへし折っていました。まぁ、アルマちゃんを殺し、自分の母を葬った剣だからね。見るからに邪悪な気配が漂ってるし、何より敵の武器だから壊したくなるのも分かる。うん、分かるよ? 理屈の上ではね。でもさ、でもさぁあああアアアアアアアア――!(血涙

 

 あ れ は! 俺の武器なの! 俺がこれからメイン火力とする予定だった武器なの! 君はいい火力を手に入れたからもう他人の事なんてどうでもいいのかもしれないけどさぁ、それでも配慮ってもんがあるでしょ? 取り敢えず、世間知らずなクリスティーナお嬢ちゃんに一言だけアドバイスをしておきます。

 

 勝手に人の物を壊すんじゃありませんッ!

 

 

 ……………まぁ、ここまでならまだ良かったんですよ。いや、良くはないのですが、まだリカバリーの効く範囲でした。問題は此処からです。

 

 武器が壊れた。大事な自分の武器が壊れた。確かに悲劇です。ですが、大多数の人はこう思うはずです。「だったら直せよ」と。

 えぇ、同意見です。極めて同意見です。私もそうすべきと思い、呑気にクリスティーナに直してもらえばいーや。って考えてました。

 

 けれど、よくよく思い返してみてください。

 魔剣を壊したのはクリスティーナ自身です。そして、彼女は明らかに自分から壊しにいっていました。

 

 親友と母を殺した憎き剣であると認識して。

 

 うーん、これ、直してもらえない奴じゃね?(真顔

 

 

 

 

 い、いや、まだです! まだ私には手が残っています!

 

 

 というわけで、私は折れた魔剣を手に城下へやって来ました。これを直せる人に会うためです。

 

 もちろん、直した後の言い訳もちゃんと考えていたんですよ? 「使えるものは全て使うべきだ」とか「守られているだけじゃ嫌だ。僕も君を守るための力が欲しい」とか、そういうクサイ台詞を用意していましたさ。

 

 でもね。でもですよ。この街で唯一、この魔剣を直せる鍛冶屋の下にやって来た時、私しゃあ、残酷な運命を呪いましたね……。

 

 

 アンドリューが、死んでる‼ (ドドン

 

 なんと驚いたことに、アルカディア王国一の鍛冶屋であったアンドリューが何者かに殺害されていたんですね。これじゃあ魔剣を直せません。

 一体誰が殺したんだー(棒読み

 

「……フ〇ック」

 

 ……えぇ、分かっていますとも。どうせ皆さんこう仰るんでしょう? 自業自得だと。

 

 でもね、私にだって言い分はあります。まず、あの時の私は非常に急いでいました。遅れたタイムを取り戻すために強力な武器を欲しており、そして私の期待に応えられる武器を持っていたのが唯一アンドリューだけでした。

 大人しく買えばよかったじゃないか? ……いや、実はこの剣滅茶苦茶高いんですよ。具体的には、王城からくすねてきた宝石でも足りないくらいに。

 なんでそんなもんを店に飾ってあるんだと言いたいところですが、あるイベントをクリアしたらアンドリューさんが無償で譲ってくれるようになります。そして、そのイベントこそが城下に蔓延る魔族共の排除だったのです。

 

 ……分かりますか? この矛盾が。私は魔族退治に武器を欲しているというのに、その魔族を殺してからじゃないと武器を譲らないって言うんですよね。

 

 これ……殺すしかなくない?(短絡思考)

 

 まぁ、そんなこんなで一番効率的なやり方を極めた結果、アンドリューさん殺害に至ったわけですが……まさか思わぬ形でしっぺ返しを食らうことになりました。

 しかも質が悪いことに、この魔剣を直せる鍛冶屋が次の次のエリアにしかおらず、結果として私が持っている折れた魔剣は、マジで役立たずのゴミということになります。

 

 恐るべし。これがアンドリューの呪いか……!(自業自得)

 

 

 

 まぁ、やってしまったことは仕方ありません。

 

 幸いにも武器の入手経路はアンドリューを殺害した魔族を私が殺して取り戻したという雑な設定でもバレなかったので、魔剣が折れたこと以外に心配事はありません。

 

 覚醒したクリスティーナの超火力もありますし、前向きに切り替えていきましょう。

 

 取り敢えず、魔剣は厳重に聖骸布で封印を掛けてから旅の荷物の中に放り込んでおきます。やっぱり自前の火力は欲しいので、何としても次の次のエリアで修復して見せますとも!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、切り替えたところで次の目的です。

 

 転んでもただでは起きないのが私。やってまいりましたのは城下第四地区の南通りです。

 実は、王城内ではまだ私が国王の暗殺犯という疑惑が解けていない上にゾルディンの正体も明かしていないので立場的には非常に危ういんですよね。

 というわけで、ここで明確な証拠を握っているエリナちゃんを適当に言い含めて王城に連れて行きます。

 

 何故かアルマちゃんのことを尋ねられたので、死んだと伝えると表面上は無表情でしたが、凄くショックを受けている様子でした。

 

 うーん、やっぱり全ての場所で彼女が起点となっているようですね。今までアリバイ工作の一人としてしか認識していませんでしたが、少々改めた方が良さそうです。

 

 王城に帰ってきた後はオドルーに彼女を任せます。

 私、小さい子供は苦手ですし、これから始まる査問会やらなんやらは政治の得意な人に任せておく方がいいでしょう。

 クリスティーナは少なくともあと一日は目覚めないと思うので、オドルーに任せておけば間違いないでしょう。

 

「分かりました。この子の事は、責任を持って預からせていただきます。……アルマ殿を救えなかった私です。何としても、この子だけは――」

「……お願いします」

 

 相変わらず責任感が強いですね。気にする必要なんかないのに。

 まぁ、こっちにとっては非常に好都合なので深々とお辞儀をしてから立ち去りましょう。

 

 

 

 

 さて、大分忙しい一日を過ごしている私ですが、実は昨日から一睡もしていません。奥義も連発しましたし、激戦の後なのでかなりしんどいのですが、あと一人だけフラグを立てておかなければならない人物がいるので頑張りたいと思います。

 

 

 

 ゾルディン撃破に加え、アルカディア王国を内側から腐らせていた元凶たちを排除することで現れるキャラ。

 

「――そろそろ出てきたらどうだい? ここなら誰かに見つかる心配もないよ」

 

 つけられていることは分かっていたので路地裏に場所を移し、問いかけます。

 これで誰も出てこなかったらマジで恥ずかしいのですが、根が真面目な彼女はあっさりと姿を現してくれました。

 

「……」

「何者だい? 僕に用があるみたいだけど、それなら直接話しかけてくれればいいのに」

「……」

 

 現れたのは、口元を含め全身をタイツの様なぴっちりと張り付く黒の衣装で包んだ、見るからに暗殺者っぽい少女でした。

 彼女の名はシリ。

 私に「夜影音脚(シャドウアーツ)」を教えてくれた師匠です。個人的には黙々と任務をこなすその姿に好感を抱いていました。

 

 今回も仲良くしたいのですが、それは次の次のエリアになります。ここで声を掛けたのは、単に私の存在を知ってもらい、ついでに私が次のエリアを攻略している間に厄介ごとを片付けておいて欲しかったからです。

 

「どうしたんだい? 何か言ってくれなければ分からないよ。僕に用があるんじゃないのか?」

「……」

 

 もう一度尋ねますが、彼女は何も答えません。ただ困ったように眉を寄せるだけで、中々言葉を発しようとしません。

 

「参ったな……」

「……」

 

 困ったように頭を掻いている私ですが、もちろん彼女の事情は知っています。

 

 実は彼女、言葉を話すことが出来ないんですよね。

 喉を潰されているので。

 

 本来は透き通った美声の持ち主だったのですが、歌手になりたいと夢見ていたところ、暗殺者の才能を見抜いた闇ギルドの首領に引き抜かれ、そして仕事に集中させるために喉を潰されました。

 

 可哀想ですが効率的ではあります。報告は文章で済ませればいいし、敵に捕まっても情報を漏らしようがないですからね。

 

 一応、腹話術的な感じで声を出せないこともないのですが、地獄の底から響いて来たような汚い濁声にしかならないので、滅多に会話をしたがりません。

 

 凄く面倒な子なのですが……まぁ、文句ばかり言っていられません。

 

「君……もしかして」

 

 少し睨みあった後、何かに思いついたような顔を作って尋ねます。

 

「声が、出せないのか?」

「――!」

 

 うんうん、と肯定するように首を縦に振りまくる暗殺者の少女。

 

 じゃあなんで私の前に出て来たんだよと言いたいところですが、この子は頭の中がメルヘンなので大目に見てあげましょう。

 

 私は出来るだけ優しい表情を意識して作り、尋ねます。

 

「それじゃあ、文字は書けるかい?」

「……」コクコク

 

 頷いた彼女は懐からボロボロのメモ帳と汚いペンを取り出しました。

 最初から出せよとは思いましたが、恐らく武器を取り出す動作と誤認されたくなかったのでしょう。

 

 サラサラとメモ帳に文字を書いた彼女は、そのページを切り取ってからこちらに投げ渡してきました。

 

「よっと……えぇ、なになに?」

 

“あなたは勇者か? また、この地域を担当していた闇ギルドのメンバーを排除した存在を知っていれば教えて欲しい”

 

「ふむ……ちなみに、回答を拒否した場合は?」

「……」スッ

 

 無言で懐から暗器を取り出して構えるシリ。まぁ、そうなることは予想出来ていたので特に驚くことはありません。

 ここで力の差を見せつけて強引に服従させてもいいのですが、彼女にはまだ闇ギルドに居て欲しいのでここは平和にいきましょう。

 

「冗談さ。言ってみただけ。確かに僕は召喚された勇者だよ。そして、闇ギルドのメンバーを殺した犯人も知っている」

「……」

「あぁ、メモ帳を準備しなくても君の言いたいことは分かるよ。『誰だ?』ってことでしょ? 別に隠すことでもないから教えるよ。――宰相に化けていた魔将騎さ」

「……!」

「驚いているね。嘘と思うなら、明日の新聞を読んでみるといい。きっと、宰相ゾルディンの化けの皮が剝がされているはずだよ」

「……」

 

 疑いの視線を向けて来るシリ。

 暫く何かを考え込んでいた彼女ですが、結局明日の新聞を読んで確認することに決めたのか。コクリと頷いてからメモ帳に何かを書き込んでこちらに寄越してきました。

 

“協力、感謝する。私の事は誰にも言わないでもらえるとありがたい”

 

「あぁ、別に話すメリットもないしね。黙っておくよ。――ただし、条件がある」

「……」

「いや、言い方がまずかったか。頼みがあるんだ。闇ギルドの暗殺者である君にね。もちろん報酬は払うよ?」

「……」

 

 再び警戒心がマックスになった様子のシリちゃん。私は懐から宝石がたんまりと詰まった袋を取り出して彼女に投げ渡しました。

 

「……!」

「取り敢えず、それが前金兼口止め料ってことで。きちんと仕事をやり遂げてくれたら追加で払うつもりだ。……どう? 悪い話じゃないでしょ?」

「……」

 

 宝石を真剣な瞳で物色しているシリちゃん。ちなみに、あの宝石は国王を殺した時についでに奪っていた奴です。指輪はもう捨てましたが、宝石だけ抜き取って王城の近くに埋めておいたんですよね。

 

 備えあれば患いなし。

 

 シリちゃんは喉の治療やギルドを抜けるために大量のお金を必要としているため、ここで奮発しておけばあっさりとこちらに寝返ってくれます。

 ……まぁ、途中でバレて体内に爆弾を仕掛けられ、特攻道具とされるまでがワンセットなのですが、クリスティーナの聖剣があれば肉片からでも再生できるので問題ないでしょう。(外道)

 

「……」

 

 宝石の鑑定を終えてからじっくりと考え込んでいたシリですが、ようやく覚悟を決めたのか。メモ帳に文字を書き込んでこちらに送って来ました。

 

“私に何をして欲しい?”

 

「……殺して欲しい人がいる」

「……」

「いや、正確には人じゃないな。魔人だ。倒した魔将騎のゾルディンから手に入れた情報によれば、北のエルランド王国に人間に擬態した魔人がいるらしい。そいつを、殺してきて欲しい」

「……」

 

 最初は疑いの視線を向けてきていたシリですが、依頼内容が勇者っぽいこともあり、若干肩の力が抜けました。

 

 ちなみに、今言った情報は全て本当です。

 

 北の国には第七位がいます。実力的にはゾルディンよりも弱く、しかも魔将騎になれただけで喜んでいるような小物なので、対処には苦労しないのですが……如何せん、遠いんですよね。

 

 だから、私よりも「夜影音脚(シャドウアーツ)」が上手いシリに(ていうか、彼女が教師だったから当たり前)サクッと暗殺してもらおうという訳です。

 

 彼女、嫌々暗殺者をやっている割には才能だけは本物なので、ゾルディンくらいまでなら一人で暗殺出来てしまいます。

 下調べや本人の慎重な性格も相まって、暗殺まで時間が掛かってしまうのが唯一の弱点ですが……こちらが別のエリアに居る間に仕事を頼む分にはこれ以上ないほどに最適な人物です。

 

「――というわけで、頼まれてくれるかい?」

 

 こちらの思惑をオブラートに包み、少しダーティーだけど人類を守るために必死な勇者像を演出しながら頼み込みます。

 

「……」

 

 少し悩んでいた様子の彼女ですが、最終的には頷いてくれました。

 良かった、良かった。

 

 彼女は非常に義理堅い性格ですし、そもそも話すことが出来ないので情報が漏洩する心配はありません。

 もしバレても殺せばいい話ですし、こちらはローリスクで彼女にハイリスクな仕事を頼むことが出来るわけです。

 

 いやー、便利ですな!

 

「それじゃあ、よろしく頼むよ。……本当はこんな手段取りたくないし、君の様な女の子に汚い仕事を頼むのは心が痛むけど、これも人類の為なんだ。完璧に、仕事を成し遂げて欲しい」

「……」

 

 頭を深々と下げます。こんな仕事の頼まれ方をしたのは生まれて初めてなのか、かなり困惑した様子が伝わってきますが、最終的にはおずおずと頷いてから気配を消して立ち去って行きました。

 

「――よし」

 

 これは毎回恒例のイベントなので特に思うところはありません。クリスティーナの聖剣で色々と予定は狂わされましたが、こういった細かいイベントを忘れずにこなしていけば、案外良いタイムが出せるかもしれません。

 

 さて、城下で出来ることは全てやり終わったので、そろそろ王城に帰って休むとしましょうか。休息が大事なこともありますが、今眠りこけているクリスティーナの部屋で休んでおけば、目が覚めた彼女に好印象を与えることが出来ます。

 

 程よく疲弊した顔色をしているので、彼女の事が心配で心配で仕方ないように見えるはず。

 

 一先ず、食堂で適当に腹ごしらえをして図書館で本を借りたらもう夜になっていました。

 

 時間管理も完璧ですね。

 借りた本を持ってクリスティーナの部屋に行き、彼女のベッドの近くにある椅子に腰かけて座ったまま眠りに入ります。

 

 いやー、マジで疲れましたわ。

 取り敢えず、もう寝ますね。

 

 お休み――!

