その迷宮にハクスラ民は何を求めるか (乗っ取られ)
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1話 クリアの先に

はじめまして、以前からチマチマ書いていた物で初投稿になります。お手柔らかにお願いします。
にわかな部分があるため誤字脱字、間違い等はどしどしご指摘頂ければと思います。


・設定など
よくあるダンまちの世界を舞台にしたオリ主モノ、GrimDawnのDLCで毒酸まみれになっていた時にふとオラトリアのワンシーンを思い出したのが切っ掛けです。

・GrimDawn側を知らない人でも読みやすいように頑張ります。
・ハーレムルートとヘスティア様ルートは原作にお任せで。


 どこの世界にも、栄える都市はいくつかある。時代によってその都市が移り変わることも、あまり珍しくはない光景だ。

 港町、大陸の真ん中にある交通の拠点など、要素も様々。共通点を挙げるならば、いつ・どこにおいても人々が押し寄せるという所だろう。

 

 訪れる者の目的も様々だ。活発な物流を土台に異国の物を取引して富を稼ぐ者、その異国の物を楽しむ富豪の類。

 そして自然と発生する、雇用の類。なんとかして利益にあやかろうと、その都市にある夢を追わんと、老若男女問わずが押し寄せるのだ。

 

 

 そのなかの1つの都市。恐らくは世界においてもっとも有名な都市の一つであろう“オラリオ”という都市の中心部には、ダンジョンと呼ばれている迷宮がある。内部の形状は様々であり、基本としては洞窟のようなものの、所々で大きく開けていたりと様々だ。

 未だにその全容は解明されておらず死と隣り合わせの場所であり、昨日の晩に共に飯を食べた者が明日の昼には死んでいても何もおかしくない危険地帯。人間を攻撃するモンスターを多数生みだす、非常に危険な天然の地下施設だ。

 

 だというのに、冒険者と呼ばれる職種になる者が毎日の如く殺到する。未知の宝庫でもあるダンジョンは、一攫千金の夢を叶えるには十分な舞台装置と言えるだろう。

 奥深くに眠っているかもしれない富や、強くなることで名声を得るために。冒険者は危険を承知で、都市の中心部にあるダンジョンへと入り浸るのだ。

 

 

「何アレ!何なのアレェ!?」

 

 

 そんなダンジョンの、未到達地域一歩手前である51階層で発生している異常事態。一人の少女の声が、片側一車線程度の広さしかない洞窟のような道に木霊する。

 正確には51階層において発生し、逃走ルートの関係で一度52階層を通っているだけであるが、4メートル級の全長を持つ極彩色の芋虫の群れがその後を追っていた。58階層にいる全長10メートルの巨体を誇る大紅竜、ヴァルガング・ドラゴンによる“階層無視”の大火球砲撃も同時に行われているものの、どうやら今のところは芋虫をターゲットとしているようであり直接的な影響は出ていない。

 

 実はこの芋虫、口、及び負傷箇所から強烈な酸をばら撒く性質がある。とはいえそれが解明されたのはつい数十秒前の出来事であり、時すでに遅し。前衛職が持つ近接武器のほとんどを溶かされてしまい、絶賛敗走中というわけだ。

 先頭を走る褐色の少女はいくらかの余裕があり、振り向いて様子をうかがう。金髪と緑髪の仲間はしっかりと後ろをついて来ており、洞窟のようなダンジョンの壁に遮られて視界にこそ映らないが、芋虫の軍団も明らかに後を追ってきている。逃走劇を繰り広げているのは8人のグループだったが途中で二手に分岐しており、結果としてこちらを走るのは三名の女性の姿だ。

 

 3名が目指しているのは、50階層にある休憩地点。数十名の仲間が待機するその場所へと戻るべく、洞窟内を疾走する。

 

 

「っ!?」

「誰かいるぞ!」

「うえっ、人!?」

 

 

 52階層における鬼ごっこもしばらく続いたのちに、駆け抜ける先に見える人らしき影。到底ながら一般人の枠組みに収まらない速度で走る三人の視界には、徐々に鮮明に映ってくる。

 所持しているのは、2枚の盾と捉えるべきか。そのうち左手側を構え、この場は任せろと言わんばかりに右手を静かに前から後ろへと動かしている。

 

 棘のついた、重厚な黒いアーマーに身を包んだ人のような姿。それが、その“男”との初めての出会いとなった。

 

 

====

 

 

 オラリオとは遠く離れた別の世界、“ケアン地方”。そこに、一人の男が居た。

 

 世界の終焉で処刑されそうになったところで一命をとりとめ、人類にその終焉を与えた者を滅ぼすために立ち上がった。

 しかし当然、最初のうちは無力である。装備が揃うまでは、いくつの血反吐を垂れ流したか分からない。

 

 それでも。いかに強靭で巨大な相手だろうと、権能を振りかざしてくる神であろうと。

 襲い掛かってくる敵に対し、真向からソロで戦い。ソロで大陸を駆け抜け生きてきた、一人の青年が居た。

 

 

『■■■■――――……』

 

 

 鳴り響く断末魔、倒れる巨体。その前に立つのは、先程の青年である。

 

 

 

 そんな一人の青年が、世界を救ったのだ。

 

 

 世紀末と呼んで差し支えない程に荒廃した世界。クトーニックとイセリアルという2つの巨大な魔物の勢力を筆頭に、様々な派閥が争いを繰り広げていた混沌とした世界。

 

 “過酷な夜明け”。英語表記で“GrimDawn”と呼ばれる争いに包まれていたその世界において、人類が迎えた滅びの運命を打ち破った。

 やり方は単純。人類と敵対する勢力を、片っ端から倒しただけ。獣も居れば基は同じ人間も居たりと、彼が殺した数と種類は計り知れない。殺戮のカウントでいけば200万、300万の数値など優に超えており、敵となったセレスチャル神だって殺したことも数知れず。

 

 しかし彼は、世界を救うことで感謝の念を集めたかった訳でもない。英雄になどにも興味は無く、まったくもって成るつもりはなかった。

 

 ではなぜ身を挺して、いかなる強敵が相手だろうと単身乗り込み、人類を脅かす敵対勢力と戦ってきたか?

 

 その理由が“レジェンダリーを筆頭とした装備集め”だったことを味方が知れば、今すぐ戦闘が開始されて人類は滅びていただろう。この男、いつの間にか目的と過程が入れ替わっている。

 ともあれ結果として世界を救った事になった戦いも、これでようやく一区切り。彼はドロップアイテムを回収して相手の親玉の亡骸、イセリアルの集団が召喚した醜い姿の“神”を見下している。

 

 

「ようやく、これで一区切りか」

 

 

 青年が今いる場所は、ローグライクダンジョンと呼ばれるジャンルに該当する。現世との繋がりが断たれた特徴的なダンジョンであり、一度入ったら最後、死ぬか最下層のボスを倒すことでしか脱出できない場所である。

 最終決戦場からここに逃げ込んだボスを追い詰め、倒したというのが簡易的なシナリオだ。このあとは目の前のワープポータルに入り、通常フィールドへと戻ることができるだろう。

 

 いや。もう少し詳細に解説するならば、崩壊寸前の危機から救っただけ。殺しに殺し尽くして敵の主力級は全て屠ったものの、人類を滅ぼすであろう敵との戦いは果てしなく続き、終わる気配を見せていない。

 

 

 ともれラスボス戦の直後だというのに何故か無傷で、余裕綽々の表情を浮かべる一人の青年。街に戻れば、“英雄”だの“勇者”だの、大層な二つ名でもって称えられることだろう。

 回収したドロップアイテムを一通り確認するも、目ぼしい物は何もなかった。落胆と共に溜息を吐くと、ワープポータルである“リフト”を使用して本拠地へと戻るのであった。

 

====

 

 しかし青年は、暗闇の中で目を覚ます。日々の眠りから覚めるように覚醒した意識だが、どうにも視界は宜しくない。五感はハッキリしているものの空間をとらえることが難しく、まるで灯り一つない地下室に閉じ込められたかの様相だ。

 辺りは文字通りの闇一面であり、しかし何故だか微かに見えた光は本当に微弱なものが一点だけ。思わず“全く普通の盾”を持った右手を伸ばすと、身体の前にあった壁が崩れ去った。

 

 

 これらは、とある青年が2分前に経験した内容である。

 

 

「……どこなんだ、ここは」

 

 

 そして青年は、洞窟のような造りを見せる大きな空洞の端に立っていた。薄暗い月明かりが照らす程度の明るさが全体に広がっており、一番奥までは見えないものの視界については最低限は確保できている。

 

 首から肩まで覆う厚い首巻は顎の位置までを隠しており、左肩に装着されているツバ付きの金属製の黒い肩当が薄明かりにギラリと光る。黒色を基調とした上半身の鎧には、縦に走る銀のラインと無数の棘により、まるで装飾されているかのようだ。鎧からはコートのようにレングス部分が膝の少し先まで伸びており、そこには太腿を守るために鎧と同等のガード、そしてやはり銀色の棘がついている。下半身は濃い黄土色をベースとしたアーマーの類であり、肘までをカバーする篭手も重厚な金属製とあって肌の露出はどこにもない。

 そんな胴体部分とは対照的に、頭部を守るのは鎧と似た色のフードの類。目元までをすっぽりと覆える程の目深のフードだが、実はこの頭部と盾は“幻影”による効果を持っており文字通りの幻覚だ。公式においても実装されている見た目を変化させるモノであり、実際は禍々しいヘルムが装着されている。

 

 幻覚だというのに中身の人物の表情が伺える点はツッコミを入れてはいけないだろう。フードは単なる趣味、盾については装備品のデザインが悪すぎる故の彼の好みが反映されているというワケだ。

 このような恰好でダンジョン内部で棒立ちになり呟く青年もまた、現在進行形で多数、いや視界を埋め尽くす程の極彩色の芋虫型モンスター。単体が4mはあろうかという巨体のソレに圧し掛かられて――――

 

 

『■■――――!!』

 

 

 なんとも表現しがたい奇声を上げると共に、攻撃した側のモンスターが爆ぜていた。

 

 青年の周りには無数の短剣が回転しながら周囲を旋回しており、時折、1m程の黄金のハンマーもくるくると回転しながら周囲を回っている。また時折、光の波が生まれ、恵みの雨が降り注ぎ、天井から眩い光が降臨する。そのたびに、彼を殴っていないモンスターも爆ぜていた。

 首から膝下までを覆えるほどの大きさのあるくたびれた黄金色の盾を気持ち程度に構えるが、モンスターは後ろからも殴ってきているために意味がない。右手に持つ銀に輝く“刃の印章”が刻まれた金属製の盾、しかし属性上はメイスであるアイテム名“全く普通の盾”を力なくダランと垂れ下げ。周囲360度を囲まれてリンチを受けようが男の足は微動だにせず、結果として1㎝も動くことは無かった。

 

 

 通常ならば、死亡時にモンスターが爆ぜることは無い。こればかりは、殴ってきた、と言うよりは突進を行ってきたモンスターの特性にある。

 遠距離からの酸による攻撃、また近接戦闘においては体当たりや突進の類を駆使し、死に際になれば爆発し周囲に酸をばらまくという厄介なモンスターだ。俗に言う“汚い花火”と表現することもできるだろう。

 

 距離を詰めてくるこのモンスターに対し近接攻撃を行おうものなら、傷口からまき散らされる酸によって高確率でダメージを受ける。加えてモンスターが持つ酸は非常に強力であり、肉体はもちろん大抵の武器・防具の類も溶かしてしまう程であるために質が悪い。

 かと言って遠距離で対処しようにも相手の口から酸が飛んで来るわ数の暴力で距離を詰めてくるわで、対策が非常に難しい。更にはモンスターそのものに酸による耐性が無く、仲間の自爆が原因でダメージが入り己も自爆し汚物をばらまくソレが連鎖するという、マンボウもビックリの死因が加わっている。

 

 

――――“カウンターストライク”、及び“報復ダメージ”も作動、戦闘に影響はなさそうだ。

 

 しかし、そこの青年を相手にしてはそんな特性も役に立たない。そもそもにおいて、そんな自爆連鎖の開始点。なぜ片っ端から“攻撃した側が死んでいる”のか。

 理由は彼が身に纏う武器・防具や、所持しているスキル・恩恵の影響に他ならない。相手の攻撃を受けたことによって“報復”と呼ばれる自動的なカウンターダメージが発動し、一撃で芋虫のライフを刈り取っていたのである。

 

 

 報復ダメージとは、相手の近接攻撃を受けた際に発動し、攻撃者に“報復カテゴリ”のダメージを与える特殊なダメージである。近接攻撃を受けたならば必ず発動し、被ダメージに比例するようなものではなく“報復カテゴリ”によって独立した計算から発生するダメージだ。

 通常の攻撃と違って目に見えないモノであり、故に防ぐこともできない代物だ。通常のスキルのように発動後は暫く使えない“クールタイム”もないために、一対多数の際にも遺憾なく効果を発揮する性能を保持しているという、近接攻撃を行う者・モンスターにとっては天敵の存在と言える程の極悪性能と言えるだろう。

 

 現に、攻撃した芋虫は全てが例外なく一撃で即死の結果となっている。加減なしに力を振りまき襲い掛かる“神々”と真向から戦い、その“神々”に通じる程に強力な攻撃力を相手にしているのだから、モンスター程度が耐えることが出来ないのは仕方がないと言うべきだろうか。

 芋虫側からの攻撃も同様であり、故に僅かにも通じない。彼はそもそもにおいて、神が振るう一撃に対しても平然と耐えることができるのだ。

 

 芋虫は死亡時に自爆して物理・酸ダメージをまき散らすものの、彼は酸・毒からの攻撃による被ダメージの8割以上をカットしてしまう“耐性”を持っている。装備効果や恩恵による強力なライフ回復効果も持っているために、僅かなダメージは瞬く間に回復してしまうのだ。

 また、ヘビーアーマーに身を包んでいることもあって物理防御力・物理耐性も非常に高い。そのために、爆発によるダメージも微々たるものとなっている。強力な回復性能を備えていることも、理由の一つとなるだろう。

 

 

――――それらを考慮しても、随分と敵が弱くはないか。まるで……

 

 

「“ケアン”や“コルヴァン”の地方……とは違う場所、か」

 

 

 男の名はタカヒロ、24歳。そしてジョブを記すならば“ウォーロード”。もう少し情報を付け加えるならば、“物理報復型ウォーロード”と呼ばれている構成だ。

 元々は片手武器による近接の物理攻撃を得意とし、盾を装備して相手の攻撃を受け持つと言うタンク型の職業でもある。反面として両手武器との相性は悪く、更には魔法の類は素人以下もいいところで、騎士のような使徒を2体まで使役できる点がこの構成の特徴だ。

 

 芋虫の特攻を受けながら、彼は脳内においてインベントリを確認する。その手の小説によくあるログアウト画面が無かった点は、鋼の意志で見なかったことにした。

 

 スキル画面、ステータス画面、星座による恩恵も同様だが、異なる点が2つだけあった。まず、火炎・雷・冷気で3つに分かれていた“耐性”と呼ばれる対魔法防御力。彼ならば最高で84%をカットしノーマル環境において1属性あたり230%近くを所持するこの耐性が、更に“水”や“風”などに分かれている。

 もっとも、そのような自然由来の魔法への耐性、“エレメンタル耐性”だけで彼は84%(有効値)+92%(超過分)+50%(難易度補正分)の数値を確保しているために、派生分に関しても問題とはならないだろう。その手の攻撃は受けた事がないだけに油断は禁物だが、数値上の耐性は十二分だ。

 

 もう1つは、そんな耐性を彼に与えている彼の装備やスキル、星座の恩恵に関する点だ。これらは様々な効果を彼にもたらしているのだが、それらの効果を任意に有効化・無効化できる機能があったのである。例えばだが、報復ダメージのみを無効化したり、星座の恩恵のみを無効化すると言った運用が可能となる。

 とはいえわざわざ無効化するような場面は思い浮かばず、彼はとりあえず移動を続けることを選択した。丁度良く芋虫の特攻も終わったために、なぜだか薄明るい地下洞窟のような道を、芋虫が来た方向へと進むのであった。

 

 

「……で。どこなんだ、ここは……」

 

 

 何度呟こうが、声は見果てぬ道に吸い込まれて状況は変わらない。今居る場所がとあるダンジョンの深層と呼ばれる52階層であることを知るのは、もう少し先の話である。

 




・ウォーロード(War Lord)
 2つのクラス(ジョブ)を選択することができるGrimDawnにおいて、ソルジャーとオースキーパー(DLC)を取得するとウォーロードとなる。略称はWL。
 WLに限らず報復型とは、報復ダメージを主として”わざと殴られる”スタイルで相手にダメージを与えていくスキル・装備構成(ビルド)。
 攻撃に耐え抜くスタイルのため必然的にキャラ自体は硬くなるのだが、報復は相手の遠距離攻撃では発動しないため、自発火力に劣る……

 はずだったのだが、なぜかこのバランスガバガバなDLC配布当初は物理報復WLが頭1つどころか2つ3つ飛びぬけて強力な構成となっていた。
 ”報復攻撃のn%を攻撃力に追加”、
 ”鍛え直したベロナロス(エレメンタル→100%物理変換)”、
 ”オースキーパーそのもの”
 ↑だいたいこいつらのせい。

 文字通りぶっ壊れの強さを誇っており、他の一般的なビルドが血反吐を流しながら超えていくところを鼻くそほじりながら突破できる程の雲泥の差である。
 結果としてナーフされまくって現在は落ち着いているが、それでも強力なビルド。これ以上ナーフされない理由としては、巻き添えをくらった他のビルドが死ぬためというのが一説。

 なお、本小説のWLは大幅弱体化後(Ver1.1.5.4)の設定です。


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2話 第一村人?

最近漫画を読み返して思ったのですが、アイズの表情の薄さの程度ってオラトリアの方が正なんですかね?


――――獲物だ。

 

 

 

 ダンジョン52階層、片側2車線道路程の幅のある開けたエリア。3メートル程ある犬型のモンスターの群れは、一人で歩く冒険者を察知した。もっともこのエリアは水晶の影響によって明るい場所となっており、視覚での認知が可能である。

 深層と呼ばれるこのエリアを一人で歩くなど常識で言えば自殺願望者に該当するのだが、そんなことをモンスターが分かるはずもなく、ただ獲物が来たと認知するのみである。5頭からなる群れは、気付かれぬようアイコンタクトで意思疎通を行った。

 

 まずは、獲物を見る。首から肩まで覆う厚い首巻と思われるものを身に纏い、上半身・下半身共に重厚なアーマーと見て取れるものを装備している。獲物がキョロキョロと頭を動かしている様子は迷子となんら変わりは無く、目深なフードにより目元は見えず、鼻と口元が分かるのみだが男のように見て取れる。

 メインである鎧が黒を基調とした装備となっているのだが、装備の色の変更システムがあれば、白を基調として濃い灰色を組み合わせる彼好みのグラデーションに変えていることなど知る由もない。彼の装備が黒いのは、好きで黒くしている訳ではないのだ。

 

 

 そんなこともモンスターからすればどうでもいい、かつ知らないことであり、今はまさに獲物にありつくチャンスである。セオリー通りといえばそうなるが、冒険者の後ろ、5方向から飛び掛かることを決定した。

 5頭が牙を向ける目標はそれぞれ両手両足、そして首。獲物の衣類には円錐型の鉄の棘があり防御と成しているのだが、大型の犬型のモンスターからすれば大して関係のない防御となる。52階層に住まうモンスターにとって、それはザラメの食感と変わりない。

 

 リーダー格がゴーサインを出し、5頭は同時に距離を詰める。僅かに足音が響くものの、冒険者が放つ鎧の音や足音に比べれば無音に等しい。

時間にして、1秒程度。5頭は冒険者の部位に噛み付き――――

 

 

「ん……?」

 

 

 呑気な声を出した彼が振り向く前に、ズドォンという重低音と共になぜか2メートルほど上方向に飛び上がった。もしくは身体が四散するゲーム特有の死に方であり、噛み付いた瞬間に報復ダメージにより絶命している。飛び上がった身体は、力なく地面に叩き付けられていた。

 その死体を足先でつつく彼は、死体の中にキラリと光る部分を発見する。インベントリにあった適当な片手剣で切り開くと、拳より二回り小さいくらいの僅かに光る丸い石が、ゴロリと音を立てんばかりの様子で出てきたのであった。

 

 他の4頭からも同じように見つかっており、彼はインベントリに仕舞うと何事もなかったかのように歩き出す。亜空間ともいえるソレは容量制限こそあれど、戦闘の邪魔にならない便利な存在。

 そして彼の行動は、何か分からないドロップ品はとりあえずインベントリに突っ込むというハクスラ民のテンプレだ。なお、その手の代物はなかなか手放せないというオチまでがセオリーである。

 

 ある意味ではダンジョンと呼ばれる、どこぞの駅の地下百貨店街に迷い込んだ時のように、彼はしきりに周囲を見渡す。相変わらず理由は不明なれど明るさはソコソコのものがあり、視界において不都合はないものの明らかに洞窟の類が続いている。

 

 

「何アレ、何なのアレェ!?」

 

 

 人間らしき怒号にも似た悲鳴が聞こえてきたのは、そのタイミングであった。洞窟に反響してハッキリとはしないが、どうやら前方から聞こえてくるようである。

 声に混じって軽い地響きも発生しており、彼が居るエリアに近づいてきていることは読み取れる。タカヒロは念のために2枚の盾を軽く構え、迎撃の態勢を取った。

 

 

「誰かいるぞ!」

「うえっ!?人!?」

 

 

 女性が3人、自分に向かって逃げている。光景を目にしたタカヒロは、そのような単純な結論を内心で抱いた。

 

 少女は片や腰上ぐらいまでのブロンドヘアーであり胸部と太ももの外側を防御する程度のライトアーマーと長剣を身に纏っており、表情は落ち着いていると言うよりは薄いように見える。かたや褐色で黒髪、幼いと表現できる少女は下着と見間違うかのような布地の少ない服を着ており、目も口も本当に慌てている様子を見せていた。

 そして最後尾は、他二人より一際美しく顔とスタイルが整った女性。尖った長耳と奇麗な緑色の髪が特徴の凛とした目付きのその女性は濃い緑色がベースの膝下まであるロングコートに白いローブ、茶色のロングブーツに身を包む魔導士らしい外観であり、杖をもって息苦しそうに走っている。

 

 そんな3人組のうち褐色の少女が発した声に対し、タカヒロは左手に持つ盾を前から後ろに動かしている。「ここは任せて逃げろ」と言っていることが読み取れるため、3人の表情が少しだけ明るくなった。

 目の前の人物は、誰だか分からない。何やら身体の周りを無数のナイフらしきものがグルグルと回っているが、そこを気にかけている余裕は全くなかった。

 

 はて、こんな人は“ファミリア”に居ただろうか。目の前にいる人物は“集団”や“家族”と言った意味を示すソレに属している人だったかと疑問を抱くのが、3人で共通している第一印象である。

 それでも、こんなところ。ダンジョンにおいて前人未到直前である52階層に居るのは彼女達が所属する“ロキ・ファミリア”の人物だけだ。故に仲間の誰かだろうと勘繰り、自分たちの背中を預ける選択をする。

 

 

「気を付けて、酸を浴びると装備が溶けるよ!あなたも早く逃げて!」

「少しだけ足止め、お願い……!」

「すまない、必ずポーションは用意しておく!」

「了解した」

 

 

 表情がそのまま口調に出たような会話が交わされ、女性3人は奥の通路へと消えてゆく。間髪入れず、3人が来た後ろからは大量の芋虫が……

 そこに居た彼を轢き殺そうとして、やはり全滅する結果となっていた。汚い花火、第二弾の幕開けと終わりである。「いいかげん見飽きたな」とタカヒロが思うも、それはさておき……

 

 

「……はて、そう言えばどこかで見たような」

 

 

 先ほどすれ違った3名を知っているはずがないのだが何故だか見たことがある印象を抱いた彼は、悩んでいても仕方ないと呟いて溜息をついて、彼女達が走り去った方へと踵を返す。

 ま、いつかは追いつくだろう。とりあえず人が居たことに安堵して呑気に考え、まるでハイキングの気分で迷宮に迷いながら、時折現れる階段を昇るのであった。

 

 

『■■■――――!!』

「……チャンピオン級、と言ったところか」

 

 

 すると2度目の階段を登ったところで視界が開けた時、雄叫びにならない声が響き渡る。辺り一面には準備半ばで撤退したかのような野営の跡があり、破壊し尽されているものの、そこそこ大規模な集団が居たことが伺える。立つ鳥跡を何とやらとは言うが、そんな風情とは程遠い光景だ。

 50階層に来たタカヒロに向かって雄たけびを上げるは20メートルはあろうかという巨体の上半身こそ人の姿に似たソレだが、下半身は明らかに芋虫の類である。直感から、タカヒロは、今まで倒した……というよりは突っかかってきて勝手に自爆した芋虫は、コレが母体なのだと確信した。

 

 彼が分類するモンスターのランクとしては、チャンピオン級。下から2つ目の格付けであり、普通のモンスターと比べて各種の能力は非常に高い。この上となるとヒーロー級、ボス、ネメシス、ウルトラユニークと存在しているが、ボス級以上は稀である。

 

 先程のつぶやきに気づいたのか、相手は金切り声と共にこちらへと向かってくる。とても女王とは呼びたくもない醜悪な姿である上に、どこから声を出しているのか全くもって不明であるモンスターだ。

 それに追従し先行する、さきほどから青年にカミカゼを行ってきた芋虫と同型の群れ。そんな集団の特攻を眼前にして、なお微動だにしない人間を目指したモンスター様御一行は――――

 

 

「■■■■■――――!!」

 

 

 目の前の人間が発する空気の震える雄叫びを浴びて、全てが疾走を止め。反射的に、後ずさりしてしまっていた。

 

 

 敵の決意を弱め集中力を乱す、血の凍るような雄叫び“ウォークライ”。このスキルは、対象のHPを一度だけ3割減らし挑発と共にヘイトを自分に向ける、ウォーロードが使用可能なデバフスキルだ。

 なお、HP減少量はモンスターが持つ耐性により変動する。加えてウォークライに関するパッシブスキルの効果により、彼の雄叫びには詠唱を強制的に中断させる効果も含まれていた。

 

 更なる付加価値としてスキルレベル12において対象が与えるダメージを5秒間25%カットしたりもできる、タンク職にはなくてはならないスキルでもある。しかし敵が尻込みしたことはタカヒロにとっても想定外の珍事であり、逆に呆気にとられることとなった。このスキルには本来、威圧効果はないのである。

 とはいえ彼が今居る世界は、ゲームではなく現実だ。ゲームにおいてはデータベースにないことは絶対に起こらないが、データに縛られない現実で付加価値が生まれているのである。

 

 

 いずれにせよ、相手に出来た隙であるために彼はそのまま攻撃を開始。いつもの相手を屠る調子で、バッサバッサとなぎ倒す。傍から見れば2つの盾を使う変則的なスタイルであり、通常ならば防御専門の立ち位置だ。

 しかし訓練を積んだウォーロードの手に渡れば、盾はただの破れぬ防御というだけではなく手ごわい武器でもある。メイスと同じように殴打、薙ぎ払うようにする使い方を見せており、掃除も終わって50階層に平穏が訪れた。

 

 振り撒かれる爆発する光の粉も、どれほど高品質な武具をも溶かす強力な酸だろうとその男には通じない。しいて言うならば掠り傷程度ができるかどうかであり、致命傷には程遠い。

 芋虫を相手にし出してからドロップアイテムが落ちないものの、彼の内心は上機嫌である。理由としては、先ほど逃走劇を繰り広げていた3人のうちの一人にあった。

 

 

「ポーションとやらを確かめてみたかっ、ん゙ん゙っ!……いかん、本物を見て燥ぎすぎだ。ともかく、あの緑髪のエルフに騙されたわけか」

 

 

 内心では本物のエルフを目にできて喜びつつ、やや隠しきれていないが咳払いで誤魔化しつつあくまで表面上は冷静に。武器を地面に向けて浮ついた心を隠すためにどうでもいい内容を呟いた彼は、咳払いをして後ろを振り向いて再び前を向き、異常がないことを確認する。

 

 

 しかし、先ほどの3名こそが彼の中では異常なことだ。ゲームにおいて、あのような自キャラもNPCも存在しない。

 ましてや、エルフというものは種族からして存在していないのだ。そう思うと心境は一転して嫌な汗が頬を伝うが、とりあえず現状を確認するべきだと振り払った。

 

 

 その後、彼は再び51階層から54階層付近をウロつくことになる。そして、地面から生えてくる掠り傷程度にしかならないウザったい火球砲撃や極彩色のイモムシが他のモンスターを襲っていたことはさておき、大きく気を落とすこととなった。

 

 いくら敵を倒しても装備の類はドロップせず、いくらかの素材のようなモノが落ちる程度。装備集めの結果として世界を救った男にとっては、ドライアイスのような溜息が出てしまう現状だ。

 先ほど抱いた嬉しさもどこへやら。どこかは分からないこのダンジョンに絶望し、戦う気力は完全に削がれてしまっている。

 

 とはいえ、ここがどこであるか分からないのも事実である。先ほどマップ画面を見た際に、リフト可能ポイントとして登録されていたとあるポイント。チャンピオン級を屠ったフロアの他にあった見ず知らずの町らしき場所を選択し、人知れずダンジョンから退場していたのであった。

 




・装備
 武器(左右各一か所もしくは両手)、頭、上半身、下半身、肩、手、足、ベルト、ネックレス、メダル、レリック、指(2か所)
 の合計14か所。例えば頭と上半身、下半身の装備をシリーズ物で統一させるとセット効果を発揮するものもある。
 各装備にはコンポーネントと呼ばれるものを付与することができ、その場合はコンポーネントの効果を得ることができる。
 似たような付与品として別枠で”増強剤”という枠もあるため組み合わせは無限大。装備のデザインセンスは……人によるんじゃないかな。


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3話 謎の男

本作のアイズはこの段階で既にレベル6になっています。
(原作でも耐えていましたが)ティオネの毒・酸耐性が気になる今日の頃


 時は遡り、彼がリフトでダンジョンを脱出する1時間ほど前のこと。

 

 

「だんちょ――――!!」

 

 

 褐色の少女の声が響く50階層、セーフエリア。ダンジョン内部とは思えないほどの森林や草原エリアで形成されるこの階層は、イレギュラーが発生しない限りはモンスターが湧かない安全なエリアとなっている。

 それ故に野営するには丁度いいエリアとなっており、第一級のファミリアと言って過言ではないロキ・ファミリアの面々も、この階層にある高台で深層攻略のための野営拠点を構えていた。十数個のテントと50人ほどの第一級冒険者が活動を見せる様は、さながら1つの町と言った様相を見せている。

 

 後ろから距離を詰めてきた芋虫を謎の人物に託した3名は、無事に先ほど別れたグループと合流できたのである。そちらのグループには芋虫との初遭遇の際に傷付いた仲間が一人いた程度で、今のところは応急処置も完了し回復へと向かっている様子だ。

 武器を溶かされ先ほど逃げていた褐色肌が特徴のティオナはそれを知り、感情をそのまま行動に表している。兎にも角にも全員が無事であることを、心から喜んで野営地点を駆けまわっているのが30秒ほど前からの行動である。

 

 走り回るうちに先ほど別れたグループの一人、ロキ・ファミリアの団長である小人族、身長119㎝で金色の毛髪を持ち、見た目は子供ながらもその実40歳であるフィン・ディムナを見つけて抱き着いてしまいハッとする。自身とは対照的な、どこがとは明記しないが豊満な体型である双子の姉のティオネに引っぺがされることを瞬時に理解し、実行されるのであった。

 別の団員と真面目な話をしていたフィンだが、シリアスさはどこへやら。ひっぺがされた後に投げられくるくると空中を漂うティオナを心配しつつ、今日も変わらず“重い愛”を向けてくるティオネへの対応を考えて自然と溜息が流れ出た。勇者(ブレイバー)の二つ名を持つ彼でも、重いものは重いようである。

 

 

「団長、ここは是非とも姉妹の違いを感じてください!今度は私が同じ行動を!」

「なんでそうなるかな?とりあえず、僕が溶けるから遠慮させてもらうよ……」

「えっ!?だ、団長、やっと私に」

「感情的にじゃない、物理的にだよ!ティオネ、溶解液塗れじゃないか……」

 

 

 頬を染めながら斜め上の思考を展開する彼女に牽制を入れ、身体を洗ってくるように命令する。なぜ彼女があの芋虫の酸を浴びて平気なのか、未だに彼も分からない。フィンの命令に絶対服従と言って過言ではないレベルに素直なアマゾネスの姉は、全速力で水場へと消えていくのであった。

 溜息を吐きながら背中を見送り、先程まで話をしていた人物に向き直る。シルクのような金髪を腰まで伸ばす人形のように整った容姿が特徴の少女、剣姫(けんき)の二つ名で呼ばれる"レベル6"、アイズ・ヴァレンシュタインだ。ランクアップしたてとはいえ、名実ともに第一級の冒険者である。

 

 

「えーっと、ごめん、アイズ。なんだっけ、僕達が出発した後に出たグループ?」

「うん。52階層に送った人」

「そうそう!とげとげの黒い鎧だったよ!背も高かったな~、でもそんな人って居たっけ?」

 

 

そう言われても、ティオナの感想と同じくフィンにもピンと来ていない。今回の遠征に参加しているメンバーはもちろんの事、ロキ・ファミリアのレベル2以上は全てを把握しているフィンの記憶の中に、当該人物は存在しない。

もっとも大前提として、これ程の深層において一人で行動するような命令を出すことが有り得ない。セーフゾーンと言われているこの50階層ですら、野営の見回りや離れる場合は最低でも3人での行動を厳守させている。

 

 では、誰かの命令違反か。そう考えるも、52階層はフィンですらソロでウロウロしたいとは思えない程の厳しい環境。地上の町の人口においても0.01%以内に該当するレベル6の彼ですら、そう思えるほどの領域なのだ。

 ああだ、こうだと己の中で議論が沸騰するのと連動するかのように、アイズとティオナの議論も続いている。それにつられるかのようにして、周りには既に人だかりができていた。

 

 試しに聞いてみるも、全員が「そんな人は見た事がない」の類の言葉を口にしている。元より50階層に足を運ぶ人物ならば地上でもかなりの有名であるはずだが、そんな鎧を纏う人物は誰一人として知らずにいる。

 

 

「……ってことは、“ソロ”?」

 

 

 誰かが呟いたこの一言で、場が凍る。

 

 冗談じゃない。中層、頑張って下層ならば、ソロで潜ることも在り得る。しかしここは深層と呼ばれるエリアであり、出会ったのは前人未到である階層の一歩手前。

 第一級の冒険者が数名に加え、物資を運ぶ多くのサポーターや武器防具の調子を整える鍛冶師や料理人など、それこそ数十人が群れた上で十数日を要し、運も味方してようやく到達できるエリアなのだ。

 

 よもや、そんな地獄に一人で訪れる阿呆が要るとは思えない。いや、その者が阿呆で済むならば、街唯一の最高ランクであるレベル7の猪人(ボアズ)とて50階層手前でダンジョンの餌になっているだろう。と思いきや、実は49階層までの往復を達成済みであることは公表されていない。

 つまりおおよそ、アイズとティオナ、そして緑髪のエルフが見た謎の人物。フードによって目元は隠されていたらしいが、声からするに男性であるその人物はソロで52階層に到達できる程の実力を持っていたと考えられる。そのような人物は、彼の記憶では知るところがない。

 

 

 考察に優れるフィンは、内心でそう結論づく。しかし到底、口に出すことはできなかった。

 とにかく今は、想定外となった芋虫の群れから逃げるために撤退を行うこと。幸いにも、けが人はいるが死者は出ていない。

 

 

 無事に帰れれば、また来ることができる。何よりも仲間を想う小さな団長は、探索を終える決断を出す。また、同時に親指がうずきだし、早急な撤退が必要であると直感的に察していた。

 撤退理由が親指と聞けば「何を馬鹿な」と二つ返事で返してしまいそうな内容であるが、その精度は馬鹿にできないものがある。例を挙げるならば先ほどの女性、ティオネが何かしら企んでいるときなどは高確率で反応するという、文字通り彼の生命線であり相棒なのだ。

 

 それはともかく、早急な撤退という指示が出されたために、あとは流れ作業である。その場に居たファミリアのメンバーは必要な物資だけを手早く荷物を纏め、上層へと向かって歩き出した。

 隊列は完璧であり、全員の武器が溶かされたわけではないために戦力的にも不足とは程遠い。とはいえあのまま下層へと突撃したところでジリ貧になることは明らかであり、撤退したのは最良の判断だろう。

 

 歩く彼の頭の中にあるのは、仲間の3人が見たと言う52階層における謎の男。行動からするに敵でないことは読み取れるが、外観的な特徴と性別しか分かっていないのが現状だ。

 いかんせん、情報が不足しすぎている。そこで彼は、隣を歩いていた魔法使いの女性に意見を求めた。

 

 

「……リヴェリア。さっきの話、聞いてた?」

「聞いていたも何も、私もこの目で見たからな。可能性としてはソロというのが最も高いだろう、とても信じられないことではあるが……」

 

 

 親しげに話す他の者とは違って凛々しいながらも堅苦しいトーンで答えるのは、エルフにおける王族、それも純粋なハイエルフの血を持つリヴェリア・リヨス・アールヴ。九魔姫(ナイン・ヘル)の二つ名を持ち、第一級、いやピラミッドの頂点と呼んで差し支えない最強クラスの魔法使いでもある。

 彼女も当該男性を目にした際には疑問符が芽生えたが、極彩色の芋虫に追われており徐々に差を詰められていたために選択肢としては1つしかあり得なかった。もし彼が居なければ、最後尾を走っていた彼女も何かしらのダメージを受けていた可能性がある。最悪の場合、損傷した彼女を助けるために反転したアイズとティオナを巻き込んでいただろう。

 

 

「じゃぁ、リヴェリアの視点からはどう見えた?」

「2枚の盾を左右に持ち、見た限りだが棘の多い装備だった。盾や鎧の類は重装、文字通りのフルアーマーだったが頭部はフードとちぐはぐでバックパックも未所持。到底ながら、52階層へと来れるようには思えない」

「なるほど、他には?」

「一言だけ声を発していたのだが、『了解』という声には冷静さが溢れていた。さて本当に自信があるのか、それともただの思い上がりか。どちらにせよ、今も生きているかは分からない。迎えに行くとしても、こちらもかなりの損害を被るだろう」

 

 

 流石、目の付け所が違う。声には出さないが内心で呟き、フィンは己の考えを再考する。しかし残念ながら情報が少なすぎるために、何故3人を助けたのか、そもそも誰なのかなど知りたい部分はサッパリの状況だ。

 とは言っても、3人が彼のおかげで無事に帰ることができた点も事実である。本当ならば助けに戻りたいフィンだが、あの芋虫を相手にしていては武器も人も足りないだろう。50階層も酸の海になるかもしれないと、己の直感が悪い方向に信憑性がある場合に反応する“親指”が告げている。

 

 先ほどは興味なさげに見たことを呟いたリヴェリアも、本音を言えば彼の生死を確かめたい。しかし巻き添えとなる可能性が高いファミリアのためを考え、口に出すことは無かった。

 助けられたというのに感謝もできない身分を思って、表情に力が入る。願わくば無事でいてくれと内心では思うが、行動のように、それを声を出すことはできなかった。

 

 ちなみにだが、フィンが抱いた推察は正解だ。彼等が50階層を発った直後に芋虫の群れが雪崩込み、酸の海と化している。

 追撃とばかりに50階層へ進出した芋虫型の母体ごとタカヒロに葬られるオチを見せている点については、フィンもリヴェリアも知る由はない。物語は、ダンジョンに続く地上へと移ることになる。

 




・アイテムレアリティ
 上から順に レジェンダリー、エピック、レア、マジック、コモンとなる。蛇足だがMI装備とはマジックアイテムではなく、モンスター固有品。
 レジェンダリーで揃えれば強いということもなく、(基本として)耐性が偏りコンポーネントや増強剤だけでは足りずに高難易度では即死する。そのためレア装備を混ぜて耐性を稼ぐのが一般的。

 しかしマジックとレア装備には”〇〇 アイテム名 オブ ◇◇”と言ったようなアイテム名の前後に2種類の”Affix(〇〇と オブ ◇◇)”が付属するガチャシステムが存在する。
 この付属するAffixのレア度によって、そのアイテムのレア度がマジックなのかレアなのかが決定する。下手なレジェンダリーよりも使える代物は多いが組み合わせは非常に広く、このダブルレア装備を掘るほうが圧倒的に時間がかかる。

 ちなみにだが、MI品のダブルレア(Affix種類問わず)となるとドロップ率1%程度の世界。そこから更に目的のAffixでダブルレアとなると、普通にプレイしていたらお目にかかれない逸品だ。


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4話 白兎が現れた(1/2)

 迷宮都市・オラリオ。他の町の者が迷宮都市という二つ名で呼ぶこの街は、中世ヨーロッパを彷彿させる街並みとなっている。中心部にはバベルの塔と呼ばれるスカイツリーもびっくりな摩天楼が聳え立っており、町のどこからでも見えるほどだ。

 迷宮都市という二つ名は、大規模なダンジョンがあるが故。しかしもう一つの意味があり、大通りを除いた路地裏が非常に入り組んでいるために迷宮染みた構造となっているのだ。

 

 どこもかしこも細く作られている通路から空を見上げれば道に沿って切り取られるように蒼く、まるでそちらの方が本当の通路なのではないかと錯覚してしまう程である。3階建てであり密集した建物が、そんな錯覚を作る要因の1つになっているのは明白だ。

 そんな迷宮都市の路地裏に放り出されれば、この街の者ですら迷子になる確率は低くはない。この街を知らない彼、リフトから出てきた直後であるタカヒロからすれば、輪をかけて猶更だ。

 

 

「どこなんだ、ここは……」

 

 

 リフトを閉じて2枚の盾をインベントリに仕舞って腕を組み、たっぷり1分ほどの時間を置いて。思わず、ダンジョン内部の時と同じ言葉が出てしまう。

 呆れと相まって出された低めの声は、誰に聞こえることもなく路地裏に消えて――――

 

 

「あの、迷子ですか?」

 

 

 いかずに、一人の少年に拾われた。

 

 

 ああ迷っている、しかし生憎だが子供ではない。と内心で反論するタカヒロだが、迷子に対する大人バージョンの2文字が思い浮かばないために口を閉ざしたままである。蛇足としては迷子とは“迷い子”の略称であるために、今の青年を言うなれば“迷い人”が正解と言ったところだ。

 ともあれ彼はそんな馬鹿げた思考を破棄すると、右横から声を掛けてきた人物に顔を向けた。声をかけてきた相手の背丈は160㎝よりは高いかなと思う程度であり、身長を除いた外見としては10代前半と見て取れる。

 

 顔を向けると、中性的な白髪ショートヘアの男子はクリっとした眼差しを向けてくる。RGBの数値で言えば255:0:0と言っていい程に真っ赤な瞳で見つめられ、不本意ながら、タカヒロが抱いた第一印象は“かわいい”であった。

 もちろん性的なかわいさではなく、小動物的な可愛さである。餌を持っていたらアンリミテッドに与えてしまうような、そんなベクトルが当てはまってしまう特徴的な少年であった。

 

 まるでウサギである。ぽかんとして口を半開きにした表情は、まさに餌を待つウサギである。なぜだかタカヒロは内心で2回呟き、そう納得できてしまっていた。

 そこまできて、ようやく少年の問いに答えていなかったことを思い出す。目の前の小動物は、ソワソワしながら彼の答えを待っているのだ。

 

 

「ああ、まぁね。さきほどこの街に着いたのだが、いきなり迷ってしまったというわけだ」

「えっ、今日着いたんですか!?もしかしてダンジョンに潜るために冒険者に!?あの、よかったら僕のところの“ファミリア”に来ませんか!?」

 

 

 上半身を前に向けて矢次に言葉を放つ少年はまるで必死さを隠しておらず、タカヒロはフードの下で苦笑する。その“ファミリア”という言葉で、朧げな記憶がよみがえってきていた。

 嗚呼、なるほどこれが巷で噂の異世界転移――――が発生した理由は不明で元の世界の事なども考えると頭が頭痛で痛くなってくるので放棄した。とりあえず言葉は交わせるために、コミュニケーションに関しては何とかなりそうである。その手のセオリーに乗っかるならば、AR画面にログアウトがない時点でお察しだ。

 

 

 イセリアルのボスを倒しリフトを潜った果てに彼が赴くこととなった世界は、地に降りた神の眷属となった冒険者がダンジョンに挑む物語。

 

 

 簡単に言えば、そんな作品。レベルやステイタス、魔法、スキルなどのRPG要素がある世界であり、非常に有名な小説だ。付け加えるならば、漫画化やアニメ化もされている。

 しかし彼は漫画で軽く読み流した程度であり、詳細な知識や時系列は記憶の外となっている。先ほどの3名の少女を外観だけは知っていた理由も、漫画で見たことがあるためだ。

 

 具体的に覚えている知識は原作に出てくる数名の顔と、一躍有名となった“なぞの紐”。そして眷属も含めた集団はファミリアと呼ばれており、例えば創造神アルセウスの集団はアルセウス・ファミリアの名で呼ばれることになる。もっとも、そんな種族値オール120の器用万能な神は居ないわけだが。

 

 タカヒロが覚えているその作品において、持ち合わせている知識はその程度。記憶にある最後のピースは例の紐神の外見と、目の前に居る新人冒険者の名前だけである。

 

 

「わかった。ここで会ったのも何かの縁だ、ファミリアを紹介してもらえるかな?」

「いいんですか!?やったあ!あ、僕はベル・クラネルって言います!お兄さんのお名前は?」

「タカヒロだ、宜しく頼む」

 

 

 口元を緩めて右手を差し出すと、少年も差し出した右手を握る。柔らかさが残る手を取ったタカヒロに、少年は花のような笑顔を見せるのであった。

 

 

 嗚呼、こんなにかわいい子が男の子のはずが何とやら。このフレーズがピッタリとフィットしそうな、具体的に言えば数名の大人の女性がK.O.される眩しい笑顔を振りまいたベルは、ファミリアが増えた嬉しさのあまりウサギの如く軽く飛び上がってテンションが上がっている。なお、主神がタカヒロを拒絶する可能性もあることを想定していない。

 「こっちです!」と元気よく返事をし、ベルはトコトコと前を歩く。何が起こるか分からないためタカヒロは装備や星座にある報復ダメージの効果を無効化し、常時発動型であるトグルスキルを全て解除した。“肩を叩かれて振り返ってみたら報復ダメージで相手が死んでいた”など、洒落にならない話である。

 

 この状態でも装備そのものの強さは消えないことに加え、攻撃能力・防御能力は比較的高いものがある。いざとなれば報復効果や恩恵、スキルは一括で有効にすれば良いために、緊急時にも対処することができるだろう。

 彼の装備の半数程にあるそのレアリティは“レジェンダリー”。ドロップ率で言えばそれよりも圧倒的に希少であるダブルレアMI装備も含めて文字通りの宝物と言って過言ではないクオリティを誇るものばかりであり、ケアンの地においても様々な効果を発揮する特徴を持った、唯一無二と言える希少装備の数々なのだ。

 

 

 そんな装備を着こなす青年を横目で見ながら歩く少年は、彼の表情を盗み見ようと試みる。やや首が下を向いているものの背筋はピンと伸びており歩みにも淀みは無く、見た目を除けば王宮に仕えている騎士のような雰囲気だ。

 見上げる視界に入る身長は180㎝程と言ったところ。鎧と似た色のフードの下からは、形が整っているであろうスッと伸びた鼻梁が見える程度で顔立ちまでは不明である。髭の類は無縁のようだ。かなり頻繁にキョロキョロと街並みを観察しており、本当に初めて来たような反応を見せている。

 

 

 5分ほど歩いて、二人は町の西部にある草臥れた―――というよりは廃墟と呼んで差し支えない教会に到着する。少年の説明からするとここが“ヘスティア・ファミリア”のホーム、つまり本拠地であるらしいが、お世辞としても、とてもそうは思えないのが本音である。

 少年も説明していて苦しいところがあるのか、「とりあえず中に」という言葉とは裏腹に瓦礫しかなく、どうやら地下室らしい場所へと案内するようだ。申し訳なさそうに苦笑する少年だが、乗り掛かった舟ということもあり、タカヒロは続いて地下へと降りていく。

 

 

「おっかえりー……い?」

 

 

 少年が扉を開けた途端に勢いよく玄関へと走ってくる、小さい女性。なお、小さいのは身長だけで、ご自慢とばかりに強調されている胸部装甲は不釣り合いな程に豊満だ。それを強調する白い服と黒髪のツインテールが、傍から見た際の幼さに拍車をかけている。

 

 ――――そういえば彼女は、こんな感じだったな。

 

 と、彼は薄っすらとだけ残っている過去の記憶を思い出す。外観は本当に人間にしか見えず、これが神だと言われても同意するのは難しいだろう。今のところ威厳など欠片もない。

 当時話題になった謎の紐は目の前に健在であり、両端が左右の腕に繋がれているため、彼女の動きに合わせてクネクネと自由を謳歌していた。ある意味では触手と言って良いかもしれない。

 

 そんな彼女、ヘスティア・ファミリアの主神であるヘスティアは、ベルが連れて帰ってきた男を見てポカンとしている。それに気づいた少年は全員を椅子に座るよう誘うと、ハキハキと冒険者志望である彼の説明を、その後にヘスティア・ファミリアの説明を行うのであった。

 第一声目に「敬語不要」が出てくるあたり、彼女の性格を表している。地上に来てからは神ヘファイストスのところに居候していたなど、身の回りの話も混ざっていた。

 

 また、千年前に地上に降りてきたとされる神の説明に続いている。もっともアルカナムと呼ばれる神の力の大部分は使えないが、経験値を力にする“恩恵”を地上の者に与え、その者を“眷属”とする。

 力と言っても握力が数kg上がるなどの生易しいものではなく、低ランクといえど傍から見れば常識を覆す程のものがある。その力でもって眷属はダンジョンに潜り“経験値”や富、名声を得る。彼等に恩恵を与えた神は逆に、眷属が成した偉業で得られる生活の恩恵を受けるという循環だ。

 

 その話の流れで、一般的に冒険者と称される職業のことについても話をしている。ベルとヘスティアから主な注意点や流れを聞くタカヒロの目は真剣であり、それに気づいたヘスティアも、仏頂面がデフォルトながらもマトモそうな人だと内心で感想を呟いている。冒険者とは癖のある者が少なくないために、その点は好条件と言って良いだろう。

 どうやら、彼自身の考えとしてもヘスティア・ファミリアに入る方向の様子を見せている。ベルに続いて二人目の眷属が目前であるヘスティアだが、懸念点が1つある。

 

 

「ところでタカヒロ君、御覧の通りここは零細のファミリアなんだ。隠さずに言うけど、眷属になったあとはいくらかの寄付に協力してほしい。もちろん私用じゃなくて、ちゃんとファミリアのために使うと約束するよ」

「やぶさかではないが、通貨単位は?」

 

 

 相手も貧乏かと思っていた所への予想外の言葉に、思わず「おっ」と言いたげな反応を見せる神ヘスティア。しかし通貨単位を知らないとなると、現物を持ち合わせている確率は非常に低いだろうとも考えている。

 

 

「ヴァリス、だよ。聞いたことないかな?」

「生憎だが、持ち合わせが無い」

「うぐっ……ま、まぁそうだろうね。でも仕方ない」

「換金できそうなものはいくつかあるぞ?」

「ようこそヘスティア・ファミリアへ!!」

「神様……」

 

 

 随分と現金な神だな。とタカヒロは内心で考えベルと共に軽く溜息をつき、その流れで何が売れて何が買えるのかを確認する。ヘスティアによる2分程の説明を受け、タカヒロはおおまかな内容を把握できていた。

 基本的な冒険者は、ダンジョンで得た魔石を換金して収入を得ている。商店を営む者は営業利益、何かしらの物を作るならば売れた金額と言った具合で、ファミリアのランクによってギルドに対して納税義務が課せられているようである。もちろん、ヘスティア・ファミリアのような零細に義務はない。

 

 

「先ほど説明にあった魔石ってのは、これの事かな?」

 

 

 ゴロリと音を立てて出される、5つの魔石。ベルがいつも上層で穫ってくるような欠片ではなく、明らかに厚みを持ち合わせている形状だ。

 

 

「うわ、すごい!」

「お、おお、随分と立派な魔石だね。けっこうな値で売れると思うけど、どこで手に入れたんだい?」

「ここに来るまでに拾ったものだ、換金してもらって構わない」

 

 

 採取場所がダンジョンの52階層、という情報が抜けているが、本人も知らない上に嘘はついていないためにヘスティアは疑問符が芽生える。

 これほどの魔石を持つ敵に勝つならば、最低でもレベル5は必要となる程だ。しかし目の前の青年は恩恵を持っておらず、どう考えても勝利することは不可能のように読み取れる。

 

 ところでなぜ、ヘスティアが今のタカヒロの言葉の真偽を見抜くことができたのか。それは、彼女が神であるために使用できるスキルのような代物だ。

 神の前では嘘はつけない。この言葉の理由として、神は相手の言葉の嘘を見抜くことができるのだ。相手の青年が知っているかどうかはさておき、再び同じ質問をして魂を見るも、やはり恩恵を受けていないようだ。盗品かと考え質問したが、こちらもシロである。

 

 ともあれ、これほど立派な魔石ならば一か月は3人が暮らしていけるだろう。盗品でないならば問題にはならないと考え、換金の許可を貰ったヘスティアはさっそくベルを遣いに走らせた。

 なお、蛇足としてタカヒロが考えているファミリアへの納税額は1割のようである。金額と歓迎度合いは関係なし(建前)であることを口にして明らかに機嫌を良くしたヘスティアだが、タカヒロに「本音は?」と尋ねられてゲロっている光景は先ほどの焼き直しだ。

 

 




・耐性
 炎、氷、雷、毒・酸、刺突、出血、生命、イーサー、気絶、カオスの各主耐性が存在する。最初の3つを全て上げる”エレメンタル耐性”というのも存在している。
 原作や本小説の世界には風や水などの魔法もあるが、エレメンタル耐性によって自然由来(エレメンタル)である魔法の耐性も得ているというややご都合主義。
 参考までに主人公装備だと、エレメンタル耐性だけで84+92%(難易度補正+50%、詳しくは下記)は確保できている。

 耐性について補足すると、タカヒロがプレイしていた最高難易度、アルティメット環境においては各主耐性の初期値が、上記カテゴリにおいて刺突までは“マイナス”50%、出血以降はマイナス25%からスタートするという謎仕様。
 かつその難易度(のストーリー本篇だけ)を余裕をもってクリアするならば80%+過剰耐性20%は必要であり、結果として合計1500%の耐性を稼がなければならないという鬼畜仕様。俗に言う耐性パズルの幕が明ける。

 もっとも各種MAPで必要な耐性は若干異なるので全ての耐性が常に必要なことはないが、そうそう都合よく耐性のついた装備がポンポン落ちることもあり得ない。
 そのうち装備を付け替えるのもダルくなってくるので全耐性を確保したいと思うようになる。ともかく、この耐性パズルのおかげで使える装備と使えない装備、有効なAffixと微妙なAffixがハッキリと別れている。
 参考程度に、レジェンダリーでも1つの装備につき上がる耐性は平均40%と考えてもらって過言ではない。耐性かつ目的のダメージを稼ごうとするならばレア装備を掘るしかないのが実情だ。


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5話 白兎が現れた(2/2)

姿形を文章で表すって、とても難しいですね……。


 それはともかく!と強引に話題を逸らされ、タカヒロは1つの空室へと案内される。どうやら、そこが彼の部屋となるらしい。

 

 感想を言うなれば、ビジネスホテルのシングルワンルームから水回りを取っ払って一回り程小さくした様相。文字通り寝て起きる場所とベッドの横を歩ける程度のスペースしかない場所で、本来は物置の類として使われていたことが読み取れる。

 ともあれ彼は、そこが自分の部屋ということで承諾する。基本として一か所にとどまらずにアイテム収集に勤しむ彼からすれば、この程度のスペースがあれば十分なのだ。さっそく着替えを行い、身軽になってリビングへと姿を現した。

 

 

「ほほー?」

 

 

 ヘスティアは出てきた彼に目を向けると、思わず感心してしまう。

 

 青年の服装は灰色の長袖ワイシャツに、安物と思われる藁色のズボン。かなりルーズなスタイルであるが、鎧から解放されてなお面倒な服を着たくないという彼の好みである。なお、この世界においてもワイシャツは存在しているために問題は無い。

 普段が全身鎧であるためか肌の色は白く、体格は言うなれば細マッチョ。マッチョと言っても筋肉の線だらけというようなこともなく、程々に収まって居る点は女性から見れば好印象だろう。

 

 男性らしいややゴワっとしたショートヘアの白髪は、ベル・クラネルの“もふもふ”とは違えど揃いだ。もっともこちらはオールバックとなっていることもあり、これだけで双方が与える印象は大いに違うから不思議なものである。

 細い線から作られる中性的な顔とまでは言えないが、若い男性のなかでも整った顔立ちと言えるだろう。深い、とまではいかないが深めの彫りであり目付きはやや鋭さを備えており、鎧と似た漆黒の瞳は時折ギラリと光るような様相を見せている。

 

 

「ふふーん?ボクが言うのもなんだけど、カッコイイじゃん!フードで隠すのは勿体ないよ、普段から取っちゃったらどうだい?」

「はは、世辞として受け取っておこう。フードに関しては完全な趣味だ、気にしないでくれ」

 

 

 それでいて、やはり愛想や受け答えも良い方だ。落ち着きがないというレベルには程遠く、ヘスティアの評価としては中々どころか上々の好青年である。

 まだ出会って1時間も経っていないが、今のところは好印象。もし彼がファミリアに居たならば、彼を目当てにやってくる女性も少しは居る……かもしれないと考えたところで、ヘスティアは己の眷属予定者で人を釣ろうという考えを恥じていた。

 

 かわいらしくフルフルと頭を振るい、話を本題へと進めている。内容としては本格的にタカヒロを勧誘するものであり、もしここでなければ、彼がどこのファミリアに入るかであった。

 

 

「自分がヘスティア・ファミリアに所属する点については異存ない。でも、今のところ冒険者になる気は更々無いかな。恩恵はその時に貰いたいね」

「あれ?さっき、ベル君から冒険者志望だって聞いたんだけど」

「そう言えば言っていたな……ああ、そういうことか。出会った時に、もしかして冒険者志望ですか、とは聞かれたよ。そのあとすぐにファミリアの紹介願いを返事してしまったから、思い込んでいるだけだろう」

 

 

 ありえるー。と額に手を当て、小柄な神様は溜息をついた。

 とは言っても、当初彼が着ていた鎧は棘の類こそ多けれど万全のように見て取れる。今の彼女の目標はとりあえずファミリアの人数を増やすことであり、冒険者志望の者だけを得るとは限らない。

 

 

「本当は今ここで恩恵を刻みたいところだけど、君の希望もあるしね。ボクも神様だ、無理にとは言わないよ」

「なるほど。で、本音は?」

「そっちの方が好感度を稼げそうだから!」

 

 

 真顔で返事をした後に腕を組んでケラケラと笑うタカヒロと、ヘスティアの笑い声が地下室に響く。出会ってすぐの二人だが、相性が悪いということは無いらしい。

 決して広いとは言えない教会の地下室だが、清潔さも中々で適度なプライベートスペースも確保されている。タカヒロも他のファミリアには入らないという旨の口約束を交わし、とりあえず恩恵無しでの生活と相成った。そのタイミングでベルも帰宅することとなり、タカヒロの容姿に驚くこととなる。

 

 

 時刻は夕暮れで、じき夜になる。オラリオの街並みはダンジョンから帰還する冒険者の熱気で溢れかえり、扉を開ける店は各々の蜜でもって甘く誘う。

 とはいえ、それは懐具合に余裕がある場合のみ。零細ファミリアであるヘスティア・ファミリアに余裕は無く、ひたすらに自炊あるのみだ。

 

 ベルが加入した時とは違い、流石に蒸した芋をすりつぶして揚げた“ジャガ丸君”、ようはコロッケの親戚がズラリと並ぶようなことはない。ファミリアの貯金を少し切り崩して総菜を買ってきており、果実ジュースでパーティーが行われた。ちなみにタカヒロは素人程度の料理はできるが、今回は持て成される側のため大人しくしている。

 なお、やはりジャガ丸君の姿はそこにある。ご飯おかわり自由のノリでジャガ丸君おかわり自由という、ヘスティア・ファミリアにおいては恒例の内容だ。雑談交じりに箸が進み、内容は食の話となっている。

 

 

「それにしても、二人して普段からジャガ丸だけなのか?」

「はは……毎日ってワケじゃないんですけどね。お金が無いのと、神様のバイト先がジャガ丸君の屋台でして。売れ残りってやつです」

「そうは言ってもジャガ丸だけでは栄養が偏るだろう。ベル君はまだ育ち盛りなんだし、ちゃんと肉類も食べなきゃ大きくなれないぞ?」

 

 

 まるで、少年の父親が口に出すような言葉。ポロっと漏れた青年の本音を耳にし、二人の手が止まる。

 

 

「タカヒロさん、詳しいんですね」

「ん?そんなことはない、全くもって素人だ。機械系は得意だけれど、そっちも素人に毛が生えた程度がせいぜいだろう。先の話だが、ベル君は身長とかは気にしたことないかな?」

「実は気になってました!あの……体格と言いますか、おっきくなるには、どうした方がいいでしょう?」

「体格か……その栄養面となると、やっぱり肉かな。そう言えばベル君、年齢は?」

 

 

 14歳です!とハキハキとしながら続けて165㎝だと答える少年だが、てっきり12歳ぐらいかと思っていたのがタカヒロの本音である。また、14歳となれば骨が伸びる最終期に突入した頃であるが、165センチ程もあれば十分に高い部類だというのが彼の知識だ。なお、そんな彼が「いったいどれ程までに伸びる気だ」と尋ねれば惚けた顔で「2メートル」と答えるこの少年、割と真面目に何も考えてはいない。

 なお、体格については文字通り筋トレとタンパク質がモノを言うが、太ければ良いというワケでもない。彼も同じ男であるために男らしい体格に憧れることはよくわかるが、戦闘が絡むとなれば話は別だ。戦闘スタイルによって、体格の向き・不向きは存在する。

 

 話の流れもこれらと似たようなものとなり、タカヒロの過去へとシフトした。

 しかし、謎は深まるばかりである。本人が言うことを鵜呑みにするならば基本として単独での戦闘を熟してきており、戦闘経験も豊富だと言う。冒険者と言って良い装備だった割に時折学者と似たことを口走っているために、ヘスティアとベルの中では彼の立ち位置が定まっていない。そこでベルは、掘り下げて問いを投げることにした。

 

 

「立派な鎧でしたけど、オラリオに来る前は何かされていたんですか?」

「かい摘んで言うなら……魔物退治をしていた」

「魔物退治!?お、恩恵無しでですか!?」

 

 

 少年が驚くのも無理はない。オラリオのダンジョン一階層に出現する一番弱い魔物、コボルトを生身の人間で相手しては、非常に危険とされるのが一般的だ。

 ヘスティアが二人を見守るも、青年に嘘を吐いている様子はない。そうなればベルが驚いている内容は彼女も同様であり、このオラリオのダンジョンにおける一階層ならば恩恵無しで潜れるという事だ。

 

 

「あ、あの、タカヒロさん!」

 

 

 とはいえ、そんな考えも少年の強い声で中断することとなる。少年は意を決したように立ち上がり、両手を太ももに揃えて礼儀正しい姿勢になると――――

 

 

「ぼ、僕に、戦い方を教えてもらえませんか!?」

 

 

 真剣な眼差しで、青年に教えを乞うた。




・星座
 ゲームMAPにおいて各地点に散らばっている”祠”を解放することで1ポイントを入手することができ、最大で55ポイント(DLC導入時)を振り分けることで強力な加護を得ることができる。
 のだがこの55ポイントというのが中々にミソで、「1ポイント足りない!」と地団駄を踏んだプレイヤーも多いはず。文字では表しにくいので実際にプレイして確かめて頂きたい。
 大規模セール中だと本体500円ほど、DLC込みでも10連ガチャぐらいの値段のためお勧め。ノーマル難易度なら気軽にクリアできるはず。ただし、時間の在庫は十分か?


=====
(オラリオの外で)恩恵無しでの魔物退治⇒ものすごく強くなければ普通は無理。
という認識なのですが、間違って居ましたらご指摘頂ければと思います。


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6話 目指す形

「それじゃ、ボクは可愛い可愛い二人のために頑張ってくるよ!」

「はい神様、行ってらっしゃい!」

「ヘスティア、弁当を忘れているぞ」

「ああ、ごめんよ!」

 

 

 ヘスティア・ファミリアが結成されて以降、珍しい、と言うよりは初めて起こる朝の光景。いつもの逆で、ベルがヘスティアを見送る構図である。

 理由としては単純だ。二人目の眷属である青年、タカヒロに対し、ベルが師事することが決まったためである。二人して彼女を見送ると、テーブルを挟んで椅子に腰を下ろした。

 

 

「さて、師と呼ばれる程出来た男ではないが……頼まれ請け負ったからには全力でやらせてもらおう、宜しくなベル君」

「はい、師匠!」

 

 

 互いに右手を出し、握手を交わす。少年さが抜けきらない柔らかな手と、幾度の危険を乗り越えてきた青年の少しゴツゴツした掌が合わさった。

 

 とは言っても、初日から武器を使ってドンパチする気は持ち合わせていない。まずは午前中を使って、いくらかの対話というところから入るようだ。午後はいつものダンジョン探索であり、本格的な訓練は明日からのようである。

 青年が最も大事と考えるのは、少年にとっての戦う理由。“装備集めの結果として世界を救った”と言うバカバカしいにも程がある過去を持つ人間が言える立場ではないと本人も自覚しているが、それでも、今後を左右する重要なカテゴリだ。

 

 人間とは、目標や欲望を持って生きるモノである。それが明確であるうちは、我武者羅になって。それこそ、死ぬ気になって頑張れるというものだ。冒険者でなくとも、日々の仕事や暮らしにおいても似たようなことが言えるだろう。

 逆に、道を見失えばどうなるか。気力は下がる一方で堕落の限りを続け、やがて生きる意味すら見失うだろう。故に青年としては、まず少年が剣を取る理由を知らなければならなかった。

 

 

「……だからって、“ハーレム”か。いやまぁ、男だもんね。人によっちゃそんな情景を抱くかもしれんけど……男女関係の難しさって、知ってる?」

「え、えへへ、分かりません……」

 

 

 そして予想外にも程がある目的を知った青年は、思わず眉を伏せて溜息を吐くこととなる。もちろんそんな難しさなど微塵も知らず正直に話す少年だが、笑って誤魔化す他に道が無い。

 この師にして、この弟子の戦う理由である。案外、毛髪以外でも根っこは似たもの同士の二人なのかもしれない。

 

 

 その後、希望する戦闘スタイルとしてナイフによる攻撃型を想定していることが少年の口から告げられる。速度と手数にモノを言わせるタイプであり、タカヒロの中では1つのビルドが思い当たっていた。

 もっとも、それを実現するならば専用の装備などが必要であるために無理難題となるだろう。しかし真似事はできるかと考え、彼は一つの提案を行った。

 

 

「ベル君、戦いに使うナイフは一本?」

「一本……?あ、双剣のスタイルですか?」

「ああ、双剣のスタイルなら“質の悪いお手本”が1つあってね。こんなスタイルはどうかと思ってさ。参考までに見せてあげるよ、ちょっと外に出ようか」

 

 

 ガチャリとドアを開け外に移動し、昼手前となった日差しの下で二人は向き合う。人気のない廃教会前の広場は、遠くからの活気が微かに木霊する程度の静かさだ。

 もっとも、対峙するとは言っても互いに私服であり武具の類は一切無い。戦いとは程遠い状況ながらも、彼はどこからか2本の剣を取り出した。

 

 そしてまた、別の装備を使用することとなる。装着されるアイテム名を、“ベルゴシアンの修羅道”。

 二刀流装備を有効化する“レリック”と呼ばれる部位の装備であり、これを装備すれば、シナジーはどうあれ二刀流の運用が可能となる。もちろん、盾と片手武器に特化、と言うよりはそれ以外がからきし使えないウォーロードが二刀流になったところで大幅に弱体化するだけの代物だ。

 

 どうやらタカヒロは、ベルに対して攻撃を仕掛けるようである。もっとも当てるようなことは一切行わず、単にその目で見て欲しいというだけのことを口にした。

 

 

「――――さて、思い出せるかは怪しいが」

 

 

 そして、彼曰く質の悪いお手本。2本の短剣による、雅な情景とは程遠い“舞い”が始まった。

 

 この場において大事なのは強さではない。かつて彼が組み上げた物理・刺突特化の攻撃ビルド、“ブレイドマスター”を使っていた際の双剣による攻撃スタイルを再現するためだ。そこに何かしらのヒントがあれば取り入れて欲しいというのが、鍛錬の面はさておき今の彼の願望である。

 一方のベルからすれば、彼が見せる“質の悪いお手本”ですら1つの完成系として纏まっている。2本の刃は踊り舞い、そこには振りによる隙などありはしない。身体そのものも剣の一部だと言わんばかりに使いこなし、雨粒よりも早く密度の高い剣戟の暴風が吹き荒れる。

 

 攻撃は最大の防御と言わんばかりに、手数に任せた暴力的なまでの攻撃スタイル。まるで御伽噺に出てくる英雄が放つ圧倒的な攻撃であり、ベル・クラネルが憧れ続けた理想の1つが間違いなく具現化されていた。

 そんな情景も、演習という事で長くは続かない。時間が経つにつれて見惚れてしまう程であったものの、一段落したタイミングで、思わず質問を投げかけた。

 

 

「し、師匠。そのレベルで真似事とのことでしたけど、ものすごく完成されていたように見えます。いったい誰の真似なんですか?ご両親ですか?」

「いや、両親は普通の暮らしをしていたよ。とは言っても、もう顔も思い出せないぐらい子供の頃の話だ」

 

 

 青年は目を瞑り、懐かしさのなかに悲しさを滲ませる。謝るベルだが自分も親の顔も声も覚えていないことをタカヒロに伝えると、彼は「似た者同士だな」と口元を緩めた。

 両親から受け継いだものは、何もない。しいて言うならばその身ぐらいのものである。英雄のように強くなりたいと言った少年に、その老人は「ワシが死んだらオラリオに行け」と言葉を残しており、少年は事実上の遺言に従ってこの街に来ていたのだ。

 

 

「……そうか。だったら君自身が否定しないのであれば、記憶にある姿は大切にするべきだ。親と言うのはいつかは子を置いて先に逝くものだが、育ての親の顔というのは、不思議とつらい時に元気をくれる。そして君の祖父は、もう君の中にしか生きていないのだからな」

「……」

 

 

 そう言われ、当たり前に思い浮かべてきたことが今一度脳裏によみがえる。傷ついた自分の背中と頭を撫でてくれた大きな手の感覚は、己の師が言う通り確かに自分を元気づけてくれた魔法のような手だ。

 戦闘技術とは全く関係ないけれど、青年が伝えたかった事はしっかりと伝わった。ベルは大きな声で御礼の返事をすると、タカヒロの表情も数秒だけ緩み、再び険しさが蘇る。

 

 

「……話が逸れたね、自分が双剣を使っていたのも随分と昔の話だ。今とは似ても似つかない戦い方なんだけど、見ての通り二刀流のスタイルを使っていた時もあったんだよ」

 

 

 目を閉じて、懐かしそうに呟く彼。当時の人類から“大地(メンヒル)の化身”と謳われていた今のビルドとは、お世辞込みでも程遠いところに居たペラッペラな攻撃特化のそのビルド。

 

 防御なんて……一応ながら最低ランク程度は確保していたが、よく死ぬビルドだったなと内心で思い返す。故にマルチプレイの際は味方が最前線で敵の全てを引きつけヘイトを稼ぎ、脇から彼がチマチマと削る戦い方を続けてきた。

 なお、基本的なタンク職が苦手とする無数のキャスター型の雑魚が相手となれば、彼のブレイドマスターはバナナを得た猿状態。穴が空いて漏れているのかと思えるぐらいにゴリゴリと減るエナジーと引き換えに、敵は文字通り“溶ける”ようにして死んでいくのがこのビルドの特徴である。

 

 

「どうだろう?総合的な立ち回りも楽ではないが、自分はベル君に似合っていると思うよ」

 

 

 少し柔らかな顔でそう言われ、少年の中に燃える炎が強く昂る。その炎を表すかの如く赤い瞳は目の前の青年を捉えて離さず、目指すべき道標として捉えている。

 その感情はタカヒロも受け取っており、「決まりだね」と一言を残して地下室へと戻った。あとに続くベルだが、今のテンションでダンジョンへと駆けだしたい気持ちからソワソワとした態度を見せている。

 

 

「はは、気持ちが昂っちゃってるね」

「そ、そそんなこと……あります。僕も、あんな風になってみたいです!」

 

 

 お目目キラキラで夢見る少年だが、それも数秒。己の目を見返す青年の顔は、打って変わって厳しかった。

 

 

「最初に言っておくが、戦いのスタイルは様々だ。自分が教えるのは、大雑把に言えば相手を広く見て戦う立ち回り、つまり小手先の技術。この鍛錬を終えたからと言って、例えばナイフで岩を切れるようになるわけじゃない。そこのところだけは履き違えないでくれ」

「はい」

「しかし今後も長くにわたって使える技術、そして程度にもよるが格上にさえ通じる戦闘技術だ。その点、決して無駄にならないことだけは保証する」

 

 

 もはや数えきれない死線を潜り抜け身に着けた、攻撃・防御能力を基に発揮される技術面の指導。匠と呼んで差し支えないレベルにある技の数々を学ぶのは、尾びれを付けても決して楽な道ではない。

 そう間接的に告げられていることを悟り、少年の顔にも力が入る。しかし、答えるべき言葉は1つであった。

 

 

「お願いします、師匠。どんな辛い鍛錬でも、精いっぱい頑張ります」

「わかった、中々に厳しいぞ。それでは今日より階層の制限を設ける、実践訓練は明日からだ。今からダンジョンに行ってもいいけど2階層迄だ、わかったね」

「ハイ、行ってきます!」

 

 

 バタン、と強くドアを閉め。少年は、目の前にある夢に向かって駆け出していく。

 幸いにも道標はあれど、辿り着くまでがどれほど険しい道なのかは想像もできない。そんな少年でも分かるのは、生半可な努力では足りないということだけ。

 

 とはいえ、己は冒険者になって1週間。具体的に“何を頑張る”と言える程に知識も経験もないが、鍛錬に対して全力で挑むことを心に誓い。少年ベル・クラネルの冒険が、ここに幕を開けた。

 




・スキルポイント
 クラスレベル(最大値50)を上げるためと、スキルを取得、レベルを上げるために使われる。
 例えばソルジャーのクラスレベルを30まで上げれば、ソルジャーのレベル30で使えるように成るスキルにポイントを振ることができる、と言った具合。
 例によって”いやらしいバランス”となるように総ポイント数やスキルレベル最大値が調整されており、スキル分配のバランスが求められる。


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7話 弟子のためのお買い物?

GrimDawnミニ知識おさらい(本文中に少しだけ出てきます)
・マジックとレア装備には”〇〇 アイテム名 オブ ◇◇”と言ったようなアイテム名の前後に2種類の”Affix(〇〇と オブ ◇◇)”が付属するガチャシステムが存在する。
例)インコラプティブル(〇〇)・クリーピング リング(アイテム名)・オブ アタック(◇◇)


 ベル・クラネルが進むべき道を見つけた日の昼、時間的に食事を行う者が多い頃。一人の男が私服姿で、バベルの塔を訪れていた。目的は、他ならぬ弟子であるベルが使う短剣もしくはナイフの類を調達するためだ。

 この塔は街の中心部にあり、ダンジョンの蓋の役割を担っている、神々が最初に降りてきたとされる由緒あるタワーである。中身は空洞ということもなくさながらデパートのようになっており、上層部は神のための設備がいくつか整っているようだ。

 

 基本として、この塔に店を構えるファミリアは第一級である。例を挙げれば鍛冶を主業務とするヘファイストス・ファミリアが該当し、4~8階層が当該ファミリアのフロアとなっている。昨夜ヘスティアに対して武器の相談をしたタカヒロだが、かつて彼女が居候していた場所ということと主神ヘファイストスとの信用もあり、お勧めされた形である。

 一階入り口にある案内図を見る限り、やはりデパートと似た様相を醸し出している。階層案内図で各階層を確認するタカヒロは、“至高の武具を貴方に”というキャッチコピーにホイホイと釣られて目的地のフロアを確認していた。装備コレクターの血が疼きかけている。

 

 

「階段かと覚悟したが、まさかのエレベーターがあるとは……」

 

 

 ヨーロッパ風味溢れる街並みとは似ても似つかない、垂直型の昇降装置。どう見ても人力どころかワイヤーの類すらないソレは、魔石の力で動いているという説明書きが誇らしげに飾られていた。

 しかし、箱が上下するわけではなく板状の足場が上下するもの。かつ昇降側には手すりもないという中々にアブナイ仕様であり、どうやら初めて乗るのであろう子供らしき人物は母親にしがみついて泣き出してしまっている。

 

 エレベーターの感覚に慣れているタカヒロは特に何も思わず、4階で降りてゆく。同乗していた子の親が謝罪と共に頭を下げてきたが、“気にしない”というジェスチャーをしてテナントの入口へと歩き出した。

 

 入り口を飾るようにショーケースの中には様々な武器が展示されており、それこそナイフから長剣から槍、斧、なんだかわからないジャンルの武器まで多種多様な賑わいを見せている。まるで、オラリオで暮らす様々な種族の人々を表しているかのようで見ているだけでも飽きない程だ。

 とはいえコレクターな彼の目線でいえば、ほとんど全てが基礎攻撃能力が高い“ただの武器”。基本として、特殊効果が付与されたマジックアイテム以外は一律な評価なのである。一般世間に流通されているモノによっては鍛冶師の気持ちが強く籠って若干のマジックアイテム化している代物もあるのだが、彼も見ただけでは“何か付与されている”程度にしか把握することがでず、詳細までは手に取らないと分からない。

 

 前の前にある短剣のお値段は、値引き表記無しで3000万ヴァリス。その横にある彼の身長程ある大きな両手斧に至っては2億ヴァリスとなっており、今回の予算である1万ヴァリス程度では頭金にすらならないだろうと溜息をついていた。

 しかし物理的な大きさは違えど、随分と値段の開きがある。何が違うのかと斧の商品を見ればAffixが2つついており、売り文句を読んでいくと、これまた明確な違いが記載されていた。

 

 

「ああ、斧の方はエンチャント……不壊属性(デュランダル)が主に付与されているわけか」

 

 

 説明文からアイテムにある見慣れぬAffixの片方は不壊属性(デュランダル)が付与されているという事は判別できており、Affixが2つあるために他にも何かエンチャントがあるのだとタカヒロは斧の本懐を読み取っている。

 

 そして、到底ながら手が届かない値段となっている。彼が持ち込んだ予算は1万ヴァリス、これらを買うための頭金にもなりはしないだろう。もし消費税というものがあれば、それすらも払えない。

 また、ベル・クラネルが持つにしては品質が“良すぎる”。ステイタスに頼ってしまいそうな状況下にあるというのに武器まで良くしてしまっては、その兆候に拍車をかけてしまう恐れがあるために厳禁だ。故に、特殊武器(スペリオルズ)と呼ばれているこの斧のような武器は今回は対象外である。

 

 そうは言っても、やはり最低でも数千万ヴァリスの品々しか置いていないようだ。物の扱いも骨董品を扱うかのような丁寧さと保管状況に溢れており、下手をしたら一見さんお断りといわれても不思議ではない。

 中身が日本人である彼は、その答えにたどり着く。いくらかマジックアイテムらしきものを興味深げに眺めていたが、ここに目的の武器は無いと判断し、出口へと足を向け――――

 

 

「お客さん、お帰りかしら?」

 

 

 凛としながらも透き通った女性の声を背中に受け、足を止めた。

 

 やや警戒しながらも振り返ると、5メートルほど先に一人の女性が立っている。ウェーブのかかった腰までの長さの赤髪をポニーテールで纏める容姿は、Yシャツ姿と相まってスレンダーな外観と合っている。右目に大きな眼帯をしているものの整った容姿を持つ女性が、まるで品定めするかのような目をタカヒロに向けていた。

 その品定めの視線すらも、声に似て透き通っている。まるでヘスティアが時折向けてくる視線と似たように感じてしまい、「神か?」と内心で疑問符を抱いている程だ。

 

 どちらにせよ、タカヒロが嘘や誤魔化しを言うような状況ではない。そのために、本当の事を口にしようと言葉を発した。

 

 

「ナイフ・短剣の類を探しているのですが、残念ながら予算1万ヴァリスな自分には身の丈が過ぎましてね。敵前逃亡というやつです」

「あら、そのわりには真剣に品定めしていたようだけど?」

「はは。不本意ながらも迷い込んでしまったので、どうせならばと第一級の品々を堪能させてもらいました」

 

 

 ふーん?と、やや艶やかさを滲ませた穏やかな顔を向けながら、カツカツと靴の音を立てて女性はタカヒロとの距離を詰める。対峙する青年は疑問符を抱いているが、焦ることなくいつも通りの対応を見せている。

 そして女性の動向を眺めていると、彼女はその人差し指を滑らかに動かして彼の鼻先につけ―――

 

 

「じゃあなんで、斧を見た時に不壊属性(デュランダル)が“主に”だなんて口に出たのかしら?」

 

 

 そりゃ自分にしか見えないだろうAffixが2つ付いているからですよ。

 そう心の中で答えたタカヒロは、逃走を図った。

 

 

「おぬし、どこへ行く?」

「ぐっ……」

 

 

 赤髪の女性と話をしている時に気配は感じていたが、その第三者に回り込まれたが故に走り出せない。特徴的なイントネーションで言葉を発する女性、こちらも眼帯で左目を隠しており褐色肌で何故かサラシ一丁で豊満な胸を隠しているサムライのような相手は並み大抵の実力ではないことは分かるが、彼の実力ならば強行突破することも可能だろう。

 ただし、周囲にある武器のいくらかは確実に犠牲になる衝突となる。それを弁済できるのかとなれば、答えは否だ。そして己が捕虜の類だと諦め、肩を落として息をついた。

 

 

「私はここの主神、ヘファイストス。貴方も嘘は言っていないようだけれど、探るような真似をして悪かったわね」

「手前は椿・コルブランド。ヘファイストス・ファミリアの団長をしておる。レベル5、ハーフのドワーフだ」

「……ヘスティア・ファミリア所属、タカヒロ。主神がかつて世話になったようだが、自分もお手柔らかに願いたい」

 

 

 炎と鍛冶を司る、やはり神か。と、彼は内心で思いながら溜息をついて、降参と言いたげに両手を軽く上げる。

 その一方、余裕を持った表情を浮かべていたヘファイストスは、まさかのファミリア名を耳にして驚いた顔に変わっていた。

 

 

「ヘスティア?貴方、ヘスティアのところの眷属なの?」

「ええ、自分もまさか神ヘファイストスとお会いすることになるとは思いませんでしたが。とは言っても現在のヘスティア・ファミリアは、自分ともう一人の眷属しかいない零細というやつです」

 

 

 何かしらあるのだろう理由で悔しそうな顔をするヘファイストスだが、コホンと可愛らしく咳払いし。タカヒロに声を掛けた時の、やや穏やかな表情に戻っていた。

 

 

「せっかくだから、この斧、手に取ってみない?なんなら振り回しちゃっても良いわよ」

「……いや、これ2億ヴァリスでしょうに。何かあっても弁償できませんが」

「その時は私が責任を持つわ。あと、別に敬語もいらないわよ。堅苦しいのは苦手でね」

「……それは了解したとして、何をすれば?」

「この斧は、そこに居る椿が鍛えたのよ。不壊属性(デュランダル)以外のエンチャントに気づいたのは私たちの他に貴方だけだわ、評価してもらえないかしら?」

 

 

 そう言われて彼が椿へと顔を向けると、彼女はニカッとした気持ちの良い笑顔で応答する。

 どうやら彼女もヘファイストスも、不壊属性(デュランダル)以外の何かしらの効果が付与されていることは感じ取っていたようだ。しかしソレが何なのかがサッパリ分からないために、とりあえず相場の値を付けているというのが現状である。

 

 話しついでの説明がヘファイストスから続けられるが、ソレを明確化できるのは遥か遠方に居ると言われている賢者の類のみのようである。もっとも、そこに頼らなくても判明しているエンチャントはいくつかあった。

 例えば“傷口が治らない”や魔剣のように“炎の渦を出す”と言ったような、目に見えて明確なものこそ不壊属性(デュランダル)のようにエンチャントとして確立している。しかしこの斧についてるエンチャントは、そのような類ではないと感じ取っていた。

 

 国宝級のアイテムを鑑定する時に用いられる賢者の力を使えばわかるものの、そうなれば斧の販売価格以上の大金が必要だ。それこそヘファイストスの神の力(アルカナム)を使えば詳細に分かるそうだが、地上で力を使えばルール違反となるために実施することができないのが現実のようである。

 ともあれヘファイストス・ファミリアにおける目玉商品ということでショールームに堂々と展示した日の昼間、まさかの事態が起こる。ホイホイと誘われた青年がやってきて先ほどの言葉を呟いたために、結果としてお縄となってしまったのだ。

 

 彼としても今更色々と隠すこともできず、ここまでくれば成るように成れとふっきれている。大人しく背丈ほどある大きな斧、レア等級“マジック”を手に取り、許可を得て周囲のショーケースに当たらぬよう数回にわたって素振りした。

 

 

「おお……」

 

 

 連続で素振りされる光景に目を奪われたのは、戦闘員として前線に出ることのある椿である。重量級の斧だというのにまるで軸がぶれない振り回しと、その際に発生してしまう風を二人に当てることのないよう軌道を調整していることは読み取れるが、それがどれ程の技術を要するかは想像に難しくない。

 オラリオにおいても、これが出来る冒険者はほんの一握りの者だけだろう。それこそ、レベル6クラス以上の冒険者に他ならない。4-5振りして構えのようなポーズを取ったタカヒロは、刃先を上に向けると回答を口にした。

 

 

「武器の外観や運用もあって重心は一撃の威力を重視したパワーファイター向けだが、重量バランスは完璧だ。エンチャントとしては物理攻撃力5%、急所命中時のダメージ10%を加算。攻撃命中時にいくらかの体内損傷と出血によるダメージを付与。エンチャントはどうあれ打ち手の覚悟が籠った良い武器だが全てにおける最終ダメージ修正が12%減となっている、これが不壊属性(デュランダル)の代償となる性能低下というやつか」

 

 

 武器の扱いが凄いな、という程度の考えは、直後に出てきたこの一文で消し飛んでしまう。自信を持った表情でエンチャントされているらしき内容と数値をスラスラと読み上げるその姿は、鍛冶職人ならば耳にするだけで目を見開いてしまう光景だ。

 場に居た二人も、表情は同様である。興奮を隠しきれない様子で、ヘファイストスが声を発した。

 

 

「あ、貴方、エンチャントの解析ができるの!?」

「ご、御仁、嘘ではないのだな!?」

「神の前で嘘は吐けんさ。まぁ自信があるとはいえ、自分の出した数値が合っているかと言われれば保証はできないけど……」

 

 

 言っておきながら保証できないことを思いつき、青年は仏頂面のまま人差し指でポリポリと頬をかく。照れ隠しなのか斧をグルグルと振るい回し、「これが2億ヴァリスの重みかー」と呑気なことを考えながら堪能していた。

 サラっと行われているが、まるで短剣を振り回すかのような気軽さである。希少鉱石をタップリと使ったそれはかなりの重量をもっているのだが、影響を微塵も感じさせない。

 

 

「さて神ヘファイストス。正直に言うと適当に誤魔化して去ろうかと思ったのだが、かつて自分の所の主神が世話になった義理は果たしたつもりだ。これで十分かな?」

「え、ええ、十二分だと思うわ。こちらも正直に言うと、無理やりにコンバートしてでも迎え入れたいところだけど」

「それは遠慮願いたい。鑑定して欲しいものがあれば、お忍びとやらでなら承るよ」

「ありがとう、貴方の秘密は守るわ。そういうことよ椿。……椿?わかったら返事を……」

 

 

 そう言いながら顔を動かすヘファイストス、つられてタカヒロもそちらを向いた。返事がないと思っていた双方だが、その先に居る一人の鍛冶師の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。

 ヘファイストスですら、泣いていることに対してとやかく言う権利はない。不壊属性(デュランダル)以外のエンチャント。鍛冶師としては血反吐を吐きながら目指す目標の1つであり、数値こそ僅かなれど、その主目標を成し得た感動なのだと読み取り―――――

 

 

「48時間連続で滝に打たれて精神を整え、精魂込めて希少金属を鍛えた苦労が報われたというものだ……」

 

 

――――よく死ななかったな。

――――たぶんそれ、滝は関係ないわよ。

 

 

 と、彼もヘファイストスも呆れた表情で感想を浮かべている。どうやらヘファイストスはその時に椿が行方不明になっていたのを知っているようで、まさかの理由を聞いて溜息をついていた。

 

 

=======

 

 

「レベル1のお弟子さんのナイフだったのね。それなら上のフロアにあるわ、案内するわよ」

 

 

 椿のメンタルが平常運転に戻り、タカヒロはここで来店の理由を再び聞かれることとなる。まさかのヘファイストス直々の案内にやや困惑するタカヒロだが、右も左も分からないために彼女の後ろをついていく。何故だか椿まで一緒に歩いており周りの目を引いているが、彼女の姿は色んな意味で目を引くだろうと割り切り気にしないことにしていた。

 案内されたのは、3つ上のフロアである。ここにはヘファイストス・ファミリアにおいて初級鍛冶師が制作した武具が並べられており、扱いは無造作ながらも値段としても非常に安い。

 

 具体的にはナイフならば4000ヴァリス、ライトアーマー一式で8000ヴァリス程度からとなっており、これならばレベル1の冒険者でも買うことができるだろう。とはいえ、そんな価格帯を買う冒険者は軒並み稼ぎに出ている時間帯であり、店内は非常に閑散としている。

