その迷宮にハクスラ民は何を求めるか (乗っ取られ)
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1話 クリアの先に

はじめまして、以前からチマチマ書いていた物で初投稿になります。お手柔らかにお願いします。
にわかな部分があるため誤字脱字、間違い等はどしどしご指摘頂ければと思います。


・設定など
よくあるダンまちの世界を舞台にしたオリ主モノ、GrimDawnのDLCで毒酸まみれになっていた時にふとオラトリアのワンシーンを思い出したのが切っ掛けです。

・GrimDawn側を知らない人でも読みやすいように頑張ります。
・ハーレムルートとヘスティア様ルートは原作にお任せで。


 どこの世界にも、栄える都市はいくつかある。時代によってその都市が移り変わることも、あまり珍しくはない光景だ。

 港町、大陸の真ん中にある交通の拠点など、要素も様々。共通点を挙げるならば、いつ・どこにおいても人々が押し寄せるという所だろう。

 

 訪れる者の目的も様々だ。活発な物流を土台に異国の物を取引して富を稼ぐ者、その異国の物を楽しむ富豪の類。

 そして自然と発生する、雇用の類。なんとかして利益にあやかろうと、その都市にある夢を追わんと、老若男女問わずが押し寄せるのだ。

 

 

 そのなかの1つの都市。恐らくは世界においてもっとも有名な都市の一つであろう“オラリオ”という都市の中心部には、ダンジョンと呼ばれている迷宮がある。内部の形状は様々であり、基本としては洞窟のようなものの、所々で大きく開けていたりと様々だ。

 未だにその全容は解明されておらず死と隣り合わせの場所であり、昨日の晩に共に飯を食べた者が明日の昼には死んでいても何もおかしくない危険地帯。人間を攻撃するモンスターを多数生みだす、非常に危険な天然の地下施設だ。

 

 だというのに、冒険者と呼ばれる職種になる者が毎日の如く殺到する。未知の宝庫でもあるダンジョンは、一攫千金の夢を叶えるには十分な舞台装置と言えるだろう。

 奥深くに眠っているかもしれない富や、強くなることで名声を得るために。冒険者は危険を承知で、都市の中心部にあるダンジョンへと入り浸るのだ。

 

 

「何アレ!何なのアレェ!?」

 

 

 そんなダンジョンの、未到達地域一歩手前である51階層で発生している異常事態。一人の少女の声が、片側一車線程度の広さしかない洞窟のような道に木霊する。

 正確には51階層において発生し、逃走ルートの関係で一度52階層を通っているだけであるが、4メートル級の全長を持つ極彩色の芋虫の群れがその後を追っていた。58階層にいる全長10メートルの巨体を誇る大紅竜、ヴァルガング・ドラゴンによる“階層無視”の大火球砲撃も同時に行われているものの、どうやら今のところは芋虫をターゲットとしているようであり直接的な影響は出ていない。

 

 実はこの芋虫、口、及び負傷箇所から強烈な酸をばら撒く性質がある。とはいえそれが解明されたのはつい数十秒前の出来事であり、時すでに遅し。前衛職が持つ近接武器のほとんどを溶かされてしまい、絶賛敗走中というわけだ。

 先頭を走る褐色の少女はいくらかの余裕があり、振り向いて様子をうかがう。金髪と緑髪の仲間はしっかりと後ろをついて来ており、洞窟のようなダンジョンの壁に遮られて視界にこそ映らないが、芋虫の軍団も明らかに後を追ってきている。逃走劇を繰り広げているのは8人のグループだったが途中で二手に分岐しており、結果としてこちらを走るのは三名の女性の姿だ。

 

 3名が目指しているのは、50階層にある休憩地点。数十名の仲間が待機するその場所へと戻るべく、洞窟内を疾走する。

 

 

「っ!?」

「誰かいるぞ!」

「うえっ、人!?」

 

 

 52階層における鬼ごっこもしばらく続いたのちに、駆け抜ける先に見える人らしき影。到底ながら一般人の枠組みに収まらない速度で走る三人の視界には、徐々に鮮明に映ってくる。

 所持しているのは、2枚の盾と捉えるべきか。そのうち左手側を構え、この場は任せろと言わんばかりに右手を静かに前から後ろへと動かしている。

 

 棘のついた、重厚な黒いアーマーに身を包んだ人のような姿。それが、その“男”との初めての出会いとなった。

 

 

====

 

 

 オラリオとは遠く離れた別の世界、“ケアン地方”。そこに、一人の男が居た。

 

 世界の終焉で処刑されそうになったところで一命をとりとめ、人類にその終焉を与えた者を滅ぼすために立ち上がった。

 しかし当然、最初のうちは無力である。装備が揃うまでは、いくつの血反吐を垂れ流したか分からない。

 

 それでも。いかに強靭で巨大な相手だろうと、権能を振りかざしてくる神であろうと。

 襲い掛かってくる敵に対し、真向からソロで戦い。ソロで大陸を駆け抜け生きてきた、一人の青年が居た。

 

 

『■■■■――――……』

 

 

 鳴り響く断末魔、倒れる巨体。その前に立つのは、先程の青年である。

 

 

 

 そんな一人の青年が、世界を救ったのだ。

 

 

 世紀末と呼んで差し支えない程に荒廃した世界。クトーニックとイセリアルという2つの巨大な魔物の勢力を筆頭に、様々な派閥が争いを繰り広げていた混沌とした世界。

 

 “過酷な夜明け”。英語表記で“GrimDawn”と呼ばれる争いに包まれていたその世界において、人類が迎えた滅びの運命を打ち破った。

 やり方は単純。人類と敵対する勢力を、片っ端から倒しただけ。獣も居れば基は同じ人間も居たりと、彼が殺した数と種類は計り知れない。殺戮のカウントでいけば200万、300万の数値など優に超えており、敵となったセレスチャル神だって殺したことも数知れず。

 

 しかし彼は、世界を救うことで感謝の念を集めたかった訳でもない。英雄などにも興味は無く、まったくもって成るつもりはなかった。

 

 ではなぜ身を挺して、いかなる強敵が相手だろうと単身乗り込み、人類を脅かす敵対勢力と戦ってきたか?

 

 その理由が“レジェンダリーを筆頭とした装備集め”だったことを味方が知れば、今すぐ戦闘が開始されて人類は滅びていただろう。この男、いつの間にか目的と過程が入れ替わっている。

 ともあれ結果として世界を救った事になった戦いも、これでようやく一区切り。彼はドロップアイテムを回収して相手の親玉の亡骸、イセリアルの集団が召喚した醜い姿の“神”を見下している。

 

 

「ようやく、これで一区切りか」

 

 

 青年が今いる場所は、ローグライクダンジョンと呼ばれるジャンルに該当する。現世との繋がりが断たれた特徴的なダンジョンであり、一度入ったら最後、死ぬか最下層のボスを倒すことでしか脱出できない場所である。

 最終決戦場からここに逃げ込んだボスを追い詰め、倒したというのが簡易的なシナリオだ。このあとは目の前のワープポータルに入り、通常フィールドへと戻ることができるだろう。

 

 いや。もう少し詳細に解説するならば、崩壊寸前の危機から救っただけ。殺しに殺し尽くして敵の主力級は全て屠ったものの、人類を滅ぼすであろう敵との戦いは果てしなく続き、終わる気配を見せていない。

 

 

 ともれラスボス戦の直後だというのに何故か無傷で、余裕綽々の表情を浮かべる一人の青年。街に戻れば、“英雄”だの“勇者”だの、大層な二つ名でもって称えられることだろう。

 回収したドロップアイテムを一通り確認するも、目ぼしい物は何もなかった。落胆と共に溜息を吐くと、ワープポータルである“リフト”を使用して本拠地へと戻るのであった。

 

====

 

 しかし青年は、暗闇の中で目を覚ます。日々の眠りから覚めるように覚醒した意識だが、どうにも視界は宜しくない。五感はハッキリしているものの空間をとらえることが難しく、まるで灯り一つない地下室に閉じ込められたかの様相だ。

 辺りは文字通りの闇一面であり、しかし何故だか微かに見えた光は本当に微弱なものが一点だけ。思わず“全く普通の盾”を持った右手を伸ばすと、身体の前にあった壁が崩れ去った。

 

 

 これらは、とある青年が2分前に経験した内容である。

 

 

「……どこなんだ、ここは」

 

 

 そして青年は、洞窟のような造りを見せる大きな空洞の端に立っていた。薄暗い月明かりが照らす程度の明るさが全体に広がっており、一番奥までは見えないものの視界については最低限は確保できている。

 

 首から肩まで覆う厚い首巻は顎の位置までを隠しており、左肩に装着されているツバ付きの金属製の黒い肩当が薄明かりにギラリと光る。黒色を基調とした上半身の鎧には、縦に走る銀のラインと無数の棘により、まるで装飾されているかのようだ。鎧からはコートのようにレングス部分が膝の少し先まで伸びており、そこには太腿を守るために鎧と同等のガード、そしてやはり銀色の棘がついている。下半身は濃い黄土色をベースとしたアーマーの類であり、肘までをカバーする篭手も重厚な金属製とあって肌の露出はどこにもない。

 そんな胴体部分とは対照的に、頭部を守るのは鎧と似た色のフードの類。目元までをすっぽりと覆える程の目深のフードだが、実はこの頭部と盾は“幻影”による効果を持っており文字通りの幻覚だ。公式においても実装されている見た目を変化させるモノであり、実際は禍々しいヘルムが装着されている。

 

 幻覚だというのに中身の人物の表情が伺える点はツッコミを入れてはいけないだろう。フードは単なる趣味、盾については装備品のデザインが悪すぎる故の彼の好みが反映されているというワケだ。

 このような恰好でダンジョン内部で棒立ちになり呟く青年もまた、現在進行形で多数、いや視界を埋め尽くす程の極彩色の芋虫型モンスター。単体が4mはあろうかという巨体のソレに圧し掛かられて――――

 

 

『■■――――!!』

 

 

 なんとも表現しがたい奇声を上げると共に、攻撃した側のモンスターが爆ぜていた。

 

 青年の周りには無数の短剣が回転しながら周囲を旋回しており、時折、1m程の黄金のハンマーもくるくると回転しながら周囲を回っている。また時折、光の波が生まれ、恵みの雨が降り注ぎ、天井から眩い光が降臨する。そのたびに、彼を殴っていないモンスターも爆ぜていた。

 首から膝下までを覆えるほどの大きさのあるくたびれた黄金色の盾を気持ち程度に構えるが、モンスターは後ろからも殴ってきているために意味がない。右手に持つ銀に輝く“刃の印章”が刻まれた金属製の盾、しかし属性上はメイスであるアイテム名“全く普通の盾”を力なくダランと垂れ下げ。周囲360度を囲まれてリンチを受けようが男の足は微動だにせず、結果として1㎝も動くことは無かった。

 

 

 通常ならば、死亡時にモンスターが爆ぜることは無い。こればかりは、殴ってきた、と言うよりは突進を行ってきたモンスターの特性にある。

 遠距離からの酸による攻撃、また近接戦闘においては体当たりや突進の類を駆使し、死に際になれば爆発し周囲に酸をばらまくという厄介なモンスターだ。俗に言う“汚い花火”と表現することもできるだろう。

 

 距離を詰めてくるこのモンスターに対し近接攻撃を行おうものなら、傷口からまき散らされる酸によって高確率でダメージを受ける。加えてモンスターが持つ酸は非常に強力であり、肉体はもちろん大抵の武器・防具の類も溶かしてしまう程であるために質が悪い。

 かと言って遠距離で対処しようにも相手の口から酸が飛んで来るわ数の暴力で距離を詰めてくるわで、対策が非常に難しい。更にはモンスターそのものに酸による耐性が無く、仲間の自爆が原因でダメージが入り己も自爆し汚物をばらまくソレが連鎖するという、マンボウもビックリの死因が加わっている。

 

 

――――“カウンターストライク”、及び“報復ダメージ”も作動、戦闘に影響はなさそうだ。

 

 しかし、そこの青年を相手にしてはそんな特性も役に立たない。そもそもにおいて、そんな自爆連鎖の開始点。なぜ片っ端から“攻撃した側が死んでいる”のか。

 理由は彼が身に纏う武器・防具や、所持しているスキル・恩恵の影響に他ならない。相手の攻撃を受けたことによって“報復”と呼ばれる自動的なカウンターダメージが発動し、一撃で芋虫のライフを刈り取っていたのである。

 

 

 報復ダメージとは、相手の近接攻撃を受けた際に発動し、攻撃者に“報復カテゴリ”のダメージを与える特殊なダメージである。近接攻撃を受けたならば必ず発動し、被ダメージに比例するようなものではなく“報復カテゴリ”によって独立した計算から発生するダメージだ。

 通常の攻撃と違って目に見えないモノであり、故に防ぐこともできない代物だ。通常のスキルのように発動後は暫く使えない“クールタイム”もないために、一対多数の際にも遺憾なく効果を発揮する性能を保持しているという、近接攻撃を行う者・モンスターにとっては天敵の存在と言える程の極悪性能と言えるだろう。

 

 現に、攻撃した芋虫は全てが例外なく一撃で即死の結果となっている。加減なしに力を振りまき襲い掛かる“神々”と真向から戦い、その“神々”に通じる程に強力な攻撃力を相手にしているのだから、モンスター程度が耐えることが出来ないのは仕方がないと言うべきだろうか。

 芋虫側からの攻撃も同様であり、故に僅かにも通じない。彼はそもそもにおいて、神が振るう一撃に対しても平然と耐えることができるのだ。

 

 芋虫は死亡時に自爆して物理・酸ダメージをまき散らすものの、彼は酸・毒からの攻撃による被ダメージの8割以上をカットしてしまう“耐性”を持っている。装備効果や恩恵による強力なライフ回復効果も持っているために、僅かなダメージは瞬く間に回復してしまうのだ。

 また、ヘビーアーマーに身を包んでいることもあって物理防御力・物理耐性も非常に高い。そのために、爆発によるダメージも微々たるものとなっている。強力な回復性能を備えていることも、理由の一つとなるだろう。

 

 

――――それらを考慮しても、随分と敵が弱くはないか。まるで……

 

 

「“ケアン”や“コルヴァン”の地方……とは違う場所、か」

 

 

 男の名はタカヒロ、24歳。そしてジョブを記すならば“ウォーロード”。もう少し情報を付け加えるならば、“物理報復型ウォーロード”と呼ばれている構成だ。

 元々は片手武器による近接の物理攻撃を得意とし、盾を装備して相手の攻撃を受け持つと言うタンク型の職業でもある。反面として両手武器との相性は悪く、更には魔法の類は素人以下もいいところで、騎士のような使徒を2体まで使役できる点がこの構成の特徴だ。

 

 芋虫の特攻を受けながら、彼は脳内においてインベントリを確認する。その手の小説によくあるログアウト画面が無かった点は、鋼の意志で見なかったことにした。

 

 スキル画面、ステータス画面、星座による恩恵も同様だが、異なる点が2つだけあった。まず、火炎・雷・冷気で3つに分かれていた“耐性”と呼ばれる対魔法防御力。彼ならば最高で84%をカットしノーマル環境において1属性あたり230%近くを所持するこの耐性が、更に“水”や“風”などに分かれている。

 もっとも、そのような自然由来の魔法への耐性、“エレメンタル耐性”だけで彼は84%(有効値)+92%(超過分)+50%(難易度補正分)の数値を確保しているために、派生分に関しても問題とはならないだろう。その手の攻撃は受けた事がないだけに油断は禁物だが、数値上の耐性は十二分だ。

 

 もう1つは、そんな耐性を彼に与えている彼の装備やスキル、星座の恩恵に関する点だ。これらは様々な効果を彼にもたらしているのだが、それらの効果を任意に有効化・無効化できる機能があったのである。例えばだが、報復ダメージのみを無効化したり、星座の恩恵のみを無効化すると言った運用が可能となる。

 とはいえわざわざ無効化するような場面は思い浮かばず、彼はとりあえず移動を続けることを選択した。丁度良く芋虫の特攻も終わったために、なぜだか薄明るい地下洞窟のような道を、芋虫が来た方向へと進むのであった。

 

 

「……で。どこなんだ、ここは……」

 

 

 何度呟こうが、声は見果てぬ道に吸い込まれて状況は変わらない。今居る場所がとあるダンジョンの深層と呼ばれる52階層であることを知るのは、もう少し先の話である。

 




・ウォーロード(War Lord)
 2つのクラス(ジョブ)を選択することができるGrimDawnにおいて、ソルジャーとオースキーパー(DLC)を取得するとウォーロードとなる。略称はWL。
 WLに限らず報復型とは、報復ダメージを主として”わざと殴られる”スタイルで相手にダメージを与えていくスキル・装備構成(ビルド)。
 攻撃に耐え抜くスタイルのため必然的にキャラ自体は硬くなるのだが、報復は相手の遠距離攻撃では発動しないため、自発火力に劣る……

 はずだったのだが、なぜかこのバランスガバガバなDLC配布当初は物理報復WLが頭1つどころか2つ3つ飛びぬけて強力な構成となっていた。
 ”報復攻撃のn%を攻撃力に追加”、
 ”鍛え直したベロナロス(エレメンタル→100%物理変換)”、
 ”オースキーパーそのもの”
 ↑だいたいこいつらのせい。

 文字通りぶっ壊れの強さを誇っており、他の一般的なビルドが血反吐を流しながら超えていくところを鼻くそほじりながら突破できる程の雲泥の差である。
 結果としてナーフされまくって現在は落ち着いているが、それでも強力なビルド。これ以上ナーフされない理由としては、巻き添えをくらった他のビルドが死ぬためというのが一説。

 なお、本小説のWLは大幅弱体化後(Ver1.1.5.4)の設定です。


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2話 第一村人?

最近漫画を読み返して思ったのですが、アイズの表情の薄さの程度ってオラトリアの方が正なんですかね?


――――獲物だ。

 

 

 

 ダンジョン52階層、片側2車線道路程の幅のある開けたエリア。3メートル程ある犬型のモンスターの群れは、一人で歩く冒険者を察知した。もっともこのエリアは水晶の影響によって明るい場所となっており、視覚での認知が可能である。

 深層と呼ばれるこのエリアを一人で歩くなど常識で言えば自殺願望者に該当するのだが、そんなことをモンスターが分かるはずもなく、ただ獲物が来たと認知するのみである。5頭からなる群れは、気付かれぬようアイコンタクトで意思疎通を行った。

 

 まずは、獲物を見る。首から肩まで覆う厚い首巻と思われるものを身に纏い、上半身・下半身共に重厚なアーマーと見て取れるものを装備している。獲物がキョロキョロと頭を動かしている様子は迷子となんら変わりは無く、目深なフードにより目元は見えず、鼻と口元が分かるのみだが男のように見て取れる。

 メインである鎧が黒を基調とした装備となっているのだが、装備の色の変更システムがあれば、白を基調として濃い灰色を組み合わせる彼好みのグラデーションに変えていることなど知る由もない。彼の装備が黒いのは、好きで黒くしている訳ではないのだ。

 

 

 そんなこともモンスターからすればどうでもいい、かつ知らないことであり、今はまさに獲物にありつくチャンスである。セオリー通りといえばそうなるが、冒険者の後ろ、5方向から飛び掛かることを決定した。

 5頭が牙を向ける目標はそれぞれ両手両足、そして首。獲物の衣類には円錐型の鉄の棘があり防御と成しているのだが、大型の犬型のモンスターからすれば大して関係のない防御となる。52階層に住まうモンスターにとって、それはザラメの食感と変わりない。

 

 リーダー格がゴーサインを出し、5頭は同時に距離を詰める。僅かに足音が響くものの、冒険者が放つ鎧の音や足音に比べれば無音に等しい。

時間にして、1秒程度。5頭は冒険者の部位に噛み付き――――

 

 

「ん……?」

 

 

 呑気な声を出した彼が振り向く前に、ズドォンという重低音と共になぜか2メートルほど上方向に飛び上がった。もしくは身体が四散するゲーム特有の死に方であり、噛み付いた瞬間に報復ダメージにより絶命している。飛び上がった身体は、力なく地面に叩き付けられていた。

 その死体を足先でつつく彼は、死体の中にキラリと光る部分を発見する。インベントリにあった適当な片手剣で切り開くと、拳より二回り小さいくらいの僅かに光る丸い石が、ゴロリと音を立てんばかりの様子で出てきたのであった。

 

 他の4頭からも同じように見つかっており、彼はインベントリに仕舞うと何事もなかったかのように歩き出す。亜空間ともいえるソレは容量制限こそあれど、戦闘の邪魔にならない便利な存在。

 そして彼の行動は、何か分からないドロップ品はとりあえずインベントリに突っ込むというハクスラ民のテンプレだ。なお、その手の代物はなかなか手放せないというオチまでがセオリーである。

 

 ある意味ではダンジョンと呼ばれる、どこぞの駅の地下百貨店街に迷い込んだ時のように、彼はしきりに周囲を見渡す。相変わらず理由は不明なれど明るさはソコソコのものがあり、視界において不都合はないものの明らかに洞窟の類が続いている。

 

 

「何アレ、何なのアレェ!?」

 

 

 人間らしき怒号にも似た悲鳴が聞こえてきたのは、そのタイミングであった。洞窟に反響してハッキリとはしないが、どうやら前方から聞こえてくるようである。

 声に混じって軽い地響きも発生しており、彼が居るエリアに近づいてきていることは読み取れる。タカヒロは念のために2枚の盾を軽く構え、迎撃の態勢を取った。

 

 

「誰かいるぞ!」

「うえっ!?人!?」

 

 

 女性が3人、自分に向かって逃げている。光景を目にしたタカヒロは、そのような単純な結論を内心で抱いた。

 

 少女は片や腰上ぐらいまでのブロンドヘアーであり胸部と太ももの外側を防御する程度のライトアーマーと長剣を身に纏っており、表情は落ち着いていると言うよりは薄いように見える。かたや褐色で黒髪、幼いと表現できる少女は下着と見間違うかのような布地の少ない服を着ており、目も口も本当に慌てている様子を見せていた。

 そして最後尾は、他二人より一際美しく顔とスタイルが整った女性。尖った長耳と奇麗な緑色の髪が特徴の凛とした目付きのその女性は濃い緑色がベースの膝下まであるロングコートに白いローブ、茶色のロングブーツに身を包む魔導士らしい外観であり、杖をもって息苦しそうに走っている。

 

 そんな3人組のうち褐色の少女が発した声に対し、タカヒロは左手に持つ盾を前から後ろに動かしている。「ここは任せて逃げろ」と言っていることが読み取れるため、3人の表情が少しだけ明るくなった。

 目の前の人物は、誰だか分からない。何やら身体の周りを無数のナイフらしきものがグルグルと回っているが、そこを気にかけている余裕は全くなかった。

 

 はて、こんな人は“ファミリア”に居ただろうか。目の前にいる人物は“集団”や“家族”と言った意味を示すソレに属している人だったかと疑問を抱くのが、3人で共通している第一印象である。

 それでも、こんなところ。ダンジョンにおいて前人未到直前である52階層に居るのは彼女達が所属する“ロキ・ファミリア”の人物だけだ。故に仲間の誰かだろうと勘繰り、自分たちの背中を預ける選択をする。

 

 

「気を付けて、酸を浴びると装備が溶けるよ!あなたも早く逃げて!」

「少しだけ足止め、お願い……!」

「すまない、必ずポーションは用意しておく!」

「了解した」

 

 

 表情がそのまま口調に出たような会話が交わされ、女性3人は奥の通路へと消えてゆく。間髪入れず、3人が来た後ろからは大量の芋虫が……

 そこに居た彼を轢き殺そうとして、やはり全滅する結果となっていた。汚い花火、第二弾の幕開けと終わりである。「いいかげん見飽きたな」とタカヒロが思うも、それはさておき……

 

 

「……はて、そう言えばどこかで見たような」

 

 

 先ほどすれ違った3名を知っているはずがないのだが何故だか見たことがある印象を抱いた彼は、悩んでいても仕方ないと呟いて溜息をついて、彼女達が走り去った方へと踵を返す。

 ま、いつかは追いつくだろう。とりあえず人が居たことに安堵して呑気に考え、まるでハイキングの気分で迷宮に迷いながら、時折現れる階段を昇るのであった。

 

 

『■■■――――!!』

「……チャンピオン級、と言ったところか」

 

 

 すると2度目の階段を登ったところで視界が開けた時、雄叫びにならない声が響き渡る。辺り一面には準備半ばで撤退したかのような野営の跡があり、破壊し尽されているものの、そこそこ大規模な集団が居たことが伺える。立つ鳥跡を何とやらとは言うが、そんな風情とは程遠い光景だ。

 50階層に来たタカヒロに向かって雄たけびを上げるは20メートルはあろうかという巨体の上半身こそ人の姿に似たソレだが、下半身は明らかに芋虫の類である。直感から、タカヒロは、今まで倒した……というよりは突っかかってきて勝手に自爆した芋虫は、コレが母体なのだと確信した。

 

 彼が分類するモンスターのランクとしては、チャンピオン級。下から2つ目の格付けであり、普通のモンスターと比べて各種の能力は非常に高い。この上となるとヒーロー級、ボス、ネメシス、ウルトラユニークと存在しているが、ボス級以上は稀である。

 

 先程のつぶやきに気づいたのか、相手は金切り声と共にこちらへと向かってくる。とても女王とは呼びたくもない醜悪な姿である上に、どこから声を出しているのか全くもって不明であるモンスターだ。

 それに追従し先行する、さきほどから青年にカミカゼを行ってきた芋虫と同型の群れ。そんな集団の特攻を眼前にして、なお微動だにしない人間を目指したモンスター様御一行は――――

 

 

「■■■■■――――!!」

 

 

 目の前の人間が発する空気の震える雄叫びを浴びて、全てが疾走を止め。反射的に、後ずさりしてしまっていた。

 

 

 敵の決意を弱め集中力を乱す、血の凍るような雄叫び“ウォークライ”。このスキルは、対象のHPを一度だけ3割減らし挑発と共にヘイトを自分に向ける、ウォーロードが使用可能なデバフスキルだ。

 なお、HP減少量はモンスターが持つ耐性により変動する。加えてウォークライに関するパッシブスキルの効果により、彼の雄叫びには詠唱を強制的に中断させる効果も含まれていた。

 

 更なる付加価値としてスキルレベル12において対象が与えるダメージを5秒間25%カットしたりもできる、タンク職にはなくてはならないスキルでもある。しかし敵が尻込みしたことはタカヒロにとっても想定外の珍事であり、逆に呆気にとられることとなった。このスキルには本来、威圧効果はないのである。

 とはいえ彼が今居る世界は、ゲームではなく現実だ。ゲームにおいてはデータベースにないことは絶対に起こらないが、データに縛られない現実で付加価値が生まれているのである。

 

 

 いずれにせよ、相手に出来た隙であるために彼はそのまま攻撃を開始。いつもの相手を屠る調子で、バッサバッサとなぎ倒す。傍から見れば2つの盾を使う変則的なスタイルであり、通常ならば防御専門の立ち位置だ。

 しかし訓練を積んだウォーロードの手に渡れば、盾はただの破れぬ防御というだけではなく手ごわい武器でもある。メイスと同じように殴打、薙ぎ払うようにする使い方を見せており、掃除も終わって50階層に平穏が訪れた。

 

 振り撒かれる爆発する光の粉も、どれほど高品質な武具をも溶かす強力な酸だろうとその男には通じない。しいて言うならば掠り傷程度ができるかどうかであり、致命傷には程遠い。

 芋虫を相手にし出してからドロップアイテムが落ちないものの、彼の内心は上機嫌である。理由としては、先ほど逃走劇を繰り広げていた3人のうちの一人にあった。

 

 

「ポーションとやらを確かめてみたかっ、ん゙ん゙っ!……いかん、本物を見て燥ぎすぎだ。ともかく、あの緑髪のエルフに騙されたわけか」

 

 

 内心では本物のエルフを目にできて喜びつつ、やや隠しきれていないが咳払いで誤魔化しつつあくまで表面上は冷静に。武器を地面に向けて浮ついた心を隠すためにどうでもいい内容を呟いた彼は、咳払いをして後ろを振り向いて再び前を向き、異常がないことを確認する。

 

 

 しかし、先ほどの3名こそが彼の中では異常なことだ。ゲームにおいて、あのような自キャラもNPCも存在しない。

 ましてや、エルフというものは種族からして存在していないのだ。そう思うと心境は一転して嫌な汗が頬を伝うが、とりあえず現状を確認するべきだと振り払った。

 

 

 その後、彼は再び51階層から54階層付近をウロつくことになる。そして、地面から生えてくる掠り傷程度にしかならないウザったい火球砲撃や極彩色のイモムシが他のモンスターを襲っていたことはさておき、大きく気を落とすこととなった。

 

 いくら敵を倒しても装備の類はドロップせず、いくらかの素材のようなモノが落ちる程度。装備集めの結果として世界を救った男にとっては、ドライアイスのような溜息が出てしまう現状だ。

 先ほど抱いた嬉しさもどこへやら。どこかは分からないこのダンジョンに絶望し、戦う気力は完全に削がれてしまっている。

 

 とはいえ、ここがどこであるか分からないのも事実である。先ほどマップ画面を見た際に、リフト可能ポイントとして登録されていたとあるポイント。チャンピオン級を屠ったフロアの他にあった見ず知らずの町らしき場所を選択し、人知れずダンジョンから退場していたのであった。

 




・装備
 武器(左右各一か所もしくは両手)、頭、上半身、下半身、肩、手、足、ベルト、ネックレス、メダル、レリック、指(2か所)
 の合計14か所。例えば頭と上半身、下半身の装備をシリーズ物で統一させるとセット効果を発揮するものもある。
 各装備にはコンポーネントと呼ばれるものを付与することができ、その場合はコンポーネントの効果を得ることができる。
 似たような付与品として別枠で”増強剤”という枠もあるため組み合わせは無限大。装備のデザインセンスは……人によるんじゃないかな。


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3話 謎の男

本作のアイズはこの段階で既にレベル6になっています。
(原作でも耐えていましたが)ティオネの毒・酸耐性が気になる今日の頃


 時は遡り、彼がリフトでダンジョンを脱出する1時間ほど前のこと。

 

 

「だんちょ――――!!」

 

 

 褐色の少女の声が響く50階層、セーフエリア。ダンジョン内部とは思えないほどの森林や草原エリアで形成されるこの階層は、イレギュラーが発生しない限りはモンスターが湧かない安全なエリアとなっている。

 それ故に野営するには丁度いいエリアとなっており、第一級のファミリアと言って過言ではないロキ・ファミリアの面々も、この階層にある高台で深層攻略のための野営拠点を構えていた。十数個のテントと50人ほどの第一級冒険者が活動を見せる様は、さながら1つの町と言った様相を見せている。

 

 後ろから距離を詰めてきた芋虫を謎の人物に託した3名は、無事に先ほど別れたグループと合流できたのである。そちらのグループには芋虫との初遭遇の際に傷付いた仲間が一人いた程度で、今のところは応急処置も完了し回復へと向かっている様子だ。

 武器を溶かされ先ほど逃げていた褐色肌が特徴のティオナはそれを知り、感情をそのまま行動に表している。兎にも角にも全員が無事であることを、心から喜んで野営地点を駆けまわっているのが30秒ほど前からの行動である。

 

 走り回るうちに先ほど別れたグループの一人、ロキ・ファミリアの団長である小人族、身長119㎝で金色の毛髪を持ち、見た目は子供ながらもその実40歳であるフィン・ディムナを見つけて抱き着いてしまいハッとする。自身とは対照的な、どこがとは明記しないが豊満な体型である双子の姉のティオネに引っぺがされることを瞬時に理解し、実行されるのであった。

 別の団員と真面目な話をしていたフィンだが、シリアスさはどこへやら。ひっぺがされた後に投げられくるくると空中を漂うティオナを心配しつつ、今日も変わらず“重い愛”を向けてくるティオネへの対応を考えて自然と溜息が流れ出た。勇者(ブレイバー)の二つ名を持つ彼でも、重いものは重いようである。

 

 

「団長、ここは是非とも姉妹の違いを感じてください!今度は私が同じ行動を!」

「なんでそうなるかな?とりあえず、僕が溶けるから遠慮させてもらうよ……」

「えっ!?だ、団長、やっと私に」

「感情的にじゃない、物理的にだよ!ティオネ、溶解液塗れじゃないか……」

 

 

 頬を染めながら斜め上の思考を展開する彼女に牽制を入れ、身体を洗ってくるように命令する。なぜ彼女があの芋虫の酸を浴びて平気なのか、未だに彼も分からない。フィンの命令に絶対服従と言って過言ではないレベルに素直なアマゾネスの姉は、全速力で水場へと消えていくのであった。

 溜息を吐きながら背中を見送り、先程まで話をしていた人物に向き直る。シルクのような金髪を腰まで伸ばす人形のように整った容姿が特徴の少女、剣姫(けんき)の二つ名で呼ばれる"レベル6"、アイズ・ヴァレンシュタインだ。ランクアップしたてとはいえ、名実ともに第一級の冒険者である。

 

 

「えーっと、ごめん、アイズ。なんだっけ、僕達が出発した後に出たグループ?」

「うん。52階層に送った人」

「そうそう!とげとげの黒い鎧だったよ!背も高かったな~、でもそんな人って居たっけ?」

 

 

そう言われても、ティオナの感想と同じくフィンにもピンと来ていない。今回の遠征に参加しているメンバーはもちろんの事、ロキ・ファミリアのレベル2以上は全てを把握しているフィンの記憶の中に、当該人物は存在しない。

もっとも大前提として、これ程の深層において一人で行動するような命令を出すことが有り得ない。セーフゾーンと言われているこの50階層ですら、野営の見回りや離れる場合は最低でも3人での行動を厳守させている。

 

 では、誰かの命令違反か。そう考えるも、52階層はフィンですらソロでウロウロしたいとは思えない程の厳しい環境。地上の町の人口においても0.01%以内に該当するレベル6の彼ですら、そう思えるほどの領域なのだ。

 ああだ、こうだと己の中で議論が沸騰するのと連動するかのように、アイズとティオナの議論も続いている。それにつられるかのようにして、周りには既に人だかりができていた。

 

 試しに聞いてみるも、全員が「そんな人は見た事がない」の類の言葉を口にしている。元より50階層に足を運ぶ人物ならば地上でもかなりの有名であるはずだが、そんな鎧を纏う人物は誰一人として知らずにいる。

 

 

「……ってことは、“ソロ”?」

 

 

 誰かが呟いたこの一言で、場が凍る。

 

 冗談じゃない。中層、頑張って下層ならば、ソロで潜ることも在り得る。しかしここは深層と呼ばれるエリアであり、出会ったのは前人未到である階層の一歩手前。

 第一級の冒険者が数名に加え、物資を運ぶ多くのサポーターや武器防具の調子を整える鍛冶師や料理人など、それこそ数十人が群れた上で十数日を要し、運も味方してようやく到達できるエリアなのだ。

 

 よもや、そんな地獄に一人で訪れる阿呆が要るとは思えない。いや、その者が阿呆で済むならば、街唯一の最高ランクであるレベル7の猪人(ボアズ)とて50階層手前でダンジョンの餌になっているだろう。と思いきや、実は49階層までの往復を達成済みであることは公表されていない。

 つまりおおよそ、アイズとティオナ、そして緑髪のエルフが見た謎の人物。フードによって目元は隠されていたらしいが、声からするに男性であるその人物はソロで52階層に到達できる程の実力を持っていたと考えられる。そのような人物は、彼の記憶では知るところがない。

 

 

 考察に優れるフィンは、内心でそう結論づく。しかし到底、口に出すことはできなかった。

 とにかく今は、想定外となった芋虫の群れから逃げるために撤退を行うこと。幸いにも、けが人はいるが死者は出ていない。

 

 

 無事に帰れれば、また来ることができる。何よりも仲間を想う小さな団長は、探索を終える決断を出す。また、同時に親指がうずきだし、早急な撤退が必要であると直感的に察していた。

 撤退理由が親指と聞けば「何を馬鹿な」と二つ返事で返してしまいそうな内容であるが、その精度は馬鹿にできないものがある。例を挙げるならば先ほどの女性、ティオネが何かしら企んでいるときなどは高確率で反応するという、文字通り彼の生命線であり相棒なのだ。

 

 それはともかく、早急な撤退という指示が出されたために、あとは流れ作業である。その場に居たファミリアのメンバーは必要な物資だけを手早く荷物を纏め、上層へと向かって歩き出した。

 隊列は完璧であり、全員の武器が溶かされたわけではないために戦力的にも不足とは程遠い。とはいえあのまま下層へと突撃したところでジリ貧になることは明らかであり、撤退したのは最良の判断だろう。

 

 歩く彼の頭の中にあるのは、仲間の3人が見たと言う52階層における謎の男。行動からするに敵でないことは読み取れるが、外観的な特徴と性別しか分かっていないのが現状だ。

 いかんせん、情報が不足しすぎている。そこで彼は、隣を歩いていた魔法使いの女性に意見を求めた。

 

 

「……リヴェリア。さっきの話、聞いてた?」

「聞いていたも何も、私もこの目で見たからな。可能性としてはソロというのが最も高いだろう、とても信じられないことではあるが……」

 

 

 親しげに話す他の者とは違って凛々しいながらも堅苦しいトーンで答えるのは、エルフにおける王族、それも純粋なハイエルフの血を持つリヴェリア・リヨス・アールヴ。九魔姫(ナイン・ヘル)の二つ名を持ち、第一級、いやピラミッドの頂点と呼んで差し支えない最強クラスの魔法使いでもある。

 彼女も当該男性を目にした際には疑問符が芽生えたが、極彩色の芋虫に追われており徐々に差を詰められていたために選択肢としては1つしかあり得なかった。もし彼が居なければ、最後尾を走っていた彼女も何かしらのダメージを受けていた可能性がある。最悪の場合、損傷した彼女を助けるために反転したアイズとティオナを巻き込んでいただろう。

 

 

「じゃぁ、リヴェリアの視点からはどう見えた?」

「2枚の盾を左右に持ち、見た限りだが棘の多い装備だった。盾や鎧の類は重装、文字通りのフルアーマーだったが頭部はフードとちぐはぐでバックパックも未所持。到底ながら、52階層へと来れるようには思えない」

「なるほど、他には?」

「一言だけ声を発していたのだが、『了解』という声には冷静さが溢れていた。さて本当に自信があるのか、それともただの思い上がりか。どちらにせよ、今も生きているかは分からない。迎えに行くとしても、こちらもかなりの損害を被るだろう」

 

 

 流石、目の付け所が違う。声には出さないが内心で呟き、フィンは己の考えを再考する。しかし残念ながら情報が少なすぎるために、何故3人を助けたのか、そもそも誰なのかなど知りたい部分はサッパリの状況だ。

 とは言っても、3人が彼のおかげで無事に帰ることができた点も事実である。本当ならば助けに戻りたいフィンだが、あの芋虫を相手にしていては武器も人も足りないだろう。50階層も酸の海になるかもしれないと、己の直感が悪い方向に信憑性がある場合に反応する“親指”が告げている。

 

 先ほどは興味なさげに見たことを呟いたリヴェリアも、本音を言えば彼の生死を確かめたい。しかし巻き添えとなる可能性が高いファミリアのためを考え、口に出すことは無かった。

 助けられたというのに感謝もできない身分を思って、表情に力が入る。願わくば無事でいてくれと内心では思うが、行動のように、それを声を出すことはできなかった。

 

 ちなみにだが、フィンが抱いた推察は正解だ。彼等が50階層を発った直後に芋虫の群れが雪崩込み、酸の海と化している。

 追撃とばかりに50階層へ進出した芋虫型の母体ごとタカヒロに葬られるオチを見せている点については、フィンもリヴェリアも知る由はない。物語は、ダンジョンに続く地上へと移ることになる。

 




・アイテムレアリティ
 上から順に レジェンダリー、エピック、レア、マジック、コモンとなる。蛇足だがMI装備とはマジックアイテムではなく、モンスター固有品。
 レジェンダリーで揃えれば強いということもなく、(基本として)耐性が偏りコンポーネントや増強剤だけでは足りずに高難易度では即死する。そのためレア装備を混ぜて耐性を稼ぐのが一般的。

 しかしマジックとレア装備には”〇〇 アイテム名 オブ ◇◇”と言ったようなアイテム名の前後に2種類の”Affix(〇〇と オブ ◇◇)”が付属するガチャシステムが存在する。
 この付属するAffixのレア度によって、そのアイテムのレア度がマジックなのかレアなのかが決定する。下手なレジェンダリーよりも使える代物は多いが組み合わせは非常に広く、このダブルレア装備を掘るほうが圧倒的に時間がかかる。

 ちなみにだが、MI品のダブルレア(Affix種類問わず)となるとドロップ率1%程度の世界。そこから更に目的のAffixでダブルレアとなると、普通にプレイしていたらお目にかかれない逸品だ。


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4話 白兎が現れた(1/2)

 迷宮都市・オラリオ。他の町の者が迷宮都市という二つ名で呼ぶこの街は、中世ヨーロッパを彷彿させる街並みとなっている。中心部にはバベルの塔と呼ばれるスカイツリーもびっくりな摩天楼が聳え立っており、町のどこからでも見えるほどだ。

 迷宮都市という二つ名は、大規模なダンジョンがあるが故。しかしもう一つの意味があり、大通りを除いた路地裏が非常に入り組んでいるために迷宮染みた構造となっているのだ。

 

 どこもかしこも細く作られている通路から空を見上げれば道に沿って切り取られるように蒼く、まるでそちらの方が本当の通路なのではないかと錯覚してしまう程である。3階建てであり密集した建物が、そんな錯覚を作る要因の1つになっているのは明白だ。

 そんな迷宮都市の路地裏に放り出されれば、この街の者ですら迷子になる確率は低くはない。この街を知らない彼、リフトから出てきた直後であるタカヒロからすれば、輪をかけて猶更だ。

 

 

「どこなんだ、ここは……」

 

 

 リフトを閉じて2枚の盾をインベントリに仕舞って腕を組み、たっぷり1分ほどの時間を置いて。思わず、ダンジョン内部の時と同じ言葉が出てしまう。

 呆れと相まって出された低めの声は、誰に聞こえることもなく路地裏に消えて――――

 

 

「あの、迷子ですか?」

 

 

 いかずに、一人の少年に拾われた。

 

 

 ああ迷っている、しかし生憎だが子供ではない。と内心で反論するタカヒロだが、迷子に対する大人バージョンの2文字が思い浮かばないために口を閉ざしたままである。蛇足としては迷子とは“迷い子”の略称であるために、今の青年を言うなれば“迷い人”が正解と言ったところだ。

 ともあれ彼はそんな馬鹿げた思考を破棄すると、右横から声を掛けてきた人物に顔を向けた。声をかけてきた相手の背丈は160㎝よりは高いかなと思う程度であり、身長を除いた外見としては10代前半と見て取れる。

 

 顔を向けると、中性的な白髪ショートヘアの男子はクリっとした眼差しを向けてくる。RGBの数値で言えば255:0:0と言っていい程に真っ赤な瞳で見つめられ、不本意ながら、タカヒロが抱いた第一印象は“かわいい”であった。

 もちろん性的なかわいさではなく、小動物的な可愛さである。餌を持っていたらアンリミテッドに与えてしまうような、そんなベクトルが当てはまってしまう特徴的な少年であった。

 

 まるでウサギである。ぽかんとして口を半開きにした表情は、まさに餌を待つウサギである。なぜだかタカヒロは内心で2回呟き、そう納得できてしまっていた。

 そこまできて、ようやく少年の問いに答えていなかったことを思い出す。目の前の小動物は、ソワソワしながら彼の答えを待っているのだ。

 

 

「ああ、まぁね。さきほどこの街に着いたのだが、いきなり迷ってしまったというわけだ」

「えっ、今日着いたんですか!?もしかしてダンジョンに潜るために冒険者に!?あの、よかったら僕のところの“ファミリア”に来ませんか!?」

 

 

 上半身を前に向けて矢継ぎに言葉を放つ少年はまるで必死さを隠しておらず、タカヒロはフードの下で苦笑する。その“ファミリア”という言葉で、朧げな記憶がよみがえってきていた。

 嗚呼、なるほどこれが巷で噂の異世界転移――――が発生した理由は不明で元の世界の事なども考えると頭が頭痛で痛くなってくるので放棄した。とりあえず言葉は交わせるために、コミュニケーションに関しては何とかなりそうである。その手のセオリーに乗っかるならば、AR画面にログアウトがない時点でお察しだ。

 

 

 イセリアルのボスを倒しリフトを潜った果てに彼が赴くこととなった世界は、地に降りた神の眷属となった冒険者がダンジョンに挑む物語。

 

 

 簡単に言えば、そんな作品。レベルやステイタス、魔法、スキルなどのRPG要素がある世界であり、非常に有名な小説だ。付け加えるならば、漫画化やアニメ化もされている。

 しかし彼は漫画で軽く読み流した程度であり、詳細な知識や時系列は記憶の外となっている。先ほどの3名の少女を外観だけは知っていた理由も、漫画で見たことがあるためだ。

 

 具体的に覚えている知識は原作に出てくる数名の顔と、一躍有名となった“なぞの紐”。そして眷属も含めた集団はファミリアと呼ばれており、例えば創造神アルセウスの集団はアルセウス・ファミリアの名で呼ばれることになる。もっとも、そんな種族値オール120の器用万能な神は居ないわけだが。

 

 タカヒロが覚えているその作品において、持ち合わせている知識はその程度。記憶にある最後のピースは例の紐神の外見と、目の前に居る新人冒険者の名前だけである。

 

 

「わかった。ここで会ったのも何かの縁だ、ファミリアを紹介してもらえるかな?」

「いいんですか!?やったあ!あ、僕はベル・クラネルって言います!お兄さんのお名前は?」

「タカヒロだ、宜しく頼む」

 

 

 口元を緩めて右手を差し出すと、少年も差し出した右手を握る。柔らかさが残る手を取ったタカヒロに、少年は花のような笑顔を見せるのであった。

 

 

 嗚呼、こんなにかわいい子が男の子のはずが何とやら。このフレーズがピッタリとフィットしそうな、具体的に言えば数名の大人の女性がK.O.される眩しい笑顔を振りまいたベルは、ファミリアが増えた嬉しさのあまりウサギの如く軽く飛び上がってテンションが上がっている。なお、主神がタカヒロを拒絶する可能性もあることを想定していない。

 「こっちです!」と元気よく返事をし、ベルはトコトコと前を歩く。何が起こるか分からないためタカヒロは装備や星座にある報復ダメージの効果を無効化し、常時発動型であるトグルスキルを全て解除した。“肩を叩かれて振り返ってみたら報復ダメージで相手が死んでいた”など、洒落にならない話である。

 

 この状態でも装備そのものの強さは消えないことに加え、攻撃能力・防御能力は比較的高いものがある。いざとなれば報復効果や恩恵、スキルは一括で有効にすれば良いために、緊急時にも対処することができるだろう。

 彼の装備の半数程にあるそのレアリティは“レジェンダリー”。ドロップ率で言えばそれよりも圧倒的に希少であるダブルレアMI装備も含めて文字通りの宝物と言って過言ではないクオリティを誇るものばかりであり、ケアンの地においても様々な効果を発揮する特徴を持った、唯一無二と言える希少装備の数々なのだ。

 

 

 そんな装備を着こなす青年を横目で見ながら歩く少年は、彼の表情を盗み見ようと試みる。やや首が下を向いているものの背筋はピンと伸びており歩みにも淀みは無く、見た目を除けば王宮に仕えている騎士のような雰囲気だ。

 見上げる視界に入る身長は180㎝程と言ったところ。鎧と似た色のフードの下からは、形が整っているであろうスッと伸びた鼻梁が見える程度で顔立ちまでは不明である。髭の類は無縁のようだ。かなり頻繁にキョロキョロと街並みを観察しており、本当に初めて来たような反応を見せている。

 

 

 5分ほど歩いて、二人は町の西部にある草臥れた―――というよりは廃墟と呼んで差し支えない教会に到着する。少年の説明からするとここが“ヘスティア・ファミリア”のホーム、つまり本拠地であるらしいが、お世辞としても、とてもそうは思えないのが本音である。

 少年も説明していて苦しいところがあるのか、「とりあえず中に」という言葉とは裏腹に瓦礫しかなく、どうやら地下室らしい場所へと案内するようだ。申し訳なさそうに苦笑する少年だが、乗り掛かった舟ということもあり、タカヒロは続いて地下へと降りていく。

 

 

「おっかえりー……い?」

 

 

 少年が扉を開けた途端に勢いよく玄関へと走ってくる、小さい女性。なお、小さいのは身長だけで、ご自慢とばかりに強調されている胸部装甲は不釣り合いな程に豊満だ。それを強調する白い服と黒髪のツインテールが、傍から見た際の幼さに拍車をかけている。

 

 ――――そういえば彼女は、こんな感じだったな。

 

 と、彼は薄っすらとだけ残っている過去の記憶を思い出す。外観は本当に人間にしか見えず、これが神だと言われても同意するのは難しいだろう。今のところ威厳など欠片もない。

 当時話題になった謎の紐は目の前に健在であり、両端が左右の腕に繋がれているため、彼女の動きに合わせてクネクネと自由を謳歌していた。ある意味では触手と言って良いかもしれない。

 

 そんな彼女、ヘスティア・ファミリアの主神であるヘスティアは、ベルが連れて帰ってきた男を見てポカンとしている。それに気づいた少年は全員を椅子に座るよう誘うと、ハキハキと冒険者志望である彼の説明を、その後にヘスティア・ファミリアの説明を行うのであった。

 第一声目に「敬語不要」が出てくるあたり、彼女の性格を表している。地上に来てからは神ヘファイストスのところに居候していたなど、身の回りの話も混ざっていた。

 

 また、千年前に地上に降りてきたとされる神の説明に続いている。もっともアルカナムと呼ばれる神の力の大部分は使えないが、経験値を力にする“恩恵”を地上の者に与え、その者を“眷属”とする。

 力と言っても握力が数kg上がるなどの生易しいものではなく、低ランクといえど傍から見れば常識を覆す程のものがある。その力でもって眷属はダンジョンに潜り“経験値”や富、名声を得る。彼等に恩恵を与えた神は逆に、眷属が成した偉業で得られる生活の恩恵を受けるという循環だ。

 

 その話の流れで、一般的に冒険者と称される職業のことについても話をしている。ベルとヘスティアから主な注意点や流れを聞くタカヒロの目は真剣であり、それに気づいたヘスティアも、仏頂面がデフォルトながらもマトモそうな人だと内心で感想を呟いている。冒険者とは癖のある者が少なくないために、その点は好条件と言って良いだろう。

 どうやら、彼自身の考えとしてもヘスティア・ファミリアに入る方向の様子を見せている。ベルに続いて二人目の眷属が目前であるヘスティアだが、懸念点が1つある。

 

 

「ところでタカヒロ君、御覧の通りここは零細のファミリアなんだ。隠さずに言うけど、眷属になったあとはいくらかの寄付に協力してほしい。もちろん私用じゃなくて、ちゃんとファミリアのために使うと約束するよ」

「やぶさかではないが、通貨単位は?」

 

 

 相手も貧乏かと思っていた所への予想外の言葉に、思わず「おっ」と言いたげな反応を見せる神ヘスティア。しかし通貨単位を知らないとなると、現物を持ち合わせている確率は非常に低いだろうとも考えている。

 

 

「ヴァリス、だよ。聞いたことないかな?」

「生憎だが、持ち合わせが無い」

「うぐっ……ま、まぁそうだろうね。でも仕方ない」

「換金できそうなものはいくつかあるぞ?」

「ようこそヘスティア・ファミリアへ!!」

「神様……」

 

 

 随分と現金な神だな。とタカヒロは内心で考えベルと共に軽く溜息をつき、その流れで何が売れて何が買えるのかを確認する。ヘスティアによる2分程の説明を受け、タカヒロはおおまかな内容を把握できていた。

 基本的な冒険者は、ダンジョンで得た魔石を換金して収入を得ている。商店を営む者は営業利益、何かしらの物を作るならば売れた金額と言った具合で、ファミリアのランクによってギルドに対して納税義務が課せられているようである。もちろん、ヘスティア・ファミリアのような零細に義務はない。

 

 

「先ほど説明にあった魔石ってのは、これの事かな?」

 

 

 ゴロリと音を立てて出される、5つの魔石。ベルがいつも上層で穫ってくるような欠片ではなく、明らかに厚みを持ち合わせている形状だ。

 

 

「うわ、すごい!」

「お、おお、随分と立派な魔石だね。けっこうな値で売れると思うけど、どこで手に入れたんだい?」

「ここに来るまでに拾ったものだ、換金してもらって構わない」

 

 

 採取場所がダンジョンの52階層、という情報が抜けているが、本人も知らない上に嘘はついていないためにヘスティアは疑問符が芽生える。

 これほどの魔石を持つ敵に勝つならば、最低でもレベル5は必要となる程だ。しかし目の前の青年は恩恵を持っておらず、どう考えても勝利することは不可能のように読み取れる。

 

 ところでなぜ、ヘスティアが今のタカヒロの言葉の真偽を見抜くことができたのか。それは、彼女が神であるために使用できるスキルのような代物だ。

 神の前では嘘はつけない。この言葉の理由として、神は相手の言葉の嘘を見抜くことができるのだ。相手の青年が知っているかどうかはさておき、再び同じ質問をして魂を見るも、やはり恩恵を受けていないようだ。盗品かと考え質問したが、こちらもシロである。

 

 ともあれ、これほど立派な魔石ならば一か月は3人が暮らしていけるだろう。盗品でないならば問題にはならないと考え、換金の許可を貰ったヘスティアはさっそくベルを遣いに走らせた。

 なお、蛇足としてタカヒロが考えているファミリアへの納税額は1割のようである。金額と歓迎度合いは関係なし(建前)であることを口にして明らかに機嫌を良くしたヘスティアだが、タカヒロに「本音は?」と尋ねられてゲロっている光景は先ほどの焼き直しだ。

 

 




・耐性
 炎、氷、雷、毒・酸、刺突、出血、生命、イーサー、気絶、カオスの各主耐性が存在する。最初の3つを全て上げる”エレメンタル耐性”というのも存在している。
 原作や本小説の世界には風や水などの魔法もあるが、エレメンタル耐性によって自然由来(エレメンタル)である魔法の耐性も得ているというややご都合主義。
 参考までに主人公装備だと、エレメンタル耐性だけで84+92%(難易度補正+50%、詳しくは下記)は確保できている。

 耐性について補足すると、タカヒロがプレイしていた最高難易度、アルティメット環境においては各主耐性の初期値が、上記カテゴリにおいて刺突までは“マイナス”50%、出血以降はマイナス25%からスタートするという謎仕様。
 かつその難易度(のストーリー本篇だけ)を余裕をもってクリアするならば80%+過剰耐性20%は必要であり、結果として合計1500%の耐性を稼がなければならないという鬼畜仕様。俗に言う耐性パズルの幕が明ける。

 もっとも各種MAPで必要な耐性は若干異なるので全ての耐性が常に必要なことはないが、そうそう都合よく耐性のついた装備がポンポン落ちることもあり得ない。
 そのうち装備を付け替えるのもダルくなってくるので全耐性を確保したいと思うようになる。ともかく、この耐性パズルのおかげで使える装備と使えない装備、有効なAffixと微妙なAffixがハッキリと別れている。
 参考程度に、レジェンダリーでも1つの装備につき上がる耐性は平均40%と考えてもらって過言ではない。耐性かつ目的のダメージを稼ごうとするならばレア装備を掘るしかないのが実情だ。


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5話 白兎が現れた(2/2)

姿形を文章で表すって、とても難しいですね……。


 それはともかく!と強引に話題を逸らされ、タカヒロは1つの空室へと案内される。どうやら、そこが彼の部屋となるらしい。

 

 感想を言うなれば、ビジネスホテルのシングルワンルームから水回りを取っ払って一回り程小さくした様相。文字通り寝て起きる場所とベッドの横を歩ける程度のスペースしかない場所で、本来は物置の類として使われていたことが読み取れる。

 ともあれ彼は、そこが自分の部屋ということで承諾する。基本として一か所にとどまらずにアイテム収集に勤しむ彼からすれば、この程度のスペースがあれば十分なのだ。さっそく着替えを行い、身軽になってリビングへと姿を現した。

 

 

「ほほー?」

 

 

 ヘスティアは出てきた彼に目を向けると、思わず感心してしまう。

 

 青年の服装は灰色の長袖ワイシャツに、安物と思われる藁色のズボン。かなりルーズなスタイルであるが、鎧から解放されてなお面倒な服を着たくないという彼の好みである。なお、この世界においてもワイシャツは存在しているために問題は無い。

 普段が全身鎧であるためか肌の色は白く、体格は言うなれば細マッチョ。マッチョと言っても筋肉の線だらけというようなこともなく、程々に収まって居る点は女性から見れば好印象だろう。

 

 男性らしいややゴワっとしたショートヘアの白髪は、ベル・クラネルの“もふもふ”とは違えど揃いだ。もっともこちらはオールバックとなっていることもあり、これだけで双方が与える印象は大いに違うから不思議なものである。

 細い線から作られる中性的な顔とまでは言えないが、若い男性のなかでも整った顔立ちと言えるだろう。深い、とまではいかないが深めの彫りであり目付きはやや鋭さを備えており、鎧と似た漆黒の瞳は時折ギラリと光るような様相を見せている。

 

 

「ふふーん?ボクが言うのもなんだけど、カッコイイじゃん!フードで隠すのは勿体ないよ、普段から取っちゃったらどうだい?」

「はは、世辞として受け取っておこう。フードに関しては完全な趣味だ、気にしないでくれ」

 

 

 それでいて、やはり愛想や受け答えも良い方だ。落ち着きがないというレベルには程遠く、ヘスティアの評価としては中々どころか上々の好青年である。

 まだ出会って1時間も経っていないが、今のところは好印象。もし彼がファミリアに居たならば、彼を目当てにやってくる女性も少しは居る……かもしれないと考えたところで、ヘスティアは己の眷属予定者で人を釣ろうという考えを恥じていた。

 

 かわいらしくフルフルと頭を振るい、話を本題へと進めている。内容としては本格的にタカヒロを勧誘するものであり、もしここでなければ、彼がどこのファミリアに入るかであった。

 

 

「自分がヘスティア・ファミリアに所属する点については異存ない。でも、今のところ冒険者になる気は更々無いかな。恩恵はその時に貰いたいね」

「あれ?さっき、ベル君から冒険者志望だって聞いたんだけど」

「そう言えば言っていたな……ああ、そういうことか。出会った時に、もしかして冒険者志望ですか、とは聞かれたよ。そのあとすぐにファミリアの紹介願いを返事してしまったから、思い込んでいるだけだろう」

 

 

 ありえるー。と額に手を当て、小柄な神様は溜息をついた。

 とは言っても、当初彼が着ていた鎧は棘の類こそ多けれど万全のように見て取れる。今の彼女の目標はとりあえずファミリアの人数を増やすことであり、冒険者志望の者だけを得るとは限らない。

 

 

「本当は今ここで恩恵を刻みたいところだけど、君の希望もあるしね。ボクも神様だ、無理にとは言わないよ」

「なるほど。で、本音は?」

「そっちの方が好感度を稼げそうだから!」

 

 

 真顔で返事をした後に腕を組んでケラケラと笑うタカヒロと、ヘスティアの笑い声が地下室に響く。出会ってすぐの二人だが、相性が悪いということは無いらしい。

 決して広いとは言えない教会の地下室だが、清潔さも中々で適度なプライベートスペースも確保されている。タカヒロも他のファミリアには入らないという旨の口約束を交わし、とりあえず恩恵無しでの生活と相成った。そのタイミングでベルも帰宅することとなり、タカヒロの容姿に驚くこととなる。

 

 

 時刻は夕暮れで、じき夜になる。オラリオの街並みはダンジョンから帰還する冒険者の熱気で溢れかえり、扉を開ける店は各々の蜜でもって甘く誘う。

 とはいえ、それは懐具合に余裕がある場合のみ。零細ファミリアであるヘスティア・ファミリアに余裕は無く、ひたすらに自炊あるのみだ。

 

 ベルが加入した時とは違い、流石に蒸した芋をすりつぶして揚げた“ジャガ丸君”、ようはコロッケの親戚がズラリと並ぶようなことはない。ファミリアの貯金を少し切り崩して総菜を買ってきており、果実ジュースでパーティーが行われた。ちなみにタカヒロは素人程度の料理はできるが、今回は持て成される側のため大人しくしている。

 なお、やはりジャガ丸君の姿はそこにある。ご飯おかわり自由のノリでジャガ丸君おかわり自由という、ヘスティア・ファミリアにおいては恒例の内容だ。雑談交じりに箸が進み、内容は食の話となっている。

 

 

「それにしても、二人して普段からジャガ丸だけなのか?」

「はは……毎日ってワケじゃないんですけどね。お金が無いのと、神様のバイト先がジャガ丸君の屋台でして。売れ残りってやつです」

「そうは言ってもジャガ丸だけでは栄養が偏るだろう。ベル君はまだ育ち盛りなんだし、ちゃんと肉類も食べなきゃ大きくなれないぞ?」

 

 

 まるで、少年の父親が口に出すような言葉。ポロっと漏れた青年の本音を耳にし、二人の手が止まる。

 

 

「タカヒロさん、詳しいんですね」

「ん?そんなことはない、全くもって素人だ。機械系は得意だけれど、そっちも素人に毛が生えた程度がせいぜいだろう。先の話だが、ベル君は身長とかは気にしたことないかな?」

「実は気になってました!あの……体格と言いますか、おっきくなるには、どうした方がいいでしょう?」

「体格か……その栄養面となると、やっぱり肉かな。そう言えばベル君、年齢は?」

 

 

 14歳です!とハキハキとしながら続けて165㎝だと答える少年だが、てっきり12歳ぐらいかと思っていたのがタカヒロの本音である。また、14歳となれば骨が伸びる最終期に突入した頃であるが、165センチ程もあれば十分に高い部類だというのが彼の知識だ。なお、そんな彼が「いったいどれ程までに伸びる気だ」と尋ねれば惚けた顔で「2メートル」と答えるこの少年、割と真面目に何も考えてはいない。

 なお、体格については文字通り筋トレとタンパク質がモノを言うが、太ければ良いというワケでもない。彼も同じ男であるために男らしい体格に憧れることはよくわかるが、戦闘が絡むとなれば話は別だ。戦闘スタイルによって、体格の向き・不向きは存在する。

 

 話の流れもこれらと似たようなものとなり、タカヒロの過去へとシフトした。

 しかし、謎は深まるばかりである。本人が言うことを鵜呑みにするならば基本として単独での戦闘を熟してきており、戦闘経験も豊富だと言う。冒険者と言って良い装備だった割に時折学者と似たことを口走っているために、ヘスティアとベルの中では彼の立ち位置が定まっていない。そこでベルは、掘り下げて問いを投げることにした。

 

 

「立派な鎧でしたけど、オラリオに来る前は何かされていたんですか?」

「かい摘んで言うなら……魔物退治をしていた」

「魔物退治!?お、恩恵無しでですか!?」

 

 

 少年が驚くのも無理はない。オラリオのダンジョン一階層に出現する一番弱い魔物、コボルトを生身の人間で相手しては、非常に危険とされるのが一般的だ。

 ヘスティアが二人を見守るも、青年に嘘を吐いている様子はない。そうなればベルが驚いている内容は彼女も同様であり、このオラリオのダンジョンにおける一階層ならば恩恵無しで潜れるという事だ。

 

 

「あ、あの、タカヒロさん!」

 

 

 とはいえ、そんな考えも少年の強い声で中断することとなる。少年は意を決したように立ち上がり、両手を太ももに揃えて礼儀正しい姿勢になると――――

 

 

「ぼ、僕に、戦い方を教えてもらえませんか!?」

 

 

 真剣な眼差しで、青年に教えを乞うた。




・星座
 ゲームMAPにおいて各地点に散らばっている”祠”を解放することで1ポイントを入手することができ、最大で55ポイント(DLC導入時)を振り分けることで強力な加護を得ることができる。
 のだがこの55ポイントというのが中々にミソで、「1ポイント足りない!」と地団駄を踏んだプレイヤーも多いはず。文字では表しにくいので実際にプレイして確かめて頂きたい。
 大規模セール中だと本体500円ほど、DLC込みでも10連ガチャぐらいの値段のためお勧め。ノーマル難易度なら気軽にクリアできるはず。ただし、時間の在庫は十分か?


=====
(オラリオの外で)恩恵無しでの魔物退治⇒ものすごく強くなければ普通は無理。
という認識なのですが、間違って居ましたらご指摘頂ければと思います。


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6話 目指す形

「それじゃ、ボクは可愛い可愛い二人のために頑張ってくるよ!」

「はい神様、行ってらっしゃい!」

「ヘスティア、弁当を忘れているぞ」

「ああ、ごめんよ!」

 

 

 ヘスティア・ファミリアが結成されて以降、珍しい、と言うよりは初めて起こる朝の光景。いつもの逆で、ベルがヘスティアを見送る構図である。

 理由としては単純だ。二人目の眷属である青年、タカヒロに対し、ベルが師事することが決まったためである。二人して彼女を見送ると、テーブルを挟んで椅子に腰を下ろした。

 

 

「さて、師と呼ばれる程出来た男ではないが……頼まれ請け負ったからには全力でやらせてもらおう、宜しくなベル君」

「はい、師匠!」

 

 

 互いに右手を出し、握手を交わす。少年さが抜けきらない柔らかな手と、幾度の危険を乗り越えてきた青年の少しゴツゴツした掌が合わさった。

 

 とは言っても、初日から武器を使ってドンパチする気は持ち合わせていない。まずは午前中を使って、いくらかの対話というところから入るようだ。午後はいつものダンジョン探索であり、本格的な訓練は明日からのようである。

 青年が最も大事と考えるのは、少年にとっての戦う理由。“装備集めの結果として世界を救った”と言うバカバカしいにも程がある過去を持つ人間が言える立場ではないと本人も自覚しているが、それでも、今後を左右する重要なカテゴリだ。

 

 人間とは、目標や欲望を持って生きるモノである。それが明確であるうちは、我武者羅になって。それこそ、死ぬ気になって頑張れるというものだ。冒険者でなくとも、日々の仕事や暮らしにおいても似たようなことが言えるだろう。

 逆に、道を見失えばどうなるか。気力は下がる一方で堕落の限りを続け、やがて生きる意味すら見失うだろう。故に青年としては、まず少年が剣を取る理由を知らなければならなかった。

 

 

「……だからって、“ハーレム”か。いやまぁ、男だもんね。人によっちゃそんな情景を抱くかもしれんけど……男女関係の難しさって、知ってる?」

「え、えへへ、分かりません……」

 

 

 そして予想外にも程がある目的を知った青年は、思わず眉を伏せて溜息を吐くこととなる。もちろんそんな難しさなど微塵も知らず正直に話す少年だが、笑って誤魔化す他に道が無い。

 この師にして、この弟子の戦う理由である。案外、毛髪以外でも根っこは似たもの同士の二人なのかもしれない。

 

 

 その後、希望する戦闘スタイルとしてナイフによる攻撃型を想定していることが少年の口から告げられる。速度と手数にモノを言わせるタイプであり、タカヒロの中では1つのビルドが思い当たっていた。

 もっとも、それを実現するならば専用の装備などが必要であるために無理難題となるだろう。しかし真似事はできるかと考え、彼は一つの提案を行った。

 

 

「ベル君、戦いに使うナイフは一本?」

「一本……?あ、双剣のスタイルですか?」

「ああ、双剣のスタイルなら“質の悪いお手本”が1つあってね。こんなスタイルはどうかと思ってさ。参考までに見せてあげるよ、ちょっと外に出ようか」

 

 

 ガチャリとドアを開け外に移動し、昼手前となった日差しの下で二人は向き合う。人気のない廃教会前の広場は、遠くからの活気が微かに木霊する程度の静かさだ。

 もっとも、対峙するとは言っても互いに私服であり武具の類は一切無い。戦いとは程遠い状況ながらも、彼はどこからか2本の剣を取り出した。

 

 そしてまた、別の装備を使用することとなる。装着されるアイテム名を、“ベルゴシアンの修羅道”。

 二刀流装備を有効化する“レリック”と呼ばれる部位の装備であり、これを装備すれば、シナジーはどうあれ二刀流の運用が可能となる。もちろん、盾と片手武器に特化、と言うよりはそれ以外がからきし使えないウォーロードが二刀流になったところで大幅に弱体化するだけの代物だ。

 

 どうやらタカヒロは、ベルに対して攻撃を仕掛けるようである。もっとも当てるようなことは一切行わず、単にその目で見て欲しいというだけのことを口にした。

 

 

「――――さて、思い出せるかは怪しいが」

 

 

 そして、彼曰く質の悪いお手本。2本の短剣による、雅な情景とは程遠い“舞い”が始まった。

 

 この場において大事なのは強さではない。かつて彼が組み上げた物理・刺突特化の攻撃ビルド、“ブレイドマスター”を使っていた際の双剣による攻撃スタイルを再現するためだ。そこに何かしらのヒントがあれば取り入れて欲しいというのが、鍛錬の面はさておき今の彼の願望である。

 一方のベルからすれば、彼が見せる“質の悪いお手本”ですら1つの完成系として纏まっている。2本の刃は踊り舞い、そこには振りによる隙などありはしない。身体そのものも剣の一部だと言わんばかりに使いこなし、雨粒よりも早く密度の高い剣戟の暴風が吹き荒れる。

 

 攻撃は最大の防御と言わんばかりに、手数に任せた暴力的なまでの攻撃スタイル。まるで御伽噺に出てくる英雄が放つ圧倒的な攻撃であり、ベル・クラネルが憧れ続けた理想の1つが間違いなく具現化されていた。

 そんな情景も、演習という事で長くは続かない。時間が経つにつれて見惚れてしまう程であったものの、一段落したタイミングで、思わず質問を投げかけた。

 

 

「し、師匠。そのレベルで真似事とのことでしたけど、ものすごく完成されていたように見えます。いったい誰の真似なんですか?ご両親ですか?」

「いや、両親は普通の暮らしをしていたよ。とは言っても、もう顔も思い出せないぐらい子供の頃の話だ」

 

 

 青年は目を瞑り、懐かしさのなかに悲しさを滲ませる。謝るベルだが自分も親の顔も声も覚えていないことをタカヒロに伝えると、彼は「似た者同士だな」と口元を緩めた。

 両親から受け継いだものは、何もない。しいて言うならばその身ぐらいのものである。英雄のように強くなりたいと言った少年に、その老人は「ワシが死んだらオラリオに行け」と言葉を残しており、少年は事実上の遺言に従ってこの街に来ていたのだ。

 

 

「……そうか。だったら君自身が否定しないのであれば、記憶にある姿は大切にするべきだ。親と言うのはいつかは子を置いて先に逝くものだが、育ての親の顔というのは、不思議とつらい時に元気をくれる。そして君の祖父は、もう君の中にしか生きていないのだからな」

「……」

 

 

 そう言われ、当たり前に思い浮かべてきたことが今一度脳裏によみがえる。傷ついた自分の背中と頭を撫でてくれた大きな手の感覚は、己の師が言う通り確かに自分を元気づけてくれた魔法のような手だ。

 戦闘技術とは全く関係ないけれど、青年が伝えたかった事はしっかりと伝わった。ベルは大きな声で御礼の返事をすると、タカヒロの表情も数秒だけ緩み、再び険しさが蘇る。

 

 

「……話が逸れたね、自分が双剣を使っていたのも随分と昔の話だ。今とは似ても似つかない戦い方なんだけど、見ての通り二刀流のスタイルを使っていた時もあったんだよ」

 

 

 目を閉じて、懐かしそうに呟く彼。当時の人類から“大地(メンヒル)の化身”と謳われていた今のビルドとは、お世辞込みでも程遠いところに居たペラッペラな攻撃特化のそのビルド。

 

 防御なんて……一応ながら最低ランク程度は確保していたが、よく死ぬビルドだったなと内心で思い返す。故にマルチプレイの際は味方が最前線で敵の全てを引きつけヘイトを稼ぎ、脇から彼がチマチマと削る戦い方を続けてきた。

 なお、基本的なタンク職が苦手とする無数のキャスター型の雑魚が相手となれば、彼のブレイドマスターはバナナを得た猿状態。穴が空いて漏れているのかと思えるぐらいにゴリゴリと減るエナジーと引き換えに、敵は文字通り“溶ける”ようにして死んでいくのがこのビルドの特徴である。

 

 

「どうだろう?総合的な立ち回りも楽ではないが、自分はベル君に似合っていると思うよ」

 

 

 少し柔らかな顔でそう言われ、少年の中に燃える炎が強く昂る。その炎を表すかの如く赤い瞳は目の前の青年を捉えて離さず、目指すべき道標として捉えている。

 その感情はタカヒロも受け取っており、「決まりだね」と一言を残して地下室へと戻った。あとに続くベルだが、今のテンションでダンジョンへと駆けだしたい気持ちからソワソワとした態度を見せている。

 

 

「はは、気持ちが昂っちゃってるね」

「そ、そそんなこと……あります。僕も、あんな風になってみたいです!」

 

 

 お目目キラキラで夢見る少年だが、それも数秒。己の目を見返す青年の顔は、打って変わって厳しかった。

 

 

「最初に言っておくが、戦いのスタイルは様々だ。自分が教えるのは、大雑把に言えば相手を広く見て戦う立ち回り、つまり小手先の技術。この鍛錬を終えたからと言って、例えばナイフで岩を切れるようになるわけじゃない。そこのところだけは履き違えないでくれ」

「はい」

「しかし今後も長くにわたって使える技術、そして程度にもよるが格上にさえ通じる戦闘技術だ。その点、決して無駄にならないことだけは保証する」

 

 

 もはや数えきれない死線を潜り抜け身に着けた、攻撃・防御能力を基に発揮される技術面の指導。匠と呼んで差し支えないレベルにある技の数々を学ぶのは、尾びれを付けても決して楽な道ではない。

 そう間接的に告げられていることを悟り、少年の顔にも力が入る。しかし、答えるべき言葉は1つであった。

 

 

「お願いします、師匠。どんな辛い鍛錬でも、精いっぱい頑張ります」

「わかった、中々に厳しいぞ。それでは今日より階層の制限を設ける、実践訓練は明日からだ。今からダンジョンに行ってもいいけど2階層迄だ、わかったね」

「ハイ、行ってきます!」

 

 

 バタン、と強くドアを閉め。少年は、目の前にある夢に向かって駆け出していく。

 幸いにも道標はあれど、辿り着くまでがどれほど険しい道なのかは想像もできない。そんな少年でも分かるのは、生半可な努力では足りないということだけ。

 

 とはいえ、己は冒険者になって1週間。具体的に“何を頑張る”と言える程に知識も経験もないが、鍛錬に対して全力で挑むことを心に誓い。少年ベル・クラネルの冒険が、ここに幕を開けた。

 




・スキルポイント
 クラスレベル(最大値50)を上げるためと、スキルを取得、レベルを上げるために使われる。
 例えばソルジャーのクラスレベルを30まで上げれば、ソルジャーのレベル30で使えるように成るスキルにポイントを振ることができる、と言った具合。
 例によって”いやらしいバランス”となるように総ポイント数やスキルレベル最大値が調整されており、スキル分配のバランスが求められる。


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7話 弟子のためのお買い物?

