ヴィラン名 『チェンソーマン』 (ナメクジとカタツムリは絶対認めない)
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ヴィラン名 『チェンソーマン』

ーーー辺りが寝静まる夜の十一時頃。街の一角にある廃墟に、無数の人影が見える。その人影の正体は、自分の『個性』を悪用する犯罪者、通称『(ヴィラン)』と呼ばれる者達であった。

何故こんなにも一箇所に敵が集まっているのだろうか。

 

「なあ、まだなのかよ?雄英高校襲撃作戦の説明は?」

 

そう。彼らは、自らの天敵である『ヒーロー』が育成される学校の中でもトップの、雄英高校を襲撃しようと画策していた。

この世の中の理不尽に潰され、止むを得ず敵になってしまった者たちがいる。そんな彼らを救ってくれた、恩人が今日ここに来るはずなのだがーーーー

 

「おいおい、俺たち騙されたんじゃないだろうな?」

「そんな訳ないだろう!?わざわざ俺は隣町から来たんだぞ!?」

「お前は馬鹿か?アッチ側が俺たちを騙して得るメリットはどこにも無いだろう」

「それにしては、遅すぎねーか?ほら、約束の十一時はとうに過ぎてるぜ」

 

彼らをここに集めた本人が来ない事に不安が募り、徐々に苛立つ敵たち。中には個性が体から溢れ出している者も居た。その中で、特に焦りもしていない、金髪の少年に一人の男が近寄って行く。

 

「ヘイ、少年」

「…あ?」

「随分と落ち着いてるね、君は不安じゃないのかい?」

 

急に話しかけられ不審がる少年に構わず、男は喋る。

 

(…んだこのチャラチャラした服着たオッサンは。アブねー人は無視無視……、嫌待てよ、このゆーえい?なんちゃらかんちゃらが始まるっつー事は、こいつは俺の仕事仲間…だよな?しかも歳上だ、上司の確率が高い。今のうちに媚び売っときゃいい事あるかもしんねー!)

 

純度100%の打算だった。…この場に居る全員が危ない人だとか、歳上だから上司になるわけではないとか、色々と間違っている所はあるが、少なくともこの場で悪い態度を取る事は危ない行為である。そこに本能的に気付いた(偶然かも知れないが)少年は、男に笑顔で返す事にした。

 

「全然平気っす!俺こういう所慣れてるんで!」

「そうかい、……しかし不思議だな。君のような好青年が何故こんな所に?そのルックスと性格なら、ここに来る事は無いだろうに」

 

男の目の前にいる少年の顔つきは悪くは無い。むしろ良い方だ。しかし、何故その様な少年がここに来たのか、男は疑問に思った。

 

「…親が、借金作って蒸発して、それでカネ作るために色んなことしてたんす。そしたらいつの間にか敵んなっちゃってて……」

 

その境遇を聞いた男は納得した。ここに来る者は、他人から何かを奪われた者が多い。男もその一人だ。他人より個性が『敵っぽい』という理由で、いじめに遭い、そして深く傷つけられた。自分と同じ社会に追い詰められた者に、親近感が湧いていたのだった。

 

「そうかい、それは辛いね。深く同情しよう。…しかし、もう心配ない。この雄英を襲えば世間からヒーローへの信頼は地に落ちる。そうなればもうこちらのものさ。一緒にこの世の中を壊そう、同士よ」

 

それじゃ、と手を振り、人混みに紛れて行く男。その背中をぼんやりと眺めていた少年は、自分の企みが上手く行った事に歓喜した。

 

(よっし!とりあえず仲良くなることには成功…。こっからだな!どんどん媚び売ってくぞ〜!)

 

それと同時に、前の方から黒い霧のようなものが発生してくる。それに驚いた周囲の敵たちはそこから距離を取る。個性を使用し、備えているものも居た。

そのまま数秒が経過し、黒霧の中から突如、無数の手を付けた青年が現れた。そして黒い霧も段々と形を変え、人型になって行く。

 

「ーーー今日は集まってくれてありがとう。俺と一緒に、平和の象徴ーーーー『オールマイト』を殺してこの腐った社会をぶっ壊そうじゃないか」

 

そう言った青年の邪悪な笑みにある不思議なカリスマに魅了された敵たちは歓声を上げる。その中で一人、金髪の少年ーーー『デンジ』はこの歓声に今ひとつついていけてなかった。

 

(…俺はそんな大層な目的望んじゃいねえ。そんなモンいらねーさ。俺ぁ金貰って普通に飯食って、普通に寝れればそれで良い。…あ!そうだ!女!女も欲しいな〜)

 

自分の未来の願望を妄想するも、先が長いことに気づき、落胆するデンジ。周りの歓声に包まれている中、大きくため息を吐いたのだった。

 

 

(あ〜〜〜、女抱きてえ………)

 

 

 

 

 

 

 

 

説明が終わった数週間後、デンジは自分の配置場所に着いていた。もちろん、他の敵たちも一緒である。

 

「ここゴツゴツしてんな〜。お前の『個性』相性悪いんじゃね?」

「ばっか、お前。俺たちが相手するのはただのヒーロー気取りのガキだぜ?しかも黒霧さんがそのガキ共を散り散りにしてここに呼ぶ。そんでもって俺らはやりたい放題…。完璧な作戦だろ」

 

その発言を聞いた敵たちは汚い笑みを浮かべる。自分たちとは違う、『選ばれた者』を今から蹂躙できるというのだ。昂りで体の震えが止められない敵たち。デンジもその一人だった。俯き、体を震わせ────

 

 

 

「漏れそーなんすけど、そこら辺でションベンしてきて良いっすか?」

 

 

 

自分の尿意を周囲に訴えるのであった。それを聞いたその場は一瞬静寂が走り──────

 

《ギャハハハハハハハハッ!!》

 

大爆笑の渦に巻き込まれた。未だ体を震わすデンジに敵たちは屈託のない笑みを浮かべた。

 

「あ、あの天下の雄英にションベンひっかけるとか!ク、ククッ、傑作だコリャ!」

「坊主、お前面白いな!」

「ああ、行ってこいよ!…なんなら、『大』の方もしてくるかぁ〜?」

 

その言葉にまたどっ、と湧く周囲。デンジはそれに苦笑いをし、そそくさと少し遠くの岩肌へ身を隠すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ!スッキリしたぜ!」

 

岩の影で致したデンジ。そこには清々しい顔の彼が居た。さあ、自分の持ち場に戻ろうと足を動かした瞬間───

 

 

 

バチバチバチバチバヂバヂバヂッッ!!!

 

 

 

突如、まるで辺りに超高圧電流が大量に流されたような音がデンジの耳を貫いた。

 

 

 

「ッギャアァア!?」

 

 

 

突然の大音量に聴覚が耐えられなくなったのか、耳を塞ぎながら地面を転がり、悶え苦しむデンジ。しばらくして、恐る恐る耳から手を離すと、少しずつ耳の感覚が戻っていった。

 

「な…、なんだぁー!?クソッ!耳…は大丈夫!聞こえんな!?」

 

自分の耳に問いかけるデンジ。そして完全に耳の機能が完治した事を確認し、次は何があったのかを確認するため岩肌から少しだけ頭を出す。するとそこには──

 

 

黒焦げた、(なかま)たちが無数に倒れていた。

 

 

 

「あ…あああア…?アああ……!」

 

 

声は震え、体が強張る。限界まで開いたその目で()()を見る。倒れている人たちではなく、三人。佇んでいる人影に目を奪われる。それは─────

 

 

 

 

「──うわっ!?ヤオモモ、超パンクな格好に…!」

「問題ありません、服ならまた作りますわ。それより、広場に向かいましょう!まだあの敵たちが居るはずですわ!少しでも先生方の援助を────!」

「ウ、ウェ〜イ……!」

 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

───乳であった。それはもう立派な。

 

 

 

「あ、アアア?!」

 

 

それを直視したデンジは尻もちをついて呻くことしかできない。

あのたわわに実った二つの果実。揺れ動く肉感。溝に溜まった汗。そして、先端に陣取る桜色の──────

 

 

「オアあああああアアアアッ!!?」

 

 

今日ほど自分の眼球を恨んだ事はあるだろうか。何故そんなに視力が悪いんだ、と。

そして今日ほど神様に感謝した日はない。神様、この幸運をありがとう、と。

そして、ひと暴れした後に、デンジはゆっくりと立ち上がりある決意をする。

 

 

 

(あの乳、揉みてぇ!!)

 

 

 

デンジの目標は既に、『ヒーローの卵を潰す』から、『乳を揉む』ことにシフトチェンジしたのだった。もう彼は誰にも止められない。いつもは働かせない頭脳をフル回転させていく。

 

(あの乳揉むんだったら〜〜、近づかないといけねぇ……けど、どっか行ったな…?……広場!広場に行くっつってた!よし行こう!)

 

ターゲット()が交わしていた僅かな会話から目的地を割り出すデンジ。体に漲るやる気を秘め、彼は歩き出した。

 

 

 

 

「好き放題やらせて貰うぜ〜〜!なんせ俺ぁ『ヴィラン』だからなぁ〜〜!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう大丈夫、私が来た!!」

 

広場に憤怒の表情をしたオールマイトが登場し、生徒たちに希望の光が差す。敵たちの前に降り立ったオールマイトはまずボロボロになった相澤を助けた。それを見た八百万たちは安堵のため息を吐く。

 

「良かった…ひとまずこれで相澤先生は助かったね…」

 

横にいるクラスメイト、耳郎がそういった途端。オールマイトが動き出した。

敵のリーダー、死柄木弔に豪速で襲いかかる。それを見た死柄木は、そばに居る改人『脳無』に指示を出した。

 

「CAROLINA……!!」

「脳無」

 

 

死柄木の前に出て、オールマイトの攻撃に備える脳無。そして──

 

 

「SMASH!!」

 

 

両腕をクロスさせ、それを『ワン・フォー・オール』の超力で開くように相手に叩き込む、『CAROLINA SMASH』が脳無の顔面に決まった。…しかし、脳無は何事もなかったかのようにオールマイトに反撃の手を繰り出した。

 

 

「…ッ!マジで全っ然──効いてないな!!」

 

 

ならばと、オールマイトは脳無のボディに強烈な一撃を叩き込む。その衝撃により脳無は一歩後ずさるが、やはりダメージは無い様だ。

 

(あ!いたいた!俺の乳!)

 

山岳ゾーンの出入り口から出てきたのは、やはりというか、こんな緊迫した状態でも自分の欲望を優先するデンジだった。デンジは八百万たちの方へ向かう。気付かれない内に一揉みして帰ろうという算段だった。

 

 

 

(つーか…なんだアリャ!?さっきから地面揺れてんぞ!クッソ…近寄りにくい……!)

 

しかし、オールマイトと脳無の戦いの余波により、八百万に上手く近寄れない。それに苛つきが増す一方のデンジだった。

 

(あ"〜〜〜!ウゼェなオイ!騒ぐんなら他所でやれよ!!揉めんだろーが!)

 

心の中で悪態をつくデンジ。…まあ、このハイレベルな戦いを前に、()()()()()()()と考えている事が異常なのだが。

 

 

 

「攻撃が効かないのは『ショック吸収』だからさ、オールマイト。脳無にダメージを与えたいんだったら…ゆうっくりと肉を抉るとかが効果的だね…。それをさせてくれるかは別として」

 

 

死柄木はオールマイトに説明する。これも余裕の現れなのだろうか。不気味な手の装飾の向こうには邪悪な笑みが浮かんでいた。

 

 

「わざわざ説明センキュー!そういうことなら……!!」

 

 

それを聞いた途端、オールマイトが加速。脳無の背後に回り込み、胴体を抱え込む。そのまま敵を持ち上げて────

 

 

「やりやすいッ!!」

 

 

バックドロップ。まるで地雷が爆発した様なその威力に、周りの生徒たちは顔を腕で覆う。

 

「何でバックドロップが爆発みたいになるんだろうな…!やっぱダンチだぜオールマイト!」

 

 

相澤を安全な場所へ移動させながらオールマイトの破壊力に慄く峰田。しかし、それを見た緑谷の顔には焦燥の色が見える。

 

 

(でも知ってるんだ──!USJ(ここ)にオールマイトがいないって話の時に、13号先生が立てた三本指はきっと活動限界のことだ、きっと個性を使いすぎたとかの話だ)

 

 

憧れのヒーローが誰にも見せない、見せてはいけない弱点という活動限界。それが近づいている。

 

 

 

 

 

(僕だけが──僕だけが知っている、ヒーローの秘密(ピンチ)────!)

 

 

 

 

──優勢は、突如崩れた。

 

「オ、オイ!?見ろよあれ!」

 

それは、誰が放った言葉だっただろうか。その声の指し示す方に全員注意を向ける。そこには──

 

 

 

「オールマイトォ!!」

 

 

 

バックドロップを決められた筈の脳無が、地中からオールマイトの脇腹に指を突き刺している姿があった。

それに苦悶の表情を浮かべるオールマイトを見た生徒たちは悲鳴を上げる。

 

 

(な…何というパワー!あながち私以上ってのも間違っちゃいないかもな……!)

 

 

 

 

 

「オ、オールマイトが!?ヤバいってあれ!」

 

耳郎はその光景を見て、動揺と恐怖が押し寄せていくのを感じる。その横の八百万とアホ状態から戻った上鳴も汗を滲ませる。

 

「マズくね!?なあコレマズくね!?あのオールマイトがやられてんのかよ俺らここで死ぬのかよ嫌だよオイ!!」

「うっさい!!」

「ハイ!!」

 

騒ぐ二人を他所に八百万はそっと手を組み、祈る。この場を救える、ヒーローを信じて。

 

(誰か──。誰か私たちを助けて────!)

 

 

 

 

 

 

 

 

(よ、横乳凄ぇ……!)

 

一方その頃デンジは、目標であるその八百万の巨大な胸に見惚れていた。この男、最低である。しかし、激戦の余波が来るにも関わらず、彼は八百万の近くにまで近づいていた。

 

(…よし、近くまで来れた!も、揉める……!)

 

そしてついに、手を伸ばせば届く範囲まで来た。さあ揉もうと、固唾を飲みながら震える手でその胸に手を伸ばし──!

 

 

 

「お父様…お母様……!すみません、私はもう…!」

 

 

 

その涙に濡れた瞳を見て、動いていた手がぴたり、と止まった。そのままの状態で思案するデンジ。

 

(…人生初の胸揉むんが泣いた女の胸ってよ〜〜、満足できねー気がすんだよな。何か…遠慮しちまうってーか……)

 

そのまま硬直し、数秒沈黙する。そして、ある決断をすることに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!」

 

 

「「「──ッ!」」」

 

 

なんと、大声で三人に話しかけたのだ。その声でその場にいる全員の注意がデンジに向く。三人はいつでも対応できる様に個性を使用する。

 

「オイオイオイオイ!まだ敵がいたのかよ!?」

「…でも、ウチたちやみんなでいけば楽に倒せるかも──」

 

 

 

「なあ。お前を泣かせたのはどいつだ?」

 

「………え?」

 

 

 

デンジは八百万を指差しながら問う。それに八百万は困惑の表情を浮かべた。

 

「だからぁ、お前は誰のせいで泣いてんだよ?あの筋肉ムキムキの奴が弱ぇからか?それとも脳みそ野郎が筋肉を痛めつけてるからか?」

 

その問いに、八百万は顔を俯かせ、震え始めた。そして──

 

 

「そんなのッ!貴方達敵に決まってるじゃありませんか!!」

 

怒りを吐き散らすようにデンジに当たる八百万。…しかし、デンジはその返答を聞き、満面の笑みを浮かべた。そのまま八百万の手首を握る。

 

「アイツ等が悪ぃんだな!?アイツ等がお前を泣かせたんだなぁ!?」

「えぇ、えぇそうですわ!!…絶対、私は貴方達を──!」

 

 

 

 

 

「そんならよぉ〜!俺があいつらぶっ殺すから、そん胸揉ませろ!!」

 

 

 

 

辺りは静まり返る。そして、各自各々の反応が返ってきた。

友人に何を言っているのかと憤慨する者。

自分たちを殺すなどと馬鹿な事をぬかしたと蔑む者。

血涙を流しながら頭のもぎもぎをぶん投げようとする者。

しかし、それらの視線を受けても、デンジはブレなかった。それどころか、更に八百万に詰め寄っていく。

 

「さあ!どうすんだ!?」

「わ、私は……」

 

戸惑う八百万に答えを求めるデンジ。それを見たある人物が声をかけた。

 

 

 

「八百万少女…っ!そいつの口車に乗せられるなぁッ…!」

 

そう、オールマイトだった。自分も苦しい筈であるのにまず他人の心配。やはりNo.1ヒーローの名は伊達では無かった。

血反吐を吐きつつも自分の心配をするオールマイトの姿に、感動する八百万。しかし、敵たちはその希望を無残にも打ち砕こうとする。

 

 

「…うーん……。まあいいや。後であいつも殺せばいいし。とりあえず黒霧、やれ」

 

 

鬱陶しそうに首元をガリガリ掻いた後、死柄木は黒霧に指示を出す。それを聞いた生徒たちは最悪の事態を想定する。

 

 

 

(オールマイトが…死ぬ)

 

 

 

長い間自分たちの心の支えであり憧れのヒーローが、自分たちの目の前で死んでしまう。それをいち早く察した八百万は、一つの覚悟を決めた。

 

 

「…貴方はあの敵たちを倒せる個性ですの?」

「ああ!胸があれば!」

「貴方は私たちに敵意は無いんですか!?」

「ああ!胸があれば!」

「それなら…っ、それなら──!」

 

 

 

 

「私たちを…助けて……!」

 

その言葉を聞いた瞬間、デンジの目が輝いた。

 

 

「そ、そんなら胸を──」

「はい!私の胸でこの場が切り抜けられると言うのであれば──!」

「ほ、本当だな!?後からやっぱなしとか無しだからな!?」

「えぇ!八百万家に誓いますわ!」

 

 

 

「よしきた!!」

 

 

 

そう叫んだと同時に、デンジは走り出した。それを見た死柄木はその無謀な姿を見て嘲笑う。

 

「黒霧、いいよ。俺がやるから」

 

ゆらり、とデンジの前に立ち塞がる死柄木。しかしデンジの走るスピードは変わらない。

 

「飼い主に逆らうって勇気は凄いと思うよ……。ま、結局殺すけど」

「やってみろよバ〜〜〜カ!!」

 

ベロを出し挑発するデンジに苛ついたのか、首を掻く死柄木。そして、手をゆっくりと肩の高さまで上げた後───。

 

 

 

「ッギャアアア!」

 

 

 

超高速で動き、デンジの左腕を掴んだ。その掴まれた腕は見る見るうちに崩れていき、そして徐々に彼の体の中心がひび割れていく。

それに悲鳴を上げるデンジ。しかし──!

 

 

「手癖悪ぃなこの手ヤローがァァ!」

 

 

ごきゃん。とその場に不可解な音が流れた。その音の発信源は死柄木の股間であった。なんと掴まれた筈のデンジがフルスイングで彼の分身を蹴り砕いたのだ。これにはその場にいた男たちもゾックリ。そして等の本人は──

 

 

「あ"あ"あ"ががあ"ァアあ"ァアーーーーーッ!!?!?」

 

 

ガクガクと痙攣し、口から泡を吐きながら崩れ落ちた。当然である。しかし、激痛に苛まれながらも黒霧に指示を出す。

 

「く、黒霧ィ!!コイツ飲み込め!!」

「しかし、それではオールマイトが──」

「いいから飲めェ!グチャグチャにしろ…!!絶対殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!」

 

子供の様に癇癪を起こした死柄木にため息を吐きながら黒霧は個性を展開する。その闇は、デンジの周りを包み込んで行く。

 

「君!そこから離れて!!そいつの個性は人や物体をワープさせる個性だ!囲まれた以上、何が起こるか───!!」

「忠告が少し遅かった様ですね。それでは、さようなら」

 

緑谷の叫びも無情に、黒霧によって切られる。そして、その深い闇から出てきたのは────

 

 

 

 

特大の炎だった。デンジは声を上げる暇も無く、炎の中に飲み込まれていく。そのショッキングな光景に生徒の中では口に手を当て、吐き気を抑えている者も居た。

 

「……貴っ様ァァァッ!!グアッ!?」

「オールマイト!」

 

簡単に人を殺す敵に激怒したオールマイト。しかし、立ち上がった途端、脳無に腹部を殴られて吹っ飛んでいく。

 

「アッハハハハハ!惨めだなぁオールマイト!教え子の目の前で人が死んでいく様子を見せた気分はどうだ!?最っ高だよなぁ!?」

 

 

「グ…うおおおおおおおおお!!」

 

歯を食いしばり、猛スピードで脳無との距離を詰め、拳を叩き込んでいく。だが、やはり脳無にはダメージが通っていない様子だった。

 

「…だからさぁ……効かないんだって…。はあ、もういいや。脳無、殺れ」

 

命令を受けた脳無がゆっくりと拳を振り上げる。それを見たオールマイトは構えるが──

 

 

突如、その体から白い蒸気が微かに放出され始めた。それを見たオールマイトと緑谷は同時に顔色が変わった。

 

 

(活動限界────!)

 

 

マッスルフォームの制限時間が迫ってきた事により密かに焦るオールマイト。しかし、ヒーローである彼は守る者たちを見捨てる訳には行かない。

 

(せめて、この子たちだけでも──!)

 

この絶対的窮地でも生徒たちは逃がす。そう思い、脳無の攻撃を防ごうとしたその時────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ヴヴン、とまるで何かのエンジンを吹かしたような音が荒々しく響いた。

その音に反応し、動きを止めその音がした方を向く脳無。そこには──

 

 

「あ"〜〜〜〜〜!糞アチィィィィ!!」

 

 

 

 

 

 

 

燃え盛る炎に包まれ、黒い炭の塊となっていたデンジであった。しかし、その外見は奇妙なものになっていた。

両の指先から肘辺りまで、肉を貫通するかのように()()()()()()()が刺されていた。さらに、頭部もチェンソーまるでそのものな形になっている。裂けた口は凶悪な笑顔をしているかのようだ。そして胸からはワイヤーが飛び出ている。

 

 

「…はぁ?なんだよアレ…」

 

目を丸くする死柄木。生徒たちやオールマイトもそちらに注目している。

するとデンジはモーター音を響かせながらそのまま脳無に向かっていく。そして腕のチェンソーを振りかぶり──

 

 

 

脳無の肩を袈裟斬りにした。その切れ味と回転力で脳無の体は豆腐のようにスッパリと切断され、上半身が地面にぼとりと落ち、臓物が辺り一面にばら撒かれた。

 

 

「あ〜ん?糞弱えじゃね〜か、何してんだよヒーローサン」

「違うッ!そいつは『再生』持ちだッ!」

 

 

 

 

その瞬間、デンジの腕が巨大な物量によってへし折られた。脳無のパワーはオールマイトと同等、もしくはそれ以上。骨が皮膚を突き破り、血液が大量に流れ出る。

 

 

 

 

 

「痛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

それに堪らず振り返りながら横薙ぎにチェンソーを振るう…が脳無はそれを体を逸らして避け、さらにデンジの足を握り潰す。

 

「ギャアアアアああああ!!」

 

 

悲鳴を上げるデンジ。しかし胸から生えているワイヤーを引っ張ると、またエンジンがかかる音と共に、折れていた足や腕が一瞬にして治っていた。

 

 

「らア!!」

 

 

そしてまたチェンソーを振るう。脳無の両手首を切り落とし、よろけた脳無に蹴りを浴びせて距離を取る。…ちゃんとオールマイトを脇に抱えながら。

 

「オ、オールマイト!!大丈夫ですか!?」

「…ああ、心配無いよ!…時に八百万君、彼は一体……?」

 

生徒たちに笑いかけながら、八百万に問いかけるオールマイト。それに頷き、八百万は説明を初めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんというか…良い意味でも悪い意味でも素直なのだな……」

 

オールマイトはデンジの欲望への忠実さに苦笑いをする。そのデンジは未だ脳無と対峙している途中であった。

 

「オアッ!」

 

すれ違い様に脳無の右足を切り落とす。脳無はそれを無視してデンジに飛びかかり、右ストレートを繰り出す。…が、それも避けられ、またもや右手首を切り落とされた。

 

「…何でだ何でだ何でだ!?オマエ、何がしたいんだよ!?急に出てくんなよ、クソッ…!」

 

死柄木の叫びに飛びかかりながら応えるデンジ。

 

「テメー等全員ぶっ殺して、あん乳揉むんだ───!」

 

両の手のチェンソーを振りかぶり、脳無に叩き込む。

 

 

 

「よ!!」

 

 

 

ヴィィィィィィィン!!!

 

 

その一撃は脳無の左腕を切断し、さらに返す刃で残る一本の足をすっ飛ばした。首だけになった脳無は再生をする。しかし──

 

 

「させっかよ〜〜!」

 

 

デンジがそれを許さない。再生した所から切り飛ばしていく。再生、切断。再生、切断。再生切断再生切断…それを数回繰り返した時、脳無に変化が現れた。

 

「………?」

 

自分の再生速度が遅くなっているのに気づいた脳無。戸惑いの仕草を見せるがそれでデンジが待ってくれる訳でもなく──

 

 

「もうおしまいなのかぁ〜〜!?ケバブ削いでるみてーで面白かったのによ〜〜〜!」

 

 

その言葉と同時に止めを刺そうと頭に向けてチェンソーを振り下ろしたその時だった。

 

「──それ以上はさせませんよ!」

 

黒霧がワープゲートを展開する。今一番危険なデンジをどこかに飛ばそうとした黒霧。しかし、その魂胆は裏切られる。

 

「──ッグァアァアッ!」

 

突如、強烈な痛みが黒霧を襲う。一体何かと視線を向けると、そこにはチェンソーを滅多矢鱈に振り回すデンジが居た。

 

「てめ〜のそれ…!体を広げてんだろ〜〜?そんならよぉ〜、チェンソーぶんまわしゃこっちの勝ちじゃね〜か!なんせ的ぉ広げてんだからなぁ〜〜!」

 

 

デンジの作戦は偶然にも的を射ていた。黒霧の弱点は暗い靄に隠された実体の体。奇跡的に作戦が成功したデンジは舞い上がり、チェンソーを凶悪に唸らす。

 

「…!黒霧!もういい、戻れ!」

 

死柄木が叫ぶ。それを聞いた黒霧は彼の方へ戻っていった。

 

「しかし、脳無は……!」

「…駄目だろ、もう。ゲームオーバーだ」

 

徐々に黒い霧に包まれるふたり。そして死柄木はこちらを見ているデンジを睨む。

 

「お前、絶対殺すから……」

「だから言ってんだろ〜?やってみろって」

 

そうして完全に消えていったふたりを他所に、デンジは四肢がもげた脳無の所へ向かう。

 

「じゃあな」

 

 

 

 

 

そして、脳無の首を切り落とした。それから、脳無が再生することはもう無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんじゃあ、早速……!」

 

元の姿に戻ったデンジは八百万の前に立つ。その顔は興奮により赤く染まっていた。

 

「言っておくが、この後は大人しく縄についてもらうからね」

 

オールマイトがそう言うも、全く耳に入っていない様子のデンジ。もはや獣と化していた。

 

「は、早く終わらせてください……!は、恥ずかしいですから…!」

「ヘェ!」

 

その恥じらう姿に訳の分からない返事をしてしまう。そしてデンジは固唾を飲み、その豊満な胸に手を持っていき───!

 

 

 

突如、視界が揺らぐ。足元が覚束なく、重心がぐらついている。

 

 

 

(ヤバ……、血ィ、流しすぎた……!)

 

 

チェンソーを出す時には自分の皮膚を突き破らなくてはならない。そうすれば大量の血液が出る訳で────

 

 

 

(せめて…一揉みでも……!)

 

 

 

必死に手を伸ばすデンジ。しかし、よろよろと伸ばされた手は目標とは違う所へ行き──

 

 

 

「あっ…」

 

 

 

その横にいる、耳郎の胸へ接触した。耳郎は林檎のように真っ赤になり、声にならない声を漏らした。

 

 

 

 

「か、壁………………」

 

 

そう言い残し、デンジは倒れたのだった。

 

 

 




これ途中から性犯罪者書いてる気分でした。通報しないで。


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終わり良ければ全て良し

まさかの二話目。


「───ジ」

 

深海のような暗闇の中、誰かが自分の名を呼ぶ声が聞こえる。

 

「──ンジ」

 

その声を方を向くと、仄かに明かりが灯っていた。そこをじっと見ていると、そこから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がとてとて、とこちらに向かっているのが見える。そのイヌは、自分にとって一番の友達で、相棒で────。

 

「──デンジ、君の世界を私に────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ァあ」

 

──どこだここ。椅子に縛られている金髪の少年、デンジはそう思った。…自分は確か変な化け物と戦って、それで、それで───。

 

 

「あァ!!胸ェ!!?」

 

 

自分が何故縛られているのか分からない状況でも、デンジは第一に自分の欲望をさらけ出した。そのままデンジは顔を歪めながらその煩悩まみれの頭で考え始めた。

 

(オイ、胸は…触った!?触ったのか!?クッソ!思い出せ思い出せ思い出せ────!)

「──お、目が覚めたみてーだな?」

 

必死に記憶を掘り起こすデンジ。目を瞑り、人生初の思い出であろう物を思い返す。…外部の声など気にも止めずに。

 

(確か…、あん化け物ぶっ殺して、そんでもって──!)

「おい、お前。聞いてんのか?お前に言ってんだよ、お!ま!え!」

(そんでそんで───!!…………!!)

「なぁオイもうコイツの耳元で叫んでいいか!?腹立つ!!」

「おいやめろ、お前が叫んだらコイツが終わるぞ。…情報も聞き出さないのは合理的じゃない」

「相澤君、相澤君?注意するポイントが違うと思うんだけど────」

 

 

「壁ェェェェェェ!!!」

 

 

「────ッ!!」

 

部屋内のヒーローたちが突如叫んだデンジに各自警戒の態勢を取る。そして、当のデンジはようやくその現状に気づいた。

 

「…あん?なんだオメーら、誰だよ」

「……貴様に聞きたいことがある」

 

デンジの質問には答えることなく、ヒーローたちから一歩前に出たその男は、炎を体に纏っていた。彼の名は『エンデヴァー』。オールマイトに次ぐ、No.2のヒーローだ。エンデヴァーは高圧的な態度でデンジに問いかけた。

 

 

「あの敵たちの目的、そして『個性』を教えろ。あの化け物の事もだ」

 

 

他のヒーローもデンジが何かしようとしても即座に対応できるように身構えている。その張り詰めた空気の中、デンジはゆっくりと口を開いた。

 

 

「……知らねえ!」

 

 

…その場に居たヒーローの力が全て抜けた。デンジの目の前にいたエンデヴァーも顔に青筋を浮かべている。彼の体から炎がチラチラと湧き出ており、怒っているのが一目見て分かった。

 

「…貴様、丸焼けにされたいか」

「だって知らねえもん」

 

しかしその重圧を受けたデンジは気にも止めておらず、さらには自分の足の指で遊び始めた。その光景を見た『プレゼント・マイク』は後にこう語る。

 

「あいつには恐怖心ってものが無え…!あんな顔のエンデヴァー見たことなかったぞ!?…それを前にして指遊びするって、頭イっちまってるぞ、あいつは」

 

それを見たエンデヴァーは拳を握りしめ、激情を抑えていた。それを見たオールマイトはまあまあ、と仲介に入る。

 

「エンデヴァー、少し落ち着きたまえ。君がそんなに圧力を掛けては聞けるものも聞けないじゃないか」

「ム…」

 

それに思うところが自分でもあったのか、険しい顔をしながら引き下がるエンデヴァー。それを確認したオールマイトは改めてデンジと向かい合う。

 

「やあ、こうやってしっかりと話すのは初めてかな?私の名はオールマイト。早速だが、君…あー、えっと、君の名前を教えてくれるかい?」

「あ〜?デンジだよ」

「じゃあ、デンジ少年。君が一緒に居た奴らの目的とか知ってるかい?」

 

にこやかに尋ねるオールマイト。しかし、それにしばし唸るデンジ。それを見たオールマイトは困惑の表情を浮かべる。

 

「どうした?やっぱり分からないのかい?」

「うーん…いや、一応俺ん上司の仕事の事を勝手に言うのはなーって」

 

 

(お前自分の上司殺そうとしたじゃん!?)

 

この場に居るヒーローの心が一つになった瞬間であった。

しかし、情報を聞き出さないとここに数多のヒーローを呼んだ意味がない。オールマイトは腕を組み、唸った。すると、ある一人のヒーローがデンジに近づく。18禁ヒーロー、『ミッドナイト』だ。

彼女は未だ悩んでいるデンジの顎に手を添え、妖艶な笑みを浮かべる。

 

「ねえ、ボウヤ。お姉さんたち、情報が無いと困っちゃうの。…だからぁ、おねがぁい♡あなたのそのお口から、……言って?」

 

「言いまァす!」

 

「早すぎんだろお前!?さっきの迷い何だったんだよ!?」

 

高速で掌を返したデンジにプレゼントマイクは爆音で指摘する。しかしデンジはそれを無視し、ミッドナイトに嬉々として情報を伝えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まあ分かっていたが、奴らの目的は…『平和の象徴』の排除…か」

 

デンジから得た情報をまとめた相澤がぽつりと呟いた。その言葉を聞いたヒーローたちに重苦しい空気が流れる。

 

「ハイハイハイハイ!とりあえずその話は後!!今はこの少年の処遇について考えようじゃないか!!」

 

ペチペチ、と小さい音を鳴らしながら白いネズミ、『根津』がその場のヒーローに新たな議題を持ちかけた。すると全ての視線がデンジに向かう。

 

「コイツなぁ…普通に考えたら刑務所行きなんだが……」

「いかんせん、人を救ってるからな。全部が全部悪いとは言えない」

 

ヒーローが談義していると、突如デンジが口を開いた。

 

「なあ、人助けたらヒーローじゃねえの?」

「…そりゃあ、確かに褒められた行為だが、そのために人を殺すのは敵と同じだろう?」

「ああ?人ぉ助けんのに他の人殺すのは駄目なのかよ!」

「当たり前だ!…貴様、やはり頭は弱いらしいな。義務教育を受けていないのか?」

 

エンデヴァーが嘲笑う。それを見た他のヒーローはまたいつものことかとため息をついたり、その嘲笑を止めようとする者もいた。しかし、そのどれもがデンジの一言で静まり返ることになった。

 

「あ〜俺受けてねえよ」

 

「……………は?」

 

一切の物音がしなくなった室内で、恐る恐るオールマイトがデンジに問いかける。

 

「デンジ少年、君…親御さんたちは?」

 

この時、オールマイトの心にはある予測があった。この子の親は敵に殺されたのだろうと。だから幼い頃から義務教育を受けて来られなかったのだと。そう敵たちに怒りを滲ませていた。

 

 

「借金作って逃げた」

 

 

だからだろう。その予想も付かなかった一言にガツン、と殴られた気がしたのは。それに構うことなくデンジは話すのを続ける。

 

「なんか八重歯八宝菜?みてーな名前のどっかのヤクザか何かにカネ借りて、そんでどんどん借金が増えていって…俺に全〜部なすりつけてどっか消えた」

 

オールマイトはそれを聞き、激怒した。手から血が出るほどに拳を握りしめた。まだ物心つく前の子供に自分の罪をなすりつけた親にもだが、それよりも許せなかったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()であった。

 

「そっから結構大変だったんだよな〜、借金返すために臓器売ったり、変な薬の実験台みてーなのにもなったしよ〜。…まあ、それでも食えるだけ良かったんだけど────」

「──もう、良い」

 

その悲惨な過去を語るデンジをその力強い筋肉で優しく包み込むオールマイト。その表情は、何かに耐える様な表情をしていた。そして、ゆっくりとその腕の中にいるデンジに語りかけた。

 

「いいんだ、もう。ここには苦しいことなんてない。…泣いてもいいんだよ」

(何が『泣いてもいい』だ…!こうなったのも私が気づかなかったからだろうが!!何が…『平和の象徴』……!たった一人の少年の未来を守れないで、何がNo.1ヒーロー…!)

 

自己嫌悪に追われるオールマイト。他のヒーローも唇を噛みしめる者や体を怒りに震わせる者も居た。しかし、当の本人は──。

 

 

 

(な〜んで泣くんだよ、こっから大爆笑ものの話だぜ?泣くどころか笑い転げるところなのによ〜)

 

 

 

 

全く、微塵も気にしてはいなかった。むしろ嬉々として話そうとしたのだ。しかし、その話を強引に止められたデンジは不機嫌になり、目の前の筋肉に文句を言おうと睨みつけ──異変に気付いた。

 

 

「お…おい、アンタなんでそんな体震えてんだよ。大丈夫か?」

 

 

「……ッ!!」

 

 

目の前の豊満な筋肉が凄まじい勢いで震えるのをみて、流石のデンジも突っ込まざるを得ない状況であった。しかし、それはヒーロー側には『自身に辛い過去があったにもかかわらず他人を心配する少年』として捉えられた。そして、オールマイトは何かを決心した顔で立ち上がり、その場のヒーロー全員に聞こえる声で発言した。

 

 

「…私はこの少年を、ここで保護したい」

「……」

「わがままだとは分かっている。だが…だが!こんな事、許される訳が無い…!『世間が知らない事だったから』しょうがないじゃあ無い……!『しょうがない』で済むほど、この少年はヤワな人生を送っていないッ!」

 

そして、オールマイトは沈黙している根津に頭を下げる。

 

 

「お願いしますッ!彼に…もう一度だけチャンスを──」

「頭を下げる必要はないよ」

「……ッ」

 

 

その言葉に悔しそうに歯がみをするオールマイト。しかし、根津は優しい声色で────

 

 

「そんな事しなくても、もうみんなの思う事はひとつさ!」

 

 

その言葉に、ハッとして周りを見るオールマイト。見渡す景色には、こちらを笑顔で頷くヒーローたち。あのエンデヴァーでさえも「…フン」と顔を背けた。

 

 

「…ありがとう……!本当に、ありがとう…!」

 

 

深々と頭を下げるオールマイト。次第にその場には拍手が広がっていく。絶望しか経験したことのない少年の新たなスタート───。気づけば涙を流しているものもいた。

 

 

「何してんだコイツら?オイ!俺ん話聞けよ!?──ムグッ」

 

 

それに困惑したデンジは自身の話はまだあると主張する。──が、それを遮ったのは、甘い香りの豊かな双丘だった。

 

 

「もういいのよ坊や…。そんな辛い過去なんて忘れなさい。私たちがいるから…ね?」

 

頭を撫でながら赤子に話しかけるかのごとく、デンジを諭していくミッドナイト。その胸のボリュームは先日見た胸とは大きさに違いがあり──。

 

 

 

 

「忘れまァす!」

 

 

 

 

 

あ、もうどうでもいいや。やわらけえ……

そう思いながら、徐々に襲ってくる睡魔にデンジは身を委ねたのだった。




キチガイデンジが居ないチェンソーマンなんてチェンソーマンじゃないわ!(謎のオカマ)


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Blood is Power!

ぱぱぱぱわー。


「おい!お前!起きろ!おーきーろー!」

「…あ、あア?」

 

騒々しい声と共に、今まで眠っていた体が覚醒する。寝惚け眼を擦りながらベッドから体を起こす。どうやら自分はあの胸に包まれた瞬間に寝てしまった様だ。

 

「おお、起きたぞ!…ゴホン。──危なかったな、ヌシ。もう少しで敵に食われるところじゃったぞ!ワシがおらんかったらどうなっていたか…!」

 

「…はあ?ぬし?わし?」

 

首を傾げながらその声の発信源の方向を向く。するとそこには、金髪ロングのつやつやした髪の毛。端正な顔。ギザギザの歯。さらに頭には悪魔の様な『ツノ』が生えている美少女がこちらを指差していた。

 

「そうじゃ!ヌシじゃ!──全く、自らの身を救って貰った命の恩人を忘れるとはいい度胸じゃのう…?」

「んん……?」

 

デンジが寝ていたベッドに足をかけ、デンジを見下す少女。しかし、デンジはさらに首を傾げた。

 

(こいつ、何言ってんだ?俺はちゃ〜んとあのヤローどもぶっ殺したぜ?そんで乳に埋もれて寝てたんだ。…つーか、だれ、こいつ)

「そんなヌシにもひとつ!名誉…め、名誉…。…そう!名誉バンザイのチャンスをやろう!──ヌシ!名は何と言う!」

「…デンジ」

 

 

 

「よしデンジ!ワシの下僕になれ!!」

 

 

 

辺りに静寂が起きる──。それに気付かず得意げな表情で喋り続ける少女。今、デンジの頭の中には(こいつヤベェ)という感想しか出てこなかった。

 

 

「こんな機会二度と無いぞ!?矮小で貧弱なヌシをこの最強なワシが守ってやる!下僕じゃからな!しかもワシは美少女じゃ!こ〜んな美人と一緒におれるなぞ、男冥利に尽きるじゃろう!…まあ、そのかわり、『代償』はいただくがな…」

 

「オイ…お前」

 

「それは『血』!ワシは最強の種族、ドラキュラじゃからな!デンジ!ヌシの血を持って、ワシがお前を守ってやろう───!」

 

「俺ん事助けたの、全部ウソだろ?」

「ぴょっ…」

 

突然奇妙な声を出し、動きを止める少女。しかし、冷や汗を流しながらも少女は続ける。

 

「な…何を言っておるんじゃ、デンジ。この誇り高きバンパイアであるワシが嘘など───」

「俺はちゃんと敵ぶっ殺したぜ?そんでそのあとおねーさんの胸で眠ったんだ」

「はぴょっ」

 

「そんでよ〜、お前さっき『ドラキュラ』っつってたのに、今度は『バンパイア』なんだな」

「にょわ」

 

完全に慌てふためく少女をデンジは睨みつけた。

 

「俺ぁ〜記憶力は良い方だぜ〜?騙す相手間違えたな〜、お前!バカだバカ!ギャハハハハ!」

 

今度はデンジが指を指して少女を笑う。顔色が目まぐるしく変わる少女。しかし、ぴたり、と俯いた状態で動きが止まり、そして────

 

 

 

「は?そんな事言ってないが?」

 

 

すん、とした表情でデンジに笑みを向けた。その反応をされると思ってなかったデンジは笑うのを止め、唖然とする。

さらに少女は続ける。

 

「そんな事誰も言っとらんぞ、大丈夫かデンジ。そうか、敵にやられたせいで頭がイカれたんじゃな!早急に対処をせねばならん…さあ、血を吸わせるのじゃ!」

「イミ分かんねーんだよお前!離れろ!」

 

首筋にしがみつき、その綺麗な肌に歯を突き立てようとする少女を引き剥がそうとするデンジ。それでも徐々にその距離は縮まっていき───

 

 

「ねえねえ、何してるのパワーちゃん?」

 

 

その歯が刺さろうとしたその時、聞きなれない声が室内に響いた。

その声の方にデンジは視界を向ける。そこにいたのは、水色の毛先が内側にカールしている、一般的に「可愛い」とされる顔の少女だった。

その少女に思わず見惚れるデンジ。そしてデンジにしがみついている少女はその顔色を真っ青に変えた。

 

「ね、ねじれ……」

「ねえねえ、私パワーちゃんがそこの子起こしに行くって聞いて保健室に来たの!そしたらパワーちゃん血飲もうとしてたよね!血を飲むのは止められてるんじゃなかったの?」

 

 

その水色の髪の少女の怒涛の質問に冷や汗をかき、青い顔をした少女は体を震わす。それを見たデンジは不思議そうに見つめる。数秒の沈黙──。すると、ツノの少女はデンジの方をゆっくりと指を指し、口を開いた。

 

「きょっ…、コイツが血を吸えって言ったんじゃあ〜〜」

「はぁ〜〜〜〜!?」

 

突然冤罪をかけられたデンジは口をあんぐりと開き、驚愕する。そのままツノの少女はまくし立てるように言い訳を始めた。

 

「コイツが勝手にワシの体を引き寄せたんじゃ!最低!女の敵じゃコイツ!」

「てめ〜が急に抱きついて来たんだろうが!」

「嘘じゃ!これだから青臭いガキは嫌いなんじゃ!すぐ嘘を──」

 

 

「パワーちゃん?私今そういう感じじゃないよ?」

 

 

それを聞いた瞬間にツノの少女は素早くベッドから降り、床に正座をする。そして水色の少女は笑顔のままそこに佇んでいた。

 

(こ、怖…)

 

その有無を言わさない迫力に、デンジは恐怖を覚えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は波動ねじれ!雄英高校三年生!気軽にねじれちゃんって呼んでね!」

「ハイ!デンジです!ねじれちゃん!」

 

『お話』が終わった後、うってかわって天真爛漫な表情でデンジに話しかける。その可愛げのある笑顔を見たデンジは顔が熱くなるのがわかった。

 

「さっきはゴメンね?パワーちゃんいつもは血は飲まない筈なんだけど…」

「ぱ、ぱわー…?」

「あれ?パワーちゃん、まだ自己紹介してなかったの?」

 

首を傾げるデンジを見たねじれは背後で正座をしている少女に問いかける。すると少女はぴょーんと立ち上がった。

 

 

 

「おうおうおう!紹介が遅れたのう!デンジよ、しかと聞くが良い!ワシの名は『パワー』!史上最強のヒーローじゃ!」

 

 

 

決めポーズをとり、ベッドに立ち上がってドヤ顔を決めるパワー。

 

「パワー!?名前パワー!?てかヒーローなの!?」

 

驚き、思わずねじれの方を向くデンジ。それを受けたねじれはにんまりと笑った。

 

「パワーちゃんなんだよ、不思議だねー!あ、あとねー!パワーちゃんよくウソ吐いちゃうから気をつけてね!まだヒーローの『卵』だからね!」

「グヌ…」

 

釘を刺されたパワーは顔を顰める。そしてねじれは呆けているデンジに顔を近づけた。それによりデンジの頬が紅潮するが、それには気にも留めずに口を開いた。

 

 

 

「ねえねえデンジくん!ヒーロー、興味ない!?私、あなたのヒーローの姿、見てみたい!」

「ありまァす!」

 

 

 

 

雄英高校の保健室に、欲望に塗れた声が響いたのであった。




「祝え!読者の皆様にクソ雑魚イングリッシュを晒した愚か者の誕生である!」
「なんか…いける気がする!」
「(いけ)ないです。」


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デンジ、就職。

前回の感想皆さんパワーちゃんへの対応ひどくて笑う。


「…校長、その話は本当なのですか?」

 

世に蔓延る悪──『(ヴィラン)』への対抗戦力であるプロヒーローを育成する学校、雄英高校。その校長室にて、神妙な雰囲気を醸し出しながら会話をする二つの影があった。

一人は、今や知らない者は居ない『No. 1ヒーロー』のオールマイト。

そしてもう一匹は異例の『個性ある動物』───雄英高校の校長、根津。

ヒーローというこの時代に極めて関わりを持つこの一人と一匹は、今ある少年について話していた。

 

「ああ、僕が今思いつく最善の一手はコレしか無いんだ」

「しかし…、大丈夫なのでしょうか。…彼をここの職員にするというのは」

 

そう。オールマイトが根津から聞かされたものは、つい先日保護をした少年──。デンジを雄英高校の職員として雇う、というものだった。しかし、オールマイトはその提案に難色を示す。

 

「…彼は生まれてこの方ひとつも勉学を学んだことは無いと言っていました。ここで働くのは無理があるのでは?それに、世間の目も良いとは言えません」

 

そう。オールマイトが懸念している点は二つある。

一つ目は、義務教育を受けていないデンジが教師として働くのは出来ない事。

二つ目は、デンジを雄英高校に就職させることでの世間の反応だ。雄英高校の教師に就職したかった者も多数おり、そこにたまたまオールマイトに拾われた少年が入るなどデンジが優遇されている事によって、自分はどうなんだと異論を唱えることで雄英高校の評価を下げてしまう。しかも、保護対象のデンジにまで悪影響が及ぶ恐れもあった。

この事から、オールマイトは否定的な態度だったのだ。

 

「オールマイト、僕は最初から彼に教師を任せようとは思っていないよ!デンジくんには、この雄英高校の『用務員』になってもらおうと思っているのさ!」

「用務員…?」

 

オールマイトの呟きに後ろ手を組みながら頷く根津。

 

「用務員であればメディアに姿を出すわけでもないし、デンジくんは今までいろいろな仕事をこなして来た!まさに彼にうってつけの仕事なのさ!…それに、多少のバッシングは慣れてるからね!特に『校長がネズミで大丈夫なのか』とかね!僕は君たちより偉いのにね!」

 

HAHAHAHAHA!と鬼気迫る雰囲気で大笑いをする根津。それを見たオールマイトは内心冷や汗をかいていた。

 

(気にしてたんだ…)

 

そして一通り笑ったあと、根津は真剣な表情をする。

 

「…デンジくんは良くも悪くも素直な人間だ。彼が黒になるか白になるか、それは僕たちにかかってるんだからね」

「…ええ、わかっています。彼の『個性』は…正直言って凶悪すぎる。万が一の『間違い』が起こらないように私たちがしっかりしないと」

 

そう言ってオールマイトは机の上に置かれた紙を見る。それはデンジに自身の個性を聞いた時に記録したものだった。…ちなみに、デンジは文字が書けなかったので代筆はミッドナイトがした。

 

 

 

 

『個性 チェンソー チェンソーを出せる。頭部が変化する仕組みは不明。個性使用時にチェンソーが皮膚を突き破って露出する為、激痛と共に大量の血液が噴出する。そのため、血液の補充は必須である』

 

 

 

それを見ていると、不意に校長室の扉がノックされた。根津が入室を促すと、3人の人物が入ってきた。

 

「波動です。デンジくんをお連れしました」

「ありがとうね!波動くん!パワーくん!」

「おうおう!ありがたくひれ伏せネズミよ!」

 

ねじれがパワーのツノを握って頭を激しく揺らすのを横目にしながらオールマイトはデンジにソファに座るのを促した。

言われた通りに座るデンジ。しかし、座った途端そのソファの柔らかさに笑顔になった。

 

「なんだコリャ!?ふわっふわだ!」

「喜んでもらえて何よりさ!お菓子もあるよ!」

 

根津がそう言って、菓子の入った籠を押しながら持っていく。またそれに目を輝かせるデンジは袋に閉じられたキャンディーをそのまま食べた。

 

「ああ、デンジくん。それはね、袋を開けて食べるんだよ」

「えッ、…本当だ!甘え!」

 

オールマイトの指摘を受けたデンジは、一旦口の中にあるキャンディーを取り出して、袋を開けて食べる。その甘さに顔が自然に笑顔になるデンジ。

 

「あんがとな!ネズミ!」

「僕の名前は根津さ!…まあそれはさて置いて。デンジくん、提案があるんだよね!」

 

その言葉を聞いたオールマイトは心の中で少し焦りが出ていた。断られたらどうするのか。素直な少年とはいえ、自分の危機を救ってくれなかったヒーローの手伝いなどするのだろうか。そう思うオールマイトをよそに根津はその小さな口を開いた。

 

 

 

 

「デンジくん!…ここで働いてみる気は無いかい?」

「お〜、いいぜ」

 

 

 

 

その即答ぶりに自分の耳を疑うオールマイト。しかし、根津は笑みを浮かべて、両腕を広げた。

 

「決まりだね!今日から君はここの職員となる!よろしく、デンジくん!僕のことは校長と呼んでね!」

「ち…ちょっと待って!?デンジ君、本当に大丈夫なのかい!?分かって言ってる!?」

 

後ろでパチパチと拍手をしているねじれ。そしてオールマイトは余りにもの即決ぶりにデンジに詰め寄った。

 

「だってココで働くっつーことはあの胸もいんだろ?チャンスだチャンス!…それによ〜、()()()()()()()もこれで果たせんだ、願ったり叶ったりだぜ!」

 

その理由にオールマイトも何も言えなくなる。それを見た根津はオールマイトを諭す。

 

「まあ何であろうと彼が決めたことなんだ。僕たちがとやかく言う事じゃ無いんじゃないのかい?」

 

その言葉にオールマイトはため息を吐く。そして、立ち上がり、デンジに向けてこう言った。

 

 

 

「私はNo.1ヒーローのオールマイト。今年から雄英に配属される事になったから君とは同期ってことになるね、これからよろしく!」

 

 

 

そのワイルドな笑みのまま手を差し出す。その手をじっと見つめていたデンジだったが、しっかりと握手に応じた。

 

 

「ああ!よろしくな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────あるバーにて、一人の男が悪意を撒き散らしていた。

 

「ああクソクソクソ!!いつ思い出しても腹立つなあ…腹立つなぁ!!」

 

 

 

 

 

────ある路地裏にて、一人の男が自分の信念を全うしていた。

 

「俺を殺っていいのはぁ、オールマイトだけだ……!」

 

 

 

 

 

 

ある街角では、一人の少女が頬を赤らめていた。

 

「どこに行っちゃったんだろ、デンジ君…早く会いたいなァ♡何しようか、何しようか!…とりあえず、わたしから勝手に離れて行っちゃった事、反省させないと。……はぁあぁ〜、早くチウチウしたいです♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

一見バラバラなこの三人。しかしその背後には共通して────『人間の死体』が転がっていたのだった。




あれ…デンジ君?チェンソー出してる?(すっとぼけ)


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最高[最悪]の再会

お久しぶりです。


校長室での対談が終わり、オールマイトを含めた一行は廊下を歩いていた。するとオールマイトがデンジに語りかける。

 

「これからデンジ少年には、私と一緒にA組に来てもらうよ」

「あ〜?何でだよ?」

 

その言葉に不満の表情を浮かべながらオールマイトに問うデンジ。それを見たオールマイトは苦笑する。

 

「そんな顔をするもんじゃあないよ。そのクラスは、この前敵たちが襲来した時に居たクラスだ。…一応デンジ君もあの子等からすれば『敵』として認識されてしまっているかもしれないからね。その為の顔合わせってやつさ!」

 

その言葉を聞いたデンジはふと、脳裏に疑問が過ぎる。

 

(ん〜?な〜んか忘れてるような…。なんだったっけ……)

 

その場に立ち止まって唸るデンジ。そのわずかな引っ掛かりを思い出そうとする。しかし、やはりしっかりと思い出す事は出来ない。

 

「デンジくん!どうしたの、急に立ち止まったりして!不思議だね!」

 

ねじれに呼ばれた事により、意識は完全にそちらに行く。そして、()()を見てしまった。

 

 

 

「おーい!」

 

 

 

手をこちらに振るねじれ。すると必然的に体は揺れる事となる。…ところで、唐突な話なのだが、波動ねじれは結構『ある』。その幼い顔つきからは考えられない凶悪なプロポーション。男であれば必ず目に映るその双丘を見たデンジは、脳裏にある場面が映し出される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私の胸でこの場が切り抜けられると言うのであれば──!』

 

 

『私たちを、助けて──!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あああッ!!」

 

 

急に叫び出したデンジに驚きの表情を浮かべる三人。しかし、今のデンジにはそんなもの目に止まらない。彼の脳内は、もうすでにある少女へとシフトチェンジしていた。

 

「な、なんじゃあ、あいつ…とうとう頭をやってしまったか?」

「デンジ少年…、くっ!やはり皆と会わせようとするのは早かったか…?」

「デンジくん不思議ー!」

 

 

 

刻々と、再会の時は近づいているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しみだな!『雄英体育祭』!」

 

赤いツンツンヘアーの持ち主、切島の言葉に緑谷や他の生徒も頷く。

雄英体育祭。それはつい先程、担任である相澤から知らされたものである。年に一度、己の個性を駆使して生徒らが競い合うイベントだ。しかし、ただ競うだけではなく────、

 

「プロヒーローも観にくるんだもんね!気が抜けないな〜」

 

そう、この雄英体育祭。年々開催されているのだが、主に活躍するのはヒーロー科である。自身のヒーロー事務所に所属させるのに十分な『個性』を所持している生徒をチェックするため、現役のプロヒーロー達もスカウト目的として観戦に来るのだ。

一方、生徒側にもメリットがある。生徒からすればこの雄英体育祭は、プロヒーローに『自己PR』ができる場だ。この体育祭でアピールをする事により、それがプロヒーローの目に留まると、自身をスカウトして貰える可能性が生まれてくるというわけだ。

 

(僕は『個性』を使う授業の成績はあまり良くない…この体育祭で、結果を残さないと…!)