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「ルタ?」

「う……ん……あれ、クリスティーナ?」

 

 柔らかい声に目を覚ますと、目の前には心配さと嬉しさが入り混じったような表情をしたクリスティーナがいました。

 外を見ると、もう殆ど昼間。

 どうやら、かなり眠っていたみたいですね。お互いに。

 

 私は変な態勢で眠ったせいで背中が非常に痛いのですが、クリスティーナはすこぶる調子が良いようですね。

 けっ、これだからベッドでしか眠ったことはないお嬢様はよぉー!(自業自得)

 

 まぁ、冗談はさておき。

 

 クリスティーナと軽く会話をしましたが、メンタル面も特に問題はなさそうでした。時々、変な質問をされましたが、適当に濁しておきました。なんすか? 私じゃない私って。哲学的過ぎて私にはよー分からんとです。

 

 取り敢えず、朝食をとって来ると言ってから部屋を退出しました。彼女もずっと寝間着姿は嫌でしょうからね。今のうちに着替えてもらおうという私なりの配慮です。

 あと、純粋に腹減りました(本音)。

 

 食堂でクリスティーナお気に入りのパンとスープにサラダを受け取ってからお盆に乗せて運びます。

 部屋に戻る途中、モブの神官とすれ違いましたが……はて、どこかで見たことのある顔でしたね。

 

 妙な違和感を抱えつつ部屋に帰ると、何やら真剣に考え込んでいるクリスティーナがいました。私が配慮したにも関わらず、まだ寝間着のままです。これは、私以外に来訪者があったとみるべきですね。

 さっきすれ違ったモブの神官、とか。

 

「どうしたんだい? お腹が空きすぎて考えることを止めたの?」

「その逆です。とても……考えさせられることを言われまして」

「誰に?」

「オリバーです」

「?」

「あぁ、あなたは知りませんでしたね。まだ若い神官です。オドルーにも信頼されている優秀な方ですよ」

「ふーん」

 

 そういえば、そんな名前でしたね。取り敢えず、朝食を乗せたお盆をクリスティーナに手渡してから椅子に座ります。

 

「で、何て言われたんだい?」

「――女王に、ならないかと」

「それは、また……」

 

 厄介なことを頼んでくれますねぇ。当然、私としては看過できることではありません。あんなに強力な武器を使わないなど、RTAを舐めているとしか思えませんからね。

 

「クリスティーナは、どうしたいの?」

「……それを今、悩んでいたのです。父は死に、母も死に、そして曲がりなりにもこの国を回していたゾルディンも亡くなりました。アルカディア王国は今、前代未聞の危機に瀕しているのです」

「……そっか。確かに、ゾルディンと戦うことに必死でそういったことについて考えていなかった。ごめんね」

「ルタが謝るようなことではありません。本来であれば、ゾルディンのことも私たちで解決すべきだったのですから」

 

 そう言い切ったクリスティーナですが、その瞳には迷いがありました。

 

「……君が責任を取って女王になるべき、そう思っているの?」

「……思わないわけでは、ありません。この国に王女として生まれた以上、私にはその義務がありますから」

「相変わらず、お堅いね」

「否定できないですね」

 

 フッと笑ったクリスティーナは一旦考えることを止めたのか、私が持ってきた朝食に手を付け始めました。

 

「そうだ――」

 

 お気に入りのパンをもしゃもしゃと頬張っていた彼女がふと此方を向きました。

 

「ルタはどう思いますか?」

「……僕に聞く意味ってある?」

「ありますよ。これから私と関わりのある方々に意見を求めて回るつもりですから」

「なるほどね。じゃあ、直球で言わせてもらうよ」

「はい」

「僕は、君が女王になるべきだと思う」

「……」

「ただし――それは、今じゃない」

 

 クリスティーナは手を止め、こちらを凝視してきました。

 何としてでも旅に付いて来て欲しい。その思いを隠し、私は出来るだけ冷静さを維持したまま言います。

 

「ゾルディンのことで思い知らされたよ。僕は、一人じゃ何もできない。一人じゃあ、魔将騎たちを相手取ることは出来ないってね」

「そんなことは――」

「あるんだよ。……この世界を救うために呼ばれた身としては口惜しい限りだけどさ、僕一人の力なんて高が知れているんだ。だけど――」

 

「――君と一緒なら、戦える。何も聖剣だけが理由じゃない。クリスティーナが一緒に居てくれれば、僕は勇者として戦えると思うんだ」

「……」

 

 だから、と私は頭を下げて言いました。

 

「僕と一緒に来てくれないか、クリスティーナ。一緒に魔王を倒そう。そして全てが終わった後、君は女王になるんだ」

「……それが、あなたの考えですか」

「あぁ。まず、世界を救うのが先決であると僕は考えている」

「なるほど、あなたらしい答えだ」

 

 柔らかく微笑んだクリスティーナは、瞳を閉じてから物思いにふけっていた。

 色んな考えが頭を巡っているのだろう。愛する国に背を向けてでも世界を救うのが先決か。それとも、この国だけでも守らんと尽力すべきか。

 

 虹の剣を託された少女の決断は、勇者が思うよりもずっと早かった。

 

 

「――分かりました。あなたの旅に同行させていただきます。共に魔王を廃し、この世界を救いましょう。王国の事は、ゾルディンに虐げられていた優秀な人材たちに託すとしましょう。……私の仕事を押し付けるようで、申し訳ないですが」

「あぁ、ありがとう! 君が来てくれるなら百人力だ! 直ぐにでも魔王を倒してこの国に帰ってこよう!」

「そんなに早く終わるものなのですか?」

「当然さ! なにせ僕は――」

 

 

 

 

 

 

ベテラン勇者だからね!

 

 

 

 

 

 

 

「……ベテラン、ですか」

「うん? どうしたの? ここは新米だろう!ってツッコミを入れる場面だと思うんだけど」

 

 私渾身のボケが滑ったことに納得がいかない件について。

 何やら再び考え込んでいたクリスティーナですが、直ぐに顔を上げて頷きました。

 

「そうですね。世界の危機など、直ぐに終わらせるに限ります」

「でしょう?」

 

 にこやかな笑顔で頷くクリスティーナ。

 だが不意に、彼女は表情を引き締めると真剣な瞳でルタを見つめて来た。

 

 動揺する勇者を前に、彼女は口を開いて宣言した。

 

「――アルカディア王国第三王女、クリスティーナ・エヴァートン。虹の聖剣を携え、あなたの剣にして盾になることを此処に誓います。勇者ルタ。どうか共に」

 

 寝間着だ。

 ベッドの上だ。

 だが、ルタはここが玉座の間であるかのように錯覚した。

 

 それほどまでに神聖な気配が彼女から発せられていた。

 

「あ、あぁ……勇者ルタ。特に肩書はないけど、世界を救うことには全力です。えぇと……よろしく」

「ふっ、締まりませんね」

「うるさいなぁ」

 

 二人で共に笑い合う。

 

 釣り合っていないようで、実は相性抜群の二人。

 お互いの欠けている部分を補うように、二人は誓いの固い握手を交わし――ここに、勇者と聖騎士のパーティーが誕生した。

 

 

(よっしゃー! 聖剣ゲット! 勝ったな! 風呂入って来るわ!)

 

 道化師は笑う。

 

 道順こそ狂ったものの、結果的に強くなった聖騎士を手に入れたことを喜び、無邪気な子供のようにはしゃいでいる。

 

 だが、覚悟するがいい。

 

 ここから先の道のり、其方を待ち受けているのは数多の試練。

 

 歯車は狂い始め、世界は彼の知るものから逸脱し始めている。

 

 世界の変化を敏感に悟った者たちは備え始めたぞ。

 

 

 第五位は引きこもり。

 第四位はさらなる修練を積み重ね。

 第三位は焼けた右手を見遣り。

 第二位は不敵に笑い。

 第一位は目を細めた。

 

 

 

 そして嗤う、魔の王。

 

 真なる戦いの幕は、此処に切って落とされた。

 

 

 

 




次回で第一章は完結となります。
その後は人物紹介や幕間を挟み、それから第二章を開始したいと思います。
番外編はモチベが下がった時の切り札ということで。

この話は次回の後書きでまたさせて頂くと思います。

ここまで読んでくださった読者の皆様。本当にありがとうございます!


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そして新たな旅立ち

今回で、第一章が完結です。
えっ、文字数? 当然の様に過去最多ですが何か?(白目

増え続ける文字数にも対応してくれる読者の皆様には感謝しかありません。
後書きにお知らせがあるので、そちらも合わせてご覧ください。


 地獄を見た。

 

 何度も繰り返される悪夢だ。

 

 全体の風景はぼやけていて、あの時ほどはっきりとは見えないけれど、それでも彼が苦しみ涙していることは分かった。

 

 大切な人を失うことが一体どういうことなのか。クリスティーナは痛いほどに分かる。

 父、母、そして友。

 その全てを亡くし、その度に苦しかった。

 

 苦痛だったと記憶している。

 

 だからこそ、今見ている光景は異常だった。

 

 苦しみが終わらない。果てが見えない。

 さっきからずっと同じ光景を見せられているような気がする。

 

 何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も…………

 

 その全てに喜びがあり、そしてそれ以上の絶望があった。

 

 “こんなの……間違ってる”

 

 そう思うけれど、クリスティーナに出来ることなど何もない。

 

 さらに、クリスティーナには確信があった。

 

 この光景を――この地獄を記憶に留めておくことなど出来はしないのだという確信が。

 

 だって、これは夢だ。

 聖剣の副作用か何かで見ている夢なのだ。

 

 夢はいつか覚める。

 その内容も忘れて、現実に戻ることになる。

 

 でも――

 

 “忘れたくない。いや……忘れるわけにはいかない”

 

 クリスティーナは無駄な足掻きであると分かっていながら、その光景を心に焼き付けんとしていた。

 凄惨な地獄から目を逸らすことなく、ただ向き合い続けていた。

 

 

 やがて、意識が浮上し始める。

 焼き付けたはずの記憶が削げ落ちていく。

 抵抗虚しく現実へ浮上しながらもクリスティーナは誓った。

 

 いつかきっと、この地獄の真実にたどり着いて見せると。

 

 そして、クリスティーナを助けてくれたあの勇者に恩返しをするのだと。

 誰に頼まれるでもなく、彼女は自分でそう決断した。

 

 そして、虹の聖騎士が目覚める。

 

 

 

 

 

 

「ルタ?」

 

 目覚めたクリスティーナが最初に目にしたのは自室の天井。そして次に目にしたのは、ベッドの傍の椅子で眠りこけている勇者ルタの姿だった。

 

 酷い顔色だ。まともに睡眠を取っていないのではなかろうか。クリスティーナは勝手に眠って勝手に休んでいた自分が急に申し訳ない気分になった。

 だけど、彼が帰って来たという事実が嬉しくもある。ほんの数日会っていなかっただけだが、一か月ぶりに再会したくらいに感じるほどだ。

 それほどまでに濃い時間を過ごしていたのだと実感する。

 

「う……ん……あれ、クリスティーナ?」

 

 クリスティーナが目覚めた気配を察知したのか、ルタが目を覚ました。

 顔を顰めながら伸びをしている。あんな体勢で眠っていたのだ。きっと背中が痛いに違いない。

 

 気の毒に思う一方で、クリスティーナはそんな何気ない彼の動作が妙に嬉しかった。何と言うか、ごく普通の人間らしかったのだ。

 先程まで見ていた―――とは違う。

 

(あれ? ……私、さっきまで何の夢を見ていたんだっけ……)

 

 クリスティーナは頭の奥にぽっかりと穴が空いてしまっているような感覚に陥った。

 何か、絶対に覚えておかなければならない大事なことを忘れてしまったような……。

 

「身体の調子はどう?」

 

 明らかに調子が良くなさそうなルタの質問に対し、一旦考え事を放棄したクリスティーナは呆れたような表情で返した。

 

「……お陰様で絶好調です。そちらはどうですか?」

「絶好調さ」

「嘘つき」

 

 アハハ、なんておどけた笑い顔を見せるルタ。

 だが、今回ばかりは色々と限界だったのか。

 彼は飄々とした態度を消し去り、直ぐに真顔になった。

 

「いや、でも……うん。流石にヤバいかも。ご飯食べたら大人しく眠ることにするよ」

「そうしてください。激戦を耐え抜いたというのに、死因が過労死では笑えませんから」

「仰る通りで」

 

 両手を上げ、降参のポーズを見せるルタ。

 いつも通りの、どこかおどけた振る舞い。けれど、それが彼の配慮であることはクリスティーナもよく分かっていた。

 

「ルタ」

「うん?」

「ありがとうございました」

「……それは、何に対しての?」

「全てです。私をゾルディンから救ってくれたこと。共に戦ってくれたこと。その全てに感謝をしています。本当に――ありがとうございました」

 

 真っ直ぐなクリスティーナの瞳。

 ルタは照れたように視線を逸らしながらボソボソと言う。

 

「……君はいつも、謝っているか感謝してばかりだね」

「そういうあなたは、いつも戦ってばかりですね」

「それが性分だからさ」

「なら、私もそう言うことで」

 

 二人は顔を見合わせて笑い合った。

 お互いの性分については既に理解している。今更話し合ったところで平行線をたどるだけだろう。

 ルタは微笑んで言った。

 

「取り敢えず、どういたしましてと言っておくよ。メンタル面も不調がないようでなによりだ」

「……そうですね」

 

 頷くクリスティーナだが、どこか歯切れが悪かった。

 彼女の些細な変化に気づいたルタが問いかける。

 

「どうしたの? 何か心配事でもあるのかい?」

「……」

「もしかして……アルマや、お母さんの事?」

「……そうですね。そのこともあります」

「そのこと、()?」

 

 首を傾げるルタには悪いが、クリスティーナは二人の事に関しては既に乗り越えていた。

 それは、彼女が薄情だからでも現実を見てないからでもない。

 真正面から向き合い、それでも立ち向かい続けると決意したからだ。

 

 そんな彼女の気高さに惹かれ、聖剣は真なる姿を見せた。

 

「まぁ、振り切れたのならそれでいいんだけど。僕からは言わせて頂くよ」

 

 クリスティーナの心境にどんな変化があったのかを知らないルタは困惑しながらも誠意を込めて言った。

 

「お悔やみ申し上げます。お母さんには会ったことないけれど、二人とも君にとって大事な人だったんだろう。彼女たちを救えなかったこと……本当に、申し訳なく思っている」

「謝らないでください。あれは全て、ゾルディンのせいです。あなたに非はない。それに、彼にはもう裁きを与えました。……もう、終わったことなのです」

 

 失った者は取り戻せない。

 時間を操るという究極の権能を手に入れながらも――いや、手に入れたからこそクリスティーナはその事実を深く実感する。

 

 彼女たちへの申し訳なさはある。救えたはずの命だったことは理解している。

 

 でも、だからって下ばかり向いていては先に進めない。

 彼女たちの死を無駄にするわけにはいかない以上、クリスティーナは前を向かなければならないのだ。

 

「……意外だったな」

「何がですか?」

 

 ポツリと漏らしたルタの言葉にクリスティーナが反応する。

 

「もっと、落ち込んでいるとばかり思っていた。君は、とても情が深い女性だから」

「……」

「慰めの言葉も用意していたけれど、全部無駄になっちゃったな。まぁ、それが一番良いんだけどさ」

 

 笑いながら語るルタ。彼はクリスティーナに起きた変化をポジティブに捉えているようだ。

 

「そう、ですね……以前までの私ならきっと、塞ぎ込んで泣いてばかりだったでしょう」

 

 過去の自分を見つめながらクリスティーナが肯定する。けれど、弱虫を卒業した彼女は胸を張って言った。

 

「でも、今は下を向いてばかりいられませんから。泣いている暇もありません。そういうのは本当の意味で戦いが終わってからにします。だから――」

「だから?」

「慰めの言葉は取っておいてください。全部が終わって私がどうしようもない泣き虫に戻った時に」

「……了解」

 

 全部が終わったら。

 そう、戦いは何も終わっていない。

 ゾルディンは魔将騎の六位に過ぎず、未だに世界には魔王の脅威が迫っているのだから。

 

「そういえば、さ」

「はい?」

「心配事って他にもあるんじゃないの?」

「……どうしてそう思うのですか?」

「君がそう言ったんじゃないか」

 

 言われて自分の発言を思い返し、確かにその通りだと思い当たるクリスティーナ。

 

「そう、ですね……」

 

 クリスティーナは言うべきかどうか迷っていた。聖剣が覚醒する間際に見た、あの光景の事を。ルタと思わしき人物が体験していたあの地獄について。

 けれど、心のどこかで確信もあった。

 クリスティーナが尋ねたところで、彼は答えてはくれないだろうという確信が。

 

 彼は恐らくあの光景の事を隠している。若しくは、それ自体を知らないか。

 

 あれが時間を操る聖剣が見せた未来の光景であるという可能性もある以上、クリスティーナはきっちりと考えた上で立ち回る必要があった。

 

「クリスティーナ?」

「……ルタ。私は今から、おかしなことを尋ねます。いいですか?」

「別に構わないけど……」

「正直に答えて下さいますか?」

「それはもちろんさ。君に対して嘘をついたことはないよ」

 

 彼の瞳は真剣そのものだ。

 クリスティーナは、その瞳を信じて口を開く。

 

「……私とあなたは初対面。これは事実ですか?」

「当たり前じゃないか。何を言っているんだい?」

「……」

 

 少なくとも、嘘をついているようには見えなかった。

 ルタはクリスティーナと初対面であると信じている。

 だが――このクリスティーナとは初対面かもしれないが、別のクリスティーナであればどうだろうか?