 彼は武器、ナイフや短剣が置いてあるエリアに案内され、しばらく品定めを行っていた。ヘファイストスと椿は後ろからその姿を観察しており、彼がどこを見るのか、どのようなものに興味を惹かれるかをつぶさに観察している。

 

 後ろからの視線を受け流しながらしばらくした時、彼は腰をかがめ、無造作に並べられていた一本のナイフを手に取った。価格は5800ヴァリス、大きさと使用されている金属の割には割高な部類となるだろう。

 しかし、本人はえらく気に入ったように僅かに口元を緩める。今の今まで仏頂面が続いていただけに何かしらの訳ありかと思ったヘファイストスは、肩越しに声を掛けた。

 

 

「気に入ったようね、それも何かのエンチャントが付与されたマジックアイテムなのかしら?」

「いや、エンチャントの類は何もない。そもそも一通り見て回ったが、エンチャントが付いている武器はこのフロアには1つも無いさ」

 

 

 そう言い捨てる彼だが、向けられる視線は真剣そのもの。素振りの許可をもらって軽く振るうも、数ランク上の装備と変わらぬ芯の良さが伺える。

 素材も強度も大したことのない初級装備の一振り。通常ならば、素人の未熟な腕によって振るわれ折れるのを待つばかりの一品である。

 

 しかし彼曰く、ここにあるなかで最も丁寧に作られている逸品の類。無造作に並べられると分かっていながらも、職人が丹精込めて作ったことが痛いほどに感じ取れた。

 コモンランクの武器ながらも、コレクターである彼の眼鏡にかなう無銘の逸品。“兎牙(ぴょんげ)”というどうにもならなそうなネーミングセンスにだけ目を瞑れば、彼が最も興味を惹かれた一振りだ。

 

 

 

「神ヘファイストス、このナイフを打った職人に武器の作成を依頼をしても良いだろうか」

「もちろんよ、なんでも言って頂戴」

「ナイフの刃渡りを2センチ程度伸ばし、重量増は最小限に。軽くなる分には問題ない。今よりも多少良い金属を使って品質はこれ以上とし、2本の依頼として価格は一本1万ヴァリス」

「レベル1の鍛冶師が作るナイフに1万ヴァリス、なかなかの高評価ね」

 

 

 そんなことを口にしながら不敵に笑い、ヘファイストスはメモを取り終えた。そしてそのナイフは先ほどの鑑定の御代として貰えるようであり、椿に対して梱包するよう指示を出している。

 タカヒロからナイフを受け取った椿は作成者のサインを見つけ、「おお、こやつか!」と、何故か嬉しそうな表情を浮かべていた。どうやらレベル1と言えど、彼女も知っている鍛冶師のようである。

 

 

「その武器を作った鍛冶師の名前は“ヴェルフ・クロッゾ”。ヘファイストス・ファミリアに居るレベル1の鍛冶師よ。今日から3日もあれば出来上がるわ、お弟子さんにも宜しくね」

 

 

 こちらも何故だか誇らしいヘファイストスの説明を受け、タカヒロは一人の鍛冶師の名前を知るのであった。




ここでベル君とヴェルフ兄貴に繋がりを持ってほしかったのと、ハクスラとのクロスなので他の細々したエンチャントがあっても良いじゃないかということでこのような内容にしてみました。
ちなみに手に持つまで内容がわからないのは、ゲームと同じくインベントリに入れないと詳細効果が分からない点を反映させております。

もっともエンチャント率も効果量も低く、(普通は)有っても無くても気づかない程度になっている設定です。

例外?原作にもある真っ黒ナイフに聞いてください…


滝の件は漫画11巻のネタより。


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8話 厳しい師匠

ヒロイン枠がお預け食らってますがもうしばらくお待ちください…


「ただいま戻りました!」

「ベル君おっかえりー!今日は随分と早かったじゃないか」

 

 

 交わされる、いつものやりとり。言いつけを守って2階層で魔石を稼いできた白髪の少年は元気よくホームのドアを開き、主神もまた元気よく出迎えた。地下室であるためか、互いの声がよく響いている。

 なお、少年が帰ってきたのは夕方と呼べるにはまだまだ早い時間帯。いつもならば夕飯直前だったりと日が沈んでからであるために、早く帰ってきたことについてはヘスティアも不思議に感じていた。

 

 とはいえ、少年が無事ならば彼女にとってはあまり関係のないことである。互いに椅子に腰かけると、今日の事を話題に出した。

 

 

「ところでベル君、午前中はタカヒロ君と鍛錬していたんだろ?どうだった?」

「はい、目指すべきところは見えました!それにしてもタカヒロさんって、ものすごく強いんですね」

「へぇ、でも確かに装備は整ってたもんね。タカヒロ君って、そんなに強いんだ」

「ええ、それはもう!なんで冒険者にならないのか不思議です」

 

 

 なお、この会話には擦れ違いがある。ベルがレベル1の駆け出しとはいえ、ヘスティアは恩恵無しのタカヒロが勝つなどとは微塵にも思っておらず、逆にベルの言い分は馬鹿みたいに強い相手を単純に称賛しているのだ。

 そして少年は、明日からは本格的な鍛錬の開始となることを告げている。彼が今日の探索を早めに切り上げてきたのは、しっかりと休むための選択だ。

 

 それでも何かできることは無いかと考え、ダンジョンに関する知識が詰まった本を手に取って読み始める。そんな少年の姿を優しく見つめる女神もまた読書が好きな女神であり、和やかな空気で共に本へと目を向けた。

 そうこうしているうちに、やや疲れた表情のタカヒロも帰宅する。彼がベルの読書姿を見て後ろから覗くと、少年は魔法に関する内容が書かれたページにくぎ付けとなっていた。しばらく見守るも、同じページを行ったり来たりしている。

 

 

「なんだベル君、魔法に興味があるのかい?」

「あ、はい。やっぱり、魔法を使えるのは憧れがありまして……。師匠って、何か魔法を使えるんですか?」

 

 

 いいや全く。と答えようとした彼は、エンピリオンの使徒を呼び出す“サモン ガーディアン・オブ エンピリオン”と“メンヒルの盾”というスキルは魔法扱いだったことを思い出した。

 しかし、逆に言えばそれだけであり魔法に関する知識もない。この世界における魔法にしても本当に世間一般における基礎程度の知識しかなく、書物で得た程度のものであり、弟子の期待には応えられそうにもない状況だ。

 

 

「魔法はからきし疎くてね、力になれそうもないかな。ところで、どんな魔法を使いたいんだ?」

「実用性も全く分かって居なくて聞いた話程度なんですけど、武器に何かしらの力を乗せて使うやつとかですね!」

 

 

 目をキラキラさせて声を強くする少年は本当に知識も無いのだろう、憧れの感情しか抱いていない。しかしヘスティアはその手の魔法を知っているのか、本を閉じて口を開いた。

 

 

「ベル君、それはエンチャント、つまり付与魔法の類だよ。タカヒロ君からも時たま不思議な力を感じるけど、何か詠唱して使っているんじゃないのかな?」

「ホントですか!?師匠、よかったら詠唱を見せてください!」

 

 

 ヘスティアの感覚は意外と鋭いようで、タカヒロがトグルスキルの中で唯一常時発動させているカウンターストライクのことを言っている。とはいえ兎の少年にシイタケお目目でそう言われても、非常に難しいところがある内容だ。

 できないものは、どう足掻いてもできないものだ。元々において魔法攻撃など素人以下であるウォーロードであるうえに、詠唱が必要なスキルなど存在しない。

 

 

「……ライフ排出死すべしバフ解除死すべし滅べ滅べナーフされろ朽ち果て」

「それ絶対に詠唱じゃなくてただの悪口だよね!?」

「バレたか……!」

 

 

 そのため、真顔で即席のでっち上げを披露している。ヘスティアのツッコミは正解であるが、これらは最早、彼が発する呪いの類だ。この2つが報復型ウォーロードの天敵というだけの話であり、彼が毛嫌いしている攻撃である。

 ちなみに付け加えると、ウォーロードを含めた全ての職業がこの攻撃を苦手としている。最大ヘルス(ヒットポイント)の割合で削ってくるヘルス排出は脅威が高く、様々な恩恵のあるバフを消す攻撃を受けたならば、最上級防具で身を固めようがヘルスが夏場のアイスのように溶けるのだ。

 

 そんなこんなで話は弾み、気づけば良い時間となっていた。明日のこともあって早めに布団へ入る師弟のうち、弟子の方は興奮と共に不安を覚える。

 覚悟はしているが、辛い鍛錬を想像するとやはり気落ちするものである。それでも「なるようにしかならないだろう」と心の中で吹っ切れると、不思議と睡魔は襲ってくるのであった。

 

=====

 

 翌朝、オラリオ北にある外壁の上。1年を通して一人二人程度しか訪れない場所であるここに、白髪を持つ二人の男がやってきていた。

 5階建てほどある防壁の屋上は通行できるようになっており、高さに比例してか幅も広く、片側2車線道路程のものがある。つまり、鍛錬するには絶好の秘密スポットとなっていた。

 

 まず始まる前に、タカヒロは一本のナイフをベルに渡す。嬉しさのあまり飛び上がって喜ぶ少年を見て、思わず表情が軽く緩んでいる。

 

 

「そこまでされると大袈裟と言いたくなるぞ。昨日渡しても良かったんだけど、興奮して眠れないと今日に差し支えると思ってね。結果として正解だ」

 

 

 流石は自分の師匠だ。と、少年もまた穏やかな顔になる。しかし直後、「真面目な話をする」と告げられ、少年の顔にも力がこもった。

 

 鍛錬と言うのは手を抜いて行っても身にならない。そして少年は、身に付けるべきことが多すぎる。

 これが今現在におけるタカヒロが持つベル・クラネルに対する評価であり、少年も自覚しているのか静かに頷いて肯定した。フードの下から見える相手の口元に穏やかさは一切無く、緊張が痛いほどに伝わってくる。

 

 

「最初のうちは楽しいだろう、しかしそのあとすぐに地獄が来る。ダンジョンにおいて隣り合わせになる死と言うものを身近に感じてもらうために容赦はできない、君を蹴り飛ばすこともあるだろう。血に塗れ骨にヒビが入り、目標なんてどうでもよくなって逃げだしたいと思うこともあるはずだ」

 

 

 耳にする言葉で目は開き、緊張からゴクリとつばを飲み込む。覚悟はしていたがいざ言葉で表されると、恐怖の感情が沸き上がる。

 とはいえ、駆け出しの少年が恐怖を抱くことは当然であり彼とて承知している感情だ。故に、退路はなけれど逃げ道も設けている。

 

 

「今から始まる鍛錬は続けるのも君の自由だが、諦めるのも君の自由だ。もし本当に心が折れたならば言ってくれ。……もう、二度と立ち上がれないと」

「……お願い、します!」

 

 

 せめて、最初ぐらいは覚悟を示し堂々と。己の師を睨みつけ、少年は頭を下げた。ここに、ベル・クラネルが体験する地獄が幕を開けることとなる。

 

 

 青年が言った通り、最初の3日間は少年にとって楽しかった。素振りも含めてナイフの扱いの基礎を叩き込んでいるタカヒロだが基本として優しく指導しているし、肉体的な負荷はかかっているが、昼食だって笑顔が生まれる。

 相手の攻撃を見て力が入っているポイントを判断し、この世界においては漠然としている力学的なエネルギーが集中する場所を把握し相手の攻撃を把握する。まだ防衛という段階までは進んでいないが、非力な腕で渡り合うためには重要なことだ。

 

 

 一方のタカヒロからすれば、「この少年は異常である」と言って過言ではない。

 

 基本として、呑み込みが早すぎる。本当に把握できているのかと疑問符を抱くことが多々あったが、模擬戦闘やダンジョンでモンスターを相手にテストをしてみれば基準点はクリアしている。応用となればまだまだ怪しいものだが、こればかりは場数が足りていないために仕方がない。

 スポンジが水を吸収するように、次々と戦いの基礎を。相手や周りの状況を広く見て、“弱点”と言うよりは攻撃が通じやすく、逆にこちらが受けるに適したポイントを見つける術を身に付けている。

 

 加えて少年は零細ファミリアの特権を活かして毎晩ステイタスを更新しているのだが、タカヒロからすれば全くの別人と判断してしまう程のアビリティの伸び具合を見せている。力や速度が前日までとは全く変わっており、書物で身に付けたアビリティの成長に関する内容とは程遠い。

 とはいえ少年を否定していては始まらない上に現実であるために、彼もそのイレギュラーを受け入れている。まるで、成長ではなく飛躍を見せる少年に応えるために、彼も鍛錬の内容を吟味し返した。

 

 

 そして内容は進み、佳境の1つを迎えることとなる。タカヒロはダンジョンでも使用していた2枚の盾を用意しており、今までと違う態度に少年も覚悟を決めていた。

 楽しい時間は終わったのだと。正直なところその時間だけでも大きく成長できたことを実感できているが、真に迫るならば乗り越えなければならない壁がきたのだなと、恐怖に震える心に鞭を打つ。

 

 “全く普通の盾”を仕舞って鎧と似たトゲのある金属製のメイスへと持ち替えたタカヒロは、防いでみるよう少年に指示を出す。軽く振り下ろされた一撃ながらも少年は教えの通りに最も力が働きにくいメイスの根元にナイフを当て、攻撃を防いだ。

 速度も力も込められていないため、振り下ろされた先ほどのメイス“神話級 アゴニー”はそこで止まる。これが例えばオークというモンスターが持つ大きな棍棒だったとしても、少年は同じ防御手段を取るだろう。

 

 

「回避という選択を除いたとして、攻撃の防ぎ方には大きく分けて二種類ある。今のベル君のように真正面から止めるのと、相手の力を受け流す方法だ」

「受け流す……?」

 

 

 もう一度前者を試してみようと言って、彼は武器を振り上げてベルに向かって歩き出す。振りかぶられたメイスの非常に遅い一撃を防ぐために、少年は短剣を構えて真正面から対峙した。

 

 

「ぐああっ!?」

 

 

 しかし、襲い掛かったのは少年の身体ごと吹き飛ぶ衝撃だ。スキルを調整した彼の一撃は、例えゆっくりとした動きでも、レベル1のベルでは到底ながら受けられない程の威力を発揮する。

 吹き飛んだ身体を起こそうにもマトモに受けた右手は痺れており、右肩から先が千切れ飛んだのではないかという衝撃に息が上がって瞳孔が縮み上がる。視線に映るは、敵・味方を含めて今までに見たことのない戦士の姿。

 

 

――――怖い。

 

 

 彼に対して抱く、初めての感情。明確な殺気を向けられ足が竦み、立ち向かって戦うという意識は容易く刈り取られ消え失せる。強くなるために足掻くと決意したはずの心が、まるで茹でる前の冷麦のようにいとも簡単に折られてしまう。

 しかし、そう泣き言を口に出す暇はない。これが実戦ならば、自分は既に死んでいる。そう考え、目の前に立ちはだかる壁を倒すために今まで以上の覚悟を決めた。

 

 良い傾向だ。と、威圧を掛けていたタカヒロも安堵する。強くなるためには立ち向かうことを知らなければならず、負けると分かっていて挑むことも1つの経験なのである。反撃の鍛錬はまだ先なのだが、タカヒロは相手の攻撃を受けることを選択した。

 もっとも、ダンジョンという実戦において負ける相手に挑むのは阿呆の類だ。今現在は死ぬことのない演習であるために憂いは無い。同じことを考えているベルも、タカヒロにダメージを与えるためにひとまず右の脇腹に一撃を入れ―――――

 

 

――――自分は今、何を攻撃した?

 

 

 手に持つナイフから伝わる衝撃に、頭の中が空になった。

 ゴブリンやコボルド等を切り裂いた時とは程遠い。かつての独学の鍛錬で、そのへんの金属の鎧を殴った時ともまるで違う。今の一撃で受けた精神的な衝撃は、言い表すに難しい。

 

 立ちはだかる巨壁は、物理的には2メートルも無い程だ。しかしその実乗り越えるならば、いかなる類の防御壁を超えるよりも難しいことは読み取れる。

 ホームの外で見た、圧倒的とも言えるナイフの扱いを見て勘違いしていたのだと。この人が持つ真の立ち回りは強靭な防御力があってこそ成立する物なのだと、ベル・クラネルは報復型ウォーロードの神髄を見出していた。

 

 

「防御力が絶対と言うつもりはないが……いかなる手数、いかに強靭な攻撃も、通じない相手には隙となる」

 

 

 そんな基本的なことは分かりきっている。それでも、彼に言われると重みが違う。

 では、どうすればいいか。否定という前座で始まった彼の実戦講義は、ベルが用いる戦闘スタイルのおさらいと利点・欠点の明確化で幕を開けた。

 




次回、ヒロインの一人がようやく再登場。
ゲロ甘惚気パートが書きたいですが、まだまだ先になりそうです。

それにしても世界観のクロスオーバーは、どんな風に実装しようか迷いますね。


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9話 頑張る弟子

GrimDawnミニ知識:攻撃能力・防御能力って何?
A.攻撃能力は、相手への命中率、クリティカル発生率に影響する。防御能力はその逆で、被打率と被クリティカル率。
 本作品での攻撃能力の扱いはステータスの“狡猾さ”と合わせて“相手へ攻撃を当てるため、急所を狙う技術”、防御能力ならば“受け流しなどの被打回避技術”としており、ゲームとの意味を近づけています。
 (例として“防御能力からくる小手先の技術”など、時折本文中に出てきます。)


「ッセイ――――!」

 

 

 少年が手に持つナイフが走り、一つ目のカエルのようなモンスターの急所を容易く切り裂く。3匹がかりで飛びかかってきた有象無象の群れに対して行われた流れ作業のようなその光景だが、作業者が見せる集中力は、もし見学者が居たとしても計り知れないものがある。

 

――――いかなる手数、いかに強靭な攻撃も、通じない相手には隙となる。

 

 師が口にし指導した、この言葉を使う実践。わざと相手に攻撃をさせて、自身は受け流しなどを使用して最小限の動きで回避することで隙を作らせ、反撃する。

 相手を広く見る洞察力もさることながら、高い攻撃能力と防御能力、そして狡猾さが成し得る高等技術の賜物だ。単身で数多の死線を潜りぬけたウォーロードが身に付けた効率よく戦闘を進めるための実践的な技術を、ベル・クラネルは学び試している。なにも、自ら攻めるだけが攻撃ではないのだと学んでいた。

 

 攻撃者に対して電光石火の速さで反撃を浴びせるために、極めて鋭い準備状態に入る。いわば“カウンターストライク”、その少年バージョン。

 

 青年が愛用するトグルスキル型の“カウンターストライク”のように自身の攻撃とは別枠かつ常時確率発動はできないものの、逆に任意に発動できる点がメリットだろう。もっとも、使用者が持つ技術に左右される点は致し方ないだろう。

 少年が使った際の成功率、現時点で8割程度。そのカウンターから急所を穿つことができればモンスターを屠るのは容易いものであり、逆に己の運動量は格段に少なくなってることは明らかだ。

 

 最初は二刀流が魅せた暴風に焦がれた少年だが、一方でこんな立ち回りがあったのかと、技術を習得するたびに興奮を覚える。盾や鎧で受けてから行うものがカウンターとばかり思っていた少年にとって、最初に目にした時の衝撃の大きさはいかばかりだろう。

 むしろこの戦い方は、ライトアーマーの高い機動力だからこそできる代物だとすぐに分かる。ヘビーアーマーかつ2枚の盾を使う己の師は対極に居るために何が学べるのかと不安もあったが、そんな感情を抱いてしまったことを恥じていた。

 

 

「でも、カウンターを意識するだけじゃダメだ。こっちから仕掛けた方が良い場合もある、広く見なくちゃ務まらない。複数体が相手なら、その次までをちゃんと意識して見なくちゃ……!」

 

 

 己の師匠、タカヒロという青年の実践訓練が始まってはや一週間と少し。ただナイフを殴るように使っていた、駆け出しの少年はもう居ない。相手の攻撃を右から左へと受け流し、自身は最小の力でもって相手に致命的なダメージを与えている。

 

 

 少年は、技術の習得が早かった。まるで天賦の才と表現して過言はないほどの上達速度に、少年の師匠の視点においても驚きを隠せない。

 攻撃と防御において相手の動きの全てを見て、最も通用するであろう箇所に一撃を叩き込む狡猾さ。そのイロハを、少年は恐ろしいほどの速度で吸収しているのだから無理もない。

 

 

 だからこそ第一の壁を乗り越え、地獄が来るのも早かった。

 

 

 一言で言えば、その鍛錬のほとんどが地獄だった。殺気を向けられただけで本当に死を覚悟する程に容赦がなく、それこそ死ぬ覚悟でナイフを振るえど幾度となく蹴り飛ばされる。ポーションで応急処置はしているものの、心身ともにボロボロの状態でホームに担ぎ込まれることも毎日のことだった。

 少年が今思い返せば実戦における窮地を再現するためなのだろうが、徐々に徐々に体力を削る嬲るような攻撃や、気絶しかけの所に弱い蹴りを入れて意識を覚醒させられ、苦痛と絶望を同時に、何時間にも渡って味わうことも何度もあった。

 

 逃げれば死ぬ。刃向かわなければ死ぬ。畏れを抱きガクガクと貧乏ゆすりよりも速く動く両足に鞭を入れ、効かぬと分かり切っている相手に向かって、少年は身を削りナイフを振るう。

 明らかに手を抜いているということが分かる相手は少年に合わせた攻撃を行っており、一方で不意の一撃や実際に蹴り飛ばすようなことも行っている。身体が“死ぬぞ”と警告を発するなかで続けられる戦闘は、少年からすればダンジョンとすら比較にならない極限状況での練度の高い鍛錬となっていた。

 

 それでも恐怖に負けて理性を捨ててしまい昔のようにナイフで殴るようなことをすれば、少年の師は容赦をしない。相手の足が動いたかと思えばすぐさま肺の空気がすべて押し出され、待っているのは苦痛と絶望の焼き直しだ。

 その蹴りを受けないために、少年は体に鞭を打って立ち上がる。これが実戦ならばとっくに死んでいるのだと己の心に活を入れ、心に灯る炎を表すかのような赤い瞳に力を入れる。

 

 

 そんな死と隣り合わせの鍛錬を乗り越えてきたからこそ、今のベル・クラネルがそこにある。

 

 

 よくよく考えれば冒険者になって数日、そこから師を得てたったの一週間だ。例えレベル5や6の冒険者が師になろうとも、ここまでの成長は望めないだろうと思えてしまう。

 どれだけ大きな尾びれを付けても優しくは無い鍛錬だが、彼だからこそ今の自分があるのだと強く思える。そして鍛錬においては温さが全く無い己の師が放つ言葉は、いつも少年の心に突き刺さる。

 

 

――――例え階段を往復する鍛錬でも、ダラダラと行う100往復なら辞めるべきだ。

 

 

 少年にとっては、その言葉の意味が分からなかった。反論するわけではないが、手を抜いているつもりはなく全力で走っている。終わった後は息が上がるし、足だってパンパンだ。

 それが全力では無かったと知ったのは、鍛錬で“死ぬ”と覚悟した時だ。師が言うように、本当の限界と比べれば、今までの鍛錬などは“ダラダラ”と表現するに相応しい。

 

 だから、少年は20往復に変更した。ステイタスの向上もあれど一往復にかかるタイムは3割ほども速くなり、しかし終了後は両足を鎖で固定されているかのような激痛に襲われる。とてもではないが、いつもは次に行っているスクワットなど出来る状態ではない。

 しかし、上半身はまだ動く。腕立て伏せができるならばと考えこちらも全力で実施すれば腕もまた鎖で縛られることになり、自然と身体は動けなくなっていた。

 

 大の字に倒れ込んで空を見上げ、休憩すること3分程度。本当に少しだけ足の感覚が戻ってきたと同時に、ベル・クラネルの身体に蹴りが入れられ宙を舞った。

 吹き飛ぶ際に肺から熱い空気が絞り出され、力を入れるために呼吸をしたら壁に打ち付けられて再び肺の空気が押し出される。体中に激痛が走り、痛いと感じ入る前に涙が出た。

 

 まるで嫌がらせ、控えめに言っても“虐め”である。動けない相手、それも格下で年下である少年にするようなことではない。

 力が入らない、と感じていた両足に鞭を打ち、顔をぐしゃぐしゃにして少年は立ち上がる。辛うじて感覚を取り戻した足を使って、何度も何度もつまづきながらも間合いから逃れねば。止まったままでは、あの苦痛と絶望が待っているのは明らかだ。

 

 だから、少年は抵抗した。鍛錬で使っている武器は無いが、相変わらず少年の限界に合わせて加減してくれている相手の一撃に存在するであろう隙を見逃さぬよう広く見る。

 相手がメイスによる攻撃のために力を入れるであろう、腕を振り降ろし始めた一瞬。針金で固定されたかのように痙攣する腕に無理やり力を入れてナイフの側面を当て、メイスが辿るラインをずらすという完璧な受け流しを行い精一杯の抵抗を行った。

 

 

「見事――――!」

 

 

 掛けられた言葉は、たったそれだけ。少年自身何をやっているか理解せずに半分ほど条件反射で行われたこの一撃は、ベル・クラネルの成長を嫌という程に示していた。踏みぬかれた麦が伸びるかのようにして、少年は確実に自力を身に着けている。

 到底ながらレベル1が反応できる速度でも状況でもなければ、内容でもありはしない。ステイタスに影響される速さはさておき、満身創痍で気絶寸前という極限状態を前提として言えばレベル5ですら行えない者がどれだけいるかとなれば大半が占めるだろう。タカヒロ自身も、見事と表現する他に言葉が無かった代物だ。

 

 しかし、ここまでだ。一度限界を超えた少年の身体は今度こそ言うことを聞かず、青年の腕の中に倒れ込む。

 意識を手放す寸前に聞こえた称賛の声に、己の頬が緩くなるのを感じながら。少年は満足げに、安らかな顔で眠りについた。

 

 

 

 これが昨日の話であるなどと話したところで、誰が信じる中身だろうか。師であり目撃者でもあるタカヒロですら、未だに現実として受け入れることに若干の抵抗を示している。

 

 しかし、ベル・クラネルが歩んだ確かな道。それを示すかのようにステイタスも技術に負けじと飛躍的な向上を遂げており、この階層のモンスター相手では撫でるかのようにして命を奪うことができる程にナイフの扱いに長けている。

 本音はもっと下へと潜りたい少年だが、師の言いつけであるために断固として己の欲望を封じていた。とはいえ流石に心残りはあるのか、6階層へと通じる正規ルートに一度だけ顔を向けると、5階層のモンスターを倒すべく表情を引き締める。

 

 

 

 ズシンズシンという音が響いてきたのは、そのタイミングであった。この階層にしては大型のモンスター、それも足が速い。気づいたときにはまだ遠かったが、すぐそこの曲がり角にまで迫っている。

 戦うか、引くべきか。少年は咄嗟に退路を確認し、いざとなったらバベルの塔1階にまで駆け上がることのできるルートを思い出す。コンマ数秒でその処理は完了し、身体の位置だけ逃走ルート上に変更し、目の前に来るであろう敵を見定めた。

 

 

「ミノタウロス!?」

 

 

 驚きは隠せないが、そのモンスターは知っている。大きな角を持つ、牛の頭をもった筋肉質なモンスター。全長は2メートルを超えており体重も軽く100kgを超え、その身の丈のほどはある石造りの天然斧を持ち合わせ、5階層程度に居る冒険者では赤子の手をひねるよりも容易く葬られてしまうモンスターだ。

 本来ならば15階層付近に居るモンスターが、なぜこんな5階層という浅い領域に居るのかは分からない。しかし敵の目は明らかに少年をとらえており、抵抗しなければ死ぬであろうと痛い程に感じ取れた。

 

 野獣が吠える。次の獲物、死ぬのはお前だと知らしめるような咆哮が、少年の身体に突き刺さる。

 

――――来る!

 

 少年は咄嗟に身構え、バックステップで初手の縦振りを回避した。地面は軽々と割れており、マトモに受ければ己の身体は消えて無くなっていただろう。

 ゾクリと背が震えるも、それに意識を向けている余裕は無い。確かに死の気配は感じたが、“あの鍛錬”と比べれば生きる道は遥かに多く感じ取れる。ならば逃げるにしろ相手にするにしろ、目の前の脅威に立ち向かうだけだ。

 

 小石が舞う中、地面をたたき割った斧と、相手の目線や動作を見逃さぬよう広く見る。反動なのか斧は腕ごと宙に浮いていると思ったが、相手はやや姿勢を低くしており明らかに足に力を入れている。

 ならば、繰り出されるは突進術による突きの攻撃。先ほど見せたバックステップを繰り返せば、己は確実に吹き飛ばされることになるだろう。故に少年は、脱出ルート側である左へと回避するために足腰に力を入れ――――

 

 

「……えっ?」

 

 

 自分を襲うミノタウロスが、眼前で切り刻まれたことに驚愕した。真正面から返り血を浴びてしまうも、反射的に目から口の部分だけは手でガードできたのは幸いだろう。

 しかし、その感情もすぐに変わる。ミノタウロスを相手に放たれた切っ先は目で追えたが、反応することができなかったことに悔やんでしまう。これが実戦で切っ先が敵ならば、ベル・クラネルはここで死を迎えていただろう。

 

 魔石ごと斬ったのだろう、ミノタウロスという肉が灰へと還る。その向こう、少年から3メートルほど先に佇んでいたのは、血振りを行う一人の少女だ。

 

 

「……大丈夫、ですか?」

 

 

 此方を見つつ血振りを行う整いすぎた容姿は、なんという言葉でもって比喩すべきだろうか。ダンジョンの中という薄明かりに対しても輝きを発する程に綺麗な黄金の髪と、己を見据える同じ色の透き通った瞳。背丈は少年自身と同じぐらいだろう。

 例えるならば、人形という言葉が適切かもしれない。それほどまでに整いすぎた容姿を持つ少女、剣姫の2つ名を持つアイズ・ヴァレンシュタインを眼前で見上げた少年は――――

 

 

「だ……」

「……だ?」

「だああああああああっ!?」

 

 

 いくら精神と覚悟を鍛えても、己の師との特訓において男女関係が含まれる事はない。そして乙女にも負けぬ程の初心故に、そちら方面への耐性などゼロである。

 

 あまりの感動と少女の綺麗さ、そして己の感情から湧き出る一目惚れの情熱に理性が完膚なきまでに負けてしまい。少年は顔を真っ赤に染め上げると、脱兎の如く逃げ出した。

 

 




最後はセオリー通りですが原作リスペクトで纏まりました。
鍛錬の成果が出ており原作以上に成長していますが、まだミノタウロスには勝てません。


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10話 ヘスティア・カウンセリング

え、ルーキー枠ですが日刊2位?

…新実装されたMI装備掘らなきゃ(使命感)


畏れ多く、恐縮です。皆さまのお陰様でございます、今後ともよろしくお願いいたします。


「……大丈夫かい、タカヒロ君。なんだか、生きることに無頓着のように感じるよ」

 

 

 早朝に愛弟子のベル・クラネルを5階層へ送り出した日の昼下がり。今日はバイトも休暇となっていたヘスティアは、ソファベッドによりかかって読書をするタカヒロの向かいの席に腰かけ呟いた。

 書物に向けられていた視線は途切れ、言葉の主が己に向けるサファイアの瞳へ。フッと軽く笑ってパタンと本を閉じ、より一層ソファにもたれかかり受け答える。

 

 

「半分正解、と言ったところかな。流石は神、よく見ている」

「これでも君の神様、親だからね。ベル君を可愛がってくれるのは嬉しい……なんだか最近は虐めているようにも見えるけど、ちゃんと君自身の目標も見つけなきゃダメだぜ?君は、オラリオというダンジョンに何を求めるんだい?」

「そう言われても、求めるものなど……」

 

 

―――だってモンスターぶっころしても武具の1つも落ちないんだもん。

 

 という残念な本音をぶちまけるワケにはいかないのが彼の辛いところである。しかし、そのために戦い戦場を駆けてきたことも、また事実だ。

 

 目的と結果が入れ替わって、装備集めに没頭した結果として世界を救った男が、その主目標を失ったために出来上がったのが今の彼だ。別に引きこもりということもなく、ベルとの鍛錬は欠かさないしフラっと出かけていることもある。彼が弟子に説いた戦う理由を、彼本人が手からこぼれ落としているというだけの話だ。

 完全な居候となると色々と問題なためにダンジョンへ行くこともあるが、上層部で適度に稼ぐ程度にしか赴いた事がない。それもまた弟子の成長を確認するついでの行いでであり役割はサポーターで、彼が戦闘を行ったことは一度も無い。もし今のベルが5階層あたりをウロウロしていることを少年の冒険者アドバイザーが知れば、説教という指導の雷が落ちるだろう。

 

 ダンジョンで行われるベル・クラネルの戦いに、彼は決して手を出さない。モンスターが集団で襲ってくるなどして彼の前で危機に陥った状況も何度かあれど、それもまた弟子の成長に欠かせないと傍観者に徹していた。そして彼の期待にこたえるかのように、少年は教わった技を駆使して危機を乗り越える。

 彼がベルと共に戦えば、危機に陥った時に手を出せば、もちろん非常に安全な狩りとなるだろう。しかしそれでは、少年の成長は望めない。ステイタスにおける各種アビリティという数値の類は成長しても、この世界で言うところの発展アビリティ、ベル・クラネルとしての真の強さの類は育たない。筋肉を付けたところでスポーツで勝てるわけではないのと同じである。

 

 

 今も昔も、人の手と経験によって育つモノに変わりはない。技術と呼ばれるその代物は絶え間ない努力の上に成り立つ代物であり、青年にとっても少年にとっても同じものだ。

 青年とて、「もうこれで十分」と思ったことは無い。権能を発揮した神ですら屠れる程にまで技術を磨き、揃っているはずの装備を収集する理由の1つがそこにある。

 

 例え1%の能力向上でも、可能性があるならばそれを追うのがハクスラ民だ。その程度しかステータスが上昇しなかったとしても、向上した己の実力と装備の性能は必ず応えてくれるものである。

 後者の向上が期待できない現状においても、現在も弟子との鍛錬や勉強の合間を縫って自主トレを欠かしていない。重量物とは思えない程の速度で振るわれる盾の威力と狡猾さは、現役のソレと遜色ないほどに鋭く力強さを兼ね備えている。

 

 

 だからこそ、戦士であるウォーロードは戦うべき道を見失っている。まるで、ゲームを極め卒業した人物が、アップデートがきていないそのゲームを再びプレイしているかのようだ。

 守るものもなければ屠るべき相手もおらず、ならばと娯楽的なコレクターという道があるわけでもない。「装備がドロップしない」という真相までは見抜けないが、進むべき道を見失っている点を感じたが故に、ヘスティアは先ほどの一文を口にしたのである。

 

 

「……ベル君のように、女のケツでも追いかければ変われるだろうか?」

「どこかのまな板神とベル君を同じにしないでくれるかなー。ベル君は、そんなふしだらな男じゃないよ!」

 

 

 珍しく下ネタの類を呟く彼を見る。「自分は迷子だ」と遠回しに訴えるタカヒロの心の声を拾って、彼女も悲しげな表情を見せている。

 

 ベル・クラネルのように、自分を拾ってくれた神様の役に立ちたくてヘスティア・ファミリアへと入ったわけではない。青年にとってのこの場所は、一時的な止まり木のようにも受け取れる。

 それでも、理由が後から生まれても構わない。青年がヘスティア・ファミリアを好きになってくれることが、彼女にとって今一番の目標だ。

 

 

「……ああ、そうだ。ただ後ろを追いかける下種な男じゃなくて、理想の隣に立てるよう藻掻き頑張る立派な雄さ」

 

 

 顔を逸らして呟いた青年の顔が、優しく緩む。まるで遠くに居る子を見守る父親のようであり、同時に、その視界に自分自身を捉えていない。

 しかし、今において彼が掌に持っている生きる理由だ。ベル・クラネルの成長を見守ることが、彼にとっての数少ない愉しみとなっている。

 

 そんな青年のスパルタ英才教育を受ける少年だが、これほどの天才型はオラリオにおいても過去に例がない。レベル1から2の最速ランクアップ記録は、現在アイズ・ヴァレンシュタインが所持している1年だ。僅か一か月でリーチをかけていることが、どれほど異常かが分かるだろう。

 ベル・クラネルが“十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人”を地でいかない為に、タカヒロが行っている鍛錬の内容も師弟の両方にとって難しいものがある。彼からすれば、ステイタスを更新するたびに別の世界線のベル・クラネルを鍛えているような感覚であり、匙加減が毎度の如く大きく変わるために調整が難しいのだ。

 

 

「ってことで、別に全く目標がないってワケでもないのさ。ベル君に色々と教えるのは、宝石を磨いているかのようで面白い。ステイタス更新のたびに、内外面共に強くなっているのがハッキリわかるよ」

「君の教えが優れているから、言い方は悪いけどあれだけ馬鹿みたいに強くなってるんだと思うよ……」

「自分の指導はさておき、何かしらの理由で引き起こされている急激な身体能力の向上に対して戦闘技術が追い付いていない。力任せに剣を振るえば7階層でも後れを取ることは無いと思うけど、だから今は5階層で制限を掛けている」

「うっ。すごいね、よくわかってる。タカヒロ君になら見せてもいいだろうね、これが昨日のベル君のステイタスだよ」

 

 

 そう言って、彼女は一枚の紙をタカヒロに差し出す。そこには、部外秘である内容が記載されていた。

 

 

ベル・クラネル:Lv.1

【アビリティ】

力 :E:401

耐久:S:973

器用:D:554

敏捷:D:507

魔力:H:101

剣士:I

 

【魔法】

 【ファイアボルト】

 

【スキル】

 【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】:早熟する。憧れが続く限り効果持続。思いの丈により効果向上。

 

 

 魔法が1つ、スキルが1つ、レベルアップもしていないのに発展アビリティが既に1つ。魔法はさて置くとしても、この3つは異常と言っていいだろう。

 耐久については鍛錬とはいえ心の中で謝るしかなく、彼も心が少し痛んでいる。

 

 いつのまにか発現している魔法は本人の口から聞かされていないが、これは発現した理由にある。基本として魔法に疎いヒューマンが魔法を発現することは、実はとても珍しいことなのだ。

 オラリオにあるソコソコお高い酒場、“豊饒の女主人”から持って帰ってきた本を読んだ、というのが、まさかの原因である。何を隠そうその本こそ魔法を強制的に発現させる“グリモア”と呼ばれるものであり、お値段も最低でも数千万ヴァリスを軽く超え高品質のものならば億ヴァリスを上回る代物だ。

 

 後の祭りとなってからそれに気づいたのはヘスティアなのだが、知らぬ存ぜぬの指示を出したために少年はタカヒロに対してもその指示を実行してしまっていたのである。

 もっとも青年とて、もしそれを教えてもらったところでロクなアドバイスはできないだろう。魔法については、からきし疎いウォーロードが教えるべき内容ではないと考えている。

 

 

 ともあれ青年が本で身に着けた知識をなぞるならば、冒険者になって一カ月程度の少年にしては破格どころか規格外のステイタスだ。

 アビリティがDランクに達しているが故に、既にレベルアップが可能な条件の1つを満たしている。あとは何かしらの大成を行うことができたならば、晴れてレベル2になれるだろう。

 

 と思っていたタカヒロだが、ヘスティアの口から驚愕の事実を知ることとなる。

 

 

「実はもうレベル2になれるんだ、君もベル君の異常さがわかるだろ?このスキルは君が来た2日目の夜に発現していたんだけど、ベル君にはスキルや発展アビリティ、もちろんレベルアップ可能なことについては教えていないよ」

「……もしレベル2になれば過去の最速記録すら話にならん速さか。そしてこのスキルはレアスキル、最近では固有スキルとも言うんだったか。見る限りだけど成長ブーストだ、ステイタス更新の度に別人になっていたのはコレが原因か……」

「そう、よく勉強しているね。ま、これらを持ってる本人に言わない理由も分かると思うけど……」

 

 

 ……まぁ、隠し事なんてできそうにないからな。と、タカヒロは呟き溜息を吐いた。目を閉じ眉間に力を入れて困ったような顔を全開にして、ヘスティアも盛大に溜息を吐いている。

 少年の良いところであり、しかし悪いところだ。ではどちらを取るのかとなれば、やはり前者のウェイトが大きく、今時はレアスキルよりも珍しい正直かつ素直な若者である。

 

 

 【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】。タカヒロの考察通りにアビリティ数値の上昇をブーストさせるものであり、彼が持つ強さに対して強く憧れたことにより発現したものだ。

 もっともアビリティ数値の上昇を早めるだけで、だからと言って剣術の能力などを上昇させるものではない。レベルアップも含め、ベル・クラネルが成長するかどうかは彼の冒険次第なのだ。

 

 ちなみにレベルアップの保留については、タカヒロも賛成する意向を示している。当初と比べればかなり身についてきたとはいえ、基本となる戦闘技術が伴わない内は現状維持というのが彼の考えだ。彼の中で、まだ合格ラインは超えていないようである。

 ところで今回におけるレベルアップのトリガーは、いつかの鍛錬において死亡一歩手前の極限状態から青年のメイスを完璧に受け流したことが影響している。“上質な経験値”とやらが曖昧なこの世界においては、何がトリガーとなるかは神ですら把握できない内容なのだ。何も、相手を倒さなければ経験値が入らないという道理はない。

 

 

「……で。話が戻るけど、タカヒロ君はまだ、冒険者になってみる気はないのかい?ボクも、君ならかなりいいところまで行けそうな気がするよ!」

 

 

 それこそ、第一級冒険者のようにね。

 と、ヘスティアはポジティブな言葉、若者にとって魅力的な内容でもって彼を焚きつけようと言葉を掛ける。彼女から見た一般的な“子”ならば、目を輝かせて憧れるような言葉の類だ。

 

 しかし、メンヒルの化身は揺るがない。そんなものに興味は無いと言わんばかりに鼻で笑い、しかし心配してくれる彼女に礼の言葉を述べ。彼は先ほどまで読んでいた本を手に取ると、弟子のために知識の習得を再開するのであった。

 

 

 神ヘスティア、思ったより青年が重症であることを知る。

 

 

 となれば、なにをもって“やる気スイッチ”を押してあげるか。金や名声については先ほど鼻で笑われた上に、同様の愚痴から女性関係は逆効果だろうと考える。

 程度は違えど、どちらも普通の冒険者ならば食いつく代物だ。そこまで冒険者に対する魅力が足りないかと考え、なんとかして良さげな言葉がないかと記憶を探り――――

 

 

「あ、そうだ。ヘファイストスが言ってたんだけど、51階層の泉にいるカドモスっていう強力なモンスターが、固有のアイテム!皮のようなレアアイテムを落とすらしいよ!」

 

 

 それがゲットできれば一攫千金、男の夢だねー!

 という、続けざまの言葉は彼の耳に入っていない。つい先ほどまで読んでいた本など興味ないと言わんばかりに輝く青年の目には、もう51階層のカドモスというモンスターしか映っていない。

 

 固有アイテム、つまりMI。装備かどうかはわからない、むしろ確率としては低いと考えるが、MIというだけで青年の戦意は急上昇してしまっている。

 

 零細ファミリアを束ねる女神・ヘスティア。苦し紛れに出した己の言葉が、己の胃を苦しめることになると知るのは数日後の話であった。

 




ステイタス的には(耐久と魔法を除いて)シルバーバックと戦う辺りと同じぐらいですかね。
主人公よりチート気味なベル君になってきました。
そしてヘスティア様の胃やいかに


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11話 思わぬ再会

アップデートで追加された新規MI掘ってたら二次創作日刊一位
って何がどうしてこうなりやがりましたか……

本当、皆様のおかげ様です。お礼の前倒し更新!
内容はダンまち屈指のワンシーン一歩手前、舞台はあの居酒屋です。



ですがホント豆腐メンタルなので皆様お手柔らかにお願い致します…orz


「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~………」

 

 

――――なかなかの肺活量だ。

 

 などと斜め上の考えをするタカヒロは、本日何回目かわからないベルの溜息を酒場のカウンター席、少年の右横で聞くはめとなっていた。それに合わせて胃の空気も出ていっているのか、ぐぅ、と可愛らしい音も少しだけ聞こえている。

 態度があからさまなために、何かあったことは想像がつく。が、少年からすれば誰にも相談できないために、この“ガス抜き”の結果となっていることは予想できた。

 

 実はこの時のベル・クラネル。なぜだかダンジョンの5階層という浅い領域でミノタウロスと遭遇し、ロキ・ファミリアのアイズ・ヴァレンシュタインに助けてもらった上に一目惚れした日の帰りなのだ。

 なお、助けてもらった際の対応に問題がある。アイズの可憐さに見とれたと思えば恥ずかしさが込み上げ、御礼も言わずに一目散で逃げ出してしまい返り血塗れのままオラリオの大通りを疾走。そこからギルドの施設に飛び込んで、彼のアドバイザーであるエイナ・チュールに「女の子は強い男に憧れる。ましてやレベル6で風の魔法を使い剣姫の二つ名と名高い彼女なら釣り合う男は限られる」と言われメンタルを削られたのちに5階層へ行っていたことに関してコッテリと説教を受ることになるというオチである。

 

 

「はああぁぁぁ………」

 

 

 それら様々な香辛料で調理された結果として、このような悩める白兎が出来上がっている。彼を“料理された品”と表現するならば間違いなく不出来な一品であり、ベル・クラネルという素材の良さを損ねていた。

 

 ちなみに、店へ訪れているのは師弟関係の二人だけ。ヘスティアはバイト先の打ち上げがあるとのことで、カウンセリングが終わったタイミングで出かけている。帰宅直後にやたらと落ち込むベルを見て、タカヒロが外食を提案した形だ。

 なお、夕飯にしては時間が早かったことと資金は現地調達ということで、4階層あたりで適当に魔石を集めた帰りとなっている。そのために双方ともに鎧姿であり、店についてはベルが知っているところに決めたために案内を行っていた。蛇足としては、流石のタカヒロもフードを外して席についている。

 

 

 ガッツリと肩を落として魂を吐き出すかの如く溜息をつく少年の横顔を時たま流し見ながら、タカヒロは広い酒場を観察する。座っているのが入口から奥にあるカウンター席であるために、偶然にもほとんどの席が一望できる立地であった。

 

 他の席に居るほぼ全ての者が、冒険者の類であることは読み取れる。この世界におけるレベルで言うならば、1か2と言ったところだ。

 が、そこは大して問題ではない。ヘスティアやベルの説明からも、大抵の冒険者がレベル1、良くてレベル2の範囲でウロウロしていることは青年も知っている。

 

 客ではなく、この店で働いているウェイトレス。猫耳やエルフ耳を持つ女性の方がソレ等よりも戦闘要員としては遥かに上である点が、彼の中で盛大な疑問を作っている。

 彼もレベルという概念については未だに疎いが、直感的に判断するならば彼女達のレベルは4と言ったところだろう。オラリオにおいては数少ない、第一級冒険者クラスということだ。

 

 そして最初にドリンクを運んできた店主、豊饒の酒場を仕切るマッチョなドワーフの女性であるミア・グランドを見て、疑問は更に膨れ上がる。店主だと自己紹介を受けたタカヒロだが、彼の脳内では店主と言う2文字にボスというルビが振られている。

 持ち得る戦闘能力が、先の店員達の比ではないことは明らかだ。仕草からして本人達は隠しているつもりであるものの、彼の中では「ここはどこかの秘密結社か」と考えが斜め方向に飛躍していた。

 

 

「ですからベルさん、嫌な時は美味しいものを食べて元気を出しましょう!はい、ご注文のパスタとサラダですよ」

「はぁい……」

 

 

 なお、先ほどの盛大な溜息が出る前に料理を持ってきたこの店員だけは様々な意味で例外だ。タカヒロとベルが店へと訪れた際にシル・フローヴァと名乗った銀髪の女性ヒューマン。恐らくセミロング程度の長さであろう髪の毛を後頭部で団子にしており、戦闘能力に関してはレベル1以下の一般人。

 雰囲気としては見た目相応の可愛らしさがあるのだが、どうにも艶やかさがチラホラと見え隠れしているのが青年としての視点である。ベルに対するスキンシップは店員と客の度合いを超えており、普段から親しげな関係にあるのだろうと予想していた。

 

 もっとも、そんなスキンシップや“妙な視線”を向けられないならば、関係は店員と客で済む話だ。オラリオにおけるやや上級の酒場、タカヒロとベルが今晩訪れている酒場、“豊饒の女主人”とは、如何わしい店ではない。

 

 

「あ。ようこそご予約ですね、いらっしゃいませ!」

 

 

 ベルの肩に両手を置いていた彼女が、ふと店の入り口に顔を向ける。その瞬間には早歩きで入口へと向かっており、他の店員の半数も同様に向かっていた。

 そんな周囲の反応につられるかのように、タカヒロも視線を入り口に向ける。注文したボロネーゼとレタスが中心となったサラダのうち微妙に残っていた後者にフォークを刺しながら、“予約”らしい客を観察していた。

 

 シャキシャキと咀嚼しながら気配を殺しつつ、気づかれぬよう流し見る。どうやら少し時間より早くなったらしく、代表の一人が問題ないかどうかを聞きに来たようだ。結果として問題は無く、黒髪のヒューマンは外に居るであろう他の人物を呼びに戻っている。

 案の定、ゾロゾロと集団が入店してきた。先頭は……子供か?と思ってしまう程に背の小さい金髪の男、それに続いて髭を蓄えたガッチリとした身体のドワーフ。そして更には―――

 

 

「おや」

「っ!?」

 

 

 青年は、ゴクンと飲み込んだ直後。少年はパスタを口に入れる直前のタイミングで、それぞれ緑髪の女性エルフと金髪の女性剣士が目に留まる。玲瓏ながらも凛とした声と細々としながらも可憐な声は、それぞれ男二人の耳に残っている。

 集団の中においても一際目立つその容姿は美女揃いであるロキ・ファミリアにおいても頭一つ抜き出ており、街を歩けば殆どの男が振り返る程だ。なお、何故だか少年は反射的に頭を下げて、カウンター席と厨房の間にある仕切りに姿を隠してしまっている。

 

 

「うっほ、えらい上玉のご一行やなー」

「バカ、お前あのマークが見えねぇのか!?」

「あ?げっ、ロ、ロキ・ファミリアじゃねぇか!」

 

 

 後ろのテーブルからそんな会話が聞こえてきており、青年の耳につく。なるほど、あの嘘つきエルフはロキ・ファミリアの所属なのだなと彼女に関する情報を得ていた。

 もっとも、だからと言って話を蒸し返して何かを起こすつもりは彼にはない。単純に、見知った人物に関する情報の1つを得た程度の感覚だ。

 

 一方で少年の食事が進んでいないことに気づき横を見ると、タカヒロが助けたうちの一人である金髪の彼女を見つめるクリっとした赤瞳は、憧れと惚れを抱いている。とはいえわざわざ口にするものではないために、タカヒロは正面に向き直って果実ベースの軽い酒に口を付けた。

 やがて少年も、正面へと向き直る。何かふっきれたところがあるのか、残っていた少量のパスタをガツガツと口に放り込んでいた。

 

 

「よっしゃ、ダンジョン遠征ご苦労さん!今日は宴や、飲めぇ!」

 

 

 どうやら集団は、遠征帰りの打ち上げの様子である。次々と運ばれてくる料理に目を奪われるベルだが、その視線の最後には必ず人形のような彼女の姿があったことに気づいているのはタカヒロぐらいである。

 そんな彼も、ベルほどではないが店員を見定める流れで緑髪のエルフを流し見ていた。乾杯の音頭を取ったテーブルとは別のグループではないかと思えるぐらいに落ち着いた一角に居り、周囲に居るのもエルフだらけの様相を見せている。高貴なハイエルフである彼女を“雑種”の魔の手から守るために一丸となっていることを、タカヒロが知る由は無い。

 

 

「凄い料理の数々ですね。さすが、オラリオ第一を争うファミリアです」

「ああ、量も質もかなりのものだ。しかし自分も少し量が足りなかった、ベル君はどうかな?」

「じ、実は自分も少し……」

 

 

 少年は視線を落とし、人差し指をモジモジとさせる。頬は恥ずかしさから薄桃色を見せており、そのうち「えへへー」という照れ隠しの一言が聞こえてきそうである。

 君はどこの初心な少女だ?とツッコミを入れたいタカヒロだったが、ガラでもないために喉元で押さえつけた。そして微かな苦笑を返したのち、たまたま横に来た店員を捕まえる。

 

 

「店員さん、何かお勧めの……そうだな、スープのようなものはありますか?少し腹に溜まるとありがたいのですが」

「細切れのパンが入った、コーンをベースとしたものはどうでしょう?温かいですし食後にもピッタリです、おいしいですよ。適度な甘みもありますので、クラネルさんもお好きかと思います」

 

 

 説明からするにコーンポタージュの類だろうか、と彼は考える。来店した際シルに“リュー”と呼ばれていた薄緑髪の小綺麗な女性エルフの店員が、表面上の愛想こそ良くない仏頂面だが落ち着いた声でハキハキと返事をしていた。

 確かに、パスタを食した後に飲むものとして相性も悪くは無く、また、飲んでいた酒と喧嘩することもないだろう。

 

 タカヒロはベルに顔を向けると、彼も軽く頷く仕草を返している。彼女も少年の事を知っているようだが、関係のないことには触れないように返事をした。

 

 

「では、それを2つお願いします」

「かしこまりました」

 

 

 タカヒロも書物で学んだ程度だが、エルフの性癖はヒューマンと大きく違っている。あまり他人とは関わらず、触れることは余程に親身な者でなければ許さないというのが一般的なエルフの特徴と言って良いだろう。

 もちろん例外も居るとはいえ一般的なセオリーに沿うエルフ、“リュー・リオン”だが、ここは酒場である。彼女の容姿を目当てに無駄に話を引き延ばす輩も少なくは無いのだが、このような多少の質問を挟んだ上での注文ならば彼女としても気にならないようである。

 

 彼女は店員で、彼は客なのだ。軽く頭を下げ、注文を受けた彼女は厨房へと消えてゆく。やはりその歩き方に淀みは見られず、中々の腕前だとタカヒロは内心で評価していた。

 

 

 しかし状況は、突然と動くこととなる。




原作と少し時系列がズレており、本作では帰還当日の宴となっています。
ヒロイン風味のベル君に需要がありそうだったのでこっそり混ぜておきました。違和感がない不思議。
そして本来のヒロイン成分が足りない…


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12話 懐かしい記憶

ここから数話が、アンチ・ヘイト タグの筆頭です。
このシーンのために当該タグがついてるダンまちの二次創作は多いでしょうね。

念のために記載しますが、作者としては決してベートが嫌いなわけではありません。弟子とかとったら良い兄貴分になりそう。
とはいえ流石に、あのツンデレ語は初見相手に理解しろという方に無理があるかと…。


 物語が聞こえる。娘に優しく語り掛ける、鈴の音のように心に響く優しい風。

 

 遠い昔。幼い頃に何度も耳にした、心が芯から安らぐ声。地べたに座り木に寄りかかる親子のために、草木はサワサワと心地よいBGMを奏でている。

 物語の語り部は少女の母親で、語る内容は英雄詩。一般ではハッピーエンドと言われる結末を持つ、幸せな物語。一人の英雄が姫を眠りから呼び覚まし結ばれる、ありきたりなストーリー。

 

 母の膝の上で物語に耳を傾けるかつての自分自身がふと横を見ると、ライトアーマーに身を包んだ父親が優しい顔を向けている。その姿を数秒見つめ、少女は1つの疑問を声に出した。

 

 

「わたしも、こんなものがたりにであえるかな?」

 

 

 腰ほどの背丈である少女の問いに、両親は顔を見合わせる。どうやら、そのような問いを投げられたのは初めてのようだ。

 そして共に、子が抱いた疑問も当然だろうと考え苦笑した。これほどまでに読み聞かせてきた物語だ、興味を持ったところで何ら不思議ではない。

 

 

「あなたも、いつか素敵な人に巡り合えるわ」

「ああ。私は既に母さんの英雄だからお前の英雄にはなれないが、いつか、お前だけの英雄に巡り合えるさ」

 

 

 優しい声と力強い声を耳にして、少女は母の胸に飛びついた。

 

 これが―――この光景が、夢であることはわかっている。

 一人の少女、その随分と昔の話。戦いの毎日に明け暮れ、忘れかけていたかつての記憶。黒い龍に立ち向かい、捻じれた空間に消えていった――――

 

 

「――――っ、いけない、もうこんな時間……」

 

 

 ダンジョンの51階層で遭遇したイレギュラーから日付が経ち、地上へ帰還した日の昼下がり。いつのまにか、アイズ・ヴァレンシュタインは自室で転寝をしてしまっていた。

 ダンジョンでいくらかの無理をした疲れもあっただろうが、今宵は打ち上げが待っている。就寝前の噂によると店側の都合ということらしいが、なんともハードスケジュールな話である。

 

 しかし、そのおかげで。少しぐらい眠る時間があると判断し取った睡眠で、かつての記憶を夢見ることができた。

 もう何年も見ることなく、正直なところ忘れかけていた昔の光景。ベッドから立ち上がった足取りは不思議と軽く、遠征帰りの直後だというのに調子が良いと感じてしまう。

 

 

「……でも、なんで」

 

 

 日が落ちてロキ・ファミリアのメンバーと合流し街中を進んでいると、ふと、人波にあの時の少年を感じてしまう。その方向を見るも、残念ながらその姿は存在していなかった。

 そして、気づく。己の中に燃えていた黒い炎が、僅かながらに弱まっている。スキルにまで発現してしまうこの炎が弱まったことは、過去に前例の無いことだ。

 

 

――――もしかして、あの少年が見せてくれた?

 

 

 出で立ちは全く違うが、記憶にある父親とどこか似た白髪。そうは言っても、似ているところはたったそれだけ。

 それでも、何らかのきっかけの1つになったのかもしれない。そう考える彼女だが、猶更の事、ミノタウロスから助けた時に怖がらせてしまったことを謝らなければならないと焦りの念が生まれてしまっている。ただの恥ずかしさから逃げているなど知る由もない。

 

 そんなことを考えているうちに、今宵の宴の場所。豊饒の酒場にたどり着いた。集団が店に入るとウェイトレスが出迎えてくれるが、ざわざわと騒めきも聞こえてくる。

 強く見られた視線を感じたのは、そのタイミングであった。目線を向けられていると思われる先に目を向けるも特に顔が合う者はおらず、気のせいかと流してしまう。なぜだか、ミノタウロスから助けた時の少年のものと似ていたために、彼女もドキリとした感情を抱いていた。

 

 目覚めた時は調子が良いと感じたが、先ほどから自分が調子がいいのか悪いのかがわからない。しかしもう一度会えるならば、怖がらせてしまったことに対して面と向かって謝罪をしたいと彼女は思う。

 構っている余裕は無い。自分は強くならなければならないという義務を感じている少女の脳は、いくら迷惑を掛けてしまったとはいえ、その少年など放っておけと告げている。

 

 己の中で、この2つの考えが矛盾する。彼女の中にある直感と本心はもう一度あの少年と会うべきだと主張しており、身体に刻み込まれている強くなるために剣を振るう思考と真っ向から対峙する。

 

 そして本心は、お礼をしたいと強く語り掛ける。自分が忘れかけていた大切な記憶を思い出させてくれたであろう、己の中の炎を弱めてくれた、あの少年に。

 

 

「そうだアイズ、今日起こったあの5階層の話を聞かせてやれよ!あの殺り逃したミノタウロス!!」

 

 

――――なんで。なんでその話を、今ここで。

 

 

 そう思う彼女は、本気で理由がわからない。ミノタウロスを逃がすと言うファミリアの失態から少年を怖がらせてしまったという自分の失態に繋がるその一件を、なぜ蒸し返すかがわからない。

 俯き、腿に置いた拳を握りしめる。気さくな仲であるティオナが「怖い顔をしないで」と笑いながら絡んでいるが、今のアイズにあるのは負の感情だけだ。

 

 

――――やめて。それ以上、あの夢を見せてくれた少年を罵倒しないで。

 

 

 そう叫びたい彼女だが、少年が逃げ出した原因が自分自身であるだけに口を開けない。加えて周囲は酒もあってベートの言葉に大笑いして同調しており、勢力的にも不利である。

 少年への罵倒は続く。周囲の冒険者も、ここまで馬鹿にされる少年に対して流石に同情の念を抱いた時――――

 

 

「恥を知れ!!」

 

 

 破れるような大笑いにも負けない凛とした強い声が、酒場に響く。鶴の一声とも表現できる言葉によって場はピシャリと静まり返り、酒場の外からくるソコソコの音量の雑音と、調理場から聞こえてくる音だけが場を支配した。

 その一言で、少年を笑っていた面々のほとんどがギクリとし己の行いを反省する。恐る恐る発言者である緑髪のハイエルフを横目見るも、その表情は怒りを露わにしている。落とされた雷は、豊饒の酒場において聞こえない場所が無かったほどだ。

 

 

「そもそも17階層でミノタウロスを逃したのは我々の失態だ。巻き込んでしまった少年を探し出し謝罪する義務はあれど、酒の肴にする権利は無い」

「ハッ。流石、ハイエルフ様は誇りとやらがお高いな。気持ちだけが空回りしている奴に、アイズ・ヴァレンシュタインの隣に立つ資格なんか無ぇんだよ」

「ソレとコレとに関係があるか?お門違いもいいところだ、頭を冷やせ」

 

 

 冷静な口調から、駆け出しの冒険者を貶す狼人に対して見事な論破を見せている。ここで暴走しないだけまだ理性が残っているのか、彼は言葉の先をアイズに戻した。

 

 

「なぁ、アイズはどう思うよ。お前の前で、震えあがるだけの雑魚のことをよ」

「震えあがる……?」

 

 

 その問いに、アイズは疑問符を抱いた。月明かりほどの光りが場を照らしていた洞窟内部において、目にした光景を思い返す。

 

 ミノタウロスが繰り出した最初の攻撃は恐らく縦薙ぎの一撃、それを少年がどのようにして回避したかは分からない。しかし少年は、二撃目の突きによる攻撃。突進と組み合わされたその攻撃を、完全に読み切っていた。

 それでいて、偶然かどうかはわからないが出口側へと飛び退く姿勢を見せたあの行動。その瞬間に見せていた怯えは微々たるもので、少年を貶す狼人、ベート・ローガが言うような内容とは程遠い。

 

 立ち向かう。この表現が、もっともシックリとくるだろう。このような場で達した結論ながら、それならば最後の逃走以外の行動の全てに納得できる。装備も乏しい駆け出しと思われる少年は、勝ち目がないと分かっているはずの目の前の強者に立ち向かおうと覚悟を決めていたのだ。

 トクンと脈打つ心が、その結論に反応する。少年が抱いていたであろう覚悟がどこからくるかは分からないものの、非常にアイズ・ヴァレンシュタインの興味を引いている。知りたいという気持ちが自ずと沸き立ち、もう一度会いたいという感情が強さを増した。

 

 

「じゃぁ聞くが、お前はどっちがいいんだ?もし俺と、あのガキを選ぶならよ」

「私は、そんなことを言うベートさんだけは御免です。あの子の事を、何もわかっていない」

 

 

 彼女はキッと目に力を入れて、相手を真っ向から否定する。行方を見守っていた者たちも、アイズが口にすることは珍しいハッキリとした意見を聞いて驚いている。

 まさかの反応にたじろいだ彼からすれば今の回答は、あの少年を擁護、つまりは少年を選んだということになる。何故だと喚きたてるのは己の本性に反したのか、心からの本音を口にした。

 

 

「雑魚に、アイズ・ヴァレンシュタインは釣り合わねぇ」

 

 

 ギシリ。その言葉から続いた一分ほどの静寂をおいて、床板を踏みしめる音が強く鳴る。己の中に燃える黒き炎を弱める、何物にも染まっていない白い風が駆け抜ける。

 思わず、駆け出していく姿を追った。最初は目で、次の瞬間に首で、数秒後には立ち上がって店の入り口まで。

 

 しかし彼女は、それ以上足を踏み出せない。今以上、前に出した手を伸ばすことができない。レベル6ともなった己の脚力ならば、今から同じ方向に駆け出せば簡単に追いつけるだろうが、針金で固められたように微動だにしない。

 あの時の店の静けさだ。身内が発した罵倒は、あの少年の耳にも届いている。そんな状況において、根底となっていた罪について謝れるはずが、それどころか謝る権利すら持ち合わせてはいない。

 

 

 静まり返る店内に足を向けると、ティオナが「大丈夫?」と声を掛けた。他の皆も彼女の姿を見つめているが、アイズは明らかに元気がない。

 到底ながら、大丈夫と言える心境でもなければ僅かな愛想を振り撒ける状況でもない。彼女は力なく椅子に座ると、シンとした空気、しかし各々の苛立ちが垣間見えるピリピリとした空気が場を支配した。外から聞こえるいくらかの雑音がある分、全くの無音の状態よりはまだマシと言えるだろう。

 

 

「……すみません、店主」

「……なんだい?」

 

 

 ピリピリとした空気を払うかのように静かに響く、店内だというのにフードを被った人物の声。空気に耐え切れなくなったカウンターの客が、前に居るミアに何かしらの注文を行うのだろう。

 このやり取りが聞こえた者は、これをきっかけに元の騒がしさが戻ってくるだろうと胸を撫で下ろし――――

 

 

「生憎と初めて訪れた店なもので教示願いたい。ここは……酒に溺れた輩の遠吠えで飯を食べる趣味嗜好なのか?」

 

 

 嵐の前の静けさである。青年の据わった声による一言が、静かな場を貫いた。




書きたいことを書いていたら予想以上に長くなりました。今回はアイズの内容です。
酒場イベントは残り二話ありまして、本日夜にもう一話更新するつもりです。

原作との違いはアイズの見解・反応と、リヴェリアの叱りがアイズに促されてではなく自発的に行っている点ですね。
誇り高いエルフ、かつ彼女ならば、あの場において促されるまで黙っていたのは個人的に違和感がありまして…。

そしてセオリー通りといえばそうですが、事実とは言え油を注いでいるウォーロードはフード(ヘルムの幻影)も被って交戦準備万端です。事の結末は、もう少しだけお待ちください。


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13話 抱く悔しさ

ベル君サイド。原作で言うところのオラトリアではなく本編サイドですね。
オラトリア、本編、タカヒロ(+リヴェリア)と3種類書いてしまって長引いております(汗)

いや、焦らしプレイじゃないんですよ…?


 時は少し遡り、ロキ・ファミリアが乾杯の音頭を取った辺りまで遡る。騒がしくなった店の奥にあるカウンター席で2つのパン入りコーンスープを注文したタカヒロは、芯の据わった歩き方をするエルフ、リュー・リオンを内心で褒め称えていた。

 

 

「飲み比べ勝負や!勝者は“リヴェリア”のおっぱいを自由にできる権利付きや!!」

「自分もやるッス!!」

「俺も参加だ!!」

「私も!!」

 

 

 なお、そんな感心も下品な言葉で消し飛ぶこととなる。ショートヘアの赤髪をポニーテールでくくる目の細い女性の叫び、なぜかサムズアップされた指に止まるように参加者が群がっている。

 周囲に居るエルフの絶対零度な視線がそこかしこに向けられている中で唯一目を閉じ無関心な反応を示している様子を見るに、どうやらタカヒロが嘘つきエルフともじった緑髪のエルフこそがそのリヴェリアと呼ばれるエルフらしい。思わぬところから名前も知ることとなり、先ほど赤髪の女性が口にした結末を見たならば揶揄ってやろうかと腹黒さを抱いていた。

 

 

「遠征ねぇ。連中、今度はどこまで潜ったんだ?」

「知らねぇのか?まぁ俺も噂で聞いた程度だけどよ。50階層で野営して、59階層を目指してたんだよ」

「かーっ、やっぱり第一級は目指すところが違うなぁ」

 

 

 ポツポツと聞こえてくる、ロキ・ファミリアの情報。ならば自分が母体を屠ったあの地点が50階層なのだろうと、タカヒロは脳内の情報と照らし合わせていた。

 撤退具合からしても、かなり急いでいたことが伺える。彼が請け負った3名の逃げ具合からしても何かしらのトラブルが発生したことは読み取れており、結果として遠征は失敗したのだろうなと結論付けた。

 

 

「そうだアイズ、今日起こったあの5階層の話を聞かせてやれよ!あの殺り逃したミノタウロス!!」

 

 

 ピクリではなく、ビクリ。ベル・クラネルは、突然の大声に対して明らかに震えあがった。そんな少年を横目見るタカヒロは、何かしら関係しているのかと推察したがそこから先が続かない。現段階では、情報が不足しすぎている。

 とりあえず、傍観することを選択した。大声を出した者はさっそく酔いが回っているのか、あまりの声の大きさに圧倒された周囲も聞き入る様子を見せており、彼の周りに居る者の声も聞こえてくるほどに静かな店内となっている。

 

 

「ミノタウロスって、17階層で遭遇したやつ?」

「そう、それだよ!奇跡みたいにどんどん上に登っていきやがって、その時にアイズ、お前が5階層で始末した時に居たトマト野郎!」

 

 

 それって間接的に「ロキ・ファミリアともあろう者が17階層でミノタウロスを取りこぼした」と言っちゃってるんじゃないのかな。

 と脳天気に考えるタカヒロだが、横に居る弟子の震えが一段と大きくなったように思えた。

 

 まだしばらく、傍観することを選択する。続けられる罵倒は、その時に居たのであろう駆け出しの冒険者に向けられていた。

 ヒョロくさい餓鬼だの生まれた小鹿のようだと、足が竦んで尻餅をついたなど、よくもそこまで次々と言葉が出てくるなと一種の感心すら抱かせる。なお、どれもこれもが当時の状況とはかけ離れており、発言者は相当酔っぱらっているのか所々でフラフラしており呂律も怪しい。名実ともに、酔っ払いの戯言だ。

 

 アイズを除いて当時を知らない周囲は酔っ払いの戯言を事実と捉えているものの、「駆け出し者の反応がそうなるのも当然だろう」と、周囲もタカヒロも、ついでに言えば耳にしていた店員の全員が思っている。彼も本で読んだ知識程度だが、ミノタウロスが出現するのは初心者がウロつくエリアではなくかなり下、それこそレベル2の冒険者が進出するエリアだ。

 生まれたばかりの小鳥が蛇、それも大型のソレを前にすればどうなるか?答えは簡単である。少年が見せた反応は当然の内容であり、まともな思考があるならば非難するなど在り得ない。むしろ、よく生き残れたなと感心する方が筋だろう。

 

 ミノタウロスを逃がした責任が、ロキ・ファミリアにあるならば猶更だ。そして此度の暴言祭りの責任を押し付けてしまえば、酒という人の本性を暴く飲み物が原因である。

 「酒を飲むと癖が悪くなる」という言葉があるが、そうではない。酒を飲むことで“理性”が無くなり、“本性”というものが暴かれるのだ。

 

 

「それでアイズが切り刻んだ時の返り血を浴びてよ、真っ赤なトマトみたいになっちまったんだよ!ヒャヒャヒャヒャ、腹いてぇ!」

「恥を知れ!」

「気持ちだけが空回りしている奴に、アイズ・ヴァレンシュタインの隣に立つ資格なんか無ぇんだよ」

 

 

 玲瓏な声が一度場を収めるも、止まらない。男に注がれる酒と言う燃料は、その喉元にある本音から数々の罵倒の言葉を引き出している。

 

 

「雑魚に、アイズ・ヴァレンシュタインは釣り合わねぇ」

 

 

 店に響く、トドメの一言。胸から熱く込み上げる()()()()()に身を任せ、少年は本能的に立ち上がろうと膝に力を入れ――――

 

 

「っ―――!?」

 

 

 その右肩に、優しく左手が置かれ停止した。

 

 右に座る彼に顔を向けて見上げるも顔は正面を向いたままであり、また、いつのまにか被っていたフードに隠れて表情は読み取れない。その口元は、先ほどまでの記憶と違って据わったものとなっていた。

 

 

 

「少年、()()()か?」

 

 

 

 代わりに返ってきたのは、小さい音量ながらも今までに聞いたことのない据わった声。周囲に気づかれぬよう配慮しているのだろう。

 一人で悩んでいた故に少年と呼んだ青年の一言で我に返り、己を鍛えてくれた師の存在を思い出す。そして悲しみなど吹き飛んでしまい、置かれた手を跳ねのけて逃げ出してしまいたい衝動が消えてゆく。

 

 まるで、その手を使って元気を分けているかのような。怒りでも悲しみでもなく言われて気づいた悔しさの感情は消えるどころか、勘違いしていた2つのエリアを埋めるかのように広がっていく。

 

 悔しい。師が口にしてくれたように、芽生えた感情は、ただそれだけ。

 

 想い人の前で、目指す道標の前で貶されるしかない、己の実力が何よりも悔しかった。一般よりは遥かに強い少年だが、そんなことはこの場においては関係ない。

 自分は今、自分を貶した者に立ち向かえないのだ。間接的に己の師を貶される相手の言葉に、反論することもできないのだ。ただ手を握り歯を食いしばる事しかできない自分自身の実力に、心から悔しがっているのである。

 

 

「……はい。すごく、すごく……」

「そうか。だがかつて自分も通った道だ、決して恥じることではない。初めて抱くだろうその感情は大切なものでもある、いつになろうと忘れてはいけない。今日この場で知り得た感情こそが、君自身を英雄に押し上げる活力の一部になるのだからな」

 

 

 目線を膝に戻し、唇をかみ、爪で両手を貫かん程に拳を握り。目に溜めた涙を決して見せまい、落とすまいと瞳を強く閉じ。少年は、上ずった声で小さく呟いた。

 自分にしか聞こえないであろう小声ながらやけに耳通りの良い、青年が呟くそれらの言葉。出会ってまだ一か月も経っていないはずの男の言葉が、妙に胸に刺さっていく。

 

 

「進む先では再び、何度も力の差に絶望するだろう、数の差に潰されそうになるだろう。しかしそれは強くなるためには必然の障害だ。突破できずに悔しいか、ならば負けないように強くなろう。ぐうの音も出ない程の活躍と実力でもって、あの“犬”を見返してやろうじゃないか」

「……師匠、僕――――」

 

 

 ダンジョンに、行ってきます。そう言わずとも、横に居てくれる青年にはしっかりと伝わっていた。

 

 

 なお、非常に良いシーンなのだが彼が口にした内容はケアンで抱いた感情そのものだ。物理・魔法がミックスされた数の暴力と耐性減少でリンチしてくる上にレベルが格上である敵の群れに、何度悔しさに塗れクソッタレと喚いたかは既に記憶の彼方となっている。

 更なる蛇足としては、ベートが狼人だと分かっておらず犬人だと思い込んでいる。傍から見れば似ているために仕方がない点だが、実は耳の部分で見分けがつくのもまた蛇足である。

 

 

「わかった、あとで迎えに行こう。繰り返すが死んだら何もかもが終わりだ、あくまでも正規ルートにおいて倒しながら進むんだ。何度も言うけど、過度な無理だけは自発的にしないようにね」

「――――はい」

 

 

 少年は、わき目も振らずに店の入口に走ると駆け出していく。後ろから誰かが追いかけてきた気がするが、前を見据えて振り向かない。

 今はただ、ひたすらに強くなるために。自分と同じ、ヘスティア・ファミリアに所属する者。年齢的には10歳上の、タカヒロという青年のような強い存在に成るために。

 

 今日の一件で心は折れかけたが、彼の言葉で元通りに治ったように思える。そして、己が辿るべき道標は目の前に見えている。彼が言うように、経験値とは文字通り経験を積むことで得られるものだ。

 

 冒険をしよう、ある程度の無理をしよう。しかし彼が教えてくれたように、強くなるための引き際は弁えよう。無理をして死んでしまっては、何もかもがお仕舞いだ。

 そう考えるベルの目には日ごろの鍛錬がよみがえり、ダンジョンが一層のこと違って見えてくる。その場所とは常に死と隣り合わせなのだと、そして無理をするだけでは強くは成れないということが、不思議と脳裏に刻まれる。

 

 冒険をしよう。彼のように強くなるために。

 冒険をしよう。彼女に似合う存在に成るために。隣に並んで立つために。

 

 

 今すぐ彼のように強くなれる、なんて夢物語は思っていない。オラリオにやってきた自分自身の物語は、まさに始まったばかりなのだから。

 




ベル「そうか、夢物語じゃなくて現実にしちゃえばいいんだ!」
タカ「いけるいける」
ヘスティア「やめて!」

本文ぶっ壊してますがコミカルだったら多分こんなオチ。


師が差し伸べる手があるんだから、猶更のことベル君はめげないぞ!

さて次回、いよいよ酒場騒動の最終パート、主人公の対応です。ベート君の運命やいかに…


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14話 謎の男再び

ベル君が試練を迎えるように、ダンまち二次創作作者はここが試練だと思います。
ここが穏便に収まってる二次創作ってあるのでしょうか…。

居酒屋イベント、最終話です。


 お金を置かずに全速力で駆け出したベルだが、酒場“豊饒の女主人”を仕切るマッチョなドワーフの女性店主であるミア・グランドが叫び店員が追いかける事態にはならなかった。ベルと一緒に来店した青年が、まだカウンター席に残っていたためである。

 この者までもが同じ行動を繰り返すならば、それこそ雷が落ちるだけの騒ぎでは済まないだろう。文字通り、血の雨が降っても不思議ではないシチュエーションだ。

 

 とはいえ、流石に血の雨の事態を防ぐに越したことは無いために、逃走防止の牽制を狙ってミアがタカヒロの前に陣取っている。一人しか残っていないものの注文された2つのコーンスープも、彼女が彼の前に置くこととなった。

 彼もわざわざ店主が持ってきたワケに気づいている上に、当然ながら食い逃げする気など更々ない。スープを両手で受け取りカウンターに置くと、言葉を発した。

 

 

「……すみません、店主」

「……なんだい?」

 

 

 先ほどベートが発した会話の内容はミアにも聞こえており、やはり“良い気分”とは言えない表情を見せている。少年と違って彼女自身はレベル6の第一級とはいえ、彼女もまた冒険者上がりなのだから良い気はしないのは当然だ。

 それでも酒場の会話に飛び交う話を遮るなど、余程のことが無い限りは彼女と言えど権限を持っていない。状況としては“そんな余程”の一歩手前であるものの、緑髪のエルフも叱りの言葉を口にし始めているために極端に悪化することはないだろう。ロキ・ファミリアが発端となっているこの問題に口を出すのは、フレイヤ・ファミリアである彼女にとって、今の段階ではお門違いである。

 

 で、この青年の質問はなんだろうか。そう思って彼の顔―――と思ったが顔をやや下げておりフードに隠れているために頭部を見ると、予想だにしない言葉が飛び込んできた。

 

 

「生憎と初めて訪れた店なもので教示願いたい。ここは……酒に溺れた輩の遠吠えで飯を食べる趣味嗜好なのか?」

 

 

 豊饒の女主人がそんなワケ―――と反論しかけて、店主ミアがそれ以上の口を開くことは無かった。

 青年の言葉を耳にし思わず熱くなった頭で思い返せば、狼の青年が声を大にして話していた内容は思い当たる節がある。今日の開店直後の酒場の話において「返り血を浴びて真っ赤な少年がシャワー室に来た」という件で始まった馴染みの話に出てきた少年の特徴は、先ほどまで青年の隣に居た少年に合致していた。

 

 その者が先程の騒ぎを耳にすれば、あの行動も頷ける。冒険者の心を癒やすはずのこの場所で、もっとも起こってはならない事態が発生したわけだ。目の前の男性があの少年の仲間、同じファミリアだというのなら、今の発言も納得である。

 

 

「……その子のために、出してやったスープなんだがね」

 

 

 もう背中も見えず気配もない、己の店の入り口に目を向ける。店内との境界線の向こう側にある夜の暗さは、闇でこそなけれど己の心を映しているかのようだった。

 同じファミリアでもなければ、店主とはいえ一居酒屋の店員ができることは、酒と料理でもって心の傷を癒し体力を回復させることだけだ。先ほどの言葉でタカヒロも出されたコーンスープの本懐を理解し、「なるほど」と誰にも聞こえない呟きを残している。

 

 

「あ――――なんだ、テメェ?」

 

 

 しかし、タイミングが宜しくない。リヴェリアがお叱りを入れたせいで他の団員や関係のない者達の声が小さくなっており、タカヒロの先程の一文がベートに届いていたのである。

 

 小さくなっていた声は、完全に消え去った。ロキ・ファミリアの面々はベートを止める言葉と同時に「早く謝れ」の内容をタカヒロに向かって叫んでおり、状況は最悪である。部外者は「謝るならば狼男だろ」と誰もが思っているが、その誰もが口に出せる勇気を持っていなかった。

 事実とは言えあからさまな挑発を投げた青年だが、それ以上は口にしない。相手が大声でわめいていた弟子への悪口については、叱りを入れていたエルフ、リヴェリアと呼ばれていた彼女の言葉を根底として今の一言で仕舞いとし、追求しないことを決めている。

 

 言葉には言葉で。また、いくらか相手を貶す言葉でもあるうえに、これぐらいなら言い返す権利はある。他ならぬ弟子を貶されたのだから口にして当然だと、己の正当性を内心で主張していた。

 

 とはいえ、状況は待ってくれない。抑制という蓋を外し理性を乱す、酒が与える影響というのは素面の者からすれば予想だにできない事態を引き起こす。

 言葉を受け取った狼人は、己のアイデンティティである誰にも止められない程の俊足を発揮する。そのまま一足飛びで宙を駆け抜けると、カウンターの青年の頭部を殴りつけ――――――

 

 

「ガッ!?」

 

 

 青年が展開させていたトグルスキル、“カウンターストライク”が発動し、入り口付近の壁にまで吹き飛ばされて背中を柱に叩きつけていた。白目をむいてそのままピクリとも動かず、全くもって立ち上がる気配を見せていない。

 

 カウンターストライクとは、被ダメージ時に一定の確率でx%の武器ダメージとy%の報復ダメージを相手に与える常時発動型のトグルスキルである。他にも複数の効能がある非常に優秀なスキルであるものの、非常に細かいために省略する。

 本来はレベル16止まりなのだが、装備効果により最高値のレベル26、現在は2枚の盾がないのでLv20にまで高められたこのトグルスキルの発動率は被ダメージ時において32%、つまり約3回に1回の度合いである。判定が発生して吹き飛ぶかどうかは運任せだったものの、発動したのは“犬”の日頃の行いの賜物だろうと内心で鼻で笑い、同時にちゃっかりとスキルの威力を確認していた。

 

 なお、吹き飛ばされた者が“その程度”で済んでいる理由はタカヒロが2枚の盾を持っていないことに加えて、スキル以外の報復関連の能力を全て無効化しているためである。裸ではないためソコソコ強化はされているが、これがもし52階層の時と同じ状態ならば、ベートの身体は2m程飛び上がって絶命するか跡形もなく四散していただろう。彼が持ち得る報復ダメージとは、本来ならばそれほどの威力を備えているのだ。

 また、殴りかかった相手の彼が見せる対応は傍から見れば涼しいものである。全く何事も無かったかのように、運ばれてきたスープに口をつけた。

 

 

「……先ほどの、この店に対する言葉を撤回しよう。長年に渡って息子を見守ってきた母のような、優しい味だ」

「そうかい」

 

 

 まさに、何事もなかった態度。ミアもタカヒロの言葉に照れ隠しを返し、鼻の下を人差し指ですすって腕を組み、満足した表情を見せるのであった。

 

 しかし、「何事もありませんでした」で収まらないのがファミリア同士のトラブルである。ミアが厨房に戻らないのは、この最悪の状況が乱闘という形で店の中で開始されるのを防ぐためだ。

 まるでヤクザのシマ争いと変わり無い。ファミリア間の些細な喧嘩とは、町を巻き込む全面戦争に発展する可能性だってあり得るのだ。とはいえヘスティア・ファミリアとロキ・ファミリアでは差がありすぎるために、そうなることは無いとも言い切れる。

 

 ロキ・ファミリア側からは相手に殴りかかるベートしか見えておらず吹き飛ばされる場面はわからなかったが、それでもベートが先に手を出したのは明らかであり、何かしらの落とし前は必要となる。ロキ・ファミリアの団長であるフィンと副団長であるリヴェリアが、すぐさま謝罪に向かうために立ち上がった瞬間であった。

 

 

「ロキ、我々は謝罪を、っ!?」

 

 

 まずリヴェリアが、驚きの声を上げて目を見開く。つられて横に居たアイズも、奥のカウンターに居た“対象者”に気が付いて目を見開いた。

 とはいえ、ファミリアでは主神に“母親(ママ)”と呼ばれる存在であり冷静沈着なリヴェリアの表情が、公の場であからさまに破綻するのは珍しいものがある。そんな珍しいものを見た主神ロキは、驚きながら呆然とするリヴェリアに声を掛けた。

 

 

「なんや珍しいな、どうしたんやママ」

「ママと呼ぶな!」

「団長、あの人です。52階層で助けてくれた人は」

「なんだって?」

「えっ?あ、そうだよそうだよ!ちょっとベート、誰に殴りかかってんのさ!それにしても、うわ、こんなところで再会するなんて!」

「そこの小娘、こんな所とはどう言うことだい?」

「ヒッ!ち、違いますミアさん!そういう意味ではなくて!」

 

 

 ロキとリヴェリアの漫才が終わったかと思えば思わぬアイズの言葉にミアとティオナの漫才が続き、立ち上がったフィンの足が止まる。同時に立ち上がったリヴェリアと顔を見合わせ、まさかの事態に、前に出した足が進まない。

 そして、周囲の者は理解できない。52階層でロキ・ファミリアを助けるなど、実施できるとしてもオラリオにおいて極一部の者だけである。となれば大抵は顔も姿も知られているのだが、タカヒロの姿は全員の記憶に存在していないのだ。

 

 

 とはいえ、彼の所在を詮索するのは後回し。この場においては、ともかく謝罪が必要であることは明白だ。ロキ・ファミリアにおける団長のフィンと副団長のリヴェリアは、止まっていた足を前に出す。

 そして、カウンター席の隣へと到着した。何か用かな?と言いたげにしてフード越しに視線を向けるタカヒロに対し、フィンは口を開き―――

 

 

「――――どうやって」

「ほう」

「っ……!」

 

 

 興奮した思考により言葉の優先順位を間違える、非常に珍しい彼の失敗である。常識に沿うならば最初に出されるべきは先ほどの暴言と暴行に対する謝罪行為であり、どうやってソロで52階層に辿り着いたのかを知るのは他のファミリアに干渉する内容であるためにグレーゾーンのエリアである。交流がある者同士ならば人気のないエリアで話し合うのも互い次第だが、少なくともこのような場所で交わす話ではない。

 しまった、と言いたげな表情をしたフィンだが、青年は両手を胸の位置で左右に軽く広げている。続けざまに出されたタカヒロの言葉は、二人にとって予想外のものだった。

 

 

「おや、何か御用でしょうか?どうやら先ほどの罵倒が自分と同じファミリアの、先ほどまで隣りに居た少年のことを指していたのは事実のようですが……自分は何もしておりませんし、何をされたかも分からない」

 

 

 故に、あそこで転がっている“犬”が何故そうなったか聞かれても分からない。最後は鼻で笑って終わり、スープを飲む彼の言葉は、一連の出来事を知らぬ存ぜぬの扱いに持って行こうとしていることが明らかである。そのために、二人は何も言い返すことができなかった。

 それを確認したかのように自分の分のスープを飲み乾したタカヒロは、一枚の貨幣をカウンターに置くと立ち上がる動作を見せ――――

 

 

「ちょい待ちや」

 

 

 静寂を切り裂く関西弁と似たイントネーションの言葉を放つ、ショートへアの赤髪のポニーテールでくくる女性に止められた。

 

 その女性は行儀悪くテーブルに右ひじをつき、その手のひらで顎を支えて身体をタカヒロへと向けている。デニムらしき衣類と“腹巻の胸バージョン”としか彼には言い表せないスタイルで随分と露出が多く、糸のように細い目が特徴的だ。

 彼女の言葉を受けて青年は再び腰を下ろし、身体ごと女性に向けている。その視線を遮らないようリヴェリアとフィン。もっともこの段階でタカヒロは後者の名前を知らないのだが、即座に謝罪に来た二人が見せる対応から、赤髪の女性の方が地位が高いのだと内心では考えている。

 

 

「ロキ・ファミリアの主神、ロキっちゅうもんやが、自分、ナニモンや。うちのベートが手ぇと口出したことは謝るが、レベル5が殴りかかって吹っ飛ぶなんて尋常やないで」

「神ロキ……フッ、ああ悪戯好きの道化の神か。簡単に答えが分かるよりも、謎を考えた方が楽しいのだろう?」

 

 

 鼻で笑って放たれた言葉に対して間髪入れずに面食らったのはロキの方であり、思わず少し身を乗り出した。先ほどタカヒロがフィンに返した「(自分からは)何もしていない」という言葉が嘘では無かったためにサグリを入れていたのだが、まさかこんな一文が返ってくるとは予想だにしていない。

 彼が言っていることは事実であり、神が地に降りた核心を突いている。また、道化のエンブレムを掲げるロキ・ファミリアを統括する主神ロキにとって、一番の娯楽と言って過言ではないモノなのだ。

 

 直後。フードの下から放たれる強烈な殺気を受け、思わず身震いしてしまう。トリックスターと謳われた彼女程の存在が押し負ける程に、相手が放つ威圧が肌に刺さり背中が寒気を覚えている。

 

 

「フ……ハハハハハ!そうか、そうやな!いや、今宵は悪かったわ兄さん。こんど、あの少年と一緒にウチに来てくれへんか?恨みを持たれても良いことなんて1つもあらへん。ちゃんと持て成させてもろうた上で、ロキ・ファミリアとして謝りたいんや」

「承知した、伝えておこう」

 

 

 震えを誤魔化すことも含め、まさかの回答にロキは笑い声をあげる。そして、ファミリアの名声を落とさない目的も含めた、自身の本音を言葉にした。

 それに対し、「この話は終了だ」。そう口に出すかのように、青年はガチャリと鎧を鳴らして立ち上がる。

 

 

「あ、あの……」

「先に見せてくれた叱りの件を感謝する。優しい味だ、落ち着くと良い」

 

 

 どうしていいか分からずにとりあえず声を発するリヴェリアに対し、タカヒロは礼の言葉と共にコーンスープが載ったもう一皿を彼女に差し出す。思わず受け取ってしまったリヴェリアは、呆気にとられた表情を見せている。

 タカヒロはそのまま店の外に出るも、背中を見る者は多数なれど追う者は一人も居ない。入り口の横で狼の青年が屍になっているが、残念ながら気づいて居る者も無視している。とにかく彼をこの場から帰すことを、共通の最優先としていた。

 

 

「……ふーっ、相手が大人でホンマ助かったわ。謝る言うたけど、あれで怒り沈めて許してくれるワケがないっちゅーに。にしてもどこの誰だか聞いたのは失敗やった、怖かったわー」

 

 

 いつのまにか滲み出ており、殺気を向けられた時にどっと噴き出た汗を拭う。元々酒に強いこともあるロキの酔いは吹き飛んでおり、その空気は周囲にも伝染していた。

 

 

「言い出しっぺも手ぇ出したんもこっちなんやし……まぁ一緒になって笑っとったウチが言うのもなんやけど、なんちゅー奴に喧嘩売っとんねんベート」

「ベートはさておくとしても、色々と彼は気になるね、表裏のある人間ってのはよく言ったものだ。それにしても今更だけどロキ・ファミリアには酒乱の類が多くないかい?身内でやる分には結構だが、外では名声にも関わる問題だ」

「せやな、怪我人出る前に考えんとアカンわ。とりあえずベートは気ぃ失のうてるだけやろ、表に吊るしとき」

 

 

 彼を帰すことを最優先とした、その理由。あの一言はあれど、先ほどまでは何も無かったかのように、店主ミアに対して割と紳士的に応対していた青年だ。

 神ロキは、もう背中が見えない店の出口を見て向けられた殺気を思い返す。思い出すだけで身震いしてしまう程のソレは、大人の対応を見せていた言葉とは程遠い。

 

 しかし、彼が抱いた殺気も当然である。酒場において彼が知り得たことを繋ぎ合わせると、50階層への遠征に失敗し、17階層ではミノタウロスに逃げられた鬱憤をベルにぶつけているようにしか見えないのだ。

 

 故に振りまいてこそいないけれど、ロキに示したように彼の内心はまさに激怒。ウォーロードは取得さえしていれば“オレロン(戦争の神)の激怒”というスキルが使えるが、その言葉の比喩に匹敵する状態を示している。

 

 

 去り行くその背中が、素人でも分かる程の静かな、しかし強大な怒りに満ちていたのだから。この場において青年の歩みを止められる者は、誰一人として居なかった。




相手がベル君に“手”を出していないので、こちらも“手”は出さず。怒りは抱いていることを示しつつ、酒があるとはいえやっちまった者には相応の痛みを。(身勝手な行動の上の自爆ですが。)
穏便に、もしくはスカッととはいきませんが、今後のロキ・ファミリアとの接点も芽生え、ロキ・ファミリアとしての謝罪の意向も周囲に示し、比較的大人な感じに纏まったのではないかと思います。

…それにしても、まさか感想欄で次話のタカヒロの推察状況をものの見事に言い当てられるとは(汗)恐れ入ります。
あとエセ関西弁が怪しいので、おかしいところがありましたらご指摘くださいorz


・カウンターストライク(Lv26、裸時の性能。)
攻撃者に対して電光石火の速さでカウンターストライクを浴びせるために、極めて鋭い準備状態に入る。
35% 発動率
2.0 エナジー/s
130 エナジー予約量
1秒 スキルリチャージ
4m 標的エリア
25% 武器ダメージ
22% の報復ダメージを攻撃に追加 (DLC:FG導入時のみ)
585 物理ダメージ
1260出血ダメージ/3s
686 物理報復
+170% 全報復ダメージ

補足説明:
毎秒のエナジー(MP)消費を除けばデメリットの類は一切なし。トグルスキル使用者が攻撃を行わずとも、発動タイミングで勝手にスキルが反撃する。


ちょくちょく出てくる報復ダメージについては、もう少し先で紹介させていただきます。


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15話 バケモノ

*ステイタスについて、大きな独自解釈が入ります。*


 バベルの塔、中央部。ダンジョンの一階層へと続く螺旋階段を、一人の男が駆け足で降りていく。重装備である棘のついた黒色の鎧がガチャガチャと音を立て反響しており、とてもステルスには程遠い。

 そんな状態で、ほとんど人が居ない夜間のダンジョンへと突入したならばどうなるか。一階層とはいえ、侵入者に対してコボルトは襲い掛かる。

 

 棍棒と盾の交わる鈍い音が、静かなダンジョンに木霊する。なお、結果としてコボルトが壁に叩きつけられ魔石ごと消えたのはご愛敬である。

 そんな行為を続け、6階層。襲い掛かってくるモンスターは相変わらずベルの相手にはならなそうだが、少年らしい軽い雄叫びが、タカヒロの耳にも届いてくる。声が聞こえる方向へと足を進めると、彼がよく知る少年がモンスターを倒した瞬間であった。

 

 

「あ、師匠……」

「……あの場の始末はつけてきた、君を罵った“犬”はいくらかの罰を受けている。そして神ロキから謝罪を理由に訪れてくれとの要望が出たが、どうする?」

「いえ、あの言葉は事実ですから結構です。ですが……師匠、すみません。6階層にまで来ちゃいました」

「謝ることは無い、倒しながら進むのなら階層の制限は設けていないさ。たまには一心不乱に戦うことも大事なことだ、心済むまで潜ればいい。安心しろ、52階層からだろうが五体満足でヘスティア・ファミリアに連れ帰る。ただし――――」

 

 

 ぶっ倒れるまでに変わっていく身体の感覚は、覚えておくように。そのような宿題が出されたことを承知して、ベル・クラネルは再び一心不乱に駆け出した。

 

 タカヒロが出した宿題は、自分自身の限界を覚える点にある。生きて帰るためには絶対に必要な事象だが、駆け出しの冒険者でありソロで活動するベルは、まだその感覚を知らないで居たためだ。

 この点はケアンの地においても同じであり、ヘルスの減り方を数秒で把握し、直感的に“戦っていい相手かどうか”を見極めなければならない。程度によっては時たま逃げ回りながら回復しつつ、戦闘を続行するのも1つの選択だろう。

 

 

「つあああああああっ!!!」

 

 

 手に持つ2本のナイフが、迷宮6階層に居たモンスターを切り伏せる。酔っ払ったチンピラも裸足で逃げ出す程に手当たり次第にモンスターへと喧嘩を吹っ掛ける少年の姿は、バーサーカーと比喩して異論はないだろう。

 真相としては文字通りの八つ当たりが含まれているのだが、相手がモンスターでは無礼講だろう。また、あまり冷静さを見せず声を荒げるスタイルだというのに、戦闘の強さだけで見れば普段とあまり変わりない点が、タカヒロ視点における奇妙さに拍車をかけていた。

 

 

「……悔しさを晴らすための手当たり次第な攻撃でも、教えた基礎は守っているか」

 

 

 ベル・クラネルがここまで進撃出来ている理由の真相はそこにある。今までの自己流と比べればナイフの扱いも立ち回りも別人へと変わってしまっているが、単純にタカヒロ流に染まったわけではなく大きく改善されているために違って見えているにすぎない。無駄となっていた部分は大きく削ぎ落されており、立ち回りもナイフの扱いも変わっている。

 攻撃を的確な位置と威力で当て、相手の攻撃を真正面から防ぐわけではなく的確にいなし、乱戦となれば相手の身体まで利用して的確に立ち回り。

 

 故に、無駄な体力を使わない。ソロでの連戦という過酷な状況下において、教わった最も重要なことを実践することができていた。

 

 呑み込みが早い少年だとは思っていたが、青年から見ればまだまだ荒削りとはいえ、ここまで露骨にされると思わず口元が緩んでしまう。自分が磨いてきた石が輝きを発する様は、見ていて嬉しさがこみ上げるものだ。

 思わず2枚の盾を手に取り、装備も星座も全て使って加減無しであの戦いの中に飛び込みたい。そう思ってしまう程に、いつの間にか少年は気迫に満ちた姿で戦っている。抱いた悔しさをバネに飛躍せんと足掻くその姿は、戦う理由を失っている青年の感情を動かす程のものを持っている。

 

 

 とはいえ、流石に限界は訪れる。10階層の途中、5体のモンスターを相手にしたその直後。カラクリ仕掛けの螺子が止まったように、少年はバタリと倒れ込んだ。

 その直前に、本能的にナイフをホルスターへと仕舞っていたのもタカヒロの教えを守っている証拠である。此度における少年の冒険は、ここまでとなった。

 

 見守っていた青年は、間髪入れずに残りを一撃で始末すると魔石を回収。少年を担ぎ、リフトを使って町へと戻る。ケアンの地で行っていたマッピング機能、一度訪れた地形を把握し記憶・AR画面に表す機能を使って、暗闇でも迷わずにホームへと帰還した。

 

 

「なっ!?べ、ベル君!!ど、どうしたんだい!?」

 

 

 月明かりどころか朝日が昇ろうとしている時間に帰宅したものの、ヘスティアは寝ずに二人の帰りを待っていた。二人に詰め寄る彼女の顔は、心配と疲労に満ちている。

 タカヒロは精魂尽き果てた表情を見せるベルをベッドに寝かせると、リビングへと戻ってくる。彼も予想はしていたがヘスティアに説明を求められ、事の概要を説明し始めた。

 

 

「帰りに立ち寄った居酒屋でひと悶着があってね。自分もベル君も、ロキ・ファミリアに目をつけられてしまった」

「ロキ・ファミリアに目を付けられたぁ!?ま、まさかベル君!」

「いや、ロキ・ファミリアに手を出されたわけではなくダンジョンで負ったものだ。軽傷だが傷の所在を責めるならばベル君ではなく自分にしてくれ、頑張れと発破をかけ10階層まで見守ったのは自分の判断だ」

 

 

 じゅ、10階層……。と、ヘスティアは絶句してしまう。ベル・クラネルが彼女の眷属になったのは、たった1か月前の話であるだけに無理もない。なお、彼の指示で入口から出会った全てのモンスターと対峙していたために到達階層が10階層で済んでいることは知る由もない。

 百歩譲ってベルの方はともかく、目の前の男は恩恵すら刻んでいない。そんな状態で10階層、レベル1冒険者の終盤に行くような階層に足を運ぶなど、いくら鎧と実力があったとしても自殺行為に他ならない。

 

 それらの点、その他諸々を説明するヘスティアの口調はひどく強い。表面上だけではなく心から二人を心配しているが故に、決してその強さを緩めようとはしなかった。

 タカヒロも真剣に聞き入っている仕草を見せているために、彼女も一定以上はヒートアップしていない。それでも矢継ぎ早に問題点や不安要素が羅列され、気づけば10分ほどの時間が経っていた。

 

 

「以上、わかった!?こうしちゃいられない。こういう機会があるなら君にもボクの恩恵を与えるよ、異論はないね!?」

 

 

 説明の後に出された決定には、ヘスティア・ファミリアに所属するならば逆らう選択は無いだろう。初回のような単なる神の願望ではなく論理付けされた上で己を心配してくれているが故の内容ならば、彼にとっても拒否する選択は行いたくないのが実情だ。

 しかし、彼には一つの懸念があった。こればかりはシリアスなど裸足で逃げ出す思考なのだが、52階層のモンスターを恩恵無しで屠れるならば、それを数値化した際にどうなるかが凡そながら想像できていたのである。

 

 

「主神ヘスティア、恩恵を受けることに異存はない。しかし、もしかしたらの話だが……自分の秘密に、巻き込まれることになる」

「大丈夫だよタカヒロ君、秘密ぐらい誰にもあるものさ!」

 

 

 ……なるほど、とことんポジティブだな。

 

 ニカッと笑ってサムズアップする“らしい”彼女に対してそう笑い飛ばし、タカヒロは覚悟を決めたのか部屋で着替えると、リビングの椅子に座って背中を見せる。ベルの場合はベッドに寝かせるのだが、これは完全に彼女の趣味もとより生きがいとなっているために仕方ない。

 ともかく、ヘスティアは恩恵を与えるため。もっとも初回なので、今の彼の潜在能力を背中に起す事も含めて己の血を使って文字を書き――――

 

 

タカヒロ Lv:100

アビリティ

 力 :S :982

 耐久:Ex :6154

 器用:C :686

 敏捷:I :0

 魔力:F :338

魔法

 【メンヒルの盾】:物理・炎属性を持つ魔法の盾を相手に投げつける

 【サモン ガーディアン・オブ エンピリオン】

 :物理・炎属性を持つエンピリオンのガーディアンを2体まで召喚・使役可能

 【 】

スキル

 【祈祷恩恵(プレイヤー・ベネフィット)】:取得した星座の恩恵を受けられる

 【武器交換(ウェポン・チェンジ)】:2種類の武器または盾をセットし任意のタイミングで瞬時に交換可能

 【妖精嗜好(エルフ・プリファレンス)】:エルフとの共闘の際に全能力が僅かに向上

 

 

 

 内容を読み返して、一層のこと目を見開き絶句した。スキル欄の最後や、本来の“ステータス”に無いために違う意味でおかしなことになっている敏捷など気にならないぐらいに。

 

 

 

 誰が予想できるだろうか。かわいいかわいい、文字通り目に入れても痛くない一番弟子ならぬ一番眷属が、道端で前代未聞のバケモノを拾っていたなどと。

 まずヘスティアは、魔法欄にあったエンピリオンという文字に目を奪われていた。その身が神であるならば、猶更のこと無視できない単語なのである。

 

 

(エンピリオンって言えば天界にある原初の光じゃん!ボクはもちろん上級の神々でも訪れることができる者は僅か、それこそ最上位だけだよ!そんな場所のガーディアンって、冗談だろう……!?)