 

緑谷が強く拳を握る。その個性───『ワン・フォー・オール』は、極めて強力なものだ。しかし、緑谷の体がその力についていけず、自身の身を傷つける諸刃の剣となっている。そのため、普段の授業では個性を使うことができなかった。故に、緑谷は密かに心の内で闘志を燃やしていた。

 

 

 

 

 

「ところでよー、どうなってんのかなぁ、あのノコギリ敵!」

 

その場に陽気な声が新しい話題を出す。その声は金髪の少年、上鳴電気のものであった。その話題に大きく動揺した二人の女子生徒をよそに、彼はまた口を開く。

 

「けっこーいい奴だったんじゃね?あのバケモンから俺ら守ってくれたしよ!」

「上鳴君!そんな楽観視してはならない!あの敵が絶対に俺たちの味方とは限らないんだぞ!」

 

上鳴のその発言に、A組の委員長である飯田がそれを非難する。元々彼は生真面目な性格だ。故に、今の上鳴の敵を擁護するような発言は彼のヒーローとしての責任に反したのだった。

 

「確かにねー、救ってくれたのは確かだけど…ちょい怖かったかも」

 

「うんうん!なんか…こう、がおーって感じだった!」

 

頭にツノが生えた少女、芦戸が頬をかきながら苦笑する。そしてその意見に同意したのか、透明人間の葉隠も身振り手振りで伝えようとしていた。

 

 

「…チッ!」

 

 

机に足を投げ出して舌打ちをした目つきの悪い三白眼の少年、爆豪はその会話を聞き、気を荒立たせていた。それを見た切島は彼に近づいて行く。

 

「おいどうしたんだよ爆豪、そんな逆三角形みてーな目して」

「ああ"!?うっせーなこれが地じゃボケ!」

「おお…悪い」

 

自身の個性に負けぬ勢いで噛みつく爆豪に、切島はタジタジになる。しばらくして、爆豪が口を開いた。

 

 

 

「…関係ねえだろうが」

「え?」

 

「あのデンノコ野郎が俺たちを守ろうが守らんとか、()()()()()()。俺たちは『ヒーロー』で、アイツは『敵』だ」

 

「………」

 

その言葉に今まで賑やかであった教室が、静まり返った。その視線は、全て爆豪に寄せられている。

 

 

「それは絶対に覆ることはねー。アイツは俺にぶっ殺されて当然の立場だ。どんだけいい事をしたとしても、『敵』は『敵』っつってんだろが。騒いでんじゃねーよ」

 

 

その言葉に一同が静かになる。クラスが静かになったのを確認して満足したのか、爆豪は鼻を鳴らしてまた机に足を乗せた。教室に気まずい空気が流れたその時、一つの声がその場に響いた。

 

 

「分かったわ、爆豪ちゃん。アナタ、あの敵に助けられたからイライラしてるのね?」

「ッハァ!?何で俺があのクソノコギリ野郎に助けられたことになってんだクソが!!」

 

 

今にも爆発しそうな勢いで爆豪に詰め寄られるカエル顔の少女、哇吹梅雨は口に指を当て、爆豪をじっと見つめていた。その反応を見たクラスメイトはここぞとばかりに煽りに行く。

 

 

「あっれ〜?もしかして図星なの?助けられた爆豪クン」

「うっせぇぞ図星じゃねえ助けられてねぇ!!」

「ケロ、ごめんなさい爆豪ちゃん。私、思ったことをすぐに口に出してしまうの」

「謝んじゃねぇぶっ殺すぞカエル女!」

「敵に突っ込んで行った時も先生に怒られてたもんねー!」

「ぐ……ッ!…ッ!ッ!ッッ!!」

「まってそれは俺にもダメージ入る」

 

 

ぐうの音も言えなくなり、人がしてはならない顔になって自分を押さえている爆豪。その横で予想外の方向から攻撃を受け、うずくまる切島。いつもの空気になり、どこか皆が安堵したその時、甲高い声が場を制した。

 

 

「いや、爆豪は正しいぜ。ヤツは許されざる行為を犯した」

 

 

その言葉の方向に全員が振り向く。そこにいたのは髪がブドウの様になっており、人より小柄体格をしている少年の峰田実だった。

 

「峰田…許されざる行為ってなんだよ」

 

その彼のいつもとは違う雰囲気に動揺しながらもしょうゆ顔の瀬呂範太が問う。他の生徒たちも固唾を飲みこみ、次の一言を待つ。

 

 

 

「それは…」

 

『それは…!?』

 

 

 

 

「俺に断りを入れずヤオヨロッパイを揉みしだこうとしたことだーーッ!!」

 

「死ね!!」

 

 

峰田の右目に耳郎のイヤホンコードが突き刺さる。悲鳴を上げながら悶え苦しむ峰田を冷たい眼差しで見下ろす女性陣。男子はいつものことかとため息を吐いた。しかし、あまりにも酷い惨状に緑谷が駆け寄っていく。

 

 

「大丈夫!?峰田君…」

「あー緑谷。大丈夫だよそんなゴミの心配しないで」

「辛辣!耳郎さんどうしたの!?いつもより当たりきついよ!?」

 

 

容赦の無い粛清にあの爆豪さえも「お…おう…」となっている状態である。八百万は顔を赤くして、自分の胸を隠す様な動作をしていた。それを倒れたまま見た峰田は即座に立ち上がり、耳郎に指を差す。

 

「耳郎!ヤオヨロッパイにお前は嫉妬しているんだろう!オイラには分かるぞ。あのおっぱい魔人がお前のそのギリギリ胸を触った時になんて言ったかオイラはよーく覚えてる!」

「は、はぁ!?」

 

 

その言葉に耳郎は頬を赤らませ、動揺を見せた。その峰田の言葉を受け、上鳴はその場面を思い返す。

 

 

「えーっと、確か…壁ェェェェェアァアアッ!!」

 

 

また一人、粛清の対象となった。その姿を見た瀬呂は上鳴に呆れの表情を見せる。

 

「なんで目に見えるくらいの特大級の地雷を思いっきり踏むんだよ」

 

 

 

 

 

 

「はーい!みんな席に────何この状況!?」

 

自分が受け持つ授業のため、A組に来たオールマイトが来るまでこの混沌は収集つかなかったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は勉強はお休みさ!みんなにお知らせがあるよ!」

 

先程とは一変して、皆姿勢を正して席に座ってオールマイトの話に耳を傾けていた。その空気にオールマイトは苦笑いをする。

 

(やはり、いつまで経ってもこの空気は慣れないな…)

 

No.1ヒーローとはいえ、オールマイトは今年から配属された新米教師だ。今まで人を救って来たことは何度もあるが、人を教え導くといったことは初の試みである。故に、今はまだカンペなどに頼っている状態だった。

 

 

「君たちのヒーローとしての生活を支えてくれる新しい用務員さんが来てくれたんだ!」

 

 

その言葉にクラス中ではさまざまな反応が起きていた。

 

(誰なんだろう…やっぱり雄英高校だからプロヒーローが来るのかな?ここに敵たちが襲って来た今、強力な個性を扱う人が来るのかも知れない例えば今急激に人気が上がって来ているシンリンカムイとか、他にもMt.レディとかギャングオルカとかいるけど誰なんだろういやそもそもヒーローではないのか?雄英高校が直接スカウトした強い個性の持ち主が────)

 

 

「あーあ、また始まったよ緑谷のアレ」

「周りに『ブツブツ』の文字が漂ってますわ…」

 

 

 

 

「綺麗なお姉さんがいいな〜!おっぱい大きめの」

「確かに」

「愚問だな」

 

 

 

「HAHAHAHAHAHA!焦らずともすぐに会えるさ!おーい!入っておいでデンジ少年!」

 

その言葉にA組の教室の扉が開かれる。クラス内の好奇、期待などといった視線がそこに集まった。そして、入って来たのは───。

 

 

 

「……!やっぱり居た!胸だァ!!」

 

 

 

入って来て早々騒ぎ始めたその少年は、金髪の髪を揺らしていた。細身ではあるが、全体的にはヒョロくなく、どちらかと言えばしなやかな筋肉と言ったバランスの取れた体格をしている。そしてある生徒を見てそのギラついた目を輝かせ、興奮している様子だった。

その容姿にA組の面々は戸惑い、そして徐々に驚きと恐怖の表情を見せる。それは、まるでここに居るはずの無い、さっきまで自分たちの話していた話題である犯罪者が突然現れたような絶望感であった。

 

「お…」

「お?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっぱい魔人だーーーーーーッ!!!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

雄英高校ヒーロー科一年A組の教室に、高らかな少年の悲鳴が響いたのであった。

 



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まずはここから

「───と、言うわけで。今日からみんなの学校での生活をサポートしてくれるデンジ少年だ。仲良くしてあげてね!」

 

そのオールマイトの明るい声が虚しくA組に響いて消える。今の彼らは間違いなく目の前にいるデンジに敵意を向けていた。しかし、敵意を向けられている当の本人は気に留めている様子はない。それどころか、呑気にあくびまでしている始末だった。

すると、静寂を保っていた教室に震えた声が響いた。

 

「オールマイト先生…これはどういった事か…!詳しく説明を求めます!」

 

そのピシッと右手を上げ、発言した飯田は目の前にいるデンジを睨みつける。しかし、その指先は微かに震えていた。その態度にオールマイトは少し哀しみの表情を見せるが、すぐに笑顔になって説明をしようとする。

 

「飯田少年!詳しく、とはどういう───」

 

 

「誤魔化さないで頂きたいッ!そいつは──、その男は『敵』なんですッ!!貴方も知っているでしょうッ!?」

 

 

 

しかし、それは彼の怯えが入った叫びにかき消された。そして彼だけでは無く、他の生徒の顔にも恐怖の表情が浮かび上がっている。一部の生徒は表情に出してはいないが、よく見ると拳を握っており、いつでも攻撃できるようにデンジを睨みつけていた。

それを見たオールマイトは冷や汗を垂らす。

 

 

(SHIT!…マズったな…これは私のミスだ…!もうちょっと違う紹介の仕方あったろ!?)

 

 

オールマイトは職業柄このような張り詰めた空気は何度も体験した事がある。それは銀行強盗の敵だった。そいつは人質を盾に自分の退路を作るようにヒーロー達に要求していた。しかし、応援要請を受けてやって来たオールマイトを見たその敵は激しく動揺し────、その人質を、殺そうとした。

もちろんその行為は止められ、敵は逮捕された。しかし、今A組を取り巻く空気はそれに似ている所があった。何か少しでも彼らを刺激するような事をデンジがすれば──。それを思うだけで、オールマイトは寒気を覚えたのだった。

 

 

「…デンジ少年、挨拶はまた今度にしようか。保健室に戻ってくれるかい?」

「…あ〜?何で…」

「頼む」

「……分かったよ」

 

 

その真剣な表情を見たデンジは素直に教室を出ていく。教室のドアを開け、そのまま一瞬止まる。何事かと生徒が身構えたその時、()()を見てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

自分たちを、とても悲しそうな眼で見つめた少年の姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

A組の教室を追い出されたデンジはトボトボと肩を落としながら廊下を歩く。彼の脳裏には自分を見る生徒たちが映って───、

 

 

 

(胸ぇ…触れんかったなぁ……)

 

 

 

彼のお目当ての八百万の胸部に触れられなかったことを悔やんでいた。そう、デンジはほとんど八百万の胸にしか意識が行かず、自分を非難する視線など気にも止めていなかった。行動を起こした飯田にさえ、『コイツ何言ってんだ?』という感想しか出なかった。

しかし、なぜ彼は大人しくオールマイトの指示に従ったのだろうか。その理由は───。

 

 

(でもなあ〜!ねじれちゃんと約束したもんなぁ〜!)

 

 

 

波動ねじれである。彼女はデンジと三つの約束を交わしていた。

一つは、先生やプロヒーローの言う事を聞くこと。

二つ目は、『個性』を勝手に使わないこと。

三つ目は、困っている人がいたら助けてあげること。

この三つのルールをねじれはデンジに約束させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ〜〜!?そんなに守んないといけねえのかよ!」

「そんなに守らないといけないの!分かった?デンジくん」

 

校長室に向かう途中の廊下でデンジはねじれに文句を言う。しかし、それをにこやかな笑みでいなすねじれ。その表情を見たデンジは自分の顔が赤くなるのが分かった。さらにデンジのその態度に不満を持ったのか、ねじれは頬を膨らませながら近づいてくる。

 

「むうーっ!分かった!?」

 

(あ…すげえイイ匂いだ…)

 

詰め寄って来たねじれの甘いバニラのような匂いにクラクラするデンジ。先ほどまで自身の行動を制限されていた事を忘れ、今や幸福感に包まれた状態だった。

 

「分かりました…」

「うん!それでよし!」

 

その言葉を聞き、満足げに微笑むねじれ。その表情にまたデンジは目を奪われた。廊下を歩きながらその光景を思い出し、にへら、と笑うデンジ。

 

(可愛かったな〜)

 

いつまたねじれに会えるのか、心を踊らせながら保健室の扉を開けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オールマイト先生…。説明をお願いします」

 

一方、A組には不穏な空気が漂っていた。飯田がオールマイトに非難の目を向ける。オールマイトは頷き、その口を開いた。

 

 

「…彼は敵だったが、君たちに危害を加えることはなかった。しかも、君たちを守る行動をした。それにより、警察も逮捕するまでには行かず、彼の処遇を我々に任せたんだ。そして、我々は彼を雄英の職員にすることにしたんだ」

「なんでそんな事するんですか、普通に逮捕でいいだろ!?それに、ココの職員とか──!アイツが何するか分かんねえんですよ!?」

 

 

そのオールマイトの説明に食いかかる切島。その言葉に、クラスメイトも頷く。その反論を受けたオールマイトは一瞬険しい顔をして────。

 

 

 

 

 

 

「彼は、両親に捨てられた──孤児だ」

 

 

 

 

 

それを聞いた生徒たちにざわめきが走る。それを見たオールマイトは続ける。

 

 

「小さい頃──、多額の借金を作ってそのままデンジ少年に擦りつけて逃げたらしい。そこからお金を返すために敵まがいのことをしていた。しかし、彼の心にはまだ『正義』があった。理由はどうであれ、彼は君たちを救ったんだ」

 

 

そこで横目にオールマイトは八百万を見る。八百万は心当たりがあるのか顔を少し赤らめていた。

 

 

「デンジ少年は素直なんだ、良くも悪くも。導く人次第で、『善』にも『悪』にも変わる。だからヒーローたちが居るこの雄英で保護する事がベストだと私は判断したんだ。もし、彼が暴れる事があっても、No. 1ヒーローがすぐに鎮圧できるからね」

 

 

力無く笑うオールマイト。その表情は、自分の力不足による悔しさが滲み出ていた。そして、その表情は何か決意をした顔つきに変化する。

 

 

 

 

 

「君たちに頼みがある──。彼を、デンジ少年を、理解してあげてくれないか」

 

 

 

 

 

生徒たちは驚愕した。今、目の前にいる世界的に認められているNo.1ヒーローが、自分たちに頭を下げたのだから。顔を上げたオールマイトはまた話し始める。

 

 

 

 

「急に友達──などとは言わない。彼はこういう人間なんだ、と理解してあげてほしい。そして、できれば彼が困っていたら助けてあげてくれ。彼に『優しさ』を教えてあげてくれ。彼を────拒絶しないでくれ」

 

「彼はまだ何も知らない、何が正しく、何が悪いかが分かっていない。だから──君たちが彼に教えてあげてはくれないか。…頼む」

 

 

 

そう言って、再び頭を下げた。何十秒、経っただろうか。オールマイトの心に、『やはりダメか』と諦めの感情が入りこんだその時だった。

 

 

 

 

 

「──ケッ、んな事でその頭下げてんじゃねー」

 

 

 

 

荒々しい声を上げた、爆豪がオールマイトを睨む。

 

 

「舐めんじゃねーぞ、オールマイト。俺があのデンノコ野郎を怖がるわけねぇだろうが!つーかアイツが暴れたら俺が殺すわ!!」

 

 

その攻撃的な表情を見たオールマイトは呆けた表情を見せる。すると、徐々に他の声も上がっていく。

 

「まあ、アイツもそこまで悪そーな奴じゃねーし?いんじゃね?」

「上鳴少年…」

「それに、あのNo. 1ヒーローに頭下げられたら断れるもんも断れないですって!」

「うぉおぉおっ!すまねぇデンジ!俺は…ッ!くそっ!全然漢らしくねーぞ俺!」

「何か…オイラと話が合う気がするぜ…アイツとは」

 

 

 

「ケロ。この教室を出る時のあの子の表情、とても悲しげな表情だったわ。私がヒーローになろうとしたのはああいう表情を笑顔にさせることだもの、断るわけないわ」

「うん…なんか、ちょっと今の話聞いたらかわいそうになってきた。私ら、ヒーローだもんね!頑張って、デンジくんと話してみよー!」

「私も、話してみますわ。…彼とは話を付けなくてはいけませんし」

 

 

 

「俺は…なんて事を……!」

「飯田くん…。…謝ろう、デンジくんに。一生懸命」

「緑谷君…!…ああ、そうだな!誠心誠意込めて謝ろう!」

 

 

 

 

 

 

「ッ皆…!ありがとうッ!!」

 

 

 

 

そのデンジに対して、少しでも前向きに考えて行く生徒を見て、オールマイトは涙ぐみながら感謝をする。それを見た生徒たちは苦笑した。

 

 

「おいおい、『平和の象徴』の涙見れるとかレアじゃね!?ほら緑谷、いいのかよ写真とか撮らなくて!」

「ああ!本当だ!オールマイトの泣くシーンなんて初めて見たぞ…!ううっ、なんか僕まで泣きそうに…。あっ!し、写真…!スマホは…ダメだけど!あ〜!どうすればいいんだ僕は…!?」

 

 

 

「HAHAHAHA!全く…!敵わないなぁ君たちには!!」

 

 

 

 

オールマイトの心に、『希望』が見え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜!てめぇ!俺のアメ取んなよ!つーかお前授業に行ったんじゃねえのか!?」

「ふん!ワシはこの学校で一番偉いからのう!授業を出るも出ないもワシの自由なのじゃ!」

「そんなこと言って、アンタ。実技で血を出しすぎてここに来たんだろう?ほら寝た寝た!」

 

 

 

…保健室ではそんな事が起きてるとは知らず、デンジはパワーとアメ争奪戦を繰り広げていたのだった。




個人的にねじれちゃんは甘い系の匂いがしそう。すれ違いたい。


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買い出し

「ゆーえいたいいくさい?」

 

昼休み、保健室に惚けた声が響く。その惚けた声の持ち主、デンジは手に持っていたパンを口に詰め込みながら目の前に座っている二人、飯田と八百万を見つめる。その食欲に辟易しながらも飯田は頷き、説明を始めた。

 

「ああ。近々雄英体育祭が迫ってきている。その準備として、デンジ君には飾り付けと、その材料を買ってきて欲しい」

「ん〜、いいけど俺どこに何があるかとか分かんねえよ?」

「その点は心配いりませんわ。私がデンジさんと同行しますので」

「マジで!?やったあ!」

 

両手を上げてその顔を喜色に染めるデンジに八百万と飯田は顔を見合わせ、苦笑する。

所で、何故彼らはデンジと恐れることもなく話す事ができているのか。オールマイトがデンジを説明した後日、生徒らは自分たちからデンジと接するために日替わりで放課後、保健室に通うようになった。その行動により、A組の生徒は全員デンジと普通に会話ができるようになったのだった。

 

「では、今日の放課後に正門で集合で良いですわね?」

「おお!分かったぜ!」

 

その言葉を聞いて笑顔が止めようにも溢れ出てくるデンジ。それを見た八百万は、どこか胸があったかくなる気がした。自然と笑みも出てくる。飯田もそれを微笑ましい表情で眺める。すると、授業開始十分前の予鈴が校舎内に鳴り響く。

 

「それでは、デンジ君!仕事、頑張ってくれ!」

「まじめにやるんですのよ?」

 

そう言って保健室を出て行く二人にはーい、と言いながら手を振って見送る。すると突然、デンジはソファーの上で身悶えし始めた。

 

(ヤオヨロと買い物…!こ…これってデート…だよな……!)

 

顔を赤くして八百万との買い出しの場面を想像する。すると、胸の辺りが痛くなるのを感じた。

デンジは不遇な境遇で育っており、人に優しくされる事が無かった。そのため、少しでも優しくされるとその人を好意的に見てしまう。故に、八百万の事が気になるデンジなのであった。

 

 

「ぐにゃぐにゃして変な子だねぇ…。──さっさと校舎綺麗にしてきな!」

「いてェ!」

 

 

それを見たリカバリーガールに保健室から叩き出されるデンジ。その際に打った腰を抑えながら、しかし笑みを浮かべて校舎の掃除に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ!デンジ!遅かったな、お前が最後だぜ!」

 

 

「なぁ〜〜んでお前らが居んだよ〜〜〜!?」

 

 

意気揚々と正門にたどり着いたデンジを迎えたのは、切島、上鳴、緑谷、飯田、常闇、砂糖、八百万、耳郎、麗日、芦戸の十人であった。

それを見たデンジは顔をしかめて八百万に説明を求める。

 

「ヤオヨロだけじゃなかったの?」

「私『だけ』とは一言も言っておりませんわ」

「えぇ〜〜〜!?」

 

その得意げな表情に何も言えなくなるデンジ。それを見た切島は何故デンジが落ち込んでいるのか分からなかった。

 

「なあ、なんでアイツ落ち込んでんだ?」

「あー…。たぶん八百万さんと二人きりで一緒に行くって思ってたんじゃないのかな?」

「それだわ緑谷。デンジのやつ、見るからに俺らのこと睨んでんだもん」

 

 

上鳴がけらけらと笑う。それを聞いた芦戸はデンジの腕を抱きしめた。突然の事にデンジは目を丸くする。

 

「ま!良いじゃんか!大勢で行った方が楽だし楽しいしね!」

 

その柔らかな笑顔と腕にまとわりつく柔らかいモノにデンジは懐柔されて──。

 

 

「そうだよなぁ!そん方が楽しいからなぁ!」

 

 

腕の感触を楽しみながら先程の反応とは真逆の反応をする。それを見た面々は(ああ…いつも通りだ…)と、苦笑するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ショッピングモールについた一同は、二手に分かれて買い物をする事を提案。デンジのグループは緑谷、飯田、八百万、麗日の五人で、主に画用紙などの材料を買うのが目的である。

すぐに目的の店へ着いた一同は、飯田の指示のもとに材料を購入するのだった。

 

「あ!見て見て!ヒーローグッズがあるよ!」

「ええッ!?どこォ!?」

 

その麗日が発した声に即座に反応した緑谷。芦戸が指を指す方向には、オールマイトをはじめとした数々のヒーローのグッズが並べられていた。それに目を輝かせる緑谷。

 

「わあ〜!やっぱりカッコいいなオールマイト!No. 1ヒーローの風格がぬいぐるみからも伝わってくる…!あ!飯田くん、これ!」

「ん?…おお……!これは…!」

 

緑谷が手に取ったグッズを見た飯田は驚きの声を上げる。その手に持たれていたヒーローは、彼の兄である、ターボヒーロー『インゲニウム』であった。

 

「やっぱりすごいね、お兄さん…!憧れるなあ…!」

「…ああ!俺の自慢の兄だ、これくらい当然さ!」

 

「あ!それって飯田くんのお兄さん!?」

「グッズ化もされてるんですのね…!」

 

飯田の周りにA組の生徒らが集まって行く。それに一瞬嬉しそうな顔をした飯田だったが、すぐに表情を引き締める。

 

「君たち!俺の兄を評価してくれるのは嬉しいが、ここは公共の場!一塊になり、他のお客の迷惑になるような真似はしないように!」

 

その態度の変わり様に苦笑する一同。一区切りついた所で、八百万がこれからの行動を決めようとする。

 

「何はともあれ、これで私達の役割は終わりましたわ。あちらのグループに連絡して、どこかで合流しましょう…。────あら?」

 

しかし、その言葉は八百万自らが首を傾げた事により発する事が出来なかった。それを不審に思った緑谷は八百万に問いかけた。

 

「八百万さん?どうしたの?」

 

 

 

 

「────デンジさんが、いないのですけれど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?ココどこだ?」

 

そのデンジは絶賛迷子中であった。緑谷達がヒーローグッズに気を取られている間、デンジはショッピングモールの出入口付近でアイスクリームが売っていることを発見。そしてアイスクリームを買って、近くのベンチに座ってそれを食べ終わったというのがいまのデンジの状態であった。流石に困った顔をするデンジ。

普段の彼はこんな事は気にも留めない。しかし、その体の横には先ほど購入した画用紙などがある。これをそのまま持って帰らない訳にも行かない。だが一人では帰り道が分からない。

うんうんと唸っていたデンジだが、そこである事に気づく。

 

 

(……ん?血の匂い?)

 

 

彼の超人的な嗅覚は、日常ではあまり嗅ぐことのない匂いを察知した。ベンチから腰を上げ、その匂いがしている方向に向かって歩いて行く。徐々に強くなって行く血の匂いと比例し、先ほどまでいたショッピングモールの様な賑やかな所ではなく、人気のない路地裏へと場所が移動していった。

恐れる事なくデンジは更に奥へと進んで行く。───そして、デンジはその匂いの元凶に遭遇した。

 

 

 

 

「ハアア〜〜〜…」

 

 

 

 

 

『そいつ』は、全てが異常であった。包帯状の血に塗れたマスクを着けており、赤のマフラーとバンダナを薄気味悪く揺らしていた。右手には血液で赤く濡れている刃こぼれした日本刀を力無く持っている。そのだらりと出された舌はブツブツとささくれていた。しかし、最大の異常は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事であった。

 

 

「醜い…」

 

 

そいつは、ゆっくりと、しかしどこか力のある声で呟く。

 

 

「──何故このような『贋作』が世に蔓延っている?間違った世界は間違ったヒーローを生み出す。───そうは思わないか?小僧」

 

 

そして振り返って、その質問をデンジに投げかけた。

 

 

「おまえは何故ここに来たのかは知らんが、逃げるならとっとと逃げろ…。おまえは『粛清対象』じゃない……」

 

そう言い、踵を返そうとする男。デンジは考えた。

 

 

 

 

(…あれ?こいつぜって〜悪い奴だよなあ〜?人お殺してんもんな〜?と、言うことはだ!こいつを捕まえたら、──ねじれちゃんに褒めてもらえる!)

 

 

 

 

その180度曲がった思考をおかしいとも思わずにデンジは男に向かって言葉を放つ。

 

 

「…おい待てよ、一応俺あヒーローだぜ?そうやすやすと見過ごす訳ねえだろ〜が!」

「…?お前、ヒーローなのか…?…ハア〜〜、ならば話は早いな」

「あ〜?」

 

 

男はデンジに向かって再度声を掛ける。それはまるでデンジを試しているかの様だった。

 

 

 

 

「おまえは、()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

その言葉に首を傾げたデンジは、先程の考えをそのまま目の前の男にぶつける。

 

 

「お前を捕まえたらさあ〜、俺の好きな人が褒めてくれんの!だから───!」

 

その言葉を最後まで発することは出来なかった。──何故なら、デンジが勢いよくしゃがんで声が発せなかったからだった。男は、デンジの頭部目掛けて投げたサバイバルナイフを横目で見ながら、日本刀を構える。 

 

 

「──そんな『下らない』事の為にヒーローになったのか…!」

 

 

 

男から底知れぬ重圧感がその場の空気を支配する。しかし、デンジはそんなものには少しも気にしてはいなかった。むしろ自分の考えを『下らない』扱いされて少しムッと来ていた。故に、デンジは自分の胸に生えているワイヤーを思い切り引っ張って────!

 

 

 

 

 

 

「充分だろ〜がよ〜!!」

 

 

 

 

「ああ…!充分『粛清対象』だ………!!」

 

 

 

 

 

 

 

名も無き路地裏で、チェンソーの異形と、『ヒーロー殺し』が、己の信念の為──ぶつかり合った。

 




デンジ君とA組の皆さんの面談はいつか書きます。


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チェンソーVSヒーロー殺し 

今回少々センシティブな表現があると思います。今更か。


「うりゃあ!!」

 

チェンソーの凶悪なモーター音が路地裏に響く。その両腕から繰り出されるチェンソーの刃は、周りの建物やパイプを切り刻みながら『ヒーロー殺し』に襲いかかる。

その猛攻を軽くいなすヒーロー殺しは、何も手を出さない。どこか、デンジを試すかのような眼でじっと観察している。

 

 

「うらうらうらうらァ!!」

 

 

それを見たデンジはチャンスだとばかりに、次々とチェンソーのラッシュを放つ。しかし、それは全てかわされてしまう。それどころか、ヒーロー殺しはデンジの腹部に強烈な蹴りを叩き込む。デンジが吹き飛ばされ、その場に静寂が流れる。

 

 

「……ハア〜〜、何だお前は…。まるでなってない」

「あン?」

 

 

突如ヒーロー殺しが放った言葉に首を傾げるデンジ。それをふん、と鼻を鳴らし、ヒーロー殺しは続ける。

 

「なってないと言ったんだ…。ハア〜…、…お前の今の行動、アレの間に八回は殺せたんだぞ」

「ヘッ!八回殺せるだあ〜〜?そんなら俺は八回生き返って九回目にてめぇをぶっ殺してやんぜ〜〜!!」

「──ハァ…。話にならないな…──贋作が」

 

 

その幼稚な態度にため息を吐いたヒーロー殺しは、デンジの血液が付着した路地裏の壁に寄って行き──、

 

 

 

「──レァロ」

 

 

 

その長い舌で血液を舐めとった。その行動を見たデンジはあまりの不快感に鳥肌が立つ。

 

「──うげ〜!何してやがんだお前!?キモッ!お前キモ!────あ?」

 

その感情をチェンソーを振ることで追い払おうとするデンジだったが、突如その動作が止まる。それどころか、体が思うように動かなくなり、ついには無防備な状態で地に伏してしまった。

 

 

「お、おお!?…何だコリャ!体ぁ動かねえ!?」

 

 

どれだけ力を込めようとしても指先がピクリとも動きはしない。何故体が動かないのか。それを考えようとするデンジだったが、それは出来なかった。何故なら────。

 

 

 

 

 

 

 

「終わりだ」

 

 

 

 

 

 

 

眼前に佇むヒーロー殺しが、既にその手に構えていた錆びついた日本刀で異形と化したデンジの首を切り落とそうとしていたからだった。

それを横目で見るデンジは必死に体を動かそうとする──、しかし、その刀はゆっくりとデンジの首元に吸い込まれて行き───。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ギッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デンジの首が宙を舞い、ごろん、と路地裏の隅に転がっていく。その断面からは夥しい量の血液が噴水のように吹き出した。

それを冷たい目で見下したヒーロー殺しは何も言わずに背を向けて路地裏の闇に消えていった。

 

──後に残されたのは、所々を切り刻まれた死体、そしてその傍らに転がる、チェンソーの様な生首と、いまだに血液が湧き出る首がない死体だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──あれ?あれあれあれアレアレアレアレアレアレアレアレ、アレぇ!!?もしかして、────デンジ君?」

 

 

 

──数十分後、その凄惨な光景に合わない様な、喜色に満ち溢れた少女の声が路地裏に響く。その声の持ち主は死体を一瞥すると、スキップしながら首の無い死体に抱きつく。その顔は、どこか──人間として大事なものがトんだ表情をしていた。

 

 

「こんな所で会うなんて、ねぇ!これってもう、運命なのかもしれないねぇ!?」

 

 

死体は答えない。それもそうだろう。首がないので発声器官が無くなっている。それ以前に、死んでいる者はもう喋らないのだから。

しかし少女はそれに構わず胸元に顔を埋める。それと同時に少女は幸福感で体が包まれていく感覚を味わった。

 

 

「──やっぱり、良いなぁ…!最近、補充してなかったからイライラしちゃってどんどんどんどん人を殺して我慢するようになっちゃったけどこの感覚がいちばんだよねぇ…♡」

 

 

その瞳孔が開いた眼で死体の首筋に鼻を当てたまま深呼吸をする。そして、死体の足に体をすりすりと擦り付ける。それは、どんどん速度が上がって行き──。

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ──ハッハッハッハッハッハッハッ!────ッ!ッ!」

 

 

少女の体が脈打つ。そのままぐったりと力無く体を預ける。しばしその状態でいたが、突然──むくり、と起き上がり、不満気な表情を見せた。

 

 

「うーん。やっぱりデンジ君が生きてる方がいいです。今のデンジ君は暖かくなくてイヤですね」

 

 

そう言って、少女はデンジのワイシャツのボタンを外し、その胸元をあらわにする。その目線の先は、鳩尾あたりにあるワイヤーに注目しており───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なのでデンジ君、おはようです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

路地裏に、ヴヴン、とエンジンを噴かす音が響くのであった。

 




イ、一体ダレナンダー


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病んでる女

ここはどこなのだろう。誰もどこにもいない、何もかもない、見渡す限り真っ暗な不思議な空間に、デンジはひとり、ぼーっと寝っ転がっていた。

仰向けの状態から首を動かしてみても、人の気配は一つも無く、そこにあるのは空虚な闇のみ。しかし、何故か孤独による寂しさなどは感じられない。デンジは自分が何故ここにいるのか考える。

 

 

(俺ぁ確か…、──そうだ、あの変態ヤローに殺されて…つーかここどこだ…?)

 

 

あのヒーロー殺しの顔を思い出して顔をしかめるデンジ。しかし、その顔は、突如頭に感じるふわふわとした感触によって和らいでいった。

 

(…何だ…コレ…。すげー、気持ちいい……)

 

まるで誰かに頭を撫でられているようなその感触に、デンジはうっとりとした。人生で今のように優しく撫でられる事はなかったので、笑顔のまま受け入れるデンジ。しかし、すぐにはっ、と気を取り戻す。

 

(そーだ…ヤオヨロ達と一緒に来てんだった…)

 

このショッピングモールに同行していた雄英の生徒たちを思い出し、穏やかであった心の中に焦りが混じる。どこで道草を食っていたのかと尋ねられると困る。何故なら目の前で凶悪ヴィランを見逃してしまったのだから。そうすると好きな彼女からは失望されてしまうだろう。

故に、デンジは速やかに帰らなければならない。だが───。

 

 

(あ〜…、なんかどうでも良くなってきたぜ……)

 

 

ふわふわと頭を撫で続けられているデンジは、次第にここにいる事を望むようになっていた。

ここでは自分に仕事をさせる奴らは居ない。『血をくれ』などというイカれた女も居ない。自分に痛みを与える奴も、ましてや自分を殺すような輩も居ない。それでいいじゃないか。それに、もし八百万やねじれに役に立たない事がバレたら、女も居ない、飯もマズい、糞みたいな所に閉じ込められて、一生つまらない人生を送るハメになるかも知れない。それならここで一生気持ち良くなった方が良いだろう。

──その甘い感情がデンジの脳内を埋め尽くしていく。デンジはそう決め、自分の頭を優しく撫で回している感触に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、がしっ、と顔の左右を掴まれ、首から上が固定された。

 

 

(──お?)

 

 

今まで優しげな手つきだったのが、急に荒々しくなった事によりデンジは混乱する。

抗議するように体を動かすが、何故か首から上は一向に動かす事を許してくれない。しばらくすると、顔に何やら生暖かい空気が当たる。そして────、

 

 

 

 

──にゅるん。

 

 

 

 

デンジの口内に、ぬるぬるとした温かいものが侵入した。

 

 

「ンゴォ!?」

 

 

その突然の出来事に、デンジはパニックになり、体を暴れさせる。しかし、その抵抗も虚しく、その侵入した『もの』はゆっくりと、それでいて確実にデンジの口内を蹂躙していった。

頭の中にぴちゃぴちゃと水音が響く中、デンジはこの感触が何なのかもがきながら考える。

 

 

 

(な…なんだコレ…?何されてんだか全くわかんねえ…けど!や、柔らかい!柔らかい!こ…これって…!)

 

 

自分の全ての歯を()()()()()()()()()デンジは結論を出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ベロだ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その結論に至った瞬間、真っ暗であった周りは明るくなり、デンジの意識は現実へと戻って行く。

そして、デンジはゆっくり目を開けた。すると、そこにいたのは────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──んっふ、…あれ?起きましたか…。──まあ良いです、これからいっぱいできますしね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に目に映ったのは恍惚とした目だった。腫れぼったい目には、どこか狂気的な危ない印象を受ける。お団子を二つ作った髪型は、一見乱雑に見えて綺麗に整えられている。口から少し見える犬歯は鋭く尖っており、何故か唇は濡れていた。

白いセーターはデンジの血で赤く染まっているが、そんなことは気にも留めない様子だった。

少女はデンジに向かって満面の笑みを向ける。

 

 

「お久しぶりです、デンジ君!さ、帰りましょう!」

「オ…ああ?──お前、と、トガ!?」

 

 

デンジは目の前に居る少女──トガヒミコを驚きの表情で見つめる。それを受けたトガは嬉しそうに瞳孔を開いてデンジに詰め寄った。

 

「うんうん!トガだよ!あなたの奥さんのトガヒミコです!デンジ君急に居なくなっちゃうからビックリしちゃった!でもねでもね、見てこれ!デンジ君の血!これの匂いを辿って探したんだよ!大変だったなぁ…。あ、探すのは全然大変じゃなかったんだけどね?この匂いを嗅いでたら…なんかどんどん興奮してきちゃったの…。だから他の人に興奮を覚まさせてもらったんだぁ…。エヘヘ、なんか恥ずかしいですね…。こんな身体にしたんです…責任、取ってくれますよね?取るって約束したもんね?ぜぇったい、逃がさないからね?──あ、そうでした、話戻すけど何で逃げたんですか?私の愛を試すため?でもそれだったら何かヒントとか残すと思うんですけど、なんにもなかったから、さ────。そんなに、わたしからにげたかったの?」

 

 

 

ドロドロに濁った昏い眼でデンジを見つめるトガに、デンジはタジタジになりながらも説明する。

 

 

「あー…、いや、あのさあ…ちょっと今忙しいんだよ。だからー、あーっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おんな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、周囲の空気が変わった。朗らかな雰囲気であったその場は瞬く間に重圧に覆われる。その体が押しつぶされそうな重圧を放っているのは、目の前にいる少女であった。

 

「女なの?私言ったよね、浮気はダメだって。デンジ君は私のモノなんだって。それにさあ…私に言えばその人になってあげられるんだよ?それで良いじゃないですか、私がいれば良いんですよ。なのに…なのになのになのになのになのになのになのに」

 

「う、うおおお…!」

 

 

その狂気を正面からぶつけられたデンジは反射的に胸のワイヤーに指をかける。それを見たトガはにんまりと笑った。

 

「──チェンソーになるつもりなの?やめといたほうが良いと思うけどなぁ…」

「お前が俺ん事殺そうとするからだろうが!血ぃばっか吸いやがってよ〜〜!」

 

 

そう言い放ち、デンジは胸のワイヤーを引っ張る。ヴヴン、と言う音と共に、デンジの姿は異形の姿に─────、

 

 

 

 

「…アア?」

 

 

 

 

 

なれなかった。普段より短めのチェンソーの刃が頭から出ただけで、姿は何も変わることは無かった。その事に動揺するデンジ。それに構わずにトガは軽い足取りでデンジに近寄っていく。

 

 

「不思議だねぇ、不思議だねぇ?『なんでチェンソーになれないんだ』って思ってるでしょ?──それはね、さっき倒れてた時にデンジ君が抵抗できないように───血をいっぱい出させたの」

 

 

説明をしながらも血に塗れたナイフを手に持ち、ゆったりと接近するトガにデンジは舌打ちをする。

 

(おいおい、これヤバくねーか…血が足りてないせいで、目がチカチカすんぞ…!血、血…!)

 

焦りながらも周りを見渡すデンジ。その視界は一つのものに留まる。それは、『ヒーロー殺し』に殺されたヒーローの死体であった。

 

(あ…あいつの血ぃ…飲みゃチェンソーになれる…!)

 

ヒーローの血を貰うことに決めたデンジは、全速力で死体に駆け寄ろうとする。しかし、デンジは一つ失敗を犯していた。それは、考えることに夢中になり、トガの動きを全く見ていない事だった。

トガは手に持っていたナイフで──まるで、友人に挨拶をするかのような自然な動きで────デンジの脇腹にナイフを突き刺した。

 

 

「ギャアッ!」

 

 

悲鳴を上げるデンジにトガは恍惚とした表情を浮かべる。

 

 

「…ああ!イイ!イイよデンジ君!そのまま私だけを見て感じて聞いて味わって匂って私だけのデンジ君でいてよ!その方が絶対────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────何、を、してるんですの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

路地裏に、一人の声が響く。その声は、デンジがよく知っている声であり───そして、今ここに居てはいけない人物の物だった。

 

 

 

 

 

「────ヤ、ヤオヨロ!?」

 

 

 

 

刺されながらも驚愕するデンジ。しかし、それもすぐに焦燥に変わる。

 

 

「オイ逃げろ!死にてぇのか!」

「…デンジ君、私だけを見てって言ってますよね?」

「イっギャアアア!!」

 

 

ズズズ、とナイフを動かすトガ。それを見た八百万は目の色を変える。

 

「やめなさい!それ以上の事は許しませんわ!」

「ん〜?…アハッ、『許しません』って言ってますけど…足、震えてますよ?」

「──ッ!」

 

己が怯えている事を指摘され、動揺を隠せない八百万。それを一瞥したトガはデンジの方に顔を向け、八百万に声を掛ける。

 

 

「──まあ、いつもなら見られたら殺すんですけど…、今日はすごくキモチいい日なので許してあげます。はやくどっか行ってください」

 

 

「──断りますわ」

 

 

 

その言葉をばっさり切った八百万は、目の前で自分を睨みつけている血塗れの少女を睨みつける。

 

「私が憧れたヒーローは──ヴィランに尻尾を巻いて逃げ帰る物では無いので」

「…へぇ、ヒーロー志望の方ですか。大層な事言ってますけど、アナタ一人でどうにかできるとでも?私、強いですよ」

 

そう八百万にデンジの体から抜いたナイフを向けるトガ。しかし、その殺意を向けられた八百万は怯えの表情をしておらず、不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

「いつ『私一人だけ』──と言ったでしょうか?」

 

 

 

 

 

その言葉と同時に路地裏にヒーローが数人現れる。それを見たトガは目を見開く。

 

「君の友達から通報を受けたんだが…これはひどいな」

「後は我々に任せておけ、よく頑張ったな」

「人質を取っているぞ、気を付けろ!」

 

 

(ヒーローがここに来るために、時間を稼ぐため私とわざと対話をした──?足が震えるほど怖いのに──?)

 

 

するとトガは、ため息を吐く。そして、横にいたデンジをヒーローの方へ投げ渡した。

 

 

「ァあ」

「──デンジさんッ!」

 

 

それを抱きとめる八百万。死にそうになっている筈のデンジは、どこか幸せな表情をしていた。

それを見たトガは一瞬顔をしかめたが、すぐにいつもの微笑を作る。

 

 

「──デンジ君は預けときます。運びながら逃げられないですからね。預けるだけ…ですよ、預けるだけ」

 

 

そう言ったトガは猿のような素早い動きで闇の中へと消えていった。それを急いで追うヒーロー達。その光景を見て、初めて窮地を脱した感覚が八百万に追いついた。

力が抜け、デンジと一緒に倒れ込む八百万。ふと、デンジの顔を見ると、先ほどまでの苦悶に満ちた表情では無く、幸せに包まれた表情をして寝息を立てていた。それを見た八百万は苦笑する。

 

 

「…良かった」

 

 

クラスメイトが自分らの所へ来るまで、八百万は、優しい表情でデンジの頭を撫で続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おんなじ学校…って事は、デンジ君…学校行っちゃったの?あの女の子とも仲良くなってるし…、──まあ、いいですけどね。それに収穫もありました。────『ヤオヨロ』ちゃん、か──、フフッ、アハハ!アハヒハハハハハッ!」



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ボディーガード

ようやくチェンソーマンのメインヒロインを出せました!


「ボディーガードぉ?」

 

もう何度保健室の世話になるのか。もはや自分の寝床と化した保健室のベッドの上であぐらをかいたデンジは、オールマイトに怪訝な表情を向けた。

それを受けたオールマイトは苦笑しながら説明する。

 

「ああ、先日の少女──トガヒミコに君は襲われた。しかもその場にいた八百万少女によると、また君を襲う、と発言をした後に去っていった…。君を一人にしてしまうと、いつ、どこで再び襲われてしまうのか分からない。故にボディーガードを付けさせてもらう事にしたんだ」

 

それを聞いたデンジはその顔を歪めながら、オールマイトに抗議をする。

 

「あんときゃ血が足りなかっただけで、今やればぶっ倒せるぜ!?だからボディーガードなんかいらねーよ」

 

そう言い切るデンジだったが、オールマイトの考えは変わる事はなかった。

 

「それでも答えはNO!…君のその『個性』は強力だ。パワーもあるし、更に再生能力まである。まともに相対すれば勝てるかもしれない。──しかし、トガヒミコは隠密能力に優れている」

「オン…ミツ?」

「敵にバレないように行動する事さ。デンジ少年。例えば──君が買い物に行くとしよう。その道中、トガヒミコが突然背後から襲いかかる可能性も無くはないんだ」

「そんならよぉ〜、エンジン吹かせば良いだけじゃねーか!」

 

デンジは得意げに胸のワイヤーを見せる。しかし、オールマイトは静かにかぶりを振った。

 

「それで、もし最初にワイヤーを引っ張るための腕や、そもそも生命活動を維持するための首や心臓を狙われたらどうするんだい?」

「ウ…!」

 

その言葉に苦々しい表情になるデンジ。そのままオールマイトはデンジに優しく語りかけた。

 

 

「良いかい、これは決してデンジ少年の自由を奪う為のものじゃあ無い。私たち全員、君のためを思ってこの提案をしたんだ。…君が居なくなったら悲しむ人たちは少なくない。それを心の中に常に置いておいて欲しいんだ」

「………」

 

 

オールマイトの自分を案じる言葉に強く反論する事もできず、しばらくは腕を組んで、うんうんと唸っていたデンジだったが、やがてその目をオールマイトに向け────、

 

 

 

 

「──わかったよ」

 

 

 

 

肯定の意を示したのであった。その返事に明るい表情を見せるオールマイト。

 

「アンタが俺ん事を100心配してるのは感じたからよぉ〜、今回は大人しくしといてやる」

「──ッ!ありがとう、デンジ少年!」

 

感極まったオールマイトは、マッスルフォームのその豊満な筋肉でデンジを抱きしめた。悲鳴を上げながらその拘束から離れようとするデンジ。その時、保健室のドアが開いた。

 

 

「おいデンジ、お前のボディーガードが校長室に────何してんすか」

「ああ、相澤君!いや、今ね!デンジ少年に私の熱意が伝わったからついね!HAHAHAHAHA!」

「ああ…そっすか」

 

 

「ギャアアアア!」

 

 

 

 

 

 

 

 

くたびれた様子の相澤と、いつもより口角が上がっているオールマイトと、げんなりしたデンジが校長室へと向かう。

 

(あ"〜、クソ、最悪だぜ…!何で男に抱きつかれなきゃなんねぇんだ…!──これがヤオヨロだったらなあ……!)

 

ワイシャツの襟元を崩しながら廊下を歩く。その時、デンジの頭に一つの考えが浮かぶ。

 

 

 

 

(待てよ…!ボディーガードって…()()()()()()()()()()()()…!確かテレビで見た事あんぞ…!四六時中俺ん事見張る仕事って事はよ…、もしかしたら──!)