 

「ならば、私ではない私と出会ったことは?」

「……クリスティーナではないクリスティーナってこと?」

「えぇ」

「ハハハ、全く。僕をからかっているの?」

「真剣に答えて下さい」

「――ないよ。君とは初対面だし、君以外のクリスティーナなんて知らない」

「……」

 

 クリスティーナには分からなかった。

 先程と同じく、真剣な瞳。

 嘘をついているようには見えない。演技にも見えない。

 

(じゃあ、本当に彼は何も知らないってこと……?)

 

 クリスティーナは内心で首を傾げた。

 青い瞳でルタを見つめるが、彼はあの純真な瞳に疑問を浮かべながら見つめ返してくるだけ。

 

(……分からない。本当のあなたはどこにいるの?)

 

 残念ながら14歳から殆ど一人で過ごしてきた彼女には、百戦錬磨の怪物を見抜く力など備わっていない。

 勇者の真意を知ることは出来ない。

 

 だから、未だ発展途上の聖騎士はこの問題を保留とすることを決めた。今の自分には荷が重すぎるとして。

 けれど――いつの日か、必ず背負って見せると誓って。

 

「……分かりました。変なことを聞いて申し訳ありませんでした。もうこの話は終わりにしましょう」

「いいけど……本当に大丈夫?」

「大丈夫です。メンタル面も問題はありませんから」

「君がそう言うならいいけど……」

 

 腑に落ちない表情をしながらもルタは渋々頷いた。その様子も演技には見えない。これも演技だったら、彼は常時日頃から人格を偽っていることになるが……そんな気が狂いそうなことが可能だとは思えなかった。

 思いたくなかった。

 

「では、この話はここで終わりということで。それよりも――」

 

 次の話題に移ろうとした瞬間の事である。

 

 ぐう~~~~~

 

「……」

「……」

「……クリスティーナさん?」

「何も言わないでください」

「お腹空いたの?」

「――ッ!」

 

 デリカシーなんてあったもんじゃない。

 

 キッと鋭い眼差しを向けて来るクリスティーナだが、頬が赤いのであまり怖くない。小さな子供を見るような目で彼女を見るルタは優しい声で言った。

 

「ご飯取ってきてあげるよ」

「……お願い、します」

 

 屈辱に身を震わせながらクリスティーナが言う。そんなに恥ずかしがることかなぁ? なんて惚けたことを言いながらルタが部屋を出て行った。

 

 普段は配慮のある男なのに、何故か妙なところでデリカシーがない。

 

 だが、話を逸らすことが出来た上に朝食まで持って来てくれることになった。思わぬタイミングで鳴った自分のお腹を恨んだり感謝したりしながら着替えようとしていたその時。

 

 コンコンッ

 

 自室の扉がノックされた。もう帰って来たのかと驚きながら「どうぞ」と返答したクリスティーナだったが、入室してきた人物を見て目を丸くした。

 

「失礼します」

「オリバー殿?」

 

 堅物の若き神官、オリバーである。何の用事があるのか。

 入って来た彼は何故か寝間着のままだったクリスティーナを見て動揺したようだったが、直ぐに気を取り直して切り出した。

 

「お加減は如何ですか?」

「良好です。オリバー殿は如何ですか?」

「悪くはありません」

「それは何よりです」

 

 そして生まれる、謎の沈黙。

 昔のクリスティーナであれば、効率を重視して直ぐにでも尋ねて来た用件を尋ねていただろうが、今の彼女は少し違う。

 

「取り敢えず、そこにある椅子に座られたらどうです? 立ちっぱなしは辛いでしょう?」

「……よろしいのですか? その……大分、距離が近くなると思うのですが……」

「? 別に構いませんが」

「では、失礼して」

 

 おずおずと先程までルタが座っていた席に腰を掛けるオリバー。

 やたらと緊張気味の彼だったが、クリスティーナが眠っていた間に起きていた事態を簡潔に説明し、そして今後の展開も語ってくれた。

 

 勇者に掛けられたままの殺人容疑を晴らそうとオドルーが奮闘していること。クリスティーナの母であるアウラの死亡が確認され、葬儀を行うことが決まったこと。

 城下第三区の治安が安定化し、その理由としてゾルディンが従えていた魔人たちが一気に退去した可能性が高いということ。

 

「……なるほど。そんなに大変な事態になっていたとは知りませんでした。これはスヤスヤと眠っている場合ではありませんでしたね」

「それは仕方がないことでしょう。それよりも――」

 

 オドルーは堅物な表情の中に悲しさを滲ませ、言った。

 

「お母上の事、お悔やみ申し上げます。アウラ様は、ご立派な方でした」

「オリバー殿……そうでした。あなたは昔の母を知っていましたね」

「覚えていますか? 昔の事を」

「……やや記憶は薄れてきましたが、覚えています。オリバー殿はどうですか?」

「私は――」

 

 昔話を始めようとしたオリバーそこで言葉を止め、まじまじとクリスティーナを見つめてから少し拗ねたような顏で言った。

 

「……なぁ、それは止めてくれないか?」

「何の事です?」

「その『殿』ってやつだよ。……もう、昔みたいにオリバーとは呼んでくれないのか? クリスティーナ」

「……オリバー」

 

 クリスティーナが名を呼ぶと、彼は嬉しそうに笑った。

 彼のフルネームはオリバー・リンダース。

 アルカディア王国にて代々公爵を務めている名家リンダース家の三男であり、クリスティーナの幼馴染であり、そして悲劇の夜まで彼女の婚約者であった男性である。

 とはいっても、その時期から王国は危機的な状況にあり、クリスティーナは恋愛など二の次で国と父の事ばかり考えていたため、その関係を意識したことは特になかった。

 

 神殿に左遷された後、何故か彼も公爵家を抜け出して神官になったと聞いた時は驚いたが、その時は意外にも信仰深い人だったんだな、と思った程度だった。

 

「……ずっと、君の事が心配だった。お父上の事があったあの夜から、ずっと」

「……昔の話です。急にどうしたのですか?」

「急になんかじゃない!」

「オ、オリバー?」

 

 突然大声を上げた幼馴染に驚きを隠せないクリスティーナ。

 何も分かっていない彼女に向かい、長年の思いを募らせてきたオリバーは語る。

 

「俺は今でも君の父上が許せない。何もかもを台無しにし、君を神殿に追いやった彼が許せない」

「オ、オリバー?」

「そして、君の母上も許せない。君が苦しんでいる時期、あの女は薬に逃げた。神官共も許せない。彼らは、君を腫れ物のように扱った。そして――あの勇者も許せない。突然現れて、君を横から掻っ攫おうなんて――」

「オリバー! 突然何を言っているのです⁉ これ以上彼らへの侮辱は許しませんよ!」

「……あぁ、そうだな。君が庇うのはそっちだよな。勢いに任せて追いかけて来たものの、怖がって何もできなかった俺には目もくれないか」

 

 自虐的な笑みを浮かべ、オリバーは己を罵倒する。クリスティーナはというと、突然感情を剥き出しにして語る彼にただただ困惑していた。

 確かに嘗ては幼馴染だった。王城で同じ授業を受けていたし、親が決めたこととは言え婚約までしていたのだ。

 だが、再会してからの彼と言えば、変わり果てたクリスティーナに対してただ義務的に接するだけで、私的な会話など殆ど交わしたことがなかった。

 

 だから、思ったのだ。

 この人も皆と同じなのだと。

 

「オリバー……」

「……急に取り乱してすまなかった。でも、俺はただ君に危険な目に合ってほしくなかっただけなんだ。ゾルディンは明らかにヤバい奴だった。だから、むやみに懐を探って眼をつけられるようなことをして欲しくなかったんだ」

「それで、城下第三区の調査に乗り出すことを反対していたのですが……」

「あぁ。……まぁ、結果的には全部君が正しかったけどな。アイツは魔人だったし、君は聖剣なんてものに目覚めるしで、もうわけがわからないよ……でも、君が無事でよかった。本当に」

 

 笑みを浮かべながらオリバーは言う。

 いつもは冷たく微動だにしない緑色の瞳が、今日は昔のように温かい色を帯びている。きっちりと固めているはずの金髪も乱れており、彼が如何にクリスティーナを心配していたのかがよく分かった。

 

(どうやら、私はまたも人の好意を無為に踏みにじっていたようですね……)

 

 オドルーの時と同じだ。彼はあんなにも彼女の為に動いてくれたのに、当時のクリスティーナといえば我が儘に心を閉ざして何もしなかった。

 深く自省する。

 そして、成長したクリスティーナは言った。

 

「オリバー」

「……なに?」

「ありがとうございました。あなたは、私の事を心配してくれていたのですね。嬉しいです。そして、ごめんなさい。私はあなたの誠意に気づくことが出来なかった」

「――――」

 

 オリバーは目を丸くして驚いた後、頬を赤く染めながらガリガリと頭を掻いて、笑った。

 

「なんていうか、変わったな。クリスティーナ」

「そうですか?」

「あぁ。間違いなく変わったよ。前よりもずっと、素敵な女性になった」

「は、はぁ……」

 

 それはどうも、なんてあんまり分かってなさそうな顔をする鈍感女。

 そういうところはまだまだか、なんて思っていた矢先だった。

 

「それにしても、元婚約者という縁()()で私の事を助けようとしてくれていたとは。あなたは本当にいい人なのですね」

「……マジかコイツ」

「?」

 

 クリスティーナの口から衝撃の言葉が放たれた。

 年若きオリバーは色んなものを恨んだ。そして思った。どうして誰もコイツに情緒教育をしてこなかった⁉

 

「……あのなぁ、普通に考えてそんなわけがないだろう?」

「じゃあ、どういう訳なのですか?」

「……」

 

 コイツ、全部分かった上で言っているんじゃないだろうな? オリバーは本気でそんな気がしてきた。だが、事実としてクリスティーナは何もわかっていない。自分がどういう方向性で好かれているのか本気で分かっていない。

 色々と終わっている女だった。

 

「……はぁ、一旦この話は止めにしよう。それよりも本題に移ろうか。今日はその為に来たんだ」

「本題、ですか」

「あぁ。これ以上話を長引かせてもあれだしな。手っ取り早く言わせてもらおう。――クリスティーナ・エヴァートン。俺はあなたに女王にならないか、という提案をしに来た」

「……なるほど」

 

 そういえば、以前ルタにも同じことを言われたな、と思い出すクリスティーナ。

 だが、今回は以前と違ってより現実的な提案であることは彼女にも分かっていた。国王が亡くなり、彼の世継ぎは三人の娘だけ。

 本当は唯一の男が生まれるはずだったが、亡くなってしまい、今アルカディア王家の正当な血を引くのはクリスティーナと彼女の二人の姉だけなのだ。

 

 そうなった場合、消去法でクリスティーナが選ばれることは本人にも何となく分かっていたことではある。

 

 上二人の姉はなんというか、女王に向いている感じではないので。

 

 オリバーが話してくれた内容も大方そのような感じだった。

 彼は神殿や父である公爵の意向によってここに来たようだが、彼自身もクリスティーナが女王になることを望んでいるらしい。

 オリバーは熱を込めて語る。

 

「これ以上ないチャンスじゃないか! 君を見下して来た連中を見返すいい機会だ! あのクリスティーナ・エヴァートンが女王になるって言うんだ。反対する奴もいない。もしいたとしても俺が何とかするよ。この国を支えることが出来る人間は、君以外に居ないんだから!」

「しかし……」

「どうして悩む必要がある? ずっと彼らは君に酷い言葉を浴びせて来たじゃないか! 君を抑圧して、無視し続けた。……求められたからと君が素晴らしい政策案を出した時、彼らは何をした? 君の目の前で破り捨てたんだぞ! これまで受けて来た屈辱を晴らす機会だ。君が女王として、君臨する。これ以上に痛快な逆転劇があるか⁉」

 

 オリバーは笑う。どうやら、いつになく興奮しているようだ。

 クリスティーナはそんな彼をたしなめるように言った。

 

「……残念ですが、オリバー。そんな考えの者が女王になったとて、私の父の時と同じことが起こるだけでは?」

「――ッ!」

「あなたが私の事を思って発言してくれていることは分かります。ですが、少し冷静になって下さい。あなたの語る女王像は今、暴君そのものです」

「……あぁ、すまなかった。少し、頭に血が上っていたよ」

 

 椅子から立ちあがり、ベッドの上で上体を起こしているクリスティーナに詰め寄るほど興奮していたオリバー。だが、彼女の冷静沈着な空気と言葉で一気に頭を冷やされた。

 オリバーが落ち着いたのを見たクリスティーナは静かに口を開いた。

 

「オリバー。あなたの望むような女王にはなれませんが、しかしこの国が今リーダーを必要としていることは私も理解しています。どうかにしたい、という思いも持っています。ですが、今すぐに決断を出すというのは難しいことだ」

「……そうだな。幸い、オドルー様が動いてくださっている。暫くの間はゆっくりと養生していてくれ」

「ありがとうございます。……フフ、こうして話していると少し昔を思い出しますね」

「あぁ。とても懐かしいよ。あの頃は、とても平和だった。出来れば戻りたいくらいさ」

「えぇ。仰る通りです」

 

 過去を思い返しながらオリバーが言う。

 穏やかに微笑むクリスティーナを見たオリバーは不意に、心の中に芽生えた言葉をそのまま口に出した。

 

「――なぁ、クリスティーナ」

「なんでしょう?」

「俺は、今からでも婚約者としての立場に戻ってもいいと思っているんだ。君は、どうだ?」

 

 ドクン、ドクン。

 心臓の鼓動が五月蠅い。

 オリバーは祈るような気持ちでクリスティーナの言葉を待って――

 

「? あれは私たちの両親が決めたものでは」

いい加減にしろよお前

「????」

 

 突然の罵倒に目をぐるぐると回すポンコツ聖騎士。

 こりゃあ、駄目だ、と若き神官は頭を抱えた。

 

「まぁ、ゆっくりと考えてみてくれ。俺は何度でも言うが、君が女王になるべきだと思っている。君の翼は、こんなところで潰されていいものじゃない」

「そんなに大袈裟なものでは――」

「いや、それくらいに価値のあるものさ。君は賢く、カリスマがある。これ以上ないほど女王に相応しい女性だ」

「……私は、何も知らなかったのですね」

「どうした急に?」

 

 オリバーの問いかけに対し、クリスティーナは昔の自分を思い出しながら語った。

 

「あの頃の私は、自分の味方などこの世のどこにもいないのだと思い込んでいました。だから勝手に一人で塞ぎ込んで、極力周りの事を見ないようにしていた。でも――こんなに近くに私を助けようとしてくれる人がいたのですね。あなたも、オドルーも、素晴らしい人格者だというのに、その好意を踏みにじってしまった。本当に、過去の私は愚かだったと思うばかりです」