GrimDawnミニ知識おさらい(本文中に少しだけ出てきます)
・マジックとレア装備には”〇〇 アイテム名 オブ ◇◇”と言ったようなアイテム名の前後に2種類の”Affix(〇〇と オブ ◇◇)”が付属するガチャシステムが存在する。
例)インコラプティブル(〇〇)・クリーピング リング(アイテム名)・オブ アタック(◇◇)


 ベル・クラネルが進むべき道を見つけた日の昼、時間的に食事を行う者が多い頃。一人の男が私服姿で、バベルの塔を訪れていた。目的は、他ならぬ弟子であるベルが使う短剣もしくはナイフの類を調達するためだ。

 この塔は街の中心部にあり、ダンジョンの蓋の役割を担っている、神々が最初に降りてきたとされる由緒あるタワーである。中身は空洞ということもなくさながらデパートのようになっており、上層部は神のための設備がいくつか整っているようだ。

 

 基本として、この塔に店を構えるファミリアは第一級である。例を挙げれば鍛冶を主業務とするヘファイストス・ファミリアが該当し、4~8階層が当該ファミリアのフロアとなっている。昨夜ヘスティアに対して武器の相談をしたタカヒロだが、かつて彼女が居候していた場所ということと主神ヘファイストスとの信用もあり、お勧めされた形である。

 一階入り口にある案内図を見る限り、やはりデパートと似た様相を醸し出している。階層案内図で各階層を確認するタカヒロは、“至高の武具を貴方に”というキャッチコピーにホイホイと釣られて目的地のフロアを確認していた。装備コレクターの血が疼きかけている。

 

 

「階段かと覚悟したが、まさかのエレベーターがあるとは……」

 

 

 ヨーロッパ風味溢れる街並みとは似ても似つかない、垂直型の昇降装置。どう見ても人力どころかワイヤーの類すらないソレは、魔石の力で動いているという説明書きが誇らしげに飾られていた。

 しかし、箱が上下するわけではなく板状の足場が上下するもの。かつ昇降側には手すりもないという中々にアブナイ仕様であり、どうやら初めて乗るのであろう子供らしき人物は母親にしがみついて泣き出してしまっている。

 

 エレベーターの感覚に慣れているタカヒロは特に何も思わず、4階で降りてゆく。同乗していた子の親が謝罪と共に頭を下げてきたが、“気にしない”というジェスチャーをしてテナントの入口へと歩き出した。

 

 入り口を飾るようにショーケースの中には様々な武器が展示されており、それこそナイフから長剣から槍、斧、なんだかわからないジャンルの武器まで多種多様な賑わいを見せている。まるで、オラリオで暮らす様々な種族の人々を表しているかのようで見ているだけでも飽きない程だ。

 とはいえコレクターな彼の目線でいえば、ほとんど全てが基礎攻撃能力が高い“ただの武器”。基本として、特殊効果が付与されたマジックアイテム以外は一律な評価なのである。一般世間に流通されているモノによっては鍛冶師の気持ちが強く籠って若干のマジックアイテム化している代物もあるのだが、彼も見ただけでは“何か付与されている”程度にしか把握することがでず、詳細までは手に取らないと分からない。

 

 前の前にある短剣のお値段は、値引き表記無しで3000万ヴァリス。その横にある彼の身長程ある大きな両手斧に至っては2億ヴァリスとなっており、今回の予算である1万ヴァリス程度では頭金にすらならないだろうと溜息をついていた。

 しかし物理的な大きさは違えど、随分と値段の開きがある。何が違うのかと斧の商品を見ればAffixが2つついており、売り文句を読んでいくと、これまた明確な違いが記載されていた。

 

 

「ああ、斧の方はエンチャント……不壊属性(デュランダル)が主に付与されているわけか」

 

 

 説明文からアイテムにある見慣れぬAffixの片方は不壊属性(デュランダル)が付与されているという事は判別できており、Affixが2つあるために他にも何かエンチャントがあるのだとタカヒロは斧の本懐を読み取っている。

 

 そして、到底ながら手が届かない値段となっている。彼が持ち込んだ予算は1万ヴァリス、これらを買うための頭金にもなりはしないだろう。もし消費税というものがあれば、それすらも払えない。

 また、ベル・クラネルが持つにしては品質が“良すぎる”。ステイタスに頼ってしまいそうな状況下にあるというのに武器まで良くしてしまっては、その兆候に拍車をかけてしまう恐れがあるために厳禁だ。故に、特殊武器(スペリオルズ)と呼ばれているこの斧のような武器は今回は対象外である。

 

 そうは言っても、やはり最低でも数千万ヴァリスの品々しか置いていないようだ。物の扱いも骨董品を扱うかのような丁寧さと保管状況に溢れており、下手をしたら一見さんお断りといわれても不思議ではない。

 中身が日本人である彼は、その答えにたどり着く。いくらかマジックアイテムらしきものを興味深げに眺めていたが、ここに目的の武器は無いと判断し、出口へと足を向け――――

 

 

「お客さん、お帰りかしら?」

 

 

 凛としながらも透き通った女性の声を背中に受け、足を止めた。

 

 やや警戒しながらも振り返ると、5メートルほど先に一人の女性が立っている。ウェーブのかかった腰までの長さの赤髪をポニーテールで纏める容姿は、Yシャツ姿と相まってスレンダーな外観と合っている。右目に大きな眼帯をしているものの整った容姿を持つ女性が、まるで品定めするかのような目をタカヒロに向けていた。

 その品定めの視線すらも、声に似て透き通っている。まるでヘスティアが時折向けてくる視線と似たように感じてしまい、「神か?」と内心で疑問符を抱いている程だ。

 

 どちらにせよ、タカヒロが嘘や誤魔化しを言うような状況ではない。そのために、本当の事を口にしようと言葉を発した。

 

 

「ナイフ・短剣の類を探しているのですが、残念ながら予算1万ヴァリスな自分には身の丈が過ぎましてね。敵前逃亡というやつです」

「あら、そのわりには真剣に品定めしていたようだけど?」

「はは。不本意ながらも迷い込んでしまったので、どうせならばと第一級の品々を堪能させてもらいました」

 

 

 ふーん?と、やや艶やかさを滲ませた穏やかな顔を向けながら、カツカツと靴の音を立てて女性はタカヒロとの距離を詰める。対峙する青年は疑問符を抱いているが、焦ることなくいつも通りの対応を見せている。

 そして女性の動向を眺めていると、彼女はその人差し指を滑らかに動かして彼の鼻先につけ―――

 

 

「じゃあなんで、斧を見た時に不壊属性(デュランダル)が“主に”だなんて口に出たのかしら?」

 

 

 そりゃ自分にしか見えないだろうAffixが2つ付いているからですよ。

 そう心の中で答えたタカヒロは、逃走を図った。

 

 

「おぬし、どこへ行く?」

「ぐっ……」

 

 

 赤髪の女性と話をしている時に気配は感じていたが、その第三者に回り込まれたが故に走り出せない。特徴的なイントネーションで言葉を発する女性、こちらも眼帯で左目を隠しており褐色肌で何故かサラシ一丁で豊満な胸を隠しているサムライのような相手は並み大抵の実力ではないことは分かるが、彼の実力ならば強行突破することも可能だろう。

 ただし、周囲にある武器のいくらかは確実に犠牲になる衝突となる。それを弁済できるのかとなれば、答えは否だ。そして己が捕虜の類だと諦め、肩を落として息をついた。

 

 

「私はここの主神、ヘファイストス。貴方も嘘は言っていないようだけれど、探るような真似をして悪かったわね」

「手前は椿・コルブランド。ヘファイストス・ファミリアの団長をしておる。レベル5、ハーフのドワーフだ」

「……ヘスティア・ファミリア所属、タカヒロ。主神がかつて世話になったようだが、自分もお手柔らかに願いたい」

 

 

 炎と鍛冶を司る、やはり神か。と、彼は内心で思いながら溜息をついて、降参と言いたげに両手を軽く上げる。

 その一方、余裕を持った表情を浮かべていたヘファイストスは、まさかのファミリア名を耳にして驚いた顔に変わっていた。

 

 

「ヘスティア?貴方、ヘスティアのところの眷属なの?」

「ええ、自分もまさか神ヘファイストスとお会いすることになるとは思いませんでしたが。とは言っても現在のヘスティア・ファミリアは、自分ともう一人の眷属しかいない零細というやつです」

 

 

 何かしらあるのだろう理由で悔しそうな顔をするヘファイストスだが、コホンと可愛らしく咳払いし。タカヒロに声を掛けた時の、やや穏やかな表情に戻っていた。

 

 

「せっかくだから、この斧、手に取ってみない?なんなら振り回しちゃっても良いわよ」

「……いや、これ2億ヴァリスでしょうに。何かあっても弁償できませんが」

「その時は私が責任を持つわ。あと、別に敬語もいらないわよ。堅苦しいのは苦手でね」

「……それは了解したとして、何をすれば?」

「この斧は、そこに居る椿が鍛えたのよ。不壊属性(デュランダル)以外のエンチャントに気づいたのは私たちの他に貴方だけだわ、評価してもらえないかしら?」

 

 

 そう言われて彼が椿へと顔を向けると、彼女はニカッとした気持ちの良い笑顔で応答する。

 どうやら彼女もヘファイストスも、不壊属性(デュランダル)以外の何かしらの効果が付与されていることは感じ取っていたようだ。しかしソレが何なのかがサッパリ分からないために、とりあえず相場の値を付けているというのが現状である。

 

 話しついでの説明がヘファイストスから続けられるが、ソレを明確化できるのは遥か遠方に居ると言われている賢者の類のみのようである。もっとも、そこに頼らなくても判明しているエンチャントはいくつかあった。

 例えば“傷口が治らない”や魔剣のように“炎の渦を出す”と言ったような、目に見えて明確なものこそ不壊属性(デュランダル)のようにエンチャントとして確立している。しかしこの斧についてるエンチャントは、そのような類ではないと感じ取っていた。

 

 国宝級のアイテムを鑑定する時に用いられる賢者の力を使えばわかるものの、そうなれば斧の販売価格以上の大金が必要だ。それこそヘファイストスの神の力(アルカナム)を使えば詳細に分かるそうだが、地上で力を使えばルール違反となるために実施することができないのが現実のようである。

 ともあれヘファイストス・ファミリアにおける目玉商品ということでショールームに堂々と展示した日の昼間、まさかの事態が起こる。ホイホイと誘われた青年がやってきて先ほどの言葉を呟いたために、結果としてお縄となってしまったのだ。

 

 彼としても今更色々と隠すこともできず、ここまでくれば成るように成れとふっきれている。大人しく背丈ほどある大きな斧、レア等級“マジック”を手に取り、許可を得て周囲のショーケースに当たらぬよう数回にわたって素振りした。

 

 

「おお……」

 

 

 連続で素振りされる光景に目を奪われたのは、戦闘員として前線に出ることのある椿である。重量級の斧だというのにまるで軸がぶれない振り回しと、その際に発生してしまう風を二人に当てることのないよう軌道を調整していることは読み取れるが、それがどれ程の技術を要するかは想像に難しくない。

 オラリオにおいても、これが出来る冒険者はほんの一握りの者だけだろう。それこそ、レベル6クラス以上の冒険者に他ならない。4-5振りして構えのようなポーズを取ったタカヒロは、刃先を上に向けると回答を口にした。

 

 

「武器の外観や運用もあって重心は一撃の威力を重視したパワーファイター向けだが、重量バランスは完璧だ。エンチャントとしては物理攻撃力5%、急所命中時のダメージ10%を加算。攻撃命中時にいくらかの体内損傷と出血によるダメージを付与。エンチャントはどうあれ打ち手の覚悟が籠った良い武器だが全てにおける最終ダメージ修正が12%減となっている、これが不壊属性(デュランダル)の代償となる性能低下というやつか」

 

 

 武器の扱いが凄いな、という程度の考えは、直後に出てきたこの一文で消し飛んでしまう。自信を持った表情でエンチャントされているらしき内容と数値をスラスラと読み上げるその姿は、鍛冶職人ならば耳にするだけで目を見開いてしまう光景だ。

 場に居た二人も、表情は同様である。興奮を隠しきれない様子で、ヘファイストスが声を発した。

 

 

「あ、貴方、エンチャントの解析ができるの!?」

「ご、御仁、嘘ではないのだな!?」

「神の前で嘘は吐けんさ。まぁ自信があるとはいえ、自分の出した数値が合っているかと言われれば保証はできないけど……」

 

 

 言っておきながら保証できないことを思いつき、青年は仏頂面のまま人差し指でポリポリと頬をかく。照れ隠しなのか斧をグルグルと振るい回し、「これが2億ヴァリスの重みかー」と呑気なことを考えながら堪能していた。

 サラっと行われているが、まるで短剣を振り回すかのような気軽さである。希少鉱石をタップリと使ったそれはかなりの重量をもっているのだが、影響を微塵も感じさせない。

 

 

「さて神ヘファイストス。正直に言うと適当に誤魔化して去ろうかと思ったのだが、かつて自分の所の主神が世話になった義理は果たしたつもりだ。これで十分かな?」

「え、ええ、十二分だと思うわ。こちらも正直に言うと、無理やりにコンバートしてでも迎え入れたいところだけど」

「それは遠慮願いたい。鑑定して欲しいものがあれば、お忍びとやらでなら承るよ」

「ありがとう、貴方の秘密は守るわ。そういうことよ椿。……椿?わかったら返事を……」

 

 

 そう言いながら顔を動かすヘファイストス、つられてタカヒロもそちらを向いた。返事がないと思っていた双方だが、その先に居る一人の鍛冶師の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。

 ヘファイストスですら、泣いていることに対してとやかく言う権利はない。不壊属性(デュランダル)以外のエンチャント。鍛冶師としては血反吐を吐きながら目指す目標の1つであり、数値こそ僅かなれど、その主目標を成し得た感動なのだと読み取り―――――

 

 

「48時間連続で滝に打たれて精神を整え、精魂込めて希少金属を鍛えた苦労が報われたというものだ……」

 

 

――――よく死ななかったな。

――――たぶんそれ、滝は関係ないわよ。

 

 

 と、彼もヘファイストスも呆れた表情で感想を浮かべている。どうやらヘファイストスはその時に椿が行方不明になっていたのを知っているようで、まさかの理由を聞いて溜息をついていた。

 

 

=======

 

 

「レベル1のお弟子さんのナイフだったのね。それなら上のフロアにあるわ、案内するわよ」

 

 

 椿のメンタルが平常運転に戻り、タカヒロはここで来店の理由を再び聞かれることとなる。まさかのヘファイストス直々の案内にやや困惑するタカヒロだが、右も左も分からないために彼女の後ろをついていく。何故だか椿まで一緒に歩いており周りの目を引いているが、彼女の姿は色んな意味で目を引くだろうと割り切り気にしないことにしていた。

 案内されたのは、3つ上のフロアである。ここにはヘファイストス・ファミリアにおいて初級鍛冶師が制作した武具が並べられており、扱いは無造作ながらも値段としても非常に安い。

 

 具体的にはナイフならば4000ヴァリス、ライトアーマー一式で8000ヴァリス程度からとなっており、これならばレベル1の冒険者でも買うことができるだろう。とはいえ、そんな価格帯を買う冒険者は軒並み稼ぎに出ている時間帯であり、店内は非常に閑散としている。

 彼は武器、ナイフや短剣が置いてあるエリアに案内され、しばらく品定めを行っていた。ヘファイストスと椿は後ろからその姿を観察しており、彼がどこを見るのか、どのようなものに興味を惹かれるかをつぶさに観察している。

 

 後ろからの視線を受け流しながらしばらくした時、彼は腰をかがめ、無造作に並べられていた一本のナイフを手に取った。価格は5800ヴァリス、大きさと使用されている金属の割には割高な部類となるだろう。

 しかし、本人はえらく気に入ったように僅かに口元を緩める。今の今まで仏頂面が続いていただけに何かしらの訳ありかと思ったヘファイストスは、肩越しに声を掛けた。

 

 

「気に入ったようね、それも何かのエンチャントが付与されたマジックアイテムなのかしら?」

「いや、エンチャントの類は何もない。そもそも一通り見て回ったが、エンチャントが付いている武器はこのフロアには1つも無いさ」

 

 

 そう言い捨てる彼だが、向けられる視線は真剣そのもの。素振りの許可をもらって軽く振るうも、数ランク上の装備と変わらぬ芯の良さが伺える。

 素材も強度も大したことのない初級装備の一振り。通常ならば、素人の未熟な腕によって振るわれ折れるのを待つばかりの一品である。

 

 しかし彼曰く、ここにあるなかで最も丁寧に作られている逸品の類。無造作に並べられると分かっていながらも、職人が丹精込めて作ったことが痛いほどに感じ取れた。

 コモンランクの武器ながらも、コレクターである彼の眼鏡にかなう無銘の逸品。“兎牙(ぴょんげ)”というどうにもならなそうなネーミングセンスにだけ目を瞑れば、彼が最も興味を惹かれた一振りだ。

 

 

 

「神ヘファイストス、このナイフを打った職人に武器の作成を依頼をしても良いだろうか」

「もちろんよ、なんでも言って頂戴」

「ナイフの刃渡りを2センチ程度伸ばし、重量増は最小限に。軽くなる分には問題ない。今よりも多少良い金属を使って品質はこれ以上とし、2本の依頼として価格は一本1万ヴァリス」

「レベル1の鍛冶師が作るナイフに1万ヴァリス、なかなかの高評価ね」

 

 

 そんなことを口にしながら不敵に笑い、ヘファイストスはメモを取り終えた。そしてそのナイフは先ほどの鑑定の御代として貰えるようであり、椿に対して梱包するよう指示を出している。

 タカヒロからナイフを受け取った椿は作成者のサインを見つけ、「おお、こやつか!」と、何故か嬉しそうな表情を浮かべていた。どうやらレベル1と言えど、彼女も知っている鍛冶師のようである。

 

 

「その武器を作った鍛冶師の名前は“ヴェルフ・クロッゾ”。ヘファイストス・ファミリアに居るレベル1の鍛冶師よ。今日から3日もあれば出来上がるわ、お弟子さんにも宜しくね」

 

 

 こちらも何故だか誇らしいヘファイストスの説明を受け、タカヒロは一人の鍛冶師の名前を知るのであった。




ここでベル君とヴェルフ兄貴に繋がりを持ってほしかったのと、ハクスラとのクロスなので他の細々したエンチャントがあっても良いじゃないかということでこのような内容にしてみました。
ちなみに手に持つまで内容がわからないのは、ゲームと同じくインベントリに入れないと詳細効果が分からない点を反映させております。

もっともエンチャント率も効果量も低く、(普通は)有っても無くても気づかない程度になっている設定です。

例外?原作にもある真っ黒ナイフに聞いてください…


滝の件は漫画11巻のネタより。


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8話 厳しい師匠

ヒロイン枠がお預け食らってますがもうしばらくお待ちください…


「ただいま戻りました!」

「ベル君おっかえりー!今日は随分と早かったじゃないか」

 

 

 交わされる、いつものやりとり。言いつけを守って2階層で魔石を稼いできた白髪の少年は元気よくホームのドアを開き、主神もまた元気よく出迎えた。地下室であるためか、互いの声がよく響いている。

 なお、少年が帰ってきたのは夕方と呼べるにはまだまだ早い時間帯。いつもならば夕飯直前だったりと日が沈んでからであるために、早く帰ってきたことについてはヘスティアも不思議に感じていた。

 

 とはいえ、少年が無事ならば彼女にとってはあまり関係のないことである。互いに椅子に腰かけると、今日の事を話題に出した。

 

 

「ところでベル君、午前中はタカヒロ君と鍛錬していたんだろ?どうだった?」

「はい、目指すべきところは見えました!それにしてもタカヒロさんって、ものすごく強いんですね」

「へぇ、でも確かに装備は整ってたもんね。タカヒロ君って、そんなに強いんだ」

「ええ、それはもう!なんで冒険者にならないのか不思議です」

 

 

 なお、この会話には擦れ違いがある。ベルがレベル1の駆け出しとはいえ、ヘスティアは恩恵無しのタカヒロが勝つなどとは微塵にも思っておらず、逆にベルの言い分は馬鹿みたいに強い相手を単純に称賛しているのだ。

 そして少年は、明日からは本格的な鍛錬の開始となることを告げている。彼が今日の探索を早めに切り上げてきたのは、しっかりと休むための選択だ。

 

 それでも何かできることは無いかと考え、ダンジョンに関する知識が詰まった本を手に取って読み始める。そんな少年の姿を優しく見つめる女神もまた読書が好きな女神であり、和やかな空気で共に本へと目を向けた。

 そうこうしているうちに、やや疲れた表情のタカヒロも帰宅する。彼がベルの読書姿を見て後ろから覗くと、少年は魔法に関する内容が書かれたページにくぎ付けとなっていた。しばらく見守るも、同じページを行ったり来たりしている。

 

 

「なんだベル君、魔法に興味があるのかい?」

「あ、はい。やっぱり、魔法を使えるのは憧れがありまして……。師匠って、何か魔法を使えるんですか?」

 

 

 いいや全く。と答えようとした彼は、エンピリオンの使徒を呼び出す“サモン ガーディアン・オブ エンピリオン”と“メンヒルの盾”というスキルは魔法扱いだったことを思い出した。

 しかし、逆に言えばそれだけであり魔法に関する知識もない。この世界における魔法にしても本当に世間一般における基礎程度の知識しかなく、書物で得た程度のものであり、弟子の期待には応えられそうにもない状況だ。

 

 

「魔法はからきし疎くてね、力になれそうもないかな。ところで、どんな魔法を使いたいんだ?」

「実用性も全く分かって居なくて聞いた話程度なんですけど、武器に何かしらの力を乗せて使うやつとかですね!」

 

 

 目をキラキラさせて声を強くする少年は本当に知識も無いのだろう、憧れの感情しか抱いていない。しかしヘスティアはその手の魔法を知っているのか、本を閉じて口を開いた。

 

 

「ベル君、それはエンチャント、つまり付与魔法の類だよ。タカヒロ君からも時たま不思議な力を感じるけど、何か詠唱して使っているんじゃないのかな?」

「ホントですか!?師匠、よかったら詠唱を見せてください!」

 

 

 ヘスティアの感覚は意外と鋭いようで、タカヒロがトグルスキルの中で唯一常時発動させているカウンターストライクのことを言っている。とはいえ兎の少年にシイタケお目目でそう言われても、非常に難しいところがある内容だ。

 できないものは、どう足掻いてもできないものだ。元々において魔法攻撃など素人以下であるウォーロードであるうえに、詠唱が必要なスキルなど存在しない。

 

 

「……ライフ排出死すべしバフ解除死すべし滅べ滅べナーフされろ朽ち果て」

「それ絶対に詠唱じゃなくてただの悪口だよね!?」

「バレたか……!」

 

 

 そのため、真顔で即席のでっち上げを披露している。ヘスティアのツッコミは正解であるが、これらは最早、彼が発する呪いの類だ。この2つが報復型ウォーロードの天敵というだけの話であり、彼が毛嫌いしている攻撃である。

 ちなみに付け加えると、ウォーロードを含めた全ての職業がこの攻撃を苦手としている。最大ヘルス(ヒットポイント)の割合で削ってくるヘルス排出は脅威が高く、様々な恩恵のあるバフを消す攻撃を受けたならば、最上級防具で身を固めようがヘルスが夏場のアイスのように溶けるのだ。

 

 そんなこんなで話は弾み、気づけば良い時間となっていた。明日のこともあって早めに布団へ入る師弟のうち、弟子の方は興奮と共に不安を覚える。

 覚悟はしているが、辛い鍛錬を想像するとやはり気落ちするものである。それでも「なるようにしかならないだろう」と心の中で吹っ切れると、不思議と睡魔は襲ってくるのであった。

 

=====

 

 翌朝、オラリオ北にある外壁の上。1年を通して一人二人程度しか訪れない場所であるここに、白髪を持つ二人の男がやってきていた。

 5階建てほどある防壁の屋上は通行できるようになっており、高さに比例してか幅も広く、片側2車線道路程のものがある。つまり、鍛錬するには絶好の秘密スポットとなっていた。

 

 まず始まる前に、タカヒロは一本のナイフをベルに渡す。嬉しさのあまり飛び上がって喜ぶ少年を見て、思わず表情が軽く緩んでいる。

 

 

「そこまでされると大袈裟と言いたくなるぞ。昨日渡しても良かったんだけど、興奮して眠れないと今日に差し支えると思ってね。結果として正解だ」

 

 

 流石は自分の師匠だ。と、少年もまた穏やかな顔になる。しかし直後、「真面目な話をする」と告げられ、少年の顔にも力がこもった。

 

 鍛錬と言うのは手を抜いて行っても身にならない。そして少年は、身に付けるべきことが多すぎる。

 これが今現在におけるタカヒロが持つベル・クラネルに対する評価であり、少年も自覚しているのか静かに頷いて肯定した。フードの下から見える相手の口元に穏やかさは一切無く、緊張が痛いほどに伝わってくる。

 

 

「最初のうちは楽しいだろう、しかしそのあとすぐに地獄が来る。ダンジョンにおいて隣り合わせになる死と言うものを身近に感じてもらうために容赦はできない、君を蹴り飛ばすこともあるだろう。血に塗れ骨にヒビが入り、目標なんてどうでもよくなって逃げだしたいと思うこともあるはずだ」

 

 

 耳にする言葉で目は開き、緊張からゴクリとつばを飲み込む。覚悟はしていたがいざ言葉で表されると、恐怖の感情が沸き上がる。

 とはいえ、駆け出しの少年が恐怖を抱くことは当然であり彼とて承知している感情だ。故に、退路はなけれど逃げ道も設けている。

 

 

「今から始まる鍛錬は続けるのも君の自由だが、諦めるのも君の自由だ。もし本当に心が折れたならば言ってくれ。……もう、二度と立ち上がれないと」

「……お願い、します!」

 

 

 せめて、最初ぐらいは覚悟を示し堂々と。己の師を睨みつけ、少年は頭を下げた。ここに、ベル・クラネルが体験する地獄が幕を開けることとなる。

 

 

 青年が言った通り、最初の3日間は少年にとって楽しかった。素振りも含めてナイフの扱いの基礎を叩き込んでいるタカヒロだが基本として優しく指導しているし、肉体的な負荷はかかっているが、昼食だって笑顔が生まれる。

 相手の攻撃を見て力が入っているポイントを判断し、この世界においては漠然としている力学的なエネルギーが集中する場所を把握し相手の攻撃を把握する。まだ防衛という段階までは進んでいないが、非力な腕で渡り合うためには重要なことだ。

 

 

 一方のタカヒロからすれば、「この少年は異常である」と言って過言ではない。

 

 基本として、呑み込みが早すぎる。本当に把握できているのかと疑問を抱くことが多々あったが、模擬戦闘やダンジョンでモンスターを相手にテストをしてみれば基準点はクリアしている。応用となればまだまだ怪しいものだが、こればかりは場数が足りていないために仕方がない。

 スポンジが水を吸収するように、次々と戦いの基礎を。相手や周りの状況を広く見て、“弱点”と言うよりは攻撃が通じやすく、逆にこちらが受けるに適したポイントを見つける術を身に付けている。

 

 加えて少年は零細ファミリアの特権を活かして毎晩ステイタスを更新しているのだが、タカヒロからすれば全くの別人と判断してしまう程のアビリティの伸び具合を見せている。力や速度が前日までとは全く変わっており、書物で身に付けたアビリティの成長に関する内容とは程遠い。

 とはいえ少年を否定していては始まらない上に現実であるために、彼もそのイレギュラーを受け入れている。まるで、成長ではなく飛躍を見せる少年に応えるために、彼も鍛錬の内容を吟味し返した。

 

 

 そして内容は進み、佳境の1つを迎えることとなる。タカヒロはダンジョンでも使用していた2枚の盾を用意しており、今までと違う態度に少年も覚悟を決めていた。

 楽しい時間は終わったのだと。正直なところその時間だけでも大きく成長できたことを実感できているが、真に迫るならば乗り越えなければならない壁がきたのだなと、恐怖に震える心に鞭を打つ。

 

 “全く普通の盾”を仕舞って鎧と似たトゲのある金属製のメイスへと持ち替えたタカヒロは、防いでみるよう少年に指示を出す。軽く振り下ろされた一撃ながらも少年は教えの通りに最も力が働きにくいメイスの根元にナイフを当て、攻撃を防いだ。

 速度も力も込められていないため、振り下ろされた先ほどのメイス“神話級 アゴニー”はそこで止まる。これが例えばオークというモンスターが持つ大きな棍棒だったとしても、少年は同じ防御手段を取るだろう。

 

 

「回避という選択を除いたとして、攻撃の防ぎ方には大きく分けて二種類ある。今のベル君のように真正面から止めるのと、相手の力を受け流す方法だ」

「受け流す……?」

 

 

 もう一度前者を試してみようと言って、彼は武器を振り上げてベルに向かって歩き出す。振りかぶられたメイスの非常に遅い一撃を防ぐために、少年は短剣を構えて真正面から対峙した。

 

 

「ぐああっ!?」

 

 

 しかし、襲い掛かったのは少年の身体ごと吹き飛ぶ衝撃だ。スキルを調整した彼の一撃は、例えゆっくりとした動きでも、レベル1のベルでは到底ながら受けられない程の威力を発揮する。

 吹き飛んだ身体を起こそうにもマトモに受けた右手は痺れており、右肩から先が千切れ飛んだのではないかという衝撃に息が上がって瞳孔が縮み上がる。視線に映るは、敵・味方を含めて今までに見たことのない戦士の姿。

 

 

――――怖い。

 

 

 彼に対して抱く、初めての感情。明確な殺気を向けられ足が竦み、立ち向かって戦うという意識は容易く刈り取られ消え失せる。強くなるために足掻くと決意したはずの心が、まるで茹でる前の冷麦のようにいとも簡単に折られてしまう。

 しかし、そう泣き言を口に出す暇はない。これが実戦ならば、自分は既に死んでいる。そう考え、目の前に立ちはだかる壁を倒すために今まで以上の覚悟を決めた。

 

 良い傾向だ。と、威圧を掛けていたタカヒロも安堵する。強くなるためには立ち向かうことを知らなければならず、負けると分かっていて挑むことも1つの経験なのである。反撃の鍛錬はまだ先なのだが、タカヒロは相手の攻撃を受けることを選択した。

 もっとも、ダンジョンという実戦において負ける相手に挑むのは阿呆の類だ。今現在は死ぬことのない演習であるために憂いは無い。同じことを考えているベルも、タカヒロにダメージを与えるためにひとまず右の脇腹に一撃を入れ―――――

 

 

――――自分は今、何を攻撃した?

 

 

 手に持つナイフから伝わる衝撃に、頭の中が空になった。

 ゴブリンやコボルド等を切り裂いた時とは程遠い。かつての独学の鍛錬で、そのへんの金属の鎧を殴った時ともまるで違う。今の一撃で受けた精神的な衝撃は、言い表すに難しい。

 

 立ちはだかる巨壁は、物理的には2メートルも無い程だ。しかしその実乗り越えるならば、いかなる類の防御壁を超えるよりも難しいことは読み取れる。

 ホームの外で見た、圧倒的とも言えるナイフの扱いを見て勘違いしていたのだと。この人が持つ真の立ち回りは強靭な防御力があってこそ成立する物なのだと、ベル・クラネルは報復型ウォーロードの神髄を見出していた。

 

 

「防御力が絶対と言うつもりはないが……いかなる手数、いかに強靭な攻撃も、通じない相手には隙となる」

 

 

 そんな基本的なことは分かりきっている。それでも、彼に言われると重みが違う。

 では、どうすればいいか。否定という前座で始まった彼の実戦講義は、ベルが用いる戦闘スタイルのおさらいと利点・欠点の明確化で幕を開けた。

 




次回、ヒロインの一人がようやく再登場。
ゲロ甘惚気パートが書きたいですが、まだまだ先になりそうです。

それにしても世界観のクロスオーバーは、どんな風に実装しようか迷いますね。


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9話 頑張る弟子

GrimDawnミニ知識:攻撃能力・防御能力って何?
A.攻撃能力は、相手への命中率、クリティカル発生率に影響する。防御能力はその逆で、被打率と被クリティカル率。
 本作品での攻撃能力の扱いはステータスの“狡猾さ”と合わせて“相手へ攻撃を当てるため、急所を狙う技術”、防御能力ならば“受け流しなどの被打回避技術”としており、ゲームとの意味を近づけています。
 (例として“防御能力からくる小手先の技術”など、時折本文中に出てきます。)


「ッセイ――――!」

 

 

 少年が手に持つナイフが走り、一つ目のカエルのようなモンスターの急所を容易く切り裂く。3匹がかりで飛びかかってきた有象無象の群れに対して行われた流れ作業のようなその光景だが、作業者が見せる集中力は、もし見学者が居たとしても計り知れないものがある。

 

――――いかなる手数、いかに強靭な攻撃も、通じない相手には隙となる。

 

 師が口にし指導した、この言葉を使う実践。わざと相手に攻撃をさせて、自身は受け流しなどを使用して最小限の動きで回避することで隙を作らせ、反撃する。

 相手を広く見る洞察力もさることながら、高い攻撃能力と防御能力、そして狡猾さが成し得る高等技術の賜物だ。単身で数多の死線を潜りぬけたウォーロードが身に付けた効率よく戦闘を進めるための実践的な技術を、ベル・クラネルは学び試している。なにも、自ら攻めるだけが攻撃ではないのだと学んでいた。

 

 攻撃者に対して電光石火の速さで反撃を浴びせるために、極めて鋭い準備状態に入る。いわば“カウンターストライク”、その少年バージョン。

 

 青年が愛用するトグルスキル型の“カウンターストライク”のように自身の攻撃とは別枠かつ常時確率発動はできないものの、逆に任意に発動できる点がメリットだろう。もっとも、使用者が持つ技術に左右される点は致し方ないだろう。

 少年が使った際の成功率、現時点で8割程度。そのカウンターから急所を穿つことができればモンスターを屠るのは容易いものであり、逆に己の運動量は格段に少なくなってることは明らかだ。

 

 最初は二刀流が魅せた暴風に焦がれた少年だが、一方でこんな立ち回りがあったのかと、技術を習得するたびに興奮を覚える。盾や鎧で受けてから行うものがカウンターとばかり思っていた少年にとって、最初に目にした時の衝撃の大きさはいかばかりだろう。

 むしろこの戦い方は、ライトアーマーの高い機動力だからこそできる代物だとすぐに分かる。ヘビーアーマーかつ2枚の盾を使う己の師は対極に居るために何が学べるのかと不安もあったが、そんな感情を抱いてしまったことを恥じていた。

 

 

「でも、カウンターを意識するだけじゃダメだ。こっちから仕掛けた方が良い場合もある、広く見なくちゃ務まらない。複数体が相手なら、その次までをちゃんと意識して見なくちゃ……!」

 

 

 己の師匠、タカヒロという青年の実践訓練が始まってはや一週間と少し。ただナイフを殴るように使っていた、駆け出しの少年はもう居ない。相手の攻撃を右から左へと受け流し、自身は最小の力でもって相手に致命的なダメージを与えている。

 

 

 少年は、技術の習得が早かった。まるで天賦の才と表現して過言はないほどの上達速度に、少年の師匠の視点においても驚きを隠せない。

 攻撃と防御において相手の動きの全てを見て、最も通用するであろう箇所に一撃を叩き込む狡猾さ。そのイロハを、少年は恐ろしいほどの速度で吸収しているのだから無理もない。

 

 

 だからこそ第一の壁を乗り越え、地獄が来るのも早かった。

 

 

 一言で言えば、その鍛錬のほとんどが地獄だった。殺気を向けられただけで本当に死を覚悟する程に容赦がなく、それこそ死ぬ覚悟でナイフを振るえど幾度となく蹴り飛ばされる。ポーションで応急処置はしているものの、心身ともにボロボロの状態でホームに担ぎ込まれることも毎日のことだった。

 少年が今思い返せば実戦における窮地を再現するためなのだろうが、徐々に徐々に体力を削る嬲るような攻撃や、気絶しかけの所に弱い蹴りを入れて意識を覚醒させられ、苦痛と絶望を同時に、何時間にも渡って味わうことも何度もあった。

 

 逃げれば死ぬ。刃向かわなければ死ぬ。畏れを抱きガクガクと貧乏ゆすりよりも速く動く両足に鞭を入れ、効かぬと分かり切っている相手に向かって、少年は身を削りナイフを振るう。

 明らかに手を抜いているということが分かる相手は少年に合わせた攻撃を行っており、一方で不意の一撃や実際に蹴り飛ばすようなことも行っている。身体が“死ぬぞ”と警告を発するなかで続けられる戦闘は、少年からすればダンジョンとすら比較にならない極限状況での練度の高い鍛錬となっていた。

 

 それでも恐怖に負けて理性を捨ててしまい昔のようにナイフで殴るようなことをすれば、少年の師は容赦をしない。相手の足が動いたかと思えばすぐさま肺の空気がすべて押し出され、待っているのは苦痛と絶望の焼き直しだ。

 その蹴りを受けないために、少年は体に鞭を打って立ち上がる。これが実戦ならばとっくに死んでいるのだと己の心に活を入れ、心に灯る炎を表すかのような赤い瞳に力を入れる。

 

 

 そんな死と隣り合わせの鍛錬を乗り越えてきたからこそ、今のベル・クラネルがそこにある。

 

 

 よくよく考えれば冒険者になって数日、そこから師を得てたったの一週間だ。例えレベル5や6の冒険者が師になろうとも、ここまでの成長は望めないだろうと思えてしまう。

 どれだけ大きな尾びれを付けても優しくは無い鍛錬だが、彼だからこそ今の自分があるのだと強く思える。そして鍛錬においては温さが全く無い己の師が放つ言葉は、いつも少年の心に突き刺さる。

 

 

――――例え階段を往復する鍛錬でも、ダラダラと行う100往復なら辞めるべきだ。

 

 

 少年にとっては、その言葉の意味が分からなかった。反論するわけではないが、手を抜いているつもりはなく全力で走っている。終わった後は息が上がるし、足だってパンパンだ。

 それが全力では無かったと知ったのは、鍛錬で“死ぬ”と覚悟した時だ。師が言うように、本当の限界と比べれば、今までの鍛錬などは“ダラダラ”と表現するに相応しい。

 

 だから、少年は20往復に変更した。ステイタスの向上もあれど一往復にかかるタイムは3割ほども速くなり、しかし終了後は両足を鎖で固定されているかのような激痛に襲われる。とてもではないが、いつもは次に行っているスクワットなど出来る状態ではない。

 しかし、上半身はまだ動く。腕立て伏せができるならばと考えこちらも全力で実施すれば腕もまた鎖で縛られることになり、自然と身体は動けなくなっていた。

 

 大の字に倒れ込んで空を見上げ、休憩すること3分程度。本当に少しだけ足の感覚が戻ってきたと同時に、ベル・クラネルの身体に蹴りが入れられ宙を舞った。

 吹き飛ぶ際に肺から熱い空気が絞り出され、力を入れるために呼吸をしたら壁に打ち付けられて再び肺の空気が押し出される。体中に激痛が走り、痛いと感じる前に涙が出た。

 

 まるで嫌がらせ、控えめに言っても“虐め”である。動けない相手、それも格下で年下である少年にするようなことではない。

 力が入らない、と感じていた両足に鞭を打ち、顔をぐしゃぐしゃにして少年は立ち上がる。辛うじて感覚を取り戻した足を使って、何度も何度もつまづきながらも間合いから逃れねば。止まったままでは、あの苦痛と絶望が待っているのは明らかだ。

 

 だから、少年は抵抗した。鍛錬で使っている武器は無いが、相変わらず少年の限界に合わせて加減してくれている相手の一撃に存在するであろう隙を見逃さぬよう広く見る。

 相手がメイスによる攻撃のために力を入れるであろう、腕を振り降ろし始めた一瞬。針金で固定されたかのように痙攣する腕に無理やり力を入れてナイフの側面を当て、メイスが辿るラインをずらすという完璧な受け流しを行い精一杯の抵抗を行った。

 

 

「見事――――!」

 

 

 掛けられた言葉は、たったそれだけ。少年自身何をやっているか理解せずに半分ほど条件反射で行われたこの一撃は、ベル・クラネルの成長を嫌という程に示していた。踏みぬかれた麦が伸びるかのようにして、少年は確実に自力を身に着けている。

 到底ながらレベル1が反応できる速度でも状況でもなければ、内容でもありはしない。ステイタスに影響される速さはさておき、満身創痍で気絶寸前という極限状態を前提として言えばレベル5ですら行えない者がどれだけいるかとなれば大半が占めるだろう。タカヒロ自身も、見事と表現する他に言葉が無かった代物だ。

 

 しかし、ここまでだ。一度限界を超えた少年の身体は今度こそ言うことを聞かず、青年の腕の中に倒れ込む。

 意識を手放す寸前に聞こえた称賛の声に、己の頬が緩くなるのを感じながら。少年は満足げに、安らかな顔で眠りについた。

 

 

 

 これが昨日の話であるなどと話したところで、誰が信じる中身だろうか。師であり目撃者でもあるタカヒロですら、未だに現実として受け入れることに若干の抵抗を示している。

 

 しかし、ベル・クラネルが歩んだ確かな道。それを示すかのようにステイタスも技術に負けじと飛躍的な向上を遂げており、この階層のモンスター相手では撫でるかのようにして命を奪うことができる程にナイフの扱いに長けている。

 本音はもっと下へと潜りたい少年だが、師の言いつけであるために断固として己の欲望を封じていた。とはいえ流石に心残りはあるのか、6階層へと通じる正規ルートに一度だけ顔を向けると、5階層のモンスターを倒すべく表情を引き締める。

 

 

 

 ズシンズシンという音が響いてきたのは、そのタイミングであった。この階層にしては大型のモンスター、それも足が速い。気づいたときにはまだ遠かったが、すぐそこの曲がり角にまで迫っている。

 戦うか、引くべきか。少年は咄嗟に退路を確認し、いざとなったらバベルの塔1階にまで駆け上がることのできるルートを思い出す。コンマ数秒でその処理は完了し、身体の位置だけ逃走ルート上に変更し、目の前に来るであろう敵を見定めた。

 

 

「ミノタウロス!?」

 

 

 驚きは隠せないが、そのモンスターは知っている。大きな角を持つ、牛の頭をもった筋肉質なモンスター。全長は2メートルを超えており体重も軽く100kgを超え、その身の丈のほどはある石造りの天然斧を持ち合わせ、5階層程度に居る冒険者では赤子の手をひねるよりも容易く葬られてしまうモンスターだ。

 本来ならば15階層付近に居るモンスターが、なぜこんな5階層という浅い領域に居るのかは分からない。しかし敵の目は明らかに少年をとらえており、抵抗しなければ死ぬであろうと痛い程に感じ取れた。

 

 野獣が吠える。次の獲物、死ぬのはお前だと知らしめるような咆哮が、少年の身体に突き刺さる。

 

――――来る!

 

 少年は咄嗟に身構え、バックステップで初手の縦振りを回避した。地面は軽々と割れており、マトモに受ければ己の身体は消えて無くなっていただろう。

 ゾクリと背が震えるも、それに意識を向けている余裕は無い。確かに死の気配は感じたが、“あの鍛錬”と比べれば生きる道は遥かに多く感じ取れる。ならば逃げるにしろ相手にするにしろ、目の前の脅威に立ち向かうだけだ。

 

 小石が舞う中、地面をたたき割った斧と、相手の目線や動作を見逃さぬよう広く見る。反動なのか斧は腕ごと宙に浮いていると思ったが、相手はやや姿勢を低くしており明らかに足に力を入れている。

 ならば、繰り出されるは突進術による突きの攻撃。先ほど見せたバックステップを繰り返せば、己は確実に吹き飛ばされることになるだろう。故に少年は、脱出ルート側である左へと回避するために足腰に力を入れ――――

 

 

「……えっ?」

 

 

 自分を襲うミノタウロスが、眼前で切り刻まれたことに驚愕した。真正面から返り血を浴びてしまうも、反射的に目から口の部分だけは手でガードできたのは幸いだろう。

 しかし、その感情もすぐに変わる。ミノタウロスを相手に放たれた切っ先は目で追えたが、反応することができなかったことに悔やんでしまう。これが実戦で切っ先が敵ならば、ベル・クラネルはここで死を迎えていただろう。

 

 魔石ごと斬ったのだろう、ミノタウロスという肉が灰へと還る。その向こう、少年から3メートルほど先に佇んでいたのは、血振りを行う一人の少女だ。

 

 

「……大丈夫、ですか?」

 

 

 此方を見つつ血振りを行う整いすぎた容姿は、なんという言葉でもって比喩すべきだろうか。ダンジョンの中という薄明かりに対しても輝きを発する程に綺麗な黄金の髪と、己を見据える同じ色の透き通った瞳。背丈は少年自身と同じぐらいだろう。

 例えるならば、人形という言葉が適切かもしれない。それほどまでに整いすぎた容姿を持つ少女、剣姫の2つ名を持つアイズ・ヴァレンシュタインを眼前で見上げた少年は――――

 

 

「だ……」

「……だ?」

「だああああああああっ!?」

 

 

 いくら精神と覚悟を鍛えても、己の師との特訓において男女関係が含まれる事はない。そして乙女にも負けぬ程の初心故に、そちら方面への耐性などゼロである。

 

 あまりの感動と少女の綺麗さ、そして己の感情から湧き出る一目惚れの情熱に理性が完膚なきまでに負けてしまい。少年は顔を真っ赤に染め上げると、脱兎の如く逃げ出した。

 

 




最後はセオリー通りですが原作リスペクトで纏まりました。
鍛錬の成果が出ており原作以上に成長していますが、まだミノタウロスには勝てません。


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10話 ヘスティア・カウンセリング

え、ルーキー枠ですが日刊2位?

…新実装されたMI装備掘らなきゃ(使命感)


畏れ多く、恐縮です。皆さまのお陰様でございます、今後ともよろしくお願いいたします。


「……大丈夫かい、タカヒロ君。なんだか、生きることに無頓着のように感じるよ」

 

 

 早朝に愛弟子のベル・クラネルを5階層へ送り出した日の昼下がり。今日はバイトも休暇となっていたヘスティアは、ソファベッドによりかかって読書をするタカヒロの向かいの席に腰かけ呟いた。

 書物に向けられていた視線は途切れ、言葉の主が己に向けるサファイアの瞳へ。フッと軽く笑ってパタンと本を閉じ、より一層ソファにもたれかかり受け答える。

 

 

「半分正解、と言ったところかな。流石は神、よく見ている」

「これでも君の神様、親だからね。ベル君を可愛がってくれるのは嬉しい……なんだか最近は虐めているようにも見えるけど、ちゃんと君自身の目標も見つけなきゃダメだぜ?君は、オラリオというダンジョンに何を求めるんだい?」

「そう言われても、求めるものなど……」

 

 

―――だってモンスターぶっころしても武具の1つも落ちないんだもん。

 

 という残念な本音をぶちまけるワケにはいかないのが彼の辛いところである。しかし、そのために戦い戦場を駆けてきたことも、また事実だ。

 

 目的と結果が入れ替わって、装備集めに没頭した結果として世界を救った男が、その主目標を失ったために出来上がったのが今の彼だ。別に引きこもりということもなく、ベルとの鍛錬は欠かさないしフラっと出かけていることもある。彼が弟子に説いた戦う理由を、彼本人が手からこぼれ落としているというだけの話だ。

 完全な居候となると色々と問題なためにダンジョンへ行くこともあるが、上層部で適度に稼ぐ程度にしか赴いた事がない。それもまた弟子の成長を確認するついでの行いでであり役割はサポーターで、彼が戦闘を行ったことは一度も無い。もし今のベルが5階層あたりをウロウロしていることを少年の冒険者アドバイザーが知れば、説教という指導の雷が落ちるだろう。

 

 ダンジョンで行われるベル・クラネルの戦いに、彼は決して手を出さない。モンスターが集団で襲ってくるなどして彼の前で危機に陥った状況も何度かあれど、それもまた弟子の成長に欠かせないと傍観者に徹していた。そして彼の期待にこたえるかのように、少年は教わった技を駆使して危機を乗り越える。

 彼がベルと共に戦えば、危機に陥った時に手を出せば、もちろん非常に安全な狩りとなるだろう。しかしそれでは、少年の成長は望めない。ステイタスにおける各種アビリティという数値の類は成長しても、この世界で言うところの発展アビリティ、ベル・クラネルとしての真の強さの類は育たない。筋肉を付けたところでスポーツで勝てるわけではないのと同じである。

 

 

 今も昔も、人の手と経験によって育つモノに変わりはない。技術と呼ばれるその代物は絶え間ない努力の上に成り立つ代物であり、青年にとっても少年にとっても同じものだ。

 青年とて、「もうこれで十分」と思ったことは無い。権能を発揮した神ですら屠れる程にまで技術を磨き、揃っているはずの装備を収集する理由の1つがそこにある。

 

 例え1%の能力向上でも、可能性があるならばそれを追うのがハクスラ民だ。その程度しかステータスが上昇しなかったとしても、向上した己の実力と装備の性能は必ず応えてくれるものである。

 後者の向上が期待できない現状においても、現在も弟子との鍛錬や勉強の合間を縫って自主トレを欠かしていない。重量物とは思えない程の速度で振るわれる盾の威力と狡猾さは、現役のソレと遜色ないほどに鋭く力強さを兼ね備えている。

 

 

 だからこそ、戦士であるウォーロードは戦うべき道を見失っている。まるで、ゲームを極め卒業した人物が、アップデートがきていないそのゲームを再びプレイしているかのようだ。

 守るものもなければ屠るべき相手もおらず、ならばと娯楽的なコレクターという道があるわけでもない。「装備がドロップしない」という真相までは見抜けないが、進むべき道を見失っている点を感じたが故に、ヘスティアは先ほどの一文を口にしたのである。

 

 

「……ベル君のように、女のケツでも追いかければ変われるだろうか?」

「どこかのまな板神とベル君を同じにしないでくれるかなー。ベル君は、そんなふしだらな男じゃないよ!」

 

 

 珍しく下ネタの類を呟く彼を見る。「自分は迷子だ」と遠回しに訴えるタカヒロの心の声を拾って、彼女も悲しげな表情を見せている。

 

 ベル・クラネルのように、自分を拾ってくれた神様の役に立ちたくてヘスティア・ファミリアへと入ったわけではない。青年にとってのこの場所は、一時的な止まり木のようにも受け取れる。

 それでも、理由が後から生まれても構わない。青年がヘスティア・ファミリアを好きになってくれることが、彼女にとって今一番の目標だ。

 

 

「……ああ、そうだ。ただ後ろを追いかける下種な男じゃなくて、理想の隣に立てるよう藻掻き頑張る立派な雄さ」

 

 

 顔を逸らして呟いた青年の顔が、優しく緩む。まるで遠くに居る子を見守る父親のようであり、同時に、その視界に自分自身を捉えていない。

 しかし、今において彼が掌に持っている生きる理由だ。ベル・クラネルの成長を見守ることが、彼にとっての数少ない愉しみとなっている。

 

 そんな青年のスパルタ英才教育を受ける少年だが、これほどの天才型はオラリオにおいても過去に例がない。レベル1から2の最速ランクアップ記録は、現在アイズ・ヴァレンシュタインが所持している1年だ。僅か一か月でリーチをかけていることが、どれほど異常かが分かるだろう。

 ベル・クラネルが“十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人”を地でいかない為に、タカヒロが行っている鍛錬の内容も師弟の両方にとって難しいものがある。彼からすれば、ステイタスを更新するたびに別の世界線のベル・クラネルを鍛えているような感覚であり、匙加減が毎度の如く大きく変わるために調整が難しいのだ。

 

 

「ってことで、別に全く目標がないってワケでもないのさ。ベル君に色々と教えるのは、宝石を磨いているかのようで面白い。ステイタス更新のたびに、内外面共に強くなっているのがハッキリわかるよ」

「君の教えが優れているから、言い方は悪いけどあれだけ馬鹿みたいに強くなってるんだと思うよ……」

「自分の指導はさておき、何かしらの理由で引き起こされている急激な身体能力の向上に対して戦闘技術が追い付いていない。力任せに剣を振るえば7階層でも後れを取ることは無いと思うけど、だから今は5階層で制限を掛けている」

「うっ。すごいね、よくわかってる。タカヒロ君になら見せてもいいだろうね、これが昨日のベル君のステイタスだよ」

 

 

 そう言って、彼女は一枚の紙をタカヒロに差し出す。そこには、部外秘である内容が記載されていた。

 

 

ベル・クラネル:Lv.1

【アビリティ】

力 :E:401

耐久:S:973

器用:D:554

敏捷:D:507

魔力:H:101

剣士:I

 

【魔法】

 【ファイアボルト】

 

【スキル】

 【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】:早熟する。憧れが続く限り効果持続。思いの丈により効果向上。

 

 

 魔法が1つ、スキルが1つ、レベルアップもしていないのに発展アビリティが既に1つ。魔法はさて置くとしても、この3つは異常と言っていいだろう。

 耐久については鍛錬とはいえ心の中で謝るしかなく、彼も心が少し痛んでいる。

 

 いつのまにか発現している魔法は本人の口から聞かされていないが、これは発現した理由にある。基本として魔法に疎いヒューマンが魔法を発現することは、実はとても珍しいことなのだ。

 オラリオにあるソコソコお高い酒場、“豊饒の女主人”から持って帰ってきた本を読んだ、というのが、まさかの原因である。何を隠そうその本こそ魔法を強制的に発現させる“グリモア”と呼ばれるものであり、お値段も最低でも数千万ヴァリスを軽く超え高品質のものならば億ヴァリスを上回る代物だ。

 

 後の祭りとなってからそれに気づいたのはヘスティアなのだが、知らぬ存ぜぬの指示を出したために少年はタカヒロに対してもその指示を実行してしまっていたのである。

 もっとも青年とて、もしそれを教えてもらったところでロクなアドバイスはできないだろう。魔法については、からきし疎いウォーロードが教えるべき内容ではないと考えている。

 

 

 ともあれ青年が本で身に着けた知識をなぞるならば、冒険者になって一カ月程度の少年にしては破格どころか規格外のステイタスだ。

 アビリティがDランクに達しているが故に、既にレベルアップが可能な条件の1つを満たしている。あとは何かしらの大成を行うことができたならば、晴れてレベル2になれるだろう。

 

 と思っていたタカヒロだが、ヘスティアの口から驚愕の事実を知ることとなる。

 

 

「実はもうレベル2になれるんだ、君もベル君の異常さがわかるだろ?このスキルは君が来た2日目の夜に発現していたんだけど、ベル君にはスキルや発展アビリティ、もちろんレベルアップ可能なことについては教えていないよ」

「……もしレベル2になれば過去の最速記録すら話にならん速さか。そしてこのスキルはレアスキル、最近では固有スキルとも言うんだったか。見る限りだけど成長ブーストだ、ステイタス更新の度に別人になっていたのはコレが原因か……」

「そう、よく勉強しているね。ま、これらを持ってる本人に言わない理由も分かると思うけど……」

 

 

 ……まぁ、隠し事なんてできそうにないからな。と、タカヒロは呟き溜息を吐いた。目を閉じ眉間に力を入れて困ったような顔を全開にして、ヘスティアも盛大に溜息を吐いている。

 少年の良いところであり、しかし悪いところだ。ではどちらを取るのかとなれば、やはり前者のウェイトが大きく、今時はレアスキルよりも珍しい正直かつ素直な若者である。

 

 

 【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】。タカヒロの考察通りにアビリティ数値の上昇をブーストさせるものであり、彼が持つ強さに対して強く憧れたことにより発現したものだ。

 もっともアビリティ数値の上昇を早めるだけで、だからと言って剣術の能力などを上昇させるものではない。レベルアップも含め、ベル・クラネルが成長するかどうかは彼の冒険次第なのだ。

 

 ちなみにレベルアップの保留については、タカヒロも賛成する意向を示している。当初と比べればかなり身についてきたとはいえ、基本となる戦闘技術が伴わない内は現状維持というのが彼の考えだ。彼の中で、まだ合格ラインは超えていないようである。

 ところで今回におけるレベルアップのトリガーは、いつかの鍛錬において死亡一歩手前の極限状態から青年のメイスを完璧に受け流したことが影響している。“上質な経験値”とやらが曖昧なこの世界においては、何がトリガーとなるかは神ですら把握できない内容なのだ。何も、相手を倒さなければ経験値が入らないという道理はない。

 

 

「……で。話が戻るけど、タカヒロ君はまだ、冒険者になってみる気はないのかい?ボクも、君ならかなりいいところまで行けそうな気がするよ!」

 

 

 それこそ、第一級冒険者のようにね。

 と、ヘスティアはポジティブな言葉、若者にとって魅力的な内容でもって彼を焚きつけようと言葉を掛ける。彼女から見た一般的な“子”ならば、目を輝かせて憧れるような言葉の類だ。

 

 しかし、メンヒルの化身は揺るがない。そんなものに興味は無いと言わんばかりに鼻で笑い、しかし心配してくれる彼女に礼の言葉を述べ。彼は先ほどまで読んでいた本を手に取ると、弟子のために知識の習得を再開するのであった。

 

 

 神ヘスティア、思ったより青年が重症であることを知る。

 

 

 となれば、なにをもって“やる気スイッチ”を押してあげるか。金や名声については先ほど鼻で笑われた上に、同様の愚痴から女性関係は逆効果だろうと考える。

 程度は違えど、どちらも普通の冒険者ならば食いつく代物だ。そこまで冒険者に対する魅力が足りないかと考え、なんとかして良さげな言葉がないかと記憶を探り――――

 

 

「あ、そうだ。ヘファイストスが言ってたんだけど、51階層の泉にいるカドモスっていう強力なモンスターが、固有のアイテム!皮のようなレアアイテムを落とすらしいよ!」

 

 

 それがゲットできれば一攫千金、男の夢だねー!

 という、続けざまの言葉は彼の耳に入っていない。つい先ほどまで読んでいた本など興味ないと言わんばかりに輝く青年の目には、もう51階層のカドモスというモンスターしか映っていない。

 

 固有アイテム、つまりMI。装備かどうかはわからない、むしろ確率としては低いと考えるが、MIというだけで青年の戦意は急上昇してしまっている。

 

 零細ファミリアを束ねる女神・ヘスティア。苦し紛れに出した己の言葉が、己の胃を苦しめることになると知るのは数日後の話であった。

 




ステイタス的には(耐久と魔法を除いて)シルバーバックと戦う辺りと同じぐらいですかね。
主人公よりチート気味なベル君になってきました。
そしてヘスティア様の胃やいかに


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11話 思わぬ再会

アップデートで追加された新規MI掘ってたら二次創作日刊一位
って何がどうしてこうなりやがりましたか……

本当、皆様のおかげ様です。お礼の前倒し更新!
内容はダンまち屈指のワンシーン一歩手前、舞台はあの居酒屋です。



ですがホント豆腐メンタルなので皆様お手柔らかにお願い致します…orz


「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~………」

 

 

――――なかなかの肺活量だ。

 

 などと斜め上の考えをするタカヒロは、本日何回目かわからないベルの溜息を酒場のカウンター席、少年の右横で聞くはめとなっていた。それに合わせて胃の空気も出ていっているのか、ぐぅ、と可愛らしい音も少しだけ聞こえている。

 態度があからさまなために、何かあったことは想像がつく。が、少年からすれば誰にも相談できないために、この“ガス抜き”の結果となっていることは予想できた。

 

 実はこの時のベル・クラネル。なぜだかダンジョンの5階層という浅い領域でミノタウロスと遭遇し、ロキ・ファミリアのアイズ・ヴァレンシュタインに助けてもらった上に一目惚れした日の帰りなのだ。

 なお、助けてもらった際の対応に問題がある。アイズの可憐さに見とれたと思えば恥ずかしさが込み上げ、御礼も言わずに一目散で逃げ出してしまい返り血塗れのままオラリオの大通りを疾走。そこからギルドの施設に飛び込んで、彼のアドバイザーであるエイナ・チュールに「女の子は強い男に憧れる。ましてやレベル6で風の魔法を使い剣姫の二つ名と名高い彼女なら釣り合う男は限られる」と言われメンタルを削られたのちに5階層へ行っていたことに関してコッテリと説教を受ることになるというオチである。

 

 

「はああぁぁぁ………」

 

 

 それら様々な香辛料で調理された結果として、このような悩める白兎が出来上がっている。彼を“料理された品”と表現するならば間違いなく不出来な一品であり、ベル・クラネルという素材の良さを損ねていた。

 

 ちなみに、店へ訪れているのは師弟関係の二人だけ。ヘスティアはバイト先の打ち上げがあるとのことで、カウンセリングが終わったタイミングで出かけている。帰宅直後にやたらと落ち込むベルを見て、タカヒロが外食を提案した形だ。

 なお、夕飯にしては時間が早かったことと資金は現地調達ということで、4階層あたりで適当に魔石を集めた帰りとなっている。そのために双方ともに鎧姿であり、店についてはベルが知っているところに決めたために案内を行っていた。蛇足としては、流石のタカヒロもフードを外して席についている。

 

 

 ガッツリと肩を落として魂を吐き出すかの如く溜息をつく少年の横顔を時たま流し見ながら、タカヒロは広い酒場を観察する。座っているのが入口から奥にあるカウンター席であるために、偶然にもほとんどの席が一望できる立地であった。

 

 他の席に居るほぼ全ての者が、冒険者の類であることは読み取れる。この世界におけるレベルで言うならば、1か2と言ったところだ。

 が、そこは大して問題ではない。ヘスティアやベルの説明からも、大抵の冒険者がレベル1、良くてレベル2の範囲でウロウロしていることは青年も知っている。

 

 客ではなく、この店で働いているウェイトレス。猫耳やエルフ耳を持つ女性の方がソレ等よりも戦闘要員としては遥かに上である点が、彼の中で盛大な疑問を作っている。

 彼もレベルという概念については未だに疎いが、直感的に判断するならば彼女達のレベルは4と言ったところだろう。オラリオにおいては数少ない、第一級冒険者クラスということだ。

 

 そして最初にドリンクを運んできた店主、豊饒の酒場を仕切るマッチョなドワーフの女性であるミア・グランドを見て、疑問は更に膨れ上がる。店主だと自己紹介を受けたタカヒロだが、彼の脳内では店主と言う2文字にボスというルビが振られている。

 持ち得る戦闘能力が、先の店員達の比ではないことは明らかだ。仕草からして本人達は隠しているつもりであるものの、彼の中では「ここはどこかの秘密結社か」と考えが斜め方向に飛躍していた。

 

 

「ですからベルさん、嫌な時は美味しいものを食べて元気を出しましょう!はい、ご注文のパスタとサラダですよ」

「はぁい……」

 

 

 なお、先ほどの盛大な溜息が出る前に料理を持ってきたこの店員だけは様々な意味で例外だ。タカヒロとベルが店へと訪れた際にシル・フローヴァと名乗った銀髪の女性ヒューマン。恐らくセミロング程度の長さであろう髪の毛を後頭部で団子にしており、戦闘能力に関してはレベル1以下の一般人。

 雰囲気としては見た目相応の可愛らしさがあるのだが、どうにも艶やかさがチラホラと見え隠れしているのが青年としての視点である。ベルに対するスキンシップは店員と客の度合いを超えており、普段から親しげな関係にあるのだろうと予想していた。

 

 もっとも、そんなスキンシップや“妙な視線”を向けられないならば、関係は店員と客で済む話だ。オラリオにおけるやや上級の酒場、タカヒロとベルが今晩訪れている酒場、“豊饒の女主人”とは、如何わしい店ではない。

 

 

「あ。ようこそご予約ですね、いらっしゃいませ!」

 

 

 ベルの肩に両手を置いていた彼女が、ふと店の入り口に顔を向ける。その瞬間には早歩きで入口へと向かっており、他の店員の半数も同様に向かっていた。

 そんな周囲の反応につられるかのように、タカヒロも視線を入り口に向ける。注文したボロネーゼとレタスが中心となったサラダのうち微妙に残っていた後者にフォークを刺しながら、“予約”らしい客を観察していた。

 

 シャキシャキと咀嚼しながら気配を殺しつつ、気づかれぬよう流し見る。どうやら少し時間より早くなったらしく、代表の一人が問題ないかどうかを聞きに来たようだ。結果として問題は無く、黒髪のヒューマンは外に居るであろう他の人物を呼びに戻っている。

 案の定、ゾロゾロと集団が入店してきた。先頭は……子供か?と思ってしまう程に背の小さい金髪の男、それに続いて髭を蓄えたガッチリとした身体のドワーフ。そして更には―――

 

 

「おや」

「っ!?」

 

 

 青年は、ゴクンと飲み込んだ直後。少年はパスタを口に入れる直前のタイミングで、それぞれ緑髪の女性エルフと金髪の女性剣士が目に留まる。玲瓏ながらも凛とした声と細々としながらも可憐な声は、それぞれ男二人の耳に残っている。

 集団の中においても一際目立つその容姿は美女揃いであるロキ・ファミリアにおいても頭一つ抜き出ており、街を歩けば殆どの男が振り返る程だ。なお、何故だか少年は反射的に頭を下げて、カウンター席と厨房の間にある仕切りに姿を隠してしまっている。

 

 

「うっほ、えらい上玉のご一行やなー」

「バカ、お前あのマークが見えねぇのか!?」

「あ?げっ、ロ、ロキ・ファミリアじゃねぇか!」

 

 

 後ろのテーブルからそんな会話が聞こえてきており、青年の耳につく。なるほど、あの嘘つきエルフはロキ・ファミリアの所属なのだなと彼女に関する情報を得ていた。

 もっとも、だからと言って話を蒸し返して何かを起こすつもりは彼にはない。単純に、見知った人物に関する情報の1つを得た程度の感覚だ。

 

 一方で少年の食事が進んでいないことに気づき横を見ると、タカヒロが助けたうちの一人である金髪の彼女を見つめるクリっとした赤瞳は、憧れと惚れを抱いている。とはいえわざわざ口にするものではないために、タカヒロは正面に向き直って果実ベースの軽い酒に口を付けた。

 やがて少年も、正面へと向き直る。何かふっきれたところがあるのか、残っていた少量のパスタをガツガツと口に放り込んでいた。

 

 

「よっしゃ、ダンジョン遠征ご苦労さん!今日は宴や、飲めぇ!」

 

 

 どうやら集団は、遠征帰りの打ち上げの様子である。次々と運ばれてくる料理に目を奪われるベルだが、その視線の最後には必ず人形のような彼女の姿があったことに気づいているのはタカヒロぐらいである。

 そんな彼も、ベルほどではないが店員を見定める流れで緑髪のエルフを流し見ていた。乾杯の音頭を取ったテーブルとは別のグループではないかと思えるぐらいに落ち着いた一角に居り、周囲に居るのもエルフだらけの様相を見せている。高貴なハイエルフである彼女を“雑種”の魔の手から守るために一丸となっていることを、タカヒロが知る由は無い。

 

 

「凄い料理の数々ですね。さすが、オラリオ第一を争うファミリアです」

「ああ、量も質もかなりのものだ。しかし自分も少し量が足りなかった、ベル君はどうかな?」

「じ、実は自分も少し……」

 

 

 少年は視線を落とし、人差し指をモジモジとさせる。頬は恥ずかしさから薄桃色を見せており、そのうち「えへへー」という照れ隠しの一言が聞こえてきそうである。

 君はどこの初心な少女だ?とツッコミを入れたいタカヒロだったが、ガラでもないために喉元で押さえつけた。そして微かな苦笑を返したのち、たまたま横に来た店員を捕まえる。

 

 

「店員さん、何かお勧めの……そうだな、スープのようなものはありますか?少し腹に溜まるとありがたいのですが」

「細切れのパンが入った、コーンをベースとしたものはどうでしょう?温かいですし食後にもピッタリです、おいしいですよ。適度な甘みもありますので、クラネルさんもお好きかと思います」

 

 

 説明からするにコーンポタージュの類だろうか、と彼は考える。来店した際シルに“リュー”と呼ばれていた薄緑髪の小綺麗な女性エルフの店員が、表面上の愛想こそ良くない仏頂面だが落ち着いた声でハキハキと返事をしていた。

 確かに、パスタを食した後に飲むものとして相性も悪くは無く、また、飲んでいた酒と喧嘩することもないだろう。

 

 タカヒロはベルに顔を向けると、彼も軽く頷く仕草を返している。彼女も少年の事を知っているようだが、関係のないことには触れないように返事をした。

 

 

「では、それを2つお願いします」

「かしこまりました」

 

 

 タカヒロも書物で学んだ程度だが、エルフの性癖はヒューマンと大きく違っている。あまり他人とは関わらず、触れることは余程に親身な者でなければ許さないというのが一般的なエルフの特徴と言って良いだろう。

 もちろん例外も居るとはいえ一般的なセオリーに沿うエルフ、“リュー・リオン”だが、ここは酒場である。彼女の容姿を目当てに無駄に話を引き延ばす輩も少なくは無いのだが、このような多少の質問を挟んだ上での注文ならば彼女としても気にならないようである。

 

 彼女は店員で、彼は客なのだ。軽く頭を下げ、注文を受けた彼女は厨房へと消えてゆく。やはりその歩き方に淀みは見られず、中々の腕前だとタカヒロは内心で評価していた。

 

 

 しかし状況は、突然と動くこととなる。




原作と少し時系列がズレており、本作では帰還当日の宴となっています。
ヒロイン風味のベル君に需要がありそうだったのでこっそり混ぜておきました。違和感がない不思議。
そして本来のヒロイン成分が足りない…


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12話 懐かしい記憶

ここから数話が、アンチ・ヘイト タグの筆頭です。
このシーンのために当該タグがついてるダンまちの二次創作は多いでしょうね。

念のために記載しますが、作者としては決してベートが嫌いなわけではありません。弟子とかとったら良い兄貴分になりそう。
とはいえ流石に、あのツンデレ語は初見相手に理解しろという方に無理があるかと…。


 物語が聞こえる。娘に優しく語り掛ける、鈴の音のように心に響く優しい風。

 

 遠い昔。幼い頃に何度も耳にした、心が芯から安らぐ声。地べたに座り木に寄りかかる親子のために、草木はサワサワと心地よいBGMを奏でている。

 物語の語り部は少女の母親で、語る内容は英雄詩。一般ではハッピーエンドと言われる結末を持つ、幸せな物語。一人の英雄が姫を眠りから呼び覚まし結ばれる、ありきたりなストーリー。

 

 母の膝の上で物語に耳を傾けるかつての自分自身がふと横を見ると、ライトアーマーに身を包んだ父親が優しい顔を向けている。その姿を数秒見つめ、少女は1つの疑問を声に出した。

 

 

「わたしも、こんなものがたりにであえるかな?」

 

 

 腰ほどの背丈である少女の問いに、両親は顔を見合わせる。どうやら、そのような問いを投げられたのは初めてのようだ。

 そして共に、子が抱いた疑問も当然だろうと考え苦笑した。これほどまでに読み聞かせてきた物語だ、興味を持ったところで何ら不思議ではない。

 

 

「あなたも、いつか素敵な人に巡り合えるわ」

「ああ。私は既に母さんの英雄だからお前の英雄にはなれないが、いつか、お前だけの英雄に巡り合えるさ」

 

 

 優しい声と力強い声を耳にして、少女は母の胸に飛びついた。

 

 これが―――この光景が、夢であることはわかっている。

 一人の少女、その随分と昔の話。戦いの毎日に明け暮れ、忘れかけていたかつての記憶。黒い龍に立ち向かい、捻じれた空間に消えていった――――

 

 

「――――っ、いけない、もうこんな時間……」

 

 

 ダンジョンの51階層で遭遇したイレギュラーから日付が経ち、地上へ帰還した日の昼下がり。いつのまにか、アイズ・ヴァレンシュタインは自室で転寝をしてしまっていた。

 ダンジョンでいくらかの無理をした疲れもあっただろうが、今宵は打ち上げが待っている。就寝前の噂によると店側の都合ということらしいが、なんともハードスケジュールな話である。

 

 しかし、そのおかげで。少しぐらい眠る時間があると判断し取った睡眠で、かつての記憶を夢見ることができた。

 もう何年も見ることなく、正直なところ忘れかけていた昔の光景。ベッドから立ち上がった足取りは不思議と軽く、遠征帰りの直後だというのに調子が良いと感じてしまう。

 

 

「……でも、なんで」

 

 

 日が落ちてロキ・ファミリアのメンバーと合流し街中を進んでいると、ふと、人波にあの時の少年を感じてしまう。その方向を見るも、残念ながらその姿は存在していなかった。

 そして、気づく。己の中に燃えていた黒い炎が、僅かながらに弱まっている。スキルにまで発現してしまうこの炎が弱まったことは、過去に前例の無いことだ。

 

 

――――もしかして、あの少年が見せてくれた?