 

 

 

 

デンジの心に一抹の光が灯る。考えれば考えるほど良い未来にしか行かない。思わずデンジは前を歩く相澤に声をかけていた。

 

「な…なあ相澤センセー、そのボディーガードって…どんな奴なんだ…?例えば女だったり──」

「男だぞ。しかも同年代の『強個性』だ。慣れ親しみやすいし、安心だろ?」

「えエ〜〜〜〜〜!!?」

「なんだその反応は」

 

肩を落とすデンジをよそに、相澤とオールマイトは会話を続ける。

 

「強個性って…どんな個性なんだい?」

「──本人いわく、『サメ』だそうです。陸でも活動できるサメに変化したり、頭部だけを変化させられるらしいです。あと、地面を水の中みたいに泳げるらしいので、張り込みには最適かと」

「強いな…!プロヒーローに居てもおかしく無いぞ…!」

「ええ…ま、そいつ本人はヒーローになる気はないらしいですけど──と、着きましたね」

 

オールマイトが首を傾げる横で、相澤がノックを三回する。静かにドアを開け、部屋へと入室していく。デンジも肩を落としたままそれに続いて行った。その時であった。

 

 

 

 

 

 

 

「デンジ様!!」

 

 

 

 

 

 

 

室内に響いた声がデンジの耳を打つ。その声の低さから、やはり男かと落胆するデンジだったが、それとは別に、何やら懐かしい気持ちが心の中に現れる。それを確かめるため、デンジはゆっくりと顔を上げた。

そこで見えたものは───、

 

 

 

 

 

 

「ワアアアアア!デンジ様!デンジ様ァ!」

 

 

 

 

 

 

こちらを見ながら屈託のない笑みを浮かべ、子供のようにはしゃぐ頭部にサメのヒレがついた青年がこちらに走っていく姿だった。

デンジは疑問より先に、目を見開き、驚きの表情を見せる。そして、その名を発した。

 

 

 

 

 

 

「お、お前…ビームか?」

 

「うん!オレ、ビーム!ビィーム!!」

 

 

 

 

 

 

ギザギザの歯を見せ笑うサメの青年──『ビーム』は、長年離れ離れになった飼い主とようやく再開した犬のように、驚くデンジにしがみつくのであった。



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ビームの秘密

うちの学校の校長がテストの悪魔と契約して長い間更新できませんでした。とりあえず自分の体を燃やしながら綱引きしたんでもう大丈夫です。


「いいか、ビーム。ここが保健室ってんだ。怪我したらここにくるんだぜ」

「デンジ様優しい!デンジ様最高!」

 

雄英高校の保健室の扉の前。そこに居たのは、得意げな顔をしながら説明をするデンジと、それを尊敬の眼差しで見つめるビームであった。

何故デンジは学校の設備を案内しているのか。時は少し前へと遡る────。

 

 

 

 

 

 

 

「学校案内ィ?」

 

ビームに肩を揉まれながら眉を潜めるデンジ。根津校長はそれを見て笑う。

 

「そう、デンジ君を護衛するにはどうしてもここの学校で活動しなければならない。…どうやらビーム君はデンジ君をとても気に入っているようだからね。それならいっそのこと、今、仕事でこの校内をよく知ってるデンジ君に案内を頼んだ方がビーム君も気が楽だろうと思ったんだ!」

 

その小さな体で大きく胸を張る根津。それを受けたデンジは、まあ仕事の上司の言うことならと腰を上げた。

 

「お〜し、そんなら行くかビーム。俺に着いてきな!」

「ハイ!」

 

元気に校長室を出て行く二人。それを見届けた根津は、それまでの朗らかな空気を四散させてオールマイトに向き直る。

 

 

「…さて、オールマイト。君に頼みたい事がある」

「…?頼みたい事とは?」

 

「ビーム君──彼の監視を頼みたい」

 

「ッ!?それは一体どういう事でしょうか?」

 

 

 

根津の放った突然の一言に驚愕するオールマイト。そんな彼に根津は静かに語りかけた。

 

「ビーム君はデンジ君が目的でここに来たらしいんだが──まずそもそもおかしいんだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは」

「…!」

「それに、ビーム君は──いや、この場合はデンジ君もだが、彼は常識を知らなさすぎる。僕と初めて会った時──。彼は、個性を使って雄英に潜入していたんだ」

「──え?」

 

その言葉にオールマイトは呆然とする。雄英高校の侵入セキュリティは、並大抵の個性では潜り抜けることすらできない。それこそ、プロヒーローでも苦難するほどだ。しかし、あの青年はそれを容易くしてのけた。その事実に、戦慄するオールマイト。その表情を見た根津は話を続ける。

 

「彼は精神的に幼い。故に、なんらかの手段を経てデンジ君が雄英にいる事を知り、ここにやってきたのだろう。…出会った時は、私は襲われるかと思った。しかし、ビーム君は『デンジ様はドコだ!』と何度も不安そうに聞いてきたんだ」

「…しかし、彼がやったことは立派な犯罪では──」

「…これは私の予測なんだが、ビーム君もデンジ君と同じ境遇なのかもしれないね」

「ッ!?」

 

目を見開くオールマイトを見ながら、根津は机の上を歩き始める。

 

 

「デンジ君は孤児だった。孤児の彼が同年代の知り合い──しかもあんなに仲が良い友達を作るのは少し考えにくい。…同じ境遇だから、知らず知らずのうちに犯罪を犯していたというのが、分からなかったのかもね」

「……」

「それに、デンジ君も元々は一応敵側だったからね。もう一人くらい増えても何も問題ないさ」

「校長…」

 

 

悪戯な笑みを浮かべる根津に苦笑するオールマイト。そして、覚悟を決めた目で根津へと改めて向き直った。

 

「…分かりました。ビーム君の事は私に任せて下さい」

「よろしく頼むよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、デンジ達は食堂で昼飯をとっていた。クックヒーロー『ランチラッシュ』の作った日替わり定食を美味そうに食べる二人。すると、デンジが自分の飯にひと段落ついたのか、ビームに話しかけ始めた。

 

「つーかよ、ビーム。ボディーガードなんていい仕事、どこで見つけたんだよ」

「ング…。…俺、逃げた!()()()から!」

 

頬いっぱいに詰めた飯を飲み込み、ビームはそう答える。その返答に、デンジは目を見開き、驚いた。

 

「お前…よく逃げれたな」

「?簡単だった!エリが手伝ってくれたから……」

「はあ〜〜〜!?嘘だろ!?」

「?な、何が…?」

 

疑惑の目を向けるデンジに、おろおろして首を傾げるビーム。それに構わず、デンジはビームを追及しようとする。しかし、そこに近づく人影があった。

 

「エリが手伝うわけね〜だろ!アイツは──」

「あれ?デンジくん?」

 

そのころころとした可愛らしい声に、デンジの疑わしげだった表情がみるみるうちに笑顔に変わっていく。

 

 

「ねじれちゃん!」

「うん!ねじれちゃんだよ!デンジくんデンジくん、体は大丈夫なの?何食べてるの?その子誰?」

 

 

矢継ぎ早に放たれる質問にビームは処理が追いついていない。しかし、デンジはそれに慣れたのか、すべての質問に対して答えていた。

 

「もう体は平気っす!これは日替わり定食ですね!こいつはビームです!」

「ふーん…ビームくんか!よろしくね!私波動ねじれ!気軽にねじれちゃんって呼んでね!」

 

ねじれは明るく笑いながら、ビームに手を差し出す。…しかし、いつまで経ってもビームはその手を取ろうとしない。それどころか、うずくまって頭を抱えて震えている。急にどうしたのかと、デンジはうずくまるビームの顔を覗き込む。

 

「…おい?どうしたビーム──」

 

「──ヤバヤバヤヴァヤヴァヤヴァ…!デ、デンジ様が…!お、女を…!こ、これは報告…?でも言わないとエリが怖くなる…!ど…どーしよ…!」

 

 

ブツブツと呟くビーム。それを見て、デンジは引き気味に心配をする。

 

「お…おい、お前大丈夫か?」

 

その時、突然ビームが立ち上がった。その行為にデンジとねじれは驚く。それを気にせずにビームはデンジの手を握る。

 

「デンジ様!オレ、いったん帰る!また今度!」

「えェ?あ、おい!」

 

 

そして、ビームは地面にとぷん、と潜り込んだ。まるで陸を海のようにスイスイと泳いでいくサメのヒレが食堂を猛スピードで出ていくのを不思議そうに見るデンジとねじれ。

 

「…ま〜いいか!ねじれちゃん、ご飯食べようぜ!」

「いいよー!」

 

しかし、それもすぐに終わり、デンジはねじれと楽しそうに昼飯を食べるのであった。




今回ちょっと雑かもしれません。申し訳無いです。


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届かぬ思い

「う〜ん」

 

ビームが立ち去った後。デンジとねじれは食堂を後にして、ねじれは授業のため別れることとなった。校内の掃除をしながらデンジはこの先の事を考える。

 

(…あのヤローに俺の攻撃は一回も当たりゃしなかった。それに、アイツの『個性』…。何がなんだかわかんねーうちに殺されたんだよな〜)

 

『ヒーロー殺し』──あの凶刃がまたいつ自分に襲いかかってくるか分からない。だからそれまでに対策を取る必要があるのだが、その対策が一向に出ない事にデンジは焦っていた。

 

(──ヤオヨロも居るしなあ…)

 

自分だけが狙われるのならまだ良い。しかし、自分が懐いている八百万に危険を負わせるのはどこか居心地が悪い。どうしたものかとため息を吐くデンジに、一つの影が近寄ってくる。

 

 

 

「あら?デンジくん。お仕事お疲れ様」

 

 

 

18禁ヒーロー、ミッドナイト。本人には自覚はないが、唯一デンジを大人しくさせられる人材である。

無駄に色気を出しながら、彼女はデンジの横へ移動する。

 

「ミ…ミッドナイト先生……」

「もう、『先生』なんて堅苦しいわ。もっとフレンドリーに、お姉さんって呼んでいいのよ?」

「お…お、お姉さん…!」

「なあに?」

 

(かわいい!)

 

その年齢とは考えられない可愛さのギャップに、顔が赤くなるデンジ。それを見たミッドナイトはいたずらな笑みを浮かべる。

 

「うんうん、素直なのは良い事よ!…それで、どうしたの?何か困ってたみたいだけど」

「…え?」

「さっきため息ついてたでしょ?何か悩みでもあるのかなって」

 

自分が悩みを抱えている事を簡単に見破られてしまった事に驚きの表情をデンジは見せる。そのわかりやすい仕草にミッドナイトは苦笑を漏らした。

 

「…で、なんなの?その悩み。おねーさんに言ってみなさい!」

 

その大きな胸を叩いてふふん、と意気込むミッドナイトに、デンジは目を奪われながらも、相談を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──つまり、『ヒーロー殺し』に勝つにはどうすればいいかって事よね…」

「ハイ!やられたままじゃイヤっす!」

「う〜ん…」

 

ミッドナイトは頭を抱える。ただでさえ保護対象であるデンジに、プロヒーローも殺されているような凶悪ヴィランを再び合わせる訳にはいかない。そう根津から念を押されたにも関わらず、その保護対象がヒーロー殺しと()()()なのだ。

普段は生徒の気持ちを尊重する彼女だが、これには簡単に力を貸す事は出来なかった。

 

「…デンジくん、もうヒーロー殺しの事は忘れましょう!君の気持ちは分かるけど、そのやり返す気持ちは私たちに預けて貰えない?必ず、捕まえて見せるから──」

「ええ〜!?」

 

肯定的では無いミッドナイトに不満気な表情を見せるデンジ。しかし、ミッドナイトの意見は変わる事は無かった。

 

「それに、デンジくんはヒーロー殺しの他にも危険がいっぱいあるでしょ?今、外に出る事は許しません!コレ、おねーさんとの約束──」

 

 

「い、イヤです!!」

 

 

今まで、自分達の意見を素直に聞いていたデンジから否定の言葉が出るという事態により、ミッドナイトは思考を停止させてしまう。

 

「…デンジくん?」

「確かに俺ぁ今は弱えですけど、絶対次は負けませんっすから!」

「──ダメよ。絶対にダメ。行かせないわ、どこにも」

「おおおおお!!?」

 

突如抱擁をして来たミッドナイトに、デンジは行動が制限されてしまう。緊張で指が上手く動かせなくなり、持っていた掃除道具の箒を落としてしまう。

全身を包む柔らかさと、その甘い匂いに頭に靄がかかった様になる。

そして、興奮状態となったデンジに向かって、ミッドナイトは言い聞かせる様に囁く。

 

「君は本当に良い子なの。純粋で、優しくて、とっても良い子。でもね…?そんな良い子が、急に居なくなったら、私…悲しくてどうにかなっちゃうわ…。だからね、デンジくん…。どこにも出ちゃダメよ」

「ア…アア」

 

その大きな二つの双丘に圧迫されたデンジは思わず頷きそうになる。しかし、その時脳裏にはしっかり者の、ポニーテールの少女の姿がよぎり────、

 

 

 

 

「………嫌…です!」

 

 

 

 

その誘惑に、真っ正面から『否定』を叩きつけた。それを聞いたミッドナイトは目の色を変え、抱きしめる力を強める。

 

「──ッ!なんで分かってくれないの!?『ヒーロー殺し』の事は私たちヒーローに──!」

「…自分のせいで……!誰かが死ぬのは寝覚め悪いんすよ…!」

「──」

 

ミッドナイトは力を込めていた腕をだらりと下げる。その心の中には、さまざまな感情が入り乱れていた。

危険な目に遭って欲しくない心配、人を思いやる事ができるデンジに対しての嬉しさ。しかし、その中でも彼女の心の中の大部分を占めていたのは──、

 

 

 

 

 

 

(──やっぱり、私たち『ヒーロー』を頼ってくれないのね……)

 

 

 

 

 

何回も自分達が後を受け継ぐなどと言っても、彼は頑なに任せようとはしなかった。自分の力だけでやる──。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──。そう言っているかの様に。

すっ、と体を離すミッドナイト。顔を俯かせていた結果か、胸の感触が離れて残念がっているデンジには気づかなかった。

そしてぽつりと呟いた。

 

 

「──そういう戦闘面では、相澤先生やオールマイトが一番詳しいわ…、彼らに頼るのが、一番良いかもしれない……」

「マジっすか!?よーし、じゃあさっさと仕事終わらして行ってきます!!」

「…あ」

 

 

その言葉を聞いて、箒を拾い、意気揚々と掃除をするデンジにミッドナイトはもう、何も言えなかった。どんどんと遠くなって行く彼の背中を見て、どこか胸が苦しくなる。

 

 

 

 

「──デンジくん……!」

 

 

 

 

その小さすぎる言葉は、最早デンジの耳には届いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あ〜!もうちょいくっついときゃ良かった〜〜!!めっちゃ良い匂いした!気持ちよかったなあ…!)

 

箒をリズム良く掃きながら、先程の感触を惜しむデンジ。しかし、それもすぐに心配そうな表情に変わる。

 

(…は、反抗したけど…大丈夫だよな〜?嫌われたりとかしてねぇよな〜!?)

 

ミッドナイトに嫌われる事を恐れているデンジ。しばらく頭を抱えていたデンジだが、すぐに気を取り直す。

 

 

(ま!俺があの糞ヴィランをブッ殺したら、結果オーライだよな!よーし、頑張ろ!!)

 

 

再び箒を構えたデンジは、『ヒーロー殺し』を捕まえた後の自分は幸せになっていると信じ、雄英高校の清掃を再開させるのであった。




ちなみに、脳裏によぎったのはヤオヨロではなくヤオヨロの胸の事です。


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やりたい事

「戦闘訓練を受けさせてほしい?…どういう事かな?」

 

職員室にて、オールマイトは困惑していた。この目の前の少年の突然の頼みに脳の処理が追いついていないのを感じる。

 

「あー、アンタは戦い方教えてくれるってお姉さんが言ってたからよ〜。俺に戦い方教えてくれよ!」

 

その言葉にオールマイトは目を丸くする。なぜこの少年は急に戦い方を学ぼうとしているのか。屈託のない笑みを浮かべて自分を見つめるデンジを見ていると、横から声がかかる。

 

「却下だな、そもそも訓練をする意味がない。お前はここの用務員、それだけだ。戦い方を学んだところでそれをどこで使うんだ?俺達も忙しいんだ、非合理的な考えは捨ててさっさと仕事に戻れ」

「ち、ちょっと相澤くん…?流石に言い過ぎなんじゃ…」

「これくらい言わないとこいつは聞かないでしょう…それに、ここで甘やかしては彼自身のためにもならない」

 

オールマイトは相澤の対応に辟易としていたが、彼の発言にも一理あると納得してしまう。それに、一見冷たく突き放したように思える言葉だったが、そこには確かにデンジを心配するような思いがあった。

 

(──デンジ少年を戦いから遠ざけるように…)

 

しかし、デンジも挫けない。相澤のドライアイをしっかりと見据えながら反論を試みる。

 

「…けどさ〜、やっぱ自衛手段は必要だと思うんだよ!またあの変態ヤローが来た時に──」

「ヒーロー殺しのことか…。安心しろ、奴が捕まるまで当分はお前は外出禁止だ」

「え…えェ〜〜〜〜!?」

「当たり前だ、今回は運が良かったが、また出会った時にお前は奴に太刀打ちできるのか?」

「太刀打ちするために!特訓すりゃ──」

「…仮に特訓するとしてもな、お前の『個性』は一度発動する毎に大量の血液を失う。いちいちぶっ倒れられてはこっちも気が休まらん」

「グ…!ヌヌ……!」

 

完全に言い負かされたデンジは歯を食いしばる。それを見た相澤はため息を吐き、鋭く言い放った。

 

「分かったら仕事に戻れ。…今日の昼飯はハンバーグらしいぞ」

「マジで!?」

 

その言葉を聞いた瞬間に目を輝かせ、一目散に部屋から退出していくデンジ。そして、騒がしかった部屋が静寂に包まれる。

 

「……これで良かったのかい?」

 

「…ええ、嫌われる役は──俺だけで良い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい!お待ちどうさま!ハンバーグ定食だよ!」

 

目の前に出されたハンバーグ定食を乗せたトレーを持ち、席を探すデンジ。いつもならねじれと一緒に食べようと、ねじれを探すのだが、今は生徒は授業中のため、隅の席に着き、一人で手を合わせる。

 

「いたーきやー…」

 

やる気のない合掌と共にハンバーグを食べるデンジ。しかしその速度は普段よりあまりにも遅かった。その表情はどこか思い詰めた様子である。

 

「ど〜すっかなあ〜」

 

ぽつりと呟いたその一言は誰にも届かず虚空へと消えていく。先程相澤に言われた言葉が、デンジの頭の中をぐるぐると駆け回っていた。

 

(俺はあの変態ヤローをぶっ殺してヤオヨロに褒めて貰いたい、だから頑張って特訓しようとした…けど、あいつがダメって言いやがった──、何すりゃいいんだよ)

 

ついにはハンバーグを食べる手も止まってしまい、思考の渦へと巻き込まれていく。

 

(楽しくなるために頑張ろうとしてんのに楽しくなくて頑張らせても貰えないなんて糞だ)

 

だんだんとデンジに苛立ちが募っていく。それは、自分をこの狭い場所へ押さえつけている雄英へのものだった。

 

 

(──いっそのこと、また逃げっか?)

 

 

その時、デンジの側に人影が現れる。その人物は──。

 

「やあ!白米食べてる!?」

 

クックヒーロー、ランチラッシュだった。ランチラッシュは「失礼するよ」とデンジの向かい側の席へ座った。

そして、不審な顔をしているデンジへ大盛りの白米を差し出した。

 

「──僕は白米が好きだ!」

「ああ?」

「いやね?いっつも元気なデンジくんが今日はなんかやけに静かだったから声かけたんだよ、ちょうど今人いないし!」

「ああ…そすか」

 

その言葉に淡白な返事を返すデンジ。それを見たランチラッシュは一呼吸し、デンジに語りかけた。

 

「──僕はね、知っての通り人に食べ物を作る仕事をしてるんだけどさ、さっきも言った通り白米が大好きなんだ。三度の飯より白米!って感じで」

 

ランチラッシュは続ける。

 

「どうしても白米の素晴らしさをみんなに知ってもらいたくてね、ここで働くことにしたんだよ。例えば、チキンライス下さい!って言ってる子に、さりげなく白米を推してみたり。そうしたら、七割くらいは食べてくれるんだよ!」

「ええ〜」

「…つまり、僕が言いたいことは──『自分のやりたい事を我慢しちゃいけない』って事なんだよね!」

「我慢しちゃいけない…?」

 

うん、と頷いてランチラッシュはデンジに問う。

 

「君が一番好きなものは何?それは簡単に諦められるもの?」

「…んな訳ねえ、──けど、アイツがダメだって言うから…」

「そんなもの無視しちゃいなよ!僕だって校長先生に『チキンライスはチキンライスのまま出してくれ』って言われてるけど気にせず白米出し続けてるよ!?」

 

「君がやりたい事をやれば良いんだ、それで頑張って頑張って頑張れば、きっとその人にも熱意は伝わるはずだよ」

 

ま、僕はまだ伝わってないけどねー!と笑うランチラッシュを見つめるデンジ。その心には、先程のような苛立ちの感情は無く、彼に言われた言葉がデンジの心を軽くしていた。

 

 

(俺のやりたい事…!我慢…しない…!)

 

 

だんだんと笑顔になっていくデンジを見たランチラッシュは、ふ、と息を吐き、音もなく厨房へと戻っていった。すると、職場の仲間に声をかけられる。

 

「ランチラッシュさん、珍しいねアンタが肩入れするなんて!」

「肩入れなんかじゃないよ!ただまあ…強いて言えば、昔の僕に似てたから、かな」

 

親に反対され、それでも選んできたこの道。それを突き進んだから、今の自分がいる。それを知ってもらいたかった。ここで腐って欲しくなかった、一度きりの人生なのだから。

ふと、デンジが座っている席へと目を向けるとそこには金髪の青年の姿は無く、空の皿と茶碗があった。いてもたっても居られなくなったのだろう、厨房に返す事なく置かれたトレーを見つけたランチラッシュはため息を吐きながらそこへと向かう。

 

「…!」

 

茶碗の中には一つの紙があった。それを広げたランチラッシュは仮面の中で笑顔になる。そこには──。

 

 

『ありがとお。はくまいうまかった』

 

 

しばらく佇んでいたが、その手紙を大事に懐に収めた後、ランチラッシュはゆっくりと親指を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「白米に落ち着くよね、最終的に!!」

 




ランチラッシュと結婚する未来まで見えたんだけど(未来最高と叫びなさい)


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雄英体育祭

[どうせてめーらアレだろ、こいつらだろ!?敵の襲撃を受けたにも関わらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!────ヒーロー科!一年!A組だろぉぉ!?]

 

プレゼント・マイクの煽りに会場のボルテージが一気に上がる。そしてその期待を一身に浴びて、A組が姿を現した。

それによりまたさらに盛り上がっていく観客たち。叫ぶ者もいれば、冷静に観察をするヒーローもいる。その中で、金髪の青年──デンジは、屋台で買ったたこ焼きを必死に頬張っていた。

 

「ウマ!これウマ!熱っ!」

 

今日は休日だと根津に知らされたデンジは、せっかくだからとこの雄英体育祭を観る事にした。

 

(戦い方を教えてもらった奴らの戦い方を見てればよお〜、自ずと戦い方が分かるってモンだぜ!今に見てろよ相澤〜!)

 

デンジのその反抗心が燃え上がる。デンジはこの雄英体育祭で、自身に足りないものは何か、それを見つけようとしていた。

 

「──へぶし!…?」

 

その頃、とある場所では包帯を全身に巻いた男が突然のくしゃみを不思議に思っていたという…。

 

 

 

 

 

 

[──さあ、いきなり障害物だ!まずは手始め…、第一関門、『ロボ・インフェルノ』!!]

 

その言葉とともに、生徒たちの目の前に仮想敵が立ち塞がる。その重量的なプレッシャーに多くの生徒は気圧されているようだ。

雄英体育祭、第一種目──『障害物競走』。ここで多くのものがふるいにかけられる。体育祭とは言え、そこは天下の雄英。障害物が常識的ではないのが、ここでの常識だ。

しかし、それを歯牙にも掛けない者もいる。

 

[おおーっとぉ!1ーA轟ぃ!攻略と妨害を一度に!こいつぁシヴィーー!!]

「……」

 

仮想敵を即座に冷凍。そして無理な体制のまま凍らせたため、自身の体重により仮想敵は崩れ去る。さらに、その残骸が、轟以外の者を先に生かせないためのバリケードとして活躍する。

その環境を利用した動きにデンジの周囲のプロヒーローから感嘆の声が出る。もちろんデンジも目を輝かせていた。

 

(頭良いな〜アイツ!なるほど…とにかく二つのことを一気にやれば良いのか!)

 

微妙にズレた解釈をするデンジをよそに、レースは激しくなっていく。

 

[オイオイ第一はチョロいってよ!じゃあ第二はどうだ!?落ちればアウト!それが嫌なら這いずりな!『ザ・フォール』!!]

 

「…大袈裟な綱渡りね」

 

蛙の個性を持つ蛙吹が率先して綱を渡る。しかし他の者は、底が見えない崖に足を止めている。

そこで、またさらにアクションを起こす者が──。

 

「さあ見てて出来るだけデカい企業──!私のドッ可愛い!ベイビーを!!」

 

己の発明品を駆使して第二関門を突破する者もいる。それを見た他の生徒たちも慌てて綱を渡り始めた。

 

 

(こりゃあ〜俺が学ぶもんはないな。ヨシたこ焼き食お)

 

学ぶものがないと判断したデンジはまた新しいたこ焼きの箱を開ける。

 

 

 

 

 

 

ひょい、とそのたこ焼きがひとつ、横から伸びた手に取られていった。

 

「ああ!?」

 

悲痛な声を上げるデンジ。しかしそれも一瞬、その腕が伸びてきた方向を向き、睨みつけた。そして──。

 

 

「…あ」

 

 

そのしかめっ面が徐々に溶けていく。その視線の先にいたのは──。

 

 

「はふ、はふっ、…あはは、ちょっと熱いね、コレ」

 

 

『綺麗』な顔だった。その美貌は十人に聞けば十人が整っていると答えるであろう。しかし、そのたこ焼きの熱さに悶える様子は可愛らしく、男の目を奪うものだった。スタイルも抜群だ。胸はさほど大きくはないが、スカートから露わになる美脚も男を魅了する要素のひとつだろう。そして、首には黒いチョーカーが付けられている。

その少女は、デンジのたこ焼きを取ってさらに食べたにも関わらず、笑顔をデンジに向ける。普通の人なら激怒や困惑が出るはずだが──。

 

 

 

(かわいーーーーーーーーい!!)

「カワイイ!!」

 

 

 

デンジという男は、美少女に笑顔を向けられただけで上機嫌になる男であった。もうたこ焼きの事なんて頭にもない。

 

「カワイイ…?私が?──なんか照れるなぁ」

「カワイイ!すげ〜カワイイ!!」

「ええ…?──じゃあ、そんなカワイイ女の子のお願い、聞いてくれる?」

 

そこで少女は一呼吸おいて、デンジに手を合わせた。

 

 

 

「席が無いから隣に座っていい?あと…たこ焼き、もうちょっとくれないかな?」

 

 

デンジの返答は、もちろん『YES』だった。

 



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雄英体育祭 その2

今までの心境
ジャンプ読み〜はあ…パワー…!パワー…!
生姜焼き美味そ(洗脳)
え!?チェンソーマン終わんの?死ぬって死ぬって!…ん?第一部?
チェンソー様最高!(アニメ化)チェンソー様最高!(アニメ化)←今ここ


「デンジくんはここで働いてるんだね〜、すごいじゃん!天下の雄英サマだよ!」

「…あ〜、そう?」

 

デンジは今幸せだった。突然自分のたこ焼きを奪われたのは不服であったが、その相手を見るとその負の感情も一気に無くなっていった。

──この女。胸は小さいが身体のバランスは申し分ない。顔も良い。感じも良い。しかもそれに加えて──、

 

「へえ!けっこー筋肉あるんだね。細マッチョだ!細マッチョ!」

 

自分の身体を非常に触ってくる。それはもうベタベタと。そしてデンジはある考えが頭によぎった。

 

 

(絶対好きじゃん俺のこと……)

 

 

頬を赤らめてこちらを見つめる女を見て確信を得る。

 

(めっちゃ俺と目ぇ合わせてくるし…その度に笑うし…なんか俺が言ったらかわいく反応してくれるし…)

 

「…」

「ん〜?」

 

可愛らしく首を傾げたその仕草に胸がときめく。赤くなった顔を隠すため慌てて顔を背けたが、その抵抗は無駄なものであった。

 

「あはは!かーわい」

 

「…」

 

にんまりと笑う女にデンジは一瞬で落とされた。一般人であれば、よほど美人とはいえ、つい先ほど会ったばかりの女に惚れるなどあり得るはずがない。しかし、デンジは違う。劣悪な環境下で生きていたせいか、一般的な思考回路がそもそも存在しないのであった。

 

 

 

 

[──そして早くも最終関門!かくしてその実態は──!]

 

 

プレゼント・マイクの大きな声で、デンジは我に帰る。ふとグラウンドを見ると、いつの間にか最終ステージにまで場面は進展していた。

 

[──一面地雷原!怒りのアフガンだぁ!!地雷の位置はよく見りゃ分かるようになってんぞ!]

 

最終局面。生徒たちを待ち構えていたのは足元一面に広がる地雷。威力は大した事が無い様に設計されているが、音と爆発時の見た目はさながら本物である。

先頭の生徒はその事実にどこか攻めあぐねている様子だ。それを見た後方の遅れていた生徒は怒涛の追い上げを見せる。

 

 

「わー!見て見てデンジくん!めっちゃ爆発してる!!あはははは!!」

「ギャハハハハ!」

 

 

一方、その爆発を見たデンジと少女は何故か大笑いをしていた。周囲から奇妙なものを見る目で見られていたが、そんなものは気にも止めていない様子である。

 

「はぁーあ、こんな笑ったの久しぶりだなあ!」

(か──かわいい!!)

 

屈託のない笑みを浮かべる少女にときめいてしまうデンジ。先程会ったばかりとは思えない距離感もあり、常に顔が赤くなる。

 

 

「…うーん。でもさー…、やっぱりなんかなー…なんか足んないよねー」

「え?」

 

 

突然の少女の発言に反応が遅れるデンジ。それを無視して少女は喋り続ける。

 

「こーいう無害なのも良いんだけどさー…やっぱ爆弾って、本来の使い方があると思うんだよね」

 

グラウンドを眺めながら、少女は呟く。そこには先程の無邪気な感情は無く、冷たいナニかがあった。

 

「ねえ、デンジくん。爆弾の使い方ってどんなのがあると思う?」

「…?」

 

そう静かに問いかける少女。デンジは雰囲気の変化を感じとりながらもその質問に答えようとする。

 

「そりゃ〜あれだよ、邪魔なやつら一気にやるときとか…」

「──そう!そうだよね!絶対それしかないよね!!やっぱデンジくん分かってるねえ!──ああ、こんなんだったら君ともっと早く会ってれば良かった…!最近は山削るためにとか、そういう理由でしか使わないしさあ…、ほんと、バカみたい」

 

陶酔したような表情でデンジの手を取る少女。デンジはその事実に心が躍り、目の前の少女の僅かな変容に気づいていない。

 

突如、爆音が鼓膜を震えさせる。どうやら、グラウンドで大爆発が巻き起こったようだ。周りの観客もヒートアップし、ボルテージは最高潮に上がっていく。

 

[後方で大爆発!?何だあの威力はァ!?偶然か、故意か──!]

 

「デンジくん。()()()の話だよ?()()()ね?この雄英体育祭で、凄く頑張ってる生徒のひとりが───」

 

 

[A組、緑谷──]

 

 

 

「急に爆発しちゃったら──どんな綺麗な事になるんだろうねえ?」

 

 

 

[爆風で猛追────!?]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボンっ」



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雄英体育祭 その3

前の話からしてバトルと思った方、すまねえ。違えんだ…


「────なーんてね」

 

目の前の少女が悪戯な笑みを浮かべたと同時に、プレゼントマイクの声がスタジアムに響き渡った。

 

[さぁさぁ序盤の展開から誰が予測できたァ!?今一番にスタジアムへ還ってきたその男──!]

 

 

 

[──『緑谷出久』の存在を!!]

 

 

凄まじい歓声が轟く中、少女は笑いながら首のチョーカーを触る。

 

「そんなつまんない事やるわけ無いじゃ〜ん…」

「そんなつまんない事は起こんねえよ…めっちゃヒーロー居るんだぜ?無理無理」

 

うーむ、と顎に手を当てる少女に呆れたように笑うデンジ。しかし、少女の目はまるで冗談を言っているようには見えなかった。

 

「さあ!第一種目が終わったところで早速第二種目の発表よ!」

 

十八禁ヒーロー『ミッドナイト』の声がスタジアムの中央から発せられた事で、デンジの意識はそちらに向く。すると、ドラムロールが鳴り響き、ミッドナイトの背後にあるモニターに種目名が映し出された。それは──、

 

 

「騎馬戦…かあ。なーんか面白くなさそうだなー」

 

 

それを見届けた少女はため息を吐き、立ち上がった。

 

「お?どこ行くんだよ」

「んー?帰るの」

「帰るのぉ〜〜!?」

 

明らかに残念がるデンジにクスッと笑う少女。そして、何を思ったのか再びデンジの隣に座る。しかし、先ほどまでとは違い、お互いの肩がくっつく程距離を縮めていた。

 

「えっ…」

「そんな顔しないで?絶対またどこかで会えるから。なんかそんな運命感じるの。感じない?」

「感じます…」

 

だよね、と笑って、そのまま顔をデンジの顔に近づけて──。

 

 

 

最初、デンジは自分の頬に感じた感触が何か分からなかった。しかし、目の前の少女が顔を寄せてきた事、その際に発生した湿り気のある音──。

つまり、デンジは頬にキスをされていた。

 

「え!?あ…!ああっ!?」

 

慌てふためくデンジを妖艶な表情で見た後、少女は再び立ち上がった。

 

 

「私の名前、レゼって言うの。またね、デンジくん」

 

 

ぞっとする程美しい笑みを見せ、少女──レゼは、熱狂するスタジアムを後にした。

その場に残ったのは、たこ焼きが二つ、そして頬に手を当て放心している金髪の青年だけだった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「可愛かったなぁデンジくん…」

 

雄英高校を後にしたレゼは、今日のささやかな出会いに歓喜していた。あの金髪の少年──デンジの事を思うと自然と顔がにやけてしまう。

 

「最初は演技だったんだけどなー、わたしこんなチョロい女だったっけ?」

 

少し小腹が減っていた。しかしその時の自分には不幸にも持ち合わせがなかったので、近くで幸せそうにたこ焼きを食べているデンジに目をつけたのだ。しかし、その偶然が今日の出会いを与えてくれたのだから、感謝するべきだろう。

レゼは再度思い出す。何故自分がこんなにもデンジを気に入っているのか。それは──、

 

 

 

「わたしとおんなじだから」

 

 

 

デンジは異常だ──それもとびきりの。何故ヒーロー側に彼は付いてるのだろうか?こちら()側であれば何をしても許されるのに。

彼は自分では『立派なヒーロー』を目指していると豪語していたが──、そんな事許すわけがない。絶対に。

カメラの前に立ち、インタビューを受けて市民から万雷の拍手喝采を受けるより──自分の横に立ち、ヒーローの骸の上で市民から恐怖を向けられる方が彼には相応しい。

 

(『平和の象徴』ならぬ──『恐怖の象徴』?なんて…)

 

はっ、と我に帰る。まだ先の話だ。ここで舞い上がっても意味が無い。そう自分に言い聞かせて心を落ち着かせる。

 

(初めて会ったわたしと同じ人──わたしだけを分かってくれる人──)

 

 

 

 

 

 

「待っててねー…デンジくーん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《速報です。〇〇市で人間の身体が突如爆発する事件が起こりました。被害者は、その場で敵騒動を鎮圧していたプロヒーロー五名、民間人十三名の計十八名です。これを見たヒーロー側は、計画性のない無差別な犯行として、調査を進めている模様です…》




ニュース番組の台本とか書いた事ない(当たり前)から変になってるかも…許して?(萌え声)
あけおめ(遅い)


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バレンタインとチェンソー

バレンタイン二十五日目ですね。未だに貰えません。


「ば、ばれんたいん?」

 

デンジは、その聞き覚えのない単語に首を傾げる。その様子を見た雄英高校一年A組は驚愕の表情を浮かべた。

 

「え…ええ!?デンジ君バレンタインデー知らんの!?」

 

麗日が目を剥いてデンジに掴みかかるが、デンジはなぜ掴みかかられているか分からないような顔をしていた。

 

「だからぁ、なんなのソレ?ばれんたいんでー?英語はまだ勉強してねぇんだよ!」

 

その言葉を聞いたA組は戦慄する。まさかバレンタインデーを知らない者がいるとは。

 

「あ、あのな?バレンタインってのは──」

 

 

 

 

 

「な〜るほどな!つまり甘いやつが女の子からもらえるメチャ良い日って事か!」

「うーむ、ざっくりしすぎてないか?もっと詳しく説明したほうが──」

「いーんだよ、これで。言っちゃあ悪いけど、詳しく教えても覚えねえだろ、デンジは」

 

生真面目な性格である飯田は大雑把な説明に難を示すが、それを切島が否定する。もともと小さな事は気にしない『漢』らしい考え方の切島は、奇跡的にもデンジと相性が良かった。

 

「つーかお前らズリ〜なぁ!」

 

すると、納得した様子のデンジが突然不機嫌な顔になる。何かと思う一同をよそに、デンジは腕を組み男子らを睨みつけた。

 

 

「おめーら『全員』チョコレート女子から貰ってんのかよ〜!俺も欲しい!」

 

『グハァッッ!!』

 

男子の一部が胸を押さえ膝から崩れ落ちる。それを不思議そうに眺めるデンジ。それを見た緑谷がデンジに近寄って口を開いた。

 

「デンジ君…バレンタインチョコは必ずしも貰えるわけじゃないんだ」

「ええ!?そーなの?」

 

説明する緑谷に驚くデンジ。どうやら、男は全員貰えるという認識をしていたようだった。その二人をよそに、男子たちはひそひそと話し合う。

 

「…峰田お前、去年何個貰った?」

「…ゼロだよチクショー!つーか上鳴はどうなんだよ!?お前見た目だけは良いんだから貰えるはずだろ!?」

「見た目だけはとか言うなよ!まあ確かに貰えたけど!全部義理チョコなんだよ全部!『上鳴くんにチョコ渡したら本命って誤解されそうだから』って理由でバレンタイン前日にチョコ渡された俺の気持ちが分かんのか!?」

「貰えるだけでも良いじゃねーかぶち殺すぞボケェイ!!」

「うっせーなモブ共!黙って死ね!!」

 

息切れを起こす二人を爆豪が睨みつける。しかしそんなことでは二人は止まらない。ズカズカと爆豪に詰め寄って行く。

 

「オメーはどうなんだ爆豪!?チョコ貰えたことあんのかよ!」

「あ?そんなん覚えてねーわ殺すぞ!!」

「あ!もしかして爆豪も貰えなかった一人?なんだよお前先に言えよ水臭えなぁ!よし、俺たちは今から兄弟だ!」

「勝手に一緒にすんなやボケが!去年54個貰ったわタコ!!」

「ハア…ハア…(過呼吸)敗北者…?」

 

峰田、上鳴が跪く中、一人の女子がデンジに近寄る。

 

「デンジくん!はいこれ!」

「え?」

 

女子──芦戸がデンジに差し出したものは、チョコレートであった。急に渡された事で脳の処理が追いつかないデンジ。その様子を見た芦戸は楽しそうな表情を浮かべる。

 

「ハッピーバレンタインだよ!これからもよろしくぅ!」

「…お、おお……」

 

そのまま芦戸は他の男子にもチョコを配り始める。するとそれを皮切りに、他の女子もチョコを鞄から出し始めた。

 

「ケロ、USJのお礼も兼ねてのチョコレートよ。これからもよろしくねデンジちゃん」

 

蛙吹のカエルを模したチョコに反応する間もなく、次に葉隠がぴょんぴょん跳ねながらデンジに近づいて来た。

 

「デンジくんこれめっちゃ美味しいよ!食べて食べて!」

 

チョコバーを片手に抱えた葉隠は、どんどんA組の男子にそれを配っていく。デンジは何か言おうと口を開くが、次に麗日がデンジにチョコを手渡した。

 

「はい、これ!手作りチョコは流石に出来んかったわ…でもでも!市販のやつも美味しいんよ!?」

 

少し頬を赤らめた麗日は、言い訳のような台詞を残して去っていく。そして次に現れたのは、耳たぶのコードをツンツンさせた少女、耳郎だった。

 

「…はいこれ。ウチはあげるつもり無かったんだけどね、みんながあげるっていうから。──USJのこと、忘れてないからね」

 

ふん、と鼻を鳴らして去っていく耳郎。しかしその耳のコードは忙しなく動いていた。…惚けた状態のデンジは気づかなかったが。

そして──。

 

「──デンジさん」

「ヤオモモ…」

 

気品ある少女、八百万はその手に紙袋を下げていた。どうやら高級なチョコレートを持って来たらしい。その紙袋からひとつ、チョコをデンジに渡す。

 

「USJではありがとうございました。…えと、その…戦ってくださった理由は、認められるものではありませんでしたけれど…あの時のあなたは立派なヒーローでしたわ。本当に、ありがとうございました。デンジさん」

「あ、ああ…」

 

その言葉に、なぜか体の中心部分が暖かくなっていくのを感じるデンジ。しどろもどろになりながらも、とりあえず何か返事をしようと八百万の方を向く。すると、なぜか八百万がどこか落ち着かない様子でデンジを見ていた。

 

「…?」

「……え、ええ、大丈夫。これは対価ですもの…。八百万家の女として、約束を違えるわけにはいきません…けど…!けどぉ…!」

 

急に一体どうしたというのか。気になったデンジは八百万に問いかけようとした。

 

「おいヤオモモ?どーしたんだ…?」

「ッ!ハイ!デンジさん!…わ、私の──」

 

 

 

 

「ちょっとデンジ、あんたそろそろ休憩終わりなんじゃないの?早く行ったほうがいいんじゃない?」

 

その耳郎の言葉にハッとするデンジ。そして恐る恐る時計を見つめ──。

 

「や、やべぇ!婆さんに叱られる!」

 

チョコレートを大事そうに抱え、慌ただしく廊下へと飛び出していった。その光景を見た八百万は目を丸くする。そこに耳郎が近寄った。

 

「ヤオヨロ、今なんて言おうとしたの?」

「え!?えっと…『私の体を好きにしてください』と──」

「はいアウト。ダメだってそれ!アイツが何するか分かったもんじゃないよ!?」

「し、しかし…約束は約束なので…」

「アイツももうその約束忘れてるって!…とにかく、もうこんな事言っちゃダメだよ?」

「はい…分かりました」

 

叱られた八百万の心に、羞恥心が湧き上がっていく。何故自分はこんなはしたない事を言おうとしたのか。もし耳郎が止めてくれなかったら──、

  

 

(…今、なんで私、残念だと思ったのでしょうか…?)

 

 

そして今注意した耳郎も憤る心を抑えつつ目の前の友人を見つめる。

全く、自分がいなければ八百万は危ない…。真面目な性格の彼女は約束事に弱い。デンジも絶対忘れてるのに…。またこんな事が無いように、警戒しとかないと…!

 

 

(──でも、なんでウチ、今ほっとしてるんだろ…)

 

 

 

 

 

二人の少女は、首を傾げながらも他の男子の下へチョコを渡しに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休憩時間を大幅に取ってしまったデンジは急いで仕事に取り掛かっていた。窓を拭き、室内のゴミを箒で掃いていく。その間、デンジはつい先ほどのことを考えていた。

 

(そーいや誰かに何かを貰うっつーのは久しぶりだなぁ〜)

 

デンジはA組の面々を頭に浮かべる。笑顔でチョコレートをくれた女子に、いつもの自分なら鼻の下を伸ばしていた筈だ。しかし何故、今回はそういう感情が湧かなかったのか。何故胸の辺りがざわついたのか。

自分に襲いかかる不思議な現象の答えが見つからない中、黙々と作業を続けるデンジ。

 

 

 

「やっほーデンジくん!」

 

悩んでいる彼のもとに、一人の少女がドアを派手に開けて笑顔で近寄ってくる。

 

「ねえねえ知ってた?今日って──」

「バレンタイン、すよね。ねじれちゃん」

「なーんだ、知ってたんだ、つまんなーい!」

「ああゴメン!うそ!知らない俺!」

 

残念そうな顔をした波動ねじれに慌ててフォローとは言い難いフォローをする。しかしねじれは頬を膨らませたままだった。

 

「むー…デンジくんにいっぱい初めてのこと教えたかったのに…」

「──じゃあ一つ良いっすか?」

 

うんうん!と頷くねじれにデンジは自分の胸の内を明かす。

 

「なんか──あいつらにチョコ貰った時、こう、胸があったけー感じになったんすよ。それがずっと続いてて…お、俺、病気なのかなぁ〜?」

 

不安そうな表情を見せるデンジ。その顔を見たねじれはきょとん、としたように言った。

 

 

「デンジくん、それって──嬉しいんじゃないの?」

「──そりゃあ〜ねえよ」

 

その言葉をデンジは即座に否定する。何故なら今までに何回も嬉しいという感情を経験してきたから。

雇い主に気まぐれに殴られ、百円のチップを貰った時。人体実験の結果を出したので、その日の食事のメニューが一つ増えた時。

その時は今日のように胸が暖かくなることはなかった。故に、デンジは、この感情は嬉しさでは無いと判断したのだ。

それを聞いたねじれは余りにも悲惨な過去に一瞬悲哀の表情を浮かべる。そして徐にデンジに手を伸ばし──、その頭を優しく撫でた。

 

 

「じゃあデンジくん、教えて?その時と今日──どっちが胸が暖かくなった?」

「今日」

 

 

デンジは撫でられながら即答する。彼の中では比べるまでもなかった。その答えに満足したのか、ねじれは笑顔になりながら続ける。

 

「ねえ知ってた?本当に嬉しい時ってね、胸が暖かくなるんだよ?」

「え…じゃあ」

「うん、デンジくんは今日すっごく嬉しい日だねー!」

 

天真爛漫な笑みを向けられたデンジは少しの間惚けた後、目線を泳がせて笑った。

 

 

 

「そっか…!──そりゃあ、すげ〜よかった…!」

 

 

 

「………」

 

その表情を見たねじれは衝動的にデンジに抱きつく。

 

「ア!アあ!?」

「かわいい!デンジくんかわいい!」

 

 

「…何してるんだい、デン坊」

 

それは、デンジの仕事の見回りをしに来たリカバリーガールが雷を落とすまで続いたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。デンジは保健室のベッドで寝転びながら今日の事を思い返していた。

 

(嬉しいってこう言う事言うんだな!また一つ偉くなったぜ!)

 

ムフー、と得意げに鼻を鳴らす。しばらくして、デンジは考え始めた。

 

(…でもやっぱこーいうのはあんまり分かんねえ。なーんもしてねえのになんか貰うのは嬉しいけど、じゃあなんで俺ぁ今までなんかしてんのに貰えなかったんだ…?──ま、難しい事ぁ考えなくていっか!寝よ!)

 

デンジは眉を顰める。が、それも束の間、すぐに気を取り直して目を瞑る。静かになった保健室。布団の衣擦れの音が微かに聞こえる。その静寂の中でデンジはぽつりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

「…俺ぁ〜ちゃんと普通に幸せになってんのかなぁ、ポチタ」

 

 

 

 

その問いかけに、答える者は誰も居なかった。



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雄英体育祭 その4

遅れてすいません。
ウマ娘やってました(正直に言えばなんでも許されると思ってる愚か者)


デンジは項垂れていた。第二種目である騎馬戦が始まっているにも関わらず、それには微塵も興味を向けることなく、ただ下を向いていた。

 

(う、うう…、レ、レゼ…!レゼと一緒に見たかったあ…!)

 

未練タラタラであった。当初の目的である、『個性を使った戦い方を学ぶ』というものなどとうの昔に忘れていた。今彼の胸の内にあるのは魅力的な女性が立ち去ったという虚無感のみ。

 

 

 

[タイムアーーーーーップ!!]

 

 

そんなことをしている間に第二種目も終わりを告げた。昼休憩を挟むため、昼食を取るために立ち上がる者もちらほらと出てきた。

デンジもそれに倣い、足取り重く再び屋台へと歩き出すのであった。

 

 

 

 

 

 

「はあぁ〜〜あ、レゼ…──コレ美味」

 

とぼとぼと下を向いて歩くデンジ。その手に唐揚げ棒を持って屋台を歩いていると、周囲の声が耳に入ってくる。

 

「第一種目の一位の子は凄かったなあ…あの子の工夫とガッツはヒーロー向きだろう」

「いーや、俺はエンデヴァーの息子さんが良いと思うね。あの「強個性』!それに、No.2ヒーローの息子を事務所に配属すれば話題をかっさらえるぞ!」

「おい、お前なあ…」

 

その会話を聞いたデンジははっとする。

 

(そ〜だった…俺ぁヒーローの戦い方勉強しに来たんだった…)

 

レゼに振られたショックで忘れていたが、本来の目的はヒーローの(卵とはいえ)観察である。

ヒーロー殺しと相対するには今の戦い方では無理だ。それに、自分が成長しないと八百万やねじれなどの身近な女性が危険な目に遭うかも知れない。それは嫌だ。

途端に、デンジのやる気に火が点く。レゼのことなど今は考えなくていい。今やれることをやるだけだ。そう思うと、沈んでいた気分も徐々に浮上して行くのを感じた。

 

「よお〜〜っし、やってやんぞヒーロー!」

 

声高々に宣言するデンジ。すると、今さっき会話していたヒーロー二人が突然声を上げた金髪の少年を驚きながらも見つめる。

 

 

「おいおい、こんな所にも生徒が…、──っお前は」

「あ〜?」

 

デンジは気怠そうにそちらに目を向けた。するとその二人は敵意を隠さぬ様子でデンジに近寄っていく。

 

「その金髪…目つきの悪さ…お前、雄英の職に就いたイカサマ野郎か!」

「はあ〜?」

 

男のひとりはデンジを睨みつけた。しかしそれを向けられたデンジはどういう事なのか分からない。さらに男は続ける。

 

「しらばっくれても無駄だ。──雄英高校は今まで数々の名だたるヒーローを進出してきた。そのため、選ばれた生徒には多大な期待が寄せられる。()()()()()()()()()()()()()()

 

「この雄英高校に職を置くことというのは世間からの注目を浴びるということ。それにより我らのヒーロー活動はより一層充実する!その恩恵を得るために我々はここで働けるはずだった!…だが!」

 

そして男はデンジに指を突きつける。

 

「お前だ。ヒーロー活動経験もない、なんならヒーローでもない、ただの凡人が俺たちの邪魔をしたから俺たちはここで働けなかったんだ!!」

「どーせコネとかがあったんだろ。正々堂々と試験を受ければ不合格になるからな。本当に反吐がでる」

 

侮蔑の視線を向けるヒーロー。彼らの捲し立てるような言葉の羅列に戸惑っていたデンジだが、ぽん、と手を叩き、合点がいったという表情で口を開いた。

 

 

「…あ〜そーいう事か!てめーらここ落ちたから、働いてる俺に嫉妬してんのか!」

 

 

ぴしり、とその場の空気が凍る。そして、一呼吸置いた後、デンジに罵声が降り注いだ。

 

「〜〜ッ貴様ァッ!!俺たちをコケにすんのも大概にしとけよ…!ブチ殺すぞォ!!」

「やれやれ、ここまで阿呆だとは…──覚悟はできてんだろうな、クソガキ」

 

 

「そーいうところなんじゃねーの?オチた理由。少なくとも、あのおっさんたちは俺ん事バカにしたりはしてなかったけどなあ〜〜!」 

 

 

一触即発。ヒーローが構えを取りデンジを睨み、デンジは馬鹿にしたような態度でヒーローを見据える。

しかし、デンジのその顔には、冷や汗が流れていた。

 

 

(やべぇ…。俺何にもできねえ……)

 

 

デンジの頭に、波動ねじれとの『約束』がよぎる。

 

(いち、先生やプロヒーローの言うことは聞く。──コレはいいや、ヒーローはここにゃ居ねえ。…に、『個性』を勝手に使わないこと。──コレだ。あいつら普通に俺ん事ヤろうとしてるじゃん…でも個性使ったらねじれちゃんに怒られちゃう…!さん、困ってる人がいたら助けること。俺が助けてほしいくらいだぜ)

 

ねじれとの約束──それは、デンジにとっての縛りとなっていた。

 

「その人を舐め腐った態度、このプロヒーロー『バレットナイフ』が矯正してやる!行くぞテラキネシス!」

「ああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「『撃込 弾』『寺島 操』」

 

その時、腹の底に響くような声が聞こえた。綺麗な音色で、聴いたものを震えさせるような冷たい声であった。

 

「私たちのことは忘れて、ここから去りなさい」

 

 

 

「はい」

「はい」

 

 

 

 

その時、あんなに激怒していたヒーロー二人が、嘘のようにしん、と静まり返った。

ん?と訝しむデンジをよそに、虚な目をしたヒーローたちは、デンジのそばを通り過ぎて行った。

 

 

「きみ。大丈夫?」

 

 

背後から先程の声が聞こえる。ゆっくりと振り返ると、そこには女が立っていた。赤茶色の髪の、スタイルの良い美人が立っていた。

それを見たデンジは目を輝かせ────、

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

無意識のうちに、その汗でびしょ濡れになった手で、胸元のスターターを引いた。



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雄英体育祭 〜デンジの休憩〜

ちょっと意味不明かも…すません


凶悪なモーター音と共にデンジの姿が異形へと変わる。それを女は恐れる事なく不思議そうに見つめ、首を傾げていた。

 

「ちょちょちょぉ…!なにしてんの俺ぇ!?」

 

デンジも疑問の声を上げるが、その体は一歩ずつ目の前の女に向かっていた。それを確認したデンジは焦る。

 

「オイ逃げろ!死ぬぞコレお前!!」

 

とりあえず自分に人殺しをさせるわけにはいかない。そう思ったデンジは女に呼びかける──が。

 

「んー…」

 

顎に手を当てたまま、女はデンジを見つめる。馬鹿野郎、と言おうとするも、もう間に合わない。今にも勝手に振り下ろされようとする凶刃を止める術はデンジには見つからなかった。

そして──、

 

 

 

 

「君、ここのた──」

 

 

 

 

 

切って、しまった。赤い液がドバドバ出てる。やっちまった。どうしよう。逃げるか。いや逃げらんねえな。チェンソーの姿めちゃくちゃ周りの奴らに見られてるもん。あー…あやまるか。でも謝ったら許してくれんのか?人ぉ殺しても。ヤオヨロたちにも謝っとかねーと…あーこっからどーすっか────。

 

 

 

 

 

 

 

「君、ここのたこ焼きって美味しいの?」

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

デンジはその赤く光った眼を鈍く光らせる。自分が殺したはずの女が口角を上げてこちらを見ていた。

 

「…え?いま、え?首ぃ…、飛んで、え?」

「首?ああ、人違いじゃ無いかな」

 

女はそういうと、青ざめている観衆の一人を無造作に指さす。すると──。

 

 

「あ」

 

 

指を向けられた男性の首が、いきなりすっ飛んだ。

 

「ほらね?人違いだ」

 

 

 

 

 

その瞬間、チェンソーが鳴り響く。それは、天敵を見つけた者が威嚇するかのようで──その音が自分の体から出ていることに、全く理解が追いつかないデンジ。

 

「どーなって…!」

「うーん。どうやら個性が暴走してるみたいだね」

「えェ!?」

 

困った困った、と一寸たりとも思ってない真顔の女にデンジの体はまた刃を突き立てようとする。

 

「君。名前なんて言うの?」

「あァア〜!?デンジ!デンジだよ!つーか名前なんかより早く逃げろ!!なんか俺の体アンタめちゃくちゃ殺したそうなんだけど!?」

「デンジくんね。うん。デンジくん」

 

 

 

 

 

 

「個性を解除しなさい。これは命令です」

 

 

 

 

 

 

その途端、どろり。とデンジのチェンソーが溶けて行き、元の姿へと戻った。

 

「──はあァ!?」

 

驚きと疲労がデンジを襲う。先程まで制御しきれていなかった個性が、まるで夢だったかのように解除された。しかし、個性の副作用とやらは消えないようで──。

 

「おっと」

 

貧血により、地面に立つ事ができなかったデンジは、女の胸へ倒れ込んでしまった。デンジの鼻いっぱいに良い匂いが充満する。

 

「大丈夫?デンジ君」

「大丈夫…じゃない、かもです…」

 

嘘だ。もう普通に歩ける。しかしデンジは色々疲れていた。とりあえず今のこの幸せに身を委ねていたいと思ってしまった。

 

 

「んー…じゃあ寝てて良いよ。あとは私が何とかしとくから」

「おやすみなさい…」

「はい。おやすみなさい」

 

 

そしてデンジはうつらうつらとし、ついには襲いかかってきた睡魔に抗う事なく、眠りに落ちていった。その間、女はまるで飼い犬をあやす様にデンジの頭を撫でていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発音が会場から轟く。それによりデンジは目を開ける。デンジはベンチから起き上がり、状況を整理する。

 

「えーと…飯食って、で、一眠りして…あ!そうだ!体育祭!次の競技始まっちまう!」

 

慌ててデンジは会場に走る。もう騎馬戦は終わり、次の競技に進んでるだろう。一目散に走る姿を見た周囲の人たちはとても微笑ましい目をデンジに向けた。

 

 

デンジが寝転んでいたベンチの端から、空のたこ焼きパックが落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デンジ──デンジ君ね。ちょっと調べてみようかな」




デンジの休憩でした。


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雄英体育祭 その5

「ええー!?カワイイーー!!」

 

昼飯を食べ終わったデンジを待っていたのはなぜかチア衣装に身を包んだA組の女子達であった。思わず声を上げるデンジ。

 

「上鳴くんと峰田くんがね…」

「ナイス!」

 

緑谷の困ったような説明を聞いたデンジは二人に親指を立てる。それに、白目をむきながら応じる2人。その顔を見て、デンジは眉を顰めた。

 

「なあ、何であいつら白目なの?」

「チア衣装を着させられたことに、耳郎さんが怒って…」

「あ〜、ジローか。たしかにあいつうるせえもんなぁ」

「──だぁれがうるさいって?」

「っヒィ!!」

 

背後からずぼ、とデンジの耳に耳たぶのコードを入れる耳郎。まだそこから音は流れていない。デンジは恐怖する。

 

 

(ジ…ジローにマジでやられる…。な、なんとかしてくれイズク!)