「……」

 

 悔やんでいるような口調だが、表情は穏やかだった。

 既に過去の事として割り切っているのだろう。彼女はオリバーが救うことの出来なかった悲惨な過去から解放されたのだ。

 

「……変わったな、クリスティーナ。昔の俺がもっと勇気を持てていれば、君を――」

「?」

「……いや、なんでもない。これこそ後悔だな。今は前を見ないと」

 

 オリバーは椅子から立ちあがり、外へ出る準備をしながら言った。

 

「それじゃあ、俺はこれで失礼するよ。女王の件、答えが決まったら俺のところへ来てくれ。良い返事がもらえることを期待している」

「分かりました。ご足労、痛み入ります」

「だから、そういう堅苦しい口調を止めて欲しいんだけどなぁ……」

 

 ぼやくように言いながらオリバーは神官としての一礼をした。

 見送りに立ちあがろうとするクリスティーナを制し、オリバーはベッドを離れて扉へと向かう。

 

「あぁ、そうだ。言い忘れていた」

 

 扉を開くその直前。

 振り返った彼は燃えるような瞳でクリスティーナを見つめ、言った。

 

「俺は親が決めたこととはいえ、好きでもない女と婚約を結ぶほど酔狂な男じゃない。ましてや、そいつを追いかけて神官になったりもしない。それだけは、覚えていてくれ」

「――――」

 

 クリスティーナは鈍感な女だ。

 頭はいいが、堅く。

 いつだって自己評価が低くて他人との接点を極力減らして生きて来た。

 

 だけど。

 そんな彼女でも分かるほどにはっきりと、オリバーは自分の心を伝えた。

 啞然と彼が出て行って閉められた扉を見つめる。

 

 それは、今まで欠片もそういったことを意識したことがなかったクリスティーナの胸にも響いて――

 

 

 

 

 

 

 

 

「クリスティーナ?」

 

 軽いノックの音が響くと同時、朝食を取りに戻っていたルタが帰って来た。クリスティーナの返事も聞かずに入ってくるあたり、今日の彼はデリカシー度が低めらしい。

 直ぐに返事を返そうとしたクリスティーナだが、今の彼女は少々心が乱れており、どうにも上手い具合に言葉が出てこなかった。

 

 目ざとくクリスティーナが悩んでいることを悟ったルタが口を開く。

 

「どうしたんだい? お腹が空きすぎて考えることを止めたの?」

「……」

 

 この男は。

 

 先程までここにいたオリバーとのギャップに脳がショートしそうなクリスティーナだったが、ルタの醸し出す気の抜けた空気はどうにも気が安らいで――

 

「で、何て言われたんだい?」

 

 オリバーが来たことを話せば当然、会話の内容が気になるに決まっている。クリスティーナは素直に話そうと思ったのだが……心のどこかでブレーキが掛かった。

 

「――女王に、ならないかと」

 

 結局、クリスティーナは無難な(そういうわけでもないが)方の話題をルタに相談し、そして自分でも意外なほどあっさりと答えを得ることになった。

 だって――

 

「ゾルディンのことで思い知らされたよ。僕は、一人じゃ何もできない。一人じゃあ、魔将騎たちを相手取ることは出来ないってね」

「そんなことは――」

「あるんだよ。……この世界を救うために呼ばれた身としては口惜しい限りだけどさ、僕一人の力なんて高が知れているんだ。だけど――」

 

「――君と一緒なら、戦える。何も聖剣だけが理由じゃない。クリスティーナが一緒に居てくれれば、僕は勇者として戦えると思うんだ」

「……」

 

 こんなことを言われたら――

 

 

「僕と一緒に来てくれないか、クリスティーナ。一緒に魔王を倒そう。そして全てが終わった後、君は女王になるんだ」

 

 

 断れないじゃないか。

 

 

 

「――アルカディア王国第三王女、クリスティーナ・エヴァートン。虹の聖剣を携え、あなたの剣にして盾になることを此処に誓います。勇者ルタ。どうか共に」

 

 こうして、クリスティーナ・エヴァートンは彼と共に戦うことを誓ったのだった。

 その胸の内に様々な思いを秘めながら。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「……」

 

 その日の夜。

 クリスティーナは休むべきと分かっていながら、どうしても眠ることが出来ずベランダで夜風に当たっていた。

 

 ルタ曰く、二日後には出発するらしい。

 それまでに準備をしておいて欲しいと言われた。

 

 素早く行動を開始することへの文句はない。準備だって極論聖剣があればいいのだから、一日もあれば終わる話だ。

 

 暫くは帰って来れなくなる。

 そう思うと、いつも自室から眺めていたこの景色も恋しくなってきた。

 

『君は、情が深い女性だから――』

 

 ルタの言葉もあながち間違いではないのかもしれない。

 そんなことを思いながらクリスティーナはここ数日の事を思い出していた。いや、正確にはルタと出会ってからの日々を。

 

 嫌なことがあった。

 たくさんの、嫌なことが。

 

 大切な人たちが死に、自分の闇を知り、そして物理的な痛みも知った。

 

 けれど――その一方で、数えるほどだけど良いこともあった。

 

 友達が出来た。

 一人は勇者を名乗る気弱でお調子者だが、やる時はやる男。

 もう一人は、クリスティーナに憧れてくれると言ってくれた輝く瞳の少女。

 

 仲間がいた。

 ずっと自分を助けようとしてくれていた偉大な神官長。

 そして、同じく何もなかったクリスティーナに手を差し伸べようとしてくれていた幼馴染。

 

 きっと、クリスティーナが気付いていないだけで、他にもいるはずなのだ。

 彼女の味方をしてくれる人が。

 一人じゃないと、教えてくれる人が。

 

「……」

 

 クリスティーナはベランダから室内に戻り、そして布団に潜った。

 明日から忙しくなる。

 

 

 

 

 

 

 本人が予期していた通り、次の日はとにかく忙しかった。

 女王にはならない旨をオリバーに伝えると同時、旅に出ることを宣言。

 

 大いに反対をされたが、聖剣の力を披露すればさしものオリバーも沈黙していた。というか、あまりの反則ぶりに若干引いていた。

 演出の為とは言え、五倍速で暴れ回ってからの時間巻き戻しは少しやり過ぎただろうか? と一応の反省をするクリスティーナ。

 

 ……ちなみに、例の件についてはお互いに何も触れなかった。まだその時ではないと敏感に悟ったのだ。

 

 

 そうして彼女が物理的な方法でオリバーを説得している間にオドルーはあっさりと勇者ルタの無罪を証明し、さらに神殿側の権威を高めていた。

 これから先、王城側の力が低下する以上、彼やオリバーの所属する神殿が力を持って悪いことはない。

 彼らであれば、この国に良いバランスを齎してくれるだろう。

 加えてオリバーを説得したことにより、彼の父である現リンダース公爵に取り入ることにも成功。

 純粋に国を思う家臣だった彼を強引に宰相にし、クリスティーナは自分が帰るまでの国の舵取りを彼に任せることにした。

 

 クリスティーナが引き継ぎ作業に従事している間、ルタは彼女の代わりに旅の準備を進めてくれていた。

 疲れ果てた身体で自室に戻ると、そこには完璧に用意された旅の準備セットがあって目を丸くしたのは記憶に新しい。

 

「……旅は初めての筈では?」

「まだ疑ってるの? 普通に街の人たちに聞いて準備しただけだよ」

「そう、ですか……」

 

 疑わしいところだが、疲れていたクリスティーナはそれどころではなく、直ぐにベッドに横になって眠ってしまった。

 

 次の日も自分が居なくなった後の引継ぎで大忙しだった。

 

 国王の座に関しては、クリスティーナの叔父にあたる人物がやってくれることになった。

 血筋的にはそこまで問題ないし、頭も良く回る。

 それに、メンタル面も割と強力だった。

 

 本人はちょっと嫌がっていたが、宰相の指示に従えばいいと説得し、ついでにボーナスもつけると約束すると渋々引き受けてくれた。

 

 オリバーはアイツに任せて大丈夫か、などといっていたが、下手に野心がある人物に任せると後が不安だ。

 全面的に嫌がっている人は父と同じになる可能性があるので論外で。

 

 後半はルタも合流し、二人で後に響きそうなイベントは全て一日で強引に終わらせ、その日の夜もクリスティーナは心底疲れた身体で死んだように眠った。

 

 

 

 

 そうして迎えた、次の日の朝。

 

 

 空模様は曇り。アルカディア山脈の反対側では雨が降っており、決して出発日和とは言えない天候だった。

 

 早めに寝たことで疲れの取れたクリスティーナは、ルタがどこからともなく持ってきた甲冑に身を包んだ。

 ルタ曰く、殺されてしまったアルカディア王国一の鍛冶屋が持っていた品らしい。彼の息子と親しくなって譲ってもらったのだとか。

 竜の素材で出来ているというその鎧は、驚くほど軽くて動きやすく、おまけに圧倒的な防御力を誇っているらしい。

 

 背中の青いマントにアルカディア王国の紋章を背負い、腰に聖剣を差したクリスティーナは、黒色のマントにアルカディア王国の紋章を背負い、そして軽鎧を纏ったルタと共に城門まで来ていた。

 

 二人の前には、これから先の旅で大いに活躍してくれるであろう二頭の馬がいる。

 立派な毛並みの彼らにはまだ名前を付けていないが、もうクリスティーナに懐いてくれている。

 旅の途中にでも名前を付けてやろうと決心した。

 

「クリスティーナ」

「……オリバー」

 

 馬に鞍をつけ、さらに旅のために持っていく品々をぶら下げ終わった頃。

 背後から声があった。

 振り返ったクリスティーナの瞳に驚きはない。事前に伝えてあったからだ。

 この城門で最後に挨拶をしようと。

 

「あぁ、君がオリバー君か。クリスティーナから話は――」

「すまないが。あなたは下がっていてくれ。これ以上近づかれると、何をするか分からない」

「……どうやら、色々と事情がありそうだね。じゃあ、僕はオドルーさんと話してくるよ」

 

 空気を呼んだルタは険悪な雰囲気を放つオリバーの視線をいなし、彼の後ろに控えていたオドルーへと近づいていった。

 

 二人きりになったところで、オリバーが口を開いた。

 

「……答えを、聞かせてもらってもいいか?」

「はい」

 

 静かに頷いて、クリスティーナは言った。

 変に誤魔化すことなく、はっきりと。

 

「申し訳ありません。あなたの気持ちに応えることは出来ません」

「……やっぱりか」

 

 ここ数日の彼女を見ていれば分かることだった。

 明るく、気高く、そして楽しそうに笑う彼女。

 その傍らには勇者を名乗る男がいて――

 

(まったく、勝算がないって分かってたはずなのに……どうして言っちゃったかな、俺)

 

 オリバーは愚かな自分を罵ったが……その反面、長年心のうちに秘めていた思いを打ち明けたことへの解放感があった。

 そして、望んでいたものではなかったが、答えが得られたことへの安堵感も。

 

「……悪かったな。何年も事務的な態度を取っていた男から言い寄られて迷惑だっただろう。でも、はっきりと答えてくれてありがとう。これで俺も切り替えて――」

「迷惑だなんて、とんでもない。あなたには感謝しています」

 

 オリバーの自虐的な言葉を遮り、クリスティーナが言った。

 

「私は鈍い女です」

「あっ、自覚あるんだ」

「――オリバー」

「悪かったって。それで、何が言いたいんだ?」

 

 茶々を入れたオリバーを睨みつけたクリスティーナだが、直ぐに表情を切り替えた。その瞳は真摯で、彼女の誠実な姿勢を示している。

 

「……今までずっと、自分に自信がありませんでした。いつだって周りの人を疑っていて、その言葉を真に受けようとしていませんでした。誰かが私を褒めてくれても、別の誰かが私を貶す。その繰り返しの中で、期待することを諦めていたのでしょう。でも――」

「……でも?」

「この数日の中で、友人が出来たんです。私の事を人として尊敬してくれる友人が。私の事を支えてくれる仲間も出来て、それから私が変わるきっかけを与えてくれた友人も出来ました。そして、つい先日――私の事を女性として好いてくれる男性を知りました」

「……」

「とても嬉しかったです。そして、とても自信になりました。……残念ながら、その人の事を男性として意識したことがなかったのでお断りさせていただきましたが、本当に、一人の女として光栄でした。これから先、あなたが与えてくれた自信は、きっと私にとってかけがえのないものとなるでしょう」

「……それは、なによりだよ。君が喜んでくれて、良かった」

 

 オリバーは無理することなく、心の底からの笑みを浮かべることが出来た。

 彼の心はまだ、ますます素敵になった彼女を欲しがっているけれど――その思いを打ち消して余りあるほどに、嬉しかった。

 

 ようやく、役に立つことが出来たのだと。

 

「私、夢も出来たんです」

「へぇ。一体どんな夢?」

 

 穏やかな気持ちでオリバーは尋ねる。

 クリスティーナはキラキラと輝く虹の様な瞳で答えた。

 

「助けたい人がいるんです。その人は私を助けてくれた人で、強くて優しいのにどこか変なんです。いつも笑っているのに、どこか苦しそうに見える時があるんです」

「……」

「だから、いつか彼の事を助けたい。そして、願わくば――目の前にいる人達皆に幸せになって欲しい。それが、私の夢です」

「……それは、とても素敵な夢だな」

「ありがとうございます」

 

 クリスティーナは嬉しそうに微笑んだ。

 

(あぁ、そうか。君はもう自由だったんだな)

 

 オリバー・リンダースは、あれほど空に飛び立てと祈っていた誇り高き竜が、既に鎖から解き放たれていたことを悟った。

 

 竜は空へと飛び上がっていたのだ。

 彼が思っていたよりも、ずっと早く。

 彼ではない男の手を借りて。

 

「……ままならないよなぁ、人生って奴は」

「オリバー?」

「いや、なんでもないよ。――いい旅を、クリスティーナ。道中くれぐれも気を付けてな」

「はい。ありがとうございます。そちらも気を付けてください。ゾルディンが居なくなったとはいえ、王城内には何人もの敵が潜んでいます。あなたであれば上手くやると思いますが――」

「はいはい。そういう堅苦しい話はもういいって。俺の事は大丈夫だから、旅を楽しんできな」

「別に、楽しむために行くわけでは――」

「あぁ、もう! 堅苦しい奴だな! 良いから行ってこい!」

 

 うだうだと理屈っぽい幼馴染の背を押し、オリバーは微笑んだ。

 押されてよろけたクリスティーナだが、オリバーの方に振り返ると彼女らしい綺麗な微笑みを浮かべて言った。

 

「行って来ます」

「――あぁ、行ってらっしゃい」

 

 彼女の背が遠ざかる。

 アルカディア王国の紋章が刻まれた青いマントが、風に揺れる。

 

 オリバーはその背を見送ってから静かに微笑んで王城へと足を向けた。

 

「いつでも帰って来いよ」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

『幸せになって下さいね』

 

 友の言葉が脳裏によみがえる。

 クリスティーナはその言葉に頷きながらも、内容については深く考えてこなかった。

 

 なにせ、出した答えの一つが「より多くの人々に幸せを」だ。

 

 しかし、世の中には自分を幸せに出来ない人が他人を幸せに出来るわけがない、という格言があると聞く。

 ルタが昨日の夕食時に言っていたことだ。

 

 では、自分を幸せにするとはどういうことなのか。

 というよりも、「自分」とは一体何なのか。

 

 クリスティーナ・エヴァートンとは何者だ?

 

 虹の聖騎士。

 いずれ女王になる女。

 ただの小娘。

 

 その全てが正しく、否定することが出来ない彼女の要素だ。

 

 では、彼女は一体何者として幸せになるのか。

 

 聖騎士として? 

 女王として?

 クリスティーナとして?

 それとも――女として?