 

 

 出で立ちは全く違うが、記憶にある父親とどこか似た白髪。そうは言っても、似ているところはたったそれだけ。

 それでも、何らかのきっかけの1つになったのかもしれない。そう考える彼女だが、猶更の事、ミノタウロスから助けた時に怖がらせてしまったことを謝らなければならないと焦りの念が生まれてしまっている。ただの恥ずかしさから逃げているなど知る由もない。

 

 そんなことを考えているうちに、今宵の宴の場所。豊饒の酒場にたどり着いた。集団が店に入るとウェイトレスが出迎えてくれるが、ざわざわと騒めきも聞こえてくる。

 強く見られた視線を感じたのは、そのタイミングであった。目線を向けられていると思われる先に目を向けるも特に顔が合う者はおらず、気のせいかと流してしまう。なぜだか、ミノタウロスから助けた時の少年のものと似ていたために、彼女もドキリとした感情を抱いていた。

 

 目覚めた時は調子が良いと感じたが、先ほどから自分が調子がいいのか悪いのかがわからない。しかしもう一度会えるならば、怖がらせてしまったことに対して面と向かって謝罪をしたいと彼女は思う。

 構っている余裕は無い。自分は強くならなければならないという義務を感じている少女の脳は、いくら迷惑を掛けてしまったとはいえ、その少年など放っておけと告げている。

 

 己の中で、この2つの考えが矛盾する。彼女の中にある直感と本心はもう一度あの少年と会うべきだと主張しており、身体に刻み込まれている強くなるために剣を振るう思考と真っ向から対峙する。

 

 そして本心は、お礼をしたいと強く語り掛ける。自分が忘れかけていた大切な記憶を思い出させてくれたであろう、己の中の炎を弱めてくれた、あの少年に。

 

 

「そうだアイズ、今日起こったあの5階層の話を聞かせてやれよ!あの殺り逃したミノタウロス!!」

 

 

――――なんで。なんでその話を、今ここで。

 

 

 そう思う彼女は、本気で理由がわからない。ミノタウロスを逃がすと言うファミリアの失態から少年を怖がらせてしまったという自分の失態に繋がるその一件を、なぜ蒸し返すかがわからない。

 俯き、腿に置いた拳を握りしめる。気さくな仲であるティオナが「怖い顔をしないで」と笑いながら絡んでいるが、今のアイズにあるのは負の感情だけだ。

 

 

――――やめて。それ以上、あの夢を見せてくれた少年を罵倒しないで。

 

 

 そう叫びたい彼女だが、少年が逃げ出した原因が自分自身であるだけに口を開けない。加えて周囲は酒もあってベートの言葉に大笑いして同調しており、勢力的にも不利である。

 少年への罵倒は続く。周囲の冒険者も、ここまで馬鹿にされる少年に対して流石に同情の念を抱いた時――――

 

 

「恥を知れ!!」

 

 

 破れるような大笑いにも負けない凛とした強い声が、酒場に響く。鶴の一声とも表現できる言葉によって場はピシャリと静まり返り、酒場の外からくるソコソコの音量の雑音と、調理場から聞こえてくる音だけが場を支配した。

 その一言で、少年を笑っていた面々のほとんどがギクリとし己の行いを反省する。恐る恐る発言者である緑髪のハイエルフを横目見るも、その表情は怒りを露わにしている。落とされた雷は、豊饒の酒場において聞こえない場所が無かったほどだ。

 

 

「そもそも17階層でミノタウロスを逃したのは我々の失態だ。巻き込んでしまった少年を探し出し謝罪する義務はあれど、酒の肴にする権利は無い」

「ハッ。流石、ハイエルフ様は誇りとやらがお高いな。気持ちだけが空回りしている奴に、アイズ・ヴァレンシュタインの隣に立つ資格なんか無ぇんだよ」

「ソレとコレとに関係があるか?お門違いもいいところだ、頭を冷やせ」

 

 

 冷静な口調から、駆け出しの冒険者を貶す狼人に対して見事な論破を見せている。ここで暴走しないだけまだ理性が残っているのか、彼は言葉の先をアイズに戻した。

 

 

「なぁ、アイズはどう思うよ。お前の前で、震えあがるだけの雑魚のことをよ」

「震えあがる……?」

 

 

 その問いに、アイズは疑問符を抱いた。月明かりほどの光りが場を照らしていた洞窟内部において、目にした光景を思い返す。

 

 ミノタウロスが繰り出した最初の攻撃は恐らく縦薙ぎの一撃、それを少年がどのようにして回避したかは分からない。しかし少年は、二撃目の突きによる攻撃。突進と組み合わされたその攻撃を、完全に読み切っていた。

 それでいて、偶然かどうかはわからないが出口側へと飛び退く姿勢を見せたあの行動。その瞬間に見せていた怯えは微々たるもので、少年を貶す狼人、ベート・ローガが言うような内容とは程遠い。

 

 立ち向かう。この表現が、もっともシックリとくるだろう。このような場で達した結論ながら、それならば最後の逃走以外の行動の全てに納得できる。装備も乏しい駆け出しと思われる少年は、勝ち目がないと分かっているはずの目の前の強者に立ち向かおうと覚悟を決めていたのだ。

 トクンと脈打つ心が、その結論に反応する。少年が抱いていたであろう覚悟がどこからくるかは分からないものの、非常にアイズ・ヴァレンシュタインの興味を引いている。知りたいという気持ちが自ずと沸き立ち、もう一度会いたいという感情が強さを増した。

 

 

「じゃぁ聞くが、お前はどっちがいいんだ?もし俺と、あのガキを選ぶならよ」

「私は、そんなことを言うベートさんだけは御免です。あの子の事を、何もわかっていない」

 

 

 彼女はキッと目に力を入れて、相手を真っ向から否定する。行方を見守っていた者たちも、アイズが口にすることは珍しいハッキリとした意見を聞いて驚いている。

 まさかの反応にたじろいだ彼からすれば今の回答は、あの少年を擁護、つまりは少年を選んだということになる。何故だと喚きたてるのは己の本性に反したのか、心からの本音を口にした。

 

 

「雑魚に、アイズ・ヴァレンシュタインは釣り合わねぇ」

 

 

 ギシリ。その言葉から続いた一分ほどの静寂をおいて、床板を踏みしめる音が強く鳴る。己の中に燃える黒き炎を弱める、何物にも染まっていない白い風が駆け抜ける。

 思わず、駆け出していく姿を追った。最初は目で、次の瞬間に首で、数秒後には立ち上がって店の入り口まで。

 

 しかし彼女は、それ以上足を踏み出せない。今以上、前に出した手を伸ばすことができない。レベル6ともなった己の脚力ならば、今から同じ方向に駆け出せば簡単に追いつけるだろうが、針金で固められたように微動だにしない。

 あの時の店の静けさだ。身内が発した罵倒は、あの少年の耳にも届いている。そんな状況において、根底となっていた罪について謝れるはずが、それどころか謝る権利すら持ち合わせてはいない。

 

 

 静まり返る店内に足を向けると、ティオナが「大丈夫?」と声を掛けた。他の皆も彼女の姿を見つめているが、アイズは明らかに元気がない。

 到底ながら、大丈夫と言える心境でもなければ僅かな愛想を振り撒ける状況でもない。彼女は力なく椅子に座ると、シンとした空気、しかし各々の苛立ちが垣間見えるピリピリとした空気が場を支配した。外から聞こえるいくらかの雑音がある分、全くの無音の状態よりはまだマシと言えるだろう。

 

 

「……すみません、店主」

「……なんだい?」

 

 

 ピリピリとした空気を払うかのように静かに響く、店内だというのにフードを被った人物の声。空気に耐え切れなくなったカウンターの客が、前に居るミアに何かしらの注文を行うのだろう。

 このやり取りが聞こえた者は、これをきっかけに元の騒がしさが戻ってくるだろうと胸を撫で下ろし――――

 

 

「生憎と初めて訪れた店なもので教示願いたい。ここは……酒に溺れた輩の遠吠えで飯を食べる趣味嗜好なのか?」

 

 

 嵐の前の静けさである。青年の据わった声による一言が、静かな場を貫いた。




書きたいことを書いていたら予想以上に長くなりました。今回はアイズの内容です。
酒場イベントは残り二話ありまして、本日夜にもう一話更新するつもりです。

原作との違いはアイズの見解・反応と、リヴェリアの叱りがアイズに促されてではなく自発的に行っている点ですね。
誇り高いエルフ、かつ彼女ならば、あの場において促されるまで黙っていたのは個人的に違和感がありまして…。

そしてセオリー通りといえばそうですが、事実とは言え油を注いでいるウォーロードはフード(ヘルムの幻影)も被って交戦準備万端です。事の結末は、もう少しだけお待ちください。


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13話 抱く悔しさ

ベル君サイド。原作で言うところのオラトリアではなく本編サイドですね。
オラトリア、本編、タカヒロ(+リヴェリア)と3種類書いてしまって長引いております(汗)

いや、焦らしプレイじゃないんですよ…?


 時は少し遡り、ロキ・ファミリアが乾杯の音頭を取った辺りまで遡る。騒がしくなった店の奥にあるカウンター席で2つのパン入りコーンスープを注文したタカヒロは、芯の据わった歩き方をするエルフ、リュー・リオンを内心で褒め称えていた。

 

 

「飲み比べ勝負や!勝者は“リヴェリア”のおっぱいを自由にできる権利付きや!!」

「自分もやるッス!!」

「俺も参加だ!!」

「私も!!」

 

 

 なお、そんな感心も下品な言葉で消し飛ぶこととなる。ショートヘアの赤髪をポニーテールでくくる目の細い女性の叫び、なぜかサムズアップされた指に止まるように参加者が群がっている。

 周囲に居るエルフの絶対零度な視線がそこかしこに向けられている中で唯一目を閉じ無関心な反応を示している様子を見るに、どうやらタカヒロが嘘つきエルフともじった緑髪のエルフこそがそのリヴェリアと呼ばれるエルフらしい。思わぬところから名前も知ることとなり、先ほど赤髪の女性が口にした結末を見たならば揶揄ってやろうかと腹黒さを抱いていた。

 

 

「遠征ねぇ。連中、今度はどこまで潜ったんだ?」

「知らねぇのか?まぁ俺も噂で聞いた程度だけどよ。50階層で野営して、59階層を目指してたんだよ」

「かーっ、やっぱり第一級は目指すところが違うなぁ」

 

 

 ポツポツと聞こえてくる、ロキ・ファミリアの情報。ならば自分が母体を屠ったあの地点が50階層なのだろうと、タカヒロは脳内の情報と照らし合わせていた。

 撤退具合からしても、かなり急いでいたことが伺える。彼が請け負った3名の逃げ具合からしても何かしらのトラブルが発生したことは読み取れており、結果として遠征は失敗したのだろうなと結論付けた。

 

 

「そうだアイズ、今日起こったあの5階層の話を聞かせてやれよ!あの殺り逃したミノタウロス!!」

 

 

 ピクリではなく、ビクリ。ベル・クラネルは、突然の大声に対して明らかに震えあがった。そんな少年を横目見るタカヒロは、何かしら関係しているのかと推察したがそこから先が続かない。現段階では、情報が不足しすぎている。

 とりあえず、傍観することを選択した。大声を出した者はさっそく酔いが回っているのか、あまりの声の大きさに圧倒された周囲も聞き入る様子を見せており、彼の周りに居る者の声も聞こえてくるほどに静かな店内となっている。

 

 

「ミノタウロスって、17階層で遭遇したやつ?」

「そう、それだよ!奇跡みたいにどんどん上に登っていきやがって、その時にアイズ、お前が5階層で始末した時に居たトマト野郎!」

 

 

 それって間接的に「ロキ・ファミリアともあろう者が17階層でミノタウロスを取りこぼした」と言っちゃってるんじゃないのかな。

 と脳天気に考えるタカヒロだが、横に居る弟子の震えが一段と大きくなったように思えた。

 

 まだしばらく、傍観することを選択する。続けられる罵倒は、その時に居たのであろう駆け出しの冒険者に向けられていた。

 ヒョロくさい餓鬼だの生まれた小鹿のようだと、足が竦んで尻餅をついたなど、よくもそこまで次々と言葉が出てくるなと一種の感心すら抱かせる。なお、どれもこれもが当時の状況とはかけ離れており、発言者は相当酔っぱらっているのか所々でフラフラしており呂律も怪しい。名実ともに、酔っ払いの戯言だ。

 

 アイズを除いて当時を知らない周囲は酔っ払いの戯言を事実と捉えているものの、「駆け出し者の反応がそうなるのも当然だろう」と、周囲もタカヒロも、ついでに言えば耳にしていた店員の全員が思っている。彼も本で読んだ知識程度だが、ミノタウロスが出現するのは初心者がウロつくエリアではなくかなり下、それこそレベル2の冒険者が進出するエリアだ。

 生まれたばかりの小鳥が蛇、それも大型のソレを前にすればどうなるか?答えは簡単である。少年が見せた反応は当然の内容であり、まともな思考があるならば非難するなど在り得ない。むしろ、よく生き残れたなと感心する方が筋だろう。

 

 ミノタウロスを逃がした責任が、ロキ・ファミリアにあるならば猶更だ。そして此度の暴言祭りの責任を押し付けてしまえば、酒という人の本性を暴く飲み物が原因である。

 「酒を飲むと癖が悪くなる」という言葉があるが、そうではない。酒を飲むことで“理性”が無くなり、“本性”というものが暴かれるのだ。

 

 

「それでアイズが切り刻んだ時の返り血を浴びてよ、真っ赤なトマトみたいになっちまったんだよ!ヒャヒャヒャヒャ、腹いてぇ!」

「恥を知れ!」

「気持ちだけが空回りしている奴に、アイズ・ヴァレンシュタインの隣に立つ資格なんか無ぇんだよ」

 

 

 玲瓏な声が一度場を収めるも、止まらない。男に注がれる酒と言う燃料は、その喉元にある本音から数々の罵倒の言葉を引き出している。

 

 

「雑魚に、アイズ・ヴァレンシュタインは釣り合わねぇ」

 

 

 店に響く、トドメの一言。胸から熱く込み上げる()()()()()に身を任せ、少年は本能的に立ち上がろうと膝に力を入れ――――

 

 

「っ―――!?」

 

 

 その右肩に、優しく左手が置かれ停止した。

 

 右に座る彼に顔を向けて見上げるも顔は正面を向いたままであり、また、いつのまにか被っていたフードに隠れて表情は読み取れない。その口元は、先ほどまでの記憶と違って据わったものとなっていた。

 

 

 

「少年、()()()か?」

 

 

 

 代わりに返ってきたのは、小さい音量ながらも今までに聞いたことのない据わった声。周囲に気づかれぬよう配慮しているのだろう。

 一人で悩んでいた故に少年と呼んだ青年の一言で我に返り、己を鍛えてくれた師の存在を思い出す。そして悲しみなど吹き飛んでしまい、置かれた手を跳ねのけて逃げ出してしまいたい衝動が消えてゆく。

 

 まるで、その手を使って元気を分けているかのような。怒りでも悲しみでもなく言われて気づいた悔しさの感情は消えるどころか、勘違いしていた2つのエリアを埋めるかのように広がっていく。

 

 悔しい。師が口にしてくれたように、芽生えた感情は、ただそれだけ。

 

 想い人の前で、目指す道標の前で貶されるしかない、己の実力が何よりも悔しかった。一般よりは遥かに強い少年だが、そんなことはこの場においては関係ない。

 自分は今、自分を貶した者に立ち向かえないのだ。間接的に己の師を貶される相手の言葉に、反論することもできないのだ。ただ手を握り歯を食いしばる事しかできない自分自身の実力に、心から悔しがっているのである。

 

 

「……はい。すごく、すごく……」

「そうか。だがかつて自分も通った道だ、決して恥じることではない。初めて抱くだろうその感情は大切なものでもある、いつになろうと忘れてはいけない。今日この場で知り得た感情こそが、君自身を英雄に押し上げる活力の一部になるのだからな」

 

 

 目線を膝に戻し、唇をかみ、爪で両手を貫かん程に拳を握り。目に溜めた涙を決して見せまい、落とすまいと瞳を強く閉じ。少年は、上ずった声で小さく呟いた。

 自分にしか聞こえないであろう小声ながらやけに耳通りの良い、青年が呟くそれらの言葉。出会ってまだ一か月も経っていないはずの男の言葉が、妙に胸に刺さっていく。

 

 

「進む先では再び、何度も力の差に絶望するだろう、数の差に潰されそうになるだろう。しかしそれは強くなるためには必然の障害だ。突破できずに悔しいか、ならば負けないように強くなろう。ぐうの音も出ない程の活躍と実力でもって、あの“犬”を見返してやろうじゃないか」

「……師匠、僕――――」

 

 

 ダンジョンに、行ってきます。そう言わずとも、横に居てくれる青年にはしっかりと伝わっていた。

 

 

 なお、非常に良いシーンなのだが彼が口にした内容はケアンで抱いた感情そのものだ。物理・魔法がミックスされた数の暴力と耐性減少でリンチしてくる上にレベルが格上である敵の群れに、何度悔しさに塗れクソッタレと喚いたかは既に記憶の彼方となっている。

 更なる蛇足としては、ベートが狼人だと分かっておらず犬人だと思い込んでいる。傍から見れば似ているために仕方がない点だが、実は耳の部分で見分けがつくのもまた蛇足である。

 

 

「わかった、あとで迎えに行こう。繰り返すが死んだら何もかもが終わりだ、あくまでも正規ルートにおいて倒しながら進むんだ。何度も言うけど、過度な無理だけは自発的にしないようにね」

「――――はい」

 

 

 少年は、わき目も振らずに店の入口に走ると駆け出していく。後ろから誰かが追いかけてきた気がするが、前を見据えて振り向かない。

 今はただ、ひたすらに強くなるために。自分と同じ、ヘスティア・ファミリアに所属する者。年齢的には10歳上の、タカヒロという青年のような強い存在に成るために。

 

 今日の一件で心は折れかけたが、彼の言葉で元通りに治ったように思える。そして、己が辿るべき道標は目の前に見えている。彼が言うように、経験値とは文字通り経験を積むことで得られるものだ。

 

 冒険をしよう、ある程度の無理をしよう。しかし彼が教えてくれたように、強くなるための引き際は弁えよう。無理をして死んでしまっては、何もかもがお仕舞いだ。

 そう考えるベルの目には日ごろの鍛錬がよみがえり、ダンジョンが一層のこと違って見えてくる。その場所とは常に死と隣り合わせなのだと、そして無理をするだけでは強くは成れないということが、不思議と脳裏に刻まれる。

 

 冒険をしよう。彼のように強くなるために。

 冒険をしよう。彼女に似合う存在に成るために。隣に並んで立つために。

 

 

 今すぐ彼のように強くなれる、なんて夢物語は思っていない。オラリオにやってきた自分自身の物語は、まさに始まったばかりなのだから。

 




ベル「そうか、夢物語じゃなくて現実にしちゃえばいいんだ!」
タカ「いけるいける」
ヘスティア「やめて!」

本文ぶっ壊してますがコミカルだったら多分こんなオチ。


師が差し伸べる手があるんだから、猶更のことベル君はめげないぞ!

さて次回、いよいよ酒場騒動の最終パート、主人公の対応です。ベート君の運命やいかに…


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14話 謎の男再び

ベル君が試練を迎えるように、ダンまち二次創作作者はここが試練だと思います。
ここが穏便に収まってる二次創作ってあるのでしょうか…。

居酒屋イベント、最終話です。


 お金を置かずに全速力で駆け出したベルだが、酒場“豊饒の女主人”を仕切るマッチョなドワーフの女性店主であるミア・グランドが叫び店員が追いかける事態にはならなかった。ベルと一緒に来店した青年が、まだカウンター席に残っていたためである。

 この者までもが同じ行動を繰り返すならば、それこそ雷が落ちるだけの騒ぎでは済まないだろう。文字通り、血の雨が降っても不思議ではないシチュエーションだ。

 

 とはいえ、流石に血の雨の事態を防ぐに越したことは無いために、逃走防止の牽制を狙ってミアがタカヒロの前に陣取っている。一人しか残っていないものの注文された2つのコーンスープも、彼女が彼の前に置くこととなった。

 彼もわざわざ店主が持ってきたワケに気づいている上に、当然ながら食い逃げする気など更々ない。スープを両手で受け取りカウンターに置くと、言葉を発した。

 

 

「……すみません、店主」

「……なんだい?」

 

 

 先ほどベートが発した会話の内容はミアにも聞こえており、やはり“良い気分”とは言えない表情を見せている。少年と違って彼女自身はレベル6の第一級とはいえ、彼女もまた冒険者上がりなのだから良い気はしないのは当然だ。

 それでも酒場の会話に飛び交う話を遮るなど、余程のことが無い限りは彼女と言えど権限を持っていない。状況としては“そんな余程”の一歩手前であるものの、緑髪のエルフも叱りの言葉を口にし始めているために極端に悪化することはないだろう。ロキ・ファミリアが発端となっているこの問題に口を出すのは、フレイヤ・ファミリアである彼女にとって、今の段階ではお門違いである。

 

 で、この青年の質問はなんだろうか。そう思って彼の顔―――と思ったが顔をやや下げておりフードに隠れているために頭部を見ると、予想だにしない言葉が飛び込んできた。

 

 

「生憎と初めて訪れた店なもので教示願いたい。ここは……酒に溺れた輩の遠吠えで飯を食べる趣味嗜好なのか?」

 

 

 豊饒の女主人がそんなワケ―――と反論しかけて、店主ミアがそれ以上の口を開くことは無かった。

 青年の言葉を耳にし思わず熱くなった頭で思い返せば、狼の青年が声を大にして話していた内容は思い当たる節がある。今日の開店直後の酒場の話において「返り血を浴びて真っ赤な少年がシャワー室に来た」という件で始まった馴染みの話に出てきた少年の特徴は、先ほどまで青年の隣に居た少年に合致していた。

 

 その者が先程の騒ぎを耳にすれば、あの行動も頷ける。冒険者の心を癒やすはずのこの場所で、もっとも起こってはならない事態が発生したわけだ。目の前の男性があの少年の仲間、同じファミリアだというのなら、今の発言も納得である。

 

 

「……その子のために、出してやったスープなんだがね」

 

 

 もう背中も見えず気配もない、己の店の入り口に目を向ける。店内との境界線の向こう側にある夜の暗さは、闇でこそなけれど己の心を映しているかのようだった。

 同じファミリアでもなければ、店主とはいえ一居酒屋の店員ができることは、酒と料理でもって心の傷を癒し体力を回復させることだけだ。先ほどの言葉でタカヒロも出されたコーンスープの本懐を理解し、「なるほど」と誰にも聞こえない呟きを残している。

 

 

「あ――――なんだ、テメェ?」

 

 

 しかし、タイミングが宜しくない。リヴェリアがお叱りを入れたせいで他の団員や関係のない者達の声が小さくなっており、タカヒロの先程の一文がベートに届いていたのである。

 

 小さくなっていた声は、完全に消え去った。ロキ・ファミリアの面々はベートを止める言葉と同時に「早く謝れ」の内容をタカヒロに向かって叫んでおり、状況は最悪である。部外者は「謝るならば狼男だろ」と誰もが思っているが、その誰もが口に出せる勇気を持っていなかった。

 事実とは言えあからさまな挑発を投げた青年だが、それ以上は口にしない。相手が大声でわめいていた弟子への悪口については、叱りを入れていたエルフ、リヴェリアと呼ばれていた彼女の言葉を根底として今の一言で仕舞いとし、追求しないことを決めている。

 

 言葉には言葉で。また、いくらか相手を貶す言葉でもあるうえに、これぐらいなら言い返す権利はある。他ならぬ弟子を貶されたのだから口にして当然だと、己の正当性を内心で主張していた。

 

 とはいえ、状況は待ってくれない。抑制という蓋を外し理性を乱す、酒が与える影響というのは素面の者からすれば予想だにできない事態を引き起こす。

 言葉を受け取った狼人は、己のアイデンティティである誰にも止められない程の俊足を発揮する。そのまま一足飛びで宙を駆け抜けると、カウンターの青年の頭部を殴りつけ――――――

 

 

「ガッ!?」

 

 

 青年が展開させていたトグルスキル、“カウンターストライク”が発動し、入り口付近の壁にまで吹き飛ばされて背中を柱に叩きつけていた。白目をむいてそのままピクリとも動かず、全くもって立ち上がる気配を見せていない。

 

 カウンターストライクとは、被ダメージ時に一定の確率でx%の武器ダメージとy%の報復ダメージを相手に与える常時発動型のトグルスキルである。他にも複数の効能がある非常に優秀なスキルであるものの、非常に細かいために省略する。

 本来はレベル16止まりなのだが、装備効果により最高値のレベル26、現在は2枚の盾がないのでLv20にまで高められたこのトグルスキルの発動率は被ダメージ時において32%、つまり約3回に1回の度合いである。判定が発生して吹き飛ぶかどうかは運任せだったものの、発動したのは“犬”の日頃の行いの賜物だろうと内心で鼻で笑い、同時にちゃっかりとスキルの威力を確認していた。

 

 なお、吹き飛ばされた者が“その程度”で済んでいる理由はタカヒロが2枚の盾を持っていないことに加えて、スキル以外の報復関連の能力を全て無効化しているためである。裸ではないためソコソコ強化はされているが、これがもし52階層の時と同じ状態ならば、ベートの身体は2m程飛び上がって絶命するか跡形もなく四散していただろう。彼が持ち得る報復ダメージとは、本来ならばそれほどの威力を備えているのだ。

 また、殴りかかった相手の彼が見せる対応は傍から見れば涼しいものである。全く何事も無かったかのように、運ばれてきたスープに口をつけた。

 

 

「……先ほどの、この店に対する言葉を撤回しよう。長年に渡って息子を見守ってきた母のような、優しい味だ」

「そうかい」

 

 

 まさに、何事もなかった態度。ミアもタカヒロの言葉に照れ隠しを返し、鼻の下を人差し指ですすって腕を組み、満足した表情を見せるのであった。

 

 しかし、「何事もありませんでした」で収まらないのがファミリア同士のトラブルである。ミアが厨房に戻らないのは、この最悪の状況が乱闘という形で店の中で開始されるのを防ぐためだ。

 まるでヤクザのシマ争いと変わり無い。ファミリア間の些細な喧嘩とは、町を巻き込む全面戦争に発展する可能性だってあり得るのだ。とはいえヘスティア・ファミリアとロキ・ファミリアでは差がありすぎるために、そうなることは無いとも言い切れる。

 

 ロキ・ファミリア側からは相手に殴りかかるベートしか見えておらず吹き飛ばされる場面はわからなかったが、それでもベートが先に手を出したのは明らかであり、何かしらの落とし前は必要となる。ロキ・ファミリアの団長であるフィンと副団長であるリヴェリアが、すぐさま謝罪に向かうために立ち上がった瞬間であった。

 

 

「ロキ、我々は謝罪を、っ!?」

 

 

 まずリヴェリアが、驚きの声を上げて目を見開く。つられて横に居たアイズも、奥のカウンターに居た“対象者”に気が付いて目を見開いた。

 とはいえ、ファミリアでは主神に“母親(ママ)”と呼ばれる存在であり冷静沈着なリヴェリアの表情が、公の場であからさまに破綻するのは珍しいものがある。そんな珍しいものを見た主神ロキは、驚きながら呆然とするリヴェリアに声を掛けた。

 

 

「なんや珍しいな、どうしたんやママ」

「ママと呼ぶな!」

「団長、あの人です。52階層で助けてくれた人は」

「なんだって?」

「えっ?あ、そうだよそうだよ!ちょっとベート、誰に殴りかかってんのさ!それにしても、うわ、こんなところで再会するなんて!」

「そこの小娘、こんな所とはどう言うことだい?」

「ヒッ!ち、違いますミアさん!そういう意味ではなくて!」

 

 

 ロキとリヴェリアの漫才が終わったかと思えば思わぬアイズの言葉にミアとティオナの漫才が続き、立ち上がったフィンの足が止まる。同時に立ち上がったリヴェリアと顔を見合わせ、まさかの事態に、前に出した足が進まない。

 そして、周囲の者は理解できない。52階層でロキ・ファミリアを助けるなど、実施できるとしてもオラリオにおいて極一部の者だけである。となれば大抵は顔も姿も知られているのだが、タカヒロの姿は全員の記憶に存在していないのだ。

 

 

 とはいえ、彼の所在を詮索するのは後回し。この場においては、ともかく謝罪が必要であることは明白だ。ロキ・ファミリアにおける団長のフィンと副団長のリヴェリアは、止まっていた足を前に出す。

 そして、カウンター席の隣へと到着した。何か用かな?と言いたげにしてフード越しに視線を向けるタカヒロに対し、フィンは口を開き―――

 

 

「――――どうやって」

「ほう」

「っ……!」

 

 

 興奮した思考により言葉の優先順位を間違える、非常に珍しい彼の失敗である。常識に沿うならば最初に出されるべきは先ほどの暴言と暴行に対する謝罪行為であり、どうやってソロで52階層に辿り着いたのかを知るのは他のファミリアに干渉する内容であるためにグレーゾーンのエリアである。交流がある者同士ならば人気のないエリアで話し合うのも互い次第だが、少なくともこのような場所で交わす話ではない。

 しまった、と言いたげな表情をしたフィンだが、青年は両手を胸の位置で左右に軽く広げている。続けざまに出されたタカヒロの言葉は、二人にとって予想外のものだった。

 

 

「おや、何か御用でしょうか?どうやら先ほどの罵倒が自分と同じファミリアの、先ほどまで隣りに居た少年のことを指していたのは事実のようですが……自分は何もしておりませんし、何をされたかも分からない」

 

 

 故に、あそこで転がっている“犬”が何故そうなったか聞かれても分からない。最後は鼻で笑って終わり、スープを飲む彼の言葉は、一連の出来事を知らぬ存ぜぬの扱いに持って行こうとしていることが明らかである。そのために、二人は何も言い返すことができなかった。

 それを確認したかのように自分の分のスープを飲み乾したタカヒロは、一枚の貨幣をカウンターに置くと立ち上がる動作を見せ――――

 

 

「ちょい待ちや」

 

 

 静寂を切り裂く関西弁と似たイントネーションの言葉を放つ、ショートへアの赤髪のポニーテールでくくる女性に止められた。

 

 その女性は行儀悪くテーブルに右ひじをつき、その手のひらで顎を支えて身体をタカヒロへと向けている。デニムらしき衣類と“腹巻の胸バージョン”としか彼には言い表せないスタイルで随分と露出が多く、糸のように細い目が特徴的だ。

 彼女の言葉を受けて青年は再び腰を下ろし、身体ごと女性に向けている。その視線を遮らないようリヴェリアとフィン。もっともこの段階でタカヒロは後者の名前を知らないのだが、即座に謝罪に来た二人が見せる対応から、赤髪の女性の方が地位が高いのだと内心では考えている。

 

 

「ロキ・ファミリアの主神、ロキっちゅうもんやが、自分、ナニモンや。うちのベートが手ぇと口出したことは謝るが、レベル5が殴りかかって吹っ飛ぶなんて尋常やないで」

「神ロキ……フッ、ああ悪戯好きの道化の神か。簡単に答えが分かるよりも、謎を考えた方が楽しいのだろう?」

 

 

 鼻で笑って放たれた言葉に対して間髪入れずに面食らったのはロキの方であり、思わず少し身を乗り出した。先ほどタカヒロがフィンに返した「(自分からは)何もしていない」という言葉が嘘では無かったためにサグリを入れていたのだが、まさかこんな一文が返ってくるとは予想だにしていない。

 彼が言っていることは事実であり、神が地に降りた核心を突いている。また、道化のエンブレムを掲げるロキ・ファミリアを統括する主神ロキにとって、一番の娯楽と言って過言ではないモノなのだ。

 

 直後。フードの下から放たれる強烈な殺気を受け、思わず身震いしてしまう。トリックスターと謳われた彼女程の存在が押し負ける程に、相手が放つ威圧が肌に刺さり背中が寒気を覚えている。

 

 

「フ……ハハハハハ!そうか、そうやな!いや、今宵は悪かったわ兄さん。こんど、あの少年と一緒にウチに来てくれへんか?恨みを持たれても良いことなんて1つもあらへん。ちゃんと持て成させてもろうた上で、ロキ・ファミリアとして謝りたいんや」

「承知した、伝えておこう」

 

 

 震えを誤魔化すことも含め、まさかの回答にロキは笑い声をあげる。そして、ファミリアの名声を落とさない目的も含めた、自身の本音を言葉にした。

 それに対し、「この話は終了だ」。そう口に出すかのように、青年はガチャリと鎧を鳴らして立ち上がる。

 

 

「あ、あの……」

「先に見せてくれた叱りの件を感謝する。優しい味だ、落ち着くと良い」

 

 

 どうしていいか分からずにとりあえず声を発するリヴェリアに対し、タカヒロは礼の言葉と共にコーンスープが載ったもう一皿を彼女に差し出す。思わず受け取ってしまったリヴェリアは、呆気にとられた表情を見せている。

 タカヒロはそのまま店の外に出るも、背中を見る者は多数なれど追う者は一人も居ない。入り口の横で狼の青年が屍になっているが、残念ながら気づいて居る者も無視している。とにかく彼をこの場から帰すことを、共通の最優先としていた。

 

 

「……ふーっ、相手が大人でホンマ助かったわ。謝る言うたけど、あれで怒り沈めて許してくれるワケがないっちゅーに。にしてもどこの誰だか聞いたのは失敗やった、怖かったわー」

 

 

 いつのまにか滲み出ており、殺気を向けられた時にどっと噴き出た汗を拭う。元々酒に強いこともあるロキの酔いは吹き飛んでおり、その空気は周囲にも伝染していた。

 

 

「言い出しっぺも手ぇ出したんもこっちなんやし……まぁ一緒になって笑っとったウチが言うのもなんやけど、なんちゅー奴に喧嘩売っとんねんベート」

「ベートはさておくとしても、色々と彼は気になるね、表裏のある人間ってのはよく言ったものだ。それにしても今更だけどロキ・ファミリアには酒乱の類が多くないかい?身内でやる分には結構だが、外では名声にも関わる問題だ」

「せやな、怪我人出る前に考えんとアカンわ。とりあえずベートは気ぃ失のうてるだけやろ、表に吊るしとき」

 

 

 彼を帰すことを最優先とした、その理由。あの一言はあれど、先ほどまでは何も無かったかのように、店主ミアに対して割と紳士的に応対していた青年だ。

 神ロキは、もう背中が見えない店の出口を見て向けられた殺気を思い返す。思い出すだけで身震いしてしまう程のソレは、大人の対応を見せていた言葉とは程遠い。

 

 しかし、彼が抱いた殺気も当然である。酒場において彼が知り得たことを繋ぎ合わせると、50階層への遠征に失敗し、17階層ではミノタウロスに逃げられた鬱憤をベルにぶつけているようにしか見えないのだ。

 

 故に振りまいてこそいないけれど、ロキに示したように彼の内心はまさに激怒。ウォーロードは取得さえしていれば“オレロン(戦争の神)の激怒”というスキルが使えるが、その言葉の比喩に匹敵する状態を示している。

 

 

 去り行くその背中が、素人でも分かる程の静かな、しかし強大な怒りに満ちていたのだから。この場において青年の歩みを止められる者は、誰一人として居なかった。




相手がベル君に“手”を出していないので、こちらも“手”は出さず。怒りは抱いていることを示しつつ、酒があるとはいえやっちまった者には相応の痛みを。(身勝手な行動の上の自爆ですが。)
穏便に、もしくはスカッととはいきませんが、今後のロキ・ファミリアとの接点も芽生え、ロキ・ファミリアとしての謝罪の意向も周囲に示し、比較的大人な感じに纏まったのではないかと思います。

…それにしても、まさか感想欄で次話のタカヒロの推察状況をものの見事に言い当てられるとは(汗)恐れ入ります。
あとエセ関西弁が怪しいので、おかしいところがありましたらご指摘くださいorz


・カウンターストライク(Lv26、裸時の性能。)
攻撃者に対して電光石火の速さでカウンターストライクを浴びせるために、極めて鋭い準備状態に入る。
35% 発動率
2.0 エナジー/s
130 エナジー予約量
1秒 スキルリチャージ
4m 標的エリア
25% 武器ダメージ
22% の報復ダメージを攻撃に追加 (DLC:FG導入時のみ)
585 物理ダメージ
1260出血ダメージ/3s
686 物理報復
+170% 全報復ダメージ

補足説明:
毎秒のエナジー(MP)消費を除けばデメリットの類は一切なし。トグルスキル使用者が攻撃を行わずとも、発動タイミングで勝手にスキルが反撃する。


ちょくちょく出てくる報復ダメージについては、もう少し先で紹介させていただきます。


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15話 バケモノ

*ステイタスについて、大きな独自解釈が入ります。*


 バベルの塔、中央部。ダンジョンの一階層へと続く螺旋階段を、一人の男が駆け足で降りていく。重装備である棘のついた黒色の鎧がガチャガチャと音を立て反響しており、とてもステルスには程遠い。

 そんな状態で、ほとんど人が居ない夜間のダンジョンへと突入したならばどうなるか。一階層とはいえ、侵入者に対してコボルトは襲い掛かる。

 

 棍棒と盾の交わる鈍い音が、静かなダンジョンに木霊する。なお、結果としてコボルトが壁に叩きつけられ魔石ごと消えたのはご愛敬である。

 そんな行為を続け、6階層。襲い掛かってくるモンスターは相変わらずベルの相手にはならなそうだが、少年らしい軽い雄叫びが、タカヒロの耳にも届いてくる。声が聞こえる方向へと足を進めると、彼がよく知る少年がモンスターを倒した瞬間であった。

 

 

「あ、師匠……」

「……あの場の始末はつけてきた、君を罵った“犬”はいくらかの罰を受けている。そして神ロキから謝罪を理由に訪れてくれとの要望が出たが、どうする?」

「いえ、あの言葉は事実ですから結構です。ですが……師匠、すみません。6階層にまで来ちゃいました」

「謝ることは無い、倒しながら進むのなら階層の制限は設けていないさ。たまには一心不乱に戦うことも大事なことだ、心済むまで潜ればいい。安心しろ、52階層からだろうが五体満足でヘスティア・ファミリアに連れ帰る。ただし――――」

 

 

 ぶっ倒れるまでに変わっていく身体の感覚は、覚えておくように。そのような宿題が出されたことを承知して、ベル・クラネルは再び一心不乱に駆け出した。

 

 タカヒロが出した宿題は、自分自身の限界を覚える点にある。生きて帰るためには絶対に必要な事象だが、駆け出しの冒険者でありソロで活動するベルは、まだその感覚を知らないで居たためだ。

 この点はケアンの地においても同じであり、ヘルスの減り方を数秒で把握し、直感的に“戦っていい相手かどうか”を見極めなければならない。程度によっては時たま逃げ回りながら回復しつつ、戦闘を続行するのも1つの選択だろう。

 

 

「つあああああああっ!!!」

 

 

 手に持つ2本のナイフが、迷宮6階層に居たモンスターを切り伏せる。酔っ払ったチンピラも裸足で逃げ出す程に手当たり次第にモンスターへと喧嘩を吹っ掛ける少年の姿は、バーサーカーと比喩して異論はないだろう。

 真相としては文字通りの八つ当たりが含まれているのだが、相手がモンスターでは無礼講だろう。また、あまり冷静さを見せず声を荒げるスタイルだというのに、戦闘の強さだけで見れば普段とあまり変わりない点が、タカヒロ視点における奇妙さに拍車をかけていた。

 

 

「……悔しさを晴らすための手当たり次第な攻撃でも、教えた基礎は守っているか」

 

 

 ベル・クラネルがここまで進撃出来ている理由の真相はそこにある。今までの自己流と比べればナイフの扱いも立ち回りも別人へと変わってしまっているが、単純にタカヒロ流に染まったわけではなく大きく改善されているために違って見えているにすぎない。無駄となっていた部分は大きく削ぎ落されており、立ち回りもナイフの扱いも変わっている。

 攻撃を的確な位置と威力で当て、相手の攻撃を真正面から防ぐわけではなく的確にいなし、乱戦となれば相手の身体まで利用して的確に立ち回り。

 

 故に、無駄な体力を使わない。ソロでの連戦という過酷な状況下において、教わった最も重要なことを実践することができていた。

 

 呑み込みが早い少年だとは思っていたが、青年から見ればまだまだ荒削りとはいえ、ここまで露骨にされると思わず口元が緩んでしまう。自分が磨いてきた石が輝きを発する様は、見ていて嬉しさがこみ上げるものだ。

 思わず2枚の盾を手に取り、装備も星座も全て使って加減無しであの戦いの中に飛び込みたい。そう思ってしまう程に、いつの間にか少年は気迫に満ちた姿で戦っている。抱いた悔しさをバネに飛躍せんと足掻くその姿は、戦う理由を失っている青年の感情を動かす程のものを持っている。

 

 

 とはいえ、流石に限界は訪れる。10階層の途中、5体のモンスターを相手にしたその直後。カラクリ仕掛けの螺子が止まったように、少年はバタリと倒れ込んだ。

 その直前に、本能的にナイフをホルスターへと仕舞っていたのもタカヒロの教えを守っている証拠である。此度における少年の冒険は、ここまでとなった。

 

 見守っていた青年は、間髪入れずに残りを一撃で始末すると魔石を回収。少年を担ぎ、リフトを使って町へと戻る。ケアンの地で行っていたマッピングもあり、暗闇でも迷わずにホームへと帰還した。この時間では、目立つこともないだろう。

 

 

「なっ!?べ、ベル君!!ど、どうしたんだい!?」

 

 

 月明かりどころか朝日が昇ろうとしている時間に帰宅したものの、ヘスティアは寝ずに二人の帰りを待っていた。二人に詰め寄る彼女の顔は、心配と疲労に満ちている。

 タカヒロは精魂尽き果てた表情を見せるベルをベッドに寝かせると、リビングへと戻ってくる。彼も予想はしていたがヘスティアに説明を求められ、事の概要を説明し始めた。

 

 

「帰りに立ち寄った居酒屋でひと悶着があってね。自分もベル君も、ロキ・ファミリアに目をつけられてしまった」

「ロキ・ファミリアに目を付けられたぁ!?ま、まさかベル君!」

「いや、ロキ・ファミリアに手を出されたわけではなくダンジョンで負ったものだ。軽傷だが傷の所在を責めるならばベル君ではなく自分にしてくれ、頑張れと発破をかけ10階層まで見守ったのは自分の判断だ」

 

 

 じゅ、10階層……。と、ヘスティアは絶句してしまう。ベル・クラネルが彼女の眷属になったのは、たった1か月前の話であるだけに無理もない。なお、彼の指示で入口から出会った全てのモンスターと対峙していたために到達階層が10階層で済んでいることは知る由もない。

 百歩譲ってベルの方はともかく、目の前の男は恩恵すら刻んでいない。そんな状態で10階層、レベル1冒険者の終盤に行くような階層に足を運ぶなど、いくら鎧と実力があったとしても自殺行為に他ならない。

 

 それらの点、その他諸々を説明するヘスティアの口調はひどく強い。表面上だけではなく心から二人を心配しているが故に、決してその強さを緩めようとはしなかった。

 タカヒロも真剣に聞き入っている仕草を見せているために、彼女も一定以上はヒートアップしていない。それでも矢継ぎ早に問題点や不安要素が羅列され、気づけば10分ほどの時間が経っていた。

 

 

「以上、わかった!?こうしちゃいられない。こういう機会があるなら君にもボクの恩恵を与えるよ、異論はないね!?」

 

 

 説明の後に出された決定には、ヘスティア・ファミリアに所属するならば逆らう選択は無いだろう。初回のような単なる神の願望ではなく論理付けされた上で己を心配してくれているが故の内容ならば、彼にとっても拒否する選択は行いたくないのが実情だ。

 しかし、彼には一つの懸念があった。こればかりはシリアスなど裸足で逃げ出す思考なのだが、52階層のモンスターを恩恵無しで屠れるならば、それを数値化した際にどうなるかが凡そながら想像できていたのである。

 

 

「主神ヘスティア、恩恵を受けることに異存はない。しかし、もしかしたらの話だが……自分の秘密に、巻き込まれることになる」

「大丈夫だよタカヒロ君、秘密ぐらい誰にもあるものさ!」

 

 

 ……なるほど、とことんポジティブだな。

 

 ニカッと笑ってサムズアップする“らしい”彼女に対してそう笑い飛ばし、タカヒロは覚悟を決めたのか部屋で着替えると、リビングの椅子に座って背中を見せる。ベルの場合はベッドに寝かせるのだが、これは完全に彼女の趣味もとより生きがいとなっているために仕方ない。

 ともかく、ヘスティアは恩恵を与えるため。もっとも初回なので、今の彼の潜在能力を背中に起す事も含めて己の血を使って文字を書き――――

 

 

タカヒロ Lv:100

アビリティ

 力 :S :982

 耐久:Ex :6154

 器用:C :686

 敏捷:I :0

 魔力:F :338

魔法

 【メンヒルの盾】:物理・炎属性を持つ魔法の盾を相手に投げつける

 【サモン ガーディアン・オブ エンピリオン】

 :物理・炎属性を持つエンピリオンのガーディアンを2体まで召喚・使役可能

 【 】

スキル

 【祈祷恩恵(プレイヤー・ベネフィット)】:取得した星座の恩恵を受けられる

 【武器交換(ウェポン・チェンジ)】:2種類の武器または盾をセットし任意のタイミングで瞬時に交換可能

 【妖精嗜好(エルフ・プリファレンス)】:エルフとの共闘の際に全能力が僅かに向上

 

 

 

 内容を読み返して、一層のこと目を見開き絶句した。スキル欄の最後や、本来の“ステータス”に無いために違う意味でおかしなことになっている敏捷など気にならないぐらいに。

 

 

 

 誰が予想できるだろうか。かわいいかわいい、文字通り目に入れても痛くない一番弟子ならぬ一番眷属が、道端で前代未聞のバケモノを拾っていたなどと。

 まずヘスティアは、魔法欄にあったエンピリオンという文字に目を奪われていた。その身が神であるならば、猶更のこと無視できない単語なのである。

 

 

(エンピリオンって言えば天界にある原初の光じゃん!ボクはもちろん上級の神々でも訪れることができる者は僅か、それこそ最上位だけだよ!そんな場所のガーディアンって、冗談だろう……!?)

 

 

 そして目に入る、レベル100という数字の圧倒的な威圧感。かつてヘラ・ファミリアにレベル9が居たという記録は残っているが、そんな孤高の冒険者すら足元にも及ばない数値である。

 それでいて耐久に至ってはバグっているのではないかという6000を超えた数値を記録しており、ランクもExという見たことのない代物だ。なお、そちらに気を取られて“メンヒル”という文字に気づいていない。

 

 

 そもそも、神が与える恩恵のアビリティにおいて全員がI:0からスタートするのは何故なのか。それは大人の恩恵無しと子供のレベル1初期値を比べた際においても、子供のレベル1の方が圧倒的に強いためだ。恩恵がない時の力の差など簡単に逆転してしまい、大人が子供に負ける事態が簡単に発生してしまうのである。

 

 では逆に、最初からアビリティがI:0以外であるとは、どういうことか。つまりは神が与えることのできる力以上のものを既に所持しているということであり、結果として恩恵を貰ってから経験値を稼いだ者と対等に渡り合うことができる。

 極々稀に、例えば大人のドワーフなどにおいてレベル1における力アビリティの初期値がI:1~3程度の者こそ居るという情報は確かにある。しかしここまでのバケモノとなれば、そんな特例にすら当てはまらない。

 

 一番眷属が「強い強い」と子供のように……と考え子供だったので違和感なく連呼していた割に、師匠と呼ばれる青年と出会った時、青年はファミリア未所属かつ恩恵を貰っていない立場であった。加えて恩恵を貰うことに対し抵抗があったためにワケありであることは察していたが、ここまでのバケモノとなると想定外すらをも超えている。

 

 

「……こ、これが、君のステイタスだよ」

 

 

 震えを隠せない手で、書類を渡す。それを受け取って見る彼は「性癖駄々洩れやんけ!」とスキル欄の最後にプライバシーについて文句を言いたいものの、その他に関する項目は実感と相違ないことを理解していると見て取れる。

 

 

 彼が自分の部屋に戻ってからも、ヘスティアは考え事でしばらく眠ることができなかった。無論、内容は先ほどのステイタスに関するものである。星座の恩恵などヘスティアも知らないが、何らかのレアスキルなのだろうと自分を納得させた。

 ヘスティアもオラリオで暮らしてしばらくたつが、タカヒロという名など聞いたことがない。これだけの実力で無名であるなど、世界中を探しても見つからないだろう。

 

 ベルがそのバケモノと鍛錬しているのは知っている。また、その時期からステイタスが飛躍的な速さで伸び続けていることも知っている。

 同時期に出現した【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】のために、ベルがまさかの同性愛者なのかと絶望に暮れた半日もあった。が、蓋を開けてみればただの憧れで別途アイズ・ヴァレンシュタインに惚れていたということが発覚して嫉妬を覚えることになるのはもう少し先の話である。

 

 そのスキルは憧れにより発現するわけであって、恋愛感情が対象ではない。前例のないレアスキルのために、ヘスティアが勘違いしていただけである。少年は、2つの憧れを抱いていた。

 アイズ・ヴァレンシュタインに対する、比較的現実的な強さと異性としての憧れ。己の師であるタカヒロに対する、物語の英雄染みた圧倒的な強さへの憧れ。この2つのブーストとタカヒロとの鍛錬の甲斐あって、ベルのステイタスは驚異的な成長を遂げているのだ。

 

 もっとも、ただステイタスが伸びているだけではない。全てとは言えないが付属する必要な技術もまた青年から直に学んでおり、力任せに戦うようなことはしていない。

 ベルにそんな影響を与えている者のうち、同じファミリアに属する彼はというと……

 

 

「……一体、これはどう言うことだ」

 

 

 ヘスティアに恩恵をもらったのは早朝間近であったものの、その日の夜。タカヒロは、自室で顔を左手で覆いながら唸っていた。それぞれのアビリティがケアンの地におけるステータスと連動している点は把握出来ている。見ての通り、レベル的な数値としてはそのままだ。

 連動しているものについては、力は体格、耐久はヘルス、器用は狡猾、魔力は精神。どれも装備や星座の効果を全て取っ払った、通称“(はだか)”の状態である。該当なしとなっているのか敏捷の数値は潔いゼロだが、これは仕方ないだろうと納得している。

 

 唸っている原因はこれ等ではなく、自分にしか見えない脳内ARにおけるステータス、およびスキル画面。最高値であるレベル100になってからは増えないはずのソレが、1ポイントずつ“振り残し”として表示されていたのだ。

 もっとも、何を行ったところで絶対に増えない、ということは無い。特定のクエストをクリアすることで、スキルもしくは“ステータス”ポイントが1貰えるというものも存在していた。

 

 試しに“ステータス”を体格に割り振ってみると、しっかりと各種能力、例えばヘルスにも反映されている。割り振りをクリアすれば、振り残しポイントとして1ポイントが戻ってきていた。

 体格・狡猾・精神の3つしかない“ステータス”は、報復ビルドという性格上、前者2つのどちらか固定となるために悩む要素は非常に少ない。体格ならば防御重視で狡猾ならば火力重視であり、タカヒロは体格を選択した。

 

 しかし、スキルとなれば話は別だ。ヘスティアが羊皮紙に書き写したスキルにおいて、彼が持つ合計20種類ほどのトグル・アクティブ・パッシブスキルの類は、そのほぼ全てが記されていない。例外として、魔法であるサモンサマナーとメンヒルの盾が魔法欄にあった程度だ。

 3つ目の空きスロットについては、恐らく“ジャッジメント”と呼ばれるウォーロードの残り1つの魔法スキルだろうと考察している。彼は使用していないためにポイントを割り振っていないのだが、それが実施されればここに表示されるのだろう。ウォーロードは、これら3つの魔法しか使えないのだ。

 

 とはいえ、秘匿されている他のスキルのうちどれもが、彼にとっては重要なスキルなのである。そうは言っても分配できるポイントの総数には限度があるために、最も効率の良いバランスでスキルを選択しスキルレベルを調整していたため、本来ならば最大レベルにまで上げたいスキルは山のように存在するのだ。

 バランス調整の過程で途中で止めているスキルの数が10を超えているために、どれにするかと非常に唸っているのである。また、現状では非常にバランスが良いために、他のスキルを取ることも視野にできる。故に選択肢は百を超え、うち半数が魅力的に映るのだ。

 

 今までの総数248に対するたった1ポイント。しかし彼にとって大きな意味を持つ、炉の女神が与えた確かな恩恵だ。

 

 結果として、その1ポイントは保留ということで彼の脳内戦争の決着がついた。ソロプレイヤーとしてはほぼ完成しているうえに今のところ支障はなく、スキルの分配もすぐに行えるためである。

 考えているうちにソコソコの時間となったようで、考えることにリソースを使っていた脳は休息を欲して眠気を催す。彼は布団に入ると欠伸をし、夢の世界へ旅立つのであった。




 お叱りの言葉を頂きそうですが、どう表現するか悩みに悩んだぶっ壊れWLのステイタスは結局こんな感じになりました。諸事情で神の恩恵とGrimDawnステータスを別枠にしたくなかったので変換を行い、本文中の解釈を挟み、この決定としております。
 また、装備・星座込みだと輪をかけて酷いことになるのと、ステイタスとは本体の強さを表現するものだと思うので、数値表記も裸のステータスにしています。
 スキルについては最後を除いてGrimDawnで使える物(仕様)です。

追記:耐異常を取り外しました。
 
 次話タイトル:カドモス逃げて


 また、アンケートを設定させて頂きました。25話ぐらい?までを目途といたします。


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16話 カドモス逃げて

GrimDawnミニ知識:報復ダメージって何?
A.キャラクターは普通の“攻撃力”とは別枠で“報復攻撃力”を持っている。
 近接被ダメージが発生した際、この“報復攻撃力”を攻撃力として攻撃主に対しカウンターダメージが発生する。カウンターストライクや、よくある反射とはまた違ったシステム。

52階層を歩いている状態のタカヒロで言うと、連打する攻撃スキル“正義の熱情”の火力が約3万に対し、物理報復ダメージが15万ほど。イモムシや犬が攻撃時に即死したのはこれが原因。なお、アクティブスキルや確率発動するスキルによって更に伸びる。
・正義の熱情: 28488~ 31782
・物理報復 :129995~151776

Q.下段の物理報復が発動した場合のダメージってどれぐらい強いの?
A.デバフ未使用でもチャンピオン級(=外伝漫画1巻でアイズが対峙した芋虫女王)ぐらいは一撃で消し飛びます。

Q.ナーフ後の設定って書いてあるけど、どれぐらい弱くなったの?
A.ざっくり計算ですが、全盛期と比べて自発火力が4割ぐらいナーフされました。

Q.報復ダメージのn%を攻撃力に~って何?
A.物理だけでなく他にも火炎報復、酸報復などがあり、ものすごく噛み砕いて言うと、それらのn%がカウンターストライクなどの他のスキルの攻撃力に乗っかるというわけです。
 つまり硬くして報復ダメージを増やせば必然と自発火力も伸びるという“公式の仕様”です。

Q.チートじゃね?
A.仕様です。


というわけで、米d……じゃなかった、コメディ枠です。ぶっ壊れさんがハッスルします。




 オラリオにあるダンジョンは未だその全容が知られていないが、逆に有名となっている場所もある。最も有名なのは、セーフゾーンである18階層と、そこにあるリヴィラの町だろう。

 中層以降はあまり知られていないが、理由としては中層以降へ行ける冒険者の数は極端に少なくなるためだ。もっとも言葉だけ知っているという者も少なくは無く、たとえ深層のエリアにおける話題でも話が通じる者が多少はいる点も実情である。

 

 そんな深層エリアの1つ。通称、カドモスの泉と呼ばれる湧き水が溢れるエリア。重篤な損傷すらをもたちまち回復させるエリクサーの、原料となる水が湧く自然の泉だ。

 ダンジョンの51階層という深層に存在するために、向かうことができるファミリアは極一部。それ故にエリクサーの値段も一本約50万ヴァリスと非常に高価であり、10本もあればそこそこの豪邸が建つほどの価格である。

 

 泉が文字のままを指すのならば、カドモスとは何なのか。強竜と書かれるその存在は、所々の階層の主と言われているボス級モンスター、階層主を除いて“最強”と呼ばれる、地を這う竜のモンスターの名前である。

 レベル5や6でも少数では危険とされ、討伐の際はサポーターも含めて6-7人掛かりで挑むことがほとんどだ。泉の水を汲む際には必ずエンカウントする存在であり、避けて通ることは許されない。

 

 

「……で、なんでそんなモンスターが出る階層にレベル1の僕が居るんでしょうか」

「散歩ついでにちょっと深く潜ると言ったじゃないか、それと今日の午前中は休暇日だろ?」

「だ、だめです師匠、8時から自主的な筋トレが」

「KARATEの稽古か?今日は休め」

 

 

 謎の返事をされて退路がないことを知り二本のナイフを構え進むも、声を震わせ続ける少年が約一名。死の瀬戸際は鍛錬で学んで体験していても、怖いものは怖いのだ。傍から見てもふもふの白髪が抜け落ちてしまわないかと不安になるその姿は、51階層の深層という蛇に睨まれた兎である。

 一方の青年は、レアアイテムを落とすらしいモンスターが居る階層を目の前にしてウキウキだ。残念ながら、たった二人で深層に潜るという自殺行為に他ならないイレギュラーをやってのけている感覚は皆無であった。

 

 とは言っても、なにも二人は徒歩でここまできたわけではない。人気のない場所でリフトを使用し、僅か数秒で50階層、通称セーフゾーンの一角に辿り着いたのである。

 

 リフトとは、ようはワープポータルのようなものである瞬間的な移動装置。タカヒロが認めた者だけが使用できるという制限があるものの、使用することによるデメリットは皆無である。

 ところで移動装置と言っても、某ドアのようにどこかしこへとワープできるような便利な代物ではない。行先は彼の脳内ARにある指定されたポイント、もしくはそこへと向かうために開いたリフトの地点だけが移動可能ポイントとなる。50階層にあるこのリフトは、彼が3人を助けた際に訪れていたためにパスが開いている状況だ。

 

 説明の際は「すごくべんりですね!」と目を輝かせていた少年だが、それもオラリオの空気に触れていた時まで。いざ潜った先の空気にあてられて、完全に委縮してしまっている。

 直後、タカヒロの呑気な口から出された「たぶん50階層」という言葉で、戦意は完全に折れてしまっていた。何処に出るか分からないけどきっとマトモな場所だろうという少年の考えは、見事に砕け散る結果を見せている。

 

 

 10階層程度とは全く違う空気に脅える少年とは裏腹に、青年はズカズカと歩みを進めている。ガチャリと鎧の鳴る音が響き、時折モンスターの声と勘違いしている少年はその度に驚いてしまっていた。

 

 

「どうやらここだ、が……」

「へっ!?な、なにか居ますよ師匠!!」

 

 

 そんなこんなで、二人は広い部屋のような場所へと到着する。チョロチョロと水の流れる音が優しく響き、“目の前の2体”が居なければ癒しのスポットにもなるだろう。

 強竜、カドモス。それが2体同時に湧くというイレギュラー。もっとも今いる2名はコレがイレギュラーであることすら理解できていないのだが、目線はバッチリと交差してしまっていた。

 

 

 少年が本気で脅える間もなく、片方が、前へと歩き続けていた青年に襲い掛かる。レベル1では追いきれないその速度ながらも、少年は目を逸らさぬよう顔に力を入れた。対する青年の周囲にはいつのまにか無数の短剣が旋回しており、普段と明らかに気配が違う。

 右手に持つ銀色の“全く普通の盾”を振り上げ一撃を見舞おうとするも、相手は重量級の突進術。体格差は歴然であり、青年が吹き飛ばされる光景が、少年とカドモスの目に浮かぶ。2秒と経たないうちに、結果は現実となって目の前に現れて――――

 

 

 突進を行ったカドモスが2メートルほど飛び上がり、絶命した。

 

 

 何が起こったか分からないのは、今このフィールドに居る2つの生命。地に立つ足は全く動かず、光景を処理しているはずの頭脳は現実を受け付けることができていない。

 本来は敵であるはずだが残ったカドモスは少年に視線を向けるも、その少年は目を見開いており、かつ自分を見ていない。そしてかつてない程の殺気を感じ、震えあがっている少年の目線の先に顔を向けると―――――

 

 

「感謝するぞヘスティア、よりにもよってヒーロー級じゃないか。レジェンダリー……ダブルレアMI……置いてけ……」

 

 

 一撃を受けたというのに掠り傷1つ無く、殺意たっぷりなメンヒルの化身が目を輝かせ迫ってくる絶望的な光景に。残されたカドモスは、雄叫びではなく悲鳴を上げた。

 

 

======

 

 

「今帰った」

「た、ただいまです……」

「おっかえりー!けっこう早かったね、どこかへ行ってたのかい?」

 

 

 ホームの玄関を開ける二人を察知し、ヘスティアは読書を中止して出迎える。扉を開けると、トテトテと擬音が鳴りそうな足取りでソファーへと戻った。

 青年の横で、可愛い可愛いベル・クラネルが精神的に疲れ切り死んだ顔をしていたように見えたが、それも何度か目にしたことのある光景。短時間ながら今回の鍛錬が厳しかったのだろうと、特に深くは気にしなかった。

 

 

 なお、己の師匠があのカドモスを即死させたことに動揺しているなどと知る由は無い。普段の鍛錬の時とは全く違う雰囲気、なお星座やトグルスキル等を全て有効化した状態であった彼を見た時の感情は、恐怖などという生易しいものでは無かったことは明らかだ。

 カウンターストライク、装備効果、その他、確率で発動するダメージやスキルが偶然にも同時に発動したが故の即死である。その証拠に、デバフなしとはいえ2匹目のカドモスについては数秒の時間を要していた。

 

 カドモスが死んだ直後に湧いて出てきた一般のモンスターも、MIゲットで「テンション上がってきた」的なオーラが出ている彼の師匠にとっては敵ではなかった。突進の一撃と共に大多数を蹴散らし、ベル側に襲い掛かったモンスターの攻撃が少年に届く前に屠るなど凄まじい立ち回りを残している。本能的にはその光景に見とれた少年も、流石に恐怖心が勝って断片的にしか覚えていない。

 結果としてモンスターにとって地獄絵図な光景が作られており、51階層のモンスターがドロップする魔石についてソコソコの量を確保することができている。魔石だけでも数年は生活できそうな金額となっているのだが、一斉に換金すると怪しまれるという少年のアドバイスで、大半がタカヒロのインベントリに眠っていた。

 

 しかし、とあるアイテムだけでは別である。いくらか泉を回って2つを得たうち片方を持つタカヒロは、席に戻ったヘスティアに声を掛けた。

 

 

「ヘスティア、先日は助言をありがとう。久々に楽しい“掘り”だった」

「……うん?」

 

 

 条件反射で返事をするヘスティアだが、珍しくご機嫌なタカヒロが何を言っているのかがわからない。とはいえ“狩り”ならばともかく、“レアアイテム掘り”であることを想像しろという方が無茶なものだ。

 とりあえず「楽しめたなら良かったよ!」と元気よく返事をしたが、そこから先が続かない。そのまま記憶を掘り起こす作業に入った。

 

 はて、何か言ったっけな。

 昨日は確か、彼が生きる理由を見失っているように思えて冒険者にならないかとカウンセリング、兼アドバイスを行い―――――

 

 

「これが言っていたドロップ品だろう、確かに一級品だ。一枚はファミリアに寄付するよ」

 

 

 ドサっと置かれる、見るからに高級感のある被膜のようなもの。それこそ到底、零細ファミリアなんぞに似合う代物ではない。

 そしてヘファイストス・ファミリアで暮らしたことがありアルバイトもしたことがある彼女は、ソレが何なのかが分かってしまった。

 

 嗚呼、そういえばあの時。と思い返し、嫌な汗が全身から噴き出し胃が悲鳴を上げ始めようとクラウチングスタートの状態でスタンバイしている。

 当時は目標的な要因で口にしたが、それも過去の話である。

 

 何も見なかったことにしようと腹をくくったはずの、彼のステイタス。それを知った今、彼にとっては第一階層と変わらぬ難易度ではないかと把握できてしまう。

 

 

 青年を元気づけようと詰まった言葉に、神友ヘファイストスの言葉を脳内で掘り起こし。本来ならば第一級ファミリアでしか到達できない地点に居る、カドモスとやらを紹介してしまったことを思い出した。

 

 

=====

 

 

「ヘファイストス――――――――!!」

 

 

 ちっちゃい神様の悲鳴に似た絶叫が、バベルの塔、開店間もない静寂なフロアに木霊する。思わずビクっと反応したヘファイストスは、何事かと振り返った。

 

 よく知るちっちゃい神様が涙を流し、己に向かって疾走してきていた。何がとは言わないが、豊満な二つがブルンブルンと目に毒な程に揺れている。そしてランナースタイルで振りぬくその手の片方には、どこかで見たことがある皮らしきものが握られている。

 

――――嗚呼、きっとロクでもないことの相談だ。

 

 彼女を良く知る故に導き出された己の直感が、確かにそう告げていた。

 

 

 

彼女の部屋へ移動中(事実捏造中)

 

 

「ってわけで、どうにかしてくれないかな……」

「どうにかしてって、ヘスティア、あなたねぇ……。よりにもよってカドモスの被膜だなんて……」

 

 

 ヘファイストスも、もはや溜息を吐くことしかできない。横目で品物を見る彼女の視点においても、ものすごーく品質が良い逸品が机の上に置かれている。かつてない程の逸品は、平均相場1000万ヴァリスの被膜に対して1500万ヴァリスという高値がついても不思議ではなかった。

 疑問は様々だが、2つほど大きな疑問がある。何故、というよりはどうやって討伐すれば、これほどまでの高品質な被膜を手に入れることができるのか。

 

 そして、なぜ。居候を続けていては為にならないと追い出したヘスティアのファミリア、よしんば眷属が居たとしても零細であるはずのファミリアが、カドモスの被膜を拾っているのか。

 

 ……が、ヘスティアは硬く口を閉ざし何も語らない。また、少額とはいえ居候中に購入した本の借金返済に充てるのかと思えば全額現金を希望しているため謎は深まるばかりだ。

 どうやら彼女個人が得た代物ではないようであるが、読み取れるのはその程度である。そして例の斧を鑑定した男の存在を思い出し、まさかと思いつつ、可能性があるとすればそれしかあり得ないと心の中で納得する。

 

 結果として、ヘファイストス・ファミリアが1300万ヴァリスで買い取り転売しないことを約束した。その代わり、なぜこれをヘスティア・ファミリアが所持しているかも追及されず、供給ルートも黙秘することが約束されている。

 

 流石に、似たような品質の皮がもう1つあることを彼女が知ればヘスティアといえどただでは済まない。その残るもう1つはコレクターのインベントリに眠っているために、タカヒロとヘスティア、ヘファイストスの3名にメリットを残して、此度の騒動は幕を閉じたのであった。

 

 

 なお、犠牲となったモンスターと巻き込まれた白兎はカウンセリングの一件に無関係のため、どちらかと言えば犠牲者である。

 




【PC閲覧推奨】
燥ぎまくってるWLさんのステータスを公開してみます。(→ )はダンまち版ステイタス。
メンヒルをイメージしてかなりディフェンシブな内容ですが、実用性もそこそこで火力も報復も十分です。

GrimDawnを御存じない方は「なんだこれ」ってなるかもしれませんが、スルーして頂いても問題ございません。
乗っ取られ初心者も「なんだこれ」ってなるかもしれませんが、ちゃんとゲームで再現可能なのです…。

Lv.100:ウォーロード
体格 :1475(→力)
狡猾性:733(→器用)
精神力:354(→魔力)

・主な能力(トグルバフのみ有効化)
ヘルス :19390/19390(→耐久)
エナジー:1176/2209(→マインド)
攻撃能力:2833
防御能力:3206
DPS :61723
装甲値 :5116(全部位100%)
物理ダメージ  :3654-4116(+848%)
体内損傷ダメージ:639(+787%)
 正義の熱情  :28488-31782
 堕ちし王の意志:91932-103356
攻撃速度 :130%
ブロック率 :64%
ダメージブロック:3225
物理耐性:57%
物理報復:129995-151776(+1741%)
火炎報復:15965(+1741%)
酸報復 :9030(+1741%)60%物理変換
生命報復:4626(+1741%)
武器ダメージHP吸収:9%
反射ダメージ削減 :64%
ヘルス再生:385.93/s

・各種耐性(アルティメット環境、トグルバフのみ有効化。ノーマルなダンまち環境では更に1,2段目が+50%、それ以降+25%)
火  :84+92% 氷 :84+132% 雷:84+107%
毒・酸:84+47% 刺突:87+70%
出血 :84+100% 生命:84+65%  気絶:84+32%
カオス:87+24% イーサ―:91+42%
ドライアドのスキル発動時、出血時間・中毒時間共に60%短縮。ストーンフォーム発動時は110%短縮。

・星座(加護)
岐路:オーダー

船乗りの指針
猟犬
ドライアド
鉄床
真面目な見張り
盾の乙女
建築神ターゴ(スキル直行5ポイント)
生命の樹(スキル直行4ポイント)
メンヒルのオベリスク
エンピリオンの光


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17話 それぞれができること

アンケートを少し変更しました。お手数ではございますが、ご協力の程頂きたくよろしくお願いいたします。


「それじゃーベル君、慣れない武器になるから今日は5階層までとしよう。そろそろお金も貯まってきただろうから、ダンジョンへ行く前にナイフも発注しておこうか」

「はい。えーっと、一本1万ヴァリスで……二本発注すればいいでしょうか?」

「そうだね。長さとか重さの注文があったら、ベル君の好みにすればいいよ」

「わかりました!」

 

 

 最近は蹴飛ばされることも減ってきたベルは、午後からダンジョンへと繰り出していく。声は元気よく玄関から飛び出していく少年だが、見つめるヘスティアの顔は晴れない。いつもと同じ様子を装う少年だが、確かに足取りは重かった。

 その理由は、最初にタカヒロがプレゼントしたナイフが左のホルスターに装着されている点にある。タカヒロがヴェルフに発注したナイフでない。実は今日の午前中の鍛錬において、2本あったそのナイフのうち一本を折ってしまっていたのだ。

 

 しかしこれは、少年のナイフの扱いが悪かったわけではない。どれだけ攻撃を受けようが傷つかない、レジェンダリー品質の神話級装備を相手にしてきた故の当然の劣化であり、壊れるべくして壊れたのである。

 むしろ、ここまで持ち堪えた点がタカヒロの中でも驚きとなっている。刃の使い方についても教えてきた身であり盾やメイス、鎧に受ける相手の刃の様子は逐一観察していた青年だが、弟子が見せる刃の使い方のあまりの激変に内心では冷汗が出るほどのものとなっていた。

 

 しかし数日前から、気になることも顔を覗かせ始めている。

 

 

「……さて、階層制限を緩和するタイミングはどうしようか。そろそろ、自分以外の相手を知ることも必要となってくる頃だが……」

 

 

 少年にとっての絶対的な物差しが、師となる自分であることは彼も理解している。しかし逆に、対人戦においては見学も含めてタカヒロしか知らないために、己が本当に強くなっているのかと不安に思う頃だと青年は捉えている。

 弟子を案ずる女神にも聞こえないつぶやきは、地下室の一角へと吸い込まれた。

 

 

======

 

 

「はい、今出ます……おっ。ベルじゃないか、どうした?」

「すみません。鍛ってもらったナイフ、折れちゃいました」

 

 

 ヘファイストス・ファミリアにある、とある工房。このファミリアにおいては駆け出しの鍛冶師でも自分の工房を用意されており、二十歳手前であるヴェルフ・クロッゾとて例外ではない。再び彼にナイフを鍛ってもらおうと思い師匠の許可を取ったベルは、ダンジョンへ行く前にその工房に足を運んでいた。

 タカヒロがベル用のナイフを作成依頼した鍛冶師であり、一度二人して訪れた際にベルとヴェルフは専属契約をして意気投合している。ヴェルフのナイフをべた褒めしている程だ。一方で褒められる鍛冶師は自分の武器を選んでくれたタカヒロに対して何度も頭を下げており、ヴェルフとしての人の良さが表れている。

 

 

 苦笑しつつ軽く舌を出してテヘヘと言いながらナイフを差し出す少年に、ショートヘアである赤髪の鍛冶師が兄貴分を見せる様子で挨拶を返している。

 和やかな空気ではあるものの、何かしらの作業の途中だったのか、ヴェルフの顔にはいくらかの汗が浮かんでいた。炎を扱うために熱が籠る工房は、基本として暑い環境にあるのが日常である。

 

 

「なんだそんなことか、気にするな。どうだ、また俺が鍛ってもいいか?」

「はい、むしろお願いします!あ、条件は前と同じで大丈夫です」

「よしきた!あまり良い出来とは言えんがこれは予備だ、持って行ってくれ。直ぐに取り掛かる。ヘスティア・ファミリアだよな?出来上がったら連絡するぜ」

 

 

 可愛らしく謝る少年と、折れたことに対してさほど気にしていない鍛冶師だが、初心者にはよくある話である。駆け出しの者においては“剣で殴る”と言ったような使い方をしてしまうことが多いことと剣の方も素材や値段の関係で強度が高いとは言えないために、この手の事はファミリア全体で見ても一日数件は発生する光景だ。

 しかし、心なしか少年の顔が晴れないように見受けられる。せっかく足を運んでもらって直ぐさようならと言うのもどうかと思い、ヴェルフは軽く話題を振ることにした。

 

 

「実は俺は、現場でも戦える鍛冶師を自負していてな。たまにダンジョンに潜ることがあるんだが、ベルは毎日行くのか?」

「必ずではありませんが、ほぼ毎日ですね。強くなるために、頑張らないといけませんから」

「にしては、今日は気分が沈んでいるように見えるぞ?」

「はは……色んな鍛錬は乗り越えてきて頑張っているつもりなんですけど、本当にちゃんと強くなれているのかと不安になっちゃいまして。確かに、少し不安になって落ち込んでいます」

「なんだ、そんなもん俺にだってあるさ。それでもな。俺達駆け出しは、どこまでも藻掻くしかないだろ?」

 

 

 なるほど、浮かない顔はこれが理由か。と考えるも、彼に出来ることは何もない。

 当たり障りのない内容ながらもそんな言葉を返すと、少年は少し吹っ切れたように礼を告げ、ダンジョンへと駆け出していくのであった。

 

 

――――なるほど、その心の乱れからナイフを折ってしまったんだな。

 

 

 そんな考えを巡らせる鍛冶師ヴェルフにとって、常識も今日までだ。折れたナイフを渡されたヴェルフは作業中だったためにナイフを脇に置いていたのだが、一段落した際に詳しく観察して目を見開くこととなる。

 

 到底ながら、レベル1の冒険者の使い方とは程遠い。彼も半人前程度故に詳しいことは分からないが、刃の零れ方が綺麗すぎる。初心者によくある殴るようにして使われたナイフではないことは、ハッキリと分かった。

 

 折れたのは劣化が原因であることは読み取れるが、練達の職人が作った鎧でも斬り続けていたのかと思える程の傷み方だ。それでいて使い手は武器を労わり、常に損傷の少ない箇所を選択している損傷具合に見て取れる。

 当該人物は謝礼のあとに発注依頼をするとすぐにダンジョンへ駆けだしてしまったために連絡は取れないが、鍛冶師の腕が使い手に追いついていないことは明白だ。その答えに辿り着き、彼はすぐさま今日の予定を変更して鉄を取る。

 

 

「畜生、ふざけろ!」

 

 

 甲高く鉄が鍛たれる音に掻き消される、愚痴と怒りを口癖と共に呟く対象は自分自身。かつてベル・クラネルにナイフを納めた彼は、決して少年を貶しているわけではない。

 使われ役目を終えた己のナイフを見ただけで、熱い鉄を打つための炉のように心が強く燃え上がる。レベル1とてあのような状態になるまで懇切丁寧に使い切ることができる程の人物ならば、もしかすると自分程度の鍛冶師は見切りをつけられてしまうかもしれない。

 

 それだけは、なんとしても避けたかった。自分を指名してくれた顧客第一号であることも大きいが、自分の腕を、素材は平凡ながらも丹精込めて鍛ったナイフを認めてくれた相手だからこそ、その使い手が求める期待にどうしても応えたいと強く思う。

 レベルはもとより、相手の年齢や儲けなどは関係ない。鉄の奏でる甲高い音が、今までと全く違って聞こえるのは気のせいだろうか。

 

 道は違えど、ここに新たな冒険が生まれている。一流と呼んで差し支えない使い手に応えられる剣を作るため、一人の鍛冶師の奮闘が始まった。

 

 

=====

 

 

「……タカヒロ君。ベル君は、何か悩んでいるのかい?」

 

 

ベルがそろそろダンジョンから出てくるであろう、夕暮れ間近。バイト先から帰宅し本を読んでいたヘスティアの質問に、タカヒロは読書タイムを中断して顔を向けた。

彼女もまた、青年と同じくベルの感情の変化をとらえている。しかしながら原因が分からないために、彼に最も近いであろうタカヒロに質問を投げたというわけだ。

 

 

「悩み?細かい点で言えばいくつかあると思うけど……ヘスティアが捉えている感情は、ベル君にとっては不安の類だと思う」

「不安、か……。よければ教えてくれないかな、ボクはベル君が心配なんだよ」

 

 

 そうは言われても、男には知られたくない覚悟と言うものがある。英雄になるための道を本当に進んでいけるのかと、鍛錬の過程において不安が顔を覗かせているのだ。師である彼もそれを捉えており、少年の心が折れてしまわぬように匙加減を慎重にして指導している。

 故に、タカヒロの口からは話せない。そのために彼は、濁した内容とアドバイスを口にした。

 

 

「自分から言えるとすれば……ベル君は覚悟を決めて、強くなるために足掻いている。昇るだけではなく、悩み苦しむ時期もあるだろう」

「うん、そうだね……」

「悩むことも大切だが、そんな彼のために出来る一番の選択は、心配じゃなくて後押しのはずだ。自分は戦闘技術の指南で支えてやれる。ヘスティアができることをしてあげれば、それだけで彼には御馳走だ」

「タカヒロ君……」

「ま、ニンゲンに恩恵と言うオモチャを与えて扱き使ったり楽しんでる神様方には荷が重いかな?」

「そういうグネグネに捻じ曲がった考えは良くないかなぁ!?」

 

 

 ボクは君の心の方が心配だよ!と、数秒前に発生した盛大なる感動をぶち壊された怒りがこみ上げヘスティアの顔は般若と化す。

 しかしここ最近ヘスティアが気付いたことだが、青年は、ひねくれる性格を見せることが僅かにある。大きな声を出させることで、まるで発破をかけているかのようだ。

 

 普段の仏頂面の表情を崩してケラケラと笑う青年はそんな彼女の反応を楽しんでいるようにも見えており、わざと先ほどの言い回しをしたとも思える程だ。言われたヘスティアからすれば、確かに“先ほどの文言”が当てはまってしまうファミリアが存在しているのも事実である。

 

 しかし自分は違う。と内心で己に言い聞かせ、ヘスティアは両手を強く握る。

 己が求めているのは家族であり、奴隷ではない。もう一人の眷属である彼には悪いが、ベル・クラネルの力になりたいと心から望んでいるのである。

 

 もちろんタカヒロのために何かできないかと考えたことも何度かあるが、ヘスティアから見える青年の立ち位置は摩訶不思議だ。あのバケモノのようなステイタスを持っているわりに大手ファミリアで活躍する気もなければ、かと言ってヘスティア・ファミリアに染まろうとも思っていないように見て取れる。

 彼女の第一眷属であるベルのように英雄になるという願望も皆無、レベル1の冒険者が見せる勢いもなければ夢を語るようなことも行わない。どちらかと言えば、レベル5や6の第一級冒険者が見せる達観さのほうが近いだろう。

 

 それでいて、興味がないことには意識を示さない。まるで、オラリオという迷宮に迷い込んだ猫のようである。もっとも、実力的に同じネコ科でも獅子どころかマンティコアでも温いかもしれないのは彼女がよくわかっておりご愛敬だ。

 今のところはベル・クラネルを見守る父親のような態度を見せており、ヘスティア・ファミリアとしてもデメリットがないどころか、カドモスの一件は除くとしていつのまにか小金を持ってきているのでメリットが遥かに上回る。もっとも、家族という枠を大事にする彼女からすれば、メリット・デメリットで語れるようなことは無いわけだが。

 

 

 と、ここで彼女はとある事項に疑問を抱く。話の流れは変わるが聞いておいた方が良いと考え、考えたことを口にした。

 

 

「……あれ?そういえばタカヒロ君もダンジョンに入ってたようだけど、いつのまにか冒険者登録をしていたのかい?登録にはレベルの申請が必要だろ?」

「いや?ダンジョンへ入る際にも身分確認はされないからな。ああ、魔石はちゃんと上層部で確保したものを交換してるし、換金はベル君に任せているよ」

「そういえば、この前の居酒屋では何を食べたんだい?」

 

 

 ヘスティアは、聞かなかったことにした。レベルを上げるためにはダンジョンに潜る必要があり、なおかつ冒険者登録の有無によるメリット、デメリットを比較した際に、無登録で潜る者が必然的に居ない点を逆手に取った方法であることは把握できるが、聞かなかったことにした。

 規約内容“冒険者はレベルの申告が必要”とは、つまるところ“冒険者に登録していないとなれば、レベルの申告も不要”と解釈できる。しばらくはヘスティア・ファミリアも、大手を振って零細として活動することができるだろう。そう考えると、ヘスティアは不思議な感謝の気持ちを抱くのであった。

 

 なお、回答も何もなかったかのように「パスタとサラダ」と告げられている。盛大な溜息をついていた弟子へのプレゼントだった、と口にする彼の言葉を聞き、ヘスティアはハッとした顔を見せた。

 

 

「プレゼントか……ちなみになんだけど、男の子がプレゼントされて嬉しい物ってなんだろう?」

「男の子……ベル君となると……うーん」

 

 

 難しいな。と呟き、タカヒロは両手を組んで考える。確かにこればかりは、受け取る人による影響の占める割合がかなり多い。駆け出しの少年には、武器だろうが鎧だろうが立派なプレゼントになるだろう。

 少年の人となりを考慮すると、何を貰っても喜びそうな点が難易度に拍車をかけている。現にタカヒロが渡した一本1万ヴァリスのナイフでも飛び上がって喜んでおり、片方を折ってしまった時は鍛錬で蹴り飛ばされた時以上の絶望的な顔を見せていたほどだ。ベル・クラネルは、感情豊かな少年である。

 

 

「ナイフ、はどうだろう?丁度良い、というわけではないが、先日に一本を折ってしまってね。鍛錬でも実際の戦闘でも消耗していくものだから、どんな品質だろうと何本あっても良いはずだ」

「ナイフ?そうか、武器か……」

 

 

 そのために、口から出された答えがコレである。ムムムと唸る小さな女神は何かしらの考えがあるのか、しばらく腕を組んで悩む仕草を見せていた。

 ヘスティアも乗り気になったようで、どのようなナイフが少年の好みなのかを詳しく聞いている。彼女が頼み込む予定がヘファイストス・ファミリアと知ったタカヒロは、そこに居るヴェルフという鍛冶師が一番知っていることを伝えると、彼女は「数日留守にする!」と言葉を残し、さっそく飛び出していった。

 

 行動が速いな。と溜息をつく彼だが、彼も彼とてどのようなナイフが出来上がるのかを楽しみにしている。このあたりは、装飾品も含めた武具が大好きであるハクスラ民のサガだろう。

 あまり質の良いものとなると彼としても大手を振って喜べないが、そこは目を瞑るべきだろうと考えた。何しろ少年の技術は当初とは雲泥であり、逆にそろそろ、そういう武器を知っても良いかと思ってしまう。

 

 ともかく、これは主神であるヘスティアの問題だ。極端な話、物理ダメージや刺突、出血ダメージがそれぞれ100%以上も上昇し攻撃速度すら20%も上昇させてしまう“レジェンダリー品質の武具”が出来上がったところで、彼が口を挟むべきではない。

 もっとも、彼が知るレジェンダリー品質のモノがポンポンと作れるならば先の斧におけるエンチャント程度も日常茶飯事となるだろう。レジェンダリークラスの装備はあり得ない、しかし目に掛かれるならば見てみたいと感想を残し、いつになるか分からないが結末を楽しみにして本を読む作業に戻っていた。

 




がんばれヴェルフ兄貴!


