理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー) (壁首領大公(元・わからないマン))
しおりを挟む

第一話 転生先は偽聖女【支援絵置き場】

https://img.syosetu.org/img/user/308583/64228.jpg
つは様より頂いた支援絵です。
素晴らしいタイトル画面!


 静かな森の中で、一つの悲劇が終わろうとしていた。

 いや、あるいはこれこそが最大の悲劇だったのか……。

 涙を流す青年の腕の中で、一人の少女が儚い命を散らそうとしている。

 そして青年は何も出来ない。

 ただ、腕の中で冷たくなっていく少女を抱きしめる事しか出来ない。

 

『ねえ……ベル。私……あんたと一緒にいられて……幸せだった……よ……』

『駄目だ、逝くな! 嫌だ! 嫌だ……!』

 

 一体どこで二人の運命はすれ違ったのだろう。

 どうしてこんな結末になってしまったのだろう。

 それは今更考えても仕方のない事で、どうしようもなくて……。

 ただ、青年は過去を悔いる事しか出来なかった。

 

『ベル……大好き……だよ……』

 

 

 俺は今、パソコンでゲームをプレイしながら猛烈な悲しみに襲われていた。

 今ならば悲しみを背負って暗殺拳の奥義だって使えるかもしれない。

 無より転じて生を何とかかんとか。

 うおおおおおおん、泣けるわ……。

 俺の涙でパソコンの画面が見えねえ。

 あ、何かぶっさいくな泣き顔の野郎がドアップで出たわ。誰やこいつ。

 あ、俺や。

 

 俺の名は不動(ふどう)新人(にいと)。不動のニートとは俺の事だ。いやまあ、ニートじゃないけど。webライターだけど。

 現在俺がプレイしているのは『永遠の散花~Fiore caduto eterna~』というギャルゲーで、読み方は『くおんのさんか』という。

 本当は散花じゃなくて散華の方が正しくて読み方も『さんげ』のはずなのだが、まあ造語だわな。

 なので人の前で散花を『さんか』とか読まないように。恥をかくぞ。せめて『ちりばな』と言おう。

 永遠も本当は『くおん』とは読まないが、そこはまあ気分なんだろう。

 久遠は仏語らしいから、仏に供養する為の花を散らす『散華』とかけているのかもしれない。

 このゲームは何かイマイチパッとしない主人公のベルネル君を操作して、総勢二十人のヒロインとイチャコラするゲームなのだが、これの凄いところはほとんどのルートで選んだヒロインが死ぬ事にある。

 ああ……タイトルの散花ってそういう……。

 で、今画面で死んでる子はメインヒロインにしてラスボスのエテルナちゃんで、俺の一押しだ。

 彼女はメインヒロインなのに、何とバッドエンド以外の全てのエンディングで死ぬ。

 名前がエテルナ(永遠)なのにめっちゃ儚く死ぬ。

 何故そんな事になってしまうのか、簡潔ながら説明する時間を頂きたい。

 NOと言っても説明しよう。オタクっていうのは自分の好きな物を他人に説明したいものなのだ。諦めろ。

 このエテルナという少女は聖女と呼ばれる存在で、この世界で何か色々悪さをしている魔女と呼ばれる奴と対を為す存在で、世界を救う使命を帯びている。

 ちなみにこの魔女も実はヒロインの一人で攻略可能な。

 こいつも可哀想な過去とかがあるのだが、どうでもいいので割愛しておく。

 可哀想な過去があれば何してもいいと思うなヴォケ。

 ともかく、魔女を倒す使命を持っていた聖女エテルナなのだが赤子の頃に取り違えられて貧乏な村で主人公と共に成長してしまった。

 で、エテルナと取り違えられた偽聖女はエルリーゼというんだが、こいつがどうしようもないカス女で、聖女の名を盾にやりたい放題するクソオブクソだった。聳え立つクソだった。クソオブザイヤーだった。

 ちなみに勿論こいつはヒロインじゃない。攻略も不可能だ。

 結局このクソはお約束の断罪&断罪イベントでざまあされて死ぬのだが、こいつの残した負の遺産が酷すぎた。

 エテルナと偽聖女は別人なのだが、その事実が世に広まる前に一部の暴徒が偽聖女とエテルナをごっちゃにして『聖女マジ許せねえ』とエテルナの故郷を襲撃して彼女の親や仲の良かった友達などを皆殺しにしてしまい、これにエテルナが大激怒して人類に絶望して闇落ちしてしまう。

 で、その結果ほとんどのルートにおいてエテルナはラスボスとして君臨して最後は倒されてしまうのだ。何この不遇な子。

 唯一彼女と和解出来るのがエテルナをヒロインにしたエテルナルートなのだが……何とこのルートでも彼女は死ぬ。

 聖女の使命を全うして魔女と刺し違えてしまうのだ。

 そして主人公の腕の中で儚く命を終える……というのが、今まさに俺が見ている画面の中で起こっている事であった。

 

 あ、あんまりだ……報われなさすぎる……。

 どれもこれも全部、クソ偽聖女が悪い。奴さえいなければエテルナは不幸にならなかった。

 ああチクショウ、何かないのか? エテルナ救済ルート実装、はよ! はよ!

 何なら二次創作でもいい。文章力のある誰かが書いてくれ。

 ちなみに俺は無理。台本形式しか書けねえ。

 あー、もう。転生チートオリ主でも何でもいいから、誰かこの結末を変えてやってくれ。

 で、クソ偽聖女をサクッと退場させてくれ。

 そんな事を考えながら、俺はパソコンの電源を落として布団に潜り込んだ。

 時刻はもう午前三時だ。

 寝る間も惜しむとはこの事だろう。もうめっちゃ眠い。

 というわけで寝る。お休み。

 こうなったらせめて、エテルナが幸せになる夢を見てやるぞ畜生め。

 あー、夜更かししたせいで身体中がだるくて痛い。

 

 

 朝起きたら、見知らぬお城の中でした。

 この状況を百文字以内で簡潔に説明せよ。はい無理、おしまい。

 いやマジで意味分からんわ。

 何? 誘拐? それにしては随分豪華な誘拐だな。

 そもそも何処よここ。日本にこんな西洋風な城なんてあったっけ?

 あ、夢の国ランドなら、確かお城みたいなホテルもあったな。

 まあ誘拐にしてもこんな誘拐なら割と大歓迎よ? 狭いアパートの一室から広いお城って普通に状況よくなってるだけだし。

 そんな事を考えながらフカフカのベッドから降りると、やけに視点が低い事に気が付いた。

 あれ? この部屋いくら何でもでかすぎじゃね? 家具とか全部サイズおかしいんだけど?

 あの鏡とかどんだけでかいんだよ。

 

「……お? お? おおおおお!?」

 

 鏡に近付き、おかしな声が出た。

 高く、透き通るような美声だ。絶対俺の声じゃない。

 だがそれは紛れもなく俺の口から発されたもので、そして鏡に映るのもまた俺ではなかった。

 腰まで届く、輝く蜂蜜色の髪。パッチリした宝石のような緑色の瞳。

 顔立ちはまるで人形のように整っていて、CGか何かで作ったかのようだ。

 ほらアレ、有名RPGのリメイクでヒロインが毛穴や産毛まで作られてて話題になったやつ。あんな感じ。

 うわ、めっちゃ肌綺麗。染みも皺もないし、毛穴や産毛すらドアップで見ても全く見えない。

 頬に触れてみれば、恐ろしいほどに手触りがよくモチモチしている。

 いや、ていうかこれ……やっぱ俺だよな。俺の動きと鏡の中の少女の動きが連動してるし間違いないと思う。

 というか少女ですか、そうですか。TSですね分かります。

 でも中身が俺とか誰得だろ。どうするんだよこれ。

 折角の超美少女なのに中身がこんなんじゃ百年の恋も冷めるだろ。

 美少女ってのは見た目もそうだけど中身も大事なんだよ。

 中身が伴わない美少女なんてパンチラしても読者から『嬉しくないパンチラ』とか言われるのがオチだ。

 

 それにしてもこの城……よく見れば見覚えがあるような、ないような……。

 何となくだが『永遠の散花』に登場する聖女の城に似ているような気がしないでもない。というかまんま、それだ。

 オーケーオーケー、読めて来たぞ。

 これはつまりあれじゃな? 俺は今、永遠の散花の夢を見ているって事なんじゃろ?

 

 そして……この幼いながら輝く美貌。見た目だけで迸る圧倒的なカリスマ性と聖女オーラ。

 間違いない。これは寝る前にプレイしていた『永遠の散花』のぐうかわヒロイン、エテルナの幼い頃の姿だろう。

 二次元が三次元になってるので正直分かりにくいが、これほどの美少女などメインヒロイン以外考えられない。

 髪と目の色が違うが、そんなのは誤差だ。

 ゲームのキャラなんて設定と髪色が違う事など別にそう珍しい事ではない。

 例えば設定では黒髪なのに絵ではどう見ても青髪にされてる奴もいるし、絵ではピンクだったり緑だったりしても、設定上は実はそんな色じゃなくてプレイヤーが視覚的に見分けやすいようにそんな色にしてるだけって事もある。

 顔立ちも何か違う気がするが、まあ二次元が三次元になればそりゃ違うだろ。

 なるほどなるほど? これはつまり俺の願いが届いたってわけか?

 エテルナが幸せになる夢を見てやるとか思ってたけど、これで幸せにしろと。

 エテルナを幸せにする方法……それは俺自身がエテルナになる事だ……。

 ほーん? ふむふむ、ええやん。

 よし、折角だしやったるわ。

 美少女の気持ちっていうのも興味あったし、この際だから美少女ライフも満喫してやろう。

 ずっとこのままは流石に困るし最終的には俺はやはり野郎でいたいけど、少しくらいならこういうのも悪くないとは思う。

 あ、でも野郎に抱かれるとかキスとかは絶対ノーサンキューな。

 俺がいくら変わろうと俺の主観は変わらないんだから、そんな汚いモン見たくないわ。

 男の顔が視界一杯に広がってキスしてくるとか考えるだけでクッソキモイわ。ヴォエッ!

 

 ま、いいだろ。やってやろう。

 俺がエテルナになって、エテルナを幸せなハッピーエンドに導いてみせる!

 そして終わったら身体を返してやる!

 そう決意していると執事らしき人が入って来て、俺の名を呼んだ。

 

「あ、お目覚めになられましたか、エルリーゼ様」

 

 

 

 ――チクショォォォォォォォォ! 偽物の方だったァァァ!!




初投稿です。
TSブームが来ているようなので乗ってみました。
こんな適当な文章でも、もし見てもらえたら嬉しいです。
よろしくお願いします。

【頂いた支援絵】
※後の話のネタバレが含まれていますので、全話見終わってから閲覧する事を推奨します。
2021/6/13 結構時間も経ったので、リンク切れと外部サイトのものを外しました。

くろきし様
https://img.syosetu.org/img/user/65239/61343.jpg
https://img.syosetu.org/img/user/65239/61424.jpg
https://img.syosetu.org/img/user/65239/61425.jpg
最初に頂いた記念すべき支援絵!
ひんぬー教もいいものだ!

saku様
https://img.syosetu.org/img/user/303194/61762.jpg
https://img.syosetu.org/img/user/303194/61875.jpg
(ガワだけ)聖女感全開のエルリーゼ。
これはヒロインの風格!(尚中身)

てん○様
https://img.syosetu.org/img/user/304056/61985.jpg
デフォルメされたSD絵! こういうのもあるのか!
そして左下の存在感よ。
https://img.syosetu.org/img/user/304056/64112.jpg
何と嬉しい完結祝い! そして相変わらずのサプリの存在感よ。

ろぼと様
https://img.syosetu.org/img/user/244176/62018.jpg
まさかの笑顔動画風コメント付き!
神龍闇王はもう許してやれ。
https://img.syosetu.org/img/user/244176/62098.jpg
コメント付きゲーム画面風!?
ヤベェ……ヤベェ……この外見ならそりゃ偽物バレしないわと納得してしまう……。
中身がアレという事を忘れてしまいそうだ。
https://img.syosetu.org/img/user/244176/62201.jpg
(今日の晩御飯何だろう……)
https://img.syosetu.org/img/user/244176/62304.jpg
!?

nonoji様
https://img.syosetu.org/img/user/198129/62060.jpg
聖女ロールをしていなかった頃の駄目リーゼ。
これはまさに不動(ふどう)新人(ニート)
https://img.syosetu.org/img/user/198129/62495.jpg
料理中のエルリーゼ。
これだけ見ると嫁力高そうに見えるから不思議だ……。

海鷹様
https://img.syosetu.org/img/user/81472/62072.png
https://img.syosetu.org/img/user/81472/62073.png
https://img.syosetu.org/img/user/81472/62074.png
まさかのポチ! しかも三枚!
これは涙腺にきそうだ……。

ころんぷす様
https://img.syosetu.org/img/user/231898/62191.png
駄目リーゼモード!
勝ったな、風呂作ってメシ入ってくる。

わっさわさ様
https://img.syosetu.org/img/user/304845/62444.png
https://img.syosetu.org/img/user/304845/62445.png
薄い本の姫騎士とかが着用してそうなミニスカ!
二枚目は透過PNG版で「お好みの背景と組み合わせてどうぞ」との事です。
触手部屋と組み合わせたりするなよ! いいな!
https://img.syosetu.org/img/user/304845/62913.png
エルリーゼではなくエテルナのイラストです。
タコさんなんかに負けない!
https://img.syosetu.org/img/user/304845/62914.png
心肺蘇生法の普及活動をするエルリーゼのようです。
こんな感じでやるんですよーとエテルナに教えている最中なのでしょう。
内心では(俺何やってるんだろう……)とか思っているのかもしれません。
※肌色率高めなので注意
https://img.syosetu.org/img/user/304845/63325.png
…………ふぅ。
https://img.syosetu.org/img/user/304845/63635.png
ゲーム画面風!
内面さえ見えなければまさにヒロインの風格!
https://img.syosetu.org/img/user/304845/64091.png
エンディングを飾る素晴らしい一枚絵だぁ……。

uzman様
https://img.syosetu.org/img/user/182782/62656.jpeg
少しロリっぽいエルリーゼ。
どうしても視線がスカートの真ん中の透けている部分に向かってしまう。
https://img.syosetu.org/img/user/182782/63661.jpeg
こちらはインナースーツ版のようです。
実に可愛らしくてベネ!

かざい様
https://img.syosetu.org/img/user/236031/64034.png
『魔女』戦ラストのフィニッシュシーン!
これだけ見るとエルリーゼが王道ヒロインでベルネルが王道主人公に見える。
尚、実際は不要なものを投げ捨ててるだけという。

つは様
https://img.syosetu.org/img/user/308583/64228.jpg
これは素晴らしいタイトル絵!
エルリーゼの二面性が素晴らしく出ている……。

FurudeRika様
https://img.syosetu.org/img/user/335771/74601.JPG
黙ってさえいれば清楚系美少女!

田村丸様
https://img.syosetu.org/img/user/381914/91149.jpg
木尾様という方に描いて頂いたそうです。
浴衣エルリーゼ! メシの顔しやがって……。
https://img.syosetu.org/img/user/381914/102341.jpg
コミカライズお祝いに頂きました。
新ジャンル、聳え立つクソの山系偽聖女!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 (偽)聖女エルリーゼ

 いやー……マジでガン萎えですよこいつは。

 俺は自分がエテルナではなく、偽聖女のエルリーゼの方になっていた事を知って、割と本気でやる気がなくなっていた。

 いやもう、うん。もう終わっていいよこの夢。

 はいお終い、終了。解散。シャットダウン。

 諦めたのでここで試合終了です。安西先生、バスケしたくありません。

 なんでよりにもよってクソ偽聖女なんだよ。そりゃま中身が俺ってのはある意味外と中が釣り合ってると言えるかもしれないけどさ。

 少なくとも本物のエテルナを乗っ取るよりは罪悪感はない。

 てゆーかこいつなら身体返さなくていいわ。

 エルリーゼが元に戻ったらクソの限りを尽くすわけだし、これならむしろ返さず自殺したるわ。

 しかし……これ本当に夢なのかね。

 何かさっきから全然覚める気配ないんだけど。朝食普通に美味しかったし、むしろ時間が経つほどお目目パッチリで現実感が増していくんだけど。

 

「エルリーゼ様、本日のお勉強の時間です」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 とりあえず勉強を教えに来たというおばさんに敬語で対応しておく。

 口調は普段の男口調じゃ流石に何事かと思われそうなので、バイトの時と同じく敬語だ。

 ちなみに女言葉とか絶対無理ね。自分でやってて吐き気するから。

 というか当たり前のようにこの世界の言葉を話せる自分にビックリだ。

 言語体系はかなり日本語に似ているようで、敬語という概念もしっかりあるらしい。

 

「…………」

 

 何故かおばさんがあんぐりと口を開け、信じられないようなものを見たように俺を見ている。

 何? そんなおかしな事した?

 彼女は震え、そして嬉しそうに言う。

 

「おお……エルリーゼ様がよろしくお願いしますと……そんなお言葉、今まで一度も……」

 

 あ、そういう事。

 そういえばエルリーゼって子供の頃から傍若無人で好き放題してたんだっけか。

 自分が唯一魔女に対抗出来る聖女なのをいい事に(実際は偽物だけどな!)、言いたい放題のやりたい放題。

 気に入らない奴は仕事をクビにするなんて当たり前で、成長してからは権力で潰して自殺に追い込むなんて事も当たり前のようにやっていたらしい。

 気に入らない女を暴漢に襲わせて〇〇〇させるなんてクソ外道行為もやっていたはずだ。

 ほんまクソやな、こいつ。

 こいつと比べればそこらの悪役令嬢なんてぐう聖よぐう聖。

 ただ、俺の今の外見からしてまだ五歳かそこらだと思うので今の時期ならばまだ、そこまで悪事は働いていないはずだ。

 ただの我儘娘って感じだろう。

 

 それから勉強を苦も無く終わらせ、俺は考えた。

 あ、ちなみに勉強は楽勝だった。ていうか小学校一年レベルの算数なんて出来ない方がおかしいわ。

 俺は……俺はこれからどうするか。

 最初はめっちゃ萎えたものだが、よく考えればこれはこれでエテルナが死なないハッピーエンドへの道が開けたと言える。

 何せエルリーゼこそがエテルナの悲劇の元凶だ。こいつさえいなければエテルナはもっと幸せになれたと断言出来る害悪である。

 そして今は俺がエルリーゼなのだから、つまり俺が悪事を働かなければいいわけだ。

 今の俺がどういう状態なのかは分からない。

 ただの夢なのか、ラノベでよくある憑依なのか……それとも、実は転生でふとした拍子に俺の記憶が蘇ったパターンなのか。

 あるいは実は、今ここにいる俺は『俺』の記憶だけを継承してしまったエルリーゼ本人パターンもあり得る。

 だがどれだろうと同じだ。俺はハッピーエンドが大好きでバッドエンドは大嫌いだ。

 ならば俺がストーリーを変えてやる。

 エテルナとベルネルを救う。悲劇を塗り替えてやる。

 いや、その二人だけではない。他のヒロイン達だってバッドエンドなんて迎えさせるものか。

 幸いにして、エルリーゼはクソだが超天才だ。

 聖女でこそないが、聖女と間違えられるだけの人知を超えた多大な魔力を持ち、近接戦闘の素質にも優れている。

 聖女と取り違えられてしまった理由もまさにそれで、赤子ながらに秘めていた膨大な魔力のせいで聖女と間違えられてしまったのである。

 実際、こいつをざまあするルートではこいつと戦うのだが、普通にクソ強いのだ。

 しかも何の努力もせずにその強さという、敵だから許される設定の持ち主である。

 公式設定でも『何かの間違いで生まれてしまった才能の化け物』とまで言われている。

 まあそんなんだから驕りまくって最後はざまあされるんだけどな!

 ともかく、そのエルリーゼが幼い頃から努力して全力で鍛えたならば……魔女にだって勝てるはずだ。

 魔女に対抗出来るのは聖女だけと言われているが、実はそうではない事を俺は知っている。

 ルートによって聖女の力抜きでも魔女は倒せるのだ。

 よし、やるぞ。俺はやる。

 この世界をハッピーエンドにしてみせる。

 たとえその結果、このエルリーゼボディが粉微塵に砕けようとも!

 

 とりあえず……まずは勉強と魔法の練習に力を入れようか。それから戦闘訓練もな。

 勿論召使いの人達にも優しくしなきゃならん。

 というか召使いの人達みんな美人だし、優しくするのは男の使命だろう。

 

 

 光陰矢の如し。

 時間っていうのは驚くほど速く過ぎていく。

 気付けば俺がエルリーゼ(クソオブザイヤー)になって九年が経過し、流石にこれは夢ではないとアホな俺でも気付かされた。

 ゲームだとエルリーゼはこの頃には暴飲暴食がたたって、折角の生来の美貌が台無しになってるけど俺はしっかり自己管理しているので美少女のままである。

 とりあえずこの身体、スペックだけは本物だ。

 一度聞いた事は自分でも気持ち悪いほどに何でも覚えられるし、魔法とかもスイスイ習得出来る。

 あ、今更だけどこの世界は魔法がある。ファンタジーだな。

 まあよくある剣と魔法の世界で、世界観的にあまり捻りはない。

 まあ変に捻って自分色出そうとしようとして酷い世界観になるくらいならテンプレでいいって一番言われてる事だからそれ。

 一応、蒸気機関車くらいはあるので実はそんなに科学が発展していないわけでもないが、ともかくベースはよくある中世ファンタジーだ。

 で、この世界の魔法は全部で八属性あって、火、水、土、風、雷、氷、光、闇とあるわけだが、俺はそのうち闇以外の全部が使える。特に光が一番得意だ。

 偽聖女のくせに属性だけ聖女っぽいの最高に草。

 ちなみに闇属性は聖女と魔女しか使えない……というより正確には聖女と魔女は全属性使えるのだ。

 で、この身体マジで才能モンスター。

 やろうと思えば大体出来るし、前世(?)の創作物で見た凄い技とか魔法とかも簡単に再現出来る。

 天から光のレーザー降らせたろ! 出来た!

 空を自由に飛びたいな! 出来た!

 この世界の回復魔法は欠損までは治せない? 知るか、治れ! 出来た!

 丸太はないのかチクショウ! あったよ! でかした!

 マジでこんな感じ。チート。

 

 最初は俺に努力なんて続くのかなんて心配もあったのだが、要らない心配だった。

 この世界、マジで娯楽ねえの。

 唯一楽しいと思えるのが訓練と魔法練習だから、むしろそれしかやる事ねえの。

 そんなわけで俺は毎日のように鍛えたし、訓練時間以外も魔法を練習したりした。

 教師とかに『何でそんなに頑張るんですか。自愛していいんですよ』とか聞かれたが、正直に答えるのも何なので適当に『まあ昔ワイ酷かったし。その分の償いも含めて皆の期待に応える為やで。自愛はもう十分したから、今度はお前等を愛したるわ(キリッ)』とでも言っておいた。

 何か感動して泣いてた。草生える。

 

 それと、最近はよく外に出て魔物狩りをしている。

 ヒャッハー、魔物狩りたーのしー!

 パンピーな俺に戦いなんて出来るのかと不安だったのだが、どうやら俺って奴は割とエルリーゼの事を笑えないくらいクズだったらしい。

 何というかね……フフ。鍛えた力で思うように弱者を蹂躙するのが凄い楽しいというか、快感なんですわ。

 どこかの大魔王様が自分の力に酔うのは最高の美酒だとか言ってたけど、まさにその通りだと全面同意するしかない。

 最低だとは自覚してるけど、ハンティングマジ楽しい。

 あまり大きな声じゃ言えねえがよ……俺ってやつは自分よりも弱い奴をいたぶるとスカッとするんだ……でもよく言うだろ? 自分でおかしいって分かってる奴はおかしくないって。だから俺はおかしくねえ。俺って偉いねェー。

 すまんな魔物達、謝るから許してや。はい謝った、魔法発射ー!

 覚えた魔法をばーっと撃って、ばーっと魔物を蹴散らす……ああ、気持ちいい……。

 これは最高の娯楽ですよ旦那。

 まあそんな事をしていたら当然、『何でこんな事ばっかすんの?』と言われるので適当に『ホンマはワイも悲しいんやけど、皆を守る為やで(キリッ』と言っておいた。

 何か感動して泣いてた。草生える。

 

 それと、いつかエテルナに聖女の座を返す時の為に聖女の名を上げる為に色々やってみた。

 俺は所詮偽物だ。偽聖女であるエルリーゼに余計な物が入って、ダブルで偽物だ。もう本物要素がどこにもない。

 そんな俺は最後には本物の聖女であるエテルナに聖女の座を返して、ざまあされて追放される運命にある。

 それはいいし、残念でもないし当然なのだがゲームだとそれまでにエルリーゼが積み上げた悪名のせいでエテルナが苦労して闇落ちしてしまう。

 なので俺は、いつかエテルナに聖女の座を返す日の為に聖女の名を高める活動をしていた。

 まあ慈善活動やね。

 異世界の転生者さん達のように現代知識無双出来ればよかったのだが、アホな俺にはそんな事は出来ないのでとりあえず魔法の練習ついでに街や村をウロウロして怪我人や病人に片っ端から辻回復魔法かましておいた。

 お前は俺の木偶になるのだ! その怪我を治す魔法はこれだ!

 ん? 間違ったかな……?

 おっ、あの娘めっちゃ可愛い。好みだ。

 でも顔に傷があるな。勿体ない。

 てことで、はい回復魔法! ベイビー、俺に惚れてもええんやで?

 まあそんな事をしていたら当然、『何でこんな事してんの?』と言われるので適当に『せめて手が届く範囲は救いたいんや。あ、代金は君のスマイルでオナシャス(キリッ)』と言っておいた。

 まあつまり、手が届かない範囲は見捨てるって事だけどね。

 俺はインド人じゃないんだ。ヨガーとか言いながら手なんか伸びんよ。

 何か感動して泣いてた。草生える。

 

 それと主人公のベルネル君にも会った。

 本編が始まるのはベルネル君が十七歳の時で、エテルナも十七歳の時だ。

 エテルナとエルリーゼは同年齢で俺が今十四歳なので、本編開始まで後三年という事になる。

 で、この時のベルネル君なのだが、実はちょっとしたイベントがあるのだ。

 ゲームでは過去の回想イベントという形でしか見れないのだが、実はベルネルは魔女の魂の一部を何かの間違いで持っていて、闇のパワー(笑)を内に秘めている。

 そしてその暗黒パワー(笑)はベルネルが十四歳の時に覚醒するのだが、当初ベルネルはそれを使いこなせずに暴走させ、周囲から恐れられてしまうのだ。

 くっ……皆俺から離れろ! 俺の右腕に封じられし『闇』が暴発する!

 で、その結果地方の領主の息子だったベルネルは親兄弟から散々ボロカスに言われた挙句に追い出されて、自分には価値がないと考える卑屈な性格になってしまう。

 その後彼は放浪の末に小さな村に辿り着き、そこでエテルナと出会うのだが……実の家族に捨てられ、皆に恐れられたトラウマから自分の力をとにかく抑え込むようになってしまった。

 その性格が災いして、さっさと彼がダークパワー(笑)を使っていれば解決しただろう事件も無駄に長引いたりヒロインの死亡フラグが立ってしまったりで、克服までには長い時間をかけてプレイヤーをイライラさせながら、ようやく使いこなせるようになる。

 ちなみに聖女抜きで魔女を倒す方法っていうのが、このベルネル君の秘められし闇(笑)だ。

 まあ要するに同じ力だからこそ魔女に通じる的な感じだ。

 なので俺は、村を追い出されたベルネル君の行く手に先回りして、自分に価値がないとか何とか色々喚く彼を慰めて、適当に励ましてやった。

 するとベルネル君が『俺はハッピーエンドとか無理じゃね?』みたいな、まるでゲームの結末を予言しているような事を言い出したので、ゲームのあのエンディングを思い出して思わず泣けた。うおおおん。

 んで、『なら俺が絶対ハッピーエンドにしたるわ』と約束して、ついでにあんまり男に抱き着きたくないんだけど、仕方ないので(ガワだけ)美少女ハグもしておいた。

 海外の挨拶的なものと思えば、精神的な負担はそこまででもない。

 ほら、美少女の抱擁だ、喜べ。まあ中身は聳え立つクソなんだけどな!

 何かベルネル君は感動して泣いてた。草生える。

 ついでに制御出来てない闇エネルギー(笑)を、ベルネル君が制御出来るくらいまで吸い取っておいた。魔法マジ万能。これで俺は魔女とも戦える。

 まあ聖女でも魔女でもない俺がそんな事したら寿命縮むかもしれないけど、クソの寿命が縮んでハッピーエンドに出来るなら安いお買い物やろ。

 よゆーよゆー。

 ちなみにベルネル君が何で平気なのかというと、元々そういう体質なんだと。主人公補正ってすげー。

 何か実は何代か前の魔女の血筋で、ベルネル君は先祖返りだとかそんな設定を見た覚えがある。

 あ、それとお守り代わりに自作のペンダントを首にかけておいた。

 まあ造ったのはお城の職人さんで、俺は魔法込めただけだけど。

 効果は、彼が持つ力を軽く封印して制御可能にするというものだ。

 ベルネル君は、内側からそれとなく醸し出す闇の雰囲気で魔女に場所が割れて、それが原因で魔女の使い魔が村にやって来たりして色々と辛い思いをするのでそれも回避させておこう。

 ついでに願掛けというか俺の怨念と願望と押し付けがましい執念も込めておいた。

 お前絶対エテルナルートいけよ! エテルナを幸せにしろよ! いいな、絶対だぞ!

 俺はハッピーエンドが見たいんだよォ!

 

 

 聖女エルリーゼは、我儘という言葉をそのまま体現したような少女であった。

 我儘が何でも許される環境にあったが故に、幼い増長は止まる事を知らなかった。

 言えば何でも叶えられたし、どんな振舞いをしても許された。

 何故なら彼女は、人類が魔女の恐怖から逃れる為の唯一の希望だから。

 聖女がいなければ人類は魔女と、魔女が使役する魔物に蹂躙されてしまう。

 だから何があっても聖女は誰よりも大事にされる。その命は何よりも優先される。

 そんな環境で育ったエルリーゼは他人を全く大事に考えていなかったし、誰にも感謝などしなかった。

 美味しい食事、整った生活環境、身の回りの世話をする召使い……それはあって当然のものでしかなく、むしろ水準が少しでも下がれば不機嫌になった。

 

 そんな彼女が変わったのは五歳の時の事だ。

 まるで人が変わったように礼儀正しくなり、感謝の言葉を口にするようになった。

 今まで厳しく接していた召使い達にも優しく接するようになり、今まで面倒くさがっていた勉強や魔法の練習、戦闘訓練に意欲的になった。

 すると、元々優れた才能を持っていたエルリーゼはめきめきとその実力を伸ばし、十二になる頃には大陸最高の使い手へと成長を遂げていた。

 皆はそれを、聖女の才能だと言う。

 確かに才能はあるのだろう。それは間違いない。

 だが彼女に剣や魔法の手ほどきをしている教師は、その裏に並々ならぬ努力がある事を知っていた。

 まるで何かに取り憑かれたようにエルリーゼは時間を惜しんで、自らを鍛えていた。

 休む事など知らないかのように剣と魔法を極め、魔法の技量は闇属性以外の全てを習得するまでに至り、剣の技量はまるで細胞と細胞の間を通すかのような正確さを見せた。

 彼女はまさに聖女そのものであった。

 十四歳にして完成された美貌。金を溶かし込んだような髪。神の造形美と呼べる顔立ち。

 純白のドレスを着こなし、そして誰に対しても分け隔てなく微笑みで接した。

 ある時、彼女の教育係にして護衛も務める一人が聞いた。

 

「エルリーゼ様。何故そこまで……自分を追いつめるように頑張るのですか?

私は貴女が心配です。既に貴女は並ぶ者のいない使い手……どうかご自愛を」

 

 するとエルリーゼは静かに微笑み、言う。

 

「私はかつて横暴な、最低の女でした。

聖女である事を笠に着て、皆の期待を踏みにじっていました。

その過ちに気付いたからこそ、今はせめて皆の期待に応えたいのです。

自愛などと言うならば、それはもう十分にしました。

だから今度は、自分ではなく自分以外を愛しましょう。

……そう。私はこの世界の全てを愛しています。だから頑張るのですよ」

 

 彼女は世界の全てを愛していると言い、そして笑顔を浮かべた。

 その眩しさに教師は涙を流す。

 この方こそ紛れもなく聖女だ。あの日我儘だった少女はここまで成長してくれた。

 ならば自分は全霊を尽くして彼女に仕えよう。

 そう、教師達は一同心に決意した。

 

 

 

 とある新兵は語る。

 あれはまさに奇跡だった……と。

 

 彼はその日、絶望の中にいた。そこはまさに地獄の最前線だった。

 背後には守るべき街。前には魔女のしもべたる魔物の軍勢。

 その数はおよそ千。対し、こちらは僅か三百しかいない。

 

「援軍はまだか!?」

「駄目です! 国は完全にこの街を見捨てました!」

 

 聞こえて来るのは絶望的な言葉ばかりだ。

 国は街を見捨て、援軍は来ない。

 位置的に戦略的な価値がないからだろうか。

 それともこの街が囮になっている間に王都の守りを固めるのだろうか。

 新兵である彼には分からない。何の情報も来ない。

 ただ、ここがどうしようもない地獄である事だけはハッキリと分かってしまった。

 

「に、に、逃げましょうよ! 早く!」

「馬鹿野郎! 俺達が逃げたら民はどうするんだ!

それに逃げ場なんか何処にもねえよ! 完全に包囲されている!」

 

 ガチガチと新兵の歯が鳴る。

 嫌だ、死にたくない。こんな所で無意味に無価値に消えたくない。

 それでも現実は無慈悲で、魔物がいよいよ押し寄せてきた。

 仲間達の悲鳴が響き、血飛沫があがる。

 新兵の青年は前に出る事も出来ずに足を震えさせ、股間部分には水が染みていた。

 そしていよいよ魔物が彼の前まで到達し――。

 

 ――光が、全てを薙ぎ払った。

 

 それはまるで天からの裁き。

 雲の切れ目から光の柱が降り注ぎ、魔物達を絨毯爆撃していく。

 そうして空から舞い降りたのは、白いドレスの少女だ。

 光のカーテンに照らされ、幻想的に輝くその姿に誰もが見惚れた。

 

「……ごめんなさい」

 

 桜色の唇が一言、ポツリと謝罪の言葉を述べた。

 その意味を新兵が解するよりも早く、少女の掌から光の玉が発射された。

 それは片手で掴める程度のサイズで、しかし魔物達の軍勢に炸裂すると同時に一気に広がり、彼等を抹消した。

 それを二発、三発……次々と魔物の軍勢に撃ち込み、消し去っていく。

 その力はまさに圧倒的であった。

 

「こ、これが……聖女……!

これほどに凄まじいものなのか……!」

 

 誰かが言ったその言葉を耳にして、新兵は彼女が聖女である事を知った。

 魔女に唯一対抗出来ると言われる人類の希望。光の象徴。

 なるほど、と思うしかない。

 確かにこれは圧倒的だ。次元が違いすぎる。

 やがて魔物は完全にいなくなり、聖女は静かに降り立った。

 

「お、おお……聖女よ! なんとお礼を言うべきか……。

どうか街へいらして下さい。街を上げて歓迎いたしますぞ」

「いえ。お気持ちは嬉しいのですが、魔物に襲われているのはここだけではありません。

私はすぐにでも行かなければならないのです」

 

 町長の申し出を断り、そして聖女は次の戦いへと意識を向けるように空を見た。

 そんな彼女に、新兵はつい声をかけてしまう。

 無礼だという事は分かっていた。

 それでも聞きたかった。何故魔物に謝りなどしたのか。何故そんなに戦うのか。

 

「せ、聖女よ! 貴女は何故……何故、魔物を倒す前に、魔物などに詫びていたのですか?

そして何故……それほどに戦いに向かわれるのですか? お、恐ろしくはないのですか!?」

 

 無礼として不愉快な顔をされてもおかしくない問いだ。

 だが聖女は優しく微笑み、新兵と目を合わせて話す。

 

「彼等も生きています。それを私は、無慈悲に蹂躙しました。

狩人が遊び半分に動物を狩るように……。

それはとても悲しく、罪深い事です。

それでも私がやらねばなりません…………皆を、守りたいから」

 

 そう寂しそうに言う少女に、新兵は己の愚かさを悟った。

 彼女は、魔物を殺める事すら罪深いとして心を痛めている。

 魔物を殺して心を痛める者などどこにもいない。魔物を生き物と思う者すらいない。

 何故なら魔物は恐ろしくて忌まわしい人類の敵だから。

 そんな魔物の死すら悲しむほどに聖女は優しすぎて……それでも、自分達を守る為に罪を重ねている。

 そう分かったからこそ、軽率な質問をした自分を心より恥じた。

 

 この日、新兵は一人の兵士となった。

 今はまだ弱く、彼女に並び立つなど烏滸がましい存在だ。

 それでも、こんな自分でも支えになりたいと願った。

 いつの日か、あの優しすぎる少女の力になれるように強くなろうと、彼は己に誓った。

 

 

 

 その少女は、人生に絶望していた。

 一年前までは幸せだった。裕福ではないが満ち足りた生活をしていた。

 優しい両親がいて、友達に囲まれて、婚約者もいた。

 だがある日それは呆気なく崩れ去り、魔物に襲撃されて少女は足の腱を斬られて歩けなくなり、女の命である顔に醜い傷を負ってしまった。

 すると周囲の態度は一変してまるで腫物を扱うような態度になり、婚約者も離れていった。

 神を憎んだ。全てを恨んだ。

 何故自分がこんな目に遭わなければならない。どうして神はこんな試練を与えるのだ。

 全てに絶望して、何もかもが嫌になった。

 高名な回復術師ならば少女を治せる……とまではいかなくても、多少はマシに出来たかもしれない。

 だがそうした者達に治療を頼むのは大金が必要で、少女の家にはそんな金はとてもなかった。

 こんな人生ならば、もう死んだほうがいいんじゃないか……そう、思った。

 しかしある日、少女の絶望はあっさりと晴らされてしまった。

 何故かこんな小さな村に立ち寄った聖女……エルリーゼが人知を超えた魔力で回復魔法をかけて回り、そして少女の足と顔を完治させてしまったのだ。

 金銭も、礼すらも求められなかった。

 まるでそれが当然で、自分のしたい事だというように聖女は何事もなく去ろうとした。

 だから少女は、聖女に尋ねたのだ。

 

「どうして私を救って下さったのですか? 貴女には何の得もないというのに」

 

 すると聖女は同性でも見惚れそうな笑みで、答える。

 

「私の手は広くない。どうしても取りこぼしてしまう命がある。

それでもせめて、この手が届く範囲の者は助けたいのです。

……それに、得ならばありますよ。

貴方達の笑顔を見られる事が、私にとっては何よりも幸せな事です」

 

 こんな辛い世界でも、どうか前を向いて生きる事を諦めないで欲しい。

 強く、笑って生きて欲しい。幸せになって欲しい。

 そんな聖女の、心の声が聞こえるようであった。

 少女は、知らず涙をこぼしていた。

 自分が恥ずかしかった。うじうじして何もかもに絶望していた自分が本当に愚かに思えた。

 何もしようとせずに諦め、憎み、恨み……。

 この聖女のように何かを行動に移す事もなく、出来る限りの最善を尽くそうともしなかった。

 

「聖女様! いつか……いつか、必ずこの御恩は返します!

私はこの日の事を、決して忘れません!」

 

 もうウジウジするのは今日限りで止めだ。

 聖女に希望を与えて貰った。明日をもらった。

 ならばこの先の自分の命は、彼女のものだ。

 全力で返そう。あの聖女の為に生きよう。

 そう、少女は決意した。

 

 

 

 少年――ベルネルは、全てに見放されていた。

 死んだような目で森をフラフラと放浪し、枯れ木につまづいて転んだ。

 このまま死ぬのだろうかと思ったが、それもいいかもしれないと、死に僅かな希望を見出した。

 どうせ自分が死んでも誰も悲しまない。

 だが死ねない。どれだけ歩いても、飢えても不思議と命は続く。

 この身体にある闇の力が宿主を死なせてくれない。

 ベルネルの身体からは常に黒い瘴気が立ち昇り、触れれば植物は枯れ果てた。

 

 ベルネルは元々、地方の領主の長男であった。

 次期領主として期待され、幸福に生きていた。

 だが十四歳の誕生日……突然、何の前触れもなくベルネルの中から闇の力が暴発し、屋敷を破壊してしまったのだ。

 理由は分からない。分かるはずがない。

 ベルネルの内に魔女の魂の欠片が入っているなど、この哀れな少年がどうして気付けようか。

 ただ分かる事は、自分が魔女のような闇の力を発揮してしまった事。そして……周囲の態度が一変した事だけだ。

 

『化け物め! お前など私の子ではない!』

『こんなモノが俺達一家に紛れていたなんて……』

『出て行きなさい化け物!』

『失せろ、魔女の使い魔め!』

『化け物』

『化け物』

『化け物』

『化け物』

『化け物』

『化け物』

 

 誰にも必要とされない。

 誰からも死を望まれている。

 その事実に耐えられるほど十四歳の少年の心は強固ではない。

 涙は枯れ、歩く気力さえも失せてしまう。

 そんな少年の前に、いつの間にか黒い影が現れていたが……それさえも、どうでもよかった。

 

『ミツケタ……迎エニ……キタ……。魔女様ガ……オ待チダ……』

 

 黒い影はベルネルに手を伸ばす。

 これを取ればきっともう引き返せない。

 そう分かっていても、ベルネルには抵抗する気力がなかった。

 もうどうにでもなれ……そうとしか思えなかった。

 だが次の瞬間――何者かが間に割り込み、光で影を駆逐した。

 

『貴様……何者……!』

「去りなさい、影よ。この少年を魔道に誘う事は私の命が続く限り許しません」

『聖女……カ……!? オノレ、ヨクモ邪魔ヲ……!

ダガコノ、チカラ……戦ウノハ得策デハナサソウダ……』

 

 影と少女はいくらか言葉を交わし、そして影は退いた。

 聖女――そう影に呼ばれていた少女はゆっくりとベルネルに振り返る。

 その姿を、ただ美しいと思った。

 木陰から降り注ぐ光すらもが彼女を引き立てる為の物に思えてしまった。

 聖女は微笑み、そしてベルネルへ声をかける。

 

「大丈夫でしたか?」

「…………放っておいてくれてよかったのに」

 

 違う、こんな事を言うべきではない。

 そう思っていても、ベルネルの口は思ってもいない事を吐き出していた。

 聖女はそれに嫌そうな顔一つせずに、静かにベルネルを見ている。

 

「……どうせ俺は、死んでもいい存在だ。いなくなっても誰も悲しまない。

だったらあのまま、あの影に連れ去られて死んでも……よかった……」

 

 問われたわけでもないのに、醜い不満が次々と口から出る。

 

「あんたには分からない。聖女なんて言われてる奴には絶対俺の気持ちは分からない!

俺みたいな、価値のない人間の心なんて分からないんだ! 道端に落ちている糞にも劣る価値しかない薄汚い人間の気持ちなんて、誰にも分からない!

生き延びてもどうせ、俺の未来なんて…………」

 

 気付けば、大声で喚いていた。

 目の前の存在が羨ましかった。

 聖女……人類の希望。誰からも愛される存在。

 自分とは違う。そんな嫉妬と羨望から、言いたくもない言葉が口から零れ落ちる。

 不思議と、彼女の緑色の瞳を前にすると良くも悪くも正直になれた。

 何もかもをぶちまけてしまいたい気持ちになった。

 そんな少年へ、聖女は言う。

 

「少なくとも、私は悲しいです。

貴方が死ねば……私は、悲しい」

 

 ベルネルは聖女の瞳を見て、驚いた。

 彼女の目からは涙が一筋、零れていた。

 こんな初めて会う、呪われた男なんかの為にこの少女は泣いてくれるというのか。

 ……悲しんでくれるというのか。

 それが、今のベルネルにとっては何よりの救いに思えた。

 そして気付けば柔らかいものに包まれていて……ベルネルは、自分が抱きしめられている事に遅れて気が付いた。

 

「それにほら、汚くなんかない。

貴方は、価値のない人間なんかではありません」

「……ッ、!」

 

 ベルネルの目から、堰を切ったように涙が溢れる。

 あの力に目覚めて以来ずっと、どこにいっても汚物扱いだった。

 醜い、汚い、汚らわしい、忌まわしい……そんな言葉をどこにいっても浴びせられた。

 誰も自分に触ろうとすらしなかった。近付く事すら嫌った。

 そんな自分を、この少女は躊躇う事なく抱擁してくれている。

 その心地よさに目を閉じ……だが、ベルネルはハッとして少女から離れようとした。

 

「だ、駄目だ! 俺に触れちゃいけない!

このままじゃ貴女が……! すぐに離れてくれ!」

 

 ベルネルの身体から溢れ続ける瘴気は、彼の意思に関係なく周囲を蝕む。

 抱擁なんてもってのほかだ。

 だからベルネルは慌てて離れようとしたが、そんな彼を安心させるように聖女は彼の背を叩く。

 

「大丈夫……大丈夫ですから。恐れないで。

その力はいつか、貴方の助けとなります。

けれど今はまだ制御出来ない力は貴方を苦しめてしまう……だから、少しだけ、私の方でその力を借りておきますね」

 

 聖女がそう言うと、今までベルネルを苦しめていた瘴気が聖女の方へ移り、その身体の中に取り込まれた。

 嘘のようだった。

 あんなに苦しめられてきたのに、こんなにも簡単に制御出来てしまうものなのかと思った。

 彼女は本当に聖女なのだと……そう信じる事が出来た。

 

「どうか幸せになる事を諦めないで下さい。

辛い事は沢山あるけど、いつかきっと必ず……ハッピーエンドに辿り着けるから。

……いえ、私が必ずそうしてみせます」

 

 ――たとえこの身が砕けようと。

 小さくそう呟き、そして聖女はベルネルから離れて笑顔を浮かべた。

 無条件に信じたくなる力がそこにはあった。

 どんな闇でも、その先には光がある……そう信じたくなった。

 聖女は懐から鎖付きのペンダントを取り出し、それをベルネルの首にかける。

 

「……これは?」

「貴方の力が外に漏れないようにする道具です。

それと……ちょっとしたおまじないです」

「おまじない?」

「そう。貴方がいつか、辿り着けるように。

貴方の聖女と巡り合えるように、願をかけておきました。

……大丈夫。貴方は絶対に幸せになれます」

 

 そう最後に言い、聖女はどこかへ飛び去って行った。

 その背中を見ながらベルネルは、彼女に与えられたペンダントを握りしめる。

 もうそこに、ウジウジした少年はいなかった。

 暗かった目には力が宿り、空気は今までになく爽やかに思えた。

 これまで醜く見えていた世界が、この上なく美しいものに見えた。

 心には光が差し込み、全てが眩しく輝いている。

 

 彼女は言った。『貴方の聖女と巡り合えるように』。

 それはきっと、いつか自分にも受け入れてくれる素敵な女性が現れるという意味なのだろうが……ベルネルにとって聖女は彼女以外有り得なかった。

 たとえこの想いが届かなくてもいい。それでももう一度会いたいと思った。側にいたいと願った。

 ならばこのペンダントは『約束の証』! いつか再び出会い、返す時の為の『導』!

 

 いつか再びあの聖女と再会する。

 その為にベルネルは、この先何があろうと光を信じ、光の道を突き進む決心を固めた。




エテルナルートフラグ「ぐわあああああああああーーーーーッ!!!!!」
エルリーゼ「エテルナルートダイーーーン!?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 変化するシナリオ

 夢の中というのは時々、『あ、これ夢だ』と思う事がある。

 まさに今の俺がそうで、俺は夢を見ていた。

 そこにあるのは見慣れた我がアパートの一室で、俺の姿も冴えない野郎に戻っている。

 身体のどこにも痛みはなく、現実感がなくてフワフワしている。うん、やっぱ夢だなこれ。

 何か自分の姿を自分で客観的に見ているというのも不思議だが、まあ夢なんてそんなものだ。

 まあ夢とはいえ元に戻れたなら、しばらく現代生活を満喫しよう。

 そう思ってまずやったことは、ボケーっとこっちを見ている『俺』に乗り移ってパソコンの電源を入れて『永遠の散花』の公式ホームページを開く事であった。

 うーん、この。

 だが仕方ないのだ。何故ならカレンダーに示された今日の日付は待ちに待った公式人気投票の日。

 たとえ夢であっても結果が知りたい。

 勿論俺はエテルナに票を入れたので、彼女がトップであって欲しいと思う。

 そして開いた人気投票……そこに、俺は信じられない物を見た。

 一位……マリー。悔しいけどこれはまあ、残当。

 マリーっていうのはこのゲームで一番人気の高いクーデレヒロインだ。

 いつの世もメインヒロインより人気の高いサブヒロインってのは出るものである。

 二位はエテルナ。残念ながら一位にはならなかったが、まあ高順位だ。次の人気投票があれば一位を目指して欲しい。

 そして三位……四位ときて……五位、エルリーゼ。ファッ!?

 ファッ!!?

 …………いやいやいやいやいや。ねーよねーよ。

 これ投票した奴頭のネジ吹っ飛んでんじゃねーの? あのエルリーゼに何で投票してんの?

 エルリーゼっていえばあれだ。このゲーム不動の嫌われ者。皆大嫌いエルリーゼ。

 ヘイト役界の大御所。憎まれ役の鑑。聳え立つクソの山。偽聖女クソオブザイヤー。

 そんな奴が人気投票五位なんてあり得ない。

 俺は慌ててコメントページを開く。するとこんな事が書かれていた。

 

『エルリーゼ様マジ聖女』

『本物より本物らしい聖女の中の聖女』

『ふつくしい……』

『エルリーゼルート実装はよ!』

『エルリーゼ様! エルリーゼ様!』

『ルートがないのにこの順位……流石です聖女(真)様!』

『このゲーム最大の良心』

『ぐう聖』

『確かに偽聖女だったな……何故なら彼女は女神だからだ』

『5位かよちくしょおおおおおおおお!』

『メインのルートがなかったのが最大の敗因だった』

『実際こっちが本物だろ。エテルナなんてエルリーゼ様の手柄を横取りしただけじゃん。聖女(笑)』

『↑他のヒロインディスりたいならチラシの裏でやってろカス』

『↑×2 好きなヒロイン持ち上げるのにわざわざ他のヒロイン貶めるな』

『↑×3 地獄に落ちろ』

『聖女と呼ぶに相応しい最高の偽物』

 

 ……?

 …………? ……?? ???

 おかしい……俺の知っているエルリーゼとまるで噛み合わない。

 エルリーゼっていえばあれだ。本物の聖女であるエテルナと取り違えられた偽聖女で、散々好き放題やって聖女の名を地に落としただけでは飽き足らず。本編でも散々クソな事ばかりしてプレイヤーのヘイトを買いまくり、最後にはざまあされて退場する、魔女よりもクソなキャラクターだ。

 間違えてもこんな評価されるキャラクターではない。

 何だこれ? もしかして今日ってエイプリルフール?

 いや、日付は少なくとも四月一日ではない。

 何だ。どうなっている。俺は一体何を見ているのだ。

 そう思い、俺はエルリーゼの名前で検索した。

 するとこんな情報が目に飛び込んでくる。

 

 

【エルリーゼ】

 『永遠の散花』の登場人物。非攻略キャラクター。

 聖女と呼ばれる、魔女と対を為す存在。

 幼い頃は我儘だったが、ある日を境に聖女の自覚に目覚めて人が変わったように『誰かの為』に活動するようになる。

 聖女の名に恥じぬ圧倒的な魔力と剣術の腕を持ち、その戦闘力は作中最強。

 闇の象徴である魔女と対を為す光の象徴として、時にプレイヤーの前に現れて手助けをしてくれる。

 物語開始時に十四歳のベルネルの前に現れて彼の闇の力を制御出来るように助力し、ペンダントを預けて彼の人生に大きな転機を与えた。

 しかし、この時にベルネルの力を吸い取った事で寿命を縮めてしまっている。

 また、この時の出来事が原因で年を取らなくなり、外見年齢は本編時点でも十四歳のまま。

 魔物に襲われている場所があればどんな小さな村でも見捨てず自ら出撃し、傷付いた者がいれば分け隔てなく癒す。

 まさに聖女を絵に書いたような非の打ちどころのない少女だが、実は本物の聖女ではない。

 赤子の頃に手違いでエテルナと取り違えられてしまっただけの一般人であり、当然彼女に魔女を倒す力など備わっていなかった。

 しかし彼女のあまりにも完成された聖女としての振舞いから、彼女を偽物と思う者は魔女を含めて誰もいなかった。

 だがエルリーゼ本人はその事を知っていたらしく、いつの日か本物の聖女であるエテルナに聖女の座を返す日の為に邁進していた事を明かしている。

 

【本編での活躍】

 攻略不能なキャラクターだが、どのルートでも登場して存在感を発揮する。

 初登場がオープニングのベルネル十四歳の時なのはどのルートでも共通。

 ・エテルナルートでのエルリーゼ

 本格的に登場するのは魔法学園

 

 

 エルリーゼのキャラ説明を見ていると不意に、視界がモザイクのように歪み始めた。

 あ、やばい。これ夢から覚めるやつだ。

 俺の耳には、鳥の囀りが聞こえている。

 ちょ、待て待て待て。続きを見せろ。魔法学園で何? どう登場するんだ?

 ここまで見たら気になるだろうが! おい! おい!

 チクショーメー!

 

 

 目が覚めてしまった。

 ああ、朝日が眩しいなクソッタレめ。

 俺はベッドから起き上がり、軽く伸びをする。

 それから鏡の前に立って軽く身だしなみを整え、中身のクソさに反比例するような自分の美貌にドヤ顔をした。

 本編時点ではエルリーゼは喰いすぎで丸々と肥えたピザになってしまっているが、俺はそんな事はない。

 適度に運動(魔物苛め)をしているのでスリムな体型を維持し、髪も肌も輝くような質を保っている。

 ちなみに魔法で少しズルをしてるのは内緒な。

 この世界って現代みたいに髪のうるおいを保つだとか、肌を綺麗にするとか、そんな便利なものはないから魔法でやるしかないのよ。

 それと俺は今年で十七になるが、外見は十四の頃から一切変化がなくなってしまった。

 まあ所詮偽物な俺が主人公のダークパワー(笑)なんて取り込めば、細胞もおかしくなるわな。

 

 さて、いよいよ本編開始だ。

 俺の目的は最初から変わらず、ベルネルをエテルナルートに進ませた上で幻のハッピーエンドを見る事である。

 で、後は俺自身はそれを見届けたら退場でいいかな。

 最善は本物のエルリーゼが何かの間違いで復活しないように死亡退場する事だ。

 後は次善策として、偽聖女カミングアウトからの追放で辺境とかに行って、そこでのんびりとスローライフとかもいいかもしれない。

 ちなみに実は死への恐怖とかはあんまりない。

 というのも、『永遠の散花』には死後の世界や生まれ変わりがある設定だからだ。

 死ぬのが怖いって思うのは要するに死んだらどうなるか分からないからっていうのが大きいわけで、誰しも一度は永遠に眠りが続く事を恐れたりしたと思う。

 逆に言えば死んだ後に働かなくていいニート天国があるなら、死を恐れる奴は半分以下に減るだろう。

 だからベルネル君の闇パワーを吸い取って寿命が減っても別に俺的には問題ないわけだ。

 むしろ聖女ロール面倒なのでさっさと死んで天国でニートしたい。

 …………地獄行きだったらどないしよ。

 

 ま、とりあえず今後の予定だ。

 ベルネルはあの後無事に、ヒロインのエテルナが暮らす村に到着して十七歳になった。

 そしてベルネルとエテルナの二人は魔法騎士を育成する魔法学園に入学するわけだ。うーん、この捻りの欠片もない一周回って潔いテンプレ。

 この学園では魔女や魔物と戦う未来の騎士を育てているわけで、特に成績優秀な者は聖女の近衛騎士に抜擢される。うん、どんな罰ゲームだ。

 ゲーム本編では勿論の事ながら、ベルネルとエテルナはこの座を求めていない。

 そりゃそうだ。散々悪名を轟かせてきたピザでクソな聖女の近衛騎士なんて誰がやりたいんだよ。

 学園に入った理由は純粋に魔物と戦う力を欲しての事だ。

 しかしベルネルの主人公体質が悪い方向に作用してエルリーゼに気に入られてしまい、近衛騎士になれとあの手この手で誘われる。

 で、首を縦に振らないベルネルにエルリーゼが逆切れして色々と嫌がらせをしまくり、ベルネルの近くにいる他のヒロインにまで悪辣な嫌がらせや苛めを行い始める。

 もうくたばれよ、このクソ偽聖女。今は俺だけど。

 で、この偽聖女のせいで何人かのサブヒロインが不幸になる。

 つまりは俺の当面の目的は本編のようなアホな行動をしない事。

 本来不幸になるはずだった子達を不幸にならないようサポートする事だ。

 そんなわけで学園の来賓としてお呼ばれしていた俺は、新入生諸君を観察しながら制服かっけーなーとか思っていた。

 デザイン的には十七世紀くらいのイギリスの軍服から装飾や武器を外したような感じだろうか。

 男子の服の色は黒を基調にしつつアクセントとして青が散りばめられ、女子は白を基調にしつつ緑色で飾られている。

 意外だな。どっちも赤は使ってないのか。

 

「では、聖女エルリーゼ様より新入生の皆さまへの挨拶をどうぞ」

 

 あ、出番?

 生徒達に何か言えと?

 これ実は毎年やらされてるんだけど、台詞のネタそろそろ尽きそうだわ。

 本編だとエルリーゼは『私の目にとまるように精々頑張りなさい』とか『ここでは私がルールよ』とかただでさえ地に落ちている評価を更に落とすような発言を繰り返し、挙句の果てに最前列にいた不細工な新入生を『見苦しいからお前はいなくていいわ』とその場で退学にしてしまう。

 最低過ぎる……。

 というか普段からそうやって無駄にヘイト稼ぐメリットが分からん。

 

 とりあえずスピーチしないとな。

 まあ、まず言う事は決まってる。

 お前等よく頑張って入学試験抜けてここまで来たわ。いやー立派立派すごいすごい。

 でも俺が言うのは、騎士ってそんないいもんじゃないよ。命の危険ばっかだよって事だ。

 だからお前等もう一度考え直せ。

 喜んで死にに行く真似せんでも、どうせお前等その他大勢のモブだから死んでも生きてても大勢変わらんぞ。

 主人公一派が敵と戦ってる背景で「ウワー」とか「ギャー」とか「強い! 強すぎるう!」とか「や、やられちまうう!」とか言いながら適当に死んでる顔無し兵だぞお前等。それでいいのか。

 戦略シミュレーションゲームでもそうだけど、雑魚なんていくら倒れてもストーリーに影響ないのよ。

 ボスやらなきゃ意味ないわけよ。

 お前等ここで入学しても、未来はただのやられ役だぞ。噛ませ犬の踏み台だぞ。お前等の人生それでいいのか。

 だったら田舎に引っ込んで農業生活して、ついでに親孝行もしとけ。な?

 ここにいる全員が騎士になって死ぬより、田舎とかで生きてる方が多分世界的にも貢献出来るだろ。

 産めよ増やせよってやつだ。

 それだけでも、独身フリーターの俺なんかより百倍はマシよ。

 

 的な事を言ったら全員がやる気に満ち溢れた。

 お前等俺の話本当に聞いてた?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 演説

 『アルフレア魔法騎士育成機関』――通称魔法騎士学園。

 正式名称に学園なんて文字は入っていないのに皆は学園と呼ぶ。

 そこは、世界各地から騎士を志願する若者を集めて育成する、人類の未来の戦力を担う機関である。

 初代聖女アルフレアの名から取られたその機関では厳しい訓練を課され、それを乗り越えた者には輝かしい騎士としての道が約束される。

 更に一部の成績優秀者は人類の未来を担う聖女の近衛騎士として抜擢される事もあり、若者達にとってここはまさに夢の登竜門であった。

 教育機関といいつつ、新入生達が今集められている場所は巨大な礼拝堂のようであった。

 壁や天井は白、青、赤、黄、緑などの様々な色で彩られ、荘厳な雰囲気を生み出している。

 椅子に座る生徒達はいずれも、ここに来るまでに厳しい試験を乗り越えて狭い門を潜り抜けてきた者達だ。

 全員がやる気に満ちた顔をしており、緊張感と共存している。

 その中に、十七歳になったベルネルはいた。

 

「流石に空気が違うな……」

 

 今日は新入生達にとって晴れ舞台であると同時に、始まりでもある。

 既に狭い門を抜けてきた彼等だが、ここからは同じようにその狭い門を抜けてきた者達が学友でありライバルとなるのだ。

 この中で晴れて騎士になれるのは一割程度で、それ以外の者は騎士の下の役職に就けられる。

 魔法騎士とは聖女と共に魔女と戦う人類の矛であり盾。戦いに生きる者全てが憧れる勇者だ。

 故に誰もが簡単になれるわけではなく、現役の兵士などは三割近くが一度は騎士を目指して夢破れた者達である。

 更にその中でも限られたほんの数人だけが、聖女の側にいる事が許される近衛騎士になれるのだ。

 ベルネルが目指す頂はそこであった。

 あの日、聖女に――エルリーゼに救われて以来、いつの日か彼女と共に戦う事を夢見て生きてきた。

 再会の約束であるペンダントを離した事は一度もない。

 その夢の舞台に、今ようやく辿り着いた。

 

 かつては、全てに絶望していた。全てを呪いたいと思っていた。

 その自分を救って、抱きしめてくれたのは彼女だ。

 闇で包まれていた人生に、彼女は光をくれた。

 あの時に決めたのだ。何があろうともう闇には靡かない。

 彼女が示してくれた光の道を突き進む事を。

 そんなベルネルを見ながら、同じ村の友人である少女……エテルナは複雑そうに顔を歪めた。

 

「……嬉しそうだね、ベル」

「そう見えるか。駄目だな俺は……まだ入り口に立ったばかりだっていうのに。

ちゃんと気を引き締めないとな。

そうだ、こんなんで満足してちゃ駄目だ。あの人と同じ舞台に立つ為にも、俺はここで強くならないと」

 

 エテルナは、ベルネルが十四歳の時に辿り着いた村で暮らしていた少女である。

 美しい銀色の髪を持つ娘で、村では一番の美少女として評判であった。

 それは決して誇張表現ではない。

 貧しい村であるが故に髪や肌の手入れなど出来ず、生来の美貌が霞んでしまっているものの、素材そのものは聖女エルリーゼにだって負けていないだろう。

 そんな彼女が気になっているのは、三年間とはいえ共に過ごし成長してきたベルネルだ。

 恋愛感情……かどうかは分からない。

 だがエテルナの暮らす村では、歳が近くて仲のいい男女が自然と夫婦になる事は当たり前の事であったし、エテルナもいつかはベルネルとそうなるのだろうなと漠然と思っていた。

 そして、それは別に嫌な事ではなかった。

 だがベルネルの見るものはずっと遠くにあり、彼の視界にはずっと別の女性だけが映っていた。

 

「何か人数……多いね」

「ライバルだらけって事か」

 

 騎士を目指す者は少なくない。

 だがここ近年は、過去に比べても騎士を志願する者が増えていた。

 その理由は、歴代最高の聖女とまで謳われる聖女エルリーゼにある。

 戦場で魔物から救われた新兵が、もう一度心身ともに鍛え直してこの学園の扉を叩いた。

 顔と心に負った傷を無償で癒された少女が弓の名手となり、恩を返す為にやって来た。

 そして全てに絶望していた、闇を宿した少年が光に憧れ、青年となって入学した。

 その他多くの、直接間接問わずに聖女に救われた者達。あるいはその姿を遠くから眺めていた者達。

 そうした若者達が次々とこの学園を目指し、ここ数年は過去例を見ない大豊作の時代が訪れていた。

 

「では、聖女エルリーゼ様より新入生の皆さまへの挨拶をどうぞ」

 

 そして、その大豊作を生み出した歴代最高の聖女が壇上へ上がった。

 その姿に誰もが見惚れる。

 腰まで届く輝く金髪。きめ細かい白い肌。宝石のような瞳。

 純白のドレスは彼女の為だけに存在しているかのように似合い、頭を飾る白い花の飾りが魅力を引き立てる。

 老化という劣化を放棄した永遠の十四歳は若々しさに溢れ、ベルネルが昔に出会った時そのままの姿であった。

 奇跡の前では時間すら頭を垂れる。彼女を衰えさせる事は時の流れですら出来ない。

 そう突き付けられたようで、ただ新入生達はその姿に釘付けとなっていた。

 

「皆様、よくぞ厳しい試験を越えて狭き門を潜り、ここまで来られました。

まずはその努力に、心からの賛辞を送りたく思います」

 

 鈴が鳴るような声が響き、新入生達の鼓膜を揺らす。

 しかし続けて彼女の口から出たのは、予想しなかった言葉であった。

 

「しかし夢を壊すようですが、騎士とは皆様が思う程栄誉に溢れたものではありません。

騎士とは最前線で戦う者達の事。常に命の危険が付きまとい、ほとんどの者は一年生きる事すらなく死を迎えます。

そして残酷な事に、一人や二人が名誉の戦死を遂げても……大勢は何も変わりません。

『名誉ある死』と謡われるものの大半は、何の戦果も挙げられない……名誉だけ(・・)の死です」

 

 騎士達が守るべき聖女からの、まさかの騎士否定である。

 お前達が思う程騎士は輝かしい仕事ではない。

 辛いし、死の危険ばかりだと現実を突きつける。

 その上で、その死すら無駄死にである事を隠す事なく告げた。

 

「だからこの道を志す前にもう一度振り返って下さい。

本当にそれでいいのかと。『聖女』などという他人を守る為に命を捨てていいのかと。

私は、そんな事で命を散らすよりも家族を守って生きて欲しいと思います。

この世に一人だって、私などの為に盾になって散っていい命などありません」

 

 騎士とは聖女の盾であり矛であり、そして身代わりだ。

 聖女を生かす為に騎士はいる。

 聖女が万全の状態で魔女と戦い、これを打倒する為の捨て石こそが騎士だ。

 勇者だの戦士の誉れだの名誉の死だのと、どんな美辞麗句を並べ立てて飾ろうと、その本質は変わらない。

 騎士は生贄である。騎士とは身代わりである。

 それを他ならぬ聖女自らが断言していた。

 その姿を見てベルネルは、あの時から本当に変わらないと思い……笑った。

 分かっている、決意している。

 これでいいと思ったから、ここにいるのだ。

 聖女の立場からすれば、身代わりは多ければ多い程いいだろうに、彼女はそれを良しと思わない。

 だからこうして、騎士志願の者達を遠ざけようとするし……それで騎士が一人もいなくってもきっと、彼女は一人で魔女に挑むのだろう。

 そんな彼女だからこそ、守りたいと思ったのだ。

 それはきっと、ここにいる全員に共通する思いだ。

 

「何も魔物を倒すだけが戦いではありません。家族を守り、子を産み育てる。それもまた立派な戦いです。

それだけで貴方達の生は、私などよりも遥かに価値のあるものになる。

どうか今一度考えてください。本当にここが……貴方達の命を使うべき場所なのかを」

 

 エルリーゼの、まるで新入生を追い出すかのような異例のスピーチが終わった。

 だがそれを聞いて逡巡する者はいない。

 席を立つ者もいない。

 全員が既に覚悟を決めている。決意を固めている。

 自分一人が死んでもそれは大勢に影響を与えず、『名誉ある戦死』としてその他大勢として扱われる。

 だがそれがどうした。

 ならばその他大勢としてあの聖女と共に戦うだけだ。

 

 結果としてエルリーゼのスピーチは、エテルナを含む僅か少数の生徒を困惑させただけで……それ以外の全員の決意をより一層燃え上らせただけであった。

 

 

 はあ~~~~~~~~~。ほんま付き合いきれんわ。

 あいつ等自殺志願者か何かなんですかね?

 騎士は無駄死にするだけの捨て駒だって言っても誰も出て行かねえ。

 そもそも俺に肉盾とかいらんっての。

 俺、空飛んでるのよ? お前等どうやって俺を守る気なの? 

 飛べないお前等がいてもむしろ邪魔だっちゅーねん。

 

 あー、萎えるわー。

 俺は自分でもハッキリ分かるクソだけど、一応BB弾くらいの小ささの罪悪感とかあるわけで。

 流石に俺の為に見知らぬ他人が無駄死にしたら……まあ、うん。ちょっとくらいは後味の悪さを感じる……かもしれない。

 いやごめん、嘘。本当は多分何も感じない。

 テレビの向こうで会った事もないどこかの県に住む誰々さんが事故でお亡くなりになりましたって言われたって『ああカワイソー』とは思っても、その数秒後にはもう名前すら覚えてないだろうしそのニュースを見た事すら次の日には忘れているかもしれない。

 残念ながら俺にとっては、その他大勢の騎士だの兵士だのの死はその程度の認識にしかならないのだ。

 だからこそ、一層無駄死にである。

 こんな奴の肉盾になって死ぬとかマジで人生の無駄使いだろ。

 

 でも萎えてばかりはいられない。この先も学園であれこれイベントが目白押しだ。

 まあその大半は放置しても我らが主人公のベルネル君が自力でバンバン解決してバンバンサブヒロインの好感度をあげて、バンバン惚れられるわけだけど、いくつか放置するわけにはいかんイベントがある。

 それは選択肢によってはヒロインが死んだりモブが死んだり不幸になったりするイベントだ。

 というか正しい選択を選んでもモブは割とあっさり死ぬ。

 ベルネル君が正しい選択肢ばかり選んでくれるぐう有能ならいいんだけど、いくつかは初見殺しで『普通それ選ばねーよ』っていうのもあるし、一度クリアしての二周目じゃなきゃ選べない……ていうかそもそも表示されない選択肢とかもある。

 一周目だと絶対死ぬヒロインとかもいるからなあ、このゲーム。

 お前の事だよエテルナ。一周目だとどう頑張ってもラスボス化しやがって。

 まあエテルナは二周目でトゥルーエンドに入っても死ぬけど。この子不憫すぎん?

 他にもメインルート以外だと絶対死ぬヒロインもいる。魔女とか魔女とか魔女とか。

 それ以外だとこの学園の美人女教師でファラっていうおっぱいがいるのだが、この人も一周目だと確定で死ぬ。

 このファラさんは何故かエテルナを暗殺しようとするので、一周目ではベルネルがそれに立ち向かい、戦闘後には突然態度が豹変して謝罪しながら崖に身投げして死んでしまう。

 で、二周目だとこの戦いにエテルナを連れて行けるのだが(一周目は狙われている本人なので危ないという理由で絶対連れていけない)、エテルナの力によって実はこのファラさんは魔女に操られているだけの被害者である事が判明してエテルナの聖女パワーで洗脳から解放される。

 ついでにこのイベントによってエテルナこそが真の聖女である事が判明するのが早まり、エルリーゼざまあイベントも前倒しになってエテルナ闇落ちを回避出来るってわけだ。

 つまりこのイベントはファラさんの生存に加えてエテルナの闇落ちを避ける為の重要なイベントでもある。

 ……というか、ここでエテルナを暗殺しようとする辺り、魔女さんエルリーゼが偽物ってこの時点で気付いてるよね。

 まあ聖女と対の存在である魔女なら普通に気付くか、そりゃ。

 というか対になってなくても、気付くわあんなの。

 

 とりあえず、俺はもう偽物とバレていると考えていい。

 次にファラさんの洗脳解放からのイベント前倒しだが、こっちは別に気にしなくてもいいだろう。

 そもそもエルリーゼの中身が俺なわけで、そんなに悪事とか働いていない。

 むしろエテルナに聖女の座を返す時の為に名声を高めてるわけで、エテルナの村襲撃からの闇落ちイベントはないはずだ。

 まあ一応襲撃する馬鹿の事は今のうちから調べてるけど。

 

 とにかくファラさんがエテルナを暗殺しようとするタイミングは分かっている。

 俺はそのイベントに割り込んでファラさんが操られている事を言えばいいだけだ。

 ガハハ、勝ったな。風呂入って来る。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 迷走、ベルネル

上がり過ぎたハードルは、空の彼方の雲の上。
私は無言で、ハードルの下を潜り抜けた。
誰かが言った――ハードルは高ければ高いほど、くぐりやすい。


 風呂入って冷静に考えてみたら割とやばかった。

 突然だが『ベルネルとエテルナをくっつけてハッピーエンドを見よう』チャートには実は重大な欠陥がある事に俺は気付いてしまったのだ。

 それは他でもない俺が別に学園の生徒でも何でもないという事だ。

 つまりリアルタイムで監視が出来ない。イベントの大半は学園で発生するのに、その肝心の物語舞台である学園に俺がいない。

 それはそうだ。魔法騎士学園は聖女に仕える騎士を育成する為の学園である。そこに(偽物だけど)聖女本人が入学するわけがない。

 じゃあ学業どうするのと思われるかもしれないが、そんなのは有名な教師とマンツーマンに決まっている。

 いやマンツーマンじゃねえわな。俺一人に対して教師いっぱいいるし。

 聖女っていうのはこの世界で言うと王女や王子よりも遥かに立場が上の存在だ。

 預言者とかいう胡散臭い仕事をしてる奴がいて、そいつが聖女の誕生を予言するとお偉いさん達がワラワラとそこに群がり、そして両親から無理矢理取り上げ……じゃない。説得して両親から預かるのだ。

 その時に大金も渡すので、まあ大半の両親はこれであっさり手放す。

 薄情かもしれないが、この世界では食い扶持を減らす為に実の子供を捨てたり売ったりするのが当然なので、大金を渡せば大体首を縦に振る。

 だからエルリーゼの両親がどこにいて、今何をしているかとかは俺も知らない。

 公式設定によると一切の罪悪感なく、遊びまくっているらしい。

 ……子が子なら親も親だな……。

 そうして引き取られた聖女は、聖女を育てる為の専用の城で箱入りで育てられる。

 場所は丁度大国同士の国境付近。何故こんな面倒な事になっているかというと、どこか一国が聖女を所有する事を避ける為らしい。

 そして各国から選ばれた騎士や教師、身の回りの世話をする召使いなどが送られて育てられるのだ。

 誰か親代わりくらいしてやれよと思うが、聖女というのはこの世界ではある意味信仰対象のようなもので、『人の中に聖女の力を持つ子が生まれた』じゃなくて『人という依り代に聖女が宿った』みたいな考えなのだ。

 なので実質的に聖女の発言力や権力は国王を上回る。

 そんな俺が入学なんて出来るわけもなく、出来るのは視察という名目でタイミングを合わせて学園に行くくらいだ。

 

 で、ここで問題二つ目だ。

 イベントのタイミングは大まかには分かるが、正確な日付は分からない。

 『永遠の散花』には一応日付システムはちゃんとある。それも都合よく日本の西暦ソックリで何月何日何曜日と記される。

 おいスタッフゥ! ここ適当すぎんだろォ!

 一応曜日はこの世界の属性である氷、火、水、風、雷、土、光の七つに変わっているが、それだけだ。

 氷曜日が現実で言う所の月曜日ポジで、火と水と土はそのまま。木曜日の代わりに風曜日が入り、金曜日の代わりが雷曜日。日曜日ポジションが光曜日だ。

 一つだけハブられた闇は泣いていい。

 闇属性はね……どうしても魔女が使う力のイメージが強いから基本的にハブられる傾向にある。

 で、日付や曜日まであるならばイベントのタイミングも分かるのではないかと思われるかもしれないが……イベントは、ベルネルの行動によって多少前後する。

 例えば前のプレイで五月二日に起こったイベントも次のプレイでは五月四日だったりする事もあるのだ。

 何でこんな事になっているかというと、『永遠の散花』がそもそも決められた日数の中で学園生活を送ってベルネル君を鍛えつつイベントを進行していくタイプのゲームだからだ。

 なのでどうでもいい事で日数を消費し続けたりするとイベントも後に大幅にずれたりする。

 つまり……分からないのだ。

 俺はファラさんがエテルナを襲撃するイベントに割り込んでファラさん死亡を避けるつもりだったが、そのイベントがいつ起こるのかが分からない。

 最悪、ベルネル君が自主トレばかりしてイベントを何一つ進めず、イベントそのものが起こらないかもしれない。

 このゲームは朝、昼、夕、夜、深夜の五回に分けて自由行動があり、その時に自主練したり勉強したり女の子とコミュったりする事が出来る。勿論どれを選んでも時間は進む。

 そしてひたすら自主練ばかりして誰とも一切フラグを立てずに学園を卒業するぼっちルートというふざけたプレイも一応可能なのだ。

 まあ、流石にそんなネタプレイはしていないと思うが。

 

 ちなみに俺がエルリーゼになっているので、もしかしたらファラさんを見殺しにしてもエテルナ闇落ちは普通に避ける事が出来るのかもしれない。

 そもそもエテルナ闇落ちの原因はエルリーゼだし。

 ファラさんのイベントは所詮、その原因であるエルリーゼの退場を早める為のものでしかなく、ファラさんの生死そのものはエテルナの闇落ちと何の関係もない。

 だがファラさんはゲームでは重要なフラグだった。念のために生存させておきたい。

 それに、そういうの抜きでもあのおっぱいは死なせるには惜しい。

 ファラさんは年齢二十四のウェーブのかかった茶髪の美人女教師だ。

 顔立ちは少しきつめで、胸のサイズはFカップのダイナマイッ! ボディの持ち主である。

 俺の目の保養の為にも可能ならば生存させたい一人だ。てーか生存させる。

 

 まあイベントの発生タイミングが分からないなら分からないなりに、やり方はある。

 要するに調べればいいのだ。

 学園まで視察に行って、教師達と話してベルネルやエテルナの事を聞けばいい。

 『永遠の散花』を何周もして全ルートを制覇した俺ならば、周囲の評判や授業態度、周りにどれだけ名前を憶えられているか、最近何があったかなどで今どのくらいまでイベントが進行しているか分かるし、各ヒロインの好感度なども攻略サイトを見る事なく数値化して計測出来る。

 よし、これなら余裕やな。勝ったわ。もっぺん風呂入って来る。

 

 

 

 やべえよ……やべえよ……。

 ひとっ風呂浴びてから視察と称して学園に向かい、教師達から話を聞いた結果、俺は自分の考えが甘すぎた事を痛感していた。

 信じられない事が今、起こっている。

 まず各ヒロインのベルネルへの好感度。何とエテルナ以外ゼロ。エテルナも初期値のまま。

 次にイベント進行とフラグ。何一つ進んでいない。

 サブヒロイン達はベルネルの名前すら知らない。

 最後にベルネル。朝は自主練、昼は自主練、夕方も自主練で夜も深夜も自主練自主練。

 こ、こいつ……まさか! まさかこんな(・・・・・・)! 信じられない(・・・・・・)

 こいつ何と! イベントを何一つ進めていないッ! ヒロインと会話もしていない!

 自由行動を全部(・・・・・・・)自主練に使ってやがる(・・・・・・・・・・)ッ!!

 この世界のベルネルはネタプレイに走っている!!

 

 ちょちょちょちょ、ちょっと待てちょっと待て、ちょっと待てよお前。

 なあベルネルお前。お前は知らないだろうけど『永遠の散花』はギャルゲーなんだよ。恋愛するゲームなんだよ。

 戦闘とかの要素もあるけどそっちはオマケで、あくまで女の子との恋愛がメインなんだよ。

 俺としては勿論断固エテルナルートに行って欲しいし、てゆーかそれ以外認めないけど、それでもお前、誰にもフラグ立てないどころか会話すらしてないってどういう事?

 お前ギャルゲー主人公が誰とも会話せずにずっと自主練&自主練しててどうすんだよ。

 このままじゃぼっちルート一直線じゃねえか。

 エンディングの一枚絵でムキムキになったベルネルが多くのいい男に囲まれて『女など我の覇道には不要!』とかふざけた事ほざいて終わる別名『ボディビル♂エンド』行こうとしてるじゃねえかこれ。

 ちなみに一番クリアまでのタイムが早いのでRTAだとベルネル君に『ほも』という名前を付けて完走する走者が多いルートだ。動画でもよく見るし、俺も爆笑していた。

 でもお前これはねーよ。マジでねーよ。

 何でこの世界で『ボディビル♂エンド』目指してるんだよベルネル。

 何? お前の中身RTA走者か何かなの? 俺と同じで何か変なのに憑依か転生でもされてるの? 最速クリアでも目指してるの?

 

 と、とにかく、このままじゃ不味いって事だけは確かだ。

 ベルネルが何もしないと物語の解決もクソもあったもんじゃねえ。

 ……あー。

 気は進まないけど、というか死ぬほど進まないけど……。

 何でこんな事してるか、直接聞きに行くしかないかなあ、これ……。

 

 

 ベルネルには『夢』がある。

 それは、あの日出会った聖女の隣に立つ事だ。

 全てに絶望していた自分に光をくれたのは彼女だ。彼女が闇から救い出してくれた。

 だから、彼女と同じ道を歩みたいと思った。

 彼女が歩んでいる『光の道』! そこに赴く事こそが恩返しだと信じたのだ。

 その為には寄り道などしていられない。余計な事に時間を割く余裕などない。

 ただひたすらに朝も昼も夕も夜も深夜も。全ての許された時間を己を鍛える事のみに注ぎ込むだけだ。

 

「1405ッ! 1406ッ! 1407ッ! 1408ッ! 1409ッ! 1410ッ!」

 

 学園から割り当てられた部屋で、三段ベッドの上に足をひっかけてぶら下がり、上体を何度も起こして強靭な筋肉を作り出す。

 騎士の資本は肉体だ。剣を振るうにも非力な小僧と筋肉質な男ではスピードもパワーも違う。

 筋肉は裏切らない。

 ちなみに現在この部屋にいるのはベルネル一人だけだ。

 ここは共同部屋なのだが、他の生徒は友人と遊んだり友情を深める事に時間を使っている。

 

「1411ッ! 1412ッ! 1413ッ! 1414ッ! 1415ッ! 1416ッ!」

 

 時間は有限だ。その有限な時間の中で自分は基礎体力作りを始め、剣術訓練に魔法訓練、その他諸々をこなさなくてはならない。

 強く、強くならなければあの人の隣には立てない。

 エテルナには『少しくらい他の事にも目を向けようよ……』と呆れられたが、これが自分の目指した道なのだ。

 トレーニングに没頭しているとコンコン、と控えめにドアを叩く音が聞こえた。

 誰だろう? エテルナだろうか。

 いや、彼女はもっと遠慮なくドアを叩く。

 ベルネルは仕方なく自主練を中断し、タオルで汗を拭いて上着を着た。

 そしてドアを開け……固まった。

 

「あの……お久しぶりです。私の事を覚えていますか?」

 

 ファァァァァァァァァァ!!?

 ベルネルは内心で叫んだ。

 そこには、再会の時を夢見続けていた聖女がいた。

 なんてこった、と思う。

 ベルネルは現在、学生ズボンとタンクトップというラフな姿だ。

 まさかドアの向こうに聖女がいるなんて思わなかったが故にこんな格好で出てしまったが、いると分かっていればもっとちゃんとした恰好で出迎えた。

 

「エ、エルリーゼ様……も、勿論です! 忘れた事など一日もありません!」

 

 しどろもどろになりながら、何とか声を発する。

 緊張しすぎて上ずった声になっていないだろうか。いや、なってるわこれ。

 自主練のしすぎで汗臭くないだろうか。いや、汗臭いわこれ絶対。

 駄目だ死んだ。

 ベルネルの心は再会の喜びと、こんな姿で出会ってしまった混乱で支配されていた。

 

「ど、どど、どうしてエルリーゼ様がこんな所に……!?」

「今日は視察で訪れたのですけど……話を聞くうちに、あの日に会った少年がここにいる事を知りまして。

今はどうしているか気になってしまったのです。ご迷惑でしたか?」

「と、とんでもない!」

 

 迷惑などではない。むしろ大歓迎だ。

 しかし問題なのは自主練真っ最中に来てしまったことである。

 もし来ると分かっていればもっとしっかりした恰好で出迎えたのに。

 あ、これさっきも同じ事考えたな。

 そう思い、ベルネルは自分が混乱し切っている事を自覚した。

 

「それはよかった。

ところで、あれから『力』の方はどうですか? 暴走などはしていないといいのですが」

「は、はい。エルリーゼ様のおかげであれからはずっと落ち着いています。

最近では少しではありますが、制御も出来るようになってきて……。

……本当に、全て貴女のおかげです。貴女がいたから、今の俺がいる」

 

 ベルネルはそう言い、少女を見下ろした。

 以前に出会った時は同じくらいの身長だったが、彼女は当時と変わらずに、そして自分は大きくなった。

 それでも愛おしさは変わらない。いや、むしろ前より強くなっている。

 改めて思う。ああ、俺はこの人の為にここに来たんだ、と。

 

「……そうですか。

今の貴方を見る事が出来ただけでも、今日ここに来た意味はありましたね」

 

 エルリーゼは静かに微笑み、そして少しばかり心配そうにベルネルを見上げた。

 

「ところで聞いたところによると、普段からトレーニングばかりして友達を全然作っていないようですが、もっと周りと交友関係を深めてもいいと思いますよ。

人は、一人の強さではどうしても限界がありますから」

「一人の強さの限界……」

 

 ベルネルはハッとし、そして己の手を見た。

 確かにその通りだ、と思う。

 自分一人しか見ていない男が、どうして他を守れる。

 そもそも自分がここに来たのも、この聖女を一人で戦わせない為……彼女と共に戦う(・・・・)為ではないか。

 だというのに、このままでは協調性のない男が一人出来るだけだ。そんな自分では彼女と共に(・・)戦う事など出来るわけがない。

 

「確かにその通りだ。俺は道を真っすぐ進んでいるつもりで、またしても誤った道に入りかけていた」

 

 ベルネルは己の過ちを素直に認め、そして拳を握りしめた。

 また、道を正して貰えた。

 以前も自分が暗闇に進みかけている時、彼女は光差す道を教えてくれた。

 そしてまた、今度も……正しい道を示してくれた。

 ベルネルは静かに感動を噛みしめて、思う。

 やはり彼女こそが自分の『光』だ。どんなに闇が声をかけてきても、進むべき道を教えてくれる。

 独り善がりの強さでは何も守れない。

 自分の為だけに鍛えた筋肉では誰も救えない。

 それでは、ただの哀しい魅せ筋だ。

 

「……あ。そのペンダント、まだ付けていてくれたんですね」

「ええ。これは俺にとって大切な、約束の証ですから」

 

 ベルネルは愛おしそうにペンダントを握りしめ、そして屈んでエルリーゼに視線を合わせた。

 不意に訪れた予期せぬ再会。

 だがおかげで、ハッキリと理解出来た。

 自分にとって大切なもの。自分が守りたいものを。

 しかしそれを口にする事は出来ない。今はまだ……。

 それを言う資格は今の弱い自分にはなくて、自分は彼女に相応しくない事が分かっているから。

 だから代わりに、誓いだけを口にした。

 

「エルリーゼ様。俺は……あの日貴方に救われた心と命を、一番大切なものを守る為に使います。

俺は今よりもっと強くなる。強くなって……俺の聖女を、守ってみせます」

「……はい。その意気です。貴方ならばきっと、夢を叶えられます。

……あ。そろそろ他の方が部屋に戻ってきますね。私はこれで……」

「はい。いつかまた会いましょう……エルリーゼ様」

 

 笑顔で言い、そしてエルリーゼは立ち去って行った。

 その背を見ながらベルネルは思う。

 俺の聖女は見付かった。いや、元々探す必要すらなかった。

 何故ならあの日に既に出会っていたのだから。

 

 ――俺は必ず、貴女を守れる男になってみせる。

 そう、改めて決意を固める事で男は更に強くなった。




RTA走者「このまま自主練連発! フラグ、不要! イベント、無視!
多分これが一番早いと思います。
……ん? 何か誰かドアをノックしてる? 何やこれ?
こんなイベント知らんわ。タイムロスやめちくりー」

ゲーム画面
エルリーゼ:あの……お久しぶりです。私の事を覚えていますか?

RTA走者「ファッ!?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 ルート開拓

 あ、これ夢だな。

 最初に目を開いて、そう思った。

 俺は気付けば、寝転がる前世(と言っていいんだろうか?)の俺を見下ろすようにして浮遊していた。

 視界は霞がかっていて、水の中にいるように動きにくい。

 俺がクソ偽聖女になってしまって気付けば十二年。そろそろどっちが本当の俺か分からなくなってきた。

 もしかしたら最初からこっちが夢で、俺は最初からエルリーゼだったんじゃないかとすら思えてしまう。

 ともかく、あの夢の続きが見られるならば俺が見るのは一つだ。

 ネット上で『エルリーゼ』の評価がどうなっているのかを知りたい。前回は途中までしか見る事が出来なかったからな。

 つーわけでまた前世の俺を動かす事にしようか。

 

 まずはパソコンを開き、『永遠の散花』と入力。

 しかし何故か薄い本を載せているサイトがいくつも表示された。

 あ、やっべ。変換候補で『永遠の散花 同人誌 触手』で検索してたわ。

 こんな変換候補が出る時点で俺が普段から何を見ているのかバレバレだな。性的嗜好バレるゥ!

 ちなみに一押しはエテルナの触手責め系だ。

 何て言うか……実は……清楚な女の子のさ……。

 『触手フェチ』って……分かる?

 穢しちゃいけない神聖な感じの子を触手がグッチョングッチョンと人間では絶対出来ない責め方をするだろ?

 あれに興奮する!

 つーわけで早速検索。向こうの俺にはないが、夢の中の俺ならばマイ・サンが存在するので久しぶりに男の儀式をするのもいいかなって。

 で、お気に入りのサイトを早速開いたんだが……。

 

『エルリーゼ様VS触手』

 

 !?

 

『エルリーゼ触手で危機一髪』

 

 !?

 

『触手に転生した俺がエルリーゼ様に奉仕される本』

 

 !?

 

 サイトを開いて目に入ったのは、何か触手に囲まれてあられもない姿になっている金髪の美少女が描かれた表紙だった。

 ……。

 ………………。

 ……………………………。

 ――よし、俺は何も見なかった。

 見てはならないものを見てしまった俺の性欲は一瞬で萎え、ページをそっ閉じした。

 俺は何も見ていないし何も知らない。いいね?

 

 少し寄り道があったが、今度こそ『エルリーゼ』の評判を調べるべく検索をしようとする。

 だがふと、トップページに飾られた一つのニュースが目に留まった。

 そこには『発売から四年越しの隠しルート発見!』と出ており、サムネイルに出ているのはどう見てもエルリーゼであった。

 ただし、俺が知る本編の方ではなく、十四歳で成長を止めてしまった俺INの方のエルリーゼだ。

 なんぞこれ、と思ってクリックする。

 すると表示されたのは『永遠の散花』のRTA実況プレイ動画であった。

 【生放送】永遠の散花RTA実況プレイその2【コメントあり】というタイトルで投稿されているそれは、物凄い再生数を誇っている。

 生放送と書かれているが、この動画は十時間前に投稿されたものらしいので実際には生放送を録画してた誰かが再度UPしたものだろう。

 いるんだよな。こういう無断で再うpするアホ。

 ま、とりあえず見てみようか。

 

 動画の内容はよくあるRTAだ。

 このゲームを最速クリアする方法はとにかく誰とも会話せずにひたすら自主練をして時間を無駄に潰し続ける事である。

 こうする事で強制イベントと強制戦闘シーン以外の全てを訓練で潰す事が出来るのだ。

 ベルネルも可哀想にデフォルトネームからわざわざ『ほも』と名前を変えられ、ずっと筋トレを続けていた。

 動画を流れるコメントは『筋肉モリモリマッチョマンの変態だ』とか『ヒロインの好感度下がりすぎwww』とか『草』とか、そんなのが大半だ。

 だがゲーム内時間で17日の夜を迎えた時に、流れがとんでもない方向に変わった。

 ドアが何者かに叩かれ、ベルネル……じゃなくてほも君がそれを出迎えるというイベントが発生したのだ。

 

『は? 何これ……ガバ? え? どこで? 何かミスった?

おかしいですねえー。ヒロインの好感度を上げてないから誰も来ないはずなんですけど。

うーん、これは再走ですねえ』

 

 動画主の困惑したような声が流れ、コメントでは『ガバ?』、『何これ』、『知らないイベントだ』と同じく困惑したようなコメントが流れていた。

 そして、ドアを開け――その先に非攻略ヒロインであるエルリーゼが立っていたことで、全員が驚きを見せた。

 コメントは一斉に『!?』というものが流れ、動画主の叫び声が響く。

 

『アイエエエエエエエエエ!?

は? え? ちょ、おま、え? マジ? エルリーゼ? 何で!?』

 

 混乱する視聴者と動画主の前でエルリーゼとほも君の会話は進み、会話内容からエルリーゼは自主練ばかりで友達を作らないほも君を心配してきたのだという事が分かった。

 そして最後にほも君の持つペンダントの話になり、台詞に選択肢が表示されてほも君は『約束の証ですから』と答えた。

 すると鈴が鳴るような音と共に画面右下にデフォルメされたエルリーゼの顔が表示され、そこに『+1』と出た。

 これは好感度が上昇した事を記すサインで、好感度が設定されているのは……攻略可能キャラのみだ。

 

『ウェエエエエエエエエイ!?

エルリーゼ様の好感度上がったァァァ!? え? これ上がるの!?

エルリーゼルートとかあんのこのゲーム! 俺初めて見たんだけどォ!?』

 

 実況主はこれがRTA動画である事も忘れたように狂乱しているが、それはコメント欄も同じであった。

 動画内を凄まじい量のコメントが流れていき、『ウッソだろお前www』、『これ改造じゃね?』、『え? これマ?』、『L様の好感度上がるの初めて見たぞオイ』、『好感度設定されてたんだ……』、『わかるかこんな条件wwww』とコメント弾幕が飛び交っている。

 俺は動画を停止させ、エルリーゼについて紹介されているページへ飛んだ。

 すると、その内容は以前と少し異なったものとなっている。

 

 

【エルリーゼ】

 『永遠の散花』の登場人物。非攻略キャラクター。

 ……と発売から四年もの間思われていたが、とあるRTA実況動画によって攻略可能キャラである事が明らかになった。

 

 聖女と呼ばれる、魔女と対を為す存在。

 幼い頃は我儘だったが、ある日を境に聖女の自覚に目覚めて人が変わったように『誰かの為』に活動するようになる。

 聖女の名に恥じぬ圧倒的な魔力と剣術の腕を持ち、その戦闘力は作中最強。

 闇の象徴である魔女と対を為す光の象徴として、時にプレイヤーの前に現れて手助けをしてくれる。

 物語開始時に十四歳のベルネルの前に現れて彼の闇の力を制御出来るように助力し、ペンダントを預けて彼の人生に大きな転機を与えた。

 しかし、この時にベルネルの力を吸い取った事で寿命を縮めてしまっている。

 また、この時の出来事が原因で年を取れなくなり、外見年齢は本編時点でも十四歳のまま。

 魔物に襲われている場所があればどんな小さな村でも見捨てず自ら出撃し、傷付いた者がいれば分け隔てなく癒す。

 まさに聖女を絵に描いたような非の打ちどころのない少女だが、実は本物の聖女ではない。

 赤子の頃に手違いでエテルナと取り違えられてしまっただけの一般人であり、当然彼女に魔女を倒す力など備わっていなかった。

 しかし彼女のあまりにも完成された聖女としての振舞いから、彼女を偽物と思う者は魔女を含めて誰もいなかった。

 だがエルリーゼ本人はその事を知っていたらしく、いつの日か本物の聖女であるエテルナに聖女の座を返す日の為に邁進していた事を明かしている。

 

【本編での活躍】

・エルリーゼルート

 四年越しのまさかの発見。

 彼女のルートに入る方法は、『CG回収を100%にした状態で』、『周回プレイをせずに一周目をプレイして』ゲーム開始時に自動で入手出来るアクセサリの『思い出のペンダント』をゲーム開始からここまで一度も外す事なく、学園に入ってから十七日目の夜まで全ての自由行動を自主練で消費する事である。

 (正確には全ヒロインの好感度を上げない事)

 そうすると十七日目の夜に低確率で、友達を作らない主人公の事を心配したエルリーゼが主人公の部屋を訪れ、彼女の好感度を上げる事が可能になる。

 (このイベントを踏まないと何をしても攻略可能キャラにならず、好感度そのものが一切表示されない)

 有志の検証の結果、エルリーゼが部屋を訪れる確率は0.3%前後というデータが出ている。

 筋トレばかりしていると心なしか確率が上がるという情報もあるが、こちらは未検証。

 なので十七日目の夜まで自主トレをして過ごし、夜の自主トレをする前にデータをセーブして、後はロードを繰り返そう。

 エルリーゼルートにおける彼女の活躍は、このルートが発見されてまだ時間が経っていない為不明。

 追記・修正求む。

 

 

 ……どういうこっちゃ。

 ベルネル(動画ではほもだったけど)の部屋を訪れるっていうのは、確かに俺がやった事だ。

 好感度……まあ、俺がやったペンダントをまだ持ってたんかコイツ、いいとこあるじゃないか、といい気分になったのは確かだが……俺が攻略キャラ? ははっ、ねえわ。

 そもそもだ。何故か皆忘れているようにしか見えないがエルリーゼは本来このゲームにおけるヘイトキャラで、更にこのエルリーゼは中身が俺のガワだけ聖女なんだよ。

 というかガワも偽物だから本物要素皆無だよ。

 そんなの攻略して嬉しいかお前等? あ? お前等ホモなのか?

 あ、そういや動画のベルネルは名前が『ほも』だったな……。

 お前ホモかよォ!?

 

 しかし中身が俺な以上、ベルネルとアッー! な事になる可能性はゼロだ。間違いない。

 それだとゲームとしてどうなんだと思うが……まあ諦めてくれ。

 ていうか俺が嫌だよ、野郎とラブ♂ラブ♂なんて。誰得だよその地獄絵図。

 TSモノとか好きだけどさ、ただどうしても違和感を抱くものがある。

 それは、TSしての内面ホモォ……だ。

 TSしてようが何だろうが、野郎とラブ♂ラブ♂になったら、そいつはもう元々そういう素質があったって事だろ。

 だってそいつの視点を想像してみろ。主観だと自分の姿なんて見えないし、つまるところ見えている光景は変わらないんだ。

 男に聞くがお前等、今自分の身体が女になったとして……野郎と接吻したいと思うか?

 男の顔がドアップで迫ってきて、唇を突き出して来るのを想像してみろ。吐きそうになるだろう? ヴォエッ!

 そんなわけだから、この俺が精神的動揺によるアッー! は決してないッ! と思っていただこうッ!

 

 

 …………。

 めっちゃ嫌な夢を見た。

 ベッドから起き上がり、軽く伸びをする。

 何と言うか……やっぱこっちが現実なんだなと実感してしまう。

 向こうよりもこちらの方が圧倒的に現実感が上だ。

 向こうは何かフワフワしてて現実感がいまいちない。

 しかし俺が攻略可能キャラとか笑わせよるわ。

 ねーよ、そんなの。あるわけない。

 チェリーが好物な人の魂を賭けてもいい。

 

 さて、気を取り直して昨日の事を振り返ろうか。

 とりあえず、ぼっちルートに入りかけていたベルネルはあれで軌道修正出来たと思っていいだろう。

 命と心を一番大事なものの為に使うとかクッサイ台詞吐いてたし、あれはエテルナの事と思って間違いない。

 というかエテルナ以外のヒロインと接してないんだから、それ以外に選択肢が存在しない。

 俺の聖女を守ってみせるとか言ってたし、一応エテルナの事はちゃんと意識してたってわけだ。

 いやームッツリだねえ。青春だねえ。

 俺って事は……ないはずだ……ない。うん、ないだろう。

 俺だったら、あんな言い回ししないもんな。

 『俺の聖女を守る』じゃなくて、普通に『お前守ったるわ』になるはずだ。

 ただ問題としては、結局当初の目的を何一つ果たせてないって事だ。

 ファラさんがいつ行動するか全然分からないままだし、イベントの進行具合もほぼ初期段階そのまま。これじゃどのイベントがいつ起きるかがまるで予測出来ない。

 いや、あんなん予想してるわけないって。ぼっちルートなんて中身がRTA走者でもない限り基本やらないネタプレイよ?

 あーもうめちゃくちゃだよ。

 

 やっぱりネックは俺が学園にいない事なんだよな。

 主な舞台が学園なのに、俺は学園にいない。だからイベント発生のタイミングも分からない。

 しかし俺の望むエテルナルートの誰も見ぬハッピーエンドに向かわせるには、イベントの発生タイミングを掴み、こちらで誘導してやる必要がある。

 他にもファラさんを始め、死なせるには惜しい美人美少女があの学園には沢山いるが、何人かは放置すると死ぬしなあ……このゲーム。

 ちょっとこのギャルゲー殺伐としすぎだろ。

 

 どーすっかねえ……。

 …………。

 あ、いや、そうか。何も難しく考えるこたあねえわ。

 生徒じゃなきゃ近くでイベントの発生タイミングを見極める事が出来ないってんなら、なっちゃえばいいじゃん。俺が生徒に。

 以前言ったように、『聖女を守る騎士を育成する学園』に聖女(偽)本人が入るなんて本末転倒だが、それを言ったら既に現時点でも本物の聖女(エテルナ)が入学するという本末転倒が起こっているのだ。

 そうなったらもう、本末転倒がもう一つ増えたって問題あるめえ。

 それに今の俺は権力者だ。反対意見なんぞ強権と舌先三寸で丸め込めばいい。

 本編だってそうじゃないか。

 エルリーゼ(真)は聖女の肩書をいい事に学園に我が物顔で介入してきて、様々な問題を起こすのだ。

 学園で起こる事件の半分以上はエルリーゼ(真)が原因みたいなものだ。

 入学の理由はどうするかな。

 まあ年齢的にも学校生活に憧れたとか、魔法騎士学園ならば生徒全員が護衛のようなものだから一番安全な学園だとか、適当言っときゃいいだろ。

 よし、そうと決まれば早速……。

 あ? 誰かドアをノックしてるな。誰だよ、折角盛り上がってるのに。

 

「どうぞ」

「失礼します。エルリーゼ様、お時間よろしいでしょうか」

 

 入ってきたのは、俺の護衛を務める美人さんであった。

 黒髪をポニーテールにした長身の女性で、年齢は二十歳。

 去年に魔法学園を主席で卒業し、俺の近衛騎士になったエリートだ。

 ビシッと着こなした階級章付きの軍服が決まっている。

 名前をレイラ・スコットといい、実は彼女も本編では攻略可能ヒロインの一人だ。

 ちなみに貴族の出身で、俺やベルネルと違って家名持ちである。

 ベルネル、エテルナ、そして俺は生まれが貴族ではないので家名はないのだが、彼女のように家名を持つキャラクターもこのゲームには何人かいるのだ。

 立場的には本編でもエルリーゼ(真)の護衛なのだが、あまりに傍若無人で横暴なエルリーゼに以前から反感を抱き続けていて、自分の魔法と剣はこんな事の為に磨いたのではないと不満を抱えていた。

 そしてあるイベントを切っ掛けに近衛騎士を辞職してベルネル側に寝返り、ついでにエルリーゼの表に出ていない悪事の証拠を数多く持って来て、エルリーゼ(真)ざまあイベントの功労者となる。

 つまりはいずれ俺を裏切り、偽聖女として追放する役目を持つ娘なわけだ。

 俺はエルリーゼ(真)とやっている事は大分違うしそこまでヘイトは稼いでないが、それでも聖女でもない奴が聖女を騙ってるって点においちゃどのみちギルティだ。

 積み上げた功績どうこうじゃなくて、偽物って事が判明した時点でその場で斬り殺されても文句は言えないのだ。

 この世界での聖女の名前はそれほどまでに重い。

 とはいえ、いずれエテルナに聖女の座を返すのは俺の目的と一致する。

 裏切られても何の問題もない。

 構わん……やれ。

 でも今はまだやらないでね。

 

「お耳に入れるような事ではないと思いますが……学園教師の一人であるファラ・ドレミーが生徒数人を人質に取り、現在学園地下に籠城しております」

 

 ん? そんなイベントあったっけ?

 おかしいな……一応全ルート網羅したはずなんだが、そんなイベント知らないぞ。

 ファラさん何血迷ってるの。

 あんたが起こすのは暗殺未遂事件であって誘拐事件じゃないでしょ。

 

「人質にされている生徒は?」

「一学年のベルネル、エテルナ。それから同じく一学年のフィオラ、ジョン。

二学年のタダーノとカズアー、ワーセの合計七名が人質にされています」

 

 ふむ。ベルネルとエテルナ以外は知らん名前だな。どうでもええわ。

 聞いた事もないし攻略キャラでも何でもないな。

 しかしベルネルとエテルナはやばいな。聖女暗殺に王手かかってるじゃねえか。

 むしろ何でまだ生かしてるのかが不思議だ。

 

「しかしすぐに鎮圧される事でしょう。ご安心を」

「要求は何ですか」

 

 いやいや、レイラさん。ご安心を、じゃなくてまず相手の要求。

 人質なんて取ってるって事は何か要求あるって事でしょ? それ一番大事な所なんだから省くなよ。

 そんなんだからアンタ、ファンからの愛称がスットコなんだぞ。

 このポンコツエリートさんめ。

 

「いえ……それは、お耳に入れる程の事では」

 

 いいからはよ。

 そういう判断は聞いてからこっちでするから。現場で勝手に判断して情報捨てんな。

 

「…………。

ファラ・ドレミーの要求は……護衛をつけずに、エルリーゼ様一人で……地下まで来る事……です」

 

 あ、なーる。そう言う事。

 こりゃあラッキィーじゃねえの。イベントが向こうから来てくれたわ。ヒャッハー!

 よっしゃ、んじゃ早速イクゾー!

 

 え? いや、止めんなって。何で止めんのよアンタ。




https://img.syosetu.org/img/user/244176/62098.jpg
ろぼと様より頂いた支援絵です。
すげえ……すげえ……。

・周回プレイ
クリア時に選択する事でクリア時点での全キャラのレベル、ステータス、アイテムなどを引き継いだ状態で最初からゲームが始まる。
ただしこれを選ぶとエルリーゼルートには入らないらしい。
ひでえゲームだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 人質事件

 ノックしてもしもぉ~し。呼ばれて飛び出て俺参上。

 皆大嫌い、ヘイト集中系クソアイドルのエルリーゼちゃんでーっす。

 ファラ先生からパーティーの招待券を頂いたので学園地下までやってきました。

 ちなみにここまで来るのに結構時間をくってしまったが、その理由は俺を止めようとする護衛達を撒くのに手間取ったからだ。

 特にスットコちゃん。血相変えて後生ですからとか言いながら本気で俺の事止めようとしててウケる。

 いや本人が真面目なのは分かってるんだけどゲームでの姿を知ってるとどうしても、そのギャップでつい。

 ゲームでの彼女は表面上だけはエルリーゼに従順で、その実こういう時は『どうせなら死ねばいいのに(どうぞお気を付けて)』と素直に送り出すような、そんなキャラだった。

 そんな塩な彼女が心配してくれてるって事は俺の聖女ロールに上手く騙されてくれているって事だろう。

 その分、後の反動が怖いけど。

 人間ってのは最初から徹頭徹尾相手を嫌っている時よりも、むしろ好んでいた相手への好意が裏返った時っていうのが一番憎悪とかが滾るのだと俺は思っている。

 可愛さ余って憎さ百倍ってやつ。

 それだけに、今は忠誠を示してくれているレイラが俺の正体を知った後にどれだけ豹変するかがちょっと予想出来ない。

 ただ、烈火のごとく怒り出すだろうなって事だけは予想出来るので……うん。レイラに関しては『いつか俺を追放する子』くらいに覚悟しておいた方が精神的な負担は軽い。

 

 そんなわけで護衛に邪魔されたわけだが、こちとら努力せずにゲーム中最強クラスのボスに君臨した偽聖女よ。それが訓練を積んだのが今の俺なわけで、振り切るのなんかイージーモードですわ。

 そもそも俺、空飛べるしね。

 風の魔法と光の魔法でチョチョイと適当にやったら飛べたんだが、何でそれで飛べるかは実は俺もよくわからない。

 そしてこの世界には飛行魔法なんてないから、誰も俺を追えないって寸法よ。

 『そらをとぶ』最強説あるかな、これ。あ、飛んでる間にバフ積むのマジやめて。雷もやめて。

 とりあえず俺は空を飛んで、学園に直行。そのまま地下室へ乗り込んでやった。

 オラ、来たぞおっぱい! その乳揉ませろやコラァ!

 あ、それとついでに人質も解放してクレメンス。

 

「駄目だエルリーゼ様! 罠だ!」

 

 何かベルネル君が騒いでいる。

 はぁーつっかえ……お前、主人公さあ……。

 何捕まっとるんよお前ぇ……。

 ファラさんが殺す気だったら、これもうバッドエンド迎えてるじゃないか。

 筋トレばっかしてるからそうなるんだよ。激しく反省しろ。

 しかし全身を縄でグルグルされてる姿はちょっと面白い。おっといけない、つい笑いが……。

 

「本当に来るとはねえ……聖女様っていうのは聞きしに勝るお人好し……いや、馬鹿のようだね」

 

 はい、馬鹿でーす。

 それは否定しないけどお人好しってのは間違いな。

 自分で言うのもあれだけど、俺ほど自分本位で自分の事しか考えてない奴ってそういないよ。

 そいつら助けに来たのだって、要するに俺が(・・)ハッピーエンドを見てスッキリしたいからであって、俺が(・・)モヤモヤした気持ちのままなのが嫌なだけだ。

 そこ、勘違いしちゃいかんよチミィ。

 ぶっちゃけ俺はただ、俺が満足できるシナリオを見たいが為にこの世界を滅茶苦茶にしてるわけで……極論、ベルネル達の意思すらどーでもいいのよ。

 

「は……余裕だね。けど、これを見てもそんな余裕でいられるかい!?」

 

 ファラさんが腕を振り上げると、それに合わせておっぱいがブルンと揺れた。

 おおう……大迫力。まさにダイナマイトおっぱい。

 Fカップは伊達じゃねえな。やべ、涎出そう。

 

「どうだい? この魔物の数!

この地下室は一部の生徒の為に設けられた、特設闘技場だ!

大型の魔物との戦いの為に用意された! そして今ここには三十体の魔物がいる!

オマケに逃げ場なし! いかに聖女といえど、この状況を覆す手なんかないよ!」

 

 ん? ……ああ、何か出してたの?

 おっぱいしか見てなかったわ。

 仕方ないので周りを見ると、まあ確かに視界一杯に雑魚がワラワラと群がっていた。

 えーと数は……まあどうでもいいか。ただの雑魚の寄せ集めやね。

 

「かかれ!」

 

 あ、ちょっと待って。

 まだそれを蹴散らす恰好いい技名思い付いてない。

 えーとえーと……まあいいか。適当に言っておけ。

 はい光魔法ドーン!

 

A picture is worth a thousand words.(一枚の絵は千の言葉に値する)

 

 必殺! 何か適当に海外のことわざを言っておけば何か厨二感溢れる必殺技っぽくなる奴!

 俺を中心に光が拡散し、ワラワラと寄ってきた魔物を残らずゴミに変えた。

 ンギモヂィィイイ!!

 これですよ、これ。やっぱ異世界転生っていったら俺TUEEEE! 無双!

 雑魚を鎧袖一触で蹴散らすこの快感、たまりませんなぁ。

 俺、弱い者苛め大ィィィ好き! 俺って偉いねェ~。

 

「そ、そんな……そんな馬鹿な! ここにいた魔物は全て……近衛騎士でも苦戦する怪物達だぞ!

それを一撃で……馬鹿な、あり得ない! いくら聖女でもこんな事!」

「す、すごい……」

「これが……聖女……」

 

 上から順番にファラさん、ベルネル、エテルナちゃんの台詞だ。

 うんうん、そういう台詞はもっと言っていいよ。実に気分がいい。

 世の中のオリ主さん達の気持ちがよく分かる。これは麻薬だ。

 どこかの漫画の悪役も言っていた。

 勝利の瞬間の快感だけが! 仲間の羨望の眼差しだけが心を満たしてくれる!

 俺は戦うのが好きなんじゃねえ! 勝つのが好きなんだよォ!

 ……でもエテルナちゃん、聖女はお前さんだよ。俺はただの偽物ね。

 さあーて、勝負ありかなファラさん? それじゃそろそろ皆様お待ちかねのお仕置きターイムと洒落込みたいのですが、よろしいかな?

 なあーに、殺しゃしねえよ。ちょっとそのおっぱいを揉ませてもらうだけさ。ぐへへへへ。

 

「……ひっ!」

 

 俺の邪な視線に気づいたのか、ファラさんが怯えたように後ずさった。

 そう怖がるなって……大丈夫、大丈夫だ。ふへへへ。

 ちょっと俺が満足するまで揉むだけだから。

 

「な、なるほど……保険を用意して正解だったねえ……」

 

 しかしファラさんは往生際悪く、指を鳴らす。

 すると部屋の隅に隠れていた小型の魔物がエテルナとベルネルの後ろに着地し、両腕を刃物に変えて二人の首に刃を突き付けた。

 あ、まだいたの? 小粒すぎて気付かんかったわ。

 

「見ての通りだ、お優しい聖女様。抵抗すれば二人の命はないよ。

引き換えといこうじゃないか……あんたが大人しく刺されてくれりゃあ、人質は全員無傷で解放すると約束するよ」

 

 ファラさんはそう言いながらナイフを出し、おっぱいを揺らした。

 あー、なるほどなるほど? 殺さずに人質を確保してたのはこの為かあ。

 しかし実際ちょっと困ったかな。その二人をやられてしまうと物語的に詰みだ。

 いやまあ、ベルネルの暗黒パゥアー(笑)を取り込んだ今なら、多分俺でも頑張れば魔女に勝てるだろうし、魔物も殲滅出来るだろうから世界は救えるだろうけど……偽聖女が世界を救いましたが主人公とヒロインは死にました……じゃあハッピーエンドとはとても言えないし本末転倒っていうか。

 それやっちゃうと俺そもそも何の為にここにいるの? ってなるわけで。

 いやしかしこれ……もしかしてこいつ、マジに俺が本物の聖女と勘違いしてる?

 おいおい、ゲームじゃしっかりエテルナが本物の聖女と見抜いていたのに、あのぐう有能なファラさんはどこに行ったんだよ。

 まあファラさんの魅力はおっぱいだから、多少無能になっても可愛いもんだけどな。

 

「さあどうする!?」

「駄目だ、エルリーゼ様! 俺達なんかに構うな!」

「そうよ! 貴女は死んではならない人よ!」

「おやめください……どうか! どうか!」

「逃げて!」

 

 何かファラさんの声に混じって、人質ズが喚いている。

 上から順にファラさん、ベルネル、エテルナ、モブAモブBの台詞だが、この場で一番死んだらまずいのはエテルナちゃん、お前さんだからね?

 むしろ俺は死んでもいい奴だからね?

 ま、交換条件にもならんわな。こんなの答えは一つだ。

 よかろう! やってみろ……このエルリーゼに対してッ!

 

「ふ、ふふふ……こいつは驚いた。本物の馬鹿だね」

 

 ファラさんは勝ちを確信したように、ナイフを握りしめてにじり寄って来る。

 ナイフには魔女の闇パワーも上乗せされているっぽいが正直どうでもいい。

 おっぱいが俺ににじり寄って来る。

 

「駄目だ!」

 

 うっさいな、ベルネル。

 俺は今、おっぱいをガン見する仕事で忙しいんだよ。

 ま、ネタバレしちゃうとだ。あんなちっぽけな俺の一物よりも小さいナイフじゃ俺は殺せないんだな、これが。

 俺のべらぼうな魔力にものを言わせた自動回復魔法を既に俺自身にかけてある。

 これにより、傷を負っても負ったそばから俺は再生する。

 そして以前ベルネルから取り込んだ闇の力(笑)は宿主を無理矢理生かそうとするので、俺はそうそう死ぬことはない。

 俺は偽聖女! 貴様等とは全てが違う!

 俺の身体にナイフ真拳は効かぬ! ふはははははは!

 

 しかしファラさんが素直で助かった。

 おかげですっかり騙されてノコノコと近づいて来てくれる。

 後は俺にナイフが刺さった辺りで一度死んだふりをして、油断してるだろう魔物を先に撃ち抜いてからファラさんをお仕置きすればいい。

 痛みは雷魔法の応用で電気信号をあれこれして痛覚を麻痺させるので感じない。

 完璧だよォ、この作戦はァー!

 

「一つ……必ず皆を解放すると約束出来ますか?」

「ああ、約束は守るよ。私としても無関係の生徒を殺すってのは後によくないものを残すからね」

「ならば構いません。おやりなさい」

 

 よし、口頭だがとりあえず人質の無事も確保出来たな。

 まあファラさんは実際、操られてるだけで本来はいい人で義理堅いのでこの約束は本当だろう。

 だがその甘さが命取りだ間抜けめ。

 ファラ……所詮貴様は真人間だ。短い時の中でしか生きられない真人間の考えをする。

 『後によくないものを残す』だとか、どうでもいい事を考える。

 しかしこのエルリーゼは違う。このエルリーゼにあるのはただ一つ、『勝利して乳を揉む』! それだけよ! それだけが満足感よ!

 過程や……方法なぞ……どうでもよいのだァーッ!!

 

「うおおおおおおお!!」

 

 あれ? 俺が刺される寸前でベルネルが突然自力で縄を引きちぎった。

 闇の力……あ、いや。違うな。あれただの筋肉だ……。

 そのまま魔物の頭を掴んでファラさんにシュゥゥゥーッ! 超! エキサイティン!

 おっとファラさんふっとばされたーっ! ゴォォォォル!

 

 ……あれ?

 ちょっと、ファラさん? おーい、もしもーし?

 

 …………駄目だ、白目剥いてやがる……。

 とりあえずおっぱい揉んどこうか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 一枚の絵

 その日は、何かがおかしかった。

 座学の成績が振るわない者の為の特別授業……そう言われてベルネルは学園地下に呼び出されていた。

 座学の成績が悪いというのは残念ながら事実だ。

 学園に入学してからずっと、肉体ばかりを鍛えていたベルネルの座学の成績はあまりよくなかった。

 彼の他にはエテルナと、それから初対面の生徒が五人ほど集められている。

 意外な事だがエテルナもあまり座学は優秀ではない。

 そもそも少し前までは文字すら読み書きできなかった……そしてする必要もなかった貧しい村の出身者であるから仕方がない。

 この世界の識字率は、どの国もそれほど高くない。

 そうしたものを学ぶのは富裕層や貴族であり、農民はまず文字を読み書きする必要にすら迫られないからだ。

 故にエテルナも、ここに来るまでほとんど文字を見た事すらなかった。

 むしろ短期間でそれなりに文字の読み書きが出来るようになったのだから、エテルナの頭はいい部類であろう。

 だが流石にそれだけで差を補う事は出来ずに、彼女の座学成績は酷いものであった。

 集められた他の生徒達も似たようなものなのだろう。

 全員家名がなく、ベルネルと似たような出身である事が窺える。

 この魔法学園自体、最初から貴族の出身が有利なように出来ている……というより、そもそも貧しい村の出身者が来る事自体を想定していない。

 そうした村の出身者に騎士に憧れる者がいないわけではないが、そうした者は入学試験を抜ける事など出来ないのだ。

 何故ならライバルの大半は幼い頃から勉強し、そして訓練してきた貴族の子供達だ。圧倒的に下地そのものが違う。

 そういう意味では下地もなくこの狭い門を潜り抜けたベルネル達はこの時点で十分優れているのだが、それでもやはり他との差は大きかった。

 だからそれを補うための特別授業というのはむしろ有難い話だし、願ってもない。

 ベルネルとしては、そんな事をしている時間があるなら剣でも魔法でも基礎トレーニングでもいいから、とにかく実技を鍛えたかったがせっかくの申し出なのだからとエテルナに連れて来られてしまった。

 

 だが妙だと思う。

 これから行われるのは座学の特別授業と聞いた。

 だが集められたのはその逆で、一部の成績優秀者が大型の魔物を相手に命がけのトレーニングをする為の地下闘技施設であった。

 何故たった七人の座学の為にこんな場所を用意する?

 これは明らかに変だ。全員がそう思ったが……ここに来た時点で、既に手遅れであった。

 

「ようこそ、特別授業へ。早速だが大人しくしてもらおうか」

 

 彼の授業を担当する事になっていた女性教師……ファラは開幕一番にそう言うと、指を鳴らした。

 それと同時に扉が閉まり、部屋のあちこちから大型の魔物が歩み出て来る。

 

「せ、先生! これは何の真似ですか!?」

 

 集められた生徒のうちの一人が叫ぶ。

 彼の名前はジョン。

 元々は小さな村の出身で一般兵士だったが、ある時に魔物の軍勢に襲われてもう駄目かと思った時に聖女に救われた経験を持つ。

 その時に自分も彼女の側で戦えるようになりたいと猛勉強し、そして二十歳になってからこの学園に入ってきた男だ。

 魔法学園は入学する為の最低年齢は十七だが、上限は決まっていない。

 なので二十を超えて入学する者も珍しくはない。

 

「あんたは確か……ジョンだったっけ。

悪いね。別にあんたはどうでもいいんだけど、流石に一人だけを呼びつけちゃおかしいと思ってこないかもしれないからさ……だから似たような成績の奴も一緒に集めるしかなかったんだ。

まああんたは巻き添えだ。すまないね」

「一体何を……」

「私の目的は最初から一人……ベルネル、あんただけさ。

あんたを人質に出来ればそれでよかったんだよ」

 

 ファラはそう言い、ベルネルを見た。

 人質と彼女は言った。だが何の為の、誰に対する人質なのかがベルネルには分からない。

 何せ彼は貴族でも何でもないのだ。人質にしても身代金など取れるわけがない。

 

「昨日、あんたの部屋を聖女……エルリーゼが訪れた事は知っている。

何で聖女サマがあんたのような生徒を気に掛けるかは知らないが……とにかく、あんたは聖女に目をかけられている」

「まさか……」

「そのまさかだ。あんたは聖女への人質だよ」

 

 何を馬鹿な、と思う。

 確かにエルリーゼは昨日、部屋を訪れてくれた。

 だがそれは彼女が優しいからで、自分だけが特別というわけではない。

 きっと誰に対しても、ああなのだ。

 今はまだ自分などその他大勢の一人に過ぎない。

 ならばそんな男の為になど、聖女が来るわけが……。

 

(……いや! 駄目だ! 来る(・・)

あの人は、誰一人としてどうでもいいなんて考えない! 人質が誰であれ、来てしまう!)

 

 エルリーゼは博愛精神に溢れた聖女である。

 過去には全てを愛しているという言葉を口にしたとも言われ、それを証明するように貧富の隔てなく、手が届く範囲全てを救ってきた。

 そんな彼女の耳に自分の為に誰かが捕まって人質にされたなどと伝わればどうなるか……。

 来てしまう……人質が誰だろうと関係なしに。名も知らぬ他人の為であろうと彼女は来る。

 

(頼む……来ないでくれ……俺なんかの為に、どうか、その身を危険に晒したりしないでくれ……)

 

 

 

 願いは届かない。

 救うべき存在がいて、それが己の手が届く範囲内にいる。

 ならば救いに来る。だから彼女は聖女なのだ。

 

「生徒は無事でしょうね?」

 

 あれから数十分。

 ベルネルの願いむなしく、エルリーゼはたった一人でこの地下へやって来てしまった。

 恐らくは護衛も付けずに来いと言われたのだろう。

 ベルネル達は縄で縛られて部屋の隅に座らされ、これから始まる聖女の処刑を見せられようとしていた。

 無論抵抗はした。座学と聞いていたので武器を持って来ていなかったがそれでも素手で魔物に挑んで果敢に戦った。

 だがここに集められた魔物は聖女抹殺の為に用意された強力な個体ばかりで……訓練生に過ぎないベルネルでは到底勝てるはずもなくあっさりと捕まってしまったのだ。

 

「駄目だエルリーゼ様! 罠だ!」

 

 ベルネルが叫ぶ。

 その声に反応してエルリーゼは彼の方を向き……安心させるように微笑んだ。

 

「本当に来るとはねえ……聖女様っていうのは聞きしに勝るお人好し……いや、馬鹿のようだね」

 

 ファラが嘲笑するが、本当にその通りだと思う。

 馬鹿だ、彼女は。たった七人の為に危険に晒していい身ではないというのに。

 もっと自分を大切にするべきなのに。

 だが本当に馬鹿なのは、こんな所で無様に人質にされている自分自身だ。

 そう思い、ベルネルは悔しさに身を震わせた。

 

「後半は否定しません。しかしお人好しというのは買いかぶりですよ。

私はただ、私がそうしたいからやっているだけ……自分の為に動いているに過ぎません」

「は……余裕だね。けど、これを見てもそんな余裕でいられるかい!?」

 

 ファラが指を鳴らし、それと同時に大型の魔物達が歩み寄ってきた。

 だがそれを前にしてもエルリーゼに動揺はなく……何故かファラの胸を凝視している。

 何だ? そこに何かあるというのか?

 そう思いベルネルは目を細める……すると、ファラの胸の中に何か、黒いモヤのようなものが見えた。

 

(何だアレは……? 俺のと同じ……!?)

 

 黒いモヤの正体は分からない。

 だがきっと、エルリーゼにはあれが何なのか分かっているのだろう。

 しかし今はそれどころではない。

 エルリーゼを包囲している魔物はこの施設内に収まるサイズとはいえ、それも強力なものばかりだ。

 バフォメットにキマイラ、バジリスクにグリフォン。ドラゴンまでいる。

 どれも、この学園を好成績で卒業した魔法騎士が数人がかりでようやく倒せる怪物だ。

 それが一斉に、エルリーゼへ向かって襲い掛かった。

 

A picture is worth a thousand words.(一枚の絵は千の言葉に値する)

 

 エルリーゼが何か、聞きなれない言葉を口にした。

 それと同時に彼女を中心に光が拡散し、そして光が収まった時、そこには魔物は一体として残ってはいなかった。

 何が起こったのか理解するのに数秒を要した。それほどに圧倒的だった。

 消したのだ(・・・・・)

 この地下室という一枚の絵から、余計な雑音(魔物)を排除した。

 

「そ、そんな……そんな馬鹿な! ここにいた魔物は全て……近衛騎士でも苦戦する怪物達だぞ!

それを一撃で……馬鹿な、あり得ない! いくら聖女でもこんな事!」

 

 ファラが恐怖して錯乱し、後ずさった。

 決して魔物達は弱くなかったはずだ。なのにまるで相手にならない。

 穢れた魔物では、聖女に指一本触れる事すら出来ないという現実だけがそこにあった。

 歴代最高の聖女エルリーゼ……その伝説はベルネル達も何度も耳にしてきた。

 曰く、先代の聖女が殺されかけた魔物を触れずに消し去った。

 曰く、千の軍勢を十数秒で全滅させた。

 曰く……魔女すら彼女を恐れ、直接対決を避けて逃げ回っている。

 噂というのはいくらかは誇張されるもので、大げさに伝えられるものだ。

 だが彼女に至ってはそれは違う。むしろ逆……言葉では伝えきれない。

 そこには、千の言葉よりもハッキリと分かる、一枚の絵だけがあった。

 

「す、すごい……」

「これが……聖女……」

 

 ベルネルとエテルナは思わず、陳腐な感想を口にしていた。

 だが本当にそれしか言えないのだ。彼女をどう表現しても、この光景を正しく語る事が出来ない。

 むしろ正しく語ろうとすればするほどに、その表現はありきたりなものになってしまう。

 理解の及ぶ範囲であれば『何がどうして』、『どのように』、『だから凄い』と説明出来る。

 だがこの光景はそんなものを超越していた。『とにかくすごい』以外にどう説明すればいいか分からない。

 

「……ひっ!」

 

 エルリーゼが静かにファラを見る。

 そしてゆっくりとファラとの距離を詰め、ファラはそれに合わせて後ずさった。

 最早誰が見ても分かる。……最初から格が違う。

 後はただ、ファラが裁かれてそれで終わりだ。

 

「な、なるほど……保険を用意して正解だったねえ……」

 

 だがファラはまだ諦めていなかった。

 彼女が指を鳴らすと、部屋の隅から小さな魔物が飛び出してベルネルとエテルナの背後に着地する。

 小さな、小鬼のような雑魚だ。しかしだからこそ、エルリーゼに気付かれなかったのだろう。

 その取るに足らない小物は両腕を刃物へ変化させてベルネルとエテルナの首に刃を突き付けた。

 

「見ての通りだ、お優しい聖女様。抵抗すれば二人の命はないよ。

引き換えといこうじゃないか……あんたが大人しく刺されてくれりゃあ、人質は全員無傷で解放すると約束するよ」

 

 ファラがそう言うと、エルリーゼは歩みを止めた。

 その態度は人質が有効であると証明するのには十分で、ファラの顔に余裕が戻る。

 

「さあどうする!?」

「駄目だ、エルリーゼ様! 俺達なんかに構うな!」

「そうよ! 貴女は死んではならない人よ!」

「おやめください……どうか! どうか!」

「逃げて!」

 

 ファラの言葉に被せるようにベルネル達は叫んだ。

 彼女はこの先、多くの人々を救う人だ。

 魔女を倒して時代の暗雲を晴らすはずの、世界に必要な存在だ。

 それがこんな所で、たったの七人を救う為に身を差し出していいはずがない。

 彼女はここで死んでいい人ではない。 

 七人を犠牲にしてでも、生きなければいけない人だ。

 

「いいでしょう。その刃を私に突き立てなさい。

それで彼等が助かるならば安いものです」

「ふ、ふふふ……こいつは驚いた。本物の馬鹿だね」

 

 だがエルリーゼは自らを差し出す方を選んでしまった。

 まるで抵抗を放棄したように両手を降ろす。

 そんな彼女にファラは勝利を確信したようににじり寄った。

 

「駄目だ!」

 

 こんな事があっていいわけがない、とベルネルの心が叫んだ。

 彼女を守る騎士になりたかった。

 共に戦える強い男になりたかった。

 なのにその自分が人質になって、彼女が死ぬ。

 そんな事があっていいわけがない。

 

「一つ……必ず皆を解放すると約束出来ますか?」

「ああ、約束は守るよ。私としても無関係の生徒を殺すってのは後によくないものを残すからね」

「ならば構いません。おやりなさい」

 

 エルリーゼは一切の抵抗を捨てたように力を抜き、そして瞼を閉じた。

 その彼女へファラが近付き、ナイフを振り上げる。

 

「うおおおおおおお!!」

 

 エルリーゼに危機が迫ったその瞬間、ベルネルは獣のように吠えていた。

 脳のリミッターが外れ、全身に力が漲る。

 筋肉で身体が固くなり、血管が浮き出した。

 そして縄を引き千切り――自らに刃を突き付けていた小鬼を掴む。

 これに小鬼は慌てたように刃を突き出すが、ベルネルの強靭な筋肉を貫くには至らない。

 ベルネルは首で刃を挟んでへし折り、強く床を踏みしめた。

 そして投擲! 小鬼をファラへ投げつけて、彼女の頭へ直撃させる。

 するとファラは突然の事に何も出来ずに白目を剥き、崩れ落ちた。

 

 そのまさかの事態に……流石にこれは予測していなかったのか、エルリーゼは目を丸くしていた。




https://img.syosetu.org/img/user/303194/61875.jpg
saku様より頂いた支援絵です。
これは聖女!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 誤解

 それは例えるならば肉の双山。いや、マシュマロ。

 肌色の柔らかなそれは聳え立つ山でありながら、触れれば揺れてそして形を崩す柔らかさを備えている。

 肌の張り……しっとりと手に吸い付く感触。そして手を飲み込むこのボリューム。

 俺は今、ファラさんの立派なおっぱいを鷲掴みにしていた。

 いやー役得役得。

 

 ファラさんによる誘拐事件は、まさかのベルネルの筋肉パワーによって終わってしまった。

 何この展開? 俺こんなん知らんよ?

 本来のファラさんとの戦闘はエテルナ抜きならベルネルの闇のフォース(笑)で倒し、エテルナがいれば聖女パワーで撃破する流れだ。

 どちらにせよ、主人公とヒロインが自分の持つ力を自覚するイベントになるはずであった。

 しかし意外ッ! それは『筋肉』ッ!

 マッスルパワーで強引に縄を引き千切って魔物を投げて粉砕! 玉砕! 大喝采! とか誰が予測すんだよ。

 永遠の散花はこういうネタみたいなイベントがたまにあるから困る。

 代表的なのはヒロインの一人である貴族のお嬢様のルートで筋力を上げ過ぎた時に発生するイベントで、何度かそのお嬢様のお屋敷に招かれるのだが、この時に容姿のステータスが低いと門前払いをされてしまう。

 自分で誘っておいて門前払いってどういうこっちゃ。

 しかしこの時、筋力値が高いとその見事な肉体に惚れ惚れとした門番のおっさんが特別に通してくれるのだ。

 そして三回以上お屋敷に招かれ、三回とも筋力で門を突破してしまうと……何と、この門番から告白されるという誰も幸せにならないイベントが発生してしまう。

 ちなみにこの告白を受けてしまうと、ムキムキになったベルネルがおっさんと肩を組んで笑い合っている酷い一枚絵が表示されてゲームオーバーになる。

 ゲームクリアじゃなくてゲームオーバー扱いっていうのが酷い。

 ベルネル君って普通にそっちの素質あるよねこれ……。

 それはともかく……まあ、おかげで楽におっぱいを揉めたんだから結果オーライって事にしておこう。

 

 さて、話を戻そう。

 このままおっぱいを堪能したいが、一応それ以外にも揉んでいる理由がある。

 勿論おっぱいを揉む方がメインの目的で、こっちはオマケみたいなもんなんだけど一応やっておかないとな。

 ファラさんの中には魔女から植え付けられた、何かよく分からない闇のモヤモヤのようなものがあって、それに彼女は操られている。

 それがあるからこそ、俺はそのモヤを取り出すという大義名分でこの立派なバストを揉めるのだ。

 黒いモヤぐう有能。

 でもどうせなら分散して股間の方にも取りついておけよお前。このゲームがギャルゲーじゃなくてエロゲだったら絶対そうなってたぞ。

 で、ベルネルのビッグマグナムをファイア! する事でしか治療出来ないとかいう美味しい流れになっていたに違いない。

 くっそ、この黒モヤがもっと頑張ってればそんなシーンも見れただろうに。

 この無能め。

 

 とりあえず「ここですね(キリッ)」とでも言っておいてから、俺の中にあるダークエナジー(笑)を使い、ファラさんの中にあったモヤを無理矢理掴む。

 魔女の力には聖女の力しか通じない。よってこのモヤを取り払うにもエテルナが必須で、だからこそエテルナ不参戦の一周目だとファラさんは絶対に死んでしまうわけだ。

 けど違うんだなあ、これが。聖女の力以外でも実は救えるんだな。

 それこそが同じ魔女の力だ。魔女には聖女の力以外に魔女の力も通用する。

 ちなみにこの二つ以外に対してはマジで無敵。町一つ消す威力の一斉魔法掃射とか受けても傷一つ負わない。

 まあ実はもしかしたら限界はあるかもしれないし、それこそ核ミサイルでもぶち込めば流石に死ぬと思うがこの世界にそんなやべえモノはない。

 なのでこの世界で使える力の中では『聖女パワー』と『魔女パワー』しか効かないという事だ。

 何でこの二つだけが有効なのかっていうと、魔女パワーと聖女パワーは本質的には同じ……おっと、これはネタバレだ。この事実はこんな序盤で出るもんじゃなかった。いっけね。

 まあとにかく魔女パワーを使えばファラさんは救えるってわけだ。

 

 はい、よいしょおー! 一本釣り!

 俺が腕を引き抜くと、ファラさんの中に寄生していたモヤが俺の手の中に握られていた。

 それをそのまま握り潰し、光の粒子へ分解した。

 

「あの……聖女様。今のは?」

 

 おずおずと、捕まっていたうちの一人が俺に話しかけてきた。

 ん? 誰君? ゲームでは見た事ないけど可愛いね。

 とか思ったけど、よく見たら三年くらい前に傷を治してあげた娘だ。

 そうだそうだ、思い出した。あの時の可愛い子だ。

 どうやら無事に美少女として成長しているようで、実に嬉しい。

 綺麗になったねーとか言ったら何か感動してた。

 

「い、一度会っただけの私の事を……覚えていて、下さったのですね」

 

 まあ君みたいな可愛い子の事は忘れんよ。

 で、そうそう。このモヤね。

 これがファラさんを操ってたものの正体なんだよ。ファラさんはただの被害者だからあんま責めないでやってくれ。

 彼女は確かに罪を犯したかもしれない。だが彼女のおっぱいに免じて許して欲しい。

 

「聖女様……お久しぶりです。僕は以前貴方に救われた兵士で、ジョンといいます。

その……ファラ先生は、自分の意思ではなかったという事ですか?」

 

 あん? 誰やお前。

 野郎の事なんぞ一々記憶してるかいボケェ。

 ……と、言ってもいいんだが、ここは人目もあるし何も言わずに頷いて誤魔化しておく。

 うーん俺ってチキン。

 そんなやり取りをしていると、ドカドカと誰かが階段を駆け下りてきた。

 そして地下室の扉を蹴り開けて突入してきたのは、スットコちゃんと愉快な近衛騎士の皆様だ。

 

「聖女様、ご無事ですか!」

 

 おう、無事無事。もう全部終わったよ。

 そう言うとスットコちゃんは俺に駆け寄り、そして涙を浮かべた。

 

「よかった……本当に……ご無事で。

聖女様、どうか……どうか今後はこのような事はなさらないで下さい」

 

 あー、心配してくれたのか。何だ可愛いところあんじゃん。

 でもそれだけに後の事を考えると辛いのう。

 裏切り自体は別にいい。むしろそうするべきだと俺は思っている。

 彼女は幼い頃から聖女に仕えるべく育てられてきたスーパーエリートだ。いわば聖女に仕える為に今まで生きてきたと言っていい。

 ならば彼女が仕えるべきは真の聖女であるエテルナなわけで、現在は全くの偽物に仕えている事になる。

 俺もゲームをやってた頃は『もういい、我慢するな! さっさと見限れ、そんなクソ女!』と声を張り上げていたものである。

 だから最終的には俺なんかの側を離れてエテルナに仕えて欲しいが、その時にボロカス言われるかもしれないと思うと割とメンタルにくる。

 まあ真聖女が発覚するまでは仲良くしましょうか。

 うん、スットコちゃん呼びは可哀そうだしこれからはちゃんと心の中でもレイラと呼ぼう。

 そう考えていると、レイラは床に倒れているファラを発見して憎悪に顔を歪め、剣を抜いた。

 

「おのれ! よくも聖女様を……この学園の面汚しめ! 裁判など待つ必要はない!

今ここで我が剣の錆にしてくれる!」

 

 おいスットコォ!?

 俺は慌てて魔力を腕に纏わせて、ファラさんに振り下ろされた剣を防いだ。

 あっぶね。俺じゃなかったら腕切断コースだぞ。

 

「せ、聖女様何を!? いや、う、腕は! 腕はご無事ですか!?」

 

 問題なし。余裕。

 というかここで傷でも負おうものなら、偽聖女が発覚する。

 魔女が聖女と魔女パワー以外じゃダメージにならないのと同じように、実は聖女もその二つのパワーでしかダメージを受けないのだ。

 ファラさんの場合は魔女パワーが乗っていたので聖女に傷を負わせても何の違和感もないのだが、ただの剣で俺にダメージが入ったら流石にやばい。

 余談だが、ゲームでのエルリーゼ偽聖女発覚イベントも、エルリーゼが傷を負う事が決定打となっている。

 動揺するスットコに、「私は魔女と、聖女の力以外で傷を負う事はありません」と言って安心させておいた。

 嘘だけどな!

 んで、「その人操られてただけの被害者だから許してやって」と言うと、流石に鶴の一声で皆は疑いつつもファラさんを拘束するだけで済ませていた。

 

 後はスットコに引きずられるも同然で強制的に連れ出され、ベルネル達と会話も出来ず城に帰還となった。

 

 

 エテルナには、誰にも言えない秘密がある。

 幼い頃から……何故か彼女は、傷を負わなかった。

 いや、正確に言えば自傷以外の方法では一切傷を負わないのだ。

 最初は気のせいだと思っていた。深く考えなかった。

 だが明らかに異常だと気付いたのは、森の中で野生の熊に襲われた時だ。

 確かに熊の鋭い爪で裂かれた。尖った牙と強靭な顎で噛み付かれた。

 なのに……痛くなかったのだ。服は多少破れたが、身体そのものは全く無傷だった。

 

 ベルネルに付き添う形で学園に入学したのは、何も彼を心配しての事ばかりではない。

 何よりも、自分が一体何なのか知りたかった。

 学園ならばその知識がきっとあると信じた。

 そして彼女は授業の中で知る事になる……『魔女と聖女は、互いの力以外で一切の傷を負わない』。

 これは、自傷以外で傷を負う事のない自分と症状が似ていると感じた。

 では自分は聖女なのだろうか?

 だが聖女は既にいる(・・・・)。それも歴代最高とまで呼ばれる聖女、エルリーゼが。

 授業で聞いた彼女の活躍はどれも信じられないものばかりで、一人で千の魔物を薙ぎ払っただの、村を通過しただけでその村の怪我人と病人が全員完治しただの、歩いただけで荒野が花畑になっただの……とにかく逸話に事欠かなかった。

 聖女は同じ時代に二人現れる事はない。ならばどちらかが聖女ではないという事になる。

 だが歴代最高とまで称されるエルリーゼが偽物などという事が有り得るのか? 否、それはあり得ない。

 更にエテルナを不安にさせたのは、今代の魔女はどこにいるかも分かっていなくて、名前も顔も知られていない事であった。

 世間ではエルリーゼを恐れて逃げ回っているというが……本当にそうなのだろうか?

 もしも……もしもだ。魔女が、自分が魔女であると自覚していなかったら?

 

 魔女と聖女の特性を備えた人間が二人いるならば、どちらかが聖女でどちらかが魔女という事になる。

 エルリーゼが魔女はない。絶対にない。

 魔女が魔物の軍勢を毎日薙ぎ払うか? 人々を毎日救うか? そこに何のメリットがある?

 ……ない。何もない。ただ自分を不利にするだけだ。

 

 エテルナは不安で押し潰されそうだった。

 まさかと思う。そんなはずはないと信じたい。

 だがどうしても思う……私が魔女なのではないか(・・・・・・・・・・・)……と。

 

 その不安は、エルリーゼ本人を見る事でますます強まった。

 巨大な魔物の群れを一瞬で消し去る力。誰もが見惚れる美貌。

 まさに『聖女』という文字をそのまま人の形にしたような存在だった。

 自分との違いをまざまざと見せつけられた。

 それでもほんの僅かだが……彼女が偽物である可能性もあった。

 ただ魔力が凄まじいだけの、ただの人間である可能性はあった。

 そんな事はあり得ないと思いながらも、エテルナは自分が魔女だと思いたくない一心で、その可能性を心のどこかで願っていた。

 

 だがやはりそれも違った。

 エルリーゼはエテルナには気付けなかった、ファラの中に巣食う魔女の力を感知し、それを抜き出していた。

 それどころか、アレに操られていたという事すら見抜いていた。

 最初に彼女がファラの胸に触れ、愛撫するように胸に手を這わせた時はそういう趣味があるのかと思ったが、全くの的外れだった。

 エルリーゼはそんな事など微塵も考えていない。

 ただ、ファラを救う方法を全力で探していただけで、愚かさを露呈させたのはエテルナの方であった。

 

「貴女は……以前にも、フォール村でお会いしましたね。

あの時とは見違えるように綺麗になっていたから、一瞬分かりませんでした」

「い、一度会っただけの私の事を……覚えていて、下さったのですね」

「忘れるはずがありません」

「な、何と光栄な……」

「それでこのモヤは何なのかという話でしたね。

これがファラさんを操っていたもの……魔女の力です。

彼女は、ただ利用されただけの被害者に過ぎません」

「ひ、被害者……しかし先生のやった事は……この国、いえ、世界全てに対する反逆も同然です。

聖女様を殺そうとするなど、許される事ではない」

「確かに彼女は罪を犯しました。しかしどうか許してあげて下さい。

許す心が大切なのだと、私は思います」

 

 話しながらエルリーゼは無造作に黒いモヤを握り潰し、聖女の力をまざまざと見せ付ける。

 魔女の力をどうにか出来るのは聖女か、魔女本人のみ。

 一般人には決して出来ない。

 この時点で、エルリーゼが一般人である可能性はエテルナの中で限りなく低くなっていた。

 そこに追い打ちをかけたのは、駆け付けた近衛騎士がファラに剣を振り下ろした時だ。

 エルリーゼはこれに臆する事なく、あろう事か素手で防ぎ……そして、傷一つ負わなかった。

 

「せ、聖女様何を!? いや、う、腕は! 腕はご無事ですか!?」

「心配不要です。私は魔女と、聖女の力以外で傷を負う事はありませんから……ご存知でしょう?」

 

 エテルナは、自分に落胆した。

 エルリーゼが偽物ではなかった事に落胆する自分に落胆した。

 ああ……彼女は本物だ。エルリーゼは一切疑う余地なく、本物の聖女だ。

 魔女の力を見抜き、消し去り、操られていた者を救い……そして、剣で掠り傷の一つも負わない。

 強く、美しく……優しく。

 自分が下らない事を考え、浅ましい願望を抱いている間に彼女は自然体で、当たり前のように人を救った。

 たったの七人を救う為に己の命すら躊躇なく差し出した。

 

 これが……本物(・・)。自分とは全てが違う。

 見た目も、力も……中身さえも。

 

 その後エルリーゼは近衛騎士に連れられて半ば引きずられるように帰還したが、もうエテルナにはそれを見る余裕もなかった。

 分かってしまったのだ。自分が何者なのかが。どういう存在なのかが。

 聖女と魔女しか持たない特性を持つ女が二人いるならば、片方が聖女で片方は魔女だ。

 エルリーゼが偽物である可能性はゼロで、そして彼女が魔女である可能性はゼロを通り越してマイナスだ。

 本物の聖女は既にいた。では同じ特性を持つ自分は? ここにいるエテルナという女は何なのだ?

 

 今代の魔女は誰も見た事がない。顔も名前も知られていない。

 そしてここに、魔女と同じ特性を持つ自分がいる。

 

(……ああ…………そっかあ……)

 

 エテルナは、フラフラと自室へ向かう。

 世界の何もかもが暗く見えて、自分がどうしようもなく惨めな何かに思えた。

 いや、実際にそうなのだろう。

 だって、自分は…………。

 

 

(私…………魔女……だったんだ…………)




エルリーゼのせいでエテルナちゃん、盛大に勘違い。
勿論エテルナは魔女ではありません(断言)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 入学、魔法学園

 ファラさんの生徒誘拐イベントから一夜が明けた。

 あれからファラさんは何か仰々しい裁判所みたいな場所に連れて行かれたが、俺が『この人無罪です』と言っておいたので多分死罪になる事はない。

 俺が何も言わなかったら、操られてようが何だろうが無関係に問答無用で死罪だったと思う。

 法律どうなってるのと思わないでもないけど、この世界で聖女を殺そうとするっていうのはそれくらいにやばい事らしい。まあ俺偽物だけど。

 これ、偽物ってバレたら俺死刑台に送られそうだな。

 それと、城に戻ってからは近衛騎士の皆さんや教師の方々に盛大にお説教をくらった。

 まあ気持ちは分かる。この人等の立場からすれば護衛対象が俺みたいにあっちこっちフラフラして死なれでもしたら責任問題になるだろうし、職も失って無能の誹りも受けるだろう。

 そりゃふざけんなって話になるのも仕方ない。

 でもまあ、一応そうなった時の為に俺の私室のテーブルの鍵付きの引き出しには俺が実は偽物でしたっていう盛大なカミングアウトと、後に残された人達には一切落ち度はないよっていう遺書を残してある。

 備えあれば憂いなしってな。

 海外の似たようなことわざだと、『Hope for the best,but prepare for the worst .(最善を願いながら、最悪に備えよ)』という。

 あ、これ格好いいな。次技名にしよう。

 

 とりあえず何とか序盤の山場は超える事が出来た。

 ここからはしばらくは平和なもので、ヒロインごとに個別イベントがあったり、痴話喧嘩があったり、すれ違いイベントがあったりするけど、この辺は別にスルーしてもいい。

 ベルネルが何を血迷ったのか『ボディビル♂エンド』に向かおうとしてた時は流石に本気で慌てたが、今になってみれば案外これも悪くない。

 全サブヒロインを無視しているという事は、逆に言えばヒロイン候補がエテルナしかいないという事だ。

 で、『ボディビル♂エンド』に行かないように釘は刺したので、つまり必然的に消去法でエテルナルートが決まったも同然という事になる。

 勿論俺はあり得ない。俺はホモじゃない、いいね?

 だから万一……億が一、向こうがアプローチしてきても普通に振って終わりだ。

 一緒に歩こうとか言われても必殺の『友達(イマジナリーフレンド)に噂とかされると恥ずかしいし』で断る、

 いやー、当初はどうなるか思ったけど俺の神調整で気付けば万事オールオッケー。やっぱ俺って天才じゃね?

 

 ……ただまあ、うん。何せ一回は『ボディビル♂エンド』に行こうとしたような奴だからな。

 何の間違いでルートを外れるか分かったもんじゃない。

 それに前も言ったが、ヒロインに選ばれないと死んでしまうサブヒロインもいるので、やはり俺がすぐ側でフラグ管理をしてハッピーエンドに導いてやる事こそが最善だと思う。

 つまりは俺自身が入学する事。これが一番楽な方法だ。

 というわけで早速手続きをするようにレイラちゃんにお願いしてみた。

 それ近衛騎士の仕事なの? とか思われるかもしれないが、ああ見えて彼女は文武両道で何でもこなせるスーパーウーマンだ。

 手続きなんて彼女にかかればちょちょいのちょいで終わる。

 そんなぐう有能なレイラをスットコと呼ぶのは可愛そうなのでやめてさしあげろ。

 

「駄目です」

 

 おいスットコォ!

 何故、と問う事すらなく問答無用の切り捨てとは恐れ入った。

 しかしこの展開を俺も予想しなかったわけじゃない。

 先述の通り、彼女にとっては護衛対象がウロウロして何かの間違いで死んだら非常に困るわけだ。

 たとえその護衛対象の事が大嫌いで内心で『死ねばいいのに』とか思っていても、死なれてしまっては彼女のエリートな経歴に傷が付いてしまう。

 ちなみに心の声はレイラルートに入る事で聞く事が出来る。

 他のルートだと裏切りイベントが起こる寸前まではエルリーゼの忠実な部下の顔を崩さないのだが、レイラルートだと彼女視点での日々の苦労を見る事が出来る。

 その際にレイラは表向きはエルリーゼに忠実に従いつつ内心では愉快な罵倒三昧を繰り返しているのだ。

 つまり彼女は他のルートだと堅物女騎士キャラで、レイラルートで面白い素顔を見せてくれると言う一粒で二度おいしいヒロインだ。

 そんな彼女だからこそプレイヤー人気も高く、ファンからはスットコの愛称で愛されているのだ。

 

 そんな実は愉快なポンコツであるスットコを丸め込む為に俺は得意の舌先三寸を発動した。

 いいかいスットコちゃん。俺も別に何の意味もなく学園に潜入しようとしているわけじゃあない。

 これには深ぁ~い理由があるんだよ。

 君はおかしいと思わなかったのかな? 候補とは言え騎士が集うあの学園で、優秀な教師であるファラさんは一体どこで魔女に操られてしまったのか? 少しも不思議とは思わなかったかな?

 そもそも俺が調べた所によるとだよ、君ぃ。ファラさんは教師寮で寝泊まりしていてほとんど帰宅すらしないワーカーホリックだというじゃないか。

 そんな彼女がだ。一体ぜんたい、どこ(・・)で魔女に操られてしまったというのかなあ? ん~?

 

「ま……まさか……」

 

 お、『ゾッ』としたね?

 『ゾッ』としたという事は『恐怖』しているという事だ。

 そう、君は今ある可能性に行きつき、こう思っている。『いやまさかな』、『そんな』。

 そんな賢い君に答えを教えてあげよう。

 君の考え通りだ……魔女はあの学園にいる可能性が極めて高い。

 他にもおかしい点はある。

 俺にとっちゃただの雑魚だったが、あれだけの魔物を一体どこから学園の中に連れ込んだのかな?

 確かにあの学園は大型モンスターと戦う設備はある。その為に何体か大型の魔物も捕まっている。

 だがあの数はおかしい。あんな数の魔物が運び込まれて誰も気付かない程、あの学園は無能揃いなのかなぁ?

 だが魔女が最初から学園内にいるとすれば、それはおかしくない事だ。

 魔物とは魔女によって急成長させられ、自然のあるべき形から捻じ曲げられてしまった野生動物だ。

 つまり魔女が学園内にいたならば、小さなトカゲや犬やネズミや鳥をコッソリ運び込み、それを学園内で魔物にするだけであっという間に、あの魔物の群れが用意出来てしまう。

 だからこそ、俺があそこに行く必要があるのだよ。

 ――的な事を言ってあげたら、スットコちゃんは顔面を蒼白にした。

 

 ま、ネタバレしちゃうとだ。魔女は実際あの学園の地下にいる。

 ファラさんが俺を誘い出した場所よりも更に下だ。そこに教師もほとんど知らない地下ダンジョンのようなものが隠れている。

 まあ学園を舞台にしたゲームのお約束だわな。

 何故そんな場所にいるかをメタ的に身も蓋もなく語ってしまえば、そもそもこのゲームは学園以外のマップなどほとんど用意していないからである。

 勿論デートなどで外出イベントもあるし、学園外に出る事もある。だがそういう時は大抵背景で町やら夜空が映し出されるだけで、プレイヤーが移動可能な範囲は学園内に絞られている。

 更にこのゲームは魔女を討伐する為に情報や伏線を拾っていき、魔女に辿り着くわけだが……必然、プレイヤーが手に入れる事が出来る情報は学園内のものに限られる。

 仮に魔女が学園と関係のない隣の国の小さな村の小屋の地下なんかにいたら、絶対プレイヤーはそこに辿り着けないだろう。

 そういう事情もあり、魔女は絶対に学園内に配置しなくてはならないわけだ。

 

 さて、スットコちゃん。

 これでもまだ俺が学園に行くのを拒否するかな?

 

 

 レイラ・スコットは名門貴族スコット侯爵家の長女である。

 女であるが故に家を継ぐ事は出来なかったが、代わりに彼女には使命が与えられた。

 スコット家は代々、聖女を守護してきた誉れ高き騎士の一族である。

 レイラもそれを何より誇りにしていたし、いつの日か自分も偉大なる先人達と同じように聖女に仕えるのだと思っていた。

 その為に剣の腕を磨き続けた。

 

 ずっと、出会う日を夢想し続けていた。

 聖女とはどのような方なのだろう。やはりお美しいのだろうか。それとも可憐なのだろうか。

 きっと物語のお姫様のように美しいに違いあるまい。

 そう思った。

 ……余談だが、彼女は実際に自分の国のお姫様と顔を合わせた事もあるが、そちらは可愛くなかったので記憶から消えている。

 おいスットコォ!

 

 そしてレイラが十九歳の時。

 彼女はアルフレア魔法騎士育成機関を親兄弟の期待通りに首席で卒業し、見事聖女の近衛騎士の座を勝ち取ってみせた。

 今代の聖女エルリーゼの評判は何度も耳にしている。

 民衆の為に自ら魔物の軍勢と戦い、小さな村にも足を運び、全てを愛しているように手を差し伸べる。

 曰く、『聖女そのもの』。

 その評判は……全く正しいものだった。いや、実物を前にして、評判すら霞んだ。

 

「貴方が新しく近衛騎士になった方ですね?」

 

 父に案内されて通された聖女の部屋にいたのは……確かに、聖女だった。

 それ以外に表現する言葉が見付からなかった。

 純粋さ……透明さ……神聖さ……そうしたものが同居し、人の形を作っている。

 どんな物語よりも確かに伝わる現実として、聖女がそこにいた。

 一目で見惚れた。

 この方に仕えるのだと思うと、興奮と感動で胸が高鳴った。

 

 彼女に仕えるようになってからは、ただ奇跡を見続ける毎日だった。

 どんな魔物の軍勢も物ともせずに蹴散らし、どんな怪我人も病人も癒してみせる。

 彼女がそこにいるだけで、まるで世界の明度が上がったように皆が明るくなり、笑顔で溢れた。

 太陽はそこにあるだけで世界を照らす。

 それと同じように、彼女こそが光だった。エルリーゼがいるだけで世界は光に溢れていた。

 そんな彼女だからこそ……そう。この展開も薄々予想出来ていたのだ。

 

「レイラ。私はあの学園に生徒として潜入しようと思います」

「駄目です」

 

 分かっていた。そう言い出すだろう事は分かり切っていた。

 学園内に魔女の手が伸び、生徒に危険が迫った。

 その事実を知った彼女が動かないわけがない。

 昨日だって罠と知っていただろうに、誘拐犯――ファラの要求通りにたった一人で赴いてしまったような、そんな少女なのだから。

 

「レイラ。私とて何も理由なく潜入しようと思ったわけではありません。

ファラさんは魔女に操られてしまいました。しかし考えてください……どこで(・・・)彼女は操られてしまったのですか?

貴女も卒業生ならば知っているでしょうが、ファラさんはほとんど教師寮で寝泊まりし、家にも帰らないほどに仕事熱心な方です」

「ま……まさか……」

 

 まさか――もう気付いているのか?

 そう思い、レイラは顔を青褪めさせた。

 ああ、止めてください。どうかその先を言わないで。

 それを言われてしまえば、止める事が出来なくなるから。

 危険だと分かっている学園に貴女が向かう事を了承する以外になくなるから。

 

「レイラ、貴女は賢い。もう答えにとうに行き着いているでしょう。

魔女は、あの学園のどこかに潜んでいる可能性が極めて高いのです」

 

 ……やはりその答えに行き着いてしまうか。

 レイラはそう思い、苦悶が顔に出ないように努めた。

 分かっていた。学園からほとんど出ないファラが魔女に接触して操られてしまったというならば、魔女がいる場所は必然、学園の何処かという事になってしまう。

 そして……この聡明な聖女がそれに気付くだろう事も、分かっていた。

 

「あの数の魔物……あれも、外から運び込んだと考えるのは不自然です。

学園の方々はそれに気付かぬほど愚かではないでしょう。

かといって、授業や訓練で使うには多すぎるし、危険すぎる。

しかし魔女が学園内にいるならば……何ら難しい事ではありません。

小さなトカゲやネズミや鳥……そうしたものを運び込んでも誰にも気付かれませんし、気付かれても違和感を抱く者はいません。

そして、それらの小動物を魔女の力で魔物にしてしまえば、容易く学園内にあの魔物の群れを作り出せる」

 

 そう、その通りだ。

 これらの事実がある以上、魔女は学園内に潜んでいる可能性が高いと考えるしかなくなる。

 この可能性が提示された以上、もうレイラはエルリーゼが学園に行く事を『否』と言えない。

 聖女が聖女の使命を果たそうとしているだけだ。それを止める事は誰にも出来ないし、やってはいけない。

 

「だからこそ、私が行かねばならないのです。

分かってください……レイラ」

「……貴女が、そう言うならば」

 

 だがレイラは怖かった。

 心底怖くて仕方がなかった。

 この愛おしい主を失う事を心から恐怖した。

 

 何故なら歴代の聖女は……。

 誰一人例外なく、魔女を倒した後に……その命を散らしているのだから。

 

「ならばせめて……私も共に連れて行ってください」

 

 今は、絞り出すようにそう言う事しか出来なかった。

 

 

 そして翌日、アルフレア魔法騎士育成機関――通称魔法学園は震撼する。

 誰もが予測しなかった、まさかの聖女入学……これを機に、学園を中心として世界を左右する物語が始まろうとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 現実世界の観察者達

感想欄でよく名前が出ていた「幸福な結末を求めて」を読み終わりました。
これはいい……私の好みにストライクバッターアウト。
あ^~
一時死亡事件 ←ここすき
惚れ薬事件 ←ここすき
セーラー服イベント ←ここすき

続き見たいマーーーーーーン!!!


 三度目ともなればいい加減慣れるものだ。

 俺は再び、男だった頃の俺に戻って狭いアパートの中で寝転んでいた。

 視点は相変わらず別人視点だが、まあいい。今回も憑依してやるだけだ。

 気のせいか前よりも身体は動かしにくいが、まあどうでもいいな。

 さて、この夢はどうせ長続きしないだろうしちゃっちゃと目的のものを見ましょうかね。

 スリープモードになっていたパソコンを起動させて、まずは動画を検索してみる。

 すると出るわ出るわ、『エルリーゼルート』の実況プレイに通常プレイ。

 その中でも一番再生数が多いものを適当にクリックして開いた。

 動画は丁度、あの学園での誘拐事件のイベントにさしかかっていたようで、ファラさんが繰り出す魔物との戦闘シーンに入っている。

 敵は画面を埋め尽くす魔物で、対しプレイヤー側が操作するのはエルリーゼ一人。

 しかし適当に行動を決めているだけで次々と魔物が蹴散らされていく。

 ちなみに戦闘BGMも汎用のものではなく、聞いた事のないものだった。

 これまさか専用BGMか? 随分豪華だなおい。

 

『クッソ強えwww』

『一撃でHP消し飛んだwwww』

『ちょっと待てやコラw こいつエテルナルートの最後の方に出て来るボスモンスターじゃねえかwww』

『俺がこいつ倒すのにどれだけ苦労したと思ってんだwwww』

『俺のトラウマが…………』

『エルリーゼ様強すぎだろwww』

『無双w』

『ドラゴンが溶けたwww』

『ダメージの桁おかしいwww』

『信じられるか……こいつ聖女じゃないんだぜ……』

『おいこれラスボスの取り巻きだった奴だろwww何で雑魚扱いされてんだよwww』

『敵の攻撃で全然ダメージ受けてねえwww』

『聖女は聖女自身の力か魔女の力じゃないとダメージ受けないから……』

『魔物は魔女の力を貰ったしもべだから軽減されるとはいえ、聖女にもダメージ通せるはずなんだよなあ……』

『こいつの攻撃、レベル99のベルネルでもHP3割くらい減るのにw』

『確かにこいつは聖女じゃないな……こんな化け物みたいな聖女がいてたまるか!w』

『もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな』

 

 まさに無双という戦いに、コメント欄は草まみれと化していた。

 へえー、ゲームで数値化するとこんなに強いんだ、俺。

 さっすが才能モンスターのエルリーゼの身体で毎日魔法練習ばかりやってただけはあるな。

 コメントの反応を見る限り、他のルートだとエルリーゼが戦闘に加わる事はないんだろうか?

 多分イベントとかで敵を倒すだけで、実際に戦闘参加する事はないタイプなんだろうな。

 その後は俺の知る通りにイベントが進み、エルリーゼが剣を腕で止めたシーンになった。

 

『あー、俺も初見プレイ時は傷を負わないから完全に騙されたわ』

『聖女だから傷を負わないと思ってたら、まさかのステータスゴリ押しだもんな』

『確かにこれはダメージ受けないわ』

『スットコさん、気付いてw その子聖女の特性じゃなくて単純にステータスが高すぎて攻撃効かないだけだぞw』

 

 何と言うか……こうして自分の行動を客観的に見るっていうのは新鮮だな。

 そしてイベントが終わり、エルリーゼが去っていく。

 その後は普通に学園生活を送るシーンが続いたが、やがてゲーム内で翌日の朝になって再びコメント欄がうるさくなった。

 その原因は……うへえ……。

 学園の制服を着て、ベルネルの教室の教壇にエルリーゼが立つ一枚絵が表示されたからだ。

 

『エル様転入ktkr!』

『うおおおおおおおおお!』

『初めて見た……』

『制服も美しゅうございます!』

『制服エル様とかあったのかw』

『四年も誰も発見しなかったルートなのに一枚絵に気合入りすぎてて草』

『イベントCG100%とは何だったのか』

『100%(ただし100%とは言ってない)』

『L様ルート入ったらCG部屋のCG解放率が今まで100%/100%だったのが100%/150%になってた』

『↑製作陣性格悪すぎん……?』

 

 ここで動画は終了だ。

 次のパートはまだUPされていない。

 しかし……やはりというか、完全に俺の向こうでの行動がこっちではゲームとして反映されてるんだな。

 まあこれは夢だから、本当に日本でそうなってるのかは分からないが……これはただの夢でもないだろう。

 流石に三回続けて連動している夢っていうのは考えにくい。

 とにかく次は恒例のキャラ解説ページだ。どんな感じになってるかな。

 

 

【エルリーゼ】

 『永遠の散花』の登場人物。非攻略キャラクター。

 ……と発売から四年もの間思われていたが、とあるRTA実況動画によって攻略可能キャラである事が明らかになった。

 

 聖女と呼ばれる、魔女と対を為す存在。

 幼い頃は我儘だったが、ある日を境に聖女の自覚に目覚めて人が変わったように『誰かの為』に活動するようになる。

 聖女の名に恥じぬ圧倒的な魔力と剣術の腕を持ち、その戦闘力は作中最強。

 闇の象徴である魔女と対を為す光の象徴として、時にプレイヤーの前に現れて手助けをしてくれる。

 物語開始時に十四歳の主人公の前に現れて彼の闇の力を制御出来るように助力し、ペンダントを預けて彼の人生に大きな転機を与えた。

 その後、主人公が十七歳になった時に再会を果たすが、その姿は主人公の記憶の中の十四歳の姿のままであった。

 聖女は魔女と同様に殺傷されるまで死ぬ事はなく、若い姿のまま老化を止めてしまう。

 彼女の場合は他の聖女よりもその時期が早かったのだろうと言われている。

 

 聖女である彼女は魔女と聖女の力以外で傷を負う事はなく、素手で剣を受け止めても掠り傷一つ負う事はない。

 また、魔女の力に働きかけて浄化する事も出来る。

 魔物に襲われている場所があればどんな小さな村でも見捨てず自ら出撃し、傷付いた者がいれば分け隔てなく癒す。

 まさに聖女を絵に書いたような非の打ちどころのない少女だが、実は…………。

 

 

 実は……何?

 何かおかしいぞ。前と違ってこの先が空白になっている。

 それに文章そのものも前と微妙に違う。

 試しにマウスでスクロールしてみると、隠されていた文字が露わになった。

 

 

【エルリーゼの正体】

 エルリーゼは本物の聖女ではない。

 赤子の頃に手違いでエテルナと取り違えられてしまっただけの一般人であり、当然彼女に魔女を倒す力など備わっていなかった。

 年を取らない理由は主人公が制御出来るようにと吸い取った魔女の力によるもので、これによって彼女は外見が変わらなくなっている。

 だが実際にはこれが原因で寿命が縮まってしまっていた。

 魔女の力を浄化出来た理由は、この時に得た魔女の力を使っていただけであり、剣を素手で止めたのは単純に膨大な魔力でガードしていただけである。

 しかし彼女のあまりにも完成された聖女としての振舞いから、彼女を偽物と思う者は魔女を含めて誰もいなかった。

 だがエルリーゼ本人はその事を知っていたらしく、いつの日か本物の聖女であるエテルナに聖女の座を返す日の為に邁進していた事を明かしている。

 

【本編での活躍】

・エルリーゼルート

 四年越しのまさかの発見。

 彼女のルートに入る方法は、『CG回収を100%にした状態で』、『周回プレイをせずに一周目をプレイして』ゲーム開始時に自動で入手出来るアクセサリの『思い出のペンダント』をゲーム開始からここまで一度も外す事なく、学園に入ってから十七日目の夜まで全ての自由行動を自主練で消費する事である。

 (正確には全ヒロインの好感度を上げない事)

 そうすると十七日目の夜に低確率で、友達を作らない主人公の事を心配したエルリーゼが主人公の部屋を訪れ、彼女の好感度を上げる事が可能になる。

 (このイベントを踏まないと何をしても攻略可能キャラにならず、好感度そのものが一切表示されない)

 有志の検証の結果、エルリーゼが部屋を訪れる確率は0.3%前後というデータが出ている。

 筋トレばかりしていると心なしか確率が上がるという情報もあるが、こちらは未検証。

 なので十七日目の夜まで自主トレをして過ごし、夜の自主トレをする前にデータをセーブして、後はロードを繰り返そう。

 その後は十八日の夜に、ファラによって主人公とエテルナ、フィオラ、ジョン(それとモブが数人)が誘拐されるイベントが発生する。

 そしてファラによって護衛を付けずに来るように要求され、その通りに本当に一人で来てしまう。

 ここで、彼女を仕留める為にファラが差し向けた魔物達と戦闘に入るのだが、この戦闘は何とエルリーゼを操作してのイベントバトル。

 この戦闘で初めてプレイヤーに数値として明かされる彼女の凄まじい戦闘力は必見。

 他のルートでもイベントで圧倒的な強さは見せていたが、このステータスならば納得である。

 本来ならば二周目でようやく倒せるようになるレベルのモンスター三十体と連戦になるが、その全てを一方的に蹴散らしてくれる。

 何をどう間違えてもまず負ける事はない。

 そしてこのイベントをクリアすると、その二日後にまさかの転入生として学園に転入してくる。

 

 追記・修正求む。

 

 

 ここまでで終わりか。

 以前までと比べて大分変わっているな。

 前までは偽聖女って事は別に隠されていなかったのに、今ではネタバレに配慮した仕様になっている。

 それだけプレイヤーの間での重要度が増したっていう事だろうか。

 試しに画像検索をしてみると、以前より圧倒的にエルリーゼのイラストが増えている。

 俺の知るエルリーゼではあり得ない事だ。

 勿論改変前でもエルリーゼ(ピザ)のイラストは描かれていたが、そんなに多くなかったし……何より、イラストの半分はボコボコにされているようなものだった。

 その際のコメントは『クソリーゼざまあwww』とか『いいぞもっとやれ』とか、そんなのばかりだ。

 間違えてもこんな、可愛らしく描かれるようなキャラクターではない。

 

 二次創作も結構多いな。

 元々『永遠の散花』の二次創作は多かったが……見た事のないエルリーゼヒロイン系の二次創作がやけに増えている。

 とりあえず、二次創作サイトの更新順で一番上に来ている奴でもちょっと見てみようか。

 タイトルは……ほーん? 造花の守護者?

 どんな感じなんやろ。

 

 

―――――――――――――――――

 造花の守護者 作:神龍闇王

 << 前の話 目 次 ×

 

 ―1―全ての始まり

 

 俺の名前は神龍闇王。

 平凡な高校生だ。ただ自分ではよく分からないが女達は俺を見るとキャーキャー騒ぐ俺はどうやらすごくイケメンらしい。

 スポーツ万濃で成績もいつも一番でいじめられっ子を助けて苛めっ子をボコボコにするくらいの事しかしていないがそれでも俺は皆の人気者である。

 俺は気が付いたら・・・見知らぬ平原に立っていた・・・間違いないここは永遠の散火の世界だ。

 ならば俺は――この世界のふざけた運命をぶっこわしてエルリーゼを守る為に戦おう。

 だから俺は死に物狂いでしゅぎょうした。そして世界の誰よりも強くなった。

 強くなった俺はさっそく聖女の城へと向かった。

 すると「誰だお前は!?」邪魔な騎士が行く手を阻んだので俺はそいつらを蹴散らして先に進んだ。

 「うわー」兵士達は俺が手を降っただけで飛んで行った。やれやれ、手加減してやったのにこの程度か。

 次に国の王様がやってきたが俺は知っているこいつの悪行と世界の真実を。こいつはここで死ぬべきだ。

 「黙れ」と言って俺は国王の首をはねた。

 そして俺はエルリーゼの部屋に入った。「誰ですか?」エルリーゼは言った。

 「俺は君を守りに来た物だ」そう言って俺はエルリーゼの頭を撫でた。

 「私を守りに・・・・・・?/////(この胸のときめきは何? 恋?)」何故かエルリーゼは顔を赤くした。どうしたのだろう???

 これが俺と彼女の出会い――永遠のちる花の世界に来てしまった俺は一体何を思い・・・何を為すのか・・・。

―――――――――――――――――

 

 

 俺は無言でそっ閉じした。

 え……何? こいつの中での俺は見知らぬやべー不法侵入者に頭を撫でられただけで警戒心も抱かずにそいつに惚れるような奴なの?

 ないわー。マジないわー。

 しかも作者名と主人公名が同じってお前……。

 というか何で一人称形式なのにエルリーゼの心の声出てるの? 読心能力でもあるの?

 何かもう、他のSSを見る気が失せてしまった。

 永遠の散花についてのスレに行くと、エルリーゼについてあれこれ語られ、盛り上がっていた。

 『エルリーゼ様マジ聖女』とか『本物より本物してる』とか、『転校してきた所まで進めた』とか……うーん。

 誤解させるように演技してるのは俺なんだが、流石にこういうの見ると何か複雑な気分になる。

 けどまあ、どうしようもないか。

 スレに出て行って真実を教えても頭おかしい奴としか思われないだろうし……そのままガワだけ偽聖女に騙されていてくれ。

 でもオカズにするのは勘弁な。鳥肌立つから。

 

 しかしこいつ等本当にこれでいいのかね?

 その偽聖女、中身クソ()だぞ。

 そんな奴のルートなんか入っても何もいい事はないって。

 絶対最後で期待を裏切られる。期待をボコボコにされて蹴り飛ばされてゴミ箱に詰められる。

 俺が言うんだから間違いない。

 やめとけやめとけ。

 

 ……と、またしても視界が白く歪んできた。

 さっきまで立っていたのに気付けばまた浮遊して自分を見下ろしてるし、夢とはいえ視界の切り替えに脈絡なさすぎだろ。

 はあー……仕方ねえな。そんじゃまあ、そろそろ起きるとしますか。




ちなみに作中SSの誤字は誤字報告しなくてもいいです。
そこは誤字であって誤字ではない(矛盾)ので。

https://img.syosetu.org/img/user/244176/62018.jpg
ろぼと様より頂いた支援絵です。
コメント付き動画風!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 これからの予定

 おっはよーーーございまーーーす!

 今日もルンルン、皆大嫌い、聳え立つクソの山系偽聖女、エルリーゼちゃんでーっす!

 嫌がる皆に愛情バッキュン☆あなたのハートを撃ち抜いちゃうゾ☆

 

 ヴォエッ!!!

 

 ……やっべ。ノリでやってみたはいいけど、自分でやっててあまりのキモさにリバースしかけたわ……。慣れない事はするもんじゃねえな。

 というか寝起きテンションとはいえ、もうやらない方がいいなこれ。

 万一誰かに見られてたら自殺もんですわ。

 とはいえ、俺の部屋には勿論誰もいない。

 寝る時はいつも部屋にバリア張ってから寝てるので、護衛だろうが俺の就寝中には部屋に入れない。

 勿論完璧に防音もしている。

 何故かって? 決まってるだろ。いくらネカマロールで取り繕おうが中身が俺だぞ。

 そしていくら俺でも寝ている時までは流石に演技なんぞ出来ない。つまり俺自身、自分が寝ている時にどんなだらしない姿をしているかが全く分からないのだ。

 最悪、寝言で『おら、しゃぶれよ』とか『おっぱいおっぱい!』とか言っている可能性もある。

 なので万一そうなっていても誰にも目撃されないようにバリアを最優先で、憑依して数日のうちに完全習得してやった。

 

 まずは鏡確認。魔法で常に髪質肌質その他諸々は最高の状態をキープしているが、五割増しでよく見えるように魔法でナチュラルメイクもどきを施していく。

 具体的には髪が光を反射して通常では少しありえないような輝き方をしたりとか、いわゆる天使の輪を作ったりとか、顔や肌も通常時より心なしか輝いて見えるとか、そんな感じの。

 中身が俺な分、ガワで騙し続けなきゃならんわけだが、そのガワを取り繕うのも楽じゃないのよ。

 聖女ロール続けて十二年目だけど正直面倒くさいし、いつボロが出るか分かったもんじゃないから、さっさとエテルナに聖女の座を返して物語から退場したいってのが本音だ。

 で、欲を言えば誰もいない山奥か森の中なんかで小さいログハウス建てて、そこで自然に囲まれながらダラダラと余生を過ごしたい。

 

 だがそれは先の話。まずは俺の望むハッピーエンドを見る為にも今後の緻密にして完璧な予定を立てよう。

 まず、メインのルート以外だと死ぬヒロイン。これは学園に三人いる。

 そのうちの一人は魔女なので、こいつはどうでもいい。くたばれ。

 問題はそれ以外の二人だ。

 

 まず一人はリナ・トーマスという名のサブヒロイン。貴族の出で、子爵家だった気がする。

 緑のショートヘアをした大人しい子で、眼鏡がチャームポイントだ。

 勿論眼鏡を外すと美少女というお約束はしっかり踏まえている。

 で、この子は病弱で、メインのルート以外だといつの間にかフェードアウトしている。

 メインルートに入る事で病弱である事が明かされ、そして彼女の病気を治す為にベルネルと愉快な仲間達が薬の材料を集めてマンドラゴラやらドラゴンの羽の皮やらグリフォンの毛やらを探す事になるが、どれもクッソ強いので一周目のこの時点だとまず倒せない。

 まあこのイベントは素材を集めるだけで、別に勝たなくていいので一応一周目でも達成できるが。やるには覚悟が必要だ。

 この子をどう生存させるかだが……俺がいりゃ何とかなんじゃね?

 自慢じゃないけど俺の回復魔法ってそこらの薬よりずっと効果が上だし、今まで治せなかった病気もない。

 駄目だったら……そういやこの前、ファラさんと戦った時にドラゴンとグリフォンいたな。材料あれでいいや。薬作れるじゃん。

 よし、こっちは実質解決したようなもんだな。

 

 次にアイナ・フォックスというサブヒロイン。

 赤髪のツインテール娘で元子爵家だ。

 しかし本編時点で彼女の家は潰れており、その原因こそがエルリーゼである。

 彼女の親は横暴を繰り返すエルリーゼに忠言したのだが、それが不興を招く事になり、家を潰されてしまったのだ。

 そしてエルリーゼが色々と手を回し、執拗に粘着質に嫌がらせを続けた結果、両親兄弟全てが死に追い込まれ、知人の家に逃がされていたアイナだけが生き延びる事となってしまった。

 マジでロクな事しないな、エルリーゼ(真)……。

 当然彼女はエルリーゼを恨み、そして暗殺する為に騎士学園へ入学する。

 高い成績を収めて近衛騎士になれば暗殺の機会も訪れると思っての事だ。

 しかしエルリーゼは学園に過度に介入を始め、度々学園に姿を現す事になる。

 それで焦ってしまったんだろうな。彼女は時を待たずにエルリーゼを殺そうと襲い掛かるのだ。

 ちなみにこの時のびびりまくったエルリーゼの豚のような悲鳴は笑わせてもらった。

 結局この襲撃はエルリーゼの護衛であるレイラによって鎮圧されてしまい、彼女はそのままどこかへ連れ去られて、後日処刑された事が明かされる。

 しかしこの一件は後への波紋を生む。

 まずレイラは、自分が襲撃を防いでしまった事で一人の有望な少女を間接的に死なせてしまった事を気に病む。

 更にこの時、アイナの剣はエルリーゼの腕に確かな傷を刻むのだ。

 これによって、決して傷付かないはずの聖女が傷を負ったという事実が残り、エルリーゼが偽物である事が発覚する。

 そこからは連鎖するようにレイラが今までの悪事の証拠を持ってエルリーゼを裏切り、そしてアイナの与えた傷痕が決定打となってエルリーゼは民衆の前で偽物という正体を暴かれるわけだ。

 つまりこのアイナは、エルリーゼざまあイベントの功労者である。

 ……が、彼女をメインにしたルート以外ではそれだけだ。

 エルリーゼを襲撃した生徒というだけで、特にクローズアップされずに消えてしまう。

 

 彼女をメインにしたルートでは途中までは同じ流れなのだが、何とエルリーゼ襲撃にベルネルまで加わってレイラと戦闘に入る。

 そして勝利する事でアイナは死ぬ事なくエルリーゼに傷を刻み込むのだ。

 この後はしばらく、聖女を襲撃したという事でアイナとベルネルの二人で愛の逃避行イベントが入るが、すぐにレイラがエルリーゼを裏切って悪事の証拠を突き付ける事でエルリーゼはざまあされる。

 

 で。この世界でだが……襲撃来るのかね、そもそも。

 俺は別にフォックス家を潰したりしてないし、覚えてる限りでは恨まれる理由はない。

 まあもしかしたら世界の修正力で『何かよく分からんがお前が憎いィィィィ!』と突撃してくるかもしれんが、それは流石に俺もどうしようもない。

 まあ突撃してきても俺なら無傷でどうとでも出来るし、捕まえた後も死刑にしないように言っておけばいいだろう。

 つまりこっちもほぼ解決していると言っていいんじゃなかろうか。

 

 後は……何か気を付ける事あったっけな。

 強いて言やあ魔女関連のイベントか。

 エテルナが真の聖女と気付いたらしい魔女が色々と裏からちょっかいをかけてきて、魔女があれこれやるイベントではモブに死人が出る。

 ただ……どうもこの世界、魔女が真の聖女に気付いてないっぽいんだよな。

 ファラさんなんていつでもエテルナを殺せる状況にまで行ったのに、エテルナを人質にするだけで偽物(おれ)の方を殺そうとしてたし。

 ……もしかして魔女って俺が思ってたほど賢くないのか?

 本物の聖女と中身クソの偽聖女を見間違えるかね、フツー。

 一般人ならともかく、お前さんは聖女と対を為す魔女だろうに。何で気付かないんだ。

 いやまあ、気付かないのは俺としちゃあ好都合なのは間違いないけどさ。

 

 で、魔女は……ぶっちゃけ今すぐにでも消せる。

 魔女の潜伏位置も分かってるし、俺ならゴリ押しで勝てると思うんだよな。

 俺の中にある闇パワーを乗せれば、軽減はされるだろうが魔女にもダメージは通せるし、逆に魔女の攻撃は多分俺は弾ける。

 あくまでゲームの情報なんだが、魔女ってレベル70のベルネル一人で互角くらいに戦えちゃうんだよな。

 ちなみにエテルナがパーティーにいればレベル40台でも余裕。

 で……あの夢で見た俺の強さはレベル99のベルネルよりずっと上っぽいし、実際レベル99ベルネルでも苦戦するような魔物だろうが俺は蹴散らせるし、魔力でバリアすればダメージは受けない。

 つまり俺と魔女が戦えば俺の魔女への攻撃は『軽減されるがゴリ押しで効く』。魔女の俺への攻撃は『効果抜群だが実力差で効かない』になるわけで、負ける要素が見当たらない。

 まあ例えるならレベル99のほのおタイプとレベル5のみずタイプが戦うようなものだな。

 ただ今はそれは出来ない。出来ない理由がある。

 やるにしても、それはエテルナのハッピーエンドを見届けた後でなければならないのだ。

 まあ魔女が出て来たら追い払う程度で済ませておこう。

 

 とりあえず当面の予定は決まった。

 まずリナ・トーマスを探して回復魔法をかける。

 アイナ・フォックスはレイラにでも調べて貰って、後は向こうの出方待ち。来るなら来い。

 

 よし、思考終わり。

 そんじゃバリアも解除しますか。

 

「おはようございます、エルリーゼ様」

 

 ノックして入室してきたのは、護衛として学園まで付いてきたレイラだ。

 今日もキリッとしていて凛々しい。

 誰だよこの美人をスットコとか呼んでるの。

 俺だよ。

 

 スットコを従えて教室へ向かう。

 すると周囲がざわつき、生徒や教師が立ち止まって俺を見ていた。

 ふははははは、ちょっとした大名気分だな。控えおろう、頭が高いわ平民共。

 あ、この学園の生徒って大半が貴族だった。むしろ平民は家名もない俺の方じゃねえか。

 控えます。頭が高かったですね、はい。

 しかしこれは確かにちょっと気分がいいな。

 まるで自分が凄く偉い奴になったと勘違いしてしまう。

 幼い頃からこんな環境に置かれていたエルリーゼ(真)が思い上がってしまうのも止む無しと言えるのかもしれない。

 でもまあ、それでもあいつのクソさは擁護出来ないけどな。

 だが思うんだよな。もしもエテルナが最初から聖女として育てられていたら、果たしてあんなに心優しい聖女になったのかと。

 もしかしたらエルリーゼ(真)と同じで、横暴で我儘なエテルナになっていたのではないか……なんてな。

 人間ってのは最初は誰しも真っ白だ。どう変わるかは周囲次第。色の付け方一つで全てが変わる。

 そういう意味じゃ……エルリーゼ(真)も被害者だったのかもしれないな。

 俺? 俺はほれ、もう最初から真っ黒よ。だから憑依転生なんてしても何一つ変わりゃしねえ。

 黒に何を混ぜても黒だよ。

 

 よし、教室前に到着。

 後は中に入るだけなのだが、何か教室前に誰かが座っていて入るに入れない。

 誰やこのおっさん。

 

「エルリーゼ様の道を阻むなど……」

 

 スットコが前に出ようとするが、慌てて手で制した。

 おいやめろスットコ、それ高慢ちきな悪役がやる行動じゃねえか。

 こう、取り巻きが『〇〇様の道の前に出たな!』とか言って斬りかかったりするの。

 俺を権力を笠に着た悪党にする気か、お前は。

 

「ああ……近くで見るとより美しい……。

お待ちしておりました……貴女を我が校に迎え入れられる日が来ようとは……」

 

 いやだから誰だよお前は。

 改めて観察するが、いまいち誰か分からない。

 というか男キャラなんか一々覚えてないっつーの。

 年齢は……二十代半ばくらいかな。顔立ちは腹が立つがそこそこハンサムな優男。

 目は細め。鼻は高く、顔の輪郭はやや縦に長く見える。

 黒の長髪。首の後ろで束ねていて前髪はオールバック。一房だけ額に垂れている。

 そして世界観を無視して現代風の眼鏡をかけていて、インテリっぽい雰囲気を纏っていた。

 最初は友好的で後で裏切るタイプの顔立ちだ。

 えーと、誰だっけなこいつ。ゲームにいたような気もするんだが……。

 仕方ない。こういう時は有能スットコに聞くに限る。

 視線を向けると俺の意図を察したスットコが咳払いをした。

 

「彼は、この学園の教師です。名はサプリ・メント」

 

 あ、思い出した。敵キャラか。

 そうだ、こんなんいたわ。

 こいつはサプリ・メント。キャラクターを作った人が名前を考えるのが面倒で、たまたま近くにサプリメントがあったから、そう名付けられたかのようなキャラクターだ。

 ファンからの通称は変態クソ眼鏡。年齢は25。

 どのルートでも敵としてベルネルの前に立ち塞がり、そしてぶっとばされる小物野郎。

 こいつは熱狂的な聖女信者で、聖女というものに勝手な幻想を抱いて押し付けている。

 勿論エルリーゼ(真)はこいつの崇拝対象ではないし、こいつは早い段階でエルリーゼ(真)は聖女ではないと見抜いていた。

 その理由は『あんなものが聖女のはずがない』という勝手な決め付けによるものだ。

 まあ合ってるんだけど。

 こいつが行動を起こすのはエルリーゼ(真)がざまあされた後で、『やはり真の聖女は別にいた』と歓喜した彼は自分だけの本当の聖女を探し始める。

 そしてその時点で最も好感度の高いヒロインをストーキング・誘拐して自分の理想を押し付けるという死ぬほど迷惑な野郎だ。

 しかしこいつの理想の聖女はこいつの中にしかいない。

 誰を誘拐しようとこいつは満足出来ず、理想との乖離から『聖女はそんな事言わない』だとか『こんなのは私の思う聖女と違う』とか言い出してヒロインを自分好みに調教しようとして、そこで駆け付けたベルネルにボコボコにされて最後は学園を追放される……というのがこいつのゲーム中での活躍であった。

 ちなみにこれは本物の聖女であるエテルナの時も変わらない。

 結局のところ、こいつの『理想の聖女』なんて存在は何処にもいないって事だ。

 こんなのが教師とか世も末だな。

 

 ま……取るに足らん小物ではあるが、一応警戒だけしておくかな……。

 変な事したらその時は、物語から退場してもらおう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話 理想と現実

 現実は理想を超えた。

 

 サプリ・メントは聖女という偶像に熱狂的な愛を捧げる聖女崇拝者である。

 彼がまだ物心ついたばかりの幼かった頃、世界は地獄だった。

 至る所に魔物が溢れ、人が死に、良心を失った人間は暴徒と化した。

 彼は魔物を恐れるよりも先に、暴徒の醜さを恐れた。

 理性を失った人間は獣ですらなかった。獣未満の悪魔だった。

 獣が人を襲っても、そこに悪意はない。

 食べる為。我が子を守る為。縄張りに入られたから。怯えたから。敵だと思ったから。

 そうした理由がある。

 だが理性を失った人間は違う。理由もなく他者を傷つけて、そして愉しむ。

 理性のない人間は悪意を持った獣で、悪意を持った獣は悪魔だ。

 その悪魔達がサプリの家を襲った。

 貧しい男爵家だったメント家は辺り一帯を治める領主だったが、暴徒と化した大勢の民に抗える力はなかった。

 家は壊され、使用人は逃げ出し、そして幼いサプリの目の前で父と兄は殺され、母と姉は暴行を受けた。

 獣……そう、獣だ。そこにいたのは人ではなかった。

 人の姿をした獣しかそこにはいなかった。

 かろうじて一人だけ難を逃れたサプリだったが、彼の心は捻じれた。

 貧しいとはいえ貴族の家で、外の汚いモノに触れる事なく育った少年の心を壊すにはこの一件は十分すぎた。

 正義、愛、慈悲、節度、優しさ、情、責任感、勇気……そうした美徳とされるものの全てが薄っぺらい嘘にしか思えなくなった。

 人は容易く獣になる。獣未満の悪魔になる。

 美徳なんて簡単に捨てて、本性を剥き出しにする。

 今は笑顔でも、その裏には醜い本性が隠れているのだ。

 

 そんな世界を正常に戻したのが、当時の聖女であった。

 聖女が魔女を倒し、世界には光が戻った。

 すると驚いた事に、今まで悪魔になっていた連中が慌てたように理性の仮面を張り直して人間へと戻っていた。

 その光景を見てサプリは思った。会った事もない聖女という存在に感動した。

 ああ、そうか! 聖女がいれば世界は光で満ちるんだ!

 聖女こそが光で、愛で、正義で、慈悲で情で節度で優しさで責任感で勇気なんだ!

 聖女こそが人の美徳そのものなのだ!

 幼くして心が歪んだ少年は、歪んだ自分だけの結論を構築した。

 会った事も見た事もないのに聖女の姿を想像し、理想を投影した。

 きっと何よりも美しいのだろう。いや絶対に、誰よりも尊いはずだ。

 見た目も中身も、この世のどんな存在より穢れなく、素晴らしいに違いない。

 

 何と勝手な思考だろう。何と自分本位な押し付けだろう。

 しかし彼のその過ちを正せる者はいなかった。

 いや、気付ける者すらいなかった。

 何故なら彼は、仮面の付け方をよく知っていたから。

 サプリが悪魔達から一つだけ学んだのが、仮面の付け方であった。

 自分をより良く見せる。平和的な人間に思わせる。そうした仮面を彼は付けていた。

 

 そして数年が経ち……これまでの歴史と同じく、魔女が再び現れた。

 過去、ずっとそうだった。

 理屈は誰にも分からないが、魔女と聖女は必ず一つの時代に一人現れる。

 そして魔女を倒した聖女は死体すら残さずに死に、数年経てば新たな魔女が出現するのだ。

 魔女と聖女の出現タイミングは同じではない。いつの時代も絶対に魔女が先で、その後に遅れて聖女が出現する。

 魔女が倒されてから次の魔女が現れるまでの周期は大体、五年ほど。

 たったの五年で平和は崩壊する。

 そしてそれから短くても十五年以上は魔女の時代が続き、そうしてようやく遅れてやって来た聖女が魔女を倒して束の間の平和が世界に齎される。

 何故なら聖女が誕生するのが、魔女の出現と同時期だからだ。

 魔女は何故か最初から大人であるのに対し、聖女は赤子である。

 その聖女が成長するまでは魔女を止められる者は誰もいないので、聖女が成長するまでに要する十五年以上は魔女の天下が続くわけだ。

 魔女のいない平和な期間は僅か五年で、そこから十五年以上も魔女の時代が続き、そしてまた五年ほどの短い平和が訪れる。この世界はずっとそれの繰り返しだ。

 しかし例外はある。それは聖女が魔女討伐の使命を果たせずに死んでしまう場合だ。

 聖女は自傷か魔女の力以外で傷を受けないが、逆に言えばその力があれば殺せてしまう。

 自殺した聖女が過去にいなかったわけではないし、魔女の力を与えられたしもべである魔物に殺されてしまった聖女もいた。魔女との戦いに敗れた聖女もいた。

 その場合は当たり前のように魔女が支配する暗黒の時代が長引き、人は堕落していく。

 一つ前……エルリーゼから見て二つ前の聖女がまさにそのパターンで、彼女は魔女討伐の使命を果たす事も出来ずに魔物によって呆気なく命を散らしてしまった。

 そういう事情があるからこそ人々は聖女を大切にするし、何よりも大事に扱う。

 

 しかし次代では逆の方向に例外が起こった。

 新たな聖女……エルリーゼは歴代最高の聖女であった。

 僅か五歳にして聖女としての自覚に目覚め、そして十歳の頃には活動を開始していた。

 魔物を駆逐し、人々を救い、過去例を見ない勢いで世界から闇を払った。

 魔女はどこかに姿を消し、目に見えて勢力が衰えた。

 聞けば、恐怖の象徴であるはずの魔女が逆にエルリーゼを恐れて逃げ回っているというではないか。

 今代では魔女の時代はたったの十年しか続かず、そしてエルリーゼが動き始めてからの七年間は驚くほど平和が続いている。

 サプリは、聖女の勇姿を見たいが為に魔物が集まる場所に自ら赴き、そしてエルリーゼの戦いを見続けていた。

 ――完璧だった。

 彼の乏しい想像力など遥かに超えた現実(理想)がそこにあった。

 サプリの中の勝手な『理想』は砕け散り、そして彼は初めて現実を認識した。

 醜いと思っていた世界はこんなにも美しく、光で溢れている。

 人が悪魔に見えていた。だがそうではない。悪魔にしか見えていなかった自分の『心』こそが闇だった。

 暗い情念を宿し、現実逃避していた瞳には力強い輝きが宿り、心の中に爽やかな風が吹き込む。

 もう、理想しか見えない男はそこにいなかった。

 光で照らされた道の上に、正しく世界を認識した男が一人立っていた。

 

 

 

「とある事情により、この学園で皆様と共に学ぶ事になりました、エルリーゼと申します。

短い間ですが、皆様よろしくお願いします」

 

 青天の霹靂。

 日常という雲を裂いて予想外という名の霹靂(雷鳴)が届き、晴れた大空に蒼天を見た。

 まさかの聖女転入……この嬉しすぎるサプライズにサプリは興奮し、歓喜した。

 この自分が、自分が! 彼女と同じ空間にいる事が出来る!

 そして間近で見る現実は、やはり彼の理想を容易く踏み越えた。

 

「そこの方……少し体調が優れないようですが……。

……はい、これで大丈夫です。

……え? お礼ですか? そのお言葉だけで十分です。私がやりたくてやった事ですから」

 

 廊下ですれ違っただけの、緑髪の少女の病を事も無げに完治させた。

 サプリもその生徒は知っている。

 リナ・トーマス……座学はともかく、実技の成績が致命的に悪い生徒だ。

 どうも心臓に病を抱えているようで、少し激しく動くだけで動けなくなってしまうらしい。

 そんなハンデを抱えて尚、この学園にいる時点で彼女の優秀さは疑う余地もないが……だからこそ惜しい。

 並みの回復魔法では心臓の病を治す事は出来ない。

 それを完治させるには貴重な薬が必要だ。

 マンドラゴラ、ドラゴンの羽の皮、グリフォンの毛。

 そうした貴重な素材を集めなけば作れない薬は、代金の高さよりもまず、そもそも作る事自体の難しさから入手出来ない。

 素材がまず手に入らない薬など、そうそう作れるはずがない。

 サプリが思うに、彼女は自らが強くなることでそれらを集めようとしていたのだろう。

 生き延びる為に一縷の望みをかけて、強くなろうとしたが……残念ながら間に合うはずがない。

 いや、仮に一人前の騎士になっても素材を集めるのは難しい。

 それが……どうでもいい小さな病と同じように、呆気なく完治させられた。

 

 感動に打ち震えて泣き崩れる少女を、聖女が優しく抱きとめる。

 身長は緑髪の少女の方が上だったが、それはまるで幼子を優しくあやすような光景だ。

 尊い――そう言い残し、男の精神は塵となった。

 …………。

 彼が放心から立ち直った時、既にそこに聖女はいなかった。

 それをサプリは心底惜しんだが、しかしそれ以上の感動が彼の心を支配していた。

 ああ……嗚呼! 世界は自分が思うよりもずっと美しく、光に溢れていた。

 現実は理想を凌駕した!

 彼女が何故この学園に来たのかは分からない。

 だがきっと、何か深い理由があるはずだ。

 ならば全霊でそれを支えよう。全力で手伝おう。

 

 サプリ・メントは人知れずそう誓い、そして恍惚とした表情で天を拝む。

 その姿は有体に言ってとても気持ち悪く、廊下を歩く生徒達に避けられていた。

 

 

 リナちゃんって意外と着痩せするタイプなのな。役得役得。

 今もまだ残っている温もりと胸の感触に浸りながら、俺は廊下を歩いていた。

 とりあえず、まず一つ目の問題は解決した。

 その辺フラフラしてたら病弱少女のリナさんを発見したんで、サクッと辻ヒールして治しておいた。

 この世界の医者ってあの程度の病気治すのに貴重な材料無駄使いするんかい。

 まあお陰で俺はいい思い出来たけどな。

 俺のイケメンヒールで病気を治されたリナちゃんが泣き崩れた時、俺はチャンスと思ったね。んで、これ幸いとばかりに抱きしめた。

 後は頭を撫でてやったりして、あやすフリをしながら堪能するだけってわけだ。イヒヒヒ。

 

「あ、エルリーゼ様」

 

 お。これはこれは、主人公のベルネル君とメインヒロインのエテルナさんじゃありませんか。

 今日も仲良く一緒に歩いていて微笑ましいですなあ。

 安心しろ、俺は爆発しろなんて思ったりしない。

 何故ならベルネルはプレイヤーの分身。つまりは俺の分身。

 なのでベルネルがエテルナとイチャコラするというのは、俺がエテルナとイチャコラするって事だ。

 暴論だって? でもギャルゲーってそういうモノだろ?

 主人公に感情移入して、主人公を通して疑似恋愛を楽しむ為のものじゃないか。

 だから俺はベルネルに嫉妬しないし、むしろ全力で手伝う。

 ハッピーエンドを迎えて末永く幸せになれやコラ。そんで俺を尊死させろ。

 ところでエテルナちゃん、何か元気ない? どうした、何か心配事か?

 何かあるならいつでも相談に乗るぞ。

 

「……っ、だ、大丈夫……です」

 

 ん~? 何か元気ないけど本当に大丈夫か?

 ベルネル君、もしかしてまた放ったらかしにしたんちゃう? これ。

 筋トレばっかしてないで、ちゃんと好きな女の子のケアくらいしないといかんよ君。

 

「自主トレは……続けてますけど、今はそればかりやってるわけじゃないですよ。

それに俺が好きなのは…………あ、いえ。

それより気になっていたんですけど、どうしてエルリーゼ様はこの学園に来たんですか?」

 

 お。やっぱそこ気になる? 気になっちゃう?

 んー、どうしよっかなあ。教えてあげようかなあ。

 まあええわ。教えてあげるけど、これ他言無用だぞ。

 そう前置きして、俺はこの学園に魔女がいるかもしれないと教えてやった。

 まあ魔女に関してはこの二人も無関係じゃないどころか、バリバリ当事者だからね。

 早い段階で知っておいて、警戒出来るようにした方がいいだろう。

 

「魔女が……! この学園に!?」

 

 まあ驚くわな。

 とはいえ、下手に場所を教えると何するか分からないので場所はまだ分からないという事にしておいた。

 本当はとっくに分かってるんだけどな。

 魔女にはじわじわと追いつめられる恐怖を教えてくれる。ぐへへ。

 さあ、怯えた顔をこの俺に見せるのだ。

 普段強気で高慢なラスボス系悪女の怯えた泣き顔とか、それだけでご飯三倍はイケる。

 

「……魔女」

 

 しかし何故か、エテルナが怯えた顔をして後ずさった。

 おん? 何でそこで君が怯えるの?

 ああ、いや、そっか。そりゃ学園に魔女がいるなんて聞いたら怖いわな。

 でも安心してくれ。君達の平和は俺が守る。

 そう、俺は魔女を倒して君達を守る為にここに来たのだから(キリッ)

 大丈夫大丈夫、魔女なんて俺にかかれば多分ちょちょいのちょいだから。

 

「…………っ!」

 

 そう言うと、何故かエテルナは顔色を青くして逃げてしまった。

 あ、あれ? 俺何かやっちゃいました?

 助けを求めるようにベルネルとレイラを見るも、二人共わけがわからないという顔で首をかしげている。

 

 ……?

 ……わけがわからないよ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話 加速する誤解

 何故かエテルナに怖がられて逃げられました。意味が分かりません。

 いやうん、マジで分からん。どういう事なの?