 

「……恋、ですか」

 

 オリバーの告白は断ってしまったが、彼のお陰で彼女の心にはその言葉が浮かび上がるようになった。

 幸せの定義の一部に、組み込まれた。

 

 恋人。

 結婚。

 子供。

 

 ありふれた、普通の幸せ。

 

 旅が終わり、やるべきことを終えた後にそういった幸せを追い求めるのも、決して悪くはないとクリスティーナは思うのだった。

 

「……ルタ?」

 

 これまで支えてくれたオドルーとも別れの挨拶を交わしたクリスティーナは、馬と旅の仲間が待つ城門まで戻って来た。

 真っ先に目についたのは、どこか遠くの空を見上げているルタの横顔。

 ボーっと何かを見つめている彼の視線が気になったクリスティーナは声を掛けた。

 

「何を見ているのですか?」

「あぁ、クリスティーナ。話はもう済んだのかい?」

「えぇ。双方の納得がいく形で話を終えることが出来ました」

「……なんか、別れ話みたいな言い方だね」

 

 苦笑いを浮かべるルタ。

 あながち間違いではないような……だが、それ以前の話だからやはり間違っているだろう。

 

 これ以上話の内容を聞きだされたくなかったクリスティーナは尋ねた。

 

「何を見ていたのですか?」

「あぁ、()()だよ。雨が降っていた時は困ったと思ったけれど……こういうサプライズがあるなら、悪くないね」

 

 ルタの指が遠くを指し示す。

 クリスティーナはそこに視線を向け――

 

「――えぇ。いずれ止むのであれば、雨も悪くない」

 

 晴れ渡る空に掛かったを眺めた。

 

 赤、青、緑、黄、橙、藍、紫。

 

 鮮やかな色たちに飾られた橋。

 それは、彼女たちの旅立ちを祝福しているように見えて――

 

「綺麗だな……」

 

 ポツリと呟かれた声に横を見る。

 

 彼の横顔は、いつもと違う雰囲気を帯びていた。

 遠い何かを思い出すような瞳。

 それとは反対に、どこか冷たく感じる空気。

 

「……そうですね」

 

 クリスティーナは余計なことを言わず、ただ彼に同調した。

 そっと、寄り添うように。

 

 

 

 

 

「さて――名残惜しいけど、そろそろ出発しないとね」

 

 暫くボーっと言葉を交わすことなく虹を眺めていた二人だが、このままでは手早く用事を片付けた意味がなくなってしまう。

 ルタは自分の馬を呼び寄せ、その背中に跨りながら虹を見た。

 

「それにしても、本当に綺麗な虹だな。タイミングもばっちりだし、もしかして――」

 

 チラリ、とクリスティーナの方を見て。

 

「君が架けたのかい?」

 

 悪戯っぽい口調と顔で尋ねて来る。

 それを無性に愛おしく思いながら、クリスティーナは言った。

 

「いいえ。この国が――私の愛するアルカディアが架けたのです」

 

 些かファンタジーが過ぎるだろうか。

 だが、クリスティーナはそう信じたかった。

 

 見送り人はオリバーとオドルーの二人だけ。

 でも、あの虹だって二人を見送ってくれている。

 愛する祖国が、二人を祝福してくれている。

 

「……なるほど。悪くないね」

 

 ルタは慣れた手つきで馬を操り、そして虹の果てを指差した。

 

「これまた奇遇なことに、あの虹の左端の方角が、これから僕たちが向かうべき場所なんだ。運命を感じるなぁ。これは幸先がいいぞ!」

「フフ、そうですね」

 

 クリスティーナは微笑む。

 ルタは快活に笑い、言った。

 

 

「それじゃあ、行こうか。世界を救いに」

「はい!」

 

 二人の若者が、アルカディア王国を旅立つ。

 

 草原を馬で駆け、美しい髪とマントを風に靡かせながら虹の果てを目指す。

 

 幼馴染に楽しむわけではないと言った少女だが、その言葉はこの場で訂正しなければならないだろう。

 

 彼女の心は今、最高に踊っていた。

 胸が高鳴っていた。

 

 この先に待ち受ける新たな冒険にワクワクしていたのだ。

 

 未知なる世界。

 きっと、そこにはこれまで以上の悲しみや残酷な結末が待ち受けているのかもしれない。

 

 でも、それ以上の喜びもまた、あるはずなのだ。

 

 

「行って来ます」

 

“行ってらっしゃい”

 

 彼女の知る幾つもの声が背中を押す。

 

 

 そして、翼を広げた少女の新しい旅が始まった。

 

 

 

 

 

                                                                                                                   第一章「アルカディアの聖騎士」完

 

 




 これにて第一章は完結となります。
 ここまで読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございました!

 さて、今回の第一章に関してですが、(作者の)ガバにより、結構な矛盾点が生まれていたりしています。
 これもね、勝手に動き回る勇者が悪いんや……(責任転換)。

 そんなわけでして、近いうちにさり気なく一話や二話あたりに修正を加えたいと思います。もちろん、物語の根本を揺るがすようなことはしませんが、あれ……あの設定消えてるやん……ってなった時は作者のせいです。

 いやほんと、すいません……。

 詳しい変更点や一章を書き終えた感想につきましては、活動報告でまとめてお知らせしますので、気になる方はそちらを見てください。

 では、謝罪ばかりで終わるのも後味が悪いので、最後はいい感じで締めたいと思います。

 えーと……第二章もお楽しみに!(雑)


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幕間
至高の玉座にて


今回の幕間を書くに当たり、第一話の内容をこちらに合わせて修正させていただきました。
幾つか変わっている個所がありますが、どこを変更したかは活動報告で語っているのでそちらをご覧ください。


 

 もしもこの世界に地獄があるとすれば、それはこの場所の事を指しているのだろう。

 

 今、人界を蝕んでいる瘴気が辺り一面に充満している死の世界。

 暗く、陰鬱な空気が立ち込めるこの世界の名は――魔界。

 

 世界の裏側にあるもう一つの世界である。

 

 人間たちが瘴気や魔人たちによる領土侵犯を防げない理由の一つとして、全ての発生源であるこの魔界の場所を特定できていないことが挙げられるのだが、それはともかく。

 

 人間界にて聖剣の刀身をへし折り、その結果として右手に消えない呪いを負ってしまった魔将騎序列第三位、幻郷のユリウスは特殊な術式を用いて第二の故郷へと帰還していた。

 

 理由は二つある。

 

 まず一つは今も蝕まれ続けているこの右手を治療するため。

 もはや、まともな戦闘もままならない程に痛み、術式の構築を阻害してくるこの呪い。「これ作った奴、絶対性格悪いだろ……!」なんて毒づく外道魔術の使い手。

 

 彼は魔将騎にだけ与えられる移動用の竜の背中に乗りながら暗い魔界の空を駆けていた。

 目指すのはこの魔界の中心にして、唯一と言っていいほどの立派な建造物。

 持ち主の趣味が前面に押し出されたそれは、非常に巨大で豪奢だ。

 

 この世界では不釣り合いに思えるほど華やかなその城の名は、魔王城。

 

 ここでユリウスが帰還したもう一つの理由だが、それは敬愛する魔王に報告をする為である。

 刀身をへし折り、一時撤退を強いられていたユリウスではあったが、彼は姿を隠して最後まで観ていたのだ。折れた聖剣が尋常ならざる力を手に入れて復活する場面を。ゾルディンが蹂躙されていた様を。

 

――あれは、魔界を脅かす力だ。

 

 ユリウスは聖剣の力を直接目にし、そう判断した。

 あの出鱈目な能力と張り合えるのは、自分よりも序列が上の魔将騎たちと、そして魔王くらいのものだろう。

 

 それなら別に警戒する必要はないのかもしれないが……しかし、物事にはもしもの場合がある。

 ちょうど、ユリウスが侮っていた聖剣の刀身に消えない呪いを掛けられた時のように。

 

「魔将騎序列第三位、ユリウスが帰還した! 開門を願う!」

 

 竜から降り、ユリウスが巨大な城門に向かって大声を張り上げる。

 

 古びた音と共に、世界最強の王が君臨する城の入り口が開いた。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 外見にそぐわず中は張りぼて――などというオチがある筈もなく、魔王城の中は相も変わらず豪奢で美しかった。

 魔王さまは意外にも人界の調度品を好んでおられるらしく、所々に魔界では見られない家具や装飾品が見られる。

 

 ユリウスは侍女に案内され、玉座の間にたどり着いた。

 

「魔王さまは、いずれおいでになります」

「分かった。君は下がってて」

「承知致しました」

 

 無表情で礼をした侍女が立ち去る。ユリウスは空席の玉座を仰ぎ見た。

 美しく、威厳のあるその玉座に座ることを許されたのはただ一人のみ。

 過去、何人もの猛者がその座に挑んでは、無様な死体となっていった。

 

 積み重ねられた死体の山でもう一つ城が出来るのではなかろうか? まことしやかに囁かれているその噂を、ユリウスは割と本気で信じていた。

 

 魔王様であれば可能である、と。

 

 噂をすれば影が差す。

 ユリウスは玉座の上で凄まじい魔力が渦巻いたのを感じた。

 自然と膝を折り、服従の姿勢を取る。

 

 そして、それはあるべき場所に君臨した。

 

「――久しいな、ユリウス」

 

 玉座の間に響く、美しい声。

 

 魔将騎の中でも生意気な性格として知られているユリウスだが、彼は流れるような動作で跪き、首を垂れていた。

 

「お久しぶりです。魔王様」

 

 決して顔を上げない。

 その忠実な姿勢は、きっと勇者辺りが見れば白目をむいてしまうほどに、ユリウスの性格を知っている人物からすれば異常な光景だった。

 

「面を上げよ」

「はっ」

 

 許可を得て、ようやく顔を上げる。

 つい先程まで空席だった玉座には、いつの間にか一人の女性が尊大な態度で腰を掛けていた。

 

 人間たちが見ればきっと驚くに違いない。

 あの魔王が女性だったという事実に。

 そして、そのあまりの美しさに。

 

 ゾッとするほど整った美しい顔立ちは大人の色気に満ちており、豊満な肢体をドレスと鎧が混合したような――いわゆるバトルドレスで包んでいる。

 

 見た目だけであれば、勇ましい人間の女性のように見えるだろう。

 だが、全身から溢れる凄まじい覇気と瘴気が彼女の正体を示している。

 

「せっかく気持ちよく眠っていたというのに……儂を叩き起こすとは、よっぽどの要件であろうな、ユリウス」

「私はそのように判断いたしました」

「それを最終的に判断するのは儂なのだが……まぁ、よい。口を開くのさえ億劫じゃ。要点だけ纏めて簡潔に述べよ」

「はっ」

 

 ユリウスは退屈そうな眼差しを向けて来る魔王に向けて語った。

 聖剣が謎の覚醒を遂げたこと。その恐るべき能力。そして、序列第六位のゾルディンが敗れ去ったこと。

 自身の右手に消えない呪いを掛けられたこと。

 

「ふむ、なるほど……」

 

 全てを聞き終えた魔王は、気だるげに頬杖をついた。

 腰まで伸ばされた濡れ羽色の美しい黒髪が一房、頬に掛かる。

 

「それはまた、難儀であったな。ユリウス」

「は、はい――」

 

 魔王は報告を終えた部下を労いながら優雅に組んでいた長い脚を組み替えた。思わず目で追ってしまうユリウス。

 動作一つで人を魅了してしまうそのカリスマ性は、性別や種族を問わない魔性のものである。

 

 己の行動が無礼であると悟ったユリウスが恥ずかしそうに顔を伏せるが、魔王は特に気にしかなかった。

 それは彼女が寛大であるというよりも、単純にユリウスに対しての興味が薄いことが理由である。

 

「それにしても、聖剣が覚醒とは。ゾルディンにはちと荷が重かったかのう」

「……何故、アイツに任せられたのですか?」

「単純に向き不向きの話じゃ。アイツは政治が上手かったからのう」

「なるほど」

 

 実はあまり納得のいっていないユリウスだが、その思いを押し殺して頷いた。

 

「さて、ここから先、どう動いたものかのう……」

「魔王様。僭越ながら、私より進言したいことがございます」

「ほう? 構わぬ。申してみよ」

 

 全てのパーツとバランスが完璧なその身体。

 だが、その中で唯一と言っていいほど異端な黄金の瞳がユリウスを捉える。

 魔将騎たちは皆、本気を出した時に瞳の色を黄金に変えることがあるが、彼女のそれは生まれつきのものである。

 

 生まれついての強者。

 魔将騎など全員まとめて一人で相手出来るほどの実力者である魔王の瞳はどこか異質な黄金で、ユリウスは物理的な圧力さえ感じる視線を受けながら口を開いた。

 

「即刻、聖剣を破壊するために第二位か第一位の派遣を提案いたします」

「理由は?」

「単純に、脅威だからです。……私の眼が間違いでなければ、あの聖剣は時間を操っていました。無機物に限らず、有機物の時間までも巻き戻し、自身の速度を加速させ、さらには魔力を循環させて刀身から強力な魔光線まで放つ始末――」

 

 ユリウスは目にした光景を思い出しながら語る。

 

「あの能力を放置しておけば、彼らは際限なく強くなっていきます。今が好機なのです。勇者が弱く、聖剣の使い手も未熟な今が! ……さもなくば、彼らは人界にて必要な鍵を手に入れ、この魔界に到達するでしょう。そうなる前に、何としても手を打たねば――」

「あぁ、少し黙れ」

「……」

 

 魔王は徐々に熱が籠っていくユリウスの言葉を唐突に遮った。

 一番肝心なところで遮られたユリウスは消化不良だが、魔王の命令に逆らえるはずもない。ただ黙って王の言葉を待つのみである。

 

「ふむ、そうじゃのう……」

 

 王は迷っておられるようだった。

 当然のことだろう。最悪、彼女にも届き得る最悪の能力が人界で覚醒したのだ。判断は慎重に下さなければならない。

 本来は短気な性格のユリウスではあるが、彼は辛抱強く魔王の言葉を待った。

 

 そんな臣下の姿勢には欠片も目をくれず、暫く悩む素振りを見せていた王は決断を下した。

 

 ユリウスにとっては最悪の決断を。

 

()()()。捨て置け。その聖剣とやらも、勇者も、放っておけばよい」

「――えっ?」

 

 ユリウスは思わず顔を上げた。

彼の敬愛する魔王は玉座にて退屈そうな視線を向けるのみであり、忠臣からの警告を真に受けている様子がない。

 

「し、しかし! あの聖剣の力は――」

 

 滅多に口答えなどしないユリウスだが、流石に今回ばかりはそういう訳にもいかなかった。どうにか自分の意見を聞いて欲しいと言葉を重ねるが――

 

「構うな、と言った儂の声が聞こえなかったのか? 二度も同じことを言わせるな」

 

 魔王は冷たく切り捨てた。

 玉座の間が軋む。

 

 ただ存在するだけで生態系に被害をもたらす彼女は、怒りの感情を抱くだけで空間を歪ませ、命を、物を壊してしまう。

 魔将騎でなければ耐えられない程の圧力を無意識のうちに発している王は、つまらなそうに言った。

 

「勇者の動向は気にせずとも良い。奴の好きなように行動させておけ。どうせここにたどり着いたとて、儂には勝てんからのう」

「……」

 

 妙だ、とユリウスは思った。

 彼の仕えている魔王は極めて合理的な性格であり、その知性と圧倒的な力で魔界を蹂躙し、全てを手に入れた魔人の頂点だ。

 当然、慢心など見せたことがなかったのだが……一体、どうしたというのだろうか?

 

 はっきりと言ってしまえば、らしくない。

 不確定な要素は断固として潰してきた彼女が、最も不確定なイレギュラーの存在を放っておく? あり得ない。

 確かにここ数百年の魔界は平和だったから、それで平和ボケしてしまった可能性もある。

 だが、よりにもよって魔王様がそんなものに惑わされるはずがない。

 

 では、一体何が要因だ? 自分の説明が足りなかった? 聖剣の脅威が伝えきれていない?