 

 

 そして目に入る、レベル100という数字の圧倒的な威圧感。かつてヘラ・ファミリアにレベル9が居たという記録は残っているが、そんな孤高の冒険者すら足元にも及ばない数値である。

 それでいて耐久に至ってはバグっているのではないかという6000を超えた数値を記録しており、ランクもExという見たことのない代物だ。なお、そちらに気を取られて“メンヒル”という文字に気づいていない。

 

 

 そもそも、神が与える恩恵のアビリティにおいて全員がI:0からスタートするのは何故なのか。それは大人の恩恵無しと子供のレベル1初期値を比べた際においても、子供のレベル1の方が圧倒的に強いためだ。恩恵がない時の力の差など簡単に逆転してしまい、大人が子供に負ける事態が簡単に発生してしまうのである。

 

 では逆に、最初からアビリティがI:0以外であるとは、どういうことか。つまりは神が与えることのできる力以上のものを既に所持しているということであり、結果として恩恵を貰ってから経験値を稼いだ者と対等に渡り合うことができる。

 極々稀に、例えば大人のドワーフなどにおいてレベル1における力アビリティの初期値がI:1~3程度の者こそ居るという情報は確かにある。しかしここまでのバケモノとなれば、そんな特例にすら当てはまらない。

 

 一番眷属が「強い強い」と子供のように……と考え子供だったので違和感なく連呼していた割に、師匠と呼ばれる青年と出会った時、青年はファミリア未所属かつ恩恵を貰っていない立場であった。加えて恩恵を貰うことに対し抵抗があったためにワケありであることは察していたが、ここまでのバケモノとなると想定外すらをも超えている。

 

 

「……こ、これが、君のステイタスだよ」

 

 

 震えを隠せない手で、書類を渡す。それを受け取って見る彼は「性癖駄々洩れやんけ!」とスキル欄の最後にプライバシーについて文句を言いたいものの、その他に関する項目は実感と相違ないことを理解していると見て取れる。

 

 

 彼が自分の部屋に戻ってからも、ヘスティアは考え事でしばらく眠ることができなかった。無論、内容は先ほどのステイタスに関するものである。星座の恩恵などヘスティアも知らないが、何らかのレアスキルなのだろうと自分を納得させた。

 ヘスティアもオラリオで暮らしてしばらくたつが、タカヒロという名など聞いたことがない。これだけの実力で無名であるなど、世界中を探しても見つからないだろう。

 

 ベルがそのバケモノと鍛錬しているのは知っている。また、その時期からステイタスが飛躍的な速さで伸び続けていることも知っている。

 同時期に出現した【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】のために、ベルがまさかの同性愛者なのかと絶望に暮れた半日もあった。が、蓋を開けてみればただの憧れで別途アイズ・ヴァレンシュタインに惚れていたということが発覚して嫉妬を覚えることになるのはもう少し先の話である。

 

 そのスキルは憧れにより発現するわけであって、恋愛感情が対象ではない。前例のないレアスキルのために、ヘスティアが勘違いしていただけである。少年は、2つの憧れを抱いていた。

 アイズ・ヴァレンシュタインに対する、比較的現実的な強さと異性としての憧れ。己の師であるタカヒロに対する、物語の英雄染みた圧倒的な強さへの憧れ。この2つのブーストとタカヒロとの鍛錬の甲斐あって、ベルのステイタスは驚異的な成長を遂げているのだ。

 

 もっとも、ただステイタスが伸びているだけではない。全てとは言えないが付属する必要な技術もまた青年から直に学んでおり、力任せに戦うようなことはしていない。

 ベルにそんな影響を与えている者のうち、同じファミリアに属する彼はというと……

 

 

「……一体、これはどう言うことだ」

 

 

 ヘスティアに恩恵をもらったのは早朝間近であったものの、その日の夜。タカヒロは、自室で顔を左手で覆いながら唸っていた。それぞれのアビリティがケアンの地におけるステータスと連動している点は把握出来ている。見ての通り、レベル的な数値としてはそのままだ。

 連動しているものについては、力は体格、耐久はヘルス、器用は狡猾、魔力は精神。どれも装備や星座の効果を全て取っ払った、通称“(はだか)”の状態である。該当なしとなっているのか敏捷の数値は潔いゼロだが、これは仕方ないだろうと納得している。

 

 唸っている原因はこれ等ではなく、自分にしか見えない脳内ARにおけるステータス、およびスキル画面。最高値であるレベル100になってからは増えないはずのソレが、1ポイントずつ“振り残し”として表示されていたのだ。

 もっとも、何を行ったところで絶対に増えない、ということは無い。特定のクエストをクリアすることで、スキルもしくは“ステータス”ポイントが1貰えるというものも存在していた。

 

 試しに“ステータス”を体格に割り振ってみると、しっかりと各種能力、例えばヘルスにも反映されている。割り振りをクリアすれば、振り残しポイントとして1ポイントが戻ってきていた。

 体格・狡猾・精神の3つしかない“ステータス”は、報復ビルドという性格上、前者2つのどちらか固定となるために悩む要素は非常に少ない。体格ならば防御重視で狡猾ならば火力重視であり、タカヒロは体格を選択した。

 

 しかし、スキルとなれば話は別だ。ヘスティアが羊皮紙に書き写したスキルにおいて、彼が持つ合計20種類ほどのトグル・アクティブ・パッシブスキルの類は、そのほぼ全てが記されていない。例外として、魔法であるサモンサマナーとメンヒルの盾が魔法欄にあった程度だ。

 3つ目の空きスロットについては、恐らく“ジャッジメント”と呼ばれるウォーロードの残り1つの魔法スキルだろうと考察している。彼は使用していないためにポイントを割り振っていないのだが、それが実施されればここに表示されるのだろう。ウォーロードは、これら3つの魔法しか使えないのだ。

 

 とはいえ、秘匿されている他のスキルのうちどれもが、彼にとっては重要なスキルなのである。そうは言っても分配できるポイントの総数には限度があるために、最も効率の良いバランスでスキルを選択しスキルレベルを調整していたため、本来ならば最大レベルにまで上げたいスキルは山のように存在するのだ。

 バランス調整の過程で途中で止めているスキルの数が10を超えているために、どれにするかと非常に唸っているのである。また、現状では非常にバランスが良いために、他のスキルを取ることも視野にできる。故に選択肢は百を超え、うち半数が魅力的に映るのだ。

 

 今までの総数248に対するたった1ポイント。しかし彼にとって大きな意味を持つ、炉の女神が与えた確かな恩恵だ。

 

 結果として、その1ポイントは保留ということで彼の脳内戦争の決着がついた。ソロプレイヤーとしてはほぼ完成しているうえに今のところ支障はなく、スキルの分配もすぐに行えるためである。

 考えているうちにソコソコの時間となったようで、考えることにリソースを使っていた脳は休息を欲して眠気を催す。彼は布団に入ると欠伸をし、夢の世界へ旅立つのであった。




 お叱りの言葉を頂きそうですが、どう表現するか悩みに悩んだぶっ壊れWLのステイタスは結局こんな感じになりました。諸事情で神の恩恵とGrimDawnステータスを別枠にしたくなかったので変換を行い、本文中の解釈を挟み、この決定としております。
 また、装備・星座込みだと輪をかけて酷いことになるのと、ステイタスとは本体の強さを表現するものだと思うので、数値表記も裸のステータスにしています。
 スキルについては最後を除いてGrimDawnで使える物(仕様)です。

追記:耐異常を取り外しました。
 
 次話タイトル:カドモス逃げて


 また、アンケートを設定させて頂きました。25話ぐらい?までを目途といたします。


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16話 カドモス逃げて

GrimDawnミニ知識:報復ダメージって何?
A.キャラクターは普通の“攻撃力”とは別枠で“報復攻撃力”を持っている。
 近接被ダメージが発生した際、この“報復攻撃力”を攻撃力として攻撃主に対しカウンターダメージが発生する。カウンターストライクや、よくある反射とはまた違ったシステム。

52階層を歩いている状態のタカヒロで言うと、連打する攻撃スキル“正義の熱情”の火力が約3万に対し、物理報復ダメージが15万ほど。イモムシや犬が攻撃時に即死したのはこれが原因。なお、アクティブスキルや確率発動するスキルによって更に伸びる。
・正義の熱情: 28488~ 31782
・物理報復 :129995~151776

Q.下段の物理報復が発動した場合のダメージってどれぐらい強いの?
A.デバフ未使用でもチャンピオン級(=外伝漫画1巻でアイズが対峙した芋虫女王)ぐらいは一撃で消し飛びます。

Q.ナーフ後の設定って書いてあるけど、どれぐらい弱くなったの?
A.ざっくり計算ですが、全盛期と比べて自発火力が4割ぐらいナーフされました。

Q.報復ダメージのn%を攻撃力に~って何?
A.物理だけでなく他にも火炎報復、酸報復などがあり、ものすごく噛み砕いて言うと、それらのn%がカウンターストライクなどの他のスキルの攻撃力に乗っかるというわけです。
 つまり硬くして報復ダメージを増やせば必然と自発火力も伸びるという“公式の仕様”です。

Q.チートじゃね?
A.仕様です。


というわけで、米d……じゃなかった、コメディ枠です。ぶっ壊れさんがハッスルします。




 オラリオにあるダンジョンは未だその全容が知られていないが、逆に有名となっている場所もある。最も有名なのは、セーフゾーンである18階層と、そこにあるリヴィラの町だろう。

 中層以降はあまり知られていないが、理由としては中層以降へ行ける冒険者の数は極端に少なくなるためだ。もっとも言葉だけ知っているという者も少なくは無く、たとえ深層のエリアにおける話題でも話が通じる者が多少はいる点も実情である。

 

 そんな深層エリアの1つ。通称、カドモスの泉と呼ばれる湧き水が溢れるエリア。重篤な損傷すらをもたちまち回復させるエリクサーの、原料となる水が湧く自然の泉だ。

 ダンジョンの51階層という深層に存在するために、向かうことができるファミリアは極一部。それ故にエリクサーの値段も一本約50万ヴァリスと非常に高価であり、10本もあればそこそこの豪邸が建つほどの価格である。

 

 泉が文字のままを指すのならば、カドモスとは何なのか。強竜と書かれるその存在は、所々の階層の主と言われているボス級モンスター、階層主を除いて“最強”と呼ばれる、地を這う竜のモンスターの名前である。

 レベル5や6でも少数では危険とされ、討伐の際はサポーターも含めて6-7人掛かりで挑むことがほとんどだ。泉の水を汲む際には必ずエンカウントする存在であり、避けて通ることは許されない。

 

 

「……で、なんでそんなモンスターが出る階層にレベル1の僕が居るんでしょうか」

「散歩ついでにちょっと深く潜ると言ったじゃないか、それと今日の午前中は休暇日だろ?」

「だ、だめです師匠、8時から自主的な筋トレが」

「KARATEの稽古か?今日は休め」

 

 

 謎の返事をされて退路がないことを知り二本のナイフを構え進むも、声を震わせ続ける少年が約一名。死の瀬戸際は鍛錬で学んで体験していても、怖いものは怖いのだ。傍から見てもふもふの白髪が抜け落ちてしまわないかと不安になるその姿は、51階層の深層という蛇に睨まれた兎である。

 一方の青年は、レアアイテムを落とすらしいモンスターが居る階層を目の前にしてウキウキだ。残念ながら、たった二人で深層に潜るという自殺行為に他ならないイレギュラーをやってのけている感覚は皆無であった。

 

 とは言っても、なにも二人は徒歩でここまできたわけではない。人気のない場所でリフトを使用し、僅か数秒で50階層、通称セーフゾーンの一角に辿り着いたのである。

 

 リフトとは、ようはワープポータルのようなものである瞬間的な移動装置。タカヒロが認めた者だけが使用できるという制限があるものの、使用することによるデメリットは皆無である。

 ところで移動装置と言っても、某ドアのようにどこかしこへとワープできるような便利な代物ではない。行先は彼の脳内ARにある指定されたポイント、もしくはそこへと向かうために開いたリフトの地点だけが移動可能ポイントとなる。50階層にあるこのリフトは、彼が3人を助けた際に訪れていたためにパスが開いている状況だ。

 

 説明の際は「すごくべんりですね!」と目を輝かせていた少年だが、それもオラリオの空気に触れていた時まで。いざ潜った先の空気にあてられて、完全に委縮してしまっている。

 直後、タカヒロの呑気な口から出された「たぶん50階層」という言葉で、戦意は完全に折れてしまっていた。何処に出るか分からないけどきっとマトモな場所だろうという少年の考えは、見事に砕け散る結果を見せている。

 

 

 10階層程度とは全く違う空気に脅える少年とは裏腹に、青年はズカズカと歩みを進めている。ガチャリと鎧の鳴る音が響き、時折モンスターの声と勘違いしている少年はその度に驚いてしまっていた。

 

 

「どうやらここだ、が……」

「へっ!?な、なにか居ますよ師匠!!」

 

 

 そんなこんなで、二人は広い部屋のような場所へと到着する。チョロチョロと水の流れる音が優しく響き、“目の前の2体”が居なければ癒しのスポットにもなるだろう。

 強竜、カドモス。それが2体同時に湧くというイレギュラー。もっとも今いる2名はコレがイレギュラーであることすら理解できていないのだが、目線はバッチリと交差してしまっていた。

 

 

 少年が本気で脅える間もなく、片方が、前へと歩き続けていた青年に襲い掛かる。レベル1では追いきれないその速度ながらも、少年は目を逸らさぬよう顔に力を入れた。対する青年の周囲にはいつのまにか無数の短剣が旋回しており、普段と明らかに気配が違う。

 右手に持つ銀色の“全く普通の盾”を振り上げ一撃を見舞おうとするも、相手は重量級の突進術。体格差は歴然であり、青年が吹き飛ばされる光景が、少年とカドモスの目に浮かぶ。2秒と経たないうちに、結果は現実となって目の前に現れて――――

 

 

 突進を行ったカドモスが2メートルほど飛び上がり、絶命した。

 

 

 何が起こったか分からないのは、今このフィールドに居る2つの生命。地に立つ足は全く動かず、光景を処理しているはずの頭脳は現実を受け付けることができていない。

 本来は敵であるはずだが残ったカドモスは少年に視線を向けるも、その少年は目を見開いており、かつ自分を見ていない。そしてかつてない程の殺気を感じ、震えあがっている少年の目線の先に顔を向けると―――――

 

 

「感謝するぞヘスティア、よりにもよってヒーロー級じゃないか。レジェンダリー……ダブルレアMI……置いてけ……」

 

 

 一撃を受けたというのに掠り傷1つ無く、殺意たっぷりなメンヒルの化身が目を輝かせ迫ってくる絶望的な光景に。残されたカドモスは、雄叫びではなく悲鳴を上げた。

 

 

======

 

 

「今帰った」

「た、ただいまです……」

「おっかえりー!けっこう早かったね、どこかへ行ってたのかい?」

 

 

 ホームの玄関を開ける二人を察知し、ヘスティアは読書を中止して出迎える。扉を開けると、トテトテと擬音が鳴りそうな足取りでソファーへと戻った。

 青年の横で、可愛い可愛いベル・クラネルが精神的に疲れ切り死んだ顔をしていたように見えたが、それも何度か目にしたことのある光景。短時間ながら今回の鍛錬が厳しかったのだろうと、特に深くは気にしなかった。

 

 

 なお、己の師匠があのカドモスを即死させたことに動揺しているなどと知る由は無い。普段の鍛錬の時とは全く違う雰囲気、なお星座やトグルスキル等を全て有効化した状態であった彼を見た時の感情は、恐怖などという生易しいものでは無かったことは明らかだ。

 カウンターストライク、装備効果、その他、確率で発動するダメージやスキルが偶然にも同時に発動したが故の即死である。その証拠に、デバフなしとはいえ2匹目のカドモスについては数秒の時間を要していた。

 

 カドモスが死んだ直後に湧いて出てきた一般のモンスターも、MIゲットで「テンション上がってきた」的なオーラが出ている彼の師匠にとっては敵ではなかった。突進の一撃と共に大多数を蹴散らし、ベル側に襲い掛かったモンスターの攻撃が少年に届く前に屠るなど凄まじい立ち回りを残している。本能的にはその光景に見とれた少年も、流石に恐怖心が勝って断片的にしか覚えていない。

 結果としてモンスターにとって地獄絵図な光景が作られており、51階層のモンスターがドロップする魔石についてソコソコの量を確保することができている。魔石だけでも数年は生活できそうな金額となっているのだが、一斉に換金すると怪しまれるという少年のアドバイスで、大半がタカヒロのインベントリに眠っていた。

 

 しかし、とあるアイテムだけでは別である。いくらか泉を回って2つを得たうち片方を持つタカヒロは、席に戻ったヘスティアに声を掛けた。

 

 

「ヘスティア、先日は助言をありがとう。久々に楽しい“掘り”だった」

「……うん?」

 

 

 条件反射で返事をするヘスティアだが、珍しくご機嫌なタカヒロが何を言っているのかがわからない。とはいえ“狩り”ならばともかく、“レアアイテム掘り”であることを想像しろという方が無茶なものだ。

 とりあえず「楽しめたなら良かったよ!」と元気よく返事をしたが、そこから先が続かない。そのまま記憶を掘り起こす作業に入った。

 

 はて、何か言ったっけな。

 昨日は確か、彼が生きる理由を見失っているように思えて冒険者にならないかとカウンセリング、兼アドバイスを行い―――――

 

 

「これが言っていたドロップ品だろう、確かに一級品だ。一枚はファミリアに寄付するよ」

 

 

 ドサっと置かれる、見るからに高級感のある被膜のようなもの。それこそ到底、零細ファミリアなんぞに似合う代物ではない。

 そしてヘファイストス・ファミリアで暮らしたことがありアルバイトもしたことがある彼女は、ソレが何なのかが分かってしまった。

 

 嗚呼、そういえばあの時。と思い返し、嫌な汗が全身から噴き出し胃が悲鳴を上げ始めようとクラウチングスタートの状態でスタンバイしている。

 当時は目標的な要因で口にしたが、それも過去の話である。

 

 何も見なかったことにしようと腹をくくったはずの、彼のステイタス。それを知った今、彼にとっては第一階層と変わらぬ難易度ではないかと把握できてしまう。

 

 

 青年を元気づけようと詰まった言葉に、神友ヘファイストスの言葉を脳内で掘り起こし。本来ならば第一級ファミリアでしか到達できない地点に居る、カドモスとやらを紹介してしまったことを思い出した。

 

 

=====

 

 

「ヘファイストス――――――――!!」

 

 

 ちっちゃい神様の悲鳴に似た絶叫が、バベルの塔、開店間もない静寂なフロアに木霊する。思わずビクっと反応したヘファイストスは、何事かと振り返った。

 

 よく知るちっちゃい神様が涙を流し、己に向かって疾走してきていた。何がとは言わないが、豊満な二つがブルンブルンと目に毒な程に揺れている。そしてランナースタイルで振りぬくその手の片方には、どこかで見たことがある皮らしきものが握られている。

 

――――嗚呼、きっとロクでもないことの相談だ。

 

 彼女を良く知る故に導き出された己の直感が、確かにそう告げていた。

 

 

 

彼女の部屋へ移動中(事実捏造中)

 

 

「ってわけで、どうにかしてくれないかな……」

「どうにかしてって、ヘスティア、あなたねぇ……。よりにもよってカドモスの被膜だなんて……」

 

 

 ヘファイストスも、もはや溜息を吐くことしかできない。横目で品物を見る彼女の視点においても、ものすごーく品質が良い逸品が机の上に置かれている。かつてない程の逸品は、平均相場1000万ヴァリスの被膜に対して1500万ヴァリスという高値がついても不思議ではなかった。

 疑問は様々だが、2つほど大きな疑問がある。何故、というよりはどうやって討伐すれば、これほどまでの高品質な被膜を手に入れることができるのか。

 

 そして、なぜ。居候を続けていては為にならないと追い出したヘスティアのファミリア、よしんば眷属が居たとしても零細であるはずのファミリアが、カドモスの被膜を拾っているのか。

 

 ……が、ヘスティアは硬く口を閉ざし何も語らない。また、少額とはいえ居候中に購入した本の借金返済に充てるのかと思えば全額現金を希望しているため謎は深まるばかりだ。

 どうやら彼女個人が得た代物ではないようであるが、読み取れるのはその程度である。そして例の斧を鑑定した男の存在を思い出し、まさかと思いつつ、可能性があるとすればそれしかあり得ないと心の中で納得する。

 

 結果として、ヘファイストス・ファミリアが1300万ヴァリスで買い取り転売しないことを約束した。その代わり、なぜこれをヘスティア・ファミリアが所持しているかも追及されず、供給ルートも黙秘することが約束されている。

 

 流石に、似たような品質の皮がもう1つあることを彼女が知ればヘスティアといえどただでは済まない。その残るもう1つはコレクターのインベントリに眠っているために、タカヒロとヘスティア、ヘファイストスの3名にメリットを残して、此度の騒動は幕を閉じたのであった。

 

 

 なお、犠牲となったモンスターと巻き込まれた白兎はカウンセリングの一件に無関係のため、どちらかと言えば犠牲者である。

 




【PC閲覧推奨】
燥ぎまくってるWLさんのステータスを公開してみます。(→ )はダンまち版ステイタス。
メンヒルをイメージしてかなりディフェンシブな内容ですが、実用性もそこそこで火力も報復も十分です。

GrimDawnを御存じない方は「なんだこれ」ってなるかもしれませんが、スルーして頂いても問題ございません。
乗っ取られ初心者も「なんだこれ」ってなるかもしれませんが、ちゃんとゲームで再現可能なのです…。

Lv.100:ウォーロード
体格 :1475(→力)
狡猾性:733(→器用)
精神力:354(→魔力)

・主な能力(トグルバフのみ有効化)
ヘルス :19390/19390(→耐久)
エナジー:1176/2209(→マインド)
攻撃能力:2833
防御能力:3206
DPS :61723
装甲値 :5116(全部位100%)
物理ダメージ  :3654-4116(+848%)
体内損傷ダメージ:639(+787%)
 正義の熱情  :28488-31782
 堕ちし王の意志:91932-103356
攻撃速度 :130%
ブロック率 :64%
ダメージブロック:3225
物理耐性:57%
物理報復:129995-151776(+1741%)
火炎報復:15965(+1741%)
酸報復 :9030(+1741%)60%物理変換
生命報復:4626(+1741%)
武器ダメージHP吸収:9%
反射ダメージ削減 :64%
ヘルス再生:385.93/s

・各種耐性(アルティメット環境、トグルバフのみ有効化。ノーマルなダンまち環境では更に1,2段目が+50%、それ以降+25%)
火  :84+92% 氷 :84+132% 雷:84+107%
毒・酸:84+47% 刺突:87+70%
出血 :84+100% 生命:84+65%  気絶:84+32%
カオス:87+24% イーサ―:91+42%
ドライアドのスキル発動時、出血時間・中毒時間共に60%短縮。ストーンフォーム発動時は110%短縮。

・星座(加護)
岐路:オーダー

船乗りの指針
猟犬
ドライアド
鉄床
真面目な見張り
盾の乙女
建築神ターゴ(スキル直行5ポイント)
生命の樹(スキル直行4ポイント)
メンヒルのオベリスク
エンピリオンの光


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17話 それぞれができること

アンケートを少し変更しました。お手数ではございますが、ご協力の程頂きたくよろしくお願いいたします。


「それじゃーベル君、慣れない武器になるから今日は5階層までとしよう。そろそろお金も貯まってきただろうから、ダンジョンへ行く前にナイフも発注しておこうか」

「はい。えーっと、一本1万ヴァリスで……二本発注すればいいでしょうか?」

「そうだね。長さとか重さの注文があったら、ベル君の好みにすればいいよ」

「わかりました!」

 

 

 最近は蹴飛ばされることも減ってきたベルは、午後からダンジョンへと繰り出していく。声は元気よく玄関から飛び出していく少年だが、見つめるヘスティアの顔は晴れない。いつもと同じ様子を装う少年だが、確かに足取りは重かった。

 その理由は、最初にタカヒロがプレゼントしたナイフが左のホルスターに装着されている点にある。タカヒロがヴェルフに発注したナイフでない。実は今日の午前中の鍛錬において、2本あったそのナイフのうち一本を折ってしまっていたのだ。

 

 しかしこれは、少年のナイフの扱いが悪かったわけではない。どれだけ攻撃を受けようが傷つかない、レジェンダリー品質の神話級装備を相手にしてきた故の当然の劣化であり、壊れるべくして壊れたのである。

 むしろ、ここまで持ち堪えた点がタカヒロの中でも驚きとなっている。刃の使い方についても教えてきた身であり盾やメイス、鎧に受ける相手の刃の様子は逐一観察していた青年だが、弟子が見せる刃の使い方のあまりの激変に内心では冷汗が出るほどのものとなっていた。

 

 しかし数日前から、気になることも顔を覗かせ始めている。

 

 

「……さて、階層制限を緩和するタイミングはどうしようか。そろそろ、自分以外の相手を知ることも必要となってくる頃だが……」

 

 

 少年にとっての絶対的な物差しが、師となる自分であることは彼も理解している。しかし逆に、対人戦においては見学も含めてタカヒロしか知らないために、己が本当に強くなっているのかと不安に思う頃だと青年は捉えている。

 弟子を案ずる女神にも聞こえないつぶやきは、地下室の一角へと吸い込まれた。

 

 

======

 

 

「はい、今出ます……おっ。ベルじゃないか、どうした?」

「すみません。鍛ってもらったナイフ、折れちゃいました」

 

 

 ヘファイストス・ファミリアにある、とある工房。このファミリアにおいては駆け出しの鍛冶師でも自分の工房を用意されており、二十歳手前であるヴェルフ・クロッゾとて例外ではない。再び彼にナイフを鍛ってもらおうと思い師匠の許可を取ったベルは、ダンジョンへ行く前にその工房に足を運んでいた。

 タカヒロがベル用のナイフを作成依頼した鍛冶師であり、一度二人して訪れた際にベルとヴェルフは専属契約をして意気投合している。ヴェルフのナイフをべた褒めしている程だ。一方で褒められる鍛冶師は自分の武器を選んでくれたタカヒロに対して何度も頭を下げており、ヴェルフとしての人の良さが表れている。

 

 

 苦笑しつつ軽く舌を出してテヘヘと言いながらナイフを差し出す少年に、ショートヘアである赤髪の鍛冶師が兄貴分を見せる様子で挨拶を返している。

 和やかな空気ではあるものの、何かしらの作業の途中だったのか、ヴェルフの顔にはいくらかの汗が浮かんでいた。炎を扱うために熱が籠る工房は、基本として暑い環境にあるのが日常である。

 

 

「なんだそんなことか、気にするな。どうだ、また俺が鍛ってもいいか?」

「はい、むしろお願いします!あ、条件は前と同じで大丈夫です」

「よしきた!あまり良い出来とは言えんがこれは予備だ、持って行ってくれ。直ぐに取り掛かる。ヘスティア・ファミリアだよな?出来上がったら連絡するぜ」

 

 

 可愛らしく謝る少年と、折れたことに対してさほど気にしていない鍛冶師だが、初心者にはよくある話である。駆け出しの者においては“剣で殴る”と言ったような使い方をしてしまうことが多いことと剣の方も素材や値段の関係で強度が高いとは言えないために、この手の事はファミリア全体で見ても一日数件は発生する光景だ。

 しかし、心なしか少年の顔が晴れないように見受けられる。せっかく足を運んでもらって直ぐさようならと言うのもどうかと思い、ヴェルフは軽く話題を振ることにした。

 

 

「実は俺は、現場でも戦える鍛冶師を自負していてな。たまにダンジョンに潜ることがあるんだが、ベルは毎日行くのか?」

「必ずではありませんが、ほぼ毎日ですね。強くなるために、頑張らないといけませんから」

「にしては、今日は気分が沈んでいるように見えるぞ?」

「はは……色んな鍛錬は乗り越えてきて頑張っているつもりなんですけど、本当にちゃんと強くなれているのかと不安になっちゃいまして。確かに、少し不安になって落ち込んでいます」

「なんだ、そんなもん俺にだってあるさ。それでもな。俺達駆け出しは、どこまでも藻掻くしかないだろ?」

 

 

 なるほど、浮かない顔はこれが理由か。と考えるも、彼に出来ることは何もない。

 当たり障りのない内容ながらもそんな言葉を返すと、少年は少し吹っ切れたように礼を告げ、ダンジョンへと駆け出していくのであった。

 

 

――――なるほど、その心の乱れからナイフを折ってしまったんだな。

 

 

 そんな考えを巡らせる鍛冶師ヴェルフにとって、常識も今日までだ。折れたナイフを渡されたヴェルフは作業中だったためにナイフを脇に置いていたのだが、一段落した際に詳しく観察して目を見開くこととなる。

 

 到底ながら、レベル1の冒険者の使い方とは程遠い。彼も半人前程度故に詳しいことは分からないが、刃の零れ方が綺麗すぎる。初心者によくある殴るようにして使われたナイフではないことは、ハッキリと分かった。

 

 折れたのは劣化が原因であることは読み取れるが、練達の職人が作った鎧でも斬り続けていたのかと思える程の傷み方だ。それでいて使い手は武器を労わり、常に損傷の少ない箇所を選択している損傷具合に見て取れる。

 当該人物は謝礼のあとに発注依頼をするとすぐにダンジョンへ駆けだしてしまったために連絡は取れないが、鍛冶師の腕が使い手に追いついていないことは明白だ。その答えに辿り着き、彼はすぐさま今日の予定を変更して鉄を取る。

 

 

「畜生、ふざけろ!」

 

 

 甲高く鉄が鍛たれる音に掻き消される、愚痴と怒りを口癖と共に呟く対象は自分自身。かつてベル・クラネルにナイフを納めた彼は、決して少年を貶しているわけではない。

 使われ役目を終えた己のナイフを見ただけで、熱い鉄を打つための炉のように心が強く燃え上がる。レベル1とてあのような状態になるまで懇切丁寧に使い切ることができる程の人物ならば、もしかすると自分程度の鍛冶師は見切りをつけられてしまうかもしれない。

 

 それだけは、なんとしても避けたかった。自分を指名してくれた顧客第一号であることも大きいが、自分の腕を、素材は平凡ながらも丹精込めて鍛ったナイフを認めてくれた相手だからこそ、その使い手が求める期待にどうしても応えたいと強く思う。

 レベルはもとより、相手の年齢や儲けなどは関係ない。鉄の奏でる甲高い音が、今までと全く違って聞こえるのは気のせいだろうか。

 

 道は違えど、ここに新たな冒険が生まれている。一流と呼んで差し支えない使い手に応えられる剣を作るため、一人の鍛冶師の奮闘が始まった。

 

 

=====

 

 

「……タカヒロ君。ベル君は、何か悩んでいるのかい?」

 

 

ベルがそろそろダンジョンから出てくるであろう、夕暮れ間近。バイト先から帰宅し本を読んでいたヘスティアの質問に、タカヒロは読書タイムを中断して顔を向けた。

彼女もまた、青年と同じくベルの感情の変化をとらえている。しかしながら原因が分からないために、彼に最も近いであろうタカヒロに質問を投げたというわけだ。

 

 

「悩み?細かい点で言えばいくつかあると思うけど……ヘスティアが捉えている感情は、ベル君にとっては不安の類だと思う」

「不安、か……。よければ教えてくれないかな、ボクはベル君が心配なんだよ」

 

 

 そうは言われても、男には知られたくない覚悟と言うものがある。英雄になるための道を本当に進んでいけるのかと、鍛錬の過程において不安が顔を覗かせているのだ。師である彼もそれを捉えており、少年の心が折れてしまわぬように匙加減を慎重にして指導している。

 故に、タカヒロの口からは話せない。そのために彼は、濁した内容とアドバイスを口にした。

 

 

「自分から言えるとすれば……ベル君は覚悟を決めて、強くなるために足掻いている。昇るだけではなく、悩み苦しむ時期もあるだろう」

「うん、そうだね……」

「悩むことも大切だが、そんな彼のために出来る一番の選択は、心配じゃなくて後押しのはずだ。自分は戦闘技術の指南で支えてやれる。ヘスティアができることをしてあげれば、それだけで彼には御馳走だ」

「タカヒロ君……」

「ま、ニンゲンに恩恵と言うオモチャを与えて扱き使ったり楽しんでる神様方には荷が重いかな?」

「そういうグネグネに捻じ曲がった考えは良くないかなぁ!?」

 

 

 ボクは君の心の方が心配だよ!と、数秒前に発生した盛大なる感動をぶち壊された怒りがこみ上げヘスティアの顔は般若と化す。

 しかしここ最近ヘスティアが気付いたことだが、青年は、ひねくれる性格を見せることが僅かにある。大きな声を出させることで、まるで発破をかけているかのようだ。

 

 普段の仏頂面の表情を崩してケラケラと笑う青年はそんな彼女の反応を楽しんでいるようにも見えており、わざと先ほどの言い回しをしたとも思える程だ。言われたヘスティアからすれば、確かに“先ほどの文言”が当てはまってしまうファミリアが存在しているのも事実である。

 

 しかし自分は違う。と内心で己に言い聞かせ、ヘスティアは両手を強く握る。

 己が求めているのは家族であり、奴隷ではない。もう一人の眷属である彼には悪いが、ベル・クラネルの力になりたいと心から望んでいるのである。

 

 もちろんタカヒロのために何かできないかと考えたことも何度かあるが、ヘスティアから見える青年の立ち位置は摩訶不思議だ。あのバケモノのようなステイタスを持っているわりに大手ファミリアで活躍する気もなければ、かと言ってヘスティア・ファミリアに染まろうとも思っていないように見て取れる。

 彼女の第一眷属であるベルのように英雄になるという願望も皆無、レベル1の冒険者が見せる勢いもなければ夢を語るようなことも行わない。どちらかと言えば、レベル5や6の第一級冒険者が見せる達観さのほうが近いだろう。

 

 それでいて、興味がないことには意識を示さない。まるで、オラリオという迷宮に迷い込んだ猫のようである。もっとも、実力的に同じネコ科でも獅子どころかマンティコアでも温いかもしれないのは彼女がよくわかっておりご愛敬だ。

 今のところはベル・クラネルを見守る父親のような態度を見せており、ヘスティア・ファミリアとしてもデメリットがないどころか、カドモスの一件は除くとしていつのまにか小金を持ってきているのでメリットが遥かに上回る。もっとも、家族という枠を大事にする彼女からすれば、メリット・デメリットで語れるようなことは無いわけだが。

 

 

 と、ここで彼女はとある事項に疑問を抱く。話の流れは変わるが聞いておいた方が良いと考え、考えたことを口にした。

 

 

「……あれ?そういえばタカヒロ君もダンジョンに入ってたようだけど、いつのまにか冒険者登録をしていたのかい?登録にはレベルの申請が必要だろ?」

「いや?ダンジョンへ入る際にも身分確認はされないからな。ああ、魔石はちゃんと上層部で確保したものを交換してるし、換金はベル君に任せているよ」

「そういえば、この前の居酒屋では何を食べたんだい?」

 

 

 ヘスティアは、聞かなかったことにした。レベルを上げるためにはダンジョンに潜る必要があり、なおかつ冒険者登録の有無によるメリット、デメリットを比較した際に、無登録で潜る者が必然的に居ない点を逆手に取った方法であることは把握できるが、聞かなかったことにした。

 規約内容“冒険者はレベルの申告が必要”とは、つまるところ“冒険者に登録していないとなれば、レベルの申告も不要”と解釈できる。しばらくはヘスティア・ファミリアも、大手を振って零細として活動することができるだろう。そう考えると、ヘスティアは不思議な感謝の気持ちを抱くのであった。

 

 なお、回答も何もなかったかのように「パスタとサラダ」と告げられている。盛大な溜息をついていた弟子へのプレゼントだった、と口にする彼の言葉を聞き、ヘスティアはハッとした顔を見せた。

 

 

「プレゼントか……ちなみになんだけど、男の子がプレゼントされて嬉しい物ってなんだろう?」

「男の子……ベル君となると……うーん」

 

 

 難しいな。と呟き、タカヒロは両手を組んで考える。確かにこればかりは、受け取る人による影響の占める割合がかなり多い。駆け出しの少年には、武器だろうが鎧だろうが立派なプレゼントになるだろう。

 少年の人となりを考慮すると、何を貰っても喜びそうな点が難易度に拍車をかけている。現にタカヒロが渡した一本1万ヴァリスのナイフでも飛び上がって喜んでおり、片方を折ってしまった時は鍛錬で蹴り飛ばされた時以上の絶望的な顔を見せていたほどだ。ベル・クラネルは、感情豊かな少年である。

 

 

「ナイフ、はどうだろう?丁度良い、というわけではないが、先日に一本を折ってしまってね。鍛錬でも実際の戦闘でも消耗していくものだから、どんな品質だろうと何本あっても良いはずだ」

「ナイフ?そうか、武器か……」

 

 

 そのために、口から出された答えがコレである。ムムムと唸る小さな女神は何かしらの考えがあるのか、しばらく腕を組んで悩む仕草を見せていた。

 ヘスティアも乗り気になったようで、どのようなナイフが少年の好みなのかを詳しく聞いている。彼女が頼み込む予定がヘファイストス・ファミリアと知ったタカヒロは、そこに居るヴェルフという鍛冶師が一番知っていることを伝えると、彼女は「数日留守にする!」と言葉を残し、さっそく飛び出していった。

 

 行動が速いな。と溜息をつく彼だが、彼も彼とてどのようなナイフが出来上がるのかを楽しみにしている。このあたりは、装飾品も含めた武具が大好きであるハクスラ民のサガだろう。

 あまり質の良いものとなると彼としても大手を振って喜べないが、そこは目を瞑るべきだろうと考えた。何しろ少年の技術は当初とは雲泥であり、逆にそろそろ、そういう武器を知っても良いかと思ってしまう。

 

 ともかく、これは主神であるヘスティアの問題だ。極端な話、物理ダメージや刺突、出血ダメージがそれぞれ100%以上も上昇し攻撃速度すら20%も上昇させてしまう“レジェンダリー品質の武具”が出来上がったところで、彼が口を挟むべきではない。

 もっとも、彼が知るレジェンダリー品質のモノがポンポンと作れるならば先の斧におけるエンチャント程度も日常茶飯事となるだろう。レジェンダリークラスの装備はあり得ない、しかし目に掛かれるならば見てみたいと感想を残し、いつになるか分からないが結末を楽しみにして本を読む作業に戻っていた。

 




がんばれヴェルフ兄貴!


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18話 調査

「おおっ」

「すっげ……」

 

 

 よく晴れた日の朝を少し過ぎた時間帯。道行く男のほぼ全員が、思わず振り返って後ろ姿に見とれている。直前にチラリと見えた尊顔は、一度でも目にしたならば眼福と言っていいだろう。

 それらの男にとって惜しむべきは、全くと言っていい程に肌の露出もなければ、長いコートとロングブーツに加えて、白のローブによって身体のラインのほぼ全てが隠されている点だ。故に様々な“妄想”が広がるものの、やはり直に見定めたいと思うのが男としてのサガである。

 

 

 念の為に付け加えるが、身体のラインと言っても見惚れる対象は筋肉ではない。とあることで有名な筋肉質な神、ガネーシャではない。

 彼等が振り返った先に有るのは、姿勢よく整った足並みで歩みを進める一人の女性。それに似て、いかにも“お高い”と一目でわかる杖を持っているのも特徴だろう。

 

 

 言い換えればその女性は、頭部と髪質、そして纏う雰囲気だけでもって、これらのような感情を生まれさせるほどの美貌を持っているということになる。単純な憧れの目線だけならば特に問題ないのだが、向ける対象が男であるために向けられる目線のなかには見過ごせないものがある。

 一般的には“視姦”と呼ばれる舐めるような視線を多数向けられる緑髪のエルフだが、オラリオで暮らすなかで既に慣れたものであり、今更とやかく何かしら感情が芽生えるようなこともなかった。足取りや雰囲気を変えることなく、目的地であるギルドへと足を進めている。

 

 早朝にダンジョンへと潜る冒険者たちは既に発った後であり、広大な冒険者ギルド内部も現在の人影はまばらであり閑散としている。様々な部署があるギルドだが、彼女は迷うことなく受付へと向かっていた。

 

 

「お、おはようございます、リヴェリア様!」

 

 

 ハキハキとした態度、を超えて非常に改まって接客を行う職員の名はエイナ・チュール。メガネを掛けたショートヘアなハーフエルフの女性であり、ベル・クラネルの冒険者アドバイザーでもある人物だ。

 実はこの女性、リヴェリアの元従者、現在では親友となっている女性がヒューマンとの間に授かった愛娘。その繋がりもあって、彼女とリヴェリアの繋がりも、他のエルフと比べて身近なものとなっている。

 

 とは言っても、エルフからすれば雲の上な存在の王族というのがハイエルフであり、リヴェリアの肩書である。もちろん、この理はエイナにも適用されるものであり、エルフの血をひくものにとって例外は無い。

 毎度の如く「畏まるな」と指摘されるエイナだが、どうやら一生かかっても治りそうにないとは本人の弁だ。もし一般人が国王から同じことを言われればどうなるか?誰もがエイナと同じ道を辿るだろう。

 

 

「そう畏まるな。ところで、少し時間はあるか?できれば個室で話をしたい」

「は、はい。それではこちらに」

 

 

 チラホラと向けられる視線を背に、二人は受付の奥にある個室へと向かってゆく。遮音が利いたこの部屋は、話し声程度の音量ならば外部に漏れることなく会話ができる個室が複数並ぶエリアとなっていた。

 

 

「あまり、こういうものを頼むべきではないとは理解しているつもりなのだがな」

「い、いえ!私にできることでしたら、お力添えさせていただきます!」

 

 

 内容を言う前に己の非を謝罪するような言葉に、エイナは何が来るのかと身構える。まさか、だからこそわざわざリヴェリアが足を運んだのかと考えると、猶更の事不安の感情が膨れ上がる。

 それで、ご用件は?と、あくまで冷静に尋ねるエイナだが、リヴェリアの口元に軽さは無い。覚悟したはずの表情は険しくなり、ゴクリとつばを飲み込んだ。

 

 

「ロキ・ファミリアにおいて人を探している。ギルドが持つ資料で該当する人物が居たならば、可能な範囲で教えて欲しい。とは言うものの情報が少なすぎてな、しかし比較的、特徴的な装備だ」

 

 

 性別は男、歳は恐らく青年。から始まった情報をメモに取るエイナは、相槌を打ちながらリヴェリアの話を聞いている。言葉通りの特徴的な装備は事実だが、生憎と冒険者ギルドへ訪れる者の数は無数と表記してもいいだろう。

 砂漠から1つの砂粒を見つけるよりは簡単かもしれないが、似たような難易度だ。そのこともあってか彼女の記憶にも当該人物は残っておらず、リヴェリアに対して謝罪の言葉を口にしている。リヴェリアもそれを止めさせると、わざわざ個室へと案内してもらったワケを話し始める。

 

 その口から出された“ソロ、もしくは少人数で52階層へと訪れていた”という情報に、エイナは目を丸くした。もしこれが同僚の口から出されたならば背中を叩いて笑い飛ばすところだが、相手が相手でしかも真剣な表情である。そのために、そんな表情でしか己の感情を表すことができないでいる。

 もしこの言葉が事実ならば、リヴェリアが探している男性はレベル6、少し緩和したとしてレベル5以上ということになるだろう。第一級冒険者のなかにおいても一握りであるレベル5以上の冒険者のほとんどは顔や装備を見ればわかるエイナだが、先にメモした棘のある重厚な黒いアーマーの冒険者はヒットしない。

 

 可能性として考えられるのは、レベル6あたりの冒険者が数人でパーティーを組んで新しい装備を実験している、と言ったような具合だろう。現に、時たま第一級冒険者が中層付近で格下のモンスターを相手に戦っていることもあるほどだ。

 それでも今回のケースにおいては、場所が場所だ。52階層などという深層の更に奥へ進むならば、どんなファミリアでも事前に申請を行ってからアタックを開始する。彼女も記憶に残っているが、その時に深層へとアタックしていたファミリアはロキ・ファミリアただ1つだ。

 

 

「……特徴はわかりました。しかしお言葉ですが、到底信じられません」

 

 

 結果として出てきた言葉が、これだった。どれだけ考えを巡らせても、似たような文言しか思いつかないのが現状である。

 

 

「エイナの気持ちも分かるさ。私とて、実際にこの目で見なければ微塵も信じていなかっただろう」

 

 

 どこか腑に落ちない様子で語るリヴェリアは、ふぅ、と溜息をついて肩をすくめる。その流れで、もう1つの情報を口にしだした。

 酒場でその男と一緒に居たと思われる、白髪の少年。同じファミリアだと青年も口にしていた相手であり、そちらについても情報が無いか探りを入れている。

 

 

――――うん?

 

 

 聞き入るうちに、エイナは口に出されるそれらの特徴に疑問を投げてしまいそうになる。片眉は無意識のうちに下がっており、尊敬する相手の口から出てくる特徴は、自然ととある少年の顔を思い起こさせる。

 白い髪、真っ赤でクリッとした瞳、身長は160㎝程度、ギルドで配布されていると思われる初期装備のライトアーマー。

 

 何かと彼女が気にかけており、その無茶ぶりに数回の雷を落としたことのある少年。ベル・クラネルと、そっくりなのだ。

 

 しかし、彼女が知る少年は常に一人でダンジョンへと入っている。当初はコボルト一匹を討伐した程度で花のような笑顔を振りまきながら報告してきたカワイイ弟の様だったが、最近は、やけに落ち着いた対応を見せている。

 パーティーを組んでいる様子もなければ、事実ならば恐らくしてくるであろう「パーティーを組みました」的な報告も受けていない。時折午後から向かう光景を見ることがあるが、その際も一人きりだ。

 

 また、彼が所属するヘスティア・ファミリアはつい半月ほど前に発足した零細ファミリアであり、登録されている冒険者はレベル1のベル・クラネルだけだということも知っている。本人の口からも、先の説明にあったような男性が居るとは聞いたことがない。

 

 

 そこでエイナは、似たような少年なら知っている、程度のニュアンスに留めて回答を行った。そして自分が少年の担当であることを告げると、リヴェリアは「世間は狭いな」と確定事項のように回答してしまうが、その冗談がエイナのツボにはいってしまい失礼ながらもしばらく笑いが止まらなかったのは余談である。

 なんせこのリヴェリアというハイエルフは、広い世界を見るためにエルフの里を飛び出している。そんな彼女が先の一言を発するのだから、家出の理由を知っているエイナにとっては意外にも程があったのだろう。それに対してやや不貞腐れてツンツンする態度を見せるリヴェリアに対して内心では「可愛らしい」と思いつつ平謝りするエイナだが、しばらく彼女の機嫌は直らなそうだ。

 

 

======

 

 

「なるほどなー。けっきょく数日たっても連絡こーへんから動いとるけど、流石ギルドやな。全くの収穫無し、ってわけでもないんやな」

「偶然だが、そんなところだ。52階層での謝礼、ミノタウロスの一件に関する様々な謝罪。風化する前に、早く見つかるといいのだが」

「せや、はよー見つけんとあかん。せやかてギルドに問い合わせたのも裏ルートや。ドチビん所に居るとしたかって、ホーム見つけるだけでも時間かかるで……いっそ神共に招集かけたろか」

「零細ファミリアは多いからな……。しかし、事のあらましを彼等が主神に話をして居たら、正直に答えるかは怪しいぞ」

「うっ、せやな……」

 

 

 ホームへと戻って先ほどまでの情報を報告するリヴェリアに、ロキがお茶を注いでいる。今回の探りの発端は、例の師弟コンビを見つけるために、彼女の主神であるロキが段取りを行ったものであった。

 一方で、ロキはロキでレベル6の冒険者の情報を漁っている。主に神様ルートで集めていたのだが、当該人物は掠りもしない。むしろ、誰だそれはと聞き返されるのがほぼ全てという状況だ。

 

 もっとも、聞き返されているのにはワケがある。

 

 

「そもそもが無理あったんや……黒いトゲトゲの鎧はともかく、レベル6以上なんて居るだけで噂になるし神ならほぼ全員顔と名前を覚えとるわー……。52階層の件は色んな意味で口に出せへんし、困ったもんやわ」

「酸を吐く芋虫というイレギュラーに加え、52階層へのソロでの到達だ。後者に関しては、まさに偉業と言って良いだろう。それでも、神の力とやらを使えば、そんな偉業もできるのではないか?」

「できるやろな。せやけど、そんなの使った瞬間に一発でバレる。ヘスティアなら余計に有り得んわ」

 

 

 ふむ。と呟き、リヴェリアは紅茶をすする。ロキ曰く「頭使いすぎた」ということで用意されたミルク入りアッサムという紅茶のほのかな甘みは、遠征帰りの処理も含めて酷使しすぎた脳に染みるようだ。

 問題は例の少年と青年だけではない。芋虫に溶かされた装備の被害額は考えたくもない値段に跳ね上がり、借金の必要まではないものの、しばらく遠征どころかファミリアとしての大規模な活動も危ういぐらいだ。折れた場合と違って今回は全て溶かされているために、素材の回収すらもが不可能なのである。

 

 思い返して二人で溜息を吐いていると、トコトコと足音を立ててティオナがやってきた。割り込みづらい空気だったのか、壁からひょっこり顔を覗かせて様子を伺う動作を見せている。

 その姿は、いつものティオナらしくない。溢れんばかりの元気さは影を潜めており、何かを心配しているかのような表情を見せている。

 

 

 ロキとリヴェリアが話を聞くに、どうもアイズの様子がおかしいとのことである。ロキが「どうおかしいんや?」と尋ねた際の回答が「ダンジョンに行こうとしない」という通常ならばぶっとんだ内容となっているのだが、三度の飯よりダンジョン修行と言わんばかりに入り浸るアイズ・ヴァレンシュタインの場合は、確かに異常と言えるだろう。

 そして「確かにおかしいな」と言わんばかりに納得してしまうオトナ2名。リヴェリアに至っては不可思議だと口にしている程である。幼い頃から彼女を知っているからこそ、主神と母親は真面目に心配してしまうのだ。

 

 

「ま、ここは母親(ママ)の出番やな」

「誰が母親(ママ)だ」

 

 

 そして交わされる、お約束とも言える、このやりとり。主神ロキとリヴェリアの日常ともいえるのだが、やり取りの本懐に「アイズを頼むで」というトリックスターの心配と照れ隠しがあるのを知っているのは、ロキ・ファミリアにおける古参の3人ぐらいだろう。

 

 アイズはホームにあるソコソコの広さの中庭に居るとのことで、リヴェリアはそちらへと歩いて行く。近づくにつれて噴水の音が細やかな音色を奏で始めており、目的の人物はその前にあるベンチに腰かけて噴水を見つめていた。

 数秒ほど眺めたものの、リヴェリアは歩みを止めることはない。静かに近寄るようなこともせず、カツカツと靴の音を立てながら近づいている。

 

 話しかける時は、ストレートに。不思議な内容ではあるものの、これがリヴェリアとアイズの間で交わされた約束なのだ。

 回りくどいことはせずに、持ち得る球は直球一本。彼女の目線においても明らかに気落ちしているアイズの顔を見ながら、ロキ・ファミリアの母親は相談に乗ろうとばかりに歩み寄る。

 

 

「どうした、アイズ。何かあったのか?」

「リヴェリア……」

 

 

 頼りになる彼女を見て、すこしホッとしたような。僅かながらも、アイズの表情に変化が生まれる。

 

 

「あ……おかえり。用事、済んだんだね」

「ああ。所用でギルドへと行っていた」

 

 

 二人を知らない人が見れば、似つかない姿ながらも親子なのだろうと捉えるその光景。片や悩みを抱える少女であり、片やそれを解消しようと奮闘する母親の様相だ。

 いつもと変わらず薄い表情ながらも、言葉を交わすことでリヴェリアには強く伝わる。アイズは何かしらが原因でひどく落ち込んでおり、同時にとても悩んでいる。

 

 口に出された内容は、5階層で起こったミノタウロスの一件であった。襲われていた少年を助けたと思えば、その少年に逃げられた話である。

 手を出したことが間違っていたのだろうか。ポカンとしたのち、別人のように変わって逃げだしてしまう人の顔。なお、単に見惚れすぎて赤くなっていただけであるがその点については知る由もない。

 

 怖がらせてしまったのかと考え、落ち込んでいた。現に、数日経った今日も何をする気も生まれずに、朝から中庭で思いに耽る時間を過ごしている。

 

 

(……あのアイズが、強くなること以外に意識を向けるとはな)

 

 

 嬉しい事には嬉しいがなんとも複雑な心境となったリヴェリアは、先ほどギルドで得た少年の情報を口に出す。もしその少年が気になるのなら、冒険者ギルドの受付嬢エイナ・チュールを訪ねるようにと念押しすると、アイズは勢いよく立ち上がった。

 

 

「リヴェリア、ギルドに行ってくる!」

 

 

 返事を聞く間もなく素早い動きで、アイズ・ヴァレンシュタインは駆け出していく。立ち上がって行動を起こした少女の背中を、母親は優しい顔で見送っていた。




ちょっとだけ積極的なアイズたん。
原作と違って膝枕イベントがスキップされていますが、どこかで使っていきたいです。

追記

リヴェリアがホームに戻ったところに描写を付け加えました。


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19話 煽り運転

「ナイフの次は鎧かー……。確かにそろそろ更新したかったけど、安く作ってくれちゃって問題ないのかな」

 

 

 ガヤガヤと賑やかな広場に、少年の小さな疑問と不安は吸い込まれる。この日のベルは8階層で魔石を集め、予定通りに地上へと戻ってきていた。

 戻ってきた際にバベルの塔でナイフを受け取っていたのだが、その際に鎧の更新を提案されることとなる。本当の初期装備であり胸部のみをプロテクトしていた鎧姿は、確かに10階層へと赴くにしては貧相極まりないと言って良いだろう。

 

 もっとも、敵の攻撃の大半をナイフで受け流す彼にとっては現状のアーマーだけでも差し支えない程である。とはいえ備えがあれば憂いがないのは事実であり、そろそろ己の師匠にも相談しようかと思っていた頃合いに都合よく話が舞い込んでおり、もし過剰装備と言われたならば何かしらのアーマーを買えばいいやと考えている。

 鎧作成のついでというわけではないのだが、現在の初期装備なプロテクターは純粋な金属製ということもあって、一度融かしてから別の部位に再成型するというのが鍛冶師の説明である。この点における制作費に関しては完全にサービスとなっており、何かと貧乏性が抜けない少年は喜んで提案を受け入れていた。

 

 

 バベルの塔への用事も終わり、残りはギルドでの換金作業。魔石を中心として少量のドロップアイテムを獲得しており、こちらもそこそこの金額と交換することが可能である。査定についてはギルド側に一任することになるが、そこは換金者が持つ交渉術の見せ所だ。

 もっとも少年はそんな技術は持っておらず、言われるがままの換金である。担当側としてもぼったくるようなことはしていないため特に問題は無いのだが、どうやら今回は別の話題があるようだ。

 

 

「ああ、君がベル・クラネル君か。アドバイザーのエイナさんから伝言を預かっているよ、なんでも用事があるみたいで顔を出して欲しいそうだ」

「エイナさんが?あ、はい、わかりました。今居らっしゃいますかね?」

「自分もついさっき聞いたところだから、多分いると思うよ。いつもの受付の方だ、宜しくね」

 

 

 小袋に入ったヴァリスを仕舞うと、ベルは受付所の方へと歩いていく。波にさらわれる砂のように冒険者でごった返す夕暮れと違ってまだ人は少なく、それでも多種多様な冒険者の装備を見て羨んだり想いに耽る少年であった。

 そんなことを考えながらも、目的地にはすぐに到着する。誰かと話をしているのであろうエイナの相手が他の冒険者に隠れていることはさておき、訪ねてきたことを知らせるために少年は前へと足を運び――――

 

 

「……」

「あっ……」

 

 

 エイナが話していた相手は、いつかの5階層で助けられた金髪の少女。エイナの視線に釣られるようにして振り向いた彼女と、見開いていた少年の視線が合致した。

 

 

「ちょっ、ベル君!?」

 

 

 そして、エイナの制止を振り切って逃走を開始する。その姿が、いつかのヘファイストス・ファミリアで青年が見せたダッシュと瓜二つであったのは蛇足である。

 

 

 一方、アイズに関してはリヴェリアの助言通りにエイナを訪ねていた次第であり、まさに目の前で逃げた少年の事について聞いていた段階だ。

 

 逃走の対応をされた5階層での焼き直しだとアイズは思い、なぜ少年が逃げてしまうのかと考える。あの一件で少年が自分を怖がってしまっているというのが第一の考えだが、他に何かないかと考えを巡らせる。

 相手の反応はどうだ。アイズ・ヴァレンシュタインという自分自身を見た瞬間に、顔を赤らめる……つまり血の気が上っており、物凄い程に顔が変わり、なおかつ瞬時に逃げ出している。ダンジョンとは違って今回は悲鳴を上げることも無ければ恐怖を抱いたならば行うはずである助けを求めることもせず、即座に逃げ出すことが指し示す事実はただ1つ。

 

 

――――そっか、私と追いかけっこしたかったんだ!

 

 

 違う、そうじゃない。

 

 斜め方向に発芽する天然少女の思考に対してそのようなツッコミを入れることができる者は誰も居ないが、彼女は思った以上の動きを見せる少年に対し驚愕の感情も芽生えている。瞬発力も最高速も、ミノタウロスから助けた時よりも明らかに高速だ。

 そして再度にわたる逃亡の現状がこのタイミングで思考回路に再認識されてズズーンと心が沈むアイズだが、彼のアドバイザーが「追いかけてください!」と発破を掛けたことで吹っ切れる。レベル6の脚力を遺憾なく発揮し、既に豆粒サイズ以下となった脱兎の背中を追い始めた。

 

 

――――追いつかれる!

 

 

 背中越しに感じ始めた強い気配を感じ取り内心で焦る少年は、かつてないほどの全力疾走で足に鞭を入れている。そもそもにおいてなぜ逃げているのか自分でもわかっていない彼は、とにかく彼女から離れて心を落ち着かせたい目的で街中を疾走する。

 後ろを振り返る余裕はない。相手は第一級冒険者であるレベル6なのだ、レベル1の自分が逃げ切れるわけがないのは当然である。猶更の事、目の前へと疾走することに集中しなければ務まらない。

 

 それでも、後ろから感じる勢いは物凄い速さで迫っている。もはや逃げるのは不可能と諦めると、不思議と別の感情が浮かんできた。

 それならば、その姿を目にしてみたい。自分が焦がれる人はいったいどれだけの速度で走れるのだろうと、ベルは急ブレーキをかけつつ振り返った。

 

 

「あっ」

「えっ」

 

 

 必然的と言えば必然的に、しかし行動を分析すれば当然と言えば当然に。急ブレーキをかけつつ振り返るベル・クラネルだが、実は数秒のあいだで状況が変わっている。最近問題視されている煽り運転宜しく車間距離/zeroで真後ろに付けていたアイズ・ヴァレンシュタインに自動ブレーキ制御装置は付いておらず、故に急には止まれない。

 同じ速度域から、多少とはいえ違う質量がぶつかればどうなるか。軽い方が弾き飛ばされるのは当然だが、少年はそうならないように行動を起こす。

 

 ドサリ、と倒れ石畳に背中を打ち付ける音は1つだけ。少女が傷つかぬよう庇って己の身をクッションにする少年は背中の痛みを我慢しきって目を開けると、繊細な人形を連想させる黄金の瞳が目と鼻の先に飛び込んできた。

 男が女を押し倒す――――ではなく性別からしても立場が逆であり、ライオンとでも表現すべきだろうか黄金の捕食者が子兎を仕留める寸前のアブナイ構図。獲物というよりは玩具を見つけた猫のような心境であるアイズは、何故だかベルの上から動かない。

 

 

 双方、共に言葉が生まれてこない。それでも不思議と視線は至近距離で交わっており、アイズはベル・クラネルというマットレスの上に、うつ伏せで寝ているかのようだ。偶然にも似ている互いの身長が、そんな光景に拍車をかけている。

 

 

「……暖かい」

「いやいやいやいや!?暖かいとかじゃ、っ……!」

 

 

 数秒して、天然少女の口から出た言葉がそれである。単純に興奮と緊張から血流が増えたための暖かさであるが、片やそんな知識は無く、熱源からすればそんなことを気にしている余裕はない。

 

 

 男には無い、女性特有の甘い香りが鼻をくすぐる。到底ながら同じ髪の毛とは思えない程に艶のある前髪が頬にかかり、さらりさらりと優しく撫でるように滑っていく。あと少し顔を前に出せば、互いの口は触れ合ってしまうような近さにある。

 鍛冶師の提案で鎧を更新するために預けてきたことも、この場においては悪条件に他ならない。細身とは似合わず豊満と言って良い膨らみは、夏手前であるためにあまり厚くない互いの服越しにしっかりと感触が伝わってしまっていた。

 

 ようは、ハーレムを求めている割に初心どころかド素人な少年には刺激が強すぎるシチュエーションということだ。いつかの返り血を浴びた時のように顔は赤く染まり、そんな様相を見せる少年に対し、少女は可愛らしく首をかしげて不思議に思う。なお、残念ながら追い打ちに他ならない。

 しかし、これはロキ・ファミリアの教育が原因だ。下着と見間違うようなアマゾネスの双子の少女が頻繁に行ってくるスキンシップにより、アイズ・ヴァレンシュタイン的には「これぐらい普通」なのだと脳がインプットしてしまっており特別な反応も見せないでいる。

 

 片や状況を処理しきれずオーバーヒート。片や今の行い程度は普通の類であるうえに相手がなぜ固まるのかまるで分かっちゃいない思考回路のために、物理的な煽りの次は精神を煽る対応となっている。

 結果的に少年にとって役得な光景は、しばらく続くこととなった。ベル・クラネルの逃走術が功を奏し、全く人気が無いエリアであったことが幸いだろう。

 

 

======

 

 

――――さっきのは夢だ。都合の良い夢だ。背中を打った時に頭も打ったんだ、イイネ?

 

 

 そのような内容で自己暗示をかける少年は、先ほど自分が受け止めた少女と共にベンチに座る。あまり使われていなかったのか所々が傷んだものだが、そんな細かいことを気にしている余裕は生まれなかった。鍛錬や戦闘となれば相手の隙を見逃さぬ洞察力も、ここばかりはお手上げである。

 第三者の足音と共にヒューマンへと戻ったクラネル・マットレスとその使用者は、どちらから声を掛けるまでもなく間近に有ったこのベンチに腰を下ろしている。使用者の天然少女は男に抱き着いていたという事実を今更思い返しており、随分と遅い恥じらいの心が芽生えて思考回路がフリーズしている。

 

 互いがそんな状態のために、会話がない。まるで初デートの時において話題が思いつかない時のような、気まずい空気が流れている。

 両者ともに石造の如く固まっており、意を決して口を開いたのは自己暗示が終わった少年であった。

 

 

「え、えっと、ロキ・ファミリアのアイズ・ヴァレンシュタインさんですよね。な、何か僕に御用でしたでしょうか?」

「アイズでいいよ。みんな、そう呼んでる」

 

 

 そう言われ、彼女は何も「きっかけ」を作っていなかったことを思い出す。ベル・クラネルに会いたいと思った理由は単純な興味から来るものであり、相手の少年からすれば原因不明で突然と剣姫が押しかけてきた状況だ。

 彼女の立ち位置を過剰に言えば、ただのストーカーである。これが事案にならないのは一般的なソレとは男女関係が逆であり、追いかけられている側が彼女に憧れと好意を抱いているためだ。

 

 もっとも彼女は何を言おうかとアタフタし、咄嗟に出てきたのが己の呼び名に対する訂正内容。それでもって少年からすれば憧れの女性をいきなり名前呼びというハードルの高いシチュエーションであり、あがりっぱなしの応対だ。

 

 

「あ、そ、その、あ、アイズさん。どうして」

「ご、ごめんなさい!」

「はい!?」

 

 

 オーバーヒート気味の思考回路から出された謝罪の出だしで、相手にもオーバーヒートが伝達してしまう。なぜあの剣姫がいきなり謝罪文を口にするのかまったくもって理解できず、少年はアタフタ具合が加速し支離滅裂な動作を見せてしまっていた。

 むしろ謝るべきは、先ほど急ブレーキをかけた自分だと思っている。そんな少年は相手にどんな言葉を返すべきかと中身を吟味しているうちに、少女の口が再び開いた。

 

 

「あの、ダンジョンの5階層で……」

 

 

 続けて少女から知らされる、その一節。

 なるほど、と、少年はその時の事かと納得した。そして相手に言わせるわけにもいかないと何故だか考えが働き、恐らく正解だと考えている己の答えを口にする。

 

 

「こちらこそごめんなさい!アイズさんの獲物に横槍を入れそうになってしまって!」

「あの時は怖がらせちゃって!」

 

 

 違う、そうじゃない。

 

 

 内容も実際も互いに全く噛み合っていない会話らしき言葉の弾道ミサイルは、着弾地点を見失って制御不能となっている。互いに謝罪の姿勢だったもののそのやりとりで顔を上げ、やはり互いにキョトンとした表情と相成った。

 ここまできて少年は、ようやく己の全力疾走が相手に勘違いを与えてしまっていたことに気づくことになる。彼女を怖がって逃げていたように見られたのだと気付き、すぐさま否定のために口を開いた。

 

 

「と、とんでもないです!僕は全然怖がってません!ただ……」

「ただ……?」

 

 

 ただ、なに?と言いたげに、伏せ気味になる少年の顔を覗き込むこの天然少女の仕草、初心な少年にとってはなかなかに恥ずかしさ極まる所業である。

 もちろん「貴女に見惚れていました」などという本音をぶちまけるわけにはいかない少年は、フルフルと首を振るって状況をリセットしようと考える。するとなぜか己の師匠が見せる狡猾さが目に浮かび、それっぽい一文が浮かび上がってきた。

 

 

「少し前にアイズさんの剣捌きに見惚れてしまって、僕もそうなれるようにと張り切っちゃったんです!」

 

 

 中々に上出来な言い訳と評価できる程の一文である。だからと言って逃げるのかと言われれば言い返すことに苦労するが、相手を褒め称えた上で尊敬の念があることを伝えられる言い回しとなっていた。

 

 

「……そっか。あの時も、ミノタウロスを相手に、頑張ってたもんね」

「ははは……勝てる気はしませんでしたけどね……。まだまだ、実力不足です」

 

 

 トクン。

 

 そう告げられた胸の鼓動が、静かながらも強く動く。直感的に浮かんでくる一つの言葉を口にしろと、興味を持った対象を知れと、少女の本能が告げている。

 

 

――――知りたい。

 

 

 強く思う。この少年が見せた脚力は明らかに前回よりも強く、速度も比べ物にならないぐらいに向上している。レベル1だからこそ絶対的な強さは無いが、自分自身が知る常識とは懸け離れた成長速度だ。

 だからこそ。バレたならば、こってりと説教が待っていることを覚悟したうえで、彼女は次の一文を口にする。

 

 

「じゃぁ……してみる?」

「……へっ?」

「鍛錬。私で良ければ、教えてあげるよ」

 

 

 一方で、己の師にはたいへん申し訳ないと思いながらも。その提案を断る決断は、少年にはできなかった。こののちに正直に事情を告げ、全く問題ではないという青年の許可を得てホッとしたのは蛇足である。

 

 時期は、そろそろ開催となる怪物祭が終わってから。少女と少年の特訓は、ほとんど誰にも知られずに始まることとなる。

 




アイズ「じゃぁ……してみる?」
↑アイズの口調でこれを口にすると破壊力がヤバいと思いマース


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20話 主神の覚悟

*お詫び*
色々と追記しているうちに、時間系列が昔のものになってしまいました。
本来でしたら18話に入る内容となります。


 日付は少し遡り、地下室特有の、やけに静かな昼下がり。一人ホームに残っている青年は、いつものように本を片手にダンジョンの知識を学んでいる。

 己の弟子はダンジョンへと潜っており、主神については、その弟子へのプレゼントを作成してもらうために家を空けている状態だ。

 

 ――――ガチャリ。

 

 故に開くはずのない、玄関代わりの扉が開く。本を広げつつも窃盗の類かと考えて鋭い視線を向けると、そこにあったのは、紛れもない己の主神であった。

 

 

「おや、どうした?」

「……」

 

 

 プレゼントの話をして送り出したはずのヘスティアが、今にも消える炉の灯火のごとき表情と足取りで帰ってきたのである。言葉を掛けたものの考えられる事象は1つであり、武器の作成依頼を行って断られた点だろう。

 しかし、タカヒロの中ではシックリこない。ヘスティアを送り出してから戻ってくるまでの時間は約2時間。彼女にしては“早すぎるのではないか”というのが彼の考えだ。

 

 彼女が見せるベルへの愛情は、タカヒロからしても特別なものがあると感じている。もっともベルもヘスティアのことを非常に大事に思っており、鍛錬の休憩時間において、自分が守るべき家族だと語ったこともあった。

 そんな感情は彼女も捉えているだろうから、諦めるにしても夜遅くになるだろうと踏んでいたものの、現状はこれである。違和感を感じつつ、何かを口にしたがっているヘスティアの言葉を待っていた。

 

 

「タカヒロ君、ごめんよ!君の気持ちを全く考えてあげられなかった!」

 

 

 背筋を伸ばすなり勢い良く頭を下げる主神の姿を見て、何かあったかとタカヒロは本を閉じる。頭を上げる様子の無いヘスティアに声を掛け、ソファへ座るよう促した。

 しかし彼女は断固拒否する姿勢を見せる。それでも彼女の感情が高ぶっていることを感じたタカヒロは落ち着くよう再び言葉を掛け、ヘスティアは申し訳なさそうに腰を下ろすのであった。

 

 

 何があったかを尋ねると、重い口が微かに動く。ヘファイストスのところに行って武器の作成を頼んだ際に、二つ返事で拒否されたというのが真相だ。

 しかし彼女が落ち込んでいるのは、作成を拒否された点ではない。ヘファイストスが作成を断った、その理由にあり、ヘスティアは先ほどまでのことを静かに口にし始めた。

 

 

===

 

 タカヒロとの対話でベルへのプレゼントは武器が良いだろうとの結論に至り、数日間家を空けることを伝え、ヘスティアはバベルの塔へと駆けてゆきヘファイストスの下に辿り着いた。抱く気持ちは既に“1つ”であり、ベルのための武器を作ってもらう覚悟を抱いている。

 決して安くは無いであろう、ヘファイストス・ファミリアの一級武器。アルバイトをしたことがあるために値段は知っており、数千万ヴァリスは当たり前と言って過言ではなく、億に達することも珍しくは無い。

 

 極論を言えば、青年がカドモス周回なる行動(掘り作業)を開催すれば1週間程で集まる金額だ。一時的に相場が下落しそうな点や青年がそのような奇行を実行できることを知らない点はさておくとして、前回に買い取ったカドモスの被膜から、ヘファイストスはその点を問題視しているのである。

 ヘスティアの覚悟の下に打った武器。その対価となる彼女の労働、つまるところのローンの支払いを他人が受け持っては、まったくもって意味がないのである。自分で返していく覚悟は示したヘスティアだが、そうなる保証があるかと言われれば確かに無い。

 

 また、問題はそれだけではない。例えば、二人の兄弟が居たとする。年齢こそは離れている兄弟だが、とある共通の記念日に弟だけがプレゼントを貰えばどうなるか。

 そのようなことを話され、答えが見つかり善は急げとばかりに駆け足となっていたヘスティアはハッとする。ベルに夢中になるあまり、そしてこればかりは青年にも原因があるものの“ぶっ壊れステイタス”から目を逸らすあまり、その青年という、他ならぬもう一人の眷属を蔑ろにしてしまっていたのだ。

 

 

「分かったら帰りなさい。貴女の願いを聞くのが嫌って言ってるわけじゃないわ。ただ、貴女の願望を聞くのは、貴女の周りで起こるだろう問題を片付けてからよ」

「……ごめん、ヘファイストス。本当に、ごめん」

「……」

 

 

 全てが正論かつ自分が盲目となっていた内容だけに、ヘスティアは何も言い返せない。礼儀は忘れないながらも力なく返事をし、足取り重く部屋を去る。

 

 二人の眷属の武器を作って。そう言葉を返すこともできたヘスティアだが、それだけは絶対に口にしてはいけないと喉元に仕舞った。

 ヘファイストス・ファミリア、それもローンの関係で主神ヘファイストスが打つ武器なのだ。おいそれと複数本が打たれて良いものではないのは当然であり、今の状況においては、“じゃぁ二人分”と言い換えることが出来てしまう“二人分の覚悟を背負う”という台詞は、ヘファイストスの誇りまでも蔑ろにしてしまうものだ。

 

===

 

 

 結果として何も言い返せず、祈願を続けることもできず、ヘスティアは力なく教会へと戻ってきたのである。その心境が如何程であるかは、いつも暖かい元気を見せている彼女の灯火が消えそうな表情が示していた。

 

 

「……なるほど」

 

 

 たとえベルだけに武器が与えられたとしても、とりわけ気にしていなかったタカヒロだが、こうして言われると一理あると感じてしまう。装着するかどうかは別として、彼とて自分のための武器を貰えるならば少年のように喜ぶだろう。

 事実を知るためにヘスティアに対して覚悟のほどを聞くと、たとえ数億ヴァリスでも、何百年かかろうとも、自分の力で返していくと強い目を以て答えていた。覚悟の瞳が漆黒の視線と交わり、青年は相手の覚悟と決意を問いている。

 

 

「仮に、以前に自分が見たことのある斧と同じ2億ヴァリス、アルバイトの日給2000ヴァリス、年間300日の労働として――――約333年か。半額としても166年。炉の女神とは永久の処女を誓った身と聞く。天に交わした制約ゆえに実ることは微細にしか望めないだろうが、それでもベル君のために身を捧げるのか?」

「うん、そうだよ。これは君が来る前の話なんだけど、ボクが路地裏で酔っぱらいに絡まれていた時、細い身体を張って守ってくれたのがベル君との出会いなんだ。その時の恩を返せる時だと思っている。そして、こんなボクについて来てくれたベル君が抱いている、覚悟の背中を押してあげたいんだ!」

 

 

 あえて厳しい現実を口にしたタカヒロだが、それでも呉須色の瞳は濁ることは無い。真っ直ぐ青年を見つめる力の入った瞳は己を捉えて離さず、覚悟のほどを示している。

 数秒して、タカヒロは一枚の羊皮紙を取り出した。同時にペンも持ち出しており、何かしらの文を書いている。

 

 

「一筆を示した。これをヘファイストスに持って行くといい」

 

 

 両手で受け取ったヘスティアは、何が書かれたのかと考え、内容を確認した。

 

 

 ――――主神ヘスティアの名に誓って本書を記す。此度において我が心が抱く願いは主神と共にある。また、主神がベル・クラネルの為に抱く覚悟に対し、我、一切の関与を成さず。タカヒロ。

 

 

 ヘファイストスが口にした、2つの“問題”を解決する一文。しかし同時に、ヘスティアが眷属に対して示そうとしている決死の覚悟を、欠片も受け取らないと宣言している文章だ。

 ヘスティアは目を見開き、相手を見る。そこにあったのは据わった瞳であり、漆黒の瞳が己の眼を射貫いていた。

 

 

「主神ヘスティアに物申す。ベル・クラネルに対し最高の武器を与え、それに対しては主神の覚悟を示して欲しい。自分に対しても何かしらをするというのなら、今の望みを叶えてくれ」

「で、でもそれじゃボクはタカヒロ君に何も」

「二言も繰り返しも無いぞヘスティア。今ここで更にゴネて自分(装備キチ)の二度とない対応をふいにしてみろ。血ぃ見るぜ」

 

 

 口元を怪しくゆがめて不敵に笑う笑みに、ヘスティアの背中が震えあがる。

 なんせ、彼のレベルは100なのだ。いつもとは違って(装備が絡んでいるだけに)冗談に思えないその言い回しを受けて、冷や汗を出すなと言う方が無理である。

 

 

「うっ……そ、それは遠慮願いたいね……」

「常に家の中心に在り、家族に力を分け与える炉の女神の気持ちが冷えていてどうする。己の中の気持ちが冷めないうちに、頭を下げに戻っておきな」

 

 

 これ以上は話さんぞ。と言わんばかりに、タカヒロはソファーに寄りかかり、本を手に取って読み始める。

 その姿と最後の言葉に勇気を貰い、ヘスティアは「ありがとう!」と言葉を残して勢いよく駆け出した。すっかり元気が戻った彼女の後姿を眺めた彼の心境は――――

 

 

――――いいなぁ……鍛冶の神が作る武具なんだろ?自分だって祈祷ポイント20ぐらい上がって報復基礎ダメージついて装甲強化と物理耐性と全報復ダメージ倍率、ああ、あとソルジャーとオースキーパーのスキルボーナスが付いたヘビーグローブが欲し以下略

 

 

 ものすごーく羨ましがっていた。しかし、そんなものが有るとするなら、ただのチート武具である。百歩譲って、祈祷ポイントぐらいは諦めなければ話にならない。

 先ほどの文言を口にしたものの、やっぱり心の底では羨ましがる装備コレクター。妥協した2つよりも至高の1つを見たいという極一部の本音が隅っこにあるなど、そんなことは無いと信じたい。