 俺は本編エルリーゼと違って嫌がらせとかしてないはずだし、むしろファラさんに誘拐された時は救助だってした。

 これで好感度が上がりはすれど、下がる理由が分からない。

 可能性としては一応、ある程度いくつかは思い付く。

 例えば俺のギラついた性欲MAXな視線に気付き、『やだこいつ気持ち悪い!』と思って逃げたのかもしれない。

 俺は一応聖女ロールでガワを取り繕っているが、所詮は演技だ。本性が漏れ出ていた可能性はある。

 だがあの怯え方はそれとは違うような気がする。

 生理的嫌悪感というよりは、自分が害される事を恐れているような怯え方だった。

 エテルナがああいう反応をするイベントは…………あるな。

 

 このゲームのラスボスは選んだヒロインによって多少変わる。大体魔女かエテルナのどちらかがラスボスなんだが、エテルナがラスボスになるルートでは場合によっては魔女と戦う事すらなく魔女は死ぬ。

 その理由が、ベルネルのいない所でエテルナが大勢の騎士と共に魔女を倒してしまうというものなのだが、このルートに入ってからエテルナと話すとあのような反応を見せる。

 だがそれはずっと先の事で、今見せる反応ではない。

 そもそも魔女はまだ生きている。

 ……まさか俺の知らないところで既にエテルナが魔女を倒してた?

 いやいや、ねーわ。てゆーか無理。

 確かにエテルナはゲームでもベルネル抜きで魔女を倒す事があるが、それは十分に物語が進んだ後半の事だし、何よりその時彼女は大勢の肉盾(騎士)に守られて戦い、その戦いで騎士の大半が死ぬ。

 ついでにルートと選択肢次第ではここでレイラも死ぬ。

 それにこのイベントはエテルナのレベルが40以上でないと発生しない。

 つまりエテルナが十分にレベルを上げた上で肉盾を連れて行って、ようやく勝てるわけだ。

 今のエテルナが単騎で勝てるわけがない。挑んでも返り討ちに遭って死んで終わりだ。

 

 何故エテルナがそのルートで怯えを見せるのか。

 その理由は……あー、これ言っちゃっていいかな? ネタバレなんだけど。

 まあいいわ。隠す事でもないしゲロったろ。

 結論から言えば聖女=魔女なんだわ。

 聖女と魔女に違いなんかない。同じものなんだ。

 だから聖女と魔女は特徴が一致するし、自分の力でもダメージを受ける。

 ベルネルの闇パワーが魔女に効くのも、その闇パワーが聖女パワーと同じものだからである。

 で、聖女が魔女を倒すと、魔女の中の怨念的な何かが移り、魔女を倒した聖女が次の魔女になる。

 この怨念パワーが何なのかは公式でも判明していないが、初代魔女の魂という説が有力である。

 正確に言えば魔女の怨念は『自分を倒した奴』に移るが、魔女を倒せるのなど聖女くらいしかいないので、実質聖女一択だ。

 だからエテルナが魔女を倒したルートではエテルナが魔女になるし、ラスボス化してしまう。

 今代の魔女も、実はエテルナの前の聖女の成れの果てだ。

 だから『魔女を倒した聖女は死ぬ』は間違いだ。

 真実は、『魔女を倒した聖女は身を隠し、真実の隠蔽を図る一部の王族によって死んだと報じられる』。

 魔女が倒されてから次の魔女が生まれるまでに五年ほどのスパンがあるのは、聖女がその期間ずっと耐えてるから。

 ちなみに自殺は一部の超例外的な状況を除いて出来ない。魔女は確かに自傷でもダメージは受けるのだが、生存本能的な何かが働いて、どう頑張って自分を傷つけても死なない程度の傷しか負えない。

 闇の力には宿主を生かそうとする何かがあるらしい。聖女は自殺出来るのにな。

 この宿主を生かそうとするのも、宿主に死なれては困る初代魔女の意思のせいという考察がある。

 そして魔女になると何か自分でも抑えられない破壊衝動やら何やらに突き動かされ、本人の意思に関係なく悪落ちする。

 で、聖女の死か魔女の誕生を世界が感知すると、均衡を保つ為に世界に満ちている魔法の源的なパワー(名前はマナ。ベタすぎる)が『あっ、やべ。聖女が魔女になってもうた』、『やっぱり今回も駄目だったよ』、『じゃあ次いこか』、『次の聖女はきっとうまくやってくれることでしょう』的なノリで聖女を作り出す。

 だから聖女は絶対に魔女より後に出てくるわけだ。いやなシステムだこと。

 

 ちなみに聖女以外の奴が魔女を倒すと、もれなく怨念エネルギーに耐え切れず死ぬ。

 強さ云々関係なく、そもそも怨念を受け入れられるだけの器がないんだろう。

 チートの俺でも少し取り込んだだけで寿命が縮むような代物なので、当たり前である。

 この場合は新しい魔女が誕生しないので魔女と聖女の連鎖を断ち切る事が可能だ。

 これが出来るのが我らが主人公のベルネルで、これをやってしまうと主人公死亡でバッドエンド扱いになる。

 ただ、このバッドエンドは何だかんだで魔女や聖女の連鎖を切ってるし、エテルナも生存してるんだからハッピーエンドなんじゃないか? とも言われている。

 まあ、俺が今すぐに魔女を倒さないのもこれが理由だ。

 倒せる事は倒せるんだが、それをやると確定で俺があの世行きだ。だから今はやらない。

 まだ魔物も狩り尽くしてないし、放っておくと国単位で滅びるイベントとかもあるからなあ……。

 俺が魔女をジェノサイドしてあの世の道連れにしてもハッピーエンドになるとは思うんだけど、その後にベルネルとエテルナの平和な生活が魔物によってぶち壊されましたじゃ何の為に転生したか分からん。

 ハッピーエンドで終わったのをわざわざ続編とかで台無しにされるのはあんまり好きじゃない。

 だから俺が退場するのは不安要素を全部摘んだ後だ。

 具体的には魔物を全部狩り尽くした後じゃないとな。

 ……何? 魔物だって必死に生きている? 罪を犯していない魔物もいる? 知らんがな。

 そんな事言ったら農家の皆さんが冬のたびに屠殺してる家畜の豚さんの方がよっぽど罪がないわ。

 

 話を戻すがエテルナが魔女を倒したルートだとエテルナも、その恐るべき事実に当然気付く。

 そして表面上は普段通りに振舞いつつも心の中では自分が魔女である事を恐れ続け、そしてベルネルからも逃げるようになってしまう。

 最後には自分が自分でなくなる前に……と完全に魔女になった振りをして、ベルネルの手で殺される事を願い、そのルートでベルネルが選んだ他のヒロインとベルネルがイチャイチャするのを見せ付けられながら倒される。

 

 挙句の果てに『せめてベルネルに殺されたい』という願いすら結局果たせなかったりする。

 というのも、大半のルートではそのルートのヒロインがベルネルを守る為にエテルナに止めを刺してエテルナと刺し違える形で死ぬからだ。

 そんでベルネルはそのヒロインの死に際の言葉を聞きながら、冷たくなっていくヒロインの身体を抱きしめて号泣する……近くで死んでいるエテルナを放ったらかしにして。

 そうならない場合でも、結局は最後の良心でベルネルを道連れにする事を踏みとどまって自害する。

 何この不憫な子。

 ちなみにエテルナが自害する事で最後まで生存出来るヒロインはリナ・トーマスやアイナ・フォックスといった『自分のルート以外では絶対死ぬヒロイン』だ。

 このゲームでは珍しく最後までヒロインが生き残るので、数少ない癒しでありハッピーエンドだと言える。

 

 で、ここまで語ってアレだがやっぱり何故エテルナがあんな反応を見せたかが分からない。

 まだ魔女は生きている。エテルナは魔女になっていない。

 なのに何故あんな、自分が魔女になってしまったような反応を見せる?

 全く分からん、サッパリ分からん、微塵も分からん。なるほど、分からん。

 

 ……この件は保留にしようか。

 ベルネルにはエテルナを気にかけておくように言っておいて、しばらくは様子を見よう。

 アイナ・フォックスも今の所襲撃の気配なし。

 なのでこっちも保留。もしかしたらこのままモブキャラで終わるかもしれない。

 んで次のイベントは……各ヒロインごとに色々あるが、生死に関わるものはないのでスルー。

 というかベルネルがそもそもエテルナ以外のヒロインと関わりを持っていない。

 酷い話だけど、このゲームのヒロインは大半はベルネルと関わらなければモブキャラに成り下がる代わりに最後まで生存するので、むしろこのままの方がいいかもしれない。

 夏季休暇前の中間試験……これも気にする必要はない。

 夏季休暇……その時の好感度が高いヒロインごとに個別イベントあり。無視していい。

 休暇明け……年に二度の闘技大会。ここで魔女の刺客として魔物が襲撃してくる中ボス戦あり。

 ……ふむ。

 とりあえず、闘技大会まではしばらくは平和そのものだな。

 

 あ、いや、待て。気にするべきイベントが一つだけあった気がするぞ。

 学園内で捕獲されている魔物の暴走イベントがあった。

 これは、訓練用に飼育されている魔物(つまりは騎士の実戦訓練で斬り殺される為に飼われているわけだ。カワイソー)が、地下にいる魔女の力にあてられて活性化し、校内に解き放たれるというものである。

 とはいえ、この魔物はただの雑魚なので、名もなき可哀想なモブが二人くらい死ぬだけですぐに鎮圧される。

 ついでにこの時、ベルネルが頑張って魔物を倒せば一緒にいるヒロインの好感度が大幅上昇するボーナスイベントだ。

 まあモブとはいえ意味もなく死ぬのは可愛そうだ。

 このイベントが起きたらすぐに助けてやるか。

 

 

 エルリーゼが転入して以降、学園は毎日祭りのような状態になっていた。

 皆が盛り上がり、今日は聖女とすれ違っただとか、姿を見ただとかで盛り上がっている。

 だがそんな中でエテルナは自分の気分が沈み続けているのを感じていた。

 自分は魔女かもしれない。いや、きっと魔女だ。

 そう思い込んでから、彼女はずっと恐怖に縛られていた。

 エルリーゼは魔女の気配を感じてここに来たという。

 いつか、自分が魔女だとバレるのだろうか。バレたらどうなってしまうのだろうか。

 そう考え、眠れない日々が続いた。

 最近では時折、こちらを監視するようなエルリーゼの視線も感じる。

 気分を晴らす為に、弱い魔物相手の戦闘訓練などもやってみたが、あまり変わらなかった。

 

 それでも、自分に悪意がないと知ってもらえればもしかしたら見逃して貰えるかもしれないという淡い希望もあった。

 そうだ、魔女といっても別に悪い事をしたいわけではない。

 要は悪い事をしなければいい。それならきっと、許してもらえる。

 ファラ先生がああなってしまったのは……よく分からないが、あれはきっと何かの間違いなのだろう。

 だって自分はファラ先生に何もしていないのだから。

 そう思う事でエテルナは少しずつ落ち着きを取り戻しつつあったが……すぐに、次の試練が彼女を出迎えた。

 

「助けてくれ!」

「何で校内に魔物が!」

 

 教室で授業を受けている最中、外から悲鳴が聞こえた。

 一体何事かと思う前にエルリーゼが弾かれたように飛び出し、すぐにその後を護衛のレイラが続く。

 遅れてベルネルも走り、ドアを開けた。

 その先にあったのは……暴走した魔物が生徒を襲っている瞬間だった。

 あの地下室で見た魔物に比べれば小さく弱いものなれど、数えきれないほどの魔物が学園内を走っている。

 このままでは鎮圧までに何人かは犠牲になってしまうだろう。

 だがその予想を容易く覆せる者が、今の学園には存在していた。

 

Hope for the best,but prepare for the worst .(最善を願いながら、最悪に備えよ)

 

 エルリーゼが何かを言い、それと同時に彼女の足元を中心に光の魔法陣が展開された。

 それは一瞬で学園全てを覆うまでに広がり、そして全生徒が光によって包まれた。

 その生徒を魔物が襲うが……触れた瞬間、逆に魔物の方が吹き飛んで失神してしまう。

 

「光の防御魔法! いや、向けられた力を相手に返す攻撃性まで備えている!

それもそのまま返すのではなく、倍返し……いや、三倍返しか!?

しかも反射された魔物が麻痺している……これは雷魔法との複合!

恐るべき複合高等魔法! しかもそれをこの速度で、学園にいる全員に同時に!」

 

 教壇の上にいた魔法授業担当のサプリ・メント先生が興奮しながら叫び、今のがどういったものだったのを解説してくれた。

 この先生も何気に凄いのかもしれない。

 エルリーゼの絶技に驚きながら、エテルナは廊下の外にいた生徒を見た。

 

「い、痛い……痛い……」

 

 恐らくは肩に噛み付かれたのだろう。

 血を流し、蒼白になる彼にエルリーゼが歩み寄って治療を施す。

 

「エルリーゼ様……この騒動はまさか……」

「……ええ。恐らくそうでしょう。

魔女の放つ瘴気にあてられ、学園内の魔物が活性化したと見て間違いありません」

 

 レイラの問いにエルリーゼが答えた時、エテルナはビクリと肩を震わせた。

 魔女の瘴気にあてられての、魔物活性化。

 エテルナはこれに心当たりがあった。

 ああ、なんてことだ。私は確かに、つい最近学園内で飼われている魔物に近付いた。

 

(あ、ああ……私の、せいだ……私がいたから……)

 

 『悪意がなければいい』……とんだ甘えだった。

 悪意の有無など関係なく、魔女は魔女なのだ。

 そうだ、考えてみれば分かる事。歴史上に一人も悪くない魔女がいなかったとは考えられない。

 それでも彼女達は魔女だった。

 ……本人の意思に関係なく、魔女がいるだけで世界は闇に傾くのではないか。そうエテルナは思った。

 エルリーゼがいるだけでそこが光で満ちるように。彼女自身が光そのものと言っても過言ではないのと同じように。

 自分がいるだけで、そこは闇になる。自分そのものが闇……。

 

(だめだ……これ以上誰かを傷つけてしまう前に消えないと……

私が……この世界から消えないと……)

 

 フラフラと立ち上がり、泥酔したかのような頼りない足取りで教室を出る。

 普段ならば誰かしらが気付くだろう異常だ。

 だが皮肉にも……エルリーゼの見せた奇跡が鮮烈すぎたが故に。誰もがそちらに目を奪われてしまっていたが故に。

 誰も、エテルナに気付く者はいなかった。

 

 強すぎる光は時に、闇以上に人の視界を塞いでしまう。




Q、「大半のルートではそのルートのヒロインがベルネルを守る為にエテルナに止めを刺してエテルナと刺し違える形で死ぬ」ってあるけど、そのヒロインは何でエテルナを仕留める事が出来るの?
A、命を失うかもしれない決戦前の夜。好きあった男女。後は察して。
まあそのルートのヒロインは何らかの方法でベルネルの闇パワーをもらっているとだけ……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話 錯乱

 媚びろー! 媚びろー! 俺は天才だ!

 お前等の傷を治す魔法はこれだ! ……ん? 間違ったかな?

 内心そんなテンションで回復魔法をかけつつ、俺は無事にイベントを乗り切った達成感に浸っていた。

 魔物の暴走イベントも無事鎮圧し、怪我人は出たが死人ゼロで今回のイベントは幕を閉じた。

 死んでさえいなきゃ俺の魔法で治せるし、いやー自分の才能が怖いっすわ。

 こうして自分でエルリーゼになってみると分かるが、エルリーゼはマジモンのバグキャラだったんだなあと実感する。

 まあメタ的に言ってしまうと中盤から後半にかけて戦うキャラなので強くせざるを得なかったんだろうし、かといってキャラの性格的に努力なんかするはずがないから、『せっかくの神がかった才能を無駄に腐らせたクソ馬鹿』という方向にするしかなかったんだろう。

 ま、おかげで俺は今こうして無双プレイを楽しめるわけだし、文句は言うまい。

 

After rain comes fair weather.(雨の後には晴れが来る)

 

 必殺、海外の格好いいことわざを適当に言えばなんか技っぽくなるアレ! 第三弾!

 俺が魔法を発動すると同時に空から光の粒子が雨のように降り注ぎ、生徒達の傷を癒していく。

 一人一人回復なんてかったるい事やってられないんでね。はい一斉回復バーン。

 建物内でも効果があるの? と思われるかもしれないが心配無用。これは雨じゃなくて雨のように降り注ぐ回復魔法だ。建物なんて余裕ですり抜ける。

 こいつの難点は範囲内なら全部癒しちまう事だな。怪我人なら万全に。元々万全ならその日一日ちょっとエネルギッシュになる。

 怪我してない奴は今日一日、少し疲れ知らずになるかもしれないが、まあ諦めろ。

 ほい終わったぞ変態クソ眼鏡。怪我人はもういないはずだけど、一応確認はしておけ。

 俺は面倒だからやらない。ここからはお前等教師の仕事。いいね?

 

「はい! お任せ下さい、聖女よ!

それにしても……ああ、何と素晴らしい……まさに奇跡の御業……」

 

 奇跡ねえ。残念、奇跡なんかじゃなくてただの馬鹿魔力ゴリ押しなんだなこれが。

 まああえて夢を壊す必要もないし、ここは何も言うまい。

 さーて、それじゃ教室に戻って日課のエテルナちゃんウォッチングでもするかな。

 ただ最近だとエテルナも何か邪なものを感じ取ってるのか、俺の視線に敏感になってるんだよな。

 やっぱちょっと、尻を見過ぎたかな……。

 まあアレは不快だからな。分かる分かる。

 かく言う俺も、割と頻繁にそういう視線を感じるからな。

 特にそこの変態クソ眼鏡から。

 後でガン見し過ぎた事謝っとこ。

 

 ……で、そのエテルナ何処よ?

 何故か教室のどこにもいないんですけど?

 もしかして俺の視線が気持ち悪すぎて逃げた?

 おいベル坊! お前の未来のワイフどこいったか知らねえ?

 

「エテルナ……? そういえば、確かにいませんね……」

 

 おいコラ、ネルベルゥゥゥゥゥ!

 間違えた。ベルネルゥゥゥゥゥ!

 お前何で見てないんだよ!? 現状唯一のお前と交流あるヒロイン様やぞ!

 メインルートの相手放置して一体どこ見てたんですかねえ!?

 『そういえば』ってお前……『そういえば』って……。

 他に攻略中のヒロインがいるわけでもないのにホンマ何しとんねん!

 

「あ、エルリーゼ様。私、エテルナさんが出て行くのを見ましたよ」

 

 いたよ目撃者。でかした!

 この可愛い子は覚えている。

 薄い金髪のセミロングのこの子の名前はフィオラだ。

 昔に俺が顔の傷を治して、あの誘拐事件の時もいた子だな。

 

「僕も見ました。何か暗い顔をしてそっちの方に……」

 

 あん? 誰やお前。

 野郎の事なんぞ一々記憶してるかいボケェ。

 と言ってもいいのだが、とりあえず適当に笑って感謝しておく。

 ありがとよ、モブA。

 

「ジョン、それは本当か?」

「ああ……何か思いつめた顔をしていた」

 

 モブAの名前はジョンというらしい。

 何かベルネルとそれなりに仲がいいように見える。

 よく見たらこいつ、あの時確か誘拐されてた面子にいた……気がするな。多分。

 つまり一緒に誘拐された縁で仲良くなったわけか。

 

「行ってみましょう。心配だわ」

 

 そうフィオラが言い、ベルネル、フィオラ、モブAが立ち上がった。

 ここは流れ的に俺も参加しておいた方がいいかな。

 やはりエジプトか……いつ出発する? 私も同行する。

 

「エルリーゼ様が行くならば、私も行きましょう」

 

 お、レイラ。頼もしいね。

 彼女は普通に有能なので来てくれるならば有難い。

 

「聖女様が行くならば私も動かぬわけにはいかんな……生徒諸君、しばらく自習していたまえ」

 

 続いて変態クソ眼鏡も同行を申し出てきた。いらねえ。

 ……しかしひっでえパーティーだ。

 主役のベルネルと、攻略キャラの一人であるレイラはいいとして後が酷い。

 ゲームに登場しないフィオラにモブA、小物中ボスの変態クソ眼鏡。

 そんで最後にご存知、ざまあ系ヘイトキャラのエルリーゼこと、俺。

 ギャグで組んだレベルの布陣である。

 そんなお笑い六人組でエテルナを追うが、流石に行動が遅すぎたのかエテルナの姿はどこにも見えなかった。

 

「こっちです。僅かですが彼女の魔力反応が続いている」

 

 そう自信満々に言ったのは変態クソ眼鏡であった。

 おお、変態のくせにやるやんけ!

 流石ストーカーは一味違うな!

 どんな奴にも取り得っていうのはあるもんだな。

 基本的に馬鹿魔力ドーンばかりしている俺は魔力追跡とかやった事がない。

 うーん……こいつ実は有能なのか?

 

 変態クソ眼鏡の先導で俺達が辿り着いたのは学園の外にある崖であった。

 下では海が荒れ狂っており、控えめに言ってこんな所に学園建てる奴はおかしいと思う。

 いや、正確に言えば崖の上に建てられてるわけじゃなくて学園自体は高台にあるってだけで、そこから少し進んだ場所が崖っていうだけだ。

 そして今にも落ちそうな崖の端……落下防止の柵を越えた先にエテルナが立っていた。

 マジで何してんのあの子。

 明らかにやばい位置に立っているエテルナへ、ベルネルが慌てたように叫ぶ。

 

「エテルナ! そんな所で何をしてるんだ!」

 

 ホンマにね。

 

「来ないで!」

 

 エテルナは叫び、崖の端に片足をかけた。

 やばいな。後少しでも近づいたら飛び降りそうだ。

 まあエテルナは飛び降りても死なないんだけどな。

 なのでここは落ち着いて、何故エテルナがこんなわけのわからん行動をしているかを聞くとしよう。

 

「私は、消えないと駄目なの!」

「何を言ってるんだ!?」

 

 エテルナとベルネルの痴話喧嘩を聞きながら、考える。

 こんな事になるフラグどこにあった?

 一応俺は全ルート制覇して、攻略ページとかも見ているが、こんなイベントは見た事がない。

 ただこのゲーム……とにかく小さいイベントとかがあちこちに隠れてて、発売から四年経った今でもたまに新しいイベントとかが発見される事があるからなあ。

 攻略本もあるにはあるが、イマイチ微妙だし。

 何でこうなった? やっぱベルネルが筋トレばっかして放置してたからこうなったんじゃないかこれ?

 

「全部……全部、私のせいなの!

ファラ先生がおかしくなったのも……今回の騒動だって……!

私がいたから……!」

 

 んん?

 何かおかしな事を言い出したぞ。

 ファラさんの暴走と今回の騒動が自分のせい?

 ごめん意味わかんない。何でその思考になったのかサッパリ理解出来ん。

 ファラさんは魔女に操られたせいだし、それは俺がハッキリ言ったはず。

 魔物の暴走だって魔女のせいだ。エテルナは何の関係もない。

 とりま、まずは落ち着かせようか。

 見て分かるほどに彼女はSA☆KU☆RA☆Nしている。

 

「落ち着いて下さい。貴女は今、錯乱しています。

まずはこちらに来て、それから……」

「来ないでッ!」

 

 何とかなだめようとするが、何故か逆に興奮してしまった。

 この反応は……もしかして俺が原因か?

 やっぱ俺の視線が不愉快すぎた!? 尻をガン見するのは流石に駄目だったか。

 

「隠さないで下さい、エルリーゼ様……。

私、もう全部分かってるんです……」

 

 ギクゥ!

 ま、不味い……俺が偽聖女ってバレた!?

 中身が聳え立つクソの山ってバレた!?

 いやまあ、そらバレるわな。だってエテルナが本物の聖女なんだから、怪我するべき時にしなかったりして、それで『本物私じゃん! アイツ偽物じゃん!』って気付くよね。

 それともやっぱり尻を見てた方か?

 ち、ちちちちちちゃうねん!

 あれはちょっとその……魔が差したというか……。

 た、ただ、いいケツだな~って思って……。

 あ、あわ、あわわわわわ……。

 

 いやでも待て。

 それで何で自殺しようとしてんの?

 飛び降りても死なないから私が本物の聖女でそいつは偽物よ! とでも言うつもりかな。

 ふっ……愚かな。

 やめてくれエテルナ。その技は俺に効く。

 

「何を言っているか分かりません。

とにかくまずは、一度落ち着いて……」

「ええ、そうでしょう……貴女には私の気持ちなんて絶対わからない……」

 

 ぐむ……確かに分からんかもしれん。

 向こうにしてみれば自分が聖女なのに、こんな偽物が聖女名乗っているわけだからな……。

 いわば成り代わられた被害者で、俺は加害者だ。

 だが成り代わりは俺のせいじゃない。俺達が赤子の時に取り違えた預言者とかいうアホがいて、全部そいつのせいなんだ。

 だから俺は悪くねえ。俺は悪くねえ!

 ……とか思っていたが、次の瞬間、とんでもない爆弾発言が彼女の口から飛び出した。

 

「――聖女である貴女に、魔女である私の気持ちなんて分かるわけがない!」

 

 ほうほうなるほど、君が魔女……。

 そいつは驚きだ。しかし俺も好んで偽聖女などしているわけでは……。

 ……。

 うん? 魔女? 聖女じゃなくて?

 今この子、自分を魔女って言ったの?

 

 ………………。

 ごめん。どういう事?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話 アイキャンフライ

 理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能!

 

 さて、意味の分からない展開になって参りました。

 エテルナのまさかの『私は魔女』発言に、流石の俺もただポカンとするしかない。

 何がどうしてそんな、加速トンネルを抜けた直後に後続の車にスピンアタックされてコース外に吹っ飛ばされたようなアクロバット結論コースアウトを決めたのか分からない。

 まず大前提として聖女と魔女が同年代は絶対にあり得ない。

 聖女の誕生は『先代聖女の死』か『先代聖女の魔女化』を世界が感知してから発生するものだから、それこそ先代聖女が0歳のベイビーの時に前の魔女を倒して、そのまま即闇落ちとかしていない限りは同年代にはならないのだ。

 そんな裏事情は流石に知らなくても、『聖女の誕生は魔女の出現後』という事くらいは学園で配られる教科書に書かれているのでちょっと読めば分かるはず。

 (ちなみに教科書は生徒全員分あるものの、現代のように一人一人新しく配られるのではなく貸出という形で、学年が上がれば次の入学生に渡される使い回し形式だ。なので結構汚い)

 加えて当代の魔女は俺がこの世界で自意識を持ったばかりの子供の頃……つまりはエテルナが子供の頃からあちこちで魔物を生産していたし、悪事も働いていた。

 いかにエテルナの育った村が小さな村とはいえ、魔女の恐ろしさくらいは人伝に伝わっていたはずだろう。

 自分が子供の頃から恐怖を振りまいていた魔女が別にいるという大前提があるはずなのだから、この勘違いはあり得ない。

 しかしたとえ勘違いでもその発言はやばい。

 嘘とか本当とか関係なしに、魔女が世界共通の敵であるこの世界での魔女自白は、その場で斬り殺されても文句を言えない大失言だ。

 

「魔女だと……!? エルリーゼ様、お下がりを」

「エテルナ君。その発言は……まずあり得ない事だが、冗談じゃ済まないよ」

 

 ほらあ! レイラと変態クソ眼鏡が戦闘モード入っちゃったじゃん!

 俺は咄嗟に二人の前に出て手で制し、エテルナを見る。

 こちらに向けられる彼女の目には恐怖しかない。

 全く何でこうなるかね……。

 

「待ってエテルナさん! 貴女が魔女なんて……そんなわけないでしょう!?」

「そうだ! 第一君も僕等と一緒にファラ先生に捕まったじゃないか! それどころか殺される寸前だった!」

 

 フィオラとモブAが必死にエテルナを説得しようとしている。

 彼等の言葉はもっともだ。

 冷静に考えればエテルナが魔女など絶対にないと誰でも分かる。

 だがそんな二人の前でエテルナはナイフを取り出し、強く握りしめた。

 血は……出ない。

 その光景を見て全員が固まった。

 

「私は、昔から怪我をした事がない」

 

 そう淡々とエテルナが語る。

 あー、こりゃマジでやばいな。

 エテルナの『私は魔女』発言の信憑性が増してしまった。

 実際は逆なのだが、少なくともここにいる皆の中では『まさか』という疑惑が芽生えたのは間違いないだろう。

 以前に俺は、聖女は自傷ならダメージを負うと言ったが……自傷にもダメージを負うやり方と、負わないやり方がある。

 聖女が自分で自分を傷付ける事が出来るのは、聖女の力が聖女自身に効くからだ。

 逆に言えば聖女の力が乗らないやり方ならば傷は受けない。

 例えば今のナイフの場合、右手で持ったナイフで左手を切り付けるならばそれは傷になる。

 握った手を通して僅かなりとも聖女の力が刃に伝達するからだ。

 だが今のように手でナイフの刃をそのまま握れば……傷は絶対に付かない。

 他にも崖から飛び降りるだとか、首を吊るだとかも無効化される。

 

「先生……これって、魔女か聖女にしかあり得ない事なんですよね」

「……ああ。間違いない」

「そして聖女は既にいる。エルリーゼ様が魔女じゃないって事くらいは誰だって分かる。

だったら……私が魔女という答えしか残らない……」

 

 あっ、理解『可』能。

 なーるほど、そういう思考なわけね。

 エテルナは要するに『私が聖女の力を持ってるんだからエルリーゼ偽物じゃん!』と考えずに、『聖女がもういるんだから私が魔女かもしれない』と思ってしまったわけだ。

 分かってみれば簡単だったが、やはりこの子は俺みたいな自己中心思考とは完全に違うんだなと改めて思う。

 俺が彼女だったら、真っ先に『エルリーゼ』を疑った。それは俺という人間の根幹が初対面の相手をまず信じるより先に疑う事から始まるタイプだからだ。

 だが彼女は俺と違う人種で、疑うより信じる方が先にきた。だからあんな結論になってしまったのだ。

 根本が俺と違っていい子すぎたから、こんな勘違いしたのね。

 しかし感心してばかりはいられない。このままではエテルナが魔女で確定してしまう。

 飛び降りたところで死ぬ事はありえないが、この誤解を解かなければ『魔女エテルナを討つべし』と瞬く間に世界中に号令がかかってしまうだろう。

 

 それを止めるのは簡単だ。

 俺がカミングアウトしてしまえばそれで済む。

 しかしこれをやってしまうと俺が聖女を騙った罪で死刑台直行だし、何より俺というフェイクがいなくなる事で本物の魔女は大喜びでエテルナを殺しに来るだろう。

 つまり今、俺が偽物だと悟られるのは不味い。

 だがこのままではエテルナが魔女扱いされてしまう……本物の聖女がだ。

 

 ……言うか?

 クソッ、もう言っちまうか?

 カミングアウトをしてしまえば、予定は全変更を余儀なくされる。

 今死刑台に送られるのは嫌だから逃亡生活待ったなしだろうし、難易度は一気にベリーハードだ。

 だがこのままエテルナが魔女認定されるよりは……。

 しゃーない……自白(ゲロ)するか。

 

「エテルナ。貴女は勘違いをしています。貴女は――」

「来ないでってば!」

 

 俺が偽物カミングアウトをしようとした瞬間の事だった。

 興奮したエテルナが叫び、そして後ずさった事で彼女は宙に放り出されてしまった。

 おいいぃぃぃ!?

 

「あ」

 

 エテルナが茫然と、間の抜けた声をあげる。

 やばい! 唐突すぎて反応が遅れた!

 俺は咄嗟に飛行魔法で飛び出し、落ちていくエテルナへ向かう。

 だが予想外は重なる。

 何と、俺のすぐ後ろからは何故かベルネルまで飛び降りていた。

 おいこらああああ!

 

 ヒロインを救う為に咄嗟に動いてしまったのだろう。

 それは分かる。よーく分かる!

 だがお前、空も飛べないお前が落ちて来ても何も出来ないだろ!

 俺は、俺を通り過ぎて落ちていくベルネルの腕を慌てて掴む。

 しかし流石に急すぎたので姿勢制御が上手く行かず、強化魔法も不十分だった事もあって引っ張られるように落ちていく。

 ていうか重いわボケ! お前体重どんだけ増えてるんだよ!?

 筋トレばっかしてるからこんな重くなるんだよ!

 その先にあるのは突き出した岩。このままぶつかれば流石に闇パワーで守られたベルネルといえど大怪我をするかもしれない。

 ベルネルは魔女ではなくて、あくまで魔女の力を持っているだけなので普通に怪我をする時はする。

 くお〜! ぶつかる〜! ここでアクセル全開、インド人を右に! ヨガー!

 そうして何とか岩を回避したものの、急なカーブによってバランスを崩し、俺達は海にダイブしてしまった。

 うえっ、しょっぱ。

 

 

 咄嗟に、身体が動いてしまった。

 

 エテルナが自分は魔女だと宣言して以降の展開は、ベルネルにとっては正直なところいまいちついていけないものだった。

 いくら何でも考えが飛躍し過ぎのように思えたし、これまでの事を振り返ってもやはりそれはあり得ないという答えにしか行き着かない。

 だからベルネルにとっての今回の一件は、エテルナがおかしな迷走をしておかしな答えを出してしまった、という程度のものだった。

 ただ、彼女がとてつもなく危険な発言をしている事は間違いなかったし、まずは落ち着かせて話し合うべきだと思った。

 だが事態はそんなゆっくりとした展開を待たずにエテルナが崖から落下し……それを追ってエルリーゼも崖から飛び降りた。

 その後は……あまり覚えていない。

 ただ、気付いたら自分も崖から落ちていた。

 きっと、考えるより先に身体が動いてしまったのだろう。

 

 冷静に考えればこんな行動には何の意味もない事くらい分かる。

 何せエルリーゼは飛べるのだ。

 加えて聖女である彼女ならば崖から落ちた所で掠り傷一つ負う事はない。

 ならばこの行動はただの投身自殺に他ならず、エルリーゼの邪魔をするだけだ。

 ああ……俺、馬鹿だなあ……。

 そう思いながらベルネルは海に沈み、そして意識が暗転した。

 

 

 

 次に目が覚めた時、彼はどこかの洞窟の中で眠っていた。

 視界を横に向けると気絶したエテルナの寝顔が見える。

 それから次に洞窟を照らす灯りに気付いた。

 灯りは適度な温かさを保ちながら浮遊しており、焚火の代わりも務めている。

 

「あ、起きましたか?」

 

 そして灯りに照らされるエルリーゼの笑みが、一瞬でベルネルを覚醒させた。

 自分でも驚くほどの速さで起き上がった彼は、ようやく自分がエルリーゼの邪魔をした挙句に救われたのだと理解した。

 何と情けない……守りたいと思った相手を守るどころか守られるとは。しかもこれで三回目だ。

 彼女に対しては恩ばかりが増え続けていく。

 

「驚きましたよ。いきなり貴方が降って来るんですから」

「す、すいません……つい、気付いたら身体が勝手に……」

「大切な友人の為に思わず飛び出してしまうその気概は買いましょう。

しかしそれは勇気ではなく無謀です」

「……はい」

「……しかし、友の為に咄嗟に飛び出せるその心は尊いものです。

これからもその心を忘れず、しかし自分の事も大切にして下さい」

 

 エルリーゼの言葉に、最初に思い浮かんだのはあろう事か『違う』という否定の言葉であった。

 ベルネルは、友の為に……エテルナの為に飛び出したわけではなかった。

 確かにエテルナは掛け替えのない大事な友人で、同じ村で育った家族のようなものだ。

 この身に宿る力の為に一度は孤独になった自分を温かく迎え入れてくれた村で、その中でも一番自分の近くにいてくれた。

 愛おしく思うし、守りたいと思う。その気持ちに嘘はない。

 だがエテルナが飛び降りた時……ベルネルは咄嗟に動けなかった(・・・・・・・・・)

 勿論それは薄情さから見捨てたのではなく、『傷を負わないならば大丈夫だ』という冷静な判断があってのものであった。

 自分が飛び出してもそれは落下する人間が一人無意味に増えるだけで、それよりは皆で下まで降りてエテルナを探すべきだという正しい状況判断によるものだった。

 だがエルリーゼが飛び出した時は、そんな事を考えもしなかった。

 気付けば動いていて、気付けば飛び降りていた。

 エテルナ以上に、そんな必要はないだろうに。

 

(ああ……そうか。俺は本当に、この人の事が……)

 

 言葉を飲み込み、握った拳で胸を軽く叩いた。

 今吐くべき言葉はそれではない。

 こんな未熟者の恋慕の言葉など、ただ困惑させるだけだ。

 だから気持ちを押し殺し、そして別に言うべき言葉を口にした。

 

「エルリーゼ様。思ったんですけど……エテルナは、俺と同じなんじゃないでしょうか?」

「貴方と同じ…………そうか! それがありましたか!」

「はい。俺も……傷を負わないとまでは言いませんが、昔から傷を負いにくかった。

家族から捨てられ、村から追放された時も、普通の人間ならとっくに死んでいるはずの状況で生き続けた……いや、この力に生かされた(・・・・・)

飢えても乾いても、俺が死ぬ事はなかった」

 

 魔女と聖女の力でなければ傷を負わない。それは魔女と聖女しかあり得ないと思われている。

 だが例外はここにあった。

 他でもないベルネルこそが、その例外だ。

 ベルネルは聖女でもなければ魔女でもない。当たり前だ、そもそも彼は男である。

 だが魔女に近い力を持ち、魔女に近い特性を備えている。

 エテルナはこれと同じなのではないかと、そうベルネルは読んだのだ。

 そしてその言葉にエルリーゼも、答えを得たかのように感心する。

 

「確かに……それならば説明が出来ます。

エテルナさんが魔女ではなくて、魔女に近い力を持っている理由にもなる」

「エルリーゼ様……やはりエテルナは力を制御出来ていないのでしょうか? かつての俺のように……」

 

 ベルネルは不安から、エルリーゼに尋ねた。

 かつて彼には、エルリーゼに出会う前にこの力を暴走させてしまい、制御する事も出来ずに彷徨った過去がある。

 だからエテルナも同じなのではないかと心配したのだ。

 しかしエルリーゼはエテルナを一瞥すると、静かに首を横に振る。

 

「いえ、暴走の兆しは見えません。

彼女は正真正銘、誰も傷付けてなどいない……ただ、悪い偶然が重なって、自分のせいだと思い込んでしまっただけだと思います」

「そ、そうか……よかった」

 

 ベルネルはほっとし、そしてエルリーゼも微笑んだ。

 その笑みに、咄嗟にベルネルは目を逸らす。

 顔が熱くなっているのが分かる。きっと今は真っ赤だ。

 灯りのせいという事で誤魔化せているだろうか。

 

「さて……そろそろ戻りましょう。皆も心配しているはずですから。

エテルナさんにも、起きたら今の事を教えてあげましょう」

「はい」

 

 エルリーゼが上に戻る事を提案し、ベルネルもそれに同意する。

 だがその時彼は、おかしなものを見た。

 エルリーゼの制服の腕の部分が少し破れ……そして、そこに一筋の傷があった。

 

「エルリーゼ様? その腕……」

「腕? 腕がどうかしましたか」

「あの……傷が……」

 

 エルリーゼは不思議そうに自分の腕に触れる。

 そして手を退けた時、そこには普段通りの傷一つない白い肌があった。

 代わりに、エルリーゼの手には一本の赤い糸が摘ままれている。

 

「ああ。糸がくっついてましたね。多分落ちた時にほつれたのでしょう」

「い……糸……」

 

 何と、赤い糸がエルリーゼの腕にくっついていただけらしい。

 これは恥ずかしい見間違いだ。

 そもそもエルリーゼが傷など負うはずがない(・・・・・・・・・・)のだから冷静に考えればすぐに分かる事であった。

 

 だがこの時、彼が真に冷静だったならば気付けたはずの事がある。

 ベルネルの制服は学園指定の制服で黒と紺。

 エテルナの制服も同じく学園指定の制服でこちらは白と緑。

 エルリーゼも同じ物だ。

 

 この場の誰も赤い布など使っていない。

 では一体、誰の服がほつれて腕についたというのか。

 ベルネルはまだ、この違和感に気付けずにいた。

 

 ……そう。今はまだ……。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話 小細工

 やっべ、傷見られた。

 正直油断してたという他ない。

 多分ベルネルを掴んで落ちた時にどっかでひっかけたんだと思うが、見事に腕に切り傷を負っていたのをベルネルに目撃されてしまった。

 たまにさ、あるじゃん? 痛みもなかったのに気付いたらどっか切れてたって事。

 まさに今回がそのパターンで、ベルネルに言われるまで自分の腕に切り傷がある事自体分かってなかったわ。

 しかし不幸中の幸いだったのは、目撃したのがベルネル一人だったという事。

 一人ならばまだ誤魔化しは利く。

 言い訳の達人である俺はすぐに腕の傷を治し、それと同時に赤い糸(っぽいもの)をその場で魔法で創って『傷じゃないよ。糸だよ』とベルネルを見事に騙す事に成功した。

 ちなみに使ったのは光魔法。色っていうのは要するに光の反射と聞いた事がある。

 だから光の魔法を極めれば色はいくらでも自在に作り出せるんじゃね、と俺は思った。

 俺はあの時、赤い光を糸状に見えるように調整してあたかもそこに糸があるように演出したわけだ。

 ま、聖女ロールには欠かせない小細工ってわけよ。

 人っていうのは目で見た物に心を揺さぶられやすい。

 だから光の魔法であらゆる色を自在に操れるようになれば、いくらでも神々しい『奇跡』を演出出来る。

 虹もオーロラも自由自在。ちょっと神々しさを出したい時とかにちょちょいのちょい、であたかも天が俺の味方をしているかのように自分で自分をライトアップ出来る。

 安い奇跡だと自分でも思うが、まあ奇跡っていうのはタネが割れりゃあ大体チンケなもんさ。

 さて、それはともかくとして暴走したエテルナだが、今はすっかり大人しくなって正座していた。

 顔は真っ赤になり、プルプルと震えている。

 

「魔女の気持ちは分からない」

「ブフォッ!」

 

 フィオラがボソッとエテルナの台詞を真似すると、モブAが噴き出した。

 エテルナはますます顔を真っ赤にし、泣き笑いのような表情で震えている。

 穴があれば入りたいって心境だろうか。

 でも自業自得だから我慢して、その恥ずかしがる表情を俺にもっと見せてくれ。

 いやー、この顔だけでご飯四杯はいけますわ。

 

 結局のところ、全てはエテルナの勘違いだった。

 皆の所に戻った俺とベルネルはそう説明し、そしてベルネルは皆の前でエテルナと同じようにナイフを握りしめ、『例外』がある事を示した。

 勿論これでベルネルに魔女疑惑が向く事はありえない。何故ならこいつは男だ。

 エテルナもベルネルと同じ例外で、たまたまそういう力を持っているだけだろう、という事でエテルナはようやく落ち着きを取り戻したのだが……今度は急に自分の発言と勘違いと醜態が恥ずかしくなったのか、今のようになっているわけだ。

 

「しかし興味深い……魔女でも聖女でもないのに、しかし似ている力。それは一体……」

 

 変態クソ眼鏡が興味深そうにベルネルを見る。

 こいつが興味を持つ気持ちも分からんでもない。

 何故なら『魔女は聖女でなければ倒せない』という大前提を、もしかしたら覆せるかもしれない可能性がベルネルにはあるのだ。

 だがベルネルの力は、その期待に応える事は出来ない。

 何故ならこいつの力の源は、魔女の魂……の一部だからだ。

 今代の魔女がまだ自分を保っていた頃に、僅かな力と共に切り離した良心と魂。それが生まれる前の魂に付着して、魔女の力を持つ男が生まれた。それがベルネルである。

 初代魔女の怨念的なものが歴代聖女に乗り移っているのと同じだ。今の魔女はその力で、咄嗟に自分を切り離した。

 そして自らの器になれるベルネルを発見し、そこに憑依したのだ。

 この事実は魔女をヒロインにした魔女ルートのみで語られ、他のルートでは回収されない伏線のように放置されてしまう。

 しかしそれをここでゲロしてはベルネルに危険が及ぶかもしれないし、今はとりあえず『魔女に似たよく分からない力』って事にしておけばいいだろう。

 

 しかし、何とか無事に騒動も終わったな……。

 エテルナが自分が魔女だとか言い出した時はマジで焦ったが、ベルネルのおかげで事なきを得た。

 こいつが『エテルナの力って俺と同じもんじゃね?』と言ってくれなきゃ、どう誤魔化せばいいか俺には思いつかなかったかもしれない。

 

「エルリーゼ様……その、今回は本当に……私の勘違いで振り回してしまって……」

 

 何かエテルナが土下座しそうなくらいに頭を低くして謝って来たので、別にいーよと言っておいた。

 迷走の理由が分かってみれば、俺にも原因があったわけだしな。

 でもこれからもっと自分を大切にせえよ。

 

 つーわけで一件落着ゥ!

 これからはしばらく平和が続くな。勝ったな、風呂食って来る。

 違った。飯食って来る。

 

 

 フラグ回収するとでも思ったか?

 残念、しないんだなこれが。

 あれからは特に語る事もない日々が過ぎ、俺はそれなりに学園生活を満喫していた。

 一時期はぼっち化が進行していたベルネルはエテルナの他にフィオラ、モブAと仲良くなって今ではよく四人で一緒に行動している。

 ただし、自由行動時は相変わらずほとんど自主練しているらしい。マジでどこ目指してるのこいつ。

 かくいう俺はというと、毎日周りからチヤホヤされつつ、王様気分を味わっていた。

 あ^~、モブ共の羨望と尊敬の視線が気持ちええんじゃ~。

 俺ってやつは基本的に承認欲求の塊だから、こうして周囲から『SUGEEEEE!』されるのは大好きである。

 そんなに見たくば好きなだけ見るがいい。俺様の美貌に酔いな。

 ただし変態クソ眼鏡、テメーは駄目だ。

 お前の視線だけなんかスライムみたいにネバネバしててキモイんだよボケ。

 なので気分直しに俺はエテルナを始めとする美少女達をウォッチングした。

 ダブスタうざい? じゃかましいわ。

 

 それと……ふふ。

 やはり学園に来て正解だったと俺は確信している。

 俺には無駄に広い個室が用意されていて、そこに専用の風呂などもある。

 が、お分かりだろうか? 俺は今、中身はどうあれ身体は女である(・・・・・・・)

 つまり……入れる(・・・)んだよなぁ。堂々と! 女湯に!

 たまには騎士達の立場に立つべきだとか、交流を深めるだとか、適当に理由をでっちあげて週に一回くらいのペースで怪しまれない程度に、女湯に入る。

 んで、堂々と見る。これが俺の最近の楽しみ。

 性欲を持て余す。

 

 いやー、この世の天国ですわ。

 どこを見ても桃色パラダイス。俺の見ている光景を絵にすれば確実に成人指定待ったなし。

 しかも俺が女湯に入ると、何故か入浴しに来る女生徒が増えるのでとても嬉しい。

 我が世の春がキタァァァァァ!

 

「おいそこのお前! エルリーゼ様を不埒な目で見るな!

お前もだ! ジロジロと邪な視線を向けるな、斬るぞ!

……くそっ……何故見習い以下の連中にエルリーゼ様の肌を晒さねば……」

 

 不満があるとすればスットコが何か毎回ついてきて、せっかくの女生徒を追い払ってしまう事だ。

 おかげで俺は見るだけで我慢するしかなく、直接触れる事が出来ない。

 スットコさえいなければ女湯あるあるの『きゃーでっかーい』とかやって、思う存分に色々なチチ、シリ、フトモモもこの手で堪能したのに。

 それとスットコに言われて、風呂に入る時は必ずタオルを巻くように言われた。

 しかしアニメとかでよくあるけど、それはマナー違反だ。タオルを湯に浸けてはいけません。

 そう説明したのだが、何故かスットコさんは納得してくれなかったので、仕方なく自分に光魔法をかけて肝心な場所は見えないようにしておいた。

 光魔法の究極防御、その名も『謎の光』。これを使う事でどの角度であろうと、俺の肝心な場所は誰にも見えない。

 ……女湯でこんな事する意味はないと思うけどな。でもやらないとスットコが許可出してくれないし、しゃーないわ。

 

 そんなこんなで学園生活を満喫していると、あっという間に第一回中間試験がやってきた。

 ちなみに俺は免除。

 そりゃそうだ。聖女を守る為の騎士になる試験に聖女(偽)本人を参加させちゃ本末転倒だろう。

 まあ俺もテストとかは嫌いなので、これについては何も文句はない。

 その後は楽しい夏季休暇。要するに夏休みだ。

 学生の皆は課題やら何やらを出されていたが、俺にはない。

 ベルネルは攻略中のヒロインと個別イベントでイチャコラする事だろう。

 さて……暇だ。

 何をして暇を潰そうか。

 最近では訓練すら半自動化してしまったから、やる事がない。

 剣の訓練をしていた時、ふと俺は思った。

 最善の動きとか何とかを身体に自動で覚えさせることが出来れば楽じゃね? と。

 思い立ったが吉日。駄目ならそれでいいやって感じで俺は雷魔法をちょいちょいと弄って一つの魔法を作った。

 その名も『技術窃盗サンダー』。

 人の身体の動きっていうのは要するに電気信号だ。

 だから達人が技を使ったりする時の電気信号をコピーして俺にラーニングしときゃいいんじゃね? と俺は考えた。んで、出来た。

 その人が『身体に覚えさせた動き』を俺も『覚えた』。

 理屈が合ってるかどうかなんぞ知らん。てゆーか多分間違ってる。

 けど『出来ると思う事が重要』なんだろうな。プラシーボ効果ってやつ?

 ともかく俺は出来ると思ったし、実際出来た。それが全てだ。

 なのでダラダラしているだけでも俺はどんどん剣術の腕が上達し続けている。

 勿論俺自身も以前はかなり訓練していてかなりの腕だったし、少しは自分でも訓練するので下地はバッチリよ。

 積み木っていうのは土台をしっかりしておかないと崩れるからな。そんくらいは馬鹿な俺でも知ってる。

 だから俺に、よくある窃盗系能力者の『奪った技に頼るだけでお前には自分で積み上げたものがない!』とかいう弱点はあんまりないと思って頂こう。少しはあるかもしれない。

 

 次は魔法だが、魔力を上げる方法っていうのが周囲の魔力を限界一杯まで身体に蓄積させてから外に出してと、循環させる事だったりする。

 まあ肺活量を上げる訓練と同じようなものか? あれも何度も空気を大きく吸って吐いてってやってれば鍛えられるだろ。多分そんな感じ。

 で、俺はこれをオートで出来るように魔法を組んだ。

 イメージ的にはあれだ。病院の人工呼吸器。

 この魔法は目には見えないが俺の全身に被さり、自動で魔力を吸って吐き出してくれる。

 なので魔力を鍛えたくなった時はこれを使って、訓練を止める時は解除すればいい。

 そんなわけで俺は楽してズルしてパワーアップが出来るようになった。

 やっぱ人間努力したら負けですよ。時代は効率よくいかに怠けるかだね。

 うーん、俺ってダメ人間。

 

 しかし要するに、物凄い暇であった。

 なので暇潰しにコッソリ遠出して、何かこの学園目指して移動していた魔物の大群を苛めておいた。

 はい光魔法ドーン! 相手は死ぬ。

 どうせ魔女が魔物をこっそり呼び寄せていたんだろうが甘い甘い。

 ゲームを最後までプレイした俺にはとっくにお見通しなのよん。

 この魔物の軍勢は放置すると終盤近くになって学園に到着するのだが、その際に進路上にあった国を一つぶっ潰してしまう。

 で、学園まで来たところで全生徒が迎え撃ち、大勢の死人が出る中でエテルナが遂に覚醒して聖女パワーで軍勢を蹴散らすというイベントが待っている。

 ところがどっこいぎっちょんちょん。

 そんな面倒なイベントは前倒しに潰すに決まってるでしょーよ。

 というわけで光魔法ドーン! もう一発ドーン!

 おまけに火魔法とか水魔法とか雷魔法とか、とにかく色々ドーン!

 たまには身体を動かさなければいけないので魔法で作り出した光の剣を振り回して無双プレイ。

 イヤッホォォォォウ! WRYYYYYYYーーーッ!!!

 ふははははは! 怯えろ! 竦め! 何も出来ずに死んで行け!

 ほらほら、どうせなら命乞いの一つもしてみろ! もしかしたらお優しい俺の気が変わるかもしれんぞ。

 ……ほう? 降伏して命乞いしたい? いい心がけだな。

 さあて、どうしたものかな。ど、お、し、よ、お……かなぁ~?

 ……やっぱりだァーめ。大人しくくたばれ。

 

「貴様……騙サレタ……振リヲ……」

 

 何か敵がほざいている。

 バァーカめ、騙される方が悪いんだよん、この間抜けめ。

 どうだぁ? 悔しいかぁ?

 いーっひっひっひ、勝ちゃあいいんだよ、勝ちゃあ。

 それが分かんねーからテメーは負け犬なのさ! ギャハハハハー!

 

 さて……今のが最後の敵かな。

 うん、もう敵はいないな。

 あー、スッキリした。やっぱこの世界での娯楽は魔物フルボッコに限るわ。

 そんじゃ進路上の国の皆さん、後片付けはよろしく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話 大魔

 ルティン王国は王都の他に七つの都市、十五の地方と百の村を抱える東の王国である。

 海に面し、いくつかの山も所有するこの国は豊富な海産物と山菜を目当てに訪れる旅人も多い。

 普段ならば多くの人々の活気で賑わう王都の城下町……だがその日に限っては、いつもと様子が違っていた。

 多くの民が持てるだけの荷物を持ち、我先にと逃げようとしている。

 その理由は、驚くべき速度で進軍してきた魔物の軍勢を恐れてのものだ。

 既に王都から少し離れた場所で国の存亡をかけた決戦が始まっており、兵士達が必死に奮闘している。

 城の抱える全兵士を動員し、魔法師団を動かし、周辺都市からも続々と領主や貴族に率いられた援軍が集まって来る。

 義勇兵が集い、荒くれ者が我こそはと勇敢に名乗り出た。

 普段はいがみ合っている者同士もこの時だけは愛する母国の為に、さあ行くぞと互いを鼓舞し合いながら背中を預け合い、味方の死を力に変えて有志達が剣を握る。

 王族も自ら戦場に馳せ参じて味方の士気を高め、皆が一丸となって脅威に立ち向かった。

 

「ホウ……下等ナ人モ少シハ頑張ルデハナイカ」

 

 その抵抗を、巨大な三頭犬の上から見下ろしているのは、巨大な『鬼』であった。

 身長3mを超える巨躯は漆黒の毛皮で覆われ、頭部からは硬い角が二本伸びている。

 よく見ればそれは猿のようにも見えるが、猿とは比較対象にもならぬほどに禍々しく力強い。

 この怪物こそが、この魔物の軍勢を率いている事は誰の目からも明らかであった。

 これは一体何者なのか? 少なくとも普通の魔物ではない。

 魔物は野生動物を魔女の力で変えたもの。しかし野生動物の中にこんな鬼などいない。

 猿が魔物になってもこんなに巨大化はしない。こんなに強くはならない。

 これは魔物であって魔物ではないもの。その規格外の魔物を人々は恐れを込めて『大魔』と呼ぶ。

 大魔は魔女が作り出した、魔物を超えた魔物だ。

 多くの動物を魔物へ変え、そしてそれらを同じ場所に閉じ込めて殺し合わせる。

 そうする事で最後に生き残った魔物は他の魔物を喰らい、従来の個体とは比べ物にならない強さを得るのだ。

 その大半は以前にエルリーゼが蹴散らしたドラゴンのような、ただ強いだけの魔物となる。

 御伽噺で謳われるようなドラゴンには人語を介する者や人間よりも高い知能を持つ者もいるが、少なくともこれまでに人語を話すドラゴンが確認された事はない。

 勿論ドラゴンを始めとする強力な魔物達は大魔ではない。戦闘力を言えば大魔に比肩、あるいは匹敵するが、やはり強いだけの魔物だ。

 大魔とは、この不自然極まりない進化の中で知恵を手にした者を言う。

 そして大魔になって知恵を手にする動物は、人に近いと言われる猿やゴリラに多い。

 他には犬やイルカ、カラスなどが大魔になる事もある。

 とにかく知能が元々高い生物だけが、大魔になる権利を有している。

 尚、当然ながら人にそれは行えない。脆弱な人間は魔物化する事もなく、魔女の力に耐え切れずに死ぬからだ。

 大魔の誕生は、手順は単純なれど難しい。

 百回挑戦すれば九十九回は確実に失敗する。

 何故なら先述したように、魔物化した猿というのは本来それほど強くはない。

 つまり、まず殺し合いの時点で脱落してしまう。

 余程運に恵まれた個体だけが、他の魔物に相手にされなかったり、隠れ続けたりする事で生き延びて漁夫の利を手に出来るのだ。

 そうして生き延びても、その個体が耐えられるかが分からない。

 大魔になる前に大半は耐え切れずに、人と同じく死に至る。

 誕生の確率は恐ろしく低い。

 だがその過酷な低確率の門を抜けた先にこそ、従順で魔物の指揮も任せられる優れた魔女の片腕が誕生するのだ。

 

「恐れるな! 前に出ろ! 気持ちで負けるな!」

「俺達ならば勝てる! 諦めるな!」

「我等が負ければ国が蹂躙される! ここが踏ん張り所ぞ!」

 

 人間達はこの苦境の中でも希望を捨てずに戦う。

 だが悲しいかな。力が足りない。数が足りない。

 この軍勢を前にしてはいくら頑張ろうと消化試合でしかなく、滅ぼされるのが遅いか早いかの違いしかなかった。

 

「諦めるな! せめて民が逃げるまでの時間を稼げ!」

 

 大魔――鬼猿とでも呼ぼうか。その怪物は、思わず噴き出してしまった。

 人間の中の隊長格の一人と思われる男の言葉が可笑しくて仕方ない。

 こいつらは阿呆なのだろうか?

 ほんの短い台詞の中で、もう言葉が矛盾している。

 諦めるなと言ったその口で、直後に『民が逃げるまでの時間を稼げ』ときた。お前が一番諦めているではないかと鬼猿は嘲笑してやりたい気分だった。

 時間稼ぎ――嗚呼、何と惨めな敗者の言葉。

 既に目的がすり替わっている。勝って国を守るのではなく、もうそれは無理だからせめて犠牲を減らそうと勝利を放棄している。

 勝つ事を諦めた言葉だ。負けを受け入れた可哀想な鼓舞だ。

 

「ドレ……俺モ少シ遊ブトシヨウ」

 

 鬼猿が三頭犬の背から飛び降り、兵士達の中央に着地した。

 数人の兵士を下敷きにし、そして手に持った棍棒を振るう。

 するとそれだけで、周囲にいた兵士達が枯れ木のように吹き飛び、身を守るはずの鎧はビスケットのように砕け散った。

 

「う、うわわわ……」

「恐れるな! あれが敵将だ! 討ち取れ!」

「あいつを倒せば敵は崩れる!」

 

 単身で降り立った鬼猿に兵士達が挑む。

 だが鬼猿はその決死の抵抗を嗤い、棍棒でまたしても兵士達を殴り飛ばした。

 鎧が砕ける音が響き、何人もの人間が原形を失って空を舞う。

 大魔の戦闘力はドラゴンに比肩する。

 そのパワーは城の城壁を容易く砕き、強靭な皮膚は剣も槍も通さず、馬鹿げた生命力は魔法にも平然と耐え抜く。

 聖女を守る為に狭い門を潜って特別な訓練を受け、そして認められたエリート中のエリートである『魔法騎士』……一人が一個小隊に匹敵すると謳われるその者達ですら単騎討伐は出来ない。

 複数人がいて、ようやく打ち倒せるというそれと、この鬼猿は互角に戦える。

 雑兵が何人向かっても、勝てる相手ではない。

 飢えた野生の大熊を前にして、素手の幼子が百人で挑んでいるようなものだ。

 作戦を考えて罠を張り、武器を調達して戦えば勝てるかもしれない。決して絶対勝てないわけではない。

 だが正面から挑んで勝てるか? いや、無理だ。

 幼子の腕力と柔らかな拳でいくら叩いても、熊の毛皮は貫けない。筋肉には通らない。

 それと同じで、兵士の攻撃は鬼猿には通じない。その上で向こうの暴力だけが一方的に死者を量産し続ける。

 兵士が全滅し、国が踏みにじられるのはもはや時間の問題だった。

 

 だが、その問題の時間を稼いだからこそ。

 彼等が命を盾に、勝利を諦め……それでも逃げずに稼いだ時間があればこそ。

 ――彼等の戦いは、報われる。

 

Fortune favors the bold.(幸運は勇者に味方する)

 

 鈴の鳴るような声が全員の鼓膜を震わせた。

 それと同時に天から降り注いだのは、幾千、いや、幾万もの光の剣だ。

 輝く剣は近くの魔物を斬り裂き、そして兵士達の前で待機した。

 取れ――という事なのだろう。

 手にすると不思議な事に傷が癒え、そして戦う力が沸き上がって来る。

 体が軽く、今ならば何にでも勝てそうだ。

 これならばいける! 光の剣を手にした勇者達は一層士気を高め、魔物の軍勢を次々と斬り裂いた。

 そして彼等の後ろでオーロラが天から差し込み、光のカーテンの中から黄金に輝く少女が下降してきた。

 

「おお……あのお方は、まさか……」

「ああ、間違いない。あの方こそは」

 

 その姿に兵士達が沸き立ち、何人かは戦いの最中という事も忘れて魅入った。

 しかしそんな周囲の視線など意に介さないように少女は鬼猿を見下ろし、静かに語る。

 

「なるほど……大魔でしたか。

魔女が隠れて何か企てているだろう事は薄々分かっていましたが、これほどの数とは」

「貴様……ソウカ、貴様ガ聖女……!」

 

 鬼猿は自らを見下ろす少女こそが人類の希望である聖女であると理解し、棍棒を握った。

 ここで聖女を仕留めてしまえば、魔女の勝利が決まる。

 登場は予想外だったが、しかしこれは考えによっては好都合。

 護衛の近衛騎士も連れずに出て来てくれたこの好機を逃す手はない。

 

「ノコノコ出テ来ルトハ、愚カナ奴。

貴様ヲ倒シ、ソノ死骸ヲ磔ニシテ晒セバ、人類ノ士気ハドレダケ落チルダロウナァ」

「さて……考えた事もありません。

しかし言える事は、私などを仕留めても人の心を折る事は出来ないという事だけです。

私が倒れようと、希望は必ず残ります。そして……」

 

 聖女――エルリーゼが手の中に光を生み出した。

 それを胸の前に抱き、両腕を広げる。

 

「私が倒れるのは、少なくとも"今"ではありません。

……Cut your coat according to your cloth.(自分の持っている生地に合わせて服を裁て)

 

 光が刃と化して、全包囲へ飛翔した。

 次々と魔物を断ち切り、瞬く間にその数を減らしていく。

 これに慌てた鬼猿は魔物達へ号令をかけた。

 

「アイツヲ撃テ! 堕トセ!」

 

 三頭犬が炎を吐き、遠距離攻撃が出来る他の魔物も同時に攻撃に移る。

 炎は進路上にあった鉄の盾や剣を融解させ、そこに他の魔物の攻撃が続く。

 遅れて飛行可能な魔物が殺到するが、先行していた炎がエルリーゼの翳した手に触れた瞬間に捻じ曲がり、倍加したカウンターが魔物達を撃ち落とした。

 以前に学園でも使用した倍返しのバリアだ。

 続けてエルリーゼは人差し指を立て、それを口元に運ぶ。

 

Out of the mouth comes evil.(口は災いの元)

 

 魔法発動。

 それと同時に何が来るのかと魔物達は身構えた。

 ……だが、何も起こらない。

 まさかの不発だろうか? そう思い、魔物のうちの一体が思わず笑い声をあげた。

 ――瞬間。空から迸った雷が、ピンポイントでその魔物を打ち抜き、絶命させる。

 

「ギ!? ――ガァァ!」

 

 一体何事かと声を上げた別の魔物が更に撃たれる。

 それに動揺して叫んだ魔物が。更に混乱が伝染して騒いだ魔物から次々と、撃ち抜かれていく。

 

「な、何だ……? 一体何が起こってるんだ?」

 

 人間の兵士の一人が疑問を口にするが、彼は雷に打たれない。

 味方は攻撃対象にはならないようだ。

 それからも、攻撃条件が分からないままに何かを口から発した者から順に焼き殺されていく。

 正解は『声』。口から声を発した敵に問答無用で雷が落ちているのだ。

 休む事なく雷が落ち、悲鳴が上がり、悲鳴の下に雷が落ちる。

 一度始まれば止まらない悪循環で魔物がどんどん黒焦げ死体へと変わった。

 そこに今度はエルリーゼ自らが飛び込み、魔法で生み出した光の剣を手にして薙ぎ払った。

 それだけの事で前方にいた魔物が一斉に真っ二つにされ、本来ならば剣が届かない遠くにいる魔物すら構わず切断される。

 それを二振り――三振り――四、五。驚くべき剣速と技の冴えで魔物が斬り裂かれ、とうとう残されたのは鬼猿だけとなってしまった。

 

「…………ッ」

 

 鬼猿は憎悪の形相でエルリーゼを見る。

 声は発せない。声を出せば雷に打ち抜かれてしまうから。

 それを理解出来たが故に彼はまだ生きている。

 だが理解してしまったが故に何も言えず、味方に指示を飛ばす事すら出来なくなってしまった。

 『声を出すな、打たれるぞ』。そう伝えようにも、伝えようとした瞬間にこちらに雷が飛ぶのだ。

 恐るべき指揮官封じであった。

 どんな優れた指揮官や参謀であっても、どんなに優れた作戦があっても、声を出した瞬間死ぬのでは、何も出来ない。伝えられない。

 出来るのは精々筆談くらいだが、急を要する戦場でそんな呑気な事をしている暇はない。

 

「―――!」

 

 無言で鬼猿がエルリーゼへ殴りかかる。

 だが彼がエルリーゼへ到達するよりも先に、光の剣を携えた兵士達が前に出て鬼猿を次々と突き刺した。

 その間エルリーゼは微動だにしておらず、涼し気な顔を崩しもしない。

 

「…………ッ」

 

 鬼猿は地面に倒れ……そして、跪いてエルリーゼに向けて頭を下げた。

 祈るように手を前で組み、その姿はまるで許しを乞うようだ。

 いや、実際にそうなのだろう。

 彼は今、命乞いをしているのだ。

 そんな鬼猿の前へエルリーゼが歩み出る。

 

「聖女様、近付いてはなりません!」

「そうです! 情けなど不要!」

「油断させるつもりに決まっています! 離れて下さい!」

 

 兵士達が騒ぐが、それでもエルリーゼは鬼猿の近くまで向かってしまった。

 そしてゆっくりと屈み、手を差し伸べる。

 きっと彼女はどこまでも聖女なのだろう。

 慈悲深い彼女は、どれだけ罪深い存在であろうと許しを乞う者を見捨てられないに違いない。

 しかしやはりそれは間違いだ。

 どれだけ慈悲をかけようと、救いようのない者というのは存在する。

 情を踏みにじり、勝てば何をしてもいいと開き直る。

 救いようのない、下劣外道。犬の糞にも劣る卑劣。

 それが立ち上がり、そして救いの手を差し伸べていた聖女をその手に捕えた。

 

「聖女様!」

「待て、撃つな! 聖女様に当たる!」

 

 鬼猿の巨大な掌が、小柄なエルリーゼの身体を握りしめる。

 このまま握り潰そうというつもりだろうか。

 バキバキと嫌な音が響き、鬼猿の顔が勝利の喜びから醜く歪んだ。

 しかし喜びは一瞬。次の瞬間鬼猿は、腕から伝わってきた激痛に表情を崩した。

 

 折れたのは、鬼猿の両指であった。

 エルリーゼは既に自らに防御魔法をかけていた。

 それは与えられた攻撃を三倍にして相手に全て返す絶対反撃だ。

 鬼猿はエルリーゼではなく、自らの指をへし折っていたのだ。

 激痛からエルリーゼを手放してしまった鬼猿は、震えながら、忌まわしそうに言う。

 

「貴様……騙サレタ……振リヲ……」

 

 エルリーゼは困ったように僅かに……注視しなければ分からない程に僅かに笑い、そして背を向けた。

 今のは何の笑みだったのだろう。

 騙したつもりで騙されていた鬼猿への嘲笑だろうか?

 いや違う。きっと、本当は信じたかったという、そんな悲しみが表情に出たものに違いないと兵士達は思った。

 あるいは信じる事の出来なかった自分への自嘲か……。

 どちらにせよ、優しすぎるが故に出たものである事だけは確かだろう。

 

 そのエルリーゼの後ろで、鬼猿が雷に打ち抜かれ――国の存亡をかけた戦いは、幕を下ろした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話 共犯

 存分に魔物をサンドバッグにしてストレスを発散した俺は、コソコソと隠れるように学園内を歩いていた。

 ここから俺はレイラに見付からないように自室に戻り、ずっとそこにいましたよと取り繕う必要がある。

 護衛役であるレイラに一言の相談もなしに外でヒャッハーしてたなんて知られたら、またガミガミ言われるに決まってるからな。

 俺は他人に的外れなSEKKYOUするのは好きだが、自分が正論で説教されるのは大嫌いなんだ。

 マウントを一方的に取りたいんだよ。

 オレは上! きさまは下だ!!

 

「エルリーゼ様……?」

 

 ファッ!? 見付かったあ!?

 ままま待て、スットコ! まずは落ち着いて話し合おう。

 俺は別に外に出てヒャッハーしていたわけではない。

 ただちょっと散歩をしていただけだ。

 ……と、慌てて振り返ったが、そこにいたのはレイラではなくベルネルであった。

 何だお前か。驚かせるなよ。

 

「何をしているんですか? まるで誰かから隠れるように……もしかしてレイラさんですか?」

 

 はい図星です。

 くそ、こいつ案外鋭いな?

 というかこいつこそ何でこの時間に学園内をウロついてるんだ。今は日が沈みかけていて、何より夏季休暇中だぞ。

 俺の場合は自室が女子寮じゃなくて学園内にあるからやむを得ない。

 この学園は五階建てなのだが、五階部分は主に来客……まあ王族とかが来た時の為に用意された豪華な居住空間になっていて、普段は使われていない。

 俺としては別に、そんな所じゃなくて普通に女子寮でいいと言ったし、むしろ女子寮に行きたかったのだが、それは駄目だとゲスト部屋を自室に強制決定されてしまった。

 護衛であるレイラは基本的にドアの前でスタンバイしており、部屋の中までは入らない。

 (護衛が休む為の詰所も外にある)

 というかずっとそこに立ってなくていいぞマジで。もっとその辺散歩したり外に行って食べ歩きしたりしてこい。

 もういい‥‥休め‥‥休め‥‥っ!

 俺はそのレイラの目を盗み、何とか部屋に戻らなくてはならない。

 出る時は簡単だった。

 レイラだって人間だ。ずっと同じ場所に立っている事は出来ない。

 具体的に言えばどうしても仮眠を取る時間がある。

 学園までついてきた護衛はレイラ一人だけで、後はレイラが仮眠を取っている時だけ代理で学園から選ばれた成績優秀な騎士候補生が数人見張りにつく。

 ちなみに護衛は本当はもっと多くの近衛騎士が付いて来るはずだったが、俺が強権発動で止めさせた。

 騎士っていうのはこの世界では貴重な戦力で、それを俺一人の為に学園に数人連れて行くのは人材の無駄でしかない。

 原作でもエルリーゼ(真)が無駄に自分の護衛として騎士をゾロゾロと連れてきたせいで、色々な場所の守りが手薄になっていたらしい。

 そもそも俺に護衛自体がいらないし、しかもここは騎士を育てる学園なのだから候補生とはいえ全員が戦闘要員だ。ハッキリ言って城より安全まである。

 それでもレイラだけは断固として聞かずについてきたのだが……まあ一人でずっと護衛をするのは無理なので、レイラが仮眠をとって代理の候補生が見張りをしている時間というものが必ず出来るわけだ。

 

 なので俺はレイラが仮眠を取っている時間を見計らって脱走をした。

 勿論前述の通りに見張りはいるが、レイラに比べればザルだ。

 まず、見張りは基本的にドアの方向ではなくて、その反対側を向いている。

 これは当然の事で、ドアの中の護衛対象を守ろうとしているのだから、当然向くのはその反対側だ。

 要人護衛とかでドアの前に立っているSPが通路の方に背中を向けてドアの方に顔を向けていたらただの間抜けだろう。

 なのでドアを開ける音は風魔法で見張りに音が届かないようにしつつこっそりドアの外に出れば、まず気付かれない。

 (レイラならばこの時点でバレる。魔法で空気の振動とかが伝わらないようにしても何故か勘でバレる)

 次に光魔法で光の反射をあれこれ弄ってステルスし、ドアに魔法をかければ後は堂々と見張りの横をすり抜けてしまえばいい。

 ドアにかけた魔法は俺オリジナルの『自動返信』魔法で、レイラの質問……例えば『いますか?』などの問いに『はい、いますよ』と俺の声で返してくれる。

 そして緊急事態でもない限り側仕えの騎士が勝手に主の部屋に入る事はない。

 だが問題は帰りだ。この時間は代理ではなくレイラがガッチリ見張りに立っているので、これを掻い潜って自分の部屋に戻るのはなかなか難しい。

 ちなみに窓から飛んで出て行くってのは無理。

 窓は確かにあるのだが、外からの侵入対策として面格子がある。ちょっとお洒落なデザインのやつ。

 なので窓からは出れない。

 ていうか今は俺よりベルネル、お前だよ。

 何で夏季休み中に学園内ウロついとんの君。

 

「俺は借りていた本を返しに図書室へ行って、その帰りです」

 

 へえ、そりゃまた実に学生らしい理由で。

 夏季休暇中でもやってるんだ、それ。

 まあ課題とか出てるわけだし、その為の資料集めとかに使うだろうから図書室が開放されてるのは当たり前か。

 

「エルリーゼ様は何を?」

 

 ギクゥ。

 俺は……ほら、あれだよ。

 ちょっと散歩みたいな?

 たまには一人でウロウロしたくなる時とかあるじゃん? じゃん?

 そんなわけでどうやってレイラに気付かれずに部屋に戻るかを考えてるところだ。

 そう教えてやると、ベルネルは思わぬ提案をした。

 

「だったらそれ、俺も手伝いますよ。レイラさんの気を引けばいいんですよね?」

 

 おおマジか! 助かる! お前いいやつやな!

 さすが主人公は格が違った!

 そうと決まれば早速ゴーだ。うまくレイラの気を引いてくれよ。

 なあに、でえじょうぶだ。レイラって雰囲気有能っぽいけど、割とスットコだから。

 

 

 

 駄目でした。

 

 結論から言えば俺とベルネルは仲良く見付かって二人でお叱りを受けた。

 くそ、こんな時だけレイラしやがって。もっとスットコしろよ。

 作戦は悪くなかったんだ。

 ベルネルが会話で気を引いて、それで少しドアから離れさせた隙に俺が部屋に戻る。そういう手はずだった。

 なるほど完璧な作戦っスねーっ。不可能だという点に目をつぶればよぉ~。

 ……まあなんだ、うん。俺専用って事になってる五階に一般の生徒であるベルネルが入って行ったら、その時点で不審人物認定待ったなしだった。当たり前だよなあ。

 でもなあ、ゲームではレイラはもっとガバガバ警備だったはずなんだよ。

 ゲームでもエルリーゼ(真)が学園に何度もちょっかいをかけてくるっていうのは前も話したけど、俺と同じように学園に一時滞在してこの五階に住む期間がある。

 で、その間は当然五階にレイラもいるわけだが……ゲームだと自由行動時にベルネルが五階に行っても、普通にレイラと仲良く会話出来るし、むしろ話すと好感度が上がってたくらいだ。

 ともかく、このままではベルネルが不審者としてレイラにお仕置きされてしまいかねないので、止むを得ずに俺が飛び出してネタ晴らし。そうする事で何とかベルネルは無罪放免になったが、代わりに俺と一緒にお説教を受ける事になってしまった。

 すまんベルネル……完全に俺の巻き添えだ。許せ。

 

 でもまあ、何だ。

 こうやって共謀して馬鹿やるっていうのはガキっぽいが楽しいものだ。

 友達とアホな事ばかりしていた前世のガキの頃を思い出す。

 男同士の馬鹿な友人っていいよなあ。

 ……思えば俺って、いつからぼっちになってたんだっけか。

 子供の頃はまだ友達とかもいたんだが、成長するにつれてだんだんと皆も俺のおかしさに気付き始めて…………まあいいか。

 ま、ありがとよベルネル。今回は楽しかったぜ。

 次はバレない範囲で……あ、いや。怒られない範囲で何かやろうぜ。

 

 あ、でもそれはそうとして見付かったからお前の呼び名降格な。

 今までは内心はともかく実際呼ぶ時はベルネルさんって言ってたがこれからはお前なんかベルネル君だ。

 次はよろしく頼むよ、ベルネル君。

 

 

 ――それはベルネルにとっては、あまりに嬉しい偶然だった。

 

 魔法学園の生徒は、夏季休暇中に多くの課題を出される。

 騎士の心得、過去の聖女の名前、その歩んできた人生、歴史……過去の魔女の悪行の数々、過去の戦闘記録。

 読み書きに算術、礼儀作法、女性のエスコートのやり方にテーブルマナー。従者の心得。

 それらを頭に叩き込む事を要求される。

 実技に優れていなければならないのは最低限のラインとして、騎士を志すならばこうした高い教養を求められるのだ。

 騎士とはただ戦うだけの存在ではない。聖女を守り、支える存在。

 故に騎士には、王族に仕える召使い以上のものを求められ、実技と合わせてこれらをたったの三年間で身に付けなければならない。

 そして何より求められるのは、生徒自身の向上心であった。

 

 夏季休暇とは決して、長い時間休んでいいという学園側の計らいではない。

 これで本当に休むような奴は容赦なく騎士候補から外すという、振るい落としである。

 騎士が守るのは人類にとって最も大事な存在である聖女だ。

 故に甘えは許されない。ちょっと気を抜いた隙に魔物や魔女に暗殺されましたでは絶対に済まされない。

 そうなってしまえばエルリーゼから見て二つ前……先々代の聖女が死んだ時と同じように、人類の暗黒期が無駄に伸びてしまう。

 だから夏季休暇だ……などと喜んで気を抜く輩は論外。

 出された課題など全て終わらせて当然だし、それすら出来ないならばその場で学園から追放される。

 その上で自由時間をどう使い、周囲との差を広げるか。学園はそこを見ている。

 

 無論ベルネルはそんな裏事情など知るはずもないが、元より彼の目的は聖女の側に在れるほどに強くなる事だ。それ以外には興味もない。

 ましてや彼が並ぼうとしているのは歴代最高の聖女と称されるエルリーゼだ。

 ならば、並大抵の努力でそこに辿り着けない事など覚悟の上である。

 だから課題など夏季休暇初日に、図書室から資料を借りられるだけ借りて素早く終わらせた。

 残りの時間全てを修練に費やしたかったからだ。

 そして用の済んだ資料を学園の図書室へ返し、いざ特訓だと寮に帰るその帰り道で……何やらコソコソしているエルリーゼを発見した。

 

「エルリーゼ様……?」

「ふぁっ!?」

 

 声をかけると、余程驚いたのか普段あまり聞かないような可愛らしい声を発した。

 基本的に落ち着いているこの聖女のこういう姿は新鮮だ。

 他の者達がきっと見た事もないだろう姿を見られた事で、ベルネルは少しだけ優越感を感じた。

 

「あ。ああ、ベルネルさんでしたか。驚いた……」

「何をしているんですか? まるで誰かから隠れるように……もしかしてレイラさんですか?」

 

 ベルネルがそう言うと、どうやら図星だったようでエルリーゼは硬直した。

 それから話題を逸らそうとしたのか、ベルネルへ質問を飛ばした。

 

「ところでベルネルさんは何故ここに?」

「俺は借りていた本を返しに図書室へ行って、その帰りです。

エルリーゼ様は何を?」

「私は……ちょっと散歩です。たまには一人で歩きたい事もあるといいますか……。

それで今は、どうやってレイラに見付からずに戻れるかを考え中でして。

……出る時はレイラの仮眠中に抜け出したんですけど」

 

 ベルネルの問いにエルリーゼは視線を逸らしながら答えた。

 彼女は基本的にどこにいくにも必ず護衛が付いて来る。

 それは彼女の重要性を考えれば仕方のない事だろうが、それでは息が詰まる時もあるのだろう。

 聖女と言えど、そういう一面もあるという事か。

 今まではずっと遠くにいたような気がしていた彼女も、同じ人間なのだと思うと途端に距離が縮まった気がしてベルネルは何となく嬉しくなった。

 

「だったらそれ、俺も手伝いますよ。レイラさんの気を引けばいいんですよね?」

「えっ? いいんですか? ……いやでも、悪いですよ。それにレイラって結構冗談通じないところありますし……」

「大丈夫。やらせてください。聖女様が困っていたら手を貸すのも騎士の務めですから。

……まあ、まだ候補ですらない学生ですけど」

 

 それから二人は周囲に誰もいないかを気にしつつ、階段を上って五階へと到着した。

 少し離れた場所には来賓用の客室があり、そのドアの前でレイラが不動の姿勢で警備を続けている。

 レイラ・スコット……彼女はある意味ではベルネルにとって、エルリーゼとは違う意味での憧れであった。

 レイラが今いる立ち位置こそはまさに、エルリーゼを信奉する誰もが目指す目的地だ。

 エルリーゼの最も近くにいて、そして守護を任される。全ての騎士が目指す最高の座。

 そこにいるレイラをベルネルは尊敬していたが、同時に少し嫉妬もしていた。

 今は彼女がいるその場所に、いつかは自分が立ちたいと思った。

 とはいえ、それはまだ先の話。今の自分はただの学生に過ぎない。

 ただ、最高の騎士を前にどうやってエルリーゼを部屋に到達させるかを考えるだけだ。

 

「エルリーゼ様。俺が今からレイラさんの注意を引いてドアから離しますから、その隙に……」

「はい、分かりました」

 

 ベルネルの指示に頷き、それからエルリーゼは可笑しそうに笑った。

 

「エルリーゼ様?」

「あ、いえ。何だか少しおかしくて。

こうして二人で悪巧みをするのって、なんだか子供の遊びみたいじゃないですか。

友達とかがいれば、こんな感じなのかなって思ったら楽しくなってきて」

 

 それは、普段は超然としていて神秘的な彼女が見せた、見た目相応の笑みであった。

 ベルネルは咄嗟に顔を逸らし、前を見る。

 ……危なかった、と思う。

 正直このまま呼吸と心臓が止まるかと本気で思った。

 もう少しあの笑顔を見続けていたら、見惚れて何も考えられなくなっていただろう。

 

「で、では……行きます」

 

 ベルネルはそう宣言し、前へと踏み出した。

 しかし聖女とその護衛以外立ち入り禁止の区域に一般生徒が入り込んで怪しまれないはずがない。

 ベルネルは問答無用で捕まりそうになり、それを庇う為にエルリーゼが慌てて姿を見せた事で事なきを得たが、作戦は見事に失敗に終わった。

 そして二人はレイラに叱られる事となった。

 

 

「叱られてしまいましたねえ」

 

 あれから二人はこってりとレイラのお説教を受ける事となった。

 十数分に渡るお叱りからようやく解放されたエルリーゼはベルネルに視線を向けた。

 

「ごめんなさい、ベルネルさん。

私の巻き添えでこんな事になってしまって」

「いえ。言い出したのは俺の方ですし……はは」

 

 結局は何の役にも立てなかった。

 その事実に少しばかりベルネルは気落ちするが、そんな彼にエルリーゼは小声で言う。

 

「でも、今回は楽しかったです。もし機会があれば今度は叱られない範囲でまた何かやりたいですね」

「また、ですか……?」

「迷惑でなければ」

「め、迷惑なんてとんでもない! 是非!」

 

 慌てて言うベルネルにエルリーゼが満足そうに微笑み、そしてレイラに連れられて部屋に戻される。

 そしてドアが閉まる直前に、もう一度振り返った。

 

「それじゃあ、また明日……ベルネル()

 

 その言葉を最後にドアが閉まり、エルリーゼの姿は見えなくなった。

 しばし茫然としていたベルネルだったが、レイラにしっしと手で払われた事で正気に戻り、階段を下りる。

 最後の瞬間のエルリーゼの言葉が何度も脳内をリフレインする。

 ベルネル君……今までは他人行儀でベルネルさんだったものが、ベルネル"君"になった。

 これは明らかな前進だ。確実に自分と彼女の距離が縮まったのを感じる。

 

 寮に戻る帰り道の途中……ベルネルは喜びのあまり、ジャンプしてガッツポーズをした。




【ゲームとの違い】
《ゲームのスットコ》
・護衛は仕事だから仕方なくやっている。
・正直近衛騎士やめたい。
・てゆーかもう騎士やめたい。
・あのピザ我儘すぎてもう付き合いきれん。死ねばいいのに。
・聖女の名を笠に着てやりたい放題……魔女よりこいつを斬るべきなのでは……。
・あんな奴守りたくないな……。私の見ていない時に転んで死んでくれないかな。
・そもそも私が護衛してるアレ、本当に聖女か?
こんな状況なのでハッキリ言ってやる気0。それでも義務感からギリギリ仕事を放り出さず頑張っている。
なので五階に誰か来てもそんなに警戒せず、ベルネル君が来たらむしろ愚痴を言う相手が来て喜ぶ。

《この世界のスットコ》
・護衛は自分の意思
・近衛騎士になってよかった
・エルリーゼはもっと自分に頼って欲しい
・私が守護(まも)らねばならぬ……。
・エルリーゼは間違いなく聖女(確信)
・やる気MAX。
五階に誰か来る? 誰だろうがドアに近付けるわけない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話 闘技大会

 楽しい楽しい夏休みが終わり、再び学園が再開された。

 まあその間俺はずっと暇だったわけだがな。

 あった事といえばルティン王国から感謝状やらお礼の金銀宝石やら、それだけに留まらず王族ご家族揃ってお礼参りに来たりとかしたせいで、俺があの日に黙って外に出て魔物狩りでヒャッハーしてた事がレイラにバレたくらいか。

 やっぱ悪い事ってのは必ずバレるもんなんやね。

 仕方ないのでとりあえず反省しておいた。

 1、2、3……はい、反省した。反省終わり。そのうちまたやるわ。

 俺は自分に都合の悪い事は忘れる生き物なのさ。

 魔物苛めはこの世界での数少ない娯楽だし、取り上げられたら退屈で死んでしまう。

 

 夏季休暇が終わったので、この後のイベントは前も話したように学年別闘技大会が行われる。

 闘技大会は一年に二回。前期に学年別、後期には全学年でやる事になるので学園生活中合計六回開催されるわけだ。

 とはいえ、このゲームは一年間の出来事のみで構成されるので二学年に進級した後の事は考えなくていい。

 よって、ゲーム中にプレイヤーが実際に参加する闘技大会はたったの二回である。

 この闘技大会はイベントではなく普通に戦闘に入り、これまでプレイヤーがどれだけベルネルを鍛えて来たかが試される。

 決勝ではマリーというめっちゃ強い娘と戦闘になるが、大半のプレイヤーはここで負けて準優勝になる。

 一周目でマリーに勝つのは全ヒロインを放置して自由時間の九割以上を自主練に使う必要があるとまで言われる、とても強いキャラクターなのだ。

(しかし味方になるとベルネルより弱くなる。お約束だ)

 言うまでもなくこのマリーも攻略可能ヒロインの一人だ。

 青髪セミロングのクーデレで、ファンからの人気が高い。

 クーデレはいつの時代も強いのだ。

 

 闘技大会が終われば、戦績に関係なく聖女を始末しようとした魔女の部下が襲撃してきて中ボス戦に入る。

 この時出て来る奴は大魔のなり損ないの雑魚なので知能は低いし実力も、この時点のベルネル達で十分倒せる。

 しかもこの戦闘ではマリーも味方に加わるので余程ベルネルが弱くない限りは余裕で勝てるだろう。

 で、この中ボスなんだが……知能が低いので、本物の聖女のエテルナを無視してエルリーゼ(真)を狙う。

 この大会では来賓としてエルリーゼ(真)が招かれており、特等席にいるのだ。

 この時点ではエルリーゼ(真)は偽聖女と発覚していないのでベルネル達は騎士の義務で中ボスの前に立ちふさがり、エルリーゼ(真)を守る。

 『ここで守らずに死なせておけば……』とファンは声を揃えて言う。俺もそう思ったがこれは強制イベントだ。

 わざと負ける事でエルリーゼ(真)を何とか殺そうとしたプレイヤーも多い。俺もそうだ。

 しかしこの戦闘で負けても、結局中ボスはレイラが倒してしまうし、しかも負けるとマリー関連のフラグが根本からへし折れて以後登場しなくなってしまうのでデメリットしかなかった。

 

 つまり、この襲撃イベントはゲーム本編と変わらずに俺を狙ってくるのは間違いないだろう。

 だが所詮は大魔にもなれない、なり損ないの雑魚助だ。俺の敵じゃあない。

 ま、出てきたらソッコーでパパッと始末してそれで終わりよ。

 朝のラジオ体操の代わりくらいにゃなるかな? ってレベルだ。

 いや、代わりにもならないか。ラジオ体操は健康にいいからな。

 問題は……そうだな。一応、中ボスが初登場した時に演出でモブ騎士が何人か挑んで吹っ飛ばされて死ぬくらいか。

 本当、モブに優しくねーなこの世界。

 

「エルリーゼ様、そろそろ始まります」

 

 レイラに言われて俺は一時思考を中断した。

 あ、もうそろそろ行く時間?

 そんならまあ、さっさと行こうか。

 俺にとっちゃあドングリの背比べみたいな戦いだが、見て楽しめない事はない。

 それに男の頃はこれでも格闘技の試合とか見るのは嫌いではなかった。

 今回やるのは格闘のみならず剣も魔法も何でもありの試合だが、台本ありのドラマとは違うガチのチャンバラを見れるので結構楽しめる。

 余談だが俺はこの闘技大会には十歳くらいの時から来賓としてお呼ばれしており、もう何度も見ている。

 

 レイラに案内されて着いた場所は、学園の運動場横に造られた特設闘技場だ。

 正方形に切り出した石を並べて造り上げた四角いリングの広さは、端から端までで大体30mくらいだろう。

 やや高めに作られており、客席からは見上げる構図になる。

 その周囲には塀が建てられ、塀の向こう側には椅子がズラーッと並べられていた。

 イメージ的にはプロレスのリングとかに近いかもしれない。

 で、一番後ろにはブロックを高く積み上げる事で作られた高所に、他の席よりも豪華な椅子が設置されていた。

 あれが俺の座る特等席だが……ちょっと遠いんだよなあ。特等席って言ったら普通最前列だろ。

 何で最後尾にしてんの? 馬鹿なの? 嫌がらせなの?

 どうせなら前行こうぜ前。

 

「申し訳ありません。これは安全上の問題でありまして。

何かの間違いで魔法や、生徒の手を離れた剣が飛んでこないとも限りませんから、エルリーゼ様には安全な位置での観戦をしていただきます」

 

 ブーたれてみたものの、あえなく学園長に諭されて撃沈。

 ちなみに学園長は四十歳後半のおっさん。

 先代の聖女の筆頭騎士だった男で、それだけに周囲からの信頼は厚い。

 実は裏で魔女と繋がっていて、後で戦う事になるボスキャラの一人だ。

 要注意人物の一人だな。

 名前はディアス・ディアス。ファーストネームがディアスで家名もディアスだ。

 日本人で言えば山田山田みたいな名前である。

 しかし変態クソ眼鏡といい、この学園にまともな教師はおらんのか?

 

 かくして始まった闘技大会は、まあそこそこ楽しめた。

 前世基準で言えば『人間の動きじゃねえ』ってくらいに全員が出鱈目な動きをしてビュンビュン動き回ってバンバン魔法撃って、かなり見応えのある試合だと言える。

 しかし今の俺基準で言うと……どうにも、レベルが低く見えてしまうな。

 俺が普段見る騎士って基本的にレイラとかの近衛騎士ばっかだから仕方ないんだけど、こういうの見るとレイラって普通にめっちゃ強いんだなと思うわ。

 というかレイラは学生の時から結構凄かった。在学中は全部レイラが優勝してたからな。半端ねえわ。

 おい誰だよ、この有能をスットコとか呼んでるの。

 おうスットコ、お前はこれ見てどう思うよ。

 

「私ですか? そうですね……今年はなかなかレベルが高い生徒が揃っていると思います。

私もうかうかしていられませんね」

 

 ええ? ホントにぃ?

 そりゃまあ、この前見たルティン王国の兵士とかに比べりゃ全員強いけどさ。

 

「特にあの四人……ベルネル、アイナ・フォックス、ジョン、そしてマリー・ジェットには光るものがあります。

ベルネルは技術は粗削りですが基礎能力で優れており、アイナ・フォックスは突出したものはありませんがよく研磨されています。流石は騎士フォックスの娘といったところでしょうか。

ジョンは確か元兵士でしたね。他の生徒よりも戦いというものを心得ているように見えます。

最後にマリー・ジェットは剣と魔法のバランスがよく、パワーはありませんが技術ならば既に騎士レベルでしょう。

私が思うに、今年は彼女が優勝候補ですよ」

 

 レイラが名前をあげたのは主人公のベルネルと、強キャラであるマリーの他に、最近すっかり忘れていたアイナ・フォックス(本来は俺を暗殺しようとする子だ)と……後はモブAだな。

 あのモブ、強かったんだ……。

 それにしてもここに、本物の聖女であるエテルナが入っていないのが何とも悲しい。

 まあ聖女の力に目覚めるまではエテルナってダメージ受けないだけで大して強くないから仕方ないけど。

 

 決勝に進出したのはやはり、ベルネルとマリーだ。

 まあ一周目でもここまでは来れる。

 そして多くのプレイヤーがここで涙を呑む事になるだろう。

 一周目のマリーを倒すのは本当に難しく、俺も初見プレイ時は負けたものだ。

 TASプレイだと大根とかいうネタ武器で戦っても勝てるけど、あれは普通は無理。

 まあこの世界でもベルネルは負けるだろうと思っている。

 二周目以降のベルネルは前の周のレベルや技を全部引き継げるんだが、この世界のベルネルにそんなものを引き継いでいる気配はなかった。

 この条件下でマリーに勝とうと思ったら、自由時間の大半を自主練につぎ込まなければならないが、そんな事をしていたらヒロインの好感度が全然上がらないし、イベントもスルーしてしまう。

 …………。

 あ。

 そういやこの世界のベルネルって、そのネタプレイやってたわ……。

 

「決まったァー! 優勝者はベルネルだ!」

 

 実況の大声が響き、俺も流石にこれには驚いた。

 ああ……勝っちゃうんだ、そこで。

 マジであいつ、自主練ばっかしてたのな……。

 そりゃそうだよな。普通にやってればこの時点で、五人か六人くらいのヒロインとフラグ立てて仲良くなってるはずなのに、未だにエテルナ以外の女が近くにいねえもんな。

 フィオラ? いや、あれはゲームに登場しないからノーカンだろ。

 それにどう見てもベルネルに気があるようには見えない。むしろ何故かモブAと仲がいい。

 ベルネル……お前ほんとに、どこに向かってるんだ。

 お前このままじゃ『ボディビル♂エンド』だぞマジで。

 ちゃんとヒロイン攻略しろよなーお前。

 二股とか三股とかかけて、もっと色々な女の子にいい顔して八方美人やって惚れられろよ。

 かァーッ、情けない。それでもギャルゲ主人公か。

 

 まあいいや。

 これで闘技大会も終わったし、後はそろそろアイツが出て来るかな。

 5、4、3、2、1……。

 はい来たぁー! ジャンピングして空から巨人が登場し、リングを踏み砕いて登場する。

 

「フゥー……聖女ハ何処ダ……聖女、殺ス……殺ス……。

オデ……魔女サマニ、褒メテモラウ……」

 

 第一声からして明らかに脳味噌足りてなさそうなこいつが、今回の中ボスだ。名前はポチ。

 見た目は身長4mほどの狼男。ワーウルフってやつだな。

 全身は黒毛皮に覆われ、首から上が狼でその下は毛むくじゃらの人間体だ。

 これだけならば強そうなのだが、言動が何もかもを台無しにしている。

 こいつは以前に俺が苛めた鬼みたいな猿と同じく、多くの魔物を蟲毒のように殺し合わせる事で作られた大魔だ。

 ……なのだが、こいつはちっとばかり頭が足りなかった。

 犬の忠誠心で魔女には絶対服従だが、逆に言えば魔女に褒めてもらう事しか考えていない。

 その場限りの事しか思考出来ないから、後先なんて一切分からないし『自分がそうした結果後で魔女がどういう不利益を被るか』も一切考えない。

 子犬の頃に甘噛みをしていたら飼い主が喜んでいたから、成犬になっても子犬の頃の感覚で人の手を噛んで怪我させる犬っているだろ。こいつはそんな感じだ。

 要するに魔女は犬を躾けるのが下手くそで、その躾けられていない駄犬を魔物にした挙句に大魔の材料にしたら何かの間違いで生き残ってしまい、大魔のなり損ないが出来上がったわけだ。

 しかも実力も明らかにあの鬼猿に及んでおらず、ちょっと強い魔物レベルでしかない。

 身体中にはよく見ると傷痕があり、これは魔女からお仕置きされたり、他の大魔のサンドバッグにされたりしたせいである。

 まあ要するにそれくらいしか使い道のない役立たずだって事だ。

 それでもこいつは魔女に褒めて貰いたい一心で今回の独断専行に及んだ。

 だが結果的にはゲームではこいつの登場が、『魔女は学園内にいる』疑惑を深めるんだよなあ。

 魔女さんも大変やね。無駄にやる気だけはあって無能な部下なんか持って。

 そんな雑魚助が俺を見付け、そして大股で歩いてきた。

 

「聖女……殺ス……オデ、褒メテモラウ。

オデ……ゴミ、ジャナイ……」

 

 はっ。

 バァーカが。お前如き雑魚助が俺に勝てるかよ。

 身の程ってやつを知れや。

 既に魔力強化は済んでいる。お前如きがいくら攻撃しても俺にゃ効かんよ。

 というかバリアも既に張ったから、攻撃したら死ぬのはお前だ。

 俺は余裕を見せ付けるように椅子に座ったまま、負け犬を見るような目で雑魚助を見てやる。

 ふん……哀れな奴め。

 

「ヤメロ……ソンナ、哀レムヨウナ目デ……オデヲ見ルナアアア!」

 

 雑魚助が騒ぎ、拳を振り上げる。

 レイラが剣に手をかけるが、その必要はない。

 バリアに触れた瞬間カウンター発動でジエンドよ。

 

「エルリーゼ様!」

 

 しかし拳が届く寸前……ベルネルが飛び出し、雑魚助の顔面を剣でぶっ叩いた。

 雑魚助は怯んだものの、顔は斬れていない。

 ちょ……ベルネルお前それ、試合用の刃先を潰した剣じゃねーか。

 そりゃいくら相手が雑魚助でも切れないって。

 

「邪魔ヲ……スルナアアア!」

 

 雑魚助が叫んでベルネルに拳を振り下ろそうとするが、その腕をマリーの発射した氷魔法が氷漬けにした。

 さらにベルネルを援護するようにエテルナとフィオラとモブAと変態クソ眼鏡が駆け付け、六人で雑魚助と向き合った。

 何か『皆……!』とか『お前一人にいい恰好はさせないぜ』とか『私達でエルリーゼ様を守ろう』、『私を忘れていないかね?』とか盛り上がってるけど……あの、俺、別に守られなくても自分で自分の身くらい守れるからね?

 てゆーか君らが邪魔しなきゃ、もうそいつ死んでるはずだったからね?

 何か俺が守られなきゃいけない雑魚みたいな扱いされてるようで、腹が立ってきた。

 もう空気読まずにあいつぶっ倒したろかな。

 あ、それいいな。そうしよう。

 というわけではい光魔法ドー……。

 

「お待ちくださいエルリーゼ様。ここは彼等にやらせてやっては頂けませんか?」

 

 えー……。

 スットコちゃん何言ってんの? 正気?

 

「彼等は今、騎士としての役目を果たそうとしています。

ここでエルリーゼ様が終わらせるのは容易いでしょうが……ここは、どうか彼等の心意気を汲んでやっては貰えないでしょうか。

彼等は今、騎士として大きく成長しようとしている……そんな気がするのです」

 

 それ気のせいだよきっと。

 実際このイベントが終わっても、特にパワーアップとかなかったしさ。

 むしろプレイヤー的には『いいからそんなクソ見殺しにしろ』と思っていた。

 でもまあ他ならぬスットコちゃんのお願いだし、一応待ってやるか。

 といっても、このままじゃどう考えてもベルネルがやばいな。だって武器、試合用だし。

 ゲームだと設定上だけ試合用の武器を使ってる扱いでデータ的には普段使っている武器をそのまま使えるから全く問題なかったんだが、その辺はゲームと現実の差ってやつかね。

 つーわけで、武器くらいはプレゼントしてやるか。

 はい土魔法ドーン! 地面の中の成分やら何やらをチョイチョイと弄って、硬くて軽い金属にして、それを剣の形に変えた。

 ほれ使えベルネル! 十秒で適当に作った玩具だから返さなくてもいいぞ!

 

「ありがとうございます、エルリーゼ様!

これなら……いける!」

 

 剣を手にしたベルネルは凄い勢いで雑魚助を追いつめていく。おおすげえ。

 感心しながら見ていると、何故かこちらを見ているレイラの視線に気が付いた。

 ん、何? どしたん?

 

「あ、いえ……何でもありません」

 

 何だ、変なスットコだな。

 それはそうと、戦いはどうやら終わったようだ。

 ベルネルと愉快な仲間達は見事に雑魚助を倒したようで、雑魚助が倒れている。

 もうこいつの呼び名は負け犬でいいかな。

 

「魔女様……オデ……魔女様ノ為ニ、ガンバル……頑張ルカラ……。

マタ……オデヲ、抱キシメテ、クダ……サ……」

 

 いや無理だろ。

 だってお前モフるにはでかすぎるもん。

 悪いな。俺、小型犬は好きだけど大型犬は怖いから嫌いなんだ。

 ギリギリで柴犬が限界かな。それより大きいのはもう無理。

 それにこの毛もどうせゴワゴワしてんだろ?

 ……お? おお? 何だ、意外にフワフワしてんなおい。

 これなら案外モフれそうだな。むしろこんだけでかいんだし、絨毯代わりに使えそうじゃね?

 案外大型犬も悪くないかもしれん。モフモフモフ。

 

「エルリーゼ様……この怪物は……」

 

 レイラが不思議そうにしているが、恐らく『大魔にしてはこいつ弱過ぎね?』と思ったのだろう。

 なので俺は皆に、こいつは大魔のなり損ないのようなものだと教えてやった。

 ついでにこいつが元々はただのワンコロで、ただ褒められる事しか考えてないアホって事もバラしてやった。

 勿論俺が元々知っているとおかしいので、推測という形で話したけど。

 

「魔女……サマ……」

 

 あ、お前まだ起きてたの。

 もう寝てていーよ。お前なんかが寝たって、どうせ誰も怒らんから。

 はいおやすみ、おやすみ。

 そう言うと、負け犬は静かになった。

 さて、周囲の目もあるしそろそろモフるのは止めておくかな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十一話 闘技大会(別視点)

 夏季休暇が明け、学園は活気で満ちていた。

 年に二度開催される闘技大会は、騎士を志す候補生達にとって絶好のアピール機会だ。

 この大会で好成績を残せれば、それは聖女や騎士の目に留まる。

 そうすれば騎士として取り立てられる可能性も上がるのだ。

 実際、今の近衛騎士筆頭であるレイラ・スコットなどは一年生の時の学年別闘技大会の時点で既に先代の近衛騎士達から高い評価を受けていて、彼等の中ではレイラを騎士とするのは半分ほど決定事項になっていたという。

 ベルネルもまた、この闘技大会での優勝を目指す一人だ。

 ましてやこの大会はエルリーゼも見ているのだ。決して無様は晒せない。

 大丈夫だ、と自分を落ち着かせる。

 今日まで積み上げてきた練習は決して裏切らない。ただ最善を尽くすだけだ。

 

 そして始まった大会でベルネルは破竹の勢いで勝ち進んだ。

 相手の剣をパワーで捻じ伏せて弾き飛ばし、魔法を避け、ほとんどの試合を一撃で決める。

 彼の他にはあの誘拐事件以降友人となったジョンも好成績を残しており、見事ベスト4へ駒を進めていた。

 ベスト4に残ったのはベルネルとジョンの他には、父が近衛騎士だというアイナ・フォックス。

 そして無名ながら圧倒的技量で対戦者を寄せ付けなかったマリー・ジェット。どちらも美しい少女で、赤と青の髪が対照的だ。

 組み合わせはマリーとアイナ、ベルネルとジョンの同性同士での準決勝となった。

 まずはマリーとアイナがリングに上がり、武器を持って向かい合う。

 得物はアイナが王道を往くロングソードであるのに対し、マリーは軽さを優先したレイピアを持っている。

 無論、どちらも真剣ではない。

 学園側が用意した、刃先を潰した武器だ。

 こうする事で、生徒同士の財力差による不公平を潰しているのである。

 とはいえ、刃先を潰そうが武器は武器だ。

 峰打ちだろうが鉄の棒で叩けば、それだけで十分に人を殺せるのと同じように、これも気を抜けば死人が出かねないし、過去には実際に出ている。

 故に真剣を手にせずとも二人の表情は真剣そのものであり、張りつめた空気が完成していた。

 

「アンタの試合は見て来たわ。見事な腕前ね……アンタなら優勝も狙えたかもしれないわね。

ただしそれも、私がいなければの話よ」

「…………」

「私はアンタ達とは違う。誇り高き近衛騎士であるお父様の名に泥を塗らない為にも、こんな所で負けるわけにはいかないのよ」

「……そう」

 

 アイナの父は、聖女に仕える近衛騎士の一人だ。

 年齢から、最も聖女の近くにいる事を許される筆頭の座こそレイラに奪われたが、それでも名を知られた騎士である。

 故にアイナは、自分こそが近衛騎士筆頭となり、レイラを蹴落として父の無念を晴らすと心に決めていた。

 ……もっとも彼女の父は、近衛騎士筆頭でなくなった事を別に無念とは思っていないし、むしろ有望な若い世代に任せる事が出来て満足しているのだが……。

 そんなアイナの宣言に、マリーは静かに返事だけを返した。

 

「……それは、凄い事だと思う……けど私も負けない」

「生意気な奴。いいわ、格の違いを教えてあげる」

 

 髪の色のみならず、性格まで対極的らしい。

 開始の宣言と同時にアイナがツインテールをなびかせて突撃し、マリーが静かに受け流す。

 アイナの剣術はまさに教科書通りの、お手本のような正道の剣だ。

 恐らくは幼い頃から父の手ほどきを受けてきたのだろう。

 それをマリーは最小限の動きで避け、アイナに手を翳した。

 するとアイナの手が凍り付き、動きを阻害される。

 慌ててアイナも魔法で炎を出して溶かそうとするも、その隙にマリーが飛び込んでレイピアをアイナの首元へ突き付けた。

 

「そこまで! 勝者、マリー・ジェット!」

 

 女性同士の戦いは青髪の少女が制した。

 手を差し伸べるマリーの手を乱暴に払い、アイナは涙を拭いながらリングを去る。

 その背を見てマリーは少しだけ寂しそうな顔をし、そしてまた自らもリングを去った。

 二人の後はベルネルとジョンの番だ。

 リングに上がり、そして互いに笑みを浮かべた。

 

「こんな形で戦うとはな。だがお前とは一度やってみたかった」

「ああ。お互い悔いのないように戦おう」

 

 ジョンの言葉にベルネルも好戦的に答え、そして武器を構えた。

 ベルネルの武器は両手持ちの大剣で、刀身は1.8mもある。

 使いこなすには並々ならぬパワーを要するが、使いこなせば頼りになる武器だ。

 そして今やベルネルは、これを使いこなすのに十分な筋力を手に入れていた。

 対し、ジョンは双剣。片方は通常のロングソードで、もう片方は短剣である。

 本来彼が使うのは、セットで使う事を前提に造られた特注品なのだが、今回はこれで我慢している。

 

「行くぞ!」

 

 試合開始と同時に、まずはベルネルが仕掛けた。

 大剣を振りかぶり、リングに向けて叩き下ろす。

 それをジョンは軽快に避けるが、それを読んでいたかのようにベルネルは剣を薙いだ。

 これがここまでの彼の必勝パターンだ。

 一撃目で倒せればよし。避けられても必ず左右どちらかにいるので、大剣の射程を活かした薙ぎ払いで確実に命中させてリング外に弾き出す。

 だがジョンはそれを跳躍して避け、一気に距離を詰めた。

 大剣は強く射程が長いが、距離を潰されてしまえば一気に不利となる。

 ジョンの剣がベルネルの首に吸い込まれるように放たれ――ベルネルは上体を大きく逸らす事で回避した。

 そのまま驚くべき下半身の強靭さで身体を支え、不安定な姿勢のまま片手で剣を振るった。

 これをジョンは転がるようにして避け、距離を開けてしまう。

 そこに好機とばかりにベルネルの剣が叩き込まれるが、ジョンは咄嗟に剣をクロスさせて防御した。

 甲高い金属音が鳴り響き、衝撃のあまりにジョンの膝が僅かに落ちる。

 だがそれでもかろうじて受け止め、二人は力比べの姿勢になる。

 

「ぐ……この、馬鹿力め……」

「そりゃどうも……誉め言葉として、受け取っておこうか!」

 

 ベルネルが更に力を込める。

 このままではジョンが押し負けるのは明白だ。

 だからジョンは短刀をベルネルへ投げつけた。

 これをベルネルは咄嗟に、身を横に逸らして避けるが大剣の力が弱まった。

 その隙にジョンは大剣の下から脱出し、更に刃の腹を蹴る。

 するとベルネルの体勢が僅かに崩れ、後ずさってしまった。

 

「もらった!」

「……!」

 

 ジョンが剣を振り上げる。

 それを見ながらベルネルは、自らの足元に落ちている短刀に気が付いた。

 先程ジョンが投げたものだ。

 それを素早く右手で掴んで大剣を捨て、短刀でジョンの剣を防ぐ。

 更に間髪を容れずにジョンの手首を左手で掴み、力を加えた。

 

「ぐっ……」

 

 ジョンの手から剣が落ち、そしてそのまま足払い。

 ジョンを転倒させて、短刀を彼の首へ突き付けた。

 するとジョンは苦笑いし、降参とばかりに手を上げる。

 

「そこまで! 勝者ベルネル!」

 

 勝敗が告げられ、ベルネルが手を差し伸べる。

 その手をジョンが掴んで起き上がり、そしてリング上で二人は固い握手を交わして互いの実力を称え合った。

 その光景をマリーはどこか羨ましそうに見て、そして先程赤髪の少女に払い除けられた自らの掌を眺めた。

 

 準決勝が終わり、いよいよ闘技大会はクライマックスを迎えた。

 最後にぶつかるのはベルネルとマリーの二人だ。

 ベルネルは大剣を。マリーはレイピアを構えて向かい合う。

 

「開始!」

 

 試合開始。それと同時にまずベルネルは先程と同じように大剣を振り下ろした。

 これをマリーは涼しい顔で右に避け、それを追うようにベルネルが大剣の軌道を横に変化させようとする。

 先程と全く同じだ。いかにこのパターンで準決勝まで進んだとはいえワンパターン過ぎる。

 当然のようにマリーは跳躍し――それを予期していたようにベルネルの剣は、今までよりも上を狙うように斜め上に切り上げられた。

 

「……!」

 

 マリーの目が見開かれる。

 この瞬間彼女は理解した。今まで繰り返して来たワンパターンはこの為だった。

 あえて同じスタートを準決勝まで繰り返す事で決勝の相手に対策させ、そして決勝でいきなり軌道を変える。

 そうする事で意表を突いたのだ。

 だが次はベルネルが驚く番であった。

 マリーは回避不能と思われた宙で、身体を素早く横にして回転してベルネルの剣を避けてみせたのだ。

 そして着地と同時にベルネルへ駆け出し、突きを放つ。

 これを咄嗟に後ろに跳ぶ事で避けるが、マリーは更に前進して突きを繰り出した。

 勝負あり――誰もがそう思っただろう。

 だがベルネルは先程の試合でも見せたように上体を逸らしてレイピアを避け、肘をリングにぶつけて身体を固定する。

 そして蹴り! 大砲のようなキックがマリーの前を通過し、レイピアを空へ蹴り上げた。

 マリーは咄嗟に距離を開けてレイピアに向けて氷の弾丸を放つ。

 すると空中でレイピアが弾かれてリングの方へ戻り、回転しながら落ちてきたそれの柄を苦も無くキャッチした。

 

「……すごい。あの不安定な姿勢で、こんなに力強い蹴りを打つなんて……」

「君も凄いよ。決勝の為にブラフを撒いておいたのに、あっさり対処するなんてな」

「……あれは意表を突かれた」

 

 短い攻防だったが、二人は互いの実力を認めて笑い合う。

 そして再び武器を構え、向き合った。

 

「ふっ!」

 

 今度はマリーが先に仕掛け、高速の突きを放つ。

 これをベルネルは大剣の腹で受け止め、連続して金属音が響き渡った。

 

「らあっ!」

 

 そして薙ぎ払い!

 風を切って大剣が通過するが、もうそこにマリーはいない。

 攻撃の予兆を読んで距離を開けており、そして再び接近した。

 彼女の戦闘スタイルはスピードを活かしたヒット&アウェイだ。

 対し、ベルネルはその場にどっしり構えての迎撃型。

 武器が届く距離に来れば、大剣の射程を活かして思い切りスウィングするという単純なスタイルだった。

 

 二人の戦いは完全な互角であり、生徒達が魅入る中で戦闘が続く。

 蝶のように舞い、蜂のように刺すマリー。

 その猛攻を耐えつつ、重い一発一発を放つベルネル。

 だが徐々に疲れを見せ始めたのはマリーだ。

 リング上を動き回る彼女と違い、ベルネルはほとんど動いていない。

 それに男女の体力差もある。

 だからこそ、先にマリーが疲れるのは当然の事であった。

 

「息が上がって来たな。あれだけ動いたんだから無理もない」

「はあ……はあ……そっちは、疲れてない……」

「まあな。これでも鍛えてるんでね」

「……すごい。けど……勝つのは、私」

 

 現状はベルネルが有利だ。

 しかし何もマリーは無計画に突撃を繰り返していたわけではない。

 ベルネルの足を指差し、そしてベルネルはここで自分の足が動かなくなっている事に気が付いた。

 

「これは……! 氷魔法か!」

「そう。貴方ほどの人に、いきなり撃っても……氷漬けになる前に逃げられる……だから」

 

 そう言いながら彼女は魔法を発射した。

 すると回避出来ないベルネルの足が氷で覆われ、更に動けなくなってしまった。

 

「少しずつ温度を下げて……避けられないようにした」

「や、やば!」

「もう逃げられない」

 

 マリーの魔法によってとうとう両腕まで凍り付き、武器も使えなくなってしまった。

 ここから動く事はもう無理だ。下手に動けば身体が砕ける。

 炎の魔法ならば溶かせるが、ベルネルはまだこれを溶かせるほどに魔法を極めていなかったし……仮に出来ても、それをマリーが許すわけがない。

 マリーが駆け出し、レイピアを引く。

 後はこれを首に突き付けて終わりだ。

 だがその彼女の視界の中で予想に反し――ベルネルを覆っていた氷が罅割れた。

 

「っおおおおおおおお!」

 

 ベルネルが叫び、氷が砕け散った。

 何と恐るべきパワーだろう。内側から氷を粉砕してしまうなんて。

 ……いや、そういう問題ではない。

 いくらパワーがあろうと、凍った状態で無理に動けば身体の方が砕けてしまう。

 こんな事が出来るなど、魔法そのものが身体まで届いていなかったとしか考えられない。

 

 マリーは知らないが、ベルネルには幼い頃から彼自身を苦しめてきた闇の力が備わっている。

 それは魔女の力と同質のもので、この力がある為にベルネルはダメージを受けにくい。

 まだ使いこなせない力ではあるが、マリーに追い詰められたベルネルは無意識にこの力を纏い、氷魔法を遮断していたのだ。

 そのあまりに不可解な現象を前にマリーが一瞬硬直し……それが勝負を分けた。

 ベルネルの剣が彼女のレイピアを弾いて首へあてがわれ、ひやりとした感触に本能的に震えた。

 

「勝負あり!」

「決まったァー! 優勝者はベルネルだ!」

 

 審判がベルネルの勝ちを宣言し、実況が大声を張り上げた。

 ベルネルは剣を収め、勝利の喜びに浸る前に、まずは素晴らしい好敵手へ敬意を払うべく手を差し出す。

 それを見てマリーは数秒ほど不思議そうにし、やがて嬉しそうに僅かな笑みを浮かべてベルネルの手を取った。

 

 こうして、この闘技大会はベルネルの優勝で幕を閉じた。




正直感想返信舐めてた……。
今後かなり返信が滞る事になるけど(というかもう追いついてない)許してクレメンス……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十二話 ポチ

 ――彼はただ、主人の事が大好きだった。

 

 この世界において、犬は家畜として広く知られている。

 群れを重んじる彼等は馴らせば人に従順で、優れた嗅覚は狩りの供とするのに最適だ。

 しっかりと教えれば魔物の匂いも嗅ぎ分け、遥か遠方から迫る脅威を事前に吠えて教えてくれるようにもなる。

 いつどこで魔物に襲われるか分からないこの世界において、犬は人にとって手放す事の出来ない存在だった。

 故にこの生物が軍事利用されるのも当然の成り行きで、魔物を嗅ぎ分ける為に訓練された犬がどの小隊にも一匹は配備される。

 彼もまた、そんな軍用犬になるべく訓練を受けた子犬のうちの一匹だったのだが……残念ながら、他の犬と比べて成績はそこまで振るわず、正式採用に届かなかった彼は捨てられる運命にあった。

 残酷な話だが、犬の餌代も無料ではない。

 魔女と魔物達が荒らし回るせいで食料が足りずに毎日餓死者が出るような世界において、使わない犬をわざわざ手元に残す意味などないのだ。

 今でこそ、聖女エルリーゼがジャガイモや大豆といった荒れ地でも育つ作物の価値を見出して世界中に広めた事で食糧難は緩和されているが、当時は誰もが切り詰めてギリギリの中で生きていた。

 これも、エルリーゼから見て二代前の聖女が使命を果たせずに死んでしまい、暗黒期が長引いたせいだ。

 

 そのままならば捨てられる運命にあった彼を救ったのは、当時の聖女――アレクシアであった。

 彼女は言った。自分だけの犬が欲しいと。

 これに対し、当時の筆頭騎士であるディアスはもっと優れた犬がいると答えたが、彼女はそっと小さな犬を抱き上げて、笑顔で話した。

 

『私は、この子がいい』

 

 それが、彼にとって最も強く……今でも色褪せない大切な思い出だった。

 撫でてくれたあの手の温かさを忘れない。

 抱きしめてもらえた時の喜びを覚えている。

 

 だから――だから……どうか、もう一度……。

 

 

 ベルネルとマリーが手を握り合い、互いの健闘を称える。

 その光景に生徒達が沸く中、それは突然に現れた。

 空に影が差し、二人の周囲だけが暗くなる。

 この異常にマリーが気付く前に、ベルネルは咄嗟に彼女を抱えてその場から跳び退いた。

 直後にリングを砕いて降り立ったのは、4mはあろうかという巨大な怪物だ。

 頭は犬で、首から下は黒い毛皮に覆われているものの人間に近い。

 その怪物はまるで散歩を前にした犬のように荒く呼吸しながら舌を出し、鼻先を動かして周囲の匂いを嗅ぐ。

 

「フゥー……聖女ハ何処ダ……聖女、殺ス……殺ス……。

オデ……魔女サマニ、褒メテモラウ……」

 

 怪物は今しがた殺しかけたベルネル達などまるで眼中にないかのように聖女を探し、そして特等席にいるエルリーゼへ視線を向けた。

 

「聖女……殺ス……オデ、褒メテモラウ」

 

 ズン、ズン、と音を立てて怪物が大股で歩き、進行方向にいた生徒達は慌てて避難した。

 怪物はエルリーゼしか見えていないようで、他の生徒の事など気にもかけていない。

 エルリーゼの危機にベルネルは慌てて剣を手にするが……彼が今持っているそれは試合用に刃を潰された物だ。

 勿論これでも殺傷力はあるが、魔物相手では頼りない。

 だがやるしかない。聖女の危機を前に何もしないのでは、それこそ騎士失格だ。

 だが飛び出そうとした彼の制服の裾を、マリーが掴んで止めた。

 

「待って……あれは多分、『大魔』……私達が勝てる相手じゃない」

「大魔? 大魔っていうと……授業で聞いた、複数の魔物を殺し合わせて作り出すっていう……」

「そう。行っても……勝てない」

 

 大魔は熟練の騎士でも一人で倒すのは不可能とされている。

 そんな相手に、まだ生徒に過ぎない自分達が……しかも、こんな試合用の武器で挑んでも無駄死にするだけだ。そうマリーは考えた。

 そうしている間にも怪物はエルリーゼへと近付いていく。

 対し、エルリーゼは逃げる素振りも見せずにただ座っているだけだ。

 エルリーゼはまず、怪物の全身の傷を見て、次に怪物の孤独な目を見た。

 

「ヤメロ……ソンナ、哀レムヨウナ目デ……オデヲ見ルナアアア!」

 

 エルリーゼの目にあったのは、ただ純粋なまでの哀れみであった。

 敵意も、恐れもそこにはなかった。

 だがそれが、この怪物には何より辛いのだろう。

 怪物は錯乱したように拳を振り上げ、咄嗟にベルネルは跳躍して怪物の顔に剣を叩き付けた。

 ダメージは、勿論浅い。少し怯ませただけだ。

 

「邪魔ヲ……スルナアアア!」

 

 怪物が激昂し、ベルネルに殴りかかる。

 だがその腕が氷漬けになった。

 それを為したのは、こちらに手を向けているマリーだ。

 

「……無謀。死んでもおかしくなかった」

「すまない、助かった!」

 

 マリーの援護で何とか命を拾ったベルネルは距離を一度取り、剣を構える。

 だが繰り返すが、これは試合用の玩具のような武器だ。

 こんなものでは、怪物には通じない。

 そこに、エテルナが駆け付けてベルネルの隣に並ぶ。

 

「エテルナ! どうして来たんだ!」

「あんたが一人で無茶しようとしてるからでしょ!」

 

 エテルナが愛用の武器である杖を手にする。

 彼女は元々、近接しての戦闘ではなく遠距離での魔法戦を得意とするタイプだ。

 それ故にこの闘技大会との相性はそれほどよくなかったが、前衛がいればその本領を発揮出来る。

 とはいえ、これでも三対一。この怪物相手には不足している。

 そこに、今度は弓矢が続けて飛来して怪物を怯ませ、飛び込んできたジョンが怪物の顔に一撃を浴びせて離脱した。

 

「へっ、お前一人にいい恰好をさせるかよ!」

「私達も戦う! 一緒にエルリーゼ様を守ろう!」

 

 駆け付けてきたのは、友人であるジョンとフィオラだ。

 どちらも試合用の武器だが、それでも臆する気配はない。

 騎士を目指す者が、眼前に迫った聖女の危機を前に何も出来ぬのでは名折れもいいところだ。

 勇敢である事は間違いないだろう。だが同時に無謀でもある。

 履き違えた者には死あるのみ……そう告げるように怪物が前に踏み出すが、そこに今度は岩が弾丸となって飛来し、怪物を痛烈に攻撃した。

 

「おやおや……何やら随分と盛り上がっているようだが、避難もせずに戦いを始めるとは感心出来んな。君達全員減点だ。

しかし聖女を守ろうと立ち上がるその勇気はよし。補習だけで手打ちとしよう。

正直、戦いなどという野蛮な行為は好きではないのだが……我が聖女を守る為の戦いとあれば見過ごすわけにもいかん。

微力ながら、私も手助けするとしよう」

「先生!」

 

 言いながら、魔法で植物の根を生やして怪物を足止めしたのは学園教師の一人でもあるサプリ・メントだ。

 軽薄な笑みを張り付けた男は眼鏡を妖しく輝かせ、何ら気負う事なく前へ歩み出る。

 

「それと、これは間に合わせだがよかったら使いたまえ。

試合用の武器よりは幾分かマシだ」

 

 そう言ってサプリは、ロングソードをジョンに。杖をエテルナに。そして矢をフィオラへと渡した。

 ベルネルの武器は……残念ながら大きすぎて代わりがないらしい。

 かくしてここに六人。役者は揃った。

 するとエルリーゼが手を翳し、地面から一本の剣が現れる。

 恐らくは今、まさにこの場で地面の様々な物質を材料にして剣を土魔法で創り上げているのだろう。

 たったの十秒で出来上がったそれは――ベルネルの為の剣であった。

 

「グオオオオオオオ!!」

「ベルネル君、使ってください!」

 

 ベルネルを噛み殺そうと怪物が迫り、エルリーゼが叫ぶ。

 咄嗟にベルネルはエルリーゼの創った剣を手に取り、そして薙ぎ払った。

 すると怪物の腕が宙を舞い、ベルネルは驚愕する。

 ……軽い。

 まるで金属とは思えない軽さだ。

 それでいて強く、簡単にこの怪物の腕を切断出来てしまった。

 

「ありがとうございます、エルリーゼ様!

これなら……いける!」

 

 大剣を、まるで重さを感じさせずに頭上で回転させ、振り下ろすようにして構えた。

 二本の足を地面にしっかりと固定し、右足を前にして半身と刃を敵に向ける。

 柄を両手で握り、刀身は少し上を向くようにした。

 刀身が陽光を反射して煌めき、怪物を怯ませる。

 その姿に、レイラは僅かな嫉妬を感じた。

 聖女から直々に武器を授けられるというのは、騎士の名誉だ。

 レイラが持つこの剣も、近衛騎士になった日にエルリーゼの手から賜った物であるが、それは形式的なものでしかなかったし、エルリーゼが創った剣ではない。

 言ってしまえば元々近衛騎士筆頭に渡す予定だった剣を、一度エルリーゼに渡して儀礼として改めてレイラに渡しただけだ。

 しかし、自分も欲しいなどと子供のように言うのは憚られる。

 そんな思いからエルリーゼを見たのだが……。

 

「? どうしたのですか、レイラ」

「あ、いえ……何でもありません」

 

 ……残念ながら、気付いては貰えなかったようだ。

 恐らく彼女にしてみれば、授与だとかそんな事を考えずに、ただ武器のないベルネルを心配して剣を渡した程度の感覚でしかないのだろう。

 勿論言えば、この聖女ならばすぐにでも与えてくれるだろうが……しかし、それは何か玩具を強請る子供のようではないか。

 そんな複雑な思いをレイラが抱いている間にも戦闘は続く。

 

「オオオオオオオッ!!」

 

 片腕となった怪物が地面を叩き、ベルネル達の足元が噴火するように爆ぜた。

 全員が一斉にその場から跳び退き、まずマリーが指先から魔法を放った。

 それは怪物の胸に当たり、凍結させる。

 しかしその程度では怪物は止まらない。構わず前進し、大口を開けた。

 口から巨大な火の玉が吐き出され、エテルナが杖を前に突き出す。

 

「ライトシールド!」

 

 光の壁が炎の玉の前に出現し、その威力を弱めた。

 それでも尚炎は前進し、エテルナに迫る。

 だが今度はサプリの魔法で土の壁が出現し、炎を更に弱めた。

 そこに間髪を容れずにマリーが氷魔法を発射してようやく炎を相殺し、その隙にベルネルとジョンが飛び込み、両足を斬り付ける。

 更に顔には弓矢が殺到し、怪物を牽制し続けていた。

 

「グオ……!」

 

 ベルネルの剣で足を深く斬られた怪物が体勢を崩す。

 だがこの程度では終わらない。

 口から炎を吐き、今度は地面を爆破する。

 瓦礫が四散してベルネル達に命中し、怯んだ瞬間に怪物自身が弾丸となって飛び込んだ。

 その巨体とパワーに全員が吹き飛ばされ、地面に倒れ込む。

 ジョンとフィオラはリングから落ちて気絶し、サプリは空中で錐揉み回転して客席に頭から埋まった。

 マリーはかろうじて意識を繋ぎとめているものの、立つ事すら出来ない。

 不思議とダメージが浅いのはエテルナとベルネルの二人だ。

 エテルナは何とか身体を起こしてベルネルに杖を向けて、彼の傷を癒す。

 そしてベルネルは剣を支えに立ち上がり、怪物と相対した。

 

「うおおおおおおおッ!」

 

 咆哮して走り、怪物へ正面から挑む。

 これに対して怪物も正面から飛び掛かった。

 だが衝突の直前にマリーが発射した魔法が怪物の目を撃ち、一瞬のみ怯ませる。

 それが勝敗を分けた。

 ベルネルの剣が怪物の喉を貫き、怪物が力なく崩れ落ちる。

 血が止めどなく溢れ、立とうとしても立ち上がれない。

 

「か、勝った……」

 

 ベルネルは脱力したように座り込み、怪物を見る。

 本当に恐ろしい相手だった。

 六人がかりで挑んで、それでも危うく負けるところだ。

 だがそんな怪物も、死を前にしては、哀れなだけだ。

 

「魔女様……オデ……魔女様ノ為ニ、ガンバル……頑張ルカラ……。

マタ……オデヲ、抱シメテ、クダ……サ……」

 

 理性を感じさせない瞳から涙を溢れさせ、怪物はここにいない主を求めた。

 恐ろしい怪物だったが、その姿には哀愁すら感じられる。

 そんな怪物の前にエルリーゼがゆっくりと近付く。

 そしてゆっくりと、慈しむように怪物の毛に触れ、優しく怪物の顔を抱擁する。

 すると怪物は瞼を落とし、まるで飼い主の腕に抱かれた子犬のように静かになった。

 

「エルリーゼ様……この怪物は……」

「……恐らく、大魔になり切れなかったのでしょうね。

元々は、ただ魔女の事が大好きなだけの犬だったのでしょう。

きっと彼は、ただ魔女に抱きしめて欲しいだけだった。褒めて欲しい一心で、その他の事は何も考えていなかった……。

けれど魔女は……きっと彼を愛さなかったのでしょう」

 

 エルリーゼの言葉を肯定するように、怪物の全身には傷痕があった。

 この怪物が魔女からどのような扱いを受けていたかは分からない。

 ストレスを発散する為に痛めつけられていたのかもしれないし、他の魔物の強さを試す為の試験相手だったのかもしれない。

 どちらにせよ、魔女から辛い仕打ちを受け続けていた事だけは間違いなかった。

 

「魔女……サマ……」

 

 怪物が鼻を鳴らしながら、甘えるように主を呼ぶ。

 きっともう、自分を抱きしめているのが誰なのかも分かっていない。

 ただ、いつかあった優しい夢を見ているだけだ。

 そんな彼に、子供を寝かしつけるようにエルリーゼが言う。

 

「もう、いいんです。

貴方はよく頑張りました……もう、休んでも誰も怒りません。

だから……もう、おやすみ」

「……アア……」

 

 エルリーゼがそう言い、優しく撫でる。

 すると怪物は安心したように瞼を落とし――。

 

 

 

『……ポチ』

 

 それは、今でも忘れない大切な思い出。

 今際の際に、彼は……ポチは、変わってしまう前の在りし日の主人の姿を見た。

 彼女は腰を降ろし、そして昔のような優しい笑顔で両手を広げる。

 

『おいで』

 

 ポチはその声に、一も二もなく駆け出した。

 どれだけ変わってしまっても、それでもこの人の事が大好きだから。

 最期に垣間見た幸せな夢の中でポチは子犬だった頃の姿に戻り、最愛の人の腕の中に抱かれ――。

 

 

 

 ――そして動かなくなった。

 そんな哀れな怪物をもう一度エルリーゼは撫で、そしてゆっくりと離れる。

 ベルネルはその悲しい光景を前に、知らず拳を握っていた。

 恐ろしい怪物だと思ったし、こいつを殺したのも自分だ。

 だからこんな事を思う資格などないだろう事くらいは分かっている。

 それでも……。

 

「……許せないな」

「……うん」

 

 エテルナが、泣きそうな声で同意する。

 この怪物はただ、魔女に従順なだけだった。魔女の事が大好きなだけだった。

 どんなに要らないものとして扱われても、酷い扱いを受けても、それでも魔女が好きだった。

 ただ褒めてほしくて……撫でて欲しくて、抱きしめて欲しくて。

 そんな彼の本当の姿を知り、そして最後を見たからこそ強く思う。

 

「絶対に……魔女を倒そう……。

こんな事をする奴を……許しちゃいけない……」

 

 こんな悲しい事をいつまでも続けさせてはいけない。

 終わらせなくてはいけない。

 ベルネルは魔女をいつか必ず倒す事を誓い……そして哀れな怪物に黙祷を捧げた。

 

 きっと最後の瞬間だけは、彼にとって救いになっていたと信じながら……。




海鷹様より頂いた支援絵。
まさかのポチ三枚!
https://img.syosetu.org/img/user/81472/62072.png
https://img.syosetu.org/img/user/81472/62073.png
https://img.syosetu.org/img/user/81472/62074.png

《適当に補足》
・ポチは多分ゲームだと、魔女ルートのみ魔女が自らの行いを猛烈に後悔するイベントが入る。
・その後も守護霊みたいな感じで(犬の頃の姿で)幻としてたびたび魔女の前に現れて魔女を励ましたり、道を間違えないようにしたりとか、そんな役目があったりなかったり。
・2周目以降の魔女ルート限定で戦闘BGMが物悲しいオルゴールの曲になったり、ダメージを加えるたびに幸せだった頃の回想が入ったりしてプレイヤーのメンタルを削りに来る。
(尚、無情なRTA走者は回想シーンによるタイムロスを嫌うので限界までバフをかけたベルネル(筋力特化)で一撃でぶちのめし、回想シーンすらやらせない)
走者「だから、バフを積んで一撃で倒す必要があったんですね」
・それ以外だとただの役立たず扱いで特に触れられない。
・本来のゲームだと多分「こんな奴(真エルリーゼ)の為にポチ倒したくないんですけどおおお!?」なプレイヤーもいたかもしれない。
・死んだ後は真エルリーゼに足蹴にされて唾を吐かれる。当然ベルネル達からのヘイトがめっちゃ上がる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十三話 夢か現実か

 視界がボヤけて霞がかっている。

 現実感がなく、まるで雲の中にでもいるようだ。

 ああ……こりゃいつもの夢だな。

 そう思っていると、俺がまだ起きようともしていないのに夢の中の不動新人(おれ)はノソノソと起き上がり、台所へ向かった。

 あれ? 今回は俺の意識と無関係に新人(おれ)が動くのか。

 まあ所詮夢だからな。いつも同じってわけでもないか。

 そう思いながら俺はいつも通りにパソコンを立ち上げようとするが、触れない。手がすり抜ける。

 くそ、何だこの夢。今回はやけに不便だぞ。

 そうしていると、台所から戻ってきた新人(おれ)がこちらに気付いた。

 おお、丁度いいところに来た、俺。パソコン見せろ。ほれ、早く。

 

 バンバンとパソコンを叩いてジェスチャーで指示を飛ばすと、新人(おれ)は面倒くさそうに椅子に座り、パソコンを立ち上げた。

 よしよし、とりあえず言う事は聞くな。

 まずはとりあえず動画サイト見よう。動画サイト。コメ付きのやつ。

 ああいうの第三者目線のコメントっていうのは意外と参考になる部分も多い。

 少なくともゲームの中の俺が外にどう思われてるのかが分かる。

 動画一覧にあるのはエルリーゼルートにレイラルートと色々あるが、今回見たいのはエテルナルートだ。

 何故なら最近かなりコースアウトしている気がしないでもないが、俺が目指すものがそれだからである。

 俺は最終的にベルネルとエテルナがくっつく、そのハッピーエンドが見たい。

 なので『俺がエルリーゼになっている世界のエテルナルート』こそが俺の目指すべき世界であり、それを見る事が今後のヒントになるだろう。

 

 そしていざ再生してみたエテルナルートは……何と言うか、俺の知る展開と全然違った。

 まずエルリーゼが本来のヘイトピザじゃなくて、外面だけは一応聖女として名声を高めている俺にちゃんと変わっている。

 だが俺のいる世界ともかなり展開が違う。

 例えばファラさんによる誘拐イベントは起こらず、ファラさんが『エルリーゼ』を暗殺しようとしていることを突き止めたベルネル達がファラさんに戦闘を仕掛けて撃破し、エテルナが聖女の力で切り抜けてファラさんを正気に戻した。

 これは暗殺対象が変わっているものの、俺が知る本来のエテルナルートに近い流れだ。

 誘拐イベントが起きなかった理由は多分、こっちの世界の俺は学園を訪問とかしなかったからだろう。

 あるいは訪問しても、ベルネルがちゃんとヒロインの好感度を上げているので安心してそのまま帰ってしまったのかもしれない。

 ファラさんがベルネルを誘拐した理由がそもそも、俺がベルネルに会いに行ったせいだからな……それがなければ、誘拐もしないわけか。

 その後『エルリーゼ』は学園に転入して来ないし、魔物の暴走イベントも本来の流れ通りにモブが何人か死んでベルネルとエテルナ、その他好感度を上げて仲間にしたヒロイン達で協力して解決していた。

 エテルナの自殺未遂イベントも起こらず、本来のゲーム通りの流れにかなり近い感じだ。

 ただ、違いはある。

 まず、エテルナ達が『エルリーゼ』を偽物として告発しようとしていない。

 というかずっと、『エルリーゼ』が本物の聖女と思ったまま物語が進んでしまっている。

 よって断罪(ざまあ)イベントが起こるべきタイミングにさしかかっても何も起こらなかった。

 そのままパートが進んで魔女戦まで至っても、まだ『エルリーゼ』を偽聖女として告発していない。

 変態クソ眼鏡によるストーキング&誘拐イベントもなしだ。

 俺が加わった事で変化した物語の中では変態クソ眼鏡は『見るからに裏切りそうで怪しいけど何もしない変な先生』という感じに落ち着いていた。

 物語は更に進み、どうやらこの世界線の『エルリーゼ』が痺れを切らしたのか、魔女戦前夜で限られたメンバー(ベルネル、エテルナ、レイラ)のみに真実が告げられた。

 その後、ベルネルとエテルナ二人だけで会話するシーンに入るが、会話内容も完全に俺の知るゲームから逸脱している。

 

『私が本物の聖女なんて急に言われても……無理だよ! 怖いよ、ベル……。

私、エルリーゼ様みたいに立派じゃない……聖女なんて私には出来ない……』

 

 ここの会話は俺の知る流れでは違った。

 本当はここは、『私がやるしかないんだよね……だって私が聖女なんだから』という、聖女の自覚と決意を固める会話のはずだった。

 その後の決戦シーンでは『エルリーゼ』が魔女と戦う作戦だったが、『エルリーゼ』が地下に入った時点で何と魔女がビビッて逃げ出してしまい、戦闘終了。

 その後、魔女を見付けられぬままに学園入学365日目を迎えて、強制的に最終決戦イベントに突入した。

 このゲームでは魔女を倒さないまま入学してから365日目を迎えると、タイムオーバーで後は最終決戦からエンディングまで一直線となる。

 また、この時点で『エルリーゼ』の寿命が限界に近付いていたらしくほとんど動けなくなっていた。

 ……マジか。後数年くらいは持つと思ってたんだが俺の想定以上に寿命縮まってたのな。

 更に『エルリーゼ』の死による世間の混乱を恐れた国王が『エルリーゼ』を幽閉してしまって、戦線から完全に離脱。

 これによって『エルリーゼ』は最後の力を振り絞って魔女を道連れにするという選択肢すら取れなくなった。

 画面には『幽閉なんてしなければ……』とか『国王マジ無能』とか、そういったコメントで溢れている。

 

 その後、『エルリーゼ』を欠いた状態で魔女戦になり…………魔女を倒して、エテルナも相打ちになって、ベルネルの腕の中で看取られながら死亡した。

 おい俺ええええ!? ベッドで寝てないでそこは止めろよおいいい! この無能うううう!?

 それ一番やらせちゃ駄目な展開だろうがああああ!

 コメントでは『せめてエルリーゼが幽閉なんてされなければ……』、『どのみち無理。エルリーゼが近付いた時点でこいつはテレポートする』、『どのルートでもこいつ、エル様から逃げ回るからな』、『エルリーゼが戦って倒していれば違ったんだろうな……』とコメント欄が沸いている。

 とりあえず……うん。俺が突入すると魔女は逃げる。これはしっかり覚えておこうか。

 後、俺の寿命も俺が思っているほど長く残っていないようだ。こりゃあ365日目が過ぎたらアウトと思っておいた方がいいな。

 しかもテレポートって……お前それ、使うとめっちゃ弱体化する最後の手段だろ……。

 この世界のテレポートは一度身体をバラバラの分子にして移動して再結合する荒業だから、使うと魔女だろうが死にかけるという危険すぎる技だ。

 メタ的に言うとルートや周回数で魔女の強さが変化する理由がこれなわけだが、戦いもせずに逃げる為にそれ使うってあんた……。

 そこまでして俺との戦いを避けるのか魔女よ……。

 

 あー、とりあえずエテルナルートはもういい。もう分かった。

 俺がエルリーゼになった状態でそのままエテルナルートに入っても大局は変わらない。そういう事だな。

 となると……やばいな。目指しちゃ駄目じゃん、エテルナルート。本末転倒じゃん。

 だがまだ望みはある。俺のいる世界は今見た動画とは随分と違う。

 まず、俺が学園にいるし何より今、俺は未来の知識を得た。

 ならばそれを活かせるはずだ。

 よし、新人(おれ)。次はエルリーゼルートを見せてくれ。

 ああ、そうそう。『エルリーゼ』が転入してきた辺りからな。

 

 こちらは俺の知る、俺の世界と同じ流れだった。

 レギュラーメンバーが大分変って、他のルートでは登場しないモブAやフィオラ、変態クソ眼鏡といったキャラクターがベルネルの友人や仲間として戦闘メンバーに加わっている。

 学園での魔物暴走イベントはエテルナルートと違って『エルリーゼ』がいるので一瞬で鎮圧され、その後はエテルナの自殺未遂イベントに入って、『エルリーゼ』とベルネルが海に落下した。

 そして……そうそう、この時怪我してたのをベルネルに見られたんだよな。

 動画の中の俺は腕の傷を糸と誤魔化しているが……俺はコメントを見て自分のミスを今更になってようやく悟った。

 

『布がほつれた……?』

『エルリーゼ様、この場に赤い布使ってる人いません』

『パンツの色かもしれん』

『ベルネル君のフンドシの色に一票』

『俺との赤い糸だよ』

『俺とも繋がっている』

『よかったな。お前等同士で繋がってるぞ』

『想像したら地獄絵図で草』

『やらないか』

 

 ……やっべ。

 そういやそうだ。俺は咄嗟に布がほつれて出た赤い糸が腕にくっついたと言ったが……ねえじゃん、あの場に。赤い布。

 ベルネルは学園制服の黒と青。エテルナは白と緑で俺も同じ。どこにも赤がねえ。

 あちゃー、やっちまった。

 ただ、動画を見る限りではベルネルは騙されてくれているので、よしとしよう。

 

 その後は夏季休暇に入り、個別イベントだ。

 動画を見ていると、夕方の時間で学園内に『エルリーゼ』の顔アイコンが表示され、プレイしているUP主が操作する矢印が学園へ向かって行き、タッチした。

 するとイベントが始まって、学園でコソコソしている『エルリーゼ』をベルネルが発見する。

 ああ……あの時の……。

 …………あれ、個別イベントだったのか。

 展開は俺の時と全く同じだ。二人してレイラに見付かってお説教を受けて、そんで最後に『エルリーゼ』のベルネルへの呼び方が変わる。

 

『それじゃあ、また明日……ベルネル君っ♪』

 

 …………。

 …………。

 あっるええええええ!? 俺こんな言い方してたっけえ!?

 いやしてねーよ。誰だよこいつ!?

 もっとこう、違うニュアンスで言ったダルルォ!?

 俺の中では会社の同僚が呼ぶような感じで、イメージ的には「やあ、ノリ〇ケ君」みたいな男同士の気さくな呼び方のつもりだったんだよ。

 

『ここ何度もリピートして聞いてるわ』

『もう20回繰り返し聞いてるけど全然中毒じゃない』

『ここ最高にお茶目で可愛い』

『初めての友達にウッキウキのエルリーゼ様可愛い』

『かわいい』

『尊い……』

『エル様すごい嬉しそう』

『ここデフォルトネーム以外だとどうなるの?』

『例の動画では“ほも君”って言われてたぞ』

『ただデフォルトネーム以外だとボイスが付かない』

 

 おおう……コメ欄を見て俺は思わず手で顔を覆った。

 そういうこと……俺の外見と声でやると、そうなっちゃうのね。

 ……うわあ、大惨事。

 穴があったら入りたい。いや、ブチ込みたい。

 でも今の俺にはモノはないんだよなあ……。

 

 その次のイベントは闘技大会だ。

 マリー戦も苦戦しつつ何とか優勝し、雑魚助が乱入してきた。

 それと戦闘に入る直後に『エルリーゼ』がベルネルに剣を造って寄越すので、メニュー画面で装備する。

 その性能は……あれ? 適当に造った玩具だったんだけど、こんなに強かったんだ。

 画面に表示されている武器名は『聖女の大剣』となっており、装備した際の攻撃力上昇値が終盤の最強武器レベルだ。加えて大剣だと本来はダウンする命中値とスピードがほとんど下がっていない。

 

『TUEEEEEE!』

『この時点で入手していい武器の性能じゃない……』

『これバランス大丈夫か?』

『エル様ルートは一周目限定だから、その分の救済措置だと思われる』

『これ、主人公の武器が大剣以外だとどうなるの?』

『ちゃんとその時装備してる武器と同じ種類のものをくれる。俺の時はめっちゃ強い双剣だった』

『俺はロングソードをもらった』

『俺はトンファーもらった』

『何ももらえなかったんだけど……』

『お前さては素手でプレイしてたろwww素手だと何も貰えないぞw』

『マジか……』

『ネタで大根装備してたら、大根ソードとかいう変な武器くれた。超強かった』

『サンマ装備してたらサンマ貰ったわ』

『エル様造れる武器の幅広すぎだろw』

 

 ベルネルの武器が大剣以外でも『エルリーゼ』はちゃんと対応した武器をくれるらしい。

 まあそりゃ、試合用の武器で戦わせるわけにはいかんからな。

 造るのもそんな手間じゃないし、余程変なものじゃなきゃ、造るさ。

 素手は……まあ、ベルネルの戦闘スタイルが素手だったら、確かに俺も何も造らなかったかも……。

 戦闘後は負け犬が死ぬのだが、何か悲し気なBGMが流れて、『エルリーゼ』が負け犬の顔を抱きしめてやっている一枚絵が表示された。

 ほうほう綺麗なもんやなー。

 ……あれ、端から見るとこう見えてたのか。

 そんな事を思っていると、思わぬところから感想が出て来た。

 

「どうせこん時、本当は『まだ起きてたのかこいつ。はいはいおやすみ』とか、そんな感じの事思ってたんだろ?

表面だけ見ると変にヒロインっぽいから笑いが止まらんわ」

 

 そう言ったのは……俺だった(・・・・)

 不動新人(男の俺)がまるで、俺に語りかけるように声を発したのだ。

 新人(おれ)は俺の方を向き、ニヤニヤと笑う。きっしょ。

 いやしかし、これはどういう事だ? 何で新人(おれ)が俺と別に動いてるんだよ?

 まあ、所詮夢なんてこんなもんなのか?

 

「あー……その口調なんだが、普段やってるみてえに敬語口調に出来ねえ?

正直その外見で俺みたいな話し方してんの、めっちゃ違和感あるわ」

 

 は? 何言ってんだこいつ。

 向こうにいる時なら聖女ロールもするが、今は必要ないだろ。

 だって今の俺はエルリーゼじゃないんだから。

 

「ああなるほど。気付いてないのか。

ちょっと待ってろ……っと、鏡どこだったっけな」

 

 そう言い、新人(おれ)は部屋を探し始めた。

 馬鹿め、鏡は机の引き出しの中だ。

 

「お、そうだったそうだった。ほれ、これが今のお前だ」

 

 そう言って新人(おれ)は俺に鏡を向ける。

 果たしてそこに映っていたのは――半透明の、幽霊みたいになっているエルリーゼ(・・・・・)だった。

 なん……だと……。

 

『なっ、何ィィーーーー!?

お、俺は! 夢の中で元に戻っていると思っていたら!

エルリーゼのままだったァー!?』

 

 驚きの余り叫んだ。

 そして気付く。自分の口から出ている声が、普段と全く同じ女の声である事に。

 驚く俺に、新人(おれ)は勝ち誇ったように笑う。

 

「マジで気付いてなかったんだなお前。超ウケる。

ちなみに前回と前々回と、その前もお前は俺に戻っていたわけじゃなくて、俺に取り憑いて動かしていただけで、ずっとその外見だったぞ」

『ま、マジで……?』

「マジマジ。一体いつから――自分が不動新人だと錯覚していた……?」

『うるせえ。お前がその台詞言っても全然恰好よくねえんだよ』

 

 何か今回の夢は随分おかしいな。まさか新人(おれ)に馬鹿にされるとは思っていなかった。

 

『だが待て……そうなるとだ。じゃあ俺は何なんだ?

もしかして、お前の記憶を持ってるだけのエルリーゼ本人ってパターンかこれ?』

「いや、それだとこうしてこっちの世界と繋がって、意識のみ……だと思うんだが、行き来している理由が分からない。

俺とお前の間には確かな繋がりがある。記憶だけじゃない。

俺が思うに…………」

 

 そこまで新人(おれ)が話したところで、視界が急速にぼやけ始めた。

 あ、やべ。これ夢から覚めて起きる前兆だ。

 新人(おれ)もそれに気付いたのか、慌てたように話す。

 

「いいか、聞け! お前はこれを夢だと思っているかもしれないが、これは夢であって(・・・・・)夢じゃない(・・・・・)

こちらの記憶を持ち帰れるのがお前の強みだ! 夢だなどと思わず、ちゃんと覚えておけ!

いいな? 魔女はお前が近付けば逃げる! そんでお前が死ぬまで隠れる! だからまだ地下には向かうな!

奴はまだ半信半疑……自分の居場所が正確には割れていないと思っているから学園に残っている!

だがお前が一歩でも踏み込めば、その瞬間に奴は迷わず逃げるぞ!

そしてどこにいるか分からなくなる! そうなった世界(ルート)を俺は見た!

だからまずは――――」

 

 新人(おれ)が何か言っていたが、残念ながらその先は聞こえなかった。

 くそ、何だよ。気になるじゃないか!

 しかし無情にも夢は醒め、そしていつもの豪華なベッドの上で目を覚ましてしまった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十四話 不穏分子

 うーむ、おかしな夢だった。

 夢の中で俺が俺と会話していた。

 しかも向こうの俺は夢だけど夢じゃないとかわけのわからん事を言っていたし……

 そんなわけがあるかい。夢は夢だろ。

 ……と言いたいところだが、一応魔女の事は気にしておくか。

 あの夢が正しいならば魔女は俺が近付くと速攻で逃げる。弱体化しようが構わずテレポートまで使って逃げて行方不明になる、と。

 確かにそいつは厄介だ。

 俺が現在、魔女の位置を把握出来ているのはゲームの知識で魔女が学園地下にいる事を『知っている』からだ。

 決して、魔女の位置が分かる能力とかがあるわけじゃない。

 だから戦闘力を測る機械で『見付けたぞ! カカ〇ットはこっちだ!』とか分かるわけじゃないし、生命力を感知して『この気はクリ〇ンさんだ!』とか分かるわけでもない。

 あくまで俺が魔女の位置を知っているのは知識によるものである。

 なので移動されてしまうと、もう何処にいるかは分からない。

 海を挟んだ向こう側の大陸の森の何処かに地下室でも作ってそこに潜まれたりしたら、見付け出すのはほぼ不可能だ。

 一応魔力反応を追うとかはこの世界でも出来る。

 エテルナの自殺騒動の時には変態クソ眼鏡がそれをやっていた。

 だが俺は馬鹿魔力でのゴリ押しスタイルだからそんなスニーキング技術なんて持ってないし、変態クソ眼鏡であっても距離が開き過ぎれば追跡は出来ないだろう。

 なので移動させてはいけない、というのはもっともだ。

 逃げるが勝ちとはよく言ったものである。

 勝ち目がない相手とはそもそも戦わない。近付かない。

 チキンだが正しい戦法だろう。

 ……一応ラスボスなのにそれはどうなのよ、とか思わないでもないが。

 

 現状、奴は(多分)まだ学園地下にいる。

 それは、テレポートが危険っていうのもあるが、この学園にいる事が奴にとってのメリットだからだ。

 自分に敵対する騎士候補生達を育てている学園に潜めば、将来厄介になりそうな奴が分かるし、何より騎士側の情報がどんどん魔女に流れていく。

 スパイも学園長だけではなく、他にも教師や生徒の中に数人いると思った方がいいだろう。

 そうでなければ、俺が近付いた瞬間に逃げるっていうのが説明つかない。

 俺の動きを近くで見張り、魔女に連絡している奴がいる。

 それが可能なのは……やはり近衛騎士か?

 俺の護衛が、一番俺に近い位置にいる。

 ならばレイラか? ……いや、レイラはないな。そんなに器用じゃない。

 確かにレイラはゲームでエルリーゼ(真)を裏切ったが、それは『聖女に仕える一族』という誇りがあるからだ。

 だから正確に言えば裏切っているわけではない。今まで偽りの主に騙されていたのが、ようやく本当の主を見付けているべき場所に戻るだけだ。

 他に俺に反発を抱く可能性のある近衛騎士といえば、フォックス子爵辺りだろうか。

 こいつはアイナ・フォックスのパッパで、ゲームだと横暴の限りを尽くすエルリーゼ(真)に進言して不興を買い、一族自殺に追い込まれた可哀想なおっさんだ。

 レイラが来る前の近衛騎士筆頭でもあり、俺の世話役でもあった。

 しかしこの世界では反発される理由があんまりないし、第一、こいつは現在学園にいない。学園までついてきた近衛騎士はレイラ一人だけだ。

 だからフォックス子爵も考えにくい。

 

 となると……後は学園の教師や生徒になるが、そうだとすると分からんな。

 正直ゲームでのネームドキャラ以外なんかほとんど記憶にない。

 俺が顔も覚えていないモブとかがスパイだと、ちょっと探すのに苦労しそうだ。

 

 ……うーん、駄目だ。分からん。

 とりあえず保留にして、地下にはまだ近付かないようにしておこう。

 次にあの夢を見る事が出来れば、その時にネットで調べる事も出来るはずだ。

 物語もまだ中盤だし、無理に今急ぐ必要はないだろう。

 俺の寿命はベルネルが入学してから一年で尽きる事が判明してしまったが、逆に言えばそれまでの猶予が保証されたとも言える。

 ならばまだ焦る時間じゃない。

 

 よし、そろそろ出発の準備するか。

 鏡の前で魔法を使い、しっかりと髪や肌をケアして魅力ドーピングをする。

 中身のクソさを隠す為の金メッキコーティングは大事だ。俺の生命線である。

 まあメッキで塗り固めてもクソはクソなんだけど。

 これは食べられないオソマです。

 

 んで、授業。

 生徒に混じって授業を受けている間は、常に最もよく見える微笑みの表情をキープする。

 勿論自力でそんな事をやるのは無理なので、これも魔法でインチキをしているのは言うまでもない。

 雷魔法でちょいちょいと電気信号を弄って、いくつか用意した表情パターンに自然となるようにしているのだ。

 これをやらないと俺はあっという間に素が出て、仏頂面になってしまう。

 というわけで偽聖女スマイルは今日も絶好調。ボロを外に出さない。

 

「……というわけで、このゴメンナサイと戦う時の注意点は、相手が身を屈めた時に前に立たない事です。

一見戦意喪失しての降伏に見えるこの姿勢は擬態であり……」

 

 教師の説明を聞き流しながら、今後起こるイベントについて考えを巡らせる。

 闘技大会から次の冬期休暇までが物語中盤だが、この中盤は主にエルリーゼとのいざこざと断罪(ざまあ)に費やされる。

 つまりこの中盤での敵はエルリーゼだ。

 あの闘技大会でベルネルに守られたエルリーゼはベルネルを気に入って、学園に押しかけて来る。

 そしてベルネルに付きまとうのだが、その際にベルネルと仲のいいヒロインに嫉妬して嫌がらせを連発しまくり、部下をけしかけ、暴行指示まで出し、挙句暗殺者まで雇う。

 勿論このゲームは全年齢対象なのでそうした胸糞シーンは全部未遂で終わるのだが、とにかくエルリーゼへのヘイトが溜まり続ける。

 そしてアイナによる暗殺未遂事件でエルリーゼが怪我をした事で偽聖女疑惑が浮上し、ベルネル達が色々と情報を集めたり過去の悪行を調べたり、レイラがエルリーゼを裏切って味方サイドに来たりしてエルリーゼは断罪され、聖女から一転して聖女を騙っていたクズに成り下がる。

 エテルナルートだとファラさんとの一件でエテルナが真聖女と発覚しているので、このイベントが少し早く発生する。

 最後は主人公達との戦闘で、意外な才能を発揮して実は強かった事が判明するも才能だけでは勝てずにボコボコにされて学園から逃げ出し……最後は貧民町でゴミを漁りながら生きていたところを、彼女に恨みを持つ者達に発見されて原形を残さずブチ殺される。

 

 しかしこの世界では俺は特に悪事を働いていないので、これらのイベントは多分起こらないだろうと思われる。

 つまり中盤は平和が続くと思っていいだろう。

 あの夢で見たエテルナルートでも、俺は偽聖女バレせずに終盤まで普通に偽聖女を続行していたわけだし、余程下手踏まなきゃ大丈夫だろ多分。

 まあ一応、以前の失態(ベルネルの前で怪我)から反省して魔力強化は欠かしていないので万一ゲーム通りの暗殺イベントが来ても大丈夫だ。

 

 つまり冬季休暇までは暇が続く。

 中盤に主にトラブルを起こすのが俺なのに、その俺が何もしないんだから暇なのは当たり前だ。

 勿論ヒロインごとの個別イベントなどはあるのだが、これに関しては……この世界のベルネルがあれだからなあ……。

 一応この前の闘技大会でマリーがベルネル一行に加わったが、二人の関係は恋愛というよりは良きライバルって感じだし、多分マリーの個別イベントは起こらない。

 …………。

 うん、やる事ねーな。

 どうすっべ。いっそ暇潰しにスパイ確定の学園長でも苛めて遊ぶか?

 こいつボコボコにして情報吐かせれば他のスパイも芋づる式に引っ張り出せるだろうし。

 ただ仮にも学園長の座にある者を何の理由もなく襲撃しては俺のイメージが悪化する。

 証拠が出ればいいのだが、すぐに見つかるような場所にそんなもん残すほどアホじゃないだろう。

 ならば現場を押さえるのが一番いいが、それが簡単に出来りゃ苦労しないわけで……。

 

 駄目だ、どうすりゃいいか分からん。

 誰か都合よく俺の所に何かいい情報持って来てくれないもんかね。

 

 

 闘技大会が終わって一回り大きく成長したベルネルだったが、慢心する事なく日々己を鍛え続けていた。

 あの闘技大会で得たものは大きい。

 強力な魔物との実戦経験に、エルリーゼから授けられた剣。

 魔女を必ず倒すという決意。

 そして新たな仲間。

 あの大会で優勝を争った相手であるマリーは、今ではベルネルの友人であり、ライバルだ。

 共に切磋琢磨し、腕を磨き合っている。

 技量の近いライバルがいて、そんな相手といつでも模擬戦をする事が出来る。

 それはベルネルを今まで以上に成長させてくれた。

 以前エルリーゼに言われた言葉を思い出す……人は、一人の力では限界がある。

 その意味がようやく、分かってきた気がした。

 他にもエテルナがいて、ジョンがいて、フィオラがいて……生徒ではないがサプリ先生も頼もしい仲間だ。

 それぞれが長所を持ち、短所を持っている。そしてそれぞれが補い合える。

 一人一人の力は聖女には遠く及ばない。だがこの六人で力を合わせれば、誰にも負けはしないとすら思えた。

 

 そんな充実した日々を過ごしていたある日。

 その日も授業が終わった後に、校舎の外の運動場でジョンやマリーと模擬戦をしていたベルネルだったが、マリーが何やら遠くの生徒を眺めている事に気が付いた。

 マリーは表情があまり変わらないので感情が読めないが、基本的には優しい子だ。

 その彼女がどこか、寂しそうな顔をしていたのが気になってしまった。

 

「どうしたマリー。何か気になるものでもあるのか?」

「……ん。あの子の事……少し」

 

 そう言ってマリーが視線で示したのは、離れた場所で剣の素振りを繰り返していた赤毛の少女であった。

 あの子は確か、準決勝でマリーと戦って敗れた子だったはずだ、とベルネルは思い出す。

 

「アイナ、だったっけ? あの子がどうかしたのか?」

「……私、嫌われてる。会うといつも、睨まれる」

 

 話を聞き、なるほどと思う。

 そういえば試合の時もマリーの差し出した手を払い除けていた。

 正直なところ、あまりいい態度ではない。

 あまりアイナの事は知らないが、プライドが高そうだという事だけは何となく分かる。

 きっとあれからずっと、マリーに敵愾心を燃やしているのだろう。

 

「そりゃマリーのせいじゃねえよ。

負けて悔しい気持ちは分かるけど、マリーを恨むのは筋違いってもんだ」

「そうね。あまり気にしない方がいいわよ」

 

 ジョンとフィオラがマリーを慰めるように言う。

 マリーは別にあの試合で何か卑怯な事をしたわけではない。

 正々堂々戦い、そして実力で勝利した。

 アイナが負けたのは単純にマリーよりも彼女が弱かったからだ。

 

「でも気にしないって言っても、会う度に敵意いっぱいに睨まれたらあまりいい気分じゃないわよね」

「確かにそうだな」

 

 エテルナの言葉にベルネルも同意した。

 いくらマリーに落ち度がなくて気にしないようにしても、一方的にそんな態度を取られ続けていい気分のする人間はそういないだろう。

 しかしだからといって、注意しても恐らく逆効果だ。

 あの手のプライドの高い人種は正論を言えばいいというわけではない。

 むしろ変に正論で言い負かすと、余計に腹を立てるかもしれない。

 

「あれ? ねえ、あれって学園長先生よね?」

 

 フィオラが何かに気付いたように声を出す。

 その視線の先では、アイナの前に何故かこの学園の学園長が現れて何かを話していた。

 やがて二人は連れ立ってその場を去ってしまい、ベルネル達は首をかしげる。

 

「何だろう? 成績に関する事かな」

「でも、学園長自身が声をかける事か?」

 

 エテルナが不思議そうに言い、ジョンも疑問を口にする。

 とはいえ、いちいち詮索するような事ではない。

 教師が生徒に声をかける……それは学園内ならば当たり前の事だ。

 そうして疑問を捨てようとしていた彼等の耳に、別の人物の声が聞こえた。

 

「妙だな。わざわざ学園長が一人の生徒に自分から会いに来るなど」

 

 全員が振り返ると、そこにいたのは何故か地面をスコップで掘っているサプリであった。

 妙だなと言いつつ、更に妙な事をしている教師に全員が疑問を顔に浮かべずにはいられなかった。

 だがそんな視線を気にせずにサプリは掘り出した……というよりは崩さぬように切り出した地面を魔法で固定化させて持参した袋に投入している。

 

「それも、闘技大会の優勝者であるベルネルや準優勝者であるマリーではなく、何故アイナ・フォックスなのだ……?

確かに見込みがないわけではないが順番がおかしいだろう。

直接的な知り合いでもなければ親族でもない。意味が分からん」

「あの……先生はそこで何を?」

「私か? ああ、ここに我が聖女が通った足跡があったのでね。

他の無粋な者がその価値も解さずに踏み荒らす前に保護・回収しに来たのだよ」

「…………」

 

 ――変態だ。全員が一瞬でそう確信した。

 もしかしてこの教師は聖女にとって最も危険な男なのではないだろうか。

 騎士を志すならば、魔女よりも先にまずこいつを今ここで斬ってしまうべきなのではないだろうか?

 そんな思いを全員が共有するが、サプリは自分の行動に何の疑問も抱いてないように話す。

 

「どうにも最近の学園長はおかしい。違和感のある行動を繰り返している」

 

 お前が言うな。

 全員がそう思った。

 

「例えば夜間の警備を何故か外し、自分でやり始めた。

学園長室の掃除を断り、これまでは一つしかなかった鍵を突然五つに増やした。

窓も頑丈なものに替え、格子を付け、誰にも中を見せん。

まるで見られては困るものを所持しているようではないか」

 

 お前が言うな。

 全員がそう思った。

 たった今回収しているそれは見られて困るものではないのだろうか……。

 

「そんなにおかしな行動とは思えませんが……。

俺だって、自分の部屋はあまり他人に見られたくないですし……」

「確かにそうかもしれん。一つ一つの行動は違和感を感じるなれど、気に掛けるほどのものではない。

『まあそういう事をする時もあるだろう』と納得してしまえるような些細なものだ。

普段は石など蹴らぬ者が唐突に石を蹴っていても、『そういう気分の時もある』と言われてしまえば言い返す事は出来ん。

だが毎日石を蹴り続ければそれは確かな変化であり、変化する何かがあったという事だ。

私はどうにも、ここ最近の学園長にそうした変化を感じずにはいられんのだ。

上手く説明は出来んし、今説明したように『そういう事もある』と言われればそれまでだ。

しかし私には、学園長に何か変化があったように思えてならん」

 

 言いながらサプリは袋を固く結び、大切そうに懐へ入れた。

 少なくともこの男の行動は『そういう気分の時もある』では済まされない。

 

「どれ……折角だし、少し尾行してみようか。

学園長の面白い姿が見られるかもしれん」

 

 サプリはそれだけ言うと、まるで迷いなく動き始めた。

 どうやら本当に尾行をする気のようだ。

 学園長より先にこいつをどうにかしたほうがいいのではないだろうか……そう全員が思ったのも無理のない事だろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十五話 屈折

 アイナ・フォックスにとって父は幼い頃からの憧れで、そして誇りだった。

 

 アイナは今を遡る事十七年前に、フォックス子爵家の長女として生を受けた。

 彼女が生まれたフォックス子爵家は、貴族として下級に位置している。

 僅かな領地といくつかの村を治める地方領主で、生活は十分に裕福ではあったが、貴族として考えれば貧しい部類に入った。

 それでもアイナは惨めさを感じた事はなかったし、この家の娘である事が何より誇りだった。

 それは、ひとえに偉大な父がいたからだ。

 アイナの父は子爵ではあったものの、他の貴族達から一目置かれ、尊敬を勝ち取っていた。

 人類の希望たる聖女……その聖女を守る使命を帯び、厳しい訓練を積んだ魔法騎士達は誰もが憧れる正義の味方だ。

 その騎士達の中でも極一部の者しかなれない近衛騎士は全員合わせても十二人しかいないとされ、そして父はその近衛騎士の中で最も優れているとされる筆頭騎士の座に就いていた。

 誰よりも近くで聖女を守護し、戦いになれば聖女の剣となり盾となって悪に立ち向かう。

 まさに騎士の中の騎士。戦いに身を置く者全てが憧れ、尊敬を示す最高の存在。

 そして今代の聖女エルリーゼは歴代最高の聖女と呼ばれており、その最も近い位置で彼女を守護する父はまさに人類の希望そのものを守る偉大な戦士だ。

 

 聖女エルリーゼが活躍し、凱旋パレードをする時には必ずその側に父がいた。

 誰もが父のその雄姿を称えた。

 幼いアイナにとって父こそが、どんな物語の中の勇者よりも恰好いい勇者であった。

 お姫様を守る誰よりも強くて誰よりも恰好いい守護者……アイナはそんな父が大好きだった。

 

 だがその誇りが砕かれたのは今より一年前の事。

 当時、学園を卒業したばかりのレイラ・スコットとの聖覧試合――年に一度、聖女の前で行われる近衛騎士の格付けを行う試合にて、父は十九歳の女に敗れてしまった。

 これにより父は筆頭騎士の座をレイラに譲る事となり、近衛騎士序列二位へと落とされた。

 家族と共にこの試合を特別に見学する事を許されていたアイナにとって、それはあまりに衝撃的で、信じられない出来事だった。

 こんなのは嘘だと思った。きっと父の調子が悪かっただけだと思いたかった。

 当の父本人は『自分よりも強い者が聖女を守ってくれる』と喜んでいたが……アイナはどうしてもこの結果が受け入れられなかった。

 

 だから、自分こそが父の誇りを取り戻してやると誓った。

 幸いにして幼い頃から父に剣と魔法の手ほどきは受けていたし、誰にも負ける気はしなかった。

 学園の入学試験も容易く突破したし、同学年を見渡しても自分の方が上だと思って優越感を感じた。

 アイナにとって、アルフレア魔法騎士育成機関はただの踏み台でしかなかったし、通過点に過ぎなかった。

 首席卒業など出来て当たり前。

 本当の戦いは卒業して近衛騎士になった後……レイラ・スコットを聖覧試合で倒し、そして自分が筆頭騎士になる事で父の名誉を取り戻す。

 ……そう思っていた。

 

 なのに踏み台で、あっさりと躓いた。

 学園で年に二度行われる闘技大会は、一度目は学年別で行われ、二度目は全学年で行われる。

 アイナにとってはどちらも優勝出来て当たり前のものだった。

 相手が上級生だろうと、負けるはずがないと信じていた。

 アイナは幼い頃からずっと父に鍛えられてきたのだ。

 他の連中とは年季も、背負っているものも違う。

 

「みんな頑張っていますね。レイラの目から見て、今年はどうですか?」

「私ですか? そうですね……今年はなかなかレベルが高い生徒が揃っていると思います。

私もうかうかしていられませんね」

 

 聖女と怨敵(レイラ)が話している声がアイナの耳に入る。

 というより、聞こえる位置に自分から赴いたのだが。

 

「特にあの四人……ベルネル、アイナ・フォックス、ジョン、そしてマリー・ジェットには光るものがあります。

ベルネルは技術は粗削りですが基礎能力で優れており、アイナ・フォックスは突出したものはありませんがよく研磨されています。流石は騎士フォックスの娘といったところでしょうか。

ジョンは確か元兵士でしたね。他の生徒よりも戦いというものを心得ているように見えます」

 

 レイラの評価に、アイナは少しだけ気をよくした。

 怨敵ではあるが、なかなか分かっているじゃないか。

 そうとも、私は偉大なお父様の娘。他の雑魚共とは根本からして違う。

 突出したものがないという評価は少し気に喰わないが、とりあえずは他の二人より高評価だ。

 だが、次に聞こえた声によってアイナは気分を悪くした。

 

「最後にマリー・ジェットは剣と魔法のバランスがよく、パワーはありませんが技術ならば既に騎士レベルでしょう。私が思うに、今年は彼女が優勝候補ですよ」

 

 何だそれは、と思った。

 まるで私よりマリーとかいう奴の方が強いような言い方ではないかと不満を感じる。

 マリー・ジェットの事は知っている。

 何を考えているか分からない暗い奴で、地味な女だ。

 騎士らしい華もない。

 確かにちょっと腕が立つと思ったし、見直したが……それでも、自分より怨敵に評価されているのが気にくわなかった。

 ならばいいだろう。すぐにこの後の試合で圧勝し、間違いを認めさせてやる。

 勝つのは私だ。

 そう思い、リングへと上がって――あっさりと負けた。

 

 優勝出来て当たり前としか思っていなかった闘技大会……その全学年どころか、まさかの学年別大会での準決勝敗退。

 優勝ではない。準優勝ですらない。

 ベスト4(・・・・)。アイナは一位を争う場にすら出られなかったのだ。

 差し伸べられた手を払い、アイナはその場から逃げるように走った。

 

 惨めだった。

 あまりに惨めすぎて、悔しくて涙が流れた。

 そんな彼女に更に追いうちをかけたのは、彼女が走り去った後の出来事だ。

 あの後マリーは決勝戦でベルネルとかいう男に負けて準優勝に終わり、そこに巨大な魔物が乱入したというのだ。

 聖女を殺しに来たというその魔物に立ち向かったのは五人の生徒と一人の教師……優勝者のベルネルと準優勝者のマリー。ベスト4のジョンに、その友人というエテルナ、フィオラ。

 最後に学園教師の一人でもあるサプリ。

 彼等は苦戦の末に見事怪物を打倒し、その存在感を見せ付けて誰からも一目置かれるようになった。そこにアイナはいない。

 まだ騎士ではないが、聖女を守ったその功績から生徒五人は大きく評価され、聖女エルリーゼからも直々に感謝の言葉を贈られた。彼等はまさに勇者だった。そこにアイナはいない。

 ベスト4に残った生徒の中で、アイナだけが聖女の危機に何もしなかった。

 

『あれ、ベスト4のアイナさんよ』

『ああ……ベスト4に残った生徒の中で一人だけ何もしなかったっていう……』

『他の三人とはえらい違いだ』 『父親はあの偉大なフォックス子爵なのにねえ……』

『よせよ。父親が偉大だからって、その子供にまで期待するのは可愛そうだ。そりゃ重荷ってやつだよ』

『普段、あんなに自信満々だったのに……』 『怪物が来た時何してたの、あの人』

『さあ……怖くて震えてたんじゃないか?』

『ああ、俺知ってるよ。丁度その時俺はびびって校舎内に逃げ……いや、トイレに行ってたんだけど、向かう途中で教室の中にいたあの子を見かけたんだ』

『え? じゃあ逃げてたって事? うそでしょ? フォックス子爵の娘が?』

『所詮その程度だったってことよ』 『試合に負けた時の態度も見苦しかったしな』

『普段から大口ばかり叩いてる奴ほど、いざという時はそんなもんだ』

 

 その日を境に周囲の評価が一変した。

 自分だって戦いもしなかった連中から、陰口を叩かれるようになった。

 アイナ自身が普段から周囲を見下し、それを隠そうともしていなかったのも悪評を加速させるのに一役買った。

 私はお前達とは違う。私は筆頭騎士フォックスの娘だ。

 そう吹聴していたわけではないが、それは誰もが知っている事実であったし、言葉でハッキリと『お前達は私より下』などと言ったわけではないが、その心情はしっかりと態度に現れていた。

 アイナはその、良く言えば正直で悪く言えば配慮のない性格の為に敵を増やしてしまったのだ。

 それでも今までは実力で周囲を黙らせていたのだが……その、彼女を支えていた『強さ』という地盤が崩れた。

 

 こんなのは違う、おかしい。何かの間違いだ。

 そうアイナは叫びたかった。

 私がそこにいれば、私だって活躍出来た。

 一人で怪物を倒して、聖女様を守り切っていた。私なら出来た。

 そうならなかったのは運が悪かっただけだ。

 偶然私がいない時に怪物が来たから、そうなっただけだ。

 だがいくらそんな事を言おうと、実際に何もしなかったという現実の前では意味がない。

 全てが空しい遠吠えだ。

 アイナは、戦いすらしなかった臆病者になった。

 

 その日から彼女は誰とも話さず、無心で訓練をするようになった。

 誰といても、自分を軽蔑の眼差しで見ているような気がする。

 何より、こうして何かに打ち込んでいないと……恨みで心がどうにかなってしまいそうだった。

 マリーが憎かった。

 彼女に負けてから、転げ落ちるように全てが悪い方向へ向かって行った。

 こうして訓練に打ち込んでいないと、喚き散らしてしまいそうになる。

 お前のせいだ、お前がいなければ……そんな無様な怨嗟の声が喉を突いて出てしまう。

 だから逃げるように訓練に没頭した。

 試合に負けて逃げて、そしてマリーと向き合う事からも逃げた。

 

 

 

「私には分かる。君は不当な評価を受けているようだ」

 

 全てから逃げていたアイナに声をかけたのは、この学園の長であった。

 年齢は四十代半ばにさしかかろうかという老体だが、背筋はしっかりと伸びていて身体も筋肉質でガッシリしている。

 男の平均寿命が六十年に満たないこの世界では彼は既に老人と呼んで差し支えないが、しかし驚くほどの若々しさとエネルギーに満ちている。

 白髪をオールバックにし、その瞳は肉食の獣のように鋭い。

 身長は188cmで、この世界の男の平均身長165cmを大きく上回っている。

 

「運というのは残酷なものだな。

君のように、本来ならば筆頭騎士になれるはずの逸材が、ただ一度の調子が悪かった時の敗北で転げ落ちてしまう。

間も悪かった。あの時に君がいれば、必ずや聖女を守るのに一役買えただろうに」

 

 それは、アイナの心にスルリと入り込む甘言だ。

 アイナの心は今、罅割れている。砕け散りそうなほどに傷付いている。

 その隙間に、彼の言葉は優しく侵入する。

 

「あまりに惜しくて見てられん。君は必ず偉大な騎士になれるとずっと見込んでいたのだ。

その才能がこうして潰れようとしているのは、大きな損失だ。

それとこれは未確認なのだが……どうにも、あの時マリー嬢は汚い手を使っていたようだ。

試合開始前……妙に冷えたと思わないか? 心当たりはないか?

私が思うにあの時、マリー嬢は試合前から君に、気付かれない程度に攻撃を仕掛けていたのだ。

身体の動きが、鈍くなるように……本来の力を発揮出来ぬように」

 

 結論から言えば、そんな事はなかった。

 いくら何でも、そんなに身体能力が下がるような事があればアイナはその時点で気付ける。

 そんなに寒かったなら、寒かったという記憶くらい残る。

 そしてアイナにそんな記憶はない。

 だが……人は、自分の都合のいい方に物を考える生き物だ。

 ましてやそれが過去の事となれば、尚の事。

 言われてみれば(・・・・・・・)そうだった気がする(・・・・・・・・・)

 一度そう思ってしまうと、まるでそれが真実のように思い込んでしまう。

 疑惑と真実がひっくり返り、その者の中では根拠のなかった疑惑が真実にすり替わる。

 悪い事をしてしまった時、最初に『私だけが悪いわけじゃない』と思う。

 次に『もしかしたら私は悪くないかもしれない』になり、やがて『私は悪くない』になり、『何故悪くない私が責められている』となってしまう。

 こういう思考をしてしまう人間は、確実に一定数以上存在するのだ。

 

「ほら、やっぱりあの時寒かったんだろう?

だが君は、気付けなかった。それはマリー嬢の手口が巧妙だったからだ」

 

 まるで洗脳のように学園長の言葉が耳に入る。

 そうか、そうだったのかと思う。

 私は正々堂々の戦いで負けたわけではなかった。

 卑怯な事をされて負けたのだ。

 そう理解(誤解)すると、ふつふつと怒りの炎が湧き上がる。

 ずるい、許せない。そんな想いが頭を支配する。

 そうして思考力の落ちた彼女へ、学園長が提案を持ちかける。

 

「私は君こそが今年の最も優秀な生徒だと確信している。

だから君を信じて、打ち明けたい。

……ここだけの話、実はこの学園には魔女の手の者が潜んでいるんだ」

「なっ!?」

「私はずっと、信頼出来る者を探していた。誰が敵か分からず、孤独な闘いをしていたんだ。

だが君ならば信じる事が出来る。

君が今、こうして辛い環境に置かれているのも、もしかしたら君を脅威と思った敵の策略によるものなのかもしれない」

 

 アイナは、学園長の言葉に驚いた。

 同時に暗い喜びも感じていた。

 こんな重大な話をマリーではなく自分にしてくれたという事に、優越感を感じてしまったのだ。

 

「分かるだろう? あの大会でもまるでタイミングを図ったように怪物が現れて、そして打ち合わせたような活躍劇が繰り広げられた。

魔女の手の者は既に、大勢いる。どこに目があるか分からない。

そんな魔境に、聖女様は知らずに来てしまったんだ」

「た、大変! すぐに知らせないと……」

「いや、それは駄目だ。知らせても私達の方がおかしな事を言っていると思われてしまう。

それにこれはチャンスなんだ。敵を泳がせて、その尻尾を掴める好機だ」

 

 学園長は屈みこみ、アイナに視線を合わせる。

 そして彼女の手を握り、静かに頼み込んだ。

 

「アイナ・フォックス……どうか私と一緒に戦ってくれ。私達で聖女様を守るんだ」

「は、はい……! 私でよければ、喜んで……!」

「いい返事だ。君を選んでよかった……。

ならば君は、普段通りに生活しつつ聖女様の行動を監視して私に報告して欲しい。

特に、聖女様が人目を避けるように動き始めたら要注意だ。

……数か月前、聖女様がファラ先生に呼び出された事件は知っているね?

もしも聖女様が単独で行動を始めたら、敵に同じように呼び出され、危機に陥っている可能性が高い。すぐに救援に向かう必要がある。だからその時はすぐに私に報告するんだ」

 

 学園長の甘い誘いに、アイナは絡め取られていく。

 人は自分が正しい事をしていると思うと、そこに疑問を抱きにくくなる。

 ましてやそれが、心に罅の入った少女ならば尚の事。

 元々の性格も相まって、アイナの心には既に疑いなどというものは存在していなかった。

 

「報告用の手段を渡そう。

こいつは人の言葉をよく聞き、そして真似をする賢い鳥だ。

そして天敵から逃れる為に、周囲の景色に同化するという特徴を持っているから肩に乗せていても誰も気付かない。

報告の時はこいつに話しかけて、そして飛ばしてくれ。そうすればこの鳥は私の所に来て、君の言葉をそのまま伝えてくれる」

 

 そう語りながら学園長が渡して来たのは、一羽の小さな鳥だ。

 人に慣れているようで、抵抗なくアイナの手に乗った鳥はあっという間に色をアイナの皮膚と同じ色にしてしまい、まるでそこにいないようだ。

 

「何か言ってごらん」

「え、えと……それじゃあ……こんにちは」

 

 アイナは学園長に促され、鳥に挨拶をした。

 すると鳥は小首をかしげ、嘴を開く。

 

「エ、エト、ソレジャー、コンニチハ」

「うわあ……可愛いかも」

「ウワー、カワイイカモ」

 

 アイナの言う言葉をそのまま鳥が真似る。

 それが嬉しくなり、アイナは指先で鳥の頭を撫でた。

 フワフワしていて触り心地がいい。

 

「それじゃあ、頼むよ。勿論これは極秘任務だからね。

他の誰かに言ったりしないように」

「はい! 任せて下さい!」

 

 学園長に、自信満々にアイナが返事をする。

 そんな彼女に優しそうな笑みを向けて、そして学園長はその場を歩き去った。

 だが歩きながら徐々に温和そうな笑みは歪み、口の端が吊り上がる。

 それは、愚かな小娘を嘲笑うような、悪意に満ちた笑みであった。

 

 そして物陰で話を聞いていたベルネル達は、とんでもない事を聞いてしまったと顔を見合わせた。




《エルリーゼの外見コーテイングに関して》
・闇の力で蝕まれているから無理矢理魔法で外見だけを整えている――とか、そんな重い話はない。
コーティングしているのは単純に聖女ロールをより完璧にする為でしかなく、表情キープも単純に自分の本性が気を抜いた拍子などに表情に出るのを避ける為の措置。
(他の女生徒をウォッチングして、おっさんのようにだらしなくニヤケ顔になったりするのもこれで止めている)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十六話 調査

 やる事がないのでとりあえず訓練をしておく事にした。

 イベントの無い時はとりあえず自主練しておけっていうのがこのゲームの基本なのだが、まさか俺がその状況になるとは思わなかった。

 オート魔力訓練の魔法で周囲の魔力を循環させつつ、魔法の玉を七つくらい生成して部屋の中を適当にお手玉のように飛ばす。

 火、水、土、風、雷、氷、光……っと。まあ俺が使える属性魔法全部だ。

 それを更に妖精やら精霊やらの形に変えて、遊ばせる。

 こうする事で魔法の精度やらコントロールやら同時操作やらを磨く事が出来るのだ。

 今の俺が同時に扱える魔法は十個くらいが限度だが、歴史書を見るに過去の魔女や聖女でも二つ以上の魔法を同時行使出来た奴ってそういないらしいし、これでも上出来だろ。

 いやしかし、本当にマジで何も思いつかん。

 地下に調べに行けば魔女が逃げて詰み。

 俺の行動を誰が見張ってるか分からないし、仮に一人で行ってもバレる可能性は十分ある。

 例えば地下室の入口付近に魔女の使い魔とかがいて、そいつが『聖女が来た!』とか叫んだらそれだけで魔女が逃げるかもしれない。

 つまるところ、魔女のテレポートを何とかしないと駄目なんだよな。

 

 学園全部バリアで覆ってみるか?

 魔女の使うテレポートって要するに身体を分子まで分解して、その状態で高速でぶっ飛んでいくっていう、闇の力に無理矢理生かされている魔女以外がやったら即死待ったなしの荒業なので分子すら通れないほどのバリアで学園を閉じ込めてしまえば魔女は逃げられないと思うんだよな。

 けどそこまで隙間なく遮断しちまうと、空気まで遮断するわけで……学園と寮合わせてかなりの人数がいるのに、そんな事をするのは流石にやばいと思う。

 短期決戦で決めようにも魔女だって瞬殺はされてくれないだろうし、それに火魔法なんか使われたら最悪だ。

 魔女を閉じ込めるはずが、逆にこっちが酸欠に追い込まれて本来絶対勝てるはずの戦いに負けかねん。

 

 先に全員を避難させてからバリアはどうだ。

 誰もいない学園をバリアで閉じ込め、そしてバリアを徐々に小さくして内部のものを圧壊させる、名付けて『学園ごと死ね』作戦だ。

 しかし生徒全員を避難なんてさせればその時点で学園長や、他にもいるだろうスパイにバレて避難前に魔女が逃げるだろう。

 

 ならば先に学園長をフルボッコにしてみるか?

 でもそれをやるには、こっちに大義名分がない。

 いくら聖女の権限が凄くても、表面上は何の非もない学園長を一方的にボコボコにしたら流石に周囲の目がね……。

 そんなものを無視して強引に進める事も出来るんだが、下手な事をすると乱心したと見られて城に強制送還もあり得るのでこれは最後の手段だ。

 

 

 奇襲はどうだ。

 こう、学園から離れた場所で穴を掘ってその中に俺が入り、そこからゴン太ビームを発射して地面を貫通させて学園地下全部を攻撃するのだ。

 これなら確実に先制で魔女にダメージが入るが……一撃で倒せなければやはり逃げられてしまうだろう。

 魔女は聖女&魔女の力以外ではダメージを受けないので、当然俺はこの攻撃に闇パワーを乗せるが、残念ながらベルネルから吸い取った僅かな闇パワーではいくら俺の魔力ビームの威力が高いって言っても一発で魔女を倒すのは難しい。

 何よりそんな事をしては脆くなった地面に学園が沈んで大惨事だ。

 

 んー……。

 んんー…………。

 駄目だ、いい案が思いつかない。

 『いけるかもしれない』程度のアイデアなら出て来るんだが、確実にこれというのが思い浮かばないな。

 やっぱまずは、学園長と他のスパイだよなあ。

 何とか言い逃れ不能の証拠を見付けて、そいつらを全員捕まえないと駄目だ。

 けど、それをどうするかが問題だ。

 全員集めて異端審問でもしてみるか?

 ゲームでのエルリーゼの好き放題ぶりを見るに俺の権力なら出来ると思うが……やったら絶対イメージ悪くなるしなあ。

 

「エルリーゼ様、少しよろしいでしょうか?」

 

 ドアがノックされ、レイラの声が聞こえてきた。

 何だろう?

 まあ、今は手も空いてるし、駄目だという理由もない。

 というわけで入っていーよ。

 そう言うと、ドアが開いてレイラと……ベルネルと愉快な仲間達も入ってきた。

 負け犬と戦った時の六人だ。ああ……このルートだとマジでそのメンバーでストーリー進めるの?

 そんなネタパみたいな構成で大丈夫か?

 ちなみに本来は五階に上がってきた時点で捕縛案件だが、あの一件もあってベルネルだけは来ても話くらいは聞いてやれとレイラに伝えてある。

 

「……レイラ?」

 

 何を話すのかと思っていたが、レイラ達は茫然として部屋を見ていた。

 何よ。話す事あるから来たんじゃないの?

 ……ああ、この部屋を飛び回ってる奴? これが邪魔で話せない?

 そんじゃ引っ込めて、と……これでいいだろう。

 ほれ、さっさと話せ。

 

「レイラ。無言では何も分かりませんよ」

「あ……は、はい。

この者達が何やらおかしな話を持って来まして……一度お耳に入れるべきかと」

 

 ほーん。おかしな話?

 そのメンバーだとおかしくない話をする方が珍しい気もするけどな。

 まあええわ。一応聞いたる。

 ほれ、百文字以内で簡潔に答えてみせよ。

 

「話してください」

「はい……実は先程……」

 

 そうしてベルネルが話し始めたのは、運動場でアイナと学園長が怪しい密談をしていた、というものであった。

 学園長がアイナに近付き、『マリーは反則をしていた』だの『君は認められるべきだ』だの甘言で惑わし、途中から論点をすり替えて『この学園にはスパイがいる!』とか『信じられるのは私と君だけだ』とか言って、俺の学園内での行動をウォッチングして学園長につぶさに報告するように指示したらしい。

 うわあい真っ黒。

 しかしなるほど? エテルナルートとかで俺が近付くとすぐ魔女がそれを察知して逃げてしまうのはアイナのせいだったってわけか。

 本来のゲームでは俺を恨んで暗殺しようとし、そんでこの世界では敵に踊らされてスパイと。

 何か、どう足掻いても俺と敵対する運命にあるのかね、あの子は。

 そのうち学園長に『あの聖女偽物だから殺していーよ』とか言われたら疑いなく剣を持って斬りかかってきそう。

 まあ実際偽物なんだけどさ。

 

「何と愚かな……騎士フォックスの娘ともあろうものが、そんな簡単な嘘に騙されるなど。

どう見てもマリー嬢は間違いなく、正々堂々と戦っていた。アイナ嬢が負けたのはただの実力不足だ。

己の未熟を棚に上げ、相手を卑怯者呼ばわりとは……これでは騎士フォックスも悲しむだろう」

 

 レイラは失望したように言うが、そう言うもんでもない。

 詐欺っていうのは案外、俺は騙されないぞって思っている奴に限って騙されるもんだ。

 情報が発達した現代日本ですら未だに被害者が増え続けているのが実情だ。

 ましてやこの世界で、しかもずっと貴族の家で暮らしていた箱入り娘さんだろ?

 おまけにハートはボロボロで、焦りまくっている時ときた。

 じゃあ騙されるのも仕方ないわ。

 むしろ学園長もそんなアイナだから『こいつならいけるやろ』と思って接触したに違いあるまい。

 つーわけで、ちょっとフォローしておこうか。

 俺は可愛い女の子には優しいのよ。野郎は基本どうでもいいけど。

 

「レイラ。そう言うものではありません。

騙される者というのは、自分は大丈夫と思っている時ほど騙されてしまうものです。

聞いた話ではアイナさんはずっと貴族の屋敷で世俗に揉まれる事もなく成長してきたようですし……加えてその時は心が傷付き、焦っていたと見えます。

ましてや相手は学園長……信じたくなってしまうのも無理のない事でしょう」

 

 それに学園にスパイがいるっていうのはマジだ。学園長本人とかな。

 上手い嘘っていうのは事実を混ぜる事ってどっかで聞いた覚えがある。

 まあアイナの心理状態や置かれていた環境などから考えれば、心理的に学園長の甘言から逃れる道はなかっただろう、と俺は思うよ。

 まあとりあえず、学園長は魔女の手先確定やね。

 

「アイナさんのその時の心理状態から思うに、甘言から逃れる術はなかったでしょう。

そして、魔女の手先とは他ならぬ学園長自身の可能性が極めて高い。

何故なら、私の動向を逐一報告されて一番喜ぶのは、他ならぬ魔女だからです」

「な、なるほど……流石はエルリーゼ様。見事な慧眼です……このレイラ、感服致しました」

 

 おうスットコ、もっと褒めていいぞ。

 そんでベルネルとエテルナと、フィオラとマリーと、その他二名もよくやった。

 これで学園長を、大義名分をもって捕まえる事が出来る。

 学園長さえ捕まえちまえば、後は芋づる式だ。スパイを全員引っこ抜いてやれる。

 

「それにしても、まさか学園長が……先代の聖女アレクシア様の筆頭騎士で、共に魔女を討伐したほどのお方が魔女の手先になるなど……」

 

 むしろ、だからこそ(・・・・・)なんだよなあ。

 だって今の魔女が、その先代聖女アレクシアだもんよ。

 そう、魔女の本名はアレクシアだ。ここテストに出るからメモしといて。

 つまり学園長は別に裏切り行為とかはしていないわけだ。

 最初から最後まで一貫してアレクシアだけ(・・)の騎士なのよ、そいつ。

 聖女が魔女にジョブチェンジしたから、聖女の騎士も一緒に魔女の騎士にジョブチェンジしたという、それだけの話。

 とはいえ、どのみち敵は敵だ。

 俺にとっては魔女共々、フルボッコにするべき相手って事に変わりはない。

 

 そんじゃま、俺が出向いてパパッと学園長をとっ捕まえましょーかね。

 学園長は元筆頭騎士だけあって、実力的にはレイラと互角の傑物なのだが、俺の敵じゃあない。

 はいバリア&魔力強化、効きません。カキーンで終わる。

 そんで捕まえて他のスパイの名前も纏めて引っこ抜けば後が大分楽になる。

 

「お待ち下さい、聖女よ」

 

 しかしそこにストップをかけたのは、変態クソ眼鏡だ。

 相変わらずいつか裏切りそうなオーラが漂っている。

 

「学園長を今捕えても、全てのスパイを吐くとは思えません。

確実に何人かは隠される事でしょう」

 

 む……なるほど、確かにそうかもしれん。

 変態クソ眼鏡のくせにマトモな事言いやがって。

 

「そこで、この件は私にお任せいただけないでしょうか?

学園長の周辺を探り、奴と通じている者を全て白日の下に曝け出してみせます」

 

 そんな事出来るのかね、と正直なところ疑いが先行する。

 だってこいつ、ゲーム本編だと小物だし。そんな有能描写ないし。

 どうせすぐ見付かって、逆にこっちの情報抜かれるだけじゃねーの?

 でもまあ、万一上手く行ったら儲けものだし、失敗してこいつが敵さんにやられてもそれはそれで儲けものだ。

 だってこいつの視線キモイし。

 それとお前気付かれてないと思ってるかもしれないけど、この前俺が学生食堂で使ったスプーンを食堂のおばちゃんから盗んで袋に入れてたろ。

 正直キモすぎて声かけられなかったけど、俺の中でのお前への評価はゼロを通り越してマイナスだからな、この野郎。

 

「分かりました。ならばこの件は貴方に一任します。

貴方の活躍に期待しています、サプリ・メント先生」

 

 まあこいつならどうなってもいいや。

 よし行ってこい。骨は拾……いや、拾わないで海に捨てるけど。

 

「おお……聖女様の愛らしい口から私へ『期待しています』と……!

おお、おおおおぁぁ……! この言葉だけで、十年、いや、百年戦える!

お任せ下さい我が聖女よ! 必ずやこのサプリ・メント、貴女のご期待に応えてみせます!」

 

 うわあ、キメェ……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十七話 一網打尽作戦

「お待たせしました、聖女よ。

これが、私がこの二週間で調べ上げた不届きもの達を記したリストでございます」

 

 そう言って、俺に羊皮紙を差し出して来たのは学園のスパイを洗い出す仕事を与えてみた変態クソ眼鏡だ。

 渡された紙を何となく触りたくないのでレイラに取らせ、名前を読み上げさせる。

 大半は全く知らない名前だが(そもそもモブの名前なんてゲームにも出ないし覚えないわそんなもん)、その数は実に二十四人にも上る。

 勿論その中に学園長とアイナがいるのは言うまでもない事だ。

 大半はアイナ同様に騙されているだけの阿呆なのだろうが、中にはガチで魔女に従ってる奴もいるんだろうな。

 このリストが正しいならば、なかなかの働きだと評価しなくもない。

 変態クソ眼鏡のくせにやるじゃないか。

 しかしレイラは納得いかないようで、リストを読み上げるほどにその表情は険しくなっていく。

 

「これは……何の冗談だ、サプリ教諭。

正直に言うが私はこれを読んで、むしろ貴方の方が魔女の手先なのではないかと疑い始めている。

虚偽の報告で、疑うべきではない相手を疑わせ、人類の戦力を削ろうとしているのではないか?」

「これは心外だ。私が心を捧げるのはエルリーゼ様以外にありえない」

「ならばこれは何だ? 貴方が裏切り者として並べたこの者達は……先代の聖女と共に魔女を討った、あるいは貢献した……偉大な騎士ばかりではないか!」

 

 レイラの怒りに満ちた声に、変態クソ眼鏡は挑発するように肩をすくめた。

 だが俺にとっては、今のレイラの言葉で逆にこの『リスト』の信憑性が増してしまった。

 あー、なるほどね。先代の聖女と共に戦った騎士やそのお友達の皆様と。

 まあ俺もその辺は怪しいかなと思ってたけど、それをこうして躊躇なく出して来ると言う事は、変態クソ眼鏡の調査は良くも悪くも本物だという事だろう。

 

「彼等は年齢によって引退した後も、後進を育てる為に学園の教師となった立派な、尊敬すべき者達だ。

貴方は我等騎士を愚弄する気か!」

「愚弄するつもりはない。だが先代聖女の近衛だろうが何だろうが、人類を裏切るならばその程度の輩だったという事。

騎士の誇りとやらも、君が思う程のものではないという事ではないのかね、レイラ君」

「貴様……」

 

 レイラが剣に手を伸ばし、変態クソ眼鏡も魔法を準備する。

 おいお前等、こんな所で喧嘩すんなや。

 

「落ち着きなさい、レイラ。

悲しい事ですが、既に学園長という前例がある以上、他の元騎士も同じように敵に回っている可能性を頭ごなしに否定する事は出来ません。

学園長を慕っていた者も少なくはないはずです」

「それは……そうですが」

 

 そう諫めると、レイラは渋々剣から手を離した。

 それから変態クソ眼鏡を見た。

 うえ、こいつ俺が顔を向けるだけで嬉しそうにするからあんまり見たくないんだよな……。

 

「サプリ先生、これはどのように調べたのですか?」

「よくぞ聞いて下さいました。彼等は共通の連絡手段として、ある鳥を使用しています。

今から八十年前に冒険家によって発見され、発見者スティールの名前をそのまま取ってスティールと名付けられたこの鳥は変わった機能を持っています。

天敵から逃れる為に羽毛の色を周囲の景色と同化させて透明化し、他の生物の唸り声を真似ることで天敵を追い払うのです。

この習性に目を付けて家畜化されたのが五十年前の事。

透明になる習性から頭や肩に乗せていても注視しない限りは気付かれず、言葉を真似る習性から優れた伝言役として重宝されるようになりました」

 

 俺の質問に、変態クソ眼鏡が嬉しそうにどうでもいい事まで話し始める。

 うん、発見された時期とかどうでもいいわ。

 とりあえずメッセンジャーとして実に都合のいい鳥だって事ね。

 

「私は彼等が飛ばしたスティールを全て捕え、私が調教した別のスティールとすり替えました。

こうする事で彼等の秘密の密談は全て私の所へ入って来るという仕組みです。

無論一気にすり替えるのではなく、間を開けて少しずつ……ですがね。

情報が入れば、動きも見えます。

彼等が直接話す場所に先回りして盗み聞きし、あるいは誰もいない隙に寮室に忍び込んで持ち物を調べ……そうして二週間をかけ、じっくりしっかり、完璧に彼等の繋がりを把握したというわけです」

 

 ……思ったより結構有能だった。

 なるほど、連絡手段をすり替えたわけか。

 現代で言うなら通信傍受みたいなものだろうか。

 ネットどころか電話もない世界だからこそ、通信は原始的な手段に頼るしかない。

 こういうのを見ると電話っていうのがいかに偉大な発明だったのかがよく分かる。

 

「このリストに間違いはないのですね?」

「自らの意思で行っているか、それとも利用されているだけかはさておき……結果として魔女の密偵になってしまっているという意味ならば間違いありません。

全員、捕えてしまうべきかと」

「他にまだ密偵がいる可能性は?」

「ゼロとは言えません。どんな事柄も確定するまではゼロではありませんので。

この二週間で誰からも情報を貰っていない密偵が隠れている可能性は僅かながらあります」

 

 ゼロじゃない、か。

 その辺ちょっと失敗フラグくさくもあるが、これ以上は実際やってみないと分からないって事なのだろうな。

 悪魔の証明ってやつだ。『無い』事を証明するのは限りなく不可能に近い。

 極端な例を出そう。例えば……そうだな。パンを尻にはさんで右手の指を鼻の穴に入れて左手でボクシングをしながら『いのちをだいじに』と叫んでいる奴なんて普通はいないだろう。

 では『今この瞬間に目の届かない何処かでそれをやっている奴が一人もいない事を証明してみせろ』なんて言われたら、それは不可能だろう。

 出来るのは、無いと信じて動く事だけだ。

 ……つーわけで、そんじゃまあ、もうやってしまいますかね。

 念を入れてもっと調査させてもいいんだが、アイナみたいに利用される奴が増えて人数が膨れ上がったら面倒くさいし。

 だがスパイを一網打尽にしては、流石に魔女もやばいと思って逃げるかもしれない。

 なので……癪だが、この変態クソ眼鏡の協力は必要不可欠だ。

 

「ならば、早期に解決させてしまいましょう。

しかし、魔女の手先を全員捕まえてしまえば、連絡が来なくなったことで魔女が警戒してこの学園から逃げる可能性もあります。そこでサプリ先生、貴方には……」

「心得ております。学園長が魔女との連絡に用いているスティールをすり替えればよろしいのですね?