(無理無理無理!だってそこからじゃ見えないから分かんないと思うけどすっごい不機嫌そうな顔してる!見たことないくらい!ごめん!)

 

 

その間わずか二秒であった。

デンジの今の状況はいわば拳銃を向けられているようなもの。下手な真似をすれば弾丸(心音)が発射されてしまう。

 

「あんたも音流されたいの?物好きだね」

「んなわけねえだろこの壁おん──アああ!?」

 

つい心の声を口走ってしまった瞬間、とくん、とくん、という一定のリズムの心音が徐々に大きくなっていく。まずい。このままではまずい。

どうにかして回避しなければ──そう思案していると、塞がれた耳越しに声が聞こえる。

 

 

「あ〜あ、いいよねみんなは。あんなにスタイル良くて。どーせウチなんか男っぽい服しか似合いませんよーだ」

「あー…」

 

 

そのデンジの生返事に耳郎は眉を吊り上げ、そして悲しげに目を伏せた。

 

(…分かってたけどさあ…そんなどうでも良いみたいな反応はないわー…マジで──)

 

耳郎響香は女の子である。それこそ服装や趣味はロックなもので、どちらかといえば男向けのものが多い。しかし、その精神はまだ幼気な少女。同年代の異性から意識されないというのは、すこし心に来るものがあった。

目を伏せた耳郎。その時、彼女の個性『イヤホンジャック』がある音を感知する。

 

 

 

“どくん!どくん!どくん!どくん!”

 

 

 

(──え?これって……)

 

 

イヤホンジャックは、プラグを挿した場所の微弱な音を捉える事ができる。耳郎が今プラグを挿している場所は、デンジの耳。つまり──、

 

 

(──こいつ…ウチにドキドキしてる…?じ、じゃあなんで気にして無い感じで──!)

 

 

少し頬を赤らめながら思案する耳郎。そして、一つの結論に辿り着く。それは──。

 

 

 

(緊張しすぎて、他のことを気にする暇もなかった──?)

 

 

 

その通りである。デンジは最初こそ鼓膜への攻撃に恐怖していたが、今や密着している間に、耳郎の匂いや耳たぶの暖かさに興奮していた。生返事だったのも、その感触を集中して感じたかったからだった。

 

 

「〜〜〜〜ッ!」

 

 

耳郎は顔を赤らめ、そして何かを決意した表情でデンジの背中に体を寄せた。

 

「お…い?ジロー…?」

「生返事すんな。で?アンタもそう思うわけ?」

「そうって…」

「ウチは可愛くないって、そう思うわけかって聞いてんだけど」

 

プラグを挿しているのでデンジは周囲の声が聞こえない。普段とは違う、イタズラっぽい声色で質問する耳郎に興奮と違和感を覚える。

 

「お、俺ぁ最初から言ってんだろ〜が、カワイイって…」

「ふ〜ん、どうだか」

「お…おい、もう良いだろ、耳がムズムズしてくすぐって〜んだよ!」

「離していいの?ほんとに?」

「まだちょっとお願いしまぁす!」

 

秒で折れたデンジ。それを聞いて嬉しそうに笑う耳郎。そしてそれを熱い目で見つめるクラスメイト。

 

「………ん?」

 

耳郎は忘れていた。ここにはクラスメイトが居たことを。周囲を見渡せばキラキラした目で見つめる女子友達。そして血走った目でデンジを見つめる男子共。徐々に冷静になっていく頭で、それを理解した。そして──。

 

 

「ッキャアアアアアアアアッ!!」

「ッギャアアアアアアアアッ!?」

 

 

女の子らしい悲鳴をあげて、デンジから勢いよく離れた。デンジは絶叫を耳にダイレクトに送られ、苦痛の悲鳴をあげて、勢いよく倒れていったのだった。

 

 

 

 

 

 

「いや、違う!ウチは──!」

「女になったねえ…耳郎さんや」

「ケロ。密着してる時の耳郎ちゃん、いつもより色っぽかったわ」

「色ッ!?〜ッ違くて!」

「耳郎さん、ずるいですわ!私には、『無闇に近づくのはやめたほうがいい』なんておっしゃっていましたのに、貴女だけ…!」

「あーーもーーー!!」

 

 

 

 

 

 

「青春だなあ…」

「ああ、青春だ……」

「上鳴君、峰田君…。血涙出てるよ、拭こう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うう…ハァッ!?」

 

少し魘され、デンジは目を覚ます。自分に何が起こったのだろうか。記憶が無い。

 

(あれぇ〜?飯食って、皆かわいくて…アレェ〜?──痛っ!耳イタ!?なんでだぁ〜?)

 

少し頭を抱えるが、すぐに気にしないことにした。

 

(ま!そう思い出せねえって事ぁあんま思い出さなくて良い事だな!)

 

そう納得し、デンジは周囲を見回す。A組の面々が居ない。どこに行ったのだろうか…。その時、ミッドナイトの声が聞こえてきた。

 

 

 

 

「それではこれより!表彰式に移ります!!」

 

 

 

 

 

「……はァ?」

 

 

 

 

デンジの時が止まる。

 

(ヒョーショーシキ?アレ?あいつらなんで全員集まってんだ?次の競技は?あれぇ?)

 

それを考えている間に、オールマイトが表彰台に立っている三人にメダルを渡していく。そして何故か締めっぽい言葉を放っていく。

嫌な予感がするデンジ。

 

「ちょ…ち、ちょちょちょ…!」

「それではみなさんご唱和下さい!せーの!!」

 

 

「お疲れ様でした!!」『プルスウルト…えっ!?』

 

 

「そこはプルスウルトラでしょオールマイトぉ!」

「ああいや、疲れちゃってるだろうなって…」

 

 

周囲の人は仕方ないと言う風に笑っている。しかし、デンジは絶望した表情で、頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

「体育祭、終わったのォォ〜〜〜〜!?」

 

 

 

 

当初の目的である、『戦い方を学ぶ』ことが出来ず、慟哭するデンジであった。

 



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職場体験

「おい、デンジ」

「あ〜?」

 

体育祭も終わり、いつも通りデンジが廊下の掃除をしていると、その手に二枚の書類を携えて、相澤が気怠げに声を掛けてきた。

 

「お前に指名が来ている」

 

シメイ?と首を傾げるデンジに相澤はため息をついて紙を渡す。

 

「プロヒーローがスカウトしてくれたんだよ、何故かお前を」

「ほ〜ん…」

 

そう呟き、渡された書類に目を通す。一つ目の書類には、『公安対敵特異1課』と書かれてある。漢字の羅列に顔を顰めるデンジ。それを見越してか、相澤は説明を始める。

 

「対敵のスペシャリストで結成されたヒーロー部署だ。敵制圧に関しては非常に優秀な成績を誇っている。──ただ1課には…問題児が居る」

「問題児ぃ?」

「ああ。そいつは道徳心があまり無いらしい。今でこそ落ち着いているが、昔は『狂犬』と言われ、敵から恐れられたという」

「ええ〜…そんな所行かせようとしてんの?」

「あくまでもスカウトだ。お前の好きにすれば良い。──もう一つの説明もするぞ」

 

そして二つ目の書類には『公安対敵特異4課』と言う文字があった。デンジは首を傾げながら先ほど説明があった書類と見比べる。

 

「ん?ん?…!──おい相澤〜、俺を舐めてもらっちゃ困るぜ!『1』と『4』って所が違ぇ!!」

「違う間違い探しじゃない」

 

ドヤ顔で笑うデンジにため息を吐き、口を開いた。

 

「公安対敵特異課は複数ある。それぞれの部署からスカウトが来てるんだ。…それで、4課は1課と比べて評判が良くなっている。前ヒーローから引き継いで、女性ヒーローが部署の管理をするようになってから市民からは絶大な信頼を得ているな」

「女!?」

「…どうしてお前はそんな…」

 

目元を揉み、疲れた様に呟く相澤。それとは真逆に、デンジの心は弾むようだった。

 

「どんな人なんだよ!なあ!」

「はあ…『マキマ』だ」

「マキマァ?」

「ああ、ヒーロー名がマキマ。それだけだ」

「ほーほー!」

 

目がキラキラとして、デンジは4課の書類をじっと見る。そして──、

 

 

「よーし!俺ぁここにす────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        【行くな、デンジ】

 

 

 

 

 

 

 

 

「──どうした?」

「…やっぱこっちにしよ」

 

その言葉に眉を顰める相澤。もともとこの書類が来た時にデンジは絶対4課を選ぶと思っていた。その性格上、男の方には行かないだろうと。しかし、1課を選んだデンジに何か変な物でも食べたんじゃないだろうかと心配してしまう。そして、相澤がデンジの顔を見ると──。

 

 

「──オイ、本当にどうした?()()()()()()()()()()()()

「え?あ〜、ああ…なんでだろ」

 

 

青い顔をしたデンジに相澤は本気で保健室に連れて行こうか逡巡していると、デンジから4課の書類を突き出された。

 

「まあ俺ぁ1課に行くから!よろしく!」

「あ、おい…」

 

そしてデンジは掃除道具を片付けに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ん?つーかよ〜」

 

デンジは一人呟く。

 

「相澤って俺に戦わせたくないっつってたよな?アレ?じゃあなんで俺戦い方学べんの?んン〜?」

 

首を傾げるが、すぐに気を取り直して次の仕事に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デンジくん忘れ物ない?着替え歯ブラシ持った?一人で行ける?わたし付いて行こうか?」

「お願いしまぁす!」

「バカ言ってんじゃないよ、さっさとお行き!」

 

 

リカバリーガールに蹴り飛ばされ、渋々ヒーロー部署まで向かったデンジ。慣れない地図を見ながらようやく着いたそこには──。

 

 

 

 

 

「う、うう…」

「パ、パワー!?」

 

 

 

 

不安そうに部署を見上げるパワーが居た。パワーはデンジを見つけるとその顔を明るくさせ、デンジの側へ駆けつける。

 

「なんじゃ!バカデンジもココを受けたのか!奇遇じゃなぁ!!」

「バカって言う方がバカなんだよバカ女!…『デンジも』って…ま、まさか──!」

 

 

「ああそうじゃ!!ワシはこのぼろっちい部署で大活躍しにきたのじゃ──」

 

 

 

 

 

 

「ぼろっちくて悪かったな」

 

 

 

 

 

 

 

がちゃり、とドアが開かれ、中から無気力な声が響く。パワーはビクッと体を強張らせ、デンジもその顔を見て顔を顰めた。

白髪をセンター分けにした髪型。両耳に黒いピアスを付け、気怠げな視線でデンジとパワーを見下ろす。

完全に固まった二人に、その男は口を開いた。

 

 

 

 

 

「近所迷惑だから入れ。苦情来るから」



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岸辺

お久しぶりです。受験がとりあえずひと段落ついたので投稿したいと思います。でも結果がまだわからないので、また投稿頻度がエグいほど少なくなってきたら察してあげてください。


「とゆーわけで、ここの部署担当してる岸辺だ。好きなものは酒と女と敵を捕まえる事」

 

物が散乱した部屋に通された二人は、目の前のツギハギの男を訝しげに見る。

 

「…オイ、ここホントにヒーロー事務所なのかよ…。ボロすぎだろコレ…」

「オマエがどうにかしろ!ワシは知らん!」

 

デンジはその部屋の汚さに戦慄し、パワーはこの状況から目を逸らしている。その男──岸辺は、ボロボロのテーブルに置かれた酒を飲んで、二人を見据えた。

 

「俺の質問に答えろ」

 

指を一つ立て、岸辺は口を開いた。

 

「めちゃくちゃ強い敵が前にいる。戦ったら殺される。うしろには守るべき市民が居る。どうする?」

 

「逃げる」

「守ってもらう」

 

二つ目の指を立てる。

 

「敵が人質取った。『こいつを解放して欲しかったらお前が死ね』って言われたらどうする?」

 

「死にたくねえなあ」

「ふつうに殺す」

 

三つ目の指を立てる。

 

「お前らが一番信用できるものってなんだ?」

 

 

 

「俺の面倒見てくれるやつ」

「強いやつ」

 

 

 

 

 

 

「お前たち100点だ」

 

 

 

 

岸辺は酒を煽り、一息つく。

 

「久しぶりにお前らみたいなやつに会った。お前らみたいなのは大好きだ」

 

その言葉をかけられた二人は青ざめる。そしてデンジの方を向き、パワーは呟いた。

 

 

「怖い」

 

 

「俺の事は先生と呼べ。先生って言われると気持ちがいい。あ、それから──」

 

岸辺は思い出したかのような仕草をし、ポケットに手を入れ──、

 

 

 

 

「──ひっ」

「──あ」

 

 

 

ポケットの中に入っていたナイフで、二人の喉を掻っ切った。デンジは咄嗟に喉を押さえるが、溢れ出る血は止まらない。パワーも目を見開き、大量の汗を掻いて、必死に息をしようとしている。

 

 

「『デンジ』。チェンソー男になれる。折れた腕も元に戻るし、チェンソーが強い。『パワー』。血を操れる。血ならなんでも操作可能。両者とも血液補充で身体的外傷を回復できる──、いいおもちゃじゃないか」

 

 

死んだ目で二人を見下ろす岸辺。その目からは何の感情も感じない。『ただ確かめるためにやった』。そんな目をしていた。

 

(──こ、殺される!!)

 

そう思った二人の行動は早かった。デンジは胸のスターターに指をかけ、チェンソーになろうとする。

 

「お前の強みはチェンソーだ。ただ変身するまでにその紐を引っ張るトリガーが弱みになる」

 

しかし、岸辺がその手を蹴り上げることによって、それは阻止された。吹っ飛ばされるデンジはパワーの方を向く。どうにかしてほしいと。その頼みの綱のパワーは──。

 

 

(逃げてるー!?)

 

 

全速力でドアへと向かっていた。あまりにも早すぎる逃走に愕然とするデンジ。それに構わず、パワーがドアに手をかけようとしたその時──。

 

 

「『個性』で血を止めたか。判断力も速いし、何より臆病だな。うん、良い」

 

 

岸辺がパワーの首を掴んだ。パワーはジタバタしているが、気にも止めていない様子だ。

 

「だれかあァーー!助けてぇー!ヒーロー!!」

「俺だよ」

 

そうツッコミを入れた岸辺は、軽く、まるで缶ジュースの蓋を開けるように、パワーの首の骨を折った。倒れるパワー。こうして、二人のヒーロー志望者が、ヒーロー事務所に倒れ伏した。

 

「ヒュー、ヒュー…」

「う、動けん…」

 

その様子を見ていた岸辺は顎に手を当て、ひとつ頷くと、自分の机の引き出しから何かを取り出す。

 

 

「血の匂いじゃ!」

 

 

それは輸血パックであった。二人の口の中に血液を入れると、デンジの体は超再生をし、パワーは『個性』で折られた首を全力で修復した。

 

 

「あ〜…チキショー何しやがるテメー」

「うう…」

 

「雄英にお前らを立派なヒーローにするように頼まれた。けどな、この俺をよく見てみろ。俺がヒーローがなんたるかとか教えられるわけない」

「確かにな〜」

「当たり前じゃ」

「お前らもう一回殺すぞ」

 

岸辺は酒を飲み、続ける。

 

「…で、天才的な頭脳を絞って絞って絞り出した結果。かつて『狂犬』と呼ばれたくらい危ない俺を殺せるようになったら、立派なヒーローなんじゃないかと」

 

どこか得意げな雰囲気を見せる岸辺。デンジとパワーはドン引いていた。

 

「こいつ、頭が終わっておる!」

「な〜」

 

その言葉を聞いて、満足したのか岸辺は踵を返し、自室へと戻って行く。

 

「明日からビシバシ行くぞ。寝泊まりは二人でそこの部屋使え。俺は寝る、起こすなよ」

 

そうして、岸辺はソファに寝転がった後、すやすやと寝息を立ててしまった。その様子を見たデンジはため息を吐き、憂鬱な気分になる。

 

 

(最悪じゃね〜か、こんなイカれ野郎の下で働くなんてよ〜…。はあ…ヤオモモとねじれちゃん今何してんのかな…。女もパワーだけだし───)

 

 

突如、デンジに電撃走る。先程あの男はなんと言った?『寝泊まりは二人で』。自分の耳が間違ってなかったらそう言った。そう言った。それはつまり──、

 

 

 

 

 

(パワーと……寝る…!?)

 

 

 

 

デンジは楽しくなってきた。



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同居人パワー

「ワシはここじゃー!」

 

我先にと布団の場所を決めてはしゃぐパワーを傍観しながらデンジは虚空を見上げる。

 

(──普段いつもこんな感じだから忘れてた…!こいつ…こんなんだけど、女だった……!!)

 

いつも破天荒な行動や言動をしているパワー。その普段の印象からデンジはパワーには女性としての魅力を感じることはなかった。しかし、今。狭い部屋の中に二人きりという状況で、否応無しにパワーを意識してしまっていた。

 

「──にしてもあいつはなんなんじゃ〜、天才たるワシにひどいことばっかりして!」

 

早速寝転び、ごろごろとしていたパワーは膨れっ面をしながらぼやく。その言葉にデンジは、はっ、として気を取りなおす。

 

「あ…ああ〜、あいつなぁ!おう!ヒデーなあ!」

「急にワシを殺そうとするわ、本当にアイツはヒーローなのか!?こんな可憐な美女が居たら普通は守りたいはずなんじゃがのう!」

「はあ?可憐?美女?どういうこと?」

「はあ〜〜、これだからバカは困る!可憐は、綺麗とかかわいい!美女は、美しい女という意味じゃ!」

「いやいや、意味は習ったけどさあ、使い道間違えてね?なんで今その言葉出てくんだよ」

「ん?」

「あ?」

 

 

「オイ、風呂空いたぞ入れ」

 

 

デンジとパワーがお互いに首を傾げ合っていると、シャツにジャージのズボンといったラフな格好をした岸辺が、ドアを開けた。その言葉にデンジは自分が風呂に入っていなかったことを思い出す。

 

「じゃあ俺入ってくるわ」

「おう」

 

スタスタと風呂場に向かう途中、デンジは一つの疑問を抱く。

 

(…いっつも『ワシが一番』とか言ってたパワーが譲ったぁ?雨でも降んのかよ〜。ま、いいか、俺ぁ気持ちよく入れるし)

 

少し引っかかる所はあったが、もともとデンジはそんなに気にするタイプでは無いので、すぐに割り切り、風呂場のドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上がったぜー」

「おう、よかったの」

 

そのそっけない態度に目を丸くするデンジ。

 

「お前入らねえのぉ?汗クセーぞ」

 

けらけらと笑いながら指摘するデンジ。確かにパワーからは汗と血の臭いが漂っていた。岸辺を潰そうと躍起になり、その都度血みどろになりながら転がされていたのだ。臭いが出るのは当然のことであろう。現にデンジは、自分から臭う異臭を気にしていた。一人ならまだしも、今は女性と認識したパワーが居る。少し身だしなみには気をつけようとしていたのだ。

パワーも年頃の女性。自分の臭いに気づいていないのかと珍しく気を回したデンジは、それを指摘したのだ。しかし───、

 

 

 

「いや、ワシは入らんぞ?」

 

 

「は?」

 

 

 

デンジは耳を疑った。そしてその言葉の意味をよく噛み砕いて、ようやく──、

 

 

 

 

 

「きったねえ〜〜〜!!」

 

 

 

 

 

思いっきりのけぞりながらパワーを見る。その視線に気付いたパワーはムッと頬を膨らませてデンジを睨んだ。

 

「なんじゃ?文句でもあるのか?」

「文句とかそーいう問題じゃね〜だろ!?汚ねえしクセェんだよテメー!風呂入れ!」

 

 

一瞬で気を使うのをやめ、ストレートに指摘する。しかし、パワーはそれに反抗しながら胸を張る。

 

 

「ワシは小さい頃から風呂なんぞに入る習慣はつけてないんじゃ!三日に一回水で流せば良いと思っとる!」

「きったねえ!マジで汚ねえ!!お前もう布団入んなよ!!」

「学校ではイツカが煩く言ってきたから洗わざるを得なかったが、今は誰もワシを止められる者はおらん!ワシは自由じゃ!!」

 

 

そう言ってゴロゴロと布団に転がるパワー。それにまたデンジは顔を引き攣らせる。何故自分はこいつを一瞬でも女として認識してしまったのか。その後悔ももう遅い。

 

 

「ナシナシ!もうナシ!いろいろ無しだああアああ!!」

 

 

 

 

 

 



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岸辺先生の、スパルタ教室!

遅くなりました。受験の悪魔と戦ってました。無事勝利しました。クリスマスの悪魔とも戦っていました。負けました。


「オギャア!」

 

岸辺は突っ込んできたデンジの首をへし折り、手に持ったナイフをパワーの脳天に投擲する。

 

「甘い!!」

 

しかし、何回も相方を死なせた結果、どのように岸辺が動くのか理解したパワーは血の塊を凝固させた盾でナイフを防ぐ。しかし、一瞬岸辺を見逃してしまう。岸辺はその隙をついてデンジと同じようにパワーの首をへし折った。

 

「ぐごご…が」

「うーん」

 

岸辺は首をこき、と鳴らして評価をつける。

 

「パワー、お前よくなったな。ちゃんと敵がどう出るか予測してる。それをどんどん深めていけよ」

「ぐ…が!」

 

首が変な方向に曲がっているパワーはうめき声をあげる。

 

「デンジ。お前はアレだ。行動するタイプのやつだから、とにかく動きのキレを磨け。そしたら味方も策を考えやすくなるし、敵も殺しやすくなる」

「あぁあ〜い…」

 

ギリギリデンジは返事を出すことができた。それを見届けた岸辺は、酒を煽りながらその場を後にしようとする。

 

「今日はもう終わりだ」

 

その言葉に、デンジは安堵する。

 

(このクソみたいな時間が終わった…!)

 

のそのそと這いつくばり、パワーを揺らす。

 

「おい、おいパワー。終わったぞ…」

「え、えんじ…ほんろか?」

 

ああ、と頷こうとした瞬間、岸辺が立ち去った方向からナイフが飛んできた。そのナイフはデンジの後頭部に刺さり、大量の血液が出た。

驚くパワーと意識が朦朧とするデンジ。

 

 

「獣が狩人の言葉を信じるな」

 

 

デンジは思った。このジジイいつか殺してやると。

 

 

 

 

 

 

「勝てねえ…」

「勝ってやってないだけじゃけどな」

 

デンジとパワーは向かい合い、先程の反省をする。

 

「今のままガムシャラにやってもダメだ。なんか無えのか?」

「ワシがトドメをさす。デンジはアイツを撹乱しろ!」

「それさっきとおんなじヤツだぜ〜、動きのキレ良くしても無理だと思うけどなァ〜、岸辺強いもん」

「デンジが無理ならワシも無理じゃ!」

「う〜ん」

 

二人して頭を抱える。すると、デンジの視線に雑に放り投げられた少年誌が目に入る。それを見ていたデンジの目が徐々に開き始めた。そして──、

 

 

「パワー、俺結構バトル系のマンガとか見るんだけどさぁ〜、力がない主人公ってだいたい頭能戦に持ち込むんだよ」

「おう」

「俺らは力がねえ。つまりはだ?」

「──オヌシにしては名案じゃのう、デンジ」

「しかもアイツぁ酒ぇ飲んでるからよ、頭バカになってる」

 

 

 

「頭脳でアイツ殺すか!!」

「なーんか俺スゲェ頭良くなってきた気がすんぜ〜!」

 

 

高IQコンビ、爆誕。

 

 

 

 

 

 

コンビニから帰った岸辺を待っていたのは、ナイフを持ったデンジと、不敵な笑みを浮かべたパワーだった。

 

「ただいま」

 

靴を脱ぎ、ハンガーにコートをかける。壁は一面、血液で赤く染められている。おそらくパワーのものだろう。

 

「──」

 

 

そんな風に考えていたその時、デンジがテーブルを蹴り上げた。岸辺はそれを受け止める。

 

「備品なんだから雑に扱うなよ」

「ウオリャア!!」

 

すると次に、パワーが血で作り出した手斧で岸辺の首を狙う。しかし難なくこれを防がれてしまい、逆に一発ナイフで首元を刺されてしまう。

それを見たデンジは焦りながら岸辺へと走っていく。

 

(喉刺して終わりだな)

 

デンジが斬りかかるが、それをいなして喉元にナイフを突き立て──。

 

 

「──!」

「お?」

 

 

──れなかった。デンジはわざと手のひらでナイフを受け、固定し、岸辺を壁に押し付ける。そして──、

 

 

 

「いふぇぷぁふぁー!!」

 

 

 

がぱりと口を開ける。その口内には大量の血液がなみなみと蠢いていた。岸辺は目を見開く。

 

(そーいや、デンジは口を開いてなかったな…)

 

それを見ていたパワーは、渾身の力を振り絞り、叫んだ。

 

 

「ブラッドスピアーッ!!」

 

 

その言葉と同時に、デンジの口内に溜められていた血液が槍の形に変化、そして凝固する。その槍が向けられた方向は岸辺の脳天であった。

伸びた血槍は岸辺に向かっていき──。

どす、という音が響いた。

 

 

「やったか!?」

 

デンジに問いかけるパワー。しかし、帰ってきた返事は。

 

 

 

 

「いや…やっふぇねぇぇ!!」

 

 

「いまの一番良かったぞ、マジで」

 

 

 

吹き飛ばされるデンジ。パワーが受け止めようとするが、個性を使いすぎた反動か、貧血を起こしてしまい、二人で倒れ込んだ。

岸辺は頬に通った赤い筋に指を添えながら二人に話しかけた。

 

「お前らにしては頭使ったな」

「まあな」

「壁の血はブラフか。そんで本命は口ん中と。──うん、おっけー」

 

レジ袋を持ち、自室へと戻る岸辺。

 

「今日は頭使ったからもうなし。部屋綺麗にしとけよ」

 

その言葉とともに、岸辺はナイフを投げた。

 

 

 

「うら!」

 

 

しかし、デンジはそれを警戒していた。ナイフを弾き飛ばして、岸辺への警戒を強めていく。その動作を見た岸辺は、レジ袋を床に置いてデンジらへと向き合った。

 

 

 

 

 

「合格」

 

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間、今度こそデンジとパワーは意識を落とすのだった。



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暴れる・チェンソー

「仕事が入った。お前ら行くぞ」

 

本日の特訓も終わり、ジェンガをしていたデンジとパワーはその言葉に目を見開く。

 

「マジで!?」

「マジか!?」

 

今まで特訓しかしていなかった二人は舞い上がる。ようやくヒーローらしいことが出来る。この糞ヒーローに殺されるストレスを敵にぶつけることができる。二人の思考は後者が8割であった。

急いで制服に着替え、外に出る。先を歩く岸辺にデンジは問いかけた。

 

「な〜、どこ行くんだよ先生」

「保須市で正体不明の怪人が現れてるらしい。それも三体」

 

すっ、と差し出されたスマホを見てみると、そこには脳味噌を剥き出しにした巨大な異形が映し出されていた。

 

「あれ?コレあれだ!雄英襲ってた奴!のうむ!」

「…なんでお前こいつの事知ってんの?俺知らなかったんだけど」

 

他のヒーローに嫌われてんのか…?と思案する岸辺をよそにデンジとパワーは盛り上がる。

 

「おいパワー!こいつ強えからぶっ殺せるぜ!!」

「やったー!!」

 

訳の分からないことを言いながら、一人のヒーローと、二人の有精卵は保須市へと足を進めて行った。

 

 

 

 

 

 

あちこちから悲鳴が上がる。怪我をして泣き叫ぶ者、突如襲来した敵に怯える者。その喧騒の中、一人の女性も、涙を流しながら足を動かしていた。

 

「ハァっ、ハァっ…!」

 

何故こんな事になったのか。つい自分の運命を呪ってしまう。何も自分が出かけた時にこんな事しなくても良いじゃないか。自分は不運だ。そんな風に走っていると──ふっ、と視界の端に何かが映る。

嫌、気の所為だ。こんな状況で、まともに視界が発揮できるわけがない。だから、気の所為だ。──まるで、うずくまった子供のような大きさの影など。早く走れ。そんな不確定なものより、自分の命だ。

そう思い、さらに足に力を込めた。

 

 

 

「──おかあ…さぁん…!」

 

 

──ああ、つくづく不運だ。

 

 

「──大丈夫!」

「…え?」

「大丈夫。ぜったい、ヒーローが助けに来てくれる!お母さんも平気!だから、今はあきらめないで!」

「おねえ…ちゃん?」

 

気休めにしかならないその言葉しか出せない。しかし、そうするしかない。その目尻に浮かんだ涙を拭き、手をつなぐ。心細い命綱だが、今、この二人にとっては何よりも頼りになるものだった。

 

 

 

──目の前に黒い巨体が現れるまでは。

 

 

 

 

「ひ…!」

 

引き攣った声が出てしまう。それに反応を示したのか、脳無はその丸太ほどあろう右腕を振り上げる。

 

(ヒーロー──!)

 

周囲を見るが、ヒーローは誰も気づかない。なんて不運だ。というかもう間に合わない。迷子の少女に覆い被さる。しかし、焼け石に水。無慈悲にもその腕が振り下ろされ──、

 

 

 

 

 

「み〜〜〜〜つけたァァアァア!!!」

 

 

 

 

黒い怪人が、横殴りにぶっ飛ばされた。その威力は凄まじく、壁に怪人がめり込み、あたりに砂埃が舞うほどであった。

いきなりのことに唖然としてしまう。

 

 

「ひーろー…?」

 

 

腕の中の少女が目を丸くする。その言葉に応じるかのように、砂埃の中からモーター音が唸り声を上げる。

そして徐々に砂埃が晴れて行き、そこにいたのは──。

 

 

 

 

 

「ヒーロー参上だあアァアああ!!」

 

 

 

 

 

対の刃を天に掲げ、雄叫びを上げるチェンソーの自称ヒーローがいた。女性と少女は気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あ?気ぃ失ってんじゃね〜か!オイ大丈夫か!?」

 

五分前。「『個性』使え」と岸辺から許可を貰い、チェンソーの状態で街を走り回ったデンジはようやく標的を見つけた。そしてすぐさま飛びかかり──、そんな事はしない。今のデンジはヒーロー。人命が第一である。つまり──。

 

 

 

「殺される前に殺しゃあ〜イイってことだあぁ!!」

 

 

脳無にそのまま斬りかかる。チェンソーを二、三度走らせたところで、脳無も反撃をしてきた。その太い剛脚で回し蹴りを放つ。それを冷静に見極め、デンジはひとまず距離をおいた。

 

「──脳味噌が鼻下まで行ってるから頭良いやつかと思ったら、やっぱりそうだったみてーだな〜」

 

鼻の部分まで脳が侵食されている脳無はその言葉に何の反応もしない。

 

(つーかあいつも体治ってんじゃん)

 

見てみると、一番初めに付けた傷が癒えている。三度目の傷が今、修復されている途中であった。

 

 

「──ウワっ」

 

 

観察をしていると脳無がこちらに突進をしてきた。避けることも考えたが、後ろには女性と少女がいる。故に真正面からぶつかり合うしか無かった。

デンジは脳無の腹にチェンソーを突き刺す。そしてチェンソーの回転力を上げた。荒々しい轟音と肉の削れる音が聞こえる。しかし脳無はそれを気にも留めず、デンジの頭部を殴打する。

 

「アウ!痛ぇ!糞が!痛い!」

 

しかしデンジはまだ脳無の腹部からチェンソーを抜かない。すると徐々に脳無の力が微々だが弱くなっていくのを感じる。

 

「も〜ちょいかあ〜〜!?」

 

そして、チェンソーをずぽっと抜いた後、キックを放ち強制的に距離を取らせる。脳無は踏ん張っていたが、腹にダメージを受けていたのもあり、膝をついてしまう。それを見たデンジは即座に走る。脳無もそれに気づいているが、先ほどより弱いパンチしか打てない。その腕を切り下ろし──。

 

 

 

 

 

──ギャギギギガギガギギギギギガガギ!!

 

 

 

 

脳無の耳元で、そのチェンソーを重なり合わせ、摩擦による大騒音を奏でた。脳無はそれに堪らずに倒れ込む。しかし、脳無はダメージをものともしない様子で立ち上がって──、

 

 

「?」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()拳を繰り出した。

 

 

「てめ〜は目と鼻がねえからよ、どっかでそれを補ってるって思ったんだ。んで、顔に残ってんのは耳ってこたあ、てめえは音を聴いてる」

 

デンジは脳無に向かってゆっくりと歩き出す。しかし脳無は聞こえない。ずっと虚空を殴っている。

 

「でも耳壊してもすぐに再生しちまうから、どーしよーかと思ってたんだが…頭が良くなった俺は見逃さなかったぜ──お前、傷を受けた順番しか回復できねーみてぇだな〜?」

 

赤い目がキラリと光る。その視線の先には未だ癒えていない腹の傷がある。

 

「だから痛い目見ながらずーっと腹ぁ裂いてたんだよ、なかなか治らねえようにな」

 

そしてデンジは脳無の背後に立った。

 

「んで耳壊しゃてめえは何の抵抗もできねえ。コレでようやく──」

 

 

 

モーター音が響く。その唸った刃は、脳無の四肢を綺麗に切り取った。

 

 

 

「──ヒーローは殺しはダメだからな。コーソクしてタイホさせて貰うぜ!」

 

 

 

デンジ、WIN。

 

 

 

 

脳無を広場に置いて、次の獲物を探しに行くデンジ。すると走っている最中に、とあるものを見つけた。

 

「──あいつは…!」

 

途端に急旋回し、とある人物を探すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

──ある路地裏。そこで一つの戦闘が起こっていた。所々に氷が固まっており、その上を縦横無尽に飛び回る影。『ヒーロー殺し』だ。飯田の危機を察知した緑谷と轟はその邪悪と対峙していた。

 

 

 

「轟くんは血を流しすぎてる…僕が奴の気を引くから後方支援を!」

「相当危ねえ橋だが…そうだな、──二人で守るぞ」

 

 

緑谷がヒーロー殺しへと超スピードで突撃する。それに炎で追撃を仕掛ける。しかし──、

 

 

「ぎゃ!」

(動きが違う!さっきよりも、早くなって──)

 

 

本腰を入れたヒーロー殺しは緑谷の足を切りつけ、その血を舐める。それによる個性が発動し、緑谷の体の動きが止まる。

 

「ごめん轟くん!」

 

残るは轟のみ。轟が個性を使おうとしたその時、後ろから飯田のか細い声が聞こえる。

 

「……やめてくれ……!もう……僕は……!」

 

 

その声に目を見開き──、

 

 

 

 

 

「やめてほしけりゃ──立て!!なりてえもんちゃんと見ろッ!!」

 

 

 

その言葉と共に炎を巻き起こす。しかしそれを切り裂いたヒーロー殺しは──、突如動きを止め、後ろに跳躍した。

 

「…何故、お前が生きている」

 

その言葉に、緑谷、轟、飯田、プロヒーローは困惑する。しかし、ヒーロー殺しは驚愕の表情を浮かべていた。

 

「たしかに、殺した筈…だ」

 

緑谷が後ろを振り返る。そこにいたのは──、

 

 

 

 

 

 

 

「リベ〜〜〜ンジ…!」

 

 

 

 

 

紅く光る眼をした、チェンソーの異形であった。



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リベンジ・チェンソー

寒くなって来ましたね。風邪引きました。皆さんはヒーターのない部屋で裸で寝ないように気をつけてください。


「デ…デンジ君!?」

 

ヒーロー殺しと相対していた緑谷、轟、飯田は目を見開く。いつもの姿ではなく、雄英を襲撃した時の個性を使用した異形の姿で現れたデンジに少し尻込みする緑谷。

 

「なんでここに!?」

「あ?ヒーローだからなあ!」

 

緑谷が聴きたいのはそういう事ではないのだが、デンジは構わず腕の刃を元気に振り回す。エンジンの音と共に、辺りに血液が飛び散った。

 

「──待て、デンジ。お前はダメだ」

「ああ!?何でだよ!」

 

それを見た轟が制止する。それに憤慨しながら反応したデンジはそのオレンジ色に光った目を鈍く光らせた。

 

「あいつに血ィ舐められたら身動きできねェ、そういう『個性』だ。その血はお前から出たんだろ」

 

デンジの全身は血塗れになっている。元々白かったワイシャツは赤く染まっており、今もチェンソーが露出している部分からも血が滴っている。今のデンジにとって、ヒーロー殺しの『個性』は天敵であった。

 

「まあ、俺の血だけど…」

「なら引っ込んでろ。親父──エンデヴァー呼びに行ってくれ。炎が噴き出てる所にいる」

「──させると思っているのか?」

 

一瞬のうちに、轟とデンジの間に割り込み、二刀をデンジと轟に振り下ろす。轟は冷や汗を出しながらも右の個性──半冷を発揮して氷の壁を作った。作ってしまった。

 

(──バカか俺は!?今デンジに応援呼ばせようとしたのに逃げ道を氷で塞いでどうすんだ──!)

「やはりまだ子供か」

 

「ウォラァ!!」

 

デンジが右腕の刃を横なぎに振るう。しかしそれをしゃがんで避けたヒーロー殺しはデンジの顎目掛けて刀を突き刺そうとする。

 

「やるしか無い…!──デラウェア・スマッシュ!!」

 

しかしそれを緑谷がフォロー。足を怪我していながらも、フルカウルでは無い、百パーのワン・フォー・オールの超力で放たれる指撃の衝撃波でヒーロー殺しを牽制する。

その隙にデンジと轟は距離をとる。が、路地裏の出口は、ヒーロー殺しの背後にある状況になってしまった。

 

「スマン、俺のせいだ」

「グ…!──いや、多分轟くんの氷が無かったらどっちも危なかった!」

「つーかさぁ、俺ちょっとヤベェかも…!血が、血が足りねえ…!」

 

その言葉に反応して二人が振り向くと、デンジのチェンソーに異変が現れていた。明らかに回転力が落ちており、刃の長さも掌から少し出ているだけの長さとなっていた。

 

「不味い…!」

(機動力が売りの僕は足を怪我して充分な速度を出せない。轟くんの大振りの攻撃は当てられる確率は低いし、デンジくんの尋常じゃない耐久性と回復性はヤツの『個性』で無力化されてしまう──!どうすれば──!!)

 

 

「──緑谷!集中しろ来るぞ!!」

「ッ!」

 

その言葉に弾かれるように頭を上げると、目の前にヒーロー殺しが迫ってきていた。その鬼のような形相で距離を詰めてきたヒーロー殺しに体が竦んでしまう。

それを見たデンジは地面を蹴り、ヒーロー殺しに頭の刃を向けた。

 

「イズク!」

 

しかし、ヒーロー殺しは突如方向を変え、ナイフをデンジに投擲した。そのナイフは頭部に向かっていくが、変化したデンジの頭部に跳ね返される。

 

「チィ…!」

「もうナイフで刺されんのはコリゴリなんだよなぁ!──どわぁ!!」

 

掴みかかったデンジを投げ飛ばし、巴投げの要領で投げ飛ばし、緑谷の方へ顔を向けた。しかし、彼に赤い炎が襲いかかる。死角からの炎。轟は手応えを感じるが──。

 

 

「誰かに言われた事はないか?『個性』にかまけ挙動が大雑把だと」

「──ッ!!」

 

轟の懐にヒーロー殺しが飛び込む。完全に射程距離内だ。

 

(あの怪物は遠くに投げた。そして緑の小僧は足を怪我している。あの衝撃波もこいつを巻き添えにしてしまう。まずは一番厄介なこいつから──)

 

ヒーロー殺しの視界に白の鎧が見える。その足首からはエンジンの唸る声が聞こえてくる。

 

 

 

 

(──僕は未熟者だ…!足元にも及ばない…!お前の言う通りだよヒーロー殺し、それでも…!)

 

「効果切れか…チッ!!」

 

 

「レシプロ────」

 

 

 

(今ここで立たなきゃ、二度と!!もう二度と彼らや兄さんに──!)

 

自分に失望した、力量の差を感じた。絶望した。しかし──、それは立ち上がらない理由にはならない。

 

 

 

(追いつけなくなってしまう────!!!)

 

 

 

 

「────バースト!!」

 

 

 

 

一瞬の白い軌道を描き、ターボキックがヒーロー殺しの刃を折った。

 

(速い!)

 

「飯田くん!」

「速えぇ!」

 

緑谷とデンジが驚愕する。『個性』から抜け出した飯田は俯き、口を開いた。

 

「…轟くんも、緑谷くんも、デンジくんも。関係ないことで…申し訳ない」

「また、そんな事を…!」

「関係あるだろ!ヒーローだぞこっちゃ!」

 

「だからもう、三人にこれ以上血を流させるわけにはいかない!」

 

顔を上げ、決意の表情でヒーロー殺しを睨む飯田。それをヒーロー殺しは一蹴する。

 

「感化されても無駄だ、人間の本質はそう易々と変わらない。お前らは私欲を優先する贋物にしかならない…ヒーローを歪ませるガンだ…!」

「確かに、その通りだ。僕にヒーローを名乗る資格は無い。…それでも、折れるわけには行かない…!」

 

 

「俺が折れれば、インゲニウムは死んでしまう」

 

 

「俺ぁ女の子にちやほやされてえんだよ、あと金持ちになる」

 

倒れた状態からデンジも起き上がる。時折ふらつくが、壁に手を当てその異形の目でヒーロー殺しを見据えた。

 

「そういう約束したからな〜。これだけはどうしても叶えないといけねえからなあ〜!」

 

 

「ニセモンでも叶えられるんだったらそれで良いんだぜ〜!!」

 

 

 

「論外……!!」

 

 

 

静かに激昂したヒーロー殺しに、炎の海が迫る。飛び、壁に太刀を突き刺してその上に乗ったヒーロー殺しを轟は警戒する。

 

「バカ…!ヒーロー殺しの狙いは俺とその白アーマーだろ!応戦するより逃げた方が良いって!」

「そんな隙を与えてくれそうに無いんですよ…!明らかに奴の動きが変わった」

 

半冷で体温を冷やしながらプロヒーローに答える。

 

(多対一はヤツの苦手な所だろう、それに加え俺のヒーローの要請の情報──プロが来る前に、飯田とこの人を殺そうと躍起になってるんだ。イカれた執着心してんな…!)

 

飯田が駆け出そうとするが、足首からバスっ、という音が聞こえる。それに目を向けると、排気筒からは黒い煙が出ていた。

 

(さっきの蹴りで冷却装置が壊れたか──!)

「轟くん!温度の調節は可能なのか!?」

「左はまだ慣れねえ、なんでだ!!」

「俺の足を凍らせてくれ!排気筒は塞がずにな!」

 

それに合点が入った表情の轟は右手で飯田の足に手を触れようとする。それを見たヒーロー殺しは、またナイフを投擲した。

轟はそれに気づかない。しかし、飯田の目はそれを見逃さなかった。

 

「──ッ」

 

轟を庇い、腕にナイフが突き刺さる。しかし、ヒーロー殺しの執念は止まらない。更に一回り大きいサイズのサバイバルナイフを投げつけた。それを受けた飯田は地に伏してしまう。

 

「飯田!!」

「いいから…早く!」

 

ヒーロー殺しは飯田に飛びかかる。しかし、横から人影が突撃してくるのが見えた。

 

 

「アアア!!」

 

 

デンジだ。血を失いすぎたのか、頭の変身が半分溶けており、チェンソーも出ていない。しかし、最後の力を振り絞り、ヒーロー殺しにしがみついた。

 

「貴様──!!」

「男に抱きつくのは趣味じゃねえんだけどなあ〜!!」

 

 

万力のような力で抱きつくデンジ。よく見ると胸元のワイヤーを引っ張ってエンジンを吹かしていた。

ヒーロー殺しの気が一瞬逸れる。それを、二体の有精卵が見逃すはずもなかった。

 

 

(二回!ここから飛んで、氷を踏み台にして、踏み込み二回…!行けるか…?──いや、今は…!)

 

(ありがとう、轟くん!──戦うんだ、腕など捨ておけ!!)

 

足を引きずり、覚悟の火を灯す緑谷。そして腕のナイフを抜き、足のエンジンを最大限に稼働させる飯田。今二人の継承者が、動き出そうとしていた。

それに気づいたヒーロー殺しは冷や汗を流す。

 

(拙いか…ここは一旦距離を置こう。まずしがみついているこいつを──止める)

 

「──レロ」

「あ──!」

 

ヒーロー殺しはデンジの服に染み付いた血液を舐める。デンジはそれに目を見開き──。

 

 

 

「なぁ〜〜んてなぁ!!」

「な──」

 

 

 

笑みを浮かべた。それに驚くヒーロー殺し。瀬戸際の彼の脳みそはフル回転で疑問を解消する。血液型?違う、それでもすぐ解除されるわけがない。無力化の『個性』?違う、そんなものがあれば一番初めに使われている。では──。

 

(まさか──)

 

 

 

「貴様──!他人の血を体に浴びたな──!!」

「せいか〜〜い!!」

 

 

 

 

 

 

 

8分前。デンジが路地裏の戦闘を目撃した後、真っ先に向かったのは──。

 

 

「ガハハハ!!ワシが最強じゃあ!」

 

 

小型の脳無を血のハンマーで潰していたパワーの所であった。

 

「パワー!お前こんなところに居たのか!」

「お?おお!デンジか!見よ、これがワシの力じゃ!凄いじゃろ!」

「すげえな。うん、所でさあ!血分けてくんね?」

「ええ〜?嫌じゃ!」

「分けてくれたら先生が焼肉奢ってくれるって!高い奴!」

「いくらでも分けてやろう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

(血塗れだとよー、『こいつはいつでも殺れる』って油断してくれんだ、だからパワーの血を浴びた)

 

 

「大好きなヒーローは言ってくれなかったかァ?獣が狩人の言葉信じるなってよ〜〜〜!!!」

 

(マズイ──!!)

 

その一瞬。血液を舐め取ると言うその一瞬が、ヒーロー殺しの命運を決めた。左からは白の脚。右からは緑の拳。凄まじい速度で迫って来ていた。

 

(今は拳が──!!)

(今は脚が──!!)