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18話 調査

「おおっ」

「すっげ……」

 

 

 よく晴れた日の朝を少し過ぎた時間帯。道行く男のほぼ全員が、思わず振り返って後ろ姿に見とれている。直前にチラリと見えた尊顔は、一度でも目にしたならば眼福と言っていいだろう。

 それらの男にとって惜しむべきは、全くと言っていい程に肌の露出もなければ、長いコートとロングブーツに加えて、白のローブによって身体のラインのほぼ全てが隠されている点だ。故に様々な“妄想”が広がるものの、やはり直に見定めたいと思うのが男としてのサガである。

 

 

 念の為に付け加えるが、身体のラインと言っても見惚れる対象は筋肉ではない。とあることで有名な筋肉質な神、ガネーシャではない。

 彼等が振り返った先に有るのは、姿勢よく整った足並みで歩みを進める一人の女性。それに似て、いかにも“お高い”と一目でわかる杖を持っているのも特徴だろう。

 

 

 言い換えればその女性は、頭部と髪質、そして纏う雰囲気だけでもって、これらのような感情を生まれさせるほどの美貌を持っているということになる。単純な憧れの目線だけならば特に問題ないのだが、向ける対象が男であるために向けられる目線のなかには見過ごせないものがある。

 一般的には“視姦”と呼ばれる舐めるような視線を多数向けられる緑髪のエルフだが、オラリオで暮らすなかで既に慣れたものであり、今更とやかく何かしら感情が芽生えるようなこともなかった。足取りや雰囲気を変えることなく、目的地であるギルドへと足を進めている。

 

 早朝にダンジョンへと潜る冒険者たちは既に発った後であり、広大な冒険者ギルド内部も現在の人影はまばらであり閑散としている。様々な部署があるギルドだが、彼女は迷うことなく受付へと向かっていた。

 

 

「お、おはようございます、リヴェリア様!」

 

 

 ハキハキとした態度、を超えて非常に改まって接客を行う職員の名はエイナ・チュール。メガネを掛けたショートヘアなハーフエルフの女性であり、ベル・クラネルの冒険者アドバイザーでもある人物だ。

 実はこの女性、リヴェリアの元従者、現在では親友となっている女性がヒューマンとの間に授かった愛娘。その繋がりもあって、彼女とリヴェリアの繋がりも、他のエルフと比べて身近なものとなっている。

 

 とは言っても、エルフからすれば雲の上な存在の王族というのがハイエルフであり、リヴェリアの肩書である。もちろん、この理はエイナにも適用されるものであり、エルフの血をひくものにとって例外は無い。

 毎度の如く「畏まるな」と指摘されるエイナだが、どうやら一生かかっても治りそうにないとは本人の弁だ。もし一般人が国王から同じことを言われればどうなるか?誰もがエイナと同じ道を辿るだろう。

 

 

「そう畏まるな。ところで、少し時間はあるか?できれば個室で話をしたい」

「は、はい。それではこちらに」

 

 

 チラホラと向けられる視線を背に、二人は受付の奥にある個室へと向かってゆく。遮音が利いたこの部屋は、話し声程度の音量ならば外部に漏れることなく会話ができる個室が複数並ぶエリアとなっていた。

 

 

「あまり、こういうものを頼むべきではないとは理解しているつもりなのだがな」

「い、いえ!私にできることでしたら、お力添えさせていただきます!」

 

 

 内容を言う前に己の非を謝罪するような言葉に、エイナは何が来るのかと身構える。まさか、だからこそわざわざリヴェリアが足を運んだのかと考えると、猶更の事不安の感情が膨れ上がる。

 それで、ご用件は?と、あくまで冷静に尋ねるエイナだが、リヴェリアの口元に軽さは無い。覚悟したはずの表情は険しくなり、ゴクリとつばを飲み込んだ。

 

 

「ロキ・ファミリアにおいて人を探している。ギルドが持つ資料で該当する人物が居たならば、可能な範囲で教えて欲しい。とは言うものの情報が少なすぎてな、しかし比較的、特徴的な装備だ」

 

 

 性別は男、歳は恐らく青年。から始まった情報をメモに取るエイナは、相槌を打ちながらリヴェリアの話を聞いている。言葉通りの特徴的な装備は事実だが、生憎と冒険者ギルドへ訪れる者の数は無数と表記してもいいだろう。

 砂漠から1つの砂粒を見つけるよりは簡単かもしれないが、似たような難易度だ。そのこともあってか彼女の記憶にも当該人物は残っておらず、リヴェリアに対して謝罪の言葉を口にしている。リヴェリアもそれを止めさせると、わざわざ個室へと案内してもらったワケを話し始める。

 

 その口から出された“ソロ、もしくは少人数で52階層へと訪れていた”という情報に、エイナは目を丸くした。もしこれが同僚の口から出されたならば背中を叩いて笑い飛ばすところだが、相手が相手でしかも真剣な表情である。そのために、そんな表情でしか己の感情を表すことができないでいる。

 もしこの言葉が事実ならば、リヴェリアが探している男性はレベル6、少し緩和したとしてレベル5以上ということになるだろう。第一級冒険者のなかにおいても一握りであるレベル5以上の冒険者のほとんどは顔や装備を見ればわかるエイナだが、先にメモした棘のある重厚な黒いアーマーの冒険者はヒットしない。

 

 可能性として考えられるのは、レベル6あたりの冒険者が数人でパーティーを組んで新しい装備を実験している、と言ったような具合だろう。現に、時たま第一級冒険者が中層付近で格下のモンスターを相手に戦っていることもあるほどだ。

 それでも今回のケースにおいては、場所が場所だ。52階層などという深層の更に奥へ進むならば、どんなファミリアでも事前に申請を行ってからアタックを開始する。彼女も記憶に残っているが、その時に深層へとアタックしていたファミリアはロキ・ファミリアただ1つだ。

 

 

「……特徴はわかりました。しかしお言葉ですが、到底信じられません」

 

 

 結果として出てきた言葉が、これだった。どれだけ考えを巡らせても、似たような文言しか思いつかないのが現状である。

 

 

「エイナの気持ちも分かるさ。私とて、実際にこの目で見なければ微塵も信じていなかっただろう」

 

 

 どこか腑に落ちない様子で語るリヴェリアは、ふぅ、と溜息をついて肩をすくめる。その流れで、もう1つの情報を口にしだした。

 酒場でその男と一緒に居たと思われる、白髪の少年。同じファミリアだと青年も口にしていた相手であり、そちらについても情報が無いか探りを入れている。

 

 

――――うん?

 

 

 聞き入るうちに、エイナは口に出されるそれらの特徴に疑問を投げてしまいそうになる。片眉は無意識のうちに下がっており、尊敬する相手の口から出てくる特徴は、自然ととある少年の顔を思い起こさせる。

 白い髪、真っ赤でクリッとした瞳、身長は160㎝程度、ギルドで配布されていると思われる初期装備のライトアーマー。

 

 何かと彼女が気にかけており、その無茶ぶりに数回の雷を落としたことのある少年。ベル・クラネルと、そっくりなのだ。

 

 しかし、彼女が知る少年は常に一人でダンジョンへと入っている。当初はコボルト一匹を討伐した程度で花のような笑顔を振りまきながら報告してきたカワイイ弟の様だったが、最近は、やけに落ち着いた対応を見せている。

 パーティーを組んでいる様子もなければ、事実ならば恐らくしてくるであろう「パーティーを組みました」的な報告も受けていない。時折午後から向かう光景を見ることがあるが、その際も一人きりだ。

 

 また、彼が所属するヘスティア・ファミリアはつい半月ほど前に発足した零細ファミリアであり、登録されている冒険者はレベル1のベル・クラネルだけだということも知っている。本人の口からも、先の説明にあったような男性が居るとは聞いたことがない。

 

 

 そこでエイナは、似たような少年なら知っている、程度のニュアンスに留めて回答を行った。そして自分が少年の担当であることを告げると、リヴェリアは「世間は狭いな」と確定事項のように回答してしまうが、その冗談がエイナのツボにはいってしまい失礼ながらもしばらく笑いが止まらなかったのは余談である。

 なんせこのリヴェリアというハイエルフは、広い世界を見るためにエルフの里を飛び出している。そんな彼女が先の一言を発するのだから、家出の理由を知っているエイナにとっては意外にも程があったのだろう。それに対してやや不貞腐れてツンツンする態度を見せるリヴェリアに対して内心では「可愛らしい」と思いつつ平謝りするエイナだが、しばらく彼女の機嫌は直らなそうだ。

 

 

======

 

 

「なるほどなー。けっきょく数日たっても連絡こーへんから動いとるけど、流石ギルドやな。全くの収穫無し、ってわけでもないんやな」

「偶然だが、そんなところだ。52階層での謝礼、ミノタウロスの一件に関する様々な謝罪。風化する前に、早く見つかるといいのだが」

「せや、はよー見つけんとあかん。せやかてギルドに問い合わせたのも裏ルートや。ドチビん所に居るとしたかって、ホーム見つけるだけでも時間かかるで……いっそ神共に招集かけたろか」

「零細ファミリアは多いからな……。しかし、事のあらましを彼等が主神に話をして居たら、正直に答えるかは怪しいぞ」

「うっ、せやな……」

 

 

 ホームへと戻って先ほどまでの情報を報告するリヴェリアに、ロキがお茶を注いでいる。今回の探りの発端は、例の師弟コンビを見つけるために、彼女の主神であるロキが段取りを行ったものであった。

 一方で、ロキはロキでレベル6の冒険者の情報を漁っている。主に神様ルートで集めていたのだが、当該人物は掠りもしない。むしろ、誰だそれはと聞き返されるのがほぼ全てという状況だ。

 

 もっとも、聞き返されているのにはワケがある。

 

 

「そもそもが無理あったんや……黒いトゲトゲの鎧はともかく、レベル6以上なんて居るだけで噂になるし神ならほぼ全員顔と名前を覚えとるわー……。52階層の件は色んな意味で口に出せへんし、困ったもんやわ」

「酸を吐く芋虫というイレギュラーに加え、52階層へのソロでの到達だ。後者に関しては、まさに偉業と言って良いだろう。それでも、神の力とやらを使えば、そんな偉業もできるのではないか?」

「できるやろな。せやけど、そんなの使った瞬間に一発でバレる。ヘスティアなら余計に有り得んわ」

 

 

 ふむ。と呟き、リヴェリアは紅茶をすする。ロキ曰く「頭使いすぎた」ということで用意されたミルク入りアッサムという紅茶のほのかな甘みは、遠征帰りの処理も含めて酷使しすぎた脳に染みるようだ。

 問題は例の少年と青年だけではない。芋虫に溶かされた装備の被害額は考えたくもない値段に跳ね上がり、借金の必要まではないものの、しばらく遠征どころかファミリアとしての大規模な活動も危ういぐらいだ。折れた場合と違って今回は全て溶かされているために、素材の回収すらもが不可能なのである。

 

 思い返して二人で溜息を吐いていると、トコトコと足音を立ててティオナがやってきた。割り込みづらい空気だったのか、壁からひょっこり顔を覗かせて様子を伺う動作を見せている。

 その姿は、いつものティオナらしくない。溢れんばかりの元気さは影を潜めており、何かを心配しているかのような表情を見せている。

 

 

 ロキとリヴェリアが話を聞くに、どうもアイズの様子がおかしいとのことである。ロキが「どうおかしいんや?」と尋ねた際の回答が「ダンジョンに行こうとしない」という通常ならばぶっとんだ内容となっているのだが、三度の飯よりダンジョン修行と言わんばかりに入り浸るアイズ・ヴァレンシュタインの場合は、確かに異常と言えるだろう。

 そして「確かにおかしいな」と言わんばかりに納得してしまうオトナ2名。リヴェリアに至っては不可思議だと口にしている程である。幼い頃から彼女を知っているからこそ、主神と母親は真面目に心配してしまうのだ。

 

 

「ま、ここは母親(ママ)の出番やな」

「誰が母親(ママ)だ」

 

 

 そして交わされる、お約束とも言える、このやりとり。主神ロキとリヴェリアの日常ともいえるのだが、やり取りの本懐に「アイズを頼むで」というトリックスターの心配と照れ隠しがあるのを知っているのは、ロキ・ファミリアにおける古参の3人ぐらいだろう。

 

 アイズはホームにあるソコソコの広さの中庭に居るとのことで、リヴェリアはそちらへと歩いて行く。近づくにつれて噴水の音が細やかな音色を奏で始めており、目的の人物はその前にあるベンチに腰かけて噴水を見つめていた。

 数秒ほど眺めたものの、リヴェリアは歩みを止めることはない。静かに近寄るようなこともせず、カツカツと靴の音を立てながら近づいている。

 

 話しかける時は、ストレートに。不思議な内容ではあるものの、これがリヴェリアとアイズの間で交わされた約束なのだ。

 回りくどいことはせずに、持ち得る球は直球一本。彼女の目線においても明らかに気落ちしているアイズの顔を見ながら、ロキ・ファミリアの母親は相談に乗ろうとばかりに歩み寄る。

 

 

「どうした、アイズ。何かあったのか?」

「リヴェリア……」

 

 

 頼りになる彼女を見て、すこしホッとしたような。僅かながらも、アイズの表情に変化が生まれる。

 

 

「あ……おかえり。用事、済んだんだね」

「ああ。所用でギルドへと行っていた」

 

 

 二人を知らない人が見れば、似つかない姿ながらも親子なのだろうと捉えるその光景。片や悩みを抱える少女であり、片やそれを解消しようと奮闘する母親の様相だ。

 いつもと変わらず薄い表情ながらも、言葉を交わすことでリヴェリアには強く伝わる。アイズは何かしらが原因でひどく落ち込んでおり、同時にとても悩んでいる。

 

 口に出された内容は、5階層で起こったミノタウロスの一件であった。襲われていた少年を助けたと思えば、その少年に逃げられた話である。

 手を出したことが間違っていたのだろうか。ポカンとしたのち、別人のように変わって逃げだしてしまう人の顔。なお、単に見惚れすぎて赤くなっていただけであるがその点については知る由もない。

 

 怖がらせてしまったのかと考え、落ち込んでいた。現に、数日経った今日も何をする気も生まれずに、朝から中庭で思いに耽る時間を過ごしている。

 

 

(……あのアイズが、強くなること以外に意識を向けるとはな)

 

 

 嬉しい事には嬉しいがなんとも複雑な心境となったリヴェリアは、先ほどギルドで得た少年の情報を口に出す。もしその少年が気になるのなら、冒険者ギルドの受付嬢エイナ・チュールを訪ねるようにと念押しすると、アイズは勢いよく立ち上がった。

 

 

「リヴェリア、ギルドに行ってくる!」

 

 

 返事を聞く間もなく素早い動きで、アイズ・ヴァレンシュタインは駆け出していく。立ち上がって行動を起こした少女の背中を、母親は優しい顔で見送っていた。




ちょっとだけ積極的なアイズたん。
原作と違って膝枕イベントがスキップされていますが、どこかで使っていきたいです。

追記

リヴェリアがホームに戻ったところに描写を付け加えました。


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19話 煽り運転

「ナイフの次は鎧かー……。確かにそろそろ更新したかったけど、安く作ってくれちゃって問題ないのかな」

 

 

 ガヤガヤと賑やかな広場に、少年の小さな疑問と不安は吸い込まれる。この日のベルは8階層で魔石を集め、予定通りに地上へと戻ってきていた。

 戻ってきた際にバベルの塔でナイフを受け取っていたのだが、その際に鎧の更新を提案されることとなる。本当の初期装備であり胸部のみをプロテクトしていた鎧姿は、確かに10階層へと赴くにしては貧相極まりないと言って良いだろう。

 

 もっとも、敵の攻撃の大半をナイフで受け流す彼にとっては現状のアーマーだけでも差し支えない程である。とはいえ備えがあれば憂いがないのは事実であり、そろそろ己の師匠にも相談しようかと思っていた頃合いに都合よく話が舞い込んでおり、もし過剰装備と言われたならば何かしらのアーマーを買えばいいやと考えている。

 鎧作成のついでというわけではないのだが、現在の初期装備なプロテクターは純粋な金属製ということもあって、一度融かしてから別の部位に再成型するというのが鍛冶師の説明である。この点における制作費に関しては完全にサービスとなっており、何かと貧乏性が抜けない少年は喜んで提案を受け入れていた。

 

 

 バベルの塔への用事も終わり、残りはギルドでの換金作業。魔石を中心として少量のドロップアイテムを獲得しており、こちらもそこそこの金額と交換することが可能である。査定についてはギルド側に一任することになるが、そこは換金者が持つ交渉術の見せ所だ。

 もっとも少年はそんな技術は持っておらず、言われるがままの換金である。担当側としてもぼったくるようなことはしていないため特に問題は無いのだが、どうやら今回は別の話題があるようだ。

 

 

「ああ、君がベル・クラネル君か。アドバイザーのエイナさんから伝言を預かっているよ、なんでも用事があるみたいで顔を出して欲しいそうだ」

「エイナさんが?あ、はい、わかりました。今居らっしゃいますかね?」

「自分もついさっき聞いたところだから、多分いると思うよ。いつもの受付の方だ、宜しくね」

 

 

 小袋に入ったヴァリスを仕舞うと、ベルは受付所の方へと歩いていく。波にさらわれる砂のように冒険者でごった返す夕暮れと違ってまだ人は少なく、それでも多種多様な冒険者の装備を見て羨んだり想いに耽る少年であった。

 そんなことを考えながらも、目的地にはすぐに到着する。誰かと話をしているのであろうエイナの相手が他の冒険者に隠れていることはさておき、訪ねてきたことを知らせるために少年は前へと足を運び――――

 

 

「……」

「あっ……」

 

 

 エイナが話していた相手は、いつかの5階層で助けられた金髪の少女。エイナの視線に釣られるようにして振り向いた彼女と、見開いていた少年の視線が合致した。

 

 

「ちょっ、ベル君!?」

 

 

 そして、エイナの制止を振り切って逃走を開始する。その姿が、いつかのヘファイストス・ファミリアで青年が見せたダッシュと瓜二つであったのは蛇足である。

 

 

 一方、アイズに関してはリヴェリアの助言通りにエイナを訪ねていた次第であり、まさに目の前で逃げた少年の事について聞いていた段階だ。

 

 逃走の対応をされた5階層での焼き直しだとアイズは思い、なぜ少年が逃げてしまうのかと考える。あの一件で少年が自分を怖がってしまっているというのが第一の考えだが、他に何かないかと考えを巡らせる。

 相手の反応はどうだ。アイズ・ヴァレンシュタインという自分自身を見た瞬間に、顔を赤らめる……つまり血の気が上っており、物凄い程に顔が変わり、なおかつ瞬時に逃げ出している。ダンジョンとは違って今回は悲鳴を上げることも無ければ恐怖を抱いたならば行うはずである助けを求めることもせず、即座に逃げ出すことが指し示す事実はただ1つ。

 

 

――――そっか、私と追いかけっこしたかったんだ!

 

 

 違う、そうじゃない。

 

 斜め方向に発芽する天然少女の思考に対してそのようなツッコミを入れることができる者は誰も居ないが、彼女は思った以上の動きを見せる少年に対し驚愕の感情も芽生えている。瞬発力も最高速も、ミノタウロスから助けた時よりも明らかに高速だ。

 そして再度にわたる逃亡の現状がこのタイミングで思考回路に再認識されてズズーンと心が沈むアイズだが、彼のアドバイザーが「追いかけてください!」と発破を掛けたことで吹っ切れる。レベル6の脚力を遺憾なく発揮し、既に豆粒サイズ以下となった脱兎の背中を追い始めた。

 

 

――――追いつかれる!

 

 

 背中越しに感じ始めた強い気配を感じ取り内心で焦る少年は、かつてないほどの全力疾走で足に鞭を入れている。そもそもにおいてなぜ逃げているのか自分でもわかっていない彼は、とにかく彼女から離れて心を落ち着かせたい目的で街中を疾走する。

 後ろを振り返る余裕はない。相手は第一級冒険者であるレベル6なのだ、レベル1の自分が逃げ切れるわけがないのは当然である。猶更の事、目の前へと疾走することに集中しなければ務まらない。

 

 それでも、後ろから感じる勢いは物凄い速さで迫っている。もはや逃げるのは不可能と諦めると、不思議と別の感情が浮かんできた。

 それならば、その姿を目にしてみたい。自分が焦がれる人はいったいどれだけの速度で走れるのだろうと、ベルは急ブレーキをかけつつ振り返った。

 

 

「あっ」

「えっ」

 

 

 必然的と言えば必然的に、しかし行動を分析すれば当然と言えば当然に。急ブレーキをかけつつ振り返るベル・クラネルだが、実は数秒のあいだで状況が変わっている。最近問題視されている煽り運転宜しく車間距離/zeroで真後ろに付けていたアイズ・ヴァレンシュタインに自動ブレーキ制御装置は付いておらず、故に急には止まれない。

 同じ速度域から、多少とはいえ違う質量がぶつかればどうなるか。軽い方が弾き飛ばされるのは当然だが、少年はそうならないように行動を起こす。

 

 ドサリ、と倒れ石畳に背中を打ち付ける音は1つだけ。少女が傷つかぬよう庇って己の身をクッションにする少年は背中の痛みを我慢しきって目を開けると、繊細な人形を連想させる黄金の瞳が目と鼻の先に飛び込んできた。

 男が女を押し倒す――――ではなく性別からしても立場が逆であり、ライオンとでも表現すべきだろうか黄金の捕食者が子兎を仕留める寸前のアブナイ構図。獲物というよりは玩具を見つけた猫のような心境であるアイズは、何故だかベルの上から動かない。

 

 

 双方、共に言葉が生まれてこない。それでも不思議と視線は至近距離で交わっており、アイズはベル・クラネルというマットレスの上に、うつ伏せで寝ているかのようだ。偶然にも似ている互いの身長が、そんな光景に拍車をかけている。

 

 

「……暖かい」

「いやいやいやいや!?暖かいとかじゃ、っ……!」

 

 

 数秒して、天然少女の口から出た言葉がそれである。単純に興奮と緊張から血流が増えたための暖かさであるが、片やそんな知識は無く、熱源からすればそんなことを気にしている余裕はない。

 

 

 男には無い、女性特有の甘い香りが鼻をくすぐる。到底ながら同じ髪の毛とは思えない程に艶のある前髪が頬にかかり、さらりさらりと優しく撫でるように滑っていく。あと少し顔を前に出せば、互いの口は触れ合ってしまうような近さにある。

 鍛冶師の提案で鎧を更新するために預けてきたことも、この場においては悪条件に他ならない。細身とは似合わず豊満と言って良い膨らみは、夏手前であるためにあまり厚くない互いの服越しにしっかりと感触が伝わってしまっていた。

 

 ようは、ハーレムを求めている割に初心どころかド素人な少年には刺激が強すぎるシチュエーションということだ。いつかの返り血を浴びた時のように顔は赤く染まり、そんな様相を見せる少年に対し、少女は可愛らしく首をかしげて不思議に思う。なお、残念ながら追い打ちに他ならない。

 しかし、これはロキ・ファミリアの教育が原因だ。下着と見間違うようなアマゾネスの双子の少女が頻繁に行ってくるスキンシップにより、アイズ・ヴァレンシュタイン的には「これぐらい普通」なのだと脳がインプットしてしまっており特別な反応も見せないでいる。

 

 片や状況を処理しきれずオーバーヒート。片や今の行い程度は普通の類であるうえに相手がなぜ固まるのかまるで分かっちゃいない思考回路のために、物理的な煽りの次は精神を煽る対応となっている。

 結果的に少年にとって役得な光景は、しばらく続くこととなった。ベル・クラネルの逃走術が功を奏し、全く人気が無いエリアであったことが幸いだろう。

 

 

======

 

 

――――さっきのは夢だ。都合の良い夢だ。背中を打った時に頭も打ったんだ、イイネ?

 

 

 そのような内容で自己暗示をかける少年は、先ほど自分が受け止めた少女と共にベンチに座る。あまり使われていなかったのか所々が傷んだものだが、そんな細かいことを気にしている余裕は生まれなかった。鍛錬や戦闘となれば相手の隙を見逃さぬ洞察力も、ここばかりはお手上げである。

 第三者の足音と共にヒューマンへと戻ったクラネル・マットレスとその使用者は、どちらから声を掛けるまでもなく間近に有ったこのベンチに腰を下ろしている。使用者の天然少女は男に抱き着いていたという事実を今更思い返しており、随分と遅い恥じらいの心が芽生えて思考回路がフリーズしている。

 

 互いがそんな状態のために、会話がない。まるで初デートの時において話題が思いつかない時のような、気まずい空気が流れている。

 両者ともに石造の如く固まっており、意を決して口を開いたのは自己暗示が終わった少年であった。

 

 

「え、えっと、ロキ・ファミリアのアイズ・ヴァレンシュタインさんですよね。な、何か僕に御用でしたでしょうか?」

「アイズでいいよ。みんな、そう呼んでる」

 

 

 そう言われ、彼女は何も「きっかけ」を作っていなかったことを思い出す。ベル・クラネルに会いたいと思った理由は単純な興味から来るものであり、相手の少年からすれば原因不明で突然と剣姫が押しかけてきた状況だ。

 彼女の立ち位置を過剰に言えば、ただのストーカーである。これが事案にならないのは一般的なソレとは男女関係が逆であり、追いかけられている側が彼女に憧れと好意を抱いているためだ。

 

 もっとも彼女は何を言おうかとアタフタし、咄嗟に出てきたのが己の呼び名に対する訂正内容。それでもって少年からすれば憧れの女性をいきなり名前呼びというハードルの高いシチュエーションであり、あがりっぱなしの応対だ。

 

 

「あ、そ、その、あ、アイズさん。どうして」

「ご、ごめんなさい!」

「はい!?」

 

 

 オーバーヒート気味の思考回路から出された謝罪の出だしで、相手にもオーバーヒートが伝達してしまう。なぜあの剣姫がいきなり謝罪文を口にするのかまったくもって理解できず、少年はアタフタ具合が加速し支離滅裂な動作を見せてしまっていた。

 むしろ謝るべきは、先ほど急ブレーキをかけた自分だと思っている。そんな少年は相手にどんな言葉を返すべきかと中身を吟味しているうちに、少女の口が再び開いた。

 

 

「あの、ダンジョンの5階層で……」

 

 

 続けて少女から知らされる、その一節。

 なるほど、と、少年はその時の事かと納得した。そして相手に言わせるわけにもいかないと何故だか考えが働き、恐らく正解だと考えている己の答えを口にする。

 

 

「こちらこそごめんなさい!アイズさんの獲物に横槍を入れそうになってしまって!」

「あの時は怖がらせちゃって!」

 

 

 違う、そうじゃない。

 

 

 内容も実際も互いに全く噛み合っていない会話らしき言葉の弾道ミサイルは、着弾地点を見失って制御不能となっている。互いに謝罪の姿勢だったもののそのやりとりで顔を上げ、やはり互いにキョトンとした表情と相成った。

 ここまできて少年は、ようやく己の全力疾走が相手に勘違いを与えてしまっていたことに気づくことになる。彼女を怖がって逃げていたように見られたのだと気付き、すぐさま否定のために口を開いた。

 

 

「と、とんでもないです!僕は全然怖がってません!ただ……」

「ただ……?」

 

 

 ただ、なに?と言いたげに、伏せ気味になる少年の顔を覗き込むこの天然少女の仕草、初心な少年にとってはなかなかに恥ずかしさ極まる所業である。

 もちろん「貴女に見惚れていました」などという本音をぶちまけるわけにはいかない少年は、フルフルと首を振るって状況をリセットしようと考える。するとなぜか己の師匠が見せる狡猾さが目に浮かび、それっぽい一文が浮かび上がってきた。

 

 

「少し前にアイズさんの剣捌きに見惚れてしまって、僕もそうなれるようにと張り切っちゃったんです!」

 

 

 中々に上出来な言い訳と評価できる程の一文である。だからと言って逃げるのかと言われれば言い返すことに苦労するが、相手を褒め称えた上で尊敬の念があることを伝えられる言い回しとなっていた。

 

 

「……そっか。あの時も、ミノタウロスを相手に、頑張ってたもんね」

「ははは……勝てる気はしませんでしたけどね……。まだまだ、実力不足です」

 

 

 トクン。

 

 そう告げられた胸の鼓動が、静かながらも強く動く。直感的に浮かんでくる一つの言葉を口にしろと、興味を持った対象を知れと、少女の本能が告げている。

 

 

――――知りたい。

 

 

 強く思う。この少年が見せた脚力は明らかに前回よりも強く、速度も比べ物にならないぐらいに向上している。レベル1だからこそ絶対的な強さは無いが、自分自身が知る常識とは懸け離れた成長速度だ。

 だからこそ。バレたならば、こってりと説教が待っていることを覚悟したうえで、彼女は次の一文を口にする。

 

 

「じゃあ……してみる?」

「……へっ?」

「鍛錬。私で良ければ、教えてあげるよ」

 

 

 一方で、己の師にはたいへん申し訳ないと思いながらも。その提案を断る決断は、少年にはできなかった。こののちに正直に事情を告げ、全く問題ではないという青年の許可を得てホッとしたのは蛇足である。

 

 時期は、そろそろ開催となる怪物祭が終わってから。少女と少年の特訓は、ほとんど誰にも知られずに始まることとなる。

 




アイズ「じゃぁ……してみる?」
↑アイズの口調でこれを口にすると破壊力がヤバいと思いマース


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20話 主神の覚悟

*お詫び*
色々と追記しているうちに、時間系列が昔のものになってしまいました。
本来でしたら18話に入る内容となります。


 日付は少し遡り、地下室特有の、やけに静かな昼下がり。一人ホームに残っている青年は、いつものように本を片手にダンジョンの知識を学んでいる。

 己の弟子はダンジョンへと潜っており、主神については、その弟子へのプレゼントを作成してもらうために家を空けている状態だ。

 

 ――――ガチャリ。

 

 故に開くはずのない、玄関代わりの扉が開く。本を広げつつも窃盗の類かと考えて鋭い視線を向けると、そこにあったのは、紛れもない己の主神であった。

 

 

「おや、どうした?」

「……」

 

 

 プレゼントの話をして送り出したはずのヘスティアが、今にも消える炉の灯火のごとき表情と足取りで帰ってきたのである。言葉を掛けたものの考えられる事象は1つであり、武器の作成依頼を行って断られた点だろう。

 しかし、タカヒロの中ではシックリこない。ヘスティアを送り出してから戻ってくるまでの時間は約2時間。彼女にしては“早すぎるのではないか”というのが彼の考えだ。

 

 彼女が見せるベルへの愛情は、タカヒロからしても特別なものがあると感じている。もっともベルもヘスティアのことを非常に大事に思っており、鍛錬の休憩時間において、自分が守るべき家族だと語ったこともあった。

 そんな感情は彼女も捉えているだろうから、諦めるにしても夜遅くになるだろうと踏んでいたものの、現状はこれである。違和感を感じつつ、何かを口にしたがっているヘスティアの言葉を待っていた。

 

 

「タカヒロ君、ごめんよ!君の気持ちを全く考えてあげられなかった!」

 

 

 背筋を伸ばすなり勢い良く頭を下げる主神の姿を見て、何かあったかとタカヒロは本を閉じる。頭を上げる様子の無いヘスティアに声を掛け、ソファへ座るよう促した。

 しかし彼女は断固拒否する姿勢を見せる。それでも彼女の感情が高ぶっていることを感じたタカヒロは落ち着くよう再び言葉を掛け、ヘスティアは申し訳なさそうに腰を下ろすのであった。

 

 

 何があったかを尋ねると、重い口が微かに動く。ヘファイストスのところに行って武器の作成を頼んだ際に、二つ返事で拒否されたというのが真相だ。

 しかし彼女が落ち込んでいるのは、作成を拒否された点ではない。ヘファイストスが作成を断った、その理由にあり、ヘスティアは先ほどまでのことを静かに口にし始めた。

 

 

===

 

 タカヒロとの対話でベルへのプレゼントは武器が良いだろうとの結論に至り、数日間家を空けることを伝え、ヘスティアはバベルの塔へと駆けてゆきヘファイストスの下に辿り着いた。抱く気持ちは既に“1つ”であり、ベルのための武器を作ってもらう覚悟を抱いている。

 決して安くは無いであろう、ヘファイストス・ファミリアの一級武器。アルバイトをしたことがあるために値段は知っており、数千万ヴァリスは当たり前と言って過言ではなく、億に達することも珍しくは無い。

 

 極論を言えば、青年がカドモス周回なる行動(掘り作業)を開催すれば1週間程で集まる金額だ。一時的に相場が下落しそうな点や青年がそのような奇行を実行できることを知らない点はさておくとして、前回に買い取ったカドモスの被膜から、ヘファイストスはその点を問題視しているのである。

 ヘスティアの覚悟の下に打った武器。その対価となる彼女の労働、つまるところのローンの支払いを他人が受け持っては、まったくもって意味がないのである。自分で返していく覚悟は示したヘスティアだが、そうなる保証があるかと言われれば確かに無い。

 

 また、問題はそれだけではない。例えば、二人の兄弟が居たとする。年齢こそは離れている兄弟だが、とある共通の記念日に弟だけがプレゼントを貰えばどうなるか。

 そのようなことを話され、答えが見つかり善は急げとばかりに駆け足となっていたヘスティアはハッとする。ベルに夢中になるあまり、そしてこればかりは青年にも原因があるものの“ぶっ壊れステイタス”から目を逸らすあまり、その青年という、他ならぬもう一人の眷属を蔑ろにしてしまっていたのだ。

 

 

「分かったら帰りなさい。貴女の願いを聞くのが嫌って言ってるわけじゃないわ。ただ、貴女の願望を聞くのは、貴女の周りで起こるだろう問題を片付けてからよ」

「……ごめん、ヘファイストス。本当に、ごめん」

「……」

 

 

 全てが正論かつ自分が盲目となっていた内容だけに、ヘスティアは何も言い返せない。礼儀は忘れないながらも力なく返事をし、足取り重く部屋を去る。

 

 二人の眷属の武器を作って。そう言葉を返すこともできたヘスティアだが、それだけは絶対に口にしてはいけないと喉元に仕舞った。

 ヘファイストス・ファミリア、それもローンの関係で主神ヘファイストスが打つ武器なのだ。おいそれと複数本が打たれて良いものではないのは当然であり、今の状況においては、“じゃぁ二人分”と言い換えることが出来てしまう“二人分の覚悟を背負う”という台詞は、ヘファイストスの誇りまでも蔑ろにしてしまうものだ。

 

===

 

 

 結果として何も言い返せず、祈願を続けることもできず、ヘスティアは力なく教会へと戻ってきたのである。その心境が如何程であるかは、いつも暖かい元気を見せている彼女の灯火が消えそうな表情が示していた。

 

 

「……なるほど」

 

 

 たとえベルだけに武器が与えられたとしても、とりわけ気にしていなかったタカヒロだが、こうして言われると一理あると感じてしまう。装着するかどうかは別として、彼とて自分のための武器を貰えるならば少年のように喜ぶだろう。

 事実を知るためにヘスティアに対して覚悟のほどを聞くと、たとえ数億ヴァリスでも、何百年かかろうとも、自分の力で返していくと強い目を以て答えていた。覚悟の瞳が漆黒の視線と交わり、青年は相手の覚悟と決意を問いている。

 

 

「仮に、以前に自分が見たことのある斧と同じ2億ヴァリス、アルバイトの日給2000ヴァリス、年間300日の労働として――――約333年か。半額としても166年。炉の女神とは永久の処女を誓った身と聞く。天に交わした制約ゆえに実ることは微細にしか望めないだろうが、それでもベル君のために身を捧げるのか?」

「うん、そうだよ。これは君が来る前の話なんだけど、ボクが路地裏で酔っぱらいに絡まれていた時、細い身体を張って守ってくれたのがベル君との出会いなんだ。その時の恩を返せる時だと思っている。そして、こんなボクについて来てくれたベル君が抱いている、覚悟の背中を押してあげたいんだ!」

 

 

 あえて厳しい現実を口にしたタカヒロだが、それでも呉須色の瞳は濁ることは無い。真っ直ぐ青年を見つめる力の入った瞳は己を捉えて離さず、覚悟のほどを示している。

 数秒して、タカヒロは一枚の羊皮紙を取り出した。同時にペンも持ち出しており、何かしらの文を書いている。

 

 

「一筆を示した。これをヘファイストスに持って行くといい」

 

 

 両手で受け取ったヘスティアは、何が書かれたのかと考え、内容を確認した。

 

 

 ――――主神ヘスティアの名に誓って本書を記す。此度において我が心が抱く願いは主神と共にある。また、主神がベル・クラネルの為に抱く覚悟に対し、我、一切の関与を成さず。タカヒロ。

 

 

 ヘファイストスが口にした、2つの“問題”を解決する一文。しかし同時に、ヘスティアが眷属に対して示そうとしている決死の覚悟を、欠片も受け取らないと宣言している文章だ。

 ヘスティアは目を見開き、相手を見る。そこにあったのは据わった瞳であり、漆黒の瞳が己の眼を射貫いていた。

 

 

「主神ヘスティアに物申す。ベル・クラネルに対し最高の武器を与え、それに対しては主神の覚悟を示して欲しい。自分に対しても何かしらをするというのなら、今の望みを叶えてくれ」

「で、でもそれじゃボクはタカヒロ君に何も」

「二言も繰り返しも無いぞヘスティア。今ここで更にゴネて自分(装備キチ)の二度とない対応をふいにしてみろ。血ぃ見るぜ」

 

 

 口元を怪しくゆがめて不敵に笑う笑みに、ヘスティアの背中が震えあがる。

 なんせ、彼のレベルは100なのだ。いつもとは違って(装備が絡んでいるだけに)冗談に思えないその言い回しを受けて、冷や汗を出すなと言う方が無理である。

 

 

「うっ……そ、それは遠慮願いたいね……」

「常に家の中心に在り、家族に力を分け与える炉の女神の気持ちが冷えていてどうする。己の中の気持ちが冷めないうちに、頭を下げに戻っておきな」

 

 

 これ以上は話さんぞ。と言わんばかりに、タカヒロはソファーに寄りかかり、本を手に取って読み始める。

 その姿と最後の言葉に勇気を貰い、ヘスティアは「ありがとう!」と言葉を残して勢いよく駆け出した。すっかり元気が戻った彼女の後姿を眺めた彼の心境は――――

 

 

――――いいなぁ……鍛冶の神が作る武具なんだろ?自分だって祈祷ポイント20ぐらい上がって報復基礎ダメージついて装甲強化と物理耐性と全報復ダメージ倍率、ああ、あとソルジャーとオースキーパーのスキルボーナスが付いたヘビーグローブが欲し以下略

 

 

 ものすごーく羨ましがっていた。しかし、そんなものが有るとするなら、ただのチート武具である。百歩譲って、祈祷ポイントぐらいは諦めなければ話にならない。

 先ほどの文言を口にしたものの、やっぱり心の底では羨ましがる装備コレクター。妥協した2つよりも至高の1つを見たいという極一部の本音が隅っこにあるなど、そんなことは無いと信じたい。

 

 ポンコツ具合が顔を覗かせているが、大人とはいえ青年もまた人間。内心でダダを捏ねるぐらいは許されるだろう。

 



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21話 新しい武器と怪物祭

「じゃじゃーん!」

 

 

 ヘスティアとタカヒロの一件があってから10日後。怪物祭当日の、朝食後。後片付けを終えたベルがリビングへと戻ってきたタイミングで、ヘスティアが「注目!」と視線を集めて先ほどの一文を発した。ベルとタカヒロは、朝練帰りということで双方ともに鎧姿である。

 

 えっへん。と小さな身体を可愛らしく強調し、両手で何かを持ち上げる神ヘスティア。キョトンとするベルはソレが鞘に収められたナイフの類であることは読み取れるが、今までに見たこともない代物だ。

 装飾の類は全くないデザインはシンプルで刃の部分も含めて黒色で基調されており、素朴な様相で纏まっている。デザイン性を落として機能性を重視している点は、特に問題ではない内容だ。

 

 

 それはさておくとしてもと、青年から見れば腑に落ちない。数日前の流れを経験している彼としては、“マジック等級”であるナイフの細部に違和感を感じていたのだ。

 

 作成の際に神の力(アルカナム)は使わないとて、鍛冶を司る神が作る武器。素材の質を落とすに落とすとしても、傍から見れば完全無欠のものが仕上がるだろうと考えていた。

 しかし、そのナイフに使われている素材は恐らく一流、それに反して少しだけ未熟さが伺える。性能に影響する程ではないが、例えば本格的な料理に不慣れな者が盛り付けを行ったときのような、ほんの少しだけのまとまりの悪さが針の孔ほどに見えている。

 

 そう思うものの決して武器そのものにケチをつけているわけではなく、客観的な評価の1つというだけだ。アレの性能はレベル1からすれば一級品と表しても足りず、見ただけでわかるほどに、担い手に対する心が篭った逸品であることは理解できる。

 

 ともあれ、そのような経緯で作成されたこのナイフの名は“ヘスティア・ナイフ”と言うらしい。他ならぬ神ヘスティアからベル・クラネルへのプレゼントであり、受け取った少年は花のような笑顔を振り撒いて喜んでいる。

 己の師匠に対しても「見てください!」と手に取るよう急かすなど、非常にハイテンションでご機嫌だ。少年のシイタケお目目は治りそうにもない。

 

 

 一方で、手に取ったタカヒロは、その瞬間に事実に気づく。かつて手に取ったことのある感触と似たそのナイフに驚愕の表情と共に優しく口元を緩めると、ベルに対してナイフを返した。

 再びナイフを受け取って離れた位置で素振りし感覚を確かめるその外観は、玩具を与えられた子供のように見て取れる。しかしその目は間違いなく戦士の物姿を表しており、新たに得た極上の武具をどう扱うかという心境に満ちていた。

 

 

「あれ?」

 

 

 そして、少年もまた疑問符を発した。3度続けられた素振りもすっかり止まっており、手に持つナイフを疑問有り気に眺めている。

 

 

「ふふふ。見てくれたかいタカヒロ君、あのベル君の花のような笑顔を!」

「見えてはいるが……ベル君も気づいたろ?」

「あ、はい。やっぱりですか。道理でシックリくると思った……神様、このナイフを作ったのってヴェルフさんですよね?」

「にゃにいっ!?」

 

 

 ベル君の笑顔を見て綻んでいた顔も、数秒だけ。呟かれた一言に、ヘスティアは可愛らしい文言と共に驚愕し、固まった。事の顛末を知っている彼女が「実は~」と驚かそうとしていたところに、まさかの二人ともが正解を見抜いたためである。

 

===

 

 時は、ヘスティアとタカヒロの一件があった日にまで遡る。バベルの塔にあるヘファイストスの部屋で、二人の女神が面と向かって会話を行っていた。

 

 

「ベル・クラネルに最高の武器を……彼、タカヒロさんは、確かにそう言ったのね」

「うん。ボクの目を見て、ハッキリと言ったよ!」

「じゃぁ、どんな武器を希望しているとかも聞いているのかしら」

「あっ……」

 

 

 言葉を返し、ヘスティアは冷や汗を流してアタフタと周りを見る。相変わらず燥いでしまっており、重要なことが抜け落ちていた。ベルのことになると視野が狭くなる、彼女の悪い癖である。

 ナイフ程度とは聞いていたヘスティアだが、ひとえにナイフと言っても刃渡り、形状、グリップなど様々な項目がある。全くもって、それらの情報が欠けているのが実情だ。

 

 ヴェルフ・クロッゾに聞け。それが、タカヒロから聞いていた言葉であり、ヘスティアはそのことを伝達する。

 すると、溜息を吐きながらも凛としていたヘファイストスの表情が、少しだけ崩れることとなった。

 

 

「……ヘスティア。やっぱり私は、この話から降りていいかしら」

「へっ!?ど、どうしてだい……」

「実は最初の時から考えていたんだけれど……今ヘスティアが口にした私の眷属、ヴェルフはね。最近、自分の武器を認めてくれる人が二人居るって、年甲斐もなくすっごく喜んでたのよ。特徴は、両方とも白髪のヒューマン」

「それって……」

「そう。貴女の所に居る、二人の眷属のことよ。貴女のことを言っておいてヴェルフに対する贔屓みたいになっちゃうけど……あの子が抱えてる影の部分は知ってるつもりだから、余計に、私が作るのは申し訳なく感じちゃうのかもね」

「……」

 

 

 もしここで、ヘファイストスが打った武器がベルの手に渡ったことが知られれば。互いの眷属である二人は普段から出会う仲であり、ヘファイストスが言うには、ヴェルフは現物を見れば己が打ったナイフであることぐらいは分かってしまうらしい。

 自分が彼の立場だったらと、ヘスティアは思いを巡らせる。己の二人の眷属に対し片方に贔屓をしてしまった直後であるために、その点については冷静に判断ができていた。

 

 相手の手にある他人が打った新しい得物を見て、自分も負けないと奮起するか、悲しみ落ち込むかは人それぞれだろう。しかし何れにせよ、悔しさを抱くことだけは間違いのない内容だ。

 そう思うと、青年との約束と言えど、更に押してお願いするまでには気が生まれない。単純な問題で済ませて良いことではないと強く感じ、自分程度では何も言えないと、ヘスティアは口を強く噤んだ。

 

 

「それにね、ヘスティア。ここで私がナイフを作っても、極端なことを言えばそこで終わり。貴女の眷属は、鎧の類だって用意しなきゃいけない。盾も必要かもしれないし、防具だっていつか壊れる。武器のメンテナンスも避けられない。冒険者っていうのは、鍛冶師と切っても切れない関係なの。信頼できる程の鍛冶師との繋がりの深さって、本当に大事なのよ?」

「……そっか。自分の命を預けられるに値する、それを作るに値する、お互いの信頼と繋がりか……」

「そうよ。いくら私が打った武器だからって……天界に居る頃は勝手に修復するような武器も打てたけど、今は無理。精々、性能低下を起こさない不壊属性(デュランダル)にいくらかのエンチャントを施すのが関の山だけれど、これだってメンテナンスは必要よ」

 

 

 ベルに最高の品質の武器をプレゼントしたいことは、ヘスティアが心から思っている本音である。しかし本当にベルの為を考えるならば単に己の我がままで決めて良い内容ではないことを痛感し、ヘスティアは再び考えを改めた。鍛冶をつかさどる神の言葉は、その点については素人である彼女の心に響いている。

 これらの点は、装備を直ドロップで得ており、かつメンテナンスが不要であったために鍛冶師との繋がりが無かったタカヒロも見落としている内容である。故に彼としては、武器についてはヘスティアと同じく「良い武器を与えてやってくれ」程度の認識となっていたことも事実であった。

 

 

 また、「最高の武器」とは言ったタカヒロだが、何をもって最高とするかまでは何も明言していない。ベル・クラネルの今後にとって最高となるであろう武器ならば彼も納得するだろうと、ヘファイストスとヘスティアは考えを巡らせ同意することとなる。

 

 その青年、及び文章中にある少年の凄さはヘファイストスも知っていた。魔剣ではない自分の武器が褒められたこととナイフの扱いに長けていることは、珍しく燥いでいたヴェルフから耳にタコができるほど聞かされていたからだ。具体的に言えば、7回目を耳にしたのが一昨日である。

 最近は、ダンジョンへ行くことを除いて引きこもり宜しく工房に居る、その眷属。彼をよく知っているヘファイストスは足を運び、悩める鍛冶師に声を掛けた。

 

 

「ヴェルフ、一つ武器を作ってみないかしら?」

「あん?」

 

 

 まだ無名である少年にとっての、最高の武器。それは他ならぬ、少年が認めた鍛冶師が作った無銘の武器である。

 そしてその鍛冶師には、あの二人に認められるものを作れる才能がある。鍛冶を司る神は、そのような判断と決定を下したのだ。

 

 

 まだ鍛冶のアビリティも持っていない、駆け出しの新米鍛冶師。休憩中に呆けた顔をしていたところに事情を話すと、「是非やらせてくれ」と、途端に職人の据わった顔へと変貌する。

 しかし使用する金属は、未だかつて目にしたことのない種類となる超硬金属(アダマンタイト)と呼ばれる代物の一種だ。これを主とするならば、通常ではレベル2となって鍛冶のアビリティを取得し、ようやく手に取る機会が生まれる扱いの難しい金属である。

 

 かつて発注を受けた際に安物の超硬金属(アダマンタイト)こそ少量を配合して使ったことこそあれど、全てが超硬金属(アダマンタイト)の類で配合されている鉄を打つなど初めてだ。過去に何度か魔剣を打ったことはあれど、ここまで希少な超硬金属(アダマンタイト)は手に取ったことすらない。

 故にまったくもって上手くいかず、ヘファイストスや椿の指導と天性の才能によってコツをつかむのは早かったが、完成品とは程遠い。彼流に言うなれば、刃の形をした何か。素材の凄さによる切れ味だけは鋭いだろうが、そんなものは、他ならぬヴェルフ・クロッゾのプライドが許さない。

 

 主神が用意してくれた超硬金属(アダマンタイト)を用いた鍛冶は連日の如く日付が変わるまで及び、何度、己の無念さを吐き捨てる大きな音量の言葉が工房に響いたかはわからない。逸品を作りたいと思う願いに届かない己の技量に対する胸の内を知っているのは、同じ時間まで起きて陰から見守っていたヘファイストスだけである。

 

 あと数歩が届かず、もう記憶の彼方となった悔し涙を、久しぶりに目に浮かべた。決して零さぬように上を見上げるも、それで何かが解決するわけではない。

 「俺たち新米は足掻くしかない」。いつか、少年のために口にしたセリフが自分に刺さる。過去に発した言葉から目を背けたくなり、眉間に力を入れ――――

 

 

 「ヴェルフ。あなた、誰のために鉄を打っているの?」

 

 

 最も尊敬する主神の声が、刺さった傷口の上を貫いた。

 こんな時間に自分の工房に居たことも驚きだが、それ以上に、今の言葉が魂を揺さぶった。

 

 気付かぬ間に、悔しさの対象が変わっていた。たった今まで抱いていた気持ちは、一級品を打とうとし、それが打てぬという自分への葛藤だ。

 そうじゃないだろうと表情に力を入れ、己の譲れぬ想いを手繰り寄せる。ヴェルフ・クロッゾとは担い手のための武器を打つのだろうと、再度、自分に強く言い聞かせた。

 

 

 ここで、自分はベル・クラネルの何を知っているのかと問いかける。

 白い髪、兎のような容姿。それに似合わぬ、一流の腕を持っている。

 

 だがそれだけであり、戦っているところは見た事がない。基本として一人でダンジョンに潜っている少年が、刃を抜いたところすらも知らぬのだ。

 担い手のために剣を打とうとしているのに、担い手の事を知らぬではないかと、焦りが芽生える。そんな様子を感じ取ったヘファイストスは、ヴェルフが最も必要としている言葉をかけた。

 

 

 「明日の営業終了時に、その子の師が4階に来るわ。聞きたいことがあるなら尋ねてみなさい。それと私からの最後のアドバイスよ。心の底から最高の剣を作ってあげたいと思うなら、自分の意地を秤にかけるのは止めなさい。鍛冶師が持ち得る技術を振るわないのは、尊敬する担い手に対する侮辱と同じよ」

 

 

 

――――そうか。明日の朝、日の出に合わせ、指定の場所に来ると良い。

 

 翌日。やってきた青年に問い合わせたところ、返された言葉がこれだった。今日も今日とて飛ぶように過ぎた1日の終わりに眠りにつき、日の出前に、ヴェルフは工房を飛び出していく。

 場所は北区に並ぶ防壁の上、彼も来るのは初めてだ。こんなところに何があるのかと不思議がるも、上の方から響いてくる剣戟を聞いて、ハッとする。

 

 階段を駆け上がった。随分と長く感じたが無限階段ではないために、やや息が上がったものの城壁の上部へと到着する。

 

 そのフィールド。自分から少し離れた場所で、彼も良く知る2名の男が対峙していた。

 

 青年が持ち得る武具は、その全てが超一流。遠目ながら、それぐらいはヴェルフにも分かる。攻撃こそベルが行う一方的なものなれど、いつか突破できるかと言えば答えは否だ。それ程までに、青年という壁は圧倒的な高さを備えている。

 身に纏っている超一流の武具に対し、己が生み出した刃は据わった瞳と共に臆することなく立ち向かっている。実力面はさておくとしても、武具だけを比べた際にも勝機が無いことは一目瞭然であるほどの差がそこにあった。あんなものを相手にすれば、駆け出しの鍛冶師が作った剣など、あっという間にボロボロになってしまう。素人が切りかかれば、それこそ一発で折れてしまっても不思議ではない。

 

 鎧に当たり鳴り響く白刃(はくじん)の叫びは常に一定。それが何を示すかとなれば、ヴェルフにも察しが付く。如何なる状態からの攻撃だろうとも、刃の当たる部分が変わろうとも、少年は常に一定の速度・威力の攻撃を撃ち込んでいるということだ。

 これが、無名ながらも一流の担い手ベル・クラネルが持ち得る実力なのだと。魔剣ではなく自分の刃を認めてくれた、到底ながらレベル1とは思えない担い手の姿が、瞳から全く離れない。

 

 

「ファイアボルト!!」

 

 

 容易く放たれる無詠唱魔法ながらも、彼の師はいとも簡単に剣を当てて相殺してしまう。思わず「クソッ」と軽くつぶやいてしまい、無意識のうちに少年を応援してしまっている自分が居た。

 

 

「いい牽制だ。どれだけ威力が低い技でも、相手にできた綻びを狙う事や牽制となれば使い方は無限にある。今のように、使える場面を見流さないよう気を付けよう」

「はい!」

「もう一度だ。今度はこちらからも狙っていくぞ、集中力を乱さないように」

「お願いします!」

 

 

 持てる技術を全てつぎ込み、高みへ登ろうと藻掻いている。勝てないと分かり切っている相手に対し、己の全てをぶつけて挑んでいる。その姿を再び目にし、背中を向けて駆け出したヴェルフの決意が固まった。

 

 

 魔剣、と呼ばれる武器がある。

 かつて己の一族を栄えさせ、担い手により衰退した特殊武器(スペリオルズ)の一種。魔力に影響されずに魔法を放てるが、数回の使用で、剣そのものが壊れてしまう特性を持っている。

 

 

 ヘファイストス・ファミリアの団長すらをも凌ぐ魔剣作成の腕前を持ちながら、彼は魔剣を打つことを拒んでいる。圧倒的な威力故に使用者の腕を腐らせる、その存在を嫌っていた。担い手を残して先に砕け散るその存在を、心の底から否定していた。

 しかしながら己が最も得意とし、それこそ神に負けないと言える逸品を作ることができる唯一の代物。一流の担い手に納められる己の一番があるとすれば、それしかないことも事実である。故に主神の言葉通り、己の意地を天秤にかけることは否定した。

 

 とは言っても、決して魔剣を作るわけではない。もし仮に折れない魔剣ができたところで、魔剣というのは物理的な運用ではからきし貧弱となる特徴があり、己の剣を認めてくれた少年の戦い方には合わないだろう。

 あくまでもベースは、ナイフそのものによる物理攻撃。そこに、耐久を落とさぬように魔剣の要素を織り込んでいくことで決定した。決して簡単な作業ではないものの、そこは鍛冶師の腕前が存分に発揮されるジャンルである。

 

 

「……よし、できた。いくら素材がいいからって、今の俺じゃ、これが精一杯の力作だ」

 

 

 出来上がったそのナイフに、鍛冶師が付ける名前はない。しいて言うならば“無銘”こそが名前だろう。名づけの親は、依頼人であるヘスティアに託されたのだ。

 自己評価をするならば、決して100点とはいかない出来栄え。素材の質に助けられているところが多いものの、それでもヘファイストスや椿から見ても満点に近いものとなっており、結果として怪物祭の直前に出来上がったのが、ヘスティアがプレゼントしたマジック等級のナイフというわけだ。

 

 剣そのものに使用者のマインドを送り込むことで、通常攻撃に微弱な火属性魔法ダメージを上乗せする特殊武器(スペリオルズ)。単発の威力に劣るナイフの一撃を底上げする、少年にとっては重要な効果を持ったエンチャントだ。

 極微量ながらもマインドを籠める必要があるものの、作動原理としては魔剣に近いものがある。ヴェルフが織り込んだ魔剣の要素が、エンチャントという形で表れているのだ。

 

===

 

 このような事情、かつナイフが持つ本当の性能は知らないものの、ベルは今までと明らかに違う品質の武器を試したくて仕方がない。単に物理ダメージだけで見た場合でも、そのナイフは、今までの物とは一線を画す程の切れ味と耐久力を備えている。

 弟子の燥ぎ具合を感じ取ったタカヒロは、5階層までという条件付きながらも試し切りの許可を出している。そして、大事な言葉を付け加えた。

 

 

「いいかいベル君。そのナイフは、今までのナイフとは比べ物にならない程の逸品だ。かみ砕いて厳しいことを言うと、“自分が数段も強くなったと錯覚する”程だろう。そこのところの差も含めて、君が認めた鍛冶師が作った逸品を体験してこよう」

「わかりました!」

 

 

 カタパルトから射出される戦闘機の如く飛び出していく少年の背中を見ながら、保護者2名は柔らかな表情を見せるのであった。

 

 

「ふふふ。見てくれたかいタカヒロ君、あのベル君の花のような笑顔を!」

「さっきも聞いた台詞だな。見てはいたが、あれは暫く戻ってこないぞ。ところで、どうしてヴェルフ君が作る事になったんだ?」

「それはね――――」

 

 

 そしてヘスティアは、ヘファイストスの所へ戻ってからの経緯を話し始めた。序盤から青年の顔つきが険しくなり、一字一句を逃さぬよう真剣な眼差しで聞いている。

 己が見落としていた、重大な要素の1つ。結果として理想的な着地点に収まったものの、青年は己の蒙昧さを恥じていた。

 

 

「……なるほど。浅はかだった、確かに軽視していいモノではない。主神ヘスティア、大英断を感謝する」

「ボクもヘファイストスに言われるまで気づかなかったし、どうこう言えた立場じゃないけどね。いつか壊れるまで、ベル君を危機から守ってくれるはずだよ。ともかく、ベル君にとって最もよかったと言える結果になって一安心さ!」

「違いない」

 

 

 二人して、もう気配も残っていない玄関の扉を見る。己も少年と同じく成長をしなければならないと胸に刻み、ヘスティアはローン返済の計算と計画を。それをタカヒロが見つつ、間違っているところを指摘する流れとなっていた。

 タカヒロの予想通り、2時間経ってもベルは戻ってくる気配がない。祭りと言うことで店の数々はすでに営業を始めており、気の早い客は早めの昼食を取っているところだ。

 

 しばらく席を外していたヘスティアがリビングに戻ると、彼は、魔石灯を手に取っている。要は魔石の力で発光するランタンのようなものであり、それを分解する作業を行っているようだ。

 いくらか分解してはとある段階で手を止めて軽く唸ったりと、単にバラしている訳ではない様子。そんな唸り声で何事かと思い、声を掛けつつ部屋を覗いたヘスティアは、目に留まったその行為の目的を聞いてみた。

 

 

「おや?魔石灯なんて分解して、どうしたんだい?」

「ん。まぁ、ちょっとね。それこそさておき、随分とアクセサリーに気合が入っているヘスティアも、出かける用事があるのかい?」

 

 

 よくぞ聞いてくれました!と、先ほどは気づかずにダンジョンへとダッシュしていった少年を思い返して溜息が出るヘスティアであった。とはいえ、髪飾りやネックレスに気づいてくれるとも思っていなかったことも事実である。相手を広く見れる少年とはいえ、まだそう言うところには反応しない。

 それはさておき、実は今日の怪物祭において、ベルと一緒に祭りに繰り出す手筈となっていたようである。先ほどのプレゼントで本人がすっかり忘れている恐れが出てきたものの、流石に1日中潜っていることは無いと信じたいヘスティアであった。

 

 

「あと、これはプレゼントって言うには程遠いんだけど、カドモスの被膜が無事に換金できたんだ。タカヒロ君、う、受け取ってくれよ」

 

 

 ジャラリ、と鳴ることもなくズッシリと重そうな袋を両手で抱える小さな女神。中々に辛そうだったのですぐさま受け取ったタカヒロは、袋を少し開いて文字通りの大金を見るも実感がなかった。

 何しろ、最大の買い物は弟子のための1万ヴァリスのナイフ2本。しかも、彼本人がファミリアに寄付した魔石の換金の一部なために仕方がない。豪邸が余裕で買える額の金額は、無造作に机の上に置かれるも、重みによって袋が崩れている。

 

 そもそもこれは、彼がヘスティア・ファミリアに寄付したものだ。彼としては現金となって戻ってくる点は有難いものの、零細ファミリアにとっては死活問題だろうと考えている。

 

 

「はて、自分はファミリアに寄付したつもりだったんだけど」

「寄付してくれるって言ってたけど、やっぱり君が取ってきたものだからさ。今回の件の、せめてもの気持ちと思って受け取ってくれよ。せっかくのレアドロップだったんだから、パーッと好きに使ったらどうだい?」

 

 

 そういうことなら。と、使い道は思い浮かばないながらも素直に受け取ることにした。彼とて今のところ金に執着しているわけではないが、お金と言うのは、あって損するものではない。

 

 するとタカヒロは、袋から1枚の金貨を取り出してヘスティアに手渡し、残りはヘスティアに見えぬようインベントリに仕舞い、立ち上がった。

 渡したその額、1万ヴァリス。此度のお祭りで二人が羽目を外して楽しむには、丁度良い金額である。

 

 

「記した一筆の通り、君が見せた大きな気持ちと覚悟を肩代わりするつもりはないが、これは自分からの応援だ。祭りにケチくさい雰囲気も似合わんからな、ベル君と存分に楽しんでくると良いさ」

「うううぅ、ダガビロ゙ぐん……!」

 

 

 君はオラリオで一番の子供だよ!と号泣する女神に苦笑を向けながら、彼は教会の出口へと足を向けた。自分が居ては、そろそろ戻ってくるだろうベルがヘスティアを誘いづらいだろうという気遣いである。

 また、ナイフと言う小さな武器であったことも幸いし、結果として素材料金程度の10年弱ローンで済んでいるとはいえ、ヘスティアの覚悟を蔑ろにする気は無い。そのために先の言葉を残しており、しかしながら此度の祭りに配慮してくれて、ヘスティアが感極まっているというわけだ。

 

 灯りが十分とは言えない地下室から外へと出る際の日差しにも慣れたもので、暑さを蓄えつつある澄んだ空を仰ぎ見る。こちらも随分と前に慣れたガチャリと鳴る鎧の音と、布が耳に擦れるフードの音と共に、青年は町の東部へと繰り出した。

 

 

=====

 

 

「怪物祭?ああ、もうそんな季節か」

 

 

 所変わって、ここはロキ・ファミリアのホームである建物の一室。読んでいた本が一段落したのか優しく閉じて、リヴェリアは「そんな催しもあったな」と言わんばかりの表情で次の本に手を掛けた。とどのつまりは近所で開かれる催し程度の感覚であり、特に興味を示していない。

 しかし、“食い下がれ”と己を奮い立たせるのはそんなリヴェリアの愛弟子だ。山吹色のポニーテールをワナワナと震わせるエルフな彼女、レフィーヤは、今年こそ己の師匠を連れ出そうと必死になってアピールしている。

 

 

「ほ、ほら、怪物祭はほとんどの人が参加しますから、もしかしたら例の男の人と会えるかもしれません!」

 

 

 最近、己の師はこの言葉に弱い気がするとはレフィーヤの弁。食堂などでも時折話題に挙がると、ピクリとして耳を傾けるような動作をすることが多々あるのだ。

 本人も気づいていないのか、はたまた冷静を装っているかは彼女の知るところではないが、気にしていることは他人の視点においても事実である。万が一「他のファミリアの話題を出すな!」などと叱られる危険性があるものの、意を決して口にしたレフィーヤはリヴェリアの返事を待っていた。

 

 

「……そうだな。私も久々に、祭りに参加してみるか」

 

 

 案の定、これである。「別にその男が気になるわけではないぞ」、とツンデレな発言をしても似合ってしまう言い回しと雰囲気だ。現在進行形で調子に乗っているレフィーヤは、あの男性が気になるのか、などと意地悪な言葉をかけたいと考えてしまっている。

 普段から叱られたり厳しくされているだけに、こういう時こそ逆転してみたいと考えるのが色恋沙汰に敏感な若者である。しかし何かしらの言葉を掛ける前に、リヴェリアが再び口を開いた。

 

 

「……その男には、あの場を任せてしまったからな。彼が居なければ私やアイズ達、延いてはあの遠征に居た者のほとんどが巻き込まれていただろう。酒場での一件もある。彼が見つかれば自然と少年も分かるだろう。私達は、必ず謝罪と礼をせねばならん」

 

 

 脳内で己の師をツンデレにしてしまっているレフィーヤは、この一文で猛省することとなった。エルフとしての誇りと礼儀を重んじて行動していたリヴェリアとは、まさに雲泥の違いである。

 口に力を入れて背中が丸くなっているレフィーヤに疑問を抱きながらも、彼女は手早く出かける支度を整える。とは言っても衣類は普段から着ているダンジョン用のロングコートと白いローブであり、財布などの小物を揃える程度だ。

 

 

「生憎と祭りには疎くてな。さ、案内を頼むぞレフィーヤ」

「は、はい!頑張ります!」

 

 

 その後、なんだかんだでアイズとアマゾネス姉妹も同行することが決定した。

 これにより、結果として一番はしゃいでいるのはレフィーヤである。実のところアイズに対して尊敬をちょっと通り越してユリの花が咲きかけているこのエルフは、いろんな意味で張り切りを見せるのであった。

 

 

 

 目的は違えど、三方の歩みは共通して怪物祭へ。人という存在が日々成長を重ねるように、物語が歩みを止めることは無い。




ヘスティア ナイフ・オブ ヴェルフ
??-?? 物理ダメージ
??-?? 火炎ダメージ:微弱なマインド消費と引き換えに発動

デメリット:素材は一流なので雑に扱うとメンテナンス費用が高くつく


感想にて様々なご指摘、お叱りを頂いており、恐れ入ります。
書字は慣れておらず、文面・設定などでご満足いただけないシーンも出てくるかと思いますが、今後ともご愛読の程よろしくお願いいたします。


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22話 家族を守る

主人公パート前のベル君パートです


 迷宮都市オラリオが築く1年において、ダンジョンへと潜る冒険者が最も減る日の1つ。オラリオの治安を担うガネーシャ・ファミリアが主催する、モンスターを公開テイムするイベントが開催されるのだ。

 もちろんテイム前は人間に攻撃をする危険なモンスターと変わりはなく、そのために会場周辺は厳戒態勢が敷かれている。尤もそれ故に過去において問題が起こったことも無いのだが、活気に包まれる表側とは違って裏ではピリピリとした雰囲気が漂っていた。ギルドの者も、今日ばかりは会場の警戒に加わる者が複数人いるほどである。

 

 

 いつにも増して人込みが激しい大通りの両脇には、所狭しと出店の数々が並んでいる。店にとってはここ一番の稼ぎ時であり、どの屋台も人でごった返していた。

 もはや、歩くスペースは無いに等しい。案の定、そこかしこで迷子の類も発生しており、ガネーシャ・ファミリアの構成員やギルドが対応に当たっている。

 

 

「もーっ、遅いよベル君!」

「ごめんなさい神様!ついつい燥ぎ過ぎました……」

 

 

 その様相を見た者が居るとすれば、玩具を受け取ってご機嫌な子供と比喩しただろう。ダンジョンの5階層で新しいナイフに夢中になって時間を忘れていたベルは、正午となるギリギリにホームへと戻ってきた。明らかに今までのナイフとは違う一級品に舞い上がる様は、どこかの師匠と似た様相を見せている。

 

 結果として出遅れた二人だが、メイン会場の外とはいえ祭りのボルテージは最高潮。人波に揉まれながらも、様々な屋台を楽しんで渡り歩いていた。

 一緒に居るヘスティアもお祭りの雰囲気を楽しんでおり、傍から見ればデートのようである。良くも悪くも神の威厳が希薄な彼女は、ちょっとやそっとじゃ神様だとわからないために、公に燥いでも問題が無いのである。己の初めての眷属である少年と、すっかり非日常を楽しんでいた。

 

 

「モンスターだあああああああああ!!」

 

 

 空間が引き裂かれる。非日常と表現できた程に楽しさ溢れる祭りの空間は、本当の非日常へ。屋台に対面していた左方向、二人が居る遥か先で土煙が発生し、人々の怒号と悲鳴が響き渡る。

 

 反射的にそちらを向き、ヘスティアを背中に隠すベル・クラネル。彼の小さな冒険が、今ここに始まろうとしていた。

 

 

======

 

 

「■■■■■――――!」

 

 

 銀色の毛並み、身長2メートルを超えるゴリラのような図体のモンスターが吠えながら地を駆ける。手当たり次第に露店を破壊していたソレは、一人の女神に目を付けると、脇目も振らずに進路を変えて疾走する。

 “小さな女神を追いかけて。”それが、魅了されたモンスターに掛けられた無理難題の暗示である。随分とアバウトな内容だが、皮肉なことにオラリオにおいて該当する女神は一人だけというのが状況だ。

 

 

「シルバーバック!?神様、下がって!」

 

 

 狙われている守るべき者の返答を聞く前に、少年はヘスティア・ナイフを抜刀する。左手には続けざまに新しいナイフを逆手に構え、瞬時に交戦態勢を整えた。

 彼も対峙するモンスターを知っている。英才教育という名目のスパルタ教育であるベル・クラネルの冒険者アドバイザー、ハーフエルフのエイナによる情報によれば、ソレは12階層に出現する物理・近接型の大きなモンスター。身長は、優に少年の2倍はあるだろう。

 

 繰り出される腕や足による攻撃は半端な防具では吸収できず、体格差と相まってレベル2の冒険者でも危険に陥ることがある。アーマーの類を装備しておらず、レベル1の冒険者、それも一カ月程度の駆け出しが対峙するべき相手には程遠い。

 向けられるは強い殺気だ。己の目標を邪魔されたシルバーバックは、ベル・クラネルを完全に敵だと、排除するべき目標だと認識している。ここにきて、登録初日に言われた“冒険者は冒険してはいけない”というアドバイザーの声が蘇った。

 

 

 だから、どうした。少年は申し訳なさを感じながらもエイナの言葉を切り捨て、果敢にも距離を詰める。

 それでも、怖いものは怖い。単純な力比べならば自分は赤子の如く捻り潰されるだろう、それが現実。もしこの戦いに賭け事があったならば、少年のオッズは青天井になるほどの腕力の差。

 

 

 少年に突き飛ばされた先で己の眷属を見守るヘスティアも、その結末は容易に想像できていた。眷属も相手のモンスターを知っているようであり、恐らく結末は見えているだろう。

 しかし、同時に疑問も芽生えている。では何故、己の眷属は足を震わせることもナイフを落としてしまうことも見せていないのか。相手のモンスターを知っているならば、実力差は分かっていることになる。

 

 だから何故――――という神の疑問は、少年にとって大したことではない。

 相手の視線と行動から狙いは見抜けている、ここで自分が引けばどうなるか。オラリオに来て唯一自分を迎えてくれて、これほど素敵なナイフをプレゼントしてくれた神様を見捨てる選択肢など、彼の決意と恩義には存在しない。

 

 そして何より、先の例は単純な力比べとなった場合の話である。力で不利なことは多々あるだろうと覚悟しており、故に鍛錬においては小手先の技術を学んできた。

 あんなモノよりも遥かに高く、絶対に崩せない巨壁を知っている。それと比べれば、己にある勝機は十分だ。己の目指すところに昇るならば、このような有象無象で立ち止まっては居られない。

 

 

「■■■■■――――!」

「ッ――――!」

 

 

 雄叫びと共にモンスターの右手が振り上げられ、向かってやや左上から下ろされる。狙いの先は自分自身、欠伸が出るほどに当然の回答だ。

 相手は10階層より下に出現するモンスター、直撃を受ければ致命傷は免れない。そのセオリーを確認するために、一度地面を叩かせようと回避行動を選択した。

 

 

(……あれ?)