そして学園長を捕えた後は私が学園長のふりをして、スティールを用いて魔女と連絡を取り合う……これが最善でしょう」

「話が早くて助かります」

 

 なるほど、予想してたか。

 あれ……こいつ、本当に変態クソ眼鏡か?

 ゲーム本編だと無能な小物だったのに、えらい役に立つな。

 

 そんじゃまあ、魔女の手先一網打尽大作戦。

 はりきっていってみよう。

 

 

 作戦の手順は簡単だ。

 奴等が連絡手段にしているステルスバード(すり替え済み)を使って、全員に学園長の名前で一か所に集まるように指示を送る。

 逆に学園長には、他の奴からの連絡と偽って『話したい事があるから来てくれ』と誘い出す。

 するとノコノコと密会(笑)の為に馬鹿共が訓練室に集まった。

 訓練室は校舎の隣にある施設で、体育館を思わせる広い施設である。

 ちなみにゲームだと体育館のような、というのを通り越して完全に体育館だった。

 学園ものだからって何で騎士を育成する学園にそんなものがあるんですかねえ……。

 あれ、絶対製作者が面倒でフリー素材の体育館の背景とか使ってただろ。

 とか、そんな事を考えつつ俺達はカーテンの裏に隠れて待機中だ。

 

「どうした。何故こんなに集まっている」

「何を言うのです。学園長が集めたのでしょう」

「私が? 馬鹿を言うな。こんな目立つ集会など私が提案するはずが……」

 

 おーおー、アホ共が混乱しておるわ。

 とりま、ここでバリア発動! 部屋に全員閉じ込めた。

 

「しまった! 罠だ!」

 

 学園長が騒ぐが、もう遅い! 脱出不可能よッ!

 貴様等は既にチェスや将棋で言う『詰み』に嵌ったのだッ!

 閉じ込めた所でカーテンを開けて前に踏み出す。

 ふん、おるわおるわ。雑魚が雁首並べてアホ面を晒してやがる。

 

「せ、聖女様……!? これは一体……」

 

 アイナが混乱したような顔をしているが、まあ利用されていただけの子は分からんよね。

 彼等の前で変態クソ眼鏡がドヤ顔で指を鳴らす。

 するとアホ共の肩や頭に乗っていたステルスバードが一斉に、彼等が交わしていたであろう話を勝手に話し始めた。

 その中には『エルリーゼには気付かれるな』とか『馬鹿な小娘は騙しやすい』とか『我等が魔女様の為に』とか、『エルリーゼを誘い込んで全員で叩いては?』とか、決定的な証言が混ざっていた。

 するとこれに何人かが騒ぎ、学園長へ敵意の籠った視線を向ける。

 

「学園長、これはどういう事です!?」

「今の言葉は……エルリーゼ様を害すると聞こえましたが……!」

「我々は聖女様の為に団結していたのではなかったのか!?」

 

 ああ、この人達は騙されて協力してた皆さんかな。

 あっという間に派閥が二つに割れ、ガチで魔女の手先派と利用されてただけ派が対立して睨み合った。

 

「落ち着かんか! スティールの言葉などいくらでも操れる! これは濡れ衣だ!

……聖女様、騙されてはなりません。その男、サプリこそは魔女の手先!

貴女は騙されております!」

 

 その中で学園長は流石に落ち着いたもので、この場のヘイトをサプリへ向けようとし始めた。

 まあ見るからに怪しいもんな、そいつ。

 俺だって前知識なしならそいつを疑うわ。

 それにステルスバードの発言などいくらでも変えられるというのもごもっとも。

 何せ所詮鳥だ。飼い慣らして美味い餌をやって言葉を教えれば、裏切っているという自覚すらなく前の飼い主を裏切るだろう。

 そもそもこの鳥は言葉の意味すら分かっちゃいない。ただ教えられた言葉を『音』として発しているだけなのだから、自分が何をしているのかすら知らないのだ。

 

「信じてください! 私の行動、言葉、その全てが聖女様の為です!」

 

 ほうほうほう、なるほどなるへそ。

 全てが聖女の為に行動ね。

 そうだな、それは信じてもいいだろう。確かにその通りだ。

 全部、お前の聖女(・・・・・)の為なんだよなァ?

 おいおっちゃん。俺が魔女の正体と聖女のカラクリを知らんとでも思っていたかい?

 そう言ってやると、学園長は開き直ったように鋭く笑った。

 

「……ッ!

なるほど……知っていたか……。

ならば誤魔化しは利かんな……」

「聖女の秘密……? 魔女の正体……?

エルリーゼ様、それは一体……」

 

 あ、スットコちゃん、それは後でね。今は集中しろ集中。

 学園長が不意を打つように俺に斬りかかり、それを咄嗟にスットコが剣で弾いた。

 

「ディアス殿! 貴方と言えどエルリーゼ様に剣を向けるならば許さん!」

「レイラ・スコットか……」

 

 学園長が俺に斬りかかった事で、もはや完全に誤魔化しは利かなくなった。

 学園長と共に本心から魔女側についていた教師陣が武器を抜き、利用されていただけの教師や生徒達が俺を守るように構える。

 更にベルネル達もそこに加わり、戦闘が始まった。

 俺が魔法を一発ドーンと撃てば終わるんだが……その前に、このままじゃアイナが不憫すぎるな。

 自分が何をしていたのか理解していた彼女は放心したように座り込んでおり、そして剣を喉に……ちょちょちょ、ストップストップ!

 俺は慌ててその剣を掴んだ。……っぶねー。

 

「聖女様……離して下さい……。

私……こんな、こんな事に手を貸してしまって……。

もう、お父様や皆に合わせる顔が……」

 

 両目から涙を流しながら言うアイナに、俺は何とも言えないゾクゾクとしたものを感じた。

 泣いてる美少女っていいよね!

 ……じゃなくて。とりあえずまずは慰めてやらんとな。

 今ならちょっと優しい言葉をかけてやればそのままホテルに連れ込めそうだ。

 しかし自殺なんかされては寝覚めが悪い。俺、胸糞展開って嫌いなのよ。

 つーわけではい、ハグ。役得役得。

 そんで軽く背中を叩いてやって、適当に元気付けてやる事にした。

 

 でえじょうぶだ、わーってる、わーってるから。

 お前はあれだ。俺を守ろうとしてくれただけなんだろ。

 で、ちょっとやる気がハムスターの乗った回し車みたいにグルグル回っただけなんだよな。

 OKOK、大丈夫。美少女のミスなら可愛いもんよ。

 野郎なら死刑直行だけど、お前は可愛いから許しちゃる。俺は心が(美少女限定で)広いんだ。

 誰が何と言おうと俺が許す。俺がルールだ問題ない。

 それに、俺だけじゃなくてそこの連中も許してくれるさ。

 そう同調圧力をかけて言うと、何ともノリのいい事でベルネル達が口々に同意する。

 最後にマリーが手を差し伸べると、今度は払い除けずにその手を掴んだ。

 よし仲直り。やっぱこうでなきゃな。

 

 戦闘は……お、こっち優勢やね。

 まあ向こうは言っちゃ悪いがロートルばっかだし。

 何せ先代の聖女の頃の騎士だ。もう歳だよ。

 そこにベルネル達とアイナも加わり、一気に押し込んでいく。

 あっという間に残るは学園長のみとなり、レイラとの一騎打ちとなった。

 

「何故です! 何故、アレクシア様と共に魔女を打ち倒した貴方が!

どうして魔女に魂を売り渡してしまったのですか!」

「売ってなどいないさ、これが私だ。

私が守る者は昔も今も変わらない。私はずっと私の聖女を守っている」

「裏切り者が戯言を!」

 

 なんかレイラと学園長が熱い会話をしている。

 おー、かっけえ。

 これ、空気読まずに俺が横槍入れて学園長をKOしたらどうなるんだろう。

 チャンチャンバラバラとレイラと学園長が恰好よく剣舞を繰り広げているが、これを言葉に出来ない俺の語彙力のなさが恨めしい。

 

「レイラ殿! 援護します!」

「ふん、雑魚共が……引っ込んでおれ!

貴様等など何人いようが物の数ではないわ!」

 

 学園長派を倒した、『チーム利用されてただけ』がワラワラと学園長に向かっていたが、学園長が薙いだ剣から電撃が出てウワーとかギャーとか叫びながら吹っ飛んで全員仲良く失神した。

 うん、雑魚キャラの宿命よね……。

 そして何事もなかったかのように筆頭騎士二人の戦闘が再開される。

 

「裏切りだと? 笑わせる。

私達が世界を裏切ったのではない。世界が私達を裏切ったのだ。

君もいずれ知るだろう。そして世界に絶望する」

「何をわけの分からぬ事を!」

「分からぬならばそれでいい。私はただ、アレクシア様をお守りするだけだ」

 

 チャンチャンバラバラ、チャンバラバラ。

 キンキンキンキン、ガキンガキン。

 バリバリ、メラメラ。

 はい、無理。こんなん文字に出来んわ。

 

「血迷っているのか? アレクシア様は魔女を倒した時に……」

「死んだとでも言いたいのかね?

いいや、違う。アレクシア様は生きている。死んだ事にされただけだ!」

「な、何だと!?」

「そしてアレクシア様に守られた愚民共は、その恩も忘れてあの方を殺そうとした!

だから! 近衛騎士である私が守らねばならぬのだ!

たとえ世界を敵に回そうと!」

 

 え、ちょ、待て待て。

 早い早い。それもう言っちゃうの!?

 それ、終盤も終盤でようやくベルネル達が知る事になるネタバレなんだけど!?

 

「そ、それは一体どういう……」

「フン……お前の聖女はもう知っているようだぞ?

エルリーゼよ、教えてやってはどうだ? お前の可愛い騎士に真実を話してはやらんのか!?

無理ならば私が教えてやる!

よいか、魔女の正体は――先代の聖女だ! 聖女アレクシア様こそが、お前達の倒そうとしている魔女の正体なのだ!」

 

 あーあ、マジで言いやがった。

 ほら、どうすんだよこれ。空気最悪じゃんか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十八話 騎士VS騎士

 あの学園長とアイナの会話を聞いてしまってから二週間が経ち、ベルネルは仲間達と共に学園長一派と対峙していた。

 元々は聖女を守った騎士であり、その功績を認められて学園教師となった者達のまさかの人類への裏切り。その裏切り者達を一網打尽にする作戦に参加した事に迷いはない。

 どうしてこの人達が、という思いはあった。

 だがそれ以上にベルネルにとってはエルリーゼを守る事、彼女の力になる事の方が比重が大きかった。

 

「聖女様、騙されてはなりません。その男、サプリこそは魔女の手先!

貴女は騙されております!

信じてください! 私の行動、言葉、その全てが聖女様の為です!」

「ええ、信じていますよ。

確かに貴方の行動は全て貴方の聖女(・・・・・)の為でしょう。

だからこそ(・・・・・)、私は貴方が魔女の手先と確信しています」

 

 学園長の言葉に、エルリーゼが落ち着いた声で話す。

 だがその意味はベルネル達にはよく分からなかった。

 学園長の行動が全て聖女の為である事を信じながら、しかしだからこそ魔女の手先? 意味が分からない。

 だが学園長には伝わったようで、彼は顔色を変えた。

 

「聖女の秘密も魔女の正体も、私は全て知っています」

「なるほど……知っていたか……。

 ならば誤魔化しは利かんな……」

 

 エルリーゼの言葉を聞き、学園長は剣を抜いた。

 一体今の言葉にどんな意味があったのかはベルネルには分からない。

 だが、何か核心に触れる言葉なのだろうという事だけはかろうじて理解出来た。

 

「聖女の秘密……? 魔女の正体……?

エルリーゼ様、それは一体……」

「レイラ、それは後で話します。まずは目の前に集中して下さい」

 

 どうやら筆頭騎士であるレイラすら知らない秘密があるらしい。

 それは一体何なのかと考える暇もなく、学園長がエルリーゼへ斬りかかった。

 速い――と素直に思う。

 もう老体だろうに、まるで風が通り抜けたかのようなスピードだ。

 かつて筆頭騎士として聖女を守っていたのは伊達ではない。

 しかしエルリーゼの近くにいるのは今の筆頭騎士レイラだ。

 素早く抜剣して学園長の剣を受け止め、学園長の剣を弾いた。

 

「ディアス殿! 貴方と言えどエルリーゼ様に剣を向けるならば許さん!」

「レイラ・スコットか……」

 

 レイラと学園長。過去と現在の筆頭騎士同士の戦いが始まった。

 振るわれる高速の剣は白銀の残像となり、甲高い金属音が断続して響き渡る。

 十字を描くように二人の剣が衝突して火花を散らし、離れたと思ったら直後に剣閃が奔って幾度も衝突した。

 速すぎてまるで複数の斬撃を同時に繰り出しているのではないかと錯覚するほどの剣戟だ。

 達人同士の戦闘だからこそ、互いにまるで指し示し合ったかのように剣がぶつかり合う。

 ベルネルが授業で剣を学んだ時に、あえてゆっくりと木刀を相手に向けて、それを受ける側もあえてゆっくり受けて攻守を交代しながら最善の動きを探すというものがあった。

 技や身体の動きを確認する為に行われるこの鍛錬は、動きから無駄を削ぎ落す目的をもって行われる。

 攻撃側の動きに対し、守備側もゆっくりと受ける。

 この時に無駄な動きがあると、動きがゆっくりであるが故に『見えているのに防御が間に合わない』という事態が発生し、己の動きの無駄を肌で感じることが出来るのだ。

 そして繰り返す事で無駄が削ぎ落され、いくら続けても両者の攻撃が当たらない『動き続ける膠着状態』という矛盾した状態が完成し、そうなった時にこの授業は一つの区切りを迎える事となる。

 レイラと学園長の戦いはまさにそれだ。互いが一切の無駄がない故に互角の戦いとなっている。

 ただし――恐ろしく速い。

 あの二人には世界が止まって見えているとでも言うのだろうか。

 あれだけの速度で攻撃されれば、それを受けるのに要する時間は瞬き一瞬ほどの間もないだろうに。

 だが恐るべき事に二人ともが、その短い時間で最善の動きを瞬時に判断して受けきっている。

 そして攻守を激しく交代しながら繰り返している。

 まるであの二人だけ時間を加速でもさせているかのように、戦いのレベルが違う。

 

 全員がレイラと学園長の戦闘に呆気に取られる中、エルリーゼだけは別のものを見ていた。

 ベルネルがそれに気付いたのは、アイナの声が聞こえてからだ。

 ベルネルは彼女の事を気にかけてさえいなかった。

 それは決してベルネルが薄情というわけではない。

 この動き続ける戦場で、一人の少女の事を見ている余裕など誰にもない。

 誰もが自分の事で精一杯だ。

 ベルネルは冷たい人間というわけではない。

 ただ、今はそれどころではない。そんな当たり前の心の動きから、アイナを見なかった。

 そして悲劇というのは、いつも『今はそれどころではない』と視線を外した時に起こるのだ。

 それでも、彼女だけは……いつも、どんな時も彼女だけは、誰もが見落としてしまう小さな嘆きを見落とさない。

 それどころではなくても、それでも抱きしめる。

 

「聖女様……離して下さい……。

私……こんな、こんな事に手を貸してしまって……。

もう、お父様や皆に合わせる顔が……」

 

 涙で顔をグシャグシャにしたアイナを、あやすようにエルリーゼが抱きしめ、背中を叩く。

 いくら歴代最高の聖女であっても、全てを救う事などは出来ない。

 どれだけ優れていても、人は神ではないのだから。

 それでもせめて、手が届くならば救う。

 救う事が出来る位置にいるならば絶対に見捨てない。

 その、あの日から変わらぬ尊い精神をベルネルは再び目の当たりにした。

 

「大丈夫です……ちゃんと分かっていますから。

貴女は私を守ろうとしてくれた。

ただ少しだけ、失敗してしまっただけです」

「でも……私……許されない事を……魔女の片棒を担ぐなんて……」

「許します」

 

 彼女はきっと、自分に向けられたどんな罪でも許すのだろう。

 エルリーゼの声にはほんの僅かすらもアイナを咎める感情はなく、包むような優しさだけが感じられる。

 やがて堰を切ったようにアイナが声を上げて泣き、エルリーゼは自らのドレスが涙で濡れるのも気にせず抱きしめ続けた。

 

「大丈夫ですよ。みんな分かっていますから。

皆、許してくれます。

そうですよね? ベルネル君」

 

 エルリーゼがベルネルに同意を求めた。

 それにベルネルは慌てて頷き、仲間達も頷く。

 そして先程まで学園長派と戦っていたはずのサプリ先生は床に這うようにしてエルリーゼの姿を見て「尊い……」などとほざいていた。早く戦いに戻れや変態クソ眼鏡。

 

「勿論ですよ」

「ええ。そもそもそんな悪い事してないですしね」

「大丈夫だよ、アイナさん。失敗した分はきっと取り戻せるから」

 

 ベルネル、ジョン、エテルナが笑顔で言う。

 

「……うん……これから、一緒に頑張ろ……?」

「そうね。貴女が仲間になってくれれば心強いわ」

 

 マリーとフィオラも、心から同意するように答えた。

 特にマリーは一度手を払い除けられ、卑怯者と誤解されたが、それに対する怒りは一切ない。

 ベルネルとマリーが揃って手を差し伸べる。

 するとアイナは、あの日に一度は振り払ったその手を……今度は、戸惑いながらもしっかりと掴んだ。

 

 

 アイナを加えたベルネル達は、他のアイナ同様に利用されていただけの者達と共に学園長派を怒涛の勢いで蹴散らした。

 勢いは完全にこちらに傾いており、加えて敵はいくら過去に活躍した元騎士といえど、もう歳だ。

 その実力は全盛期の半分にも満たないだろう。

 だがそれ以上に勝敗を分けたのは、学園長派はどこか……戦いに消極的な事であった。

 きっと彼等も本当は自分の過ちにとうに気付いているのだ。

 かつては世界を守る為に戦った男達だ。心の何処かで止めて欲しいと思っていたのかもしれない。

 だから、まだ生徒に過ぎないはずのベルネル達でも勝つ事が出来たのだろう。

 だが最後の一人だけは違う。

 学園長……ディアスだけは、まるで衰えぬ実力でレイラと切り結んでいる。

 

「何故です! 何故、アレクシア様と共に魔女を打ち倒した貴方が!

どうして魔女に魂を売り渡してしまったのですか!」

「売ってなどいないさ、これが私だ。

私が守る者は昔も今も変わらない。私はずっと私の聖女を守っている」

「裏切り者が戯言を!」

 

 ベルネルの今の実力では、剣の残像を追うのがやっとの戦い。

 銀の閃光が唸り、剣が衝突する金属音が鳴り響き、円を描くように二人が何度も立ち位置を入れ替える。

 僅か一秒の間に三度……いや、四度は衝突音が聞こえ、それがリズムを変えながら鳴り響く。

 休む事なく、衰える事なく、響き続ける。

 もう何合斬り合った? 何度剣をぶつけた?

 少なくとも既に百は超えているだろう。

 だというのに二人のスピードは衰えるどころか、ますます加速し続けている。

 

「レイラ殿! 援護します!」

 

 ベルネル達以外の、利用されていた者達がレイラの援護をしようと走る。

 だがこの戦いのどこに割り込める余地などあるというのか。

 もしここで、あの戦いに割り込める者がいるとすれば、それはエルリーゼくらいのものだろう。

 

「ふん、雑魚共が……引っ込んでおれ!

貴様等など何人いようが物の数ではないわ!」

 

 ディアスが剣を薙ぎ払い、雷が訓練室を舐めるように迸った。

 近付いていた全員が纏めて吹き飛んで失神し、離れた位置にいたベルネル達も衝撃で尻もちをついてしまう。

 そんな中にあってエルリーゼだけはしっかりと立ったまま己の騎士の戦いを見守っていた。

 ディアスの薙ぎを跳躍する事で避けたレイラが剣を両手持ちに切り替えて、力任せに振り下ろした。

 訓練室の床に剣が刺さり、回避していたディアスがもう一度横薙ぎを放つ。

 だがレイラはあろう事か床ごと斬り裂いて、ディアスの剣と自身の剣を衝突させた。

 一際大きな金属音が鼓膜を震わせ、レイラとディアスも僅かによろける。

 しかし強靭な足腰で床をしっかりと踏みしめ、正面から剣をぶつけて鍔迫り合いの姿勢に入った。

 

「裏切りだと? 笑わせる。

私達が世界を裏切ったのではない。世界が私達を裏切ったのだ。

君もいずれ知るだろう。そして世界に絶望する」

「何をわけの分からぬ事を!」

「分からぬならばそれでいい。私はただ、アレクシア様をお守りするだけだ」

 

 互いの剣を挟んでレイラとディアスの目が交差する。

 ディアスはレイラの瞳に烈火の如き激しさを。

 レイラはディアスの瞳に大木の如き静けさを、それぞれ見た。

 鍔迫り合いを止めて一度剣を離し、ディアスとレイラが同時に己の獲物に掌を向ける。

 ディアスの剣には雷が宿り、レイラの剣には業火が宿る。

 雷の剣と炎の剣がぶつかり合い、雷光と熱気が迸った。

 レイラの横薙ぎの剣をディアスが身を屈めて避ける。すると訓練室の壁に焼け焦げたような傷が刻まれた。

 ディアスの振り上げの剣をレイラは横に避ける。

 雷が天井を打ち、白かった天井の一部が黒く染まった。

 衝突の度に雷光と火炎が撒き散らされ、訓練所の温度が上がり続ける。

 だが二人は退かない。相手の動きを学習して誤差を修正し、より鋭くより正確な攻撃を放ち続ける。

 

「血迷っているのか? アレクシア様は魔女を倒した時に……」

 

 もう死んでいる相手を守るという矛盾した発言に、レイラが難色を示す。

 守るも何もない。既に先代聖女のアレクシアはいないのだ。

 名誉を守るという意味かもしれないが、それならばディアスの行動は完全に逆効果だ。

 まるで意図が読めない。

 

「死んだとでも言いたいのかね?

いいや、違う。アレクシア様は生きている。死んだことにされただけだ!」

「な、何だと!?」

「そしてアレクシア様に守られた愚民共は、その恩も忘れてあの方を殺そうとした!

だから! 近衛騎士である私が守らねばならぬのだ!

たとえ世界を敵に回そうと!」

 

 ディアスの口から出たまさかの事実にレイラの動きが一瞬硬直した。

 それは一瞬と呼ぶのも烏滸がましい、本当に僅かな一瞬だ。

 0.1秒ほど硬直してしまったという、本来ならば隙になるはずもない隙。

 しかしそれすらがこのレベルでは大きな後れとなる。

 ディアスの剣を咄嗟に受け止めるも、弾かれて壁に叩き付けられてしまった。

 そこにディアスが迫り、力任せに剣を叩き付ける。

 これをレイラは剣で受けるも、じりじりとディアスに押し込まれていく。

 

「そ、それは一体どういう……」

「フン……お前の聖女はもう知っているようだぞ?

エルリーゼよ、教えてやってはどうだ? お前の可愛い騎士に真実を話してはやらんのか!?」

 

 更に押し込まれ、剣がレイラの額に近付く。

 震える腕で何とか防いでいるものの、体勢は明らかに不利だ。

 しかしレイラはディアスの腹を蹴って距離を無理矢理開けさせ、壁際からの脱出をかろうじて成功させた。

 そんな彼女に追撃をする事なく、ディアスは眉を下げた薄ら笑いを浮かべている。

 それは真実を知らぬ彼女を嘲笑うような笑みであったが……どこか憐れんでいるようにも見えた。

 

「無理ならば私が教えてやる!

よいか、魔女の正体は――先代の聖女だ!

聖女アレクシア様こそが、お前達の倒そうとしている魔女の正体だ!」

 

 ディアスのその言葉に、今度こそレイラは凍り付いた。

 いや、彼女だけではない。

 ベルネルも、エテルナも。あのサプリすらも。

 エルリーゼ以外の全員が、信じられないかのように凍り付いた。




【0.1秒の隙】
???「0.1秒……0.1秒の隙がある! リ゙ボル゙ゲイ゙ン゙!!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十九話 聖女の行く末

 ――魔女の正体は先代の聖女。

 ディアスから告げられた信じがたい事実に全員が、疑うよりも先に心の中で否定した。

 いや、否定したかったのだ。

 そんな事はあり得ないと思いたかった。嘘であって欲しかった。

 聖女とは人類の希望だ。光の象徴そのものだ。

 それがもし本当ならば……最悪の未来が想像出来てしまう。

 

「……で、出鱈目を言うな! アレクシア様が……先代の聖女様がそんな……そんな事……」

「だがもしかしたら(・・・・・・)、と思っている。違うか?」

「……ッ」

 

 レイラはディアスの言葉を否定するように叫ぶが、声に力がない。

 ディアスの言う通りだ。

 ずっと前から、本当は違和感を抱いていた。

 魔女と戦った聖女は必ず死ぬ。何故だ?

 魔女は倒されても、しばらくすると別の魔女が現れる。何故だ?

 聖女が誕生する瞬間を目撃した者は何人もいる。引き離されて育てられるが両親だっている。

 だが魔女が誕生する瞬間を目撃した者は一人もいない……何故だ?

 その答えが、今のディアスの言葉で説明出来てしまう。

 

「そ、それは……アレクシア様だけの例外……なのか?」

「言われずとも分からぬほど、君は馬鹿ではあるまい?

だがあえて教えてやる……全員がそうだ。

かつて私とアレクシア様が倒した魔女も先代の……いや、正確には私達の前の聖女は魔物に殺されてしまっていたから、更に一つ前の……とにかく、聖女の成れの果てだった」

 

 レイラは無意識のうちに一歩後ずさっていた。

 考えないようにしても最悪の想像がどうしても脳裏を過ぎってしまう。

 あの心優しいエルリーゼが魔女と化して世界を恐怖に陥れる……そんなあってはならない未来が、どうしても脳裏を過ぎる。

 そしてその時、自分はどうするのだろうと考えた。

 ディアスのように主が魔女になっても守るのか? それとも……エルリーゼに剣を向けるのか?

 

「ショックか。無理もない……私もこの事実を知ったのは前の魔女を倒した後の事だった。

魔女が死ぬと同時に魔女の蓄えていた闇の力がアレクシア様に流れ込んだ。

それでも最初はまだ、アレクシア様はアレクシア様のままだった。

私には何が起こったかも分からず、ただ慌てた。

それでも私はすぐに治療するべきだと考え、大急ぎで聖女の城へ帰った。

アレクシア様を医師団に預けた私は国の王に魔女を倒した報告をして……どうなったと思う?」

「……それは……勿論、全力でアレクシア様の治療を……」

 

 レイラが希望的観測を、祈るように口にした。

 そうであってほしい、いやそうであってくれ。

 そんな願いを込めた予想は……当然ながら、大外れであった。

 

「私はその場で、何が何だかも分からぬままに拘束された」

「な……」

「その数日後、私は国の大臣に真実を教えられた。

魔女の正体や聖女の末路……そして、アレクシア様を殺そうとして逃げられたという事……。

奴等は言ったよ。『君は優れた騎士だ。前の聖女の事は忘れて次の聖女を守る為に力を貸して欲しい』とな……。

私は……あえてその提案に乗り、この学園の教師となった……」

 

 そこまで語り、ディアスは八つ当たりをするように壁を殴った。

 語っているうちに、怒りが込み上がってきたのだろう。

 生まれた瞬間に聖女としての使命から両親と引き離されて、魔女を倒す為だけに育てられ……そして使命を果たしてやっと普通に暮らせると思った矢先に、守ったはずの人間達に裏切られる。

 ディアスは、己の愛した聖女に向けられた仕打ちが許せなくて仕方がなかった。

 

「私はアレクシア様を守る。たとえ何を敵に回そうともだ」

 

 強い決意を言葉に乗せ、ディアスが剣を構える。

 だがレイラには構える事が出来なかった。

 ディアスから告げられた事実に、自分が何をすればいいのか分からない。

 魔女を倒して、エルリーゼがエルリーゼでなくなってしまうなら……このまま、魔女を倒さない方がいいのではないかと……そう思ってしまう。

 そうだ。今だって魔女はいるがエルリーゼがいる事で魔女のいない時と大差ないほどに平和が続いているのだ。

 だったらこのまま魔女を残して、エルリーゼにも聖女を続けて貰った方がいいのではないだろうか……そう、浅ましく思ってしまう。

 

「戦意を失ったか……無理もない」

 

 ディアスが感情を感じさせない声で言い、そしてレイラを仕留めるべく剣を薙いだ。

 だが直後に剣閃が奔り、ディアスの剣が根本から切断されて宙を舞う。

 やったのはエルリーゼだ。

 魔法で創った光の剣で、ディアスの剣を受けるどころか切って落とした。

 

「エルリーゼ……!」

 

 

 あっぶね~。

 危うくレイラがやられそうになったので、慌てて割って入って何とか学園長の剣をぶった切る事に成功した。

 おいおい何ボサッとしてんのスットコ。

 ちゃんとしゃっきりしてくれよ。

 

「エルリーゼ……様……彼の言った事は……」

「……事実です。魔女の正体は、前の魔女を倒した聖女……それが、繰り返される魔女と聖女の戦いの正体。聖女が魔女を倒す限り、決して終わらない循環です」

 

 スットコの質問に答え、キリッと顔を引き締めた。

 終わらない循環って言葉格好よくね?

 まあ俺、そもそも偽物だから循環しないんだけどね。

 俺が魔女倒すと循環せず終わるんだけどね。

 

「聖女エルリーゼ……歴代最高の聖女か……。

なるほど……私の剣をこうも容易く切ってのけるとは。

その前評判に偽りはないらしい」

 

 どーも。達人に褒められると嬉しいね。

 まあお前はボコるけどな。

 てめえよくもうちのスットコちゃん殺そうとしやがったな? あ゙!?

 生意気にヒゲなんか生やしやがって。このナイスシルバーが。

 

「どうやらお前は真実を知っていたらしいな。

では、何故戦う? 戦いの先の末路を知っているだろうに何故」

 

 お? 何? 今度は俺に精神攻撃?

 ほーん、へー。なるほどねえ。そっちがやる気なら、そんじゃ受けてやりましょうか。

 うちのスットコをレスバで追いつめて戦闘不能にしてくれたみたいだし、じゃあ今度は俺がレスバでお前追いつめたるわ。

 

「それは、貴方が止めて欲しいと願っているからです」

「……何?」

 

 必殺、論点すり替え&なすり付け!

 全部お前のせいだYO! と暴論をブチかましてみる事にした。

 ついでにこの際だからゲームの時気になってた事聞いたろ。

 

「貴方は何故、この学園で騎士を育てたのですか?

魔女を守ると言いながら、その一方で魔女にとって不利となる優秀な騎士を貴方は育て上げている。

授業の内容に手を加えて生徒の質を落とすわけでもなく……レイラのような優れた騎士を輩出している」

 

 これね。ゲームやってた時から突っ込み所満載だったのよ。

 ゲームでもこいつ、魔女を守るとか言って敵になるんだけど、それなら騎士を育てるなよって話じゃね?

 授業のカリキュラムに手を加えて、わざと生徒の質を落としまくるとかさ、いくらでもやりようはあったわけじゃん。

 なのにそれをせず強い騎士が沢山学園から出てんの。こいつ馬鹿じゃね?

 もうね。やられたいとしか思えませんわ、こんなの。

 

「貴方は魔女を守りたかった。

しかし一方で、愛していたからこそ……アレクシア様がこれ以上魔女として自分を見失うのを見るのが辛かった。

アレクシア様を誰かに止めて欲しいと願っていた。

……違いますか? ディアス学園長」

「…………」

 

 あれ? 黙っちゃった?

 なになに、図星? 図星?

 ほれ何か言い返してみろよおっさん。

 

「その通りかもしれん……確かに私は、アレクシア様がアレクシア様でなくなるくらいならば……誰かに、止めて欲しいと願っていた」

 

 やったね、大当たり。

 俺ってもしかして探偵の才能あるんじゃね?

 身体は聖女、頭脳はクソ! その名は……いや、頭脳クソじゃ駄目だろ。

 無理じゃん、探偵。

 

「魔女として悪事を積み重ねるくらいならば……聖女に討たれる方がまだ幸せなのではないかと……確かに、心のどこかで思っていた。

ああ、認めよう。きっと私は、アレクシア様を次の聖女に止めて欲しかったんだ」

 

 お、素直になったな。

 そんじゃ、俺等の邪魔はもうするなよな。

 俺等は魔女を倒したい、お前は魔女を倒して救って欲しい。

 利害は一致しているわけだし、もう戦う意味はないな。

 

「ならば……」

「だが!」

 

 うお、いきなり大声出すな。びっくりするだろ。

 

「だが、駄目だ。お前だけは駄目だ!

確かに聖女に討たれる方がアレクシア様は救われるかもしれない。

だが! お前だけにはアレクシア様を討たせるわけにはいかない!」

 

 えー、何よそれ……。

 他の奴はいいけどお前だけ駄目って、普通に傷付くんだけど。

 何? 差別? 俺だけハブ?

 そういうの、よくないと俺は思うなー。

 

「裏切られはしたが……それでも、俺とてかつては世界を守る事を誇りにしていた騎士だ。

だから……必ず世界が滅びると分かっている道に進ませる事は出来ない。

聖女エルリーゼ……お前は確かに史上最高の聖女なのだろう。俺にとっての最高の聖女はアレクシア様以外にありえないが……客観的に見て、お前がそう評価されるだけの存在である事は十分分かっている」

 

 言いながら、折れた剣を構えた。

 そして雷の魔法が折れた部分を補い、雷の剣となる。

 なにそれカッケェ。

 それで切れるのかとか無粋な突っ込みは思い浮かぶけど、とりあえずカッケェ。

 

「だからこそ、お前だけはアレクシア様を倒してはならない!

お前がアレクシア様を倒して次の魔女になってしまえば……もう誰にも止められない!

誰も勝てない! 倒せない! 次の聖女も……その次も!

絶対に勝てない無敵の魔女が生まれ、そして人類は滅ぼされる……。

今のお前にその気がなくとも、必ずそうなる! 魔女になるとは、そういう事だ!

お前だけは、絶対に魔女になってはいけない存在なんだ!」

 

 なるほどねえ、と俺は納得した。

 まあこいつ視点だとそうなるか。

 こいつ、俺が偽物って事知らないもんな。

 斬りかかってきた学園長の剣を素手で掴んで止め、そして胸に手を当てた。

 はい魔法ドーン。

 学園長は派手に吹っ飛び、壁に叩き付けられた。

 

「が……は……ッ。

強……すぎる……! だ、駄目だ……これでは本当に……世界が滅ぶぞ……」

 

 壁にもたれて座り込んだ学園長だが、彼はこの後きっと捕まって牢屋行きだろう。

 そう思うと、少しばかり哀れに思えてきた。

 どうせ捕まって退場する奴だし、少しくらいなら救いをやってもいいかな?

 まあおっさんに抱き着く趣味はないのでアイナとかみたいな救い方はしないけど。

 

「滅びませんよ。私は魔女になりませんから」

「愚か者め……そういう問題ではないのだ……。

お前がどれだけ、そう思っても……平和を望む心の持ち主でも……。

聖女である以上、魔女を倒せば魔女になる……そして、魔女になればどれだけ耐えても、最後には…………。

アレクシア様も、そうだった……」

 

 息も絶え絶えに言いながら、それでも気絶しない。

 何だかんだでこのおっさんも騎士だったって事だろう。

 これだけの差を見せ付けられても、世界の滅びだけは必死で避けようとしているのだ。

 俺はそんなおっさんに近付き、そして耳元でカミングアウトをぶちかましてやった。

 

「本物の聖女は、あそこにいるエテルナさんです。

私は取り違えられてしまっただけの、偽聖女なんですよ。これ、皆には秘密にして下さいね」

「なっ!?」

 

 これには流石に仰天したようで、ディアスは俺をまじまじと見た。

 

「ま、まさか……そんな事が……。

信じられん……! 歴代最高の聖女とまで言われたお前がそんな……まさか……!」

 

 どうやらまだ疑っているようなので、俺は先程雷ソードを受け止めた掌をコッソリ見せてやった。

 魔力ガードはしていたが、あれはなかなかの威力だった。

 俺があえて加減してたってのもあるが、少しばかり掌に火傷を負っちまった。

 聖女が自傷か、魔女以外の力で傷を負う……この意味を、こいつなら分かるだろう。

 

「聖女の力抜きでも魔女を倒す方法も既に見付けています。

勿論私がアレクシア様を倒しても、私が魔女になる事はありません。だって私、偽物ですから」

 

 そう言って渾身の聖女スマイルで笑ってやった。

 するとディアスは放心したように俺を見詰め、やがて大声で笑い始めた。

 

「ふ、ふははは……ふはははははははッ!!

これは驚いた……驚いたぞエルリーゼ!

まさか、こんな事があろうとは!

お前はとんでもない奴だ! 本当に大した奴だ!

確かにこれならば変わるかもしれん……続いてきた魔女と聖女の循環が!」

 

 心底嬉しそうにディアスは笑い、そして完全に力を抜いたように崩れ落ちた。

 おい、今倒れるな。

 お前の耳元で話す為に俺は今お前の前に座ってるんだから、お前が倒れたら俺の膝の上に頭が落ちるだろ。

 おいやめろ、おっさんに膝枕する趣味とかねーぞ。どけ、おっさん。

 

「……一つ、頼んでいいか?」

「何ですか?」

 

 分かった、頼みを俺が聞ける範囲でなら聞いてやる。だからどけ。

 

「…………もし可能ならば、アレクシア様の事を、救ってやってくれないか。

そんな事は不可能だと分かっているが……お前なら、何となく出来そうな気がしてしまうんだ……」

 

 そう言い、おっさんは気絶した……俺の膝に頭を乗せたまま……。

 おいどけって。重いだろう。

 しかも最後に何か買い被り&余計な頼みまで残しやがった。

 魔女を助けてくれって、何で俺がそんな事せにゃならんのや。

 第一、そんな都合のいい方法なんて……。

 

 ……まあ、あるんだけどさ……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十話 不安

 学園長一派は全員取り押さえられ、駆け付けてきた兵士達によって連行された。

 アイナを始めとする利用されていただけの者達も一緒に連れていかれてしまったが、こちらは簡単な事情聴取の後に釈放されるらしい。

 これで事件は解決したが、学生寮へ帰るベルネル達の足取りは軽いものではなかった。

 それは、今回の一件で知る事となった事実がどうしても頭を過ぎるからだ。

 魔女の正体は聖女……魔女を倒した聖女が次の魔女になる。

 これはベルネル達にとっても十分ショックだったが、特に衝撃が大きいのはレイラやサプリといった大人の方だ。

 レイラが生まれた二十年前は、丁度アレクシアが作り上げた束の間の平和の中にあった。

 そのたった三年後……今から十七年前に魔女が誕生し……いや、アレクシアが魔女になって平和は儚く崩壊してしまうのだが、それでもレイラは生まれてから三年間は平和な世界で生き、豊かな心を育む事が出来た。

 サプリが生まれた25年前はアレクシアよりも前の魔女が暴れていた時期で、この時期は本来魔女を倒すはずのアレクシアの前の聖女が魔物に殺されてしまった事もあって、暗黒期が四十年以上に渡って続いた地獄であった。

 その地獄の最中に生まれたサプリだからこそ、たった五年とはいえ平和な世界を取り戻してくれた聖女に憧れ、心酔したのだ。

 彼が現在心を捧げているのはエルリーゼだが、彼の聖女信仰の始まりとなったのはアレクシアである。

 その聖女が魔女になったという事実は……軽くない。

 

 そしてエルリーゼは、僅か十歳の時に聖女としての活動を開始し、疑似的にではあるが魔女がいない世界に近い平和を築き上げた。それが七年前の事だ。

 過去、どんな聖女でも平和な時は五年程度しか作る事が出来なかった。

 今にして思えば、魔女にならずに耐えていられる年月が五年ほどだったのだろう。

 しかしエルリーゼは既に、その並外れた力で平和を七年間も維持している。しかも他の聖女と違って本人が存命したままでだ。

 これだけでも、なぜ彼女が歴代最高と呼ばれているかが分かるというものだろう。

 

 だが歴代最高は歴代最悪になり得る。

 これだけの力を持つエルリーゼがもしも魔女になってしまえば……ディアスの言った通りに、もう誰も勝てない。

 次の聖女が生まれようが関係なく暗黒期が続き、そして終わらない。

 人類が滅びるまで続く闇の時代の幕開けだ。

 

 だからこそベルネルには不思議だった。

 あれだけ頑なにエルリーゼにだけはアレクシアを倒させまいとしていたディアスが何故、最後の最後で態度を急変させたのだろう。

 変わったのは、エルリーゼが彼に何かを耳打ちして掌を見せた時だ。

 その瞬間、彼は笑い出して、魔女と聖女の循環が終わるかのような事を言いながらエルリーゼの膝の上で意識を手放した。

 サプリはそれを酷く羨んでいて、ベルネルも羨ましいと……いや、違う。今考えるべきはそれじゃない。

 

 何だ? 一体ディアスは何を見た? 何を聞かされた?

 聖女は魔女になる。エルリーゼが魔女になれば誰にも止められない無敵の魔女になってしまう。

 だから止めようとしていたのに、何故突然考えを変えた?

 ……分からない。

 エルリーゼに直接聞いても『秘密です』とはぐらかされてしまう。

 だが少なくともエルリーゼは、ディアスを納得させる『何か』を聞かせて、そして見せた。

 それだけは確かだろう。

 

 学園長一派を捕えた事で、この学園から魔女の目はなくなった。

 何処かに潜んでいるかもしれないが、連絡手段に使われていたスティールはサプリが抑えたので、今後はサプリが学園長のフリをしながら魔女と連絡を取り合ってその情報をエルリーゼ達に流すだけだ。

 そうなれば後は、魔女の場所を割り出して突入するだけだ。

 そしてエルリーゼならばきっと、必ず勝てるだろう。

 だが……エルリーゼの勝利は、後の絶望を意味している。

 

 本当にこのままでいいのか?

 エルリーゼに魔女を倒させてしまっていいのか?

 倒さずに、現状を維持している方がいいんじゃないのか?

 そんな、言葉に出してはいけない思いが全員の中に蔓延しつつあった。

 

 

 無事に学園長一派を追放し、これで魔女にこちらの情報を伝える奴はいなくなった。

 勝ったな、飯入って来る。違った、飯食ってくる。

 と、慢心したいところなのだが、地下への突入はまだ行わない。

 あれで本当にスパイが全員とは限らないし、もう少し様子見を続ける必要がある。

 それにスパイがいなくとも、俺が地下に向かって魔女の視界に入ればやはりテレポートされてしまうだろう。

 結局のところ、テレポを封じないとどうにもならないのは同じだ。

 というわけで、どうやってテレポを封じるか色々考えてるんだが、一向に手が浮かばない。

 そもそも分子に分解して吹っ飛んでいくなんてチート技を止める方法なんてこの世界にあるのかね。

 俺の知っている他のファンタジー作品とかだと探せば何かしら対策は出来そうなものなんだが、この世界は基盤がギャルゲーなせいか、その辺イマイチ便利な魔法とか技がないんだよな。

 だからまあ、俺みたいなのが自分で適当に魔法作って無双とか出来るんだが。

 

 というわけで特にやる事が思いつかないので、現在は各国の王族へ送る賄賂としてケーキやらプリンやらを自作していた。

 この世界の文明レベルはテンプレオブテンプレって感じで中世ヨーロッパレベルだが、街に汚物とかは落ちていないご都合文明だ。

 で、お菓子っていうのはあまり発達していない。

 この世界では近年まで砂糖が一部でしか取引されておらず、大量に使われるようになったのはここ数十年の事。

 オーブンは貴族や王族、聖女教会とかいう組織が独占していて、甘いお菓子を食べられるのは彼等の特権のようなものだ。

 そんなんだからお菓子はあまり発展しておらず、砂糖や蜂蜜で甘くしたパンのような物がこの世界のお菓子だ。

 ぶっちゃけ現代人の記憶を持つ俺には我慢出来そうにない環境だったので、シンプルな材料で出来るプリンや、生クリームを乗せたスポンジケーキとかを自作して自分で自分の欲を満たしていたのだが、近衛騎士に賄賂として配ったらこれが好評で、王族とかにも行きわたるようになった。

 最初にこれを食べたどっかの王様が『フワフワしていて、まるで雲のようだ! 雲を食べたのは初めてだ!』とか言い出した時には、笑いをこらえるので必死だった。

 雲って……雲ってお前。雲喰いたいなら氷でも齧ってろよ。

 しかもこの王様のせいで俺が作るケーキはケーキではなく、『クラウド』とかいうふざけた名前で広まってしまった。

 酷い名前である。何か巨大な剣を振り回して興味ないねとか言ってそうな名前じゃないか。

 プリンの方は山のような外見から『マウント』と勝手に名付けられた。

 全くアホのような名前だが、王族や貴族共は『山と雲を食せる!』とかほざいて大喜びしていた。アホなのかな?

 まあ、そんな事もあって俺の作るお菓子は一部の特権階級しか口に出来ない『聖女のお菓子』として大評判である。

 勿論製法は秘密。こういうのは独占してなんぼですよ旦那。

 俺はよくある異世界転移系主人公のように人が出来ていないので、死ぬまで独占し続けるつもりだ。

 

 で、だ。この賄賂にも勿論理由がある。

 この世界の王族とかってぶっちゃけ聖女の末路とか知ってるんだよね。

 むしろ魔女を倒して戻ってきた聖女を閉じ込めて外に出さないように聖女の城は造られた。

 普段は豪華な城なんだけど、仕掛け一つであっという間に監獄に早変わりする仕組みだ。

 ついでに、城の地下では魔物がこっそり飼われている。

 理由? 勿論聖女を殺す為だ。

 魔物ならば聖女を殺せるのは既に実証済みだからな。

 つまり各国の王族は今は友好的な顔をしているが、魔女がいなくなればあっという間に敵対者に早変わりするわけだ。

 俺もそれは知っているので、今の内に奴等の胃袋を賄賂で掴んでおく。

 俺が魔女を倒して死亡退場するなら別にこんな事しなくてもいいんだが、一応偽聖女バレからの追放ルートに入った時の為に保険はかけておく。

 こうやって聖女である事以外にも自分の付加価値を付けておけば、追放された後でもどっかのお偉いさんがお菓子目当てでこっそり保護してくれるかもしれないからな。

 寿命が残り僅かとはいえ、その残る寿命を逃亡生活ばかりで終えたくはないし。

 どうせなら最後までいい暮らしをしたいと思うのは人として当然やろ。

 

 そうして賄賂を作っていると、誰かがノックをしたので「どうぞ」と言う。するとレイラが入室してきた。

 無言で入って来るとは珍しい。

 何だ? 匂いにでも誘われたか、このいやしんぼめ。

 ちょっと待ってろよー。お前の分もちゃんとあるからさ。

 あ、やべ、なかった。まあ俺の分代わりにやればいいか。

 

「エルリーゼ様……お聞きしたい事があります」

 

 おう、何? 俺のスリーサイズ?

 すまんな、測ってないから自分でも分からん。

 え……違う?

 

「エルリーゼ様は、魔女を倒すつもりなのですか?」

 

 そらそうよ。

 何当たり前の事言ってるのこの子。

 魔女倒さないとハッピーエンドじゃないしさ。

 ……いや、実はあるんだけどね。魔女死なせないでハッピーエンドにする方法もさ。

 前も言ったけど、このゲームでは魔女アレクシアも攻略対象だから、アレクシアルートっていうのも存在する。

 そのルートではアレクシアを魔女の宿命から救い出して幸せにする事がちゃんと出来るのだ。

 勿論このルートでのラスボスはエテルナで、彼女は死ぬ。何この不憫な子。

 でもそれ難易度高いから、俺のチャートに入ってないんだよね。

 ディアス学園長にはアレクシアを救ってくれとか無責任に言われたけど、正直やりたくない。

 

「魔女を倒した聖女は、次の魔女になると学園長は言い……そしてエルリーゼ様も最初から知っていた。

けれど私には、エルリーゼ様が魔女になろうとしているようには思えない。

だから……どうかお答え下さい……!

貴女は……貴女は……魔女を、アレクシア様を倒した時に、自ら命を絶つ気なのではないですか!?」

 

 レイラの言葉に、俺は笑みを深めた。

 惜しい! かなり近いけど、ちょっと違うな。

 正確には自殺じゃなくて、魔女から流れ込む闇パワーによる死亡だ。

 そんで俺はあの世で、悠々自適なニートライフを満喫してやるのである。

 自分の命に執着がなさすぎると思われるかもしれないし、俺の考えが少し一般からズレている事は分かっている。

 でも自意識が続くなら、生きてるとか死んでるとかそんな、気にするような事じゃないんじゃないかなって俺は思うんだよな。

 『自分が消える』と『死ぬ』は同じじゃないっていうか……俺が怖いのは自分が消える事であって、残るんなら別に死んでもいいかなーくらいに思ってるのよ。

 元居た世界(地球)でもそう悪くない人生は送れたし、後はのんびり過ごして、ネットを見たりゲームやったり、ラノベ読んだりしていつかやって来る死を待つだけだっただろう。

 俺って奴はそういう奴なんだ。多分どっかが、普通の人よりネジが緩んでるんだろうな。

 

「どうか教えて下さい……。

私は……いや、私達近衛騎士は……貴女達聖女を死地に導く為に仕えていたのですか……?」

 

 とうとう涙声になってしまったレイラを見て、考える。

 どこまで話したものかな。

 まず、カミングアウトにはまだ早い。

 こんなところで偽聖女カミングアウトして、それがどこかに漏れて『偽物やん! 追放したるわ!』なんてなったら、少々面倒だからな。

 レイラは口が堅い方だとは思うんだが、人の口に戸は立てられぬとも言うし。

 最終的には俺が偽物バレして、聖女の座をエテルナに返すのは全然構わない。

 むしろそれが筋だと思うし、最後に俺がやるべき事なのだろう。

 レイラは聖女に仕えてきた一族で、その事を誇りに思っている。

 そんな彼女にとって、仕える奴を死なせる為に守っている、というのは辛い事なのだろう。

 騎士というものの存在意義そのものを彼女は今、見失っている。

 だから俺はレイラの涙を指で拭ってやって、安心させるように言う。

 

「貴女が気に病む必要はありません、レイラ。

騎士でも、この事を知っているのはごく一部の、王族の息がかかった者だけでしょう。

私も直接知らされたわけではありません。ただ、偶然知る機会があっただけです」

 

 主にゲームの外のメタ視点でな!

 しかしメタ視点ってある意味、どんなチートも霞むレベルのインチキだよな。

 まあ活用するけどさ。

 

「聖女と魔女の運命は……変わらないのですか……?

どうあっても……聖女とは、報われないものなのですか?」

「いいえ、変える事は出来ます。私はその為にここにいる」

 

 まあ本当の所、俺が何でここにいるとか分かるわけないんだけどね。

 とはいえ、こう思っておいた方が気分的にはモチベーションが上がる。

 そう、俺はこのゲームをハッピーエンドにする為に来たのだ。

 

「大丈夫です、レイラ。

貴女の聖女(・・・・・)は絶対に死にません。

私は必ず、この悲しい運命を、この時代で断ち切ってみせます」

「ほ、本当ですね……? 死なない方法が、魔女にならずに済む道があるのですね!?」

「はい、あります。今はまだ詳しくは語れませんが……どうか私を信じて、ついてきて下さい」

 

 レイラの表情が目に見えて明るくなり、慌てたように涙を拭った。

 まあ嘘は吐いてないよね。

 聖女は確かに死なないし魔女にもならない。

 まあレイラはこれでかなり甘々だから俺が死んでも泣いてくれるかもしれんが、すぐに立ち直るだろう。

 何せ本物の聖女は俺みたいなガワだけ中身クソと違って、本当にいい子だからな。

 ていうか正直ね、割と俺も騙してる罪悪感あるのよ。

 だってレイラって本来はエテルナに仕えるはずの子で、その為に子供の頃から一生懸命頑張って来たわけだろ。

 なのに実際仕えてみたらそれは偽物でしかも中身男だぞ。どんな嫌がらせだよ。

 こんな優秀な子をいつまでも俺みたいな偽物の下で働かせてるのは、俺の米粒ほどの良心でも響く。

 だから、ちゃんと本来の主の下に仕えさせてやりたいと思う。

 

「大丈夫です。最後には必ず、皆が笑って迎えられるハッピーエンドにしてみせますから」

 

 俺の計画に見落としはない!

 鬱ブレイカーエルリーゼに俺はなる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十一話 ダンスパーティー

 最近、学園内が活気づいている。

 それは学園長が実は皆から嫌われていて追放されてバンザーイ! と皆が喜んでいる……とかではない。

 学園長の座はあの後すぐに、別の人間がやって来て代行した。

 その人物は前の聖女の騎士だった奴だとまた同じ事をするかもしれない、という理由で現行の騎士から選ばれた。

 そうしてやってきたのは、近衛騎士序列二位のフォックス子爵だ。

 年齢は三十代半ばのおっさんで、レイラに聖前試合で負けるまでは筆頭騎士を務めていた腕利きだ。

 俺の教育係も兼ねており、俺の意識が出る前の……つまり『我儘だった頃のエルリーゼ』を知っている。

 そういう事情もあり、俺は少しこのおっさんには頭が上がらない。

 年齢による衰えもあって、そろそろ現役の騎士を続けるのは厳しいとは以前から言われていたし、本人も言っていた。

 そういう意味では、後任を育てる学園長というのは丁度いい引退先なのかもしれない。

 ついでにこれで、学園に滞在している近衛騎士が二人に増えた。

 

 と、話を戻そう。

 学園長がいなくなっても学園は平常運転だったし、特に最近は活気で溢れている。

 その理由は、本日ちょっとしたイベントがあるからだ。

 一階にある大ホールで行われるそのイベントの名はダンスパーティー。

 この学園の生徒は以前言ったように貴族の子が多いので、将来の為にこういう技術を教える必要もある。

 また、騎士になってもそういう作法は求められるために最低限のダンスくらいは出来ないといけないらしい。

 聖女っていうのは国の来賓としてパーティーに呼ばれる事もあるので、その時に護衛が何の作法も知りませんでは恰好がつかないんだろう。

 言うまでもないが、偽物とはいえ聖女って事になっている俺もダンスは一通り学んでいる。

 それを抜きにしても、ダンスはこの世界での数少ない娯楽なので、貴族でなかろうとダンスは身に付けていて当然のものだ。

 町などではダンスの為の社交場があり、毎日満員になっているらしい。

 ダンスが娯楽の主流になる前は人同士の決闘や捕えた魔物同士の殺し合いショー、罪人の公開処刑が娯楽だったというから、この世界でのダンスの重要性がよくわかる。ヒエッ……。

 

 ゲームだとこのダンスパーティーは特にメインストーリー的には何の意味もない。

 ただ、ヒロイン毎に個別イベントがあって、ダンスに誘ったヒロインの好感度が大幅上昇するだけのイベントだ。

 ルートに入りたいヒロインの好感度が足りない時とか、ルートを切り替えたい時とかには割と重宝する。

 まあ、好感度調整のちょっとした救済措置だな。

 後は例の如くピザリーゼがベルネルに色々とアピールしてきてウザいが、俺はそんな事をしないのでこちらは考えなくていい。

 

「エルリーゼ様、そろそろお時間です」

 

 レイラに言われ、腰を掛けていたベッドから起きる。

 今の俺の服装は、聖女としての正装のようなものである白いドレスだ。

 ここ最近は学園ではずっと、制服を着ていたので随分久しぶりのような気がする。

 というか聖女ロールの為にドレスを着てたりするけど、実はヒラヒラしてるのであまり好きじゃない。

 そもそも俺の精神男よ? 野郎がヒラヒラしたドレス着て喜ぶと思うか?

 ……そういう奴もいる? やかましい。そりゃただの変態だ。

 なので俺としてはドレスよりはまだ制服のほうがマシだ。

 

 大ホールに行くと既に大勢の生徒が集まっていた。

 俺が行くと、全員が停止して俺の方を見る。

 あ、気にしないで続けてどうぞ。

 俺はそのまま、まずは新学園長の方へ歩いていく。

 ようフォックスのおっさん、オッスオッス。

 学園長就任おめっとさん。

 

「これはこれは、エルリーゼ様。

やはり貴女は、その純白のドレスが一番似合いますな」

 

 そりゃ錯覚だ。

 普段着みたいにしていつも着てたから、これ以外の恰好をしている俺に違和感を感じるだけだよ。

 そんな感じの事を言い、そのまま俺はおっさんとの雑談に興じる事にした。

 ぶっちゃけ、今はこの学園に在籍しているから義務みたいなもんで顔出したけど、こういうダンスパーティーってそんな好きじゃない。

 何が嫌いとかじゃなくて、単純に何か肌に合わん。

 レイラはそんな俺の事を分かっているのか分かっていないのか、俺を誘おうとする連中を視線で威圧して近付けまいとしていた。

 あ、ちなみにレイラは紫のドレスだ。よく似合っている。

 

「この度は、我が娘の愚行を止めて下さったとか……。

娘がご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

 

 ああ、アイナの事か。

 ええわ、ええわ。あのくらいなら可愛いもんや。

 野郎だったらそうはいかなかったがな。

 そんな事を話していると、フォックスのおっさんが妙に優しい目を俺に向けている事に気付いた。

 何だ?

 

「こうして話していると、私がまだエルリーゼ様のお世話をしていた頃を思い出しますな」

 

 ああ、昔の事か。

 ふっ、俺も昔は随分と"ヤンチャ"だったもんよ。

 ……とか恰好つけて言ってるけど、実は俺は五歳以前の事は知らないんだよな。

 何せ俺が憑依(?)したのが五歳の頃の事だから。

 ただ、ゲームの知識と周囲の反応から五歳までの俺がロクでもない奴だったってのは間違いないと確信している。

 確かゲームだとエルリーゼは……気に入らない召使いに嫌がらせをしたり、他の召使いに命じて苛めさせたり、むかつく奴には『あいつに苛められた』と騎士に嘘の報告をしたりしてたんだっけ。

 うへえ……よく見限られなかったな俺。

 

「昔のエルリーゼ様ですか。興味があります。

どのようなお子だったのですか?」

「今でこそご立派になられましたが、昔は本当に手が付けられませんでしたよ」

 

 あ、フォックスのおっさん、その辺で……。

 

「とにかく気ままというか奔放というか……人にお礼は言わないし、召使いのスカートをめくったり、走り回ったり……かと思えば動かない時は本当に動かなくて、ベッドの上に様々なものを散らかして『これが動かずに必要なものを取れるベストポジション』と申されていました。

男の使用人が来ると、男が怖かったのか喚いて無理矢理使用人を替えさせたり、勉強をさせれば全て落書きで埋めたり……」

 

 ……ん? あれ?

 何か俺の知るエルリーゼ幼少期と何か違うような……。

 エルリーゼってそんなんだったっけ?

 

「そして我儘でした。どんなお食事を用意しても不味い、味が薄い、とシェフをなじり、ミルクは羊ではなくて牛ではないと嫌だと言い、パンは固いから嫌だと言い……身体を清める時も、湯に浸かりたいと申されるので特注で組み立てる事になりました。

理由をお聞きしても、『知るかそんなん。でもそうじゃないと我慢出来ん』の一点張りで……」

 

 あれ、おかしいぞ。

 思っていたほど悪事をしていない。

 確かにどれもこれもクッソ我儘だが……本来のエルリーゼに比べると全然普通というか……。

 我儘の種類が何と言うか、違うのだ。

 本来のエルリーゼの我儘は陰湿で粘っこい。苛めを主導する女タイプだ。悪い意味で賢い。

 対し、フォックスのおっさんの話に出て来る過去のエルリーゼはただの馬鹿(・・・・・)

 何も考えずに本能と欲求だけで暴れ回るクソガキといったイメージを抱かせる。

 困惑する俺を他所に、フォックスのおっさんはハンカチで目元を抑えながら続ける。

 

「何より口調が、いくら正しても乱暴な口調でして……。

男勝りと言いますか特徴的といいますか……」

「そ、それは……今のエルリーゼ様からは想像出来ませんね……」

「ええ。ですから、今のご立派に聖女として成長されたエルリーゼ様の事が誇らしく、嬉しいのです」

 

 あれ? あれえ?

 やっぱ違う、おかしい。

 悪ガキには違いないし、とんでもないクソ我儘なのは確かだ。

 でも本来のエルリーゼらしくない。

 どちらかというと今のは……そう、俺に近い。

 もしも俺がこのゲームの記憶を持たずにこの世界に生まれて、演技を一切せずに素を出していたらそんな奴になるだろうという……そんな感じだった。

 

 これってもしかして……。

 この世界の俺は、五歳以降とそれ以前の俺の違いは記憶の有無だけで……。

 ――初めから、この世界のエルリーゼは俺だったのか?

 

 

 エルリーゼがホールに現れてから、ダンスパーティーの空気が明らかに変わった。

 彼女が姿を見せた時はまるで時でも止まったかのように全員が見惚れ、そしてすぐに互いを牽制し始めた。

 騎士を志す者達にとって、聖女をダンスに誘い、エスコートするのは至上の栄誉だ。

 故にこの場の男全員がライバル。全員が敵。

 敵の抜け駆けを全員で監視しつつ、自らが抜け駆けをする好機を伺っている。

 

 まず最初に立ち上がったのは、学園の誇る変態サプリ・メントであった。

 一歩踏み出すと同時に他の生徒と教師達が一斉にドロップキックを放ち、彼の蛮行を阻止した。

 まだ何もしていないが、この変態の事だ。どうせロクな目的ではあるまい。

 こうしてまず、一人の悪が駆逐された。

 次に動いたのは兵士上がりの一年生ジョンだ。一年生であるが年齢は二十である。

 だが彼はレイラの視線に撃退され、渋々椅子に座った。

 更に今度はいつも三人で行動しているタダーノとカズアー、更にワーセが同時に立ち上がった。

 そして互いを睨み合い、互いを阻止すべく三人の拳が同時にそれぞれの顔にめり込む。

 仲良しトリオも今日で解散だ。

 

 その後も何人もの男が立つが、ある者は他の男に駆逐され、またある者はレイラの氷の視線で撃退された。

 だがその中で、男達の屍を踏み越えて一人の男が動いた。

 倒れている邪魔者達を、まるで流れる水のような見事な歩法で避け、妨害に来た生徒はその逞しい身体で返り討ちにする。

 レイラの視線を物ともせずに接近し、その男――ベルネルは聖女の前へ辿り着き、言う。

 

「エルリーゼ様。俺と一曲、踊って頂けませんか?」

 

 

 ――この瞬間ベルネルは、全男子生徒にとって尊敬すべき勇者であり、同時に憎むべき大敵となった。




https://img.syosetu.org/img/user/198129/62060.jpg
nonoji様より頂いた支援絵。
これはまさにニート。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十二話 自分との対話

 マジか。こいつ迷う事なくこっちに来やがった。

 メインヒロインのエテルナも人気投票一位のマリーも、ツンデレ高飛車ツインテールのアイナも年上堅物ヒロインのレイラもいるのに、その全てを無視して俺の方に来るとは……さてはこいつ、節穴だな?

 『あの夢』から得た情報で、この世界がゲームで言う所の本来あり得ないエルリーゼルートの世界である事は知っている。

 だが……なあ? どんなネタプレイだよこれは。

 いや、分かっている。俺は内面はともかくガワは聖女ロールを続けているし自分でハッキリ言ってしまうが超が付く美少女だと思う。

 ていうか中身がクソな分、このガワを保つのに魔法まで使ってインチキしてるんだ。

 だからガワがよく見えるっていうのはつまり、俺の苦労が報われている事の証でもある。

 だが俺の聖女ロールは所詮演技だ。中身も外も本物の聖女とは程遠い。

 主人公っていうのは……ほら、あれだ。人の中身とか本性とか、そういうのがある程度見抜けたりするもんじゃないのか?

 フィクションでも外面だけはいい人っぽく振舞ってる奴を周囲が信頼する中で主人公だけが怪しむとか、結構あるだろ。

 タバコを札で買う……妙だな? とかさ。

 ベルネルお前、今自分が誘おうとしているのが最大の地雷って分かってるか?

 ルートを切り替えるならここしかないぞ。

 このダンスパーティーはゲーム的にいえば、好感度調整の為の救済措置だ。

 お前にとっては、地雷を避ける最後のチャンスかもしれん。

 本当にこれでいいのか? お前、絶対後悔するぞ!

 後悔するから俺は止めておいた方がいいと思う!

 

「エルリーゼ様、誘われていますよ」

 

 フォックスのおっさんが朗らかに言う。

 どうやらこの空気の中で俺を誘いに来たベルネルに感心しているようだ。

 ぐ……ここで無視し続けるのは外聞的によくない……か。

 いっそ断っちまうか?

 ダンスに誘われた女性は最低一曲踊るのがマナーみたいな雰囲気もあるが、別に断っちゃいけないわけじゃない。

 トイレに行きたい時とか、足が痛い時とか、体調が悪い時とか……後は相手が酔っている時とか、身の危険を感じる時とかは断ってもいい。

 だが現在俺は特にコンディション的に問題はないし、ベルネルは上記のどれにも当てはまらない。

 それに……こんな大勢の見ている前で断ったら、流石にベルネルの恥になるよな……。

 しゃーない、一曲だけだぞ。

 町内夏祭りの盆踊りで鍛えた俺のダンススキルを見せてやる。

 まあこの世界じゃ盆踊りはないけどな。

 

 ベルネルと一曲踊り、その後は俺も男性パートをやりたいのでレイラを誘ってもう一曲いってみた。

 そしたら何故かレイラが当たり前のように男性パートをやり始めてしまった。解せぬ。

 レイラと踊った後はもう疲れたという事にして、椅子に座って『もう踊らない』オーラを出す事で乗り切った。

 パーティーの終わりにさしかかると、いくつかのカップルが出来上がったらしく、連れ立って外に出て夜空を見上げている。

 いいねえ青春だねえ。爆発しちまえ。

 ついでに俺も外に出て空を見上げる。

 空気が綺麗なこの世界では夜空の星がよく見える。実に綺麗なもんだ。

 でもよく見ると星座とかが明らかに違う。

 そうして見ていると、ベルネルとエテルナが連れ立ってやってきた。

 お? そうそう、それでいいんだよ。

 まだエテルナフラグも折れてないと見ていいのかな、これは。

 よし、それならいっちょサービスだ。

 魔法で光をあれこれ調整して……ほい、流星群。

 

「うわあ……」

「見て見て、あれ!」

「あったよ、流星群!」

「すげェ!」

 

 夜空を見ていた生徒達も流星群にはしゃぎ、あちこちで歓声が上がる。

 まあ実際には流星群なんかなくて、光でそれっぽく見せているだけなんだけどな。

 こんな手品でもタネが割れなきゃいい思い出になるだろう。

 しかしベルネルは俺の仕業と勘づいたのか、こちらを見ていた。

 流石に露骨すぎたか。

 まあ気にすんなベルネル。こういうのは黙ってるのがいいんだよ。

 それにチャチな手品でも割と綺麗なもんだろ。

 

「ええ。……本当に……とても綺麗だ……」

 

 分かってるじゃないか。

 そうそう、素直に手品を楽しんでおけ。

 思考停止して騙されておくのが手品の楽しみ方だぞ。

 

 

 パーティーが終わり、俺は部屋に戻って眠りに就いた。

 そのはずが、気付けばまたしても視界に広がるのはあのアパートの一室だ。

 起き上がって周囲を見ると、不動新人(男の俺)が椅子に座って、こちらを見ていた。

 

「よう、来たなエルリーゼ。待っていたぞ」

『おう、俺。ていうか……マジで前の夢の続きなのな』

「言っただろ、夢じゃねえって」

 

 夢であって夢ではない。

 それが前回の別れ際に新人(おれ)がいった事だ。

 確かにこうも連続して同じ夢を見ると言うのはそうある事ではない。

 しかもただの同じ夢ではなく、全部がしっかり繋がっている。

 

「早速だが前回の続きといこう。

いつお前が目を覚ますか分からないし、次にいつ機会があるかも分からない。

そしてあと何回話せるかも分からん」

『それはどういう……』

「まあ待て、それもちゃんと話す。まずは聞け。

……その前に、やっぱ違和感あるから口調だけ向こうにいる時と同じにしてくれ」

 

 我儘なやっちゃなあ……。

 まあ俺なんだから当然と言えば当然なんだが。

 まあ実際、この外見で前の話し方をしてたら違和感凄いだろうし、それに慣れると向こうでボロを出しかねん。

 一応ここは従っておいてやるか。

 

『仕方ありませんね……これでいいですか?』

「お、いいねえ。エルリーゼと話してるって感じが一気に上がった。

これで中身が俺でさえなきゃ惚れるとこなんだがな」

『やめろキモイ。自分同士とか誰得だよ』

「だよな。安心しろ、俺もそんな気はない。美少女は中身も大事だ」

 

 何とも頭悪そうな俺自身との会話をしつつ、軽く笑う。

 何だかんだで向こうではずっと演技しっぱなしだから、素を出せるのは新鮮な気分だ。

 

「さて、前回どこまで話したか……。

そうそう、お前が何者なのかって話だったな確か。

まず俺が思うに、お前は転生ってやつで間違いないと思う。

お前が入る事で変化したゲームの内容では『エルリーゼ』は五歳を境に性格が急変したと言われている。

だが語られる五歳以前のエルリーゼが明らかに変化前と違う。

我儘である点は同じだが、我儘の方向性が違う。

ありゃあ、どっちかというと記憶がないのに半端に現代日本人の感覚だけを持って行った『俺』がやりそうな我儘だ」

『やはりそう思いますか……私もフォックスに言われ、同じように考えました』

「ああ。そこでだ……恐らく始まりはあのエテルナルートのエンディングを見て眠った日だと俺は思っている。

思うにあの日俺は、仮死状態に陥ってたんだ。

上手く説明は出来ないんだがな、何となく分かるんだ。ああ、俺死んでたなって。

こう……何と言えばいいのかな。暗い穴の底に自分が落ちていくような感覚っていうか……ああ、俺死ぬのかなとか薄っすら思ってた。

だが俺は息を吹き返しちまった。そのせいで魂が全部そっちに行かず、半端に二人に増えちまったんだ」

 

 ブルーライトカット用の眼鏡を指先で持ち上げ、新人(おれ)は自信満々に語った。

 随分当たり前のように転生とか言うが、その時点で大分前提がおかしいな。

 まあ、俺みたいなのが実際にいる以上、そこは転生もあると信じて話すしかないのだろう。

 そうじゃないと話が先に進まない。

 

「つまりお前はまだ完全に転生し切ってないんだ。

だから、回収し損ねた魂を回収する為に何度もこっちに精神だけで帰ってきている」

『私が魂を回収している? しかしそうだとすると貴方は……』

「ああ。多分お前が来る度に俺の寿命はガンガン削れてるんだと思うぜ。

何かな、どんどん死が近付いて来てる感覚があるんだよ。

これが後何回機会があるか分からんって言った理由だ。

多分後何回かで、俺は完全にお前に統合されて、こっちの身体は死ぬ」

 

 そう軽く言いながら、新人(おれ)は自分の心臓のある場所を軽く叩いた。

 その姿にはまるで命への執着がないように見えるが、実際にない。

 俺自身だからよく分かる。

 新人(おれ)はもう、最初から死を受け入れているんだ。

 何故なら……。

 

「まあそれは別にいい。

どうせ放っておいても、後一年ほどで死ぬ身だ。

ならお前に統合されるのも悪くはねえし、むしろ死後に異世界転生が約束されていると思えば楽しみなくらいだ。

まあTS転生っていうのはチト気に喰わねえがな」

 

 何故なら、どうせもうすぐ死ぬ身だから。

 不動新人は最初から、死を待つだけの人間だった。

 医者に余命一年と宣告されて見放され、後は病院で死を待つか自宅で待つかの違いだけだ。

 それならまだ、ギリギリまで死ぬまで好きな事をやって、そんで本当に駄目そうだったら病院に死にに行く。残っているのはそんな人生だ。

 だから俺はフィクションのゲームだろうと後味のいいハッピーエンドを熱望した。

 現実はクソなんだから、せめてフィクションの中でくらいいい夢を見たかった。

 だから……俺は死ぬのなんかこれっぽっちも怖くない。

 ただ、何の救いもなく後味が悪いまま消えるのは嫌だった。

 

『しかし……時間はどうなってるんですか?

私は既に向こうで何年も過ごしています』

「ズレているとしか思えないな。お前にとっては既にエルリーゼになって十年以上経っているんだろうが、俺にとってはたったの一月前の事だ」

『私が入った事でゲームが変わったと言いましたね。

ならば何故誰も騒いでいないのですか?』

「どうも、俺以外は最初からそうだった(・・・・・・・・・)と認識しているらしい。

だから誰も本来の、あのクソッたれなエルリーゼを知らないし、本来の『永遠の散花』も知らない」

 

 質問への答えは、ある程度予想出来ていたものだ。

 そりゃそうだ。時間軸が同じなら新人(おれ)はとっくに死んでいるはずだし、変化前を皆が覚えているなら大騒ぎになるはずだ。

 そうなっていない以上、これは予想出来た。

 

『後、何回くらいだ?』

「分からん……が、多くても五回はないと思う。

お前が来る度に俺は、お前の事を夢で見るようになっているんだ。

最初は自分じゃない自分(お前)の物語を見ているような感覚だったが、最近ではまるで自分がエルリーゼになっているような感じの夢で、起きてもしばらくこっちが現実だと認識出来ない。

夢と現実の区別が付かなくなってきた……てところか」

『……そうか』

「ああ、そういうわけだから、さっさと必要な事を話すぞ」

 

 新人(おれ)はそう言ってパソコンをスリープモードから立ち上げ、ファンサイトを開いた。

 

「あれから、どうすれば魔女のテレポートを封じ込めることが出来るのか色々と調べた。

エルリーゼルートが発見される前から色々と議論されていた(・・・・・)事になっているようでな。

その中に面白いのがあったんだ」

 

 キーボードを叩き、そしてある一点でページを止める。

 俺はパソコンを覗き込み、そしてほうと声を上げた。

 

 

602名無しの騎士 2017/10/25(日) 0:20:14

思ったんだけどさ、テレポートも要するに魔法なわけだろ?

じゃあ周りから魔力をなくしちまえばいいんじゃないかな。

まずエル様が学園周辺を魔力を通さないバリアか何かで覆って、その後にバリア内の魔力を全部取り込むってのはどうだ? あ、エル様は勿論先に魔力を放出しておく事で残存魔力を減らして取り込める量を増やしておく。

 

603名無しの騎士 2017/10/25(日) 0:21:06

無理。周りに魔力がなくても魔女自身の体内に溜め込んだ魔力でテレポされる。

周囲の魔力をなくせば確かに魔力回復は出来なくなるけど、まず魔女自身を削らないと

 

604名無しの騎士 2017/10/25(日) 0:22:22

まずエル様以外が戦ってテレポ出来ないくらいに魔力を使わせて、それから>>602をやれば封じ込める事は出来そうだな

 

 

 そこに書かれていた作戦は、言ってしまえば俺が肺活量任せに空気を全部吸い込むような荒業であった。

 魔法を使うには自分の体内の魔力を使う。

 これは個人によって取り込める魔力の限界量が決まっていて、魔法に使う魔力の量で魔法の威力や規模も変わる。

 つまりいくら魔力を体内に取り込めるかが魔法を使う上で重要なわけだ。

 あの世界では同じ魔法でも、そこにどれだけのMPを使うかで威力が変動する。

 そして一般人のMPを1、騎士のMPを100、近衛騎士のMPを200とした場合、俺のMPはざっと50万は超える。

 私のMPは53万です。ですがフルパワーで貴方と戦うつもりはありませんので、ご心配なく。

 だから俺が1000のMPを消費して魔法をブチかませば、1000未満のMPの持ち主は絶対相殺出来ないわけだ。

 魔女は……まあ、1000~3000くらいかな。

 ただし魔女は魔法の循環率がいいので、魔力を使っても短時間で周囲の魔力を取り込んで回復してしまう。

 つまり一度に使える上限こそ1000~3000だが、実質的に無限と言っていい。

 もっとも俺も周囲から魔力を取り込むのは得意なので無限は俺も同じだがな。

 

 だがこの作戦ならば、魔女の回復を封じる事が出来る。

 何せ回復しようにも、肝心の魔力がないのだ。

 ならば少しタイミングが難しいが、まずは俺以外の誰かが魔女と戦って魔法をバンバン使わせ、テレポートが出来ないほどMPを消耗させる。

 その状態で俺がバリア&取り込みを実行すればテレポートを完全に封じ込める事が出来るだろう。

 俺の最大MPならば、バリアで閉じ込めた空間内の魔力くらいならば全部取り込んで枯渇させる事は難しくない。

 

 なるほど……いける気がしてきたぞ。

 うん、いけるんじゃないかこれ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十三話 観測不可能

『思ったんですけど、エルリーゼルートを最後まで見れば未来分かるじゃないですか。私って頭いー』

 

 一通り魔女のテレポ対策を話し合った後に、俺は思い付いた事を口にした。

 とりあえず暫定で、魔力バキューム作戦で行く事にしたが、よく考えてみればここであーだこーだ話すより、一度エルリーゼルートを最後まで見るべきではないだろうか。

 そうすれば未来が分かるし、色々と対策も立てられるじゃないか。

 しかしそんな俺の賢い提案を、新人(おれ)は鼻で笑った。

 

「はっ、猿知恵だな。それが出来るならとうに俺がやっているわ、間抜けめ」

『んだとコラ』

「まあこれを見ろ」

 

 そう言って新人(おれ)が動画サイトを立ち上げる。

 エルリーゼで検索すると、ちゃんと【衝撃の】エルリーゼルート実況プレイ 最終回【ラスト】とかがあった。

 そうそう、こういうのだよ。こういうのを見れば未来が分かるだろ。

 新人(おれ)はそのまま動画をクリックして再生を試みる。

 まずは再生前広告。どうでもいいCMが流れる。

 そして広告が終わるが……いつまで経っても読み込みが終わらない。コメント欄もそれは同じで、何が書かれているか分からない。

 

『あー、このサイトはクッソ重いですからねえ。

もっと別の動画サイトなら見れるんじゃないですか?』

「と、思うだろ?」

 

 そう言って新人(おれ)は別の動画サイトに上げられていたエルリーゼルートを読み込む。

 だがこちらもいつまで経っても、読み込みが終わらない。視聴者コメントも見れない。

 スマホでやっても同じだ。何も変わらない。

 それどころか、ネタバレサイトを見ても画面が白いままで一向に何も表示されないし、掲示板すら何故か読み込めなくなる。

 しかし俺が既に知っているもの……例えばダンスパーティーのシーンなどはスムーズに見れるようになっていた。

 

「全部こうなんだ。どうやっても見れない。

自分でゲームをプレイしても同じだ。ある程度まで進むと突然フリーズして強制終了しやがる。

このダンスパーティーだって、少し前までは見る事が出来なかった」

『どういうことだ?』

「おい口調戻ってんぞ。

要するに未来は見れないって事だ。まだ運命は未確定って事だろ、多分」

『あれ? でもエテルナルートは見れましたよね』

 

 未来を見る事は出来ないと新人(おれ)は言う。

 だがその割に前回はしっかりとエテルナルートを見る事が出来た。

 結果はあまりいいものではなかったが……あれだって未来のようなものだろう。

 

「エテルナルートはお前から見て、選ばれなかった未来(ルート)だ。

言っちまえば、今お前がいる世界から繋がる未来じゃない。並行世界の出来事だ。

そういうのは見れるんだろうさ。

選ばれなかったという意味で、エテルナルートは『あったかもしれない世界』として『確定』している。

だがエルリーゼルートは違う。今まさに紡がれている最中だ。

まだ確定した未来がない……無いものは見れない(・・・・・・・・・)。分かるか?」

『ごめんわかんない。どゆこと?』

「……エルリーゼルートは制作中です、とでも思っておけ。

というかお前……何か少し物分かり悪くなってないか? これも二人に別れちまった影響なのかな……」

 

 俺の質問に新人(おれ)は呆れたように言い、ダンスパーティーのシーンを再生した。

 画面の中ではベルネル視点で誰をダンスに誘おうかと選択肢が出ており、エルリーゼが選択された。

 そしてダンスシーンは一枚絵で表示され、その後の流星群を見るシーンでベルネルの独白を見る事が出来た。

 

 

 ベルネル:(流星群か……凄いな。

 でも少し、タイミングがよすぎるような気がする……。

 まさかエルリーゼ様が何かしたんじゃ……)

 

 エルリーゼ:……あ。もしかしてバレてしまいました?

 お察しの通り、私がちょっと演出をしてみました。

 皆には内緒にして下さいね。

 

 エルリーゼ:それにちゃちな手品ではありますが……。

 それでも、夜空を飾る流星は綺麗なものでしょう?

 

 ベルネル:(そう言ってエルリーゼ様は夜空を見上げた。

 星明りに照らされる彼女の横顔はとても幻想的で……神秘的で……。

 ああ、本当に……)

 

 ベルネル:ええ。……本当に……とても綺麗だ……

 

 ベルネル:(俺は心から、そう思った)

 

 

 ぎゃああああああああああああああ!!

 何だこのこっぱずかしいシーン!

 ぐわあやられた! 俺のメンタルに9999のダメージ! 効果は抜群だ!

 やめろォ! 俺のSAN値を削る気か貴様ァ!

 布団に飛び込んでゴロゴロのたうち回る俺を、新人(おれ)はニタニタしながら見ている。

 

「お前なに普通にヒロインみたいな事しちゃってるの? マジうけるんだけど。

これベルの字、完全にお前の事攻略しにいってんじゃん」

『わあああああああああ!!』

 

 違う、違うんだ! あの時ベルネルがそんな事考えてたなんて思ってなかったんだよォ!

 精神的大ダメージを負った俺を放置して新人(おれ)は椅子の背もたれに背を預け、画面を切り替えた。

 そこにあったのはベルネル、エテルナ、モブA、フィオラ、マリー、アイナ、変態クソ眼鏡のステータスや能力、覚える技などが記された攻略サイトだ。

 

「で……誰を魔女と戦わせる?」

『え?』

「いや、『え』じゃないだろ。さっきの作戦もう忘れたのか?

まずはお前以外が魔女に戦闘を仕掛けて魔女のMPを削って、それでようやくテレポ封じに移れるんだ。

つまり誰かが魔女に挑まなきゃいけないだろ。

だが下手なメンバーを送れば、死者が増えるだけだ。

まさかそこ、無計画で行くつもりか?」

 

 新人(おれ)に言われ、布団の上で正座をして考える。

 正直なところ、誰を魔女と戦わせても不安しかない。

 元々のゲームではそもそもエルリーゼは戦闘に加わらなかったし、ベルネル達だけで頑張って倒す相手なのだから、決してあいつ等でも倒せない相手じゃないとは思う。

 ましてや魔力をちょっと消耗させるだけなんだから難易度は格段に低い。

 それでも誰かが死ぬ可能性は十分あるのだ。

 魔女アレクシアって普通にルート次第ではラスボスだからな。あまり舐めちゃいけない。

 

『騎士を大量に送り込むとかどうですかね』

「そんなん『もうエルリーゼに場所割れてます』って宣言するようなもんだろ。すぐテレポするわ。

忘れるなよ。魔女はお前にビビってるんだ。お前が来る気配を感じたらマジですぐに逃げるぞ」

『魔女ちょっとチキンすぎません?』

「お前が強すぎるんだよ。何だあのふざけたステータス。

ファラ戦見て噴き出したわ。あんなん誰でも逃げるわ」

 

 アレクシアって本当にラスボスなのかな。何かだんだん自信なくなってきたぞ。

 何だよ、すぐ逃げるラスボスって。

 しかも騎士送り込んでも駄目ってお前……。

 

「魔女のお前へのビビりはガチだぞ。

何せアレクシアルートがゲームから消えるレベルだからな」

『え?』

「アレクシアってゲームだと時々正気に戻って特定の場所に出現してたろ。

で、それで話しかけると好感度を稼いでアレクシアルートに入れたのは覚えてるよな?

それが完全に消えた」

 

 新人(おれ)の言葉に、俺は流石に茫然とした。

 魔女、お前そこまでびびってるのか……

 新人(おれ)の言う通り、ゲームだと魔女は何度か地下から出て来る。

 というかそうじゃないと好感度を稼げない。

 アレクシアルートに入る方法は、その数少ない好感度稼ぎのチャンスを逃さないようにしつつ他のヒロインの好感度を上げないようにして、ルート分岐のタイミングまでアレクシアの好感度を一番に保っておく事が条件になっている。

 ちなみにこのルートの最大の障害はエテルナで、普通にやっているとエテルナルートを狙っていなくても好感度がエテルナ>アレクシアになるから、意図的にエテルナに冷たく接して好感度を下げまくらなきゃいけない。何この不憫な子。

 なのでアレクシアルートを目指す動画だとエテルナの誕生日にプレゼントとしてドラゴンのフンの化石とかいう割と最低なものをプレゼントする鬼畜ベルネルの勇姿を見る事が出来る。

 だが俺のいる世界だと、地上に出る事そのものを止めているらしい。

 それじゃあアレクシアルート消えるわ。

 

『そういえば私が踏み込んで、魔女がさっさと逃げてしまったルートはその後どうなるんですか?

主にエテルナルート以外では』

「その場合はあいつはしばらくどこかに潜伏して、その潜伏先で魔女の手先になったらしいチンピラがエテルナの両親を殺害する。

それでエテルナが怒りで聖女の力に覚醒して、聖女の力的な何かで魔女の位置を割り出して魔女殺害。後はお約束通りにエテルナがラスボスになる」

『エテルナ不憫すぎるだろ。世界が殺しにかかってるわ』

「しかも結局魔女がどこに潜伏してたかとかは作中で説明されない。

そういうわけで、あえて魔女を逃がしてみるのはオススメ出来ない」

 

 どう足掻いてもエテルナは不幸になるというのか。

 だったら、エテルナの両親を保護すれば……と思うが、そもそも魔女を逃がさずに学園地下できっちり倒しきるのが一番いいな。

 まあ一応エテルナの両親にも気を付けておこう。

 

「後、気を付けるべきは、魔女を倒した際に生じる闇の力の移動か。

ここミスると全部水の泡だぞ」

『移動を封じる方法はゲームで判明してる限りでは二つでしたね。

まず一つは、聖女以外が魔女を撃破する事』

「ああ。これが見られるのは主にバッドエンドだな。

これが出来るのはお前とベルネルだけだが……やった奴は死ぬぞ」

 

 俺と新人(おれ)は向き合って、最大の問題点である魔女パワーの移動について話した。

 これをエテルナに移動させてしまうと全部台無しだ。

 エテルナはラスボス化して、何一つ運命が変わらない。

 それを避ける為の方法は二つ。

 まず一つは俺かベルネルが魔女を倒してしまう事だ。ただしやったら死ぬ。

 

『ところであのバッドエンドの笑い声って何なのかもう判明してたりします?』

「いや、謎のままだ。まあ、ただの演出だとは思うが……公式からも何の説明もないし」

 

 この方法で循環を断ち切っているのが、ベルネルが魔女を倒して死ぬバッドエンドだ。

 だがこのバッドエンド、実は少し不穏な演出があるのが気になる。

 それは、ベルネルが死んだ後に悲しむ皆の台詞などが挿入されてエンディングテーマが流れた後……画面が暗転して、最後に誰の声かも分からない不気味なエコーのかかった笑い声が響き渡る。

 そして謎の爆発音が響いてタイトル画面に戻るのだ。

 この演出の意味は未だによく分かっていない。

 

「二つ目は、魔女の自殺」

『エテルナがラスボス化した際に見られる死因ですね……』

 

 魔女は通常、自殺出来ない。前も言ったように闇の力に阻まれてしまうからだ。

 だがエテルナがラスボスになった際は移動したばかりでエテルナに馴染んでいなかったのと、ベルネルとの戦いでエテルナが消耗する事もあって自殺に成功してしまう。

 この結果、エテルナを殺したのはエテルナという事になって力の移動がエテルナのみで完結してしまうのだ。

 これは、このゲームの数少ないヒロイン生存ルートでもある。

 どのヒロインを選んでも大体は死ぬのだが、一部のヒロインのルートではエテルナが自殺することで終わるから最後まで生存してハッピーエンドにする事が出来る。

 ただしこれは論外。俺の最初の目的から考えても、この方法を使うのは負けだ。

 

「他には、魔物は聖女を殺せるんだから、魔物に止めだけやらせるとかはどうだ……?」

『難しいと思いますよ。魔物は完全に魔女の味方ですから。

それに魔物は身体が強靭なので、もし何かの間違いで魔女から移動してきた闇の力に耐えてしまったら、とんでもない化け物になりかねません。

まあ私の敵ではないと思いますが……』

 

 新人(おれ)が魔物に魔女を殺させる事を提案するが、それは無理だと一蹴してやった。

 魔女に絶対服従している魔物が魔女を攻撃する事はあり得ない。

 

「そういやお前、ディアスにアレクシアの事頼まれてたろ。あれどうすんだ?」

『どうもこうも……そんな簡単に助けられるものではないですよ。

一応、アレクシアルートと同じ手順を踏めば不可能じゃないですけど……』

「確かエテルナに闇の力が移動した後にベルネルが、人工呼吸で自分の中の闇の力をアレクシアに返すんだよな」

『はい、元々ベルネルの闇の力は、アレクシアが自分の良心と共に切り離した彼女の一部です。

それを返す事でアレクシアは蘇生し、人に戻るのですが……このルートでは例の如くエテルナが死にます。

しかもベルネルとアレクシアがイチャイチャするのを見せ付けられて』

「不憫すぎる……」

 

 正直魔女ルートは、個人的に一番モヤモヤするルートだ。

 このルートだとアレクシアは魔女ではなく人間に戻って、幸せになるのだが……エテルナの気持ちを考えるとなあ……。

 お前何、自分は悪くないみたいな面してベルネルとイチャイチャしてんの?

 いや実際、被害者なのは間違いないんだけどさ。

 エテルナから見ると、今まで散々悪事働いてきた魔女が、自分に厄介なものだけ押し付けた挙句に幼馴染と歳の差カップルで幸せになっているのを見せ付けられて、しかも立場逆転でそいつに魔女として討たれるんだぞ。

 これ、エテルナは泣いていいだろ。

 そういう事もあって正直俺はアレクシアルートは好きではない。

 CGコンプの為に一度はプレイしたけど。

 

「じゃあやっぱ、お前が選ぶのは……」

『私が倒す、になりそうですね』

「いいのか? お前、折角健康な身体に転生したんだぞ。

生き残りたいとか思わないのか?」

『元々生きる事にそこまで執着もないですしね……。

それに聖女ロール続けるのもしんどいですし、ボロが出る前にサクッと死んでおいた方が楽かなって。寿命もどうせ残り少ないですし。

あっちの世界だと、むしろあの世の方が快適までありそうですし。それに……』

 

 そこまで言い、俺はレイラやベルネル達の事……そして何だかんだで十年以上過ごしたあの世界の事を思い浮かべて、笑った。

 

『なんだかんだで、アイツらの事やあの世界の事も結構気に入ってるんだよ、俺は。

だからまあ……その為なら、どうせ近いうちに尽きる俺の命くらい捨てても惜しくはねえな』

 

 俺は駄目人間だが、そんな俺でも人生の最後に少しくらいはいい事をしておきたい。

 あいつ等には幸せな明日ってやつを生きて欲しいと思っている。

 本来あったはずの運命から、俺の都合で歪めちまった詫びも兼ねてな。

 だったらくれてやるさ。俺のこのバッテリー切れ寸前の命くらい。

 どうせとっくに死んでたはずの命だ。今更惜しむもんでもあるめえ。

 むしろ俺の視点だと余命一年だったものが十二年以上引き延ばされたようなもんだから、割とマジで未練ないのよ。

 そう言い切った所で、視界が白くなり始めた。

 どうやら今回はここまでのようだ。

 

 そんじゃ、向こうでもう少し聖女ロールを頑張るとしますか。

 最後までな。




【エテルナにあげるプレゼント選択肢】
・イヤリング(値段は100くらい。好感度↑)
・参考書(値段は150くらい。エテルナの知力↑)
・ドラゴンのフンの化石(値段は5000くらい。エテルナの好感度↓)

ヒロインの好感度を下げる変なプレゼントはギャルゲの伝統。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十四話 動き出した王族

 対魔女に備える偽聖女ライフはーじまーるよー!

 例の夢によって魔女にテレポさせない作戦は無事に出来上がった。

 名付けて他力本願バキューム作戦。

 まず誰かを地下に突入させて魔女と戦ってもらい、魔女に魔法を使わせてMPを削る。

 この時突入させるメンバーに正規の騎士やレイラを入れるのはNG。俺が魔女の位置に気付いていると思わせてしまうと魔女は即退散してしまう。このチキンが!

 あくまで『生徒や教師が偶然迷い込んできた』くらいに思わせなくてはいけない。

 その場合は魔女は、外にいる俺に情報が洩れるのを恐れて、逆に全力で侵入者を排除しようとするだろう。

 が、腐っても魔女。チキンでもラスボスだ。

 普通の生徒では返り討ち必至で、まず勝てる相手ではない。

 ゲームだとベルネル達で倒す相手だし、二周目以降ならばベルネル単騎討伐も可能なのだが、とにかく強敵という前提で事に当たった方がいいだろう。

 ならばどうするか? 答えは簡単。

 ベルネル達を強くする……それしかない。

 というわけでフォックスのおっさんとレイラには、定期的にベルネル達の秘密特訓をつけるように指示しておいた。

 何故秘密なのかというと、他の生徒から『特別扱いだ!』と反発される事を避ける為である。

 後は……そうだな。マリーのように学生の中にも正規騎士を上回る実力の持ち主などがいるかもしれないし、次の闘技大会で優秀な戦績をおさめた二年生や三年生にも声をかける事を考えておこう。

 

 それと、折角ディアス達を捕えて連絡網をこっちで掌握したんだから、それも活用したいな。

 現在魔女はディアス達が捕まった事を知らずに、相変わらずステルスバードことスティールを使ってやり取りをしている。

 が、その会話相手はディアスではなく変態クソ眼鏡だ。

 おかげで魔女の現在の考えや、ディアスに何をさせたいのか等は筒抜けとなっている。

 変態クソ眼鏡っていうのが少し不安材料ではあるが……まあ、奴も魔女にこちらの情報を流したりはしないだろう…………しないよね?

 現在魔女は、どうにかして俺を学園から引き離せないかと画策しているらしく、自分の部下の誰かに魔女の影武者をやらせて、遠くで暴れさせようかと考えているようだ。

 上手くすれば逆に利用出来るかもしれないので、とりあえず変態クソ眼鏡には、ディアスに成り切ったつもりで魔女と一緒に俺を学園から引き離す方法を考えろと指示しておいた。

 それと、俺は地下には全く気付いてないと嘘情報も流させておく。

 

 後は……後は特にないな。

 ベルネル達が強くなるのを待って、他にも強い生徒を集めて突入させて、そんで例の作戦を発動して決着を付けるだけだ。

 本来なら、この夏季休み明けから冬季休みまでの第二期は偽聖女エルリーゼとの決戦で使われる期間なだけあって、俺がベルネル達と敵対しないだけで平和なものだ。

 だが本番は冬季休みが明けてからだ。

 そこからは本格的に魔女が、新たに判明した本物の聖女であるエテルナを抹殺するべく色々と刺客を送り出して来るし、選択肢ミスによってはサブヒロインが死んだりする。

 だがこの世界では俺が偽聖女を続行するつもりなので、多分結構変わるだろうな。

 ……と、そんな事をつらつらと考えながら俺は現在、馬車に揺られていた。

 

 現在俺は、学園から離れて聖女の城へと戻っている。

 その理由は、非常にクッソ面倒なのだが各国の王族が食事会がてら交流を深める催しを行うので、俺も招待されたという感じだ。

 聖女の城はどの国にも所属しない――正確にはどの国からも縄をつけられている施設なので、こういう話し合いの場には最適なのだろう。

 何で俺自分の城に招待されてるの?

 これ、現代で言うと『今度仲良しパーティーやるからお前も参加しろよ! あ、会場はお前の家な!』って言われてるようなもんだぞ。

 招待じゃないじゃん。むしろこれ、俺がもてなす側じゃん。

 俺としては俺なんか無視してどっかの国でやっててくれと思うんだがね。

 あー、めんどくさ。

 何が楽しくて、おっさん共相手に愛想笑い振りまきながら飯なんか喰わにゃならんのよ。

 ベルネル達にはすぐに戻るって言っておいたけど、マジですぐに帰りたい。

 こういうお偉いさん相手の食事会とかって普段以上に聖女ロールに気を使わなきゃいけないから疲れるんだよな。

 

 城に到着した俺は、召使い達に王様達を歓迎する準備をさせて、ついでに料理も適当に作らせた。

 それから、リクエストがあったようなので生クリームをこれでもかと塗りたくった巨大ケーキも作っておく。

 工程は魔法で幾分か短縮できるとはいえ、面倒くさい。

 製法を秘匿して独占してるから俺以外の手を借りる事も出来んしな。

 そうして準備をしていると、続々と各国の王様達が到着した。

 

「お久しぶりですな、エルリーゼ様。相変わらずお美しい」

 

 最初にそう言って、挨拶してきたのはビルベリ王国のアイズ国王だ。

 名前の響きはイケメン風だが、実際は白髪の筋肉質なおっさんである。

 魔法学園が建っているのもビルベリ王国の領土内であり、最も国力と発言力が強い。

 聖女はどの国に所属してもパワーバランスを崩すという建前で中立だが、その聖女を守る騎士はビルベリ王国の所属なので、実質的にはこの国が聖女を抱えているようなものだ。

 その影響力の強さは、現代で言えばアメリカに近い立ち位置の国だろうか。

 このおっさんは昔から何を考えてるのか分からないので正直好きではない。

 後ろには彼の息子の王子達が続くが、肥えている奴とイケメンと美少年で属性が豊富だ。

 そして王子達が俺へ向ける視線がキモイ。何というか性欲が顔と目に出ている。

 ただ、こんなのでも自国の王様と王子様達である。

 ぶっちゃけ俺の生まれた村……つまりはエテルナの生まれ育った村もビルベリ王国の領土内なので、ベルネル、エテルナ、俺などの主要キャラの多くはビルベリ人だ。

 レイラは実は他の国から来た留学生枠だったっけ。

 

「歓迎頂き感謝する、聖女よ。これは我が国で栽培した魔法の青い薔薇だ。

美しき花は貴女にこそ相応しい。どうぞお受け取りを」

 

 そう言って変な色の薔薇をキザったらしく渡して来たのは、どっかの国の王様だ。

 先王が病死した為に若くして王位を継いだらしいが、どうでもいい。

 

「ほっほっほ、エルリーゼ様はお変わりないようで」

 

 そう朗らかに笑うのは、どっかの国の王様だ。

 人好きのしそうな笑顔だが、目が笑っていない。

 

「ねえリオン、私早くクラウドを食べてみたいわ」

「はっはっは、そうだね愛しのエリー」

 

 イチャイチャしながら入ってきたのは、最近結婚したというどっかの国の国王夫妻だ。

 王妃の方は元々は下級貴族だったらしいのだが、色々あって熱愛の末に王妃の座を勝ち取り、ついでに元々王妃になるはずだった婚約者は婚約破棄で追放されるとか、それ何て悪役令嬢? と言いたくなるようなドラマがあったようだ。

 こいつ等だけ世界観間違えてないかな。ここ女性向け乙女ゲーじゃなくて男向けのギャルゲー世界なんですけど?

 どうでもいいが、彼等の国は財政難でぶっ潰れる一歩手前らしい。

 そら(王妃になる為の教育もされてないような奴を王妃にしたら)そうよ。

 

「いやあー、噂には聞いてたけどこれまた美しい事! どう? 今夜俺と一杯……」

 

 そう言って出会い頭にナンパしてきたのは、顔を真っ白に染めたチョンマゲのおっさんだ。

 服は和服のようで……というかモロに和服だなこれ。

 海を隔てた東の小さな島国であるジャッポンという国からやって来たらしい。

 何でファンタジーって、東の方に行くと高確率で日本モドキがあるんだろうか。

 

「……エルリーゼ様。先日は、本当にありがとうございました」

 

 最後にそう言ってきたのは、ルティン王国の王様だ。

 オッスオッス。何か元気ないけど、便秘か?

 

「エルリーゼ様、この交流会は…………いえ、何でも、ありません」

 

 何かを言おうとしたが、結局何も言わずに暗い顔をして立ち去った。

 何だ? 気になるだろうおい。

 そういう思わせぶりなの、俺はよくないと思う。

 

 

 それから交流会は和やかに進んだ。

 途中、財政難の国が他の国に援助を求めて、にべもなく一蹴されるなどの光景は見られたが、まあ穏やかなものだ。

 そしてある程度場が温まってきたところで、おもむろにアイズ国王が話を切り出してきた。

 

「ところでエルリーゼ様、最近は魔女を探して学園に潜入しているそうですが……見付かりそうですか?」

「ハッキリとした事はまだ言えません。あくまで状況証拠で、学園にいる可能性が高いと踏んだだけですので」

 

 実際はもう確定しているのだが、それはまだ言わない。

 どこにスパイが潜んでるか分からんからね。

 それにこの中の誰かが口を滑らせて、それで魔女に伝わる可能性だってある。

 

「なるほど、まだ魔女を倒す段階には至っていないと……それはよかった」

 

 いや、よくねえだろ。

 馬鹿なのかな?

 

「エルリーゼ様、これは相談なのですが……魔女を倒すのは、やめませんか?」

 

 何言ってるのこのおっさん。

 魔女倒さないとハッピーエンドがずっと来ないだろ。

 ていうかこんなイベントあったっけ?

 ……いや、ないな。そもそもエルリーゼが交流会に呼ばれて学園を離れるなんてイベントそのものがない。

 まあその辺はゲームのエルリーゼと俺が違うから、多少違いが発生したんだろうくらいに思っていたが、何やら空気が不穏になってきたぞ。

 

「……どういう事です?」

「魔女を倒さずとも現状、貴女がいるだけで十分に世界は光に傾いています。

民は明日を恐怖せずに暮らし、魔物は勢力圏を縮め、魔女は隠れ……昔は行き来するのも命がけだった街道も今は安全に渡れるようになった。

全て貴女がいればこそです」

 

 ふむ。まあ、偽聖女で中身アレだからこそ、ガワをよく見せるのには結構力を注いだからな。

 だが、それがどうしたというのか。

 

「だから、このまま(・・・・)を維持するのがよいのではないか、と我々は思うのです」

「より良くしようとは思わないのですか? 魔女を倒さぬ限り、完全に世界の闇は晴れません」

「そうですな。確かに理想は魔女を倒す事……それが一番、世界から闇を払う。

しかし、その平和はほんの五年程度しか続きません。

そして貴女ほどの聖女が今後現れるとは私には思えない。

ならば、五年しか続かない100の平和を求めるより……貴女がいる限り続く、95の平和を維持するべきなのではないか……私はそう思います」

 

 何か変な事言い出したぞ、このおっさん。

 魔女を放置して現状維持しろってか?

 何言っちゃってんの? 頭大丈夫?

 

「詳しくは語れませんが……魔女を倒した聖女は必ず、失われます。貴女であっても例外ではない。

エルリーゼ様、貴女はまさしく過去最高の聖女だ。他の聖女はもって五年……魔女を倒して次の魔女が現れるまでの僅かな期間の平和を作る事しか出来なかった。

だが貴女は既に七年間も平和を維持している……そして貴女が生きている限り、この平和は維持される。

貴女を失うのは大きな損失であり、そして次の大きな災厄の誕生に繋がるでしょう。

だから提案したいのです……魔女を放置しませんか(・・・・・・・・・・)?」

 

 うわあ、何かすげえヤバイ事言い出したぞ。

 事もあろうに国を守るべき王様が、世界で一番脅威になるだろう魔女放置を持ち掛けてきやがった。

 まあ、少しは分からんでもない。

 こいつ等から見れば、もし魔女を倒した場合に次の魔女になるのは俺だからな。

 要するに『クッソ強い無敵の魔女なんか出してたまるか』ってところだろう。

 

「……先日、ルティン王国が壊滅しかけた事はご存知ですね?

魔女がいる限り、あのような惨劇は必ずどこかで起こります」

「しかし貴女はそれを防いだ。守り切った。

だから私は確信したのですよ。

聖女エルリーゼがいれば、無理に魔女を倒さずとも平和は維持できる……と」

 

 アイズ国王はニコニコと笑いながら、話を続ける。

 

「むしろ私はこの“95の平和”こそが最高のバランスだと思っています。

魔女が死んでからの平和な五年間は魔女の脅威も魔物の脅威もありません。

しかし、敵のいなくなった人類は人類同士で争い始める。結束が緩む。

知っておりますか? 過去に行われた人類同士の戦争は全て、魔女がいない空白の期間に行われているのです。

たとえ100の平和があったとしても、人類は自らそれを80……いや、70にも60にも減らしてしまう。

だが魔女がとりあえず存在している今……この95の平和は、私の生涯で最も素晴らしい時期でした。

共通の敵がいる為に人は人同士で固く結束し、適度な危機感を維持し続け、そして聖女エルリーゼの名の下に明日を信じて前向きに生きる。努力する」

 

 アイズ国王は両手を広げ、更に話す。

 何ていうか、流石一国の王だ。話をするのが上手い。

 自分の言っている事があたかも正しいかのように飾り立てて、『そうかもしれない』と思わせる会話力に長けている。

 

「95でいい……いや、95()いい!

完全では駄目なのですよ。完全では、その先がないから逆に人は駄目になる。

ゴールに行き着きそうで行き着かない、このバランスがいいのです。

世界全体が光に傾き、されど完全に闇は駆逐されず……そう、それはあたかも太陽という大きな光に怯える小さな影のように、僅かながら確かに存在している。

今、この世界に必要なのは魔女を倒す事ではありません。

貴女が聖女の座に君臨し続ける事なのです!

さすれば、この平和は続く! 貴女がいる限り十年でも二十年でも!

いや、歳を取らない貴女ならば百年だろうと!」

 

 あー、うん。なるほどね?

 よく分かった。このおっさん致命的な部分を分かってねえわ。

 まあ俺が偽聖女って事教えてないから仕方ないんだけどね?

 多分俺が不老だから、ずっと生きてると勘違いしてるんだな。

 むしろ逆だ。俺の寿命は人並みほどもない。

 多分生きて、後一年もないだろうからな……ぶっちゃけ電気切れ寸前よ。

 元々この世界の平均寿命ってそんな長くないし、そこにベルネルの闇パワー吸収とかやったんで当然なんだが。

 魔物に殺されたり等の外的要因による死を計算に入れれば平均寿命は驚きの二十年未満。

 それを取り除いても餓死やら栄養失調やら病死やら凍死やらで赤ん坊の二人に一人は死ぬので平均寿命は三十年未満だろう。

 生活環境のいい王族や貴族、騎士などは五十歳や六十歳まで生きるのも珍しくないが、平均寿命は割と酷いものだ。

 一応、俺がアレコレやった結果、子供の生存率は飛躍的に上昇したはずだが……それでも現代日本と比較するとね。

 とりあえずここは変に刺激せずに、当たり障りのない返答でもして流しておくか。

 

「なるほど……そういう意見もあると、前向きに参考にさせて頂きます」

「参考? それはいけませんな」

 

 俺はこの場を荒立てずに終わらせる気だったのだが、どうも向こうはそうではないらしい。

 指を鳴らすと、それと同時に兵士が一斉に雪崩れ込んできて俺を包囲した。

 おいおいおい……そこまでやるか?

 

「エルリーゼ様!

貴女には魔女を倒さずにこのまま、正義の象徴として死ぬまで聖女を続けて頂く!

これは既に、我等国王同士で話し合って決めた決定事項だ!」

 

 ……ええ……。

 寿命で死ぬまで籠の中の鳥やってろってか……。

 そういや、あっちで見たエテルナルートでもこのおっさん、俺の事を幽閉してたっけ。

 何だか面倒な事になっちゃったぞ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十五話 囚われの(偽)聖女

 さて、この状況どうしたものかな。

 周囲を取り囲まれた状況で、俺は紅茶を飲んで考える。

 ……もしかしてこの紅茶とかも睡眠薬入りだったりするのだろうか。

 まあ毒対策……というか状態異常対策はしてあるから、そうだったとしても意味はないんだけどな。

 水魔法によって、俺の体内に毒が入っても自動で即分解、解毒されるようにしてある。

 闇パワーも身体に害を与える物を消す効果があるので、俺には毒物とかウイルスはほぼ通じない。

 SFとかにあるような強化されたウイルスは流石に試した事がないので分からん。案外効くかも。

 

「……これはどういうつもりです?」

 

 落ち着いたフリをしつつ、周囲を確認する。

 俺を囲んでいるのは各国の兵士達……何故か騎士、更に近衛騎士までいるな。

 何だ、全員裏切り者か? 俺そんなに人望ないのか?

 レイラとフォックス以外の近衛騎士全員裏切りは流石に笑えない。

 

「申し訳ありません、エルリーゼ様! しかし我々は……」

「お許し下さいとは言いません……ですが、それでも……それでも、我々は貴女を失いたくないのです!」

 

 近衛騎士を軽く睨んでやると、怯みながらも言い訳を口にした。

 俺を死なせたくないと言われても……そもそも魔女を倒した聖女が死ぬっていうのはこいつ等も(真実は知らないだろうが)分かってたはずだし、それを承知の上で騎士になったんじゃないのかお前等。

 まあいい。お説教は後でするとして今はこの状況をさっさと切り抜ける方が重要だ。

 近衛騎士が十人に騎士が二十人ほど。後は兵士が沢山。

 ……ま、全員殺さずに意識を断つのに十秒はいらないな。

 殺していいんなら一秒いらないけど、まあそこまでやる必要はないだろう。

 

「アイズ国王。貴方は先程、私がいれば平和は維持出来ると仰いましたね。

ではお聞きしますが……それ(・・)が出来る者を、この程度の手勢で抑え込むことが出来るとお思いですか?」

 

 この程度、俺なら軽く光魔法ドーンで全部蹴散らせるからねマジで。

 もう魔力強化は終わっている。こいつ等が何をしようと俺に傷を付ける事は出来ない。

 そもそもこいつ等は俺を本物の聖女と思っているので、ダメージを与える事は出来ないと考えているはずだ。

 だがアイズ国王は怯みつつも、笑みを崩す事はなかった。

 

「無論思っておりません。

しかし貴女の従者は別です」

 

 言われて、レイラの方を見る。

 そこには、何故か抵抗せずに後ろを取られて剣を首筋に突き付けられてるレイラの姿があった。

 おいスットコォ!

 お前何普通に捕まってんだよ!

 

「大人しくして頂けますね?

……我々も貴女と敵対したいわけではありません。

ただ、少しばかり……そう、少しばかり御身を大事にして欲しいだけなのですよ」

 

 アイズ国王は口調は穏やかながら、有無を言わないように話す。

 敵対したくないとか言っているが、こんな事をした時点で敵対宣言のようなものなんだよなあ……。

 

「貴女にとっても悪い話ではないはずです。

ただ、生涯聖女として君臨して頂きたいだけなのですから……むしろ、魔女と戦って死ぬよりもずっと得なはずだと思いますがね。

聖女として尊敬を集め、崇められ、そして権力もある。

その上で魔女との戦いなどせずに死なずに済むのです。

むしろメリットしかないはずだ。違いますか?」

 

 メリットねえ……まあ確かに俺にとってはメリットだらけと言えなくもない。

 だがそれは完全に次世代に問題をブン投げるやり方だ。

 何せ魔女を倒さず放ったらかしにするんだから、その使命は次の聖女に押し付けられてしまう。

 何も解決しない。ただ問題を先延ばしにして、表面上の平和を維持するだけだ。

 だったら俺がきっかり、二度と魔女が生まれないようにする方がいいじゃないか。

 それに……多分こいつが求めているのはあくまで偶像としての俺だ。

 つまりこいつの意見に賛同した末に待つのは、この城に監禁され続けるという未来だけだろう。

 もっとも、俺の同意なんて最初から求めていないのだろうがな。

 

「まあ……ゆっくりと考えて下さい。

おいお前達、聖女様を部屋へお連れしろ。丁重にな」

「はっ。……エルリーゼ様、ご案内いたします。こちらへ」

 

 アイズ国王が指示をすると、近衛騎士達に立つよう促された。

 こいつらを全員薙ぎ払って逃げてもいいんだが……今はスットコが捕まってるし、滅多な事はしない方がいいか。

 スットコごと薙ぎ倒して、全員KOした後にスットコだけ拾って逃げるという手もなくはないが……。

 まあ俺をどうこうしようって気はなさそうだし、じっくり腰を据えて行けばいくらでも機会はあるだろう。

 しゃあない。今は大人しくしておいてやるか。

 

「不要です。自室の場所くらい分かっていますから」

 

 立ち上がり、自室という名の牢獄に自分から向かってINしてやる。

 すると、自室に入ると同時に外から鍵が閉められた。

 ま、そうなるのは分かってたけどな。

 閉められているのはドアだけではなく、窓にも頑丈そうな格子がかかっている。

 窓の外を見れば、下には兵士がウロウロしていてこちらを見ていた。

 ここから逃げようとして格子を壊せばすぐに気付かれるってわけだ。

 俺は窓から離れ、部屋を見渡す。

 室内は綺麗に掃除されていたようで、快適な清潔さを保っている。

 天蓋つきのベッドのシーツも整えられ、ティータイム用の椅子とテーブルは何かと値が張りそうだ。

 この城は聖女を閉じ込める為の監獄と言う事は知っていたが、まさに俺が聖女やってる間に監獄として使用されるとは思わなかった。

 ドアも駄目窓も駄目と来れば……まあ、こういう時は暖炉が逃走経路ってのは定番だ。

 勿論ここの暖炉はその辺も考慮してか人が通れないようになっているだろう事は、わざわざ確認せずとも分かる。

 だが小人サイズなら、そうでもあるまい。

 魔力を練って、妖精型の魔法弾を撃ち出す。

 それを暖炉を通して煙突へ向かわせ、外へ出した。

 とりあえずやるべきは、スットコ救出だ。彼女の無事さえ確保出来りゃどうにでもなる。

 生憎と、大人しく囚われのお姫様をやるガラじゃないんだわ、悪いけど。

 とはいえ、向こうも俺がスットコの無事を確保すればいつでも逃げる事が出来るくらいは分かってるだろうから、そう簡単にはいかんだろう。

 ま、長期戦だな。

 幸い学園の方はしばらく大きなイベントや誰かが死ぬ出来事はないので、俺がしばらく学園にいなくても問題はない。

 じっくりと腰を落ち着けてやりましょうかね。

 

 

 エルリーゼが学園から消えて一週間が経った。

 各国の王との交流会に招かれた、と言っていたがそれにしては戻るのがあまりに遅すぎる。

 場所は聖女の城だったはずだが、学園と聖女の城の距離は馬車で三時間も移動すれば着けるほどに近いはずだ。

 それもそのはずで、このアルフレア魔法騎士育成機関は聖女の騎士を育成する為の機関である。

 この学園で優秀な成績を収めた者が向かう職場こそが聖女の城だ。

 故に学園は聖女の城近く、国境ギリギリの位置に建てられている。

 だからこそ、どう考えても一週間も戻らないのは明らかにおかしかった。

 

 学園への滞在を止めて、そのまま城に帰ってしまったのだろうか。

 あり得ない話ではない。

 元々聖女が学園に通っている方が異例の事態なのだ。

 ならば元々あるべき場所へ戻っただけと言える。

 だがベルネルは知っている。エルリーゼは確かに『すぐに戻ります』と言っていた事を。

 仮に城に滞在しなくてはならない理由が出来たとしても、彼女が何も言わずに去るだろうか?

 

「明らかにおかしい」

 

 授業が終わった夕暮れの時間帯。

 ベルネルはいつものメンバーを集め、話し合っていた。

 ベルネルにエテルナ、ジョンとフィオラ、マリーとアイナ、そして一週間もエルリーゼの姿を見ていないせいで禁断症状が出てブルブルと震えているサプリ。

 彼等は無人の教室で、何故エルリーゼが戻って来ないのか意見を出し合う。

 

「魔物か盗賊に襲われたとか……?」

「そうだとしても、エルリーゼ様なら問題なく返り討ちに出来るだろう。

レイラさんだって近くにいるし……それに、そんな事になったらもっと騒ぎになっているはずだ」

 

 エテルナが考えられる可能性の一つを口にするが、ジョンはそれを否定する。

 もしも聖女がそんな理由で行方不明になれば、もっとあちこちで大騒ぎになっているはずだ。

 国も捜索状を出して、兵を動かして大々的に探すだろう。

 だが現状、そうなっていない。腹が立つほどに平和なものだ。

 少なくとも国はこの件で一切騒いでいない。

 何より不気味なのは、聖女がいなくなって一週間も経つのに学園側が何の行動もせず、何も生徒に伝えていない事だ。

 生徒達の間では何故エルリーゼがいなくなったのかと騒ぐ声も出ている。

 だというのに、何の対応も行わない。これは明らかに異常だった。

 

「先生、学園長は……」

「馬鹿のように『問題ない』とだけ繰り返している。詳細は私達教師にも伝えられておらん。

既に国から、聖女が学園を去る事は伝えられているらしい」

「国から?」

「ああ。聖女は国王達との食事会に向かい、そして国からは聖女が戻らない事が通達された。

つまり今回の件には国……場合によっては各国の王が一枚噛んでいるのかもしれん」

 

 国が聖女に害をなす……少し前までならばそんな事はないと笑った事だろう。

 だが今は違った。

 ディアスとの戦いで、聖女と魔女の関係を知ってしまった。

 聖女の城が実際には聖女を閉じ込める為の監獄である事も……先代の聖女アレクシアが国人達に殺されかけた事も知っている。

 その知識がある以上、『まさか』という考えがどうしても頭を過ぎる。

 

「王様達がエルリーゼ様を閉じ込めた……?

でもどうして? 魔女をやっつけて次の魔女になってしまったわけでもないのに、何で今エルリーゼ様を閉じ込めるの?」

「……むしろ今だから……そうする……?」

 

 フィオラが不思議そうに言うが、マリーはどこか納得したような様子であった。

 それから、静かな口調で話す。

 

「魔女を倒さなくても……もう世界は平和……。

魔女は……聖女様を怖がって動かない……。

無理に倒すより……このままの方が、いい……のかも?」

「それはつまり……エルリーゼ様が魔女になるくらいなら、現状維持の方がマシだから、王様達が閉じ込めたって事?」

「……そうかもしれない」

 

 マリーの憶測に、誰も反論は出来なかった。

 確かにエルリーゼが魔女になってしまうくらいならば、現状を維持している方が遥かにいいように思えてしまう。

 魔女がいる以上、完全な平和ではない。

 だがそもそも、その『魔女のいない平和』など数年しか続かないのだ。

 それに対し、『エルリーゼがいる平和』は彼女が生きている限りは続く。

 それを捨ててまで無理に魔女を倒す理由が思い浮かばない。

 

「……それでも、だからって本人の気持ちを無視して閉じ込めるなんて俺には正しいと思えない。

それじゃあ、ただエルリーゼ様を利用しているだけだ」

 

 もしかしたら、このままエルリーゼは城に閉じ込めておいた方がいいのかもしれない。

 やはりそんなのは間違えているのかもしれない。

 ベルネルにはどちらが正しいのかなど、分からない。

 だがこのまま放っておくことなどベルネルには出来そうになかった。

 

「どのみちここで話しててもただの憶測よ。

事の詳細を知ってそうな人に……お父様に、直接聞きに行きましょう」

 

 そう言って、アイナが立ち上がる。

 ディアスに代わって学園長に就任したフォックス子爵は彼女の父だ。

 娘であるアイナが聞けば、あるいは学園長も知っている事を話してくれるかもしれない。

 ベルネルはそう思い、アイナの案に乗る事にした。

 

「そうだな、聞きに行こう。

ここでいつまでも話していても意味がない。

俺達で真相を突き止めるんだ」

 

 これが自分達の考えすぎや勘違いならば、それでいい。

 それが一番いい。

 だがもしも本当に国王達がエルリーゼの自由を奪い、自分達の為に利用しようとしているのなら……。

 

 少なくとも自分は、相手が国王だろうと戦おう。

 そうベルネルは密かに決意した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十六話 免罪符

 学園長から話を聞く事を決めたベルネル達は早速、学園長室へと全員で乗り込んだ。

 通常、生徒が何の断りもなくいきなり学園長室に入るのは禁止されているし、学園長からの心証という点で見てもいい事はない。

 いくらいい成績を誇る生徒でも、礼儀がなっていないならば『こいつは聖女の側に置くには相応しくない』と騎士にしてもらえない可能性も十分ある。

 少なくとも、アポもなく招かれたわけでもないのにいきなり学園長室に入る生徒がいれば、その者の騎士への道は断たれたも同然だろう。

 これは決して大げさでも、厳しすぎる処分でもない。

 目上の者の部屋に許可もなく押し入る輩……そんなものを聖女の側に置いて、聖女の寝室に無断で忍び込むなどという真似をされては、それはもう騎士ではなくただの悪漢だ。

 故に普段ここに、許可なく入る者などいるわけがないしベルネル達もそんな事は承知している。

 だが今回に限り、ベルネル達はそれを一切気にする事なく突入した。

 

「お父様、聞きたい事があります!」

 

 ドアを開けると同時にアイナが声高らかに言い放つ。

 それに対する学園長――フォックスの反応は、意外にも落ち着き払ったものだった。

 まるでこの展開を最初から予想していたように無言で椅子に座ったまま、顔を上げてベルネル達を見る。

 

「ふむ、いいだろう。だがその前にドアを閉めたまえ」

「えっ? あ、はい……」

 

 勢い勇んで入ったというのに、あまりにもいつも通りな父の態度にアイナの勢いが萎えてしまった。

 言われた通りにドアを閉めると、フォックスは小さく溜息を吐いて口を開く。

 

「どうやら……今この学園にいる生徒の中で最も騎士に近いのは君達七人のようだな」

 

 そう言い、フォックスは小さく笑みを浮かべた。

 それは、いきなり押し入ってきた無粋な生徒に対する怒りではなく、むしろ認めるような反応だ。

 ベルネル達は予想外の反応にどうしていいか分からず、固まってしまっている。

 

「そう驚く事もあるまい。

確かに騎士を志すならば礼儀を持つ事は大事だ。

普段ならば、断りもなく押し入って来る輩など騎士に価せずと評した事だろう。

……聖女に対して同じ事をするようでは論外だからな。

だが、聖女の異常事態を前に、何もしないのは更に論外だ。

騎士が何の為にいるのかすら分からなくなる」

 

 話しながらフォックスは肘をテーブルに置き、手を顔の前で組み合わせる。

 そして、かつては筆頭騎士を務めていた鋭い眼光で七人を見た。

 

「それで……予想は出来るが一応聞こう。

君達は私に何を聞きに来たのかな」

「エルリーゼ様が何故戻って来ないのか……今、どういう状況なのか。

それを知る為に、俺達はここに来ました」

 

 フォックスの問いに、間髪を入れずにベルネルが答えた。

 その迷いのなさにフォックスは眩しい物を見るように目を細める。

 今の自分ではもう持ちえない、青いひたむきさだ。

 まだ未熟ではあるが……他の事を気にせずに聖女の事のみを考えられるのは騎士としては一つの素質でもあった。

 だからフォックスは試したくなった。

 この若い世代が、どういう答えを出すのかを。

 

「エルリーゼ様は無事だ。今は聖女の城におられる。

ただし……外出は禁じられているがな」

「それってつまり……」

「まあ、軟禁……いや、幽閉とも言うな。だがこれは各国の王が決めた事だ。

彼等は聖女エルリーゼを魔女にぶつけて失うより、残す方を選んだ」

 

 これはベルネル達も予想していた展開だ。

 そして、決して国王達の選択を『悪』だと断じる事は出来ない。

 何故ならこの場の全員、少なからずその方がいいのではないかという思いを抱いているからだ。

 前学園長ディアスから聖女の末路を聞いてからずっと……聖女が魔女になってしまうというのなら、戦わせずにエルリーゼを残して、魔女討伐は次代に任せればいいのではないかと……そんな、問題の先送りを考えてしまっていた。

 

「私はこの決定に反対意見を唱える事が出来なかった。

他の近衛騎士も同じだ。

エルリーゼ様を失う事を恐れ、裏切る事を選んだ……」

 

 そう語るフォックスの顔には、自らを嘲るような疲れた笑みが浮かんでいる。

 エルリーゼには城の中のみでの生活という不便を強いてしまう。

 だが王達は決して彼女を雑に扱うつもりはない。

 不便の中でも出来る限りの便宜を図り、支援をし、援助し、可能な限り快適な生活を送れるように尽力すると約束してくれた。

 ならその方がエルリーゼにとって幸せな事なのではないかと……彼はそう判断してしまったのだ。

 

「私にはどちらが正しいか分からなかった。

これは、本人の意思を無視して籠の中に閉じ込めるような行為だ。

だが……籠の中の鳥は保護される。大切にされる。

不自由ではあるが平和が約束される籠の中の鳥が不幸なのだろうか。

自由ではあるが、いつ死んでも不思議はない野生の鳥は本当に幸せなのだろうか。

私には、分からない」

 

 そこまで話し、フォックスは首を振った。

 それからベルネル、ジョン、フィオラ、サプリ、エテルナを見て僅かに羨むような顔をした。

 

「いや……これも言い訳だな。

実際は、誰も歯向かわなかったのではなく歯向かえなかったのだ。

平民出身である君達には分からぬかもしれないが……私は騎士である前に領土と民と、そして家族と、召使いを背負っている貴族なのだ。

他の者も同じだ。君達は例外だが、基本的に騎士というのは貴族の子息が就任するようになっている」

 

 これは、今更確認するまでもない事だ。

 ベルネルやエテルナは本人の優れた資質のおかげで学園の狭い門を潜り抜けてここにいるが、基本的にこの学園自体が、貴族の子息が入る事を前提に作られている。

 幼い頃からいい環境で訓練を積める貴族と、明日を生きるのにも苦労する平民……その差は歴然だ。

 故に、現在騎士に就任している全員が貴族か、あるいはその血縁者であった。

 そして、だからこそ彼等は王に歯向かえないのだ。

 

「名目上は、国王達よりも聖女の権力は上とされている。

だが……もう分かっていると思うが実際には……」

「実際に権力の頂点に居座っているのはあくまで国王達であり、聖女はただの偶像……ってことですか?」

「そうだ、ジョン君。察しがいいな」

 

 聖女は表面的には権力の頂点とされているが、実際は違うというのは誰もが勘付いていた事だ。

 そうでなければ前の聖女は追われる身になどなっていない。エルリーゼは閉じ込められていない。

 聖女とはいわばただの象徴であり、偶像……君臨しているだけで統治は求められていない。

 故に、有事の際の発言力は国王に遥かに劣る。

 それはそうだ。聖女は別に土地を治めているわけでもなければ民を持っているわけでもない。

 実際に国を動かしているのは国王や貴族達なのだ。

 表面的に聖女を自分達より上にしているのは、ただの批判避けでしかない。

 そういう意味で言えば、むしろ今代の聖女であるエルリーゼは発言力と影響力を持ちすぎているとも言える。

 少なくとも、実質上はただの傀儡で対魔女用の使い捨て兵器だった歴代聖女とは雲泥の差だ。

 

「私は……元筆頭騎士などと言われているが所詮は小さな領を治めているだけの子爵だ。

国王がその気になればいつでも家ごと潰されるだろう。

そうなれば民や使用人……私の家族も路頭に迷う……。

私は……私は、エルリーゼ様よりも、自分の利を優先してしまった……」

 

 フォックスは、組み合わせた自らの手を、爪が食い込むほどに強く握った。

 この選択に後悔はある。罪悪感もある。

 もしも国王の判断がただ悪辣で民やエルリーゼを苦しめるだけのものだったならば、あるいは正義感を優先して忠言し、その結果本当に家が潰されていたかもしれない。

 しかし国王はそれも予想していたのか、フォックス達に免罪符を与えてしまった。

 これは聖女の為だ。聖女はこのままでは死ぬから、そうならないように守るのだ。

 そう言われてしまえば、フォックス達は足を止めるしかなくなる。

 それが国王に用意された都合のいい免罪符であり、聖女を裏切る自らの罪悪感を薄れさせるためだけの聞こえのいい建前である事など分かっているのだ。

 だが一方でそれは本心からの望みでもある。

 エルリーゼを死なせたくない。これまで世界の為に頑張ってきた彼女が最後に魔女と刺し違える形で死ぬなど……ましてやその先に、魔女化して守ってきたはずの世界を彼女自身の手で破壊するなどあまりに救われないではないか。

 

 罪悪感はある。だが一方で、これでよかったと考える自分もいる。

 そしてそんな自分に何より嫌悪感を覚える。

 彼の心の中は、自分でも言葉に出来ない程複雑なものだった。

 

「……レイラさんは、どっちなんですか?」

 

 ベルネルが、どこか確信を抱いた声で尋ねる。

 答えは実は、もう分かっているのだ。

 ディアスと戦った時に真実を知ったレイラの焦燥を目の当たりにした時点で、答えはもう分かっている。

 そしてそれを肯定するようにフォックスが答えた。

 

「…………言ったはずだ。

他の近衛騎士も同じ(・・・・・・・・・)と……。

レイラの役割は人質だ。そのまま軟禁しても、エルリーゼ様なら自力でいくらでも逃げ出してしまえるからな……。

だから、動きを封じる為の駒が必要だ……」

 

 自分の命を盾にして、自分の事を心配する主を脅す。

 それは騎士として最低の裏切り行為だ。

 そんな事はレイラだって分かっているだろう。

 だが、それでも生きていて欲しいと思う程にレイラの中でのエルリーゼは大きすぎた。

 彼女はきっと、冷静ではない。

 エルリーゼへの忠義と、彼女を失うかもしれない恐怖、不安……そうしたものに圧し潰され、迷走し、そこをアイズ国王に絡め取られて血迷った。

 

「……君達は、どちらが正しいと思う?」

 

 フォックスは、ベルネル達の目を見て問いかける。

 自分は閉じ込める事が正しいと思って行動した。

 不自由ではあっても、城の中でエルリーゼは十分に恵まれた暮らしを送る事が出来る。

 ならば無理に魔女と戦わせて失うより、その方が彼女にとっても世界にとってもいいと、自分を誤魔化した。

 この問いに真っ先に答えたのは、エルリーゼ成分が不足して顔が真っ青になっているサプリだ。

 

「野生では五年、飼育下では二十年。

これはスティールの平均的な寿命だがね、鳥は野生で生きるよりも適切な管理と理解の元で生きる方が長生き出来る。

私は肯定しますよ、学園長。

至高の聖女を失う選択など言語道断。

閉じ込めて愛でる……いいではないですか。

彼女のいない世界など私は価値があると思えません。

残す選択……私は同意しますね」

 

 熱狂的なエルリーゼの信者であるサプリの声に迷いは一切感じられなかった。

 彼は元々、あの時からエルリーゼを閉じ込めてしまう事を既に彼は考えていたのかもしれない。

 エルリーゼを失った世界より、エルリーゼ一人の方が彼にとっては価値がある。

 故にこの答えは必然のものであった。

 極端な話、サプリにとってはエルリーゼを閉じ込めた結果魔女がフリーになって何千、何万人と死のうが知った事ではないのだ。

 どうせ元々、聖女を犠牲にしてその命を踏み台にして生きてきた連中だ。仮に全人類が集まろうとエルリーゼに比べれば塵だと、彼は本気で思っている。

 

「私は……おかしいと思う。

だって本人の意思を無視してるじゃない。

まずはエルリーゼ様の意見を聞くべきでしょう!?」

 

 次に全力で否定したのはエテルナだ。

 彼女の意見も尤もだ。

 ここでいくらアレが正しい、これが正しいと論争しようが結局は本人を無視して行ってしまっている。

 ベルネルもそれに頷き、一歩踏み出した。

 

「俺はエルリーゼ様を助けに行く。

だが今回の相手は王様だ。下手をしなくても騎士どころか、お尋ね者になるだろう。

だから、来たくない奴は来なくていい」

 

 今回は皆に『協力してくれ』などと言えない。

 将来を棒に振るどころか、罪人になるかもしれない道だ。

 それでもベルネルに迷いはなかった。

 あの日救われた恩を返す。その為ならば、何を敵に回してもいいという決意がある。

 

「……私は……ごめん。よく分からない……」

 

 マリーは、その背を追う事が出来ずにその場で佇み、アイナも踏み出す事が出来ずに足がすくむ。

 ジョンとフィオラも同じだ。動きたいのに動けない。

 無理のない事だ……魔女や魔物と戦う覚悟は出来ても、国と戦う覚悟は出来ていない。

 特にマリーとアイナは貴族だ。自分がよくても、動いた結果家族や領民に被害が及ぶと考えてしまえばどうしても足は竦む。

 結局動いたのは二人……エテルナとベルネルだけだ。

 

「私も行くわ。あんた一人だけじゃ不安だもの」

 

 エテルナはエルリーゼより、ベルネルを心配して同行を申し出た。

 この、どこまでも突っ走ってしまう友人には誰かが付いていてやらなければならない。

 その突っ走る理由が他の女で、自分が視界に入っていないのは少し腹が立つが……だが、応援しようと思った。

 何故ならずっと、そんな直向きな彼に惹かれていたのだから。

 

「今回は敵同士のようだね。私はこのまま聖女の城へ行き、国王達に協力を申し出る」

 

 サプリはベルネルとは逆の方向に迷いがない。

 聖女を生かす。その目的の為ならば彼は何でもするだろう。

 故に今回は彼は味方ではない。

 その事を理解し、ベルネルは静かに頷いた。

 

 そしてベルネル、エテルナとサプリは顔を合わせずに学園を出た。

 

 

 思ったんだけど……これ、実は俺が求めた最高の環境なんじゃね?

 

 城に軟禁されて今日で一週間。

 ベッドの上でダラダラしながら、俺は何となくそう思い始めていた。

 いや、だってこの状況って何もせずに養われてる状態なわけじゃん。

 王様達は確かに俺を城に軟禁しているが、俺に聖女を続けて欲しいので閉じ込める以外は友好的で、色々便宜を図ってくれる。

 俺は別に何かお仕事しなきゃいけないわけでもなく、こうして日がな一日自室でゴロゴロしてていい。

 いわば世界中の王をバックにつけたニート生活だ。

 しかも大義名分(言い訳)もある。だって俺閉じ込められてるし!

 自分で閉じこもってるんじゃなくて王様達に閉じ込められてるんだし!

 っかー、仕方ねーなー! 閉じ込められてるんじゃ仕方ねーなー!

 本当は外に出てバリバリ聖女の仕事したいんだけど、それ許して貰えないならダラダラするしか出来ないなー! っかー、つれーわー。

 俺本当は皆の為に身を粉にして社畜になりたいんだけど、それ許して貰えないからなー!

 いやーつらいわー!

 ……とまあ、こんな感じだ。

 ニート特有の悩みである『働け』催促もない。だって働くなって言われて閉じ込められちゃったわけだし。

 あ、でも一応閉じ込められて辛いというポーズだけはしておきます。

 窓前に立って、窓に手をかけて遠くを眺めてみたり。憂鬱気な表情作ってみたり。

 まあそんな事しながら心の中では今日の晩飯なんだろうなとか考えてるんだけどな。

 見張りの裏切りナイトAに、今日も世界は平和なままかとか、魔女や魔物に苦しめられてる奴はいねーがーとか聞いてみたり。

 

 しかしあれだね。

 囚われのお姫様悪くないじゃん。

 むしろこれ最高の身分じゃん。

 閉じ込められてるって免罪符を掲げていくらでも好きなだけダラダラ出来るんだぜ。

 ゲームとかで実は自力で脱出出来そうなくらい強いお姫様とかが主人公が来るまで捕まったままとかあるじゃん?

 しかも別に牢に閉じ込められてるわけでもなく、首輪や鎖で自由を奪われてるわけでもなく、ボスの部屋のすぐ隣の部屋で普通に主人公が来るのを待ってたりとか。

 そんなのねーよって? いや、あるんだよ。

 例えば国民的に有名なアクションゲームの毎回誘拐されるお姫様ね。あいつ実は普通に魔法とか使えて、フライパンで敵を殴り殺せる。

 回復魔法も得意だからむしろタイマン性能は主人公より上まであるのよ。

 しかも作品によってはプレイアブルキャラで普通にアクションしたり、主人公が誘拐されたからって逆にお姫様が助けに行くパターンすらあった。

 そんなに強いならもう自分で魔王倒して逃げて来いよ。お前普通に勝てるよ。

 しかも彼女を誘拐している亀の魔王はアホなので、マグマのすぐ上に橋をかけて更に橋を切断する為の斧まで用意してヒーローが来るのを待っているのだ。手の込んだ自殺かな?

 じゃあお姫様、後ろから近付いてその斧で橋を落とせばいいじゃん。それで解決するじゃん。

 と、そう思っているプレイヤーは俺以外にもいるはずだ。

 けど分かったわ。自分がその立場に立ってみてよく分かった。

 囚われのお姫様ってすげえ楽。自分の意思じゃないって免罪符で好きなだけダラダラ出来る。

 まさにニート天国。

 あまりに居心地いいんで、つい一週間も居座ってしまった。

 どうせ学園では冬季休みが明けるまでやばいイベントはないし、脱出するのはそれからでも遅くはないだろう。

 つーわけで、もうちょいのんびりするわ。

 折角のニートタイムだし、存分に満喫させて貰おう。

 あ、でも自分の意思じゃないアピールの為に意味もなくお祈りポーズとかしておこうか。

 神様仏様、今日の晩飯はチキンがいいです……っと。

 はいお祈り終わり。さー、ゴロゴロするぞ。あと一週間はここでの生活を満喫してやる。

 うわははははははは!

 

 ……え? 誰か助けに突入してきた?

 ウッソだろお前。空気読めよ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十七話 騎士達の迷い

 エルリーゼが城に軟禁されて一週間が経過した。

 見張りとしてドアの前に立ちながら、近衛騎士の一人でもあるレックスは考える。

 俺達は本当に正しいのか……この一週間、毎日考えていた。

 彼だけではない。

 今回の件に加担してしまった全ての騎士が毎日、自己弁護と自己嫌悪を繰り返して日々を過ごしている。

 これが正しいと思って、アイズ国王主導の今回の計画に賛同した。

 魔女を倒した聖女は死ぬ……その理由は彼等に伝えられていないが、それでも過去の歴史から見て、その事実は変えようのないものであるという認識はあった。

 だから協力した……聖女を裏切った。

 たとえ裏切り者の汚名を被ろうとも、彼女が死なない未来へ繋げることが出来るならば、と自らを誤魔化した。

 だが思うのだ。自分達は裏切り者の汚名を被って彼女を守っているのではなく……聖女を守っている事を免罪符にして、ただ自分の為だけに閉じ込めただけではないのか、と。

 死んでほしくない、生きていて欲しい、たとえ裏切り者と呼ばれようと……そんな耳に聞こえのいい綺麗ごとを並べ立て、自分を誤魔化しているに過ぎないのではないか。

 レックスはずっとそう思い続けていた。

 

 エルリーゼは、監禁されてから一度もレックス達を責めなかった。

 だがそれが逆にレックス達には辛かった。

 罵ってくれてよかったのに。裏切り者と罵倒される覚悟は出来ていたのに。

 だが罵倒されない覚悟(・・・・・・・・)は出来ていなかったのだろう。

 ただ、憂うような表情で窓の外を見るエルリーゼの姿こそがレックス達近衛騎士の良心を抉った。

 部屋の中で時折、何かに祈りを捧げている事を知っている。

 きっとあれは、無辜の民の為に祈っているのだろう。

 自らが救いに行くことが出来ないが故に、祈るしか出来ない。

 閉じ込められて動けなくとも、それでも彼女の心は民の事を考えている。

 そんな少女だからこそ、レックスには己の行動がとんでもなく罪深いもののように思えてしまう。

 

「レックス。今日は、魔女や魔物に苦しめられる人々はいませんでしたか?」

「……はい。魔女は依然として、姿を晦ませたままです……魔物も、兵士や自警団で十分手に負える範囲のようで、被害報告は上がっておりません」

「そう。それはよかった」

 

 ドアの向こうからかけられるエルリーゼのその問いは、どこまでも民を想ってのものだ。

 彼女はいつだって、自分よりも力なき民の事を思っている。

 まさに彼女は、どこまでも聖女だった。

 それに引き換え自分は何だとレックスは泣きたくなった。

 主である聖女を裏切り、勝手な平穏を押し付けて閉じ込め……これの一体どこが、騎士だというのか……。

 

「伝令! この城に侵入者です!」

 

 悩むレックスのもとへ、伝令兵が階段を駆け上がって走ってきた。

 一体何事かと思ったが、どうやら侵入者らしい。

 たとえ裏切ろうと、聖女を守るという気持ちまでは捨てていない。

 レックスと、もう一人ドアの前で見張りをしていた同僚の近衛騎士は同時に険しい顔つきとなった。

 

「入り込んで来たのは、魔法騎士育成機関の生徒の模様!

聖女様をここから出すのが目的と推測されます。

なかなかに腕が立つようで、現在苦戦中!」

「承知した。私が出よう」

 

 伝令兵に返事をしながら、レックスは考える。

 どうやら侵入者は魔物などではなく、エルリーゼをこの城から救い出しに来た学園の生徒のようだ。

 何とも青い事だと思う。青い……が、大した度胸と行動力だ。

 少なくとも自分などより、よほど騎士らしい。

 そう思い、レックスは自らに失望するように溜息を吐いた。

 

 

 ベルネルとエテルナの侵入はすぐにバレる事となった。

 元々こういった施設への潜入の仕方など知らないし、第一知っていてもこれだけ厳重に警備されていては手練れの暗殺者であろうと気付かれずに入り込むのは困難だろう。

 現在聖女の城には、エルリーゼの動向を監視する為にビルベリ王国の国王一家が滞在している。

 十人の近衛騎士に加えて多くの騎士と兵士が常に神経を尖らせているのは、外からの敵から聖女や国王を守る為というより、聖女をここから逃がさぬようにする為だ。

 そんな場所に、いかに生徒の中では腕が立つといえど所詮学生に過ぎないベルネルとエテルナが近付いて気付かれないはずがない。

 二人は兵士達に追われて城の中を走り回っていた。

 

「あー、もう! 馬鹿! この無計画!」

 

 エテルナの罵声が響くが、それも尤もだろう。

 あれだけ意気込んで城に来たからには何か考えがあると思ったら、まさかの無計画であった。

 城に近付いたベルネルは何と、見張りの兵士をエルリーゼから譲り受けた大剣で薙ぎ払って気絶させ、堂々と正面から押し入ったのだ。

 まさに脳筋。自主トレばかりしているから、脳味噌まで筋肉になってしまったのかもしれない。

 エテルナは割と本気でそう思い始めていた。

 そんな行き当たりばったりで上手くいくはずもなく、二人はあっという間に兵士達に挟まれてしまう。

 

「やべっ……!」

 

 ベルネルは何とか兵士の合間を抜けられないかと隙を探す。

 今回の目的はあくまでエルリーゼを救う事だ。

 兵士と戦う事ではないし、ましてや殺すなど論外だ。

 しかし相手も騎士には及ばないが訓練された兵士だ。雑魚ではない。

 そう簡単に抜ける事は出来ないだろう。

 だがそこに、氷と炎の魔法が飛来して兵士達を吹き飛ばす。

 高熱と低温の急激な温度変化によって兵士達の武装が砕け散り、全員の視線がそちらへ向いた。

 

「ここは私達が引き受けるわ! さっさと行きなさい!」

「ごめん……遅くなった……」

 

 そこにいたのはアイナとマリーのデコボココンビだ。

 国を相手に戦う事に躊躇を見せていた二人の登場にベルネルが驚きを見せる。

 

「お前等……どうして!?」

「決まってるでしょ、聖女様にあの時の恩を返しに来たのよ。

色々考えたんだけどね……どっちが正しいとかは今は気にしない事にしたわ。

ただ、今はあの時の恩を返す! 後の事は後で考えるわ!」

「私も……今は、友達の力になる事だけ、考える……」

 

 アイナとマリーの出した答えは、一度後の事を思考から捨てて『今』正しいと思う道を選ぶ事であった。

 恩人が閉じ込められているから、救う。

 友達がそれを救おうとしているから力を貸す。

 そんな青く若い、向こう見ずな……ともすれば思考停止とも取れるかもしれない選択だ。

 だが先を考えて過ぎては足が止まる。為すべき時に何も出来なくなる。

 だからまずは『一歩』、自らが正しいと思う方に二人は足を進めた。

 

「行きなさい!」

 

 アイナが炎を操り、ベルネル達の前に炎のトンネルを作り出す。

 その中に素早くベルネルとエテルナが飛び込み、そして走った。

 トンネルは二人が通り終えると同時に炎の壁となり、兵士達の行く手を阻む。

 アイナとマリーに後押しされて走るが、階段前にさしかかった所で二人は足を止めた。

 今までの兵士とは明らかにレベルの違う存在がそこに立っていたからだ。

 

「勇気ある青年達よ……今退くならば、見なかった事にするが」

 

 そう言いながら、階段前に立つ男は剣を抜いた。

 その油断ならない佇まいから、ベルネルはその男が騎士である事を見抜いた。

 いや、騎士の中でもかなり腕が立つ方だ……そう、あのレイラのように。

 

「近衛騎士か」

 

 騎士の中でも、聖女の側に在る事を許された精鋭中の精鋭。

 まだ学生……それも一学年であるベルネルにとっては雲の上の存在だ。

 それでも退く事は出来ない。

 ここで退いてしまえば、自分が目指す騎士になど絶対なれないから。

 互いに得物を抜き、そして衝突する寸前――ベルネルを追い越して矢が飛来し、弧を描いて騎士に降り注いだ。

 それを騎士は造作もなく切り払い、ベルネルの後ろにいる人物へ視線を向ける。

 立っていたのは、ベルネルの学友であるジョンとフィオラの二人だった。

 ジョンとフィオラはベルネルの横に歩み出て、それぞれの武器を構える。

 

「ジョン、フィオラ……お前達まで」

「先に行けベルネル。ここは俺達が引き受けた」

 

 戸惑うベルネルに、先に行くように促してジョンは目の前の騎士と相対する。

 彼の中では、聖女を助けに行くのはベルネルで、そしてその為の道を切り開くのが自分達だと既に決定しているようだ。

 不思議そうにする友に、ジョンは自嘲するように笑いながら話す。

 

「俺は迷っちまった。

国を敵に回す事にビビっちまって、足踏みをした。

全く自分で自分が情けねえ。あの人は……エルリーゼ様はいつだって、誰かの為に自ら危険な場所に飛び込んでいたのにな」

 

 ジョンが思い出すのは、かつて自分が救われた時の事だ。

 あの時のエルリーゼは魔物の大群を相手に、皆を守る為に戦いを挑んだ。

 相手が強いからとか、大きいからとか……数が多いからとか……そんな事を考えずに、全力で人々を守っていた。

 そうして守られた一人がジョンだ。

 だというのに、まさに恩返しをするべき時になってジョンは国を相手に腰が引けてしまった。

 それがジョンには心底、情けなかった。

 

「私もね……助けるのが正しいのかどうかなんて、下らない事で迷ってしまったわ。

このまま閉じ込められていた方が世界にとっても、あの人にとっても得なんじゃないかって。

おかしな話よね……あの人はそんな事を考えずに私を救ってくれたというのに、そのエルリーゼ様の危機を前に私は正しいかどうかで迷って、足を止めたのよ」

 

 かつてフィオラが救われた時にエルリーゼは言った。

 手が届く範囲の者は助けたい。

 そこに後の事だとか、得だとか損だとか、下らない思考は一切なかっただろう。

 あの時誓ったはずではないか。

 ウジウジするのは止めると。救ってもらったこの命を彼女の為に使おうと。

 だというのにベルネルのようにすぐに動けなかった。

 だからこそ、思う。この先に行くべきは最初に迷いなく動いたベルネルであるべきだと。

 故にフィオラとジョンは叫ぶ。

 ――行け、と。

 

 ジョンが走り、騎士と正面から剣をぶつける。

 そこにフィオラの矢が飛来し、咄嗟に切り払うも直後にジョンの蹴りが騎士を吹き飛ばした。

 そうする事で空いた階段への道にベルネルが迷わず飛び込み、少し遅れてエテルナも走る。

 その背を見ながらジョンは笑い、そして騎士と切り結んだ。

 

「君の顔は知っているぞ。確かジョン……だったな?

兵士でありながら、その立場を捨てて騎士学園に入った……と記憶している」

「へえ、近衛騎士のレックス様が俺みたいな末端の兵士を覚えていてくれたとは光栄だね」

「覚えているさ。少なくとも、いつか私達と肩を並べるだろう男の事くらいはな」

 

 二人は互いに剣を弾くようにして距離を開け、再び剣をぶつけ合わせる。

 火花が散り、両者の視線が交差した。

 

「いつか君は、私達と同じ場所まで来ると確信していた。

それだけに残念だ……こんな事になってしまうとはな」

「そうかい。俺にとっては今のアンタの方が残念だがな。

アンタ、自分が何で戦っているかすら分からず戦ってんだろ? そんな顔をしてるぜ」

「……ふ。図星を突かれると痛いものだな」

 

 ジョンと騎士――レックスの剣が幾度もぶつかり、正面からの力比べが続く。

 それは戦いというよりもまるでコミュニケーションだ。

 剣を通して二人の男が互いの信じるものを確かめ合っている……フィオラには、不思議とそう見えた。

 

 

 階段の下で切り結ぶ音を聞きながらベルネルとエテルナは上を目指して駆け上がる。

 エルリーゼの私室があるのは城の一番上……五階だ。

 だが二階にして早くも、ある意味今は一番会いたくない人物と遭遇してしまった。

 男の平均身長が165のこの世界では長身に数えられる167cm。

 艶のある黒髪をポニーテールにし、凛として佇むその姿には隙が見当たらない。

 近衛騎士の証である白銀の鎧に身を包み、手に持つのは筆頭騎士に与えられるという宝剣だ。

 女性の身でありながら前の筆頭騎士であるフォックスに勝利し、弱冠二十歳にして騎士の頂点に立つ、聖女の一番近くに在る事を許された、騎士の到達点。

 だが普段は揺るぎない意思を感じさせる瞳はどこか弱弱しく、飼い主に叱られる事を恐れている子犬のようにも見えた。

 

「レイラさん……」

 

 ベルネルは哀れな裏切りの女騎士の名を静かに、呟いた。




https://img.syosetu.org/img/user/244176/62201.jpg
ろぼと様より頂いた支援絵です。
窓の外を見るエルリーゼ。その内心は果たして……。
(今日のご飯なんだろな)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十八話 相反する思想

 レイラを前にして、ベルネルはおもむろに剣を背中の鞘に戻した。

 まるで戦うまでもないと言うような態度にレイラの顔が険しくなるが、ベルネルは構わずに前進する。

 

「レイラさん、そこを通してくれ」

「甘く見られたものだな。通せと言われて通すほど私が弱く見えるのか?」

 

 言うまでもないがレイラは弱くない。

 普段彼女が側にいる聖女エルリーゼが規格外過ぎるが故にその陰に隠れがちだが、二十歳にして筆頭騎士に、ましてや女の身で登り詰めるというのがどれだけの偉業なのかはベルネルにも分かる。

 確かにレイラはエルリーゼのように魔物の大群を一撃で消し去る事は出来ないし、欠損した身体を治療するなんて神業も出来ない。

 だがそれでも、その実力は先代聖女アレクシアとも(無論聖女の無敵性を考慮しなければの話だが)互角に渡り合えるほどだと言われている。

 弱いはずがない。強いに決まっている。

 それでもベルネルは構えもせずに更に歩を進める。

 

「弱くは見えない。だが弱っているようには見える」

「……っ!」

 

 レイラが素早く剣を抜き、ベルネルの首に当てた。

 その剣速は傍から見ていたエテルナでも捉えきれないほどのものだ。

 それでもベルネルに動揺はなく、真っすぐにレイラを見ている。

 

「レイラさん……本当は分かってるんだろ?

こんな事をしちゃいけないって。

こんなのは騎士のやる事じゃないって……俺に言われるまでもなく、とっくに自分の中で答えが出ているはずだ」

「黙れ!」

「俺が黙っても、レイラさん自身の心の声は黙らない……そうだろう?」

 

 レイラの持つ剣が震える。

 ベルネルの言う通りだ。他の誰よりも、レイラ自身が己の過ちを分かっている。

 エルリーゼはその気になればいつでも、こんな城から逃げる事が出来るのだ。

 だがそれをしないのは何故か。

 実は案外今の生活環境が気に入っていてあえて逃げない? ……勿論違う。

 あの聖女という言葉をそのまま形にしたような主がそんな事の為に逃げないなどと、そんな事は天地がひっくり返っても有り得ないとレイラは分かっている。

 ……レイラの為だ。

 レイラが人質にされていると思っているから、あえて囚われの身に甘んじている。

 そしてレイラはそんな、エルリーゼが自分を心配している事を分かっていて、その気持ちを利用して閉じ込める側に加担しているのだ。

 これがいかに罪深い行いかなど、レイラ自身が誰よりも分かっている。

 

「分かっている……分かってるんだ……。

それでも、どうしても……不安が頭から離れないんだ!」

 

 レイラの脳裏を過ぎるのは、いつかのエルリーゼとの会話だ。

 彼女は言った。

 運命は変える事が出来る。

 この悲しい運命を、この時代で断ち切ってみせる。

 聖女が魔女にならずに、死なずに済む道がある。

 最後には必ず、皆が笑って迎えられるハッピーエンドにしてみせる……と。

 だから信じてついてきて欲しいと言われた。

 その時は本当に嬉しかった。

 この誇るべき主を失わずに、ずっと続いてきた連鎖を断ち切れるのだと喜んだ。

 

 ――だが、どうやって運命を変える?

 エルリーゼは、その肝心の方法を話していない。

 そして、そのレイラの迷いを狡猾に絡め取る男がいた。

 

「やれやれ……少し気になって来てみたが、案の定まだ迷っているのか。

言ったはずだろう。エルリーゼ様がお前に言ったような都合のいい方法など存在しないと」

 

 足音を響かせながらやって来たのは、白髪の男であった。

 既に七十を数える老齢ながらその身体はガッシリとしており、背も曲がらずに自らの足でしっかりと歩いている。

 身長は170ほどだろうか。

 皺の深い顔には若者には持ちえない経験と深みがあり、瞳は猛禽類のように鋭い。

 ビルベリ王国国王――アイズ・アンド・アイ・ビルベリ13世。

 国王の象徴である青いマントをなびかせ、ブルーベリーのような青い瞳を持つ男は冷たくレイラを見る。

 

「私はこれまでにエルリーゼ様を含め、四人の聖女を見てきた。

だから言える。そんな方法などない。

大方エルリーゼ様は魔女を倒した後に自ら命を断てると思っているのだろう。

だがそれが出来るならば先代の時代で私が連鎖を終わらせていたし……何より成功してもエルリーゼ様を失う。それでいいのかね?」

「国王……陛下」

「私が断言する。方法はない。

死なないと言う言葉も君を安心させる為の優しい嘘だ。

君が真にエルリーゼ様を守りたいならば……裏切り者となろうとも、この城に閉じ込めておく以外にない」

 

 レイラを惑わせている男こそが、このアイズ国王であった。

 レイラが彼の言葉を信じてしまうのも無理のない事だ。

 何せ言葉の重みが違う。彼には実際に何人もの聖女を見てきた歴史がある。

 良くも悪くも、聖女と魔女の裏の悲劇を知っている男の言葉だ。

 いや、それどころか……先代の聖女アレクシアが魔女を討伐した際にアレクシアを殺めようとしたのも彼で間違いあるまい。

 それはとても許しがたい事で、卑劣な行いだ。

 だがそんな汚い事に手を染めてきた彼だからこそ……歴史の闇を誰よりも知っている。

 その一点においてのみ、レイラは何の根拠もないエルリーゼの言葉よりも彼の言葉に説得力を感じてしまった。

 

「エルリーゼ様は運命を変えられると言ったのか? だったら……」

無い(・・)と言ったぞ、若造。君もレイラと同じく叶わぬ夢を見るタチかね?」

 

 エルリーゼが言ったならば信じてもいいのではないか?

 そう言いかけたベルネルの言葉に被せるように、アイズが冷たく言う。

 彼の言葉は実感と確信を含んだもので、有無を言わさぬ迫力があった。

 

「私が四歳の頃、当時の聖女であったグリセルダが魔女を倒し、魔女になった。

当時ただの子供だった私は、君らと同じように何か方法はあったのではないかと考えた」

 

 アイズは昔を懐かしむように語る。

 世界の為にエルリーゼを閉じ込めるような男でも、かつては青い時期があったのだろう。

 その顔には僅かではあるが、哀愁のようなものが漂っているとベルネルは思った。

 

「次の聖女リリアは私が九の時に生まれ、私にとっては妹のような存在だった。

私は国王の座を継いだ後、前の聖女のようにはせぬと彼女が十九の時に真実を教えた……。

…………先の事を何も考えていない愚かな若造の、取り返しのつかない過ちだ。

その時の私は先を考えず、熱く青い心に動かされるままに、それが正しいと信じて行動した。

その結果どうなったと思う?

……リリアはほとんど自殺するように魔物と戦って、そして惨たらしく殺された。

確かに聖女の魔女化は防げたが……前の魔女であるグリセルダが残っているのでは状況は何も好転せずに、ただ暗黒時代が長引いただけだった。

このリリアの死で分かった事は、聖女に倒されぬ限り魔女は老いる事もなく生き続けると言う事だけだ。

そして、聖女にとって真実は毒にしかならないと理解させられた」

 

 これは魔物に殺されたという先々代の聖女の話だ。

 彼なりに運命に抗ったが、当時の聖女であるリリアは……それほど強くなかったのだろう。

 魔女になるという運命に耐え切れずに、自ら死を求めるように魔物に殺されてしまったという。

 これで魔女が老衰なりしてくれれば、まだ無駄死にではなかったのだろうが、残念ながら魔女は不老であった。

 これでは何の意味もない。

 他の聖女が齎した僅かな平和すら作れずに死んだだけだ。

 この事からリリアは、歴代の聖女の名に列挙されない事もある。

 実際ベルネルも、先々代の聖女の名前を知ったのはこれが初めてだ。

 

「私が48の時……。

先代の聖女アレクシアは見事に聖女としての使命を全うした。

その後私はリリアの時の経験から聖女は魔物で殺せると考え……アレクシアをこの城に幽閉し、魔物をけしかけた。

アレクシアとディアスには悪い事をしたと思っているが、これで連鎖を断ち切れると信じた」

「……貴方と言う人は……」

 

 淡々と語るアイズに、ベルネルは嫌悪感を隠さずに声を発する。

 世界を守る為に必死に戦い、魔女を倒して戻ってきた女性にするべき仕打ちではない。

 だがアイズはベルネルの軽蔑の視線を受けても、まるで動じなかった。

 

「私を軽蔑するかね? もっともな感情だ。

実際、私のこの行いはただの裏切りで終わった。

けしかけた魔物はアレクシアを一切襲わず……それどころかアレクシアの手先となって脱走の協力をし、取り逃がしてしまったのだからな。

我ながら愚かな事をしてしまった……あそこで取り逃がしたが為に、またしても世界を魔女の恐怖に晒してしまった……。

私は正直な話、この時に一度諦めてしまったのだよ。

ああ、もう無理だ。こんなに手を打って、それでも何も変わらない。

結局、平和を維持する事など出来るわけがないのだ、とね」

 

 そういう事じゃないだろう、と叫びたかった。

 アイズは、アレクシアを仕留めきれずに逃がしてしまった事を軽蔑されるべき事だと考えているようだが、ベルネルが怒っているのはそこではない。

 アレクシアを裏切った事そのものが何より薄汚いのだ。

 だがアイズは気にせずに、更に語る。

 

「そして今代……これは語るまでもないかもしれんな。

君等も知っての通り、歴代でも並び立つ者がいないとされる聖女エルリーゼの時代が訪れた。

……正直言って、彼女が誕生するまでの今までの聖女は一体何だったのかと言いたくなったよ。

彼女の功績を聞く度に、一層その思いは深くなった。

聖女と魔女の力関係が、明らかに歴代と比べておかしいのだ。

過去の聖女は魔女を倒す力はあったものの、そこまで桁外れて強いわけではなかった。

だから、多くの魔女の手先や魔物、大魔との戦いをいかに避けつつ聖女を魔女にぶつけるかを考えなくてはならず……聖女がいようと、魔女を倒すまで平和は訪れなかった」

 

 世界が平和になるのは、魔女を倒して、その聖女が魔女になってしまうまでの僅かな期間のみ。

 聖女がいるからといって平和になるわけではない。

 何故なら魔女には長い年月で増やした手駒がいて、大魔がいて、魔物がいる。

 それらと正面からぶつかれば聖女などあっという間に殺されてしまうだろう。

 故に戦略は一点突破。

 多くの犠牲を生み、多くの弱き者を見殺しにし、その上で皆で血路を開いて聖女を魔女へとぶつける。

 そうする事でようやく魔女を倒すと言う『奇跡』が成し遂げられる。

 今まではずっと、そうだった。だから僅かな期間であろうとも魔女のいない平和が何より尊かったのだ。

 

 だがエルリーゼの時代で明らかな異常が起こった。

 光と闇のパワーバランスが突然反転したのだ。

 騎士に厳重に守られるはずの今代の聖女は、守りなど一切必要としなかった。

 単騎で魔物の群れを駆逐し、どんな重傷者でも癒し、罅割れた大地を蘇らせ、枯れた河を再生させた。

 焼けた森を蘇生させ、日照りで苦しむ地に雨を降らせ……その上で誰も見捨てず、見殺しにせず。手の届く全てを救った。

 魔女はエルリーゼを恐れて姿を晦まし、今の世界は光と希望に包まれている。

 そして、その黄金時代が既に七年も継続しているのだ。これは明らかに異常な事であった。

 エルリーゼがいる限り、奇跡が大安売りされ続けている。

 

「私は思ったよ……この時代を……この聖女を長く残さねばならないと。

これは最初で最後の奇跡なのだ。

もう二度と、こんな聖女が現れる事はないだろう。

……彼女がいとも容易く再生させた森が、本来は何百年かけて蘇るか知っているかね?

あの聖女がたったの三日で魔物の勢力圏から取り戻した大地を、過去にどれだけの王や聖女が取り返そうとして、多くの犠牲の果てに諦めたか知っているか?

つい先日のルティン王国での戦いでほんの数十分で蹴散らされた魔物を倒すのに、どれだけの兵士の命が必要になるか考えた事はあるかね?」

 

 話しながら、アイズは笑った。

 それは過去に無駄な努力をし続けた己への嘲笑であり、人生の最後でこんな奇跡を寄越した神への皮肉でもあった。

 

「分かるかね?

エルリーゼ様が生きる一年は、過去の聖女十人の生涯に匹敵する。

……魔女と戦わせるなど、とんでもない!

何が何でも、この治世を、一年でも長く続ける事! 彼女を君臨させ続ける事!

それこそ、この時代を生きる私達に課せられた使命だ!」

 

 そう、迷いなく老いた王は叫んだ。

 

 

「ねえ、兄上。本当にやる気?」

 

 侵入者によって城が慌ただしくなっている中、影でコソコソと動く者達がいた。

 それはアイズ国王と一緒にこの城に来ていた彼の息子三人だ。

 各国の王達は自分の国を長時間放置しているわけにもいかないので帰ってしまった中、アイズだけはこの城に見張りとして残留している。

 その為、この三人が残っているのもまた必然の事であった。

 不安そうな声を出しているのは末弟のマカ王子で、年齢は十四歳だ。

 顔立ちはまだ幼さを残すが十分に整っており、美少年と呼んでも言い過ぎではない。

 

「へへっ、嫌ならお前だけ大人しくしてればいいんだよ。

あ、あんだけの女、会う機会は二度とないぞ」

 

 そう言いながら下卑た笑い声をあげるのは三人の中では最も年上のウコン王子だ。

 年齢は十九で、贅沢な生活ばかり送っていたせいかぶくぶく肥えてしまっている。

 餓死者も珍しくないこの世界で彼の体重は百を超えており、いかに彼が贅沢をしているかがよく分かる。

 

「ふっ……穢れの無い美しき花こそ、堕ちる瞬間を見てみたくなる。

今ならば警護も手薄だろう。

無論これは大罪……バレれば王子といえど無事では済まない……。

しかし――あの白い肌を好きに出来るならば、命を捨てる価値はあるッ!」

 

 滅茶苦茶な事を言っているのは十七歳のアミノ王子だ。

 見た目はハンサムだが、言っている事は最低である。

 彼等が何をしようとしているのか……それは、簡単に言ってしまえば警護の手薄になったこの瞬間を狙ってエルリーゼの部屋に侵入し、手籠めにしようとしているのだ。

 無論言うまでもなく、実行に移してしまえば大罪中の大罪である。バレればまず命はないし、拷問にかけられて市内引きずり回しの刑にされても止む無しと言える。

 しかし彼等は正気を失っていた。

 エルリーゼの美貌は崇拝や信奉、憧れといった感情を集める。

 だが一方で、こうした情欲を集める事もまた事実だった。

 あの金糸のような髪に触れてみたい、白い肌を好きにしてみたい。

 そうした情欲を男が抱かぬはずがない。

 

 しかし大半の男は、そうした情欲にまで発展しない。

 エルリーゼがあまりに浮世離れし過ぎているが故にそういう対象に見る事すら出来ない。

 だから大半は崇め、有難がる。

 ある意味では彼等はエルリーゼを『女』として見ていないのだ。

 自分達とは違う生物……高位の何かのように考えているが故に情欲が生まれない。

 

 しかし王子ともなれば、社交界などの場である程度の――エルリーゼには遠く及ばないまでも、美女や美少女と顔を合わせる機会も多い。

 平民では不可能な食生活によって培われた健康的な肌、平民には出来ない化粧で飾り立てた女……そうしたものを見て、耐性がある程度出来ている。

 故に、彼等はエルリーゼを『女』と認識した。それも今まで見た事もない……そして今後二度と見ないだろう、信じられない美少女だ。

 その結果彼等はエルリーゼの美貌に理性を焼き焦がされ、情欲だけが残ってしまった。

 それこそ、己の命よりも優先順位を上げてしまうほどに……。

 しかし、故にこそ……同じく理性を焦がされた同類(・・)には、王子達の行動が手に取るように分かっていた。

 

「――ほう、興味深い話をしてますね。

私にも是非、聞かせて頂けませんか?」

 

 聞こえてきた声に、三王子はビクリと肩を震わせた。

 そして振り返るとそこには逆光で表情が見えず、眼鏡を妖しく輝かせる男が……サプリ・メントが佇んでいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十九話 『次』

 アイズ・アンド・アイ・ビルベリ13世は常々思っていた。

 この世界は光と闇のバランスが悪すぎる。

 例えばそれは魔女と聖女の作る暗黒期と平和な期間の差。

 前の聖女が完全に魔女になったのと同時に次の聖女が生まれる。

 その聖女が魔女を倒せるようになるまで成長を待たねばならず、その間は魔女がやりたい放題だ。

 その期間はどれだけだ? ……どれだけ早くても、どれだけ聖女を急いで育成しても十五年から二十年はかかるだろう。

 聖女は生まれた時から聖女だが、その力を十全に振るえるようになるのは個人差にもよるが十五歳以降とされる。

 誰かがそう決めたわけではなく、これまでの統計で大体そのくらいという事が分かっているのだ。

 子供の肉体では聖女の力に器が耐え切れないのかもしれないし、特に理由もなくそう出来ているのかもしれない。

 年を経れば少年は男らしくなり、少女は女らしくなる。それと同じで聖女もある程度の年齢に達する事で初めて聖女らしくなるのだろう。

 それを国王達は『覚醒』と呼んでいるが、つまり聖女といえど覚醒するまでは闇の力以外では傷を負わないというだけ(・・)の……少し魔法の扱いに秀でた人間でしかないのだ。

 聖女の誰もがエルリーゼのように、すぐに聖女の力に覚醒するわけではない。

 聖女が魔女と戦えるようになるまで、十五年から二十年は待たねばならないのだ。

 

 魔女の作る暗黒は最低でも(・・・・)それだけ続く。

 対し、聖女が作る平和な期間は魔女を倒してから、その聖女が次の魔女になるまでの僅かな期間のみ。

 歴史上、五年を超えた事はないとされる。つまり最長でも(・・・・)五年しか続かない

 何だこれは。差がありすぎる。

 ただでさえ、壊れた物を戻すのや作るのは破壊よりも遥かに大きな手間と時間を要するのに、その時間すら破壊する側が多く持っている。

 一本の木を燃やして得られる恩恵と、その一本の木を成木まで育てるのに要する時間と労力は全く釣り合わない。

 だというのに、魔女には多くの木を燃やす時間が与えられ、人類には僅かな木を育てる時間も与えられない。

 これでは世界が衰退して当たり前だ。文明が育たないに決まっている。

 

 例えばそれは魔物と大魔。

 魔女が野生動物に力を与えて作り出されるこの怪物達は、魔女に忠実に従う性質を持っている。

 魔女が代替わりすれば次の魔女に従い、力を貸す。

 かつてはそれが原因でアレクシアに逃げられた事もあった。

 何という理不尽だろう。魔女側には聖女を殺してくれる味方がいるのに、聖女側は聖女しか魔女を倒せないのだ。

 つまり、聖女が使命を果たせずに途中で死ぬ可能性は大いにあるが、魔女は聖女が倒さない限りずっと生き続ける事になる。

 そして何よりの問題は数だ。

 魔物は魔女が死ねば一時的に大人しくなり、人を襲わなくなる。姿を晦ます。

 だが次の魔女が活動を開始すれば再び動き出し、人々を襲うのだ。

 しかも闇の力を与えられた魔物達は通常の生物よりも遥かにタフで死ににくく、何より老いない。

 寿命は多少縮まるが、それでも減る速度より魔女が魔物を増やす速度の方が早い。

 つまり増え続ける。三代前の時代より二代前の方が魔物が多く、二代前の時代よりも先代の方が魔物は更に多く、そして先代よりも今代では更に魔物が多い。

 魔物が増えれば当然、魔物の活動する危険な領域が増え、人類の生存圏は縮小せざるを得なくなる。

 アイズには現在三人の王子(息子)がいるが、彼の高齢から考えると息子三人は若すぎる。

 それは……かつては、この三人よりも年上の跡継ぎと目した王子が数人いたものの、全員が魔物に襲われて帰らぬ人となってしまったからだ。

 魔物に殺される危険は年々増え続けている。

 

 だがエルリーゼがそのバランスを反転させた。

 魔物を駆逐し、魔物に奪われていた生活圏を取り戻した。

 そればかりか彼女は積極的に魔物を倒し、この七年間で魔物の領域を以前の一割以下にまで削っている。

 更にエルリーゼは、歴代の魔女によって破壊された自然を蘇らせた。

 割れた大地を、木々が失われ砂漠と化した土地を、枯れた河を……。

 彼女が歩けば罅割れた大地から花が芽吹き、不毛の荒野が小動物たちの戯れる草原へ変わった。

 

 歴代最高の名に一切の偽りなし。

 何より都合がいいのは、彼女には一切の支配欲らしきものがなく、統治は全て人々の自主性に委ねている部分があった。

 『君臨すれども統治せず』……彼女は表向きは頂点に立ちながらも、権力を行使して上から押さえつける行動を一切取らない。君臨しているだけで、後は何もしない。

 ただ魔物を倒し、自然と人々を癒して回るだけ。故に各国の王や貴族の反発を買いにくい。

 何故なら彼女は上にいるだけの正義の象徴で、実質的に支配をしているのはあくまで王族や貴族のままだ。

 

 だが問題が一つだけあった。

 歴代最高であるが故に、エルリーゼは聖女の使命を果たす事にも意欲的だ。

 つまり……本人は魔女と戦い、これを倒すつもりでいる。

 冗談ではなかった。

 これだけの事が出来る理想の聖女なのに、僅か数年の治世で散らせるなどあまりに馬鹿げている。

 これだけの黄金期など二度と訪れないという確信がある。

 どんな形であれエルリーゼが去れば、再び闇と光のバランスは元に戻ってしまうだろう。

 ならばこの聖女は一年でも多く生かさなければ駄目だ。

 彼女がいれば、人類の領土は更に増える。魔物は減らせる。自然も蘇る。

 そうして彼女が生きている限り闇の勢力を削いでもらい、そして次代へ繋げるべきだ。

 魔女の打倒など次の聖女にでも投げればいい。どうせ次の聖女は歴代の聖女とそう変わりはないだろうから。

 

 だから閉じ込めた。

 どこを救いに行くか、どこの魔物を倒すかは今後全てこちらで管理する。

 自由に出歩かせて、それで何かの間違いで魔女と出会ってしまえば最悪だ。

 そうならない為にも、魔女のいない場所を調査した上で聖女をそちらに赴かせる。

 

 無論この計画が根本の部分で破綻している事などアイズは承知の上だ。

 エルリーゼを君臨させ、世界の頂点にしたまま幽閉する……それはどう足掻いても大罪人になる行為だ。

 権力を奪い取って幽閉するのではない。権力を持たせたまま、正義の象徴の座に据えたまま、それを閉じ込めるのだ。

 どう考えても民衆の怒りを買う行為で、後の世には罪人として名が残るだろう。

 処刑台に立たされても已む無しと言える。

 

 だがそれでもよかった。

 どうせ老い先短い命なのだ。今更死など恐れるものではない。

 それよりも、少しでも多くの希望を後世の為に残す事こそが彼にとっては重要な事だった。

 

 魔女のいる時代はいつだって地獄だった。

 魔物が我が物顔で大地を跳梁跋扈し、人々は殺され、そして明日を恐れて隠れるように生きる。

 破壊された自然からは恵みが得られず、枯れた大地は作物を育てない。

 どれだけ手を尽くしても毎日のように民が飢えて、そして死んでいった。

 先祖代々受け継いできた土地を取り戻す為に何人もの兵士が死に、それでも取り戻せなかった事もあった。

 救える限りの命を救う為に、冷血と罵られながらどうしても救えない民を切り捨てて見殺しにするしかなかった時もあった。

 民はいつも痩せていて、その目には生気がなかった。

 明日への希望を持てず、誰もが諦めに支配されていた。

 

 聖女が魔女を倒しても、それはほんの一時の気休めでしかない。

 “どうせまた魔女に荒らされる”。

 たったの五年では失われたものを取り戻すにはあまりに足りない。あまりに短すぎる。

 訪れた平和の中で祭りのように喜びながらも、それでも人々の心には何処か諦めがあった。

 そして人々は……僅かしかない平和の中で、自ら争った。

 次の暗黒の時代が訪れる前に少しでも他人より多く備蓄したい。少しでも次に備えたい。

 そんな思いから隣人の作物を盗み、奪い合い、殴り合い……その浅ましい争いは時に国家規模となって人同士の戦争にまで発展した。

 全ては根底に『次』への恐怖があるからだ。

 

 アイズ自身が争いに加担したのも一度や二度ではない。

 食料が足りていない。森も畑も焼かれ、家畜も殺され、どうしても食えずに死ぬ者が出てしまう。

 全員で仲良く分け合いましょう……などと言っていられない。そんな事をすれば一人一人に配分される食糧が僅かな量になり、全員仲良く飢え死にするだけだ。

 こんな状況では食料を独占しようとする者も当然のように現れ、馬鹿な一部の貴族は権力と金に物を言わせて食料を必要以上に備蓄して元々少ない食料を更に減らした。

 悪循環だ。数が少ないから自分だけは大丈夫なように沢山溜めておこうと誰かが考え、実行する。

 すると、元々は独占などする気がなかった者も『皆が買い溜めしようとどんどん買う。大変だ、無くなる前に自分も沢山買おう』となる。

 そして、市場から必要なものが消え……手に入れることが出来なかった者が死んでいく。

 

 だから切り捨てるしかなかった。アイズに出来たのは、切り捨てる少数を選ぶ事だけだった。

 罪をでっちあげて、食糧を無駄に多く備蓄していた貴族を家ごと潰した。

 そうして得た食料を一人でも多くの民に届くよう手配した。

 

 多すぎる民はどうしても救えないから、いくつかの村には食料を配給せずに見捨てた。

 盗賊に襲われるという情報を持っていながら、あえて盗賊に襲われて村が潰れるのを待ってから兵士を出して盗賊を処理し、残った食料を丸々押収した事もあった。

 自分のみならず、我が子や今は亡き妻にも我慢を強いた。

 息子のウコンは今でこそ肥えているが……幼い頃は、やせ細った哀れな少年だった。

 

 まさしく外道の行いである事は自分でよく分かっている。

 怨嗟の声は何度も聞いたし、地獄に落ちろと叫ばれた回数も両手の指では数え切れない。

 それでも……それでも足りない。

 外道畜生に堕ち、手段を選ばずに出来る限りの事をしても毎日のように民が死んでいく。

 人々は争う事を止めず、『次』の魔女の時代を恐れて殴り合っていた。

 

 優しさや思いやり、他者を労わる心……そうしたものは、まず自分に余裕があって初めて生まれるものなのだとアイズは知った。

 豊かな生活の中では、他者を労わる余裕が出来る。

 だが自分の事で手一杯ならば、人はまず自分を何とかしようとする。

 それは決して悪ではない。当たり前の事だ。

 そう、当たり前……だから人は当たり前に争う。

 余裕のない生活の中では、心にも余裕など生まれない。

 しかしエルリーゼが活動を始めてからのこの七年間は違った。

 作物が豊富に取れるようになり、自然の恵みも与えられる。

 人々の心には余裕が生まれ、そして隣人を労わる優しさが心に育まれた。

 かつては我慢を強いていた息子も、今では毎日腹一杯に食わせてやれる。

 

 だから何が何でも残したかったのだ……。

 この素晴らしい世界を次へ。

 魔女に恐れる必要のない『次』を……後の世代に、残してやりたかった。

 

 

 何か俺の事を放置してシリアスな戦いが始まってる件。

 俺はベッドに寝転がりながら、この部屋の外で行われている戦闘や会話を聞いていた。

 うん、全部ね、聞こえてるのよ。

 風魔法でちょいちょいと、声によって発生する空気の振動とかそういうのを拾って俺の耳に届けさせている。

 もうちょっと改良すれば電気魔法との複合で音や声を電気に変換して更に速く、更に遠くまで声を届ける事が出来るようになりそうなんだが、まだこっちは試作中だ。

 

『たとえ大罪人になろうとも、この平和を長く維持する!

それが我等がすべき事だ!』

『そんなの! 貴方はエルリーゼ様を身勝手に閉じ込めているだけだ!』

 

 この会話は俺を幽閉したアイズ国王と、俺を助けに来たらしいベルネルの会話だ。

 時折金属音が聞こえるが、ベルネルと戦っているのは王様ではなくスットコである。

 まさかここで裏切りイベントを回収するとは、この海のエルリーゼの節穴をもっても見抜けなかった。

 他にも別の場所ではベルネル達の戦い方の特徴とかを騎士にチクっている変態クソ眼鏡の声が聞こえる。

 ああなるほど……ここで誘拐&監禁イベント回収か。

 何というか、運命ってやつを少し感じるな。

 嫌な運命だこと。

 

 で、まあ……助けに来てくれるってんなら気分を切り替えて素直に助けられておこうかなとも思う事にした。

 正直、もうちょっとこのダラダラニートタイムを続けたかったんだが、まあ俺がいつまでも何もしないと魔女も『これもしかしてチャンスじゃね?』とか思って学園から徒歩で逃げちまうかもしれないし。

 魔女がテレポートでさっさと逃げてしまわないのは、テレポートは魔女にとってもリスクが高いからだ。

 ゲームでも魔女がテレポートをした後は明らかに弱い。

 これはルート次第では早い段階で魔女と戦う事になるので、その際にレベルの低いプレイヤーでも勝てるようにした言い訳設定に等しいのだが、とにかくテレポートをすると何故か弱体化する。

 多分分子を再構成する際に色々抜け落ちているんだろう。

 とにかく魔女はテレポートを出来ればしたくない。

 しかし俺がいる学園を徒歩で抜け出すのはリスキーすぎるので、地下に籠るしかないわけだ。

 だが俺が行動不能と分かれば、逃げてしまう可能性は十分ある。

 一応そうならないように誤情報を送っているが……何せそれをやっているのは変態クソ眼鏡だ。

 今や俺を監禁する側にいるし、ぶっちゃけ全然信用出来ない。

 という事もあって、助けに来るっていうならそろそろ助けられておこうかなーなんて思ってたわけだが……。

 

『さあ、レイラ。この者達を捕えて牢に放り込め』

『……はい』

 

 一時は戦わずに終わりそうな空気だったのだが、結局スットコはアイズ国王の口車に乗せられる形でベルネルと戦い、ベルネルも大した抵抗を出来ずにひっ捕らえられた。

 まあスットコは強いから仕方ないか。

 他にもベルネルと一緒に突入してきた愉快な仲間達もあちこちで兵士や騎士に捕まっている。

 最後にエテルナもスットコに捕まり、これにて救出メンバーは全員お縄のゲームオーバーとなった。

 負けイベントかな?

 

 うん……。

 君等何しに来たの?

 そう言ってやりたいところだが、放置するわけにもいくまい。

 このままだと国家反逆罪でよくて島流し、最悪死刑もあり得る。

 しゃーない。

 レイラも人質どころか向こう側だった事も分かったし、もう大人しくしなくていいかな。

 

 つーわけで、ドアを魔法でふっ飛ばしてはい脱出!

 さーて、ベルネル君達救出タイムアタックはーじまーるよー。

 




ろぼと様より頂いた支援絵です。
https://img.syosetu.org/img/user/244176/62304.jpg
!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十話 反撃開始

 ドアをふっ飛ばした俺は、早速ベルネルを助けに行こうとしたのだが当然というか、ドアの前で見張りをしていた近衛騎士が慌てたように立ち塞がった。

 一応剣に手を掛けてはいるが、抜いてはいない。

 というかこいつ等の目的は俺を生かしたまま象徴として残す事らしいので、俺に剣を向ける事など出来るはずがないんだけどな。

 それやったら本末転倒というか、何で俺を閉じ込めてるか分からなくなる。

 つーわけだ。ほれほれ、抜いてみろよ?

 出来ないだろ? ん~?

 どうだあ、悔しいかあ? ふへへへへへ。

 何も出来ないと分かり切っている奴の前を余裕こいて素通りしてやるのは実に気分がいい。

 

「お、お待ちくださいエルリーゼ様! 私は、貴女を通さぬように言われております!

どうしても通るというならば、私を倒してからにして頂きたい!」

 

 近衛騎士の裏切りナイトA……じゃないな。裏切りナイトAは確かモブAと戦っている奴だ。

 確かセックスって名前だっけ?

 いや違った、レックスだ。モブ騎士の分際で名前だけは格好いい。

 お前ベルネルの友人のモブAを見習えよ。あっちはジョンだぞ。

 で、こいつは裏切りナイトAとは別人だから裏切りナイトBってところだな。

 ちなみにこいつの名前はフィンレー・ブルーアイ。金髪の勇者という意味を持つ名前らしいが、髪の色は黒に近い茶色だ。

 まあ金髪って年齢と共に変色して、大体途中で茶髪になるからね。

 きっと昔は俺みたいな明るい金髪だったんだろう。

 目の色はブルーアイとか言ってるくせに灰色。ブルーじゃねえじゃん。

 こいつの実家であるブルーアイ伯爵家は先祖から伝わる青い瞳が特徴らしいが、実は目が青いのは子供の頃だけで大人になると大体変色するらしい。

 グレーアイに改名すりゃいいのに。

 

 そんな茶髪グレーアイ君が自分を倒して欲しいとか何かマゾい事を要求してくるがスルーしてやる。

 お前そりゃあれだろ。倒されたなら脱出されても仕方ないとか言い訳と面子が立つからそうして欲しいだけだろ。

 お前の面子なんか知るかボケ。

 このまま放置プレイしてやるわ。

 

「私のこの手は、人を打ちのめす為に付いているのではありません。

それは貴方の剣も同じはず。

私は貴方に何もしませんし、貴方もその剣を抜かないと信じています」

 

 何か適当にそれっぽい事だけ言って、グレーアイ君を放置したまま階段を降りてやった。

 まあ本当は信じてないから魔力強化はバッチリ済ませてるんだけどね。

 しかしグレーアイ君は結局何もせず、その場で膝をついて項垂れている。

 監禁対象を何もせずにみすみす出した事で、後で無能の誹りを受けるがいい。

 

「エルリーゼ様、お戻り下さい!」

「どうか……!」

 

 階段を降りると他の騎士もワラワラと湧いて来るが、やはり剣を抜かずに馬鹿みたいに棒立ちをしている。

 それでも数が揃えば壁になるので通れなくなるが、そこは毎度お馴染み光魔法さんの出番だ。

 人に限らず動物が目で物を見る時っていうのは実際には対象その物を見ているわけじゃあなくて、その対象に反射した光を見ているらしい。

 色も同じで、あれは物質の色を見ているんじゃなくて物質に反射した光の色なんだとか。

 要するに光を自在にコントロール出来れば、視覚なんてものはいくらでも誤魔化せる。

 だから俺に当たった光が反射しないようにしつつ、俺からズレた場所で似たような反射をさせてやれば……。

 

「エルリーゼ様、どうか部屋へお戻りを……」

「ここを通すわけにはいかんのです」

 

 騎士共がアホみたいに、俺とはズレた場所に集まり始めた。

 奴等の目には、そこに佇む俺が見えているのだ。

 そうして空いた隙間を悠々と通り、更に下へと降りていく。

 この城には地下に牢屋があるので、ベルネル達はそこに連れて行かれてる事だろう。

 言うまでもなく、その牢屋の本来の使用用途は魔女を倒した後の聖女を閉じ込める事だ。

 んで、ステルスしたまま地下まで行くと……何故かベルネル達は牢の外にいた。

 というかアレ牢か……? どうも、普段想像する檻と違って下に穴を掘って、その中に相手を落として閉じ込めるタイプらしい。

 ガバガバすぎん? あんなん空飛べたらすぐ脱出出来るよ?

 

「さあ、降伏して下さい……国王陛下」

 

 おん? これどういう状況だ?

 捕まったと思っていたベルネル一行が何故かアイズ国王を取り囲んで、形勢逆転してしまっている。

 国王側と思われる兵士は全員倒れていて……オマケに何故か向こう側だったはずの変態クソ眼鏡がベルネル側みたいな顔して普通に突っ立っている。

 レイラは土で作ったマネキンみたいな物に拘束されていて、身動きが取れないようだ。

 あれは変態クソ眼鏡の魔法かな。多分そうだ、あいつ土属性得意だし。

 しかしレイラの実力ならばあの程度の拘束など自力でいくらでも抜け出せるはずなのだが、何故かそうしようとしていない。

 

 状況が分からないのでしばらく盗み聞きしていたが、どうやら変態クソ眼鏡は最初から国王を騙す為に国王側に擦り寄っていたらしい。

 で、ベルネル達が捕まって牢屋に入れられるタイミングで彼等を救い、逆に国王を捕獲して俺を解放させようとしているようだ。

 まあ、もう自力で逃げてるんですけどね。

 更に様子見を続けていると、階段から兵士が降りて来て何やら慌てたように叫んだ。

 

「陛下! お、王都より伝令!

大魔と思しき巨大な怪物が魔物を引き連れて王都に接近中!」

「何だと!?」

 

 伝令にアイズ国王のみならず、ベルネル達も慌てた。

 魔物を率いた大魔っていうのは、この前のルティン王国の件からも分かるように基本的に騎士くらいしか対抗出来ない。

 なのにこの王様と来たら俺一人閉じ込める為に、ここに全近衛騎士を集結させちまうものだから、現在王都の守りは手薄なのだろう。

 勿論騎士は向こうにも何人かいるだろうし、そいつらが頑張って持ちこたえてくれるだろうが、結構厳しいんじゃないだろうか。

 伝令には恐らく例のスティールを使っているはずなので、飛行速度と距離から考えて実際にここまで着くのは一時間くらいはかかるか?

 つまりこの情報も既に一時間前のものであって、今はどうなっているか分からない。

 

「王都の騎士は!?」

「既に迎撃準備に入っていますが……敵の戦力は強大故、すぐに援軍来られたしとの事!」

「何故ここまで気付けなかった!」

「わ、分かりません……突然大魔が発生したとしか……」

 

 アイズ国王が慌てるのも仕方がない。

 何故なら周辺にいた大魔や魔物はほとんど俺が駆逐していたし、狩り残しがいたとしてもそれは王都の兵や騎士で十分対処できるレベルだったはずだ。

 というか、そう思っていたからこそアイズ国王も俺を幽閉したのだろう。

 彼の中ではもう、俺を城から出す程の敵は残っていないという結論だったに違いない。

 だが……大魔ってのは別に自然発生しないわけじゃない。

 極低い確率ではあるのだが、魔物が数十体いれば魔女抜きでも大魔が生まれる事はあり得るのだ。

 多分生き残りの魔物が勝手に殺し合って、勝手に大魔になったんだろう。

 で、大魔の誕生に刺激されて各地に隠れていた魔物も一斉に集結して最後の大攻勢を王都にかけてきたってところか。

 しかしこの前のルティン王国の襲撃といい、こんな大規模な進撃を立て続けに起こすっていうのは向こうが追い詰められている証拠だ。

 こうして残る全軍を結集して最後の戦いに賭ける以外に勝ち目がないと奴等も悟っているのだ。

 ……俺がちょっと、苛めすぎたからな。

 

 さてさて、現状国が大ピンチなわけだが、心配には及ばない。

 俺がちゃちゃっと行って無双してやればいい。

 そんじゃステルス止めて、そろそろ出ていくとしますか。

 何か『エルリーゼ様解放すりゃいけんべ』とか、『無理ぽ。こんな私の頼みとか聞いてくれるわけないやん』みたいな事言ってるけど、いや別にそんな気にしてないし……。

 だってアイズのおっさんと国の人々は無関係やしね。

 それに今回の幽閉ニート生活は何だかんだで快適だったので、むしろアイズのおっさんには感謝している。

 

「エルリーゼ様……? 何故ここに……」

 

 何でここにって……そりゃ脱走したからだけど。

 正確に言うとベルネル達を助けて恰好よく活躍したかったからなんだけど、肝心のベルネル達はどうやら自力で何とかしていたみたいだし……あれ? 俺何しにきたの?

 やべえ俺超格好悪いじゃん。

 演技で敵にやられたフリをした仲間の姿を真に受けてガチで心配して滑ってるアホみたいじゃん。

 えーとえーと……あれだ!

 そこのおっさんの助けを求める声が聞こえたんだよ!(キリッ)

 つーわけで、おう、幽閉したとか気にすんな。

 俺は全く怒ってないぞ。許したるわ、俺は心が広いからな。

 むしろあんな裏切りなら大歓迎。またやってもいいぞ。

 百回でも千回でもウェルカム。超許す。

 大丈夫大丈夫、ちゃんと危なくなったら助けてやっから。つーわけでそのうち幽閉ニートよろしく。

 

 そんな感じの事を言ったら、アイズのおっさんが泣き始めた。テラワロス。

 泣き顔ぶっさ。

 それとポーズで出しただけの手を掴まれた。おい、誰が掴んでいいっつった。

 うえ、ベタベタして気持ち悪い。

 

 

 囚われの身となったベルネル達は、地下にある牢屋へと連れて来られていた。

 アイズ国王の命令のままにベルネル達を捕えたレイラは、申し訳なさそうな顔をしており、一層弱弱しく見える。

 ベルネルとエテルナはあえて抵抗しなかった。

 抵抗しても両者の実力から考えれば突破の可能性がないのは見えていたし、既に周囲には兵士が集まりつつあった。

 それならば無駄に足掻いて体力を減らすよりも大人しくしておいて、何とか好機を見付ける方がまだ可能性があると踏んだのだ。

 しかし地下に下り、そこにあった牢を見て判断を誤ったかと思ってしまう。

 牢というからには個室に閉じ込めて、鉄柵で脱走を封じつつ見張りが出来るあの構造を思い浮かべていた。

 そしてそれは正しい。この城の牢は対象……即ち本来は聖女を個室に閉じ込め、そして鉄柵で入口を塞ぐものである事は間違いない。

 ただし個室の位置は横ではなく下……15mはあろうかという縦穴を築き、その壁は隙間なく鉄で塞ぐことで取っ掛かりをなくし、そして天井部を分厚い鉄柵で塞ぐことで脱走不能とする造りだ。

 こんな牢など、それこそ空を飛べるエルリーゼでもない限り脱出どころか鉄柵に触れる事すら出来ないだろう。

 そこに、更に足音が響いて兵士や騎士の足止めを買って出てくれていた仲間達が連行されてきた。

 しかも連行しているのは、サプリだ。

 

「おや、結局全員捕まったのかね。無計画で突入などするから、こういう事になる」

「サプリ先生……」

 

 今回の一件では敵に回ってしまった教師の名をベルネルが呼ぶ。

 だが、サプリは意に介した様子もなく、縄で拘束された仲間達を前に歩かせた。

 

「ご苦労だった、サプリ・メント。

お前が言っていた、聖女奪還に来る可能性のある者はこれで全てのようだな」

「ええ。全く、出来の悪い教え子を持つと苦労しますよ。

こんな正面から馬鹿正直に来るとは、呆れてしまいます」

 

 サプリは目を細め、ベルネル達に冷笑を浴びせた。

 それから他の兵士へ声をかける。

 

「ご苦労様です。もうここは私だけで十分ですよ」

「そういうわけにもいかん」

「我等は陛下の護衛も兼ねているのだ」

 

 サプリは彼等はもうこの場に不要として出そうとしたが、兵士達はそれを拒否した。

 するとサプリは頷き、それもそうかと納得を見せる。

 それから魔法を行使すると、地面が盛り上がって人間大の土人形が数体出来上がる。

 これを使ってベルネル達を牢に放り込むのか……そう兵士達は思ったが、しかし土人形は何故かレイラに抱き着き、その動きを封じてしまった。

 

「サ、サプリ殿!? これは一体……」

 

 この奇行を疑問に思った兵士が言い終える前にサプリの土人形が兵士を殴り倒して気絶させてしまい、兵士は黙る事となった。

 それから土人形はアイズを取り囲み、サプリはベルネル達を縛っている縄をナイフで切っていく。

 

「サプリ先生……これは?」

「全く君達は愚かだ。何の計画性もなく行動してはこうなる事など目に見えていただろうに。

おかげで私の計画が台無しだ。本当はもっと時間をかけて信頼を得て、聖女様を恰好よくお救いするはずだったのに」

 

 何一つ悪びれる事なく言いながら、サプリは溜息を吐いた。

 どうやら彼は最初から、この聖女幽閉に賛同などしていなかったらしい。

 賛同するフリをして油断させ、そしてエルリーゼを助け出すつもりでここに来ていたのだ。

 しかしエテルナはこれに理解が追いつかないのか、目を丸くしている。

 

「で、でも先生、エルリーゼ様を死なせないように閉じ込めるって同意していたはずじゃ……」

「ふむ、そこは私としても悩みどころではあった。

籠の中の鳥は野生の厳しさを知らず、長く生きる事が出来るかもしれない。

だが一方で、飛ぶ事も出来ずに人に閉じ込められた鳥は精神的負荷により弱り、病に侵され、早死にするという研究もあるのだ」

 

 鳥と人の生活環境は違う。

 適切な気候も、明るさも、音も……それらが違えば、鳥が早死にする事は珍しい事ではない。

 無知な飼い主によって愛でる為だけに閉じ込められた鳥は哀れなものだ。

 飛ぶ事を忘れて翼の筋力が衰え、日々ストレスに晒され、そして大空を夢見て死んでいく。

 人にとって適切な温度でも、鳥にとっては猛暑なのかもしれない。あるいは極寒なのかもしれない。

 人にとって最適な明るさは鳥にとっては眩しすぎるのかもしれない。

 どちらにせよ飼い主が無知で愚かならば、飼われた鳥にとってはただの拷問だ。

 

「鳥籠に入れて長生きさせ、愛でる。大いに結構。同意する。

ただしそれは適切な知識と、相手への理解……何より深い愛があればこその話」

 

 話しながらサプリは指を鳴らした。

 すると物陰から出てきた土人形が何かを投げ捨てる。

 それは、土で全身を固められて身動きが取れないようにされたこの国の三王子であった。

 仮にも自国の王子であるはずのそれらをサプリは躊躇なくぞんざいに扱い、冷たく見下す。

 

コレ(・・)等が何をしようとしていたか分かるかね? 国王陛下。

この廃棄物共はこともあろうか聖女様を下衆な目で見て情欲を燃やし、あまつさえ部屋への侵入を試みようとしていた。

困るな、国王陛下。保護するならば、害を与える()を遠ざけるのは常識だろう?」

 

 サプリの言葉には国王への敬意など微塵もない。

 それどころか完全な上から目線……サプリは明らかに、国王を自分よりも下の存在として扱っている。

 王子達に至っては最早完全に物扱い……人間とすら見なしていない。

 

「見てよく分かった……この城には聖女への愛がない。理解がない。だから私は見限る事にしたのだ。

この城は、ただ聖女の美しさを損なうだけの出来の悪い籠だ。

ああ、ここは駄目だ、まるで話にならん。我が聖女に相応しくない。

よくもこんな聳え立つゴミの山を、民から搾り取った税金で建てたものだと感心するよ」

 

 そう言い、サプリは冷たい眼で国王を見下した。

 国王への忠義など、最初から彼の心の中にはない。

 この変質的で偏執的な男の心にあるのはいつだって、至高と認めた聖女の事ただ一つ。

 その害になるならば何であれ、彼にとってはただの排除対象でしかなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十一話 許し

 サプリの寝返りによって状況は逆転した。

 国王とレイラは身動きを封じられ、兵士は全員気絶。

 上にはまだ他の兵士や騎士がいるが、この異常事態に気付いて降りて来るにはまだ時間を要するだろう。

 何故なら彼等の中ではもう『終わった事』で、『侵入者は全員捕まった』からだ。

 勝利の時ほど、人には隙が生まれる。勝ったと思った時ほど警戒が緩む。

 その一瞬をサプリに突かれた。

 レイラは……彼女の力量ならば自力で拘束を振りほどいて戦う事も出来るはずだが、そうしようとする気配がない。

 それどころかむしろ、行動不能になった事をどこか安心しているようにさえ見えた。

 

「さあ、降伏して下さい……国王陛下」

 

 ベルネルがそう突き付けると、アイズの顔が苦渋に歪む。

 彼にとってベルネル達はきっと、何も知らない子供にしか見えていないのだろう。

 大義と大局を理解せぬ、度し難い馬鹿共……だがその馬鹿共に抗う術がないのも事実だった。

 上にいる部下を呼ぼうと息を吸い込み、大声を出そうとする。

 しかしそれも読まれていたようで、土人形が口を塞いでしまった。

 国王の身柄を抑えてしまえば、こちらが有利だ。

 彼を人質にしてエルリーゼの解放を要求する事が出来る。

 ……その後は確実に国家反逆罪で追われる事になるだろうが、それは今考えるべきではない。

 だが事はそう上手くいかないらしく、地下に兵士の一人が大急ぎで駆け降りて来た。

 気付かれたか……? そう思い、マリーとアイラが魔法の構えを取る。

 だが降りてきた兵士は様子がおかしかった。

 明らかに焦っており、冷静ではない。この場の空気も分からないのか、階段を降りながら大声を張り上げる。

 

「陛下! お、王都より伝令!

大魔と思しき巨大な怪物が魔物を引き連れて王都に接近中!」

「何だと!?」

 

 兵士の口から出た言葉にアイズは土人形の手から顔を外して叫ぶ。

 それが出来たのも、サプリが驚きで魔法を緩めてしまったからだ。

 このタイミングでの王都への大魔襲撃……それは最悪だ。

 何せ、大魔に対抗出来る戦力である近衛騎士は全員この城に集結させてしまっているのだ。

 ……と、いうよりエルリーゼを裏切った罪悪感から近衛騎士全員が『せめて護衛だけでも』とここに残ってしまったという方が正しいだろう。

 アイズも、すぐに近衛騎士が必要になるような事態になるとは思っていなかったので彼等の気の済むようにしていたのだが、それが完全に失策だった。

 

「王都の騎士は!?」

「既に迎撃準備に入っていますが……敵の戦力は強大故、すぐに援軍来られたしとの事!」

「何故ここまで気付けなかった!」

「わ、分かりません……突然大魔が発生したとしか……」

 

 アイズの焦りは仕方のないものだ。

 何故なら彼はしっかりと、付近に強力な魔物や大魔がいない事を入念に確かめてから騎士を連れてこの聖女の城へ来た。

 エルリーゼを閉じ込めたのも、そもそも彼女が必要となるほどの敵がもういないと判断したからだ。

 突然大魔が発生する……そんな事が有り得るのか?

 大魔とは魔女が作り上げたものではなかったのか?

 その魔女は学園に潜んでいる可能性が高いとエルリーゼは言った。

 では何故学園から離れた場所で大魔が生まれるのだ。エルリーゼの見立てが間違えていたのか……それとも間違えていたのは自分達の前提なのか。

 それすら分からずにアイズは混乱した。

 

「はっ……こ、国王陛下……これは一体」

「当て身」

「あふん」

 

 多少落ち着いたのか、今になってようやくこの場の異常な光景に気付いたらしい兵士を、背後に忍び寄っていたサプリが手刀で気絶させた。

 

「どうしようベルネル……国が、滅ぶ……。

王都には……パパとママが……」

 

 今まさに国が落ちようとしている。

 その恐怖にマリーが、助けを求めるようにベルネルを見るがベルネルだって答えられるわけがない。

 

「俺のお袋もいる……」

「わ、私のお姉様も王都に住んでるわよ……どうするの、これ……」

 

 ジョンとアイナもそれぞれの大事な人が王都にいるようだ。

 突然予期せぬ所から出た王国存亡の危機に震えるが、一体彼等に何が出来るというのだろう。

 空を飛べるスティールでも片道一時間かかる距離を今から行って、どれだけかかる。

 馬車で数時間は要するだろうし、それに仮に王都について何が出来る。

 この城の騎士全員を今すぐに送り込むような事が出来るならば話は変わるが、そんな神業など誰にも出来ない。

 歴代の聖女だってそんな芸当は不可能だ。

 

「こんな所で俺達で争ってる場合じゃない!