 

 それとも、王はあの勇者との間に関わりが――

 

「――なぁ、ユリウスよ」

「ッ⁉」

 

 ゾッと背筋の凍る声。

 顔を上げた先には、険しさを含んだ黄金の魔眼があった。

 

「好奇心は猫をも殺すという。貴様の子供らしさは好ましく思っているが、それも度が過ぎれば不快となる。弁えよ」

「は、はっ――!」

 

 ユリウスは警鐘を鳴らす本能に従って頭を下げた。

 彼の判断は正しく、ユリウスがこれ以上余計な詮索を入れようものなら、王は第三位の首をあっさりと斬り飛ばしていた。

 

 代わりは幾らでもいるのだから。

 

「だが、貴様の報告は非常に役に立った。褒美を取らせよう。呪われたという右手を見せよ」

「は、はい」

 

 ユリウスはおずおずと呪われたままの右手を差し出した。

 魔王は玉座の上から動くことなくその手を観察する。

 

「ふむ……相変わらず、悪質な連中だ。こんなものを作っている暇があれば、別のところに労力を割けばいいものを。学習せんな」

「は、はぁ……あの、私の右手は治るのでしょうか?」

「そうじゃのう……少し荒治療になる。歯を食いしばれ」

「へっ――?」

 

 ユリウスが首を傾げる。

 魔王はその黄金の瞳でギロリと少年の小さな手を見つめた。ただ見つめただけである。指先を動かすことすらしていない。

 では視線の先の空間が、()()()()、と歪んだのは如何なる現象か。

 

「――ッ! アアアアアアアアアアアアアアアア!」

「やかましいぞ。もうその手は治せん。諦めて斬り捨てる他なかったのじゃ」

 

 ユリウスは激痛に思わず声を上げた。

 

 予告通りの荒治療。

 魔王はユリウスの右手に憑りついた悪質な呪いをその魔眼で浄化したのだ。

 右手ごと。

 部下の手を躊躇なく切り取った魔王は、退屈そうな瞳で蹲るユリウスを見ながら口を開いた。

 

「新しい手が欲しいのならキリギスのところまで行け。貴様に合う義手を作ってくれるだろうさ」

 

 子供の様な見た目をしているユリウスだが、これでも魔将騎序列第三位の猛者である。ただ敬愛する魔王に攻撃をされると思っていなかったから身構えていなかっただけであり、事態さえ把握してしまえば直ぐにでも痛みを克服できる。

 

 ユリウスは軽率な真似をした自分を恥じながら魔王に頭を下げた。

 

「わ、分かりました。ご配慮、感謝致します……」

 

 あの悪質な悪魔に頭を下げるなど虫唾が走る行為ではあるが、それが魔王の命令である以上は仕方がない。

 自身の進言が受け入れられなかったことは残念だが、それが魔王の意思であれば仕方がない。

 

「報告、ご苦労だった。もう下がれ」

「失礼します」

 

 もしもの時は独断で動くことも視野に入れながら――その思いを表に出すことはせず、痛む右手を抱えたままユリウスは玉座の間を後にした。

 

「……」

 

 こうして、玉座の間に残ったのは魔王一人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――クッ」

 

 

 

 

 

 ユリウスが去り、静寂に包まれていた玉座の間にくぐもった異音が生じる。

 

 

「クククククク」

 

 それは、玉座にて退屈そうに頬杖をついていたはずの魔王から生じていた。彼女は右手で顔を覆い、小刻みに肩を震わせている。

 何かに耐えるように。

 だが、忍耐も限界を超えたのか。

 彼女は遂に溜めていたものを爆発させた。

 

クハハハハハハハハハハハハハハ! ハーッハハハハハ!

 

 それは、腹の底から吐き出された笑い声だった。

 痛快で、面白くてたまらないと表情が物語っている。

 彼女は腹が捩じ切れそうなほどに笑いながら黄金の魔眼で遥か彼方を覗き見た。

 

 呑気に王城で聖騎士と話している勇者の姿を。

 

「愉快! 愉快! これは愉快じゃ!」

 

 直ぐに視線を切る。気づかれたら厄介だし、そもそも面白くないからだ。

 彼女は予測の出来ない事態を好む。

 イレギュラーを愛する。

 

 この世界を、楽しんでいる。

 

「クククククク、此度は随分と()()()()道を歩んでいるようじゃのう。えぇ? ―――よ。あの娘がこんなにも早く覚醒するなど、初めての事ではないか? やはりアイツ、持っておるなぁ」

 

 魔王は恍惚とした表情を浮かべた。

 

 これはたまらない。

 

 退屈で仕方がなかった日常をぶち壊す朗報に、彼女は心の底から興奮していたのだ。

 胸の動悸が収まらない。

 込み上げて来る笑いが止まらない。

 

 たまらず玉座から起ちあがり、天を見上げた。

 

 あぁ――!

 

楽しみじゃのう! 楽しみじゃのう! 楽しみじゃのう!!

 

 子供のように瞳を輝かせながら魔王が笑う。

 くるくると踊る。

 

 その覇気で城が揺れ、放出された魔力の余波で使用人の何人かが死んだが、彼女は気にも留めない。

 黄金の瞳を爛々と滾らせ、愛しき宿敵に向けて言葉を送る。

 

()()()どのような戦いをしようか! 久方ぶりに素手で殴り合うのも良いな。いや、やはり互いに全てを出し合い、死力を尽くすのが王道か! クハハハ! 迷うのう! 迷うのう! 勝つのも負けるのも楽しみじゃ! 勝った暁にはまた奴をペットとして飼おうかのう。――いや、久方ぶりの恋人ごっこも捨てがたいな。記憶を消して死ぬまで可愛がってやるか。フハハハハハ! 選択肢が多すぎて困るわい!」

 

 ゲラゲラと笑う。嗤う。哂う。

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 

 悪意、熱意、憎悪、愛情、狂気、狂喜。

 

 善も負も、全ての感情がミックスされ、ドロドロに溶かされたような笑い声と笑顔。彼女は既に狂っていてもおかしくなかった。

 だが、心の底から狂うには彼女は強すぎて――

 

「アハハ! ……はぁ、久々に大笑いしたのう」

 

 一通り感情を爆発させて満足した彼女は再び玉座に腰掛けた。

ただ喜びを表現しただけでかなり甚大な被害が魔王城に及んだりしているが、それは彼女の知るところではない。

 

 クールダウンで徐々に冷静さを取り戻していた魔王はふと、快楽に染まっていた顔に自虐的な表情を浮かべ、ポツリと呟いた。

 

「……ククク、まぁ儂も所詮は首輪に繋がれた敗北者。哀れな奴隷同士、仲良く慰め合おうではないか」

 

 黄金の瞳が遥か先を見通す。

 超越者にして演者である魔の王は、狂い始めた世界の歯車を見ながら呟いた。

 

 

 

 

「――急げよ、勇者。此度は間に合うといいのう」

 

 

 

 





 一体いつから、周回を重ねているのが勇者だけだと錯覚していた?(震え声

 ただこの魔王は見ての通り、勇者とは真逆のタイプと言いますか。RTAなんて欠片も考えていないですし、直接手を出すことを嫌うタイプなのでたまーに顔を出してニヤニヤして偉そうに何か言って立ち去るだけだと思います。……多分。
 間違っても勇者を手助けするようなことだけはないのでご安心ください。

 次回は人物紹介を出します。能力値とか書いてある奴ですね。

 二章? ……もうちょっとお待ちください(土下座


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第一章:登場人物紹介

※第一章のネタバレを含んでいます。先に登場人物紹介から見るタイプの方はご注意ください。
 また、幕間に登場した人物についても少し書いてあります。


勇者(RTA=ルタ)

 

 名前:ルタ

 性別:男

 身長:175cm

 体重:65kg

 年齢:19歳という設定だが、本来の年齢は不明。

 イメージカラー:黒

 職業:勇者

 特技:暗殺、プロパガンダ、洗脳、対人戦、演技 、アドリブ

 趣味:なし

 好きなこと:タイムを縮めること

 嫌いなこと:ガバ

 

 能力値:高い方から順にA~Eで表記されている。

 最高位は測定不能のEXで、最低値はE。

 

 筋力:C

 技量:EX

 敏捷:C

 頭脳:B

 魔力:D

 信仰:E(神への信仰具合を指す。神嫌いなので当然最低値)

精神力:EX

  運:E

 

【プロフィール】

 世界を救うために古の儀式によって召喚された青年。顔立ちは整っているが、まだ垢ぬけていない感じがある。黒髪黒目。年齢設定的には19歳くらい。

 常に穏やかな笑みを浮かべており、柔らかな物腰と言葉遣いを崩さない。時折おっちょこちょいでひ弱な一面を見せるが、非道を許さず、有事の際には冷静かつ余裕のある態度で動く勇者の鑑。

 その過去は謎に包まれており、本人にもよく分かっていない面が多数あるが、それを気にする素振りを見せずに明るく振る舞っている。

 

――っていう仮面を被っている怪物。

 

 魔王を最短で殺すために息をしており、頭の中は常にどうすればタイムを縮められるかについて考えている走者の鑑。

 自身の目的を果たすためであれば如何なる犠牲も許容し、鬼畜外道の所業を平然と実践してのける。

 人を人として認識しているかも怪しく、全ての存在を自分に役立つかどうかで判別し、そして自分が生死を握っていると思い込んでいる。

 

 膨大な周回回数によってこの世界のことを知り尽くして(いるつもりで)おり、主要人物のプロフィールは大体頭の中にある。

 性格や過去を知っており、また幾らでも人当たりのいい人物を演じることが出来るため、好感度の操作はお手の物。

 

 たまーにガバをやらかすが、その全てをきっちりリカバリーしている走者の鑑であり、タイムの更新に向けて熱意を絶やさない情熱の男である。

 今後も彼の活躍から目が離せない。

 

 

【所持能力】

原理処断(オリジン・ブレード)

 これまで培ってきた膨大な戦闘経験と心眼によって敵の弱点を見抜き、そこに向かって刃を振り下ろすだけの作業。

 剣を振る。相手は死ぬ。だが、魔王には届かない。

 

流適最応Vol.1(システム・ワン)

 敵の技を全て受け流す技能。培った経験と心眼がこの身体捌きを可能とする。最高ステータス時には、四方八方から迫る魔王の攻撃を三日間避け続けたという実績を持っている。

 なお、それだけやっても魔王の首は仕留められなかった模様。

 

夜影音脚(シャドウアーツ)

 気配を消す技術。マジで足音もしないし、気配もしない。昔暗殺者も兼任していた名残。なお、魔王には普通に気付かれた模様。

 

 

 

 

 

 

アルカディアの聖騎士

 

 名前:クリスティーナ・エヴァートン

 性別:女

 身長:156cm

 体重:40kg

 年齢:17歳

 イメージカラー:青

 職業:聖女→聖騎士

 特技:内政、外交、全体指揮、洞察、推理、計算

 趣味:なし

 好きなこと:友人、人助け、高潔な人

 嫌いなこと:奇跡、魔術、演技、誰かの死

 

 

 能力値:通常時→覚醒した聖剣を所持している場合。

 

 筋力:E→B

 技量:E→C

 敏捷:D→A

 頭脳:A++

 魔力:C→EX

 信仰:E

精神力:C→A++(これは聖剣の有無関係なく、本人が一章の中で成長した数値)

  運:C

 

【プロフィール】

 第一章の実質的な主人公である金髪碧眼のクール美少女。

 常に冷静沈着かつ合理的な性格で、一見すると冷たい人物のように思えるが、実際には思いやりに満ちた情の深い女性。

 ある出来事のせいで心を強く閉ざしており、中々人に懐こうとしていなかった。だが、父の死をきっかけに閉ざしていた扉を開いていくことになる。

 王国一の才女と言われた母の遺伝子を継いでおり、かなり頭が良い。安易な答えや行動を許さないストイックな性格も合わさり、「真実を見抜く人」と謳われるほどにその洞察力は鋭い。

 その反面、自分の感情が混じった場合には思考が鈍ってしまうことがあり、特にルタ関連ではかなり読みを外している。(彼が思考誘導を行っていたことも起因する)

 

 立場上は神官たちを治める長の様になっているが、実際には王族の血を引いた令嬢。

 第三王女の位におり、上二人の姉が怠惰なこともあって次期女王を噂されている。

 

 政治も上手く、祖国一強を貫く強気の外交が得意。

 女王ルートの際には、アルカディア王国を一気に強国へと押し上げ、圧倒的な物量で主人公を支援してくれることになる。

 味方にして損のない人物。

 

 神官の一人であるにも関わらず信仰心が薄いため、奇跡はマジで苦手。回復魔術も使えないが、その代わりに卓越した戦術眼と度胸を持っている。

 メンバーが揃ってから真価を発揮するタイプ。

 

――の筈だったが、聖剣の担い手として本当の意味で剣を覚醒させたことにより、彼女の価値は大きく変わることとなる。

 

 聖剣の能力に関しては以下に書いてあるので割愛するが、単騎で戦場を蹂躙できる理不尽めいた力を手に入れており、現段階においてはその能力で勇者を遥かに凌駕している。

 ただ、本人の力量がそれについていけていないため、聖剣の所持者としてはまだまだ未熟。

 

【所持能力】

遠き理想と虹の剣(ラスト・アーチ)

 虹色の光を放つ時の女神の剣。その権能は神にも等しい力であり、文字通り時間を操ることが出来る。

 指定した有機物、無機物の時間巻き戻し(死者は魂の関係上、直ぐにでも蘇生しないと流石に蘇らない)。

 敵の攻撃の無力化(時間を巻き戻してなかったことにする)。

 使用者の動きの倍加(ちなみに5倍速まで可)。

 そして、止めに刀身内で魔力を無限に循環、加速させ、収束させてから放つ斬撃。威力は溜めの時間によって変わるが、最大火力時には王城を塵と変えることも出来るほどの大火力を出せる。

 なお、放出される虹の光は全体的に青色の割合が強く、彼女本来の魔力色が反映されているという設定があったにも関わらずそれを書き忘れた作者が私ですはい。

 

 

 

 

お城の元気なメイドさん

 

 名前:アルマ

 性別:女

 身長:154cm

 体重:39kg

 年齢:16歳

 イメージカラー:オレンジ

 職業:侍女

 特技:掃除、噂話の取集

 趣味:ゴシップ集め、お茶会

 好きなこと:クリスティーナ、綺麗な物、尊い人

 嫌いなこと:勉強、読み書き、汚いところ

 

 

 能力値:平凡な人そのもの。唯一精神力だけが突出している。

 

 筋力:E

 技量:E

 敏捷:E

 頭脳:E

 魔力:E

 信仰:E

精神力:B

  運:D

 

【プロフィール】

 貧困層が多く住まう城下第三区出身。通称、お城の元気なメイドさん。

 悲惨な生い立ちからは想像も出来ないほど明るい性格で、ゴシップ好き。どこにでもいそうな少女であり、事実能力は平凡そのもの。

 容姿は茶髪に茶色い瞳で、特別美人ではないが可愛らしさと愛嬌のある女の子。

 自信の境遇と照らし合わせ、凛と輝くクリスティーナに憧れる日々を送っていたが、勇者ルタと知り合うことにより、その日常から抜け出して非日常の世界に足を踏み入れることになる。

 性格はほぼ真逆だが、クリスティーナとは不思議と馬があった。彼女の最初の友人であり、そしてよき理解者でもあった。

 

 

 

偉大なる神官長オドルー

 

 名前:オドルー

 性別:男

 身長:165cm

 体重:53kg

 年齢:72歳

 イメージカラー:白

 職業:神官長

 特技:政治、奇跡

 趣味:祈り、読書、料理

 好きなこと:善良な人、信仰している神、美味しい料理

 嫌いなこと:傲慢な人間、政治、争い、人の死

 