 

「…行け…!」

「ブッ飛ばせえ!!」

 

 

 

 

(────あれば良い!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒーロー殺しの頭部に、決意の二撃が叩き込まれた。



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終末

お久しぶりです。


「流石ゴミ置き場。縛るもんもあるな」

「轟君、やはり俺が引こう」

「お前腕ぐちゃぐちゃだろ」

 

路地裏での攻防が終わり、デンジ達はヒーロー殺しを引きずりながらそこを後にしていた。轟は凍傷と火傷、飯田は腕部がズタズタになり、緑谷は足を酷使した為プロヒーローに背負われている。そして貧血のデンジはふらふら歩きながら自分のシャツに付着しているパワーの血液を蚊の様に吸っていた。

 

「四対一の上にコイツ自身のミスがあってギリギリ勝てた。デンジの作戦が予想外だったんだろうな、緑谷の復活時間も頭から抜けてたし、多分通常なら対応できてた飯田のレシプロも反応できてなかった。ファインプレーだった」

「あー……そりゃよかったーぁ」

 

血が頭に通っていない為、轟の珍しい賛称を受けるが、それに生返事で応えてしまうデンジ。その反応に各員が苦笑する。全員が満身創痍だが、凶悪敵を捕まえたという達成感が、彼等を動かしていた。

 

「む!?んな…!何でお前がここに!?」

「あ…!グラントリノ!?」

 

するとデンジ達のいる向かい側の通路から驚愕の声が上がる。その声に反応する緑谷。その主はグラントリノ。緑谷のインターンシップの担当者である彼は、その個性『ジェット』の力を使い、愛弟子の元へ涙ながらに駆け寄る──。

 

「座ってろっつったろ!」

「グラントリノ゛ッ」

 

事は無く、緑谷の顔面に足裏をめり込ませ、怒りの形相を剥き出しにした。しかし彼の心境を鑑みれば当然であろう。弟子を危険に巻き込まない様にしていたのに、その危険の中心に居たのだから。

 

「まァ…ようわからんが、とりあえず無事ならよかった」

「グラントリノ…」

 

そう言ったグラントリノに、緑谷は罪悪感を覚えながらも頭を下げた。デンジはその様子を見て自身の師と重ね合わせる。

 

(…アレ。こっから殺し合いになんねえのか。俺ん所と教育方法が違えんだな)

 

そんな事を考えていると、プロヒーロー達がデンジ達と合流する。市街地で暴れている脳無に有効でない個性の持ち主が、応援に駆けつけた様だ。

 

「三人とも…僕のせいで傷を負わせた。──本当に、済まなかった」

 

 

ヒーロー達が事情聴取をしていると、飯田が震える声で頭を下げる。彼の心の中は緑谷以上に罪悪感を感じているのだろう。元々正義感の強い彼は、友人を自分の所為で危険な目に合わせてしまった事に後悔していた。

 

「何も、見えなくなってしまっていた…!」

 

頭を下げたまま、後悔の声を絞る様に出す。その痛々しい姿には流石のデンジも何も言えなかった。

 

「…僕もごめんね。君があそこまで思い詰めていたのに、全然見えていなかった。友達なのに……」

「──っ」

「しっかりしてくれよ、委員長だろ」

 

その緑谷の言葉に息を詰まらせる飯田。それを見た轟は、気持ちを切り替えさせるべく、あえて短い言葉で激励を掛けた。

 

「あ〜……じゃあウマイもん奢ってくれ…。腹減ったぜ…」

「……うん。──ああ!何でも奢らせてくれ!何なら俺が作ろうか!!」

「マジ?じゃあ俺肉が良い!」

「野菜も食べないといけないぞデンジ君!!」

 

すっかりいつもの委員長ムーブでデンジにビシィッと指を向ける飯田。それを見た雄英の生徒は、ようやくいつもの『日常』が帰って来たと実感した。

 

 

 

 

「────伏せろッ!!」

 

 

 

 

突如、グラントリノが叫ぶ。その只事ではない様子に、デンジ達はおろか、プロヒーローも反応できないでいた。

ばさっ、と羽ばたく音と共にナニかが飛来する。それは真っ赤な液体を滴らせながら、一直線に──緑谷を掴んで黒い空へ飛び去って行く。

 

「──脳無!?」

「緑谷!──ッ、アレは──!?」

 

その脳無は血塗れになりながらも、右手で緑谷、そして──左手でツノの生えた少女を鷲掴みにしていた。

 

「パ、パワーー!?」

「うわあああああ!!」

 

目から大量の涙を溢れさせながら絶叫するパワーに目を剥くデンジ。その場の全員が固まる中、一人だけ。一人だけ即座に動いた者が居た。それは、デンジ達でも、プロヒーロー達でも無く──。

 

 

 

 

「…偽物が蔓延るこの社会も…徒に力を振り撒く犯罪者も……。全て、『粛清対象』だ」

 

 

 

 

捕らわれていた筈の、ヒーロー殺しであった。無理矢理拘束を解いた影響でその腕は赤黒くなっており、明らかに力が入っていない。しかし、その状態で彼は脳無の急所を的確に貫いていた。

 

「──すべては、正しき社会の為に──」

「うっわ!」

「ギャア!」

 

脳無の拘束から外れた緑谷とパワーは、地面に不時着する。そして、ヒーロー殺しの両の手でまたもや拘束されてしまった。しかしヒーロー達は動けない。ヒーロー殺しと緑谷達の距離が近すぎる。個性を使おうにも、今この場にいるヒーローの個性では有効打にならなかった。

 

「オイ!何故一塊で突っ立っている!?そっちに一人逃げたハズだが!?」

「エンデヴァーさん!あちらはもう!?」

「多少手荒になったがな…そして、アイツが──」

 

その時、場に高圧的な声が轟く。No.2ヒーロー、エンデヴァーだ。その身体は灼熱を纏っており、つい先ほどまで戦闘していた事が分かった。

 

「………エンデヴァー…」

「ヒーロー殺しか!!」

 

ヒーロー殺しの不気味な呟きと同時に、エンデヴァーは腕から迸る赤い炎を向かわせようとする。

 

「──!待て!轟!!」

 

しかし、何故かそれをグラントリノが静止した。この切羽詰まった状況で、自分の攻撃を止められた事に疑問と怒りを覚えたエンデヴァーは、彼の顔を見る。──確かな実力者である彼のその顔は、恐怖に染まっていた。

 

「!?」

 

 

 

 

「──贋物…!」

 

 

 

その声を聞いた途端、轟達は兎も角、プロヒーローすら動けなくなってしまう。それはまるで、彼の個性を受けたかのように。

 

「正さねば──誰かが血に染まらねば──!」

 

エンデヴァーの頬に汗が伝う。普段なら個性の影響で汗は蒸発するはずなのだが──無意識に、その個性が解かれていた。

 

「“英雄(ヒーロー)”を取り戻さねば…!!」

 

女性ヒーローはへたり込む。立っていられないのだ。ヒーロー殺しの出す重圧に。殺意に。──正義に。

 

 

 

 

 

「来い。来てみろ贋物ども…!俺を殺して良いのは…!オールマイトだけだ──!!」

 

「!!」

 

 

その言葉を最後に、ヒーロー殺しは武器を構える。しかし誰も抵抗できない。この場にいる誰もが、彼に飲み込まれていた。

 

 

 

 

「──なあこれどういう状況?」

 

 

 

その時、その場に似つかわしくない声色が響く。はっ、と全員がそちらを見ると、そこにはツギハギの顔の男がビール缶片手に立っていた。

 

「──先生!?」

「お、デンジ。何この集まり」

 

そのいつもと変わらない雰囲気の岸辺に、デンジはふらつきながらも必死に伝える。

 

「アイツが敵だ!なんか、ヤベェ!!」

「語彙力」

「ふざけてる場合じゃねえんだって!マジで!死ぬかもしんねえ──」

「ん?何言ってんだ」

 

その言葉に首を傾げる岸辺。彼はビールを煽りながら、ヒーロー殺しの元へ近づき、そして──その頭を掴んだ。

誰もがぎょっとするなか、岸辺は何ともないように口を開く。

 

 

「コイツはもう気を失ってる。死ぬわけないだろ」

 

「……え…?」

「ほれ、回収」

 

岸辺はエンデヴァーに向かってヒーロー殺しを投げ渡す。それを慌てて受け止めると、確かにヒーロー殺しは白目を剥き、意識は無い状態だった。

 

(気を失ったまま、あのプレッシャーを──!?)

 

戦慄するエンデヴァーを他所に、岸辺はビールの最後の一口を飲みきった。

 

「デンジ、パワー。帰るぞ」

「あ、ああ…」

「デンジィ……おぶってぇ…」

 

「待て、貴様──!」

 

 

岸辺がその言葉に耳を傾ける事はなく、そのまま立ち去っていく。後に残ったのは、最後まで正義を貫いたヴィランと、その正義に竦んだヒーロー達だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「パワー。何でお前アレに捕まってたんだ?」

 

帰り道、岸辺がデンジに背負われたパワーに問いかける。

 

「お前の危機感知能力とずる賢さなら逃げれただろ。あんなのが近づいて来たらすぐ逃げるのがお前なのに、一体どうした?」

 

確かに、とデンジは思う。人一倍ビビりで臆病なパワーが、あの怪物に気づかないとは思い辛い。一体何があったのだろうか。

すると、パワーはぽつり、と口を開いた。

 

「──わ、分からん。分からんが、奴と目があった瞬間に、なんか急に体が動かんくなったんじゃ…」

「体が、ねえ…。ヤツに当てられたか?」

「わ、分からん…もう怖い…ワシ怖い…」

「はあ……まあ良いや、デンジ。パワーのお守りは任せ──デンジ?」

 

岸辺がデンジに顔を向けると、そこにはダラダラと汗を流すデンジがいた。それを見た岸辺は、一瞬で悟る。

 

(ああ、コイツのせいか)

「いやぁ〜!分かんねえなあ!全く分かんねえわ!ああ!」

 

デンジのワイシャツはパワーの血に塗れていた。ヒーロー殺しとの戦いそれを囮に見事勝利した…。そう。デンジはヒーロー殺しに、パワーの血を舐めさせた。と言う事は──。

 

 

 

 

 

「大変だったなパワー!オウ!」

「デ、デンジィ…!」

「──あ、酒切れたな…コンビニ行くぞ、アイス奢ってやるから」

「「わーい!」」



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はじめてのおみまい

ちょっと問題が起こりまして。チェンソーマンを母の知り合いに全巻貸したんですよ。そしたらその人が借りたまま他の県に引っ越しました。つまり今俺の本棚には何も無いわけです。借りパクですねこれ。
そんなわけでちょっと萎えてて投稿してませんでした。原本が手元にないので、チェンソーマンキャラに解釈違いがある時があるかもしれないんですけど、そこは許してください。


「よー」

「…デンジくん!?」

 

『ヒーロー殺し』との激闘を終えた緑谷達は、都内の病院にて治療を行い、現在入院していた。三人とも包帯を巻いていたり、ギプスで腕を固定したりと痛々しい風貌であったが、あの『ヒーロー殺し』と相対してこの程度の傷というのは逆に幸運だったのかもしれない。

デンジは岸辺に三人が入院していることを聞き、人生初のお見舞いに出向いたのだ。

 

「うわぁ…!デンジくんがお見舞いに来てくれるだなんて!ありがとう!」

「その袋に入ってるのは…見舞い品か?気遣いありがたい」

「あ〜これ俺の昼飯」

 

飯田がやるせない気持ちになっていると、轟が寝転がりながらデンジに問いかける。

 

「デンジ、お前街で『個性』使っただろ。なんか言われたか?」

「あ!そーだ、お前ら怒られたらしいじゃねーか」

 

デンジはおにぎりとざる蕎麦をかっこみながら箸でそれぞれを指す。

先日三人は警察から厳重注意を受けた。理由は、ヒーロー免許未取得者が許可を得ずに個性を使用し人に危害を加えた為というものだ。ヒーロー殺しが敵であるとはいえ、法律では禁止されている行為をしたという事実は変わりない。

 

「違えよ、ちょっともめただけだ。ヒーロー殺しを捕らえたのは俺たちだが、それを世間に公表するとなると俺たちがヒーロー免許未取得状態で個性を使用したのも伝えないといけない。だから俺たちは名前を隠したんだ。あとデンジ、ざる蕎麦くれ」

「ほ〜ん……やだ」

 

轟が頭に青筋を立てた。飯田がそれを収める。苦笑いしながら、緑谷の頭にふと疑問が出来る。

 

「デンジくん、君は大丈夫だったの?割とガッツリ街中で個性使ってたけど…」

「俺ぁちゃ〜んと許可取ったからなあ!怒られる事ナシ!」

 

ドヤ顔で緑谷に答えたデンジにまたもやキレそうになる轟。しかし、そのドヤ顔もすぐに曇って行く。何があったのかと、緑谷が心配し始めたその時、静かにデンジは口を開いた。

 

「俺さぁ、俺がめちゃくちゃ頑張れば、めちゃくちゃ褒められるって思って頑張ってたんだ。けど、この前ミッドナイト先生とかねじれちゃんにあった時…すげー怒られたんだよなぁ…何でなんだろ」

 

眉を下げ、困った様に呟く。先日、デンジにも見舞いが来ていた。その時にはもうデンジの体はすっかり元通りになっていたのだが、それを見たミッドナイトは声を荒げて怒った。

 

 

【だからあれほど駄目って言ったでしょう…!!──もうこんな無茶しないでっ!!】

 

 

「はあ…別に怪我しても治るんだから安心して欲しいんだけどさぁ〜」

「そこ、なんじゃないの?」

「あ?」

 

ぼやくデンジに、緑谷が口を挟む。その自身の右腕を見ながら、語り出した。

 

「多分ミッドナイト先生はデンジくんに怪我してほしくないんだ。治る治らないじゃなくてただただ心配なんだよ。…僕も、この個性が発現してからは凄い色んな人に迷惑をかけたんだ」

 

緑谷の脳内に様々な人達が過ぎる。夢を泣きながら応援してくれた母親──厳しくもその個性の扱いに気づかさせてくれた相澤──そして、自分を信じて、『力』を託してくれたオールマイト。その誰もが、自分に期待と、それ以上の心配をしてくれていた。

 

「……」

「デンジくんの戦闘スタイルはある意味、ちょっと前の僕に似てる所もあると思うんだ。自傷と引き換えに凄まじいパワーが発揮できる個性。だけど──そんな痛々しいヒーローに抱き抱えられて、助けられた人は心からの笑顔ができるのかな?」

「…じゃあ、どーすりゃ良いんだよ…俺の個性はゼッテー血が出るんだぞ」

「それはこれから皆んなで考えて行けば良い」

 

その言葉に飯田が反応する。仲間を頼る事をしなかった、その罪の重さを一番理解していたから。

 

「そのために俺たちが居るんだ。まだ俺たちは子供。正解を探す時間なんていくらでもあるさ」

「飯田…」

「うん、焦らず、立派なヒーローになろう」

 

その緑谷の言葉に、飯田と轟も頷いた。デンジは、心の中に発露した暖かな気持ちを味わう。

 

(……?)

 

「…テレビでもつけるか」

 

轟がリモコンを操作する。するとそのチャンネルではニュースが流れていた。

 

[では次のニュースです。先日起きた保須市襲撃事件において、謎多き怪人が現れていたという情報が入りました]

 

その言葉に四人はテレビを凝視する。敵を見落としていたのか──、その考えが脳をよぎった時、テレビの画面が移り変わった。

 

[その怪人の容姿は、頭がチェンソー、腕からもチェンソー。血を浴びながら街を駆けずり回る姿に、市民からも不安の声が聞こえています]

 

 

「あ」

「あ」

「あ」

「あ」

 

[叫び声を上げてチェンソーを振り回しながら道路を走り回ってたんです。血を撒き散らしながら]

[最初は敵かと思ってたんですけど、私達の事守ってくれたりしてて──カッコよかったでーす!]

[僕見たんですよ。あのチェンソー敵がツノ生えた女の子の血を浴びてたの!あれ絶対やばいヤツですって!]

 

[という意見です。市民の間では、謎多きヴィジランテ『チェンソーマン』として話題となっている様子です。また、警察はこのチェンソーマンが、数年前に逮捕された毒々チェンソーと関連があるか、調査している模様です。では、次のニュースです。近年──]

 

 

 

「……」

 

 

 

病室は居た堪れない空気になり、ニュースキャスターの声だけが響く。デンジの唇が震える。

 

「…お」

「で、デンジくん!気にしない気にしない!ここから!ここからね!?」

「ありゃやべえな、血塗れだったぞ」

「轟くん!!」

「お…おれ」

 

 

「俺が女の子に人気になってるーーーーー!!!」

 

 

『え…?』

 

 

「なあなあ見た!?カッコいいって!カッコいいって!!」

 

三人はヴィジランテ扱いされたことにデンジがショックを受けているのかと思っていたが、当の本人はそんな事気にも止めてなかった。それどころか女子高校生に褒められ笑顔になる始末。

 

「はあ…」

「ほ、本人が良いと言うなら良い、のか…?」

「あはは…まあ、デンジくんらしいね……」

 

 

 

「でへへへへへ………!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、デンジくんです!うわぁ〜、血塗れ!ステキ!吸いたい!」

 

 

 

 

「あれ?デンジくんじゃ〜ん!やっぱりかっこいいなぁ…。あーーー早く一緒にそこ等のやつ爆発させたい爆発させたい」

 

 

 

 

「……デンジくん、か。何で──コッチに来なかったんだろ?気になるなあ」

 



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ビッグな三人

「はい」

 

どさどさどさ。相澤がデンジの前に置いた書物の数々が、音を立てて崩れ落ちた。

 

「……え?」

「これ見て勉強しろ」

「えぇ〜〜〜!?」

 

その言葉に絶叫しながら飛び退くデンジ。それを予想していたのか相澤は両手で耳を塞いでいた。

 

「何で!?」

「お前この前メディア…テレビに取り上げられてたろ」

「ああ、あれか。カッコよかった?でも俺的にはやっぱり俺でテレビに出たいんだよなぁ〜!」

「馬鹿か。お前の正体がバレなかったから良かったんだよ」

 

意味がわからないと言うように首を傾げるデンジ。それを見て相澤は深くため息を吐いた。

 

「街中での個性使用は禁止されてるよな」

「…あぁ〜。──いや!でも!あれは岸辺のヤローが良いって言ったからよぉ!」

「……お前の今の状況、結構ヤバいんだよ」

 

そこで相澤は懐から新聞を取り出し、デンジにある記事を見せる。そこには大きく、『新たなる敵か!?毒々チェンソーの意志を受け継ぐ謎多き怪物チェンソーマン!』と見出しが乗せられていた。

 

「敵んん〜?俺がァ?イカれてんじゃねえのこいつ?」

「話題性さ。マスコミはとにかく話題を求めて活動しているんだ。お前のこれも、ヒーローとしてのチェンソーマンより敵としてのチェンソーマンの方が市民の目を引ける。人間は自分の身に危険が起こりそうな出来事に必死になるからな」

「ほーん…ひっでぇな〜」

「……すまん」

 

恐らく内容が分かっていないであろうデンジに向け、突然相澤は頭を下げた。

 

「何だよ急に気持ち悪ィな!」

「それともう一つ理由がある。お前が雄英に勤務している事は、世間にはまだ知られていない。いずれ発表しようとは考えていたが──今回の件で、その案は無しになった」

「なんで?」

「……雄英の信用が失われてしまうからだ」

 

苦虫を噛み潰したような顔をして相澤はそう言い放った。その手は力強く握りしめられており、微かに震えている。

 

「前のUSJ襲撃事件──。あの一件で雄英の信用が危ぶまれていたこの時に、世間から敵か敵じゃ無いかわからないお前を受け入れている事が知れ渡れば、雄英の信用はガタ落ち、また雄英に勤務しているヒーロー達もその被害を被る恐れがある。──だから、その…」

 

そこで言い淀む相澤。彼は言いたくないのだろう。人々の心無い声から守るべき相手に、心無い言葉を使う事が許せないのだろう。しかし言わねばならない。彼のモットーは合理的判断。相澤は内心を抑え、あくまでも声色を変えずに口を開こうとした。

 

「あ〜、いいよそれで」

「……」

 

しかし、そのデンジの一声で、相澤の動作が止まる。デンジは目の前の本を眺めながら呟くように話す。

 

「別に今の生活で満足してるからな。居ないもん扱いされるのはまあ気に食わねえけどよ〜、この生活続けられるんだったら俺ぁ居ないもん扱いされても良いぜ」

「…お前…」

「元々親もどっか行ったしな〜。世間サマの中で俺ん事知ってるの多分誰も居ねえし」

「──」

 

その言葉に思わず相澤の息が詰まる。まだ恐らくデンジは教え子と同じ年齢だろう。先程の発言は、成人してもいない少年が口に出して良い発言では無かった。ぎり、と奥歯を噛み締めながらも、相澤は黙るしか無い。この案を、進めていくしかないのだ。しかし──。

 

(だからこそ、この方法しかない)

 

「──お前には、ヒーロー免許を取ってもらうことにした」

「…えぇ?免許ぉ?」

 

デンジはその予想外の単語に首を傾げた。相澤はそんなデンジを見下ろしながら説明をする。

 

「ヒーローか敵か分からないとなれば、決定的な証拠を作れば良いのさ」

「ん〜、そんな簡単に取れるもんなの?」

「無理だな」

「はぁ!?」

 

即答する相澤にデンジは眉を吊り上げ憤慨するが、その鋭い目つきを向けられすぐに黙りこむ。

 

「ヒーローってのは人の命を背負う仕事だ。そんな生半可な気持ちのやつが取れるほど、試験は甘くない」

「おう!まかせろ!やる気しかねえぜ!!」

「気持ちだけだろお前。だから()()だよ」

 

そう言って相澤は、指で数々の本を指す。そこには、はらがぺこぺこしてそうなあおむしが描かれている本などの絵本があった。

 

「お前最近漫画ばっか読んでるだろ。しかも割と残酷なの。教育的本読め」

「だからって絵本はねぇだろ!?そんなガキみてえな事できるかぁ!」

「でもお前ふりがな無いと漢字読めないじゃん」

「………」

 

ぐうの音も出ず黙り込むデンジ。義務教育を受けていないデンジは漢字の読み書きができない。辛うじて読める漢字が金玉くらいなのだ。生きていく能力が終わってる。

 

「少しすれば林間合宿があるのは知ってるな。その合宿が終わったらすぐに仮免試験というものがある。そこでお前には生徒達と一緒に試験に合格してもらう」

「ヤオモモと!?」

 

その言葉に顔を明るくするデンジだったが、相澤はそれをまた視線で咎めた。

 

「だからって気抜くなよ。毎年受験者の五割以上がこの試験に落ちている。さらに試験を受ける奴等は各学校の未知なる個性の持ち主──。いくらお前の個性が強力でも、『わからん殺し』されるぞ」

「ええ…今の俺で受かる?」

「まず無理だな。道徳心がない」

「ウッソォ……?」

 

これは本格的に勉強しないといけないのかと落ち込むデンジに、相澤はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「安心しろ。お前の試験合格に向けて、力を貸してくれる先輩がいる」

「え?誰?」

「ついて来い」

 

そう言うと、相澤は背を向けて保健室のドアを開ける。慌ててデンジは、それに続いて行った。

 

 

 

 

 

場所が変わり、二人がやってきたのは体育館γ──。相澤はデンジと並びながら話す。

 

「まず、お前には弱点がありすぎる」

「は?」

「個性もゴリ押し火力で搦手に弱く、頭も悪い。あと通常じゃあり得ない行動ばっか取る」

「喧嘩売ってんなら買うぜ〜?」

 

額に青筋を浮かべながら骨を鳴らすデンジ。しかし相澤はそれを無視して、体育館のドアを開ける。

 

「お前に必要なのは『基礎』だ。だからお前の個性、頭脳、道徳を伸ばしていく──この人達にな」

 

扉が開かれ、最初にデンジの視界に入ってきた物は、三つの人影であった。

 

「──雄英ビッグスリー。プロヒーロー並みの実力を持つ者たちだ」

 

その相澤の煽りを受け、真ん中の人影──。金髪の青年が、腰に手を当てて口を開いた。

 

「そう!俺たちが!!通称雄英ビッグス──」

 

「ねじれちゃんだーーー!!!」

 

「………」

 

(出鼻…!ミリオ…!!)

 

金髪の青年の口がすぐに閉じた。それを見た黒髪の猫背の青年が心の中で親友を憐れむ。

 

「デンジくん!久しぶり!仮免受けるの?がんばろーね!」

「うん!受ける!頑張る!!」

「……おいデンジ落ち着け。まずは紹介させろ、合理的じゃねえ」

 

ねじれのにこやかな笑顔で手を振る行為に、満面の笑みで手を振り返すデンジを叩いて止めた相澤は、ため息を吐きながら三人に自己紹介を促した。

 

「はい!私波動ねじれ!デンジくんよろしくね!でも私たちもう知り合いだから自己紹介とか要らないよね!なんでさせたんだろーね!不思議!」

「ねー!」

 

ねじれの言うことにデンジはこくこくと頷き、デレデレとした表情を浮かべた。デンジは自身を鍛えてくれるのが、知り合いの、しかも美人の女子であることに最高の希望を抱き始める。

 

「相澤!最高!相澤!最高!」

「ハイ次」

 

「………………………………………………………………天喰環です」

 

相澤が次を促すと、鋭い目つきの、ツンツンと尖った黒髪の青年が、ボソリとそう呟いた。なおその声はデンジには届いておらず、天喰はショックを受けた。

 

(……ああダメだ自己紹介したのに無視された、いややっぱり俺いなくても絶対に良かった気がするんだけどそれにしても無視は酷い…もしかしてわざと?自分より上の先輩を無視して俺は強いってアピールしてるのかそれなら全然強さとか譲るからもうやめてくれほんとに泣く)

「あそこでぶつぶつ言ってるのが天喰環くんね!ノミの心臓だからあんなんなんだって!技量はプロ顔負けなのにね!」

「ふ〜ん…ジメジメしてんな!」

「──ミ゜」

 

デンジのその心無い声で完全に心が折れた天喰はその場に体育座りをしてアリの行進を見始めた。

 

「──そして!最後の大トリを司るのが──!?」

「で、彼が通形ミリオ!今最もNo.1ヒーローに近い実力なんだって!すごいね!」

「──言われたよね!全部ね!」

 

タッハッハーと快活に笑うミリオを、デンジは少し胡散臭げに見つめる。

 

「ほんとに強えの〜?なんか俺でも勝てそうなんだけど──」

 

 

 

 

「「「「いや、それは無いよ」」」」

 

 

 

 

その言葉を発したその時、その場にいた全員が同じ言葉を放つ。その全員からの断言に、デンジも少し腰が引けてしまう。

 

「お、おォ……!?」

「ごめんね、デンジくん。でも絶対、今のデンジくんじゃミリオには勝てないの」

「ミリオは強いよ…この雄英に、ミリオを追い抜かせる人なんていない」

「お前舐めすぎだ、デンジ。通形はな──」

 

「まあまあまあまあ!そりゃ初対面でこの人強いって言われても無理あるよね!俺もデンジ君の立場に立ったらそうなるよ!…だから、そうだなぁ──」

 

そう、ミリオは顎に手を当て──。

 

 

「デンジ君!俺と──戦ってみよっか!」

「はァ〜〜〜!?」

 

 

さわやかなウインクを、デンジに向けて繰り出すのだった。



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真面目にやろうぜ

あにめ すごい 


「デンジくんの勝利条件は、俺に傷をつける事!どんなに小さな傷でもオッケー、『個性』もどんどん使っていいからね!そんで敗北条件は、君が降参するか、気絶する事!いいかい!?」

 

体を伸ばしながら、ハキハキとミリオはデンジに声を掛ける。対するデンジは、ミリオを睨みつけながら今か今かと体を揺らしていた。

 

「デンジくん、やる気だね!やる気十分!すごいかわいい!」

「──だが、やる気だけじゃミリオには勝てない。可哀想だが…ミリオとあの一年坊の間には絶対的な壁がある」

「……」

 

その環の呟きに、相澤も心の中で賛同する。先程ねじれが言った通り、相澤から見てもミリオはトップクラスの実力を持つ。それは雄英高校の中ではなく、プロヒーローを含めたものだ。既に何度も現場を経験し、そのセンスを鍛えてきたミリオには、デンジは勝てないだろう。

 

(…だが───)

 

相澤は、何かを期待するかのような目で、デンジを見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

デンジは怒った。必ず目の前の男を叩き潰すと心に誓った。脳裏によぎるのは、まるで仕方のない子供のわがままを聞いて、苦笑するねじれの表情──、デンジはひどく不機嫌になっていた。

 

(俺の方が強いのに!俺の方が絶対ねじれちゃんの事が好きなのに!このヤロ〜、ぜってぇ吠え面かかせてやるぜ〜!)

 

好意を寄せている異性に笑われる──。それはデンジにとって屈辱的なものである。その恨みをデンジはミリオに向けようとしていた。完全に八つ当たりなのだが、彼にはどうでも良い事だった。

 

「じゃ!相澤先生、合図お願いします!」

 

そしてミリオはデンジの思いなど露知らず、溌剌とした笑顔で相澤に試合の開始を促した。その途端に静寂が訪れる。張り詰めた空気の中、相澤は静かに口を開いた。

 

 

「よーいどん」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、デンジは駆け出した。ワイヤーを一気に引き、頭部と腕部からチェンソーを出現させ、凶悪な音を辺りに響き渡らすその顔はまるで悪魔の形相。しかし、見るもの全てを恐怖させるその姿を見てもなお、ミリオは不敵な笑みを崩さなかった。

デンジは飛び上がり、落下の勢いと共にチェンソーを振るう。そしてその刃が自身に接触するその直前──ミリオは『個性』を使用した。

 

「甘いんだよね!」

「えッ?──っギャッハハハハハ!!!」

 

すると突然、空中で大笑いしながら体勢を大きく崩すデンジ。鈍い音を立てて落下するが、その痛みなど気にもとめない様子で、腹を抑えたまま狂ったように笑っていた。何故なら──。

 

 

 

「あっやべ!」

「チ、チンコじゃん!!ギャハァッハハ!!」

 

 

 

そう。空中にいたデンジが目撃したのは、ミリオの体操着が一人でにはらりと落ちる瞬間──、ミリオのルミリオンがその身をシャバに解き放った時だったのだ。

 

「失敬失敬!調整が難しくてね!」

「……通形」

「わざとじゃないんですイレイザー!」

「ねえねえ天喰くん!今の見えた?私丁度デンジくんの背中で見えなかったんだけど!」

「ミリオ………!!」

「わいせつ物なんとか罪だ!ギャハハハハ!!」

「いや参ったね!ぐうの音も出ないや!はっはっは!」

 

いそいそとズボンを履くミリオと地面を叩きながら笑うチェンソー。どこか緩くなったその雰囲気を、相澤は良しとしなかった。

 

「おい真面目にやれ。デンジ、お前もいちいち笑うな。お前の為に数少ない時間を取って貰ってんだ、お前受かりたくねえのか」

「えぇ〜?今の俺が悪いのぉ〜?」

「揚げ足取るなっつってんだ。プロでもミスる時はある。その時お前は側で笑ってカバーしてやらないつもりなのか?臨機応変に対応するのもプロなんだよ」

「……へいへい、真面目ね、マジメ…」

 

そう睨まれたデンジはうんざりした様子で頭のチェンソーを回す。

 

「…だってよセンパイ。ガチでやらねえと…アイツがプッツンしちまうから……なァ!!」

「え?」

 

起き上がったデンジは勢いのままに、未だズボンの位置を直しているミリオに向け、チェンソーを振り回す。顔を上げたミリオは呆然と迫り来る刃を見つめ──。

 

「──なんつって!」

「あァ!?」

 

──その刃が自分の体をすり抜けたのを横目で見て、不敵に笑った。

ありえない事態にデンジは思わず自分の両腕のチェンソーを確認する。

 

「な、なんでぇ!?」

「隙ありなんだよね!」

 

その大きな隙を狙って、ミリオはデンジの胴体に強烈なキックを叩き込む。吹き飛ばされたデンジは岩壁に激突し、低い声で呻いた。

 

「……ぃイッテぇ〜…」

「おやおや!さっきまでの威勢はどうしたんだい!?」

「チョーシぃ、乗んな!!」

 

煽りを受けた怒りを原動力に、エンジンを唸らせながらまた突撃していくデンジ。先程とは違い、一直線ではなく左右に走りながら揺さぶりをかけていく。ミリオは依然腕を組み、不敵な笑みを浮かべたままだ。

そしてまた正面にたどり着いたデンジは、両腕のチェンソーを振り上げ──、頭のチェンソーでミリオの頭部に刃を差し込んだ。

腕に注目させたフェイント。間違いなく攻撃が当たったと確信するデンジだったが、なぜか自身のチェンソーに手応えがない。不審に思い、目の前の標的の様子を見てみると──。

 

「おいおい、殺意高すぎじゃない!?もっと平和的解決しようよ!」

「えぇ〜〜〜!?」

 

ピンピンしていた。眉間にチェンソーが刺さっているにもかかわらず、ニコニコとデンジの肩に手を乗せている。その反応に驚愕の声を上げたデンジは、素早く後ろへ飛び退いた。

 

「あ、そっか。俺の個性も教えといた方が良かったね!」

 

ぽん、と手を叩き、ミリオは妙なポーズを取りながら自身の個性を説明した。

 

「俺の個性は『透過』!何でもかんでもすり抜ける!だからさっきの君の攻撃は効かなかったんだよね!」

「そうかよ!ず〜っととーか出来んのかぁ〜〜!?」

 

そう言って、デンジはそばにある壁を乱雑に切り取り、ミリオに向けてぶん投げる。それを見つめ、依然ミリオは動かなかった。彼の上半身を岩壁がすり抜ける。

 

「この通り!」

「ズルだ!ズルズル!」

 

両の刃を上下に振りながらデンジは憤慨する。そんな彼の様子を見て、環は静かに目を伏せた。

 

(ズル…か。ミリオの個性は決して羨まれるものじゃない。本当にズルいというのなら、その技術──ミリオが培ってきた努力を感じ取れないのなら、君は一生追いつく事は出来ないよ)

 

「そんで透過中に物体と重なり合った時、個性を解除すると──()()()()。どうやら質量のあるものが重なり合う事は出来ないらしくてね…こんな風に!」

 

そう言ったミリオは走り出し、地面へと沈んでいく。後には取り残された服だけが残った。

一瞬の静寂も束の間、どこから襲撃してくるのか警戒していたデンジの目の前に突然現れるミリオ。そしてそのまま、デンジの変化した頭部を殴りつけた。

 

「急に現れる事ができる!どう?強くない!?」

「いってえな…」

「どんどんいくよ!」

 

そう言い放つと同時に、デンジの身体に無数のラッシュを叩き込んでいく。デンジもチェンソーを振って対抗するが、悉く躱され、透過されて手も足も出せない状況だった。

 

「……イレイザー、もう良いでしょう。これ以上は無意味だ、彼が潰れてしまう」

「……っ」

 

苦い顔をしながら環は相澤にそう伝える。その彼の背後には、同じく懇願するような顔をしたねじれが小さく頷いているのが見えた。

それを受け、相澤は再びデンジの様子を見つめる。異形と化した彼の体は度重なる殴打を受け、あざが出来上がっている。足元もおぼつかなくなっており、チェンソーの刃の回転も心なしが遅くなっているように見えた。

 

「──無意味か」

 

相澤のその呟きに、二人はどこか安心したような表情を浮かべる。相澤は視線をずらす事なく、静かに口を開いた。

 

「……俺のやり方は知ってるよな、天喰」

「──え?」

「『合理的判断』、それが俺のモットーだ。…たしかに今、デンジは通形にボコされてる。まあ、良い経験になるだろう。デンジにとってはな」

「…イレイザー!俺たちは真面目に言ってるんです!彼のことを思うなら──」

「この俺が、デンジだけに得をさせるなんて言う、非合理的な演習をさせると思うか?」

「え…?」

 

誰もがこの戦闘を見て、デンジに勝ち目は無いと口を揃えて言うだろう。だがしかし、相澤だけ──プロヒーロー、イレイザーヘッドとしての観察眼は、ソレを見逃さなかった。

 

 

「アイツの強みはこれからだ。よく見とけよヒヨッコ共」

 

 

拳の雨に打たれながらも、虎視眈々と反撃の機を逃すまいとギラついている橙色の眼光を見ながら、相澤はそう言った。

 

 

 

 

 

「オラァ!!」

「ほいっと」

 

デンジの気合いを込めた一閃を軽々と避けたミリオは、お返しとばかりにデンジの腹にボディブローを叩き込んだ。ズドン!とまるで大砲のような音を立てて、デンジの体は僅かに宙に浮いた。

 

「ゲホッゲホ…オエぇ」

(予想以上にタフだな…)

 

えずくデンジに、ミリオは心の中で戦慄する。心優しいミリオには、未来ある後輩を必要以上に痛ぶる趣味など無い。故に最初の一撃で終わらせるつもりだった。

だが、ミリオの全力を持ってしても、デンジをダウンさせる事は出来なかった。だが──。

 

「あ゛〜〜〜!腹ぁばっか狙いやがってよ〜!ゲホッ、ゲホッ」

 

腹を押さえながら苛つくデンジを見て、ミリオは確信する。

 

「そりゃあね!回復能力って言っても、流石に身体の芯に響く攻撃までは完治できないでしょ?」

「気分悪りぃ〜〜」

 

その反応で、自身の立てた予測が間違っていない事を確認したミリオ。デンジの再生能力はあくまでも受けた傷を治すもの。内臓に響いたダメージは治し辛く、更にそれによる吐き気や眩暈は治るものでは無かった。

チェンソーの回転率が目に見えて落ち始めるのを見たミリオは地面へと沈む。もうこれ以上可愛い後輩を苦しませないように、最後の攻撃を仕掛けるつもりだった。

 

 

 

 

「あぁ!?まただ!!」

 

ミリオが地面へと沈み、デンジが焦ったように辺りを見回す。それを見て、ねじれは思わず相澤に駆け寄った。

 

「ねえねえ、先生。もうやめさせよう?これ以上見たくないよ」

 

デンジがねじれを慕っている事を、ねじれ自身もひどく嬉しがっていた。世話が焼ける弟ができたようだと思っていた。そんな彼が自身の友達に潰される光景など見たくない──その一心で相澤に静止を促したのだが──。

 

「…まだだ」

 

相澤の口から了承の言葉は無かった。その言葉にまた口を開こうとして──それをやめた。相澤の性格上、発した言葉を曲げる事は無いと分かっているから。

 

「……デンジくん」

 

せめて、せめてとねじれは祈りを込める。願わくば、もうデンジが立ち上がらないように──。

 

 

 

 

 

──デンジの背後にミリオが現れる。だがその挙動に、デンジは体を向け、反応した。

 

「今までさんざん後ろからやられてっからなぁ〜〜!」

(俺の動きを予測──()()()()()()!)

 

だが、それもミリオの罠。背後からの攻撃ばかりしていたのは、デンジの体力を奪う事──そして、デンジに『ミリオは背後からしか攻撃しない』という情報を植えつけるためでもあったのだ。

ミリオは指を一つ突き出し、それをデンジの変化した橙の眼に向け、勢いよく突き刺した。

 

「必殺──ブラインドタッチ目潰し!!」

 

目潰し。だが本当に眼球を潰すわけではない。透過によるただの虚仮威し。だが、これまでの相手には全て有効だった。迫り来る指。本能的に回避しようとして目を瞑ってしまうのが当然である。そして本命は、力が込められた逆の拳──!

 

「デンジくん!キミは真面目に訓練すればとんでもない力を身につけることができる!一緒に──がんばろう!!」

 

その激励と共に、左拳がデンジの脇腹に当たる────。

 

 

「ぃ今ァァァ!!!」

 

 

その雄叫びと共に、ミリオの首元に二対のチェンソーが迫り来る。

 

「──ッ!?」

 

すかさず透過を使い、その攻撃を躱していく。しかし、突然の出来事に個性が上手くコントロールできなかったのか、拳までも透過させてしまい、その隙を見計らったデンジに距離を取られてしまった。

 

 

 

 

 

「嘘…」

 

ねじれの驚愕の声が静かに聞こえる。誰もが終わりだと感じたその時、デンジが反撃したという事実を、まだ受け入れられずにいた。

 

「…自分の眼球を潰そうと迫り来る指に向かって、なんでお構いなしにチェンソーを振れるんだ…!?」

 

本能的に抗えないはずの回避行動。それをデンジは無視して突っ込んだ。普通の人ならあり得ない行動に、当人ではないにも関わらず冷や汗を出す環。

その視線の先には、だらりと両腕を下ろした異形──その姿は、プロと遜色ないとまで言われている彼の背筋を凍り付かせるほど不気味だった。

ミリオも後輩を見る優しい目つきから、鋭い目に変わる。辺りが沈黙に包まれる中、一つの声が響いた。

 

 

「……さっきからよ〜〜〜……」

「……?」

 

「真面目にやれだの、真面目にすれば、だの!あーだのこーだの…!──俺ぁ最初っからマジメだっつーーの!!」

 

(……え?)

 

 

急に両腕を振り回しながらそう叫ぶデンジに、困惑する一同。それにお構いなしと言わんばかりにデンジは溢れ出る愚痴を止めなかった。

 

「俺ん戦い方がヒーローっぽくねぇって言われっからさぁ!ヒーローみてぇなキレ〜な戦い方してたけどさあ!!」

「──あ」

 

ねじれは思わず声を上げる。保須市での一件後、デンジはミッドナイトとねじれに説教を受けた。自分を大切にしろと。そんな姿じゃ、助けてもらった人も笑顔にならないと。

彼は律儀にも守ろうとしたのだ。自分らの求めるヒーロー像に成ろうと努力していた。

 

「み〜〜んなマジメにやれってさあ!!どうすりゃ良いんだよ!」

 

抑圧していた心は、一つタガが外れれば全て噴き出る。そのデンジの我慢は、一気にキャパシティを切り裂いた。

 

「…波動さん?」

「ち、ちが、ちがうの、デンジくん」

「デンジくん?あ、あの…ごめんね。俺がズケズケと──」

 

 

 

「いいぜぇ!そこまで言うならマジメにやってやんよ!!俺ぁ俺んやり方でよぉ〜〜、マジメにテメェをぶっ殺してやるぜええええ!!!」

 

 

そういったデンジは、再びワイヤーを引く。凶悪な音がまた鳴り響き、それに比例して噴き出る血液も多くなっていく。血潮降り注ぐ悪天候の中、チェンソーの怪物がミリオに向けて走り始めた。

 

「──まっずい」

 

ミリオはまたもや地面に潜り込み、その思考をフル回転させる。

 

(明らかにハイになってる──俺がデリカシーなかったからか。めちゃくちゃ反省!…ともかく彼をなんとかしなくちゃいけない)

 

ではどうするか。全力の攻撃じゃデンジを無力化する事は出来なかった。ならば──。

 

(──()()()()の力を出せば良いだけだよね!)

 

脳筋。あまりにも脳筋な作戦だったが、ミリオの頭は冷静だった。小細工は通用しないことが先ほどの目潰しで判明した。そして興奮状態になっているとは言え、腹のダメージは残っているはず。それならば、全力以上の一撃を、今まで狙わなかった頭部に向け放つ。ミリオの脳内コンピュータが叩き出した結論はそれだった。

 

(Plus Ultra…限界を越えろってね。それに、怒らせちゃったのは俺の責任だから)

 

おそらく今デンジは頭上を通ったはず。ミリオはそう予測し、ポーズをとった。ここで個性を解除すれば、デンジの真後ろに弾き飛ばされる。そしてまた振り向いた所に、渾身の一発をお見舞いする…!

 

(──解除!)

 

その計算を信じ、ミリオは個性を解除した。光までもが透過する暗闇から瞬時に明るい世界へ到達した彼は、迷いなく拳を前方に振りかぶり──。

 

 

「──え?」

 

 

どこにも居ない。標的の背中が、どこにも見当たらなかった。何故。その感情が、ミリオを襲う。予測は完璧だったはず。ではどこに──?ミリオは目まぐるしく視界を動かす。少し右にずらした先には、自分の同期二人が、青ざめた表情で自分を──いや、こちらを見ている光景。その横に居る相澤は、視界を確保するために、髪をかき上げようとしていた。

そして、ミリオは見てしまった。自身のすぐ左横。

 

そこに──チェンソーが貫通した腕が浮いていたのを。

 

 

 

「てめ〜の個性…!解除する時よぉ〜、物があったら弾かれんだよな…?」

「──うそだろ」

「じゃあ簡単じゃねえか!出てくる所予測してよ〜、そこに物置きゃあてめえを誘導できるってこった!」

 

 

右横から声が聞こえる。そこに目を向けると左腕を失ったデンジが、こちらにもう一つの刃を振り翳しているのを、見つけた。

 

「やっば」

「肉切ってェ!骨切ってェ!テメェ切って終わりだァァ!!」

 

そう言いきり、デンジはチェンソーを振り下ろす。ミリオは眼前に迫りくるチェンソーを見て、反射的に目を瞑り、個性を発動した。

 

巻き起こる土煙。ハァァ、と息を吐いたデンジが横を向くと、そこには受け身をとってこちらを見つめるミリオが居た。

 

「──キミの身体なんだ。もうこんな作戦は使わないでくれないか」

「あァ〜?大丈夫だよこうすりゃあ!!」

 

またワイヤーを勢いよく引く。するとエンジン音と共に、再び失った腕が再生された。

 

 

「完〜〜〜〜〜治!!ギャハハハハハハ!!!」

 

 

「──ッ」

 

ミリオはどこかで甘く見ていたのかもしれない。目の前にいる男は、ただの可愛い後輩ではなかった。正真正銘、この雄英を襲った──敵であった事を、嫌が応にも、再確認させられた。

 

「ハハハハははは……は…は………」

 

すると突然、その勢いが無くなっていく。弱々しく笑った後、デンジは──白目を剥き、その場に倒れ込んだ。

 

「──え、ちょっとデンジくん!?大丈夫!?」

「ははははーー……」

 

顔は青白くなっており、肌も冷たくなり始めている。間違いなく貧血の症状が出ていた。慌ててデンジを背負うミリオ。

 

「通形!デンジは──」

「貧血です。でもすぐ輸血すれば何も無いはず!」

「急いで婆さんのところへ連れてくぞ」

「はい!」

「通形…!」

 

そのまま走って行こうとしたその時──ミリオはねじれに呼び止められた。

 

「ん?」

「──大丈夫、だよね」

「……もちろん!!なんたって、俺がいるからね!」

 

じゃ行ってきまーすと風のように去っていくミリオを相澤は見届け、未だ顔色の悪い二人に向き直る。

 

「…なんなんですか、アレは。怖すぎる…異常そのものじゃないですか」

「──通形は、実践経験も豊富なヒーロー…。あいつの強みは経験と予測にある。デンジと今日戦わせたのは、ああいう敵にどう対処するか、って言う訓練でもあったんだが──…やらせすぎたな」

「そんな意味が…」

「そして天喰。お前はデンジに基礎学力を身につけさせろ。お前は人見知りが激しすぎる。デンジと喋れれば誰とでも喋れるようになる」

「…俺にできるとは思えない」

「やるんだ。そして波動…お前にはデンジのメンタルケアを任せたい。あと道徳心も学ばせてやれ」

「……はい」

 

 

ぽつりと呟くねじれを見て、相澤はひとつため息をついた。ねじれが何を思って暗い表情を浮かべているのか分からない。環もより一層怖がってしまった気がする。

 

(──会わせるの、早すぎたか………)

 

 

その二人の様子を見て、相澤は頭が痛くなるのを感じた。



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サンイーターとチェンソーマン

「ここは割り算の筆算をつかうんだ…」

「ひっさんってなんだっけ」

「……まず線を書いて──」

 

雄英高校、放課後。ヒーロー科3-Aの教室にて、二人の声が発せられる。

 

「えっと、十二、わる、三は…三が、よ、四…こ?」

「……」

「なるほどなぁ!」

 

快活な声を上げるその主は、ペンを持ち得意げな顔をするデンジ。その向かい側に座っている口を真一文字に結んだ青年、天喰環は冷や汗を流しながら答え合わせをしていく。

 

「……正解だよ」

「へへ!だろ!はい!」

「…」

 

その笑顔と共に伸ばされた手のひらをしばし見つめ、環はポケットからチョコレートを取り出し、そこに置いた。

 

「やりぃ!引き算は得意だぜ〜!俺の給料はいっつも借金で引かれてたからな!」

「──」

 

絶句する環をよそに、拙い手つきでチョコレートの包装紙を破り捨て食べるデンジ。

仮免試験に向け、デンジは基礎学力を身に付けていた。それこそ最初、義務教育を受けていない彼は酷いものだったが、今では書ける漢字が『金玉』から『金玉袋』まで書けるところまで成長していた。

しかし──。

 

 

(──怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い)

 

 

勉強が始まってから一週間。全く成長してない男が一人、ここに居た。

 

 

 

 

(どうしてあんなことした後普通にしてられるんだ考えてる事が何一つわからないと言うか君をボロクソに貶した俺と二人きりの空間でよく話せるなどうしてなんだ怖い)

「おい、タマキン。ここはどーやんだ?」

「タマキンは辞めてくれ……こ、ここここは公式に当てはめて──」

 

未知なる恐怖に襲われていた環だったが、それにお構いなしに次々と質問するデンジに慌てて対応する。ちらりと目の前の少年を見ると、頭を抱えながらも素直に自分が教えた公式で問題に取り掛かっていた。

 

「……デ、デンジ君」

「あん?」

「──キミはどうして、俺なんかと一緒に居れるんだ」

「あぁ?俺に勉強教えてくれんのお前の担当だろーが」

「…そうだけど、そうじゃなくて…。気持ち的な意味で。…ウザいとか、こいつ俺のことをコケにしやがって殺してやるとか、そもそもなんでこいつがヒーローやってるんだ向いてねえよ死ねよとか…あるだろう?」

「ねえよ、性格腐ってんのかお前」

「──ッウ゛」

「…あんたやっぱねじれちゃんが言ってたとーりの性格してんな。なんかジメってんぜ」

「──ッア゛」

 

そのストレートな感想に胸を押さえる環。それを見たデンジは、呆れたようにペンを持ち直した。

 

かりかり、と紙に答えを書き出す音だけが響く。

 

「…」

「……」

「……キミは、俺を憎んで無いのか?」

「……あ?なんで」

「──俺はキミの気持ちを考えてやれなかった。真面目にキミがミリオと戦ってるのを見て、俺は何も感じ取れてあげられなかった」

「…おー…あ、間違えた」

 

次はごしごし、と消しゴムで紙を擦る音が生まれた。

 

「──復讐、したいならすれば良い。キミにはその権利がある」

「しねえよ復讐なんか。暗くて嫌いだね」

「…どうしてキミは!…そこまで強いんだ…?」

 

俺には分からない、と肩を落とす環をよそに、変わらず問題用紙と睨めっこをしているデンジ。

 

「そりゃあ、俺が無敵の人気のチェンソーマンだからな…」

「…」

「──それによ、俺ぁアンタを憎いなんて思った事はねぇぜ」

「──え?」

 

その言葉に唖然としながらデンジを見つめる。その視界には、苦戦しながらも頭を抱えてペンを握る少年の姿があった。

 

「あんたは俺ん事心配してくれてたからな、それでチャラだ。あのチンコはボコスカ殴ってきたから許さねえ。ねじれちゃんは許す」

「──」

「俺の家族がよぉ、俺に普通の暮らしをして欲しいんだと。普通の暮らしにさあ、復讐だのなんだの暗いモン混ざっちまったら、そりゃ普通じゃねえよな!」

「………」

 

「楽しくねえこと考えても楽しくねえだけだぜ。…よしできた!」

 

 

そう言ったデンジは、嬉しそうに環を見つめた。その屈託のない笑みは、環の心をどこか、温かくさせた。

 

(眩しい……)

 

そして、環は己を恥じた。自分より年下の少年にうだうだと過ぎたことを掘り返し、それで自己嫌悪に陥るような自分を。そんな自分とは裏腹に、デンジは前を進み決して後ろを振り返る事はない。そんな姿に──環は、どこか親友の姿を重ねた。

 

「──じゃあ、今キミは何を考えてるんだ…?」

「──あぁ?決まってんだろ、チョコだよチョコ!おら採点しろよ!」

 

机をバンバン叩きながら催促するデンジを見て、一度逡巡し──静かに答案に目を通した。

 

「……」

 

 

十問中、二問間違い。相澤の約束では、全問正解した時だけ菓子をやって良いと言われていたが、何も言わなかったら分からないだろう。そう思い、環は──。

 

 

「────こことここ。間違えてる」

「えぇぇ〜〜〜!?」

 

 

間違いを指摘した。それに落胆したデンジは机に突っ伏した。その姿を見て──環は、少し微笑んでみせる。

 

「──大丈夫。公式自体は合ってた。ケアレスミスだけさ」

「絶対お前が喋りかけてきたからじゃん!」

「…ごめん。だから──次の問題、全問正解したらチョコを三個渡すよ」

「先輩…!」

 

「いっしょに頑張ろう、デンジ君。俺も──頑張る」

 

それは、ささやかな成長。他人から見ても、些細な一歩かも知れない。だが、それでも確実に──天喰環は前に進み始めた。

 

 

 

 

「──ああ!よろしくなタマキン!」

「タマキンは辞めてくれ」



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ネジレチャンとチェンソーマン

姫野ロス


「おはよ、デンジくん!」

「あ、ねじれちゃん!」

 

ガラガラ、と保健室のドアが開き、ねじれがにこやかに入室する。その姿を確認したデンジは喜色の表情を見せ、ベッドから跳ね起きた。

 

「休憩中だったの?ごめんね!」

「全然!」

 

そう言い放ったデンジは、ねじれの手に持っている本を見て目を輝かせる。

 

「おお!『スパイダー男』じゃん!新しいの持ってきてくれたの?」

「うんうん!デンジくんね、知ってる?この巻でスパイダー男ね──」

「うわあちょっと!ネタバレは無しっすよ〜!」

 

自身の持つ知識を披露しようとしたねじれを見て、慌てて耳を塞ぐデンジ。次第に互いに笑い合い、温かい雰囲気が保健室に広がった。

 

「私も一緒に見て良い?」

「ああもう、超見よ!超!」

「やった!」

 

そう言って、ねじれはデンジの横に深く座った。ふわり、と甘い香りがデンジの鼻をくすぐり、思わず頬を緩ませてしまう。そんな彼に気づく事なく、ねじれはデンジの肩に手を置き、漫画を覗き込んだ。

 

「へへ…」

「面白いねー!」

「え、ああ…そすねぇ」

 

ねじれはデンジが楽しそうにしているのを見て、にっこりと笑う。…実のところ、デンジは全く漫画を見ておらず、自身に寄りかかるねじれの柔らかい感触に集中しているのだが。

故に気づかない。ねじれの笑顔の奥底──そこに、仄かな暗い感情があるのを。

 

 

 

 

 

 

「──おみまい来てくれんならよぉ〜、なんかうめえモンねえのかよ」

「…リンゴならあるぞ」

「ん、それくれよ」

 

ミリオとの戦闘後。貧血になったデンジが保健室で目を覚まして最初に見た光景は、雄英ビッグ3と相澤が自分を見下ろしているものだった。

 

「…お前な、無茶しすぎだ。前にも言っただろ、自分にできねえことはするなって」

「あ?無茶してねぇよ」

「──自分の腕まで切って、どこが無茶してないって言えんだ」

「結局治んだから別に良いだろ」

 

相澤の問い詰めを軽く流し、リンゴを丸齧りする。しゃく、と音が響く。しばし沈黙が流れた後、口を開いたのはねじれだった。

 

「──どうして、そんなに頑張るの?」

「え?」

「おかしいよ、デンジくん。いっぱい痛い思いして、それでもまだ痛い思いしようとして…何がデンジくんを動かしてるの?ねえ、知りたいな」

「…………」

 

その迫るような声色に、デンジはしばしリンゴを齧るのを止め、そして口を開いた。

 

 

「──俺には、ポチタっつー家族がいるんです」

(…!?)