陛下、今すぐにエルリーゼ様を解放して下さい! あの人なら、まだ……!」

 

 今からでもまだ王都を救えるとしたら、それは現在この城に幽閉されている聖女エルリーゼを置いて他にない。

 だがアイズは弱弱しく首を横に振った。

 

「解放して……それで、君等が彼女だったら私の頼みなど受けるかね……?」

 

 確かにエルリーゼならば何とか出来るかもしれない。

 それを可能とするだけの力が彼女にはある。

 だが……どの面を下げて頼むというのだ?

 裏切って幽閉しておいて、いざ自分達が都合が悪くなったからやっぱり外に出て助けに行って下さいなどと……それは虫が良すぎるだろう。

 それで首を縦に振る人間などいるのだろうか。

 頷くわけがない。承諾するはずがない。

 何故ならエルリーゼにとっては、ビルベリ王国は自分を閉じ込める『敵』で騎士達は全員『裏切り者』だ。

 何故そんなものを助けなければいけない?

 助ける義務も義理も彼女にはない。それどころかいなくなってくれた方が都合がいいくらいだろう。

 

「私ならば助けたりしないだろう……当然だ。救った後にまた掌を返して裏切られて閉じ込められるだろう、と考えるからな……。

一度掌を返した人間など信用されんよ……私はもう、掌を返して彼女を裏切ったのだ。

そんな男の頼みを誰が聞くものか」

 

 アイズは膝を折り、絶望したように話す。

 この状況を逆転出来る奇跡はある。奇跡の担い手はこの城にいる。

 だが、その聖女を裏切ったのは自分で、救い手の信を失った。

 結局のところ、今回の聖女幽閉はどれだけ大義を盾に、世界平和を免罪符に掲げてあれこれ自己正当化をしようとも、根本から破綻していたのだ。

 聖女は言った。魔女がいる限り先日のルティン王国のような事は必ず起こると。

 そしてアイズはそれに、『貴女がいれば守れる』と言った。

 おかしな話ではないか。

 それが出来る唯一の相手の信頼を失う行為をしておきながら、その相手の力に守られる事が大前提で話を進めている。

 誘拐して閉じ込めておきながら、『僕が危なくなったら僕を命がけで助けてね』と言っているようなもの。あまりに自分の都合しか見えていない。

 

 結局のところ、アイズ・アンド・アイ・ビルベリ13世は老害でしかなかったのだ。

 エルリーゼという光に目が眩み、自分が歩いている道が道として成立していない事にも気付けず前進してしまった。

 『世界を守る為』という都合のいい免罪符(武器)を手に持ち、その口は言い訳ばかりを垂れ流す。

 これが最善と理論武装した気になって壊れた鎧を身に纏い、覚悟だの何だのといった綺麗に聞こえるだけの汚物で自分を塗り固めて自分に酔った。

 ああ、悪者になってでも世界の為に行動出来る俺は何て素晴らしいのだろう――彼の根底にあったのは結局のところはそうした、救いようのない薄汚い泥のような自己満足でしかなかった。

 その事を彼は今になって、ようやく知ったのだ。

 

 先代の聖女にして今代の魔女であるアレクシアも、その騎士だったディアスもこの老害の被害者だ。

 世界の為に必死に戦った。

 命をかけて、多くの仲間を失いながら魔女を倒した。

 そこには語られぬ多くのドラマがあり、多くの悲劇があっただろう。

 それらを乗り越えて帰ってきた聖女と騎士を彼は事もあろうに裏切り、アレクシアを殺そうとまでした。

 だからアレクシアは人類に絶望した。

 だというのに、またアイズは同じ事をしている。

 何一つ学習していないし、改心もしていない。

 結局は性根が腐っているのだ。

 腐った汚物がいくら綺麗な言葉で自らを飾り立てて綺麗に見せようとしても、根本が汚物なのだからどうしようもない。

 こんな男の頼みを聞くなどあり得ない。

 エテルナ達もその事を悟り、誰も何も言えなくなった。

 

 それでも、とベルネルは思う。

 それでもきっと、彼女は――。

 

「少なくとも、私は聞きますよ……アイズ国王」

 

 失意と絶望に暮れるアイズに、優しく声がかけられた。

 全員が弾かれたように顔を上げれば、そこにいたのはいつもと何ら変わらない微笑みを浮かべたエルリーゼであった。

 

「エルリーゼ様……? 何故ここに……」

「……何故、と問われましても。

ただ、声が聞こえただけです」

 

 ベルネルの問いに、若干考えるような素振りを見せて彼女は答えた。

 エルリーゼにとってはきっと、問われるまでもない当たり前の事なのだろう。

 彼女は、膝を折るアイズに目線を合わせるようにしゃがみ込む。

 そんな事をすればドレスが汚れてしまうが、それを気にした様子は一切ない。

 エルリーゼは怯えるようなアイズと目を合わせて、安心させるように言う。

 

「聞こえましたよ……アイズ国王。

声に出せない貴方の、助けを求める心の声が。

後は……私に任せて下さい」

「あ、貴女は……私を恨んでいないのですか!?

私は貴女を裏切った! 信頼を踏みにじり、幽閉したのだ!

どうしてそれを許す事など出来る!」

 

 アイズの声には困惑があった。

 裏切ったのだ。踏みにじったのだ。

 許されない事だという事は分かっていたし、許されないつもりで今回の行動に及んだ。

 だというのにエルリーゼの目には、一欠けらの恨みも怒りもない。

 アイズにはそれが分からなかった。

 

「恨んでいません。

だから貴方も、もう自分を責めなくていいんですよ。

もしも自分で自分が許せないというのなら……私が貴方を許します」

「ま、また……裏切られるかもしれないのだぞ!?

一度裏切った者を、どうして許せる!?」

 

 裏切られても、本来彼女を守護するはずの騎士に反逆されても。

 それも彼女は変わらない。

 救いを求める声があるならば、変わらずそこにいる。

 ベルネルはその事を再認識し、眩しいものを見るように目を細めた。

 

「許しが必要ならば何度でも許しましょう。

貴方の言う裏切りがたとえ百回あろうと千回あろうと……。

それでも私は、決して貴方を見捨てたりしませんから」

 

 エルリーゼは笑顔で言い、そして手を差し出した。

 

「だから貴方も……自分を許してあげて下さい」

 

 アイズは堪え切れなくなって涙を零した。

 どんな罪を背負い、裏切り、悪党になってでも民の生活を守ると誓って歩き続けてきた。

 だがそれがただの言い訳に過ぎず、自らの罪から目を背けているだけの自己正当化に過ぎない事も分かっていた。

 姉のように慕った聖女に先立たれ、妹のように愛した聖女は死に。

 これで悲しい連鎖を最後にするつもりで、外道に落ちてでもアレクシアを裏切ったが結局は裏切っただけ(・・)に終わった。

 その上で今代の聖女であるエルリーゼまで裏切り、自らが外道畜生であるという負い目の中でずっと生きてきた。

 そんな男にとって、この一言がどれだけ救いになったのかは彼自身にしか分からない。

 アイズは涙で前が見えない中、それでも差し出された手を掴んだ。

 

 どんなに堕ちた男でも決して見捨てない。

 その温もりを握りしめ、老いた王は子供のように泣きじゃくった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十二話 ゆっくり急げ

 ブッ細工な顔で泣くアイズのおっさんをその場に放置し、俺はビルベリ王国の王都へ向かうべく階段を登って一階へと向かい、そのまま外へ出た。

 どうでもいいけどスカート歩きにくい。

 一応名目上聖女って事になってるのでこんな服を仕方なく着てるが、本音を言うともっと動きやすい服着たいんだよな。ジャージとか。

 というか俺の中身は男だから、ドレスは正直今でも馴染めない。

 男の頃の俺がドレス着ている姿を想像すると吹きそうになる。

 いや、むしろ男の姿の方がまだマシだな。あっちならもう完全にネタとして割り切れる。

 笑いが取れる分、一周回って恥ずかしくねーわ。

 でもこっちは自画自賛になるが、変に似合うからネタにもならない。

 

 ま、そんなのはどうでもいいか。

 とりあえずビルベリの王都ならちょっと俺が本気で飛べば数分で着くだろう。

 距離もほんの40㎞くらいでそんな遠くないし。

 マラソンで走るよりも短い距離だ。要するにめっちゃ近所。

 身体の小さいステルスバードでも一時間あれば余裕で移動出来るし、地球の人間でもマラソン選手なら二時間で走破出来るな。

 で、俺が本気で飛べば時速300㎞は軽く出せるので、まあ八分あれば到着するだろう。

 後、当然だが飛んでるときはスカートの中は見えないように謎の光で防御している。

 別に見られて減るもんじゃねーし、恥ずかしいとも思わないんだが、それはそれとして野郎に見られて欲情とかされたら普通にキモイからな……。

 んじゃ、早速飛んでいってパパッと終わらせますかね。

 

「待ってください、エルリーゼ様! 俺も連れて行ってくれませんか?」

 

 そう言って駆け寄ってきたのは我らが主人公のベルネルだ。

 連れて行けとは言うが……いや別に君が来てもそんな変わらんし……。

 言っちゃ可哀想だけど邪魔というかお荷物というか足手まといというか……。

 でもまあ主人公だし、主人公補正的なアレで実力以上に何か活躍するのかもしれない。

 まあ、レベル上げの為に連れて行くのはありっちゃありだろうか。

 

「待てよ、一人で恰好付ける気か?」

「そうよ。私達も行くわよ」

 

 そう言ってベルネルと並んだのはモブAとエテルナだ。

 他の愉快な仲間達と変態クソ眼鏡も行く気満々のようだが……あの、何で連れて行ってもらえること前提で話してるんですかね?

 正直足手まといが増えるだけなんで、ここで大人しくしてて欲しいんだけどなー……でもそう言える空気じゃないよなー、これ。

 そして、普段なら無言で俺の後ろに控えるはずのレイラが居心地悪そうに遠くからこちらを見ている。

 付いてこられても困るけど、来ないなら来ないで何かモヤモヤするな。

 今のレイラは何か捨てられた子犬みたいだ。

 時折何か言いたそうにするが、それを言葉にする事なく黙り込んでしまう。

 何と言うか……あれだな。クラスで気付いたらぼっちになっていた子が、他の仲良しグループとかに勇気を出して声をかけようとするんだけど、結局出来ないみたいな……そんな哀愁が今のレイラには感じられる。

 このまま放置して飛んで行ったら……俺の見ていない所で自害とかしそうだな。冗談抜きで。

 

「レイラ」

 

 つーわけでさっさと来いとレイラを呼ぶ。

 ほれ、時間ないんだからはよ。そんなとこでビクビクしてないで。

 悪戯を発見されて縮こまる犬じゃないんだから。

 とりあえずここでグダグダやっている暇はないので、手っ取り早く命令してしまおう。

 

「私と共に、戦って下さい」

 

 はい強権発動。

 とりあえず命令しておけばレイラは従う以外にない。

 彼女はおずおずとこちらに近付いて来るが……おいスットコォ! だから時間ないんだって!

 もっと普段みたいにテキパキ動いて!

 

「私は……貴女と共に戦う資格など……」

 

 裏切りの事を気にしているのか、レイラの言葉には力がない。

 ぶっちゃけそんな気にするべき事でもないんだけどね。

 言っちゃ悪いけどレイラがスットコしようがしなかろうが結果は同じだったろうし。

 いくらレイラでも他の近衛騎士全員敵に回して無事に済むわけがないし、むしろ変に抵抗してたら大怪我していただろう。

 そういう点で言えばむしろ無抵抗で捕まったのはいい判断だったまである。

 レイラがあくまで俺の味方だったら、今頃死体になっていたかもしれない。

 

「レイラさん。間違いは誰にでもある。

大切なのは既にやってしまった過ちを恥じて足を止める事じゃなくて、これからどうするかなんじゃないかな」

「これから……」

「そうだ。過ちを犯したからって、そこから逃げても変わらない。

間違えて誰かを傷付けてしまったなら、その分まで貴女の剣で守り、報いればいい。

貴女にはそれが出来るはずだ」

 

 落ち込んでいるレイラに声をかけたのはベルネルだ。

 流石主人公、いい事言うね。

 何気にこの台詞、本来のゲームでレイラが味方側に寝返ってきた時の台詞なんだよな。

 本来のゲームだとレイラはエルリーゼ(真)の筆頭騎士をやっていたせいで間接的に何人も不幸にしてしまっているし、アイナの暗殺も阻止してしまうのでアイナも自分が殺したようなものだとかなり気に病んでいた。

 だからエルリーゼ(真)ざまあイベントが終わった後には落とし前として自害しようとするのだが、それを止めたのがベルネルのこの台詞だった。

 

「これから、か……」

 

 レイラは目を閉じ、それから自分の剣を見た。

 何を考えているか分からないが……多分変な方向に思考がコースアウトしてるんだろうなあ。

 それから彼女は俺の方を見る。

 

「エルリーゼ様……私は許されない過ちを犯しました。

それでも……こんな私でも、必要として下さるならば……せめて、盾として私をお使い下さい」

 

 おいスットコォ……。

 何でそういう考えになるかなあこのスットコは。

 責任感が強すぎるのも考え物というか、ぶっちゃけこいつ盾になって死ぬ気満々だろこれ。

 どうすっかなー。このまま連れて行っても絶対、俺を庇う必要のない場面で勝手に肉盾になって死ぬだろこれ。

 ほら、ベルネルも呆れてるぞ。

 何で『これからどうするかが大事だよ』って言われて死ぬ事前提で考えてるのこの子。

 ……しゃーない。釘刺しておくか。

 

「盾になるつもりならば、連れて行くわけにはいきません。

私が求めているのは、共に暗雲を切り開く剣なのですから。

だからレイラ……私の剣となり、戦って下さい。それが私が貴女に与える罰です」

「……っ! はい!」

 

 レイラは若干鼻声になりながらも、勢いよく返事をした。

 とりあえず、今はこれで大丈夫かな。

 説教は後に回すとして、今はとにかくさっさと王都に行かないと。

 今は説教してる暇がない。

 では今度こそ出発……と思ったのだが、城から出て来た裏切りナイトズが同時に俺の前で跪いた。

 今度は何? 今急いでるんだけど。

 

「エルリーゼ様……どうか我等にも、貴女と王都を守る為に戦う許しを頂きたい」

 

 どうやらこいつ等も一緒に来たいらしい。

 それはいいけどさ、それってつまり俺にこいつらを運べって言ってるわけだよな。

 というか、だから俺以外がワラワラ行ってもそんなに意味ないんだって。

 どうせ俺が広範囲攻撃連発で薙ぎ払うんだから。

 しかし、邪魔と言っても徒歩でついてきそうな怖さがある。

 

「許します。ただし貴方達が守るべきは都であり民であり、そして貴方達自身です。

私の為に己の身を粗末にしよう、などとは決して考えないで下さい」

 

 一応釘だけ刺しておく。

 じゃないとこいつ等、変な使命感を持って勝手に敵の攻撃に当たりそうだし。

 別にこいつ等が肉盾しなくても基本的に敵の攻撃は俺にはノーダメなわけだし、どうせダメージにならない攻撃から庇われて勝手に死なれても困るだけだ。

 それにこいつ等は本来は聖女……つまりエテルナに仕えるべき連中だ。

 偽の主の為なんかに減らすのはよくない。

 

「エルリーゼ様……何と慈悲深きお言葉……」

 

 騎士達が何か感動しているが、俺はそれを放置して魔力を編む作業へと入った。

 大人数を運ぶ魔法もないわけではない。

 幽閉ニート中に、暇だったので対テレポート用に魔法を一つ作っておいたのだ。

 こいつはテレポートほどではないが高速で遠くまで移動出来る魔法で、自分以外を飛ばす事も出来る。

 テレポートで魔女に逃げられても追跡出来るようにと考案したが……そもそも魔女がどこに逃げるかが分からないと意味がない事に、作ってから気が付いた。

 例えば魔女が日本からアメリカにテレポートしたとして、俺には日本からアメリカへ移動出来るジェット機があるとする。

 だが目の前で消えた魔女がアメリカに行った事を、俺には知る術がない。

 例えるならそんな所だ。

 

Festina Lente(ゆっくり急げ)

 

 相変わらず恰好いい技名が思いつかないので、適当に海外のことわざを名前にしておく。ゆっくりしていってね!

 それと同時に俺達全員を囲うように光の柱が立ち昇り、浮遊感が全身を包んだ。

 俺以外には何が起こっているか分からないだろうが、今俺達は光の柱の中で空へと浮上している。

 まあエレベーターみたいなもんだ。

 一定の高さまで行くと柱は鳥のような形状となって俺達を包むが、この光は移動の為のものではなくバリアだ。

 これからちょっとやばい速度を出すので、空気抵抗やらから身を守る為のものだな。

 翼に当たる部分では魔力訓練の応用で、周囲の魔力を圧縮して溜め込んでいる。

 圧縮して圧縮して圧縮して……それを、指向性を持たせて後ろに排出する。

 すると一気に俺達を包んだバリアが前へ飛んだ。

 要するに地球にある飛行機を魔法で再現したってところだ。

 燃料は魔力で代用したが、魔力っていうのはかなり出鱈目なエネルギーなので地球の飛行機よりもスピードが出る事も分かっている。

 本当はもっとアレコレ色々とやってるんだが、全部説明するのは面倒なので『バリアで飛行機を模して圧縮した魔力を推進剤にして飛ぶ魔法』くらいに思って欲しい。

 

「こ、これは!?」

「う、動いている、のか?」

 

 騎士達がざわめいているが、この程度で済んでいるのは光のバリアのせいで外が見えないからだ。

 もし見えていたら、上空から見渡す絶景で大騒ぎしていたかもしれない。

 そうして移動する事数分と数十秒。

 やがて目的地の上空に到着したので俺は魔法を解除して光の柱に戻し、俺を含めた全員を下へ降ろした。

 外から見れば多分、突然光の柱が戦場に突き刺さったように見えるだろう。

 ちょっとお邪魔しますよっと。

 

 

 ビルベリ王国の首都の前で、決死の戦いが繰り広げられていた。

 王都に残った騎士と兵士達が迎え撃つのは、大地を埋め尽くす魔物の軍勢だ。

 一体どこにこれだけ潜んでいたというのか……恐らくは、まだ奪還されていない大地に隠れ住んでいた魔物が一斉に集結したのだろう。

 本来魔物とは、多種多様な野生動物を魔女の力によって強化したものである。

 故に知性は本来の動物より多少マシという程度で、このように軍を築く事は基本的にない。

 当たり前だ。例えば熊を元にした魔物と虎を元にした魔物がいても、本来は別の生物同士だったそれが手を組む事などあり得ないのだ。

 それどころか魔物同士の殺し合いも普通にあり得る事で、肉食獣の魔物が草食獣の魔物を襲って喰うのも珍しくはない。

 無論、全てが群れないわけではない。

 例えば元々群れを形成する生物……犬の魔物などは同種同士で群れるだろう。

 だがそこに猫や豚の魔物が混じる事はない。

 だが、それらの魔物が一つになり、共通の目的の為に団結する例外がある。

 それは指揮官がいる時……つまりは魔女か、大魔がいる時のみに限り魔物は別種同士で群れ、団結して軍となる。

 

 今回の進撃も、大魔が指揮官となって引き起こされた事だ。

 聖女エルリーゼが登場する以前と比べると魔物の数は激減し、今となっては全盛期の一割も残っていない。

 加えて彼等に指揮を下すはずの魔女はどこかに隠れてしまい、魔物達は何をすればいいかも分からず人類に各個撃破され続けていた。

 ある時、一体の賢い魔物が考えた……このままでは魔物は滅びる、と。

 それはカラスを元にした魔物であり、それ故に知能が高かった。

 彼は聖女という強大な敵に対抗するには、残る全ての魔物が団結して一斉に挑むくらいしかないと考えた。魔女が何もしない今、自分達で何とかしなくてはならない事を理解した。

 それからまず彼は、同種のカラスの魔物達に考えを伝え――殺し合った。

 魔物がより上のステージに進む方法は、魔物同士で殺し合う事。その事を彼は本能で知っていたのだ。

 そうして同種との殺し合いを制して強くなった彼は、更に別の魔物を襲い続けた。

 殺し続けた果て……遂に大魔となった彼は、各地に隠れる魔物達に号令をかけて最後にして最大の魔物軍を築き上げる事に成功した。

 魔女が何もしない今、地上に残る戦力だけでこの窮地を乗り越えなくてはならない。

 かつては世界の七割近くを支配していた魔物の勢力圏は聖女エルリーゼの登場以降縮小を続け、今や世界の一割もないだろう。

 そしてこのまま隠れているだけではエルリーゼが何もしなくとも、各国の兵士達による魔物狩りで根絶されてしまう。

 だからこれが最後の挑戦だ。

 元々は小さなカラスだった大魔は、自分達が生きる為に人類へ最後の戦いを挑んだ。

 

「くそ! このままでは王都が……!」

「援軍はまだなのか!」

「何だってあの王様は近衛騎士を全員連れていっちまうんだよ!

これだから現場を知らない頭でっかちが余計な事をするとロクな事にならないってんだ!」

「口を慎め、不敬罪だぞ!」

「ああいいねェ、不敬罪! その前に国がなくなりそうだがなァ!」

 

 近衛騎士を欠いた騎士団と、それに率いられる兵士達が奮戦するが戦況は魔物が優勢だ。

 流石に騎士がいるだけあってルティン王国よりは遥かに善戦出来ているが、しかし魔物達も必死だった。

 もう魔物には後がない。

 ここで勝利して騎士を減らし、少しでも聖女の守りを薄くしてから残る全魔物でエルリーゼ一人に挑む。

 そうするしか勝ち目がないし、そこまでしても勝てるかどうか分からない。

 いや、これまでの戦いを見るに可能性は低いだろう。

 

「カアァーッ!」

 

 魔物達の指揮をしている大魔――騎士達からは見た目そのままに『カラス』と呼ばれているその個体は、空へ跳躍すると翼を大きく羽ばたかせた。

 それだけで風が巻き起こり、瓦礫や岩、落ちていた剣、死んだ兵士などが飛来物となってビルベリ軍に襲い掛かる。

 鎧を着た死体が生きた兵士に高速でぶつかると互いの鎧がひしゃげて鎧の中の兵士が圧死し、剣が別の兵士に突き刺さる。

 その光景を見下ろす『カラス』は全長にして8mはあろうかという巨大な鴉だ。

 騎士達が『カラス』目掛けて魔法を発射するも、少し高度を上げただけで届かなくなってしまう。

 空を飛べる相手に対し、飛べない者は圧倒的に不利だ。

 遠距離攻撃の手段はいくつかあれど、地上にいる相手と空中にいる相手では当て易さが段違いと言っていい。

 地上にいる相手ならば回避する方向は左右どちらか、あるいは後ろに限定される。

 飛来物に対して前に進めば当たるだけだし、後ろに下がっても射程次第ではやはり当たる。

 ならば実質左右二択だ。

 だが空は違う。左右のみならず上下や斜めも加わり、更に重力によって弓などは失速するので少し後ろに下がるだけで当たらない事もある。

 たとえ止まった的だろうと空の標的相手に正確に攻撃をぶつける事は難しい。

 それが動き回るならば、熟練の腕であっても困難だろう。

 しかもそれが自在に風を操るならば、弓はもう当たらないと断言していい。届く前に風に負けて弾かれる。

 ならば魔法を当てたいところだが、こちらも風に運ばれて飛び交う死体や瓦礫が邪魔で上手く当たらない。

 対する『カラス』は当て放題だ。

 風で飛来物を適当に敵陣のあちこちに飛ばしているだけで、大勢いる兵士の誰かには当たるし、そもそも風自体が人くらいは容易く吹き飛ばすだけのパワーがあるので猶更性質が悪い。

 単純な話だ。色々なものを巻き上げながら唸りを上げる台風を前に、剣と鎧で武装した人間が挑みかかる、その間抜けさを想像すればいい。

 どう考えても、『いいからさっさと逃げろ』という答えしか出ないだろう。

 だが彼等は逃げない。何故なら後ろには守るべき王都があるからだ。

 だから、台風に斬りかかるような滑稽な戦いを続けざるを得ないのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十三話 王都防衛戦

 光の柱が空から降り注いだ。

 戦場の中にあって余りに鮮烈なそれは戦う者達の動きを一時的に止め、誰もがその方向へ視線を向ける。

 そして光が晴れた時に人々はそこに希望を。魔物達は脅威を見出した。

 戦場に降り立ったそれは、聖女を守る為に選び抜かれた騎士の中の騎士……十一人の近衛騎士達だ。

 学園長であるフォックス子爵を除いた全員がこの場に集結し、鋭く前を見据えている。

 その後ろにいるのは人類の希望である聖女エルリーゼと、彼女が通う学園に通う騎士見習いの生徒達だ。(後、何かよく分からない変な眼鏡)

 エルリーゼの左を筆頭騎士であるレイラが守るように立ち、右には聖女から剣を託されたベルネルが立っている。

 その光景に『カラス』は不機嫌そうに眼光を鋭くし、己の読みの甘さを悟った。

 

「聖女えるりーぜ……到着ガ早スギル……。

イヤ、ソレ以前ニ……何故、他ノ騎士マデ……」

 

 『カラス』は、エルリーゼが同族である人間達に閉じ込められていた事は知っていた。

 愚かな人間達が一体何を考えているのかは知らないが、ともかくエルリーゼが動けなくなっていた事は彼ら魔物にとっては好機だった。

 勿論自分達が国を襲えばエルリーゼは文字通りに飛んでくるだろうが、そこに騎士はいないと『カラス』は読んでいたのだ。

 何故なら騎士達はエルリーゼを裏切ったのだ。

 ならば当然の心境として、そんな裏切り者を連れて戦場に行きたいなどとは思わないだろうし、第一そもそもエルリーゼが大人数を連れて長距離を移動出来るなどという話は聞いた事がなかった。

 だからエルリーゼが来るならば単騎で来ると思っていたし、エルリーゼ以外が来るならばこんなに早くは来ないはずだった。

 だが想定は完全に間違いであった。

 エルリーゼは遠く離れた場所に自分以外を連れて高速で駆け付けることが出来るし、騎士との不和もまるで感じられない。

 情報が間違っていたのだろうか……それとも和解したのか。

 どちらにせよ、現状は『カラス』にとって最悪なものでしかなかった。

 

「お、おお……聖女様だ!」

「聖女様が来られた!」

「それに近衛騎士達も!」

 

 エルリーゼの登場にビルベリ軍が沸き立ち、士気が高まる。

 人類にとっての希望であり、正義の象徴でもあるエルリーゼはそこにいるだけで味方を鼓舞するのだろう。

 何とかこの流れを変えようと『カラス』が暴風を起こす。

 だがエルリーゼが視線を向けるだけで風はピタリと止まり、竜巻となって魔物達の方へ逆走した。

 風に巻き上げられて魔物達が空を舞い、魔物軍に動揺が走る。

 その間にエルリーゼは回復魔法を発動して、傷付き倒れていた全ての兵士を完治させた。

 

 

 さてさて、到着しましたビルベリ王都。

 敵の数はこの前のルティン王国よりちょっと多いくらいだろうか。

 結構魔物を狩っていたと思ってたんだが、まだこんなに残ってたんだな。

 ただ、流石にこれで打ち止めかな。

 多分、各地に残ってる魔物を集められるだけ集めて最後の抗戦に臨んだんだろう。

 何せ魔女が学園地下に籠りっぱなしだから、地上の魔物は自力で何とかするしかない。

 ……ま、その健気な最後の抵抗も俺が来たからには無駄になるんだけどな!

 魔物にゃ悪いが折角集まってくれたんだし、さくっと一掃してやろう。

 これが終われば大規模な魔物苛めはもう出来なくなるだろうし、奮発して派手にやってやろうか。

 今回はベルネル達も見てるし、恰好つけて俺TUEEEEE! したい。

 

Aurea Libertas(黄金の自由)

 

 必殺、海外の恰好いい言葉を叫ぶと技名っぽくなるシリーズ番外!

 今回はことわざではなく、ポーランド王国で機能したとされる貴族支配による民主主義の政治システムだ。

 国王は君臨すれども統治せず。

 このシステムでは国王は頂点に君臨しながらも政治には一切干渉出来ず、完全に排除されたという。

 ぶっちゃけこの場では何の関係もないが、名前が何となく恰好よくて技名っぽいので適当に使っている。

 俺が技名を宣言すると同時に上空へ向けてぶっとい黄金のビームを発射し、それが空で拡散して無数のビームになって魔物達に襲い掛かった。

 味方の兵士さん達をグネグネ避けてビームが次々と魔物を貫き、どんどん敵を減らしていく。

 

「聖女ノ好キニサセルナ! 殺セ!」

 

 指揮官と思われるでかいカラスが魔物達に指揮を出している。

 大魔になれるとは、やっぱカラスって賢いんだなあ。

 確かどこかの国の研究によるとカラスの知能は人間の七歳児と同じくらいなんだっけ?

 七歳児っていうと、割と物心ついてる頃じゃん。

 三歳とか四歳の頃の記憶は大人になるとあんま残ってないけど、七歳の記憶って案外残るくらいには知能発達してるぞ。

 少なくとも普通に会話出来るし、ひらがなの読み書きも出来る。

 普通にテレビゲームとかもやっていたし、今時の子供ならば与えればスマホだって使うだろう。

 しかも大魔になったら更に知能は上がるわけで……多分あのカラス、ほとんど人間と変わらないレベルに頭いいぞ。

 賢いカラスに指揮されて、鳥型の魔物が一斉にこっちに飛んできた。

 あー、うん。まあ空から来るわな。

 こっちは俺以外飛べないから、飛べばほとんど守りをスルーして一直線に俺の所まで切り込めてしまう。

 なので俺は軽く跳躍して浮遊し、鳥公達を迎え撃つことにした。

 ま、全体光魔法バーンで終わるやろ。

 

「A picture is worth……」

「エルリーゼ様には近付けさせん!」

 

 魔法を発射しようとしたところで、スットコがジャンプして鳥を数羽切り捨てた。

 ちょ、邪魔! 危うく巻き込む所だったぞ!

 更に他の近衛騎士達もジャンプしたり魔法を撃ったりして鳥を攻撃しているので、俺が近付けない。

 いや、うん。そんな事してないで他のもっと弱い兵士とか騎士を守っててくれないかなマジで。

 仕方ないので魔法を切り替えて、もう一発黄金ビームを発射して遠くの敵を減らしておく。

 俺はソロプレイの方が好きなのだが、その理由がこれだ。

 味方が大勢いると、邪魔で全体攻撃が出来ない。

 沢山いる敵を一気に消し飛ばすのが最高に気持ちいいのに、味方がいるとこういう地味な攻撃ばかりするしかないんだよな。

 今すぐ敵陣のど真ん中飛び込みてーなー。

 そこで全体攻撃ぶっぱして掃除したいなー。

 

「エルリーゼ様、あまり前に出てはなりません! 我等騎士がお守り致します!」

 

 ちょっと前に行こうとしたらこれである。

 いや、守らなくていいから。別に守られなきゃいけないほど弱くないから俺。

 こいつ等、俺の事を守らなきゃ死ぬ儚いお姫様か何かと勘違いしとりゃあせんかね。

 

Fortune favors the bold.(幸運は勇者に味方する)

 

 とりあえずまずは味方の攻撃力を上げておくか。

 ソロプレイの方が好きなんだけど、手駒が大勢いるなら活用しないと損だ。思考を切り替えよう。

 空から光の剣が降り注ぎ、魔物達を刺し貫いて兵士の前に鎮座した。

 この剣は魔力を固めて造った光の剣で、刃こぼれしないそこそこ優秀な武器だ。

 ちょっとしたバフもかかっていて、手にすると柄の部分から電気信号が流れて身体のリミッターを強制解除させる。いわゆる火事場の馬鹿力だ。

 人間は普段は本来の力の20%か30%の力しか使っていないっていうアレである。

 そのままだと身体がぶっ壊れるので自動回復の癒しの魔法もセットで込めている。

 なのでこれを手にした兵士は火事場の馬鹿力によって100%フルの力を発揮し、自らの身体を壊しつつも再生させながら戦う事が出来る。

 後ついでに痛覚麻痺の効果もあったりする。

 それからドーパミンとかの脳内麻薬も出るようにしておいたので、恐怖心が薄れて幸福な気持ちになって戦う勇敢な兵士が完成する。

 うん、やってる事ほとんど悪役だな俺!

 一応、今まで自分で実験してみた感じでは使用者に副作用とかそういうのは現れていない。

 なので大丈夫だ。ただちに影響はない。

 一応自己擁護しておくと、力が足りずに押し切られて殺されたり、痛みで怯んで殺されたり、恐怖で竦んで殺されるよりはマシだと思う。そういう兵士はかなり多い。

 実際この剣を与えると死亡率が激減するし、そんな悪い事じゃないと思うんだが……いや、やっぱ外道の所業だな、これ。

 

「兵士達よ、剣を取りなさい!」

 

 そんなドーピングソードを兵士達に装備させると、一気に彼等はハイになって魔物達を押し返し始めた。

 おーおー、すげえ勢い。

 さっきまで劣勢だったのに、どんどん魔物を倒していってる。

 今や全員が潜在能力を全解放した凄腕の戦士だ。

 そうして強化された兵士達の頑張りを見ていると、何故か近衛騎士ズが俺に跪いた。

 

「エルリーゼ様。どうか我等にもあの光の剣を」

 

 え? お前等、あんなドーピングソード欲しいの?

 そんな物使わなくても十分強いんだから、別になくてよくね?

 そう思うが、何か欲しそうにしていたのでとりあえずあげる事にした。

 

「おお……力が湧き上がってくる!」

 

 うん、リミッター外れてるからね。

 

「ああ。それに心が研ぎ澄まされていく」

 

 うん、脳内麻薬出てるからね。

 

「身体の傷も癒えていくぞ」

 

 うん、その効果ないと剣の効果で逆に身体ぶっ壊れるからね。

 ともかく騎士達はテンションが上がり、近付いてくる鳥の魔物を元気に斬り落としていった。

 うーん、やる事ねえな。

 形勢も完全に逆転してビルベリ軍がイケイケモードで敵を蹴散らしてるし、敵も近付いてこない。

 これもう消化試合だな。負ける要素ないわ。

 勝ったな。この戦闘終わったら風呂入ってくる。

 

「オノレ! セメテ、聖女ダケデモ!」

 

 負けを悟ったのか、カラスがせめてもの相打ち覚悟でこっちに突っ込んできた。

 空から一直線にぶっ飛んでくる姿は放たれた銃弾のようでもあり、なかなか迫力が凄い。

 慌てて騎士達が止めようとするもカラスの速度の前に反応が間に合わず、カラスの嘴が俺目掛けて接近してきた。

 まあ俺には効かないんだけどね。

 むしろここで一番厄介なのは逃げに徹される事だったので好都合だ。

 なので俺は両手を広げ、飛んでくるカラスをしっかり捕まえる為に構えた。

 味方が邪魔になっているこの状況で逃げられてしまうと少し厄介だし、あの速度だとビームも回避されるかもしれない。

 なのでここはギリギリまで引き付けて、動きを封じてから確実に仕留めてやろう。

 

「エルリーゼ様……何を……! まさか、後ろの兵を庇って……!?」

 

 何かスットコが勘違いしている。

 俺の後ろに兵士いんの? 気付かなかったわ。

 まあそんなのはどうでもいい。誤差だ誤差。

 さあカラスよ、無防備なこの胸に飛び込んでこい!

 そして決死の攻撃が通じない絶望に溺れろ!

 

「エルリーゼ様!」

 

 ……とか思って余裕こいてたら、何故か俺の前に飛び出したベルネルが俺に抱き着いてきた。

 そんで背中を嘴で刺されていた。

 

 え、ちょ、おま……。

 おま、何やってんの!?




筋肉が足りない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十四話 自己犠牲

 ベルネルが何の意味もなく俺を庇ってカラスに刺されやがりました。

 お前何しとんねん……。

 主人公がそんな事して死んだらどうするんだよ。お前死んだらバッドエンドだぞおい。

 仕方ないので雑にカラス君にビームを撃ち込んで消し飛ばし、嘴を引っこ抜いて魔法で治療&止血をする。

 そして呼吸確認。死んでさえいなきゃどんな重傷でも大体何とかなる。

 ベルネルには宿主を生かそうとする闇のパゥアーがあるので、並大抵の事じゃ死なないし問題ないだろう。

 ふむ……呼吸なし。脈もなし。狼狽える程の事じゃないな。

 ……。

 ………………。

 いや駄目だろこれ。死んでるじゃねーか……。

 え? いや、ちょ、ま、おま……。

 おまっ、まっ、ま!? おままままままま!

 お、落ち着け! おちけつ! おちけつ!

 だだだ大丈夫、ちょっと死んでいるだけだ。死体はまだ新鮮だ、混乱するほどの事じゃななななな……。

 

「うそ……ベル? 嘘だよね……?」

 

 エテルナが茫然と、涙を流しながら言っているが、俺も嘘だと思いたい。

 どうやら闇パワーでもこれは駄目だったようだ。

 まあ魔物なら聖女殺せる事は分かってるからね……そりゃ同じようにベルネルも殺せるよな。

 傷を治したのに死んでいるのは多分、即死だったからだろう。

 こう、心臓をグサーッとね。

 ……考えるほどやべえ。主人公死んだら物語終わるやん。

 えーとえーと……えーと…………よし。

 まだ間に合うはずだ。傷は塞いだし、脳は無傷のままだ。

 大丈夫、致命傷だ。

 じゃない、まだ死んで間もない。

 人間の脳は呼吸が止まってから四分から六分で低酸素による不可逆的な状態になる。

 こうなるともう助からないが、逆に言えば脳に酸素を送り込めれば助かるわけだ。

 心臓の停止は完全な死亡じゃない。

 本当の死は脳が死んだときだ。

 なので心肺停止してもすぐに心肺蘇生法で心臓を動かせばまだ助かる。

 勿論心臓一突きとかされたらどうしようもないので死ぬしかないのだが、そこはチートの俺だ。心臓の傷はもう完治させた。

 よし、だったら……雷魔法で電気を出し、心臓を無理矢理動かす!

 更にベルネルの口に手を当てて風魔法。空気を送り込み、吐かせ、疑似的に呼吸をさせる。

 おら、戻って来いやベルネル!

 

「……かはっ」

 

 よっしゃ戻ってきたああ!

 ギリギリセーフ! セーフです、エルリーゼ選手!

 あわや満塁逆転ホームランのピンチを何とか切り抜けました!

 何とかベルネルを蘇生させる事に成功したものの、戦闘はまだ続いているしベルネルも目を覚まさない。

 もうどこも何ともないはずだが、流石に一度死んだのは大きいのだろう。

 俺も死者を蘇生させたのはこれが初めての事だし、この後どんな副作用があるのか分からないのでもう遊んでいる暇はない。

 つーわけでビーム連射ァ! 悪いけど魔物は全員くたばっとけや。

 

「レイラ、すぐにベルネル君を近くの教会へ!」

「は、はい!」

 

 魔物を蹴散らした俺は後の処理は他の騎士に任せる事にして、レイラにベルネルを運ばせた。

 この世界、実は病院や診療所という施設が存在しない。

 変に回復魔法なんてものがあるから、医療が全然発達していないのだ。

 代わりに傷などは教会で有償で癒して貰う事が出来る。

 有償かよと思うかもしれないが……まあ教会を維持するのにも金は必要だからな。

 そこは何も言うまい。

 で、この世界の教会は聖女信仰なので表向きのトップは俺だ。

 なので施設は使い放題である。

 ……実際は俺はハリボテのトップで、実際は総大司教とかいう爺さんがトップなんだけどな。

 理由は今更言うまでもない。聖女はいずれ魔女になるのだから、真のトップになる事などあり得ないのだ。

 要するに教会にとって俺は都合のいいシンボルである偶像である。

 まあ偽物だけど。

 ともかく、俺なら教会を使い放題って事である。

 

 ベルネルをベッドに運ばせ、俺は職権乱用で厨房を借りた。

 理由は、ここの連中に作らせるとロクな物を出さないから。

 教会の連中は両極端で、下っ端の連中は基本的に何も知らされていないし聖女が本当にトップだと信じて信仰している。

 日々を慎ましく生きるのが美徳だと思っており、その為料理も質素なものしか食べない。

 肉や魚も食べず、動物性の物はチーズくらいしか口にしないんじゃないだろうか。

 だから下っ端連中に料理をさせると、清貧と手抜きを勘違いしたような物を出されてしまう。

 俺も一応聖女やってるので何度か教会に呼ばれたり、ご馳走になったりしているが酷いもんだ。

 硬いパンと少し火を通しただけの野菜。それだけの物を料理と言って出すのは如何なものか。

 

 しかしその一方で上層部は権力の沼にズブズブ嵌っているので、一転して贅沢三昧になる。

 肉も魚も喰うし、そもそも下の連中にそれを食べる事を禁じているのは単純に自分達の取り分が減るからである。

 要するに自分達だけが美味しい物を独占したいから、肉を食べるのは悪い事みたいな勝手な決まりを作って下の連中に我慢を強要しているのだ。

 こちらに招待された時は下っ端の節約生活は何なのかと言いたくなるくらいに贅沢な料理を出された。

 まあ口には合わなかったけどな。

 

 要するに、ここの厨房にはロクな食材がない。

 野菜と品質の悪そうな米と、いくばくかの果物と、酒と水。後は保存用の固いパンとチーズ。

 これを病み上がりどころか死に上がりのベルネルにそのまま喰わせるのは、流石に俺のプチトマトよりも小さな良心が痛む。

 つーわけでレッツ手抜きクッキング!

 

 まず本来捨てる予定だった野菜のくずを分けてもらいます。

 下っ端の人達とレイラや他の騎士は『こいつ病人にゴミ食わせる気か?』みたいな顔をしていましたが、気にしません。

 次に鍋に水を入れて、よく洗った野菜くずをゴミ箱に入れるようにシュゥゥゥ!

 火を点ける前に酒をぶっ込んで、それから点火。この一手間を挟むと野菜の臭みが結構消える。

 そんで後は弱火で20分ほど煮ます。アク? 取らねえよそんなん。面倒くせえ。

 最後にザルで濾す。

 以上、終わり! 男の一人暮らしの強い味方、ベジブロスの完成だ!

 安い、お手軽、早い、そんで栄養もあるし結構美味い。

 ほいレイラ、味見。

 

「え? しかしエルリーゼ様……これは、その、捨てる予定の野菜くずを煮込んだもので……要するに、ゴミ……ですよね?」

 

 失敬な奴だな。

 元々が貴族の生まれのレイラにはやはり抵抗があるんだろう。

 しかし俺がスプーンで勧めてやったら顔を赤くして食べてくれた。

 

「ん……!? これは……美味い!?

野菜くずを煮ただけなのに……」

 

 適当で悪かったな。

 ちなみに野菜くずをゴミとか呼んで捨てているのは貴族とかだけで、小さな村で暮らしている農民とかは普通に野菜くずも食べている。

 そもそも野菜くずをゴミ扱いする事自体が特権階級の狭い考え方だ。

 その考え方はあんまりよくないし、飢えてる連中を対象にしたベジブロスの炊き出しとかしようぜと教会のお偉いさんに提案しておいた。

 教会側が出すのはどうせ捨てる予定だった野菜くずなので痛くもかゆくもない。

 それでいて教会の外面はよくなるし、感謝もされる。感謝されりゃ寄付も増えていい事尽くめだろ。

 善意のみの善行っていうのは実はかなり難しい。

 何故なら打算も何もない真の善行は、施す側が一方的に出すだけだから、いずれ手詰まりになって破産して破綻する。

 世の中ギブアンドテイクよ。善行するなら、リターンが返って来る仕組みを作らないと。

 打算も裏も利益もない100%の善行はそりゃ美しいもんだが、長続きするかっていうと……なあ?

 だから俺は無償の善意ってやつほど信じられない物はないと思っている。

 人間って奴はそんな綺麗なもんじゃあないだろ。

 

 教会のお偉いさんもその辺の嗅覚は鋭いので、俺の提案が最終的に自分の得になると理解したようだ。

 明日から早速試してみますと上機嫌で話していた。

 これで彼の名声は鰻登りで、聖女教会は民衆にますます支持されるようになるだろう。

 

 さて、これをそのままベルネルに与えてもいいんだが……もう一手間くらいかけてやるか。

 まずスタミナをつける為のにんにくを魔法で摩り下ろして鍋にボッシュート。

 更に先程のベジブロスもぶち込んで、火にかける。

 沸騰したところでライスを投入し、水気が無くなるまで煮てやる。

 後は塩で味を軽く整えて……チーズも魔法で粉状にしてふりかけて即席ベジブロスのリゾット風の何かの完成だ。

 栄養もあるし、病人でも食べやすい。

 野菜くずと米が余った時によく食べていた一品である。

 手抜きすぎ? ……うるせえ、男の料理なんてのは、いかに手を抜くかだ。

 本当はここに胡椒も欲しかったが、流石に胡椒はこの世界じゃ贅沢すぎるので、ベルネルには我慢してもらおう。

 

 出来上がったところで丁度、ベルネルが目を覚ましたと騎士が報告してきた。

 よかったよかった、このまま寝たままだったらどうしようかと思ったぞ。

 とりあえずベルネルには何故あんなアホな真似をしたのかとか、もう二度と俺を庇うなんて無駄な事をするなとか、色々SEKKYOUしておいてやった。

 それでもまだ「それじゃあ一人で戦う事にならね?」的な口答えしようとしたので、そもそもあんなん俺一人で全部引き受けても問題ないとハッキリ言ってやった。

 何かね、こいつ等どうも俺の言葉を変に受け止めてるっていうか曲解してる節があるというか……だから、たまにはこのくらいストレートに言ってやった方がいいだろう。

 俺一人で十分だ! お前は弱っちいんだから引っ込んでろ!

 

 そんな感じの事を言うと、流石に堪えたのか、大人しくなった。

 流石に好感度下がったかな? ま、いいか。 死なれるよりはマシだろ。

 一応最後に自分をもっと大事にしろとフォローはしておいてやった。うーん、俺ってば痒い所にも手が届くナイスガイ。

 

 

 考えて行動したわけではなく、気付いたら身体が勝手に動いていた。

 

 敵の大魔がエルリーゼを仕留めようと飛んだ時、エルリーゼは避けられるはずのそれを避けようとしなかった。

 その理由は彼女の後ろで硬直してしまっていた兵士だ。

 恐らくは貴族の子か何かで、義務として出兵していたのだろう。

 しかし明らかに戦場慣れしていない彼は後方に下げられ、エルリーゼの後ろでその活躍を眺めているだけだった。

 戦えない足手まといを後ろに下げるのは決して間違った判断ではない。

 だがそれがエルリーゼの近くにいた事で、彼女の足枷になってしまった。

 『自分が避ければ後ろの兵が死ぬ』……そう考えたのだろう。

 だからエルリーゼは避けようとせずに、両手を広げて自らを兵士の盾とした。

 

 ベルネルはその姿を見て思う。

 ああ、まただ……またこの人は、自らの身を捨てて他を守ろうとする。

 決して見捨てないし、諦めない。

 いつだって自分を二の次にして、無償の善意で誰かを救い、守る。

 それは本当にどこまでも透明で、綺麗で……だが、儚く見えた。

 世界は善意のみで生きていけるほど優しくない。

 人の心は欲で満ちていて、打算だらけで、綺麗なものではないから。

 だから、心に影の無い善人は長生きせずに儚く消えてしまうだろう。

 そう思った時は、もう身体が動いた後だった。

 

 エルリーゼが強いという事は、以前に直接彼女の戦闘を見たのだから知っている。

 自分など手が届かない遥か高みの存在だ。分かっている。

 あの大魔の攻撃だって、もしかしたら平気だったのかもしれない。

 別に誰かが庇わなくても余裕で、普段通りの涼しい顔のまま何とかしたのかもしれない。

 冷静になって後から考えれば、エルリーゼを庇うなど愚行でしかなかったのだとベルネルにも理解出来ただろう。

 十分に考慮するだけの時間を与えられた上で『この場面で庇うのは正解か否か』と問われたならば、『庇っても邪魔にしかならない』という正解を導き出せるだろう。

 だがそんな時間などなく、判断を下すまでに与えられた時間はほんの数秒で……ベルネルは、間違えた答えを選んでしまった。

 

 背中を貫く激痛は一瞬で、その次の瞬間にはもう視界が暗転していた。

 ただ何となく……ああ、俺は死ぬんだなと、そう実感した。

 

 

 

「……生きている」

 

 目を覚まし、最初に感じたのは疑問だった。

 生き残った喜びはあったが、それ以上にベルネルの心を占めたのは何故自分はまだ生きているのかという単純な不思議だった。

 自分で分かる。あれは即死だったはずだ。

 肉を貫かれる感触、背骨を砕かれる感覚……心臓を壊される感触。

 遠のく意識と、死の気配。

 それを確かに感じた。

 どう考えても生きて戻れるはずがなかった。

 しかし、それでもこうして生に引き戻されたというならば……そんな事が出来るのは、一人しかいない。

 

「ああ、よかった……ベルネル君、目を覚ましたんですね」

 

 まさに今思考にあげていた聖女が部屋に入り、ベルネルはまず、彼女が無事である事に安堵した。

 次に彼女が盆を持っている事が気になり、匂いを嗅ぐと急速に胃が空腹を訴えてきた。

 腹の音にエルリーゼが小さく笑い、それからベルネルの前のテーブルに盆を置く。

 

「簡単な物ですけど、消化にいいものを作ってきました。

今、食べる事は出来そうですか?」

「は、はい、それはもう……。

あの、これ、エルリーゼ様が作ったんですか?」

「ええ」

 

 エルリーゼの手作り……そう聞いただけで、ベルネルは舞い上がりそうになった。

 勿論食べないわけがない。

 皿に盛られたそれは、野菜の甘い匂いが香り立つ、少し変わった色のライスだった。

 ややオレンジに近い色だろうか。

 早速皿を手に取ると、ニンニクの食欲をそそる香りが鼻を突き抜ける。

 木のスプーンで掬って早速口に放り込む。すると米の甘味と混ざってぎゅっと閉じ込められた様々な野菜の旨味が口の中で溢れ出す。

 少し優しすぎる味のそれをビシッと引き締めるのは適度にまぶされた塩と、鼻腔を突き抜けるニンニクの香り。

 そしてそれをチーズのまろやかさが包み、引き立てている。

 エルリーゼが作ってくれた、という贔屓目を抜きにしても美味だ。

 

「う、美味い……これ、すごい美味いですよ!」

「口に合ってよかったです」

 

 ベルネルの喜びようにエルリーゼは嬉しそうに微笑む。

 それからしばらくはベルネルが夢中で食べ続ける音だけが響いていた。

 やがてベルネルが完食したところで、静かに……だが咎めるようにエルリーゼが言葉を発した。

 

「ベルネル君、何故あのような事をしたんですか?」

 

 あのような事、とはやはりエルリーゼを庇った時の事だろう。

 何故と言われても、実の所ベルネルにも分からない。

 ただ身体が勝手に動いたからとしか言いようがないからだ。

 守らなければいけない、と思った……それだけだ。

 

「分かりません……ただ、気付いたら身体が動いてて。

とにかく、エルリーゼ様を守らなきゃって……」

「その気持ちは嬉しく思います。しかし、あのような事はもうしないで下さい。

貴方が身を挺してまで……いえ、貴方に限らず誰であっても、私の身代わりになる必要なんてないんです」

 

 誰かが自分の身代わりになり、傷付く事。

 それはきっと、この優しすぎる少女には己の身が傷付くより遥かに辛い事であるのは間違いない。

 だが、それはベルネルも同じなのだ。

 自分が傷付くより、この少女に傷付いて欲しくない。

 誰かを大切に思う気持ちは同じもののはずで、しかしすれ違ってしまう。

 

「けど、それじゃあ……エルリーゼ様一人だけが……」

「それでいいんです」

 

 それじゃあエルリーゼ様一人だけが傷付き続ける。

 そう言いかけたベルネルの言葉を遮り、エルリーゼは断固とした決意を感じさせる表情で言う。

 

「最初から私一人でいいんです。

私だけが全てを引き受ければ、他の誰も無駄に傷付かずに済む。

騎士達もレイラも……そして貴方も。

だから……己の身を差し出してまで私を助けようなんて、もう二度としないで下さい」

 

 全ての痛みを自分一人で引き受ければいい。

 そう迷いなく言い切る聖女の姿はどこまでも気高く、そしてどこまでも己を顧みないものだ。

 そしてこの歴代最高の聖女ならば、本当にそれが出来てしまうのだろう。

 誰かを庇い、守り、そして一人だけが傷付き続けながら前進する……きっと、死ぬまで。

 ベルネルにはそれが悲しかった。

 エルリーゼは誰よりも強く、誰よりも高みへ至っている。

 それに対してベルネルはあまりにも弱く、隣に立つにはあまりに至らない。

 最近はレイラやフォックス学園長が秘密特訓をつけてくれているので格段に実力は上がったが……それでも今回の戦闘を見てハッキリと思い知った。

 強くはなったが、それだけだ。エルリーゼのいる高みには全く届いていない。

 その差を例えるならば雲よりも高い山の頂点にいる相手に近付こうと、今まで地面を歩いていた者が家の二階に登った……その程度の変化でしかない。

 

「俺が弱い事は分かっています。それでも俺は……貴女を守りたくて……」

「それが出来るほど、ベルネル君は強くありません。

ハッキリと断じましょう……庇われても、私にとってはただ迷惑なだけ……足手まといです」

 

 ピシャリと。

 ベルネルの迷いを断ち切るようにエルリーゼはベルネルを弱いと断じた。

 正論であった。まさしくグウの音も出ない。

 エルリーゼは何も言えなくなったベルネルに背を向けて、ドアノブに手を掛ける。

 だがこのまま出るのは後ろ髪を引かれるのか、いつも通りの優しい声で話す。

 

「……息を吹き返したとはいえ、しばらくは安静にしていて下さい。

どうか無理をしないように」

 

 それだけを言い、エルリーゼは退室した。

 悔しかった。

 エルリーゼに弱いと言われた事が、ではない。

 彼女にそうまで言わせてしまった自分の情けなさが悔しかった。

 エルリーゼは自分が弱いから危険から遠ざけようとして、厳しい事を言ったのだ。

 そう分かったから、ただ無性に悔しくて仕方がない。

 エルリーゼにとって自分は頼れる男ではなく、ただの守るべき対象……男としてこんなに情けない事があるだろうか。

 

 今よりもずっと強くなりたい……。

 ベルネルはただ、それだけを強く思い続けていた。




https://img.syosetu.org/img/user/198129/62495.jpg
nonoji様より頂いた支援絵。
ここだけ見ると嫁リーゼ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十五話 画面の向こう

 俺の知識にない誘拐イベントから始まった一連の騒動が終わり、俺は再び学園に戻ってきた。

 あれから騎士やら兵士やらスットコに土下座されたり今まで以上の忠誠を捧げられたりもしたが別に気にしていないとだけ言っておいた。

 裏切りナイトとか心の中で呼んでいたが、俺は偽物なので厳密に言えば彼等の行いは別に裏切りでも何でもない。

 そもそも最初から仕えるべき相手を間違えているのだ。忠誠を捧げるべき相手は俺じゃない。

 そんなわけで彼等はあの事件の後も騎士を続けているが、スットコは何故か筆頭騎士の証である剣を使わなくなり、今は代わりに新しく購入したそこそこいい剣を使っている。

 本人曰く『今の私にあの剣は重すぎます』だとか。実はあの剣は結構重量があって扱いにくかったようだ。

 

 学園に戻ってからは特に何の騒動もなく冬期休みまで平穏に過ごす事が出来た。

 休みが明ければ今度は学年別ではなく生徒全体での闘技大会が開かれ、その後はいよいよ魔女との決戦だ。

 俺の寿命の問題もあるし、ゲームの知識も一年間の出来事のものしかないから今年中に決着を付けたいものだ。

 だがそこまでに出来る限りベルネル達を強くし、地下突入時の死亡リスクを減らさないとな。

 バリア作戦前に魔女のMPを減らす役目……こればかりは俺以外に頑張ってもらうしかない。

 ……ていうか、やべえ。

 俺、ついこの前にベルネルに『俺一人で十分だ(キリッ)』とか言ったばっかじゃん。

 全然一人で十分じゃねーじゃん。誰かに魔女のMP削ってもらわないと逃げられるじゃん。

 うわー、うわー、やっちまった。どうするんだよこれ。

 今更『やっぱり一人は無理でした。ヘルプミー』とか言ったらめっちゃ格好悪いぞオイ。

 

 ベルネル抜きでやってみるか?

 正直ベルネルがいなくても出来ない事はない。

 要するに俺が地下の魔女に気付いている事を悟らせずに、魔女のMPをテレポ出来ないくらいまで削ってその上で魔力バキューム作成を発動させればいいのだ。

 だから必要なのは、『正規の騎士以外』で、尚且つ『魔女を消耗させられるだけの強さ』がある者を送り込む事。

 それが出来る者を生徒と教師から選べばいい……のだが。

 ベルネルの実力は既に正規の騎士レベルだ。

 そりゃそうだ。正規の騎士と同格と言われたマリーに勝ってるんだから、それくらいはある。

 レイラには見劣りするが、そもそもレイラは筆頭騎士なのだから比べるのがおかしい。

 加えて魔女にもダメージを通せる闇の力があるので、これを外すのはかなり痛い。

 ベルネルを抜きにすると、魔女にダメージを通せるのはエテルナくらいしかいないが……エテルナはあんまり地下突入に参加させたくないんだよな。ラスボス化の不安もあるし。

 現状、俺のせいで空気になってしまっている感はあるが、このまま空気でいさせた方が幸せな気もする。

 エテルナが存在感を発揮する時って大抵死亡フラグだったりするしなあ……。

 とにかくベルネルを外すのはかなり痛手だ。魔女に誰もダメージを通せないって事は、そもそも魔女がそんなにMPを使ってくれない可能性が高まる。

 

 やっぱ、ベルネルに謝って参加してもらうしかないかな、これ。

 でも今更どの面下げてそれを言うのよ。

 足手まとい扱いした舌の根も乾かないうちにやっぱ協力してくれってなあ……。

 そんな事を考えながら、俺は運動場へと足を運んだ。

 運動場は校舎の外にある校庭のような場所で、そこでは生徒が走り込みをしたり、模擬戦をしたり、あるいは敵に見立てた藁人形を相手に剣を打ち込んだりしている。

 ここに立ち寄ったのは何か見込みある奴がいないかと発掘する為なんだが……うん、見れば見る程、ベルネルと愉快な仲間達は優秀だってハッキリ分かるな。

 どいつもこいつもモブA以下。話にならん。

 しかし全員が駄目というわけではない。

 勢いよく剣を素振りしているあの生徒なんかはかなり見所がある。

 俺がベルネルに与えたのと同じ剣を持ち、剣の重量に負けずに素振りをする姿はまるでベルネルのようだ。

 ……ていうかベルネルだった。

 よし退散。

 

「ま、待ってくださいエルリーゼ様!」

 

 しかし残念、気付かれて追いつかれてしまった。

 おおう、足速いな。

 驚くべき速度で距離を詰めてきたベルネルは真剣な顔でこちらを見ている。

 こりゃあれかね。この前の事を怒ってるんだろうか。

 まあ足手まとい扱いされていい気はせんわな。

 仕方ない、ここは一つ俺が大人になって謝ってやるとしようか。

 まあ大人になるも何も、そもそも100%俺に非があるんだけどな。

 

「この前は、すみませんでした!」

 

 あれ? 俺まだ謝ってないよ?

 謝ろうとしたが、それよりも先にベルネルが頭を下げて謝罪してきた。

 しかし謝られる理由が分からない。

 この前の事件を整理すると、まず俺が幽閉されたので、国家反逆罪になる事を覚悟の上でベルネルが助けに来た。

 勿論事件の後は俺が各国の王に便宜を図ってベルネルは無罪となったが、それでもかなりリスキーな橋を渡ってまで助けに来てくれた事に変わりはない。

 で、その後はビルベリの王都が襲われたので慌てて救援に行き、カラスの突撃から身を挺してガード。

 実際はそんな事されなくても問題なかったのだが、ベルネル視点だとそうは見えなかったのだろう。

 そうして文字通り死を覚悟で助けてくれたベルネルに対し、俺は足手まといだと断言。

 改めて考えてもクソの所業である。

 うん……やっぱベルネルが謝る事は何もねーよな?

 

「あの後、エテルナや皆から聞きました……俺は、あの時に本当に死んでいたって……」

 

 おう、せやね。

 存分に感謝してくれたまえ。

 あれは本当にやばかったからな。

 

「助けに行ったつもりだったのに助けられて……なのに俺は勝手に守った気になっていて……。

これじゃあ……幻滅されて当然だ」

 

 うーん。

 何か、どうにもベルネルは自分が悪いと受け止めてしまう気質があるっぽいな。

 もっとストレートに『助けてやったのに何だあの態度は!』と怒ってもええんやぞ?

 客観的に見ればどっちが悪いかなんて誰でも分かる事だ。

 俺がやった行為は言うならば、勇者が攫われたお姫様を助けようと命がけで魔王の城に乗り込んだのに、当の姫が勝手に出て来て魔王をボコボコにした挙句に勇者に礼の一言も言わずに『お前レベル低すぎていらんわ』と言ったようなものだ。

 こんなん、ディスク叩き割る案件である。

 ……って、そうだよ。そういやまだ礼すら言ってねえ。

 前世(むかし)っからそうなんだよな俺って。

 言ってないのに言った気になって、礼とかしない事が多いんだこれが。

 多分心のどこかに『言わなくても感謝の気持ちは伝わる』みたいな思い上がりがあるんだと思う。

 そんなんだから前世では彼女が出来てもすぐ別れる羽目になっていたのに全然懲りてねえ。

 よし、ちょっとタイミングを外してるけど今言っちまうか。

 

「いえ、謝るべきは私の方です。

ベルネル君達は命がけで助けに来てくれたのに、私は貴方に心ない言葉を浴びせてしまった。

本当に酷い事を言ってしまったと、深く反省しております。

どうか許してください」

 

 気分はさながら謝罪会見。

 カメラを向けられていると意識して、腰を曲げて綺麗なお辞儀を披露する。

 謝罪メールや謝罪会見の定型文、その名も『深く反省しております』。

 そして日本人のリーサルウェポン『お辞儀』のコンボだ。テレビでもよく見る。

 お辞儀をするのだ。格式ある伝統は守らねばならぬ。

 ちなみに謝罪会見とかでテレビの前でお辞儀しながらこの言葉を口にして本当に反省してる奴を俺はほとんど知らない。ていうかむしろいるの? そんな奴。

 正直『前向きに検討します』と同じかそれ以上に信用出来ない言葉だよなこれ。

 

「そんな! エルリーゼ様が謝る事なんて何も……」

 

 ベルネルちょっといい奴すぎん?

 こういう時は『じゃあ許してやるかな』くらいでいいのよ。

 

「それと、助けに来てくれた事……嬉しかったです。

ありがとう、ベルネル君」

 

 嬉しかったっていうのは、まあ本当だ。

 ぶっちゃけ誰も来ないだろと思ってたからな。

 正直助けに来た時は空気読めとか思ったが、それでもこんな俺なんぞの為に誰かが動いてくれたっていうのは純粋に嬉しい事だ。

 なのでそこは素直に礼を言っておく。

 するとベルネルは俯き、何かを考え始めた。

 お、どした?

 少し待つと顔を上げて、真剣な顔で言う。

 ずっと真剣な顔してんなこいつ。

 

「エルリーゼ様……俺は今はまだ弱いけど……。

必ず、今よりももっと強くなります。

いつか貴女の騎士になれるように……絶対に強くなります!」

 

 お、おう、そうか?

 でもそんなに気張らんでも、実技の成績は現時点でもトップだし後は座学を何とかすれば普通に騎士に内定出来ると思うぞ。

 まあその時にまだ俺が偽聖女してるかは分からんけど。

 ていうか多分やってないけど。

 まあその時はエテルナが聖女してると思うので、頑張ってくれ。

 

「きっと強くなれますよ。ベルネル君なら」

 

 なのでとりあえず適当に励ましておいた。

 まあレベルをしっかり上げれば一人で魔女を倒せるくらいにはなるからな、こいつ。

 そうなってくれれば俺も楽が出来るので是非強くなって欲しい。

 

 よし、これで仲直り完了だな!

 いやーよかったよかった。あのままだったらどうやって協力してもらえばいいか分からなかった。

 後はベルネル達を強くして、地下に突撃させるだけだ。

 よし、勝利は目前だ。

 

 

 ――とか、思ってんだろうなあエルリーゼ(あいつ)

 

 パソコンの画面に映し出された一枚絵を見ながら、彼は――不動新人はあっちにいるエルリーゼ(もう一人の自分)の内心を察して思わず笑いが込み上げてくるのを必死に抑えていた。

 中身が自分であるという事さえ知らなければ、このシーンはまさに主人公とヒロインの誓いのシーンだ。

 夕日をバックに、学園の運動場で強くなると誓うベルネルと、微笑んでその誓いを聞くエルリーゼの姿は王道を往く物語のように思えてしまう。

 だが彼は知っている。エルリーゼの中身が自分の片割れ……いや、こちらにいる自分がそもそも転生しそこなった残りカスである事を考えるならば、向こうが本体というべきか……ともかく、そうしたヒロインとは程遠い存在である事を。

 

「今までのルートにはない早い段階での幽閉とベルネルの死亡にはチト驚いたが……まあ、何とか乗り切ったって感じだな。

しかし、このルートでのエテルナの空気ぶりは酷いもんだ」

 

 新人は苦笑いしながら、本来のメインヒロインであるエテルナの存在感の薄さに複雑な気分になった。

 ギャルゲーなのだからルートによっては存在感の薄れるヒロインがいるのも別におかしな事ではない。

 実際、ヒロインの一人であるはずの病弱っ子の『リナ・トーマス』はエルリーゼに治療されて以降一切登場せず空気と化している。

 ギャルゲーの金字塔とされるゲームでは進め方次第では最初から最後まで登場しないヒロインもいるのだ。

 それを考えれば初期メンバーというだけで一応戦闘メンバーに入っているだけエテルナは優遇枠と言えなくもないだろう。

 しかしエテルナの存在感が薄いというのはつまり、彼女が聖女として必要とされる場面が全く来ていないという事であり、そういう意味ではエテルナを生存させてハッピーエンドにするというエルリーゼの目的は一応達成している事になる。

 

「まあ……中身が俺だ。それも仕方ねえか……。

そんな賢く、全てが上手く回るように立ち回れるなら、そもそも現実(こっち)で大成してるだろって話だ」

 

 エルリーゼが器用ではない事くらい、嫌と言うほど分かっている。

 エルリーゼが馬鹿だという事など、今更語られるまでもなく知っている。

 何故なら、アレは自分だ。

 むしろ『俺にしてはよくやっている』というのが新人の素直な評価だ。

 そう、よくやっている。表面的に見れば他の誰にも出来ない偉業を達成している凄い奴に見える。

 だが……所々で粗が見える。あまりにも物事を軽く考えすぎているように見える。

 例えば今回のイベントだ。もう時間などほとんど残っていないはずなのに、何を大人しく囚われのお姫様などやっているのか。

 確かに一週間程度学園を空けた所で魔女がエルリーゼの不在に気付く可能性は低かっただろう。

 だが低いだけでゼロではないのだ。ならばエルリーゼは、すぐにでも学園に戻るべきだった。

 結果的には全て丸く収まったが……本当にこれは結果論だ。

 一歩間違えていれば全てが台無しになっていた可能性もあった。

 これも魂が分離してしまった影響だというのか……。

 

「エテルナの存在感がないのも、まあ無理ないのかもな。

このゲームの情報が何処まで正しいかは知らないが、少なくともエテルナルートとエルリーゼルートが共存不可能って事が示唆されてるようなもんだしな」

 

 向こうのアホ(エルリーゼ)は失念しているようだが、実はエルリーゼが学園を訪れたその瞬間に既にエテルナルートは消滅している。

 何故ならゲームにおいてエルリーゼルートは『一周目』限定でしか入れないルートであるのに対し、エテルナルートは『二周目』以降でなければ出現しないルートだからだ。

 つまりエルリーゼルートに一度進めてしまえば途中でエテルナルートに切り替えるのは絶対に不可能だし、その逆も然りだ。

 新人が何度かプレイして実験した結果、エルリーゼルートが出現しても、その途中で好感度を調節してマリールートやレイラルートに入る事は出来た。

 だがどうやってもエテルナルートへの切り替えは出来ない。

 つまり、向こうのアホ(エルリーゼ)が考えている『エテルナとベルネルをくっつけてのハッピーエンド』は悲しい事に既に実現不可能という事だ。

 

 ……このゲームの情報が正しいならば。

 

 不動新人は考える。

 このゲームの内容は……本当に全て正しいのか?

 こう考えるようになった理由は、とあるイベントを見たからだ。

 それは王都防衛戦での一幕……この戦闘はまずベルネル達でボスの『カラス』と戦い、相手のHPを0にするとイベントが進行して『カラス』がエルリーゼに突撃し……そしてベルネルがエルリーゼを庇って死亡する。

 この時、エルリーゼがベルネルを蘇生するのだが……エルリーゼの好感度を一定以上に高めていると、エルリーゼはベルネルと唇を合わせて人工呼吸を行うのだ。

 

 ――俺がそんな事をするか(・・・・・・・・・・)

 

 それしか方法がないなら、そりゃあやるだろう。

 人命救助が第一だ。免許を取る時にも心臓マッサージと人工呼吸のレクチャーを受けたが、『相手が野郎だったら人工呼吸はしなくてもいいぞ!』なんて教える馬鹿はいない。

 だがそれ以外に方法があるなら、男との接吻など選ばない。不動新人は男であって、同性と唇を合わせる趣味などないのだから。

 

 ところがゲームの中のエルリーゼは好感度次第ではそれをやる。

 そんな事をしなくても魔法で酸素を送り込む事など出来るはずなのに、まるで自らがそれを望んでいるように……むしろ人命救助を言い訳にして『仕方がないから』とやってしまう。

 このシーンにネットは沸いた。動画でもコメントが溢れた。

 ああ、裏事情を知らなければ美しいシーンに見えるだろう。エルリーゼの中身を知らなければ感動的だろう。

 まさに王道的な一枚絵だ。

 だが不動新人にとってこのシーンは、作られた偽物にしか思えなかった。

 ギャルゲというジャンルに合わせて本当は違うはずのシーンを、製作者の都合で捻じ曲げた紛い物にしか見えない。

 

「ゴフッ……カッ……」

 

 何かが喉に詰まったようにむせ、咄嗟に掌で口元を塞ぐ。

 咳が収まってから掌を見れば、ドロリとした赤い液体が付着していた。

 それを、あらかじめ机の上に置いてあった濡らしたハンカチで拭き取りながら新人は口元を弧の形に吊り上げる。

 

「こりゃあんま長くはねーな……だが、向こうに行く前にこっちでやれる事はやっておかねえとな」

 

 椅子から立ち上がり、ふらつきながら玄関へ向かう。

 こっちでやれる事は、もうそう多くはない。

 一応貯金は3000万ほどあり、これはもう全部引き出して相続税申告をしておいた。

 預金したままだと口座の凍結だの何だのが色々面倒なので先に全部出して、母や妹に分配したわけだ。

 生命保険にも入っているので自分の死後には数千万ほど家族の手元に入るはずだ。

 だがそれより、彼が今考えているのは向こうの世界とこっちの世界の繋がりであった。

 

 リンクしている……ように見える。

 エルリーゼの行動に合わせてゲームの内容が変わっているのも確かだ。

 しかしそれでも、ゲームは所詮ゲームだ。

 言ってしまえばただのテキストとCGとBGMとプログラム。そうしたもので構成された記録に過ぎない。

 画面の向こうの世界などない。液晶ディスプレイの中にあるのは偏光フィルタだとかガラス基板だとか……そういう、画面を構成している部品。それだけだ。

 今更考えるまでもない。誰でも分かる。

 

(データは所詮データだ……三次元の人間が二次元の世界に入るなんて事はあり得ない。

ゲームの世界なんてものは絶対に無い(・・)

だが実際に俺の片割れが『永遠の散花』の世界に転生していて、俺もそれを確認している。実際にエルリーゼと会って会話までしている。

……あいつは少なくとも、CGなんかじゃなかった。

なら、あいつが今いる世界はゲームの世界なんかじゃなくて、むしろゲームの方がその世界を……)

 

 疑問は尽きない。

 『永遠の散花』の世界にエルリーゼが入ったのか。

 それとも『永遠の散花』に似ている(・・・・)世界にエルリーゼが転生したのか。

 あるいは前提が逆で、元々そういう世界があって『永遠の散花』というゲームはその世界の映像を流しているだけに過ぎないのか。

 これらは似ているようで全然違う事だ。

 何より不可解なのは、エルリーゼの行動によってゲームの内容どころか世界の認識そのものが変わっている事。

 最初からこういう内容のゲームだったと……誰もがそう認識している。

 これは一体どういう事なのか。

 神の存在など全く信じていないが、それでもこんな事が出来る者がいるとすれば、それは神や悪魔と呼ばれる者以外にあり得ないだろうと思う。

 そして、もしもそれを知っている者がいるとすれば……それは製作者(・・・)以外にあり得ないだろうと新人は考えた。

 

「製作は……『アッティモゲーム制作プロジェクト』。住所は……電車で三時間てとこか」

 

 死を待つだけの身でもやれる事はある。

 向こうでもう一人の自分が馬鹿なりに頑張っているのだから、こっちでもやれる事はやっておくべきだ。

 そう考えた新人は身体を走る激痛を意思の力で捻じ伏せ、込み上げる嘔吐感を飲み干してコートを探した。

 普段かけている場所には何故かなく、離れた床の上に転がっている。

 

「……あんな所に置いた覚えはないんだがな。

おかしいな。記憶力はまだ問題ないと思ってたんだが……」

 

 何故かコートが移動しているという不可解な現象に首を捻るも、まあ自分で移動させたのを忘れただけだろうと結論付けて羽織った。

 医者から渡された鎮痛剤は使っていない。

 あれを使うと眠気が酷くて、まともに思考が出来なくなる。

 使わなければ常時拷問染みた激痛を味わう羽目になる……が、それでも新人は不敵に笑う。

 

「へ……ひでぇ面だ」

 

 鏡に映った自分の顔を見て、嘲笑した。

 肌の色は死人のようで、頬は痩せこけている。

 目元も窪んでまるでゾンビだ。

 一応髭剃りはしておいたし、髪も顔も洗ったが……それでもあまり清潔には見えないだろう。

 だが瞳だけは、出来る事を見付けた喜びで輝いている。

 ただ迫るだけの死を待っていた時とは違う。どんな形であれやる事が出来たのは、彼にとっては生きる原動力になる。

 

「さて……そんじゃあ神サマとご対面しに行きますかね。

土産話に期待しとけよ、エルリーゼ(向こうの俺)

 

 未だついたままのパソコンの画面……そこに映るエルリーゼにそう語りかけ、新人は家を出た。

 目指す先は――『永遠の散花』を制作したというゲーム会社だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十六話 不動新人

 昔から、何か(・・)が他人とズレていた。

 不動新人は幼い頃から、何処かが壊れていた。

 

 何がおかしくて何がズレているのか。それを一言で表すのは難しい。

 それは決して、パッと見て分かるようなものではないし、少なくとも普通に過ごしている分には彼は普通に見える。

 特別情に薄いわけではないが厚くもなく、善い奴ではないが飛びぬけた悪人でもない。

 大きく法に逸れる事はしないが内心では自分の得や利を考える。

 自分より恵まれている奴を妬み、自分より下にいる人間を見下して暗い優越感を感じる。

 そんなどこにでもいるような、普通の……ややダメ人間寄りではあるが、どこにでもいる人間に見える。

 表向きは暗く真面目に見えるが、その実内心では色々と愉快な事を考えている……がそれも別段おかしな事ではない。内弁慶やネット弁慶など今の世には掃いて捨てる程存在する。

 少なくとも、初対面で分かるようなあからさまな異常性などは有していない。

 虫や小動物を痛めつけて喜ぶような趣味はないし、漫画やアニメにゲーム、海外の映画などの架空の世界を楽しむという今の世界では当たり前の趣味もある。

 変わり者ではあるかもしれないが、しかし普通の変わり者だ。

 『変な奴には違いないが、何処にでもそういう奴はいるよね』という程度でしかない。

 

 だが、やはり何処かがズレていた。

 例えばそれは子供の頃。

 通学路の途中で、車にひかれた猫だった肉塊(・・・・・)が惨たらしい姿となって道路に転がっていた。

 友人達はそれを怖がっていたし、直視しないようにしていた。

 だが新人はそこに恐怖や嫌悪感を感じなかった。直視しても気持ち悪いとは別に思わなかった。

 猫を可哀想だと憐れんだし、轢き殺した運転手には酷い事をするなと微かな義憤も抱いた。

 だが、他の皆が持つ『何か』が彼には無かった。

 

 例えばそれは中学生の頃。

 何の落ち度もない同級生の少女が、ただ目を付けられたというだけで同じクラスの男達に苛められていた。

 大勢の男がよってたかって一人の少女を、ただ自分が楽しむだけの玩具にする。

 無意味に暴力を振るい、泣かせ、その惨めな姿を携帯電話で撮影し……。

 正直胸糞が悪かったし、これはダメだろうと彼は正義感と義憤を抱いた。

 だから、苛め返した。

 別に新人自身が苛めを受けていたわけではなかったし、少女とも特別親しい仲ではなかった。

 苛めグループとも表向きはとりあえず普通にクラスメイトとして接していた。

 だが、毎日繰り広げられる胸糞の悪い光景が気にくわなかったし、だったら自分が納得出来るものに変えてしまおうと考えた。

 だからまず、苛めグループのリーダー格の奴を説得し、駄目だったのでブン殴ってやった。

 当然反撃は受けたが、新人は全く気にしなかった。

 痛覚がないわけではなかったし、痛いとも辛いとも思ったのだが全てを意に介さず暴力を与えられた分だけ倍に返した。

 休み時間だろうが授業中だろうが通学中だろうが関係なしに、視界に入り次第殴りかかった。何度も何度も、泣くまで殴った。

 教師に叱られようが親を呼ばれて説教されようが、それでも繰り返した。

 それを、相手が学校に来なくなるまでやって……その次はまた、別の悪い奴を苛め始めた。

 

 ああ(・・)楽しい(・・・)

 なるほど、苛めグループなんていう胸糞悪いものが出来る理由がよくわかる。

 これは楽しい。すごく楽しい。病みつきだ。

 自分よりも弱い奴を、正義の味方になったつもりでブチのめすのはとても愉快だ。

 端から見ればこの時の新人は恐ろしく映っただろう。

 しかしこの時も、新人の心の中は至っていつも通りだった。

 殴り殴られながら、心の中ではハイテンションに、まるでゲームの実況でもしているかのように、見えない誰かに語り掛けるようにしながら、心の中であれこれと愉快な思考を展開していた。

 

 さあ、新人選手の渾身の一撃! こうかはばつぐんだ!

 おおっと反撃を受けた! これはピンチ!

 しかし怯まない! ここでメガトンパンチ! やったー、命中率の悪さを潜り抜けて見事当たりました!

 はいパンチドーン!

 KO! KOです! やりました新人選手!

 俺つえええ!

 

 彼の心の中の声を語るならば、このようなものだ。

 殴り合いという異常な場において、彼の心はおかしいほどのいつも通りだった。

 友達とゲームをしている時や漫画を読んでいる時と同じような、明るくて愉快な不動新人のままだった。

 そしてこの所業を行う時の彼には、決して怒りや憎悪といった表情はなかった。

 ある時は自分に酔って哀しむような顔をして、またある時は慈愛を感じさせる微笑みを浮かべたままやっていたのだ。

 

 そうして苛めグループが全員不登校になるまで苛め、救世主になったつもりで苛められていた少女に声をかけた。

 もう大丈夫だ。君を苛める悪い連中は黙らせたよ。

 そう言いながら彼は、これはもしかしてフラグが立つんじゃないかとか、惚れられたら困るなあとか、そんな普通であって普通ではない事を考えていた。

 

「嫌だ……近付かないで! 怖い!」

 

 しかし待っていたのは拒絶だった。

 全てが終わって周囲を見れば、向けられるのは恐怖の眼差しだけ。

 彼を普通の生徒として接してくれていた教師は問題児を見るような冷たい眼を向け、親兄弟からもゴミを見るような目を向けられた。

 学校はしばらく停学になったし、やりすぎたのかちょっとしたニュースにまでなってしまった。

 当たり前の結末……馬鹿以外は誰でも分かる。馬鹿だけが分からない。

 少し前に『永遠の散花』の不出来な二次創作を見た。その主人公は『苛めっ子をボコボコにした俺は人気者だ!』みたいな事を書いていたが……実際はそうならない。

 そんなおかしい奴は嫌われるだけだ。

 周りからバッシングされ、陰口を叩かれ、そして新人は思った。

 

「ああ……そっかあ。苛めは悪い事だもんなあ。

いやー参ったねこりゃ。苛めっ子を苛めたら、そりゃ俺も苛めっ子だ。怒られるのは当たり前だよなあ。

いやー、やっちゃった。こりゃ猛省ものだ」

 

 そう、普段と変わらぬ様子で話す彼の姿は果たして、周囲にはどう映ったのだろう。

 勿論友達や教師、家族から冷たく見られる事に悲しみはあった。だがそれも仕方のない事だと納得してしまえば、別段気にするような事でもなくなった。

 それでも周囲の反応からして、自分が何かおかしいという事くらいは分かった。

 だから彼は、いつもと変わらぬ軽いノリのまま何となく自覚したのだ。

 

 ――ああ、そっか。俺ってやつは……所謂クソ野郎って奴だったんだなあ。

 ま、クソならクソなりに周囲に合わせて平凡に生きていきゃいっか。

 でえじょうぶだ、問題ない。

 頑張れ頑張れ出来る出来る。

 

 足りなかったのは、現実感(・・・)

 彼はいつもどこか――ゲームのキャラクターでも動かしているかのように、現実感が希薄だった。

 ゲームをやっていて、とても悪い奴がいればその敵に怒りを覚える事もあるだろう。

 登場人物たちが不幸になる悲しい展開があれば胸糞の悪さを覚える事もあるだろうし、何とかしたいと思ってもおかしくはない。

 そうしてゲームの中の悪人に怒りを抱いて『何て酷い奴だ』と思った人物が、次の日にはゲームの中で主人公を操作して無意味に通行人を射殺したりひき逃げしたり、建物を壊したりして昨日怒りを抱いた悪人がマシに見える程の外道行為を働きながら楽しそうに笑っている事もある。

 それはおかしな事ではないし、その人物の良識が破綻しているわけでもない。

 強烈な二面性を持つわけでもなく、その人物は至って正常だ。

 何故なら現実ではないのだから。

 架空の世界の中で、許された範囲内で可能な楽しみ方を模索して実行しているに過ぎない。

 

 だがその感覚を現実に持ち込む者がいれば、それは明らかな異常だ。

 不動新人とは、そういうタイプであった。

 いつもどこか第三者視線で、自分の事なのにまるで自分ではないかのような他人事のような考え方をする。

 まるで自分自身がゲームの中のキャラクターであるかのように。

 そしてそれを操作している別の自分が何処かにいるように。

 現実なのに現実ではない。そんな奇妙な外れ方を彼はしていた。

 

 彼はそんな自分のおかしさを、大人になる頃には自覚していたし自制もしていた。

 だから人と極力関わらずに生きる道を選び、Webライターなどの家の中で自分一人で出来る稼ぎ方を見付けた。

 現実と架空の境界が曖昧な彼は、自らに死期が迫っているのに深刻に受け止めずに『人生そんなものだろう』と享受し……その一方で、ゲームの中の出来事に本気で感情移入をして落ち込んだ。

 エルリーゼも、新人も、その根元は同じだ。

 どちらも、何かがズレたまま生きている。

 本気になる場所が何かおかしい。本気になるべき場面で他人事のように考えてしまう。

 

 だが新人は、エルリーゼが何か変わりつつある事に気が付いていた。

 別人の身体だからだろうか。それとも脳が違うからだろうか。

 エルリーゼは根本を自分と同じとしながらも、少しずつではあるが……自分と乖離しつつあるような気がする。

 今の段階では、ただの予感だ。確証はない。

 だが少しだけ期待があった。

 

 あっちの世界なら……もしかしたら、こんな自分でも変われるのではないか。

 変わった自分を見る事が出来るのかもしれない。

 そんな期待感を持ちながら、分かたれてしまったもう一人の自分の為に、不動新人は行動を開始した。

 

 

 電車を乗り継ぎ、新人はゲームのパッケージ裏に書かれていた住所を訪れていた。

 売れているゲームの会社だというからもっと大きな物だと思っていたが、どうやら雑居ビルの1区画でやっているだけの小さな会社のようだ。

 ビルの横に看板が取り付けられ、そこに件のゲーム会社の名前も見える。

 場所は五階のようだ。

 新人は早速ビルの中に入り、エレベーターで五階へ向かう。

 そして目的の会社を発見し、早速受付へと話しかけた。

 

「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「電話で面会を予定していたフリーライターの不動です。伊集院さんはおられますか?」

「ああ、はい。少々お待ちください……伊集院さん! 本日の面会予定の方が来られました!」

 

 受付の女性は新人の容貌に若干怪訝そうな顔をするも、そこはプロだ。

 特に気にした様子もなく、社内にいた男へと声をかけた。

 新人はここに来る前に、あらかじめ電話で面会の約束を取り付けておいたのだが、伊集院というのは『永遠の散花』を制作したプロジェクトリーダーの名前だ。

 普通ならばこんなWebライター一人など相手にもされないだろうが、しかし新人がある言葉を電話越しに伝えるとこの男が釣れたのだ。

 その言葉とは……『エルリーゼ、102』。

 これだけだと何の事だか分からないかもしれないが、102というのは本来(・・)のエルリーゼの体重である。

 新人の魂の片割れが転生した後のエルリーゼは44㎏程度であり、今や誰もがエルリーゼの体重と聞かれればこちらを答えるだろう。

 『エルリーゼは102㎏のピザ』なんて言おうものなら、ファンに殴られるかもしれない。

 つまり、変わる前のゲームの内容を知らなければ反応しない言葉だ。

 その言葉(釣り針)にかかってくれたのが、この伊集院という名の男であった。

 

 間違いない、こいつは知っている。

 そう確信し、新人は不敵に笑った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十七話 製作者との対話

「カプチーノ一つ、それとパンケーキを。

不動さんは何か頼まれますか?」

「いえ、食欲がないものでして」

 

 件のゲーム会社を訪ねた新人は、あれから場所を変えて近くの喫茶店へと入店していた。

 対面に座ってカプチーノとパンケーキを注文しているのは、今回の面会に応じてくれた伊集院(いじゅういん)悠人(はると)だ。

 彼こそ『永遠の散花』のプロジェクトリーダーであり、あのゲームの神と呼べる存在である。

 外見は若々しいが、三十代くらいだろうか。

 短く纏めた黒髪と黒目。鋭角的な眼鏡をかけており、理知的な印象を抱かせる。

 もっとも眼鏡をかけていれば賢そう、などというのは一昔前のイメージなので実際はどうか分からない。

 スマホやパソコンが普及した現代では、眼鏡やコンタクトレンズが必須なほどに視力が下がっている者など別に珍しくも何ともないのだ。

 

「さて……早速で悪いのですが、聞かせてもらえませんか?

……『エルリーゼ、102』とは、どういう意味の言葉なのかを」

「エルリーゼというキャラクターの、本来の体重の数値です」

 

 伊集院の質問に、新人は隠す事なく答えた。

 すると伊集院は鼻で笑う。

 

「それはおかしな話だ。エルリーゼの体重は公式で44kgと設定されております。

もしかして、プレイした事もないのですか?」

「そう思っていたならば、貴方は面会を受けなかった。

……心当たりがあるから、こんなフリーのWebライターとの面会を、わざわざ貴重な時間を割いてまで受けたのだ。違いますか?」

 

 すっとぼける伊集院に、新人は確信を含んだ声色で尋ねた。

 もしも伊集院が言葉通りに考えているならば、この面会自体が成立していない。

 『忙しいので面会はお受けできません』とあしらわれて、それで終わりだ。

 何せ新人は有名な雑誌の記者でも何でもない。

 ただのフリーのWebライター……時間を割いてまでこうして話し合う旨味が向こうにはない。時間の無駄だ。

 それでも彼はこの面会を受けた。

 その時点で既に、心当りがあると言っているも同然なのだ。

 黙り込む伊集院へ、更に新人は語りかける。

 

「本来のエルリーゼというキャラクターは……あんなキャラではなく、もっと嫌な奴を露骨に全面に押し出した、エテルナの引き立て役で憎まれ役で、そして嫌われ役だった。

どのルートでも第二期……夏季休暇明けから冬季休暇までの間に悪役として好き勝手に暴れ回り、そして退場する……そんな役割だったはずです」

「…………なるほど。確かに、貴方は知っているようだ」

 

 新人の話を聞き、伊集院は小さく頷いた。

 それと同時にコーヒーとパンケーキが運ばれ、彼はコーヒーにミルクを二つ入れてスプーンでかき混ぜた。

 

「不動さん……貴方の言う通りだ。

エルリーゼというキャラクターは本来、魔女が本格的に登場する前の物語のトラブルメーカー……引っ掻き回す為の悪役のはずだった。

しかしどういうわけか、今のエルリーゼは本来の聖女以上に聖女らしいという、元々のエルリーゼとは180度方向性の異なるキャラクターになってしまっている。

そして……世界の誰もが元々そうだったと認識している……ゲームを作った当の開発チームや、会社の皆ですら。

正直、私は自分の頭がおかしくなったのかと疑っていましたよ」

「この変化に、貴方達は関わっていないのですか?」

「関わるなどと……出来るはずがないでしょう?

確かに私達ならば、エルリーゼの性格を変えてリメイク作を出す事くらいは出来ます。

だが、既に出したゲームを『元々そうだった』なんて、事実と過去を捻じ曲げるような事など出来るはずがない」

 

 伊集院はパンケーキにシロップをかけ、ナイフで切り分ける。

 そうしてからフォークで一口頬張り、コーヒーを僅かに口に含んだ。

 

「私はむしろ貴方が何か知っているのではないかと期待して今回の面会を受けたのですが」

「知っている……と言えば知っています。しかし荒唐無稽すぎて信じては頂けないとは思いますが」

「信じるか否かは聞いてから判断します」

 

 これは何ともおかしなことになってきた、と新人は考える。

 情報を求めてきたはずなのに、逆に情報を渡す事になってしまったようだ。

 だが話す事で何か道が拓けるかもしれない。

 流石に『俺がエルリーゼだ!』なんて言っても絶対信用されないので、ある程度の事実は伏せて話すべきだろうと新人は判断した。

 

「当のエルリーゼ本人が、幽霊のような状態になって時々こちらに渡って来ているのです。

ゲームの変化は彼女が向こうで行動した事によるもので、それに合わせて世界の認識も書き換えられています。

まだ見る事の出来ない部分は、彼女のいる世界がまだそこまで物語を進めていないから……不確定の未来だから、何をしても見られないのだと私は考えています」

「…………確かに荒唐無稽だ。何か証拠はありますか?」

「実際に姿を見せる事が出来れば一番なのですが……いつ現れるかは分かりません。

ただ、現れる場所は主に私のいる場所です。その繋がりがあるから私も、前のゲームの内容を覚えていられる」

 

 伊集院は考え込むように目と目の間を揉み解した。

 それから、脳を回転させる為かパンケーキを口に運んで糖分を補給し、咀嚼する。

 

「不動さんは今、どちらにお住まいで?」

「巣根齧利町にある不歳アパートの一室に」

「ふむ。部屋はまだ空いていますか?」

「ええ。確か隣が空き部屋だったはずですが」

「それは好都合だ」

 

 新人の返答に、伊集院は何かの手応えを感じたように頷く。

 そしてコーヒーを飲み、決定事項であるかのように言った。

 

「私もしばらく、そのアパートで暮らそう。

もしもエルリーゼが来たら、時間など気にせずにすぐに呼んで欲しい」

「え? しかしそれは……いいのですか? そんなに暇とは思えませんが」

「確かに暇ではない。だがそれ以上に、この謎を解明しない事には落ち着かないのだ。

自分が作ったものが私の手を離れてどんどん変わっているんだ。

放っておくにはあまりに不気味すぎる」

 

 なるほど、と新人は思った。

 確かに伊集院からすればこの件は不気味で仕方のないものだろう。

 例えるならば自分が描いた絵が勝手に動いているようなものだ。

 原因を突き止めたい気持ちは新人よりも遥かに強いかもしれない。

 

 そして、伊集院に『証拠』を見せる事が出来る日は、思ったよりも早く訪れる事となった。

 

 

 ベルネルと無事に和解(?)をしてしばらく経った日の事。

 冬季休暇を目前に控えた夜に、俺は気付いたら前の世界のアパートに戻ってきていた。

 俺の存在に気付いたのか、不動新人(あっちの俺)が布団からのそりと起き上がる。

 

「おう、来たか」

『ええ。また来ました』

 

 しかし我ながら酷い面をしている。

 何と言うか、もうゾンビだなこれは。

 肌は何か土みたいな色になっているし、頬も削げ落ちて目元も窪んでいる。

 目の下にはクマも出来ていて、おまけにガリガリで骸骨のようだ。

 これもう長くなさそうだな。

 新人(おれ)はおもむろにスマホを手にすると、何かを打ち込み始めた。

 

「エルリーゼ、これからここに一人来る。

俺とお前の関係は話すと面倒だし、オカマキモイとか思われるの嫌だから隠しておくぞ。

つーわけで、余計な事は口走るなよ」

『ええ……部外者入れていいんですか?』

「部外者じゃない。『永遠の散花』の開発リーダーだ」

 

 どうやら新人(おれ)の奴はいつの間にか、ゲーム開発者と接触していたらしい。

 俺の癖に随分アグレッシブに動くな。

 ゲーム開発者っていうと……やっぱ、こっちと向こうの繋がりを探る為だろうか。

 実際普通に考えりゃゲームの世界に転生なんておかしな話だ。

 『永遠の散花』は所詮、豊富なパターンの立ち絵と一枚絵、背景イラスト。それとサウンドとプログラムで組まれただけのデータに過ぎない。後は戦闘シーンのエフェクトやら何やら色々だな。

 ともかく、それで世界なんて出来るわけがないんだ。

 ならば俺が生きているあの世界は何なのか?

 ゲームに似た世界なのか。

 それとも、あっちが先でゲームがあの世界を真似ているのか。

 ……俺の行動でゲーム内容まで変わってるのを見ると、どうも後者のような気がするんだよな。

 

「お、来たようだ」

 

 ドアの向こうから、誰かが走るような足音が響いてきた。

 新人(おれ)はそれを聞いてドアの方に近付き、ドアスコープで外を一度見てからドアを開ける。

 すると、黒髪眼鏡の三十代……いや四十代? くらいの男が入ってきた。

 ほーほー、あれがゲームの開発者か。

 彼は俺の方を見ると、硬直して目を丸くする。

 

「……信じられない。本当にいた……」

『えーと……どうも、エルリーゼです』

 

 とりあえず軽く挨拶をしておく。

 ゲームの開発者っていうと、つまり今の俺から見れば神様みたいなものだ。

 もしかしたら彼の気分一つで世界ごと消せるかもしれないので、あまり不興を買うべきではないだろう。

 なのでまずは、友好的に接しておくとしよう。

 

「あ、ああ……よろしく。伊集院悠人だ。

一応、『永遠の散花』の開発リーダーをやっている」

 

 ふむふむ、伊集院さんね。

 OK、覚えた。

 

『それで、今回は何を話すんですか?』

「決まってるだろう。そっちの世界と、こっちにあるゲームの繋がりだ。

そっちでお前が行動すると、こっちでは最初からそうだった事になる……この謎をどうにかしたい」

 

 俺の問いに新人(おれ)は当たり前の事を聞くなとでも言わんばかりの顔で答えた。

 

『その謎を、そちらの伊集院さんが知っているという事ですか?』

「い、いや……私にも分からないんだ。

私以外の開発チームは、内容が変化している事にすら気付いていない。

皆、最初からそうだったと認識している」

 

 俺は、伊集院さんが何か知っているのではないかと期待したが、その返答は何とも頼りないものだった。

 どうやら彼も、この奇妙な変化については何も分かっていないらしい。

 あの世界の神とも言える人が何も分からないんじゃ、正直お手上げなのではないだろうか。

 

「ああ。だがやはりこの謎を解く鍵は『永遠の散花』にあると思う。

だから今更かもしれないが、『永遠の散花』というゲームは何なのか、一から洗い直してみたい。

そこにきっと、何かしらの手がかりがあるはずだ」

 

 新人(おれ)の言葉に伊集院さんが頷き、俺も流れで頷いておく。

 伊集院さんがいれば制作の裏話的なものも聞けるかもしれないし、何かの手がかりが隠れている可能性はゼロではないだろう。

 伊集院さんは新人(おれ)に促され、説明を開始した。

 

「『永遠の散花』……正式名称『永遠の散花~Fiore caduto eterna~』。

発売されたのは今から四年前で、売り上げは現時点で42万本。

制作会社はアッティモゲーム制作プロジェクト。

六人からなる開発チームによって開発された、我が社のナンバーワンヒット商品だ。

続編や人気キャラクターのマリーを主役にしたスピンオフも開発中だが、こちらは現在行き詰っている」

『何故行き詰っているんですか?』

「シナリオ担当の筆が遅いからだ。全く……いつまで経ってもシナリオを送って来ない。

これだからプロ意識の低いネット作家は……」

 

 『永遠の散花』はいつか続編が出ると言われ続けながら数年経ち、未だに何も出ていない。

 その理由はどうもシナリオを担当している人物にあったらしい。

 まあシナリオがなきゃどうしようもないわな。

 しかし……ネット作家?

 

「シナリオ担当はどういう人物なんですか?」

「実は私もよく知らないんだ。直接会った事はないからな……覆面作家というやつだ。

一応ネット上で会話しているが、顔は知らない」

『直接会わないんですか? 製作者同士なのに』

「元々『永遠の散花』というゲームの元は、大手小説サイトとのタイアップで開いたコンテストに応募された小説だったんだ。

そのコンテストは書籍化が保証される大賞や金賞の他にゲーム化確定のゲーム部門賞もあってな……そのゲーム部門賞を取ったのが『永遠の散花』だった。

その作家……ハンドルネーム『フィオーリの亀』は直接顔を合わせる事は一切なしのネット上のみでのやりとりを条件にしていてな……まあ、今の世の中ではそう珍しい事でもない。

何度か食事会にも誘ったのだが、答えはいつもNOだ。

だからシナリオ担当だけは我が社の社員ではない」

 

 伊集院さんの話を聞き、俺はなるほどと思った。

 つまりはネット上でチャンスを手にして成り上がった素人作家なわけか。

 

「ある意味では、彼……あるいは彼女こそ真の創造主と言える。

私達は所詮、彼の送ってくる文章に絵と音楽を付けているに過ぎない。

キャラクターの外見などを描いているのは別のイラストレーターだが、外見の特徴を細かく決めているのは奴の方だ」

「なら、そいつに話を聞こう。何処に住んでいて、何という名前なんだ?

流石に本名くらいは知っているだろう?」

「ああ。完成したゲームのサンプルを送る時などに住所と本名は知らなければいけないからな。

そこは問題ない。ちゃんと知っているよ。

彼の本名は……本名は…………」

 

 伊集院さんはそこまで言い、そして額を押さえた。

 しばらくうんうんと唸っていたが、やがて顔をあげると困ったように言った。

 

「……すまん、忘れた」

 

 ……おいおい。大丈夫かこの人。

 まあ社員でもない相手の本名など一々覚える必要もないのだろうが(ネット上でやり取りする際も恐らくハンドルネームの方を呼んでいるのだろう)、そこはしっかりしてほしい。

 早くも不安になってきたぞこれ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十八話 手がかりを求めて

「落ち着け、伊集院さん。

会社に行けば資料くらいあるだろう」

 

 シナリオ担当の名前を忘れてしまっていた伊集院さんに、落ち着くように新人(おれ)が声をかけた。

 うっかり名前を忘れてしまっていたとしても、これまで資料のやり取りをしたり完成したゲームのサンプルを向こうの住所にまで届けていたのは事実のはずだ。

 そしてシナリオ担当という重要な役割に就いている相手の名前と住所が、まさか記憶頼りなんて事はないだろう。必ずどこかにそれを記した控えがあるはずだ。

 親しい相手ならばともかく、そうでもない仕事で付き合いがあるというだけの、それも顔も合わせた事のない他人の名前と住所など丸暗記している方が珍しい。

 その事を新人(おれ)が指摘すると、伊集院さんはなるほど、と顔を上げた。

 

「確かにその通りだ。

確かに会社の方に、フィオーリの亀の本名と住所を控えた資料がある。

パソコンの中にもメモ帳がある。大丈夫だ、それを見れば分かる」

 

 人間とは忘れる生き物である。

 どんなに記憶したつもりでも、普段から使う物以外は記憶の中の引き出しにしまわれてしまい、引き出せなくなるものだ。

 だからメモを取っておく事は本当に重要である。

 いや、よかったよかった。

 これでシナリオ担当とは会う事が出来そうだな。

 といっても、それは伊集院さんが会社から資料を持って来てからの話だし、俺はたまにしかこっちにいないから、新人(おれ)と伊集院さんの二人に任せる事になりそうだが。

 それより、少し気になる事がある。

 

『ところで、フィオーリという名前なのですが……それって私達が暮らすあっちの世界の名前ですよね?』

 

 そう、それはシナリオ担当の名前だ。

 フィオーリとは、『永遠の散花』の舞台になっている世界の名前そのものである。

 どうにも俺はそこに嫌な予感を覚えずにはいられないのだ。

 まさかな、とは思う。

 だが本来あったはずの記憶を上書きするなんて真似、それこそ神でもなけりゃ出来ない事だ。

 本来あったはずの『永遠の散花』のシナリオや、皆から嫌われるクソ聖女エルリーゼの事を誰も覚えておらず、エルリーゼといえば誰もが俺の方を思い浮かべてしまうというこの状況……考えれば考える程に、道理では説明出来ない。

 

「それ自体は別にそこまでおかしな事ではない。

ハンドルネームに自作小説の主人公の名を付ける作者だって大勢いるんだ」

「確かにそうかもしれないが……今回に限っては、そうとも言い切れないだろう?」

 

 伊集院さんがハンドルネームがおかしいのはそれほど珍しくないと言い、それに反発するように新人(おれ)が異なる意見を発した。

 それにしても、さっきまで互いに他人行儀で丁寧に話していたのに、いつの間にか砕けた口調になっている。

 まあ、どうでもいいが。

 

「伊集院さん。確か『永遠の散花』の設定では、聖女が生まれるのは魔女の誕生を世界が感知して、それで新たな聖女を生み出しているんだったな」

「ああ。正確には世界が感知し、その意思を受けたマナが聖女を作り出す。

つまりは、魔女も聖女も世界の作ったシステムだ」

 

 新人(おれ)と伊集院さんが話しているのは、物語の根幹に関わる設定だ。

 魔女を生み出しているのも聖女を生み出しているのも、同じく世界の意思のようなものだ。

 これは攻略本に書かれた製作者インタビューで語られた裏設定的なもので、作中では明かされないのだが……魔女も聖女も世界が作っていると言っていい。

 ただし、何故世界がそんなものを作るのかは分からない。

 その謎は続編で明かされると言われているが、その続編は四年待っても未だに出ていないからだ。

 

「どうして世界がそんなものを作るのか……あんたなら知ってるんじゃないか?」

「……一応設定は聞かされている。

魔女とは元々、増長しつつあった人類を諫める為に世界が用意した世界の代理人だったという。

人類を永遠に統治し、行き過ぎた破壊をさせない為の抑制装置だったのだ。

しかしその魔女が何らかの理由で暴走して人類を滅ぼそうとし、そればかりか自然まで破壊し始めた事で世界は魔女を見限って次の代理人を用意した。それが名前だけしか登場しない初代聖女アルフレアだ。

しかし魔女を倒してもその怨念と力が聖女に宿って次の魔女になってしまった。

アレクシアが力と魂の一部を切り離してベルネルに与えてるだろ? あれを力と魂の全部でやっていると思えばいい。

そうして代行者を失った世界はまた別の代行者を用意し……後はその繰り返しだ……と説明された」

 

 へえ、そんな設定だったのか。

 つまり悪いのは一番最初の魔女って事になるな。

 そいつがトチ狂わなけばこんな事にはならなかった、と。

 はー、迷惑なやっちゃなー。

 

「もう一ついいか? 聖女の誕生は預言者によって預言されるというのはこのゲームのプレイヤーなら誰でも知っている事だが……そもそも預言者って何だ? そいつ等は何で聖女の誕生を予知出来る?

これ、作中で驚くほどスルーされてるよな」

 

 次に新人(おれ)が気にしたのは、聖女の誕生を予知するという予言者だ。

 まあ確かにこいつ等は大概意味わからんな。

 ゲーム中では聖女の誕生は預言者によって予知され、国のお偉いさんたちが引き取りに行くと説明されるが、そもそもそんな事を予知出来るそいつは何なんだよって話だ。

 しかし重要っぽいこの予言者という輩はゲーム中だと面白いほどにスルーされる。登場すらしない。

 伏線とかですらなく、本当に一切触れられないのだ。

 

「それは……分からん。聞いてもはぐらかされた。

まあ、ただの舞台装置で多分何も考えてないのだろうと思っていたんだが……」

 

 伊集院さんが腕を組んで、悔やむように顔をしかめた。

 きっと、無理にでも聞いておけばよかったと思っているのだろう。

 彼は俺の方を向き、遠慮がちに声を出す。

 

「ええと……エルリーゼ……さん、でいいでしょうか?

貴女の方では何か、知りませんか? そっちの世界にいるなら、我々が知らない事も知っていてもおかしくないと思ったのですが……」

『いえ、私の方でも特には……ただ、そういう役職の者もいるとだけしか伝えられていません。

ただ、アイズ国王ならば何か知っていると思います。

向こうに戻ったら、聞いてみる事にしましょう』

 

 アイズのおっさんはこの前の一件以降は俺に協力的な姿勢なので、聞けば何かしらの情報を得られるだろう。

 やはり持つべきは偉い人とのコネだ。

 まあ実際アイズのおっさんなら確実に預言者との面識があるだろう。

 何せ四代に渡って聖女を見てきた人物だ。

 偽物である俺を除外しても三人見ている。これで知らないって事はないはずだ。

 

「次にやるべき事は決まったな。

俺と伊集院さんはシナリオ製作者のフィオーリを探す。

エルリーゼは向こうで預言者を探す。

きっとどこかに、この世界と向こうを繋ぐヒントがあるはずだ」

 

 新人(おれ)の言葉に、伊集院さんと俺は頷く。

 向こうの世界で本来あるべきシナリオを変えると、どういうわけかこっちのゲームの内容まで変わり、更に俺達以外の全員の認識までが変わる。

 これが一体どういう理屈で成り立っているのか皆目見当がつかないし、そもそも人の理解出来る理屈なんてものはないのかもしれない。

 それでも、何かしらの答えは得られるはずだ。

 

「ところで一つ……いいか?」

 

 話が纏まりかけたところで、新人(おれ)が俺の方を向いた。

 何だろうか。まだ気になる事があるような顔だが。

 彼はパソコンを立ち上げると、無言でクリックして動画サイトを開いた。

 画面の中では『エルリーゼ』が国王に幽閉されたり、それをベルネル達が助けに向かったりしている。

 それが終わった後は王都襲撃なのだが……ゲームだとどうやら戦闘メンバーに『エルリーゼ』は入らずにベルネル達だけでカラスと戦う事になるらしい。

 実際と違うが……まあゲームだからね。

 で、戦闘が終了したらイベントで『エルリーゼ』が敵を蹴散らし、最後の抵抗としてカラスが突撃をした。

 するとベルネルが『エルリーゼ』を庇って致命傷を負い……。

 

 ……『エルリーゼ』が、ベルネルに人工呼吸をした。口で。

 いやうん、そりゃ人工呼吸は口でするものだけどさ……。

 

 ……。

 っはああああああああ!? お前何やってんのおおお!?

 いややってねーし! そんな事やってねーし!

 こっちは流石に『実際と違うがまあゲームだからね?』で済まねーよ!

 動画の中では『キター!』とか『ベルネル俺と代われ』とか『エルリーゼ俺と代われ』とか『魔法で何とでも出来るはずなのに何でわざわざ口付けを選ぶんですかねえ?』とか色々言われているがちょっと待て、マジでちょっと待て。

 俺ちゃんと魔法で対処したよね? 口に手を当ててそれで酸素送り込んだよね?

 何で画面の中の俺はマウストゥーマウスしてんの?

 お前ホモかよォ!?

 しかも一枚絵まで表示するとか……。

 

『ここでエルリーゼの好感度が50未満だと手で風を送り込まれるという塩対応をされますが、50以上にする事でキスのご褒美がもらえます。

だからここで死んでおく必要があったんですね』

 

 実況主が何か好き勝手言っているが、好感度高くてもやらねーよ!?

 俺は一体何を見せられているんだ……これは本当に俺か?

 メス堕ちしたパラレルワールドでも見せられているのか? 何の拷問だそれ。

 画面の中の光景が信じられずに俺があばばばしていると、新人(おれ)がニヤニヤしながら聞いてきた。

 

「で、お前これ実際にやったの?」

『やるわけね……ないでしょう! 別に口を合わせる必要なんてないのに何でわざわざ人工呼吸を選ぶ必要があるんですか!』

 

 あっぶね、伊集院さんがいるのに素が出そうになった。

 ともかく、これはやらない。絶対やらない。

 いやそりゃね? それしか方法がないなら……まあ、やるよ?

 心肺蘇生は時間が大事って一番言われてる事だし、やらなきゃいけない場面で『男だからやだ!』なんて言ってる暇はない。

 だがそれは、それしか手段がない時の話だ。

 他に方法があるのに、わざわざ選ぶ理由がない。

 

「だよなあ……となると、これはやはり本来は存在しない『ゲームを盛り上げる為に』作られた捏造シーンって線が有力か。

お前のそっちでの行動でゲームの内容が変わってるって前提も大分怪しくなってきたな。

……まあ、お前が単純にテンパって自分の出来る事を忘れてやらかした可能性もまたゼロじゃないが」

 

 新人(おれ)は溜息を吐き、そして疑わしいものを見るようにパソコンを見た。

 今まではこのゲームに表示されるものは、実際に向こうであった事、あるいはあったかもしれない事だとずっと思っていた。

 だがここにきて明らかな偽物のシーンを見せられたのだ。

 こうなると今までの前提そのものが揺らいでしまう。

 だが分かるのはここまでだ。

 この先の事を考えるには材料が足りていない。

 つまりは……やはり、先に進むにはシナリオ担当なり預言者なり、新しい推理材料を加えなきゃならないわけだ。

 

 冬季休暇中に向こうでやる事は決まったな。

 そろそろ、向こうで目を覚ます気配が近付いてきたし今回はここまでか。

 そんじゃあ新人(おれ)、しっかりやれよ。

 こっちも、それなりに頑張ってやるからさ。

 

 それとそのシーンは忘れろ。いいな?

 

 

 というわけで、目的も出来たところで気分サッパリ起床しました、中身クソの偽聖女エルリーゼです。

 何か『向こう』から戻ると少しハイテンションになるな。

 最高にハイ! というか気分爽快というか……無理に説明するなら今まで自覚していなかった眠気が覚めたかのような気分だ。

 それに明らかに力も漲って、魔力も上昇している。

 何かよくわからんがパワーアップ! 絶好調!

 ……いやごめん、本当は分かってる。

 多分あっちの俺からまた魂パクったからその分好調になったんだと思う。

 だから俺が好調になった分だけ、あっちの俺は更に衰弱してると思う。

 これもう、あんま向こうに行かない方がいいかもしれないな。

 といっても、俺の意思で行ってるわけじゃないからどうしようもないんだが。

 

 まあ考えても仕方ない。

 とりあえず、これからの事を考えよう。

 今は学園も冬季休暇に入り、これが明ければいよいよ第三期に入って物語も終わりへ近付く。

 ここから先は魔女との決戦までジェットコースターだ。

 ただしそれは俺の知る本来のゲームでの話。

 本来ならばどのルートでもこの時点でエルリーゼは退場しており、エテルナが真聖女である事が発覚している。

 そこからエテルナが真聖女の使命に恐怖したり、ベルネルが励ました後に決意したりと色々あって、ルートや攻略中のヒロインによってイベントが分岐する。

 が、ご存知の通り俺は退場していないし、エテルナも自分が真聖女だという事を知らない。

 なのでこの第三期は今まで以上に俺の知識が当てにならないだろう。

 

 それでも一応整理はしよう。

 まず、魔女戦の前にいくつかイベントがあるが大きなイベントとしては学園防衛戦がある。

 これは魔女が呼び寄せた魔物の大群が途中にあるルティン王国を滅ぼして学園に進撃し、それを生徒や教師達で迎え撃ってモブに大勢の死者が出るというものだ。

 最終的にはエテルナが聖女の力に覚醒して、ベルネル達と一緒に敵の大将……以前に俺がボコボコにして苛めた鬼みたいなモンキーを倒して、それで統制を失った魔物達が散り散りに逃げて学園が救われる。

 しかしこの世界ではそのイベントが起こる前に俺が先回りして魔物の大群をサンドバッグにしてやったので、これはもうないと考えていい。

 

 次に、変態クソ眼鏡によるヒロインストーキング&監禁イベント。

 これは必ずその時に最も好感度の高いヒロインに対して行われるが、アレクシアルートに限り時期が少しズレて、アレクシアが仲間になってから発生する。

 

 そして魔女戦。

 魔女戦は大きく分けると第三期中盤で発生する時と終盤で発生するパターン。それからそもそも魔女戦そのものが起こらないパターンの三つがある。

 戦いすらしないルートは、エテルナの会話イベントを進めて聖女として決意させた上で別のヒロインを選び、更にエテルナの好感度が一定値以下かつレベルが40以上の場合に起こる。

 聖女として決意を固めたエテルナは、ベルネルへの想いが実らない事を知りつつもベルネルの幸せの為に魔女を倒す事を決意して騎士達と共に戦いに赴く。

 ちなみにこの時、選択肢とレイラの好感度次第ではレイラが死ぬ。

 勿論このルートはエテルナが魔女化してラスボスだ。

 

 次に中盤で戦うパターン。

 実はこれが一番多く、意外と魔女は最後まで残らない。

 大体途中で、まだ日数が残っているのに最終戦っぽい雰囲気を出しながら魔女との戦いに突入して倒す事になる。

 これは主にエテルナルート以外で発生し、魔女を倒した後はイベントでエテルナが止めを刺して一度はハッピーエンドのような流れになるのだが……。

 ところがこの後に、エルリーゼの負の遺産が発動して聖女に恨みを持つ馬鹿な輩がエルリーゼとエテルナの区別も付けずにエテルナの生まれ故郷を襲撃して両親や友達を皆殺しにしてしまう。

 これは、エルリーゼからエテルナへ聖女の座が移行して間もない事で周知が遅れたというのもあったし、そもそも襲撃した馬鹿は聖女の名前なんか知りもしなかった。

 ただの農民であったその馬鹿は、ただ『聖女は許せない』という方向性を間違えた義憤でエルリーゼの働いた悪事をエテルナの悪事と誤解したまま『あの村は聖女の生まれ故郷だ』という情報を得てしまい、最悪の馬鹿をやらかす。

 結果、エテルナは人類に絶望してそいつを殺し、後戻り出来なくなる。

 まあ、魔女倒した時点でどの道手遅れなのだが、たった五年の平穏すらエテルナは持てなかったのだ。

 ちなみにアレクシアルートのみ魔女が死なずにのうのうと味方入りする。

 勿論参入と同時に装備を全部奪って資金に変えた。

 

 終盤で戦うのはエテルナルートのみ。

 このルートではエテルナ関連のイベントが増え、決戦時期が終盤までシフトする。

 そして魔女を倒し、エテルナもベルネルの腕の中で死ぬ。

 他の結末に比べると幸せな最期だが、どのみち報われない事に変わりはない。

 何この子不遇。

 もうマジで画面に映さないのが一番幸せなんじゃないかなこれ。

 

 で、まあ……結論から言うとだ。やっぱりこれらの知識は当てにならない。

 だって基本的にこれらはエテルナが聖女と発覚している事をトリガーにして発動するイベントだ。

 魔物の大群は既にボコボコにしたし、まだフラグが生き残ってそうなのは変態クソ眼鏡による監禁イベントくらいだろう。

 

 なのでここから先は今まで以上に暗闇の中を突き進む事になる。

 マジでこの先どうなるか、ちょっと分からない。

 けどまあ、何とかしましょうかね。何よりも俺自身の気分の為に。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十九話 預言者のもとへ

 学園は冬季休暇に入り、普段の喧騒が嘘のように静まり返っている。

 運動場ではせっせと自主練や模擬戦に励む生徒もいるが、それでも普段に比べれば何とも静かだ。

 そんな学園で、俺は現在一人の来客を迎えていた。

 いや……一人というには語弊があるだろうか。

 その人物は大勢の護衛を引き連れているので正確には数十人だ。

 普段は俺の私室になっている学園五階の来賓用エリアで、俺とその人物はテーブルを挟んで対面していた。

 

「ご足労感謝します、アイズ国王。しかしわざわざ来られなくても、私がそちらに向かいましたのに」

「いえ。貴女が私を必要とするならば、どこにでも駆け付けましょう。

もっともその程度で私の罪は消えないでしょうが……」

 

 俺と対面しているのは、前回の誘拐事件の主犯であるビルベリ国王、アイズだ。

 以前とはうってかわって、このおっさんは今では妙に俺に友好的になっている。

 ……いやまあ以前も表面上は友好的だったけど。

 ともかく、あの誘拐事件の後に俺はこのおっさんのやった事を一切咎めずに無罪放免とした。

 まあこのおっさんもベルネル達を無罪にしてくれたので、ここで俺が喚いて有罪(ギルティ)! なんてやったら空気読めてないみたいだし。

 後、アイズのおっさんが一番心配している魔女討伐後の俺の魔女化については、それはあり得ないとだけ話しておいた。

 流石にこのおっさんに全容を明かすとエテルナに危害が及びそうなので言わなかったが、何故か信用してくれた。

 いいのか? こんな不確かな話を信じるキャラじゃなかっただろう、お前さんは。

 一体何があった。

 今回も、俺がおっさんに直接会って話したい事があると手紙を送ったら、何と返事どころか本人が直接やって来てしまった。

 王様なのにフットワーク軽すぎん?

 

「それで……貴女がこの老害の知識を必要としていると聞きました。

何が知りたいのですか?」

「私が知りたいのは、『予言者』と呼ばれる者についてです」

 

 俺が預言者の事を話題にあげると、アイズの眉が上がった。

 この反応は、やはり何か知っていそうだ。

 

「代々、聖女の誕生を予言しては時の権力者に聖女が生まれる場所を伝えるという予言者ですが……私は不思議な事に、それがどういう人物なのか、何処にいるのか……全く知りません。

そもそも予言というのがよく分からないのです。

私も魔法にはある程度精通していると自認しておりますが、未来を見通すなどと……そんな事が可能な魔法はありません。

だから分からないのです。予言者とは一体何者ですか?」

「ふ……貴女である程度(・・・・)だったら、貴女以外の全員が魔法の素人になりますな」

 

 俺の言葉にアイズのおっさんが冗談めかして笑う。

 あ、やっぱり? いやー、俺って天才すぎるからさ。正確には俺っていうかこの身体が、なんだけど。

 でもまあ謙虚って日本人の美徳じゃん?

 本当は俺がこの世界でトップクラスに魔法に精通している事くらい分かってるけど、そこはリップサービスみたいなもんだよ。

 

予言(・・)者ではなく正確には預言(・・)者……未来を予知しているのではありません。

神の意思を聞き、それを代弁する者を預言者と呼んでいます。

聖女が神の代行者ならば、いわば預言者は神の代弁者。

その存在は代々、王を継いだ者のみに伝えられ、住処も極秘中の極秘とされてきました」

 

 おっさんの説明に俺はふむふむと頷く。

 なるほど、ニュアンスが違ったのね。

 未来を予知してたわけじゃなく、神……多分これは聖女を生み出しているのと同じく世界だろう。

 その意思を聞いて、聖女の誕生を予知出来ていたと。

 これならば『未来を読んでいた』よりは余程納得出来る。

 何せ聖女と出所が同じだ。そりゃ分かるよなって話になる。

 問題はそんな重要な奴が何で隠されてるのかって話だ。

 

「何故隠されているのですか?

それほど重要な方ならば、王家で抱えて厳重に保護すべきだと思いますが」

「その理由は、実際にお会いすれば分かります。私も最初は度肝を抜かれました」

 

 会えば分かる、ねえ。

 まあそう言うんだったら、実際に会ってみようじゃないか。

 勿論許可が降りればの話ではあるが。

 

「教えて頂けるのですね?」

「はい。ただし、連れて行けるのは貴女だけです。

他の者は同行させる事が出来ません。

……正直、貴女を連れて行くだけでも、契約違反スレスレですからね」

 

 俺だけか。まあ問題はない。

 そもそも俺に護衛とかいらないからな。

 しかし国王を相手に契約を結び、それを守らせているとは……もしかして預言者って聖女よりも実質的な立場は上なのかな。

 聖女って表向きは世界最高の権力者だけどその実態は生贄だからな。

 

「お、お待ちください。お二人だけで向かうのはあまりにも……せめて私を護衛として……」

 

 俺の側に控えていたレイラが何か言い出した。

 おいスットコ。君、話聞いてた?

 アイズのおっさんもレイラを冷たく見上げ、厳しい口調で言う。

 

「駄目だ。預言者の場所を知る事が出来るのは王を継ぐ者のみ。

本当ならばエルリーゼ様すら連れていけない場所なのだ。

これ以上の例外は出せん」

「しかし……」

「レイラ」

 

 おっさんに諭されても、尚も反論しようとするレイラの言葉を遮る。

 ここであれこれ騒いでも仕方がないし、あんまりレイラに駄々をこねられておっさんに「もういいや」なんて言われて預言者の所に連れて行ってもらえなくなるのは困る。

 なのでここは、レイラに黙っていてもらおう。

 

「私なら大丈夫です。信じて、待っていて下さい」

「う……」

 

 必殺、『信じろ』攻撃。

 これをやるとレイラは黙るしかなくなる。

 何故なら主である俺にそう言われて尚も何か言うのであれば、それは『信じていない』と言っているに等しい。

 だが筆頭騎士として俺に仕える立場にあるレイラは、そんな不信を表に出す事は立場上出来ないのだ。

 

「……分かりました。エルリーゼ様がそう仰るならば……」

 

 レイラはまだ何か言いたそうな顔をしているが、とりあえず静かになってくれた。

 これでよし。

 そんじゃあ早速、預言者の所に案内してもらおうか。

 幸い今は冬季休暇だ。目立つようなイベントは何もない。

 ベルネルにはヒロインごとの個別イベントがあると思うが、まあこっちは殺伐としたものは何もないのでノータッチでいいだろう。

 

 

 預言者が住むという場所へ向かう足……意外ッ! それは『汽車』ッ!

 この世界にも汽車がある事は知っていたが、実は乗るのはこれが初めてだ。

 大体いつもは自分で飛ぶか、馬車なので何だか新鮮である。

 俺はアイズのおっさんと向き合う形で椅子に座っており、やる事もないので窓の外を眺めていた。

 しかしそれも暇なので、とりあえず話を振ってみる。

 

「極秘にされている住処に、線路が引かれているんですね……」

「ええ。もっとも、そこに向かう汽車は王族専用車のみです。一般人は絶対に向かう事が出来ません」

 

 そっかあ……汽車かあ……。

 まあよく考えれば当然かもしれない。

 預言者の所には王を継ぐ者だけが行かなければいけない。

 という事は当然御者が必要な馬車なども利用出来ないってわけで……しかしまさか王様一人で徒歩で向かうわけにもいかないだろう。

 今は大分世界は平和になっているし、道を歩いていても魔物と出くわす可能性は千分の一以下にまで落ちたと聞かされているが、逆に言えば一昔前は今の千倍以上の確率で魔物とエンカウントしていたという事だ。

 そんな危険地帯を王様一人で歩いて行くわけがない。

 だが汽車があっても危険っちゃ危険だ。

 魔物が汽車に乗り込んでくる可能性だってゼロではないだろう。

 そもそも線路を魔物が破壊してしまう事だって十分あり得る。

 

「しかし汽車があっても王の一人旅とはまた、随分と危険な事をしますね」

「一人旅の一つも出来ぬ者に王になれる器はない……代々そう伝えられ、一人で預言者に会い、預言を受ける事が王になる為の試練であり、儀式になっているのです。

私もかつて……王となってリリアを救う事を夢見て、この試練を受けたのです。

そして我が息子もかつて、この汽車に乗りました」

 

 寂しそうに話すおっさんに、俺は何も言えなかった。

 重い……何故ここで、こんな重い話をするんだ、おっさん。

 それあれだろ。頑張って王様になったのにリリアとかいうアレクシアの前の聖女を救えなかったって話じゃん。

 確かその人、真実を教えたばっかりに魔物に特攻して惨たらしく喰い殺された人だろ。

 で、息子も乗りましたって……でも、今もあんたが王様じゃん。

 王様になる為の試練に息子が挑んだのにあんたが王様続行してるって事はつまり……その息子さん、死んでるって事だよね?

 試練に失敗したのか、それとも成功した後に死んだのかは分からないけど。

 空気重くなるから、そういう話はやめて欲しいんだよなあ……。

 

「……ところで、王以外は預言者の住処を知ってはいけないという話でしたが、この汽車を動かしている人達は大丈夫なのですか?」

「問題ありません。この汽車の乗組員は全て、預言者に仕える一族から選ばれた者達です。

我々は『守人』と呼んでいます」

 

 おっさんが言うには、この汽車を動かしているのはそもそも王国側の人間ではないらしい。

 守人ねえ……勝手なイメージかもしれないけど、何か腰蓑だけ付けて上半身裸で槍持ってて、顔に変な模様が付いててこっちの言葉が通じないイメージがあるわ。

 まあ汽車を動かせるんだから、そんな事もないか。

 

「守人……ですか。

どのような人達なのか、会うのが楽しみです」

 

 まあ俺が想像するような未開の部族の人達って事はあるまい。

 きっともっと、賢そうで意表を突いた姿をしているんだろう。

 もしかしたら案外、こっちより文明が進んでいるような先進的な恰好だったりしてな。

 そう考えていると突然ドアが開き、何かが出て来た。

 

「ダノモマー! ゾタキテッソオラカラソガノモマ!」

 

 !?

 

「マサジョイセマサウオ! スマシリモマオガチタレオ!」

 

 !?

 

 ドアを開けて出て来たのは……何あの……何?

 動物の毛皮のようなものを着た毛深い猿のような何かであった。

 いや、猿じゃないな。猿よりは人に近いが……いや、でもやっぱ猿だろあれ。

 しかも何言ってるか全然分からねえ……。

 俺は確認するようにおっさんを見ると、おっさんは静かに頷いた。

 

「守人です」

 

 ふざけんな! アレ、どう見ても原人じゃねえか!

 確かに俺の意表は突かれたけど、逆方面で突かれたよ!

 何で俺の想像より遥かに知能低そうなんだよ! 未開の部族通り越して原始人じゃねえか!

 何だよあの手に持ってる武器。木の棒に石をくっつけてるだけだぞ!?

 

「あの……何て言ってるんですか、あれ」

「分かりません。ただ、酷く慌てているようですね」

 

 どうやらおっさんも言葉は分からないらしい。

 しかし守人達は俺とおっさんを取り囲むように立ち、武器を構えて円陣を組んだ。

 これは……一応、守ろうとしてくれてるのか?

 

「イナブアハクカチノドマ! テレナハ!」

 

 何かを俺達に訴えかけているが、やはり何を言いたいのか分からない。

 すると俺とおっさんの手を引いて窓から離そうとし始めた。

 何? 何なの?

 そう思っていたが、次の瞬間に俺とおっさんを窓から離そうとしていた奴が、窓に近付いてきた巨大な鳥の足に掴まれて連れ去られてしまった。

 あー……なるほど。窓の近くは危ないって伝えたかったのね。

 

「どうやら魔物の襲撃のようですね」

 

 窓の外を飛ぶのは、全長3mくらいの巨大な鳥だ。

 翼の部分は黒く、他は白い。

 顔立ちは可愛らしく、愛嬌がある。

 鳥はこちらを見ると、一声鳴いた。

 

「バーカ!」

 

 何かむかつく鳴き声だった。

 ああ思い出したわ。こいつバーカドリだ。

 ゲームにも登場する雑魚モンスターだ。

 

「ケイズワマカニレオ! ダンルスリモマオヲリタフオ!」

 

 捕まった守人は何か喚いているが、相変わらず何を言っているのか分からない。

 まあ、多分『早く助けろよ! お前等のせいで俺は捕まったんだぞ!』とか、そんな所だろう。

 猿なんか助ける趣味はないんだが……まあこのままだと寝覚めも悪い。

 ちょっくら行って来るか。

 俺は窓枠に足をかけて飛翔し、一瞬でバーカドリの頭上に移動した。

 そして光の剣で叩き斬り、落ちていく守人を抱えて汽車に戻った。

 

「イゴス! イヨツ!」

「マサジョイセ! タレクテケスタヲマカナ!」

 

 汽車に戻ると他の守人が騒ぐ。

 多分喜んでるんだろう。

 それから俺が助けてやった守人が俺の手を握り、泣きながら何かを言い始めた。

 

「ウトガリア! ウトガリア! ダンジンオノチノイ!」

 

 何言ってるか全然分からんが、多分お礼を言ってる……んだと思う。

 猿に感謝されてもなあ……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十話 預言者

 あれから、何か猿共に懐かれた。

 魔物の襲撃から数十分が経ち、その間ずっと守人達は俺の周りで何かを言っている。

 更にドアの向こうから別の守人がやって来たと思ったら、そいつは何か鳥を焼いたと思われる肉を木の棒に刺していた。

 それを置く皿すらなく、何と葉っぱを皿代わりにしている。

 何でこいつら、汽車動かせるの?

 この汽車本当に大丈夫?

 

「マサジョイセ! クニイインバチイ! ゾウド!」

 

 何か言いながら、俺の方に肉を差し出してきた。

 何? それもしかして助けたお礼か何か?

 いや、焼いただけの肉はあんまり喰いたくないんだけど。

 というかそれ、さっき倒した鳥だろ。尚更いらんわ。

 ていうかこの身体になってからというものの、そもそもそんなに多く食べない。

 前世では病気にかかる前は人並みには食べてたんだけど、エルリーゼになってからはむしろ省エネだ。

 魔力循環を覚えてからは尚更その傾向が強くなり、今では五日間くらいなら飲まず食わずでも余裕で過ごせるし、トイレにもあんまり行きたくならない。

 本来のエルリーゼはむしろ大食漢だったはずなんだけどな。

 それはそうと、俺に肉を差し出している守人自身が鳥肉を物欲しそうに見ていて涎まで垂らしている。

 

「……どうぞ、遠慮なさらずに皆で分け合って下さい。私は今はお腹は空いていませんので」

「マサジョイセ! イシサヤ!」

 

 俺がお前等で喰ってろと促すと、大喜びで齧りつき始めた。

 どうでもいいけど、こいつ等何で俺の事をマサジョイセとかいう変な呼び名で呼んでるんだろう。

 それから猿共の相手にうんざりしつつ過ごしていると、やがて汽車は森の前で停車した。

 どうやら目的地に着いたようだ。

 

「タシマキツ。イサダクテリオテケツヲキ」

 

 守人に降りるようジェスチャーで促され、俺とおっさんは下車する。

 それに合わせて守人もワラワラと汽車を降り、俺とおっさんを守るように囲んだ。

 

「スデキサノコ。マサジョイセ、テケツヲキニトモシア」

 

 マサジョイセという単語が入っているので多分俺に何か言っているのだろうが、何を言っているかは分からない。

 先頭の守人が歩き始め、それに合わせて俺とおっさんも森の中を移動した。

 森の中は……まあ割と平和なものだ。

 リスのような動物が木々を飛び移り、俺の肩に乗って別の木へ跳躍した。

 鳥が木に止まって鳴き、木々の間から虎のようなサイズの猫が顔を出している。

 何だあれ……猫が進化して虎みたいなサイズになったのか、それとも虎が大人しくなって猫みたいな顔になったのか……まあどっちでもいいか。

 ともかく地球にはいないタイプの猫だ。

 思えば俺は魔物は頻繁に狩っているから色々なものを見るが、この世界の野生動物というのはそんなに見ていないな。

 

「スデキサノコ」

 

 守人が立ち止まり、そして手で先に行くように促してくる。

 この先に預言者とやらがいるわけか。

 それじゃあ、いっちょご対面といきましょうか。

 俺とおっさんは守人を残して先へ進もうとする。

 だが、それと同時に奥の方から声が聞こえてきた。

 

「待っていたぞ……この先にはエルリーゼのみが進むがよい」

 

 この声の主が預言者なのだろうか。

 まだ名乗っていないのに俺の名を知っているのは、聖女の誕生を予知出来るから……ではないだろうな。

 仮に聖女の名前が分かるとしても、俺は偽物だ。説明がつかない。

 おっさんが心配そうにこちらを見ているので安心させるように頷いてやり、それから奥へと進んだ。

 

 やがて進んだ先にあったのは、木々に囲まれた不自然に開けた空間であった。

 そこには一つだけ湖があるだけで、他には何もない。

 何だ? 預言者なんかどこにもいないぞ。

 それともこの湖に飛び込めばいいのか?

 そう思い、湖を覗き込もうとすると、水が盛り上がって何かが顔を出した。

 出て来たのは――亀だった。

 大きさにして甲羅だけで5mはあるだろうか。

 人を乗せて泳げそうなサイズの亀だ。

 なるほど、こいつに乗って湖の中に行けという事かな。

 何か浦島太郎みたいだな。

 

「よくぞ来た、真を超えた偽りの聖女よ。

お前が来るのを待ち続けていたぞ。

私はプロフェータ……人は私を預言者と呼ぶ」

 

 乗ろうかと思っていたら、何と亀が口を開いて話し始めた。

 預言者の所への案内役と思ったら、まさかの亀が預言者であった。

 なるほど、おっさんが『会えば分かる』って言ってたのはこういう……。

 預言者っていうから勝手に人間を想像していたが、そもそも人ですらないのね……。

 ていうか喋る動物って魔物じゃねえか。むしろ大魔じゃねえか。

 こいつ実は魔女の手先か何かじゃないのか?

 

「魔物……ですか?」

「カッカッカ、そう思われるのも無理はない。

だが私は魔物ではないよ。

ただ、世界の言葉を代弁する者として世界に選ばれただけの亀さ」

 

 世界に選ばれただけの亀って何気にパワーワードだな。

 一応言いたい事は分かる。

 聖女っていうのは言ってしまえば世界に選ばれた人間だ。

 このプロフェータも同じように、世界が選んだ存在なのだろう。

 だが何故亀なのか。これが分からない。

 

「亀である理由が知りたいかい? 何の事はない。

単純に人よりも寿命が長いからさ。

私の種族であるミレニアムタートルは長く生きる個体なら千年以上生きられる。

より永い年月を生き、聖女の誕生を預言し続けろという世界の意思なんだろう」

 

 なるほどね。つまり世代交代の手間を減らしたわけだ。

 しかし疑問なのは、だったら聖女も人間じゃなくていいんじゃね? ってことだ。

 そもそも人間っていうのは根本的に戦闘向きじゃない。ガチでやりあえば家猫にも負けるクソ雑魚と言われている。

 こっちの世界じゃ訓練すれば超人染みた動きが可能になるし、魔法もあるから必ずしもそうとは言えないが、それでも基礎スペックはやはり獣>人間だ。

 だったら人間よりもずっと強い熊や虎を聖女(?)にして魔法と知性を与えれば歴代の聖女を大きく上回る強さになるだろう。

 勿論俺ほどじゃないだろうという確固たる自信はあるがね。

 だから強い動物を聖女(?)にすれば……すれば…………すれば――。

 

 ……あ、駄目だな。魔女に辿り着けねーわ。

 聖女が魔女との対決に臨むには、まず魔女の取り巻きや魔物、大魔を何とかしなきゃいけない。

 つまりは騎士や兵士を犠牲にしながら突き進む必要があるのだが、例えば熊が聖女だったらそもそも人間はそんなのを守ろうとしないだろう。

 だって魔物との区別つかねーもん。

 預言者が『この熊は聖女です』と伝えても、それで果たして騎士達が命を盾にするだろうか?

 守るべき対象、熊だぞ。

 だからといって、人間の助力を得られないならば同じ戦法は取れない。

 いくらその熊聖女の知能が高かろうが、他の動物は動物のままだ。そいつの為に盾になったりはしない。

 つまり聖女を人間以外にしてしまうと、その時点で孤軍奮闘が確定する。

 いくら強かろうがそれじゃ無理だ。魔物との物量差に負けて殺される。

 

「私を偽りの聖女と言いましたね。ならば貴方は私の正体を……」

「ああ、知っているよ。お前さんは聖女じゃない。

ただ聖女と同じ村に生まれ、才能に溢れていただけの別人だ」

 

 ふむ、やはり分かっているか。

 まあこいつ自身が他ならぬ、聖女の誕生を預言してきた存在だ。

 そりゃあ聖女とそうでない奴の違いくらいは分かるだろう。

 だが解せないのは、何故俺の名を知っていたか。そして何故俺が来る事を知っていたかだ。

 

「さて、何が聞きたい?

こっちは会話に飢えてるんだ。聞かれりゃ大抵の事は教えるよ。

あの猿共とは会話が成立しなくてねえ」

「何故私の名を知っていたのですか? それに、私が今日ここに来る事も予め分かっていたような口調ですが……」

「カッカッカ。勿論知っているさ。

私はね、ここにいながらにして世界で起こっている様々な出来事を知る事が出来るのさ。

だからお前さん達の物語も、私は全部見ていた」

 

 うわあ、ひでえ能力。プライバシーも何もあったもんじゃねえな。

 だがそれなら俺の名前や、今日ここに来る事を知っていてもおかしくはない。

 元々預言者っていうのは神……世界の意思を代弁する者だと聞いた。

 世界ならば確かに、全ての出来事を把握しているだろう。何せ自分の上で起こっている事なのだから。

 そしてその世界の意思を受信する預言者ならば全てを把握出来る……ってとこだろう。

 そう納得しかけたところで、プロフェータは更に語る。

 

「待ち続けていた、とは?」

「ああ、ずーっと待っていたよ。話すのを楽しみにしていたんだ。

何故ならお前さんは、特異点だ」

 

 特異点? 一体何のこっちゃ。

 何を言いたいのかサッパリ分からん。

 

「すみませんが、意味が分かりません。

もう少し詳しく説明して頂けるとありがたいのですが」

「ああ、そうさな。まずは説明しなきゃ分からんだろう。

ただ、これから話す事は荒唐無稽だ。信じるも信じないもお前さん次第だよ」

 

 荒唐無稽ねえ。

 魔法が存在して、世界に意思があって魔女や聖女なんてものを作っているこの世界で今更そんなものはないと思うが……まあ一応聞いておこう。

 もしかしたら、俺の予想もしなかったような面白話が聞けるかもしれない。

 

「つい先程言ったように私はこの世界のあらゆる出来事を見る事が出来る。

だがある時……恐らくは寿命が近付いて魂が世界から離れかけたのが原因だとは思うが、こことは異なるチキュウなる世界の事を見る事が出来るようになった」

 

 これは早速ビックリだ。

 何とこの亀、地球の事まで覗き見出来るらしい。

 彼は緩慢な動きで首を振りながら話を続ける。

 

「そこには不思議な事に、こちらの世界の出来事を記したゲエムなるものがあってな……『永遠の散花』というのだが、まるで誰かがこちらの世界を覗き見でもしたかのように、極めてこちらの世界に近い物語がベルネルという青年を中心に描かれていた……絵は少し変だったがな。やけに目が大きくて鼻が点みたいだったし……」

 

 へ、変だと? この亀、今二次元絵を変と言いやがったのか?

 二次元絵は多くの先人が研鑽と洗練を続けた果てに行き着いた萌え文化の芸術だ。変なんかじゃねえ。

 萌え絵はデフォルメの文化だ。リアルに描くもんじゃねえんだよ、この亀!

 ……って、そうじゃない。

 どうやらこいつには、ゲーム知識があるらしい。

 

「だが明らかに一つ、おかしな部分があった……それがお前さんだ、エルリーゼ」

「私……ですか」

「ああ。お前さんは偽りの聖女だが……真を超えた偽りだ。

過去、お前さんほどの偉業を為した聖女も、お前さんほどその名に相応しい聖女もいなかった。

皮肉なもんだね……偽物が一番本物みたいだなんてよ。

こうして実際目の前にしても、偽りの聖女なんて信じられないくらいさ。

……だがどういうわけか、そのゲエムでの『エルリーゼ』は……まるでお前さんとは似ても似つかない、醜悪極まる女として描かれていた」

 

 プロフェータが語るゲームの内容に、俺は息を呑んだ。

 俺とは全く違う醜悪極まる女であるエルリーゼ……それはまさしく、本来のエルリーゼだ。

 内面を言えば俺も本当のエルリーゼもそう大差はないが、向こうはガワすら取り繕っていない。

 この亀もどうやら俺の事をガワだけで見て聖女らしい偽聖女と認識しているようなので、やはりこいつが語る『エルリーゼ』とは俺が知る本来のピザリーゼで間違いないだろう。

 しかし何故プロフェータは変化する前の世界のみを観測しているのか……これが分からない。

 星と同じようなものなのだろうか?

 俺達が夜空に見る星は、実際には現在の姿ではなく過去の姿だというアレだ。

 例えば太陽の光は八分かけて地球に到達しているので、俺達が見ている太陽は実際には八分前の過去の太陽だという事になる。

 星々もそれと同じで、どれ一つとして現在の姿はない。

 数年か数十年か、あるいは数百年か……ずっと昔に放たれた光が遅れて地球に届き、そして俺達は星の過去の姿を見る。

 それと同じで地球とこの世界の距離的なものが開いているのではないだろうか?

 だからプロフェータは過去の地球しか観測出来ず、変化した後のシナリオを知らない……というのはどうだろう? これで説明するのは少し無理があるか?

 うん、無理しかないな。

 

 そもそも過去っていうんなら、俺自身がある意味過去に飛んでいる。

 俺は『永遠の散花』を最後までプレイした。

 もしも『永遠の散花』というゲームが、この世界を観測した誰かによって描かれたものだとするならば俺は本来、物語がとっくに終わった未来にいたはずだ。

 ところが転生した俺はエルリーゼとして人生を歩んでいる。

 これは、過去に戻ったと言ってもいい現象だ。

 

 先程の星の話になるが、昔からSFでは光より速く動くと過去に戻るなんて話がある。

 まさか魂が光速より速くすっ飛んだなんて事はないだろうが、転生の際に俺は十七年ほど過去に吹っ飛んでいたのではないか?

 だが実際向こうとこっちで何度か行き来しているが、時間差はそれほどあるように思えなかった。

 向こうの新人(おれ)は地球とこっちで時間差があるんだろうと言っていたが……少なくとも明らかにズレていたのは転生した時の十七年間のズレだけで、それ以降は何度か往復してもそれほど大きな時間のズレは感じなかった。

 例えばこっちで一週間過ごして向こうに行けば、向こうでも一週間経っている……といった感じだろうか。

 向こうの数日がこっちの十七年間になるくらいの大きなズレがあるとは思えない。

 それに俺は転生し損ねた魂を回収する為に向こうに戻っているというが……それも何故、最近まで起こらなかった?

 これは、こっちで十七年間が経過した事で俺が元の時間軸にようやく戻ってきたって事ではないか?

 元の時間軸に戻り、だから俺は向こうに行けるようになったし、こっちと向こうの時間の進みもそれほど差がなくなったのだ……ってのはどうだろう?

 ……まあ、現状だと憶測に過ぎないから、またあっちに行った時に確認してみるか。

 

 だがもし、万に一つこの憶測が正しいならば……世界を跨いだ転生をすると十七年ほど過去に飛ぶ事になる。

 ただ、観測だけに留めるならそんなに過去を見ているわけでもないのか……?

 少なくともプロフェータは『永遠の散花』が発売された後の地球を見ているわけだからな。

 『永遠の散花』の発売は四年前だから、少なくともそれより後の地球を観測している事になる。

 見るだけならほんの数日か数年前を見るだけだけど、転生すると次元の壁的なアレとかそれで、更に時間差が発生する的な何か……その……つまり…………要するに…………駄目だ分からん。

 

 もういいや、考察やめ。

 元々馬鹿なんだから、あれこれ考えたって混乱するだけだ。

 つーわけで後は向こうの俺と伊集院さんに丸投げしておこう。




【少し分かりにくいので、エルリーゼの推測を纏める】
※あくまでエルリーゼの推測です。

1、地球にいる誰かが、フィオーリを観測し、『永遠の散花』のシナリオを作る。

2、『永遠の散花』を見た不動新人が一部の魂を地球に残したまま転生。
何故か時間遡行をして17年前のフィオーリに転生してしまう。

3、エルリーゼに転生し、フィオーリで17年間過ごしたことで元の時間に帰還。
時間軸が合った事で不動新人との繋がりが強まり、回収し損ねていた魂を回収する為に意識だけが向こうに戻る。

4、エルリーゼの中身が変わった事で物語が大幅に変化してしまう。
(地球側のゲームまで変化した理由は不明。新人と伊集院の調査待ち)
しかしプロフェータは『過去の地球』を観測しているので、変化前のシナリオを見てしまう。


Q、この推理正しいの?
A、エルリーゼの推理が合ってた事ある?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十一話 思わぬ協力者

 合っているかも分からない考察を止め、俺は再び亀との会話に意識を戻した。

 多少の予想外はあったがともかく、知りたい事は知る事が出来た。

 聖女の誕生を予知していたのは予言者ではなく預言者で、そんな事が出来る理由は世界の代行者である聖女と対になる世界の代弁者だから。

 そしてその正体は長寿の亀、と。

 結局、一番知りたかった『何故こっちの世界で起こった事が向こうでゲームとして反映されているのか』は分からず終いだったが、その辺の調査は向こうの俺と伊集院さんに任せるとしよう。

 

「私の観測した『物語』と現実とで、何故それほどに差があるのかは分からん。

だがお前さんは未来を変える事の出来る存在だと思っている。

私の観測した『物語』では、本当の聖女であるエテルナという娘が魔女になり、そして自殺する事で終わっていた。

他には魔女と刺し違えるパターンもあったっけねえ……」

 

 亀が語る内容は俺にとっては既に知った内容だ。

 解せないのは、こいつがまるでその未来を変えたがっているように聞こえる事だ。

 こいつにしてみればエテルナは聖女だが、赤の他人だ。

 ならば、その未来を変えたいと思う理由が分からない。

 俺だって変えたいとは思っているが、それは俺が個人的に入れ込んでいるからだ。

 しかしこの亀にしてみれば……あんまり言いたくはないが、むしろゲーム通りの方が好都合なんじゃないか?

 魔女となったエテルナが死んでしまえば、魔女の力は行き場を失い魔女と聖女の連鎖は断ち切られる。

 つまり世界全体から見れば、あの結末はそれほど悪いものではないのだ。

 ……エテルナに入れ込んでいたプレイヤーにしてみれば、紛うことなきバッドエンドだがな。

 

「カッカッカ、何故私がこの結末を変えたがっているか分からないって顔だね?

別に変えたいわけじゃないよ。ただ、分かり切った結末はつまらないってだけさ。

その点、お前さんを見ていれば退屈しなさそうだ。この先どうなるかは私にも分からない」

 

 亀の言葉に、俺はある意味納得した。

 なるほど、これは分かりやすい。要するに自分が楽しみたいから未来が変わった方がいいってわけだ。

 亀は口元を人間のように吊り上げ、ニヤケ面を作る。

 

「そこで相談なんだが、私を連れて行ってくれないかい?

聖女よりも聖女らしい偽物の紡ぐ物語に興味がある。

あんたなら、千年間続いたこの世界の循環を変えちまいそうな予感があるんだ。

ここからでも見る事は出来るが、どうせなら近くで楽しみたい」

「物好きな方もいたものですね。しかし私には貴方を連れていく理由がありません」

 

 何か同行を申し出てきたが、ここは丁重にお断りさせてもらおう。

 何で俺が亀なんか近くに置かなきゃいけないんだよ。

 預言者っていったって亀は亀だから正直臭いし、そもそも俺そんなに亀好きじゃないし。

 第一こんなでかい亀なんてどこに置けばいいんだよ。

 俺が自室にしてる来賓用エリア? 冗談だろ。

 というわけで無理、邪魔。ついてくんな。

 

「そう言うな、私は役に立つぞ。

例えば……そうさな。

預言者っていうのは聖女と違って、後継者を預言者自身が指名出来るんだ。

その際、私の命と残りの寿命全てを相手に譲って用済みになった私は死ぬ事になる。

だから使う気は一切ない」

「帰りますね」

「ま、待て! じゃあこういうのはどうだい?

これから三十秒後に小さな地震が起こるぞ。

そんで、お前さんの隣にある木の枝の上にいるリスが落下する」

 

 亀はそう言いながら、首で一本の木を示した。

 確かにその枝の上にはリスがいて、木の実を齧っている。

 それを見ていると、きっかり三十秒で地面が揺れてリスが転落した。

 別にリスがどうなろうと知った事ではないのだが、とりあえず掌でキャッチして枝の上に戻しておいてやった。

 アイヌの人ならきっと、チタタプにしたんだろう。

 それにしても、何でこの亀は地震が起こる事が分かったのだろうか。

 実は地面系魔法でこいつ自身が揺らしてたってオチ……でもなさそうだな。それなら俺が気付ける。

 

「預言者というのは世界の代弁者であって、未来を予知するような力はないと聞きましたが……?」

「ああ、そんな能力は私にはないよ。

けど千年も生きて、世界のあらゆる出来事を見てるとねえ……何となく分かるのさ。

現在の様々な要素に基づいて、この後に起こる事を高い精度で予測する事が可能になる。

その気になれば、ベルネルって坊やがマリーって娘やエテルナという娘と恋仲に落ちた場合の、あったかもしれない未来(IF)だって私は予測出来る。

勿論所詮は予測であって予知じゃないから外れる事もあるし、細かい部分が異なる場合もあるがね」

 

 何だそりゃ。さらっと言ってるけどこの亀やべえぞ。

 今起こってる事が全部分かれば未来も分かりますって……そんなわけないだろ。

 何か昔、本でそういうのを読んだっけな。

 あらゆる事象が原因と結果の因果律で結ばれると仮定するならば、今の出来事に基づいて未来もまた確定するとか何とか。因果的決定論っていうんだっけか。

 でもそれって、今の科学だと完全に否定されてたはずだが……。

 まあ本人(本亀?)も外れる事もあるって言ってるし、あくまで凄い精度の予測でしかないんだろう。

 

「100%当たるとはとても言えないが、私はきっとあんたの力になれる」

「……本音は?」

「ぶっちゃけ、何話してるのかも分からない猿共に信仰されながらここで寂しく一匹で暮らしてるのがキツイ。

連れてってくれ。お前さんなら造作もない事だろう?」

 

 何か大物ぶっていたので本音を聞いてみたら、あっさりと白状した。

 うん、分かってた。

 だってこいつに、俺に手を貸すメリットねーもん。

 メリットがないのに役立つアピールまでして同行したがるって事は、今の環境にデメリットがあるって事だ。

 会話に飢えてるって言ってたしな。

 それらの事を考えれば、こいつの思考が『付いていってもいい』ではなくて『むしろここにいたくない』である事くらいはすぐに分かる。

 

「……分かりました。しかし、まずはアイズ国王に話を通す必要がありそうですね。それと……」

「分かっているさ。お前さんの正体を迂闊に口走るような事はせんよ」

 

 念押ししてやろうとすると、それよりも先に返答されてしまった。

 なるほど、予測能力……ね。

 俺の次に言うだろう言葉を既に読んでいたって事かい。

 少しやりにくいが、まあ使い方次第では役には立つだろう。

 

「他にもいくつか……」

「住処に関しては悪いが、お前さんの魔法で学園の近くに池を作ってくれるとありがたい。

生徒があまり踏み入らないように立ち入り禁止にしてくれると尚いいな。

食事はメダカとザリガニがいい。それと野菜も欲しいな。

コオロギとミミズはいらん。そっちは食べ飽きてるからな。

戦闘力に関しては一応、そこらの魔物くらいなら噛み殺せる咬筋力と、滅多な攻撃は通さない甲羅の防御力、それから水魔法を使えるがお前さんと比べれば大したことはない。まあ期待はしないでくれ」

「……どうも」

 

 本当にやりにくいな、おい。

 聞こうと思っていた住処問題と餌問題、それから戦力確認の全部を聞く前に答えやがった。

 何か悔しいので、少しくらい反撃してやるか。

 

「『自分の考えている事を当ててみろ』と、言おうとしているね?

そして今、お前さんはこの場と全く関係のない事を思考している。

残念ながら内容までは分からないけどね……どうかな?」

「…………お見事」

 

 くそ、これも先手を取られるか。

 こいつの言う通り、俺は今まさにそれを言おうと思っていた。

 ちなみに考えていた事は昔やったゲームの敵キャラの無駄に長い恰好いい詠唱だ。

 気に入らない亀だ。

 

 気に入らないが……しかしこの亀のおかげで、実は一つ分かった事がある。

 それは、俺が本気でバリアを張れば世界すらその中を認識出来なくなるって事だ。

 何故ならこいつは俺の事を『聖女に相応しい』と言った。

 だが忘れてはいけない。俺は以前にバリアの中で寝起きテンションで『聳え立つクソの山系偽聖女』とか自分で名乗っている。

 これを知っていれば、とっくに俺の本性に気付いているはずだ。

 だがこの亀はそれに気付いている様子がない。

 つまり、俺のバリアは世界すらも欺けるって事だ。

 この情報が何の役に立つかは分からないが……何が役に立つかなんて後にならなきゃ分からないんだ。

 覚えておいて損はないだろう。

 

 とりあえず、まずはおっさんをここに呼ぶか。

 一応預言者を連れて行くわけだし、ちゃんと話は通しておかないとな。

 

 

 アイズのおっさんに説明し、その後俺は魔法で亀とおっさんを連れて学園へと帰還した。

 以前のビルベリ王都に飛んだ時のと同じ魔法だ。

 それからフォックス学園長に話を通し、学園の近くに池を作る事になった。

 

「しかし驚きですな……預言者様の姿もですが、まさか預言者様が住処を出て来られるとは」

 

 フォックス学園長が亀の方を見ながら言う。

 まあそりゃ驚くだろうな。

 甲羅のサイズだけで5mで、全高も人間より遥かに高い。2mは確実に超えている。

 もうほとんど怪獣だよこれ。

 そのうち手足引っ込めて空も飛びそうだ。

 

「カッカッカ。今代の聖女は今までにないタイプだからね。

もっと近くで見たくなったのさ」

「なるほど……エルリーゼ様は預言者様から見ても、特別だという事ですか」

「ああ、特別(・・)さ。過去に一度としてこんなパターンはなかった。

いや、正確に言えばあったんだが、これほどまでに完璧に聖女をやり通すって事はなかったね」

 

 アイズのおっさんと亀が話しているが、俺は早くもこいつを連れてきたのは失敗だったかもしれないと後悔し始めていた。

 おい亀、マジで余計な事言うなよ?

 最終的には偽聖女バレからの追放は問題ないんだが、今それをやられるのは最悪だ。

 とりあえず、これ以上余計な事を言われる前にパパっと池を作りますか。

 まずは土魔法で地面を抉って、半径25mくらいのクレーターを作った。

 深さは20m~30mありゃいいだろ、多分。

 んで……水棲亀には陸地と身を隠す為のシェルターも必要なんだっけか?

 だったら土で陸へのスロープを作り、底の方に横穴を開けて隠れ家も作っておこうか。

 それから底の方に砂利と石を敷き詰めて、水魔法ドバーで池に変える。

 雑だけど、こんなもんでいいだろ、多分。

 

「こんな感じでいかがでしょう?」

「あ、ああ……十分だ。後は私の方で自分好みに改装するよ……。

それにしても知ってはいたが間近で見ると凄まじいな。

事もなげにやっているが、これだけの事が出来た聖女は過去にいなかった」

 

 亀の驚く姿に、俺は表面上は涼しい顔をしたまま内心では高笑いしたい気分だった。

 さっきまで先読みばかりされてこちらが一方的に驚かされていたので、ようやく溜飲が下がった。

 いやー、分かります?

 ほら、何せ僕天才ですから。

 このくらい、何の苦労もなく片手間でちょちょいのちょいで出来ちゃうんですよ。

 ……まあ、本当は片手間じゃないんだけどね。

 穴開けるのはともかく、この質量の水を出すのは実は少し疲れる。

 MPで言うとこの作業だけで5000くらいは消耗するだろうか。

 魔女なら周囲のMPを取り込みつつ頑張れば数十分ほどで出来るかなって作業だ。

 まあどうせこの亀は、俺の消耗具合も分かってるんだろうな。

 くそ、何か悔しい。腹立つ。負けた気がする。

 いっそ真面目に本気でトレーニングして度肝抜いてやろうか畜生……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十二話 聖女誕生祭

 亀が学園にやって来てから一週間が過ぎた。

 身震いするような寒さに息を吐き、窓の外を見る。

 そこにあったのは見渡す限りの一面の銀景色。季節はすっかり冬となり、白い雪が空から舞い落ちては地面に積もり、白い雪原を作り出す。

 寒いと亀は冬眠してしまうというので、仕方なく池の周囲には冷気を遮断するバリアを張っておいてやった。

 バリア万能説、あると思います。

 冷気以外は全部通してしまう適当バリアなのでコストもよく持続時間は大体一日。

 毎日張り替えなきゃいけないのが少し面倒くさい。

 

 冬というのは、この世界ではあまり歓迎されない季節だ。

 というのも、暖房がしっかり完備された現代社会と違ってこの世界の文明レベルでは冬の寒さというのは冗談抜きに命に関わる。

 作物は取れなくなるし、しっかり備蓄をしておかないと冬を越せずに飢え死にする。

 冬の間、人々は家の中の暖炉の前に集まって話したり、手仕事をしたりしながら耐えるしかない。

 しかしそんな辛い冬だというのに、どういうわけか外はお祭り騒ぎであった。

 子供が外で雪玉をぶつけ合い、大人達は串に刺したジャガイモを手に持って肩を組んでいる。

 

「エルリーゼ様、そろそろパレードのお時間です」

 

 レイラに言われ、俺はもう一度窓の外を見た。

 現在俺がいるのは、騎士学園ではなくビルベリ王都の城下町だ。

 ていうか城の中だ。

 学園と王都の距離は大体10㎞ほどで馬車で一時間も揺られれば到着出来る。

 しかし何でそんな位置に学園を建てるのかね。普通に王都の中でいいじゃん。

 中世ファンタジーゲームでたまに見かける光景なんだが、街から離れたフィールドマップの端っこにちょこんと学園だけ建ってたりするのってマジで意味分からんわ。

 これ日本で言うと、都内に学校を建てればいいものを何故か山の上に建ててるようなもんだぞ。

 

 とはいえ、地球でも結構変な場所に学校が建っているケースは少なくない。

 昔、何かのドキュメンタリー番組か何かで見たが海外では通学の為に高所で手すりもない木の板の上を渡ったり、壊れた橋にしがみつきながら登校したり、河を歩いて渡ったり、崖の淵を数時間かけて歩いたりして通学したり……命がけで学校に通う子供達もいるらしい。

 それに比べれば……うん。まだ騎士学園は良識的な場所に建っていると言えなくもない。

 

 まあ、あえて理由を考えるなら……訓練用に学園内に魔物を飼ってたりするから、とかかね。

 逃げ出さないようにしっかり閉じ込めているとはいえ、絶対脱走しないとは言い切れないし、街に暮らす人達だって王都内に魔物なんか入れて欲しくはないだろう。

 それと、魔女の手先に狙われる可能性もあるから……だろうか。

 騎士は魔女にとって厄介な存在なわけで、当然攻撃を受ける可能性がある。

 そんな施設を王都の中に置きたくないっていう考えもあるのかもしれない。

 それに俺としても学園が孤立しているのはむしろ助かる。

 もし王都内にあったら、魔女がその分逃げ隠れしやすくなるからな……。

 孤立しているからこそ、魔女の行動スペースを学園地下に限定出来るのだ。

 

 と、脱線した。

 ともかく俺は現在、変な位置に建てられている学園から離れてビルベリ王国の城下町へやって来ていた。

 その理由は今日行われる行事にゲストとして出席するからだ。

 行事の名は『聖女誕生祭』と言い……まあ、俺の誕生日だ。一応。

 本来聖女の誕生日っていうのは同時に魔女が出現した日でもあるから祝い事にはならないのだが、何故か俺だけ特例で祝い事扱いされてしまっている。

 いや、いいよ別にそんなん祝わなくても……そもそも俺偽物だよ?

 お前等今、偽物の誕生日祝ってるんだぞ。それでいいのか。

 俺なんかより初代聖女アルフレアの誕生日とかを祝えよ。

 まあ、アルフレアの頃は初代だけあってまだ聖女を保護するって動きがなかったから誰も誕生日を知らないんだけどさ。

 

 レイラに案内されるままに城を出て、用意されていた神輿を見てげんなりする。

 その神輿は、豪華な椅子が付けられたもので、俺はこれからこのクソダサい神輿に座って騎士達に担がれたまま城下町を連れ回される。

 何この罰ゲーム。

 恥ずいから、まだ乗ってないけどもう降りていい?

 

「さ、どうぞ。聖女様のお姿を一目見ようと皆が集まっております」

 

 騎士の一人がそう言いながら俺に着席を促す。

 いや、集まらなくていいから……マジで……。

 何で俺、自分の誕生日にこんな羞恥プレイしなきゃならんの?

 もしかして俺、本当は民衆に嫌われてるんじゃね?

 しかもこれ毎年やらなきゃいけないんだぜ。誰だよこんなイベント考えた馬鹿は。

 諦めて椅子に座ると騎士達が神輿を持ち上げ、城下町を歩き始める。

 道には大勢の民衆がいて、相変わらずジャガイモを片手にワーワー騒いでいた。

 ところで神輿を持ち上げている騎士のうちの一人が変態クソ眼鏡にしか見えないのだが……いや、まさかな。他人の空似だろう。

 いくら変態クソ眼鏡でもまさか騎士を襲ってすり替わるなんて馬鹿な真似はしないだろう。

 ……しないよね?

 

 変態クソ眼鏡ソックリの騎士はともかくとして、何で人々がジャガイモを持ってるかというと……まあ俺のせいだ。

 この世界って、冬だと何の作物も取れずに備蓄の不十分な農民とかがガンガン死んでたわけでさ。

 流石にそれはどうなのよと思ったんで、何か冬越しの為の備蓄用にいいのはないかと思っていたら何とジャガイモが普通にあった。

 ただし貴族しか持っていない珍しい観葉植物として。

 いや、喰えよ……あるじゃん普通に……冬を越せる食べ物……。

 そう思った俺はちょっと南の山の方まで飛んで行ってジャガイモを探して持って帰ってきて、土地を借りて土魔法やら水魔法やらであれこれしてジャガイモを増やして、芽を取って火を通せば食えることを教えてやった。

 そしたらジャガイモはあっという間にあちこちに広がり、今では割とどこでも見る事が出来る。

 これで飢え死にする人数も一気に減ったのだが……おかげで、俺の誕生日はどういうわけかジャガイモに感謝する祭りという側面まで持ってしまった。

 結果、俺の誕生日に人々はジャガイモに感謝を捧げつつ一年の終わりを祝うようになり、わけのわからないカオスな行事が出来上がってしまったのだ。

 何だこの、ドイツのザクセン州のジャガイモ祭りとクリスマスと正月と忘年会を混ぜたようなカオスな祭りは。

 しかも雪で何か色々と造っていたりするので雪祭りも混ざっている。

 こんなん絶対後世でネタにされるやつやん。

 

「聖女様、我らに祝福を!」

 

 何か民衆が勝手な事を言っている。

 はいはい……っと。

 適当に回復魔法をばら撒いて、怪我やら病気やらを治しておいてやる。

 ここの民衆はアホなのでこんなのでも有難がるのだ。

 

「おお……二度と光を映さぬと思っていた眼が……!」

「ああ! 立てなかった我が子が自分の足で立ったわ!」

「もう生えぬと思っていた我が髪がフサフサに……!」

「尊い!」

 

 何か喜んでるので、これでいいだろう。

 あー……面倒臭い。

 早くパレード終わらねーかな……。

 

 

 ようやく解放された。

 あー、しんど。マジでしんどい。

 ずーっと揺られ続ける神輿の上で座り続けるって動かないより疲れるわ。

 大勢に見られてるから迂闊な事は出来ないし、ずーっと表情は微笑みのままキープしなきゃならん。

 ドレスの内側で背中が痒くなっても笑みを維持したまま我慢しなきゃいけない。どんな苦行だ。

 そんな拷問めいた行事がようやく終わり、俺は羽を伸ばす為に町に出ていた。

 一応変装として頭巾(ウィンプル)を被り、目元までガッシリ隠しているので問題はないだろう。

 護衛としていつもの如くレイラがくっついてきているが、まあこれは仕方ない。

 ちなみにパレード終了後に、本来神輿を運ぶはずだった騎士が鎧を奪われた状態で倉庫に閉じ込められていた事が発覚し、犯人と思われる眼鏡の変態が追いかけられていた。

 

 街中はあちこちが活気づいていて、雪玉を投げ合っている。

 道の端では皆で焚火をしてジャガイモを焼き、バターを載せて食べていた。

 じゃがバターなんて教えていないはずだが、自力で辿り着いたのだろうか。

 異世界人……案外、侮れないかもしれん。

 余談だがビルベリ王国では、バターやチーズは普通に庶民にも普及している。

 家畜として牛をあちこちで飼育しているのだが、その理由は牛乳を飲む為でもなければ牛肉を食べる為でもなく、バターやチーズを作る為らしい。

 牛乳はあまり飲むものという発想はないようだ。

 なので俺がお菓子を作る時に牛乳を持ってくるようにレイラに言った時は不思議そうな顔をされたものだ。

 ちなみにバターやチーズは通貨流通の少ないこの国では税の代わりにされる事もあるらしい。

 チーズが税とか斬新だな。

 最近ではジャガイモも税になるとかレイラに聞いたが……それはひょっとしてギャグでやっているのか?

 じゃあ何? あいつら今、税金喰ってるの? すげえな。

 

 しかし、なんていうか……祭りにしては何か物足りないな。

 具体的には出店がない。

 最近まで全体的に食糧難だった世界にそんな事を言うのは間違ってるかもしれんが、やっぱ祭りとくれば立ち並ぶ出店だろ。

 唯一それっぽい事をやっているのは教会くらいなもので、この前俺が教えたベジブロスを人々に振舞っていた。

 

「あ、エルリーゼ様。それにレイラさんも」

 

 街中を歩いていると、ベルネルと愉快な仲間達とエンカウントした。

 どうやら彼等もこの祭りを楽しみに来たらしい。

 何と言うか仲いいね君等。

 そうやってつるめるメンバーがいるっていうのはいい事だ。

 変態クソ眼鏡が交ざってないのも実にいい。

 何だかんだでベルネルは流石主人公という事なのだろう。

 最初はボッチルート爆走してたのに、気付けばちゃんと友達が出来ている。

 それに引き換え俺は…………友達、こっちの世界にいねえんだよな……。

 ぼっちじゃん、俺。

 ……い、いやいや待て。ベルネルは一応友達枠に入れていいはずだ。うん。

 

「ベルネル君達も雪玉投げに参加するんですか?」

 

 考えると何かどんどん惨めになるので、適当に話題を振ってみる。

 雪玉投げとは、言うまでもないかもしれないがあちこちで行われている雪玉を投げ合うあの遊びだ。

 まあ雪合戦だわな。

 特に勝敗とかもなく、皆して馬鹿みたいに雪玉をぶつけ合っているが、ああいうバカ騒ぎのノリは嫌いじゃない。

 ただ俺が参加すると絶対皆が遠慮して場の空気が冷めるので、見ている事しか出来ない。

 

「あ、はい。俺は……」

「参加するのは私達だけです。ね、皆?」

 

 ベルネルが何か言おうとしたが、それをフィオラが遮った。

 それから他の連中に目配せをして、モブA、マリーとアイナも頷いている。

 あ、これ俺ハブられるパターンだ。

 エテルナ達の心の声が聞こえるような気がする。

 彼女達の心の声はこうだ。

 

フィオラ『あいつ参加させたらつまらなくなるわ。ここは口裏を合わせてハブるわよ!』

エテルナ『そうね、それがいいわ』

モブA『異議なし!』

マリー『賛成』

アイナ『ナイスアイディア!』

 

 多分こうだろう。うむ、名推理。

 しかしお前等、ベルネルだけ置いて立ち去るのは如何な物だろうか。

 俺をハブるのはまあいいとして、それをベルネル一人に押し付けるとか鬼かね君は。

 唯一不満そうな顔をしているのはエテルナだけである。やはり聖女か。

 しかしエテルナも多数派には勝てないようで、渋々納得していた。

 かくしてベルネルを残してエテルナ達は去り、後には俺とベルネルと……何故か物凄く険しい顔をしているレイラだけが残された。

 何でレイラそんな顔してるん? 実は寒いの我慢してるのか?

 

「あ、あはは……参っちゃいますよね。あいつら、変に気を利かせて……」

 

 ベルネルは乾いた笑いを浮かべているが、彼一人を置き去りにしていくのは果たして気を利かせていると言うのだろうか。

 いや待て……確かこの世界は一応ゲーム的には『エルリーゼルート』だったはず。

 現時点でも全く俺にそんな気はないのだが(やっぱいくら考えても男と恋愛はないわ)、ベルネルが俺を攻略しようとしている……と仮定すれば、エテルナ達が気を利かせて俺と二人にしようとしたって事か?

 ……いや、違うか。レイラが普通に残ってるし。

 もし俺の仮定が正しかったとすると、普通に場に残っているレイラは空気読めてない奴って事になる。

 いくら何でも俺達のスットコちゃんがそんなKYなわけがない。

 

 ふ、ただの俺の自意識過剰だな。

 男に惚れられてるかも、とか少しでも考えた俺自身がキメェ。

 ま、置き去りにされちまったもんは仕方ない。

 こうなったら俺等だけで楽しむとしようじゃないか。

 

「よく分かりませんが……ベルネル君も一緒に来ますか?

ただ、お祭りを見て回るだけですけど」

「あっ、は、はい! 是非!」

 

 ハブられた者同士仲良くしようぜ、ベル坊。

 ベルネルを誘うと、彼はいい奴なので快く受けてくれた。

 つーわけでスットコもいつまでもそんな鬼みたいな顔してるな。もっとのんびりいこうや。

 

 そうしてベルネルを伴って祭りを見て回る事になったわけだが……うん、本当に代わり映えしないな!

 何処に行ってもやってる事は雪玉をぶつけているか、ジャガイモを食べているかだ。

 一応雪ダルマの出来損ないみたいなのはあちこちにあるけど、どれも造形がイマイチである。

 地球だと『お前それ本当に雪で作ったの?』って言いたくなるような凄い作品があったりするもんなんだけど、そういうのが見当たらない。

 まあこの世界じゃ最近まで雪で遊んでいるような余裕などなかっただろうからな。

 だからそういう娯楽方面が全く磨かれなかったのだろう。これからに期待だ。

 しかしそんな中にあって一か所だけ、やけに人々が集まっている場所があった。

 見ると、雪で何やら巨大な像のような物が造られている。

 ほうほう、やるじゃないか。どこにでも天才っていうのはいるもんだ。

 

 ――俺だった。

 

 近付いて見ると、その像はどう見ても巨大な俺であった。

 おい誰だ、あんな変なの造った馬鹿は。

 

「ああ、駄目だ……どうしても我が聖女の美を再現し切れない! こんなもんじゃない!

申し訳ありません我が聖女よ!」

 

 はい馬鹿発見。

 像の足元で何故か自分の造った像に土下座をしているのは変態クソ眼鏡だった。

 お前まだ逮捕されてなかったのか。

 騎士団仕事しろ。

 

「ほう……これはなかなか……」

「溶けてしまうのが惜しいな……何とか保存出来ないものか」

 

 とか思ったら騎士団も皆と一緒になって像を拝んでいた。おいこら。

 この世界、こんな奴等ばかりかよ。

 というかあの像、壊していいかな? 流石に自分の姿がでかでかと晒されているのはちょっと……。

 

「見事な出来だな……サプリ教諭はあんな事も出来たのか」

「凄いですね。でも本物のエルリーゼ様の方がずっと綺麗ですよ」

 

 レイラの感想に、ベルネルが息を吐くように何かくっさいセリフを吐いた。

 こういう事をさらっと不意打ちで言えるのがギャルゲ主人公の素質なんだろうな。

 ベルネルも言ってから自分の発言のくささに気付いたのか、「やべっ」みたいな顔をしている。

 ヒロインならここで『そんな事不意打ちで言うなんて反則よ』とか言って頬を赤らめるんだろうが……まあ俺にそんなリアクションを求められても困る。

 

「ありがとう、ベルネル君。お世辞でも嬉しいです」

 

 なのでここは当たり障りのない返答でもして、流しておいた。

 ベルネルは「お世辞なんかじゃ……」とかモゴモゴ言っているが、そこは聞こえないフリでもしておく。

 いいからお前はさっさとルートを切り替えてエテルナにアタックしてこい。な?

 

「あ、そうだ……エルリーゼ様の誕生日と聞いてこれ、急いで作ったんですけど」

 

 そう言いながらベルネルは懐から、ネックレスのような物を取り出した。

 緑色に輝くエメラルドそっくりの石に鎖を通しただけの簡単なもので、よく見ると削りも所々素人臭い。

 相手の誕生日に自作のプレゼントを渡すとかお前は乙女か。

 というか、よくそんな石を買って来たな。

 

「これ……手作りですか?」

「ええ、一応……本当はもっと上手く作りたかったんですけど」

 

 『永遠の散花』では自由時間にアルバイトをする事で金が手に入るようになっている。

 アルバイトの内容は学園の周りの雑草を刈ったりとか荷物運びだとか、野犬や熊を追い払うだとか、そういうのだ。

 ミニゲーム形式になっていて、上手くやる程報酬も増える。

 そうして手に入れた金でヒロインへのプレゼントを買うのもいいし、装備品を整えてもいい。

 また、このアルバイトは自主練ほどではないが能力が伸びるようにもなっていて、特にミニゲームをノーミスクリアした時の伸び方は自主練にもそう見劣りしない。

 まあ、やっておいて損はしない。

 ベルネルも多分、トレーニング代わりにアルバイトをしてコツコツ稼いでいたのだろう。

 

 うーん……これめっちゃ断りにくいやつやん。

 学生がなけなしの金で高い石買って、しかもそれをせっせと手作りのネックレスにしましたって、断ったら俺KYじゃん。

 まあ……そうだな、嬉しくないわけでもない。

 友人からの誕生日プレゼントなんて貰うのは、思い返せば前世の小学校低学年の時以来か。

 エルリーゼになってからは貢物なら山ほど貰ったが、こういうのは本当に久しぶりだ。

 折角くれたんだし、ここは素直に受け取っておこうか。

 

「ありがとうベルネル君。大事にしますね」

 

 まあなんだ……悪い気はしない。




【現実世界】
エルリーゼ:ありがとうベルネル君。大事にしますね。
ピロンッ♪(好感度大幅+)
エルリーゼ:どうです? 似合いますか?
(立ち絵変化。以降ネックレス有りに)

新人「 ( ゚д゚) 」

新人「 ( ゚д゚ ) 」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十三話 突入前準備

 何かフラグでも立つと思ったか?

 ねえよ! 俺にそんなもん期待すんな!

 

 という事で、何事もなく誕生祭が終わり学園に帰ってきましたエルリーゼです。

 ベルネルを加えたお祭り見学は誕生日プレゼントを貰った以外は本当に見学だけで終わった。

 ちょっと街中を見て昔はあーだったとか、ここは変わっただとか、そんな話をしただけだ。

 そもそも飲食店すらない国なので、その辺徘徊して雪合戦を見るくらいしかやる事ない。

 何故飲食店がないのかと言えば……そりゃあ、今はマシになったとはいえ少し前まではあちこちで飢え死にする奴が出て、その死体が路上に転がってたような国だぞ。

 特に冬はやばかった。子供が五人いればそのうちの二人は冬を越せずに死ぬレベルで死んでいた。

 親が口減らしの為に我が子を売ったり捨てたりするのも当たり前。

 そんな 食い物>越えられない壁>金 という世紀末な世界で飲食店なんて開く奴はいない。

 そんな事をするだけの食料があれば全部自分と家族の為に備蓄するだろう。

 一応今は、あちこちでジャガイモが栽培されているおかげで死者は激減したが、それでも飲食店なんてやっている余裕はどこにもないだろう。

 誰もが、冬をどう越すかで精いっぱいなのだ。

 

 さて、冬季休暇も終わって第三期が始まり、ついでに捕まっていたはずの変態クソ眼鏡も脱獄して帰ってきた。

 ゲームだとこの第三期でクライマックスだ。

 まず最初のイベントとしては、以前も話したように全学年での闘技大会が開かれる。

 この闘技大会はゲームではかなり重要だ。

 この時点で本来はエルリーゼがざまあされて退場しており、エテルナが聖女になっている。

 だがエテルナを守る近衛騎士はこの時、人員不足に陥っているのだ。

 というのも、エルリーゼ時代の近衛騎士はエルリーゼが自分の都合のいいイエスマンばかりを手元に残し、フォックス子爵のような進言をする近衛騎士は追い出していたせいで家柄と顔だけがいい、剣の腕は微妙な腐れ騎士だらけになってしまっていたからだ。

 (ちなみに、一応言っておくが俺の近衛騎士は普通に実力で選んでいるので大分面子が異なる)

 勿論エテルナはそんな連中を信用できるはずもなくレイラ以外の全員を平騎士に降格させ、近衛騎士がレイラ一人という異例の事態になってしまっていた。

 エルリーゼを追い出したとはいえ彼女の息がかかった正規の騎士を全く信用出来なかったエテルナは、この闘技大会で上位四名に残った生徒を近衛騎士に任命すると明言するのだ。

 ちなみにベルネルは強制で上位四人に残るのだが(負けると普通にゲームオーバー)、この時の順位でエテルナの好感度が変わる上に一位になればレイラを押しのけて筆頭騎士になれるのでエテルナルートを進めるならば一位を取っておきたいイベントだ。

 

 だがそれはあくまでゲームでの話。

 この世界では普通に近衛騎士が揃っているので人員不足にはなっていない。

 なのでこの闘技大会で勝利しても別に近衛騎士に内定したりはしない。

 まあ、将来的な評価には勿論響くだろうが。

 だが例のテレポ封じ作戦には強い生徒が必要だ。なので人材発掘としては重要なイベントである。

 が、よく考えるとそのテレポ封じ作戦そのものを見直す必要があるかもしれない。

 何故ならこんな作戦を取る必要があるのは、『魔女がテレポートをしたら居場所が分からなくなる』からだ。

 しかし今、こちら側には世界のあらゆる出来事をリアルタイムで観測出来るチート亀がいる。

 だったらバッドエンドフラグであるエテルナの村だけ厳重に守っておいて、あえて魔女にテレポートさせて弱体化してから亀に居場所を割り出させて追いつめても問題ないんじゃないかと俺は思うのだ。

 と、いうわけで俺は確認の為に学園裏に作った池を訪れていた。

 

「うむ、確かに出来る。私ならば、魔女がどこに行こうと位置を捕捉する事は可能だ」

 

 亀の言葉に俺は内心でガッツポーズをした。

 よっしゃ、これで最大の問題点が消えた。

 魔女が何処に行こうと分かるっていうなら、無理に魔力バキューム作戦をする必要はない。

 ベルネル達に危ない橋を渡らせるまでもなく、俺一人で終わらせる事が出来る。

 どこに逃げようと位置が分かるならこっちのものだ。

 テレポートほど速くはないが、俺にも『フェスティナ・レンテ(ゆっくり急げ)』がある。

 世界の裏側に逃げようと追いつめてぶちのめす事が俺には出来る。

 しかも魔女はテレポートをした事で弱体化するので、難易度は本来よりも大幅に下がるのでいい事尽くしだ。

 だが俺の喜びに水を差すように亀が言う。

 

「しかし例外がある。私にも観測出来ない物がある。

それはお前さんの『バリア』だ。お前さんが就寝する時に部屋に展開しているバリア……その中を見る事は私にも出来ない」

 

 亀にも観測出来ない例外がある……というのは既に俺が予測していた事だ。

 やはりこいつは、俺が展開したバリアを貫いてその中を見る事は出来ないらしい。

 それは俺にとってはむしろ有難い情報だ。プライバシーを守る事が出来る。

 しかし近くで話を聞いていたレイラはそう思わなかったのか、何故か不機嫌そうな顔をしている。

 

「預言者様……それはつまり、エルリーゼ様の寝室を覗こうとしていた……という事ですか?

もしそうだとすれば、たとえ預言者様といえど……」

「ま、待て、落ち着くんだ! 私は亀だぞ。それに雌だ!

人の雌に欲情など抱くはずがないだろう!?

お、おい、エルリーゼ! こいつを止めてくれ!」

 

 レイラに対し、慌てて亀が弁解をし始めた。

 未来が予測出来るのにこの焦りよう……もしかしてスットコ、ガチで亀を殴ろうとしてる?

 スットコ、ステイ。ここで亀を苛めて非協力的になられたら面倒だから止めろ。

 俺が手で制すと、スットコは亀を睨みながらも拳を納めた。

 というか……この亀、雌だったんかい。ずっと野郎だと思ってたわ。

 

「ふー……何と短気な娘だ。

ともかく、私でも全てを見通せるわけではないんだ。

魔女がお前さんと同じくバリアで隠れる可能性は決してゼロではない。

だから、わざと魔女にテレポートをさせて追跡しよう……という作戦はあまり推奨しないよ。

私の予測では、もしテレポートをさせれば魔女はその後、お前さんに発見される事を恐れて身を隠す為の魔法を使う。発見は困難になるだろう」

「テレポート先を予測する事は出来ないのですか?」

「出来なくはないが、候補が多すぎて確実性に欠ける。あまり分のいい賭けにはならないよ。

万一逃げられてしまった時の保険程度に考えておいてくれ」

 

 折角いい方法だと思ったのに駄目だしされてしまった。

 くそ……アレクシアのチキンぶりにいい加減腹が立ってきた。

 すぐに逃げるボスキャラがこんなに面倒だとは……。

 ボスならボスらしく玉座に座って堂々と待ち構えてろよ。

 いつでも夜逃げする準備が完了してるボスとか格好悪いぞアレクシア。

 

「結局、作戦を変えるわけにはいかない……という事ですか」

「ああ。居場所が分かっている今、この学園で終わらせるのが一番いい。

テレポートを封じる方向で考えるべきだ。

私の存在はあくまで逃げられた時の保険と思っておきな」

 

 結局、作戦変更はなしか。

 何でもかんでもそう都合よくはいかないって事だろうが、何とももどかしい。

 こんだけ色々出来るようになったのに、俺に出来る事は、ベルネル達に任せる事だけとは情けない……。

 せめて全員分の装備くらいは用意してやるか……。

 

 

 闘技大会は何か普通にベルネル達が上位を独占した。

 一位がベルネルで二位がアイナ。三位がマリーで四位がエテルナ。

 モブAとフィオラもベスト8に名を連ねている。

 前回とは少し順位が違うが、まあこれはクジ運だな。

 モブAは準々決勝でマリーとぶつかり、マリーは準決勝でベルネルとぶつかって戦績が振るわなかった。

 一方でエテルナはいつの間にか魔法の腕がかなり上がっていたようで、準決勝で惜しくもアイナに敗れたものの大健闘だ。

 説明が簡潔過ぎる気もするが、特に語る事は思い付かない。

 何と言うか、普通にベルネル一派が強くて普通に勝った。それだけだ。

 

 というわけで、この闘技大会でベスト8に残った八人を大会後に五階に呼び出した。

 これからこの八人を鍛え、そして例の作戦で魔女のMPを削ってもらう。

 もう少し人数を多くしたいんだが……亀曰く、これが限界らしい。

 あんまり増やすと『生徒が偶然紛れ込んだ』という状況を装えずに魔女が逃げる可能性が高まるとか。アレクシア、ヘタレもいい加減にしろよ。

 それと、ベルネル一味以外のベスト8に残った二名だが、そのうちの一人は三年生の筋骨隆々な男であった。名前はクランチバイト・ドッグマンというらしい。

 名前からして出落ちの噛ませ犬感が漂っている。

 もう一人は三年生の、全身フードの怪しい生徒なのだが……。

 

「……何をしているのだ、サプリ・メント教諭」

「はて、何の事やら。私は闘技大会でベスト8に残った三年生のトム・トイですよ」

 

 俺達の前には、何故かフードを被ったクソ眼鏡が立っていた。

 レイラの問いに飄々と答えているが、誰がどう見ても変態クソ眼鏡だ。

 どうやら生徒に交じって参加していたらしい。

 おい、誰か気付けよ。審査担当の教師の目は節穴か。

 あ、そういやこいつ審査担当の教師だったわ……。

 

「さあ我が聖女よ! ベスト8の生徒にのみ与えられるという貴女の武器を是非私に!」

 

 褒美用意したのは逆効果だったかあ……。

 実は今回の闘技大会を開催するにあたって、俺はベスト8の生徒には特別に武器を与えるという事を明言していた。

 それはやる気を引き出す為のものでもあったし、ベスト8に残るような生徒は今回の一件に巻き込む事になるのでその為の戦力増強と、後は巻き込むお詫びも兼ねていた。

 一応拒否権は与えるつもりだったが……『聖女』からの『魔女討伐に協力して欲しい』という頼みなんか実質強制みたいなもんだからな……。

 ゲームでもエルリーゼがよく鬱陶しい『お願い』をしていたもんだ。

 この学園は騎士を養成する為の施設で、騎士っていうのは聖女に仕える為の職業だ。

 なので聖女の頼みを受けないようでは、そもそも『お前何でこの学園にいるの?』という話になってしまう。その頼みが魔女討伐に関わる事ならば尚の事である。

 俺もそれは分かっているので、せめてものお詫びと罪悪感を薄れさせるためにご褒美を用意しておいた。

 だがそれが、こんな結果を招くとは……。

 …………まああれだ。

 考えによっちゃ、罪のない生徒を一人巻き込まずに済んだとも言える。

 少なくとも、この変態クソ眼鏡なら巻き込んでも俺のダンゴムシより小さい良心は痛まない。

 

「阿呆か貴様は。そのような不正で残ったベスト8など認めるはずが……」

「構いません、レイラ」

 

 レイラを諫め、俺は変態クソ眼鏡の参加を認めた。

 言っちゃ悪いが、こいつに負けて落ちたっていうんならそれは変態クソ眼鏡の方が強いし、生き残る可能性も高いって事だ。

 それに今から文句を言ってこいつを追い出しても戦力が一人減るだけである。

 こうなった以上は切り替えて、こいつも巻き込むしかない。

 それに何だかんだ言って変態クソ眼鏡は物語終盤で中ボスをやるだけあって、結構強い。

 ゲームで戦う際には第一形態と第二形態があって、第一形態は全く大した事のない雑魚なのだが第二形態で何と巨大なゴーレムと自らを一体化させるという離れ業をやってのける。

 そんな力はないはずなのだが、作中では『聖女への愛』で済まされているから性質が悪い。

 ともかく、こいつは(敵に回った時限定だが)終盤のベルネル達を相手に一人で渡り合えるだけの強さがあるという事だ。

 

「レイラ、あれを」

「はい」

 

 レイラに合図すると、俺の隣に置いてあった箱を開いた。

 中にはアイズのおっさんに頼んで用意して貰った、色々な鉱石やら金属やらが詰まっている。

 前にベルネルにあげた剣はその辺の土から適当に造ったが、今回は割と本気で造るつもりだ。

 手を前に翳し、材料を土魔法でバラして配合して、頑丈な合金へと変える。

 色々と試した中で、俺が見付けた中では一番靭性・硬度共に優れた合金をこの場で造り、それを材料にして武器にする。

 金属の名前は知らない。そもそも地球にない鉱石とか金属もあるからな。

 だがあえて、厨二な名前を付けよう!

 この合金の名はオリハルコンだ! 今、俺がそう決めた!

 つーわけで、はい決定。これはオリハルコンの武器だ。

 

 それを人数分用意し、全員に渡した。

 後、ついでにレイラにもプレゼントしておいてやった。

 まあレイラはもう、立派な筆頭騎士専用の剣持ってるけど……何故か最近使おうとしないので一応ね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十四話 問われる覚悟

 冬季休暇明けの闘技大会で好成績を残したベルネル達八人はエルリーゼの呼び出しを受け、学園五階に集結していた。

 呼ばれたのはベルネル、エテルナ、マリー、アイナ、ジョン、フィオラ……それからクランチバイト・ドッグマンという三年生の男だ。

 見た目は強そうなのだが、何故か真っ先にやられそうな空気が漂っている。何故だろう?

 だがそれはいい。問題は最後の一人だ。

 生徒しか参加出来ないはずの闘技大会でベスト8に残った最後の一人は、どこからどう見ても、教師であるはずのサプリ・メントであった。

 一体この人は何をしているのだろうか。

 

「……何をしているのだ、サプリ・メント教諭」

「はて、何の事やら。私は闘技大会でベスト8に残った三年生のトム・トイですよ」

 

 レイラが心底呆れたように言うが、サプリは飄々と誰でも分かるような嘘を吐いた。

 それから彼はまるで恥というものを知らないかのように言う。

 

「さあ我が聖女よ! ベスト8の生徒にのみ与えられるという貴女の武器を是非私に!」

 

 ああ、これが原因か……。

 ベルネル達は無言で、今回サプリが何故こんな不正行為に出たかを察してしまった。

 狂信的な聖女……いや、エルリーゼ信者である彼にとって、エルリーゼから直々に彼女が造った武器を与えられるという好機は見逃せないものだったのだろう。

 実際ベルネル自身も、今回はこの景品があったからこそ普段以上にやる気を発揮した部分がある。

 

 結局この不正行為はエルリーゼが無罪放免としてしまった為にそれ以上追及される事もなく、彼女はレイラに用意させた材料から各々の武器を造り上げた。

 ベルネルには以前の物よりも更に強力な大剣。

 エテルナには宝石付きの杖。フィオラには弓と矢。ジョンは双剣、アイナはロングソード。

 マリーはレイピア。サプリは本人の希望で、剣を仕込んだステッキとなった。

 クランチバイトは拳で戦うのでナックルダスターを受け取っている。

 最後にレイラにもロングソードを授け、レイラは感動で今にも泣きそうになっていた。

 一度はエルリーゼを裏切ってしまった彼女にとって、ここでエルリーゼから剣が与えられるというのはきっと、とても大きい出来事なのだろうとベルネルは考える。

 そうして全員に武器を渡したエルリーゼは改まって全員を見た。

 

「皆さん、まずはベスト8おめでとうございます。

私も皆の戦いを見ていましたが、ここにいる八人の実力は既に正規の騎士と比べても遜色のないものであると確信しました」

 

 聖女であるエルリーゼの口から、正規の騎士にも比肩すると保証された事にその場の全員が内心でガッツポーズをした。

 騎士というのは勿論、実技のみで決まるものではない。

 いくら実力があろうと、聖女の側にいるに相応しい品格と向上心がないと判断されれば落第させられてしまう。

 それでも条件の一つである『戦闘能力』に関しては他ならぬエルリーゼから認められたのだ。

 これはかなり大きかった。

 

「故に、貴方達八人に頼みたい事があります」

 

 エルリーゼが真剣な顔をしたのに合わせて、ベルネルも無意識のうちに姿勢を正していた。

 彼女は大抵の事は全て自分一人で出来てしまう。

 単純な実力で言えば、本来彼女の身を守る騎士ですら、その存在意義を問われるほどに抜きんでているのだ。

 その彼女が『頼み』をする以上、それは決して楽なものではないだろう。

 しかも全員の実力を認めた上での『頼み』となれば……それは、戦闘以外にあり得ない。

 

「……しかし、これを聞いてしまえばもう後戻りは出来ません。

先に言っておきますが、私がする依頼は命の保障が出来ない、危険なものです。

ですから……皆には先に拒否権を与えます。

たとえ私の依頼を受けなくとも、私は一切咎めません。成績にも影響しません」

 

 命の危険がある。

 そう言われ、僅かに動揺を見せたのはエテルナとクランチバイトであった。

 拒否権を先に与えるというのも、彼女からの『頼み』がどれだけ危険なのかを物語っている。

 だがベルネルは、どんな話であろうと断る気はなかった。

 むしろ……嬉しかった。エルリーゼが自分を頼りにしてくれているという事に誇りすら持てる。

 

「……もしも話を聞くつもりがあれば明日、授業が終わった後にもう一度ここを訪れてください」

 

 一日、考える時間を与えるという事なのだろう。

 エルリーゼならばそんな事をしなくても、聖女の名で『命令』する事が出来る。

 有無を言わさずに、必要な事なのだから従えと強制出来る。

 何故なら彼女は聖女で、ここは聖女に従う騎士を育成する施設なのだから。

 聖女の頼みを断るようでは、本末転倒だ。何故ここにいるのかすら分からなくなる。

 だがエルリーゼはそれをしない。

 あくまで本人の意思に委ね……そして誰も来なければきっと、一人で戦いに臨むのだろう。

 

 ベルネルの心は既に決まっている。

 『受ける』以外に選択肢など最初からない。それ以外の選択肢などいらない。

 そんな彼の横顔を、エテルナは心配そうに見上げていた。

 

 

 部屋に戻ったベルネルはいつものように自主練に励んでいた。

 この学園に来て、もう八か月以上が経つ。

 入学当初はまだ頼りなさが残っていた青年は逞しくなり、腕は一回り硬く太くなった。

 端正な顔立ちはそのままに男らしさを増し、ベルネルは鍛錬の果てに鋼の肉体を獲得するに至っている。

 それでも彼は決して休まない。

 目指す頂は遥か高く、彼女を守るに相応しい男になるにはまだまだ力不足だと痛感している。

 だから彼は己の筋肉を苛め抜き、更なる強さを求めるのだ。

 力がなければ鍛えればいい。単純な話だ。

 今日も彼は、背中に重りを載せた状態で腕立てをしてパワーを磨いている。

 そこに、誰かがノックをする音が響いた。

 音を聞くと同時にベルネルは素早く立ち上がり、近くに置いてあった布で汗を拭う。

 そしてむさ苦しいシャツ一枚の姿から制服姿に着替え、手櫛で髪を軽く整えてからドアを開けた。

 以前、トレーニング中の姿そのままでエルリーゼを出迎えてしまうという大失態をやらかした事のある彼は、二度と同じ失敗をしないように気を張っているのだ。

 しかし……どうやら今回は、その必要はなかったらしい。

 

「何だ、エテルナか」

「何だとは何よ」

 

 そこに立っていたのは、白銀の髪の少女――エテルナであった。

 白髪とは違う確かな輝きを持つ髪と、水晶のような青い瞳。そして美しく整った顔立ちと均整の取れたプロポーションを持つ彼女に懸想する生徒は多い。

 加えて、十四歳で成長をストップしてしまったエルリーゼと違って、女性として成熟しつつあるエテルナはエルリーゼにない魅力を備えている。

 具体的には主に胸だ。最近妙に膨らんでいる。

 もしもベルネルがエルリーゼしか見えていない朴念仁でなければ、あるいはエテルナの魅力にやられていたかもしれない。

 

「ねえ……ちょっと、屋上で話さない?」

 

 エテルナの誘いにベルネルは考える。

 とりあえずパッと思いついた返しは三つだ。

 一つは普通に受けるというもの。

 二つ目は、何故なのか問うというもの。

 そして三つ目は、時間が勿体ないのでこのまま自主トレを続けていたいと返すという、割と最低な返しであった。

 

「すまない。少しでも俺は自分を鍛えたいんだ」

 

 僅か一秒の思考の後、ベルネルは割と最低な答えを返した。

 エテルナの好感度が少し下がったかもしれないが、残念ながらそれに気付けるほどベルネルは鋭くなかった。

 この男は本当にエルリーゼしか見えていないのかもしれない。

 この光景を見ていたベルネルと同室の、無駄に名前だけ格好いいシルヴェスター・ロードナイトは「うわあ」と思った。

 しかしエテルナもこの返事は予想していたようで、ベルネルの頬を強く摘まむと、無理矢理連れ出してしまった。

 

 エテルナに無理矢理連れられ、学園の屋上へと着いたベルネルは頬を押さえながらエテルナの方を向いた。

 一体何の為にこんな場所まで連れて来られたのだろう。

 ただ話すだけならば、あの場で話せばそれでいい。

 それをわざわざ連れ出したからには、他人には聞かれたくない話なのだろう。

 となると、もしや好きな人が出来たとかだろうか?

 それとも、エテルナにも備わっている『あの力』についての相談かもしれない。

 しかしそうした予想とは反し、エテルナは至極当然の――少なくともベルネルにとっては、もう答えがとうに出ている問いを投げかけてきた。

 

「ねえ……一応聞くけど明日やっぱり、エルリーゼ様の所に行くつもり?」

「当然だろ」

 

 即答であった。

 一瞬の迷いすらもない。

 あのエルリーゼが自分に助力を求めてきたのだ。

 これを喜びこそすれ、何故悩む必要があるのだろう。

 あの場にいた他のメンバー……少なくともジョンとフィオラ、サプリは同じ気持ちだったとベルネルは確信している。

 だがどうやら、エテルナはそうではないらしい。

 

「ねえベルネル……行くの、やめない?」

「……そうか。エテルナは行きたくないんだな」

 

 エテルナの言葉に、驚きはなかった。

 元々彼女は、ベルネルを心配してここまで付いて来てしまっただけなのだ。

 ベルネルやジョン、フィオラのようにエルリーゼに大きな恩があるわけではないし、サプリのように崇拝しているわけでもない。

 アイナのように名誉を求めてもいない。

 そんな彼女にしてみれば、命の危険があると断言された場になど行きたくないと考えるのも無理のない事だ。

 自分に相談したのはきっと、エテルナ一人だけが行かなくて、それで不興を買わないかと恐れたが故だろう……そうベルネルは考えた。

 

「大丈夫だエテルナ。エルリーゼ様は、お前が明日行かなかったからと言って怒るような方ではない。

命の危険があると言われて恐れるのは自然な事だ。皆もそれは分かってくれる。

だから、行かない事を恥に思う必要は……」

「違う、そうじゃないの! 私じゃなくて、あんたに行って欲しくないの!」

 

 ベルネルの的外れな慰めに我慢出来ずにエテルナが叫んだ。

 エテルナが心配しているのは自分の事などではない。

 ベルネルが、まるで喜ぶように危険の中に飛び込もうとしている。それが心配だったのだ。

 彼がエルリーゼしか見ていない事は分かっている。

 昔から……初めて会った時からずっと、彼はエルリーゼの騎士になる事を夢見続けていた。

 その聖女から必要とされるというのは、彼の夢が叶うという事だ。

 だがエテルナは素直にそれを喜んであげる気持ちにはとてもなれなかった。

 だって、ベルネルは前にも一度本当に死んでしまっているのだ。

 あの時は何とかなったが、次もそうなるとは限らない。

 

「ねえ、やめようよ! あのエルリーゼ様が命の危険があるって言うなんてよっぽどだよ!

あんた、今度は本当に死んじゃうかもしれないんだよ!」

「そうかもしれない」

「そうかもしれないって……それでいいの!?

あんたが行かなくったって何も変わらないよ!