 

 ポンコツ具合が顔を覗かせているが、大人とはいえ青年もまた人間。内心でダダを捏ねるぐらいは許されるだろう。

 



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21話 新しい武器と怪物祭

「じゃじゃーん!」

 

 

 ヘスティアとタカヒロの一件があってから10日後。怪物祭当日の、朝食後。後片付けを終えたベルがリビングへと戻ってきたタイミングで、ヘスティアが「注目!」と視線を集めて先ほどの一文を発した。ベルとタカヒロは、朝練帰りということで双方ともに鎧姿である。

 

 えっへん。と小さな身体を可愛らしく強調し、両手で何かを持ち上げる神ヘスティア。キョトンとするベルはソレが鞘に収められたナイフの類であることは読み取れるが、今までに見たこともない代物だ。

 装飾の類は全くないデザインはシンプルで刃の部分も含めて黒色で基調されており、素朴な様相で纏まっている。デザイン性を落として機能性を重視している点は、特に問題ではない内容だ。

 

 

 それはさておくとしてもと、青年から見れば腑に落ちない。数日前の流れを経験している彼としては、“マジック等級”であるナイフの細部に違和感を感じていたのだ。

 

 作成の際に神の力(アルカナム)は使わないとて、鍛冶を司る神が作る武器。素材の質を落とすに落とすとしても、傍から見れば完全無欠のものが仕上がるだろうと考えていた。

 しかし、そのナイフに使われている素材は恐らく一流、それに反して少しだけ未熟さが伺える。性能に影響する程ではないが、例えば本格的な料理に不慣れな者が盛り付けを行ったときのような、ほんの少しだけのまとまりの悪さが針の孔ほどに見えている。

 

 そう思うものの決して武器そのものにケチをつけているわけではなく、客観的な評価の1つというだけだ。アレの性能はレベル1からすれば一級品と表しても足りず、見ただけでわかるほどに、担い手に対する心が篭った逸品であることは理解できる。

 

 ともあれ、そのような経緯で作成されたこのナイフの名は“ヘスティア・ナイフ”と言うらしい。他ならぬ神ヘスティアからベル・クラネルへのプレゼントであり、受け取った少年は花のような笑顔を振り撒いて喜んでいる。

 己の師匠に対しても「見てください!」と手に取るよう急かすなど、非常にハイテンションでご機嫌だ。少年のシイタケお目目は治りそうにもない。

 

 

 一方で、手に取ったタカヒロは、その瞬間に事実に気づく。かつて手に取ったことのある感触と似たそのナイフに驚愕の表情と共に優しく口元を緩めると、ベルに対してナイフを返した。

 再びナイフを受け取って離れた位置で素振りし感覚を確かめるその外観は、玩具を与えられた子供のように見て取れる。しかしその目は間違いなく戦士の物姿を表しており、新たに得た極上の武具をどう扱うかという心境に満ちていた。

 

 

「あれ?」

 

 

 そして、少年もまた疑問符を発した。3度続けられた素振りもすっかり止まっており、手に持つナイフを疑問有り気に眺めている。

 

 

「ふふふ。見てくれたかいタカヒロ君、あのベル君の花のような笑顔を!」

「見えてはいるが……ベル君も気づいたろ?」

「あ、はい。やっぱりですか。道理でシックリくると思った……神様、このナイフを作ったのってヴェルフさんですよね?」

「にゃにいっ!?」

 

 

 ベル君の笑顔を見て綻んでいた顔も、数秒だけ。呟かれた一言に、ヘスティアは可愛らしい文言と共に驚愕し、固まった。事の顛末を知っている彼女が「実は~」と驚かそうとしていたところに、まさかの二人ともが正解を見抜いたためである。

 

===

 

 時は、ヘスティアとタカヒロの一件があった日にまで遡る。バベルの塔にあるヘファイストスの部屋で、二人の女神が面と向かって会話を行っていた。

 

 

「ベル・クラネルに最高の武器を……彼、タカヒロさんは、確かにそう言ったのね」

「うん。ボクの目を見て、ハッキリと言ったよ!」

「じゃぁ、どんな武器を希望しているとかも聞いているのかしら」

「あっ……」

 

 

 言葉を返し、ヘスティアは冷や汗を流してアタフタと周りを見る。相変わらず燥いでしまっており、重要なことが抜け落ちていた。ベルのことになると視野が狭くなる、彼女の悪い癖である。

 ナイフ程度とは聞いていたヘスティアだが、ひとえにナイフと言っても刃渡り、形状、グリップなど様々な項目がある。全くもって、それらの情報が欠けているのが実情だ。

 

 ヴェルフ・クロッゾに聞け。それが、タカヒロから聞いていた言葉であり、ヘスティアはそのことを伝達する。

 すると、溜息を吐きながらも凛としていたヘファイストスの表情が、少しだけ崩れることとなった。

 

 

「……ヘスティア。やっぱり私は、この話から降りていいかしら」

「へっ!?ど、どうしてだい……」

「実は最初の時から考えていたんだけれど……今ヘスティアが口にした私の眷属、ヴェルフはね。最近、自分の武器を認めてくれる人が二人居るって、年甲斐もなくすっごく喜んでたのよ。特徴は、両方とも白髪のヒューマン」

「それって……」

「そう。貴女の所に居る、二人の眷属のことよ。貴女のことを言っておいてヴェルフに対する贔屓みたいになっちゃうけど……あの子が抱えてる影の部分は知ってるつもりだから、余計に、私が作るのは申し訳なく感じちゃうのかもね」

「……」

 

 

 もしここで、ヘファイストスが打った武器がベルの手に渡ったことが知られれば。互いの眷属である二人は普段から出会う仲であり、ヘファイストスが言うには、ヴェルフは現物を見れば己が打ったナイフであることぐらいは分かってしまうらしい。

 自分が彼の立場だったらと、ヘスティアは思いを巡らせる。己の二人の眷属に対し片方に贔屓をしてしまった直後であるために、その点については冷静に判断ができていた。

 

 相手の手にある他人が打った新しい得物を見て、自分も負けないと奮起するか、悲しみ落ち込むかは人それぞれだろう。しかし何れにせよ、悔しさを抱くことだけは間違いのない内容だ。

 そう思うと、青年との約束と言えど、更に押してお願いするまでには気が生まれない。単純な問題で済ませて良いことではないと強く感じ、自分程度では何も言えないと、ヘスティアは口を強く噤んだ。

 

 

「それにね、ヘスティア。ここで私がナイフを作っても、極端なことを言えばそこで終わり。貴女の眷属は、鎧の類だって用意しなきゃいけない。盾も必要かもしれないし、防具だっていつか壊れる。武器のメンテナンスも避けられない。冒険者っていうのは、鍛冶師と切っても切れない関係なの。信頼できる程の鍛冶師との繋がりの深さって、本当に大事なのよ?」

「……そっか。自分の命を預けられるに値する、それを作るに値する、お互いの信頼と繋がりか……」

「そうよ。いくら私が打った武器だからって……天界に居る頃は勝手に修復するような武器も打てたけど、今は無理。精々、性能低下を起こさない不壊属性(デュランダル)にいくらかのエンチャントを施すのが関の山だけれど、これだってメンテナンスは必要よ」

 

 

 ベルに最高の品質の武器をプレゼントしたいことは、ヘスティアが心から思っている本音である。しかし本当にベルの為を考えるならば単に己の我がままで決めて良い内容ではないことを痛感し、ヘスティアは再び考えを改めた。鍛冶をつかさどる神の言葉は、その点については素人である彼女の心に響いている。

 これらの点は、装備を直ドロップで得ており、かつメンテナンスが不要であったために鍛冶師との繋がりが無かったタカヒロも見落としている内容である。故に彼としては、武器についてはヘスティアと同じく「良い武器を与えてやってくれ」程度の認識となっていたことも事実であった。

 

 

 また、「最高の武器」とは言ったタカヒロだが、何をもって最高とするかまでは何も明言していない。ベル・クラネルの今後にとって最高となるであろう武器ならば彼も納得するだろうと、ヘファイストスとヘスティアは考えを巡らせ同意することとなる。

 

 その青年、及び文章中にある少年の凄さはヘファイストスも知っていた。魔剣ではない自分の武器が褒められたこととナイフの扱いに長けていることは、珍しく燥いでいたヴェルフから耳にタコができるほど聞かされていたからだ。具体的に言えば、7回目を耳にしたのが一昨日である。

 最近は、ダンジョンへ行くことを除いて引きこもり宜しく工房に居る、その眷属。彼をよく知っているヘファイストスは足を運び、悩める鍛冶師に声を掛けた。

 

 

「ヴェルフ、一つ武器を作ってみないかしら?」

「あん?」

 

 

 まだ無名である少年にとっての、最高の武器。それは他ならぬ、少年が認めた鍛冶師が作った無銘の武器である。

 そしてその鍛冶師には、あの二人に認められるものを作れる才能がある。鍛冶を司る神は、そのような判断と決定を下したのだ。

 

 

 まだ鍛冶のアビリティも持っていない、駆け出しの新米鍛冶師。休憩中に呆けた顔をしていたところに事情を話すと、「是非やらせてくれ」と、途端に職人の据わった顔へと変貌する。

 しかし使用する金属は、未だかつて目にしたことのない種類となる超硬金属(アダマンタイト)と呼ばれる代物の一種だ。これを主とするならば、通常ではレベル2となって鍛冶のアビリティを取得し、ようやく手に取る機会が生まれる扱いの難しい金属である。

 

 かつて発注を受けた際に安物の超硬金属(アダマンタイト)こそ少量を配合して使ったことこそあれど、全てが超硬金属(アダマンタイト)の類で配合されている鉄を打つなど初めてだ。過去に何度か魔剣を打ったことはあれど、ここまで希少な超硬金属(アダマンタイト)は手に取ったことすらない。

 故にまったくもって上手くいかず、ヘファイストスや椿の指導と天性の才能によってコツをつかむのは早かったが、完成品とは程遠い。彼流に言うなれば、刃の形をした何か。素材の凄さによる切れ味だけは鋭いだろうが、そんなものは、他ならぬヴェルフ・クロッゾのプライドが許さない。

 

 主神が用意してくれた超硬金属(アダマンタイト)を用いた鍛冶は連日の如く日付が変わるまで及び、何度、己の無念さを吐き捨てる大きな音量の言葉が工房に響いたかはわからない。逸品を作りたいと思う願いに届かない己の技量に対する胸の内を知っているのは、同じ時間まで起きて陰から見守っていたヘファイストスだけである。

 

 あと数歩が届かず、もう記憶の彼方となった悔し涙を、久しぶりに目に浮かべた。決して零さぬように上を見上げるも、それで何かが解決するわけではない。

 「俺たち新米は足掻くしかない」。いつか、少年のために口にしたセリフが自分に刺さる。過去に発した言葉から目を背けたくなり、眉間に力を入れ――――

 

 

 「ヴェルフ。あなた、誰のために鉄を打っているの?」

 

 

 最も尊敬する主神の声が、刺さった傷口の上を貫いた。

 こんな時間に自分の工房に居たことも驚きだが、それ以上に、今の言葉が魂を揺さぶった。

 

 気付かぬ間に、悔しさの対象が変わっていた。たった今まで抱いていた気持ちは、一級品を打とうとし、それが打てぬという自分への葛藤だ。

 そうじゃないだろうと表情に力を入れ、己の譲れぬ想いを手繰り寄せる。ヴェルフ・クロッゾとは担い手のための武器を打つのだろうと、再度、自分に強く言い聞かせた。

 

 

 ここで、自分はベル・クラネルの何を知っているのかと問いかける。

 白い髪、兎のような容姿。それに似合わぬ、一流の腕を持っている。

 

 だがそれだけであり、戦っているところは見た事がない。基本として一人でダンジョンに潜っている少年が、刃を抜いたところすらも知らぬのだ。

 担い手のために剣を打とうとしているのに、担い手の事を知らぬではないかと、焦りが芽生える。そんな様子を感じ取ったヘファイストスは、ヴェルフが最も必要としている言葉をかけた。

 

 

 「明日の営業終了時に、その子の師が4階に来るわ。聞きたいことがあるなら尋ねてみなさい。それと私からの最後のアドバイスよ。心の底から最高の剣を作ってあげたいと思うなら、自分の意地を秤にかけるのは止めなさい。鍛冶師が持ち得る技術を振るわないのは、尊敬する担い手に対する侮辱と同じよ」

 

 

 

――――そうか。明日の朝、日の出に合わせ、指定の場所に来ると良い。

 

 翌日。やってきた青年に問い合わせたところ、返された言葉がこれだった。今日も今日とて飛ぶように過ぎた1日の終わりに眠りにつき、日の出前に、ヴェルフは工房を飛び出していく。

 場所は北区に並ぶ防壁の上、彼も来るのは初めてだ。こんなところに何があるのかと不思議がるも、上の方から響いてくる剣戟を聞いて、ハッとする。

 

 階段を駆け上がった。随分と長く感じたが無限階段ではないために、やや息が上がったものの城壁の上部へと到着する。

 

 そのフィールド。自分から少し離れた場所で、彼も良く知る2名の男が対峙していた。

 

 青年が持ち得る武具は、その全てが超一流。遠目ながら、それぐらいはヴェルフにも分かる。攻撃こそベルが行う一方的なものなれど、いつか突破できるかと言えば答えは否だ。それ程までに、青年という壁は圧倒的な高さを備えている。

 身に纏っている超一流の武具に対し、己が生み出した刃は据わった瞳と共に臆することなく立ち向かっている。実力面はさておくとしても、武具だけを比べた際にも勝機が無いことは一目瞭然であるほどの差がそこにあった。あんなものを相手にすれば、駆け出しの鍛冶師が作った剣など、あっという間にボロボロになってしまう。素人が切りかかれば、それこそ一発で折れてしまっても不思議ではない。

 

 鎧に当たり鳴り響く白刃(はくじん)の叫びは常に一定。それが何を示すかとなれば、ヴェルフにも察しが付く。如何なる状態からの攻撃だろうとも、刃の当たる部分が変わろうとも、少年は常に一定の速度・威力の攻撃を撃ち込んでいるということだ。

 これが、無名ながらも一流の担い手ベル・クラネルが持ち得る実力なのだと。魔剣ではなく自分の刃を認めてくれた、到底ながらレベル1とは思えない担い手の姿が、瞳から全く離れない。

 

 

「ファイアボルト!!」

 

 

 容易く放たれる無詠唱魔法ながらも、彼の師はいとも簡単に剣を当てて相殺してしまう。思わず「クソッ」と軽くつぶやいてしまい、無意識のうちに少年を応援してしまっている自分が居た。

 

 

「いい牽制だ。どれだけ威力が低い技でも、相手にできた綻びを狙う事や牽制となれば使い方は無限にある。今のように、使える場面を見流さないよう気を付けよう」

「はい!」

「もう一度だ。今度はこちらからも狙っていくぞ、集中力を乱さないように」

「お願いします!」

 

 

 持てる技術を全てつぎ込み、高みへ登ろうと藻掻いている。勝てないと分かり切っている相手に対し、己の全てをぶつけて挑んでいる。その姿を再び目にし、背中を向けて駆け出したヴェルフの決意が固まった。

 

 

 魔剣、と呼ばれる武器がある。

 かつて己の一族を栄えさせ、担い手により衰退した特殊武器(スペリオルズ)の一種。魔力に影響されずに魔法を放てるが、数回の使用で、剣そのものが壊れてしまう特性を持っている。

 

 

 ヘファイストス・ファミリアの団長すらをも凌ぐ魔剣作成の腕前を持ちながら、彼は魔剣を打つことを拒んでいる。圧倒的な威力故に使用者の腕を腐らせる、その存在を嫌っていた。担い手を残して先に砕け散るその存在を、心の底から否定していた。

 しかしながら己が最も得意とし、それこそ神に負けないと言える逸品を作ることができる唯一の代物。一流の担い手に納められる己の一番があるとすれば、それしかないことも事実である。故に主神の言葉通り、己の意地を天秤にかけることは否定した。

 

 とは言っても、決して魔剣を作るわけではない。もし仮に折れない魔剣ができたところで、魔剣というのは物理的な運用ではからきし貧弱となる特徴があり、己の剣を認めてくれた少年の戦い方には合わないだろう。

 あくまでもベースは、ナイフそのものによる物理攻撃。そこに、耐久を落とさぬように魔剣の要素を織り込んでいくことで決定した。決して簡単な作業ではないものの、そこは鍛冶師の腕前が存分に発揮されるジャンルである。

 

 

「……よし、できた。いくら素材がいいからって、今の俺じゃ、これが精一杯の力作だ」

 

 

 出来上がったそのナイフに、鍛冶師が付ける名前はない。しいて言うならば“無銘”こそが名前だろう。名づけの親は、依頼人であるヘスティアに託されたのだ。

 自己評価をするならば、決して100点とはいかない出来栄え。素材の質に助けられているところが多いものの、それでもヘファイストスや椿から見ても満点に近いものとなっており、結果として怪物祭の直前に出来上がったのが、ヘスティアがプレゼントしたマジック等級のナイフというわけだ。

 

 剣そのものに使用者のマインドを送り込むことで、通常攻撃に微弱な火属性魔法ダメージを上乗せする特殊武器(スペリオルズ)。単発の威力に劣るナイフの一撃を底上げする、少年にとっては重要な効果を持ったエンチャントだ。

 極微量ながらもマインドを籠める必要があるものの、作動原理としては魔剣に近いものがある。ヴェルフが織り込んだ魔剣の要素が、エンチャントという形で表れているのだ。

 

===

 

 このような事情、かつナイフが持つ本当の性能は知らないものの、ベルは今までと明らかに違う品質の武器を試したくて仕方がない。単に物理ダメージだけで見た場合でも、そのナイフは、今までの物とは一線を画す程の切れ味と耐久力を備えている。

 弟子の燥ぎ具合を感じ取ったタカヒロは、5階層までという条件付きながらも試し切りの許可を出している。そして、大事な言葉を付け加えた。

 

 

「いいかいベル君。そのナイフは、今までのナイフとは比べ物にならない程の逸品だ。かみ砕いて厳しいことを言うと、“自分が数段も強くなったと錯覚する”程だろう。そこのところの差も含めて、君が認めた鍛冶師が作った逸品を体験してこよう」

「わかりました!」

 

 

 カタパルトから射出される戦闘機の如く飛び出していく少年の背中を見ながら、保護者2名は柔らかな表情を見せるのであった。

 

 

「ふふふ。見てくれたかいタカヒロ君、あのベル君の花のような笑顔を!」

「さっきも聞いた台詞だな。見てはいたが、あれは暫く戻ってこないぞ。ところで、どうしてヴェルフ君が作る事になったんだ?」

「それはね――――」

 

 

 そしてヘスティアは、ヘファイストスの所へ戻ってからの経緯を話し始めた。序盤から青年の顔つきが険しくなり、一字一句を逃さぬよう真剣な眼差しで聞いている。

 己が見落としていた、重大な要素の1つ。結果として理想的な着地点に収まったものの、青年は己の蒙昧さを恥じていた。

 

 

「……なるほど。浅はかだった、確かに軽視していいモノではない。主神ヘスティア、大英断を感謝する」

「ボクもヘファイストスに言われるまで気づかなかったし、どうこう言えた立場じゃないけどね。いつか壊れるまで、ベル君を危機から守ってくれるはずだよ。ともかく、ベル君にとって最もよかったと言える結果になって一安心さ!」

「違いない」

 

 

 二人して、もう気配も残っていない玄関の扉を見る。己も少年と同じく成長をしなければならないと胸に刻み、ヘスティアはローン返済の計算と計画を。それをタカヒロが見つつ、間違っているところを指摘する流れとなっていた。

 タカヒロの予想通り、2時間経ってもベルは戻ってくる気配がない。祭りと言うことで店の数々はすでに営業を始めており、気の早い客は早めの昼食を取っているところだ。

 

 しばらく席を外していたヘスティアがリビングに戻ると、彼は、魔石灯を手に取っている。要は魔石の力で発光するランタンのようなものであり、それを分解する作業を行っているようだ。

 いくらか分解してはとある段階で手を止めて軽く唸ったりと、単にバラしている訳ではない様子。そんな唸り声で何事かと思い、声を掛けつつ部屋を覗いたヘスティアは、目に留まったその行為の目的を聞いてみた。

 

 

「おや?魔石灯なんて分解して、どうしたんだい?」

「ん。まぁ、ちょっとね。それこそさておき、随分とアクセサリーに気合が入っているヘスティアも、出かける用事があるのかい?」

 

 

 よくぞ聞いてくれました!と、先ほどは気づかずにダンジョンへとダッシュしていった少年を思い返して溜息が出るヘスティアであった。とはいえ、髪飾りやネックレスに気づいてくれるとも思っていなかったことも事実である。相手を広く見れる少年とはいえ、まだそう言うところには反応しない。

 それはさておき、実は今日の怪物祭において、ベルと一緒に祭りに繰り出す手筈となっていたようである。先ほどのプレゼントで本人がすっかり忘れている恐れが出てきたものの、流石に1日中潜っていることは無いと信じたいヘスティアであった。

 

 

「あと、これはプレゼントって言うには程遠いんだけど、カドモスの被膜が無事に換金できたんだ。タカヒロ君、う、受け取ってくれよ」

 

 

 ジャラリ、と鳴ることもなくズッシリと重そうな袋を両手で抱える小さな女神。中々に辛そうだったのですぐさま受け取ったタカヒロは、袋を少し開いて文字通りの大金を見るも実感がなかった。

 何しろ、最大の買い物は弟子のための1万ヴァリスのナイフ2本。しかも、彼本人がファミリアに寄付した魔石の換金の一部なために仕方がない。豪邸が余裕で買える額の金額は、無造作に机の上に置かれるも、重みによって袋が崩れている。

 

 そもそもこれは、彼がヘスティア・ファミリアに寄付したものだ。彼としては現金となって戻ってくる点は有難いものの、零細ファミリアにとっては死活問題だろうと考えている。

 

 

「はて、自分はファミリアに寄付したつもりだったんだけど」

「寄付してくれるって言ってたけど、やっぱり君が取ってきたものだからさ。今回の件の、せめてもの気持ちと思って受け取ってくれよ。せっかくのレアドロップだったんだから、パーッと好きに使ったらどうだい?」

 

 

 そういうことなら。と、使い道は思い浮かばないながらも素直に受け取ることにした。彼とて今のところ金に執着しているわけではないが、お金と言うのは、あって損するものではない。

 

 するとタカヒロは、袋から1枚の金貨を取り出してヘスティアに手渡し、残りはヘスティアに見えぬようインベントリに仕舞い、立ち上がった。

 渡したその額、1万ヴァリス。此度のお祭りで二人が羽目を外して楽しむには、丁度良い金額である。

 

 

「記した一筆の通り、君が見せた大きな気持ちと覚悟を肩代わりするつもりはないが、これは自分からの応援だ。祭りにケチくさい雰囲気も似合わんからな、ベル君と存分に楽しんでくると良いさ」

「うううぅ、ダガビロ゙ぐん……!」

 

 

 君はオラリオで一番の子供だよ!と号泣する女神に苦笑を向けながら、彼は教会の出口へと足を向けた。自分が居ては、そろそろ戻ってくるだろうベルがヘスティアを誘いづらいだろうという気遣いである。

 また、ナイフと言う小さな武器であったことも幸いし、結果として素材料金程度の10年弱ローンで済んでいるとはいえ、ヘスティアの覚悟を蔑ろにする気は無い。そのために先の言葉を残しており、しかしながら此度の祭りに配慮してくれて、ヘスティアが感極まっているというわけだ。

 

 灯りが十分とは言えない地下室から外へと出る際の日差しにも慣れたもので、暑さを蓄えつつある澄んだ空を仰ぎ見る。こちらも随分と前に慣れたガチャリと鳴る鎧の音と、布が耳に擦れるフードの音と共に、青年は町の東部へと繰り出した。

 

 

=====

 

 

「怪物祭?ああ、もうそんな季節か」

 

 

 所変わって、ここはロキ・ファミリアのホームである建物の一室。読んでいた本が一段落したのか優しく閉じて、リヴェリアは「そんな催しもあったな」と言わんばかりの表情で次の本に手を掛けた。とどのつまりは近所で開かれる催し程度の感覚であり、特に興味を示していない。

 しかし、“食い下がれ”と己を奮い立たせるのはそんなリヴェリアの愛弟子だ。山吹色のポニーテールをワナワナと震わせるエルフな彼女、レフィーヤは、今年こそ己の師匠を連れ出そうと必死になってアピールしている。

 

 

「ほ、ほら、怪物祭はほとんどの人が参加しますから、もしかしたら例の男の人と会えるかもしれません!」

 

 

 最近、己の師はこの言葉に弱い気がするとはレフィーヤの弁。食堂などでも時折話題に挙がると、ピクリとして耳を傾けるような動作をすることが多々あるのだ。

 本人も気づいていないのか、はたまた冷静を装っているかは彼女の知るところではないが、気にしていることは他人の視点においても事実である。万が一「他のファミリアの話題を出すな!」などと叱られる危険性があるものの、意を決して口にしたレフィーヤはリヴェリアの返事を待っていた。

 

 

「……そうだな。私も久々に、祭りに参加してみるか」

 

 

 案の定、これである。「別にその男が気になるわけではないぞ」、とツンデレな発言をしても似合ってしまう言い回しと雰囲気だ。現在進行形で調子に乗っているレフィーヤは、あの男性が気になるのか、などと意地悪な言葉をかけたいと考えてしまっている。

 普段から叱られたり厳しくされているだけに、こういう時こそ逆転してみたいと考えるのが色恋沙汰に敏感な若者である。しかし何かしらの言葉を掛ける前に、リヴェリアが再び口を開いた。

 

 

「……その男には、あの場を任せてしまったからな。彼が居なければ私やアイズ達、延いてはあの遠征に居た者のほとんどが巻き込まれていただろう。酒場での一件もある。彼が見つかれば自然と少年も分かるだろう。私達は、必ず謝罪と礼をせねばならん」

 

 

 脳内で己の師をツンデレにしてしまっているレフィーヤは、この一文で猛省することとなった。エルフとしての誇りと礼儀を重んじて行動していたリヴェリアとは、まさに雲泥の違いである。

 口に力を入れて背中が丸くなっているレフィーヤに疑問を抱きながらも、彼女は手早く出かける支度を整える。とは言っても衣類は普段から着ているダンジョン用のロングコートと白いローブであり、財布などの小物を揃える程度だ。

 

 

「生憎と祭りには疎くてな。さ、案内を頼むぞレフィーヤ」

「は、はい!頑張ります!」

 

 

 その後、なんだかんだでアイズとアマゾネス姉妹も同行することが決定した。

 これにより、結果として一番はしゃいでいるのはレフィーヤである。実のところアイズに対して尊敬をちょっと通り越してユリの花が咲きかけているこのエルフは、いろんな意味で張り切りを見せるのであった。

 

 

 

 目的は違えど、三方の歩みは共通して怪物祭へ。人という存在が日々成長を重ねるように、物語が歩みを止めることは無い。




ヘスティア ナイフ・オブ ヴェルフ
??-?? 物理ダメージ
??-?? 火炎ダメージ:微弱なマインド消費と引き換えに発動

デメリット:素材は一流なので雑に扱うとメンテナンス費用が高くつく


感想にて様々なご指摘、お叱りを頂いており、恐れ入ります。
書字は慣れておらず、文面・設定などでご満足いただけないシーンも出てくるかと思いますが、今後ともご愛読の程よろしくお願いいたします。


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22話 家族を守る

主人公パート前のベル君パートです


 迷宮都市オラリオが築く1年において、ダンジョンへと潜る冒険者が最も減る日の1つ。オラリオの治安を担うガネーシャ・ファミリアが主催する、モンスターを公開テイムするイベントが開催されるのだ。

 もちろんテイム前は人間に攻撃をする危険なモンスターと変わりはなく、そのために会場周辺は厳戒態勢が敷かれている。尤もそれ故に過去において問題が起こったことも無いのだが、活気に包まれる表側とは違って裏ではピリピリとした雰囲気が漂っていた。ギルドの者も、今日ばかりは会場の警戒に加わる者が複数人いるほどである。

 

 

 いつにも増して人込みが激しい大通りの両脇には、所狭しと出店の数々が並んでいる。店にとってはここ一番の稼ぎ時であり、どの屋台も人でごった返していた。

 もはや、歩くスペースは無いに等しい。案の定、そこかしこで迷子の類も発生しており、ガネーシャ・ファミリアの構成員やギルドが対応に当たっている。

 

 

「もーっ、遅いよベル君!」

「ごめんなさい神様!ついつい燥ぎ過ぎました……」

 

 

 その様相を見た者が居るとすれば、玩具を受け取ってご機嫌な子供と比喩しただろう。ダンジョンの5階層で新しいナイフに夢中になって時間を忘れていたベルは、正午となるギリギリにホームへと戻ってきた。明らかに今までのナイフとは違う一級品に舞い上がる様は、どこかの師匠と似た様相を見せている。

 

 結果として出遅れた二人だが、メイン会場の外とはいえ祭りのボルテージは最高潮。人波に揉まれながらも、様々な屋台を楽しんで渡り歩いていた。

 一緒に居るヘスティアもお祭りの雰囲気を楽しんでおり、傍から見ればデートのようである。良くも悪くも神の威厳が希薄な彼女は、ちょっとやそっとじゃ神様だとわからないために、公に燥いでも問題が無いのである。己の初めての眷属である少年と、すっかり非日常を楽しんでいた。

 

 

「モンスターだあああああああああ!!」

 

 

 空間が引き裂かれる。非日常と表現できた程に楽しさ溢れる祭りの空間は、本当の非日常へ。屋台に対面していた左方向、二人が居る遥か先で土煙が発生し、人々の怒号と悲鳴が響き渡る。

 

 反射的にそちらを向き、ヘスティアを背中に隠すベル・クラネル。彼の小さな冒険が、今ここに始まろうとしていた。

 

 

======

 

 

「■■■■■――――!」

 

 

 銀色の毛並み、身長2メートルを超えるゴリラのような図体のモンスターが吠えながら地を駆ける。手当たり次第に露店を破壊していたソレは、一人の女神に目を付けると、脇目も振らずに進路を変えて疾走する。

 “小さな女神を追いかけて。”それが、魅了されたモンスターに掛けられた無理難題の暗示である。随分とアバウトな内容だが、皮肉なことにオラリオにおいて該当する女神は一人だけというのが状況だ。

 

 

「シルバーバック!?神様、下がって!」

 

 

 狙われている守るべき者の返答を聞く前に、少年はヘスティア・ナイフを抜刀する。左手には続けざまに新しいナイフを逆手に構え、瞬時に交戦態勢を整えた。

 彼も対峙するモンスターを知っている。英才教育という名目のスパルタ教育であるベル・クラネルの冒険者アドバイザー、ハーフエルフのエイナによる情報によれば、ソレは12階層に出現する物理・近接型の大きなモンスター。身長は、優に少年の2倍はあるだろう。

 

 繰り出される腕や足による攻撃は半端な防具では吸収できず、体格差と相まってレベル2の冒険者でも危険に陥ることがある。アーマーの類を装備しておらず、レベル1の冒険者、それも一カ月程度の駆け出しが対峙するべき相手には程遠い。

 向けられるは強い殺気だ。己の目標を邪魔されたシルバーバックは、ベル・クラネルを完全に敵だと、排除するべき目標だと認識している。ここにきて、登録初日に言われた“冒険者は冒険してはいけない”というアドバイザーの声が蘇った。

 

 

 だから、どうした。少年は申し訳なさを感じながらもエイナの言葉を切り捨て、果敢にも距離を詰める。

 それでも、怖いものは怖い。単純な力比べならば自分は赤子の如く捻り潰されるだろう、それが現実。もしこの戦いに賭け事があったならば、少年のオッズは青天井になるほどの腕力の差。

 

 

 少年に突き飛ばされた先で己の眷属を見守るヘスティアも、その結末は容易に想像できていた。眷属も相手のモンスターを知っているようであり、恐らく結末は見えているだろう。

 しかし、同時に疑問も芽生えている。では何故、己の眷属は足を震わせることもナイフを落としてしまうことも見せていないのか。相手のモンスターを知っているならば、実力差は分かっていることになる。

 

 だから何故――――という神の疑問は、少年にとって大したことではない。

 相手の視線と行動から狙いは見抜けている、ここで自分が引けばどうなるか。オラリオに来て唯一自分を迎えてくれて、これほど素敵なナイフをプレゼントしてくれた神様を見捨てる選択肢など、彼の決意と恩義には存在しない。

 

 そして何より、先の例は単純な力比べとなった場合の話である。力で不利なことは多々あるだろうと覚悟しており、故に鍛錬においては小手先の技術を学んできた。

 あんなモノよりも遥かに高く、絶対に崩せない巨壁を知っている。それと比べれば、己にある勝機は十分だ。己の目指すところに昇るならば、このような有象無象で立ち止まっては居られない。

 

 

「■■■■■――――!」

「ッ――――!」

 

 

 雄叫びと共にモンスターの右手が振り上げられ、向かってやや左上から下ろされる。狙いの先は自分自身、欠伸が出るほどに当然の回答だ。

 相手は10階層より下に出現するモンスター、直撃を受ければ致命傷は免れない。そのセオリーを確認するために、一度地面を叩かせようと回避行動を選択した。

 

 

(……あれ?)

 

 

 少年は内心で呟く、何かがおかしい。あのまま降り下ろせば、拳は“自分は余裕を持って回避できる程度”の位置に落ちるだろう。モンスター故に何もわかっていないのかは少年の知るところではないが、鍛錬で鍛えた観察眼が“何かある”と告げていた。

 

 そして鍛錬通り、相手を広く見たが故にソレに気づく。モンスターの両手を封じていた手枷の先にある鉄の鎖が、ワンテンポ遅れて腕の軌道についてきていることに。

 シルバーバックの狙いはコレだったのだ。余裕を持って回避したのちに攻め込む隙を与え、鎖を鞭のようにしてダメージを与える算段である。右に避ければ拳と鎖、左に避けても今のベルが持ち得る脚力では鎖のリーチが届いている。後方へ退避しても同様であり、大きく引けば間が開いて次の攻撃が来る故に質が悪い。

 

 左右への道は厳しけれど、直撃を回避できれば隙であることに変わりはない。また、最初に出てくる拳をマトモに受ければ力の差により吹き飛ばされるだろうが、構造上どうしても“しなる”動きを見せる鎖ならばそうでもない。

 相手の力が働くベクトルだけを変える技、人呼んで“受け流し”。レベル3の冒険者でも使えるものは非常に少ない、小手先の技術による防御法である。

 

 

(よし、鍛錬通りに上手くいった!)

 

 

 少年にとっての英雄と共に積み重ねてきた鍛錬は短けれど、それでも絶え間ない努力の結晶そのものである。咄嗟にこれらのことを判断した少年は、左手の“兎牙”を繰り出して鎖に当て、反時計回りに体を回転させる。

 鎖の力をそのまま右方向へと受け流し、自身もその動きに逆らわない。放たれるは師に学んだカウンター攻撃。受け流す際に行った回転によって、慣性力による一時的なブーストを発揮しているオマケ付きだ。

 

 もっとも、長引かせれば持久力の差で不利になる。狙うは一点、人間でいうところの心臓である“魔石”の破壊。モンスターの核といえるモノであり、モンスターを戦闘不能にして抜き取ることでギルドに売却しているのが普段のダンジョンでの行いだ。

 しかし今回は、それを行う余裕は微塵もない。同時に、相手は最初に放った一撃の力の全てを向かって右方向に流しており、リーチのある右手も左手も、ましてや踏み込んでいる両足も、少年の反撃に対して使えない。

 

 故に結果として隙だらけ、守る相手が居るだけに長引かせることもない。最初で最後の一撃でもって、少年は戦闘に片を付ける。

 

 

「そこだ―――っ!」

 

 

 回転エネルギーを上乗せした一撃を相手の左胸に対し、切り裂くのではなく突き立てる。もし少年が前者を選択していたならば、攻撃によって与えたダメージは切り傷程度に留まり致命傷には程遠い。

 右手に構えるナイフは、信頼する鍛冶師が作り上げた、守るべき者からの贈り物。ヘスティア・ナイフという得物は一級品であり、故に技術が伴えば、少年の筋力だろうとシルバーバック程度の装甲は貫通する。

 

 

「すごい、すごい切れ味……!」

 

 

 5階層での試し切りである程度は分かっていたものの、やはり今までのナイフとは比べ物にならない切れ味だ。相手が10階層以降のモンスターであるために多少の不安はあったものの、まさに杞憂と言って良い程に一流の攻撃力に、逆に少年の背中が震えることとなった。

 その一撃によって体内の魔石は砕かれ、戦いは終了。思わずベルに駆け寄ろうとするヘスティアだが、少年は新たな脅威を感じ取る。間髪入れず、第二ラウンドが開幕となった。

 

 

「神様きちゃダメだ!オーク!!」

 

 

 前方から距離を詰める3メートルほどの緑色の巨体は、先ほどよりも重量級。シルバーバックよりは若干弱いが、それでもレベル1からすれば十分に脅威となる相手である。

 先ほどと違って既に戦闘は始まっており、相手の突進術が持つエネルギーはマトモに受ければ吹き飛ばされるだけでは済まないだろう。

 

 しかし悲しいかな、オークが持つ武器は大きな斧。先ほどよりも攻撃後の隙が大きく、基本としては先ほどの立ち回りで対処できると少年は判断した。

 シルバーバックとは逆で向かって右からの攻撃を今度はヘスティア・ナイフで受け流し、今度は相手の力と相対する右回転でもって、ヘスティア・ナイフにて魔石ごと肉を切り裂く。相手の強度の違いと突き・切り裂きによる必要なエネルギーの違いを正確に把握し利用した、有効的な攻撃だ。

 

 もっとも、少年の腕力では、こうでもしなければ致命的なダメージを与えられないことも事実である。再び灰になって消えゆく死体を据わった表情で見つめ、次の瞬間には花のような笑顔で己の女神に勝利報告を行い、追手が居るといけないためにその場所から離脱するのであった。

 

 

========

 

 

「ああっ―――――」

 

 

 バトルフィールドが見下ろせる、少し離れた高台。周囲に誰も居ないとはいえ、はしたなく街中で喘ぎ声を上げるフードの女性。己が見出した魂が脅威に対して勇敢に立ち向かう少年の姿に酔い、何を隠そう“感じて”しまっているのだから色んな意味で質が悪い。

 彼女にとっては住民を傷つけるつもりはなく、この付近には居ないものの街中の至る所に彼女の眷属、それもレベル5や6の団員がスタンバイして万が一の暴走に備えている。モンスターに掛けた魅了の類も、一般市民を攻撃しないよう暗示している。一方でベル・クラネルが脅威を乗り越えることができるならば、この女神にとってはその他の事象は大して問題ではないのである。

 

 そう。彼女こそが、この騒動を引き起こした張本人。よりにもよってオラリオにおける2大ファミリアである片割れ、フレイヤ・ファミリアの主神に他ならない。

 なお、既にベルが使用できる魔法を具現化させたグリモアも彼女による指金だ。この神は、ベル・クラネルという少年の成長を見て愉しむという、どこぞの青年と似たようなことを生きがいとしてしまっている。

 

 ベル・クラネルそのものを求めているかどうかが決定的な違いだろう。少年を強くして自分のファミリアに改宗(コンバート)させることが、今の彼女の願望である。

 また、彼女の視点では小手先の技術までは見抜けない。いつも隣に居る人物は“別の用事”でダンジョンに潜っているために、少年が持ち得る技量を判断できる者は一人として居なかった。

 

 

「あんな顔を向けてもらえるヘスティアには妬けちゃうけど、楽しかったわ。……思い出すだけでゾクゾクしちゃう。また遊びましょう、少年……」

 

 

 不敵な笑みと共に、その姿が路地裏へと消えてゆく。なんだか赤い雫が等間隔で落ちているが、きっと気にしてはいけないはずだ。

 

 きっかけは街角で見かけた時だったと、後の彼女は語っている。その頃から突如として発生した、今回のようなベル・クラネル育成企画だが、フレイヤが考える以上に、少年が飛躍した成長をしていることを知るすべはない。

 



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23話 妖精と似合わぬ花

 性格と呼ばれるものは人によって様々だ。例として一概に“活動的”と括られる場合でも、その大小もまた様々であり、価値観も合わされば組み合わせは無限大である。

 祭りにおいても捉え方は人それぞれであり、騒がしい行事と捉える人から全力で楽しむ人まで多種多様。そんななか、とある青年はというと……

 

 

「……これが怪物祭か。楽しんできなよ、とは言われたが……」

 

 

 まるでイモ洗いだ。とごちり、鎧にフードといういつものスタイルであるタカヒロは100メートルほど先の眼下に流れる人の波を横目見つつ、高台にある喫茶店のテラス席でお茶を飲む。主神に言われた祭りを楽しむ内容とは程遠いが、彼個人としては十分にリラックスできる環境だけに問題ないだろうと勝手な解釈を行っていた。

 時たま眼下に向ける視線を本へと戻し、飲んでいる紅茶には詳しくはないものの“本日のおすすめ”、ミルク入りのアッサムに口をつける。やや塩気のある、ザクリとした歯ごたえのクッキーとも相性が良い。

 

 今彼が読んでいる本、中身としては雑誌に近いものがあるその本は、ここオラリオにおいて15年前に起こった出来事を纏めたものだ。当時最強と言われていたゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアが、三大クエストと呼ばれていた最後の1つ、“隻眼の竜”の討伐に失敗するという内容である。今も世界中が、このモンスターの討伐を熱望しているらしい。

 これを見る限り、当時はレベル9や8を誇る冒険者がチラホラと居た模様。まさに全盛期と言って過言ではなく、それから比べれば現在のオラリオは、最高レベル7が一人だけとなっており随分と衰退したと言えるだろう。

 

 しかし、どこかしこのページを流し見ても固有装備らしきものが伺える。もっとも、流石に敵対していない者を殺してまで固有装備を奪うスタイルについては青年の守備範囲外となっており、故にあまり興味がわかず内容を読み流しているのはご愛敬だ。

 

 一方で目に留まる内容も含まれており、そこには、外観程度は知っているロキ・ファミリアの情報も書かれている。新世代に芽生えた勢力筆頭として、フレイヤ・ファミリアと共に特集が組まれて紹介されていた。

 なお、ここで初めてリヴェリアがただのエルフではなく王族カテゴリとなる“ハイエルフ”であることを知る事になる。酒場でも聞こえていた単語だが、単にあの“犬”の言い回しかと勘繰っていたのが実情だ。なお、発行者がこの雑誌に狼人の記載をしなかったために、タカヒロは依然としてベートは犬人と勘違いを続けている。

 

 また、どこぞのアイドル張りの勢いで見開き紹介となっている団長のフィン・ディムナが42歳という情報を見て居酒屋での姿を思い返し、桁を逆にして更に2で割った12歳の間違いではないかと何度も読み返していた。居酒屋での人物は人違いだったのだろうと結論付けようとするも、どう見ても同一人物である。

 そんなこんなで本は読み進められるも、祭りの会場からは離れている故に静かな空間は続いている。人気のない空間は、彼好みのものとなっていた。

 

 

 人間とは不思議なもので、公共の場においては全くの無音よりも微かに雑音が混じった方がリラックスすることができることで知られている。今回の場合、会場から聞こえてくる微かな騒めきが、程よいBGMとなって静かな空間に響いていた。

 オラリオという大都市の活気が、最も強く表れている一日と言って過言ではない。青年にとっては暑苦しいと感じてしまう熱気は、まさにピークへと達していた。

 

 

「……なんだ?」

 

 

 突然と状況が変わったのは、しばらくしてからだ。先ほどの騒めきとは違う、何かしらの重量物が破壊される音。微かな振動も響いている。店内でも音が聞こえたのか、店員が外に出てきて辺りを見回していた。

 本を閉じて立ち上がり、代金を渡しつつ何があったのかを店員に問う。とはいえ店員側としても全く状況が分かっておらず、どうやら祭り特有の騒ぎでもないようだ。店員曰く、去年はこのようなことは無かったらしい。

 

 ケアンの地という何が起こるか分からない世紀末な環境で培った青年の直感は、現場に向かえと告げている。何かと己を生かしてきたモノであるために、彼は音の発生方向へと駆け出した。

 近づくにつれ、振動や轟音は大きくなる。時折建物の陰から花や触手のような物体が見えており、何かしらが暴れているのだと考えた。

 

 

 音のする方に走ると、そこそこの広さの通りにおいて先ほど目にした花のようなモノが蠢いていた。オブラートに包んでモンスターと呼んで差し支えのないそれは、根なのか触手なのかよくわからない部分を使って歩き回るという器用さを見せている。

 コモン級、推定レベル3から4の花のモンスター、その点については然程どうということはない。そのうちどこからか冒険者が現れ、アレを討伐して何事もなかったかのように騒ぎは終息するだろう。現に、彼も知る黄金の彼女が、折れた剣を持ちながらも立ち向かっている。

 

 しかし、その者から離れた位置にある地面。明らかに一度、後ろから奇襲を受けてモンスター側へと吹き飛ばされた3名の姿。内1名は彼も知っている人物であり、その眼前からは別の触手がその3名を穿とうという構えを見せている。

 

 

「……先ほど本で見たばかりじゃないか。よくよく“あのエルフ”とは縁があるな」

 

 

 何度か目にした、忘れることは難しいと思えるその姿。その者以上の美貌を探そうとするならば、オラリオどころか全世界を探しても難しいと瞬時に断言できるレベルの容姿を持つ、緑髪たなびく後ろ姿。

 スキルも示す通り、その種族が穿たれるところを見過ごしたならば己にとって寝覚めが悪く、ならばと考えれば選択肢は1つしか浮かばない。武器スロットをチェンジして、小さな剣と、普段から使っている黄金の盾を構えると各装備の報復ダメージを有効化する。

 

 あくまで主役は、折れた剣ながらも最後まで頑張っている黄金の彼女である。そんなことを考えているウォーロードは、庭の草でも毟るような気軽さで突撃を行った。

 

 

=====

 

 

 そのモンスターが現れたのは突然だった。

 

 元より今回の騒動の発端は、怪物祭を取り仕切っているガネーシャ・ファミリアがダンジョンから連れ出したモンスターが脱走したことに起因する。ギルド職員のエイナはその対応に追われており、偶然にもリヴェリアを筆頭としたロキ・ファミリアに遭遇。討伐を依頼することとなる。

 逃げたモンスターは6体。うち4体は近くにいたこととアイズ・ヴァレンシュタインが武器を携帯していたこともあってすぐさま討伐に成功した。既に簡易的な避難は完了しており、通りに一般人の影は無い。

 

 

 では残りの2体はどこへ?となったところで、突然と地面から触手のようなものが生えてきたのである。

 

 

 条件反射的にモンスターであると視覚したアマゾネスの双子、ティオナとティオネが拳で殴るも対打撃においては強固なのか有効打には程遠く、触手の数も非常に多い。打つ手が無いために二人は武器を取りにホームへと戻り、アイズが剣で斬ってみれば斬撃の類は有効でありレベル3程度でも相手になると思われるが、いかんせん数が多い。

 触手だけではなく3体いる花の本体の動きも図体の割には早い類であり、触手は斬ることができても本体へのダメージが通らない。偶然にも日々のメンテナンスの代用として借りていた剣は無数ともいえる触手を屠って折れてしまい、集団の攻撃力は大きく削がれた。

 

 ならばとレフィーヤとリヴェリアが詠唱を始めたタイミングで、その後ろの地面から触手が出現し攻撃を放ったのである。リヴェリアは反射的にエイナを庇い、レフィーヤは辛うじて杖に攻撃を当ててガードしたものの、3人は前方へと吹き飛ばされてしまう。

 完璧な奇襲、それも背面から。後衛部隊、特に魔法職が最も苦手とする物理攻撃だ。更には眼前から別の花による追撃が放たれており、目を見開いてこちらに駆けてくるアイズの、それも折れた剣では間に合わない。

 

 

 見開く眼光、迫る触手。穿つは己の身体であり、相手の狙いに狂いはない。建物に沿って集中線でも書かれているかのように、リヴェリアの瞳はしっかりと触手にピントを当てて捉えていた。

 1秒、いやコンマ数秒。残された時間はその程度で、結果はエルフ3名の串刺しの出来上がり。いや、横に居る者を突き飛ばせば自分一人で済むだろう。

 

 意外と冷静だった頭でそのように考え、行動を起こそうとした彼女は最後に瞬き―――――

 

 

 

 眼前には、第三者の姿。同じファミリアの少女、アイズではない。目にも留まらぬ速度で突如として現れたというのに翻ることのない黒のレングスには、同色の鎧と同じ素材の棘が見受けられる。移動してきた速度の度合いを示すかのように、直後、突風が吹き抜けた。

 右手に持たれる剣と、左手にあるくたびれたような黄金色の特徴的な盾を持つ姿。右手の武器こそ違えど、その全容には見覚えがある。後者でもって触手を防ぐ動作を見せるその顔は、深いフードによって口元しか映らない。

 

 そして、記憶を掘り起こす前に事は動く。3人のエルフを庇った彼が攻撃を受けたことを瞳に捉えた途端、どういう原理か、未聞となる触手のモンスターを圧倒した。

 

 

『■■■■―――――!!』

 

 

 雄叫びから続いた悲鳴は、モンスターのものである。攻撃として放たれた3本の触手は根元から飛び散り、一瞬にして傷だらけとなった本体にも相当のダメージが加わっていることは明らかだ。

 

 直後、右手にあった片手剣が投げられる。一直線にアイズ・ヴァレンシュタインへと向かうその剣を見た彼女はグリップ部分を掴んで受け取り、目の前に立ち塞がる触手を断ち切った。

 アイテム名を、“スピリア・スクラップメタル グラディウス・オブ アタック”。レベル1の初期装備の剣ながらも、攻撃能力と追加の物理ダメージを発生する2つのAffixがついた、彼お手製の駆け出し用のマジック等級な片手剣である。この世界におけるおおまかな性能としては、レベル5の冒険者が使うような代物だ。

 

 

「……えっ?」

 

 

 一方、守られた当の本人であるリヴェリアは。発生した事態に対して反応するのに、緊急時だというのにたっぷり5秒の時間を要していた。

 

 

 彼が現れた時を速さだけで表現するならば、自分達のファミリア、いやオラリオでも3本指に入る速度を誇るベート以上。それが“堕ちし王の意志”と呼ばれる突進型スキルを使った時のみに発生する一時的なものとは知る由もないが、リヴェリアの目の前に突然と現れたのは事実である。

 

 突然と現れ剣を投げた者は右手を腰に当て、攻撃を弾いた左手の盾を力なく下ろしている。とても攻撃を行う姿勢ではなく、また防御に徹する姿勢にも見受けられない。斜めに向けた背中越しに顔を向けているも、目深なフードのせいで見えるのは口元だけだ。

 しかし、ロキ・ファミリアが探していた人物であり、いつか、芋虫の大軍に追われている時に見かけた姿。お礼をしたいというのに酒場では逆に恨みを与えてしまい、その後は所在も分からずに謝罪の機会を望んでいたものの、結果として足取りは掴めなかったが――――

 

 

「……いつまでへたり込んでいる、腰抜けではないだろう」

 

 

 ようやく目当ての者に出会えたかと思えば、まさかの一言目で、このように煽られて。普段は落ち着いて高貴な様相を見せるハイエルフは、「なにくそ」と言わんばかりに声を発した。

 

 

「だ、誰が腰抜けだ!」

「そ、そうよ!リヴェリア様に向かってなんて言葉を!」

「撤回なさってください!」

 

 

 連動して、他二人のエルフの頭に血が上る。彼女達からすれば王族であるリヴェリアに対する先ほどの言葉は聞き過ごせないモノがある。

 

 しかしアイズだけは、触手を相手しながらも今の一撃に疑問符を抱いている。彼女の目には、まったくもって反撃の瞬間が映っていなかったのだ。

 見えたのは、超高速と呼んで過言ではない一瞬で彼が来たことと、3本の触手による攻撃を盾でブロックした程度。実を言うと報復ダメージであるがゆえに反撃をしていないので彼女の考察は正解なのだが、それを理解できる余地もない。

 

 そして発破をかけるつもりだった青年は、予想通りの反応と思いきや少々度が過ぎているために若干ながら困惑中。一発で3人ともに元気が戻ったのはいいのだが、もはや、攻撃の意識はモンスターではなく彼に向けられてしまっている。

 

 

「……はて、敵はこちらではないのだが。元気が有り余っているのなら、彼女のように花の相手をしたらどうだ?」

「そっ、それとこれとは……!!」

 

 

 更に食って掛かるレフィーヤに対して、最前線だというのに呑気に答える青年は鼻で笑う。やかましい花の雄叫びを耳にして、ようやく正面に向き直って3人の前を歩き花の本体と対峙するが、しかし生憎と、相手は知性のないモンスター。自分の腕を吹き飛ばした人間を殺すべく、無数ともいえる触手を乱雑に振るう。一帯を纏めて薙ぎ払う気だ。

 レベル5であるアマゾネス姉妹の右ストレートを受けて微動だにしないソレが、無数。貸し出されている剣で10本近くを切り刻んだものの、未だ数えられない程のその全てが。持ち主である3体のモンスターは、彼に向かって触手を振るう。

 

 

目覚めよ(テンペスト)――――させないっ!」

 

 

しかしそこは、剣を得て攻撃力が戻ったアイズ・ヴァレンシュタインの守備範囲。己が使う“エアリエル ”と呼ばれる風のエンチャント魔法を使用しても持ち堪える武器に関心を抱きつつ、仲間を守るために剣を振るう。

 

 

「――――閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け三度の厳冬、我が名はアールヴ……“ウィン・フィンブルヴェトル”!」

 

 

 モンスターながらに花が焦りの感情を生むも、時すでに遅し。掩護射撃とばかりに魔法の詠唱を終えていたリヴェリアが、小範囲ながらも威力の高い氷魔法でもって攻撃する。

 青年の4メートルほど後方から放たれた極寒の吹雪は、アイズに気を取られていたモンスターへと見事命中。ナインヘルと謳われるオラリオ随一の魔法使いが持つ火力には耐えきれなかったようで、残りは一撃のもとに勝敗が決定した。

 

 

「……言葉を撤回してもらおう、腰抜けではないぞ」

「……なるほど、撤回しよう」

 

 

 力の籠った翡翠の瞳が向けられると共に呟かれる声に対し、フードの下の口元がニヤリと緩められて返事となる。皮肉に対し実力で証明し、なおかつそれを認めるように異議申し立てる前向きで強気な姿勢は、性別や種族はさておき中々に彼好みである。

 

 そんな彼女が放った魔法攻撃に対して「なるほど良い攻撃だ」と内心思うタカヒロは、見事なまでに洗練されていた魔法攻撃に感銘を受ける。自身は魔法というジャンルにからきし疎く物理職であるために、猶更の事新鮮に感じている。

 これ程のモノが後ろから飛んでくるならば、前衛としても遣り甲斐があるというものだ。狭い地点では高確率でフレンドリーファイアになりそうな問題点さえ解決できれば、威力・範囲としても申し分ないだろうと考えている。

 

 

 佇む青年に対し、身体強化のエンチャントも付与できる風の魔法“エアリエル ”まで使って駆け出したのはアイズである。自身が強くなるために目の前のカラクリが参考になるのではと考え、先を考えずにとりあえず駆け出した格好だ。

 タカヒロの前に立つと丁寧な動作で剣を返し、何やら両手をブンブンと上下に振って会話らしき行動を行っており、のちに彼が前に突き出した盾を必死になってバシバシと殴っているが何も起こらない。最初の一発目はおっかなびっくりで、寸止めを含めて恐る恐る一撃を入れていたのは可愛らしい仕草である。

 

 しかし、既に報復関連のスキルは無効化されている上に、有効化されていたとしても彼女を敵と認識していないので反応することはあり得ない。もっとも今回の場合はトグルスキルもなければ装備の能力のみで花に対し報復ダメージを与えたのだが、アイズがそれに気づける余地はないだろう。

 

 やがて彼女の息が上がりはじめ、実験は終了となった。手による一撃とはいえ、あのアイズが息を荒げて放つ手刀を受けて平然としている点に気づいているのはリヴェリアだけだが、52階層へソロで到達できることを思い出し、とりわけ問題ではないのだろうと判断した。

 「満足したかね」と軽く笑いながら、青年は右手を腰に当てる。息を荒げつつも頭を下げるアイズだが、その目は険しさを増して相手を捉えるのであった。




ソードオラトリア小説11巻で「都市内での魔法の行使は危険だから禁止だってギルド長が~」というセリフがありましたが、原作でもレフィーヤがぶっ放していましたしベル君もファイアボルト使っていましたしセーフということで……。


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24話 初回交流

「黒い鎧の御仁、再び助けて貰い感謝する」

 

 

 アイズとタカヒロのやり取りが終わった後、ほんの僅かに重心のズレた歩き方で近づき、口を開いて軽く頭を下げたのはリヴェリアだ。よく言えば高貴な、悪く言えば無駄にプライドの高いエルフ、それもハイエルフが率先して頭を下げるのは非常に珍しい光景である。

 しかしそれは、口に出したように身内を2度も助けてもらったことに対する心からの謝礼であるが為。アイズに続いてハっとしたレフィーヤも頭を下げ、リヴェリアの行いを無駄にしないよう注意している。

 

 

「……誰?」

「……」

「アイズ……」

「あ、アイズさん……」

 

 

 そんななかアイズの口から出た今更の一言目で、場が凍った。可愛らしく首をかしげながら、それでも目だけはしっかりとタカヒロの顔を見据えて口に出されているが、流石に誰もが擁護できる範囲を超えている。

 

 「剣を貸してくれてありがとうございます。あなたの名前はなんですか」と聞きたかったのであろうその一文は、彼女が得意とするエアリエルの魔法のように超短縮文章として最後の要点だけが口に出されてしまっている。そんな彼女にほそーい目を向ける緑髪のエルフの内心では、後の説教コースに盛り込まれることが確定していた。

 1つ前のボディジェスチャーこそ翻訳できた流石のタカヒロも無言の返答を見せるしか対応できず、フードによって呆気にとられた表情は読み取れない。そんな静かな状況を打破するべく、翻訳担当のリヴェリアは詳細なる説明を口にした。

 

 

「えと、二度も助けていただきながら、我々はご芳名を存じぬに居る。良ければお聞かせ願えないだろうか。私はロキ・ファミリア所属のリヴェリア・リヨス・アールヴ。礼儀は結構だ、リヴェリアと呼んで貰って構わない」

「……アイズ・ヴァレンシュタイン。アイズって、呼んで」

「れ、レフィーヤ・ウィリディスです!はじめまして!」

「エイナ・チュールです。冒険者ギルドに勤めています」

 

 

 各々の名前が告げられ、俗に言う苗字ではなく名前で呼んで貰って良いと言われるものの中々に敷居が高いのが男のサガである。相手がエルフならば、彼にとっては猶更だ。

 どうしたものか、と己の中で問答を行うタカヒロだが、言われたことはそのまま受け取る決定を行った。ならば口調も、敬語無しの方が良いかと判断している。

 

 別に、例を挙げれば「リヴェリアさん」と言えばいいだけだが完全に思考が回っていない。スキル【妖精嗜好(エルフ・プリファレンス)】が発現しているこの男は「なるようになるさ」と、ある意味で吹っ切れている。

 

 

「……リヴェリア、か。承知した、そのように呼ばせてもらおう。自分はヘスティア・ファミリア所属、タカヒロ。苗字は無い。お近づきになれて光栄だ」

 

 

 数秒の間をおいて、タカヒロはリヴェリアに向かってガントレットながらも右手を出す。エルフのなかには排他的であり身体に触れることを極端に嫌う者も居ることは書物で学んだ内容であるものの、ヒューマンである彼からすれば意識は低く、彼は「しまった」と思い手をひっこめようとする。

 しかし、リヴェリアは何の躊躇もなく右手を取った。2秒ほどして互いに手を放すも、素手じゃないから良かったのだろうかと、タカヒロは考えを巡らせている。すると、鎧越しに彼の右の二の腕を優しくつつく者がいた。

 

 

「……私も、覚えて。アイズでいいよ。皆から、そう呼ばれてる」

「……あ、ああ。わかったよ、アイズ君」

 

 

 線の細い要望の声に応えるも、「さっき聞いたよ」と口には出せない。不思議な会話と共に差し出された右手を握り返し、やはり2秒ほど。それが済むと、アイズは残りのペアへと顔を向けていた。

 

 

「……二人は?」

「じゃ、じゃぁ私も!」

「えーっと、私も……?」

 

 

 なにせ、相手の4名のうち3名はハーフを含んだエルフである。天然少女から生まれた謎の流れに溜息をつきそうになりつつ、タカヒロは「調子が狂う」と内心で呟きながらフード越しに頭の後ろを掻くのであった。くたびれた黄金の盾が動くために目立っている。

 もっとも、調子が狂っているのはエイナも同じである。いつかリヴェリアが口にした謎の男が目の前に居るために色々と聞きたいことのある状況ながらも、謎の流れに乗せられており発言のチャンスが巡ってこない。

 

 また、リヴェリアを差し置いて相手の事を聞くという点もはばかられるために、口にしづらいことに拍車をかけている。更には彼女が所属するギルドとは、いかなるファミリアの間においても中立の立場を明確にしているだけに、情報収集をするだけでも規約に抵触しかねない。

 仮に情報が得られたとしても、「ヘスティア・ファミリアに、52階層へソロで行ける人物が居ます」などと口にしたところで誰が信用するかと考えると、答えは1つだ。彼女自身とて疑問を抱いているのとロキ・ファミリアが水面下で動いているらしきことをリヴェリアも口にしていたために、下手をすればロキ・ファミリアと敵対しかねないためにノリ気がしないのも事実である。

 

 

「……さて、アイズ」

 

 

 突然と名前を呼ばれ、彼を観察していたアイズの背中がピンと伸びた。おまけに小さく震えている。あまりの豹変ぶりに、思わずタカヒロも「大丈夫か?」と声を掛けている程である。

 一方で内心でギクリとし、彼女の愛弟子であるレフィーヤもまた身を細かに震わせる。リヴェリアの愛弟子である彼女は、これから起こる説教という事態を察してエイナの後ろに逃げてしまっていた。

 

 案の定、先ほどの戦いにおいて防具無しで最前線へと駆け出したことについてお叱りが入っている。ガミガミ・クドクドというわけではないが、論理立てて問題点を指摘していた。

 その行いも、1分程が経過した時。口に出される内容に対して真剣な眼差しを向けて聞いていた青年が、途中で横槍を入れることとなる。

 

 

「……その行い、叱りを受けるべきものなのか?」

 

 

 内容を耳にしてポツリと呟かれた一言で、全員の目がそちらを向いた。本心だったのか思わず声に出た言葉を取り消すように謝罪すると、彼はリヴェリアの方へと歩いていく。

 

 

「……いや、失礼した。ロキ・ファミリアの問題に自分が意見を出すべきでは無かったな。とりあえず――――」

「ッ!!」

 

 

 擦れ違いざま右手でもって、彼はリヴェリアの左わき腹にポーションの入った試験管を軽く当てる。いつの間にか取り出された物であり、まさかの不意の一撃に大きく顔をゆがめた彼女を見たレフィーヤとエイナは慌てふためく表情を浮かべ、痛がるリヴェリアの肩を支えていた。

 周囲に感づかれないようにしていた彼女だが、どういうわけか彼には筒抜けの状況となっている。いつのまにか彼女の手に先ほどのポーションが渡されており、物言いたげな視線を黒い背中に向けるも、それを口にして痛みが引いたことも事実である。結果的に説教が中止となって、アイズ・ヴァレンシュタインが、ものすごくホッとした表情を見せていたのはご愛敬だ。

 

 

「持ち合わせが無いようだが、他人を案ずる前に自分の傷は治しておけ。先ほど庇った際に負った左わき腹への一撃、軽くヒビが入ってたのだろ。歩くだけで痛んだはずだ」

 

 

 背中越しに言い残し、彼は集団から離れていく。ガチャリと響く鎧の音が少しだけ遠ざかるが、それも、とある声にて停止することとなる。

 

 

「あれ。師匠と、アイズさん!?あ、エイナさんまで!」

 

 

 前方からやってきたのは、己の弟子と主神である。珍しく街中で盾を持ち歩いている師を不思議がり、少年はトコトコと駆け出した。そしてアイズを名前で呼ぶ少年に対する山吹色の鋭い視線を受け、思わずたじろいでしまっている。

 そんなベルから見れば、タカヒロとロキ・ファミリアはともかく、自分のアドバイザーであるエイナとくれば、脈略もない組み合わせである。己の師の前に辿り着くと、何かあったのかと質問を投げた。

 

 タカヒロが「モンスターと戦っていた」との内容を口にしたために、エイナはハッとした声と表情を見せている。全員の注目を集めたタイミングで、残り二体のモンスターが野放しだったことを思い出した。

 アイズが特徴を聞くと、シルバーバックとオークというモンスターの名前を告げている。どちらもダンジョンにおいては有名な存在であり、特徴を話さずとも全員が外観をイメージできていた。なお、タカヒロは参考書程度の知識である。

 

 

「あ、それなら両方とも倒しましたよ」

 

 

 そんな場面に、ケロリとした表情で告げる華奢な少年。目を開いて驚いたのは少年が数日前に5階層で活動していたことを知っているアイズであり、エイナもメガネから目が飛び出んばかりに見開いて彼を見ている。

 

 とはいえ、そんな反応も仕方ない。シルバーバックとは12階層付近に出てくるモンスターであり、冒険者となって1か月経つかどうかという駆け出しが相手に出来るとは思えないのが定石なのだ。

 新人一カ月目におけるアビリティのランクは、良くてFと言ったところ。それよりも低いGだろうが特に不思議ではないのがその頃の駆け出しであり、センスがある者でも3階層辺りをウロウロするのがセオリーなのである。

 

 もっとも、その二体の討伐に関しては神ヘスティアが証明しており、目撃者の数も少なくない。そのあたりで目撃情報を集めれば真相がわかる旨を、ヘスティアは口にした。

 そうなれば、アイズの関心は報復ダメージとは違うところへと向けられる。なぜ一か月目の新人が防具無しでシルバーバックに立ち向かおうと思ったのか、そして何故それほどまでに速い成長ができるのかという点に焦点が当てられており、関心の度合いはさらに増した。

 

 なお対象の少年は、冒険者は冒険をしてはならないという持論を持つアドバイザーから逃げられるはずもなく、捕まってコッテリと絞られている。よりにもよって「防具無しで倒しましたよ」と口走ってしまったのだから当然だ。

 そんな雰囲気のせいでとばっちりを食らったアイズもまた、先ほどの続きが再開されていた。痛みが引いたリヴェリアの口調はいつも通りに戻って絶好調であり、アイズはおやつを取り上げられた子供のようにしょんぼりしている。

 

 

 一方はガミガミ。もう一方は、静かながらも言い返せそうにもない声が続く。傍から見れば、姉と母親がそれぞれ弟と娘を叱りつけているかのようなシチュエーションとなっていた。

 

 

「……物凄く失礼なことを聞くことになるが、エルフというのは説教が趣味なのか?」

「……そ、そんなこと、無いと思いますけど……」

 

 

 溜息と共に呟かれた外野の疑問に、レフィーヤは苦笑で返すしかない。キッパリと否定できない点が、彼女の中でも困りモノだ。

 モンスターによる避難の影響で、一帯に人が居ない点が幸いだろう。周囲をほったらかして開始されたハイエルフとハーフエルフの説教タイムは、随分と長い時間にわたって続いていた。




アイズの興味があっちいったりこっちいったりで、結局ベル君がターゲットにされたようです。兎ちゃんの運命やいかに。

ところで本作においても12話でアイズの父が少しだけ出てきたのですが、髪色を調べたところ漫画(外伝2巻p9など)だと明るい系、原作(外伝8巻242p)だと黒っぽいんですよね……。
本作とは関係ありませんが、どっちが正解なのでしょうか……。



P.S.
例のウイルスの所詮で来週以降は振り回されることになりそうです。次話は、ほぼほぼ出来上がっているのですが、投稿遅れましたら申し訳ございません。


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25話 お邪魔します

 グループと呼ばれるような集団が作られ暫く過ごすうちに、自然と各々の役割が出来上がる。前衛が敵の攻撃を受けヒーラーが仲間を回復する、と言ったような明確な仕事のようなものではなく、ムードメーカーや面倒見が良い者などと言った漠然としたものだ。

 これは、それぞれの人物が持つ性格に起因する。例を挙げるならば面倒見の良いお兄さんキャラなどがまさにソレであり、そういう人物は“兄貴”などの愛称で呼ばれたりするものである。

 

 ロキ・ファミリアとて例外ではなく、様々な戦闘員のなかでも一際ファミリアを心配する者がいる。もっとも若い者からすれば過保護や心配過剰の言葉が該当してしまっており、いざとなれば心を鬼にする彼女を相手にフレンドリーな対応はまだしも、ちょっかいを掛ける者こそ存在しない。

 もし自分が貶されようとも、ファミリアの仲間を大事に思うからこその母親(ママ)なのだ。主神ロキが呼びの親であり本人は毎度の如く否定しているのだが、そんな2文字がピッタリとハマってしまう彼女は今現在――――

 

 

「ええい。よりにもよって、なぜ納入日が今日なのだ」

 

 

 誰も居ないのをいいことに眉にやや力を入れ、珍しく“おこ”であった。

 

 その怒り、とまではいかない焦りは、誰に対するものではない。単純に、ファミリアが纏めて発注した代物の納品が、よりによってヘスティア・ファミリアを呼ぶ今日の午前中に重なったのである。

 花のモンスターを討伐し説教タイムが終わった後にスケジュールが調整されたのだが、幸いにも、彼等が来るまでには未だ1時間ほどの猶予がある。簡易的ながらも持て成しに出される菓子類も急ピッチで調理が進められており、今のところ予定通りと言っていいだろう。

 

 では、何が問題か。一階の食堂へと行く予定であったこれらの荷物を、誰かが間違って二階の踊り場に運んだ点にある。下位のファミリアメンバーはダンジョン遠征中でただでさえ人手が足りていない状況になりつつあると言うのに、それらの荷物を運搬する手が必要になってしまったのだ。

 とはいえ複数の足音が近づいてきており、誰かしらが来たようである。都合よく二階にあるこれらの荷物を持って行ってもらえたらいいなと頭の片隅で考える彼女は、間違って持ち運ばれた荷物の確認に追われている。

 

 

「よいしょっ。リヴェリアさん、これは何でしょう?どこに運べばいいんですか?」

「ん?ああ。それは食器だ、一階の食堂に頼む」

 

 

 書類と現物とを交互に睨めっこしながら一瞬だけ横を見たリヴェリアは、物だけを視界にとらえると条件反射で指示を出す。何をどこに運ぶかは、既に全て頭に入っているのだ。

 少年と思わしき声に反応して流し見た重そうな木箱の中身は、団員で使う食器の類である。その者とて忙しいはずだが、こうして自分関連の作業を優先してくれることは有難い上に、その心遣いに感心し――――

 

 

「――――む?」

 

 

 そこまで考えて、ようやく違和感というものが沸いてくる。食器などの運搬物が来ることは30分ほど前に伝えてあり、加えて何故か2階に運ばれたことも騒ぎとなっていたために、ファミリアの者ならばリヴェリアに運搬の連絡を入れることはあっても尋ねることは無いはずだからだ。現に、今の一件以外に応対をしていない。

 ならばと考え、耳にした声に着目する。先ほどは流してしまったが聞いたことのある少年の声だと思い返し、一階へ続く階段に顔を向けた。

 

 

「ぬおおおお、ものすごく重いよこれ!?」

「無茶をするなヘスティア、腰をやられるぞ。ベル君も大丈夫か?落とさないようにね」

「大丈夫です師匠、頑張ります!」

 

 

 本日ロキ・ファミリアが持て成す予定のはずの青年少年のコンビが、重そうな、大きな木箱を抱えて階段を下っている途中であった。

 

 

「なぜ君たちが働いているのだ!!」

「わあっ!?」

「なんだ、どうした」

 

 

 2階廊下の手すりから身を乗り出したリヴェリアに、条件反射で理不尽に怒られる鎧姿の二人である。何をされるか分からないと、ロキを信用していないヘスティアが指示を出した結果の服装だ。

 そんな二人が見せる反応は、文字通りに正反対。少年は本当に驚いた様子であり運搬物を落としかけ、片や屋内でフードを被ったままの背年は、すまし顔で疑問符を投げて応対している。

 

 

「どうした、ではないだろう!なぜ君たちが居る、なぜ荷物の運搬を行っているのだ!」

「何故も何もロキ・ファミリアのホームへと呼んでもらったではないか、結果として予定より早く来てしまったのは許してくれ。手伝いについては、駆け出し冒険者がパーティー行動中で手が足りないと門のところでレフィーヤ君に言われて……って、消えたし」

 

 

 彼が呟いた光景は、目の前で起こった事実である。ブン!と空気が震える擬音が鳴るかのような、己が使う突進スキルとタメを張れるほどの瞬間的な移動速度。

 文字通りの瞬間移動をしたかのような残像を残し、リヴェリアは踊り場から消え去ることとなった。レベル6とは言えステイタスの限界を突破した俊敏さに、兎少年の目が輝いたのはご愛敬である。

 

 

「――――ハッ、リヴェリア様の殺気!」

「まーた何しでかしたのよ……」

 

 

 エルフ特有の長い耳がピンと張り詰める。師弟関係は、もはや、対象を見つけるセミアクティブレーダーと飛来物を探知するパッシブレーダーのソレである。魔力を検知して一直線にレフィーヤの下へ向かう緑のミサイルと、今までの経験則からソレを感知する山吹色の攻撃目標。

 が、生憎と攻撃目標は防衛手段と明確な逃走手段を備えていない。彼等に運搬の手伝いを申し出ていたレフィーヤは来客に荷物を運ばせたことについてコッテリと絞られ、特に指示のなかったタカヒロとベルは鍛錬がてらに他の荷物も運搬することとなり、それが判明したのちにレフィーヤは“おかわり”を貰うのであった。

 

 そして、運搬作業が終わった直後。偶然にも少年は、ゲッソリとやつれた彼女、レフィーヤ・ウィリディスと鉢合うこととなり、顔を見るなり言葉を放たれることとなった。

 

 

「むきー!このヒューマンのせいで怒られた!」

「えっ!?ボク関係ないですよね!?」

「ほう……どうやら叱りが足りていないようだな」

「あっ……」

 

 

 ロキ・ファミリアのナインヘル、リヴェリア・リヨス・アールヴ。客人、命の恩人の前故にファミリアに相応しい凛とした姿を見せようとした目論見は、弟子の所業により失敗に終わることとなる。

 もっとも先日の説教タイムで既に目論見が崩れているために、傍から見れば結果的には同じだろう。

 

 

 

 そんなこんなで2杯目の“おかわり”を貰って首根っこを捕まえられ引きずられていくレフィーヤを流し見ながら、ヘスティア・ファミリアの3名は、どうしたものかと溜息をつく。

 勝手に歩き回るわけにもいかないので、しばらく入り口付近のロビーに佇んでいた。そして1分ほどしたのち、師弟コンビは案内役と共に廊下を歩くことになる。

 

 なお、案内担当は柱の陰から身体を傾げて、ひょっこりと顔を出したアイズ・ヴァレンシュタインだ。帯剣しておらずにいつもの鎧姿ではなく、可愛らしい仕草とワンピースの私服姿に心拍数が急上昇する少年が約一名。

 しかしながら、日ごろの鍛錬の応用と先日のこっぱずかしい経験で経験値を得たのか、しばらくしたら落ち着――――くこともなく、視線釘付けで機械仕掛けの動作を見てヘスティアが頬を膨らませている。

 

 彼女に釣られてロキも姿を現したのだが、男二人に挨拶と謝罪をして「ゆっくりしていってな~」の言葉を口にした直後、例によってヘスティアとの取っ組み合いが始まってどこかの部屋へと消えている。「子供の姉妹がジャレてるようなもんだろ」と放置する姿勢を決め込んだタカヒロと、アイズとの時間を邪魔されたくない少年の答えは同じであり、結果として師弟コンビは、アイズの案内を受けることとなった訳だ。

 どうやら2階へと案内されるようであり、装飾輝く、それこそ城と見間違う廊下を進んでいく。そのうち何人ものロキ・ファミリア団員とすれ違うのだが、向けられる視線の数々は怒涛のモノがあった。

 

 

「アイズさんが男と一緒に居る!?」

「ダンジョン以外に興味を示さないアイズが!?」

「あのダンジョン狂いのアイズさんが……!?」

「戦闘狂のアイズさんに男が!?」

「どっちだ、どっちがアイズさんの男なんだ!?」

 

 

 そんな3人を見るロキ・ファミリアの絵面としては、阿鼻叫喚の一歩手前。彼女に先導されて後ろを歩く二人の男のうち少年は、無数とも言える程の視線を浴びて落ち着けない。

 フードに隠れた己の師匠の顔を少年がチラリと下から覗くも、まるで平常運転である。怯えも焦りも全く見受けられないが、しばらくすると、その青年の顔にも疑問符が芽生えていた。

 

 

「……なんだ、アイズ君。ちょくちょく、いや大半に悪口が交じっているが?」

「いつものこと」

「……」

 

 

 自覚してなおスルーしているのかと判断し、タカヒロとベルは歩きながらも苦笑した対応を見せるしかない。フードの下から、やれやれと言わんばかりにため息が漏れた。

 

 二人が案内された先は、二階にある日当たりの良いバルコニー席。どうやらまだ準備が整っていないようで、ここでお茶を濁すようアイズに指示があったようだ。

 降り注ぐ日差しは暖かく、いざ焦がれた女性を前にしてベル・クラネルは盛大に緊張してしまっている。その一方で、いつもの調子で忘れていたタカヒロは、ここにきてようやくフードを取ることとなった。

 

 現れた面構えは、彼女からすれば意外だったのかもしれない。少なくともベル・クラネルと同じ白髪とは思っていなかったようで、少しだけ驚いた表情を見せており目が見開いていた。

 

 

「髪の毛……ベルと、お揃いなんだね」

「似ているのは色だけだ」

「偶然です!」

 

 

 呑気な顔と声で返事をするタカヒロだが、髪質の違いが分かったのかアイズも納得した表情を見せている。少年の白髪は兎の毛のようにモフモフであるが、彼は男性らしいややゴワっとしたモノだ。並べられている状況だけに分かりやすい。

 その感想を抱いたのは、レフィーヤに懲罰労働を与えてやってきたリヴェリアも同様だ。何気に青年とは3回会ったことのある彼女だが、ああしてフードを取った姿を見るのは初めてである。

 

――――まるで親子だな。

 

 それが、廊下から見て彼女が抱いた第一印象である。もっとも髪の毛の色以外は似ても似つかない二人であり、先日の会話で少年が師匠と呼んでいたために赤の他人であることは知っているのだが、そんな言葉が浮かんでしまいフッと軽い笑いが漏れてしまっている。

 

 

 そして、連動するように己の昔を思い出した。

 仲直りこそしたものの、少女の口から放たれた銃撃のような言葉は、古い傷跡のように残っている。突如として吹き抜けた北風のように脳裏に浮かんだ情景に対して目を瞑り、彼女は己がやるべきことを遂行する。

 

 

 一方、アイズが案内していた男二人が何者なのかと遠巻きに見ていた野次馬はザワつきを止めることができない。ロキ・ファミリアの副団長ともあろう者が、わざわざお茶をもってそちらへと足を運んでいるのだ。

 

 バルコニーへとつながる扉がガチャリと音を立て、3人の視線がそちらに向けられる。4つのティーカップが載せられた盆は床に対して見事なまでの水平さを保っており、配膳のための姿でさえ気品がある。

 テーブル横へと着いてからの配り方も見事なもので、これらは教養のなせる業だ。もっとも彼女自身が配膳をやることなどレアスキル並みに珍しい事であるが、副団長自らの配膳ということで誠意を示しているワケだ。

 

 とはいえ、態度や口調までもが変わるわけではない。それはタカヒロも同じであり、街中で互いに名乗った時と似たような応対を行っている。

 

 

「来てもらってすまない。まだ、こちらの者が揃って居なくてな。少し待たせることになる」

「問題無い、早く着いた此方が原因だ。お茶はありがたく」

「い、いただきます!」

 

 

 相変らず緊張気味なベルは、なぜか勢いよく紅茶を飲んで咽ていた。少し慌てた様子のアイズの前でタカヒロに背中を優しく叩かれ、謝罪の言葉を口にしている。

 そして直々にお茶を出した上に空いているアイズの隣にリヴェリアが腰かけたため、野次馬連中の騒ぎは輪をかけて酷くなる。全く知らない無名のファミリアらしい白髪の二人が一体どれだけの賓客かを知る者は、残念ながら居なかった。タカヒロの鎧姿を見た者の一部が酒場での一件を思い出して周囲に伝播し始めているが、ベート本人の耳に入ると色々と危ないために、周知されるのはもう少し先の話になるだろう。

 

 話題作りなのか、リヴェリアもアイズと同じように二人の髪についてを口にした。先にも彼女が抱いた感想だが、フードを取った姿を見るのは初めてだとも付け加えている。

 一方のタカヒロは、こうして出会うのは4度目だが、1度目~3度目についてはロクな状況ではなかった、とごちている。もっとも1度目は芋虫、2度目は酒場での喧嘩、3度目は花のモンスターと確かにマトモなものが1つもないのが現状であり、思い返したリヴェリアも溜息と共に同意してしまっている程である。

 

 

「あれ?師匠、居酒屋の前にリヴェリアさんにお会いしたことがあるんですか?」

「ああ。その時は向こうがモンスターに追われていてね、自分が敵を請け負ったんだ。逃げていたのは、この二人と褐色の少女。ポーションを用意して待ってくれていると公言していたのだが追ってみれば誰も居ない、見事に騙されたよ」

「あっ……」

 

 

 揚げ足を取るように口元を歪め、わるーい顔をしたタカヒロが言葉を出す。当時は52階層から逃走していたこともあってようやく思い出したのか、リヴェリアは口元を手で押さえて慌てて視線を逸らした。

 そんな彼女の顔を不思議そうに首をかしげて覗き込むアイズは、知らずのうちに追い打ちを与えてしまっている。どのように謝るべきかと彼女が焦りながら考えているうちに、青年の表情が視界に入った。

 

 そんな視線を受けるタカヒロの顔は、なぜだかとても力が入っており平常とは程遠い。そして、何かを口にしたそうな表情を見せている。

 なお、リヴェリアが見せた反応こそが原因である。先日の件も含めて、ものの見事に期待通りの反応を見せてくれるだけに、当時のポーションの詫びという事で、もうちょっとだけ色々と口にしたい感情が芽生えてしまっていた。

 

 

「いや、それはもうひどく傷ついたぞ?」

「……どこに傷を負った」

「心だよ」

「嘘をつくな」

「男も傷つく時はあるだろう」

「欠片も思っていない声と面持ちではないか!」

 

 

 力の入った顔かと思いきや全く感情のこもっていない声を察知して、徐々にリヴェリアの声が強くなる。普段は彼女に言いくるめられることが多い、と言うよりは全てにおいてそうなるアイズにとって、攻め立てられている彼女と反論する姿は新鮮だ。

 つい力が入ってしまった口調を詫びるように、コホンと可愛らしく咳をする。心なしか高揚したようにも思える頬は誤差程度に膨れており、満足気に口元を緩めて紅茶を飲む青年に対して更にモノ言いたげな目が向いている。そんな青年は彼女の反応を楽しんでおり、余裕ある表情を浮かべていた。

 

 不満の表情を隠すように、リヴェリアも紅茶に口を付ける。とはいえ怒りの類は一切なく、いつものように正論を掲げて言い返せない状況に悶々としている様相だ。

 

 そんなこんなでコミュニケーションに似た何かな応対をしているうちに、フィンたちの用意が済んだようである。ロキ・ファミリアの団員であるエルフが丁寧な対応で4人にその事項を伝達し、リヴェリアが案内を担当、アイズが最後尾に続きながら進んでいる。

 案内される先は、ロキ・ファミリアの団長であるフィン・ディムナの執務室。時折ガチャリと鳴る鎧の音が、廊下の壁に響いていた。




考えれば考えるほどに原作リヴェリアを落とせる気がしない……


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26話 等価交換

皆さん、SteamでGrimDawnが80%セール中ですよ!(残り6時間ですが)
本体500円、DLCセットのGrim Dawn Definitive Editionが3000円弱となっております。
触り程度をやってみたい方は前者、ガッツリという方は後者がお勧めです。



……本作では今のところクロス要素が薄いですが、話が進むにつれて出てきますのでご容赦ください。


 コン、コン。と規律の良いノックが行われ、扉の向こうから聞こえてきた「どうぞ」の返事と共にリヴェリアがガチャリとドアを開く。事前の説明では執務室とのことだったが、思ったよりずいぶんと簡素な部屋だと感じたタカヒロは、促されてベルと共に部屋へと入った。

 大きめの執務机の前に、ソファに座って使うリビングテーブルが縦方向に置かれている。その上には菓子類とティーポットが置かれており、部屋を満たす安らかな香りは気品を表しているかのようだ。

 

 テーブルの両脇には4人掛け用のソファがあり、執務机を挟んで向かい合うように一人掛けも用意されていた。装飾の類こそなけれど決して簡素ではない品質の代物は、ロキ・ファミリアという大規模ファミリアの財力を示している。

 執務机の椅子の前に立つ、一見すると少年のような外観。しかし紛れもない強者であることを感じ取ったタカヒロは、相手の外観の特徴から小人族(パルゥム)である、ロキ・ファミリア団長のフィン・ディムナだと判断し、例の見開きの雑誌を思い返している。

 

 そんな人物に手のひらで案内され、白髪の二人は上座へと移動した。タカヒロの後にベルが続き、どう対応していいのか分からず己の師の見様見真似で行動している。そんな少年を、後ろからアイズが見守っている格好だ。

 反対側の席には既にドワーフらしき人物が待機しており、双方が立ち上がったまま二人を迎えている。二人に続いてリヴェリアが一人分のスペースを挟んでドワーフの横に立ち、アイズは一人用ソファの横に着いた。そのタイミングでフィンから言葉があり、全員が腰かける。

 

 

「さて、まずはようこそロキ・ファミリアのホームへ。一応“黄昏の館”って名前なんだけど、呼びやすい名前で大丈夫。入り口で出会ったと思うけど、赤髪の女性が主神・ロキ。僕が団長のフィン・ディムナだ。ちゃんと挨拶するのは初めてだね」

 

 

 フィンはそのまま、リヴェリアとガレス、アイズの簡易的な紹介へと進んでいく。そののちに、来客が自己紹介できるようきっかけの言葉を掛けた。

 同じ白髪ながらも片や落ち着き払い、片や年相応の中身となった自己紹介。双方ともにシンプルなれど素直な口調であり、嫌みや恨みなどの感情はどこにもない。そして青年は、フィンの姿を眺めていた。

 

 

「……うん?タカヒロさん、僕がどうかしたかい?」

「……いや、失礼。パルゥムは若作りと知識程度はあったのだが、再び目にして想像以上で驚いた」

「更に想像以上なハイエルフという種類も居るがのう」

「黙れドワーフ」

 

 

 思わぬ飛び火にタカヒロとフィンは目を合わせ、二人して咳払いをして話を本題に戻すよう空気を変える。何気に息の合った行動に、二人して内心でほくそ笑んだ。

 

 そしてロキ・ファミリアの面々は立ち上がり、ベルに対してミノタウロス逃走の件とベートが発した言葉の謝罪が向けられる。頭を下げる3名にアタフタとする少年は助けを求めて師を見るも、あの礼を止めさせることができるのは君だけだと助言している。

 己の師の言葉もあって、ベルは頭を上げてもらうようフィン達に対してお願いした。ミノタウロスについてはともかくベートの暴言については自分が弱い点は事実であると認めており、とやかく言うつもりは無いと言葉を残している。

 

 3人は続いて、ベートが青年に殴りかかったことを詫びている。もっとも青年は当時「知らぬ存ぜぬ」の意思を示しており、今回も同様の言葉を発してすぐに頭を上げさせた。

 直後、52階層におけるモンスターの引きつけについて謝礼の言葉が出されている。結果的にパス・パレード(擦り付け)となってしまったその点については気にしていない旨を返し、無事で何よりと、落ち着いた答えを返していた。

 

 それらの点については気にも留めていないとはいえ、先ほどベルがスルーしたミノタウロスの件は別である。彼の中で、最も聞いておかなければならないと判断している内容だ。

 

 

 「ロキ・ファミリアがダンジョンで起こした一件を問いたい。並のレベル1ならば即死するミノタウロスを5階層まで逃がしたことは事故としても、後処理を放置し、あまつさえ帰還の宴を行うなど何事と考える」

 「……お叱りの言葉も当然だ。本当に、申し訳ない」

 

 

 据わったままの表情で放たれる静かな言葉に対し、フィンは本当に申し訳なさそうな表情と返事を見せる。全面的にこちらが悪い内容である上に、彼自身も不甲斐ない事だと思っているために、何も言い返せないのが実情だ。それほどのことを、起こしてしまったのである。

 

 フィンの説明によると、どうやらベルと対峙した一頭の逃走事情は知らされていなかったようであり、ベルと対峙している際にギリギリでアイズが追い付いたことが酒場のベート事件で発覚。後日、複数名に聴取した結果として事後報告されたというのが真相のようである。

 この点については報告を怠っていたアイズも同罪であり、ベルに対して頭を下げて謝罪の言葉を掛けている。アイズ故に許してあげたい気持ちが芽生えてしまう少年だが、事の重大さは分かるために、ここばかりは伏せた顔のまま抑え込んだ。

 

 続いてリヴェリアが口を開いたのだが、改善策として、連絡体制の見直しを図っているとのことである。酒癖の件も見直しとなっている最中であるらしく、最低でも1年は、ここ黄昏の館以外での宴は禁止となっているようだ。もっとも酒については外飲みを禁止すれば問題は解決と言うわけではないために、これで良いのかとなれば不足点も見えるだろうが、そこは己が口にするべきではないと青年はスルーしている。

 実のところ別件において、この段階で彼女の言葉に疑問符を持っているタカヒロだが、大したことではないために今のところは話題に出すことを保留している。起こってしまったことをこれ以上蒸し返しても仕方なく、対策は行われるようであるために「わかった」と一言返し、再発が起こらないよう要請して仕舞いとした。