 

 

その新事実に一同が驚愕の表情を見せる。それもその筈、今までデンジは家族関連の情報など両親の事以外言わなかった。

 

「そいつは、俺のクソみたいな生活にも文句言わずついて来てくれて、いつも一緒にいて。俺の家族はあいつだけでした」

「──デンジくん。その、ポチタさんは、今は…?」

「──ここにいるよ」

 

そのミリオの問いかけに、デンジは静かに自分の胸を指し示した。その仕草を見て息を呑むねじれ。

 

「で、そいつの夢がですね…俺の夢を叶えてほしいんですって」

「え…?」

「俺ぁ普通の生活がしたかったんです。飯食えて、布団で寝れる。それだけでよかった。そしたら、ポチタの奴『それが私の夢だ』って言って!マジでびっくりしたなぁ」

 

懐かしむようなその顔を見て、相澤は静かに目を伏せる。こんな表情を、16歳の若者が見せるだろうか。普段の能天気なデンジとは裏腹に、今彼の顔は慈しみの表情を浮かべていた。

 

「約束したんです。俺がポチタの分まで生きるから、俺の夢をポチタに見せてやるって。だから俺はすんげえ頑張るんですよ。そのためだったらなんだってやります」

 

その瞳によぎるのは、亡き友の約束を果たすための契約。

 

「三食食えて、風呂入れて、ふかふかのベッドで寝れて、ヤオヨロもねじれちゃんもミッドナイト先生も居て、人間扱いしてくれる。こんな生活、最高じゃないっすか」

 

その時、その場にいる者達は気付いてしまった。この、目の前にいる少年。あどけなさが残るこの少年は──。

 

 

「俺ぁ軽〜い気持ちでヒーロー目指してるけど、この生活続けられるんだったら、死んでも良いんです」

 

 

──もう、どうしようもなく、壊れているのだと。

 

 

 

 

 

 

「あ、おい!」

「──どうした」

 

話が終わり、相澤達が退室しようとすると突然デンジが相澤を呼び止める。振り返ると、デンジは真剣な表情でこちらを見ていた。

 

 

「──安心しろよ。アンタらみてえにご立派な理由はねえし、ショボいやり方しか出来ねえけどよ…テメェと同じくらい俺マジでやっからさ、ド〜ンと期待しといてくれ」

 

 

 

 

 

 

ねじれはデンジの顔を見る。先程は自分の顔を見ていたはずの彼は、キラキラした目で漫画を楽しんでいた。そこにはあの狂った執念は無く、年相応の爽やかな目であった。

それを見てねじれは心の中で安堵の息を吐く。

 

(これでいいの。デンジくんは普通にしてれば、いいの)

 

彼の過去を聞いた時、戦慄と共に凄まじいほどの怒りを覚えた。どうして彼がこれほどの仕打ちを受けなければならなかったのか。誰がそこまで歪めてしまったのか。

 

(……私が、どうにかしてあげないと)

 

その気持ちを込めてデンジの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細める。そんな彼を見て、心を癒していると──。

 

「へへ…あ、そーだ。ねじれちゃん、俺、頑張りましたよ」

 

その言葉を聞き、即座に合点がいく。おそらくミリオのことだろう。…あそこまでやる必要は無かったが、しかし頑張ったのは事実。そこで抱擁でもしようと身を寄せ──、

 

 

「──俺、()()()()()()()()に頑張ったんすよ!」

 

「────え?」

 

 

ねじれの体が止まる。いや、体だけでは無く、思考も。デンジは今なんと言った?自分のため?何故?

 

 

「頑張ったらさぁ〜、こうやって褒めてくれるって信じてたぜねじれちゃ〜ん!」

(──わたし、に褒めてもらいたくて?)

 

 

動悸がする。目まぐるしく視界が蠢く。じんわりと背中から嫌な汗が噴き出てくるが、それを気にする余裕もない。

デンジは先の戦闘で腕を切り落とした。そこまでやる必要などなかった。訓練なのだから。でも、デンジはそれをした。何故なら──。

 

 

 

(え、待って、待って、待ってよ、じゃあ──)

 

 

 

──ねえねえ、先生。もうやめさせよう?これ以上見たくないよ。

 

──どうして、そんなに頑張るの?

 

──おかしいよ、デンジくん。

 

 

 

(────わたしじゃん)

 

 

 

「──俺、もっともっと頑張るからさ、だからさ、その…ご褒美とか」

 

 

ねじれはデンジの言葉を聞く余裕など無かった。体の奥から溢れ出るモノを、今すぐに出すことしか頭に無かった。喉を通り、熱いモノが口から溢れ出てくる。

 

 

「──げぇ……っ!!」

 

 

びちゃびちゃ、と不快な音が保健室に響く。隣から聞こえる悲鳴をよそに、ねじれは吐き続けた。傷口から膿を押し出すように、自分の中から、悪いモノを吐き出そうとする。

隣の温かい良いモノが距離を取ろうとする。ねじれは途端に心が凍てつくのを感じた。死人になっていくようなそんな気持ちを除くべく、ねじれは思い切りデンジの腕にしがみつく。

 

「う゛──待っ、で!ごめん、なざい゛!いがないで!!──おえ」

「イヤイヤイヤイヤ!ちょっ、きったねえ!!」

 

必死に抵抗するデンジだが、尋常じゃない力で抑えられた故に何もする事が出来ない。ましてや今ゲロを吐かれているとはいえ、衰弱している憧れの人を乱暴に振り払うことは躊躇われた。

 

「はぁーっ、はぁーっ、はぁぁっ、」

「うう…う、ええ!シャツに付いた!キショいぃ〜……!」

 

徐々に落ち着きを取り戻していくねじれと対照的に、自分がゲロまみれになった事に絶望するデンジ。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「わかった!わかったからぁ!どいてくんねぇ!?汚ねえよホント、ちょっ、どけぇ!!」

「──!ヤダヤダヤダヤダ!!ごめんなさいごめんなさい!」

 

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

 

 

 

憧れの感情が崩れていくと共に、デンジは泣きながら絶叫を発した。




なんで俺は曇らせ書こうとしたらゲロ書いてんだ


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ルミリオンとチェンソーマン

メリクリ
最後にアンケートありやす。あなたのアンケート次第でデンジ君が幸せになるかならないか決まるかもしれないし決まらないかも知れない


「オラァ!」

「ほいっと!」

 

体育館γ──、そこでは、一つの戦闘が行われていた。荒ぶるチェンソー音と共に進撃する異形の攻撃を、一人の青年がいなし続ける。

 

「今日こそぶっ飛ばしてやるぜ〜!」

「ふふん、できるかな!?」

 

くいくい、と手招きするミリオに、デンジはチェンソーを振り回しながら突撃した。だが、プロに最も近いと言われる実力のミリオにとって、それを躱すことは容易く──。

 

「悪いけど本気で行くよ!短縮版、ファントム・──!」

「あ、やっべ」

 

岩壁に沈み込んだかと思うと、次の瞬間──個性を解除したミリオが弾き飛ばされ、高速で拳をデンジの顔に叩き込んだ。

 

「──メナスッ!」

「グェエ!!」

 

その攻撃を受けたデンジは勢いよく吹き飛ばされるが、うまく受け身を取ってミリオを見据える。再び彼が突撃しようと、チェンソーを唸らせると──。

 

「……はい5分経った!休憩!!」

「──あぁ〜疲れたァ〜〜〜!」

 

離れたところに置いていたミリオの携帯が軽快な音楽を立てた。その瞬間に、二人は息を吐き、同時に地面へ座り込んだ。

 

「やっぱアンタやだなあ、強えしうぜえし」

「いや、俺も怖いよ…一発でも食らえば終わりなんだからね!」

 

どろり、と橙色の頭部が溶け、うんざりとした表情をしたデンジは仰向けに寝転がる。それを受けたミリオは苦笑をし、スポーツドリンクを飲んだ。

 

「デンジくん、はいこれ!」

「お、サンキュー!…美味え!!」

 

デンジの隣に座ったミリオはもう一つのドリンクをデンジに渡し、汗を拭う。

 

「デンジくん強くなってきたね!動きにキレが出てきてて俺、動き辛くなってるよ!」

「でもてめえ当たんねえじゃん…」

「そりゃあ透過だもん!」

「ズルい!」

 

そのドヤ顔に声を荒げるデンジだったが、頭のふらつきに顔を顰めて大人しくなる。

 

「うげ…やっぱ長期戦はニガテだな〜、血が足んねえ」

「うん、俺もデンジくんと戦うんだったら粘って粘りまくるね。最初の一、二分は破壊力抜群だけど…。持続力がね…」

「いっつもほうれん草とか食ってんだけどなあ」

 

そのぼやきを最後に、二人は頭を抱えて黙り込む。少しの間の後、突如ミリオが口を開いた。

 

「…あのさ、デンジくん」

「あ?」

 

その普段の飄々とした顔とは一変、真剣な眼差しで見つめてくるミリオに、デンジの肩が少し強張る。そして、ミリオはその口をゆっくり開いた。

 

 

「──波動となんかあった?」

「──────────────無い」

「いやあるでしょ」

 

 

じっくり考えた後、デンジは否定の意を示した。思い返すのは先日の保健室にて起こった惨劇。別に伝えてもよかったのだが、それをしてしまうとねじれの乙女の尊厳が失われてしまうことに気づいたデンジは、ゆっくりと頭を振った。

 

「ない」

「……最近、あいつデンジくんの事ばっか話してるんだよ。『尽くす』とか、『私が居ないと』とか…。──本当に何もしてないんだよね?」

 

その鋭い視線の奥には、友人を心配に想う心が見え隠れしていた。並大抵の者なら怯えるほどの気迫を出すミリオ。しかしそれを受けたデンジはどこかイヤなものを思い出すかのように体を震わせる。

 

「…俺ぁどっちかっつーと被害者側だぜ」

「ん?」

「思い出させんなよ…うっ」

「…どゆこと?」

「いーや、なんでもねえや…ああクソ」

 

心底困惑した表情のミリオに構うことなく険しい顔で舌を出すデンジ。それを見たミリオは、これ以上問い詰めても自分が得られる情報は無いと判断し、息を吐く。

 

「…彼女、結構思い詰めてたみたいだからさ。デンジくんからもフォローしてあげてくれると嬉しいな」

「…フォローって、何すんの?」

「わかんない!」

「えぇ〜?」

 

「俺じゃなくて、デンジくんが考えた事だったら、あいつはきっとなんでも喜ぶと思うよ!」

「……」

 

その言葉に黙り込むデンジ。そう言われても、何をどうすれば良いのか分からなかった。

なんせ今まで自分は犬のような人生を送ってきた。指示された事をして、それを遂行して、また新しい指示を受け…。そんな人生故に、デンジは自分で考える事が出来ないのだった。

 

「──ま、何とかするぜ!」

「うん、期待してるよ!」

 

とりあえず細かいことは考えないようにし、今は課題である戦闘訓練に集中することにしたデンジ。再び頭を抱える彼に、ミリオは指を立て口を開いた。

 

「デンジくんデンジくん、『必殺技』!作ってみない!?」

「『必殺技』!?漫画みてえなやつか!?」

「そう!本来ならもうちょっと後に提案しようとしたけど、可愛い後輩が伸び悩んでいるのに出し惜しみは出来ないよね!」

「ぃやったぁー!!必殺技だ必殺技!!俺さ俺さ、ビーム打ちたい!」

「それは無理!」

 

即座に笑顔で却下するミリオは、その顔のまま指を一つ立てた。

 

「確かにコミックヒーローの必殺技はカッコいい!だけど現実的じゃないといけないよね?デンジくんの個性で実現できる範囲で考えていこう!」

「任せろ!色々昔から妄想してたからなぁ!もう十個は思いついてるぜ!」

「よっしゃ!じゃあやってみよっか!」

 

そう言うや否や、デンジとミリオは立ち上がって、アイデアを出し始めた。

 

ケース1。

「ハイ!ロケットパンチとかどうよ!?」

「おぉ!良いねそれ、どうやってやるの!?」

「簡単だぜ〜、まずは飛ばしたい腕を切り落として──」

「却下ね!それダメ!」

「えぇ〜〜!?」

 

ケース23。

「一旦自傷から遠ざかろうか!その姿でこう…なんか、なんかしてみて!」

「なんかってなんだよ!?うわあ!?」

 

再びチェンソーと化したデンジがその無茶振りに抗議しようと振り向く。しかし足元にあった岩に気付かず、そのまま転けてしまう──かと思いきや。

 

「あぶねえ!…え?」

「え?」

 

しっかりと()()()を地面に付けたデンジと、それを見たミリオは同時に声を上げた。

 

「「チェンソー引っ込めれたの!?」」

 

「すごい!凄いよデンジくん!これなら非殺傷で敵を無力化できるかも知れない!」

「いやそれはそうだけどさあ!何か必殺技っぽくねえ!却下ァ!」

 

ケース54。

 

「領域ィ…!展かぁい!!」

「すっごい出てるね!血が!滝のように!(倒置法)」

 

 

 

 

通算83回目の試みを終えた後の二人は満身創痍であった。

 

「げ、限界か……」

「おぎゃ、おぎゃ…」

 

少しやつれた様子のミリオは、隣で倒れ込んでぶつぶつと何かを呟くデンジを見る。

ミリオが出した提案──チェンソーで地面を割る、火花を散らして目眩ましに使う──などは割と良い案だったのだが、デンジが『必殺技っぽくない』という理由で却下していた。ミリオも人が良いためそれに頷き、デンジの考え主体で考え始めたのだ。

その当の本人は、空を飛ぶ、バイクになる、巨大化する、頭をちぎるなど荒唐無稽なものを言い放ち、悉く却下されたので若干幼児退行していた。

そんな体力的にも精神的にも限界がきたところで、体育館γの扉が開かれる。

 

 

「……おつか」

「──デンジくん!!」

「あぁ〜〜?」

 

その言葉と共に、デンジに飛びついてきたのはねじれであった。ねじれは涙目になりながらデンジの体を隈なく弄っていく。

 

「大丈夫?平気?痛いことされてない?」

「おんぎゃ、んぎゃ、ぎ…ぎゃ!ギャアアアア!!」

「デンジくんが壊れちゃったあああ!!」

 

壊れたデンジの首が180度動くほど揺さぶるねじれをよそに、ミリオは扉の隅でノミのように小さくなっている環に声を掛ける。

 

「や、環。どうしてここに?」

「…気づいてなかったのか?ミリオ、あとちょっとで貸切時間は終わりだよ」

「え──あ、ほんとだ」

 

外を見るともう薄暗くなっており、そこで初めてミリオは半日以上時間が経っているのを認知した。

 

「…デンジくんはどうしたんだ」

「必殺技考えててオーバーヒート。あー、俺もあったま痛い!」

「必殺技…。もうそこまで踏み込んでるのか」

「基礎はできてると思うからね。そっちはどうなの?天喰先生のレッスンは」

「…ぼちぼちかな、数学とか理科とか、方程式があるやつはでき始めてるけど。…人の気持ちを読み取る国語とか、そこらが…」

「ああー…」

 

自分の横に座り込み、頭を抱えるミリオを見て、環は小さく笑った。

 

「…なんだよ?」

「いや、ミリオが悩まされるなんて珍しいな」

「な、失礼な!俺だって日々悩んで生きてるんだからね!」

 

そう憤慨したミリオだったが、ゆっくりとその目を優しげなものにして、遠くでもみくちゃにされているデンジを見る。

 

「……デンジくんは今までどうでも良いように扱われてるから、悩まれる事はなかったんだ。だから、そのぶん俺たちが悩みに悩みまくってあげられたら──ちょっとでも、彼の苦しみを理解してあげられるんじゃないのかなって」

「ミリオ…」

「ま、気休めかも知れないけどね!」

 

そう言ったミリオは屈託のない笑みを浮かべ、立ち上がった。その様子を見た環もまた笑みを浮かべ、それに続いていった。

 

「デンジくん!今日の訓練終わり!」

「えぇ!?もう!?」

 

いつのまにか復活していたデンジは、その言葉に不服そうな表情を浮かべる。

 

「全然進めてねえじゃねえか!必殺技!」

「また今度やろ!もう貸切時間きちゃった!」

「マジでぇ〜?」

 

言われてデンジは渋々立ち上がり、大きく伸びをした。

 

「…あ〜、疲れた…。血ぃ足りねえなぁ…」

「私の飲む?全然良いよ、デンジくんなら。というか飲みなよ!」

「い、いやぁ…別のもん飲まされそうで怖えから良いよ」

 

自分の腕を差し出しながら詰め寄るねじれの口元を見て、青い顔をしながら遠ざかっていくデンジは、ふとあることを思い出す。

 

「……ん?」

「?どうしたのデンジくん」

「…あぁ〜?ん?」

「そ、そんな急に…」

 

突然自分の顔を真っ直ぐ見つめるデンジにねじれは赤面しながらも見つめ返す。ミリオと環もどうしたのかとデンジに問いかけようとしたその時──。

 

「あぁ!?」

 

デンジが突然声を上げた。その声に体を跳ね上げたねじれを傍へ退かせ、ミリオに視線を向ける。

 

「おい!オイ、もっかいだけやらせてくれ!」

「え?いや、でも………」

「ぜってえ成功させるからさぁ!ラスイチラスイチ!」

「……自信は何%?」

 

今までの数打てば当たる様なものでは無く、確信を持った目をしたデンジに、ミリオはそう問いかける。デンジはゆっくりと人差し指を立て、それに応えた。

 

 

「10000!!」

 

 

 

最後のチャンスを貰ったデンジは、チェンソーと化していた。

 

「いくぜ〜!」 

 

やる気を取り戻した彼の姿を見て、雄英ビッグ3は困惑の表情を浮かべていた。

 

「デンジくんは何をするつもりなんだ…」

「う〜ん、分かんない!」

「危ない事だったらやだよ…。すぐ止めよ?」

「そういう事は全部却下してるから大丈夫な筈なんだけどなぁ」

 

そんな会話をしていると、デンジが動き始めた。右腕を引き、勢いよく突き出す。すると、腕のチェンソーに明確な変化が現れた。

 

「…!なんだ、アレ!チェンソーのチェーンが…!?」

 

金属が擦れ合う音と共に、チェーンがまるで糸の様に射出される。それは岩壁に突き刺さり、しっかりと固定される。

 

 

「…ねじれちゃんが持ってきてくれたマンガ…!『スパイダー男』がやってたぜ…。アメリカのビルに糸引っ掛けて飛び回ってよ〜、高速で動き回りながら敵をやっつけてた」

 

「飛び回りながらよぉ!チェンソー振り回しゃあ、めちゃ強えんじゃねえのかぁ!?」

 

「……いい、いいねデンジくん!めちゃくちゃ必殺技っぽいよ!」

「ああ〜、これで最強だぜ俺は!ありがとなねじれちゃ〜ん!!」

「え…、わ、私何もしてないよ」

「してるよォ〜〜!」

「え、えぇ?そ、そうかな…えへへ」

「…その移動方法だったら、俺も力になれるかも知れない。タコ食べたらそういう動きもできるし」

「おぉ!さすが環!頼りになるな!」

「ふ…そんな事はないさ」

「マジかタマキン!なんでもできるな!」

「タマキンはやめてくれ」

 

「よーし!じゃあみんなでデンジくんの新しい戦闘スタイル、磨いて行こうか!!」

 

 

「「「おーーー!!!」」」

 

 

 

 

…こうして、練習を切り上げさせる為に訪れた二人も加え、デンジの特訓は幕を開けた。

 

 

 

 

 

「ぁお前らいつまでバウバウガァルルルルルルゥアってんだ!!出ガウバウルルァ!!」

 

 

 

 

──それを開始して五分後、見回りのハウンドドッグに本気で怒られたのだが。

 



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どっち?

「お前さ、結局本命は誰なの?」

「…あん?」

 

雄英高校の食堂。学生たちの声で賑わうその中に、上鳴のボリュームを潜めた声がかすかに発せられる。それを聞いたデンジはハンバーグを頬張りながら怪訝そうな顔をした。

 

「ほんめー…?」

「何言ってんだ上鳴?」

 

その疑問を含んだ呟きに、相席していた切島が賛同する。

 

「何って、恋バナだよ恋バナ!めっちゃ気になってんだ、俺ら。な?」

「あぁ…!オイラの手はお前を殺したくてうずうずしてるぜ…」

「何言ってんだコイツら?」

「な〜」

 

ますます意味がわからなくなる二人に、上鳴は期待を込めるような目で説明する。

 

「いやな?デンジは結局、八百万と耳郎どっちを選ぶんだって話」

「選ぶ?その二人がデンジと何か関係あるのかよ」

「まっじかお前!?あんだけ見てて気づかねえの?」

 

首を傾げた切島を見て、信じられないものを見るような眼をする上鳴と峰田。デンジはハンバーグに夢中だった。

 

「あ〜やだやだ、鈍感男は嫌ねぇ奥さん」

「ええ、ええ!ぶっ殺したくなりますわねぇ!」

「漢…?ありがとな!!」

「そうだ、こいつバカだった…」

 

急に口調が変わった友人にも爽やかな笑顔を見せた切島に、絶望しながら目を背ける二人。しかしそれも束の間、再びデンジに顔を向け直した。

 

「で、どうなんだ?」

「…選んでも良いんだったら俺ぁ…」

 

そう言ってデンジは少し考える。

八百万はいつも自分の面倒を見てくれている。今こそ仮免取得に向けねじれがデンジのメンタルケアをしているが、その前は学校というものに慣れてないデンジに良くしてくれていた。

更にその美貌とプロポーションは高校生のものとは思えない程で、デンジの目をいつも引いている。

それに比べれば耳郎の体型は恵まれたものではないが、彼女もまた花の女子高生。瑞々しく、ハリのある肌はデンジには眩しかった。

また八百万のように奥ゆかしく接してくるのではなく、同年代らしく気軽にデンジを想ってくれていた。デンジはその経験があまりないため、すこしむず痒い気持ちになっていたが、悪い感情はしなかった。

その点を踏まえて、デンジが出した結論は──。

 

 

「……どっちも!」

「「「えええ!?」」」

 

 

まさかの両方であった。その予想外の返答に驚愕する一同。

 

「嘘だろ!?オイ強欲すぎんぞ!」

「だってどっちも良いんだからしょうがねえだろ」

 

デンジはどこか開き直った様子で上鳴にドヤ顔で返す。唖然としていた峰田だが、すぐに目を剥いてデンジに掴みかかる。

 

「何でだよォォ!お前良い加減にしろよこのスケコマシィ!!それに選ぶんだったらヤオヨロにしろよ俺たちのヤオヨロッパイ同盟はどこ行ったんだデンジィィィィ!!」

「テメェ離せよ!シワついたらババアに怒られんだからさぁ!!」

「…でも確かに意外だったな。俺もデンジならヤオヨロかと思ってたわ。ここに入ってきたきっかけもヤオヨロだろ?」

「ん〜〜〜」

 

その上鳴の問いかけに、デンジは襟を正しながらぽつりと呟いた。

 

 

「…優しくしてもらってんのはみんなにだからな。最初はヤオヨロだけ好きだったけど、今は、まぁ…全員割と気に入ってるぜ」

 

 

「………デンジ!!俺や皆がいるからな!何かあればすぐ言えよ!俺たちが絶対守ってやっからな!!」

「ウェイになる!!俺がウェイになる!!」

「うおおおおおんデンジぃぃぃぃぃ!!」

 

 

その呟きに、切島は男泣きしながらデンジと肩を組み、上鳴は拳を握りながら涙を流し、峰田は涙と鼻水を垂らしながらデンジに抱き着いた。

デンジの絶叫が食堂に響いた。

 

 

 

 

「けどよ、お前もしヤオヨロに告られたりとかしたらオッケーするんだろ?」

「する」

 

正気に戻った三人は、周囲の人に平謝りして再び話題に戻る。迷う事なくその返事を返したデンジに、上鳴は深くため息を吐いた。

 

「迷いが無ぇー…」

「迷うこたぁねえからな!!」

「でも耳郎にも告られたら?」

「オッケー!」

「デンジ!それはダメだぜ漢らしくねえ!!」

 

ダン!と切島がテーブルを叩き、デンジを糾弾する。性根が真っ直ぐな彼は、デンジのその見境無しな思想を良しとしなかった。

 

「漢ってのは!ひとりの女を真っ直ぐ愛し続けるもんだろ!?」

「でも俺、多分ダメだぜ〜。俺ぁ俺ん事を好きになってくれる人が好きなタイプだからさぁ」

「一途じゃねえと!それこそその好いた女に嫌われっぞ!!」

「……マジでか!?」

 

それを聞いたデンジは焦燥の表情を浮かべる。そして、もし自分が八百万や耳郎に嫌われるという場面を頭の中で思い描く。

 

 

『信じてたのに…!最低ですわ!!二度と顔を見せないでください!!』

 

『あっそ。そういうことする奴だったんだね。──もういいよお前』

 

 

 

「イヤァァァぁ!!」

 

 

 

 

悲鳴を上げたデンジに周囲の生徒が驚くが、そんな事は彼にとって些細な事。今は想いを寄せる異性に嫌われてしまうかもしれないという心配で一杯であった。

 

「どどどどどうしよう!?俺どうしよう!?」

「落ち着けデンジ!まだ嫌われてるわけじゃない。ここから挽回してけば良いんだよ!」

「でもデンジは両方好きなんだろ?挽回も何も本人が変わらねえと意味無いじゃん」

 

その峰田の言葉に、また振り出しに戻るのかと切島とデンジが頭を悩ませた結果──。上鳴がぽん、と手を叩いて呟いた。

 

 

 

 

 

「じゃ、デートすればいんじゃね?確かめてこいよそれで」

 

 

 

 

 

 

「ヤオヨロ!ジロー!デートしよーぜ!!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぉあおうえええええ!!?」

「まあ」

 

帰りのホームルームが終わった一年A組に乗り込んだデンジの発言に、対照的な反応を示した二人。どちらがどっちかなど説明する必要もないだろう。

 

「な、何言ってんの!?」

「突然ですわね、何かありましたの?」

「ん〜、理由は言えねえんだけどさぁ…お願いします!!」

 

ぱん!と手を合わせて二人に頼み込むデンジ。

 

(な…なんで急にそんな事…!っ、ていうか時と場所とか考えろマジで!そういうのは、もうちょっと雰囲気が良い時に…。──ん?なんでヤオヨロも?え?)

 

その顔を赤くし、耳郎はぶちぶちと心の中で文句を垂れていると──。

 

「良いですわよ」

「えぇっ?」

「ヤッターー!!」

 

即決した友人に、耳郎は汗を垂らしながら八百万の肩を掴んだ。

 

「ヤオヨロ話聞いてた!?…でーと、だよ!?つか、ウチらのどっちかならともかく、どっちもなんて…」

「んー…デンジさんが何も無くそういう事を言う人とは思えませんし…。──それになにより、私こういうイベント憧れていましたの!!」

(あ、それか)

 

目をキラキラと輝かせた八百万を見て、自身の胸のようにすとんと腑に落ちた耳郎は、深くため息を吐いた。

こうなった時の八百万は止められない。それを踏まえて耳郎は、デンジを睨みつけながら口を開いた。

 

「……いつ」

「え?」

 

「いつデ…遊びに行くのかって聞いてんの」

「日曜日…。でも良いのかよ、お前はなんか嫌そうだけど…」

「ヤオヨロが心配なだけ。アンタと二人きりにしたら何があるか分かんないし。行こ、ヤオヨロ」

「あ…はい」

 

そう言った耳郎は鞄を肩に掛け、八百万を連れて教室のドアを開ける。…と、そこで動きを止め、少し体を震わせた。

何事かとデンジは眉を顰める。すると、真っ赤に変色した耳たぶのイヤホンをしきりに触りながら、耳郎は振り向いた。

 

 

 

「あと、…嫌じゃ、ないから」

 

 

 

そう言った耳郎は今度こそ八百万を引き連れて去って行った。デンジは少し固まっていたが、徐々に実感が湧いてきたのか──。

 

 

「──っよっっしゃああああ〜〜〜!!」

 

 

ガッツポーズをしながら教室を出て行った。残されたのはA組の少数。唖然としていた面々だったが、すぐに一部が黄色い声を上げた。

 

「──やばくない!?ラブコメの波動感じてる!」

「うわあ…!ええなあ、あんなん漫画でもあらへんよ…!」

「ねえ付いてっちゃダメかな?めっちゃ気になる!」

 

女子の声だけではなく、それは男子も同じく──。

 

「オイオイ、あんなことありかよ!」

「す、凄いねデンジくん…」

「青き春…」

 

「──やりすぎじゃね?焚きつけすぎた?」

「いや、でもあんくらいねえとあいつは分かんねえだろ…?」

「漢らしかったな!これで白黒はっきりつけれるぜ!!」

 

しばらくの間、クラスのざわめきは止まなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウォゥ、ウォウ、ウオウオーウ♪」

「ご機嫌だねデンジくん!何かあったの?」

「ああ!今度日曜にデート行くんだ!」

「───」

「……吐くならバケツあるからそこにしてくんねえかなぁ〜」




ミッドナイトは教師と言う立場なため彼女自身が自重すると思うので色恋沙汰には入れませんでした。ねじれちゃんはね。デンジ側がね。ゲロがね。


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はじめての

人で賑わう日曜日のショッピングモール。その中央にある広場のベンチに、デンジはそわそわと落ち着かない様子で座っていた。広場にある時計台をちらりと見ると、短針は1を指しており、よりデンジは体を揺らす。

 

「──ごめん、遅れた!」

「申し訳ございません…少し身支度に手間取ってしまって…」

(キタ!)

 

その二つの声に、デンジの背筋がピンと張る。そして深呼吸しながら、昨日の上鳴から教わったデートのノウハウを復習した。

 

(デートで男が遅刻すんのは無し…!そんでもって、遅刻されても怒らず、笑顔で『今きたところ』だ!行くぜ…!)

「ああ!俺も今──」

 

今自分ができる最大限のキメ顔をしながら振り向いたデンジは、その整えた顔を酷く崩す。

八百万は白を基調としたワンピースを着用していた。夏に入りかけの今の季節、日に照らされる鏡のような肌が眩しく、まるで現代のアート。まさに『清楚』そのものだった。

耳郎はすこしゆったりとしたシャツにショートパンツと言ったラフな格好をしており、隣の八百万とは真逆のファッションである。しかしその美しさは負けておらず、真っ白な脚がデンジには眩しかった。

 

「…?どしたん?」

「え、あ!カワイイ!今来たところだからカワイイ!」

「…大丈夫ですの?何かおかしい気が…」

「ああ!平気だぜ!だって今来たところだからな!カワイイ!!」

 

その視覚が流した莫大な絶景にデンジの脳はバグを起こした。壊れたラジオのように同じ単語しか言わない彼を八百万は心配そうに眺め、耳郎は顔を赤らめながらそっぽを向くのだった。

 

 

 

 

「それで、何をしますの?」

「ん〜なんかデンキが映画のチケットくれたんだよ。だからそれまでテキトーに時間潰そーぜ」

「映画…?わ、これってめちゃ今人気の映画じゃん!」

 

このチケットは、上鳴が他校の学生と三人でデートしようとしてフラれた(当たり前)ため、それをデンジが運良く貰い受けたものである。

デンジは映画など微塵も興味は無かったのだが、上鳴の『今の流行りはこれ』という言葉を聞いて、二人と見てみようとなったのだ。

 

「上映時間まであと二時間…。どうされますか?」

「あ、じゃあウチ楽器見に行きたい」

「いいぜ〜」

 

そんな予定がヌルッと決まった一行は、ゆっくりと楽器屋に足を進めていった。

 

 

 

「ジローお前ギターとか弾けたんだな、すげえ!」

「そんな専門的にじゃないから…マジで」

「いえ。耳郎さんの演奏はとても綺麗なものでした!それにドラムやベースも弾けていて…素晴らしいものを聞かせてもらいましたわ」

「ちょ…ホンット…!はあ〜〜〜!」

 

二人の賛辞の言葉に頭を掻きむしりながら悶える耳郎。八百万がそれを微笑ましげに眺めていると、突然彼女の耳に異音が入ってきた。その音の発信源──デンジは、眉を曲げながら腹をさすっていた。

 

「腹…減った」

「ええ?ちょっと早いのでは…?」

「朝から何も食ってねえんだよ…」

 

早く起きたデンジがデートの事ばかり考えて朝飯を食べてこなかった光景が容易に想像できた二人はくすりと笑い、デンジの手を握る。

 

「お、おお!?」

「じゃ、食べよっか。しょーがない」

「ふふ、困った人ですわね」

 

耳郎は指でつまむように、八百万はしっかりと繋ぐようにして、デンジの手を引いた。その様子を周囲の人らは温かい目で見守る。その視線を一斉に受け、謎の優越感を覚えたデンジはにへら、と笑った。

 

 

 

 

(結局俺はどっちが好きなんだろう)

 

レストランに入り、デンジはパスタを啜りながら思案する。

当初の目的である二人のうちどちらかを選ぶといったそれは、彼女らと過ごすたびに迷宮化していた。

二人は自分に良くしてくれている。だが、それもどちらかを選ばなければ続かない。しかし片方を選べばもう片方は諦めなくてはいけないわけで──。

 

(……むっず〜)

 

これが恋愛か、とデンジは頭を抱えていた。しかしそれとは真反対に、どこか満足感らしき感情も心の片隅にあった。

 

(全然さっぱりどーすればいいのか分かんねえけど、これで良い気がする)

 

普通の高校生なら、こんな事を考えて生活するだろう。前までのデンジならば思考すらも許されない場所に居たため、悩める事こそがデンジにとって今一番の幸運だった。

 

 

 

 

──デンジくん、諦めて私と一緒になりましょうよ。君に『普通』はムリなんです。『普通』じゃないモノは、『普通』じゃないモノと一緒じゃないといけないんです。

 

 

 

 

(…ヘッ、どーだ!今俺ぁ普通の生活を送ってるぜ)

 

「…さん、デンジさん!」

「ん、ああ?」

「どうしたんですの?急に食べる手が止まってましたが…」

「あぁ〜いや!何でもねえよ。うま」

 

以前ある人物に言われた言葉が脳裏によぎったデンジだったが、すぐに目の前にいる二人へと集中を戻し、幸せなひと時を過ごしていった。

 

 

 

「早く着きすぎちゃったね、ウチら」

 

その耳郎の言葉に二人は映画館の席にて頭を揃えて頷いた。携帯を見ればまだ上映まで15分ほどあり、スクリーンには他の映画の予告が絶え間なく流れている。

 

「ん…じゃ、ウチちょっと外そっかな」

「あ?…ああ、トイレね。いってら」

「デリカシー…」

「ふふ…では、私も行って来ますわ」

 

肩を落とした耳郎と共にシアターを出る八百万を、デンジはポップコーンを食べながら見送った。

そして手持ち無沙汰となったデンジはスクリーンに目を映す。

 

 

[私とこいつ、どっちを選ぶのよ!]

[お…俺は………!!]

 

 

一つの部屋に男一人、女二人の修羅場から始まる、ラブコメディ──。そう締めくくられ、次の予告に入る。

 

(ど〜すっかなぁ…)

 

それを見たデンジは当初の目的である耳郎と八百万、どちらを選ぶかという問題を振り返る。

 

(今日のデートで分かったことがあった)

 

デンジは思い出す。待ち合わせの時の二人の反応、手を繋いだ時の反応。それらを繋ぎ合わせていくと、一つの事実が浮かんで来た。

 

 

(たぶん、ヤオヨロは俺の事が好きじゃない…?)

 

 

その結論をデンジは頭を振って否定する。流石に嫌いなヤツと友達がいるとはいえ出かけるのは無いだろう。

 

(なんつーか…男として見られてねえのか?)

 

服を褒めた際には耳郎は照れていたが、八百万は暖かい目で礼をした。手を掴まれた際には耳郎は摘むようにしていたが、八百万は、まるで自分の子供が迷子にならないかのようにしっかり握っていた。

 

雄英高校に入ってきたきっかけ──いや、それだけではなく、この普通の生活もできているのは、八百万が居たからだ。そんな恩人であり、また想い人である彼女に異性として見られていないという事実は、デンジの心に響き──、

 

 

(────ま、いっか!ジロー居るし!!)

 

 

渡ることもなく、デンジはポップコーンを貪った。

 

(なーんだ、じゃあ簡単なことじゃねえか。一人に絞れたのはすげ〜好都合だぜ)

 

先ほどの予告に出てきた男の様に、悩んだりはしない。一人しかいないのならば、その一人をとことん好きになれば良いだけなのだから。

 

 

(──決めたぜ。俺ぁ絶対に他の人を好きになったりはしねえ!)

 

 

そう決心したデンジは、また流れ始めた予告を見ながら二人を待っていた。

次の映画は──世辞にも、好評を呼べる様なものでは無かった。構成は支離滅裂、カメラワークの酷さ、演者の下の上くらいの演技力──。どのシーンをとっても退屈な映画だというのが一眼でわかった。

そして。場面は老人と青年が涙を流して抱擁するシーンに移り変わる。まあ、生き別れた親子の感動の再会といった、ありきたりなものだった。泣く演技も大して上手くなく、他の観客も目を閉じて本命の映画を待っていたり、スマホを見て時間を確認するなどスクリーンには誰も目を向けていなかった。

 

 

(……アレ?)

 

 

突如デンジは、自分の頬に何かが流れるのを感じた。唖然として、それを拭う。

 

(あ、アレ?な、なんで俺……泣いて)

 

画面に映るのは、自分が好きな可愛い女の子ではなく、むしろその逆のむさ苦しい男たち。それなのに、デンジは何故か泣いていた。

 

(すげえどうでもいいシーンなのに…!よかった〜あいつらがいなくて!恥ずかしいぃ〜!)

 

手で口を抑えながら必死に泣き止もうとするデンジ。周りは泣くどころか注目もしていないのに、自分だけ涙を流している事実に、羞恥心を覚えた。

 

(帰ってくる前にはやく泣き止まねえと…まだ来てねえよな!?)

 

急いで目元を擦り、きょろきょろと周囲を見て──。

 

 

 

 

「────あ」

 

 

 

 

──そこには、ひとりの女性がいた。

 

 

[その時、私の体に電流が走った]

 

 

赤い髪をストレートに下ろし、清楚な印象を与える服を着て、その女性はスクリーンを見て──涙を流していた。

デンジは綺麗だ、と口にしようとし──しかしそれすらも言えなくなるほど胸が苦しくなった。

 

 

[この人との出会いは、…ありきたりな言葉で表すのなら──]

 

 

そこでゆっくりと女性がデンジの方を向く。その一挙一動で体が動かせなくなったデンジは、ただそれを見つめ──。

 

 

 

[──運命だったのだろう]

 

 

 

──黄色の、見たものを支配するかの様な螺旋の瞳に引き摺り込まれた。




難産でした


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手の中!

短い。


「……涙」

 

その声を耳にして、デンジの意識はようやく再起動する。目の前の女性は、そう言ってデンジの目元を指差した。

 

「え……?」

「すごかったね」

「あ…ハイ……」

(サイアク!恥ずかしい!)

 

その言葉にデンジは赤面し、慌てて目を乱雑に拭こうとするが──それはスッと伸びてきた手に止められた。

 

「目、傷ついちゃうよ。これ使いな」

 

そう言った女性は、ポケットからハンカチを取り出し、デンジに差し出す。ハンカチと女性を交互に見たデンジは、恐る恐ると言った様にそれを受け取った。

 

「…拭かないの?」

「拭きます…」

 

柔らかい材質のハンカチで、目元を拭うデンジ。ふわりと、甘い匂いが鼻腔をついた。

 

「……あの」

「ん?」

「お名前は…?」

 

デンジは呆けた表情のまま、そんな事を言った。上鳴とよく休み時間に話していた、異性を口説くコツが活きるとはデンジ自身も思いもしなかった。

女性はきょとんとしていたが、やがてゆっくりとその艶やかな唇を開いた。

 

「マキマ」

「マキマ、さん。…好きな、タイプは?」

「え?うーん…そうだな」

 

そして一拍置いて、マキマは呟いた。

 

 

「デンジくんみたいな人」

 

 

デンジくんみたいな人。デンジくんみたいなひと。デンジクンミタイナヒト。デンジ/くん/みたいな/人。

 

 

 

 

 

「……俺じゃん」

 

 

 

よくよく脳内でその言葉を変換して、出た結論がそれだった。

その普通なら思っても言わないであろう発言をマキマはにこやかに流し、デンジを見つめる。

 

「君、面白いね。今日は誰かと来てるの?」

「え?…あ、はい。す──」

 

好きな人と。と言おうとして、デンジは固まる。

 

(待て。今俺すっげえこの人の事好きだけど、ジローとヤオヨロはどーすんだ?あいつら二人の事が好きで今日を過ごしてたのに、急にマキマさんの事気にすんのって、すげえクズなんじゃねえか…?)

 

かすかに残ったデンジのマトモな思考は自身にイエローカードを出した。こんなのは論理的に間違ってるだろう。それならばさっさと白状して二人にまた集中すれば良い。そう考え、デンジは──。

 

「す?」

「す──ごい良い友達と、三人で来てます…」

 

 

小首を傾げたマキマにやられ、思考とは真逆の発言をしてしまった。

 

 

(あああああ!馬鹿!俺の馬鹿!)

 

それを聞いたマキマは微笑んだまま、ぽつりと呟いた。

 

「そっか、いいね。友達」

「…?」

 

一段低いトーンで放たれた声に首を捻ったデンジだったが、すぐにその行為を止めてしまう。なぜなら──。

 

 

「デンジくん。明日、空いてる?」

 

 

ずいっ、と顔を寄せたマキマが耳打ちをしてきたからだった。その鈴を転がしたような声が、耳の中を走り、鼓膜を貫き、脳髄へとたどり着き──。

 

 

「空いてまァす……」

 

 

デンジは即答した。

 

 

 

 

 

 

 

「面白かったねー」

「ええ。流石話題になるだけのことはありましたわね。…デンジさん?」

「へぇ?」

 

三人は夕暮れの帰路を歩きながら映画の感想を言い合う。しかし、先ほどから様子がおかしくなっていたデンジをみて、堪らず二人は声を掛けた。

 

「大丈夫ですか?どこか、具合が悪くなったりなどは…」

「画面で酔ったん?水買う?」

 

デンジは二人を見つめる。眉を下げ、純粋に自分の事を心配してくれている八百万。ぶっきらぼうだが、確かに身を案じてくれている耳郎。そんな二人に、デンジに深い罪悪感が募った。

 

(二人は俺の心配してくれてんのに、俺ぁ映画から二人の事を見てなかった。…それってよぉ〜、男として最低な事だよな…!)

 

デンジの心に火が灯る。それは情けない自分に喝を入れる灯火だった。

 

(──決めたぜ。俺ぁもう、この人たち以外の女の子を、好きになったりなんかしねえ!マキマさんも忘れる!)

 

「──大丈夫だぜ!俺ぁ大丈夫だからな!ジロー!ヤオヨロ!」

「──は、はぁ?」

「ええ、まあ…大丈夫なら、良いのですが…」

 

鼻息荒く、決意を新たにしたデンジを耳郎と八百万は、困惑の目で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づけばドアノブを握っていた。

 

 

「──あぁ?」

 

そこで初めてデンジは、自分が何をしていたか思い出す。

二人と別れて帰った後、風呂に入り寝て──朝になって、朝飯を食べて、歯を磨いて、仕事着に着替えて、電車に乗り、ここに来た。人が多い市内にある一つの建物に着いた所で、その動作を止めていた所だったのだ。

 

(な〜んだ、じゃあさっさと開けねえと。待たせても悪ぃしな!)

 

遅刻など、今から出会う人物に失礼だ。マキマさんは許してくれるだろうが、印象は最悪。どうせなら、美人には好かれたいと言う気持ちがデンジには──。

 

(……マキマさん?──いやいや、もう会わねえって決めたじゃん。じゃあどこ行ってんの、俺)

 

ゆっくりと顔をあげ、黒いドアの上に書かれた文字を確認する。

 

『公安対敵特異課4課』

 

不自然に、ドアノブを握る手に力が籠った。デンジは、重大な事を忘れてそのまま寝て、朝起きて思い出したような嫌な気分を覚える。

しかしここまで来たからにはと、力を込め、捻り────。

 

 

 

 

 

【開けたらダメだ】

 

 

 

「……………ポチタ?」

 

 

その時、親友であり、家族でもある存在の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【逃げ

 

「おいで、デンジくん」

 

突然勢いよくドアが開き、手首を掴まれる。そのぞっとするほど綺麗な手の主──スーツに身を包んだ女性、マキマは、昨日と同じ表情をして、デンジを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マキマさんはマジで難産なんです。どんな事言うだろうなぁって考えてたら三回くらい支配されるんです。マキマさん最高と言いなさい。
ほら。


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公安対敵特異課4課

「改めてようこそ。公安対敵特異課4課を任されている、マキマです」

 

モダン調の黒いソファーに座ったデンジは、目の前に座ったマキマの自己紹介を聞いて会釈をした。

 

「デンジっす。年は…たぶん、十六?くらい。好きなものは、美味いもん。特技は、飲んだモノを吐き出せます!」

「そんなに気を張らなくて良いよ。コーヒー飲む?」

「あ、うす…」

 

その答えを聞いたマキマは立ち上がり、コーヒーセットを準備し始める。その後ろ姿を見ながら、デンジは冷や汗をかき始めた。

 

(ど〜しよぉ〜!?何すりゃあ良いんだ…!?)

 

突然来訪の誘いを受けたものの、何をするかなど全く聞かされていなかったデンジは焦っていた。普段なら何事も動じる事は無く自分らしく振る舞えるのだが、目の前にいるのは憧れの人。嫌われたくないのは当然、少しでも好感度は下げたくなかったので、当たり障りのない返答を考えるしか無かった。

 

「はい、お待たせ」

「あ、あざっス!」

 

そんな事を考えているうちに、マキマがコーヒーを二杯持って戻って来た。香ばしい香りが室内に広がり、一先ずはこれを飲んで場を濁せると踏んだデンジは、コーヒーを一気に煽った。そして──。

 

 

「──デェェェ〜〜〜」

 

 

それを全て逆流させた。

 

「にっげぇ〜〜…!!」

 

コーヒーは雄英に居る時から飲めない。色々なものが口に出来るようになってから、それはもう喜んで全てを飲み食いしていたが、コーヒーはダメだった。苦味がデンジの舌を刺激し、喉に通す事を脳が拒否するのだ。

白いシャツが吐き出したコーヒーで色ついていく。それに焦って、涙目になったままどうしようかとまごついていると──。

 

「ごめんね。コーヒーダメだったか」

 

いつのまにか自分の隣にいたマキマが、懐から出したハンカチで汚れた箇所を拭いていた。

 

「え、あ!あ!」

「うーん、これは染み付いちゃったな。ウチで洗濯しよっか」

「え!?いや、そんな、悪いっすよ!」

「遠慮しないで。ほら、ばんざーい」

「バンザーイ!」

 

 

 

 

「うん、似合ってるね」

「あざっす!!」

 

雄英の仕事着を脱ぎ、代わりに着たのは特異課の制服だった。ついでにネクタイを締めてもらい、デンジの気分は最高潮に上がっていた。

 

「──今日デンジくんに来てもらったのはね。私がデンジくんとおしゃべりしたかっただけなの」

「おしゃべりしましょう!」

 

おしゃべり。その言葉にデンジは浮き足立ち、やる気満々といった風に目を輝かせていた。マキマはそれに口だけで笑い、コーヒーを一口含んだ。

 

「雄英、務めてるんだよね?オールマイトとかやっぱり凄いの?」

「ああ〜、ムキムキっすよ!生徒の奴らぶん投げ回してます!」

「ふむ…」

 

大袈裟な身振りで伝えるデンジの言葉に、腕を組んだマキマは思案するように上を向く。その時デンジは組まれた腕の中で苦しそうに主張する胸を凝視していた。

 

「すげえ…」

「んー…オールマイトは何か様子が変とかなかった?例えば、具合悪そうにしてたりとか」

「…や、そんなこたぁないっすねえ」

 

デンジの頭に、ガリガリの男が血を吹きながらサムズアップをする光景がよぎったが、すぐにそれを消し飛ばした。

 

「おっ…ールマイトに何かあるんですか?なんなら、俺が何とか言っときますぜ!」

「違う違う、ただ気になっただけ。憧れのヒーローだからね」

「え…」

 

その言葉にデンジは焦りを感じる。

 

(ま、まさか、マキマさんはあのおっさんの事が…?)

「──俺の方がいっぱい活躍できますけどね!」

「そうなの?」

「ええ!そりゃあもう!マキマさんの為だったら!」

 

腕まくりをして力瘤を作り出したデンジは、これでもかとアピールをする。ただでさえオールマイトには辛酸を舐めさせられているのだ(筋肉ガチムチホールド)。こんなところでも負けて良いはずはない。

そんなデンジをしばし見つめ、マキマは口を開いた。

 

「…じゃあ、デンジくんに一つお願いがあるんだけど、いいかな?」

「何でもやります!」

 

 

 

「『オールフォーワン』を探して──殺してほしいの」

 

「……オー…?」

 

その聞き慣れない単語にデンジが首を傾げていると、マキマがスプーンでコーヒーをかき混ぜ始める。

 

「すごい悪い敵。オールフォーワンが世界に齎した被害は数えきれないもの。彼を殺さない限りは、悲劇が続く。私の『個性』でも始末する事は無理だった」

「はぁ…」

 

くるくると回るコーヒーを見ながら、デンジは気の抜けた返事を返す。

 

「私の夢は世界平和なんだ。だからオールフォーワンは邪魔なの」

「…何でそいつを殺さねえといけねえのかまだなんとなくしか分かんねえですけど、マキマさんがそれで嬉しくなるってんなら俺ぁやりますよ」

 

その言葉に手を止めるマキマ。そして目を向けると、そこにはまっすぐに自分を見つめるデンジの姿があった。

 

「マキマさんはハンカチ貸してくれた恩があっからな、そのオール何とかってやつをぶっ殺しても、まだ足りねえくらいだぜ〜」

「……」

「マキマさんが無理だったとしても…まあ、そこは俺がすっげえ〜ドカンと頑張れば、大丈夫Vでしょう!」

 

そう言って、Vサインを作ったデンジは、笑顔をマキマに向けた。それを受けたマキマはしばらく固まっていたが、やがてふっと肩の力を抜き、口角を上げた。

 

 

 

 

「そういえば、デンジくんの『個性』ってなんなのかな?」

「え?ああ〜」

 

その問いかけに即答しようとしたデンジだったが、そこでとある男の言葉が蘇る。

 

『──いいかデンジ。モテる男ってのはな、秘密があるんだ。オープンに全部おっ広げるのもいいが、やっぱミステリアスな部分があるとちゃんねーはイチコロよ!』

 

(これだ!)

 

上鳴のモテるテクニックを聞いた事をこの土壇場で思い出したデンジは、ミステリアス作戦を決行することに決めた。

 

「あ〜、まあ?おしえてーケド、俺の個性知っちゃったらなぁ〜。大変な事になるからなあ〜!」

「大変な事?」

「ああ〜、まっさか俺がチェン…ゴホン!マンだなんて…!なんてことになっちまうからさぁ〜!まあ、マキマさんになら…どーしてもってなら!…見せちゃおっかな〜?」

 

「……そう」

 

そのニヤニヤとしながら放たれた言葉に、マキマは口だけを動かし、そう答えた。

 

(…あれ、なんか違えぞ。なんか、もうちょっと反応してくれても…)

 

調子に乗りすぎたかとデンジは冷や汗を流し、すぐ自身の個性について話そうとしたその時──、マキマが、静かに口を開いた。

 

「あ、あのマキマさん──」

 

 

 

 

 

「命令です。自分の『個性』について話しなさい」

 

 

 

 

 

その言葉を聞いたデンジは、だらんと両腕を下げて、虚な目になる。マキマは自身の『個性』が発動した事を確認し、薄く笑みを浮かべた。

──個性、『支配』。自分より、立場や程度などが低いと認識した者の全てを支配できる。

 

(個性はチェンソー。これは小動物を使って自分が言っていたのを確認した。…だけど、何か違う気がする)

 

マキマは雄英体育祭での出来事を思い出す。チェンソーと化したデンジは、確かにマキマを襲った。しかしそれは自分の意思ではない様子であったのだ。故に気になった。

 

 

『オイ早く逃げろ!なんか俺の身体あんたをめちゃくちゃ殺したがってんだけど!?』

「ふふふ」

 

 

その時の台詞を思い出し、マキマは声を出して笑う。あの日デンジに何をしたかは覚えていないが、この言葉だけは覚えていた。

 

「……俺の、個性は──」

 

そんな事をしている間に、支配されたデンジは口を開く。ひとつひとつその口が発する音は、マキマの耳に入り──困惑させた。

 

 

「──です」

「……?──じゃ、ないの?」

「──だから、──じゃなくて────」

「………じゃあ、命令です。──、あなたの個性を言いなさい」

 

 

 

 

「………私の、能力は────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを聞いた時、マキマは目を見開き、そして人生の中で────初めて本気で笑みを浮かべた。それはまるで、幼い少女が目当てのおもちゃをサプライズで買ってもらったかのような、無邪気な笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

「──ん?あれ、俺今個性言いました?」

「……うん、言ってくれたよ。本当に、ありがとう」

 

デンジがはっ、として見ると、マキマは満足気に笑みを浮かべていた。

 

(あれ、マジか…。やっぱ隠し事はできね〜なぁ〜)

 

「…お礼に、ちょっとだけ何でも言うこと聞いてあげる」

 

 

「──え?」

 

 

その言葉に、デンジの心臓が大きく跳ねる。

 

「え?でも、それはオールなんちゃらを……」

「君の個性には、それほどの価値があったんだよ?これは報酬のお試し版って事で」

 

(マ…マジか)

 

ごくり、と唾を飲み込み、熱に浮かされた脳でデンジは考える。どんな要望をしようか。ストレートすぎるのは嫌われるか…?イヤしかし、ここは長年の夢を叶えるチャンスなのでは無いだろうか。

 

「…じ、じゃあ……」

 

その時、デンジの脳内に高速で上鳴の言葉がよぎる。

 

『良いか、がっつくなよ。肉食系男子がモテるとか巷で噂になってるけどよ、ありゃ最初から好感度が高えからモテるだけだ。見た目がいいとか、話しやすいとかで。ただの他人ががっつけばそこでもう終わりだ』

 

(……あぶね〜!俺今日マキマさんに迷惑しかかけてねえ!?)