あんなに強くて何でも出来るんだから……どうせ、一人で全部解決するよ!」

 

 エテルナの叫びは、ベルネルも一部同意出来るものだ。

 彼女の言う通りだ。

 きっと自分が行っても行かなくても、何も変わらない。

 エルリーゼならば一人で、どんな困難でも打破して世界に光を齎すだろう。

 だが、それでは駄目なのだ。

 何故ならベルネルはずっと、エルリーゼを一人で戦わせないために己を鍛えてきたのだから。

 

「すまないなエテルナ。俺はもう決めたんだ。

あの日……誰にも必要とされていなかった俺を、あの人は抱きしめてくれた。

こんな俺なんかの為に泣いてくれた。

あの人がいなきゃ俺は今頃、世界の何もかもを呪ってどうしようもない奴になっていただろう」

 

 エルリーゼに出会うまで、ベルネルは暗闇の中を彷徨い続けていた。

 親兄弟から見放され、化け物と罵られ……自分の力も制御出来ずに彷徨い、薄汚れた。

 そんなベルネルを抱きしめ、そして幸せになる事を諦めないで欲しいと言ってくれたのはエルリーゼだった。

 あの日ベルネルは誓ったのだ。

 この先何があろうと光を……彼女を信じる事を。

 

「何よ……私だって……私だって、あんたの事を……っ」

 

 エテルナは俯き、そして逃げるように走り去ってしまった。

 その背を、ベルネルは追いかける事は出来なかった。




エテルナ:ねえ……ちょっと、屋上で話さない?
ベルネル:……。
 それはいいけど、屋上は寒いからこの上着も羽織っておけ(好感度+)
 ああ、分かった(好感度±0)
⇒すまない。少しでも俺は自分を鍛えたいんだ(好感度ー)

目当てのヒロイン以外の好感度は下げるもの(ギャルゲ脳)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十五話 怯える魔女

 アルフレア魔法騎士育成機関には地下施設がある。

 普段は滅多に生徒どころか教師も立ち入らぬその場所は、騎士を志す若者達が魔物を相手に実戦訓練を積む為に設けられた場所である。

 決して魔物を逃がさぬように鋼鉄で覆われたその施設は半径30m、天井までの高さが10mという広大な空間であり、巨大な魔物でも(それでも個体によっては窮屈だろうが)その力を遺憾なく発揮出来るようになっている。

 何故このような空間が必要なのかと言えば、無関係の誰かを巻き込まぬようにする為である。

 例えば外でこの訓練を行おうものならば魔物が逃げるかもしれないし、近くの村に向かうかもしれない。

 もしかしたら逃げた先に偶然その場を通過していただけの行商人がいるかもしれない。

 学園に物資や食料を運んでくれる輸送隊が被害を被る可能性もある。

 そうした可能性を考慮し、魔物を決して逃がさないようにこうした施設を用意するのは自然の成り行きであった。

 過去には屋外で柵で囲んで同様の訓練をしていたという記録もあるが、それが無くなったのはやはり過去に何かしらやらかしてしまったからなのだろう。

 柵を跳び越えられたか、壊されたか……あるいは地面でも潜って脱出されたか。

 どちらにせよ、そうした過去の反省が活かされているのは間違いない。

 

 そしてこの地下訓練所には、教師すらも知らない隠し階段が存在していた。

 前任の学園長であるディアスが密かに、アレクシアを匿う為に造ったその場所は長い階段を下ったその先にある。

 階段を降りてまず目にするのは、石造りの扉だ。

 それを開いた先には二体の石像が立ち、来客を出迎える。

 石像に挟まれた一本の道を抜けると道がいくつかに分岐し、それぞれが魔女の私室や、キッチン、リビング、トイレ、風呂……そして魔物達の控室などに繋がっていた。

 魔女の私室は地下とは思えないほどに整えられていて、豪華な屋敷の一室を思わせる。

 四角く切り出された広い室内で、武骨な岩の壁や天井は蛇の意匠を施された壁紙で隠されている。

 床は木の板を敷き詰めた上に絨毯を敷き、その上に様々な調度品やベッド、椅子や机、本棚、振り子時計などが置かれていた。

 壁には様々な絵画……特に多いのは雄大な自然や大空を描いたもので、どうしても閉塞感を感じてしまう地下という空間の中で、それでも可能な限りアレクシアに快適に過ごして欲しいというディアスの気苦労と心遣いがここには感じられた。

 灯台下暗し……まさか魔女を討つ聖女の騎士を育てる学園の地下に、こんな魔女の為の居住空間があるなどと誰も想像すまい。

 しかしその空間の中で、彼女――魔女アレクシアはベッドに腰をかけ、苛立つように爪を噛んでいた。

 

 不気味な女であった。

 腰まで届く銀髪には艶がなく、一見すると白髪に見える。

 半開きにされた目には生気がなく、目の下には濃い隈が出来ている。

 頬は痩せ、肌はやや荒れている。

 唇は紫色に染まり、爪を噛む歯は黄色く染まっていた。

 よくよく見れば顔立ちそのものは美麗なのだろうが、そうとは気付けぬほどに台無しになってしまっている。

 もしも、聖女アレクシアの姿を知る者が彼女を見ても、すぐには同一人物と気付く事は出来ないだろう。

 学園には歴代の聖女の肖像や銅像が飾られているが、アレクシアは銀髪の美女として描かれているし、事実過去はそうであった。

 だがここにいる彼女は、その面影すら消えかけている。

 衣装も、聖女の頃はエルリーゼのものと同じデザインの純白のドレスを着用していたのだが、今はどういうわけか真っ黒なローブを羽織り、暗がりの中で明かりも付けずに闇と同化するように、物音すら立てないようにしてベッドの上に留まっていた。

 

 別に、聖女は魔女になったからといってファッションや顔立ちまで悪人のようにならなくてはいけない、などというルールはない。

 歴代の魔女の中には、聖女の頃そのままの姿で魔女をやっていた者もいるのだ。

 それでも聖女=魔女という事実が広まっていないのは時の王が口止めをしたからだが、ともかく魔女は別に悪人面にならなくてはいけないわけではない。

 しかしアレクシアは、聖女の頃とは別人のように変わってしまい、これがかつて世界を救った聖女アレクシアだと言っても信じる者はほとんどいないだろう。

 

「ディアス……ああ、ディアス。もうあの小娘は……エルリーゼは学園を去ったのか? 追い出せたのか?

そ、そうだ……お前は学園の長だ。強権で退学に出来るだろう? な? なあ?」

「我ガ聖女ヨ、マダ、エルリーゼハ、貴女ノ存在ニ気付イテオリマセン。

ソレト、以前カラ申サレテイル、学園追放デスガ、ソレハ不可能デス。

聖女ヲ追イダスナド出来マセン。ムシロ、無理ニソンナ真似ヲスレバ、私ガ怪シマレテ、最悪、学園長ノ職ヲ降ロサレマス。

私ガイナクナッテハ、誰モ貴女ヲ守レマセン。ゴ辛抱ヲ」

 

 アレクシアがボソボソとした小さな声で語り掛けているのは、ディアスがメッセンジャーとして寄越してきたスティールだ。

 テーブルの上にとまった鳥は、ディアスから伝えられた言葉を、そのまま吐き続けている。

 最近ではディアスは、自分で会いに来てくれる事すらなくなった。

 エルリーゼが学園にいる今、迂闊に彼がこの地下を訪れればそれが却ってエルリーゼを案内する事になりかねない……という理由だ。

 

「それは分かっている、分かってるんだ。

けど、私はいつまで待てばいい? あいつが来てから、いつここに気付かれるかと気が気じゃないんだ。怖くて寝る事も出来ないんだよ」

「ソレハ分カッテイル、分カッテルンダ。

ケド、私ハイツマデ待テバイイ? アイツガ来テカラ、イツココニ気付カレルカト気ガ気ジャナインダ。怖クテ寝ル事モ出来ナインダヨ」

 

 言い募るアレクシアに、スティールは同じ言葉を返した。

 この鳥は言葉の意味など一切理解していない。

 ただ、習性として自分よりも強くて大きい動物や鳥の鳴き声を真似しているに過ぎないのだ。

 だからこの言葉も、そのまま『ディアス』へ送り届けるだろう。

 スティールが飛び去り、その姿を見送ってからアレクシアはベッドの上でシーツにくるまった。

 

 アレクシアは、今代の聖女であるエルリーゼを恐れていた。

 かつて同じ聖女だったから分かる。

 ……アレは化け物だ。

 エルリーゼは知らないようだが、実はアレクシアは一度エルリーゼの戦いを直に見た事があった。

 魔物を率いて都市を襲撃した時……当時、まだ十二歳だったエルリーゼに配下を薙ぎ倒され、泡を喰って配下を見捨てて逃げたのだ。

 冗談ではなかった。何だアレは。

 空を飛び、天から光の剣を雨あられと降らせて、それを手にした兵士まで尋常ではないほど強化される。

 攻撃すればあらゆるダメージが数倍になって反射され、魔法の絨毯爆撃で蹂躙される。

 聖女は確かに他の人間を上回る魔力を持つ。同質の力以外ではダメージを受けない無敵性も有している。

 だがそれだけだ。決してあんな桁外れの、神のような存在ではない。

 アレクシアも魔法を得意とするから理解出来てしまった……エルリーゼの魔力は、あの時点で既にアレクシアの百倍以上に達していたという事に。

 それが今から五年前の事。そして十七歳となったエルリーゼの力は衰えるどころか、更に上昇を続けているという。

 魔法の威力は、込める魔力の量によって決まる。

 同じ魔法であっても10の魔力を込めたものと比べて30の魔力を込めれば単純に三倍の威力となるのだ。

 即ち内包出来る魔力の量はそのまま、戦闘力差に繋がる。

 ならばエルリーゼの戦闘力は十二歳の時点でアレクシアの百倍以上に届いていたという事だ。

 こんな怪物に勝てるはずがない。いや、勝てる生き物など存在しない。

 

 戦わずして格の違いを思い知り、アレクシアはその日からずっとこの学園地下に隠れ住んでいた。

 日々、ディアスから聞かされるエルリーゼの各地での戦いは耳を疑いたくなるようなものばかりで、歴代の魔女が数代かけて魔物の領土に変えたはずの島が一日で取り返されたというものや、前の代でアレクシア自身も戦いを避けるしかなかった大魔が三秒で始末されたなど、聞けば聞くほどに手に負えない存在だという事だけが分かってしまう。

 

 不公平ではないかと思う。

 アレクシアが聖女になった時、世界は暗闇で満ちていた。

 それは、アレクシアの前の聖女であるリリアが魔女を倒さずして魔物に殺され、暗黒期が延びてしまったからだ。

 その結果、アレクシアは歴代の聖女よりも苦しい状況下での戦いを強いられる事となった。

 今度こそ魔女を倒してくれという民衆からのプレッシャーがあった。

 加えて当時の魔女であったグリセルダはリリアが死んだ分だけ歴代と比べて魔女歴が長く、その分当然のように配下も多かった。

 それでもアレクシアは恐怖に耐えて魔女と戦った。

 自分がやらなければいけない事なのだからと、泣いて逃げ出したいのを堪えて……戦いの中で多くの仲間や騎士を失いながら、それでもディアスと共にグリセルダを倒したのだ。

 

 だがグリセルダを倒したアレクシアに待っていたのは、まさかの裏切りであった。

 ビルベリ王国の王、アイズによって聖女の城に幽閉されて魔物をけしかけられた。

 結果的にはこの時けしかけられた魔物がアレクシアの味方をしてくれた事で何とか逃げる事が出来たが……アレクシアは聖女から一転して、魔女として罵声を浴びながら追われる立場になってしまった。

 悔しかったし、悲しかった。そして憎かった。

 それでもアレクシアは、魔女にはなるまいと耐え、ひっそりと身を隠して生きていた。

 魔女になってしまえば、自分を裏切った連中の行動は正しかったと正当化する事になる。それだけは嫌だった。

 

 だが、グリセルダから受け継いだ魔女の念は日々アレクシアを蝕んだ。

 聖女が魔女になる時、別に人格が変わる事はないし突然別人になるわけでもない。

 ただ、記憶を継承してどうしようもなく負の感情が増幅されるだけだ。

 歴代の魔女が見てきた、あらゆる人間の汚点。醜悪な記憶。

 裏切られた怒り。

 それらを見せられ、感じさせられ、そして心がドス黒く染められていく。

 白いキャンバスがクソのような黒で塗り潰され、変えられる。

 聖女の心は白く、穢れの無いものだ。

 だが白という色は染まりやすく、簡単に塗り潰されてしまう。

 アレクシアも例外ではなく……耐え続けた果てに、彼女はやがて世界を憎んで魔女となった。

 自分がこんなに苦しいのに、辛いのに。怖いのを我慢してやっと世界を平和にしたら裏切られて、それでも耐えているのに。

 なのにそんな事を知らずに平和を謳歌している連中が気に入らない。許せない。

 こんな苦しみを自分に与える世界なんて間違えている。

 そうして彼女は、耐える事を諦めて魔女になった。

 

 だが魔女になった先で、またしてもアレクシアは恐怖に耐えなくてはならなくなった。

 歴代屈指の魔女であるグリセルダを倒して魔女になった先に待っていたのは、今度は歴代最高にして最強の聖女エルリーゼだったのだ。

 それはないだろう、と泣きたくなった。

 世界はそんなに私が嫌いなのかと絶望した。

 怒りのままに暴れる事すら許してくれないのか。

 どうして私だけ、こんな目に遭わなければいけないのだ。

 

 そしてエルリーゼが学園に転入してきた事で、アレクシアはとうとう一睡すら出来なくなってしまった。

 少しでも物音を立てれば気付かれるのではないかと怯え、毎日毎日僅かな物音にすら過敏に反応して見えない恐怖に追い詰められた。

 いつエルリーゼはここに気付く? それとも、もう気付かれているのだろうか?

 いっそテレポートで逃げ出してしまいたい気持ちもあったが……ここから逃げてしまえば、もうどこにも味方がいない。

 テレポートで逃げる事が出来るのはアレクシア一人だけだ。

 この地下にいる魔物達も、ディアスも連れていけない。

 たった一人で、しかもテレポートの代償で弱くなった状態で外に出なくてはならない……聖女によって塗り替えられた世界で、孤立無援となる。

 今や世界は、どこもかしこも人類の領域で、聖女の味方だ。

 どこにも逃げ場など存在しない。だからアレクシアは、ここに留まるしかないのだ。

 

 それでもアレクシアの恐怖はもう限界であった。

 ここに留まる事に心が耐えられない。すぐにでも逃げ出したい。

 ああ嫌だ嫌だ、どうかここに気付かないで。

 毎日そう願いながら、震え続けている。

 

「オ労シヤ、あれくしあ様……」

「お、おお……『影』よ」

 

 怯えて震えるアレクシアに、寄り添うように『影』が近付いた。

 それは奇妙な存在だった。

 地下と言えど、多少の光はある。

 確かにアレクシアの私室は灯りがないが、スティールが迷わずに飛べるように通路はランタンの灯りで照らされ、その光がアレクシアの部屋まで届いている。

 だというのに、それはまるで光が届かないかのように暗かった。

 まさしく、動く『影』……それがアレクシアを慰めるように肩に手を……いや、暗い何かを伸ばす。

 

「『影』よ……私は恐ろしい。

何故私の代に限って、こんな事になるのだ……。

世界はそんなにも私の事が嫌いなのか。

私はどうすればいい……教えておくれ……『影』よ」

「今スグニ、てれぽーとデ、逃ゲルベキカト……」

「だ、駄目だ! 外に私の味方はいない! すぐに見つかって、あいつが飛んでくる!

それにお前も知ってるだろう? テレポートは一度身体を分解して飛んでいく禁断の魔法……移動先で再構成されるが……その際、本来あるべき形に再構成されるせいで、身体に覚え込ませた経験(レベル)が失われるんだ。

ただでさえ力の差があるのに、それを更に広げるなんて……そんな馬鹿な事が出来るはずないだろう!?」

 

 恐怖によって、かつての美しい姿が見る影もなくなった主を、『影』は黙って見ていた。

 冷静に判断するならば、もうここに留まっている事そのものが悪手だ。

 エルリーゼは学園に転入して以来、ずっとこの学園を活動拠点にしている。

 ディアスからの報告を信じるならば(・・・・・・)、この地下には気付いていないというが……それならば何故いつまでも留まっている?

 仮に気付いていないのが本当だとしても、ここに魔女がいると確信し、何らかの証拠を掴んでいるからではないか?

 ならばここはもう危険地帯だ。一刻も早くテレポートで脱出して、新たな拠点で再スタートをした方がいい。

 だが魔女は味方のいない……そしてエルリーゼによって領域を塗り替えられた外に出る事を恐れている。

 もはや戦うまでもなく、エルリーゼとアレクシアの雌雄は決していた。

 世界を舞台にした陣取りゲームはエルリーゼが圧勝し、盤上は白で埋め尽くされている。

 唯一残された黒が一マスのみ残っているというのが現状で、エルリーゼはまさにその一マスを取ろうと手を振りかざす手前まで来ているのだ。

 それでも魔女は逃げる事が出来ない。恐怖に縛られ、まだこの学園にしがみ付いてしまっている。

 

「分カリマシタ……ナラバ、ソノ恐怖、私ガトリ除イテ、ミセマショウ」

「む、無理だ! お前でもエルリーゼには勝てん!」

「ゴ安心ヲ……私トテ、アノ怪物ニ勝テルナドトハ、思ッテオリマセン。

奴ガココニ留マッテイルノハ、要スルニ、此処ニ魔女様ガイルト思ッテイルカラデス。

ナラバ、ソノ疑念ヲ晴ラシテヤレバ……自ズト、此処ヲ離レルハズ。

私ニ策ガアリマス……」

 

 『影』は不気味に蠢き、そして目に当たるだろう部分を輝かせた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十六話 大魔オクト

 『影』――オクトは、魔女アレクシアに仕える大魔である。

 かつて聖女アルフレアと共に戦ったという最初の騎士ゴンザレスが身投げをした事でゴンザレス海と名付けられた海の、光も差さぬ深海で彼は生を受けた。

 彼の種族はパペットオクトパスと呼ばれ、人間の三歳児程度の知能を持っている。

 他のタコに比べて脳が大きいこのタコは頭が巨大でバランスが悪く、動きは他のタコに比べて鈍い。

 最も特筆すべきはその生存戦略で、戦闘能力に欠けるこのタコは音もなく他の生物に忍び寄って絡みつき、吸盤から分泌される毒で自我を奪ってまるで人形のように操るのだ。

 そして操った生物に獲物を捕獲してもらい、それを自らが食す事で生きながらえる。

 人形にされた他の生物は食事を与えられる事なくやがて餓死し、そうした死んだ身体をまた食べて、新たな人形を探して徘徊する。

 それがパペットオクトパスの恐るべき習性だ。

 そのパペットオクトパスが偶然波に攫われて岸辺に流れ着いたのを、当時の魔女であるグリセルダが魔物へと変えた。

 それがオクトであった。

 しかしオクトは知能こそ高かったものの、戦闘能力は大した事がなくグリセルダのお気には召さなかった。

 他の強い魔物を操ればそれと同じ強さは得られるが、だったらその魔物を普通に使えばいいだけの話だ。

 人間の要人を操れば役に立たない事はないが……当時、グリセルダの勢力はそんな事をする必要性を感じない程に圧倒的なものであった。

 というのも、本来グリセルダを倒すはずだった聖女リリアが勝手に死んでくれたからだ。

 故にグリセルダの魔女就任期間は他の魔女よりも長く、その分戦力を増して勢力図を塗り替える事が出来た。

 だからグリセルダは、自身の優位性を疑っていなかったし聖女も恐れてはいなかった。

 ……結局はこの慢心のせいでアレクシア相手にろくな対策を取らずに負けているのでどうしようもない馬鹿なのだが、ともかくグリセルダはオクトに興味を示さなかった。

 魔物に変えるだけ変えて、放流してしまったのだ。

 

 魔物化したオクトは、魔物としての本能に従って疑問も抱かずに人類への攻撃を開始した。

 しかしそこは元々弱いパペットオクトパスだ。

 当時は初見であった人間の強さも分からずに、自分より大きいから強いと勘違いして近くを通りかかった漁師を操って近くの村を襲撃し……あっという間に駆け付けた兵士に取り押さえられ、捕まってしまった。

 人間にも強弱があり、彼が乗っ取った人間は思ったよりもずっと弱かったのだ。

 せめて熊か虎でも乗っ取っていればまだ話は違っただろうが、全ては後の祭りである。

 

 そのまま国王――アイズ・アンド・アイ・ビルベリ13世の前に連れて来られた彼は、聖女の城の地下へ送り込まれた。

 いずれ魔女を倒して帰還してきたアレクシアを殺す為に、地下には多くの魔物が生息していた。

 そこでオクトは、雑に海水を入れただけの瓶の中に閉じ込められた……が、彼は見張りの人間が眠っている隙に触手を器用に使う事で中から瓶の蓋を開けて脱走し、その人間から鍵を奪い取った。

 そのまま軟体を活かして檻の中に入り込んで閉じ込められていた魔物を人形にし、檻は先程入手した鍵で開けた。

 更にもう一つ別の檻を開けて、オクトが操る魔物と別の魔物とで殺し合いをさせ……力尽きた魔物を両方ともオクトが食べた。

 彼は本能的に魔物同士が殺し合い、喰らい合う事で強くなる事を知っていた。

 

 もしもこの時、目を覚ました見張りの兵士が魔物が減っている事を上に報告していればオクトの快進撃はここで止まっていたことだろう。

 目を覚ましたら魔物が殺し合った痕跡があって、数が減っている。

 これで気付かないわけもなく、オクトはそこまで考えが及んでいなかった。

 だが見張りの兵士は、これを報告しなかった。

 自分が居眠りしている間に魔物が減ったなどと報告すれば叱咤は免れず、場合によっては文字通りに首を斬られてしまう可能性もある。

 だから彼は虚偽の報告をし、この異常は誰にも伝わる事がなかった。

 この見張りの兵士の無能さがオクトを救った。

 

 そしてオクトはある日、運命の出会いを果たした。

 魔女グリセルダを討伐したアレクシアが、新たな魔女として城の地下に投獄されたのだ。

 彼女を始末する為にオクトを始めとする魔物達が解き放たれた。

 しかしオクトはアレクシアを攻撃しなかった。

 本能的に、彼女が仕えるべき相手であると理解したからだ。

 だからオクトは逆にアレクシアの味方をし、他の魔物を扇動して脱出を試みた。

 当時、既に並の魔物を遥かに超える力を有していたオクトはその場にいた魔物達のリーダー格となっており、逆らう者はいなかった。

 

 無事にアレクシアを脱走させる事に成功したオクトはそれから、アレクシアの一番の側近として重宝されるようになった。

 大魔化の試練も見事クリアして大魔となったオクトは人間と同等の知能も手にし、習得した魔法で常に深海と同じ環境を自らの周囲に保つことで地上でも問題なく長時間活動可能となった。

 

 そして現在。

 オクトは主を守る為に、学園を静かに移動していた。

 今、主を最も恐れさせているのは今代の聖女エルリーゼだ。

 ならばこれを殺すなり、オクトが操るなりしてしまえば脅威はなくなるのだが、それは不可能だとオクトも分かっていた。

 まずそもそもからして、エルリーゼに触れる事すら出来ないだろう。

 聖女の力抜きでも、あの女は規格外の怪物だ。

 オクトが絡み付こうとしてもまず魔力で遮断されて弾かれる。

 よしんば上手く絡みついても毒が回る前に魔力で吹き飛ばされるのがオチである。

 就寝中ならばあるいは隙があるかもしれないが、五階には近衛騎士のレイラがいるし、更に彼女は就寝中は自室にバリアを張っていて誰も入れないという事がディアスからの報告で分かっている。

 なるほど、就寝中を狙った奇策や搦め手にも十分警戒しているわけだ。

 決して高い能力に慢心しているわけではない。一番やりにくい相手である。

 

 だからオクトは、エルリーゼを狙うのではなく彼女の目を学園から逸らす事を考えた。

 エルリーゼが現在学園にいるのは、この学園にアレクシアがいると目星をつけているからに他ならない。

 だからその前提を変える。

 別の場所に魔女が現れれば、エルリーゼもここを離れざるを得ないだろう。

 だからといって勿論アレクシアを別の場所に移動させるわけではない。

 正直なところ、アレクシアがテレポートでさっさと逃げて隠れるのが一番いいのだが、主はそれをやりたがらないから仕方ないだろう。

 

 オクトの目的は、アレクシア以外に別の魔女を……つまりは影武者を立てて暴れさせ、その上で外に逃げる事であった。

 その為に彼は闇に潜みながら、なるべく魔女役に仕立てても違和感のない生徒を探す。

 なるべくグリセルダのように高慢で傲慢で、周囲からも嫌われているような奴がいい。

 周囲から好かれている奴は駄目だ。

 『彼女は絶対違う!』と誰かに疑われてしまっては、この計画の綻びになる。

 誰が見ても『あいつなら魔女でもおかしくなかった』と思われるような奴を探さなくては。

 

 しばらく生徒を観察していると、オクトは一人の生徒を発見した。

 涙を流しながら走るその生徒は確か……そう、あの見事な銀髪は確かエテルナだ。

 エルリーゼとも交流がある生徒で、一度はファラが人質にもした事があるとディアスから報告を受けている。

 勿論、今回の作戦には全く適していない。

 他でもないエルリーゼに『彼女は魔女ではない』と疑われてしまうのでは本末転倒だ。

 だがエルリーゼを外に誘い出すのには役立ちそうだ。

 魔女の影武者は他に探すとして……あの娘も確保しておこうか。

 

 そう思い、オクトはゆっくりとエテルナへにじり寄って行った。

 

 

 ベルネル達に武器を与えて一日が過ぎた。

 今日、授業が終わった時に五階に来るかどうかで今後の作戦も決まる。

 もし誰も来なかったらどうしよう、なんて思ってしまうが……まあこればかりは本人の意思に委ねるしかない。

 正直、嫌々参加するような奴がいても魔女との戦いを生き残れるとは思えないし、それならいっそ来ない方がいいだろう。

 だがもし来てくれれば、あいつ等を地下に突入させる方向で作戦を組む事になる。

 全部アレクシアが悪いよアレクシアが。

 ラスボスらしくドーンと構えてくれてりゃ、俺が速攻で出向いて終わらせてやるのに、俺が近付いたら逃げるとか下手に強い敵より始末に負えん。

 

 ベルネル達がもし突入した場合……やはり苦戦は免れないだろう。

 地下には大魔クラスの取り巻きがいるし、それに前座のボスとして大魔も一匹いる。

 名前は『オクト』で魔女からは『影』と呼ばれている。

 闇の魔法で常に光を遮って、暗闇を纏っているので動く影のように見えるキショイ敵だ。

 魔女の側近で、魔女からも絶大な信頼を寄せられている。

 で、実は俺は過去にこいつと一度会っている。

 ほら、三年前にベルネルを誘拐しに来た黒い影がいただろ? それがこいつ。

 こいつは他の生物を操る能力を持っていて、ベルネルを自分の優秀な宿主にしようと目論んでいたのだ。

 その正体はタコが大魔化したものであり、闇を纏っているのも元々深海で生活する種のタコだったからだ。

 だから実は闇の中で水魔法も使っていて、常に水の球の中に入っている。

 

 タコって大魔になれるほど賢いのかと思われるかもしれないが、これで案外賢いらしい。

 瓶に閉じ込められても、蓋を回して開けるという事をしっかり学習するんだとか。

 脳は小さいが、八本の足を動かす為に何と九つの脳を有していて、心臓の数は三つ。

 腕一本につき吸盤は二百個以上で、全体で千六百個。その吸盤の一つ一つが単なる触覚器官ではなく、匂いまで感じ取るという。

 しかも腕の一つ一つが、脳からの指令がなくても独自に意思決定をするとか。

 これは眉唾だが……一部の科学者は、タコがもう少し長生きする動物だったなら、地球を支配するほどの知性になると信じているらしい。

 つまりタコとは、美味しくて器用で賢くてタフで美味しい。そんな凄い動物だという事だ。

 タコ焼き食べたい。

 

 俺ならハッキリ言って、こんな連中は雑魚だ。

 纏めて始末して、タコは焼いて食べてしまえる。

 だがベルネル達にとっては手強い相手になるだろう。

 ゲームだとタコとの戦闘が終わってから魔女戦に入るが、それは魔女が余裕ぶっこいていたからで、この世界だと最初から組んで襲って来る可能性が高い。

 そうなった時にベルネル達八人で迎え撃つのは、かなり厳しいだろう。

 一応武器は与えたが……突入前にバフもかけておいた方がよさそうだな。

 そんなこんな考えていると約束の時間が来て、ドアがノックされた。

 

「どうぞ」

 

 入室許可を出す。

 すると入って来たのはベルネル、モブA、フィオラ、マリー、アイナ、変態クソ眼鏡と……ええと、何だっけ、最後の人。

 何か噛ませ犬みたいな名前だったのは覚えてるんだが……。

 ……確かカマーセ・イッヌ……いや、クランチバイト・ドッグマンだったっけか。

 どっちだっけ?

 まあいいや。それより気になるのは、エテルナがいない事だ。

 やはり来てくれなかったか。しかしそれも当然の事で、エテルナの視点で見ればそもそも俺の頼みで命を張るような義理などない。

 彼女はベルネルを心配して学園まで付いてきただけで、そもそも騎士など目指していないのだ。

 だからこれは当然の事だ。

 むしろ七人も来てくれた事を、今は喜ぼうか。

 

「あの、エルリーゼ様……エテルナを見ませんでしたか?」

 

 まずは来てくれた事への礼でも言おうとしたところで、ベルネルが先に口を開いた。

 エテルナを見ていないかという問いだったが、少なくとも俺は見ていない。

 そういえば今日は授業にもいなかった気がする。

 あれこれ考え事をしてたから今日はちょっと周りを見ていなかったし、日課の美少女ウォッチングもしていなかった。

 が、多分会っていないはずだ。

 ……風邪かな? だったらすぐにでも部屋に赴いて治療してやるんだが。

 

「エテルナと同室の生徒にも聞いたんですが、昨日から戻ってないみたいなんです」

 

 それ、同室の子は何もおかしいと思わなかったのだろうか。

 と思うも、よく考えたら違和感を抱かなくてもそれほどおかしくはない。

 騎士学園の生徒が夜遅くまで部屋に帰らない事は別に珍しい事ではないのだ。

 図書室で遅くまで勉強しているのかもしれないし、訓練室で深夜まで訓練しているのかもしれない。

 なので同室の子からすれば何も不思議な事はなく、先に寝てしまう事もあるだろう。

 そして起きた時にいなくても、今度は早朝の訓練に出ているだろうと考える。

 その子もきっと、授業にも来ていないのを見て初めておかしいと思ったに違いない。

 

「彼女が行きそうな場所に心当たりはありますか?」

「全部探しましたが……どこにもいませんでした」

 

 俺の問いにベルネルは気落ちしたように話す。

 ベルネルにとってエテルナは家族のようなものだ。

 それが行方不明となれば、そりゃ心配だよな。

 

「今日ここに来ない事が後ろめたくて、隠れている可能性は?」

「そんな事はない……と思います」

 

 レイラが口にしたのは、考えられる可能性の一つだ。

 エテルナは昨日の時点でここに来ない事を決めていて、しかしその事に居心地の悪さを感じて隠れてしまった……というのはあり得ない話ではない。

 あるいは絶対に俺の頼みなんか引き受けないという意思表示という事もあり得る。

 『私を巻き込むな、危険な事なら勝手に一人でやってろ! 万一にも巻き込まれたらたまらんから今日は隠れる! 私のそばに近寄るなァァーーーッ!』みたいな。

 もしそうなら別に問題はない。悪いのは俺の人徳のなさだ。

 だが万一にも、何か面倒な事に巻き込まれているとすれば、少々厄介だな。

 仕方ない、予定変更だ。

 まずはエテルナの安否を確認しないと落ち着いて話す事も出来ん。

 

「探しましょう。杞憂ならばそれが一番ですが、万一の可能性も考えねばなりません」

 

 というわけでエテルナ捜索開始だ。

 何事もないとは思うんだが、一応ね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十七話 不出来な物真似

 エテルナの捜索を開始早々やって参りました。校舎裏の池でございます。

 ぶっちゃけ校内を一々探すなんて面倒な事やってるより、もっと便利な方法があるわけで。

 俺が池に近付いても何事も起こらないが、池に手を触れて軽く魔力を流し込んでやる。

 すると水面が盛り上がり、亀が顔を出した。

 

「おや、お呼びかいエルリーゼ」

「ええ。少し貴方の力を借りたくて」

「何かあったみたいだね?」

 

 この亀ならばこの世で起こっている事を見る事が出来る。

 しかし当然ながら脳は一つだし、情報処理の限界はあるので厳密には森羅万象を知っているわけではない。

 あくまでその時見ているものしか、こいつは見えないのだ。

 例えば地球で言えば、アメリカのニューヨークを亀の能力で見ていた場合、同時刻に日本で何が起こっていたかまでは把握出来ない。

 テレビのチャンネルと同じだ。

 どのチャンネルを見るも視聴者の自由だが、一つの番組を見ればその裏番組の内容は分からないだろう。

 年末の特番でSASUKEを見ていたら、その裏でやっている孤独のグルメは見られない。そういうのと同じだ。

 だから、魔女にテレポートされてしまうのは亀にとってもあまりいい事ではない。

 仮に魔女がバリアで遠視を防いだとしても、亀ならば『観測出来ない場所』を発見出来れば魔女の位置を割り出せるだろう。

 魔女がどこにテレポートするのかも、この亀ならば予測出来る。

 だが予測はあくまで予測であって、予知ではない。こいつ自身も言っていた事だが外れる事だってあるんだ。

 だから、万一にも魔女が亀の予測も出来ないような場所にテレポートをしてしまうと……亀はこの広いフィオーリ全体から『観測出来ない場所』を頑張って探さなくてはならなくなる。

 つまりは、亀の能力は便利ではあるが決して万能ではないし、常に全てを知っているわけでもないという事だ。

 そしてどうやらこいつは今、学園以外のものを見ていたらしい。

 でなければ『何かあったみたいだね』なんて言葉は出てこない。

 

「ええ。一人、この学園から行方不明者が現れました」

「なるほど。カメ吉とカメ美の夫婦喧嘩なんて見てる場合じゃなかったか」

 

 何見てるんだ、こいつ。

 本当にそんなの見てる場合じゃねーよ。

 というか他人……いや、他亀の夫婦喧嘩を見るとか趣味悪いなおい。

 ともかく、こいつの趣味などどうでもいい。

 今必要なのは、こいつの千里眼だ。

 

「エテルナさんの事は勿論知っていますね?

彼女が今どこにいるかを探して欲しいのです」

「なるほど」

 

 エテルナが誰か、という説明は要らないだろう。

 この亀は俺が偽聖女である事をとうに知っている。

 ならば本物の聖女であるエテルナの事を知らないはずもなく、これだけで話は伝わる。

 亀は目を閉じてしばらく何かを『視た』後に、口を開いた。

 

「見付けた。だがおかしな事になっているぞ」

「おかしな事?」

「ああ。学園内にいるのだが……何か、変な場所に押し込められている」

 

 変な場所、ねえ。ロッカーにでも押し込まれているのだろうか。

 そう思いながら、とりあえず亀の話を聞く。

 

「隠し通路……だなこれは。

学園内の壁の向こうに意図的に空洞が作られている。

そこに、エテルナが閉じ込められている。

だが……エテルナだけではないな。他にも何人かの生徒が捕まっているぞ」

 

 ほーん、隠し通路? そんなのあったのか、この学園。

 いやまあ、どうせディアス辺りが学園長権限で勝手に作ったんだろうけどさ。

 しかしエテルナだけかと思ってたら、他にも行方不明者がいたのか。

 何の為に誘拐してるのかは分からないが、まあそんなのは犯人を捕まえてから聞き出せばいいだけだ。

 最悪目的は分からずとも、とりあえず捕まっている連中は救出しないとな。

 

「犯人は分かりますか?」

「うむ……近くに何やら闇のようなものを纏っている女がいるな。

こいつが犯人で間違いないだろう」

「アレクシアですか?」

「いや、違うな。アレクシアは地下にいる」

 

 闇を纏った女、というと真っ先に思い浮かぶのはやはり魔女だ。

 もしも亀がいなければ、俺は今回の犯人をアレクシアだと勘違いしていたかもしれない。

 何せ俺はアレクシアと実際に会った事はない。

 ゲーム画面越しに見た事はあるが画面に描かれたイラストとリアルでは色々違うから、髪の色と背格好が似ていれば勘違いしてしまう事もある。

 実際俺自身、最初にこの世界で自分の姿を見た時には自分がエテルナなのではないかと思ってしまったのだ。

 

「むっ、動き出したぞ。隠し通路を通って屋上へ向かっている。

しかも他の生徒を闇から伸びた触手で捕まえて……連れて行く気のようだな」

 

 む、何をしたいのかサッパリ分からんが、どうやら犯人は屋上という分かりやすい位置に移動してくれるらしい。

 なら好都合だ。俺もすぐにそこに行って犯人を捕まえてやろう。

 とりあえず先回りして、光の屈折でステルスしておこうか。

 

「ありがとうございます、プロフェータ」

「行くのか。お前さんには不要な言葉かもしれないが、気を付けなよ」

 

 亀の激励を受け、俺は屋上へと飛んだ。

 さあて、事件を起こして早々で申し訳ないがとっととスピード解決といきましょうか。

 

 

 一人の女子生徒がオクトに操られ、屋上へ続く隠し通路を歩いていた。

  エリザベト・イブリス。それがオクトが魔女代理として選んだ女子生徒の名であった。

 その外見はお世辞にも美しいと呼べるものではない。

 悪くはないが、良くもない。平凡という言葉がよく似合う。

 一重瞼の瞳。高くも低くもない鼻筋。

 顔も左右非対称で、歯並びも悪く黄ばんでいる。

 茶色の頭髪は腰まで伸ばし、エルリーゼが付けているものとよく似た(そしてよく見れば枯れかけている)自作の花飾りを付けている。

 

 彼女は、エルリーゼに憧れていた。

 そして同時に妬み、疎ましく思っていた。

 最初はただの羨望だった。

 貴族の家に生まれた彼女は十一歳の時に、舞踏会で見た聖女の姿に憧れた。

 自分もああなりたいと強く願った。

 だからエルリーゼを真似て同じような髪飾りを付け、まるで自分がエルリーゼになったかのように口調も真似た。髪の長さも同じにした。

 そう、最初はただの微笑ましいエルリーゼごっこ(・・・)だった。

 憧れたものの真似をする。形から入る……それは決しておかしな事ではない。

 だが成長するにつれて、元々は金髪だったはずの髪は茶色に変色し、鏡で見る自分の姿はどう見てもエルリーゼではなかった。

 それはそうだ。そもそも彼女はエルリーゼではない。

 他人と姿が違うのは至極当然の事で、何もおかしい事などないだろう。

 普通はここで現実を認識し、自分は自分だと折り合いをつけるべきなのかもしれない。

 だが彼女の中で、憧れは歪に姿を変えていた。

 最初は『自分もああなりたい』だった。

 次に『自分がああだったらよかったのに』と変わった。

 その想いは、少しでも憧れに近付こうと学園に来てから益々強まり、エルリーゼの姿を見るたびに彼女の心を蝕んでいた。

 いつしか彼女の中で憧れは『どうして自分がエルリーゼではないのだ』というものになり、自分を慰める為に『生まれが違えば自分がエルリーゼだったかもしれない』と、わけの分からない自己の持ち上げへと入った。

 生まれが違えば自分こそが聖女エルリーゼだったかもしれない。

 自分が、あの美しさを得ていたかもしれない。

 いや、得ていたはずだ。きっとそうだったはずなのだ。

 そうして彼女は自らの心を慰める為に現実から目を逸らして、妄想に逃げ込むようになった。

 自分がエルリーゼとして生を受けた世界を夢見て、聖女に向けられる喝采や情景、彼女が持つ栄光や名声が全て自分に向けられたものだと夢想して、幸せな空想に浸った。

 そうして暴走し続ける憧れは行き場を失い、遂には彼女の中で事実と妄想が反転した。

 

 私が本物のエルリーゼなのに、どうしてあいつが聖女として崇められているんだ。

 あいつは私の栄光を、私に向けられるはずの名声を横取りした! 何て汚い奴だ!

 私がオリジナルなんだ。あいつは私の真似をしただけだ!

 

 呆れる事に、いつしかエリザベトはそう考えるようになっていた。

 全くわけのわからない思考であった。まるで道理が通っていない。

 現実と己の生み出した妄想の区別すら出来なくなった彼女は、まるで自分が聖女であるかのように振舞い、脳内で自分の姿を都合よくエルリーゼに置き換えて、そして本物のエルリーゼがまるで偽物であるかのように陰口を叩いた。

 慈愛の微笑み(と本人は思っている……)で級友に接し、私が世界を守ってみせるなどと宣った。

 

 無論言うまでもない事だが、彼女以外から見ればただの不敬で滑稽な物真似でしかない。

 本人が慈愛の微笑みと思い込んでいる笑みは、実際には虚栄心と自己満足と自己陶酔に彩られた気持ちの悪いものであったし、無理にエルリーゼの真似をしている口調も似合っていなかった。

 そんな彼女と仲良くなりたいと思う者などいるはずがなく……そもそも此処は聖女に仕える騎士を育てる機関だ。その場所であろう事か聖女を侮辱して自分が本物であるかのように振舞う馬鹿女など、誰も近付きたくない。

 あっという間にエリザベトは孤立し、皆から煙たがられるだけの存在になり果ててしまった。

 そればかりか彼女の行いや発言は彼女の両親にも届き、両親は心底恥に思いながら学園に謝罪してエリザベトを退学にするよう申請した。

 これを学園も迷いなく受理し、今月にはエリザベトが退学する事が決まっている。

 父からエリザベトに届いた手紙には娘を心底恥ずかしく思うという文面と、罵声が並べ立てられ、エリザベトを更に捻じれさせた。

 

 ああ、どうして皆分かってくれないのだろう。

 私がエルリーゼなのに。私はこんなにも皆と世界を愛しているのに。

 そう思い、そして全てを憎んだ。

 愛してると言いながら憎んでいるが、矛盾はしていない。

 何故なら彼女は結局のところ、皆と世界を愛していると思い込んで自分に陶酔していたに過ぎないからだ。

 本当は愛してなどいないし、世界の事も全く考えていない。

 ただエルリーゼならそう思いそうだと思い込んで、演じているに過ぎない。

 

 ああ妬ましい、憎い。エルリーゼがいなければ私がエルリーゼだったのに。

 あいつがいなければ私があいつの栄光と名声を全て得ていたのに。

 そんな最早前提からして破綻しきっているわけの分からない思考で、エリザベトはエルリーゼを憎んだ。

 これも言うまでもない事だが、別にエルリーゼがいなくとも彼女には何の栄光も名声も転がり込んでこない。

 何故ならそもそも別人なのだから。彼女はエリザベト・イブリスであってエルリーゼではないのだから。

 

 現実と妄想の区別すら付かなくなった歪みに歪んだ思考。

 周囲からの評価。

 そしてどのみち学園から消える存在だという都合のいい立ち位置。

 そこにオクトが目を付けた。

 こいつだ。こいつなら、魔女役に仕立て上げても誰もおかしいとは思わない。

 いささか小物すぎる気もするが、そこはオクトが上手く仕立ててやればいい。

 重要なのは誰からも愛されていないという事。誰からも嫌われているという事だ。

 何よりいいのが、こいつが常日頃から聖女を悪く言っていたという一点だ。

 聖女に対し不敬な発言を繰り返した時点で、こいつは皆の中で消えて欲しい存在になっている。

 そして他の者達は思っただろう。『いっそこいつが魔女の配下か何かだったら今すぐ斬ってやれるのに』と。

 そうした思考は、すぐに『魔女の配下か魔女だったらよかったのに(・・・・・・)』から『魔女の配下か魔女であってくれ(・・・・・)』と変わる。

 人とは自分の望みが後押しされると、不思議と疑う気持ちが弱くなるものだ。

 本当は頭の何処かでおかしいと気付いていても、そうであって欲しいから思考を止める。

 そして生徒達は……いや、この学園の全員が思うだろう。

 『ああ、やっぱり』と。

 

 オクトの計画は大勢にそう思わせる事だ。

 人間というのは奇妙なもので、たとえ違和感を抱いていたりそれは違うと思っていても、多数派の意見で容易く『そうかもしれない』と考えを変えて流される。

 エルリーゼ自身はきっと聡いのだろう。

 こんな小物が魔女のはずがないと思うかもしれない。

 だが大多数の声で押し流してしまえばどうか。

 エルリーゼ以外の全員が『あいつは魔女だ』と言えばエルリーゼも無視は出来ない。

 そしてやがて、多数派の意見はエルリーゼの思考そのものを変える可能性がある。

 百人の愚者は一人の賢者を迷わせるのだ。

 だからオクトは、大勢の前で盛大に魔女の晴れ舞台を作るつもりだった。

 屋上でエリザベトを操って自分こそが魔女だとアピールし、闇の力を見せ付けてオクトの触手で囚われの哀れな生徒達を晒しものにする。

 何なら一人か二人くらい殺してしまってもいい。

 そうして目撃者全員の怒りと憎悪を掻き立てた上で、エルリーゼが駆け付ける前に逃げる。

 そうすれば、『魔女エリザベト討つべし』という多数の声が上がり、エルリーゼも動かざるを得なくなる。

 その第一歩として屋上へ上がり、魔力を放出する。

 まずはなるべく派手に暴れ、大勢の生徒に目撃されなくてはならない。

 その為の第一歩として、まずは運動場で修練している生徒目掛けて魔法を発射した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十八話 偽りの魔女 

 レイラと一緒に、ステルスしつつ屋上で待ち受けていると、ノコノコとエテルナと他の生徒達を捕えた犯人がやって来た。

 亀から聞いた通りに女生徒だが、背中に何か変な闇のようなものを背負っている。

 その闇から触手が伸びてエテルナを始め、何人かの生徒を拘束して気絶させていた。

 ほう、エテルナの触手プレイか。

 …………いいじゃないか!

 やっべ、少し早く来すぎたかもしれない。

 後五分……いや、十分くらい遅れてから来るべきだった。

 

 で、肝心の犯人の女生徒の方は……うん。何というか普通だな。

 ギャルゲ世界の女の子は全員アイドル以上の美少女と思っていた時期が俺にもありました。

 まあ実際はそんな事もなく、むしろ美人比率は現代の地球の方が高いくらいだ。

 そりゃそうだ。だってこの世界って食糧事情が悪いから栄養バランスも偏ってるし、どの成分が美肌にいいだとか美容にきくだとか、そんな研究もデータもない。

 サプリメントもないし化粧品もない。サプリ・メントという名前の変態はいるけど。

 きめ細やかな肌を作る洗顔クリームだとか保湿クリームだとかアレとかコレとかがネットでちょっと調べれば誰でも分かってすぐに取り寄せ出来る現代と比べれば、そりゃ見劣りするのが当然だ。

 ただ、このフィオーリという世界は顔面偏差値の振れ幅が極端で、美少女美女はそうした化粧とか美肌クリームとかが一切必要ないくらいに整っている。

 レイラとかエテルナもそうした極端な美形だ。

 一応俺……というかエルリーゼもそっち側で、加えて俺は魔法で現代以上のインチキをして美肌やら美髪やらにした上で更に通常より数割増しでよく見えるようにズルをしてガワを整えているのだ。

 中身がクソだからこそ、ガワには妥協しない。

 ひたすら金メッキコーティング&金メッキで、その上から金メッキを更に張る。

 メッキの一枚や二枚剥がれてもボロを出さないように、そこは徹底しているのだ。

 聖女()んのも楽じゃねえ。

 

 さて、そんなモブ子だが……気になるのはやはり、背中の闇だな。

 一見すると闇の魔力的なものを背負っているようにも見えるが、あれは何か違う気がする。

 闇に隠れててよく見えないが、多分あれ、実体あるよな?

 とりあえず、まずはあの闇を引っぺがしてみようか。

 ……と思っていたら、モブ子が不意に運動場に魔法ぶっぱしやがった。

 何してんねん、こいつ。

 とりあえず咄嗟に俺も光の魔法を発射し、先に放たれた闇を追い抜いてブーメランのように旋回してモブ子の魔法を弾いた。

 

「!? 何者!」

 

 モブ子が鬼の形相で俺のいる場所を見るが、生憎とステルス中なので姿は見えないはずだ。

 だが、ここに誰かがいる事は気付かれただろう。

 まあいい、どのみち観察よりも確保の方が優先度が上だ。

 もう隠れている必要もないのでステルスを解除し、一歩前に踏み出す。

 

「聖女……エルリーゼ……! 馬鹿な、何故ここに……」

 

 モブ子は一歩下がり、身構えた。

 背中の闇がわさわさと動き、触手が荒ぶっている。

 お、何だ? それで今度は俺を触手プレイか?

 やめておけ……それは誰も得をしない。

 いやマジで。

 

「貴女こそ、こんな所で何をしようとしているのですか?」

 

 とりあえず質問に質問で返してやる。

 何故ここにいるかといえば亀にネタバレしてもらったからだが、そんな事を教えてやる必要はない。

 亀のチート千里眼はこっちにとって有用な武器だ。

 変に教えて、それで亀を殺されちゃたまらん。

 

「……知れた事!

魔女の恐怖を忘れたこの世界に、再び我が恐怖を知らしめる事こそ、私の目的だ!」

 

 何か変な事を言い出したな……。

 魔女の恐怖を知らしめるって、この子は魔女の信者か何かだろうか?

 いや、でも我が恐怖とか言ってるし、わけがわからん。

 

「まるで自分が魔女であるかのような言い草ですね」

「いかにもその通りだ。私こそお前が学園まで探しに来た魔女、エリザベトだ!」

 

 …………。

 ……………………?

 こいつ、何言ってるんだ?

 魔女はアレクシアだぞ。

 魔女を名乗るならせめてアレクシアを騙れよ。

 馬鹿なのかな?

 正直、溜息を吐いて馬鹿にしたい気持ちで一杯だったが、そこは何とか耐えた。

 聖女ロール、大事。

 

「ふん。聖女ごっこの次は魔女ごっこか。

どこまでも不敬で救いようのない奴め」

 

 レイラが憤慨したように剣に手を掛ける。

 ステイ、ステイ。スットコステイ。

 全く話が見えないので、もう少し聞いてやろうじゃないか。

 それと、そこのモブ子の事知ってるなら俺にも教えてちょ。

 

「レイラ、知っている顔ですか?」

「エルリーゼ様のお耳に入れる価値もない愚か者です。今この場で斬りましょう」

「知っているならば教えて欲しいのですが……」

「……エリザベト・イブリス。二学年の生徒です。

イブリス伯爵家の次女であり、今月で退学する事が決まっています」

 

 どうやらレイラはこのモブ子の事が嫌いらしい。

 一生徒でありながら、ここまでレイラに嫌われるとは珍しい事もあるもんだ。

 何だ? レイラのパンツでも盗んだか?

 もしそうなら、俺にくれると実に嬉しい。

 あー、いやでも従者のパンツなんか持ってたら聖女ロールが台無しになるな。

 

「聖女ごっことは?」

「お耳に入れる価値も……」

「レイラ」

「…………。

この愚か者は、まるで自分こそが本物の聖女であるかのようにエルリーゼ様の真似事をしており、悪い意味で学園内で有名なのです。

あの出来の悪い粗悪な髪飾りもエルリーゼ様を真似たものでしょう。

それだけならばまだしも、エルリーゼ様が成した偉業をまるで自分がやった事のように騙り、エルリーゼ様が奴の手柄を横取りしたかのように宣う始末……。

伯爵家の娘でなければ、とうに私が斬り殺していただろう、醜悪な不敬者です」

 

 ああ、なるほど。俺の真似っ子ってことね。

 別にいいんじゃないの? 憧れたものの形を真似るって割と普通よ普通。

 要するにそれって有名なスポーツ選手の髪型を真似したり、陸上競技者の決めポーズを真似したりするのと同じじゃん。

 むしろ真似するくらい憧れられるのは、そう悪い気分ではない。

 自己投影は……うん。俺も昔やったな。

 テレビで見る野球選手の活躍を見て、自分が球場に立って同じような活躍をして拍手喝采を浴びる姿とか妄想したもんよ。ほぼイキかけました。

 頭の花飾りは……ああ、確かに何か似たような白い花飾りしてるな。でも少し枯れている。

 ちなみに俺が普段頭に付けている花飾りだが、こっちも本物の花だ。

 魔法であれこれして枯れないように細工した、この世界で唯一の『散らない花』である。

 まあ、願掛けやね。ほら、この世界って『永遠の散花』だからそのカウンター的な意味合いで。

 あと、実はこれはただの飾りじゃなくて予備の魔力タンクでもある。

 この花は名前をアンジェロといって、花弁に魔力を多く溜め込む性質を持っている。

 MPにして花弁一つで100くらいかな。合計七枚の花弁があるので最大で700のMPを補充しておける。

 基本的には俺には必要のないものだが、備えあれば何とやらだ。

 ちなみに地球にある同名の花とは全然似ていない。

 見た目は白い花弁がまるで七芒星(ヘプタグラム)を描くように広がっており、その神秘的な外見から人気が高い反面、咲いてから枯れるまでが早いという特徴もある。

 この世界では七芒星は魔除けに効果があると信じられ、『7』という数字は縁起のいいものとして扱われている。

 それは、7という数字がこの世界の魔法属性である火、水、土、風、雷、氷、光、闇の八属性から一つ……つまり闇を抜いたものだからだ。

 

 で、モブ子が頭につけてる花だが……あれ、アンジェロじゃないわ。

 ルチーフェロという名前の、アンジェロそっくりの別の花である。

 見分けにくいが花弁の数は八つで、こちらは縁起が悪いとされている。

 魔力を溜め込む性質はなく、代わりに花粉に毒を持っている。

 死ぬような毒ではないのだが、陶酔感を伴う幻覚を見たり現実と空想の区別がつかなくなったりする、やばい奴だ。

 実はこの世界では一部の国では麻薬の材料として扱われているらしい。

 アンジェロと違って枯れにくく、長生きする逞しい花だ。

 そんなのを頭に乗せてるからおかしくなったんじゃなかろうか。

 まあ吸引しなきゃ無害なはずだが……。

 

「そして今度は魔女の真似事をするとは……。

何という愚か者なのだ」

 

 レイラさん辛辣ゥ!

 俺の物真似くらい許してやれよ。

 別にそれで金稼ぎしてるわけじゃないんだしさ。

 だが魔女の真似事は駄目だな。

 特に騎士の前では絶対やってはいけない。

 その行為の愚かさを例えるならば、警察署に行って、銃を持った警察官の前で本物そっくりの玩具のナイフや銃を持って『俺は人殺しをしてきた。次はお前だ』と言うようなものだろうか。

 冗談や悪戯では決して済まされない。

 

「ふん……信じられないか。ならば見るがいい、我が魔女の力!」

 

 モブ子が手を広げると、触手何本かがこちらへ飛んできた。

 触手プレイがお望みか……しかしレイラの触手プレイは見たいが、俺が対象になるのは勘弁だ。

 俺は見る専門なんだよ。

 つーわけで魔法で一気に吹き飛ばしてやろうと手を向けるが……。

 

「エルリーゼ様に手は出させん!」

 

 レイラが俺の前に出て、触手を剣で弾いた。

 おいスットコ邪魔ァ!

 更に触手が唸り、レイラを剣のガードごと殴り飛ばしてしまった。

 続けて俺の方に触手が飛んでくるが、これを軽く光の剣で切り払った。

 すると確かな手応えを感じ、地面に何かが落ちる。

 切断した事で闇が晴れ、姿を露わにしたのは……美味そうなタコの足であった。

 ……ああ、なるほど。大体読めたわ。

 

「そういう事ですか。貴方の正体は既に分かりました」

 

 全部まるっとお見通しだ!

 正体を看破した事を突き付け、そして光魔法で闇を払ってやる。

 すると出て来たのは、モブ子に絡みつく人間サイズのタコであった。

 これはあいつだ。本来なら魔女戦の前座で出て来るボスのタコ。

 三年前にはベルネルを誘拐しようとしていた奴だ。

 そいつがモブ子を操って魔女を名乗らせているっていうのが今回の真相だろう。

 俺が切断してやった足は早くも再生を始めていて、実にエコロジーである。

 こいつをタコ焼きの材料にすれば無限に食えるな。

 

「魔物……!」

「いえ、大魔です。そして、今回の行動の意図も読めました。

大方、そこのエリザベトさんを使って魔女を名乗らせ、私達の矛先を学園からずらそうとしていたのでしょう」

 

 魔女の正体はアレクシアである。

 したがってアレクシア以外に魔女を名乗らせても何の効果もない。

 騙るならばせめてアレクシアを名乗らせなければ無意味だ。

 だがそれは、既にアレクシア=魔女という事を知っている俺達の視点での話だ。

 こいつは俺達が知っている事を知らない。

 だから他人に名乗らせるなどという、間抜けをやってしまうのだ。

 タコの視点で考えるならば、まだバレていないはず(・・)のアレクシアの情報(正体)を無理に明かす意味などないからな。

 だが、それがこんなバレバレの破綻した計画を生む事になる。

 

「何を言うかと思えば……大魔を従える我が魔女でなくて何だと……」

 

 モブ子……いやモブ子の口を使ってタコがまだ未練がましくモブ子=魔女設定を信じさせようとしてくる。

 だがアレクシア=魔女という事を既に知っている俺達としては、もうその設定は信じるべき要素などどこにもないのだ。

 とはいえ、向こうはどうやら俺達が知っている事を知らない様子。

 ここで無駄に『既に魔女の正体はアレクシアだと知っているZE☆』と言うのは簡単だが、そりゃ迂闊というものだろう。

 どこから情報が洩れるか分からないし、 盗聴器のようなものがないとは言い切れない。

 俺と同じように魔法の応用で声を拾っている可能性は……それなら俺が気付くが、ゼロと断言は出来ない。

 漫画とかでもそうだが、勝利を確信した時の無駄話というのはとんでもない負けフラグだ。

 『冥途の土産に教えてやろう』とか相手の誘導に引っかかって無駄に情報を吐いたりとか。

 俺はそういうのは、なるべくやりたくはない。

 だからここは、それっぽい事を言って煙にでもまいておく事にしよう。

 

「貴方には聞こえないのですね……助けを求めるその子の声が」

 

 俺にも聞こえねーけどな!

 とまあ、アレクシアの事は一切教えずにモブ子のせいにしておいてやった。

 俺が真実に辿り着いたのは、既に魔女の情報を持っているからではない。

 助けを求めるモブ子の声が聞こえたからだ!

 

 そう言うと、モブ子の目から涙が溢れた。ワロス。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十九話 汚物

 さて、あんまりこんな雑魚に長々時間をかけるのもあれだし、サクッと終わりにしてしまいましょうか。

 タコよ、お前は所詮アレクシアの前の前の前座に過ぎん。

 バラバラにぶち撒けて、焼いて、タコ焼きにして食ってやる!

 でもこの世界でタコ焼きって難易度高そうだな。

 地球だと業務用スーパーでタコ焼きの粉という便利な物が買えたが、こっちだと薄力粉から自作しなきゃならんだろうし……そもそも薄力粉自体がそんな簡単に入手出来る物じゃない。

 まあ、それはいい。ともかくぶちのめす!

 

「ちいっ!」

 

 俺がやる気になったのを感じ取ったのか、タコがモブ子の背後に隠れた。

 更に触手で捕まえていたエテルナ達を前に出すようにして盾にする。

 おまっ、それずるいって。

 しかも前だけではない。

 タコは現在八本の足のうちの六本で六人の生徒を捕まえていて、残る二本がフリーだ。

 そして捕まえている生徒五人とモブ子で自分を360度守るように円陣を組ませる。

 更に上も生徒で塞ぎ、ガッチリガードしやがった。

 肉の盾ってか……鬱陶しい真似をしやがる。

 だが無駄よ無駄無駄ァ。

 対策などいくらでもあるわ。

 

「動くなよエルリーゼ……動けばこいつ等の命はないぞ。

まずは腕を後ろに組んでもらおうか」

 

 お決まりの脅し文句を口にするタコの目の前(・・・)で俺は歩き、タコの背後へ回り込む。

 いつぞやの、騎士の目を欺いた光の屈折による幻影+ステルスだ。

 奴の目には今、人質を前に何も出来ずに、言われるままに腕を後ろに回す俺の姿が見えている事だろう。

 そして人質の盾も隙間がないわけじゃない。

 人質の間の隙間を通して氷魔法を発射。

 このタコは地上でも活動する為に、自分の周りに常時魔法で水球を作って、その中に入っている。

 その水を凍らせてしまえば、そこで勝負ありだ。

 タコが一瞬で氷漬けになり、人質が全員解放された。

 それから幻影を消して、ステルスを解除……レイラから見ればきっと瞬間移動したように見えるだろう。

 

「エ、エルリーゼ様……一体何が……」

「人質が厄介でしたので、少しズルをしただけです」

 

 手札はなるべく隠しておきたいので、詳細はレイラにも教えない。

 奥の手は隠してなんぼですよ。

 しかし、タコがノコノコと外に出てきてくれてよかった。

 これでベルネル達を突入させる際の不安事項が一つ消えてくれたのは嬉しい誤算だ。

 とりあえず、操られていたモブ子……ええと、エリザベスだっけ? いや、エリザベトだったかな。

 まあどっちもでもいいや。

 へたり込んで呆けているので、手を差し出してやる。

 

「災難でしたね……大丈夫ですか?」

 

 あんま顔は好みじゃないけど、俺の真似するくらいファンだっていうし、ファンは大事にしないとね。

 するとモブ子は俺の手を両手で掴み、まじまじと見てから撫でまわし始めた。

 ん? 何? 何も持ってないよ。

 

「はあ……白くってスベスベしてて細くて……指先までこんなに綺麗だなんて……」

 

 何かハァハァしながら俺の手を撫で回し、その後は出し抜けに抱き着いてきた。

 で、髪やら腰やらに無遠慮に手を伸ばして来る。

 

「ああ、ありがとう、ありがとう……。

私、ずっと助けを求めていたの。でも声が出なかった。

だってそうでしょう? 聖女である私が魔女を名乗らされるなんて、あっていいはずがないもの」

 

 ……?

 何言ってるんだこいつ。

 いや、これがレイラの言ってた聖女ごっこというやつか。

 操られて九死に一生を得た直後だというのに聖女ごっこをするとは、ある意味大物なのかもしれない。

 

「髪もサラサラで……腰も細くって……はあ……これが聖女なのね……。

ああ、どうして……どうして私は貴女じゃないのォ……。

この髪も顔も、身体も、私が持って生まれるはずだったのにどうして貴女なの……」

 

 うーむ……これはなかなか、今までにいなかったタイプだな。

 とりあえず、分かった事がある。

 どうやらこいつ、かなりやばい奴だったようだ。

 これ、助けない方がよかったかな……。

 

「ねえ頂戴よォ……この髪も爪も、顔も身体も私に頂戴ィィ……。

私も聖女がいいの。ねえいいでしょう? ね? ねっ?

いいでしょう? いいわよね? そうよ、だって私が聖……」

「いい加減にしろ、害虫が」

 

 俺にベタベタ触るやべえモブ子をどうしようか考えていたら、いつの間にか近くまで来ていたレイラがモブ子の頭を掴んで俺から引き剥がし、まるでゴミでも捨てるように投げ飛ばした。

 おいスットコ、ちょっとやりすぎじゃね?

 その子家名持ちって事は貴族だろ?

 あ、いや、でもそういやスットコは侯爵家令嬢で家柄でも勝っているから揉み消せるのか?

 ……いやいや、そういう問題じゃない。

 

「エルリーゼ様への不埒な行為に不敬の数々、もはや我慢ならん。

不敬罪で今すぐ、その薄汚い首を落としてやる」

 

 何が起こったか分からずに座り込むモブ子の前でレイラが剣を突き付けた。

 するとモブ子は後ずさりながら言う。

 

「ま、待って……お、落ち着いて……下さい、レイラ。

そ、そう、私の騎士! 貴女は近衛騎士! なら、こんな事をしてはいけませんわ!

思い出してください……私と共に戦場を駆け抜け、多くの力なき民を救ったあの日の事を……」

 

 今まで普通の口調だったのが突然敬語口調になった。

 多分あれが俺の真似なんだろう。

 でも俺、一度として『いけませんわ』とかのお嬢様口調で話した事ないんだけどな。

 そもそも俺が敬語口調で通してるのって、俺が女口調とかキモ過ぎて無理だけど男口調も違和感抱かれるから、それなら仕事とかで慣れていた敬語で固定しとこうかという、いわば妥協の口調なわけで。

 

「…………黙れ」

「ひっ」

 

 うわあ、レイラが何か今まで見た事もないような顔になってる。

 まるで道端に落ちている巨大なクソを見付けて、心底生理的嫌悪感を感じているような、それでいて激しい怒りとそれを通り越したような絶対零度の瞳が合わさって、何とも言えない顔になっている。

 冷たいのも行き過ぎると火傷して、熱いのと区別が付かなくなる的な。

 人ってあんな表情も出来るんだな。

 

「もういい、声を聞いているだけでも不快だ。今すぐに切り捨ててやる」

 

 あ、やばい。

 これレイラマジでプッツンしてる。

 このままレイラがモブ子を殺してしまうと、どんな理由であれ法の裁きにかけず独断で貴族を殺したという事で問題になる。

 それはレイラが侯爵令嬢であっても変わらない。

 なので俺はレイラの背中を軽く叩き、落ち着かせた。

 スットコ、ステイ。

 落ち着け、どうどうどう。

 

「レイラ、落ち着いて下さい」

「止めないで下さいエルリーゼ様。これ(・・)はここで処分すべきです」

 

 とうとう『これ』呼ばわりになった。

 こんなにレイラがブチ切れたのは初めてかもしれない。

 ゲームだとピザリーゼに対してこれくらい切れるが、この世界では初めて見た。

 どう落ち着かせたものか……。

 

 とりあえず、ここで本当に斬ってしまうとレイラの立場も少しやばくなる。

 なので止めるのは確定事項として……レイラに投げられた際に出来たと思われる怪我も治しておいた方がいいよな。

 一応あの子、伯爵令嬢らしいし。

 つーわけで治療魔法をかけようとしたのだが、何やらエテルナのいる場所が光り出した。

 あれ? 俺そっちに回復魔法使ってないけど?

 ていうかやべえ。エテルナを中心に魔力が高まっている。

 このままだと屋上にいる奴、魔力でガード出来る俺以外全員吹っ飛ぶぞ。

 なのでシールド一発。エテルナから発射された魔力を防ぎ、何が起こっているのかを観察する。

 

「…………」

 

 光の中でエテルナがゆっくりと起き上がり、こちらを見る。

 全身を白い魔力の粒子が飾り、風もないのに髪が波打っている。

 魔力の余波だけでタコは消し飛んでしまい、跡形も残っていない。

 ああ……タコ焼きにするつもりだったのに……。

 何はともあれ、これは間違いないな。

 ぶっちゃけ何でいきなりこんな事になったのか皆目サッパリ見当がつかないが、俺の六百分の一くらいに匹敵するこの魔力は並の人間に出すのは不可能だ。

 

 うん、これ、聖女に覚醒してるわ。

 何でいきなり覚醒したん? 意味わからんわー……。

 ……とりあえず、俺が偽聖女って事が判明するのもそう遠くない未来だと思うし、言い訳を考えておこうか。

 

 

 助けを求める者の誰もが、救われた事を感謝するとは限らない。

 自分が危ない時は必死で助けを求めても、危機が去ればそれを容易く忘れる……そんな人間もこの世には存在するのだ。

 レイラは目の前の汚物(エリザベト)を見下しながら、心底そう考えていた。

 

 エルリーゼはエリザベトの、助けを求める声が聞こえたと言った。

 きっとそれは事実なのだろう。

 かつてアイズ国王が助けを必要とした時も彼女は、当たり前のように彼を救いに来た。

 歴代の聖女にそんな力はなかったはずだが、何せ彼女は歴代最高の聖女だ。何が出来ても不思議ではない。

 だが救われた者の全てがアイズ国王のように、それを恩に感じて心を入れ替えるとは限らない。

 心底から腐り果てた心では、感謝するという概念そのものがないのだろう。

 それでもエルリーゼはきっと変わらないし、手を差し伸べる。

 誰かを助けようとする彼女の心に打算はなくて、何度踏みにじられようと、それでも笑顔で手を伸ばす。

 裏切られない……と思っているわけではないのだろう。

 裏切られ、踏みにじられても構わない……きっとエルリーゼはそう考えている。

 その在り方はどこまでも尊くて、穢れが無くて……だからこそ、一層この汚物の事が許せなかった。

 こんな輩がエルリーゼを踏みにじるなど、あってはならない。

 だから今回ばかりはエルリーゼの意思に反してでも斬ってしまうべきだと考えて剣を振り上げる。

 だがレイラの背をエルリーゼが軽く叩いて嗜める。

 

「レイラ、落ち着いて下さい」

「止めないで下さいエルリーゼ様。これ(・・)はここで処分すべきです」

 

 レイラの怒りに、エルリーゼは静かに首を振った。

 そこには、自分が侮辱された事への怒りなど一切感じられない。

 彼女はどんな者であろうと愛し、守ろうとする。

 だから今回も同じように、迷いなくエリザベトに回復魔法をかけようと掌を向けた。

 

(ああ……本当にこの方はどこまでも……)

 

 レイラは未だ憤る心を何とか抑えて剣を納めた。

 実力という点では、エルリーゼに守りは必要ない。

 彼女は自分一人で自分のみならず、全てを守れる。

 だが、自分を守ろうとしない。

 だからこそ、何があっても守ろうと改めて心に誓う。

 一度は裏切ってしまった自分を、エルリーゼは許し、武器まで与えてくれた。

 その恩に報いる為にも、せめてこうした悪意から彼女を守る盾であろうと思う。

 

 だが剣を納めるにはまだ早すぎたらしい。

 大魔は氷漬けになり、愚者も大人しくなった。

 後は人質にされた生徒達を保護してそれで終わり……そう思っていた。

 だがその保護すべき人物の一人であるエテルナから突然光が放たれ、エルリーゼが咄嗟にシールドで防ぐ。

 エルリーゼが守った一部分以外の屋上の全てを光が蹂躙し、凍ったままだった大魔を一撃で抹消する。

 屋上の床が抉れ、その威力にレイラは戦慄した。

 

 有り得なかった。

 大魔を一撃で抹消する威力の魔法など、生徒が使えるはずがない。

 レイラだってそんなのは不可能だ。

 そんな人知を超えた真似が出来るとすれば、それは聖女以外にあり得ない。

 だがそれはエルリーゼのはずだ。

 事実、エルリーゼはこれまでに聖女しか出来ないような偉業を……いや、歴代の聖女全員が集まったとしても到底出来ないだろう偉業を成し遂げてきた。

 しかし光の中でゆっくりと立ち上がるエテルナもまた神々しく輝いており、その姿は聖女を連想せずにはいられない。

 

 聖女が同じ時代に二人現れた事は過去に一度としてない。

 だが、その例外がレイラの目の前で起こっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十話 覚醒

 ゲームにおいて、エテルナが聖女に覚醒するタイミングは多少差があるものの、大まかなイベントは共通している。

 エテルナが聖女の力に初めて目覚めるのはエテルナルートでのファラ戦だが、本格的に覚醒するのは第三期の学園襲撃戦だ。

 大魔『鬼猿』に率いられた多くの魔物が押し寄せてきて、どんどん生徒や教師に犠牲が出る中で遂にエテルナが覚醒するというこのイベントだが、こっちの世界では俺が先回りして潰したので発生しない。

 しかしどうやら、別の理由で聖女に覚醒してしまったらしい。

 加えて初覚醒で力に呑まれているのか、どうも意識がぶっ飛んでいるようにも見える。

 ゲームでも初覚醒時はこうだ。

 聖女の力に呑まれて、聖女としての使命とかそういうのに突き動かされる形でオート行動をする。

 まあその暴走はすぐにベルネルを始めとする仲間達の呼びかけで終わるのだが……聖女である彼女は近くの魔物や、使命を阻む者を問答無用で排除しようとする。

 普通は暴走時であっても人間を攻撃したりはしないはずだが……。

 

「嫌だ……ベルネルを……取らないで……。

もう……死なせないで……嫌……嫌だ……。

やっつけなきゃ……魔物は全部、やっつけなきゃ……」

 

 ボソボソと、虚ろな目で何かを呟いている。

 しかも内容的に、俺の事が魔物に見えているらしい。

 こりゃ、攻撃されそうだな。

 何で魔物に見えてるかだが……その理由は、あれかな。エテルナの近くに落ちている花。

 俺の物まね芸人のモブ子が頭に付けていたルチーフェロがエテルナの足元に落ちている。

 アレの花粉は幻覚を見せたり、現実感を失わせたりするやばい代物だ。

 副作用はないが、麻薬みたいなものと思っていい。

 多分レイラがモブ子をボコボコにした際に取れて、エテルナの顔の近くに落ちたのだろう。

 聖女にそんなものが効くのかと思われるかもしれないが……状況が悪かった。

 先程までルチーフェロを付けていたモブ子はタコの闇パワーをバリバリ身に纏っていたわけで……多分その力が少しだけルチーフェロに入っちまってたんだろう。

 加えてエテルナ自身は気絶していた。

 そのせいで本来ならば聖女に効くはずのないルチーフェロの幻覚が効いてしまったのだろう。

 

 その事をレイラに説明し、エテルナが杖から発射してきた魔法を手で弾いた。

 覚醒したての聖女の攻撃なんぞ効くか。

 もとい……実はあの杖を通す限り、エテルナの攻撃魔法は相手に致命傷を与える事は出来ない。

 あの杖に付けてある宝石には実は俺の魔法が込められていて、微弱な回復魔法も一緒に発射されるようになっている。

 分かりやすく言うとあの杖で敵に致命傷を与えても直後に相手のHPが1に回復するという具合だ。

 なのでエテルナはあの杖を使う限り、絶対に誰も倒せない。

 

 何でこんな意地悪をしたかというと、勿論エテルナにアレクシアを倒させない為だ。

 エテルナは対魔女に有効な戦力だが、何かの間違いでエテルナがアレクシアを倒してしまうと全部台無しだ。

 かといってベスト8に残ったエテルナを不参加にするのは不自然だし、それをやっても多分エテルナはベルネルを心配して勝手に潜り込む。

 なら、まだ勝手な事をされないようにメンバーに入れておいた方がいい。

 それに実際、エテルナをメンバーに入れることでベルネル達の死亡率も下がる。

 なので俺はエテルナを参加させつつエテルナが魔女を倒せないように小細工を仕込む事にした。

 それがあの杖だ。あれを使う限りエテルナが誰かを仕留める事はない。

 ただし……タコが消し飛んだ事から分かるように、『杖を通さない』攻撃なら普通に相手を仕留める事が出来る。

 

「エルリーゼ様……エテルナ嬢のあの力は一体……。

あれはひょっとして聖女の力なのでは……?」

 

 ああうん、流石に分かるよねそりゃ。

 さてどうしたものか。

 別に俺が偽物ってバレるのはいいんだ。最終的にもカミングアウトして聖女の座をエテルナに返す気なのでむしろ予定調和ですらある。

 だがまだ、魔女を倒してねえ。

 俺がバレて追放されるのはいいんだ。だが今はタイミングが悪い。

 これから魔女を追いつめようって時に俺が退場してしまうと、結局はゲーム通りの展開になる。

 というわけでエテルナには悪いが、もうしばらくは嘘を塗り固めておこう。

 

「あれが彼女の持つ……かつて彼女が自身を魔女と誤解してしまった力なのでしょう。

ベルネル君が魔女と似たような力を持つのと同じように、彼女のそれは聖女に近い力だったようです」

「そのような事が有り得るのですか……? 聖女でもない者が聖女の力を持つなど、前例がありません」

「どんな出来事でも最初の一回目は『前例がない』出来事です。

最初に魔女が現れた時や、初代聖女アルフレア様が現れた時だってその当時は『前例がない』出来事だったでしょう。

……聖女と魔女を取り巻く世界のシステムが、今代で何か異常をきたしたのかもしれません」

 

 レイラの質問に出鱈目を並べ立てる。

 こんなにもスラスラと適当な事が言える自分の才能が怖い。

 案外俺の天職は詐欺師なのかもしれないな。

 もしもし母ちゃん。オレオレ、オレだって。そうオレオレ。

 ちょっと交通事故で"不運(ハードラック)"と"(ダンス)"っちまって、賠償やら何やらで金が明日までに必要だからお金用意してちょ。

 ……え? 今電話に出てるの母ちゃんじゃなくて女装癖のある父ちゃん……?

 ってな感じで。

 

「ともかく……まずは落ち着かせるのが先決ですね」

 

 俺はバリアをレイラとモブ子の周りに残したまま、バリアの外に出た。

 するとエテルナが無表情で掌を翳し、魔法を撃ち込んでくる。

 銀色の光球がスパークを伴って直進してくるが、俺はそれを手で掴んで握り潰した。

 なんなんだあ……? 今のはあ……?

 聖女のパワーをいくら高めようと、この俺を超える事は出来ぬう!

 

「……来ないで」

 

 更に連射。今度はビームが同時に七発発射された。

 聖女の力で白銀に輝く閃光が曲がり、上下左右から一斉に俺目掛けて殺到する。

 この形状を例えるならば……そう、泡立て機だ。

 俺を生クリームにしようと襲い掛かって来る。

 しかし無駄無駄ァ。俺を中心に光魔法を拡散させ、全てかき消した。

 いかに真の聖女といえど、所詮は覚醒したてのヒヨッコよ。

 理不尽な魔物苛めでレベルを上げに上げまくった俺にとっては、ヌルゲー。

 その差はさながら、新装備を得た新人プレイヤーを前に、レベルカンストで何度も転生を繰り返した廃人がやって来てマウントを取るが如し!

 

「嫌……嫌あああ!」

 

 エテルナが半狂乱になり、杖を捨てて掌を上に掲げた。ちょ……捨てるなし。

 そして巨大な光の球を生み出し、魔力をありったけ込めていく。

 おー……ありゃ少しやばいな。

 戦いのイロハも分かってない覚醒したてだからこそ出来る、後の事を一切考慮していないMP全部つぎ込んでのぶっぱだ。

 エテルナの残りMPは、レベル不足も考慮して大体1000前後といったところだろう。

 それを全部込めて、加えて聖女の力も上乗せされているので破壊力は相当なものとなる。

 ……まあ、この校舎をふっ飛ばして直撃コースにいる生徒を皆殺しにするくらいは余裕だろう。

 俺なら防ぐのは容易いが、このまま突っ立ってたら俺は平気でも校舎にいる生徒に巻き添えが出るな。

 

「エルリーゼ様! いけません!」

 

 レイラが何か言っているが無視して空へ上がった。

 これなら俺だけに飛んでくるから、被害は出ないだろう。

 エテルナも俺に照準を合わせてこちらに光球を向ける。

 よし、いい子だ。いつでも撃ってこい。

 

「やめろ、エテルナ!」

 

 しかしそこに、屋上のドアを開けてベルネルが飛び込んできた。

 おいおい、これまた酷いタイミングで来たな。

 しかしどうやらベルネルの登場はエテルナに効果があったのか、ビクリと肩を震わせた。

 

「ベ、ベル……ネル……?」

「やめるんだエテルナ。お前はそんなものを人に向けて撃てるような奴じゃない。

頼む! 正気に戻ってくれ!」

 

 ベルネルの登場でエテルナの目に理性の輝きが戻り、力が弱まっていく。

 ふむ、どうやらこれで一件落着のようだな。

 後はベルネルがくっさい台詞でエテルナを慰めて好感度を上げ、ここから軌道修正で大逆転エテルナルートに入ればハッピーエンド……。

 …………いや待て、やばい。今正気に戻すのはやばい!

 

「エテルナ……いつものお前に戻ってくれ」

「駄目ですベルネル君! 今、彼女を戻してはいけない(・・・・・・・・)!」

 

 馬鹿野郎ベルネル! あんなでかい光球を上に浮かべてる状態で正気に戻すな!

 エテルナがあれを制御出来ているのは、聖女に覚醒したてで無意識のうちに力の使い方を学んでいるからだ。

 加えて今、エテルナは幻覚により夢見心地になっている。

 だがそれを正気に戻して現実に引っ張ってみろ。

 パニクって、魔法が暴走する!

 

「ベルネル……? 私、何を……。

……え? あれ? えっ? ま、待って、何これ。何これ!?

ちょ、ちょっと、これ何!? 何なの!? 何でこんなのを私が持ってるの!?」

 

 すっかり正気に戻ってしまったらしいエテルナがわたわたと、自分が出している光球を見て混乱し始めた。

 言わんこっちゃない。

 制御を失った光球はそのまま、重力に引かれるようにエテルナへと落下していく。やべえ。

 俺も慌てて急降下するが、こっちに撃たれる事を想定して被害が出ないように高度を上げ過ぎていた。

 全速力で飛ばすが、間に合うか……? いや、間に合え。このままじゃバッドエンドだ。

 しかし光球はエテルナに降り注ぎ……いや、まだ着弾していない。

 間に割り込んだベルネルが闇のパワーで防いでいる。

 よし、よくやったベルネル! この土壇場で覚醒とは流石主人公だ。

 ぶっちゃけこうなったのお前のせいなんだけど、その覚醒に免じて大目に見てやる。

 俺はすかさず光球の下に潜り込み、ベルネルの横に立った。

 

「押し返します。ベルネル君、合わせて下さい」

「はい!」

 

 本当は俺一人でも余裕なんだけど、せっかく覚醒してくれたのでここはベルネルにも手伝わせる事にした。

 ここで力の使い方を学んでくれという俺の親切心だ。

 俺の魔力とベルネルの闇パワーが同時に放たれ、白と黒の螺旋になって光球を吹き飛ばす。

 そのまま空の彼方へ運び……無事、大爆発した。

 よし、何とか被害なく処理出来た。

 

 いや、危なかった。

 しかし終わってみればエテルナとベルネルのダブル覚醒に加えてタコも処理出来たのでプラスと言える。

 上出来上出来。

 

 

 エテルナがベルネルと初めて出会ったのは、彼女が十四歳の時の事であった。

 彼女の生まれ育ったテラコッタ村は歴代最高の聖女とまで呼ばれるエルリーゼの出身地であるという事で多くの騎士を志す若者やエルリーゼに救われたという人々が聖地巡礼に訪れていたが、村そのものは畑くらいしかないような素朴な村であった。

 この村を含む一帯を治める領主は、これを機に村を拡張して聖都として盛り立てる事も考えているらしいが、それは予算などを考えればまだまだ先の話になるだろう。

 今はただの小さな村であり、エルリーゼによってジャガイモが広められる以前は子供の飢え死にも当たり前のように起こっていた。

 そんな村なので若者はほとんど都会に出てしまい、住人の大半は老人と子供だ。

 エテルナも同年代の友人というものがおらず、都会に憧れていた。

 そんな彼女にとって、初めての同年代の友人がベルネルであった。

 出会った時の事は今でも鮮明に覚えている。

 

 その日、エテルナは家畜の豚を連れて森へ入っていた。

 風は寒く、季節は刻一刻と冬へ近付いている。

 エテルナの住む村では冬が近づくと毎年こうして、豚を肥えさせるべく森林に連れて行ってドングリを食べさせるのだ。

 そして丸々と太った豚は冬が訪れる前に食用に加工され、冬に備える。

 だがその日は、運が悪かった。

 冬を前にして食い溜めの為に食料を探して森林を徘徊していた熊とばったり遭遇してしまったのだ。

 栄養の豊富な食料を求めていた熊にとって、エテルナと豚はさぞ美味そうに見えた事だろう。

 熊は威嚇を飛ばしていきなりエテルナに攻撃し、鋭い爪と牙で襲い掛かった。

 普通ならば死んでいただろうが、この時エテルナが死なずに済んだのは聖女としての特性があってのものだ。

 だがこの時のエテルナに『自分がダメージを受けない』などと気付く余裕はなく、ただ巨大な熊に怯えるばかりであった。

 

 その彼女を救ってくれたのがベルネルであった。

 悲鳴を聞いて駆けつけてきたベルネルは果敢に熊に飛び掛かって木の枝を目に突き刺した。

 更に、自らが食用である事を知らない豚は飼い主の危機に奮い立ち、頑丈な鼻で熊の足に体当たりをして、痛みに狼狽える熊を転倒させた。

 そしてベルネルは倒れる熊の残った目にも木の枝を刺し、近くに転がっていた大きな石を何度も熊の頭に叩き落した。

 やがて熊は動かなくなり……ベルネルも、それを見届けて気を失った。

 後で知った事だったが、ベルネルは実家を追い出されて何日も飲まず食わずで森を彷徨っていた事で体力が限界に達していたのだ。

 

 その後ベルネルはエテルナを助けた事で彼女の家に招かれ、境遇を聞いたエテルナの一家はベルネルを家族として迎え入れた。

 エテルナは助けられたという事もあってベルネルに惹かれたが、彼の目はいつも別のものを見ている事は分かっていた。

 聖女エルリーゼに憧れ、その騎士になるべく毎日身体を鍛えていた事も知っている。

 その夢を応援したい気持ちはあったが、その一方でベルネルが夢を叶えない事もどこかで期待していた。

 夢を叶えなければただの村人として、ずっと自分と一緒にいてくれる……そうであって欲しいと、浅ましさを自覚しつつもずっと思っていた。

 

 だがエテルナの意に反してベルネルは才能があった。

 騎士学園に見事入学を決め、そして入学してからはメキメキと実力を伸ばしていった。

 同学年で一番の使い手になり、そして今では学園の生徒で一番の実力者だ。

 どんどん遠くなっていくベルネルの背中を見ながら、エテルナは言いようのない焦燥感と寂しさを味わっていた。

 それが特に強くなったのは、ビルベル王国を守る為のあの一戦の後だ。

 エルリーゼを守る為にベルネルが盾になり……そして死んだ。

 その直後にエルリーゼによってこの世に戻されるという奇跡が起こったが、それでも確かに彼は一度死を迎えたのだ。

 恐ろしかった。あまりの恐怖に頭が真っ白になった。

 大切な人がもう笑わなくなることが。呼吸が止まり、動かなくなるという事……それは屠殺された家畜を何度も見て、どういう事か理解していたつもりだった。

 決して軽く見ていたつもりはない。

 だが、それでも現実は思っていたよりもずっと重くて、現実を認識する事すら苦労した。

 いや、エルリーゼがベルネルを蘇生させなければ今でも認識出来ていなかったかもしれない。それほどの衝撃だった。

 

 それからは、ただ怖かった。

 次は本当にベルネルが死んでしまうかもしれないと恐怖し……こんな気持ちを抱くのは筋違いと分かっていても、ベルネルを遠くに連れてしまいそうなエルリーゼを恨んだ。

 そして遂に、命の危険があると彼女ですら断言するような場所にベルネルを連れて行こうとしている。

 

 嫌だ、連れて行かないで。

 私からベルネルを取らないで。

 もうベルネルを死なせないで。

 目に映る何もかもが、ベルネルを殺そうとしている恐ろしい魔物に見える。

 ならばやっつけなければ、と思った。

 そうだ、魔物は全てやっつけなければ。

 

 『魔物』に向けて手を向けると、掌から光が放たれた。

 しかし『魔物』は光を容易く弾き飛ばし、エテルナへと近付いて来る。

 エテルナはそれが怖くて、更に遠ざけようと手を翳す。

 すると今度は何発もの光が曲線を描いて『魔物』へ殺到するが、これも何ら通用せずに消えてしまった。

 『魔物』はどこかエルリーゼに似ていて、それがエテルナを更に恐怖させる。

 ベルネルが死んだ時の光景がフラッシュバックし、目の前の『魔物』がベルネルを連れて行こうとしている死神に見える。

 あの死神を追い払わなければ。そうしなければベルネルは助けられない。

 エテルナは霞がかった思考で、死神を追い払うべく掌を上に掲げてありったけの魔力を凝縮させた。

 すると死神は逃げようとしたのか、空へと舞い上がる。

 逃がすものか。今ここで、絶対に倒してやる。

 ベルネルは連れて行かせない。

 

 

「やめろ、エテルナ!」

 

 

 聞こえてきたのは、想い続けていた家族の声であった。

 それがエテルナの思考を急速に冷まし、夢から現実へと引き上げる。

 まるで霧の中にあったような思考が晴れ、水の中のように不確かだった視界が地上へ引き上げられる。

 死神だと思っていたのはエルリーゼで、そして自分がいたのは学園の屋上だ。

 何故こんな場所にいるのか。何故自分がエルリーゼと戦っているのか。全くそれが分からない。

 一体どこまでが夢で、どこからが実際にやっていた行動なのかも分からないし……何故自分が、巨大な光の塊を持ち上げているのかも理解出来なかった。

 

「ベルネル……? 私、何を……。

……え? あれ? えっ? ま、待って、何これ。何これ!?

ちょ、ちょっと、これ何!? 何なの!? 何でこんなのを私が持ってるの!?」

 

 これまで無意識で制御出来た物を、急に現実に引き戻されてしまったエテルナが制御出来るはずがない。

 光の塊は制御を失い、術者であるエテルナへ向けて降下を開始した。

 エテルナは何がなんだかも分からずに混乱し、しゃがみ込んで頭を本能的に守る。

 術者であるエテルナがそんな形で制御を完全に手放してしまえば、それこそ暴走するしかないのだが、エテルナを責めるのは酷というものだ。

 何せ彼女には、この光の塊が自分の出したものだという自覚すらないのだから。

 だから、状況の把握すら出来ずに、落ちて来る光球を前にエテルナは目を閉じた。

 

 だが衝撃はいつまで待っても来ない。

 不思議に思い、目を開ければ……そこにあったのは、自分を守るように立って光の塊を両手で止めているベルネルの背中であった。

 両手から黒い靄のようなものを出し、必死にエテルナを守っている。

 決して簡単な事ではないのだろう。

 両腕には血管が浮き、歯を食いしばった顔は凄い事になっている。

 掌は焼けて嫌な音が響き、少しずつ押し込まれていく。

 だがベルネルが稼いだ僅かな時間でエルリーゼが間に合い、光球の下に滑り込むように着地した。

 そして腕を掲げ、魔力を解放する。

 

「押し返します。ベルネル君、合わせて下さい」

「はい!」

 

 エルリーゼの手から白い輝きが溢れ、ベルネルの手から黒い輝きが放たれる。

 そして二つの光は混ざり合い、螺旋を描きながら光球を空へと押し返した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十一話 失恋

 タコによる誘拐から始まったエテルナの暴走も無事収まり、結果だけ見れば被害はほぼ無しで終わらせる事が出来た。

 ほぼ(・・)という事はつまり、完全に被害なしってわけではないのだが、幸いにしてそこは些細な問題だ。

 ただ、本来は一月後に退学する予定だったというモブ子が、今日緊急退学になっただけである。

 退学にするほどの事かと思ったが、あの子何かキショいんで反対はしなかった。

 とりあえず俺なんかに憧れて真似するより、自分のいいところをこれから探して欲しい。

 後、あの戦闘は当然何人かの生徒に目撃されていたが、模擬戦という事で納得させた。

 

 そして夜を迎え、俺は屋上へと向かっていた。

 あの戦闘で色々と壊れているだろうし、後で弁償代請求されても困るので夜のうちにさっさと直して素知らぬ顔をしようというわけだ。

 それに学園の屋上は、ぼっちの聖地なのだ。

 俺は知っている。この学園にいる友達の極端に少ない奴や、あるいは一人もいない奴が誰に気兼ねする事もなく飯を食える唯一の場所がこの屋上である事を。

 その聖地が壊れ、封鎖などされてしまえば彼等は絶望に沈む事になるだろう。

 同じダメ人間として、そんな辛い思いを彼等に味わわせるわけにはいくまい。

 しかし屋上に近付くと、誰かの話し声が聞こえてきた。

 こんな夜遅くに先客とは……誰だろう。

 夜遊びが好きなカップルが『いやんこんな場所で恥ずかしい』、『へっへっへ、あまり声を出すなよ。バレちまうぜ』とか言いながらワッフルしてるんだろうか。

 もしそうなら邪魔をするわけにはいかない。

 その時はただ、バレないように覗くだけだ。

 

「信じられない……この破壊を私がやったなんて……」

 

 聞こえてきた声は、覚えのあるものだ。

 屋上へ出るドアを少しだけ開けて、隙間から覗くとそこにいたのはエテルナとベルネルの二人であった。

 なるほど、深夜に屋上まで来たイケナイカップルはこの二人だったか。

 『永遠の散花』は全年齢対象のゲームなのだが、しかし全年齢ゲームでも場合によっては画面外で行為に及んだりして、その事を示唆しているケースはある。

 ……いいじゃないか。是非事に及んでくれたまえ。

 どうぞ……存分に大人の階段を登り続けてください……!

 我々は……その姿を心から……応援するものです……!

 

「それで、話って……何だ?」

 

 ベルネルがエテルナに言うのを聞き、俺はピンと来た。

 若い男と女が二人きりになって、話したい事なんて一つしかあるまいよ。

 ワクワクした気持ちで、しかし二人の邪魔をしてしまわないように細心の注意を払ってステルスをする。

 大丈夫だ、邪魔はしないしさせない。

 もし誰かが近付いてきたら、俺が追い払ってやろう。

 

「あのね……ベルネルが誰を見ているのかは私も分かってるの。

けど、私もいい加減前に進まないといけないから……だから……これを言わないと、きっと私はいつまでも未練を引きずってしまうから……」

 

 エテルナがベルネルと向き合い、真剣な顔をした。

 頬は赤らみ、ムードはいよいよクライマックスという感じだ。

 夜空も二人を祝福しているかのように星が輝き……いや、これはいつもの事か。

 どうせならここで演出の一つも入れてやりたいところだが、それをやると流石に俺がいる事がバレそうなので止めておこう。

 

「私……あなたの事が、好きだった」

 

 言ったァァァ!

 よしきたァァァ、満塁大逆転ホームラン!

 誰も幸せにならないエルリーゼ(中身クソ)ルートから、奇跡のルート変更!

 やはりメインヒロインは格が違った!

 これは勝ったな。飯食って風呂入って来る。

 『永遠の散花』において告白シーンは、好感度によって成功パターンと失敗パターンの二つがある。

 勿論好感度によっては、失敗でも相手の反応もまんざらでもないものになったりするが、とにかく大別すれば二つのパターンだ。

 そして失敗パターンの共通点は、『ベルネルが告白してヒロインに振られる』である。

 逆に成功パターンは好感度が高ければ『ヒロインがベルネルに告白する』というケースが多い。

 そしてこのイベントが発生した時点でそのヒロインのルートで固定されているようなものなので、ベルネルが断る事はない。

 つまり勝ち確……勝ち確……圧倒的勝ち確……っ!

 千載一遇……! 空前絶後……! 超絶奇絶……! 奇蹟っ……! 神懸かり的……勝ち確……っ!

 おめでとうベルネル……おめでとう……! おめでとう……!

 Congratulation! Congratulation!

 

 ん? いやでも待て。

 好きだった(・・・)

 

「いや、違うかな。今でもベルネルの事は好きだよ。

でもきっと、それは家族が好きとかそういうのと同じ気持ちで、恋とかそういうのじゃないんだと思う」

 

 あれ? あれれ?

 おっかしいぞおー、この台詞聞き覚えあるなあ。

 これ、エテルナの好感度不足で告白失敗した時の台詞だなあ。

 ……くおらベルネルゥゥゥ! やっぱ好感度足りてねーじゃねーか!

 筋トレばっかしてるからだぞおいこらああ!

 

「私ね、ずっと怖かった。

いつもベルネルは遠くを見ていて、私を置いてどこかに走って行ってしまうんじゃないかって。

だから必死に追いかけて……背中を見ているうちに、恋と錯覚していた。でも……」

 

 そう言い、エテルナは掌から淡い光を発した。

 俺みたいな紛い物とは違う、本物の聖女の力である。

 どうやら完全に使いこなせるようになったようだ。

 

「こんな力を突然得てしまって、今まで遠くにあったあんたの背中に近付いた時……もう置いていかれないって思った時……今まで恋だと思っていたものが、スッと無くなった事に気付いたの。

それで分かったんだ。私はただ、家族に置いていかれるのが怖かっただけなんだって」

 

 うーん、これはいけません。

 完全に好感度不足の時の台詞です。

 好感度が足りていると、『追いかけているうちに本当に好きになっていた』と言うんだけど、好感度が足りていないと御覧の有様となる。

 まあギャルゲーだからね。最初の時点でいきなりヒロインが主人公に惚れているなんて事があるはずもなく、恋愛感情に発展するのはあくまでゲームがスタートしてからだ。

 エテルナはメインヒロインなので初期好感度が高めに設定されているが、それでも初期の時点では異性としての好意はない。

 なので初期から好感度を上げていないならば、恋愛感情など芽生えているはずもなく……そう思っていたのは勘違いだったと自己完結してしまう。

 そう、丁度今のように。

 

「ははっ、何だよそれ。まるで俺がフられてるみたいじゃないか」

「うん、そうよ。私があんたをフってるの」

 

 ベルネルの可笑しそうな言葉に、エテルナも勝気な笑みで答えた。

 その距離感は完全に異性同士ではなく家族のそれで、互いに一切の気負いがない。

 ああああ……いかん、いかんぞ。

 エテルナルートが音を立ててガラガラと崩壊しているのが分かる。

 もうベルネルもエテルナも、互いを異性と認識していない。

 

「話はそれだけ。あー、すっきりした」

「酷い奴だ。振る為に俺を呼んだのかよ」

 

 告白(?)を終えて重荷を降ろしたような顔をするエテルナに、ベルネルが何処か安堵したように笑う。

 いやいや、何でそんな顔してんの? お前今ヒロインに振られたのよ? 分かってる?

 

「ところで一応聞いておくけど、あんたが好きなのって……」

「勿論エルリーゼ様だ」

 

 ファッ!?

 お前ホモかよォ!?

 

「……予想通りの即答ありがとう。

でも難しいと思うわよ? エルリーゼ様って誰にでも愛情を持つけど特定の誰かに向けるタイプじゃないっていうか……多分一番恋愛から遠い位置にいるタイプだと思うし」

「分かってる、でもいいんだ。

たとえ俺の気持ちが届かなくても、それでも誰かを想うのは自由だろう?」

 

 よくねえよ。

 今からでも遅くないからマジで別のヒロイン探せ。

 もうエテルナは恋愛感情ないみたいだが、それでもまだ脈があるかもしれないだろ。

 

「はあ……本当、一途っていうか馬鹿っていうか……。

何で私、こんな奴に惚れてるって勘違いしてたんだろう」

「ごめん」

「いいわよ、謝らなくても。

……まあ、そういう事なら私もこれからは応援するわ。迷惑もかけちゃったし」

 

 そう言いながら微笑み、月明りで照らされてるエテルナはまさにメインヒロインの風格に溢れていた。

 エテルナちゃんマジ聖女。

 尚、恋愛フラグが完全に崩壊した後の模様。

 どうしてこんな事になってしまったんだ……。

 誰だよ、メインヒロイン様の恋愛フラグ完全に破壊したエルリーゼとかいう馬鹿は。

 ……俺だよ畜生!

 

「それじゃ……また明日」

「ああ、また明日」

 

 エテルナはそれだけ言い、爽やかな顔でその場から走り出した。

 俺はぶつからないように慌てて壁際に退避し、その俺の前をエテルナが駆け抜けていく。

 その瞬間、小声で呟いた声を俺は聞き逃さなかった。

 

「……さよなら、私の初恋」

 

 ベ、ベルネル、今ならまだ間に合う! 走って追いかけて抱き着くんだ!

 初恋にさよならさせちゃアカン!

 それで『やっぱり僕には君しかいないぜベイベー』と告白しろ!

 早くしろ! 間に合わなくなっても知らんぞー!

 

「…………」

 

 しかしベルネル、動かない。

 無言でその場に立ち尽くす。

 この駄目男ォォォ!

 そんな爽やかな笑みで見送ってる場合か!

 

 あー……しかし、ぶっちゃけ薄々分かってたんだが、ベルネルの意中の相手はよりによって俺かぁ……。

 まあ、ゲームだとこの世界は『エルリーゼルート』らしいし、いくら俺が馬鹿でも分かるんだが、マジで言われるとちょっとなあ……。

 前世で女の子と付き合っても上手くいかず、DTは店で捨てたものの、その時の相手がスマホ弄りながら事に及ぶような大外れだったような俺が、男に想いを寄せられるってどんな罰ゲームだよ。

 これで素直に雌落ちして『精神が身体に引っ張られました』とか『何年も女やってるんだから意識も女になるよね』とか割り切って精神的ホモを受け入れられるような奴なら話は違うんだろうが……生憎と俺の自意識は今でも普通に男のままだ。

 そもそも俺という人間の人格の形成はとっくに前世で終わっているわけで、その前世の知識と人格をこっちに持ち越して転生しちまった時点で、もう変わりようがない。

 もう土台が固まっちまってるんだ。

 人格形成の土台は三歳までに決まり、十歳になる頃には完全に自分の人格(ライフスタイル)は確定すると言われている。

 この時までに親に厳しくされすぎたり、友達に仲間外れにされたりすると大人になってもどこか卑屈で自信のない性格を引きずる。

 ましてや俺は向こうで三十年くらい生きて、完全に『俺』という人格を完成させちまっているんだ。

 それを身体だけ女にしたって、内面まで女になるわけがない。

 だから俺の自意識はどこまでいっても『不動新人』であって『エルリーゼ』ではない。

 この先十年生きようが百年生きようが……エルリーゼとして過ごした時間の方が不動新人だった頃より長くなろうが、それでも俺は不動新人のままだ。

 どこまでいっても『不動新人の記憶を持ったエルリーゼ』ではなく『エルリーゼになってしまった不動新人』という意識が残る。

 

 つまり……ベルネルには悪いが、俺に想いを寄せても絶対報われないし、誰も幸せにならない。

 だって、この期に及んでも俺の中に『野郎と恋愛する』っていう思考は一㎜もないんだからな。

 しかし自分で体験して分かったが、TSっていうのは当事者にとっては肉体の牢獄だな。

 野郎と恋愛すれば精神的ホモォ……で女の子と恋愛すれば肉体的百合だ。

 どう転んでも同性愛になる。

 TSモノも少しは齧っていたが、自分がやるとこれほど罰ゲーム染みているとは……いやはや。

 

 先に言っておくと、俺はチヤホヤされるのは好きなんだ。

 野郎共から美しいだの綺麗だの言われて崇められるのも気分がいい。

 俺ってやつは基本的に承認欲求の塊だからな。

 だがそれはあくまで、遠くからそう思われるのが気分がいいってだけだ。

 ネトゲでネカマやって、姫扱いされて喜ぶ奴いるだろ? あれと同じだよ。

 要するに周囲から存在価値を認められて、優越感に浸りたいんだ。

 ただ、そういう奴でも実際に画面の向こうにいる野郎とガチで恋愛したいなんて思っている奴はそうそういない…………多分な。

 

 ともかく、チヤホヤされるだけで満足しているのとガチで野郎と恋愛するのは全然違う。

 ゲーム内で女アバターを使うのはありだ。

 その女アバターを使って姫プレイをして、ゲーム内結婚とかをするのも……大分特殊な楽しみ方だとは思うし、俺自身やった事はないが、まだアリだ。

 自分がやってるわけじゃあないからな……所詮はゲームのキャラクターを動かしているだけだ。

 だがキャラクターではなく自分の主観でそれをやるのは絶対嫌だね。

 

 そんな俺が、好きだの惚れただの言われても応える事は出来ない。

 ていうかなあ……どうすんだよこれ。どうすりゃいいんだマジで。

 俺は元々、どう足掻いてもエテルナが死ぬエンディングが嫌で、それを変えたいという気持ちがあって行動していたはずだ。

 その結末には確かに近付いている。

 魔女をエテルナに倒させない。俺が倒す事で連鎖を止める。

 そうする事がハッピーエンドへの道だと信じてきたし、そこは今も揺らいでいない。

 そして生き残らせ、かつベルネルと結ばれるのが最良のハッピーエンドだと思っていたのだが……それが今、砕け散った。他ならぬ俺のせいで。

 うえええ……やべえ。

 エテルナは納得しているように見えたし、別にベルネルとくっ付かなければ幸せになれないわけでもないだろうからまだ完全に俺の目的が破綻したわけじゃないが……。

 ていうかぶっちゃけベルネルとエテルナをくっ付けたいというのは俺の我儘であって押し付けのようなものだから、二人には別に結ばれなきゃならない義務なんかないわけだが。

 故に、今俺に出来る事はたった一つ……たった一つしかない。

 

 聞かなかった事に(現実逃避)しよう。もうどーにでもなーれ。




・最初はエテルナガチ失恋も考えてましたが、よく考えたらそんなに好感度上げてないなって思った結果こうなりました。
エテルナの不幸を回避する方法は好感度を上げる事じゃない。好感度を下げる事だったんだよ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十二話 特訓開始

 昨日の夜、俺は何も見なかった。いいね?

 というわけで現実逃避からスタートします。偽聖女ロール、今日も元気にいってみよう。

 昨日はモブ子がタコに操られたりエテルナが暴走したりと色々あったが、とりあえず無事に解決したので結果オーライ。

 夜? 知らんな。俺はベルネルが去った後に……いやいや、誰もいなかった屋上を修理して、そのまま真っすぐ帰っただけだ。誰もいなかったよ(大事な事なので二回言いました)。

 で、翌朝。ベルネル、エテルナ、マリー、アイナ、モブA、フィオラ、変態クソ眼鏡のお馴染みチームベルネルと+αの……えーと……クランチバイト何とか……そう、噛ませ犬!

 ベルネルチーム以外で唯一ベスト8入りしたムキムキの筋肉男だ。

 そいつ等が俺の部屋に集まり、そして俺の言葉を待っている。

 しかしエテルナは正直帰ってもいいのよ?

 要らないとかそういう意味じゃない。むしろ魔女と戦うのに覚醒したエテルナは大きな戦力になる。

 だが、エテルナにとって俺は、自分が失恋した原因なわけだ。

 ああ、いやいや。昨日は告白イベントなんてなかったが、あくまで仮定の話ね、仮定の。

 ともかく俺なんかの為に命張りたいとは思わないだろう。

 思うならそれこそ聖女……あ、聖女だったわこの子。

 

「あの、エルリーゼ様?」

「分かっています」

 

 あれこれ考えているとレイラにはよ話せとせっつかれた。

 わーかってるよ。今話そうとしてたんだって。

 だがその前に一度だけ、再確認をしておく。

 後からあれこれ言われても困るからな。

 

「先日も言いましたが、これから私がする話は聞けばもう後戻りできません。

本当に、よろしいのですね?」

 

 軽く脅しを込めて確認するが、誰も退室する気配はない。

 ふむ、覚悟完了って事か。流石は主人公とその仲間達。

 俺なんかとは大違いだ。

 俺はぶっちゃけ覚悟なんかこれっぽっちもない。

 ただ、他に比べて桁外れに強くなったから覚悟なんてしなくても戦場に出ていけるだけだ。

 誰かが言っていたが、『勇気』っていうのは怖さを知っている事だ。

 その上で暗闇に突き進むからこそ、勇気は尊い。

 俺は違う。俺はそもそも怖さを感じていない。

 ただ、強い力で絶対勝てると保証された戦いで、いい気になって俺TUEEEEEしてるに過ぎない。

 どこまでも俗物で低俗なのが俺だ。

 俺の心に勇気なんて崇高なもんは一欠けらも存在していない。

 だから俺はクソで、そして本質的な部分でベルネル達とは絶対に並び立てない。

 

「……貴方達の覚悟は受け取りました。

では、単刀直入に言いましょう。

この学園の地下……地下訓練室よりも更に下に、魔女アレクシアが潜んでいます」

 

 俺の言葉に、ベルネル達に動揺が走った。

 驚いていないのはレイラと変態クソ眼鏡くらいだろう。

 この二人にはとっくにネタ晴らししているので当たり前だが。

 ちなみに一番驚いているのは噛ませ犬君だ。

 彼は『えっ!? 魔女ってアレクシア様なのか!?』と今更すぎる情報で驚いている。

 そういやこいつだけ知らなかったね。

 

「現在魔女が学園から動かないのは、私が魔女の位置に気付いていないと思っているからです。

逆に言えば、私が少しでも気付いているような素振り……例えば自分で乗り込んだり正規の騎士を送り込むような真似をすれば、すぐにでも魔女はテレポートという特殊な魔法を使い行方を晦ますでしょう。

そして逃亡先で、確実に何人か……あるいは何十人か、何百人か……無辜の民に犠牲が出ます」

 

 俺の説明に、ベルネル達は何も言わない。

 無言だと何か滑ってるみたいで怖いから合いの手くらい入れてくれてもいいのよ?

 

「ですから、魔女にテレポートを使わせずにこの学園で終わらせなければなりません。

その為に、正規の騎士ではない実力者……即ち、貴方達の協力が必要なのです」

「あ、あの……どうやってそのテレポートというのを封じるんですか?」

 

 当たり前の質問をしてきたのはアイナだ。

 これに対し、俺は例の魔力バキューム作戦を説明する。

 魔力を遮断するバリアで地下まで含めた学園全員を閉じ込め、そしてバリア内の魔力を全部俺が取り込む事で魔力を取り込んでのMP回復を不可能にする。

 だがこれでは魔女が最初から自分の中に蓄えているMPでテレポートをしてしまうので、作戦発動前に誰かが魔女と交戦してテレポートが使えなくなるまでMPを消耗させなければならない。

 その『誰か』こそが、ここにいる八人だ。

 そう教えると、流石に全員が緊張を見せた。

 

「魔女と……俺達が戦うのか」

「……責任重大」

 

 ベルネルが震える声で言い、マリーも険しい顔を見せる。

 他のメンバーも似たようなもので、唯一緊張を見せていないのは噛ませ犬だけだ。

 

「ふっ……面白い。俺はこの学園で強くなりすぎた。

この前の闘技大会も50%の力しか使っていない。

どうやら、俺の全力をぶつけるに相応しい戦いのようだ。

楽しみだ。魔女とやらが少しは手応えのある相手である事を願いたい」

 

 オイオイオイ、死ぬわこいつ。

 まあ恐れをなして逃げるよりはマシとでも思っておこう。

 ちなみに50%しか出していないとか格好つけてるけど、こいつは負けた試合では開始と同時に瞬殺されていたので正確には50%しか出せなかったというべきだ。

 本気を出す暇もなくやられただけなので、全然恰好よくない。

 

「この作戦には、レイラを始めとした正規の騎士は使えません。

加えて、アレクシアの側近であった『影』は今回の戦いで倒す事が出来ましたが、地下には魔女の護衛である強力な魔物が数体残っています」

 

 強力な魔物というと、以前に俺が蹴散らしたドラゴンとかそういうのに一歩劣るくらいの強さの連中だ。

 俺にとっては十体いようが百体いようが全体攻撃で一掃してしまえる雑魚なんだが、本来は騎士数人がかりでようやく倒せる怪物達である。

 タイマンでこれらに勝てるのはレイラやフォックスのおっさん、ディアス元学園長くらいか。

 エテルナは聖女に覚醒し、ベルネルも闇の力を使いこなせるようになったので今となってはレイラよりも強いが、それを計算に入れても厳しい戦いになるのは間違いないだろう。

 何とか取り巻きを全滅させた上で魔女を一人に出来れば大分楽になると思うんだが、どう戦えばその形に持っていけるだろうか。

 まずエテルナを中心として魔物を蹴散らすとして……その間の魔女の相手を誰がするかだな。

 やはりベルネルと、後はもう一人か二人くらい補佐がいればいけるだろうか?

 だが、いかに俺が与えた武器があろうと厳しい戦いになるのは間違いないだろう。

 

「辛い戦いになる事は間違いありません。

ですが、あえて私は言います……古くから続く連鎖を私達の代で終わらせる為に、皆の力を貸して下さい」

 

 オブラートに包んでるけど要するに、お前等全員で死地に乗り込めーという事である。

 うーん、この鬼畜。

 俺は死んだら天国で悠々自適なニート生活を送るつもりだったんだが、もしかするとこれ普通に地獄行きかもしれんな。

 ……ひ、一人も死ななきゃセーフだろ……多分……。

 

「一つ聞きたい事があります。

魔女を倒した聖女は次の魔女になる……この問題はもう解決してるんですか?」

 

 ベルネルの質問は、『お前が魔女になるなら何も解決しないよな?』というものだ。

 この話も初見である噛ませ犬君は『えっ? 聖女って魔女になるのか!?』と驚いていた。

 だが大丈夫。この問題は最初から解決済みだ。

 俺は偽物なんだから、そもそも魔女になるわけがない。

 なので自信を持って、笑みを向けてやる。

 

「はい。魔女を倒しても私が魔女になる事はありません。

私の代で、過去から続いてきた連鎖を断ち切ります」

「……分かりました、信じます」

 

 おう安心しろ、ベルネル。

 俺は魔女になんぞならん。というかなれん。

 きっちり死んで、あの世でニートになってやる。

 

「地下にいる魔物の数と種類も、預言者の力で既に判明しています。

ですので皆にはこれから、対魔物の訓練を積んでもらいます」

 

 アレクシアの取り巻きとして登場する魔物の数はゲームだと五体。

 ドラゴン、バフォメット、グリフォン、キマイラ、バジリスクだ。

 しかし亀が遠視した結果、何故かそれらはいなかった。

 どうやらファラさんの時に俺が蹴散らしたのが、本来魔女の取り巻きとして出て来るはずだった魔物だったらしい。

 代わりに、ワイバーン、ミノタウロス、ヒッポグリフ、オルトロスの四体になっていた。

 元の神話での強さはさておき、『永遠の散花』ではこの四体はドラゴンなどと比べると一ランク劣る。

 準大魔クラスってところだ。

 強い事は強いのだが、大分楽になっている。

 それでも本来は正規の騎士でも苦戦する相手だ。苦戦は免れない。

 なのでベルネル達にはこれから、俺と一緒に対魔物訓練を受けて貰おうと思っている。

 

「訓練ですか?」

「はい。私は現在までに、魔物に奪われた土地を取り戻してきましたが、未だ世界の全てを魔物の脅威から遠ざけたわけではありません。

今でも魔物に苦しめられている場所は残っています」

 

 はいそこ、無能とか言わない。

 このフィオーリは地球と比べると惑星サイズそのものが小さいのか、世界も狭いんだがそれでも世界は世界だ。

 全部を人間の勢力圏に塗り替えるのは、いくら俺が空を飛び回って高速移動して、魔物の群れを駆逐出来て、頼りになる騎士が沢山いるといっても厳しい。

 あれ? 並べてみると好条件ばかりだ。やっぱ俺って無能なんじゃ……。

 ……ともかくだ。

 俺の前……というよりはエテルナの前の聖女が土地の奪還とかをあんまりやってくれていなかったので、俺が聖女就任した時点では人間の勢力圏は大地の二割くらいで、後は全部魔物の勢力圏という有様だった。

 いや、二割どころじゃないな。

 この世界は昔のRPGのように、都市を囲む城壁の外に出ると普通に魔物とエンカウントするという滅茶苦茶やばい世界だったので、ぶっちゃけ人類の勢力圏と言われてた場所ですら実際は城壁の中くらいしか安全地帯はなかった。

 村とか普通に襲われるし、割としょっちゅう村が魔物に襲われて死人もバンバン出てた。

 ハッキリ言って人類の勢力圏は城壁に囲まれた都市の中とか、それだけ。

 一歩外に出ればファミコン時代のRPGかよってくらい異常な頻度で魔物とエンカウントする。

 それを『エンカウントなし』にして、ほぼ九割九分人類の勝ちにまでひっくり返したんだから、俺は褒められていいと思う。

 何処を歩いても魔物を見かける魔境から、()の技によって魔物は絶滅危惧種になるまで劇的ビフォーアフターで激減したのだ。

 つまり俺は無能じゃない……無能じゃないんだ……っ!

 むしろ有能っ……! ギリ……かろうじて……有能寄りっ……! 多分っ……!

 

「私達の住む大陸から最も遠くにある島国、『フグテン』は今でも魔物の脅威と戦っています。

そこで貴方達にはこの国に赴き、魔物相手の実戦訓練を積んでもらいます」

 

 正式名称はオーディナリー・フグテン。

 俺達が暮らしている大陸から見て最も遠くに位置する島国で、ヨールー王という王様が統治している。

 何故まだ魔物がここに残っているかといえば、世界で一番平和だった(・・・・・・・・・・)からだ。

 長い歴史の中で聖女は世界中の色々な場所で誕生してきたし、魔女も何度も代替わりして少しずつ時間をかけて世界中に魔物を蔓延させてきた。

 だが歴史上、魔女が島国を拠点にした事は一度もない。

 何故なら、島国で魔物を増やしてもそいつ等が海を渡って別の大陸まで行くのは簡単な事ではないからだ。

 魔女としてはなるべく多くの国を攻め、なるべく多くの土地を奪いたい。

 なのに四方を海で囲まれた島国なんかに陣取っては、せっかく増やした魔物も大半は狭い島国から出る事が出来ずに、一つの島国を魔物パラダイスにするだけで後は何も出来なくなる。

 それよりは、もっと広くて色々な国が点在している大陸を拠点としてそこで魔物を増やした方がいい。

 つまり島国には、魔女にとって居座る価値がない。

 

 そして、島国から魔物が出にくいのならば、当然その逆に外から島国に魔物が入り込む事も難しいという事になる。

 結果、島国に入り込む魔物といえば空を飛べるものか、海を泳げるものくらいだ。

 だからフグテンの人々にとって、この大陸で起こっている生きるか死ぬかの戦いというのは他人事のようなもので、そこまで深刻に考えていなかったのだ。

 俺としても元々そこまで魔境でもないこの島国へ行く理由は薄かったし、物理的に距離も遠いので後回しにしていた。

 その結果、最後に残ったのはこの島国だったってわけだ。

 世界で一番平和だった国のはずが、今では世界で一番危険な国である。

 

 しかし、こう言っちゃ酷いが残しておいてよかったと今は思っている。

 おかげでベルネル達の訓練に使えるからな。

 こっちは……俺が後先考えずに魔物狩りヒャッハーしまくったせいでマジで魔物いないからな……。

 残ってた魔物も、多分この前のビルベリ王都襲撃で全部集まっていただろうし。

 あれ以降、どこを探してもマジでいない。

 魔物討伐をしている兵士とか騎士とかにも話を聞いたのだが、誰も魔物と出会っていないという。

 ……やらかしたな、これは。マジで絶滅させちまったらしい。

 ファンタジーお馴染みの、今ではスライムよりも雑魚モンスターとして定番になりつつある角の生えた兎一匹すら見当たらねえ。

 スライムは近年で再評価されて実は滅茶苦茶強いとか言われる事もあるけど、角の生えた兎は安定してクソ雑魚ナメクジの癒し枠だ。

 だが、その癒し枠すらいない。

 

 ま、まあいいや! 残ってるなら結果オーライ!

 俺は過去の失敗を気にしない! いざゆかん、島国へ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十三話 島国での修行

 さて、やって来ましたフグテン。

 『フェスティナ・レンテ』の全速前進で一時間くらいかけてようやく着いたここは世界の裏側。

 今やフィオーリ最後の魔物の生息地でございます。

 今回ここにやってきたのは俺とレイラ。地下突入班の八名。

 変態クソ眼鏡が抜けている間はステルスバードで魔女を騙す役目はフォックスのおっさんにやってもらう事にした。

 一応出発前に変態クソ眼鏡が魔女にメッセージを送ったらしく、タコの作戦が上手くいって無事に偽魔女を仕立てたと伝えたらしい。

 なのでタコは遠くの地で偽魔女と一緒に暴れているので地下に帰還せず、そして聖女も近々そちらに向かう為に学園を出る準備をしている……という筋書きのようだ。

 そして学園で魔女に何か動きがあった際にすぐ分かるように、亀も引っ張り出してきた。

 俺が学園を離れても魔女にはそれを知る術はないし、仮に知ってもむしろ『やっといなくなってくれた』と大喜びでそのまま地下に居座りそうなものだが、まあ念の為だ。

 余談だがベルネル達は、預言者が亀である事に驚いていた。そりゃそうだ。

 

「ここが世界の果て……いや、世界の裏側、フグテンか」

 

 レイラが自分自身に確認するように言う。

 このフグテンは俺達の住んでいるジャルディーノ大陸の丁度反対側に位置している。

 しかしこの世界ではつい最近まで、世界は球体ではなく平面であると信じられていた。

 だからフグテンは『世界の果て』なんて呼ばれているのだ。

 物理的に距離が遠く、この世界の移動手段はそこまで発達していない。

 だから交流もほとんどなく、フグテンの事は『そういう国があるのは知っているけど聞いただけで、実際にどんな場所なのかは知らない』という者がほとんどだ。

 そんな場所だからこそ、まだ手付かずの状態で魔物が残っている。

 逆に言えば、ここの魔物を絶滅させてしまえばいよいよ残す敵は魔女とその取り巻きだけとなるだろう。

 

「しかし……何と言うか、荒れた地ね」

 

 アイナが周囲を見ながら言うが、ここから見える景観はまさにその言葉通りであった。

 見渡す限り広がっているのは地面と岩と砂と山ばかり。目に入る景色に緑色がない。

 大地は水分を全て奪われたようにカラッカラで、罅割れている。

 痩せた土地ってレベルじゃないなこれ。

 これ、もう死んでる土地だわ。

 

「別に珍しいものではない。

我々の住む大陸も、ほんの数年前まではどこもこんな有様だった」

 

 思い出すように変態クソ眼鏡が言う。

 こいつの言う通り、俺が活動を開始する前は割とどこもこんな感じであった。

 なので広範囲土魔法で耕したり、水魔法で無理矢理水脈を引いたり、その上に種をばら撒いて過剰な回復魔法で生命力を暴走させて強制発芽&強制成長させたりして力業で手あたり次第に森林に変えてやったものだ。

 ちなみにこの過剰回復魔法を人間に使うとどうなるかは分からない。

 試した事ないからな。

 ただ、人間に比較的近い猿の魔物で動物実験した際には一時的にとんでもないパワーを発揮して、割とやばい事になった。

 まあ俺の敵じゃなかったが。

 副作用とかは見られなかったが、怖いのでそれ以降は生物に使っていない。

 

「魔物を根絶しない限り、この景色は変わらない。

何故ならどれだけ尽力して植林をしても、魔物がいれば必ず破壊されるからだ。

人間にとって害獣とされるものでも、自然全体から見れば何らかの役割を持っている。

だが魔物だけは違う。奴等は本当にただ壊す事しか出来ない。

……この国の姿は、決して他人事ではない」

 

 レイラが、魔物への嫌悪感を隠さずに魔物を辛辣にディスる。

 一応擁護しておくと、魔物も元々は野生動物なわけで、それを魔女に変化させられてしまった被害者である。

 まあ一番の加害者である虐殺魔の俺が言ってもちょっとアレかもしれないがな。

 それはともかく、訓練に使えそうな強い魔物を探さないとな。

 

「プロフェータ、この国に大魔クラスか、それに近い強さの魔物はいますか?」

「うむ、強力なやつが数体確認出来る。ここからだと南に五キロ歩いた先の海辺の近くにいる巨大なイカが一番近い」

 

 タコの次はイカか……海産物責めかな。

 それはともかく、でかいイカの魔物とは結構厄介かもしれない。

 何が厄介って、基本的に海の中が活動区域だろうから、地上の魔物とは勝手が違うのだ。

 タコのように魔法を使って無理矢理陸に上がっているならばむしろ楽だろうが、本来のフィールドである海に潜まれると倒す為の難易度は大魔を上回る。

 だがそのくらい手強い方が、ベルネル達の経験にもなるかもしれない。

 もし本当にやばくなれば俺が出しゃばるだけだし、一つやってみようか。

 

「一応聞いておきますけど、その魔物を倒す事で困る人はいますか?」

「んー、いないと思うがね。むしろ倒した者には賞金を払うと通達しているようだ」

 

 俺の亀への問いに、ベルネル達は『そんな奴いるわけないだろう』みたいな顔をした。

 確かに、俺達の常識で考えれば困る奴などいるわけがないだろう。

 魔物が海に住み着いてしまえばその付近の魚や貝を始めとする生き物は喰い尽くされるし、サンゴなども根こそぎ破壊される。

 海にも出られないし、まさに百害あって一利なしだ。

 だがそれこそ俺達の決め付けというもの。

 何らかの形でイカを利用して利益にしている可能性だってゼロではなかった。

 それを無許可でぶっとばしてしまえば、問題になってしまう。

 だが賞金までかかっているというのなら、倒してしまっても問題はないだろう。

 

「ならば問題はないですね。早速向かいましょうか」

 

 さあ、対魔物実戦訓練いっちょいってみようか。

 

 

 海辺にまで行くと、『遅かったな』とばかりに巨大なイカが鎮座していた。

 逃げも隠れもしないって感じだ。

 普通に海面から顔を出して触手をウネウネさせている。

 大きさは……触手まで含めて全長40mはありそうだな。

 ちょっと前にネット上でサンタモニカに49mの大王イカが打ち上げられたっていうコラ画像というかデマ画像が出回った事があるんだが、大きさ的に丁度あんな感じだ。でかい。

 あれ、喰うなら何人分くらいになるんだろう?

 だがそれ以上に気になるのは、顔に当たる部分から何故か象の鼻に似たパーツが伸びている事だった。

 何だあれ……イカと象のキメラか?

 

「お、大きいな……」

「ふん、図体だけだ」

 

 モブAが怯むが、噛ませ犬はあの巨体を見ても全く動じずにむしろ前に踏み出した。

 おお、何か強キャラっぽいぞ噛ませ犬。

 噛ませ犬は拳を構え、自信溢れる笑みを浮かべた。

 

「俺一人で十分だ。お前等は手を出すな。

こいつならば60%の力で十分だろう」

 

 いやあ、100%で行った方がいいんじゃないかなあ。

 そう思う俺の前で噛ませ犬は本当に一人でイカに向かって走り始めた。

 海に入り、失速しながらもバシャバシャと音を立ててイカへと近付いていく。

 そして拳が届く距離に――到達する前に、触手で殴り飛ばされてしまった。

 

「ぐわあああああああーーーッ!!!」

 

 おっと噛ませ犬君ふっとばされたー!

 悲鳴をあげながら噛ませ犬が空を舞い、仕方ないので風魔法で墜落の衝撃を和らげてやる。

 名前に恥じぬ噛ませ犬役ご苦労様。

 でも肝心のこいつの強さがよく分からないから、噛ませ犬として成立してない気もする。

 イカは噛ませ犬から興味を失ったように、今度は俺の方を向いて触手を伸ばしてきた。

 おいおい、触手プレイか? 狙うなら俺じゃなくて他の美少女を狙えよ、美少女を。

 エテルナとかマリーとかアイナとかフィオラとか。後、少女って年齢じゃないがレイラもいる。

 まあともかく、見るのは大好きだが俺自身がやられるのはノーセンキュー。

 なので軽くバリアを張って、触手を防いだ。

 

「エルリーゼ様! このっ、お前の相手は俺達だ!」

 

 ベルネルが大剣を手に、イカへ斬りかかった。

 だが相手は、足が届く深さとはいえ海の中にいる。

 いかにベルネルの剣でも、攻撃が届く位置に行くには海に入らなければならない。

 だが浅瀬であろうと水というのは思った以上に速度を殺す。

 このままでは噛ませ犬の二の舞だが……我らが主人公君はどうするかな。

 

「イカンゾウ!」

 

 イカが鳴き声を発して触手を振り下ろした。

 そうは鳴かんやろ……。

 しかしベルネルはこれを待っていたように剣を振り上げ、触手を切断してみせる。

 流石主人公だ。噛ませ犬とは違う。

 それに弾かれたように他のメンバーも動き、魔法を撃ったり弓を撃ったり、ベルネルと一緒に斬りかかったりして一気にイカを追いつめた。

 おー、流石俺のやった武器だ。自画自賛になるがイカがスパスパ切れている。

 最後にエテルナが光を放ち、イカが黒焦げと化した。

 おおう……流石は魔物に効果抜群の聖女パワー。

 込めてる魔力はさほど多くないだろうに、とんでもない威力だ。

 イカは未練がましく切れた触手を俺の方に伸ばそうとするが、最後にベルネルに止めを刺されて動かなくなった。

 

「凄まじいですね……あの力、伝え聞いた過去の聖女と比べても見劣りしていない」

 

 ギクリ。

 横でレイラがエテルナの力を冷静に評価しているのを聞いて、俺は笑みが引きつったのを自覚した。

 うん、全く見劣りしてないね。

 そりゃそうだ、だってあっちが本物だもの。

 

「エルリーゼ様が今代の聖女でなければ、彼女が聖女として間違えて育てられていたかもしれませんね」

「……そうですね」

 

 レイラ、お前さんひょっとして分かってて言ってない?

 もしかして俺、カマかけられてる?

 『こいつもしかして、本当は聖女じゃないんじゃね?』とか思われる?

 一応俺も三年前にベルネルから借りパクした闇パワーで『聖女にしか出来ないはずの事』は出来るんだが、俺の場合はただのゴリ押しだからな。

 例えば聖女パワー100の聖女が魔女に100ダメージを与えるのに必要な力がMP1消費の魔法と仮定しよう。

 エテルナは本物なので、そのままMP1消費の魔法をストレートに撃つだけでこれが達成出来る。

 対し、俺は聖女(もどき)パワーは10くらいしかないので、このままでは魔女に全くダメージが通らない。

 なのでMPを100くらい消費して無理矢理本物超えのダメージを叩き出している……という感じだ。

 

「しかし、誤算ですね。こうも簡単に勝てては訓練になりません」

「ふむ……」

 

 何か、方法を考える必要があるだろうか。

 エテルナの覚醒は嬉しいんだが、そのせいで逆に魔物に対して効果抜群でヌルゲーになってしまっている。

 勿論それはいい事だし、本番でも同じようにエテルナが魔物を蹂躙出来るという事だ。

 だが魔女戦では何が起こるか分からない。

 だから出来れば、もう少しギリギリの実戦経験ってやつを積ませたいんだがな……。

 

『……リーゼ……エルリーゼよ……』

 

 あー、うっさい。今考え中だ。

 誰だよ、俺に話しかけてるの。

 

『私はアルフレア……今、今代の聖女である貴女に話しかけています……』

 

 ふーん、そうアルフレアね。

 ゲームでは名前だけの存在で、実際には一度も登場しないという初代聖女様が俺に何の用…………ファッ!?

 初代聖女アルフレア!?

 そりゃ、とっくに死んでるはずの人間じゃねえか。何でそんなのが俺に話しかけてるんだよ。

 いや、それより……まさかこいつ……嘘だろ? 信じられねえ!

 

『いきなりこんな事を話しても驚くかもしれません。

貴女が世界の闇の力をここまで薄めてくれたおかげで、私の声が届くようになったのです。

本当ならば聖女である貴女にはもっと早くコンタクトが取れていたはずなのですが……いえ、きっと私の力が弱まっていたという事なのでしょう。

ともかく、貴女がこの国を訪れてくれたおかげで、こうして声を届ける事が出来ました』

 

 頭の中に響くのは、透き通るような声だ。

 だが聞こえているのは俺だけで、他の誰も聞こえている様子はない。

 そう……エテルナにも、この声は届いていないようだ。

 

『しかし何故か、貴女とは妙に通話がしにくく、この会話も長くは続きません。

どうしても貴女にお話ししたい事がありますので、どうか私の所に来て頂けないでしょうか?

私は、この国にある初代聖女のお墓に…………』

 

 そこまで聞こえたところで、通話が途切れてしまった。

 だからスマホの充電はしっかりしておけとあれほど……。

 しかし初代聖女アルフレアに、初代聖女の墓ねえ……何で死んだはずの初代聖女様の声が聞こえるとか、何でこの国に墓があるんだとか色々思う所はあるんだが、それより……。

 

 

 ……初代聖女(あいつ)……本物(聖女)偽物(おれ)の区別ついてねえ……。

 ありえねえっ……本物の聖女であるエテルナがすぐ近くにいるのにスルーしやがった……っ!




【悲報】初代聖女、ぽんこつ確定。


【イカンゾウ】
今回ベルネル達が戦った魔物。
強さはドラゴンをレベル70とするなら、レベル50くらい。
巨大なイカの魔物だが、鼻が付いていて象のようになっている。
体内の臓器は胃と肝臓が大きく、他の臓器の役割も兼任しているらしい。
美少女を触手でヌルヌルにする事に命を賭けている。
ヌルヌルにするだけで本番行為には及ばないという謎のポリシーを持っていた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十四話 初代聖女アルフレア

 イカとの戦闘が終わり、俺達は現在光に包まれてフグテンの空を飛んでいた。

 何故こんな事をしているかというと、初代聖女アルフレアの墓を目指しているからだ。

 初代聖女アルフレアからの通話が途切れた後、俺はその事を皆に話した。

 流石に突拍子もなさすぎて信じて貰えないかと思ったのだが、皆呆れるほどに俺の話を信じてしまい、初代聖女の墓を探そうという話になってしまったのだ。

 アルフレアは初代だけあって、当時はまだ聖女を保護しようという動きがなかった。

 彼女が魔女を倒し、そこで初めて聖女という存在が人々に認識されたのだ。

 それ故にアルフレアは出身地や誕生日に至るまで、そのほとんどが謎に包まれている。

 謎に包まれた初代聖女……その墓がこんな世界の裏側にあるなどと急に言われても普通は信じられないだろうし、疑っても無理のない事だ。

 しかし誰も疑わず、『エルリーゼ様が声を聞いたというのなら』と信じてしまっている。

 や、嘘は吐いてないんだけどね。声も本当に聞こえたんだけどね。

 ただそれはそれとして、もっと疑えよと心配になってしまう。

 俺が詐欺師だったら金取り放題だぞ、これ。

 

「プロフェータ、本当にこの方向で合っているのですか?」

「ああ、間違いない。アルフレアはこの先で眠っている」

 

 世界のあらゆる場所を見通せる亀を連れて来てよかったと本当に思う。

 こいつがいなきゃ地道な情報集めから始めなきゃならなかった。

 とりあえず、到着まで少し時間があるだろうし、もう少し質問しておくか。

 

「何故、この国にアルフレア様の墓があるかプロフェータは知っていますか?」

「ああ、知っているよ。この国はね……アルフレアと初代魔女の故郷なのさ。

今でこそ魔女と聖女の戦いはジャルディーノ大陸が主になっているが、全てはこの小さな島国から始まった事なんだよ」

 

 割と重大な情報だが、俺の知らない話だ。

 ゲームではそんな事、一言も触れられていない。

 いかんな……ここにきて、俺の持つ情報アドバンテージが無価値になりつつあるぞ。

 ちなみに『初代魔女』と『初代聖女(アルフレア)』は別人である。

 まず先に世界が、人類を管理すべき世界の代行者として初代魔女を生み出し、それが暴走した後に初代聖女(アルフレア)が生まれたのだ。

 なので最初にトチ狂った迷惑な魔女はアルフレアではない。

 

「おっ、ここだ。降りてくれ」

 

 亀に言われ、高度を落とす。

 地面に降りて周囲を見渡せば、着地した場所はどうやら岩壁に挟まれた谷のような場所らしかった。

 亀はノソノソと歩き、近くにあった洞窟の中へと入っていく。

 それに案内されるように俺達も続くと、少し進んだ先に幻想的な景色が広がっていた。

 大理石……だろうか。天井が白い石で構成されており、それが入口から届く光と洞窟内の水とで青く照らされてこの世のものならざる景観を作り上げていた。

 そしてその先に立っているのは、随分とボロボロで錆びた鎧が一つ。

 鎧に中身はない……が、腐食した剣を手にしており、ギシギシと音を立てて動いている。

 ……つついたら崩れそうだな。

 

「あれは……」

「……アルフレアの騎士だ。当時はまだ聖女を守る騎士という概念そのものがなかったが、あいつは死しても尚、魂だけで現世に留まってアルフレアを守り続けている」

 

 俺達が近付くと、鎧は俺だけを通してその後に続くレイラ達を遮るように剣で道を塞いだ。

 

「……どうやら、この先は聖女だけしか通さないって事らしいね」

 

 亀が複雑そうに言い、俺とエテルナを見比べた。

 ちょ、おい。そこの鎧! お前の目は節穴か!

 って、どう見ても節穴だ。中身ないもんな。

 それはともかく本物の聖女を通せんぼしてるぞお前。

 しかし今ここでそれを言うわけにもいかず、俺は渋々先へと進んだ。

 うーん、いいのかこれ? 俺偽物だぞ?

 

 更に洞窟を進むと、やがて最奥には一つの巨大な水晶が鎮座していた。

 水晶の中には女性が閉じ込められていて……ちょ、裸! 裸! HA☆DA☆KA!

 イヤッフゥゥゥゥ!

 年齢はレイラと同じくらいだろうか。

 エテルナ同様に美しい銀色の髪をしており、肩まで伸びている。

 頭の上の方で髪が左右に跳ねていて、しかもその部分だけ何故か毛先が黒に変色しているせいで何となく犬の耳のように見えた。

 目鼻立ちはくっきりしていて、もはや当然のように美人。

 聖女っていうのは美女美少女しかなれない決まりでもあるのかね。

 で……胸のたわわなメロン! でかい!

 ファラ先生以上かこれは……?

 ところでどうでもいいんですが、実はわたくし培養槽フェチでして……。

 漫画とかアニメとかで女の子が全裸で培養槽に閉じ込められて眠っているシーンとかあるじゃないですか。

 ()()()()()()()

 これは培養槽ではなく水晶だが、かなり俺の好みだ。

 グーよ、グー!

 

 と、俺の性的嗜好はどうでもいいな。

 ここまで来たが、この後どうすりゃいいんだろう。

 とりあえず手を触れてみれば何か変わるんだろうか。

 と、触ってみると景色が一変して何故か光の中で浮遊していた。

 しかも俺、服着てないやん。

 何で俺までまっぱにしてんねん。誰得だよ。

 とりあえず究極防御魔法の謎の光で映しちゃいけない部分はガード出来ているが、どうも落ち着かん。

 こりゃあ多分、精神世界的なアレなんだろう。

 よく集中してみれば、俺の身体の感覚も残っているし、身体の方の手を動かす事も出来る。

 

『ようこそ、今代の聖女よ。貴女が来るのをお待ちしておりました』

 

 声が聞こえたので振り返ると、いつの間にか美人のねーちゃんが全裸で俺の前に浮いていた。

 うっひょー、眼福眼福。

 女の子が俺の前で無防備になるっていうの、TSして一番嬉しい部分だよな。

 同性同士だからって羞恥心なく肌を見せてくれる。

 なんていうか……その……下品なんですが……フフ……こりゃホンマ勃起もんやで……。

 

「初代聖女、アルフレア様ですか?」

 

 とりあえず確認。

 こんな所にいる時点でまあ九割間違いないのだが、一応ね。

 

『はい。貴女は今代の聖女エルリーゼに間違いありませんね?』

「……ええ。確かに、今代の聖女という事になっています」

『なっている……とは?』

 

 あ、この人マジで分かってねえ。

 はい確定。何か初代聖女って事で威厳っぽいの出そうとしてるけどこの時点でぽんこつ確定。

 とりあえず、あんまり苛めるのも可哀想だしさっさとネタバレしてやるか。

 

「私は聖女ではありません。偶然聖女と同じ村で生まれて取り違えられた、魔力が強いだけの別人です」

『うぇ!?』

 

 俺のカミングアウトにアルフレアは目を丸くして驚いた。

 はい威厳崩壊。

 でも、今まで頑張って威厳を保とうとしていた子があっさりメッキが剥がれて素顔を見せるのっていいよね。

 俺の素は見せたら不味いからメッキも剥がさないが、中身が可愛いならむしろ素が出る事で人気も高まる。

 

『え、嘘……だって貴女は歴代最高の聖女で過去の誰も出来なかった事をいくつもやり遂げて……そ、それが偽物? 取り違え?

う、嘘よ……つまりそれって一般人でも頑張れば出来た事が、歴代の誰にも出来なかったって事になるわけで……むしろ私達聖女の存在意義がががが……千年に渡る歴代の聖女は一体何だったの? 私含めて全員無能だったの?

私達って歴代全員合わせて一般人未満なの? 嘘でしょ?

で、でも言われてみれば魔力はおかしいくらい強いのに、聖女の力そのものはむしろ歴代ぶっちぎり最下位でおかしいとは思ってたのよ。声も全然届かないし……たまに聖女じゃないはずのエテルナって子の方が反応しちゃうし……あれ? もしかしてあっちが聖女……?』

 

 おーおー、パニくっとる。

 頭を抱えてブツブツ言い始めたアルフレアはやがて、俺の方を向いて頭から爪先までジロジロと見始めた。

 どうでもいいけどアルフレアって、少しアレクシアと名前被っててややこしいな。

 最初と最後の文字に加えて文字数まで同じとか、混同しそうになるわ。

 エルリーゼとエテルナでもややこしいのに。たまに名前言い間違えそうだわ。

 

『貴女みたいな一般人がいるわけないでしょ!

何よ! 歴代聖女に比べて、外見もむしろ一番聖女聖女してるじゃない!

聖女オブ聖女じゃない! それで取り違えられただけの一般人とか詐欺よ!』

「はあ……それでどうします? 今からエテルナさんだけでも連れて来ますか? あっちが本物の聖女ですよ」

『馬鹿! そんな事したら私が間違えたみたいで馬鹿みたいじゃん!

私は何も間違えてないの! 貴女は聖女、はい、今私が決めた! 初代聖女の私がそう決めました!

はいこれにて論破! 完全論破です! 異論の余地なし! 反論は聞きません!

だから私は何も悪くないのおおお!』

 

 …………。

 やべえ、予想以上にぽんこつだった。

 本物と偽物を間違えていた時点でぽんこつは確定だったのだが、俺の予想をぶっちぎりで超えている。

 例えるならばぽんこつパワー95万と予想していたら、まさかの一億パワーだったような感じだ。

 むしろこの人、歴代で一番聖女らしくない聖女まであるんじゃないかな。

 しかしこのままだと話が進まないので、とりあえず話題を何か振ってみるか。

 

「アルフレア様。二つ聞きたい事があります。

まず一つ……貴女の身体がここにあり、精神も魔女になっているようには見えません。

ここから推察できる事は一つしかないのですが、あえて問わせて頂きます。

……貴女は魔女を討伐していない。間違いありませんか?」

『…………』

 

 俺の問いにアルフレアは露骨に目を逸らした。

 ああ……やっぱりか。

 そりゃ魔女を討伐したなら、墓なんてあるわけないよな。

 何故なら魔女の討伐=次の魔女だ。

 次代の聖女に討たれて死体が残ったとしても、その時はもう散々悪事を働いた後で人々にとっては憎むべき魔女でしかない。

 そんな奴に墓を残し、手厚く葬るものか。

 だがアルフレアは明らかに守られている。

 しかも、そもそもの問題として魔女にすらなっていない。

 ここから導き出される答えは一つしかない。

 こいつは……魔女を討伐していなかったんだ。

 

『……ち、違うし。確かに一度倒したのよ……。

でも実はそれが死んだフリだっただけで……数年後に平和になったと思ってお酒飲んでる時に……いや、そうじゃなくて、油断してる時に出て来て、そのまま不意打ちされて、こんな所に押し込められて仮死状態にされてずーっと、このまま放置されてるだけだし』

 

 それを討伐してないというのですが、それは。

 しかし死んだフリか……シンプルだが、なかなか効果的な一手だな。

 とりあえずやられたフリをしておけば世間の目は逸らせるし、じっくりと対聖女に備えて駒を増やす事も出来る。

 一応俺も、アレクシアにそれをやられないように警戒しておこうか。

 

「次に二つ目の質問ですが……それは今の答えで氷解しました。

貴女はここで水晶に閉じ込められ、守られている。

これだけの事が出来る者などそうはいない……だから、一体何者が貴女を閉じ込めたのかを聞きたかったのですが、それは初代魔女の仕業であると理解しました。

ですから質問を変えます……何故初代魔女は貴女を殺さずに、こんな守るような形で閉じ込めたのですか? それも、仮死状態にしたという事はわざわざ貴女以外に次代の聖女が出るようにまで仕組んでいるという事……どうにも解せません」

『うっ……』

 

 聖女を仮死状態にする。なるほど、これも効果的な一手だ。

 言われてみれば簡単だし、むしろ何で誰も思いつかなかったんだってレベルの陳腐な手だが、案外こういう『普通気付けるやろ』って単純な一手に限って盲点になったりする。

 灯台下暗しっていうか、人間の思考っていうのはどうにも足元がお留守になりやすい。

 次代の聖女の誕生は聖女の魔女化か、あるいは死亡を世界が認識する事で行われる。

 逆に言えば次代の聖女が生まれてさえしまえば、死んだはずの聖女が息を吹き返してもいいわけだ。それだけで聖女が二人に増える。

 だがこれは聖女サイドにとって効果的な手段であり、魔女にとってはマイナスしかない。

 何故そんな事を、わざわざ魔女がやったのかが分からない。

 完全に殺さずに閉じ込める事で次の聖女が生まれないように試みたならば分かる。

 だがそうではない。わざわざ仮死状態(・・・・)にして次代の聖女が出るようにしている。

 これは明らかにおかしな事だ。

 

『な、何よ何よ……本当は私が今明かされる衝撃の真実! て感じで話して驚かせるはずだったのに、言ってもいないのにどんどん察しちゃってさ……。

お母様が私を仮死状態にした意図まで勝手に読み解いてるし』

「待ってください」

 

 おい待てやこら。

 今、聞き逃せない単語が出て来たぞ。

 お母様……お母様だと?

 初代魔女がアルフレアのマッマで、わざわざ娘に一度やられたフリをして聖女としての役割を果たさせて名声だけは与えつつ、その後に不意打ちで倒して殺せたところを殺さずに仮死状態にした、と……。

 あー、なるほど……もう大体分かったわ。

 というかこんなん、答え一つしかないやん。

 要するに初代魔女は娘を自分の次の魔女にしたくなかったんだろう。

 そういや、以前伊集院さんが言ってたっけ。

 

『魔女が何らかの理由で暴走して人類を滅ぼそうとし、そればかりか自然まで破壊し始めた事で世界は魔女を見限って次の代理人を用意した。それが名前だけしか登場しない初代聖女アルフレアだ。

しかし魔女を倒してもその怨念と力が聖女に宿って次の魔女になってしまった』

 

 思い出してみればなるほど、確かにアルフレアが魔女になったとは一言も言っていない。

 聖女が魔女になったと言っていただけだ。

 伊集院さんも恐らくシナリオ製作者から設定を聞かされただけだろうから、『二代目魔女≠アルフレア』とは思っていないだろうが、こんなところにもヒントがあったわけだ。

 

「……事情は察しました。

初代魔女はつまり、アルフレア様のお母様で……一度やられたフリをしたのも、わざわざ仮死状態にしたのも、恐らくは母としての情から来たもの……僅かに残っていた人の心が、魔女の連鎖にせめて貴女だけでも巻き込むまいとして、こんな遠回しな方法を取り、万一自分が聖女に敗れるとしても、貴女だけは魔女にならずにその次の聖女が魔女になるように仕組んだ……そんな所ですか」

『うっ……』

 

 俺の推察に、アルフレアは言葉を詰まらせる。

 その反応だけで十分だ、分かりやすい。

 図星って事だな。

 するとアルフレアは目に涙を溜め、プルプルと震え始めた。

 

『な、何よ何よー! 私にもちゃんと説明させなさいよー!

何勝手に推理して勝手に納得してるのよ! 合ってるけどさあ!

もっと私に喋らせなさいよ! 衝撃の真実に驚いて、戦慄きなさいよお!』

 

 やべえ、どうしよう。

 この人結構面倒くさいぞ。

 とりあえず、全部こっちで推察して納得すると拗ねそうだし、何か適当に質問しておいてやるか。

 

「アルフレア様。私をここに呼んだ理由を聞かせていただけませんか?」

『ん? んふー、知りたい? 知りたい? どうしても?』

 

 ……やっぱ面倒くせえ。

 もう帰っちゃおうかな。

 

『待って待ってー! 話すから待ってえー!』

 

 しかし帰ろうとしたら涙目で呼び止められたので、仕方なく留まった。




※肌色率高めなので注意
https://img.syosetu.org/img/user/304845/63325.png
わっさわさ様より頂いた支援絵です。
……ふぅ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十五話 初代聖女と偽聖女

ぶっちゃけ前回の話のアルフレア視点なのでこの話は読み飛ばしても問題ないかも……。


 初代聖女アルフレアは今を遡る事、千年前にこの世に生を受けた。

 正確には千年と二十年くらい前だが、正確な年数は本人も覚えていないし、誤差のようなものなので大体千年だ。

 アルフレアの生まれた時、既に父はいなかったが、母であるイヴは他の人には出来ない不思議な事が沢山出来る自慢の母親だったし、寂しくはなかった。

 何故か母は世界中から追われる身で、幼い頃から逃亡生活を余儀なくされてきたが、それを辛いと思った事は一度もない。

 母はいつだって無敵で誰にも負けなかったし、何より大好きな母と一緒にいられるというだけでアルフレアには幸せだった。

 そんな生活が崩壊したのは、アルフレアが八歳の時だ。

 母が力を与えて作り出す母に忠実なペット……魔物と遊んでいる時に、突然手が光って魔物を火傷させてしまった。

 この時のアルフレアには何が起こったのか分からなかったが、母はその力を見て酷く狼狽えていた事を覚えている。

 『おのれ世界め』だとか『私へのカウンターか』とか『よりにもよって私の娘に』だとか、色々叫んでいた。

 それから、アルフレアは何が何だかも分からないうちに母に捨てられ、孤児院に放り込まれてしまった。

 

 それから成長して十四歳になったアルフレアは、母が世界で『魔女』と呼ばれて恐れられている存在である事を知った。

 多くの国を襲い、自然を壊し、人々を殺し……悪い事を数えきれないほど行っていると知り、母を止めなければと思うようになった。

 何故自分が捨てられたのかを知りたかったし、母がこれ以上悪い事をして皆から嫌われるのも嫌だったからだ。

 だが今にして思えば、あの時の自分は世界の意思のような何かに突き動かされていただけなのかもしれない、とアルフレアは思う。

 どちらにせよ結果だけを言えばアルフレアは母を止めるだけの力を有していたし、志を同じくする仲間にも恵まれて二年の歳月をかけて見事に母を止める事に成功した。

 その後彼女は英雄となり、聖女アルフレアとして人々に称えられた。

 

 それから四年。

 平和になった世界でアルフレアはかつての仲間の一人と婚約し、結婚を間近に控えて幸せな日々を送っていた。

 他の仲間達も呼んで式の前のお祝いとして酒を飲んだり飲まされたり、ノリでペットの亀をドブに投げ捨てたり……ともかく、かなり浮かれていた事は間違いない。

 だがその気の緩みがいけなかった。

 突如アルフレアが住む村に魔物が押し寄せ、その中には死んだはずの母がいた。

 酔いと四年のブランクと酔いと、予期せぬ母との再会と、後、酔いでロクに戦えずに足元がフラフラしていたアルフレアは呆気なく敗れ、母に連れ去られてしまった。

 そして訳も分からぬままに水晶に封じ込められ、そこでアルフレアの意識は一度途絶えた。

 

 次にアルフレアが目を覚ました時、母は既に自分以外の聖女に倒され、その聖女が魔女になって更に次代の聖女が誕生していた。

 アルフレアは元々、魔女を止める為に世界が用意したカウンターだ。

 だがそのアルフレアが生命活動を止めた事で世界はアルフレアを見限り、別の聖女を用意したのだ。

 また、アルフレアが眠る洞窟には、かつての仲間がいてアルフレアを守り続けていた。

 ……ちなみに、婚約していた男ではなかった。

 アルフレアに片想いしていた別の仲間だ。

 彼に話をきいたところ、婚約していた男はアルフレアの死に大層悲しみはしたものの、いつまでも過去に囚われる性格でもなかったようで吹っ切れて別の女と結婚して子供も出来たらしい。

 余談だがこの片想い男、文字通り死ぬまで番人をやり通した後に何と魂だけで現世にしがみついて、鎧を動かして番人を続行している。

 流石に一途すぎてアルフレアは引いた。

 それと、アルフレアにはもう一人騎士がいたのだが、そいつは五股をかけていた事が妻にバレて捨てられたショックで海に身投げしたらしい。今では海の名前にもなっているんだとか。

 

 アルフレアはここから動けなかったが、力の共鳴のようなものである程度なら他の聖女に干渉する事が出来た。

 その代の聖女を通して外の世界を時々見る事が出来たし、本当に時々だが声を送る事も出来た。

 だがそれで何かが変わる事もなく、聖女が魔女を倒しては次の魔女になる連鎖を延々見せられただけだ。

 聖女の末路は志半ばで死ぬか、魔女になるかの二択で根本的な解決が何一つされない。

 世界は闇に染まり、魔物は増え続け、そして自然は破壊されて人は殺され続ける。

 聖女が魔女を倒せるようになるまでの期間は長く、聖女が魔女を倒して次の魔女になるまでの期間は短い。

 何かを壊すのは簡単で、それを治すのは壊す事の何倍もの時間と労力を要する。

 これでは何をどうしようと事態が改善するわけがない。

 繰り返される魔女と聖女の連鎖はゴールの見えた出来レースでしかなく、世界は真綿で首を締めるようにじわじわと殺されていく。

 その末路を知りながら、アルフレアは世界の終わりまでこの連鎖を見続けるという地獄に立たされていた。

 だから、願わずにはいられなかった。

 誰かが世界を変えてくれる事を。

 このどうしようもない連鎖を壊してくれるような、奇跡が訪れる事を。

 そんな事は決してあり得ないと分かっていたが、それでも願う事しか彼女には出来なかった。

 

 

 

 ――正直、本当に何とかなるとは思っていなかった。

 今代の聖女エルリーゼは、アルフレアから見ても明らかに異常だった。

 歴代と比較して明らかに強すぎる。

 言うならばそれは進化し続ける才能の怪物。

 生まれ持った才能だけで過去の聖女とも渡り合えそうな少女が、今まで誰もやった事がないような方法で修練を積んで自己進化と自己改良を繰り返し、その果てに歴代聖女と魔女全員を纏めて単騎で相手取れそうな史上最強の聖女が完成した。

 腕の一振りで大地を揺らし、息を吐くように海を操る。

 天候すら自在に操り、雷を落として嵐を呼び、竜巻で住処ごと魔物を殲滅してみせる。

 火山を噴火させ、光であらゆる敵を抹消する。

 それでいて本人は無敵。あらゆる攻撃を跳ね返し、傷一つ付ける事すら許さない。

 死んでさえいなければどんな怪我人も重病人も治癒魔法で癒し、自然を蘇らせ、痩せた大地を緑で覆った。

 何だこれは、と思った。

 今まで世界が闇に包まれすぎていた反動で、世界がとうとうトチ狂ってわけのわからない存在を生み出してしまったというのか。

 その無双ぶりはまさに正義と光の化身だ。

 歴代の魔女が千年かけて染め上げた世界が、たったの数年で光に侵略され尽くしている。

 

 彼女ならば終わらせる事が出来るかもしれない、とアルフレアは希望を抱いた。

 ……いや、というよりこの代で終わらせないと次代で世界が滅亡してしまう。

 このエルリーゼという少女が魔女になっては、誰も手に負えない。

 だから何とかコンタクトを取りたかったのだが、エルリーゼはその圧倒的な力に反して聖女としての才能自体はむしろ歴代でも最弱だった。

 一応聖女の力はあるのだが、他の聖女を10とするならば彼女は1にも満たない。

 もっとも、魔力が強すぎるので結局はゴリ押しで歴代全員に勝ててしまうだろう。

 何とバランスの悪い聖女なのだろうか。

 アルフレアは何度も彼女に念話を送ったのだがまるで届かず、干渉しようにも全く届かない。

 それどころか何故か、聖女ではないはずのエテルナという少女にばかり干渉が届く始末。

 

 だが幸運はアルフレアの味方をした。

 エルリーゼが、アルフレアの眠るフグテンまで来てくれたのだ。

 これだけ近付けば流石にコンタクトも不可能ではない。

 アルフレアは早速エルリーゼに声を飛ばして、とうとう自分のいる洞窟まで連れ出す事に成功した。

 

 そうして精神世界でエルリーゼと対面し、アルフレアは少しばかり自信喪失した。

 直接対面して分かったが、見た目からしてもう既にレベルが違う。

 肌も髪も、彼女を構成する全てが完璧なバランスを保つ芸術品のようで、同性ではあるが実の所少し欲情した。

 何故か変な光のせいで肝心な部分が見えないのがもどかしい。

 だがそんな色ボケした思考は、彼女が話した衝撃的すぎる事実によって吹き飛ぶ事となった。

 

「私は聖女ではありません。偶然聖女と同じ村で生まれて取り違えられた、魔力が強いだけの別人です」

 

 何と言う事だろうか。

 歴代の誰も成し得なかった偉業を連発してきた最高の聖女は、事もあろうに聖女ですらなかった。

 つまり偽聖女である。

 しかし彼女が偽物だとすると、むしろ自分達本物の立場がない。

 雁首揃えて、偽物が成し遂げた偉業のうちのどれか一つにも並べないとか、これもう本物の存在価値あるのだろうか?

 そんなアイデンティティの崩壊から目を逸らす為に彼女を聖女認定して無理矢理誤魔化したが、呆れたような視線を向けられて精神的に大打撃を受けてしまった。

 

 それにしても……とアルフレアは改めて目の前の少女をまじまじと見る。

 普通ならば聖女と一般人を間違えるような事はないはずなのだが、それでも間違えてしまったのは、やはりエルリーゼがそれだけ『聖女』という存在を体現しているからだ。

 人々の考える聖女というイメージをそのまま人の姿にしたような……むしろイメージに合わせてコーディネイトしたような、完璧な美がそこにある。

 それは実際間違いではない。

 エルリーゼは自分をそう見せる為に、この世界で自意識に目覚めてから今日まで十二年の歳月をかけて、魔法まで使って自らを作った(・・・)のだから。

 偽物は偽物故に、時に本物よりも本物らしくなる。

 エルリーゼが全力を注いで作り上げた『聖女エルリーゼ』というハリボテは、初代聖女であるアルフレアの目すら欺くまでに至っていた……ただそれだけの話だ。

 そんな裏事情などアルフレアは知らないが、彼女は思った。

 私が間違えたのはエルリーゼの外見が全く一般人に見えないからだ。

 仮に聖女を騙っていなくても、その辺ですれ違うだけで彼女を聖女であると確信してしまう。それほどに歴代の誰も並び立てないレベルで聖女として完成されている。これでは間違えるのも仕方ない。

 だから私は悪くない。

 そう考え、アルフレアは自らを正当化した。

 

 その後、アルフレアと初代魔女の関係を話し……というよりは勝手に推察されたのだが、ともかくエルリーゼに理解させる事が出来た。

 彼女は聖女ではなかったが、ある意味ではこの展開はアルフレアにとっても望ましいものであった。

 何故ならアルフレアがここにエルリーゼを呼んだ理由の一つが、彼女を魔女にしない事だったのだが、そもそも聖女でないならば魔女になる事はない。

 故にこの心配は杞憂に終わった。

 そしてもう一つ……この連鎖を断ち切るという希望をエルリーゼに託したかった。

 その為の方法をアルフレアは知っていたのだ。

 

「アルフレア様。私をここに呼んだ理由を聞かせていただけませんか?」

『ん? んふー、知りたい? 知りたい? どうしても?』

 

 話そうと思ってた事を先にほとんど言われてしまったので、少し意地悪をしてみる。

 するとエルリーゼは精神世界からスッと消えた。

 水晶から手を放したのだろう。

 そのまま現実の方のエルリーゼはトコトコと帰ろうとし始めたので、これにはアルフレアも慌てた。

 

『待って待ってー! 話すから待ってえー!』

 

 すると再び精神世界にエルリーゼが戻り、アルフレアはほっとした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十六話 新たな解決法

「それで、私を呼び出した理由は何なんですか?」

 

 面倒くさい初代聖女に、とりあえず一番肝心な事であるそもそも俺を呼んで何がしたかったのかを聞いた。

 まさか初代魔女との関係をただ話したかっただけではないだろう。

 このぽんこつぶりだと普通に有り得そうで怖いが、一応聞くだけ聞いておこう。

 それで、本当にただ話したいだけだったならその時はもう帰ろう。

 

『ええと……理由は二つあるわ。

まず一つは、貴女に魔女を倒さないように忠告したかったの。

貴女が魔女になったら、その時点で世界滅亡確定みたいなものだし。

……なんだけど、無駄な心配だったのよね……』

 

 ふむ、これはディアスと同じか。

 初代聖女ならそもそも俺が偽物と気付けと言いたいが、一応理由は真っ当なものだった。

 だがこれは実質解決している。

 俺は聖女じゃないんだから、魔女を倒しても魔女にならない。

 むしろ後顧の憂いを断つならば、聖女ではない俺が魔女を倒してしまう方がいいくらいだ。

 

『そしてもう一つ……私とお母様から始まったこの連鎖を終わらせる方法を伝える為に貴女を呼んだのよ』

「終わらせる方法、ですか」

 

 魔女を倒せるのは聖女しかいない。

 だが魔女を倒した聖女は次の魔女になる。

 それが今まで繰り返されてきた、この世界の終わらない連鎖だ。

 それを止める方法は聖女以外が魔女を倒す事しかないと俺は思っていた。

 だが、アルフレアを見た事でとんでもない見落としをしていた事をようやく理解させられた。

 初代魔女はアルフレアを仮死状態にして閉じ込めることで次の聖女へ移行させた。

 要はそれと同じだ。

 ……というか俺は本当に馬鹿だな。

 何でこんな単純な手を今まで思い付かなかったんだ。

 漫画とかでもお馴染みの、もはや使い古されすぎて伝統になっているような方法だったっていうのに。

 

「……そうか、封印。貴女と同じように魔女を()()()()()閉じ込めてしまえば、それで解決する。

倒していないから聖女への力の移行も行われない。

こんな簡単な事だったなんて……」

『ちょっとー! 何でまた私が言う前に言っちゃうのよー!?』

 

 アルフレアがまた涙目になっているが、それより俺は自分の馬鹿さ加減に腹が立っていた。

 ああ、そうだよそうだよ。封印しちゃえばいいんだよ。

 それだけで連鎖もクソもなくなるじゃないか。

 倒したら魔女の力が移行するなら倒さなきゃいい。本当ただそれだけの事だ。

 『やっちゃいけない』。じゃあどうしますか? 答えは『やらない』……こんなん子供でも分かる。

 

 過去の人々がこれに気付かなかったのは理解出来る。

 まず、そもそも封印の術なんていうものがなかったのだろう。

 次に封印といっても普通の人間がやれば魔女には通じないだろうから、そもそも自分達でそれをやるという発想に行き着かない。

 かといって聖女もそれは考えない。

 何故なら聖女には真実が知らされないからだ。

 真実を教えて、それで『魔女になるの嫌だ』と戦闘を放棄されてしまうのは困るし、それに……過去に真実を教えたが故に絶望して自ら魔物に殺されたリリアという聖女もいる。

 聖女が真実を知っても、『封じればいい』と思う前に絶望して思考を停止してしまう。

 だから教えない。そして知らないのだから考えない。

 だが俺は気付かなきゃ駄目だろう。

 なまじ魔女をゴリ押しで倒せる力があり、そして俺が倒しても連鎖は止まるので完全に『俺が倒せば終わり』で思考停止してたな。

 

『あー、もう! はいはい、そうです! その通りですー!

お母様が私にやったのと同じで、封印しちゃえば終わりよ。

だから私はこの封印の魔法を貴女に伝授する為に呼んだのよ』

 

 不貞腐れたようにアルフレアが言う内容は、俺にとってはまさに棚から牡丹餅だ。

 この封印魔法を教えてもらえるっていうなら、それほど好都合な事はない。

 何せアルフレアを千年間も閉じ込めていた魔法だ。効果は折り紙付きだろう。

 実際使うかどうかはさておき、覚えておいて損はない。

 後に災いの種を残すって意味では、俺の代では封印よりも当初の予定通りに魔女を倒してあの世の道連れにした方がいいかもしれない。

 だが、未来にまた魔女が絶対出現しないとも断言出来ないわけで……極端な話、世界が『代行者また用意しよ』と思えば魔女は生まれるだろうし、その魔女が初代同様に暴走すれば何もかもが台無しだ。

 だがそうなった時に封印魔法が伝わっていれば、すぐに対処出来るだろう。

 少なくとも千年も不毛な争いを続ける事にはなるまい。

 だからこれは、後世の為に残しておいた方がいい魔法だと俺は思う。

 ……勿論ろくでもない使い方をする阿呆とかもいるだろうから、伝え方も考えなきゃならんが。

 問題はこの魔法を使ったのはアルフレアではなく、初代魔女の方だという事だ。

 ……本当にこいつ、封印魔法を使えるのか?

 

『あ! その顔は私が本当に使えるのかって疑ってるわね!?』

「はい」

『駄目駄目、誤魔化そうったって駄目よ。顔にしっかり出てるんだか……え?』

「疑ってますけど」

『……』

 

 疑っている事を普通に言ってやると、アルフレアはプルプルと震え始めた、

 目に涙を溜めて、今にも決壊しそうだ。

 泣くぞ、すぐ泣くぞ、絶対泣くぞ。ほーら泣くぞ。

 

『うわあああああん!』

 

 はい泣いたー。

 やっぱ無理なんじゃないのかな、これ。

 だが『封印すればいい』というアイデアは今後の参考になる。

 帰ったら早速、どうやればいいか考えて魔法を作ってみよう。

 やっぱりベースは氷魔法かな……氷漬けにして、それを溶けないようにすれば保存は出来ると思う。

 普通なら凍死待ったなしだが、魔女はそう簡単に死にはしない。

 ただこれをやると、アレクシアは死ぬ事も出来ずに極寒の世界にずっと閉じ込められるわけで、流石にこれは哀れな気もする。

 

『何よ何よー! 使えるもん! ちゃんと私も使えるんだもん!』

 

 とりあえず、泣き出してしまった初代聖女様をあやす為に頭でも撫でておいてやった。

 これって普通は失礼な行為なんだが、まあいいやろ。何か精神年齢低そうだし。

 するとアルフレアは目を細め、もっと撫でろとばかりに頭をグリグリと俺の手に押し付けてきた。

 犬か、あんたは。

 

「その封印魔法の使い手はアルフレア様のお母様なのですよね?

だとすると、どうやって習得したかに疑問が残るのですが」

『封印直前に、どういう魔法なのかお母様が自分でベラベラ喋ったのよ』

 

 一体どうやって封印魔法を覚えたのかは、驚くほどにアホな理由だった。

 魔女が自分で言ったってマジか。

 ああ、なるほど。能力バトル系で頻繁に出て来る自分で自分の能力を敵に解説しちゃう系だったのね、初代魔女。

 あるいは、後世の事を考えてわざと伝えたのか……。

 

『そんなに疑うならいいわ。今すぐに伝授して、私の話が本当だって教えてあげるから』

 

 そう言うとアルフレアはおもむろに俺の肩を掴み、そして次の瞬間何かが流れ込んできた。

 ここが精神世界だからだろうか。

 言葉ではなく、感覚で理解(わか)る。

 どうすれば封印魔法が使えるのか。

 一体どう魔力を使えばそれが成立するのかが、手に取るように感じられる。

 ついでに、入り口にいた鎧がただのストーカーだった事も理解した。そっちは別に知りたくなかったな。

 

『どうよ? それが私を千年も閉じ込めてくれた封印魔法よ。有難く思いなさい』

「……なるほど。これは確かに」

 

 アルフレアから伝えられた封印魔法は、何と言うか説明しにくいのだが、とにかく複雑な術式の上で成立する。

 限定的な時間停止……と言えばいいのだろうか。

 闇の魔法で、空間そのものを閉じ込める事がこの封印魔法である。

 闇っていうのは要するに光が届いてないって事で、つまり闇を操るっていうのは光すら届かない空間をそこに生み出している事に他ならない。

 ならば闇の魔法とは、空間に働きかける魔法……あるいは空間を創り出す魔法なわけだ。

 その力で何もかもが停止した空間を創り出す事で、疑似的に時間すらも停まった空間をこの水晶の中に作り上げている。それが封印魔法の正体だ。

 同時に、何故聖女や魔女が無敵なのかも理解した。

 恐らく彼女達は、攻撃を何も通さない空間を常に無意識下で纏っているのだ。

 だから、同じく空間に作用する力――つまりは闇の力でその防御を突破しなければダメージを通せない。

 だが分かった所でこれはどうしようもない。

 ……俺、闇の魔法ほとんど出来ないんだよね……聖女じゃないから。

 

「困りましたね。これは、私には使えないですよ」

『えっ』

 

 いや、『えっ』じゃないだろ。

 俺が偽聖女って事はもう教えたんだから、俺にはこれ使えないって分かれよ。

 だがこれは、このまま捨てるには惜しいな。

 何とか上手くこれを魔女にブチ当てるいい手段はないものか。

 エテルナに教えてもいいが……多分この封印魔法、MPにして2000くらい一気に使うから覚醒したてのエテルナには厳しいだろう。

 俺はMPは十分だがそもそも素質がない。

 アルフレアは使えるはずだが、封印されている。

 

 ……あ、そうだ。

 簡単な話だった。

 アルフレアの封印を解けばいいじゃん。

 何事も作るより壊す方が簡単だ。

 俺ではこの封印魔法は出来ない。一応ベルネルから借りパクした闇パワーはあるが、それでは明らかに不足している。

 だがそんな俺でも、ゴリ押しで封印魔法を壊すくらいは可能だ。

 

「アルフレア様……自由になりたいとは思いますか?」

『えっ、出来るの!? 超思う思う! もうここにずっと一人でいるの、飽きたのよ!

出来るならすぐに私をここから解放して! さあ今すぐ! はよ、はよ!』

 

 試しに聞いてみたら、むしろ引くくらい勢いよく食らいついてきた。

 まあ、そりゃずっとこんな所でストーカー鎧と一緒に過ごすとか嫌だよな。

 しかも四六時中ヌード見られっぱなし。

 あの鎧、ヌードを見たいが為にこの世に留まってるんじゃないかな……。

 ともかく了承は得た。

 ならば最早躊躇う理由なし。この結晶ごと封印をぶち壊してやろう。

 

 精神世界から出て現実に戻り、水晶から離れる。

 そして両手を頭上に掲げ魔力を一気に集中させた。

 威力を高め、しかし規模は抑えて。

 闇の力も上乗せして空間防御を突き破る事を可能にし、照準を水晶へ向ける。

 気のせいか水晶が揺れている気がしないでもない。

 アルフレアの悲鳴が脳内に響いているがきっと気のせいだ。

 

『待って待って待って! そんなの撃たれたら死んじゃう!

もうちょっと心の準備をさせ――』

 

 発射ァ!

 俺の発射した光がビーム状に直進し、水晶に直撃してそのまま後ろの岩を消し飛ばして直進した。

 威力の反動で俺自身の身体も後ろに下がり、しっかり踏ん張らないと転びそうになる。

 しかし効果はあった。

 アルフレアを閉じ込めている水晶が罅割れ、砕けていく。

 ならばと更に出力を上げ、ビームの太さが一回り増した。

 すると水晶が遂に限界を迎え、完全に砕け散った。

 それと同時に魔法を止め、既に発射していたビームも霧散させる。

 すると後には、茫然とへたり込む全裸の美女のみが残されていた。

 少し荒業だったが、無事に封印を解除出来たようだ。

 

「あ……あわわわわわ……」

 

 アルフレアは傷一つないが、なかなかスリリングだったようで立ち直れていない。

 とりあえず、このまま連れて行くのも可哀想だし見た目はどうにかしてやるか。

 ……でも服を作る魔法なんてないんだよなあ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十七話 千年の再会

 アルフレアの封印を解き……というよりぶっ壊した俺はまず、アルフレアの恰好をどうするかを考えなくてはいけなかった。

 土魔法を使えば鎧は作れる。

 だが素肌の上から鎧は普通に肌に悪いだろうし、かといって布は作れそうにない。

 とりあえず毎度お馴染み光魔法で服を着ているように見せかける事にした。

 名付けて『馬鹿にも見える服』だ。

 ただしあくまで服を着ているように見せているだけなので、実際は全裸のままである。

 突然現れた服にアルフレアはしきりに感心しつつ、触れない事を不思議がっている。

 後は風邪も引かないように火と風の魔法で温風を纏わせておこうか。

 

 アルフレアを連れて戻ると、まず最初に門番をしていた鎧が服を着ている(ように見える)アルフレアにショックを受けたように崩れ落ちた。

 やっぱこいつ、アルフレアの裸目当てでこの世にしがみついてたんじゃ……。

 崩れた鎧を前にレイラは、目を閉じて黙祷を捧げている。

 

「きっと役目を果たして、眠りに就いたのだろう。

死して尚主を守る……まさに騎士の中の騎士と呼ぶに相応しい方であった」

 

 いや、レイラ。多分そいつ最低の騎士だぞ。

 と言ってやりたいが夢を壊すのも悪いので黙っておいた。

 それから全員の視線がアルフレアに集中し、アルフレアはドヤ顔をした。

 

「エルリーゼ様、そちらのお方はもしや」

「はい、初代聖女アルフレア様です。

魔女によってここに千年間封じ込められていたようです」

 

 勿論、彼女の名を知らない者などはここにいない。

 何せ彼女こそが聖女の始まりだ。

 彼女がいなければ魔法騎士学園はなかっただろうし、今ここにいるメンバーが集まる事もなかっただろう。

 その偉大な祖が目の前にいる、となれば驚かないわけがない。

 アルフレアは静かに微笑み、胸の前に手を当てる。

 お、何か聖女っぽい。

 

「初めまして、千年後の勇士達よ。

私はアルフレア……最初に聖女として、世界に使命を与えられた者です。

魔女によって千年ここに封じられていましたが、エルリーゼの助力を得て戒めを解く事が出来ました」

 

 何かさりげなく、俺が封印を破ったんじゃなくて俺の協力を得て自力で破ったみたいな言い方してやがる……。

 まあいいけどさ。多分初顔見せだし、格好つけたいんだろう。

 だがあのぽんこつぶりを見るに、一体いつまでメッキが持続する事やら。

 

「アルフレア様が魔女によって封印されていた……?

そ、それは一体どういう事なのですか?

それに貴女は何故魔女になっていないのですか?」

「全てお話しいたします……私と、そして母から始まった悲劇の連鎖……そして、それを終わらせる方法も。

何故私が魔女になっていないのか……それは、運命の悪戯と呼ぶほかありません。

偶然……必然……そして、それを曲げる程の愛憎……そうしたものが複雑に絡み合い……」

 

 なーにを勿体ぶってんだか。

 別にそう複雑でも何でもなく、魔女の死んだフリに騙されて不意打ちでやられただけだろうに……。

 

「何を勿体ぶってんだい。イヴの死んだフリに騙されて、酒飲んで浮かれてた所を奇襲されてみっともなく封印されただけだろう」

「ちょ!?」

 

 とか思っていたら、亀があっさり俺が思っていたのと同じ事を言ってしまった。

 アルフレアもまさかの辛辣な感想に驚きを隠せないでいる。

 気のせいか、亀の態度はアルフレアに対して刺々しい。

 それにしてもアルフレアの母親はイヴというのか。

 初代魔女の名前なんて公式資料集にもなかったから新鮮だ。

 

「何でお酒を飲んでた事を知って……!

…………あ」

 

 あっという間に剥がれ落ちたメッキに、ベルネル達はぽかんとしていた。

 慌ててアルフレアは微笑を張りつけ、何事もなかったかのように振舞うが笑みが引きつるのを隠せていない。

 メッキの貼り方が雑だなあ……。

 まあ彼女はメッキが剥がれても聖女のままだ。

 そもそも演じる必要など最初からない。

 中身がクソの俺は金メッキを何重にも貼り付けて演じなければならないが、最初から黄金ならばメッキなど不要なのだ。

 それ故に、俺と違って演じる事に全く慣れていないのだろう。

 

「ゆ、勇士達よ、騙されてはなりません。

この初代聖女、聖女オブ聖女のアルフレアが浮かれて酒を飲んで、べろんべろんに酔っぱらって、新しい酒を買おうと黙って仲間の剣を売りに行く途中で隙を突かれて何も出来ずに封印されたなどと、そのような事があろうはずがございません」

 

 ……か、語るに落ちてやがる。

 誰もそこまで言ってねえ。

 レイラは夢を壊されたような顔で、助けを求めるように俺を見ているが俺は無言で首を縦に振った。

 信じがたいだろうが、それが初代聖女だ。

 現実を見ろ、スットコ。

 

「大体何なのよ、貴方は! 亀のくせにまるで私の事を知ってるみたいに!」

「お前さんはどうやら、自分が酔った勢いでドブに投げ捨てたペットの事も覚えてないようだねえ」

 

 怒るアルフレアに、亀が冷たい口調で言う。

 どうやら亀が刺々しいのは、知り合いだったからのようだ。

 しかしドブに捨てたってお前……。

 

「ま、まさかプロフェータ……!?

だ、だってだって! 大きくなりすぎて置き場がなかったんだもん!

近所の人からも『あの亀怖いから何とかして』って怒られたんだもん!」

「黙らっしゃい! それにしたってやり方ってもんがあるんだろう!

よりにもよってドブなんかに捨ててくれて! 私があの後どれだけ苦労したと思ってるんだい!」

 

 でかくなった亀を捨てるのは普通に迷惑行為なので絶対やってはいけない。

 とはいえ、ここは異世界だ。

 その辺のモラルは緩いのだろう。

 しかし、ベルネル達がアルフレアに向ける視線は何となく呆れたものになっていた。

 

「何よ何よー! そんな馬鹿みたいにでっかくなっちゃって!

それに貴方、私が封印されてから一度も来てくれなかったし!

昔は仲よくしてあげたのに、この恩知らず!」

「お前さんの言う恩っていうのは、敵の攻撃を防ぐための盾として使う事を言うのかい!?」

 

 亀とギャーギャー言い争いをするアルフレアの姿に、ベルネル達は最早この世の終わりのような顔をしている。

 先程も言ったように初代聖女アルフレアは学園の名前にもなっている存在で、偉大な始祖だとずっと思われてきた。

 ベルネル達も想像の中で、聖女らしい聖女を想像していたはずだ。

 それが蓋を開けてみればこのぽんこつである。

 目を疑う気持ちは分からないでもない。

 

「あの……エルリーゼ様……。

あの人はアルフレア様じゃなくて……その、名前が同じだけの別人なのではないでしょうか?

いえ、エルリーゼ様がそんな間違いをするわけがないとは思っているのですけど、ただ、あまりにも……」

「お嬢ちゃん。認めたくない気持ちは分かるが諦めな。こいつは本物の初代聖女アルフレアだ。私が保証するよ」

 

 アイナが信じたくないかのように言うが、亀がそんな淡い希望を打ち砕くように話す。

 するとアイナ達はますます絶望したような顔になった。

 何せ千年間も生き続けてきた生き証人(証亀?)の言葉だ。

 信じないわけにはいかない。

 

「まあ、夢を壊すようで悪いが聖女って言ってもこんなもんだよ。

別に人間以外の特別な生物ってわけじゃない。

奇跡の具現でもなけりゃ理想の体現でもない。

ただ、魔女を倒す力を世界に押し付けられただけで、それ以外は普通の人間なんだ」

 

 亀は溜息交じりに話し、そして俺とエテルナへ視線を向けた。

 

「過去に私は色々な聖女を見てきたが、むしろ聖女らしい聖女の方が少なかったくらいだよ。

使命を恐れて逃げ出した子もいたし、戦いを恐れて一生を逃げ隠れする事に費やした子もいた。

斧を振り回して戦う筋骨隆々の聖女だっていたし、動物に育てられて人語すらろくに話せない聖女もいた」

 

 そしてここに、素朴な村娘な聖女と、金メッキで塗装した偽物がいるわけだ。

 分かっているさ、俺の聖女ロールが極端なイメージによって構成されたものである事くらいな。

 だがそうでもしなきゃ俺の演技は通せないんだ。

 偽物だからな……本物の倍は本物らしくしなきゃ、すぐに中身がバレちまう。

 

「でも、エルリーゼ様は……」

「エルリーゼは例外中の例外だ。彼女を聖女のスタンダードと思ったり、他の聖女と比較するのはやめてやってくれ。

……歴代の、他の聖女が可哀想になるからね」

 

 モブAの言葉に亀は苦笑いしつつ答えた。

 例外中の例外ね。まあ、何せ偽物ですからね。

 俺と他の聖女を比較するなっていうのももっともだ。

 そりゃあ、偽物なんかそもそも比較対象にもならん。

 

「エルリーゼぇぇぇ……プロフェータが私の事いじめるうう……」

 

 アルフレアが抱き着いてきたので、仕方なく頭を撫でで慰めてやる。

 すると心地よさそうに目を細めた。

 普通は年下にこんな事やられたら無礼と思うはずなんだが、多分千年も封印されていたせいで人肌恋しいのだろう。

 ちなみに、アルフレア自身はもう忘れているようだが彼女は現在服を着ているように()()()()()だけで実際には全裸のままである。

 なのでたわわな胸が俺に押し付けられる形になっている。それもダイレクトで。

 役得役得。

 中身はともかく見た目は美女だ。なのでこういうのは普通に嬉しい。

 

「エルリーゼ、あんまそいつを甘やかさんでくれ。

そいつは甘やかされれば甘やかされただけ増長するタイプだ」

 

 亀は本当にアルフレアには塩だな。

 だが俺は別にいいんじゃないかなと思う。

 ぽんこつ美女っていうのは何だかんだで需要がある存在のはずだ。

 

「エルリーゼ様。私はエルリーゼ様の近衛騎士である事を誇りに思います」

 

 レイラが何か改まって言っているが……その、正直すまん。

 いやホント、マジでごめん。

 偽物で申し訳ない。

 せめて最期まで、レイラが仕えていて恥ずかしくないように演技はやり通すから許してくれ。

 

 その後、魔女から聖女への力の移行を防ぎ、連鎖を終わらせる方法として魔女を封印してしまう事。

 そして、その術をアルフレアが使える事を皆に説明した。




※亀を捨てるのは大変迷惑な行為なので絶対に真似しないで下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十八話 餌付け

 アルフレアを加えた俺達は、一度学園へと帰還した。

 ベルネル達には授業もあるし、元々日が暮れそうになったら帰る予定だったのだ。

 アルフレアは学園に置いておくと変な事をしそうなので、とりあえず聖女の城に住ませる事にしておいた。

 ……というかこいつを学園に置くと、生徒達の夢を木っ端微塵にしかねないし、最悪学園名が変わる恐れまである。

 この事を話すと当然ながら、アイズのおっさんとフォックス学園長は驚いていたが、何せ相手は初代聖女だ。受け入れないわけにいかないので快く(?)受けてくれた。

 

「えー、今の聖女ってこんないい所に住めるの? いいないいなー!

私の時なんてほぼ野宿ばっかりだったわよ。

それどころか、第二の魔女とか言われてあちこちから追い回されたりして、お母様を倒すまでずっと白い眼で見られてたんだから」

 

 アルフレアも結構苦労していたらしい。

 むしろそんな過酷な環境下にいたからこそ、こんなふてぶてしい性格になったのだろうか。

 少なくともエテルナはここまで太く生きられないだろう。

 

「あ、そうだ。何か食べる物ない? 千年間何も食べてないから、久しぶりに食事とかしたいのよ。

白いパンとかチーズとか、後はお肉とかワインとかあるととっても嬉しいんだけどなー」

 

 チラチラとこちらを見ながらアルフレアが食事を要求してくるが、恐らく今彼女が言った品々が彼女の考え得る最上の贅沢なのだろう。

 この世界の千年前は食器すらほとんどなく、食べ物はほぼ手づかみで食べていたと学園の授業で聞いた事がある。

 どんな事でも聞いておくものだ。

 そしてパンには種類があり、小麦から作られる白いパンは王族や貴族のみが食べられる高級品だったという。ちなみに無発酵だったという説が有力だ。

 まあ、ナンとかに近い感じだと思う。

 白パンが高級品という点は今も同じだが、発酵もさせていて千年前よりは食べやすくなっているはずだ。

 当然現代日本のパンとは比べるべくもないが。

 

「料理長、少し厨房をお借りします」

「は、はい!」

 

 何かアルフレアが不憫に思えてきたので、折角だから俺の出来る限り美味いものでも喰わせてやろうと思い立ち、厨房へ向かった。

 まず作るのはパンだ。

 しかし普通のパンではなく、大豆を潰してその粉から作る大豆パンである。

 大豆……そう、畑の肉。

 正確には大豆ではなくて大豆そっくりの豆なのだが、色々調べたり試したりした結果ほとんど大豆だったので大豆と呼んでいる。

 この世界での正式名称はソイヤー豆。

 痩せた土地でもモリモリ育ち、ジャッポンでは食用として親しまれている。

 ところがどういうわけか、こっちの大陸では食用ではなく家畜の餌としての運用が主であった。

 どうも、人間の食べ物として認識されていなかったらしい。

 それはあまりにアホだろうと思ったので俺は独自に城の裏で大豆を栽培して、大豆から作るパンなどを権力者達に喰わせて価値を教え、広めさせた。

 まあ、パンっていうかケーキなんだけどな。

 何でケーキかっていうと、現代風の柔らかいパンて作るのめっちゃ手間なんよ。

 その点ケーキなら、まだ楽に出来る。

 

 今から作るのもそれだ。

 まずオーブンは軽く予熱で温め、待機。

 この世界のオーブンは石窯なので、現代のように便利ではないが、こっちにも魔法という便利なものがあるので何とか微調整してやれる。

 次に卵。卵黄と卵白にわけ、卵黄はすり潰した大豆粉、水と混ぜる。

 少し甘めにしてやるかって事で砂糖の代わりにメープルシロップも混ぜてやる。

 メープルシロップは甘い樹液を出す木を探して、土魔法の応用から出来る植物魔法で無理矢理搾り取った。

 ただし量は少しだけだ。あんまり入れると完全にデザートになってしまう。

 卵白はメレンゲにして、先程の大豆粉に少しずつ投入してまた混ぜる。

 最後に自作の型に流し入れ、オーブンにIN。後は待つだけだ。

 

 肉も欲しいと言っていたので、こっちも出してやるかな。

 この世界の肉料理っていうのは、とにかく雑だ。

 基本的にまず食べる事優先だから、味や食べやすさなんてものはあまり追求していない。

 とにかく冬を越す為に保存する事を第一に考える。

 だから干し肉や塩漬けなどが大半を占めているわけだ。

 食べられない事はないが、それでも褒められた味じゃないっていうのがほとんどだ。

 牛に至っては完全にチーズやバターを作る為の存在で食用としての価値を見出されていない。

 その理由は……まあ切り方がクッソ雑なせいだ。

 この世界にも一応血抜きという概念くらいはあるんだが、食用に育てられたわけでもない牛を雑に切って美味くなるわけもなく、牛の肉は硬くて臭くて不味いというのが共通認識である。

 それでも牛が死ねば仕方なく食べるが、その時の調理法というのも匂いの強い薬草なんかと一緒に煮込んで臭さを誤魔化すとかそんな食べ方ばかりされる。

 基本的に雑なんだよなー、この世界の人。

 

 せっかくだし、アルフレアには美味いと思える肉でも喰わせてやろう。

 まあ俺の味覚と合わない可能性もあるが、その時はその時だ。

 まず肉の切り方だが、適当に切るんじゃなくて部位ごとにちゃんと切り分ける。

 薄い膜のような筋や余分な脂を削ぎ落し、肉の線維にも逆らわないようにな。

 

 次にフライパン(自作)にオリーブオイルを入れ、煙が出始めた所で肉を投入。

 片面に塩をふりかけ、両面しっかり焼いてから三十秒ほど余熱で火を通す。

 ……本当は胡椒も欲しいがこの世界だと胡椒はクッソ高いのでそこは妥協しておく。

 三十秒経てば弱火で再び焼き、また余熱で三十秒。

 これを何度か繰り返し、最後にバターを投入して風味付け。

 焼き終わった肉は繊維に対して直角にカット。これが家庭で出来る美味しいステーキの焼き方だとか、前に何かのテレビで見た。

 更に付け合わせのジャガイモと人参も焼き、肉の横に添えてやった。

 

 後、リクエストは酒だったか。

 まあ、酒は普通に城にあるワインでいいだろ。

 そもそも酒に関しては俺はノータッチだ。何もしていない。

 だって俺、そもそも酒あんまり好きじゃないし……。

 

 最後にケーキが焼き上がり、オーブンから出した。

 本当は更にこの上にホイップクリームなどを載せて完成なのだが、今回はやらない。

 だってこれ、一応ケーキじゃなくて今回の主食って扱いにしてるし。

 素直にパンを作ってもよかったんだが……さっきも言ったけどパンは、面倒くさいんだよな。

 現代みたいに簡単に材料が揃うわけじゃないし、ホームベーカリーがあるわけじゃないし。

 手ごねで生地をこねるのは滅茶苦茶手間だし。

 だったら甘味を抑えたケーキでいいだろうと思ったわけで。

 昔の人は言いました。パンを作るのが面倒ならケーキを作ればいいじゃない!

 まあ基本的に俺って奴は面倒くさがりなんでね。

 なので俺はこれをパンと言い張って、権力者達に喰わせてやった。

 俺のせいでこの世界のパンとケーキの境目が消滅するかもしれないが、知った事か。

 そうしてとりあえず一通り出来たので、騎士を呼んでアルフレアの前に料理を運ばせた。

 

「何これ何これ!? 何かめっちゃいい匂いする! 美味しそう!

食べていいの!? いいよね! 駄目って言っても食べるから!」

 

 アルフレアはメスの顔ならぬメシの顔になって、俺が作った料理に視線を釘付けにさせていた。

 ただ、このまま放置すると素手で肉を掴みそうなので一応フォークの使い方だけ教えておく。

 肉は既に俺が切り分けておいたので、フォークを刺して肉を口に入れるだけだ。このくらいならフォークが千年前になかったとしても出来るだろう。

 するとアルフレアは分かったと言いながら料理ばかり見ていた。

 何か、餌を前にした犬みたいだな。

 このまま待てをし続けるのも面白そうだが、既に口から涎が出始めているので止めた方がいいかもしれない。

 気のせいか、騎士の人達も夢を壊されたみたいな顔をしている。

 

「よし」

 

 これ以上初代聖女の威厳が崩壊する前に食べさせた方がいいだろう。

 そう判断して許可を出すと、アルフレアはまずパン(パンとは言ってない)を掴んで頬張り始めた。

 

「何これ! フワフワしてる! 甘い! 硬くない!

おいしい! おいしい!」

 

 それなりに大きめに作ったはずのパン(のような何か)をあっという間に平らげ、今度は肉を素手で掴もうとしたのでピシャリと叩いてやった。

 素手でいこうとするな、馬鹿。手がベタベタになる。

 するとアルフレアはおずおずとフォークを使い、不慣れな動きで肉を刺す。

 何か犬の躾けをしている気分になってきた。

 犬はフォーク使わないけど。

 

「おいひい! 柔らかい! 噛むとじゅわっとする! 甘い! 何で!?」

 

 どうやら肉の方も気に入ってくれたようでガツガツと凄い勢いで食べ始めた。

 一応騎士とかが見ている前なのだが、全く気にしていない。

 もうメッキを張るつもりすらないという事か。

 一周回って逆に清々しいわ、この子。

 一方この光景を見てしまった騎士はこの世の終わりのような顔をしている。

 もちゃもちゃと食べ物を口に詰め込み、アルフレアはハムスターのような事になっていた。

 うーん……気持ちいい食べっぷりだが、品の欠片もないな。

 これが初代聖女なんだから、俺の聖女ロールは根本から間違えていたような気がしてくる。

 だって初代聖女といえば聖女の中の聖女。聖女オブ聖女だ。それがこれなんだから、つまり真の聖女ロールとは気品ゼロで好き放題に振舞う事だった……?

 ……いやいや惑わされるな。

 彼女がこうまで素を出せるのは、彼女が本物だからだ。

 俺には同じ事は絶対に出来ない。

 だから俺は、あくまで聖女ロールを続行すればいい。

 

「この料理を作った料理人は誰だー!?」

 

 食べ終わったアルフレアは立ち上がり、叫んだ。

 口の周りには肉汁がついていて汚い。

 仕方ないのでハンカチを出して、口周りを拭いてやる。

 マジで犬の世話してる気分になってきた。

 

「私ですけど」

「私のお嫁さんになって下さい!」

 

 何を言ってるんだこいつは。

 一応俺は中身男だし、自意識も男のままだから結婚するとしたら嫁じゃなくて婿の方である。

 まあアルフレアも本気で言ってるわけではなさそうだし、軽く笑って流しておこうか。

 社会人奥義。『困ったら答えずに笑って流す』……これは身に付けておくべき必須スキルだ。

 その後食べるだけ食べたアルフレアは、ベッドに転がって手足を広げただらしない姿勢でグースカと眠り始めてしまった。

 

「私はまだ食べられる……もっと持ってこぉーい……」

 

 酷い寝言だ……。

 仕方ないので掛布団をかけてやり、それから学園に戻るべく部屋を後にする。

 

「それでは、私は学園に戻ります。

レックス、彼女の護衛とお世話をよろしくお願いします」

「はっ、お任せ下さい。

……ところでエルリーゼ様……その、無礼を承知でお聞きしたいのですが……あの方は本当に……」

「はい、本物のアルフレア様です」

 

 さっきから死んだような顔をしていた騎士は、俺が幽閉された時にも見張りをしていた裏切りナイトAのレックス君だ。

 彼の視線の先ではアルフレアが大の字になって寝ており、鼻提灯を膨らませていびきをかき、尻を掻いている。

 まるでおっさんのような寝方であった。

 レックスは諦め悪く、縋るように俺を見る。諦めろ。

 

「本物です」

「…………エルリーゼ様。私は貴女の騎士である事を誇りに思います」

 

 レイラと同じリアクションをするな。

 しかし困ったな……実は何人か俺の近衛騎士をアルフレアの近衛騎士に異動させようと思っているのだが、こう言われると心理的にやりにくい。

 とはいえ一応聖女であるアルフレアに専用の護衛をつけないという選択肢はあり得ないので絶対に誰かしらはそっちに行ってもらわなきゃいかん。

 というか極論、レイラ以外の全員でもいい。

 レイラは目の保養に必要だが、そもそも俺に護衛なんかいらんのよ。

 

「そう言って頂けるのは嬉しいのですが、近いうちに何人かはアルフレア様の近衛騎士に異動になると思います。

彼女の護衛がいない、というのはあってはならない事ですので。

そして、それを任せる事が出来るのは私が近衛騎士として、その力を信頼している貴方達しかいません」

 

 お前等の中の何人かは俺からアルフレア付きに変わるから、そこよろしく。

 そう伝えると、レックスは目に見えて硬直した。

 ついでに、近くで話を聞いていた別の騎士達も揃って硬直した。

 そう嫌がるな。向こうは俺と違って本物の聖女だぞ。中身もクソじゃない。

 むしろ異動する方が圧倒的にお得だ。

 俺はそれを知っているので、見込みのある奴をアルフレア付きにするつもりでいる。

 俺みたいな中身クソの偽物より、アルフレアの護衛をする方がきっと騎士達も幸せに決まっているからな。

 

 とりあえずレックスは実力も見込みもあるので異動させといてやろう。




マリー・アントワネット「言ってねえよ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十九話 告白

 アルフレアを拾ってからもフグテンに向かっての対魔物訓練は続けた。

 その中でベルネル達の実力は確かに磨かれ、実戦の中でチームワークも研ぎ澄まされていく。

 また、アルフレアも性格はともかく実力は確かだった。

 流石は聖女が保護されていなかった時代に魔女を倒した(倒したとは言ってない)だけはある。

 大抵の魔物は軽々と葬り、初代の威厳を見せ付けてくれた。

 ただ、ドヤ顔が少し鬱陶しかったので森に隠れていた魔物を『黄金の自由』で絨毯爆撃して殲滅してやったら、しばらく俺に対してだけ敬語になった。

 やりすぎたかと思ったが、亀曰く『犬に上下関係を教えるのは躾として正しい』らしい。

 亀さん、ちょっとアルフレアに対して塩すぎん?

 ともかく能力的にはエテルナの完全上位互換だ。魔女との戦闘を前にして嬉しい戦力増強である。

 地下突入の際には、彼女も加わってもらう事にしよう。

 勿論魔女を倒せないようにエテルナと同じ杖を装備させての話だが。

 と、いうわけでアルフレアのサイズに合う制服を仕立てておく事にした。

 

「へえー、結構かわいいじゃない。

地下に行く時はこれを着て行けばいいの?」

「ええ、お願いします」

 

 学園五階で制服を手渡すと、アルフレアは嬉しそうに制服を色々な角度から見ていた。

 今はベルネル達男衆もいるからまだ着替えていないが、デザインはかなり気に入ったようだ。

 少し離れた位置には学園長のフォックス子爵もいる。

 というか俺が無理を言って、フォックスに制服を用意させたんだけどな。

 

「緑っていうのが嬉しいわね。私、緑色大好きなの」

「そうなのですか?」

「ええ。逆に嫌いな色は赤ね、赤。

魔物とか倒してると嫌でも目に入るからさ、気付いたら大嫌いな色になってたわ」

 

 なるほど、アルフレアは緑色が好きと。

 もしかして学園の女子制服が白と緑なのは、そういうのも理由なんだろうか。

 何となく疑問に思ったのでフォックスの方を見ると、彼も察したように説明を始める。

 

「ええ、初代聖女様の色の好みは伝わっていましたからね。

だからこそ、我が学園の制服には赤色が一切使われていないのです」

「へえー、そういう理由だったんだ」

 

 学園長の言葉にエテルナが納得したような声を出す。

 ここは『アルフレア魔法騎士育成機関』なんだから、当のアルフレアが嫌いな色を制服に使うわけないわな。

 全員が納得したような顔を見せる中、ベルネルだけは何かを考えるように俯いていた。

 『でも緑はダサいだろ』とか思っているのかもしれない。

 ちなみに何故アルフレアに制服を着せるかといえば俺の趣味が半分、もう半分は魔女の目を欺く為だ。

 『地下に迷い込んでしまった生徒達』を演じさせる事で魔女の逃亡を阻止するのがこの突入作戦の最重要ポイントである。

 ただの生徒だと思えば、魔女は戦闘を選ぶ(と亀が言っていた)。

 何故なら、生きて帰すと自分の安住の地である地下の事が漏れ、弱体化覚悟でここからテレポートしなければならなくなるからだ。

 奴は俺に居場所がバレる事を何よりも恐れているという。だからそれを利用するのだ。

 ともかく決戦の日は近い。

 俺がこの学園にいられるのも、後僅かだろう。

 

 

 夜。

 俺はレイラに黙って部屋を抜け出し、学園の運動場から校舎を眺めていた。

 風が髪を揺らすのを少し鬱陶しく思うが、それでもじきに見納めになる景色だ。

 しっかりと記憶に残しておこう。

 アルフレアの参戦で俺の生存率が上がったが、どのみち俺は全部終わったら偽聖女カミングアウトして逃亡する気なのでここにはいられない。

 聖女の座はやはり、本物の聖女にこそ相応しい。

 だから平和になったら、エテルナにしっかり返す。これは最初から決めていた事だ。

 そんで、誰もいない何処かでひっそりと死んで死体も発見されないようにしておけば誰も悲しまんだろ。

 

「あれ? エルリーゼ様」

 

 後ろから声が聞こえたので、振り返るとそこにはベルネルが立っていた。

 こいつ何で夜に運動場に来てるんだろう。

 俺も人の事は言えないけど。

 

「俺はちょっと、ここで走り込みを……」

 

 なるほど、決戦前に備えてトレーニングか。いい心がけだ。

 しっかしこいつ、本当に筋肉質になったな。

 最初の頃はいかにもギャルゲー主人公って感じでナヨナヨしたイケメンだったのに、今では格闘ゲームの主人公にしか見えない。

 自主トレのしすぎだ。

 

「けど、ここで会えてよかった……俺、どうしてもエルリーゼ様に伝えたい事があったんです」

 

 ほうほう、伝えたい事とね。

 それなら昼にでも言えばよかったのに。

 そう言うと、ベルネルはばつが悪そうに頬をかく。

 

「いえ、昼は……ずっとレイラさんがいますし。

出来れば二人きりの時に言いたい事だったんです」

 

 ほうほう、二人きりの時に伝えたい事とね。

 何か頬を赤らめてるし、視線も落ち着きがない。

 ……いや待てや。これやばい流れだろ。

 俺は恋愛経験などあまりないが、それでもここまで露骨なら流石に分かる。

 お前マジか? マジなのか?

 やめておけ、今ならまだ間に合う。考え直せ。

 ここは定番のLoveとlikeを勘違いしての『はい、私も好きですよ』作戦で乗り切るか?

 いや待て落ち着け。まだそうと決まったわけじゃない。

 俺の自意識過剰……そうに決まっている。そうであってくれ!

 

「エルリーゼ様……俺は三年前のあの日、貴女に救われてからずっと、貴女の騎士になる事を夢見てきました。

けど、俺の中にある気持ちはそれだけじゃなくて……本当はこんな気持ちを持っちゃいけないのかもしれないけど……。

ええと……その、つまり……。ああ、言葉が思い浮かばない」

 

 よし、いいぞ。その調子でヘタレろ。

 いざという時にヘタレになって言うべき事を言えない。それもまたお約束展開だ。

 いいぞ、分かってるじゃないか。

 さあ、一歩前進する事なく今までの関係を維持するがいい。

 

「……駄目ですね。色々言おうと思っていた事はあるのに、いざその時になったら頭が真っ白になって……。

やっぱりここは、変に飾らずに言おうと思います。

エルリーゼ様……俺は、貴女の事が……」

 

 ストォォォォップ!

 お前何普通に思い切りよく告白しようとしてんの!?

 そこはヘタレろよ! 躊躇しろよ!

 何で全力で道に落ちているクソを踏み抜きに行こうとしてんの!?

 やめとけやめとけ! マジで俺は止めろ! それを言っていい相手じゃない。

 とりあえず咄嗟にベルネルの言葉を止めたが、この先の事など俺も何も考えていない。

 あー、どうするどうする……?

 普通に振るか? でもそれでやる気なくして『俺はもう……戦わん……』とか言われたら本番で困るし。

 そうしてベルネルの言葉を止めてから数秒、気まずい空気が流れてからベルネルが口を開いた。

 

「それは……エルリーゼ様が聖女ではないからですか?」

 

 ファッ!?

 バレとるやんけ!

 一体どこで……と考えるのはアホの思考か。

 ああ、分かってるよ。あの時のミスが今になって響いてきたんだろ。

 フォックス学園長も言ってたもんな。

 『我が学園の制服には赤色が一切使われていない』って。

 つまりあの時……ベルネルの前で怪我をしてしまった時の言い訳には無理があったんだ。

 だがあの時は気付いているようには見えなかった。

 なら、一体いつ気付いたんだ?