 

 

 少年は内心で呟く、何かがおかしい。あのまま降り下ろせば、拳は“自分は余裕を持って回避できる程度”の位置に落ちるだろう。モンスター故に何もわかっていないのかは少年の知るところではないが、鍛錬で鍛えた観察眼が“何かある”と告げていた。

 

 そして鍛錬通り、相手を広く見たが故にソレに気づく。モンスターの両手を封じていた手枷の先にある鉄の鎖が、ワンテンポ遅れて腕の軌道についてきていることに。

 シルバーバックの狙いはコレだったのだ。余裕を持って回避したのちに攻め込む隙を与え、鎖を鞭のようにしてダメージを与える算段である。右に避ければ拳と鎖、左に避けても今のベルが持ち得る脚力では鎖のリーチが届いている。後方へ退避しても同様であり、大きく引けば間が開いて次の攻撃が来る故に質が悪い。

 

 左右への道は厳しいけれど、直撃を回避できれば隙であることに変わりはない。また、最初に出てくる拳をマトモに受ければ力の差により吹き飛ばされるだろうが、構造上どうしても“しなる”動きを見せる鎖ならばそうでもない。

 相手の力が働くベクトルだけを変える技、人呼んで“受け流し”。レベル3の冒険者でも使えるものは非常に少ない、小手先の技術による防御法である。

 

 

(よし、鍛錬通りに上手くいった!)

 

 

 少年にとっての英雄と共に積み重ねてきた鍛錬は短けれど、それでも絶え間ない努力の結晶そのものである。咄嗟にこれらのことを判断した少年は、左手の“兎牙”を繰り出して鎖に当て、反時計回りに体を回転させる。

 鎖の力をそのまま右方向へと受け流し、自身もその動きに逆らわない。放たれるは師に学んだカウンター攻撃。受け流す際に行った回転によって、慣性力による一時的なブーストを発揮しているオマケ付きだ。

 

 もっとも、長引かせれば持久力の差で不利になる。狙うは一点、人間でいうところの心臓である“魔石”の破壊。モンスターの核といえるモノであり、モンスターを戦闘不能にして抜き取ることでギルドに売却しているのが普段のダンジョンでの行いだ。

 しかし今回は、それを行う余裕は微塵もない。同時に、相手は最初に放った一撃の力の全てを向かって右方向に流しており、リーチのある右手も左手も、ましてや踏み込んでいる両足も、少年の反撃に対して使えない。

 

 故に結果として隙だらけ、守る相手が居るだけに長引かせることもない。最初で最後の一撃でもって、少年は戦闘に片を付ける。

 

 

「そこだ―――っ!」

 

 

 回転エネルギーを上乗せした一撃を相手の左胸に対し、切り裂くのではなく突き立てる。もし少年が前者を選択していたならば、攻撃によって与えたダメージは切り傷程度に留まり致命傷には程遠い。

 右手に構えるナイフは、信頼する鍛冶師が作り上げた、守るべき者からの贈り物。ヘスティア・ナイフという得物は一級品であり、故に技術が伴えば、少年の筋力だろうとシルバーバック程度の装甲は貫通する。

 

 

「すごい、すごい切れ味……!」

 

 

 5階層での試し切りである程度は分かっていたものの、やはり今までのナイフとは比べ物にならない切れ味だ。相手が10階層以降のモンスターであるために多少の不安はあったものの、まさに杞憂と言って良い程に一流の攻撃力に、逆に少年の背中が震えることとなった。

 その一撃によって体内の魔石は砕かれ、戦いは終了。思わずベルに駆け寄ろうとするヘスティアだが、少年は新たな脅威を感じ取る。間髪入れず、第二ラウンドが開幕となった。

 

 

「神様きちゃダメだ!オーク!!」

 

 

 前方から距離を詰める3メートルほどの緑色の巨体は、先ほどよりも重量級。シルバーバックよりは若干弱いが、それでもレベル1からすれば十分に脅威となる相手である。

 先ほどと違って既に戦闘は始まっており、相手の突進術が持つエネルギーはマトモに受ければ吹き飛ばされるだけでは済まないだろう。

 

 しかし悲しいかな、オークが持つ武器は大きな斧。先ほどよりも攻撃後の隙が大きく、基本としては先ほどの立ち回りで対処できると少年は判断した。

 シルバーバックとは逆で向かって右からの攻撃を今度はヘスティア・ナイフで受け流し、今度は相手の力と相対する右回転でもって、ヘスティア・ナイフにて魔石ごと肉を切り裂く。相手の強度の違いと突き・切り裂きによる必要なエネルギーの違いを正確に把握し利用した、有効的な攻撃だ。

 

 もっとも、少年の腕力では、こうでもしなければ致命的なダメージを与えられないことも事実である。再び灰になって消えゆく死体を据わった表情で見つめ、次の瞬間には花のような笑顔で己の女神に勝利報告を行い、追手が居るといけないためにその場所から離脱するのであった。

 

 

========

 

 

「ああっ―――――」

 

 

 バトルフィールドが見下ろせる、少し離れた高台。周囲に誰も居ないとはいえ、はしたなく街中で喘ぎ声を上げるフードの女性。己が見出した魂が脅威に対して勇敢に立ち向かう少年の姿に酔い、何を隠そう“感じて”しまっているのだから色んな意味で質が悪い。

 彼女にとっては住民を傷つけるつもりはなく、この付近には居ないものの街中の至る所に彼女の眷属、それもレベル5や6の団員がスタンバイして万が一の暴走に備えている。モンスターに掛けた魅了の類も、一般市民を攻撃しないよう暗示している。一方でベル・クラネルが脅威を乗り越えることができるならば、この女神にとってはその他の事象は大して問題ではないのである。

 

 そう。彼女こそが、この騒動を引き起こした張本人。よりにもよってオラリオにおける2大ファミリアである片割れ、フレイヤ・ファミリアの主神に他ならない。

 なお、既にベルが使用できる魔法を具現化させたグリモアも彼女による差し金だ。この神は、ベル・クラネルという少年の成長を見て愉しむという、どこぞの青年と似たようなことを生きがいとしてしまっている。

 

 ベル・クラネルそのものを求めているかどうかが決定的な違いだろう。少年を強くして自分のファミリアに改宗(コンバート)させることが、今の彼女の願望である。

 また、彼女の視点では小手先の技術までは見抜けない。いつも隣に居る人物は“別の用事”でダンジョンに潜っているために、少年が持ち得る技量を判断できる者は一人として居なかった。

 

 

「あんな顔を向けてもらえるヘスティアには妬けちゃうけど、楽しかったわ。……思い出すだけでゾクゾクしちゃう。また遊びましょう、少年……」

 

 

 不敵な笑みと共に、その姿が路地裏へと消えてゆく。なんだか赤い雫が等間隔で落ちているが、きっと気にしてはいけないはずだ。

 

 きっかけは街角で見かけた時だったと、後の彼女は語っている。その頃から突如として発生した、今回のようなベル・クラネル育成企画だが、フレイヤが考える以上に、少年が飛躍した成長をしていることを知るすべはない。

 



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23話 妖精と似合わぬ花

 性格と呼ばれるものは人によって様々だ。例として一概に“活動的”と括られる場合でも、その大小もまた様々であり、価値観も合わされば組み合わせは無限大である。

 祭りにおいても捉え方は人それぞれであり、騒がしい行事と捉える人から全力で楽しむ人まで多種多様。そんななか、とある青年はというと……

 

 

「……これが怪物祭か。楽しんできなよ、とは言われたが……」

 

 

 まるでイモ洗いだ。とごちり、鎧にフードといういつものスタイルであるタカヒロは100メートルほど先の眼下に流れる人の波を横目見つつ、高台にある喫茶店のテラス席でお茶を飲む。主神に言われた祭りを楽しむ内容とは程遠いが、彼個人としては十分にリラックスできる環境だけに問題ないだろうと勝手な解釈を行っていた。

 時たま眼下に向ける視線を本へと戻し、飲んでいる紅茶には詳しくはないものの“本日のおすすめ”、ミルク入りのアッサムに口をつける。やや塩気のある、ザクリとした歯ごたえのクッキーとも相性が良い。

 

 今彼が読んでいる本、中身としては雑誌に近いものがあるその本は、ここオラリオにおいて15年前に起こった出来事を纏めたものだ。当時最強と言われていたゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアが、三大クエストと呼ばれていた最後の1つ、“隻眼の竜”の討伐に失敗するという内容である。今も世界中が、このモンスターの討伐を熱望しているらしい。

 これを見る限り、当時はレベル9や8を誇る冒険者がチラホラと居た模様。まさに全盛期と言って過言ではなく、それから比べれば現在のオラリオは、最高レベル7が一人だけとなっており随分と衰退したと言えるだろう。

 

 しかし、どこかしこのページを流し見ても固有装備らしきものが伺える。もっとも、流石に敵対していない者を殺してまで固有装備を奪うスタイルについては青年の守備範囲外となっており、故にあまり興味がわかず内容を読み流しているのはご愛敬だ。

 

 一方で目に留まる内容も含まれており、そこには、外観程度は知っているロキ・ファミリアの情報も書かれている。新世代に芽生えた勢力筆頭として、フレイヤ・ファミリアと共に特集が組まれて紹介されていた。

 なお、ここで初めてリヴェリアがただのエルフではなく王族カテゴリとなる“ハイエルフ”であることを知る事になる。酒場でも聞こえていた単語だが、単にあの“犬”の言い回しかと勘繰っていたのが実情だ。なお、発行者がこの雑誌に狼人の記載をしなかったために、タカヒロは依然としてベートは犬人と勘違いを続けている。

 

 また、どこぞのアイドル張りの勢いで見開き紹介となっている団長のフィン・ディムナが42歳という情報を見て居酒屋での姿を思い返し、桁を逆にして更に2で割った12歳の間違いではないかと何度も読み返していた。居酒屋での人物は人違いだったのだろうと結論付けようとするも、どう見ても同一人物である。

 そんなこんなで本は読み進められるも、祭りの会場からは離れている故に静かな空間は続いている。人気のない空間は、彼好みのものとなっていた。

 

 

 人間とは不思議なもので、公共の場においては全くの無音よりも微かに雑音が混じった方がリラックスすることができることで知られている。今回の場合、会場から聞こえてくる微かな騒めきが、程よいBGMとなって静かな空間に響いていた。

 オラリオという大都市の活気が、最も強く表れている一日と言って過言ではない。青年にとっては暑苦しいと感じてしまう熱気は、まさにピークへと達していた。

 

 

「……なんだ?」

 

 

 突然と状況が変わったのは、しばらくしてからだ。先ほどの騒めきとは違う、何かしらの重量物が破壊される音。微かな振動も響いている。店内でも音が聞こえたのか、店員が外に出てきて辺りを見回していた。

 本を閉じて立ち上がり、代金を渡しつつ何があったのかを店員に問う。とはいえ店員側としても全く状況が分かっておらず、どうやら祭り特有の騒ぎでもないようだ。店員曰く、去年はこのようなことは無かったらしい。

 

 ケアンの地という何が起こるか分からない世紀末な環境で培った青年の直感は、現場に向かえと告げている。何かと己を生かしてきたモノであるために、彼は音の発生方向へと駆け出した。

 近づくにつれ、振動や轟音は大きくなる。時折建物の陰から花や触手のような物体が見えており、何かしらが暴れているのだと考えた。

 

 

 音のする方に走ると、そこそこの広さの通りにおいて先ほど目にした花のようなモノが蠢いていた。オブラートに包んでモンスターと呼んで差し支えのないそれは、根なのか触手なのかよくわからない部分を使って歩き回るという器用さを見せている。

 コモン級、推定レベル3から4の花のモンスター、その点については然程どうということはない。そのうちどこからか冒険者が現れ、アレを討伐して何事もなかったかのように騒ぎは終息するだろう。現に、彼も知る黄金の彼女が、折れた剣を持ちながらも立ち向かっている。

 

 しかし、その者から離れた位置にある地面。明らかに一度、後ろから奇襲を受けてモンスター側へと吹き飛ばされた3名の姿。内1名は彼も知っている人物であり、その眼前からは別の触手がその3名を穿とうという構えを見せている。

 

 

「……先ほど本で見たばかりじゃないか。よくよく“あのエルフ”とは縁があるな」

 

 

 何度か目にした、忘れることは難しいと思えるその姿。その者以上の美貌を探そうとするならば、オラリオどころか全世界を探しても難しいと瞬時に断言できるレベルの容姿を持つ、緑髪たなびく後ろ姿。

 スキルも示す通り、その種族が穿たれるところを見過ごしたならば己にとって寝覚めが悪く、ならばと考えれば選択肢は1つしか浮かばない。武器スロットをチェンジして、小さな剣と、普段から使っている黄金の盾を構えると各装備の報復ダメージを有効化する。

 

 あくまで主役は、折れた剣ながらも最後まで頑張っている黄金の彼女である。そんなことを考えているウォーロードは、庭の草でも毟るような気軽さで突撃を行った。

 

 

=====

 

 

 そのモンスターが現れたのは突然だった。

 

 元より今回の騒動の発端は、怪物祭を取り仕切っているガネーシャ・ファミリアがダンジョンから連れ出したモンスターが脱走したことに起因する。ギルド職員のエイナはその対応に追われており、偶然にもリヴェリアを筆頭としたロキ・ファミリアに遭遇。討伐を依頼することとなる。

 逃げたモンスターは6体。うち4体は近くにいたこととアイズ・ヴァレンシュタインが武器を携帯していたこともあってすぐさま討伐に成功した。既に簡易的な避難は完了しており、通りに一般人の影は無い。

 

 

 では残りの2体はどこへ?となったところで、突然と地面から触手のようなものが生えてきたのである。

 

 

 条件反射的にモンスターであると視覚したアマゾネスの双子、ティオナとティオネが拳で殴るも対打撃においては強固なのか有効打には程遠く、触手の数も非常に多い。打つ手が無いために二人は武器を取りにホームへと戻り、アイズが剣で斬ってみれば斬撃の類は有効でありレベル3程度でも相手になると思われるが、いかんせん数が多い。

 触手だけではなく3体いる花の本体の動きも図体の割には早い類であり、触手は斬ることができても本体へのダメージが通らない。偶然にも日々のメンテナンスの代用として借りていた剣は無数ともいえる触手を屠って折れてしまい、集団の攻撃力は大きく削がれた。

 

 ならばとレフィーヤとリヴェリアが詠唱を始めたタイミングで、その後ろの地面から触手が出現し攻撃を放ったのである。リヴェリアは反射的にエイナを庇い、レフィーヤは辛うじて杖に攻撃を当ててガードしたものの、3人は前方へと吹き飛ばされてしまう。

 完璧な奇襲、それも背面から。後衛部隊、特に魔法職が最も苦手とする物理攻撃だ。更には眼前から別の花による追撃が放たれており、目を見開いてこちらに駆けてくるアイズの、それも折れた剣では間に合わない。

 

 

 見開く眼光、迫る触手。穿つは己の身体であり、相手の狙いに狂いはない。建物に沿って集中線でも書かれているかのように、リヴェリアの瞳はしっかりと触手にピントを当てて捉えていた。

 1秒、いやコンマ数秒。残された時間はその程度で、結果はエルフ3名の串刺しの出来上がり。いや、横に居る者を突き飛ばせば自分一人で済むだろう。

 

 意外と冷静だった頭でそのように考え、行動を起こそうとした彼女は最後に瞬き―――――

 

 

 

 眼前には、第三者の姿。同じファミリアの少女、アイズではない。目にも留まらぬ速度で突如として現れたというのに翻ることのない黒のレングスには、同色の鎧と同じ素材の棘が見受けられる。移動してきた速度の度合いを示すかのように、直後、突風が吹き抜けた。

 右手に持たれる剣と、左手にあるくたびれたような黄金色の特徴的な盾を持つ姿。右手の武器こそ違えど、その全容には見覚えがある。後者でもって触手を防ぐ動作を見せるその顔は、深いフードによって口元しか映らない。

 

 そして、記憶を掘り起こす前に事は動く。3人のエルフを庇った彼が攻撃を受けたことを瞳に捉えた途端、どういう原理か、未聞となる触手のモンスターを圧倒した。

 

 

『■■■■―――――!!』

 

 

 雄叫びから続いた悲鳴は、モンスターのものである。攻撃として放たれた3本の触手は根元から飛び散り、一瞬にして傷だらけとなった本体にも相当のダメージが加わっていることは明らかだ。

 

 直後、右手にあった片手剣が投げられる。一直線にアイズ・ヴァレンシュタインへと向かうその剣を見た彼女はグリップ部分を掴んで受け取り、目の前に立ち塞がる触手を断ち切った。

 アイテム名を、“スピリア・スクラップメタル グラディウス・オブ アタック”。レベル1の初期装備の剣ながらも、攻撃能力と追加の物理ダメージを発生する2つのAffixがついた、彼お手製の駆け出し用のマジック等級な片手剣である。この世界におけるおおまかな性能としては、レベル5の冒険者が使うような代物だ。

 

 

「……えっ?」

 

 

 一方、守られた当の本人であるリヴェリアは。発生した事態に対して反応するのに、緊急時だというのにたっぷり5秒の時間を要していた。

 

 

 彼が現れた時を速さだけで表現するならば、自分達のファミリア、いやオラリオでも3本指に入る速度を誇るベート以上。それが“堕ちし王の意志”と呼ばれる突進型スキルを使った時のみに発生する一時的なものとは知る由もないが、リヴェリアの目の前に突然と現れたのは事実である。

 

 突然と現れ剣を投げた者は右手を腰に当て、攻撃を弾いた左手の盾を力なく下ろしている。とても攻撃を行う姿勢ではなく、また防御に徹する姿勢にも見受けられない。斜めに向けた背中越しに顔を向けているも、目深なフードのせいで見えるのは口元だけだ。

 しかし、ロキ・ファミリアが探していた人物であり、いつか、芋虫の大軍に追われている時に見かけた姿。お礼をしたいというのに酒場では逆に恨みを与えてしまい、その後は所在も分からずに謝罪の機会を望んでいたものの、結果として足取りは掴めなかったが――――

 

 

「……いつまでへたり込んでいる、腰抜けではないだろう」

 

 

 ようやく目当ての者に出会えたかと思えば、まさかの一言目で、このように煽られて。普段は落ち着いて高貴な様相を見せるハイエルフは、「なにくそ」と言わんばかりに声を発した。

 

 

「だ、誰が腰抜けだ!」

「そ、そうよ!リヴェリア様に向かってなんて言葉を!」

「撤回なさってください!」

 

 

 連動して、他二人のエルフの頭に血が上る。彼女達からすれば王族であるリヴェリアに対する先ほどの言葉は聞き過ごせないモノがある。

 

 しかしアイズだけは、触手を相手しながらも今の一撃に疑問符を抱いている。彼女の目には、まったくもって反撃の瞬間が映っていなかったのだ。

 見えたのは、超高速と呼んで過言ではない一瞬で彼が来たことと、3本の触手による攻撃を盾でブロックした程度。実を言うと報復ダメージであるがゆえに反撃をしていないので彼女の考察は正解なのだが、それを理解できる余地もない。

 

 そして発破をかけるつもりだった青年は、予想通りの反応と思いきや少々度が過ぎているために若干ながら困惑中。一発で3人ともに元気が戻ったのはいいのだが、もはや、攻撃の意識はモンスターではなく彼に向けられてしまっている。

 

 

「……はて、敵はこちらではないのだが。元気が有り余っているのなら、彼女のように花の相手をしたらどうだ?」

「そっ、それとこれとは……!!」

 

 

 更に食って掛かるレフィーヤに対して、最前線だというのに呑気に答える青年は鼻で笑う。やかましい花の雄叫びを耳にして、ようやく正面に向き直って3人の前を歩き花の本体と対峙するが、しかし生憎と、相手は知性のないモンスター。自分の腕を吹き飛ばした人間を殺すべく、無数ともいえる触手を乱雑に振るう。一帯を纏めて薙ぎ払う気だ。

 レベル5であるアマゾネス姉妹の右ストレートを受けて微動だにしないソレが、無数。貸し出されている剣で10本近くを切り刻んだものの、未だ数えられない程のその全てが。持ち主である3体のモンスターは、彼に向かって触手を振るう。

 

 

目覚めよ(テンペスト)――――させないっ!」

 

 

しかしそこは、剣を得て攻撃力が戻ったアイズ・ヴァレンシュタインの守備範囲。己が使う“エアリエル ”と呼ばれる風のエンチャント魔法を使用しても持ち堪える武器に関心を抱きつつ、仲間を守るために剣を振るう。

 

 

「――――閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け三度の厳冬、我が名はアールヴ……“ウィン・フィンブルヴェトル”!」

 

 

 モンスターながらに花が焦りの感情を生むも、時すでに遅し。掩護射撃とばかりに魔法の詠唱を終えていたリヴェリアが、小範囲ながらも威力の高い氷魔法でもって攻撃する。

 青年の4メートルほど後方から放たれた極寒の吹雪は、アイズに気を取られていたモンスターへと見事命中。ナインヘルと謳われるオラリオ随一の魔法使いが持つ火力には耐えきれなかったようで、残りは一撃のもとに勝敗が決定した。

 

 

「……言葉を撤回してもらおう、腰抜けではないぞ」

「……なるほど、撤回しよう」

 

 

 力の籠った翡翠の瞳が向けられると共に呟かれる声に対し、フードの下の口元がニヤリと緩められて返事となる。皮肉に対し実力で証明し、なおかつそれを認めるように異議申し立てる前向きで強気な姿勢は、性別や種族はさておき中々に彼好みである。

 

 そんな彼女が放った魔法攻撃に対して「なるほど良い攻撃だ」と内心思うタカヒロは、見事なまでに洗練されていた魔法攻撃に感銘を受ける。自身は魔法というジャンルにからきし疎く物理職であるために、猶更の事新鮮に感じている。

 これ程のモノが後ろから飛んでくるならば、前衛としても遣り甲斐があるというものだ。狭い地点では高確率でフレンドリーファイアになりそうな問題点さえ解決できれば、威力・範囲としても申し分ないだろうと考えている。

 

 

 佇む青年に対し、身体強化のエンチャントも付与できる風の魔法“エアリエル ”まで使って駆け出したのはアイズである。自身が強くなるために目の前のカラクリが参考になるのではと考え、先を考えずにとりあえず駆け出した格好だ。

 タカヒロの前に立つと丁寧な動作で剣を返し、何やら両手をブンブンと上下に振って会話らしき行動を行っており、のちに彼が前に突き出した盾を必死になってバシバシと殴っているが何も起こらない。最初の一発目はおっかなびっくりで、寸止めを含めて恐る恐る一撃を入れていたのは可愛らしい仕草である。

 

 しかし、既に報復関連のスキルは無効化されている上に、有効化されていたとしても彼女を敵と認識していないので反応することはあり得ない。もっとも今回の場合はトグルスキルもなければ装備の能力のみで花に対し報復ダメージを与えたのだが、アイズがそれに気づける余地はないだろう。

 

 やがて彼女の息が上がりはじめ、実験は終了となった。手による一撃とはいえ、あのアイズが息を荒げて放つ手刀を受けて平然としている点に気づいているのはリヴェリアだけだが、52階層へソロで到達できることを思い出し、とりわけ問題ではないのだろうと判断した。

 「満足したかね」と軽く笑いながら、青年は右手を腰に当てる。息を荒げつつも頭を下げるアイズだが、その目は険しさを増して相手を捉えるのであった。




ソードオラトリア小説11巻で「都市内での魔法の行使は危険だから禁止だってギルド長が~」というセリフがありましたが、原作でもレフィーヤがぶっ放していましたしベル君もファイアボルト使っていましたしセーフということで……。


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24話 初回交流

「黒い鎧の御仁、再び助けて貰い感謝する」

 

 

 アイズとタカヒロのやり取りが終わった後、ほんの僅かに重心のズレた歩き方で近づき、口を開いて軽く頭を下げたのはリヴェリアだ。よく言えば高貴な、悪く言えば無駄にプライドの高いエルフ、それもハイエルフが率先して頭を下げるのは非常に珍しい光景である。

 しかしそれは、口に出したように身内を2度も助けてもらったことに対する心からの謝礼であるが為。アイズに続いてハっとしたレフィーヤも頭を下げ、リヴェリアの行いを無駄にしないよう注意している。

 

 

「……誰?」

「……」

「アイズ……」

「あ、アイズさん……」

 

 

 そんななかアイズの口から出た今更の一言目で、場が凍った。可愛らしく首をかしげながら、それでも目だけはしっかりとタカヒロの顔を見据えて口に出されているが、流石に誰もが擁護できる範囲を超えている。

 

 「剣を貸してくれてありがとうございます。あなたの名前はなんですか」と聞きたかったのであろうその一文は、彼女が得意とするエアリエルの魔法のように超短縮文章として最後の要点だけが口に出されてしまっている。そんな彼女にほそーい目を向ける緑髪のエルフの内心では、後の説教コースに盛り込まれることが確定していた。

 1つ前のボディジェスチャーこそ翻訳できた流石のタカヒロも無言の返答を見せるしか対応できず、フードによって呆気にとられた表情は読み取れない。そんな静かな状況を打破するべく、翻訳担当のリヴェリアは詳細なる説明を口にした。

 

 

「えと、二度も助けていただきながら、我々はご芳名を存じぬに居る。良ければお聞かせ願えないだろうか。私はロキ・ファミリア所属のリヴェリア・リヨス・アールヴ。礼儀は結構だ、リヴェリアと呼んで貰って構わない」

「……アイズ・ヴァレンシュタイン。アイズって、呼んで」

「れ、レフィーヤ・ウィリディスです!はじめまして!」

「エイナ・チュールです。冒険者ギルドに勤めています」

 

 

 各々の名前が告げられ、俗に言う苗字ではなく名前で呼んで貰って良いと言われるものの中々に敷居が高いのが男のサガである。相手がエルフならば、彼にとっては猶更だ。

 どうしたものか、と己の中で問答を行うタカヒロだが、言われたことはそのまま受け取る決定を行った。ならば口調も、敬語無しの方が良いかと判断している。

 

 別に、例を挙げれば「リヴェリアさん」と言えばいいだけだが完全に思考が回っていない。スキル【妖精嗜好(エルフ・プリファレンス)】が発現しているこの男は「なるようになるさ」と、ある意味で吹っ切れている。

 

 

「……リヴェリア、か。承知した、そのように呼ばせてもらおう。自分はヘスティア・ファミリア所属、タカヒロ。苗字は無い。お近づきになれて光栄だ」

 

 

 数秒の間をおいて、タカヒロはリヴェリアに向かってガントレットながらも右手を出す。エルフのなかには排他的であり身体に触れることを極端に嫌う者も居ることは書物で学んだ内容であるものの、ヒューマンである彼からすれば意識は低く、彼は「しまった」と思い手をひっこめようとする。

 しかし、リヴェリアは何の躊躇もなく右手を取った。2秒ほどして互いに手を放すも、素手じゃないから良かったのだろうかと、タカヒロは考えを巡らせている。すると、鎧越しに彼の右の二の腕を優しくつつく者がいた。

 

 

「……私も、覚えて。アイズでいいよ。皆から、そう呼ばれてる」

「……あ、ああ。わかったよ、アイズ君」

 

 

 線の細い要望の声に応えるも、「さっき聞いたよ」と口には出せない。不思議な会話と共に差し出された右手を握り返し、やはり2秒ほど。それが済むと、アイズは残りのペアへと顔を向けていた。

 

 

「……二人は?」

「じゃ、じゃぁ私も!」

「えーっと、私も……?」

 

 

 なにせ、相手の4名のうち3名はハーフを含んだエルフである。天然少女から生まれた謎の流れに溜息をつきそうになりつつ、タカヒロは「調子が狂う」と内心で呟きながらフード越しに頭の後ろを掻くのであった。くたびれた黄金の盾が動くために目立っている。

 もっとも、調子が狂っているのはエイナも同じである。いつかリヴェリアが口にした謎の男が目の前に居るために色々と聞きたいことのある状況ながらも、謎の流れに乗せられており発言のチャンスが巡ってこない。

 

 また、リヴェリアを差し置いて相手の事を聞くという点もはばかられるために、口にしづらいことに拍車をかけている。更には彼女が所属するギルドとは、いかなるファミリアの間においても中立の立場を明確にしているだけに、情報収集をするだけでも規約に抵触しかねない。

 仮に情報が得られたとしても、「ヘスティア・ファミリアに、52階層へソロで行ける人物が居ます」などと口にしたところで誰が信用するかと考えると、答えは1つだ。彼女自身とて疑問を抱いているのとロキ・ファミリアが水面下で動いているらしきことをリヴェリアも口にしていたために、下手をすればロキ・ファミリアと敵対しかねないためにノリ気がしないのも事実である。

 

 

「……さて、アイズ」

 

 

 突然と名前を呼ばれ、彼を観察していたアイズの背中がピンと伸びた。おまけに小さく震えている。あまりの豹変ぶりに、思わずタカヒロも「大丈夫か?」と声を掛けている程である。

 一方で内心でギクリとし、彼女の愛弟子であるレフィーヤもまた身を細かに震わせる。リヴェリアの愛弟子である彼女は、これから起こる説教という事態を察してエイナの後ろに逃げてしまっていた。

 

 案の定、先ほどの戦いにおいて防具無しで最前線へと駆け出したことについてお叱りが入っている。ガミガミ・クドクドというわけではないが、論理立てて問題点を指摘していた。

 その行いも、1分程が経過した時。口に出される内容に対して真剣な眼差しを向けて聞いていた青年が、途中で横槍を入れることとなる。

 

 

「……その行い、叱りを受けるべきものなのか?」

 

 

 内容を耳にしてポツリと呟かれた一言で、全員の目がそちらを向いた。本心だったのか思わず声に出た言葉を取り消すように謝罪すると、彼はリヴェリアの方へと歩いていく。

 

 

「……いや、失礼した。ロキ・ファミリアの問題に自分が意見を出すべきでは無かったな。とりあえず――――」

「ッ!!」

 

 

 擦れ違いざま右手でもって、彼はリヴェリアの左わき腹にポーションの入った試験管を軽く当てる。いつの間にか取り出された物であり、まさかの不意の一撃に大きく顔をゆがめた彼女を見たレフィーヤとエイナは慌てふためく表情を浮かべ、痛がるリヴェリアの肩を支えていた。

 周囲に感づかれないようにしていた彼女だが、どういうわけか彼には筒抜けの状況となっている。いつのまにか彼女の手に先ほどのポーションが渡されており、物言いたげな視線を黒い背中に向けるも、それを口にして痛みが引いたことも事実である。結果的に説教が中止となって、アイズ・ヴァレンシュタインが、ものすごくホッとした表情を見せていたのはご愛敬だ。

 

 

「持ち合わせが無いようだが、他人を案ずる前に自分の傷は治しておけ。先ほど庇った際に負った左わき腹への一撃、軽くヒビが入ってたのだろ。歩くだけで痛んだはずだ」

 

 

 背中越しに言い残し、彼は集団から離れていく。ガチャリと響く鎧の音が少しだけ遠ざかるが、それも、とある声にて停止することとなる。

 

 

「あれ。師匠と、アイズさん!?あ、エイナさんまで!」

 

 

 前方からやってきたのは、己の弟子と主神である。珍しく街中で盾を持ち歩いている師を不思議がり、少年はトコトコと駆け出した。そしてアイズを名前で呼ぶ少年に対する山吹色の鋭い視線を受け、思わずたじろいでしまっている。

 そんなベルから見れば、タカヒロとロキ・ファミリアはともかく、自分のアドバイザーであるエイナとくれば、脈略もない組み合わせである。己の師の前に辿り着くと、何かあったのかと質問を投げた。

 

 タカヒロが「モンスターと戦っていた」との内容を口にしたために、エイナはハッとした声と表情を見せている。全員の注目を集めたタイミングで、残り二体のモンスターが野放しだったことを思い出した。

 アイズが特徴を聞くと、シルバーバックとオークというモンスターの名前を告げている。どちらもダンジョンにおいては有名な存在であり、特徴を話さずとも全員が外観をイメージできていた。なお、タカヒロは参考書程度の知識である。

 

 

「あ、それなら両方とも倒しましたよ」

 

 

 そんな場面に、ケロリとした表情で告げる華奢な少年。目を開いて驚いたのは少年が数日前に5階層で活動していたことを知っているアイズであり、エイナもメガネから目が飛び出んばかりに見開いて彼を見ている。

 

 とはいえ、そんな反応も仕方ない。シルバーバックとは12階層付近に出てくるモンスターであり、冒険者となって1か月経つかどうかという駆け出しが相手に出来るとは思えないのが定石なのだ。

 新人一カ月目におけるアビリティのランクは、良くてFと言ったところ。それよりも低いGだろうが特に不思議ではないのがその頃の駆け出しであり、センスがある者でも3階層辺りをウロウロするのがセオリーなのである。

 

 もっとも、その二体の討伐に関しては神ヘスティアが証明しており、目撃者の数も少なくない。そのあたりで目撃情報を集めれば真相がわかる旨を、ヘスティアは口にした。

 そうなれば、アイズの関心は報復ダメージとは違うところへと向けられる。なぜ一か月目の新人が防具無しでシルバーバックに立ち向かおうと思ったのか、そして何故それほどまでに速い成長ができるのかという点に焦点が当てられており、関心の度合いはさらに増した。

 

 なお対象の少年は、冒険者は冒険をしてはならないという持論を持つアドバイザーから逃げられるはずもなく、捕まってコッテリと絞られている。よりにもよって「防具無しで倒しましたよ」と口走ってしまったのだから当然だ。

 そんな雰囲気のせいでとばっちりを食らったアイズもまた、先ほどの続きが再開されていた。痛みが引いたリヴェリアの口調はいつも通りに戻って絶好調であり、アイズはおやつを取り上げられた子供のようにしょんぼりしている。

 

 

 一方はガミガミ。もう一方は、静かながらも言い返せそうにもない声が続く。傍から見れば、姉と母親がそれぞれ弟と娘を叱りつけているかのようなシチュエーションとなっていた。

 

 

「……物凄く失礼なことを聞くことになるが、エルフというのは説教が趣味なのか?」

「……そ、そんなこと、無いと思いますけど……」

 

 

 溜息と共に呟かれた外野の疑問に、レフィーヤは苦笑で返すしかない。キッパリと否定できない点が、彼女の中でも困りモノだ。

 モンスターによる避難の影響で、一帯に人が居ない点が幸いだろう。周囲をほったらかして開始されたハイエルフとハーフエルフの説教タイムは、随分と長い時間にわたって続いていた。




アイズの興味があっちいったりこっちいったりで、結局ベル君がターゲットにされたようです。兎ちゃんの運命やいかに。

ところで本作においても12話でアイズの父が少しだけ出てきたのですが、髪色を調べたところ漫画(外伝2巻p9など)だと明るい系、原作(外伝8巻242p)だと黒っぽいんですよね……。
本作とは関係ありませんが、どっちが正解なのでしょうか……。



P.S.
例のウイルスの所詮で来週以降は振り回されることになりそうです。次話は、ほぼほぼ出来上がっているのですが、投稿遅れましたら申し訳ございません。


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25話 お邪魔します

 グループと呼ばれるような集団が作られ暫く過ごすうちに、自然と各々の役割が出来上がる。前衛が敵の攻撃を受けヒーラーが仲間を回復する、と言ったような明確な仕事のようなものではなく、ムードメーカーや面倒見が良い者などと言った漠然としたものだ。

 これは、それぞれの人物が持つ性格に起因する。例を挙げるならば面倒見の良いお兄さんキャラなどがまさにソレであり、そういう人物は“兄貴”などの愛称で呼ばれたりするものである。

 

 ロキ・ファミリアとて例外ではなく、様々な戦闘員のなかでも一際ファミリアを心配する者がいる。もっとも若い者からすれば過保護や心配過剰の言葉が該当してしまっており、いざとなれば心を鬼にする彼女を相手にフレンドリーな対応はまだしも、ちょっかいを掛ける者こそ存在しない。

 もし自分が貶されようとも、ファミリアの仲間を大事に思うからこその母親(ママ)なのだ。主神ロキが呼びの親であり本人は毎度の如く否定しているのだが、そんな2文字がピッタリとハマってしまう彼女は今現在――――

 

 

「ええい。よりにもよって、なぜ納入日が今日なのだ」

 

 

 誰も居ないのをいいことに眉にやや力を入れ、珍しく“おこ”であった。

 

 その怒り、とまではいかない焦りは、誰に対するものではない。単純に、ファミリアが纏めて発注した代物の納品が、よりによってヘスティア・ファミリアを呼ぶ今日の午前中に重なったのである。

 花のモンスターを討伐し説教タイムが終わった後にスケジュールが調整されたのだが、幸いにも、彼等が来るまでには未だ1時間ほどの猶予がある。簡易的ながらも持て成しに出される菓子類も急ピッチで調理が進められており、今のところ予定通りと言っていいだろう。

 

 では、何が問題か。一階の食堂へと行く予定であったこれらの荷物を、誰かが間違って二階の踊り場に運んだ点にある。下位のファミリアメンバーはダンジョン遠征中でただでさえ人手が足りていない状況になりつつあると言うのに、それらの荷物を運搬する手が必要になってしまったのだ。

 とはいえ複数の足音が近づいてきており、誰かしらが来たようである。都合よく二階にあるこれらの荷物を持って行ってもらえたらいいなと頭の片隅で考える彼女は、間違って持ち運ばれた荷物の確認に追われている。

 

 

「よいしょっ。リヴェリアさん、これは何でしょう?どこに運べばいいんですか?」

「ん?ああ。それは食器だ、一階の食堂に頼む」

 

 

 書類と現物とを交互に睨めっこしながら一瞬だけ横を見たリヴェリアは、物だけを視界にとらえると条件反射で指示を出す。何をどこに運ぶかは、既に全て頭に入っているのだ。

 少年と思わしき声に反応して流し見た重そうな木箱の中身は、団員で使う食器の類である。その者とて忙しいはずだが、こうして自分関連の作業を優先してくれることは有難い上に、その心遣いに感心し――――

 

 

「――――む?」

 

 

 そこまで考えて、ようやく違和感というものが沸いてくる。食器などの運搬物が来ることは30分ほど前に伝えてあり、加えて何故か2階に運ばれたことも騒ぎとなっていたために、ファミリアの者ならばリヴェリアに運搬の連絡を入れることはあっても尋ねることは無いはずだからだ。現に、今の一件以外に応対をしていない。

 ならばと考え、耳にした声に着目する。先ほどは流してしまったが聞いたことのある少年の声だと思い返し、一階へ続く階段に顔を向けた。

 

 

「ぬおおおお、ものすごく重いよこれ!?」

「無茶をするなヘスティア、腰をやられるぞ。ベル君も大丈夫か?落とさないようにね」

「大丈夫です師匠、頑張ります!」

 

 

 本日ロキ・ファミリアが持て成す予定のはずの青年少年のコンビが、重そうな、大きな木箱を抱えて階段を下っている途中であった。

 

 

「なぜ君たちが働いているのだ!!」

「わあっ!?」

「なんだ、どうした」

 

 

 2階廊下の手すりから身を乗り出したリヴェリアに、条件反射で理不尽に怒られる鎧姿の二人である。何をされるか分からないと、ロキを信用していないヘスティアが指示を出した結果の服装だ。

 そんな二人が見せる反応は、文字通りに正反対。少年は本当に驚いた様子であり運搬物を落としかけ、片や屋内でフードを被ったままの背年は、すまし顔で疑問符を投げて応対している。

 

 

「どうした、ではないだろう!なぜ君たちが居る、なぜ荷物の運搬を行っているのだ!」

「何故も何もロキ・ファミリアのホームへと呼んでもらったではないか、結果として予定より早く来てしまったのは許してくれ。手伝いについては、駆け出し冒険者がパーティー行動中で手が足りないと門のところでレフィーヤ君に言われて……って、消えたし」

 

 

 彼が呟いた光景は、目の前で起こった事実である。ブン!と空気が震える擬音が鳴るかのような、己が使う突進スキルとタメを張れるほどの瞬間的な移動速度。

 文字通りの瞬間移動をしたかのような残像を残し、リヴェリアは踊り場から消え去ることとなった。レベル6とは言えステイタスの限界を突破した俊敏さに、兎少年の目が輝いたのはご愛敬である。

 

 

「――――ハッ、リヴェリア様の殺気!」

「まーた何しでかしたのよ……」

 

 

 エルフ特有の長い耳がピンと張り詰める。師弟関係は、もはや、対象を見つけるセミアクティブレーダーと飛来物を探知するパッシブレーダーのソレである。魔力を検知して一直線にレフィーヤの下へ向かう緑のミサイルと、今までの経験則からソレを感知する山吹色の攻撃目標。

 が、生憎と攻撃目標は防衛手段と明確な逃走手段を備えていない。彼等に運搬の手伝いを申し出ていたレフィーヤは来客に荷物を運ばせたことについてコッテリと絞られ、特に指示のなかったタカヒロとベルは鍛錬がてらに他の荷物も運搬することとなり、それが判明したのちにレフィーヤは“おかわり”を貰うのであった。

 

 そして、運搬作業が終わった直後。偶然にも少年は、ゲッソリとやつれた彼女、レフィーヤ・ウィリディスと鉢合うこととなり、顔を見るなり言葉を放たれることとなった。

 

 

「むきー!このヒューマンのせいで怒られた!」

「えっ!?ボク関係ないですよね!?」

「ほう……どうやら叱りが足りていないようだな」

「あっ……」

 

 

 ロキ・ファミリアのナインヘル、リヴェリア・リヨス・アールヴ。客人、命の恩人の前故にファミリアに相応しい凛とした姿を見せようとした目論見は、弟子の所業により失敗に終わることとなる。

 もっとも先日の説教タイムで既に目論見が崩れているために、傍から見れば結果的には同じだろう。

 

 

 

 そんなこんなで2杯目の“おかわり”を貰って首根っこを捕まえられ引きずられていくレフィーヤを流し見ながら、ヘスティア・ファミリアの3名は、どうしたものかと溜息をつく。

 勝手に歩き回るわけにもいかないので、しばらく入り口付近のロビーに佇んでいた。そして1分ほどしたのち、師弟コンビは案内役と共に廊下を歩くことになる。

 

 なお、案内担当は柱の陰から身体を傾げて、ひょっこりと顔を出したアイズ・ヴァレンシュタインだ。帯剣しておらずにいつもの鎧姿ではなく、可愛らしい仕草とワンピースの私服姿に心拍数が急上昇する少年が約一名。

 しかしながら、日ごろの鍛錬の応用と先日のこっぱずかしい経験で経験値を得たのか、しばらくしたら落ち着――――くこともなく、視線釘付けで機械仕掛けの動作を見てヘスティアが頬を膨らませている。

 

 彼女に釣られてロキも姿を現したのだが、男二人に挨拶と謝罪をして「ゆっくりしていってな~」の言葉を口にした直後、例によってヘスティアとの取っ組み合いが始まってどこかの部屋へと消えている。「子供の姉妹がジャレてるようなもんだろ」と放置する姿勢を決め込んだタカヒロと、アイズとの時間を邪魔されたくない少年の答えは同じであり、結果として師弟コンビは、アイズの案内を受けることとなった訳だ。

 どうやら2階へと案内されるようであり、装飾輝く、それこそ城と見間違う廊下を進んでいく。そのうち何人ものロキ・ファミリア団員とすれ違うのだが、向けられる視線の数々は怒涛のモノがあった。

 

 

「アイズさんが男と一緒に居る!?」

「ダンジョン以外に興味を示さないアイズが!?」

「あのダンジョン狂いのアイズさんが……!?」

「戦闘狂のアイズさんに男が!?」

「どっちだ、どっちがアイズさんの男なんだ!?」

 

 

 そんな3人を見るロキ・ファミリアの絵面としては、阿鼻叫喚の一歩手前。彼女に先導されて後ろを歩く二人の男のうち少年は、無数とも言える程の視線を浴びて落ち着けない。

 フードに隠れた己の師匠の顔を少年がチラリと下から覗くも、まるで平常運転である。怯えも焦りも全く見受けられないが、しばらくすると、その青年の顔にも疑問符が芽生えていた。

 

 

「……なんだ、アイズ君。ちょくちょく、いや大半に悪口が交じっているが?」

「いつものこと」

「……」

 

 

 自覚してなおスルーしているのかと判断し、タカヒロとベルは歩きながらも苦笑した対応を見せるしかない。フードの下から、やれやれと言わんばかりにため息が漏れた。

 

 二人が案内された先は、二階にある日当たりの良いバルコニー席。どうやらまだ準備が整っていないようで、ここでお茶を濁すようアイズに指示があったようだ。

 降り注ぐ日差しは暖かく、いざ焦がれた女性を前にしてベル・クラネルは盛大に緊張してしまっている。その一方で、いつもの調子で忘れていたタカヒロは、ここにきてようやくフードを取ることとなった。

 

 現れた面構えは、彼女からすれば意外だったのかもしれない。少なくともベル・クラネルと同じ白髪とは思っていなかったようで、少しだけ驚いた表情を見せており目が見開いていた。

 

 

「髪の毛……ベルと、お揃いなんだね」

「似ているのは色だけだ」

「偶然です!」

 

 

 呑気な顔と声で返事をするタカヒロだが、髪質の違いが分かったのかアイズも納得した表情を見せている。少年の白髪は兎の毛のようにモフモフであるが、彼は男性らしいややゴワっとしたモノだ。並べられている状況だけに分かりやすい。

 その感想を抱いたのは、レフィーヤに懲罰労働を与えてやってきたリヴェリアも同様だ。何気に青年とは3回会ったことのある彼女だが、ああしてフードを取った姿を見るのは初めてである。

 

――――まるで親子だな。

 

 それが、廊下から見て彼女が抱いた第一印象である。もっとも髪の毛の色以外は似ても似つかない二人であり、先日の会話で少年が師匠と呼んでいたために赤の他人であることは知っているのだが、そんな言葉が浮かんでしまいフッと軽い笑いが漏れてしまっている。

 

 

 そして、連動するように己の昔を思い出した。

 仲直りこそしたものの、少女の口から放たれた銃撃のような言葉は、古い傷跡のように残っている。突如として吹き抜けた北風のように脳裏に浮かんだ情景に対して目を瞑り、彼女は己がやるべきことを遂行する。

 

 

 一方、アイズが案内していた男二人が何者なのかと遠巻きに見ていた野次馬はザワつきを止めることができない。ロキ・ファミリアの副団長ともあろう者が、わざわざお茶をもってそちらへと足を運んでいるのだ。

 

 バルコニーへとつながる扉がガチャリと音を立て、3人の視線がそちらに向けられる。4つのティーカップが載せられた盆は床に対して見事なまでの水平さを保っており、配膳のための姿でさえ気品がある。

 テーブル横へと着いてからの配り方も見事なもので、これらは教養のなせる業だ。もっとも彼女自身が配膳をやることなどレアスキル並みに珍しい事であるが、副団長自らの配膳ということで誠意を示しているワケだ。

 

 とはいえ、態度や口調までもが変わるわけではない。それはタカヒロも同じであり、街中で互いに名乗った時と似たような応対を行っている。

 

 

「来てもらってすまない。まだ、こちらの者が揃って居なくてな。少し待たせることになる」

「問題無い、早く着いた此方が原因だ。お茶はありがたく」

「い、いただきます!」

 

 

 相変らず緊張気味なベルは、なぜか勢いよく紅茶を飲んで咽ていた。少し慌てた様子のアイズの前でタカヒロに背中を優しく叩かれ、謝罪の言葉を口にしている。

 そして直々にお茶を出した上に空いているアイズの隣にリヴェリアが腰かけたため、野次馬連中の騒ぎは輪をかけて酷くなる。全く知らない無名のファミリアらしい白髪の二人が一体どれだけの賓客かを知る者は、残念ながら居なかった。タカヒロの鎧姿を見た者の一部が酒場での一件を思い出して周囲に伝播し始めているが、ベート本人の耳に入ると色々と危ないために、周知されるのはもう少し先の話になるだろう。

 

 話題作りなのか、リヴェリアもアイズと同じように二人の髪についてを口にした。先にも彼女が抱いた感想だが、フードを取った姿を見るのは初めてだとも付け加えている。

 一方のタカヒロは、こうして出会うのは4度目だが、1度目~3度目についてはロクな状況ではなかった、とごちている。もっとも1度目は芋虫、2度目は酒場での喧嘩、3度目は花のモンスターと確かにマトモなものが1つもないのが現状であり、思い返したリヴェリアも溜息と共に同意してしまっている程である。

 

 

「あれ?師匠、居酒屋の前にリヴェリアさんにお会いしたことがあるんですか?」

「ああ。その時は向こうがモンスターに追われていてね、自分が敵を請け負ったんだ。逃げていたのは、この二人と褐色の少女。ポーションを用意して待ってくれていると公言していたのだが追ってみれば誰も居ない、見事に騙されたよ」

「あっ……」

 

 

 揚げ足を取るように口元を歪め、わるーい顔をしたタカヒロが言葉を出す。当時は52階層から逃走していたこともあってようやく思い出したのか、リヴェリアは口元を手で押さえて慌てて視線を逸らした。

 そんな彼女の顔を不思議そうに首をかしげて覗き込むアイズは、知らずのうちに追い打ちを与えてしまっている。どのように謝るべきかと彼女が焦りながら考えているうちに、青年の表情が視界に入った。

 

 そんな視線を受けるタカヒロの顔は、なぜだかとても力が入っており平常とは程遠い。そして、何かを口にしたそうな表情を見せている。

 なお、リヴェリアが見せた反応こそが原因である。先日の件も含めて、ものの見事に期待通りの反応を見せてくれるだけに、当時のポーションの詫びという事で、もうちょっとだけ色々と口にしたい感情が芽生えてしまっていた。

 

 

「いや、それはもうひどく傷ついたぞ?」

「……どこに傷を負った」

「心だよ」

「嘘をつくな」

「男も傷つく時はあるだろう」

「欠片も思っていない声と面持ちではないか!」

 

 

 力の入った顔かと思いきや全く感情のこもっていない声を察知して、徐々にリヴェリアの声が強くなる。普段は彼女に言いくるめられることが多い、と言うよりは全てにおいてそうなるアイズにとって、攻め立てられている彼女と反論する姿は新鮮だ。

 つい力が入ってしまった口調を詫びるように、コホンと可愛らしく咳をする。心なしか高揚したようにも思える頬は誤差程度に膨れており、満足気に口元を緩めて紅茶を飲む青年に対して更にモノ言いたげな目が向いている。そんな青年は彼女の反応を楽しんでおり、余裕ある表情を浮かべていた。

 

 不満の表情を隠すように、リヴェリアも紅茶に口を付ける。とはいえ怒りの類は一切なく、いつものように正論を掲げて言い返せない状況に悶々としている様相だ。

 

 そんなこんなでコミュニケーションに似た何かな応対をしているうちに、フィンたちの用意が済んだようである。ロキ・ファミリアの団員であるエルフが丁寧な対応で4人にその事項を伝達し、リヴェリアが案内を担当、アイズが最後尾に続きながら進んでいる。

 案内される先は、ロキ・ファミリアの団長であるフィン・ディムナの執務室。時折ガチャリと鳴る鎧の音が、廊下の壁に響いていた。




考えれば考えるほどに原作リヴェリアを落とせる気がしない……


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26話 等価交換

皆さん、SteamでGrimDawnが80%セール中ですよ!(残り6時間ですが)
本体500円、DLCセットのGrim Dawn Definitive Editionが3000円弱となっております。
触り程度をやってみたい方は前者、ガッツリという方は後者がお勧めです。



……本作では今のところクロス要素が薄いですが、話が進むにつれて出てきますのでご容赦ください。


 コン、コン。と規律の良いノックが行われ、扉の向こうから聞こえてきた「どうぞ」の返事と共にリヴェリアがガチャリとドアを開く。事前の説明では執務室とのことだったが、思ったよりずいぶんと簡素な部屋だと感じたタカヒロは、促されてベルと共に部屋へと入った。

 大きめの執務机の前に、ソファに座って使うリビングテーブルが縦方向に置かれている。その上には菓子類とティーポットが置かれており、部屋を満たす安らかな香りは気品を表しているかのようだ。

 

 テーブルの両脇には4人掛け用のソファがあり、執務机を挟んで向かい合うように一人掛けも用意されていた。装飾の類こそなけれど決して簡素ではない品質の代物は、ロキ・ファミリアという大規模ファミリアの財力を示している。

 執務机の椅子の前に立つ、一見すると少年のような外観。しかし紛れもない強者であることを感じ取ったタカヒロは、相手の外観の特徴から小人族(パルゥム)である、ロキ・ファミリア団長のフィン・ディムナだと判断し、例の見開きの雑誌を思い返している。

 

 そんな人物に手のひらで案内され、白髪の二人は上座へと移動した。タカヒロの後にベルが続き、どう対応していいのか分からず己の師の見様見真似で行動している。そんな少年を、後ろからアイズが見守っている格好だ。

 反対側の席には既にドワーフらしき人物が待機しており、双方が立ち上がったまま二人を迎えている。二人に続いてリヴェリアが一人分のスペースを挟んでドワーフの横に立ち、アイズは一人用ソファの横に着いた。そのタイミングでフィンから言葉があり、全員が腰かける。

 

 

「さて、まずはようこそロキ・ファミリアのホームへ。一応“黄昏の館”って名前なんだけど、呼びやすい名前で大丈夫。入り口で出会ったと思うけど、赤髪の女性が主神・ロキ。僕が団長のフィン・ディムナだ。ちゃんと挨拶するのは初めてだね」

 

 

 フィンはそのまま、リヴェリアとガレス、アイズの簡易的な紹介へと進んでいく。そののちに、来客が自己紹介できるようきっかけの言葉を掛けた。

 同じ白髪ながらも片や落ち着き払い、片や年相応の中身となった自己紹介。双方ともにシンプルなれど素直な口調であり、嫌みや恨みなどの感情はどこにもない。そして青年は、フィンの姿を眺めていた。

 

 

「……うん?タカヒロさん、僕がどうかしたかい?」

「……いや、失礼。パルゥムは若作りと知識程度はあったのだが、再び目にして想像以上で驚いた」

「更に想像以上なハイエルフという種類も居るがのう」

「黙れドワーフ」

 

 

 思わぬ飛び火にタカヒロとフィンは目を合わせ、二人して咳払いをして話を本題に戻すよう空気を変える。何気に息の合った行動に、二人して内心でほくそ笑んだ。

 

 そしてロキ・ファミリアの面々は立ち上がり、ベルに対してミノタウロス逃走の件とベートが発した言葉の謝罪が向けられる。頭を下げる3名にアタフタとする少年は助けを求めて師を見るも、あの礼を止めさせることができるのは君だけだと助言している。

 己の師の言葉もあって、ベルは頭を上げてもらうようフィン達に対してお願いした。ミノタウロスについてはともかくベートの暴言については自分が弱い点は事実であると認めており、とやかく言うつもりは無いと言葉を残している。

 

 3人は続いて、ベートが青年に殴りかかったことを詫びている。もっとも青年は当時「知らぬ存ぜぬ」の意思を示しており、今回も同様の言葉を発してすぐに頭を上げさせた。

 直後、52階層におけるモンスターの引きつけについて謝礼の言葉が出されている。結果的にパス・パレード(擦り付け)となってしまったその点については気にしていない旨を返し、無事で何よりと、落ち着いた答えを返していた。

 

 それらの点については気にも留めていないとはいえ、先ほどベルがスルーしたミノタウロスの件は別である。彼の中で、最も聞いておかなければならないと判断している内容だ。

 

 

 「ロキ・ファミリアがダンジョンで起こした一件を問いたい。並のレベル1ならば即死するミノタウロスを5階層まで逃がしたことは事故としても、後処理を放置し、あまつさえ帰還の宴を行うなど何事と考える」

 「……お叱りの言葉も当然だ。本当に、申し訳ない」

 

 

 据わったままの表情で放たれる静かな言葉に対し、フィンは本当に申し訳なさそうな表情と返事を見せる。全面的にこちらが悪い内容である上に、彼自身も不甲斐ない事だと思っているために、何も言い返せないのが実情だ。それほどのことを、起こしてしまったのである。

 

 フィンの説明によると、どうやらベルと対峙した一頭の逃走事情は知らされていなかったようであり、ベルと対峙している際にギリギリでアイズが追い付いたことが酒場のベート事件で発覚。後日、複数名に聴取した結果として事後報告されたというのが真相のようである。

 この点については報告を怠っていたアイズも同罪であり、ベルに対して頭を下げて謝罪の言葉を掛けている。アイズ故に許してあげたい気持ちが芽生えてしまう少年だが、事の重大さは分かるために、ここばかりは伏せた顔のまま抑え込んだ。

 

 続いてリヴェリアが口を開いたのだが、改善策として、連絡体制の見直しを図っているとのことである。酒癖の件も見直しとなっている最中であるらしく、最低でも1年は、ここ黄昏の館以外での宴は禁止となっているようだ。もっとも酒については外飲みを禁止すれば問題は解決と言うわけではないために、これで良いのかとなれば不足点も見えるだろうが、そこは己が口にするべきではないと青年はスルーしている。

 実のところ別件において、この段階で彼女の言葉に疑問符を持っているタカヒロだが、大したことではないために今のところは話題に出すことを保留している。起こってしまったことをこれ以上蒸し返しても仕方なく、対策は行われるようであるために「わかった」と一言返し、再発が起こらないよう要請して仕舞いとした。

 

 

 「直接的な被害が出なかっただけ良しとしよう。ベル・クラネルもそうだが、駆け出しの冒険者は強豪ロキ・ファミリアの姿に焦がれている。言わば道標だ。その者達の期待を損ない主神ロキに悪評が付くことにならぬよう、切に願う。ベル君は、どうだろうか」

 「僕も、師匠と同じです。皆さんの背中を追いかけたくなるような、そんなロキ・ファミリアで居てください」

 「ロキ・ファミリア団長、フィン・ディムナが約束する」

 

 

 零細ファミリアの二人が口にする言葉が、各々の第一級冒険者の心に刺さっている。目に力を入れて言葉を返したフィンに同調するように、残りの3名も目に力を入れ、タカヒロとベルを見据えていた。

 

 しかし団長であるフィンは、同時に、相手の青年が見せる対応に不思議な感覚を抱いている。ロキ・ファミリアを相手にして非常に有利に立ったこの状況、何かしらの要求を求めるものだろうと考えている。本来、ファミリア間のトラブルとはそうなるのが王道だ。

 そこで、謝罪として何かしらできそうなことはあるか、と問い掛けたフィンだが、やはり青年も何かしらの事は思っていた模様。濁してはいる上に強要するものでないことはアピールしているが、隠すつもりもないようだ。

 

 

「何かしらの事、要求か。無いと言えば嘘になる、あるにはあるが……」

「言ってみてよ、いくらかの協力や努力はするつもりだ」

「ではまず質問を。ここに来た時にレフィーヤ君から、ロキ・ファミリアの駆け出しがパーティーを組んでダンジョンで行動を学ぶ内容があると聞いたのだが」

「うん、毎日じゃないけどやっているよ。ダンジョンにおけるモンスターの危険さ、実戦での実力確認、パーティー行動の大切さ。レベル2とか3の先輩冒険者と一緒に、色んなものを学ぶんだ」

 

 

 なるほど。と一言返し、タカヒロは腕を組んで考える姿勢を見せている。そしてどうやら、要求内容が纏まったようだ。

 

 

「では詫びの内容としては、ダンジョンでのパーティー行動を体験したい。対象はもちろん、ベル・クラネルだ」

「えっ」

「……それは、ロキ・ファミリアが築いてきた知識を教えろ、ということかな?」

「教育ではない、体験だ。見ているだけでも十分だ、必要なことは本人が勝手に覚えるだろう」

 

 

 青年の、少年に対する買い被りか?と勘繰るフィンだが、どうも表情を見るに、そういうわけではないらしい。明らかな自信をもって、しかし今の少年に欠けており必要とされることを求めている。

 最低でも見学ということになるが、ロキ・ファミリアの駆け出し冒険者パーティーを眺める他者など珍しくはない光景だ。青年が口に出した体験とは、立場的有利を利用して一歩踏み込んだために出たものである。

 

 フィン個人としては否定する余地はない。されど本人が言ったように、ロキ・ファミリアの財産に匹敵する内容であるために、いくら迷惑をかけた相手とはいえファミリア内部での議論は必要だ。

 もっとも、己が武器捌きを教えたアイズ・ヴァレンシュタインが秘密に戦闘指導をすることになっている点は知る由もない。また後日談だが、この決定によって鍛錬の開始日が再調整されることとなっている。

 

 そのための対価。ロキ・ファミリアの財産を出すに相応しい相応の何かが得られるならばと、己のファミリアがヘスティア・ファミリアに迷惑をかけたことは承知しつつ、52階層での情報を求めることとなった。

 

 

「いくらかの質問に答えてくれたら、許可するよ。なんだったら、ダンジョンに関する教育でもいい」

「そうなればダンジョンに関する知識も欲しい。主な書籍は一通り読んだが文字通り机上だ、現場からの目線がほとんどなくてね」

 

 

 言葉による駆け引きは続く。情報には情報を、ということで、フィンもロキ・ファミリアとしての要求を口にする。

 

 

「僕達は50階層から下へと進まなくちゃいけない。だけどあの芋虫型のモンスター、新種に対して敗走することとなった。何せどこにも情報が無くてね、知っていることがあったら教えて欲しい」

「では、とりあえず知っていることを一通り。自分の言葉が出まかせかどうか、答え合わせは任せる」

 

 

 そう口にして、彼は芋虫の特徴を話し始めた。その内容の半分は彼等にとって初耳ながらも、残り半分は経験した内容と合っている。

 

 魔法は試していないタカヒロだが、体感として物理的な耐久性は全くない。一方で敵の物理的な攻撃は突進術だが、柔らかな身体と大きさの割に軽い体重によって威力もソコソコ。そのために速度は速く、これら突進術の情報についてはロキ・ファミリアにとって貴重な情報となった。

 しかしロキ・ファミリアも痛感した口の部分からの強酸の遠距離攻撃が厄介であり、彼も言葉に表している。傷口からも同様の酸をまき散らし自爆するのだが、一撃で魔石を破壊できれば自爆することもないというのが彼の出した結論であった。近接の物理攻撃しか試していないので魔法攻撃の効果は不明なものの、これもフィン達にとっては有益な情報となっている。

 

 そして最後に出された情報は、フィンの興味を引くこととなる。他の階層において、そのイモムシは他のモンスターを積極的に襲っていたというのがタカヒロが目にした光景だ。

 

 思わず「他のモンスターを?」と聞き返すフィンだが、青年の言葉を信じるならばまさに異常な出来事である。疑うならば主神を呼んでも良いという彼の言葉で、その発言が嘘ではないのだと判断したが、それでも理解するには苦労しそうな内容である。

 基本としてモンスターがモンスターを襲うのは、37階層にある闘技場と呼ばれる場所だけの事象。それがないからこそ、“モンスター・パレード”という多種多様なモンスターが一斉に発生・急襲する緊急事態が起こるのだ。

 

 

「ああ、そう言えばもう1つ。50階層に居たのはロキ・ファミリアだと思うが、撤退した後に、芋虫共の親玉らしきモノと対峙した」

「本当かい!?」

 

 

 目にしたことすらない、完全な新種である。是非その情報を!と言いたげに目を開いて立ち上がるフィンだが、相手の反応は涼しいものだ。己が言葉を発する前に、何かしらの利益を求めていることは一目瞭然である。

 何かしら、とは、先ほど青年が発言した内容だ。ダンジョンにおける情報、教科書に載っていないような実戦的なモノの知識となれば――――

 

 

「……リヴェリア、無理を承知だ。君がやっている座学の対象者に、彼も含めて欲しい」

 

 

 その言葉に対して真っ先に反応したのは、リヴェリアでもタカヒロでもなく。一人座る、アイズ・ヴァレンシュタインである。

 

 リヴェリアの座学、という言い回しだけで大きく震え、透き通った顔色が悪くなる。かつてのスパルタ教育の記憶が脳内を駆け巡り、アレルギー反応と似たような症状を起こしてしまっているのだから仕方ない。

 突然と小さく震えだす彼女を心配するベルだが、彼女は小声で「だだだだ大丈夫」と口にしているため大丈夫――――ではない。もっとも理由は不明であり己の師は絶賛ネゴシエート中であるため、少年もまたアイズと一緒にアタフタとするしかなかった。

 

 

「……それは、団長としての命令か?」

 

 

 一方でこちらの空気は別であり、人形の如き精細な翡翠の瞳と、見た目は子供ながらも力のこもった薄青い瞳が交わる。彼もまた、己が命令しようとしている内容の重さは理解していて言葉を掛けている。

 ロキ・ファミリアが持つ知識の流出。とはいうもののその中身の大半がロキ・ファミリアだけが持っているというものでもなく現場目線における一般知識がほとんどであり、再び50階層へと赴いて危険を冒し、またもや武具の類を溶かすよりは遥かに安上がりだというのがフィンの判断だ。

 

 その後「わかった」と口にして承諾したリヴェリアに続いて、タカヒロから芋虫型の女王らしき物体の話が開始される。大きさなどの外観をある程度口にして、相手が見せた攻撃内容の説明を全員が聞き入っている。

 

 爆発する光の粉を広範囲にばらまき、己が屠られる際もまた広大な範囲に酸をばらまく芋虫の女体型。前者については風で流される程に軽いものであり散布範囲も一定、発生から炸裂までは3秒の時間を要し、範囲外に出てしまえばさほどダメージが無いことが分かっている。

 後者については、イモムシ同様に確実に魔石を穿つしか解決策が無い事項だ。結局のところはモンスターを相手する時の基本、魔石を狙うことが重要という事が分かり、フィンも方向性は見えたとの発言を行っている。もっとも一朝一夕で行えることではないために、すぐには動けないのが実状だ。

 

 その他、細かな情報について各自から質問がなされるも、的確な回答が返っている。それがモンスターの湧かないセーフエリアであるはずの50階層に出現したという事も相まって、一行は深層と呼ばれる場所の恐ろしさを再認識した格好だ。

 

 

 そして話は、タカヒロが要求したものへと切り替わる。

 

 勉強会が開催される場所はリヴェリアの書斎兼、執務室となっている一室。公務を行う際の部屋であり彼女の私室ではないものの、レフィーヤもそこで講義を受けており、6人が囲えるほどの長机は用意されている。

 その他、教材の貸し出しや筆記用具の類は全てロキ・ファミリアが用意するという中々の待遇である。タカヒロとしても断る理由を見つけるどころか願ったりかなったりであるものの、約一名が見せる不敵な笑みだけが気になって仕方ない。念のために聞いておくかと考え、不安事項を口にした。

 

 

「……行動の見学についての承認、及び教材、筆記用具の手配は感謝する。しかし肝心となる教師役が、先ほどから怪しい顔をしているのだが」

「なに、大したことではない。私の教導を受けるからには、相応の成績を残してもらうというだけのことだ。音を上げることは許さんぞ?」

 

 

 先に揶揄ってもらった御礼だ、と言わんばかりに若干ながら勝ち誇った表情を見せ紅茶に口をつける彼女。普段から厳しい厳しいと言われている彼女の授業だが、そこの青年相手にはより一層厳しくしてやろうと腹黒さを抱いている。場に居る全員が、薄っすらとその本音を感じ取れるほどに。

 御自慢の知的さ・高貴さはどこへやら。単に優位に立てることでバルコニーでのモヤモヤを晴らせてスッキリしているだけの、年甲斐もなく子供の様相を見せるハイエルフであった。

 

 なお、残念ながら勝鬨を上げる顔をするにはまだ早い。“ああ言えばこう言う”と言ったようにひねくれた性格を見せることのある彼は、先ほどの疑問点を口にすることを決めている。彼に対して言葉で挑むならば、相応に大きな理由を得なければカウンターを貰うのだ。

 

 

「なるほど、それは当然の課題だろう。全く気にも留めていないが……花のモンスターによる攻撃で肋骨にヒビを入れられ、治療のために“生徒”にポーションを奢らせる“先生”の期待に沿うよう努力する」

「リヴェリア、さっきなんて言った?僕それ聞いてないんだけど?」

「リヴェリア、お主……」

「……」

 

 

 そんなハイエルフも、セオリーに乗っかることとなる。ロキ・ファミリア、特に自分自身が不利となる、ものの見事なカウンターストライクを貰っていた。

 52階層におけるポーションの件然り、こと青年が見せた気遣いに関する事となると、この始末。珍しく“完璧”が崩れている彼女は、眉間をつまんで唸っていた。




大天使ベル君
そしてミノ逃走当時のロキ・ファミリア事情と対応は、このような感じにしてみました。


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27話 リヴェリア先生

 ご愛読を頂いている皆様、恐れ入ります。

 この度採取しておりましたアンケートについて、曖昧な文言があった点を謝罪いたします。
つきましては、再度アンケートを取らせていただきたく設置いたしました。

度重なり申し訳ございませんが、ご協力いただきたくよろしくお願いいたします。


「うううううう……」

 

 

 唸れ轟け、山吹色のポニーテール――――

 そんな文言がピッタリなこの状況、別に何かしらの格闘技が開催されているわけではない。サウザンド・エルフの二つ名で呼ばれている少女、なお見た目だけではなく実年齢も15歳と本当に少女であるレフィーヤは、唸っていた。

 

 

 ヘスティア・ファミリアに所属する白髪の二人がロキ・ファミリアに訪れてから早10日。タカヒロは、レフィーヤと一緒にリヴェリアからの教導を受けている。基礎的な知識は既にあったため、まさかのレフィーヤより少し下の議題からスタートしている点が彼女の中では大きな問題となっていた。

 

 

「ふふふ。タカヒロさん、この問題がわかりますか!?」

「ん。……ああ、――――だろう?」

「……はぇ?」

 

 

 最初の1日目において、序盤は先輩面して腰に手を当て可愛らしくドヤっていた少女、レフィーヤ・ウィリディス。しかしながら相手が持つ知識量を知ると可愛らしく首を傾げ、そんな余裕もどこへやら。

 5日目の本日に行われた試験結果で既に並ばれている現状にアセアセしており、出だしのように大きく唸っていたのである。アイズを名前で呼ぶ同年代な白兎の出現も要因であり、猶更の事、心に余裕を持たせたかったのだが、結果はご覧の通りであった。

 

 

 そんなロキ・ファミリアにおいて、ワイシャツと適当なズボンを履いているオールバックの白髪をしたヒューマンが認知されるのも早かった。もっとも、遠征帰りの打ち上げの際にベートが殴り掛かり、逆に吹き飛ばした男であるために、その点で言えばロキ・ファミリアにおける認知度は非常に高いものがある。口には出さないが、ほぼ全員が当該人物であることを認知している状況だ。

 また、初日からアイズやリヴェリアが案内を担当し、食事中にはフィンやアイズも声を掛ける程にロキ・ファミリアの幹部と親しげにしていたために注目具合は一入だ。食事中に来た者がフィンならばティオネ、アイズならばベートとレフィーヤがあからさまに殺気を向けているが、本人は平然とした様子を貫いているのだから傍から見れば摩訶不思議な光景である。

 

 同ファミリアのエルフがハンカチを噛みながら彼を睨むように羨む光景も、最早日常と言ったところ。リヴェリア、レフィーヤと共に食事を取っている時などは、その惨状が輪をかけて酷い始末だ。それに気づいているリヴェリアが、のちに雷を落とすところまでが新たなセオリーとなりつつある。

 

 しかし、だからと言って暴言の類を吐き捨てる者は居なかった。最初のうちは数名程が陰で囁いていたものの、2日もすれば静かなものである。

 当たり前のように黄昏の館の食堂で昼食を取る彼だが、隅っこに陣取り自分から他の者へと絡むことは無い。その傍らには、常に教材が開かれている。決して同胞も口は出せないがエルフ基準においても“鬼”と言える程に厳しいリヴェリアの講義に対し、この青年は至極真面目に向き合っているのだ。

 

 

「ロキ・ファミリアの幹部である彼女が有象無象を相手に作れる時間には限度がある。教導に割いてくれる時間を無駄にしたくないだけだ」

 

 

 それが、興味本位から彼に声を掛けた団員が耳にした言葉だ。どうやら彼が読んでいる内容は復習ではなく予習の類であると知り、声を掛けた団員は青ざめて、あの地獄の教導に巻き込まれないようにそそくさと退散している。現にアイズを除いて、考えるより身体が先に動くような人物は彼に近寄ることすらしていない。

 リヴェリアが行う教導が量も質も並大抵でないことは、経験してきた本人たちが知っている。そこにレフィーヤが「なんであのヒューマンは私の数倍の量をこなせるんですか」と肩を落としながら愚痴ったために、貶す気持ちは消え失せていた。己があのヒューマンの真似をできるかとなれば、誰もが黙って首を横に振るだろう。

 

 もっとも、現段階では学校の授業のような体系である上に、彼も独学ながら基礎的な知識は持っているので比較的容易いものがある。実践ならばどうするかと考えれば何とかなり、時折程度に首をかしげる問題が出てくるが、それも更なる応用の類で何とかなる範囲であった。

 

 

「……つまらん」

 

 

 10日目の朝食後、まだ授業が開始する前の時間帯。厳しさ一入ながらも尊敬する師が呟いた言葉に、朝練とばかりに問題と格闘していたレフィーヤの手が止まった。恐る恐る顔を向けてみると、口をへの字に曲げて可愛らしく“おこ”である。

 小さな勇気をもって何かあったのかと聞いてみると、前日の午後に青年が受けたテストがほぼほぼ満点だったという内容だ。大きなミスの1つでもあればそこから反撃のチャンスが生まれると考えていた彼女だが、残念ながらそうはいかない模様である。

 

 あまり小さなミスで叱りつければ、他ならぬ己の弟子に流れ弾が被弾することは避けられない。ひねくれている彼は、それによって出来る隙を見逃すような人物ではないのは明らかだ。

 問題や内容の要点は、必ずと言って良いほどに的確に押さえている。こうなるから危険になる、そうなってしまうから対処しなければならない、など、とりわけ危険事項に対する把握力は、あのリヴェリアも目を見張るものがあったのだ。

 

 

 そんなことを考えていると、扉が軽くノックされる。いつもながら相変わらず時間ピッタリであり、初回に随分と早く着いたことがますます謎に思える程だ。理由としてはベルがダンジョンで使う消耗品の調達が思ったよりも早く終了したために初日だけ早くなったのだが、その点については蛇足である。

 彼女が返事をするとガチャリとドアが開き、見慣れたぶっきらぼうな表情から「失礼する」との言葉が聞こえてくる。既に始めていたレフィーヤを見た彼に本人が敵意むき出しの視線を飛ばしているが、これも最近では見慣れた光景だ。いくらか気づいているリヴェリアも、とくに注意をすることもない。

 

 彼が優秀である結果として、引きずられるように彼女の成績も伸びているのである。レフィーヤが勝手にライバル心を抱いているだけというのが実情だが、それでも良い影響を与えていることは事実であった。

 決して弟子の前で口には出せないが、書面上では過去一番に出来の良い生徒というのがタカヒロに対するリヴェリアの評価である。学者でもやっていたのかというぐらいに呑み込みが早く、己が開催している教導を卒業することもそう遠くは無いだろう。

 

 もっとも、この点はゲームにおける要注意モンスターやマップの特徴を覚えるのが早いのと似たようなものである。1から100まで覚えるのではなく要点を中心に覚えているからこそ、要点が出やすいテストでも、ほぼほぼ満点の結果が出せるのだ。

 

 

(ううううう。リヴェリア様ったら、またあのヒューマンに付きっ切りで……あ、あ、あんなに近くで!!)