 

コーヒーを溢し、世話をさせ、ぼーっとしていた。これの何処が好感度を上げただろうか。

 

(俺ぁ今日マキマさんが俺の事を好きになってくれるような事は何一つしてねえ。そんなら…!)

 

 

「……また、ここに遊びにきてもいいですか?」

「……?」

「それが、俺のお願いです」

 

(一旦ここは引くぜ!肉食系じゃなくて、俺ぁ俺のペースでマキマさんに好きって伝える!)

 

マキマはその言葉を聞き、一瞬怪訝そうにしたものの──一つ頷き、それを承諾した。

 

「うん、わかった。でも今日はもう帰りな。外が暗くなってきてる」

「──え?マジか!?やっべぇ〜!ババァに殺される!!」

 

窓を見ると、確かに黒に染まっており、それほど長くデンジが滞在していたことがわかった。急いでデンジは荷物を持って玄関に向かう。靴を履いて、見送りに来たマキマにデンジは一礼をした。

 

「今日はあざっす!俺、マキマさんの為に頑張りますんで!あ、明後日来てもいいっすか!?」

「うん、またおいで。明後日なら大丈夫かな」

「よーし、じゃあ!」

 

慌ただしく去って行ったデンジを見送り、マキマは一人思案する。

 

 

(…デンジくんはなぜここに来たいんだろうか…。私の個性を探る為?雄英に依頼されている?…どちらにせよ、次来た時に聞けばいいかな)

 

今日は舞い上がりすぎて、そこのところを失念していたと、自分を戒めたマキマは、にんまりと笑った。

 

(まあ、どんな思惑があっても…私の支配からは逃れられない)

 

 

 

その顔は、まるで悪魔そのものだった。



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マキマ オリジン

これが…マキマさんなのか?


「そういや、マキマさんってパトロールとかしないんすか?」

 

公安対敵特異課のソファに寝そべり、さもいつもそうしているかの様に寛いでいるデンジは、デスクに座って書類仕事をしているマキマにそう問いかけた。

 

「私達の専門は、表のヒーローが対処しきれないような凶悪な敵。要請で偉い人に呼ばれない限りは外に出る事も殆ど無いね」

「えぇ、そっか〜」

「…デンジくんは外に出たい?」

 

どこか残念そうにぼやくデンジに、マキマは書類に印鑑を押しながらそう聞いた。しかしデンジはソファの背もたれに寄りかかったまま顔だけを向けて首を振った。

 

「い〜や、マキマさんの役に立ちてえって考えて、パトロールが出ただけっす!」

「……」

 

その答えに、マキマの印鑑を押す手が止まる。規則正しく耳に送られて来たその音が途切れ、デンジが怪訝な顔を浮かべる中、マキマがすっ、と立ち上がった。

 

「…マキマさん?」

「…ちょっと休憩。まだまだ終わりそうに無いからね」

 

伸びをするマキマを見て、デンジは明るい顔をする。そして弾ける様に立ち上がった勢いのまま、マキマへサムズアップをした。

 

「マキマさん!」

「ん?」

 

「俺が作りますぜ!コーヒー!」

 

 

 

 

おかしい。

マキマはソファに座りながらキッチンに目を向ける。

 

「…あっれ〜、確かこうだったよな?動画じゃ…」

 

眉を顰めながら、コーヒーメーカーと格闘を繰り広げているデンジがそこには居た。

 

(…先週からデンジくんの様子が変だ)

 

初めて招いた次の来訪日。デンジはぐちゃぐちゃになった頭で来た。何やらワックスを付けすぎたらしく、その日は頭を洗って帰らせた。次は仕事終わりに肩揉みをしたいと言って来た。力加減が下手だった事は覚えている。

デンジは他人に何かをしてやる、という行為が圧倒的に下手だった。その事実はこれまでの出来事で十分理解した。なのに何故、彼は今もコーヒーを作っているのだろうか。

 

「で、できたぁ!」

 

嬉しそうな声を上げて、カップを持って来るデンジ。マキマは思考を一時中断し、その差し出されたコーヒーを覗き込んだ。

 

「………」

 

所々に浮いている粉。恐らく潰しすぎたコーヒー豆であろう。どこで混入したのか知らないが、割と浮いていた。また淹れ方も雑なのか、カップソーサーにコーヒーが飛び散っており、その外観を損ねていた。

 

「……」

「へへ!どぞ!」

 

鼻の下を指で擦りながら、マキマの視線に応えるデンジはとても満足気であった。マキマはゆっくりとカップを持ち、コーヒーを口に入れる。

 

 

(………不味い)

 

 

まず、苦味が襲いかかって来た。上品な苦味ではなく、只々苦い。熱すぎる湯で煎じたのだろう、ドブの味がした。あと浮いているコーヒー粉が煩わしい。そして何より──薄い。苦いのに薄い。苦いお湯を飲んでいる様な感覚にマキマは陥った。

 

(…何が目的?私にコレを飲ませて、何か企んでる…)

 

「……ど、ど〜っすかね?」

「………」

 

上目遣いにこちらの様子を伺うデンジを見て、マキマはまた固まる。そこには邪気というものが全く無い、純粋な表情の少年が居た。

マキマはコーヒーを一気に呷り、いつもの微笑を向ける事にした。

 

「おいしいよ。ありがとう」

「〜〜〜ッよっしゃあ〜〜!!」

 

その一言だけで、バッタの様に飛び跳ねるデンジを見て、マキマは更に困惑を深めるのだった。

 

 

 

 

 

「デンジくん」

 

日も暮れ。雄英に帰る事にしたデンジはスニーカーを履いていると、背後からマキマに呼び止められた。

 

「はい?」

「聞きたいことがあるんだけど」

 

ん?と首を傾げるデンジに、マキマは続けて喋り出す。

 

 

「最近、私の機嫌取りみたいなことしてるよね。あれ、なに?」

「………いやぁ〜〜っと、機嫌取りっつーか、何つーか…」

 

 

今の反応でマキマは疑心を抱く。後ろめたい事が無いのなら、即座に返答できるはず。なのにそれをしなかったのは何故か。

 

(──雄英に、探られてる…?)

 

小動物を支配し、()()()()()()()()()()()()()()()()()マキマはそれは無いと被りを振る。雄英に自分の『支配』を逃れられる者は一人しか存在しない。監視していた限りでは、そのような光景は見られなかった。つまり、ここの所のデンジの行動は全て個人で行なったものだと、マキマは確信付けた。

そしてそれを確信するや否や、マキマはデンジにずい、と近寄り目を合わせる。

 

「…あ、あのっすね……」

 

 

 

「命令です。何を考え、何をしようとしているのか私に教えなさい」

 

 

 

 

赤面していたデンジは、突然糸が切れた人形のように脱力し、虚な目になる。

──個性『支配』。自分が自分より程度が低いと思う全てのモノを支配できる。彼女の支配下には、立場や地位など関係無い。『下』と思えば、どんな体制を相手がつけようが、どんな『反射』の個性を持とうが、それすらも『支配』する。それが、マキマの個性だった。

 

「…」

 

国の長であろうと、どれだけ権力が高い者であろうと、マキマは笑みを崩す事なく個性を使える。それはマキマの性格が強く影響していた。

 

昔からその個性を持った彼女は、親からも恐れられ、周囲の人間も個性を聞くと遠ざかっていった。いつしかマキマは、人を人と思えなくなっていた。そんな時──。

 

【もう大丈夫。何故かって!?──私が、来た!!】

 

テレビで見た、一人のヒーローを見つけた。彼は化物の様なフィジカルを持っており、マキマと遜色ないほど恐れられる力を確かに振るっている。しかし──彼の周りには、人が集まった。

 

「……なんで」

 

幼い彼女は嫉妬し、何度もオールマイトを支配しようと試みた。が、帰って来るのは画風の濃い笑みのみ。そこでマキマは初めて、敗北の二文字を心に刻まれ──自分がオールマイトに憧れていたという事実にも気付いた。

彼の様になりたいと思った彼女は、ヒーローになった。元々要領は良かったので、楽に試験も合格。しかし、ろくに愛されてきていなかった彼女は、どうしても人の心が分からず──一つの結論に辿り着いた。

 

『世界を平和にすれば、みんな私を愛してくれる』

 

助けられたから、心酔する。助けられたから好意を感じ、その人に恩を返したくなる。その事に気づいた彼女は、とりあえず日本中に存在する敵を全て支配する事に決めた。

しかし──、敵の素性を調べている時、一つの敵が目に入る。それが──。

 

「オール、フォーワン…」

 

オールマイトとその師を再起不能にまで追い込んだその敵の情報を知ったその時、オールフォーワンはマキマの支配から逃れられた。

その理由は、『憧れのヒーローが負ける程の実力だ』と、そう思ってしまったからだった。下に見ないと、支配できない。さらにオールフォーワンの個性は、個性を奪う個性。支配を奪われては何もできなくなるとマキマは歯噛みし、全国敵抹殺計画を停止した。

 

マキマは方向性を変え、国へ援助を求める事にした。ヒーロー活動も重ねてきて功績を残していたので、国のトップらが集まる小規模な国会にてそれを伝えた。自分がやってきた、正義を信じてくれると信じて。

 

 

【それはできん。まずそのオール…?が居たとして、私に何の影響がある?そいつが本格的に活動するのか?まだだろう。私に不利益が無い限り、それらは無視で良い。…国民?代わりはいくらでも居るだろう。今は良いのだ。……それより、今から時間はあるかな?最高級のホテルを予約しているのだが──】

 

 

 

 

マキマは、個性を、使った。

 

 

個性で、条約──日本全国民の命はマキマが死んだ時の身代わりとなるものを結ばせたマキマは、ついに他人を信じる事は無くなった。唯一信じれるのは、この個性だけ。支配があれば、人は表も裏も全て自分に曝け出す。一人で戦うことを、マキマは決意した──。

 

 

 

 

 

 

 

「マキマさんの事が好きだから、マキマさんの役に立つようなことをしました」

 

 

 

「?」

 

 

 

 

何を言っているのだ。

マキマはポーカーフェイスのまま、しばし固まった後──ゆっくりと口を開いた。

 

「…どういう、事かな?」

(煙に巻こうとしている?)

 

かすかに眉を顰め、改めてデンジに問いかけるマキマ。本人も知らず知らずのうちに、その手は握られていた。

 

「マキマさんが疲れてそうだったから肩揉んで、コーヒー飲んでたから動画見て勉強してコーヒー差し入れしてました」

 

勉強してあれだったのか。いや、今はそういうことを言っているのではなく──。マキマは若干、生まれて初めてのパニックに陥った。

 

「俺は運良く他の奴らに大切にしてもらってます。けどマキマさんは事務所で一人っきりで仕事して、だーれも褒めてくれねえ。そんなの、糞じゃあないっすか」

「?」

「だから、雄英のやつらにも内緒でここに来てるんです。…出来ることならマキマさんとイチャイチャしたいし」

「??」

 

 

「俺はマキマさんをとことん愛してるから、こんなことしました」

 

 

「────」

 

 

 

 

 

こち、こち、と時計の音が廊下に響く。はっ、としたデンジは時計を見て大声を上げた。

 

「──ん、俺何を…うええ!?もうこんな時間かよ〜!?マジで次門限過ぎたらババァに殺される!ねじれちゃんにもゲロ吐かれる!」

「──ぁ」

 

焦りながらスニーカーの紐を結び、二回ほど地面を爪先で叩いた後、勢いよく扉を開くデンジ。それを見たマキマは吐息を漏らし、追いかけて外へ出た。するともう走り始めたデンジの背中を見て──マキマは叫んだ。

 

 

「──命令です!止まって!デンジくん!」

「あぁ〜!?ごめんなさあい!マジで今日は無理ィ!また来まァす!!」

「──ぇ」

 

 

その申し訳ない声と共に、振り向く事なくデンジは走り去っていった。それを見届けることしかできなかったマキマは、力無くその場に座り込む。

 

(……『支配』が…できなかった…?)

 

個性ミス?トリガーを間違えた?いや、そもそもデンジが言った事全ては嘘なのでは無いか?それが否かは──マキマ自身が、よく知っていた。

『支配』は嘘を吐かない。建前も全て取り払った姿を無防備に晒させるから支配なのだ。だから、故に──今のは──。

 

 

 

 

(ぜんぶ……本音……)

 

 

 

夜の冷たい風が、いつの間にか火照った顔を冷めさせようと試みる。しかしそれは恐らく失敗で終わるだろう。

 

マキマの『支配』に囚われない──三人目の男が現れた。




誰だよ(ピネ)
マキマさんはチョロイン。異論しかない。


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林間合宿に行こう!

「音楽かけようぜ、音楽!夏っぽいの!」

「ポッキー一つちょーだい!」

「一本10万ね」

「お、おお…!この椅子もふかふかだぜ〜!気もちぃ〜!」

「こら、デンジさん。飛び跳ねてはいけませんわ」

 

じわじわと暑い気温から疎外された、冷房の効いた合宿バスの中。学生特有の、気色に塗れた喧騒が所々から飛び交ってくる。デンジと雄英高校A組一同は、学校イベントである──林間合宿の地へと向かっていた。

 

一週間前。相澤から呼び出されたデンジは、掃除用具を持ったまま話を聞いた。

 

「どーしたんすか」

「来週からヒーロー科は林間合宿に行く。お前はどうしたい」

「合宿ぅ〜?」

 

その疑問の声に一つ頷き、相澤は続けて説明をした。

 

「今年に入って敵の行動が活発化している。それを見越して我々は本来、ヒーロー科二年前期で取るカリキュラムを前倒しで取らせるつもりだ」

「ほ〜ん」

「合宿の目的は、『個性』訓練。個性そもそもの能力の底上げだ。お前のは…強化になるかは分からんが、現地にはプロがいる。サポートは充実してる」

「へ〜」

「──で、どうする。参加か、待機か」

 

十数分悩んでいたデンジを見た相澤は、放課後までで良い。と言い、授業に向かった。その背中を見送り、改めてデンジは腕を組む。

 

(合宿ね〜、訓練って事は…キツそ〜…)

 

鬼の合理的主義者が鞭を振るう様が頭に映し出される。

 

(それに合宿の日と、マキマさんの所行く日被ってんだよな〜)

 

自分の好きな人との時間と、辛くてキツい訓練。心の天秤にそれを掛け、どちらを優先するかと言われれば──当然、前者であった。

ヨシ、と一息吐き、デンジは箒を持って掃除場所へ行く。

 

(断ろ。ヤオヨロとかと居るのは楽しそーだけど、今の俺はマキマさんしか愛さねえ事にしてんだ)

 

 

 

 

そう思い切り、放課後。職員室の前に立つデンジは欠伸をしながらノックをしようと拳を握る。そのまま扉を叩こうとした時──。

 

「──しかしお前らしくないな、イレイザー。あの少年の為にそこまで動くとは」

「喧しいぞブラド」

 

そんな会話が耳に入り、思わず動きを止めてしまった。

 

「あの…デンジくんか。お前があそこまで気にかけるなんて珍しいと思ってな。いつも合理的判断をするお前が今回はヤケに校長に食い下がった時は驚いたぞ」

「…食い下がってはない」

「でも頭は下げたんだろ?…正直言って分からんな。戦闘を学ばせる事に否定的だったお前がなぜあの子を林間合宿に連れていく事にしたのかが」

「……アイツは今までどこか浮ついた様子でヒーロー学を受けていた。だが、ビッグ3との訓練の後──それが消え、本気でヒーローを目指し始めている。それなら大人としてやれることはやるだけの事だ」

「…なるほどな」

「あとアイツに学生っぽいことさせてやりたいんだよな!イレイザー!!」

「黙れマイク」

 

 

「………」

 

 

 

 

 

(まあ、たまにはアイツの思い通りになってやるぜ)

 

ふん、とデンジは鼻を鳴らす。その右手には、先日マキマから貰ったスマートフォンがあった。連絡先はマキマ一人のみ。ただそれだけでもデンジは幸福であった。

おぼつかない手つきで、デンジはメッセージアプリを開く。

 

 

 

すいません 15にちいけなくなりました

 

マキマ

どうしたの?何かあった?

 

林かんがっしゅくに行くことになったので ごめんなさい

 

マキマ

送信を取り消しました

 

マキマ

送信を取り消しました

 

マキマ

了解です、気をつけていってらっしゃい

 

 

「うへへ…」

 

好きな人が自分の事を気にかけてくれる。それだけでデンジは幸せな気持ちになった。

 

「あら、デンジさん。スマホを買われたのですね!」

「あ!?ああ!そうだぜ!」

「私とおそろいの機種ですわね、もしよければ連絡先を交換しませんか?」

「エ!」

 

その時、デンジはマキマに言われた言葉を思い出す。

 

『はいこれ、デンジくん専用のスマホだよ』

『わぁ〜!すげえ!あざっす!!』

『うん。私の連絡先入ってるからいつでも連絡しな。…あ、それと他の人の連絡先は入れちゃダメね』

『?なんでっすか?』

『…容量が少ないから、すぐスマホが重くなっちゃうんだ。だから、ね』

『ほーん…分かりました!』

 

最新機種なのにそんな容量が無くなったりするのかなど疑問はあったが、(まあマキマさんの言うことだし)とそこでは納得した。

 

「あ〜っと……」

 

約束は守らなければならないが、しかし善意で誘ってくれた八百万にキッパリ断るのもどうなのか。

 

「──あ、あの。嫌でしたら、その、無理なさらずに…」

 

そんな渋った様子で悩んでいるデンジを見て、八百屋はそう答える。デンジの目にはそれが、明らかに無理しているものに見えた。

 

「交換しよーぜ。イヤじゃねえからさ」

「…本当、ですか?」

「ああ、でもさ。俺やり方わかんねえからヤオヨロがしてくれよ」

「──っお任せくださいっ!」

 

 

 

 

 

一時間後。トイレ休憩のため、一同を乗せたバスは一時停車した──のだが。

 

「ここパーキングじゃなくね?」

「つか、アレ?B組は?」

「ト、トトトイレ…!」

「近寄んなよミノル!離れろ!」

 

そこはトイレなどは無く、切り立つ崖の丘に転落防止のための柵があるだけの、ただの開けた場所だった。そこに既に止まっていた車から、女性二人と子供一人が降りてくる。

 

「よーーう!イレイザー!!」

「ご無沙汰してます」

「誰…?」

 

デンジのその呟きに、女性二人はポーズを取った。

 

「煌めく眼でロックオン!」

「キュートにキャットにスティンガー!」

 

「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」

 

「今回お世話になるプロヒーロー『プッシーキャッツ』の皆さんだ」

 

そう決めたプッシーキャッツ達は、すっと体勢を戻し──そのうちの1人、マンダレイが、絶景のある一部分を指差す。

 

「ここら一帯は私らの私有地なんだけどね、あんたらの宿泊施設はあの山のふもとね」

「あぁ〜?遠くね?」

「じゃあ何でこんな中途半端なところ…に……」

「……いやいや、まさかね」

「ほら、早くバス戻りましょうよ…」

 

ざわめきがA組一同に浸透するのを確認したプッシーキャッツの片割れ──ピクシーボブは、意地の悪い笑みを浮かべながら、地面に手をついた。

 

「今はA.M.9:30──早ければぁ、12時前後かしらん?」

「みんな!バスに戻れ!!」

「12時半までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね」

「えぇ〜!?」

 

顔を青ざめさせ、バスに戻ろうとする者。何が起こるかまだ理解できない者。昼飯抜きという言葉に絶望する者。その一切合切を──土流が流し落とした。

凄まじい音と共に起きた土流は、A組を巻き込んで崖に広がり落ちる。デンジもそれに巻き込まれ、土を払いながら辺りを見回した。

 

「ってぇ〜…」

「私有地につき『個性』の使用は自由だよ!今から三時間、自分の足で施設までおいでませ!この──『魔獣の森』を抜けて!」

「魔獣の森…?」

 

そう上からマンダレイの声が降りかかり、緑谷は思考を始める。その横を全速力で走る者が一人。それは──。

 

「耐えた…オイラ耐えたぞ…!」

「峰田くん!?」

 

股間を抑え、草むらの裏で催そうとした峰田を照らしていた日光が、突如何かに遮られる。峰田が上を向く。

そこには、四足歩行でこちらを見る化け物の姿があった。つるつるとした材質の頭部、そして体中には蔦が生えており、その口から覗く牙は乱雑に生えていた。

 

「魔獣だーー!!?」

 

峰田は驚愕→恐怖→無→安心の順に表情を変えた。彼は間に合わなかった。それを他所に、魔獣は四足のうちの一つを峰田に向かって振りかぶる。

 

「静まりなさい、獣よ下がるのです!!」

「口田くん!」

 

口田の『個性』、生き物ボイスは、あらゆる生物と会話が出来る。それを使い、魔獣を引かせようとしたのだが──。

 

(止まらない…!?イヤ、土くれ…そうか!)

 

生き物ではない。動いているのはピクシーボブの『個性』──。そう判断した緑谷は、即座に『個性』を使用した。

 

 

 

 

 

「しかし無茶苦茶なスケジュールだねイレイザー」

「まぁ、通常二年前期から習得予定のものを前倒しで取らせるつもりできたのでどうしても無茶は出ます。だが、彼らにも緊急時における『個性』の限定許可証──ヒーロー活動認可資格仮免。敵が活性化し始めた今、彼らにも自衛の手段が必要です」

 

A組が落とされた広場では、マンダレイと相澤の会話が繰り広げられている。それを聞きながら、ピクシーボブはゴーグル型のサポートアイテムを使って、生徒達の行動を観察していた。

 

「ふーん、ま、そんなもんか。…あ!あとさぁ。土壇場でA組B組に加えてもう一人指導してほしいって子…。デンジくんだっけ?気に入ってるの?」

「合理的判断の鬼のイレイザーも、贔屓なんてするんだ〜?」

「違います」

 

ピクシーボブがにんまりと笑いながら相澤を小突こうとするが、それは軽く避けられた。

 

「でも本当急よね、個性も知らされてないんだもん。書類間に合わなかったのかしら」

「…?校長から何も聞かされていないんですか?」

「…?」

 

「え、ええっ!?」

 

マンダレイが相澤のその言葉に首を傾げるそぶりを見せたその時、ピクシーボブが驚きの声を上げる。

 

「どしたのー、ピクシー」

「ちょ、ちょっとマンダレイ!これ!」

「はぁ……あの人は何考えてんだ…」

 

焦った様子で手元の機械を操作し、ピクシーボブがマンダレイに差し向ける。するとマンダレイのその顔が驚愕に染まった。その目に映し出された光景は──。

 

 

[ギャアーッハッハッハァ!!]

 

 

凶悪に笑いながら、土魔獣の腹を掻っ捌くチェンソーの異形。ピクシーボブたちは、その異形の名を知っていた。

 

「チ…チェンソーマン!?」

「なんでここに…!生徒たちが危ない!」

 

先日メディアで取り上げられたヴィジランテ、『チェンソーマン』。それが今、魔獣の森へと顕現していた。

即座にマンダレイは個性を使用しようと、耳に手を当てる。さらにピクシーボブもそれに続き、地面に手を当てる。そして個性を発動しようとしたその時、相澤が彼女らに目を向けた。

 

「はいストップ」

「あっ!」

「ちょっと!何すんのさ!?」

 

『個性』を抹消された二人は、急いで相澤に詰め寄り抗議する。

 

「状況わかってる?私らの私有地に、ヴィジランテが侵入した。それだけならまだいいよ、私たちだけで対応できる。だけど今回は生徒たちがいるの!危険な状況下に置かれて──」

「チェンソーマンはデンジです」

「さっきの映像を見てたら私の土魔獣も通用しない…虎に連絡取って、速攻で叩き潰せば──!」

「チェンソーマンはデンジです」

「そう、そのデンジくんもチェンソーマンに──は?」

「チェンソーマンがデンジくんってことなら──は?」

 

顔をチープなアニメの作画にしながら、二人は相澤を見る。その視線に晒された相澤は、目頭を揉みながらため息を吐いた。

 

 

「はぁ…こうなる事を予測してなかったのか…?──デンジは、ヴィジランテ『チェンソーマン』本人です」

 

 

 

 

 

「「……………は?」」

 

 

 

その言葉を皮切りに、周囲で言葉を発するものは誰もいなくなる。そこから聞こえてくるのは、端末から聞こえてくる悪魔のような笑い声だけだった。



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林間合宿

宿泊施設に先回りしていたプッシーキャッツがA組を迎えたのは、P.M.5:20頃であった。

 

「やーっと来たにゃん」

「イヤ……何が、三時間ですか…!」

「ごめんね?あれ、私たちならって意味」

「自慢だったのかよ……」

 

疲労困憊の生徒らを見て、ピクシーボブはけらけらと笑った。

 

「ねこねこねこ…でも正直もう少し掛かると思ってた。私の土魔獣を思ったより簡単に攻略してたね。特に、そこの五人」

 

そう言って指し示すのは、飯田、緑谷、轟、爆豪。そして、デンジだった。

 

「躊躇の無さは経験値によるものかしらん?」

 

ツバつけとこー、と詰め寄るピクシーボブを避けながら、緑谷は『魔獣の森』に入る前から気になっていたひとつの事を口に出す。

 

「そういえば…、その子はどなたかのお子さんですか?」

「…」

 

二本角が出た帽子を被った少年が、こちらを睨み付けている。その視線を居心地悪そうに受け止めながら、緑谷は問いかけた。

 

「ああ、違う違う、この子は私の従甥だよ。ほら洸太、一週間一緒に過ごすんだから挨拶しな」

「………」

 

マンダレイにそう促された洸太は俯くばかり。人見知りが激しいのかと考えた緑谷は、ぎこちないながらも憧れのヒーローのような笑顔を向け、右手を差し出した。

 

「あ、僕雄英高校一年の緑谷出久。よろしくね洸太く──」

「ふん!!」

「お」

 

こきん!と小気味良い音が緑谷の股間から響く。なぜそのような音が鳴ったのか。それは──。

 

「おのれ従甥!なぜ緑谷くんの陰嚢を!」

「きゅう」

 

洸太が強烈な右ストレートを緑谷の局部へ放ったからだった。すたすたと背中を向けて去っていく洸太に、デンジは感嘆の声を上げた。

 

「ごめん、ちょっとあの子性格に難ありで…!大丈夫!?」

「アイ…!」

「あのガキ常識どーなってんだ?」

「お前も死柄木にやってただろ」

 

四つん這いになり手を上げた緑谷の腰を叩きながら、デンジはそう呟いた。相澤はそれに突っ込み、そして手を叩き場の空気を変える。

 

「バスから荷物下ろせ。部屋に荷物置いたら食堂にて夕食、その後入浴して就寝だ。本格的なスタートは明日からだ。さあ早くしろ」

「あ、その前にもう一ついい?イレイザー」

 

すると、マンダレイが手を挙げる。

 

「えっとね、今はここに居ないんだけど、もう一人男の子が居るの。だからその子とも仲良くしてほしいな」

「あいつここに居ろって言ってたのにすーぐどっか行っちゃうんだから」

「問題児の集まりじゃねえか…!」

 

切島がそう呟くと、マンダレイはたはは…と困った様子で頭を掻いた。

 

「でももうちょいで帰ってくるはずなんだけど…。──あ!帰ってきた!」

 

がさがさ、と茂みが動き、そこから人影が現れる。

 

 

「──?こいつら…あぁ、雄英の人たちですか」

「どこ行ってたの…!あんた、もしかしてまた…!」

「はい」

 

濡羽色の髪を丁髷にし、それを揺らしながら無感情に答えるその少年は、端正な顔つきをしていた。

 

「──君!怪我してるよ!?」

「──見せなさい!!」

 

その時、偶々近くに居た葉隠が声を上げる。彼女が言った通り、その少年の右腕からは血が流れていた。マンダレイからは隠れるように立っていた為、それは分からなかったのだ。

血相を変えて近寄るマンダレイとピクシーボブを見ながら、その少年は小さく舌打ちをした。

 

「…もう…!」

「…はあ。別にいいでしょ。それより俺の事説明したんです?」

「──今からよ、バカ坊主!アンタがこんな事しなかったらもうちょい早く終わってる!」

 

二人に手当てをされる少年を見て、相澤は事前に受けた情報を思い返していた。

 

『合宿の監督をするのは良いんだけど…』

『…何か問題がありましたか?』

『ううん。…こっちにね、ひとり厄介な子がいるの』

『厄介?』

『うん。敵に家族を殺されて、心の状態が少し良くない子』

 

(それが彼か)

 

「…終わったわ」

「ありがとうございます」

「アンタね、マジでいい加減に──!」

「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょう。雄英高校の皆さんを待たせてますよ?」

「…!」

 

ピクシーボブが怒りを、マンダレイが悲しみの顔をする。しかし少年はそれを気にも留めない様子で押しのけ、A組の前に立ち、ぺこりと頭を下げた。

 

 

「早川アキです」

 

 

そう言って、アキは施設へ入っていった。

 

 

 

 

 

 

「ウメェ!ウメェ!!」

 

一悶着あり、荷物を置いたA組は現在食堂にて夕食を取っていた。ピクシーボブ達が作る夕食をかっ込みながら、デンジ達は嬉しさのあまり少し泣いた。

 

「……大丈夫かな」

「あ〜?」

 

その中で、ひとり浮かない顔をする緑谷を見て、デンジは首を傾げる。

 

「どーしたんだイズク。金玉心配なのか」

「ううん、アキくんのこと…」

「アレやばかったよな!今の若い子あんな感じなんか!?」

「中学生にあるまじき非行…!よろしくない!」

「ケロ、怪我も酷かったわ…何をしていたのかしら」

 

各々が早川アキを話題に出す。あのマンダレイ達に対する態度、そして怪我。誰もが一目見ても、問題があることは明らかだった。

 

「ふ〜ん…」

 

特に何も思わなかったデンジは、きょとんとしながら豚カツを頬張った。

 

 

 

 

 

「まぁまぁ…飯とかガキとかどうでも良いんスよ…。求められてんのはそこじゃないんスよ…。求められてんのは、この壁の向こうなんスよ…」

「なに言ってんだ峰田」

 

温泉に浸かる瀬呂は、突然悟り始めた峰田に問いかける。入浴の時間となり、腹を満たした一同は次に身を清めていた。峰田は男湯と女湯を仕切っている板に耳を当て、意地汚い笑みを浮かべる。

 

「気持ちいいねー」

「温泉あるなんてサイコーだわ」

 

「ほら…居るんスよ…。今日日男女の入浴時間ズラさないなんて事故…。そう、もうこれは事故なんスよ…」

『ッ!?』

 

その峰田の言葉を受け、ざわめきが男子勢に走る。そこに手を挙げ水を差す者が一人。

 

「峰田くんやめたまえ!君のやろうとしていることは君自身も女性陣も辱める愚かな行為だぞ!!」

「やかましいんスよ……」

 

飯田のぐうの音も出ないほどの正確な正論を菩薩のような顔で跳ね飛ばし、峰田はもぎもぎを仕切りの板にくっつけ、ロッククライミングさながらの動きで仕切りを登り始めた。

 

「あいつ、あんなに速かったか!? …あれ、どうしたデンジ。お前は気にならねえの?」

「あ?俺ぁもうそういう事はしねえって決めたんだ」

「ウヒャヒャヒャヒャ!デンジィ!お前は怖気付いただけだ!誠実という言葉で自分を正当化して結局のところリスクを背負いたくないんだろ!?まかせろ!お前の分までオイラが──!」

 

 

涎やら汗やらを撒き散らし、峰田がついにその頂に到着するといったその時、仕切りの向こう側から一人の少年が体を乗り出していた。

 

「ヒーロー以前に人のあれこれからやり直せ」

「洸太くん!?」

「クソガキィィィィ!!?」

 

洸太は迫り来る峰田の体を手のひらで押し出し、見事女湯防衛を達成した。ふん、と鼻を鳴らしてそれを見下す洸太。

 

「やっぱり峰田ちゃんサイテーね」

「洸太くんありがとー!」

 

そんな彼に、女性陣が感謝の言葉を投げかける。それにつられ、洸太は背後を振り返った。振り返ってしまった。

 

「……!!」

 

その時、少年に雷が落ちる。温泉の湯が滴る女子高生の裸体──発育の差はあるものの、小学生というまだ若々しい彼にとっては致死量の光景だった。

それを真っ向から見てしまった洸太はぐらり、バランスを崩す。そして男湯側に向かって頭から落下した。

 

「危ない!」

 

それを緑谷が間一髪で受け止め、一同は胸を撫で下ろす。ついでに峰田は飯田に確保されていた。

 

「峰田くん…!言わんこっちゃない!!」

 

 

 

 

 

 

「大丈夫かしら…」

 

八百万が心配そうに洸太が落ちていった場所を見る。マンダレイ達から見張りを用意したと聞いて安心して入浴していたが、まさかこのような事になるとは思わなかったのだ。

 

「でもアッチでデクくんがなんとかしてくれてたみたいやし、大丈夫だよ!」

「つーかマジでアイツ終わってんだけど…」

 

朗らかに笑う麗日に続き、湯を肩からかけ、耳郎は吐き捨てるようにそう言う。その目は蛙吹、麗日、葉隠、芦戸、八百万の順番に流れていく。その視線は首より下、つまり──。

 

「あれ?耳郎もしかして()()気にしてんの?」

 

芦戸が自身の胸部を持ち上げる。その一生自分が出来ることの無さそうな行動に思わず舌打ちをしてしまった彼女は悪くないだろう。

 

「ハァ…別に」

「まあまあ気にしなさんな!女の魅力はおっばいだけじゃ無いよ!」

「ふん、どうせアイツも胸にしか興味ないんだからさ、マジで…」

「……アイツ…?」

 

葉隠が首を傾げ、その人物が誰なのかと思案する中、八百万が口を開いた。

 

「あら、デンジさんなら『俺はもうそんな事しない』と仰ってましたわ」

「え、そうなん?」

「ええ、聞こえてきましたの」

「ふ〜ん?ま、アイツもだんだんまともになってきてるって事だね」

 

「「「「……………」」」」

 

「…ん?なに?」

 

途端に静かになる一同を見て、耳郎は何か失言をしたかと身じろぎをする。そんな彼女に、芦田は笑みを浮かべて自身の考えを突き付けた。

 

「──女の魅力の話して、真っ先に出るのがデンジなんだ〜」

「……ハァ!?」

 

ばしゃっ、と思わず湯を散らしながら立ち上がる耳郎。その反応を見て芦戸に続く女子達は黄色い声を上げた。

 

「いやー、青春ですなぁ」

「違っ、ウチは別にそんなんじゃ──」

「はいはいはいはい!で、好きになった決め手は?」

「──ああもう!刺すよ!!」

 

顔を真っ赤に染めながら、イヤホンを動かし威嚇する耳郎から逃げ回る葉隠と芦戸を見て、他の三人は苦笑いをする。

 

「あはは…分かりやすすぎるわ、耳郎ちゃん」

 

麗日の呟きの通り、今までの学校生活を振り返っても、確かに耳郎はデンジの事を気にする頻度が多かった。デンジの話題を誰かが出せば、スマホを見ていたにも関わらず直ぐに会話に入ったりと、誰がどう見てもそういうことだった。

 

「百ちゃんはどうなの?」

「はい?」

「ケロ、私達の中でデンジちゃんと一番仲がいい異性は貴女だと思うの」

「…そう…なのでしょうか?」

 

首を傾げ、自信がない様に問いかける八百万に蛙吹は首肯で返した。

それを受けた八百万は視線を下に向け、温泉に浮かぶ自身の胸を見つめ始めた。

 

(一番仲が良い異性……)

 

その言葉に思わず頬が緩み、充実感が彼女を襲う。現にデンジがA組に来る最たる理由は八百万だ。それも周囲は理解していたし、彼女自身も朧気ながら予感はしていた。

それを改めて他人から認識させられて、どこか背筋がむず痒い感覚に陥った八百万は、照れながらも頷いた。

 

「そうですね…そうであれば、嬉しいです」

 

しかし、八百万の脳裏にはある一つの事が過ぎっていた。それは朝のバスにて、連絡先を交換した時のこと。

デンジが交換方法を知らない為、八百万がスマホを操作していた時、デンジの連絡先に一人だけ名前があった。

 

 

(マキマ………?)

 

 

それが誰なのかは分からない。そもそも誰と何をしようがそれはデンジの自由だ。だが──。

 

(──百、それは良くない考えですわ)

 

ざぶん、と顔を湯につけて思考を中断させる。疲れが溜まってマイナスな事を考えてしまう。今日は早めに寝ることにしよう。八百万はそう思い、浴場から出るため立ち上がった。



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問題児+問題児=???

「ふあ〜…」

 

大きな欠伸をして、デンジは目を擦る。目の前にいるのはプロヒーロー軍団の『ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ』のメンバーの一人、『虎』だった。

 

「さあかかってこい、バッドボーイ」

「なんでテメーとなんだよ…マンダレイさんが良かったなぁ〜」

 

げんなりした様子でデンジは踵を二、三回慣らし、渋々構えを取った。

 

 

 

 

「『個性』伸ばし?」

 

林間合宿二日目。その言葉に首を捻るA組に、相澤は頷いた。

 

「君らは約三ヶ月間、様々な経験を経て確かに成長している。だが、それはあくまでも技術面、精神面。個性そのものは成長していない。そこで、今日から君たちの個性を伸ばす」

 

──死ぬほどキツいが、くれぐれも死なないように──…。そう言った相澤の顔は素晴らしいほどの笑顔だった。

 

 

 

 

『個性』サーチを持つプッシーキャッツのメンバー、ラグドールは目で見た相手の居場所や弱点を探ることが出来る。デンジが伝えられた弱点は、『持続力の無さ』だった。

チェンソーを出せば血が大量に消費され、長時間の戦闘を行う事が困難になると言われる。デンジはそれを聞いて反論をした。

 

「でもよ〜、俺のはもうしょうがなくね?」

「…確かにそうだな」

「な!じゃあ俺訓練なし?」

 

チェンソーを出すという副産物で血が出てしまうのは、最早どうしようもないのでは無いか。それがデンジの主張であった。

キラキラした目でそう聞くデンジを横目で見て、相澤は考える。

 

「…よし、決めた」

「お!」

「お前、虎の所で個性使わず訓練しろ」

「はぁ〜〜!?」

 

そんな死刑宣告にも等しい事を言われ、目を剥くデンジ。相澤はニヤリと続けて口を開く。

 

「お前のその個性は強力だが、それをハナから使ってダウンする事が一番アウトだ。だからここぞと言う時に個性を使え。生身で確保出来る時は生身、それでも無理そうであればチェンソー…。使い分けて戦う事にしろ」

「ええ…」

「お前は生身が弱い。ブートキャンプで鍛えてもらえ」

 

 

 

 

 

「ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!どうしたァ!?もう終わりかァ!?」

 

ゾンビの様な顔つきになりながら、デンジはこの地獄に落とされた時の事を思い返す。

 

「ワンモワセッ!ワンモワセッ!」

「ゼェ…ヒィ…!」

「──よし今だ!打ち込んでこい!」

「──死ねぇぇ!!」

「ハイ甘い!」

 

苦し紛れに放つデンジの右ストレートが虎のボディを目掛け繰り出された。しかしそれは、虎の個性である『軟体』によって、常軌を逸した動きで回避される。

 

「とっさの動きが出来てないなぁ、そんなんじゃ欠伸でちまうぜ欠伸!!」

「クソ…!」

「返事はイェッサァ!」

「イェッサ……!」

「聞こえないぞ〜?」

「ああーもう!イェッサア!!」

「よーし次行くぞ」

 

そしてまたエクササイズを始めさせられるデンジ。その横では、緑谷も白目を剥きながら体を動かしていた。

 

「ハァ…!ハァ…!なんで、デンジくん、ここにいるの…?」

「し、知らねえ…!相澤のせいだ…!アイツマジでぶっ殺してやる…!」

「ほうほう、お喋りできるほど余裕って?そんならもう2セット追加しとこうか!」

「──っええ!?」

「はあ!?」

 

増強系の個性を伸ばすため、我ーズブートキャンプは続く──。

 

 

 

 

 

「よぉし10分休憩!!休んだ後は死ぬほど殴るから覚悟しておけ!!」

(ヒーローの言葉か?これ……)

 

A組B組一同が初めて心が通じた瞬間であった。彼らは水飲所にて溢れ出てくる水を摂取する。ブートキャンプで温まった体の中に、冷たい水が染み渡っていく感覚が心地よく、緑谷はつい恍惚の声を上げてしまう。

 

「〜〜っぷはぁっ、うまあっ!──生き返るね、デンジくん!」

 

この心地よさを共に分かち合いたい。その心で緑谷は隣に居るはずのデンジに向かって笑いかけた。

 

「……あれ?」

 

 

 

 

 

森林の中をデンジはよたよたと歩く。水を飲んですぐに、彼はブートキャンプから(勝手に)離脱した。

 

(あんなん続けてたら死ぬ…岸辺より辛えなんて聞いてねえぞ)

 

自分の個性は伸ばせる所がもう無いと判明したはず。それなのに死ぬほどキツい訓練に参加させられることがデンジは不満だった。

 

(俺ぁ俺なりのやり方で特訓すんぜ!…血出しても怒られない場所あるかなぁ〜?)

 

キョロキョロと辺りを見回し、自身が個性を使ってもバレなさそうな場所を探していると──、デンジの耳にある音が届く。

 

(あん?銃声?)

 

最初は雄英の誰かかと思ったが、デンジの知り合いに銃の個性など居ない。その音の元へ、デンジは向かう。

そこは開けた場所だった。その広場の中心部──そこに、件の銃声の主が蹲っているのを確認し、デンジはゆっくりと歩み始めた。

 

「ハァ…ハァ…。誰だ、お前」

「あ?デンジ」

 

汗を流しながらその少年──早川アキは近寄るデンジを睨みつけた。

 

「…どうやってここに」

「迷ってたら着いた!」

「…最悪だ」

 

そんなぼやきをするアキを見て、デンジは眉を顰める。

 

「最悪ってなんだよ。…まあいいや、しばらくここで俺も特訓させてもらうぜ〜」

「はあ?駄目に決まってんだろ、ここは俺の場所だ。とっとと帰れ」

「ケチな事言うなよ、端っこだけで良いからさぁ」

「次は言わない。──消えろ」

「俺あっちの方でいい?色々撒き散らすかもしんねぇから──」

 

指を指し、マイペースに移動を開始し始めたその時──三発銃声が鳴り響く。デンジが振り向くと、そこには体で息をしながら拳銃をこちらに向けたアキの姿があった。その銃口からは煙が上がっており──。

ふと、デンジは足元に落ちている()()が気になった。厚切りハムの様な薄さの物体。それが晴天に照らされ、ぬらぬらと水っぽく赤く光っていた。徐々に()()がデンジを襲う。最初は熱く感じ、次に突き刺さる様な、そんな感じが。

 

「〜っいってぇええ!!?」

 

咄嗟に痛みの出どころである右耳を抑えようとして、初めて気付く。

無い。耳が無い。心当たりなど──あった。それは足元にある奇妙な物体。痛みでパニックになりながらもそれを注視する。

──それは耳だった。まだ血液が通っているのか、良い肌色をして今にも動きそうな程の。逆算的に、それは自分の耳であると証明され──。

 

「ひぃ〜〜〜!耳取れちゃったァ!」

「──言ったよな、次は無いって」

 

自分の耳が落ちる、というショッキングな経験に青ざめて悲鳴を上げるデンジ。そんな彼を、アキはひどく冷たい視線で見下した。

 

「雄英だったら治癒の個性持ちいんだろ。そいつに治してもらえ。俺がやったってプッシーキャッツには言うなよ」

「いぃ〜っ……」

「早く行け、次は頭ぶち抜く」

 

そう言い切り、蹲るデンジを他所にアキはすたすたと歩いて行った。まるで近所に回覧板を届けに行った帰りの様に、気軽に。

 

(──次は精密射撃の練習…。ハンドガンの精度は今ので大体分かった。次はスナイパーで確かめるか)

 

人を撃つ。非道と言われても可笑しくないその行為をして尚、彼の心は一寸も揺らがない。次なる銃を生成するため、持ってきたバスケットから水筒を取り出し、それを一気に煽る。

彼の心は、常人には理解できないほど、壊れて──。

 

 

「オラァァァ!!」

 

 

ごきゃん。

 

 

「ご……ぉっ!!?!?」

 

 

 

アキは身体に響く衝撃にそんな声が出る。何があったのかと下を見てみると、自分の股間から直角九十度に足が生えていた。いや、尻側からその足が勢いよくぶつかったのだ。

 

「……て、てめ…!」

「知ってたか?耳よりキンタマの方がケンカの時は強えんだぜ〜」

「ぐっ、ふ、が…!」

「つーかてめーいきなり何すんだチキショー…。教育どうなってんだ最近のガキはよ〜!」

 

悶え苦しむアキを見て、この先の日本の若者の未来を憂うデンジ。アキは距離を取り、デンジを睨む。その目は、殺意を秘めており──、もしヒーローや、雄英の生徒がここに居るのであれば、実力を行使してでも強制的に止めていただろう。その本気の感情を向けられて、尚デンジは足元に落ちた耳を拾って弄っていた。

 

「教育…?そりゃてめえの方だろうが…!ヒーロー志望の高校生が、中学生の金玉蹴りやがって…!」

「まあ義務教育習ってねえし」

「──分かった、そこまで死にてえんだったら。…俺が殺してやるよ……!!」

「しょうがねえ。俺がてめえをクソガキから更生させてやるよ。最近見た漫画で師匠キャラに憧れてたんだ〜」

 

双方個性を発動する構えを取り、お互いを見つめる。青い顔をするアキと、今から漫画のかっこいいキャラの真似ができる事にワクワクするデンジ。

 

 

 

「──マンダレイさんには悪いな。死体の処理も頼まねえといけねえ……!!」

 

「俺ーズブートキャンプ、はっじまりィィ〜〜!!」

 

 

 

 




デンジくんが撃たれて一周回って冷静になってるマキマ「何してんのあのガキ?殺すぞ」
やる気デンジくんを見て惚れ直したまきま「がんばえー!」

マキマさんはこの林間合宿中ずーーーーーっとデンジくんを見てます。どうやってかは知らないけど。
話変わるけど口田くんはなぜか周囲の動物達の声が聞こえなくて落ち着かないらしいっすね。なんでだろうね。


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バンババンバン!!

「俺ーズブートキャンプ、はっじまりィ〜〜!」

 

そう言い放ち、デンジは胸のスターターを勢い良く引っ張る。ウヴン、という轟音と共に、額から頭をかち割るようにしてチェンソーが躍り出た。

 

「──っ!?」

 

辺り一面に血液が飛散する。朗らかな緑に囲まれた広場は、一瞬にして真っ赤に染まる凄惨な光景に変わっていった。その中心に佇むひとつの異形と化したデンジは、深く息を吐いた。

その姿を見たアキは、驚愕の顔をしながら呟く。

 

「チェンソー…マン」

 

テレビで最近話題となっているヴィジランテ『チェンソーマン』。メディアで取り上げられた写真では姿は一枚のブレた写真しかなく、全貌はわからなかった。それが今、目の前でエンジンを鳴らして自分を見つめている。

 

「あ〜、そうだぜ〜。俺が今話題の超絶!人気の!チェンソーマンでぇ〜す!」

「……」

「サインやろうか?驚いて声も出ね〜か!」

「…イヤ、テレビに出てたからどんなヤツかと思ったが──案外弱そうだなって」

「試してみっか〜?」

「あぁ。犯罪者だとより()()()()()

 

そう言うや否やアキは右手を突き出し、親指と人差し指だけ立てる。するとその人肌であった手が、徐々に黒く変わっていき、最終的には一丁の拳銃となった。

 

「てめ〜が出してたのかよ!」

 

先程自分の耳を撃ち抜いた拳銃を思い出し、そうぼやくデンジ。それに応えるように、アキはその拳銃を発砲した。

それに対し、デンジは腕のチェンソーで弾を防御。金属同士がぶつかり合い、火花が散って消えて行く。

 

(アイツの弾が無くなったら近づいてまたタマを蹴り飛ばしてやる)

 

そう思ったデンジは耐えの姿勢に入った。アキは連続して発砲している。どういうタイプの拳銃なのかは知らないが──あのスパンで撃ち続けていればすぐさま銃弾は尽きるだろう。リロードの隙を狙って、デンジは攻めるつもりでいた。だが──。

 

「うお!…?ッぶね!あり?」

(アレ…?なんか…長くね?)

 

明らかにおかしい。先程からアキは息吐く暇も無く発砲しており、いつまで経ってもリロードの隙が見当たらない。

 

「……」

「っと!オイ!お前弾込めは!?」

「…俺の『個性』で造られた銃火器はリロードいらねぇんだよ」

「えぇ〜〜〜!?ズルじゃん!ズルズル!!っタァ!?」

 

その事実に呆気に取られたデンジは、太ももに銃撃を食らってしまう。痛みと共に力が抜け、体勢が崩れたその隙をアキは逃さなかった。

 

「イぃ〜…!…あ?」

 

傷口を気にし、デンジがよろよろと立ちあがろうとしていると、前方から粘度を含んだ重たい金属音が聞こえてくる。恐る恐る顔を上げると、そこには前腕部分まで体を銃化させたアキの姿があった。

拳銃ではない。拳銃よりも制圧力が桁違いの、アサルトライフル──AK-47と呼ばれる銃を、アキはデンジに向けて立っていた。

 

「──死ね」

「オイオイオイオイ!」

 

まるで豪雨の中でビニール傘を差した時の様な音が周囲に響き渡る。その轟音にアキは顔を顰め、消音効果のあるサプレッサーを付けておけば良かったと後悔した。

 

(後二秒後に様子見──してから補給でいいか)

 

チェンソーマンが人並みの硬度と言うのは、太腿に当てた時の反応で理解した。ならば物量で粉微塵にする。それがアキの戦略だった。

 

(まあ、死んだら死んだで…誤魔化せるだろ。敵かと思いましたで)

 

アキの頭にプッシーキャッツの面々が過ぎる。幼少の頃襲いかかってきた悲劇を止められず、更には自分のする事に縛りをつける大人達。孤児となった自分の面倒を見てくれる事は有り難かったが、それだけは心の底から不満だった。

 

(いいひと達だけどな。復讐の後ならいくらでも従ってやるさ)

 

その怨嗟を浮き上がらせたと同時に、アキは一旦銃撃の嵐を停止させた。

 

 

 

 

 

(いってぇ〜〜〜……)

 

アキの死角の草むらにて、デンジは銃撃を止めたアキに辟易としていた。その両足は限界を留めておらず、赤子が落書きしたかのような悲惨な形となっていた。力を込めれば、噴水のように出てくる血を見てデンジはぞっとする。

 

(弾切れがねえのは厄介だな〜、つーか俺チェンソー使っちゃダメなんじゃね? アイツ死ぬよな)

 

自分の売りはチェンソーによる殺傷能力である。しかし相手は宿泊先のヒーローの身内。さらに中学生。そんな者にチェンソーなど振り回す事はマズイとデンジは悟った。

 

(ま、殺したら殺したでなんとかなるだろ。殺されそうになったんで殺しましたで)

 

うんうんと頷き、再度デンジは考える。

 

(アイツめちゃくちゃ撃ってくるけど、多分見えてねえんだよな俺ん事)

 

先程何故あの銃撃から逃れられたのか。その答えは、デンジの両腕のチェンソーにあった。そこにはチェーンがぶら下がっている。新技のチェーンを使い、近くの木に巻きつけて思い切り引っ張り、その場から離脱をしたのだ。

しかし普通ならその様子は見えるはず。だがデンジは逃れる事ができた。それは何故か。

マズルフラッシュ──。銃を撃った時に、発射火薬が銃口付近で燃焼することにより発生する閃光が原因で、アキはデンジの姿を捉えられていなかったのだ。

また狙いを付けず滅多矢鱈に撃ち放していた事も大きい。その事情が重なり、デンジは離脱する事ができたのだ。

 

(どこに俺がいるのか分かってねえし、…水飲んでるし)

 

草むらから覗くと、水を飲んでいるアキが見えた。絶好のチャンスかと思われたが、その右腕はまだ銃になっている。

 

(エンジン吹かしたら撃たれて終わりじゃん)

 

奇襲しようにもこの足では出来ない。しかしだからと言って治癒をしようとするとエンジン音で居場所がバレ、撃たれて終わりだ。デンジは組んでいた腕を下げ、ゆっくりと足に力を込めた。

 

 

 

 

 

 

 

揺れる視界を携えながら、アキは見失ったチェンソーマンを探す。先程より息が上がっている中、顔を歪めながら自分の変化した右腕を撫でた。

 

(…まだコイツでもキツイか。一マガジン半でこんなになるとは)

 

彼の個性は、銃火器を生成するもの。その生成コストとして、彼は自らの体力を使っている。それは破壊力、重さ、弾数に比例して消費されていき、セミオートならまだしも、消費数が激しいフルオートガンは彼のまだ成長中の身体には重い負荷が掛かっていた。

しかし、獲物の足は奪ったのは確認した。後はじわじわ削ればいい。逃げさせるのもありだが、それをするとプッシーキャッツに自由を奪われるだろう。故に、アキは始末の道を選んだ。

 

「──ッ」

 

その時がさがさ、と手前右の茂みが揺れる。すぐさまアキは拳銃で発砲。鍛錬を重ねたその射撃は、見事茂みを貫いたのだが──何も反応が無かった。

 

(やったか…?)