 そう聞くとベルネルはあっさりと答えを教えてくれた。

 

「今です。エルリーゼ様の反応で確信しました」

 

 ……カマかけられた。

 なるほど、マヌケは見付かったようだな。

 

「おかしいと思ったのは、エテルナが力に目覚めてからです。

エテルナの力は決して聖女に……少なくとも伝え聞く歴代の聖女と比べて大きく劣るものではないとレイラさんが言っていました。

そして実際に、アルフレア様と比べてもエテルナの力は見劣りしていなかった。

更に今日……学園長の言葉を聞いて、あの時の事を思い出しました」

 

 なるほど、よく観察している。

 まあエテルナが覚醒した時点で聖女騙るのは無理が出てたんだよな。

 だがそれでもかろうじて俺が皆を騙せていたのは、俺にもベルネルからパクった力があって、聖女にしか出来ない事が出来たからだ。

 だがそれも、ベルネルならば理由が分かる。

 だって俺、こいつの目の前でこいつの力奪ってるわけだからな。

 ちょっと考えれば、『あの偽物、俺の力使ってるだけやんけ』と気付けるだろう。

 

「同時に、三年前の言葉の本当の意味も理解出来ました。

……『貴方の聖女と巡り合えるように』……最初から貴女は、自分ではなくエテルナの事を言っていたんだ」

 

 おおう、大正解。

 やべえな、主人公の事ちょっと侮ってたわ。

 まさかこのタイミングでバレるとは。

 まあ、ある意味好都合かもしれん。

 これで分かったやろ、ベルネル。俺は最初から偽物なんだ。

 いっそカミングアウトしてしまえば、逆に気が楽だ。

 

「では、貴女のその力は……」

 

 ベルネルが不思議そうに言うのは、多分俺が今まで見せてきた奇跡モドキの事だろう。

 ああ、あれね。ありゃただの魔法だ。

 魔力量に関しては毎日ずっと魔力循環の修練をしていただけだ。

 (ただし自動で魔力を循環するインチキを使ったがな!)

 そう説明してやると、ベルネルは驚きを見せる。

 更に俺は言ってやった。

 お前が好いている『聖女エルリーゼ』など、この世の何処にも存在しない。

 俺は所詮、演じていただけの偽聖女よ!

 お前は在りもしない幻想に恋をしていたのだ!

 

「それは違います、エルリーゼ様。

確かに貴女は本物の聖女じゃないのかもしれない。

けど、貴女が救ってきた人達は……救ってきたものは本物なんだ。

貴女に救われたから、今の俺がある。

たとえ聖女としての姿が演技だったのだとしても……完璧に演じきったならばそれは、もう本物だ!

貴女はもう、この時代の人々にとっては本物の聖女なんだ! 存在しないものなんかじゃない!

だから何も変わらない……俺の想いも。

俺にとっての聖女はずっと……最初から、貴女だった!」

 

 おおう、何か熱い事言い始めた。

 いや待て待て待て、ステイ。

 分かったから口を止めろ。それ以上言うな。

 そんな主人公みたいな……ていうか実際主人公なんだけど、熱い告白しようとするな。

 

「だからエルリーゼ様……俺は、貴女が……」

 

 ちょ、おま、ストップストップ。

 ベルネル、お前は今熱に浮かされている。

 勢いとテンションでやべえ事を口走ろうとしている!

 ここは一度深呼吸だ。そして冷静になって『やっぱ偽物はないな』と思い直せ。

 やめやめろ!

 取り消せよ……今の言葉……!

 

「――貴女が、好きだ!」

 

 

 あばばばばばば! あばばっあびゃばびゃばばーーーー!!

 くぁwせdrftgyふじこlp!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十話 真実

 ――たとえ演技だったのだとしても、それでもあの日救われた事実は変わらない。

 

 

 ベルネルが最初に違和感を抱いたのは、アルフレアを加えて魔物を相手にした実戦訓練を積んでいる時であった。

 アルフレアは人格面は奔放というか自由というか……思い描いていた初代聖女という偶像とはまるで異なる人物だったがその力は確かだった。

 余程強力な相手でなければ魔物を一撃で戦闘不能にし、自らは同質の力による攻撃以外では傷を負わない。

 白く輝く光で魔物を蹴散らすその姿は、確かに聖女と呼ぶに相応しいものだった。

 だがその力を見てベルネルが抱いたのは、拍子抜けにも近い感情であった。

 確かに凄い事は凄い。強いかどうかを言えば強い。

 だが()()()()()()()()

 空から光の剣を雨のように降らせるわけでもなく、敵を追尾する光線を無数に放つわけでも、一瞬で周囲の魔物を全て抹消するわけでもない。

 天候を変化させる事もなく、荒れた大地を蘇らせる事もない。

 今までに何度か見てきたエルリーゼの『奇跡』と比べるとアルフレアの力は、あまりに普通だった。

 決してベルネル達から見て神の如き力を持つわけでもなく……ただ、魔物に対して相性で勝るというだけの存在でしかなかったのだ。

 何より、アルフレアの力はエテルナと比較してもそれほど勝っているようには見えず、上回っているとしてもほんの僅差でしかなかった。

 エテルナの聖女のような力にしても、今までは『聖女には及ばない力』だと思っていた。

 何故ならエルリーゼと比べてエテルナの力は、そこまで桁外れではなかったからだ。

 

 だが間違えていたのはベルネルの認識の方で、プロフェータに聞いた話ではアルフレアの力は別に歴代の聖女と比較して劣っているわけではなく、むしろ僅かではあるが先代聖女のアレクシアに勝っているらしい。

 そしてエテルナの力もまた、それらと比べて決して大きく見劣りするものではなく、エルリーゼがいなければ彼女が聖女と誤認されていたかもしれないとレイラは語っていた。

 ……それは本当に誤認なのだろうか?

 ベルネルの中で、疑惑が大きくなり始めた。

 

 そして今日、疑問は確信に変わりつつあった。

 アルフレア用の制服を用意した際に学園長とアルフレアが話したのだが、その内容がいつかの記憶を呼び覚ましたのだ。

 

「緑っていうのが嬉しいわね。私、緑色大好きなの」

 

「ええ。逆に嫌いな色は赤ね、赤。

魔物とか倒してると嫌でも目に入るからさ、気付いたら大嫌いな色になってたわ」

 

「ええ、初代聖女様の色の好みは伝わっていましたからね。

だからこそ、我が学園の制服には()()()()()使()()()()()()()のです」

 

 この学園の制服には赤色が一切使われていない。

 そう聞いてベルネルが思い出したのは、以前に崖から飛び降りてエルリーゼと洞窟の中で話した時の事であった。

 あの時、ベルネルはエルリーゼの腕に傷があったのを見た。

 その事を指摘するとエルリーゼはその場で糸を取り、こう言った。

 

『ああ。糸がくっついてましたね。多分落ちた時にほつれたのでしょう』

 

 あの時はそれで納得した。

 実際傷はなくなっていて、赤い糸のようなものをエルリーゼがつまんでいるのも確認出来たからだ。

 だが今にして思えば、あれはおかしいのではないだろうか。

 何故ならあの時着ていた制服に、赤い糸なんてどこにもなかった。

 エルリーゼが摘まんでみせたアレは本当に糸だったのか?

 自在に空を操り、オーロラや流星雨すら出せる彼女ならば……その場で魔法で糸のような何かを出す事など、それこそ容易いだろう。

 勿論、確定ではない。

 例えば自分が気付かなかっただけでエルリーゼが赤い布の手ぬぐいなどを持っていた可能性はある。

 それがほつれただけと考える事も出来る。

 何より、エルリーゼは確かに聖女にしか出来ない事をやっているではないか。

 だから……。

 

『大丈夫……大丈夫ですから。恐れないで。

その力はいつか、貴方の助けとなります。

けれど今はまだ制御出来ない力は貴方を苦しめてしまう……だから、少しだけ、私の方でその力を借りておきますね』

 

 思い出したのは、三年前の事であった。

 いや、思い出すという表現は正しくない。

 何故なら三年前のエルリーゼとの出会いこそが、今のベルネルにとっての全ての始まりだ。

 一日だって忘れる事のない大切な思い出で……だからすぐに理由を察する事が出来た。

 ああ、そうだ。

 エルリーゼはあの時に自分の力をいくらか持って行った。

 だったら、聖女でなかったとしても……少なくとも自分が出来る程度の事ならば出来る。

 そうベルネルは気が付いてしまった。

 

 彼女は聖女なのか、それとも違うのか。

 ……だが、ベルネルにとってはどちらでもよかった。

 あの日にエルリーゼに救われたという事実は何も変わらないし、彼女の為に戦いたいという決意が揺らぐ事もない。

 仮にエルリーゼが聖女でなかったとしても、それはつまり聖女ですらない人間が聖女以上の事をやり遂げてきたというだけであって、むしろ尊敬の気持ちがますます強まる。

 何よりこの胸にある気持ちは、彼女が何者であっても変わる事はない。

 ……エルリーゼの事が好きだ。

 一人の男として、恋慕の情を抱いている。

 この想いの前では彼女の正体など、些細な事でしかなかった。

 だから――運動場で偶然にもエルリーゼと会った時に、ほとんど勢い任せに告白しようとしてしまった。

 近くにレイラがいないという絶好の、そうはない機会もベルネルを後押ししたのだろう。

 誕生祭の時は結局、レイラがずっと近くで目を光らせていたせいで何も話せなかった。

 だからこの機会を逃すまいと気持ちをぶつけようとしたのだが……。

 

「駄目です!」

 

 エルリーゼが、ベルネルの言葉を恐れるように無理矢理中断させた。

 彼女は決して鈍くない。この先に言おうとしていた言葉もきっと理解しているだろう。

 しかしエルリーゼは、その先の言葉は言うべきではないとしてベルネルを止める。

 

「その先は……私に言うべき言葉ではありません。

私は、そのような想いを向けられるべきではないのです」

 

 ただの拒絶……とは何か違った。

 まるで自分がそうした言葉を向けられるに値しないかのような、どこか自分を低く見るような言い方だ。

 その理由に心当たりがあるベルネルは、カマをかける事にした。

 

「それは……エルリーゼ様が聖女ではないからですか?」

 

 するとエルリーゼが息を呑むのがハッキリ伝わってきた。

 目を丸くし、明らかな驚きを見せている。

 その反応で十分だった。

 それだけで、自分の疑念が正しかった事をベルネルは確信した。

 

「…………一体、いつ気付いたのですか?」

「今です。エルリーゼ様の反応で確信しました」

 

 止めにエルリーゼが自白し、彼女が聖女ではなかった事が明らかとなった。

 やはりそうだったのだ。

 エルリーゼはベルネルの力をあの時に借りたから聖女のような事が出来るだけの人間で、この時代の正当な聖女はエテルナの方だった。

 これだけではエルリーゼの人智を超えた力の数々は説明出来ないが……ともかく、それが聖女とは無関係の力である事だけは間違いない。

 それからベルネルは何故気付く事が出来たのかを説明し、三年前の出来事に話題を向けた。

 

「三年前の言葉の本当の意味も理解出来ました。

……『貴方の聖女と巡り合えるように』……最初から貴女は、自分ではなくエテルナの事を言っていたんだ」

 

 思えばおかしな言い方だった。

 聖女がいるのに、『貴方の聖女と巡り合えるように』なんて。

 だがこれで全てが分かった。

 エルリーゼはあの時点で既に、本物の聖女が誰なのかも、その位置も把握していたのだ。

 

「……その通りですベルネル君。私は聖女ではありません。

エテルナさんと同じ村に生まれ、そして魔力が高かったが故に取り違えられて今日まで聖女を騙っていた偽物です」

「では、貴女のその力は……」

「お察しの通り、あの日にベルネル君から借りた力で聖女の真似事をしていただけです。

そして、それ以外に関しては……ただの魔法です」

 

 ベルネルから借りた力で聖女にしか出来ない事をやっていた、というのは予想通りだ。

 だが真にベルネルを驚かせたのはむしろ、あれらの奇跡が全て魔法によって為されていたという事実であった。

 一体なにをどうすれば魔法であんな事が実現可能になるというのか……いや、第一それだけの魔力をどうやって得るというのか。

 その疑問にエルリーゼは、更に驚きの答えを返した。

 

「魔力量に関しては、ただ修練を繰り返しました。

大したことはしていません……毎日、寝ている間も含めてずっと魔力の循環を繰り返して魔力内包量を上げ続けているだけです」

 

 ()()()()()

 それが数々の奇跡の正体であった。

 空気中の魔力を取り込んで自らの魔力を外に出す魔力循環が、己の魔力内包量を高めるという事はベルネルも知っている。

 これは学園の授業でも習う事だし、ベルネルも何度かやっている。

 だがそれは意識を集中していないと出来ないような事だし、何より……精神に負担を強いる。

 恐らくは他人の感情などが魔力と共に空気中に流れているのだろう。

 それを取り込むというのは、他人の負の感情を取り込むのと同じだ。

 怒り、憎しみ、恨み、妬み……そうした醜い心を感じてしまい、自分まで汚れてくようなおぞましさに襲われる。

 自分という色がどんどん別の色に染められるような恐怖を覚える。

 入り込んでくる感情に染められ、それが自分の心なのか他人の心なのかが分からなくなる。

 境界線が曖昧になり、自分を見失ってしまう。

 だから長続きしない。いや、積極的にやりたがる者などいない。

 だがエルリーゼはそれを続けているという……それも一日中ずっと。

 そんな真似をすれば、それこそ自我が塗り潰されて魔女のようになってしまってもおかしくないだろうに……それでも平然としているのは、全てを受け入れる彼女の特殊な精神性があってのものか、とベルネルは自己解釈した。

 

「これで分かったでしょう?

貴方が好いてくれている『聖女エルリーゼ』などという存在はこの世のどこにもいないんです。

全てはただの演技で、ハリボテで……私はただ、人々の想像する理想の聖女を演じていたに過ぎません。

貴方は、実在しない幻想に恋をしていたのです」 

「それは違います、エルリーゼ様」

 

 自虐するようなエルリーゼの言葉に、気付けば反射的に反論をしていた。

 エルリーゼは間違えている。

 確かに聖女ではなかったのだろう。

 今までの行動や発言も、本人の言う通りに人々に求められた『聖女』を演じていただけなのかもしれない。

 だがその演技で彼女が救ってきた者達がいる。

 癒してきた世界がある。

 魔物に奪われた大地を取り戻し、壊れた自然を蘇らせ、そして数えきれないほどの人々を救ってきた。

 餓死して冬を越せずに命を失う子供の数が減った。

 明日に希望を持てずに笑う事を忘れた人々の顔に笑顔が戻った。

 そして……ここに、あの日彼女と出会えたから真っすぐ歩けるようになった自分がいる。

 それは決して、嘘ではない。

 実在しない幻想なんかではない。

 

「確かに貴女は本物の聖女じゃないのかもしれない。

けど、貴女が救ってきた人達は……救ってきたものは本物なんだ。

貴女に救われたから、今の俺がある。

たとえ聖女としての姿が演技だったのだとしても……完璧に演じきったならばそれは、もう本物だ!

貴女はもう、この時代の人々にとっては本物の聖女なんだ! 存在しないものなんかじゃない!

だから何も変わらない……俺の想いも。

俺にとっての聖女はずっと……最初から、貴女だった!

だからエルリーゼ様……俺は、貴女が……」

 

 そう、あの日からずっと決まっていた。

 ベルネルにとっての聖女は最初から一人しかいなかった。

 たとえそれが演技の偽物だったとしても……それでも、ベルネルにとっては唯一の本物なのだから。

 

「――貴女が、好きだ!」

 

 だから、迷いなく。恥ずかしがる事もなく、その気持ちをぶつけた。

 エルリーゼは驚いたような顔をしてベルネルを見ているが、一体どんな心境なのかはベルネルには分からない。

 だが後悔はない。言いたい事は伝えた。

 たとえこの数秒後に振られるとしても、それでも……いや、やはりそれは辛いかもしれないが、それでも悔いはない。

 数秒ほど気まずい沈黙が流れ、やがてエルリーゼが口を開いた。

 

「ありがとう、ベルネル君。

そう言ってもらえると私も……今までやって来た事は決して無駄ではなかったと思う事が出来ます」

 

 優しく微笑み、そしてエルリーゼはベルネルを真っすぐ見る。

 だがベルネルにはその笑みがどこか、寂しげなものに見えてしまった。

 そしてその理由は、すぐに分かる事となる。

 

「しかし……私はその気持ちを受ける事は出来ません。

確実に不幸にすると分かっていて、頷く事は出来ない」

「そ、それは一体……」

 

 確実に不幸にする、とは一体どういう事か。

 ベルネルがそう聞く前に、驚くべき答えがエルリーゼによって語られた。

 

「私に残された寿命は、もうそれほど長くありません。

もって後半年……来年の誕生日を迎える事はないでしょう」

 

 それは、ベルネルの思考を真っ白にするには十分すぎる言葉だった。

 嘘だと思いたかった。

 自分を振る為に今この場で思いついた嘘なのだと考えたかった。

 だが……ああ。その理由もすぐに思い至ってしまう。

 ベルネルの力は、他の全てを蝕む呪われた力だった。

 かつてエルリーゼはその力の半分を持って行ったが、あの時は聖女だから制御出来たのだと思っていた。

 だがエルリーゼは聖女ではない。

 ならば彼女にとって、あの力は毒でしかないはずなのだ。

 何も考えられなくなり、硬直してしまったベルネルにエルリーゼは言う。

 

「貴方が気にする必要はありません。

全ては私が自ら望み、選んだ道。私は最初から自分の末路を知った上でこの道を選びました。

それに……貴方から借りた力がなければ、私は聖女を演じる事も出来なかったでしょう。

気に病む必要はありません。むしろ恨んでいいのです。

だって私は、聖女を騙る為に貴方を利用したのですから」

 

 違う、と叫びたかった。

 ただ利用する為だけに自分の寿命まで縮める阿呆がどこにいる。何のメリットもない。

 エルリーゼはそんな単純な計算も出来ないほど馬鹿ではない。

 そもそもエルリーゼはそんな事をしなくても、ベルネルと会ったあの日の時点で既に歴代最高の名を欲しいままにしていたではないか。

 だからこれはただ、ベルネルが気に病まないように悪者ぶっているだけだ。

 だが声が出ない。

 エルリーゼの先がもう残されていないという事実に、喉が渇いて何も言えなくなってしまう。

 

 振られても悔いはないと思っていた。

 だがこれはあんまりだ。

 たとえここで振られたとしても、この先もエルリーゼが生きていてくれればそれだけで幸せだったのに。

 だがこれは……受け止めきれない。

 

「だから……ベルネル君は私などより、もっと素敵な子を見付けて下さい。

そして、どうかその子と幸せになって、未来を築いて欲しい……それが、一番いい選択だから」

 

 エルリーゼの語る未来に、彼女自身の姿はない。

 自分勝手だ、と思った。

 救うだけ救って、世界に尽くすだけ尽くして、そして最後に彼女自身はその平和な世界で生きる事なく死ぬ。

 そんな事があってはならないと叫びたかった。

 

「あ、貴女は……貴女はそれでいいんですか!?

ずっと聖女として誰かの為に頑張って……それで最後は……最後は、そんな……」

 

 ベルネルの言葉にエルリーゼは迷いのない笑顔を向ける。

 全て悟っている。そして受け入れている。

 そこには後悔などなく、どこまでも気高く……そして自分勝手な覚悟があった。

 

「たとえ私がそこにいなくとも……皆が笑って迎えられる結末があるならば、それが私の幸せなんです。

だからどうか悲しまないで下さい。

貴方達には、笑っていて欲しいんです」

 

 

 そう語る彼女の顔は、どこまでも本心からのもので。

 そこには一切の悲壮さすらなく、本当に彼女自身が望んでいる事だと分かってしまって……。

 ……何も言えずにベルネルが茫然としている間に、エルリーゼは去ってしまった。

 




必殺、「もう寿命ないから諦めろ」
効果は抜群だ!

https://img.syosetu.org/img/user/304845/63635.png
わっさわさ様より頂いた支援絵です。
ガワだけ見れば自己犠牲系聖女。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十一話 変質

 日本の街中にあるアパートの不歳アパートは家賃五万円の二階建てのアパートである。

 部屋の広さは1LDKで、風呂とトイレ、キッチンも付いている。

 立地条件は駅から遠い以外に問題点はなく、値段の割にはそこそこいいアパートだ。

 そのアパートの一室で、不動新人は今日もパソコン越しに『あちら側』に行ってしまった自らの分身……というよりは魂の量を考えればこちらが分身なのだが……ともかく、エルリーゼの物語を追いかけていた。

 以前よりも見る事の出来る情報量が増え、ゲームを通して見る事の出来る物語はいよいよ決戦間近という所まで進行している。

 預言者(プロフェータ)初代聖女(アルフレア)、クランチバイト・ドッグマンという他のルートでは登場しないキャラクターも加わり、他のルートとは明らかに違う空気が流れていた。

 エルリーゼルートが発見されてから日数が経ったことでネット上の書き込みも増え、内容も変化している。

 

 

【エルリーゼ】

 『永遠の散花』の登場人物。非攻略キャラクター。

 ……と発売から四年もの間思われていたが、とあるRTA実況動画によって攻略可能キャラである事が明らかになった。

 

 聖女と呼ばれる、魔女と対を成す存在。

 幼い頃は我儘だったが、ある日を境に聖女の自覚に目覚めて人が変わったように『誰かの為』に活動するようになる。

 聖女の名に恥じぬ圧倒的な魔力と剣術の腕を持ち、その戦闘力は作中最強。

 闇の象徴である魔女と対を成す光の象徴として、時にプレイヤーの前に現れて手助けをしてくれる。

 物語開始時に十四歳の主人公の前に現れて彼の闇の力を制御出来るように助力し、ペンダントを預けて彼の人生に大きな転機を与えた。

 その後、主人公が十七歳になった時に再会を果たすが、その姿は主人公の記憶の中の十四歳の姿のままであった。

 聖女は魔女と同様に殺傷されるまで死ぬ事はなく、若い姿のまま老化を止めてしまう。

 彼女の場合は他の聖女よりもその時期が早かったのだろうと言われている。

 

 聖女である彼女は魔女と聖女の力以外で傷を負う事はなく、素手で剣を受け止めても掠り傷一つ負う事はない。

 また、魔女の力に働きかけて浄化する事も出来る。

 魔物に襲われている場所があればどんな小さな村でも見捨てず自ら出撃し、傷付いた者がいれば分け隔てなく癒す。

 彼女の登場以前は城壁から数歩歩くだけで魔物と遭遇するような魔境だったという話だが、本編の時点で既に物語の舞台である『ジャルディーノ大陸』からは魔物がほぼ駆逐され、安全に行き来出来るようになっている。

 これによって商人が移動しやすくなり、物流の流れもスムーズになった事で生活環境も全体的に大きく向上した。

 歴代の魔女や魔物によって破壊された大地や自然を復活させる事にも精力的で、万年不作だった彼女の登場以前と比べると常に豊作になっている。

 また、じゃがいもや大豆などの痩せた土地でも育つ作物を広めたのも彼女であり、餓死者の数が劇的に減っている。

 その為、魔物や魔女を倒す聖女という顔以外に、歴代の聖女にはなかった豊穣の聖女という面も持ち、人々に敬われているようだ。

 それは、他の聖女と異なり彼女の誕生日だけが誕生祭として祝い事になっている事からも見て取れる。

 何故か料理スキルも高いようで、時折国王達に振舞うケーキの『クラウド』は絶品らしい。

 まさに聖女を絵に書いたような非の打ちどころのない少女だが、実は…………。

 

 

 

 ……やはり大分前に比べて文章量が増えている。

 新人はその文を読みながら、褒めちぎり過ぎな内容に背中が痒くなるような感覚を味わっていた。

 どうも、あっちの自分は随分好き放題やっているようだ。

 料理は、一応現代人の知識があるし一人暮らしで一応それなりのスキルはあるが絶品というほどではない事は新人自身が一番知っている。

 ハッキリ言ってコンビニで買うスイーツの方が遥かに美味い。

 だがそれでも、料理という概念自体が希薄……というより料理などしている余裕もなかった向こうの世界の人々にとっては至福の味に感じられるのだろう。

 この後は『エルリーゼの正体』の項目に進むのだが、そこは以前見た時と何も変わっていないのでスルーしてスクロールしていく。

 『本編での活躍』も既に読んだ所は飛ばし、新しく増えた文章へと視線を走らせた。

 

 

【本編での活躍】

 エテルナの自殺未遂イベントを除き、途中までは共通ルートと同じ流れで進行するが、エルリーゼルート限定で闘技大会終了時に武器を貰う事が出来る。

 この時の武器は主人公が装備している武器と同じ種類のものをくれるが、素手だと何もくれないので注意。

 検証の結果、この時に貰える武器で最も強いのは『長ネギ』を装備している時に貰える『スーパー長ネギブレード』である事が判明した。

 ただし『長ネギ』は攻撃力1のネタ武器である為、マリーどころか準決勝のジョンにすら勝てず、闘技大会での順位を犠牲にしなければならないので割に合わない。

 

 ディアスの反逆イベント以降は本格的にこのルート独自の展開に入る。

 戦闘終了後にディアスに何かを伝えて彼の抵抗を止めたが、恐らく自身の正体を教えたのだろうと思われる。

 冬期休み近くに差し掛かると、諸国の王との会食の為に聖女の城に一時帰還するが、エルリーゼの時代を長引かせようと考えた王達や、魔女との戦いで彼女が死ぬ事を恐れた騎士達によって城に幽閉されてしまう。

 レイラを人質に取られて脱出せずにいたが、主人公達の突入に合わせて自力で脱出してその後はビルベリ王都の危機に駆け付けて魔物を蹴散らす。

 また、この際に死亡してしまった主人公を蘇生するという離れ業をやってのけている。

 さらっと本物の聖女でも絶対出来ないような事をやってるぞ……この偽聖女様。

 この時エルリーゼの好感度が50未満だとCG回収が出来ないので注意。

 

 冬季休みになると他のルートでは存在が語られるのみで登場しなかった預言者『プロフェータ』と邂逅し、学園横に池を作ってプロフェータを住ませた。

 エテルナの覚醒後は主人公達の特訓の為にフグテンに連れ出し、そこで初代聖女アルフレアの声を聞いてアルフレアの墓に赴く。

 そこで彼女と邂逅した後に初代魔女の封印を破壊してアルフレアを解放した。

 この時、他のルートでは一切語られる事のない初代魔女イヴとアルフレアの関係と過去が語られる。

 

 そして物語終盤で、遂に主人公に対し自らが偽りの聖女である事を明かした。

 それでも構わないと主人公に告白されるものの、自らの寿命が残り僅かである事を理由に主人公の想いは受けられないと拒絶する。

 このイベントはエルリーゼの好感度が高くても変化せずに絶対に振られてしまう。

 そして…………。

 

 

 ……新人が見る事が出来るのはここまでだった。

 この先も何か書かれているのだろうが、スクロールしようにも読み込みが終わらずに見る事が出来ない。

 最近かなり動作の軽いパソコンに買い替えたのだが、それでも結果は同じだった。

 やはり、向こうでまだ起こっていない事はこちらで見る事が出来ないようだ。

 これ以外には『アルフレア』や『プロフェータ』、『クランチバイト・ドッグマン』、『エリザベト・イブリス』などの他ルートには登場しないキャラクターの項目も増えている。

 一応確認してみたが、女性キャラであっても全てが攻略対象ではないらしくアルフレアとエリザベトは非攻略キャラクターとハッキリ明記されていた。

 

 続けて動画を見る。

 画面の中ではベルネルが一世一代の告白をするも、エルリーゼが真実を告げる事で振られてしまった。

 それを見て新人はあちゃー、と顔を手で覆った。

 確かにこれならば相手に異性としての好意がないという事を伝える事なく断る事が出来るが……これは悪手だろう。

 下手をするとベルネルの戦意を根本からへし折りかねない。

 言葉を選んでなるべく直接的に振るのを避けようとしたのだろうが、これならばまだストレートに『恋愛に興味がありません』とでも言ってやった方がマシだった。

 あるいは『今は返事が出来ません』と、まだ芽があるかのように言っておけばベルネルのやる気を萎えさせることはなかっただろうし、むしろ返事が聞きたい一心でやる気が上がっただろう。

 なのにこの返答はどうした事だ。一番やってはいけない返事だろう。

 さてはあいつ、相当テンパりやがったな? と分析する。

 不動新人は自らの異常性を認識してからずっと……子供の頃から今日まで、誰かに好意を向けられた事がない。

 当然だ。こんな不気味で、何かが外れている人間が好かれる方がおかしいし、新人自身も別に好かれたいとは思わなかった。

 故に慣れていないのだ。純粋な好意をぶつけられるという事に。

 実際に自分が異性から好意をぶつけられた事などないが……なるほど。俺はああいう風にテンパるのかと新人は複雑な思いを抱いた。

 …………いや。()()()()()()()()()()か。

 

 現実感の欠如。

 主観性の欠落。

 客観的に自分を見れると言えば聞こえはいいが、客観的にしか見る事が出来ない。

 そんな自分が誰かに好意をぶつけられた所で心から動じるものか。

 自分の操作するキャラクターが、NPCに告白されたようなもの……フィルターのかかった不動新人の目にはそうとしか認識出来ない。

 無論自分がいるのが紛れもない現実である事など頭では理解している。だが感覚が理解してくれないのだ。

 何をどうしても地に足がついてくれない。不動新人の魂はいつもフワフワと、現実と夢の境目を漂っていて降りてこない。

 

(あいつやっぱり……)

 

 思い出すのは以前にエルリーゼがここに来た時に言った言葉だ。

 

『なんだかんだで、アイツらの事やあの世界の事も結構気に入ってるんだよ、俺は。

だからまあ……その為なら、どうせ近いうちに尽きる俺の命くらい捨てても惜しくはねえな』

 

 エルリーゼはあの時、気付いていただろうか? 自分が今までした事もないような自然な笑顔を浮かべていた事を。

 出した結論は同じで、命が惜しくないという答えも共通している。

 だがそこに至る感情が違う。

 少なくとも不動新人は誰かの為に心から笑った事など一度もない。これからもない。

 誰かを思いやって、あんなに柔らかい笑顔を浮かべる事など絶対出来ない。

 

 ――変わりつつある。

 エルリーゼ本人が自覚しないままに、地に足が近付いている。

 まだゲーム感覚が抜けていなくて、現実ですら子供の頃からずっと付き合ってきたこの感覚が抜けるなんて本人も考えていなくて……。

 だがあいつは確かに、自分とは違う何かになろうとしている。そう新人は考えた。

 

『ああああああああああああああああ』

『振られたあああああああああああ!』

『他のルートでも早死にするもんねL様……』

『知ってた(白目)』

『自分のルートでも運命からは逃れられないのか……』

『L様なんですぐ死んでしまうん?』

『あ、ここ強制なんだ。好感度足りないかと思って最初からやり直したわ』

『あれ、俺書き込んだっけ?』

『好 感 度 M A X で も 絶 対 振 る 女』

『少 年 よ 、 こ れ が 絶 望 だ』

『愛 な ど い ら ぬ !』

『とりあえず何か書いとけ』

『お前等の赤字で画面が見えない』

 

 画面の中ではコメントが荒ぶっていて阿鼻叫喚だ。

 ともかく、向こうはそろそろ決戦間近らしい。

 本来のゲームと比べて戦力もかなり充実しており、魔女が哀れになるくらいの差だ。

 そもそも新人の知る本来のゲームでは魔女よりも圧倒的に強い『聖女エルリーゼ』など控えていない。

 エルリーゼはただの目障りで薄汚い敵で、物語にとってマイナスになる事はあっても決してプラスには働かない存在だった。

 その中身が変わっただけでも既にベルネル達にとっては有利なのに、そのエルリーゼが物語開始前から張り切り過ぎたせいで魔女の勢力圏は失われ、外の魔物もほぼ全滅状態。

 国や人々が富む事で兵士も健康的になって質も上がった。

 流通が盛んになる事で装備の質も向上した。

 常に腹を空かせている痩せた兵士と、しっかり栄養をとって筋肉を纏った兵士のどちらが強いかなど考えるまでもないだろう。

 しかもゲームの兵士や騎士はエルリーゼへの忠誠心など無いどころかマイナスであり、その後に聖女になったエテルナに対しても前の偽聖女の所業が酷すぎたせいで聖女そのものに反感を持ってしまっていた。

 ほぼ義務感のみで戦っていたようなものだ。

 対し、変化した後の世界では兵士や騎士のエルリーゼへの忠誠心は最大まで高まっており、彼女の為ならば笑って死ぬような男達で溢れている。

 あまりに士気に差がありすぎる。

 人類はエルリーゼを旗頭に、この上なく団結している。

 仮に魔女が外に出ても、何処に行こうとエルリーゼの味方しかいない。

 完全な孤立状態だ。

 

 これだけでも酷いのに、更に主人公チームに初代聖女まで加わってしまっている。

 ハッキリ言って、アルフレア一人でも魔女は倒せるのだ。

 魔女はこれから、大して強い取り巻きもいない状態で初代と現在の聖女二人を同時に相手にしなくてはならない。

 動画などを見ても『アレクシアが哀れになってきたwww』、『オーバーキルすぎる』、『アレクシア不幸すぎて草生える』、『聖女時代は歴代トップクラスの魔女と戦って、魔女になったら聖女×2と無敵の偽聖女が相手とか不憫にも程があるだろw』など、敵であるはずの魔女を哀れむようなコメントで溢れていた。

 

 最早勝負は見えた。

 こう言うと負けフラグのようだが、どれだけ負けフラグを積み重ねてもここからアレクシアが逆転する手段など思い浮かばない。

 向こうはじきに終わる……ならば、こちらもやるべき事をやらなくてはならない、と新人は思った。

 だからパソコンの電源を落とし、痛む身体を引きずってコートを羽織る。

 すると丁度いいタイミングでインターホンが鳴り、新人は外へと出た。

 

「やあ、伊集院さん」

 

 外に居たのは、少し前にこのアパートに引っ越してきた伊集院悠人だ。

 彼は新人の顔色を見て心配そうに声をかける。

 

「大丈夫か? 前よりも具合が悪そうだが……無理をせず休んでいてもいいんだぞ。

フィオーリの亀の話は私が聞いて君に話す事も出来る」

「休んだところで悪化すれど、よくなる事はない。

俺に残された時間は僅かだ……せめて自分で動けるうちに、真実を自分で聞きたいんだ」

 

 新人の顔は、伊集院の言うように前よりも酷くなっていた。

 目の周りが窪み、頬は削げ、まるで肉のなくなった皮だけの骸骨だ。

 頭髪も抜け落ち、帽子で隠している。

 腕も、成人男性のものとは思えないほど細く頼りない。

 それでも新人は不敵に笑う。

 本心からの笑い方など知らない。それでも表情筋を動かして無理矢理笑う。

 今までずっと、『生』というものを実感した事がなかった。

 いつだってどこか他人事で、空の上から自分という『キャラクター』を見て操作しているような感覚があった。

 だというのに何故か今……死を前にして、かつてないほどに『生』を実感していた。

 

「さあ行こうか……あの世界の真の創造者……シナリオ制作をしたという『フィオーリの亀』の所へ」

 

 そう言う新人の手には、この数日で突き止めた『永遠の散花』のシナリオ製作者の住所が記されていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十二話 フィオーリの亀

やべ、更新予約忘れてた……


 夜元(やもと) 玉亀(たまき)

 それがここ数日調べて辿り着いたシナリオ製作者『フィオーリの亀』の本名だった。

 本当ならばすぐにでも分かったはずのこの名前一つ調べるのに、妙に時間をかけてしまった。

 伊集院は全く名前を思い出せず、会社で資料を調べても不思議と見付からない。

 まるで霧でも掴もうとしているかのようにスルスルと手から抜け落ちていく。

 結局この名前が分かったのも、『向こう』のストーリーがある程度進行してからの事だった。

 すると今度は不思議な事に、今まで分からなかったものが突然分かるようになってしまった。

 シナリオ製作者の本名も突然、思い出した。

 逆にどういうわけか、伊集院の頭の中にあった『本来の物語』……エルリーゼが我儘で自分勝手で悪役だった本来のシナリオの記憶が、まるで引き換えにするように薄れていた。

 エルリーゼが本来は悪役だった事や、確かに違うシナリオだった事はかろうじて思い出せる。

 しかしそれ以上に、『元々今のストーリーだった』、『エルリーゼは元々本物よりも聖女らしい偽聖女だった』という認識も強まってしまっているのだ。

 そう、それはまるで二人以外の全員がそう認識しているのと同じように。

 伊集院も徐々に前の世界の事を忘れ始めていた。

 

 これが一体何を意味しているのかはさっぱり分からない。

 そもそもこんなオカルトなど、どう解釈すれば正しい答えが得られるというのか。

 もしかしたらいくら探しても正しい答えなど得られないかもしれないし、そもそも答えそのものがないのかもしれない。

 だがそれでも探せる部分は探すべきだし、手詰まりになるまでやらなければずっとモヤモヤした気持ちが残るだろう。

 

 早速伊集院はフィオーリの亀――夜元に連絡を取り、直接会って話す事が決まった。

 その為の場所として向こうは値の張る少しお高めの喫茶店をリクエストし、そこで会って話す事になった。

 ……ちなみに食費は伊集院の奢りである。

 何はともあれ、ようやく接触出来た相手だ。この機会を逃すわけにはいかないと伊集院は仕方なくこの会食に賛同し、今日話す事が出来るようになったのだ。

 

 やってきた喫茶店は現代日本の中では浮いてしまいそうな煉瓦作りの建物で、中は木や椅子、床が木製で統一されている。

 照明は天井から吊り下げられた、シックな趣のキャンドル型シャンデリアで店内を明るくなりすぎない程度に照らしている。

 解放的なガラス張りの壁からは外の通りがよく見えた。

 どこか中世チックな雰囲気を感じさせるその店内で、伊集院は店員に待ち合わせをしている相手の事を尋ねた。

 すると店員は笑顔で一つの席を示す。

 そこに座っていたのは……女だ。

 しかも若い。二十歳を超えていないのではないだろうか。

 日本人らしい黒髪を肩まで伸ばした、スーツの女性だ。

 顔立ちは平均以上といったところか。目を見張る美女ではないが、そう悪い容姿でもない。

 二人はその席に向かい、まずは声をかけた。

 

「失礼。貴女が夜元さんですか?」

「ええ、そうです。貴方は伊集院さんですね? お待ちしておりました」

 

 どうやら本当にこの女性が目的の人物らしい。

 その事を確認し、二人は対面側の椅子に腰を掛けた。

 夜元の横にはいくらか皿が置かれていて、待っている間にかなり高いものばかりを頼んでいた事が分かる。

 この代金は勿論伊集院持ちだ。

 

「ところで、そっちの人は……」

「彼は付き添いだ」

「……あの、大丈夫なんですか? 顔色凄い事になってますよ」

「気にしないでやってくれ」

 

 夜元はまず、不動新人の顔色の悪さとやつれ具合を気にした。

 店員もあえて客の素性に口出しするような事はしていないが、時折こちらを見ているのでやはり新人の見た目の不健康さは目立つようだ。

 恐らくは『店の中で倒れるとか止めて欲しいな』と考えているのだろう。

 まかり間違えて死なれでもしたら、たとえ店側に一切の非がなくとも悪い噂になるので迷惑になる。

 なので店側としてはさっさと出て行って欲しいというのが本音のはずだ。

 

「それで……本日は私と話したいという事でしたが、どんな用件なのでしょう?

続編のシナリオでしたら、前から言っているようにまだ出来ていませんが。

……というより、最初に言ったように私は元々『永遠の散花』は一作で完結のつもりだったので、勝手に続編の告知をされてしまった事自体困っているんです。

元々考えていないものをどうしろと……」

「それについては申し訳なく思っている。だが人気が高かったし、我が社のゲームの中で一番売れているから続編を出さないという選択肢はないんだ。要望の声も多かったし……。

だから続編のシナリオは、また新たに別の人を立てて……」

「駄目です。どこの誰かも分からない馬の骨なんかに物語を預ける事は出来ません。

もういっそ、続編はないと告知してくれればいいのに」

 

 夜元はやや不満そうに話しながら、伊集院を責めるように見る。

 どうやら『永遠の散花』にいずれ続編が出る、というのは会社側で勝手に告知したものだったらしい。

 なるほど、いつまで経っても続編が一向に出ないわけだ。

 元々シナリオを書いている側が一作で終わらせるつもりだったのだから、続きなど最初から全く考えていなかったのだ。

 

「それは……と、今回はそんな話をしに来たわけじゃない。

実は少し、おかしな事になっているんだ。

オカルト染みていてあまり信じられないかもしれないが……まずは聞いてくれないだろうか」

「……オカルト、ですか?」

 

 それから伊集院は、ここまでに起こっている不可思議な出来事を話し始めた。

 自分と不動新人が知っている本来のゲームのシナリオ。エルリーゼというキャラクターの大きすぎる変化。

 こちらに何故かエルリーゼが出現し、そして彼女の行動に合わせてゲームの内容まで変わっている事。

 変わっている事を認識出来ているのは自分達二人だけで、他の皆は誰もが最初からこうだったと認識している事。

 更に、先の情報……つまりはネタバレを見ようとするとどういうわけか全く見られなくなってしまう事も。

 その全てを聞いた時、夜元は口元に手を当てて真剣な表情をしていた。

 

「興味深いねえ……私は最初から今のシナリオで書いたはずだが……しかし、今聞いた内容は確かに向こうにいる時に視たあの不可解なシナリオと一致している……。

時間軸のズレ……? 可能性の分岐?

やはり鍵はエルリーゼだったという事なのか……?」

 

 ブツブツと夜元が何かを呟いている。

 やがて彼女は顔をあげ、真っすぐに伊集院と新人を見た。

 

「大分素っ頓狂な話でしたが、とりあえず信じましょう」

「やけにあっさり信じるな。自分で言うのもなんだがかなりあり得ない話をしていると思うのだが」

「まあ、そうでしょうね。ただ……私も少し、あり得ない身の上ですので」

 

 そう言い、夜元は口の端を吊り上げた。

 やはり彼女は、この不可解な現象の何かを知っているという事なのだろうか。

 少なくとも、何らかの下地がなければこんな話を『はいそうですか』と信じる事は出来ない。

 実際二人は今日、夜元に馬鹿扱いされるのを覚悟の上でここまで赴いたのだ。

 だが次の瞬間、夜元の口から更に信じがたい事が明かされた。

 

「実を言うとですね……『永遠の散花』って私の考えた物語じゃないんですよ。

向こうの世界……フィオーリで実際に起きた事を物語として書いただけなんです」

「お、おい……それはどういう……」

「私は向こうの世界で生きていたんです。そして死んで、こっちに生まれた。

輪廻転生っていうんでしたっけ?

何でかは知りませんが、前世の記憶まで持って来てしまって……。

だから私の知るエルリーゼは最初から今の聖女より聖女らしい偽聖女の方ですし、貴方達の語る醜悪なエルリーゼなど私は見た事がありませんし、書いた覚えもありません」

 

 夜元の口から語られたのは、何と彼女は向こうの世界からこっちに転生してきた転生者であるという事だった。

 確かに有り得ない身の上だ。

 新人は自分とエルリーゼという前例がある事を知っているのでまだ受け入れられるが、その事を教えていない伊集院の困惑は大きいようだ。

 

「そ、そんな事が……信じられるわけないだろう?

第一、仮に生まれ変わりなどというものがあるとして、脳は!?

記憶は脳に蓄積されるものだ。仮にそんなものがあっても、記憶までは引き継げない!」

 

 伊集院の言う事はもっともだろう。

 記憶を保存しているのは脳だ。

 生まれ変わりがあるという前提で話そうと、その脳まで持ち越しているわけではないのだから記憶は持っていけない。

 しかしそんな常識で測れる話ではないのだろうと新人は思った。

 人間の叡智では分からぬ世界がある……きっとそういう事なのだ。

 

「伊集院さん。俺達の話を信じて貰ったんだから、こっちも信じよう。

じゃないと話が進まない」

「ぬ、ぐ……しかしだな…………いや、分かった。そうだな、まずは話を進めないと」

 

 伊集院はまだ受け入れられないようだが、ともかくここは仮の話でいいので信じておかないと話が進まない。

 なので疑問を捨て、水を乱暴に飲んだ。

 

「では、君は……少なくとも君の認識では世界は何も変わっていないし、最初からゲームのシナリオも今のものだった。それをおかしいと思っているのは俺達二人だけ……そうなんだな?」

「はい。貴方達は見る事が出来る情報に制限がかかっていて、未来の事を見られないのはまだ未確定だから、と思っているようですが……私から見たらそうじゃないんです。

ゲームの結末もこの先に起こるイベントも私は全部把握しています。

向こうの世界の出来事は私から見たら既に確定した、終わった出来事なんです。

だってそれを物語として書いているわけですからね」

 

 伊集院に代わって新人が質問をするが、それに対する返答はまたしても前提をひっくり返すものだった。

 今まで新人は自分がゲームでこの先起こる出来事が分からないのは、未確定だからだと思っていた。

 エルリーゼが実際にやった事だけがゲームに反映される。

 だからまだ起こっていない事は分からない。そう思っていたしエルリーゼにもそう話した。

 だがそうではなかった。

 自分達だけが見る事が出来ないだけで、既に確定した未来を他の人々は見る事が出来る。

 少なくとも、エルリーゼの行動によってリアルタイムで世界が改変されている、などという事はなかった。

 

「では……何故俺達は先のイベントを見る事が出来ない?

いくら調べても、今現在エルリーゼがやっている以上の事は分からない。

エルリーゼにとって未知の未来になっている事は、俺達にとっても未知のままだ」

「いくら見ようとしても、そこで読み込みが止まる……でしたっけ?

多分……推測になるんですけど、それは世界の修正力ってやつじゃないでしょうか?

貴方達には信じられないかもしれませんが、世界には意思があります。

向こうの世界では、それによって魔女や聖女が生まれました。

恐らくはそれと同様、地球の意思が矛盾を嫌って貴方達の認識にフィルターをかけてしまったのでしょう。

だってエルリーゼとコンタクトの出来る貴方達が未来の情報を知ってしまえば……それをエルリーゼに教え、そしてその情報でエルリーゼの行動が変わってタイムパラドクスになる。

そうならないように、修正する力が働いている……とは考えられませんか?」

 

 夜元の話す推測に、新人は喉を鳴らした。

 世界が現在進行形で書き換えられているわけではなく、自分達だけが既に変わったこの世界を認識出来ていないだけ。

 なるほど、少なくとも世界全体が変わっているよりはよほど納得出来る。

 この世界は最初からこうだったし、『永遠の散花』のシナリオも変わってなどいない。最初からああだった。

 しかし自分だけが、エルリーゼとの繋がりによって違うシナリオを知っているというだけだ。

 伊集院までそうなってしまったのは……恐らく、新人が接触したせいで世界のフィルターが彼にまでかかってしまったのだろう。

 パソコンと同じだ。新人に未来の情報が渡らないように絶対に閲覧出来なくされた。

 それと同じく、新人が接触したから伊集院の認識と記憶までがすり替えられ、新人に情報が行かなくなってしまった。

 いわば伊集院はただ巻き込まれただけである。

 最近になって今のゲームのシナリオに全く違和感を抱かなくなり『元々こうだったんじゃないか』と思うようになったのは……向こうの物語が終わりかけていて、フィルターの必要性が薄れたからか。

 恐らく伊集院は近いうちに完全に今のシナリオの方を正しいものとして認識するようになり、前のシナリオの事は忘れ去る事だろう。

 

「だが、それならば君にも修正が働くぞ。俺が君から未来の事を聞いてエルリーゼに話す事も出来るはずだ」

「それは無理です。だって私は最初からネタバレなんてする気がありませんから。

逆に言えばネタバレしようと思った瞬間に私の認識も書き換わる事でしょう」

 

 あっけらかんとそう言い、夜元はコーヒーを飲んだ。

 どうやら、本当に自分とエルリーゼはゲームの結末をその時になるまで知る事は出来ないらしい。

 そう思い、新人は疲れたように溜息を吐いた。




【確定情報】
・ゲームの内容はしっかりエンディングまで描かれている。
新人は『現在作られている最中だからそもそも先の情報が存在しない』と推理していたがそれは間違い。
エルリーゼがこの先取る行動や、その結末までしっかりゲームには描かれている。
だがそれはエルリーゼにとっては未来の情報なので、彼女にだけは絶対にその情報が行き渡らない。
パソコンを見ればパソコンにフィルターがかかり、人に接しても人にフィルターがかかって記憶が改変される。

世界「人類全員の記憶書き換えとかそんな面倒な事するわけないやろ。
それより二人だけ書き換えた方が早いやん」

・伊集院は巻き込まれただけ
本当に『前の世界』の記憶を持ってきているのはエルリーゼだけ。
伊集院はただ、パソコンなどと同じように『閲覧不能』にされただけである。
厳密に言えば不動新人すら、エルリーゼに未来の情報が渡らないように世界の修正を受けて認識がおかしくなっているだけである。

・夜元玉亀は転生者である
彼女は実際にフィオーリで生きていた過去があり、エルリーゼの物語の結末をその目で見届けている。
転生前の姿も既に登場済み。
なので『永遠の散花』とは彼女にとっては過ぎ去った過去の話であり、実際に見たものを物語として書き記したものに過ぎない。
ちなみに嫌いなものは「ペットの亀を大きくなったからと言って捨てる無責任な飼い主」
一体何フェータなんだ……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十三話 世界線の分岐

「まず、話を纏めましょう。

貴方達しか知らないエルリーゼが醜悪な悪役だったというゲームのシナリオを『シナリオA』。

この世界の人々が知る、エルリーゼが本物以上に聖女をやっているゲームのシナリオを『シナリオB』とします。

私の視点では、私が前世で向こうの世界にいた時点でその世界では『シナリオB』と同じ流れでしたし、だから私はこちらに転生した後にその物語を書きました。したがって私の視点では『シナリオA』なんてものはそもそも最初から存在しなかったものです」

 

 夜元はそう言い切り、メロンソーダを飲む。

 世界の改変だの書き換えだの、そんなものは最初から起こっていない。

 エルリーゼと不動新人だけがそう思っていただけだ。

 そう断言した彼女に、新人は気になっていた事を質問した。

 

「向こうで見た物語をそのままゲームのシナリオにしたと言ったな。

だが『永遠の散花』は攻略ヒロインによってストーリーが変わるマルチエンディングだ。

向こうで見た物語以外のストーリーもあるはずだが……」

「ああ、それはただの予想ですよ。『多分ここでベルネルがああしていたらこうなっただろうな』っていうだけの私の想像です。

実際に向こうで起こったのはゲームで言う所のエルリーゼルートの出来事です。

だから私はゲームでも、エルリーゼルートを真エンドに辿り着くグランドルートにしました」

 

 どうやらエルリーゼルート以外の他ルートはただの予測だったらしい。

 道理でこちらは何の問題もなく見る事が出来たわけだ。

 タイムパラドックスを避ける為に世界がエルリーゼに未来の情報が渡らないようにした、というならば他のルートだって見ることが出来なくなるはずである。

 だがエルリーゼルート以外は、ただの夜元の想像だったのだ。

 以前に新人は他のルートを別の可能性の未来だと考えたが、大外れもいいところだった。

 そもそも他の可能性ですらない、ただの想像図。だから見ることが出来た。

 

「一応言っておくと、ただの予想じゃないですよ。

私のちょっとした特技といいますか……前世の頃から、少し先の出来事とかを予測するのが得意だったんですよ」

 

 それは凄い特技だとは思うが、それでも予想は予想だ。

 新人は水を飲んで喉を潤し、話を続ける。

 

「ならば『シナリオA』は俺達の妄想の産物か?」

「その可能性も高いですが……他にも、考えられる事があります。

話は変わりますがSFとかでよく過去を変えたりしますが、その結果引き起こされる結果は主に三パターンあります。何だか分かりますか?」

「本当に突然だな。まあ、過去を変えれば未来が変わるんじゃないか?」

「そう、それが一つ目のパターン。ドラ〇もんとかターミ〇ーターがそれに該当しますね」

 

 突然の話題の転換に疑問を感じながらも、とりあえず思いついた事を口にした。

 すると夜元は頷き、それもパターンの一つだと肯定する。

 

「次は『改変を含めて一連の流れが成立している』パターンだろう?

例えば誰かに救われて、その後に過去に戻ってみたら自分を救ったのは未来から来た自分自身だった、とかな。改変含めて成り立っているので結果的には全てが起こるべくして起こっているパターンだ。

確かイギリスの小説のハリー・〇ッターとかがこれだったか」

「はい、それが二つ目です。まあその作品は少し前に出た新作で一つ目のパターンになりましたけど」

 

 伊集院がまた別のパターンを提示し、夜元が頷く。

 

「そして最後は『過去を変えても今ある世界は何も変わらない』……つまり、新たな並行世界が誕生するだけ、か」

「はい。それがパターンCです。ドラゴン〇ールがこれですね」

「話が見えないな。それが一体この話に何の関係があるんだ?」

 

 とりあえず答えてみたものの、何を言いたいのかが見えてこない。

 自分達はSFについて話し合いたくてここまで来たわけではないのだ。

 そんな新人に、夜元は指を立てて落ち着いた声で話す。

 

「シナリオAとシナリオBの最大の違いはエルリーゼです。

私が思うに貴方達の見たシナリオAの平行世界もきっと、どこかに存在しているのでしょう。

シナリオAと同じ出来事が進行している世界をフィオーリAと地球A。私が前世を過ごした世界と、今私達がいる世界をフィオーリB、そして地球Bとします」

 

 そう言いながら夜元はテーブルの上に紙を置き、そこに球体を四つ書いた。

 左側の球体には上にフィオーリA、下にフィオーリBと書き、右側の球体は同じように地球A、地球Bと書く。

 

「まずスタート地点はここです。ここでは貴方達の知る通りの出来事が展開されたと仮定します」

 

 そう言い、夜元はまずフィオーリAをボールペンで示した。

 

「このフィオーリAには私ではない前世の私がいます。

その前世の私が観測した物語は当然『シナリオA』です。

そして……こっちに転生する」

 

 フィオーリAから地球Aへと矢印を引く。

 

「ここで『私』は前世で見た出来事を元に『永遠の散花』を書く。

そして貴方達の知る『シナリオAの永遠の散花』が完成し……ここからは想像ですが、エルリーゼは何らかの理由でこのシナリオAを観測していたんだと思います。

実際、彼女の行動には時々明らかに知らないはずの事を知って動いているような節がありました」

 

 新人にはその理由が分かった。

 夜元には分からない事だろうが、この『地球A』から『フィオーリB』へと矢印が伸びているのだ。

 そう、恐らくは元々地球Aにいたはずのエルリーゼが過去のフィオーリに転生した。

 そして本来と明らかに異なる行動を取った事で世界が分岐し、『フィオーリB』が誕生してしまったのだ。

 

「エルリーゼの行動によって可能性が分岐し、『フィオーリB』が生まれます。

後は先程と同じで、この『フィオーリB』から私が転生して今私達がいる地球Bに来て、そしてシナリオを書きました」

「……なるほど。では俺達が知っているシナリオは別の世界線のシナリオって事か」

 

 話しながら新人は、更に頭の中で仮説を立てていく。

 エルリーゼは元々は地球Aからスタートしている。これは間違いない。

 そうでなければそもそも、『自分の行動を変えよう』などと思わない。

 最初にシナリオAの醜悪なエルリーゼへの嫌悪感があって、そこから全てが始まっているのだから間違いなくスタート地点は地球Aだ。

 そしてそのエルリーゼの転生し損なった魂である自分もまた、間違いなく最初は地球Aにいたはずである。

 そこまで考えて、ふと新人は以前にコートの位置が変わっていた事を思い出した。

 

(……そうか。()()()()()()! 俺だけが!

恐らくは本体であるエルリーゼに引きずられる形で、『B』の世界線に引きずり込まれたんだ!)

 

 恐らく移動は、最初の転生の時。

 エルリーゼはフィオーリの過去に飛び、そこで改変を起こした。

 そして自分は改変された後の世界……地球Bに残ってしまい、その世界の自分と統合された。

 つまりこうだ。最初に地球Aで不動新人が死に、魂が二つに分かれた。

 魂の大部分はエルリーゼに。そして転生し損なった搾りカスは並行世界の不動新人自身に、それぞれ憑依転生した。

 だから、移動させた覚えのないコートが動いていたのだ。

 恐らくアレは元々こっちの世界にいた……そして自分が上書きしてしまった本来の不動新人が動かしたのだろう。だから自分は知らなかったのだ。

 伊集院は……こちらは、やはりただの巻き添えだろう。彼は元々『シナリオB』しか知らなかったのに、新人が接触してしまったせいで世界によって新人と認識を無理矢理合わされたのだ。

 しかし……と思う。

 

(まあ……所詮全部、予測に過ぎないっていうのがきついよなあ……。

そもそも世界だの時間だの、そういうのは人間の理解の外にあるっていうか……。

考えれば考える程に頭がこんがらがるだけだ。

ともかく、エルリーゼはゲームの世界に入ったとかじゃなくて、向こうの世界を元にしてゲームがあるって事だけは分かった)

 

 結局、ここまであれこれ話しても分かったのはそれだけだった。

 答えなどいくら探しても分からない。何故なら答え合わせがそもそも出来ないから。

 だから自分達は『こうかもしれない』という仮説を立てて納得するしかないのだ。

 ただ一つ確かなのは、向こうの世界は間違いなく存在していて、ゲームの中などではないという事だけだ。

 

(なあもう一人の俺(エルリーゼ)よ……そっちも間違いなく現実だってさ。

だから、いい加減ゲーム気分は止めた方がいいぞ。

じゃないと……多分、どっかで後悔する事になるからさ)

 

 自分が言えた事ではないな。

 そう思いながら、それでも新人は向こうの自分が後悔しない道を選んでくれる事を期待していた。

 

 

 ヒャッハー! 決戦の時じゃー!

 ベルネルの血迷った告白から数日が経過し、いよいよ地下突入作戦実行の日を迎えた。

 いや、あれは危なかった。

 何とか寿命が後僅かしかない事をカミングアウトして切り抜けた俺の華麗な回避ぶりを自分で褒めてやりたい。

 さて、それはともかく変態クソ眼鏡曰く、側近のタコの策が成功して聖女が学園から離れたと教えたらいい感じに魔女の気が緩んだらしいので、仕掛けるなら今が一番いいとの事だった。

 それと、いい加減ディアスを演じるのも無理が出て来たらしい。

 

 まあ、無理が出ているのはこちらも同じだ。

 かろうじて俺は今も聖女の椅子にしがみついているが、いつベルネルに『あいつ実は偽物なんだぜ』とかバラされるか分かったもんじゃない。

 ベルネルは何か、うっかり口を滑らしそうな怖さがある。

 なのでさっさと終わらせて、聖女の椅子をエテルナに返そうと思っている。

 その後はどうでもいい。生き残る事が出来れば夜逃げして余生をどこかでのんびり過ごすし、死んだらあの世でのんびり過ごす。

 どちらにせよ偽聖女バレした後はみんなで掌クルーで『何だ偽物だったのか、じゃあ死んでええわ』とか言われて誰も悲しまんやろ。

 

 突入作戦の内容だが、まずベルネル達は特別授業という形で地下二階へ向かう。

 何でも魔女さんが『もしもの時の為に聖女に対する人質が欲しいから聖女と親しい生徒を何人か地下に送れ』とメッセージを送ってきたらしい。

 これは俺達にとって好都合だ。何せ一番の課題はどうやって怪しまれずに突入組を地下に送り込むかだったからな。

 なのでこれを利用する形でベルネル達には地下に行ってもらい、そこで魔女を追いつめてもらう。

 その間に俺は魔力バキュームを実行して魔女のテレポートを封じ、その後は俺も地下にレッツゴーして魔女をフルボッコにして最後にアルフレアに封印してもらえば完璧だ。

 最後は偽聖女カミングアウトの置手紙を残して夜逃げをする。

 そうすれば後は、『本物の聖女エテルナ万歳!』となってハッピーエンドだろう。

 万一封印に失敗したら、その時は俺が魔女を倒してあの世の道連れにすればいい。

 ふっ……何一つとして失敗する要素が見付からない。これは勝ったな。

 

「この作戦の成否は貴方達の腕にかかっています。

しかし、決して自らの命を捨ててでも、などとは考えないで下さい。

貴方達の役割はあくまで、魔女がテレポートを使えない程度に魔力を消耗させる事です。

それを果たしたならば、迷わず撤退する事……いいですね?」

 

 この中で、俺以外の誰かが死んでしまえば、魔女を倒して平和になっても俺的には大失敗だ。

 目的は全員生存のハッピーエンド。それしかない。

 だから、命を捨ててでも使命を果たそうなどと考えないように念押しをする。

 

「はい!」

「ねえ、出かける前にマウント(ぷりん)食べていい?」

 

 約二名を除く全員が声を揃えて返事をする。

 全く空気を読まずにプリンを要求しているのはアルフレアだ。

 初代聖女とは一体……。

 そしてもう一人返事をしていないのはベルネルで、何か深刻な表情をしている。

 

「ベルネル君?」

「あっ、は、はい! 全力を尽くします!」

 

 声をかけると慌てて返事をしたが本当に大丈夫だろうか。

 頼むよー、お前主力なんだから。

 変なところでぼーっとして失敗とかマジでやめてくれよ。

 これフリじゃないからな。いいな? ちゃんとやるんだぞ!

 間違えても敵の目の前でぼーっとしたりするなよ!?




【つまり……どういう事だってばよ……】
ドラゴンボールで例えるならばAの世界は絶望の未来 Bの世界は本編世界
Aの世界を知っている鳥山ロボがガッちゃんに食べられた後に何故か地球に転生して絶望の未来を物語として出す事で『絶望の未来しか書かれてないドラゴンボール』が誕生。
それを読んだ現代人がヤムチャに転生してあれこれやったら世界線が分岐してBの世界になりました。
(トランクス? 知らない子ですね)
そのBの世界でもやっぱり鳥山ロボはガッちゃんに食べられてしまうのでまたしても地球に転生してやっぱり物語を書くが、この鳥山ロボは転生ヤムチャによって改変された「B」の世界しか知らないのでそれを物語にする。大体そんな感じ。

【プロフェータの寿命】
プロフェータは50話で「寿命が近付いた」と言っている事から分かるように、聖女や魔女と違って寿命があります。ただ単純に寿命そのものがクッソ長いだけです。
なので仮に寿命受け渡しをしなくてもそのうち死にます。
まあそうでなくても、Aの世界では多分同種の別の亀にでも譲ったんじゃないですかね。

Q、これだと元々『B』の世界に不動新人いたって事だよね? そいつどうなったの?
A、不動新人(A)に上書きされたよ。

Q、元々いたピザリーザの魂どこいった?
A、弾き出されて別人として生まれた。ちなみにピザリーザの登場予定はない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十四話 地下突入

 学園の地下深く……そこに造られた自室で、アレクシアは護衛として残した魔物達に囲まれて過ごしていた。

 側近であったオクトがいなくなってしまった事で多少の心細さはあるが、しかし以前に比べてアレクシアには余裕がある。

 顔色も多少よくなり、以前の美貌を少しだけ取り戻していた。

 その理由は、ディアスから送られてきたスティールが伝えてくれた内容にあった。

 

「ゴ安心下サイ、アレクシア様。オクトハ無事ニ、聖女ヲ学園カラ離ス事ニ成功シマシタ」

 

 聖女を学園から引き離す策があると言って自信満々に出ていったオクトの策は見事に成功したらしい。

 エルリーゼに歪んだ憧れと恨みを抱く生徒を操り、魔女を演じさせてから学園を離脱した。

 するとエルリーゼもこれを魔女と誤認して追跡したという。

 魔女に仕立て上げられたエリザベトという生徒は今頃仕留められている頃だろうか。

 オクトが戻って来ないのをみるに、恐らくはその生徒と共にエルリーゼに葬られてしまったのだろう。

 魔女になった頃から側にいてくれた最も忠実な側近を失ってしまったのは痛手だったが、それでもアレクシアの心には安堵があった。

 やっとあの恐ろしい聖女がこの学園から目を離してくれたのだ。こんなに嬉しい事はない。

 だがもしかしたら、またここに目を付ける可能性もある。

 だからアレクシアは保険として、エルリーゼと親しい生徒を何人か手駒にする事を考えた。

 以前操ったファラという女と同じように操り、こちらに引き込めばエルリーゼが万一戻って来た時の人質になる。

 これは妙手だ。そう自画自賛したアレクシアは早速ディアスに計画を伝え、そして今日生徒達が地下に来る事を伝えられた。

 名目上は特別授業という事になっている。

 入り組んだ遺跡の中などで魔物と戦う訓練として、教師の中でも一部の者しか知らない地下二階で戦闘訓練を積むのだと……そう騙し、ディアスの口車に乗った教師が生徒達を連れて来るのだ。

 人数はその教師を含めて九人。随分と大所帯だが、アレクシアにとっては大した問題ではない。

 むしろ人質の数が増えるのはいい事だ。

 人質が一人や二人しかいなければ嫌でもそれを大事にするしかなくなる。

 人質というのは盾であると同時にお荷物であり、こちらの生命線でもある。

 数が少なければ、その人質を下手に害する事は出来ない。その人質を失ってしまえば手詰まりになってしまうからだ。

 だが数が多ければ……見せしめに一人くらい刻んだり、殺したりしてもまだ代わりがある。

 それは確実にエルリーゼを躊躇させるだろう。

 いや、あの甘い性格の女ならば人質と引き換えに自殺するよう脅迫すれば従うかもしれない。

 

 勿論言うほど楽な事ではない。

 騎士を目指す生徒が八人もいるならば、それはかなりの戦力になる。

 しかしここには強力な魔物が四体いて、何よりアレクシアがいる。

 多少多かろうと所詮は蜘蛛の糸にかかった哀れな獲物だ。何の問題もない。

 

 彼女はまだ気付かない。

 自分がいるこの学園地下こそがまさに、その蜘蛛の巣なのだという事に。

 

 

「へえー、地下訓練室の更に下にこんな場所があったなんて知らなかったなあ」

 

 陽気な声でジョンが、周りを見ながら言う。

 内心では緊張しているのだが、それはまだ表に出さない。

 今の彼等はあくまで『何も知らない』、『誘い込まれてしまった』生徒なのだ。

 この作戦で一番重要なのは、自分達がエルリーゼの送り込んだ刺客である事を魔女に気付かれない事である。

 エルリーゼに場所がバレていると判断すれば魔女はすぐにでも逃げてしまう。

 そう思わせずに戦いに持ち込み、そして魔力を消耗させる事。それがベルネル達の役目だ。

 少し進んで、この地下で最も開けた空間へと出る。

 すると、そこには待ってましたとばかりに四体の魔物を引き連れた黒い女の姿があった。

 腰まで伸びた白髪は黒いフードで隠され、服装も漆黒のドレスだ。

 やつれて削げた頬。目の下の濃い隈。

 唇は紫に染まり、いかにも悪い魔女といったイメージそのままの外見をしている。

 全身を黒い靄のようなもので包んでおり、ベルネルはその姿に過去の自分を思い出して嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

 周囲を囲むのはワイバーン、ミノタウロス、ヒッポグリフ、オルトロス……いずれも強力な、正規の騎士でも苦戦を免れない強敵である。

 

 ワイバーンはドラゴンの頭と二本の鷲の足、蝙蝠の翼を持つ怪物だ。尾は蛇になっており、空を飛んで炎を吐く。

 魔物としての歴史は長く、歴代の魔女が好んで作った魔物だ。

 最初に確認されたのはフグテンであり、その為フグテンでは最も有名な魔物として名を轟かせ、ある意味では象徴のように扱われていた。

 

 ミノタウロスは牛の頭と人間の胴体を持つ、3mを超える怪物だ。

 手には斧を持ち、鼻息荒くベルネル達を見ている。

 人間の姿に近いのは、大魔に近い証拠だ。

 だが知能の低さから大魔にはなれなかった成り損ない……それがミノタウロスである。

 

 ヒッポグリフは身体の前が鷲、後ろが馬の魔物で、人肉と馬肉が好物だ。

 グリフォンに近い魔物だが、グリフォンに比べると気性が大人しい。

 とはいえ、それでも恐ろしい魔物である事に変わりはないだろう。

 お辞儀をするのだ。

 

 オルトロスは双頭の黒い犬で、尾が蛇になっている。

 どうでもいいが魔物の『尻尾が蛇』率は少し高すぎる気がしないでもない。

 いずれもドラゴンなどの大魔クラスに比べると一歩劣るが、紛れもなく恐ろしい怪物であった。

 だが魔女の側近として考えるならば明らかに実力不足である事も事実である。

 こんな魔物しかいないというのが既に、魔女がどれだけ追い詰められているかを切実に証明していた。

 

「だ、誰だ!?」

 

 ベルネルが恐れるような声を出す。

 自分達は今、恐ろしい場所に誘い込まれてしまった哀れな獲物だ。

 相手にそう思わせる事で、まずは油断させる。

 

「ね、ねえ。ここ何かおかしいよ……?」

「先生! これはどういう事です!」

 

 エテルナが後ずさり、フィオラがサプリを責めるように叫んだ。

 ここでのサプリの役目は何も知らずにディアスに言われるまま生徒を連れてきてしまった愚かな教師だ。

 なので彼はわざとらしいくらいに慌て、狼狽してみせる。

 

「し、知らない! 私は何も知らない!

何で魔物が放し飼いされているんだ!?

そ、それに……だ、誰なんだ、あの女は……」 

 

 サプリの演技に上手く騙されたようで、魔女は獲物を追いつめるような加虐的な笑みを浮かべて一歩距離を詰めた。

 するとベルネル達はそれに合わせて下がり、サプリは「ひいっ!」と声をあげる。

 

「そう怯えるな、子羊達よ……抵抗しなければ怪我はさせない」

「この魔力……まさか……魔女……!?」

 

 威圧感を放つ魔女に確認するようにマリーが震える声を出す。

 すると魔女はそれを肯定するように笑みを深くした。

 

「こんな所にいられるか! 俺は帰るぞ!」

「すぐにエルリーゼ様に知らせないと!」

 

 クランチバイトとアイナが魔女に背を向けて一目散に逃げようとする。

 これも作戦のうちだ。

 下手に『さあ魔女を倒そう』と向かうと、魔女も何かおかしいと思ってしまうかもしれない。

 だから、まずは逃げる素振りを見せるのだ。

 人の心理というのは、逃げる相手は追いたくなるし、追って来る相手からは逃げたくなるものだ。

 

「おっと……逃げられるとは思わぬ事だ」

 

 逃げ道を塞ぐように入口に配備されていた二体の石像が動いて道を塞いだ。

 更にバリアによって道を遮断され、逃走が不可能となる。

 

「残念だったな。魔女からは逃げられん」

 

 魔女がそう言い、口元を歪める。

 ……作戦成功だ。これで魔女の中では彼女は逃げる側ではなく、逃げるのを阻止する側になった事だろう。

 自分が追い詰めているのだと思わせる。追いかけている側だと錯覚させる。

 加えて魔女はエルリーゼに情報が渡るのを恐れているのだ。

 だから絶対にここからベルネル達を出すわけにはいかない。

 この瞬間、彼女は自分で逃げるという選択肢を捨ててしまった。

 下準備は終わった。

 ならば後は、追い詰められた獲物らしく、取るべき行動は一つしかない。

 

「ふ……逃げ場がないのは」

 

 余計な事を言いそうになったアルフレアの頭を慌ててエテルナとフィオラが叩いた。

 何でここで余裕を見せようとするかな、この馬鹿は。

 危うく台無しになるところであった。

 

「に、逃げられないんだったら……やるしかないだろ!」

「そうだ、俺達だって騎士見習いなんだ!」

「やってやる……やってやるぞ!」

「そんな! 無茶よ!」

 

 ベルネルとジョン、クランチバイトが自棄を起こしたように武器を構え、アイナが叫ぶ。

 逃げ場を塞がれ、実力差も弁えずに抵抗を選んだ弱者……そう思わせ、魔女が哀れなものを見るように歪んだ笑みを浮かべた。

 優越感というのは時に人の計算を狂わせる。

 簡単に分かるはずのものが、思い込みによって分からなくなってしまう。

 『自分はあいつより上だ』と思い込んでしまうと、全ての思考がそれを前提にして成り立ってしまうから全てを間違える。

 人はそれを慢心と呼ぶのだ。

 

「行くぞ、皆!」

 

 ベルネルが叫び、同時に二手に分かれた。

 まず、やるべき事は魔女と魔物を分断して連携させない事だ。

 だから魔女の足止めをするチームと、魔物を壊滅させるチームとで分かれた。

 ベルネル、マリー、サプリの三人が足止めを担い、エテルナとアルフレアがそれぞれワイバーンとミノタウロスの相手をする。

 このチーム分けは、迅速に魔物を処理して魔女を早々に孤立させてしまう為のものだ。

 エテルナとアルフレアならば一対一でも魔物を素早く倒せるので問題はない。

 残る二体の魔物にはアイナ、ジョン、フィオラ、クランチバイトの四人でかかり、アルフレアとエテルナは魔物を倒したらすぐにそちらに向かって魔物四体をまず殲滅する。

 最後に総掛かりで魔女をある程度消耗させたら、アルフレアとエテルナが同時攻撃をして魔女にバリアを張らせて防御させれば成功だ。

 魔法の威力は魔力消費量に依存する。

 したがって聖女二人が魔力を一気に消費して全力で攻撃をすれば、それを防ぐために魔女もそれ以上の魔力を使わねばならない。

 そうすればもうテレポートをするだけの余力など残らないだろう……というのがエルリーゼの読みであった。

 

 ここで、この時代で全てを終わらせる。

 その為にベルネル達は、魔女との決戦に挑んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十五話 魔女との戦い

 アルフレアの担当はワイバーンであった。

 ワイバーンはドラゴンには一歩劣るものの鉄のように硬い鱗を持ち、空を飛び、炎を吐く恐るべき魔物だ。

 しかしそんな怪物を前にしてアルフレアは余裕の笑みを浮かべていた。

 確かに強い魔物である事は確かだ。それは間違いない。

 だがこの程度の戦いなど、封印される前に散々経験していたのだ。

 いかに普段は抜けていようと、それでも彼女は初代聖女だ。

 しかも聖女がまだ保護されていなかった時代に、曲がりなりにも魔女まで辿り着いて撃退してみせた存在である。

 その後に不意打ちされて封印されたという間抜けな経歴があるが、それでも実力を言えば保証されているようなものだ。

 

 今の聖女とアルフレアとの最大の違いは、大勢の騎士に守られていないという事だ。

 エルリーゼは正直騎士に守られる必要がないので除外するにしても、保護されるようになってからは基本的に聖女は前線に出る事はない。

 大勢の騎士を肉盾にして後ろから魔法を撃つのが主なスタイルだ。

 だがアルフレアは違った。彼女の時代では彼女自身が多くの魔物と戦って勝利する必要があった。

 故に彼女の戦闘スタイルは初代聖女でありながら、聖女らしさというイメージからはかけ離れている。

 

「さあて、覚悟はいいわねトカゲちゃん。このアルフレア様の剣の錆にしちゃるわ。

ワイバーンの肉って美味しいのよね……持ち帰ってエルリーゼに調理してもらおっと」

 

 まるで三下のように獲物を前に舌なめずりしながら、アルフレアは魔法を起動させた。

 彼女が得意とするのは聖女と魔女のみが扱える属性――即ち『闇』であった。

 闇を操るという事は即ち、光の届かぬ空間をそこに創り出して操っているという事。

 故に闇属性とは、空間属性と呼んでもいい、まさに世界の代行者だからこそ許される超絶魔法だ。

 その空間操作によりアルフレアは、この戦闘の為に持って来たショートソードを鞘から抜いて宙に放り投げる。

 すると投げられた剣はまるで見えない手に握られているかのように滞空し、更にアルフレアは腰から二本のショートソードを投げた。

 それを三度繰り返し、最後に自らは背中に背負っていた亀の甲羅のような盾を前に出した。

 これらの武器と盾は全てエルリーゼに用意してもらったものだが、封印される前はこの盾の役目をしていたのはプロフェータである。

 

「さあ、いくわよ!」

 

 アルフレアが宣言すると同時に宙を舞う十本のショートソードが同時にワイバーンに飛び、見えない誰かがそこにいるかのようにワイバーンを斬り付けた。

 アルフレア自身は盾の裏に隠れているが、まさに十刀流とでも言うべき全方位からの同時攻撃だ。

 上下左右前後に加えて斜めまでショートソードで包囲され、それらが的確に隙を突くように攻撃を仕掛ける。

 これがアルフレアが、一人で多くの魔物と渡り合う為に考えたスタイルであった。

 彼女は単純なので、敵が多ければこちらも多くの武器を持てばいいと考えたが、しかしどんなに武器を多く持っていても自らが敵の前に行けばどうしても生存率が下がる事に気が付いた。

 ならば自分は逃げ隠れしつつ戦えばいい。そんな矛盾を実現させたのがこの戦い方だ。

 アルフレアが理想とした戦法。それは自らは一切傷付かず思い通りに動かせて、尚且つ一方的に敵をボコボコに出来る……そんな戦法だ。

 

 発想は最低だが、割とこれが強いのだ。

 持ち主のいない剣は人間の関節ではどうしても出来ないような動きも可能とするし、アルフレアは盾を持って逃げる事に徹しているので倒されにくい。

 今もそうだ。剣だけ出してアルフレア自身はギリギリ魔法の射程外に出ないように距離を取りつつ時折ワイバーンから飛んでくる炎を盾とバリアで防いでいる。

 負ける要素というものが全くない。

 彼女がワイバーンを倒すのは、時間の問題でしかなかった。

 

 

 

 エテルナは戸惑っていた。

 最初に自分が魔物を相手に一対一で戦うという作戦を聞いた時は何の冗談だと思った。

 聖女であるアルフレアはいいとして、自分など何故かそれに似たような力を持っているだけの人間で、とてもそんな大役は務まらない。

 この作戦はまずアルフレアとエテルナが素早く魔物を片付けて、それから残り二体の相手をしているジョン達の所に駆け付けて、まずは魔女以外の取り巻きを始末するというものである。

 だがそれならば明らかに人選ミスだろうと考えた。

 自分には無理だと思ったし、エルリーゼは自分を殺したいのかと疑った。

 しかし実際に戦いに入ると、その考えは一変してしまった。

 ――負ける気がしない。

 

「ブモオオォォ!」

 

 ミノタウロスが唸り、斧を振り回すがその攻撃はエテルナに届いていなかった。

 先日の一件以降、不思議な力を使えるようになったエテルナは、その力を少し強く出すだけで魔物の攻撃を全て遮断してしまえる。

 それが闇属性魔法による空間の断層である事はエテルナには分からないが、ミノタウロスにこれを突破する手段はなかった。

 これこそ聖女と魔女の無敵の秘密だ。空間そのものがズレているのだから、どんな力でも聖女や魔女を傷付ける事は出来ない。

 これを貫くには同じく空間を操る以外に術がない。

 無論魔物は、僅かとはいえその力を持っている。だから聖女を害する事が出来るし並の生物に比べて頑丈だ。

 だが一般人でも魔物を傷つける事が出来る事から分かるように、魔物の闇属性の力は決して強くない。

 聖女が全力で防御したならば、一体の魔物の力で貫く事など出来るわけがないのだ。

 

(嘘……勝てる……全然余裕で勝ててしまう)

 

 ミノタウロスの攻撃はエテルナに効かず、エテルナの攻撃は魔物にこの上なく通じる。

 先程も述べたように魔物にも僅かではあるが空間操作による防御がある。

 これのせいで、騎士などの攻撃は実はその力の半分以下しか魔物に通っていない。

 だがこれは同じく空間を操作出来るものならば貫く事が可能で、故に聖女の攻撃は魔物に対して100%通るのだ。

 そして空間の防御さえ越えてしまえば、魔物の耐久力は元になった野生動物とそう変わらない。

 

「ルーチェ!」

 

 エテルナが魔法の名前を宣言し、指先から光が迸る。

 その一撃は容易くミノタウロスの胸を貫き、鮮血が溢れた。

 

 

 

「ふはははは! そら、踊れ踊れ!」

 

 苦しい戦いを強いられているのは、魔女の足止めを担当しているベルネル、マリー、サプリの三人であった。

 魔女が杖を薙ぐと、黒い弾丸が連続して発射される。

 それを散って回避するが、命中してしまった地面が捻じれて砕けるのを見て背筋が凍った。

 

「レストリツィオーネ!」

 

 サプリが魔法を唱え、それと同時に地面から鎖が飛び出して魔女の全身を縛った。

 土魔法で地面の中にある石を材料とし、石の鎖へ変えて魔女に向けたのだ。

 魔女にはダメージを与える事が出来ない。

 だが動きを短時間止める程度ならば可能だ。

 

「小賢しいわ!」

 

 だが魔女が叫ぶと内側から見えない何かが膨らんでいるかのように鎖が圧迫され、ものの数秒で粉々に弾け飛んでしまった。

 己の周囲に常に展開している空間の層を広げて、無理矢理破壊したのだ。

 

「……凍って!」

 

 マリーが魔力を強く込めて氷の魔法を放った。

 一撃で地面ごと魔女の下半身が凍結し、身動きを封じる。

 ダメージが目的なのではない。とにかく動きを止めて時間を稼ぐ事が目的だ。

 だからこそ、彼女の氷魔法が有効と判断されてこちらのチームに選ばれている。

 

「温い!」

 

 しかしこれも魔女が魔力を解放するだけで砕かれた。

 そして杖を回し、次の魔法へ移る。

 

「そら!」

 

 空間が揺らめき、ベルネルの立っている場所がひしゃげた。

 首から下げていた鎖が千切れ、エルリーゼに与えられたペンダントが落ちる。

 しかし、幸いなのはこの攻撃がベルネル達を殺さないように加減したものであるという事だ。

 魔女がベルネル達をここに誘い出したのは、エルリーゼに対する人質と言う名の盾が欲しいからである。

 故に殺してしまっては本末転倒。生かして捕獲する必要がある。

 己の方が強いという精神的優越感と、殺してはならないという制約。

 その二つがなければ魔女は、すぐにでもベルネル達を倒せるだろう。

 だがその二つがある故に、かろうじて足止めが成り立っていた。

 加えて、対抗手段がないわけではない。

 

「はあああああ!」

 

 ベルネルが叫び、全身から黒いオーラが溢れた。

 それは魔女と同じ『闇』の力だ。

 魔女の放った魔法を相殺し、ベルネルの大剣が魔女を切断せんと薙ぎ払われる。

 これを胴にまともに受けて魔女が吹き飛ぶも、切断には至っていない。

 同じ闇の力でも、出力が違いすぎる。

 ベルネルの攻撃は一割も魔女に届いていないのだ。

 だが魔女は確かな痛み(・・)を胴に感じ、不思議に思って手を当てた。

 そして己の掌を見て……そこに付着していた自らの血を見て驚愕した。

 無敵のはずの自分が傷を負っているという、無視出来ない事態……その理由に、魔女はすぐに思い至った。

 

「貴様……そうか! 我が力の一部を持つ者……貴様がそうか!」

 

 魔女はかつて……まだアレクシアとしての善の心が残っていた時に、自分が完全に闇に落ちる前の抵抗として己の魂と力の一部を切り離して外に逃がした過去があった。

 完全に魔女となってからはその行為はただ後悔するだけしかない愚かなものとしか認識出来なくなってしまったが、この世界のどこかに自分から分かれた一部がある事は知っていた。

 三年前に一度は発見した。

 分かたれたとはいえ自分の力だ。故に共鳴のようなものがあり、何となくその場所を把握する事が魔女には出来た。

 しかしその場所にオクトを向かわせたものの、その時はエルリーゼに阻まれてしまい……何故かその後、全く力の波動が感じられなくなって、完全に見失ってしまった。

 その逃がした魚が、こんな所にいようとは!

 魔女は唇を大きく弧の形に歪め、昔なくしてしまった宝物を見付けたように喜んだ。

 

「おお、何という幸運……誘い込んだ者が、まさか私の力を持つ者だったとは……」

「これが、お前の力だと……?」

「いかにも。それこそ私が愚かだった頃に切り離してしまった、我が力の一部。

生まれる前の命に宿ってしまった事は知っていたが、まさかそれがこんな所にいようとは」

 

 魔女の喜びと反比例するように、ベルネルの顔には怒りが宿っていく。

 そうか、こいつのせいか。

 自分が家族に捨てられたのも、化け物と罵られたのも……。

 ……いや、そんなのはどうでもいいのだ。

 だがどうしても許せない事が一つだけあった。

 

『私に残された寿命は、もうそれほど長くありません。

もって後半年……来年の誕生日を迎える事はないでしょう』

 

 こんな呪われた力があったから、あの日彼女は自分なんかを助けに来てしまった。

 そして己の身も顧みずにその力を引き受け、その命を縮めた。

 後たったの半年で、この世界はエルリーゼを失ってしまう。

 あれだけの事が出来る者など、もうこの先現れないだろうに。

 彼女ほど誰かを救った者など、いなかったのに。

 なのにあと半年であの人は死んでしまう。

 笑わなくなる……動かなくなる。

 それも全部……全部……。

 

「そうか……全部――お前のせいかああああああッ!!」

 

 ベルネルが吠え、全身から黒い波動が溢れ出した。

 怒りに呼応するように力が溢れ、その形相は鬼のように歪んで魔女すら怯ませた。

 足止めという目的も忘れ、大剣を力任せに何度も叩き付ける。

 防御されるが関係ない。

 いや、怒りで視界が真っ赤に染まり、防御されている事すら認識出来ていない。

 何度も何度も、防御の上から狂ったように剣を叩き付けて火花が散る。

 

「ぐっ……な、なんだ!? 突然……!」

 

 あまりの気迫に魔女が怯みながらも、魔法を放った。

 だがベルネルは止まらない。

 魔法で脇腹を焼かれているのに、まるで痛みなど感じていないように剣を力任せに叩き付ける。

 ガン、ガン、と轟音が響き、魔女は自分を庇うように手で頭を覆った。

 

「お前さえ! お前さえいなければあああああ!」

 

 ベルネルは涙を零しながら、剣を捨てて魔女に馬乗りになった。

 そして拳を硬く握り、魔女の顔面に力の限り叩き込んだ。

 二発、三発、四発……打撃音が響くも、魔女のダメージは見た目ほど大きくない。

 最初はベルネルの気迫に圧倒されていた魔女もやがて冷静さを取り戻し、魔力を解放してベルネルを吹き飛ばした。

 

「図に乗るな! 小僧!」

 

 魔女が杖を薙ぎ、炎の弾丸が五発連続で発射された。

 それをマリーの氷魔法が相殺し、水蒸気が互いの視界を塞ぐ。

 だが見えなくても数撃てば当たる。

 サプリが岩の弾丸を水蒸気の向こうへ飛ばし、マリーも同じく氷の弾丸を連射した。

 そしてベルネルが煙の向こうに突進し、剣を薙ぎ払う。

 

「舐めるなよ小僧共……私は魔女だぞ!」

 

 魔女が苛立ったように言い、空間が歪んだ。

 今度は込められた魔力量が違う。

 魔女の強みはその無敵性もあるが、常人離れした魔力許容量も脅威だ。

 魔法の威力=込めた魔力の量である以上、内包出来る魔力量(最大MP)の差がそのまま強さの差となる。

 故に魔女が多くの魔力を込めて攻撃すれば、それを防ぐ手段はないのだ。

 一撃でベルネル、マリー、サプリが吹き飛ばされ、壁に打ち付けられてしまった。

 

「ふん……多少はやるようだが、所詮は……」

「おっと油断してる馬鹿発見!」

 

 余裕を見せる魔女に、横から飛んできたアルフレアの蹴りがめり込んだ。

 魔女の無敵性も、初代聖女であるアルフレアにとっては無いに等しい。

 アルフレアの蹴りで魔女が吹き飛び、そしてアルフレアは味方の方を向いてVサインを決めた。

 

「イエーイ!」

 

 そして敵から目を離したアルフレアの側頭部に魔女の魔法が炸裂して今度はアルフレアが吹き飛んだ。

 おっと油断してる馬鹿発見。

 地面に痛烈に打ち付けられたアルフレアは涙目になりながら起き上がる。

 

「何だ貴様……何故私の防御を貫けた……?」

 

 魔女はアルフレアを警戒したように睨み、杖を構える。

 あまりにも無造作に自分の防御を抜いてきた存在に、僅かながら恐怖すら滲んでいた。

 今度はそこにエテルナの放った魔法が飛来する。

 これを片手で弾こうとするが、嫌な予感がして咄嗟に回避行動を取った。

 直後に魔女の腕を僅かに削りながら魔法が通過し、魔女の顔が戦慄に染まる。

 

「ば、馬鹿な……こいつも私の防御を……!?

一体何がどうなって……」

 

 魔女の防御を貫ける者が立て続けに現れるなど、今までになかった。

 狼狽する魔女の前に、全ての魔物と石像を破壊したエテルナ達が集結し、魔女はここで自分が孤立させられた事を悟った。

 だが思考の暇は与えない。

 アルフレアがエルリーゼから与えられた杖を振り上げて魔力を一気に解放し、出し惜しみなしの全力で魔法を発動する。

 空間が歪んで捻じれ、取り込んだ物を何もかも圧壊させる超重力空間を創造した。

 

「なっ……馬鹿な、それは……!

何故だ! エルリーゼはここにいない! なのに何故、聖女がいる!?」

 

 怯えたような声を出す魔女の前で、今度はエテルナが同じように魔法を発動させた。

 こちらも空間が歪み、閉じ込められた空間の中にエテルナが得意とする光の魔法が凝縮されていく。

 

「こ、こっちも……!?

う、嘘だ……あり得ない……。

何で……何で! 何で聖女が二人いるんだ!?」

 

 一つの時代に聖女は一人。それが大原則のはずだ。

 なのにその例外が起こっている。

 しかも、エルリーゼはまだここにいないから、三人も聖女がいる事になるではないか。

 

「さあ行くわよエテルナちゃん! 私に合わせて!」

「はい、アルフレア様!」

 

 アルフレアとエテルナが更に魔力を高め、そして完成した魔法を同時に魔女へと投げつけた。

 

「超必殺! 究極無敵最強ボール!」

「え、ええと……何か凄いボール!」

 

 アルフレアがネーミングセンスの欠片もない技名を宣言し、それに引っ張られるようにエテルナも微妙な技名を叫んだ。

 だが名前はふざけていても威力は確かだ。

 一体何が起こっているのかも把握出来ない魔女はただ、咄嗟にバリアを全力で張るしかなく……。

 

 ――鼓膜を破るのではないかと思われるほどの大爆音が、地下で響き渡った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十六話 惨め

 ベルネル達が地下に突入した後、俺は予定通りに魔力を通さないバリアで学園の敷地を囲い、その中の魔力を全て取り込んだ。

 これでもう誰も、このバリアの中ではMPの回復が出来ない。

 後はベルネル達がある程度魔女のMPを削った後に俺が突入するだけなのだが……丁度その時、まるで地震のように地面が揺れた。

 亀が俺の方を向き、声を出す。

 

「今だエルリーゼ! 作戦は上手くいった!

エテルナとアルフレアの同時攻撃をアレクシアが何とか防いだが、アレを防ぐほどの魔力を使ってしまった今、奴に魔力はもうない! いけるぞ!」

 

 っしゃあ!

 ベルネル達はどうやら無事に、作戦通りに魔女の魔力を削ってくれたようだ。

 ならば後はいよいよ締めだ。

 俺が赴き、魔女を完全に無力化してからアルフレアに封印してもらう。

 これで完全勝利である。

 それじゃ早速地下にのりこめー!

 レイラと学園長、それから数人の騎士を連れて俺は早速地下訓練室へ突撃し、更にその下に隠れている隠し階段を通って魔女がいる地下へ急いだ。

 そして現場に到着してアレクシアが張ったと思われる逃走防止用バリアを叩き割ると、その場にいた全員の視線がこちらへ向いた。

 待たせたな! 後の美味しいところは俺に任せろ!

 ベルネル達は……よしよし、誰もやられていない。

 いや、よく見たら噛ませ犬君だけ魔物にやられたのか地面に倒れているが、とりあえず死んでいないようなのでよしとしよう。

 で、えーと……奥にいるのが……誰?

 何かめっちゃ顔色の悪い、The・魔女っていう感じの女がいるんだけど、あれアレクシアじゃなくね?

 二次元とか三次元とかそういうレベルじゃなくて、別人だろこれ。

 アレクシアは一応ゲームでは隠しヒロインだったわけで、当然若々しい美女だった。

 そりゃ他のキャラクターに比べれば年齢もいってるし、少しケバいのでババア扱いするプレイヤーもいたが、それでも外見年齢は二十代前半くらいだったはずだ。

 それがどうだ? 俺の事を怯えたように見る女は……あー……よく見れば二十代に見えなくもないけど、やつれてる上に目の下の隈も凄いからあんまり若く見えないな。

 まさか偽魔女? この戦いは偽聖女と偽魔女の戦いだったのか?

 いやいや、そんな馬鹿な。

 

「貴女が魔女アレクシアですか?」

 

 なので一応確認をする。

 すると、魔女は俺から距離を取るように後ずさった。

 だがここは逃げ場のない地下だ。

 どこへ逃げようというのかね? 3分間だけ待ってやろう。

 ごめん嘘。待たない。

 

「お、お前が今代の聖女……エルリーゼ……か」

 

 魔女は俺が誰なのかを悟るや、何かをしようと目つきを変えた。

 だが出来なかったのだろう。

 その目は瞬く間に驚愕に歪む。

 

「ば、馬鹿な……魔力がない……」

「この一帯の魔力は全て私が取り込みました。

なので、もう魔力を取り込んでの回復は出来ません」

 

 マジでこいつ、即テレポートしようとしやがった……。

 だが残念だったな、それはもう封じた後だ!

 

「お、おのれ!」

 

 魔女が俺に掌を向けて闇の弾丸を発射してきた。

 俺はそれをバリアを纏った素手で掴み、握り潰す。

 いくら闇属性が無敵って言っても、こうも魔力差があれば防ぐのは難しくない。

 驚く魔女に、お返しとばかりに光の魔法を撃ち込んだ。

 魔女は常に闇パワーで防御しているので、普通に攻撃してもまず通用しない。

 しかし同種の力ならばその防御を貫く事は可能だ。

 俺の持つ闇パワーはベルネルから借りパクした僅かなものなので、本来の威力の10%程度しか魔女に通す事は出来ない。

 MPを100消費して発動する魔法でも、MP10消費した程度の攻撃にしかならない。

 が、ならば単純な話……MP1000消費してぶっぱなせばいい!

 俺のMPは50万オーバーだ。魔女が全力を費やしてようやく撃てるような攻撃でも百発以上余裕で撃てる。

 というわけで、光魔法ドーン!

 おまけで奮発して、MP五千くらい注ぎ込んでやろう。

 

Aurea Libertas(黄金の自由)

 

 本来は上空に向けて発射した後に拡散して多くの敵を絨毯爆撃する技だが、今回はダイレクトに魔女に撃ってやる。

 俺の手から発射された金色のごん太ビームが地下の壁ごと魔女をふっ飛ばし、轟音が収まった時にはかなり遠くまで続くトンネルが完成していた。

 

「あ、あわ、あわわわわわ……」

 

 後ろでアルフレアが震えている。

 この威厳の欠片もないのが初代聖女様です。

 トンネル内を歩いて行くと、奥の方で倒れているアレクシアを発見した。

 あんまり遠くまで飛ばさんように気を付けないとな。

 追いかけるのが面倒っていうのもあるが、飛ばし過ぎて俺が張ったバリアの外にまで行っては本末転倒だ。

 

「ば……化け物、め……」

 

 魔女が壁を背に何とか立ち上がりながら吐き捨てるように言う。

 すると俺の背後に控えていたレイラと学園長が同時に剣を抜いたが、手で制した。

 やめとけ、お前等じゃダメージ通せないから。

 まあ俺が魔法で剣を出して、それを装備させればいけるけど。

 

「終わりです、魔女アレクシア」

 

 俺がそう言うと、魔女は絶望したように顔を歪めた。

 まあここからの逆転は不可能だわな。

 俺一人でも余裕でどうにかなるのに、今ここにはレイラと学園長、それにベルネル達がいる。

 加えてエテルナとアルフレアで、本来はあり得ないダブル聖女だ。

 俺だけでも何とかなるし、俺がいなくても何とかなる。合わさる事でより盤石。

 何というか、ここまで来ると苛めだなこりゃ。

 

「ぐ、ぅ……ひぐっ……嫌だ……。

嫌だ、嫌だ! 終わりたくない! 死にたくない!」

 

 魔女が恐怖に顔を歪め、目の前にバリアを展開した。

 恐らくは残る魔力の全てを振り絞っての最後の抵抗だろう。

 とはいえ、もうテレポートするだけのMPもないはずだから、込めた魔力もたかが知れている。

 俺はその場でMP3万ほどを消費して光の剣を創り出し、バリアを斬ってやった。

 剣の形にすれば魔力ビームぶっぱと違ってずっと手元に残るので、何回も攻撃出来てお得だ。

 この光の剣ならば魔女相手でもMP3000消費相当の威力になるので、魔女のMPが万全ならば2000くらいと想定しても防ぐ方法はない。

 

「うわあ、当たり前みたいにスパッといった……。

今の、結構頑丈なバリアだったはずなのに。

……あの子には媚び売っておこう」

 

 何か後ろで初代聖女が威厳の欠片もない事を言っている。

 そういうのやめといた方がいいと思うけどな。

 他の騎士達も凄い顔になってるし。

 プロフェータは呆れ顔を隠そうともしてないし。

 

「な、何だよ……何なんだ、これは……」

 

 完全に詰んでしまった魔女が震える声で言う。

 恨み言かな。まあそれが封印される前の最後の言葉になるだろうし、聞いておいてやろうか。

 悪い事をしてきた悪人である事は確かだが、本来はもっと美人でカリスマのあるラスボスだったはずなのに大分やつれているし、それは多分俺のせいなのだろう。

 容赦する気はないが、それでも彼女は俺に恨み言をぶつける権利くらいはある。

 

「何で……何で! 何で聖女が三人いるんだ!?

おかしいじゃないか! 聖女は一つの時代に一人だけのはずだろ!

ふざけるな! ふざけるなよ! 何で私の時だけ、こんな……!」

 

 まあ、向こうにしてみればこの状態は理解不能だわな。

 自分にダメージを通せる=聖女って思うだろうから、聖女が三人いるというわけのわからない状態に見えてしまう。

 だが実際は初代聖女と現代の聖女の二人に加えて、最後の一人はただの偽物だ。

 まあ聖女が二人って時点で十分やべーけど。

 

「ずるい! ずるいじゃないか! 私は……私の時と何でこんなに違うんだよ!

歴代最高だの何だの言われて持て囃されて、皆から大事にされて!

私はそうじゃなかったのに!

私の前の聖女がクソみたいな役立たずで使命すら果たせなかったからその分の重圧が全部私に乗っかって!

いつもいつも、早く魔女を倒せと言われ続けて……それで、頑張って倒したら裏切られて!」

 

 ちなみに、ここに突入する騎士達は全員、魔女と聖女の真実を先に教えたので知っている。

 だからこの魔女が、先代の聖女アレクシアである事は全員承知の上だ。

 そしてレイラ達が彼女に向ける視線は、どこか哀れみを帯びたものになっていた。

 

「だったら、せめて魔女になって世界を滅茶苦茶にしてやろうって思った!

どいつもこいつも苦しんで死ねばいい!

そうだろう!? だってお前等、私がグリセルダを倒してからの五年は平和に暮らせたじゃないか!

ならもっと私に感謝しろよ! こっちは死に物狂いでお前達に平和を与えてやったんだぞ!

なのに裏切りやがって! 魔女だなんて言いやがって!

束の間だろうと、その平和な時間を誰のおかげで過ごせたと思ってるんだよ!

私だろ!? 私のおかげだろ! だったら、私はその分の礼を受け取る権利くらいあるはずじゃないか!

その分を私が好きにしたっていいじゃないか!

お前等はそれだけの甘い蜜を吸っただろう!?」

 

 うーむ……言っている事は分からんでもない。

 生まれた瞬間に聖女として両親から引き離されて育てられ、『魔女を倒せ』と教育されて、重圧の中で戦って魔女を倒したと思ったら今度は追われる身だ。

 しかも彼女の時代は前の聖女が使命を果たせなかった事もあって、聖女への期待や感謝は薄れ、代わりに重圧だけが強まっていただろう、最も聖女にとって辛い時期だったはずだ。

 逆に今代はその反動からか、聖女に対してかなり甘くなっている。

 思えばゲームで『エルリーゼ』があんなに好き放題出来たのも、アレクシアの功績があってのもので、同時にアレクシアへの罪滅ぼしもあったのだろう。

 まあその結果出来上がったのは最低の偽聖女なわけだが。

 

 『頑張った分甘い蜜を吸わせろ』というのも人として全くもって正しい感情であるし、むしろ見返りがなきゃ誰も頑張ろうと思わん。

 無償の善意こそ美徳とはいうが、それで得をするのは結局搾取する側なわけで。

 そんなのは残業代も払わずに社員を働かせるブラック企業の言い分だ。

 だからアレクシアの言葉は半分は正しい。

 まあ辛い思いをしたからその分踏みにじってもいいっていうのは同意出来ないがな。

 それさえなきゃまだ同情も出来るんだが、余計な事まで言っているせいでアレクシアのイメージは悪化するばかりだ。

 ほら、ベルネル達の視線がどんどん冷たくなっていってる事が背中越しでも分かるし……。

 

「どいつもこいつも、私が苦しんでいる事なんか考えずに仮初の平和でヘラヘラヘラヘラ!

私ばかりが苦しんで! 何も報われないで!

お前はいいよな! 歴代最高だの何だのとチヤホヤされて、持ち上げられてさあ!

そんだけ甘い蜜吸ってりゃ、そりゃ頑張ろうって思えるよなあ!?

何が歴代最高だ! 本当はただいい気になっているだけだろう!?

持ち上げられて優越感に浸っているだけなんだろう!」

 

 うん、ごもっとも。人を見る目あるな。

 その通りだ。俺は優越感に浸って俺TUEEEEEする事を楽しんでいる。

 ついでにアレコレやっているだけで、根底にあるのはその腐った思考よ。

 他人からいい目で見られたい。ヨイショされたい。凄い凄いって褒め称えられたい。それが俺の本心だ。

 なので、事実をいくら指摘されたところで別に俺は何とも思わない。

 好きなだけ言うがいい。

 だからスットコ、剣を抜くな。

 

「恵まれた力があって、仲間に囲まれて……おまけに聖女まで増えて!

ずるいじゃないか! 卑怯者! そうだ、お前は卑怯者だ!

私だって……私だって、お前みたいに力があれば……多くの騎士がいれば……。

……そうだ、ディアス。ディアスはどこにいった!?

ディアス! おい、ディアス! 私を助けろ! 助けるんだ!」

「ディアス学園長は、既に捕まっています。

貴女はずっと、別の人と話していたのですよ……そう、この私とね」

 

 魔女の言葉にサプリが答えた。

 それだけで魔女も悟ったのだろう。

 自分がとうに孤立して、詰んでいたという事を。

 這いずって距離を取ろうとするが、もう逃げ場はない。

 空しく壁に背中を押し付けるだけだ。

 

「な、何だと? くそ、あの役立たずめ!

騎士のくせに主人を守る事すら出来ないのか!」

 

 ディアスへの暴言に、レイラが剣を握る力を強めた。

 しかし魔女は気付かずに更に言葉を続ける。

 

「オ、オクト! オクトはどこにいった! いつまで私を一人にしている!

それにポチ! 今こそ役立たずのお前が役に立つ時だろう! 早く来い!」

 

 オクトは既に消滅済み。

 ポチは闘技大会でベルネルにやられたので、こちらも既にいない。

 ベルネルもポチというのがあのワンコロの事を指していると理解したのだろう。

 怒りの形相で魔女を見ている。

 

「……見るに堪えません。

アルフレア様、早々に封印してしまって下さい。

…………せめてこれ以上、惨めになる前に」

 

 サプリが溜息を吐き、疲れたような声でアルフレアに言う。

 こいつにとってアレクシアは聖女信仰の原点のようなものだ。

 それだけに、ここまで落ちた姿は流石にショックなのだろう。

 アルフレアも「おっけー」と軽いノリで魔法の準備に入る。

 

 さて、何事もなければこのまま終わりだが……こういう封印って物語だと大抵失敗したりするからなあ。

 上手くいくかな……いけばいいな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十七話 決着

「さあて、そんじゃ行くわよ」

 

 アルフレアが両手を合わせ、掌を前に突き出す。

 すると掌が淡く光り、魔力の波動が空間を揺らした。

 続けて掌を突き出したまま両手を広げて、腕をゆっくりと廻して目の前に円を作る。

 すると手の動きに合わせて光の軌跡が残され、光の環が完成した。

 さて、これで決まるかどうか……。

 ……いや、何か無理っぽいなこれ。

 何故かアルフレアがそこで動きを止めてしまい、次の動作に移行せずに冷や汗を流しているが、もしかしてMP切れだろうか。

 とりあえずアルフレアの背中に手を置き、MPを受け渡しておく。

 魔女戦でどれだけMPを消費したかは分からんが、こいつの性格上、調子に乗って封印魔法すら使えない程消耗してる可能性は高い。

 

「んお? おおお……何か力が漲ってくる! よっしゃ、いける!」

 

 やっぱMP足りてなかったくさいな。

 あのさあ……確かにアルフレアとエテルナの同時攻撃を魔女に防御させてMPを削る作戦とは言ったよ?

 でもその後に封印するって言ってるんだから、封印魔法使えるだけのMPは残しておけよ。

 まあ、俺がいればこの程度の問題はないに等しいわけだけどさ。

 

「な、何だ……? 何をする気だ?

わ、分かっているのか? 私を殺せば……」

「殺した聖女が次の魔女になる……でしょ? でもご心配なく。

私は貴女を殺すわけじゃなくて、封印するだけだからね」

 

 何とか攻撃を止めさせようとしたのだろう。

 アレクシアが自分を殺した先にある結末をネタバレするが、アルフレアは気にせずに魔法を続ける。

 

「これで貴女を死なせずに封じてしまえば、もう魔女の代替わりは起こらない。

私とお母様から始まった千年の連鎖もこの時代で終わりよ」

 

 口にしてしまえば、呆れるほどに簡単な手段だ。

 何故千年間もの間、誰もこの発想に行き着かなかったのかとすら思ってしまう。

 アルフレアの創り出した光の環がアレクシアを囲み、術の内側に閉じ込めようとする。

 慌ててアレクシアはその場から逃げようとするが、そうはさせん。

 俺が創り出した光の鎖がアレクシアを縛り上げ、その動きを封じ込めた。

 

「ま、待て! やめろ! 封印だと……!

嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ!

何で……何で! 何で私ばっかりこんな目に遭うんだ!」

 

 アレクシアは半狂乱して叫ぶが、実際彼女の運の悪さはなかなかのものだ。

 聖女時代は前の聖女が途中退場したせいで人々からの聖女への心証が微妙で、重圧は歴代でもトップクラス。

 倒すべき魔女も歴代より長い年月魔女をやっているベテランだから難易度ハードで、魔女になったら今度はダブル聖女+オマケの偽物ときた。

 挙句、最後は封印されての人柱だ。

 封印なんてされたらあの世にもいけんだろうし、マジで終わってる。

 ……いや、流石に哀れすぎん? これ。

 やっぱ当初の予定通り俺が倒した方がよかったんじゃね、これ。

 それなら被害は俺一人があの世に行くだけで済むし。

 

 ゲームをプレイしていた頃は、ハッキリ言ってアレクシアは嫌いなキャラクターだった。

 一応アレクシアルートもプレイしたが、プレイ中はずっと『何でエテルナが泣いてこいつが幸せそうな面してるんだ』と思っていたし二度と同じルートはプレイしなかった。

 だから俺はきっと、こいつを封印してもその時に湧き上がる感情は『ざまあ』というものだと思っていた。

 だが人の心なんていうのは分からないものだな。

 いざその時を迎えてみれば、俺の心にあったのはそんな感情ではなく、むしろ哀れむようなものだったのだから。

 今になって何故かディアスのおっさんの、アレクシアを助けてくれという勝手な懇願を思い出してしまう。

 あー、あー! 知るか! あんなん約束でも何でもない!

 ただディアスのおっさんが一方的に言って、俺の返事も聞かずに気絶しただけだ。

 第一俺は本物の聖女じゃねえんだよ。

 むしろ中身は腐り切ったクソで、ガワは金メッキなんだよ。

 そんな何でもかんでも無償で救えるわきゃねーだろ。

 第一アレクシアだって、決してただの被害者ってわけじゃない。

 歴代魔女に比べれば俺のせいでそれほど悪事を働けていないが、それでも俺が活動し始めるまでの数年くらいは悪事を積み重ねていたし、直接間接問わずに言うならば殺した数は確実に三桁は超えている。

 いや、こいつのせいで飢えて死んだ人間を入れれば四桁いくかもな。

 現代日本で言えば間違いなく死刑になるレベルの悪事だ。

 そんな奴を、せっかく見えた完全なエンディングを投げ捨ててまで救うほど俺はお人好しじゃないし、お人好しにはなれない。

 情状酌量の余地があるだとか、自己責任能力が欠如してるだとか、そんなので無罪放免なんてやってたら結局は被害者が泣くわけで。

 だからこれでアレクシアを封印して平和の為の人柱にして、そんで俺は偽聖女カミングアウトして逃走して、人里離れた山奥かどっかで余生を過ごして終わり! 終わり!

 

「嫌! いやああああああああ!

助けて! 助けてディアス! ポチ! オクト! 嫌だ、嫌だあああああ!」

 

 アレクシアが泣き叫びながら、空間ごと凍結させられていく。

 この封印魔法は初代魔女がアルフレアに使ったものと違い、仮死状態にはならないとアルフレアが言っていた。

 初代魔女がアルフレアを封印した理由は、アルフレアを魔女にしない為だ。

 その為にあえて仮死状態にして世界に死を偽装し、次の聖女を生み出すよう仕向けた。

 しかし今回は、アレクシアを生きたまま閉じ込めて力の譲渡を防ぐのが目的である。

 故に仮死状態にすらしない。アレクシアの意識はずっと続いたまま閉じ込めるのだ。

 ……流石にやりすぎな気がしてきた。

 あーもー、後味悪いなあ……。

 とか考えていたら、何故か俺の前にレイラが立つ。

 

「駄目です、エルリーゼ様。どうか抑えて下さい」

 

 まだ何もしてないのに何故か叱られた。

 わけがわからないよ。

 

「貴女の事です。アレクシア様を哀れんで何とかしようと考えたのでしょう。

しかし、これは世界の為に必要な事なのです。

貴女のその慈悲深さは尊敬しておりますが、今回ばかりはご自重下さい」

 

 レイラはどうやら、俺がアレクシアを助けようと考えていると思ったらしい。

 いや、俺そんないい人じゃないからね?

 そうこうしているうちに封印も無事に何のアクシデントもなく終了してしまったらしい。

 気付けばアレクシアは、以前のアルフレアと同じように結晶に閉じ込められていた。

 しかしアルフレアと違って服はちゃんと着ている。

 何でアルフレアは裸で封印されていたんだろう……もしかして、酔った勢いで自分で脱いでたんじゃあるまいな……。

 しかしアルフレアとアレクシアって名前が似ててややこしいな。

 どっちか、花子って改名しない?

 

「よし、封印完了!」

 

 あ、やべ。レイラが前に立って視界塞いでるせいでクライマックス見逃した。

 おいスットコォ!

 レイラを避けるようにして覗き込めば、そこにあったのは完全に結晶の中に閉じ込められたアレクシアの姿だった。

 何というか……うん。顔が酷い。

 同じ封印でもアルフレアはまだ美しさがあったんだが、アレクシアは恐怖に戦慄いて歪み切った顔のまま封印されてしまっている。

 

 さて、こういう封印系って大抵終わったと思った瞬間に封印が解けたりするのが定番なんだが、そこは大丈夫なんだろうか。

 警戒しているのは俺だけではなく、この場の全員が同じようにアレクシアIN結晶を睨んでいる。

 しかし十秒経ち、一分経ち……十分間待っても何も起こらないのを見てようやく封印の成功を確信した。

 

「お、終わった……? 終わったの?」

 

 アイナが喜びを何とか抑えようとしているような、しかしそれでも弾む事を隠せない声色で言う。

 やがてその喜びは伝染し、その場全員が勝利の確信に顔を綻ばせた。

 やった! 勝った! 仕留めたッ!

 永遠の散花、完ッ!

 ――と、思った矢先だった。

 突如ベルネルから湧きだした闇の力が槍のように飛び出し、結晶の中のアレクシアを貫いてしまった。

 ……うん。 知 っ て た 。てか、そっちかー。水晶の方ばっか見てたからベルネルはノーマークだったわ。

 まあ、このまま封印して万々歳でいくわけないとは思ってたんだよ。

 ベルネルは何が起こったのか分からずに茫然としているが、多分闇の力の暴発だろう。

 あれは元々アレクシアの力だ。

 多分だが、アレクシアの『せめて死にたい』という念に呼応して勝手に動いてしまったのだと思われる。

 つまりは自殺だ。

 しかしおかしいな。ベルネルの力が暴走しやすい事は知っていたからペンダントを与えておいたはずなのに……。

 

 ……あ、地面に落ちてるわ……ペンダント。

 なーるほど、戦闘中に落としてたのね。なら仕方ないわな。

 このままではアレクシアを殺したのはベルネルになってしまい、力の譲渡が発生してしまう。

 ベルネルは聖女ではないのでベルネルに移行してもベルネルが耐え切れずに死亡して、結局それでも連鎖は断ち切れるんだが……それじゃバッドエンドだろ。

 ま、仕方ないし問題もない。

 この状況を想定していたわけじゃないんだが、万一に備えて念のため保険はかけておいたんだ。

 だから――アレクシアに巻き付いたままの光の鎖に力を込め、そこから魔力を流し込んでアレクシアの心臓を止めて仮死状態にしてやった。

 ベルネルの闇の力でのダメージは致命傷だったが、即死じゃない。

 だから死ぬ前に、俺が殺した。

 ついでに念を入れてベルネルが与えた傷は治癒しておく。

 こうする事で、力の譲渡はベルネルではなく俺に対して発動するだろう。

 

 ま、仕方ないな。

 結局は当初の予定通りになっただけだ。

 俺の命なんざ元々後ちょっとだったし、そもそも俺は死んでいたはずの人間だ。

 死への恐怖なんざ全くないし……やっぱり何処かおかしいんだろうな。

 そんなおかしい俺とベルネルで、どっちの命が重いかなんて考えるまでもない。

 ダントツで俺の方が軽いに決まっている。

 だったら身代わりの一つや二つくらいなってやるさ。

 同じ死ぬんだったら……俺みたいな未来のない奴の方がいい。

 

「エ、エルリーゼ様……な、何を!? 今、何をしたのですか!?」

 

 レイラが震える声で叫んだ。

 俺が手を翳して鎖が光った時点で、何かしたというのはバレバレだろう。

 ここに至ってはもう隠す必要もない。死ぬ前に全部ゲロっちまおうか。

 

「私が、アレクシア様を仕留めました。

だから、これから魔女の力は私に移動します」

 

 そう言うと、全員の顔が絶望に染まった。

 きっと無敵の魔女が誕生する事を恐れているのだろう。

 だが大丈夫だ、安心しろ。魔女は生まれない。

 連鎖はここで終わりだ。

 そして俺の下手くそな聖女ロールもこれで終わる。

 

 さあクライマックスだ。

 こんな偽物に仕え続けたレイラには正直なところ、割とマジで悪い事をしたと思っているし……せめて『偽物だけど騙されても仕方がなかった』と思われるくらいには最後まで演じてやらないとな。

 そうすればレイラだって、偽物に騙されて仕え続けた間抜けとは思われないだろう。

 だから俺は、全員を安心させるように生涯最後の笑みを見せてやった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十八話 散花

 それは、決してあってはならない事だった。

 全ては終わったはずだったのに。

 魔女を封印して、これで終わりだったのに。

 だというのに、ベルネルの力が暴発して何もかもを台無しにしてしまった。

 理由は色々ある。

 制御する為に与えられていたペンダントが戦闘中に落ちてしまい、そして封印された魔女が自殺を望んだ事でベルネルの中の力が反応してしまったのも問題だ。

 だが今のベルネルならば、それを抑える事は困難ではあるが不可能ではなかった。

 しかしベルネル自身もまた、魔女への怒りを募らせていた。

 こいつさえいなければ自分は家族から見捨てられなかった。

 こいつさえいなければ……あの日、自分とエルリーゼが出会う事はなく、彼女の寿命も縮まらなかった。

 どうしても心の中を渦巻くそんな殺意が、ベルネルの中にあった力を後押ししてしまったのかもしれない。

 結果、封印すら突き破ってアレクシアの胸を貫き、致命傷を与えた。

 

 だがベルネルにとって、それ自体はまだ大きな悲劇ではなかった。

 魔女の力は魔女を殺した者に宿る。

 だがベルネルは聖女ではないのだから力が宿ったところで自滅するだけというのは分かり切った事だし、万一魔女のようになったとしてもここにはエルリーゼとアルフレアとエテルナがいるのだから、取り押さえるのは簡単だろう。

 しかし真の悲劇はこの後すぐに訪れた。

 アレクシアが完全に息絶えるよりも先に、彼女を捕えていた光の鎖が輝いた。

 恐らくはエルリーゼが止めを刺したのだろう。

 理由は……考えるまでもない。

 このままではベルネルに魔女の力が移動してベルネルが死んでしまうから、それを救う為に身代わりになったのだ。

 

「エ、エルリーゼ様……な、何を!? 今、何をしたのですか!?」

 

 レイラが、震える声で叫ぶ。

 鎖が光っただけだ。止めを刺したとは限らない。

 だからどうか違っていてくれ。

 そんな願いを込めた問いに、しかしエルリーゼは静かに答えた。

 

「私が、アレクシア様を仕留めました。

だから、これから魔女の力は私に移動します」

 

 それは、一番起こってはならない事だった。

 史上最高は史上最悪になり得る。

 これから、わずか数年後にエルリーゼは魔女になってしまうと、誰もが絶望した。

 だが、エルリーゼの正体を知るベルネルの絶望はその比ではなく……すぐに、彼の絶望はこの場の全員と共有される事となる。

 

「大丈夫です。私は決して魔女にはなりません」

 

 エルリーゼが微笑みながらそう言うと、レイラの表情が目に見えて明るくなった。

 よかった、ちゃんとこの方は対策を考えていたんだ。

 そうだ、魔女にはならないと最初から言っていた。

 運命を変える方法はあると……悲しい連鎖をこの時代で断ち切ると言ってくれた。

 そしてエルリーゼは決して嘘は吐いていない。

 だが、彼女の考える真実が、決定的にレイラの認識とズレていただけだ。

 

「だって私は……聖女ではありませんから」

 

 信じがたい言葉に、その場の空気が凍った。

 聖女ではない。

 誰が? このエルリーゼが?

 歴代最高の聖女とまで呼ばれ、数々の奇跡を起こしてきた彼女が、聖女ではない?

 そんな馬鹿な、と真実を知るベルネルとアルフレア以外の誰もが思った。

 彼女が聖女でないとしたら、それこそ世界には聖女なんて存在はいない事になってしまう。

 

「この時代の真の聖女は、エテルナさんです。

私は……ただ、同じ村に生まれて取り違えられただけの偽物なんです」

「……嘘だ」

 

 レイラは、まるで極寒の吹雪の中に取り残されたような悪寒が全身を包んでいるような錯覚に襲われていた。

 今自分が立っているのかどうかも分からない。

 かつてない恐怖が足元から這い出してきて、身体が震える。

 エルリーゼが本物の聖女ではない、というのは確かに驚くべき事だ。

 聖女ではないのにあれだけの奇跡を成し遂げてきたなど信じられない。

 だが()()()()()。彼女が本物だろうが偽物だろうが、それでもエルリーゼである事に違いがないならば、何ら関係ない。

 仕えるべき……そして愛するべき主だ。たとえ本物の聖女が別にいるとしても、この忠誠に変わりはない。

 だから偽物だと言われても失望などなかった。

 しかし怖かった。

 何故なら、聖女でないというならばつまり……この後彼女に待ち受けている運命は、一つしかないからだ。

 

「今まで騙していて、すみませんでした。

けれど騙し続ける日々も今日で終わります。

そしてエテルナさん……今こそ、聖女の座を貴女にお返しします」

 

 急に『お前が本当の聖女だ』と言われたエテルナは、現実が飲み込めないように口をパクパクさせている。

 だがエルリーゼの言う『終わり』という言葉が嫌でもこれから何が起こるのかを理解させてしまう。

 

「聖女ではない者が魔女の力を受け継ぐことは出来ません。

それに足る器がない以上、必ず死に至る……そして、行き場を失った魔女の力は次の聖女に宿る事はない。

だから……これで、ずっと続いてきた連鎖は終わりです」

「そんな……」

 

 これが正しい事であるかのように言うエルリーゼに、フィオラが涙ぐむ。

 最初から……きっと最初から、エルリーゼはこうするつもりだったのだろう。

 アルフレアによる封印は彼女にとってもイレギュラーで、そもそも最初の構想に入っていなかった。

 これで上手くいけばよし。失敗しても自分が全ての悲しみを持っていく。

 最初から彼女は、そう決めていたのだ。

 

「レイラ……貴女には特に、謝らなければなりません。

貴女が聖女に仕える事を誇りにしていたのは知っていました。

その貴女を私のような偽物に縛り付けていた事は……どう謝っても、許される事ではないでしょう」

「エル、リーゼ様……ち、違……私は……」

 

 違う、そんな事はない。

 偽物だろうと本物だろうと関係なくて。

 自分にとっての聖女はずっと、エルリーゼ一人だ。

 そう言いたいのに、レイラは声を出せなかった。

 だが、時間はレイラを待ってくれない。

 結晶の中のアレクシアから、黒い靄のようなものがエルリーゼへ流れ込んでいく。

 力の移動が始まったのだ。

 

「あっ、ああ……うああああああああ!」

 

 レイラが剣を抜き、靄に斬りかかる。

 だが実体のないそれを斬ることなど出来ない。

 剣は虚しく空振り、何度も宙に向かって剣を振り回すレイラの姿は、ただ滑稽なだけであった。

 

「レイラ」

 

 何度も剣を振り回すレイラの手に、そっとエルリーゼの手が重ねられる。

 無駄だという事は何よりもエルリーゼ自身が理解している。

 エルリーゼが不可能と断じるような事があれば、それはこの場の誰にも出来ないという事だ。

 レイラは己の無力さを痛感し、剣を取り落とした。

 エルリーゼはレイラの頬を伝う涙を指で拭い、全てを悟ったような笑みを見せる。

 

「ありがとう」

 

 この一言には、きっと色々な想いが乗っているのだろう。

 レイラは何か言わなければいけないと思いながらも、声が出ない。

 だから、力の限りエルリーゼを強く抱きしめる事で己の想いを形にした。

 それはまるで母親に縋りつく子供のようであり、エルリーゼは自分よりも身長の高いレイラの頭を優しく撫でる。

 それが一層、レイラを悲しくさせた。

 消えてしまう……もうすぐ、いなくなってしまう。

 この微笑みが向けられる事はなくなり、この手が自分に触れてくれる事もなくなる。

 それが死だ。どうしようもない永遠の別離。

 エルリーゼはレイラをあやしながら、他の皆へ顔を向けた。

 

「これで、もう魔女はいなくなります。

千年間続いてきた連鎖が終わり、そしてやっと、この世界の時間が進み始める。

そこに私はいないけど……それでも、皆の幸せを願っています」

 

 話している間にも力の移動は止まらず、アレクシアから流れる靄の量が減っていく。

 じきに、力の移動が終わるのだ。

 そしてその時、エルリーゼは死ぬ。

 彼女自身もその事は理解しており――だから、生涯最後の笑顔を浮かべて、最後の激励を口にした。

 

「これからは、貴方達の時代です」

 

 その言葉を最後に、エルリーゼの身体から力が抜ける。

 レイラは咄嗟に強く抱きしめ、崩れ落ちるその細い身体を支えた。

 だが支えながら分かってしまう。理解出来てしまう。

 ああ……駄目だ。何てことだ。

 ()()()()()()

 身体はここにあるのに、もうエルリーゼはここにいない。

 命がない。魂がここにいない。

 レイラの腕の中で静かに目を閉じたエルリーゼには何の力もなく……そして、彼女が今まで頭に付けていた()()()()花が、儚く散る。

 エルリーゼの魔力によって維持されていた枯れない花は、彼女の魔力が尽きればただの花になる。

 それが散ったというのは、エルリーゼの命が尽きた事の何よりの証であった。

 

「嘘だ……嘘だ、嘘だ! 嫌だ!

エルリーゼ様! 目を……目を開けて下さい!」

 

 レイラが、普段の凛とした姿の面影もなく取り乱す。

 涙が溢れ、顔はグチャグチャに歪んでいた。

 だがいくら呼びかけてもエルリーゼは目を開けずに、ここにあるのがただの抜け殻である事を否応にも痛感してしまう。

 

『大丈夫です、レイラ。

()()()()()は絶対に死にません』

 

 いつかエルリーゼが言っていた言葉を思い出す。

 あの時の言葉が指していたのはエルリーゼ自身ではなかった。

 本当の聖女であるエテルナを指していたのだ。

 

「わ、私は……私は……偽物なんて……どうでもよかったのに……。

あ、貴女が……貴女がいてくれればそれで……っ。

私にとっては、貴女こそが、本当の……っ」

 

 嗚咽交じりでほとんど聞き取れない声で、レイラは泣き叫ぶように言う。

 

『大丈夫です。最後には必ず、皆が笑って迎えられるハッピーエンドにしてみせますから』

 

 あの言葉も、自分自身を含んだものではなかった。

 彼女の考えていたハッピーエンドに、彼女自身の姿はなかった。

 まだ温もりの残っている主の身体を抱きしめながらレイラは思う。

 こんなの……こんなの、全然笑えない。

 全く幸せではない。

 だって世界がどれだけ平和になっても、そこに最愛の主がいないのだ。

 これでどうして、笑う事など出来る。

 

「う、うあ……ああぁぁああぁ……っ!

あああぁあああぁぁぁあああああああああッ!!」

 

 とうとうレイラは感情の抑えが利かなくなり、子供のように泣きじゃくった。

 涙と鼻水を流し、騎士としての凛々しさなど捨てて感情のままに泣き喚く。

 だがそんな彼女を笑う者など一人もいない。

 その場の誰もが悲しみの涙を流し、そしてベルネルは無言で涙を流しながら絶望し切った顔で座り込んでいた。

 

 

 ――そこに、エルリーゼの思い描いていた『ハッピーエンド』などというものは……欠片も存在していなかった。




曇らせるの大好きマーーーン!

ちなみにL本人は脳内でアーロンのテーマを流しながらノリノリで「もうお前達の時代だ!」してます。
尚実際は「いつか終わる夢」が流れてる模様。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十九話 暗雲

 雨が降っていた。

 空を覆う暗雲は日の光を閉じ込め、昼間だというのに夜のように暗い。

 まるで世界が流す涙であるかのように水滴が人々の身体を濡らし、雨に混じって皆が流す涙が地面に落ちる。

 降りしきる雨の中、人々の表情もまた暗いものだった。

 誰もが下を向き、何人かはその場に膝をついて泣き崩れる。

 

 ――聖女エルリーゼの死。

 それは雷よりも鋭い衝撃として、瞬く間に知れ渡った。

 エルリーゼは聖女ではなかったが、しかしその偉業を見て偽物呼ばわり出来るはずもなく……教会は聖女よりも上の位として『大聖女』という呼び名を作り、エルリーゼに与えた。

 彼女の葬儀はアイズ国王主導のもとで大掛かりに行われ、国葬となり、参列には世界中から人々が集まった。

 通常、この世界での死者は土葬と決まっているがエルリーゼを土に埋めてしまう事は誰にも出来ず、腐敗を防止する為にサプリの指示の下、アルフレアによってその遺体は美しさを保ったまま封印される事となった。

 結晶の中で眠るエルリーゼは生前そのままで、ただ眠っているだけにしか見えない。

 葬儀が終わった後は早急にエルリーゼの為の墓の建造が始まり、その間は教会の預かりとなって厳重に安置される事となった。

 エルリーゼに別れを言う為に人々は毎日のように教会を訪れて祈り、そして泣きながら去っていく。

 近衛騎士のレイラは毎日のように訪れ、日が沈むまでエルリーゼの側で祈り続けていた。

 最初の数日は毎日のように泣き疲れて眠るまで祈りを続けていたが、涙はとうに枯れてしまったのか、ここ数日はずっと死人のような顔をしている。

 その姿を心配した同僚の騎士達が彼女を気に掛けるも、レイラは日に日にやつれていき、まるでエルリーゼの下に召されるのを心待ちにしているようであった。

 

 無理もない事だ。

 打ちのめされているのはレイラだけではない。エルリーゼに仕えていた騎士全員が己を恥じている。己の無能を憎んでいる。

 エルリーゼの死後……彼女の私室の机から、遺書が発見された。

 そこには自らが偽りの聖女である事。そして自身に仕えた騎士達には何の咎もない事が書かれていた。

 

『この遺書が発見されたという事は、私は今頃魔女を倒して死んでいるか、あるいは偽聖女という事が判明して処刑台に送られているかのどちらかでしょう』

 

 その悲痛な覚悟から始まった遺書には、一文も世界や人々への恨みなどは書かれていなかった。

 恨んでもいいはずだ。恨み言の一つや二つあってもいいはずだ。

 エルリーゼが聖女と間違えられたのは彼女のせいではない。取り違えた側の責任で、彼女は被害者だ。

 だというのにその事への恨みが一切ない。

 ただどこまでも、自分以外の誰かを案じていて……遺書は、騎士達の擁護に終始していた。

 

 それを読み、騎士達は泣いた。

 己の不甲斐なさに滂沱の涙を流した。

 ……誰一人として気付かなかった。気付く努力すらしなかった。

 世界に選ばれた聖女ですらないただの少女が重い使命を背負わされ、弱音を吐かずに常に笑顔で誰にも出来ない事を成し遂げていた。

 簡単な事ではなかったはずだ。簡単なわけがない。

 だが自分達はそれを、『奇跡』だなどと呼んで有難がった。

 ――その裏でどれだけ血の滲むような努力を重ねていたのかなど考えずに!

 不安だったはずだ。辛かったはずだ。

 ただの少女が両親から引き離されて、聖女を演じなければならなくなったのだから、辛くないわけがない。

 その上で彼女は、真実が判明した後に自らが処刑される事まで覚悟して……なのに誰も憎まず、自分を地獄に叩き落した騎士や国人達を気遣っていた。

 

 騎士達は己を恥じた。己の存在を恥じた。

 誰か一人でも、彼女の支えになれた者はいたか?

 本当の姿に気付いて、ほんの少しでも彼女の荷物を代わりに持てた者は?

 ……いない。誰もいない。

 騎士達はただ、雁首を揃えて彼女の尽力と献身を『奇跡』と呼んで有難がり、逆に重荷を増やしていた。

 それが心底……心底、情けない。

 レイラもきっと同じ気持ちだ。

 いや、筆頭騎士として常に側にいたレイラの自己嫌悪はきっとその比ではないだろう。

 

 眠り続けるエルリーゼの前には、フィオラやジョンといった者達も毎日訪れては祈りをささげた。

 王族も貴族も平民も区別なく、誰もが彼女との別れを惜しむように祈っていた。

 ……だが、その中にサプリとベルネルの姿はなかった。

 

 

 

「ねえベル……少しは食べなよ」

「いらない」

 

 ベルネルの寮室で、エテルナが心配して食事を載せたトレーを置くもベルネルは無感動な声を返した。

 棒読み、とでも言おうか。

 彼の言葉には何の感情も乗っていない。

 煩わしさからくる苛立ちもないし、悲しみもない。

 その目は濁って何も映さず、かろうじて今近くにいるのがエテルナだという事を認識している程度だ。

 ベルネルの絶望は他の者の比ではなかった。

 何故ならエルリーゼは、ベルネルの身代わりになって死んだようなものなのだ。

 ベルネルに責はない。あれは不幸な事故で、彼の持っていた力が魔女の意思で動いてしまったに過ぎない。

 それでも、あんな事にならなければ少なくともエルリーゼは後少しくらいは生きていてくれたはずなのだ。

 ただでさえ自分のせいで彼女の寿命を縮めてしまっていたのに、その上で身代わりにまでしてしまった。

 かつて自分を救ってくれた相手に何も返せず、それどころか彼女を死に追いやった。

 その自己嫌悪と罪悪感は他人には計り知れない。

 皆に気を遣われて心配されるのが逆に苦痛だった。

 自分にそんな価値はない。むしろ誰かに殺して欲しい。

 罵声を浴びせられ、糾弾される方がまだ今のベルネルにとっては救いになるだろう。

 実際、こうしてエテルナに心配されている時間よりも、錯乱したレイラに掴みかかられていた時の方が不思議と落ち着けたものだ。

 結局レイラは皆に取り押さえられたが、彼女の怒りは何一つ間違えていないとベルネルは考えている。

 あのまま、斬られてしまってもよかった……そう思うくらいには彼は絶望していた。

 それでもまだ醜く生きているのは…………何故だろう?

 まだこの世に未練があるというのだろうか。

 もしかしたらエルリーゼが蘇る事を期待などしているのだろうか?

 

「なあベルネル。辛いのは分かるけど、少しは彼女の気持ちも考えてやれよ」

 

 ベルネルの寮友である、無駄に顔立ちのいいシルヴェスター・ロードナイトが異性を魅了してやまない王子様スマイルでベルネルを気遣う。

 そんな無駄にキャラを立てようとするモブを無視してベルネルは窓の外を見た。

 世界は平和になったはずなのに、雨は止まない。

 どれだけ平和になろうと、太陽を失った世界に光は差さないのだ。

 

「少しは食べないと身体がもたないよ。

サプリ先生もおかしくなっちゃってずっと研究室に閉じこもってるし……私、こんなの嫌だよ」

 

 もたなくても別にいい。

 どうせこの力のせいで、死にはしないのだから。

 いっそ死んでしまえばどれだけ楽だろう……そう思って何度か自殺を試みたが、結局はどれも失敗に終わった。

 忌まわしい力は今もまだベルネルに残っていて、彼が自殺する事を許してくれない。

 自殺して楽になれるほど軽い罪ではないと、誰かに言われているような気さえする。

 今のベルネルにとっては、自分が生きている事そのものが何よりも重い責め苦だった。

 窓の外に見える空は黒くて、エルリーゼはその上にいるのだろうかと思う。

 だがきっと、自分がそこに行く事はないだろうとベルネルは考えた。

 彼女を死においやった自分が、同じ場所に行っていいはずがない。

 ……それにしても本当に空が暗い。不自然なほどに黒く、渦巻いている。

 これは世界から光が失われたという事なのか。

 空の上にある雲はどこか不吉で、まるで意思を持っているかのように集まっている。

 それにあれからは不思議と、自分と同じような闇の力まで感じられて……。

 

「……っ!」

 

 そこまで考えて、ベルネルは弾かれたように立ち上がった。

 闇の力が感じられる、どころの騒ぎではない。

 空に集まっているあの雲に見えるものは、闇の力()()()()だ。

 それが数日前からずっと……恐らくはエルリーゼが死んだあの日から少しずつ集まり、実体化を果たそうとしている。

 何故今まで気付かなかった? 他の者は気付けずとも、ベルネルならばすぐに気付けただろうに。

 ……決まっている。気付こうともしていなかったからだ。

 エルリーゼの死で思考停止してしまい、何も見ずに聞かずに過ごした。だからこんな分かりやすいものを見逃す。

 呆れた間抜けさだと自分で自分が嫌になる。

 すぐ目の前で斧を持って誰かを殺めようとしている者がいるのに、ぼーっとそれを見ていたに等しい。

 

「どうしたの、ベル」

 

 エテルナはまだ何が起こっているのか把握出来ていないのか、きょとんとしている。

 聖女として覚醒して日の浅い彼女では、まだあの力を正確には感知出来ないのだろう。

 

「エテルナ、俺の武器を!」

「え? 駄目だよ! そんな事言って、また自分を……」

「そうじゃない! すぐに、戦いが始まるんだ!」

 

 ベルネルの武器は、自殺をしないようにとエテルナが隠してしまった。

 だがこれから始まる戦いには武器が必要だ。

 空の上に集っている力はもう限界まで高まり、いつ爆発してもおかしくない。

 そうなれば、世界は滅茶苦茶にされるだろう。

 エルリーゼが命を捨ててまで守ったこの世界が蹂躙される……それは、絶望し切ったベルネルであっても、受け入れられるものではない。

 もっと早く気付くべきだった。ベルネルならばそれが出来た。

 だが何もせずに日々を過ごしていた結果がこれだ。

 自分で自分を殺してやりたくなるほどに、何もかもが裏目に出る。

 

「急げ! すぐに始まる! もう時間がない!」

 

 

 ビルベリ王国の王都前にて、レイラを除く全ての騎士と兵士が集結していた。

 それを指揮するのはアイズ国王と、初代聖女アルフレアだ。

 アルフレアの隣にはプロフェータがいて、空を見上げている。

 

「アルフレア様、可能な限りの兵は集めました」

「ん、ご苦労様」

 

 アイズの報告を聞き、珍しく緊張した声色でアルフレアが労を労う。

 エルリーゼが死んだ日から、何か不吉なものが集まっている事をプロフェータは把握していた。

 そしてそれがじきに、実体化を果たす事もまた予測済みだ。

 だからこそ、エルリーゼの死後に聖女の地位に復帰したアルフレアに忠告し、彼女を通してアイズにありったけの兵をかき集めさせたのだ。

 

「ねえプロフェータ、アレ何なの?」

「イヴの成れの果て……かねえ」

 

 アルフレアは両手に魔力を溜めながら、上空で実体化しつつある敵の正体を聞いた。

 魔力を溜めているのは、初っ端に全力の一撃を叩き込む為である。

 出し惜しみは一切しない。

 空で実体化しつつあるアレは、アルフレアが全力で攻撃しても効くかどうか分からないのだ。

 そんな相手に加減した攻撃を撃つなど愚の骨頂でしかない。

 もっとも、全力で撃っても通じる気はしないが……。

 

「イヴ……魔女は元々は世界の代行者だった。

それが何故、人々を殺して回る存在になり果てたのかをお前さんは知っているかい?」

「知るわけないでしょ。私が生まれた時点でもう、お母様は世界中から追われる身だったんだから」

 

 初代魔女であるイヴはアルフレアの母である。

 アルフレアにだけは優しい母だったが、それでも彼女が物心ついた時点で母は既に追われる身で、悪事をあちこちで働いていた。

 アルフレアが生まれる前に、既に母は暴走していたのだ。

 故に何があったかなど知る余地もない。

 

「少しは考えなよ。

魔力の循環ってあるだろう?

これがあるから魔力が自動で回復して、魔法を使えるようになる。

誰しもが無意識下でやっている事で、意図的にその速度を上げることで内包出来る魔力の量も高まっていく。

この魔力循環が厄介でね。外に魔力を出す際に、余分な感情……まあ主に負の感情も少しずつ排出される仕組みになっている。

あまりにも行き過ぎた悪党が出ないようにするために、世界が人間に与えた自浄作用さね。

だがそれはつまり、空気中の魔力にそうした負の感情が混じっているって事であって……だから魔力循環をしすぎると、どんどん他人の負の感情が流れ込んできておかしくなっちまう。

無意識で行う魔力循環ならば負の感情を取り込むスピードより排出するスピードの方が早いから問題ないんだが、これを意図的に早めちまうと器は広くなるが排出速度より負の感情を取り込むスピードが上回ってしまうんだね」

「そんな事は私も知ってるわよ。何? 今更基礎の復習?」

 

 魔力循環をする事で魔力は回復するが、やりすぎるとおかしくなる。

 こんなのは誰でも知っている事だ。

 今更その程度の基礎を説明され、馬鹿にされているような気分になってアルフレアは口を尖らせた。

 

「重要なのはここからだ。

イヴはね、私が思うにその魔力循環の部分で既にバランスが崩れていたのさ。

代行者として多くの力を持つように世界に作られたあいつは、常人よりも循環速度が早かった。

そのせいでどんどん人の世の悪い感情を取り込んじまってね……自分で自分が保てなくなったのさ。

イヴが死んだ時、イヴの魂そのものはあの世に行っただろうが蓄積されて凝縮された負の感情だけはこの世に残ってしまった。

言ってしまえば負の感情しかない、自我を持った魔力……イヴの残滓だ。

魔女を倒した聖女が魔女になっちまうのは、イヴの残滓が無理矢理その聖女の身体に入り込んで負の感情で染め上げちまうからだろう。

そして染められてしまった魔女の心もまたイヴと同じように負の感情のみで動く魔力になって、次の聖女へ乗り移る……そうして千年間ずっと、悪い心ばかりを蓄積してきて、出来上がったのがアレってわけだ」

「……お母様。なんて傍迷惑な……」

「よりにもよって、出る感想がそれかい。

イヴがお前さんを封印したのは、多分薄々そうなる事が分かっていたからだろう。

だからお前さんを仮死状態にして封じて次の聖女の誕生を待ったんだ。

最後の親心が、そうさせたんだろうね」

 

 プロフェータの仮説を聞き、アルフレアは昔を思い出すように目を閉じた。

 封印された事は許せないし、今でも腹を立てている。

 だがもしそうならなければ、今頃自分はここにいなかっただろう。

 空を見上げれば雲は人の形を取り始めていて、歴代の魔女の顔が浮かび上がって怨嗟の声をあげていた。

 そのあまりにおぞましい姿に、兵達の間で動揺が走る。

 

「魔力を循環し過ぎると悪い感情に乗っ取られておかしくなる。

おかしくなったお母様から連鎖が始まって、歴代の聖女も全員おかしくなった……か。

つまり千年に渡る人の世の苦しみは結局、人間自身の業だったって事ね。嫌になるわ」

「唯一の例外と言えるのはエルリーゼくらいだ」

 

 プロフェータが、数日前にこの世を去ってしまった少女の名を呼ぶ。

 彼女の事を思い出し、アルフレアは唇を結んだ。

 

「エルリーゼは、多分イヴと同じ欠陥を抱えていたんだ。

生まれながらに魔力の循環バランスが崩れていて、人より魔力内包量が増える代わりに、心がどんどんドス黒く染まっていく……そういう症状の持ち主は歴史上にも何人かいた。

そいつ等は一人の例外もなく聖女にも比肩するような魔法の天才、才能の怪物だったし……一人の例外もなく、とんでもないド悪党だった。

歴史に名を残すような魔女以外の悪人は、全員がこの症状持ちだ。

エルリーゼの魔力が生まれながらに、聖女と間違えられるほどに強かったのもこれのせいだ。

言ってしまえば、()()じゃないんだ。正しく魔力の循環が出来ない()()なんだよ」

「でも、あの子は……むしろ悪い部分が見当たらないくらいにいい子だったわ。

あれだけ悪い部分の見付からない人間がいるのかって驚いたくらいにね」

「だから例外なんだよ」

 

 何故エルリーゼだけが、いくら魔力の循環を行っても平気だったのかはプロフェータにも分からない。

 彼女は四六時中魔力循環を高速で行い続ける魔法を作って、全く休みなく内包魔力量を拡張させ続けていたし、だというのに何故かイヴのように狂う気配さえなかった。

 考えられる可能性は一応いくつかある。

 元々、いくら負の感情を流し込まれても染まりようがないくらい真っ黒でどうしようもない心の持ち主ならば平気かもしれない。

 最初から狂人だったのかもしれない。

 だがエルリーゼがそうだったとは考えにくい。

 あるいは、染まっていく自分の事さえも他人事のように冷静に見る事が出来る特異な精神性を有していたのかもしれない。

 だがあれだけ平和の為に尽力した少女が、そんな何もかもを他人事として捉えていたとは考えられない。

 もしかしたら単純に、どんな黒い感情でも纏めて受け入れてしまえるほどに心が広かったのか……。

 いやまさか。そんな心の持ち主がいたらそれはもう女神だ。人ではない。

 

 分からない……が、どちらにせよこの世界はエルリーゼがここまで立て直し、命を捨ててまで守ろうとした世界だ。

 ならばやる事は一つしかない。

 

「何で私が千年も封じられなきゃいけなかったのかって……ずっと思ってたけどさ、ようやく分かった気がするわ」

「へえ、奇遇だね。私も何で千年間も無駄に長生きしたのか、その理由が何となく分かったところさ」

 

 アルフレアが魔力を高め、プロフェータが力強く地面を踏む。

 いつまでも千年前の異物が今の世界を荒らすのは、引き際が悪すぎて見苦しい。

 ならば、同じく千年前から来た自分達が引導を渡してやるべきだ。

 その決意のもと、初代聖女と預言者が奮い立つ。

 

「今この時の為……あの子が守ろうとした世界を守る為に、私は千年間待っていたのよ!

行くわよあんた等! 気合入れなさい!」

「駄目聖女のくせに言うじゃないか!

ああそうさ! 千年間無駄に長生きした命、今こそ使うべき時さね!」

 

 己を奮い立たせるように猛る。

 そして、遂に歴代魔女の怨念が実体化を果たした。

 

『ぎゃはははははは! アハハハハハハハハー!』

 

 ――上空に、狂ったような笑い声を響き渡らせながら。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十話 『魔女』

 黒い煙が寄り集まり、一つの存在として実体化していく。

 いや、これを一つと表現するのはいささか以上に語弊があるだろうか。

 雲が実体化し、まず現れたのは無数の女性であった。

 それ等一人一人の名前を全て把握している者などプロフェータ以外にいないので彼女以外が知る由もないがこれらは歴代の魔女(聖女)の姿であり、それが絡み合うようにして一つの巨体を成していく。

 その果てに顕現したのは、雲まで届くような黒い巨人だった。

 頭部や胸部、腹部、腕や足に至るまであらゆる箇所から歴代の魔女(聖女)が、生前のサイズを無視したような様々な大きさで生えていて、おぞましさを感じさせる。

 背中からは触手が生え、その触手の先にもまるで轆轤首のように女の顔が生えていた。

 女達は例外なく白目と黒目が反転して全身が黒く染まり、血の涙を流し続けている。

 その中にはつい先日に仕留めたはずのアレクシアの顔も確認出来た。

 

「……久しぶりね、お母様」

 

 アルフレアが冷や汗を流しながら、巨人の胸の部分に浮き出ている最も巨大な顔へ語り掛けた。

 巨人の胸に巨大なできもののように浮かび上がっているのは女の顔で、この顔だけで城一つ分はあるだろう。

 鋭い眼をした、冷たい印象を抱かせる美女だ。

 この顔こそ初代魔女であるイヴの顔だという事を、娘であるアルフレアと当時を知るプロフェータの一人と一匹だけが知っていた。

 

「あれはイヴじゃない。イヴの残滓だ」

「そうね……」

 

 久しぶりの母娘の再会だが、母の魂はここにはない。

 あれは、歴代魔女の負の感情のみを集めた集合体だ。

 しかし魔女というのは本人の意思を塗り潰して、負の感情に支配されて動かされた姿であり、ならばこれこそが歴代の魔女そのものと言っても過言ではないだろう。

 

『憎い』

『妬ましい』

『恨めしい』

『許せない』

 

 あちこちから生えた魔女の顔が、一斉に世界への恨み言を口にした。

 それは魔女自身の言葉だけではない。

 何故ならこれは負の感情の集合体。故に空気中に溶け込んだ世界中の人々の、ありとあらゆる暗黒面を内包している。

 

『ハンスさえいなければ俺が次期隊長に選ばれていたのに。

ああ……あいつがいなければ……事故でも自殺でも何でもいいから死んでくれ……』

 

 魔女の顔の一つが、男の声で何かを話した。

 それだけでは一体何の事か分からないが、しかしこれに一人の兵士が反応して顔を青褪めさせる。

 

「お、俺の……声……?」

「……バリーお前、俺の事をそんなふうに……」

「ち、違う! 誤解だ!」

 

 どうやら今の声は、バリーと呼ばれた兵士の内なる声だったらしい。

 隣のハンスと呼ばれた兵士は友にそのように思われていた事にショックを隠せないようだ。

 だが今度は、魔女の顔がハンスの声で話す。

 

『バリーの野郎……俺より全てにおいて劣っているくせに同格みたいな面しやがって。

ウロチョロつきまとってきて鬱陶しいんだよ』

 

 その声を聞いたバリーは衝動的にハンスに掴みかかり、ハンスもまた怒りの形相を浮かべた。

 

「てめえこの野郎!」

「何だ! やるか!?」

「やめろ、何をしている! 同士討ちしている場合か!」

 

 敵を前にして兵士同士での仲間割れなど話にならない。

 他の兵士がすぐに間に割って入って仲裁するも、魔女の口からはまた別の呪詛が吐き出される。

 

『リリの奴、いい女だよな。リックには勿体ねえ、何とか弱みを握ってモノに出来ねえかな。

一発ヤっちまえばこっちのもんよ』

『レイラさんさえいなければお父様が筆頭騎士だったのに』

『ベルネルが私に振り向いてくれないのはエルリーゼ様のせい……』

『ベルネルさえいなければエルリーゼ様が死ぬ事はなかった』

『初代聖女なんだから、もっと皆私を褒めてよ! チヤホヤしてよ!』

『水晶の中で眠るエルリーゼ様を見た時……フフ……下品なんですがその、勃起……してしまいましてね』

『エルリーゼ様のいなくなったこの世界とか滅んでもいいんじゃないか?』

 

 次々と魔女の口から、様々な人間の心の声が吐き出される。

 これを前に兵士達は、ある者は目を背け、またある者は耳を塞ぎたい衝動に襲われる。

 これは、普段見ないようにしている自分自身の醜い心そのものだ。

 見ないで済むならば見たくない。聞かずに済むならば聞きたくない。

 そんな、忌避すべきものがこの『魔女』だ。

 

「アルフレア!」

「分かってる! 全く……趣味が悪いのよ、この化け物!」

 

 これ以上は味方の士気が保てない。

 そう判断したプロフェータの声に応え、アルフレアがありったけの魔力を凝縮させた魔力弾を撃ち込んだ。

 聖女と魔女のみに使用が許された闇属性の魔力弾は、光さえも通さない空間の塊だ。

 炸裂した『魔女』の胴体を中心にして空間諸共崩壊させていく。

 そして『魔女』の胴体に空洞が空き――すぐに、元に戻ってしまった。

 

「うげ、全然効いてない……私の全力だったのに」

 

 アルフレアはげんなりしながら、白い花……エルリーゼが髪飾りにもしていたアンジェロを取り出し、魔力を回復させる。

 とりあえず相手の力を量る為に出し惜しみ無しの全力で攻撃をしたが効果はなし。

 アルフレアの全力で効果がないというならば、もうアレに通じる攻撃はないという事になってしまう。

 

『どうして私だけがこんな目に』

『皆苦しめばいい』

『こんなに私が苦しいのに世界が救われるなんて許せない』

『全部壊れてしまえ』

 

 『魔女』が怨嗟の声を吐きながら、アルフレア達を無視して移動を開始した。

 その巨体で歩くだけで何人かの兵士が蹴り飛ばされ、少しでも前進を阻もうと最前線で盾を構えていた男達が纏めて吹き飛んだ。

 

「町に向かわせるな! かかれ、かかれい!」

 

 アイズ国王が兵士達に指示を出し、巨人に矢と魔法が次々と打ち込まれる。

 だが全く通じない。

 全てが空しくすり抜けるだけだ。

 町を目指して歩く魔女の背中からアレクシアの顔が生え、アイズを睨んだ。

 

『裏切り者。私はあんなに頑張ったのに、お前はそれを踏みにじった。

許せない、許せない……』

「……ア、アレクシア」

 

 アイズも罪悪感がなかったわけではないのだろう。

 アレクシアの顔から吐き出された怨嗟の声に、目に見えて怯んでしまった。

 その彼に向けて、黒い炎が吐き出される。

 アイズのすぐ近くに炸裂したそれは、爆風だけでアイズを吹き飛ばしてしまう。

 派手に吹き飛んだアイズは建物に衝突し、小さく呻き声をあげた。

 

「こら、待ちなさい! 何処に行く気よ!?」

「……不味いねこれは」

「見りゃ分かるわよ! このままじゃ町が滅茶苦茶にされるわ!」

「そうじゃない。それもあるが……あいつ、教会に向かってるよ。

知能なんかなさそうなのに、分かってるんだ……何が自分にとって脅威になり得るのかを」

 

 プロフェータはノソノソと歩きながら、『魔女』が何を目指しているのかを話す。

 彼女なりに一生懸命後を追おうとしているのだろうが、悲しいかな亀は亀だ。

 スッポンのように陸上でも驚くべきスピードで走る亀の仲間も存在するが、残念ながらプロフェータは普通に鈍足であった。

 

「あれは負の感情の集合体だ。

となれば一番嫌うのは正の感情……つまり希望だろう。

今この時代で希望の象徴と言えば一人しかいない」

「……私?」

 

 間抜けな事を言いながらアルフレアが自分を指さす。

 プロフェータは無言で彼女を踏んだ。

 

「エルリーゼだ。死して尚、あの子は人々の心の拠り所になっている。

今も、民衆がどんどん教会に集まって祈りを捧げている。

ならば、それを皆の前で結晶ごと壊しちまえば……あっという間に負の感情で満ちて、奴はますます強化されるだろう」

 

 エルリーゼは単純な戦闘能力という点でも『魔女』に対抗出来る唯一の存在だ。

 しかしそれ以上に、エルリーゼの存在そのものが正義と希望、そして光の象徴であり、遺体であろうと残っている間は完全に人々は絶望しない。

 だから脅威を排除して人々を絶望に染め、自らが強化されるという一石三鳥のこの選択肢を選ばない事のメリットがない。

 

「アルフレア様!」

「エテルナちゃん! 丁度いいところに!」

 

 学園の方から馬に乗ったエテルナとベルネル、そして彼等の友人であるジョン達が駆け付けてきた。

 この時代の真の聖女であるエテルナの参戦は、普通ならば大きな希望となる。

 アルフレアと合わせて聖女が二人……歴史上でもこれほどの戦力はなかった。

 しかし相手は千年間に渡る歴代の集大成だ。

 聖女が魔女を倒せるまでに成長するのに十五年、その後魔女になるまでに更に五年と考えた場合は二十年に一人の魔女が誕生していた事になる。

 ならばあの『魔女』が内包する魔女の数は約五十人分だ。

 無論多少はズレもあるだろうが、大雑把に考えればそれだけの数が含まれていると見ていい。

 ならばこれは聖女二人に対し、魔女五十人の戦いであり……どう考えても勝ち目はなかった。

 これと戦える存在など、それこそ一人で歴代聖女全てを合わせたよりも勝ると言われたエルリーゼくらいしかいない。

 

「あいつ、教会に向かってるわ!

エルリーゼの遺体を壊すつもりらしいわ!」

「……っ!」

 

 アルフレアの言葉に、ベルネルの怒りが一瞬で頂点に達した。

 馬から跳躍してエルリーゼに与えられた剣を振りかぶり、力の限り振り下ろす。

 だが刀身は『魔女』をすり抜けてしまい、逆に『魔女』の拳がベルネルを殴り飛ばす。

 ベルネルの鍛え抜かれた身体が枯れ木のように吹き飛び、建物の屋根を突き破って見えなくなった。

 

「な、何それ! ズルよズル!

実体化してるのかしてないのかハッキリしなさいよ!

何でこっちの攻撃はすり抜けるくせにそっちからは触れるのよ!」

「落ち着けアルフレア! 攻撃の瞬間だけ実体化しているだけだ!」

 

 ベルネルが真っ先にやられてしまったが、これで少しばかりの光明が見えた。

 相手の攻撃のタイミングに合わせれば、こちらの攻撃は通る。

 それが分かっただけでも意味があるだろう。

 

「奴が攻撃した瞬間を狙うんだ!」

「いいわ……だったら、さっき回復させた魔力全部つぎ込んでやるわよ。

エテルナちゃん、私に合わせて」

「はい!」

 

 アルフレアが残る魔力を振り絞り、エテルナもそれに合わせて全魔力を凝縮させた。

 更にマリーとアイナもそれぞれ氷と炎の魔法にありったけを込め、囮になるべくジョンとクランチバイトが『魔女』の前に飛び出した。

 これを鬱陶しそうに『魔女』が払うも、この好機を逃しはしない。

 

「今だ、撃て!」

 

 プロフェータの掛け声に合わせてアルフレア、エテルナの二人の聖女が全力で魔法を発射した。

 続けてマリー、アイナ……更に騎士達が一斉に魔法を撃つ。

 それは今度こそ突き抜ける事なく『魔女』に炸裂し、大爆発を起こした。

 確かな手応えにアルフレアがガッツポーズをする。

 

「うっしゃあ! やったか!?」

 

 聖女二人の全力に加えて、大勢の魔法の一斉攻撃だ。

 こんなものが直撃すれば魔女であっても即死は免れないだろう。

 ただしそれは一人ならばの話。

 忘れてはならない。今ここにいるのは歴代の集大成なのだ。

 煙が晴れた時そこに立っていたのは……生えている歴代魔女の顔が二つほど潰れただけで、全く構わずに前進し続ける『魔女』の姿であった。

 

「……ないわー」

 

 アルフレアが力なく呟くが、ここまで来るともう笑う事しか出来ない。

 言葉こそ軽いものだが、その心は深く重く沈んでいた。

 ハッキリ言ってどうしようもない。

 アルフレアとエテルナという初代聖女と現在の聖女……聖女二人分の全力という本来あり得ないはずの威力の攻撃を叩き込んでもこれしかダメージがないのだ。

 しかもそのダメージすらすぐに再生してしまい、僅かな希望すら残してくれない。

 『魔女』が腕を振るい、それだけでアルフレア達は吹き飛ばされて建物の残骸に叩きつけられてしまった。

 

「ぐ、う……ま、待て! エルリーゼ様の所には……」

 

 ベルネルが瓦礫の中から這い出して来るが、『魔女』はまるで興味がないかのように歩を進める。

 彼女にとって警戒に価するのはエルリーゼ一人だけだ。

 後は等しく塵芥でしかない。

 だから『魔女』はアルフレアとプロフェータの決意も、ベルネルの覚悟も、兵士達の矜持も無視して教会へと向かって歩き続ける。

 

 だがその『魔女』の道を阻むように突如地面が盛り上がり、『魔女』にも見劣りしない山が形成された。

 土魔法――にしても、規模が大きすぎる。

 これだけの魔法を行使しようと思えばそれこそ聖女クラスの力が必要になるだろう。

 だがそれを為したのは聖女ではなく、偽りの聖女に愛を捧げるだけの凡人であった。

 

「そんなに急いで何処へ行くのかね?」

 

 山の頂点にいたのは、エルリーゼの死後ずっと研究室に籠っていたサプリ・メントだ。

 彼は狂気的な笑みを浮かべ、そして手を広げる。

 すると山が崩れ、中から巨大な岩の巨人……ゴーレムが姿を現した。

 一体この男の何処にこれだけの魔力があったというのか。

 今や彼の力はエテルナやアルフレアといった聖女にも見劣りしていない。

 

『…………』

「ふふふ……不思議かね? 私に何故これだけの力があるのか。

何、そうおかしな話ではない。君と同じく、周囲の魔力を高速で循環して取り込み、器を広げているに過ぎない」

 

 無言で佇む『魔女』に、サプリは自慢気に語る。

 ただ魔力を循環して器を広げる……言葉にすれば簡単で、理論上は誰でもその方法で最大魔力量を高める事が可能だ。

 聖女ではないはずのエルリーゼが数々の奇跡を実現させてきたのも、そうして培った膨大な魔力量があればこそである。

 しかし、それでパワーアップ出来れば皆がやっている。

 急激な魔力の循環は空気中に混じった負の感情を取り込み、心を塗り替えてしまう。

 それは初代魔女イヴを始めとし、歴代の魔女達が耐える事が出来なかったものだ。

 エルリーゼやイヴと同じく魔力循環のバランスが崩れていた者は歴史上に数人いたが、そのいずれもが例外なく悪党だった。

 

「サプリ先生……一体、どうやって……」

「簡単な事だよエテルナ君。私はエルリーゼ様が死んですぐに、蘇生する事を考えた。

あの時にベルネル君を蘇生させた奇跡の御業……その真似事でも出来ればエルリーゼ様をお救い出来る。

しかしそれを私如き凡人が真似るには魔力が足りない。

ならば単純な話……魔力を増やせばいい」

 

 エルリーゼの死を見て、偽りの聖女に愛を捧げた男は絶望するより先にどうすれば彼女を救えるのかと考えた。

 その答えとして彼が辿り着いたのは、かつてベルネルが死んだ時にエルリーゼが見せた奇跡であった。

 エルリーゼの遺体は死んだ直後の状態で封印された。

 ならばアレが出来れば、彼女をこの世に呼び戻す事が出来るはずだとサプリは考えた。

 そう、サプリがエルリーゼの遺体を封印するようにアルフレアに指示したのは彼女を永遠に保存する為ではない。

 彼女を蘇らせるまでの準備を整える時間が欲しかったから、死の直後の状態を保たせたのだ。

 だが死を生に変えるなど、並大抵の魔力で出来る事ではない。

 だからサプリは魔力を求めた。

 

「だ、だが……それは並の人間が耐えられるもんじゃないはず……」

「確かに黒い衝動が沸き上がるのを感じる。

私を塗り潰そうとする私ではない大勢の意思の波がある。

故に魔力の急激な循環は危険とされ、学園でもそう教えてきた。

……笑止! それがどうした!

たとえ何百何万人分の負の感情が集まろうが、人類全てが集まろうが所詮は有限。

その程度でこの私の、エルリーゼ様への無限の愛を塗り替える事など出来ぬと知れ!」

 

 プロフェータの疑問に対し、サプリが返したのは常人には理解出来そうもない返答であった。

 要するに彼は狂気的な変態で、エルリーゼに向ける偏執的な愛だけで数多の悪意を跳ね返してしまっているのだ。

 だから染まらない。何故なら元々彼の心はドス黒いからだ。

 『魔女』が鬱陶しそうに巨人を殴るが、それと同時に巨人が『魔女』にカウンターを叩き込んだ。

 巨人の片腕がもげ、『魔女』の片腕も千切れる。

 だが直後に『魔女』の腕は再生し、巨人も地面を吸い上げるようにして新たな腕を再構成した。

 

「無駄だ、『魔女』よ! 貴様が再生するように、私のゴーレムもまた何度でも蘇る!

貴様が不死身ならば、私もまた不死身!」

 

 サプリが勝ち誇ったように笑い、ゴーレムと『魔女』が殴り合った。

 魔女はいくらでも再生し、ゴーレムもまた何度でも再構成される。

 魔女の拳でゴーレムが砕ける。

 ゴーレムの拳で魔女が砕ける。

 霧散した魔女の身体が霧となって集まる事で再構成され、破壊されたゴーレムの身体が砂となって集う事で復元される。

 二体の巨大な怪物の戦いは一見して互角のように見えた。

 

「至高の聖女の威光にひれ伏せ、()()()()

君達は所詮、千年かけて誰一人として頂に届かなかった贋作だ」

 

 サプリの言葉は、誰が聞いてもおかしなものであった。

 彼はエルリーゼを本物の聖女のように語り、そして本物であるはずの『魔女』を贋作と断じている。

 無論、彼はあの場にいたのだから真実を知っている。

 エルリーゼが偽りの聖女である事も理解している。

 だが彼のエルリーゼへの信仰は揺らぐことなく――むしろ、あの瞬間にこそ信仰が完成していた。

 

 ただの人間が!

 聖女と間違われただけのただの少女が、歴代の聖女の誰にも出来ない『奇跡』を成し遂げていた!

 その真実を知った時、彼の心はこれまでにないエルリーゼへの敬意と愛で埋め尽くされ、絶頂に達した。

 既に天井を突き破って宇宙の果てへ飛翔していただろう愛が更に臨界突破し、どこまでも高まり続けている。

 嗚呼、どこまでも――どこまでもあの方は、私の陳腐な理想など軽々と超えてくれる!

 

 サプリ・メントはあの時、人間の可能性を知った。人の心が持つ偉大にして絶対たる光を見た。

 そうだ、人の道に世界の意思など必要ない。世界に選ばれた紛い物の聖女などいなくていい。

 人は己の意思でどこまでも遠く、どこまでも高く飛翔出来る。揺るぎなき正義と穢れなき魂があれば、人の可能性は無限大なのだ!

 

 アレクシアは人々に裏切られた? それがどうした。

 エルリーゼは裏切られても絶望せずに、裏切った者達を救った。

 その尊さの前では魔女の嘆きなど、聞くにも価しない。

 魔力循環によって悪意に晒された? それがどうした。

 エルリーゼはあれだけの力を得る程に世界の人々の悪意を一身に受けていた。

 只人であるはずのエルリーゼが出来たのだから、真の聖女ならば出来ないはずがない。

 出来ないというならば偽物だ……そう断じる事にサプリは微塵の迷いもなかった。

 サプリは真実を知った。エルリーゼの奇跡が、奇跡などではなく人の意思の力によるものだったと知った。

 彼はそこに人の素晴らしさを見て、そしてエルリーゼへの愛によって己の限界を超えたのだ。

 

「君達は所詮その程度の、世界の悪意に耐える事も出来なかった紛い物に過ぎん。

そんなモノが至高の聖女に捧げた私の愛に勝てるはずがない!」

 

 順調に負けフラグを重ねながらサプリがドヤ顔をし、ゴーレムが更に『魔女』を殴り続ける。

 そろそろ誰かが彼の口を閉じてやった方がいいのだろうが、残念ながらこの場において負けフラグなどというものを理解している者は一人もいなかった。

 

「見るがいい魔女よ! これこそ私が至高の聖女へ捧げる愛!

愛の前では貴様の憎悪など無力――」

 

 そこまで言いかけ、サプリは沈黙した。

 勝ち誇る彼の前にあったのは、『魔女』の顔全てが口の中に魔力を溜め、今にも発射しようとしている地獄のような光景だったからだ。

 彼のゴーレムは確かに強い。確かに再構成出来る。

 だが所詮はゴーレムだ。一気に全て吹き飛ばされてしまえば打つ手などない。

 

「ちょ、ま……」

 

 ――発射。

 『魔女』から発射された破壊光線によってゴーレムは消し飛び、サプリもまた吹き飛んで錐揉み回転すると瓦礫に頭から埋まってしまった。

 少しは期待させておいて結局、サプリはサプリであった。

 彼は一体何をしにここまで来たのだろう。




サプリ先生、ゲームでの中ボスモードになって魔女と一騎打ち。
中ボスVS真ラスボスじゃそりゃねえ……。
役に立たない男だ……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十一話 決死の抵抗

 『魔女』が建物を破壊しながら王都の中を前進し続ける。

 人々は逃げ惑い、為す術なく破壊されていく自らの家を見て咽び泣いた。

 瓦礫に足を挟まれて動けない母を、見捨てる事が出来ずに娘が泣く。

 家族を守ろうと農具を手に『魔女』に挑んだ男衆が虚しく蹴散らされる。

 『魔女』の後ろには騎士と兵士達が倒れ、何とか行く手を阻もうと手を伸ばすも立ち上がる事すら出来ずに空を掴む。

 魔力が切れて何も出来なくなったエテルナが膝をついたまま『魔女』の進軍を見続ける。

 無力感……絶望感……そうしたものが胸中を埋め尽くすも、何一つとして打てる手がない。

 アルフレア達は残らず倒れ伏し、絶望に打ちのめされていた。

 

「待て! この先には私が行かせん!」

 

 教会に向かう『魔女』の前にレイラが立ち塞がり、剣を構える。

 だがエルリーゼの死後、ロクに食事も取っていなかったレイラの現在のコンディションは決していいとは言えない。

 万全を十とするならば今は三か四程度でしかないだろう。

 万全でも勝てるはずのない相手に、不調の状態で挑んで何かが変わるはずもない。

 炎を纏った剣の一閃は容易く掴まれ、宙ぶらりんになった身体に歴代魔女の首が接近して締めあげた。

 

「あっ……ぐう……!」

 

 全身の骨が砕けてしまいそうな圧力に呻き、剣を落としてしまう。

 瞬く間に意識が遠ざかり、視界が歪んでいく。

 だが意識が落ちる寸前に横からベルネルが飛び込み、闇を纏った剣でレイラに絡みついている魔女達の首を切断した

 ダメージは……ほとんどない。

 切断された首は地面に落ちたが、それはすぐに靄となって『魔女』に戻り、すぐに復元されてしまう。

 

『アハハハハハ……』

『ウフフフフ……』

『キャーハハハハハハハァ!』

 

 無駄な抵抗を嘲笑うように歴代魔女の顔が一斉に不快な笑い声をあげた。

 倒れたレイラをその場に残してベルネルが跳躍して斬りかかるも、剣が届く前に魔女の首が殺到してベルネルを打ちのめし、吹き飛ばされたベルネルは教会の壁を突き破って中に飛び込んでしまう。

 何とか身を起こしたベルネルが見たのは、教会に逃げ込んだ大勢の人々の祈る姿であった。

 中央には生前と変わらぬ姿のまま結晶に閉じ込められたエルリーゼの遺体が安置され、人々は物言わぬエルリーゼに一心に祈りを捧げている。

 

「く、そ……っ!」

 

 剣を支えに立ち上がるも、足がガクガクと震える。

 『魔女』の狙いがエルリーゼにある事は明白だ。

 エルリーゼが守った人々を蹂躙するだけでは飽き足らず、その死さえも貶めようというのか。

 安らかな眠りすら許されないというのか。

 ふざけるなと思った。

 そんな事をさせるものかと……これ以上彼女を傷付けさせるものかと奮い立つ。

 だが立ったところで何が出来るのか。

 否、何も出来ない。

 ベルネルに出来るのは、守ると誓ったはずの少女の遺体すら破壊されるのを見守る事だけだ。

 それでも彼は結晶の前に立ち、剣を構える。

 

 分かっている。

 自分が守ろうとしているのは物言わぬ屍で、もうそこにエルリーゼはいないという事くらい、嫌というほど分かっているのだ。

 それでも……それでも、守りたいから。

 これ以上、彼女を傷付けさせたくないから。

 だからベルネルは勝ち目がない事を承知の上で立ち塞がる。

 

「エルリーゼ様……」

「エルリーゼ様、どうかお助け下さい」

「おお、聖女よ……」

「どうか我等を救いたまえ……」

「もう眠る姿に欲情とかしませんから助けて!」

 

 人々はエルリーゼに、必死に祈りを捧げ続ける。

 祈る事しか出来ない無力な人々を魔女の首が嘲笑し、笑い声のコーラスが響いた。

 ゲラゲラと笑いながら『魔女』が教会の屋根を毟り取り、壁を破壊する。

 これがかつては世界を守る為に戦った聖女達の末路だというのか。

 世界を呪う事しか出来なくなった歴代聖女の成れの果ては、この世界を更に絶望させるべく人々の希望へ手を伸ばす。

 守るように立つベルネルの事など見てもいない。

 諸共に叩き潰すつもりだ。

 近付いて来る巨大な腕を見ながら、ベルネルはそれでも目を逸らさずに立ち続ける。

 あの日に誓ったのだ。

 何があっても最後まで光を信じる事を。

 だから、勝ち目がなくとも決して逃げたりはしない。

 そして遂に魔女の腕がベルネルの目の前まで迫り――。

 

『全く……勇気があるというべきか、無謀というべきか』

 

 ベルネルの内側から力が迸り、『魔女』の手を弾いた。

 それと同時に背後の水晶……その中で眠るエルリーゼの遺体から、何かがベルネルへと流れ込んでくる。

 それはかつて、ベルネルの心と身を守る為にエルリーゼが彼から預かった闇の力だ。

 ……昔にアレクシアが、魔女になる前に切り離し、ベルネルに宿ったアレクシアの一部であった。

 ベルネルの隣に並ぶように、黒いドレスを着た女の幻影が浮かび、腕を組む。

 その姿を見てベルネルは反射的に剣を持つ手に力を込めた。

 何故ならそれは、顔色や雰囲気こそ違えど、間違いなく魔女アレクシアの姿だったからだ。

 

「お、お前は……!」

『こうして話すのは初めてだな、宿主よ。

私はお前の事をずっと、お前の中から見ていた。

……ずっと、謝りたいと思っていたよ』

 

 アレクシアは尊大な態度で『魔女』を睨みながら、ベルネルに対して心底申し訳なさそうな声を出した。

 それは、ベルネルの知る『魔女アレクシア』の姿とはまるで違うものだ。

 恐らくはこれこそ、歴代魔女の怨念によって歪められてしまう前の彼女本来の姿……聖女アレクシアなのだろう、とベルネルは何となく理解した。

 

『私がお前に取り憑いた事で、お前を不幸にしてしまった事は知っている……それが原因で、エルリーゼの命を縮めてしまった事もな……。

あの時私は、闇魔法の応用で自らの中に巣食う魔女の力を何とか追い出せないかと試し、その副産物で自らの魂すら身体から切り離してしまった』

 

 闇魔法は、かつてアルフレアが魂ごと封じられていた事からも分かるように使い方次第では魂にすら働きかける事が出来る。

 完全に闇に染まる前のアレクシアはその力で何とか自分の中に巣食う魔女の怨念を追い出そうとしたのだろう。

 しかしその結果、追い出してしまったのはあろう事か魔女の怨念ではなく自らの魂の一部であった。

 

『本体から離れた私は、偶然近くにいた波長の合う器……即ちお前を見付け、そこに寄生した。

まだ消えるわけにはいかなかった。私自身が世界を壊してしまうのを、どうしても止めたかった。

……その結果、お前の人生を狂わせてしまった。

お前に憎まれるのも無理のない事だ……本当に、すまない……』

 

 ベルネルにとってアレクシアは、怨敵といっていい。

 彼女がベルネルに寄生したから、親兄弟から捨てられた。

 そして肩代わりした事でエルリーゼの命が縮まった。

 だが今、それを話しても仕方がない。それより重要なのは、目の前にある脅威をどうするかだ。

 

「謝罪はいい。それより、アレを止めるのに力を貸してくれ」

『無論だ。むしろそれを提案する為にお前に話しかけたのだから、是非もない。

今のお前ならば、私を十全に使いこなす事も出来るだろう』

 

 アレクシアは、決してベルネルに害を与えたいわけではなかった。

 本当はずっと、ベルネルの中から彼の事を心配し、そして己の過ちを悔いていた。

 だが幼いベルネルにとって闇の力はただの重荷でアレクシアの声は届かず、エルリーゼによって分割された後は会話する力すら失った。

 だが今こうして、ベルネルがエルリーゼの近くに来た事で二つに分かれていたアレクシアの良心が一つになり、ベルネルの中へ戻った。

 今のベルネルならばアレクシアの力を完全に得ても、それが毒になる事はない。

 

「ならいい! いくぞ!」

 

 ベルネルが魔力で身体を補強し、『魔女』に切りかかった。

 大剣が『魔女』を斬るも、やはり霞となって無効化されてしまった。

 直後に『魔女』がベルネルに殴りかかるが、その隙を突くようにベルネルの中から溢れた闇が『魔女』を殴り飛ばした。

 そのまま闇は渦を巻いて『魔女』の前に集い、アレクシアとして実体化を果たす。

 実体化したアレクシアは『魔女』に手を翳し、空間ごと捻じ曲げて粉砕した。

 

『アレクシア……おお、憎き我が怨敵……』

『何故私がそこにいる……憎い……憎い……』

 

 再生する『魔女』の中から二つの首が生え、それがアレクシアへ怨嗟の声をかけた。

 一つはアレクシア自身。

 そしてもう一つは、かつてアレクシアが倒した先々代の魔女だ。

 

『久しいなグリセルダ……それに、そっちにいるのは()か。

フン、お互い随分と惨めな姿になったものよ』

 

 『魔女』の一部となったグリセルダと自分自身の負の感情を前に、アレクシアは心底からの侮蔑と自嘲をもって返した。

 それが気に障ったのか、『魔女』がアレクシアに拳を繰り出す。

 だがアレクシアは腕組みをしたまま自分の前にバリアを展開し、『魔女』の攻撃を防いだ。

 『魔女』の拳とアレクシアのバリアが拮抗し、押されそうになりながらもアレクシアは尊大な態度を崩さずに吠える。

 

『舐めるな! 私を誰だと思っている!

"最悪の世代"を戦い抜いた魔女アレクシアだぞ!』

 

 アレクシアの声と同時にバリアが広がり、逆に『魔女』を押し返した。

 その隙を逃さずにベルネルが斬り、『魔女』を一歩後退させた。

 すぐに『魔女』の複数の顔が一斉に口を開け、サプリのゴーレムを葬った魔力砲を発射する。

 だがアレクシアはそれを察知すると同時に消え、ベルネルの前に転移するとバリアを彼の前に展開し、魔力砲を防いだ。

 そして攻撃が終わると同時に再びベルネルが斬り、『魔女』を下がらせる。

 

 強大な敵と対峙しながら、ベルネルはアレクシアへの評価を改めていた。

 先日に戦った時はまるで威厳というものを感じなかったが、今の彼女は違う。

 味方になってくれた相手にこう言うのもおかしな話だが、今のアレクシアはまさに魔女と呼ぶに相応しい貫禄と威厳を備えていた。

 ベルネルの前で腕を組み、髪をなびかせながら魔女……いや、先代聖女は険しい顔を浮かべながら口を開く。

 

『………………ベルネル』

「何だ?」

『……すまん。今ので力を使い果たした』

「おい!?」

 

 評価を改めたばかりなのに、アレクシアがとんでもない事を言い出した。

 だが言われてみれば確かに、ベルネルの魔力はほぼすっからかんになってしまっていた。

 今、アレクシアが使っているのは宿主であるベルネルの魔力だ。

 つまり彼女が力を使えば使うほどに消耗していくのはベルネルである。

 それが、たった二回『魔女』の攻撃を遮断しただけで尽きてしまったのだ。

 

『こいつの魔力は桁外れだ。正面からやり合ってどうにかなる相手じゃない。

ここは一度逃げよう。大丈夫だ、死にさえしなければ負けではない。

私が聖女だった頃は危険そうな相手との戦いからは逃げ回って、隙を突いてグリセルダを倒したのだ。逃げるのも戦術だ。だから逃げよう、すぐ逃げよう、今すぐ逃げよう。さあ逃げよう』

「それ自慢する事か!?」

 

 迷わずに逃げを提案してきたアレクシアに思わず突っ込みつつ、ベルネルは先日の戦いを思い出していた。

 そういえばあの戦いも、エルリーゼが近付いたらすぐにテレポートで逃げてしまうからまずはベルネル達が消耗させなければならなかった。

 あれはエルリーゼが強すぎたからそういう戦術を取っていたのだと思っていたが……どうやらアレクシアは元々、危なくなるとすぐに逃げるタイプだったらしい。

 

『勝てない相手からは逃げる。これは生き残る為の鉄則だ。

プライドや意地だけではどうにもならない世界がある』

 

 アレクシアの言葉は情けないが、しかし一つの正解でもある。

 これは何もアレクシアに限った事ではない。歴代の聖女全員が教わる思想としてまず第一に『自分がやられない事』がある。

 魔女を倒せるのは聖女だけなのだから、聖女は何があってもやられてはいけない。万一の時は迷わず逃げる事が求められている。

 聖女がいれば立て直しは出来る。だが聖女が死ねば立て直しは十数年を待たねばならないのだ。

 

 アレクシアもそうして逃げ回り、強敵との戦いを避けて敵を分散させ、そしてグリセルダの周囲が手薄な瞬間を狙って大勢の騎士と共にグリセルダに奇襲をかけて打倒した。

 小癪な戦い方である事は間違いない。

 だが魔女と聖女の力関係は一対一ならば基本的に魔女が勝る。

 それはそうだ。魔女は『先代の魔女を倒した聖女』で、その上から魔女としての力と経験が上乗せされているのだから現役の聖女よりも強いのが当然である。

 故にこそ聖女は大勢の騎士や兵士に守られながら戦い、彼等を肉盾にして後ろから攻撃する事で魔女を倒して来たのだ。

 そして、だからこそ騎士の守りなど全く必要としないエルリーゼをアレクシアは心底恐れたのである。

 

『ここで挑んでも無駄死にするだけだ。だから……』

「ごめん、アレクシア」

『……うん?』

「俺は逃げる事は出来ない」

 

 剣を持ち、しっかりと地面を踏んで『魔女』と向かい合う。

 勝てない相手だという事は分かる。

 無駄死にするだろうという事も分かる。

 それでも……たとえ後ろにあるものがもう動かない遺体なのだとしても、彼女を見捨てて逃げるなんて事だけは絶対に出来ない。

 ただの意地で、意味のない行為だと分かっていても……男には、退けない時がある!

 

『……愚か者め』

「ああ」

『だが、悪くない気概だ。

いいだろう。どうせ私も既に終わったはずの人間だ。最後まで付き合ってやる』

 

 エルリーゼから与えられた剣を強く握る。

 もう闇の力は尽き、ここにいるのは何の力もないただのベルネルだ。

 だがエルリーゼの力になるべく鍛えてきた肉体がまだ残っている。

 ならば命尽きるまで、戦い抜くだけだ。

 『魔女』の振り下ろした腕を剣で受け止め、足が地面に埋まるほどの威力にかろうじて耐える。

 ベルネルの腕と脚に血管が浮き出し、純粋な筋力だけで『魔女』の腕を押し返す。

 

「ぬううううう……うおおおおおおおおおッ!!」

 

 強引に『魔女』の腕を払い除け、そしてベルネルは大剣を『魔女』へ叩きつけた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十二話 再臨

 気付けば俺は、アパートの一室で浮遊していた。

 どうやらまた、こっちに来てしまったらしい。

 だがこれが最後だろう。

 俺は向こうでやるべき事は全部やって、そして死んだ。

 後は、向こうの世界にあるはずのあの世に行って、ダラダラするだけだ。

 

「よう」

 

 椅子に腰かけた姿勢で、不動新人(おれ)が声をかけてきた。

 前に見た時よりも大分調子が悪そうで、かなり不機嫌に見える。

 多分こっちももう長くないだろう。

 しかしおかしなものだ。前世の俺がかろうじて生きてるのに、その来世のはずの俺が先に死ぬとはな。

 

『おう、久しぶり』

 

 俺は軽く手を挙げて、新人(おれ)に挨拶をした。

 すると新人(おれ)は顔を険しくする。

 

「おい、口調……」

『別にいいだろ。もう何も演じる必要なんかないんだからさ』

 

 俺はもう、死んだ。

 やる事は全部やって、全員生存のハッピーエンドにしたんだ。

 だったら、もう無理に聖女を演じる必要などない。

 そんな事は言わずとも分かるだろうに、何故そこで更に顔をしかめるのか。

 

「まるでやり遂げたって感じだな。何も知らずにいい気なもんだ……。

自分を客観的に見るとこうまでアホだったとは泣けてくる」

『何だよ。今日はやけに突っかかって来るじゃねーか』

 

 何か知らんが、やけに新人(おれ)の態度が刺々しい。俺のくせに。

 新人(おれ)は無言でパソコンを開き、『永遠の散花』を起動した。

 

「俺達は間違えていた」

『は?』

「説明するよりも見た方が早い」

 

 そう言って新人(おれ)は、指で画面を示す。

 そこにあったのは――俺の予想とは全然違うものだった。

 

 俺の抜け殻を抱いて、子供のように泣きじゃくるレイラがいた。

 普段の凛々しさがまるでなくて、涙と鼻水でグシャグシャになった顔は……控えめに言って、衝撃以外の何物でもなかった。

 レイラは優しいから少しくらいは泣いてくれるだろうと思っていたが、そんなレベルではない。

 きっとすぐに立ち直るなんて考えは、完全に吹き飛ばされてしまった。

 この悲痛な顔と泣き声の先に、彼女が立ち直る未来というものを思い描く事が出来ない。

 

 他の皆も同じで、特にベルネルは完全に絶望し切っている。

 ゲームが進行してもベルネルは自室から出ずに、食事すら取らない。

 それどころか何度も自殺しようとして、エテルナに止められている。

 

 民衆は――俺が偽物だという事はもう分かっているはずなのに、国中がずっと葬式ムードで、画面に映る中に笑顔の人間など一人もいない。

 誰もが今にも死にそうな顔ばかりで、まるで常に夜に包まれているかのようだ。

 そうして嘆き悲しむ人々ばかりが映され、そしてスタッフロールの後に画面がブラックアウト――エンディングを迎えた。

 ……何だこれは?

 

「これが、お前の作り出した『ハッピーエンド』だ」

 

 新人(おれ)の責めるような声が俺に突き刺さる。

 こんなものが俺の望んだ結末……?

 違う、そんなはずはない。

 こんなはずじゃなかった。

 こんなものは、俺の考えていたものと違う。

 俺はこんな光景を望んだわけじゃない。

 

「結局俺達は、どこまでも自分の事しか考えてなかったって事だ。

周りの感情を全く理解出来ていなかった。理解する努力もしなかった。

昔から何をしても現実味がなくて、どこかゲームでもやっているような気分で……そんで、実際にゲームみてえな世界に行ってもそのままだった。

そんで最後はこれだ。

馬鹿は死ななきゃ治らないとは言うけど、どうやら俺は死んでも治らないらしいな」

 

 新人(おれ)が自虐するように言う。

 それは俺への非難であり、自分への非難でもある。

 黒い画面が空しく続くのを見ながら、俺は耐え切れなくなって叫んだ。

 

『そんな事言われたって……もうどうしようもねえだろ!

終わっちまったんだ!

もう全部終わりなんだよ!』

 

 ああ、くそ! 何でこうなった!?

 こんなバッドエンドを見たかったわけじゃないんだよ。

 あいつ等が笑って終わるハッピーエンドにしたかったんだ。

 何が駄目だった? 俺はどこで間違えた?

 完璧だったはずだろ。

 魔物を狩り尽くして、食糧問題やら何やらも可能な限りどうにかして。

 誰も死なせなかったし、魔女だって倒した。そんで最後にクソみてえな偽聖女……つまりは俺も退場した。

 ハッピーエンドになる要素しかないはずだろ。

 そりゃ、多少悲しまれるかなくらいには思っていたさ。

 けど所詮俺は偽物で、腐ったクソ野郎だ。そんなのが死んで、どうして皆がこんなに泣かなきゃいけない。

 聖女を騙った偽物が死んだ、万歳嬉しいな、でいいじゃないか。

 何が駄目なんだよ? 何が不満なんだ?

 

「俺達は昔から、イマイチ他人の心ってやつが分からなかった。

理解は出来ても共感ってやつができなくて、だから孤立して、こんな人間になっちまった」

 

 新人(おれ)がしみじみと、呆れるように言う。

 だったら何だ? 所詮他人の心なんか分からない俺達にハッピーエンドなんてものは作れないとでも言いたいのか。

 

「けどよ……不思議なもんで、死を前にした今になって俺はようやく、現実感ってやつを少しだけ感じてるんだ。

今まで生きてきた人生の全てが嘘偽りだとかゲームとかじゃなくて、紛れもない現実だったんだって……そう思えるようになってきた。

お前はどうなんだ?」

『俺は……』

 

 俺は……どうなんだろうか。

 少なくとも俺のどうしようもないゲーム脳は、今この時になってもどこか他人事のように物事を捉えてしまっていると思う。

 だが……変なものだ。今、胸の中にあるこのざわめくような感覚は、ただゲームの気に入らないバッドエンドを見た時とは少し違う気がする。

 どうしようもなく締め付けられるような……焦燥するような。

 あのレイラの泣き顔を思い出すと、どうしようもなく暴れたくなるような、何かに当たり散らしたくなるような……この感情は、少し覚えがない。

 

「少なくともあいつ等の事は、ただのゲームのキャラクターとは思っていないんじゃないか?」

『……だが、俺はもう……』

 

 初めて自覚したこの感情はきっと、あいつ等を大事に思う気持ち的な何かなのだろう。

 しかし、もう手遅れだ。

 もう俺に出来る事なんて何もない。俺はもう向こうでは死人なのだから。

 だがバッドエンドはどうやらまだ続くらしく、暗転したまま放置していたゲーム画面が突然明かりを取り戻した。

 そして画面に映ったのは、見た事もない化け物だった。

 ……は? なんだこいつ?

 複数の女が混ざり合って、一つの巨人を作り出している。

 そしてそいつが、街を破壊し始め……ベルネル達が迎え打つもまるで相手にならずに追い詰められている。

 

「……どうやら、行き場をなくした魔女の力……らしいな。

エンディングを迎えてからしばらく放置するとこのイベントが始まるらしい」

 

 ゲームのメッセージを読みながら新人(おれ)が、この化け物が何なのかを語った。

 メッセージを見るに、この巨人は歴代魔女の怨念の集合体らしい。

 そういえば、ベルネルが魔女を倒したエンディングでは最後に謎の笑い声が響いていたが、それもこいつの笑い声だったのだろう。

 つまり……全然終わってなどいなかったのだ。

 俺は聖女以外が魔女を倒せばその力は行き場を失って連鎖が止まると思っていたが、そうではなかった。

 行き場を失ったが最後、その力は実体化して暴走する。それが真実だった。

 画面の中ではアルフレアとエテルナを中心に戦っているも、相手は歴代の魔女全員のようなものだ。

 たった二人の聖女でどうにかなる相手ではない。

 

『エルリーゼ様! 助けて、エルリーゼ様!』

『エルリーゼ様!』

『エルリーゼ様!』

 

 画面の向こうの民衆が俺に助けを求めている。

 やめろよ……無理なんだって。

 俺はもう終わっているんだから、どうしようもないんだよ。

 どうしようも…………。

 

 ――なくても、むかつくな、これは。

 何だこの気持ち悪い化け物。

 お前何、レイラやエテルナ苛めてくれちゃってんの?

 俺がいないのをいい事にやりたい放題か? お?

 

「ほら……呼ばれてんぞ、エルリーゼ様?」

『……そのようですね』

 

 脱ぎ捨てていた猫を今一度被り、口調を元に戻す。

 どうやら、演技を捨てるのはまだ早いようだ。

 あの巨人が何者かなんて知った事か。

 俺が向こうで死んでいるというのも、もうどうでもいい。

 ただ許せないし、認めない。

 お前、俺がその世界をそこまで立て直すのにどんだけ手ェ焼いたと思ってんだ。

 ゲラゲラゲラゲラ笑いやがって。今すぐそっち行ってぶっ飛ばすぞこの野郎。

 

「おいエルリーゼ……俺の命を持っていけ」

『え?』

「残り僅かな俺の命でも、あの化け物をブチのめすだけの時間はあるだろ、多分。

どのみち俺は明日にでも死んでもおかしくねえ身だ。構う事はない」

 

 新人(おれ)が不敵に笑い、自分の胸に手を当てた。

 俺もそれに合わせて笑う。

 悪いが遠慮などしてやらない。何せ自分だ。

 それに残りの命が僅かというのもマジっぽいし、俺が何もしなくてもどのみち死んですぐに俺と統合されるだろう。

 ならばそれがほんの数時間早いか遅いかの差しかない。

 

『遠慮なんかしませんよ?』

「当たり前だ。実はな……もう、ここに人を呼んでるんだ。

俺が死んでも死体がすぐに発見されるようにな。

流石に異臭で近所に迷惑かけるわけにもいかねえしよ」

 

 どうやら新人(おれ)は、今日が自分の命日だと最初から分かっていたらしい。

 多分第六感的な何かが働いたのだろう。

 準備は万端ってわけだ。

 そういうわけならますます遠慮はいらない。

 新人(おれ)の差し出してきた手を掴み、そして光が溢れた。

 すると新人(おれ)は糸が切れたように崩れ、同時に新人(おれ)の記憶が流れ込んでくる。

 今まで欠けていた何かが満たされるような感覚があって、もう死んでいるというのに絶好調という言葉が相応しいほどに気分が高まる。

 

『エルリーゼ様!』

『エルリーゼ様!』

『エルリーゼ様!』

『エルリーゼ様!』

 

 画面の向こうでは鬱陶しいほどのエルリーゼコールが響いている。

 分かった分かった、今からそっちに行くって。

 不動新人の残りの寿命はほんの数時間くらいだろうが、そんだけあれば十分だ。

 あんな化け物を始末するのにそんなにいらん。多分。

 

 意識を集中すると景色が切り替わり、そして俺は何か結晶のような物に閉じ込められていた。

 これは……ああ、アルフレアの封印魔法か。

 腐敗防止だろうか。どうやら俺の死体は焼却も土葬もされずに保存されていたらしい。

 有難い。もし死体が残っていなかったら流石にアウトだった。

 外を見ると、水晶に殺到するように人々が押しかけて祈りを捧げている。

 そして俺に背を向けて剣を構えているのは……ベルネルか。

 その先には巨人がいて、腕を振り上げているので多分結晶ごと俺を叩き割ろうとしていたのだろう。

 何が脅威かくらいは分かっているって事か。

 だが残念、もう遅い。

 

 俺は一気に魔力を解放して内側から強引に封印を破壊し、ベルネルに振り下ろされた腕の前に出て吹き飛ばしてやった。

 

 

『キャハハハハハハ! アハハハハハハハ!』

 

 ベルネルと『魔女』の戦いは続いていた。

 『魔女』が高笑いをあげながら、複数の首がベルネルを四方八方から攻める。

 それをベルネルが必死に大剣で弾き続けるも、どうしても防ぎきれない攻撃が腕や足、腹や胸に傷を刻んでいく。

 この戦いは結果の見えた消化試合だ。防ぐ事は出来ても、ダメージを通す手段がないのだからベルネルに勝ち目はない。万に一つもない。

 ただ、早く死ぬか遅く死ぬかの違いしかないのだ。

 そんな絶望的な戦いが始まってどれだけの時間が経過しただろうか。

 ベルネル自身にとっては何時間にも感じられる戦いだが、実際は恐らく一分程度しか経っていないのだろう。

 既にベルネルは自らの血で真紅に染まっていて、剣を握る手にも力が入らなくなってきている。

 

『調子に……乗るなよ! 知性もない残留思念風情が!』

 

 アレクシアが怒りの叫び声をあげ、この短時間で少しだけ回復したベルネルの魔力を使い、決死の反撃を試みる。

 だが僅か一分程度の魔力循環で回復した魔力などたかが知れたもので、『魔女』の動きをほんの数秒止める事すら出来ない。

 『魔女』の腹部にあるイヴの顔が口を開き、魔力の奔流を解き放った。

 

「ぐっ……うう……ぐあああああああっ!」

 

 咄嗟に大剣を盾にして防ぐも、ほんの数秒耐えただけで呆気なく吹き飛ばされてしまう。

 背後にあったエルリーゼを閉じ込めた水晶に背中から衝突し、力なくベルネルが膝を突いた。

 それでも倒れる事をよしとせずに剣を地面に突き立て、震えながらも必死に立ち上がる。

 

「ま、だだ……まだ……」

 

 何とか立ち上がったものの、誰がどう見てもベルネルは限界だ。

 既に立っているだけで奇跡と言っていい。

 そんな無力な青年の前に、足音を響かせて『魔女』が近付いた。

 

『ウフフフフ……』

『無駄……全部無駄……』

『どんなに頑張っても』

『報われない』

 

 ベルネルの無駄な抵抗を嘲笑うように歴代魔女の顔が一斉に笑う。

 これは、歴代で魔女になってしまった全員の絶望が具現化したものだ。

 希望の為に戦い、その果てに真実を知って絶望して魔女になり死んでいった全員の残留思念だ。

 故に『魔女』は希望を信じない。

 全てを諦めている。

 そしてその諦めが、ベルネルの命を潰さんと迫り――。

 

 ベルネルの背後から何かが砕ける音が響くと同時に白い輝きが迸り、『魔女』の腕を吹き飛ばした。

 

「……え?」

 

 何が起こったのか理解が追いつかずに、ベルネルが目を見開く。

 その前にあるのは、光を纏った誰かの背中だ。

 風になびく黄金の髪に、白いドレス。

 まるで時間が止まったかのように人々が無言になり、静寂が場を支配した。

 何が起こったのかを理解するのに数秒を要し、理解しても尚現実を上手く認識出来ない。

 これは夢か?

 都合のいい幻でも見ているのか?

 今すぐにでも声をかけたい。確かめたい。

 だが、それを躊躇ってしまうのはこの光景があまりに現実離れしすぎていて、都合がよすぎるからだ。

 だから疑ってしまう……これが夢幻の類である事を。

 声をかけた瞬間にふっと消えてしまうのではないか。そう思うと怖くて声が出ない。

 だって、彼女は確かに死んだはずだ。

 自分の目の前で。自分のせいで。

 息が止まっている事を確認した。脈も止まっていた。

 確かに彼女の命は間違いなく尽きていた。

 それが、死んだ状態から自力で蘇生したなどというならばまさにあり得ない奇跡だ。

 奇跡を前に何も言えないベルネルに彼女は背を向けたまま言う。

 

「聞こえましたよ、皆の祈る声が……そしてベルネル君、貴方の声も」

 

 彼女――エルリーゼが振り向き、そして微笑を浮かべる。

 それは間違いなく、あの日に失われてしまったはずのこの世界の光の象徴であった。

 

「皆……よく頑張ってくれました。

後は全部、私に任せて下さい」

 

 エルリーゼがそう言うと同時に、歓声が上がった。

 人々の声が天をつんざき、『魔女』を怯ませる。

 彼女は負の感情の集合体だ。それ故に強い希望の感情を最も嫌う。

 その『魔女』の目の前でエルリーゼが天に腕を向けると一瞬で暗雲が吹き飛び、太陽の光が差し込んだ。

 雲の切れ目から差し込む光のカーテンが地上を照らし、傷付き倒れた戦士達を癒していく。

 

「あ……あああ……っ」

 

 レイラが滂沱の涙を流しながら、主の姿を見る。

 間違いない、生きている。

 あの日からずっと、眠り続けていた彼女が動いて話している。

 エルリーゼはレイラの前に行き、しゃがみ込んでレイラの涙をドレスの袖で拭う。

 

「本当に……本当に貴女なのですか……エルリーゼ様」

「ええ。どうやらまだ、こっちでやるべき事が残っていたようですので……もうひと頑張りする為に帰ってきました」

 

 エルリーゼはレイラに微笑み、そして人々を見る。

 兵士達の身体のあちこちに血が付着している。騎士達の鎧や剣が砕けている。

 先程の魔法で傷は癒したが、それでも皆がどれだけ傷付きながら戦っていたのかはハッキリと分かった。

 全く誰もかれも、馬鹿だと思うしかない。

 こんな偽物などの為にそこまで頑張らなくていいのに。

 そんな価値など、自分にはないというのに。

 自分は皆が思うような聖女ではなく、この世界を……いや、前世の頃からずっと何もかもを非現実のゲームのように考えて、全部他人事で……この世界でやっていた事だって、ただの聖女ごっこでしかなかった。

 自分の考える理想を演じて、それで自分だけが気持ちよくなっていた自慰行為に過ぎない。

 ハッキリ言って、ただのクソ野郎だ。

 

 だがそれでも、皆は『聖女エルリーゼ』を信じてしまっているらしい。

 もう聖女ではなかった事など周知されているだろうに。

 それでも人々は間抜けにも信じている。

 だったら……だったらいいだろう。

 この演技を最後までやり通して見せようではないか。

 ベルネルは、演技でも最後までやれば本物だと言った。

 ならばよし。なってやろうではないか……嘘と虚構とハリボテの本物とやらに。

 もう偽聖女である事はバレて、ハリボテは穴だらけだが……それでも、皆が信じる『エルリーゼ』をやり通そう。

 

『エルリーゼ……』

『偽物め……』

『何故私達が苦しんでいるのに、紛い物が崇められる……』

『許せない』

 

 歴代魔女の顔が口々にエルリーゼへの怒りと嫉妬を口にする。

 だがそれを聞くエルリーゼの顔は涼しいものだ。

 

「確かに私は偽物です。聖女を騙っていただけの紛い物と言われれば否定する要素は一切ない。

しかし、そんな事はもう関係ないのです」

 

 エルリーゼの全身から黄金の魔力が溢れた。

 その勢いは今までのエルリーゼのものではない。

 転生し損なっていた自身の魂を完全に取り戻して一体化した今、彼女はようやく完全な一人の人間となったのだ。

 つまり今までエルリーゼはずっと、不完全な状態のまま生きていたのである。

 それが完全となった今、その魔力も昨日までの彼女の比ではない。

 そして……魂が一つになったからだろうか。

 少しではあるが、今までよりもこの世界の事が身近に思えた。

 不動新人に言われた……いや、不動新人だった頃にエルリーゼに言った?

 ……融合して間もないせいで少し混乱しそうになるが、ともかく死の間際でようやく気付けた事がある。

 それは、今まで生きてきた世界が紛れもない現実であったという当たり前すぎる事だ。

 ずっとゲームのように……まるで画面を挟んだ向こう側を見るようにしていた世界が確かな現実で、自分が今ここにいるという誰もが当たり前に認識している事を、エルリーゼは一度死んでようやく僅かながら理解し実感していた。

 

 同時に感じるのは怒りだった。

 それは今までのような『お気に入りのキャラクターを苛められてムカつく』というフィルター越しのものではない。

 『自分の身近な人間が傷つけられた怒り』で、種類の違う怒りの感情には正直エルリーゼ自身が戸惑いを感じている。

 だがどうやら自分は怒っているらしい……とエルリーゼは前世を含めて初めて認識した。

 

「許せないと言いましたね。

ええ、その気持ちも今の私ならば少しだけ理解出来ます。

きっとこれが、今までの私にはなかった本当の怒りという感情なのでしょう」

 

 エルリーゼから感じられる気迫に、『魔女』が怯んだようにたじろぐ。

 だが『魔女』以上に驚いているのはレイラであった。

 思えば仕えてからずっと、エルリーゼの色々な表情を見ていた。

 真剣な顔、哀しむ顔、微笑む顔……だが、思い返してみれば彼女が怒った姿というのは一度も見た事がない。

 エルリーゼは近衛騎士すら初めて見る、怒りの表情で、生まれて初めて殺意を言葉に乗せた。

 

「――“許さない”は(こっちの台詞だ)私の台詞です(この馬鹿野郎)

 

 空から巨大な光の剣が落下し、『魔女』の胸を深々と抉った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十三話 ラストバトル

 エルリーゼの召喚した光の剣が『魔女』を貫いた。

 並の魔物ならば……いや、大魔であってもこの一撃で終わりだ。

 それだけの威力が秘められている。

 しかしベルネル達は知っていた。この『魔女』はこの程度で終わる相手ではないという事を。

 

「駄目だエルリーゼ! そいつは自分が攻撃する瞬間しか実体化しない!