 

 

 そんな真相はさておき、何より、己の指導に対して過去一番に真面目に向き合ってくれている姿勢が彼女としてはとても嬉しいのである。悩んでいるのか唸ることはあれど、どうしてこうなるのかなどを逆に聞いてくる積極的な姿に彼女も熱が入るというものだ。

 そのせいでレフィーヤが問題集を解いている横でマンツーマン指導となっていることがかなりの頻度で発生しており、その姿を見た彼女にも熱が入って先ほどの伸びとなっている。己の師に認めて欲しいという彼女の欲求や、少し手を伸ばせば触れ合えそうになっている距離感も、1つの燃料となっている。

 

 

「――――であるから、魔導士は詠唱が完了して更に魔法の名前を唱えることで初めて攻撃が可能となる。逆に言えば、詠唱が中断されれば大きな隙や魔力が暴走し危険を伴うというわけだ。それを防ぐために行われる、移動や回避行動と同時に詠唱を行う意味の言葉は覚えているな?」

「一昨日の夕方に習ったものだな。集中力と魔力の扱いに対するしなやかさが要される難易度の高い技術、並行詠唱というやつか」

「うむ、その通りだ。発展知識として、並行詠唱を取得するには――――」

 

 

 魔導士ならば当たり前なこの知識も、意外とレベル2でも知らない者が多いというのが現状である。もっとも覚えることが多すぎる上に日々の生活費を稼ぐために、専門外のことに手を伸ばす余裕がないというのが実情だ。

 そんなセオリーを無視して専門外である魔導士の知識に手を伸ばしているこの青年。ベルが魔法を取得していたことを知ったためにアドバイスできればと知識を身に付けているのだが、スキル欄に詠唱の文言が書かれていないために詠唱不要で並行詠唱も意味がないと気づくのはもう少し先の話である。

 

 

 専門知識ということでリヴェリアはいつにも増して熱が入っており、時間は飛ぶようにして過ぎていった。すっかり昼の時間となっており、リヴェリアの「昼休憩にするぞ」という言葉を聞いてレフィーヤは突っ伏した。知恵熱か、頭から湯気が出ているように見えている。

 同時に軽く溜息をつくもののタカヒロはいつもの調子であり、相変らず予習のための教材を手に持つ光景に教育者の顔も微かに緩む。あまり気合を入れすぎて倒れられるのも問題だが、彼程の者ならば自己管理ぐらいはできるだろうと評価してしまうのが彼女においても不思議な点だ。

 

 

 しかし同時に、初日から感じていた、とあることが引っ掛かっている。都合よく午後からレフィーヤが席を外したために、彼女は教導を中止してタカヒロに声をかけた。

 

 

「少し、勉学以外の話をしよう。君が私の教導に対して熱心に応じてくれているのは嬉しく感じている。正直なところ、態度と結果の双方において今までで一番の生徒と言っていいだろう」

 

 

 その言葉に少しだけ目を開いて驚いたのは、他ならぬ青年である。テストでほぼ満点を取っても「私の教導があるのだから当然だ」と言いたげな顔をしてきた彼女が、こうも素直に褒めてくるなど今までにもないことだ。

 

 

「しかし、そこまでして熱を入れる理由が君自身のためでないと思うのは、単なる私の思い過ごしだろうか」

 

 

 直後、言葉と共に、宝石と見間違うかのような翡翠の瞳が彼を貫く。「だろうか」という疑問形を表向きにして「そうなのだろう」と問い詰める鋭い瞳は、同じファミリアの同胞を心配する瞳とよく似ている。

 その視線に、青年は仏頂面な表情のまま「そういうわけではない」とだけ回答して視線を逸らした。見せる対応が言訳であることと勉強の目的が弟子のためという点は、彼に対する教導の始まった経緯を知っているリヴェリアならば容易に感じ取れることである。

 

 そして青年が口にした答えとしては、ほぼほぼ正解であると本人が言っているようなものである。元々ひねくれた対応を見せることのある彼ならば、そう答えても不思議ではない回答であった。

 

 

「52階層で初めて君と出会ってから、勝手ながらファミリアとして調べさせてもらった。君ほどの実力ならば、過去に有名になっていてもおかしくはない。しかし当時において知る者は誰も居らず、ギルドに問い合わせても名前すら掴めなかった。つまり、今も昔も名声が無いということになる」

 

 

 となれば、冒険者登録をしていないと考えるのが妥当な線だ。そう締めくくった彼女だが、大抵の者が行き着く考えである事も妥当だろう。

 強くなるためにはダンジョンに潜るか強者による鍛錬が必要であるが、どちらにせよ先の登録を行うことがセオリーだ。仮に後者だけを実施したとしても、良くて精々レベル2になれるというのが関の山なのである。

 

 故に、冒険者登録を行わないというのは、通常ならば在り得ない行為である。ダンジョンに潜る者のほとんどが、富や名声を求めて潜っている。つまりは、己が有名になるということが目標だ。

 冒険者が名声を求めるうえで顕著なのが“2つ名”の存在だろう。レベル2となった際に初めて神から貰えるモノであり、どんな名を貰えるのかと一喜一憂しているのが冒険者達の現状だ。

 

 冒険者として登録もせず、かと言って何かしらの大きな成果を上げるために過ごしているわけでもない。オラリオにおいて武器を取る者としては、彼は異端と言っても良いだろう。

 そのわりには52階層へ辿り着ける事や、アイズの手刀を受けて微動だにしないなど強靭な強さを持っている。他のファミリアということと今までの不始末から聞きたくても詳細を聞けなかったロキ・ファミリアだが、ここにきて彼女が1つのメスを入れることとなった。

 

 いかに強靭とはいえど、戦闘に関して素人ならば52階層へは辿り着けない。恐らくは卓越しているのだろう戦闘技術をどこで学んだのか、隠さずに問いを投げていた。

 

 

「……オラリオに来る以前は、戦いに明け暮れていた。やっていたことは、ここのダンジョンで冒険者がやっている事とさほど変わりない。その頃は、明確な目標もあったんだ」

 

 

 悲哀さが滲むような言い回しをしているが、根底はただの装備キチ……オブラートに包むならば装備コレクターである。もしオラリオのダンジョンでも装備がドロップするようになるならば、リヴェリアが抱いている心配もどこ吹く風と言った結果になるだろう。

 もっとも彼が口にしていることも、間違いではなく確かに事実である。其の理由こそが、かつて彼が抱いていた戦う理由に他ならない。

 

 そしてリヴェリアは、最後の文面から彼が戦う理由を見失っているのだと断定した。この辺りの理解力の高さは、ロキ・ファミリアの母親(ママ)と言われる所以だろう。

 ならば、どのような言葉を掛けるべきか。少し考えて、己もその理由を知りたいと思っていたこともあり、とある内容の言葉を口にする。

 

 

「ではなぜ、52階層や怪物祭において、関係のない私達を守ってくれたのだ」

 

 

――――だってエルフを見捨てるわけにはいかないじゃん。

 

 正直なところ、当時は真面目にそう思っていた彼である。もちろんこの本音も口には出せず、もし追われている者・襲われていた者にエルフが居なければ、あのような対応を取らなかったかもしれないと思うと、自分でも溜息が出てしまいそうになるほどの単純すぎる理由であった。

 

 

 しかし同時に、その“単純すぎる”と思った理由こそが、戦う理由なのではないかとハッとする。

 

 

 ボスが相手だろうが、ネメシスが相手だろうが、セレスチャルが相手だろうが。いかに強靭で巨大な相手だろうとソロで戦いソロで地獄を駆け抜け生きてきた上に、根底として装備のために戦っていた彼にとって、誰かのために武器を取るなど全くもって無かったことだ。

 灯台下暗しとは、よく言ったものである。今まで目にしてこなかったモノであったために気づくことなく、加えて足元にあった小さな輝き故にその理由を見落としていただけの話だったのだ。

 

 装備を集めるついでに、崩壊寸前の世界を救ったように。エルフを守るという目標の過程において、武器を取る。

 難しいことは何もなく、それが当時における彼にとっての戦う理由。ウォーロードが武器を取る際に己の心中に掲げる、紛れもない正義だったのである。

 

 流石にかつての様にまでは無理とはいえ、更には内容的にどうにも胸を張って言えないとはいえ、これで彼はまた立ち上がることができるのだ。戦いを強いられる者と書いてウォーロードと読む存在にとっては、目の前の彼女が大きな光に見えている。

 答えの1つを授けてくれた相手に対して照れ隠しが働き決して口には出せないが、心の中では笑みを向けて礼を述べ。進むべき道にかかっていた霧が少し晴れた彼は視線を戻し、翡翠の瞳と向き合った。

 

 

「タカヒロ、生き物は理由なしに戦いを選ばない。具体的に何かと言う所までは私も分からないが、君の中に戦う理由は必ずある。古いものでも、再び手に取れば輝くこともあるだろう。それを見失わないで欲しい」

 

 

 心配してくれているからこその先ほどからの言葉というのは、彼も痛いほどに分かっている。むしろ優しさが痛すぎて、ジワリジワリと傷口を抉りかけている。

 戦う理由を見失っていた根底は、墓の下に持って行くしかあるまいと覚悟を決め。心配から掛けてくれている言葉なのだと分かりつつ、母性に満ちた、包容力のある言葉を身に染み渡らせるのであった。



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28話 原点回帰

 懐かしい、夢を見た。

 

 一人の男が、なまくらの剣と盾を持ち合わせ北東方向へ駆けだす光景。始まりの牢獄の町“デビルズクロッシング”から橋を渡ってゾンビを倒す、記憶の彼方となった当時の光景を空から見ていた。

 

 周りには、処理しきれない程に山積みとなった多数の死体。そしてかつて人間だった者は、ひっきりなしに街へと押し寄せ、生き血を狙って這いずり回る。

 

 イセリアルに“乗っ取られる”寸前で助かり、成り行きで始まった、とあるクエスト。押し寄せるゾンビ共の発生源を壊滅させるという特攻クエストが、男にとっての初仕事だった。

 

 最初は、各クエストのボスを倒してやるという目標を持っていた。困っている人々を助けるために、危険を顧みず、様々なクエストをこなしてきた。

 そのうちに、世界に蔓延る二大勢力を倒さなければ平穏は訪れないと確信した。同時に二大勢力のそれぞれにおけるラスボスの存在を知ることとなり、最終的な目標、戦う理由が決定した。

 

 しかし相手は、一大陸を滅ぼしつつある強大な勢力だ。ラスボスは遥か先だというのに現段階において全く以って歯が立たず、何度、嘆きの叫びを行ったかは既にカウントしきれていない。

 いくら小手先の技術を磨こうとも、結果は同じ。磨き上げたと実感できる技量を容易く潰していく圧倒的な数の差と様々な魔法でゴリ押しされ、悔しさを滲ませ、何度やり直したか分からない。

 

 

 己の中の戦う理由が切り替わり始めたのは、この辺りだろうと苦笑する。駆け出して右も左も分からなかった“ソルジャー”は危なげに中ボスを倒しながら、ひたすらに強さを求めていた。

 やがて越えられない山場は訪れ、目的の中ボスにまですらたどり着けない。様々なジャンルの魔法が飛び交う乱戦に耐え、かつ効果的に相手にダメージを与えるビルドがあるはずだと、情報を漁りに漁った。

 

 結果として、報復型ウォーロードというビルドに行き着いたのである。元々試行錯誤をしていた際にカウンターじみた技術を磨いていた自分にピッタリなビルドでもあったのだ。

 

 丁度、そのビルドが台頭し始めていた頃でもあった。在り合わせの装備ながらも防御を固めた事で即死することはなくなり、小手先の技術でしのぐうちに、やがて相手を倒せるようになった。

 もっとも、この段階においては与えられる報復ダメージなど微々たるものである。即死しなくなったのは、情報を集めるうちに“耐性”の重要さを知って装備に反映させたためだ。

 

 

 青年は勝つために、最も効率的な装備を、神話級の装備を熱望した。もっともそんな装備を量産できるならば人間の勢力が衰えることはあり得ず、故にモンスターを倒すことでの直ドロップに望みをかける。

 人類が反撃に転じたのはその頃だったと、とある軍隊を指揮していた人物の日記に書かれている。突如として現れた一人軍隊により、敵の脅威は目を見張るほどの速度で小さくなっていくこととなる。

 

 

 過酷な夜明けが終わろうとも、明細な記録はどこにもなく、ただ戦場に居た者の言葉でもって語り継がれるのみ。記録にこそ残らないが、目にした者は、決してその背中を忘れない。

 如何なる脅威を相手にしても決して引かず、決して膝をつかぬその者を。各方面において生き残った人々は、“大地の神(メンヒル)の化身”と呼び讃えた。

 

====

 

 

「……」

 

 

 懐かしい夢を見る時間も、本人からすれば一瞬の出来事となる。やや雲に隠れる日が顔を出しきらぬ時間帯に、青年は目を覚ました。

 最後の言葉が、やけに耳に残っている。クエストをクリアするたびにその名で讃えられた頃を思い出し、懐かしさと共に口元が優しく緩んだ。

 

 

「師匠、おはようございます」

「ああ、おはよう」

 

 

 表情を戻し、顔を洗いにリビングへと出る。ベルも先ほど起きたばかりのようであり、拭き残しとなっている水が少しだけ顔についていた。挨拶が終わった後に「ふぁ」と軽く欠伸をする仕草は、年相応のものを見せている。

 

 ヘスティアがまだ寝ているために、交わされる声はとても小さい。クリッとした赤く優しい瞳が、鍛錬となれば途端に据わった漢の顔になるのだから、この宝石は見ていて飽きないものがある。

 成り行きでこのファミリアに入り、成り行きで少年の師となり、成り行きで磨いてみれば宝石だった。ベル・クラネルとタカヒロとは、経過を語ればそのような関係である。

 

 元より、この世界における青年は師と呼ばれるような存在ではない。何せ知っているのは武器と盾の使い方ぐらいであり、当時におけるダンジョンでのイロハなど、下手をしたら弟子のベル・クラネル以下の知識であった。

 ならばどうするかとなった時、効果的なビルドの情報を探し求めた際の経験が生きることとなる。

 

 かつての自分と同じ轍を弟子が踏まぬよう、本を読み漁って情報を集めていた。所詮は机上が中心であるために足りないところは多々あったものの、ひょんなことから繋がりができた、オラリオにおいて二大勢力の片方であるロキ・ファミリアでも学ぶという徹底ぶりである。

 もっとも、学んだ全てをそのまま伝えるようなことはして居ない。重要なところさえ押さえておけば、あとは小手先の技術で対処できる技術をベル・クラネルは持ち得ている。青年はリヴェリアから得た知識をかみ砕いて、少年が必要としている分だけを伝えているのだ。

 

 

 そんな知識を授けた彼女は、ヘスティアと同じく、青年が戦う理由を見失っていたことを見抜いていた。

 自身が教えている教鞭の内容が最終的に白髪の少年に伝わっていることも、恐らくは予測済みなのだろう。そんなことを考えていると、先ほどから青年の頭の中において、先日の一文が再生される。

 

 

「……戦う理由。錆びついた目的、か」

 

 

 先日耳にした彼女の言葉が、再び鮮明な様相で脳裏に浮かんだ。突如としてこの世界に来てから、己が取りこぼしていた戦う理由の1つを見つけてくれた玲瓏な声が、頭に残って離れない。

 顔を洗って拭きあげるタオルに吸い込まれるように、ポツリと言葉が呟かれた。少しだけ前髪にかかった水が滴る様相は、鉄粉を落とす薬剤が流れるようである。拭きあげると部屋へと足を向けてドサッとベッドに倒れ込み、天井を見上げて思いに耽った。

 

 

 貰った言葉の最後にある古い理由、つまるところの原点回帰。己が戦ってきた理由は何だろうかと思い返し、瞬きよりも早く、答えの1つを思い出した。

 

 権能を振りまき襲い掛かってきた神々に対し、回避行動無しで真っ向から殴り合って屠れる程の戦闘能力を保持すること。

 それが青年が最終的に掲げた、物理報復型ウォーロードが位置する目標だ。一応は達成しているものの、改善の余地があるはずだと、なお上を見続けた項目である。

 

 広範囲攻撃で雑魚を一掃するような、英雄のような魔法や大技を使えることもなく。ただ純粋に殴り合って時たま突進するという、見た目としては非常に地味な原初の戦い。また、純粋な火力だけ見れば、これよりも上に居るビルドは数多い。

 しかし彼のビルドは神々の一撃を受けても崩れない堅牢さを持ち合わせ、神髄がそこにある。コモン等級のセレスチャルに至っては何もせず突っ立っているだけで屠れる域に達している程であり、“メンヒルの化身”という二つ名に恥じぬよう、更なる高みを求めて装備を更新し続けていたのも事実である。

 

 

 別に今更、現世への未練など何もない。ならばこの世界は、あくまでステータスや装備関連についてアップデートが適応された新規の環境なのだと割り切った。

 この世界にはステイタスというモノがあるが、己の能力は、かつてのステータスやスキル、装備性能や星座の効能に依存していることは明らかだ。故に能力面の仕様は変更されておらず、ヘファイストス・ファミリアで見た新たなAffix(不壊属性)や、多方面にわたる多くの魅力的なキャラクターが追加され、基本としてノーマル環境で固定されたと強引に考えれば辻褄が合わなくもない。

 

 となれば、アップデートを含めて仕様変更があった際におけるハクスラ民のお約束、装備更新のお時間が開幕となるわけだ。事実、耐性については過剰と言う二文字が匹敵する程の数値となっているために改善の余地が生まれている。

 すると、どうしてだろう。装備更新のために俄然やる気が湧いてくるのだから、本人にとっても不思議なものである。既にどこの装備を更新しようかと考えが巡っており、代わりの装備についてもある程度の候補が生まれていた。気づいたら既にヘスティアは起きており、30分の時間が一瞬で消えるのもご愛敬である。

 

 パッと見で変更により火力向上が期待できる箇所は、手と肩の部位。その他の部分については、全スキル+1や強大な報復ダメージなどがあるために、代替は難しいことになるだろう。

 一方で手についてはAffixこそ優秀な物を選別したものの在り合わせの自作品であり、ベースとなった防具だけを見た際の性能は今ひとつ。故に己のビルドを高みに登らせることができるとすれば、現状で考えられるのは、この2つの部位ぐらいである。

 

 過去にドロップした報復ウォーロードにピッタリとなっているMIのいくつかは、収集癖により何種類かのストックがあるために使い道もあるだろう。

 直ドロップに期待できない以上、残された道は“作る”しかない。そうなれば並の鍛冶師では手に負えないだろうが、偶然と、その道の頂点は知っている。一人の鍛冶師の顔、最初に自分に対して声を掛けてきた彼女の顔が頭に浮かび――――

 

 

「……ん?この鐘、しまった!」

 

 

 ふと、外から鐘の音が入って地下室に響いていたことに気づく。もしかしてと飛び起きて外に出ると、思いっきり遅刻一歩手前となっていたことに気が付いた。既にベルやヘスティアの姿は無いものの、彼もまた用事がある事に変わりはない。

 14個ある装備のパズルとは、考えるだけで飛ぶように時間が過ぎるものである。寝る前に考えていたら夜も更けていたことなど日常茶飯事であり、何度、睡眠時間が削られたかとなれば、彼も数えることを辞めている。

 

 ともあれ遅刻寸前であることに変わりは無く、彼は鎧を着こむと朝日というには少し遅い日差しの下、誰にも見られない位置では“堕ちし王の意志”まで使って足を急ぐ。待ち合わせのところにロキ・ファミリアの面々が揃っており、青年が早歩きにて最後尾に合流したところで、バベルへと足を向けた。

 タカヒロが鎧を着こんで居たのはこれが理由であり、ロキ・ファミリアにおける新米冒険者パーティーの見学となるようである。珍しく40秒ほど遅刻した彼の横にリヴェリアが並び、互いに進行方向を見ながら言葉を発した。

 

 

「すまない、少し遅くなった」

「秒単位だ、気にするな。とはいえ遅刻とは珍しいと思ったが……どうした、いつもに増して気合が見られるぞ」

「君がくれた言葉のおかげ様だ。ありがとう」

「っ!?」

 

 

 予想外の言葉に少しだけ驚くリヴェリアが彼に目をやるも、フードの下に覗く口元はいつも通りで変わらない。一方で彼女が感じたやる気スイッチの件はどうやら事実のようで、彼も発言を否定することはしなかった。

 それよりも、ああ言えばこう言う彼が、素直に礼の言葉を述べるなど夢にも思わなかっただろう。思わぬ不意打ちを受けた彼女は、ほんの僅かに頬を赤らめて、反対の頬に人差し指の爪の先を滑らせていた。

 




書きたいことをリストアップしていたらラブコメに近づいてきた…


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29話 冒険者パーティー

ロキ・ファミリアのレベル1って何人ぐらい居るんでしょうね。
設定を見逃していたらすみません。



「今回からしばらく、ヘスティア・ファミリアに所属しているレベル1冒険者、ベル・クラネルと行動を共にする。これは主神ロキ様や団長の決定であり、指示でもあるわ」

 

 

 故に、仲間と思って行動するように。

 

 そう締めくくられ威勢良く返事が行われるのは、ダンジョン1階層にある正規ルートから外れた行き止まり。他の冒険者の邪魔にならないよう、ロキ・ファミリアにおける駆け出し冒険者のパーティー行動訓練が幕を開けた。

 特に説明も無いのだが、ベルは「宜しくお願い致します」とだけ挨拶をして見学の立場で後方についている。彼自身は全く感じていないものの、緊張からかゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてくる。

 

 ソロとは違い、自分の失敗1つで仲間に多大な迷惑がかかるのだ。だからこそ全員の気合と覚悟は普段以上に高いものとなっており、同時に緊張感も芽生えているのである。

 ベルがダンジョンに潜る時のタカヒロと同じように、引率の先輩冒険者。今回はレベル2の女性剣士である彼女は、よほどの危機とならない限りは何もしない。基本として、駆け出しの当事者達で解決するのがルールである。

 

 現在のロキ・ファミリアにおけるレベル1は6人であり、内訳は盾持ち1人、剣士2人、サポーター2人、魔導士1人。今回はベルも居るのでレベル1は合わせて7人となり、引率も含めると合計8人のパーティーだ。

 バランスが前衛寄りとなっている点はさておき、8人中、男は3人。残り5人が美少女であるが、これは主神ロキの趣味なので仕方がない。例によって、全員が入団時にロキからセクハラを受けるところまでがセオリーとなっている。

 

 もっともそんなところを全く気にする余裕の無いベルは、必死にパーティー行動の基礎中の基礎を学んでいる。6人の動きを広く見て、このタイミングではこれが重要なのだなと、相変わらずの凄まじい速度でイロハを吸収していった。

 真剣な表情に、引率の先輩冒険者の表情も満足気。最初は「他のファミリアなんか」と文句を口にしていたことは認めるものの、少年が見せる礼儀の良さと素直さ、そして何より小動物的かわいさとのギャップに陥落してしまっている。

 

 

 そんなパーティー行動が始まった日、タカヒロがレフィーヤと共に講義を受け始めてから11日目。朝早くから行われているためにアイズとの鍛錬は無いが、パーティー行動は今回で5度目となっており、現在は9階層。ベルもいくらか慣れたものだ。

 そのためにいくらかの疑問も芽生えており、後ろで引率の者に質問を飛ばしている程である。ついこの間レベル3になる条件の1つ、つまりアビリティ数値のどれかがDランクとなったらしい引率の少女は、可愛らしく鼻を高くして答えていた。

 

 明確にしていないとはいえ、自分のアビリティランクをバラしちゃっていいのかと彼女に愛想笑いを飛ばしつつ。自分なら、今の場面だと……こう動くかな。

 そんな考えを巡らせ、何を考えているのかと引率者に聞かれた際はその考えを答えて逆に感心されるなど、中々に株価は上がっている。一歩引いた位置に居るとはいえ、場を広く見ていることが一目瞭然の答えだ。

 

 ――――ゾクリ。

 

 直後に嫌な気配を背中に感じ、少年は直感的に振り返る。横に居た引率の女性剣士も釣られて後ろを見るが、ダンジョン特有の闇へと続く道が広がるだけ。

 何も臭わず、何も感じず、何も見えない。後ろから何かに見られているような気配は、ただの気のせいだったのだろうか。

 

 ならば、目の前のパーティー行動を見て勉強しなければ。少年が元の方向へ振り返ろうとしたタイミングと、引率の者が目を見開き、剣を抜いて後方へと駆け出したのは全く同じタイミングであった。

 

 

 パーティーが最後の一匹を倒した直後、2つの悲鳴が木霊する。何者かによって吹き飛ばされた女性剣士をベルが抱き留め、そのままパーティーが戦っていた地点にまで吹き飛ばされたのだ。

 剣は折れ、肩口からパックリと傷が開き大量に出血している状況である。条件反射に所持していたポーションを振りかけて応急処置としたものの、すぐさま地上へ帰って本格的な手当てが必要な傷だと一目でわかる。

 

 そこでようやく、彼女が何に吹き飛ばされたのかが気になった。レベル3になる条件の片方を満たす程の者が相手にならない相手など、9階層には――――

 

 ――――ドクン。

 

 その思考に、己の鼓動が強い音で反論する。半月も経たない前に、到底ながら忘れられない出来事があっただろうと、思い出せと、血圧を高めて脳に対し活を入れる。

 剣姫、アイズ・ヴァレンシュタインとの運命的な出会い。階層こそ半分ほど違えど、上層と呼ばれるそこで彼女と出会う前に居た、本来は居ないはずのモンスターが脳裏に浮かぶ。

 

 カランという甲高い音と共に一本の角の先が転がり、闇の一歩手前にある薄明りに身躯が浮かび上がる。“赤い”毛を纏い、どこかの冒険者から奪ったのか刃零れた大剣を持ち、一歩ずつ前へと迫るその図体は決して忘れることのないモンスター。

 

 

「ミノ、タウロス……」

 

 

 高ぶる興奮から身体が熱くなっているのか、相手の鼻息が見えた気がした。

 しかし、そんなことを考えている余裕はない。すぐに行動を起こさなければならないことは明白であり、少年は目に力を入れて左右を見る。動ける者、共にダンジョンへと潜っている7人の様子はどうだろうか。

 

 負傷――――重症である引率者を除いて損傷無し。

 戦意――――全員喪失、目は見開かれ明らかに足が竦んでいる。

 位置――――相手の間合いの範囲外。そして自分たちの後ろが地上へと続くルート、偶然だが運が良い。

 

 ならば、パーティーはどちらの行動を取るべきか。

 

 対峙――――否。レベル3手前の者が敗れたのだ。死人の一人二人が出る程度で済むはずがない。

 逃走――――否。追いつかれ、全滅。足の遅い者から大剣の餌食となるだろう。

 

 自分が今まさに学んでいたセオリーなど、話にならない。教科書通りに処理して良い相手ではないことは明白である。

 ならば、どうするか。少しだけ考え、少年が出した答えは単純だった。

 

 

「リーダー……。アレは僕が引きつけます。引率者と皆を連れて、真っ直ぐ地上へ」

「なっ……無茶だ、ミノタウロスを相手にレベル1が」

「では、ここで纏めて死にますか?」

 

 

 このようなイレギュラー時におけるパーティー行動など、ほんの僅かも分からない。よしんば分かったとしても、足が竦んだままの集団では殺されるのを待つだけだ。

 何にせよ、時間がない。ミノタウロスに応戦した引率者、先ほどまで自分の疑問に笑顔で問いかけてくれた女性剣士は息も弱く、手持ちのポーションを振りかけたものの重症には変わりない。

 

 そもそもにおいて。身を挺して自分達を守ろうとしてくれた女性を見殺しにするなど、己を育ててくれた祖父の教えに反することだ。

 

 他人に言えば、バカバカしいと笑われるだろう。くだらないと罵られるかもしれない。しかしそれが、他ならぬ祖父が残してくれた道標だ。

 そして、師匠が教えてくれたこと。もう亡くなってしまった祖父は、己の記憶にしか生きていない。故に“おじいちゃん”の姿を記せるのは、外でもないベル・クラネルただ一人。

 

 何より、憧れを叶えるために誓った心が敗走と全滅の結果を許さない。真の英雄がこの程度の逆境で怯むことはあり得ず、絶望的な顔を向けてくるリーダーを背中越しに一度だけ見て、少年は声を発した。

 

 

「行けえええええええ!!」

 

 

 目を見開き放たれる少年の咆哮が、一帯に響く。引率者を抱える集団は振り返ることなく駆け上がり、その足音も消えてゆく。

 かと言って、少年とて振り返って確認する余裕はない。相手は“赤い”毛を持つミノタウロス。

 

 通常ならば濃い茶色系、強化種は赤色の毛であるその存在。前者ならばレベル2の初頭で戦う相手、後者ならばレベル2の後半だ。だというのに、先ほどはレベル2後半の引率者が一撃で粉砕されている。

 少年が考えつくパターンの中で最悪は、強化種の更に上。一度だけとはいえノーマルの攻撃を知っている少年だが、先に見た一撃がそれを遥かに上回っていたことは明白だ。

 

 どうするべきか。自分に今何ができるのかと、ベル・クラネルは自問自答を繰り返す。そのなかで本当に皆は走り去ったのかと不安を感じ、瞬時に一度だけ振り向いた。

 

 向き直った目の前に、相手の大剣が現れる。振り返ったことが失策だったと感じたのは、その一撃をまともにナイフで受けた時だった。

 

 

「うがああああッ!」

 

 

 鍛えているとはいえ華奢な身体は容易にして宙を舞い、ダンジョンの壁に背中から叩きつけられる。肺の空気は、痛みを耐えようとする獣のような呻き声とともに押し出され、あまりの苦痛で視界がチカチカと点滅した。

 

 直撃する寸前、直感的に一歩だけ行えたバックステップによっていくらかの威力は流すことができた。だというのに受けた衝撃の強さは、相手が持ち得る力の強さを物語っている。

 何度も感じていたが、明らかに前回に対峙したミノタウロスよりも力が上だ。レベル2の冒険者が持つ平均的な力など知らない少年だが、生半可な防御では容易く突破されてしまう事は、ダメージと引き換えによくわかった。

 

 相手の姿が視界に映る。通常のモンスターと比べて向上している点は、素早さにおいても例外ではない。追撃を叩き込むために距離を詰め、己の無防備な姿に向けて無慈悲に大剣を振り下ろす姿がハッキリと見えた。

 

 

 刃零れた大剣が、ダンジョンの壁と床を粉砕する。人の顔ほどある岩が蹴飛ばされた小石のように舞い散り、バラバラと砕ける音が洞窟に木霊した。

 

 

 倒した。決着はついた。降り下ろした一撃は、狂いなく“壁や床ではない何か”に命中した感触を残している。

 故に、与えたダメージ量としては十二分。己を鍛えた謎の猪人を倒せるには程遠いが、華奢な見た目の冒険者が相手ならば十二分に事足りる。

 

 

『ヴ、モォ……』

 

 

 だというのに牛の戦士は、土煙の中に居るその存在に困惑する。壁に背を向けナイフを構える少年の姿がいまだ健在なのは、己の目が見せる錯覚だろうか。

 

 そう。ミノタウロスが抱いた手応えは、レベル1の少年が持っているはずのない小手先の技術。完璧な受け流しによって、威力の大半を殺されていなければの話である。

 

 相手からしてみれば確かな感触を残すようにも調整されている点が、どこかの青年が教えた技術における嫌らしい特徴だ。時たま彼が見せる捻くれた性格を表すかのような高等技術は、現にミノタウロスに対して壮大な思い違いを与えている。

 そして現在における少年は先の吹き飛ばしで大きなダメージを負ったものの、まさに鍛錬通りの状況下において防御行動を実行することができている。むしろ、死にかける寸前の痛みを感じる程度にまでは到達していないと分かる、こちらのほうが良心的と言えるだろう。

 

 

 互いに対峙したまま、時が流れる。少年からすれば少しでも体力を回復し、相手の攻撃からのカウンターを狙っている戦法だ。

 一方のミノタウロスからすれば、今の受け流しを見て相手を警戒してしまっている。そのような内容は、“鍛錬”においても学ぶことが無かった内容だからだ。

 

 そうしているうちに、複数の速い足音が近づいてくる。もしかしたら、先に逃がした仲間が戻ってきたのかもしれない。こんな正規ルートから外れた場所に駆け足で来るなんて、それこそ鍛錬を知っているロキ・ファミリアの者だけだ。

 ならば、そちらにコレの気を向けることは許されない。焦がれた声が微かに聞こえた気がしたが、耳を傾けている余裕はない。少年は、目の前に立ち塞がる格上の脅威に立ち向かった。

 

====

 

 

「えへへ。だって冒険者になって一ヶ月目でシルバーバックをソロで撃破したんでしょ?アイズは兎みたいな子だって言うし、気になるじゃん」

「けっ。どうせそこらへんの雑魚と同じだろ」

「そう言いつつ自分も付いて来てるじゃん。このいけず~」

「んだとこのバカゾネス!!」

 

 

 バベルの塔の一階、ダンジョン入り口。ダンジョンへと続いている螺旋階段へと繋がる通路に、陽気な声が木霊する。ロキ・ファミリアの第一級冒険者達が、駆け出しパーティーの見学へと赴いていた。

 前方では取っ組み合い寸前の様相となっているが、後ろは真逆となっており穏やかである。そんな対照的な同じ集団を見たグループは、自然と視界を後ろに奪われている。

 

 

 ロキ・ファミリアにおける黄金と翡翠。この言葉で、どの人物のペアを指しているか分かる者が非常に多い程、その二人は有名だ。共に繊細かつ神とも勝負できる程に高い美貌を持つその姿は、多くの視線を引き付けて止まないのがセオリーである。

 しかし、その1つ後ろ。団長であるフィン・ディムナの横を歩くフード姿のトゲトゲの鎧を見れば、「あんな奴居たっけか?」との内容を口にするだろう。それが、ほぼ全員の感想だ。

 

 

 2つの意味でザワザワと騒がしくなる場だが、そこに悲鳴が混じることとなる。それに気づいたロキ・ファミリアの一行が悲鳴の上がった前方を注視すると、同じファミリアの者が血相を変えて走ってきている。

 確かあれは、今日のパーティー行動のリーダーだ。そう判断したフィンだが、直後に抱えられている血まみれの女性を見て誰よりも早く駆け出した。明らかに今日の引率者であり、瀕死の重傷を負っている。

 

 ガチガチと歯を鳴らすリーダーに聞けば、9階層で赤い毛を持つミノタウロスに襲われたとのこと。明らかにイレギュラーと分かるその状況に、ロキ・ファミリアだけではなく、近くに居た冒険者全員の顔が強張った。

 むしろ、よく逃げて来たなと一行を褒めたいほどである。いくら敗走とはいえ、9階層で活動するレベル1がミノタウロスから逃げ切るだけでも中々の偉業と言える内容だ。

 

 しかし数秒後。アイズは、一人足りないことに気づいて声を上げる。己のファミリアにこそ居ないものの、最もよく知る白髪を持つ華奢な少年の姿がどこにもない。

 

 

「っ、ベルは!?」

「お、俺達を庇って一人で」

「それを先に言え!!!場所は!」

 

 

 珍しく声を荒げ血相を変えたフィン、アイズ、ベートの3名が詳細な場所を耳にすると、カタパルトから飛び立つ戦闘機のように駆けてゆく。既に青年の姿がなかったことに気づいたリヴェリアとレフィーヤ、ティオナも、少し遅れながらも9階層へと駆け出した。

 階層を進むごとに、血の気の引いた顔をした駆け出しの冒険者たちが上へ上へと逃げてくる。何度も後ろを振り返る彼等は、絶望的な暴力が追ってきていないことを確かめるかのようだ。その光景に、フィンは、かつて自分達がやってしまった事の重大さを再認識することとなる。

 

 集団は瞬く間に8階層を突破し、9階層へと突入する。もう正規ルートから外れた所へ行くことはなくなった階層のために団員から聞き出したエリアを絞り込むのに少し時間がかかったが、幸いにも方向は分かりやすかった。

 鳴り響く咆哮は、間違いなくミノタウロスによるものだ。確かな印が木霊する方へ、ロキ・ファミリアの第一級冒険者たちは足を進め駆け抜ける。

 

 

「っ、やはり遅かったか……!」

「チッ、雑魚がツッパリやがって……!」

「ベル……!」

 

 

 少年の冒険は、証人の目の前で繰り広げられることとなる。アイズを筆頭に道化のファミリアの救援部隊が到着したのは、ベル・クラネルが再び駆け出した数秒後であった。




本篇:通常ミノ(記憶が曖昧ですが)
本篇漫画:通常ミノ(カラーページでは少なくとも黒毛orこげ茶毛)
外伝漫画:通常ミノ?(↑とトーンは同じ模様)
アニメ1話:茶毛
アニメ8話:明らかな赤ミノ

ミノの強化種って赤毛でよかったでしたっけ?不安になってきた…


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30話 立ち向かう

アルティメットのウォードン先生に挑むエリートあがりの“乗っ取られ”。
初見の時は、本当に色々見極めないと勝てませんでした…


 ダンジョン9階層、正規ルートから外れた小袋にある小さな部屋。命のやり取りは変わらず、少年の防戦一方で進んでいる。

 ダンジョンの壁や床がえぐられる音は、洞窟に反射してどれがホンモノなのか分からない。少年からすれば速すぎる相手の剣は、回避するだけで精いっぱいだ。

 

 とはいえ、紙一重ながらも回避できているしハッキリと見えている。また、それも腕力の強さから来る瞬間的な速さだけ。大きいだけの相手の図体に惑わされるなと、己の心に暗示をかける。

 確かに一撃は今までのモンスターとは比較にならない程に重く、マトモに受けてしまえば即死も在り得る。しかし攻撃は単調であり、フェイントこそあれど各所に器用さは見られない。

 

 

 知っているだろう。白髪の少年は、自分にそう言い聞かせる。

 知っているだろう。目の前の赤い毛を持つミノタウロスなど、比較にならない程の一撃と狡猾さを。

 知っているだろう。青年に見えた自分の憧れを、教わった格上に対する戦い方を。

 

 

 妄想で終わるつもりもない。虚栄心で口に出しているわけでもない。少年は、そうなるためにここに来た。

 今は未だ願いであり憧れ、そして見果てぬ遠い夢であることは変わりない。それでもベル・クラネルは、絶対にソレを叶えたい。

 

 

――――今はまだ、漠然とした目標だけれど。僕は、英雄に成りたいんだ。

 

 

 “アルゴノゥト”と呼ばれる1つの御伽話がある。英雄に成りたいと切願する青年が、牛人の怪物によって迷宮へと連れ去られたお姫様を迎えに行く、言ってしまえば“よくあるパターン”の英雄記。できすぎた、大人ならば結末がうっすらと分かってしまう物語。

 騙され、利用され、時には蔑ろにされることもある物語。それでも青年はお姫様を助けるために、プライドを捨てて知人の知恵を借り、精霊から武器を授かり。結果としてなし崩し的に目的を果たす、滑稽な青年の物語。

 

 初めにソレを読んだのはいつの時だったか。もう思い出せないぐらい昔の話になるが、大半の内容はハッキリと思い出せる。

 それほどまでに、少年は物語の青年に憧れた。自分もそうありたいと、羊皮紙に穴が開くほど読み返した。だから、素人に毛の生えた程度ながらも剣を学び、迷宮都市と名高いオラリオへとやってきた。

 

 

 冒険者になって数日後。在り方は書物と違えど、そこで絵本の英雄と出会った。

 

 

 いかなるモンスターの数を相手にしても決して怯むことのない勇敢さ、多数の攻撃を受けても揺るぐことのない堅牢さ。その場において、守るべき少年に傷1つ負わせることなく守り切る立ち回り。

 それでいて、原理は不明ながらもドラゴンの一撃を平然と耐え、逆に一撃で葬る豪快さ。レベル1なれど手数だけは自信のある少年だが、その攻撃の全てを重量級の盾で捌き切る狡猾さ。

 

 武器や戦闘スタイルは違えど、まさに少年が夢見た英雄が具現化したと言って過言ではない。ひょんなことから同じファミリアとなったタカヒロという青年に、少年は自分の夢を確かに見た。

 夢に向かって走るために、強くなりたいという感情が沸き上がる。彼のように強くなれればと、英雄を望む心が騒ぎ立つ。

 

 

 レベル1である己に力はないことなど、言われるまでもなく分かっている。しかし力は無いが、通じるものは貰っている。

 師が授けてくれた格上に立ち向かうための小手先の技術と、まだ数日だが相手をしてくれた、焦がれた少女に対して試せた実績。そして主神がプレゼントしてくれた、尊敬する鍛冶師が作ってくれた至高の逸品(ナイフ)が勇気をくれる。

 

 対して己が示せるのは、心意気と姿だけ。男として、これ程のモノを貰っておきながら、誰かに助けてもらったり逃げ帰ることはしたくない。

 

 師のような存在に成るために、冒険をしよう。危険だけれど道は有る、今は立ち向かう場だ。

 いつか酒場で罵られた時の感情が頭を巡り、青年の言葉と共に思い出し、悔しさを跳ね返すために力が漲る。英雄と呼ばれる存在になるための前提条件へと辿り着くために、少年が持つ戦う理由のスイッチが切り替わった。

 

 

「なにっ!?」

 

 

 驚きの声を上げたのは、つい先程辿り着いた観客の誰だろうか。かつて、少年を罵った者かもしれない。その言葉が出た時を皮切りに、防戦一方だった少年の戦い方は変革する。

 

――――攻撃の防ぎ方には二種類ある。いまベル君がやったように真正面から止めるのと、相手の力を受け流す方法だ。

 

 師の言葉を、地獄と感じた鍛錬の工程を思い出す。ロキ・ファミリアの仲間を逃がすことに集中してしまい、ミノタウロス程の強者に背を向けてしまった、先ほどの自分をぶん殴りたい気分だ。

 

 真正面からミノタウロスの剣を受ければ、先ほどの引率者や自分のように、弾き飛ばされ足場を失う。ならばと少年は、相手が突き出してくる石の剣に対して短剣の刃を当てて滑らせる。

 相手の剣先は自身のすぐ横を抜けていくが、髪の毛が数本ほど持って行かれた程度でダメージは入らない。逆にガラ空きとなった相手の右わき腹に対し、少年は真横方向から短剣を突きつける。

 

 身体が回転する初動の力を利用した“兎牙(ぴょんげ)”による突きの一撃。腕力に乏しい少年が体重と遠心力を利用できる、全くの理想形だ。これがレベル2の冒険者ならば、有効打と言って良い一撃であることに揺るぎは無い。

 しかし、僅かに刃先1㎝程しか通らない。ミノタウロスの筋肉には初級冒険者が着る鎧ほどの防御力があり、少年の筋力、ましてやレベル1が持てる武器と力では太刀打ちできないほどの硬さなのだ。

 

――――防御力が絶対と言うつもりはないが、いかなる手数、いかに強靭な攻撃も、通じない相手には隙となる。

 

 とはいえ、マトモに打ちあったところで太刀打ちできないことは一戦交えて把握しており、そこから生まれる事実は師にも学んだ内容だ。ならば必要なのはと考えると、鍛錬で学んだ内容が当てはまる。

 あの時の訓練は、まさに今日の為だったのか。そう考えると武者震いで自然と口元が歪んでしまう程、遥か先を歩く師と行った鍛錬が生きてくる。ミノタウロスの腰部分を蹴り飛ばし、ベルは再び距離を確保する。

 

 その時に学んだ対策は何だったかと、記憶を辿る。忘れることのないソレはすぐさま掘り起こされ、実行するために策を練る。

 右手にある黒いナイフは最初からミノタウロスも警戒している仕草を見せており、故に通常の攻撃では逆に隙を作ってしまう事になるだろう。迂闊には使えないが、それは逆転の一撃でもある。

 

 

 故に、敵にあるかもしれない、僅かな綻びを見逃さぬよう広く見る。先ほど引率者が叩き折った角、古傷に見える毟れた体毛。

 見てくれはダメージを負っている部分だが、いや違う。ここではないと目を細め、一点だけに意識を向ける。

 

 最終的に狙うは魔石。突破口は、先ほど一撃を入れた右の脇腹。人間で言えば紙で手を切った程のものであり、ダメージ量としては誤差程度。

 

 しかし確実に、ミノタウロスという鉄壁に出来た綻びだ。英雄ならばどこに攻撃を当てようとも一撃で吹き飛ばせるが、格下の自分が通じるならばソコしかない。

 向かって左から放たれる相手の大振りを右に受け流し、左サイドへ向かって地面を蹴り。文字通りの相手の懐に飛び込んで綻びに手を向けた少年は、反撃のための狼煙を上げた。

 

 

「ファイアボルト!!」

『ヴモオオオオオ!?』

「そんな、無詠唱魔法!?」

「しかし、軽いか」

「でも上手い、相手の傷口に魔法を当てている!受け流しだって完璧だ!」

 

 

 詠唱を省略した速攻魔法に驚愕するレフィーヤの横で、思わず唸る。そんな反応を見せる人物はレベル6であり、オラリオでも第一級とされる冒険者。そして、ロキ・ファミリアの団長である。

 単に立ち向かう姿を見せているだけではない。それほどの者が見入ってしまう、中身の濃い攻防だ。己の一撃一撃に重さがないことを理解したうえで相手に通じる方法の最適解を見出す戦い方は、到底ながらレベル1とは思えない内容となっている。

 

 目を離せない、視線を切れない。絶対的な身体能力こそ低けれど、一流の戦士が行う戦いに手を出すなど以ての外だ。

 明らかな格上が相手だというのに、その戦いに危うさは見られない。もう見向きもしなくなった上層で行われている目の前の戦いが、かつてないほどに、無性に戦う心を湧き立たせる。

 

 

「……ベート、見ているよね。あの少年は、はたして本当に弱いだろうか?」

「っ……」

 

 

 かつて己の口から出た言葉だけは、否定できない。“そうならないため”に吐きつけた言葉を撤回すれば、目の前の少年はまた危険を冒すことになるだろう。

 しかし、目にして居る光景は現実だ。ミノタウロスの強化種が9階層で発生したイレギュラーなど容易に吹き飛んでしまうぐらいの、イレギュラー。

 

 よもや、レベル1。更には一月前に通常のミノタウロスを相手に手が出なかった駆け出しがここまで魅せるなど、実のところ事情を知っている数名を除いて一体だれが予想したことだろう。

 

 

 比較的大きなダメージを負ったミノタウロスは、再び傷口への一撃を警戒する。知能は無いモンスターとはいえ牛の戦士、戦闘本能の高さは注意すべきものがある。

 ファイアボルトで顔を狙う少年だが、それは撹乱であり、わき腹を狙おうとする動きは読まれている。黒いナイフに対する警戒は未だに緩んでおらず、ミノタウロス自身の攻撃頻度は落ちたものの、相手から放たれる一撃に対する注意は万全だ。故にベルは無暗に踏み込むことをせず、相手が隙を見せるタイミングを待っている。

 

 闘牛の一撃が縦に振るわれ、見切った少年は身体を一歩ずらして最小限の動きで回避した。地面と少年の後ろにある岩が砕け散る破片となって周囲に飛び散り、人間に対して自由な行動を許さない。

 こうなると、比較的有利なのはミノタウロスだ。ベルにとっては邪魔になる程の破片でも、モンスターからすれば霧雨程度の障害である。それほどまでに、耐久と突破力の差は圧倒的だ。

 

 

 しかしそれが仇となる、視界が悪化するのは双方同じだ。そうなることを狙っていた少年は誰も気づかぬうちに、警戒の薄まった黒いナイフを“左手”に持ち替えていた。微量のマインドを流し込んで攻撃力が底上げされた一撃は、突きならばミノタウロスの“薄い”装甲をも貫通する。

 だらりと右肘から先が変な方向に垂れ下がり、大剣が零れ落ち、右手に力が入らないことにミノタウロスが気づいたのは、数秒先のことである。

 

 

「馬鹿なっ!?レベル1がミノタウロスの装甲を」

「よく見てベート、肘の内側」

「わざとかどうか分からないけど、完全に切り落とさないことでかえって邪魔になるように狙っているのかな。力が抜ける瞬間を狙って突きを入れ、完全に切り落とさずに筋だけを狙って断ち切った。本当にすごい、鳥肌が止まらないよ」

「恐らくだが狙ってやっているぞ、フィン」

「……なんでそう言えるの、リヴェリア」

「……」

 

 

 しまった。と言わんばかりに、リヴェリアは視線を逸らす。どうやら何かしらの事情を知っているリヴェリアとアイズは、“そこ”を狙ったことに気づいたのだろう。他と比べて、驚き様は非常に小さい。

 少年が狙った場所は、最も筋肉の少ない肘の部分。刃の入り方もさることながら、腕を伸ばしきった直後に畳むタイミング、力が抜ける瞬間を狙っている。

 

 ミノタウロスは筋肉こそ確かに断ちにくいが、そもそもが薄い部分となる肘や膝と言った稼働部分ならば話は別だ。兎牙の一撃で示した通り、突きならば、一流の武器と技術があればレベル1でも綻び程度は与えられる。

 左手からの一撃は、傷口付近でなければ大した攻撃には成り得ない。本能からそのように判断していたミノタウロスは、一撃に対して全くの無警戒だった。

 

 自身の右腕に対して致命的な一撃を入れた少年に、闘牛が怒り狂うこととなる。傍から見れば己の油断が原因なのだが、考える頭が無いために仕方ない。

 

 

「あれは――――」

「正念場、だな」

 

 

 距離を取った少年に対して猛牛がクラウチングスタートの態勢を取り、構える。追い詰められた時にミノタウロスが見せる、独特の構えだ。

 敵が見せる構えは知らない。しかし放たれるのは突進術、それぐらいはベルにもわかる。それでも、突進に対する立ち回りは青年との鍛錬には無かった内容だ。

 

 当然、だからと言って臆することは無い。攻撃者の動きや構えから情報を得ようと、少年は相手を広く見る。

 カタパルトのように飛び出す闘牛、予想できる衝突までは僅か2秒。間近に迫る少年に対し、闘牛は咆哮にて戦意を刈り取ろうと吠えあがる。強制停止(リストレイト)と呼ばれるものであり、レベル2の冒険者ですら、戦意を削がれる咆哮だ。

 

 

 しかし温い。その程度、鍛錬において師が見せたことのある、全身の血を凍らせ戦意を根こそぎ圧し折るような本物の咆哮(ウォークライ)には程遠い。

 故にベル・クラネルには通用せず、広い観察眼に対して弱点を晒している。怯ませようとする目的とは裏腹に、突破口への鍵となった。

 

 

「ファイアボルト!!」

 

 

 雄叫びをあげた、その口に。威力は低けれど無詠唱故の速攻さを活かし、己が唯一使える攻撃魔法を横飛びで叩き込む。続けざまに傷口が露呈している右肘部分にもファイアボルトを打ち込み、相手の突進力を奪い去る。

 相変わらず与ダメージとしては低いものの、意表を突いた装甲の薄い部分への一撃は突撃を鈍らせるには十分だ。闘牛の足は勢いを失い、爆発の煙が立ち込める中で地面に降り立った少年は、綻びがガラ空きになっていることを見逃さない。

 

 身体の回転を利用しつつ真後ろから密着して、漆黒のヘスティア・ナイフを右脇腹の綻びに突き立てる。刃先の8割ほどが刺さっただろう、手に伝わる感触としても同等だ。

 もちろん、有効打ではあるが致命傷には届かない。しかしこの状態は勝利への通過点であり、少年は、唯一使える魔法の名前を止めはしない。

 

 

「ファイアボルト!ファイアボルト!!」

 

 

 ナイフが刺さった傷口に、刃先から打ち込むよう、連打、連撃。威力は足らないが選択は正解だ、現時点でベル・クラネルが持つ有効打はそれしかない。

 互いに密着した状態だ、純粋な力比べとなれば分が悪い。最も腕の力が入りづらい場所に、振るわれる腕の影響がない立ち位置からナイフを突き立てている故に、今は未だ相手の力を抑えられている。次また暴れられ、ヘスティア・ナイフを手放そうものならベル・クラネルに勝機は無い。

 

 

 しかし、杞憂である。

 

 

 持ち得る技の威力は全てにおいて低いながらも、それが通じるように仕立て上げた。レベル1の駆け出しであることは自覚している。それでも己の師に習った戦闘技術を全て使って立ち向かい、確実に攻撃を回避し綻びを与えてきた。

 相手の攻撃を受け流し、断ちにくい筋肉に対し突き立て、舞い散る破片を利用して右肘を狙って無効化し、防御力が高い相手に対し身体の中で魔法を爆発させ。連続して打ち込んだ、最大威力のファイアボルトは計6発。そこまでやったからには、もたらされる勝利は少年にあって当然だ。

 

 体内の魔石が穿たれ、ミノタウロスの身体が灰へと変わる。カランと音を立てて地に落ちた赤色の角を残し、勝敗は決した。

 

 少年が音のした方向へと振り返れば、そこに居たのはロキ・ファミリアの幹部達である。そして己が逃がしたパーティーリーダーも同じファミリアだと思い返し、考えるよりも先に口が開いた。

 

 

「フィンさん!あの人は、リーダーは……!?」

「君のおかげで無事だよ。今、病棟で治療を受けているはずだ」

「そうですか、よかっ――――」

 

 

 ゼンマイ仕掛けが切れたように、膝をついてバタリと倒れ込む。全身から嫌な汗が吹き出し息は荒くなり、下を向いて居るのがやっとの状態だ。

 酸欠に似た症状で、身体はとにかく安息を求めている。そこに最初に受けた物理的なダメージによる痛みも混じり、体調は最悪と言って過言ではない。

 

 マインド・ゼロ、その一歩手前。

 

 マインド・ゼロとは精神力を消耗する魔法を使いすぎたために起こる、気絶のような状態だ。鍛錬においてはマインドダウン寸前の状態も経験してきた少年だが、今回は最後の最後で力尽きかけた格好である。

 物理的な痛みとはまた違った痛みに耐えようとするも、症状はすぐには収まらない。フィンが差し出したマインド回復用のポーションをようやく一口飲み込むことができ、症状は少しだが落ち着いた。

 

 

「レフィーヤ、ミノタウロスの脅威は去ったと直ちにギルドに連絡してくれ。僕達は、彼が落ち着いたら地上に戻る」

「わ、わかりました!」

 

 

 山吹色の髪を持つ少女が、地上へと駆けてゆく。その後ろ姿を見守りながら、全員が視線をベルに戻した。

 

 目の前で偉業を達成され、到底ながらレベル1とは思えない狡猾さを披露され、興奮が収まらない。かつて自分達も通ったはずである冒険者としての道を思い返し、少年が持ち得る志の高さを見せつけられ、全力で戦いたいという気持ちが焚きつけられる。

 上級~第一級冒険者となったものの、この少年のような偉業を駆け出しの頃に達したことがあるだろうか。答えは分かり切っており、なぜこの道を進んだのが自分ではないのかと心内で嘆きながらも、息を荒げる小さな姿から目を逸らせない。

 

 各々で程度は違えど、冒険者ならば「そう有りたい」と夢見た戦い。物語に出てくるような、問答無用で周囲の視線を引き付ける、その戦い。見向きもしなくなった駆け出しの冒険者が持つ背中に、目標の1つが確かに在る。

 白髪・赤目のレベル1の少年がミノタウロスの強化種を倒したことなど、誰に言っても信じないだろう。だとしても、立ち向かう一流の戦士の姿を見た第一級の冒険者達は、今日の姿と戦いを決して忘れない。

 

 

 もっとも、周囲にそんな影響を与えているとは夢にも思っていない当事者の駆け出し冒険者。症状もだいぶ落ち着いて残りのポーションを飲み干し、あと1分もあれば自力で立ち上がることができるまでに回復した。

 

 

「……頑張ったね、ベル」

「……はい。こんなんになっちゃって、カッコ悪いですけれど」

 

 

 隣に腰かけ目線を合わせ優しく声をかける黄金の少女に、少年は苦笑して声を返す。疲労からか、彼女の薄笑みに見惚れている余裕がないのは仕方のない事だろう。

 

 

「ベル・クラネル。ロキ・ファミリアの団長として、仲間のために立ち向かってくれたことを心から感謝する」

「いえ……こちらこそ、ポーションをありがとうございます」

 

 

 その会話の直後、ガチャリと響く鎧の音と共に彼の師が現れる。姿を見せてベルの安全を確認する一方で開口一番「迷った」と口にする呑気な姿に、一応ながら講師であるリヴェリアは呆れた表情を見せているが、その反応も当然だ。

 

 

 しかし、纏う雰囲気がいつもと違う。かつての鍛錬で感じた、絶対に勝てないと痛い程に感じる戦士の気配が、ほんのりと微かに残っている。

 そう感じた少年は己の師がどこかで戦いを繰り広げていたのかと考えるも、口には出さない。本人が適当なことを言って誤魔化しているために、それを無下にしないよう喉元に仕舞うのだった。

 



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31話 似て非なる者

本日は2話投稿となっております


「お、おい!あいつ自殺か!?」

 

 

 時は、ロキ・ファミリアの重傷者が地上へと生還しフィンが報告を受けた直後に遡る。

 

 バベルの塔、ダンジョン1階層へ続く螺旋階段のある深い穴の入り口。一人の男が、階段を使わずに飛び降りた。その内心、9階層でミノタウロスと戦っているという弟子の勝利を見届けたいが故のショートカットである。

 着地時に発生する床の亀裂とガチャリとした鎧の音、そこからの衝撃波はその青年が着る鎧の重厚さを感じさせる。しかし誰一人として、その姿を見た者はいなかった。

 

 “堕ちし王の意思”。着地と同時に使用したこの突進スキルにより、姿は遥か先に移動している。初速から既に最高速に達しているこのスキルは特別なコンポーネントをメダルに装着すると使用可能になるものであり、非常に使い勝手の良いアクティブスキルだ。

 地を駆ける足は瞬く間に7階層を抜け、8階層へ。弟子が対峙しているらしいミノタウロスは、リヴェリアの講義で学んだ情報によれば大振りの天然武器を使う相手であり、弟子が持つ実力ならばカウンターを狙える相性の良い敵である。

 

 強化種となればノーマルよりも力は上だろうが、そもそもノーマルを相手にしても腕力の差は歴然だ。その差が少し開いたところで、青年が教えた技術にとっては誤差程度のことである。

 相手がレベル2や3の冒険者ならば話は別だが、相手がモンスターならば特別気にすることは無い。油断しなければどう頑張っても負ける理由が思い浮かばず、戦いとなれば常に全力を示す弟子に限ってそんなことはないだろうと、ウォーロードは勝利を確信しながらダンジョンを降りていく。

 

 

「っ!?」

 

 

 9階層へと突入して、すぐのタイミング。正規ルートから外れたところへ行く道より、突然の襲撃を受けた。一撃が己に達するまでの時間はコンマ数秒もない僅かなれど、青年は相手を広く見て情報をかき集める。

 

 相手。大柄の人型、パワーファイターが1名。

 得物。大きなコモン等級の両手剣、刃渡り1メートルと少し。

 威力。かなり高いが物理攻撃。加えてノーマル難易度のボス級一歩手前、当てるつもりは無いようだが直撃しても問題ではない。

 角度、狙い位置。わざと回避させるためのタイミング、しかし戦いを知らぬ素人ではない。直撃まではコンマ3秒、防ぐか弾くか――――

 

 否、不意打ちに対して青年が行う返答はただ1つ。生憎とトグルスキルも含めてほとんどが無効化中であるために本来の威力とは程遠い突進術だが、相手の技の威力からするに、試すならば十二分な一撃だ。

 

 

「ぬぅっ!?」

 

 

 2メートルを超える屈強な猪人の身体は宙を舞い、忘れかけていた苦痛を得て顔が歪む。予想よりも遥かに強大な一撃を受けた腕は一瞬にして痺れ、思わず剣を落としてしまった。

 

 一方の青年はかつてのカフェでの読書を思い出し、相手の身体的特徴からオラリオにおける唯一のレベル7、最強と謳われる“猛者オッタル”であると判断。モンスターと冒険者を間違えることなど在り得なく、故意による攻撃だと判断した。

 オッタルはバックパックから別の剣を出すも、相手の突進は止まらない。正規ルートから外れた9階層の小部屋において、互いに想定外であった小競り合いが始まった。

 

====

 

 

「……第一段階は合格か」

 

 

 ダンジョン9階層、正規ルートから外れた小部屋を視界に捉えられる一角。仲間を逃がし単身でミノタウロスと対峙した白髪の少年の姿を見て、大柄な猪人は腕を組みつつ呟いた。

 もっとも、今までミノタウロスを“育ててきた”彼にとって、そうでなくては始まらないというものだ。少年の冒険する姿が見たいという己の主神の望みを叶えるため、彼はここ数日をダンジョンで過ごしていたのである。

 

 結果として少年がミノタウロスと戦うとなれば、残りの不安は横槍の類である。一緒に居たと思われるパーティーが上層へと駆け抜けていったために、オッタルは参戦者を足止めすべく、1つ上の8階層へとつながるエリアにスタンバイした。

 狙いはもちろん、9階層のバトルフィールドへと向かう者。もしロキ・ファミリアのレベル6辺りが群れて来ようものなら話は別だが、その他ならば複数が相手でも足止めできる。

 

 

 少年が見せた気迫からすれば、すぐさま死ぬことは無いだろう。「冒険する姿を見たい」に加えて「殺すな」と指示が出ている以上、足止めの牽制を入れたのちは、すぐさまあの場所に戻らなければならない。

 鎧の音と共に、足音が響いてくる。まず最初に来た、見慣れぬ鎧の騎士を足止めしようと剣を振るった。

 

 それがどうだ。相手の突進術によるノックバックで通路の1つにまで吹き飛ばされ、続けざまの攻撃も後ろに流すしか選択肢がない。大男とて自負するつもりはないが、猛者ともあろうものが、である。

 相手の武器は2枚の盾、面貌を知らぬ特徴的な戦士である。当然と言えばそうなるが、その者は明確な敵意をもって、足止めを試みた相手を睨んでいた。

 

 

「……フレイヤ・ファミリアの猛者と見る。9階層という上層にミノタウロスが居るのは知っていると言いたげなツラをしているが、如何なる正義をもって場を守る」

「我が主神の御意志だ。何人たりとも、あの少年の戦いの場に踏み入ることは許可できぬ」

 

 

 己の主から与えられた命令。ベル・クラネルとミノタウロスの強化種との戦いを、何人にも邪魔させない。それを忠実に守るべく戦う理由とし、猛者オッタルはその剣を振るっているのだ。

 その理由が周囲に与える影響はどうあれ、対峙するウォーロードにとっても相手の剣は大義である。ならば傍観者として赴いた彼としては、戦う理由に劣るのは明白だ。

 

 

「……そうか、貴様が剣を振るう理由は理解した。目的が傍観であるこちらが戦う理由に劣るのは明白だ、ならば足を止めることになるだろう」

 

 

 言葉を待たず猛者は一撃を縦に振るい、相手をここに引きつけるために攻撃を仕掛けている。威力こそ全力なれど攻撃の始動から太刀筋までが非常にわかりやすく、わざと行われていることは明白だ。

 理由としては、相手に回避する選択肢を与えるため。オッタルとしてもここで相手を殺すことは望んでおらず、足止めという目的を忠実に果たすために動いている。

 

 しかし予想に反して回避は行われず、衝突した金属音が鳴り響く。命中個所はフードの男の左肩ショルダーガード部分、クリティカルヒットと言って良いほどの精度をもって命中した。

 常人ならば、左腕が肩から分断され跡形もなくなるほどの一撃。レベル6とて後衛ならば、同様の結果となるだろう。レベル7、それもアビリティ数値が999に迫る彼の一撃は、それほどまでに強力なのだ。

 

 

「強者共が夢となり、ようやく最強と謳われる哀れな猪人……精良ながらも錆び付いたその剣で、本懐を果たせるならばの話だが」

 

 

 語るは言葉ではなく、打ち鳴らす幾万の剣戟。

 

 世の中にはそんな言い回しがあるが、まさに最初の攻防と今回が該当する。ウォーロードは再び一撃を受け、猪人が発する嘆きのような叫びを聞き取った。

 錆付いていると男に指摘された際、猛者の顔が一瞬だが確かに歪んだのはタカヒロの気のせいではない。その者からすれば、志にできていた、己も目を背けていた急所を突かれたような気分である。

 

 フードの男が先程まで見せていた、不動の姿勢はどこへやら。一撃を受け、やっと2枚の盾を構える出で立ちに、猛者と謳われる彼の身体から一瞬にして嫌な汗が噴き出している。

 男が纏う雰囲気は先ほどまでと明らかに違っており、明らかに己が喧嘩を売って良い範囲を超えている。むしろアレを相手にして、なぜ自分が生きながらえているかが分からない。

 

 直後に目は自然と見開き、心は全速力で撤退しろと早鐘のように警告を続けている。アレが加減というものを見失えば猛者程度は一溜りもないと、他ならぬ自分自身が告げている。

 

 しかし、主神の願いを果たすために引く道はあり得ない。届かぬ相手に刃を向ける覚悟を決め、オッタルは己の二つ名に恥じぬ猛攻を開始した。

 

 

「ハアッ!!」

「……」

 

 

 むやみやたらに体力の高いモンスターこそおれど、全力で打ち合ったことなど猛者にとって何時ぶりだろうか。己の一撃をコレほどまでに見事に防ぎきる名も知らぬ目の前の男は、自分の一撃を的確に防いで応えてくる。

 いや、それも少し違う。明らかに格上の戦士に対し全身全霊で挑んだことなど、オッタルにとって忘れかけていた感覚だ。なぜ今の己が加減無しの装備ではないのかと、自分自身を呪ったほどである。

 

 今の猛者が持つ戦う理由はベル・クラネルと己が育てたミノタウロスとの決闘を、何人たりとも邪魔させないこと。その根底にあるのは、美の女神であるフレイヤの望みを叶えること。

 主神フレイヤの寵愛を求め、その存在と望みを守り切る。彼だけが持つ戦う理由とは言えないのだが、それでも彼にとっては明確な目標だ。たとえ好敵手や道標が現れずとも、己が進むべき道は確かにある。

 

 

 ……はずだった。

 

 

 いつからだろうか。己がオラリオ最強と呼ばれ、49階層へソロで到達・帰還に成功し、猛者の二つ名を授かって早数年。

 

 その猪人に明確な目標はあれど、コレと確立された道標は残されていなかった。好敵手が居るわけでもなく、目標が居るわけでもなく。

 しいて言うならば、己と同じファミリアに後ろから狙われる程度である。それでも主神に見放されぬよう、武芸しか取り柄の無い男はその道を究める他に道がない。

 

 故に負けるわけにはいかず、鍛錬こそは絶やさなかった。かつてオラリオ全盛期に居たとされるレベル9、また、かつての英雄のような力を身に着けるため、死の瀬戸際で足掻いたことも数知れず。

 されど虚しいものである。己を狙う者に対し一対多数でも余裕をもって勝利できる程の実力を、存分に発揮できる相手はいなかった。試せる相手が居なかった。僅かながらも徐々に錆びついていく己の志を理解しながらも、それでも主神を想うという戦う理由を正義に掲げ、我武者羅に剣を振るい続けてきた。

 

 だからこそ、かつての2大ファミリアで名を馳せた者には及ばずとも。かつての大英雄とはかけ離れても、そこに猛者という男が居る。

 レベル7、かつアビリティ数値の大半が999目前という数値は、彼が積み上げてきた努力を嘘偽りなく示している。故にオラリオ最強と呼ばれている、名実共に紛れもない強者の形だ。

 

 

 それが、目の前の男を相手に現状はどうだ。心境にいくらかの驕りがあったことは、一撃を見舞った後に猛者自身も認めている。

 それでも己が放つ全力の一撃を受け、微動だにせず立ち塞がる強靭な大地がそこにある。まるで、雲の上まで聳えたつ山々そのものを相手しているような感覚に襲われる。レベル1の駆け出しが猛者に一撃を加えた時の力差よりも遥かに大きな、それほどまでの地力の差が確かにあった。

 

 猛者は己を象徴するスキルを使用していないが、それは使用したところで敵わぬと分かっているから。ならば獣化し理性を無くす選択はあり得なく、目の前の男が見せる高みにある戦術を。かつての強者に対し己が焦がれた、屈強かつ狡猾な戦士としての姿を忘れぬよう目に焼き付ける。

 

 最初に命中した左肩への一撃がまさに相手を象徴するものであり、傍から見ればマトモに受けた一撃を耐えた構図。しかし、オッタルから見れば別物だ。強靭な体格と狡猾さ、そして防御能力があるからこその、感想を言うならば“バケモノ”と言わんばかりのいなし方。

 決して真正面からぶつかって刃を止めたわけではない。左肩にかかるショルダーガード、その下にあると思われるアーマーの肩部分。これらと左肩にかかる荷重移動だけでもって、猛者による振り下ろしを無効化したのだ。

 

 ――――スキル名、“メンヒルの防壁”。メンヒルは、まさに大地の如き頑強さで信者を祝福する古代神である。

 

 名前の通り強靭な防御能力を付与する最高ランクのトグルスキルであり、通常のビルドならば装備効果と合わせてレベル16付近で止まるところを最大レベルの22に高められた彼のビルドにおいて、被ダメージの20%を吸収する効果を持つ。その他、物理ダメージ付与、治癒能力向上、報復ダメージ倍率の増加など、まさに報復型ウォーロードを象徴する、そのスキル。

 相手に合わせている現在の戦闘においては、星座や報復関連こそ機能していない。それでも、彼の組み上げたビルドが持つ、神の一撃にも平然と耐える驚異的な耐久性の片鱗は健在だ。

 

 そこから始まったのは、名も知らぬ戦士による一方的な反撃。攻撃の回数こそ猛者の方が圧倒的なれど、負っているダメージ量は雲泥の差。いかに猛者が強力なれど、通じない相手への攻撃は全て隙と同じである。

 わざと相手の攻撃を受け流してからカウンターのような一撃を見舞うウォーロードは、力ではなく技術の差を。まだ相手が強くなれる道を、明確に示しているように見て取れる。

 

 

 青年にとって、ベルにミノタウロスをぶつけたこの男の所詮は大したことではない。殺すことは容易なれど、かつて己も迷子になっていた故に、どちらかと言えば手を差し伸べてやりたい感情が顔を出す。

 猪人がやっていることは、ベル・クラネルや一般の冒険者にとって非常に危険極まりない行為であることに間違いはない。一方で、レベル1にミノタウロスの強化種をぶつけるなどという行為が知れれば、どれだけの罵倒を浴びせられるかは、他でもないオッタル自身が分かっている。

 

 

 たとえ結果として、己がいかなる評価を受けようとも。主神を想う心を貫き通した武人だからこそ全うした、戦う理由。

 

 

 対峙する青年は少し前の己と似た者が居たと思いきや、持ち得る志の高さに感心した。ダンジョンで装備が落ちないと嘆いていた自分自身とは違い、この男は我武者羅ながらも正義を掲げ、戦う理由を手放さず、その下に剣を振るっていたのである。

 ただ、受け止めてくれる相手が居なかっただけ。ならば今の己に出来るのは、手を差し伸べて、オッタルという武人の本懐が息を吹き返すための手助けをすることだけだ。

 

 長年晒された孤高の雨はその心と闘争心を錆び付かせてしまっているが、憑き物が落ちればどうなるか。

 ベル・クラネルのように、その原石は光を宿し。神々の期待に応え、英雄を夢見る者の道標となることは明白である。

 

 

「オオオオオオオオ!!!」

「――――戦う理由を手放すなよ。自分もまた道半ばだが、頂点は遠く遥か先だぞ?」

 

 

 これ以上ないほどに咆哮し放たれる、猛者による全力の一撃。ウォーロードの鎧には当たれど微かにも届かず、無情にも発動する“カウンターストライク”。

 酒場においてベートに対し発動した時とは違い、報復ダメージはなけれど、いくらかのトグルスキルと2枚の盾がある現状では威力の差は歴然だ。ダンジョンの壁に叩きつけられた猛者の体力は今度こそ残っておらず、目の前の相手が呟いた言葉と共に、その意識を沈めるのであった。

 




・メンヒルの防壁(レベル22):トグルバフ
大地の神、メンヒルに叫び求める。メンヒルは、まさに大地の頑強さで信者を祝福する古代神である。
*装備に盾を要求する
+20% ダメージ吸収
+77 物理ダメージ
+75% 気絶時間
+150 ヘルス再生/s
+20% 治癒効果向上
+45% ヘルス減少耐性
+210% 全報復ダメージ

====

If分岐ルート(過去にご感想で頂いたネタ)
1:序盤の着地時に報復ダメージ発生
2:当該部分フロア崩壊
3:Nextフロア着地時に報復ダメージ発生
4:当該部分フロア崩壊
5:ジャガーノート参上
6:3~5無限ループ

…各階層にジャガノが沸いたら27階層の悪夢どころじゃない大惨事になりますね(汗)


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32話 主神の瞳

「――――っ……」

 

 

 意識は覚醒するも、頭が揺れる。全身から痛みという痛みが生存に対する本能を発しており、上層とはいえここがダンジョンであったことを思い出す。

 軽装だったとは言えアーマーの類は全てが原形を保っておらず、全身は自身で流した血に塗れている。いくらオッタルとはいえ、この状態でモンスターに襲われればひとたまりもないだろう。

 

 

 流し見る視界の中に、己を打ち負かした男が居なければの話である。岩に腰かけ腕を組んでいる男だが、目深なフードにより起きているかどうかも分からない。

 まるで自然体であり、気軽に声を掛けるのは憚られた。それでもオッタルは、声を掛けずにはいられなかった。

 

 

「……なぜ、残った。なぜ生かした。俺は、お前や同じファミリアの……」

「猛者がミノタウロスを教育して冒険者を襲わせたなど、何のことだ。自分は“モンスターと勘違いして襲ってきた冒険者を沈めた”だけのこと」

「しかし、殺すなとの指示は出ていたが相手は……!」

「……なるほど、茶番という事か。だがミノタウロスの強化種程度、話にならん。目的は傍観と言っただろ?少年を心配しているのならソレこそ無用だ、手筈を違えねば命を落とすことは無い」

 

 

 襟を正すならば元凶の女神だろう。そう最後に呟く青年の足元には、いくつかの魔石が転がっている。オッタルが気絶しているときに襲ってきたのだろうモンスターのものと気づくのに、時間はかからなかった。

 直後に投げ寄越された駆け出し用ポーションを一気に飲み干すと、いくらか身体の感覚が戻ってくる。上層からホームへと帰還するには、十分な体力となるだろう。

 

 それを見越したかのように、猛者を打ち負かした戦士は立ち上がった。しっかりと魔石を回収している辺り、ダンジョンでのルールを守っている。

 向けられていた盾はどこにもなく、姿こそ変わらぬ鎧なれど雰囲気はまるで違う。戦いの気配は既に影を潜めており、ただの男としての姿を示している。その背中越しに、青年は再び声を発した。

 

 

「だが貴様の策略でロキ・ファミリアの冒険者が一人、重傷を負っている。自分とて、このような茶番も度が過ぎれば貴様の主神を殺しに向かう。取り返しがつくよう気を配ることだ」

「……そうか。それは幾分、粗相をした」

 

 

 そう言われ、武人の眉が少し落ちる。ファミリアは違えど、主神の為といえど、同じ冒険者が自分の所作で傷つくのは、やはり覚悟はしていても気分が良いモノではない。

 しかし、まだ聞くべきことが残っていた。もう数メートルは離れてしまった背中を見据え、声を掛ける。

 

 

「精強ながらも見知らぬ面貌の戦士よ……是非とも、ご芳名を頂戴できぬだろうか」

「……生憎だが、精良な武人に名乗れる程の者ではない」

 

 

 止まって答え、ガチャリ、と傷1つついていない漆黒の鎧の音を場に響かせ。

 「あとは自分次第だ」と言い残すかのように追う者を残し、ダンジョンの闇へと消えてゆく。その足は、10階層へ続く正規ルートへ向けられていた。

 

 

 ――――そして、盛大な問題点に気づくことになる。

 

 

(……おや?そういやベル君、9階層のどこで戦っている!?)