 

 能力値:数値に現れない部分で優れている所も多い。

 

 筋力:E

 技量:E

 敏捷:E

 頭脳:C

 魔力:E

 信仰:A+

精神力:B

  運:C

 

【プロフィール】

 滅びかけの神殿を支える偉大な神官長。常に穏やかで、誰にでも優しい聖人めいた男性。人の善性を信じており、神への信仰を続けながら宗教を潰そうと圧力をかけて来る国の攻撃を見事にいなしていた。

 本人はあまり認めたがらないが、政治が非常に上手く、立ち回りも的確。

 数多くの人々に救いを与えて来た偉人ではあるが、塞ぎ込んだクリスティーナを救うことが出来なかった過去を悔やんでいる。

 そのことから自分に自信を持ち始めた今のクリスティーナを全面的に支持しており、温かい目で見守っている。また、彼女に立ち直るきっかけを与えてくれた勇者に深く感謝している。

 

 

 

若き神官オリバー

 

 名前:オリバー:リンダース

 性別:男

 身長:182cm

 体重:67㎏

 年齢:18歳

 イメージカラー:緑

 職業:神官

 特技:計算、的確で隙のない仕事、合理的な選択

 趣味:愛馬で遠出、釣り

 好きなこと:幼馴染の少女、祖国

 嫌いなこと:臆病な自分

 

 能力値:数値自体は普通だが、普通にエリートの部類に入る。

 

 筋力:D

 技量:D

 敏捷:D

 頭脳:C

 魔力:C

 信仰:C

精神力:D

  運:D

 

【プロフィール】

 代々公爵の地位を継いできたエリート一族、リンダース家出身の青年。金髪碧眼の長身イケメンで、女子によくモテていた。

 性格はやや堅物で臆病な面があるが、思いやりも持ち合わせている人間味あふれる青年。

 クリスティーナとは昔、許嫁の関係にあった。親同士が決めたこととは言え、オリバー本人はクリスティーナに好意を抱いており、特に悪い気はしていなかった。というか、一番乗り気だった人物。

 だが、クリスティーナが理不尽な理由で神殿に左官され婚約も破棄。彼女を諦めろと言う両親に反発し、家出に近い形で自らも神官となった。

 何とかしてクリスティーナを救いたいと願っていたが、思春期特有の複雑な心境と、変わり果てた彼女の様子に怖気づいてしまい、結果的に事務的な態度を取ることしか出来なかった。

 最終的には彼女と和解し、良い友人となることになる。

 

 

 

 

魔将騎序列第六位「灰狼のゾルディン」

 

 名前:ゾルディン

 性別:男

 身長:185cm

 体重:75㎏

 年齢:250歳

 イメージカラー:灰色

 職業:宰相、魔将騎

 特技:謀略、暴虐、殺人、隠蔽

 趣味:人食い

 好きなこと:絶望に泣き叫ぶ人間、強い自分、魔王様

 嫌いなこと:ユリウス、強い人間、思い通りに行かないこと全て

 

 

 能力値:魔将騎時のステータスのみ表記する。

 

 筋力:A

 技量:B

 敏捷:B

 頭脳:B

 魔力:A

 信仰:E

精神力:C

  運:D

 

【プロフィール】

 アルカディア王国の宰相を務めている冷静沈着な男――の皮を被った魔人。その正体は魔将騎序列第六位の実力者であり、アルカディアに潜入していたのは魔王の命令で聖剣を破壊するためだった。

 狡猾で、残忍な性格。目的の為には手段を一切問わず、騙し討ちや毒殺、暗殺など当たり前のように行う。その悪質なやり口から裏では「灰狼」ではなく「ハイエナ」と呼ばれていた。

 クリスティーナの両親が堕落していったのも彼が元凶であり、クリス国王には毎日のように罵声を浴びせ、アウラ王妃にはこっそりと頭がハッピーになる薬を与えていた。

 

 実はその性格から意外にも勇者と相性が良く、タッグを組むと強い。なお、お互いに最終局面で裏切り合うので無意味な模様。

 

 魔将騎としては三位まで上り詰めていたのだが、幻郷のユリウスに屈辱的な敗北をし、結果的に六位まで転落したという過去を持っている。そのため、自身の地位について言及されると激怒し、絶対に敵を殺すマンと化す。

 救いようのない悪人だが、魔王への忠誠心は本物であり、また彼なりの哲学を持って行動している。

 人間から魔将騎に変化すると、肌の色が灰色に、瞳の色が黄金に変わるという特徴を持っている。

 

【所持能力】

・魔剣ゾラム

 使用者の危機的状況によってその強さが変化する強力な魔剣。単純に武器としての強度も高く、また自身の血を吸わせることで赤黒い斬撃を放つことが出来るという、序盤中盤終盤隙のない武器。

 だが聖剣には敵わず、呆気なく粉々にされた。

 

 

・擬態魔術

 人間に擬態する魔術。ゾルディンは実戦や潜入で使える魔術を積極的に学んでおり、それはそのうちの一つ。何気に魔将騎としての膨大な魔力を隠していた優秀な魔術。

 

・洗脳魔術

 少し時間が掛かるものの、指定した人間を自由に操れるようになる魔術。宰相としての特権で呼び出し、念入りにこの魔術を掛けて勇者たちの下に送り出していた。

 

 

 

魔将騎序列第三位「幻郷のユリウス」

 

 名前:ユリウス

 性別:男

 身長:155cm

 体重:50kg

 年齢:不明

 イメージカラー:白

 職業:魔将騎

 特技:魔術、蹂躙

 趣味:昼寝、読書

 好きなこと:魔王様、楽しいこと

 嫌いなこと:偉そうな奴、無能、昼寝の邪魔をする奴、忙しいこと

 

 

 能力値:純魔法使いであり、近接戦は得意ではない。

 

 筋力:C

 技量:C

 敏捷:C

 頭脳:A

 魔力:EX

 信仰:E

精神力:B

  運:B

 

【プロフィール】

 ゾルディンを決闘で負かし、魔将騎序列第三位まで上り詰めた実力者。出自や年齢が不明のミステリアスな少年であり、常に眠たそうな瞳と白髪が特徴的。

 一流の魔術師であり、戦いの場においては常に魔術を使用する。失われたはずの秘術を多用しており、異空間を創り出したり精神に作用する術を行使したりと非常に厄介な敵となっている。

 聖剣の刀身をへし折ったのも魔術であり、本人には接近戦の才能は殆どない。

 極めてマイペースな性格であり、滅多に人の言う通りには動かない。自分の感情に身を任せて行動するタイプであり、第一章がグダグダになった戦犯の一人でもあり、聖剣が目覚めた功労者の一人でもある。

 だが、魔王に対する尊敬の念は凄まじく、生意気な口調や態度を封印して忠誠心を示している。

 

【所持能力】

幻痛追想(ファントム・ペイン)

 相手の精神に大きく作用する魔術であり、辛い過去を強制的に脳内で繰り返させるという外道の術。禁じられたはずの秘術だが、ユリウスは事もなげに使用していた。

 

 その他にも多数、未知の魔術を所持している。

 

 

魔王

 

 名前:不明

 性別:女

 身長:172cm

 体重:55㎏

 年齢:不明

 イメージカラー:黄金、黒

 職業:魔王

 特技:皆殺し、世界の破壊

 趣味:なし

 好きなこと:勇者、血肉沸き立つ戦い

 嫌いなこと:退屈

 

 

 能力値:理不尽そのもの

 

 筋力:EX

 技量:EX

 敏捷:EX

 頭脳:EX

 魔力:EX

 信仰:E

精神力:EX

  運:EX

 

【プロフィール】

 世界最強の生命体にして、魔界を仕切る絶対王者。ただ存在しているだけで生態系を破壊してしまう理不尽の権化であり、少し癇癪を起すだけで大地に罅を入れる正真正銘の怪物。本気を出した場合には惑星を破壊するほどの力を有しており、それを解放できる機会を欲している。

 勇者とは腐れ縁であり、己と唯一対等に張り合える相手として尋常ならざる愛情を抱いている。

 傲岸不遜にして尊大な態度を崩さない上に、部下への配慮など欠片も感じられない人物だが、謎にカリスマ性があり、異常なほどに周囲から好かれている。

 

【所持能力】

 不明

 

 

 




取り敢えず、Eが一般人レベルで、Dがそこそこ凄い人。Cがエリートで、Bまで行くともう超人。Aがガチでヤバく、そこに+が加算されるごとにヤバさ×2。

 EXはただの怪物。


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第二章:暗き森の魔導士
出会い


お待たせしました! 第二章の開始です!
一章の反省点を踏まえた上で、第二章のコンセプトを決定いたしました。

よりダークに、テンポよく。
でもコメディーパートも大事にし、そして何よりガバをしない。

えっ? それって不可能? そんなぁ......


 

 絶対にガバを許さないRTAはーじまーるよー!

 

 はい、どうも皆さん。

 

 そろそろ挨拶のパターンも尽きて来た勇者でございます。

 

 アルカディア王国の動乱を優雅に隙なく乗り切り、覚醒したクリスティーナをお供に旅立ってからはや一週間が経過しました。

 

 目的地は地図のほぼ真ん中に位置するアルカディア王国から見て真東にある「果ての森」でして、現在は迷子にならないために海岸線に沿いながら馬を走らせています。

 道中は偶に魔獣と遭遇する程度で特に問題はないのですが……えぇ、もう皆さんお気づきでしょう。そうです。「果ての森」というのは、魔将騎序列第三位「幻郷のユリウス」が管轄している地域なんですよね。

 

 どうしてわざわざ敵地を目指すのかと言いますと、私も行きたくはないのですがそこに「鍵」があるからです。魔王のいる魔界へと到達するための鍵が。

 

 さて、ここで今更ですがどうしてこのRTAが2年という長いスパンになるかについて説明したいと思います。

……まぁ、理由は結構沢山あるのですが、一番厄介でかつ避けられない問題が()()()()()()()です。

 

 魔界に到達するためにはどうしても「鍵」が三つ必要でして、(ダクソで言うところの鐘みたいなもの)序盤はとにかくこれを回収するために東西南北あちこちを走らされることになります。

 移動に一か月以上を要することもザラで、フラグ立ても面倒くさく、結果的に2年でもかなり速い方、ということになってしまったわけです。

 

 ただ、ここで一つ朗報が。

 

 私たちの基本的な移動手段は足の速い馬になるわけなんですが、やはり馬とて生き物。当然の様に疲れますし、無休で動かし続ければいずれは死んでしまいます。

 後半になれば飛竜とかで移動もできるのですが、やはり現段階においてはこの馬が限界。フラグの関係で早く果ての森につきたいのですが、どうしても途中休憩が必要となる――

 

 で す が

 

 ここにいるじゃあ、ないですか。

 時間を巻き戻せるとかいうチート権能を持ったお嬢さんが。

 

「……すまない、クリスティーナ。もう一度頼めるかい?」

「分かりました。……ごめんなさい、もうちょっとだけ、頑張って下さい」

 

 聖剣が虹の輝きを放ち、私たちが搭乗している馬に纏わりつきます。すると、先程まで疲労が蓄積し始めていた馬の呼吸が安定し、直ぐに元気を取り戻しました。

 

 そうそうそう! これなんですよ! これこれ!

 

 移動を短縮させるための秘奥義。馬の体力を無限に回復させ続けることで移動時間がぐんと縮まる殆どバグみたいな反則技。名付けて体力無限ホース!

 

 これによって無駄な休憩時間を省き、馬たちを常に全速力で走らせることが出来るようになりました。

 唯一聖剣を使用しているクリスティーナにだけ魔力的な疲労が蓄積していますが、どのみち夜は暗くて移動どころではないので、一日の終わりに十分眠ってもらえれば大丈夫です。

 

 アルカディア王国で結構タイムロスをした私ですが、代わりに移動時間の方は結構短縮できたのではないでしょうか? 通常であれば一か月ほど掛かる道のりが、あと一週間掛からないくらいで到達できそうです。

 

「……」

 

 ただ、外道と言えば外道な手段なのでクリスティーナ嬢があまりいい顔をしていません。先程から何度も馬たちの鬣を撫でています。

 しかし、今すぐにでも果ての森へ行かなければ世界が危ないと説明すればこちらの好感度を落とさずに納得させることが出来ます。

 

 情報源はクリスティーナが知らないところで戦っていたユリウス本人ということにしています。

 彼女には知り様がないですし、ユリウスと出会っても何とか誤魔化せる自信があるので問題ありません。

 

「そろそろ暗くなってきましたね。寝床の確保をしましょうか」

「そうだね……あそこの岩場なんてどうかな?」

「いいですね。では今日のキャンプ地はあそこということで」

 

 最初は戸惑いや失敗も多かったクリスティーナですが、この一週間であっという間に旅の生活に適応してしまい、今では自分から率先して焚火を準備したりしてくれています。

 おまけに溜まった疲労も聖剣で吹き飛ぶので、旅のお供としてはこれ以上ないほど優秀と言えます。

 

「それじゃあ、僕は狩りに行ってくるよ」

「行ってらっしゃい。気を付けてくださいね」

 

 焚火の準備をしながら微笑みかけて来るクリスティーナに頷き、近くの森に入っていきます。

 体力や空腹感を聖剣でなかったことに出来る以上、別に態々食料を探しに行く必要などないのですが、「食事は人間の基本だよ。それに、美味しいものを食べてこそ人はいい眠りにつける。娯楽は幸せへの一歩だよ」と心にもないことを言って自ら狩りと料理を始めました。

 

 実は私、今まで言ってなかったですが料理も得意なんですよね。

 

 そしてこれは、クリスティーナの好感度をコントロールするのに結構使えるので重宝しています。

 私がやむを得ず合理的で非人道的な行為を許容してしまった日の夜などは特に。

 

 これまで食事にはあまり気を遣ってこなかったクリスティーナですが、自然の中で実際に自分たちで狩って調理した獲物を喰らうワイルドフードにハマってきているようで、先程も少しだけ目が輝いていました。

 

 まぁ、この時間帯は移動しようがないので狩りで時間を潰すくらいは別に構いません。存分に料理の腕を磨き、彼女に振る舞ってあげましょう。

 

 好感度を上げるには地道な努力から。

 どの世界においても恋愛の哲学は一緒ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――美味しい」

「それは良かった」

「本当に美味しいですよこれ! 今まで食べて来た料理の中で一番美味しいです!」

「わ、分かったから。落ち着いて食べな……?」

 

 そこら辺に居た猪を仕留め、手早く血抜きなどを済ませてから持参したハーブや調味料と合わせて焚火で炙っただけの簡単な料理を振る舞ったのですが……えらく好評だったようです。

 クリスティーナは今にも泣き出しそうなほど喜んでおり、バクバクと上品にですが確実に平らげています。

 普段は少食な彼女からは想像も出来ない程見事な食べっぷり。これは昼間の事も忘れてくれそうですね。良かった良かった。

 

「うぅ……これが幸せ、なのですね。アルマ」

「……いや、まぁ何を幸せと定義するかは人それぞれだから別にいいとは思うけどさ、流石にちょっと大袈裟な気がする……」

 

 天国のアルマも微妙な顔で見守っていそうですね。いや、素直な彼女の事だからこの光景も手を叩いて喜んでいますか。

 

「モグモグ……ルタはこの料理の技術を一体どこで覚えたのですか?」

「料理って言うほどのものではないけど、暇なときに図書館で読んだ本のレシピをそのまま真似しただけさ」

「ほうほう。あなたは本当に器用な人ですね」

「否定はしないけど、今回は猪に脂がのっていたのと、あとは調味料が優秀だったことが大きいだろうね」

「あぁ、そういえば」

 

 あっという間に肉を平らげたクリスティーナが自分の手を水筒の水で清めながら尋ねてきました。

 