そいつは魔力()()()()なんだ」

 

 プロフェータが声を張り上げ、エルリーゼも表情を険しくした。

 『魔女』はアレクシアなどと違い、元来魔女が持っていた無敵性は薄れている。

 何故ならここにあるのはあくまで、歴代魔女の怨念が集合した『自我を有した魔力そのもの』でしかないからだ。

 結論から言えばこれはもう、歴代魔女の残滓の寄せ集めであって魔女ではないのである。

 今まで世界を絶望に染め上げてきた元凶の『魔女』ではある。だが存在としての魔女ではない。

 だからこそ、サプリのゴーレムでも一応ダメージを通す事は可能だった。

 しかし本来の無敵性を失った代わりに、『実体がない』という新たな不死性を有してしまっている。

 確かに致命の一撃を与えたはずの『魔女』が揺らめき、何事もなかったかのように復元してしまう。

 魔力とはこの世界のどこにでも存在しているもの。いわば空気と同じだ。

 実体化していない『魔女』に対して攻撃を行うというのは何もない空間を殴ろうとしているのに等しい。

 

『ウフフフフフ……』

『アハハハハハハ!』

 

 『魔女』に備わったいくつもの顔が嗤い、首が伸びる。

 それはエルリーゼに絡み付いて締め上げるが、エルリーゼは常時強力なバリアを纏っている。

 故に効果はなく、涼しい顔をしていた。

 そればかりか、先程空振りに終わって地面に突き刺さっていた光の巨剣が突如動き、『魔女』から伸びた首を切断してしまう。

 

『オオオ……オオ……!』

 

 『魔女』が一瞬怯む。

 だが切断された首はすぐに黒い靄に戻り、魔女へ吸い込まれる事で復元されてしまった。

 実体化している時ならば確かに攻撃が通る……通るが、どうやら『魔女』は自由に実体と魔力の間を行き来出来るらしい。

 つまり一撃で仕留めない限り、いくらでも再生してしまうという事だ。

 いや、あるいは一撃で仕留めても結局は魔力に戻るだけなのですぐに戻ってしまうのかもしれない。

 

When the going gets tough, the tough get going.(状況が困難に なればタフな人の出番となる)

 

 エルリーゼが今この場で思いついた技名を宣言した。

 相変わらずセンスがないので、海外の諺で誤魔化しているが、この世界の人々にはそもそも意味が通じない。

 エルリーゼ以外の人々は、このエルリーゼしか使わない言葉を『彼女のみが操れる神聖な言霊』くらいにしか認識していなかった。

 エルリーゼの背後に光が集い、魔力で構成された光の巨人が顕現する。

 向こうが魔力で出来た巨人ならば、こちらも同じものをぶつけるという単純な発想だ。

 エルリーゼが召喚した光の巨人(エルリーゼ命名・『タフな人』)は、白い布で身を包んだ筋骨隆々の逞しい壮年の男であった。

 肩まで伸ばしたセミロングの白髪と、口を完全に隠してしまうほどにボリュームのある髭がダンディズムを醸し出す。

 額にはサークレットを巻き、布で隠し切れない右肩を惜しげもなく露出して肉体美を誇示している。

 『タフな人』はおもむろに光の巨剣を掴むと、地響きを立てて『魔女』へと近付いた。

 そして剣を薙ぐも、当然効果はない。

 だがこれでいい。『タフな人』の役目はただの囮なのだから。

 

Festina Lente(ゆっくり急げ)

 

 『タフな人』が足止めをしている間にエルリーゼが、全市民を対象に魔法を発動させた。

 するとあちこちから光の柱が昇り、逃げ遅れた民衆が全てエルリーゼの後ろへ移動させられる。

 まずは、巻き添えを食わないように人々を逃がしたのだ。

 それが意味するところをレイラは瞬時に悟り、緊張で喉を鳴らした。

 人々を全て前方から避難させた……それはつまり、そうしなければならないほどに戦いが激化するという事。

 エルリーゼは、既に魔女に破壊されてしまった場所を戦場に選択したのだ。

 

「アイズ陛下、少し派手になりますがよろしいですか?」

「ああ、構わん……もう魔女に破壊されてしまっているし、それに壊れた物は建て直せばいい」

 

 王都の城門から教会に続く直線上は魔女のせいで完全に瓦礫の山と化してしまっている。

 逆に言えば教会より後ろの町はまだ無事だという事だ。

 ならばこれ以上被害を増やさない為にも、あえて既に壊れている場所を戦場にするのは悪い判断ではない。

 勿論一番いいのは街中で戦わない事なのだが、『魔女』を外に追い出すのはかなり難しいだろう。

 エルリーゼは壊れている区画の方に飛び、タフな人と協力して『魔女』を誘導していく。

 まだ派手な攻撃は仕掛けない。

 万一にでも誰かを巻き込んでは洒落にならないので、十分に距離を稼いでから攻撃に移る必要があった。

 

(魔力そのもの……となれば、多分アレは効果があるだろう。

だが問題はそれをどう使うかだ)

 

 『魔女』の攻撃を避けながらエルリーゼが考えたのは、アレクシアを追いつめる時に使った『魔力を通さないバリア』だ。

 あれならば確実にこの『魔女』にも効く。

 だが所詮は通さないだけのバリアだ。魔力そのものを滅ぼす技などエルリーゼにもない。

 故に肝心なのはその使い方である。

 ただ単純に閉じ込めただけではすぐに脱出されるだろう。

 だからといってバリアを固めてぶつけても意味はない。

 ならば閉じ込めて宇宙に追放はどうだろう。

 宇宙空間で魔力がどうなるかは分からないが、少なくともこの星に帰ってくることは出来そうにない。

 だがこういう後に災厄の種を残すような解決法は、後に復活するのが物語の定番なので少し嫌な予感がする。

 とりあえず一度倒してみて、それでどうしようもなければ宇宙に吹き飛ばしてしまおうとエルリーゼは考えた。

 

(まずは試してみるか)

 

 倒してしまえるならば、それが一番いい。

 そう決断を下し、エルリーゼは『魔女』の前に飛び出した。

 この怪物にダメージを通すには、まず相手に攻撃してもらって実体化した瞬間を狙い撃つより他にない。

 『魔女』の身体中から生えている歴代魔女の顔が口を開き、一斉に凝縮した魔力を解き放つ。

 これをエルリーゼは高度を上げて回避し、掌を上に翳した。

 

Aurea Libertas(黄金の自由)!」

 

 空から光が降り注ぎ、光線が曲がりくねって『魔女』を次々と貫く。

 歴代魔女の首を貫き、切断し、更に『タフな人』が剣で『魔女』を両断した。

 エルリーゼの光線は敵を自動追尾するが、それは『魔女』も同じ事だ。

 回避したはずの黒い光線がエルリーゼを追って上空へ進路を向け、エルリーゼは速度を上げて距離を離す。

 だがレーザーが更に軌道を変えてエルリーゼを追うので彼女は一度地面スレスレまで急降下して進路変更……急激な転換に追いつけなかった黒いレーザーは全て地面に着弾し、爆発した。

 更にエルリーゼは拡散していない『黄金の自由』を『魔女』に放ち、巨大な光の砲撃が『魔女』を飲み込んで瓦礫を消し飛ばし、街を貫いてそのまま地平線の彼方まで飛んで行った。

 攻撃が終わった後に残ったのは、どこまでも続くような抉れた大地だけだ。

 その桁違いの規模にアルフレアはプロフェータの後ろに隠れながら震えていた。

 

「あの子だけ戦いの次元違いすぎない……?」

 

 偽聖女とは一体何だったのか。

 なるほど、教会がわざわざ大聖女などという称号をでっち上げるわけだ。

 アレを偽物扱いしては歴代全員が偽物以下の何かになってしまう。

 一撃で霧散させられた『魔女』をしばらくエルリーゼが見ていたが、やがて小さく溜息を吐いた。

 

『キャハハハハハハァ!』

 

 エルリーゼの前で先程消し飛ばされたはずの『魔女』が再実体化を果たす。

 嫌な方向で仮説が当たってしまった。

 どうやら完全に消し去っても、魔力に戻るだけであってすぐに実体化出来てしまうらしい。

 つまりダメージを与えても意味はない事が証明された。

 加えて再構成された『魔女』は姿が変わっており、巨大な初代魔女の顔と左右の手だけになってる。

 このままではエルリーゼに及ばないと判断……する知能もないはずだが、戦いに合わせて形状を変えていた。

 巨大な手がエルリーゼを捕まえようと迫り、エルリーゼが飛翔して回避する。

 それと同時に『タフな人』が『魔女』の顔を殴り、大地に叩き付けた。

 地面に蜘蛛の巣状の亀裂が走って、あちこちが陥没して瓦礫が沈んでいった。

 

A picture is worth a thousand words.(一枚の絵は千の言葉に値する)

 

 エルリーゼは自らに迫る両手を引き付けて、魔力を全方位に解放する事で消滅させた。

 かつては大魔クラスの魔物を数体同時に抹消した一撃だ。

 しかも今のエルリーゼは以前よりも力を増しているので威力は以前よりもさらに高まっている。

 『タフな人』も剣で『魔女』の顔を細切れにし、再び『魔女』を完全に破壊し尽した。

 

『アハハハハ』

『イヒヒヒヒヒヒ』

『ウフフフフ』

『エヘヘヘヘヘ』

『オホホホホホ』

『ノォホホノォホ』

 

 しかしやはり意味がない。

 今度は空一面に歴代魔女の顔が浮かび上がり、世界の終末を思わせる地獄絵図を作り出していた。

 こんな事をしてしまうと、世界の人々の歴代聖女へのイメージ低下待ったなしだろう。

 もしかしたら歴代聖女はあの世で泣いているかもしれない。

 現在ここに並んでいない聖女は、魔女になった事のないアルフレアとエテルナ、それから話に聞いただけだが使命を果たせずに死んだというリリアという聖女くらいか。

 それと当たり前の事だが、そもそも聖女ですらないエルリーゼもここに並んでいない。

 その事にエルリーゼは若干安堵しつつ、倒すのは不可能に近いと結論付けた。

 ならばバリアで閉じ込めて宇宙に追放してしまうべきなのだが……。

 

(やっべ、ミスった……最初に巨人形態で固まってくれている時にやっとくべきだった。

俺の狙いを読んだわけじゃないだろうが、ああも拡散されちまうとなあ……)

 

 現在『魔女』は空一面に広がり、歴代魔女の顔が並んでいる。

 顔の一つ一つが大きい上に雲のように流れて移動しているので、これを全部バリアで閉じ込めるとなるとどれだけの大きさのバリアを張ればいいかが分からない。

 しかもそれだけでなく、こうも広がられてしまうと攻撃範囲が広いのでどこを守ればいいかも分からない。

 

(……仕方ない! 少しMPを多く使うが、被害が出てからじゃ遅い!)

 

 このままだと無差別絨毯爆撃で地上が大惨事になる。

 そう考えたエルリーゼは消耗を二の次にして、まずは一度上空の顔を全て消し去る事にした。

 

Aurea Libertas(黄金の自由)!」

 

 魔力を圧縮した光線を上空に向けて乱れ打ちした。

 それは途中で枝分かれし、次々と魔女の顔を打ち抜いていく。

 魔女の顔も口からオエーと黒い魔力を吐き出して地上を攻撃しようとするが、威力はエルリーゼの方が上だ。

 魔女の嘔吐ビームを全て押し返して口の中に光線が炸裂し、魔女の顔を残らず粉砕した。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 エルリーゼは乱れた息を整えながら、空を見上げた。

 今の攻撃だけでMPにして十万ほどは使ってしまっただろうか。

 流石にああも範囲が広いと、そこに届くまでに威力を維持させなくてはならないので余計にMPを消費してしまう。

 加えて魔女の顔一つ一つがかなりの力を持っているので、それを全て潰そうと思うとこれくらい使ってしまうのだ。

 

 そして、息を荒げるエルリーゼの前で再び『魔女』が実体化し、今度はエルリーゼと同じサイズの人型となった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十四話 心の光

 今までの巨大な姿と異なり、次に『魔女』が取った形態は、エルリーゼと同サイズの人間形態であった。

 刃のように鋭い瞳には生気がなく、その顔立ちは整っているがどこか冷たい印象を抱かせる。

 白銀の髪は腰まで伸び、アイスブルーの瞳がエルリーゼを見据える。

 外見年齢は――あくまで現代日本基準であるが三十代前半くらいだろうか。

 スタイルもよく、均整が取れている。

 その姿が歴代のどの魔女を模しているのかはエルリーゼの知るところではないが……どうやら聖女というのは例外なく全員が銀髪らしい、という事を初めて知った。

 よく今まで偽物バレしなかったなと、この緊迫の戦場で間の抜けた事を考えてしまう。

 

(よし、都合よく一か所に固まってくれた! やるならここしかねえ!)

 

 一か所に凝縮された分、先程よりも強いだろうが好都合だ。

 これならばバリアで閉じ込めて宇宙への追放が行える。

 しかしそんな楽観視した思考を突くように『魔女』が高速で接近し、魔力を凝縮した剣を振り下ろした。

 それをエルリーゼも素早く生成した光の剣で受けるも、勢いに負けて吹き飛ばされてしまう。

 家屋をいくつも貫いて地面に叩き付けられ、その衝撃に困惑しつつも立ち上がった。

 思えばエルリーゼとなってから、ダメージらしいダメージなど受けた覚えがない。

 それは常に、強力な魔力によってバリアを自分の周囲に展開していたからだ。

 勿論それは今も同じのはずだが、『魔女』の一撃は僅かではあるが確かにそのバリアを貫いてエルリーゼにダメージを通していた。

 それでも一発ごとの威力はエルリーゼの方が上だ。

 いかに『魔女』が無限に回復し続けると言っても、内包出来る最大魔力……つまりMPは魔女五十人分のものでしかない。

 数字にすれば十万といったところだが、エルリーゼはその数倍はあるのだ。

 いや、不動新人の魂と完全に一つになった今、その差は十数倍にまで至っている。

 しかし一発の威力は勝っても、長期戦になればエルリーゼが不利になるだろう。

 エルリーゼも周囲の魔力を取り込んで回復くらいは出来るが……残された寿命は後僅かしかないのだから。

 不動新人の残り僅かな寿命だけで無理矢理動いているのが今のエルリーゼだ。

 故に長期戦はあり得ない。

 エルリーゼが飛翔し、『魔女』と剣をぶつけ合う。

 油断していた先程と違い、今度は魔女が弾かれて建物の残骸にめり込み、更に投擲された光の剣が『魔女』を串刺しにした。

 剣が建物の壁に突き刺さる事で『魔女』を縫い止め、この好機を逃すまいとエルリーゼは次の魔法を発動させる。

 『魔女』を囲うように、魔力を一切通さないバリアを形成。

 ここにMPを十万ほど費やして簡単には破れないようにし、立て続けに次の魔法へ移行した。

 

Festina Lente(ゆっくり急げ)!」

 

 『魔女』を閉じ込めたバリアごと、光の柱が空へと運んでいく。

 向かう先はフィオーリを離れた遥かな虚空……宇宙空間である。

 いかにエルリーゼでもそう遠く離れた場所までは追放出来ないが、それでも帰って来るのが不可能な位置までは飛ばせる。

 光の柱が雲を貫いてどこまでも上昇し続け――そして、やがて完全に見えなくなった。

 同時にエルリーゼが息を吐き、胸元を握りしめた。

 以前までは少しくらい魔法を使っても全く問題なかったはずなのだが、先程からどうにも心臓が落ち着かない。

 先程まで死んでいたからか、それともじきに死ぬからなのか……どちらかは分からないし両方なのかもしれない。

 ともかく、この身体はもう強力な魔法の連続行使にはあまり耐えられないようだ。

 

「エルリーゼ様! ご無事ですか!?」

 

 レイラが駆け寄り、エルリーゼの身体を支える。

 最愛の主が蘇ってきた喜びが過ぎ、その後にレイラを支配したのは不安と恐怖であった。

 エルリーゼがこんなに苦しそうに戦う姿など今まで一度だって見た事がない。

 どんな大軍を前にして、どんな大魔を相手にしても常に余裕で勝利を重ねてきたのがエルリーゼだ。

 その彼女が今、明らかに消耗している。

 “またいなくなってしまうのか?”……どうしても、そう考えてしまう。

 

「レイラ……貴女こそ、こんなにやつれて」

 

 一方でエルリーゼも、レイラの姿に衝撃を受けていた。

 今のレイラは以前までの美貌が陰り、すっかり痩せてしまっている。

 それだけ心労をかけてしまったという事なのだろう。

 正直、現実を……いや、何もかもを甘く見ていた。

 ゲーム本編でもどうせ『エルリーゼ』を裏切る()()()()()()なのだから、自分が死んだところで大してダメージは受けないだろうとずっと、勝手に思っていた。

 レイラの人柄も今までの自分への献身も考慮せずに、彼女の思考を身勝手な楽観で決め付けたのだ。

 そんな普通ならばすぐにでも気付けるような事に、エルリーゼは今更気付く事が出来た。

 ……だが、遅すぎたとしか言いようがない。

 エルリーゼに残された時間は僅かで、明日の日の出を見る事もなく死ぬ。

 そう考え、初めて死ぬ事が怖くなった。

 自分がいなくなった後……レイラは大丈夫なのだろうか?

 今でさえこれなのに、一度蘇って持ち上げ、そして死んで突き落とす。

 そんな真似をして彼女の心は壊れてしまわないだろうか?

 そう思うと、死にたくないという気持ちが生まれて初めて湧いて来る。

 ……だがもう、全ては手遅れだった。

 

「終わったの?」

 

 アルフレアがこちらに向かって歩きながら聞いて来る。

 彼女はレイラと違って大丈夫そうだ。

 

「ええ、多分……閉じ込めて空の果てに追放しましたので。

バリアを破って出て来たとしても、地上に戻って来るのは不可能……」

 

 そこまで話して、エルリーゼの言葉が止まった。

 空から何かが、不吉な音を立てて接近している事に気が付いてしまったからだ。

 いやまさかそんな、と思う。

 確かに今まで『魔女』は聖女に寄生してきたが、無機物にも寄生出来るなんて一言も聞いていない。

 恐る恐るプロフェータの方を見ると、彼女も焦ったような声を出す。

 

「やばいよ、こりゃあ……あいつ、何か馬鹿でかい石に寄生して地上に近付いている……」

 

 その言葉だけで何が起こっているのかをエルリーゼは把握してしまった。

 ――隕石だ。

 宇宙に追放された『魔女』は何と、付近にあった隕石に寄生してこの星に帰還しようとしているのだ。

 それを許してしまえば、この星は無事では済まない。

 最悪、人類滅亡まであり得るだろう。

 

「……っ! 相殺するしかない!」

 

 エルリーゼは上空に両手を向け、ありったけの魔力をかき集めた。

 文明を滅ぼすほどの隕石が相手では、こちらも生半可な力では対抗出来ない。

 残る全ての魔力を振り絞り、心臓の鼓動を無視して全てを注ぎ込んだ。

 胸が狂ったように鳴り、激痛が走る。

 

Aurea Libertas(黄金の自由)!」

 

 両手から黄金の閃光を放出した。

 その出力は今までの比ではなく、宇宙空間からでも立ち昇る光の柱が視認出来るほど激しく眩い。

 正真正銘のエルリーゼの全力に、さしもの隕石も耐え切れずに惑星到達前に宇宙空間で粉砕されてしまった。

 更に余波だけで『魔女』が消滅する。

 その攻撃が終わると同時にエルリーゼは膝から崩れ落ち、地面に手を突いた。

 

「ハアッ! ハアッ! ハアッ! ハアッ!」

 

 これまでになく激しく呼吸を乱し、苦しそうに胸を押さえる。

 確実に今ので寿命が縮まった、とエルリーゼ自身も実感出来る程に呼吸が苦しい。

 レイラは泣き出しそうな顔でエルリーゼを支えているが、何も出来ずに己の無力を呪うばかりだ。

 だがここまでやっても『魔女』は滅びずに、再び空で結合し始めていた。

 

「レイラ……離れて下さい」

 

 震える足で立ち上がり、魔力循環を始める。

 今の一撃で魔力はすっからかんだ。

 だからこそ、すぐにでも回復させなければならない。

 そう考えてエルリーゼは周囲の魔力を取り込み……違和感に気が付いた。

 いや、違和感というよりは不快感だろうか。

 魔力と共に流れ込んでくる人々の絶望や恐怖、憎悪や妬み、恨みといった負の感情に心がかき乱される。

 魔力にこうしたものが乗っている事自体は前と何も変わらない。

 エルリーゼ自身もとっくに知っている既出の情報でしかないし、気にするべき事は何もないはずだ。

 変わったのは……エルリーゼ自身の心の方である。

 

 今までずっと、エルリーゼは自分自身すらも含めてフィルター越しに見ていた。

 生きている自分を客観的に見ている別の自分がいるような感覚……それが前世の頃からずっとあった。

 だからいくら魔力を取り込んで負の感情に心を満たされても全く気にせずに行動出来たし、問題なく演技を続行する事が出来た。

 しかし一度死んだからだろうか。

 この世界を確かな現実と認識したからだろうか。

 それとも魂が一つに統合されたからだろうか。

 ……今のエルリーゼは、今までほど自分の事を他人事として見る事が出来なかった。

 今まで気にしていなかった負の感情が、途端に煩わしいものに思えてくる。

 わけのわからない破壊衝動が心を駆り立てる。当たり散らしたくなる。

 

 人は普段、心の暗い部分を表に出さない。

 だが魔力を取り込む事で、普段見る事のない生の暗黒面を直視してしまう。

 自分だけは助かりたい。自分だけはいい思いをしたい。

 自分よりも優れた誰かを妬み、恨み、嫌う。

 まるで黒い炎のように燃え盛り、それでいて油よりも粘着質なそれは驚くほどに醜悪だ。

 きっと初代魔女のイヴは、これに染められてしまったのだろう。

 人間など守る価値があるのか。むしろこいつ等こそ滅ぼすべきではないのか。

 その想いが歴代の聖女にまで伝達され、そして全員が暗黒面へと堕ちてしまったのだ。

 

「……ふ」

 

 エルリーゼは小さく笑い、そして気にせずに一気に魔力を取り込んだ。

 人間の心が醜い? だからどうした。そんなのはとうに知っている。

 他でもない自分自身がその醜い人間なのだから、今更その程度のものを直視したから何だというのだろう。

 エルリーゼは考える。

 きっと歴代の聖女は……イヴすらも含めて、全員心が白すぎた。人としてはあり得ないほどに綺麗すぎたのだ。

 だからこんなもので容易く黒に染まってしまう。

 エルリーゼは違う。

 

(生憎と……こちとら、最初から真っ黒なんだよ!)

 

 エルリーゼの心は本人も認めているように最初からドス黒い。

 いつだって自分の事ばかり考えていたし、大義名分さえあれば自分より弱いものを蹂躙して楽しむような救いようのない下衆さも持っている。

 その矛先を向ける相手を多少は選んで表向きは善人であるように振舞っているだけで、彼女は間違いなく外道畜生の類である。

 ただ、それを表に出すと最終的には自分が不利になると分かるだけの小賢しさがあったから表向きはいい人であるかのように見せるだけの演技力があるに過ぎない。

 クソを煮詰めた真っ黒な精神を持つエルリーゼにとって、今更少し黒いくらいの感情が流れ込んできても『ちょっと不快だな』で終わる程度のものでしかない。

 

 歴代聖女はきっとそうではなかった。

 彼女達はきっと、否定から入ってしまったのだろう。

 人間はそんなものではないはずだ。もっと綺麗なはずだ。

 そう信じ、耐え……その果てにやがて人類に幻滅して魔女となった。

 だがエルリーゼは決して人類に幻滅などしない。

 何故なら――。

 

(何故なら、俺に比べりゃ全然マシだからな!)

 

 まさに底辺の思考だ。

 エルリーゼから見れば、他人の暗黒面ですらまだ自分と比べればマシなものでしかないのだ。

 妬み? なるほど、そりゃあ誰だって自分よりいい思いをしている奴はムカつくに決まっている。クリスマスを性なる夜と勘違いしているイケメンなど全員くたばればいい。そう思う事の何がおかしい。

 恨み? そりゃ嫌な事をされれば誰だって怒るし引きずるだろう。

 それを捨てろというのは簡単だが、要するにただの泣き寝入りだ。

 憎しみ? 憎悪? 普通だろう、そんなものは。

 自己顕示欲や承認欲求だってあって当たり前のものだ。

 人間は社会の中で生きる生物なのだから、認められたいと思う事は別段おかしな事でも何でもない。

 欲望に至っては生物ならば持っていて当たり前。

 むしろこれがなければどうやって生きていくというのか。

 どれもこれも、今更取り立てて気にするような事ではないし、別に醜いとも思わない。

 

 それよりエルリーゼの心をざわめかせているのは、負の感情と一緒に流れ込んで来る弱い……だが確かに在る、対極の感情であった。

 例えばそれは祈り。大切な人に傷付いて欲しくない。元気でいて欲しいという穢れなき真心。

 例えばそれは希望。明日を夢見て、どんなに辛くとも歩いて行こうとする心の光。

 例えばそれは勇気。どんな困難や恐怖であっても立ち向かおうとする白い炎。

 そして――愛。家族愛、友人愛、慈愛、博愛、そして異性愛。

 生まれてからこれまで、そうした感情など何一つ抱いた事のないエルリーゼにとって、愛と言う感情は負の感情など全く比にならないレベルの猛毒でしかなかった。

 

(ぎゃああああああ! 一気に取り込んだら何か変なのまで入ってきたあああ!?)

 

 負の感情は、元々真っ黒なエルリーゼにとっては全く毒ではない。

 少し鬱陶しいがそれだけだ。

 しかし正の感情はそうはいかない。

 元々は白かった聖女達の心が、負の感情で染められて闇落ちした。

 ならば、要はその逆……元々真っ黒なエルリーゼに正の感情を流し込めばどうなるか。

 

(やめやめろ! ちょ、ま、タンマ! ストップストップ!

これじゃ魔女より先に俺が浄化されちまう! 不浄なものに回復魔法当てるなボケェ!)

 

 答えは光堕ち。

 人々の感情は魔力となって空気中に満ちる。そこには正も負もなく平等だ。

 だが歴代の聖女にとって正の感情とはあって当たり前のものでしかなかった。

 故に流れ込んでくる暗い感情ばかりに心がかき乱され、そこにある光に気付く事が出来なかった。

 一方でこれ以上落ちようのない地の底にいるエルリーゼにとって負の感情はあって当たり前のものでしかなく、逆に流れ込んでくる正の感情に心をかき乱されてしまう。

 故にエルリーゼは思った。

 ――こんなのいらねえ。

 ゲームでアンデッドに回復魔法を当てたら逆に大ダメージになるのと同じように、エルリーゼの不浄な心は人々の心の太陽には耐えられないのだ。

 暗い闇夜に適応して進化した生物にとっては、人間にとって適切な明るさでも眩しすぎて辛いという。

 今のエルリーゼはまさにそれだった。

 だというのに、今現在人々はエルリーゼの勝利を願ってどんどん希望やら祈りやら愛やらの感情を放出している。

 やめろ、魔女より先に俺を殺す気かとエルリーゼは思った。

 

「魔女よ」

 

 エルリーゼはプルプルと震えながら慈愛の微笑みを浮かべ、『魔女』を見る。

 こんな表情するあたり、相当やばい。浄化されかかってしまっている。

 このままだと心の根っこの部分まで白く染められて別の誰かになってしまいかねない。

 なので早く捨てよう、とエルリーゼは決意した。

 

「貴方達は、人の心の闇に耐えられずに魔女になってしまった。

けど、人の心にあるのは闇だけではありません。

貴方達がかつて聖女だった頃に守ろうとしたもの……愛したはずのものは、確かにここに在るのです」

 

 正直なところ、エルリーゼはかなり危険な領域にまで押し込まれていた。

 何の意味もなく世界のありとあらゆるものが何故か愛おしく思える。

 全てを抱きしめて愛したいとか意味不明の衝動が沸き上がる。

 何だこれ。破壊衝動は分かるけど博愛衝動って何だ。意味不明すぎる。

 百歩譲って可愛い女の子ならば抱きしめたいと思ってもいいが、何が悲しくて今の自分は野郎まで抱きしめて愛したいなんて血迷った思考をしているのだろう。

 違う、違うのだ。断じて自分にホモォ……趣味などない。自分は至ってノーマルのはずだ。

 むさ苦しい男など触れたいとも思わない。

 なのに、ああ……何故か今の自分は視界に映る全て……それこそベルネルやジョン、亀に至るまで無性に愛おしく思えてしまっている。

 だから、おかしくなる前にこんなのは捨てなければ駄目だ。

 歴代の聖女は五年もの間、相反する感情に耐えたというがエルリーゼにそんな根気はない。

 このままでは五年どころか五分で光堕ちしてしまう。

 史上最短記録だ。

 

「だから……受け取りなさい! これが、人の心の光です!」

 

 そう言い放ち、エルリーゼは人の心の光(不要なもの)を全て放出して掌の上に顕現させた。

 どこまでも透き通るように白いそれを、エルリーゼの魔力である黄金が包む。

 こんなものは自分にはいらない。性根の部分が闇属性のエルリーゼが持っていても浄化されるだけだ。

 なので、元々は光属性だった『魔女』にくれてやる。

 だが皆から流れ込んでくる光が強すぎたのだろう。

 エルリーゼは崩れ落ちそうになり、その身体を咄嗟に誰かが支えた。

 それはレイラと、そしてベルネルだ。

 すると二人の心からも一切偽りのない愛が流れ込んできて、エルリーゼは死にそうになった。

 やばい、今すぐ灰になりそう。

 そんな事を思いながらもエルリーゼは二人に微笑み、愛おしさが後から湧き出て来る。

 あ、これやべえわ。今すぐ捨てないとガチで内面まで聖女堕ちする。

 そう恐怖したエルリーゼは手を掲げ、今度こそ全ての人の心の光(不要なもの)を『魔女』に向けて解き放った(捨てた)

 

「いけええええええええっ!」

 

 白い輝きが迸り、まだ実体化していないはずの『魔女』に直撃した。




エルリーゼさん、最後なんだからもっと真面目にやって下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十五話 悲劇が終わる時

 光が溢れた。

 これまでどんな攻撃を当てても、どれだけの力をぶつけても笑っていた『魔女』が明らかに苦しみ、叫び声をあげている。

 攻撃する瞬間以外は実体化しないはずなのに、それすら無視して人の心の光は『魔女』に命中し、そして弱らせていた。

 その理由をエルリーゼは、一度は『魔女』を受け入れる器となった事で何となく分かっていた。

 聖女ではないエルリーゼは『魔女』を受け入れる器ではなかったのですぐに死んでしまったが、それでもあの時に魔女の心や記憶が限定的に流れ込んできていたのだ。

 『魔女』の正体は歴代魔女の蓄積してきた負の感情の集合体だ。

 初代魔女イヴから始まり、魔女の特性として魔力を多く取り込んでしまう体質のせいで処理しきれない量の、空気中の魔力に溶け込んだ世界中の人々の心の闇を取り込んで、そしてイヴ自身も歪んでしまった。

 やがてイヴが死んでもその歪んだ心だけが魔力と融合した状態で残り、次の器を求めて聖女へと乗り移った。

 それを千年も繰り返してあそこまで肥大化してしまったものこそが『魔女』だ。

 いわば負の感情そのもの。故にどんな力をもってしても相殺出来ない。

 誰かを憎む気持ちを持つ者がいて、その者を殴った所で肉体は殺せても憎む心はそのまま残るだろう。

 誰かを妬んでいる者がいて、その者をより優れた力で捻じ伏せても妬みは増す一方だ。

 そして『魔女』の根源にあるのは人類への幻滅、そして失望だ。

 こんな奴等を守る価値などあるのかという心こそが『魔女』の核を成している。

 それをいくら力で捻じ伏せても失望は増す一方で、人々が『魔女』を恐れて嫌い、憎めばその感情は魔力に溶け込み、『魔女』の力となって益々手が付けられなくなる。

 

 ならば何が魔女に効くのか。

 それは至極単純な話で、プラスの感情こそが『魔女』の天敵である。

 例えば誰かのせいで痛い目を見たならば、痛い目を見た者は当然相手を嫌うだろうし憎むだろう。

 しかしその誰かに命を救われれば、都合よく掌を回転させて憎しみや嫌悪感は薄れる。

 子供の頃は大嫌いだったワサビや辛子が大人になれば大好物になる事もあるだろう。

 誰かへの嫌悪が好意に変わる事もあれば、好意を抱いていたはずの相手への感情が嫌悪に変わる事もある。

 一つの感情というのは相反する感情によって薄れるものだ。

 そして『魔女』が人の心の醜さに失望したというならば、見せ付けてやればいい。

 人はそう捨てたものではないという事を。

 目を向けていなかっただけで、確かに光はあるのだという事を。

 ……というか、エルリーゼにとって人の心の光は眩しすぎて落ち着かないのでさっさと押し付けてしまっただけというのが真相なのだが。

 

「苦しんでいる……あれだけ何をしても平気だった『魔女』が……」

 

 『魔女』の苦しむ姿に、ベルネルが理解出来ないといった表情を浮かべた。

 あれだけ無敵だった『魔女』に何故今の攻撃だけが通ったのかがベルネルには分からないのだろう。

 そもそも、人々の正の感情だけを捨てて投げつけるなどという離れ業など想像すらしないに違いあるまい。

 

「魔女を魔女たらしめてきたものは、他でもない人の心です。

誰かの悪い心が魔女に蓄積され、そして彼女達は歪んでしまった。

そして彼女達によって世界は壊され、闇に染まり……人々の心はますます暗く染まり、それがまた魔女を染め上げる。

その負のサイクルこそが千年間続いてきた魔女の脅威の真実です」

 

 素直に『魔力を循環させたら正の感情が強すぎて浄化されそうだったので捨てたら効きました』では恰好が付かないので、エルリーゼはわざと勿体ぶって遠回しな言い方をした。

 やっている事は何も変わらないのだが、言い方を変えれば印象も変わるだろう。

 

「人の心が闇に染まるほど世界も闇に染まる……そういう仕組みだったのです。

しかし人の心で世界を闇に染める事が出来るならば、光で満たす事も不可能ではないはず。

一人一人の……今を生きる人々の希望の光こそが明日を照らすのです。

私はただ、その光を『魔女』にぶつけたに過ぎません」

 

 適当にそれっぽい事を言い、自分のやった事がマシに見えるように誘導した。

 どんな言い方をしようと結局は自分に向けられた人々の正の感情を投げ捨てた事は変わらないのだが、こう言えば何だかマトモに見える。

 更にエルリーゼは、宙に浮いて人々の視線を集める。

 ついでに軽く光って注目を集めるのも忘れない。

 

「聖女という名の生贄に全てを押し付けていては何も変わらない。

真に世界を変えようとするならば、今を生きる一人一人……全員が戦う必要がある。

だから――人々よ、今こそ立ち上がる時です!」

 

 要約すると『俺だけに戦わせないでお前等も戦えや』である。

 正の感情を集めて叩き付ければ通じる事が分かったので、後はそれを繰り返すだけだ。

 ならば出力を上げる為に、少しだけ人々に前向きになってもらった方が都合がいい。

 すると民衆はエルリーゼの適当な言葉を真に受けたようで、何か希望でキラキラした目をして立ち上がった。

 

「そうだ! 誰か一人に守ってもらうんじゃない。

俺達自身の手で、大切なものを守るんだ!」

 

 誰かがそう言い、そしてその胸から光が溢れてエルリーゼへと飛んだ。

 

「俺達皆の力で、明日にいくんだ!」

 

 誰かがそう叫び、心の光が溢れる。

 一人や二人ではない。

 誰もが立ち上がり、そして一斉に光が溢れてエルリーゼへと向かった。

 勇気、友情、正義感、優しさ、思いやり……そして愛。

 正しき心が次々と魔力に乗って運ばれ、エルリーゼの力を急激に高めていく。

 

(ぎゃあああああ! 多すぎィ!?)

 

 先程の比ではない心の光の奔流に、心がアンデッドなエルリーゼは一瞬で瀕死になった。

 高度が下がって倒れかけるが、その身体を咄嗟にベルネルが支える。

 有難く思う反面、やはりベルネルの中の愛の感情が流れ込んでくるので割と洒落にならない追い打ちになっていた。

 それでもエルリーゼはやせ我慢して笑みを浮かべ、ベルネルと頷き合う。

 

「これで……」

「終わりだああああああ!」

 

 エルリーゼとベルネルが叫び、光を発射した。

 それは上空で苦しんでいる『魔女』に炸裂し、絶叫が木霊する。

 雲が完全に吹き飛び、人々は空から差し込める光に歓声をあげた。

 その中から何かが墜落し、エルリーゼの前に落ちる。

 

「嘘……お母様……?」

 

 落ちてきたそれを見てアルフレアが声を震わせた。

 地面に這いつくばるそれは、まるで墨で全身を濡らしたかのような一人の女だった。

 今の一撃で溜め込んだ負の感情が相殺されて消えてしまったのだろう。

 見るからに弱弱しいそれは這いずるようにしてエルリーゼに近付き、泣き声のような音を出す。

 そんな哀れな初代魔女の残骸の頭を、そっとエルリーゼが撫でた。

 まだ身体の中に残っていた正の感情を直接流し込んでのオーバーキルである。

 

「いいんです……もう、貴女は苦しまなくてもいい。

だから……もう、お休み」

「……オ、オオ……」

 

 エルリーゼに止めを刺され、『魔女』は完全に消滅した。

 その光景を見届けて人々が沸き、エルリーゼを称える声が響く。

 遂に……遂に今度こそ終わったのだ。

 千年間続いてきた連鎖が本当の意味で終わりを告げた。

 もう魔女が生まれる事はない。

 聖女という生贄も必要ない。

 明日からは人々が自分自身で切り開く未来が待っているのだ。

 完全にこの世界の災厄を断ったエルリーゼは立ち上がり、頬を撫でる風の感触を感じながらレイラを見た。

 さて……自分が後数時間ほどで死ぬという事をどうやってレイラに伝えたものだろうか。

 以前までならば『どうせ立ち直るだろう』としか考えていなかったが、流石にそう思う事はもう出来ない。

 何より、今の戦いでレイラから痛い程の愛情が伝わって来た。

 だからこそ不味いと思う。

 ここで自分が死んだら世界が平和でも、レイラの心が壊れてしまいかねない。

 

 だが言葉を選ぶ余裕すら今のエルリーゼにはなかった。

 気を抜いた瞬間に、反動のように心臓が苦しくなって地面に膝をつく。

 エルリーゼに残された寿命は、まだ数時間は残っている。

 だがそれは、この戦いで無理をしたせいで急激に縮まってしまっていた。

 彼女に残された時間はもう、後十分もない。

 地面に倒れ込んだエルリーゼをレイラが抱き抱えるが、その顔は恐怖と悲しみに満ちている。

 

「誰か……誰かエルリーゼ様を助けてくれ! 早く、回復魔法を!」

 

 レイラの叫びに、慌てて数人の騎士が駆け寄って来て回復魔法をかける。

 だが意味はない。エルリーゼは別に怪我をしているわけではないのだ。

 第一回復魔法でどうにかなるならば、自力で治している。

 エルリーゼは薄れそうになる意識を必死に維持し、目を閉じないようにする。

 二回もレイラの腕の中で死ぬような事をしてしまえば、今度こそレイラは自殺しかねない。

 ずっと、自分の死ですら無頓着だった。

 死んだならば、それはまあ別にそれでいいかとしか思っていなかった。

 だが今、初めて死にたくないと思う。

 自分の為ではなく、自分の死で悲しむ者を出さないように……その為だけにまだ生きていたい。

 だが心臓は馬鹿のような速度で鼓動を刻み、もうじき自分が死ぬのだと嫌でも分かってしまう。

 

(……まずい。声が……出ない)

 

 せめてレイラに何か言おうと思うが、今回は声すら出せない。

 今のままでは自分が死んだ直後にでもレイラが後追い自殺であの世まで付いてきかねない。

 だというのに言葉を話そうとしても咳き込むばかりで、レイラを元気付けてやる事すら出来そうになかった。

 やがてレイラは今までの表情から一変して諦めたような微笑になり、エルリーゼを抱きしめる。

 

「エルリーゼ様……貴女だけを逝かせはしません。

私も、すぐにお供します……ですから、どうかご安心を……」

(おいスットコォ!? 待ってくださいレイラ! ステイステイ! それは全然安心出来ませんって!

というか何で私は心の中でまで敬語で話してるんですかねェ!?)

 

 レイラが全然安心出来ない後追い自殺宣言をし、エルリーゼは慌てた。

 しかも先程の猛毒(心の光)はやはりエルリーゼの心に後遺症を残していたようで、微妙に内面が変化している自分に気が付いた。

 完全な光堕ちはしていないが、プチ光堕ちしてしまっている。

 意地でも死ぬわけにはいかないが、現実問題としてもうすぐ死んでしまう。

 どうすればいいのかも分からずに必死に眠気と戦っていると、視界の端にプロフェータの姿が見えた。

 

「エルリーゼ。お前さんは大したもんだよ。

この世界の運命を変えちまいそうな予感と期待はあったが、本当に何とかしちまうとはねえ」

 

 それはどうも。

 心の中で雑に返事をしながらエルリーゼはどうすればレイラの後追い自殺を阻止出来るかを必死に考えていた。

 そんなエルリーゼの内心を知ってか知らずか、プロフェータは言葉を続ける。

 

「もう魔女は生まれない……聖女も必要ない。

ならば聖女の誕生を預言する者も、もう必要ないだろう」

 

 そうですね。

 そう思いながらも、エルリーゼはだんだんと強くなっていく眠気に抗えずにゆっくりと瞼を落としていく。

 もう目を開けている事すら出来ない。

 レイラの涙が頬に当たっている事に気付いているが、その涙を拭いてやる力もない。

 

「おっと、長々話している暇はないようだ。

そんじゃ先にやる事だけやっておこうか。

預言者プロフェータの名において……汝、エルリーゼを次の預言者として指名する!」

 

 プロフェータがそう宣言すると、エルリーゼの中に何かが流れ込んできた。

 それと同時に眠気が晴れ、何事もなかったかのように起き上がる。

 一体何事かとエルリーゼ自身も目を丸くして自らの両手を見詰め、握っては開いてを繰り返す。

 だが次の瞬間、感極まって抱き着いてきたレイラに押し倒されるように地面に倒れ込んでしまった。




https://img.syosetu.org/img/user/236031/64034.png
かざい様より頂いた支援絵です。
アニメ風!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十六話 そして物語へ

 プロフェータは今から千年ほど前に、世界がこの世に生み出した代弁者だ。

 千年とは言うが、実際は千飛ばして四年か五年くらいだった気もするが、そこは面倒だしプロフェータ自身も覚えていないので千年としておく。

 世界の代行者として人と同じだけの知能を備えて生まれたプロフェータは他の同種とは全く気が合わずに、生まれてから数年ですぐに故郷を捨てて旅に出た。

 当てはなかったが、何処に向かうべきかは分かっていた。預言者であるプロフェータには次の聖女がどこで生まれるかが分かるのだ。

 とはいえ、そこは何せ亀の足だ。今ほど大きくもなかったプロフェータはとにかく遅く、その速度たるやまさに蝸牛の歩み。

 気付けば餌もロクに取れない場所まで来てしまい、あわや野垂れ死に寸前となった。

 そんなプロフェータを拾ってくれたのが、当時はまだ理性を残していたイヴだ。

 イヴは預言者であるプロフェータが自分に敵対する存在である事は薄々予感していたが、だからこそプロフェータを必要としていた。

 イヴの腹の中には子供がいて、これからおかしくなっていく自分では最後まで子育ても出来ないと考えていたイヴは、プロフェータに我が子を預ける事を考えたのだ。

 そして彼女の娘であるアルフレアの世話係のような事をやるハメになったプロフェータは、アルフレアとは種族が違うが姉妹のように育った。(もっともアルフレアの方はプロフェータをペット扱いしていたが)

 

 そしてある日、イヴがとうとう限界を迎えた。

 彼女は我が子を手にかけてしまわないように理性が残っているうちに出来るだけ遠くへと向かい、アルフレアの前から姿を消してしまった。

 アルフレアは母に捨てられたと思っているが、もしもこの時イヴが最後の理性で遠ざからなければ、完全に負の感情に飲まれたイヴは最大の脅威である聖女(我が子)を未熟なうちに殺してしまっていただろう。

 そして母から離れたアルフレアは母の正体とこれまでの悪事を知り、止めなければと思うようになった。

 アルフレア自身はこれを自らの意思と考えているが……もしかしたら、聖女としての使命感に操られていたのかもしれない。

 プロフェータを背負って旅をし、時には盾代わりにし、仲間を増やしながらアルフレアは着実に実力を上げてイヴの喉元まで切り込んだ。

 そして一度は倒したのだが……実はそれは演技で、隙を突かれてイヴによってアルフレアは封じられてしまった。

 

 それからプロフェータは森の中の湖に留まり、世界を見守る事にした。

 旅をしようにも亀である彼女の足は遅かったし、大きくなりすぎて以前のように誰かに背負われて移動する事も不可能になっていたからだ。

 その森には猿と人の中間のような変な先住民がいて、最初は魔物扱いされそうだったので自分が無害である事をアピールする為に知恵を貸して怪我や病気の治し方などを教えてやったら何故か懐かれてしまった。

 また、しばらくすると各国の王族が会いに来るようになった。

 次の聖女の誕生を預言する者がいるという情報はアルフレアが酒の席で話していたらしく、預言者の知恵を求めてやって来たのだ。

 

 それから長い間、プロフェータは聖女の誕生を預言し続けた。

 だがそうして預言するたびに、自分の存在意義が分からなくなる。

 聖女とは世界の救世主という役目を持たされた生贄だ。

 プロフェータが預言すれば、聖女は生まれてすぐに親から引き離されて育てられ、魔女を倒す使命を押し付けられて魔女を倒した後は次の魔女となる。

 プロフェータはただ、聖女達を地獄に突き落としているに過ぎない。

 いっそ預言などしない方がいいのではないか、と思った事は何度もある。

 どうせ聖女が魔女を倒しても平和な期間はほんの五年前後しか続かないし、何の解決にもならないのだから。

 だがそうしなければ魔女となってしまった聖女はいつまでも解放されない。

 それを解放してやれるのは次の聖女だけなのだ。

 自らが預言してしまったという後ろめたさと、早く解放されて欲しいという思いから次の聖女の誕生を預言する。

 そしてまた別の聖女が地獄へ落とされる。これの繰り返しだ。

 

 そうして何十人もの聖女を地獄へ落とし続けたプロフェータだが、今から十七年前に大きなミスを犯してしまった。

 聖女の両親は生まれてくるだろう我が子に『エルリーゼ』と名付けようとしていた。

 だからプロフェータも『聖女の名前はエルリーゼだ』とアイズ国王に伝えた。ここまではよかったのだ。

 しかしその後に問題が起こった。

 聖女の両親は同じ村の、丁度同じ時期に子供を授かった夫婦と仲が良く、一緒に子供の名前を考えていた。

 そして話し合いの中で聖女の両親が心変わりを起こし、我が子に『エテルナ』と名付ける事を決めてしまったのだ。

 更に仲の良かった夫婦は『じゃあエルリーゼって名前貰うわね』と、聖女ではない子にエルリーゼの名を与えてしまった。

 そのせいで聖女の取り違えが発生したのは過去最大の失態だと言えるだろう。

 慌てて間違いを伝えようとするも、プロフェータの足では王都まで辿り着けないし、汽車に乗ろうにも大きすぎて乗り込めない。

 守り人に伝えてもそもそも守り人は人間と意思疎通が出来ないので意味がない。

 となると向こうから来てくれるのを待つしかないのだが、プロフェータに会いに来るのは王族のみという決まりがあって、しかも滅多に来てくれない。

 ……詰んだ。プロフェータは絶望した。

 

 優れた予測能力を持つプロフェータには、その後待っているだろう未来が既に見えていた。

 聖女の実体は生贄だが、表向きは救世主として持て囃されて持ち上げられて大切に育てられる。

 どんな我儘を言っても許され、どんな横暴も押し通る。皆が言う事を聞いてくれる。

 そんな環境に置かれれば人は歪むだろう。歪まないはずがない。

 それでも歴代の聖女がそこまで酷い人格にならなかったのは、聖女という存在そのものが生来普通の人間よりも善の心が強いからだ。

 あるいは本能的に無意識で自らの使命を悟っているのかもしれない。

 だがエルリーゼは違う。そんな使命などない普通の人間だ。

 聖女の立場に間違いなく慢心するだろうし傲慢に育つだろう。

 歪み切った偽物の聖女がどれだけの迷惑を人々にかけるかなど考えるだけで恐ろしい。

 しかもエルリーゼはよりにもよって、イヴと同じ病気を持っていた。

 魔力の循環速度が常人よりも遥かに速く、負の感情を処理し切れずに心がどんどんドス黒く染まっていく……名付けるならば過剰循環病とでも言うべき症状。

 歴史上、この症状を持っていた人間に善人は一人もいない。

 歴史に名を残す悪党が例外なくかかっていた病がこれだ。

 最悪の人間を、一番就かせてはいけない立場に就かせてしまった。

 だからプロフェータはこの後の未来はろくでもないものになると思っていたし……間違えた預言をした自分はきっと、いや間違いなく近い将来殺されるだろうと確信した。

 

 しかしこの予測は、大きく外れる事となった。

 取り違えられた偽りの聖女エルリーゼは、むしろ歴代の誰よりも『聖女』をしていた。

 どういうわけかいくら魔力の循環をしても心が闇に染まる気配すらなく、その魔力は天井知らずに上昇し続け、魔物を次から次へと駆逐した。

 怪我人や病人を癒し、荒れた大地や自然を蘇らせ、飢え死にする民も減らした。

 気付けば間違えて指名してしまったはずの偽りの聖女は歴代最高の聖女となっており、魔女アレクシアが存命しているのに既に平和な世界を築き上げていた。

 何だこれは。一体何故こんな事が起こっている。

 全くもって予想していなかった展開にプロフェータは驚き……だが、かつてない希望を抱いた。

 彼女ならば……この、真を超えた偽りの聖女ならば運命を変えてくれるかもしれない。

 聖女とは救世主になるという運命に縛られた生贄だ。故に一時の救世主にはなれても、それ以上には決してなれない。

 所詮は循環し続けるシステムの一部に過ぎないのだ。

 だがエルリーゼはそうではない。彼女はこの循環の外にいる存在だ。

 だからプロフェータは、初代の頃以来実に千年ぶりに表舞台へと進出した。

 この世代で何かが変わる……そう期待したのだ。

 

 そして期待は正しかった。

 エルリーゼの手によって今、全ての元凶が消え去った。

 もう魔女は生まれない。聖女も必要ない。

 世界が闇に染まった原因は、魔女を染め上げてしまった人々の黒い感情だった。

 故にこの連鎖を断ち切る事が出来るのは聖女ではなく、世界に生きる一人一人の人間の心の光だ。

 ならば後は、エルリーゼの言う『皆が笑って迎えられるハッピーエンド』にするだけだろう。

 エルリーゼは力を使い果たしたように命を終えようとしているが、それでは誰も笑えない。

 だからプロフェータは……彼女を次の預言者に指名した。

 

 

 

 預言者は聖女と違い、プロフェータ自身が後継者を選ぶ事が出来る。

 その際にプロフェータの命と、残る寿命の全てが後継者へと受け継がれるようになっているのは、預言者が同じ時代に複数存在しないようにするためだろう。

 だがそれをやってしまえば、プロフェータ自身の命は当然尽きる事となる。

 エルリーゼを後継者に指名したプロフェータは全身の力が抜けていくのを実感しながら、しかし満足そうに笑っていた。

 

「プロフェータ……どうして」

 

 プロフェータの命を与えられたことで死の淵から生還したエルリーゼが、戸惑ったような顔をしている。

 これで、最後にエルリーゼが死んで終わるという結末は避けることが出来た。

 彼女の言う『ハッピーエンド』にする為には、エルリーゼは死んではならない存在だ。

 

「どうもこうもあるかい。お前さんが死ねばまた世界中が悲しみで包まれる事になる。

折角本当の意味で悲劇の連鎖が終わったのに、最後の最後にそんな湿っぽい光景を見せられるなんざ私は御免だよ。

同じ死ぬんだったら、私の方がいい……私はもう、十分過ぎる程に生きた。

その上……その上、今までずっとあり得ないと思っていた、悲劇が終わる瞬間まで見届けて……この長生きしただけの命をお前さんに与えて終わる事が出来る……。

……こんな幸せな死に方が出来る奴は、そういないさ」

 

 悔いは一切なかった。

 強がりではない。本当に、今この瞬間こそが自分の最上の『死に時』だと心から思っているし、心底幸せだ。

 むしろ今という最上のタイミングを逃して何時この無駄に長いだけだった人生……いや、亀生に幕を引くというのか。

 

「それに、どのみち寿命も近かった……生きても精々、後百年くらいしか生きられなかっただろう」

「普通に長いわね」

 

 プロフェータの告げた余命に、アルフレアが思わず突っ込みを入れた。

 プロフェータから見れば僅か百年でも、人から見れば驚くほど長い。

 この寿命がそのままエルリーゼに与えられてしまったので、つまりエルリーゼは短命どころかこの先百年ほど生きるわけだ。

 

「エルリーゼ、お前さんは生きなきゃ駄目だ。

お前さんはずっと誰かを助け続けて、そしてイヴを始めとする歴代の聖女達の心も救ってくれた。

そのお前さんが、そのまま死ぬなんて事はあっちゃいけない。

これからはもっと……自分の為に生きるんだ。

誰かと結ばれてもいいし、結ばれなくてもいい。ただ、お前さんが幸せだと思う生き方をすればいい。

……もう、聖女を続ける必要はないんだから」

 

 聖女が必要な時代はもう終わった。

 ならばいつかエルリーゼが言ったように、これからは新たな時代が始まる。

 ただその中にはエルリーゼもいなければ駄目だ。

 消え去るべきは……千年前から続く、旧世代の遺物である自分の方だとプロフェータは思っていたし、それが正しいと信じていた。

 

「これから先は、お前さん達の時代だ」

 

 だから――後世に夢を託し、そして千年間の時を見続けた預言者は静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 ――懐かしい夢を見ていた。

 瞼を開いて、最初に視界に映ったのは見慣れた自室の天井であった。

 どうやら昼寝をしてしまい、昔の……いや、前世の夢を見ていたらしい。

 ゆっくりと起き上がり、彼女は乱れた黒髪を適当に手で整えながらスリープモードに移行していたパソコンを起動する。

 すると画面には、デスクトップの壁紙にしている一枚のイラストが映し出された。

 それは彼女がシナリオを手掛けたゲームである『永遠の散花』の一枚絵だ。

 イラストの中ではエルリーゼを中心に人々が笑い合っており、見ているだけで幸せな気持ちになれる。

 

「エルリーゼの奴は今頃どうしてるかねえ……いや、そもそも不動さんの言葉によると時間軸がズレているらしいから、丁度今頃が前世の私が死んだ時期になるんだろうか」

 

 そう言いながら彼女――夜元玉亀は柔らかな笑みを浮かべる。

 向こうでの役目を終えて死んだプロフェータは、どういうわけかあの世に行けずにこっちの世界に人間として生まれ変わってしまった。

 前世での千年に比べればあまりにも短い人の生涯だが、その中で出来る事を考えた結果、玉亀は向こうの出来事を物語として伝える事を考えた。

 画面の向こうの架空の物語としてでいい。一人でも多く知って欲しかった。

 歴史の中で消えて行った聖女達がいた事を。

 そしてそれを終わらせた偽りの聖女がいた事を。

 

 そうして書いた物語は、気紛れで応募した小説のゲーム部門賞とかいうのを取ってしまい、ゲーム化してしまった。

 まだ途中までしか書いていなかった小説はゲーム会社の指示で公開停止する事になり、玉亀はまあ仕方ないかと小説の方をエタらせた。

 まあ、ゲームの方が多くの人に見て貰えるだろうしエルリーゼの偉業も知ってもらえるだろうと考えたのだ。

 そして目出度くゲームになったのだが……そのままだと一本道すぎると文句を言われてシナリオを大幅に水増しする羽目になり、更に向こうの意向で主人公がエルリーゼからベルネルに変えられてギャルゲーにされてしまった。

 曰く、『女主人公が苦戦もせずにただ無双するだけの一本道シナリオとか売れるわけがない』らしい。ガッデム。どうやら受賞した時点でギャルゲーにする事は既に向こうの中では決定済みだったようだ。

 更にエルリーゼは少し他キャラに比べてパワーバランスがおかしいという理由でヒロインからも降格され、脇役にされた。

 だが玉亀もこれには猛反対した。何せこの物語はそもそもエルリーゼの事を伝えたいが為に書いたのに、そのエルリーゼをハブにしては本末転倒だ。

 散々話し合った末に何とか玉亀の知る本来の物語をエルリーゼルートとして捻じ込む事に成功し、しかし普通に実装してしまうとエルリーゼ一強になってしまうので隠しルートにされてしまった。おのれ伊集院。

 しかも無駄に条件を厳しくしたせいでなかなか発見してもらえなかった。おのれ伊集院。

 

「さて……確かPC移植版の方で追加DLCとしてエルリーゼルートの後日談を書けって言われてたんだっけ。

全く勝手な事を言ってくれるよ。あの後どうなったかなんて私が知りたいくらいなのに。

というか最初はエルリーゼルートなんかいらないって言ってたくせに人気が出た途端にこれとはねえ……」

 

 玉亀は愚痴を零しながら、伊集院から急かされているシナリオを考える。

 そういえば伊集院といえばつい先日に不動新人という男と一緒にやって来て、色々と興味深い話をしていたのだが……何故か本人はその事をすっかり忘れていた。

 試しに話を振ってみても『何を言っている? 初めからこういうシナリオだっただろう』と言われたし、不動新人について聞いても『誰だそれは』と返ってくる始末だった。

 エルリーゼが向こうから来ていて実際に出会っていたという不動新人の方は突然連絡が取れなくなったし、わけがわからない。

 ……今にも死にそうだったので、案外死んでいるのではないだろうかとか考えてしまう。

 彼の話が本当だったと仮定しても、なぜ彼だけがエルリーゼと接触出来ていたのかは最後まで謎のままだし……結局、解けていない謎は他にもまだ残っている。

 それは、夜元玉亀がプロフェータだった頃に観測した別の可能性……エルリーゼが酷い奴で結局何も解決しないという救いのない物語の事だ。

 玉亀はこれを便宜上『シナリオA』と呼んでいるが、結局何故自分がそんなものを観測出来たのかは分からないままだ。

 もしかしたらあの時点で自分にも記憶のフィルターがかかっていて未来を見ることが出来ないようにされていたのか…………それとも、もしかしたら、繰り返される悲劇を変えようとして世界が断片的なヒントをくれたのか。

 フィオーリもまた、いつまでも続く悲劇の連鎖を止めたがっていた。

 そしてその為に、エルリーゼに希望を託したのだ……と思うのは、流石に希望的観測が過ぎるか。

 だが、そうだったらいいな、と玉亀は思った。

 どうせ考えたって答えなど分かりはしないのだ。だったら自分が一番いいと思う仮定で納得しておきたい。

 

「エルリーゼは……どうだろう。やっぱり聖女の座から降りるんだろうね。

元々全て終わったらエテルナに返そうとしてる節があったし。

そうなると……森の中に小屋でも建てて、そこで隠居してそうな気がする。うん、それがしっくりくるな。

そしてベル坊とレイラの嬢ちゃんもついていって……

……ギャルゲーなんだから恋愛要素もなきゃダメだよな。正直エルリーゼはそういう感情があるかすら疑問だったんだが、まあそこはちょっとオマケしてベル坊といい空気にすればユーザーも満足するかな。

…………でもベル坊はたまに予想外の事するからなあ……案外『エルリーゼを守れる男になる』とか言って修行の旅とかに出てるかもしれないし……」

 

 適当に文章を打ち込みながら、自分がいなくなった後のフィオーリの物語に想いを馳せる。

 自分の予想通りになっているかもしれないし、全く違うかもしれない。

 だがどちらにせよ……きっと、幸せな明日が待っているはずだ。

 何故ならあの世界には、真を超えた偽の聖女が……いや。

 

 ――千年続いた悲劇を終わらせた、世界などではなく……『人の為』の聖女がいるのだから。

 

 そう思い、玉亀は静かに微笑んだ。




何か誤解してる方がいるようですが、まだ最終話じゃないですよ。
というか最終話ならちゃんとタイトルに最終話ってつけますんで……。

Q、伊集院さん何でベルネルを主役にしたの?
A、エテルナの幼なじみだったりと丁度いい立ち位置だったから。バックボーンも主役っぽいし。
エルリーゼは欠点がなさすぎて主役には向かないと判断した。


【作中であえて書く必要もなかったし、そもそも物語的に何の意味もなかったのでカットした世界線Aの出来事】

・A世界の末路
辿った道はエテルナルート。
エテルナが自殺する事で連鎖は断ち切られた――わけない。
行き場を失った『魔女』が登場しただけであり、世界と人類はフルボッコされた。

・プロフェータ
自分の間違いを嘆き、『魔女』によって滅ぼされる世界を見届けながら死んだ。
ちなみにこいつも地球を観測して永遠の散花を見ていたが、この世界では本当にその通りになっただけ。
滅びまで明確に描かなかったのは、単純にそこまで描くのを躊躇ったから匂わす程度の描写に留めていた。

・夜元玉亀
前世で見た悲劇を元に『永遠の散花』執筆。
ちなみにこの『永遠の散花』はエテルナルートがトゥルーエンドという扱いでグランドルートは存在しない。
シナリオを書いた理由は、滅びてしまった世界の事をせめてフィクションでもいいから誰かに知って欲しかったから。
マルチエンドにしたのは「もしかしたら世界が滅びない道があったかもしれない」とIFに逃げたかったから。

・世界(フィオーリ)
滅びてしまったことで「流石にすまんかった」と少し反省した。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十七話 それから……

 魔女との戦いが終わった後は、色々な事がありました。

 ……あ、いや、あった。

 どうもいかんな。まだ気を抜くと心の中でまで何故か敬語口調になってしまう。

 あの時に取り込んだ人々の正の感情は投げ捨てたはずなんだが、どうも少し精神汚染……いや、浄化? が進んでしまったらしい。

 とはいえ、元々がクソオブザイヤーの俺だ。多少浄化されたところで聖人になるわけもなく、精々救いようのないクソが少しだけ普通に近付いたって程度の変化だろう。

 

 あれから、国を挙げてのプロフェータの葬儀が行われた。

 亀のおかげで俺はのうのうと生き残り、その身代わりとなって亀が逝ってしまったが、その死に顔は何ともまあ羨ましくなるほどに安らかで満足気なものだった。

 付き合いの長いアルフレア辺りは悲しむかと思ったんだが、別にそんな事はなかった。

 本人曰く、悲しさがないわけではないが十分に生きた上であんなに満足して最高の死に場所を見付ける事が出来たんだから、むしろ亀は腹が立つほどに幸せだった……らしい。

 葬儀には守り人達もどこから情報を仕入れたのかは知らないが一斉に駆け付け、あわや魔物扱いで退治されそうになっていた。

 ……仕方ないので助けたらますます懐かれた。

 猿に懐かれてもなあ……。

 

 それと、魔女を本当の意味で倒したという事で盛大にパレードが開かれ、毎日がお祭り騒ぎとなった。

 俺が聖女ではない事はとっくに周知されているはずなのだが、何故か俺は『大聖女』という事になっていた。

 誰だそんな呼び名付けたの。偽物だっつってんだろ。

 というか本物の聖女が二人もいるんだから、そっちに聖女の座を渡してやれ。

 俺はもう要らん。

 

 ああ、それと亀に後継者指名されたおかげで、亀の能力を得てしまった。

 意識を研ぎ澄ませると、自分がそこにいなくても遥か遠くの映像や声も拾う事が出来る。

 流石に全てを知覚する事は脳の処理速度の問題で不可能だが、視ようと思えばどこでも視れるし聴こうと思えば何でも聴こえる。

 だから、エテルナの入浴とかも覗こうと思えば覗ける。

 いや、やってないけどね。やってないよ? 俺は紳士だからな。そんな事はしない。

 ……ふう。

 

 というわけで今度こそハッピーエンドだ。

 亀が死んでしまったのにハッピーエンドと言っていいかは分からないが……まあ、ハッピーエンドと言ってしまおう。

 これでバッドエンドなどと言っては、命をくれた亀に悪い気がする。

 あいつのおかげでハッピーエンドになったのだと、そう思った方があいつの命に報いられると思うんだ。

 ならば後は、聖女の座を退いて夜逃げするだけだ。

 俺みたいな偽物がいつまでも上でふんぞり返ってでかい顔をしているのはよろしくない。

 しかしいくらアイズのおっさんに俺は偽物なんだから、聖女の座をエテルナに返すように言っても何故か取り合ってくれない。

 となればもう、後は俺が消えるしかない。

 一応、レイラは置いていくとまた泣きそうなので連れて行ってやるかな。

 だがその前に一つ、やっておく事がある。

 ……一方的に、勝手に向こうが言った事ではあるんだが、アレクシアを助けてくれって言われちまったしな。

 というわけで俺は今、皆と一緒に教会地下のアレクシアを封印した結晶の前に立っていた。

 

「エルリーゼ様……本当にやるのですか?」

 

 レイラが不満を隠さずに言うが、心情的には分からんでもない。

 魔女がただの被害者だった事はもう誰もが知っている。

 だが理解と納得は別で、理性と感情も別だ。

 今の世代にとってアレクシアは忌み嫌う魔女であり、そのイメージはそうそう消えない。

 実際俺もアレクシアはそんなに好きじゃないし、一度はこのまま放置する事を決めていた。

 だが全てが終わった今、もうアレクシアを封印し続ける意味はない。

 しかもアレクシアは表情がね……封印される寸前の恐怖に引き攣った顔のままだから、このまま放置は何か少しいたたまれない。

 このまま俺が何もしないで放置すると、後世までこの情けない表情で固定されたまま晒し者にされてしまうだろう。

 嫌いな奴だが、それは流石に哀れすぎる。

 

「アレクシアの中の闇は完全に出て行きました。

したがって、ここにいるのはもう魔女ではありません」

 

 レイラに説明しつつアルフレアに目配せをする。

 以前は力業で強引に封印を破壊したが、今回は術者のアルフレアがいるので彼女に解除してもらうだけでいい。

 アルフレアは特にアレクシアと何の因縁もないので、ベルネル達のような嫌悪感は顔に出ていなかった。

 これがベルネルだったら封印を解除してくれなかったかもしれない。

 

「了解。私も閉じ込められる辛さは知っているからね。

この封印魔法ってさ、死んでも解除されるまでは魂があの世に行く事すら出来ないし……せめて解放してやりたいって気持ちは私にも分かるわ」

 

 アレクシアの魂はまだ閉じ込められたままだ。

 そもそもこの封印魔法はアルフレアを一時的に仮死状態にして次の聖女の発生を促し、尚且つアルフレアを死なせない為のものだった。

 なので空間ごと凍結させられるこの魔法に一度閉じ込められてしまえば、魂すら脱出出来ない。

 でなければアルフレアの魂は千年もの間、肉体に留まりはしなかっただろう。

 実際不動新人は少しの間死んでいただけで、魂の大半がエルリーゼとして転生してしまったわけだしな。

 つまりアレクシアの魂はまだここにいるっていう事だ。

 ベルネルの力の暴発によって死亡したが、まだ死亡直後の状態なので脳は壊死していない。

 つまり……まだ蘇生が間に合う。

 

「いくわよ。封印解除!」

 

 アルフレアが手を翳し、アレクシアを閉じ込めていた結晶が消滅した。

 倒れるアレクシアの身体を風魔法で浮かしてゆっくりと地面に横たえ、俺はその前に座って掌を彼女の心臓に当てた。

 まずは治療魔法。これで傷を完全に癒し、次に雷魔法で心臓に電気ショックを与える。

 更にアレクシアの口元に手を当てて風魔法で空気を送り込み、呼吸をさせた。

 

「エルリーゼ様……何を!?」

 

 レイラに今説明すると、問答無用でアレクシアを斬ってしまいそうなので無言で魔法を続ける。

 するとアレクシアが咳き込み、胸が上下し始めた。

 よし、蘇生成功。思った通りまだ間に合う状態だったな。

 

「エルリーゼ様、どうして……?」

「先程も言ったように、もう彼女は魔女ではありません。

したがって、もう無理に敵視する必要もない……それだけです」

 

 悪名が知れ渡っている今、もう聖女としての再起は不可能だろう。

 だが人里離れたどこかで静かに余命を過ごすくらいの平穏はアレクシアにも訪れていいはずだ。

 前までは別にそんな事は思わなかったのだが、俺も少し甘くなっただろうか。

 後は……確かベルネルの中にアレクシアの魂の欠片があったな。

 それももう、返してやっていいだろう。

 

「ベルネル君。今まで黙っていましたが、貴方の持つ闇の力は元々はアレクシアのものです」

「……知っています。あの戦いで、アレクシアが自分で話したので……」

「恐らくは完全に魔女になってしまう前に、自分を止めてくれる誰かに可能性を託そうとしたのでしょう。

だから貴方の中にはアレクシアの力と、切り離した魂の一部が入っています」

「それも、知っています……」

 

 アレクシアの一部。それがあったからこそ、ベルネルは主人公的な活躍が出来た。

 しかし既に知っていたのは意外だった。

 そういや向こうにいる時に見たゲームでも、水晶の前で戦ってるときに何かアレクシアと和解(?)みたいなのしてた気がする。

 多分ゲームを作った連中……伊集院さんとか夜元さんもベルネルが主人公的だったから、彼をゲームの主役に抜擢したのだろう。

 そういや伊集院さんは、やっぱ新人(おれ)が死んだ後は記憶が戻ったんだろうか。

 かなり迷惑をかけてしまったが、結局何も詫びる事が出来なかったな。

 

「貴方がよければですが……彼女の魂をアレクシアに返してあげてくれませんか?」

「はい、喜んで」

 

 おお、即答。

 これをやってしまうとベルネルはもう闇パワーを使えなくなるので弱体化してしまうが、迷う素振りが一切なかった。

 流石。イケメンは精神もイケメンなんやなって。

 多分、あのラストバトルでアレクシアと共闘した事で考えが変わったのだろう。

 ベルネルの手を握り、もう片方の手をアレクシアに当てる。

 そしてかつてベルネルから闇の力を借りパクした時と同じように、ベルネルの中のアレクシアソウルを力ごと受け取ってすぐに魂だけアレクシアへと押し付けた。

 力は返してやらない。こんなものはもう、無い方がいいからだ。

 だから俺の中にまだ残っていた闇パワーも合わせて外に出し、そして周囲の魔力から人の心の光をかき集めてぶつけて消滅させてやった。

 一時的に闇の力を俺の中に入れてしまったが、今回は俺の身体をさっと通しただけなので寿命もほんの数週間縮むだけで済む。

 亀から貰った命をいきなり減らしてしまったが、まあ百年もあるらしいし……数週間くらいはいいやろ。

 というか百年とか長すぎるんじゃボケ。

 

 闇の力はこれで俺からも、ベルネルからも完全に消え去った。

 消したところで一度縮んだ寿命が元に戻るわけじゃないが……魔女がいなくなった今ではもうこれは要らない。

 それに闇パワーなんかなくても俺には強大な魔力があるし、新必殺技の人の心の光ブン投げアタックもある。

 よって、闇パワーを捨てても何か不便する事はない。

 

「ん……」

 

 お、アレクシアが目を覚ました。

 彼女は最初は何故自分が生きているのか理解出来ずに困惑していたようだが、俺の姿を見ると反射的に跳び退いた。

 

「エ、エルリーゼ……! これはどういうことだ!

何故私の封印を解いた……いや、何故私は生きている!?」

 

 一応魔女の要素は全部抜いたはずなのだが、性格まで変わるわけではないらしい。

 多分聖女だった頃からこんな人だったのだろう。

 実際ゲーム中でもこんな尊大口調だったし、多分これで素なのだ。

 

「落ち着いて下さい。

封印を解いたのは、もう貴女が魔女ではないから。

生きているのは今、私が蘇生させたからです」

「……魔女ではない……?

確かに……言われてみれば今まで絶えず私の中にあった破壊衝動が消えている。

久しぶりに心の霧が晴れたような気分だが……解せぬ。

何故私を蘇らせた?  お前に何の得がある」

 

 聖女は初代魔女+歴代魔女の怨念によって人々の醜さを直視させられ、人に絶望して魔女となる。

 その怨念が消えた今、彼女の中にはもう人に対する過剰な攻撃性はない。

 しかしそれはそれとして、人類に失望した彼女もまた間違いなく彼女自身だ。

 それをわざわざ救うなど、向こうにしてみれば意味が分からないだろう。

 

「得がなければ、誰かを助けてはいけないのですか?」

 

 何の得があると言われも別に何の得もない。

 あえて言うなら俺が後味が悪いからだ。

 要するに俺はただ、いい奴であるように振舞いたいだけだ。

 善行を積む自分に酔っていい気分で精神的にオナニーしたいだけである。それが全てだ。

 いい事をした後は気分がいいって言うだろ。そう言う事だ。

 

「……ディアス元学園長に貴女を救うように頼まれたのです。

理由など、それだけで十分ですよ」

「お前は……」

 

 アレクシアは変な物を見るような目で俺を見た。

 そして呆れたように溜息を吐き、唇の端を歪める。

 

「……呆れた奴だ。お人好しというにも程がある。

私は……そんなふうに考えた事は一度もなかった。

聖女だった頃はずっと、聖女をやっている事に苦痛しか感じていなかったよ。

いつも、『どうして私だけが辛い思いをしながら誰かを助けなければいけない』と、不満に思っていた。

……お前ほどの気高さがあれば、私もこうはならなかったのかもな……。

今はただ、純粋にお前が羨ましいよ……お前は心まで聖女なのだな」

 

 いいえ違います。

 俺が平気だったのはそれが根本的な部分では全部自分が気持ちよくなる為の自慰行為だったからで、要するに自分が気持ちいいから長続きしただけで何の苦痛もなかっただけです。

 要するに俺は元々底辺のクソ下衆だったから闇落ちなんてしようがなかっただけです。

 表向きはいい人を演じて、そんな自分を客観的に見る事で『俺かっけええええ!』ってやっていただけです。

 で、聖女の皆さんが闇落ちしたのは行動が基本的に他人の為で、自分が全然気持ちよくなかったからです。

 そんなん長続きしませんわ。むしろよく続けたもんだと感心させられる。

 要するにあんた等は全員お人好しで気高いから闇落ちしたんです。

 ……などと素直に話すわけにもいかないので、俺は曖昧に笑っておいた。

 社会人奥義・『返事に困ったらとりあえず笑っておけ』。

 ただし多用は禁物だ。

 

 その後アレクシアはアイズ国王と兵士達に何処かへ連れられて行った。

 もう魔女ではないとはいえ、それでも生涯表舞台に出て来る事はないだろう。

 とはいえアイズ国王も後ろめたさはあるようで、俺が口添えをしておいたら分かっていると頷いてくれた。

 何でも、外に出す事は出来ないし幽閉以外の選択肢はないが、人の目の無い場所に庭付きの小さな屋敷を建てて、そこでディアスと一緒に生活させるつもりらしい。

 勿論敷地の周囲は見張りで囲むが、敷地内であれば少しくらいは屋敷の外に出る事も許すつもりで、何も悪事を働かない限りは静かに余生を過ごしてもらうつもりだと言っていた。

 何その養われ生活。逆に羨ましいわ。




長く読んでいただき、ありがとうございました。
次回でこの「偽聖女クソオブザイヤー」は完結となります。

https://img.syosetu.org/img/user/304845/64091.png
わっさわさ様より頂いた支援絵です。
エンディングの方に張ろうかと思いましたが、レイラの服装的にその一つ手前のこっちに張りました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 手に入れた平穏

 俺のやるべき事は、全て終わった。

 この世界はこれから、魔女も聖女もいない新たな時代へと歩んでいく。

 世界に選ばれた代行者や代弁者ではなく、人が歴史を紡いでいくのだ。

 ならばそこに、俺は必要ない。

 俺は聖女ではないが、今は預言者になってしまっている上にどうも発言力というのが強すぎる。

 俺が白と言えば黒でも白になる。それだけの権力と影響力を持ってしまった。

 だが人が作っていく歴史の中で、何を言っても何をしても許される絶対者がいつまでも一番上でふんぞり返っているのは、邪魔にしかならない。

 だから俺は表舞台から退場して、プロフェータが暮らしていた森の中に少し大きめのログハウスを建てて、そこでのんびりと過ごす事にした。

 て言うか本音をぶっちゃけると、政治とかクッソ面倒だから関わりたくないです。

 もう魔物もいないし、そんな状態でいつまでも表舞台の頂点に居座ってたってボロが出るに決まっている。

 物語の英雄とか勇者は恰好いいが、倒すべき敵がいなければ存在感を示せない。それと同じで、魔物がいなくなったこの世界で俺が頂点でふんぞり返っていたって何も出来る事はない。

 一応各国の王からの相談事とかは受けるし、助けを求めている奴がいれば手を貸さん事もないが、基本的にはノータッチでいこうと思う。

 家の裏には畑も作り、森の中では木の実などが豊富に取れるので自給自足で暮らしていけそうだ。

 というか守り人が頻繁に果物だとか狩った動物の肉だとかを持ってくるので、むしろ食料が多すぎて困るくらいだ。

 時間は亀のおかげで腐るほど出来てしまったし……ゆっくりと隠遁生活を送りながら、この世界にない料理とか調味料とか、そういうのを作ってみようかね。

 

「エルリーゼ様、今日は魚が多く釣れましたよ!」

 

 声のした方向を向くと、ラフな格好をしたレイラが籠一杯の魚を持って帰って来ていた。

 その隣にはベルネルもいる。

 レイラは結局、騎士としての座を捨ててまで俺について来る事を選んで今は一緒に暮らしている。

 騎士になる為に子供の頃から頑張っていた彼女にこんな生活をさせていいのかとは思うし、確認もしたのだが『私の聖女はエルリーゼ様です』と言って譲らなかった。

 まあ、何だかんだでこの生活にも適応しているようだし、毎日魚とか獣とか取って来てくれて助かるので邪魔にはならない。

 実は騎士より狩人が天職だったのだろうか。

 

 あ、そうそう。

 他の連中のその後を少しだけ話しておこうか。

 フィオラとモブAは何かいい感じになり、今では結婚を前提に付き合っているらしい。

 変態クソ眼鏡は学園の教師を続けながら、俺のやった事を本にして広めようと計画しているんだとか。

 この森にも頻繁に訪れるし、滅多にここから出ない俺達にとっては外と繋がる貴重なパイプだ。

 スティールを使ってやり取りもしており、何というかここまで尽くしてくれる事に少し怖さを感じる。

 マリーとアイナは無事に騎士への内定が決まり、今でも学園で修練を積んでいるらしい。

 聖女は必要なくなったが、戦闘のプロフェッショナルとして騎士は今後も残るらしい。

 ただ、その忠誠を捧げる相手は今後は聖女ではなく国や民になるだろう。

 今代の聖女であるエテルナは聖女の座に就かず、今も学園で過ごしているという。

 卒業したら村に帰るつもりだと言っていた。

 失恋の痛みは意外とないようで、最近ではベルネルの寮友であったシルヴェスター・ロードナイトとかいう奴と少しいい雰囲気らしい。

 彼女には、幸せになってもらいたいものだ……。

 代わりに聖女の座に就いたのはアルフレアだが、こちらはこちらで職務などをあまり覚えようとせずに従者達を困らせていると聞いた。実にアルフレアらしい。

 

 で、一番意外な方向に行ったのが我等が主人公のベルネル君だ。

 彼は何を考えたのか、学園を中退して修行の旅へと出かけてしまった。

 本人曰く『今の俺にはエルリーゼ様の隣に立つ資格はない。だから貴女を守れるほどに強くなれるように旅に出ます』らしい。

 更に俺があげた剣も学園に保管し、何と素手で出発している。

 何でも『本当の意味でその剣を手にするに相応しい男になる』とか。

 一応遠視でたまに様子を見てるんだが、各地の強者と戦っては実力を伸ばし、漢同士の友情を深めたりしていた。

 ……こいつ、どこ目指してんの? 大丈夫? 『ボディビル♂エンド』に向かってない、これ?

 

 そこまで頑張ってる理由はまあ、俺なんだろうが……悪いけど俺はきっとあいつの想いに応えてやる事は出来ないだろう。

 だから俺の事は諦めて他の子と幸せになるよう説得したんだが……こいつその時、すげえこっ恥ずかしい台詞吐いたんだよな。

 

「貴女を守れる男になる事が俺の幸せです」

 

 何この殺し文句。俺の心が女だったらグラッときていたかもしれない。

 もっとも俺の内面は、あのラストバトルで少し変わったとはいえそれでも基本的には男だ。

 だから生憎と、こいつの想いに応える日は来ないだろう。

 ……まだ俺の内面は男のまま……だよな? 実は少し自信がない。

 前までならメス堕ち? いや、無理無理。アイデンティティの形成は前世で終わっちまってるから、この先何十年生きようと俺がそうなる事はない……と断言してたんだが、あのラストバトルのせいでちょっと……本当にちょっとだけ思考が変わってしまったので、そのうち情に流されてしまいそうな自分が怖い。

 

 そんな全力でコースアウトしているベルネルだが、今日は何か渡したいものがあるとかで珍しくこの森までやって来ていた。

 ちなみに少し見ないうちに随分と男らしくなっている。主に筋肉が。

 最初に会った時はヒョロヒョロイケメンでいかにもギャルゲー主人公って感じだったのに、今や白い胴着を着て『俺より強い奴に会いに行く』とか言ってても違和感のない逞しい男と化していた。

 お前本当にギャルゲー主人公のベルネルだよな? 間違えて格闘ゲームの主人公を代役にしたりしてないよな?

 大丈夫? そのうち波動拳撃ったりしない?

 

 これから、この世界の物語がどうなるかは俺にも分からない。

 (特にベルネルがどうなるかマジで予想つかない)

 だが、きっと何とかなるだろうしそう悪いものにはならないだろう。

 何故なら、永遠に花が散り続ける悲劇は終わったのだから。

 だから、この世界はもう『永遠の散花』ではない。俺も知らない新たな物語だ。

 

「あの……エルリーゼ様。これ、東の島で見付けて……それでレイラさんと二人で作ったんですけど」

 

 ベルネルがしどろもどろに言いながら、何かを出した。

 それはアンジェロの髪飾りで、アレクシア戦が終わった後に散ってしまった俺の髪飾りと似たものだ。

 ああ、そういえばずっと付けてなかったな。

 まあ無ければ無いで別にいいんだけどね。

 そもそも俺がそれを付けていた理由は、MPが尽きた時の為の予備の回復アイテムという面が大きかったし……結局出番なかったしな。

 なので無くても別に困りはしない。

 なのだが……ベルネルは自然な動作で、花飾りを俺の頭に付けてしまった。

 おうやめろや、照れるだろ。

 

「うん。やっぱり、エルリーゼ様には白い花がよく似合う」

 

 おうやめろや、照れるだろ(二回目)。

 やっぱこいつ、天然のギャルゲ主人公体質だな。

 よくもまあ、こんな台詞を自然に言えるものだ。

 まあ、とりあえず礼くらい言っておこうか。結構レアな花だし、これ。

 ていうか東の島って何? まさか泳いでいったんじゃないだろうな……?

 ……とにかく、後でちゃんと腐らないように魔法かけておかんとな。

 

「ありがとう、ベルネル君。それにレイラも」

 

 礼を言って、微笑みかける。

 ほれ、(ガワだけ)美少女スマイルだ。喜べ。

 するとベルネルとレイラが顔を赤くして目を逸らした。

 ……ベルネルは分かるが、何でスットコまで男みたいな反応してるの?

 

(――助けて、誰か!)

 

 ……むっ。どこかで助けを求める少女の声が聞こえた。

 預言者パワーで声の出所を探すと、ここから五㎞くらい離れた山道で遭難している少女の姿を発見した。

 どうやら道を踏み外して転落し、足を怪我して動けなくなってしまったらしい。

 やれやれ……少し手間だが、まあ無視するわけにもいくまい。

 つーわけで、ベルネルとレイラにちょっと出かけて来る事だけ説明してその場から飛翔した。

 

 

 少女は、痛む脚を押さえながら涙をぬぐっていた。

 都を目指して村から出た彼女は、その途中にある山を越えようとして途中で崖から転落してしまったのだ。

 命は助かったが足を折ってしまい、おまけに瓦礫に挟まれて自力で歩く事も出来そうにない。

 こんな事になるならば素直に山を迂回すればよかったと後悔するも後の祭りだ。

 この山は決してそこまで険しいわけではない。

 だがそれでも、すぐに誰かがここを通って助けてくれる可能性は高くはなかったし、夜になれば獣なども現れるかもしれない。

 飢えて死ぬか乾いて死ぬか……それとも獣に喰い殺されて死ぬか。

 想像出来る未来はどれも明るいものではなく、少女の目に涙が溜まる。

 

(……助けて、誰か!)

 

 必死に心の中で助けを求めるも、そんなものを誰が聞き届けるというのだろう。

 先程までは実際に叫んでいたのだが声はもう枯れ、誰かが上を通っても気付いてもらえそうにない。

 だが絶望する彼女の上に差し込んでいた雲が晴れ、その間から光が差し込んだ。

 そして舞い降りてきたのは、白いドレスを纏ったこの世のものとは思えないほど美しい少女だ。

 金を溶かしたような黄金の髪に、宝石のような緑色の瞳。

 神が全霊を注ぎ込んで作ったような美貌には慈愛の微笑みが浮かび、白い手が差し伸べられる。

 

「聞こえましたよ。貴女の、助けを求める声が」

 

 

 光を背景に、偽りの聖女は今日も輝いていた。




https://img.syosetu.org/img/user/304056/64112.jpg
てん○様より頂いた支援絵です。
完結祝いウレシイ……ウレシイ……

というわけで「偽聖女クソオブザイヤー」完結です。
皆様、88話もの間読んでいただきありがとうございました。
支援絵も沢山頂きまして、本当に書き手冥利に尽きます。
あ^~(支援絵)全部好き!(ワイトもそう思います)

それでは皆様ありがとうございました。またどこかで会いましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後日談
サプリ死す(前編)


 ニート生活万歳!

 と、いきなりダメ人間全開でお送りします、元偽聖女エルリーゼです。

 何で元かって言えば、聖女の座から退いてアルフレアに後を任せた今となっては俺はもう偽聖女ですらないからだ。

 相変わらず世間的には俺は今も聖女という認識になっているし、教会からは大聖女とかいう称号も貰ったが、正直あんまり嬉しくない。

 それとたまに、騎士や教会のお偉いさんから『やっぱ聖女の座に戻ってクレメンス……』と泣き付かれる事もあるが、いつまでも偽物が聖女面して居座ってるべきではないので、これは断固としてNOと言っている。

 そもそもアルフレアは偉大な初代聖女だぞ。何が不満だっていうんだ。

 胸だってでかいし。胸だってでかいし。

 

 『魔女』との戦いを終えて聖女の座から降りた俺は、前からの予定通りに森の中にログハウスを建ててそこでレイラと一緒に暮らしている。

 レイラは聖女を辞めた俺でも甲斐甲斐しく世話してくれるし、養われ生活マジ万歳。

 元々はプロフェータが暮らしていた森なのだが、俺が何もしなくても守り人達も果物とかを届けてくれるし一生ゴロゴロして暮らせるわこれ。

 とはいえ、ずっとニートばかりしていると「働け」と家から摘まみ出されるというエンドもあり得るので、何もしてないわけじゃない。

 プロフェータから引き継いだ預言者の能力で色々遠くの事も分かるし、俺が何かしなきゃやばいって時は仕方なく働いている。

 この前は何かジャガイモに疫病が流行って、あわや飢饉になりかけてたので全部魔法で治しておいたし、その前は船が渦に飲み込まれて沈没しそうになってたので乗組員を浮遊魔法で引っ張り上げておいた。

 一月前はどっかの国で皮膚が紫黒色になる、よく分からん病気が流行ってたので全部治しておいたし……後、生活用水が汚すぎてどんどん病人が量産されてる町があったから、町ごと全部水を浄化したりもしたっけ。

 あ、でもこれ全部ここでの生活に役立ってねーわな。狩りとかは全部レイラ任せだし果物も守り人から貰ってるだけだ。

 

 ま、そんな事はどうでもいい。

 ニート生活の何がいいって、皆が明日の食い扶持を確保する為に汗水流して働いている時にゴロゴロと昼寝出来るって事だ。

 人々は生活の為にやりたくもない仕事をして、下げたくもない頭を下げて、辛い思いをしながら必死に働き蟻のように働いているんだろう。

 しかし俺はそんな時にゴロゴロ出来る。

 皆が今この瞬間に労働という地獄の中にいる事を想像しながら、自身はその外側で何も苦労せず寝る事が出来るという最高の優越感を抱けるのだ。

 どこかのギャンブル漫画で言っていた、『自分だけが安全な位置にいる事への愉悦』に近い感情なのかもしれない。

 そんなわけで、今日も俺は惰眠を貪る事にする。

 昼寝は身体によくないと言われるが、そんなの知った事か。

 身体に悪い物は美味いし、気持ちがいいんだよ。

 昼寝に二度寝、ジャンクフード。嗚呼、甘美なるかな駄目人間への誘惑。

 人というのは駄目な物にほど惹かれてしまう生き物なのだ。

 あ、ちなみに太らないように体型含めたアレコレはちゃんと(魔法でインチキもして)理想の状態を常時維持してます。

 努力は嫌いだが、ピザリーゼはもっと嫌いだ。アレと同じにだけはなりたくない。

 そもそも我、承認欲求の塊ぞ? 賞賛される容姿を維持してヨイショされるようにするのは当然なんだよなあ……。

 あ^~、羨望と嫉妬の眼差しが気持ちええんじゃ~。

 後、寿命は亀のおかげで百年もあるし、その気になればそもそも多少の不調なんぞ自力で魔法で治せるし、多少不健康な生活をしたくらいでどうにかなったりしない。

 なので寝る。俺は寝る。今日も寝る。

 部屋の隅に置いてあった、今日完成したばかりの専用の抱き枕を魔法で浮かせて二階へと上がった。

 何でこんな所にあるかというと、単純に作業をしていた場所が一階だったからだ。

 あん? 精神男のくせに抱き枕使うとかキモイ? 抱き枕が許されるのは小学生まで?

 はい、それ偏見。抱き枕っていうのは腰痛、肩こり、ひざの痛みなどを抑えつつリラックス効果もあるというメリットが多い寝具なのだ。

 横向きで抱き枕を片足で抱える姿勢は『シムス体位』と呼ばれ、自律神経を休める理想的な寝姿勢と言われている。多くの医師も推奨する正しい姿勢だ。

 そもそも日本では数多くの美少女抱き枕がある事から分かるように、男だって普通に抱き枕くらいは使う。

 というかむしろ男の方が使う率高いまである。

 抱き枕を使っていて絵になるのは美女美少女だが、現実には太ったおっさんとかがロクに掃除もしていない部屋で、常時広げっぱなしの洗濯してない布団で抱き枕を使っているのだ。

 俺も前世では好きなヒロインのR18な抱き枕を……いや、それは置いておこう。

 まあ、とにかく抱き枕を使うのは別におかしくないって事だ。

 そんなわけで早速ベッドに入り、抱き枕を引き寄せた。

 ……うん? 何かゴワゴワしてね? 楽しみにしてたのに何か違うな……?

 変な異物感があるというか……これおかしくね? いや、おかしいわ絶対。

 位置を変えてみたり上に乗ってみたりして確かめるが、中に明らかに綿以外の何か入ってる。

 何だこれ……抱き枕の感触ちゃうぞ。というか人っぽいなこれ。

 中に人……? レイラがスットコして潜り込んだか?

 

 こんなんじゃ安眠出来ん。ちょっと開けて確認してみるか。

 

 

 サプリ・メントは大聖女エルリーゼの熱狂的な信者である。

 彼の中ではエルリーゼの存在は全てに優先され、この世界全てよりもエルリーゼ一人の方が遥かに尊く、遥かに大事だと本気で思っている。

 むしろエルリーゼ様がいなくなった後の世界に何か価値あるのか? と本気で言ってしまうほどのイカレ具合であった。

 嗚呼素晴らしきかな至高の聖女よ。彼女と同じ時間を生き、同じ空気を吸って生きているというだけで至上の幸福感に包まれる。

 しかしこれだけの変態でありながら、彼は意外にも決して一線を踏み越える事はしていない。

 余人に言わせれば数々のストーキング行為や変態行為はとっくに一線を踏み外していると言われそうだが、実は彼はその変態性に反してエルリーゼの肌や髪に直接触れた事すらないのだ。

 彼女が通った後の足跡や使った食器を採取する際も手袋の上から触れるという徹底ぶりで、採取したそれも厳重に保管して崇めるだけで決して自ら触れる事はない。

 そう、彼はエルリーゼとの接触を自らに禁じている。

 それは自分のような下民が触れる事で彼女を穢してしまう事を恐れているというのもあるが、何よりサプリ自身が刺激に耐え切れないからだ。

 彼女が使用していた手ぬぐいと同じ物を店で購入して、エルリーゼが触れたわけでもない……彼女も同じ物を使っていたというだけの手ぬぐいの香りを嗅ぐだけで恍惚感に浸れるこの男がエルリーゼに直接触れてしまえばどうなるかは、彼自身が誰よりも知っていた。

 ――まず、刺激に耐えられない。幸福が限界突破を果たして確実に絶頂死を迎えてしまう。

 それは望みの死に様だが、今はまだ死ぬべき時ではない。

 死ぬならば限界まで生きて生きて生き抜いて、一秒でも刹那でも多く彼女の姿を見て、それから死にたい。だから今はまだその時ではない。

 

 そんなサプリ・メントだが変態性さえ気にしなければ有能な男だ。

 エルリーゼが聖女の城を去ってからは、貴重な外とのパイプ役になっており、外の情勢やアイズ国王からの伝言などをエルリーゼに伝える為に度々、彼女が暮らす森を訪れている。

 というより、エルリーゼの近くに行きたいから自分からこの役を買って出た、という方が正しいだろう。

 だったらレイラのように同居しろという話だが、エルリーゼと一つ屋根の下での生活は刺激的過ぎてサプリには耐えられない。

 それを言えば学園もそうだったのだが、学園はまだ広かったからよかったのだ。

 しかし今エルリーゼが暮らしているログハウスは、エルリーゼとレイラの二人で暮らすには十分に広いが、それでも学園とは比べ物にならないほどに狭い空間である。

 そんな空間で四六時中エルリーゼの近くにいれば、サプリは興奮し過ぎて尊死に至るだろう。

 誰よりもエルリーゼの側にいたいくせに、想いが強すぎて側にいる事が出来ない。それがサプリ・メントという男であった。

 

 この日、サプリはアイズ国王からの手紙とここ数週間の世情を纏めた紙を持ってログハウスを訪れていた。

 守り人達が暮らすこの森は、エルリーゼが住むようになってから果物が豊富に取れるようになり守り人達は彼女が近くにいる事の恩恵を一身に受けている。

 エルリーゼが癒しの魔法などで植物を活性化させ、水や土地を浄化しているからこそだろう。

 木々の間から日の光が差し込む幻想的な森を歩き、エルリーゼが暮らしているログハウスへと入る。

 しかしタイミングが悪かったようで、家の中には誰もいなかった。

 鍵がかかっていないのを見るに、そう遠くまでは行ってないだろう。

 さしずめ裏庭で何か野菜でも育てているのかもしれない。レイラは狩りにでも出かけているのだろうか。

 まあ、それなら待てばいい。

 サプリはログハウスを見まわし、そしてその慎ましさに感嘆した。

 今や大聖女とまで呼ばれるエルリーゼならば、こんな小さなログハウスではなくもっと立派な城や屋敷にいくらでも住めるだろう。

 その気になれば掛け声一つでいくらでも世界を動かせるし、バランスを変える事も出来る。

 それだけの影響力と発言力がエルリーゼにはあるのだ。

 エルリーゼが死ねと言えば笑って死ぬ者が、サプリを含めて世界中にはいくらでもいる。

 だが彼女は自らが世界を操る事を嫌い、完全に政治の世界から身を引いて静かに暮らす事を選んだ。

 どこまでも欲のない方だ、と思う。

 あるいはこの慎ましい生活こそが大聖女ではなく、ただのエルリーゼとしての彼女の求めたものなのかもしれない。

 そう思いながら見ていると、サプリは部屋の隅に適当に置かれた奇妙な物体を発見した。




ハーメルンよ、私は還ってきた!(挨拶)

皆様どうもお久しぶりです。
この度、皆様に発表したい事があり、舞い戻ってきました。
正確には告知は明日なので、今回は告知があるという告知なのですが。
ともかく明日にお知らせがあり、後編もその時にUPします。

それと明日、発表に合わせて作品名と作者名も心機一転で変更します。
作品名:「理想の聖女? 残念、偽聖女でした!」
作者名:「壁首領大公」
となります。一応しばらくは後に()で元タイトルと元作者名も入れておきます。
作者名は実は以前からカクヨムの方では変えていたのですが、今回を機にこっちに統一する事にしました。
で、タイトルは……うん…………。
タイトル関係の感想でね……一番多かったのがね……「タイトルで避けてました」だったんや…………。

え? 残当……?

…………じ、次回お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サプリ死す(後編)

偽聖女クソオブザイヤー
新タイトル「先輩! 自己主張止めて下さい!」


 部屋の隅に置かれた奇妙な物体。

 それを見て、サプリはその正体が分からず顎に手を当てた。

 

「何だこれは……? 縦に長い布……?

エルリーゼ様が使った気配はないからレイラ君の物だろうか……? 何の為にこんな物を置いているのだ?」

 

 何やらおかしな事を言いながら、サプリはベッドの上に置かれていた抱き枕を手に取った。

 どうやら彼は気配だけでエルリーゼが使用した物かが分かるらしい。

 彼にとっての不幸(幸運)は、これが新品であった事だろう。

 もしも一度でもエルリーゼが使っていれば、この男はどういう理屈かは分からないがそれを感じ取る事が出来た。

 そうであればこのように不躾に触れるなどという事は決してしなかったはずだ。

 

「うん? ほう、ここは開くのか。画期的だが意味が分からんな……」

 

 サプリは抱き枕に付いていたチャックが気になったようで、何度も開け閉めをする。

 サプリの知識には抱き枕も、チャックもない。

 だが根の部分が研究者気質であるサプリは未知の物に興味をひかれ、今まで見た事のない構造にしきりに感心していた。

 しかし肝心の抱き枕の使い道が分からない。彼の知る枕とは少なくとも中に綿が詰まっている縦に長い物体ではないからだ。

 民が主に使う枕は、藁を束ねたもの……あるいは少し上等なものならば、それに粗末な布を巻いたものがある。

 貴族ならば豪華な刺繍の施された、100%布製の枕も使うだろう。

 しかしチャックで開閉可能な、中に綿を詰めた縦に長い枕など彼は知らなかった。

 数は少ないながら裕福な貴族は羽毛を詰めた布団を使うのも知っているし、羽毛布団を使える事は贅沢の一つとされ、貴族のステータスになる。

 だがサプリはこれを寝具だと判断する事は出来なかった。

 

「中に入るのか……? いや、しかし……」

 

 一度気になると周囲が見えなくなり、何としても究明したくなる。

 サプリはこれが他人の物である事も気にせず、使い道を探るべく当たり前のように抱き枕の中に入ってみた。

 チャックは内側からも閉められるようになっており、裏には表とは別の柄が施されている。

 これは裏表どちらでも使えるようにしたエルリーゼの工夫だ。

 そして中に入ってみた感想は……狭い。この一言に尽きる。

 自由に動けないし、息苦しい。ここからどうしろというのか。

 少なくとも衣服でない事だけは確かのようだ。

 とりあえず一度出よう……そう思った時、彼にとっての最大の不幸(幸運)が訪れた。

 誰かがログハウスに帰宅し、そしてサプリの入った抱き枕を浮き上がらせたのだ。

 

(こんな事が出来るのは……エルリーゼ様!? 何だ! どこに運ぼうとしておられる!?)

 

 エルリーゼは中にサプリが入っている事に気付かずにサプリごと抱き枕を運び、二階にある自らの寝室……そこにあったベッドの上に乗せてしまった。

 勿論サプリの常識外れの変態性ならば、自分がどこに置かれたのかが見なくとも一瞬で理解出来る。

 エルリーゼが普段から使っているベッド(神具)の上に乗せられた!

 その興奮で既にサプリは呼吸困難に陥り、身体は完全に麻痺してしまっていた。

 すぐに声を出してここから出なければならない。だがかつてないほどの興奮と幸福感で何も出来ず、サプリは完全に石像と化していた。

 だが直後、サプリを更なるオーバーキルが襲った。

 

「ふう……ん? 何か固いですね……?」

(ホゥワアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?

アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア)

 

 何か柔らかな物が薄い布越しにサプリに密着した。

 見ずとも分かる。見ずとも理解(ワカ)る! 見ずとも感触(ワカ)る! 見ずとも確信(ワカ)る!

 あろう事かエルリーゼが密着……いや、サプリを抱きしめている。

 足を絡め、サプリに身体を押し付けているのだ。

 サプリはこの時、この奇妙な縦に長い布の使い方を理解した。

 そ、そう使う物だったのかァァァ!

 

(あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばくぁwせdrftgyふじこlp;)

 

 かつてないほどに密着した事で、彼女の仄かに甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 吐息がすぐ近くにかかる。柔らかい身体の感触を全神経で感じてしまう。

 それに腕に当たる……いや、押し付けられている感触は一段と柔らかく……いやまさか、これは……。

 駄目だ、気付くな! サプリは必死に思考を捨てようと努力した。

 気付いてしまえば、もう駄目だ。幸福感に殺される!

 だが気付かないように尽力しているという事は、心の中で既に気付いてしまっているという事。

 腕に触れているこの部位……エルリーゼの顔の位置や足の位置などから導き出されるそれは、胸部以外にあり得ない。

 つまり至高の聖女のお……お…………お………………っ!

 

 

 

 

 

 ――サプリは気付けば、夕焼けに照らされた丘の上に立っていた。

 それは子供の頃……まだ世界の汚さに気付く前の幼い時に、家族と一緒に見た景色であった。

 頬を撫でる優しい風にサプリは目を細め、そして宇宙に……この世界に生まれる事が出来た奇跡に感謝した。

 世界は確かに醜いものも沢山あった。一度は世界の汚さに絶望した。

 だが、今はそうではない。

 世界には何よりも尊くて、美しいものがある事をサプリは知っていた。

 

 ――もう、いいの?

 

 後ろから声がかけられ、振り返る。

 そこには幼き日に先に旅立ってしまった家族がいた。

 父が……母が、姉が。家族の皆が笑顔でサプリを待ってくれていた。

 

「ええ、もう充分です……私にもう、悔いはありません」

 

 サプリは憑き物が落ちたような清々しい顔で、家族に微笑む。

 本当はもっと生きたかったという気持ちがないわけではない。

 もっと聖女の奇跡を見たかったし、もっと彼女の側にいたかった。

 だがそれでも……それでも……。

 

「私はこの世で最も美しいものを知る事が出来た……。

私は……最高に幸せです」

 

 サプリはまるで童子のような屈託のない笑顔を浮かべた。

 そして歩み出す。

 背中からは純白の翼が生え、頭には光り輝く輪が浮かび上がった。

 空は雲を裂いて光のカーテンが降り注ぎ、ラッパを持った小さな天使達が舞い降りる。

 サプリは大地を蹴り、家族と共に……天使に囲まれながら空へ空へと上がっていく。

 

 さあ、もう行こう。もう還ろう……。

 ――皆がいる、天へ……。

 

 

 サプリは死んだ。

 

 ◆

 

「…………」

「…………」

 

 エルリーゼとレイラは唖然としていた。

 抱き枕の感触に違和感を感じたエルリーゼがチャックを開けようとした時、抱き枕が何故か真紅に染まっている事に気が付いた。

 同時に、帰宅したレイラは二階から僅かに感じられる血の匂いと、誰かが侵入した痕跡を発見して急遽二階へ飛び込み、エルリーゼと合流……真紅の抱き枕と、その前で困惑するエルリーゼを発見した。

 これはどうした事かと思って開けてみれば、何と中にはサプリがいたのだ。

 しかもただサプリがいただけではない。何故かこの男は鼻から大量の血を流し、事切れていたのだ。

 比喩ではない。本当に死んでいる。ガチのマジで死んでいる。

 

「…………」

「…………」

 

 エルリーゼとレイラは顔を見合わせた。

 え? 何で? 何でここでサプリが死んでるの?

 どちらもその問いに答える事は出来ず、ただ困惑するばかりだ。

 きっと誰にも、何故サプリが死んだのかは分からない。

 

 

 サプリ・メントは若くして死んだ。

 きっとこの先やりたい事は沢山あっただろう。未練もあっただろう。

 

 でも見てください。この嬉しそうな死に顔……。

 ――あなたはこんな顔で死ねますか?

 

 

 

 

 

 ちなみにこの後、エルリーゼが慌てて発動した蘇生魔法によってかろうじてサプリは復活した。

 




待たせたなあ!(挨拶)
わからないマン改め、壁首領大公です。今日から壁ドンは任せろー!

昨日告知していた通り、本日は発表があります。
とはいってもまあ、バレバレでしたが……。
この度、「偽聖女クソオブザイヤー」改め「理想の聖女? 残念、偽聖女でした!」が書籍化する事が決定いたしました!

レーベル:カドカワBOOKS
イラストレーター:ゆのひと様
発売日:8月10日
公式ページ:https://kadokawabooks.jp/product/zannenniseseijo/322103000439.html
公式Twitter:https://twitter.com/kadokawabooks/status/1404374092971577347
カクヨムお知らせページ:https://kakuyomu.jp/official/info/entry/2021/06/14/183854
※カバー絵もあります
amazonネット書店で予約開始もしたそうなので、そちらもよければ是非!

それと、埋もれてしまっているのでカクヨムでのテコ入れの為に
カクヨムで本作をフォローして下さっている皆様の為に、カクヨムフォローユーザー宛てに短編SSが四本メールでお届けされます。
こちらは公開ではなく、メールでのお届けとなります。
もし興味がある方は是非、見に来てくれると嬉しいです。
6/21 7/12 7/26 8/10の四回お届けされる予定となっております。

Q、つまり短編だけ貰ったらフォロー外していいんじゃな?
A、いいけど、出来ればやめて! でもまあ、短編さえ見て貰えれば……。

ちなみにハーメルンでもちゃんと、今後も別の短編SSと一緒に情報を上げていきますので、カクヨムを登録していないと情報が分からないとか、そんな事にはならないです。
そこだけはご安心を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エンディング後の観察者達

待たせたな!(挨拶)
いよいよ発売まで後2週間と1日となり、久しぶりの更新となります。
今回は前から要望の多かったエンディング後の妄想wikiと現実世界のネットでの反応となります。


【エルリーゼ】

 『永遠の散花』の登場人物。非攻略キャラクター。

 ……と発売から四年もの間思われていたが、とあるRTA実況動画によって攻略可能キャラである事が明らかになった。

 

 聖女と呼ばれる、魔女と対を成す存在。

 幼い頃は我儘だったが、ある日を境に聖女の自覚に目覚めて人が変わったように『誰かの為』に活動するようになる。

 聖女の名に恥じぬ圧倒的な魔力と剣術の腕を持ち、その戦闘力は作中最強。

 闇の象徴である魔女と対を成す光の象徴として、時にプレイヤーの前に現れて手助けをしてくれる。

 物語開始時に十四歳の主人公の前に現れて彼の闇の力を制御出来るように助力し、ペンダントを預けて彼の人生に大きな転機を与えた。

 その後、主人公が十七歳になった時に再会を果たすが、その姿は主人公の記憶の中の十四歳の姿のままであった。

 聖女は魔女と同様に殺傷されるまで死ぬ事はなく、若い姿のまま老化を止めてしまう。

 彼女の場合は他の聖女よりもその時期が早かったのだろうと言われている。

 聖女である彼女は魔女と聖女の力以外で傷を負う事はなく、素手で剣を受け止めても掠り傷一つ負う事はない。

 また、魔女の力に働きかけて浄化する事も出来る。

 魔物に襲われている場所があればどんな小さな村でも見捨てず自ら出撃し、傷付いた者がいれば分け隔てなく癒す。

 彼女の登場以前は城壁から数歩歩くだけで魔物と遭遇するような魔境だったという話だが、本編の時点で既に物語の舞台である『ジャルディーノ大陸』からは魔物がほぼ駆逐され、安全に行き来出来るようになっている。

 これによって商人が移動しやすくなり、物流の流れもスムーズになった事で生活環境も全体的に大きく向上した。

 歴代の魔女や魔物によって破壊された大地や自然を復活させる事にも精力的で、万年不作だった彼女の登場以前と比べると常に豊作になっている。

 また、じゃがいもや大豆などの痩せた土地でも育つ作物を広めたのも彼女であり、餓死者の数が劇的に減っている。

 その為、魔物や魔女を倒す聖女という顔以外に、歴代の聖女にはなかった豊穣の聖女という面も持ち、人々に敬われているようだ。

 それは、他の聖女と異なり彼女の誕生日だけが誕生祭として祝い事になっている事からも見て取れる。

 何故か料理スキルも高いようで、時折国王達に振舞うケーキの『クラウド』は絶品らしい。

 まさに聖女を絵に書いたような非の打ちどころのない少女だが、実は…………。

 

【エルリーゼの正体】

 エルリーゼは本物の聖女ではない。

 赤子の頃に手違いでエテルナと取り違えられてしまっただけの一般人であり、当然彼女に魔女を倒す力など備わっていなかった。

 年を取らない理由は主人公が制御出来るようにと吸い取った魔女の力によるもので、これによって彼女は外見が変わらなくなっている。

 だが実際にはこれが原因で寿命が縮まってしまっていた。

 魔女の力を浄化出来た理由は、この時に得た魔女の力を使っていただけであり、剣を素手で止めたのは単純に膨大な魔力でガードしていただけである。

 しかし彼女のあまりにも完成された聖女としての振舞いから、彼女を偽物と思う者は魔女を含めて誰もいなかった。

 だがエルリーゼ本人はその事を知っていたらしく、いつの日か本物の聖女であるエテルナに聖女の座を返す日の為に邁進していた事を明かしている。

 

【本編での活躍】

・エルリーゼルート

 四年越しのまさかの発見。

 彼女のルートに入る方法は、『CG回収を100%にした状態で』、『周回プレイをせずに一周目をプレイして』ゲーム開始時に自動で入手出来るアクセサリの『思い出のペンダント』をゲーム開始からここまで一度も外す事なく、学園に入ってから十七日目の夜まで全ての自由行動を自主練で消費する事である。

 (正確には全ヒロインの好感度を上げない事)

 そうすると十七日目の夜に低確率で、友達を作らない主人公の事を心配したエルリーゼが主人公の部屋を訪れ、彼女の好感度を上げる事が可能になる。

 (このイベントを踏まないと何をしても攻略可能キャラにならず、好感度そのものが一切表示されない)

 有志の検証の結果、エルリーゼが部屋を訪れる確率は0.3%前後というデータが出ている。

 筋トレばかりしていると心なしか確率が上がるという情報もあるが、こちらは未検証。

 なので十七日目の夜まで自主トレをして過ごし、夜の自主トレをする前にデータをセーブして、後はロードを繰り返そう。

 その後は十八日の夜に、ファラによって主人公とエテルナ、フィオラ、ジョン(それとモブが数人)が誘拐されるイベントが発生する。

 そしてファラによって護衛を付けずに来るように要求され、その通りに本当に一人で来てしまう。

 ここで、彼女を仕留める為にファラが差し向けた魔物達と戦闘に入るのだが、この戦闘は何とエルリーゼを操作してのイベントバトル。

 この戦闘で初めてプレイヤーに数値として明かされる彼女の凄まじい戦闘力は必見。

 他のルートでもイベントで圧倒的な強さは見せていたが、このステータスならば納得である。

 本来ならば二周目でようやく倒せるようになるレベルのモンスター三十体と連戦になるが、その全てを一方的に蹴散らしてくれる。

 何をどう間違えてもまず負ける事はない。

 そしてこのイベントをクリアすると、その二日後にまさかの転入生として学園に転入してくる。

 

 エテルナの自殺未遂イベントを除き、途中までは共通ルートと同じ流れで進行するが、エルリーゼルート限定で闘技大会終了時に武器を貰う事が出来る。

 この時の武器は主人公が装備している武器と同じ種類のものをくれるが、素手だと何もくれないので注意。

 検証の結果、この時に貰える武器で最も強いのは『長ネギ』を装備している時に貰える『スーパー長ネギブレード』である事が判明した。

 ただし『長ネギ』は攻撃力1のネタ武器である為、マリーどころか準決勝のジョンにすら勝てず、闘技大会での順位を犠牲にしなければならないので割に合わない。

 

 ディアスの反逆イベント以降は本格的にこのルート独自の展開に入る。

 戦闘終了後にディアスに何かを伝えて彼の抵抗を止めたが、恐らく自身の正体を教えたのだろうと思われる。

 冬期休み近くに差し掛かると、諸国の王との会食の為に聖女の城に一時帰還するが、エルリーゼの時代を長引かせようと考えた王達や、魔女との戦いで彼女が死ぬ事を恐れた騎士達によって城に幽閉されてしまう。

 レイラを人質に取られて脱出せずにいたが、主人公達の突入に合わせて自力で脱出してその後はビルベリ王都の危機に駆け付けて魔物を蹴散らす。

 また、この際に死亡してしまった主人公を蘇生するという離れ業をやってのけている。

 さらっと本物の聖女でも絶対出来ないような事をやってるぞ……この偽聖女様。

 この時エルリーゼの好感度が50未満だとCG回収が出来ないので注意。

 

 冬季休みになると他のルートでは存在が語られるのみで登場しなかった預言者『プロフェータ』と邂逅し、学園横に池を作ってプロフェータを住ませた。

 エテルナの覚醒後は主人公達の特訓の為にフグテンに連れ出し、そこで初代聖女アルフレアの声を聞いてアルフレアの墓に赴く。

 そこで彼女と邂逅した後に初代魔女の封印を破壊してアルフレアを解放した。

 この時、他のルートでは一切語られる事のない初代魔女イヴとアルフレアの関係と過去が語られる。

 

 そして物語終盤で、遂に主人公に対し自らが偽りの聖女である事を明かした。

 それでも構わないと主人公に告白されるものの、自らの寿命が残り僅かである事を理由に主人公の想いは受けられないと拒絶する。

 このイベントはエルリーゼの好感度が高くても変化せずに絶対に振られてしまう。

 そして…………。

 

【ネタバレ注意】

 

 

 アレクシアとの決戦終了後に、主人公の身代わりになる形で魔女の力を引き受けてしまう。

 死が目前に迫る中、自らが偽の聖女である事を明かしてレイラや主人公達に騙していた事を謝り、エテルナが真の聖女であると告げて自らはレイラの腕の中で永遠の眠りについた。

 頭に付けている『決して枯れない花』が枯れ落ちる様はエルリーゼの命が尽きた事を主人公とプレイヤーに強く印象付け、スタッフロールが流れる中やはり永遠の散花は永遠の散花だったとプレイヤーは絶望した。

 

「これからは、貴方達の時代です」

 

 

 

【以下更なるネタバレ注意】

 

 

 

「“許さない”は私の台詞です」

 

【グランドルート】

 スタッフロールが流れ、画面が暗転してから五分間そのまま放置する事で真の最終決戦が始まる。

 遂に千年の悲劇の真の元凶である『魔女』が出現し、エルリーゼの遺体を破壊するべく行動を開始する。

 これを相手にベルネル達は決死の抵抗を試みるが、この戦闘はイベントバトルなので絶対に倒せない。

 戦闘は『魔女』を相手に最初にアルフレア、エテルナ、プロフェータで戦い、この三人がやられればサプリ・メント、その次にベルネル、アレクシアで挑む三連戦となる。

 この三連戦で合計20ターン持ちこたえる事が出来ればイベントが進行する。

 20ターン目を迎えるとエルリーゼが人々の声に応えて復活し、悲劇の連鎖を止める為のラストバトルが始まる。

 戦闘はまさかのエルリーゼを操作しての戦闘であり、平気で五桁六桁ダメージが飛び出る。

 しかしエルリーゼをもってしても『魔女』を倒すには至らず、もう駄目かと思われたその時に人々が自ら戦う事を決意し、エルリーゼに心の光が集まる事で形勢が逆転。

 負の感情の集合体である『魔女』に『人の心の光』をぶつける事で消滅させ、千年の悲劇はここに幕を下ろした。

 悲劇を終わらせるのは世界に選ばれた聖女ではなく、今を生きる一人一人の希望だったのだ。

 

 戦闘終了後に力を使い果たしたエルリーゼは再び死に瀕するが、プロフェータによって命と預言者の座を渡された事で命を繋ぐ。

 その後は聖女の座から降り、プロフェータが暮らしていた森でレイラと共に静かに暮らす事を選んだ。

 最後はレイラ、ベルネルと一緒に森の中で微笑んでいる一枚絵で今度こそエンディングを迎える。

 

 プレイヤーが待ち続けた、皆が笑って終わる真のハッピーエンドはここにあった。

 

【グランドルートの後】

 他のルートではエンディング後にレベルや所持品の一部を引き継いで最初からプレイするかどうかの選択肢が出るが、グランドルートではそれがない。

 エンディングの一枚絵が表示された後にそのまま選択肢なしでスタート画面に戻されてしまい、再度エルリーゼルートのデータを開始すると、そのままクリア後の世界を遊ぶ事が出来る。

 これといったイベントはないのだが、クリア後に今まで登場したキャラクター達がどのように過ごしているかを見る事が出来るので一見の価値あり。

 また、クリア後はエルリーゼが正式にパーティーメンバーに加わっており、エルリーゼを連れ歩く事が可能。

 モンスターは登場しないが、訓練所で好きな相手と戦えるので存分にエルリーゼの強さを堪能出来る。

 また、クリア後の訓練所ではアルフレアやサプリ・メントなどの本編では戦う事のなかったキャラクターとの戦闘も可能。

 強くてニューゲームに入らない理由について公式は「グランドルートでは悲劇の連鎖は終わっているので、もう繰り返す必要がないという意味であえて周回要素を入れませんでした」と回答している。

 

 

【永遠の散花について語るスレ 214周目】

 

522:名無しの騎士

やっとグランドルートクリアした!

よかった……ハッピーエンドはあったんだ……。

 

523:名無しの騎士

クリアおめ!

 

524:名無しの騎士

おめでとう!

 

525:名無しの騎士

Congratulation! Congratulation!

(パチ‥ パチ‥ パチ‥ パチ‥)

 

526:名無しの騎士

あんなのが真のラスボスとか、アレクシアを倒して満足してる間はハッピーエンドにならんわけだ。

 

527:名無しの騎士

対抗出来るのがエルリーゼしかいないから、エルリーゼが生きている状態で『魔女』を出すしか解決方法ないもんな。

 

528:名無しの騎士

他のルートだとクリア後どうなってるのかと考えると恐怖しかない

 

529:名無しの騎士

他のルートだと、アレクシアとの決戦前にエルリーゼ様が亡くなってるので詰んでる

 

530:名無しの騎士

何で他のルートだとエルリーゼ復活しないんだっけ?

 

531:名無しの騎士

アルフレアがいない→遺体の保存が出来ない→火葬

 

532:名無しの騎士

決戦後にエルリーゼを生き残らせる為にはプロフェータ必須で、そのプロフェータと会うにはアイズ国王との和解が必須……こりゃひでえ

 

533:名無しの騎士

アイズさん、そんな重要とは思わんかったわ

他のルートだとただの悪役だもん……

 

534:名無しの騎士

メインヒロインでパッケージのセンターも飾ってるのにグランドルートで負けヒロインにされたエテルナは泣いていいと思う

 

535:名無しの騎士

唯一の生存ルートだから……(震え声)

 

536:名無しの騎士

わんこ様のヒロインルート実装はよ!

 

537:名無しの騎士

誰だよ

 

538:名無しの騎士

アルフレアの事じゃね?

 

539:名無しの騎士

(アルフレアルートは)ないです

 

540:名無しの騎士

無い

 

541:名無しの騎士

無い

 

542:名無しの騎士

ありません

 

543:名無しの騎士

グランドルートで評価変わったキャラかなりいそうだよな

アレクシアはこれまで情けない魔女ってイメージしかなかったんだけどラストバトルでかなりイメージ変わった

 

544:名無しの騎士

グランドルートのアレクシア様は途中まで不憫すぎて泣ける

偽聖女(最強)、今代聖女、初代聖女、聖女の力持ち主人公の四人がかりとか本当に酷い

 

545:名無しの騎士

サプリ・メントとか今までは何で立ち絵があるか分からないくらい、何の為にいるか分からないキャラだったよな

 

546:名無しの騎士

大した出番もないただのエルリーゼ信者のくせに固有の立ち絵があったりスタッフロールでも何故かヒロインの次くらいに名前が出てて変だとは思ってた

 

547:名無しの騎士

エルリーゼルートで一気に面白い人になっちゃったな……

 

548:名無しの騎士

何気にちょっと『魔女』相手に一人で持ちこたえてるのがズルい。

 

549:名無しの騎士

ラストバトルのエルリーゼVS『魔女』は実質イベントバトルだから、プレイヤーにとって本当のラストバトルは『魔女』との三連戦なんだよな

で、『魔女』はサプリで最低10ターンは稼がないとクリアが難しいから、これはもう主人公と言っていいのでは……?

 

550:名無しの騎士

何気に強さに何の理由付けもないこの変態クソ眼鏡が一番ヤバイ。

 

551:名無しの騎士

ベルネルみたいに闇の力持ってるわけでも、聖女でも、過剰循環病でもないからなこいつ。

エルリーゼへの愛だけで限界突破した意味の分からない変態。

 

552:名無しの騎士

てかこんなルートを発見困難な条件にして、一切情報も出さなかった公式は頭おかC。

 

553:名無しの騎士

本当は発見されたくなかったとしか思えないよな。

 

554:名無しの騎士

まあ長年言われていた「何で2を出さないか」の答えは出たな。

 

555:名無しの騎士

エルリーゼルートで完結してるから続きなんかないんやなって。

 

556:名無しの騎士

男の娘、女装子、メスショタ、TS、ふたなり……結局の所全部ホモ。

そう思っていた時期が俺にもありました。

 

557:名無しの騎士

>>556

ごめん、誤爆した。

 

558:名無しの騎士

>>556

なんだァ……?テメェ……。

 

559:名無しの騎士

>>558、キレた!!

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 この後も、終わることなく議論は続いている。




カドカワBOOKS編集部様から口絵が一部公開されました。
https://twitter.com/kadokawabooks/status/1419587244856254468
ガワだけ見れば聖女!

Twitter感想キャンペーンなるものも始まりました。
ワイのサインとかどこに需要あるんや…………? むしろ折角の新刊に落書きすんなって怒られん?
https://twitter.com/kadokawabooks/status/1419599920202338309

それと、短編と言いつつこれでは流石に申し訳ないのでこれからも定期的に短編を上げて行きます。
次回は7/29の予定となっており、次はちゃんとした短編ですのでご安心下さい。

それでは次回にまたお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

偽聖女、日本へ行く ①

危ねえ……1回予約投稿ミスった……。
だ、誰も気付いてないのでヨシ!


 突然だが、ラスボスを倒した後に平和になった世界を探索出来るゲームは名作説を推してみたいと思う。

 ラスボスを倒した後にそのままエンディングからスタッフロールに入って、スタート画面に戻されて、再プレイしたらまたラスボスを倒す前の世界に戻っている……てのはよくあるパターンだが、やるたびに「違うそうじゃない」と思っていた。

 いや理由は分かる。分かるんだよ? そりゃクリア後の台詞差分とか全部作るの面倒だろうしさ。

 でもやっぱ気になるのはクリアの後の世界なわけで。

 折角頑張ってラスボスを倒して世界を救ったのに、結局その後に何事もなかったかのようにラスボスが復活してたりすると時間を巻き戻されてるような、いくら主人公が頑張っても世界が平和にならないような、何とも言えない気分が残ってしまう。それって俺だけかね?

 やっぱラスボスは一度やられたらもう出てこないで、その後の平和になった世界をプレイさせろゴラァ! と俺はいつも思っている。

 

 『誰だ?』って聞きたそうな表情(カオ)してんで自己紹介させてもらうがよ、俺ぁお節介焼きのエルリーゼ!

 現代日本から『永遠の散花』のシナリオが心配なんで転生して(くっついて)きた!

 ……と、これじゃ意味不明なんで少し詳しく説明すると、俺は最近流行りの転生者ってやつだ。

 元々は現代日本で生きていた不動新人(ふどうにいと)という名前の男だったのだが、ゲームをして寝たら何故か『永遠の散花~Fiore caduto eterna~』っていうギャルゲーの偽物聖女『エルリーゼ』に転生してしまっていたんだ。

 この永遠の散花はギャルゲーのくせにヒロインがやたら死ぬゲームで、そして本来のエルリーゼはヒロイン達を不幸にする腐れ悪役だ。

 で、折角転生したんだから俺が鬱シナリオをぶっ飛ばしてやらあ! とあれこれやってみたら本当に出来て、ラスボスを倒してヒロイン全員生存ハッピーエンドを迎えることが出来たってわけだ。

 ついでに俺が偽物の聖女って事もバレたので、俺はさっさとトンズラをこいて今は人里離れた森の中でログハウスを建てて快適なニート生活を送っている。

 ちなみに全員生存ハッピーエンドと言ったが、それはあくまでヒロインの話であって正確には一人……というか一匹だけ犠牲者が出てしまった。

 そいつはプロフェータっていう名前の亀で、世界に選ばれた預言者だったのだが……ラストバトル後に俺に命を譲って死んでしまった。

 で、その影響で今の俺は寿命が残り百年ほどになっていたり、預言者の力を持っていたりするが……まあ、既に物語は終わった後だ。黒幕も倒したし、今となってはこの力は飾りでしかないだろう。

 まあ、そんな感じだ。少し雑な説明になってしまったが長々と詳しく話す事でもない。

 大事なのは、今俺がいるのは解決すべき問題のないハッピーエンド後の世界っていう事だけだ。ビバ・クリア後の世界!

 ちょっと前までは聖女として常に演技をしていた俺だが、今では大分のんびりと過ごしている。

 とはいえ、周囲のイメージとかもあるし今更『実は中身男でした!』なんて言うわけにもいかず、最低限の周囲の印象を壊さない程度の演技は今も続けていた。

 というか本性など出そうものなら、大炎上不可避なので人前では演技を通すしかない。

 つまりは人前にあまり出ない隠居生活最高ってわけだ。

 

 ああ、そうそう。俺の外見だが……まあ自分で言うのも何だが『絶世の』と付けていい超美少女だと思う。

 いやナルシストとかじゃなくてね。それ以外の表現をしたら謙虚を通り越してただの嫌味になるのよ。

 それに前世の俺の姿ではなくてある意味乗っ取ったも同然の身体だから、客観的な評価も出来る。

 鏡の前に立てば、そこにいるのは腰まで届く金髪をなびかせた美少女(自画自賛)の姿。

 眼の色は翠で、不自然なレベルで整った顔と一切の染みがない肌は一周回って現実味がない。

 2.5次元っていうの? ゲーム画面からそのまま飛び出して来たような容姿だ。

 多分現代とかでSNSに載せれば『加工しただろ』と万人が思うようなレベルである。

 服装は聖女時代は聖女の為に用意された白いドレスを着用していたのだが、今の俺は聖女ではないので白いワンピースを着ている。海賊王にはならない。

 前世の知識を元に作らせたものなので、デザイン的には現代の地球で着ていても違和感はないだろう。

 ……あん? 中身男のくせにナチュラルに女物の服着てて恥ずかしくないのかって?

 いやうん……まあ最初はそういう気持ちもあったんだけどさ……十年以上も演技とはいえ聖女やってたわけで。

 今ではもう特に何も感じないな。慣れって凄い。

 スカートに関しても、ぶっちゃけこの世界だと男でも普通にヒラヒラしたチュニックみたいな服を着用してるしな。

 それも長い奴だけじゃなくて、ミニスカートみたいな短いチュニックで足出してるおっさんとかも普通にいる。

 なのでロングな分、今着ているワンピースの方が恥ずかしくないまであるかもしれない。

 とまあ、俺がどういうやつかって自己紹介はこのくらいでいいだろう。

 要するに森で生活している元偽聖女の、ガワだけ美少女中身ニートだ。

 

 さて、既に偽物の聖女である事をカミングアウトした俺だが、世間的には何故か大聖女という事になっている。

 まあ今更偽物でしたと認めるわけにはいかない大人の事情とか権力のアレコレとかがあるんだろう。

 一応本物の聖女はいるんだけどね。しかも三人も。

 聖女は本来は一つの時代に一人が原則なのだが、この時代だけ例外が起こりまくっておかしな事になっている。

 現在いるのは初代聖女アルフレアと、先代聖女アレクシア。そして今代聖女エテルナの三人だ。俺は偽物だからカウントに入れない。

 そして俺は今、そのうちの一人である初代聖女アルフレアの要請を受けてとある遺跡を訪れていた。

 何でも、調べたい場所があるので一緒に来て欲しい……との事らしい。

 石を積み上げる事で造られた遺跡らしく、その景観は前世のテレビで見た古墳の中に似ている。

 その中を俺とアルフレアを囲うようにして騎士がゾロゾロと歩いており、とても狭い。

 護衛は分かるけど、全員で入るなよ。逆に動きにくいだろこれ。

 

「アルフレア様……ここは?」

「んー、実は私もよく知らないのよ。子供の頃に一度だけお母様に連れて来られた事があってさ……。

お母様が言うには『全ての始まりの場所』らしいんだけど……」

「初耳ですが」

「し、仕方ないじゃない! 私だって一月前に思い出したんだもん!

だ、だって千年も前の事なのよ! むしろ思い出した私を褒めてよ!」

 

 始まりの場所て……何かもう、名前からして重要そうなフラグがプンプンしている。

 前の戦いではアルフレアはこんな場所がある事を一言も言わなかったが、どうやらすっかり忘れ去っていたらしい。

 まあ肝心の初代魔女イヴの怨念である『魔女』はもう倒した後だし、今となってはさして重要でも何でもないだろう。

 

「それでね、そういえばこんな場所あったなーって思って、調査するようにフグテンに手紙を出したのよ。

そしたら奥に変なものがあるって言われてさ。仕方ないから私自ら調査しようって事になったんだけど……何かあった時、エルリーゼがいてくれた方が頼りになるなーって思ってさ」

「変な物、ですか」 

 

 さて、何が出て来るのやら。

 イヴが『始まりの場所』なんて言うくらいだし、もしかしたら歴史的に価値のある資料とかがあるのかもしれない。

 そう思いながら奥まで進むと、そこにあったのは……空間の裂け目であった。

 比喩とかではなく、本当に空間に亀裂が走っているのだ。

 そしてその上から、水晶のようなものが亀裂を塞いでいる。

 この水晶は見た事がある……かつてイヴがアルフレアを封印した、空間の凍結だ。

 となると、この裂け目を塞いだのはイヴと見て間違いなさそうだが……この亀裂は一体何なんだ?

 

「確かに……変な物ですね。アルフレア様、これはあの封印魔法で間違いないですか?」

「そうね。私を千年も閉じ込めてくれた忌々しい封印で間違いないわ。けど何でこんな所を……?

それに……壊れかけているわね、これ」

 

 封印魔法は空間ごと凍結してしまっているので、基本的に壊れる事はない。

 それこそ同じ空間系の力……この世界では闇属性と呼ばれている聖女と魔女にしか使えない力を上乗せした上で、圧倒的な魔力を叩き込むくらいの事をしなければこの封印は壊れないはずだ。

 しかしこの封印は明らかに壊れかけており、それだけでこの亀裂がそれだけ危険なものだと教えてくれる。

 

「ど、どうかなエルリーゼ……これ、やばい気配する? というか私、もうここにいたくないんだけど……正直帰りたい。ここ、凄い嫌な感じがする」

「そうですね。この場所は大分負の感情が強い気がします」

 

 亀裂の向こうからはドス黒い感情が流れ込んできていて、どうも不吉な予感しかしない。

 俺は魂が腐っている……もとい、闇属性だから全く問題ないし、何なら居心地がいいまであるのだが、この世界の人間にとっては一秒だって居たくない場所だろう。

 今は俺が周囲の魔力ごとこの負の感情を常に取り込み続けているのでマシになっているが、俺がここを離れたらアルフレアなんて倒れるかもしれない。

 この世界の人間……とりわけ聖女は元々が真っ白すぎるから、こういうのに弱く簡単に染め上げられてしまう。

 代々の魔女も元は聖女が負の感情のせいで闇落ちしてしまったもので、五年より長く耐えた聖女はいないという。

 ちなみに俺は平気。むしろ正の感情でダメージ受けるタイプなので負の感情を浴びても逆に回復して絶好調になる。

 ともかく、アルフレアにとってはここは毒沼に等しいだろう。いるだけで辛いはずだ。

 騎士達も辛そうにしており、原因の分からない不快感や苛立ちのせいで顔が凄い事になっている。

 

「アルフレア様。騎士達を連れて遺跡の外に退避して下さい。ここは私一人で調査します」

「そ、そうさせてもらうわね……エルリーゼも気を付けて」

 

 アルフレアは俺の言葉に素直に従い、迷わず退却を選んだ。

 彼女は俺の実力を知っているし、ぶっちゃけ俺にはそもそも護衛なんかいらない。

 極論、千人護衛がいてもそれは俺にとっては千人の足手まといが出来るだけなのだ。

 騎士達は渋っていたがアルフレアに背中を押される事で追い出され、遺跡の中は俺一人となった。

 

「さて……」

 

 念の為に最大出力でバリアを展開し、全身を包む。

 本気で防御に徹した俺にダメージを通せる者は多分この世界のどこにも存在しない。

 噴火中の火山に飛び込もうが深海まで潜ろうが、雷に直撃されようと無傷よ。

 しかしこの亀裂マジで何なんだろうね。負の感情を垂れ流す亀裂とかどう考えても厄なんだが、何故か俺はこれに不快感どころかむしろ居心地のよさというか、懐かしさを感じるんだよな。

 例えるならばまるで実家にいるような感覚だ。何でだろう?

 まあ考えても仕方ない。とりあえず調べてみますかね。

 そう思い、まずは軽く指で触れてみたのだが……。

 

「――え?」

 

 瞬間、視界が真っ白に染まった。

 うおっ、まぶし。

 何だ、攻撃か? だが無駄無駄ぁ。俺にダメージなど入らん。

 ……あれ? いや、ちょっと待って。これ空間系の干渉受けてない? バリアどんどん削れてない?

 あ、割とやべえ。バリアを内側から補強しながら光が収まるのを待つ。

 

 そして十秒ほどの光が収まり――目を開けた時、俺は何故かどこかのアパートの一室の中に立っていた。

 部屋の中は綺麗に整理されていて人が住んでいる気配は感じられない。

 しかしこの部屋の間取りに俺は見覚えがあった。

 まさかと思ってトイレの位置や風呂の位置を確認するが、記憶と間違いがない。

 外に出てアパートを視認し、そして俺は確信した。

 間違いない……これ、前世で俺が住んでいたアパートだ。つまり……。

 

 ――日本だここ!?

 

 

 道路を走る車。線路を走る電車の音。

 道を歩くのはフィオーリの一般基準と比べて明らかに肌ツヤがよく、清潔な人々。

 そして都会ならではの汚い空気。

 紛れもなく、見間違えるはずもなく、俺は今東京の街中にいた。

 (元)偽聖女IN日本! 偽聖女日本に立つ!

 ……いや御免。マジ意味わかんない。何で俺、東京にいんの?

 さっきまで確かにフィオーリにいたよね?

 まるで意味が分からんぞ!

 

 一応、いきなり現代日本に来てしまう経験が過去になかったわけではない。

 『魔女』を倒す前は何度も意識だけの状態で日本に戻って来てしまっていた。

 だがそれは転生の際に死に損ない、魂が一時的に二つに分離してしまった事で転生後の俺(エルリーゼ)転生前の俺(不動新人)が同時に存在しているという、増殖バグのような事が起こってしまっていたからだ。

 現代に残して来た魂に引きずられて、意識だけがこっちに戻ってしまっていたんだな。

 その二つも現在では完全に融合して俺になっているので、もう俺の意識がこっちに引っ張られる理由はないはずである。

 しかし俺は今、もう二度と戻って来る事はないだろうと思っていた日本に来てしまっていた。

 しかも……この現実感。肌に当たる空気の感触……。

 ……おいおい。身体ごと来ちまってるじゃんか、これ。

 試しに窓に手を伸ばすと、しっかりと触れる事が出来る。開いて、風を感じる事が出来る。

 完全に実体を持ったまま、意識だけではなくて身体ごとこっちに来てしまっている。

 さて、どうしたもんか。

 まず、どうやら戻れないって心配はしなくてよさそうだな。

 部屋の中を見ると、そこに空間のズレのようなものがあるのを感じ取れる。

 多分これに魔力を流し込んで意図的に潜り込めば、来た時と同じように空間を通って帰れるはずだ。

 とりあえずまずは、帰れるかどうかを先に確認すっか。

 

 

 ――結果から言えば、問題なく帰る事は出来た。

 空間の裂け目に触れるだけで簡単に行き来する事が出来るのを確認した俺は、アルフレアに軽く状況説明をしてから再び日本を訪れていた。

 とりあえずいくつか試してみたんだが、俺がバリアの中に持ち込んでいれば基本的に生物無生物問わず何でも世界を超えて持ち運べる。

 ただし世界間移動の際に割と洒落にならない負担がかかるので、俺クラスのバリアを展開出来ない場合は世界移動の際に耐え切れず途中で分解されてしまうだろう。

 なので実質的に、俺くらいしか生きたままこれを通過して世界を行き来する事は出来ない。

 まあ肉体がなくて魂だけとかなら俺以外でも可能かもしれんがな。

 

 さて、これで帰り道は確保出来た。

 となると、折角戻って来た日本だ。何もせずにはいさようならってのも味気ない。

 出来れば一度くらいは『永遠の散花』のシナリオ製作者の夜元玉亀さんに会って話をしておきたいし、何より……こっちの食べ物も随分食べていない。

 向こうの食生活って、俺が色々やって昔に比べれば大分マシになったんだが、それでも日本と比べればバリエーションに欠けていて、洗練もされていないからな。

 ……基本的にジャガイモばっかだし。

 仕方ないから本当に我慢出来なくなった時は自分で料理したりもするが、元々が怠け者な俺は本当は自分で頑張って作るとかしたくないわけよ。

 他人が一生懸命手間暇かけて作った料理を、何も頑張らずに食べたいんだ。

 だから久しぶりにコンビニで菓子パンとか買ったり、ファミレスでドリンクバーを混ぜて遊んだりしたいのだが……悲しいかな、こっちの金がない。

 ついでに戸籍も身分証明書も口座もない。

 困った。いきなり詰んでるぞこれ。

 フィオーリなら最悪、魔法で鎧とか剣とか農作具とかを作ってその辺で売れば金を稼げるが、日本でそんな事やったら普通に犯罪だしな。

 無許可の商売、駄目絶対。

 

 どうする? 貴金属を作って売却……は、本人証明で引っかかる。

 黄金や宝石を作って換金……もアウトだよな。やっぱ身分証明を求められるだろう。

 古本屋で本を売る時すら身分証明を求められる時代だ。ほぼ何をするにも身分証明が付きまとうと思っていい。

 昔から続いているような個人経営の古本屋とかならば求められない事もあるが、そもそも本を持っていないし大した額も稼げないだろう。

 うーん参った、金を得る方法がない。

 前世では一応それなりの貯金はあったんだが、死ぬ前に全部家族に渡しちまったし……そもそも不動新人の口座を俺が使ったら、どう考えても犯罪になる。

 転生した同一人物です、なんて誰が信じるってんだ。

 後は……身分証明書不要の現金手渡しのバイトを探すしかないが……それは冗談じゃない。

 何が悲しくて働くなんて事をしなければならんのだ!

 働くくらいなら俺は日本での食事を諦めてこのまま帰る!

 働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる!

 つーわけでバイトは論外!

 

 で、色々考えた末に結局魔法で貴金属を作って売りました。

 身分証明? ああ、されない場所を預言者の能力で探し出して、そこで売った。

 何か明らかに店主が怪しい感じだったけど……日陰者の空気がプンプンしてたけど……まあいいか。人を見た目で判断するのはよくないな。

 今の俺にとっては、身分証明を求めずに金属だけ受け取って金をくれるのは有難い。

 そんなわけで手に入れた額は二十万円ほど。そんなにお高いものは買えないが、B級グルメを楽しむだけならば十分な額だ。

 財布はその辺の100円ショップで300円の適当なのを買った。

 100円ショップ(100円とは言ってない)は最近ではよくある事だ。

 どうせカードも何も持ってないし、金を入れることが出来りゃ何でもいい。

 まあ、金も手に入れることが出来たしさあ行くか!




前回は短編とは言えないものだったけど、今回はちゃんと短編書いたので許してください何でもはしません!
次回は8/1となります。

カドカワBOOKSさんが見本本を公開しました。
https://twitter.com/kadokawabooks/status/1420318969999740935
手元に届くのが楽しみや!
それと、店舗特典情報もおまけに載せておきます。

TSUTAYA 小さな努力
ゲーマーズ 無双の恩恵
メロンブックス 騎士の幸せ
電子書店BookWalker特典 偽聖女とある日の学園

こちらも興味があれば是非、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

偽聖女、日本へ行く ②

 懐かしい都会の喧騒をBGMに、俺は街中を散策していた。

 探しているのは、俺のレーダーにビビッと来るような店だ。

 日本の食べ物を久しぶりに食べたいとは言ったが、具体的に何を食べたいのかは自分でも実はよく分かっていない。

 というより、候補が多すぎて頭で考えるとアレもいいコレもいいで思考の迷宮に突入してしまうのだ。

 なのでここは実際に自分の足で歩き、ここだと思った場所に直感で入る事に決めた。

 おいそこ、孤独のグルメごっことか言うな。

 少し上向きの顔で「腹が……減った……!」とかやったりしないから。

 しかしこうして改めて見ると、前世は幸せな世界で生きてたんだなと思う。

 整備された道に、豊かな物資。少し歩けば食事を提供する店があちこちに見える。

 フィオーリは最近は少しマシになってきたが、数年前までの世紀末感は異常だったからなホントに。

 それにしても……周りの連中、ちょっと俺の事ジロジロ見過ぎじゃね? むしろジロジロってかガン見じゃねこれ?

 一応服装は現代日本の服をモデルにしたワンピースだから、そこまで『ザ・異世界人!』て感じの異物感はないと思うが……まあ、やっぱ金髪ロングの明らかに日本人じゃないのが日本にいたら目立つか。

 それに自分で言うのもあれだが、俺の容姿ってかなり現実離れしてるしな。

 まあ周囲の目なんぞどうでもいい。俺は今は飯を食いたいんだ。

 まず真っ先に目に付いたのはかつ丼の店だ。店の前のポスターには卵とじの「これぞかつ丼!」って感じの写真がドドンと展示されている。

 うーん……違う。一発目からかつ丼は少し重い。

 それに前世ならともかく、今の俺はそんなにガッツリした物は完食出来ないかもしれないという不安がある。

 まだ健康だった頃の不動新人ならコロッケをおかずに大盛のカツ丼を食って、締めにラーメンとかもいけたんだが今の俺だとその半分もいけるかどうか……。

 次にコンビニ。とにかく色々あるし、コンビニスイーツは日々進化して今では専門店を脅かす勢いだ。

 とりあえず保留。一通り回って答えが出なければここに来よう。

 その少し先には焼肉店! 一人焼肉は庶民にとっての最高の贅沢だ。ソフトクリームバーがあるのも嬉しい……が、今はいい。

 次に角を曲がり……フレンチトーストの専門店を発見した。

 

 フレンチトースト……いいじゃないか!

 思えば向こうではフレンチトーストなんて一度も作っていない。

 フレンチトーストってのは簡単に言えば卵と牛乳と砂糖を混ぜた液に切った食パンを浸して、フライパンとかで焼くお手軽デザートだが、本格的にやろうと思うと案外奥が深いし、何より向こうでやるには難易度が高い。

 何せ向こうにはそもそも食パンなんてないし、作ろうと思うとかなり面倒くさいからだ。

 フレンチトーストが手軽に作れるのは、そのベースとなる食パンがあちこちで売られている贅沢な環境があればこそだ。

 フレンチトーストを手軽なデザートと言った舌の根も乾かぬうちに意見を翻すが、フレンチトーストはぶっちゃけ全然手軽じゃない。というか現代レベルのフワフワの食パンが手軽じゃない。

 これをお手軽と言うのは、市販のカレールーでしかカレーを作った事がない奴が「カレーは誰でも出来る初心者向けの料理ヨガ」と言いながら腕を伸ばしてロシアのプロレスラーをハメ殺しているに等しいだろう。

 あれ、イチから作ろうと思ったらガチで面倒だからな!? ちなみに俺は向こうでカレー再現しようと考えて結局挫折した! 必要になる香辛料が多すぎる上に向こうだとクッソ高いんだよ!

 そもそも俺自身が必要な香辛料を全部把握してねえ。

 と、カレーの話は今はいい。今はフレンチトーストだ。

 よし決めた。今回はフレンチトーストを食べよう。

 というわけでいざ入店。

 

「…………い、いらっしゃいませ! 空いているお席へどうぞ!」

 

 俺を見て店員の人が数秒固まり、それから慌てて接客をした。

 おう、異世界人の客は初めてか? 力抜けよ。

 空いている席ならどこでもいいらしいので、窓際の隅っこの席に座ってメニューを見る。

 ほーん、一口にフレンチトーストと言っても色々あるんやねえ。

 最高級の発酵バターと生クリームを使って蜂蜜も使ったフワフワのハニーホイップ?

 三種のチーズを贅沢に使用したブリュレタイプのフレンチトースト?

 上にタワーのような生クリームを乗せ、横にアイスクリームもある、とにかく全乗せしたようなのもある。

 スキレットに載せたまま提供されるカリふわトロのベーグルフレンチトースト? え、これフレンチトーストなん? パンケーキとかじゃないの?

 すごいな……写真と文字を目で追っているだけで腹が減って来る。

 さてどうするかな。前世の俺ならギリ全部食べる事も出来たんだが、今の俺には無理だ。

 多分このメニューのうちのどれか一つ完食しただけで腹一杯になるだろう。

 ……よし! ここはやはりこれぞフレンチトーストというシンプルなやつを選ぼう。

 テーブル横のボタンを押すと、僅か十秒足らずで店員さんがやってきた。

 

「×××××××……」

「……え?」

「あ、失礼しました。ええと……このハニーフレンチトーストと、それからコーヒーを一つずつ」

 

 やっべ、間違えてフィオーリ語が出た。

 ここは日本なんだから、ちゃんと日本語を使わんとな。

 厨房の方からは「びっくりした」とか「英語分かんないよ」とか「ここではリントの言葉で話せ」とか聞こえて来る。

 すまんな店員さん。今の、英語ですらないんや。

 それから待つ事数分。甘い香りを漂わせてフレンチトーストがテーブルに運ばれてきた。

 卵液をしっかり染み込ませた黄色い生地に、その上についた茶色の焦げ目。

 その上から白い粉砂糖が降りかけられ、蜂蜜が贅沢に彩っている。サイズはそれほど大きくないが、三枚あるので全部合わせればボリューミーだ。

 横にはトッピングのホイップクリームとバニラアイス。好みに応じてそのまま食べるも、付けて食べるもご自由にってわけだ。

 ではまず一枚目は何もつけずに頂くとしよう。

 焼きたてのフレンチトーストは表面はサクサクしているが、中はパン本来のフワフワした感触と、半熟の卵をそのまま入れたのかと錯覚するほどに甘味が溶け出してくる。

 そこに蜂蜜の香りと味が混ざり、甘味×甘味という組み合わせながら互いを殺す事なく引き立て合っている。

 ハニーフレンチトースト……名前から感じられる期待そのままの美味しさだ。

 とろけるような中身が美味いのは勿論の事、外の焦げ目がまたいいんだ。

 そして強い甘味のはずなのに、舌の上でスッと消えるので全然くどく感じない。むしろ物足りなくなってもっと食べたくなる。

 俺、このフレンチトーストなら無限に食えるかもしれない。

 

 次は生クリームをトッピングして……と。

 こういう上にホイップクリームを載せる系って何か高級感増すなあ。

 プリンとかパンケーキも上にホイップクリームが載っていたりすると妙に嬉しくなる。

 肝心の味は……ほう、なるほどなるほど。思ったよりもクリームが自己主張してない。

 フレンチトーストの味を優しく包んでいるような感じだ。

 しかし優しく感じても、甘味×甘味×甘味の暴力だ。口の中が甘さで満たされる。

 この甘さの右ストレートがたまらない。ヘヴィ級のパンチって感じだ。

 そこで苦いコーヒーを飲み、口の中をリセットする。

 コーヒー単品ならばミルクと砂糖を入れる派の俺だが、甘い物とセットにするならばブラックがいい。

 少し強すぎるくらいの苦みのおかげでより甘い物が欲しくなるし、甘い物を食べ続けて疲れればコーヒーに癒して貰える。

 

 最後はバニラアイス。

 このまま載せるとアイスが邪魔になって普通に食べにくいので、まずはスプーンで掬って削り、削った分はそのまま食べる。

 味はまあ、普通のバニラアイスだ。しかしエルリーゼに転生してより十七年食べていなかった味なのでこれだけで感動ものである。

 次は小さく削ったアイスをトーストに載せ、トーストをナイフで一口サイズに切って、一緒に食う。

 まだ温かさを残すトーストと、冷たいアイスが口の中で喧嘩しているような不思議な食べ応えが素晴らしい。

 溶けたアイスがフレンチトーストに混ざり、先程のホイップクリームのように包むのでなく、喧嘩しながらも気付けば一体化してしまっている。

 そしてこいつもまたコーヒーとよく合う。

 コーヒーゼリーとバニラアイスのセットが合うのと同じようにバニラアイスとコーヒーが合わないはずがない。

 気付けばフレンチトーストは全て俺の腹の中に入ってしまい、残ったのはトッピングのクリームだけとなってしまった。

 流石にクリームだけを食べるなんて真似はしないが……しかし少し勿体ないな。

 ……よし、だったら。

 

「すみません、コーヒーのおかわりを下さい」

 

 コーヒーをもう一杯追加で注文した。

 そして届いたコーヒーにやはりミルクも砂糖も入れずに、代わりに残ったクリームを投入してやる。

 少し行儀が悪いが、まあ大目に見てくれ。

 行儀の悪い食べ方っていうのは不思議な事に美味いもんなんだ。

 生クリームは完全にコーヒーには溶かさずに軽くニ、三回スプーンで混ぜるに留め、コーヒーとクリームの良さが残ったまま頂く。

 ……うん、悪くない。

 やっぱコーヒーとクリームって相性いいよなあ。

 

 あー、食った食った。いやあ、いい店だった。

 あ、そういやここってテイクアウト出来るかな。レイラとアルフレアにも土産として持って帰って、反応を見てみたい。

 ……え? 無理? テイクアウトはない?

 ……しゃーない。材料だけ買って、向こうで作るかあ……。

 とりあえずまずは食パンだが、多分コンビニで売ってるような安いのじゃないよなあ。

 どっか本格的なパン屋とか近くにないかな。なければコンビニの厚切り食パンでも買うしかないけど。

 後は卵と(多分この卵もいいやつなんだろうなあ)、牛乳……いや、あのフワフワ感からすると生クリームかな。まあいいや、両方買おう。

 蜂蜜は国産のを買うとして、バニラアイス……は魔法で冷凍すれば持ち運べそうだな。

 とりあえずコンビニに行こう。コンビニに行きゃ大体揃う。

 

「あ、すみません。ちょっとよろしいでしょうか? 只今、『逆転クイズランナー』という番組に出す問題の一般成功率を調査中でして、もしよろしければご協力を…………」

 

 歩いていると何やら声を掛けられたので立ち止まり、振り返る。

 そこにいたのはマイクを持ったおっさんと、カメラマンだ。

 『逆転クイズランナー』というのは、芸能人やアイドルが挑戦するクイズ番組で、障害物競争の障害物として様々なクイズが配置され、正解しないと先に進めない形式となっている。

 しかも簡単な誰でも分かるような問題をミスると一発アウトで落とし穴に落とされたりして、絵的に結構面白くなるやつだ。

 ただ、何だかんだで毎回一人は簡単な問題をミスる美味しい馬鹿がいるので、実はわざと間違えている疑惑もあったりする。

 一般正解率も調べているようで、主に正解率95%以上が『正解出来て当たり前』ラインだ。

 なるほど、その正解率調査をここでやってるってわけね。町を歩いててこういうインタビュー受けたの初めてだわ。

 

「…………」

 

 そして声をかけてきた当人が、ポカンとした顔で硬直している。

 ついでにカメラマンも止まり、後周囲の人々もこっちを見ていた。

 何やねん。声かけておいて止まるとか失礼なやっちゃな。

 

「あの……?」

「……し、失礼しまみ……失礼しました」

 

 おい、噛んでるぞ。大丈夫か。

 こいつプロっぽくねえな。多分入社したての新人ADか何かだろこれ。雑用ご苦労さま。

 

「ええと、番組に出すクイズの正解率調査にご協力をお願いしたくてですね……」

「ええ、構いませんよ」

「ありがとうございます。では……この二種類の犬で、遺伝子的に狼に近いのはどちらでしょうか?」

 

 そう言い、新人AD(仮)が提示してきたのは、柴犬とシベリアンハスキーの写真であった。

 あ、これ知ってるわ。

 外見だけだと完全にシベリアンハスキーの方が狼してるけど、実際は柴犬が世界で一番狼に近い遺伝子を持つ犬のはずだ。

 飼い主に頬をムニムニ引っ張られている姿には狼感の欠片もないが、それでもシバイーヌは遺伝子的にはかなり狼なのだ。

 というかこれ、写真の時点で引っ掛ける気満々だわ。

 シベリアンハスキーはキリッとした格好いい写真なのに、柴犬は頬を引っ張られてる写真なんだもんよ。

 

「柴犬だと思います」

 

 なので正解を答え、そしてインタビュー終了後によく分らん出演同意書みたいなのに署名してからコンビニへと向かった。

 そしてフレンチトーストの材料を買っている最中にふと、気付いた。

 

 あ、やべ……顔と声を隠すようにって言い忘れてた……。

 まあいっか。別に日本に住んでるわけじゃねーし。




外食の時は心の中で孤独のグルメごっこしたい……したくない……?

ちなみに私自身は街頭インタビューとか受けたこともなければやってる所に居合わせた事もないのでほぼ想像で書いてます。
なので街頭インタビュー受けた経験あるニキいたら、「リアルではもうちょい、こんな感じで聞かれる」とかアドバイスあると参考にするかも。

日本ニキ達の反応は次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

偽聖女、日本へ行く ③

 誰もが立ち止まり、二度見をしてしまっていた。

 町の中を当たり前のように歩く存在が当たり前からかけ離れ過ぎていて、自分の目で見たはずのものを現実と認識するのに数秒の間を要してしまう。

 彼等の目を釘付けにしているのは、町を歩く金髪の少女であった。

 サラサラとした明るい黄金の髪は光を反射して輝いており、まるで黄金をそのまま糸にして束ねたかのようだ。

 しかし波打つほどの柔らかさと、フワリと広がる軽さは黄金にはない。

 翠色の眼に形のいい鼻筋、薄い桜色の唇。

 顔には皺というものが全く見当たらず、まるで人形のようだ。

 肌は赤子の肌のまま成長したのかと思うほどに白く、きめ細かく、染みの一つも見えない。

 服は地味な白いワンピースだが、そんなものすら彼女が着れば極上のドレスに化ける。

 頭には白い花飾りを付け、そのシンプルな飾りが彼女を引き立てていた。

 いや……極論、ここまで素材がよければ何を着ても、何を付けても彼女の引き立て役になるのだろう。

 その存在感は飛びぬけていて、この都会の喧騒というモノクロの世界の中で彼女だけが光を放っているようだ。

 無論錯覚だ、光など放っていない。ただ、それほどに輝いて見えるというだけの話である。

 存在が際立ちすぎて、光っていると錯覚してしまう。それほどに彼女はこの世界から浮いていた。

 一人だけ別世界の住人……あるいは、彼女以外の万物全てが脇役で、主役だけにスポットライトが当たっている。

 そんな存在が町を練り歩いて話題にならないはずもなく、その日のインターネットはひたすらに燃えていた。

 

 

 

【エルリーゼ様!?】クイズランナー 172スレ目

 

768:名無しのランナー

スレの勢い凄いな。今日だけでもう30スレ進んだぞ

 

769:名無しのランナー

こっちはまだマシ。永遠の散花スレとかエルリーゼのファンスレとかえらい事になってるぞ

 

770:名無しのランナー

今来たんだけど、スレがいきなり172になっててびびったわ

何があったんだよ

 

771:名無しのランナー

お前今日の放送見てないの?

 

772:名無しのランナー

うっかりしてて途中からしか見てない

 

773:名無しのランナー

柴犬とシベリアンハスキーのどっちが狼に近いかって問題が出て、その一般正解率のシーンで出てきた女の子が美人すぎて祭りになった

 

774:名無しのランナー

あれやばいわ。初めて三次元の相手にガチ恋した

 

775:名無しのランナー

人間の髪ってあんな光沢出るもんなん?

 

776:名無しのランナー

無理

アニメじゃないんだから、あそこまでの光沢は出ない

 

777:名無しのランナー

番組が作ったCG映像なんじゃね?

 

778:名無しのランナー

それにしては自然すぎるんだよなあ……いやあの髪の光沢の時点で不自然なんだが

 

779:名無しのランナー

CGやないで。俺実際あの場にいてすれ違った

 

780:名無しのランナー

マジか。どうだった?

 

781:名無しのランナー

めっちゃいい匂いした

 

782:名無しのランナー

ギルティ

 

783:名無しのランナー

>>781

 

784:名無しのランナー

>>781

 

785:名無しのランナー

>>781

 

786:名無しのランナー

やっぱあれエルリーゼのコスプレなんかな?

 

787:名無しのランナー

頭に付けてる花飾りからして確定やと思う

本スレで検証してたけど、あの形状の花を頭に載せてるキャラはエルリーゼしかいないらしい

けど意味分からんのはエルリーゼのコスプレなら何でドレスにしてないんやろ

 

788:名無しのランナー

町中でドレスはハードル高いからワンピで妥協したんちゃう?

 

789:名無しのランナー

何が確定や。金髪で翠の眼の美少女キャラなんて他にもおるやろ

 

790:名無しのランナー

だから頭の花で確定してるんやって

 

791:名無しのランナー

は? 頭に花載せてるキャラが他にいないとでも? お前の頭がお花畑だな

 

792:名無しのランナー

分からん奴だな。頭に花載せてるキャラは確かに他にもいるけど、花の形状とか花弁の数とかであの花が永遠の散花に登場するアンジェロって結論出てるんだよ。まあ造花だろうけど。

で、わざわざそんな花を再現してるんだからエルリーゼのコスプレじゃないかって言われてるの。

少しくらい自分で調べてから話せカス

 

793:名無しのランナー

喧嘩なら他所でやれ、鬱陶しい

 

794:名無しのランナー

エルリーゼって確か設定では常に輝いていると錯覚するほどのド聖女なんだっけ

 

795:名無しのランナー

偽聖女だけどな

 

796:名無しのランナー

グランドルートヒロイン様やぞ

 

797:名無しのランナー

あれ制作会社本当に頭おかしいと思うわ

誰にも発見出来ないようなルートにようあそこまで力入れたわ

 

798:名無しのランナー

てか何で誰も発見出来なかったんや

いくら条件きつくてもいくらでもツールとかで発見出来るやろ

 

799:名無しのランナー

せやで。実はワイもデータぶっこ抜いて発見してたけど誰にも言わんかったんや

 

800:名無しのランナー

で、出たーwwwwww後から俺も知ってたとか言う奴ーwwwww

 

801:名無しのランナー

嘘乙

 

802:名無しのランナー

いや、ほんまやて。データ抜いた事自体をうっかりド忘れしてて最近思い出したんや

 

803:名無しのランナー

俺と同じ事してて草

 

804:名無しのランナー

俺も実は知ってたで

けど、その時忙しくてすっかり永遠の散花の事忘れてたわ

 

805:名無しのランナー

で、実際に会ったニキどうだったん? やっぱ光ってた?

 

806:名無しのランナー

光ってた

 

807:名無しのランナー

 

808:名無しのランナー

 

809:名無しのランナー

まあ正確には光ってるように見えたやけどな

 

810:名無しのランナー

今日の問題は露骨に引っ掛けてやるって感じが出てて駄目だった

柴イッヌなんて狙い過ぎて逆に答え教えとるわ

ああいうのはいらんねん

 

811:名無しのランナー

とりあえずエルリーゼ様日本上陸って事でええん?

 

812:名無しのランナー

まあめっちゃレベルの高いコスプレやと思うけどね

 

813:名無しのランナー

エルリーゼ様なら俺の隣で寝てるよ

 

814:名無しのランナー

それエリザベトやぞ

 

815:サプリ・メント

エルリーゼ様!おお、我が麗しの聖女!

エルリーゼ様!エルリーゼ様ああああああ!

 

816:名無しのランナー

>>815

元の世界に帰れwww

 

817:名無しのランナー

>>815

沸いてくんな変態クソ眼鏡www

 

818:名無しのランナー

【朗報】ワイコンビニ店員、エルリーゼ様に釣り銭渡す際に指に触れる

 

819:名無しのランナー

羨まC

 

820:名無しのランナー

一生分の幸運使い果たしたな

 

821:名無しのランナー

どこのコンビニ? 何買っていった?

 

822:名無しのランナー

場所は言えん。お前等が殺到したら困るし

緊張してて何買ってたかも覚えてないけど確か食パン買ってたと思う

 

823:名無しのランナー

何で食パンなんや……

 

824:名無しのランナー

普通の買い物で草

 

825:名無しのランナー

ほ、ほら、フィオーリには食パンないし……

 

 

「おいひい! 凄くフワフワしてて口の中で溶ける!」

「以前頂いたクラウドも雲のような柔らかさでしたが、これもまた……」

 

 フィオーリに帰った俺はその後、早速フレンチトーストを作って会議の席に出してみた。

 会議というのは勿論、あの次元の裂け目とその先にあった世界についての話だ。

 参加者は俺とレイラ、それからアルフレアとアイズ国王の四人だ。

 あの裂け目が結局何なのか分からないので、情報をあまり拡散しない為にまずは少数で話し合う事になったらしい。

 俺の出したフレンチトーストは好評でアルフレア達も夢中になって食べてくれているが……やっぱ何か違うな。

 以前テレビで見た、『プロが教える! 家庭で出来る本格フレンチトーストの作り方!』てのに忠実に作ってみたんだが、結局ああいうのってプロの味に近付けているだけで届いてはいないんだよなあ。

 十分上手く出来たとは思うんだが、店の味には後一歩及んでいない。

 やっぱ材料の差かな……店のって多分、凄いいい卵とか牛乳とかパンとか使ってるだろうし……。

 後は単純に腕の差もあるだろう。プロって凄いんやなって。

 やっぱテイクアウトしたかったなあ。

 あ、ちなみにレイラが言ってる『クラウド』っていうのはこっちの世界でのケーキの呼び名ね。

 最初にケーキを喰わせた貴族のおっさんが『まるで雲を食べているようだ!』とかほざいたせいで、こんな変な名前にされてしまった。決して『興味ないね』とか言いながらノリノリで女装してスクワットしつつ風俗店に『行くぜ!』と突撃する人の事ではない。

 

「それで……裂け目の向こうには別の世界があった、と」

「はい」

「それはどのような世界だったのですか?」

「……とても危険な世界でした。私以外は行かない方がいいでしょう」

 

 アイズ国王の言葉に、俺はあえて危険な場所であると答えておいた。

 豊かで平和な世界なんて伝えては、豊富な物資や食料を求めて向こうに行こうとするアホが出て来るかもしれない。

 それで万一にも誰かが向こうに行って、それで喧嘩なんか吹っ掛ければ最悪だ。

 だからアイズ国王には悪いが、お偉いさんには向こうの情報を与えるつもりはない。

 本音を言えばこの会議にも来てほしくなかったくらいだ。

 後、アルフレアも口が軽そうだからNG。この中で向こうの事を教えていいのはレイラくらいだろう。

 ……あ、いや……レイラも結構スットコだから駄目かな……。

 うん、やっぱ教えない方がいいわ。日本は危険な世界って事にしとこ。

 

「見た事もない鋼鉄の魔物が馬より速く、それでいて無数に地を走り、更に空気を汚す毒を撒き散らしておりました。

星が見えない程に空が汚染され、海は黒く濁り、人々は諦めたような顔をして労働施設へと自ら向かう……私が見た異世界は、そんな世界です」

 

 嘘は言ってない。

 車は毎日バンバン走っているし、都会は空気も汚い。海も汚い。

 そして人々は毎日出社し、残業という名の苦しみと戦っているのだ。辛いね社畜!

 そうして頑張って稼いでも税金でガッポリ持っていかれるんや。

 やっぱ働かないニートが勝ち組なんや!

 

「そ、そんな世界にエルリーゼ様御一人で……! やはり次は私も共に……」

「私ならば心配はいりません。毒への耐性はありますし、いざとなれば逃げるくらいは出来ます。

むしろ一人の方が身軽なので、このまま私一人で調査を進めるべきでしょう」

 

 レイラが護衛としての同行を申し出ているが、俺としては一人の方がいい。

 というかレイラなんて向こうに連れて行ったら、トラックに切りかかって吹き飛ばされるとかのスットコをしかねない。

 それどころか半端に強いのでトラックくらいなら切断して、後続車を巻き込んだ大惨事を起こす可能性も高い。

 アルフレアも好奇心を優先して迷子になりそうだから駄目だ。

 都会の真ん中でわんわん泣き喚く姿が目に浮かぶ……。

 エテルナとかベルネルならまだ、言い聞かせれば大丈夫そうだが……レイラとアルフレアは駄目だろう。

 

 とりあえず次に行く時は、ソフトとハードを購入してネカフェにでも立ち寄って『永遠の散花』でも通しプレイしてみようか。確か携帯ゲーム機でも出来たはずだ。

 俺にとっては既に知っている物語だが、改めてやってみれば何か新しい発見があるかもしれない。




・815に登場したサプリは本人ではなく、サプリを名乗った誰か。ウケ狙いでサプリと名乗っただけ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

偽聖女、日本へ行く ④

 調査の名目で再びやってきました、日本!

 またしてもアパートの空き部屋からコッソリ抜け出し、町へとレッツゴーだ。

 ちなみに前世の俺が住んでいたあの空き部屋だが、前の住人……つまり前世の俺が突然死した事で事故物件として扱われてしまっているらしい。

 まあおかげで俺が行き来出来ているので有難い。そのままずっと事故物件として空き部屋で居続けてくれ。

 さて、今日はとにかくカレーを食べたい気分だ。

 というわけで早速、近くにあるカレー屋へ向かう事にした。

 ん? ゲーム機を購入して『永遠の散花』を通しプレイする話はどこいったんだって?

 ……ああ、あれは諦めたよ……。

 軽く店を回ったんだが、どこも売ってねえでやんの。全部売り切れ。

 最新のハードならDLも出来ると思うんだが、そっちはハードが売り切れ。

 なので仕方なく俺は、予定を変更して何か美味いものでも食べる事にした。

 まあ、世の中何でも都合よくいくわけじゃないって事か。

 しかし普通に道路沿いの歩道を歩いているだけなのだが、前回同様にやたら視線を感じる。

 とはいえ視線を浴びるのはあっちで慣れているのでもう気にしない。見たきゃ勝手に見ろ。

 偽物とはいえ向こうで聖女として十七年生きてきたのは伊達ではない。

 偽聖女を本物以上に本物らしく見せる為に魔法によるズルも含めて、とにかく外見には気を使ってきた俺だ。いつどの角度から見られようと問題はない。

 散歩中の大学生くらいの青年がこっちを見てぼーっとしていたので、軽く微笑みかけてやる。

 ほれ偽聖女スマイルだ。喜べ。

 とかやっていたら、丁度俺の視線の先にある車が、信号待ちで止まっていた前の車に追突して更に後続車まで巻き込んでいた。

 幸い誰も怪我はないようだが……あーあー、車が台無しだ。それに道路まで塞いじまってる。

 危ないなあ、ちゃんと前見て運転しろよ。何で運転手こっち見てんだよ。

 

「あ、あの! すみません、私〇×芸能プロダクションの鷽寺矢内と申します。もし芸能活動などにご興味があれば……」

 

 歩いていると今度は芸能のスカウトみたいな人が寄って来て名刺を差し出して来た。

 へえ、漫画とかアニメとかだとお約束展開だけど、こういう奴マジでいるんだ?

 でもどうせ詐欺でしょ? 悪いね、興味ねーわ。

 薄い本だと大抵狭い個室に連れて行かれて、そこに数人の竿役がいて「おー、いいの引っ掛けてきたじゃーん」とかチャラい事を言いつつ部屋の鍵を閉めて脱出不能にして、戸惑う女の子を取り囲んで「大丈夫大丈夫、これは必要な事だから」とか言って最初はソフトタッチから始めつつ、さりげなく拘束して女の子がおかしいと思った時は手遅れでそこからセクハラ本番に入り、悔しいでもビクビクって展開になるのがお約束である。俺は詳しいんだ。

 というわけで偽スカウトマンを無視して通り過ぎ、先を急ぐ。

 しかし、先の方では何故か人が集まっていて道の妨げになっている。何やねんこれ。

 

「くそ! 救急車はまだか!」

 

 人の輪の中心からは切羽詰まったような声が聞こえる。

 ちょっと覗いてみると、道端で倒れているおっさんに別のおっさんが必死に心臓マッサージをしていた。

 ほーん、誰かが倒れてるからそれの救命活動をしようとしてるってわけか。

 しかし周囲の連中は遠巻きに見ているだけで特に何もしていない。

 まあ、救急車呼んでAEDも持ってきたらやる事ないのは分かるけど。

 ……呼んでるよね? まさか「誰も! 救急車を呼んでいないのである!」とかのパターンじゃないよね?

 

「やばいぞ! あっちで追突事故があって、それで救急車が足止めくらってる!」

 

 俺の来た方向から走って来た男が慌てたように叫ぶのを聞き、俺は先程の事故を思い出した。

 あー、あの余所見運転ね。

 運がないな、救急車そっちから来ちまったのかよ。

 回り込むくらいしかないだろうけど、それで間に合うかは微妙なラインだよな。

 ……てーか、もしかして俺のせいか?

 あの余所見運転、明らかに俺の方見てたもんなあ……。

 いや余所見するアホ運転手が悪いわけであって、俺は悪くないんだが……でも間接的に俺のせいにならない事もない。

 あー……しゃーないか。

 俺は人の輪をかきわけ、倒れているおっさんの近くに座る。

 心臓マッサージをしていた人は俺を見て手を止めてしまい、ぼーっとしていた。

 いや、手は止めるな。続けろ。

 とりあえず俺は倒れているおっさんの胸に手を当て、魔法で電気を流して心臓を動かしてやる。

 ついでに回復魔法でバキバキにへし折れていた肋骨も元に戻しておいた。

 肋骨は事故で折れたのか、それとも心臓マッサージニキが折ったのは知らない。

 とりあえずおっさんが息を吹き返したのを確認し、俺はその場から無言で立ち去る事にした。

 

「ま、待ってくれ! 今のは一体……手を置いただけで息を吹き返したように見えたが……」

 

 呼び止めんな、鬱陶しい。

 俺は早くカレーを食べに行きたいんだよ。

 無視するわけにもいかないので心臓マッサージニキに向き直り、面倒なものは全部彼に押し付けてやろうと決めた。

 しかし心臓マッサージニキ、ムッキムキで草。ボディビルダーか何かかな?

 

「私は何もしていませんよ。何かお手伝いをしようと思ったら偶然そのタイミングで息を吹き返しただけです。貴方の救命措置がよかったのでしょうね」

 

 全部心臓マッサージニキの手柄にしてやり、俺は今度こそエスケープした。

 しかしスマホを持ったアホがこっちにスマホのカメラを向けながら、一定の距離を保ってコソコソストーキングしてくる。

 ふーん? そういうことしちゃう?

 なら俺もちょっと悪戯してやろう。

 気付かれないように風魔法を使い、突風でストーカー君の持っていたスマホを落としてやった。

 落ちたスマホはそのまま歩道脇の排水溝にシュゥゥゥーッ! 超! エキサンティン!

 

「うわあああ! 俺のスマホがあああ!」

 

 ざまあみろ。

 まあ業者に連絡すれば回収出来るとは思うから頑張ってくれ。

 ちなみにこの後行った店のカレーはとても美味かったです。

 

 

Net! ニュース。

【美人すぎる一般回答者 とあるゲームのヒロインに激似!?】

6/13(水) 20:22配信

 

 今、ネット上で一枚の写真が話題になっているのをご存知だろうか?

 それは三日前の6/10(日)の18:00に放送された『逆転クイズランナー』の18:23頃に僅か十秒間だけ映し出された映像だ。

 この番組は芸能人や一般公募で受かった一般挑戦者などが数々のクイズに答えながら障害物競争をして一位を競う番組で、一年前に開始されてから高い視聴率を記録している。

 問題にはそれぞれ一般正解率が表示され、問題が終わった後は街頭インタビューで問題に答える一般人の姿が放送される事もある。

 この回の放送で出た『柴犬とシベリアンハスキーのどちらが狼に近いか』の問題でも問題に答える一般人が映されたのだが、その時に登場した人物がネット上で話題となっているのだ。

 視聴者の心を一瞬で鷲掴みにしたのは金髪翠眼の欧米人と思われる少女だ。僅か十秒の登場ではあるが彼女の登場によってスタジオは沈黙し、その後ネット上で一気に話題となった。

 この人物の名前などは一切判明していないが、『永遠の散花~Fiore caduto eterna~』というゲームに登場するキャラクターに似ていると言われており、その事からそのキャラクターのコスプレイヤーなのではないかとされている。

 ネット上では彼女を探そうと場所を特定しようとする動きや、目撃情報を集める動きもあるようだが、皆で群がるような事をすれば当然迷惑になるだろう。

 興奮している人達はどうか一度冷静になり、理知的な行動を心がけて欲しい。

 

 

 

 空飛ぶ鬼ヶ島

 @zyugemu2

 道端で突然おっさんが倒れて、別の人が救命活動をしていたら聖女がきた件。

 これ回復魔法してね?

 ちなみに場所は巣根齧利駅前のカレー№2から歩いて五分くらいの交差点前。

 

 #心臓マッサージ #救命活動 #エルリーゼ #永遠の散花

 午後18:16 2020年7月2日

 15万リツイートと引用リツイート 11万いいねの数

 

 

 忠誠心なイーヌ

 @gogouno

 どう見ても2.5次元で草。こんなの現実にいるのか……。

 

 

 サボり魔の雉

 @suri

 どうせ画像加工してんだろ? ……してるよね?

 

 

 裏切りモンキー

 @kire

 こんなんリアルに見たら心臓止まるわ。ワイも心臓マッサージして欲しいンゴ。

 

 

 孤独な桃太郎

 @kaijari

 マッサージしてるのムキムキのおっさんやぞ。

 

 

 芝刈りすぎ爺

 @suigyono

 聖女様に人工呼吸されたいだけの人生だった。

 

 

 洗濯を極めしBBA

 @suigyou

 これかなりエルリーゼ様だよ!?

 

 

 亀を捨てる事を絶対許さない亀

 @matu

 救助者のおじさん、凄い勢いでマッサージしてて草。というかムキムキすぎる……。

 プロレスラーか何かかな?

 

 

 老衰寸前太郎

 @unraimatu

 何かバキバキいってて草。逆に死にそう。

 

 

 石を詰めるババア

 @huuraimatu

 そら(こんなガチムチに全力でマッサージされれば)そうよ。

 

 

 漁師マン

 @kuunerutokoroni

 てか撮影者何もしてねーな。ずっと見てるだけじゃん。

 通報してくれって言われてもAED持ってきてくれって言われても撮影してるだけ……控えめに言ってクソすぎん?

 

 

 いつもやられるうるふ

 @sumutokoro

 ほんそれ。しかも最前列にいて倒れてる人の顔をアップとかにしてるし。

 これ通報でいいかな。

 

 

 頑丈な藁の家

 @yaburakouzino

 てか真面目な話エルリーゼ様(仮)何やったんだ?

 

 

 豆腐より脆いレンガハウス

 @burakouzi

 手を置いたタイミングで偶然息を吹き返しただけ……にしては出来過ぎだよなあ。

 

 

 自爆する木の家

 @paipopaipo2

 何で俺の嫁がここにいるんや?

 

 

 返り血塗れの赤ずきん

 @paipono

 は? 俺の嫁だろ?

 

 

 ストーンスープ

 @syurinngan

 ベルネルの嫁だ。

 

 

 ゴールデン太郎

 @gurindai

 髪の毛めっちゃ柔らかそう。モフモフしてみたい。

 

 

 強化ガラスの靴

 @ponpokopi

 おまわりさんこっちです。

 

 

 厚生した鬼

 @tyoukyuu

 マジな話、お前等現場に押し寄せて迷惑とかかけるなよ。場合によっちゃ普通に犯罪だぞ。

 

 

 

 ――インターネット上は、現実に現れたエルリーゼの話題で持ち切りだった。

 勿論本当に『ゲームのキャラクターが現実に来た!』なんて思っている者はほとんどいないだろう。

 ネット上で騒いでいる彼等は一見いい加減に見えるが、何だかんだで常識というものを知っている。

 だからゲームから現実に人が来るなんて事は絶対にあり得ないと思っている。

 だが……今ここにいる人物は違った。

 エルリーゼについて語っているネットニュースやSNSを閉じ、椅子に背を預けて溜息を吐く。

 

「……本物、だねえありゃ」

 

 そう呟くのは黒髪の女であった。

 顔立ちは素材はそれなりにいいが、家の中という事もあって化粧をしていないせいで活かし切れていない。

 彼女は撮影されたエルリーゼの映像を何度も見直し、そして一つの確信を抱いていた。

 ……あのエルリーゼは本物だ。正真正銘、向こうの世界からこちらに来ている。

 そう思える事には理由がある。彼女は向こうの世界……フィオーリが実在する事を知る唯一の人物だからだ。

 元々彼女は、あちらの世界で千年ほど生きていた。

 そして十分に生きてから、エルリーゼに己の命を託して死に……こちらで人間として転生してしまったのだ。

 だから現実に現れたエルリーゼが紛れもない本物であると確信出来てしまった。

 

「エルリーゼ……お前さん、こんな所で何やってんだい……?」

 

 

 彼女の名前は夜元玉亀――前世の名は預言者プロフェータといった。




とうとう発売まで残り3日となりました。
大阪などの一部店舗では既に先行販売も始まっているようです。早い!
ちなみに『亀を捨てる事を絶対許さない亀』は夜元さんの書き込みです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

偽聖女、日本へ行く ⑤

(日本に行くとは言ってない)


 今日は日本行きを中断して、フィオーリの無人島よりお送りします。エルリーゼです。

 事の始まりはつい先日、守り人達が機関車の整備をしているのを見た時の事。

 今更ながら思ったんだが……アレだけこの世界の文明レベルぶっちぎってね?

 昔は単純にこの世界にその程度の文明はあるって思ってたんだけど、よく考えなくてもそんな文明レベルないのよ、この世界。

 だって基本、中世レベル……どころか、魔女や魔物が暴れ回ってたせいでそれ未満だぜ。

 移動手段も馬車とかで、その馬車もサスペンションとかないからガッタガタ。とても蒸気機関車なんて造れそうにない。じゃああの機関車を造る技術はどっから湧いてきたのよって話だ。

 で、一応俺なりにいくつか可能性を考えた。

 

 可能性1・『昔はそのレベルの技術力があったが失われてしまった』

 まあ単純だな。昔は蒸気機関車を造れる程度の文明があったが、魔女のせいで文明が退化して誰も機関車を造れなくなったという説だ。

 しかしそれならもっと文明の痕跡とかあっていいと思うんだがなあ……。

 それに、そんな昔の汽車は動かないだろ。

 

 可能性2・『技術が発達している国が他にある』

 文明の進歩ってのは別に世界共通じゃない。

 日本で侍が刀を持って無礼打ちじゃー! とか上様の名を騙る不届き者じゃ、であえであえ! とかやっている時に海外では気球で空を飛んでいた事もある。

 日本人がスマホでやりとりして飛行機で空を飛んでいる時に、どこかの部族は裸同然の恰好で狩りをしているかもしれない。

 それと同じで、凄い技術大国がこの世界のどこかにある、という説だ。

 だが……俺は魔物狩りの為に世界中を飛び回っていたし、多分全ての国に一度は行っている。

 少なくとも俺が行った国でそんな近代レベルの技術力を有していた国はない。

 

 可能性3・『過去に転生者がいた』

 今更言うまでもなく俺は日本から転生して来た転生者だ。

 だったら過去にも同じように転生者がいてもおかしくない。

 そいつがラノベの内政無双系主人公クラスの知識と技術持ちで産業革命を起こしていたとしたら蒸気機関車があってもおかしくないかもしれない。

 

 しかし過去の資料などはほとんど現存しておらず、過去を知る者もほとんどいないせいで調べようにも調べられない。

 しかし今の世界には一人だけ、千年前の生き証人……アルフレアがいる。

 彼女に聞いてみたところ、答えはあっさりと返って来た。

 

「ああ、そっか。エルリーゼは知らないんだっけ。

昔ね、凄い色々発達してた島国があったのよ。機関車もその国の技術者が当時のビルベリ王国……昔は違う名前だったんだけど、とにかく王様との友好の印として造ったものなのよ。

ただ、その島国はお母様が執拗に攻撃して滅ぼしちゃってね……今はもう海の中に沈んでるわ。

その僅かな生き残りは別の島に移住して、今はジャッポンって名乗ってるみたい」

 

 ジャッポンとは、フィオーリに存在する日本モドキの島国の名前だ。

 ファンタジーって大体、東の方に日本モドキがあるの本当何なんだろうな。

 ただ島国とはいっても、フグテンと違って割と大陸の近くだったからフグテンと違って放置はされていなかった。

 で、俺も以前にそこの王様と会って話した事がある。

 しかし……そんな科学力がある国にはとても見えなかったってのが本音だ。

 魔物狩りで行った事はあるが、進んでいるどころかむしろ日本の江戸時代……いや、戦国時代くらいの文明レベルしかなかったと記憶している。

 なので次に俺はアイズのおっさんに聞いてみる事にした。

 

「はい、確かに彼等は高い技術力を持っています。

我々が使っている蒸気機関車の修理や改修も彼等の手によるものですから、間違いありません。

ただ……彼等はそうした技術を使う事を酷く恐れており、機関車もあくまで特例として一台だけ整備してくれていますが、新しく造るのは絶対に嫌だと断られた事があります。

カガクを使う事は魔女と世界の怒りを買う……そう伝えられているようです」

 

 なるほど、機関車はそっち由来だったのか。

 まあ普通に考えれば千年前の機関車が今も動いているはずがない。

 誰かが改修したり、造り直したりしなければとうに壊れているだろう。

 つまりジャッポンにはそれだけの科学技術力がある。

 しかし彼等は過去に初代魔女に国ごと滅ぼされたトラウマで、自らがそれを使う事を恐れているようだ。

 まあ話を聞くだけでも、相当執拗にイヴからブン殴られ続けたって事は伝わってくる。

 余程科学技術を脅威と認識してたんだろうな……。

 ただ、国と呼べるサイズの島を海に沈めるなんて真似は俺くらいの魔力があるならともかく、流石に普通の魔女では無理だと思うので、海に沈んだのは魔女とは関係なく海面の上昇とか津波とかで沈んだんだろう。

 

 まあ、とりあえずだ。そんな情報を得た俺はかつて高い科学力を誇っていたという島……の跡地に来ていた。

 海に沈められたという話だが、その国にあった山の山頂だけはかろうじて島として今も残っていたらしい。

 実の所、機関車のルーツを知っても、過去に存在した国の痕跡を発見しても何かが変わるわけじゃない。

 頭のいい転生者ならば残骸とか遺跡とかから何かを得る事が出来るかもしれないが、俺の前世ただのWebライターよ? 何も出来んわ。

 だから今回のこの調査は先に答えを言ってしまえば何も得るものがないただの興味本位だ。

 聖女と魔女の物語はもう終わったし、ボスもいない。

 言ってしまえばゲームクリア後に平和な世界をウロウロして「あ、こんな伏線あったんだ」と後から気付くようなものだ。

 さて、それではバリアを纏っていざ海へ!

 海深く潜っていき、周囲を見渡す。

 ……うん……暗くて何も見えねえ!

 仕方ないので魔法で照らしてやると、確かに国があったと思われる遺跡のようなものがそこかしこに見える。

 建物は現代日本レベルには遥かに遠いが、近代ヨーロッパくらいのレベルはありそうだ。

 白黒写真で見る最初期の車のようなものもあちこちに転がっていて、高い文明を誇っていた事が伺える。

 勿体ねえなあ……初代魔女が暴れてなければ、もしかしたら今頃フィオーリは地球以上に文明が育っていたかもしれないのに。

 魔女のせいで実際は今も中世レベル未満のままだ。

 ……まあでも、それはそれでいい事なのかな。科学が進み過ぎると最終的には核とかが登場するだろうし。

 あるいは、そうならないように世界が魔女を使って科学の発展を事前に止めた……? いや、それは流石に考えすぎかな。

 

 海の中を遊泳しながら、かつて初代魔女に滅ぼされてしまった文明の痕跡を見て回る。

 そこには高層建築物に乗り物……戦車や銃と思われるものまで転がっていた。

 これだけの文明があっても滅ぼせちまうんだから、やっぱ魔女ってやべーわ。

 多分魔物も上手く使って、時間をかけてじっくり潰したんだろうな。

 かつて栄華を誇っていただろう都だった場所を巡っていると、その中でも一際大きな建物の残骸が目に入った。

 窓らしき隙間からお邪魔すると、広大なホールに出る。

 大理石のような不思議な素材で作られたそこは、今は壊れているが在りし日はきっと立派だったのだろうと思わされた。

 玉座も壊れているものの立派なもので、背もたれにはビッシリと文字が彫られている。

 えーと、どれどれ……?

 

 

“我々は敗北した。

我がサイトナルタ帝国は魔法の研究により、時空間に干渉する術を手に入れた。

その術によりこことは異なる時間軸と世界がある事を突き止めた我等は、別世界に最も位相の近いフグテンに空間の亀裂を作り出す事に成功した。

亀裂からは異世界の素晴らしい力が流れ込んで来た。

それは怒り、憎しみ、妬み、殺意……競争心、闘争心、虚栄心、承認欲求といったこれまでの我等には希薄だった感情だった。

私は知った。これまでの我等は世界によって意図的にそうした感情を抑制されていたのだと。

負の感情を取り込み、我等は変わった。

より早く、より高く、より便利に。次から次へと、『次』へ進む動力が心から沸き上がる。

今より強くなりたいという思いは武器を生んだ。

今より美味いものを食べたいという思いは料理を発達させた。

今より楽に暮らしたいという思いは生活水準を向上させた。

これまでの停滞がバカバカしくなるほどのスピードで、我が帝国は発展した。このままいけば我等が世界を支配する日も遠くなかっただろう。

だが……ああ! 愚かな世界よ、我等を認めぬというのか!

我等が発見した時空間に干渉する力を持たせた女を代行者として創り、滅ぼそうとするほど我等は世界にとって邪魔だというのか!

…………我等はもうじき滅びる。あのバカげた力を持つ魔女……イヴによって滅ぼされてしまう。

だが悪意の種は既に世界に撒かれている。

見た所あの女も、私と同じく悪意を取り込み続ける体質だ。今は世界に忠実でも、すぐに悪意に染まるだろう。

愚かな魔女よ。お前は我等の破壊を止めた。だが次はお前自身が最悪の破壊者となるのだ。

そして愚かな世界よ。お前が愛した人間達はお前が創った代行者によって破壊されるのだ!”

 

 

 ――うん、長い。

 よくこんだけ玉座に彫ったな、おい。誰が彫ったのか知らんけど器用すぎるだろ。

 玉座は日記じゃないんだぞ。

 でもまあ、何となく理解出来た。あの空間の亀裂とか、そもそも世界が魔女なんてものを創った原因はこいつらにあったってわけね。

 とりあえずこの椅子は歴史資料的に価値がありそうだから、持って帰ってアイズのおっさんへの土産にでもしよう。

 

『我が玉座に触れる愚か者は誰だ……』

 

 椅子を持ち帰ろうとすると、どこからか声が聞こえてきた。

 無視して帰ってやろうかなと思うものの、とりあえず視線を向けてやる。

 すると待ってましたとばかりに周囲から黒い魔力が発生し、それが一か所に集まって人の形を象り始めた。

 え、何? これ何か戦う流れ?

 面倒だから帰っちゃ駄目?

 

『我はサイトナルタ帝王……負の心による人類の進化を肯定する者……』

「……はあ」

『我は待っていた……魔女に匹敵する魔力を持つ者がいつかここを訪れる事を。

そして遂に機会が訪れた……。

今ここに、この哀れな娘を依り代とし、世界への逆襲を始めるのだ……』

 

 あー、なるほどね? こいつイヴと同じで負の感情だけになって現世に留まってるタイプだ。

 で、イヴ同様に誰かを依り代にして暴れ回るつもりか。

 かろうじて人の形をしているものの、巨大な影のようなそれは揺らめきながらもこちらを凝視している。

 うへえ、これ完全に裏ボス戦じゃん。

 ゲームで時々いるよな、こういうの。

 クリア後に何故か行けるようになるダンジョンで突然出て来て、プレイヤーが状況を呑み込めずに感情移入もまだ出来てないのに長台詞で「俺が黒幕だ」的な事を言って「アッハイ」って気分にさせてくるやつ。

 でもそういう時にプレイヤーが思うのって大抵「お前今まで何してたの?」なんだよなあ……。

 サル……サルタ帝王? は何か真のラストバトルっぽい空気を出しながら俺へと向かって来た。

 

 くっ……なんて威圧感だ……!

 

 

 

「Aurea Libertas(黄金の自由)+人の心の光」

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

 

 はい魔法ドーン。相手は死ぬ。

 まあ威圧感だけじゃどうにもならない事もあるよね。




本日、遂に偽聖女クソオブザイヤーが発売となりました。
後はもう一冊でも多く売れてくれる事を祈るのみです。

Q、ところで今回出た裏ボス(笑)さんは本当に消えたの?
A、消えたよ。

Q、もう出ないの?
A、出ないよ。

Q、こいつなんだったの……
A、エルリーゼさえいなければ裏ボスになれてたはずのおじさん。
エルリーゼのせいでただの変なおじさんになった。

Q、強いの?
A、強い。歴代聖女や魔女を9、アルフレアを10とした場合、12くらいの強さを持っている。

ただ、エルリーゼが1000オーバーだったというだけ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

偽聖女、日本へ行く ⑥

予約投稿忘れてた……


 何か裏ボスっぽく登場した割に、それほどでもなかった斎藤丸太帝王とかいうのを消し飛ばした俺は玉座と、ついでに近くに浮いていた宝石とか石板とかを持ち帰り、アイズのおっさんに渡しておいた。

 面倒な歴史考察とか何とかは全部おっさんに丸投げだ。

 俺は元々蒸気機関車がこの世界の文明レベルに合ってない事が気になってちょいと調べてみただけなので、答えが出た今となっては後の事はどうでもいい。

 単に疑問を解消して俺がスッキリしたかっただけだ。

 いやね、世界が魔女を創り出した理由とか負の感情が世界に増えた理由とか今更言われても知らんよ。

 もう『魔女』は倒しちまったし、固まってた負の感情も『魔女』と一緒に消滅させちまったんだからさ。

 全部解決した今になって裏ボスなんて出て来られても……ねえ?

 

 というわけで何とか帝王について考えるのは終了し、俺は再び日本へとやって来ていた。

 今回の目的は家庭菜園用の道具一式と、家庭栽培のやり方が書かれた本と、後は苗や種を買い漁る事だ。

 菜園とはいうが、目的は主に果物だな。ブルーベリーとかオリーブとか。家庭栽培っていう方が正しいのかもしれない。

 これらを回復魔法の応用でぱぱっと強制成長させてしまおうと思っている。

 実際向こうではその方法で森とか戻したり、果物の生る木を成長させたりして多少は食事情を改善させたわけだからな。

 何でそんなのを始めようとしてるかっていうと、向こうの果物があんま美味くないからだ。

 そもそも品種改良とかしてないし、バナナなんて硬いし全然甘味もない。

 歴代魔女が暴れ回ったせいで過去に絶滅してしまった果物もいくつかある。

 だからあの空間の亀裂を塞ぐ前に、いくつか日本から持ち込んでおきたいってわけだ。

 まあ、あんまり外来種の持ち込みをやりすぎると生態系とかに悪影響が出かねないので、あくまで自分達だけで楽しむ用だがな。

 あえて言うなら、サツマイモは普及させてもいいかな……荒れ地でも育つから餓死者も減るだろうし、向こうでは甘い物は貴重で基本的に庶民には縁がない。

 だがサツマイモならば庶民でも手が出せる甘味として広める事が出来るだろう。

 それと、あの亀裂はやっぱり近いうちに塞ぐべきだという結論が出た。

 ずっと前からあったものだから、放置してもただちに影響が出る事はないと思うが、地球から負の感情が流れ込んでくる可能性もあるので念のため塞いだ方がいいだろう。

 それに俺が転生したのも、あの亀裂の影響だろうし……放っておくと変な転生者が出る可能性もゼロではない。

 なので何回か往復して必要なものだけ持ち帰ったら、アルフレアに頼んで塞いでもらおうと思っている。

 だがその前に一人、どうしても接触しておきたい相手がいた。

 なのでまず、俺はネットカフェを目指して歩いていた。

 駅前をウロウロすればネカフェの一つや二つは必ずあるもんだ。

 サイレンの音が鳴り響く町中を進み、俺はネットカフェを探す。

 ちなみにサイレンがうるさいのは、少し離れた場所で家が燃えていたからだ。

 何かこっち来たら、俺が向こうとの出入りに使っている不歳アパートのすぐ向かい側の一軒家が燃えてやんの。

 放っておいたらこっちに燃え移る勢いだったので、まず家に突撃して逃げ遅れていたロリっ子を救出した後に魔法で家の周囲を風で覆って真空状態にし、鎮火しておいた。

 もう俺はこのアパートに住んでるわけじゃないけど、ここを燃やされると困るんよ。

 愛着がないわけじゃないし、それにこのアパートがなくなると、空中にある空間の亀裂が白日の下に晒されてしまう。

 そんな事になったらマスコミとかが押し寄せて来るかもしれないし、国のお偉いさんとかが囲い込んで一般人立ち入り禁止とかなるかもしれない。

 何せガチで空に罅が入って割れてるんだ。こんなん絶対国が放っておかないだろ。

 つーわけで鎮火して、俺はその場で茫然としていた家族とロリっ子とその他大勢に口止めを頼んでからそそくさとその場から逃げ出した。

 燃えた家に関しては俺にはどうしようも出来ない。まあ火災保険とかに入ってるだろうし、命があっただけめっけもんと思って欲しい。

 

 そして無事にネカフェを発見したので早速入り、金を払って個室へ向かう。

 まずはネットで「永遠の散花 サイトナルタ帝王」と検索。

 少なくとも俺の知るゲームではサイトナルタ帝国だの帝王だのは一切登場しなかったが、それは改変前の永遠の散花での話だ。

 そして改変後の永遠の散花に関しても、実は俺は『魔女』との決戦前までの展開しかゲームでは見ていない。

 『永遠の散花~Fiore caduto eterna~』は夜元玉亀が前世で見聞きした出来事をゲーム化したものだ。

 これは彼女自身が語った事であり、そして不動新人とエルリーゼの魂が統合され、両方の記憶を持っている今の俺ならばハッキリ分かる。

 このゲームのシナリオ製作者……夜元玉亀はプロフェータが転生した存在だ。

 夜元は、前世の頃から先の出来事を予測するのが得意だったと語っていた。

 プロフェータは、以前『その気になれば、ベルネルがマリーやエテルナと恋仲に落ちた場合の、あったかもしれないIFだって予測出来る』と俺に語ってくれた事がある。

 これだけの条件が揃えば、いくら俺でも分かる。

 夜元玉亀はプロフェータだ。間違いなく。

 というより、あいつ以外にマルチシナリオという形で数多くの『IF』を描ける奴がいない。

 だからもしこのゲームにサイトナルタ帝王の名があれば、プロフェータはその存在を認識していたという事になる。

 そして検索した結果、ページの一番上にヒットしていたので早速開いてみた。

 というか何で検索結果に「サイトナルタ帝王 かわいそう」とか出て来るんだ……?