 

 

 “9階層”とだけ聞いて駆け出していった結末がこれである。肝心の弟子、ベル・クラネルがどこで戦っているかがわからない。脳内ARにマッピング情報はあれど、初めて来た9階層の端っこで戦っていた彼は迷子になったというわけだ。

 迷ったときのお約束である、片っ端からマップデータを埋めるように走るゴリ押し技術を披露。結果として事象が済んでから無事に合流したのだがリヴェリアに呆れられたという、決して口には出せないポンコツっぷりを発揮していたのであった。

 

=====

 

 ミノタウロスが現れたことで人気が疎らとなったダンジョン一階から出てくる、一人の男。ボロボロになったアーマーもさることながら痛々しい打撲痕を曝け出して歩くその姿を見たギルド職員は、何があったのかと目を見開いて振り返った。

 オラリオに居る者ならば大半が知っている、その姿。名前を耳にすれば10歳以上は全員が知っているその存在。都市最強でありレベル7を誇るオッタルが満身創痍になるなど、のっぴきならない事情が発生したことは明白だ。

 

 しかし持ち得る瞳は闘志に満ちており、今だ戦いの最中に居る様相を隠せていない。そのことも、ギルド職員が声をかけづらい要因となっていることは明らかだ。

 幸か不幸か、目的の場所はバベルの塔にある上層のために街中を歩く必要はない。いくらかの者とはすれ違うこととなるが、そんなことは気にならない程である。

 

 

 足掻きに足掻いた戦闘が終わり、目覚めてから1時間後。満身創痍のオッタルは、様々な者からの視線を受けつつフレイヤ・ファミリアのホームへと帰還した。

 己の主神に、なんと報告するべきか。目指すべき目標が見つかったのは喜ばしいが、胸を張って言える唯一の道で負けたことも、また事実。

 

 一から出直しとは、このことだろう。相手が見せた狡猾さの光景が薄まらぬうちに検討し、己の攻撃と防御に組み込めば、また一歩高みへと昇れることは間違いない。

 それはさておくとしても、ともかく、主神の願いを果たせたことには変わりない。魔石灯の光が怪しく照らす、やや薄暗い彼女の部屋へと報告のために入ると、そこに居た主神フレイヤは――――

 

 

「あああああああ、なんて輝きなのかしら!何者にも染まっていない白!穢れなき白!ああ、染め上げたい!その先が見たい!ミノタウロスと戦っただけでこの輝き!柔らかそうな毛並み、子兎のような顔つき!戦っている漢の顔から突如として一変するあの花の笑顔!ああ抱きしめたいわ!頭を撫でてあげたいわ!むしろ撫でて欲しいわ!見てるだけで背中がゾクゾク以下略」

「……」

 

 

 螺子が外れかけていた。手先でもってあと一山ぐらい左に回せば、ポロッと簡単に外れてしまうぐらいにまで緩んでいる。

 両手を頬に当て、クルクルとコマのように回る姿は見ているだけで愛おしい。その仕草が自分の行いによって引き起こされているのだから、その言葉が向けられる対象が己でなくても、オッタルにとっては無茶をした価値があったというものだ。

 

 それにしても正直なところ、第三者が見れば“ひどい”と思ってしまうレベルに達している。いかなる美男子が来ようとも、常に凛とした様相と高貴さはどこへやら。この暗さに対して魔石灯では力不足であるように、全く影を見せていない。

 かねてより主神が、少年の事を話題にすると冷静さを欠く点については気づいていた。一人の少年に夢中になっており、その者の事となると、第三者から見た精神年齢は目を覆いたくなるレベルにまで退化してしまうのが主神フレイヤの現状である。

 

 

「……あら。どうしたの、オッタル」

「フレイヤ様、まずはタオルを。飛び散っております」

 

 

 綺麗な筋を描く鼻部から振りまかれている赤い液体は、どこぞのアーティスト顔負けの様相を純白のカーペットに描いている。記憶が正しければ団員総出で敷き替えたのは先月だが、これを狙っていた……はずはないと思いたいが、考えるだけで頭が痛くなるオッタルであった。

 クルクルと回転しているうちに己の自慢である眷属の痛々しい姿が目に入り、普段は冷静なフレイヤも思わず問いを投げていた。その姿を持つ者が他ならぬオッタルだったことと、ベル・クラネルの成長ぶりを見た直後で機嫌が良かったことも1つの理由だろう。

 

 

「それで、その傷はどうしたの?」

「いえ……ご所望の件は達成できたのですが、面目なく、幾分粗相を」

「そう……」

 

 

 それもやがて落ち着き、オッタルは己の主神に対し、ミノタウロスを鍛えベル・クラネルにぶつけた旨を報告している。そもそもの発端が「あの子が苦戦しながら勝ち上がるカッコいいところが見たい!でも殺しちゃだめよ!」という主神の無茶振りであることを知るのは、今ここに居る2名だけだ。

 傷については口をつぐんだオッタルだが、それがフレイヤにとってマイナスとなるなら必ず報告を行う男であることは彼女も知っている。であれば自分自身に関する口にしたくないことだろうと判断し、フレイヤもそれ以上の追及を避けていた。

 

 

「だったらこれを見て頂戴!もう最高以外の言葉が見つからないわよ、何回見ても飽きないわ!座りなさい、オッタル」

「は、はぁ……」

 

 

 ということで、話題が戻る。年甲斐もなく燥いでいる彼女の姿を見て惚れ直す反面、その意識が向けられている例の少年に対し嫉妬の心が顔を出す。いっそミノタウロスではなくゴライアス辺りの首根っこを捕まえて持ってきた方が良かったかと取り返しがつかなさそうな考えが思い浮かぶが、例の青年に言われた文言が顔を出して収まった。

 ウキウキでニッコニコの表情を浮かべるフレイヤの説明によれば、この水晶玉には“録画機能”なるものがついているらしい。それが何かは分からないものの「5回目よ!」と顔に力を入れる残念女神の横に座らされたオッタルは、戦闘の様子をまざまざと見せつけられ――――

 

 

「……本当に、話にならない。ミノタウロスの強化種を鍛えた存在ですら、ほど足りぬと言うか」

 

 

 眉間に力が入り、額に流れる汗が確かに分かり、ポタリと純白のカーペットへと落ちていた。

 

――――あのお方が目を付けているレベル1の駆け出しが、シルバーバックとオークを倒した。

 

 その程度のことは聞いていた。駆け出しながらも流石はフレイヤ様が目を付けたヒューマンだと、あのお方のお眼鏡に適うならば当然だろうと思っていた。

 基本として、駆け出しの筋力ではシルバーバックに届かない。それを覆すぐらいのソコソコの腕前と武具が揃っているのだろうと、ダンジョンでミノタウロスを鍛えている時に思っていた。それでもって出来れば主神の興味が消えるよう、レベル1にとって無残な敗北となるであろうオーバースペックすぎるモンスターを用意した。

 

 だが、そんな古く曖昧な情報は役には立たない。水晶越しながらも此度の戦闘を見せつけられ、“あり得ない”程に洗練された小手先の技術に眉間に力が入り、舌を巻く。

 全てに無駄がなく、全てにおいて理想形。攻撃の組み立て方など、思わず彼とて唸りかけたほどのものがある。相手に通じることと通じないことをはっきりと見分けており、無駄な攻撃をしない分、結果として無駄な力と隙を作らない。

 

 最初の一撃こそ不意のもので受けてしまっているが、それでも可能な限りを減衰させる立ち回り。何かしらの理由(鍛錬におけるアイズの蹴り)で、前方からの一撃に対する技術が特に卓越しているのだと読み取れた。

 

 

 そして、己が対峙した謎の戦士の姿を思い出して身震いする。山の如き重鎮さの中に匠と言える技術を見せていたソレと比べてしまえば、いくらかの隙が伺えるというものだ。悪い例え方をすれば、少年の戦い方は、彼が見せたモノの劣化版とも言えるだろう。

 それでも、相手が未だレベル1だということを忘れてはいけない。これがレベル3、4と成長してきて身体能力や反応速度が伴えば、此度の戦いで見せた技術は、より高い次元で生かされる代物だ。

 

 恐らくはあの戦士に学んでいるのであろう、卓越した狡猾さ。しかしそれだけではなく、少年が持つ、底知れぬ潜在能力の高さが伺える戦闘だ。

 なぜ己がその立場に居らず、なぜ己にその師が居ないのかと拳を握り締めてしまうが、ないもの強請りをしても仕方がない。背中も見えない目指すべき遥かなる高みと、下から猛烈な勢いで追ってくる2つの存在は、ハッキリと脳裏に残っている。

 

 

「ああ……やっぱり素敵だわ」

「……ええ。あの男とこの少年は、やがてオラリオの注目を集めさらうことになるでしょう」

「あら、オッタルもこの子の連れ去りたいぐらいの可愛さ分かったのかしら!?貴方も分かっているわね。もう一回、見るわよ!」

 

 

 違う、そうじゃない。この女神、都合のいいところしか聞こえておらず、とうとう本音が漏れている。

 

 

 注目している点だけは同じなものの、微妙に意見が食い違っている。加えて、相変わらず「見て見て!」と子供のように燥ぐ残念な主神がそこに居た。オッタルが予想するに、恐らくあと数日は戻らないだろう。

 

 しかし、それはそれで居心地がいいと言うものだ。いつか遠方の地で「あんな風に笑うのか」と思った表情を見たことがあるが、それとはまた違う無垢な微笑み。

 それを今、己というたった一人がすぐ横で見ているのだ。結果としてこのような状況を作ってくれた少年と重傷を負わせてしまったロキ・ファミリアの冒険者に謝罪をし、オッタルは瞳に力を入れて水晶を見つめるのであった。

 

 

「ああ、それと……」

 

 

 ふと零れるように出される主神の言葉は、傍から見れば、思い出したかのように。

 しかしその瞳は、少年に夢中な傍らで、しっかりと己の眷属を見ていたかのように。相変わらず録画画面が再生される水晶を見ながらも、フレイヤは口を開く。

 

 

「やっぱり男の子って、強者に挑む姿が素敵よね。私の瞳に映っている“2人の魂”が、とっても綺麗に輝いているわ」

「……はい、フレイヤ様!」

 

 

 力の入った猪人の声と表情は、どこか、いつもよりも清々しく。遠い昔に冒険者になった頃の様相を、フレイヤに思い起こさせていた。

 




原作のフレイヤが好きな人、すみません


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33話 鍛冶の神

「失礼する。神ヘファイストス、急な依頼にも関わらず時間を作って貰い感謝する」

「エンチャント鑑定の件でお世話になっているからね、これぐらい気にしないで。丁度、時間もあったし大丈夫よ。ヘスティアから話は聞いてるわよ、防具を作って欲しいんですって?」

 

 

 ベルとミノタウロスの一件があった翌日の早朝、ヘファイストス・ファミリアが開店を迎えた時間。ヘスティアにアポイントを取ってもらったタカヒロは、鍛冶を司る神であるヘファイストスの下へと訪れていた。ヘスティアにお願いしたのは先日の昼時なのだが、感謝と共にまさかの即日対応で内心で驚いている。

 ヘファイストスは顔の右側の大半を覆う眼帯を装着している特徴的な人物であり、口調や声質、体型の全てがスレンダーな女性を彷彿とさせている。実際に身長も高くスレンダー体型であり、流石は神と言った美貌を備えている有名人だ。

 

 青年は部屋の入り口から少しだけ入った位置に立っており、彼女の方を向いて返事をしている。その目はかつてのエンチャント鑑定の時とは比べ物にならない程に真剣であり、まさに戦士の様相。つられて、ヘファイストスの気も締まるというものだ。

 執務机の上にあった書類を纏めてトントンと揃えた彼女は、前にあるテーブルの両サイドにあるソファへ座るよう手で促す。パックながらもお茶が出され、二人は一度、口を付けた。

 

 

「用件を再確認するわ。ヘスティアから概要を聞いた限りだけど、彼女の役割はただの紹介。ローンの支払いを持つのは貴方で、貴方のための防具を私に打って欲しいということで間違いはないかしら」

「ああ、その通りだ。自分が望んでいるモノを打てる卓越した技術と才能を持ち合わせているとすれば、鍛冶と炎を司る神、ヘファイストス以外に在り得ないと考える」

 

 

 真剣な表情からの突然のべた褒めに対して目を開いて視線を背け、彼女は少しだけ頬を染めて照れ隠しをすることとなる。人差し指で横髪をクリクリとしている点は可愛らしいが、青年の表情や視線は微塵も変わっておらず彼女を見据えており、どこ吹く風と言ったところだ。

 彼女はコホンと咳払いし、話を戻すために相手を見る。ついでに魂を見てみるも、嘘、すなわち建前を口にしているわけではないようだ。となれば猶更の事、どうにもすぐには戻れそうにないために、とりあえず相手に責任を押し付ける。

 

 

「……貴方、思ったことを口にする前に考えた方が良いわよ」

「それは失礼、しかし事実だと思っている」

 

 

 表情1つ変わらず、どうやら忠告も聞きそうにない対応だ。その言葉で先の台詞を思い返してしまい、彼女は再び咳払いする。

 とはいえ、彼が戦いのプロフェッショナルであるように、彼女もまた鍛冶におけるプロフェッショナル。己の得物を望む者が目の前に居るのだから、自然と覇気が戻るというものだ。

 

 どんな防具を希望しているのかと聞けば、青年はガントレットと返している。伝わるかどうかという点も含まれていたが彼女もガントレットは知っており、相談をしてきた眷属を相手に何度か作り方を説明したこともある。

 青年が言うには今現在において使っているガントレットは鍛冶師でない己が作った自作品であり、ベースの性能に不満を感じているということだ。軽く溜息をついている辺り、そのガントレットについて悩んだ過去があるのだろうとヘファイストスは捉えている。

 

 

「参考になる物……例えば、今まで使っていた物とかを見せてもらうことはできるかしら」

「ああ、持ってきている」

 

 

 その言葉で、タカヒロはインベントリから1つのガントレットを取り出している。バックパック要らずの光景に「スキルのようなものだ」と呑気に説明する彼は嘘をついていないため、ヘファイストスも追及することを止めている。

 

 しかし追及を止めた原因は、突如として出てきた点ではなく、ガントレットそのものが原因だ。予想外にもほどがある一品を目にして、彼女は思わず立ち上がって目を見開き、その防具を間近で覗き込んでいる。

 

 自作と聞いて鍛冶師としては嬉しく思い、どんなガラクタが出てこようが「鍛冶師じゃないのにやるじゃない!」とでも口にして褒め返そうと思っていたヘファイストスだが御覧の通り。そのまま売りに出すとしてもヘファイストス・ファミリアで一番のショーケースに突っ込んで事足りない領域に相当する品が出てきたために、内心で冷や汗を覚えている。

 これで素人が作った出来損ないなどと、他の鍛冶師が目にしたらやる気を削ぐどころか心が折れる者が多数現れることになるだろう。二つのAffixの内容までは分からないヘファイストスだが、青年が取り出したレア等級のガントレットは、まさに国宝級の逸品と呼べる領域に片足を踏み入れている。

 

 

「……何よ、これ。貴方、本当に鍛冶師じゃないの?」

「エンチャントこそ厳選したが、ベースは所詮、出来損ないだ。ローンになるだろうが対価は払う。これを超えるものを、作って欲しい」

 

 

 ストーンハイド・プレイグガード グリップ・オブ ブレイズ。様々な耐性を向上させたうえで報復ダメージ、報復ダメージ倍率、カウンターストライクのレベルを3つ上昇させる効果の付いたガントレットだ。

 しかしながら彼が言った通りAffixを除けば微妙なアイテムであり、今の環境においてはAffixで得られる耐性も過剰な数値となっている。故に悪い言い方をすれば“無駄”であり、見直す余地がある個所となっているのだ。

 

 神々と戦うために火力と引き換えに多くの耐性を積んでいる彼だが、厳密に言うならば、もう少し低くても支障は無い。ノーマル環境な現在においては合計375%の耐性が過剰となっているために、ここを削ることで他のAffixを付属させることができ、結果として更に強くなれる余力が生まれているのだ。

 もっとも装備の変更によって発生する影響は耐性だけではなく全体に及ぶため、それは出来上がったパズルを一度崩すのと同じこと。新しいパズルのピース、新装備が如何程かが分からなければ、新たなパズルの組み立てが始まらないこともまた事実である。

 

 弟子と同じくヴェルフの武具は気に入っている彼だが、申し訳ないと思いながらも、現状では望みの性能には届かないだろうとも判断している。故に、その道の頂点が居る門を叩いたというわけだ。

 

 神話級のレジェンダリーに匹敵する逸品。もしくはレア程度に留まるかもしれないが、未知のAffixによって生まれるかもしれない、高みへの突破口。

 それが先日、40秒ほど遅刻してしまうまで悩んだ問答で出した彼の答えだ。出来上がるかどうかは未知数ながらも、可能性があるならば試す他に道はない。

 

 

 一方のヘファイストスも、かつてない難易度の依頼であることをまざまざと感じ取って気合が入る。金銭面はさておくとして、ミスリルを筆頭に、素材の全てを超一流で揃えなければ始まりにも届かないことはハッキリと分かっていた。

 彼女としては、「やってやろうじゃない!」と口にして応えたい心境である。これ程のモノを作れてなお、先の言葉を掛けてくれた青年の期待に応えようと、かつてないほどのやる気が漲っている状況だ。

 

 とは言っても、どのようなガントレットにするかは要相談となる。そこで彼女は話を進め、どのような仕上がりにするかをヒヤリングすることとした。

 

 

「……で、希望するガントレットの詳細は何かしら。あんまりアレもコレもっていうのは無理だけれど、凡そは啄めると思うわ。具体的なものじゃなくても構わないわよ、言ってみて」

「基本としてはヘビーアーマー。夜空に浮かぶ星々から得られる力を意識して作ってみて欲しい。また、大地の如き硬さ、報復の心も必要だ」

 

 

 予想外の返答であった。もっと緻密で具体的なものかと思えば拍子抜けする程に抽象的であり、仏頂面から放たれる予想外の言葉に、ヘファイストスは可愛らしく首を傾げている。

 

 

「……見かけによらず、ロマンチスト?」

「理想の装備を追い求めるという意味では、そうかもしれん。言い方を変えるなら“至高の装備”の追求、どこかで聞いた台詞だろ?」

 

 

 どこもなにも、バベルの塔一階にある案内図に記載されているヘファイストス・ファミリアのキャッチコピーである。苦笑したヘファイストスは「そうだったわね」と呟き、瞳に力を入れて彼を見返した。

 抽象的ながらも相手が要望するイメージは掴めているために、彼女は試行錯誤をしながらチャレンジすることを決定した。どのような形となって現れるかはまだ彼女にも分からないものの、やる気の方はストップ高となっている。

 

 しかし気合いとは裏腹に、素材の方は全くもって足りていない。希少な金属はいくらかのストックがあるものの、先ほどのガントレットを超えるものとなれば最低でも、滅多に出回らない50階層以降のドロップアイテムがいくつも必要となるのだ。

 その説明に対し、返されたのは「何なりと言ってくれ」という一言だけ。あまりにもあっさりと返される返事に、ヘファイストスは表情をしかめることとなった。

 

 

「……聞いてたかしら。深層、それも50階層よ?本気なの?」

「無論だ」

 

 

 彼女はちらりと魂を見るも、本気である事に嘘は無いようである。近所に散歩しに行く程度では済まない深層と言う場所であることは間違いない。

 最低でも、どのようなモンスターか程度は知っているということだろう。そこでヘファイストスは、要求されるドロップアイテムを持つモンスターについて、質問を飛ばすことにする。モンスターの特徴などを答えるように口にして、問題を出した。

 

 

「ヴァルガング・ドラゴンの鱗」

「58階層に生息する、全長10メートルで二足歩行のドラゴン。52階層までを狙う火炎の砲撃を放つ。鱗ではなく爪をドロップする場合もある」

「……デフォルミス・スパイダーの糸」

「51階層に生息し、赤と紫が混色した巨大蜘蛛。八本の脚が特徴で、複眼を持つ。吐き出す糸による移動速度低下・拘束に要注意」

「ヴェノム・スコーピオンの針」

「巨大なサソリ、生息域は52階層。大きなハサミによる攻撃と尾にある針の毒に注意――――って、得物はガントレットだというのに関係があるのか?」

「無いわ」

「……」

 

 

 問いの3つともが正解であり、それぞれ一瞬の間をおいてすぐに答えが返ってきた。知識については単なる出まかせでないことが証明され、ヘファイストスも口をつぐむ。

 

 タカヒロとしては実のところ、これらはリヴェリアの講義で学んだ内容であり、スパイダーについては以前に屠ったことがあるので外観程度は知ってもいた内容だ。もっとも、その際には装備の直ドロップしか見ていないため、ドロップアイテムがあったかまでは覚えていない。

 正直なところ何をどれだけ依頼されても薙ぎ倒して確保する気でいた彼だが、ここにきてまで彼女の講義が役立つのかと内心でほくそ笑む。知恵ではないためにひけらかす程度にしか使えないが、役に立ったのは事実であった。

 

 

 ともあれ、作成に必要な2つの素材は把握できた。もっとも、ここまでのレベルの装備となるとヘファイストスも地上では経験が無いらしく、彼女と言えど必ず作れる保証が無いらしい。その点については、青年も承知した旨の返答を返している。

 ヘファイストスも必要な金属の追加発注をかけるとのことで、頭金は1000万ヴァリスで仮契約と相成った。契約価格は現物次第で青天井、かつ最低でも4000万ヴァリスになるであろう高額なガントレットに浮かれつつ期待を込めて、青年は別の場所へと足を運んでいる。

 

 そちらでの大事な用事も終わり、時刻は夕飯時を過ぎている。もっとも今朝の段階で、遅れるかもしれないことをヘスティアに連絡は入れていたため、帰りが遅くなる点については問題ないだろう。

 目先の目的は、50~58階層でのドロップアイテム収集。「とりあえず日帰りで狩ってくるとして、納品までは数日は空けた方が良いか」そんな呑気な考えを浮かべている程の気楽さを、星々が笑うように見つめていた。




既存装備:ストーンハイド・プレイグガード グリップ・オブ ブレイズ
レアリティ:レア
装甲値:1061
+550 ヘルス
+22% エレメンタル耐性
+26% 刺突耐性
+40% 毒酸耐性
+50% 出血耐性
+ 3% 攻撃速度
+ 3% 物理耐性
25% 中毒時間短縮
+13% 装甲強化
+214-280 物理報復
+42% 全報復ダメージ
+3 カウンターストライク

備考:スキルを除く上昇数値は付与される(上限+下限)÷2。物理報復ダメ―ジは、その数値の最低ダメージ-最高ダメージです。ヒット毎に当該範囲において変わる感じですね。


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34話 ランクアップとプレゼント

GrimDawn豆知識:属性ポイント
・属性は、体格、狡猾、精神の3つ。
・初期値10ポイント、レベルアップで+1。稀にクエストで+1。
・1属性ポイントを割り振ると、数値が8上がる。
・装備効果による上昇数値は8の倍数に縛られない。割合(3-5%)上昇もある。
・体格の数値1につきヘルスが2.5、ヘルス再生が0.05、防御能力が0.4向上する。

====

原作に沿ったパートで、オリジナル要素は後半のみですね。


 タカヒロがガントレットを契約した翌日の早朝、オラリオにある廃教会の地下室。一人の少年がソファーにうつ伏せとなり、その腰部分に主神の女神が跨っている。

 ヘスティア・ファミリアにおいては、よくある光景。少年に刻まれた神の恩恵を更新するためにとられる姿勢であり、二人にとっては日課のような代物だ。

 

 

「……。ベル君、落ち着いて聞くんだ」

「と、とうとうボクもレベル2に!?」

「それは、ちょっと置いとくとして。ベル君の今のアビリティ、オールSSS。1400とか1600とか、ワケのわかんない数値に行っちゃってるよ……」

 

 

 十数秒、音無き時間が流れてゆく。

 

 

「……凄いですね!」

「ベル君の行いは素晴らしいと思うしロキに貸しを作ってくれるのも嬉しいけど、凄いで済むかぁ!!」

「いったぁー!」

 

 

 数値を聞いて素っ惚けるベルの背中に、チクリと針が刺さる。彼もアビリティ数値の上限は999だと知っているために、しかし1000を超えている理由は分からないために、惚ける他に道が無い。

 

 朝一番でステイタスの更新を行いドン引きするのは、主神ヘスティアとその一番眷属本人である。本来ならばS:999までしか上がらないはずの数値が、どういうわけか4桁の更に中間まで伸びているのだ。

 もっとも、そのすぐ横にSSSすら突破してEX、数値的には6000を超えている例外中の例外が居るためにヘスティアも気絶を免れていた。なお、恩恵を貰った際に“体格”に1属性ポイントを振っていたので、ステイタスを更新すれば更に伸びているのはご愛敬だ。

 

 ランクアップ前のステイタス更新が終了し、準備も万全で完了である。ミノタウロスとの戦闘内容を聞き出した青年が、ようやくランクアップの許可を出したのだ。

 いざ。ということで、ヘスティアはそのままランクアップの作業に入る。いつもより長い時間をかけて文字を書いており、見ているのも気まずく思ったタカヒロは机で本を広げている。

 

 

 ところでこの青年。ガントレットの契約の際に2つのドロップアイテムを「持ってくる」となっているのだが、その点において依頼主と請負人で考えが違っている。

 ヘファイストスからすれば、「どこかの市場で探してきて」。青年からすれば「産地直送したほうがいいアイテムできるかな」という内容だ。

 

 ということで、リフトを使って日帰りしましたという内容は表に出さない方が良いだろうと直感的に感じ取っており、こうしてインターバルを設けているわけである。向こうも金属の用意があると口にしていたために、丁度いいだろうと判断していた。

 そして本人視点では「走って行っても片道1日、採取1日あれば行けるだろ」的な気軽さでいるために、“掘り”の予定は明後日だ。綿密な準備を行っていく場所、という程度は学んだことのある彼だが、「ソロで行けるんだしその程度でいいだろう」と判断している。リヴェリア先生、行くだけで最短でも5日以上かかるという一般教育が足りていない。

 

 

「ベル君、発展アビリティがわかったよ。狩人・耐異常・幸運。この3つのうちのどれかを選択する形だ」

「幸運?」

 

 

 それはさておき、「なんだそれは?」という感想に至ったのはタカヒロも同じである。少なくとも、教科書には書かれていない発展アビリティだ。うつ伏せのベルと目が合うも、互いに疑問符を発している。

 狩人は、一度戦闘を行ったモンスターを相手にアビリティに補正がかかるもの。耐異常は、毒や麻痺などの状態異常に対して抵抗を得るもの。そして最後の幸運は誰もが分からない内容ながらも、恐らく運に対して補正がかかるものだろう。

 

 ともあれ、どれか1つを選ぶことになる点については変わりない。自分自身のことであるために、ヘスティアは、3つの中で何が良いかをベルに尋ねていた。

 

 

「僕は、幸運が良いと思います。狩人は確かに魅力的ですが、実力がつけば補えます。参考までに、師匠のご意見はどうでしょう?」

「自分も同じ幸運かな、理由もベル君と同じで。耐異常も捨てがたいけど、これは他の時でも取れるらしいからね」

 

 

 正解かどうかは誰にも分からないが、師匠と同じ意見だったことを知って少年の顔に花が咲く。もっとも幸運の効果はタカヒロも未知数であり、レアアイテムなどのドロップ率が上がるのだろうかと考えている程度だ。ということで、羨ましがっているのは内緒である。

 ベルの意見もあってヘスティアは「幸運にするよー」と気軽に口にし、ベルの背中に更新後のステイタスを書き込んだ。やがて更新も終了し、左右の手をニギニギとして違和感を感じている少年の横で、彼女は羊皮紙にステイタスを書き込んでいる。

 

 

ベル・クラネル:Lv.2

・アビリティ

 力 :I:0

 耐久:I:0

 器用:I:0

 敏捷:I:0

 魔力:I:0

 剣士:H

 幸運:I

 

・魔法

 【ファイアボルト】

 

・スキル

 【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】:早熟する。憧れ・想いが続く限り効果持続。思いの丈により効果向上。

 【英雄願望(アルゴノゥト)】:能動的行動に対するチャージ実行権。

 

 

 微妙に変わっていた1つ目のスキルは例によって消されているが、ヘスティアやタカヒロの視点で言えばこのような状態だ。タカヒロが気にしていた発展アビリティは無事にHに昇格しており、更なる戦闘能力の向上が期待できる。

 本で勉強した程度の知識では、耐異常が最も求められるだろうと考えている。とはいえ無いもの強請りをしても仕方ないうえに、レベル2にしては破格である2つの発展アビリティとスキルだけで満足すべきだと判断し、紙をベルに渡していた。

 

 とここでタカヒロが気になったのが、極端な例としてアビリティが全てDと全てSSSの状態でレベルアップした際の差である。今回のベルは戦闘技術が追い付いていなかったために保留となっていたが、レベルアップによりアビリティの数値は0に戻るため、もし先ほどの2つが同じならばさっさとレベルアップした方が良いのは明白だ。

 ヘスティアの回答としては、余剰となった分は潜在能力としてキッチリと反映されるとの内容である。もっとも、ベルほどの例外っぷりは彼女も初めて目にするものであり、己の書き込んでいたステイタスが本当かどうか疑心暗鬼になりかけている旨を口にしていた。

 

 

「現になっているだろう。ベル君の潜在能力と弛まぬ努力があってこその、この結果だ」

 

 

 主神の疑問を師匠に否定され同時に褒められ、花のような笑顔を振りまく一人の少年。炉の女神をもってしても「うぉっ、まぶし!」と言わしめるソレを止められる術は存在しない。

 

 

「だが長けているとはいえベル君が得ている技能は剣、とくに短剣やナイフに関する扱いと立ち回りのみだ。ダンジョンにおけるセオリーやパーティー行動こそ身についてきたが、イレギュラーと鉢合わせにでもなれば素人以下もいいところだろう」

「うっ……」

「そして何より、仲間を失う“苦さ”を知らない。こればかりは起こらないに越したことは無いが、ランクアップしたとなれば、そういう領域へ行くということだ。そろそろ、常日頃から意識していた方が良いだろう」

 

 

 師である彼を除いて、の話である。太陽かと思う笑顔はズーンという擬音と共に氷河期へと変貌し、駆け出しの少年は過酷な現実を突きつけられていた。

 しかし事実であり、今現在において少年が最も気にしている内容だ。落ち込むことはあれど、やる気が削がれることはない。むしろ、自分に足りていないものが明確に分かって、しかし一番最後のことは起こしてはならないと、内心では奮起している。

 

 そして、午前の鍛錬が開始されることとなる。器が大きく変わると言われているレベルアップ直後のために、今日は身体と感覚のズレを経験し調整する程度に留められた。

 タカヒロの体感としても、ベルの剣は昨日よりも速く重くなっている。とはいえ彼からすればまだまだ序の口であり、まだまだ教えられることの内容はいくらかあることを実感していた。

 

 

 一段落したのちに、新たなスキルを試すこととなる。おっかなびっくりな表情を見せるベルと「シャキっとしろ」と活を入れるタカヒロは、まさに師弟のやり取りだ。

 結果としては、強力な一撃を求めた際に攻撃をチャージし、より強大な一撃を放つことができるというモノであった。手数には優れるものの時には必要となる強大な一撃を放てる手段は、少年にとっても非常に有効なスキルだろう。

 

 しかし、デメリットも多数ある。まずチャージ中は他の行動はともかく移動すらも行えず、詠唱というわけでもないので並行詠唱の類も使用できない。

 加えて、チャージ時間に応じて体力と精神を大きく消耗することも判明した。試しに最大秒数までチャージしようとするとマインド・ゼロに直面することが分かり、現状では1分と30秒ほどが最大チャージ可能時間。現実的な戦闘能力を残すとなると1分程度が限度であると判明した。

 

 

「今日は少し早いが、精神(マインド)も使ったしここで終わりにしよう。ベル君、それと1つ……」

「あ、はい。なんでしょう?」

 

 

 表情を緩めたタカヒロはそう言うと、インベントリから1つのネックレス型のアミュレットを取り出した。包装されてるわけでもなく、現物のままの状態である。

 

 

「風情の欠片もない現物渡しですまないね。自分とヴェルフ君から、レベルアップした君の安全を祈る贈り物だ。辛い時、このアミュレットが持つ力が元気を分けてくれるだろう」

 

 

===

 

時は、少しだけ遡る。

ガントレットの件でヘファイストス・ファミリアへ足を運んでいたタカヒロが、用事が済んでからヴェルフの工房へと訪れていた時だ。とあるアイテムを作ってもらおうと、口を開いたのである。

 

 

「え、ベルへのプレゼントでアミュレットを?」

「ああ。ベル君もレベル2になっただろ?魔除けのアミュレット、というわけではないが、無事を祈るという意味で、1つ作成を依頼しようと思ってね。まぁ、実用性があるかと言われれば耳が痛いが……」

「そんなことはないでしょう、気持ちの方が大切ですよ。作成は任せてください!なんでしたら、一緒に作りませんか?」

 

 

という流れで、アミュレットの作成が決まったのだ。もっとも、作成過程においてリングにするかペンダントの方が良いかなど様々な論議があり、結局は装着しやすいネックレス型のアミュレットに落ち着いている。

もう1つ、デザインをどうするかで二人して唸っていた。実のところ1つのデザイン案が思い浮かんでいたタカヒロは、指輪のようなリングに紐を通すことを提案し、ヴェルフも気に入って採用となっている。

 

大まかなリングの形はヴェルフが作り、自称素人のタカヒロと二人で細部の簡易的な装飾を整える。使われている素材こそレベル1にお似合いの代物ばかりだが、こうして1つのアミュレットが作られた格好だ。

なお、ネーミングについては二人で意見を出し合うこととなる。タカヒロが出したものと“兎輪(ぴょんりん)”のどちらが良いかとヘファイストスに意見を求め、間髪入れずにタカヒロのものが採用となってヴェルフが落ち込んでいた結果となったのはご愛敬だ。

 

===

 

 

「ちょっとしたエンチャントがかかっているアイテムなんだが、そのへんは秘密という事にしておいてくれ。自分とヴェルフ君からの、君の無事を祈る願いが込められたアミュレットだ」

 

 

 結果的に二人で試行錯誤して作ったこのアイテム名を“ブラザーズ アミュレット・オブ ライフギビング”。首にかける紐の先に青白く細い指輪のようなものがついた、見た目も効果もシンプルながらエンチャント効果を持つアミュレットである。

 アイテム作成時にAffixを付与するタカヒロが作成にかかわったことで“オブ ライフギビング”のAffixに似たエンチャントが発現しており、素材のレベルの低さで効果は本当に微量なれど、自然治癒能力を向上させる効果を持つ。また、5%のエレメンタル属性の魔法に対する耐性を付与する効果も持ち合わせている汎用的なアクセサリーである。

 

 いつもの“スクラップ(屑資材)”をベースに作ると装備レベルが要求されるが、どうやらこの世界のもので作ればその制限は無いようだ。レベル1用の武具に対して使われる素材の代償としてAffixも効果が低いものとなっているが、それは仕方のない事だろう。

 なお、ここオラリオにおいてはマジックアイテムに分類される代物だ。性能を保証したうえでオークションにかけたならば百万ヴァリス程の値段がつくことを、タカヒロが知るのはかなり先の話である。

 

 

 両手で受け取るベルは、まるで恋人からプレゼントを貰ったかのように頬を紅潮させて嬉しさを隠そうともしていない。さっそく紐をほどいて装備すると、エンピリオンの光よりも眩しい笑顔を振りまくのであった。

 

――――嗚呼、これホントに男の子なんですかね。

 

 そっちの気はないものの、抱きしめて“高い高い”でもしてやりたい気分になってしまった青年。タカヒロは、兄と言うよりは完全に父親(パパ)の立ち位置であった。

 

 

 一方で。バベルの塔の最上階で鼻血の海を創造している美の女神が居ることと後処理に追われる苦労人が居ることは、当該者を除いて誰にも関係のない話である。

 

 

 そして、装備したアミュレットをたっぷり30秒ほど眺め、指輪のような部分を服の下に仕舞ったあとのこと。意を決したように、突然とベルが口を開いた。

 

 

「じゃ、じゃぁ、僕の秘密も、言います!」

 

 

――――いや、別に無理しなくていいんだけど。

 

 突然のカミングアウトに真顔でそう考えるタカヒロだが、口に出すことはできなかった。目に力を入れてググッと身構える、小さな勇気を持った彼の志を蔑ろにはできないからだ。

 さて何がくるのやらと気軽に構え、胸の前で左右の手首と肘をくっつけている女々しい少年の言葉を受け取るために顔を見据えると……

 

 

「ぼ、僕は、異性としてアイズ・ヴァレンシュタインさんに憧れてます!」

「知ってた」

「ふぇっ!?」

 

 

 顔を真っ赤にしたかと思えば、次の瞬間には真っ白に。基本的に仏頂面な師とは違い、ベル・クラネルは感情豊かな少年である。




オリジナルの装備は“シスターズ アミュレット・オブ ライフギビング”、装備可能レベルは5です。ゲームにおいても初期に装着するプレイヤーは多いことでしょう。
このアミュレットの名前のネタはやりたいと思っていたのですがGrimDawn側のぶっ壊れエンチャントはどうかと思いましたので、数値が低いのは素材のせいにして、あんまり影響のないこの程度にしておきました。
ライフ回復の数値は暈してありますが、ゲーム内でレベル2だと、自然治癒速度が5~11倍(体格1振りでのヘルス再生値が0.32)になる感じです。この数値はポーションなどのアイテムには影響しません。


■ブラザーズ アミュレット・オブ ライフギビング
+4.2 ヘルス再生/s
5%  エレメンタル耐性

■シスターズ アミュレット・オブ ライフギビング
装備可能:Lv5 (ノーマル難易度)
+10% ヘルス
+4.2 ヘルス再生/s
+50% 活力
8% エレメンタル耐性

■スクラップ
GrimDawnにおける鉄くず、ボルト、ロープ類が混じったアイテムの総称。アイテム作成などのベースとなる、意外と重要アイテム。


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35話 保護者会

「……まったく、夢にまで出てくるとはな。ロキの奴め、どれだけ酒に執着する気だ」

 

 

 日の出直前の時間から出かける用意をしながら、思わず部屋で独り言つ。羽織ったローブに緑色のシルクのような髪の毛をサラリと流し杖を持つと、彼女は黄金の少女と共に、人知れず黄昏の館を抜け出した。

 独り言が出た理由は呟いた言葉の通りであり、財政難に直面しているための財政切り詰めの政策に、主神ならぬ主犯ロキが相変らず猛反発して食い下がったのが原因だ。相手もこちらも具体的な数値は示せていないものの、もちろんリヴェリアは猛反発を見せており、結局は最後の最後にロキを言いくるめる始末である。

 

 一夜過ぎたとはいえ、おかげさまでいくらか機嫌が宜しくない。もっともそれを周囲に振り撒くことはしないのだが、だからと言って機嫌が良くなるかと言われれば答えは否だ。

 そして今日はアイズによる指導の見学という事で不安要素は一入に強いものがある。彼女が行う手加減が手加減になっていないことが多いという事実は、リヴェリアが最も知っていると言えるだろう。

 

 

「ふごっふ!?」

「あっ」

 

 

 場所は、オラリオ北区に並ぶ防壁の上。顔を出し切った朝日が見守る中、少年と少女が刃を交える。なお、少女の方は木刀だ。

 しかしレベルアップした翌日に、案の定、相変わらずこの惨状。「ランクアップおめでとう!」を伝えることができて機嫌を良くし、故に力加減を盛大に間違えた彼女の一撃で、少年は空中浮遊を満喫していた。

 

 

 ところでなぜ、リヴェリアがアイズとベルの鍛錬のことを知っているのか。

 

 それは他ならぬアイズ自身が原因であり、初回鍛錬時にベルが見せたレベル1とは程遠い技術に機嫌を良くし、一方で加減を忘れかけ、少年をボッコボコのズッタズタにしてしまったことで罪悪感に蝕まれ、黄昏の館においてダークサイドに堕ちていたことが要因だ。ストーカー……もとい、良き理解者であるレフィーヤですら、近づくことを躊躇するレベルである。

 そんなこんなのために母親役であるリヴェリアの下へと出動要請が舞い込むこととなり、二人きりの空間で色々と問い詰めていったところ原因がポロっと口からこぼれたというわけだ。ミノタウロスの際にあまり驚かず、右腕を切り落とさなかったことに対し意見を出したのは、そもそもベルの実力を知っていた為に他ならない。

 

 もちろんロキ・ファミリアの技術を他のファミリアに教えているという理由が理由のために、いくらかの雷も落ちている。しかしながら積乱雲から発生するような物とは程遠く、本気の雷と比較すれば静電気と表現する者もいるだろう。そうなったのにも、歴とした理由があった。

 何せ、己が大切にしてきたアイズ・ヴァレンシュタインが、強くなることとジャガ丸君以外に初めて興味を示したコトなのである。過剰表現のように見える程だというのに、このように表現しても過不足無いのが恐ろしいところだ。

 

 だからこそ、リヴェリアとしては新しい気持ちを応援したい。アイズに対して、「そうしたいと思うのは、楽しいからだ」と声をかけて促しているほどだ。誰がどう見ても聞いても母親としか表現できない思考と行動なのだが、この2文字を口にしたら恒例の返答が返るだろう。

 

 

「……なるほど、二日目から君が来ていたのはそういうワケか。ハイエルフらしく規律にはお堅いイメージが強かったが、随分と彼女には甘いのだな」

「……そう言われると耳が痛いな。フィンが近々、先日の謝礼も兼ねて招待したいと言っていたが……この鍛錬がファミリアに露呈すれば、私も漏れなく説教を受けるだろう」

「いつのまにか、逆に説教をしていそうだが」

「そんなことはない。君は、私を何だと思っているのだ」

「……」

「……何か言え」

説教姫(サーモン・ヘル) (Sermon(サーモン))」

「ほぅ……」

「冗談だ。……杖を降ろせ、殴打に使うものではないだろう」

 

 

 互いに同じ壁によりかかってそんなやり取りを交わすのは、目の前で鍛錬を行う者、それぞれの保護者かつ教師役と生徒役である。人ふたり分弱ほどの妙な距離感を空けて寄り掛かっているが、特に話のネタに困ることなくチマチマと会話が続いている。先に寄り掛かって少年の素振りを見ていた横に、彼女とアイズが訪れた格好だ。

 相変らず鎧姿の場合はいつもの目深なフードを被っているタカヒロにリヴェリアが理由を聞くも、ただの趣味という事で流されている。なお、この点については嘘偽りのない事実であり、逆に私服姿の時は何も被っていないのが現状だ。

 

 

「そう言えば、未だ言っていなかったな。少年は君の弟子なのだろう?ランクアップおめでとう。二つ名は、リトル・ルーキーだったか」

「称賛を感謝する。二つ名はその通りだ」

「まさに名前の通りの躍進だ。フレイヤ・ファミリアの猛者もレベル8になったとの報告が町を駆け巡っていたが、それすらも霞んでしまうかのような大躍進と言ったところだ」

「猛者が?」

 

 

 疑問符を発して顔を斜めに向けるタカヒロだが、このタイミングとなると自分と戦ったことが原因だろうかと勘繰ってしまう。とはいえ確信もないために、大きな反応は示さない。

 リヴェリアもまた、ここに居る4人とは無関係の冒険者ゆえに同様だ。先程から、互いに関する内容について会話のキャッチボールが行われている。

 

 

「ちなみにだが、猛者の二つ名はそのままとのことだ。ところで、君は二つ名は欲しくないのか?しっかりと冒険者登録をして活動すれば、少年より先に取得できただろうに」

「興味があれば疾うの昔に登録している、二つ名の取得で能力が上がるワケでもあるまい。君は昔から九魔姫(ナイン・ヘル)なのか?」

「昔からというわけではないが……魔法スロットが埋まってからは、変わっていないな」

「減ったらエイト……いや違うか、六魔姫(シックス・ヘル)にでもなるのかね」

「……そうなるな、考えたくはないが。ところで、君は魔法は使えないのか?」

「一応あるが、大したものでは――――」

 

 

 そんな彼女を横目見ながら追撃の手を緩めないアイズは、リヴェリアが見せる姿を不思議に思う。ロキ・ファミリアにおいても他者との会話は簡潔に済ませるリヴェリアが、ああして会話を続ける姿は珍しいものがある。ヒューマン、それも男を相手にしているのだから猶更だ。

 そして、自身が再びベル・クラネルを蹴飛ばした直後だと再認識して真顔になる。思いっきり力の加減を間違っており、中々の放物線を描いて少年は飛んで行ってしまっていた。

 

 

 しかし、何かがおかしい。少年の腰、左右にあるホルスターの数が、片側2本の計4本に増えている点は今回の鍛錬からだが、そこはさして問題ではない。アイズは、先ほどの蹴りの内容を思い返す。

 もし少年がまともに食らっていたら、即刻リヴェリアから中止の号令が出て説教2時間コースとなっていたことだろう。思い返した結果、それぐらいの力だったかもしれないと冷汗をかいた。

 

 それがどうだ。確かにかなりの距離を慣性力で飛行した少年だが、受け身を取って立ち向かってくるほどの余裕を見せている。

 ゼンマイ仕掛けが切れる寸前のような、弱々しい動きではない。極端なことを言うならば、自分が放った蹴りの一撃を吸収してしまったかのような状況だ。

 

 とはいえ、その推察はあり得ない。吸収したならばあれほど長く飛んでしまうことはなく、そもそも打撃技を受け流せることはあれど吸収することは不可能だ。

 

 では、どうやって。何かしらの技、それこそ小手先の技を使っていることは読み取れる。けれどもそれは、彼女ですら分からない内容だ。

 ならば、もう一度。もしかするとリヴェリアの雷が落ちることになるだろうが、それよりも今は、少年に対する興味からくる好奇心が上回る。彼女は内心で少年に謝ると、再び同じような蹴りを繰り出した。

 

 

(バックステップ……!)

 

 

 注視していたために、よくわかる。蹴りが入るその瞬間、少年は後ろへ向かって跳躍して相対速度を減少させていたのだ。少年の身体に働く慣性力は既に後ろへと向いて居るため、同方向からくる彼女の蹴りの威力が減衰されていたという種明かしである。

 更には一瞬だけとはいえ相手の蹴りを左腕の篭手に当てて肘を動かしクッション材とすることで、可能な限り蹴りの威力を緩和させている。明らかな力の差に立ち向かうため、今の自分自身ができることを精いっぱいの努力で熟していたのだ。

 

 ということで更に機嫌を良くし、薄笑みが現れると共に徐々に徐々に手加減具合が薄れている。ベルも音を上げる前に必死になって何とかしようと足掻いているために、アイズからすればそれが嬉しく、無限ループとなっている状況だ。

 

 

「……反省の色無しか。レベル2を相手の蹴りとは思えんが」

「それを言うならば、少年の受け身こそレベル2のモノではないだろう。我々の前衛でも真似できるか怪しいものだ。レベル1の頃から驚かされるばかりだが、2回目となると偶然でもないようだ。思わず目を疑ったぞ」

「感心ではなく注意喚起はどうした。ロキ・ファミリアの鍛錬では、レベル2に対して先ほどのような蹴りを放つのか?」

 

 

 そして始まりかける、言葉による場外乱闘。2名の保護者はそれぞれの顔に対して更なる物を言いたげなジト目を飛ばし、危うくゴングが鳴りかける。

 タカヒロが言うように、いくら少年が上手くいなしたとはいえそれは卓越した技術であり、本来ならば骨の2-3本はヒビが入っていた威力だろう。ベルの技術に目を奪われていたリヴェリアだがタカヒロの言葉でアイズの蹴りを思い返し、眉間に手を当てて難しい顔と相成った。

 

 

「……いや、確かにすまなかった。手加減はしろと念を入れたのだがな、あとで叱りは入れておく。それにしても、君のところの少年はよく頑張っている」

「誉め言葉は受け取るが、戦えているのは相手の手抜きによるものだ。多少の手癖があったところで、どうにかできる実力差ではない」

 

 

 受け取ると言いつつ素直に誉め言葉を受け取らずに、事実だけを表現する彼らしい回答である。リヴェリアも「彼らしいな」と心の中で思い口元が緩んだ。

 

 

「そうイジメてやるな。レベル6を相手に、しっかりと頑張っているではないか」

「言葉を借りてそれを言うなら、イジメるなと言う言葉はそちらの娘さんに掛けるべきだろう。さっきから自分の弟子は宙を舞ってる時間の方が長くないか?少しは男としての見せ場を作ってやるべきだ」

「フフッ。アイズも珍しく楽しそうにしているからな、無下には止められん」

 

 

 男を蹴っ飛ばして楽しそうってなかなか悪趣味じゃないですかね。とは口に出せなかったタカヒロだが、ベルはベルで必死になって立ち向かっているだけに影響としても悪くは無いのだろうと考える。了承済みとはいえ己も似たようなことをやっているために、あまり声を強くできない。

 ふと見せる時がある少女の笑顔を目にし、やや動きが鈍っている点は説教するべきかどうか悩むところだが、全体としては合格点を出せる動きを見せている。滞空時間の方が長いという言葉も比喩であり、しっかりと地に足をつけて、敵わないと知る憧れに対して立ち向う姿を示している。

 

 タカヒロも時たま横を流し見れば、リヴェリアはそんな二人を見て僅かながらに表情を緩めている。無意識のように見受けられるその顔から、酒場で「母親」と呼ばれていた理由を垣間見ることとなった。

 時折ガミガミと五月蝿くなるのも、友達程度の仲ではなく副団長という親の立場からくる、心配という本心の表れだ。ならばその言動も道理であり、猶更のこと母親とつけられた隠れ二つ名の意味を理解できてしまっている。

 

 なるほど。と心の中で納得して、彼は視線を弟子に戻す。相変わらずレベル差からくる実力差は圧倒的であり、彼の攻撃の全ては通らず逆に攻撃を貰っている状況だ。

 一方で彼女の剣には焦りの感情が付きまとっているが、その理由はタカヒロにも分からない。とはいえ、己とて早く強く成りたいと思っていた頃はあんな感じだったのだろうかと、少し懐かしい雰囲気を感じている。

 

 

「……今日はここまで、だね」

 

 

 名残惜しそうな表情を見せるも、相手が負っている傷を考えて彼女は鍛錬の終了を決意する。そう言って、アイズは木刀を納めて闘志を消した。

 

――――まだいける。

 

 最後にそんな目を向ける少年だが、師である人物の言葉は絶対だ。少年はナイフを仕舞って両手を伸ばし、しっかりとしたお辞儀とお礼の言葉を口にした。

 

 

「昨日よりも、動きが、よくなってる。この調子で、がんばって」

「はい、ありがとうございました」

 

 

 表情を緩め、そんな少年を見ていたのはリヴェリアだ。これほどまでに素晴らしい礼儀を見せてくれるならば教育者としても嬉しいものがあり、決して礼儀は悪くないものの、自分の弟子も見習ってほしいと思う程である。

 そして、芽生えた感情はもう1つ。先ほどから“ああ言えばこう言う”態度を見せている青年とは全く違うなと鼻で笑い、先日のオモテナシの際や先ほど言い負けた借りを返すべく、相手に聞こえる大きさの声で口を開いた。

 

 

「ふむ、やはり礼儀も覚悟も素晴らしい少年だ。はて、どこで師と道を違えたのだろうか?」

 

 

 知っているか?と口に出すかのように、彼女は不敵に口元を緩めて青年に向かって顔を向ける。

 意地悪な微笑みに対し、フードの下から言葉が返された。

 

 

「違えるも何も、元より同じ道を歩んでいない。ところで戦闘における手加減の命令を守らず、レベル2では到底受けきれない蹴りを何度も放つアイズ・ヴァレンシュタインは、どこの誰の“教導”を受けたのだろうか?」

「……」

 

 

 例によって、相変わらずこちらでは場外乱闘が開幕寸前。知っているか?と言いたげな口元で、彼は僅かに彼女に対して顔を向けている。交わる視線は、やがて火花を散らすこととなるだろう。

 もちろん、フードの下では意地悪な微笑みに近い口元が顔を覗かせている。仲が良いのだか悪いのだか分からない二人の言葉は、会話のドッジボール一歩手前の領域に相応しい。

 

 もはや、二人においては定石と言って良い互いの行動。目を細めて断固抗議の意思をもってタカヒロに顔を向けるリヴェリアだが、目線の先にあるフードから覗く口元は相変わらず不敵に笑っており、先の一文が確信犯であることが伺える。

 しかし同時に、彼女は“同じ道を歩んでいない”という言い回しが気になった。少年が彼の弟子であるはずならば、一致こそしないであろうものの、似たような道を歩いているはずである。

 

 そんな青年の前に、少年がやってくる。戦闘中と同じく真剣な表情で、先ほどまでの戦いについて問いを投げた。

 

 

「師匠、今日の鍛錬が終わりました。何か、アドバイスはありますか」

「細かなところは多々あるが、しいて言うならば、二度目の蹴りの時だ。あれ程の速度と威力の蹴りなら回避できないことは仕方ないとして、ほぼ同じ蹴りに対する減衰方法が全く同じというのは頂けない。改善を目指すべきだ。顔からして、ベル君も気付いていたみたいだが」

「はい。言い訳ですが同じことは思っていました。瞬時の事に反応できるよう、鍛錬します!」

 

 

 その意気だ。と言葉を残し、青年は少年の頭を優しく撫でる。戦う戦士の姿が一変として花のような笑顔を振りまく姿にアイズも思わず少しだけ胸を高鳴らせ、彼女もまた柔らかな薄笑みで少年を見守るのであった。

 




頑張るベル君を見て機嫌を良くするアイズたん。
程度は違えど似たような女神が居たような…


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36話 性格

保護者会の続きです


 何ものにも染まっていない少年の笑顔が、何故だか心を刺激する。僅か7歳の頃から続くモンスターとの戦いで荒んだ心が、優しく洗われるようだ。

 自分には無い安らかな顔は、不思議といつまでも見ていたい。そうしているだけで、口元が自然と緩みかける。

 

 

 が、しかし。アイズが少年に向けた視線ついでにリヴェリアを見るも、そちらから飛んできているのは「お叱り」の類の視線である。思わず視線を逸らしてアタフタするアイズだが、藁をも掴める状況にない。

 内容は言わずもがな、二度の蹴りに関する内容だ。リヴェリアが青年に言った通り、指導者としては見過ごせる内容で無かったことは確かである。決してタカヒロから受けた言葉の八つ当たりではない。はずだ。

 

 

「そ、そうだ師匠、それとリヴェリアさん!パーティー行動を見ていてずっと疑問だったんですけど、後衛を守る時って、どのあたりの立ち位置が良いんでしょうか!?」

「わ、私も、知りたい!」

 

 

 そこに出されたのは、少年渾身の助け舟である。天の助けとばかりにアイズも乗っかり、リヴェリアの後ろからベルに対して手を合わせて拝んでいる始末だ。そして感謝される少年の顔は大変にご満悦。

 説教と言う名のアクティブスキルを中断されたリヴェリアは、もう一人の指名相手である青年に顔を向ける。そんな青年も彼女に顔を向けており、まずは青年が「ここ」と言える場所へと移動した。

 

 ついでに、ハンドサインなどがあれば声に出さなくても後ろに意思を伝達できるとして、例を作ってベルに指導している。こうすれば撤退、こうすれば魔法攻撃の詠唱開始の指示、などが内容として挙げられていた。

 少し脱線したものの、本来の目的は立ち位置の確認である。青年も話を戻し、自分の考えを口にした。

 

 

「状況にもよるから一概には言えないけど、後衛の更に後ろからイレギュラーが発生しないとも限らないからね。あくまで守る側の話だけど、このぐらいの位置だと気楽かな」

「では、ここで後ろから魔導士に裏切られたならばどうする?」

「なにっ……?」

 

 

 突然の言葉を背に受けて背中越しに振り返ると、そこには杖を構えて詠唱の超初期段階を行って悪ーい表情を浮かべるリヴェリアが居る。詠唱の一節だけを口にした段階であるものの、明らかにタカヒロの背中を狙う仕草を見せているのは、いつもの“おかえし”と言ったところだ。

 ハァ。と深い溜息をついて、彼は正面に向き直る。高所故に少し強く風が吹いたが、この空気を持っていけるまでのものは無かった。まさかの展開にポカンとするアイズとベルを横目見て、青年は重そうな口を開くことになる。

 

 

「……さてベル君。内容が変わるが、これが“背中を刺される”と言うやつだ。知らない者とパーティー行動を取るならば、ダンジョンでは気を付けるように」

「は、はい……。凄い、そうやって魔力を瞬間的に練り上げるんだ……。で、ですがリヴェリアさん、何故こんなことを?」

「なに、イレギュラーというやつだ。しかし聞くに、いかなる状況においてもイレギュラーを意識することは、君が師から学んだ内容では――――」

 

 

 言葉が終わらぬうちに、“全く普通の盾”の先が杖を押しのけ、無防備な喉元に突き立てられる。紙一枚あるかないかという隙間で止められたソレは、そのまま放たれたならば喉どころか彼女の顔と身体を分離させるほどの威力を秘めていたことは明らかだ。

 目と鼻の先よりは少し遠い、5メートルほど先に居たはずの青年の身体はすぐ横に。金属独特のひやりとした気配が間近にあるその光景は、瞬くよりも速く作られた状況である。

 

 文字通り、見えず反応すらもできない速度で放たれる突進の一撃。初速から最高速に達していると思われる今の一撃が、花のモンスターから自分自身を助けてくれた時の技ということはリヴェリアもアイズも読み取れている。

 しかし、狙いを定めるならば無防備なわき腹かヘソの部分、杖を弾き飛ばすならば手というのがセオリーだろう。わざわざ杖で防ぎやすい喉を狙った理由を知りたく、リヴェリアは問いを投げた。

 

 

「……なぜ、わざわざ喉を」

「言葉をもって魔法の詠唱を成すならば、喉を潰せば魔導士としての機能を殺せるワケだ」

 

 

 ゴクリ、と、詠唱者の喉が鳴る。威力や速度に驚いている余裕は無い。すぐ右横に身体があり自分自身に盾先を突きつけるこの青年は、魔法攻撃における本当の弱点を的確についてきたのだ。

 たとえ詠唱者の喉を潰すことができなくても、ここに一撃をもらえば確実に言葉は止まる。詠唱が止められれば魔力が乱れ暴発の危険があり、その暴発を防げたとしても、当然ながら最初からやり直しとなるのは明らかだ。

 

 

「言葉を返すが、これは君から学んだ知識だ。言われたままというのもツマランので悪知恵を働かせてみたんだが、どうやら中々に有用かな」

「フフ……本当、君は出来の良い生徒だよ。後ろから狙ったのは悪かったな」

 

 

 フードの下で不敵に笑いながら答える青年と、こちらも目を閉じて笑いながら両手を挙げ降参するナインヘル。魔力の気配も消え去り、それを確認したタカヒロも鎧の音と共に構えを解いた。

 

 

「タカヒロさん、凄いね。リヴェリアが褒めるなんて……」

 

 

 本音を呟くアイズだが、教導だの生徒だのの単語により、かつて幼い頃に受けたリヴェリアのスパルタ教育を思い出してベルの後ろに隠れている。少年の両肩に手を置いて身体を隠しつつ、肩越しに二人を覗いていた。

 そんな彼女の反応を可愛く思いつつ、またショルダーアーマー越しながらも手が触れていることをやや恥ずかしがりつつ。あのナインヘルに褒められる自分の師匠を凄いと感じて、ベルもうんうんと頷いていた。

 

 

「ありがたい言葉なのは事実だが……当の本人にいきなり後ろから狙われなければ、大手を振って謝礼を返せたのだがね」

「ムッ。だから、それは悪かったと言っているだろう。当てるつもりもない」

「はて気のせいか?魔力を絞りに絞って当てにくる気配がしたのだが」

「っ――――!」

 

 

 照れ隠しから放たれる言葉の“カウンターストライク”、しかし彼が口にした内容も事実である。口をへの字に曲げつつある彼女だが、その次の言葉で真意を見抜かれていることを知り、やや顔を赤らめてそっぽを向いた。

 アイズが彼女に学んだ弟子だというのならば、いつか盾をバシバシしたこの弟子にしてこの師匠である。タカヒロに対して自分の攻撃が効くのか見極めたい、という本心は同じのようだ。

 

 

「いや結果として大ダメージだ。いつかの52階層のポーション然り、心はすごくキズツイテシマッター」

「お、お前はまた、そういう心にもないことを!」

 

 

 右手のひらを額に当ててフラフラとするタカヒロに対し、リヴェリアが声を荒げて真正面から突っかかる。真正面という言葉の比喩に沿うようにして二人の距離は非常に近いのだが、そこまで気が回ってはいないようだ。

 非常に高い貞操に対する意識、悪く言えば潔癖症であり本当に気を許した者としか握手すら行わない者がほとんどであるエルフ。しかもその王族だというのならば、彼女が見せている行動は異例と言えるだろう。面白がって相変わらずフラフラとしている彼の肩を右手で掴み、「演技を止めろ」と叫びながら揺さぶりをかけている。

 

 なお、それを見る二人のうちアイズも相変わらずベルの後ろから肩に顔を置くようにして覗き込む格好だ。彼女ですら見たことのない仕草を見せるリヴェリアを不思議な目で眺めており、そろそろ恥ずかしさが限界となってきたベルだが、横目ながらもそんな彼女の表情から目が離せない。

 そうこうしているうちにリヴェリアも息を荒げており、アイズの視線に気づいたのか咳払いをして足を一歩引いている。一方の青年は相変わらずフードの下で不敵な笑みを浮かべており、状況を楽しんでいる様子と言っていいだろう。

 

 

「まったく……これほどまでに叫んだのは本当に久しぶりだぞ。周りに誰か居たら、どうする気だ」

「己の所為だ諦めろ。しかし叫ぶという行為は、溜まった苛立ちを知らずのうちに軽減する。理由は知らんが今朝はいつもより表情に力が入っていたぞ、少しは和らいだか?」

 

 

―――それに気づいていて、だから煽るような……?

 

 驚きと共にそう思う彼女だが、確かに朝方抱いていたモヤモヤした気分は消えている。他でもない、どこぞの主神によって生まれたものだ。もっとも、原因は異なれど似たようなことは過去に何度も起きている。

 それでも、一度たりとも見抜かれたことは無い。よく近くに居るフィンやレフィーヤですら気付かないよう振舞ってきた彼女の演技は、並大抵の事では看破されない程のモノがある。だからこそ結果として、常にクールに立ち振舞う彼女のイメージが出来上がっているのである。

 

 しかし、青年を相手にはコレである。かつての花のモンスターにおいては隠していた損傷を見抜かれ、今回はさらに難しい気分の違いを見抜かれた。

 思い返せば、先のような言葉が出てくる時は確かにモヤモヤとした気分を抱いていた日かもしれない。ここまでくると、逆にどのようにして見抜いたのかが気になるレベルである。むしろ、それに気づく程に見られていたのかと思うと不思議と恥ずかしさが湧きかけた。

 

 もっとも、真相となれば聞くしかない。どうなのだ。と顔を斜め横に向けたまま目だけで訴えるも、フードの下の口元は怪しく歪んで、彼女を煽る時に見せるニヤリとした表情を浮かべるだけであった。

 

 

「さぁ?受け取り方はお任せするよ」

「……気持ちは受け取るが、素直ではないな君は。本当の事だが思ったことを口にしやすい所も私は気になる。まだ更生が利く若さだろう、性格が歪むぞ?」

「なるほど性格云々か、味方の背中に魔法を放つ君に言われたくはないねぇ?」

「っ―――!!」

 

 

 煽る表情で口にするタカヒロと顔が火照り血圧が上がるリヴェリアは、先ほどの焼き直しを行っている。ああ言えばこう言うこの男、やはり、ひねくれた性格を持っている。

 そして、彼女を叫ばすために煽っているということは、その分のヘイトは彼自身に向いているということだ。分かってやっているのか、それとも無意識か、それは誰にも分からない。

 

 

「さてベル君、そろそろ時間だぞ。今日はヴェルフ君と潜るのだろう、待たせるなよ?」

「へっ?あ、まずい!」

 

 

 彼女をいじるだけいじって、さっさと話題を変えてしまう点も特徴だろう。3人に頭を下げ、ベルはバベルの塔へと駆け出していく。その背中に思わず手を伸ばしたアイズだが、自分は何をしているんだろうと思い返して、胸の前で拳を作った。

 駆けだす少年にエールを送るようにして、北区にある鐘が鳴る。思わずそちらを向いた2名の女性の横顔を流し見て、青年もホームへと戻るのであった。

 

 

 自室において、念を入れて、ポーションも含めた全ての装備をチェックする。明日は深層にて、朝から“掘り”作業が待っているのだ。




今更ですがツイッターアカウントを作ってみました。
宜しければ作者ページからご覧ください。


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37話 産地直送

鮮度は大事です?