 

 

 「直接的な被害が出なかっただけ良しとしよう。ベル・クラネルもそうだが、駆け出しの冒険者は強豪ロキ・ファミリアの姿に焦がれている。言わば道標だ。その者達の期待を損ない主神ロキに悪評が付くことにならぬよう、切に願う。ベル君は、どうだろうか」

 「僕も、師匠と同じです。皆さんの背中を追いかけたくなるような、そんなロキ・ファミリアで居てください」

 「ロキ・ファミリア団長、フィン・ディムナが約束する」

 

 

 零細ファミリアの二人が口にする言葉が、各々の第一級冒険者の心に刺さっている。目に力を入れて言葉を返したフィンに同調するように、残りの3名も目に力を入れ、タカヒロとベルを見据えていた。

 

 しかし団長であるフィンは、同時に、相手の青年が見せる対応に不思議な感覚を抱いている。ロキ・ファミリアを相手にして非常に有利に立ったこの状況、何かしらの要求を求めるものだろうと考えている。本来、ファミリア間のトラブルとはそうなるのが王道だ。

 そこで、謝罪として何かしらできそうなことはあるか、と問い掛けたフィンだが、やはり青年も何かしらの事は思っていた模様。濁してはいる上に強要するものでないことはアピールしているが、隠すつもりもないようだ。

 

 

「何かしらの事、要求か。無いと言えば嘘になる、あるにはあるが……」

「言ってみてよ、いくらかの協力や努力はするつもりだ」

「ではまず質問を。ここに来た時にレフィーヤ君から、ロキ・ファミリアの駆け出しがパーティーを組んでダンジョンで行動を学ぶ内容があると聞いたのだが」

「うん、毎日じゃないけどやっているよ。ダンジョンにおけるモンスターの危険さ、実戦での実力確認、パーティー行動の大切さ。レベル2とか3の先輩冒険者と一緒に、色んなものを学ぶんだ」

 

 

 なるほど。と一言返し、タカヒロは腕を組んで考える姿勢を見せている。そしてどうやら、要求内容が纏まったようだ。

 

 

「では詫びの内容としては、ダンジョンでのパーティー行動を体験したい。対象はもちろん、ベル・クラネルだ」

「えっ」

「……それは、ロキ・ファミリアが築いてきた知識を教えろ、ということかな?」

「教育ではない、体験だ。見ているだけでも十分だ、必要なことは本人が勝手に覚えるだろう」

 

 

 青年の、少年に対する買い被りか?と勘繰るフィンだが、どうも表情を見るに、そういうわけではないらしい。明らかな自信をもって、しかし今の少年に欠けており必要とされることを求めている。

 最低でも見学ということになるが、ロキ・ファミリアの駆け出し冒険者パーティーを眺める他者など珍しくはない光景だ。青年が口に出した体験とは、立場的有利を利用して一歩踏み込んだために出たものである。

 

 フィン個人としては否定する余地はない。されど本人が言ったように、ロキ・ファミリアの財産に匹敵する内容であるために、いくら迷惑をかけた相手とはいえファミリア内部での議論は必要だ。

 もっとも、己が武器捌きを教えたアイズ・ヴァレンシュタインが秘密に戦闘指導をすることになっている点は知る由もない。また後日談だが、この決定によって鍛錬の開始日が再調整されることとなっている。

 

 そのための対価。ロキ・ファミリアの財産を出すに相応しい相応の何かが得られるならばと、己のファミリアがヘスティア・ファミリアに迷惑をかけたことは承知しつつ、52階層での情報を求めることとなった。

 

 

「いくらかの質問に答えてくれたら、許可するよ。なんだったら、ダンジョンに関する教育でもいい」

「そうなればダンジョンに関する知識も欲しい。主な書籍は一通り読んだが文字通り机上だ、現場からの目線がほとんどなくてね」

 

 

 言葉による駆け引きは続く。情報には情報を、ということで、フィンもロキ・ファミリアとしての要求を口にする。

 

 

「僕達は50階層から下へと進まなくちゃいけない。だけどあの芋虫型のモンスター、新種に対して敗走することとなった。何せどこにも情報が無くてね、知っていることがあったら教えて欲しい」

「では、とりあえず知っていることを一通り。自分の言葉が出まかせかどうか、答え合わせは任せる」

 

 

 そう口にして、彼は芋虫の特徴を話し始めた。その内容の半分は彼等にとって初耳ながらも、残り半分は経験した内容と合っている。

 

 魔法は試していないタカヒロだが、体感として物理的な耐久性は全くない。一方で敵の物理的な攻撃は突進術だが、柔らかな身体と大きさの割に軽い体重によって威力もソコソコ。そのために速度は速く、これら突進術の情報についてはロキ・ファミリアにとって貴重な情報となった。

 しかしロキ・ファミリアも痛感した口の部分からの強酸の遠距離攻撃が厄介であり、彼も言葉に表している。傷口からも同様の酸をまき散らし自爆するのだが、一撃で魔石を破壊できれば自爆することもないというのが彼の出した結論であった。近接の物理攻撃しか試していないので魔法攻撃の効果は不明なものの、これもフィン達にとっては有益な情報となっている。

 

 そして最後に出された情報は、フィンの興味を引くこととなる。他の階層において、そのイモムシは他のモンスターを積極的に襲っていたというのがタカヒロが目にした光景だ。

 

 思わず「他のモンスターを?」と聞き返すフィンだが、青年の言葉を信じるならばまさに異常な出来事である。疑うならば主神を呼んでも良いという彼の言葉で、その発言が嘘ではないのだと判断したが、それでも理解するには苦労しそうな内容である。

 基本としてモンスターがモンスターを襲うのは、37階層にある闘技場と呼ばれる場所だけの事象。それがないからこそ、“モンスター・パレード”という多種多様なモンスターが一斉に発生・急襲する緊急事態が起こるのだ。

 

 

「ああ、そう言えばもう1つ。50階層に居たのはロキ・ファミリアだと思うが、撤退した後に、芋虫共の親玉らしきモノと対峙した」

「本当かい!?」

 

 

 目にしたことすらない、完全な新種である。是非その情報を!と言いたげに目を開いて立ち上がるフィンだが、相手の反応は涼しいものだ。己が言葉を発する前に、何かしらの利益を求めていることは一目瞭然である。

 何かしら、とは、先ほど青年が発言した内容だ。ダンジョンにおける情報、教科書に載っていないような実戦的なモノの知識となれば――――

 

 

「……リヴェリア、無理を承知だ。君がやっている座学の対象者に、彼も含めて欲しい」

 

 

 その言葉に対して真っ先に反応したのは、リヴェリアでもタカヒロでもなく。一人座る、アイズ・ヴァレンシュタインである。

 

 リヴェリアの座学、という言い回しだけで大きく震え、透き通った顔色が悪くなる。かつてのスパルタ教育の記憶が脳内を駆け巡り、アレルギー反応と似たような症状を起こしてしまっているのだから仕方ない。

 突然と小さく震えだす彼女を心配するベルだが、彼女は小声で「だだだだ大丈夫」と口にしているため大丈夫――――ではない。もっとも理由は不明であり己の師は絶賛ネゴシエート中であるため、少年もまたアイズと一緒にアタフタとするしかなかった。

 

 

「……それは、団長としての命令か?」

 

 

 一方でこちらの空気は別であり、人形の如き精細な翡翠の瞳と、見た目は子供ながらも力のこもった薄青い瞳が交わる。彼もまた、己が命令しようとしている内容の重さは理解していて言葉を掛けている。

 ロキ・ファミリアが持つ知識の流出。とはいうもののその中身の大半がロキ・ファミリアだけが持っているというものでもなく現場目線における一般知識がほとんどであり、再び50階層へと赴いて危険を冒し、またもや武具の類を溶かすよりは遥かに安上がりだというのがフィンの判断だ。

 

 その後「わかった」と口にして承諾したリヴェリアに続いて、タカヒロから芋虫型の女王らしき物体の話が開始される。大きさなどの外観をある程度口にして、相手が見せた攻撃内容の説明を全員が聞き入っている。

 

 爆発する光の粉を広範囲にばらまき、己が屠られる際もまた広大な範囲に酸をばらまく芋虫の女体型。前者については風で流される程に軽いものであり散布範囲も一定、発生から炸裂までは3秒の時間を要し、範囲外に出てしまえばさほどダメージが無いことが分かっている。

 後者については、イモムシ同様に確実に魔石を穿つしか解決策が無い事項だ。結局のところはモンスターを相手する時の基本、魔石を狙うことが重要という事が分かり、フィンも方向性は見えたとの発言を行っている。もっとも一朝一夕で行えることではないために、すぐには動けないのが実状だ。

 

 その他、細かな情報について各自から質問がなされるも、的確な回答が返っている。それがモンスターの湧かないセーフエリアであるはずの50階層に出現したという事も相まって、一行は深層と呼ばれる場所の恐ろしさを再認識した格好だ。

 

 

 そして話は、タカヒロが要求したものへと切り替わる。

 

 勉強会が開催される場所はリヴェリアの書斎兼、執務室となっている一室。公務を行う際の部屋であり彼女の私室ではないものの、レフィーヤもそこで講義を受けており、6人が囲えるほどの長机は用意されている。

 その他、教材の貸し出しや筆記用具の類は全てロキ・ファミリアが用意するという中々の待遇である。タカヒロとしても断る理由を見つけるどころか願ったりかなったりであるものの、約一名が見せる不敵な笑みだけが気になって仕方ない。念のために聞いておくかと考え、不安事項を口にした。

 

 

「……行動の見学についての承認、及び教材、筆記用具の手配は感謝する。しかし肝心となる教師役が、先ほどから怪しい顔をしているのだが」

「なに、大したことではない。私の教導を受けるからには、相応の成績を残してもらうというだけのことだ。音を上げることは許さんぞ?」

 

 

 先に揶揄ってもらった御礼だ、と言わんばかりに若干ながら勝ち誇った表情を見せ紅茶に口をつける彼女。普段から厳しい厳しいと言われている彼女の授業だが、そこの青年相手にはより一層厳しくしてやろうと腹黒さを抱いている。場に居る全員が、薄っすらとその本音を感じ取れるほどに。

 御自慢の知的さ・高貴さはどこへやら。単に優位に立てることでバルコニーでのモヤモヤを晴らせてスッキリしているだけの、年甲斐もなく子供の様相を見せるハイエルフであった。

 

 なお、残念ながら勝鬨を上げる顔をするにはまだ早い。“ああ言えばこう言う”と言ったようにひねくれた性格を見せることのある彼は、先ほどの疑問点を口にすることを決めている。彼に対して言葉で挑むならば、相応に大きな理由を得なければカウンターを貰うのだ。

 

 

「なるほど、それは当然の課題だろう。全く気にも留めていないが……花のモンスターによる攻撃で肋骨にヒビを入れられ、治療のために“生徒”にポーションを奢らせる“先生”の期待に沿うよう努力する」

「リヴェリア、さっきなんて言った?僕それ聞いてないんだけど?」

「リヴェリア、お主……」

「……」

 

 

 そんなハイエルフも、セオリーに乗っかることとなる。ロキ・ファミリア、特に自分自身が不利となる、ものの見事なカウンターストライクを貰っていた。

 52階層におけるポーションの件然り、こと青年が見せた気遣いに関する事となると、この始末。珍しく“完璧”が崩れている彼女は、眉間をつまんで唸っていた。




大天使ベル君
そしてミノ逃走当時のロキ・ファミリア事情と対応は、このような感じにしてみました。


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27話 リヴェリア先生

 ご愛読を頂いている皆様、恐れ入ります。

 この度採取しておりましたアンケートについて、曖昧な文言があった点を謝罪いたします。
つきましては、再度アンケートを取らせていただきたく設置いたしました。

度重なり申し訳ございませんが、ご協力いただきたくよろしくお願いいたします。


「うううううう……」

 

 

 唸れ轟け、山吹色のポニーテール――――

 そんな文言がピッタリなこの状況、別に何かしらの格闘技が開催されているわけではない。サウザンド・エルフの二つ名で呼ばれている少女、なお見た目だけではなく実年齢も15歳と本当に少女であるレフィーヤは、唸っていた。

 

 

 ヘスティア・ファミリアに所属する白髪の二人がロキ・ファミリアに訪れてから早10日。タカヒロは、レフィーヤと一緒にリヴェリアからの教導を受けている。基礎的な知識は既にあったため、まさかのレフィーヤより少し下の議題からスタートしている点が彼女の中では大きな問題となっていた。

 

 

「ふふふ。タカヒロさん、この問題がわかりますか!?」

「ん。……ああ、――――だろう?」

「……はぇ?」

 

 

 最初の1日目において、序盤は先輩面して腰に手を当て可愛らしくドヤっていた少女、レフィーヤ・ウィリディス。しかしながら相手が持つ知識量を知ると可愛らしく首を傾げ、そんな余裕もどこへやら。

 5日目の本日に行われた試験結果で既に並ばれている現状にアセアセしており、出だしのように大きく唸っていたのである。アイズを名前で呼ぶ同年代な白兎の出現も要因であり、猶更の事、心に余裕を持たせたかったのだが、結果はご覧の通りであった。

 

 

 そんなロキ・ファミリアにおいて、ワイシャツと適当なズボンを履いているオールバックの白髪をしたヒューマンが認知されるのも早かった。もっとも、遠征帰りの打ち上げの際にベートが殴り掛かり、逆に吹き飛ばした男であるために、その点で言えばロキ・ファミリアにおける認知度は非常に高いものがある。口には出さないが、ほぼ全員が当該人物であることを認知している状況だ。

 また、初日からアイズやリヴェリアが案内を担当し、食事中にはフィンやアイズも声を掛ける程にロキ・ファミリアの幹部と親しげにしていたために注目具合は一入だ。食事中に来た者がフィンならばティオネ、アイズならばベートとレフィーヤがあからさまに殺気を向けているが、本人は平然とした様子を貫いているのだから傍から見れば摩訶不思議な光景である。

 

 同ファミリアのエルフがハンカチを噛みながら彼を睨むように羨む光景も、最早日常と言ったところ。リヴェリア、レフィーヤと共に食事を取っている時などは、その惨状が輪をかけて酷い始末だ。それに気づいているリヴェリアが、のちに雷を落とすところまでが新たなセオリーとなりつつある。

 

 しかし、だからと言って暴言の類を吐き捨てる者は居なかった。最初のうちは数名程が陰で囁いていたものの、2日もすれば静かなものである。

 当たり前のように黄昏の館の食堂で昼食を取る彼だが、隅っこに陣取り自分から他の者へと絡むことは無い。その傍らには、常に教材が開かれている。決して同胞も口は出せないがエルフ基準においても“鬼”と言える程に厳しいリヴェリアの講義に対し、この青年は至極真面目に向き合っているのだ。

 

 

「ロキ・ファミリアの幹部である彼女が有象無象を相手に作れる時間には限度がある。教導に割いてくれる時間を無駄にしたくないだけだ」

 

 

 それが、興味本位から彼に声を掛けた団員が耳にした言葉だ。どうやら彼が読んでいる内容は復習ではなく予習の類であると知り、声を掛けた団員は青ざめて、あの地獄の教導に巻き込まれないようにそそくさと退散している。現にアイズを除いて、考えるより身体が先に動くような人物は彼に近寄ることすらしていない。

 リヴェリアが行う教導が量も質も並大抵でないことは、経験してきた本人たちが知っている。そこにレフィーヤが「なんであのヒューマンは私の数倍の量をこなせるんですか」と肩を落としながら愚痴ったために、貶す気持ちは消え失せていた。己があのヒューマンの真似をできるかとなれば、誰もが黙って首を横に振るだろう。

 

 もっとも、現段階では学校の授業のような体系である上に、彼も独学ながら基礎的な知識は持っているので比較的容易いものがある。実践ならばどうするかと考えれば何とかなり、時折程度に首をかしげる問題が出てくるが、それも更なる応用の類で何とかなる範囲であった。

 

 

「……つまらん」

 

 

 10日目の朝食後、まだ授業が開始する前の時間帯。厳しさ一入ながらも尊敬する師が呟いた言葉に、朝練とばかりに問題と格闘していたレフィーヤの手が止まった。恐る恐る顔を向けてみると、口をへの字に曲げて可愛らしく“おこ”である。

 小さな勇気をもって何かあったのかと聞いてみると、前日の午後に青年が受けたテストがほぼほぼ満点だったという内容だ。大きなミスの1つでもあればそこから反撃のチャンスが生まれると考えていた彼女だが、残念ながらそうはいかない模様である。

 

 あまり小さなミスで叱りつければ、他ならぬ己の弟子に流れ弾が被弾することは避けられない。ひねくれている彼は、それによって出来る隙を見逃すような人物ではないのは明らかだ。

 問題や内容の要点は、必ずと言って良いほどに的確に押さえている。こうなるから危険になる、そうなってしまうから対処しなければならない、など、とりわけ危険事項に対する把握力は、あのリヴェリアも目を見張るものがあったのだ。

 

 

 そんなことを考えていると、扉が軽くノックされる。いつもながら相変わらず時間ピッタリであり、初回に随分と早く着いたことがますます謎に思える程だ。理由としてはベルがダンジョンで使う消耗品の調達が思ったよりも早く終了したために初日だけ早くなったのだが、その点については蛇足である。

 彼女が返事をするとガチャリとドアが開き、見慣れたぶっきらぼうな表情から「失礼する」との言葉が聞こえてくる。既に始めていたレフィーヤを見た彼に本人が敵意むき出しの視線を飛ばしているが、これも最近では見慣れた光景だ。いくらか気づいているリヴェリアも、とくに注意をすることもない。

 

 彼が優秀である結果として、引きずられるように彼女の成績も伸びているのである。レフィーヤが勝手にライバル心を抱いているだけというのが実情だが、それでも良い影響を与えていることは事実であった。

 決して弟子の前で口には出せないが、書面上では過去一番に出来の良い生徒というのがタカヒロに対するリヴェリアの評価である。学者でもやっていたのかというぐらいに呑み込みが早く、己が開催している教導を卒業することもそう遠くは無いだろう。

 

 もっとも、この点はゲームにおける要注意モンスターやマップの特徴を覚えるのが早いのと似たようなものである。1から100まで覚えるのではなく要点を中心に覚えているからこそ、要点が出やすいテストでも、ほぼほぼ満点の結果が出せるのだ。

 

 

(ううううう。リヴェリア様ったら、またあのヒューマンに付きっ切りで……あ、あ、あんなに近くで!!)

 

 

 そんな真相はさておき、何より、己の指導に対して過去一番に真面目に向き合ってくれている姿勢が彼女としてはとても嬉しいのである。悩んでいるのか唸ることはあれど、どうしてこうなるのかなどを逆に聞いてくる積極的な姿に彼女も熱が入るというものだ。

 そのせいでレフィーヤが問題集を解いている横でマンツーマン指導となっていることがかなりの頻度で発生しており、その姿を見た彼女にも熱が入って先ほどの伸びとなっている。己の師に認めて欲しいという彼女の欲求や、少し手を伸ばせば触れ合えそうになっている距離感も、1つの燃料となっている。

 

 

「――――であるから、魔導士は詠唱が完了して更に魔法の名前を唱えることで初めて攻撃が可能となる。逆に言えば、詠唱が中断されれば大きな隙や魔力が暴走し危険を伴うというわけだ。それを防ぐために行われる、移動や回避行動と同時に詠唱を行う意味の言葉は覚えているな?」

「一昨日の夕方に習ったものだな。集中力と魔力の扱いに対するしなやかさが要される難易度の高い技術、並行詠唱というやつか」

「うむ、その通りだ。発展知識として、並行詠唱を取得するには――――」

 

 

 魔導士ならば当たり前なこの知識も、意外とレベル2でも知らない者が多いというのが現状である。もっとも覚えることが多すぎる上に日々の生活費を稼ぐために、専門外のことに手を伸ばす余裕がないというのが実情だ。

 そんなセオリーを無視して専門外である魔導士の知識に手を伸ばしているこの青年。ベルが魔法を取得していたことを知ったためにアドバイスできればと知識を身に付けているのだが、スキル欄に詠唱の文言が書かれていないために詠唱不要で並行詠唱も意味がないと気づくのはもう少し先の話である。

 

 

 専門知識ということでリヴェリアはいつにも増して熱が入っており、時間は飛ぶようにして過ぎていった。すっかり昼の時間となっており、リヴェリアの「昼休憩にするぞ」という言葉を聞いてレフィーヤは突っ伏した。知恵熱か、頭から湯気が出ているように見えている。

 同時に軽く溜息をつくもののタカヒロはいつもの調子であり、相変らず予習のための教材を手に持つ光景に教育者の顔も微かに緩む。あまり気合を入れすぎて倒れられるのも問題だが、彼程の者ならば自己管理ぐらいはできるだろうと評価してしまうのが彼女においても不思議な点だ。

 

 

 しかし同時に、初日から感じていた、とあることが引っ掛かっている。都合よく午後からレフィーヤが席を外したために、彼女は教導を中止してタカヒロに声をかけた。

 

 

「少し、勉学以外の話をしよう。君が私の教導に対して熱心に応じてくれているのは嬉しく感じている。正直なところ、態度と結果の双方において今までで一番の生徒と言っていいだろう」

 

 

 その言葉に少しだけ目を開いて驚いたのは、他ならぬ青年である。テストでほぼ満点を取っても「私の教導があるのだから当然だ」と言いたげな顔をしてきた彼女が、こうも素直に褒めてくるなど今までにもないことだ。

 

 

「しかし、そこまでして熱を入れる理由が君自身のためでないと思うのは、単なる私の思い過ごしだろうか」

 

 

 直後、言葉と共に、宝石と見間違うかのような翡翠の瞳が彼を貫く。「だろうか」という疑問形を表向きにして「そうなのだろう」と問い詰める鋭い瞳は、同じファミリアの同胞を心配する瞳とよく似ている。

 その視線に、青年は仏頂面な表情のまま「そういうわけではない」とだけ回答して視線を逸らした。見せる対応が言訳であることと勉強の目的が弟子のためという点は、彼に対する教導の始まった経緯を知っているリヴェリアならば容易に感じ取れることである。

 

 そして青年が口にした答えとしては、ほぼほぼ正解であると本人が言っているようなものである。元々ひねくれた対応を見せることのある彼ならば、そう答えても不思議ではない回答であった。

 

 

「52階層で初めて君と出会ってから、勝手ながらファミリアとして調べさせてもらった。君ほどの実力ならば、過去に有名になっていてもおかしくはない。しかし当時において知る者は誰も居らず、ギルドに問い合わせても名前すら掴めなかった。つまり、今も昔も名声が無いということになる」

 

 

 となれば、冒険者登録をしていないと考えるのが妥当な線だ。そう締めくくった彼女だが、大抵の者が行き着く考えである事も妥当だろう。

 強くなるためにはダンジョンに潜るか強者による鍛錬が必要であるが、どちらにせよ先の登録を行うことがセオリーだ。仮に後者だけを実施したとしても、良くて精々レベル2になれるというのが関の山なのである。

 

 故に、冒険者登録を行わないというのは、通常ならば在り得ない行為である。ダンジョンに潜る者のほとんどが、富や名声を求めて潜っている。つまりは、己が有名になるということが目標だ。

 冒険者が名声を求めるうえで顕著なのが“2つ名”の存在だろう。レベル2となった際に初めて神から貰えるモノであり、どんな名を貰えるのかと一喜一憂しているのが冒険者達の現状だ。

 

 冒険者として登録もせず、かと言って何かしらの大きな成果を上げるために過ごしているわけでもない。オラリオにおいて武器を取る者としては、彼は異端と言っても良いだろう。

 そのわりには52階層へ辿り着ける事や、アイズの手刀を受けて微動だにしないなど強靭な強さを持っている。他のファミリアということと今までの不始末から聞きたくても詳細を聞けなかったロキ・ファミリアだが、ここにきて彼女が1つのメスを入れることとなった。

 

 いかに強靭とはいえど、戦闘に関して素人ならば52階層へは辿り着けない。恐らくは卓越しているのだろう戦闘技術をどこで学んだのか、隠さずに問いを投げていた。

 

 

「……オラリオに来る以前は、戦いに明け暮れていた。やっていたことは、ここのダンジョンで冒険者がやっている事とさほど変わりない。その頃は、明確な目標もあったんだ」

 

 

 悲哀さが滲むような言い回しをしているが、根底はただの装備キチ……オブラートに包むならば装備コレクターである。もしオラリオのダンジョンでも装備がドロップするようになるならば、リヴェリアが抱いている心配もどこ吹く風と言った結果になるだろう。

 もっとも彼が口にしていることも、間違いではなく確かに事実である。其の理由こそが、かつて彼が抱いていた戦う理由に他ならない。

 

 そしてリヴェリアは、最後の文面から彼が戦う理由を見失っているのだと断定した。この辺りの理解力の高さは、ロキ・ファミリアの母親(ママ)と言われる所以だろう。

 ならば、どのような言葉を掛けるべきか。少し考えて、己もその理由を知りたいと思っていたこともあり、とある内容の言葉を口にする。

 

 

「ではなぜ、52階層や怪物祭において、関係のない私達を守ってくれたのだ」

 

 

――――だってエルフを見捨てるわけにはいかないじゃん。

 

 正直なところ、当時は真面目にそう思っていた彼である。もちろんこの本音も口には出せず、もし追われている者・襲われていた者にエルフが居なければ、あのような対応を取らなかったかもしれないと思うと、自分でも溜息が出てしまいそうになるほどの単純すぎる理由であった。

 

 

 しかし同時に、その“単純すぎる”と思った理由こそが、戦う理由なのではないかとハッとする。

 

 

 ボスが相手だろうが、ネメシスが相手だろうが、セレスチャルが相手だろうが。いかに強靭で巨大な相手だろうとソロで戦いソロで地獄を駆け抜け生きてきた上に、根底として装備のために戦っていた彼にとって、誰かのために武器を取るなど全くもって無かったことだ。

 灯台下暗しとは、よく言ったものである。今まで目にしてこなかったモノであったために気づくことなく、加えて足元にあった小さな輝き故にその理由を見落としていただけの話だったのだ。

 

 装備を集めるついでに、崩壊寸前の世界を救ったように。エルフを守るという目標の過程において、武器を取る。

 難しいことは何もなく、それが当時における彼にとっての戦う理由。ウォーロードが武器を取る際に己の心中に掲げる、紛れもない正義だったのである。

 

 流石にかつての様にまでは無理とはいえ、更には内容的にどうにも胸を張って言えないとはいえ、これで彼はまた立ち上がることができるのだ。戦いを強いられる者と書いてウォーロードと読む存在にとっては、目の前の彼女が大きな光に見えている。

 答えの1つを授けてくれた相手に対して照れ隠しが働き決して口には出せないが、心の中では笑みを向けて礼を述べ。進むべき道にかかっていた霧が少し晴れた彼は視線を戻し、翡翠の瞳と向き合った。

 

 

「タカヒロ、生き物は理由なしに戦いを選ばない。具体的に何かと言う所までは私も分からないが、君の中に戦う理由は必ずある。古いものでも、再び手に取れば輝くこともあるだろう。それを見失わないで欲しい」

 

 

 心配してくれているからこその先ほどからの言葉というのは、彼も痛いほどに分かっている。むしろ優しさが痛すぎて、ジワリジワリと傷口を抉りかけている。

 戦う理由を見失っていた根底は、墓の下に持って行くしかあるまいと覚悟を決め。心配から掛けてくれている言葉なのだと分かりつつ、母性に満ちた、包容力のある言葉を身に染み渡らせるのであった。



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28話 原点回帰

 懐かしい、夢を見た。

 

 一人の男が、なまくらの剣と盾を持ち合わせ北東方向へ駆けだす光景。始まりの牢獄の町“デビルズクロッシング”から橋を渡ってゾンビを倒す、記憶の彼方となった当時の光景を空から見ていた。

 

 周りには、処理しきれない程に山積みとなった多数の死体。そしてかつて人間だった者は、ひっきりなしに街へと押し寄せ、生き血を狙って這いずり回る。

 

 イセリアルに“乗っ取られる”寸前で助かり、成り行きで始まった、とあるクエスト。押し寄せるゾンビ共の発生源を壊滅させるという特攻クエストが、男にとっての初仕事だった。

 

 最初は、各クエストのボスを倒してやるという目標を持っていた。困っている人々を助けるために、危険を顧みず、様々なクエストをこなしてきた。

 そのうちに、世界に蔓延る二大勢力を倒さなければ平穏は訪れないと確信した。同時に二大勢力のそれぞれにおけるラスボスの存在を知ることとなり、最終的な目標、戦う理由が決定した。

 

 しかし相手は、一大陸を滅ぼしつつある強大な勢力だ。ラスボスは遥か先だというのに現段階において全く以って歯が立たず、何度、嘆きの叫びを行ったかは既にカウントしきれていない。

 いくら小手先の技術を磨こうとも、結果は同じ。磨き上げたと実感できる技量を容易く潰していく圧倒的な数の差と様々な魔法でゴリ押しされ、悔しさを滲ませ、何度やり直したか分からない。

 

 

 己の中の戦う理由が切り替わり始めたのは、この辺りだろうと苦笑する。駆け出して右も左も分からなかった“ソルジャー”は危なげに中ボスを倒しながら、ひたすらに強さを求めていた。

 やがて越えられない山場は訪れ、目的の中ボスにまですらたどり着けない。様々なジャンルの魔法が飛び交う乱戦に耐え、かつ効果的に相手にダメージを与えるビルドがあるはずだと、情報を漁りに漁った。

 

 結果として、報復型ウォーロードというビルドに行き着いたのである。元々試行錯誤をしていた際にカウンターじみた技術を磨いていた自分にピッタリなビルドでもあったのだ。

 

 丁度、そのビルドが台頭し始めていた頃でもあった。在り合わせの装備ながらも防御を固めた事で即死することはなくなり、小手先の技術でしのぐうちに、やがて相手を倒せるようになった。

 もっとも、この段階においては与えられる報復ダメージなど微々たるものである。即死しなくなったのは、情報を集めるうちに“耐性”の重要さを知って装備に反映させたためだ。

 

 

 青年は勝つために、最も効率的な装備を、神話級の装備を熱望した。もっともそんな装備を量産できるならば人間の勢力が衰えることはあり得ず、故にモンスターを倒すことでの直ドロップに望みをかける。

 人類が反撃に転じたのはその頃だったと、とある軍隊を指揮していた人物の日記に書かれている。突如として現れた一人軍隊により、敵の脅威は目を見張るほどの速度で小さくなっていくこととなる。

 

 

 過酷な夜明けが終わろうとも、明細な記録はどこにもなく、ただ戦場に居た者の言葉でもって語り継がれるのみ。記録にこそ残らないが、目にした者は、決してその背中を忘れない。

 如何なる脅威を相手にしても決して引かず、決して膝をつかぬその者を。各方面において生き残った人々は、“大地の神(メンヒル)の化身”と呼び讃えた。

 

====

 

 

「……」

 

 

 懐かしい夢を見る時間も、本人からすれば一瞬の出来事となる。やや雲に隠れる日が顔を出しきらぬ時間帯に、青年は目を覚ました。

 最後の言葉が、やけに耳に残っている。クエストをクリアするたびにその名で讃えられた頃を思い出し、懐かしさと共に口元が優しく緩んだ。

 

 

「師匠、おはようございます」

「ああ、おはよう」

 

 

 表情を戻し、顔を洗いにリビングへと出る。ベルも先ほど起きたばかりのようであり、拭き残しとなっている水が少しだけ顔についていた。挨拶が終わった後に「ふぁ」と軽く欠伸をする仕草は、年相応のものを見せている。

 

 ヘスティアがまだ寝ているために、交わされる声はとても小さい。クリッとした赤く優しい瞳が、鍛錬となれば途端に据わった漢の顔になるのだから、この宝石は見ていて飽きないものがある。

 成り行きでこのファミリアに入り、成り行きで少年の師となり、成り行きで磨いてみれば宝石だった。ベル・クラネルとタカヒロとは、経過を語ればそのような関係である。

 

 元より、この世界における青年は師と呼ばれるような存在ではない。何せ知っているのは武器と盾の使い方ぐらいであり、当時におけるダンジョンでのイロハなど、下手をしたら弟子のベル・クラネル以下の知識であった。

 ならばどうするかとなった時、効果的なビルドの情報を探し求めた際の経験が生きることとなる。

 

 かつての自分と同じ轍を弟子が踏まぬよう、本を読み漁って情報を集めていた。所詮は机上が中心であるために足りないところは多々あったものの、ひょんなことから繋がりができた、オラリオにおいて二大勢力の片方であるロキ・ファミリアでも学ぶという徹底ぶりである。

 もっとも、学んだ全てをそのまま伝えるようなことはして居ない。重要なところさえ押さえておけば、あとは小手先の技術で対処できる技術をベル・クラネルは持ち得ている。青年はリヴェリアから得た知識をかみ砕いて、少年が必要としている分だけを伝えているのだ。

 

 

 そんな知識を授けた彼女は、ヘスティアと同じく、青年が戦う理由を見失っていたことを見抜いていた。

 自身が教えている教鞭の内容が最終的に白髪の少年に伝わっていることも、恐らくは予測済みなのだろう。そんなことを考えていると、先ほどから青年の頭の中において、先日の一文が再生される。

 

 

「……戦う理由。錆びついた目的、か」

 

 

 先日耳にした彼女の言葉が、再び鮮明な様相で脳裏に浮かんだ。突如としてこの世界に来てから、己が取りこぼしていた戦う理由の1つを見つけてくれた玲瓏な声が、頭に残って離れない。

 顔を洗って拭きあげるタオルに吸い込まれるように、ポツリと言葉が呟かれた。少しだけ前髪にかかった水が滴る様相は、鉄粉を落とす薬剤が流れるようである。拭きあげると部屋へと足を向けてドサッとベッドに倒れ込み、天井を見上げて思いに耽った。

 

 

 貰った言葉の最後にある古い理由、つまるところの原点回帰。己が戦ってきた理由は何だろうかと思い返し、瞬きよりも早く、答えの1つを思い出した。

 

 権能を振りまき襲い掛かってきた神々に対し、回避行動無しで真っ向から殴り合って屠れる程の戦闘能力を保持すること。

 それが青年が最終的に掲げた、物理報復型ウォーロードが位置する目標だ。一応は達成しているものの、改善の余地があるはずだと、なお上を見続けた項目である。

 

 広範囲攻撃で雑魚を一掃するような、英雄のような魔法や大技を使えることもなく。ただ純粋に殴り合って時たま突進するという、見た目としては非常に地味な原初の戦い。また、純粋な火力だけ見れば、これよりも上に居るビルドは数多い。

 しかし彼のビルドは神々の一撃を受けても崩れない堅牢さを持ち合わせ、神髄がそこにある。コモン等級のセレスチャルに至っては何もせず突っ立っているだけで屠れる域に達している程であり、“メンヒルの化身”という二つ名に恥じぬよう、更なる高みを求めて装備を更新し続けていたのも事実である。

 

 

 別に今更、現世への未練など何もない。ならばこの世界は、あくまでステータスや装備関連についてアップデートが適応された新規の環境なのだと割り切った。

 この世界にはステイタスというモノがあるが、己の能力は、かつてのステータスやスキル、装備性能や星座の効能に依存していることは明らかだ。故に能力面の仕様は変更されておらず、ヘファイストス・ファミリアで見た新たなAffix(不壊属性)や、多方面にわたる多くの魅力的なキャラクターが追加され、基本としてノーマル環境で固定されたと強引に考えれば辻褄が合わなくもない。

 

 となれば、アップデートを含めて仕様変更があった際におけるハクスラ民のお約束、装備更新のお時間が開幕となるわけだ。事実、耐性については過剰と言う二文字が匹敵する程の数値となっているために改善の余地が生まれている。

 すると、どうしてだろう。装備更新のために俄然やる気が湧いてくるのだから、本人にとっても不思議なものである。既にどこの装備を更新しようかと考えが巡っており、代わりの装備についてもある程度の候補が生まれていた。気づいたら既にヘスティアは起きており、30分の時間が一瞬で消えるのもご愛敬である。

 

 パッと見で変更により火力向上が期待できる箇所は、手と肩の部位。その他の部分については、全スキル+1や強大な報復ダメージなどがあるために、代替は難しいことになるだろう。

 一方で手についてはAffixこそ優秀な物を選別したものの在り合わせの自作品であり、ベースとなった防具だけを見た際の性能は今ひとつ。故に己のビルドを高みに登らせることができるとすれば、現状で考えられるのは、この2つの部位ぐらいである。

 

 過去にドロップした報復ウォーロードにピッタリとなっているMIのいくつかは、収集癖により何種類かのストックがあるために使い道もあるだろう。

 直ドロップに期待できない以上、残された道は“作る”しかない。そうなれば並の鍛冶師では手に負えないだろうが、偶然と、その道の頂点は知っている。一人の鍛冶師の顔、最初に自分に対して声を掛けてきた彼女の顔が頭に浮かび――――

 

 

「……ん?この鐘、しまった!」

 

 

 ふと、外から鐘の音が入って地下室に響いていたことに気づく。もしかしてと飛び起きて外に出ると、思いっきり遅刻一歩手前となっていたことに気が付いた。既にベルやヘスティアの姿は無いものの、彼もまた用事がある事に変わりはない。

 14個ある装備のパズルとは、考えるだけで飛ぶように時間が過ぎるものである。寝る前に考えていたら夜も更けていたことなど日常茶飯事であり、何度、睡眠時間が削られたかとなれば、彼も数えることを辞めている。

 

 ともあれ遅刻寸前であることに変わりは無く、彼は鎧を着こむと朝日というには少し遅い日差しの下、誰にも見られない位置では“堕ちし王の意志”まで使って足を急ぐ。待ち合わせのところにロキ・ファミリアの面々が揃っており、青年が早歩きにて最後尾に合流したところで、バベルへと足を向けた。

 タカヒロが鎧を着こんで居たのはこれが理由であり、ロキ・ファミリアにおける新米冒険者パーティーの見学となるようである。珍しく40秒ほど遅刻した彼の横にリヴェリアが並び、互いに進行方向を見ながら言葉を発した。

 

 

「すまない、少し遅くなった」

「秒単位だ、気にするな。とはいえ遅刻とは珍しいと思ったが……どうした、いつもに増して気合が見られるぞ」

「君がくれた言葉のおかげ様だ。ありがとう」

「っ!?」

 

 

 予想外の言葉に少しだけ驚くリヴェリアが彼に目をやるも、フードの下に覗く口元はいつも通りで変わらない。一方で彼女が感じたやる気スイッチの件はどうやら事実のようで、彼も発言を否定することはしなかった。

 それよりも、ああ言えばこう言う彼が、素直に礼の言葉を述べるなど夢にも思わなかっただろう。思わぬ不意打ちを受けた彼女は、ほんの僅かに頬を赤らめて、反対の頬に人差し指の爪の先を滑らせていた。

 




書きたいことをリストアップしていたらラブコメに近づいてきた…


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29話 冒険者パーティー

ロキ・ファミリアのレベル1って何人ぐらい居るんでしょうね。
設定を見逃していたらすみません。



「今回からしばらく、ヘスティア・ファミリアに所属しているレベル1冒険者、ベル・クラネルと行動を共にする。これは主神ロキ様や団長の決定であり、指示でもあるわ」

 

 

 故に、仲間と思って行動するように。

 

 そう締めくくられ威勢良く返事が行われるのは、ダンジョン1階層にある正規ルートから外れた行き止まり。他の冒険者の邪魔にならないよう、ロキ・ファミリアにおける駆け出し冒険者のパーティー行動訓練が幕を開けた。

 特に説明も無いのだが、ベルは「宜しくお願い致します」とだけ挨拶をして見学の立場で後方についている。彼自身は全く感じていないものの、緊張からかゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてくる音も聞こえていた。

 

 ソロとは違い、自分の失敗1つで仲間に多大な迷惑がかかるのだ。だからこそ全員の気合と覚悟は普段以上に高いものとなっており、同時に緊張感も芽生えているのである。

 ベルがダンジョンに潜る時のタカヒロと同じように、引率の先輩冒険者。今回はレベル2の女性剣士である彼女は、よほどの危機とならない限りは何もしない。基本として、駆け出しの当事者達で解決するのがルールである。

 

 現在のロキ・ファミリアにおけるレベル1は6人であり、内訳は盾持ち1人、剣士2人、サポーター2人、魔導士1人。今回はベルも居るのでレベル1は合わせて7人となり、引率も含めると合計8人のパーティーだ。

 バランスが前衛寄りとなっている点はさておき、8人中、男は3人。残り5人が美少女であるが、これは主神ロキの趣味なので仕方がない。例によって、全員が入団時にロキからセクハラを受けるところまでがセオリーとなっている。

 

 もっともそんなところを全く気にする余裕の無いベルは、必死にパーティー行動の基礎中の基礎を学んでいる。6人の動きを広く見て、このタイミングではこれが重要なのだなと、相変わらずの凄まじい速度でイロハを吸収していった。

 真剣な表情に、引率の先輩冒険者の表情も満足気。最初は「他のファミリアなんか」と文句を口にしていたことは認めるものの、少年が見せる礼儀の良さと素直さ、そして何より小動物的かわいさとのギャップに陥落してしまっている。

 

 

 そんなパーティー行動が始まった日、タカヒロがレフィーヤと共に講義を受け始めてから11日目。朝早くから行われているためにアイズとの鍛錬は無いが、パーティー行動は今回で5度目となっており、現在は9階層。ベルもいくらか慣れたものだ。

 そのためにいくらかの疑問も芽生えており、後ろで引率の者に質問を飛ばしている程である。ついこの間レベル3になる条件の1つ、つまりアビリティ数値のどれかがDランクとなったらしい引率の少女は、可愛らしく鼻を高くして答えていた。

 

 明確にしていないとはいえ、自分のアビリティランクをバラしちゃっていいのかと彼女に愛想笑いを飛ばしつつ。自分なら、今の場面だと……こう動くかな。

 そんな考えを巡らせ、何を考えているのかと引率者に聞かれた際はその考えを答えて逆に感心されるなど、中々に株価は上がっている。一歩引いた位置に居るとはいえ、場を広く見ていることが一目瞭然の答えだ。

 

 ――――ゾクリ。

 

 直後に嫌な気配を背中に感じ、少年は直感的に振り返る。横に居た引率の女性剣士も釣られて後ろを見るが、ダンジョン特有の闇へと続く道が広がるだけ。

 何も臭わず、何も感じず、何も見えない。後ろから何かに見られているような気配は、ただの気のせいだったのだろうか。

 

 ならば、目の前のパーティー行動を見て勉強しなければ。少年が元の方向へ振り返ろうとしたタイミングと、引率の者が目を見開き、剣を抜いて後方へと駆け出したのは全く同じタイミングであった。

 

 

 パーティーが最後の一匹を倒した直後、2つの悲鳴が木霊する。何者かによって吹き飛ばされた女性剣士をベルが抱き留め、そのままパーティーが戦っていた地点にまで吹き飛ばされたのだ。

 剣は折れ、肩口からパックリと傷が開き大量に出血している状況である。条件反射に所持していたポーションを振りかけて応急処置としたものの、すぐさま地上へ帰って本格的な手当てが必要な傷だと一目でわかる。

 

 そこでようやく、彼女が何に吹き飛ばされたのかが気になった。レベル3になる条件の片方を満たす程の者が相手にならない相手など、9階層には――――

 

 ――――ドクン。

 

 その思考に、己の鼓動が強い音で反論する。半月も経たない前に、到底ながら忘れられない出来事があっただろうと、思い出せと、血圧を高めて脳に対し活を入れる。

 剣姫、アイズ・ヴァレンシュタインとの運命的な出会い。階層こそ半分ほど違えど、上層と呼ばれるそこで彼女と出会う前に居た、本来は居ないはずのモンスターが脳裏に浮かぶ。

 

 カランという甲高い音と共に一本の角の先が転がり、闇の一歩手前にある薄明りに身躯が浮かび上がる。“赤い”毛を纏い、どこかの冒険者から奪ったのか刃零れた大剣を持ち、一歩ずつ前へと迫るその図体は決して忘れることのないモンスター。

 

 

「ミノ、タウロス……」

 

 

 高ぶる興奮から身体が熱くなっているのか、相手の鼻息が見えた気がした。

 しかし、そんなことを考えている余裕はない。すぐに行動を起こさなければならないことは明白であり、少年は目に力を入れて左右を見る。動ける者、共にダンジョンへと潜っている7人の様子はどうだろうか。

 

 負傷――――重症である引率者を除いて損傷無し。

 戦意――――全員喪失、目は見開かれ明らかに足が竦んでいる。

 位置――――相手の間合いの範囲外。そして自分たちの後ろが地上へと続くルート、偶然だが運が良い。

 

 ならば、パーティーはどちらの行動を取るべきか。

 

 対峙――――否。レベル3手前の者が敗れたのだ。死人の一人二人が出る程度で済むはずがない。

 逃走――――否。追いつかれ、全滅。足の遅い者から大剣の餌食となるだろう。

 

 自分が今まさに学んでいたセオリーなど、話にならない。教科書通りに処理して良い相手ではないことは明白である。

 ならば、どうするか。少しだけ考え、少年が出した答えは単純だった。

 

 

「リーダー……。アレは僕が引きつけます。引率者と皆を連れて、真っ直ぐ地上へ」

「なっ……無茶だ、ミノタウロスを相手にレベル1が」

「では、ここで纏めて死にますか?」

 

 

 このようなイレギュラー時におけるパーティー行動など、ほんの僅かも分からない。よしんば分かったとしても、足が竦んだままの集団では殺されるのを待つだけだ。

 何にせよ、時間がない。ミノタウロスに応戦した引率者、先ほどまで自分の疑問に笑顔で問いかけてくれた女性剣士は息も弱く、手持ちのポーションを振りかけたものの重症には変わりない。

 

 そもそもにおいて。身を挺して自分達を守ろうとしてくれた女性を見殺しにするなど、己を育ててくれた祖父の教えに反することだ。

 

 他人に言えば、バカバカしいと笑われるだろう。くだらないと罵られるかもしれない。しかしそれが、他ならぬ祖父が残してくれた道標だ。

 そして、師匠が教えてくれたこと。もう亡くなってしまった祖父は、己の記憶にしか生きていない。故に“おじいちゃん”の姿を記せるのは、外でもないベル・クラネルただ一人。

 

 何より、憧れを叶えるために誓った心が敗走と全滅の結果を許さない。真の英雄がこの程度の逆境で怯むことはあり得ず、絶望的な顔を向けてくるリーダーを背中越しに一度だけ見て、少年は声を発した。

 

 

「行けえええええええ!!」

 

 

 目を見開き放たれる少年の咆哮が、一帯に響く。引率者を抱える集団は振り返ることなく駆け上がり、その足音も消えてゆく。

 かと言って、少年とて振り返って確認する余裕はない。相手は“赤い”毛を持つミノタウロス。

 

 通常ならば濃い茶色系、強化種は赤色の毛であるその存在。前者ならばレベル2の初頭で戦う相手、後者ならばレベル2の後半だ。だというのに、先ほどはレベル2後半の引率者が一撃で粉砕されている。

 少年が考えつくパターンの中で最悪は、強化種の更に上。一度だけとはいえノーマルの攻撃を知っている少年だが、先に見た一撃がそれを遥かに上回っていたことは明白だ。

 

 どうするべきか。自分に今何ができるのかと、ベル・クラネルは自問自答を繰り返す。そのなかで本当に皆は走り去ったのかと不安を感じ、瞬時に一度だけ振り向いた。

 

 向き直った目の前に、相手の石斧が現れる。振り返ったことが失策だったと感じたのは、その一撃をまともにナイフで受けた時だった。

 

 

「うがああああッ!」

 

 

 鍛えているとはいえ華奢な身体は容易にして宙を舞い、ダンジョンの壁に背中から叩きつけられる。肺の空気は、痛みを耐えようとする獣のような呻き声とともに押し出され、あまりの苦痛で視界がチカチカと点滅した。

 

 直撃する寸前、直感的に一歩だけ行えたバックステップによっていくらかの威力は流すことができた。だというのに受けた衝撃の強さは、相手が持ち得る力の強さを物語っている。

 何度も感じていたが、明らかに前回に対峙したミノタウロスよりも力が上だ。レベル2の冒険者が持つ平均的な力など知らない少年だが、生半可な防御では容易く突破されてしまう事は、ダメージと引き換えによくわかった。

 

 相手の姿が視界に映る。通常のモンスターと比べて向上している点は、素早さにおいても例外ではない。追撃を叩き込むために距離を詰め、己の無防備な姿に向けて無慈悲に大剣を振り下ろす姿がハッキリと見えた。

 

 

 刃零れた大剣が、ダンジョンの壁と床を粉砕する。人の顔ほどある岩が蹴飛ばされた小石のように舞い散り、バラバラと砕ける音が洞窟に木霊した。

 

 

 倒した。決着はついた。降り下ろした一撃は、狂いなく“壁や床ではない何か”に命中した感触を残している。

 故に、与えたダメージ量としては十二分。己を鍛えた謎の猪人を倒せるには程遠いが、華奢な見た目の冒険者が相手ならば十二分に事足りる。

 

 

『ヴ、モォ……』

 

 

 だというのに牛の戦士は、土煙の中に居るその存在に困惑する。壁に背を向けナイフを構える少年の姿がいまだ健在なのは、己の目が見せる錯覚だろうか。

 

 そう。ミノタウロスが抱いた手応えは、レベル1の少年が持っているはずのない小手先の技術。完璧な受け流しによって、威力の大半を殺されていなければの話である。

 

 相手からしてみれば確かな感触を残すようにも調整されている点が、どこかの青年が教えた技術における嫌らしい特徴だ。時たま彼が見せる捻くれた性格を表すかのような高等技術は、現にミノタウロスに対して壮大な思い違いを与えている。

 そして現在における少年は先の吹き飛ばしで大きなダメージを負ったものの、まさに鍛錬通りの状況下において防御行動を実行することができている。むしろ、死にかける寸前の痛みを感じる程度にまでは到達していないと分かる、こちらのほうが良心的と言えるだろう。

 

 

 互いに対峙したまま、時が流れる。少年からすれば少しでも体力を回復し、相手の攻撃からのカウンターを狙っている戦法だ。

 一方のミノタウロスからすれば、今の受け流しを見て相手を警戒してしまっている。そのような内容は、“鍛錬”においても学ぶことが無かった内容だからだ。

 

 そうしているうちに、複数の速い足音が近づいてくる。もしかしたら、先に逃がした仲間が戻ってきたのかもしれない。こんな正規ルートから外れた場所に駆け足で来るなんて、それこそ鍛錬を知っているロキ・ファミリアの者だけだ。

 ならば、そちらにコレの気を向けることは許されない。焦がれた声が微かに聞こえた気がしたが、耳を傾けている余裕はない。少年は、目の前に立ち塞がる格上の脅威に立ち向かった。

 

====

 

 

「えへへ。だって冒険者になって一ヶ月目でシルバーバックをソロで撃破したんでしょ?アイズは兎みたいな子だって言うし、気になるじゃん」

「けっ。どうせそこらへんの雑魚と同じだろ」

「そう言いつつ自分も付いて来てるじゃん。このいけず~」

「んだとこのバカゾネス!!」

 

 

 バベルの塔の一階、ダンジョン入り口。ダンジョンへと続いている螺旋階段へと繋がる通路に、陽気な声が木霊する。ロキ・ファミリアの第一級冒険者達が、駆け出しパーティーの見学へと赴いていた。

 前方では取っ組み合い寸前の様相となっているが、後ろは真逆となっており穏やかである。そんな対照的な同じ集団を見たグループは、自然と視界を後ろに奪われている。

 

 

 ロキ・ファミリアにおける黄金と翡翠。この言葉で、どの人物のペアを指しているか分かる者が非常に多い程、その二人は有名だ。共に繊細かつ神とも勝負できる程に高い美貌を持つその姿は、多くの視線を引き付けて止まないのがセオリーである。

 しかし、その1つ後ろ。団長であるフィン・ディムナの横を歩くフード姿のトゲトゲの鎧を見れば、「あんな奴居たっけか?」との内容を口にするだろう。それが、ほぼ全員の感想だ。

 

 

 2つの意味でザワザワと騒がしくなる場だが、そこに悲鳴が混じることとなる。それに気づいたロキ・ファミリアの一行が悲鳴の上がった前方を注視すると、同じファミリアの者が血相を変えて走ってきている。

 確かあれは、今日のパーティー行動のリーダーだ。そう判断したフィンだが、直後に抱えられている血まみれの女性を見て誰よりも早く駆け出した。明らかに今日の引率者であり、瀕死の重傷を負っている。

 

 ガチガチと歯を鳴らすリーダーに聞けば、9階層で赤い毛を持つミノタウロスに襲われたとのこと。明らかにイレギュラーと分かるその状況に、ロキ・ファミリアだけではなく、近くに居た冒険者全員の顔が強張った。

 むしろ、よく逃げて来たなと一行を褒めたいほどである。いくら敗走とはいえ、9階層で活動するレベル1がミノタウロスから逃げ切るだけでも中々の偉業と言える内容だ。

 

 しかし数秒後。アイズは、一人足りないことに気づいて声を上げる。己のファミリアにこそ居ないものの、最もよく知る白髪を持つ華奢な少年の姿がどこにもない。

 

 

「っ、ベルは!?」

「お、俺達を庇って一人で」

「それを先に言え!!!場所は!」

 

 

 珍しく声を荒げ血相を変えたフィン、アイズ、ベートの3名が詳細な場所を耳にすると、カタパルトから飛び立つ戦闘機のように駆けてゆく。既に青年の姿がなかったことに気づいたリヴェリアとレフィーヤ、ティオナも、少し遅れながらも9階層へと駆け出した。

 階層を進むごとに、血の気の引いた顔をした駆け出しの冒険者たちが上へ上へと逃げてくる。何度も後ろを振り返る彼等は、絶望的な暴力が追ってきていないことを確かめるかのようだ。その光景に、フィンは、かつて自分達がやってしまった事の重大さを再認識することとなる。

 

 集団は瞬く間に8階層を突破し、9階層へと突入する。もう正規ルートから外れた所へ行くことはなくなった階層のために団員から聞き出したエリアを絞り込むのに少し時間がかかったが、幸いにも方向は分かりやすかった。

 鳴り響く咆哮は、間違いなくミノタウロスによるものだ。確かな印が木霊する方へ、ロキ・ファミリアの第一級冒険者たちは足を進め駆け抜ける。

 

 

「っ、やはり遅かったか……!」

「チッ、雑魚がツッパリやがって……!」

「ベル……!」

 

 

 少年の冒険は、証人の目の前で繰り広げられることとなる。アイズを筆頭に道化のファミリアの救援部隊が到着したのは、ベル・クラネルが再び駆け出した数秒後であった。




本篇:通常ミノ(記憶が曖昧ですが)
本篇漫画:通常ミノ(カラーページでは少なくとも黒毛orこげ茶毛)
外伝漫画:通常ミノ?(↑とトーンは同じ模様)
アニメ1話:茶毛
アニメ8話:明らかな赤ミノ

ミノの強化種って赤毛でよかったでしたっけ?不安になってきた…


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30話 立ち向かう

アルティメットのウォードン先生に挑むエリートあがりの“乗っ取られ”。
初見の時は、本当に色々見極めないと勝てませんでした…


 ダンジョン9階層、正規ルートから外れた小袋にある小さな部屋。命のやり取りは変わらず、少年の防戦一方で進んでいる。

 ダンジョンの壁や床がえぐられる音は、洞窟に反射してどれがホンモノなのか分からない。少年からすれば速すぎる相手の剣は、回避するだけで精いっぱいだ。

 

 とはいえ、紙一重ながらも回避できているしハッキリと見えている。また、それも腕力の強さから来る瞬間的な速さだけ。大きいだけの相手の図体に惑わされるなと、己の心に暗示をかける。

 確かに一撃は今までのモンスターとは比較にならない程に重く、マトモに受けてしまえば即死も在り得る。しかし攻撃は単調であり、フェイントこそあれど各所に器用さは見られない。

 

 

 知っているだろう。白髪の少年は、自分にそう言い聞かせる。

 知っているだろう。目の前の赤い毛を持つミノタウロスなど、比較にならない程の一撃と狡猾さを。

 知っているだろう。青年に見えた自分の憧れを、教わった格上に対する戦い方を。

 

 

 妄想で終わるつもりもない。虚栄心で口に出しているわけでもない。少年は、そうなるためにここに来た。

 今は未だ願いであり憧れ、そして見果てぬ遠い夢であることは変わりない。それでもベル・クラネルは、絶対にソレを叶えたい。

 

 

――――今はまだ、漠然とした目標だけれど。僕は、英雄に成りたいんだ。

 

 

 “アルゴノゥト”と呼ばれる1つの御伽話がある。英雄に成りたいと切願する青年が、牛人の怪物によって迷宮へと連れ去られたお姫様を迎えに行く、言ってしまえば“よくあるパターン”の英雄記。できすぎた、大人ならば結末がうっすらと分かってしまう物語。

 騙され、利用され、時には蔑ろにされることもある物語。それでも青年はお姫様を助けるために、プライドを捨てて知人の知恵を借り、精霊から武器を授かり。結果としてなし崩し的に目的を果たす、滑稽な青年の物語。

 

 初めにソレを読んだのはいつの時だったか。もう思い出せないぐらい昔の話になるが、大半の内容はハッキリと思い出せる。

 それほどまでに、少年は物語の青年に憧れた。自分もそうありたいと、羊皮紙に穴が開くほど読み返した。だから、素人に毛の生えた程度ながらも剣を学び、迷宮都市と名高いオラリオへとやってきた。

 

 

 冒険者になって数日後。在り方は書物と違えど、そこで絵本の英雄と出会った。

 

 

 いかなるモンスターの数を相手にしても決して怯むことのない勇敢さ、多数の攻撃を受けても揺るぐことのない堅牢さ。その場において、守るべき少年に傷1つ負わせることなく守り切る立ち回り。

 それでいて、原理は不明ながらもドラゴンの一撃を平然と耐え、逆に一撃で葬る豪快さ。レベル1なれど手数だけは自信のある少年だが、その攻撃の全てを重量級の盾で捌き切る狡猾さ。

 

 武器や戦闘スタイルは違えど、まさに少年が夢見た英雄が具現化したと言って過言ではない。ひょんなことから同じファミリアとなったタカヒロという青年に、少年は自分の夢を確かに見た。

 夢に向かって走るために、強くなりたいという感情が沸き上がる。彼のように強くなれればと、英雄を望む心が騒ぎ立つ。

 

 

 レベル1である己に力はないことなど、言われるまでもなく分かっている。しかし力は無いが、通じるものは貰っている。

 師が授けてくれた格上に立ち向かうための小手先の技術と、まだ数日だが相手をしてくれた、焦がれた少女に対して試せた実績。そして主神がプレゼントしてくれた、尊敬する鍛冶師が作ってくれた至高の逸品(ナイフ)が勇気をくれる。

 

 対して己が示せるのは、心意気と姿だけ。男として、これ程のモノを貰っておきながら、誰かに助けてもらったり逃げ帰ることはしたくない。

 

 師のような存在に成るために、冒険をしよう。危険だけれど道は有る、今は立ち向かう場だ。

 いつか酒場で罵られた時の感情が頭を巡り、青年の言葉と共に思い出し、悔しさを跳ね返すために力が漲る。英雄と呼ばれる存在になるための前提条件へと辿り着くために、少年が持つ戦う理由のスイッチが切り替わった。

 

 

「なにっ!?」

 

 

 驚きの声を上げたのは、つい先程辿り着いた観客の誰だろうか。かつて、少年を罵った者かもしれない。その言葉が出た時を皮切りに、防戦一方だった少年の戦い方は変革する。

 

――――攻撃の防ぎ方には二種類ある。いまベル君がやったように真正面から止めるのと、相手の力を受け流す方法だ。

 

 師の言葉を、地獄と感じた鍛錬の工程を思い出す。ロキ・ファミリアの仲間を逃がすことに集中してしまい、ミノタウロス程の強者に背を向けてしまった、先ほどの自分をぶん殴りたい気分だ。

 

 真正面からミノタウロスの剣を受ければ、先ほどの引率者や自分のように、弾き飛ばされ足場を失う。ならばと少年は、相手が突き出してくる石の剣に対して短剣の刃を当てて滑らせる。

 相手の剣先は自身のすぐ横を抜けていくが、髪の毛が数本ほど持って行かれた程度でダメージは入らない。逆にガラ空きとなった相手の右わき腹に対し、少年は真横方向から短剣を突きつける。

 

 身体が回転する初動の力を利用した“兎牙(ぴょんげ)”による突きの一撃。腕力に乏しい少年が体重と遠心力を利用できる、全くの理想形だ。これがレベル2の冒険者ならば、有効打と言って良い一撃であることに揺るぎは無い。

 しかし、僅かに刃先1㎝程しか通らない。ミノタウロスの筋肉には初級冒険者が着る鎧ほどの防御力があり、少年の筋力、ましてやレベル1が持てる武器と力では太刀打ちできないほどの硬さなのだ。

 

――――防御力が絶対と言うつもりはないが、いかなる手数、いかに強靭な攻撃も、通じない相手には隙となる。

 

 とはいえ、マトモに打ちあったところで太刀打ちできないことは一戦交えて把握しており、そこから生まれる事実は師にも学んだ内容だ。ならば必要なのはと考えると、鍛錬で学んだ内容が当てはまる。

 あの時の訓練は、まさに今日の為だったのか。そう考えると武者震いで自然と口元が歪んでしまう程、遥か先を歩く師と行った鍛錬が生きてくる。ミノタウロスの腰部分を蹴り飛ばし、ベルは再び距離を確保する。

 

 その時に学んだ対策は何だったかと、記憶を辿る。忘れることのないソレはすぐさま掘り起こされ、実行するために策を練る。

 右手にある黒いナイフは最初からミノタウロスも警戒している仕草を見せており、故に通常の攻撃では逆に隙を作ってしまう事になるだろう。迂闊には使えないが、それは逆転の一撃でもある。

 

 

 故に、敵にあるかもしれない、僅かな綻びを見逃さぬよう広く見る。先ほど引率者が叩き折った角、古傷に見える毟れた体毛。

 見てくれはダメージを負っている部分だが、いや違う。ここではないと目を細め、一点だけに意識を向ける。

 

 最終的に狙うは魔石。突破口は、先ほど一撃を入れた右の脇腹。人間で言えば紙で手を切った程のものであり、ダメージ量としては誤差程度。

 

 しかし確実に、ミノタウロスという鉄壁に出来た綻びだ。英雄ならばどこに攻撃を当てようとも一撃で吹き飛ばせるが、格下の自分が通じるならばソコしかない。

 向かって左から放たれる相手の大振りを右に受け流し、左サイドへ向かって地面を蹴り。文字通りの相手の懐に飛び込んで綻びに手を向けた少年は、反撃のための狼煙を上げた。

 

 

「ファイアボルト!!」

『ヴモオオオオオ!?』

「そんな、無詠唱魔法!?」

「しかし、軽いか」

「でも上手い、相手の傷口に魔法を当てている!受け流しだって完璧だ!」

 

 

 詠唱を省略した速攻魔法に驚愕するレフィーヤの横で、思わず唸る。そんな反応を見せる人物はレベル6であり、オラリオでも第一級とされる冒険者。そして、ロキ・ファミリアの団長である。

 単に立ち向かう姿を見せているだけではない。それほどの者が見入ってしまう、中身の濃い攻防だ。己の一撃一撃に重さがないことを理解したうえで相手に通じる方法の最適解を見出す戦い方は、到底ながらレベル1とは思えない内容となっている。

 

 目を離せない、視線を切れない。絶対的な身体能力こそ低けれど、一流の戦士が行う戦いに手を出すなど以ての外だ。

 明らかな格上が相手だというのに、その戦いに危うさは見られない。もう見向きもしなくなった上層で行われている目の前の戦いが、かつてないほどに、無性に戦う心を湧き立たせる。

 

 

「……ベート、見ているよね。あの少年は、はたして本当に弱いだろうか?」

「っ……」

 

 

 かつて己の口から出た言葉だけは、否定できない。“そうならないため”に吐きつけた言葉を撤回すれば、目の前の少年はまた危険を冒すことになるだろう。

 しかし、目にして居る光景は現実だ。ミノタウロスの強化種が9階層で発生したイレギュラーなど容易に吹き飛んでしまうぐらいの、イレギュラー。

 

 よもや、レベル1。更には一月前に通常のミノタウロスを相手に手が出なかった駆け出しがここまで魅せるなど、実のところ事情を知っている数名を除いて一体だれが予想したことだろう。

 

 

 比較的大きなダメージを負ったミノタウロスは、再び傷口への一撃を警戒する。知能は無いモンスターとはいえ牛の戦士、戦闘本能の高さは注意すべきものがある。

 ファイアボルトで顔を狙う少年だが、それは撹乱であり、わき腹を狙おうとする動きは読まれている。黒いナイフに対する警戒は未だに緩んでおらず、ミノタウロス自身の攻撃頻度は落ちたものの、相手から放たれる一撃に対する注意は万全だ。故にベルは無暗に踏み込むことをせず、相手が隙を見せるタイミングを待っている。

 

 闘牛の一撃が縦に振るわれ、見切った少年は身体を一歩ずらして最小限の動きで回避した。地面と少年の後ろにある岩が砕け散る破片となって周囲に飛び散り、人間に対して自由な行動を許さない。

 こうなると、比較的有利なのはミノタウロスだ。ベルにとっては邪魔になる程の破片でも、モンスターからすれば霧雨程度の障害である。それほどまでに、耐久と突破力の差は圧倒的だ。

 

 

 しかしそれが仇となる、視界が悪化するのは双方同じだ。そうなることを狙っていた少年は誰も気づかぬうちに、警戒の薄まった黒いナイフを“左手”に持ち替えていた。微量のマインドを流し込んで攻撃力が底上げされた一撃は、突きならばミノタウロスの“薄い”装甲をも貫通する。

 だらりと右肘から先が変な方向に垂れ下がり、大剣が零れ落ち、右手に力が入らないことにミノタウロスが気づいたのは、数秒先のことである。

 

 

「馬鹿なっ!?レベル1がミノタウロスの装甲を」

「よく見てベート、肘の内側」

「わざとかどうか分からないけど、完全に切り落とさないことでかえって邪魔になるように狙っているのかな。力が抜ける瞬間を狙って突きを入れ、完全に切り落とさずに筋だけを狙って断ち切った。本当にすごい、鳥肌が止まらないよ」

「恐らくだが狙ってやっているぞ、フィン」

「……なんでそう言えるの、リヴェリア」

「……」

 

 

 しまった。と言わんばかりに、リヴェリアは視線を逸らす。どうやら何かしらの事情を知っているリヴェリアとアイズは、“そこ”を狙ったことに気づいたのだろう。他と比べて、驚き様は非常に小さい。

 少年が狙った場所は、最も筋肉の少ない肘の部分。刃の入り方もさることながら、腕を伸ばしきった直後に畳むタイミング、力が抜ける瞬間を狙っている。

 

 ミノタウロスは筋肉こそ確かに断ちにくいが、そもそもが薄い部分となる肘や膝と言った稼働部分ならば話は別だ。兎牙の一撃で示した通り、突きならば、一流の武器と技術があればレベル1でも綻び程度は与えられる。

 左手からの一撃は、傷口付近でなければ大した攻撃には成り得ない。本能からそのように判断していたミノタウロスは、一撃に対して全くの無警戒だった。

 

 自身の右腕に対して致命的な一撃を入れた少年に、闘牛が怒り狂うこととなる。傍から見れば己の油断が原因なのだが、考える頭が無いために仕方ない。

 

 

「あれは――――」

「正念場、だな」

 

 

 距離を取った少年に対して猛牛がクラウチングスタートの態勢を取り、構える。追い詰められた時にミノタウロスが見せる、独特の構えだ。

 敵が見せる構えは知らない。しかし放たれるのは突進術、それぐらいはベルにもわかる。それでも、突進に対する立ち回りは青年との鍛錬には無かった内容だ。

 

 当然、だからと言って臆することは無い。攻撃者の動きや構えから情報を得ようと、少年は相手を広く見る。

 カタパルトのように飛び出す闘牛、予想できる衝突までは僅か2秒。間近に迫る少年に対し、闘牛は咆哮にて戦意を刈り取ろうと吠えあがる。強制停止(リストレイト)と呼ばれるものであり、レベル2の冒険者ですら、戦意を削がれる咆哮だ。

 

 

 しかし温い。その程度、鍛錬において師が見せたことのある、全身の血を凍らせ戦意を根こそぎ圧し折るような本物の咆哮(ウォークライ)には程遠い。

 故にベル・クラネルには通用せず、広い観察眼に対して弱点を晒している。怯ませようとする目的とは裏腹に、突破口への鍵となった。

 

 

「ファイアボルト!!」

 

 

 雄叫びをあげた、その口に。威力は低けれど無詠唱故の速攻さを活かし、己が唯一使える攻撃魔法を横飛びで叩き込む。続けざまに傷口が露呈している右肘部分にもファイアボルトを打ち込み、相手の突進力を奪い去る。

 相変わらず与ダメージとしては低いものの、意表を突いた装甲の薄い部分への一撃は突撃を鈍らせるには十分だ。闘牛の足は勢いを失い、爆発の煙が立ち込める中で地面に降り立った少年は、綻びがガラ空きになっていることを見逃さない。

 

 身体の回転を利用しつつ真後ろから密着して、漆黒のヘスティア・ナイフを右脇腹の綻びに突き立てる。刃先の8割ほどが刺さっただろう、手に伝わる感触としても同等だ。

 もちろん、有効打ではあるが致命傷には届かない。しかしこの状態は勝利への通過点であり、少年は、唯一使える魔法の名前を止めはしない。

 

 

「ファイアボルト!ファイアボルト!!」

 

 

 ナイフが刺さった傷口に、刃先から打ち込むよう、連打、連撃。威力は足らないが選択は正解だ、現時点でベル・クラネルが持つ有効打はそれしかない。

 互いに密着した状態だ、純粋な力比べとなれば分が悪い。最も腕の力が入りづらい場所に、振るわれる腕の影響がない立ち位置からナイフを突き立てている故に、今は未だ相手の力を抑えられている。次また暴れられ、ヘスティア・ナイフを手放そうものならベル・クラネルに勝機は無い。

 

 

 しかし、杞憂である。

 

 

 持ち得る技の威力は全てにおいて低いながらも、それが通じるように仕立て上げた。レベル1の駆け出しであることは自覚している。それでも己の師に習った戦闘技術を全て使って立ち向かい、確実に攻撃を回避し綻びを与えてきた。

 相手の攻撃を受け流し、断ちにくい筋肉に対し突き立て、舞い散る破片を利用して右肘を狙って無効化し、防御力が高い相手に対し身体の中で魔法を爆発させ。連続して打ち込んだ、最大威力のファイアボルトは計6発。そこまでやったからには、もたらされる勝利は少年にあって当然だ。

 

 体内の魔石が穿たれ、ミノタウロスの身体が灰へと変わる。カランと音を立てて地に落ちた赤色の角を残し、勝敗は決した。

 

 少年が音のした方向へと振り返れば、そこに居たのはロキ・ファミリアの幹部達である。そして己が逃がしたパーティーリーダーも同じファミリアだと思い返し、考えるよりも先に口が開いた。

 

 

「フィンさん!あの人は、リーダーは……!?」

「君のおかげで無事だよ。今、病棟で治療を受けているはずだ」

「そうですか、よかっ――――」

 

 

 ゼンマイ仕掛けが切れたように、膝をついてバタリと倒れ込む。全身から嫌な汗が吹き出し息は荒くなり、下を向いて居るのがやっとの状態だ。

 酸欠に似た症状で、身体はとにかく安息を求めている。そこに最初に受けた物理的なダメージによる痛みも混じり、体調は最悪と言って過言ではない。

 

 マインド・ゼロ、その一歩手前。

 

 マインド・ゼロとは精神力を消耗する魔法を使いすぎたために起こる、気絶のような状態だ。鍛錬においてはマインドダウン寸前の状態も経験してきた少年だが、今回は最後の最後で力尽きかけた格好である。

 物理的な痛みとはまた違った痛みに耐えようとするも、症状はすぐには収まらない。フィンが差し出したマインド回復用のポーションをようやく一口飲み込むことができ、症状は少しだが落ち着いた。

 

 

「レフィーヤ、ミノタウロスの脅威は去ったと直ちにギルドに連絡してくれ。僕達は、彼が落ち着いたら地上に戻る」

「わ、わかりました!」

 

 

 山吹色の髪を持つ少女が、地上へと駆けてゆく。その後ろ姿を見守りながら、全員が視線をベルに戻した。

 

 目の前で偉業を達成され、到底ながらレベル1とは思えない狡猾さを披露され、興奮が収まらない。かつて自分達も通ったはずである冒険者としての道を思い返し、少年が持ち得る志の高さを見せつけられ、全力で戦いたいという気持ちが焚きつけられる。

 上級~第一級冒険者となったものの、この少年のような偉業を駆け出しの頃に達したことがあるだろうか。答えは分かり切っており、なぜこの道を進んだのが自分ではないのかと心内で嘆きながらも、息を荒げる小さな姿から目を逸らせない。

 

 各々で程度は違えど、冒険者ならば「そう有りたい」と夢見た戦い。物語に出てくるような、問答無用で周囲の視線を引き付ける、その戦い。見向きもしなくなった駆け出しの冒険者が持つ背中に、目標の1つが確かに在る。

 白髪・赤目のレベル1の少年がミノタウロスの強化種を倒したことなど、誰に言っても信じないだろう。だとしても、立ち向かう一流の戦士の姿を見た第一級の冒険者達は、今日の姿と戦いを決して忘れない。

 

 

 もっとも、周囲にそんな影響を与えているとは夢にも思っていない当事者の駆け出し冒険者。症状もだいぶ落ち着いて残りのポーションを飲み干し、あと1分もあれば自力で立ち上がることができるまでに回復した。

 

 

「……頑張ったね、ベル」

「……はい。こんなんになっちゃって、カッコ悪いですけれど」

 

 

 隣に腰かけ目線を合わせ優しく声をかける黄金の少女に、少年は苦笑して声を返す。疲労からか、彼女の薄笑みに見惚れている余裕がないのは仕方のない事だろう。

 

 

「ベル・クラネル。ロキ・ファミリアの団長として、仲間のために立ち向かってくれたことを心から感謝する」

「いえ……こちらこそ、ポーションをありがとうございます」

 

 

 その会話の直後、ガチャリと響く鎧の音と共に彼の師が現れる。姿を見せてベルの安全を確認する一方で開口一番「迷った」と口にする呑気な姿に、一応ながら講師であるリヴェリアは呆れた表情を見せているが、その反応も当然だ。

 

 

 しかし、纏う雰囲気がいつもと違う。かつての鍛錬で感じた、絶対に勝てないと痛い程に感じる戦士の気配が、ほんのりと微かに残っている。

 そう感じた少年は己の師がどこかで戦いを繰り広げていたのかと考えるも、口には出さない。本人が適当なことを言って誤魔化しているために、それを無下にしないよう喉元に仕舞うのだった。

 



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31話 似て非なる者

本日は2話投稿となっております


「お、おい!あいつ自殺か!?」

 

 

 時は、ロキ・ファミリアの重傷者が地上へと生還しフィンが報告を受けた直後に遡る。

 

 バベルの塔、ダンジョン1階層へ続く螺旋階段のある深い穴の入り口。一人の男が、階段を使わずに飛び降りた。その内心、9階層でミノタウロスと戦っているという弟子の勝利を見届けたいが故のショートカットである。

 着地時に発生する床の亀裂とガチャリとした鎧の音、そこからの衝撃波はその青年が着る鎧の重厚さを感じさせる。しかし誰一人として、その姿を見た者はいなかった。

 

 “堕ちし王の意思”。着地と同時に使用したこの突進スキルにより、姿は遥か先に移動している。初速から既に最高速に達しているこのスキルは特別なコンポーネントをメダルに装着すると使用可能になるものであり、非常に使い勝手の良いアクティブスキルだ。

 地を駆ける足は瞬く間に7階層を抜け、8階層へ。弟子が対峙しているらしいミノタウロスは、リヴェリアの講義で学んだ情報によれば大振りの天然武器を使う相手であり、弟子が持つ実力ならばカウンターを狙える相性の良い敵である。

 

 強化種となればノーマルよりも力は上だろうが、そもそもノーマルを相手にしても腕力の差は歴然だ。その差が少し開いたところで、青年が教えた技術にとっては誤差程度のことである。

 相手がレベル2や3の冒険者ならば話は別だが、相手がモンスターならば特別気にすることは無い。油断しなければどう頑張っても負ける理由が思い浮かばず、戦いとなれば常に全力を示す弟子に限ってそんなことはないだろうと、ウォーロードは勝利を確信しながらダンジョンを降りていく。

 

 

「っ!?」

 

 

 9階層へと突入して、すぐのタイミング。正規ルートから外れたところへ行く道より、突然の襲撃を受けた。一撃が己に達するまでの時間はコンマ数秒もない僅かなれど、青年は相手を広く見て情報をかき集める。

 

 相手。大柄の人型、パワーファイターが1名。

 得物。大きなコモン等級の両手剣、刃渡り1メートルと少し。

 威力。かなり高いが物理攻撃。加えてノーマル難易度のボス級一歩手前、当てるつもりは無いようだが直撃しても問題ではない。

 角度、狙い位置。わざと回避させるためのタイミング、しかし戦いを知らぬ素人ではない。直撃まではコンマ3秒、防ぐか弾くか――――

 

 否、不意打ちに対して青年が行う返答はただ1つ。生憎とトグルスキルも含めてほとんどが無効化中であるために本来の威力とは程遠い突進術だが、相手の技の威力からするに、試すならば十二分な一撃だ。

 

 

「ぬぅっ!?」

 

 

 2メートルを超える屈強な猪人の身体は宙を舞い、忘れかけていた苦痛を得て顔が歪む。予想よりも遥かに強大な一撃を受けた腕は一瞬にして痺れ、思わず剣を落としてしまった。

 

 一方の青年はかつてのカフェでの読書を思い出し、相手の身体的特徴からオラリオにおける唯一のレベル7、最強と謳われる“猛者オッタル”であると判断。モンスターと冒険者を間違えることなど在り得なく、故意による攻撃だと判断した。

 オッタルはバックパックから別の剣を出すも、相手の突進は止まらない。正規ルートから外れた9階層の小部屋において、互いに想定外であった小競り合いが始まった。

 

====

 

 

「……第一段階は合格か」

 

 

 ダンジョン9階層、正規ルートから外れた小部屋を視界に捉えられる一角。仲間を逃がし単身でミノタウロスと対峙した白髪の少年の姿を見て、大柄な猪人は腕を組みつつ呟いた。

 もっとも、今までミノタウロスを“育ててきた”彼にとって、そうでなくては始まらないというものだ。少年の冒険する姿が見たいという己の主神の望みを叶えるため、彼はここ数日をダンジョンで過ごしていたのである。

 

 結果として少年がミノタウロスと戦うとなれば、残りの不安は横槍の類である。一緒に居たと思われるパーティーが上層へと駆け抜けていったために、オッタルは参戦者を足止めすべく、1つ上の8階層へとつながるエリアにスタンバイした。

 狙いはもちろん、9階層のバトルフィールドへと向かう者。もしロキ・ファミリアのレベル6辺りが群れて来ようものなら話は別だが、その他ならば複数が相手でも足止めできる。

 

 

 少年が見せた気迫からすれば、すぐさま死ぬことは無いだろう。「冒険する姿を見たい」に加えて「殺すな」と指示が出ている以上、足止めの牽制を入れたのちは、すぐさまあの場所に戻らなければならない。

 鎧の音と共に、足音が響いてくる。まず最初に来た、見慣れぬ鎧の騎士を足止めしようと剣を振るった。

 

 それがどうだ。相手の突進術によるノックバックで通路の1つにまで吹き飛ばされ、続けざまの攻撃も後ろに流すしか選択肢がない。大男とて自負するつもりはないが、猛者ともあろうものが、である。

 相手の武器は2枚の盾、面貌を知らぬ特徴的な戦士である。当然と言えばそうなるが、その者は明確な敵意をもって、足止めを試みた相手を睨んでいた。

 

 

「……フレイヤ・ファミリアの猛者と見る。9階層という上層にミノタウロスが居るのは知っていると言いたげなツラをしているが、如何なる正義をもって場を守る」

「我が主神の御意志だ。何人たりとも、あの少年の戦いの場に踏み入ることは許可できぬ」

 

 

 己の主から与えられた命令。ベル・クラネルとミノタウロスの強化種との戦いを、何人にも邪魔させない。それを忠実に守るべく戦う理由とし、猛者オッタルはその剣を振るっているのだ。

 その理由が周囲に与える影響はどうあれ、対峙するウォーロードにとっても相手の剣は大義である。ならば傍観者として赴いた彼としては、戦う理由に劣るのは明白だ。

 

 

「……そうか、貴様が剣を振るう理由は理解した。目的が傍観であるこちらが戦う理由に劣るのは明白だ、ならば足を止めることになるだろう」

 

 

 言葉を待たず猛者は一撃を縦に振るい、相手をここに引きつけるために攻撃を仕掛けている。威力こそ全力なれど攻撃の始動から太刀筋までが非常にわかりやすく、わざと行われていることは明白だ。

 理由としては、相手に回避する選択肢を与えるため。オッタルとしてもここで相手を殺すことは望んでおらず、足止めという目的を忠実に果たすために動いている。

 

 しかし予想に反して回避は行われず、衝突した金属音が鳴り響く。命中個所はフードの男の左肩ショルダーガード部分、クリティカルヒットと言って良いほどの精度をもって命中した。

 常人ならば、左腕が肩から分断され跡形もなくなるほどの一撃。レベル6とて後衛ならば、同様の結果となるだろう。レベル7、それもアビリティ数値が999に迫る彼の一撃は、それほどまでに強力なのだ。

 

 

「強者共が夢となり、ようやく最強と謳われる哀れな猪人……精良ながらも錆び付いたその剣で、本懐を果たせるならばの話だが」

 

 

 語るは言葉ではなく、打ち鳴らす幾万の剣戟。

 

 世の中にはそんな言い回しがあるが、まさに最初の攻防と今回が該当する。ウォーロードは再び一撃を受け、猪人が発する嘆きのような叫びを聞き取った。

 錆付いていると男に指摘された際、猛者の顔が一瞬だが確かに歪んだのはタカヒロの気のせいではない。その者からすれば、志にできていた、己も目を背けていた急所を突かれたような気分である。

 

 フードの男が先程まで見せていた、不動の姿勢はどこへやら。一撃を受け、やっと2枚の盾を構える出で立ちに、猛者と謳われる彼の身体から一瞬にして嫌な汗が噴き出している。

 男が纏う雰囲気は先ほどまでと明らかに違っており、明らかに己が喧嘩を売って良い範囲を超えている。むしろアレを相手にして、なぜ自分が生きながらえているかが分からない。

 

 直後に目は自然と見開き、心は全速力で撤退しろと早鐘のように警告を続けている。アレが加減というものを見失えば猛者程度は一溜りもないと、他ならぬ自分自身が告げている。

 

 しかし、主神の願いを果たすために引く道はあり得ない。届かぬ相手に刃を向ける覚悟を決め、オッタルは己の二つ名に恥じぬ猛攻を開始した。

 

 

「ハアッ!!」

「……」

 

 

 むやみやたらに体力の高いモンスターこそおれど、全力で打ち合ったことなど猛者にとって何時ぶりだろうか。己の一撃をコレほどまでに見事に防ぎきる名も知らぬ目の前の男は、自分の一撃を的確に防いで応えてくる。

 いや、それも少し違う。明らかに格上の戦士に対し全身全霊で挑んだことなど、オッタルにとって忘れかけていた感覚だ。なぜ今の己が加減無しの装備ではないのかと、自分自身を呪ったほどである。

 

 今の猛者が持つ戦う理由はベル・クラネルと己が育てたミノタウロスとの決闘を、何人たりとも邪魔させないこと。その根底にあるのは、美の女神であるフレイヤの望みを叶えること。

 主神フレイヤの寵愛を求め、その存在と望みを守り切る。彼だけが持つ戦う理由とは言えないのだが、それでも彼にとっては明確な目標だ。たとえ好敵手や道標が現れずとも、己が進むべき道は確かにある。

 

 

 ……はずだった。

 

 

 いつからだろうか。己がオラリオ最強と呼ばれ、49階層へソロで到達・帰還に成功し、猛者の二つ名を授かって早数年。

 

 その猪人に明確な目標はあれど、コレと確立された道標は残されていなかった。好敵手が居るわけでもなく、目標が居るわけでもなく。

 しいて言うならば、己と同じファミリアに後ろから狙われる程度である。それでも主神に見放されぬよう、武芸しか取り柄の無い男はその道を究める他に道がない。

 

 故に負けるわけにはいかず、鍛錬こそは絶やさなかった。かつてオラリオ全盛期に居たとされるレベル9、また、かつての英雄のような力を身に着けるため、死の瀬戸際で足掻いたことも数知れず。

 されど虚しいものである。己を狙う者に対し一対多数でも余裕をもって勝利できる程の実力を、存分に発揮できる相手はいなかった。試せる相手が居なかった。僅かながらも徐々に錆びついていく己の志を理解しながらも、それでも主神を想うという戦う理由を正義に掲げ、我武者羅に剣を振るい続けてきた。

 

 だからこそ、かつての2大ファミリアで名を馳せた者には及ばずとも。かつての大英雄とはかけ離れても、そこに猛者という男が居る。

 レベル7、かつアビリティ数値の大半が999目前という数値は、彼が積み上げてきた努力を嘘偽りなく示している。故にオラリオ最強と呼ばれている、名実共に紛れもない強者の形だ。

 

 

 それが、目の前の男を相手に現状はどうだ。心境にいくらかの驕りがあったことは、一撃を見舞った後に猛者自身も認めている。

 それでも己が放つ全力の一撃を受け、微動だにせず立ち塞がる強靭な大地がそこにある。まるで、雲の上まで聳えたつ山々そのものを相手しているような感覚に襲われる。レベル1の駆け出しが猛者に一撃を加えた時の力差よりも遥かに大きな、それほどまでの地力の差が確かにあった。

 

 猛者は己を象徴するスキルを使用していないが、それは使用したところで敵わぬと分かっているから。ならば獣化し理性を無くす選択はあり得なく、目の前の男が見せる高みにある戦術を。かつての強者に対し己が焦がれた、屈強かつ狡猾な戦士としての姿を忘れぬよう目に焼き付ける。

 

 最初に命中した左肩への一撃がまさに相手を象徴するものであり、傍から見ればマトモに受けた一撃を耐えた構図。しかし、オッタルから見れば別物だ。強靭な体格と狡猾さ、そして防御能力があるからこその、感想を言うならば“バケモノ”と言わんばかりのいなし方。

 決して真正面からぶつかって刃を止めたわけではない。左肩にかかるショルダーガード、その下にあると思われるアーマーの肩部分。これらと左肩にかかる荷重移動だけでもって、猛者による振り下ろしを無効化したのだ。

 

 ――――スキル名、“メンヒルの防壁”。メンヒルは、まさに大地の如き頑強さで信者を祝福する古代神である。

 

 名前の通り強靭な防御能力を付与する最高ランクのトグルスキルであり、通常のビルドならば装備効果と合わせてレベル16付近で止まるところを最大レベルの22に高められた彼のビルドにおいて、被ダメージの20%を吸収する効果を持つ。その他、物理ダメージ付与、治癒能力向上、報復ダメージ倍率の増加など、まさに報復型ウォーロードを象徴する、そのスキル。

 相手に合わせている現在の戦闘においては、星座や報復関連こそ機能していない。それでも、彼の組み上げたビルドが持つ、神の一撃にも平然と耐える驚異的な耐久性の片鱗は健在だ。

 

 そこから始まったのは、名も知らぬ戦士による一方的な反撃。攻撃の回数こそ猛者の方が圧倒的なれど、負っているダメージ量は雲泥の差。いかに猛者が強力なれど、通じない相手への攻撃は全て隙と同じである。

 わざと相手の攻撃を受け流してからカウンターのような一撃を見舞うウォーロードは、力ではなく技術の差を。まだ相手が強くなれる道を、明確に示しているように見て取れる。

 

 

 青年にとって、ベルにミノタウロスをぶつけたこの男の所詮は大したことではない。殺すことは容易なれど、かつて己も迷子になっていた故に、どちらかと言えば手を差し伸べてやりたい感情が顔を出す。

 猪人がやっていることは、ベル・クラネルや一般の冒険者にとって非常に危険極まりない行為であることに間違いはない。一方で、レベル1にミノタウロスの強化種をぶつけるなどという行為が知れれば、どれだけの罵倒を浴びせられるかは、他でもないオッタル自身が分かっている。

 

 

 たとえ結果として、己がいかなる評価を受けようとも。主神を想う心を貫き通した武人だからこそ全うした、戦う理由。

 

 

 対峙する青年は少し前の己と似た者が居たと思いきや、持ち得る志の高さに感心した。ダンジョンで装備が落ちないと嘆いていた自分自身とは違い、この男は我武者羅ながらも正義を掲げ、戦う理由を手放さず、その下に剣を振るっていたのである。

 ただ、受け止めてくれる相手が居なかっただけ。ならば今の己に出来るのは、手を差し伸べて、オッタルという武人の本懐が息を吹き返すための手助けをすることだけだ。

 

 長年晒された孤高の雨はその心と闘争心を錆び付かせてしまっているが、憑き物が落ちればどうなるか。

 ベル・クラネルのように、その原石は光を宿し。神々の期待に応え、英雄を夢見る者の道標となることは明白である。

 

 

「オオオオオオオオ!!!」

「――――戦う理由を手放すなよ。自分もまた道半ばだが、頂点は遠く遥か先だぞ?」

 

 

 これ以上ないほどに咆哮し放たれる、猛者による全力の一撃。ウォーロードの鎧には当たれど微かにも届かず、無情にも発動する“カウンターストライク”。

 酒場においてベートに対し発動した時とは違い、報復ダメージはなけれど、いくらかのトグルスキルと2枚の盾がある現状では威力の差は歴然だ。ダンジョンの壁に叩きつけられた猛者の体力は今度こそ残っておらず、目の前の相手が呟いた言葉と共に、その意識を沈めるのであった。

 




・メンヒルの防壁(レベル22):トグルバフ
大地の神、メンヒルに叫び求める。メンヒルは、まさに大地の頑強さで信者を祝福する古代神である。
*装備に盾を要求する
+20% ダメージ吸収
+77 物理ダメージ
+75% 気絶時間
+150 ヘルス再生/s
+20% 治癒効果向上
+45% ヘルス減少耐性
+210% 全報復ダメージ

====

If分岐ルート(過去にご感想で頂いたネタ)
1:序盤の着地時に報復ダメージ発生
2:当該部分フロア崩壊
3:Nextフロア着地時に報復ダメージ発生
4:当該部分フロア崩壊
5:ジャガーノート参上
6:3~5無限ループ

…各階層にジャガノが沸いたら27階層の悪夢どころじゃない大惨事になりますね(汗)


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32話 主神の瞳

「――――っ……」

 

 

 意識は覚醒するも、頭が揺れる。全身から痛みという痛みが生存に対する本能を発しており、上層とはいえここがダンジョンであったことを思い出す。

 軽装だったとは言えアーマーの類は全てが原形を保っておらず、全身は自身で流した血に塗れている。いくらオッタルとはいえ、この状態でモンスターに襲われればひとたまりもないだろう。

 

 

 流し見る視界の中に、己を打ち負かした男が居なければの話である。岩に腰かけ腕を組んでいる男だが、目深なフードにより起きているかどうかも分からない。

 まるで自然体であり、気軽に声を掛けるのは憚られた。それでもオッタルは、声を掛けずにはいられなかった。

 

 

「……なぜ、残った。なぜ生かした。俺は、お前や同じファミリアの……」

「猛者がミノタウロスを教育して冒険者を襲わせたなど、何のことだ。自分は“モンスターと勘違いして襲ってきた冒険者を沈めた”だけのこと」

「しかし、殺すなとの指示は出ていたが相手は……!」

「……なるほど、茶番という事か。だがミノタウロスの強化種程度、話にならん。目的は傍観と言っただろ?少年を心配しているのならソレこそ無用だ、手筈を違えねば命を落とすことは無い」

 

 

 襟を正すならば元凶の女神だろう。そう最後に呟く青年の足元には、いくつかの魔石が転がっている。オッタルが気絶しているときに襲ってきたのだろうモンスターのものと気づくのに、時間はかからなかった。

 直後に投げ寄越された駆け出し用ポーションを一気に飲み干すと、いくらか身体の感覚が戻ってくる。上層からホームへと帰還するには、十分な体力となるだろう。

 

 それを見越したかのように、猛者を打ち負かした戦士は立ち上がった。しっかりと魔石を回収している辺り、ダンジョンでのルールを守っている。

 向けられていた盾はどこにもなく、姿こそ変わらぬ鎧なれど雰囲気はまるで違う。戦いの気配は既に影を潜めており、ただの男としての姿を示している。その背中越しに、青年は再び声を発した。

 

 

「だが貴様の策略でロキ・ファミリアの冒険者が一人、重傷を負っている。自分とて、このような茶番も度が過ぎれば貴様の主神を殺しに向かう。取り返しがつくよう気を配ることだ」

「……そうか。それは幾分、粗相をした」

 

 

 そう言われ、武人の眉が少し落ちる。ファミリアは違えど、主神の為といえど、同じ冒険者が自分の所作で傷つくのは、やはり覚悟はしていても気分が良いモノではない。

 しかし、まだ聞くべきことが残っていた。もう数メートルは離れてしまった背中を見据え、声を掛ける。

 

 

「精強ながらも見知らぬ面貌の戦士よ……是非とも、ご芳名を頂戴できぬだろうか」

「……生憎だが、精良な武人に名乗れる程の者ではない」

 

 

 止まって答え、ガチャリ、と傷1つついていない漆黒の鎧の音を場に響かせ。

 「あとは自分次第だ」と言い残すかのように追う者を残し、ダンジョンの闇へと消えてゆく。その足は、10階層へ続く正規ルートへ向けられていた。

 

 

 ――――そして、盛大な問題点に気づくことになる。

 

 

(……おや?そういやベル君、9階層のどこで戦っている!?)