 

 

【サイトナルタ帝王】

 『永遠の散花~Fiore caduto eterna~』の登場キャラクター。

 グランドルートをクリアした後にのみ登場する。

 千年前に初代魔女イヴによって滅ぼされ、海に沈んだ古代文明サイトナルタ帝国の王。

 筋骨隆々の逞しい体躯と白い髭をたくわえた巨漢で、常に三叉槍を携えている。

 人類の進化と発展には負の感情こそが必須という考えを持ち、魔法研究と優れた頭脳により空間に作用する事の出来る『闇属性魔法』を開発した。

 その力をもって何らかの方法で異なる世界からフィオーリに負の感情を流入させる事で今までフィオーリの人々には希薄だった闘争心や欲望を持たせ、互いに競合させる事で目覚ましい速度で帝国を発展させる事に成功した。

 サイトナルタ帝国の技術発展は凄まじく、千年前の帝国でありながらその文明レベルは地球の近代ヨーロッパに匹敵していたという。

 しかし世界のバランスを歪めた事で世界に目を付けられ、彼と彼の帝国を抹殺する為に世界の代行者である魔女が生み出されてしまった。

 初代魔女イヴとの戦いは熾烈を極めたが、増え続ける魔物やイヴの超魔力の前には抗えずに古の超大国は海に沈む事となった……。

 

 しかし千年の時が経過しても彼は『魔女』同様に怨念のみの存在となって現世にしがみついていた。

 そして『魔女』との決着をつけ、海底を訪れた主人公達の前にその姿を現す事になる。

 

【全ての元凶の元凶】

 『永遠の散花』における悲劇の連鎖は『魔女』の仕業だったが、その『魔女』が生まれたそもそもの原因を作ったのはサイトナルタ帝王であり、ある意味ではこの男こそが全ての元凶と言える。

 世界が千年前に突然代行者などというものを創り出したのも、闇属性魔法という力が存在するのも、この男がいたからこそ。

 更にイヴを狂わせた負の感情も、元々はフィオーリにそれほど多くなかったものと考えれば単純な世界の設計ミスと言えなくなる。

 (それでも、対サイトナルタ帝王を想定して生み出したならば負の感情に対する耐性くらい持たせておけという話ではあるが……)

 恐らくイヴが備えていた過剰循環病も本来のフィオーリであればそこまで問題はなかったのだろう。

 イヴが歴代魔女と異なり過剰循環病という狂う原因となった病を持って生まれたのも、もしかしたらただの魔女ではサイトナルタ帝国には勝てないからと世界がスペックに下駄を履かせた結果なのかもしれない。

 また、元々負の感情が薄かったはずのフィオーリにおいて最初から悪人であったこの男自身も過剰循環病の持ち主であったと推察されている。

 

【出落ち】

 と、ここまで語ると凄い強いように聞こえるし実際にステータス的には強いのだが、残念ながら彼に対して強敵というイメージを抱くプレイヤーはほとんどいないだろう。

 それもそのはずで、何とサイトナルタ帝王との戦闘にはエルリーゼを連れていけてしまう。

 エルリーゼのステータスはラストバトルの時の強さそのままなので、エルリーゼがいる限り間違えても負ける事はない。

 サイトナルタ帝王のHPは『魔女』を除けばゲーム中最高の99999なのだが、エルリーゼの『Aurea Libertas(一点集中)』で与えるダメージは軽く十万を突破する為、何と裏ボスのくせに一撃で死んでしまう。

 しかも『魔女』戦後の覚醒エルリーゼの攻撃は自動で『人の心の光』が上乗せされる仕様になっており、全ての攻撃がサイトナルタ帝王にとっての弱点扱いになり、ダメージが倍加してしまうので、『Aurea Libertas』を使わなくても大体一撃か二撃で死ぬ。それどころか何と通常攻撃でも三発で死んでしまう。

 結果、満を持して登場しておきながらあっさりエルリーゼに葬られるという情けないキャラクターと化してしまった。

 戦闘開始時に強敵と思ってかかり、エルリーゼに最大技を使わせた結果即戦闘終了となり、ポカンとしたプレイヤーも多い事だろう。

 エルリーゼ抜きで挑めば強敵なのだが、この海底遺跡に向かうにはエルリーゼを連れて行く必要があり、エルリーゼを外す為にはわざわざ彼女以外に味方キャラを三人連れて行ってエルリーゼを待機メンバーにしておく必要があるので、初見だと大体エルリーゼを参戦させて瞬殺してしまう。

 しかもこのサイトナルタ帝王は戦闘BGMが『魔女』と同じ『終わらない悲劇』であり、戦闘前に壮大な演出が入るせいで余計に出落ち感が増してしまっている。

 壮大なバックボーンとBGMを背負い、真の決戦のような空気を出しておきながらBGMのイントロが終わる前にやられる姿はプレイヤーに笑いを提供してくれた。

 あまりに見事な出落ちぶりから、ネット上では早くもネタキャラとしてのイメージが確立してしまい、「サイトナルタ帝王様」や「出落ち帝様」と呼ばれて親しまれている。

 

 

 

 ……おおう。

 どうやらサイト何とかさんは俺のせいでこっちの世界では完全にネタキャラ扱いらしい。

 いや仕方ないじゃん……だってあいつ弱いんだもん……。

 実力的にはアレクシア以上なんだけどさ、『魔女』に比べると何と言うか……控えめに言って雑魚というか……。

 そもそも歴代魔女全員の怨念の集合体である『魔女』と別に魔女でも何でもない変なおっさん一人分の怨念とじゃ強さに差があるのは当たり前なわけでして。

 まあ平和になった後の世界に裏ボスなんていらないって事で堪忍してくれ。

 とりあえずプロフェータはやはり、あの出落ちの事を認識していたようだ。

 一度も言わなかったのは……まあ、魔女と聖女の連鎖を止める上では別に出落ちさんは何も関係なかったし、無理に倒す必要性が皆無だったからだろう。

 元凶ではあっても、今世界を脅かしている存在ではないっていうか……。

 誰か魔力の高い人間がわざわざ海の底にいかない限りは無害っぽかったし、それで頑張って倒しても別に何かがよくなるわけでもないし。

 むしろ変にちょっかいかけて出て来られても邪魔なだけだし。

 多分捨て置いていいと判断されたんだろうなあ……。

 

 さて、出落ちさんの事はどうでもいいや。

 次にやるべき事は、何とかこちらの世界にいるだろう俺の知り合い――夜元玉亀にコンタクトを取る事だ。

 そう、俺がコンタクトを取りたい相手とはプロフェータの転生体と思われる夜元玉亀である。

 会いたい理由は別にないんだが……なくても一度、会っておきたい。

 俺があの最後の戦いで生き残る事が出来たのは、プロフェータのおかげだ。

 彼女の命を貰ったから俺は今、こうして生きている。

 せめてそのお礼くらいは言っておきたい。

 

 とりあえずフリーのメールアドレスを取得し、夜元玉亀宛てにメールを出しておく。

 ただメールを出すだけでは無視される可能性が大なので差出人の名前を「不動新人」としておいた。

 「エルリーゼ」でもいいんだけど、それだとファンが勝手に名乗ってるって思われかねないからな。

 実際SNSでもエルリーゼとかエテルナとか名乗ってる奴いるし。なりきりBotとかいるし。

 ネット上の名前をゲームキャラの名前にしたりするのは別に珍しい事じゃない。

 だからきっとネット上には沢山の自称エルリーゼさんがいる事だろう。

 そういったものと思われない為にも、ここは不動新人の名前を使う事にした。

 ついでに件名を「先日の世界線分岐の話の続きをしたい」とかにしておいた。

 

 さて、返事が来るまでの間はやる事もないので漫画を読んだりソフトクリームを食ったりして過ごすか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

偽聖女、日本へ行く ⑦

 夜元玉亀にメールを出してから一時間が経過したが、返事はまだ戻ってこない。

 メールボックスなんてものは一日に一回くらいしか開かないっていうのも珍しい話じゃないし、それが朝って事も普通にあり得る。

 ましてやこんな怪しいメールだ。詐欺メールの類と警戒されても不思議はない。

 そんなわけで気長に待つつもりではあるが、数日様子を見て返信がなければ……その時は、すっぱり諦めてしまおうと考えている。

 元々、何がなんでも夜元玉亀と会うべき理由があるわけじゃない。

 ただ俺が、せめてもう一度プロフェータと会って、ちゃんと礼を言いたいというだけの我儘……ただの自己満足だ。

 プロフェータと再会して得をするのは俺だけだ。俺だけが、心残りを解消してスッキリ出来る。そこにプロフェータの得は何もない。

 だから彼女にとって迷惑になるならば無理に会おうとは思わないし、迷惑メールと判断されたならばその時はその時だ。

 未練をサッパリ捨てて向こうに帰り、空間の亀裂を塞いでしまおう。それで全部終わりだ。

 

 それから更に一時間……折角だし、俺はここで『永遠の散花』のグランドルートプレイ動画を見ていた。

 自分で通しプレイするのはゲーム機が売り切れていた事もあって諦めたが、これなら通しで見る事が出来る。

 が……恥ずい……っ! 予想以上に恥ずい!

 ゲームの中の俺は完全に正統派の聖女系ヒロインとして扱われているわけだが、それを自分で見るのは普通に羞恥プレイだ。

 しかもゲーム中で好感度を上げたりすると画面の中の『エルリーゼ』は赤面したりする。

 亀さん!? 俺、そんな反応しましたっけ!? いや、絶対してねえ! 何捏造してんだ!

 不動新人だった頃はプレイしていても羞恥心などはなかった。むしろ笑いながらプレイ出来ていた。

 それはやはり、同一人物であるという自覚はあっても、不動新人側にはエルリーゼとして生きた記憶などなくて、あの時はあくまで『もう一人の俺が何かヒロインしてて草』くらいの気持ちでプレイ出来たからだ。

 しかし今の俺は魂の融合によって両方の記憶が備わっている。

 なので俺にとって最早これは、ただ自分の恥を見るだけの拷問にしかならなかった。

 やべえ、顔から火が出そう……。

 もう駄目だ、俺はつらい、耐えられない! そう思って気晴らしにメールボックスを見ると返信が返って来ていた。

 よし、もうゲームの方は見なくていいな! やめ! やめ!

 メールの内容は明日、前に話した喫茶店で落ち合って話さないかという内容だ。

 集合時間も前と同じらしいが、喫茶店の名前と場所、時間も書いていない。

 なるほど、本当に不動新人ならば書かなくても『前と同じ』で分かるはず、という事か。

 やはり少し、警戒されているようだな。

 とはいえ、しっかり覚えているのでここは問題ない。

 簡潔に返信を行い、そしてネットカフェを後にした。

 本棚を眺めていた他の客や店員からの視線がやけに集中しているのを感じるが、今更気にするような事ではない。

 

 結局その日は家庭菜園用の種を始め、色々購入してから一度フィオーリに帰還し、ログハウスまでの距離もあったので聖女の城に泊まる事となった。

 アルフレアに夕飯を作るように強請られたが、まあこれは宿泊料代わりと思えばいいか。

 俺自身は何もせずに他人の作った飯をタダで食いたいんだけどね。

 中々難しいもんだ。

 

 

 突然だがホットケーキミックスを考えた人は神だと思う。

 これを使えば俺みたいな素人でも自分好みの厚さのホットケーキを作れるっていうのがいい。

 最初にこれの神さに気付いたのは確か、テレビでグルメ系のドラマを見た時だったか。

 分厚いホットケーキを主人公が食っていたので自分も食べたくなって早速コンビニに出向いたが、コンビニで売ってるパンケーキって薄いのよな。

 で、仕方ないのでホットケーキミックスを買って自分で作ったのが最初だったか。

 ちなみにホットケーキとパンケーキの呼び方が落ち着かないのは気にしないでくれ。正直俺も明確に呼び分けているわけではない。

 何となく、ホットケーキミックスで作ったのはホットケーキで、それ以外はパンケーキと勝手に分けている。

 

 そんな神なホットケーキミックスに豆乳と卵を入れて混ぜ、油を塗った型に流し込む。

 後はフライパンで焼いて、途中でひっくり返して両面しっかり焼いて完成だ。

 そうして出来上がった厚焼きホットケーキを二段重ねにして、上にバターを載せてメープルシロップをこれでもかとかけてやる。

 二段重ねる事に深い意味はない。ただの見栄え優先だ。

 ちなみに個人的に一番楽なのは炊飯器に入れて焼くやり方だが……流石にフィオーリに炊飯器を持ち込むのは抵抗があったので止めておいた。明らかにこっちの世界じゃオーパーツだしな。

 そうして出来上がったホットケーキをアルフレアの前に置くと、待ちきれないようにソワソワしながらチラチラとこちらを見て来る。

 何と言うか……やっぱイッヌに餌付けしている気分になってくるな……。

 

「どうぞ」

 

 食べてもいいと許可を出すと、アルフレアは周囲の目も気にせずにガツガツと食べ始めた。

 食べ方はお世辞にも上品ではないが、それでも可愛く見えるのは元がいいからだろう。

 でもあんまり甘やかすと太りそうだし、程々にしないとな。

 それから、普段アルフレアの側近として頑張ってくれている近衛騎士の連中にも希望者には同じ物を振舞ってやる。

 その数が思いの外多い……というか全員だったので、日本から持ってきたホットケーキミックスが朝食の一回で全部なくなった。

 というかアルフレア、自分の分を食べ切ったからって騎士の分を羨ましそうに見るな。

 ……あっ、隙を見せた隣の騎士の分を横取りしようとして回避された。何て奴だ……。

 

「ねえエルリーゼ、やっぱりこのお城に一緒に住んでよ! そんで私のお嫁さんになってよ!」

 

 魅力的な誘いだが、俺が嫁の方なのか……。

 というかアルフレアと同棲なんてした暁にはニート生活どころじゃなくなりそうだな。

 それにこいつ、多分嫁とかそういうのよく分からずに言ってるだろ。

 こいつ、封印される前、本当に結婚間近だったのか……?

 

 

 それから再び日本へ赴き、前に夜元と会った時と同じ時間に例の喫茶店へと入店した。

 俺が入ると同時にあちこちがざわめき、全員がこっちを見て来る。

 その中の一人……見覚えのある黒髪の女性が座る席に向かうと、彼女はぼけっとした顔で俺をまじまじと凝視する。

 

「エ……エルリーゼ……?」

「お久しぶりです、プロフェータ。こちらでは確か夜元玉亀でしたよね?」

 

 驚く彼女――夜元玉亀に、笑みを向けてやる。

 向こうにしてみたら驚くのも無理はない。

 今日ここに来るのは不動新人だと思っていたら、まさかのエルリーゼ()との再会だ。

 夜元はキョロキョロと周囲を見ると急いで席を立ち、「ついてきな。ここじゃ目立ちすぎる」と俺に小声で告げた。

 というか俺の手を引っ張っての強制連行だ。ついていくも何もない。

 それから会計を済ませて喫茶店を出ると、近くの駐車場に停めてあった車に乗り込んだ。

 お洒落なデザインの赤い車だ。いい物に乗ってるな。

 

「助手席……ええと、私の隣に座りな。そのシートベルト……ええと、そう、その紐みたいな奴を……ちょっと待て、私がやってやる」

 

 俺は何も返事していないのだが、何とか説明しようとして最後には説明を放棄してシートベルトをしめてくれた。

 まあ向こうにしてみれば俺は地球の外から来た異世界人だからな。

 多分シートベルトも車も知らないと思われているんだろう。

 夜元は人々の視線を振り切るように車を発進させ、それから改めて声を発した。

 

「エルリーゼ……で間違いないね?」

「はい、間違いありませんよ」

「驚いたよ。実は最近ネットでニュースになってたからこっちにお前さんがいる事は知っていたんだが、どうやってこっちに……いや、それより私が分かっているのか? 何故分かった?」

「不動さんから聞いた話と照らし合わせてそうではないかと思っていて、そして今の反応で確信しました」

 

 夜元は車を道路脇に停め、それから眉間を揉み解した。

 ちなみに、ここまでの解答で分かるだろうが俺はエルリーゼ=不動新人であると明かす気はない。

 何故って……そりゃあな。

 俺、学園にいた時に堂々と女風呂入ってたんだぜ?

 自分も女なのをいい事に、女生徒の裸を鑑賞してたんだぜ?

 当然俺が女風呂に入ってた事は夜元も知っているわけで……そんな相手に『実は中身男です』なんて言うのはヤバイだろ。

 変態認定待ったなしやぞ。

 ま、それがなくてもどのみち明かす気はなかったけどな。

 嘘と虚構とハリボテだろうが、最後まで『エルリーゼ』をやり通すっていうのは『魔女』との戦いの時に決めた事だ。

 それを今更曲げる気はない。

 もう意地よ意地。嘘吐きなりのプライドってのが俺にもあるのよ。

 俺が騙した皆の中にある『エルリーゼ』の虚像を壊さず守る義務が俺には……まあ、無いんだけど……ぶっちゃけ今更引っ込みが付かないだけってのが本音だけど……。

 ともかく、墓の下に行くその時まで、この嘘は突き通すつもりだ。

 

「確かに不動さんは、エルリーゼがこっちに来ていたと語っていたし、伊集院さんも肯定してた……が、実体ではなく幽霊みたいな状態だったって話じゃないか……。

けどこのエルリーゼは明らかに実体だ……どうなってるんだい……?」

 

 夜元はブツブツと一人で呟き、必死に状況を把握しようとしているようだ。

 おーおー、混乱してる。

 しかし彼女も元々、フィオーリの出身だ。

 不思議な出来事への耐性はそこらの連中より遥かに高い。

 前世で伊達に千年も生きていない。

 やがて彼女は顔をあげると、俺を見て頬を緩めた。

 

「色々疑問はあるが……久しぶりだね、エルリーゼ。また会えて嬉しいよ」

「プロフェータも。元気そうで何よりです」

 

 死んだ相手に元気そう、という言葉はどうかと思うが実際元気そうなのでまあいいだろう。

 それから俺は、空間の亀裂の事と、その亀裂を通ってフィオーリと地球を行き来している事を夜元へ説明した。

 すると夜元は腕を組み、ふーむと声をあげる。

 

「そんな場所があったとはねえ……アルフレアめ、そんなの私だって聞いてなかったよ」

「プロフェータも知らなかったのですか?」

「ああ。イヴは娘だけに教えたんだろうね」

 

 預言者は動かずして世界のあらゆる場所を視る事が出来る。

 だがそれは世界のあらゆる場所を同時に知覚出来るわけではなく、あくまで視る場所は預言者が選ぶというものだ。

 プロフェータもそういう場所があると知っていればそこを視ただろう。

 だが知らないのではそもそも視ないのだから、どうしようもない。

 

「だが合点がいったよ。その亀裂こそがフィオーリとこの世界を繋いでいたものだ。

恐らく私の魂も、その繋がりを通ってこっちに転生してしまったんだろうね。

前世の記憶を持ち越しているのも、多分世界を超えた転生という本来あり得ない出来事のせいだろう」

 

 確かに、夜元の言う通りに世界を超えて転生した者は前世の記憶を残してしまっている。

 現状では俺と夜元の二人しかいないので必ずしもそうとは言えないが、あの亀裂がある限り、この先記憶持ち転生者が増える可能性が残されている。

 やっぱあの穴、さっさと塞いだ方がいいな。

 次向こうに戻ったら、塞ぐようにアルフレアに言っておくか。

 

「それにしても……」

 

 夜元はチラリと俺の方を向き、感心したように目を細めた。

 

「前世では理解はしていても実感はしていなかったが、同じ人間になってみるとよく分かる。

誰もがお前さんを本物の聖女と信じて疑わないわけだ」

 

 疑われない為に外見は特に気を使ったからな!

 中身が真っ赤な偽物なんだから、せめて見た目や言動くらいは本物以上に本物をしなきゃならん。

 人狼ゲームで、時に人狼が村人よりも白く見えるのと同じだ。

 村人は本当に村人なのだから、無理に村人らしく振舞わない。

 だが人狼は偽物だから、本当の村人以上に村人らしく振舞う。

 正直いつバレるかなと冷や冷やしてたよ。

 今更ながらよくバレなかったものだ。

 

「というか、どうなってるんだい?

向こうには美容器具もエステサロンもないだろうに。化粧だってフィオーリのはこっちに比べりゃお粗末なもんだ。

正直不可解なレベルなんだが……」

 

 夜元の疑問に、俺は曖昧に笑って誤魔化した。

 そりゃお前、あれよ。魔法万歳ってやつだ。

 詳しくは言わんけど、水魔法を応用して保湿とか、回復魔法の応用で組織の修復とか色々やって常に髪質肌質その他諸々を考え得る限りの最善最高の状態でキープし続けているのが俺だ。

 以前城仕えのメイドの女の子に『エルリーゼ様は何の手入れをせずともお美しくて羨ましい』と言われた事があるが、実際は全くの逆だ。

 手入れしていないのではない。魔法をオート化して常に手入れし続けているのだ!

 まあ極めれば回復魔法で失った腕とかも再生出来るのがフィオーリだし、そこまで出来るようになれば割と何でも出来るってわけだ。

 多分細胞分裂の回数とかも無視してるし、意図的にそれを増やす事も可能だろう。

 前まで俺の中にあった闇パワーは既になくなったが、それとは無関係に今後も不老を維持していく事は出来るはずだ。

 

 ちなみに一応言っておくが、魔法を解除してもすぐに化けの皮が剥がれたりとかはしない。

 別に魔法で立体映像を作って誤魔化しているとかではないからな。(光魔法の応用で光沢とかは少しインチキしてるけど……)

 あくまで常にメンテナンスし続ける事で素の状態を最善に保ち続けているだけだ。

 なのでオート魔法を全解除してもすぐに外見が劣化したりとか、そんな事は全然ない。

 ……まあ人間として至極当たり前の話として、魔法を解除したまま何日も手入れせずに過ごせば肌荒れとか何とかで劣化していくだろうが。

 実際エルリーゼ(真)は本人の暴飲暴食が原因で元々の優れた容姿を全て台無しにしてしまっていた。

 体臭も酷いらしく、作中でベルネルからは『いくつもの甘ったるい香水を無駄に多く使っているせいでそれらが混ざって耐えがたい激臭と化している』と評されている。

 つまりは、元がどれだけチート染みた美少女ボディであっても維持する努力をしなければどんどん駄目になっていくというわけだ。

 

「とりあえず、あんまり外をウロウロと歩かない方がいいよ。

この国はフィオーリと比べれば抜群に治安がいいが、それでも馬鹿がいないわけじゃないんだ。

いや、むしろ悪人の数は確実に向こうより多い。

ましてやお前さんのその容姿は……普段真面目な奴でも理性が飛んで血迷いかねない」

「ご忠告感謝します。気を付けますね」

「そうしてくれると助かる」

 

 夜元はそう言い、胸元のポケットからスマートフォンを取り出した。

 それからカレンダーを映し、何かを確認する。

 

「なあ……もしよかったら、どこか落ち着ける場所でゆっくり話さないかい? 出来れば一日くらいさ。

私がいなくなった後のそっちの話とか色々聞きたいんだ。

多分これが最初で最後の…………いや、何でもない。今は辛気臭い話はよそう」

 

 夜元が確認していたのは、恐らく明日の予定とかそんなのだろう。

 どちらにせよ彼女のその提案は、渡りに船だ。

 元々俺は彼女と再会する事を目的としてここまで来たのだから、断る理由は何もない。

 だから俺は、黙って頷く事で返事とした。




・前世
プロフェータ(へえ……まあ、人間にとってはかなり整った容姿なんだろうね。私、亀だからよく分からんけど)

・今
夜元(エルリーゼ、美少女すぎないか……?)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

偽聖女、日本へ行く ⑧

 落ち着ける場所でゆっくり話したい。

 そう言って夜元が俺を連れて行った場所は、駅近くにあった古びた温泉旅館であった。

 近くには立派なビジネスホテルなんかもあったが、多分こういう古っぽい方が好みなのだろう。

 チェックインを済ませて部屋に入り、夜元は俺の方を見て頬を緩める。

 

「驚いたかい? こっちの世界じゃこういう宿泊施設があるんだよ。

私の家で話す事も考えたんだが、お前さんみたいな浮世離れした奴を連れて行ったら家族がひっくり返っちまう。

説明するのも面倒だし、こっちの方が楽ってもんだ」

 

 夜元は、前世では千歳超えの亀だったが今は二十歳前後の人間の女性だ。

 発言から察するに恐らく実家暮らしなのだろう。

 確かに、そんな所に何の説明もなく俺みたいな明らかに日本人じゃない奴を連れて行ったら説明するのも面倒臭そうだ。

 それにしても、夜元に家族か……いや、人間に転生したんだからいるのが当然なんだが、少し安心した。

 どうやら今の家族とは上手くやれているようだ。

 家族の事を語る彼女の顔は、優しくて穏やかだ。

 

「この旅館は少し古臭いが安いし、オマケにいい温泉があるんだ。

後で入ってみるといいよ」

 

 ほう……温泉か……!

 という事は当然女湯があるわけだ。

 こりゃ久しぶりの覗きタイムと洒落こめそうじゃないか。

 TSはしたが心のネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲は今も健在だ。

 ちなみに鏡で自分の裸を見ても残念ながら興奮は出来ない。当たり前だな。

 

 それから俺達は、あの『魔女』との戦いが終わってからの互いの世界の事を話した。

 俺があの後すぐに聖女の座から降りてアルフレアが次の聖女となった事。

 ベルネルやエテルナのその後……サイトナルタ帝王とかいう変なのと遭遇した事と、それをあっさり倒してしまった事……。

 夜元の方もこっちの世界に転生してから最初は色々戸惑っていた事を話し、ケラケラと笑う。

 

「そりゃ最初の頃は何の冗談かと思ったさ。千年も生きてきた私が今更人間の子供達に囲まれて学校通いだよ。

しかもこっちの世界の学力基準はフィオーリの比じゃないから、私ともあろう者が私の前世の十分の一も生きてないような若造を先生と呼んで教わって……まあ、いい経験だったよ。

しかしそうか……やっぱサイトナルタの亡霊はお前さんに始末されたか。

まあ、そうなるんじゃないかとは思ってたよ」

「という事はやはり、プロフェータは彼の事を知っていたのですか」

「ああ。だがわざわざ教える程の存在じゃないと思っていた。少なくとも、海の中に放置している限りはアレは無害だったからね。

教えるにしても全てが終わってからと思っていたが、残念ながらその暇はなかった」

 

 俺の予想通り、やはり夜元はサイトナルタ帝王の存在を掴んでいたようだ。

 そしてそれを話さなかった理由も大方予想通りだ。

 かつての元凶だろうが何だろうが現在進行形で世界に何もしていないならば、その討伐優先度は低くなるし、皆がアレクシアとの戦いに向けて集中している時にわざわざサイトナルタ帝王の事を教える必要もない。

 そしてアレクシアとの戦いが終わった後は俺が死に、俺が復活して『魔女』を倒した後にはプロフェータが死んだ。

 だから話すタイミングがなかった、というわけだ。

 しかし思えばおかしなものだ。

 俺は日本で死んでフィオーリに転生し、プロフェータはフィオーリで死んで日本に転生した。

 つまり今ここにいる俺達は、どちらも死人なわけだ。

 それがこうして生きて話しているというのは、何だか不思議なものを感じる。

 というか……そういや、今更ながら俺達のどっちも結局『あの世』なんてものは見てないんだな。

 

「プロフェータ……一つ聞きたいのですが、この世界がフィオーリから見た死後の世界なのでしょうか?」

 

 俺はかつて、フィオーリにはあの世があると信じていた。

 それは『ゲームで実際にあの世が描写されていたから』という神の視点……メタ知識があったからだ。

 だがそのゲームのシナリオは夜元が前世で見聞きしたものを元に作ったもので、更にいくつかは事実ではなくただの夜元の想像だった事が判明してしまった。

 という事は、かつて俺が絶対と思っていたあの世の実在も危ぶまれるわけだ。

 下手をすれば俺は、ありもしないあの世に期待して死への道を突き進んでいた事になる。

 

「いや、私がこっちに転生したのはあくまで偶然だ。

フィオーリにはちゃんと、死者の魂が辿り着く場所が存在している。

私は預言者になった時に、その事を強く実感した。

私だけじゃなく歴代の聖女もその事を感じているはずだ。

世界の意思……って言えばいいのかな。それが教えてくれるのさ。

お前さんもいつか、感覚として分かるようになるよ」

 

 預言者とは世界の意思の代弁者だ。

 そんな存在がいる事からして、フィオーリという世界に意思が存在しているのは間違いない。

 そしてその意思がプロフェータや聖女に、『あの世あるよ!』と教えていたようだ。

 ならばやはり、フィオーリにあの世は存在している……とは言い切れないな……。

 あの世界の意思って割とポンコツだし。

 あったとしても、そこが俺の考えるような悠々自適に暮らせる理想郷とは限らない。

 だって繰り返すがフィオーリの世界意思ってかなりポンコツというか、ガバガバというか……アレだもんな。

 元々こいつがしっかりしてれば千年の悲劇の連鎖なんてものはなかったわけで、歴代聖女の悲劇は世界意思がいつまでも欠陥システムを直さなかったのが原因だ。

 最初にイヴが創り出され、おかしくなったのはまあ、サイトナルタ帝王のせいでいいとしよう。

 で、そのイヴがおかしくなったから、対抗手段として聖女を生み出した。これもよしとしよう。

 だが『負の感情に弱い』という欠点を何一つ克服していないせいでその聖女が闇落ちし(正確にはイヴの次の聖女であるアルフレアは封印されたので次の次だ)、また飽きずに同じような聖女を生み出し……そりゃいつまでも終わらんわ! 失敗を何一つ次に活かしてねえもん!

 それを繰り返したせいで誰も倒せない『魔女』という特大のバグが発生してしまい、挙句最後には同じく別の世界から紛れ込んで来た俺という別のバグが倒してようやく終わりを迎えた。

 改めて考えるとひっでえなこれ。

 

 俺の知るゲームだと、あの世は誰もが悩みなく暮らせる花畑みたいな場所だった。

 だがそれはプロフェータの想像だ。

 しかも俺の知るゲームを作ったのは、本来の歴史――つまりバッドエンド世界の方で生きていたプロフェータだ。

 ならば、ゲームで描写されていたあの世は、プロフェータの願望が多分に含まれたものだった可能性が高い。

 せめてあの世では幸せであってくれという、そんな願いが含まれていなかったとは言い切れないだろう。

 

 というか今更ながら、よく俺は何の根拠もなく『あの世あるからそこでのんびり暮らそう』とか思ってたな。我ながらアホすぎんか……?

 やっぱ魂が二つに分かれてたせいで思考力が落ちてたのかね。

 不動新人とエルリーゼの両方の記憶が統合された今なら分かる事だが……不動新人(おれ)から見てもエルリーゼ(おれ)は……何か、どっかズレていた。

 『そこは気付けよ!』て事にも気付いてなかったからな……。

 多分賢さの七割くらいが不動新人の方に置き去りになってたぞ、アレ……。

 まあ、だからといって今の俺が賢いかというと微妙なラインだが。

 

「どうした? 考え事かい?」

「いえ、あの世とはどんな場所なのかと想像していただけです」

「どんな場所、か……そればかりは実際いってみないと分からないね。

それより、夕食まで時間もあるし先に温泉でも入るかい?」

 

 結局のところ、その時になってみないと分からないって事だ。

 それに今となっては俺自身、死に逃げして楽になろうという考えもない。

 あんな泣きじゃくるレイラの姿とか慟哭とかを見せ付けられちゃ流石にな……。

 つーわけで、考察は終わり! それより温泉だ温泉。

 別に死ななくても天国を拝む事は出来るのさ。うへへへ。

 

 

 お婆さんしかいませんでした、はい。

 若い子は皆、近くのお洒落なホテルとかに持ってかれてるんやな。天国なんてなかった。

 一緒に入った夜元は一応若いっちゃ若いんだが、中身が千歳超えの亀って知ってるからなあ……。

 どうしても前世の姿が脳裏にチラ付くから見ても全く興奮出来ん。

 結局普通に温泉に入って普通に出て終わった。

 ちなみに温泉は普通に……というかかなり気持ちよかった。

 今度フィオーリでも温泉探して掘ってみようかな。

 で、アルフレアやエテルナでも誘って入ってみよう。

 

「思った通り浴衣も似合うね。というより何を着ても似合うんだろうね」

「プロフェータも似合っていますよ」

「お世辞をありがとう。さて、そろそろ夕飯の時間だし部屋に戻ろうか」

 

 風呂から上がった俺は夜元と一緒に浴衣に着替えていた。

 和風の旅館でワンピースは流石に目立つので、ここにいる間はこの恰好でいこうと思う。

 部屋に戻るまでの道で何人かとすれ違い、やはりここでも視線の集中砲火を浴びた。うん、慣れた。

 その後は夕食だ。

 並べられているのは刺身に天ぷら、豚肉の陶板焼き、茶碗蒸し。

 何と言うか、旅館の定番って感じのメニューだ。

 

「どうだい、驚いたろ? こっちじゃ生の魚が出るんだよ。とりあえず食べてみなよ、安全は保証するからさ。そっちのワサビは好みで載せるといいよ」

 

 夜元が得意気に言い、俺の出方を窺うように視線を投げて来る。

 これは、異世界人的なリアクションでも求められているのだろうか?

 こう、飯テロ系の小説とかで異世界人が日本の飯を食べて「生の魚がこんなに美味いなんて!」みたいなの。

 気持ちは分かる。俺もそういうの好きだし、そういうリアクションを求めて向こうでケーキとか作ってレイラやアルフレアに食わせてた節はあるからな。

 ましてや夜元はライトノベル作家兼シナリオライターだ。

 リアルな異世界人の反応は貴重なのだろう。

 夜元自身は……何せ前世が亀だからな。生魚とかむしろ当たり前だっただろう。

 しかしやっぱ、人間に転生した後でも前世の好みが残ってたりするのかね。

 ま、いいか。とにかく久しぶりの日本の刺身だ。

 まずは定番のマグロの赤身だ。ワサビを少し載せて醤油に付けて食う。

 ……ちょっとワサビが多すぎかな。いや、前世より子供舌になってるのかもしれん。

 だが美味い。ちょっとした感動すら覚える。

 

 ところで、実は俺はワサビは醤油に溶かす派だったりする。

 醤油にワサビを溶かすのはマナー違反と聞いたので人前ではやらないが、それでも俺個人の好みとしては溶かす方が好きだ。

 ワサビはそのまま食うと辛さがダイレクトにきすぎて、どうも刺身の味に集中出来ない。

 淡白な味の魚なんて、そのままワサビに負けてワサビと醤油の味しかしませんでしたとか普通にあるし。

 逆に溶かしてしまえば辛さも抑えられて、その分刺身の味とワサビの味が分かる気がするんだよな。

 ま、個人の意見だがね。邪道である事も承知している。

 ちなみに好きな刺身はサーモンだ。脂の乗ったあの甘味が癖になる。

 そこに醤油の酸味をプラスし、少しくどい後味をワサビが締めるのが最高なんだよなあ。

 

「ん……美味しいですね」

「何か普通というか……リアクション薄いね……」

「お刺身はジャッポンで御馳走になった事もありますので」

「ああ、そっか。そういやあの国があったね。なら驚かないわけだ」

 

 フィオーリには日本モドキの国が存在している。

 食文化なんかも割と日本に似ていて、前に魔物狩りに出向いた時には天ぷらや刺身も御馳走になったもんだ。

 そんなわけで、実は向こうでも刺身を食べる事の出来る場所がないわけではない。

 というか……やっぱあの国、過去に転生者いたよな、絶対……。

 それも醤油とか味噌とかを開発するタイプの有能な奴。

 

「ところで気になったんだが、お前さん普通に日本語で話してるね。こっちで覚えたのかい?」

「そんな所です。不動さんとも結構話しましたからね」

 

 嘘は……言ってない。うん、嘘ではない。

 (前世に)日本語をこっちの世界で覚えたのは事実だし、不動新人と色々話したのも事実だ。

 この事はあまり話すとボロが出そうなので、さっさと打ち切って食事に戻る事にしよう。

 次に箸をつけるのは天ぷら。

 天ぷらはつゆ派と塩派がいるが、俺は普通につゆ派だ。

 理由は食べやすさかな。塩も美味いんだが、水分がないので口の中でもっさりしてしまう。

 ただ、それはスーパーとかで買った天ぷらの場合だ。

 仕方のない事なのだが、スーパーなどで買う天ぷらは作ってから時間が経っているので衣もしなしなになっている事がほとんどだ。

 それを誤魔化すという点でも天つゆとの相性はいい。

 逆に揚げたてのサクサクの天ぷらは天つゆにつけてしまうと、せっかくの衣がしなびてしまうので、塩で頂くのが美味い。

 好みは王道のエビ……ではなく、どっちかというとカボチャとかサツマイモとかナスとかの野菜系の天ぷらだ。

 全体的に俺は甘いのが好きなのかもしれん。

 そしてこの旅館の天ぷらは衣がサクサクなのが嬉しい。味は同じでも衣がしなしなかサクサクかで全然美味さが変わる。

 

 次は豚肉の陶板焼き。

 シンプルながら、肉がいい。

 フィオーリの豚肉とは雲泥の差だ。

 向こうの豚も食用ではあるんだが、味を向上させる為に餌を厳選したりとかそんなのは全然ないからな。

 とにかく食える物を食わせて太らせて、そんで冬が来たら食べる。それだけだ。

 食べられる為に育てられてきた豚達の命に感謝しつつ肉を噛み締める。

 残酷ではあるが、それでも美味い。ありがとう、豚。

 

 合間合間にご飯も食べつつ、改めてその味に軽く感動する。

 フィオーリにも米はあるが、やはりその差は歴然としている。

 農家の皆さんが血の滲むような努力で何世代にも渡って改良と競争を重ねてきた米は別格だ。

 前世では米は無心で食ってたような気がするが、転生した今ならそれがどれだけ贅沢だったかが分かる。

 米、超うめえ。

 

 最後に茶碗蒸しの優しい味わいで締めとし、箸を置いた。

 昔は洋食派だったんだが、改めて食べると和食めっちゃうめえ。

 前世の俺は刺身よりステーキ、海老天よりもエビフライ、茶碗蒸しよりもプリンという感じだったのだが今なら間違いがよく分かる。

 優劣なんてなかったんやなって。




ちなみに私はワサビ付けるのとサビ抜きを交互に食う派。
ワサビ邪魔や。これ付けると味よく分からん→何か物足りないなあ。ワサビ付けよ→ワサビ邪魔や。これ付けると味よく分からん→ループ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

偽聖女、日本へ行く(終)

 一夜が明け、まずは朝食をとる。

 メニューはご飯と味噌汁、納豆と温泉卵、サラダと焼き魚。

 それから小皿の上にポツンと袋に入ったままの海苔もあった。

 変に捻りのない素直な朝食って感じだ。

 特別に「う、美味い!」とリアクションするほどではないが、落ち着いた気分で朝をスタートさせる事が出来る。

 そうそう、日本の朝食ってこういうのだよな。

 温泉卵からは微かに温泉の香りがしたような気もするが、温泉宿の卵だからそう思い込んでいるだけで、実際は市販の温泉卵かもしれない。

 その後は軽く朝風呂を浴び、身体を温めた。

 相変わらず若い子はいなかったが、それはもう諦めたのでいい。

 

「こら、翔太! 階段で走らない!」

 

 と思いながら風呂上りに廊下を歩いていたら若い子がいた。

 ただし残念ながら男のガキンチョだ。

 母親と思われる女性の声が上の階から聞こえ、続いて十歳前くらいの少年が階段から駆け下りて来た。

 おーおー元気だな。大人になったら人目を気にしたりして素直にはしゃぐ事が出来なくなるから、子供のうちにやっておくといい。

 プールとかも、子供の頃は勢いよくダイブしたりしてたのに大人になった後は周囲の目を気にして静かに入ったりとかしてたな……。

 大人になると、周りに別に見られてないのに周囲の目が気になって変な事出来なくなるとか、結構あるんだよな。

 例えば飲食店のお子様ランチ。ガキの頃は『こんなの子供の食べ物だ』とか思ってたもんだけど、大人になって見ると実は案外魅力的なメニューだったと気付く。

 量は多すぎず、色々な料理があって、デザートも付いてて、そんで安い。

 でも頼めないんだよな、これが。注文すると『こいつ大人のくせにお子様ランチ注文しててテラワロス』とか店員に思われてるんじゃないか……とか思っちまう。

 飲食店でメニューに載ったお子様ランチを見る度に、名前をお子様ランチじゃなくて小盛セットとかにして、皿とかも普通の皿にして、大人でも恥ずかしがらずに頼めるようにしてくれんかな、とかいつも思ってたわ。

 なんて考えながら見上げていると、少年は足をもつれさせて階段からダイブした。

 いや待て、誰も階段からダイブしろとは言ってない。

 放っておくと最悪死にかねないので、軽く踏み出して落ちてきた少年をキャッチしてやる。

 毎回魔法チートで敵を蹴散らしているので俺はどうも後衛型なイメージがありそうだが、普通に剣とかで戦ってもレイラに勝てるくらいの身体能力はあるからね俺。

 もう、フィジカルつよつよですよ。子供一人受け止めるくらいわけないわ。

 ……まあ、魔力強化もしてるから素の状態で腕相撲とかをすれば流石にレイラには負けるけど。

 元男として少し情けない。

 それはともかく、無事キャッチした少年を床に降ろしてやる。

 

「大丈夫ですか? 元気なのはいい事ですが、気を付けないと駄目ですよ」

「あ……は、はい……」

 

 少年は俺をぼーっと見上げてコクコクと頷く。

 耳まで真っ赤にして、風邪かな? ……いや、冗談だ。流石に元男として普通に分かる。

 見た所十歳前くらいだが、割とマセガキのようだ。

 色を知る年齢(トシ)かッッ!!

 そんなマセガキ君をその場に残して部屋への道を歩いていると、夜元が小声で憐れむような声を出した。

 

「可哀想に……よりによって浴衣姿のエルリーゼの胸にダイブ……しかも風呂上りという考え得る限り最大の破壊力……あの子、性癖壊れなきゃいいが……」

「考えすぎですよ」

 

 いや、俺のせいじゃないし。知らんし。

 というかむしろ助けたわけなので、責められる謂れはない。

 

「ほんの数秒の出会いです。すぐに忘れるでしょう」

「インパクトのありすぎる数秒なんだよなあ……」

 

 まあ大丈夫だろ……多分……。

 俺は悪くない。だから俺は悪くない。

 

 

「…………」

「…………」

 

 旅館のチェックアウトを済ませてから十数分。

 夜元が走らせる車の中は、無言という重い空気に支配されていた。

 窓の外を流れる景色を眺めながら、どう会話を切り出すか悩んでいると夜元が静かに声を発する。

 

「エルリーゼ。例の空間の亀裂だが……すぐに塞いだ方がいい」

 

 夜元の口から出たのは、予想していた言葉だ。

 あの空間の亀裂はもう塞いでしまった方がいい。その結論には俺も同じように達している。

 俺がフィオーリに転生したのも、夜元が地球に転生したのも、あの亀裂があったからだ。

 遡れば遥か昔に地球から悪意が流れ込み、それがフィオーリにバグを起こした。

 千年の悲劇の連鎖の切っ掛けとなってしまった。

 ジャッポンなどの明らかに日本の影響を受けている国を見るに、恐らく俺よりも前から地球からの転生者は現れていたのだろう。

 それが歴史に大きな影響を与えてこなかったのはただの偶然で……あるいは影響を与えていたのかもしれないが、皮肉にも魔女や魔物が荒らし続ける世界ではその影響が残らなかったんだと考えられる。

 だがようやく平和になった世界で転生者なんてものが出現すれば、今後どうなるか分からない。

 それを防ぐ為にも、あの亀裂は塞いでしまうべきだ。

 つまり……俺はもうここに来る事は出来ないし、二度と夜元とも会えなくなる。

 二度目の、そして本当のお別れだ。俺と彼女が今後会う事は生涯……いや、死んでからもないだろう。

 亀裂を塞ぐとはそういう事だ。夜元は死んでも、その魂はもうフィオーリには帰って来られない。

 

「分かっています。しかしそれは……」

「いいんだ」

 

 夜元は車を道路脇に停め、俺の方を見る。

 その表情は穏やかで、同時に決意を固めたものだ。

 やはり彼女は決めている。

 こっちの世界に残る事を。プロフェータとしてフィオーリに帰るのではなく、夜元玉亀として地球で生きていく事を既に決意しているのだ。

 昨日彼女が言いかけた言葉……『多分これが最初で最後の』……。

 その後に続く言葉は言われなくても分かっていた。

 そう、これが最初で最後の一緒にいられる時間だ。

 だからせめて、最後に一日だけでも互いの現状や世界の事を話し合う時間を彼女も俺も望んだのだ。

 

「私のそっちでの役目はもう終わっている。

それに私は満足しているんだ。悲劇が終わる瞬間を見て、次の生を得て……お前さんと再会まで出来た。

もう十分だ。この先そっちに帰れなくても、私はこの上ない幸せ者だよ」

「プロフェータ……」

「プロフェータは死んだ。今ここにいるのはただの人間、夜元玉亀だよ」

 

 そう言い切る彼女の笑みは、本当に迷いのないもので、俺はそれ以上何も言えなかった。

 更に夜元はスマホで何かを検索し、俺に見せる。

 画面の中では、ここ数日の俺の目撃情報が上げられていて、明らかに俺を探そうとしているのが分かる。

 

「それに見な。お前さんはやっぱり目立ちすぎる。

人命救助に火災からの子供の救出……『人の口に戸は立てられぬ』って言葉がこっちにはある。

今はまだそこまででもないが、お前さんを探そうとする馬鹿共の動きも活発化してきた。

あのアパートの中に誰かが入るのも時間の問題だし、そうなりゃ空間の亀裂も発見されて大騒ぎだ。

だから、そうなる前に塞いじまった方がいい」

 

 夜元はそう話しながら車のドアを開けた。

 そこはもう、俺が以前住んでいたアパートの目の前だ。

 空間の亀裂の場所を彼女にも教えたところ、ここまで運んでくれたのだ。

 それから俺達はもう誰も住んでいない部屋に入り、亀裂の前に立った。

 

「プロフェータ……いえ、夜元さん。これでお別れですね」

「そうだね……」

 

 ここを潜れば終わりだ。

 俺はフィオーリに帰り、そして今後二度と転生者が出ないようにアルフレアに亀裂を塞がせる。

 もう二度と行き来出来なくなり、夜元と会う事もなくなる。

 移動する時だけ封印を解除するという事が出来ないわけではない。

 だがそんな事をすればきっと、こっちで生きていくと決めた夜元の決意を鈍らせて苦しめる事になる。

 ……彼女は一度も、フィオーリに戻って最後にアルフレアと会いたいとは言わなかった。

 最後に会いたい気持ちがないわけではないだろう。

 俺がいればそれは可能な事で、デメリットもないときっと分かっているはずだ。

 それでも言い出さないのはアルフレアに会いたくないからではない。

 会えば、決心が鈍る。今の家族や友人を捨ててフィオーリに戻りたくなるかもしれない。

 だから夜元はそれを口に出さないのだ。

 そこに俺が何度も訪れてせっかくの決心に罅を入れるのは余りに酷だ。

 だから、俺はもうこっちには来ない。

 これで終わりだ。

 

「心配はいらないよ、エルリーゼ。私はこっちの世界で前よりもずっと生きている。

死んでないだけで千年間、何も出来ずに傍観していた時とは違う。私は今、生きているんだ。

だからお前さん達も、私の事は気にするな。

そっちで精一杯生きろ」

 

 夜元は明るく笑い、手を差し出して来た。

 俺はそれを掴み、頷く。

 

「もう物語はない。ここから先はお前さん達が紡いでいくんだ。

終わらない悲劇(永遠の散花)は終わった。

ハッピーエンドの先がどうなるかは私も分からない。

だが……お前さん達の幸せを祈っている」

「ええ。貴方もどうか、そっちで幸せになって下さい」

 

 最後に軽く抱擁を交わし、そして俺は振り返らずに空間の亀裂へ向かった。

 バリアを張り、光の中へ飛び込む。

 それと同時に心の中で別れを告げる。

 夜元玉亀に。日本に。地球に。

 そしてこの世界への未練に。

 ――さようなら、ありがとう……と。

 

 …………。

 あんま俺のキャラじゃないな、これ。

 やめやめ、もっと軽く行こう。

 

 ――終わったな! 風呂入って来る!

 

 

 エルリーゼが消えた亀裂をしばらく見守っていた夜元は、やがて未練を振り切るように背を向けてアパートを出て行った。

 あっちの世界はきっと大丈夫だ。

 この先何があっても、エルリーゼがいるならばきっと乗り越えていける。

 そう信じる事が出来る。

 だから、考えるのはこれで終わりだ。自分は自分でこっちの世界で幸せを手にしようと夜元は強く思う。

 その為にもまずはポケットからスマートフォンを取り出し、この世界で出来た大切な人へ通話を繋げた。

 

「もしもし……ああ、母さん? 昨日のメールは見た?

……ああ、そうそう。友達との宿泊ね。

うん、それが終わったから今から帰るけど、ついでに何か買っておくべきものあるかい?

……ああ、分かった。それじゃ、すぐに帰るよ」

 

 通話を切り、自然と微笑む。

 千年も生きてきた自分が、ほんの数十年しか生きていない相手を母と呼ぶのもおかしな話だ。

 だがここにいるのはプロフェータではなく夜元玉亀なのだから、今は家族がいるという幸せを噛み締めてもいいだろう。

 そうだ、折角だし今度旅行にでも連れて行ってみようか。

 幸いにして貯金ならば腐る程ある。

 

 不安も未練もないわけではない。

 だがそれでも、未来に向かって歩いていく事が出来る。

 歩くその先に希望を抱く事が出来る。

 千年間も先の見えない道を亀の歩みで進んでいた時とは違う。

 今、自分は確かにこの世界で生きている。

 

「……しかし、あの子……やっぱ転生者だったのかねえ。まあ、本人も語る気がないなら、無理に聞く事でもないか」

 

 優しく髪を撫でる風の感触を楽しみながら夜元は歩み、やがてその姿は人の波に飲まれて見えなくなった。




【その後】
・エルリーゼ
アルフレアに魔力を分けて二度と解除出来ないくらいに亀裂をガッチガチに塞がせ、地球から持ち込んだ植物や果物、サツマイモの栽培を開始。その後普及にも成功。
フィオーリの食卓事情を少しだけ改善した。
相変わらずログハウスでダラダラ暮らしているらしい。

・レイラ
相変わらずエルリーゼと一緒に暮らしている。
そろそろ誰かと結婚しろと実家から文句を言われているが聞く耳持たず。
大丈夫かこのスットコ……。

・アルフレア
聖女として日々適当に暮らしている。
歴代で最も聖女らしくない聖女の名を欲しいままにしている。
エルリーゼに甘やかされ過ぎて少し太り、その後騎士達に走り込みをやらされて無事に痩せた。

・近衛騎士達
聖女らしくないアルフレアに毎日頭を抱えているが、不思議とエルリーゼの時よりもやり甲斐を感じているようだ。

・アイズ国王
過去の罪滅ぼしも兼ねて、今は民の事を第一に考える名君となっている。
そろそろ王の座から降りたいが、息子がボンクラしかいないのでそれも出来ず、養子を取る事を本気で考え始めた。
そのうち過労死しそう。

・夜元玉亀
この後家族と一緒に旅行に行って親孝行をした。
アルフレアの物語をモデルにした新作を書く事を考えている。

・人工呼吸してたガチムチニキ
ボディビルの大会で上位に入賞した。

・無断撮影ニキ
懲りずにどこかで無断撮影をしていたらうっかり反射で自分の顔が映ってしまい特定された。

・旅館のマセガキ。
無事性癖が壊れた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

これからの聖女像(前編)

「理想の聖女? 残念、偽聖女でした!」の第二巻は2022年2月10日に発売となります。

田村丸様から支援絵を頂きました!
木尾様という方に描いて頂いたそうです。
https://img.syosetu.org/img/user/381914/91149.jpg
日本編と金メッキコーティング、現実世界でギャルゲーの自分を見た時のイラストですね。
凄いクオリティだ……ずっと見ていられる……。



 ――聖女の城。

 それは、今から数百年前に建造された聖女を育て、守るための建造物であり、そしていざという時には聖女を閉じ込める為の牢獄である。

 歴史の中で何度も改築や修繕を行い、時には戦乱の中で壊れてしまって一から新しく造り直す事もあったので正確な建造時期は、預言者プロフェータ亡き今となっては誰も知らない。

 ただ、魔女が出現すると同時に聖女という存在が新しく生まれると知られてから造られたもので、少なくとも初代聖女アルフレアの時代には存在しなかった建物だ。

 この城にはつい最近までは史上最高の聖女の名を欲しいままにしていたエルリーゼが住んでいたのだが、彼女が自ら聖女の座から退いた事で今は別の聖女が暮らしていた。

 その人物の名は初代聖女アルフレア。

 始まりの聖女である彼女は本来ならば現代にいるはずがない人物なのだが、色々ないきさつがあり、現在、この世界には四人の聖女がいる。

 本来、聖女は一つの時代に一人しかいないはずなのだが、この時代だけはイレギュラーが立て続けに起こり、こんな異常事態になってしまっているのだ。

 

 まず、一人目は現代の聖女であるエルリーゼ。

 史上最高の聖女と呼ばれ、いくつもの奇跡を起こし、千年に渡る魔女と聖女の悲劇の連鎖まで終わらせた聖女の中の聖女だ。

 分け隔てなく民を救い、恵みをもたらし、最も人々に愛された聖女……。

 だが、実は彼女は聖女ではない。ただ、偶然聖女と同じ村に生まれたが故に取り違えられてしまっただけの少女である。

 この取り違えは真相を知る極一部の者達からは『歴史上最も偉大な過ち』と呼ばれているが、ここまで偉業を成し遂げた者を今更『聖女ではありませんでした』と認めるわけにはいかない。

 なので彼女は聖女の上の別枠の存在として『大聖女』の称号が贈られ、実は聖女ではなかったという真実は秘匿されている。

 

 二人目は現代の真の聖女であるエテルナ。

 最近まで、ただの小さな村出身の騎士候補生と思われていた少女だ。

 聖女の名に恥じぬ美貌と力を有していたが、それでも誰も彼女を真の聖女と思わなかったのは……まあ、比較対象が悪すぎたからだろう。

 エテルナは決して歴代聖女と比較して劣っているわけではない。

 ただ、エルリーゼと並べれば歴代聖女が纏めて霞んでしまうだけだ。

 そのエルリーゼが聖女の座を退いた後の後任としてエテルナを推す声もあったが、彼女自身の強い拒否によって結局エテルナは聖女の座に就く事はなく、彼女が真の聖女である事も一部の人間しか知らない。

 拒否した理由は、エルリーゼの後に真の聖女などと名乗っても滑稽なだけ、だとか。

 正論である。

 

 三人目は先代聖女にして元魔女でもあるアレクシア。

 魔女を魔女たらしめていた怨念から解放された今となっては、彼女は魔女ではなく聖女である。

 だが、だからといってその事を一般に広める事は出来ない。

 彼女に関しては生存している事すら秘密にしなければ不味いのだ。

 アレクシアはエルリーゼという特大の奇跡とぶつかってしまったせいで、歴史上最も活動出来なかった魔女である。

 だがそれでも、エルリーゼが生まれてから実際に聖女としての活動を起こすまでの十年間、確かにアレクシアは魔女だった。

 魔物を増やし、村や町を襲わせ、時には自ら戦場に出向き、直接、間接問わず多くの人々を殺め、傷付けてきた存在だ。

 当然、彼女に恨みを持つ者は多い。生存している事が知られればすぐにでも『アレクシア処刑すべし』との声が上がるだろうし、襲撃を受けるかもしれない。

 故に彼女を聖女として扱う事は出来ない。

 魔女アレクシアは聖女エルリーゼに討たれて死んだ事にしなければならないのだ。

 

 そして四人目……初代魔女イヴの実の娘にして初代聖女、アルフレア。

 イヴによって一時的に仮死状態にされ、千年間封印された事で魔女になる事なく聖女のまま後世に役目を引き継いでしまった人物だ。

 彼女に関しては別に秘匿する理由が何もないので大々的に初代聖女として広められているが、エルリーゼの印象が強すぎるせいであまり人々に周知されていない。

 エルリーゼが退いた後の聖女の座に就いたのが、このアルフレアであった。

 千年の悲劇を終わらせた聖女の後任が始まりの聖女というのもおかしな話だが、実際、彼女が一番の適任なのだ。

 アレクシアは存在そのものが隠され、エテルナも今更真の聖女などと名乗り出る事は出来ない。

 その点、アルフレアは千年前からやってきた聖女だ。アレクシアのように恨まれているわけではないし、エテルナのように名乗り出る事で事態がややこしくなる事もない。

 また、エルリーゼほどではないが名を知られており、学園の名前にもなっている。

 そうした事情もあり、今、聖女の城にはアルフレアが住んでいた。

 

 ……そして、騎士達の悩みの種となっていた。

 

 

「アルフレア様。本日の予定ですが、教会で信徒達に祝福を……」

「え、やだ。面倒くさい」

 

 ベッドでゴロゴロするアルフレアに、今の筆頭騎士が今日の予定を告げ、あっさりと拒否されてしまった。

 この哀れな筆頭騎士は名をレックスといい、前任の筆頭騎士であるレイラ・スコットの後釜になる形で筆頭騎士に就任した男だ。

 レイラはエルリーゼが聖女の座を退くと同時に自らも筆頭騎士の名を返上してエルリーゼについていってしまったので、繰り上がりでレックスが筆頭騎士になったのだ。

 当然引き留める声はあったのだが、レイラはこの時、『私は聖女の騎士ではなく、エルリーゼ様の騎士だ』と堂々と言ってのけたらしい。

 レックスはレイラがとても羨ましかったが、同じようにエルリーゼについて行く事は出来なかった。

 何せ彼は、そのエルリーゼ直々に初代アルフレアの側近になるよう命じられたのだ。

 ならば、それを放っていく事はエルリーゼへの不義理になってしまう。

 そして、エルリーゼが退いた後の後任としてアルフレアが聖女になってしまったので、そのままレックスが筆頭騎士になってしまったわけだ。

 

「……め、面倒くさいとかではなくてですね……」

「嫌よ。第一祝福って何? 私そんなん出来ないんですけど? 聖女の力って基本的に魔女とか魔物をボコボコにする為のものだから、相手をやっつける事に秀でてはいても、味方を守ったりとか癒したりとかは普通の魔法使える人と大差ないわよ?

まあ、聖女は普通の人よりは遥かに魔法力があるから、普通よりは回復やサポートも出来るかもだけど……それは単純に魔力量が多いってだけで、出来る事自体は本当に貴方達と大差ないわ。

何なら千年のノウハウがある分、貴方達の方が私よりそういうの得意まであるわよ?」

「そ、それは……」

 

 聖女は決して万能ではないし、超越者でもない。

 対魔女に能力を多く割いているだけの普通の人間なのだ。

 聖女が持つ力は魔女が持つ闇属性魔法を突破出来る力なのだが、実際は光すら通さない空間を作る事で無敵となる空間操作の能力こそが闇属性の正体である。

 そして空間操作による防御を突破出来るのもまた、同じ空間操作の力であり……つまりは、聖女の力とは魔女と同じ闇属性魔法の事である。

 違いがあるとすれば呼び方だけだ。闇属性魔法は魔女が使う物とされ、イメージが悪い。

 それに同じ呼び名にしてしまっては聖女が次の魔女になるという事も知られてしまう可能性がある。

 だから聖女の力に関しては『聖女の力』という曖昧な呼び方でずっと誤魔化されてきた。

 つまり聖女には空間に作用する力はあっても……人々に祝福を授ける力など備わっていない。

 植物を成長させて食べられる果物を皆に与える? 飲めない水を浄化して飲めるようにする? 光を振りまいて人々を健康にする?

 ……何それ、知らん……怖……。それがアルフレアの素直な感想であった。

 

「べ、別に本当に何か魔法を使う必要はないのです。ただ、信徒達の前で祝福を授けると言えば……」

「でもエルリーゼは本当に何かやってたんでしょ? それなのに私が形だけじゃ、ガッカリさせるんじゃない?」

「それは……そうかもしれませんが……」

「あ、ちなみにエルリーゼの祝福ってどんなのやってたの?」

「その時によって変わっていましたが……怪我を完治させたり病気を治したり、活力が湧いたり、衰えた身体機能が回復したり……後は肌や髪の艶が目に見えてよくなったり……」

「ごめん、正直意味わかんない」

 

 自分で質問した事だが、返って来た答えにアルフレアは思わず真顔になってしまった。

 何度聞いても常識を外れている。

 聖女にそんな力などないと断言出来るくらいには出鱈目だ。

 アルフレアはベッドにボサッと倒れ込み、それからだらしなく転がる。

 

「貴方達、大分聖女を誤解してるけどさー……聖女って要するに世界に無茶振りされて、対魔女用の武器だけ持たされた狩人みたいなものなのよ。祝福どころか、むしろ世界に呪いを押し付けられてるみたいな私達が祝福を与えるって、正直違和感しかないわ。

そういうわけでパスね。それよりお菓子持ってきてよ」

 

 アルフレアはベッドに寝そべっただらしない姿勢のままレックスに雑用を要求する。

 ゴロゴロしているものだから白い聖女のドレスは皺だらけになっており、スカートも捲れて太ももまで見えている。

 レックスは視線を逸らして、わざとらしく咳払いをした。

 

「んんっ……! 何もエルリーゼ様と同じ事をして下さいとは言っておりません。

ただ、せめてもう少し聖女らしい振舞いをですね……」

「その聖女らしい振舞いってのも正直分かんないのよね。

私の時代は聖女なんて呼び名自体なくて、私はお母様を一度やっつけるまでずっと二人目の魔女って呼ばれてたわよ?

で、お母様を倒して……まあ、死んだフリでまんまと騙されたんだけど……世界が一時的に平和になって、そこでようやく王様が掌を返して『聖女』って称号を与えてくれたのよね」

「そ、そうだったのですか……」

「うん。つまり聖女っていうのは本を正せば私に与えられた称号なのよ。なら、つまり聖女らしいっていうのは私らしくって事じゃない?」

「う、うーむ……そ、そうなのですか……?」

 

 アルフレアの言葉にレックスは唸り声を上げながら考え込む。

 確かにある意味正論ではある。

 本を正せば聖女という名前自体がアルフレアに与えられたものだ。

 ならば聖女らしくとはアルフレアらしく、という事になる……のかもしれない。

 とはいえ実の所、こんな事を言っているアルフレアであるが、今の時代で人々がイメージする聖女像というものが分かっていないわけではない。

 実際、封印から解放された直後は体裁を取り繕おうとし、聖女らしい口調で話そうともしていたのだ。

 ……もっとも、性格的に全く演技が出来なかった事もあって、今は完全に諦めているようだが。

 

「とにかく、予定は予定ですので。外に馬車を用意してあります。さあ、早く準備をして下さい」

「仕方ないわねえ。あーあ、毎日楽して暮らせると思ってたのに、この時代の聖女って色々やる事多いのねえ」

 

 聖女という呼び名すら無かったアルフレアの時代と違い、今の聖女は赤子の頃から高いレベルの教育を施され、役割も多い。

 主な役目は大別してしまえば『魔女を倒す事』、『民衆の不安を取り除く事』、『王や貴族との会談』の三つだ。

 まず一つ目は語る必要もなく、二つ目は主に人々への祝福や豊作祈願などがある。

 勿論聖女にそんな力などないが、たとえ効果のないまやかしだとしても、絶望の日々の中で人々は安心を求めていて、聖女という存在が必要とされてきた。

 本当に祝福に効果があったり、豊作を齎したエルリーゼは特大のイレギュラーだったと言える。

 三つ目は名目上は国のこれから執るべき方針や魔物への対策などの話し合いという事になっているが、実際は各国の惨状や民の犠牲などを聖女に聞かせて『お前が魔女を倒さないと状況は改善しない』と強く教える為の刷り込みの場でしかない。

 

 しかし一つ目の役割はエルリーゼによって完遂され、全ての元凶は消え去った。

 この時点で聖女自体が必要なくなってしまったのだが、各国の王や総大司教が話し合い、ひとまず聖女という役職は残す事に決まった。

 役目を果たしたからはいお終い、もう聖女はいりません……ではあまりに身勝手だし、民からの反発が予想される。

 それに聖女は聖女教会の象徴なので、いなくなると教会が困る。

 また、魔女がいなくなった今、次の聖女が生まれるかどうかも分からない。

 今までは前の聖女が死去するか魔女になった際に新しい聖女が誕生していたが……何せ今は聖女が三人になってしまっている。

 今後聖女が生まれる時も三人生まれてしまうのか。それともあくまで現代の聖女であるエテルナの死にのみ対応するのか。

 ……あるいはもう、聖女は必要ないとして生まれないのか。

 今後聖女という役職を残すにせよ残さないにせよ、今はまだ様子見するべきだ。そう全員が判断した。

 三人の聖女、エテルナ、アルフレア、アレクシアがいつの日か眠りに就く日までの、長い長い様子見だ。

 そして役割を失った聖女はひとまず、今までと同じように教会での祝福や生まれてくる子供への洗礼、豊作祈願などを続ける事となった。

 

 そして…………。

 

 

「大変だ! アルフレア様がいない!」

「またか! またなのか! 少し目を離すとどっか行かれてしまう! 自由すぎるだろ! 子供か、あの方は!」

「そういえばさっき、馬車の中から酒場を指をくわえて眺めてたような……」

「そっちだ! 行くぞ!」

 

 ――城下町に到着するや、早速アルフレアは迷子になった。




※ちなみにレックス達が目を離したのはほんの数秒。これからの予定を教会の人と話し合ったり、馬車を繋ぎ場に停めに行ったりしてたら、アルフレアがいなくなった。
エルリーゼの時はそんな事はなかったので、まだアルフレアの自由さに順応出来ていない。
アルフレアは好奇心旺盛でアグレッシブなので誰かが常時見張っていないと、勝手に走り出します。

というわけで、皆様お久しぶりです。
前書きでも書いた通り、2022年2月10日に二巻発売です。
これも皆様のおかげです。ありがとうございます。
とりあえず、詳しい事はカクヨムの活動報告にちょくちょく上げていきますので、興味があったら覗いてみて下さい。
後編の更新は2月10日の発売日なので、その時にまたお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

これからの聖女像(後編)

 アルフレアは迷子になっていた。

 馬車で移動中に見えた酒場に吸い寄せられるようにフラフラと出歩いたはよかったが、酒場に辿り着く事すら出来ず道に迷ってしまったのだ。

 しかも道を確認していなかったので自分がどこから来たのかも分からず、帰れない。

 ビルベリ王国の王都はそれなりに広い。

 それは、小さな村や町に兵力を分散させずに一点に集中する為に王都に人口を集中させていたからだ。

 その広い都でアルフレアはお上りさんのようにあちこちを見回していた。

 

「おぉー……」

 

 感心したような声をあげ、建物一つ一つを見る。

 アルフレアの時代に比べ、今の時代は前進よりはむしろ後退している。

 千年に渡り魔女や魔物の脅威に晒され続けたせいで人類の数は減り、生存圏も縮小し、千年かけて人類は衰退し続けてきたのだ。

 エルリーゼによって千年の悲劇が終わり、魔物を見る事はなくなり、土地は戻り自然も蘇った……だが、いかにエルリーゼでも人類の傷を完全に癒す事は出来ない。

 長い戦いで減ってしまった人類の数までは戻せず、この傷を癒すには長い年月をかけて人々が子を産み、育て、そしてまた次代を育んでいくしかない。

 しかしそんな時代でも、建物の頑丈さという点においてはアルフレアの時代を遥かに上回っていた。

 いつ魔物に襲われるか分からない世界では、建物や城壁の頑丈さは何よりも求められる。

 その為、アルフレアにとって王都の建物はどれも、とても立派なものに見えたのだ。

 

「あれ? 何だか甘い匂い……なんだろ?」

 

 遠くから食欲を誘う甘い香りが漂い、アルフレアは迷うことなく匂いに誘われて走っていく。

 その僅か二十秒後にアルフレアを探しに騎士が通りがかったが、残念ながらもうアルフレアはいなかった。

 後ほんの二十秒我慢すれば保護してもらえたのに、堪え性のない聖女である。

 アルフレアが向かった先では、数人の男女が何か見たことのない食べ物を食べていた。

 それは楕円形をしており、紫色の皮の内側には黄色の中身が詰まっている。

 近くには魔法で熱したらしい石が敷き詰められた箱があり、箱の上にはまだいくつか同じ物が転がっていた。

 彼等はしばらく美味そうにそれを食べていたが、やがてアルフレアの熱い視線に気づいて食べるのを止めた。

 

「…………」

「…………」

 

 彼らのうちの一人が手に持ったそれを動かすと、アルフレアの視線も釣られて動く。

 何故かこの時、彼はアルフレアにありもしない犬の尻尾を幻視した。

 

「……あー……食うか?」

「食べる!」

 

 幻影の尻尾がブンブンとはち切れんばかりに揺れた……気がした。

 勿論幻覚である。アルフレアに尻尾などない。

 人懐こく駆け寄ってきたアルフレアに、丁度いい具合に焼けたものを一つ渡すと、アルフレアは勢いよく食らい付いた。

 

「あっつぅ!」

「馬鹿! 一気にかぶり付く奴があるか!」

「……でも甘い! 美味しい! これ何?」

 

 焼きたてを一気に頬張った事で最初こそ熱さに驚いたアルフレアだが、熱さに慣れた後はこの食べ物の甘さに驚いた。

 果物の甘さとも違う、少しだけエルリーゼが作ってくれるお菓子を思い出す甘味だ。

 アルフレアの質問に、男は何故か誇らしげに答える。

 

「こいつはサツマイモっていうんだぜ、嬢ちゃん。エルリーゼ様が最近栽培して、広めた新しい芋なんだ。これまで俺達庶民にとって甘い食べ物ってのはあんまり縁がなかったが、こいつを増やせば俺達でも甘味にありつける。ありがたい話だ」

「縁がないって……果物とかは?」

「……着てる服の上質さからもしかして、とは思ったが……嬢ちゃん、もしかしていい所のお嬢様だろ? 果物なんて高級品、俺等みたいな庶民はそうそう手に入らねーよ」

「そうなの?」

「ああ。ていうか今でこそただの高級品で、頑張れば手に入らない事はないが、ほんの少し前までは一部のお偉いさんしか食べられない物だったんだぜ」

 

 アルフレアの物知らずさに呆れながらも、勝手に世間知らずのお嬢様だと解釈したらしい。

 ちなみにアルフレアの現在の服装は聖女用の白いドレスなのだが、それを見ても聖女と繋げて考えない辺り、引退した今でも彼らの中では聖女=エルリーゼの印象が強いのだろう。

 ……あるいはアルフレアに威厳がなさすぎるだけか。

 

「育ててもすぐ魔物に荒らされるし、魔物のせいで食料不足になった普通の動物も食い荒らしていく。土地も痩せてるからそもそも育てる事自体が難しい。そんな中、王都の城壁の中で育てられた僅かな量だけがお偉いさんに届けられてたんだ。

今では魔物も見なくなったし、土地もエルリーゼ様が改善して下さったから、果物もどんどん増えて、貴重じゃなくなるだろう……といっても、今すぐじゃなく、十年や二十年くらい先の話だがな」

「へえー」

 

 アルフレアの時代はまだ、魔女が現れたばかりだったので人類の生存圏も広く、魔物の数もそれほどではなかった。

 なので果物はそれほど貴重ではなかったのだ。

 千年かけてどんどん状況が悪化し続けた結果、最悪の一歩手前まで追いつめられてしまったのがこの時代である。

 もしエルリーゼが現れなければアレクシアの次か、その次の代の魔女辺りに人類は滅ぼされていただろう。

 ここから人類が真に立ち直るには、まだまだ時間が必要だ。

 

「おーい、待たせたな。さつまいもを揚げてみたぞ。感想を聞かせてくれ」

「おっ、出来たか!」

 

 話していると、鍋を手にした男が近付いてきた。

 鍋の中には適当なサイズに切られ、揚げられたさつまいもが沢山入っている。

 

「こっちは三日ほど干してみた奴だ。先に少し食ったが、干してもいけるぞ」

「そりゃいい。大量に作っておけば冬の頼もしい備蓄になりそうだ。

味は……ほう、いけるな。ガキ共も喜びそうだ」

 

 男達は色々な形に加工したさつまいもを並べ、口々に感想を述べる。

 それを見てアルフレアは、そういえばこれは何の集まりなのだろう、と今更な疑問を抱いた。

 

「そういえば貴方達、ここで何してるの?」

「サツマイモの色々な食べ方を試してるんだよ。何せこれはまだ未知の部分が多い新しい食べ物だからな。だから焼いてみたり茹でてみたり、揚げてみたり、干してみたり……どれだけ応用出来るか調べてるのさ。エルリーゼ様はこのサツマイモを俺達に与えて下さったが、それをこっからどう応用していくかは俺達次第だろ? きっとこいつは、工夫すればもっと美味くなると思うんだ」

 

 この世界で食べ物とは、とにかく食べられる事と長期保存出来る事が何より重要だった。

 味など二の次だ。そんなものを追求している余裕があるなら、不味くてもいいから一日でも長く保存する方を選ぶ。そうしなければ生きられなかった。

 しかし今は余裕も出来て、こうして保存以外にも純粋に味を追求する試みが増え始めていた。

 ここにいる男達もそんな、どうすればもっと美味くなるか、を追求する一団であった。

 

「いいじゃん、いいじゃん。貴方達が頑張れば美味しいものが食卓に増えるって事でしょ?

頑張ってね、おじさん達。私も豊作祈願とか祝福とか気合いを入れてやるから!」

「はっはっは、嬢ちゃん。そりゃ聖女様の仕事だよ。けどまあ、ありがとよ。美味いサツマイモが沢山採れたら、きっと嬢ちゃんの家の食卓にも並ぶさ。期待して待っててくれ」

「おう、そうだ。よければいくつか持って帰ってくれよ。そんで、家の人に感想を聞いてみてくれ」

 

 彼等は結局、アルフレアの事を最後まで聖女ではなくただの人懐こい貴族令嬢か何かと思ったままであった。

 アルフレアに干し芋や揚げた芋をお土産に持たせ、アルフレアもそれを大喜びで受け取る。

 それから教会を目指して出発し、その僅か十五秒後に近衛騎士の一人であるフィンレーがその場に現れた。

 

「そ、そこのお前達! ここらで聖女様を見かけなかったか!?」

「聖女様? いや、見かけませんでしたぜ?」

 

 彼等は決して意図して嘘を吐いているわけではない。

 単純にアルフレアが聖女だと気付いていないだけだ。

 エルリーゼが聖女の座を退いた事、今はアルフレアという初代聖女が聖女を務めている事は情報として知っている。

 だが、引退した今でもエルリーゼの影響力は絶大で、聖女といえばどうしてもエルリーゼのようないかにもな聖女を連想してしまうのだ。

 そしてアルフレアは名乗らなかったので、彼等には今ここを離れて行った女性を聖女だと認識する事が出来なかった。

 

 少しアルフレアが歩くと、今度は広場で革製のボールをぶつけ合って遊んでいる人々を発見した。

 どうやらこの広場は市民が娯楽を楽しむ為の場所らしい。

 しばらくアルフレアは彼らを眺めていたが、どうもボールをぶつけ合っているだけで特に何かルールがあるわけではないらしい。

 ほんの数年前までは誰もが生きるのに必死で娯楽などに現を抜かしている余裕はなかった。

 そのせいでこの世界は娯楽というものがまるで発展しておらず、彼等も遊び方というものをよく分かっていない……つまり、洗練されていなかったのだ。

 するとアルフレアはズカズカと前に踏み出し、横から口出しをした。

 

「ねえ貴方達、ルールくらい決めないの?」

「ルール? そう言われてもなあ……例えばどんなのがいいんだい?」

「例えばチームを分けて、ボールにぶつかった人は退場とかさ。で、人数がゼロになった方が負けね」

「ほう、そいつは面白そうだ。やってみるか」

 

 彼等の遊びは、いわば子供が雪玉をぶつけ合って遊んでいるのと同じで、意味などなかった。

 あまりに娯楽が遠のいていたせいで、遊べるという事実そのものが楽しかったのだ。

 そこにアルフレアが意味を持たせた事で、一気に場は盛り上がった。

 何の景品などなくても、勝ち負けがあるなら勝ちたいのが人間というものだ。

 程よく闘争心を刺激され、勝利の快感と周囲からの称賛はまたやりたいという気持ちを呼び起こす。

 負けた側は悔しさから、今度こそはと奮起する。

 彼等はあっという間にこの新しい遊びに夢中になり、アルフレアも交えて夢中でボールを投げ合った。

 

「よーし、行くわよ! それー!」

 

 ドレスが汚れるのも何のその。

 何度も勝ち負けを繰り返し、転んだりして砂まみれになったドレス姿でアルフレアは元気にボールを投げ、相手にぶつける。

 お返しとばかりに相手チームから投げられたボールをキャッチ……しようとしたが、ボールの勢いが怖いので咄嗟に避け、後ろにいた味方に命中してしまった。

 

「おい姉ちゃん、そりゃないぜ!」

「あちゃー、ごめん!」

 

 アルフレアのせいでアウトになってしまった男がスゴスゴと退場し、その間抜けなやられ姿に周囲から笑い声が起こった。

 といっても、アウトになった男も本気で怒っているわけではなく、どこか楽しそうだ。

 するとそこに、盛り上がりを聞きつけて騎士達と教会の司教が駆け付け、市民と一緒になって遊んでいるアルフレアを発見した。

 

「ア、アルフレア様ー!?」

「やっと見付けたと思ったら何やってんだあの方ァ!?」

「お、おお……神聖な聖女のドレスが……あ、あんなに汚れて……」

 

 アルフレアのあんまりと言えばあんまりな姿に司教が頭を押さえてふらつき、慌てて騎士の一人が受け止めた。

 彼の反応も無理はない。何せアルフレアの姿は今までイメージされてきた聖女像とは明らかに異なっている。

 聖女とはこれまでは俗世とは一線を画した存在で、神聖さの象徴であった。

 それはエルリーゼの時代で最高潮に達し、彼女は生きながらにして信仰対象にまでなっている。

 そう、エルリーゼは人でありながら高次の存在のように見られている。

 しかしアルフレアはどうだ。

 むしろその逆……全力で俗世側にダッシュして、人々と同じレベルにまで落ちてそこで笑っている。

 その姿には神聖さなど、全くない。

 

「お、おい、どうする? 止めるか? これじゃ聖女の威厳が……」

「…………」

 

 騎士フィンレーに問われ、筆頭騎士のレックスは腕を組んで考える。

 だが、困ったように溜息を吐くと首を横に振った。

 

「いや、もう少し待とう」

「しかし……あれでは人々の聖女への印象が……」

「いや、きっとそれでいいんだと思う。きっとエルリーゼ様もそう見越して、アルフレア様に後を任せたのかもしれない」

 

 レックスの言葉にフィンレーは怪訝な顔をした。

 従来の聖女の印象をぶち壊してしまいそうな、あのアルフレアの姿がエルリーゼの予想通りとはどういう事か。

 不思議そうにする彼に、レックスは自分なりの推測を話す。

 

「もう魔女はいない。魔物も……もしかしたらまだどこかに残っているかもしれないが、やがて完全に姿を消すだろう。ならば聖女に求められる役割も変わる」

「……それは……そうだな」

「エルリーゼ様のような奇跡を望まれても、それはきっと、これからの聖女にとっては重荷にしかならない。

聖女だって俺達と同じ人なんだ……決して神様じゃない。

なら……変わるべきだ。

奇跡を望むのではなく、自分達で歩いて行けるように。聖女に何もかもを押し付けるんじゃなくて、これからは聖女と共に皆で歩いて行けるように……。

聖女に何もかもを求めて、高望みしてはいけないんだ。

つまりは……その……言い方は悪いがここで聖女へのイメージと期待値を一気に落としておけば次の聖女がいても楽になるんじゃないかなって……」

「途中までいい話になりそうな空気だったのに、いきなり台無しになったな」

 

 レックスの言葉は要約すると、「エルリーゼ様と同じレベルを求めたら可哀そうだから、ここで一気に評価を落としておけば誰もその次の聖女に重荷を背負わせないだろ」というものであった。

 何とも酷いものだが、事実ではある。

 実際、今代の真の聖女であるはずのエテルナは、まさにエルリーゼとの比較を恐れて聖女の座を辞退したのだ。

 レックスは前を向き、市民に交ざって服のあちこちを汚しながら遊んでいるアルフレアを見て、眩しそうに目を細めた。

 

「……いいじゃないか。これからの時代の聖女は、ああいうのでさ」

「……そうかもな」

 

 ボールをぶつけられ、今のは無しとゴネるアルフレアを見ながらレックスは思う。

 

(エルリーゼ様……貴女がアルフレア様に後を任せたのは、次代を見越していたからなのですね。

いつまでも奇跡に頼っていては人は駄目になる。自分で歩く力を失ってしまう。

だから聖女は奇跡の担い手ではなく、地に降り、同じ歩幅で歩いて行く存在になるべきだと。

このレックス、エルリーゼ様の慧眼に感服致しました……!)

 

 

 

 ――尚、言うまでもなくレックスの勝手な誤解である。

 エルリーゼはそんなに深く考えてアルフレアに後任を任せたわけではない。

 かくして本人のいない所で勝手に評価は上がり、今日もフィオーリの日々は過ぎていく。




本日、偽聖女二巻が発売されました!
もし本屋で見かけたら是非手に取って見て下さい。


【フィオーリでは果物は高級品】
育てたそばから魔物が荒らすので城壁の内側でしか育てられない。
当然数は減るし、しかもその果物は貴族などか独占するので庶民は手が届かない。
ちなみに中世で干した果物は冬に食べられる貴重な保存食だったというので、その辺りも餓死者が出まくった原因かもしれない。
また、穀物や野菜も当然魔物が荒らすので城壁の内側で頑張って育てるしかない。

Q、それ、小さな村とかどうするの……?
A、柵作って見張り立てて頑張って守ってた。まあ8割くらいは守り切れなかったり腹を空かせて我慢出来なくなった奴が食ったりで散々だけど。
後、収穫出来ても麦は領主とかに税として取られてた。

Q、小さな村は果物育てないの?
A、そんな暇あるならとにかく穀物育てる。

Q、小さな村の人、何食って生きてたん?
A、雑穀のおかゆとか、野菜の塩漬けとか、冬をどうせ越せないので先に〇しておいた家畜の豚肉を干し肉とか塩漬けにしたものとか、食用と分かってるキノコとか。それすら食えん奴は死んでた。
今はここにジャガイモ、サツマイモ、魔物の肉などが追加されている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

写真の行方(前編)

 バリアを張って海の中を進みながら、文明の跡地を眺める。

 俺は今日、ちょっとした散歩代わりに斎藤丸太……じゃなくてサイトナルタ帝国の跡地を徘徊していた。

 千年以上も海中に没しているだけあって金属は錆だらけ、建物はどれもボロボロに壊れているがこういうのは見ているだけでも楽しいものだ。

 何でこんな事をしているのかと言えば、魔物がいなくなった事で魔物相手の無双プレイも出来なくなり、代わりの趣味を見付ける必要があったからだ。

 なので最近は遺跡巡りを趣味にしている。

 後は、これだけ発達した文明なんだし探せば何か面白い物が見付かるんじゃないかという期待もあった。

 そんな割と軽い気持ちで遺跡を巡り、目に付いた博物館のような場所に入る。そこには車の模型などがガラスケースに入れられた状態で残っていた。

 ガラスケースといっても全部割れていて、中の模型もボロボロだが原形を留めている物もいくつかあるので持ち帰って錆を落とせば部屋の飾りになるかもしれない。

 それから奥には金属の箱が一つ。開けようと思ったが、しっかり閉じられている上に錆だらけでとても開けられたものじゃない。

 まあ、俺なら魔法で箱を壊す事も出来るし持ち帰って地上で開けてみるか。

 中身はゴミかもしれないが、ゴミだったらその時はその時で外れを引いた事を楽しめばいい。

 そう考えて今日の遺跡探索を切り上げて地上に戻り、箱の端っこを魔法で生み出した光の剣でぶった斬ってやった。

 そして箱を振って中身を吐き出させる。結果、出てきたのは……。

 

「……カメラ?」

 

 それはカメラらしき物体であった。保存状態は驚くほどよく、多分この箱そのものに何らかの魔法が使われていたのだろう。

 地球と繋がっていた空間の穴もサイトナルタ帝国が空けたって話だし、多分空間に作用する魔法でちょっとした封印状態にしていたのかもしれない。

 当時の写真なんかは何もなかったが、こんなに厳重に保管されているって事は多分、相当貴重な品だったのだろう。

 とはいえ、もしかしたらカメラのような見た目の未知の武器とか、身体に害を及ぼす道具の可能性もあるから、一応試してみるか。

 最悪、爆発とかしてもバリアを常時展開してる俺なら被害は受けない。

 で、色々試した結果……うん、普通にカメラだな。

 銃弾が飛び出るわけでも爆発するわけでも、有害成分を出すわけでもない。ただのカメラだ。

 試しに海辺を撮影してみたり、鳥を撮影してみたり、魔法で創ったゴーレムに撮影を任せて自撮りしてみたりとやってみたが、よく考えたら現像のやり方なんか俺は知らない事に気付いた。

 何か色々器具にセットして、部屋を暗くして、液に浸して、みたいなのは動画で見た事あるんだけど肝心の『その工程が何の為に必要なのか』を一切理解せずぼけーっと見ていただけなので全くやり方が分からない。

 しかもフィルム切れでもう撮影出来ない。これは完全にやってしまった。

 どうするんだ、これ……貴重なフィルムをいきなり使い切ってしかも現像出来ませんとか我ながらアホすぎる。

 ちなみにフィルムが何で出来ているかすら俺は知らない。

 ハロゲン化銀とかいうものの名前は聞いた事があるが、それくらいだな。

 手元にスマホでもあればこの場で調べる事も出来るんだが、そんな便利なものはないしな。

 浅学? うっせ。スマホ封じられた状況でいきなり『フィルムが何で出来ているかこの場で答えて下さい』と言われて答えられる奴の方が少ないだろ。

 ならせめて、手を付けずに賢い学者とかに丸投げしておけよって? ……ご尤もだな!

 などと心の中で自問自答をしても状況は何も変わらない。完全に後の祭りである。

 

「…………ま、いいか」

 

 やっちまったもんはしゃーない。

 幸いカメラそのものはほぼ千年前そのままの形で残ってるし、これだけでも貴重な資料になるだろう。

 ――なんて思っていたのだが、救済は意外な所にあった。

 森に帰ると、俺の持っているカメラを見てサル共(守人)がやけに反応していたので貸してやった結果、何と写真を現像してくれた。

 しかもネガには当時の映像も残っていたようで、魔女に破壊される前と思われる文明的な街並みと、そこに暮らす人々の姿があった。

 これには俺もびっくりである。このサル共(守人)、文明なんて捨てましたみたいな顔してるくせに何で写真現像出来るんや。

 ただまあ、よく考えたらこいつ等何故か汽車も動かせるし……真面目に考えたら負けなのかもしれない。

 ともかくこれは千年前の貴重な資料であり、同時に俺が持っていても何の意味もない物だ。

 なので城から兵士が定期連絡に来た時に、アイズのおっさんに届けてくれるように押し付けておいた。

 

 ……その数日後、輸送途中で盗賊の襲撃を受けて一部を盗まれたという報告が入って来た。

 え? マ?

 

 

 俺がビルベリ王国の王城に行くと、既に主要な人物はほぼ集まっていた。

 アイズのおっさんに、聖女教会の総大司教、騎士が数人。国内有数の貴族が数人と何故か変態クソ眼鏡。それからたまたま一時的に修行を切り上げて休暇に来ていたベルネル。

 前よりも更にガッシリしている気がする。

 こいつ見る度に逞しくなるな……。

 

「エルリーゼ様、申し訳ありません……折角エルリーゼ様が提供して下さった貴重な千年前の資料を……」

 

 アイズのおっさんはかなりへこんでいるが……彼の前に置かれたテーブルには、カメラが無傷で残っていた。

 あれ? カメラあるやん。じゃあ取られたのは写真だけか?

 でもカメラの横には写真もしっかり何枚か置かれている。

 

「幸いにしてこの……カメラ、なる物は無事です。しかし輸送していた兵士が言うには、一緒に渡されていた精巧な絵画が何枚か盗まれてしまったようです」

「なるほど。確認させてもらいますね」

 

 俺は一言断りを入れ、写真を手に取った。

 何盗られたんやろ? 千年前の町の写真とか持ってかれてるとちょっと痛い。

 あれは代わりがないからな。

 と思ったが、千年前の写真は全て無事だった。

 あれ? 何や、大事な物全部無事やん。輸送していたという兵士君、ぐう有能。

 

「あ、大丈夫です。貴重な物は全て無事ですよ」

「ほ、本当ですか?」

「はい。カメラ本体に千年前の写真。どちらも残っています」

「それはよかった……しかし、それなら盗賊が盗んだ物は一体……」

「ああ、それでしたら、私が試しに色々な物を写したので、それを持っていかれたのでしょう」

 

 俺がそう言うと、その場の全員があからさまにほっとした。

 運がよかった、としか言えないだろう。

 貴重な資料は全て無事で、盗られたのはただの風景写真だけだ。

 

「それは何よりです。その精巧な絵画自体も十分な価値があると思えば痛手には違いないですが、そこまで騒ぐほどのものでもない、と。ところでその絵画には何が描かれていたのですか?」

「ええと、確か……海と、砂浜と……近くを飛んでいた鳥と……」

 

 俺が記憶を思い返しながら写真の内容を話すと、安心したような空気が流れる。

 本当に盗まれたのがどれも、そこまで大したものではなかったと知って安堵しているようだ。

 他に何か撮ったっけな。確か最後に……そうそう、最後にゴーレムに持たせて確か……。

 

「あ。それと私を写したのもありましたね」

 

 

 ――瞬間、その場の全員の雰囲気が変わった……気がした。




皆様こんばんは。お久しぶりです。
壁首領大公です。

おかげさまで偽聖女第三巻が2022年6月10日に発売決定となりました!
詳しい事は前と同じくカクヨムの活動報告などで行いますので、気が向いたら覗いてみて下さい。
今回も初回特典に加えて以下の店舗で特典SSがあります。

・ゲーマーズ様
・メロンブックス様
・BOOK☆WALKER様

後編の更新は発売日の6/10になります。
それではまた、発売日にお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

写真の行方(後編)

 王都から離れた洞窟の中で、一人の男が三枚のツルツルした手触りの紙を見比べて唸っていた。

 

 悪事を働く人間というのは、どんな国、どんな時代であっても存在する。

 隣の芝生は青く見えて、あれが欲しいこれが欲しいと思い始めてはキリがない。

 食料が欲しい、金が欲しい、豊かな土地が欲しい。

 そうした嫉妬や欲求は貧富の差が大きくなればなるほどに増大し、悪事に手を染めやすくなる。

 聖女エルリーゼによって大幅に改善されたとはいえ、このビルベリ王国もまだまだ貧富の差が激しく、貧しい者は富める者を羨む。

 だから、というわけではないが……金持ちを妬み、金持ちを対象とした盗賊団が出て来るのもまた、予想して然るべき事態であった。

 彼等『青い蝙蝠』を自称する盗賊団も、そんな盗人集団の一つだ。

 彼等は、エルリーゼ登場以前に結成された盗賊団である。

 日々誰かが飢えて死んでいく中で、上流階級ばかりが美味いものを食べて生きているのが気に喰わない。

 汗水流して収穫した僅かな食料を、税と称して何の努力もしていない連中に奪われるのが許せない。

 そんな不満から集まった者達が、上流階級に目にもの見せてやろうと団結したのが始まりだった。

 税として奪われた食料を奪い返し、貧しい人々に返すのだ……とそれなりに立派なお題目を掲げていたのは結成してから僅か半月程度の事。

 盗んだ食料を見て誰かが言った。

 

『俺達が命がけで奪い返した食料を、何の苦労もしてない奴らにどうして返さなきゃいけないんだ?』

 

 更に別の誰かが言った。

 

『これは俺達が苦労して手に入れた物だ。俺達が得て当然の取り分だ』

 

 働く事なく食料を得られる。飢える事なく食べられる。

 その味を知ってしまった。喜びを知ってしまった。

 彼等は貧しい人々に食料を与えるのを止め、自分達だけで独占するようになった。

 そればかりか、貴族のガードが固くなれば迷わずに貧しい人々すら襲うようになった。

 当初の心意気などどこにもなく、ただの欲に飢えた外道へと成り下がってしまった。

 そんな生き方を続けてきたからだろう。エルリーゼの登場で世界が変わっても彼等は変われなかった。

 ジャガイモにサツマイモ、大豆……作物を育てるのに適した豊かな土地に、そこで育まれた穀物や野菜、飲める水……今や、そうしたものを誰もが享受出来る世界になりつつある。

 しかし彼等は変わらなかった。今更農民になど戻れない。

 何故なら楽の味をもう知ってしまったから。働かずに食べる事を覚えてしまったのだから。

 だから彼等はその日も、それなりに身なりのいい人間に狙いをつけて、盗みを働いたのだ。

 

 だがこの日の盗みは、彼等にとっていくつかの誤算があった。

 まず一つ、襲った相手がよりにもよって訓練された兵士だったという事。

 『青い蝙蝠』は長年の盗賊暮らしで荒事に慣れているとはいえ、それでも元はただの農民の集まりに過ぎない。

 だから訓練された兵士や、ましてや騎士と敵対するなど以ての外。絶対に避けなければいけない事である。

 しかしこの日襲った兵士は、ただの身なりのいい商人の恰好をしていた。

 これは、彼等が知るはずもない事なのだが……この兵士は、外界での出来事を大聖女エルリーゼに伝える為に遣わされた定期連絡員の一人だったのだ。

 エルリーゼが住む森は、機密情報として扱われている。

 何故ならエルリーゼが住んでいる場所が判明してしまえば、良くも悪くもそこに人が集まってしまい、彼女の平穏な生活を脅かしてしまうからだ。

 だから兵士も城の遣いと分からない恰好をしてエルリーゼに会いに行く。

 今回はそれが、兵士と盗賊団の両方にとって裏目に出た。

 

 二つ目の誤算は、そこまでして奪った物が、大した物ではなかったという事だ。

 盗賊団の長は、仲間を数人犠牲にしてまで得た戦利品――ツルツルした手触りの三枚の紙を見る。

 その紙には、まるで景色をそのまま切り取ったような精巧すぎる肖像画……肖像画なのだろうか、これは? ともかく、景色が映っている。

 これだけ精巧に風景を描く事など普通は出来ないから、きっと値のある芸術品なのだろう。

 しかし金や宝石といった分かりやすい価値のあるものではなく、売るにしてもどこで売ればいいか分からない。

 

 そして三つ目――彼等は知らないうちに、特大の爆弾を踏み抜いていた、という事だ。

 

「……ん? 地震か?」

 

 写真を眺めていた盗賊の長が、地面が揺れている事に気付いて顔を上げた。

 それなりに大きな地震だ。それも、普通の揺れ方ではない。

 一度大きく揺れて収まり、また大きく揺れる。

 まるで揺れやすい材木の上で誰かが足踏みしている時のような、規則正しい揺れ方だ。

 

「お、親分! そ、そそそ、外! 外に!」

「ああ? なんだあ?」

 

 子分が慌てたように洞窟の奥へ飛び込み、外を見るように長に言う。

 一体何だ、と思うも盗賊の長は素直に部下の言葉を聞き入れて腰を上げた。

 妙な地震はまだ続いており、それどころか少しずつ大きくなっている。

 何かしらの異常事態が起こっているのは間違いない。そう思ったからこそ、彼は外へ出たのだ。

 そして彼は見た。こちらに近付いている――巨大なゴーレムの姿を!

 

「……は?」

 

 思わず出た声がそれであった。

 目の前の現実を脳が理解しても、心が理解を拒んでいる。

 サイズは二十m? いや、三十はあるか?

 岩の巨人がゆっくりと……だがその巨体では一歩が広いので驚くべき速度となってこちらに迫っている。

 地震ではなかった。地震と思っていたのは、あの巨人が歩く事で発生した地響きだったのだ。

 

「なんだありゃ……魔物か?」

「逃げましょう、親分! ここ、まずいっすよ!」

「そ、そうだな……」

 

 あの岩の巨人が何なのかは分からない。

 だがこのまま、ここにいては間違いなく洞窟ごと踏み潰されてしまう。

 しかし逃げようとした彼等を絶望が襲う。

 右側から、壁が迫っていた。

 それもただの壁ではない。武装した兵士による鋼鉄の壁だ。

 鍛え抜かれた兵士が列を為し、殺意の剣を握りしめて大地を踏み鳴らしている。

 

「お、王国の兵士!?」

「違う! あの旗は……ビルベリ王国にルティン王国!? フェノール共和国もある!」

「はああ!?」

 

 洞窟に迫っているのは、ただの兵士団ではなかった。

 複数の国から成る、国家連合軍であった。

 異なる武装、異なる紋章、異なる王、異なる旗……所属の違う兵士達が、一つに纏まり一糸乱れぬ動きで迫る様は、味方には絶大な安心を……そして敵には絶望を与える。

 

「親分……」

「今度はなんだよ!?」

「あ、あっちからも……」

 

 右側から迫るのが兵士の壁ならば、左側からはまた別の壁が迫っていた。

 現れたのは聖なる法衣に身を包んだ聖職者達だ。

 ――聖女教会執行部隊。

 聖女教会は何も、民衆の祈りを受けて怪我を癒す為だけの場ではない。

 時には民衆を匿う場になり、時には聖女に仇なす者を討つ断罪者となる。

 そして彼等は皆、厳しい修行を積んだ魔法のエキスパートでもある。

 エルリーゼ登場以降、急速にその規模を拡大した教会が、不心得者を断罪するべく総力を注ぎ込んで襲撃してきたのだ。

 

「あ、あわ、あわわわ……」

「お、親分……お、俺達死ぬんでしょうか……?」

「な、ななな、なんでこんな……俺等そんな悪い事しましたっけ!?」

 

 悪い事をしたかどうかで言えば間違いなくした。

 善人か悪人かで言えば間違いなく悪人だ。それは間違いない。

 しかしだからといって、ここまで必滅の意志を向けられるほどの悪党だっただろうか?

 他がやっているからやっていい、というわけではないが……自分達と同程度の盗賊団など割といるし、もっと悪い奴だっている。

 なのに何でこんな、魔女にでも向けるような戦力を向けられなければならないのか!? その理由が彼等には全く分からない。

 巨人が近付き、その足元が見えた。

 巨人に先攻して先発を務めていたのは数人の近衛騎士であった。

 今は引退している先代の筆頭騎士レイラ・スコットを先頭に、魔女と戦う為に鍛え抜いた百戦錬磨の戦士達が並んでいる。

 レイラと並んでいるのは、修行により今やレイラ以上の戦力を獲得したベルネルだ。

 大剣を肩に担ぎ、一歩一歩踏み締めるように大地を歩いている。

 

 何故ここまでの大事になってしまったのか。

 それは、盗賊団の襲撃によって紛失した写真の中に『エルリーゼの写真』が含まれていたからだ。

 まず、写真という物自体がこの世界では貴重品である。

 何せ失われた大国から奇跡的に千年前そのままの状態で発掘されたオーパーツ……それこそがカメラなのだ。

 しかもエルリーゼはアイズに渡す前にフィルムを使い切ってしまっており、もう二度と写真は手に入らないかもしれない。

 ましてやそこに写っているのがエルリーゼとなれば、その価値は一気に跳ね上がる。

 世界を千年の絶望から救った大聖女の姿をこの先ずっと留め、保管し、後世へ伝える事が出来るかもしれない。そんな貴重な品が、物の価値も理解しないだろう盗賊の手にあるのだ。黙っていられるわけがない。

 サプリは巨大ゴーレムを前進させながら考える。

 すぐにでも取り戻し、適切な保護をしなければならない! あらゆる劣化や色落ちから守り、必要ならばアルフレア様の封印の魔法の力を借りて保管し、そして他の連中に先んじて私が守護(まも)らねばならぬ!

 レイラを始めとする騎士達は考える。

 敬愛する聖女の姿を映したものが、下劣な盗賊達の手にある事など、断じて許せない。

 奴らが無遠慮に触り、眺めていると考えるだけで怖気が走る。

 絶対に取り戻さねばならぬ!

 聖女教会の執行部隊を指揮する総大司教は考える。

 大聖女エルリーゼの姿は、教会によって後世まで伝えられるべきものだ。そしてあの写真はそれを可能としてくれる。

 何としてもあれは、教会が手に入れるべきものだ。断じて、国の権力者などに渡してはならない。

 誰よりも先んじて手に入れるのだ!

 兵士達は考える。

 上の人間の意向などはどうでもいい。ただ、今の世界を与えてくれた大聖女を……たとえ本人ではなく、その姿を写しただけの紙だとしても、軽々しく扱われるのは気に入らない。

 それぞれの思惑、それぞれの立ち位置……だが、ある一点において彼等の心は一つだった。

 

 ――盗賊、処すべし。

 

 逃げる事も出来ず、『青い蝙蝠』は迅速に……そして最善の行動を取った。

 それは無条件降伏……! 武器を全て投げ出し、地面に頭を擦り付けて抵抗の意がない事を示す!

 抵抗? 冗談ではない。そんな素振りを見せれば次の瞬間には首と胴が泣き別れているという確信がある。

 ガタガタと震える盗賊達に剣を突き付け、レイラが冷たい声で言う。

 

「貴様等が先日盗んだ物があるはずだ……出せ」

「はっ、はひ!」

 

 NOとは言えない。言ってはならない。少しでも拒否するような意思を見せれば一秒後には死んでいる。

 盗賊の長は言われるままに、手にしていた三枚の写真を差し出した。

 レイラはひったくるように写真を奪い……確認してから、更に視線が冷たくなった。

 

「そうか。死が望みか」

「ひっ、ひい!?」

「これと同じような物がもう一枚あるはずだ。今すぐ出すか死ぬか選べ」

「い、いえ……その……そ、その……あの……」

 

 先に述べておこう。

 盗賊の長は何も隠し立てなどしていない。

 彼等が先日、兵士から盗んだ写真は正真正銘、この三枚が全てだ。

 海を写した写真。砂丘を写した写真。そして鳥を写した写真……この三枚だけだ。

 その中に、エルリーゼを写したものなどない。

 いくらものを知らぬ盗賊でも、エルリーゼの写真などを手にすれば、『大した物ではない』などと思うわけがないし、レイラ達が何故ここまで怒っているかも分かったはずだ。

 しかし彼等には分からない。何故なら……エルリーゼの写真など、そもそも盗んでいないから……!

 

「なるほど。盗賊といえど、エルリーゼ様のお姿を写した物は流石に手放すのが惜しいと見える。気持ちは分かるが、愚かな」

「は……え……? いえ、お、俺達は、そんなもの……」

 

 サプリの言葉を聞いて、盗賊の長は何故こんな事になっているのかを察した。

 写真はもう一枚あった……! しかも、よりにもよって大聖女の姿を写したものが! この世に一枚しかないものが!

 だがそんな事を言われても、ない物は出せない。

 そうしている間に兵士達や聖職者達が洞窟にズカズカと踏み込み、今まで盗み出した物を引っ張り出していく。

 だがやはり、その中にエルリーゼの写真などなかった。

 

「無いな……」

「隠している……わけでもなさそうだ。これは一体……」

 

 その後一時間に渡る調査と持ち物検査の末、この盗賊団が本当に何も知らず、エルリーゼの写真を持っていない事も判明した。

 ここまで怯えていては偽りを口にしているとも考えにくい。

 ならば、最後の……そして最も価値のある一枚は一体どこに消えてしまったというのか。

 レイラ達は不思議に思いながらもとりあえず盗賊団は全員牢獄にブチ込み、そして消えてしまった一枚に想いを馳せるのであった。

 

 

 かつてプロフェータが暮らし、そして今はエルリーゼが暮らす森の奥深く。

 そこにある守人の集落で、祭りが行われていた。

 守人達は祭壇に飾った何かを前に踊り、太鼓を叩き、歓喜乱舞している。

 

「シャンカニマサジョイセ!」

「シャンカニマサジョイセ!」「シャンカニマサジョイセ!」「シャンカニマサジョイセ!」

 

 中央の守人が何やら叫び、他の守人も同じく叫ぶ。

 今行われているのは豊作祈願と、今日の糧を得られた事への惜しみなき感謝の儀式だ。

 そして、それを齎してくれた敬愛する少女……今代預言者エルリーゼの写真が、祭壇に飾られていた。

 彼等はエルリーゼに頼まれて写真を現像した際に、エルリーゼの写真に気付いて大喜びした。

 守人は預言者を崇める一族だ。そして世界を平和にしてくれたエルリーゼの事が大好きだ。

 なので預言者となったエルリーゼは、彼等にとっては崇拝の対象である。

 そんな彼等にとってエルリーゼの写真は、大事に保管しておくべき宝物である。

 だから彼等は何の迷いもなく、エルリーゼの写真を抜き取った。おいサルゥ!

 ……一応、その後エルリーゼに写真を見せて、貰っていいか確認して許可を得たので大丈夫のはずだ。

 エルリーゼは「ああ、貴方達が持ってたんですね」と驚いていたが、「そんなものでいいなら構いませんよ」と言ってくれた。

 なので守人達は遠慮なく写真を祭壇に飾って、崇めている。

 

 今日も守人の住む森からは、守人の楽しそうな声が響き渡っていた。




皆様こんばんは。本日、偽聖女3巻が発売されました。
もし本屋で見かけましたら、是非手に取ってみて下さい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小話・聖女の書

今回は短めです。スマヌ。
後日談というより、軽い4コマみたいな気分で見てもらえると嬉しいです。


 たまには机に向き合い、紙の上でペンを躍らせるのも悪くない。

 なんて考えながら、俺は羊皮紙に筆を走らせていく。

 まあ、実際はものぐさな性格なので、紙に文字を書くというだけの行為にも魔法でちょっとしたズルをしているのはご愛敬。

 戦闘用でもないので名前は特に決めていないが、あえて名付けるなら自動書記魔法といったところで、その効果は頭の中で思い浮かべた文章を手が勝手に書くというものだ。

 実際は文字ではなく絵を描く為に作った魔法で……ほら、誰しも一度は『頭の中で思い描いた絵をそのまま絵に出来る能力が欲しい』とか思った事があるんじゃないかな。

 それを実現させたわけだが、折角作った便利魔法もあまり使い所がなく、こうして文字を書く為に使われている。

 残念だな……ここが日本なら、すぐにでもイラスト投稿サイトに放り投げて神絵師と呼ばれてチヤホヤされて承認欲求を満たせただろうに。

 そのうち風景画でも描いて売ってみようかな。

 

 さて、その魔法を使って一体何を書いているのかと気になるだろう。

 今俺が書いているのは、俺が創った生活に便利な魔法……を、俺以外でも使えるようにダウングレードさせた魔法の使い方や術式だ。

 魔法と言うのは大きく分ければ『既存の魔法』と『オリジナル魔法』の二つに大別され、大きく分けなければ全部『オリジナル魔法』になる。

 既存の魔法っていったって、別に世界が始まると同時に人類の脳にインストールされたわけではなく、昔に生きていた誰かが創ったオリジナル魔法なわけだ。

 要は武術の技みたいなもんだ。ジャイアントスイングにせよ鉄山靠にせよ、デンプシーロールにせよ、大外刈りにせよ、人類誕生と同時に存在していたわけではなくて誰かが考えて広めたものなわけで、この世界の魔法も大体そういうものなのだ。

 例えばエテルナが使う光の攻撃魔法『ルーチェ』とかも、大昔の聖女が創った魔法らしい。

 ただ、こうした既存魔法には共通した欠点がある。

 それはズバリ、『弱い』事だ。

 いや、弱いってのは正確じゃないな……限界が決まってるっていうのかな。ある程度低い魔法力でも使えるように改良されている事が多いんだ。

 これは仕方のない事で、例えば俺の使うAurea Libertas(黄金の自由)を何の改良も加えずにマリー辺りに伝授して発射させれば、次の瞬間彼女のMPは枯渇するだろうし、魔法自体もMP不足で本来の威力と規模を発揮出来ないだろう。

 それはこの魔法が、俺以外が使う事を一切想定していない、俺の馬鹿みたいなMP量を前提にした作りにしかなっていないからだ。

 そして俺の使う魔法は大体どれも、俺が使う事しか想定されていない……俺以外が使った時のセーフティなど全くない危険なものとなっている。

 凄く雑に説明するなら、俺の魔法はどれも『毎秒加速しつつ百㎞を全力ダッシュをして助走をつけて思い切りブン殴るアホみたいな技』だとする。

 これを使うには当然、百㎞全力ダッシュをしても疲れない超人的なスタミナが必須なのだが、普通の人間にはそんなスタミナなどない。

 そんなものを一般人に使わせればどうなるかは考えるまでもない。

 間違いなく途中で体力が尽きるし、相手を殴る前に自分が死ぬ。

 これは極端な例えだが、俺の創った魔法を俺以外が使うのはそれくらい無理だという事だ。

 

 身体の汚れを落とす浄化魔法とかでも、俺のはオートで発動し続けるとか、一定時間ごとに自動発動とかのアホ仕様なのでMPをガンガン消耗してしまうし、使い物にならない。

 なので大幅なデチューンが必要になる。

 例えば水を飲めるようにする『浄水魔法』。菌という概念がなかったこの世界では、基本的に自然の水は『飲めない物』だった。安心して飲める水は魔法で出した水くらいだ。

 俺の使う浄水魔法は妖精型の魔法弾にして遠くに発射し、各地にある聖女教会支部の地下にある貯水湖に着弾し、その後水中の害になる微生物を死滅させて消し去り、菌を殺し、不純物を取り除き、菌が入り込めないように持続性のあるバリアを展開するというものだ。

 で、この魔法なんだが、俺以外に使わせるなら『魔力弾を発射する』、『魔力弾を妖精型にする』、『長距離の射程を与える』、『目的地へのホーミング機能』、『有害な菌を殺す』、『微生物を殺す』、『不純物(微生物の死骸、寄生虫その他諸々含む)を追い出す』、『バリアを展開する』と、八つくらいの魔法に分解しないととても使い物にならない。

 なので近付いて使う事を前提にし、射程とホーミング機能をオミット。魔力弾を妖精型にする意味は一切ないのでそれも外し、その上で『微生物を殺す』、『殺菌』、『不純物を取り除く』の三つに分けて、順番通り使う事で効果を発揮する魔法とした。

 

 他の魔法も余分な機能を外したり、元々一つだった魔法を分けたりする事で一般向けにデチューンしておいた。

 俺が普段使ってる回復魔法なんか、性能をかなり下げてもそれなりの術者五人くらいでかからないと成立しそうになかった。

 使う時には、一人の対象を五人の神官で取り囲んで魔法をかけるという、変な儀式めいた絵面になるだろう。

 しかしこういう、一般向けの魔法を作るというのもやってみると中々楽しい。

 流石に二冊も三冊も書く気にはならないので、世界に一冊だけの本になってしまうが、原本があれば後は勝手に教会の方で書き写して量産してくれるだろう。

 そうなれば、俺がいなくても……まあ、全く同じ事は無理だろうが……ある程度は俺に近い事が出来るようになる。

 一応自動書記の最中に変な事を書いてしまっていないかを再確認し、内容に問題がない事を確かめてから教会へ持って行った。

 

「おおお……こ、これが、エルリーゼ様の奇跡の力の一端……! 奇跡の力を、我々でも使えるように……!」

「はい。残念ながら、他の方にも使えるようにした結果、大分能力は落ちてしまいましたが、それでも役に立つはずです」

「有難い事です……本当に有難い! この総大司教、責任をもって、命をかけて! この魔法書を保管致します!」

 

 大袈裟やなあ、と思いながら総大司教のおっさんに本を渡し、俺は森に帰った。

 これで俺がログハウスでダラダラしていても、飲み水の確保は出来るし、ある程度の大怪我や病気なら教会で治せる。

 要するに全ては、俺自身が気兼ねなく怠ける為!

 俺のような真の怠け者は、自らが怠ける為の努力を惜しまないのだ!

 これで俺が必要とされる機会は減り、救われる人間も増える。

 いい事尽くめだな。ヨシ!

 

 

 

 ――と思っていたのだが、後日、俺が贈呈した本が教会本部の宝として厳重に大切に保管されているという事が明らかになった。

 どうして……どうして……。

 




皆様こんばんは。壁首領代行です。
偽聖女最終巻である第4巻が11/10発売予定です!
販売が始まりましたら、是非お手に取って頂けると嬉しいです。

そしてお待たせいたしました。
本日、遂にコミック版の1話がスタートしました!
コミックウォーカーと、ニコニコ静画の方で公開されております!

説明はいらぬ……まずは、えかきびと様の手で描かれた、エルリーゼの姿を見るのだ……。
これは間違いなく(ガワだけ見れば)聖女……。
尚、中身は考慮しないものとする。

次回の更新は11/10となります。
細かい事はカクヨムの近況ノートにちょくちょく上げていくかもしれないので、もしよければそちらも暇な時に確認してもらえると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小話・新入生歓迎の挨拶

今回も滅茶苦茶短いです。
まあ、前回同様に4コマとかと同じ感覚で見て頂ければ、と。


 騎士を志す者にとっての夢の登竜門、その名を『アルフレア魔法騎士育成機関』――通称魔法騎士学園。

 初代聖女アルフレアの名を冠したその学園は今日、新たな門出を迎えようとしていた。

 学園に入る為の厳しい試験を乗り越え、狭い門を潜ってきた未来の騎士候補生達。その前で壇上に立つのは、学園の名の由来となった初代聖女アルフレアその人であった。

 去年までは、新入生の前で演説を行っていたのは歴代最高の聖女エルリーゼであったが、王都での『魔女』との決戦を経て現役を引退し、今はどこかで隠居生活を送っているという。

 その後を引き継いで現役聖女となったのが、初代聖女アルフレアであった。

 

 騎士の役割はこれから、大きく変わっていく事になる。

 倒すべき魔女も、その裏にいた真の敵であった『魔女』も、もういない。

 ならば聖女の役割も変わり、これからの聖女は主に平和の象徴として戦いとは無縁の日々を送る事になる。

 ならば聖女を守る騎士も以前ほど必要ではなくなり、これからの騎士は聖女ではなく国や民を守るのが主な役割となるはずだ。

 そんな新時代を担う騎士候補生達の前で、アルフレアが演説を始めた。

 

「新入生の皆様、よくぞ厳しい試験を越えました。魔法騎士育成機関は貴方達を歓迎いたします」

 

 アルフレアが微笑みながら、歓迎の言葉を綴る。

 それから謎の静寂が訪れ、何故か次の言葉を話さない。

 あれ? と生徒達は思った。

 どうしたのだろう。ここから、こう、これからの騎士に求められるものとか騎士の心構えとか、激励の言葉とか、そういうのがあるはずではないのか?

 アルフレアは微笑んだまま硬直し、チラチラと横を見ている。

 それからようやく、次の台詞へと入った。

 

「……え、えっと……魔女、そして魔物という脅威が去った今、聖女と騎士の在り方は大きく変わります。これから先、騎士に求められる役割は抑止力です。抑止力というのはつまり……」

 

 そして、ここでまた言葉が止まった。

 一体何が起こっているのか……その答えは簡単。

 『挨拶の言葉を忘れてしまった』、それだけである。

 ここに来る前にしっかり記憶したつもりだったのだが、完全に覚えたつもりでもいざ話す段階になると案外「あれ?」となってしまうものだ。

 人というのは肝心な場面で肝心な事をド忘れしてしまう生き物なのである。

 だったら紙にでも書いておけという話だし、実際近衛騎士レックスは最初、そうしようとした。

 だがここで悲劇が起こったのだ。

 ――アルフレアが、この国の文字を読めなかったのだ。

 何せ彼女は千年前の人間で、元々の出身地もビルベリ王国ではない。というか千年前はビルベリ王国なんて国自体なかった。

 加えて彼女は高度な教育を受けている現代の聖女と違う。

 なので丸暗記するしか道はなく、アルフレアもそれで十分と自信満々に挑んだのだが……見事に、新入生歓迎の口上をド忘れしてしまっていた。

 

「……その、つまり抑止力というのは抑止力なわけで……だから、それをこれから担う皆様はとても凄いという事で……具体的に何に対しての抑止力なのかというと……ええと、魔物……あ、もういないんだっけ……えと、つまり……」

 

 すっかりグダグダになってしまった演説に、壇上横で控えていた近衛騎士レックスは手で顔を覆った。

 ちなみに騎士の担う抑止力というのは、野盗を始めとする悪人達は勿論、その最大の対象は国である。

 共通の敵がいなくなった平和な世の中では、遅かれ早かれ人類同士による戦争が始まる。

 だからこそ、それを防ぐために各国の王よりも上の存在として平和の象徴である聖女を残し、暴走した国をいざという時に止める為の抑止力として期待されているのが騎士なのだ。

 まだ手探りの段階ではあるし、エルリーゼが生きている間は彼女の存在が抑止力となるから暴走する国はそうそう出ない。

 だからこそ、エルリーゼが健在なうちに後世の為に平和な世の中を維持する為の基盤を作っておくのが今の世代の役目なのだ。

 なのだが……アルフレアは上手くそれを説明出来ずに、壇上でわたわたしていた。

 

「ねえレックスゥゥゥ! この後の口上何!? どうすればいいの!? 忘れちゃったんだけどお!!」

 

 とうとう半泣きになり、レックスに助けを求めた所でレックスが壇上横から飛び出し、説明を引き継いだ。

 人には得手不得手がある。アルフレアはこういう形式ばった挨拶が苦手だった……ただ、それだけなのだ。

 その光景を見ながら騎士候補生達は思った。

 ああ……聖女って言っても同じ人間なんだなあ、と。




皆様こんばんは。壁首領代行です。
本日、ついに最終巻である第4巻が発売となりました!
まずはこれで、一つのゴールを迎える事が出来たと言っても過言ではないでしょう。
皆様、これまでありがとうございました。
そして、偽聖女の書籍版は完結となりますが、コミック版は始まったばかりです。
なのでこれからも、偽聖女をよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サプリ・メントは探求する①

 かつて人類の生存圏は、世界の一割もなかった。

 大聖女エルリーゼの登場以降、人類は領土を急速に拡大していったが、その中にはかつて魔物に滅ぼされてしまった国や奪われた土地も含まれている。

 一度は歴史の中に消えた曰く付きの建物――例えばかつての魔女の拠点等、が時を越えて白日の下に晒される事もあり、そうした建物は騎士団による入念な調査が行われる。

 その一つに、森の中にひっそりと佇む『奇跡の聖女の館』というものがある。

 奇跡の聖女――その名をトルッファ。エルリーゼが登場するまで『史上最高の聖女』と呼ばれていた聖女であり、彼女が最期を過ごしたとされる場所こそが『奇跡の聖女の館』だ。

 

 エルリーゼを除き、魔女と魔物の脅威のない平和な期間を五年より長く続けた聖女は存在しない。

 しかし、『魔女が一切表に出て来ない』期間ならば、六年以上持続させた聖女がいる。それこそがトルッファであった。

 トルッファの持つ奇跡の力を恐れた魔女は決して表舞台に姿を見せず、侵攻は全て魔物に任せて自らは逃げ隠れしていたという。

 流石にエルリーゼのように魔物まで駆逐してしまうほどの力はなかったが、それでもトルッファが聖女を務めていた時代は他の時代に比べてずっと平和であったらしい。

 そんな彼女が聖女として最後に目撃されたのがこの館なのだ……と、伝えられている。

 エルリーゼとアレクシアの関係にも似たこのエピソードに興味を抱いたサプリは、学園を離れて騎士団の調査に(無理矢理)同行を申し出ていた。

 

「ここが『奇跡の聖女の館』か……大分経年劣化しているが、こうして残っているとは何とも僥倖。真実へ繋がる何かが残されているかもしれない、と思うとつい興奮しそうになる」

 

 サプリは眼鏡を指先で持ち上げ、好奇心で口元に弧を描いた。

 聖女という存在にかける並々ならぬ情熱の炎は、その大半がエルリーゼへと対象を移し替え、今や残されたのは僅かな火のみだ。

 しかしそれでも、彼は教師であり研究者。残された僅かな熱は知的探求心となって、聖女の足跡を追うように彼の心を炙っている。

 

「物好きですね、貴方も」

 

 呆れたように言うのは、今回の調査団のリーダーを務める騎士のフィンレー・ブルーアイだ。

 金髪の勇者という意味の名前だが金髪ではなく茶髪だし、ブルーアイという家名に反して目の色は灰色である。

 かつてエルリーゼの近衛騎士の一人だった彼は、今はアルフレアの近衛騎士を務めている。

 アルフレアの側には筆頭騎士のレックスが常にいるので、こうした遠出する任務は大体彼の役目であった。

 

「これでも教師なのでね。歴史の真実を知る機会があるならば追うのは当然の事だろう? それに教え子達に嘘の歴史を教えたくはないのでね」

「トルッファ様の伝説に、嘘があると?」

「分からんよ。しかし世代を越えて伝わる記録というのは、人から人へ続く伝言のようなものだ。聞く側の主観、好み、聞き間違い……そしてこうであって欲しいという望み。そうしたもので捻じ曲がり、真実から遠ざかっているかもしれない。ならば私達の知っている歴史にも過ちがあるかもしれないだろう?」

 

 現在伝えられている伝説だけで判断するならばトルッファは確かに素晴らしい聖女だ。

 ましてや魔女が恐れて逃げ隠れしていたというエピソードなど、エルリーゼを恐れてアレクシアが隠れ続けていたのと同じではないか。

 そこまで魔女を恐れさせるなど、どれだけの存在だったのか。

 しかし、それだけの偉業をなした聖女の割に、肝心の『奇跡』の力がどういうものだったのかは、一切残されていない。

 何とも、興味深い存在だ。

 

「はあ……とりあえず、中に入りますよ。一応気を付けて下さい……魔物がいる可能性はゼロではありませんから」

「ああ、心得ておこう」

 

 エルリーゼの活躍もあって、ここ最近は魔物を見る事はなくなり、目撃情報すら聞かなくなった。

 だから魔物は絶滅したのだろう、と楽観視する人々が増えているが、その判断はまだ早すぎるというのが騎士団やサプリの考えだ。

 いくらエルリーゼでも世界の隅々まで確認したわけではないし、そのエルリーゼ自身が言うには、まだ海や地下で魔物が生息している可能性は高いという。

 また、アレクシアがエルリーゼを恐れて隠れていたように魔物も隠れているかもしれない。

 そしてこういう過去の建物や遺跡を、一つ一つ出入りして確認する暇などエルリーゼにはなかったはずだ。

 だから、こういう場所に魔物がいる可能性は低くないのだ。

 

 ドアを開ける。

 中は暗く、そして嫌な臭いがした。

 フィンレーは松明に火を点けて中を見る。

 すると、あちこちがボロボロになった館が照らし出された。

 床を破って植物が生え、壁や天井を突き破っている。

 壁もボロボロで、蟻か何かに食い荒らされたのだろうと推測出来た。

 魔物は……見える範囲にはいない。

 騎士団が続々と館に入り、早速手分けして調査を開始する。

 

「ところで……トルッファ様はここで最期を過ごしたとされていますが、先生はどう思いますか?」

「疑わしい、というのが本音だ。君も知っての通り、魔女を倒した聖女は次の魔女になる。聖女としてのトルッファ様が最後にここで目撃されたという事はつまり、ここで魔女を倒したという事。ならばこの館の本当の主はむしろ……」

「トルッファ様から隠れていた魔女の方……?」

「うむ。実際のトルッファ様はここで魔女を倒した後に他の場所で過ごしたのではないか……と私は思っている」

 

 トルッファがここで最期を過ごしたと言われているのは、聖女としての彼女が最後に目撃されたのがここだからだ。

 『その後魔女になってどこかに去った』ではなく、『ここで人知れず最期の時を過ごした』。聖女が魔女になるという真実を隠す為には、そういう事にするのが一番いい。

 つまり、トルッファの最期については、当時の王家によって意図的に歴史の闇に葬られていると考えるのが自然なのだ。

 本来ならば真実は、闇のままにしておくのが一番いい。

 『魔女を倒した聖女は次の魔女になります』なんて真実は誰にとっても毒にしかならないし、聖女だってやる気を失ってしまう。リリアのように絶望する聖女も出るだろう。

 民衆だって怒りが聖女に向く事が考えられる。

 しかし今は違う。エルリーゼによって千年の悲劇を終えた今ならば、闇に葬られた真実を白日の下に引っ張り出す事が出来る。

 勿論すぐに真実を公開するのではなく、年月を経て徐々に伝えていくべきだとは思うが……いつまでも歴史を偽りで塗り固めておくべき時代は、もう終わっているのだ。

 

「しかしそれでは、ここにはトルッファ様の情報は何もないのでは……?」

「それはどうかな。私は少なくとも、ここには『奇跡』の正体に繋がるものがあると睨んでいる」

「『奇跡』の正体……ですか?」

「魔女がトルッファ様を恐れて隠れていた。なるほど、ありえない話ではない。実際私達はエルリーゼ様とアレクシア様という、まさにその実例を見ているわけだからね。しかしどうも引っかかるものがある」

「それは一体……」

「さて、な。それを知る為に私はここにいる」

 

 そう言い、サプリは数体のゴーレムを魔法で生み出すとフィンレーから離れて近くのドアへと向かった。

 雑談タイムはここまでだ。それより、ここに来た目的は調査なのだから、サプリはこの館を見て回りたかった。

 ドアをゴーレムに開けさせ、まずは中を室内を確認。

 長い間人の入っていないこんな館に、まさか罠があるとは思っていないが、警戒しておいて損はない。毒を持っている虫や植物にうっかり触ってしまう事だってあり得るのだ。

 

「ここは書斎か……しかし」

 

 部屋の中にはいくつもの本が置かれていた。

 貴重な昔の資料だ。しかし、適切な保管が行われずにこうも野ざらしでは、無事に読めるものはそう多くないだろう。

 一番近くにあった本に手袋越しに、慎重に触れるとページの端がボロボロと崩れてしまった。

 これはいけない。このままでは読もうとした側から本が崩れてしまう。

 まずは本が崩れないように魔法で補強し、それから人手を集めて内容を書き移さなければ。

 しかし本そのものに補強の魔法をかけても、全てのページが守られるわけではない。

 例えば頑丈になる魔法を人間にかけても、あくまで身体の外側全体が魔力で覆われて保護されるだけで、内臓や骨が頑丈になっているわけではない。

 それと同じで本に補強の魔法をかけても、それは本の外側が魔力で覆われるだけだ。

 ページの一つ一つまで保護されるわけではないので、本を開けば中のページはボロボロ崩れてしまうだろう。

 全てのページを満遍なく補強、保護するとなると複数の術者で一つ一つに入念に魔法をかけていく地道な作業となる。一人ではとても出来ない。

 エルリーゼならば一瞬で、この場にある本全てにそのレベルの保護をかけられるだろうが、流石にそれは例外中の例外だ。

 とにかく、ここにある本は後で保護するとして、今は調査を続けるべきだろう。

 

「それにしても……」

 

 サプリは部屋の外に出て、館の中を見回す。

 ここに入ってから、何か違和感を覚える。

 この館に、何か不自然な印象を抱いてならない。

 『何かがおかしい』……サプリの感覚はそう訴えているが、その理由が分からない。

 あるべき何かがないような、あるいは欠けているべき何かが残っているような……これは本来あるべき姿ではないかのような、妙な不自然さをこの館全体から感じる。

 

「――!」

 

 思考の海からサプリを引き上げたのは、遠くから聞こえた悲鳴であった。

 魔物でも出たか!? あるいは野生動物に襲われたか!?

 どちらにせよ、訓練された騎士が悲鳴を上げる事そのものが既に異常事態だ。

 何かあったと考えて間違いない。

 サプリはすぐに悲鳴の聞こえた方へ走り、途中でフィンレーを始めとした数人の騎士と合流した。

 そして辿り着いた先……そこでは、騎士の一人が植物の蔓に絡み付かれ、今まさに奥へ引きずり込まれようとしている場面であった。

 

「に、逃げっ……」

 

 逃げろ、と言おうとしたのだろう。

 しかし次の瞬間、騎士は蔓によって屋敷の奥へ引き込まれてしまった。

 すぐに追おうとする騎士達だったが、フィンレーの声が彼等を止める。

 

「総員、警戒態勢! 円陣を組め!」

 

 浮足立っていた騎士達はすぐに冷静さを取り戻し、フィンレーの指示に従って円を組む事で互いの背を守りつつ全方位を警戒した。

 エルリーゼという規格外の登場によって忘れられつつあったが、魔物との戦いとは常に命掛けで予想外の連続だ。僅かな動揺と、動揺から生まれるほんの一秒の隙や硬直ですら死に繋がる。

 故に彼等は冷静でなければならない。たとえ目の前で仲間を連れ去られたとしても、ここが危険であると分かったならば今出来る最善の動きをする必要がある。

 それこそが長年、聖女を守り続け、道を切り拓いてきた聖女の盾……騎士というものなのだ。

 サプリも彼等に倣ってゴーレムを警戒態勢に移行させるが、こちらはあえて背中を守っていない。

 言い方は悪いが所詮は替えの利くゴーレム……襲うならば襲ってくれていい。それだけで囮として十分に役立ってくれる。その為にあえて隙を見せているのだ。

 

「……魔物でしょうか? 先生はどう見ます?」

「植物の魔物か。考えにくいな」

「と、いうと?」

「君は、戦場で植物の魔物を見た事はあるかね?」

「いえ、ありません。ただ、そういう魔物もいると聞いた事はあります」

 

 植物の魔物というのは、現役の騎士であるフィンレーも見た事がない。

 あの王都防衛戦の時も、獣や虫、鳥の魔物ならばいたが植物の魔物はいなかった。

 しかし、いないわけではない。

 そういう魔物も過去にはいたと確かに伝えられている。

 

「植物の魔物というのは、効率が悪いのだ。役に立たないと言ってもいい」

「役に立たない、ですか?」

「魔物とは既存の生物を変化させるものだ。そして魔物の知性は元々の動物の知性に比例する。元が賢ければ水に毒を混ぜる等の人間が困る事を自ら考えて積極的にやるが、元々がそれほど賢くなければ、ただ手強さが増しただけの獣だ」

「なるほど……そして、植物に知性はない」

「植物に知性がないかどうかは学者によって見解が分かれる所だがね……少なくとも動物的な自我や思考能力は無いに等しいと考えていいだろう。当然、魔物化してもただ巨大化しただけの植物のままだ。地面から根が抜けて走り出し、町を襲ったりはしない」

 

 話しながらも、油断なく周囲を見る。

 今の所、何かが襲ってくる気配はない。

 

「しかし、植物の魔物は過去に目撃情報があります。私は見た事はありませんが、存在するのは確かです……何故、そんな魔物が?」

「考えられるのは二つ。とりあえず試しに作ってみたか、拠点防衛用か」

「試しですか……なるほど。とりあえず本当に役に立たないか確認の為に作ってみて、そして本当に役に立たないと」

「うむ。アレクシア様も昔作った事があると言っていた」

「では、拠点防衛用とは?」

「食虫植物というものがあるだろう。あれを魔物化すれば食う対象は人間になる。自ら動いて人間を襲うわけではないが、拠点周辺に置いておけば近付いてきた人間に対する防御になるだろう……と、言っても結局それなら普通の魔物を置いた方が早いし、それどころか人間が近付いて来なければそのまま枯れてしまうらしいが。つまりどちらにせよ、効率が悪いしわざわざ作るほどの魔物ではない」

 

 結局の所、植物の魔物化はあまりやる意味がないという結論に落ち着いてしまう。

 拠点防衛? 動かず獲物を待つだけの魔物を配置するくらいなら、普通に動き回る魔物を配置した方が断然拠点を守れるだろう。

 罠に使える? だったら普通に罠を配置するか、蜘蛛でも魔物化して巣を張らせればいい。魔物化した植物なんて目立つものは罠にもならない。

 

「しかし先生、今の蔓は明らかに……」

「うむ。自ら動いて敵を捕らえていたな。だから私はこう考える……あれは魔物ではないと」

「魔物ではない?」

「植物を動かすなら、魔物化などよりもっと簡単で、私でも出来る方法がある」

 

 話しながらサプリは土属性の魔法で、館中に生えている植物を動かした。

 

「魔法……!」

「そういう事だ」

 

 納得したような顔のフィンレーに、サプリは得意気に話す。

 そう、魔法でも植物は操作出来る。

 荒地を一気に森に変えてしまうエルリーゼは流石に規格外すぎて参考にならないが、サプリだって地中の根を操作して敵の足に絡み付かせる程度の事は出来るのだ。

 そしてこの方法ならば、まるで意思を持っているように動き、敵を襲う植物が完成する。

 フィンレーはハッ、としてサプリへ視線を向ける。

 植物は魔法で操る事が出来る。そして魔法で操ったと思われる植物が騎士を襲った。

 ならば、そこから出る結論は一つしかない。

 

「という事は……つまり!」

「そうだ。警戒したまえよ、フィンレー君」

 

 サプリは興味深そうに、邪な笑いを浮かべながら断言する。

 

「この館、我々以外の誰かがいるぞ」

 

 ――その言葉を皮切りに、館に生えている植物が一斉に襲い掛かって来た。




皆様こんばんは。壁首領大公です。
遂にコミック版1巻の発売日が近付いてまいりました。
コミック版1巻は3月29日(水)に発売となります。
よろしくお願いします!

今回は以前カクヨムメールで配布したSSを三本、更新していきます。
見られなかった方も是非、この機会にどうぞ。
手抜き……? 違う、有効活用だ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サプリ・メントは探求する②

いよいよ明日!


 サプリは眼鏡を指先で持ち上げ、心から湧き上がる興奮を抑え込む。

 昔の聖女について調べている最中に、まさかのサプライズだ。

 ここはつい最近まで魔物の勢力圏だった場所であり、まだ誰も調査していない場所だった。

 つまり今回の騎士団の派遣が初であり、それ以前に人が立ち入っているはずがない。

 一体いつからここが人類の生存圏でなくなったのかは分からないが、下手をすれば聖女トルッファが最後に目撃されて以降、ずっと人が立ち入れなかった可能性もある。

 そんな場所で、誰かが魔法を用いてこちらを攻撃している。

 誰もいないはずの場所にいる『誰か』……これが興味をそそられないはずがない。

 一体何故ここにいる? 何故攻撃をしてくる? 分からない。

 分からないというのは、サプリのような研究者にとって不快なものであると同時に楽しいものだ。

 自分に分からないものがあるというのは、実に不快だ。何としても暴き尽くしたくなる。

 そして、分からないものが分かるのは堪らない快感であった。

 

「さて、さて……人がいるはずのない館で、我々に向けられた魔法。それもかなりの腕前のようだ。これだけの量の植物を同時に操るとは、素晴らしい」

「感心している場合ですか!」

 

 伸びて来る蔓をフィンレーが叩き切り、余裕そうに観察しているサプリを怒鳴りつける。

 騎士達は円陣を組んで植物を迎撃しているが、何せ相手は館中に根を張った植物だ。いくら切ってもキリがない。

 それどころか、この館があるのは森の中……操る植物など無数にある。

 つまりこのままではジリ貧だ。いずれこちらの体力が尽きるのは目に見えている。

 しかしサプリは、そんな状況にもかかわらず、全く焦っていない。

 

「落ち着き給え、フィンレー君。これは所詮、魔法による攻撃だ。そして土属性……植物を操る魔法ならば、エルリーゼ様の御業には到底及ばないが、私もそれなりに得意としている」

 

 サプリは目を細め、指揮者が演奏を奏でるように両手を動かした。

 すると彼等を襲っていた植物達が一斉に動きを止める。

 目には目を。魔法には魔法を。

 相手が魔法で植物を操るというのならば、こちらも同じ事をして支配権を奪えばいい。

 こうなれば後は魔力対決であり、どちらがより強く魔力を込めて植物に命令を出せるかだ。

 そしてサプリは、以前エルリーゼが一度命を落とした時に、どうにかして彼女を蘇生出来ないかを考え、エルリーゼが王都防衛戦で見せた蘇生の奇跡を使う事を考えた。

 その為にエルリーゼの領域へ近付く必要があると考えたサプリは魔力を循環させ、自我を塗り潰すほどの負の感情の流入はエルリーゼへの愛で耐え、その果てに巨大ゴーレムを生成して操るほどの……聖女に匹敵するだけの魔力を獲得するに至っている。

 結局、エルリーゼは人々の声に応えて自力で蘇生するという奇跡を成し遂げた為、サプリの努力は何の意味もなかったのだが、それでも一度獲得した魔力はそのままだ。

 故に、今のサプリを相手にした魔力対決となれば、エテルナやアルフレアであっても勝利は難しい。

 人の領域から片脚が出るほどの莫大な魔力を用い、サプリはこの館にある全ての植物の支配権を奪い取ったのだ。

 

「これで脅威は無力化した。後はじっくりと敵の正体を探るだけだ」

「……流石です。普段からそうしていれば、もっと皆に尊敬されるのでは?」

「失敬な。私が普段、おかしいようではないか」

「おかしいんですよ。聞けば最近、教科書に書かれたエルリーゼ様の言葉が一文字間違えていたというだけで生徒全員の教科書を取り上げて全て修正したそうじゃないですか」

「当然の事をしたまでだが? それと、あの本を作った工場にも抗議文を三百二十六枚送っておいた」

「……これさえなければ」

 

 サプリはエルリーゼさえ絡まなければ、ちょっと怪しくて性格が悪いだけの有能な男である。

 しかしエルリーゼが絡むと、途端にただの厄介な変態と化す。

 そしてこの世界は大抵の事にエルリーゼが絡んでいるので、つまりサプリは大体いつも、厄介な変態である。

 呆れて溜息を吐くフィンレーを他所に、サプリは館の奥へゴーレムを進ませ、騎士達も円陣を解いて前進を開始した。

 ――その直後。突如活動を再開した蔓が、騎士を数人捕まえてしまった。

 

「何だと!? 馬鹿な!」

 

 サプリが目を見開き、驚愕した。

 この場の植物は今も、サプリの魔法の支配下にある。

 ならば魔力対決でサプリを上回らない限り、植物を動かす事は出来ない。

 しかしそれが動いた。つまり、この植物を動かしている『敵』の魔力は、サプリを超えているという事になってしまう。

 サプリはすぐに蔓に手を向けて魔力を強めるが、それでも動きが鈍るだけで止めるまでは至らない。

 

「まさか、私の支配力を上回るとでも言うのか……?」

「今の先生を上回るなど……敵の魔力はエルリーゼ様に匹敵するとでも!?」

「それはない。そのレベルならば、今頃は森全てが襲い掛かってきている」

 

 サプリは汗を流しながら、この状況を打開する方法を考える。

 と言っても、実の所考える必要などない。やる事は至ってシンプルだ。

 

「フィンレー君、少々危険だがこのまま館の奥へ行くぞ」

「術者を仕留めるのですね」

「そうだ。不可解だが、私ではこの植物を完全に止める事は出来ない。ならば術者を叩くのが一番簡単だ」

 

 後は、あえて外に退避してから館に火を放つという方法もあるが、サプリはあえてそれを口にしなかった。

 この館自体が貴重な過去の資料であり、そして書斎には本もある。

 それを焼いてしまうなんて、とんでもない!

 

「途中まで植物は動かなかった。しかし捕まってしまったあの騎士がこの部屋に入ってから動き出した。それはつまり、これ以上進まれたら困るという事」

「ならば、敵はこの奥に! 行くぞ皆! 進め!」

 

 サプリの助言をすぐに理解したフィンレーは、迷わず騎士達へ突撃命令を下す。

 騎士達も一切の迷いなく円陣を崩し、合図もなくこの場に最も適した陣形へ変化した。

 先頭の騎士が道を切り拓き、その騎士を援護するように左右を固めた騎士が襲い来る植物を切り払う。

 他の騎士は棘付きの盾を持ち、右側の兵士達は右に盾を。左側の兵士達は左側に盾を構える。

 そうして左右をガッチリガードし、左右の盾に守られる形でサプリを守る。

 そして一本の槍と化した彼等は、全く同じ速度で前進した。

 これは本来、敵に囲まれた時に聖女を守りながら突破する為の陣形である。

 中央に置いた聖女に決して敵を近付かせず、周囲全てを囲まれた絶望的状況であっても聖女を生還させる為の鋼の槍。

 いかなる死地であっても、己が身を盾とし聖女を守り抜く。その『覚悟』の陣形なのだ!

 ……尚、エルリーゼが聖女になってからこの陣形が日の目を見た事は……一度もない。

 何故ならこんな陣形でエルリーゼの周囲を塞いでも邪魔にしかならないからだ。

 そして今彼等が守っているのは守るはずの聖女ではなく、変態クソ眼鏡であった。

 その哀れさを嘲笑ったのかどうかは分からないが、床には草が生えていた。

 

 騎士達が前進し続け、誰かが植物の攻撃で倒れてもすぐに別の騎士がその穴を埋める。

 倒れた仲間の救助はない。手を差し伸べる事もない。

 敵陣の中でそんな事をして動きを止めれば、その間に聖女が危機に晒される。

 だから騎士は、時には仲間を目の前で見殺しにする事、あるいは見殺しにされる事も覚悟しなければならない。

 たとえ自分達がどうなろうと、聖女さえ守り切ればそれは彼等の勝利なのだ。

 故に彼等は止まらない。死ぬ事すらも自分達の仕事と割り切り、前進を続ける。

 これこそが聖女の盾である騎士の矜持! 騎士の覚悟!

 ……尚、実際はエルリーゼが敵を纏めて駆逐してしまう上に、倒れた兵士も普通にエルリーゼが助けてしまっていたので騎士の面目は割と丸潰れであった。

 しかも今守っているのは変態クソ眼鏡である。騎士達はもう泣きたかった。

 それと余談だが、脱落した騎士は別に死んでいない。ただ、植物にどこかへ連れ去られているだけである。

 ともかく、そんな辛い思いをしながら彼等は遂に館の最奥へ辿り着いた。

 これ、入り口からわざわざここに来るより、外に出て後ろの壁壊して入った方が早かったんじゃね? とか言ってはいけない。外だって植物だらけなのだ。

 

「先生! 敵は!」

「あそこだ。見ろ、あの一面は特に守りが固い。あの中に術者がいる。フィンレー君、やれるか?」

「任された!」

 

 一番奥の部屋……の、中央。

 そこに蔓が大量に巻き付き、中の『何か』を厳重に守っている。

 きっとあそこに術者がいる。

 そう判断したサプリの指示に応え、フィンレーが魔法を使う。

 彼が得意とするのは氷属性と風属性。

 氷の魔法で五本の氷剣を生み出し、両手に持った剣と合わせて七本。

 そして氷剣を風の魔法で、まるで腕が五本あるように自在に操る事で実現する、七刀流!

 厳しい訓練を乗り越えた者のみがなれる戦闘集団『騎士』。その戦力は単騎で並の兵士三十人から五十人に匹敵すると言われる。

 その中でも、聖女の側に在る事が許された数人の選ばれし者のみが『近衛騎士』と名乗る事を許される。

 その名は決して伊達ではない。フィンレーはこの魔法によって、一人で騎士七人に相当すると呼ばれるほどの超人なのだ。

 即ちフィンレー一人で、兵士三百五十人分。一人で軍……は流石に言いすぎだが、部隊一つに匹敵する程の実力者である。

 

「はあああああ!」

 

 フィンレーが凄まじい速度で剣を振るい、次々と植物を切り裂いていく。

 切断された箇所は凍結して動きを封じ、更に一振りごとに冷気を発して部屋全体も凍結していく。

 ついでに仲間の騎士もちょっと凍結していく。

 残像すら残す速度で七本の剣が舞い、それらが同士討ちする事なく統制の取れた動きで敵を蹂躙する。

 まさに絶技、まさに超人。その戦いぶりはいっそ、凄まじいを通り越して美しいほどである。

 

 ……尚、余談だが。

 フィンレーのこの技は、炎を得意とするレイラ・スコットとの相性は最悪であり、彼女の剣が発する熱気に近付くだけで氷の剣は溶けてしまう上に純粋な剣技で太刀打ち出来ないのでフィンレーはレイラに一度も勝てた事がない。

 そしてついでのように、フィンレーの真似をしたエルリーゼは一万本の氷の剣を操ってみせ、フィンレーは己の小ささを知った。

 しかし……あれらは規格外……! 片方はそもそも比較対象にしてはいけない存在!

 近衛騎士は決して弱くない……弱くないのだ!!

 

 過去を思い出してしまったフィンレーの涙の剣舞によって植物の大半が裂かれ、遂に術者の姿が見えた。

 蔓に覆われているのは、壊れてはいるが豪華な椅子。

 そして、そこに座る襤褸を着た人影。

 サプリはフィンレーの切り拓いた道を駆け抜け、遂に術者を掴んだ。

 

「捉えたぞ! さあ、その姿……拝ませてもらおうか!」

 

 勝利を確信した笑みを浮かべ、サプリはまるで抵抗しない術者の襤褸を思い切り引っ張った。

 いとも容易く剥がれる襤褸。サプリはこの時、あまりに軽すぎる手応えに違和感を抱いた。

 おかしい……人の重さじゃない。

 襤褸を剥がれた人影は何の抵抗もなく崩れ……そして、サプリの足元に転がった。

 

 ――それは……白骨化した死体であった。

 

「なっ……何いいィィーーー!?」

 

 サプリの驚愕の声が響き、それと同時に植物が怒り狂ったようにサプリに殺到した。




Q、何かサプリ本編とキャラ違くね?
A、今回はエルリーゼが関わってないからやで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サプリ・メントは探求する③

 ――不覚!

 蔓に手足を拘束されながら、サプリは己の油断を恥じた。

 戦いでやってはならない事はいくつもあるが、その一つに敵の完全な無力化を確認しないうちの勝利の確信がある。

 百歩譲って勝利を確信するまではよくても、その後に動きを止めるのは最悪だ。

 しかも今回は、予想外の事態を目の当たりにしての思考停止までしてしまっている。

 サプリが硬直してしまった時間は僅か二秒。日常生活ならば何という事のないほんの僅かな時間だが、実戦の中では致命的。相手を仕留め、あるいは無力化するのに十分すぎる時間だ。

 普段学園で、騎士候補生達相手に実戦の心得を教えている人間にあってはならない大失態……!

 己の愚かさに自嘲しながら、素早く思考を再稼働させる。

 植物はまだ動いていて、騎士達も戦っている。フィンレーは何とかこちらに近付こうと蔓を次々と切っている。

 手足は拘束されたが、すぐに止めを刺される気配はない。

 

「まんまと疑似餌に騙された……という事かな、これは。単純だが効果的な手だ」

 

 サプリは敵の手腕を褒め、己の迂闊さを呪った。

 接近戦に不安のある魔法の使い手が我が身を守る方法として、『あえて自分のいない場所を厳重に守る』というのは別に珍しい手ではない。

 いかにもここに術者がいますよ、と宣伝するように厳重にガードしては、当然敵もそこを狙う。

 だから裏をかいて、あえてどうでもいい場所を守らせつつ術者はどこかに隠れる。そうする事で敵は術者から勝手に離れ、術者がいない……しかも最も困難な場所を攻撃してくれるのだ。

 しかしサプリは植物の動きに、違和感を覚えていた。

 どういうつもりかは知らないが……植物は、白骨死体を丁寧に持ち上げると、元の椅子に座らせて再び厳重に守り始めたのだ。

 

「これは……どういう事だ?」

 

 疑似餌は有効な手だ。

 ただしそれは、疑似餌と敵にバレていない事が前提である。

 既に疑似餌と判明したあの骨を守る意味などない。

 だというのに植物の群れは、まるで聖女を守る騎士のように術者でも何でもない白骨死体を守り続けている。

 

 ――この植物は魔法ではなく、あの骨を守れと単純な命令だけを受けた魔物?

 ――いや、違う。この植物には明らかな『意思』がある。思考能力を有さない植物から生み出した魔物では、こんな動きはしない。

 ――ならば簡単な命令だけを実行する魔法?

 ――エルリーゼ様の使われる精霊も、いくつかの簡単な命令を実行しているだけで高度な思考能力は有していないと話しておられた。

 ――しかし、そんな高度な芸当が出来る程の力は感じないが……。

 

 サプリは考える。

 この状況を脱する方法は二つ。

 一つ、救助されるのを待つ。二つ、己を捕まえている植物の支配権を魔法で奪い取る。

 一つ目は他人任せすぎる。それに現状ではあまり期待出来そうにない。

 二つ目の方法は先程は失敗した。

 どういうカラクリかは知らないが、サプリの魔力ではそれが出来ない。

 ならば、今以上に魔力を高めるしかない。

 魔力を高める方法は至って単純で簡単だ。

 何度も空気を大きく吸って吐けば肺活量が鍛えられるのと同じように、魔力を限界まで吸い込んで吐き出せば魔力の許容量が増す。これを魔力循環と呼ぶ。

 エルリーゼの神がかった力も、この修練により得られたものだ。

 しかしこれは大きなリスクを孕んでいる。魔力には他人の感情が乗る。この時空気中に流れるのは大抵、負の感情だ。

 精神面の均衡を保つ為に、この世界の人間は無意識下で心の毒である悪い感情を吐き出しているのだ。

 魔力循環をしてしまうと、そうした心の毒まで取り込んでしまうので精神に負担がかかるし、場合によっては性格まで変わってしまう。

 だから本来は一気にやるのではなく、日を跨いで精神を休めながら少しずつやるのが鉄則であり、学園でもそれは候補生達に遵守させている。

 それを今、あえてサプリはやる事にした。

 精神の負担は凄まじいものがある。だが、そんなものは大聖女への愛で耐えればいい。

 覚悟を決めて魔力循環を開始し……サプリは、大きな悲しみを感じた。

 

 

 一人の騎士がいた。

 そして彼が愛した、一人の聖女がいた。

 聖女の名はエスレイン。元々は田舎の農村出身の、土と木を愛するだけの少女であった。

 聖女は生まれてすぐに両親から引き離されて育てられる。

 だが全ての両親が、エルリーゼの両親のように喜んで我が子を手放すわけではない。

 彼女の両親は娘を愛していた。娘が聖女という名の生贄にされる事を嫌がった。

 だから、逃げた。王家の命令に反し、娘を連れて遠くへ。

 

 この夫婦は、実の娘の他に、養子が一人いた。

 別に珍しくもない、両親が魔物に殺されて孤独になってしまった少年だ。

 後に騎士となるその少年は、義理の両親と共に、エスレインを連れて逃げた。

 逃げて逃げて、その果てに小さな農村に辿り着き、そこで少年とエスレインは共に育った。

 この時、すぐに彼等が捕まらなかったのは、彼等の場所を察知出来るはずの預言者プロフェータが行方を晦ましていたからだ。

 何故この時プロフェータがそんな事をしたのかは本人にしか分からない。

 だが結果としては、王家はエスレインを見付けてしまった。

 抵抗した両親は囚われ、両親の命を盾にエスレインは聖女の使命を全うする事を求められた。

 ……裏で、既に両親が処刑されたとも知らずに。

 

 少年はまだ幼かったのに加え、エスレインの精神安定の為として生かされ、訓練を受けた。

 妹であり、同時に想いを寄せる少女を守る為に少年は強くなり、青年となって、やがて騎士へ登り詰めた。

 だがそこが少年の限界で、彼は筆頭騎士にも近衛騎士にもなれなかった。

 エスレインが魔女と戦う時も側にいる事が出来ず、魔女と化したエスレインが何処に行ったのかも分からず、しかもどういうわけか魔女になったはずのエスレインは全く表舞台に姿を見せなかった。

 人々は、魔女はトルッファ様を恐れて逃げ回っているのだと歓喜した。

 その数年後、次代の聖女トルッファがとある館で目撃されて以降行方を晦ましたと聞いて、初めてエスレインの足跡を見付ける事が出来た。

 彼は走った。

 魔女でもいい。世界の敵でもいい。俺は騎士としては弱いけど、それでも君を守ろうと。君だけの騎士であろうと。

 守りたくて、彼女の為に戦いたくて……そして館に辿り着いた彼は見た。

 そこにあったのは、館の奥の部屋で、眠る彼女の姿。

 ――植物で椅子に縛り付けられ、胸に剣を突き立てられ、眠るように死んでいた……愛する妹の姿。

 

 騎士は理解した。

 エスレインは、魔女になっても尚人々と世界を守っていたのだと。

 彼女は植物を操る魔法が得意だった。それで自らを縛り、封印したのだ。

 余りに固く、滅茶苦茶に結んでしまった縄は結んだ本人ですら解けなくなる。

 それと同じように、数多の蔓による出鱈目な拘束は、彼女が魔女になって以降も解ける事はなかった。

 そうして彼女は次代の聖女……トルッファが育つまで自らを封じ続け、最後は無抵抗のまま殺されたのだ!

 

 騎士は嘆いた。守るべき時に彼女を守れず、何の役にも立たなかった己を心底呪った。

 だから彼は、ここで最期を迎える事を決めた。

 彼女が生きている間は何の役にも立てなかった無能の騎士だが、それでもせめて……せめて、彼女の死後の安寧だけは守ろう。

 これ以上彼女が踏み躙られないように、彼女の尊厳だけはここで守ろう。

 誰も彼女には近寄らせない。興味本位の馬鹿共が、この気高い聖女に触れる事など許さない。

 だから、誰もここには立ち入らせない。彼女には近付かせない。

 その信念だけで彼はここで、死ぬまで彼女を守り続けた。

 死しても尚守り続け、身体が朽ちてからも魂だけで現世に留まって、植物を動かして尚守り続けた。

 

 そして今も、彼は守っている。もう動かない、己の最愛の人を。

 

 

「……ああ」

 

 サプリは深く溜息を吐き、哀れな白骨死体と、周囲の植物を見た。

 理解した。全て流れ込んで来た。

 痛いほどの嘆きと、世界への呪いと、そして聖女への愛が。

 なるほど、トルッファの時代に魔女が現れなかったのはトルッファの奇跡などではなかった。トルッファを恐れていたわけでもなかった。

 魔女エスレインが自らを封じ、世界を守っていたのだ。

 

 この館に感じていた違和感の正体も分かった。

 ここでトルッファが魔女を倒したという推測は最初にしていたが……それにしては、館が綺麗すぎたのだ。

 時の流れによる劣化、腐敗はあったが、聖女と魔女が戦ったにしては、館はあまりに無傷すぎた。

 だがその理由も分かった。

 そもそも戦ってなどいなかった。エスレインは無抵抗で殺されたのだ。

 

 おかしいとは思っていた。ずっと引っかかってはいたのだ。

 トルッファは『奇跡の聖女』と呼ばれたほどの聖女だったのに、肝心の魔女が恐れるほどの『奇跡の力』が具体的にどういうものなのか、どうして全く伝わっていなかったのか。

 魔女が恐れて隠れる程の力の持ち主だったなら、魔物の脅威だってもっと減っていたはずだ。

 そう、それこそエルリーゼがそうしたように。

 しかしどれだけ調べても、『魔女がトルッファの奇跡の力を恐れて隠れていた』という記述はあっても、奇跡の力がどういうものなのかも、その時代に魔物の勢力が弱ったとも、記載されていない。

 

 だがその謎は氷解した。

 奇跡の力など最初から無かった。それだけの話だったのだ。

 

「何と……何と見事で気高い」

 

 サプリの両目から涙が流れた。

 真の奇跡の聖女は、エスレインの方だった。

 魔女に堕ちても尚、己を縛るとはどれだけ凄まじい精神力だったのだろう。

 己から両親を取り上げた世界など恨んでもいいはずなのに、どうしてここまで献身的になれるのだろう。

 そしてサプリは強く思った。

 この聖女を、『逃げ続けた臆病者』のままにしてはならない!

 この間違った歴史は早急に修正され、彼女の真の偉大さと気高さを後世に伝えねばならない!

 後、王家の馬鹿共にこの罪を理解させて猛省させ、教科書も全て修正し、当時の王族の愚かさをしっかり記して、歴史上でも比類なき愚かで悪辣な外道として伝えてやる!

 故に、いつまでも捕まっているわけにはいかない!

 

「サプリメント・ロォォォォルゥゥゥ!」

 

 サプリの眼鏡が気持ち悪く輝き、そしてサプリは猛烈に回転した。

 全身の関節を外しながら高速回転。それによって生じた隙間をこじ開け、蛇のようにニュルリと蔓から脱出……その後に関節再結合! 率直に言ってとてもキモい。

 その光景を見ていたフィンレー以下、騎士団は「えぇ……」と困惑した。

 サプリは床に着地し、そしてビシッと植物を指差す。

 

「名も知らぬ騎士よ、その忠誠見事! なるほどなるほど、魂だけで留まっていたか。

道理で私の魔法で支配権を奪えないわけだ。まさか魔法で操られた植物でも魔物化した植物でもなく、騎士が憑依した植物だったとは。

以前アルフレア様の墓の前にも、鎧に憑依して彼女の護衛を続けていた騎士がいたが、それと同じ事をしていたわけだ。前例があったというのに、その可能性に気付けなかったとは我ながら不覚!

そしてそこにおわすお方は疑似餌などではなく、君が守るべき聖女。確かに不躾に触れられれば怒るのも必然というもの。まずは私の非礼を詫びよう」

 

 何言ってんだこいつ、という顔でフィンレー以下、騎士団はサプリを見ている。

 魔力循環によって状況を完全に理解したのは、あくまでサプリだけだ。

 なので騎士団からはサプリは突然意味の分からない事をほざき始めたとしか見えない。

 

「しかし、タネが割れれば攻略は容易い。憑依しているだけで、あくまで魂は一つ。アルフレア様の墓にいた鎧の騎士がそうだったように、複数の身体を同時に動かす事は出来ないと見た。

ならばこの複数に見える植物も実際には、大元を同じくするだけの一つの植物。周囲に生えている無数の木々のうちの一つ……この館に根を伸ばした木の一つに過ぎない」

 

 サプリは地面を思い切り叩き、土属性魔法を全方位に向けて発動した。

 威力は弱くていい。極端な話、この魔法で何も成せなくてもいい。

 それでも、周囲の木々に魔力を向けて操ろうと試みる。すると……。

 

「抵抗したな? ……そこだ」

 

 無数にある木々のうちの一本だけが、サプリの魔力支配に抵抗した。

 サプリはその迂闊さを見逃す事なく笑い、己の最大魔法を発動する。

 地面が盛り上がり、人の形を取り始める。

 この館を支えていた大地はそのまま館を崩さないように館を包む掌となり、巨大な人型へ……ゴーレムへと変わる。

 天を突くほどの巨大ゴーレムは館を支えているのと逆の腕を伸ばす。

 そして、丁度館の裏側に生えていた大木を引っこ抜いた。

 すると地面から何本もの根が引き抜かれ、根が何本も床を通して館に突き刺さっていた事が白日の下に晒される。

 ゴーレムに掴まれた木は必死に逃れようともがくが、ビクともしない。

 

「先生、これは!」

「あの巨木が敵の正体だ、フィンレー君。昔の騎士の亡霊が憑依していたのだよ」

 

 困惑するフィンレーに簡単な説明をし、サプリは悠々と入口から外に出て、ゴーレムの肩へ飛び乗った。

 そして無力化した巨木……いや、名も知らぬ騎士へ語り掛ける。

 

「安心したまえ、名も知らぬ騎士よ。私は彼女を……エスレイン様を決してぞんざいには扱わぬ。

必ずや彼女の真の偉大さを皆に伝え、名誉を取り戻すと約束しよう。

無論彼女の遺体は丁重に……そうだな……彼女が育った農村があった場所に埋葬しよう。ああ、勿論君も一緒だとも」

 

 巨木はまだ動いている。

 しかしサプリの話に何かを感じているように、動きは緩やかになっていた。

 

「今日までの君の孤独な戦いは決して無駄ではなかった。

私という聖女様の理解者が現れるまでエスレイン様をお守りし、そして名誉を取り戻す今日という日を迎えたのだ。

誇るがいい、騎士よ……君は、君の聖女を守ったぞ」

 

 巨木は――ゆっくりと、動かなくなった。

 風が枝を揺らし、空洞を通り、まるで泣き声のような音を響かせる。

 そして木の一部が崩れ、中から白骨化した死体が姿を見せた。

 役目を全うした忠義の騎士が今、眠ったのだ。

 その生き様と死に様にサプリは敬意を表し、黙祷を捧げた。

 

「……あの、先生? 状況が全く理解出来ないのですが……いえ、終わったのだという事は分かるのですが、その……エスレイン様? とは一体……」

「安心したまえ。頼まれずともゆっくりとじっくり教えてやるとも。

ああ、そうとも。この事を知らぬ全ての者に、真実を教えねばならん。

そうでなければ、あの二人が報われんからな」

「は、はあ……」

 

 サプリは館の中へ戻り、椅子に座る白骨死体……エスレインに無言で跪いた。

 彼女が作り出した『奇跡』の期間は、千年の悲劇の中でたったの二十年程度に過ぎない。

 その二十年ですら魔物は活動していたのだから、人類が追い詰められる速度がほんの少し鈍っただけだ。

 だがその『ほんの少し』が人類滅亡までの時間を延ばした。

 そして、エルリーゼという至高の大聖女が生まれ、全てをひっくり返したのだ。

 もしも彼女が稼いだ『ほんの少し』の奇跡がなければ、エルリーゼの登場を待たずして人類は滅びていたかもしれない。

 あるいは、エルリーゼが生まれない未来になっていたかもしれない。

 彼女の『奇跡』が稼いだ時間はほんの僅かだ。だがそのほんの僅かがあったから、後の特大の奇跡への道が繋がった。

 

 だからサプリは、心からの敬意を目の前の『聖女』へ捧げた。

 

 

 ――その後。

 植物に連れ去られた騎士は全員、館の外で気絶しているのを発見され、命に別状なく帰還する事が出来た。

 騎士団と共に帰ったサプリは早速、館で得た真実を皆に広めるべく奔走し、奇跡の聖女エスレインと、名も知らぬ騎士の物語は人々へ伝えられた。

 教科書は大幅な改正を行う羽目になり、作業に関わった人々が終わらない仕事に悲鳴を上げる羽目になったのは哀れと言う他ないだろう。

 館に残された資料は厳重に保管され、エスレインと名も知らぬ騎士の遺体は、サプリによって彼女達が育った村があった場所へ埋葬され、あの巨木はその上に植えられた。

 そしてサプリは、真実をアイズ国王を始めとする各国の王に突き付けた。

 

「これが、貴方達の罪です。これを聞いてどうするかは任せますがね……一つ言える事があるとすれば、あまり彼女を失望させないで欲しいものです」

「……ああ、分かっている。我等は古の時代より罪を重ね続けた。世界の為、国の為と大義名分を掲げながらな。エスレイン様も、その被害者の一人だ。真実を後世に遺すと……我等の祖先の愚かさを余す事なく伝えると約束しよう」

 

 アイズは疲れたように、サプリの要求を受け入れた。

 エスレインに対する仕打ちは、きっと真実だ。同じ王だからこそ、分かる。

 何故なら仮に自分がその時代に王だったとしても、きっと同じ事をやっただろうから。

 世界の為、国の為、人の為……そう言いながら、自分達の権力と身の安全の為に聖女を踏み躙り続けてきた。それが王族だ。

 既に痛い程分かっていたと思っていた罪が、また一つ増えた。そしてこれからも、調査が続く程に増えていくのだろう。

 

「……当時の王は……シアニン王は歴代で最も魔女が活動しなかった期間を治めた偉大な王として伝えられ、霊園でも一際立派な墓を建てられた。彼の偉業に肖ろうと歴代の王はシアニン王の墓の前で祈り、私もその一人だった……彼の王の墓は毎日のように清掃され、清められていた。

……だが……これからは、もう誰も掃除などしないだろうな……」

 

 乾いた笑いを浮かべ、アイズは顔を伏せた。

 そんな彼を見てサプリは、墓を掘り起こして遺骨を肥溜めにバラ撒かない分有情だ、などと随分外れた事を考えていた。

 

 

 ――騎士は、長い道を歩いていた。

 どこに行けばいいのか分からない。行くべき場所がそもそもあるのかどうかも分からない。

 守りたかったものは何も守れず、ただ無能を晒し続けただけの日々。

 本当はもう、そこにいないと分かっていたのに、縋り続けただけの時間。

 そこから解放され、あの胡散臭い……正直、本当に信じていいのか割と疑わしい眼鏡の男に未来を任せ、気付いたらここにいた。

 

 もう自分が生前、どんな姿だったかも思い出せない。

 育ててくれた義理の両親の声も分からない。

 あれだけ愛した彼女の顔すらも、もう……。

 

 それでも彼は歩く。

 これが守れなかった罪なのか。これが無能の罰なのかと受け入れながら。

 

 ――。

 ふと、声が聞こえた気がした。

 誰の声だろう。もう随分聞いていない、懐かしい声だ。

 顔を上げ……そして彼は見た。

 

 誰かが、彼を待っていてくれた。

 誰だろう、あの少女は。

 誰だろう、あの老夫婦は。

 知らない誰かだ。いや、忘れてしまった誰かだ。

 

『――――!』

 

 少女が、誰かの名前を呼んだ。

 誰の名前だろう。酷く懐かしい名だ。

 もう随分呼ばれていない……ああ、そうだ。俺の名前だ、と騎士は思い出した。

 ではあの少女は……。

 ……ああ、そうだ。あの少女は……あの老夫婦は。

 

 騎士は駆け出し、そして叫んだ。

 かつて失ってしまった、義理の両親を。そして守りたかった最愛の聖女を。

 彼女も向こう側から走って来て、気付けば二人は生前の、子供の頃の姿に戻っていた。

 

 ――そして二人は、お互いを強く抱きしめた。

 




本日、ついに偽聖女のコミック版1巻が発売されました!
是非、よろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エルリーゼとレイラの一日

 エルリーゼの一日は大体、午前七時か八時から始まる。

 前世では不規則な昼夜逆転生活を送っていたので起床も昼過ぎだったが、こちらの世界では長年の聖女の城での規則正しい生活のせいですっかり健全な生活リズムが身に付いてしまっていた。

 聖女を引退したエルリーゼは、以前までプロフェータが暮らしていた森の中にログハウスを建てて、レイラと二人で気ままな生活を送っている。

 食事当番は日替わりで、今日はレイラが当番なので朝ご飯が出来るまでやる事がない。

 なので預言者の力を使って世界各地を覗き見し、それからレイラに呼ばれて食卓へ向かった。

 今日の朝食は燻製肉とパン、付け合わせの芋。自家栽培で育てている野菜の盛り合わせだ。

 デザートには守り人から献上された新鮮な果物もある。

 この世界の基準で考えるならば、かなり贅沢な内容だと言えるだろう。

 パンを焼くための窯は貴族や教会が独占しているが、そこは仮にも大聖女の住んでいる家だ。

 アイズに竈を注文したら、次の日には職人が沢山やって来て、あっという間に取り付けてくれた。

 パンは作るのが手間なのでエルリーゼはあまり作らないが、レイラは頑張ってパンを捏ねて焼いている。

 最近はどんどん腕が上達しており、地味に楽しみの一つだ。

 

 朝食を終えれば、レイラは狩りに出かける。

 その間、エルリーゼは畑の世話……は実はあまりしていない。

 そんな事をしなくても回復魔法の応用でいくらでも成長させてしまえるし、やろうと思えば本当にすぐにでも収穫出来る。

 しかも最近は畑に興味を持った守り人に、野菜の育て方を教えてみたら喜んでやり始めたので本当にエルリーゼは何もしなくてもいい。

 なのでエルリーゼは適当に森の中をブラブラと散歩する。

 仕事も責任も義務もなく、ただ何も考えずに歩く……ああ、何と解放的な事だろう。

 時間という有限で貴重なものを無意味に浪費するという最高の贅沢。それを堪能しながら歩いていると木陰から鹿や兎、元の世界にはいないよく分からない動物などが出てきてエルリーゼの周囲にまとわりつき出した。

 彼等の半分以上は作物を荒らす困った奴だったのだが、駆除するのも面倒だったのと、それで無駄な罪悪感を背負いたくもなかったエルリーゼはとりあえず最初に説得を試みた。

 その結果、何故か上手くいってしまったのが始まりだ。

 生き物の感情というのは空気中のマナに流れ出す。

 それを利用して自らの感情を少しだけ魔力に乗せて意思を伝えようと試みてみたり、逆に空気中のマナに流れ出した彼等の感情を読み取ったりして、色々とやった結果、少しくらいならば意思の疎通が出来るようになってしまった。

 それで意思疎通をしてみた所、助けを求められたり食べ物をせがまれたりしたので要望に応えてやった結果、こうして懐かれてしまったわけだ。

 尚、野生動物の持つ病原菌や寄生虫に関しては、出会い頭に浄化魔法をかけて全て消している。

 また、エルリーゼ自身も常に自らに浄化魔法をかけ続けているので、体外、体内共に汚れや有害なものは発生次第浄化され、仮に有害な菌や毒が入り込んでもその瞬間に消滅してしまう。

 なので病気になる心配はない。

 また、常に自身に薄いバリアを張っているので大型動物がじゃれてもエルリーゼが怪我を負う事はない。

 仮に熊が本気で引っ掻いても、その時は熊の爪の方が砕けるだろう。

 とはいえ、今の所動物達がエルリーゼに危害を加えた事はなく、皆大人しくしていた。

 木を背もたれにして座ったエルリーゼに、虎……いや、虎サイズの猫がゴロゴロと喉を鳴らしながら頭を擦り付ける。

 虎などの大型動物を触ったりしてみたい、というのは実はエルリーゼの前世の頃からの密かな夢だ。

 海外の金持ちがよく虎やライオンをペットにしているように、彼等は男の浪漫を誘惑する何かを持っている。

 なので、密かに夢の叶ったエルリーゼも内心でテンション爆上げであった。

 これは虎ではなく、虎サイズの猫だが、これはこれでいいものだ。

 

(おお、ゴロゴロいっとる……すげえ音……)

 

 巨大猫の喉を撫でながら、エルリーゼはこの時間を楽しんでいた。

 流れて来る感情は慕うものや感謝の気持ちなので、とりあえず懐かれていると思って間違いないだろう。

 何故感謝されているのかだが、どうも野生動物にとっても魔女と魔物はこの上なく鬱陶しい存在だったらしい。

 魔物とは動物が魔女に変質させられてしまったものだ。

 なので動物からすれば魔女は、自分達をわけの分からないモノに変えてしまう敵であり、そして魔物はわけの分からないモノとなってしまった敵だ。

 しかも魔物は人間を殺す為だけに自然は荒らすわ水に毒は流すわでやりたい放題だ。

 そのせいで魔物の攻撃対象ではない動物達も食べ物がなくなり、非常に迷惑していた。

 かといって排除しようにも、魔物は強いのでどうにもならない。

 そして彼等は本能か、それともこの世界ならではの動物同士でネットワークでもあったのか……エルリーゼが敵を排除してくれた事を何となく理解し、その情報を共有していた。

 他にもエルリーゼの近くにいると身体の調子がよくなったりするので、居心地がいいらしい。

 今も、エルリーゼの膝の上に陣取っていた巨大猫を、横から来た別の巨大猫が無理矢理どけて横取りしている。

 しばらくそうして過ごしていると、何かを感じ取った巨大猫が逃げるように退避し、木の陰からレイラが現れた。

 

「エルリーゼ様、ここにおられましたか。そろそろお昼なので、一度戻りませんか?」

「ええ、分かりました。それでは皆、また後で」

 

 動物達をどけて立ち上がり、レイラと共にログハウスへと帰る。

 念願のニート生活を手に入れた今、エルリーゼはこの上なく平和になった世界を満喫していた。

 

 

【レイラの一日】

 

 レイラの一日はエルリーゼよりも少しだけ早く始まる。

 まずは外で軽く素振りをし、仮想敵を相手に様々な型を試していく。

 既にエルリーゼは聖女の座から退き、それに合わせてレイラも騎士の位を返上してエルリーゼについてきた。

 なので今のレイラは身も蓋もない言い方をすれば無職だ。

 しかしそれでもレイラはエルリーゼの騎士であり、魔女の脅威がなくなった世界でも有事に備えて鍛錬を続けていた。

 鍛錬を終えれば、その後は朝食の準備に入る。

 食事は交替制で、今日はレイラの番だ。

 エルリーゼほど上手く作れないが、それでもやるからには手抜きは出来ない。

 最近はそれなりに上手くパンを焼けるようになり、こういうのも楽しいと思えてきた。

 

 朝食が終われば、レイラは狩りに出かける。

 狩りの対象は主に魚だが、時には餌を求めて近くの山から熊が下りて来る事もあるので、発見したらそれも狩らなければならない。

 放置して守り人が襲われる事があれば大事だし、万一にもエルリーゼが害される可能性は減らしておきたい。

 無論、魔女の攻撃ですら通らないエルリーゼを害する事が出来る存在などいないと分かっているが、それでも念の為だ。

 今日は熊はいなかったが、代わりとばかりにかなり大きめの魚を捕獲してしまった。

 大きさは一メートルはあるだろうか。

 

「これは大物だな。一日ではとても食べきれそうにない」

 

 これだけ大きな魚を手に入れたなら、今日の成果はこれで十分だろう。

 とりあえず早急に魚の内臓を処理し、血抜きを済ませて、今日は帰る事にした。

 それから帰る途中でエルリーゼを呼ぶべく、普段エルリーゼが散歩コースにしている道に向かう。

 少し歩くと、木陰で動物達に囲まれているエルリーゼを見付け、その幻想的な光景に思わず足が止まる。

 本来は人を警戒して近付かないはずの動物まで、エルリーゼの近くでは安らいでいて、心を許しているようだ。

 もし仮に、あそこにいるのがレイラだったならば動物達はあんなに寛がずに一目散に逃げているだろう。

 あまりに幻想的な光景を壊すのが憚られ、声をかけるべきかどうか悩んでしまう。

 だがその時、レイラはエルリーゼの膝の上に頭を乗せてくつろぐ巨大な猫を発見した。

 け、獣風情が何と羨ま……いや、無礼な!

 動物相手に大人げなく嫉妬したレイラの殺気が伝わったのだろう。

 巨大猫は怯えたようにその場から飛び退き、エルリーゼの視線がこちらを向いた。

 レイラは慌てて姿勢を正し、何事もなかったかのように冷静に言う。

 

「エルリーゼ様、ここにおられましたか。そろそろお昼なので、一度戻りませんか?」

「ええ、分かりました」

 

 それでは皆、また後で、とエルリーゼが言うと動物達も素直に従って解散した。

 動物が人の言葉など分かるものなのだろうか?

 そう思うも、エルリーゼ様ならば不思議はないか、とレイラは勝手に納得した。

 

 昼食を終えた後は夕食の仕込みを始める。

 今日の成果である大きな魚は、一日で全て使うのは無理があるので今日はとりあえず一部だけを使う事にして、残りはエルリーゼの魔法によって冷凍保存された。

 さて、どう料理したものか……焼いて塩をかけるのも美味そうだし、煮込んでもよさそうだ。

 そう思案していると、誰かがドアをノックする音が聞こえた。

 人里離れたこんな森の中にある家を訪れる人物はそう多くない。

 ここに来るのは守り人か、アルフレアやアイズの使いでやって来る騎士か、あるいは外の情報の提供という名目で頻繁にやって来る、あいつか……。

 ドアを開けると、そこに立っていたのは予想通り眼鏡をかけた男であった。

 

「何だ、サプリ教諭か」

「人の顔を見るなりそれかね。まあいい、エルリーゼ様はおられるかな?」

「今は二階でお休みになられている。用件があるなら私が伝えよう」

 

 サプリは外の情報を持ってきてくれる、そこそこ有難い存在だが、そう大きな出来事が起きたのでなければわざわざエルリーゼを呼ぶまでもない。

 レイラが聞いて、後で伝えれば済むことだ。

 しかしサプリは小馬鹿にしたように笑う。

 

「レイラ君、君は馬鹿かね。私は五日に一度はエルリーゼ様のお姿を拝見せねば禁断症状で身体が震え出すのだぞ」

「それはお前がおかしいだけだ」

「では聞くが、君はエルリーゼ様から数日も離れて平静でいられるのかな?」

「む、それは……確かにそう言われると分からないでもないが……」

 

 ここで少しでもサプリに共感を示してしまう辺りが実にスットコである。

 仕方ないので二階に上がってエルリーゼを呼び、二人でサプリの話を聞く。

 もっとも、予想はしていたが大した話ではなかった。

 最近の王都の様子やアルフレアの様子、先日栽培を始めたサツマイモの普及具合などを軽く報告されただけだ。

 やはり報告は建前で、ただサプリがエルリーゼに会いたくて来ただけなのだろう。

 その後サプリは満足したような顔で帰り、夕飯の時間を迎えた。

 魚は悩んだ末、結局シンプルに焼く事にしたが、なかなか美味だったのでこれで正解らしい。

 二人でしばらく食事を楽しんでいると、開けていた窓からスルリと普通サイズの猫が入り込んできた。

 魚の匂いにでも釣られたのだろう。このログハウスにはよく猫がやってきては餌を強請る。

 エルリーゼも猫は嫌いではないようで、冷凍保存していた魚から骨のない部分を取ると火の魔法でしっかり加熱してから、猫が火傷しないようにすぐに風の魔法で冷まし、猫に与える。

 すると猫はガツガツと魚を食い、完食した後は満足そうにエルリーゼの足に尻尾を巻き付けている。

 

「…………」

 

 レイラは何となく、塩をまだ振っていない魚の一部を切り取って猫の前に出してみた。

 しかし猫はレイラを一瞥するも、まるで興味がなさそうに顔を逸らしてしまう。

 どうもレイラには懐いていないようだ。

 

「ぐぬぬ……」

 

 魔物を斬るのは得意なレイラだが、動物にはあまり好かれない。

 ある意味レイラにとってこの猫は、強大な魔物よりも手強い相手なのかもしれない。




皆様こんばんは。壁首領大公です。
コミック版2巻の発売日が近付いてまいりましたので、告知の為に戻ってきました。
ちょっと通りますよ……。
コミック版2巻は2023年10月27日(金)に発売となります。
よろしくお願いします!

今回のSSは原作2巻発売時にカクヨムメールで配布したSSなので時系列的には前回のサプリ外伝より前の話となります。

この後の更新は10/20、10/27の2回を予定しております。
もしよろしければ、また見に来てください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サプリ・メントの一日

今日更新予定だったのをすっかり忘れていた……。
い、1時間以内に気付けたからセーフセーフ……。


 サプリ・メントの一日は変な祈りから始まる。

 学園に用意された教師用の寮の一室で目を覚まし、ベッドを整え、朝一で大浴場に入って身を清める。

 念入りに歯を磨き、髪を整え、それから部屋に戻ると何故か純白の法衣に身を包んだ。

 そうしてしっかりと身だしなみを整えてから鉄の扉で厳重に守られた保管庫へ入る。

 中にはサプリが集めた聖具……エルリーゼゆかりの数々の品が飾られており、中央にはサプリがエルリーゼより直々に賜った仕込み杖が収められた箱が置かれている。

 この杖はエルリーゼが魔法で作り出したもので、その頑丈さは他の武器の追随を許さない。

 普通に武器として使っても世界最高峰の逸品だが、サプリは『魔女』との戦いで使用したのを最後にこの武器を保管室に封じていた。

 その理由はベルネルのように、聖女から賜った武器を持つのにまだ自分が相応しくないと思ったから……ではなく、普段から使って汚れたりどこか欠けたりしたら困るからだ。

 その杖の前で仰々しく膝を突き、頭を下げて祈る。

 この世界にエルリーゼという奇跡がいてくれる事。そして同じ時代に生まれ、数々の奇跡を拝めた事への、心からの感謝!

 ひたすら拝んでは頭を下げ、それを一時間繰り返した後にようやくサプリは部屋を出た。

 それから学園教師の服に素早く着替え、出発。

 まずは食堂で軽く朝食をとり、授業に向かう。

 この学園は騎士を育成する為の機関だが、エルリーゼの活躍によって魔女や魔物の脅威から解放された今では、従来通りの授業は意味がない。

 これから先、騎士の役割は変わり、戦う相手も魔女や魔物ではなく野生動物や人……主に盗賊などの無法者となるだろう。

 なのでサプリの授業は従来のやり方をバッサリと切り捨て、これから先の時代に必要とされるだろう技能や知識の習得へ切り替えていた。

 

「おはよう、諸君。エルリーゼ様への感謝は毎日捧げているかね? 捧げているならば結構。

さて……ああ、教科書は仕舞いたまえ。それは魔女との戦闘を想定したものだ。私の授業ではもう使わない」

 

 教壇に上がり、生徒達を見回す。

 何人かは、急な路線変更を行ったサプリに不満そうな顔をしているが、不満なら不満で別に構わない。

 元より騎士とは一部の者しかなれない職業で、それ以外の者は容赦なく落とされる。

 これから先の時代に適応出来そうにない候補生は、ただ落ちていくだけだ。

 

「魔物は先の王都の襲撃以来目撃情報がなく、魔女もいなくなった。

魔物はまだどこかに潜んでいるかもしれないが、魔物は魔女の力を与えられる事でしか生まれない……つまり自然発生はあり得ないので、放置しても時を経ればやがては消える。

ならば、魔女や魔物と戦う為の精鋭である騎士は、これから先何を相手に戦うのか?

誰か分かる者はいるか?」

「ええと……野生動物……後は、同じ人間ですか?」

「正解だ、ジョン君」

 

 これから騎士が戦う事になるだろう相手は、野生動物と人間の二つ。

 そのうち野生動物はあまり重要ではない。そんなものの相手は騎士がやるより、専門の狩人などを育ててそちらにやらせた方がずっといいだろう。

 ならば重要なのはもう一つ……対人間である。

 世界は平和になった。だが平和になったからこそ、今までは共通の脅威を前に手を取り合っていた国と国が敵同士になる可能性がある。

 アイズ国王から聞いた話だと、過去に行われた人間同士の大規模な争いはいずれも、魔女がいない空白期間に行われていたという。

 ならば、その戦争に対する抑止力が必要だ。

 どの国にも属さない、そしてどの国が暴走しても抑え込める調停者がいなければ、人同士は容易く互いを食らい合う。

 そして聖女と騎士は、どの国にも属しておらず、精鋭のみを集めている為に戦力は世界最強だ。

 つまりこれからの時代の調停者となれる資格を満たしている。

 

「今はどの国も平和である幸せを噛み締めているが、平和に慣れれば人同士の戦争が起こるだろう。その時に、国の暴走を抑え込める調停者が必要だ。

今はエルリーゼ様がおられるから、人同士の戦争はまず起こらない。

聖女の座を退いても、存在しているだけで人の世の平和を保ち続ける存在……まさに聖女の中の聖女と呼ぶ他ないだろう。

しかしエルリーゼ様がご存命の間はよくとも、問題はその後だ。

その時の為に、今から世界の調停者としての聖女と騎士という認識を作り、根付かせていかねばならん。

ただ、聖女はもしかしたらもう生まれないかもしれないから、その時の事も考える必要がある。

……さて、前置きが長くなってしまったが、今日は対人を想定した陣形を学んでいこうか」

 

 午前の授業が終われば、足早に学園を出る。

 普段は午後の授業も受け持つのだが、今日は特別だ。授業よりも優先するべき大切な使命がある。

 学園の外に出るとサプリは指をくわえ、指笛を吹いた。

 すると大空から一羽の巨大な鳥が舞い降り、サプリの肩を掴んで飛翔した。

 この鳥は名前をイマタテコンドルといい、普段は忙しく空を飛び回っていてなかなか姿を見る事の出来ない希少な鳥だ。

 大きさは巨大なもので四メートルに達し、牛や馬どころか時には魔物ですら捕らえて捕食してしまう。

 魔物は人間を殺める為に自然を荒らし回る、野生動物にとっても非常に迷惑な生き物だった。

 だが動物もやられっぱなしではない。環境に適応するのが動物だ。

 動物の中には、魔物という天敵に対抗するべく巨大に、力強く進化した生物も存在する。

 このうちの一つがこのイマタテコンドルだ。

 最大高度は2万m! 最大速度は時速五百㎞!

 そのパワーは体重五百㎏の魔物を掴んで瞬く間に大空に飛翔し、そのまま二十四時間ぶっ通しで飛び続けられるほどに強い。

 以前エルリーゼに倒されたバーカドリですらイマタテコンドルの前ではただの餌であり、飛行可能な魔物の何種類かはこの鳥によって絶滅させられたと言われている。

 もうこれ、ほとんど魔物と変わらないんじゃないかな。

 そんなイマタテコンドルを、サプリは捕獲して飼い慣らしていた。

 その目的は一つ……エルリーゼの住む森に、いつでも馳せ参じられるようにしたいからだ。

 エルリーゼの住む森は王都から汽車に乗る事で辿り着ける。

 しかし王都は学園からは遠く、更に汽車に乗っても更にそこから時間がかかる。

 それではいけないと、サプリは執念でこの鳥を捕まえて調教したのだ。

 ……尚、イマタテコンドルは魔物どころか人間すら普通に捕食対象にしてしまう極めて危険な存在であり、あまりの危険さから魔物と同一視されて騎士の討伐対象にまで入ってしまっている生物だ。

 当然、本来ならば人に懐く鳥ではない。

 それを支配下に置けたのは、ひとえにサプリの執念。エルリーゼへの常軌を逸脱した愛があればこそだろう。

 要は、あまりのサプリの変態オーラにイマタテコンドルですら「あっ、これ逆らったらアカン奴や」と察してしまったのだ。

 

 イマタテコンドルに運ばれたサプリはエルリーゼが住む森の上空へやって来た。

 そこで何を考えたのかイマタテコンドルは爪を放し、上空からサプリが落下する。

 当然、地面との距離はまだ遠い。その距離、実に三十m! 人間など余裕で即死出来る高さだ。

 しかしサプリは恐れずに両手を身体に付けて空気抵抗を最小限にし、地面へと落ちて行く。

 眼鏡がキラリと光り、木々の間にある開けた場所を見付けてそこに身体を捻じ込んだ。

 そして落下! ――と同時に魔法を発動し、自らが落ちた地面を柔らかな砂へと変えてクッションとする。

 力を抜き、軽く膝を曲げた状態で爪先から地面に着地。

 着地と同時に膝を揃え、右に突き出す。膝の角度は三十度、両手は握って後頭部に当てて肘を締める。

 膝と逆方向に身体を捻り、足、すねの外側、尻、背中、そして肩の順に着地する事で衝撃を五か所に分散し、そして何事もなかったかのように立ち上がった。

 猫は高い場所から飛び降りたり、逆さまに落下しても怪我をする事が少ない。

 それは彼等が本能で、衝撃を身体の各所に分散させる動きをしているからだ。

 サプリは猫の動きを観察し、その動きを取り入れる事で高所から落下してもこのように無傷で済むようになっていた。

 無論、人間は猫ほどの柔軟さはないので、魔法で地面を砂に変えるなどの工夫が必要なのは言うまでもない。

 ただしレイラやベルネルなどの一部の例外は砂でなくても平気だ。

 

「タカヤオ! ガイタンヘラカラソ!」

「ヨタキタマ! ネガメイタンヘノコ!」

 

 空からの登場に周囲の守り人が驚くが、気にせず身体に付いた砂を魔法で取り除き(サプリは土属性魔法が得意なので、身体に付いた砂を纏めてどこかにやるくらいは出来る)乱れた髪を持参した櫛で整えてエルリーゼが住むログハウスへと向かう。

 そしてドアをノックすると、中から足音が近付いてきた。

 エルリーゼの足音とは違うので、多分レイラだろう。

 案の定、ドアを開けて出てきたのは愛しの大聖女ではなく、その側仕えの騎士であった。

 

「何だ、サプリ教諭か」

「人の顔を見るなりそれかね。まあいい、エルリーゼ様はおられるかな?」

「今は二階でお休みになられている。用件があるなら私が伝えよう」

 

 レイラは用件ならば自分が伝えるから、ここでさっさと言えと要求してくる。

 そんな彼女に、サプリはわざとらしく肩をすくめて馬鹿にするように首を横に振った。

 

「レイラ君、君は馬鹿かね。私は五日に一度はエルリーゼ様のお姿を拝見せねば禁断症状で身体が震え出すのだぞ」

「それはお前がおかしいだけだ」

「では聞くが、君はエルリーゼ様から数日も離れて平静でいられるのかな?」

「む、それは……確かにそう言われると分からないでもないが……」

 

 否定は出来まい。何故ならレイラは、エルリーゼと離れ離れになる事に耐えられずに騎士の位を捨ててまで同行した女なのだ。

 

「仕方ない……そこで座って待っていろ。今、呼んでくる」

 

 レイラが一度二階へ上がり、それから少ししてレイラと一緒にエルリーゼが降りてきた。

 以前までは白いドレスを着用していたエルリーゼだが、隠居生活に入ってからは主にアイズ国王から贈られてくる服や、自作の服を着るようになっている。

 今日の服装はフリル付きの半袖の青いシャツに、エルリーゼにしては珍しい黒色のロングスカートというラフなものだ。

 髪は首の後ろで結んでおり、聖女時代とはまた違ったイメージを抱かせる。

 マーヴェラス! サプリは心から感動した。

 正直、こうして色々な姿のエルリーゼを見たいが為にここに来ていると言っても過言ではない。

 それからサプリは外の様々な情報を伝えながらも、意識の大半はエルリーゼの姿を見る事や、同じ空間にいられる事の幸福を噛み締める事に費やしていた。

 この変態……レベルアップしている……!

 そして伝えるべき事を伝えた後に、別れの挨拶を言ってログハウスを出た。

 

 ――今日はとても良き日であった。

 ――これでまた明日から生きていける……。

 

 こうして、ある意味この世で一番幸せな男は浮かれた気分で学園へと帰って行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ベルネルとエテルナの一日

【ベルネルの一日】

 

 ベルネルの朝は早い。

 日が昇り始めて間もなく起床し、まずは目覚ましの軽い走り込みを行う。

 彼が現在いる場所は霊峰ローラン。

 まだ対魔女戦のセオリーが確立されておらず、騎士の必要性も理解されていなかった二代目聖女ルーチェの時代……当然、今のように大勢の騎士もいなければ近衛騎士という階級も存在しない。

 そんな時代に彼女を支え、魔女イヴを倒す為にこの山で鍛え抜き、鋼の肉体を手に入れた漢がいた。

 彼はあらゆる脅威からルーチェを守り、どんな攻撃もその肉体で受け止め、イヴの魔法ですら彼の命を奪う事は出来ても身体を貫く事は出来なかった。

 そんな彼の活躍があったからこそ、ルーチェはイヴを打倒出来たのだ。

 最後までルーチェを守り抜き、そして名誉の戦死を遂げた漢の名こそ、騎士ローラン。

 当時の国王は彼の活躍に感動し、その在り方こそまさに騎士の中の騎士と褒め称え、彼の位牌に騎士の頂点……即ち筆頭騎士の称号を贈った。

 そして彼の戦いぶりがあったからこそ、騎士が聖女を守り切れば聖女は魔女に勝てると皆が理解し、騎士は聖女の盾としての地位を確立した。

 つまり今の肉盾戦法が出来たのは大体こいつのせいだ。

 そして彼が身体を鍛えたこの山は彼に肖り、霊峰ローランと名付けられ、以来、多くの騎士が心身を鍛える為に訪れた。

 ベルネルもまた、そんな険しい道に挑む一人だ。

 世界は平和になった……だがベルネルは己の不甲斐なさが許せなかった。己の弱さが我慢出来なかった。

 エルリーゼに自らが犠牲になるという悲壮な決意を抱かせてしまった。己の中の力すら制御出来ていなかったせいで、その引き金を引いてしまった。

 そして……死なせてしまった。

 結果だけを見ればエルリーゼは奇跡の復活を果たし、プロフェータの命を受け継いで今も生きている。

 だがそんなのは本当に結果論だ。ベルネルが騎士としての役目を果たせなかったという事実は何も変わらない。

 ベルネルはエルリーゼに想いを寄せている。

 だが今のままでは、フラれるフラれない以前の問題で、想いを伝える資格そのものがない。

 だからベルネルは自分を一から鍛え直す事を決めたのだ。

 ちなみに当のエルリーゼからは「平和になったのに何やってんだこいつ……」と呆れられている事を彼は知らない。

 

 軽い早朝トレーニングで三千mほど走った後は朝食をとり、腕立てや腹筋、スクワット、剣の素振りを行う。

 そうして自らを鍛えていると、鍛え抜かれた感覚が何者かの接近を感知した。

 現れたのは……筋骨隆々の逞しい大男だ。

 何者か、とはあえて聞かなかった。

 この山にいるならば目的は一つ……強く、ただ強くなる事。

 彼もまた強さを求める求道者だ。そして求道者同士、磁石が引かれるように自然と惹かれ合った……ただ、それだけの事に過ぎない。

 

「強き者と見受ける。手合わせ願おう」

「望むところだ! かかってこい!」

 

 言葉は少なく、しかし両者が同時に取った構えが何よりも互いの意思を雄弁に語る。

 ベルネルと大男は一瞬で互いの力量を感じ取り、この場で出会えた事に感謝し……そして勝利への決意と敗北への覚悟を固めた。

 

 ――Round1 Fight!!

 

「でいやっ!」

 

 ベルネルは腰を落とし、掌打を放った。

 両者の距離は5mほど。とても届く距離ではない。

 しかしベルネルは魔力を編み、それを自らの生命エネルギーと融合させて解き放ち、『飛ぶ掌打』を実現させていた。

 彼に以前まであった魔女の力はもうない。

 だが、それを使っていた経験は今も生きている。

 それが彼だけの、属性すら持たぬ技を完成させるに至っていた。

 大男は咄嗟にガードするが、すぐに次の掌打が飛来する。

 しかし同じ手は二度食わない。大男は跳躍し、上からベルネルを襲う。

 これに対し、ベルネルは素早く迎撃。地面を強く踏みしめ、固めた拳は天を昇る龍の如く。

 高く跳躍し、拳を高く突き上げて大男の顎を殴り、打ち落とした。

 大男もすぐに起き上がろうとするが、起き上がるよりも先に飛ぶ掌打を放ち自らも素早く接近。

 飛ぶ掌打は大男が立ち上がると同時に着弾し、防御を強要する。

 上の防御に意識を割いたのを狙って今度は素早く下段攻め。足を素早く連続で蹴り、体勢を崩す。

 最後に強く蹴って転倒させる。すると何とか立ち上がった大男は続け様の攻撃によってふらついており、頭の上を星が飛んでいた。

 その隙を逃さず再び飛ぶ掌打を放ち、自らは跳躍。

 着弾と同時に飛び蹴りを叩き込み、着地と同時に休む間もなく蹴り上げ、続けて踵落とし。

 最後に回し蹴りへ移行し、大男を倒しきった。

 

 ――YOU WIN! PERFECT!!

 

 その後意識を取り戻した大男は己の未熟さと、もっと強くなりたいという決意を抱いて立ち去り、ベルネルもまた、もっと強くなるために修練を続ける。

 あの聖女の隣に立つに相応しくなるまで、彼の修練は終わらない。

 

 

 尚、預言者の力でたまたまベルネルの様子を見ていたエルリーゼは「こいつギャルゲ主人公だったはずなのに、何で格ゲーやってんだ……?」と戦慄していた。

 もう彼は色々と手遅れなのかもしれない。

 

 

【エテルナの一日】

 

 世界が平和になってからも、エテルナは変わらずに学園に通い続けていた。

 もう魔物や魔女と戦う事はないが、それはそれとして魔法の腕を磨いて損をする事はない。

 学園でしっかり学べば知識と教養を身に付ける事も出来るし、必ず将来の役に立つはずだ。

 覚えた魔法で生まれ育った村の生活を支えて、親孝行もしたい。

 エテルナが選んだのはそんな、聖女としてではなく村娘としての平凡な人生であった。

 エルリーゼが自らの強大過ぎる影響力を危惧して聖女の座を退き隠居した時、現代の真の聖女であるエテルナこそをエルリーゼの次の聖女に、という声は当然あった。

 しかし、エルリーゼの後に「私が真の聖女です」などと名乗り出ても滑稽なだけでしかない。

 なのでエルリーゼの後の聖女はアルフレアとなり、エテルナは今まで通りの生活を続ける事となった。

 勿論、エテルナがこの時代の本当の聖女であるという事実は、一部の王族や教会上層部、近衛騎士しか知らない事で、世間一般には秘匿されている。

 あくまで一般的には、今でもこの時代の聖女はエルリーゼ、という扱いなのだ。

 また、万一にもエルリーゼの他に現代の聖女がいるという事が明るみになった時の対策として、教会は先手を打ってエルリーゼに『大聖女』という新しい称号を贈る事で、エルリーゼを「聖女を超えた特別な存在」と定めていた。

 ここまで多くの奇跡を起こし、悲劇の連鎖を断ち切ったエルリーゼを今更「本当の聖女ではありませんでした」と認める事など、聖女教会には出来ないのだ。

 そうした教会の思惑やエテルナ本人の希望など、様々な要素もあって最終的にはエテルナの立ち位置は『聖女に近い力を持ち、魔女撃破に多大な貢献をした学生であり、エルリーゼやアルフレアの友人』という事になっていた。

 『魔女』との戦いでアルフレアと共に戦っている姿は大勢の兵士に目撃されているので、完全にただの一般人には出来ず、この辺りが落とし所となったのだろう。

 そんな微妙に複雑な立ち位置にいるエテルナはこの日、アルフレアに呼ばれてお茶会に参加していた。

 

 聖女の城のテラスで、テーブルを挟んで座っているのは三人。

 現代の真の聖女、エテルナ。

 初代聖女アルフレア。

 そして先代聖女にして今代の元魔女、アレクシアだ。

 聖女という事で同じ悩みを共有出来る三人は時折、こうして集まって雑談に花を咲かせている。

 

「ねえ、この前さー、教会の人に信徒の皆に祝福を授けて下さいとか言われたんだけどさー……今の聖女って祝福を与える力なんて備わってないわよね? 私が旧世代の聖女だから出来ないってわけじゃないわよね?」

「初代よ、安心しろ……聖女にそんな力などない」

「うん、私もやれって言われても無理だと思います」

 

 まず最初にアルフレアが、最近教会に頼まれた仕事を話題として出した。

 それにアレクシアとエテルナの二人共が祝福なんて力は聖女にはない、と答える。

 

「そうよねー。何かエルリーゼの祝福は本当に効果があって、病気が治ったり、病気にかかりにくくなったり、肌のツヤがよくなったりとか、色々あったらしいけど……」

「あいつがおかしいだけだ。何だあれは、世界が千年変わらない状況に飽きて聖女以上の存在を生み出したと言われた方がまだ説得力がある。あれで実は一般人だと? ふざけるな」

 

 苛々したようにアレクシアが言い、ティーカップにスプーンを入れて乱暴に掻き混ぜる。

 カチャカチャと音が鳴り、それから気分を落ち着けるために中身を一気に飲み干した。

 

「この世界からすればエルリーゼは救世主だろうし、その功績は私も認める。

私自身も奴に救われたのだから恩もある。

だがそれでもだ。それでも……敵対する側からすれば、奴は悪夢以外の何者でもない!」

 

 エルリーゼと敵対関係になる、という事は基本的にはない。

 世界のどこにでも文字通り飛んできて、王が見捨てるような小さな村であっても見捨てずに手を差し伸べる。

 まさに理想の聖女を具現化したような存在……たとえ裏切られても、その相手を憎まずに許す。

 そんな存在と敵対してしまった数少ない例外こそが魔女、即ちアレクシアであった。

 

「私が奴を初めて見たのは、五年前……いや、六年前か。

当時私は、憎きアイズに復讐する為に数年かけて多くの大魔級の魔物を作り、必勝を期して進軍している最中だった……そこに奴は現れた。当時まだ十二歳の幼子だ」

 

 アレクシアは一度息を吸い、それからゆっくりと吐き出す。

 それから、かつて目の当たりにした悪夢を語った。

 

「……私が育て上げた大魔級の魔物達が一方的に蹴散らされた。

当時のエルリーゼは今と比べれば、まあまだ弱かったが……」

 

 アレクシアはそこまで話し、遠くに見える山の一つを指さした。

 それは雲よりも高く聳え立つ、この国で一番の山だ。

 名を霊峰ローラン。二代目聖女の騎士であったローランという男が修行した事から、彼の名前が付けられた山である。

 

「あの山と」

 

 それから次に、そこから離れた位置にあるそこそこ高い山を指さした。

 先程の山に比べれば低いが、それでも人が登るならば、最悪遭難する事を覚悟しなければならない。

 

「あの山の違いのようなものだ。ちっぽけな人間からすれば、どちらも遥かに巨大である事に違いはない。

つまり私にとって、奴はそういう存在だった。

今より弱いからといって、私にとって手に負えない悪夢である事は何も変わらない。

今のようにたった一発で戦場にいる大魔級の魔物を全て消し飛ばすほど出鱈目ではなかったが、一発で奴の周囲五十メートル範囲にいた魔物は消し飛び、二発目で更に多くが消し飛び、そして三発目でほぼ全滅……慌てて逃げ出した私達に四発目が襲い掛かり、気付けば私は一人になっていた。一万は用意していたはずの魔物は影も形もなかった」

「…………」

「…………」

「この間、僅か三分ほどの事だ。

一発目を撃たれた時、私は茫然としていた。正直、何が起こったのか全く理解出来ておらず現実を認識するのに必死だった。

二発目を撃たれてもまだ立ち直れなかった。夢でも見ているのかと思い、ただ棒立ちしていた。

三発目が終わった時点で魔物が気付いたらほぼ消えていた。そして私の足は、未だ立ち直れない私の思考を無視して全速力での離脱を選択していた。

聖女時代に身に付けた、『強敵に出会ったらとりあえず撤退する』、『まずは何をおいても生き延びる』という習慣が私を助けた。

そして四発目で派手に吹き飛ばされ、地面を惨めに転がった。それでも私は屈辱を感じる余裕もなかった。

……戦おうなどとは全く思わなかった。悔しいという気持ちすら湧かなかった。

ただ逃げる事しか考えられなかった」

「…………」

「…………」

 

 アレクシアの語る悪夢に、アルフレアとエテルナは何も言えなかった。

 ただ、エルリーゼと敵対するというのがどういう事なのかを知り、本来は敵だったはずのアレクシアに同情した。

 

「今のエルリーゼならば十秒で終わる戦いに三分かける……そのくらいの違いさ。

幸い……今だから分かる事だが、あの時のエルリーゼはまだベルネルと出会う前で、ベルネルの持つ闇の力も吸収していなかったから、私を殺す術がなかった。だから私は助かった。

だが当時の私はそんな事に気付く余裕もなかった。

逃げた。私はただ、恐怖して逃げた。僅か十歳の幼子を本気で恐れ、恥も外聞もなく逃げた。

そしてそれからの私は、どうすればエルリーゼと会わずに済むかばかりを考えて生きていた……。

…………おかしいだろう! 何だアレは! 十二歳だぞ!?

何であんな真似が聖女でもない一般人に出来るんだ! あれが一般人なら、そもそも聖女など要らん!

そんなに世界は私が嫌いか!? 私はそんなに嫌われる事を何かしたのか!? ああ゙ん!?」

「落ち着いてアレクシア! 貴女は泣いていい! 泣いていい……っ!」

 

 抑えが利かずにとうとう大声を出したアレクシアを、アルフレアが半泣きになりながらなだめる。

 それからアレクシアは何とか落ち着きを取り戻し、荒く呼吸をする。

 

「でも……エルリーゼ様はアレクシア様を倒す方法がなかったんですよね?

だったら、逃げなかったら実は勝てたんじゃ……」

「無理だな。確かに当時のエルリーゼは私の防御を突破出来ない。だが実力差がありすぎて私にも奴を倒す方法がない。そしてダメージを与える方法はなくとも、拘束するくらいは出来たはずだ。

例えば私の全身を魔法で作った鎖で縛って、重りでがんじがらめにするとか……」

「あ……そっか……」

 

 エテルナの問いに、アレクシアは諦めたように答えた。

 魔女は確かに聖女の力以外ではダメージを負わない。

 だがダメージを与えずとも無力化する方法などいくらでもあり、エルリーゼはそれを実行出来るだけの力があるのだ。

 つまり……仮にベルネルから力を受け取っていなくても、エルリーゼならばアレクシアを無力化する事は容易かったという事である。

 

「あ、そうだ。エルリーゼってさ、ばーって植物を生やして森にしたりとかするじゃない。

あれって、どうやってるの? 現代に伝わってる特別な魔法とか、そういうの?」

「……知らん。恐らくは普通の魔法の応用だとは思うが……何をどうして、あんな事が起こせるのか全く理解出来ない」

「ごめんなさい。私も分からないです……前まではずっと、聖女の起こす奇跡とだけ思ってて……神様から貰った特別な力とかなのかなって……」

 

 アルフレアが次の話題を出すが、やはり現代の聖女二人の答えは『分からない』であった。

 いっそ、理屈抜きの神様から貰った特別な聖女パワーと言われた方がまた納得出来る、という表情だ。

 普通の魔法の延長線上、というのが逆に納得出来ない。

 

「……聖女じゃないのにこんな事が出来るって……じゃあ聖女って一体……何なんでしょう」

「…………」

「…………」

 

 エテルナの言葉に、アルフレアとアレクシアは何も答えられなかった。

 正直これ、聖女いらないのでは……? と、どうしても思ってしまう。

 やがて、アルフレアは一気にお茶を飲み干すと、開き直ったような顔で言い切った。

 

「……エルリーゼは大聖女だからヨシ!」

 

 エルリーゼは一般人ではない。大聖女だ!

 だからヨシ! そう思う事で三人の聖女は心の平穏を保つ事にした。

 そんな平和な、昼下がりのお茶会であった。

 




コミック版2巻、本日発売されました!
よろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。