 

拳銃を下ろし、確認のため茂みに近づく。小枝を掻き分け、新芽の向こうにあったものは──。

 

「…は?」

 

()だった。そのくるぶしあたりで分かれた断面は、痛々しく引きちぎられたようなものとなっており、力任せに分離させたことがわかる。血に染まったスニーカーを付けたその足首を見ると、そこにはチェーンが巻き付いていた。

 

(コレを使って囮にしてたのか…!味な事しやがって)

「ということは──」

 

そのチェーンの元を辿れば、その主がいるという事。目線がそれを追う。左に伸びたチェーンは、一本の太い木の裏まで続いていた。

 

(這いずって逃げてたってわけか…)

 

アキは静かに息を吐く。気取られぬように忍び寄りながら、チェンソーマンのそのタフさに心の底では辟易としていた。自分の足を麻酔も無しに切断するという行為は普通の人間では出来ない。それは余程の覚悟を決めているか、それともどこかイカれているのか──。

 

(まあもう終わりだけどな)

 

ゆっくりと歩み寄り、その大木の裏に隠れているであろうチェンソーマンに銃口を向け──。

 

「な──!」

 

隠れているはずの標的。予想していたその人影は、どこにも存在しなかった。思わず声を上げ身を乗り出すアキ。すると確保された視界に映っていたのは、ごろりと無機質に転がっていた片腕だった。

 

「またかよ、クソ──!」

「引っかかったなバーカ!!」

「──ッ!」

 

その声は上から降りかかって来た。即座にもう片方の腕を変形させ、アサルトライフルとハンドガンの変則二丁銃をフルバーストさせる。

 

「ギアいいいい!!」

 

総攻撃を腹に受け、悲鳴を上げるチェンソーマン。しかし、その動きは止まる事が無く、むしろ勢いを増してアキを押し倒した。

 

「んのっ…!離れろ!!」

「イギギギギ!!!」

 

腹に銃口を押し当てて全力で撃ち放つアキだったが、いくらそうしても目の前の異形が倒れない事実に疑問と焦りを覚える。

そこでアキは初めて気付く。自分がつけたはずの銃傷が、徐々に修復し始めている事に。目を剥いてチェンソーマンを見上げると、その鋭利に尖った牙──そこにワイヤーを引っ掛け、エンジンを吹かしながらそれは自己修復を行っていた。

 

「バケモンが…!」

「ギイイイ!!」

 

辺りに凄絶な銃撃音とエンジン音が鳴り響く。チェンソーマンはアキのスタミナ切れ。そしてアキはチェンソーマンの耐久切れを狙い、血みどろの我慢比べが続いていた。

 

しかしその戦いは、突如終わりを迎えることとなる。

 

「──ぐっ…」

 

アキの視界がブレる。物体の輪郭が二重に見え始め、平衡感覚が失われていく。体の末端は冷えるが脂汗が滲み出ていき、吐き気が襲う。

 

「…ア〜ん?」

 

チェンソーマンは、自分を襲っていた銃撃の速度が遅くなっているのを身体で感じていた。アキの顔を見ると、顔色は真っ青になり、尋常ではないほど汗をかき、目も虚ろとなっている彼がいた。

 

「ど〜やらもう弾切れらしいな〜?」

「はあっ、はあっ…!」

「安心しろよ、殺しゃしねえ。俺らにアブねーこと出来ねえ様に金玉殴るだけだからよ」

 

その悪魔の様な発言を残し、チェンソーマンは右腕を振りかぶり、そして──。

 

 

「…ああ?」

 

 

その拳は、アキの股間のすぐ下。その地面へ強く突き刺さった。狙いがズレた事に対して疑問の声を上げるチェンソーマン。

それと同時に、その身体がぐらりと揺れて、アキの隣へ無様に倒れ伏す。変形していた頭部はいつの間にか解け、その顔はデンジに戻っていた。

 

「血、血が足りねえのか…!」

「……どうやらお前もガス欠らしいな」

 

そう呻くアキに、デンジは睨みつける視線で返す。だが動けるほどの血液が無いため、すぐに仰向けになって目を閉じた。

 

「…テメー、やりすぎだろ…」

「知らねえよ。忠告破ったお前が悪い。…治ったんだからいいだろ」

「そうだけどさぁ…なんかヤダ!」

「……お前イカれてるよな。普通は自分のことを殺しかけたヤツの横で無防備に寝っ転がったりできねえよ」

「テメーにゃ言われたくね〜ぜ…。つーかどうしよ、ブートキャンプサボっちまった言い訳考えねえといけねえ」

「……は?オイ、お前虎から逃げて来たのか!?」

「ん?ああ〜。めんどくて」

「…ラグドールに、『サーチ』されたのか?」

「おお〜」

 

元々血相を悪くしていたアキはさらに悪くして、デンジに詰め寄る。

 

「バカ、説明されなかったのか!ラグドールはサーチしたヤツの居場所が分かるんだよ!」

「……は?それ、ヤバくね?」

 

デンジは起き上がり、先ほど戦闘があった広場を見渡す。青緑に育っていた草木は、真っ赤な液体で彩られており、明らかに何か異常事態が起こった様子──。これをプロヒーローに見られたりなどしたら──!

 

「お…俺、相澤に個性使うなって言われてんだけど…」

「………俺もだ。だから俺はサーチされるのを避けてたんだ。ここがバレないように…!なのに、お前なぁ…!」

 

片手で顔を覆うアキは、よろめきながら立ち上がる。それに続き、デンジも隣に立って顔を向けた。

 

「どーすんの?」

「俺は逃げる」

「はあああ〜〜!?」

「俺はやらなくちゃいけねえ事があるんだ。その為にもここで邪魔されてたまるか」

「俺もやらなくちゃいけね〜事は山ほどあるぜ〜!好きな人と色んな事してみてーからなぁ!」

「チッ、ようやく分かった。俺がなんでお前のことが嫌いなのか」

「あん?」

 

一歩前にアキは歩き、指を刺してデンジを見つめる。その目には、疲労と共に、蔑みの色が滲んでいた。

 

 

「お前だけ不真面目なんだ。他の奴らはまだ一生懸命訓練してる。だけどお前はサボってここに来た。お前以外真面目なんだ。だから俺はお前が嫌いって事がやっと分かった」

「……」

「俺には死んでも成し遂げたい夢がある。なのにお前みたいなやつに邪魔されるのはバカみたいに思えるぜ」

 

 

そう言い切り、アキはバスケットを持ってふらふらと森の奥に去っていった。残されたのは、ぽつんと佇むデンジ一人。

 

 

「バァァァァアットヴォオオォォォーーーイ!!!」

「うわああああああ!!!」

 

 

突然茂みから現れたガタイの良い男──虎に見つかったデンジは、情けない悲鳴を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何があったの?」

 

虎に報告されたマンダレイはデンジを別室に連れて行き、事情聴取を行った。心配気に眉の端を落とす彼女を見た後、デンジはへらりと笑い、アキの悪行を話そうとした──のだが。そこでデンジは思い止まる。

 

(あいつのやった事言ったら…俺のやった事もバレねえ?)

 

相手が先に手を出して来たとはいえ、デンジが行った事は下宿先の世話になっている身内を殺しかけた最悪の行為である。

それが明るみになってしまったら、自分は果たして雄英に場所を置けるだろうか。それだけでは無く、世間からも中学生を殺害しようとした者として迫害されてしまうのではないか。

普通の暮らしを覚えてしまったデンジは、元の掃き溜めの様な暮らしに戻りたくは無かった。

 

「な〜〜んも無かったっすね!」

 

故に、デンジは嘘をついた。それをマンダレイと共に聞いていた相澤は、睨み付けながらデンジの肩を掴んだ。

 

「何も無かったは無理がある…虎の報告によればお前が逃げていた広場──まるで殺人事件が起こったばかりの様な凄惨なものだったと聞くぞ。お前、個性使ったろ」

「ギク!!」

「……まぁ、最悪それは見逃そう。問題は、お前が個性を使うまでに追い詰められるほどの出来事があったって事だ」

 

一つ、相澤は誤解をしている。デンジは普通に個性を使用するつもりであった。それが偶々アキとの交戦がカモフラージュになり、『アキに襲撃されやむを得ず個性を使用した』というイメージが定着していたのだ。

しかしそんな事を知らないデンジは、自分の嘘がバレない様に黙秘を貫いた。

 

「ふん、ふ〜ん…」

「……」

「…デンジくん。貴方って子は…」

 

すると突然、マンダレイがデンジに寄り添い、目を伏せながら彼の頭を撫で始めた。

 

「──なんでキミみたいな優しい子がヴィジランテなんて呼ばれるのか、腑に落ちないわ…」

「え?」

「庇って、くれてるんでしょ?あの子のこと…」

 

マンダレイは心の中でこの心優しい青年が世間から冷たい目を向けられている事に憤慨する。

自分の命を奪いかけたその人物をも守ろうとして、自分がはずれくじを引いたとしても、静かに黙って耐えて──。そんな愚直な青年は、マンダレイの心の琴線に触れた。

 

「ありがとう。でもこれは私達の責任。…難しいかもしれないけど、デンジくんはこの事はもう忘れて、虎のブートキャンプに専念してちょうだい」

「え!?」

(冗談じゃねえ!二度もあのクソ辛いやつしてたまるか!!)

 

「──イヤ!俺は忘れませんぜ!!アイツの問題は、俺が解決したい!」

 

 

「──ッ」

「……デンジ…」

 

 

目を見開き、自分を見つめる大人達を見て、デンジはダメか…?と心の中で諦めかけたその時、デンジ達がいる扉が開けられる。

 

「──話してやりなよ、マンダレイ」

「…虎…!」

 

その人物──虎は、神妙な顔付きでデンジを見る。そしてマンダレイに笑いかけた。

 

「若ぇ男がそこまで啖呵切ったんだ。ならやらせてみるのも悪くないだろう?」

「っでも、あの子は──!」

「我らがあの子の異常なまでの復讐心を理解しようとするには余りにも世間に()()()()()()。それなら、自分を殺しかけた奴も救おうとするイカれたバッドボーイに頼むのもアリなんじゃないか?」

「……」

 

(なに?なに?)

 

しばしの沈黙が室内に蔓延する。その中で何が起きているのか理解できていないデンジができる事は、冷や汗を垂らしながら物事が進むのを待つのみだった。

 

 

「──デンジくん」

「はい?」

 

 

そして、その沈黙を破ったのは──。

 

 

 

「──っあの子を……助けて欲しいの…!」

 

 

今にも溢れそうなほど、涙を堪えたマンダレイの震えた声だった。

 

 

 

 

「え?」




早川アキ 個性『銃』
体の一部を銃火器に変形させる事ができる!リロード要らずだが、その銃の重さ、威力で消費される体力は比例するぞ!だから容易にぶっ放したら栄養失調でぶっ倒れるぞ!
因みに銃火器は身体から分離させる事ができる!その際はリロードが必要だから弾も作らないといけないぞ!


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早川アキ オリジン

レゼ編劇場版かぁ…映画館で泣くのは嫌なんだけどなぁ……。
って事でお久しぶりです。


「おにいちゃーん!」

 

コテージを出てすぐに、自身を呼ぶ幼い声が聞こえる。アキはその声に、顔を顰めながらゆっくりと後ろを向いた。

そこにいたのは、こちらを笑顔で見つめながら一生懸命に靴紐を結ぼうとする少年が居た。そんな彼の姿を見て、アキは鼻を鳴らす。

 

「……なんだよ」

「さんぽ行くんでしょ?ぼくも行きたい!」

 

キラキラと邪気のない目で見つめられると、どこか居心地が悪くなるのを感じた。

 

「…ダメだ」

「え、なんで!」

「お前外に出すと母さんと父さんに怒られちゃうだろ」

「それは…」

 

「だから無理」

 

 

 

しょぼくれた顔をした弟から逃げるように、アキは山へ駆けていく。一人で歩く山道は、いつも静かだった。

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

「おかえり、アキ」

「おかえりおにーちゃん!」

 

散歩から帰ったアキを待っていたのは、ベッドに入った弟と、それに絵本を読み聞かせる母の姿だった。

 

「父さんは?」

「今書斎にいるわ。タイヨウが他の本が読みたいからって」

「……そっか」

 

そう言って、また母はタイヨウに絵本を読み始めた。それを見て、アキはどこか心の中に靄が掛かる気分になる。

ずんずんと歩いて行き、スマホを手に取ってアルバムを開く。その目的は、先の散歩で見つけた動物たちを母親に見せるためであった。

 

「──そして、ふたりは…」

「──見てよ母さん!今日いっぱい動物見つけたんだ!」

「あら、すごいわね。でも今はタイヨウが先なの。後で聞いてあげるから…」

 

その言葉を聞いて、アキは途端に顔が熱くなる。気を引こうとしたにも関わらず、相手にされなかったと言う羞恥心。そして自分よりも優先されたタイヨウに対する怒りの二つが、彼の心を埋め尽くした。

 

「…父さんの所行ってくる」

「あ、兄ちゃん…」

 

 

 

モダンな雰囲気の書斎の扉を開けると、そこでは父が本を両手に持って険しい顔をしていた。

 

「タイヨウはどっちが好きだろうな…?ヒーロー雑誌か?いやでも、あの子はあまり興味がなさそうだったし…」

「父さん」

「ん?おお、アキか。おかえり!」

 

父を呼ぶと、屈託のない笑顔を向けてくれる。しかしそれもすぐに顰めっ面となり、またもや本と向き合い始めた。

 

「…父さん、見てよこれ!今日珍しい動物見つけたんだよ!いつもは森の奥にいる奴もいてさ!」

「お〜!凄いなあ。えーっと…?『世界のハロウィン特集』?…誰が見るんだコレ」

 

アキの話も漫ろに、父は頭を抱える。その姿──自分より、タイヨウの事を考えている姿に、アキの機嫌は途端に急降下していく。

 

「…何でだよ」

「ん?」

 

 

「──何でタイヨウだけっ!アイツはまだ外出れないから家で父さんと母さんと遊んでたんだろ!?俺とも遊んでよ!!」

 

 

だからだろうか。いつもは心の底に秘めて、決して口に出す事はしなかったその言葉を発してしまったのは。

目を丸くした父の姿を見て、アキは口を止めなかった。捲し立てるように、噴き出るものを抑える事なく、感情を発露させた。

 

「いつもタイヨウばっか優先して!!こんななら!アイツなんていなけりゃあ──!!」

 

「アキッ!!!」

 

 

 

初めて聞いた、いつも穏やかな父のその怒号は、その激情を止めるには十分すぎる冷たさを持っていた。体を震わせ、父を見る。しかし、そのどこか苦しそうな顔を目にした瞬間、鎮火したその熱も、すぐに息を吹き返した。

 

「──もういい。母さんも父さんもタイヨウもみんな嫌いだ」

 

 

そう言い残し、アキは書斎の扉を壊す勢いで開き、走り去っていった。残るのは、痛い程の沈黙と、俯く父だけ。

 

「──あなた…?」

 

怒声を聞いて飛んできた母が書斎を心配気に覗き込む。アキの父は、項垂れて、自身のパートナーに力無く笑った。

 

 

 

「……親失格だ、俺は」

 

 

 

「───」

 

 

その父に寄り添う母の姿を見たタイヨウは、静かに外出用のニット帽を被った。

 

 

 

 

 

 

「なんだよ!なんだくそ!死ねっ!死ねっ!!」

 

そんな言葉を吐き散らし、アキは森の中を進んでいく。薄暗くなっている今の時間に、子供が一人森林に居るのは危険だ。遭難の可能性もあるし、野生の動物に襲われてはアキはひとたまりもないだろう。両親にも、夜遅くは山に行くなと釘を刺されていた。

 

(もう知るか。母さんと父さんは俺のことがいらないんだ。それなら勝手にしてやる)

 

しかし、今のアキは自暴自棄になっている。両親に裏切られたと思った彼は、自分で自分のコントロールができなかった。

迷いなく草藪を越えて、アキが向かった先は、昼間に動物の写真を撮った開けた場所。ここが今、彼にとって一人で落ち着ける唯一の空間だった。

アキは寝転んで、星空を眺める。そうすれば、少しは怒りが収まると思ったからだ。綺麗な星を眺め、ふと、この景色をスマホで撮影しようとポケットに手を入れ──目当てのものがないことに気づく。

 

(……家に置いてきちゃった…)

 

舌打ちをして、大人しく目を瞑る。

 

「くそっ」

 

苛々が止まらない。先ほどよりもっと、心の中がごわごわとする気分だった。

 

「くそっ、くそっ!」

 

それはなぜか。スマホを忘れたから?違う。景色を撮影することができないから?それも違う。

 

 

 

「くそ──っ…うぅ…!っぐすっ!ゔぅ〜〜!!」

 

 

 

“この星空を見せれば、もう一度両親と話せる”と、そう思ってしまった自分のその考えに、腹を立てていたからだった。アキは幼い。いくら表面上は暴言を吐いていたとしても、心の中では家族と仲良くしたいという当たり前の感情を抱いていたのだ。

そして、その『家族』の中には、弟も入っている。

 

 

「──はあ」

 

(……アイツにも、当たっちゃったな)

 

 

元々今回の山岳旅行の目的は、タイヨウのためでもあった。生まれつき身体が弱く、薬を定期的に飲まなければいけないタイヨウだったが、つい先日、医者から『薬をもう飲まなくても良くなった』という診療結果を受けたのだ。

これに酷く喜んだ両親は、タイヨウの退院祝いも兼ねて、自然豊かな山岳で旅行をすることに決めた…というのが、今回の流れだった。

体調がまだ優れていない弟に、声を荒げてしまった──冷静になった頭で、そんな事実を再確認し、アキは赤くなった目元を伏せ、息を吐いた。

 

 

 

 

がさり。

 

 

 

「──っ」

 

 

 

冷静になると、周りの様子も分かりやすくなる。先程までざわざわとしていた周囲が、しんと静まり返っていた。故に、やけに響いたその物音が酷くアキの心を揺さぶった。

 

 

がさがさ。

 

 

 

再びその音を聞いた時、アキは跳ね起きてそこに目を向ける。その音は、先ほどよりもアキに近づいて来ていた。

 

「ひ…」

 

 

思わず引き攣った声を上げる。──それに反応したかのように、茂みの揺れる音が大きくなった。

 

 

がさがさがさがさっ!!

 

 

思わず『個性』を使うことも忘れるほど、恐怖という感情を抱いた、アキの視界に飛び込んできた者は──。

 

 

 

 

 

「──おにいぢゃ〜〜!!」

 

 

 

 

顔を鼻水と涙でぐちゃぐちゃにした、自身の弟だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんでここがわかったんだよ」

 

泣きついてきたタイヨウをあやし、アキは白い目を向ける。それを受けタイヨウは、懐からあるものを取り出した。

 

「俺のスマホ…」

「おにいちゃんの写真!そこにいると思ったから!」

 

タイヨウは、アキのスマホの写真の撮影された道を頼りに、一人でここまできたのだ。昼に撮った写真を、撮った順番に辿っていくことで、アキの場所を逆算していた。

 

「…でも、俺がいるってどうして思ったんだよ。いなかったらどうしてたんだ?」

「…だって、おにいちゃん。楽しそうにいっつもお話ししてたから。だから、いるなら、そこかなって…」

 

 

アキは口を開けたまま固まった。家族の誰も聞いていないと思っていた自分の話。しかし、それは間違っていた。一人だけ、ベットの中でしっかりとアキの話を真剣に聞いていたのが、タイヨウだった。

 

(……)

 

「おにいちゃん、ごめんね。ぼくが身体よわいから。お父さんとお母さんに怒られちゃった。ごめんね」

 

「──違うっ」

 

その言葉を聞いた瞬間、アキは声を上げてそれを否定する。

 

 

「──俺が悪かった。ごめん。意地張って、お前を傷つけた。お前は悪くないのにっ」

 

 

その謝罪を受けたタイヨウは、しばし目を丸くして──。

 

 

 

「じゃあ、お互いさまだね!」

 

 

 

朗らかな太陽の様な笑みを、アキに向けた。それだけで、アキの今まで荒んでいた心の中は穏やかになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おにいちゃん」

「ん?」

「あの…お父さんと、お母さんもね、おにいちゃんに意地悪したくてしてるんじゃないと思う」

「……ああ」

「だからね、だからねっ。…いっしょに、ごめんなさいって、できないかな…?」

 

こちらを伺う様に見上げて、そう提案するタイヨウ。その手に力が籠るのを、手を繋いでいたアキは感じ取る。

 

「……」

 

しばしの沈黙。それと比例するかの様に、徐々に力は強くなっていった。それに苦笑し、アキはひとつ首肯する。

 

 

 

「…そうだな」

「…!ほんと!?」

「ああ」

「〜〜〜!そしたら、そしたらね!?ぼくにいちゃんともお外であそびたい!」

「…何がしたいんだよ?あんま森の奥はダメだぞ、危ねーから」

「え!…えーっと、う〜んと…!」

「──コテージの近くでキャッチボールなら大丈夫だろ。母さんたちも近くにいるし」

「わあああ…!!」

 

目を輝かせるタイヨウと、そんな会話をしていると。

 

 

「──アキー!タイヨウーー!!」

「あ!お父さんとお母さんだ!」

 

遠くから、アキたちを呼ぶ声が聞こえてくる。ふと気づくと、既にコテージの近くまで二人は辿り着いていた。

 

「へへ!おにいちゃん競争!」

「あ!おいずるいぞ!」

 

そう言い残し、タイヨウは走って行く。アキもそれに続き、軽く足を早く動かす。緊張する気持ちを抑え、父と母に謝る勇気を出して。

 

草藪を掻き分け、アキは見た。玄関前で、タイヨウと両親が抱き合っているのを。だがもう、負の感情は無い。三人が泣き笑いしている場面を、アキも笑みを浮かべて見続ける。

ふと、タイヨウがこちらに指を指す。それを見た両親もこちらを見て、安心した様な表情を浮かべた。アキは、それに応じる様に、一歩歩みを進める。──それは、少年の心が成長する第一歩でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前が真紅に染まる。目の前にいた筈の家族が突然起こった爆発に食い荒らされるその瞬間を、アキは視覚で認知した。

次に感じたのは、音だった。鼓膜どころか全身が震えるほどの轟音が、アキの耳を襲う。その中には一瞬だけ悲鳴が混じっていた事を、彼は後々に思い出す。

その轟音から逃れようと、アキは両耳を塞ごうとして──全身を襲う強烈な爆風に耐えられず、吹き飛んでいった。ごろごろと転がり、凄まじい熱波と衝撃で意識が朦朧とする。

 

それでも尚、アキは家族の元へ目を向ける。何が起こっているのか分からない。分からないが──父と母、そしてタイヨウの元へ行けば、安心だと思っていたから。そして──アキは()()を見た。

 

 

目が合う。計6つのその目には、光が無かった。バスケットボール大の大きさのそれらは、いつも自分を見守っていたモノたちと酷似していた。

喉奥で、ごぽりと音が鳴る。胃酸が逆流して行くのが分かった。しかし、吐き出す事は叶わない。その動作を行うよりも先に、アキの身体は彼の精神を守るため、その意識を落とす事を決めていた。

落ちゆく意識の中、アキは見た。そのバスケットボール大のモノから生えている頭髪を、まるでブランド品のバッグのように肩に掛けた人物を。

 

 

 

(爆……弾……あた、ま…!!)

 

 

 

いつしか父の書斎で見た、自由落下爆弾の様な頭部をした女性的外見の身体の持ち主。その姿を視認し──アキは、意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アキは目を覚ます。また、あの日の夢を見ていた。全てを失った、あの日。あれからアキは、復讐の為だけに生きてきた。山岳地帯専門のプロヒーロー達に保護された後も、学校に行く時も、それだけを考えて生きてきていた。

それが世間からは否定される事だと言う事は分かっている。だから隠す努力をしてきた。それでも、諦めない努力をしてきた。『個性』だって、もう人を殺せるほど伸ばして伸ばして努力をしてきた。

 

 

 

「──よ〜。やっぱここか」

 

 

だからこいつが嫌いなのだ。へらへらとして、異性に鼻を伸ばしているこの金髪の男を、アキは認められなかった。



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偽りのプレイボール

「…何の用だ」

「ん〜?」

 

その問いかけに、デンジは手に下げたバスケットを掲げながら、ニヤリと笑う。

 

「差し入れ」

「……」

 

そのあからさまな善意に訝し気な目を向けるアキだったが、体力が消耗しているのは事実。デンジの手からバスケットをひったくる様に受け取った。

 

「ふぃ〜」

「…何で座るんだよ、どっか行け」

「ケチだな〜、ヤダよ」

「……」

 

殺してやろうかコイツ。と思ったのだが、体力を消耗している今では勝ち目は無いに等しい。さらに先ほどの夢──あれを見たアキには、戦う元気はなかった。

 

「…」

「なー、それ食っても良いか?腹減ってんだよ」

「……」

「あざーっす」

 

りんごを軽々と奪っていき、口にするデンジを見て、アキはもう何も言う事はなかった。

 

しばしの沈黙。お互いが果物を食べる咀嚼音だけが、辺りに響く。静寂に包まれたその空気が、アキは嫌いではなかった。

 

「──あのさ〜」

 

しかし、それも目の前の男に邪魔されてしまう。折角の空気を邪魔するデンジに青筋を立てながらも、落ち着いてアキは注意を向けた。

 

 

 

「──聞いたぜ、お前の家族の事」

 

 

 

今度こそアキは、右手を拳銃に変え、デンジに向けた。

 

「マンダレイか…!」

「ぴんぽ〜ん」

 

ふつふつと湧き起こる感情は、いつの間にか行動に変わっている。その軽口が放たれると同時に、アキは二回トリガーを引いた。

 

「──うぉあっぶね!!オイ待てよ!俺ぁ今回は喧嘩しに来たんじゃねえ!」

 

その銃口を掴み、無理やり狙いを逸らさせるデンジ。手のひらを銃弾が貫通し、鮮血が吹き出したが、それを無視してアキと目を合わせる。

 

「じゃあ何しに来た…!!煽るだけ煽って『そんなつもりは無いです』ってか…!?テメェ、マジで良い加減にしろよ…!」

 

態々自分の元へ来て、逆鱗に触れる。そんな狼藉をアキは許すつもりは無かった。

そんなアキの本気の表情を見て、ついにデンジも焦りを出し始める。

 

「違え!俺も分かんだよ、テメェの気持ちがよ!」

「はぁ…!?」

 

「俺も家族が居なくなってんだ!!」

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間、アキの動きが止まった。その隙にデンジはアキの腕を取り、背面に回す様に固定。そのまま関節を固めて拳銃の狙いを付けられないようにした。

 

(…岸辺の先生に護身術習ってて助かったぜ〜)

 

心の中でほっと息を吐くデンジ。その下で身じろぎをしていたアキだったが、次第に力が弱まっていく。

 

「…俺ぁ、そいつといっつも一緒に居た。飯食う時も、寝る時も、仕事の時もな。…だけど、そいつは他のやつのせいで…死んじゃいねえ、けど…もう、撫でられねえし、会えねえ」

「…」

「だから分かんだよ、大切なヤツが居なくなる気持ちはな」

 

いつしか抵抗をやめていたアキの姿を見て、一先ず安心をする。

 

「…だから何だ、同情して復讐辞めさせようってか…!どうせマンダレイさんから何か頼まれてんだろ…!!」

「………」

 

その無言の反応で、アキはその予想を確信に変えた。親代わりをしている彼女らが、自分の進む道に不安を抱いていたのは分かっていた。

だから第三者を使ったのだ。復讐を諦めさせるために。

 

「言っとくぞ、俺は何を言われようが何をされようが、ヤツを諦める気は一切ない…!絶対見つけ出して、ぶっ殺す…!!」

 

アキの瞳に、黒い焔が灯る。それは最早、誓いと言うより、呪いであった。鬼の様な形相をした少年を見る。

デンジはしばし考え、そして口を開いた。

 

「じゃ〜分かったよ」

「ああ…?」

「取引だ」

 

ぴっ、と人差し指を立て、デンジは笑顔を見せる。

 

 

 

 

「マンダレイさんの前…いーや、プッシーキャッツの前だけ()()()()()()しろ!!」

 

 

 

 

「……は…?」

 

 

 

「アイツらは、お前に人を殺してほしくねえんだと。でもお前は死んでも殺してえやつが居る。んで、俺はマンダレイさんにお前の説得を頼まれたし、お前の気持ちもわかる。ここで天才の俺ぁ思いついたぜ」

 

「セッチューアン?だ!」

 

 

「とりあえず反省したフリすりゃ良いんだ。そんでお前が復讐したらお前の勝ち!殺したもん勝ちだ!バレなきゃどうって事ねえんだよ」

「……?」

「さらに俺がヒーローになった暁にゃ、そのオメーの仇の敵をお前に譲りま〜す!」

 

アキは混乱していた。コイツは何を言っているんだと。

一応コイツはヒーローの卵であるはずだ。なのに言ってる事は犯罪を助長させる事ばかり。本当に天下の雄英に居ていい人物なのか?

 

「どう!どう!?」

 

そしてこの顔である。見る者全てが苛つく様なそのドヤ顔を見たアキは、困惑を隠しきれなかった。

 

「…お前、マンダレイさんに何言われた」

 

そして、一つの好奇心が生まれる。何を対価に差し出されれば、こんなにも必死になれるのか。その問いかけに、デンジはそれはもう嬉しそうに口を開いた。

 

 

 

「おっぱい揉めるんだって!」

 

 

 

「???????」

 

 

 

アキ は こんらん している !

 

 

 

「俺夢があってさあ、胸揉みたかったんだけど、なんだかんだ揉めなかったんだよな〜、だから今回は本気で揉むんだ!」

「ち……ちょっと待て、待て!待て!!」

「あ?」

 

アキは思わず制止する。でなければ、自身の脳内CPUがショートしてしまうと思ったからだった。

 

「胸…マンダレイさん、それ了承したのか!?」

「え?いや…『何でもする』って言われたから、そうしよーって」

「…な、なるほど…」

 

何がなるほどなのか分からないが、兎も角アキは言葉のまま受け入れることに決めた。

もう一種の諦めだった。

 

「で、どうすんだ」

 

デンジは決断を迫る。是か、否か。

未だ混乱しているアキは冷や汗をかく。この提案に乗るべきか、どうするか……。

中学生が個人で無数の敵の中から仇を見つけるのは困難だ。となると、ヒーロー側のネットワークを使って探すのが手っ取り早い。手っ取り早いのだが……。

 

「ゲヘヘ!ゲヘヘヘヘヘ!!」

 

「…………」

 

もはや人間とは思えない笑い方をしているデンジを見て、アキは───。

 

 

 

 

 

「………分かった」

 

 

 

 

その悪魔の取引に、応じてしまった。

 

「ヨシ!!」

 

大きくガッツポーズをしたデンジは、突然持って来ていたバスケットに手を突っ込む。

 

「…?おい、何してんだ」

「あの人達にゃ俺らが仲良しだってことを見せておかないといけねえ。だからそのための修行道具を持って来たんだぜ」

 

そう言って、ごそごそとしばし物色し、デンジが取り出したものは──。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…大丈夫かしら」

 

そわそわ。

 

「…もしものことがあったらどうしよう…」

 

うろうろ。

 

「やっぱり一人で行かせたのは間違いだったかな…?…でも、『任せてほしい』って言われちゃったし…」

 

そわそわうろうろ。

 

「ああでもまた怪我したりしたら…!」

 

 

 

「うううぅるせええええええいいいぃ!!!」

 

 

 

 

忙しなく動き回るマンダレイ。その落ち着きの無さに、遂に虎が文字通り吠えた。

 

「バッドボーイに任せるっつったろ!?良い女は動じずに男を待つんだよこの馬鹿タレ!」

「でも…」

「男があんだけ啖呵切ってんだ!口出すなんて笑止千万!」

「とか言う虎だって貧乏揺すりうっさいけどねーん」

 

タカタカタカタカタカタカタカ!!と残像が見えるほど膝を揺らす虎に、次はラグドールがそう指摘した。

それを見たピクシーボブはため息を吐き、一つの提案をする。

 

「──もうさ、全員で見に行かない?ラグドール場所どこー?」

「ん、いつもの三又のでっかい木の下!」

 

ラグドールの『個性』は“サーチ”。一度見た者の居場所をポイントする事が出来る彼女にとって、アキとデンジの現在地を割り出すのは造作も無い事だった。

しかしこれに苦言を呈するのが虎という男。

 

「待て待て待てえぇい!!我はバッドボーイと漢と漢の約束を交わした身。ここは通さんぞ…!」

 

出入り口のドアに立ちふさがる虎を見て、ピクシーボブはやれやれという風に首を振る。

 

「そんな事言って虎も見に行きたいくせにー」

「…だとしてもだ!!」

「こりゃ自分が約束したもんだから引くに引けなくなってんねー」

「…………」

 

図星であった。その筋肉を震わせ固まる彼に、ピクシーボブは悪戯な笑みを浮かべながら音も無く擦り寄った。

 

「んふふ〜、ねえねえ虎ぁ〜?」

「な、何だイキナリ…」

「漢と漢の約束…だっけ?」

「…ああ。故に、我はお前たちの行手を…」

 

「でも虎、元は女じゃん」

「………」

 

 

 

 

 

「ラグドール、二人の様子はどうだ!?」

「いじょーなーし!」

 

「はー時間の無駄だった」

 

林の中を駆けながら、そう会話する二人を背後から追いかけるピクシーボブは呆れたように呟いた。

 

「最初っからおとなしくついてくりゃよかったのよ。石頭なんだから、ったく…ね?マンダレイ」

「………」

「…ちょっとマンダレイ?聞いてる?」

「………」

「──信乃!」

「──え、あ!何!?」

 

走りながらも、何処か心ここに在らずといった様子のマンダレイは、自身の本名が呼ばれた事で、ようやく反応をピクシーボブに返す。

 

「…大丈夫?」

「…ごめん。ちょっと焦ってた」

「すごい形相だったよ〜あんな表情、市民にゃ見せられない!」

「うん…ごめん」

 

ピクシーボブが茶化して、マンダレイがそれを冷静に捌く。そのいつもの流れも出来ていないほど、マンダレイの心は不安定だった。

 

(重症だね〜こりゃ)

 

アキがまた他人を傷つけないかどうかの不安な気持ち、そしてデンジへのまた危険な行為をさせてしまった事への罪悪感。──最後に、デンジがアキを本当に救ってくれるのでは無いかと言う、期待。それら三つの感情が混じり合って、マンダレイの心の内に渦巻いていたのだ。

 

「やっぱ、しんどい?」

「……ごめん」

「んーにゃ。…ほれ、私も」

「え…?」

 

ピクシーボブはマンダレイに手を向ける。突然何事かと思い、マンダレイは目を向けると──そこには、微弱に震える彼女の手があった。

 

「あいつを保護して来た身としては、何の力になってあげられない事に腹立つし、情けないって思う。…だけどまあ、なるようになるよ。今はデンジくんを信じるしかない」

「流子…」

 

マンダレイは彼女の目を見つめる。その目は微かだが、不安に揺れていた。

 

(──私の馬鹿!!)

 

それを見た瞬間、マンダレイは自分の頭を思い切り叩く。じーんと広がる痛みと比例して、心の中はどこか落ち着き始めていた。

 

「し…信乃?」

「ごめん、()()()()()()

 

驚愕の表情をするピクシーボブを、マンダレイはまっすぐ見つめ返す。その目にはもう、『迷い』は存在していなかった。

 

「プッシーキャッツの司令塔が、真っ先にくよくよしてたらみんな元気なくなるもんね」

「…!ようやく気づいたか、このお寝坊さん!」

「行き遅れには言われたくないわ」

「テメェェェッ!!!」

「何をしてるんだお前ら!」

 

白目を剥いて、自分に襲いかかる親友を見て、マンダレイは笑みを浮かべる。それを虎が静止し、ラグドールが笑い眺める。

本来のプッシーキャッツの雰囲気が、戻り始めていた。

 

 

 

 

「着いたわ」

 

ラグドールのその言葉で、一同は足を留める。他の木より一回り大きく、そして三つ木の幹が分かれているその特徴的な樹木。そこは、アキがよく向かう場所だった。

 

「………ふう」

 

誰が吐いた息だっただろうか。先ほどの明るい雰囲気は消え、しんとした空気が張り詰める。

アキがまた何かしていないか。それだけが心配だった。ラグドールは固唾を飲み込む。ピクシーボブは顔を険しくさせる。虎は何があってもいい様に、軽くその足首を慣らす。そしてマンダレイは、静かに目を閉じた。

 

この草藪を掻き分ければ、自ずと答えは分かる。それがどんな答えであったとしても──自分達は、変わらない。

 

「開けるよ、みんな」

 

その決意と共に、マンダレイは草藪を通り抜けた。

 

 

 

 

 

 

「オッラァァァ!!」

「──テメェ!良い加減にしろよ!さっきからどこ投げてん──うおお!!」

「へっ、やるじゃねえか。俺の魔球を受け止めやがって」

「…んのやろ!!」

「うわあああ!?」

 

 

 

プッシーキャッツの視界に映るのは、血みどろで凄惨な事件現場の様な光景──ではなく。

 

「あぶね!…てめ〜、顔狙うなよ!デッドボールだデッドボール!」

「じゃあお前も向こうにボール飛ばすんじゃねえ!いちいち取りに行くのが面倒くさいんだよ!」

 

 

 

汗と土に塗れた、少年達の微笑ましいキャッチボールだった。

デンジの暴投をぼやきながら取りに行くアキ。言動こそ悪態をついていたが、その顔は──マンダレイ達が見た事のない、快活な笑顔をしていた。

 

 

「あ……れ?」

 

そこでマンダレイは気づく。自身の頬に伝う生暖かいものに。それは抑えようとしても、次々と流れ出てくるそれが、涙だと分かるのに時間は掛からなかった。

 

「──う…うう…っ………!」

「……バットボーイが、やってくれたな」

 

虎がマンダレイの肩に手を置く。デンジ達がどんな会話を交わしたのかは分からない。分からないが──。

 

 

「あはははは!」

 

 

今この時、アキが屈託の無い笑顔をしている事だけは、事実だった。

 

 

 



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選択

最近マンネリしてたんだけどさー!やっぱチェンソーマンはおもしれーかも!
俺さあ!今がちょうどイカれてて面白いわ!!


「……今まで、迷惑かけてすいませんでした」

「……」

 

合宿所の一部屋。暗くなった外からは、宿泊している雄英高校生の楽しげな声が聞こえてくる。自炊の時間で盛り上がっているのだろう。それをデンジは聞きながら、頭を下げるアキの横で欠伸をしていた。

 

(い〜な〜、俺もあっち行きたかった)

「ア…アキ、くん…!」

「反省してます。ガキの我儘にずっと付き合わせてしまってて、すいませんでした」

「……ううん。謝るのは、むしろ私たちの方」

 

マンダレイはアキに近寄り、今まで合わせられなかったその視線をしっかりと合わせてそう言った。

 

「逃げててごめん。あなたの事を気遣っている素振りをして、目を背けてた。…ずっと言えなかった事があったの」

 

 

 

「あなたの家族を、助けられなくてごめんなさい」

 

 

 

その言葉と同時にマンダレイは──、否、プッシーキャッツの全員が、アキに深く頭を下げた。

 

「………」

 

アキはじっとその姿を見る。あの惨劇から、自分の中にある心は四六時中憎しみで蠢いていた。だからプッシーキャッツは鬱陶しかった。特訓の邪魔をしたり、夜に部屋にやってきて分かったように諭してきたり──。

 

 

「……アンタたちのせいじゃない」

 

 

しかし、嫌いにはなれなかった。方法は何であれ、自分を気にかけてくれていたのは気付いていた。気付いて尚、復讐の道を歩んだのは自分だ。感謝はあれど、間違っても彼女達を糾弾する事は間違っている。

アキはそう思っていた。

 

「だから頭上げてくれ。…もう、お互い謝ったでしょ」

「…アキくん」

「…そーだね、アキの言う通り!よーーし!!今夜は無礼講じゃーい!飲むぞ飲むぞー!!」

「ウオオオオオオオオオオ!!!」

「ししし!あちきお酒持ってくるねー!」

「…え!?な、ダ、ダメよ、今合宿途中なんだから!」

 

 

どったんばったん。そんな擬音を立てながら、プッシーキャッツは扉を開けて出て行った。

 

「…はぁーー」

 

それを見届けたアキはしゃがみながら目頭を揉み、大きく溜息を吐いた。

 

(…悪い気分だ)

 

確かにアキはプッシーキャッツとの蟠りは解消した。だが復讐は諦めていないのだ。希望を持たせて後から落とすという思いもよらない事態となった今、流石のアキも少しは申し訳ないと思い始めていた。

アキはその姿勢のまま、この事態の諸悪の根源を見上げる。そいつは両手をまっすぐ目の前に伸ばし、手のひらを握ったり閉じたりしながら目を瞑っていた。

 

「…何してんだ」

 

デンジは目を開く事なく呟く。

 

 

 

「胸揉む練習」

 

 

 

アキは再び深く、溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

「ふあああ……」

「…!デンジ!」

「お、パワ子じゃん」

 

三日目の朝。欠伸をしながら練習場に向かうデンジに、パワーが飛びついて来た。

 

「もう帰りたい!」

「まだ三日目だぜ〜。お前訓練何してんの?」

「ワシは出した血液を長く操作する練習じゃ!つまらん!」

「ふーん…お前ちゃんとしてんのな〜」

「デンジは何をしとるんじゃ?」

 

その問いかけにデンジは思わず答えようとしたが、彼の冷静な部分がそれを引き止める。

 

(そーだ、言うなって言われてた…。しかも多分こいつに言ったら──)

 

『ナニ!?そんな面白そうな事をしとったのか!ズルい!サボり!ワシもやる!』

 

「……ってなるよなぁ〜〜」

「何じゃ!」

 

ガンガンと側頭部を叩いてくるパワーに、嫌な予感が止まらないデンジは、黙秘をする事に決めた。

 

「ん…まあ、キッツイやつ」

「へー。そうじゃ、聞いとくれデンジ!昨日な、ワシは嫌じゃと言ったのに、イツカがカレーの苦い野菜を食べさせて来たのじゃ!しかしじゃな、そこはオールマイトにも敵わないと言わせたこのワシがな、なんと華麗な──」

 

デンジの思惑通り、自分に興味のないモノ、または不利益のありそうなモノを基本的に無視するタイプのパワーは、すぐさま話を他の話題に切り替えた。

 

そんなパワーの話を右から左へ聞き流していたその時、デンジの視界に映る者が居た。

 

「ん…?アキじゃん」

「…」

 

木に寄りかかり、こちらを見つめるアキは口を閉ざしたまま、手に持っていた物をデンジに投げ渡す。

難なくそれを掴んだデンジは、渡された物を見て怪訝な顔を浮かべた。

 

「……ボール?」

「行くぞ」

 

戸惑うデンジに構う事なく、アキは歩き始める。おそらく付いて来い、と言う意味なのだろう。

 

「なんじゃこのガキ?」

 

しかし、それを良しとしない暴君が一人、そう呟いた。

 

「デンジ、あんなヤツほっといて行くぞ!ワシはNo. 1ヒーローに、そしてデンジはそのサイドキックにならないといけない!」

「俺サイドキックなの?ヤダよ、俺がヒーローな」

「駄目じゃ!」

 

「おい」

 

漫才を繰り広げ始めた二人に、前を歩いていたアキが振り返る。その冷たい目には少しの苛立ちが混ざっていた。

 

「デンジ、行くぞ」

「ええ〜…俺?」

「何じゃお前さっきから!ガキはガキらしく一人で遊んどけ!ワシらは忙しいんじゃ!な、デンジ!」

「…まあな〜、ブートキャンプ行かねーとめんどくさそーだし」

「ガハハハハハ!!そりゃそうじゃ!さっさと帰れ!」

 

勝ち誇った様子でアキを煽り散らかすパワーは、とても年上とは思えなかった。そんなパワーを一瞥し、アキは少し口の端を上げて、口を開いた。

 

「──マンダレイさんに有る事無い事言っちまうぞ」

 

その言葉を聞き、デンジの脳内に雷が落ちる。

 

(…マンダレイさんに?…変なこと言われちまったら、どうなる?──今までやって来た俺の努力、無意味…?)

 

「この意味、分かるよな」

「分かるわけないじゃろ!デンジはバカなんじゃ!ほら行くぞ!」

 

じっと自分を見つめて、行動を待つアキ。ぐわんぐわんと体を揺らして催促するパワー。デンジが選んだ選択肢は──。

 

 

 

 

「そら!」

「…うっし、だいぶ上手くなってんじゃねえか」

 

見晴らしの良い蒼天の下、デンジとアキは再びキャッチボールをしていた。しかしボールを投げたデンジの顔は若干曇っている。アキはそれを見て、ため息を吐いた。

 

「…虎には、俺に構ってたって言えば何とかなるだろ」

「あ、マジ?」

「マジ」

 

一声でデンジの顔は一気に破顔し、勇ましくミットを構え始める。その姿を見て、アキは静かに笑みを浮かべた。

 

ボールが宙を踊る。

 

「…よっと。お前さ、ヒーロー嫌いなの?」

 

ミットの乾いた音がする。ボールが不細工に飛んでいく。

 

「──っと。…どうした」

 

ミットの乾いた音がする。ボールが宙を踊る。

 

「いや、さっきパワーがヒーローの話題出した時、お前ちょっと嫌な顔してたぜ」

 

ミットの乾いた音がする。ボールが不細工に飛んでいく。

 

「パワー…!?あいつ名前パワー?マジ?」

「マジ!」

「あっそ…。──別に嫌いじゃねえよ、ただ…俺には縁の無い話だからな、つまんなかっただけ、だ!」

 

ミットの乾いた音がする。ボールが宙を踊る。

 

「何でだよ。お前強えじゃん、ヒーローならねえの?」

 

ミットの乾いた音がする。ボールが宙を舞うことはなかった。

デンジはボールを持ったまま首を傾げる。

 

「…俺は人殺しになる予定だ。殺人犯がヒーローになったらやべえだろ」

「そうなの?じゃあ俺やべぇじゃん!」

「お前はやべえ奴だよ」

「失礼な!」

 

憤慨するデンジに、アキはボールを催促するように手招きをした。それに応じるデンジ。ボールは先ほどよりマシな軌道で飛んでいく。

 

「…お前さ、何のためにヒーローなるんだ?」

「…あ?何のためって、そりゃあ…」

 

胸揉むため。そう言おうとしたデンジだったが、己の心の中にある違和感に気付く。

 

(アレ?でも待てよ…、ヒーローになって胸揉むって言おうとしたけど…別に、俺今揉めるじゃん。アレ?)

 

「……ぃ!行ったぞボール!」

「──イッテエ!!」

 

その思考を無理やり中断させたのは、アキのまっすぐに飛んできたボールだった。ぶつかった勢いのまま倒れるデンジにアキは駆け寄る。

 

「おい大丈夫か!」

「……じゃん」

「は?」

 

何かを小さく呟くデンジ。アキはそれを聞き取ろうとデンジの口に耳を近づけた。

 

 

 

「──俺、ヒーローならなくても良いじゃん」

「…?」

「アレェ〜〜〜?」

 

 

 

首を傾げるデンジに、アキもまた首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

「…つまり、お前は普通の生活がしたくてヒーロー目指してんのか」

「そーそー」

 

胡座をかいて座るデンジの横で、アキも座って話をしていた。アキはデンジの過去を改めて聞いた。劣悪な環境下に居たデンジは、亡き友人の願いである『普通の暮らし』を求めて今を生きていると。

それを踏まえて、アキは口を開いた。

 

「ヒーローって、普通の暮らしじゃないだろ」

「え…?」

 

デンジは唖然としてアキを見る。その視線を受け止めながら、アキは考えを話し始めた。

 

「ヒーロー活動はまあ…色々あるけど、主なやつが敵を捕まえるとかそういうのだろ?」

「うん」

「それって危ねぇ事だよな。怪我をするかもしれねえし、死んじまったりするかもしれねえ。そんな生活続けるなんて、普通じゃねえだろ」

「……」

 

確かに。とデンジはそう思った。デンジの価値観は雄英の人々と交流する事で、間違いなく一般的な物となっている。だが、それだからこそ、今のデンジには、ヒーローという職業が必ずしも自分の夢を叶えてくれる物だとは到底思えなかった。

 

頭を抱えてしまったデンジをアキは静かに見つめる。暫くそうやって眺めていたが、息を一つ吐き、膝を鳴らして立ち上がった。

 

「──ま、俺には関係ないし!キャッチボール再開しよーぜ」

「ええ〜〜…割と死活問題なんですけど」

「普通に暮らすんだったらボール投げながらでも考えられるだろ!」

「…ま、そっか!よーし準備しろアキ!」

 

 

明るい顔に戻ったデンジは、嬉々としてまたボールに手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「金稼げる仕事って何だと思う?」

「……医者とか?」

「お、良いなそれ!じゃあ俺医者なろーっと」

「…俺が怪我したとしても絶対お前の病院行かねえ」

「はあ〜〜〜!?」

 

「あ、二人とも!おかえりなさい」

 

日が落ちてきた頃、合宿所に会話しながら戻ってきた二人をマンダレイが笑顔で迎えた。

 

「ただいま〜っす」

「…ただいまです」

「デンジくん、アキと遊んでくれてたのね。ありがとう」

「任せて下さいよ!仕方ねえですからね!」

「おまえ…」

 

確かに誘ったのは自分からだったが、途中ノリノリでサボってたのはどこのどいつだ、とアキは言いかけたが、それより先にマンダレイが口を開いた。

 

「本当に助かるわ。…それでね、急に話は変わるんだけど…今日、夜に肝試しをするの」

「肝試し?」

 

その疑問に、マンダレイは一つ頷く。

 

「クラス対抗肝試し。訓練の後にはやっぱり楽しいこともしないとね!それで、デンジくんはA組とB組どっちでもないでしょ?だから君には二つの組を驚かすお化け役になってもらおうと思って!」

「はあ…」

「…じゃ、俺は戻りますね」

 

自分には関係の無さそうな話だと判断したアキは、足早にその場を離れようとする。

 

「アキも参加しない?きっと楽しいよ」

「…いや、俺は良いです」

「…あ…ご、ごめんね」

「…いえ」

 

沈黙を残して、今度こそアキは去っていった。思わずデンジはマンダレイに視線を向ける。

 

「…振られちゃった。まだだったかー」

 

あはは、と笑うマンダレイにデンジはどこか肩透かしを食らった表情を見せた。それを見たマンダレイは悪戯な笑みを浮かべる。

 

「あれ?もしかしてショックでまた落ち込むって思った?」

「あー…まあ」

「ふふ。そういうのやめたの。うじうじして、何も行動しないのは、『マンダレイ』じゃないからね」

「……」

 

その憑き物が取れたような清々しい笑顔に、デンジは見惚れてしまう。そんな様子に気づく事はなく、マンダレイは先ほどの話を再開させる。

 

「…それで、どうかな?お化け役、やってくれる?」

「…ま〜良いですよ、暇だし」

「ほんと!」

 

マンダレイは煌めいた眼をさらに輝かせ、デンジの両手を握って、上下に揺さぶった。

 

「じゃあ、ポジションを伝えるわね!デンジくんには、ここを──」

 

 

 

 

 

 

「───って感じでお願いできる?」

「うーっす」

 

そこから数分驚かせる場所を説明され、デンジは頷いた。内容は、デンジが小道具を持ち、大声を上げて草むらから飛び出るというものであって、決して難しい事ではない。そのためデンジは気持ち半分程度で取り組もうとしていた。

 

(…まーてきとーにやるか。声出しゃ良いんだろ、簡単簡単)

「──じゃ、行ってきますね」

 

欠伸を噛み殺しながら、デンジはポジションに移動を開始しようとしたその時。

 

「………あ、そうだ。デンジくん」

 

マンダレイが、先ほどまでとは打って変わった神妙な声色でデンジを呼ぶ。

 

「はい?」

 

デンジが振り向くと、そこには目を細めて、どこか浮ついた様子のマンダレイがこちらを見ていた。

 

「え」

「ん…あの、ね?肝試しのあとさ…『約束』、守ろっかなーって」

「約束…?」

「……」

「……?」

 

沈黙がその場を支配する。部屋の中には、互いの息遣いだけが充満している。デンジの鼓動は、何故か速度を増していた。

 

「…その…聞いちゃったんだけど…。アキと話してた事…」

「え…?」

「…なんでも、言う事のやつ……」

 

その言葉を聞いたデンジは、一瞬何を言われたかわからなくなった。

 

デンジはマンダレイと約束をした。それは、マンダレイが何でも言う事を聞くかわりに、アキを説得させる約束。

そして、デンジはアキとその話題になった時、必ず何と言っていただろうか。

そう、それは───。

 

 

 

 

「肝試し、終わったらさ。…私の部屋来て。こんなおばさんで、良いならね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デンジは誓った。この肝試し──必ず雄英生徒を泣かせる程驚かせると。



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