 

 

 “9階層”とだけ聞いて駆け出していった結末がこれである。肝心の弟子、ベル・クラネルがどこで戦っているかがわからない。脳内ARにマッピング情報はあれど、初めて来た9階層の端っこで戦っていた彼は迷子になったというわけだ。

 迷ったときのお約束である、片っ端からマップデータを埋めるように走るゴリ押し技術を披露。結果として事象が済んでから無事に合流したのだがリヴェリアに呆れられたという、決して口には出せないポンコツっぷりを発揮していたのであった。

 

=====

 

 ミノタウロスが現れたことで人気が疎らとなったダンジョン一階から出てくる、一人の男。ボロボロになったアーマーもさることながら痛々しい打撲痕を曝け出して歩くその姿を見たギルド職員は、何があったのかと目を見開いて振り返った。

 オラリオに居る者ならば大半が知っている、その姿。名前を耳にすれば10歳以上は全員が知っているその存在。都市最強でありレベル7を誇るオッタルが満身創痍になるなど、のっぴきならない事情が発生したことは明白だ。

 

 しかし持ち得る瞳は闘志に満ちており、今だ戦いの最中に居る様相を隠せていない。そのことも、ギルド職員が声をかけづらい要因となっていることは明らかだ。

 幸か不幸か、目的の場所はバベルの塔にある上層のために街中を歩く必要はない。いくらかの者とはすれ違うこととなるが、そんなことは気にならない程である。

 

 

 足掻きに足掻いた戦闘が終わり、目覚めてから1時間後。満身創痍のオッタルは、様々な者からの視線を受けつつフレイヤ・ファミリアのホームへと帰還した。

 己の主神に、なんと報告するべきか。目指すべき目標が見つかったのは喜ばしいが、胸を張って言える唯一の道で負けたことも、また事実。

 

 一から出直しとは、このことだろう。相手が見せた狡猾さの光景が薄まらぬうちに検討し、己の攻撃と防御に組み込めば、また一歩高みへと昇れることは間違いない。

 それはさておくとしても、ともかく、主神の願いを果たせたことには変わりない。魔石灯の光が怪しく照らす、やや薄暗い彼女の部屋へと報告のために入ると、そこに居た主神フレイヤは――――

 

 

「あああああああ、なんて輝きなのかしら!何者にも染まっていない白!穢れなき白!ああ、染め上げたい!その先が見たい!ミノタウロスと戦っただけでこの輝き!柔らかそうな毛並み、子兎のような顔つき!戦っている漢の顔から突如として一変するあの花の笑顔!ああ抱きしめたいわ!頭を撫でてあげたいわ!むしろ撫でて欲しいわ!見てるだけで背中がゾクゾク以下略」

「……」

 

 

 螺子が外れかけていた。手先でもってあと一山ぐらい左に回せば、ポロッと簡単に外れてしまうぐらいにまで緩んでいる。

 両手を頬に当て、クルクルとコマのように回る姿は見ているだけで愛おしい。その仕草が自分の行いによって引き起こされているのだから、その言葉が向けられる対象が己でなくても、オッタルにとっては無茶をした価値があったというものだ。

 

 それにしても正直なところ、第三者が見れば“ひどい”と思ってしまうレベルに達している。いかなる美男子が来ようとも、常に凛とした様相と高貴さはどこへやら。この暗さに対して魔石灯では力不足であるように、全く影を見せていない。

 かねてより主神が、少年の事を話題にすると冷静さを欠く点については気づいていた。一人の少年に夢中になっており、その者の事となると、第三者から見た精神年齢は目を覆いたくなるレベルにまで退化してしまうのが主神フレイヤの現状である。

 

 

「……あら。どうしたの、オッタル」

「フレイヤ様、まずはタオルを。飛び散っております」

 

 

 綺麗な筋を描く鼻部から振りまかれている赤い液体は、どこぞのアーティスト顔負けの様相を純白のカーペットに描いている。記憶が正しければ団員総出で敷き替えたのは先月だが、これを狙っていた……はずはないと思いたいが、考えるだけで頭が痛くなるオッタルであった。

 クルクルと回転しているうちに己の自慢である眷属の痛々しい姿が目に入り、普段は冷静なフレイヤも思わず問いを投げていた。その姿を持つ者が他ならぬオッタルだったことと、ベル・クラネルの成長ぶりを見た直後で機嫌が良かったことも1つの理由だろう。

 

 

「それで、その傷はどうしたの?」

「いえ……ご所望の件は達成できたのですが、面目なく、幾分粗相を」

「そう……」

 

 

 それもやがて落ち着き、オッタルは己の主神に対し、ミノタウロスを鍛えベル・クラネルにぶつけた旨を報告している。そもそもの発端が「あの子が苦戦しながら勝ち上がるカッコいいところが見たい!でも殺しちゃだめよ!」という主神の無茶振りであることを知るのは、今ここに居る2名だけだ。

 傷については口をつぐんだオッタルだが、それがフレイヤにとってマイナスとなるなら必ず報告を行う男であることは彼女も知っている。であれば自分自身に関する口にしたくないことだろうと判断し、フレイヤもそれ以上の追及を避けていた。

 

 

「だったらこれを見て頂戴!もう最高以外の言葉が見つからないわよ、何回見ても飽きないわ!座りなさい、オッタル」

「は、はぁ……」

 

 

 ということで、話題が戻る。年甲斐もなく燥いでいる彼女の姿を見て惚れ直す反面、その意識が向けられている例の少年に対し嫉妬の心が顔を出す。いっそミノタウロスではなくゴライアス辺りの首根っこを捕まえて持ってきた方が良かったかと取り返しがつかなさそうな考えが思い浮かぶが、例の青年に言われた文言が顔を出して収まった。

 ウキウキでニッコニコの表情を浮かべるフレイヤの説明によれば、この水晶玉には“録画機能”なるものがついているらしい。それが何かは分からないものの「5回目よ!」と顔に力を入れる残念女神の横に座らされたオッタルは、戦闘の様子をまざまざと見せつけられ――――

 

 

「……本当に、話にならない。ミノタウロスの強化種を鍛えた存在ですら、ほど足りぬと言うか」

 

 

 眉間に力が入り、額に流れる汗が確かに分かり、ポタリと純白のカーペットへと落ちていた。

 

――――あのお方が目を付けているレベル1の駆け出しが、シルバーバックとオークを倒した。

 

 その程度のことは聞いていた。駆け出しながらも流石はフレイヤ様が目を付けたヒューマンだと、あのお方のお眼鏡に適うならば当然だろうと思っていた。

 基本として、駆け出しの筋力ではシルバーバックに届かない。それを覆すぐらいのソコソコの腕前と武具が揃っているのだろうと、ダンジョンでミノタウロスを鍛えている時に思っていた。それでもって出来れば主神の興味が消えるよう、レベル1にとって無残な敗北となるであろうオーバースペックすぎるモンスターを用意した。

 

 だが、そんな古く曖昧な情報は役には立たない。水晶越しながらも此度の戦闘を見せつけられ、“あり得ない”程に洗練された小手先の技術に眉間に力が入り、舌を巻く。

 全てに無駄がなく、全てにおいて理想形。攻撃の組み立て方など、思わず彼とて唸りかけたほどのものがある。相手に通じることと通じないことをはっきりと見分けており、無駄な攻撃をしない分、結果として無駄な力と隙を作らない。

 

 最初の一撃こそ不意のもので受けてしまっているが、それでも可能な限りを減衰させる立ち回り。何かしらの理由(鍛錬におけるアイズの蹴り)で、前方からの一撃に対する技術が特に卓越しているのだと読み取れた。

 

 

 そして、己が対峙した謎の戦士の姿を思い出して身震いする。山の如き重鎮さの中に匠と言える技術を見せていたソレと比べてしまえば、いくらかの隙が伺えるというものだ。悪い例え方をすれば、少年の戦い方は、彼が見せたモノの劣化版とも言えるだろう。

 それでも、相手が未だレベル1だということを忘れてはいけない。これがレベル3、4と成長してきて身体能力や反応速度が伴えば、此度の戦いで見せた技術は、より高い次元で生かされる代物だ。

 

 恐らくはあの戦士に学んでいるのであろう、卓越した狡猾さ。しかしそれだけではなく、少年が持つ、底知れぬ潜在能力の高さが伺える戦闘だ。

 なぜ己がその立場に居らず、なぜ己にその師が居ないのかと拳を握り締めてしまうが、ないもの強請りをしても仕方がない。背中も見えない目指すべき遥かなる高みと、下から猛烈な勢いで追ってくる2つの存在は、ハッキリと脳裏に残っている。

 

 

「ああ……やっぱり素敵だわ」

「……ええ。あの男とこの少年は、やがてオラリオの注目を集めさらうことになるでしょう」

「あら、オッタルもこの子の連れ去りたいぐらいの可愛さ分かったのかしら!?貴方も分かっているわね。もう一回、見るわよ!」

 

 

 違う、そうじゃない。この女神、都合のいいところしか聞こえておらず、とうとう本音が漏れている。

 

 

 注目している点だけは同じなものの、微妙に意見が食い違っている。加えて、相変わらず「見て見て!」と子供のように燥ぐ残念な主神がそこに居た。オッタルが予想するに、恐らくあと数日は戻らないだろう。

 

 しかし、それはそれで居心地がいいと言うものだ。いつか遠方の地で「あんな風に笑うのか」と思った表情を見たことがあるが、それとはまた違う無垢な微笑み。

 それを今、己というたった一人がすぐ横で見ているのだ。結果としてこのような状況を作ってくれた少年と重傷を負わせてしまったロキ・ファミリアの冒険者に謝罪をし、オッタルは瞳に力を入れて水晶を見つめるのであった。

 

 

「ああ、それと……」

 

 

 ふと零れるように出される主神の言葉は、傍から見れば、思い出したかのように。

 しかしその瞳は、少年に夢中な傍らで、しっかりと己の眷属を見ていたかのように。相変わらず録画画面が再生される水晶を見ながらも、フレイヤは口を開く。

 

 

「やっぱり男の子って、強者に挑む姿が素敵よね。私の瞳に映っている“2人の魂”が、とっても綺麗に輝いているわ」

「……はい、フレイヤ様!」

 

 

 力の入った猪人の声と表情は、どこか、いつもよりも清々しく。遠い昔に冒険者になった頃の様相を、フレイヤに思い起こさせていた。

 




原作のフレイヤが好きな人、すみません


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33話 鍛冶の神

「失礼する。神ヘファイストス、急な依頼にも関わらず時間を作って貰い感謝する」

「エンチャント鑑定の件でお世話になっているからね、これぐらい気にしないで。丁度、時間もあったし大丈夫よ。ヘスティアから話は聞いてるわよ、防具を作って欲しいんですって?」

 

 

 ベルとミノタウロスの一件があった翌日の早朝、ヘファイストス・ファミリアが開店を迎えた時間。ヘスティアにアポイントを取ってもらったタカヒロは、鍛冶を司る神であるヘファイストスの下へと訪れていた。ヘスティアにお願いしたのは先日の昼時なのだが、感謝と共にまさかの即日対応で内心で驚いている。

 ヘファイストスは顔の右側の大半を覆う眼帯を装着している特徴的な人物であり、口調や声質、体型の全てがスレンダーな女性を彷彿とさせている。実際に身長も高くスレンダー体型であり、流石は神と言った美貌を備えている有名人だ。

 

 青年は部屋の入り口から少しだけ入った位置に立っており、彼女の方を向いて返事をしている。その目はかつてのエンチャント鑑定の時とは比べ物にならない程に真剣であり、まさに戦士の様相。つられて、ヘファイストスの気も締まるというものだ。

 執務机の上にあった書類を纏めてトントンと揃えた彼女は、前にあるテーブルの両サイドにあるソファへ座るよう手で促す。パックながらもお茶が出され、二人は一度、口を付けた。

 

 

「用件を再確認するわ。ヘスティアから概要を聞いた限りだけど、彼女の役割はただの紹介。ローンの支払いを持つのは貴方で、貴方のための防具を私に打って欲しいということで間違いはないかしら」

「ああ、その通りだ。自分が望んでいるモノを打てる卓越した技術と才能を持ち合わせているとすれば、鍛冶と炎を司る神、ヘファイストス以外に在り得ないと考える」

 

 

 真剣な表情からの突然のべた褒めに対して目を開いて視線を背け、彼女は少しだけ頬を染めて照れ隠しをすることとなる。人差し指で横髪をクリクリとしている点は可愛らしいが、青年の表情や視線は微塵も変わっておらず彼女を見据えており、どこ吹く風と言ったところだ。

 彼女はコホンと咳払いし、話を戻すために相手を見る。ついでに魂を見てみるも、嘘、すなわち建前を口にしているわけではないようだ。となれば猶更の事、どうにもすぐには戻れそうにないために、とりあえず相手に責任を押し付ける。

 

 

「……貴方、思ったことを口にする前に考えた方が良いわよ」

「それは失礼、しかし事実だと思っている」

 

 

 表情1つ変わらず、どうやら忠告も聞きそうにない対応だ。その言葉で先の台詞を思い返してしまい、彼女は再び咳払いする。

 とはいえ、彼が戦いのプロフェッショナルであるように、彼女もまた鍛冶におけるプロフェッショナル。己の得物を望む者が目の前に居るのだから、自然と覇気が戻るというものだ。

 

 どんな防具を希望しているのかと聞けば、青年はガントレットと返している。伝わるかどうかという点も含まれていたが彼女もガントレットは知っており、相談をしてきた眷属を相手に何度か作り方を説明したこともある。

 青年が言うには今現在において使っているガントレットは鍛冶師でない己が作った自作品であり、ベースの性能に不満を感じているということだ。軽く溜息をついている辺り、そのガントレットについて悩んだ過去があるのだろうとヘファイストスは捉えている。

 

 

「参考になる物……例えば、今まで使っていた物とかを見せてもらうことはできるかしら」

「ああ、持ってきている」

 

 

 その言葉で、タカヒロはインベントリから1つのガントレットを取り出している。バックパック要らずの光景に「スキルのようなものだ」と呑気に説明する彼は嘘をついていないため、ヘファイストスも追及することを止めている。

 

 しかし追及を止めた原因は、突如として出てきた点ではなく、ガントレットそのものが原因だ。予想外にもほどがある一品を目にして、彼女は思わず立ち上がって目を見開き、その防具を間近で覗き込んでいる。

 

 自作と聞いて鍛冶師としては嬉しく思い、どんなガラクタが出てこようが「鍛冶師じゃないのにやるじゃない!」とでも口にして褒め返そうと思っていたヘファイストスだが御覧の通り。そのまま売りに出すとしてもヘファイストス・ファミリアで一番のショーケースに突っ込んで事足りない領域に相当する品が出てきたために、内心で冷や汗を覚えている。

 これで素人が作った出来損ないなどと、他の鍛冶師が目にしたらやる気を削ぐどころか心が折れる者が多数現れることになるだろう。二つのAffixの内容までは分からないヘファイストスだが、青年が取り出したレア等級のガントレットは、まさに国宝級の逸品と呼べる領域に片足を踏み入れている。

 

 

「……何よ、これ。貴方、本当に鍛冶師じゃないの?」

「エンチャントこそ厳選したが、ベースは所詮、出来損ないだ。ローンになるだろうが対価は払う。これを超えるものを、作って欲しい」

 

 

 ストーンハイド・プレイグガード グリップ・オブ ブレイズ。様々な耐性を向上させたうえで報復ダメージ、報復ダメージ倍率、カウンターストライクのレベルを3つ上昇させる効果の付いたガントレットだ。

 しかしながら彼が言った通りAffixを除けば微妙なアイテムであり、今の環境においてはAffixで得られる耐性も過剰な数値となっている。故に悪い言い方をすれば“無駄”であり、見直す余地がある個所となっているのだ。

 

 神々と戦うために火力と引き換えに多くの耐性を積んでいる彼だが、厳密に言うならば、もう少し低くても支障は無い。ノーマル環境な現在においては合計375%の耐性が過剰となっているために、ここを削ることで他のAffixを付属させることができ、結果として更に強くなれる余力が生まれているのだ。

 もっとも装備の変更によって発生する影響は耐性だけではなく全体に及ぶため、それは出来上がったパズルを一度崩すのと同じこと。新しいパズルのピース、新装備が如何程かが分からなければ、新たなパズルの組み立てが始まらないこともまた事実である。

 

 弟子と同じくヴェルフの武具は気に入っている彼だが、申し訳ないと思いながらも、現状では望みの性能には届かないだろうとも判断している。故に、その道の頂点が居る門を叩いたというわけだ。

 

 神話級のレジェンダリーに匹敵する逸品。もしくはレア程度に留まるかもしれないが、未知のAffixによって生まれるかもしれない、高みへの突破口。

 それが先日、40秒ほど遅刻してしまうまで悩んだ問答で出した彼の答えだ。出来上がるかどうかは未知数ながらも、可能性があるならば試す他に道はない。

 

 

 一方のヘファイストスも、かつてない難易度の依頼であることをまざまざと感じ取って気合が入る。金銭面はさておくとして、ミスリルを筆頭に、素材の全てを超一流で揃えなければ始まりにも届かないことはハッキリと分かっていた。

 彼女としては、「やってやろうじゃない!」と口にして応えたい心境である。これ程のモノを作れてなお、先の言葉を掛けてくれた青年の期待に応えようと、かつてないほどのやる気が漲っている状況だ。

 

 とは言っても、どのようなガントレットにするかは要相談となる。そこで彼女は話を進め、どのような仕上がりにするかをヒヤリングすることとした。

 

 

「……で、希望するガントレットの詳細は何かしら。あんまりアレもコレもっていうのは無理だけれど、凡そは啄めると思うわ。具体的なものじゃなくても構わないわよ、言ってみて」

「基本としてはヘビーアーマー。夜空に浮かぶ星々から得られる力を意識して作ってみて欲しい。また、大地の如き硬さ、報復の心も必要だ」

 

 

 予想外の返答であった。もっと緻密で具体的なものかと思えば拍子抜けする程に抽象的であり、仏頂面から放たれる予想外の言葉に、ヘファイストスは可愛らしく首を傾げている。

 

 

「……見かけによらず、ロマンチスト?」

「理想の装備を追い求めるという意味では、そうかもしれん。言い方を変えるなら“至高の装備”の追求、どこかで聞いた台詞だろ?」

 

 

 どこもなにも、バベルの塔一階にある案内図に記載されているヘファイストス・ファミリアのキャッチコピーである。苦笑したヘファイストスは「そうだったわね」と呟き、瞳に力を入れて彼を見返した。

 抽象的ながらも相手が要望するイメージは掴めているために、彼女は試行錯誤をしながらチャレンジすることを決定した。どのような形となって現れるかはまだ彼女にも分からないものの、やる気の方はストップ高となっている。

 

 しかし気合いとは裏腹に、素材の方は全くもって足りていない。希少な金属はいくらかのストックがあるものの、先ほどのガントレットを超えるものとなれば最低でも、滅多に出回らない50階層以降のドロップアイテムがいくつも必要となるのだ。

 その説明に対し、返されたのは「何なりと言ってくれ」という一言だけ。あまりにもあっさりと返される返事に、ヘファイストスは表情をしかめることとなった。

 

 

「……聞いてたかしら。深層、それも50階層よ?本気なの?」

「無論だ」

 

 

 彼女はちらりと魂を見るも、本気である事に嘘は無いようである。近所に散歩しに行く程度では済まない深層と言う場所であることは間違いない。

 最低でも、どのようなモンスターか程度は知っているということだろう。そこでヘファイストスは、要求されるドロップアイテムを持つモンスターについて、質問を飛ばすことにする。モンスターの特徴などを答えるように口にして、問題を出した。

 

 

「ヴァルガング・ドラゴンの鱗」

「58階層に生息する、全長10メートルで二足歩行のドラゴン。52階層までを狙う火炎の砲撃を放つ。鱗ではなく爪をドロップする場合もある」

「……デフォルミス・スパイダーの糸」

「51階層に生息し、赤と紫が混色した巨大蜘蛛。八本の脚が特徴で、複眼を持つ。吐き出す糸による移動速度低下・拘束に要注意」

「ヴェノム・スコーピオンの針」

「巨大なサソリ、生息域は52階層。大きなハサミによる攻撃と尾にある針の毒に注意――――って、得物はガントレットだというのに関係があるのか?」

「無いわ」

「……」

 

 

 問いの3つともが正解であり、それぞれ一瞬の間をおいてすぐに答えが返ってきた。知識については単なる出まかせでないことが証明され、ヘファイストスも口をつぐむ。

 

 タカヒロとしては実のところ、これらはリヴェリアの講義で学んだ内容であり、スパイダーについては以前に屠ったことがあるので外観程度は知ってもいた内容だ。もっとも、その際には装備の直ドロップしか見ていないため、ドロップアイテムがあったかまでは覚えていない。

 正直なところ何をどれだけ依頼されても薙ぎ倒して確保する気でいた彼だが、ここにきてまで彼女の講義が役立つのかと内心でほくそ笑む。知恵ではないためにひけらかす程度にしか使えないが、役に立ったのは事実であった。

 

 

 ともあれ、作成に必要な2つの素材は把握できた。もっとも、ここまでのレベルの装備となるとヘファイストスも地上では経験が無いらしく、彼女と言えど必ず作れる保証が無いらしい。その点については、青年も承知した旨の返答を返している。

 ヘファイストスも必要な金属の追加発注をかけるとのことで、頭金は1000万ヴァリスで仮契約と相成った。契約価格は現物次第で青天井、かつ最低でも4000万ヴァリスになるであろう高額なガントレットに浮かれつつ期待を込めて、青年は別の場所へと足を運んでいる。

 

 そちらでの大事な用事も終わり、時刻は夕飯時を過ぎている。もっとも今朝の段階で、遅れるかもしれないことをヘスティアに連絡は入れていたため、帰りが遅くなる点については問題ないだろう。

 目先の目的は、50~58階層でのドロップアイテム収集。「とりあえず日帰りで狩ってくるとして、納品までは数日は空けた方が良いか」そんな呑気な考えを浮かべている程の気楽さを、星々が笑うように見つめていた。




既存装備:ストーンハイド・プレイグガード グリップ・オブ ブレイズ
レアリティ:レア
装甲値:1061
+550 ヘルス
+22% エレメンタル耐性
+26% 刺突耐性
+40% 毒酸耐性
+50% 出血耐性
+ 3% 攻撃速度
+ 3% 物理耐性
25% 中毒時間短縮
+13% 装甲強化
+214-280 物理報復
+42% 全報復ダメージ
+3 カウンターストライク

備考:スキルを除く上昇数値は付与される(上限+下限)÷2。物理報復ダメ―ジは、その数値の最低ダメージ-最高ダメージです。ヒット毎に当該範囲において変わる感じですね。


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34話 ランクアップとプレゼント

GrimDawn豆知識:属性ポイント
・属性は、体格、狡猾、精神の3つ。
・初期値10ポイント、レベルアップで+1。稀にクエストで+1。
・1属性ポイントを割り振ると、数値が8上がる。
・装備効果による上昇数値は8の倍数に縛られない。割合(3-5%)上昇もある。
・体格の数値1につきヘルスが2.5、ヘルス再生が0.05、防御能力が0.4向上する。

====

原作に沿ったパートで、オリジナル要素は後半のみですね。


 タカヒロがガントレットを契約した翌日の早朝、オラリオにある廃教会の地下室。一人の少年がソファーにうつ伏せとなり、その腰部分に主神の女神が跨っている。

 ヘスティア・ファミリアにおいては、よくある光景。少年に刻まれた神の恩恵を更新するためにとられる姿勢であり、二人にとっては日課のような代物だ。

 

 

「……。ベル君、落ち着いて聞くんだ」

「と、とうとうボクもレベル2に!?」

「それは、ちょっと置いとくとして。ベル君の今のアビリティ、オールSSS。1400とか1600とか、ワケのわかんない数値に行っちゃってるよ……」

 

 

 十数秒、音無き時間が流れてゆく。

 

 

「……凄いですね!」

「ベル君の行いは素晴らしいと思うしロキに貸しを作ってくれるのも嬉しいけど、凄いで済むかぁ!!」

「いったぁー!」

 

 

 数値を聞いて素っ惚けるベルの背中に、チクリと針が刺さる。彼もアビリティ数値の上限は999だと知っているために、しかし1000を超えている理由は分からないために、惚ける他に道が無い。

 

 朝一番でステイタスの更新を行いドン引きするのは、主神ヘスティアとその一番眷属本人である。本来ならばS:999までしか上がらないはずの数値が、どういうわけか4桁の更に中間まで伸びているのだ。

 もっとも、そのすぐ横にSSSすら突破してEX、数値的には6000を超えている例外中の例外が居るためにヘスティアも気絶を免れていた。なお、恩恵を貰った際に“体格”に1属性ポイントを振っていたので、ステイタスを更新すれば更に伸びているのはご愛敬だ。

 

 ランクアップ前のステイタス更新が終了し、準備も万全で完了である。ミノタウロスとの戦闘内容を聞き出した青年が、ようやくランクアップの許可を出したのだ。

 いざ。ということで、ヘスティアはそのままランクアップの作業に入る。いつもより長い時間をかけて文字を書いており、見ているのも気まずく思ったタカヒロは机で本を広げている。

 

 

 ところでこの青年。ガントレットの契約の際に2つのドロップアイテムを「持ってくる」となっているのだが、その点において依頼主と請負人で考えが違っている。

 ヘファイストスからすれば、「どこかの市場で探してきて」。青年からすれば「産地直送したほうがいいアイテムできるかな」という内容だ。

 

 ということで、リフトを使って日帰りしましたという内容は表に出さない方が良いだろうと直感的に感じ取っており、こうしてインターバルを設けているわけである。向こうも金属の用意があると口にしていたために、丁度いいだろうと判断していた。

 そして本人視点では「走って行っても片道1日、採取1日あれば行けるだろ」的な気軽さでいるために、“掘り”の予定は明後日だ。綿密な準備を行っていく場所、という程度は学んだことのある彼だが、「ソロで行けるんだしその程度でいいだろう」と判断している。リヴェリア先生、行くだけで最短でも5日以上かかるという一般教育が足りていない。

 

 

「ベル君、発展アビリティがわかったよ。狩人・耐異常・幸運。この3つのうちのどれかを選択する形だ」

「幸運?」

 

 

 それはさておき、「なんだそれは?」という感想に至ったのはタカヒロも同じである。少なくとも、教科書には書かれていない発展アビリティだ。うつ伏せのベルと目が合うも、互いに疑問符を発している。

 狩人は、一度戦闘を行ったモンスターを相手にアビリティに補正がかかるもの。耐異常は、毒や麻痺などの状態異常に対して抵抗を得るもの。そして最後の幸運は誰もが分からない内容ながらも、恐らく運に対して補正がかかるものだろう。

 

 ともあれ、どれか1つを選ぶことになる点については変わりない。自分自身のことであるために、ヘスティアは、3つの中で何が良いかをベルに尋ねていた。

 

 

「僕は、幸運が良いと思います。狩人は確かに魅力的ですが、実力がつけば補えます。参考までに、師匠のご意見はどうでしょう?」

「自分も同じ幸運かな、理由もベル君と同じで。耐異常も捨てがたいけど、これは他の時でも取れるらしいからね」

 

 

 正解かどうかは誰にも分からないが、師匠と同じ意見だったことを知って少年の顔に花が咲く。もっとも幸運の効果はタカヒロも未知数であり、レアアイテムなどのドロップ率が上がるのだろうかと考えている程度だ。ということで、羨ましがっているのは内緒である。

 ベルの意見もあってヘスティアは「幸運にするよー」と気軽に口にし、ベルの背中に更新後のステイタスを書き込んだ。やがて更新も終了し、左右の手をニギニギとして違和感を感じている少年の横で、彼女は羊皮紙にステイタスを書き込んでいる。

 

 

ベル・クラネル:Lv.2

・アビリティ

 力 :I:0

 耐久:I:0

 器用:I:0

 敏捷:I:0

 魔力:I:0

 剣士:H

 幸運:I

 

・魔法

 【ファイアボルト】

 

・スキル

 【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】:早熟する。憧れ・想いが続く限り効果持続。思いの丈により効果向上。

 【英雄願望(アルゴノゥト)】:能動的行動に対するチャージ実行権。

 

 

 微妙に変わっていた1つ目のスキルは例によって消されているが、ヘスティアやタカヒロの視点で言えばこのような状態だ。タカヒロが気にしていた発展アビリティは無事にHに昇格しており、更なる戦闘能力の向上が期待できる。

 本で勉強した程度の知識では、耐異常が最も求められるだろうと考えている。とはいえ無いもの強請りをしても仕方ないうえに、レベル2にしては破格である2つの発展アビリティとスキルだけで満足すべきだと判断し、紙をベルに渡していた。

 

 とここでタカヒロが気になったのが、極端な例としてアビリティが全てDと全てSSSの状態でレベルアップした際の差である。今回のベルは戦闘技術が追い付いていなかったために保留となっていたが、レベルアップによりアビリティの数値は0に戻るため、もし先ほどの2つが同じならばさっさとレベルアップした方が良いのは明白だ。

 ヘスティアの回答としては、余剰となった分は潜在能力としてキッチリと反映されるとの内容である。もっとも、ベルほどの例外っぷりは彼女も初めて目にするものであり、己の書き込んでいたステイタスが本当かどうか疑心暗鬼になりかけている旨を口にしていた。

 

 

「現になっているだろう。ベル君の潜在能力と弛まぬ努力があってこその、この結果だ」

 

 

 主神の疑問を師匠に否定され同時に褒められ、花のような笑顔を振りまく一人の少年。炉の女神をもってしても「うぉっ、まぶし!」と言わしめるソレを止められる術は存在しない。

 

 

「だが長けているとはいえベル君が得ている技能は剣、とくに短剣やナイフに関する扱いと立ち回りのみだ。ダンジョンにおけるセオリーやパーティー行動こそ身についてきたが、イレギュラーと鉢合わせにでもなれば素人以下もいいところだろう」

「うっ……」

「そして何より、仲間を失う“苦さ”を知らない。こればかりは起こらないに越したことは無いが、ランクアップしたとなれば、そういう領域へ行くということだ。そろそろ、常日頃から意識していた方が良いだろう」

 

 

 師である彼を除いて、の話である。太陽かと思う笑顔はズーンという擬音と共に氷河期へと変貌し、駆け出しの少年は過酷な現実を突きつけられていた。

 しかし事実であり、今現在において少年が最も気にしている内容だ。落ち込むことはあれど、やる気が削がれることはない。むしろ、自分に足りていないものが明確に分かって、しかし一番最後のことは起こしてはならないと、内心では奮起している。

 

 そして、午前の鍛錬が開始されることとなる。器が大きく変わると言われているレベルアップ直後のために、今日は身体と感覚のズレを経験し調整する程度に留められた。

 タカヒロの体感としても、ベルの剣は昨日よりも速く重くなっている。とはいえ彼からすればまだまだ序の口であり、まだまだ教えられることの内容はいくらかあることを実感していた。

 

 

 一段落したのちに、新たなスキルを試すこととなる。おっかなびっくりな表情を見せるベルと「シャキっとしろ」と活を入れるタカヒロは、まさに師弟のやり取りだ。

 結果としては、強力な一撃を求めた際に攻撃をチャージし、より強大な一撃を放つことができるというモノであった。手数には優れるものの時には必要となる強大な一撃を放てる手段は、少年にとっても非常に有効なスキルだろう。

 

 しかし、デメリットも多数ある。まずチャージ中は他の行動はともかく移動すらも行えず、詠唱というわけでもないので並行詠唱の類も使用できない。

 加えて、チャージ時間に応じて体力と精神を大きく消耗することも判明した。試しに最大秒数までチャージしようとするとマインド・ゼロに直面することが分かり、現状では1分と30秒ほどが最大チャージ可能時間。現実的な戦闘能力を残すとなると1分程度が限度であると判明した。

 

 

「今日は少し早いが、精神(マインド)も使ったしここで終わりにしよう。ベル君、それと1つ……」

「あ、はい。なんでしょう?」

 

 

 表情を緩めたタカヒロはそう言うと、インベントリから1つのネックレス型のアミュレットを取り出した。包装されてるわけでもなく、現物のままの状態である。

 

 

「風情の欠片もない現物渡しですまないね。自分とヴェルフ君から、レベルアップした君の安全を祈る贈り物だ。辛い時、このアミュレットが持つ力が元気を分けてくれるだろう」

 

 

===

 

時は、少しだけ遡る。

ガントレットの件でヘファイストス・ファミリアへ足を運んでいたタカヒロが、用事が済んでからヴェルフの工房へと訪れていた時だ。とあるアイテムを作ってもらおうと、口を開いたのである。

 

 

「え、ベルへのプレゼントでアミュレットを?」

「ああ。ベル君もレベル2になっただろ?魔除けのアミュレット、というわけではないが、無事を祈るという意味で、1つ作成を依頼しようと思ってね。まぁ、実用性があるかと言われれば耳が痛いが……」

「そんなことはないでしょう、気持ちの方が大切ですよ。作成は任せてください!なんでしたら、一緒に作りませんか?」

 

 

という流れで、アミュレットの作成が決まったのだ。もっとも、作成過程においてリングにするかペンダントの方が良いかなど様々な論議があり、結局は装着しやすいネックレス型のアミュレットに落ち着いている。

もう1つ、デザインをどうするかで二人して唸っていた。実のところ1つのデザイン案が思い浮かんでいたタカヒロは、指輪のようなリングに紐を通すことを提案し、ヴェルフも気に入って採用となっている。

 

大まかなリングの形はヴェルフが作り、自称素人のタカヒロと二人で細部の簡易的な装飾を整える。使われている素材こそレベル1にお似合いの代物ばかりだが、こうして1つのアミュレットが作られた格好だ。

なお、ネーミングについては二人で意見を出し合うこととなる。タカヒロが出したものと“兎輪(ぴょんりん)”のどちらが良いかとヘファイストスに意見を求め、間髪入れずにタカヒロのものが採用となってヴェルフが落ち込んでいた結果となったのはご愛敬だ。

 

===

 

 

「ちょっとしたエンチャントがかかっているアイテムなんだが、そのへんは秘密という事にしておいてくれ。自分とヴェルフ君からの、君の無事を祈る願いが込められたアミュレットだ」

 

 

 結果的に二人で試行錯誤して作ったこのアイテム名を“ブラザーズ アミュレット・オブ ライフギビング”。首にかける紐の先に青白く細い指輪のようなものがついた、見た目も効果もシンプルながらエンチャント効果を持つアミュレットである。

 アイテム作成時にAffixを付与するタカヒロが作成にかかわったことで“オブ ライフギビング”のAffixに似たエンチャントが発現しており、素材のレベルの低さで効果は本当に微量なれど、自然治癒能力を向上させる効果を持つ。また、5%のエレメンタル属性の魔法に対する耐性を付与する効果も持ち合わせている汎用的なアクセサリーである。

 

 いつもの“スクラップ(屑資材)”をベースに作ると装備レベルが要求されるが、どうやらこの世界のもので作ればその制限は無いようだ。レベル1用の武具に対して使われる素材の代償としてAffixも効果が低いものとなっているが、それは仕方のない事だろう。

 なお、ここオラリオにおいてはマジックアイテムに分類される代物だ。性能を保証したうえでオークションにかけたならば百万ヴァリス程の値段がつくことを、タカヒロが知るのはかなり先の話である。

 

 

 両手で受け取るベルは、まるで恋人からプレゼントを貰ったかのように頬を紅潮させて嬉しさを隠そうともしていない。さっそく紐をほどいて装備すると、エンピリオンの光よりも眩しい笑顔を振りまくのであった。

 

――――嗚呼、これホントに男の子なんですかね。

 

 そっちの気はないものの、抱きしめて“高い高い”でもしてやりたい気分になってしまった青年。タカヒロは、兄と言うよりは完全に父親(パパ)の立ち位置であった。

 

 

 一方で。バベルの塔の最上階で鼻血の海を創造している美の女神が居ることと後処理に追われる苦労人が居ることは、当該者を除いて誰にも関係のない話である。

 

 

 そして、装備したアミュレットをたっぷり30秒ほど眺め、指輪のような部分を服の下に仕舞ったあとのこと。意を決したように、突然とベルが口を開いた。

 

 

「じゃ、じゃぁ、僕の秘密も、言います!」

 

 

――――いや、別に無理しなくていいんだけど。

 

 突然のカミングアウトに真顔でそう考えるタカヒロだが、口に出すことはできなかった。目に力を入れてググッと身構える、小さな勇気を持った彼の志を蔑ろにはできないからだ。

 さて何がくるのやらと気軽に構え、胸の前で左右の手首と肘をくっつけている女々しい少年の言葉を受け取るために顔を見据えると……

 

 

「ぼ、僕は、異性としてアイズ・ヴァレンシュタインさんに憧れてます!」

「知ってた」

「ふぇっ!?」

 

 

 顔を真っ赤にしたかと思えば、次の瞬間には真っ白に。基本的に仏頂面な師とは違い、ベル・クラネルは感情豊かな少年である。




オリジナルの装備は“シスターズ アミュレット・オブ ライフギビング”、装備可能レベルは5です。ゲームにおいても初期に装着するプレイヤーは多いことでしょう。
このアミュレットの名前のネタはやりたいと思っていたのですがGrimDawn側のぶっ壊れエンチャントはどうかと思いましたので、数値が低いのは素材のせいにして、あんまり影響のないこの程度にしておきました。
ライフ回復の数値は暈してありますが、ゲーム内でレベル2だと、自然治癒速度が5~11倍(体格1振りでのヘルス再生値が0.32)になる感じです。この数値はポーションなどのアイテムには影響しません。


■ブラザーズ アミュレット・オブ ライフギビング
+4.2 ヘルス再生/s
5%  エレメンタル耐性

■シスターズ アミュレット・オブ ライフギビング
装備可能:Lv5 (ノーマル難易度)
+10% ヘルス
+4.2 ヘルス再生/s
+50% 活力
8% エレメンタル耐性

■スクラップ
GrimDawnにおける鉄くず、ボルト、ロープ類が混じったアイテムの総称。アイテム作成などのベースとなる、意外と重要アイテム。


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35話 保護者会

「……まったく、夢にまで出てくるとはな。ロキの奴め、どれだけ酒に執着する気だ」

 

 

 日の出直前の時間から出かける用意をしながら、思わず部屋で独り言つ。羽織ったローブに緑色のシルクのような髪の毛をサラリと流し杖を持つと、彼女は黄金の少女と共に、人知れず黄昏の館を抜け出した。

 独り言が出た理由は呟いた言葉の通りであり、財政難に直面しているための財政切り詰めの政策に、主神ならぬ主犯ロキが相変らず猛反発して食い下がったのが原因だ。相手もこちらも具体的な数値は示せていないものの、もちろんリヴェリアは猛反発を見せており、結局は最後の最後にロキを言いくるめる始末である。

 

 一夜過ぎたとはいえ、おかげさまでいくらか機嫌が宜しくない。もっともそれを周囲に振り撒くことはしないのだが、だからと言って機嫌が良くなるかと言われれば答えは否だ。

 そして今日はアイズによる指導の見学という事で不安要素は一入に強いものがある。彼女が行う手加減が手加減になっていないことが多いという事実は、リヴェリアが最も知っていると言えるだろう。

 

 

「ふごっふ!?」

「あっ」

 

 

 場所は、オラリオ北区に並ぶ防壁の上。顔を出し切った朝日が見守る中、少年と少女が刃を交える。なお、少女の方は木刀だ。

 しかしレベルアップした翌日に、案の定、相変わらずこの惨状。「ランクアップおめでとう!」を伝えることができて機嫌を良くし、故に力加減を盛大に間違えた彼女の一撃で、少年は空中浮遊を満喫していた。

 

 

 ところでなぜ、リヴェリアがアイズとベルの鍛錬のことを知っているのか。

 

 それは他ならぬアイズ自身が原因であり、初回鍛錬時にベルが見せたレベル1とは程遠い技術に機嫌を良くし、一方で加減を忘れかけ、少年をボッコボコのズッタズタにしてしまったことで罪悪感に蝕まれ、黄昏の館においてダークサイドに堕ちていたことが要因だ。ストーカー……もとい、良き理解者であるレフィーヤですら、近づくことを躊躇するレベルである。

 そんなこんなのために母親役であるリヴェリアの下へと出動要請が舞い込むこととなり、二人きりの空間で色々と問い詰めていったところ原因がポロっと口からこぼれたというわけだ。ミノタウロスの際にあまり驚かず、右腕を切り落とさなかったことに対し意見を出したのは、そもそもベルの実力を知っていた為に他ならない。

 

 もちろんロキ・ファミリアの技術を他のファミリアに教えているという理由が理由のために、いくらかの雷も落ちている。しかしながら積乱雲から発生するような物とは程遠く、本気の雷と比較すれば静電気と表現する者もいるだろう。そうなったのにも、歴とした理由があった。

 何せ、己が大切にしてきたアイズ・ヴァレンシュタインが、強くなることとジャガ丸君以外に初めて興味を示したコトなのである。過剰表現のように見える程だというのに、このように表現しても過不足無いのが恐ろしいところだ。

 

 だからこそ、リヴェリアとしては新しい気持ちを応援したい。アイズに対して、「そうしたいと思うのは、楽しいからだ」と声をかけて促しているほどだ。誰がどう見ても聞いても母親としか表現できない思考と行動なのだが、この2文字を口にしたら恒例の返答が返るだろう。

 

 

「……なるほど、二日目から君が来ていたのはそういうワケか。ハイエルフらしく規律にはお堅いイメージが強かったが、随分と彼女には甘いのだな」

「……そう言われると耳が痛いな。フィンが近々、先日の謝礼も兼ねて招待したいと言っていたが……この鍛錬がファミリアに露呈すれば、私も漏れなく説教を受けるだろう」

「いつのまにか、逆に説教をしていそうだが」

「そんなことはない。君は、私を何だと思っているのだ」

「……」

「……何か言え」

説教姫(サーモン・ヘル) (Sermon(サーモン))」

「ほぅ……」

「冗談だ。……杖を降ろせ、殴打に使うものではないだろう」

 

 

 互いに同じ壁によりかかってそんなやり取りを交わすのは、目の前で鍛錬を行う者、それぞれの保護者かつ教師役と生徒役である。人ふたり分弱ほどの妙な距離感を空けて寄り掛かっているが、特に話のネタに困ることなくチマチマと会話が続いている。先に寄り掛かって少年の素振りを見ていた横に、彼女とアイズが訪れた格好だ。

 相変らず鎧姿の場合はいつもの目深なフードを被っているタカヒロにリヴェリアが理由を聞くも、ただの趣味という事で流されている。なお、この点については嘘偽りのない事実であり、逆に私服姿の時は何も被っていないのが現状だ。

 

 

「そう言えば、未だ言っていなかったな。少年は君の弟子なのだろう?ランクアップおめでとう。二つ名は、リトル・ルーキーだったか」

「称賛を感謝する。二つ名はその通りだ」

「まさに名前の通りの躍進だ。フレイヤ・ファミリアの猛者もレベル8になったとの報告が町を駆け巡っていたが、それすらも霞んでしまうかのような大躍進と言ったところだ」

「猛者が?」

 

 

 疑問符を発して顔を斜めに向けるタカヒロだが、このタイミングとなると自分と戦ったことが原因だろうかと勘繰ってしまう。とはいえ確信もないために、大きな反応は示さない。

 リヴェリアもまた、ここに居る4人とは無関係の冒険者ゆえに同様だ。先程から、互いに関する内容について会話のキャッチボールが行われている。

 

 

「ちなみにだが、猛者の二つ名はそのままとのことだ。ところで、君は二つ名は欲しくないのか?しっかりと冒険者登録をして活動すれば、少年より先に取得できただろうに」

「興味があれば疾うの昔に登録している、二つ名の取得で能力が上がるワケでもあるまい。君は昔から九魔姫(ナイン・ヘル)なのか?」

「昔からというわけではないが……魔法スロットが埋まってからは、変わっていないな」

「減ったらエイト……いや違うか、六魔姫(シックス・ヘル)にでもなるのかね」

「……そうなるな、考えたくはないが。ところで、君は魔法は使えないのか?」

「一応あるが、大したものでは――――」

 

 

 そんな彼女を横目見ながら追撃の手を緩めないアイズは、リヴェリアが見せる姿を不思議に思う。ロキ・ファミリアにおいても他者との会話は簡潔に済ませるリヴェリアが、ああして会話を続ける姿は珍しいものがある。ヒューマン、それも男を相手にしているのだから猶更だ。

 そして、自身が再びベル・クラネルを蹴飛ばした直後だと再認識して真顔になる。思いっきり力の加減を間違っており、中々の放物線を描いて少年は飛んで行ってしまっていた。

 

 

 しかし、何かがおかしい。少年の腰、左右にあるホルスターの数が、片側2本の計4本に増えている点は今回の鍛錬からだが、そこはさして問題ではない。アイズは、先ほどの蹴りの内容を思い返す。

 もし少年がまともに食らっていたら、即刻リヴェリアから中止の号令が出て説教2時間コースとなっていたことだろう。思い返した結果、それぐらいの力だったかもしれないと冷汗をかいた。

 

 それがどうだ。確かにかなりの距離を慣性力で飛行した少年だが、受け身を取って立ち向かってくるほどの余裕を見せている。

 ゼンマイ仕掛けが切れる寸前のような、弱々しい動きではない。極端なことを言うならば、自分が放った蹴りの一撃を吸収してしまったかのような状況だ。

 

 とはいえ、その推察はあり得ない。吸収したならばあれほど長く飛んでしまうことはなく、そもそも打撃技を受け流せることはあれど吸収することは不可能だ。

 

 では、どうやって。何かしらの技、それこそ小手先の技を使っていることは読み取れる。けれどもそれは、彼女ですら分からない内容だ。

 ならば、もう一度。もしかするとリヴェリアの雷が落ちることになるだろうが、それよりも今は、少年に対する興味からくる好奇心が上回る。彼女は内心で少年に謝ると、再び同じような蹴りを繰り出した。

 

 

(バックステップ……!)

 

 

 注視していたために、よくわかる。蹴りが入るその瞬間、少年は後ろへ向かって跳躍して相対速度を減少させていたのだ。少年の身体に働く慣性力は既に後ろへと向いて居るため、同方向からくる彼女の蹴りの威力が減衰されていたという種明かしである。

 更には一瞬だけとはいえ相手の蹴りを左腕の篭手に当てて肘を動かしクッション材とすることで、可能な限り蹴りの威力を緩和させている。明らかな力の差に立ち向かうため、今の自分自身ができることを精いっぱいの努力で熟していたのだ。

 

 ということで更に機嫌を良くし、薄笑みが現れると共に徐々に徐々に手加減具合が薄れている。ベルも音を上げる前に必死になって何とかしようと足掻いているために、アイズからすればそれが嬉しく、無限ループとなっている状況だ。

 

 

「……反省の色無しか。レベル2を相手の蹴りとは思えんが」

「それを言うならば、少年の受け身こそレベル2のモノではないだろう。我々の前衛でも真似できるか怪しいものだ。レベル1の頃から驚かされるばかりだが、2回目となると偶然でもないようだ。思わず目を疑ったぞ」

「感心ではなく注意喚起はどうした。ロキ・ファミリアの鍛錬では、レベル2に対して先ほどのような蹴りを放つのか?」

 

 

 そして始まりかける、言葉による場外乱闘。2名の保護者はそれぞれの顔に対して更なる物を言いたげなジト目を飛ばし、危うくゴングが鳴りかける。

 タカヒロが言うように、いくら少年が上手くいなしたとはいえそれは卓越した技術であり、本来ならば骨の2-3本はヒビが入っていた威力だろう。ベルの技術に目を奪われていたリヴェリアだがタカヒロの言葉でアイズの蹴りを思い返し、眉間に手を当てて難しい顔と相成った。

 

 

「……いや、確かにすまなかった。手加減はしろと念を入れたのだがな、あとで叱りは入れておく。それにしても、君のところの少年はよく頑張っている」

「誉め言葉は受け取るが、戦えているのは相手の手抜きによるものだ。多少の手癖があったところで、どうにかできる実力差ではない」

 

 

 受け取ると言いつつ素直に誉め言葉を受け取らずに、事実だけを表現する彼らしい回答である。リヴェリアも「彼らしいな」と心の中で思い口元が緩んだ。

 

 

「そうイジメてやるな。レベル6を相手に、しっかりと頑張っているではないか」

「言葉を借りてそれを言うなら、イジメるなと言う言葉はそちらの娘さんに掛けるべきだろう。さっきから自分の弟子は宙を舞ってる時間の方が長くないか?少しは男としての見せ場を作ってやるべきだ」

「フフッ。アイズも珍しく楽しそうにしているからな、無下には止められん」

 

 

 男を蹴っ飛ばして楽しそうってなかなか悪趣味じゃないですかね。とは口に出せなかったタカヒロだが、ベルはベルで必死になって立ち向かっているだけに影響としても悪くは無いのだろうと考える。了承済みとはいえ己も似たようなことをやっているために、あまり声を強くできない。

 ふと見せる時がある少女の笑顔を目にし、やや動きが鈍っている点は説教するべきかどうか悩むところだが、全体としては合格点を出せる動きを見せている。滞空時間の方が長いという言葉も比喩であり、しっかりと地に足をつけて、敵わないと知る憧れに対して立ち向う姿を示している。

 

 タカヒロも時たま横を流し見れば、リヴェリアはそんな二人を見て僅かながらに表情を緩めている。無意識のように見受けられるその顔から、酒場で「母親」と呼ばれていた理由を垣間見ることとなった。

 時折ガミガミと五月蝿くなるのも、友達程度の仲ではなく副団長という親の立場からくる、心配という本心の表れだ。ならばその言動も道理であり、猶更のこと母親とつけられた隠れ二つ名の意味を理解できてしまっている。

 

 なるほど。と心の中で納得して、彼は視線を弟子に戻す。相変わらずレベル差からくる実力差は圧倒的であり、彼の攻撃の全ては通らず逆に攻撃を貰っている状況だ。

 一方で彼女の剣には焦りの感情が付きまとっているが、その理由はタカヒロにも分からない。とはいえ、己とて早く強く成りたいと思っていた頃はあんな感じだったのだろうかと、少し懐かしい雰囲気を感じている。

 

 

「……今日はここまで、だね」

 

 

 名残惜しそうな表情を見せるも、相手が負っている傷を考えて彼女は鍛錬の終了を決意する。そう言って、アイズは木刀を納めて闘志を消した。

 

――――まだいける。

 

 最後にそんな目を向ける少年だが、師である人物の言葉は絶対だ。少年はナイフを仕舞って両手を伸ばし、しっかりとしたお辞儀とお礼の言葉を口にした。

 

 

「昨日よりも、動きが、よくなってる。この調子で、がんばって」

「はい、ありがとうございました」

 

 

 表情を緩め、そんな少年を見ていたのはリヴェリアだ。これほどまでに素晴らしい礼儀を見せてくれるならば教育者としても嬉しいものがあり、決して礼儀は悪くないものの、自分の弟子も見習ってほしいと思う程である。

 そして、芽生えた感情はもう1つ。先ほどから“ああ言えばこう言う”態度を見せている青年とは全く違うなと鼻で笑い、先日のオモテナシの際や先ほど言い負けた借りを返すべく、相手に聞こえる大きさの声で口を開いた。

 

 

「ふむ、やはり礼儀も覚悟も素晴らしい少年だ。はて、どこで師と道を違えたのだろうか?」

 

 

 知っているか?と口に出すかのように、彼女は不敵に口元を緩めて青年に向かって顔を向ける。

 意地悪な微笑みに対し、フードの下から言葉が返された。

 

 

「違えるも何も、元より同じ道を歩んでいない。ところで戦闘における手加減の命令を守らず、レベル2では到底受けきれない蹴りを何度も放つアイズ・ヴァレンシュタインは、どこの誰の“教導”を受けたのだろうか?」

「……」

 

 

 例によって、相変わらずこちらでは場外乱闘が開幕寸前。知っているか?と言いたげな口元で、彼は僅かに彼女に対して顔を向けている。交わる視線は、やがて火花を散らすこととなるだろう。

 もちろん、フードの下では意地悪な微笑みに近い口元が顔を覗かせている。仲が良いのだか悪いのだか分からない二人の言葉は、会話のドッジボール一歩手前の領域に相応しい。

 

 もはや、二人においては定石と言って良い互いの行動。目を細めて断固抗議の意思をもってタカヒロに顔を向けるリヴェリアだが、目線の先にあるフードから覗く口元は相変わらず不敵に笑っており、先の一文が確信犯であることが伺える。

 しかし同時に、彼女は“同じ道を歩んでいない”という言い回しが気になった。少年が彼の弟子であるはずならば、一致こそしないであろうものの、似たような道を歩いているはずである。

 

 そんな青年の前に、少年がやってくる。戦闘中と同じく真剣な表情で、先ほどまでの戦いについて問いを投げた。

 

 

「師匠、今日の鍛錬が終わりました。何か、アドバイスはありますか」

「細かなところは多々あるが、しいて言うならば、二度目の蹴りの時だ。あれ程の速度と威力の蹴りなら回避できないことは仕方ないとして、ほぼ同じ蹴りに対する減衰方法が全く同じというのは頂けない。改善を目指すべきだ。顔からして、ベル君も気付いていたみたいだが」

「はい。言い訳ですが同じことは思っていました。瞬時の事に反応できるよう、鍛錬します!」

 

 

 その意気だ。と言葉を残し、青年は少年の頭を優しく撫でる。戦う戦士の姿が一変として花のような笑顔を振りまく姿にアイズも思わず少しだけ胸を高鳴らせ、彼女もまた柔らかな薄笑みで少年を見守るのであった。

 




頑張るベル君を見て機嫌を良くするアイズたん。
程度は違えど似たような女神が居たような…


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36話 性格

保護者会の続きです


 何ものにも染まっていない少年の笑顔が、何故だか心を刺激する。僅か7歳の頃から続くモンスターとの戦いで荒んだ心が、優しく洗われるようだ。

 自分には無い安らかな顔は、不思議といつまでも見ていたい。そうしているだけで、口元が自然と緩みかける。

 

 

 が、しかし。アイズが少年に向けた視線ついでにリヴェリアを見るも、そちらから飛んできているのは「お叱り」の類の視線である。思わず視線を逸らしてアタフタするアイズだが、藁をも掴める状況にない。

 内容は言わずもがな、二度の蹴りに関する内容だ。リヴェリアが青年に言った通り、指導者としては見過ごせる内容で無かったことは確かである。決してタカヒロから受けた言葉の八つ当たりではない。はずだ。

 

 

「そ、そうだ師匠、それとリヴェリアさん!パーティー行動を見ていてずっと疑問だったんですけど、後衛を守る時って、どのあたりの立ち位置が良いんでしょうか!?」

「わ、私も、知りたい!」

 

 

 そこに出されたのは、少年渾身の助け舟である。天の助けとばかりにアイズも乗っかり、リヴェリアの後ろからベルに対して手を合わせて拝んでいる始末だ。そして感謝される少年の顔は大変にご満悦。

 説教と言う名のアクティブスキルを中断されたリヴェリアは、もう一人の指名相手である青年に顔を向ける。そんな青年も彼女に顔を向けており、まずは青年が「ここ」と言える場所へと移動した。

 

 ついでに、ハンドサインなどがあれば声に出さなくても後ろに意思を伝達できるとして、例を作ってベルに指導している。こうすれば撤退、こうすれば魔法攻撃の詠唱開始の指示、などが内容として挙げられていた。

 少し脱線したものの、本来の目的は立ち位置の確認である。青年も話を戻し、自分の考えを口にした。

 

 

「状況にもよるから一概には言えないけど、後衛の更に後ろからイレギュラーが発生しないとも限らないからね。あくまで守る側の話だけど、このぐらいの位置だと気楽かな」

「では、ここで後ろから魔導士に裏切られたならばどうする?」

「なにっ……?」

 

 

 突然の言葉を背に受けて背中越しに振り返ると、そこには杖を構えて詠唱の超初期段階を行って悪ーい表情を浮かべるリヴェリアが居る。詠唱の一節だけを口にした段階であるものの、明らかにタカヒロの背中を狙う仕草を見せているのは、いつもの“おかえし”と言ったところだ。

 ハァ。と深い溜息をついて、彼は正面に向き直る。高所故に少し強く風が吹いたが、この空気を持っていけるまでのものは無かった。まさかの展開にポカンとするアイズとベルを横目見て、青年は重そうな口を開くことになる。

 

 

「……さてベル君。内容が変わるが、これが“背中を刺される”と言うやつだ。知らない者とパーティー行動を取るならば、ダンジョンでは気を付けるように」

「は、はい……。凄い、そうやって魔力を瞬間的に練り上げるんだ……。で、ですがリヴェリアさん、何故こんなことを?」

「なに、イレギュラーというやつだ。しかし聞くに、いかなる状況においてもイレギュラーを意識することは、君が師から学んだ内容では――――」

 

 

 言葉が終わらぬうちに、“全く普通の盾”の先が杖を押しのけ、無防備な喉元に突き立てられる。紙一枚あるかないかという隙間で止められたソレは、そのまま放たれたならば喉どころか彼女の顔と身体を分離させるほどの威力を秘めていたことは明らかだ。

 目と鼻の先よりは少し遠い、5メートルほど先に居たはずの青年の身体はすぐ横に。金属独特のひやりとした気配が間近にあるその光景は、瞬くよりも速く作られた状況である。

 

 文字通り、見えず反応すらもできない速度で放たれる突進の一撃。初速から最高速に達していると思われる今の一撃が、花のモンスターから自分自身を助けてくれた時の技ということはリヴェリアもアイズも読み取れている。

 しかし、狙いを定めるならば無防備なわき腹かヘソの部分、杖を弾き飛ばすならば手というのがセオリーだろう。わざわざ杖で防ぎやすい喉を狙った理由を知りたく、リヴェリアは問いを投げた。

 

 

「……なぜ、わざわざ喉を」

「言葉をもって魔法の詠唱を成すならば、喉を潰せば魔導士としての機能を殺せるワケだ」

 

 

 ゴクリ、と、詠唱者の喉が鳴る。威力や速度に驚いている余裕は無い。すぐ右横に身体があり自分自身に盾先を突きつけるこの青年は、魔法攻撃における本当の弱点を的確についてきたのだ。

 たとえ詠唱者の喉を潰すことができなくても、ここに一撃をもらえば確実に言葉は止まる。詠唱が止められれば魔力が乱れ暴発の危険があり、その暴発を防げたとしても、当然ながら最初からやり直しとなるのは明らかだ。

 

 

「言葉を返すが、これは君から学んだ知識だ。言われたままというのもツマランので悪知恵を働かせてみたんだが、どうやら中々に有用かな」

「フフ……本当、君は出来の良い生徒だよ。後ろから狙ったのは悪かったな」

 

 

 フードの下で不敵に笑いながら答える青年と、こちらも目を閉じて笑いながら両手を挙げ降参するナインヘル。魔力の気配も消え去り、それを確認したタカヒロも鎧の音と共に構えを解いた。

 

 

「タカヒロさん、凄いね。リヴェリアが褒めるなんて……」

 

 

 本音を呟くアイズだが、教導だの生徒だのの単語により、かつて幼い頃に受けたリヴェリアのスパルタ教育を思い出してベルの後ろに隠れている。少年の両肩に手を置いて身体を隠しつつ、肩越しに二人を覗いていた。

 そんな彼女の反応を可愛く思いつつ、またショルダーアーマー越しながらも手が触れていることをやや恥ずかしがりつつ。あのナインヘルに褒められる自分の師匠を凄いと感じて、ベルもうんうんと頷いていた。

 

 

「ありがたい言葉なのは事実だが……当の本人にいきなり後ろから狙われなければ、大手を振って謝礼を返せたのだがね」

「ムッ。だから、それは悪かったと言っているだろう。当てるつもりもない」

「はて気のせいか?魔力を絞りに絞って当てにくる気配がしたのだが」

「っ――――!」

 

 

 照れ隠しから放たれる言葉の“カウンターストライク”、しかし彼が口にした内容も事実である。口をへの字に曲げつつある彼女だが、その次の言葉で真意を見抜かれていることを知り、やや顔を赤らめてそっぽを向いた。

 アイズが彼女に学んだ弟子だというのならば、いつか盾をバシバシしたこの弟子にしてこの師匠である。タカヒロに対して自分の攻撃が効くのか見極めたい、という本心は同じのようだ。

 

 

「いや結果として大ダメージだ。いつかの52階層のポーション然り、心はすごくキズツイテシマッター」

「お、お前はまた、そういう心にもないことを!」

 

 

 右手のひらを額に当ててフラフラとするタカヒロに対し、リヴェリアが声を荒げて真正面から突っかかる。真正面という言葉の比喩に沿うようにして二人の距離は非常に近いのだが、そこまで気が回ってはいないようだ。

 非常に高い貞操に対する意識、悪く言えば潔癖症であり本当に気を許した者としか握手すら行わない者がほとんどであるエルフ。しかもその王族だというのならば、彼女が見せている行動は異例と言えるだろう。面白がって相変わらずフラフラとしている彼の肩を右手で掴み、「演技を止めろ」と叫びながら揺さぶりをかけている。

 

 なお、それを見る二人のうちアイズも相変わらずベルの後ろから肩に顔を置くようにして覗き込む格好だ。彼女ですら見たことのない仕草を見せるリヴェリアを不思議な目で眺めており、そろそろ恥ずかしさが限界となってきたベルだが、横目ながらもそんな彼女の表情から目が離せない。

 そうこうしているうちにリヴェリアも息を荒げており、アイズの視線に気づいたのか咳払いをして足を一歩引いている。一方の青年は相変わらずフードの下で不敵な笑みを浮かべており、状況を楽しんでいる様子と言っていいだろう。

 

 

「まったく……これほどまでに叫んだのは本当に久しぶりだぞ。周りに誰か居たら、どうする気だ」

「己の所為だ諦めろ。しかし叫ぶという行為は、溜まった苛立ちを知らずのうちに軽減する。理由は知らんが今朝はいつもより表情に力が入っていたぞ、少しは和らいだか?」

 

 

―――それに気づいていて、だから煽るような……?

 

 驚きと共にそう思う彼女だが、確かに朝方抱いていたモヤモヤした気分は消えている。他でもない、どこぞの主神によって生まれたものだ。もっとも、原因は異なれど似たようなことは過去に何度も起きている。

 それでも、一度たりとも見抜かれたことは無い。よく近くに居るフィンやレフィーヤですら気付かないよう振舞ってきた彼女の演技は、並大抵の事では看破されない程のモノがある。だからこそ結果として、常にクールに立ち振舞う彼女のイメージが出来上がっているのである。

 

 しかし、青年を相手にはコレである。かつての花のモンスターにおいては隠していた損傷を見抜かれ、今回はさらに難しい気分の違いを見抜かれた。

 思い返せば、先のような言葉が出てくる時は確かにモヤモヤとした気分を抱いていた日かもしれない。ここまでくると、逆にどのようにして見抜いたのかが気になるレベルである。むしろ、それに気づく程に見られていたのかと思うと不思議と恥ずかしさが湧きかけた。

 

 もっとも、真相となれば聞くしかない。どうなのだ。と顔を斜め横に向けたまま目だけで訴えるも、フードの下の口元は怪しく歪んで、彼女を煽る時に見せるニヤリとした表情を浮かべるだけであった。

 

 

「さぁ?受け取り方はお任せするよ」

「……気持ちは受け取るが、素直ではないな君は。本当の事だが思ったことを口にしやすい所も私は気になる。まだ更生が利く若さだろう、性格が歪むぞ?」

「なるほど性格云々か、味方の背中に魔法を放つ君に言われたくはないねぇ?」

「っ―――!!」

 

 

 煽る表情で口にするタカヒロと顔が火照り血圧が上がるリヴェリアは、先ほどの焼き直しを行っている。ああ言えばこう言うこの男、やはり、ひねくれた性格を持っている。

 そして、彼女を叫ばすために煽っているということは、その分のヘイトは彼自身に向いているということだ。分かってやっているのか、それとも無意識か、それは誰にも分からない。

 

 

「さてベル君、そろそろ時間だぞ。今日はヴェルフ君と潜るのだろう、待たせるなよ?」

「へっ?あ、まずい!」

 

 

 彼女をいじるだけいじって、さっさと話題を変えてしまう点も特徴だろう。3人に頭を下げ、ベルはバベルの塔へと駆け出していく。その背中に思わず手を伸ばしたアイズだが、自分は何をしているんだろうと思い返して、胸の前で拳を作った。

 駆けだす少年にエールを送るようにして、北区にある鐘が鳴る。思わずそちらを向いた2名の女性の横顔を流し見て、青年もホームへと戻るのであった。

 

 

 自室において、念を入れて、ポーションも含めた全ての装備をチェックする。明日は深層にて、朝から“掘り”作業が待っているのだ。




今更ですがツイッターアカウントを作ってみました。
宜しければ作者ページからご覧ください。


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37話 産地直送

鮮度は大事です?


 ダンジョン51階層。洞窟が入り組んだようなエリアとなっており、滅多に人が訪れることのないこの深層においては、さほど戦いは起こらない。

 直ぐ上の階層がセーフゾーンである50階層ということもあるが、基本として、モンスターと言うのはモンスター同士では争わない。となれば、人が来ない限りは戦闘が発生しないのも当然の事象なのだ。

 

 とはいえ、最近の事情では話が変わる。モンスターたちも見たことのない極彩色のイモムシ型の輩が各階層を荒らしまわり、俗に言う同胞も数多くが屠られた。

 故にイモムシを見かけた場合は問答無用で戦闘が発生しており、故に治安状況は非常に悪い。ダンジョン内部で治安がどうこう述べるのもオカシな話ではあるものの、以前と比べれば明らかな危険地帯となっていた。

 

 

 害を受けているのは、デフォルミス・スパイダーと呼ばれる蜘蛛型のモンスターも同様である。51階層に生息し、赤と紫が混色した巨大な蜘蛛だ。

 八本の脚が特徴で、オリジナルの蜘蛛のように単眼を複数持つ。吐き出す糸を浴びれば身体の自由が阻害され、度が過ぎれば拘束されることとなり、そうなれば命を落とす事となるだろう。

 

 もっともイモムシからすれば話は別であり、強烈な酸を使えば遠距離合戦も可能であり糸を溶かすことなど造作もない。故に相性的には有利な関係となっており、イモムシの一行による狩りが行われていた。

 抵抗するデフォルミス・スパイダーだが徐々に徐々に数を減らされ、此度の紛争もイモムシ側の勝利となる。100匹程のデフォルミス・スパイダーが、各地点で散ることとなった。

 

 それを襲っているイモムシの目的は、モンスターの魔石を集めること。これが遠洋漁業の類ならば、大漁旗が掲げられている度合の収穫高となっている。

 それほどの量の魔石を集めたイモムシは、目的地である59階層へと帰るために踵を返し――――

 

 

「またお前らか。イモムシはお呼びではないんだが……」

 

 

 “堕ちし王の意志”の直撃を受け、集団ごと木っ端みじんに飛び散った。イモムシが集めた魔石も飛び散った酸で溶けているが、青年にとっては関係のないことであり、目的は別にある。

 イモムシが無視を決めていたドロップアイテム、デフォルミス・スパイダーの糸を収集することが目的だ。それらしきアイテムを拾ってインベントリに突っ込む作業を繰り返していた時に、先ほど花火となったイモムシと遭遇したわけである。

 

 今のドロップ品確保で、合計87個。「そう言えば必要数を言われていないし聞いていなかった」と思い返した青年は、確定ドロップではないと知りながらも、とりあえず1スタック99個を集めるかと呑気に考え、51階層を山手線の如くグルグルと周回しているのである。

 おかげさまでデフォルミス・スパイダーのついでに彼に喧嘩を売った他のモンスターも屠られており、インベントリには関係のないアイテムや多量の魔石が収まっている。戦いを行う者がほぼほぼ全滅しているために平和という、なんとも皮肉な平和を誇る51階層が、この時ばかりは存在していた。

 

 なお、現在138周目。今となっては湧きパターンも把握できているために効率的だ。モンスターも意地を張らずにさっさと糸をドロップしておけば、ここまで虐殺が長引くことも無かっただろう。

 傍から見れば奇行としか見られない行動をやっているうちに、やがて1スタック99個が集まり切る。次は58階層だったなと呑気に考え、青年は、隣町に買い物しに行く気分で52階層へ繋がる階段を降りていく。

 

 すると、どうだろう。「ようこそ52階層へ」と言わんばかりに、下方から放たれた攻撃の気配が伺える。前回と同じく直径15メートルほどの火球攻撃の直撃を受ける彼だが、“コルヴァーク(セレスチャル)”を相手した際に受けたダメージの炎と比べれば無傷もいいところであり、強靭な回復能力によって被ダメージは皆無となっているのはご愛敬だ。

 とここで、彼の脳裏に彼女の授業が思い浮かぶ。58階層からの火球攻撃で作られた穴に落ちると58階層へ直行となり、6階層にわたって開いた空間の“横穴”から当該階層に生息するワイバーンが飛び立ち、落下中に多数のワイバーンに襲われるという内容だ。

 

 

 “そうなる危険”から遠ざけるために、あの授業があったのだろうと言うことは痛いほどに伝わっている。それでも帰りの便を考慮しなくて良い青年は、確実かつ速達なルートを選択したいのが本音でもある。

 装備の為ということもあって、今の彼の思考回路は単純かつ素早い。せっかく盛大な歓迎をしてくれた相手に応えるため、と言い訳をして心の中で彼女に謝ると、直径15メートルほどの穴に向かって飛び込んだ。

 

 

 

――――火球が命中したと思ったら無傷な人間が上から降ってきたでござる。

 

 落下してきたイル・ワイヴァーンを強く踏みつけて落下の慣性力を相殺し、58階層に着地した鎧姿の相手を見たために出てきた感想。それが、ヴァルガング・ドラゴンが抱いた最初の感想であり、心の中における遺言と相成った。

 直後、落下中に彼を攻撃し、例によって即死したイル・ワイヴァーンの死体の群れがボトボトと山のように積み上げられることとなる。何が起こったのか分からず呆気にとられるドラゴンの群れだが、間髪入れずに突進術が放たれ多数の意識も沈むこととなる。

 

 モンスターがダンジョンで生きるという権利を簒奪するかの如く、さも当たり前のように一撃でもって生命力を刈り取る凶暴さ。いつかカドモスを屠った時と同じスキルや恩恵を有効化している青年は、効率よく依頼のアイテムを1スタック集めるために攻撃力を高めていた。

 大柄なドラゴン故に攻撃の際は懐へ飛び込んでおり、下手にドラゴン側が攻撃を行えば味方に命中することは明白である。故にロクに動きも取れず連携も失っており、対処する術が生まれない。

 

 もっとも、だからと言って何もしなければ、みるみるうちに味方の数が減るだけだ。相手が持つ盾が振るわれるたび、複数の仲間が散っていく。

 しびれを切らした者が人間に攻撃をするも、逆に四散して屍を残すだけ。故に、モンスターが辿る道は51階層と同じである。

 

 いつかロキ・ファミリアを相手にミノタウロスがとった行動の再現ではないが、モンスター側が逃げ出す光景がそこかしこで発生中。前階層へ続く階段の広さ故に物理的に上層へは逃げられないものの、58階層で大運動会が発生している阿鼻叫喚の状況だ。

 

 

 残念ながら、装備のために戦っている青年(装備キチ)からは逃げられない。平和な58階層の村にやってきた殺戮者によって殴打されるハック&スラッシュな光景だが、2枚の盾が奏でる殴打の音は鳴り止まず、鱗が82枚と牙が120個ほど溜まった今でも止まらない。

 

 

「何度も言わせるな物欲センサー。牙ではなく、鱗だと言っている――――!」

『■■■――――!?』

 

 

 そして彼にとって一番の大敵である物欲センサーも、しっかりと仕事を行っていた。2つあるうち望んだほうがドロップしない「あるある」の状況が先ほどから続いている。

 それでも絶対数でゴリ押しすればいつかは終了するものであり、たっぷりの必要素材とついでに集まった魔石に対し、青年も大満足。その感想は、タイムセールで目的のモノを買い込めた主婦の心境と似ているだろう。

 

 咳払いも木霊する程に静かな58階層で、リフトを開き。いつものオラリオ地上、西側へと帰っていくのであった。

 

=====

 

 

「神ヘファイストス、依頼の品を納品する」

 

 

 日帰り一人旅行で58階層へと赴いていたタカヒロは、一度ホームへ戻って着替え、時間を潰すとバベルの塔へと足を運んでいる。閉店直後を狙ったこともあり、そのままヘファイストスに取り次いでもらっていた。

 もっとも58階層となると到達するだけでも早すぎる日付しか経っていないのだが、ヘファイストスとて、まさか現地調達しに行っているなどとは夢にも思っていない。そこかしこの商人を伝って、どこかのファミリアで温存されていたモノを手に入れたのだと判断している。

 

 布生地に包まれたドロップアイテムを机に広げ、タカヒロは品質を確かめてもらうよう依頼する。現物を手に取って職人の目で見定めるヘファイストスだが、いつかのカドモスの被膜の時のように産地直送で品質が良すぎるドロップ品に目を見張っている。

 チラっと青年を見るも、「合格ラインか?」と言いたげな真面目な表情をしており「凄いやろ!」的な自慢要素は伺えない。故に、単に品質について問題が無いかを真面目に問いているのだろうと捉え、ヘファイストスもドロップ品については合格の返答を示している。

 

 ここで逆に、作成には何個が必要なのかと青年は問いかける。実のところは1個だけでもガントレットに対しては相当量のものがあるものの、万が一にも2スタックなどを要求されれば、今すぐ50階層へ突撃する用意があった。

 もっとも、そんな青年の心配もなんのその。結果だけで言えば、至極当然のものに他ならない。

 

 

「1個で良いわよ。……なにか嫌な予感がするわ。ねぇ、いくつ“ある”の?」

「ん?(提供したのは)一個ずつだが」

「……本当?」

「疲れているのか?どう見ても一個だろう」

 

 

 直感的に嫌な予感を抱いて物言いたげな視線を向け、ヘファイストスはすぐさま魂を見る。しかし嘘ではない故に、神様判定の結果はセーフ。

 

 怪しげな空気の中、続いて出されたデフォルミス・スパイダーの糸も、十分に合格なレベルとなっている模様。ヘファイストスも金属の一欠けらを手にしており、これらをベースにガントレットを作るようだ。

 これにて、必要な素材の準備は完了したこととなる。あとは、文字通りのヘファイストス次第ということになるだろう。

 

 

 しかしながら、彼女は不安を覗かせている。青年が要望した「星々から得られる力」というのが、12星座で有名なオリンポスの神話に登場する彼女、そしてその腕前をもってしても、どうにも表現しづらいというものだ。いくらか品質を落として試作してみたものの、そこだけが、どうしても上手くいかなかったようである。

 だったら。ということで、突破口になるかもしれないと、タカヒロは1つのアイテムを取り出した。ジャンルとしては、増強剤と呼ばれる代物である。

 

 アイテム名を“強力なスターダスト”。元々は両手武器に使用することができる増強剤なのだが、その基は“注意深く集められた流星の塵”。そう言った意味では、一種の金属に近いものがあるだろう。

 見たことのないアイテムを見つめるヘファイストスは可愛らしく首を傾げており、タカヒロが聞いてみると、どのようにして使うか迷っているようだ。どうやらモノとしては彼女が心配していた部分の突破口になるかもしれないとのことで、興味深く見つめている。

 

 

「色々と試してみたいわね……。余裕があったら、今のアイテムをもう1つ貰えないかしら?」

「わかった。まだ在庫はある、足りなくなったら言ってくれ」

 

 

 鍛冶の神ヘファイストスをもってしても、そう簡単にはいかない内容。相手の視線からそのような内容を判断したタカヒロも、上手くいくかどうかと気が気ではない。なおその心配とは裏腹に、見たことのないアイテムで興奮しかかっているというのが彼女の真相だ。

 タカヒロがガントレットの作成日数を聞いてみるも、最低でも5日ほどと返事が来ており、それ程までに多くの日程を必要とするようだ。普通のガントレットならば1日あれば2つは作れるという補足説明が、今回の難しさを物語っている。考えが脳内を駆け巡り唸りに唸っているヘファイストスに挨拶をし、タカヒロは部屋を出た。

 

 

 そして帰り際、突然とヴェルフに呼び止められることとなる。どうやらベルがナイフを発注していたらしく、数本を預かって持ち帰ることとなった。そのうちの一本は、特徴的な赤色の刃を成している。

 ミノタウロスの角を加工したモノで名前は“牛短刀(ミノたん)”と言うらしいが、相変わらず前衛的なネーミングセンスである。それと似て物自体も相変わらずの芯の据わったものであり、ヘスティア・ナイフには到底及ばないが、攻撃力の底上げには有効だろう。

 

 また、許可を貰って普通のナイフをホルスターから引き抜く。こちらも例にもれず丁寧に作られた品であるが、タカヒロが今までに見てきたものとは異なっていた。

 

 

「……おや?腕を上げたなヴェルフ君、以前のナイフとは別物だ」

「わかりますか!?いやー、嬉しいなー……!」

 

 

 己は変わらずレベル1であるために鍛冶のアビリティは発現していないものの、技術の試行錯誤を認められ、嬉恥ずかしでヴェルフの頬がほんのりと色づく。内訳を示すならば素材の類は一切変えておらず、本当に技術だけで性能を伸ばしているのだ。

 色んな意味で気になった名前を尋ねてみると、“兎牙-MkⅢ”。いつのまにか第二段階があったらしいが、彼のナイフを手に取ったのは久々だったために気付かず、恐らくミノタウロス戦辺りではMk-Ⅱになっていたのだろうと判断している。

 

 ともあれ納品依頼の件については了承し、ヴェルフと別れたタカヒロは帰路についた。

 

 発注直後だというのに既に己のガントレットの行方も気になるが、一体どのような装備が出来上がるかは、モノが出来上がって手に取ることになるまで分からない。それでも可能性があるならば、そのアイテムを求めるのがハクスラ民だ。

 鍛冶において一切の手を抜かない彼女が、久方ぶりに本気で挑む一品だ。妙な話だが、それこそどんなエンチャントが付くのかは、ヘファイストスでも分からない。

 

 せっかく“彼女”の一言から始まった流れであるために、望みの物ができればいいなと思いつつ。一方で、以前に思い浮かんだ欲張りチート装備は無理だろうなと考えながら、夕日が傾く中、タカヒロは教会へと足を向けるのであった。




■強力なスターダスト
・注意深く集められた流星の塵の、 アルケインの特性が衰えることはない。
*両手武器用の増強剤。
+90% 冷気ダメージ
+90% 雷ダメージ
+90% 凍傷ダメージ
+90% 感電ダメージ
+8% ヘルス


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38話 レベル2の英雄 の受難

 翌日。日課となっているベルとアイズとの鍛錬が終わり、昼食時も過ぎた頃。

 

 ベルが訪れた黄昏の館の鍛錬場では、和やかな声が響いている。先日のミノタウロスの一件で負傷した引率者が回復したとのことで、是非とも御礼をさせて欲しいと、フィンからベルを招待した格好だ。

 彼の目に映るベル・クラネルという人物は、もはやレベル2の冒険者ではない。絶対的な力で言えば己の方が遥かに上なれど、アイズと同じく一流の戦士に興味を持ってしまっている。

 

 実のところ、ベル・クラネルと同じく英雄願望を抱いているこのアラフォー。こちらは明確な目標を抱いているが、実のところ戦う理由の根底は似たようなものなのだ。

 当時のパーティーメンバーもこの場に居り、ランクアップの称賛と同時に「是非また、一緒に潜りましょう」と提案を行っている。一足先にレベル2になったベルであるが、学ぶことはまだまだこれからであるために、花の笑顔でその提案を受け入れていた。

 

 今回は眷属を直に守ってくれたということでロキも場に出てきており、選挙立候補者のごとく固い握手を交わしてベルに礼を述べている。ヘスティアとは仲が悪い彼女だが、己の眷属の命が絡んでいる此度の件となれば話は別だ。

 引率者を筆頭とした七名のなかでは、既にベル・クラネルは英雄的な扱いに等しい。とりわけ称賛以外の感情が混じっているのが、当時の引率者の女性である。その感情が何であるかはさておくとして、その目は明らかに輝いた様相でベル・クラネルを見つめていた。

 

 一方の私服に着替えたアイズからすれば、お気に入りだった白兎を独り占めできずに不貞腐れている。天然センサーがベルに対する尊敬以外の感情も受信しており、それが何かは分かっていないものの、不貞腐れ度合は一入だ。

 フィンやロキと会話するベルの後ろからプクーっと片頬を膨らませて凝視している光景に、目を合わせられている引率者の女性も何事かと怯えている。結果として、積極的に話しかけることができずにいる程。アイズは露骨さを隠そうともしていない。

 

 結局アイズは実力行使ということで、ベルの周りに集まりだす冒険者に交じって移動し、ちゃっかり横に付けている。ベルの会話の対象はフィンであるものの、その点は仕方ないかと割りきりを見せていた。

 それにしても随分な人だかりとなっており、ベルは困惑した表情を隠せていない。ツンデレ狼人は二階のテラスから眺めているのだが、仕方のない事だろう。ワタワタとする仕草を見たアイズが肩に手を置いて、その症状は治まった。

 

 

「騒がしくてすまないね。でも、みんな気になっているんだよ。あの戦いは、本当に見事だった」

「ありがとうございます。ですが凄いのは僕じゃなくて、師匠に学んだ技術の賜物で」

「なんで貴方がアイズさんの横に居るんですかぁ~!!」

 

 

 そんな白兎の声を耳にし馳せ参じた山吹色のエルフによる絶叫が、ロキ・ファミリアの中庭から木霊する。なかなかの大音量に、執務室に居るリヴェリアの手がピタリと止まった。

 ロキ・ファミリアのメンバーをミノタウロスから救った英雄、故に今日は来賓として来ている少年に対し叫び声をあげるなど、拳骨か、雷か。それとも両方かと内心で考えて立ち上がると、朝から黄昏の館に入り浸っている青年が、宥めるように声を出す。

 

 

「立ち向かった本人が礼など気にするなと言っていたんだ、放っておけばいいさ」

「ロキ・ファミリアとしての体裁がある、そうはいかん。行くぞ」

 

 

――――え、自分も?