「今までさらっと流していましたが、この調味料はどこで手に入れたのですか? 旅の途中で行商人と会った時も寝袋しか買っていませんでしたし、城下のお店で買ったのですか?」

「あぁ、それか……」

 

 うーん、言おうかどうか迷いますね。

 別に適当に誤魔化しても良いのですが、偶には本当の事を言っておかないと大事な場面で信用されなくなると言いますか。

 ここは素直になっておきましょう。

 

「いやぁ、実は――」

 

 照れくさそうに頭を掻きながら私は言いました、

 

「王城のキッチンから盗んできたのさ」

「……フフ、あなたは悪い人だ」

「笑っている君もね」

 

 テメェも、調味料満喫してんだから共犯者だ。

 暗にそういうニュアンスで言ったのですが、クリスティーナは楽しそうに笑っています。あらら、意外と悪の才能あるかもしれませんね。

 

「そんなに固くならなくともいいですよ。調味料くらい、彼らも笑って許してくれるでしょう。――あなたは祖国を救ってくれた英雄ですから」

「英雄って言うなら君の方だと思うけどね」

「私は最後に良いところを掻っ攫っただけです。結局、全てはあなたがいなければ成り立たなかったことだ。胸を張って下さい。勇者ルタ」

「……ありがとう。君ももっと自分に自信を持っていいよ。アルカディアの聖騎士さん」

「なかなかその呼び名には慣れませんね……」

 

 先日、旅の途中で出会った行商人が言っていたことなのですが、アルカディア王国は一つの噂を流し始めたらしいです。

 曰く、「虹の聖剣に目覚めた若き王女、クリスティーナ・エヴァートンが古の儀式によって目覚めた勇者と共に、魔王を倒すための旅に出かけた」と。

 

 これはクリスティーナを聖剣使いとして連れ出すと発生するバフのようなものでして、諸外国で自己紹介の手間が省けるので非常に便利です。

 

 アルカディアの聖騎士。

 

 それが今のクリスティーナを表す称号。私ですか? 私は当然「ベテラン勇者」に決まっているじゃないですか(誰も聞いてない)。

 

 

「――さて、ではそろそろ訓練と行きましょうか」

「今日は別にいいんじゃないかい? 昼間の移動で結構疲れたと思うし……」

「いいえ。聖騎士などという分不相応な称号を与えられた以上、少なくともそれに見合うだけの技量は身に着けておくべきでしょう。あなたには迷惑を掛けますが、是非一手指南をお願いしたい」

「迷惑だなんてとんでもない。喜んで手伝わせてもらうよ」

 

 夕食を終え、どうでもいい雑談を小一時間くらいした後の事です。

 立ちあがったクリスティーナは木に立てかけていた聖剣を鞘から抜き、軽く振ってウォーミングアップを始めました。

 

 旅を開始してからほぼ毎晩続けている剣の特訓です。

 

 聖剣を覚醒させたことによって人外の力を手に入れたクリスティーナですが、本人の技量はバフなしではかなりの雑魚です。

 万が一、聖剣が手元にない状況に陥った場合や、彼女が一人で敵に囲まれてしまった場合に聖剣の力に頼らず乗り切るための手段が必要なのです。

 後は単純に、彼女の技量が上がれば総合的に聖剣の真価も引き出しやすくなり、敵の殲滅が楽になります。

 

 本人も望んでいることですし、ここは遠慮なく全力でしごいてあげましょう。ちょっとやりすぎなくらいがいいと思います。多少の怪我は直ぐに治りますし、お互い合意の上なので好感度が下がることもありません。

 

 それに、ここで技量の凄さを見せつけておけば彼女からのリスペクト度合いも上がるので一石二鳥です。

 

「ハァ、ハァ……やはり、ルタは強いですね……」

「そんなことはないさ。クリスティーナも頑張って鍛えればこれくらいにはなれるよ」

「それは、ハァ、ハァ……大分、遠い道のりな気がしますね……」

 

 結構遠慮なくボコボコにしたのですが、それでも倒れないのは流石の精神力と言うべきですかね。

 この調子なら、近いうちに護身くらいは出来るようになると思います。

 

「良し。それじゃあ、今日の訓練は此処まで。近くに綺麗な湖があったから、そこでリフレッシュしてくるといい」

「ありがとうございました。そうさせて頂きます」

 

 その後は特に何もなく、交代で水浴びをしてからクリスティーナが先に眠りにつきました。

 私は意識が落ちる直前のクリスティーナに聖剣で体力の回復を掛けてもらったので、一晩くらいは余裕で越せます。

 

 クリスティーナは申し訳なさそうにしていましたが、彼女には昼間無理をさせているので、代わりに私が夜の見張りを担当しているって感じです。

 

 これから先もクリスティーナは聖剣を使った日の夜に行動不能となるため、このムーブが基本となります。

 消費した魔力量によって眠りの度合いは変わるのですが、やはりタイムを縮めたいのであれば彼女には無理をしてもらうことになります。そのツケを私が払うのは別に構わないのですが、大きな戦闘が合った後に彼女が行動不能になってしまうのはどうしても避けたいところです。

 

 ゾルディン戦の後なんか、なんの前兆もなく倒れましたからね、彼女。

 

 これから先は連戦も普通にあります。その効果の割にデバフとしてはかなり優しい部類であることは重々承知なのですが、それでも意識のない彼女を守りながら戦えるほど私はまだ強くありません。

 

 何とかしてデバフを解除したい――と悩んでいるそこのあなたに朗報です。

 

 今向かっている「果ての森」。ここは多くの魔術を扱うエルフたちが住まう森でありまして、そしてそこには()()()()()()()()()()()()()魔術を持った人物がいるんですよ!

 

 いやー、正しくこのパーティーを救うために生まれて来たと言っても過言ではありませんねぇ。是非、仲間にしたいところです。

 

 し か も

 

 彼女は性格も素晴らしいんですよ。こう、なんていうか。おしとやかで、静かで、あんまり無駄なことを言わないし、気を使う必要がなくてチョロいって言うか。

 まぁ簡単に一言で表すと陰キャ、なんですよね。

 

 陰キャっていうと馬鹿にするような響きがあるかもしれませんが、今一緒に居るクリスティーナだってその性格は要約すれば陰キャです。……最近ちょっと明るくなってきていて、若干陽キャの兆しが見えるのが気に入りませんが、それでも根本的には陰キャな筈なのです。

 

 陰キャ×陰キャ=扱いやすい。これ、世界の法則です。

 

 クリスティーナは基本的に誰とでも仲良くしてくれますが、変にやかましい人よりは大人しい陰キャの方がいい筈です。

 ちなみに私は陰キャの方が好きです。コミュニケーション能力も限界突破している私ですが、何を隠そう実は私も性格は陰キャなんですよね。そりゃあ、陽キャとも付き合えなくはないですが、やっぱり相性が良いのは陰キャです。

 というわけで纏めますと、「果ての森」には魔界に到達するための鍵があり、さらには聖剣のデバフを無効化できる陰キャがいるというわけです。

 うーん、宝の宝庫かな?

 

 これは全速力で行くっきゃねぇ!

 

 

 

 

 

 ただ、ですね。

 

 非常に残念なお知らせと言いますか。

 例の陰キャな彼女を仲間にするには結構運の要素が強いと言いますか、どうしても私個人の力では突破できない壁があると言いますか……。

 

 いや、この話題については実際に「果ての森」についてから話すとしましょう。

 それでは、今日のところはお休みなさーい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あっ、私は寝ちゃダメなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 一週間後。

 

 

 さて、ようやく果ての森に到着いたしました。

 いやー、驚くほど長い道のりでしたが、聖剣のお陰で移動のストレスがそこまでなかったのが救いですかね。

 

「これが……果ての森?」

 

 馬の上で困惑した様に呟いているクリスティーナですが、初見では困惑するのもよく分かります。

 森というからには木々が生い茂っているはずですが……私たちがたどり着いた先には謎の()()()が壁となって周囲を囲んでおり、木の一本を見つけることも出来ない程異質な空間となっていました。

 

「地図ではこの場所で間違いないけど……どうやら、何か良くないことが起きているみたいだ」

「そのようですね。この霧……もしかしてですが」

「多分、その推測は間違っていないと思うよ。これはアイツの霧だ。魔将騎序列第三位『幻郷のユリウス』の霧……」

「……なるほど。あなたが急ぎたがっていた理由がようやく分かりました」

 

 頷いたクリスティーナは馬上で聖剣を抜刀しましたが、下手に手出しをすることも出来ないため、直ぐに切っ先を降ろしました。

 

「参りましたね。中に住んでいる人々の状況が分からない以上、むやみやたらに聖剣を解放するわけにもいきませんし……覚悟を決めて飛び込むしかないのでしょうか?」

「多分、ね。聖剣の力で霧を払うことは出来る?」

 

 馬から降りたクリスティーナは聖剣を発動させ、全身に虹の魔力を纏いながら左手を突き出しました。すると、手を翳した箇所の霧が僅かに晴れますが――直ぐに元へと戻ってしまいました。

 

「……駄目ですね。この霧全てを晴らす前に私が意識を失ってしまうと思います」

「そうか……どうやら、この森は君にとって鬼門になりそうだね」

「……えぇ、誠に遺憾ですが」

 

 項垂れるクリスティーナですが、こればかりは仕方ありません。今私が言ったように、この森は聖剣にとって鬼門となり得るエリアの一つですから。

 

 なにせ、ここは千年以上の歴史を持つ神秘と誓約の森。

 

 如何に彼女が時間を操る権能を手に入れたとはいえ、巻き戻せる時間は半日か、最大でも一日程度です。それでも十分すぎるほどに凄まじい力ですが、この地域は数百年前から続いている魔術が平気でそこら辺に転がっているガチの魔境。

 

 単純に相性が悪かったと言うほかありません。

 彼女には回復要員兼、いざという時の大火力に期待するとして……今はとにかくこの霧に飛び込むしかないでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ここで突然ですが皆さんに質問です。

 

 

 聖剣のデバフを無効化できる陰キャと、大火力魔術だけが持ち味のやかましい陽キャ。

 仮にどちらか一人を仲間にするとして、あなたならどっちを選びますか?

 

 あぁ、ちなみに二人同時は無理ですよ。クソみたいな仕様で私も激おこぷんぷん丸なのですが、こればかりは覆せません。

 

 今の私のパーティー現状をよくよく考えた上でどっちを選ぶか考えてみてください。

 

 シンキングターイム!

 

 1、2、3……はい、終了。

 

 答えは皆さん満場一致で決まりだと思うのですが、一応私の考えをお伝えしておきましょう。

 

 陰キャ一択です。

 

 当然ですよね? 火力はクリスティーナが出してくれるので、今必要なのは回復も攻撃も一人で行える彼女をサポートできるキャラです。

 性格的にもクリスティーナと相性いいですし、絶対に陰キャ一択です。これ以外、あり得ない。

 陽キャを選択した? じゃああなた、RTA向いてないです(残酷

 もう一回キャラ作り直して周回し直してください。

 

 今更火力しか取り柄のないキャラとか要らねーんだよ! ペッ!

 

 しかも陽キャとか絶対にうちのパーティーには必要ない! 騒ぐなら他所で騒いでくださいって話ですよ。全く。

 

 と い う わ け で

 

 皆さんお待ちかねのガチャタイムでございます。

 

 チャンスは一回きり。

 この霧をくぐった先に陰キャがいれば成功です。陽キャがいた場合? 終わりだよこの野郎!

 

 まさかの運を試されるというRTAにあるまじき仕様ですが、ここで目当ての人物を引き当てれば攻略が大きく進むのもまた事実。

 

「飛び込むしかない、か」

「どうやらそのようですね。馬たちはどうしますか?」

「……ここに置いて行こう。申し訳ないが、霧の中では小回りが利きにくいと思うから」

「……分かりました」

 

 クリスティーナはここまで付き合ってくれた馬たちの頭を優しく撫で、そして手綱を手放しました。

 

「暫くここで待っていて下さい。もしも私たちが戻らなければ、その時はこの森を抜けてどこか遠くへ行ってください。どうか、お元気で」

 

 結局、愛着がわきすぎたら困るという理由で名前を付けなかった二頭の馬。彼らはクリスティーナの言葉を理解したのか分かりませんが、鬣を彼女の手に押し付けてからのんびりとそこら辺の草を食べ始めました。

 図太い奴らです。

 

「さて、では行きましょうか」

「うん」

 

 準備を完了させたクリスティーナが聖剣を抜刀した状態のまま霧を睨みつけます。

 私はそっと右手を差し出して言いました。

 

「クリスティーナ、手を」

「……えっ?」

「手を繋いでおこう。ここから先、何が待ち受けているか分からないからね。お互いを見失わないためにも手を繋いでおいた方がいい」

「あ、あぁ……そう、ですね」

 

 甲冑に包まれている手を謎にゴシゴシとマントで擦ったクリスティーナがそっと手を差し出してきました。

 

「よ、よろしくお願いします」

「……なんで緊張してんの?」

「突撃の瞬間は誰だって緊張するでしょう!」

「……まぁ、そんなもんか」

 

 事実、私も緊張しています。

 このガチャ次第で今後の立ち回りが変わって来るので尚更です。

 

「それじゃあ――行こうか、クリスティーナ」

「は、はい」

 

 意を決して霧の中に飛び込みます。この空間の中は完全にランダムとなっていまして、内部にある二つの集落のどちらかに飛ばされます。

 クリスティーナと手を繋いでいるのは、この霧の中ではぐれてしまうと敵対している集落に飛ばされてしまう可能性があるからです。

 飛ばされた先の集落から隣に移動することは禁じられているため、絶対にこの手を放すわけにはいきません。

 ちなみに、この厄介なルールのせいで陰キャと陽キャの二人を同時に仲間にすることは出来ない感じですね。

 選ばれなかった方は勝手に死んじゃうので。

 

 さて、緊張の瞬間です。

 クリスティーナの手を握りながら必死に天へ祈ります。今の私はきっと、信仰EXまで到達しているでしょう。

 もうね、神にも祈っちゃうくらいに必死なんですよ、こっちは。

 

 外したらどうしよう……。

 

 い、いや。そういうネガティブな発想が不幸な結果を招いてしまうのです。

 ポジティブに行きましょう。ポジティブに!

 

 ハハ、なーに。確率は二分の一です。50%の確率で陰キャが来るんですよ? 外すわけがありません。

 

 勇者のラック、舐めんなよッ‼

 

 

 

 さぁ――

 

 陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来い、陰キャ来ォォォォォォォォォォォオオオオオオオいッ‼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? なんだアンタら。あたしたちの里になんか用? ……うん? っていうか、よく見たら人間じゃん! すっげー! 超珍しい! テンション上がりまくりなんですけどー! ねぇ、ねぇ、どっから来たの? あたし、リアスって言うんだよね。この暗き森の中では結構有名な天才魔導士でさぁ……って、聞いてる?」

 

 

 

 

 霧が張れた先にいたのは、褐色の瑞々しい肌に白く長い髪をポニーテールにしたアメジスト色の瞳が特徴的な美少女でした。

 全体的に活発な雰囲気で、好奇心旺盛な性格をこれでもかと前面に押し出しながらこっちに迫って来ます。

 歩くたびに豊満な胸部と長いエルフ耳につけられた銀の洒落たピアスが揺れます。

 

 クリスティーナとはまったく違うタイプの――ていうか、種族すら違う彼女の名はリアス。

 いわゆる「ダークエルフ」であり、本人が語ったようにこの暗き森で天才ともてはやされている魔導士であります。

 

 

 ……うん。まぁ、色々と言いたいことはあるよね。

 

 

 でも一つだけ言わせてもらっていい? 今回はマジで一つだけだから。なんなら一言で済むから。

 

 では皆さんも一緒に。

 いっせーのーで。

 

 

 

 

 

 

 陽キャかよォォォォォォォォオオオオオオオ‼

 




幸運Eは伊達じゃないぜ!


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