 

 という本音は口に出せないが、勉強している態勢のままで横目見る。すると目に力を入れて細める彼女の表情が「来い」と圧力をかけているために、青年は渋々従った。

 今日中に終わらせろと指示が出ていた問題集が目の前にあるのだが、中庭の応対が長引けば支障が出るだろう。黙っていれば良かったかと溜息をつきながら、ゴロゴロと鳴っている雷がこちらで落ちても困るために、大人しくリヴェリアの後ろに続いていた。

 

====

 

 

「クラネル君。お客様の立場にお願いするのも恐縮なんだけど、良かったら組手をお願いしてもいいだろうか」

 

 

 始まりは、ふと誰かが口にしたこの言葉だった。一瞬の間をおいて、俺も私も自分もと、タイムセールに群がる主婦の如く全員がベル・クラネルに殺到している。

 ここがロキ・ファミリアということで美女揃い、かつ女性の比率が高いということで群がる女性も非常に多い。故にアタフタしているベルを見たアイズの表情は猶更の事、冬ごもりの準備をするリスと化している。

 

 

「団長が口に出しちゃダメなんだろうけど、ボクも、是非とも相手して貰っていいだろうか」

「待てフィン、ワシが先じゃぞ」

 

 

 あのロキ・ファミリアのレベル5や6ですら、寄って集って零細ファミリアのレベル2に対して詰め寄っている、この惨状。助けてアイズさんと言わんばかりに後ろを見るも、いつの間にか周りと同じ目をしていたのでベル・クラネルは諦めた。

 そんななか、ドアが開かれてリヴェリアとタカヒロが中庭へとやってくる。一部エルフの取り巻きがそちらに反応したために、全員の視線がそちらを向くこととなった。

 

 少年にとっては、まさに助け船だろう。一瞬の隙をついてダッと駆け出してタカヒロのもとに移動すると、その後ろに隠れてしまった。

 こうなってしまうと、たとえフィンとて口出しできない。騒がしさは収まり、ザワザワと静かな声が聞こえる程度だ。普段は誰も口には出さないが、“謎の青年”とはロキ・ファミリアにおいて、それ程の立ち位置に存在している。

 

 

「……露骨だな」

「はは、露骨にもなるよ」

 

 

 しかしフィンたちは、お願いすることはできる。全員から露骨な視線を向けられたタカヒロとフィンの間で、2-3分の“お話し合い”が開催されることとなった。流石のリヴェリアも、この空気を割ってレフィーヤに対し雷を落とそうとは思わないらしい。

 ベルのやる気を出すためにタカヒロの提案で、アイズを護衛対象とした模擬戦闘が決定されることとなった。ついでに横に居たレフィーヤまでもが護衛対象となっているのはご愛敬であり、彼女は相変わらず、ベルに対して強い言葉を放っている。

 

 

「な・ん・で!貴方が!アイズさんを守ることになったんですか!」

「あはは、文句でしたら師匠とフィンさんに」

「言えるわけないでしょう!!だいたい何なんですか貴方は、無詠唱魔法だけでも在り得ないんですよ!?それに一か月と七日でランクアップ!?果てにはレベル1の鍛冶師が作った武器で倒すなんて」

「随分と詳しいな、レフィーヤ君」

 

 

 青年が呟いた据わった一言で、場が凍る。正直なところさっさと終わらせたかったために、模擬戦闘の提案も含めて口を挟んだタカヒロだが、傍から聞けば「レフィーヤがベル・クラネルのことをよく調べている」といった内容だ。

 ということで、もうちょっと変換するとなると「レフィーヤがベル・クラネルに興味を持っている!」という内容。別に間違ってこそおらず正解ながらも、誰よりも先にその内容に辿り着いたレフィーヤ本人は、顔を真っ赤にしながら「違います!!」と叫び、タカヒロが微塵も思い描いていない“何か”を必死に否定していた。

 

 

「タカヒロさん……」

「ん?」

 

 

 ギャーギャーと山吹色の声が後ろから響く中、タカヒロは武器が沢山入ったボックスから一枚のラウンドシールドと刃の潰れた片手剣を取り出している。何か言いたげに青年の名前を呼び目線をガン合わせしてきたアイズに目を合わせ、次に彼女が目線を向けたベルの更に前で盾を構えて少しだけ腰を屈めると、フィンに対して向き合った。

 

 

「お客様として招待したんだけどね。無茶な要求に応えてくれて感謝する」

「その対象はベル君だろう、自分はいつもの日課で来ているだけだ。あまり時間が無くてね、一度だけならば相手しよう」

「ありがたい、胸を借りるつもりで挑むよ。じゃぁ、いくよ。クラネル君はいいかな?」

「はい。師匠、最初の一撃はお願いします!」

「分かった、槍の方は受け流そう」

 

 

 フィンの足首に力が入り、瞳がカッと開かれる。何せ、相手はベル・クラネルよりも気になっていた“謎の青年”なのだ。

 相手は52階層にソロで来るような人物。今の今まで物凄く気になっていた人物ながら、色々と迷惑ばかりかけていたために探るに探れず、その実力は未だ未知数。

 

 相手は鎧を着ていないために本気の武器は使えないが、これで、いくらかの実力は明らかとなるだろう。フィンは持てる力を振り絞り、実戦と変わらぬ速度の突きを放つこととなった。

 実戦で放つような速度なれど、やはり青年は間髪入れずに反応する。左手の盾を右に向けて槍の側面に当て、曲面部分を使って左側へと受け流し――――

 

 

「あれっ?」

「えっ?」

 

 

 突き付けられた槍だけは、フィンも驚くほどの正確さで、誰も居ない左側に向かって奇麗に泳いでおり。てっきりそのまま身体ごと弾き飛ばすのだとばかり思っていたベルだが、疑問符を口にしつつ、目論見は外れることとなる。

 槍が逃げる力を利用した手癖の悪さによって、小柄なフィンの身体だけが、青年の真後ろにいたベル・クラネルに直撃した。そしてそのまま弾かれるように、ベルの身体は、守護対象である後ろに居るアイズへと向かってストライクするわけである。

 

 なお、アイズからすればウェルカム・バッチ来い。回避する気など、これっぽっちも持ってはいない。

 両手で自分の身体を庇うような仕草を見せながらも、あからさまなキャッチング態勢に移行した。結果としてそこにベルが綺麗に飛び込む形となり、彼女は受け止めて芝生の上に倒れ込むこととなる。

 

 結果的に何が出来上がるかというと、いつかのクラネル・マットレスの逆バージョン。軟らかい感触と優しい香りが少年の顔を包み込むと共に、もちろん血圧は急上昇。

 すぐさま体を起こして全方位に対して土下座を始める少年だが、状況が過去に戻ることなど有り得ない。真横で蒸気機関車となっているレフィーヤを筆頭に、目撃者は大多数の状況だ。

 

 

「あ、あ、あなたって人はあああああ!!」

「ごごごごごめんなさいアイズさん!!っていうか、変な受け流しをしないでくださいよ師匠!フィンさんの突進が全部こっちにきてましたよ!?」

「心外だなベル君、“槍”は宣言通りに受け流したぞ」

「もぉー師匠のばかああああ!!」

 

 

 屁理屈を述べる、相変わらずの仏頂面な青年からすれば確信犯。真後ろから青年の技術を見ていたベルからすれば、まさに雲の上の技術の無駄遣いである。

 満足気に半目のままサムズアップしているアイズに対しアイコンタクトするタカヒロは、“これでいいかね”という内心だ。この仏頂面の青年、ベル・クラネルで遊んでいる上に、やはり“アイズ語”の基礎程度を解読できている。

 

 一方で、傍から“見えていた”者からすれば、叫び声をあげる本人たちと違って余裕がない。盾によって隠れていなかった部分が最もよく見えていたガレスに至っては、目を見開いて青年を凝視してしまっている。

 あのフィンの槍だけを的確に流し、かつ後ろに居るベル・クラネルの動きを読み切り、あまつさえフィンの身体だけを正確な角度と威力で直撃させる防御能力。平然と出された今の攻防にどれほどのものが詰まっているかは、彼ならば容易に分かることだった。

 

 

 ――――パッシブスキル名、シールドトレーニング。

 盾を使った戦闘技術における応用術で、手捌きや専門的な動作精度・速度が向上し、大きく重い盾が何の障害にもならない事を確立した技術。彼が持つ、小手先の技術を更に高める代物だ。

 

 

「……戦士タカヒロ。一度だけと口にした言葉、どうにか撤回できぬかの」

「撤回はできない。早々に切り上げて課題を終わらせねば、どこかの誰かが放つ雷魔法が落ちるのでね」

「ほぅ……」

 

 

 ピクリと、とあるハイエルフの片眉が下がる。数メートル離れた位置に居るはずだが、地獄耳なのか意識を向けていたのかまでは不明なものの、どうやら、しっかりと聞こえているようだ。

 一方で盾を使う同職故か息ピッタリなガレスとタカヒロは、互いに仏頂面のまま会話を続けている。意味ありげな回答をした青年の言葉に対し、ガレスが乗っかって発言を返していた。

 

 

「誰とは言わんが、その魔法は持続時間が長すぎる。ああ、確か緑髪だったか」

「誰とは言わんが、なんじゃ、とうとう10個目の魔法まで取得しおったか。ああ、確かエルフじゃったの」

「誰とは言わんが、何を今更、元からだろう。ああ、確か魔導士だったか」

「誰とは言わんが、それもそうじゃの。ああ、確かロキ・ファミリアの副団長」

「誰と誰とは言わんが、そこに並べ!!」

 

 

 山吹色の絶叫に混じってリヴェリアから声が上がり鬼ごっこがスタート、盾職の二人がランナースタイルで駆け出している。扉を吹き飛ばしてしまうので突進スキル“堕ちし王の意志”は使えないが、ステイタス的な数値はゼロながらも、彼の脚力からすれば後衛職から逃げ切るのは十分だ。

 なお残念ながら、元より敏捷に劣るガレスは捕まっていた模様。言い出しっぺであるタカヒロを確保できなかった恨みも積もった説教が、黄昏の館のホールに響いていた。

 




・シールド トレーニング(レベル5)
盾を使った戦闘技術の広範な研究で、手さばきや専門的操作が向上し、盾が何の障害にもならない事を保証する。
-7% シールド回復時間
+7% シールドブロック率

備考:
 GrimDawnにおける盾のブロックは、盾ごとに回復速度(秒数)が設定されています。これが1秒の場合、ブロック判定の発生後1秒すると、再度ブロック判定が行われるようになる感じです。
 そのため、このパッシブスキルがあると(例えば-10%の場合)ブロック回復速度がマイナス10%となり、ブロックしてから0.9秒後にブロック判定が発生するわけですね。
 回復秒数が長い盾ほどブロック率やブロックするダメージ量が多く、回復秒数が短い程、ブロック率が低くブロックするダメージ量が少ない傾向となっています。
 ちなみにですが、タカヒロの盾はダブルレアMIで中間の性能となります。ブロック率・量がどうこうより、付属するスキルや装備効果目当ての採用です。


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39話 検討会

「あいたたた……リヴェリアのやつめ、年寄りに長時間の正座をさせるなというに……」

 

 

 まだ少し、足のしびれが残る中。老衰したような歩き方になってしまっているガレス・ランドロックを見て、周囲のロキ・ファミリアの団員たちは心配した様子で対応を見せていた。別に年寄りという程でもないのだが、いつの間にかクセになっているようだ。

 とは言っても、痺れの原因が病気ではないために、時間が経てば治るだろう。どうやら、レベル6であり耐久値はS999間近のステイタス、“重傑(エルガルム)”の二つ名を持つ彼でも、辛いものは辛いらしい。

 

 こうなった理由としては酷く単純であり、“意味ありげ”な発言をした青年の言葉に、面白半分で乗っかったガレスの自業自得。あそこで黙っていれば、少なくとも飛び火することはなかっただろう。

 もっとも、ガレスからすれば新鮮な光景であったことも、また事実。同じファミリアの者でもリヴェリアに対してあのような言葉を口にする者は片手で数えるほどしか居ないのだが、どういうわけか、他のファミリアである青年が口にし始めたというわけだ。傍から見れば自爆特攻と変わりなかった光景だが、青年には冷静さが伺える。

 

 普段から酒癖についてちょくちょく言われているために、青年の言葉が突破口にでも思えたのだろう。別に彼女を貶めたいワケではないガレスとしては、彼女に対する事実をいじる内容に乗っかってやろうと、彼の中の悪戯心が顔を出した格好となる。

 なお結果は先の通りであり、無事に捕まって説教コースと相成ったわけだ。ゴロゴロと鳴っていた雷は、最終的にガレスと言う名の避雷針へと落ちる結末となっている。自ら獅子の尾を踏むならば、相応の盾が必要だ。

 

 

 己とは別に逃げきった者の名を、タカヒロというそのヒューマン。ガレスとて、その青年について全く知らないわけではない。

 自身と同じ盾を使う戦闘スタイルであり、未だ正気とは思えないが、52階層へソロにて到達できる実力を保持しているらしい。ついでにこちらも正気とは思えないが、あのリヴェリアの座学に付いていけているとの情報もある。

 

 とはいえ、それもおかしな話でもある。52階層へ行けるほどの者が、何をいまさら学ぶ必要があるのだろうか。

 知識・力・経験・仲間・装備・時間。深層とは、これらのうちどれか1つでも欠けたならば到達することは非常に難しい。ガレスとて知識に長けているわけではないが、必要最低限のものは身に着けている。故に、その者ならば猶更のことだろうと思っていた。

 

 

 レベル、出身など、その一切が詳細不明である謎のヒューマン。唯一ヘスティア・ファミリア所属ということは判明しているが、所詮はその程度だ。

 かつて、その戦いらしきものを見たことがあるのはリヴェリアとアイズ、そしてレフィーヤとギルド職員だけ、更にはたった一回という数少なさ。加えてリヴェリアによる情報を信じるならば、冒険者登録すらも行っていない確率が非常に高いと言う異常さがある。

 

 主神ロキいわく、「悪い奴ではないが、色々と得体が知れん」と、まさにガレスと同じ感想を残している。彼女は酒場にて殺気を向けられているために、余計に神経質になっているのだろう。

 装備作成・収集を邪魔しなければ、人畜無害な青年というのが実情だ。なお、先の4文字からモンスターは除くこととする。

 

 

 もっとも、ガレスの中におけるそんな評価も、今日の午前中でお仕舞いだ。目にした光景を否定するならば評価もそのままなれど、現実に起こった事実であることは揺るぎない。強い弱いを明確に測れるような戦いでは無かったものの、持ち得る技術力は把握できた。

 ひょんなことから開始された、団長であるフィンとの攻防。何故団長の立場に自分が居なかったのかと悔やむも、たった一撃のやり取りの中に青年が垣間見せた狡猾さは、今までに見たことのない代物であり――――

 

 

「ガレス、ちょっといいかな」

「ん?なんじゃ、フィン」

 

 

 噂をすれば影が差す。とはまた違うが、そんなタイミングでフィンが声をかけてくる。槍を片手の表情は真剣そのものであり、自然とガレスの表情にも力が入った。

 

 

「久々に、鍛錬に付き合ってよ」

 

 

====

 

 

「フッ!!」

「なんの!」

 

 

 夕日傾き、西からの光で街中が紅く染め上げられる中。黄昏の館にある中庭にて、金属同士がぶつかる音が弾けるように響いている。

 

 

 もはや見えぬ線となり突き出される槍の一撃を、ドワーフは普段通りに盾で受ける。フィン・ディムナから放たれた軌跡が昼過ぎにおける一撃の再現であることは、一撃が放たれる前に感じ取れた。

 もっとも、ガレスとてマトモに受けているわけではない。その時の光景を再現しようと、彼もまた色々と試行錯誤を繰り返しているのが現状だ。

 

 しかしどうして、理屈は単純そうで再現できない。受け流しの類であることは読み取れたために同じく左に流そうとするも、フィンの身体もまた流れてしまう。もしくは、双方が盾に阻まれるかのどちらかだ。

 一方のフィンもまた、昼間の情景が脳裏に焼き付いて離れない。己の一撃が相手の盾に当たったような、当たらぬような妙な感触だなと一瞬微かに感じたものの、次の瞬間には身体だけがベル・クラネルへと向かっていたのだ。

 

 もしアレが実戦ならば、反撃も防御も行えなかった己の身体は相手の剣で真っ二つだったことだろう。対人戦闘において攻撃を防がれたことは多々あれど、あそこまで綺麗に流されたことなど初めての経験だ。

 そう思い返すたび、背筋が凍る。もしこれがダンジョンにおいて発生したならばと、沸き起こる不安を振り払うように首を振った。

 

 すると、鍛錬を見学する姿が目に留まる。複数人の姿があり、その中において、己が気にする白髪を持つ少年の姿も確認できた。

 その隣に佇むのは、自分自身と同じ金髪の少女。ベル・クラネルとアイズ・ヴァレンシュタインの二人が、並んで光景を見ていたのだ。何か用かなとフィンが声をかけると、見入ってしまっていたと、少年は照れくさそうに答えている。

 

 

「そろそろ帰る頃かと思っていたけれど、熱心だね。あ、タカヒロさんを待っているのかい?」

「あ、はい。ですが師匠、リヴェリアさんと執務室で何か言い合っていまして……」

「あれは……巻き込まれたら、ダメなやつ」

 

 

 うんうん。と、目を閉じて仲良く頷く二人だが、その推察は正解だ。

 

 鬼ごっこから逃げきったタカヒロはそのまま執務室へと戻って問題集に手を付けていたのだが、そもそもにおいて、この執務室は“鬼役”が使う場所。時間が経てば、自然に彼女と青年がかち合うこととなる場所である。

 先の中庭における対応で“おこ”なリヴェリアはタカヒロに食って掛かるも、いい加減に問題集を終わらせたい青年からすれば集中力を乱すものでしかない。そもそもにおいて自分自身を巻き込んだリヴェリアに非があるために、此度の捻くれ度合いは一入だ。

 

 青年曰く、「自分は“昔から持続時間の長い雷魔法を使う緑髪の魔導士”としか言っていない」と真っ向から反論している。加えて「心当たりがあるのか?」と煽りに煽っているその捻くれ者は、ここまで考えて口にして居るのだから色んな意味で質が悪い。いつものように血圧が高いリヴェリアも、重箱の隅をつつくような返しで応戦中。

 ということで、例によって言葉のドッヂボール的な会話が交わされていたわけだ。双方の物言いたげな目線がバチバチと交わり、アーク電流と化している。

 

 一方で、礼儀のために挨拶をしておこうと思いリヴェリアの後を追って訪れたベルと、くっ付いてきたアイズの二人。しかしながら扉の向こうから聞こえてくるこの会話文を耳にしたために、飛び火しないうちにそそくさと撤退してきたのである。

 それを聞いて「昔を思い出すなぁ」と何故か感傷に浸っているフィンとガレスだが、ロキ・ファミリア結成当時にリヴェリアとガレスが事あるごとに言い合っていたことを知らないベルは可愛らしく首をかしげている。同じく事情を知らないアイズも真似ており、ガレスは「お主も言い合っておったじゃろ」とフィンにツッコミをいれていた。

 

 なお、一番のとばっちりは同室に居るレフィーヤだろう。結果として雷も拳骨も降り注がなかった彼女だが、流れ弾が飛んでこないかと脅え、胃がキリキリする極限状況に放り込まれているというわけだ。

 

 

「昼間の答えが聞きたかったけれど……これは巻き込まれないために、やめといた方が良さそうかな」

「あの時は勢いに乗ってしもうたからのぅ……もう正座はやりとうないわい」

「あ。やっぱり今の攻防、昼間の再現をしていたんですか?それでしたら――――」

 

 

 答え合わせは、ベルによって行われた。

 

 突進している二つの物体、槍と身体。そのうち前者は、いくら力を入れているとはいえ、手首・肘・肩という稼働する部分によって身体に支えられている状態だ。

 タカヒロが見せた受け流しの答えとしては、この可動部と自分自身の荷重移動を利用して、槍が進むベクトルのみを変えるという手法。もちろんベルからしても雲の上過ぎる技術であり、絶対に真似できないことを付け加えている。

 

――――それでも、カラクリを見抜いていたのか。

 

 それが、フィンとガレスが抱いた率直な感想だ。相変わらず控えめな態度で答える少年と、実のところ分かっていないながらも雰囲気で同調しているアイズだが、ならばあの時、少年が“変な受け流し”と口にしていたことも頷ける。

 武器も鍛錬用で威力も弱けれど、速度こそ実戦とほぼ同等だった、あの一撃。レベル2の少年では、攻撃の始動が見えたと思った頃には、既に盾とぶつかっていたことだろう。

 

 聞いてみると、やはり見えていなかったとのこと。それでも事の顛末を知っているのは、結果として槍が流れた方向と師の動きからとの回答だ。

 盾とナイフという違いもあるために程度も違えど、己も似たような技術を学んできたと付け加えられている。言葉が生まれない代わりに驚愕の感情が芽生えている二人だが、やがてフィンが、何かを言いたげに口を開いた。

 

 

「……ベル・クラネル、君は――――」

「ぬおあああああ!なんでウチに飛び火しとるんやあああああ!!」

 

 

 廊下を疾走する、二つの姿。片や主神、片やエルフの弟子である二人の女性の声が、館に響く。この場の4人の視線も、自然とそちらを向くこととなった。

 なお、周囲の見解としては「またロキが何かやった」程度であり、廊下ですれ違った者も総スルー。むしろ、その後ろから追いかけてくるヤベー姿の怒りを買わぬよう、積極的に目を逸らしている有様だ。

 

 

「ロキがあんな破裂寸前の空気のところに入ってきて“ごっつ仲ええなー”なんて言うからですよー!なんで“レフィーヤもそう思っとる”なんて仰って私まで巻き込むんですか!!」

「しゃーないやろ事実やんけ!レフィーヤ、なんとか」

「無理ですぅぅぅ!って、ああああ!また貴方はアイズさんと一緒に」

「へっ!?」

「ちょ、逃げるんかレフィーヤ!?」

 

 

 先ほどまでの雰囲気は、怒涛の如き嵐に掻き消されることとなる。レフィーヤの視界に二人が入り、疾走の目的が逃走から白兎に変更されたために90度ターンにてロキと道を違えていた。そして後ろから迫る緑髪のミサイルは、直進の進路を選んでいる。

 もっともロキを追いかけまわしているのはリヴェリアだけであり、相変わらずの仏頂面なタカヒロはどうとも思っていない。強いて言えば普段はクールな彼女に対し、「時たま活発になるな」と意識している程度である。

 

 静かになったことで無事に課題を終わらせた青年は、山吹色の発言内容をもとにベルが中庭に居ると判断。相変わらずの仏頂面であるその姿が見えると、ギャーギャーと喚いていたレフィーヤも思わず黙ってしまうのだから不思議なものだ。

 青年は「迷惑にならないうちに帰ろう」とベルに告げ、フィンとガレスを筆頭に、そこに居た者に対して世話になった旨の挨拶をする。断末魔のように響くロキの絶叫を耳にしつつ、複数の視線を受けつつ黄昏の館を後にした。

 

====

 

 廃教会へと帰る白髪の師弟は、市場へと足を向けている。せっかくなので何か買って帰ろうかと、タカヒロが誘った格好だ。

 夕日に照らされるオラリオの情景は美しく、ダンジョン帰りと思われる冒険者の姿も数知れず。もうしばらくも経たないうちに、ここも更なる活気に包まれることとなるだろう。

 

 そして話は、ナイフのメンテナンスについてとなっている。ナイフを受け取ったタカヒロが刃の状態を確認するも、実戦に支障はないとはいえ、連日の鍛錬の影響か、やはり劣化具合は隠せない。

 実のところ、青年としてもこのナイフのメンテナンスについては気になっていた。打たれる度に僅かながらもバージョンアップしていくために使い捨てとなっている兎牙シリーズとは違い、こればかりは様々な意味で使い捨てというわけにはいかないのが実情だ。

 

 

「ベル君、今更だがお金の管理はできているか?」

「はい。師匠に習った方法から少しだけ変えているんですが、大丈夫です。数値化すると、大切さと実感が湧くので、結構楽しいですね」

「良い傾向だ。扱う金額が増えるにつれて面倒になるかもしれんが、将来においても必要なことだ、続けていこう。ところで、ヘスティア・ナイフのメンテナンス代金などは聞いているのか?」

「あ、そのことなのですが――――」

 

 

 その件はベルが知っており、てっきりヘスティアから伝わっているものだと思って口にしては居なかったのが実情だ。別件でヴェルフの下に訪れた際に聞いたことがあったため、大まかに知っている程度の話となる。

 神二人の神の間で話が交わされた際、ヘスティア・ナイフの3回分の修理素材費は前払いで支払われているとのことだ。そのために、素材さえ揃えばいつでも行えるようである。そのためにしばらくは、ベルとしても財政的な負担は少ないものとなるだろう。

 

 

「わぁ、いい匂いですね!」

 

 

 話も一段落したところで、鼻と空腹を刺激する匂いが届いてくる。三大欲求の1つである食欲を、何を以て満たそうかとワクワクとした顔を見せる少年は、14歳と言う年相応の様相だ。

 もっとも零細ファミリア故に、そのような御馳走にはありつけない。しかしながら偶には奮発してもいいだろうと、タカヒロは1枚の金貨を渡している。

 

 

「し、師匠、いいんですか!?」

「ここで待っているから、価格を気にせず好きなものを買ってきな。ただし栄養バランスを考えて、だぞ」

「任せてください!」

 

 

 金銭管理ができている褒美というわけではないが、そう課題を告げると、ベルは花の笑みを振りまきながら、軽やかな足取りで市場へと消えてゆくのであった。小さくなる背中が、市場と言うダンジョンの入り口に飲み込まれてゆく。

 

 そして手に持ったままだったナイフに気づくタカヒロだが、街中でドンパチが始まる訳でもないだろうと特別気にもしていない。近くにあったベンチに腰掛け、刃の劣化具合から何かアドバイスできる点を読み取れないかと、夕日にかざしてヘスティア・ナイフの細部をチェックしていく。

 摩耗度合からするに昔よりは精密さが消えている気がするが、原因はアイズとの鍛錬だろう。相手の放つ攻撃の緩急が凄まじいために、レベル2の対応力では追いつかないところが多々あるはずだ。状態からするに、やはりもうしばらくしたら、メンテナンスに出した方が良いかと考えて――――

 

 

「お兄さん、白髪のお兄さん」

 

 

 5分ほど経っただろうか。左サイド、距離にして2メートル。1分ほど前からそこに居た気配は感じ取っていたタカヒロだが、相手が話しかけるタイミングを伺っていたならば納得だ。

 座っているはずなのに同じ高さから聞こえる声に、顔を向ける。古さは見られないものの簡易な薄いベージュ色のローブで全身を包み、フィン・ディムナと似た小さな身体に似合わぬ程に大きな抹茶色のバックパックを背中に担ぎ。夕日に照らされる栗色の瞳が特徴的な作られた笑顔が、タカヒロの視界に映っていた。

 

 

「サポーターは、お探しではありませんか?」




出会っちゃいました


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40話 サポーターの少女

*最初の3つの選択肢は、GrimDawnにおける乗っ取られ語録のネタです。


 

 サポーター。冒険者と呼ばれる括りとはまた違う、支援役。基本として大きなバックパックを背負っており、戦闘能力で言えば冒険者よりも乏しい、という点が特徴だ。

 ドロップアイテムや魔石の収集、冒険者に対するポーションの支給などを行うのが主業務と言って良いだろう。その程度は、タカヒロも本や教導で学んだ内容だ。では青年にとって、そんな彼女が必要かとなると――――

 

 

――――関係無いね、君は依然として犯罪者だ(攻撃)

――――構わんさ!(攻撃)

――――信じられない(彼女を燃やす)

 

 

 さて、どうしたものかとタカヒロは内心で溜息を吐く。初対面となる淑女に対して、流暢な本場ケアン流儀にのっとり言葉を返そうかと思い、直感的に出てきた文章がこの3つだ。どれもこれもが、選択肢として中々に物騒極まりない。

 単に彼女だけを見て生まれた感情、つまるところの直感だ。己の直感がここまで不快感を示すなど、相当の事――――と考え、ケアンの地では割と日常茶飯事だったことを思い出す。

 

 しかし、ここはオラリオ。平和とは言えないが、ケアンほど物騒なことはあり得ない。また、無駄に騒動を起こせばヘスティアに迷惑をかけることになるだろう。

 昼間に遊びがてら一戦交えた影響かと考え、とりあえず落ち着いて、再度考えを巡らせる。己が置かれている立場を中心に数秒だけ考え、シンプルな答えを口にした。

 

 

「不要だ」

「えっ」

 

 

 一方の彼女はサポーターが必要かと問いを投げたら、まさかの回答が返された状況だ。予定していたプランから外れたのか、クリッとした瞳が左右へ忙しなく泳いでいる。

 どこか幼さの残る顔立ちは、身長と似合ってあざとく整った部類。故に男受けは悪くなく、過去にこのようなパターンは無かったのだろうかと勘繰るタカヒロだが、余計な感想だったかと考えを消し去った。

 

 実年齢は不明なものの、外観だけで答えればベルと同じ程度と言ったところ。しかしながら、単に、興味本位で話しかけてきたワケではなさそうだ。

 外観と似た可愛らしさが覗く一方で口調には落ち着きが見られており、非常に場慣れしている。意を決したようなそぶりも無く、初心者に在りがちな“緊張”も見られない。

 

 当たり外れが激しいだろうパーティーをコロコロと変えるなど、サポーターにとってはリスク以外の何ものでもないだろう。ましてや彼女は女性であり、“そういう趣味”ではないならば、猶更の事、安定を求めるはず。

 となれば、なぜ自分を選んだのかとタカヒロは疑問に思う。自分自身が相手に与える第一印象を含め、置かれていた状況から推察を行っていると、相手の女性が声をあげた。

 

 

「あ、も、もしかして突然で混乱していらっしゃるんですか?む、難しいことは何もありませんよ!?冒険者様のおこぼれに与りたい貧乏で無力なサポーターが、自分自身を売り込んでいるんです!」

「ああ、難しいことは何もない。自分は、冒険者ではないのでね」

「えっ……」

 

 

 パチンと音を立ててナイフをホルスターに仕舞い、嘘偽りのない事実を口にする。呆気にとられた少女の顔を笑うかのように、巣へと帰る鳥の声が響いていた。

 タカヒロとしては、この誘いについて疑問に思うところがあったことと、口にした事実があるために即答で返事を行っている。とはいえ流石に無礼かと考え、軽い冗談でお茶を濁すこととした。

 

 

「夕飯時の冒険者を狙い襲う、市場という名のダンジョンに向かった弟子を待っているだけだ。はて、無事に生きて帰ってこれるやら」

「な、なるほど。面白い表現ですね。あ、私はリリルカ・アーデと言います!」

「ヘスティア・ファミリア所属、タカヒロという。苗字は無い。そして丁度いいが、弟子も戻ってきたようだ」

 

 

 容器の中にある総菜が崩れぬよう静かに走りながら、ベルが市場から戻ってくる。師の隣に居る人物は誰だろうかと疑問を抱きつつも、大きなバッグから、サポーターなのだろうかと勘繰っていた。

 そして自然と、ベルとリリルカの間で自己紹介が交わされる。互いに自分の名を口にし、相手の名を聞いたリリルカは、まさかの名前を耳にして声をあげた。

 

 

「ベル・クラネル?白髪、赤目、えっ?ひょ、ひょっとして、リトル・ルーキーですか!?」

「え、あ。はい、そうですけど」

 

 

 ベル・クラネルという冒険者の話はリリルカも知っている。まこと在り得ぬと言い切って過言ではない偉業を成し遂げ、僅か一か月程度でレベル2となった、最も話題となっている冒険者の一人。

 見た目、やはり噂通りに“白兎”。身長こそ年齢の割に高いと思うが、顔だけ見れば白兎、モンスターで言うならばアルミラージと表現しても問題は無いだろう。

 

 それはさておき、今のリリルカにとって大事なのは“客”を見つけることである。手段はさておき、冒険者と言うのは稼ぎを得るために必要な存在だ。どうやらナイフも少年の物らしく、彼女の中において、ターゲットはベル・クラネルにスイッチしている。

 リトル・ルーキーならば、“どちらの手段にせよ”大口の客となるだろう。まだ本契約とはいかずとも、とりあえず少年との再会の約束を取り付けることに成功した彼女は、怪しい笑みを浮かべながら帰路につく。

 

 

 

 その日の夜。色々あって疲れていたベルが寝静まった後、タカヒロはヘスティアに対して夕刻の出来事を告げている。そのまま二人は、ベルを起こさぬよう小声で話し合っていた。

 出来事を聞いたヘスティアは、相手がベルと同じぐらいの少女と言うことでプンプンした対応を見せている。しかしそれも最初だけであり、また、形だけ。相手が同い年の女性という点については、あまり大事とは思っていない。

 

 

「君の話を聞く限りだけれど、ボクは、純粋に自分を売り込んでいるって感じ取れるね。タカヒロ君は、どう思っているんだい?」

「何かしらの裏があると捉えている。冒険者ではない、一般人の自分に絡んできた点が引っ掛かっていてね」

「……一般、人?」

「……何故、そこで疑問符を浮かべている」

「あ、う、うん。そうだね、タカヒロ君は一般人だね」

 

 

 そう問われ、タカヒロは呼びかけられた時に思ったことを口にする。出される言葉の数々は本当の事であり、尾びれ背びれすらも一切ない。

 ワイシャツ、適当なズボンである青年に対し、「サポーターは要りませんか」と声をかけた彼女の心理。ベルやヘスティア達でこそ彼が冒険者として活動できることを知っているが、傍から見れば、そこらへんの一般人と変わりない服装にも拘わらずだ。なお、青年が一般人と変わりないと口にして居る点については“自称”であることを付け加えておく。

 

 唯一の一般人との違いは、立派なナイフを持っていたこと。それで冒険者と判断した可能性も捨てきれないが、あのような時間帯に冒険者装備とは程遠いワイシャツで居る男を冒険者と判断するかどうかとなれば、ヘスティアも唸って答えを濁してしまう。

 

 もっとも、それらはタカヒロの素人推理と言うだけであり、純粋に売り込みに来た可能性もゼロではない。あのような時間に一人でいたからこそ、パーティーを組んでいないと捉えて声をかけたとも読み取れる。結局のところ最終的には、己の直感による判断だ。

 とはいえヘスティアからすると、そう思っているならば不思議なものだ。ならば、そうならないようベルの手を引いてあげるのが、師である彼の役目だろうと意見を述べている。此度の場合は、再会の約束を取り付けたベルに叱りを入れるべき事柄だ。

 

 しかしながらタカヒロとしては逆であり、色々あったが結局のところ、パーティーを組まないかと誘われているのはベルとなっている。そのために、今回の事の成り行きは、ベル自身の判断に任せたいと思っているのが実情だ。

 純粋にパーティー活動を行えるにしろ、何かしらのトラブルに巻き込まれるにしろ、成長に必要な糧となるだろう。仮に相手の目的がタカヒロが持っていたナイフ狙いだとしても、出来こそいいものの殺してまで奪うようなナイフではないために、そうなる可能性も極めて低い。

 

 

「知っての通りベル君は、良くも悪くも純粋だ。此度程度の話ならば何をやっても取り返しがつくだろう、何かあれば自分が出張る。しかし自分としては、今回の一件は“彼”のためになって欲しい」

 

 

 元より青年が少年に対して師事できるのは、刃物の扱いだけである。かつての経験から色々と少年の手を引っ張ってきた経過となっているタカヒロなれど、それがいつまでも続くかとなれば答えは否だ。

 仮に手を引っ張り続けてきたところで、やがて意見が食い違うことも出てくるだろう。そうなった際にどうなるかとなれば、少年はそこで止まってしまう。自分自身で考え、判断し道を見つけることを諭すのは本来ならば本当の親がするべき仕事なのだろうが、居ない以上は仕方がない。

 

 もっともヘスティアの意見としては、ベルという少年は優しさの塊であるが故に、たとえその少女が犯罪者の類だったとしても、手を差し伸べて助けてしまうのではないかと口にしている。

 分別を知った大人にとっては、眩しすぎる純粋さ。それが良いのか悪いのかとなれば誰にも判断できないが、ベル・クラネルが持っている優しさであり、少年の魅力の1つであることには変わりない。

 

 

「犯罪の度合いにもよるが、綺麗事だけで生き抜けるならば誰も苦労はしない。ヘスティアとて、罪を懺悔し、改心した者ならば許せるのだろ?」

「ボクはシスターじゃないんだけどなぁ……。だけれどボクも、ベル君が許した相手なら、なんだか許せちゃう気がするよ」

「待て待て、全てを許容してどうする。叱るべきときは叱らねばならんだろう」

「も、もちろんだよタカヒロ君」

「……君はベル君を相手に、しっかりと叱れるのか?」

「……怪しいかも」

 

 

 だって可愛すぎるんだもん!と駄々をこねる駄女神を見て「ダメだこりゃ」と考え、タカヒロは溜息を吐く。もっとも、正直に問題点を自覚しているだけ、まだマトモだ。本当に必要な時が来れば、恐らくは叱りを入れてくれることだろう。

 重い空気が軽くなり、ともかく此度の件については基本として、直接的な被害が出ない限りはベルに一任することで互いに話が付いた。結果がどう出るかは、それこそ神であるヘスティアでも分からない。

 

 此度の二人は、少年を見守る親の役だ。

 

====

 

 アイズとの鍛錬が終わった翌日の午後、ベルは集合地点でリリルカと合流する。その場での会話により、とりあえず10日間程度のお試しと言うことで、口約束程度ながらも正式な契約と相成った。なお、契約しやすいようリリルカの提案で、いつでも解約できる条件が付け加えられている。

 そして二人の足はダンジョンへと向かい、現在2階層。向かう階層はどこかと陽気なリリルカに尋ねられ9階層と答えたベルに対して、彼女は一転して困惑した表情を見せている。

 

 何せ、ベル・クラネルは己と違ってレベル2なのだ。この階層の推奨レベルは1の中盤~後半であり、適正レベルは過ぎている。レベルが1つ上がることで身体能力は大きく変わるために、準備運動程度にしかならないだろう。

 そして、もっと下の階層で狩りをすれば稼ぎが更に良くなることは明白だ。それを行わないのは何故かとリリルカが聞いてみるも、回答は思ってもみないものだった。

 

 曰く、まだ技術が追い付いていない。己の中に一種の基準点があるらしく、それをクリアできない限りは、更に下へと潜ることはないのだと口にしている。

 もっともその基準点とは、レベル1の頃にタカヒロが行っていた階層制限の基準を真似たものだ。今となっては制限がかかっていないものの、教えの重要さを理解しており、こうして自ら設けているわけである。

 

 

「あと、これも師匠に学んだことなんだけど……下に潜って危機が迫った時、後ろから刺されないとも限らないからね」

 

 

 ――――ゾクリ。目的は命ではなくナイフなれど見切っていたのかと、その気配は欠片も見せていなかったはずの少女の背中に静電気が流れた。

 冷や汗が首筋を伝うも、ローブによって隠されているのが救いだろう。少年からすれば単に学んだことを口にしたつもりであり、刺してくるのはモンスターと思っているのだが、口に出されていないそれを相手が知る由もない。

 

 

 蓋を開けてみればレコードホルダーが持ち主だった、逸品のナイフ。警戒された今となっては、純粋にドロップアイテムや魔石を換金する方が賢明だろうと、リリルカは考えを改めた。

 話を逸らすために、リリルカはベルの事を聞き出すように会話の流れを変えている。男と言うのは、基本として自分の事を語りたく、それで機嫌が良くなる生き物だ。

 

 だというのに少年の口から出てくるのは、自分ではなく師が凄いという内容ばかりである。褒め讃える中に仲睦まじい姿が想像できる少年の嬉しそうな言葉は、彼女の心に刺さっていた。

 己があの時に声を掛けた青年が師なのだと言っていたが、そんな二人の関係を羨んでしまう。己にはない親密な関係は、彼女にとってはひどく眩しい。

 

 

「ベル様には……よき師匠が、ついていらっしゃるのですね」

 

 

 ――――嗚呼、まただ。そう内心で呟き、つられて少年の眉が僅かに下がった。

 ベルとしては聞かれたことに対して正直に答えているだけなのだが、その純粋さもまた、彼女にとっては清らかすぎるものがある。今までの会話でも何度か見せた表情だが、此度のものは一際厳しい。

 

 その光景が過ぎても瞼を閉じれば、どこかベルの脳裏に、俯き悲しさ滲む彼女の顔が浮かび上がる。実力が伴っておらず右も左もわからなかった、かつてのベル・クラネル自身の姿が、少女に重なったのは偶然ではないだろう。

 

 主神ヘスティアに、師に出会う前の己と同じ。オラリオに来てすぐで、一人で迷い、押し潰されそうになっていた駆け出しの頃。支えを求めて、街中という迷宮を彷徨っていた頃と、よく似ている。

 彼女が抱えている、自分自身ではどうにもできない弱さがあるならば。そして己にできるならば、今度は自分が支えてあげたい。

 

 それでもまずは、リリルカ・アーデという人物を知るところからだ。“指示を出した仕事内容”を後ろでテキパキとこなすサポーターを時折流し見つつ、危なげのない基本に忠実なパーティー活動は、今後も続くこととなる。

 





①:主人公が“乗っ取られ”に似た別人であるために(攻撃)を行わなかった
②:納品クエストは終えているために、サポーター需要も不要と判断→50階層行きを回避
③:ナイフ狙いが今のところバレていない+リリ助側が警戒して意欲ダウン
④:直接被害がなければベルに一任された
⑤:ベル君の女たらし(いろんな意味で純粋なやさしさ)が発動

主人公の直感が犬みたいに吠えてます()
とりあえず地雷回避とフラグ設立は問題なく、まだ今のところ生存ルート。頑張れリリ助……


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41話 意外な特技

あまり深く考えずにご覧いただければ幸いです。


「失礼する。……おや?」

 

 

 ヘファイストスにドロップアイテムを納品してから、数日たった日の早朝。タカヒロは何時ものようにノックを行い、リヴェリアが仕事をする部屋へと入ってきた。

 しかし、見慣れた山吹色の髪が見当たらない事に気が付いた。いつも終盤になると苦しんだ表情を見せる彼女が居ないとなると、何かあったのかと勘繰ってしまっている。

 

 時間を間違えたか?と思うも、いつも通りだ。現にリヴェリアは既に席についており、何かしらの書類と睨めっこしながら作業を続けている。

 

 直後に顔を上げたリヴェリアからの説明があったのだが、今日は忙しいらしく自習的なものとなるようだ。暫くしたのちに復習がてらの小テストが用意されており、それを解いていく形となる。

 レフィーヤが居ないのは、単に朝からどこかへ出かけているため。午後には戻ってくるとのことであり、彼女が受ける試験は、その時に行われるようである。

 

 それはさておくとして、青年から見た今日のリヴェリアは、いつもと比べて随分と違っていた。眉間に力が入って中々に真剣な表情であり、彼も思わずその点と、気づいた他の事を口にしてしまう。

 

 

「……随分と目付きが険しいな、疲れも見えるぞ」

「私の心配は不要だ、勉学に励め。……まぁ、この計算は間違うと損失が大きくてな。何をしているか気になるか?」

「まぁ、人並み程度には」

 

 

 その返答を聞いたリヴェリアは別の紙を摘まむと、ピッ、と指で弾いて器用に紙を飛ばしてそのまま睨んでいた用紙と格闘中。そんな真剣な表情を横目見たタカヒロは、彼女がよこした紙を中指と人差し指で受け取って中身を眺めていた。

 

 

「……ロキ・ファミリアの財務に関する内容、恐らく1日の支出、雑費周りを羅列したものか。自分が見てもいいのかい?」

「気にすることはない、ギルドにも提出している内容―――と言うよりは、その提出する内容をまとめたものだ。いくぶん量が多くてな。ともあれ、これ等の計算を担当しているワケだ」

 

 

 財務書類と書けば機密事項の塊のように聞こえるが、支出の類しか書かれておらず機密事項は皆無で重要なものではない。これとは別に団員の情報や収入面を纏めた書類もあるが、そちらは逆に機密事項の塊だ。

 

 ものすごく噛み砕いて言えば、ロキ・ファミリアにおける、とある日付の家計簿である。モノ、単価、個数が記されており、一番下に合計値を書き込むような欄がある。部門別に色々あり、どうやら、この集計担当が彼女のようだ。大規模ファミリア故に、枚数だけでも凄まじい量があるらしい。

 内容を流し見るタカヒロだが、項目こそかなり多けれど小数点も無ければ乗算と加算しかないために、彼の得意分野となっている暗算の守備範囲。いつかヘスティアのローン年数を計算した時のようにノーミソをコネコネして先頭部分から数値を足していく彼は、別の紙に答えを記して元の紙と共に彼女に渡した。耐性パズルの計算も、間違いなく影響を及ぼしている。

 

 そして何事もなかったかのように、指示通りに自習の類を再開した。

 

 

「……は?」

 

 

 彼が計算を開始して彼女の手に渡り、今の発言となるまでのその間、約1分と少し。なんのメモの跡もない元の用紙と答えだけ書かれた小さな紙を見て、リヴェリアは盛大な疑問符を発している。

 まさか、適当にやったのかと思ってしまう。いつか団員が魔石をちょろまかした事があるために気を抜けない彼女は、今計算していた1枚を終えると、タカヒロから受け取ったモノを計算しなおした。

 

――――合っている。

 

 しばらく経過した結果、彼の答えと彼女の答えは一致した。一の桁まで寸分の狂いなく合致しており、念のために、もう一度計算してみるが変わりはない。

 やはり、彼は元々学者の類ではないのかと勘繰ってしまう。苦手な者が多い計算だが、どういうわけか彼は、彼女と同じく問題なく熟せるようだ。

 

 しかし、所要時間が大きく違う。己が一枚を計算する間に、彼ならば何枚の書類を処理できるだろうか。

 そう考えれば、自然と短縮可能時間へと行きつくわけである。ということで、最終的に浮かび上がる考えは1つだった。

 

 

「……タカヒロ、今日の教導は中止だ。君ならばどの道、試験も合格するだろう」

「……来ると思った。試験の結果はさておき、書類の在庫処理に付き合おう」

 

 

 パタンと書物を閉じて、彼は卓上のスペースを確保する。溜息をついた姿を見せるも嫌な気配は出しておらず、彼女の方を向いて書類が来るのを待っている。

 メモ用紙を用意したこともあって、処理する速度は更に向上。リヴェリアがいつもならば半日以上かかっていた書類の山が、恐ろしい速度で消化されていっている。

 

 ひと纏まりが終わり、彼はリヴェリアに用紙の束を渡す。そして、次のひと纏まりを貰うのだ。

 あまりの早さに、逆にリヴェリアの卓上へと書類が積みあがっていく。とはいえ、その光景は本来ならば昼食を過ぎてしばらくしてから見るものであり、まだ朝と呼べるこの時間に発生するだけでも気楽なものだ。

 

 

 とはいえ、スムーズには進まない。とある束の最初の一枚の紙を見た時、問題があると口にした彼がリヴェリアを呼び寄せる。

 書類の一点をペンで指す彼とその肩越しに書類を覗く彼女だが、何が問題なのか分からない。サラリと流れ彼の肩にも少し掛かってしまった横髪をかき上げながら、彼女は問題がどこかと問いを投げた。

 

 

「ここの単価だ、明らかに高いが間違っていないか?確か、そっちに渡した2つ前の束にある紙には――――」

「なにっ?……本当だ、これはおかしいな。恐らく記載間違いだろう。念のため担当には確認しておく、この紙は集計の対象外としてくれ」

「わかった。あともう1つ、その紙の中段と、これと……この紙の、コレだ。他の日よりも抜きんでて多い。恐らくこの日付は、数値からすると先日の分も合算してしまって――――」

「む、よく気付いたなタカヒロ。これもおかしいな……」

 

 

 2つ目の報告を終え対応を聞くと、何事もなかったかのように計算式に戻る彼の姿。そんな青年を瞳に捉え、彼女の口元が優しく緩む。

 時折腕を組んで悩んだ様子を見せるその姿は、問題の答えが分からず悩みに悩む愛弟子を見ているようだ。何に悩んでいるかは分からないが、雰囲気としては似たようなものである。

 

 本来、いつもならば彼女が行っていた作業において、書かれている数値をチェックするような手順にはなっていない。かつてより書かれている数値が正しい前提で進められてきたのだが、何かしらのチェック体制が必要だなと考え、リヴェリアは軽い溜息をついた。

 青年が単に書類の数値を計算するだけではなく、中身もしっかりと見ているという事実は先の通り。それこそ普段は数値を計算しているだけな自分自身以上の気配りだ。言われた事だけを熟すわけではない姿勢は彼女が好むものであり、普段の授業の成績とも相まって、俗に言う好感度は僅かながらも積み重なっている。

 

 しかしながら預けた仕事は、先ほどの間違いのようにすんなりと終わる代物でもなかった模様。財務系の書類も終わりかけた時、彼が随分と悩む仕草を見せていることにリヴェリアが気が付いた。

 

 

「ん、どうかしたか?」

「ん。ああ、いや。他のファミリアの財政事情に口を挟むつもりは無いが、とある品目の類が凄まじい量と金額だなと思ってね」

 

 

======

 

 

 ロキ・ファミリアのホームにあるフィンの執務室。今日はロキが訪れており、先の遠征で失った武具の調達についてフィンと共に議論していた。

 ロキ・ファミリアのお得意先はゴブニュ・ファミリア。ヘファイストス・ファミリアと対を成す、オラリオにける二大鍛冶屋の1つである。もっともヘファイストス・ファミリアもお得意先となっており付き合いも長く、どちらを選ぶかは団員によって様々のようだ。

 

 双方共にいくらかのツケが利くとはいえ、今回は一度の大量発注となるためにそれも難しいだろう。そのための対策を、フィンとロキが話し合っていたところだ。

 そこに規律良いノックが行われ、二人は共通の人物を思い浮かべる。これほどまでに整ったノックができるのは、ロキ・ファミリアにおいても一人だけだ。彼が声を掛けると、ガチャリと音を立てて扉が開き、玲瓏な声が部屋に響いた。

 

 

「フィン、先月の財務報告の書類が出来上がった。ここに置いておくぞ」

「ありがとうリヴェリア。でも、今月分は随分と早いね。どうかしたのかい?」

 

 

 いつもならば夜間にあがってくる書類の束が、午前中の割と早い時間に届いたのだからその疑問も当然である。所要時間だけでも6-7割ほどは短縮できている計算だ。更に付け加えれば、データを修正した後における最終的な収支の額とも合致しており、間違いは無いと言えるだろう。

 リヴェリアは包み隠さず、勉学を教えているタカヒロの協力によって膨大な書類枚数となる支出側が異常なほど早く終了したことを告げていた。その言葉に真っ先に反応したのは、今までは黙って聞いていたロキである。

 

 

「だ、駄目やリヴェリア!ファミリアの機密を他のファミリアの眷属に知らせるなんて―――」

「財務内容はギルドにも提出しているだろう、支出側を知られたところで真似するものではない上に、団員のレベルやステイタスのようにファミリアの秘密というわけでもあるまい。なんだ、見られて恥ずかしがるものでもあるのか?」

「そ、そんなの無いわ!」

 

 

 まぁ、コレの内容ぐらいならね。と、フィンも相槌を打っている。

 現代社会の会社ならば色々と機密事項のために問題だが、給与支払いの制度も別枠であり、所詮は日々の雑費とホームの運営費用が羅列された書類の束。ということで、見られたところで中身もさして問題ではないというのが一般的だ。

 

 各々が使用している武具については、基本として各々個人の財務によって管理されているために猶更である。流石にファミリア用の、各団員のステイタス管理の類を開示することは問題だが、リヴェリアがそこまで任せるとは思えないために安心できる内容だ。

 フィンとしても、彼女の負担が減るならばと青年の助力には賛成の模様。しかしロキとしては、それほどまでに優秀な人材ならば、“とあること”に気づくのではないかと内心でビクビクしているのだ。

 

 

「ところでこれは、彼、タカヒロが纏めてくれた表なのだが……月の出費における3%もの金が、酒の類に消えていてな」

 

 

 気がかりだった内容をピンポイントで読まれ、瞬時に震える赤髪の神。ガレスも酒豪の類で飲んでばかりであるがほとんどを自費で賄っており、その点は問題ないだろう。多少程度は運営費から出ているとはいえ、リヴェリアもとやかく口に出すつもりは無い。

 主神ロキが震えた理由は、金の出どころの全てがファミリアの運営資金にある点だ。そして例えば月収20万円に対する3%ではなく、ロキ・ファミリア運営資金の3%であるために金額の大きさはすさまじい。同時に運営資金をそんなことに使える人物はただ一人であり、消費者も自然と限定される。

 

 

「駄目だと?逆だロキ、タカヒロには感謝せねばならない。実は記載ミスをいくつも見つけてくれたのだ。近々には59階層への遠征もあるのだぞ、故に財政は非常に切迫している。すぐさま削減することができる、いくらかの“無駄”を見つけてくれたのだからな」

「む、無駄やない!無駄やない!!仮に無駄やったとしても消費税より安いやん!」

「なんだそのショーヒゼーと言う奴は。ともかく、話し合いは必要だ」

 

 

 そしてオハナシアイの結果、ロキが負けて涙ながらに部屋から飛び出していく。武器を得て正論と王道で構成される彼女の言い回しに打ち勝てるのは、ロキ・ファミリアの幹部どころか主神においても存在しない。

 予想通りに逃げていくロキの背中を見て、フィンも「お手柔らかにしてあげてくれ」と一応フォロー。しかし、それ以上に気になる事をリヴェリアに尋ねていた。

 

 

「そういえばリヴェリア。彼の事、名前で呼ぶようになったんだね」

「……ん?」

 

 

 そういえば。と、本人も気づいていなかったのか可愛らしく口元に指を付けている。全く気にして居なかった本人だが、言われてみれば確かにそうだと思い返した。

 とはいえ、彼と彼女で抱く答えは違っている。その考える仕草が起す疑問は、フィンの考えているものとは別だ。

 

 

「……変なことか?向こうもこちらを呼び捨てている。ましてや、フィンやガレスに対する呼び方と同じだろう」

「……あー、そう受け取るのね」

 

 

 これ以上を掘り下げようとすると親指がうずくために、彼はそこで別の話題に切り替える。思いもよらない方向に進みかけている状況を楽しむ一方、どうなるか分からないという不安も抱くロキ・ファミリアの団長であった。

 




35話序盤の酒騒動の決着でした。次は閑話になります


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【閑話】秘密基地

魔石の使用用途が光、冷却、発火とくれば、アレだって……。
とあるシチュエーションをやりたいがための仕込み回です。最後を除いて、話の内容に大して意味はありません。

次話はだいたい出来上がっているので、今日か明日に投稿できそうです。


 オラリオ北西部、住宅区の外れ。ここに、周囲から孤立した土地にポツンと立つ物件がある。

 立地が良いかといえば、答えは否だ。住宅地区である西区には隣接した屋台などがいくらかあるが、ここは完全に商業施設からは離れている。

 

 建てられたのは、そのような土地故にとても安かったから。5畳ほどの部屋で構成される2階建て2LDKという細長い小さな間取りは、大人二人子供一人の生活を想定して、一方でそれしか建てることができなかったから。10畳ほどのLDKが、一番大きな部屋となる。

 なお、結果として三つ子が生まれてくるなど中々に想定外の事故だったと言えるだろう。結果として家主は、建ててから十数年程度で手放さざるを得なくなった状況だ。

 

 

 手放したそれは、家と呼ばれる代物だ。男ならば“城”とも呼ぶことがあるその建造物は、人が暮らしを営むことに特化した設備を備えた建物である。

 

 

「それでは、こちらが家の鍵となります。1年間のご契約、誠にありがとうございました」

 

 

 案内を担当して愛想よく頭を下げる店員と別れ、タカヒロはドアについた錠前を外している。西区に広がる住宅地区のなかでも北寄りにあったこの小さな2階建ての貸し物件は、立地が良いとは言えないことと狭さがあるために格安となっていた貸し物件だ。

 その金額、少し値切ってピッタリ20万ヴァリス。800万ヴァリスもあれば豪邸が建つこの世界においても勿論ソコソコの金額だが築10年程度の物件であり、カドモスの被膜をヘスティアが換金してくれたおかげで約300万ヴァリスという大金を所持している彼にとって、払えない金額ではないどころか、嫌らしい言い方をすれば余裕であった。

 

 金額に比例してか設備的には一人用のベッドがある程度で、その他にも非常に簡素なものしかなく、俗に言う箸と茶碗だけ持って来れば生活できるような状況ではない。とりあえず廃材セールとなっていた六人がけのテーブルと4つの座椅子は事前に運んでもらっているが、何かと一式そろえなければ生活するには厳しいだろう。

 それでも、この2LDKとなっている物件は、青年からすれば理想の隠れ家だ。もっとも隠れるつもりも無ければこちらを住居にするつもりも更々ないのだが、教会の地下では何かと手狭になってきたのである。

 

 

 ではなぜ、気に入っていたあの部屋が手狭になったのか。実は、ステイタスにもステータスにも出てこない、彼が持つスキルを使うためだ。

 

 

 左手に鉄板、右手にはペンチのようなもの。一般人の力では曲げられない厚みの1メートル角の鉄板に、木板と鑢に鋸、そして床に広げられたのは緻密な数値――――ではなく、殴り書きとなっている設計図。

 設計図以外は、どれも先ほど購入した代物だ。行われるのは工学的な技術に基づいた工作、DIYである。

 

 

 以前に魔石灯を分解していたのは、魔石を用いた技術をパクるため。……もとい、参考にするためである。

 何を隠そう、ここ数日においてオラリオの気温はグングン上昇しているのだ。まだ朝晩は過ごしやすい気温であるものの日中はやや汗ばむ陽気となっており、平穏な朝晩も時間の問題であることは明白である。

 

 ならばと、ケアン文明の申し子は設計図を起こして立ち上がったわけだ。

 物資を冷凍させる用の魔石で部屋を冷やすことはできるが、それとはまた違った“涼しさ”を求めている。一般的には扇風機と呼ばれる基本にしてエコな逸品を完成させるべく、持ち得る知識と技術を繰り出していくわけだ。

 

 とは言っても、羽が回って風を生むような代物とはまた違う。人差し指ほどの長さの2枚の金属板を加工し、寸分違わぬコの字型に仕上げてHローターを作って、それにエナメル線を巻いてモーターを作成。

 そして寸分違わぬ4枚羽を作って、モーターのトルク量を調整して――――と、言ったようなことは行わない。

 

 

 ここはオラリオ、魔石と呼ばれるモノがあるのだ。ちなみに作成の決断としては、「光、冷却、加熱とくれば、同じエレメンタル属性の風も行けるんじゃね?」という、中々に単純な発想である。

 以前に魔石灯を分解し、一般的な魔石と何が違うのかを念入りに調べていた。実のところ加熱用なども取り寄せており、既に分解済みだったりするのはご愛敬。一応ながら、頭の中にプランはあるらしい。

 

 

 ところで、以前のネックレスにおけるエンチャント然り。なぜ素人の彼が、このような“魔具製作者”紛いのことを行えるのか。

 それは他ならぬ星座の加護によるものであり、天界のタペストリーを作ったとされる“鍛冶・建築の神ターゴ”の恩恵によるものだ。更にはその神が使う金床の星座も取得しているために、何かを作成することにおいて一際のこと磨きがかかっているのである。

 

 この魔石は空気を作り出すわけではなく、簡単に言えば、そこにファンがあるような働きをして風速を生むものだ。しかしながら単体で使っても空気が乱れるだけであり、その風が心地良いかと言われれば微妙なところ。

 ならば、ダクトのような整流装置が必要となる。加工した魔石の力に対して、太さ、長さを吟味し、様々なパターンを作ることとなるだろう。殴り書きの設計図は、その図面らしき物体というワケだ。

 

 整流効果というのは意外と重要で、例えば空気の入り口を出口の径を少し変えるだけで、体感する風の質は大きく変わる。出口側を狭めれば風速は速まるがピンポイントで風が当たって快適性が落ちるために、理論的にある程度形を作って、ああだ、こうだと模索するのだ。

 ちなみに工作内容としては大したものは無く、金属板を攻撃スキル“正義の熱情”で溶接してダクト形状の“サーキュレーター”を作る程度。試作段階のために仮固定して形状を決定し、続いて魔石を置く台座を、その中に組み込んでいく。

 

 

 結果として出来上がったサーキュレーターは、傍から見れば、あまりにも不格好。とはいえ、本来の溶接装置を使わずに金属板を溶接しただけなのだから無理もない。

 それでも内側は綺麗に研磨されており、しっかりと風は生まれるのだ。肌を撫でてゆく空気の流れがどれほどまでに心地よいかは、語るまでもないだろう。

 

 

 とりあえず完成――――と万歳三唱しようとして、台座部分を作っていなかったことを思い出す。風車(かざぐるま)ではないのだ。手に持って使うというわけにもいかない代物である。

 壁掛けか、長い首の床置きか。邪魔にならないとなれば壁掛けが妥当だろうが、いくらか距離に問題が残っている。

 

 

「……いや、ダメか。流石に風量が乏しい」

 

 

 己の技術の不甲斐なさにごちり、彼は溜息をつく。とはいえ、現状では無いもの強請りをしても仕方がない。

 他に何か手法がないかと考え、机の端に挟み込んで固定するタイプを思いついた。これならば使用者の近くにおける上に、固定もしっかりと行える。

 

 台座を作る次いでとして、よくある首振り機能を実装できないかと思いに耽る。自動で左右に振るとなると難しいために、土台部分に歯車をつけて左右に首を振れるよう付加価値を実装するために刃物を取った。

 用意するのは、歯の大きなギアとストッパー。左右それぞれ60度ほどの範囲に首を振れる改造は木造となり、こちらの加工は割とスムーズに終了している。左右それぞれの可動範囲が微妙に違うのも、ハンドメイドらしさを強調していて風情があるというものだ。

 

 満足気に完成品を数秒眺め、その流れで床を見る。尾びれをつけても奇麗とは言えないリビングの床。木片や金属板が転がっており、破片こそ一か所に纏められているが中々に危険な状態である。

 木材の板もあるが、木の加工は屋外でやっていたために木くずの類はほとんどない。加えて、達成感を得た直後であるために、できれば嫌いな掃除は行いたくない。となれば――――

 

――――掃除は今度にしよう、そうしよう。

 

 掃除が苦手である彼、かつ男性特有の概念であり、バレたら彼女や母親に怒られるやつである。もっともどちらも居ないために彼を止める者は居らず、一仕事を終えて昼過ぎの時間、彼は大きな市場へと繰り出した。

 買い物客も一段落して余裕のある市場では、イイカンジのポットのような湯沸かし器とそれに使う魔石。お茶を淹れる適当なカップを見繕って購入する。もしコーヒーだろうが緑茶だろうが紅茶だろうが同じ容器でいいやと思っているのは、「男あるある」なガサツなところが表れている特徴だ。

 

 ティーパックの類は、今度また来るときに。今から帰って湯を沸かしていては日が傾く頃になる。早めに探索を切り上げたのだろう、冒険者らしき姿も増えてきた。

 この市場ももう少しすれば、活気と熱気に包まれることになるのだろう。そんな舞台に背を向けて、彼は人気とは無縁の隠れ家へと戻ってくる。そう言えば掃除道具を買い忘れていたことを思いついて言い訳とし、掃除は本当に次回訪れた時だと決意を抱いた。

 

 

「さて、確か食材の貯蓄も怪しかったな……。夕飯の食材でも買って、帰るとするか」

 

 

 ガチャリと音を立てる鎧と、扉を守る錠前。しっかりと鍵のかかったことを確認すると、住み慣れた廃教会へと向けて歩き出す。

 

 せっかくなのでカップを買った大きな市場で品定めした方が良かったかと思ったが、後の祭りである。そもそもが、ホームへと帰る直前に夕飯を作るかと思い立っているために猶更だ。

 そして食材を前にすると、装備コレクターの神髄が発揮されスペック厨に切り替わる。同じ装備効果が付いている同じ名前の武具のなかでも、より数値の高い方を求める奴だ。

 

 野菜と肉を筆頭として生鮮食品を吟味するフルアーマー、しかも数少ない知識を掘り起こして加減無しの本気モード。中々にオカシな構図であり、店員も若干引いている。

 そこそこの戦利品を引き下げ、タカヒロは廃教会へと凱旋し――――

 

 

「……で、ソコソコお高くて新鮮な素材だけれど、誰が料理するんだい?」

 

 

 帰宅後、ヘスティアの口から出たのがその一文であった。ピタリと、師弟コンビも固まって顔を合わせている。

 ベルとしては、きっと師匠が何か作ってくれるのだろうと思っている。タカヒロとしては、おいしそうな食材だったので購入したと言うだけで、調理のことなど頭から抜けていた。

 

 いうなれば、37階層辺りの素材を鍛冶師でもないド素人が使うようなもの。結果として出来上がる武具の性能、つまり料理の質はお察しだ。

 とはいうものの、これに見合う料理人が居ない以上は無いもの強請りをしても仕方がない。どうするべきかと、3人は唸って考えを口にした。

 

 

「……えーっと、師匠が作ったものでしたら誰も文句ないかと……」

「待てベル君、自分は焼く・茹でる程度のものしかできんぞ」

「それなら僕だってそうですよ!」

 

 

 どうやら、師弟の料理レベルは同等程度のようである。余計に「どうしたものか」と腕を組むタカヒロだが、このままではシンプルな料理の出来上がりを待つだけだ。

 

 

「ですが師匠、普通に作れるのでしたら十分だと思います。神様なんて……」

「そこで悲しげな顔はやめてもらえるかなベル君!?」

「でしたら“煮る”と“茹でる”の違いぐらいは覚えてください!」

「ぐほあ!」

 

 

 結果として購入者であるタカヒロが担当することとなり、献立は、野菜スープと肉野菜炒めの2品目。難しい料理はできないために適当にカットして、少量のバターで炒めた上で水を注いで火にかけて、塩コショウで味を調整。炒め物も塩コショウで味付けした程度ながらも、二人の評価も上々だ。

 3人揃って味見という名のツマミ食いに専念していたため、味の調整もバッチリだ。主食としてテーブル上で主張しているジャガ丸君をかじりながら、各々が過ごす日々の話に花が咲いている。

 

 廃教会という3人にとって落ち着く家で、その中心に温まる炉のあるヘスティア・ファミリアの夜は、今日も穏やかに過ぎてゆく。




■正義の熱情(レベル4)
39 燃焼ダメージ/3s
+23%燃焼ダメージ

詳しくはまた後の話で。


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42話 サンプル博覧会

 

「……凄まじい光景だ。ガントレット専門店と言われても、シックリくる」

 

 

 早朝、ヘファイストス・ファミリアの開店前。先日の夕方にヘファイストスから連絡を貰ったタカヒロは、この時間にバベルの塔へと足を運んでいる。

 本来ならばリヴェリアの教導があった日なのだが、急用ということで先日のうちに休みの連絡を入れていた。時間も遅かったために直接は会っておらず門番に伝言を依頼した形ではあるものの、そのあたりの連絡はしっかりと行っている。

 

 

 そして青年の身は、ヘファイストスの執務室にあるというわけだ。ズラリとテーブルの上に並べられた数多くのガントレットは、どれもこれもが一級品であることに揺るぎは無い。しかしながら作成者曰く、「こんな程度のものを貴方に売るわけにはいかない」と不満げな様相だ。

 規律正しく並べられている光景には、彼女の性格が表れている。己と似てズボラなワイシャツ姿なれど、几帳面な性格であることは確かだった。

 

 

 なお、並べられている品々については、全て右手のみしかない試作品。依頼主が提示した3つ+不壊属性(デュランダル)を付与しようと、ああだ、こうだとヘファイストスが色々と実践した結果に生まれたものだ。

 当の本人は、不甲斐なさを詫びるように眉間に手を当てている。依頼を請け負った時に「任せて」と口にしておいてこの現状であるために、申し訳が立たない心境らしい。

 

 ということで、彼女曰く、心の癒しが必要とのこと。先日に見せてもらったガントレットをもう一度見たいとの要望で、タカヒロはインベントリから当該のガントレットを取り出した。

 執務机の上に置くと、彼女はウットリとした表情で眺めている。それでいて吐息がかからないように、決して触らないようにしている点は、職業柄と言ったところだろう。専門家が骨董品の鑑定を行う時と、様子は似ている。

 

 

「何度見ても、溜息が出る程に見惚れちゃうガントレットだわね。貴方、どんな素材をどうやったら、こんなモノが出来上がるのよ……」

 

 

――――そこに3つの“スクラップ(屑資材)”があるじゃろ。それと“突然変異性膿漿”(とあるアイテム)を用意して設計図を見ながら鍛冶屋でコネコネすると、出来上がるんじゃ。

 

 などというぶん殴られそうな軽口(事実)は絶対に言えず、相手が神であるために「オラリオには無い素材」ということで言葉を濁している。装備要求レベルがステイタスのレベルにまで適応されるのかはわからないが、こんなものをポンポン作っていては物理的な意味で闇に葬られることになるだろう。

 屈んで目線を合わせ、宝石を鑑定するかの如く“ストーンハイド・プレイグガード グリップ・オブ ブレイズ”を眺める彼女。ならば最上級レアリティである神話級のレジェンダリー品質を誇る武具を見たならばどうなるかと、青年の悪戯心が顔を出しかかるが抑え込んだ。

 

 防御系、報復系について何かヒントが欲しいと言われればサンプルとしていくつかの装備を出せるが、星座についてはタカヒロが知るAffixもなく、全くの初チャレンジ。青年からすれば、どう頑張っても上がる要素の無い祈祷ポイントが1つでも上がれば狂喜乱舞の代物だが、星座の恩恵を得る仕様上、壊れた場合には戦闘能力が一気に低下しかねないために、不壊属性(デュランダル)は必須条件となるだろう。

 ヘファイストスも、不壊属性(デュランダル)は何としても付けたいと口にして居るので、その点については安心できることだろう。劣化度合も気になるが、なるべく負荷をかけないよう立ち回る己の技量も重要となることは確かなはずだ。

 

 もっとも、これらは「たられば」に似た話である。そもそもにおいて、そんな装備効果が生まれ出ることを前提としているのだ。そしてガントレットは盾に隠れることになるために、実質的な損害も少ないものになるだろう。

 

 

 とここで、タカヒロ的にはクエスチョンマークが出る要素が1つだけ残っている。己が納品したドロップアイテムは1つであるために、これほどまでの量のガントレットを作るには足りないのではないかという内容だ。

 

 聞いてみると、熱が入って思わず自腹で買ってしまったと、照れながら答える可愛らしい内容。流石は暇だからと地上に降りてきた神である、己が持つリソースは趣味に全振りらしい。

 50階層以降のドロップアイテムであるために安くは無いはずだが、そこは天下のヘファイストス。5-6個を買い揃えても、財布には影響がない程度だ。

 

 ということで、そんなことならと、青年はインベントリから50枚ほどの鱗と数個の糸を取り出してガントレットの横に並べている。足りなかったら言ってくれと、鍛冶師からすれば頼もしいことを口にしており、彼女が魂を見る限り嘘ではない。

 そんな光景に、おめめキラキラで口を開き、そこからハワワと言葉を出さんばかりの表情を浮かべるヘファイストスは、祭りの会場でワタ飴を見つけた子供である。もし尻尾が付いていれば、千切れんばかりの速度で振られているだろう。そのうち椎茸と化しそうな瞳に、捻くれた青年が追い打ちをかけた。

 

 

「ガントレットの為だ、いくらでも使ってもらって構わんぞ。しかし、不要だと言うなら」

「要る、絶対要る!もの凄く要るわ!!」

 

 

 嗚呼、これだけあれば作り放題~。と、ものすごーく幸せそうな顔を浮かべている鍛冶の神の顔は溶けている。

 いつもの彼女ならばアイテム数量を怪しむ状況だが、頭を使いすぎて思考回路が働いていないのだろう。思った通りのものができない気持ちの晴れなさと疲れも相まって、珍しいドロップアイテムの山に心が癒されている。

 

 その本質は、珍しい食材を手にした料理人と変わらない。どう料理してやろうかと血が騒ぎ、頭の中は調理方法と味付けの選定で埋まっているのだ。

 どこぞの赤髪の新米鍛冶師が見ていたら、どう思うだろうか。相変わらず仏頂面な青年とは、対照的な表情である。

 

 

 それも一段落した時、現状についての説明が詳細に行われている。最初の方に掻い摘んで説明されたが、ともかく現状は、試作の段階の域を出ていない。

 どうも、まだアダマンタイトやミスリルは使っておらず、エンチャントを試している段階らしい。目途がついてから、防御力のあるガントレットの作成に入るようだ。結果として生まれたのが、目の前の博覧会となっている。

 

 とここで、青年的には1つだけ違うAffixのついたガントレットを発見する。並べられたガントレットを一通り見渡すも、そのAffixが付属しているのは、当該の1つだけだ。

 品質はレア等級、Affixは片方だけ。それを詳しく見ようと身を乗り出した時、ヘファイストスが気づいたのか声を発した。

 

 

「ああ、それね。能力的には低いでしょうけれど、貴方から貰ったアイテムを試しに使ってみたのよ。たぶん星々の項目的には、貴方の要望に一番近い一品だと思うわ」

「ほう。手に取ってみても良いか?」

「ええ、どれでも取って眺めてみて」

 

 

 では。と呟き、手始めに一番近くにあったものを手に取ってみる。

 指二本あれば足りる数値ながらも、物理に対する耐久力を向上させる“物理耐性”と“装甲強化”が付与されたガントレット。これに付与されているAffixは、他のガントレットでも見受けられる。

 

 ならば例の1つのAffixは何だろうなと、少年のようなワクワクさを隠して陽気に考え。どこかで聞いたことのある単語のAffixだとも思い、そのガントレットを手に取ると――――

 

 

■無銘 ガントレット・オブ ザ オリンポス

+1% 星座の恩恵効果

 

 

「っ……!?」

 

 

 ピシッと、身体が岩のように固まった。ドクンと心臓が跳ね、血圧が上昇していることが自分でも分かる程。

 

 装備効果の数値だけを見れば、大したことは無い。両手合わせても、例を挙げて半分とするならば、合計たったの2%。未だかつてない領域の値が上昇することは確かなれど所詮は誤差の範囲であり、今のグローブを装備した方が戦闘力・防御力共に高いことは明白だ。

 しかし忘れてはならないのは、このガントレットが試作品であるということ。もしこれが、仮に10%、あまつさえ15%を超えるようなことがあれば、既存の他の装備を全て押しのけて採用となることは揺るがない。

 

 ステイタスにおいては“祈祷恩恵”と表記されている、星座による多大な恩恵と加護の類。彼のビルドにおいては12個の星座が取得されており、それぞれが様々な効果をもたらし、6種類のスキルも強力なものばかりだ。故に、それらの割合上昇となれば影響は凄まじい。

 オリンポス山の頂上に住むと言われた、12人の神々の神話を思い出す。その神々は、後に牡羊座~魚座となり世界に名を馳せている。本当に偶然で中身は違えど、青年が取得している星座は同じ12個ということもあり、彼の中における期待の度合は既にストップ高の連続で青天井。そろそろ成層圏に達しているかもしれない程だ。

 

 

 己が高みに昇るために、この装備は必ず完成させなければならないと、覚悟を決める。当面における、彼の中における戦う理由として君臨することだろう。

 となれば、己が行うべきことは只1つ。どうやったら、ここから効果数値を伸ばせるかを聞き出し、その素材を集めるという事に他ならない。

 

 ヘファイストスによると、主要金属が装備の防御力。ドロップアイテムは主に、エンチャントを付与する際の“繋ぎ”的な役割を果たしている傾向にあるらしい。また、その2つのバランスも重要とのことだ。

 武器なら牙や爪、防具となれば、今回のように鱗や皮の類を配合するのが一般的とのこと。タカヒロが渡したアイテム(増強剤)もまた、ヘファイストスがコネコネしてエンチャントとして付与しているのだが、どうにも強力過ぎて扱いが難しいとの内容だ。

 

 ヘファイストスの手腕をもってしても、それほどのモノ。かつてない難易度と彼女が口にした意味が、タカヒロにも痛いほどに伝わっている。

 それでも流石は鍛冶の神と言ったところであり、彼女が付与できるエンチャントの種類は様々なものがあるらしく、分かりやすく明快なものを挙げれば不壊属性(デュランダル)。性能低下のデメリットすらも打ち消すことができるのは、彼女がもつ技術故のことである。

 

 そして、変な例となると“持ち主の力に比例して成長する武器”と言った内容だ。本来ならば、50階層付近の素材があればこれらのモノも容易に完成するのだが、タカヒロが求めているのは、それすらも低難易度になるとのことを口にしている。

 とはいえ武具コレクターな青年としては、その変な例が気になって仕方ない。片眉を歪めながら、なんだそれはと言いたげな表情を返していた。

 

 

「武器、いや武具が“成長”だと……?呪われているのか?」

「違うわよ、あくまでエンチャントの一種、派生と言った方が良いかしらね。邪道中の邪道だから作りたくはないけど、少し前に考えたことがあったのよ」

 

 

 ヘスティア・ナイフの時か。とタカヒロは考えるが、その思考は正解だ。結果としてはヴェルフが打つことになったが、ヘスティアからの依頼を受けた彼女は、駆け出しにとってオーバースペックとならないよう、かつ生涯にわたって少年が使えるように、そのような武器を考えていたのである。

 なお口には出さないが、ハクスラ民からしても、勝手に成長する武器など邪道極まりない代物だ。理由は単純で、装備更新という一番の醍醐味を否定する代物故に他ならない。

 

 ドロップにしろ作成にしろ、新しい武具を使う際のワクワク感は、クリスマスにプレゼントを開こうとする子供のよう。何度感じても、彼にとっては色褪せることのないシチュエーションだ。

 タカヒロはおくびにも出さないが、気持ちとしては、ヘスティア・ナイフを受け取って目を輝かせていたベルと同じである。今日もまた感じた新しいAffixに対する興奮は、しばらく収まりそうにもない。

 

 ということで、彼からすれば、ヘファイストスが口にしたような変化球のAffixは不要である。シンプルに要望の3つを付与してくれと念押しして、彼女も了承の旨を返している。

 もっとも、シンプルながらも難易度が変わるわけではない。何を試そうかと唸りに唸るヘファイストスに「良さげなものがあれば持ってくる」と告げ、「いつでも歓迎よ」と言葉を返され、タカヒロは、情報を集めようと教会へと戻っていくのであった。

 

 




ヘファイストス様それゲームでも実装してください


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43話 星座と恩恵

???「その(好奇心の)先は地獄だぞ」


「うーん、星にまつわるドロップアイテムか~……。ボクも地上に来たのは最近だけれど、そう言ったのは聞いたことが無いね」

 

 

 帰宅した日の昼食前。そうか……。と、腕を組んだタカヒロは残念そうに溜息をつき、無茶なことを聞いたと詫びを入れる。

 その顔つきこそいつも通りながらも、落胆の色は伺える。答えられなかったことを詫びるヘスティアも「ヘファイストスの方が詳しいんじゃないか」という内容の事を口にしており、やはり振出しに戻った格好だ。

 

 タカヒロがヘスティアに質問をした理由として、彼女もまたオリンポス神話において登場している為。何かヒントでも掴めればと思い、とにかく聞いてみようと思い立ったわけだ。

 12人の神が登場するオリンポス神話においては、ヘスティアの代わりにディオニュソスを入れるパターンも知られている。どちらが正解となればオーソドックスには前者ながらも、そもそもにおいてヘスティアがディオニュソスに12神の地位を譲ったとされていることが要因だ。

 

 ということで、タカヒロの中においては“お気楽神”……最近はそうでもなく、どことなく真面目な女神臭が漂っている紐神も、立派な12神の一人である。常に笑顔で家の中心にある暖かい炉の様な振舞いは、最近一際強くなったように感じ取れる。

 

 ちなみに、タカヒロが取得できる星座においては当該12神のうち誰一人として出てこないのだが、これはケアンの地における神話が星座となっているため仕方がない。どちらが上だの下だのということはないが、思考回路のヤバさで言えば、ギリシャ神話を上回る神がゴロゴロいる点は事実だろう。

 基本として味方となる神の恩恵が多い星座の恩恵だが、敵となる神の星座もチラホラと存在する。敵対する勢力の信仰力もあるために仕方のない事であり、ギリシャ神話におけるタナトスと似たようなレヴナントという死の神も居るなど、所々で似たような存在もある程だ。

 

 

「……ねぇ、タカヒロ君。ヘファイストスに依頼している防具って、祈祷恩恵のスキルに関係しているのかい?」

「完成した場合は、そうなるな。非常に重要となるであろう防具なのだが作成の難易度が高いらしく、ヘファイストスですら苦戦している」

「よっぽどだね……。ところで、ずっと気になっていたんだけれど、それってどんなスキルなんだい?もちろん、口にしたくないなら黙っててもらって問題ないぜ!」

 

 

 あくまでポジティブに、元気よく彼女は問いを投げる。それに対し、タカヒロは「主神に隠し事は無い」との出だしで、己が取得した、星座を構成する星々の加護を受けられるという盛大な内容を、正直に口にした。

 シンプルな回答ながら、とある臓器がキュッと軽く締め付けられる感覚をヘスティアは受けている。初めてベルを眷属にした時のような、しかしその時の位置より少し下にある漢字一文字の臓器がそうなる感覚は、決して気持ちが良いモノではない。

 

 

 ゴクリと、唾を飲み込む。口の中が乾き始めているが、そんなことは二の次だ。

 聞いちゃいけないという直感が全力で警告を鳴らすも、そこは“暇だから”という理由で地に降りてきた神である。謎を目の前に、答えを知らずにスルーという選択は、本能が許さないようだ。

 

 

「……ち、ちなみになんだけれど、どんな加護を受けているんだい?」

「加護か恩恵かとなると、言葉としてはどちらなのか難しいところがあるが、星座の個数で言えば合計で12個、星々の数で言えば55個の加護がある。君に倣って神を表現する星座から受けているモノで言うならば、ターゴ(建築・鍛冶の神)メンヒル(大地の神)エンピリオン(原初の神の一人)の加護だ」

 

 

 嘘発見器・ヘスティア、発動。結果は驚きの白さであり、本日の朝食における献立を口にするような気軽さで語られる嘘偽りのない現実に、彼女の胃が悲鳴を上げ始めた。胃液が煮え滾っているように感じるのは、恐らく彼女の気のせいではないだろう。

 天界のタペストリーを作った建築神や大地の古代神メンヒルは100歩譲ってさておくとしても、天界でも原初の光と言われている最上級のエリア。そこに住まう原初の神の一人、エンピリオンが授けた加護など前代未聞にも程がある。その名を聞くだけで、彼に道を空ける神も居るかもしれない程だ。

 

 ましてやそこの青年は、他ならぬ彼女自身の恩恵を受けてファミリアに所属しているのだ。改宗(コンバート)の制度こそあれど、複数、最低でも4名の神による影響を同時に受けている地上の子など、他の神々の耳に入ったらどうなるか。

 火を見るよりも明らかだろう、考えるだけでも恐ろしいものがある。少し前に自分自身のことを「一般人」と言っていた青年だが、やはりヘスティア的には、いったいどこが一般人なのかと小一時間ほど問い詰めたい。

 

 

「きょ、今日は何だか物凄く暑くないかな!?」

「そうか?昨日よりは随分と涼しいだろう。む。顔色が悪いが、大丈夫か?」

「だ、大丈夫だよ!」

 

 

 体温は急上昇する一方、顔面は青くなっていたらしい。ということで、胃酸をぶちまけないうちに話を逸らした。己の臓器は未だに悲鳴を上げ続けるが、何も聞かなかったと暗示をかけて黙らせる。

 見なかったことにしたレベル数値のインパクトなど、一瞬にして消し飛んでしまうぐらいの内容。レベル100というヤバイ森の中に隠されていたアブナイ樹木を見つけてしまったかの如く、全身から冷や汗が止まらない。

 

 何事もなかったかのようにお茶に手を付ける当該人物は、変わらず仏頂面で全く気にも留めていない様相。いつかステイタスが判明した時もそうだったが、そう在って当然と言いたげな表情だ。

 話の逸らしついでに、ヘスティアが先程の防具について何か突破口があるのかと聞いてみると、呑気な顔も一転。真剣な顔つきになり、ある程度わかりやすい言葉での説明文が出てきている。

 

 明確な打開策こそ見当もついていないが、それでも口調には力がこもる。その様子を、ヘスティアが、子を見守るような優しい顔で聞いている格好だ。

 やがてタカヒロも、その視線に気づくこととなる。どうかしたかと尋ねると、彼女が優しい口調で言葉を発した。

 

 

「……変わったね、タカヒロ君。少し前とは比べ物にならないぐらい、生き生きとしているぜ」

「変わったと言えば君も随分と様変わりしたが……傍から見ても、分かるものか?」

 

 

 それに対し、ヘスティアは「当然だよ」と、元気よく、明るく答えている。答えを授けてくれたのが誰かは分からないものの、その人も答えも大切にしなければいけないという内容は、暖かさを与える炉の女神らしい発言だ。

 そう言われると、青年の脳裏に一人の人物の顔が浮かび上がる。ヒューマンではなくエルフであるものの、最近は随分と距離が近くなった、己に答えを授けてくれた一人の女性だ。

 

 

「……そうだな。その者が持つ思いやりと目を配る心に、助けられた格好だ」

 

 

====

 

 

「……で、情報を集めにロキ・ファミリアの図書館に来たというわけか」

「ああ。ヘスティアの伝手で神ヘファイストスにも聞いてみたが、わからないとのことでな。そしてフィン・ディムナから許可は得ている、疚しい事はないぞ」

 

 

 お昼時も過ぎた頃。場所は変わって、ロキ・ファミリアの資料室というよりは図書館のようなエリア。ファミリアの者ならば、いつでも好きな書物を閲覧できる場所である。

 ヘスティアに伝えた真実は口にしていないながらも“エンチャントアイテムを作る為の素材調査”程度の説明をフィンに行うと、「どうぞご自由に使ってくれ」と気前のいい言葉が返された。どうやら、以前に招待した際に交えた一戦の借りらしい。

 

 しかしながら“ご自由に”とはならず、ヘスティアとの会話でも登場したリヴェリアが付いてきている格好だ。ゴッソリと書物を積み上げているタカヒロの向かいに座り、本を読むというよりは資料を漁っている青年の姿を眺めている。

 

 

「むしろ、なぜ君がここに来ている。ロキ・ファミリアの副団長ともなれば、決して暇ではないだろう」

「なに。私の教導を大切と口にしながらも、更に優先する内容が如何なるものかと、少し気になっているだけだ」

 

 

 どう見ても少しどころではなく、明らかにガッツリと気にしている様相。このハイエルフ、出来の良い教え子が初めて謀反(サボり)を見せたことに対して純粋に拗ねている。事前連絡こそあったものの、己の教導よりも大切なことは如何なるモノなのかと、“おこ”なのだ。

 そんな物言いたげな表情と心が体勢にも表れているのか、彼女は行儀悪く右ひじをつき、軽く頬を支えている。やや前のめりなその姿勢は、執務室どころか、とあるかつての従者相手を除いて他人の前では絶対に見せない格好だ。

 

 

「……君は、自分のための勉学となると、そのような顔をするのだな」

「ん……?」

 

 

 そう言われ、タカヒロは本に向かって下げていた顔をあげる。傍から見れば、ややムスーっとした表情のリヴェリアが、物言いたげな目線を向けていた。

 

 

「かつてない程の集中力だ。私が実施していた教導では、その顔を見たことがない」

「本当に興味がある事に対して力が入ることは仕方がない上に、その内容は間違いだ。君が教鞭を執る内容も集中して聞いているぞ。事実、自分のためにも色々と役に立っている」

 

 

 タカヒロ曰く、リヴェリアがマンツーマンで行ってくれる際の授業は教本を読むよりも数倍も役立つとの回答だ。大きな理由としては、いつかロキ・ファミリアの謝罪の場で口にしていたが、上辺だけの教本とは違い、しっかりと現場からの目線が入っているが故。

 そして、貶すわけではないと前置きを入れ、年輪を重ねているが故に踏んできた場数が違い、後衛の立場や仲間を思いやる目線における意見もまた貴重と口にする。常に一人で戦ってきた己では絶対に分からない視点であることも付け加えられており、妙に筋の通った中身となっていた。

 

 ということで、まさに彼女をベタ褒めする内容である。相変わらず表情1つ変えずに口に出される内容は思ったことを羅列しているだけであるものの、それでも相手の心をくすぐってしまう内容なのだから質が悪い。

 

 

「……く、口達者に褒めても、何も出ないぞ」

「面白いことを言う。思った事実を言っているだけだ、何も求めてはいない」

「……やはり君は、思ったことを口に出す癖を気を付けた方が良い」

「そうか、気を付けよう」

 

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴ。未だかつて年齢で小ばかにされたことは多々あれど、こうして真っ向からソレを褒められることなど初めての経験である。己の教導でも見せない顔をする彼に対し拗ねた感情で小突いてみたら、逃走・回避不可能なカウンターストライクが飛んできた状況だ。報復ウォーロードよろしく、与ダメと被ダメが一致していない。

 先程の不貞腐れ顔はどこへやら、一転して照れ隠しの表情が顔を出す。右肘を軸に顔を右斜めに背けており、それでも、物言いたげな半目の視線は、本を読み漁るタカヒロの面構えへと向けられている。

 

 そして本に目を向けたまま青年が口にした反省文は、どう聞いても上辺だけの内容だ。相手の忠告もなんのその。“右の耳から左の耳”とは、まさにこの様な者のことを指すのだろう。

 事実、それ以上はなにも思っていないのか口に出す素振りもない。青年が本の内容に夢中であり、一寸たりとも視線を飛ばさないのが彼女にとっての救いである。どう頑張っても、相手からの視線はマトモに受けられそうにないのが現状だ。

 

 コホンと軽く咳払いし、リヴェリアはいつもの規律正しい表情と姿勢に戻っている。やや頬が高揚している気がするが、誤差程度のものだろう。

 

 しかしやがて、やや勢いよく席を立つ。「帰る」とだけ言葉を残し、何度か背中越しに振り返りながら、彼女は図書室から姿を消すのであった。




紐神、最もヤベー事実を知る の巻。

以下、43話に出てきたケアンの神様紹介。
クロス無しのため、名前だけで本編には出てきません。

Revenant(レヴナント)
レヴナントは、死と苦悩を表す神。
その死の如き凝視から逃れ得る者は、神々にすらいないと言われている。


Targo(ターゴ)
ターゴは職人と建築家の守護者であり、今すべての星が置かれている天界のタペストリーを作ったと信じられている神である。

Menhir(メンヒル)
大地の神メンヒルは、確乎たるケアンの守護者である。
彼は、家を守ることに熱心な人々と豊作を願う農民の両方から、等しく祈りを捧げられる。

Empyrion(エンピリオン)
神の中で最も偉大なエンピリオンは、世界の光であり全ケアンの守護者である。
太陽が毎日人類を歓迎するのは、彼の慈悲であり戒めによるものである。


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44話 面倒見の良いエルフ

43話の続きです


 ロキ・ファミリアのホームである黄昏の館。日暮れまで資料を漁っていた青年が帰った晩、フィン・ディムナの執務室に、唸り声とまでは行かないが、2つの悩む声が木霊する。

 

 

「僕は見当もつかないな。生憎と、そういう専門的な、特に鍛冶のこととなると疎くてね」

「うーん、ウチも聞いたことないなぁ……。ファイたん(ヘファイストス)も分からんとなると、在るかどうかも怪しいで」

 

 

 それに対し、「そうか……」と落胆した返事を口にするのは、二人もよく知る副団長のリヴェリアだ。あまり感情を出さない彼女だが、今回は珍しく眉が下がっている。

 あのあと己もいくらか調べてみたが、感想としてはフィンと同様。少し前に極彩色のイモムシについて情報集めに手を出したことがあるが、それよりも未知の度合いが非常に高い。むしろ、掠りもしない状況だ。

 

 ちなみに彼女が二人に質問をした内容は、「星に関する、鍛冶に使えるアイテムは聞いたことがあるか」という内容。他ならぬタカヒロが本日調べていた項目であり、“かの言葉”でいくらか機嫌を良くしたために、手伝えることがあるならばと肩入れしている状況だ。

 なお、無情にも結果は先の通りである。言われてみればその道の一番と言って過言ではない神ヘファイストスが知らないと言うならば、相当に調査の難しい内容だ。ロキも何かないかと記憶を探っているらしいが、思い浮かぶものは無いようである。

 

 

「うーん、星座、つまるところ星やろ~……。星々を線で結んで作られた星座ってのは、本当に昔からあるもんや。案外、古いものなんかが足掛かりになったりしてな」

「古きもの、か……」

 

 

 1000年、2000年程度ではない、本当に遥か昔の話である。一般的に遺跡と言われるような場所が栄えていた時代よりも古くから、星々というのは地上を見守ってきた存在だ。

 リヴェリアとて夜空を見上げたことはあれど、特別に意識したことは無かった、それらの存在。エルフ故に木々や精霊となれば相応の知識はあれど、星座となれば素人も良い所である。

 

 ロキが言う“古いもの”とは、占星術などに使われていた道具である。もっとも今は滅多に使われていないものであり、たとえあったとしても、鍛冶に使えるような代物ではないだろう。

 そして、それが正解ならばヘファイストスが真っ先に答えているだろうとも予測することが出来ていた。そのためにロキも具体名称は出しておらず、古いものを片っ端から当たるしかないのではないかと口にしているのだ。

 

 

「そうだ。団員の一人が言ってたんだけど、少し前から、古典に関する博覧会が開催されているみたいだよ」

「古典博覧会……まさに丁度いい。場所などはわかるか?」

 

 

 生憎とそこまでは知らないフィンは、口に出していた団員のエルフの名を告げている。まだ無礼ではない時間であったために、さっそくその団員のもとへと向かったリヴェリアは、詳細な情報を聞き出していた。

 その者も詳細とは言っても展示内容までは覚えておらず、「オラリオで古典博覧会があるらしい」程度の情報を知っているだけ。故に、聞き出せたのは場所と入場費用ぐらいのものである。ならばと、彼女は頼みごとを行った。

 

 その者も詳細は知らないとはいえ、いくらかの伝手はある模様。他ならぬリヴェリアからの頼み事ということで、その内容が全てにおいて最優先で処理されていったのは、エルフならば当然の事であった。

 

====

 

 

「……これは?」

 

 

 翌日、昼食時を過ぎた頃。リヴェリアの仕事を手伝っていたタカヒロが一段落した時。渡した書類と引き換えに、リヴェリアが2枚のチケットを取り出し、うち一枚を彼に向かって差し出した。

 「何の紙だろうか」と内心で考え右手で受け取る彼は、文字を読んで疑問に思う。事情を知らない青年からすれば、古典博覧会など、正に何の脈略もない事柄だ。

 

 

「君が探していた星座というのは、古くからあるものだ。何か参考になるかもしれない。今日は、この博覧会に赴くぞ」

 

 

 そして、このリヴェリアの発言である。古典博覧会という理由は納得したものの同時に色々と疑問符が浮かんだタカヒロだが、そのなかで、最も気になったことを口にした。

 

 

「……まさか、今からか?」

「私なら大丈夫だ、気にすることは無い。日々における君が見せた、弛まぬ研鑽の褒美だ」

 

 

 違う、そうじゃない。青年が気にしているのはリヴェリアの用事ではないのだが、どうやら彼女は一ミリも疑問に思っていないようである。

 

 タカヒロが気にしているのは、普通ならば、互いにちゃんとした服で出かけるシチュエーションの一種となる、その状況。もちろん傍から見ればそう捉えられることなど気づいていないリヴェリアは、まさかの当日に切り出している格好だ。

 いつも通りにワイシャツと適当なズボンであるタカヒロは、「どうしたものか」と少し悩む。しかしながら相手もまた普段の魔導服であるために、とりわけ意識していないことは明白だ。

 

 ということで、「別にいいか」という結論に達している。この青年は基本として、輪をかけて変でなければ服装は気にしない傾向にあるために問題にまでは成っていない。レフィーヤ辺りが耳にすれば、即刻「ダメです!」と行政指導が入っていたことだろう。

 そしてタカヒロからすれば、服装どうこうよりも、自分のために起こしてくれた行動が嬉しいのだ。そのために、青年の中にある断りの選択肢は、のっぴきならない事情でも発生しない限りは選ばれない。

 

 

 並んで歩きながら話すリヴェリア曰く、星座に関するものとなれば歴史は古いため、古典博覧会に何かヒントがあるかもしれない、とのこと。なるほど。と呟いて腕を組むタカヒロは、一理あると言いたげな様相を示している。

 なお、彼女の言葉は、ご存知の通り主神ロキの受け売りに他ならない。先日の図書室で貰った言葉で“ごきげん”なバフ効果は未だ続いており、青年の悩みを解決する糸口になればと張り切っている。

 

 いつも周りに居るエルフに手伝ってもらい、古典博覧会のチケット2枚を入手したというわけだ。別に1枚だけを手に入れて渡せば済む話なのだが、そこはロキ・ファミリアにおいて母親(ママ)と言われる所以。面倒見の良さが顔を出し、付き添う選択を取っている。

 もっともチケットを入手したエルフには誰が誰と行くとは伝えていないために、彼等からしても、まさかリヴェリアが出向くことになるとは思っていないのだ。事実が周知されれば、一波乱は起こる事になるだろう。

 

 

「星座について、随分と悩んでいたようだからな。答えがあるかは分からんが、行ってみる価値はあるだろう」

「……それで、わざわざ古典博覧会について調べ自分を誘ってくれたと言うワケか。本当に面倒見が良いのだな、君は」

 

 

 すると、先日に終わった試合のはずだというのに軽いジャブが繰り出される。不意打ちで突然と、青年らしい苦笑交じりの優しい表情から出された言葉と様相を耳にし目にした彼女には、相変わらず回避を行う暇がない。

 先日に与えた忠告もなんのその、既に忘れているどころか聞いちゃいない。今回も今回とて思ったことをそのまま口にしており、耳にした彼女は顔を背け、先日の言葉を思い出したその眼は右に左に泳いでいた。

 

 

「え、ええい、御託はいい。私が誘ったのだ、乗りかかった船とも言うだろう、行くぞ!」

「了解したが何処へ向かう。焦るな分かっているのか、そっちは逆だろう」

「っ、わ、分かっている!」

「やはり分かっていないだろう、そっちで正解だ」

「お、お前という奴は――――!!」

 

 

 ひょんなことから始まった流れは、さっそく既に空回り。青年に詰め寄って文句を口にしたリヴェリアは、フンッとへそを曲げて一人ズカズカと足を進めることとなる。

 その後ろから、何を焦っているのだとタカヒロが大股の歩みで追っている状況だ。軽いジャブののちに、普段の調子で君がいじるからいけないのです。

 

 ワケあって遠くから一部始終を見ていたフィンは、「大丈夫かこれ」と内心で思いつつ。いい方向に転がれば良いなと苦笑し、後ろから音を立てて追ってくるアマゾネスから逃げるのであった。

 彼にとっては、“己の頭の蝿を追え”。他人を気にするお節介よりも、まずは42歳である自分の身の回りをしっかりせよという、注意喚起の文言である。

 

====

 

 

「落ち着けリヴェリア、急げば躓くぞ」

「うるさいっ……」

 

 

 オラリオにおける、人気の少ない裏通り。白兎を相手するレフィーヤと違って蒸気機関車とは程遠いが、プンプンとした擬音が似合いそうな雰囲気で、リヴェリアが足を進めている。その後ろに、タカヒロが続いている格好だ。

 このハイエルフ、別に怒っているわけではない。後ろの青年に振り回されている現状に、年甲斐もなく拗ねているだけである。空回りな現状もかねて、拗ね具合が今までで一番に強いというわけだ。

 

 互いのステイタス並みに秘匿されている歳の差は4倍程度のものがあるのだが、これでは、どちらが子供だろうかと思える程。やがて落ち着いたのか小声で「すまなかった」と呟く姿がある分、流石に弁えは持ち合わせているようである。

 青年から見ても分かる程の空回り具合とは裏腹に、通りの左右にある店舗に切り取られた空は清々しい夏の訪れを感じさせている。そんなことを考える余裕のあるタカヒロとは対照的に、リヴェリアには酷く心の余裕がない。

 

 

――――調子が思わしくない。

 

 今一番、彼女が感じている内容だ。明らかに普段の自分と違う対応続きな現状に加え、どうにも先程のような言葉しか返せない。己が原因であるにも関わらず、思わず彼のせいにしてしまいたくなる。というよりは、している。

 

 しかし不思議と心は軽く、懐かしくもある。もうしばらく思い出す機会も無かったが、久方ぶりにこのような気持ちになったためか、本当に久々に脳裏を過る。

 かつて、パルゥム、ドワーフの3人と、ファミリアを結成した頃を思い出す。事あるごとに言い合っていた頃の気持ちと似ていると気付くと、自然と口元が緩みかけた。

 

 楽しく、懐かしく。それでいて辛く、悲しみを背負った、己の過去。一番の年長だからという理由で黄金の少女の世話役となり、苦悩した、約10年前の日々が思い浮かぶ。

 それでも、だからこそ、今のロキ・ファミリアがここにある。己が身を案じ、愛すると誓った少女も今では立派に成長し、余程の事が無い限りは負けないぐらいに強くなった。

 

 少しばかり感情表現が苦手なところが気にかかっていたが、なぜだか最近は昔ほどは酷くない。その変化が少年と鍛錬を開始した頃からだと思い返すと、不思議とリトル・ルーキーには感謝の念が芽生えてくる。

 それらの転換期がどこかとなれば、やはり52階層で、そこの青年と出会ってからだろう。全く別のファミリアであり、彼女の中でも未だ謎が多い人物ながら、何故だか不思議と世話を焼いてしまうのだから不思議なものだ。

 

 

 彼女がそんな感情を抱いているうちに、目的の地点へと到着する。人が疎らなこともあり、二人は順路に沿って様々な展示品を眺めていた。いくらかエルフ関係の物もあったのか、リヴェリアが反応を示している。

 結局、古典博覧会の内容としては書物系が中心であり、英雄記に基づいたレプリカの展示が少しばかりあった程度だ。故に参考になりそうなものは何もなく、答えだけ言ってしまえば空振りである。

 

 

 当てが外れ、リヴェリアは少し落ち込み気味に展示会を後にする。そんな彼女の横顔を見たタカヒロは、1分ほどだけ待っていろと告げ、早歩きで道の反対側へと向かっていった。

 背中を目で追う彼女は、やはり少しの落胆の色を覗かせている。他に何があるかと、心境を表すかのような、雲が多い空を仰ぎ見た。

 

 そうこうしているうちに1分程が経過したようで、青年が手に何かを持って戻ってきた。中指ほどの深さがある携帯容器であり、その中身は、露店で売っていたアイスティーの類である。

 多くもなく少なくもない量は歩きながら飲む分には丁度良い軽さであり、文字通り気軽に飲める一品。博覧会会場から出た時に周囲を見渡したタカヒロが、目ざとく見つけていたものであった。同じものながらも2つを購入しており、うち1つを彼女に向かって差し出している。

 

 

「釣り合わんが、今日の礼だ。結果は空振りだったが君が落ち込むことは無い。神ですらワカランと口にする内容だ、気長に探すとするよ」

「……そ、そうか」

 

 

 それだけ口にすると、青年は彼女と共に歩きながらドリンクを呷る。程よい冷え具合が体温を下げ、優しい舌ざわりとほのかな甘さが味覚を優しく撫でている。

 

 一方で、己がドリンクを渡した相手が王族であることなど、微塵も気にしても居ないのだろう。普通のエルフならば、彼女を相手に飲み歩きの誘いは行わない。

 とはいえ誘い返されたのだから、彼女からすれば真似てみるのも一興だ。“行儀が悪い”行動を彼に倣って行うも、何故だか此度だけは許される気がするのだから不思議なものである。

 

 露店販売らしい無骨な味の紅茶に、舌鼓を打ちながら。少し強い日差しの下、二つの姿は黄昏の館へと戻っていく。




ツイッターで見かけた程度の情報ですが、円盤の特権SSで70歳以上という情報がある模様。そこから更に28年経っているらしく、しかし公式のキャラクター紹介では神が???才となっているところリヴェリアは??才だったので、これらを信じるならばギリギリ2桁なのだと思います。海外Wikiだとage99となっていますね。

念のための注釈:フィンを追うアマゾネスが蝿と言っているわけではありません。ことわざです。


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45話 少年少女

 普段、タカヒロの鍛錬を受けている北区の城壁。パーティー行動がない日の朝は、ベルはそこでアイズからの特訓を受けている。

 初回から中々にスパルタであるものの、師相手の時と全く違った動きになるので新鮮だ、とは少年本人の弁だ。見学していた少年の師も、自分とは全く違う相手であるために勉強してくるようにと、かつて言葉を残している。

 

 まだ夜が明けきらない中、細身の少年が路地を走る。やがて顔を覗かせるであろう朝日によって道は微かに照らされているものの、この鍛錬自体は極秘であるために、人目を避けて移動するのだ。

 もちろん完全に問題が無いというわけではなく、実のところはニアミスのような状況も生まれている。これは後日語られるのだが、4日目あたりの日の出前の時間帯に、ベルとレフィーヤが街中でバッタリと出くわしていたらしい。

 

 アイズの名前が出た瞬間に何故だか追いかけられる羽目になったらしいが、なんとか撒いて隠し通せている。何故だか山吹色の彼女は自分に対してアタリが強いよう感じる少年だが、原因は未だ不明の現象だ。

 後衛とは言えレベル3が相手だったことと、この秘密の場所は露呈させたくなかったために、撒くのもいくらか苦労したようである。

 

 

「あ……そっか、今日は師匠が居ないんだった」

 

 

 いつもの場所に到着し、日課となっていた鍛錬前の素振りを始めて、ようやくそのことを思い出す。慣れと言うのは怖いものだと頭の後ろに手をやる少年だが、それでも日課は続けるべきだと再開した。

 集中しだすと時間が流れるのは早いもので、馴染みのある気配が1つ、近づいてくる。相も変わらず見惚れてしまうその姿が目に入り、ベルは素振りを終えて声を出した。

 

 

「アイズさん、おはようございます」

「ん……おはよう、ベル」

 

 

 この鍛錬についてはロキ・ファミリアの幹部であるリヴェリアには露呈してしまっているのだが、秘密にしてくれている彼女も今日は不在のようだ。アイズ曰く、何かチケットのような物を持っていて、それに関する用事があるらしい。

 何のチケットだろうかと気になるベルだが、ともかく今は、アイズ・ヴァレンシュタインという師による鍛錬の場。関係のない事はすぐさま捨て去り、始まった鍛錬、相手の一撃に集中する。

 

 

「ハアッ!」

「踏み込み、甘いよ!」

 

 

 故に、結果として二人きり。だからと言って何かが起こるわけでもないのだが、不思議と一層の事集中力が増している気がするのは気のせいかと、少年は目の前の連撃を捌くことに集中するのであった。

 威力、速度共に、以前よりも確実に上回っている。しかしながら己の身体能力も向上していることと、アイズ・ヴァレンシュタインが見せる“型”に慣れてきたために、防ぐことは、そこまで苦労することではない。

 

 

「……ベルは、本当に凄いね」

 

 

 斬撃の雨が途切れると共に、突然と発せられたこの一言に、少年はキョトンとした表情を返す。いつもと同じく薄い表情のために感情まではわからないが、出された言葉は間違いない。

 彼からすれば、そんな言葉を掛けられる理由が分からない。しかしながら、少女からすれば真逆の事だ。

 

 大きく手加減しているとはいえ、彼女が放った高速の4連撃。並のレベル2ならば到底防げないであろうそれを、少年は理想と言える最小の動きで防いだのだ。今の少年がレベル2だと口にしても、信じることのできる者は極僅かだろう。

 当時レベル1であった2日目にも行われた攻撃なのだが、その頃と比べても格段の進化が見て取れる。だからこそ彼女は成長速度の早さに興味を持ち、ひいてはベル・クラネルという少年に対して非常に強い興味を持っているのである。

 

 

「……少し、休憩しようか」

「あ、は、はい!」

 

 

 「ふぁ」と可愛らしく欠伸をしたように見えたが、それは脳裏に焼き付ける程度にして、ともかく師の言うことは絶対である。ベルもナイフを仕舞うとアイズと共に座って壁に寄りかかり、熱くなった肺の空気を押し出した。

 チラリと隣を見るも、そこには薄い表情のままであるが繊細な容姿をした憧れの人物。自分と違って汗1つかいておらず、歴然とした実力差を知ると共に、汗臭くないだろうかと自分の事が気になった。男の子とは、好きな女の子の前では格好をつけたい生き物である。

 

 

 そして、別の不安もある。何と言っても彼女はレベル6の第一級冒険者、そのなかでもほぼ最前列に居るような強者である。片や少年の身はレベル2の駆け出しであり、互いの差は歴然だ。

 そんな格下の自分の鍛錬に付き合って貰えるのは色んな意味で嬉しい少年だが、相手が飽きないのかと不安なのだ。現に手加減されている状態で、自分は今の今まで一撃も見舞うことができていない。

 

 意を決してその内容を聞いてみるも、返ってきたのは「嫌じゃ、ないよ」という彼女らしい口調の返答だった。裏を返せば「好き、だよ」になりかねないその単語は、休憩時間だというのに少年のメンタルに大ダメージを与えている。尤も本当に嫌っているならば、この鍛錬など疾うの昔に終わっているだろう。

 癖なのか、特定の人物を相手にした際に己の感情を伝える時には瞳を見つめて口にするので与ダメージは猶更だ。「アイズさんは天然だ、アイズさんは天然だ」と内心で念仏を唱えるかのように繰り返すベル・クラネルながらも、あまり減衰効果は無いらしい。

 

 

「ベルが、見せてくれるのは……レベル1の時から、そうだったけど……どれも、レベル2とは思えない技術だよ。剣の基礎は、両親から、習ったの?」

 

 

 とはいえ、そこから話が発展した。相手の口数が少ないことは知っているだけに、途切れさせないように文面に気を付けながら、少年は続けて言葉を発する。

 

 

「いえ……両親は、物心つく前に、死んじゃってまして。基礎も含めて、教えてくれたのはタカヒロさんです。アイズさんの剣や魔法は、誰から習ったんですか?」

「剣は……基礎だけは、お父さんの真似。でも結局、リヴェリアやフィン、ガレスが色々と教えてくれて、それに染まっちゃったかな」

 

 

 断片単位で口に出される、少女の両親の話。幼い頃に物語を聞かせてくれたこと、自分の英雄に出会えると良いねと言葉を残したこと。

 核心に迫ることは全くなけれど、優しい為人が容易に想像できる人物だ。父が隠れてやっていた剣の鍛錬を見せてくれと、母と共にお願いし、照れながらも鍛錬を披露する光景など、微笑ましい以外の感想が浮かばない程のものがある。

 

 しかし、己の両親の過去の話だというのに、思い出に浸っている様子は無い。むしろ知らず知らずのうちなのか表情は険しさを垣間見せており、つられて少年の表情にも力が入る。

 

 少女が思い浮かべるのは、幼い頃に何度も物語を語り聞かせてくれて、己が夢見た言葉を残した、他ならない存在。忘れかけてはいたものの、いつかの出会いで少年が思い出させてくれた、大切な記憶だ。

 彼女の両親が残した言葉、「自分だけの英雄」。アイズの父曰く、己は既に母のための英雄だと、アイズに言葉を残している。

 

 そんな言葉を聞かされた少年は、当時のアイズと同じ感情を抱いている。尤も対象は自分の師であり、自分を引っ張ってくれているという理由で少年が勝手に決めつけているだけの話でもあるのだが、それでもベル・クラネルにとっては間違いない英雄だ。

 

 

 しかし、両親の言葉を口にする彼女の横顔が見せる表情は、やはり薄い。ベルが知る青年も普段は仏頂面のことが多いが感情を見せることも時々ある一方、彼女に関しては常に表情が一定だ。

 それでも、僅かに変化はある。青年に学んだ“相手を広く見る技術”がこんなところで生かせるのかと苦笑しつつ感謝したが、今の彼女の横顔はどこか寂しく、まるで救いを求めて彷徨う子供のようだ。

 

 

 何故ならば、憧れたから。仲睦まじい夫婦という言い回しなんてわからない彼女だが、その言葉と同じ感情を抱く、二人の姿が羨ましかった。

 だからこそ、父が掛けてくれる言葉が好きだった、その人物が魅せる剣に焦がれていた。母が読み聞かせてくれる物語が好きだった、その物語に焦がれていた。

 

 そんな二人が残した言葉。自分だけの英雄に、出会えると信じていた。7歳で剣を取り、戦い続けるうちに、そんな存在が現れるのだと信じていた。

 そうして月日は過ぎ去り、早10年程。だけれども、己の前に残された現実は――――

 

 

 いつのまにか伏せてしまっていた己の瞳に、真っ直ぐ向けられる深紅の目があることに気が付いた。核心にまでは至っていないものの、ロキ・ファミリアの4人を除いて知らないことである己の過去を、ここまでさらけ出したことも初めてだ。

 何故だろうと、彼女自身も不思議に思う。この少年と出会い、スキルとして発現するほど強いモンスターに対する恨みの炎が和らいだことも、未だに謎のまま。

 

 そんな考えから気を逸らすように、ふわりと優しい風が頬を撫でる。壁の頂上、かつ高所ということもあり、地上では無風でも、時折このような風が吹き抜けるのだ。

 二人して、風が抜けていった空を見る。夏の訪れを感じさせそうな雲に青空が見え隠れする光景は、偶然ながらも、二人を纏う空気に似ているだろう。

 

 

「気持ちいい風でしたね……あ、そうだ。確かアイズさんは、風の魔法も使えるんでしたよね」

「うん。エアリエルって、言うんだ。お母さんと同じ、風の魔法。威力とかは……たぶん、とっても弱いけど」

「あれ、ご存知ないんですか?」

「何度か、見たことは、あるんだけど……まだ、小さかったころだし……もう、ほとんど覚えてない」

 

 

 その言葉を耳にして、少年の目が少しだけ細まった。

 

 覚えていない。その言葉が胸に刺さる。親の顔を知らないという自身の心に圧し掛かっている内容だけに、そうなりかけている彼女を見て、なってほしくないという気持ちが強くなる。

 

 悲し気な顔の中に、僅かながらも懐かしさが覗いている。彼女にとっての両親とは、やはり、己の心を支えてくれる大切な存在だということは伝わった。

 それでも、そんな存在を失ってしまえば、アイズ・ヴァレンシュタインという剣は、遠くない内に折れてしまうだろうと少年は思う。己と言う存在から師を奪われたならばと考えられるベル・クラネルがその答えに行き着くのは、あまり難しい事ではなかった。

 

 暗い話でごめんねと言葉を掛けるも、いつものような和やかな空気には戻らない。そんな空気にしてしまった彼女は、何とかして少年の機嫌を取ろうかと、互いに共通した内容を口にした。

 

 

「ベルと私は、少し、似てるね……」

「似てる……?」

 

 

 しかし、ここにきて“アイズ語”である。課せられた試練。ベル・クラネルは、この一文から、相手の言いたいことを察しなければならないのだ。

 似ている。置き換えるならば“ほぼ同じ”と表現される文言であり、煮るという調理法ではないだろうと判断。ならば一体何が似ているのだろうかと、少年は考えを巡らせる。

 

 性別、違う。ファミリア、違う。レベル、雲泥。出身、知らないけどたぶん違う。あ、でも年齢と身長は似てるかも。後衛ではなく前衛なところも同じかも。

 そんな呑気な考えが浮かんだ少年ながらも、先ほどまでの話を思い返した。恐らく彼女が似ていると口にした内容は、互いが置かれている立ち位置ではないだろうかと、詳細な考えを巡らせる。

 

 互いに両親を亡くし、オラリオという場所で、血の繋がっていない親のような存在の下にいること。彼女がリヴェリアのことをどう思っているかはわからないが、少なくとも嫌っている様子は伺えない。

 己はオラリオで冒険者となり、タカヒロという存在に焦がれて、漠然とした目標ながらも英雄になることに憧れた。一方の彼女は、英雄的な存在を求めていることは、先ほどまでの会話と表情で明らかだ。

 

 

 

――――ならば、なれるだろうか。

 

 そう、少年の心がざわめきだした。

 

 元々、漠然とした目標だった。強くなりたいと思っても、何のためにかと聞かれると、英雄になるために。

 では何のために英雄になれるかとなれば、答えは無い。結局、漠然とした“強くなりたい”と言う振り出しに戻ってしまう。

 

 それでも1つの、ぼやけた先にある欠片が確かに見える。まるで瞳をさすような眩しい光、本に書いたような夢物語。

 それでもなれるだろうかと、小さな望みが芽生えだす。そう在ることができたらいいなと、心が静かに騒めきだした。

 

 

 ちっぽけな、貰ってばかりなこの身だけれど、なれるだろうか。

 

 

 ベル・クラネルが一目惚れした、彼女だけの、英雄に。

 



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46話 二人の昔話

 月明り無き暗闇を、魔石灯の明かりが微かに開き弱々しく地面を照らす。しとしとと降り注ぐ雨は強さを増してきており、やがてザーザーと音を立てて降り注ぐことになるだろう。

 あるのはただ、互いの考えを示す2つの命。周囲に人の気配は影もなく、その者が口にする言葉すらも、雨音によって消えてゆく。存在すらも、辺りの暗闇に飲み込まれるかのようにひどく弱い。

 

 

 嗚呼、これは夢なのだと直ぐに分かる。昼間に懐かしい過去、ファミリア結成当時における彼女自身の姿を思い出したことが、この夢を見た原因だろうか。

 夢だと判断する理由としては難しくない。己の少し先に居る二人、ヒューマンとエルフ。幼い頃のアイズ・ヴァレンシュタインの対面に、かつての自分自身、リヴェリア・リヨス・アールヴが居るのだから、夢と分かって当然だ。

 

 もう6-7年ほどは見ることも無かったと記憶する、しかし決して忘れない目の前の光景。己の腰ほどの背丈しかない黄金の少女に対して屈んで向かい合い、互いに言葉と言う名の刃物で傷つけ合った、かつての夜。

 

 その二人からは見えていないだろう未来の己は、この光景が迎える結末を知っている。今、目の前の自分が置かれている心境はハッキリと覚えている。

 ふと横を見れば、今のアイズも光景を見つめている。同じ夢を見ているのだろうかと考え、向き合う二人の姿に対して顔を戻した。

 

 

「貴女は、わたしのお母さんじゃない!」

 

 

 守りたい、大切にしたい少女を前にして、そのような一言を口にされ。言葉を向けられたエルフから全ての音が遠ざかり、時間が止まる。

 心には傷が生まれると共に救いを求める幼い手は見えず、互いの事実しか映らない。そして彼女もまた、相手を突き放す一言を口にしてしまう。

 

 

「……ああ。私は、お前の母親ではない」

「っ……!」

 

 

 あの時に少女が見せた、開いた瞳。暗闇の中でも分かる金色(こんじき)の姿から輝きが消えた光景は、決して忘れることは無いだろう。

 

 在りし日の母親に、父親に。二人の口から教えて貰った“英雄”を求める少女は緑髪のエルフの手を振り払い、ダンジョンへと駆けだし消えてゆく。雨に打たれ残った者は一人ただ何もできず、呆然とその場に立ち尽くし残される。

 かつて生まれてしまった、互いの間に出来た蟠り。こののちに仲間に活を入れられ、少女を愛すると誓い伝えた彼女は、一人でないことに気づき涙を流す少女を、柔らかな両手で包み込む。

 

 傷が生まれてしまってから8年の月日が流れ、白雪が積もるように重ねてきた、少女との時間。それが深雪(みゆき)になれたかどうかは、今の彼女も分からない。

 

 月日が流れたからこそ、また不安になってくる。己だけではなく、フィンやガレスが向けている、彼女を心配する気持ちが伝わっていないのだろうかと考えたことは数知れず。だからと言って、相手に直接聞けるような内容ではない。

 頻度こそ減ったものの、未だ無茶をすることが多々ある、危なっかしいその姿。がむしゃらに強さを求める傾向は変わっておらず、最近でこそ一人の少年と出会って極端なダンジョン篭りをすることも無くなったが、無茶をしようとする根底は変わっていないだろう。

 

――――今までの対応が、間違っていたのだろうか。

 

 夢の光景を前にして思い返し芽生えた、不安の感情が付きまとう。案じる想いが伝わっていないのかと、ズキリと心が痛む感覚に襲われる。

 

――――あの者ならば、どのように接しただろうか。

 

 続いてふと、そんな考えが浮かび上がる。かつての会計処理において、思わず己が頼ってしまった珍しい存在。

 

 駆け出しであった一人の少年を育て上げた、その存在。レベル6の己ですら目を見張る技術や覚悟の強さを持つ少年は、あの青年がいなければ誕生することは無かっただろう。

 相手の年齢も、性別も、環境も違うために比較できないことは分かっているつもりだ。それでも同じ“育てる”という過程を経ているだけに、どうしても並べて比べてしまう。

 

――――あの者ならば、どのような答えを……

 

 

「……朝、か」

 

 

 どのような夜を迎えようとも、太陽は毎朝必ず人類を歓迎する。そのような考えが浮かんだタイミングで、彼女は目を覚まして起き上がった。

 

 本日の天気は、恐らく晴れの類。今日もまた、アイズとベル・クラネルの鍛錬が行われる。あの青年も来るだろう。

 太陽は昇り切っていないものの地を照らす明るさは十分あり、視界については問題ない。今日も今日とて黄昏の館からコッソリと抜け出す二つの姿は、太陽にすらも見つかっていなかった。

 

====

 

 

「……随分と、加減が上手くなった」

 

 

 もはや日常となった早朝、北区にある防壁の上。人ひとり分の隙間を空けて同じ壁に寄りかかる二人が行う、いつも通りの他愛もない会話が一段落した時、玲瓏な声が昇る朝日に溶けるようにポツリと零れた。サラリと吹き抜けた風が、その名残すらもかき消してゆく。

 内容は、アイズ・ヴァレンシュタインの器用さを褒めるものである。確かにタカヒロの目線においても、当初と比べればマトモな“戦い”になっていることは明らかだ。

 

 少なくとも少年側が、身体を張って放物線を描くようなことは無い。一撃を貰う時こそあれどシッカリと減衰ができており、青年と鍛錬していた頃よりも実践的な成長が伺えた。

 良くも悪くも理想形な攻撃を放つ師と違って気まぐれなところがあるアイズの攻撃は緩急が凄まじく、結果として、ベル・クラネルにとって理想的な組手となっている。最近はタカヒロとの鍛錬が減っている少年だが、青年が先のような判断をしていることが理由の1つだ。

 

 

 とはいえ、先ほどのような言葉が漏れるとなれば、何かしら思うところがあるということだ。己のファミリアの少女に惚気ているのかと、青年はいつもの調子の言葉を返すべく口を開く。

 

 

「なんだ突然、弟子自慢なら負けんぞ」

「……そうではない」

 

 

 おふざけ半分で煽ったつもりが、微かに、声に暗さが見えている。なにかワケありかと二言を避け、タカヒロは相手の言葉を待つこととした。

 

 

「……やはり君の所の少年は、筋がしっかりしているな。駆け出しとなれば、教育も大変だっただろう」

「確かに楽ではないが、世話が焼けると表現するには程遠い」

 

 

 教育の大変さということでタカヒロも返事をしているが、ベルに対する戦闘面での教育については世話が焼けるというには程遠い。とはいっても、口には出せないが尋常ではない成長速度故に、逆に楽なものではないことも間違いない事実だ。

 しかしながら、教育が大変であることは対象がベルではなくても同じこと。教える側とは、基本として、教わる側よりも根気が要る立ち位置なのである。

 

 とはいえ、過剰な苦労が該当しない点は紛れもない事実である。先に漏れた一文が相手方のことかと考え、タカヒロは会話のボールを返球した。

 

 

「君は今もアイズ君の面倒を見ているようだが、そちらこそどうなのだ?」

「……そうだな。アイズは逆に、昔は何かと世話が焼ける子でな……」

「ほう……彼女の幼い頃か。何歳から戦っている?」

「……7歳だ」

「……。……なるほど。それは随分と、手を焼きそうな年齢だ」

 

 

 突然ながらも始まった昔話に、タカヒロは親身に聞く様相を見せて相槌をうっている。

 だがしかし、流石に7歳からダンジョンに潜っているという点については適切な言葉が浮かばない。予想外にも程がある幼さであり、恐らく教育過程において、そうなったであろうことを口にしていた。

 

 「そうだな」と言葉を残し、その後、リヴェリアは簡単な昔話を語り始めている。アイズがロキ・ファミリアへと加入した頃と、かつてリヴェリアがアイズの面倒を見てきたという内容だ。

 

 

 自分の命も顧みず、食事もロクに取らず、モンスターを殺し続けるその姿。かつてタカヒロとベルが黄昏の館を訪れた際、アイズに掛けられていた周囲の言葉の真相がコレである。

 付きまとう危うさ故に、人形姫などと揶揄されたぐらいであることが語られている。強くなるためにとダンジョンに潜り、幾たびの無茶を繰り返してきたのが、アイズが持つ実績だ。

 

 己が掛ける心配の声も届かず、反発を見せる子供の姿。その行動に傷つき、浴びせられる言葉に悩んだことも数知れず。それでもアイズが心配だからこそ、リヴェリアは厳しい姿勢を崩さずに接してきた。

 それは、ファミリアが大きくなってからも同様である。たとえ、自分が嫌われようとも。その厳しさで、一人でも家族が助かるならと。そうなって欲しいがために、己が正しさを貫き続けた。

 

 ついつい勢いあまってそこまでを口にしてしまったリヴェリアは、最後に「忘れてくれ」と言葉を濁す。顔と共に伏せられた長い睫毛からは影が落ちており、何度か交わした会話の時に見せる、凛とした姿は酷く遠い。

 

 

 ――――だからこそ、彼女は。教導に対して真摯に取り組む姿勢を見せる、タカヒロという存在が嬉しかった。

 決して口には出せそうもないが、そう感じた内容も事実である。今までで一番真面目な態度を取っていたレフィーヤでさえいくらかの弱音を吐いていたのだが、青年はそのようなことも一切を見せていないために猶更である。

 

 普段は己を煽るようなことも口にする青年だが、教導の際は、絶対に素振りすらも見せない程だ。故に猶更の事、真剣に取り組んでいるということがよく分かる。

 一方で難易度を上げていくらか茶化したかった彼女であるものの、結局はその隙を見せなかった青年だが、それよりも嬉しさが上回ったために気にならない。故に、指導のやり甲斐を一際強く感じていたことも事実である。

 

 決して、自分の言うことを聞いてくれるから嬉しいのではない。時おり見せる彼の質問と回答内容に、“そうなる危険から遠ざけるため”という彼女の心からの願いが含まれており、伝わっているからこそ嬉しいのだ。

 そのことを思い出すたびに、彼がロキ・ファミリアだったらなと思ってしまう事もある程。彼を見てくれれば、他の団員も少しは知識の大切さを分かってくれるのではないかと、淡い期待を抱いてしまう。

 

 

 これらは口に出されていないものの、タカヒロからすれば、先程までの一文に対する回答は気を付けなければならない内容だ。最後に残した「忘れてくれ」という言葉は、彼女の性格ならば本当に悩んでいたことを伺わせる一言に変わりない。

 かつて己も「そうではない」と似たようなセリフを返したことがあるだけに、よくわかる。今現在においてこの場における傍観者的な立ち位置に居ることもあり、とある人物の仕草に気づいた彼は、当たり障りのない内容から口に出した。

 

 

「……自分程度が君の覚悟を語るなど差し出がましいが、そこまでの覚悟を向けているなら、相手は君の気持ちにも気づいているんじゃないか?」

「しかし……アイズは未だ、私たちの言葉など聞こえぬように、無茶な行動を繰り返す」

 

 

 俯き加減の姿勢から出てきた言葉は、やはり彼女らしくなく語尾が弱い。ポロリと零した初めて見せる弱音に似た言葉は、鳴り響く白刃の雨に掻き消されて散っていく。

 慰めるようにサッと吹き抜けるそよ風が、シルクの如き緑髪を優しく撫でる。やや首を向けてその姿を横目見る青年もまた、彼女の心境を案じていた。

 

 やはり、まるでかつての己が悩みを口にした時と似た様相だと、タカヒロは思う。鮮明に覚えている当時の情景はすぐさま脳裏に浮かび、さも先程の事のように思い起こされた。

 いつか、彼女が自分に答えの1つを授けてくれたように。この場においては背中を押してやろうと、青年は、先ほどから気付いていた事象を口にする。

 

 

「……そうか。ともかく、しみったれた似合わん表情は捨てておけ、気高く凛とした姿はどこへ行った」

「えっ……?」

 

 

 青年の据わった声で瞳が見開き、顔が上がる。まず初めにフードに隠れた青年の横顔へと向くも、右手でフードの位置を直している姿が目に入った。

 

 

「面を上げろ、こちらではなく前を向け。君が最も気に掛ける少女が、君を案ずる視線を飛ばしているぞ」

 

 

 上げられた顔から向けられる視線は、続いて瞬時に、目の前で戦う少女の横顔へ。すると一瞬だけだが、確かに視線が交差した。

 直後アイズは、勢いよく正面、ベルの方向へと向き直る。あからさまな顔の動きにベルも内心でクエスチョンマークが浮かんでおり、それでも相手の手は緩まないために全力で対応を続けている。何があったかは気になるが、師が居る方を見ている余裕はない。

 

 

 リヴェリアが花のモンスターに穿たれそうになった時の状況を、タカヒロはよく覚えている。当初は第三者の立場だったことも、理由としては大きいだろう。その視点という前提を付け加え、当該戦闘において感じ取ったことを口に出す。

 

 3本の触手が各々を穿とうという時、アイズは目を見開いて迫っていた。たとえ折れた剣でも諦めず、己が身を使ってでも触手を止めんと気迫に満ちた姿勢を見せていた。

 アイズからすれば、あの場においてモンスターを相手にせず引くことはあり得ない。己が引けば次は誰に狙いが定まるかなど、言われなくても分かることだ。

 

 彼女が真っ先に駆けだしたのは、後衛故に近接戦闘では不利なリヴェリアを筆頭とした3名を守るためである。タカヒロが剣を投げたのは、その鬼気迫る心意気に応えたこともあるのが実情だ。

 己に対してリヴェリアが向けてくれる案ずる心など、痛いほどに伝わっている。しかし同時に、彼の言葉通り、アイズは誰よりもリヴェリアの身を案じている。故に彼女もまた、リヴェリアが口にする説教は素直に受け入れ聞く耳を傾けるのだ。

 

 いつ、どこで、誰が相手でもリヴェリアを。そして恐らくはリヴェリアだけではなく、ロキ・ファミリアの家族を守るため。

 当時においては、モンスターの狙いが青年へと変わってしまったものの。己を育ててくれた彼女を守るために、少女は迫る脅威に立ち向かっていたのである。

 

 

 これらが、リヴェリアが話した過去を含めて、タカヒロが感じ取った当時の状況だ。その事を伝えると、彼女は目を見開いてタカヒロを見つめている。

 また一方でタカヒロは、当時リヴェリアが見せていた説教が“鎧無しで立ち向かったアイズを心配していた故”のことだとも気づいており、そうなのだろうと確かめるように口にする。結果としては正解なのだが、だからこそ、当時においては「叱りを受けるべきものなのか」と疑問を投げ、「他人を案ずる前に自分の傷を治せ」という言葉を残していたのだ。

 

 それらは決して、青年による妄想ではない。少なくとも、リヴェリアが抱いていた気持ちについては完全に合致していると言って良いだろう。となればアイズ側がどうであるかは、先の行動も含めて容易に分かる内容だ。

 そのような言葉を口にする青年とて、かつては装備の為に色々と無茶をしていたためにアイズが抱く気持ちは汲み取れる。強さと呼ばれるモノを得るためには、基本として危険に対して挑まねば得られないのが実情だ。

 

 

「心から望むモノ(君の安全)を得るためには強く在らねばならず、そうなるために無茶をしてしまって居るのだろう。彼女は過去に、大切な何かを失っていないか?」

「……ああ。アイズの、両親は……」

「だったら猶更だ。二度目を起こすまいと圧し掛かる重圧は、背負った者にしか分からない。ならば自分程度では、彼女の行いを否定できない」

 

 

 無茶をするアイズを肯定するような、最後の一言。ここにきてリヴェリアは、突然と突き放された。

 目と鼻の先で鳴っているはずの白刃の音は、遥か彼方。風のざわめきなどとうになく、昇りつつある日の光すらも薄暗い。

 

 予想外だった。いつも少年に対して的確なアドバイスをしていた青年だ。てっきり己に対しても同じことをしてくれるのかとばかり思っていた彼女の心は、想定外の事態にたじろいでしまう。

 もはやどのようにしていいのか分からない孤独感に、胸の内が張り裂けそうだ。かつてのアイズもこのような気持ちだったのかと思うと、己が発した一言の重みが痛い程に分かる。あの時は、それでもお前の母だと否定するべきだったかと考えが浮かぶものの――――

 

 

「――――私は、どうすればいい」

 

 

 かつての夜、全ての音が遠ざかった時。絶対に決断を他人に委ねることのない彼女が、ファミリアを立ち上げた最も古き仲間である二人に決断を委ねた時。

 その時と同じ弱々しい言葉が、繊細な口から零れ落ちる。縋るような視線は答えを求め、横に立つ者、フードに隠された顔へと向けられた。

 

 

「……どうも何も、今まで通りで良いのではないか?」

「……なんだと?」

 

 

 向けられた回答が理解できない。何故、そのような答えが出てくるのかが分からない。ほんのつい先ほど、アイズの無茶をやめさせたいと思うエルフの考えを否定したではないかと困惑する。

 だというのに、今まで通りで良いとの回答。想定外の連続であり、考えが追い付かない。翡翠の瞳は変わらず弱々しく、それでも道を求めて相手を捉え続けている。

 

 

「面倒見の良い君のことだ。説教だのなんだの表向きは厳しいが……ちゃんと、しっかりと支えてやって居るのだろう。だからこそ、今のアイズ君がそこに居る」

 

 

 己が腐りかけていた時や、思い悩んでいた星座の一件において、色々と手を差し伸べてくれたこと。表向きこそ厳しいことの多い彼女ではあるものの、基本としては相手を心配しており、力になれればという想いが込められていることなど痛いほどに感じ取れていた。

 差し伸ばされる彼女の手は、少し握るだけで活力が湧く程に大きな優しさがあり、不思議と活力が湧き上がるのだ。その想いが向けられる相手がアイズ・ヴァレンシュタインならば猶更に強い事だろうと、青年には容易に感じ取れてしまう。

 

 力なく彷徨っていた瞳に、青年の一文で色が灯る。昇る朝日に輝く翡翠の瞳に映る相手が、今までとは違って見えるのは気のせいではないはずだ。

 

 

「そもそもこの手の話に絶対的な答えは無く、君の場合は当時の相手が7歳児だ。どれほどの苦労があったかは想像を絶するが……」

 

 

 かつてケアンの地において戦っていたのは、タカヒロ一人だけではない。世界各地において、いくつかの戦闘集団が世界の危機に立ち向かっていた。

 その仲間を守る事は行ってきたことのある青年だが、深く交わることは一度もなかった。己の知らぬところで死したかつての仲間など数知れず、だからと言ってそれはケアンの地において“普通のこと”であり、特別な感情が生まれたことなど一度もない。

 

 目的や程度は違えど、アイズのような子供や若者など数多くいた。メンヒルの化身と謳われた己に焦がれ、そうあらんと、己も誰かを守るために強く成りたいと無茶をする。されど各々が、守りたい者のために強くならんと足掻いているのだ、それを止めることなど誰にもできない。

 月日が経つ中で、道半ばに息絶える者も数知れず。それでもチャンピオン級に立ち向かうまでに成長した者も片手で数える程度には存命しており、再会を果たした際には互いの無事を喜び合い、そして誇り合ったものだ。

 

 

 決して楽だけではなく、どちらかと言えば互いに悩み、苦悩を抱えてきただろうリヴェリアの8年間。その内容は、弱さを見せる彼女の言動を見れば容易に感じ取れるものがある。

 そして彼女が愛した少女は、こうして立派に生きている。平和な環境に慣れてしまった者から見れば、当然のように明日を迎え、命が芽生え育ち、次の命へと繋ぐことなど当たり前のことかもしれない。

 

 しかしながら、日々において死と隣り合わせであるオラリオの環境においては話は別。青年の知るケアンの地と同じく、最も誇るべきことの一つだろう。

 

 

「今までの行いを気にしているようだが、現に彼女は、こうして五体満足で生きている。誇るべきことだ。ならば君が向けてきた想いや教導は、間違ってはいなかったんじゃないか?」

 

 

 だから、今後も似たようなことを続ければいい。リヴェリアの行ってきたことが正解かどうか、結局のところは本当の答えなんて無いために示すことはできないが、それが、タカヒロという男が示した回答だ。

 咎めるリヴェリアと、それでも無茶をして強くなろうと藻掻くアイズの関係は今後も続くことだろう。そんな関係となっている二人は結果として、絶妙なバランスとして成り立っていたのだ。

 

 無茶をすることで成長したアイズに助けられた者は、ロキ・ファミリアだけで見ても数多い。ここにきてリヴェリアは、その事実を思い返す。

 もしもアイズが、リヴェリアの言う事だけを行うようになっていたならば。それこそかつて揶揄された“人形姫”となり、どこかで誰かが、最悪は二人共に命を落としていたことだろう。

 

 

 突き放されたと勘違いしてから耳にした透き通る言葉の数々は、病気に効く薬のようだった。繊細な呂律まで聞き取るかのような長い耳から全身へと染み渡り、長年に渡って掛かっていた心のモヤが薄くなる。

 心のどこかにあった引っ掛かりは氷のようで、青年の言葉と言う名の炎によって溶けてゆく。流石に全てが溶解する程ではないものの、整った顔が見せる閉じられた瞳の表情は優しく緩んでおり、掛けられた言葉を思い返していた。

 

 

「……なるほど。とても、とても有難い言葉だ」

「そうか、何よりだ」

 

 

 やや俯く姿勢は、当初と変わらず。しかし声には力と張りが戻ってきており、耳にした青年は、ようやく本調子に戻ったかと内心で安堵する。

 

 

「……タカヒロ」

「なんだ、まだ何か――――」

 

 

 いつもとは少し違う、物言いたげな視線。それを感じた青年は、彼女へと顔を向けると――――

 

 

「ありがとう」

 

 

 春の陽だまりを象徴するかのような笑顔が、一人の男のために作られた。

 

 

「……お、おう」

 

 

 未だかつて誰も、かつての従者ですら見たことが無いその笑顔は、いつか、そこの捻くれ者が素直に礼を述べた時の逆バージョン。なお顔が見えているのと表情がある分、攻撃能力は此方の方が遥かに強い。

 右手でフードの位置を直しまくっている不審者はさておき、今の彼女の心はとても軽い。正面に向き直っても、先ほどの言葉がやはり脳裏に流れ、閉じられた瞳の表情は優しさを出し続けている。

 

 

 そんな彼女を横目に見ながら追撃の手を緩めないアイズは、第二の親と言って良い彼女から不安げな顔が取り除かれて安堵し、同時に不思議に思う。問題のワンシーンこそ見逃しているものの、ロキ・ファミリアにおいても表情を崩すのは稀であるリヴェリアが、このような安らかな表情を見せるのは非常に珍しいことなのだ。

 釣られて緩やかになる自分の口元に気づき、ハッとする。演習と言えど戦いの場にあるというのに、こうも穏やかな心境になれることもまた、その表情と同じぐらいに珍しい。少なくとも、今までのダンジョンにおいてはあり得なかったことだ。

 

 かつて己を愛してくれると言ってくれた人が見せる不安気な顔につられ、自然と気持ちが落ち込んでいた。心配であるものの己が示せるものなど剣しかなく、此度において出来ることなど、心配の顔を向けることだけ。

 だからと言って、そんな気持ちは恥ずかしくて、流石のリヴェリアが相手でも口に出せそうにもない。先ほどは、突然と顔を向けられて焦ったが――――

 

――――大丈夫。たぶん、隠せてるはず!

 

 心の中で可愛らしくドヤ顔とガッツポーズを作る、天然少女の知るところなく。かつて生まれてしまった傷跡は、とても小さくなっていた。

 

 

「何か、いいことがありましたか?」

 

 

 軽い打ち合いを行いながら、ベルは優しい表情を見せている。その笑みを目にしてキョトンとした表情を浮かべたアイズは、己も薄笑みを浮かべていたことに気が付いた。

 悲し気な表情を浮かべていたリヴェリアが立ち直ったことがハッキリと分かり、今の彼女の気持ちもまた、リヴェリアに似て非常に軽い。故に、気になる少年の質問に対する回答は1つであった。

 

 

「うん!」

 

 

 少年に向ける言葉と表情は、年相応の少女そのもの。パッと咲いた、少女が見せる花の笑顔がベルの目に留まり――――

 

 

――――続いて目にしたのが、己に向けられる過去一番に強い横薙ぎであるのは間違っているだろうか?

 

 

 未来予知レベルだった直感によって咄嗟に威力は減衰させた少年なれど、今回ばかりは元の威力が高すぎる。相手の花のような笑顔が見えた瞬間に視界は流れる地面に向いており、次の瞬間には、薄い雲の交じる青空がくっきりと映っていた。

 空中に弧を描く少年の身体はマニューバを行う戦闘機であり、さしずめアイズの放った一撃はカタパルト。射出の勢いは止まらずに、自分はどこまで飛ぶのかと呑気な思考が横切り、意識が消える。

 

 一部の者では“ご褒美”に成り得る行為でも、加減を違えれば死亡理由にしかなり得ない故に間違っている部類だろう。彼女は今までで一番の身体の軽さと心の浮つき具合で、明らかに加減を間違えていた。いくら機嫌が良くても己は第一級のレベル6、相手はレベル2の第三級冒険者であることは変わらない。

 流石の今回はタカヒロもベルに向かって駆け出しており、即座にポーションを使用するなどして応急処置を行っている。ポーションはポーションでもオラリオ産ではなくケアンの地で手に入る超即効性のある治癒薬だ。全回復するというわけではないポーションだが、瞬間的な回復力だけならば一本50万ヴァリスはするエリクサーを凌ぐほどのものである。

 

 

「……アイズ」

 

 

 ピシャリと静かに響く、玲瓏を保ちながらも圧倒的と言っていい一言。あのように吹き飛ばしてしまった己の悲しさと少年への謝罪、向けられる怖さに涙目になりつつそちらへと振り向けないアイズの下へ、ズシンズシンと音を立てるように死の宣告が忍び寄る。

 ロキ・ファミリア副団長ハイエルフ、リヴェリア・リヨス・アールヴ。タカヒロの言葉に対して真面目に心打たれていた直後の惨状に、久方ぶりの“げきおこ”であった。

 




ベル君、ここにきて気絶。(原作通り…?)
4人とも、結局いつも通りですね。

Q.主人公が装備のためにやっていた無茶って?
A.セレスチャルである破壊神(キャラガドラ)を、わざと降臨させて倒したり、
 敵対していないセレスチャル(モグドロゲン)を、わざと煽って戦いに発展させて倒したり、その他諸々。


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47話 白兎に手を引かれ

 ――――嗚呼。また、やってしまった。

 初日にも類似したことをやってしまって、リヴェリアに、こってりと叱られて。あの時に猛省したはずではないかと、彼女は今日もまた、自分を責めた。

 

 どうにも自分の悪い癖だと、眉が下がり影が落ちる。ミノタウロスの一件から知り合った少年が見せる輝きを目にすると、ついつい少女の心は高ぶってしまうのだ。

 結果として力加減を間違ってしまい、ごめんなさいと謝ったことは数知れず。その度に許してくれる少年の姿に、いつの間にか甘えていてしまったのかもしれない。

 

 

 同時に、少女にとっては不思議なことだった。それ以前まではダンジョンに行かなければ落ち着かなかったというのに、最近では週に2-3日しか潜っていない。

 理由を考えると、第二の親に言われたこと。「そうしたいと思うのは、楽しいからだ」という内容が思い浮かぶ。ダンジョンに行くよりも、少年と鍛錬をしていたいという気持ちの方が強いのだ。

 

 この感情。いつまでも少年の輝きを見ていたいと思うことが、そうなのだろう。普段は表情1つ変えずに淡々としている少女は、ようやくその答えに辿り着いた。

 少年の強さの秘密が知りたかった。絶対的な力は遠く及ばないけれど、自分が唸ってしまうような技を見せてくれる姿が嬉しかった。必死になって努力して、強く成ろうとする姿が眩しく、いつのまにか惹かれていた。

 

 それでも、恐らくは今日でお仕舞い。今までにやってしまった間違いとは比較にならない。これで自分は少年に嫌われてしまったと、一層の事眉が下がり――――

 

 

「――――ぇ?」

 

 

 グッと力強く腕を引かれ、連れ出される初めての感覚。目の前に、焦がれた姿の背中が確かにあった。

 

====

 

 

「問題はなさそうだな。とりあえず、今日の鍛錬は中止にしよう」

「ありがとうございます、師匠」

 

 

 多大な一撃を貰い、吹き飛ばされてから十数秒後。割と早く復活したベルは真面目に意識を失っていたようで、アイズの穏やかな顔が出たあたりから記憶が無いことを告げている。実のところは骨の数本にヒビが入っていたのだが、そこはポーション様々の治癒力だ。

 そんな彼に対して、タカヒロも肋骨を触診するなどして最終的な確認中。もっとも、10メートルほど離れた位置で即効性の雷魔法を連続で放っているハイエルフから、目を逸らすためでもあるのだが。

 

 

「……しかし、アレは中々にエグいな」

 

 

 そう思わず呟いてしまうのは、青年の本音であった。先ほど花のような笑顔を見せた少女の姿はどこへやら。目の前の鬼神を相手に完全に委縮してしまっており、背も肩も丸くなってしまっている。

 一応、本能的なのかは不明ながらも、アイズの一撃は最後の最後にブレーキが掛かっている。流石にこの説教があったならば、彼女の反応を見るに、今後は再発することは無いだろう。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインが目に浮かべるは、先ほどとは違う涙。少年への謝罪と己への反省もさることながら、それをリヴェリアに抉られているが故に心が負っているダメージの表れだ。

 傷口を抉る、傷口に塩を塗る。この言い回しがピッタリと嵌ってしまう説教だ。加減を忘れて少年を蹴飛ばしたという事実の言葉が出るたびに、彼女は小さく震えている。

 

 こちらはヘスティア・ファミリア。そして向こうは、ロキ・ファミリア。いくらか貸しがある現実があるとはいえ、流石に今回ばかりは大義名分がリヴェリアにあるために、白髪師弟コンビは身動きができていない。

 そんな守りたい少女の目をしっかりと見据える少年、ベル・クラネル14歳。名実共に被害者が自分だけであるために、以前に問題となったミノタウロスの時とは違う気持ちを抱いていた。

 

 男の子とは、好きな女の子の前では格好をつけたい生き物である。少女を見据える姿は、なんとかして手を差し伸べたい純粋な心意気。

 とはいえ、相手がナインヘルでは知識面でも実力面でも立場においても分が悪く。何もできず、悔しそうな顔を浮かべて留まることしかできていない。

 

 

「……リヴェリア、傷口に塩を塗ることもないだろう。アイズ君も真面目に反省しているではないか、そのへんにしてやれ」

「いいやタカヒロ、今回ばかりはそういうワケにはいかん」

「いつも同じにしか見えんがね……」

「なんだと?まったく、君と言いアイズと言い――――」

 

 

 まるで娘を叱る母親と、それを咎める父親である。幼いながらも男気に応えるのは、他でもない彼の師匠だ。言葉でもってリヴェリアのヘイトを自分に引きつけるウォーロードは、口と足を動かし立つ位置を変えてリヴェリアの視線を誘導している。

 ベルの特技として相手を広く見て弱点や有効個所を探る点が挙げられるのだが、これはタカヒロから直伝された小手先の技術である。当然ながら本人は更に長けたものを持っており、時折目を閉じて長文を口にするリヴェリアの癖を見抜いていた。そして、そうなるように仕向けている。

 

 やがてそうなる直前の時、青年から出される「行け」という分かりやすいハンドサイン。少年は面食らったものの、それもコンマ数秒だけ。説教の悲しみもあれど、やってしまったことを後悔して泣き出す一歩手前まで行ってしまっているアイズの顔を見て、続いて表情に力を入れてタカヒロに目を向け返事とした。

 そこからの行動は、迅速かつ単純だ。顔を伏せションボリとするアイズの手を取り、目を見開く少女の反応は無視したまま。そのまま外壁へと昇る階段に向かって、物音立てぬよう静かに駆け出したのである。

 

 

「――――ぇ?」

 

 

 まるで、切迫した場面からお姫様を連れ出すような、その構図。

 咳払いで足音を消すアシストをするタカヒロはフードの下で不敵に笑って、手を引き駆け出す弟子の背中を見守っていた。こうして被害者が許しているのだから、損害の件については和解と言って良いだろう。

 

 

「―――、そういうことだぞ。アイズもだ、わかったか。……アイズ?」

 

 

 30秒ほどぶりに目を開く彼女は、キョトンとした表情を浮かべている。何しろ、つい先ほど前まで己の前でしょぼくれていた少女の姿が綺麗さっぱり消えてしまっているのだから無理もない。

 キョロキョロと周囲を見渡すも、見慣れた姿はどこにもなく。ついでに言えば、一緒に居たはずの少年の姿も綺麗サッパリ消え去っている。

 そんな鬼の心を持った彼女の前にあったのは、ただ腕を組んで静かに笑っている、フードを被ったフルアーマーの不届き者が約一名。目線を向けられる青年は、すっかり本調子に戻っている相手を捉える一方、リヴェリアの背後に燃える炎を感じ取ってしまっていた。

 しかし元より、相手の注意を引きつけるのがタンク職の役割である。いつかロキ・ファミリアのホームで彼女が見せた疾走を繰り出させないために、彼は更に挑発の一文を口にした。

 

 

「ベル君はアイズ君を許していたぞ、叱りの続きならば受け取ろう。君の注意を引いた事と、二人に行けと捲し立てたのは自分だからな」

「ほう……。ロキ・ファミリアの事情に口を出すことは、お門違いと知っているはずではなかったか?」

「なるほど。ではヘスティア・ファミリアの鍛錬に君達二人が来て、先の蹴りの一撃が見舞われたことをフィン・ディムナに伝えよう」

「……」

 

 

 もちろん挑発だけではなく、負けるつもりも全くない。ロキ・ファミリアにおいて信頼性が高い彼の発言が、少し湾曲された今の内容で伝わればどうなるか、リヴェリアには容易に分かることだ。一方で大筋だけを見れば間違ってもいないため、ロキによる嘘発見器もスルーすることだろう。

 流石に先の一文を言われると、彼女としても追撃を躊躇してしまう。開きかけた口は噤んでしまい、過去最大級のジト目でもって目の前の青年に抗議している。

 

 

 たとえ、ベル・クラネルが持つリヴェリアに対する評価が下がることになろうとも。それでも、アイズの一撃が取り返しのつかない事にならぬように釘を刺していることはタカヒロも感じ取っている。

 あの威力の一撃をレベル2に放ったならば、受けたのがあの少年でなければ骨の4-5本は持って行かれてしまっていただろう。故に最終的に罪を背負ってしまうことになるのはアイズであり、だからこそ叱るために彼女は心を鬼にして怒るのだ。

 

 青年とて何度か目にした、本当に心から相手を想っているが故の彼女の姿。もう少し丸くなれば数多くの男から引く手数多だろうにとも思うも、しかし性格ゆえに妥協は許せないという、どうにも彼女らしい立ち振る舞いだ。

 ということで話が噛み合うわけがなく、このままいけば会話のドッジボールが開幕となることは明らかである。そのためにタカヒロは己の考えを伝えるついでに、興味本位で例のセリフを使おうと口を開いた。

 

 

「アイズ君が心配だからこそ鬼になる君の気持ちも分からんでもないが、あの二人らしいと言えばらしいではないか」

「た、確かにそうかもしれないが――――」

「ならば見守ることも仕事のうちだ。娘息子のじゃれ合いと思って流しておけ、君はロキ・ファミリアの母親(ママ)なのだろ?」

「だ、誰が母親(ママ)だ!タカヒロ、お前までその名で呼ぶんじゃない!」

 

 

 もっとも彼としても、同じファミリア以外の面々にこのセリフを言われたならばどうなるか気になっていた節はある。蓋を開けてみれば勢いよくつっかかってくるのが現状であり反応も面白く、何かと使えそうな一節だなと腹黒い感情を抱いていた。

 ガミガミと説教垂れるように追撃してくる彼女を軽くあしらって階段へ足を向けると、玲瓏なマシンガントークと共にピタリと後ろにつけてくる。そんな心地よいBGMを聞きつつ時たま反応を見せながら、彼はリヴェリアをロキ・ファミリアのホームへと送り届けるのであった。

 

 

 

 

 一方その頃、二人で駆け出したうちの少年はというと――――

 

 

(どうして、どうしてこうなった……!)

 

 

 人気の全くない石造りの高台で、彼女に膝枕されていた。そこに至るまでとしては単純である。

 

 

 時間的には、日が高くなると表現するにはまだまだ早く。それでも昇る最中である太陽の光は薄い雲を貫通し、路地を走る二人の道を照らしている。

 片や少し息が上がる少年と、そんな彼に手を引かれっぱなしながら、身体的にはなんということはない少女の姿。背丈と細身の身体が似通った二つの姿は、ともかく北区の城壁から距離を取るべく、人気のない路地裏を疾走する。

 

 そんな二人は目的のポイントに到着し、ベルは少しひざを曲げて手を置き息を荒げる。一段落したものの驚天動地の展開を体感している真っ最中であり、内心を正直に表すと、後が怖い。あのリヴェリアの説教を途中で抜け出すなど、どれだけ肝が据わった者だろうと勇気が足りない行動だ。

 優しさを向けられる反面で恐ろしさが身に染みているアイズ・ヴァレンシュタインと、いつか己がエイナに注意喚起を受けている横で、その者の姿を見ていたベル・クラネル。故に二人とも、どこぞの青年がヘイトを稼いでいる彼女を怒らせたらマズイと言うことは本能的に察している。

 

 

「や、やっちゃいましたね……」

「ぷっ……クスッ。そ、そう、だね……」

 

 

 しかし、アイズからすれば不思議なものだ。イケナイ事をやってしまった自分たち二人の行動を思い返す程に、口元が押さえられた可愛らしい笑みが零れてしまう。

 「どうなっても知らないよ」と言いたげに、悪戯をしでかした相手を見る目で、共犯となった目の前の少年を笑っている。アイズも彼女の説教が己を心配しているからこそ行われていることは分かっているために、あとで一緒に謝りに行こうと提案を示していた。

 

 実行犯とはいえ怒られるのは勘弁願いたいベルながらも、そこは師匠が何とかしてくれているはずだと期待しつつ。そして少女が見せる表情は、自然と少年の顔も穏やかなものに変えてしまう。

 こんな不思議な状況が面白く感じられ、互いの胸の辺りから込み上げ口から溢れ出る笑い声が、辺りに響いた。しばらく続いた二人の姿は、道を照らした太陽だけが知っている。

 

 

 赤ん坊がひとしきり泣いた後に寝るのと同じで、笑うという動作もなかなかに体力を使うものである。先ほどまで続いていた鍛錬の疲れも相まって、ベルは大の字になって倒れ込んだ。

 笑い疲れてやや滲む涙に濡れる空模様は、雲こそあれどいつにも増して澄んでいる。彼女を連れ出して逃げたという達成感も、いつも以上に感じる青さを見せるのに一役買っているだろう。

 

 

 お尻を支点として、上半身ごと軽く持ち上げられてグイッと頭が動かされたのは、そのタイミングであった。結果として、先ほどの光景が作られているわけである。

 

 

「さっきは、ごめんね……。傷跡、大丈夫?」

「あ、は、はい。だ、だだだ大丈夫です」

 

 

 なんとかして答えるものの目線でもってアタフタする少年は、優しい両手が両耳のすぐ上に置かれ、頭部が固定されているために微動だにできない。彼女の手を撥ねのけるなど、今の彼には絶対にできない行動だ。

 それにしても、貶しているわけではないが、少年の中では彼女が膝枕というのが妙にギャップのある構図となっている。言っては悪いが、その手の事に興味がなさそうなイメージが纏わりついていたために一入だ。

 

 

「そ、それにしても、アイズさんが膝枕って……意外です」

「リヴェリアに、教えてもらったの」

「……意外なことを知っているんですね、リヴェリアさんも」

「男の人に感謝を伝えたかったら、こうしろって」

「気軽にやっちゃダメですよアイズさん、そこだけは絶対に間違っていますから……」

 

 

 それはさておきリヴェリアさん流石です。と心の中でリスペクトする少年だが、先ほど己がその人物の説教を抜け出してきたことをすっかり忘れてしまっている。おかげでヘイトが己の師匠に向いて居るのだが、当然ながらそこまで考えが回っていない。

 

 しかし、だからこそのこの夢心地だ。頭の裏に感じる柔らかな腿の感覚は意識するだけで顔が赤くなりそうであり、懸命に他の事へと考えを逸らしている。

 おかげで会話が続かないが、今の二人には不要なことだ。鍛錬やダンジョン続きで疲弊していた心が洗われるような感覚を互いに感じ取っており、そんな二人を撫でるように、そよ風が吹き込んでいる。

 

 

 見上げる先には蒼い空に映える、自分を見下ろす、優しく整った美しい薄笑み。ひょんなことからダンジョンにおいて互いを知った、人形のように整った容姿を持つその姿。

 巷では剣姫と謳われ、神々においても「俺の嫁」と陰で囁かれるその少女。表情が薄いことで知られるその顔は、見上げて以降は花のような笑顔に変わっており、そんな表情を知るのが自分ぐらいのものなのだと思うと、自然と嬉しさがこみ上げる。

 

 そんな少年の顔を見て少女の顔も更に緩み、右手は“もふもふ”な白髪を優しく撫でる。少年にとっては嫌どころか嬉しい行為だが、おかげ様で、抱く恥ずかしさは一入だ。

 先ほどまで相手の顔を視認できた余裕はどこへやら。視線は左右に泳いでおり、そんな彼を優しく見下ろしていた彼女は、悲し気な顔に変わって心の心配を口にする。

 

 

「……膝枕、嫌だった?」

「そ、そそそんなことありません!」

 

 

 いくらか大胆とはいえ、根は天然な少女である。相手の気持ちをストレートに聞いており、少年は答えるだけで顔を赤くして、鼓動のテンポを最大限に上昇させるのであった。

 

 

「よかった……。私も、嫌じゃないよ」

 

 

 一転して柔らかな笑みになり、続けざまのこの一撃。少年の心に、ハートの矢という武器で致命傷を与えるには十分だ。

 

 ロキ・ファミリアのレベル6、アイズ・ヴァレンシュタイン。ベル・クラネルが様々な意味で「勝てない」と思えてしまう、憧れの少女である。

 




少し長くなりましたが4人の関係が変わっていったパートでした。
次話から原作関係の内容も増えてきますが、こんな感じの内容も混じってくるかと思います。
お付き合いいただければ幸いです


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48話 24階層の異常

 ダンジョン、13階層。太陽もしっかりと仕事をした昼下がりも過ぎた頃なのだが、ダンジョン内部に日の光は届かない。魔石灯により辺り一帯は明るいが、照らされていない場所には、常に暗闇が残っている。

 その階層でモンスターを相手にしているのは、整った容姿を持つ一人の少女。神の嫁と陰で言われるロキ・ファミリア所属のアイズ・ヴァレンシュタインは、一人13階層で、せっせと魔石とドロップアイテムを集めていた。

 

 

「……すごく、遠い」

 

 

 かつて闇雲にダンジョンへと潜っていた時とは、気合の入れように関して随分と差が生まれている。どちらかと言えば今の気持ちは沈んでおり、その影響か、時々にわたって溜息が漏れている程だ。

 ベルとの鍛錬が楽しく日々が流れていたことが原因で、すっかり忘れていたこと。かつての怪物祭で折ってしまった代用の剣の支払い4000万ヴァリスのことを突然と思い出し、「早く稼がなきゃ」と焦っている状況だ。なお、漏れた言葉のように、先は長く遠いものがある。

 

 本音を言うならばベルと一緒に行いたかったところだが、よくよく考えると、それはできない。かなりの額の借金を己が背負っていることを知られれば嫌われてしまうかもしれないという怖さが、ソロで活動している理由の1つだ。

 もっとも、借金のことを隠して一緒に狩りというのも良いなと考え、自然と薄笑みが浮かんでいる。そのまま複数のドロップアイテムを手に取ると、表情は一転して眉がハの字になってしまった。

 

――――どのアイテムが、(売値が)高かったっけ。

 

 リヴェリアの教導である程度の金額は習ったはずだが、不覚にも答えが出てこない。多分コレか、いやコレかと悩んでいるならば魔石を集めようという答えに達し、けっきょく持てるだけのドロップアイテムを保持する程度となっている。

 レベル6である彼女からすれば、ここ13階層のモンスターなど敵にすらなり得ない。文字通りに稼ぐことが目的であり、ファミリアから借りてきた簡易的なバックパックに、たった今倒したモンスターの群れがドロップした魔石などを詰め終わったタイミングであった。

 

 

「……誰?」

 

 

 何もない暗闇に向かって剣を向け、問いを投げる。すると、煙が晴れるかのように、黒衣のローブを纏った一人の人物らしき姿が現れた。

 

=====

 

 アイズ・ヴァレンシュタインが手紙の送付・アイテムの換金と引き換えに、その者から24階層での冒険者クエストを受けたのは、とある大きな理由が関係していたから。現状においてはオラリオにおいてロキ・ファミリアしか知らないことながらも、彼女の興味を引くには十分な大きさであったと言えるだろう。

 どこぞの装備キチも、実はすでに、その理由に少しだけ絡んでいる。かつての怪物祭において対峙した、花のモンスターが関係している内容だ。

 

 かつて助けてもらった青年を探している過程において、ロキ・ファミリアが18階層の安全地帯(セーフゾーン)で遭遇した異常事態。殺人事件ののちに対峙して戦闘へと発展した“赤髪のテイマー”が絡んでいるとなれば、居ても立っても居られない。

 その者は、アイズの(エアリエル)を見て“アリア”と呼んだ。他ならぬ彼女の母親の名であり、何故その名を知っているのかと問いかけるも、答えとなる回答は示しておらず、戦いには勝ったが取り逃しの結果に終わっている。

 

 此度のクエストである24階層と言う数字など役に立たず、決して安全な内容ではないだろう。下手をすれば、己が命を落とすこともあり得るかもしれない。

 それでも彼女とて、あのベル・クラネルの雄姿に焚きつけられた一人なのだ。危険を承知で、より強く、そして事の真相を知るために、アイズはクエストを受け入れたのである。

 

 もっとも時間も遅いことと、此度のクエストには協力者が居るらしく、まずは18階層にある酒場へと赴くことが内容である。此度におけるモンスターの大量発生という問題を解決できれば、その他については特に指定されていないのが現状だ。

 そして18階層の酒場の場所を突き止める。何度も利用したことのある街だったのだが、彼女自身が酒を飲まないことを除外しても、このような酒場は知らなかった。その場所において、彼女は協力者と出会うこととなる。

 

 

「剣姫、あなたが協力者でしたか……」

 

 

 どうやら、相手方にも既に、協力者がいることは伝えられていたようだ。酒場において、とある符丁をアイズが口にした途端、後ろに居た冒険者たちが立ち上がる。

 その誰もが、真剣な眼差しをアイズに対して向けている。決して敵意は無いものの、力のこもった眼差しを向けられていた。

 

 酒を飲んでいたヒューマン、声を上げながらカードゲームに勤しんでいた獣人等。男女それぞれ一名のエルフやパルゥム、合計15名。ほとんどがレベル3、第二級の冒険者ながらも、名の知られた人物が一人だけ交ざっている。

 一房だけは白髪ながらも、全体的に透き通りそうなアクアブルーのショートヘアーを持つヒューマンの若い女性。整った顔に掛けられる銀色の眼鏡に覗く瞳は毛髪と似ており、手のひらで眼鏡を上げれば、さも知的に映ることだろう。

 

 アスフィ・アル・アンドロメダと言う名前を、アイズは思い出した。【万能者(ペルセウス)】の二つ名を持つヘルメス・ファミリアの団長であり、“神秘”の力より彼女が生み出した万能アイテムの数々は、オラリオどころか世界各国で使われている。事実、アイズがロキに送った手紙も、彼女が発明したペンによって書かれたものだ。

 と、ここまでは中々に品位を感じるのだが、蓋を開けてみれば評価は一転する。金儲け主義の獣人が持ってきたクエストの依頼者が、なぜかヘルメス・ファミリアのレベル申告詐欺を知っており、協力しなければ露呈させると脅されているらしい。早い話が“脱税”真っ盛りであるという、品位がナイアガラ並みに下がる内容だ。そしてどうやら、メンツの全員がヘルメス・ファミリアの所属らしい。

 

 とはいえ会話の内容としてはアイズからすればクエスチョンマークの付くものばかりであり、とりわけ気にもしていない。「これからどうするの」と口にすると、アスフィは少し頬を赤らめて、コホンと咳払いを行うと品の良さが戻ってくる。

 目標は、24階層の食糧庫。アイズが受けた依頼内容と一致しており、今宵はこの街で一泊し、翌朝から出発するという内容だ。

 

 積極的に剣姫に絡んでいるのは、ライトアーマーとヘビーアーマーの中間と言えるような鎧に身を包む、パルゥムであるポック、ポットの二人。そして、出会った際に酒を飲んでいたキークスだ。

 しかし、相手が悪い。アイズ恒例の薄い表情と、難攻不落である“アイズ語”を前にして双方ともに撃沈の結果となっている。もっとも、それでも少しばかりは近づけている様相だ。

 

 

 さっそく少しの不安を抱えるアスフィながらも、クエストである以上は、のっぴきならないことが発生しない限り撤退は在り得ない。合流した集団は、道中のモンスターを倒しながら24階層へと到達する。

 ところが、ここにきて大きな問題が立ち塞がった。24階層に三ヵ所、北・南東・南西にある食糧庫のうち、モンスターの流れから北へと辿り着いた集団だが、地図に載っていない、肉のような大壁が存在していたのである。

 

 こんなものは無いはずだと意見を交わす集団に対して「ぶった斬ればイイんじゃね」的なことを呟くアイズの意見に同意したアスフィは、魔導士のパルゥム、名をメリルに対して詠唱を指示している。攻撃を当てることで、大穴を空けて突入しようという算段だ。

 アイズの腰ほどの背丈である彼女はパルゥム用の金属杖を掲げ、詠唱を開始。攻撃は成功し、肉の壁に大穴が空いている。修復しかけているものの、パーティーメンバーはその先を歩き続けた。

 

 

「ここ、ホントにダンジョンだよな……?」

「き、気味が悪い……」

 

 

 ダンジョンとはまた違った、ブヨブヨとした緑色の肉の床、肉の壁、肉の天井。各々のブーツ越しに伝わるその感触もさることながら、目にする光景は決して気持ちが良いものではない。

 むしろ、吐き気を催す程に気色悪いと表現して過言ではない状況。そんな環境に対し、全方位の警戒を緩めることなく、それでも肩の力を抜いて歩みを進めている。

 

 最も肩の力を抜いているのはアイズと、その横に居るパルゥムの二人だろう。実のところフィン・ディムナに憧れているポックは、フィンが持っている槍のレプリカを所持している。

 いつか自分も彼のようにならんと、ソコソコの金額で作成した代物だ。それにアイズが気づくこととなり、ピックから向けられるからかいの言葉などが交じって、陽気な雰囲気となっていた。

 

 

「ま、いくらこのレプリカを持ったところで、俺達パルゥム程度が活躍できる訳がないんだけどな」

「えっ……」

「分かってるんだろ剣姫、このパーティーメンバーのなかで俺達だけがレベル2なことは。例えば団長みたいなレベル4が相手する敵、そんな奴が放つ攻撃なんて、第三級冒険者程度が反応できるわけ」

「……居るよ」

「えっ?」

 

 

 言葉を遮って呟かれた一言に、ポックは目を開いて反応してしまう。不可抗力、かつ正直なところあまり思い出したくない内容ながらも、アイズは相手の言葉を否定した。

 アイズとて最後の最後にブレーキを掛けることができたものの、あの防御は間違いなく、己の攻撃を見切られていた。普段はレベル3程度に落としている手加減がレベル4になってしまった一撃だが、それでも少年は的確な防御を行えたのだ。

 

 

「完璧に……対処することは、できないけど。レベル2でも、レベル4程度の攻撃を、見切っている冒険者。確かに、居るよ」

「……す、すげぇな、ソイツ」

「うん。本当に、凄いんだ」

 

 

 故に、己も負けていられない。自然と瞳に力が入り、肉の通路を進んでいく。このやりとりで陽気な雰囲気は影を潜め、言葉なく歩み進むこととなる。

 流石に一本道が続くこともなく、二股に分かれたポイントが見えてくる。こうなれば既存の地図など紙切れ同然であり、パーティーメンバーに居た担当の者は、即席の地図を作り出した。

 

 今までが一本道だったためにすぐさま終了し、態勢を整えた集団は分岐地点へと近づいていく。真っ先に気づいたのはアイズであり、やや腰を落として静止する。

 先頭付近を歩くアスフィが全体に対して停止のサインを出したのは、そのタイミングであった。ピタリと一斉に止まったパーティーメンバーだが、分岐となっている双方の先、そして後方から、花のモンスターが複数近づいていることに気が付いたのだ。

 

 左はヘルメス・ファミリア、右はアイズ一人。とっさにアスフィが口にしたその戦力分配は、最も効率的な内容だっただろう。

 殲滅速度で上回るアイズが一掃し、防御布陣を敷けるヘルメス・ファミリアに合流するのだ。各々が瞬時に理解して駆け出し、アイズが右側の通路に突入したタイミングであった。

 

 

「っ!?」

 

 

 突然と天井から降り注ぐ、直径2メートルはあろうかという大柱、周りの肉に似た緑色。迫ってきた花のモンスターを切り裂く後ろでアイズの退路を完全に塞いでおり、パーティーは分断された格好となる。

 何が起こったのかと金色(こんじき)の瞳を見開くも、考えている余裕は無い。現在の状況だけを把握すると、すぐさま、唯一残された進路の先へと目を配る。

 

 なぜなら。前方から、己と拮抗した戦闘能力を所持する、しかし敵である“赤髪の調教師(テイマー)”、名を“レヴィス”が近づいて来ているのだから、無視をすると言う選択肢だけは行えない。

 もっとも、出会って1秒でハイ交戦などということもないらしい。いくつか質問を投げるアイズに対して知らぬ存ぜぬながらも回答を見せており、一方で、生かしてアイズを捕らえることが使命であることを隠そうともしていない。

 

 

「ここで……何を、しているの」

「それもお前には関係ない、無駄話は終わりだ。お前を、連れていく」

 

 

 吐き捨てるように呟かれた言葉が、開戦の合図だった。

 

 知らぬものが平然として居る二人を見れば、思わず生唾を飲むことになるだろう。出るところは出ており引っ込むところは引き締まっている身体が織りなすプロポーション、神々曰く“ナイスバディ”を持っているのだから無理もない。際立たせるような服装も、そう感じ取れる要因の1つだ。

 だというのに目の前で繰り広げられているのは、目にも留まらぬ斬撃の雨。互いに引く様相を見せず、少し触れただけで切り刻まれる程の豪雨が、先の姿から放たれるなど想像するのも難しいだろう。

 

 文字通り、近づけば火傷するどころでは済まない猛攻。鳴り響く白刃の音は肉壁に反響し、鳴りやむところを知らずにいる。

 しかしながら、前回の戦いや普段においてアイズが見せる戦闘とは、違う点が1つある。相手もそのことに気づいたのか、戦いの最中なれど声を発した。

 

 

(エアリエル)を使わないのか」

「……」

 

 

 先ほどまでの連撃は何処へやら。言葉と共に、素早く、それでいて重い一振りが瞬く間にアイズの前へと現れるも、アイズは僅かにも動かず、僅かにも言葉を返さない。

 何かある。レヴィスは直感からそのように察するも、何が行われるのかが分からない。少なくとも前回の戦いにおいて、己と真っ向から力比べを続けてきた戦いならば、今回の相手は真正面から自分の攻撃に刃をぶつけ――――

 

 

「なにっ!?」

 

 

 剣の刃先を僅かに当てた瞬間、手首のスナップでもって、相手の振り下ろしを僅かにずらす。結果として渾身の一撃は不発に終わり、同時に多大な隙が発生。今回ばかりは加減も不要な全力の蹴りの一撃を叩き込んで吹き飛ばし、相手にダメージを与えることとなる。

 いつかアイズ自身とて体験し、驚愕した内容。あの時は相手も違う上に四連撃だったものの、根底としては変わらない狡猾さ。

 

 鍛錬においてベル・クラネルが見せている、パターン化すれば数えられない程の数を誇る小手先の技術。その者と毎日のように打ち合いを続けているうちに、アイズ・ヴァレンシュタインの技能も、少しずつながらも自然と高められているのだ。

 レヴィスが前回戦ったアイズは、暴論にて表現すればステイタスに任せた戦い方。それだけですら若干の優勢となっていたところに、此度の技術が合わさっているのだから、感じる強さの度合いは数段も違うモノがあるだろう。

 

 

(エアリエル)は……必要、ない」

 

 

 つまるところ、「お前程度の相手には必要ない」。そう受け取れる言葉は、まさに挑発の一言と表現して過言は無いだろう。

 基本として仏頂面の表情を崩さないレヴィスは、内心で怒りを覚えつつも、やはり変わらず。アイズの目を見据え、胸の内に抱く本音を口にする。

 

 

「――――私を、舐めるなよ」

「――――舐めたら、汚いよ」

 

 

 釘を刺したつもりのレヴィスながらも、天然少女という文字を炸裂させたような発言が追い打ちとして浴びせられる。発言者本人は至って真面目でも、相手からすれば侮辱以外の何物でもないだろう。

 表情は一変し、これでもかと言わんばかりに眉間に力を入れる様相は、烈火の如く。それこそ噴煙を高々と立ち昇らせて噴火した火山にも負けぬ程に、今のレヴィスは表情を歪めて怒り猛っていた。

 

 咲き乱れる白刃の音は空気を震わし、轟音となって肉壁の洞窟に鳴り響く。あまりの剣幕と覇気を見て、援軍として送られてきた花のモンスターも近づけない。

 まさに、何かしらの武具を極めた者にしか許されぬ第一級の領域。24階層で行われている戦いの1つは、アイズ・ヴァレンシュタインが若干ながらも優勢の状況で進むこととなる。

 




原作(漫画)だと短剣のレプリカですが、本作では槍となっております


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49話 窮地のツイン・アロー

 一方、分断されたヘルメス・ファミリア。分かれ道の片方と後方から迫る花のモンスターを相手にしているも、その奥から更なる数が接近しているために埒が明かない。

 司令塔であるアスフィは、動くか留まるかの決断を迫られていた。前者を選択したところで状況は悪化するかもしれないし、だからといって後者ならばジリ貧であり、やがて生じた綻びから壊滅することとなるだろう。

 

 故に、彼女が出した選択肢は“前進”。花のモンスターが所有する特徴、そのなかの1つである魔力や魔石に反応することをアイズから聞いていた彼女は、ここに来るまでのモンスターから得た魔石を一斉に投擲し、その隙にヘルメス・ファミリアは食糧庫へと駆け出した。

 目的地までの距離、地図通りならば約500メートル。道具作成に長けるアスフィは、己が作った“手榴弾”のような効果を持つポーションを後方に投擲し、数を減らしつつ前進する。幸いにも道は一本であり、ブヨブヨしているもののある程度整った地面は走りやすいものがある。

 

 

「前方より更に接近、数は4!いや5!」

「攻撃を弾きつつ走り抜けてください!」

 

 

 終わりのない攻めを前にし、アスフィに僅かな焦りの心が芽生える。己の判断に、ここに居る大切な仲間、大切な15人の家族の命が掛かっているのだ。

 重責は容赦なく圧し掛かり、未だ弱まる気配を見せていない。本番となるであろう食糧庫へとたどり着く前でコレなのだ。何が起こっているのか確かめなければならないと言う使命、知りたいと言う興味、何があるか分からないという恐怖が、少しながらも、確実に体を蝕んでいる。

 

 結果としてヘルメス・ファミリアは、目的地である食糧庫の目前へと辿り着いた。疲労は見られるものの大きな怪我や損失は無く、流れとしては良好である。ポーションなどを使用して態勢を整えると、肉壁の出口へと足を向けた。

 

 

「な、なんだ、あれは……」

 

 

 広大な広場の中央に聳え立つ、石造りの大柱。その点は普通の食糧庫と同じであり、さして問題では無いだろう。

 驚愕の声が出た原因は別にあり、そこに3本の植物のような触手が巻き付いているのだ。触手の先には花のようなモノがあり、モンスターの餌となる養分を吸い取っている。触手そのものの太さは遠目の目算ながらも、直径数メートルはあるだろう。

 

 そして、己たちが居る肉壁から、まさに花のモンスターが生れ落ちる。とはいえ生まれたての小鹿のように弱々しく、全く脅威にならないだろう。

 その少し先には複数の檻があり、中には花のモンスターが入れられている。一体ここで何が行われているのか全員が見当もつかず、ただ一帯を見回すだけだ。

 

 柱へと寄生するように巻き付くモンスターからは無数の触手が伸びており、これが天井や壁を覆って肉の壁を成していたわけだ。

 状況確認はそれだけに留まらず、新たな勢力を確認する。200メートルほど先にローブ調の白装束に身を包む集団が居ることを確認し、全員が自然と臨戦態勢へと変貌する。

 

 

「……チッ、“食人花(ヴィオラス)”だけでは力不足だったか」

 

 

 その集団のさらに奥にある、高台の上に居る人物。白に近い肌色、肩にかかる程に白い毛髪。上唇から上の顔は山羊のような骨の仮面で覆い隠されており、全身は筋肉質な人物がそう呟く。身長も高く、2メートルはあるだろうか。

 戦闘衣(バトルクロス)なのだろうがパッと見でピッチリとした“白基調の裸エプロン”に見えなくもない上半身の服装は、このような殺伐とした状況でなければ笑い飛ばされているだろう。下半身もまた“前掛け”のような白基調の戦闘衣(バトルクロス)であり、赤髪のテイマーと違って太腿を含めた脚部が隠れている点が幸いだろう。誰も見たくないはずだ。

 

 そんな服装に身を包む人物は、同じ白でもローブ調の白装束に身を包む集団に対して命令を出した。集団は雄叫びを上げ、ヘルメス・ファミリアへと向かって突撃する。

 弓矢、短剣と種類は複数あれど、基本として近接戦闘を仕掛けてくる。ヘルメス・ファミリアもセオリー通りの対応を見せ、盾職が相手の攻撃をブロックしたタイミングであった。

 

 

「……神よ、盟約に沿って身を捧げます」

「なにっ!?」

 

 

 相手をブロックした盾職の一人が、本能的に相手の身体を蹴り飛ばした。その瞬間、何かのピンのようなモノを抜く光景が、ハッキリと眼に焼き付いたのである。

 目と鼻の先とはならなかったものの、至近距離で、地面に小さなクレーターを作る程の爆発が発生する。蹴り飛ばした者は咄嗟に盾で防いだためにダメージは微量なれど、まさかの行動に、ヘルメス・ファミリア全員の動きが止まってしまった。

 

 光景を理解しようとすれば、己と同じはずの人間が自爆特攻を仕掛けているのだから、理解しろという方が難しい。よくよく見れば、相手全員の身体には拳程の大きさのボールのようなモノが巻き付けられている。

 名前を、火炎石。何らかの動作により炸裂を発生させる、手榴弾のような代物だ。先ほど使われたアスフィのモノは火炎ダメージが主流であり、こちらは破片による物理ダメージが目的の住み分けだ。

 

 

「同志よ死を恐れるな!死を迎えた先に我々の悲願有り、我らが主神に忠誠を捧げよ!!」

「オオオオオ!」

 

「何言ってんだテメェ等!?」

「冗談でしょ!?」

 

 

 何らかの目的を果たすために死を覚悟し、命を捨てることに対して何ら抵抗を示さないその存在。驚愕の表情が止まらないものの、相手の数々が、こちらへと向かって走ってきている。

 死を以て主神に忠誠を示すと言う、一行の理解の範疇に収まらない行動。一体ここで何と戦っているのかと、アスフィの脳を混乱が支配した。

 

 そして現れる、大量の花のモンスター。ここ一番に混乱した場面であるために、状況は落ち着く気配の欠片もない。混戦の最中で花のモンスターの魔石が上顎内部の奥にあることを見抜き伝えたが、その程度では気休めにも成りはしない。

 突如現れたソレは見境なしに攻撃を仕掛けており、死兵の大半も巻き込まれている。爆発によりモンスターも死傷するなど、阿鼻叫喚の様相だ。まさにカオスと表現して差し支えなくヘルメス・ファミリアの戦線も崩壊寸前であり、統率があるのは、仮面の男が指揮する花のモンスターだけという皮肉な状況だ。

 

 

 アスフィもそのことに気づいており、ひとまずこの混乱を静めるために、腕を組んで仁王立ちを見せる仮面の男へと駆け出した。男が調教師(テイマー)であることを行動から察知し、それを仕留めるべく地を駆ける。

 その後ろに、一人のヒューマンの男が続いていた。名をキークス。レベル3の冒険者であり、短剣や小物を使う攻撃を得意とする、アスフィと似た戦闘スタイルである。

 

 

「援護します、アスフィさん!」

「頼みます、キークス!」

 

 

 地を駆ける二人の姿。相手を倒すことはせずに攻撃を受け流すことに重点を置いており、互いに互いをカバーし合いながら、仮面の男へと向けて確実に距離を詰める。多少の傷は負うものの、レベル3や4の耐久からすれば小傷程度の代物だ。

 防御のためか、仮面の男は花のモンスターを呼び出した。キークスはソレ等を引き付けることを選択し、アスフィは背中を任せて進行を止めはしない。

 

 距離が詰まり、間合いは既に近接武器の範囲内。互いの得物はナイフと素手であるためにあと3歩程が必要ながらも、仮面の男は防衛のためか手を伸ばした。

 その反応は、レべル3程度。故にレベル4である彼女からすれば、“いつでも突破できるように伺える”。相手が行った防御手段を掻い潜るために、アスフィは体1つ分をずらし、相手の視界外、伸ばされた手が届かぬ位置からナイフを突いた。

 

 

「っ!?」

 

 

 しかし攻撃は届かず、結果は驚愕となり目を見開く。伸ばされた腕の位置が突然と一瞬のうちに切り替わり、突き立てようとしたナイフの“刃を”掴む。

 更には僅かながらにも動かず、このまま相手の手のひらを傷つけることも叶わない。相手が初手に見せた反応が偽装(ブラフ)だと気づくも、既に己は相手の間合いに入り込んでしまっている。

 

 

「ふ、ははははは!甘いな。“彼女”に貰った至高の身体が、この程度で傷つくわけがなかろうに!」

 

 

 彼女とは一体誰か、という疑問が、アスフィに湧くことは無かった。ゾクリとした殺気が背中を駆け巡り、撤退しなければならないと、直感が全力で警告を投げつけている。

 突進による威力も上乗せした一撃が、僅かにも通らない。相手が強靭的な装甲を備えていることは明らかであり、少なくともレベル4と短剣程度では相手にならない。とはいえ、大剣の類があったところで怪しいものだ。

 

 その真偽がどうあれ、ともかくここは撤退しなければ始まらない。掩護役のキークスは幸いにもまだ遥か後方、どちらかと言えば仲間の居る地点に近いために戻ることも容易いだろう。相手が握る業物の刃物は手渡してしまうことになるが、今は命の方が優先だ。

 ならば残りは、この身1つ。後方へと駆けだす流れで背中越しに後ろを見るも、先ほどまでそこに居た仮面の男の姿は無くなっていた。回り込まれたのかと前を見るも、やはり姿はどこにもない。

 

 

「どこへ行く、忘れ物だ」

 

 

 直後、腹部に生じる確かな違和感。視線を落とせば、可憐な戦闘衣(バトルクロス)が赤く滲み、命という水を零したように染まっていく。

 相手に受け止められた刃の先が己の腹部から突き出ている事に気づき、ワンテンポ遅れて、口より赤い雫が滴り落ちる。更にワンテンポ遅れて強烈な痛みが襲い掛かり、彼女は悲鳴の絶叫を上げてしまう。

 

 これほどの傷でもそう簡単には死ねない点が、恩恵を貰った冒険者の