 ダンジョン51階層。洞窟が入り組んだようなエリアとなっており、滅多に人が訪れることのないこの深層においては、さほど戦いは起こらない。

 直ぐ上の階層がセーフゾーンである50階層ということもあるが、基本として、モンスターと言うのはモンスター同士では争わない。となれば、人が来ない限りは戦闘が発生しないのも当然の事象なのだ。

 

 とはいえ、最近の事情では話が変わる。モンスターたちも見たことのない極彩色のイモムシ型の輩が各階層を荒らしまわり、俗に言う同胞も数多くが屠られた。

 故にイモムシを見かけた場合は問答無用で戦闘が発生しており、故に治安状況は非常に悪い。ダンジョン内部で治安がどうこう述べるのもオカシな話ではあるものの、以前と比べれば明らかな危険地帯となっていた。

 

 

 害を受けているのは、デフォルミス・スパイダーと呼ばれる蜘蛛型のモンスターも同様である。51階層に生息し、赤と紫が混色した巨大な蜘蛛だ。

 八本の脚が特徴で、オリジナルの蜘蛛のように単眼を複数持つ。吐き出す糸を浴びれば身体の自由が阻害され、度が過ぎれば拘束されることとなり、そうなれば命を落とす事となるだろう。

 

 もっともイモムシからすれば話は別であり、強烈な酸を使えば遠距離合戦も可能であり糸を溶かすことなど造作もない。故に相性的には有利な関係となっており、イモムシの一行による狩りが行われていた。

 抵抗するデフォルミス・スパイダーだが徐々に徐々に数を減らされ、此度の紛争もイモムシ側の勝利となる。100匹程のデフォルミス・スパイダーが、各地点で散ることとなった。

 

 それを襲っているイモムシの目的は、モンスターの魔石を集めること。これが遠洋漁業の類ならば、大漁旗が掲げられている度合の収穫高となっている。

 それほどの量の魔石を集めたイモムシは、目的地である59階層へと帰るために踵を返し――――

 

 

「またお前らか。イモムシはお呼びではないんだが……」

 

 

 “堕ちし王の意志”の直撃を受け、集団ごと木っ端みじんに飛び散った。イモムシが集めた魔石も飛び散った酸で溶けているが、青年にとっては関係のないことであり、目的は別にある。

 イモムシが無視を決めていたドロップアイテム、デフォルミス・スパイダーの糸を収集することが目的だ。それらしきアイテムを拾ってインベントリに突っ込む作業を繰り返していた時に、先ほど花火となったイモムシと遭遇したわけである。

 

 今のドロップ品確保で、合計87個。「そう言えば必要数を言われていないし聞いていなかった」と思い返した青年は、確定ドロップではないと知りながらも、とりあえず1スタック99個を集めるかと呑気に考え、51階層を山手線の如くグルグルと周回しているのである。

 おかげさまでデフォルミス・スパイダーのついでに彼に喧嘩を売った他のモンスターも屠られており、インベントリには関係のないアイテムや多量の魔石が収まっている。戦いを行う者がほぼほぼ全滅しているために平和という、なんとも皮肉な平和を誇る51階層が、この時ばかりは存在していた。

 

 なお、現在138周目。今となっては湧きパターンも把握できているために効率的だ。モンスターも意地を張らずにさっさと糸をドロップしておけば、ここまで虐殺が長引くことも無かっただろう。

 傍から見れば奇行としか見られない行動をやっているうちに、やがて1スタック99個が集まり切る。次は58階層だったなと呑気に考え、青年は、隣町に買い物しに行く気分で52階層へ繋がる階段を降りていく。

 

 すると、どうだろう。「ようこそ52階層へ」と言わんばかりに、下方から放たれた攻撃の気配が伺える。前回と同じく直径15メートルほどの火球攻撃の直撃を受ける彼だが、“コルヴァーク(セレスチャル)”を相手した際に受けたダメージの炎と比べれば無傷もいいところであり、強靭な回復能力によって被ダメージは皆無となっているのはご愛敬だ。

 とここで、彼の脳裏に彼女の授業が思い浮かぶ。58階層からの火球攻撃で作られた穴に落ちると58階層へ直行となり、6階層にわたって開いた空間の“横穴”から当該階層に生息するワイバーンが飛び立ち、落下中に多数のワイバーンに襲われるという内容だ。

 

 

 “そうなる危険”から遠ざけるために、あの授業があったのだろうと言うことは痛いほどに伝わっている。それでも帰りの便を考慮しなくて良い青年は、確実かつ速達なルートを選択したいのが本音でもある。

 装備の為ということもあって、今の彼の思考回路は単純かつ素早い。せっかく盛大な歓迎をしてくれた相手に応えるため、と言い訳をして心の中で彼女に謝ると、直径15メートルほどの穴に向かって飛び込んだ。

 

 

 

――――火球が命中したと思ったら無傷な人間が上から降ってきたでござる。

 

 落下してきたイル・ワイヴァーンを強く踏みつけて落下の慣性力を相殺し、58階層に着地した鎧姿の相手を見たために出てきた感想。それが、ヴァルガング・ドラゴンが抱いた最初の感想であり、心の中における遺言と相成った。

 直後、落下中に彼を攻撃し、例によって即死したイル・ワイヴァーンの死体の群れがボトボトと山のように積み上げられることとなる。何が起こったのか分からず呆気にとられるドラゴンの群れだが、間髪入れずに突進術が放たれ多数の意識も沈むこととなる。

 

 モンスターがダンジョンで生きるという権利を簒奪するかの如く、さも当たり前のように一撃でもって生命力を刈り取る凶暴さ。いつかカドモスを屠った時と同じスキルや恩恵を有効化している青年は、効率よく依頼のアイテムを1スタック集めるために攻撃力を高めていた。

 大柄なドラゴン故に攻撃の際は懐へ飛び込んでおり、下手にドラゴン側が攻撃を行えば味方に命中することは明白である。故にロクに動きも取れず連携も失っており、対処する術が生まれない。

 

 もっとも、だからと言って何もしなければ、みるみるうちに味方の数が減るだけだ。相手が持つ盾が振るわれるたび、複数の仲間が散っていく。

 しびれを切らした者が人間に攻撃をするも、逆に四散して屍を残すだけ。故に、モンスターが辿る道は51階層と同じである。

 

 いつかロキ・ファミリアを相手にミノタウロスがとった行動の再現ではないが、モンスター側が逃げ出す光景がそこかしこで発生中。前階層へ続く階段の広さ故に物理的に上層へは逃げられないものの、58階層で大運動会が発生している阿鼻叫喚の状況だ。

 

 

 残念ながら、装備のために戦っている青年(装備キチ)からは逃げられない。平和な58階層の村にやってきた殺戮者によって殴打されるハック&スラッシュな光景だが、2枚の盾が奏でる殴打の音は鳴り止まず、鱗が82枚と牙が120個ほど溜まった今でも止まらない。

 

 

「何度も言わせるな物欲センサー。牙ではなく、鱗だと言っている――――!」

『■■■――――!?』

 

 

 そして彼にとって一番の大敵である物欲センサーも、しっかりと仕事を行っていた。2つあるうち望んだほうがドロップしない「あるある」の状況が先ほどから続いている。

 それでも絶対数でゴリ押しすればいつかは終了するものであり、たっぷりの必要素材とついでに集まった魔石に対し、青年も大満足。その感想は、タイムセールで目的のモノを買い込めた主婦の心境と似ているだろう。

 

 咳払いも木霊する程に静かな58階層で、リフトを開き。いつものオラリオ地上、西側へと帰っていくのであった。

 

=====

 

 

「神ヘファイストス、依頼の品を納品する」

 

 

 日帰り一人旅行で58階層へと赴いていたタカヒロは、一度ホームへ戻って着替え、時間を潰すとバベルの塔へと足を運んでいる。閉店直後を狙ったこともあり、そのままヘファイストスに取り次いでもらっていた。

 もっとも58階層となると到達するだけでも早すぎる日付しか経っていないのだが、ヘファイストスとて、まさか現地調達しに行っているなどとは夢にも思っていない。そこかしこの商人を伝って、どこかのファミリアで温存されていたモノを手に入れたのだと判断している。

 

 布生地に包まれたドロップアイテムを机に広げ、タカヒロは品質を確かめてもらうよう依頼する。現物を手に取って職人の目で見定めるヘファイストスだが、いつかのカドモスの被膜の時のように産地直送で品質が良すぎるドロップ品に目を見張っている。

 チラっと青年を見るも、「合格ラインか?」と言いたげな真面目な表情をしており「凄いやろ!」的な自慢要素は伺えない。故に、単に品質について問題が無いかを真面目に問いているのだろうと捉え、ヘファイストスもドロップ品については合格の返答を示している。

 

 ここで逆に、作成には何個が必要なのかと青年は問いかける。実のところは1個だけでもガントレットに対しては相当量のものがあるものの、万が一にも2スタックなどを要求されれば、今すぐ50階層へ突撃する用意があった。

 もっとも、そんな青年の心配もなんのその。結果だけで言えば、至極当然のものに他ならない。

 

 

「1個で良いわよ。……なにか嫌な予感がするわ。ねぇ、いくつ“ある”の?」

「ん?(提供したのは)一個ずつだが」

「……本当?」

「疲れているのか?どう見ても一個だろう」

 

 

 直感的に嫌な予感を抱いて物言いたげな視線を向け、ヘファイストスはすぐさま魂を見る。しかし嘘ではない故に、神様判定の結果はセーフ。

 

 怪しげな空気の中、続いて出されたデフォルミス・スパイダーの糸も、十分に合格なレベルとなっている模様。ヘファイストスも金属の一欠けらを手にしており、これらをベースにガントレットを作るようだ。

 これにて、必要な素材の準備は完了したこととなる。あとは、文字通りのヘファイストス次第ということになるだろう。

 

 

 しかしながら、彼女は不安を覗かせている。青年が要望した「星々から得られる力」というのが、12星座で有名なオリンポスの神話に登場する彼女、そしてその腕前をもってしても、どうにも表現しづらいというものだ。いくらか品質を落として試作してみたものの、そこだけが、どうしても上手くいかなかったようである。

 だったら。ということで、突破口になるかもしれないと、タカヒロは1つのアイテムを取り出した。ジャンルとしては、増強剤と呼ばれる代物である。

 

 アイテム名を“強力なスターダスト”。元々は両手武器に使用することができる増強剤なのだが、その基は“注意深く集められた流星の塵”。そう言った意味では、一種の金属に近いものがあるだろう。

 見たことのないアイテムを見つめるヘファイストスは可愛らしく首を傾げており、タカヒロが聞いてみると、どのようにして使うか迷っているようだ。どうやらモノとしては彼女が心配していた部分の突破口になるかもしれないとのことで、興味深く見つめている。

 

 

「色々と試してみたいわね……。余裕があったら、今のアイテムをもう1つ貰えないかしら?」

「わかった。まだ在庫はある、足りなくなったら言ってくれ」

 

 

 鍛冶の神ヘファイストスをもってしても、そう簡単にはいかない内容。相手の視線からそのような内容を判断したタカヒロも、上手くいくかどうかと気が気ではない。なおその心配とは裏腹に、見たことのないアイテムで興奮しかかっているというのが彼女の真相だ。

 タカヒロがガントレットの作成日数を聞いてみるも、最低でも5日ほどと返事が来ており、それ程までに多くの日程を必要とするようだ。普通のガントレットならば1日あれば2つは作れるという補足説明が、今回の難しさを物語っている。考えが脳内を駆け巡り唸りに唸っているヘファイストスに挨拶をし、タカヒロは部屋を出た。

 

 

 そして帰り際、突然とヴェルフに呼び止められることとなる。どうやらベルがナイフを発注していたらしく、数本を預かって持ち帰ることとなった。そのうちの一本は、特徴的な赤色の刃を成している。

 ミノタウロスの角を加工したモノで名前は“牛短刀(ミノたん)”と言うらしいが、相変わらず前衛的なネーミングセンスである。それと似て物自体も相変わらずの芯の据わったものであり、ヘスティア・ナイフには到底及ばないが、攻撃力の底上げには有効だろう。

 

 また、許可を貰って普通のナイフをホルスターから引き抜く。こちらも例にもれず丁寧に作られた品であるが、タカヒロが今までに見てきたものとは異なっていた。

 

 

「……おや?腕を上げたなヴェルフ君、以前のナイフとは別物だ」

「わかりますか!?いやー、嬉しいなー……!」

 

 

 己は変わらずレベル1であるために鍛冶のアビリティは発現していないものの、技術の試行錯誤を認められ、嬉恥ずかしでヴェルフの頬がほんのりと色づく。内訳を示すならば素材の類は一切変えておらず、本当に技術だけで性能を伸ばしているのだ。

 色んな意味で気になった名前を尋ねてみると、“兎牙-MkⅢ”。いつのまにか第二段階があったらしいが、彼のナイフを手に取ったのは久々だったために気付かず、恐らくミノタウロス戦辺りではMk-Ⅱになっていたのだろうと判断している。

 

 ともあれ納品依頼の件については了承し、ヴェルフと別れたタカヒロは帰路についた。

 

 発注直後だというのに既に己のガントレットの行方も気になるが、一体どのような装備が出来上がるかは、モノが出来上がって手に取ることになるまで分からない。それでも可能性があるならば、そのアイテムを求めるのがハクスラ民だ。

 鍛冶において一切の手を抜かない彼女が、久方ぶりに本気で挑む一品だ。妙な話だが、それこそどんなエンチャントが付くのかは、ヘファイストスでも分からない。

 

 せっかく“彼女”の一言から始まった流れであるために、望みの物ができればいいなと思いつつ。一方で、以前に思い浮かんだ欲張りチート装備は無理だろうなと考えながら、夕日が傾く中、タカヒロは教会へと足を向けるのであった。




■強力なスターダスト
・注意深く集められた流星の塵の、 アルケインの特性が衰えることはない。
*両手武器用の増強剤。
+90% 冷気ダメージ
+90% 雷ダメージ
+90% 凍傷ダメージ
+90% 感電ダメージ
+8% ヘルス


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38話 レベル2の英雄 の受難

 翌日。日課となっているベルとアイズとの鍛錬が終わり、昼食時も過ぎた頃。

 

 ベルが訪れた黄昏の館の鍛錬場では、和やかな声が響いている。先日のミノタウロスの一件で負傷した引率者が回復したとのことで、是非とも御礼をさせて欲しいと、フィンからベルを招待した格好だ。

 彼の目に映るベル・クラネルという人物は、もはやレベル2の冒険者ではない。絶対的な力で言えば己の方が遥かに上なれど、アイズと同じく一流の戦士に興味を持ってしまっている。

 

 実のところ、ベル・クラネルと同じく英雄願望を抱いているこのアラフォー。こちらは明確な目標を抱いているが、実のところ戦う理由の根底は似たようなものなのだ。

 当時のパーティーメンバーもこの場に居り、ランクアップの称賛と同時に「是非また、一緒に潜りましょう」と提案を行っている。一足先にレベル2になったベルであるが、学ぶことはまだまだこれからであるために、花の笑顔でその提案を受け入れていた。

 

 今回は眷属を直に守ってくれたということでロキも場に出てきており、選挙立候補者のごとく固い握手を交わしてベルに礼を述べている。ヘスティアとは仲が悪い彼女だが、己の眷属の命が絡んでいる此度の件となれば話は別だ。

 引率者を筆頭とした七名のなかでは、既にベル・クラネルは英雄的な扱いに等しい。とりわけ称賛以外の感情が混じっているのが、当時の引率者の女性である。その感情が何であるかはさておくとして、その目は明らかに輝いた様相でベル・クラネルを見つめていた。

 

 一方の私服に着替えたアイズからすれば、お気に入りだった白兎を独り占めできずに不貞腐れている。天然センサーがベルに対する尊敬以外の感情も受信しており、それが何かは分かっていないものの、不貞腐れ度合は一入だ。

 フィンやロキと会話するベルの後ろからプクーっと片頬を膨らませて凝視している光景に、目を合わせられている引率者の女性も何事かと怯えている。結果として、積極的に話しかけることができずにいる程。アイズは露骨さを隠そうともしていない。

 

 結局アイズは実力行使ということで、ベルの周りに集まりだす冒険者に交じって移動し、ちゃっかり横に付けている。ベルの会話の対象はフィンであるものの、その点は仕方ないかと割りきりを見せていた。

 それにしても随分な人だかりとなっており、ベルは困惑した表情を隠せていない。ツンデレ狼人は二階のテラスから眺めているのだが、仕方のない事だろう。ワタワタとする仕草を見たアイズが肩に手を置いて、その症状は治まった。

 

 

「騒がしくてすまないね。でも、みんな気になっているんだよ。あの戦いは、本当に見事だった」

「ありがとうございます。ですが凄いのは僕じゃなくて、師匠に学んだ技術の賜物で」

「なんで貴方がアイズさんの横に居るんですかぁ~!!」

 

 

 そんな白兎の声を耳にし馳せ参じた山吹色のエルフによる絶叫が、ロキ・ファミリアの中庭から木霊する。なかなかの大音量に、執務室に居るリヴェリアの手がピタリと止まった。

 ロキ・ファミリアのメンバーをミノタウロスから救った英雄、故に今日は来賓として来ている少年に対し叫び声をあげるなど、拳骨か、雷か。それとも両方かと内心で考えて立ち上がると、朝から黄昏の館に入り浸っている青年が、宥めるように声を出す。

 

 

「立ち向かった本人が礼など気にするなと言っていたんだ、放っておけばいいさ」

「ロキ・ファミリアとしての体裁がある、そうはいかん。行くぞ」

 

 

――――え、自分も?

 

 という本音は口に出せないが、勉強している態勢のままで横目見る。すると目に力を入れて細める彼女の表情が「来い」と圧力をかけているために、青年は渋々従った。

 今日中に終わらせろと指示が出ていた問題集が目の前にあるのだが、中庭の応対が長引けば支障が出るだろう。黙っていれば良かったかと溜息をつきながら、ゴロゴロと鳴っている雷がこちらで落ちても困るために、大人しくリヴェリアの後ろに続いていた。

 

====

 

 

「クラネル君。お客様の立場にお願いするのも恐縮なんだけど、良かったら組手をお願いしてもいいだろうか」

 

 

 始まりは、ふと誰かが口にしたこの言葉だった。一瞬の間をおいて、俺も私も自分もと、タイムセールに群がる主婦の如く全員がベル・クラネルに殺到している。

 ここがロキ・ファミリアということで美女揃い、かつ女性の比率が高いということで群がる女性も非常に多い。故にアタフタしているベルを見たアイズの表情は猶更の事、冬ごもりの準備をするリスと化している。

 

 

「団長が口に出しちゃダメなんだろうけど、ボクも、是非とも相手して貰っていいだろうか」

「待てフィン、ワシが先じゃぞ」

 

 

 あのロキ・ファミリアのレベル5や6ですら、寄って集って零細ファミリアのレベル2に対して詰め寄っている、この惨状。助けてアイズさんと言わんばかりに後ろを見るも、いつの間にか周りと同じ目をしていたのでベル・クラネルは諦めた。

 そんななか、ドアが開かれてリヴェリアとタカヒロが中庭へとやってくる。一部エルフの取り巻きがそちらに反応したために、全員の視線がそちらを向くこととなった。

 

 少年にとっては、まさに助け船だろう。一瞬の隙をついてダッと駆け出してタカヒロのもとに移動すると、その後ろに隠れてしまった。

 こうなってしまうと、たとえフィンとて口出しできない。騒がしさは収まり、ザワザワと静かな声が聞こえる程度だ。普段は誰も口には出さないが、“謎の青年”とはロキ・ファミリアにおいて、それ程の立ち位置に存在している。

 

 

「……露骨だな」

「はは、露骨にもなるよ」

 

 

 しかしフィンたちは、お願いすることはできる。全員から露骨な視線を向けられたタカヒロとフィンの間で、2-3分の“お話し合い”が開催されることとなった。流石のリヴェリアも、この空気を割ってレフィーヤに対し雷を落とそうとは思わないらしい。

 ベルのやる気を出すためにタカヒロの提案で、アイズを護衛対象とした模擬戦闘が決定されることとなった。ついでに横に居たレフィーヤまでもが護衛対象となっているのはご愛敬であり、彼女は相変わらず、ベルに対して強い言葉を放っている。

 

 

「な・ん・で!貴方が!アイズさんを守ることになったんですか!」

「あはは、文句でしたら師匠とフィンさんに」

「言えるわけないでしょう!!だいたい何なんですか貴方は、無詠唱魔法だけでも在り得ないんですよ!?それに一か月と七日でランクアップ!?果てにはレベル1の鍛冶師が作った武器で倒すなんて」

「随分と詳しいな、レフィーヤ君」

 

 

 青年が呟いた据わった一言で、場が凍る。正直なところさっさと終わらせたかったために、模擬戦闘の提案も含めて口を挟んだタカヒロだが、傍から聞けば「レフィーヤがベル・クラネルのことをよく調べている」といった内容だ。

 ということで、もうちょっと変換するとなると「レフィーヤがベル・クラネルに興味を持っている!」という内容。別に間違ってこそおらず正解ながらも、誰よりも先にその内容に辿り着いたレフィーヤ本人は、顔を真っ赤にしながら「違います!!」と叫び、タカヒロが微塵も思い描いていない“何か”を必死に否定していた。

 

 

「タカヒロさん……」

「ん?」

 

 

 ギャーギャーと山吹色の声が後ろから響く中、タカヒロは武器が沢山入ったボックスから一枚のラウンドシールドと刃の潰れた片手剣を取り出している。何か言いたげに青年の名前を呼び目線をガン合わせしてきたアイズに目を合わせ、次に彼女が目線を向けたベルの更に前で盾を構えて少しだけ腰を屈めると、フィンに対して向き合った。

 

 

「お客様として招待したんだけどね。無茶な要求に応えてくれて感謝する」

「その対象はベル君だろう、自分はいつもの日課で来ているだけだ。あまり時間が無くてね、一度だけならば相手しよう」

「ありがたい、胸を借りるつもりで挑むよ。じゃぁ、いくよ。クラネル君はいいかな?」

「はい。師匠、最初の一撃はお願いします!」

「分かった、槍の方は受け流そう」

 

 

 フィンの足首に力が入り、瞳がカッと開かれる。何せ、相手はベル・クラネルよりも気になっていた“謎の青年”なのだ。

 相手は52階層にソロで来るような人物。今の今まで物凄く気になっていた人物ながら、色々と迷惑ばかりかけていたために探るに探れず、その実力は未だ未知数。

 

 相手は鎧を着ていないために本気の武器は使えないが、これで、いくらかの実力は明らかとなるだろう。フィンは持てる力を振り絞り、実戦と変わらぬ速度の突きを放つこととなった。

 実戦で放つような速度なれど、やはり青年は間髪入れずに反応する。左手の盾を右に向けて槍の側面に当て、曲面部分を使って左側へと受け流し――――

 

 

「あれっ?」

「えっ?」

 

 

 突き付けられた槍だけは、フィンも驚くほどの正確さで、誰も居ない左側に向かって奇麗に泳いでおり。てっきりそのまま身体ごと弾き飛ばすのだとばかり思っていたベルだが、疑問符を口にしつつ、目論見は外れることとなる。

 槍が逃げる力を利用した手癖の悪さによって、小柄なフィンの身体だけが、青年の真後ろにいたベル・クラネルに直撃した。そしてそのまま弾かれるように、ベルの身体は、守護対象である後ろに居るアイズへと向かってストライクするわけである。

 

 なお、アイズからすればウェルカム・バッチ来い。回避する気など、これっぽっちも持ってはいない。

 両手で自分の身体を庇うような仕草を見せながらも、あからさまなキャッチング態勢に移行した。結果としてそこにベルが綺麗に飛び込む形となり、彼女は受け止めて芝生の上に倒れ込むこととなる。

 

 結果的に何が出来上がるかというと、いつかのクラネル・マットレスの逆バージョン。軟らかい感触と優しい香りが少年の顔を包み込むと共に、もちろん血圧は急上昇。

 すぐさま体を起こして全方位に対して土下座を始める少年だが、状況が過去に戻ることなど有り得ない。真横で蒸気機関車となっているレフィーヤを筆頭に、目撃者は大多数の状況だ。

 

 

「あ、あ、あなたって人はあああああ!!」

「ごごごごごめんなさいアイズさん!!っていうか、変な受け流しをしないでくださいよ師匠!フィンさんの突進が全部こっちにきてましたよ!?」

「心外だなベル君、“槍”は宣言通りに受け流したぞ」

「もぉー師匠のばかああああ!!」

 

 

 屁理屈を述べる、相変わらずの仏頂面な青年からすれば確信犯。真後ろから青年の技術を見ていたベルからすれば、まさに雲の上の技術の無駄遣いである。

 満足気に半目のままサムズアップしているアイズに対しアイコンタクトするタカヒロは、“これでいいかね”という内心だ。この仏頂面の青年、ベル・クラネルで遊んでいる上に、やはり“アイズ語”の基礎程度を解読できている。

 

 一方で、傍から“見えていた”者からすれば、叫び声をあげる本人たちと違って余裕がない。盾によって隠れていなかった部分が最もよく見えていたガレスに至っては、目を見開いて青年を凝視してしまっている。

 あのフィンの槍だけを的確に流し、かつ後ろに居るベル・クラネルの動きを読み切り、あまつさえフィンの身体だけを正確な角度と威力で直撃させる防御能力。平然と出された今の攻防にどれほどのものが詰まっているかは、彼ならば容易に分かることだった。

 

 

 ――――パッシブスキル名、シールドトレーニング。

 盾を使った戦闘技術における応用術で、手捌きや専門的な動作精度・速度が向上し、大きく重い盾が何の障害にもならない事を確立した技術。彼が持つ、小手先の技術を更に高める代物だ。

 

 

「……戦士タカヒロ。一度だけと口にした言葉、どうにか撤回できぬかの」

「撤回はできない。早々に切り上げて課題を終わらせねば、どこかの誰かが放つ雷魔法が落ちるのでね」

「ほぅ……」

 

 

 ピクリと、とあるハイエルフの片眉が下がる。数メートル離れた位置に居るはずだが、地獄耳なのか意識を向けていたのかまでは不明なものの、どうやら、しっかりと聞こえているようだ。

 一方で盾を使う同職故か息ピッタリなガレスとタカヒロは、互いに仏頂面のまま会話を続けている。意味ありげな回答をした青年の言葉に対し、ガレスが乗っかって発言を返していた。

 

 

「誰とは言わんが、その魔法は持続時間が長すぎる。ああ、確か緑髪だったか」

「誰とは言わんが、なんじゃ、とうとう10個目の魔法まで取得しおったか。ああ、確かエルフじゃったの」

「誰とは言わんが、何を今更、元からだろう。ああ、確か魔導士だったか」

「誰とは言わんが、それもそうじゃの。ああ、確かロキ・ファミリアの副団長」

「誰と誰とは言わんが、そこに並べ!!」

 

 

 山吹色の絶叫に混じってリヴェリアから声が上がり鬼ごっこがスタート、盾職の二人がランナースタイルで駆け出している。扉を吹き飛ばしてしまうので突進スキル“堕ちし王の意志”は使えないが、ステイタス的な数値はゼロながらも、彼の脚力からすれば後衛職から逃げ切るのは十分だ。

 なお残念ながら、元より敏捷に劣るガレスは捕まっていた模様。言い出しっぺであるタカヒロを確保できなかった恨みも積もった説教が、黄昏の館のホールに響いていた。

 




・シールド トレーニング(レベル5)
盾を使った戦闘技術の広範な研究で、手さばきや専門的操作が向上し、盾が何の障害にもならない事を保証する。
-7% シールド回復時間
+7% シールドブロック率

備考:
 GrimDawnにおける盾のブロックは、盾ごとに回復速度(秒数)が設定されています。これが1秒の場合、ブロック判定の発生後1秒すると、再度ブロック判定が行われるようになる感じです。
 そのため、このパッシブスキルがあると(例えば-10%の場合)ブロック回復速度がマイナス10%となり、ブロックしてから0.9秒後にブロック判定が発生するわけですね。
 回復秒数が長い盾ほどブロック率やブロックするダメージ量が多く、回復秒数が短い程、ブロック率が低くブロックするダメージ量が少ない傾向となっています。
 ちなみにですが、タカヒロの盾はダブルレアMIで中間の性能となります。ブロック率・量がどうこうより、付属するスキルや装備効果目当ての採用です。


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39話 検討会

「あいたたた……リヴェリアのやつめ、年寄りに長時間の正座をさせるなというに……」

 

 

 まだ少し、足のしびれが残る中。老衰したような歩き方になってしまっているガレス・ランドロックを見て、周囲のロキ・ファミリアの団員たちは心配した様子で対応を見せていた。別に年寄りという程でもないのだが、いつの間にかクセになっているようだ。

 とは言っても、痺れの原因が病気ではないために、時間が経てば治るだろう。どうやら、レベル6であり耐久値はS999間近のステイタス、“重傑(エルガルム)”の二つ名を持つ彼でも、辛いものは辛いらしい。

 

 こうなった理由としては酷く単純であり、“意味ありげ”な発言をした青年の言葉に、面白半分で乗っかったガレスの自業自得。あそこで黙っていれば、少なくとも飛び火することはなかっただろう。

 もっとも、ガレスからすれば新鮮な光景であったことも、また事実。同じファミリアの者でもリヴェリアに対してあのような言葉を口にする者は片手で数えるほどしか居ないのだが、どういうわけか、他のファミリアである青年が口にし始めたというわけだ。傍から見れば自爆特攻と変わりなかった光景だが、青年には冷静さが伺える。

 

 普段から酒癖についてちょくちょく言われているために、青年の言葉が突破口にでも思えたのだろう。別に彼女を貶めたいワケではないガレスとしては、彼女に対する事実をいじる内容に乗っかってやろうと、彼の中の悪戯心が顔を出した格好となる。

 なお結果は先の通りであり、無事に捕まって説教コースと相成ったわけだ。ゴロゴロと鳴っていた雷は、最終的にガレスと言う名の避雷針へと落ちる結末となっている。自ら獅子の尾を踏むならば、相応の盾が必要だ。

 

 

 己とは別に逃げきった者の名を、タカヒロというそのヒューマン。ガレスとて、その青年について全く知らないわけではない。

 自身と同じ盾を使う戦闘スタイルであり、未だ正気とは思えないが、52階層へソロにて到達できる実力を保持しているらしい。ついでにこちらも正気とは思えないが、あのリヴェリアの座学に付いていけているとの情報もある。

 

 とはいえ、それもおかしな話でもある。52階層へ行けるほどの者が、何をいまさら学ぶ必要があるのだろうか。

 知識・力・経験・仲間・装備・時間。深層とは、これらのうちどれか1つでも欠けたならば到達することは非常に難しい。ガレスとて知識に長けているわけではないが、必要最低限のものは身に着けている。故に、その者ならば猶更のことだろうと思っていた。

 

 

 レベル、出身など、その一切が詳細不明である謎のヒューマン。唯一ヘスティア・ファミリア所属ということは判明しているが、所詮はその程度だ。

 かつて、その戦いらしきものを見たことがあるのはリヴェリアとアイズ、そしてレフィーヤとギルド職員だけ、更にはたった一回という数少なさ。加えてリヴェリアによる情報を信じるならば、冒険者登録すらも行っていない確率が非常に高いと言う異常さがある。

 

 主神ロキいわく、「悪い奴ではないが、色々と得体が知れん」と、まさにガレスと同じ感想を残している。彼女は酒場にて殺気を向けられているために、余計に神経質になっているのだろう。

 装備作成・収集を邪魔しなければ、人畜無害な青年というのが実情だ。なお、先の4文字からモンスターは除くこととする。

 

 

 もっとも、ガレスの中におけるそんな評価も、今日の午前中でお仕舞いだ。目にした光景を否定するならば評価もそのままなれど、現実に起こった事実であることは揺るぎない。強い弱いを明確に測れるような戦いでは無かったものの、持ち得る技術力は把握できた。

 ひょんなことから開始された、団長であるフィンとの攻防。何故団長の立場に自分が居なかったのかと悔やむも、たった一撃のやり取りの中に青年が垣間見せた狡猾さは、今までに見たことのない代物であり――――

 

 

「ガレス、ちょっといいかな」

「ん?なんじゃ、フィン」

 

 

 噂をすれば影が差す。とはまた違うが、そんなタイミングでフィンが声をかけてくる。槍を片手の表情は真剣そのものであり、自然とガレスの表情にも力が入った。

 

 

「久々に、鍛錬に付き合ってよ」

 

 

====

 

 

「フッ!!」

「なんの!」

 

 

 夕日傾き、西からの光で街中が紅く染め上げられる中。黄昏の館にある中庭にて、金属同士がぶつかる音が弾けるように響いている。

 

 

 もはや見えぬ線となり突き出される槍の一撃を、ドワーフは普段通りに盾で受ける。フィン・ディムナから放たれた軌跡が昼過ぎにおける一撃の再現であることは、一撃が放たれる前に感じ取れた。

 もっとも、ガレスとてマトモに受けているわけではない。その時の光景を再現しようと、彼もまた色々と試行錯誤を繰り返しているのが現状だ。

 

 しかしどうして、理屈は単純そうで再現できない。受け流しの類であることは読み取れたために同じく左に流そうとするも、フィンの身体もまた流れてしまう。もしくは、双方が盾に阻まれるかのどちらかだ。

 一方のフィンもまた、昼間の情景が脳裏に焼き付いて離れない。己の一撃が相手の盾に当たったような、当たらぬような妙な感触だなと一瞬微かに感じたものの、次の瞬間には身体だけがベル・クラネルへと向かっていたのだ。

 

 もしアレが実戦ならば、反撃も防御も行えなかった己の身体は相手の剣で真っ二つだったことだろう。対人戦闘において攻撃を防がれたことは多々あれど、あそこまで綺麗に流されたことなど初めての経験だ。

 そう思い返すたび、背筋が凍る。もしこれがダンジョンにおいて発生したならばと、沸き起こる不安を振り払うように首を振った。

 

 すると、鍛錬を見学する姿が目に留まる。複数人の姿があり、その中において、己が気にする白髪を持つ少年の姿も確認できた。

 その隣に佇むのは、自分自身と同じ金髪の少女。ベル・クラネルとアイズ・ヴァレンシュタインの二人が、並んで光景を見ていたのだ。何か用かなとフィンが声をかけると、見入ってしまっていたと、少年は照れくさそうに答えている。

 

 

「そろそろ帰る頃かと思っていたけれど、熱心だね。あ、タカヒロさんを待っているのかい?」

「あ、はい。ですが師匠、リヴェリアさんと執務室で何か言い合っていまして……」

「あれは……巻き込まれたら、ダメなやつ」

 

 

 うんうん。と、目を閉じて仲良く頷く二人だが、その推察は正解だ。

 

 鬼ごっこから逃げきったタカヒロはそのまま執務室へと戻って問題集に手を付けていたのだが、そもそもにおいて、この執務室は“鬼役”が使う場所。時間が経てば、自然に彼女と青年がかち合うこととなる場所である。

 先の中庭における対応で“おこ”なリヴェリアはタカヒロに食って掛かるも、いい加減に問題集を終わらせたい青年からすれば集中力を乱すものでしかない。そもそもにおいて自分自身を巻き込んだリヴェリアに非があるために、此度の捻くれ度合いは一入だ。

 

 青年曰く、「自分は“昔から持続時間の長い雷魔法を使う緑髪の魔導士”としか言っていない」と真っ向から反論している。加えて「心当たりがあるのか?」と煽りに煽っているその捻くれ者は、ここまで考えて口にして居るのだから色んな意味で質が悪い。いつものように血圧が高いリヴェリアも、重箱の隅をつつくような返しで応戦中。

 ということで、例によって言葉のドッヂボール的な会話が交わされていたわけだ。双方の物言いたげな目線がバチバチと交わり、アーク電流と化している。

 

 一方で、礼儀のために挨拶をしておこうと思いリヴェリアの後を追って訪れたベルと、くっ付いてきたアイズの二人。しかしながら扉の向こうから聞こえてくるこの会話文を耳にしたために、飛び火しないうちにそそくさと撤退してきたのである。

 それを聞いて「昔を思い出すなぁ」と何故か感傷に浸っているフィンとガレスだが、ロキ・ファミリア結成当時にリヴェリアとガレスが事あるごとに言い合っていたことを知らないベルは可愛らしく首をかしげている。同じく事情を知らないアイズも真似ており、ガレスは「お主も言い合っておったじゃろ」とフィンにツッコミをいれていた。

 

 なお、一番のとばっちりは同室に居るレフィーヤだろう。結果として雷も拳骨も降り注がなかった彼女だが、流れ弾が飛んでこないかと脅え、胃がキリキリする極限状況に放り込まれているというわけだ。

 

 

「昼間の答えが聞きたかったけれど……これは巻き込まれないために、やめといた方が良さそうかな」

「あの時は勢いに乗ってしもうたからのぅ……もう正座はやりとうないわい」

「あ。やっぱり今の攻防、昼間の再現をしていたんですか?それでしたら――――」

 

 

 答え合わせは、ベルによって行われた。

 

 突進している二つの物体、槍と身体。そのうち前者は、いくら力を入れているとはいえ、手首・肘・肩という稼働する部分によって身体に支えられている状態だ。

 タカヒロが見せた受け流しの答えとしては、この可動部と自分自身の荷重移動を利用して、槍が進むベクトルのみを変えるという手法。もちろんベルからしても雲の上過ぎる技術であり、絶対に真似できないことを付け加えている。

 

――――それでも、カラクリを見抜いていたのか。

 

 それが、フィンとガレスが抱いた率直な感想だ。相変わらず控えめな態度で答える少年と、実のところ分かっていないながらも雰囲気で同調しているアイズだが、ならばあの時、少年が“変な受け流し”と口にしていたことも頷ける。

 武器も鍛錬用で威力も弱けれど、速度こそ実戦とほぼ同等だった、あの一撃。レベル2の少年では、攻撃の始動が見えたと思った頃には、既に盾とぶつかっていたことだろう。

 

 聞いてみると、やはり見えていなかったとのこと。それでも事の顛末を知っているのは、結果として槍が流れた方向と師の動きからとの回答だ。

 盾とナイフという違いもあるために程度も違えど、己も似たような技術を学んできたと付け加えられている。言葉が生まれない代わりに驚愕の感情が芽生えている二人だが、やがてフィンが、何かを言いたげに口を開いた。

 

 

「……ベル・クラネル、君は――――」

「ぬおあああああ!なんでウチに飛び火しとるんやあああああ!!」

 

 

 廊下を疾走する、二つの姿。片や主神、片やエルフの弟子である二人の女性の声が、館に響く。この場の4人の視線も、自然とそちらを向くこととなった。

 なお、周囲の見解としては「またロキが何かやった」程度であり、廊下ですれ違った者も総スルー。むしろ、その後ろから追いかけてくるヤベー姿の怒りを買わぬよう、積極的に目を逸らしている有様だ。

 

 

「ロキがあんな破裂寸前の空気のところに入ってきて“ごっつ仲ええなー”なんて言うからですよー!なんで“レフィーヤもそう思っとる”なんて仰って私まで巻き込むんですか!!」

「しゃーないやろ事実やんけ!レフィーヤ、なんとか」

「無理ですぅぅぅ!って、ああああ!また貴方はアイズさんと一緒に」

「へっ!?」

「ちょ、逃げるんかレフィーヤ!?」

 

 

 先ほどまでの雰囲気は、怒涛の如き嵐に掻き消されることとなる。レフィーヤの視界に二人が入り、疾走の目的が逃走から白兎に変更されたために90度ターンにてロキと道を違えていた。そして後ろから迫る緑髪のミサイルは、直進の進路を選んでいる。

 もっともロキを追いかけまわしているのはリヴェリアだけであり、相変わらずの仏頂面なタカヒロはどうとも思っていない。強いて言えば普段はクールな彼女に対し、「時たま活発になるな」と意識している程度である。

 

 静かになったことで無事に課題を終わらせた青年は、山吹色の発言内容をもとにベルが中庭に居ると判断。相変わらずの仏頂面であるその姿が見えると、ギャーギャーと喚いていたレフィーヤも思わず黙ってしまうのだから不思議なものだ。

 青年は「迷惑にならないうちに帰ろう」とベルに告げ、フィンとガレスを筆頭に、そこに居た者に対して世話になった旨の挨拶をする。断末魔のように響くロキの絶叫を耳にしつつ、複数の視線を受けつつ黄昏の館を後にした。

 

====

 

 廃教会へと帰る白髪の師弟は、市場へと足を向けている。せっかくなので何か買って帰ろうかと、タカヒロが誘った格好だ。

 夕日に照らされるオラリオの情景は美しく、ダンジョン帰りと思われる冒険者の姿も数知れず。もうしばらくも経たないうちに、ここも更なる活気に包まれることとなるだろう。

 

 そして話は、ナイフのメンテナンスについてとなっている。ナイフを受け取ったタカヒロが刃の状態を確認するも、実戦に支障はないとはいえ、連日の鍛錬の影響か、やはり劣化具合は隠せない。

 実のところ、青年としてもこのナイフのメンテナンスについては気になっていた。打たれる度に僅かながらもバージョンアップしていくために使い捨てとなっている兎牙シリーズとは違い、こればかりは様々な意味で使い捨てというわけにはいかないのが実情だ。

 

 

「ベル君、今更だがお金の管理はできているか?」

「はい。師匠に習った方法から少しだけ変えているんですが、大丈夫です。数値化すると、大切さと実感が湧くので、結構楽しいですね」

「良い傾向だ。扱う金額が増えるにつれて面倒になるかもしれんが、将来においても必要なことだ、続けていこう。ところで、ヘスティア・ナイフのメンテナンス代金などは聞いているのか?」

「あ、そのことなのですが――――」

 

 

 その件はベルが知っており、てっきりヘスティアから伝わっているものだと思って口にしては居なかったのが実情だ。別件でヴェルフの下に訪れた際に聞いたことがあったため、大まかに知っている程度の話となる。

 神二人の神の間で話が交わされた際、ヘスティア・ナイフの3回分の修理素材費は前払いで支払われているとのことだ。そのために、素材さえ揃えばいつでも行えるようである。そのためにしばらくは、ベルとしても財政的な負担は少ないものとなるだろう。

 

 

「わぁ、いい匂いですね!」

 

 

 話も一段落したところで、鼻と空腹を刺激する匂いが届いてくる。三大欲求の1つである食欲を、何を以て満たそうかとワクワクとした顔を見せる少年は、14歳と言う年相応の様相だ。

 もっとも零細ファミリア故に、そのような御馳走にはありつけない。しかしながら偶には奮発してもいいだろうと、タカヒロは1枚の金貨を渡している。

 

 

「し、師匠、いいんですか!?」

「ここで待っているから、価格を気にせず好きなものを買ってきな。ただし栄養バランスを考えて、だぞ」

「任せてください!」

 

 

 金銭管理ができている褒美というわけではないが、そう課題を告げると、ベルは花の笑みを振りまきながら、軽やかな足取りで市場へと消えてゆくのであった。小さくなる背中が、市場と言うダンジョンの入り口に飲み込まれてゆく。

 

 そして手に持ったままだったナイフに気づくタカヒロだが、街中でドンパチが始まる訳でもないだろうと特別気にもしていない。近くにあったベンチに腰掛け、刃の劣化具合から何かアドバイスできる点を読み取れないかと、夕日にかざしてヘスティア・ナイフの細部をチェックしていく。

 摩耗度合からするに昔よりは精密さが消えている気がするが、原因はアイズとの鍛錬だろう。相手の放つ攻撃の緩急が凄まじいために、レベル2の対応力では追いつかないところが多々あるはずだ。状態からするに、やはりもうしばらくしたら、メンテナンスに出した方が良いかと考えて――――

 

 

「お兄さん、白髪のお兄さん」

 

 

 5分ほど経っただろうか。左サイド、距離にして2メートル。1分ほど前からそこに居た気配は感じ取っていたタカヒロだが、相手が話しかけるタイミングを伺っていたならば納得だ。

 座っているはずなのに同じ高さから聞こえる声に、顔を向ける。古さは見られないものの簡易な薄いベージュ色のローブで全身を包み、フィン・ディムナと似た小さな身体に似合わぬ程に大きな抹茶色のバックパックを背中に担ぎ。夕日に照らされる栗色の瞳が特徴的な作られた笑顔が、タカヒロの視界に映っていた。

 

 

「サポーターは、お探しではありませんか?」




出会っちゃいました


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40話 サポーターの少女

*最初の3つの選択肢は、GrimDawnにおける乗っ取られ語録のネタです。


 

 サポーター。冒険者と呼ばれる括りとはまた違う、支援役。基本として大きなバックパックを背負っており、戦闘能力で言えば冒険者よりも乏しい、という点が特徴だ。

 ドロップアイテムや魔石の収集、冒険者に対するポーションの支給などを行うのが主業務と言って良いだろう。その程度は、タカヒロも本や教導で学んだ内容だ。では青年にとって、そんな彼女が必要かとなると――――

 

 

――――関係無いね、君は依然として犯罪者だ(攻撃)

――――構わんさ!(攻撃)

――――信じられない(彼女を燃やす)

 

 

 さて、どうしたものかとタカヒロは内心で溜息を吐く。初対面となる淑女に対して、流暢な本場ケアン流儀にのっとり言葉を返そうかと思い、直感的に出てきた文章がこの3つだ。どれもこれもが、選択肢として中々に物騒極まりない。

 単に彼女だけを見て生まれた感情、つまるところの直感だ。己の直感がここまで不快感を示すなど、相当の事――――と考え、ケアンの地では割と日常茶飯事だったことを思い出す。

 

 しかし、ここはオラリオ。平和とは言えないが、ケアンほど物騒なことはあり得ない。また、無駄に騒動を起こせばヘスティアに迷惑をかけることになるだろう。

 昼間に遊びがてら一戦交えた影響かと考え、とりあえず落ち着いて、再度考えを巡らせる。己が置かれている立場を中心に数秒だけ考え、シンプルな答えを口にした。

 

 

「不要だ」

「えっ」

 

 

 一方の彼女はサポーターが必要かと問いを投げたら、まさかの回答が返された状況だ。予定していたプランから外れたのか、クリッとした瞳が左右へ忙しなく泳いでいる。

 どこか幼さの残る顔立ちは、身長と似合ってあざとく整った部類。故に男受けは悪くなく、過去にこのようなパターンは無かったのだろうかと勘繰るタカヒロだが、余計な感想だったかと考えを消し去った。

 

 実年齢は不明なものの、外観だけで答えればベルと同じ程度と言ったところ。しかしながら、単に、興味本位で話しかけてきたワケではなさそうだ。

 外観と似た可愛らしさが覗く一方で口調には落ち着きが見られており、非常に場慣れしている。意を決したようなそぶりも無く、初心者に在りがちな“緊張”も見られない。

 

 当たり外れが激しいだろうパーティーをコロコロと変えるなど、サポーターにとってはリスク以外の何ものでもないだろう。ましてや彼女は女性であり、“そういう趣味”ではないならば、猶更の事、安定を求めるはず。

 となれば、なぜ自分を選んだのかとタカヒロは疑問に思う。自分自身が相手に与える第一印象を含め、置かれていた状況から推察を行っていると、相手の女性が声をあげた。

 

 

「あ、も、もしかして突然で混乱していらっしゃるんですか?む、難しいことは何もありませんよ!?冒険者様のおこぼれに与りたい貧乏で無力なサポーターが、自分自身を売り込んでいるんです!」

「ああ、難しいことは何もない。自分は、冒険者ではないのでね」

「えっ……」

 

 

 パチンと音を立ててナイフをホルスターに仕舞い、嘘偽りのない事実を口にする。呆気にとられた少女の顔を笑うかのように、巣へと帰る鳥の声が響いていた。

 タカヒロとしては、この誘いについて疑問に思うところがあったことと、口にした事実があるために即答で返事を行っている。とはいえ流石に無礼かと考え、軽い冗談でお茶を濁すこととした。

 

 

「夕飯時の冒険者を狙い襲う、市場という名のダンジョンに向かった弟子を待っているだけだ。はて、無事に生きて帰ってこれるやら」

「な、なるほど。面白い表現ですね。あ、私はリリルカ・アーデと言います!」

「ヘスティア・ファミリア所属、タカヒロという。苗字は無い。そして丁度いいが、弟子も戻ってきたようだ」

 

 

 容器の中にある総菜が崩れぬよう静かに走りながら、ベルが市場から戻ってくる。師の隣に居る人物は誰だろうかと疑問を抱きつつも、大きなバッグから、サポーターなのだろうかと勘繰っていた。

 そして自然と、ベルとリリルカの間で自己紹介が交わされる。互いに自分の名を口にし、相手の名を聞いたリリルカは、まさかの名前を耳にして声をあげた。

 

 

「ベル・クラネル?白髪、赤目、えっ?ひょ、ひょっとして、リトル・ルーキーですか!?」

「え、あ。はい、そうですけど」

 

 

 ベル・クラネルという冒険者の話はリリルカも知っている。まこと在り得ぬと言い切って過言ではない偉業を成し遂げ、僅か一か月程度でレベル2となった、最も話題となっている冒険者の一人。

 見た目、やはり噂通りに“白兎”。身長こそ年齢の割に高いと思うが、顔だけ見れば白兎、モンスターで言うならばアルミラージと表現しても問題は無いだろう。

 

 それはさておき、今のリリルカにとって大事なのは“客”を見つけることである。手段はさておき、冒険者と言うのは稼ぎを得るために必要な存在だ。どうやらナイフも少年の物らしく、彼女の中において、ターゲットはベル・クラネルにスイッチしている。

 リトル・ルーキーならば、“どちらの手段にせよ”大口の客となるだろう。まだ本契約とはいかずとも、とりあえず少年との再会の約束を取り付けることに成功した彼女は、怪しい笑みを浮かべながら帰路につく。

 

 

 

 その日の夜。色々あって疲れていたベルが寝静まった後、タカヒロはヘスティアに対して夕刻の出来事を告げている。そのまま二人は、ベルを起こさぬよう小声で話し合っていた。

 出来事を聞いたヘスティアは、相手がベルと同じぐらいの少女と言うことでプンプンした対応を見せている。しかしそれも最初だけであり、また、形だけ。相手が同い年の女性という点については、あまり大事とは思っていない。

 

 

「君の話を聞く限りだけれど、ボクは、純粋に自分を売り込んでいるって感じ取れるね。タカヒロ君は、どう思っているんだい?」

「何かしらの裏があると捉えている。冒険者ではない、一般人の自分に絡んできた点が引っ掛かっていてね」

「……一般、人?」

「……何故、そこで疑問符を浮かべている」

「あ、う、うん。そうだね、タカヒロ君は一般人だね」

 

 

 そう問われ、タカヒロは呼びかけられた時に思ったことを口にする。出される言葉の数々は本当の事であり、尾びれ背びれすらも一切ない。

 ワイシャツ、適当なズボンである青年に対し、「サポーターは要りませんか」と声をかけた彼女の心理。ベルやヘスティア達でこそ彼が冒険者として活動できることを知っているが、傍から見れば、そこらへんの一般人と変わりない服装にも拘わらずだ。なお、青年が一般人と変わりないと口にして居る点については“自称”であることを付け加えておく。

 

 唯一の一般人との違いは、立派なナイフを持っていたこと。それで冒険者と判断した可能性も捨てきれないが、あのような時間帯に冒険者装備とは程遠いワイシャツで居る男を冒険者と判断するかどうかとなれば、ヘスティアも唸って答えを濁してしまう。

 

 もっとも、それらはタカヒロの素人推理と言うだけであり、純粋に売り込みに来た可能性もゼロではない。あのような時間に一人でいたからこそ、パーティーを組んでいないと捉えて声をかけたとも読み取れる。結局のところ最終的には、己の直感による判断だ。

 とはいえヘスティアからすると、そう思っているならば不思議なものだ。ならば、そうならないようベルの手を引いてあげるのが、師である彼の役目だろうと意見を述べている。此度の場合は、再会の約束を取り付けたベルに叱りを入れるべき事柄だ。

 

 しかしながらタカヒロとしては逆であり、色々あったが結局のところ、パーティーを組まないかと誘われているのはベルとなっている。そのために、今回の事の成り行きは、ベル自身の判断に任せたいと思っているのが実情だ。

 純粋にパーティー活動を行えるにしろ、何かしらのトラブルに巻き込まれるにしろ、成長に必要な糧となるだろう。仮に相手の目的がタカヒロが持っていたナイフ狙いだとしても、出来こそいいものの殺してまで奪うようなナイフではないために、そうなる可能性も極めて低い。

 

 

「知っての通りベル君は、良くも悪くも純粋だ。此度程度の話ならば何をやっても取り返しがつくだろう、何かあれば自分が出張る。しかし自分としては、今回の一件は“彼”のためになって欲しい」

 

 

 元より青年が少年に対して教示できるのは、刃物の扱いだけである。かつての経験から色々と少年の手を引っ張ってきた経過となっているタカヒロなれど、それがいつまでも続くかとなれば答えは否だ。

 仮に手を引っ張り続けてきたところで、やがて意見が食い違うことも出てくるだろう。そうなった際にどうなるかとなれば、少年はそこで止まってしまう。自分自身で考え、判断し道を見つけることを諭すのは本来ならば本当の親がするべき仕事なのだろうが、居ない以上は仕方がない。

 

 もっともヘスティアの意見としては、ベルという少年は優しさの塊であるが故に、たとえその少女が犯罪者の類だったとしても、手を差し伸べて助けてしまうのではないかと口にしている。

 分別を知った大人にとっては、眩しすぎる純粋さ。それが良いのか悪いのかとなれば誰にも判断できないが、ベル・クラネルが持っている優しさであり、少年の魅力の1つであることには変わりない。

 

 

「犯罪の度合いにもよるが、綺麗事だけで生き抜けるならば誰も苦労はしない。ヘスティアとて、罪を懺悔し、改心した者ならば許せるのだろ?」

「ボクはシスターじゃないんだけどなぁ……。だけれどボクも、ベル君が許した相手なら、なんだか許せちゃう気がするよ」

「待て待て、全てを許容してどうする。叱るべきときは叱らねばならんだろう」

「も、もちろんだよタカヒロ君」

「……君はベル君を相手に、しっかりと叱れるのか?」

「……怪しいかも」

 

 

 だって可愛すぎるんだもん!と駄々をこねる駄女神を見て「ダメだこりゃ」と考え、タカヒロは溜息を吐く。もっとも、正直に問題点を自覚しているだけ、まだマトモだ。本当に必要な時が来れば、恐らくは叱りを入れてくれることだろう。

 重い空気が軽くなり、ともかく此度の件については基本として、直接的な被害が出ない限りはベルに一任することで互いに話が付いた。結果がどう出るかは、それこそ神であるヘスティアでも分からない。

 

 此度の二人は、少年を見守る親の役だ。

 

====

 

 アイズとの鍛錬が終わった翌日の午後、ベルは集合地点でリリルカと合流する。その場での会話により、とりあえず10日間程度のお試しと言うことで、口約束程度ながらも正式な契約と相成った。なお、契約しやすいようリリルカの提案で、いつでも解約できる条件が付け加えられている。

 そして二人の足はダンジョンへと向かい、現在2階層。向かう階層はどこかと陽気なリリルカに尋ねられ9階層と答えたベルに対して、彼女は一転して困惑した表情を見せている。

 

 何せ、ベル・クラネルは己と違ってレベル2なのだ。この階層の推奨レベルは1の中盤~後半であり、適正レベルは過ぎている。レベルが1つ上がることで身体能力は大きく変わるために、準備運動程度にしかならないだろう。

 そして、もっと下の階層で狩りをすれば稼ぎが更に良くなることは明白だ。それを行わないのは何故かとリリルカが聞いてみるも、回答は思ってもみないものだった。

 

 曰く、まだ技術が追い付いていない。己の中に一種の基準点があるらしく、それをクリアできない限りは、更に下へと潜ることはないのだと口にしている。

 もっともその基準点とは、レベル1の頃にタカヒロが行っていた階層制限の基準を真似たものだ。今となっては制限がかかっていないものの、教えの重要さを理解しており、こうして自ら設けているわけである。

 

 

「あと、これも師匠に学んだことなんだけど……下に潜って危機が迫った時、後ろから刺されないとも限らないからね」

 

 

 ――――ゾクリ。目的は命ではなくナイフなれど見切っていたのかと、その気配は欠片も見せていなかったはずの少女の背中に静電気が流れた。

 冷や汗が首筋を伝うも、ローブによって隠されているのが救いだろう。少年からすれば単に学んだことを口にしたつもりであり、刺してくるのはモンスターと思っているのだが、口に出されていないそれを相手が知る由もない。

 

 

 蓋を開けてみればレコードホルダーが持ち主だった、逸品のナイフ。警戒された今となっては、純粋にドロップアイテムや魔石を換金する方が賢明だろうと、リリルカは考えを改めた。

 話を逸らすために、リリルカはベルの事を聞き出すように会話の流れを変えている。男と言うのは、基本として自分の事を語りたく、それで機嫌が良くなる生き物だ。

 

 だというのに少年の口から出てくるのは、自分ではなく師が凄いという内容ばかりである。褒め讃える中に仲睦まじい姿が想像できる少年の嬉しそうな言葉は、彼女の心に刺さっていた。

 己があの時に声を掛けた青年が師なのだと言っていたが、そんな二人の関係を羨んでしまう。己にはない親密な関係は、彼女にとってはひどく眩しい。

 

 

「ベル様には……よき師匠が、ついていらっしゃるのですね」

 

 

 ――――嗚呼、まただ。そう内心で呟き、つられて少年の眉が僅かに下がった。

 ベルとしては聞かれたことに対して正直に答えているだけなのだが、その純粋さもまた、彼女にとっては清らかすぎるものがある。今までの会話でも何度か見せた表情だが、此度のものは一際厳しい。

 

 その光景が過ぎても瞼を閉じれば、どこかベルの脳裏に、俯き悲しさ滲む彼女の顔が浮かび上がる。実力が伴っておらず右も左もわからなかった、かつてのベル・クラネル自身の姿が、少女に重なったのは偶然ではないだろう。

 

 主神ヘスティアに、師に出会う前の己と同じ。オラリオに来てすぐで、一人で迷い、押し潰されそうになっていた駆け出しの頃。支えを求めて、街中という迷宮を彷徨っていた頃と、よく似ている。

 彼女が抱えている、自分自身ではどうにもできない弱さがあるならば。そして己にできるならば、今度は自分が支えてあげたい。

 

 それでもまずは、リリルカ・アーデという人物を知るところからだ。“指示を出した仕事内容”を後ろでテキパキとこなすサポーターを時折流し見つつ、危なげのない基本に忠実なパーティー活動は、今後も続くこととなる。

 





①:主人公が“乗っ取られ”に似た別人であるために(攻撃)を行わなかった
②:納品クエストは終えているために、サポーター需要も不要と判断→50階層行きを回避
③:ナイフ狙いが今のところバレていない+リリ助側が警戒して意欲ダウン
④:直接被害がなければベルに一任された
⑤:ベル君の女たらし(いろんな意味で純粋なやさしさ)が発動

主人公の直感が犬みたいに吠えてます()
とりあえず地雷回避とフラグ設立は問題なく、まだ今のところ生存ルート。頑張れリリ助……


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41話 意外な特技

あまり深く考えずにご覧いただければ幸いです。


「失礼する。……おや?」

 

 

 ヘファイストスにドロップアイテムを納品してから、数日たった日の早朝。タカヒロは何時ものようにノックを行い、リヴェリアが仕事をする部屋へと入ってきた。

 しかし、見慣れた山吹色の髪が見当たらない事に気が付いた。いつも終盤になると苦しんだ表情を見せる彼女が居ないとなると、何かあったのかと勘繰ってしまっている。

 

 時間を間違えたか?と思うも、いつも通りだ。現にリヴェリアは既に席についており、何かしらの書類と睨めっこしながら作業を続けている。

 

 直後に顔を上げたリヴェリアからの説明があったのだが、今日は忙しいらしく自習的なものとなるようだ。暫くしたのちに復習がてらの小テストが用意されており、それを解いていく形となる。

 レフィーヤが居ないのは、単に朝からどこかへ出かけているため。午後には戻ってくるとのことであり、彼女が受ける試験は、その時に行われるようである。

 

 それはさておくとして、青年から見た今日のリヴェリアは、いつもと比べて随分と違っていた。眉間に力が入って中々に真剣な表情であり、彼も思わずその点と、気づいた他の事を口にしてしまう。

 

 

「……随分と目付きが険しいな、疲れも見えるぞ」

「私の心配は不要だ、勉学に励め。……まぁ、この計算は間違うと損失が大きくてな。何をしているか気になるか?」

「まぁ、人並み程度には」

 

 

 その返答を聞いたリヴェリアは別の紙を摘まむと、ピッ、と指で弾いて器用に紙を飛ばしてそのまま睨んでいた用紙と格闘中。そんな真剣な表情を横目見たタカヒロは、彼女がよこした紙を中指と人差し指で受け取って中身を眺めていた。

 

 

「……ロキ・ファミリアの財務に関する内容、恐らく1日の支出、雑費周りを羅列したものか。自分が見てもいいのかい?」

「気にすることはない、ギルドにも提出している内容―――と言うよりは、その提出する内容をまとめたものだ。いくぶん量が多くてな。ともあれ、これ等の計算を担当しているワケだ」

 

 

 財務書類と書けば機密事項の塊のように聞こえるが、支出の類しか書かれておらず機密事項は皆無で重要なものではない。これとは別に団員の情報や収入面を纏めた書類もあるが、そちらは逆に機密事項の塊だ。

 

 ものすごく噛み砕いて言えば、ロキ・ファミリアにおける、とある日付の家計簿である。モノ、単価、個数が記されており、一番下に合計値を書き込むような欄がある。部門別に色々あり、どうやら、この集計担当が彼女のようだ。大規模ファミリア故に、枚数だけでも凄まじい量があるらしい。

 内容を流し見るタカヒロだが、項目こそかなり多けれど小数点も無ければ乗算と加算しかないために、彼の得意分野となっている暗算の守備範囲。いつかヘスティアのローン年数を計算した時のようにノーミソをコネコネして先頭部分から数値を足していく彼は、別の紙に答えを記して元の紙と共に彼女に渡した。耐性パズルの計算も、間違いなく影響を及ぼしている。

 

 そして何事もなかったかのように、指示通りに自習の類を再開した。

 

 

「……は?」

 

 

 彼が計算を開始して彼女の手に渡り、今の発言となるまでのその間、約1分と少し。なんのメモの跡もない元の用紙と答えだけ書かれた小さな紙を見て、リヴェリアは盛大な疑問符を発している。

 まさか、適当にやったのかと思ってしまう。いつか団員が魔石をちょろまかした事があるために気を抜けない彼女は、今計算していた1枚を終えると、タカヒロから受け取ったモノを計算しなおした。

 

――――合っている。

 

 しばらく経過した結果、彼の答えと彼女の答えは一致した。一の桁まで寸分の狂いなく合致しており、念のために、もう一度計算してみるが変わりはない。

 やはり、彼は元々学者の類ではないのかと勘繰ってしまう。苦手な者が多い計算だが、どういうわけか彼は、彼女と同じく問題なく熟せるようだ。

 

 しかし、所要時間が大きく違う。己が一枚を計算する間に、彼ならば何枚の書類を処理できるだろうか。

 そう考えれば、自然と短縮可能時間へと行きつくわけである。ということで、最終的に浮かび上がる考えは1つだった。

 

 

「……タカヒロ、今日の教導は中止だ。君ならばどの道、試験も合格するだろう」

「……来ると思った。試験の結果はさておき、書類の在庫処理に付き合おう」

 

 

 パタンと書物を閉じて、彼は卓上のスペースを確保する。溜息をついた姿を見せるも嫌な気配は出しておらず、彼女の方を向いて書類が来るのを待っている。

 メモ用紙を用意したこともあって、処理する速度は更に向上。リヴェリアがいつもならば半日以上かかっていた書類の山が、恐ろしい速度で消化されていっている。

 

 ひと纏まりが終わり、彼はリヴェリアに用紙の束を渡す。そして、次のひと纏まりを貰うのだ。

 あまりの早さに、逆にリヴェリアの卓上へと書類が積みあがっていく。とはいえ、その光景は本来ならば昼食を過ぎてしばらくしてから見るものであり、まだ朝と呼べるこの時間に発生するだけでも気楽なものだ。

 

 

 とはいえ、スムーズには進まない。とある束の最初の一枚の紙を見た時、問題があると口にした彼がリヴェリアを呼び寄せる。

 書類の一点をペンで指す彼とその肩越しに書類を覗く彼女だが、何が問題なのか分からない。サラリと流れ彼の肩にも少し掛かってしまった横髪をかき上げながら、彼女は問題がどこかと問いを投げた。

 

 

「ここの単価だ、明らかに高いが間違っていないか?確か、そっちに渡した2つ前の束にある紙には――――」

「なにっ?……本当だ、これはおかしいな。恐らく記載間違いだろう。念のため担当には確認しておく、この紙は集計の対象外としてくれ」

「わかった。あともう1つ、その紙の中段と、これと……この紙の、コレだ。他の日よりも抜きんでて多い。恐らくこの日付は、数値からすると先日の分も合算してしまって――――」

「む、よく気付いたなタカヒロ。これもおかしいな……」

 

 

 2つ目の報告を終え対応を聞くと、何事もなかったかのように計算式に戻る彼の姿。そんな青年を瞳に捉え、彼女の口元が優しく緩む。

 時折腕を組んで悩んだ様子を見せるその姿は、問題の答えが分からず悩みに悩む愛弟子を見ているようだ。何に悩んでいるかは分からないが、雰囲気としては似たようなものである。

 

 本来、いつもならば彼女が行っていた作業において、書かれている数値をチェックするような手順にはなっていない。かつてより書かれている数値が正しい前提で進められてきたのだが、何かしらのチェック体制が必要だなと考え、リヴェリアは軽い溜息をついた。

 青年が単に書類の数値を計算するだけではなく、中身もしっかりと見ているという事実は先の通り。それこそ普段は数値を計算しているだけな自分自身以上の気配りだ。言われた事だけを熟すわけではない姿勢は彼女が好むものであり、普段の授業の成績とも相まって、俗に言う好感度は僅かながらも積み重なっている。

 

 しかしながら預けた仕事は、先ほどの間違いのようにすんなりと終わる代物でもなかった模様。財務系の書類も終わりかけた時、彼が随分と悩む仕草を見せていることにリヴェリアが気が付いた。

 

 

「ん、どうかしたか?」

「ん。ああ、いや。他のファミリアの財政事情に口を挟むつもりは無いが、とある品目の類が凄まじい量と金額だなと思ってね」

 

 

======

 

 

 ロキ・ファミリアのホームにあるフィンの執務室。今日はロキが訪れており、先の遠征で失った武具の調達についてフィンと共に議論していた。

 ロキ・ファミリアのお得意先はゴブニュ・ファミリア。ヘファイストス・ファミリアと対を成す、オラリオにける二大鍛冶屋の1つである。もっともヘファイストス・ファミリアもお得意先となっており付き合いも長く、どちらを選ぶかは団員によって様々のようだ。

 

 双方共にいくらかのツケが利くとはいえ、今回は一度の大量発注となるためにそれも難しいだろう。そのための対策を、フィンとロキが話し合っていたところだ。

 そこに規律良いノックが行われ、二人は共通の人物を思い浮かべる。これほどまでに整ったノックができるのは、ロキ・ファミリアにおいても一人だけだ。彼が声を掛けると、ガチャリと音を立てて扉が開き、玲瓏な声が部屋に響いた。

 

 

「フィン、先月の財務報告の書類が出来上がった。ここに置いておくぞ」

「ありがとうリヴェリア。でも、今月分は随分と早いね。どうかしたのかい?」

 

 

 いつもならば夜間にあがってくる書類の束が、午前中の割と早い時間に届いたのだからその疑問も当然である。所要時間だけでも6-7割ほどは短縮できている計算だ。更に付け加えれば、データを修正した後における最終的な収支の額とも合致しており、間違いは無いと言えるだろう。

 リヴェリアは包み隠さず、勉学を教えているタカヒロの協力によって膨大な書類枚数となる支出側が異常なほど早く終了したことを告げていた。その言葉に真っ先に反応したのは、今までは黙って聞いていたロキである。

 

 

「だ、駄目やリヴェリア!ファミリアの機密を他のファミリアの眷属に知らせるなんて―――」

「財務内容はギルドにも提出しているだろう、支出側を知られたところで真似するものではない上に、団員のレベルやステイタスのようにファミリアの秘密というわけでもあるまい。なんだ、見られて恥ずかしがるものでもあるのか?」

「そ、そんなの無いわ!」

 

 

 まぁ、コレの内容ぐらいならね。と、フィンも相槌を打っている。

 現代社会の会社ならば色々と機密事項のために問題だが、給与支払いの制度も別枠であり、所詮は日々の雑費とホームの運営費用が羅列された書類の束。ということで、見られたところで中身もさして問題ではないというのが一般的だ。

 

 各々が使用している武具については、基本として各々個人の財務によって管理されているために猶更である。流石にファミリア用の、各団員のステイタス管理の類を開示することは問題だが、リヴェリアがそこまで任せるとは思えないために安心できる内容だ。

 フィンとしても、彼女の負担が減るならばと青年の助力には賛成の模様。しかしロキとしては、それほどまでに優秀な人材ならば、“とあること”に気づくのではないかと内心でビクビクしているのだ。

 

 

「ところでこれは、彼、タカヒロが纏めてくれた表なのだが……月の出費における3%もの金が、酒の類に消えていてな」

 

 

 気がかりだった内容をピンポイントで読まれ、瞬時に震える赤髪の神。ガレスも酒豪の類で飲んでばかりであるがほとんどを自費で賄っており、その点は問題ないだろう。多少程度は運営費から出ているとはいえ、リヴェリアもとやかく口に出すつもりは無い。

 主神ロキが震えた理由は、金の出どころの全てがファミリアの運営資金にある点だ。そして例えば月収20万円に対する3%ではなく、ロキ・ファミリア運営資金の3%であるために金額の大きさはすさまじい。同時に運営資金をそんなことに使える人物はただ一人であり、消費者も自然と限定される。

 

 

「駄目だと?逆だロキ、タカヒロには感謝せねばならない。実は記載ミスをいくつも見つけてくれたのだ。近々には59階層への遠征もあるのだぞ、故に財政は非常に切迫している。すぐさま削減することができる、いくらかの“無駄”を見つけてくれたのだからな」

「む、無駄やない!無駄やない!!仮に無駄やったとしても消費税より安いやん!」

「なんだそのショーヒゼーと言う奴は。ともかく、話し合いは必要だ」

 

 

 そしてオハナシアイの結果、ロキが負けて涙ながらに部屋から飛び出していく。武器を得て正論と王道で構成される彼女の言い回しに打ち勝てるのは、ロキ・ファミリアの幹部どころか主神においても存在しない。

 予想通りに逃げていくロキの背中を見て、フィンも「お手柔らかにしてあげてくれ」と一応フォロー。しかし、それ以上に気になる事をリヴェリアに尋ねていた。

 

 

「そういえばリヴェリア。彼の事、名前で呼ぶようになったんだね」

「……ん?」

 

 

 そういえば。と、本人も気づいていなかったのか可愛らしく口元に指を付けている。全く気にして居なかった本人だが、言われてみれば確かにそうだと思い返した。

 とはいえ、彼と彼女で抱く答えは違っている。その考える仕草が起す疑問は、フィンの考えているものとは別だ。

 

 

「……変なことか?向こうもこちらを呼び捨てている。ましてや、フィンやガレスに対する呼び方と同じだろう」

「……あー、そう受け取るのね」

 

 

 これ以上を掘り下げようとすると親指がうずくために、彼はそこで別の話題に切り替える。思いもよらない方向に進みかけている状況を楽しむ一方、どうなるか分からないという不安も抱くロキ・ファミリアの団長であった。

 




35話序盤の酒騒動の決着でした。次は閑話になります


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【閑話】秘密基地

魔石の使用用途が光、冷却、発火とくれば、アレだって……。
とあるシチュエーションをやりたいがための仕込み回です。最後を除いて、話の内容に大して意味はありません。

次話はだいたい出来上がっているので、今日か明日に投稿できそうです。


 オラリオ北西部、住宅区の外れ。ここに、周囲から孤立した土地にポツンと立つ物件がある。

 立地が良いかといえば、答えは否だ。住宅地区である西区には隣接した屋台などがいくらかあるが、ここは完全に商業施設からは離れている。

 

 建てられたのは、そのような土地故にとても安かったから。5畳ほどの部屋で構成される2階建て2LDKという細長い小さな間取りは、大人二人子供一人の生活を想定して、一方でそれしか建てることができなかったから。10畳ほどのLDKが、一番大きな部屋となる。

 なお、結果として三つ子が生まれてくるなど中々に想定外の事故だったと言えるだろう。結果として家主は、建ててから十数年程度で手放さざるを得なくなった状況だ。

 

 

 手放したそれは、家と呼ばれる代物だ。男ならば“城”とも呼ぶことがあるその建造物は、人が暮らしを営むことに特化した設備を備えた建物である。

 

 

「それでは、こちらが家の鍵となります。1年間のご契約、誠にありがとうございました」

 

 

 案内を担当して愛想よく頭を下げる店員と別れ、タカヒロはドアについた錠前を外している。西区に広がる住宅地区のなかでも北寄りにあったこの小さな2階建ての貸し物件は、立地が良いとは言えないことと狭さがあるために格安となっていた貸し物件だ。

 その金額、少し値切ってピッタリ20万ヴァリス。800万ヴァリスもあれば豪邸が建つこの世界においても勿論ソコソコの金額だが築10年程度の物件であり、カドモスの被膜をヘスティアが換金してくれたおかげで約300万ヴァリスという大金を所持している彼にとって、払えない金額ではないどころか、嫌らしい言い方をすれば余裕であった。

 

 金額に比例してか設備的には一人用のベッドがある程度で、その他にも非常に簡素なものしかなく、俗に言う箸と茶碗だけ持って来れば生活できるような状況ではない。とりあえず廃材セールとなっていた六人がけのテーブルと4つの座椅子は事前に運んでもらっているが、何かと一式そろえなければ生活するには厳しいだろう。

 それでも、この2LDKとなっている物件は、青年からすれば理想の隠れ家だ。もっとも隠れるつもりも無ければこちらを住居にするつもりも更々ないのだが、教会の地下では何かと手狭になってきたのである。

 

 

 ではなぜ、気に入っていたあの部屋が手狭になったのか。実は、ステイタスにもステータスにも出てこない、彼が持つスキルを使うためだ。

 

 

 左手に鉄板、右手にはペンチのようなもの。一般人の力では曲げられない厚みの1メートル角の鉄板に、木板と鑢に鋸、そして床に広げられたのは緻密な数値――――ではなく、殴り書きとなっている設計図。

 設計図以外は、どれも先ほど購入した代物だ。行われるのは工学的な技術に基づいた工作、DIYである。

 

 

 以前に魔石灯を分解していたのは、魔石を用いた技術をパクるため。……もとい、参考にするためである。

 何を隠そう、ここ数日においてオラリオの気温はグングン上昇しているのだ。まだ朝晩は過ごしやすい気温であるものの日中はやや汗ばむ陽気となっており、平穏な朝晩も時間の問題であることは明白である。

 

 ならばと、ケアン文明の申し子は設計図を起こして立ち上がったわけだ。

 物資を冷凍させる用の魔石で部屋を冷やすことはできるが、それとはまた違った“涼しさ”を求めている。一般的には扇風機と呼ばれる基本にしてエコな逸品を完成させるべく、持ち得る知識と技術を繰り出していくわけだ。

 

 とは言っても、羽が回って風を生むような代物とはまた違う。人差し指ほどの長さの2枚の金属板を加工し、寸分違わぬコの字型に仕上げてHローターを作って、それにエナメル線を巻いてモーターを作成。

 そして寸分違わぬ4枚羽を作って、モーターのトルク量を調整して――――と、言ったようなことは行わない。

 

 

 ここはオラリオ、魔石と呼ばれるモノがあるのだ。ちなみに作成の決断としては、「光、冷却、加熱とくれば、同じエレメンタル属性の風も行けるんじゃね?」という、中々に単純な発想である。

 以前に魔石灯を分解し、一般的な魔石と何が違うのかを念入りに調べていた。実のところ加熱用なども取り寄せており、既に分解済みだったりするのはご愛敬。一応ながら、頭の中にプランはあるらしい。

 

 

 ところで、以前のネックレスにおけるエンチャント然り。なぜ素人の彼が、このような“魔具製作者”紛いのことを行えるのか。

 それは他ならぬ星座の加護によるものであり、天界のタペストリーを作ったとされる“鍛冶・建築の神ターゴ”の恩恵によるものだ。更にはその神が使う金床の星座も取得しているために、何かを作成することにおいて一際のこと磨きがかかっているのである。

 

 この魔石は空気を作り出すわけではなく、簡単に言えば、そこにファンがあるような働きをして風速を生むものだ。しかしながら単体で使っても空気が乱れるだけであり、その風が心地良いかと言われれば微妙なところ。

 ならば、ダクトのような整流装置が必要となる。加工した魔石の力に対して、太さ、長さを吟味し、様々なパターンを作ることとなるだろう。殴り書きの設計図は、その図面らしき物体というワケだ。

 

 整流効果というのは意外と重要で、例えば空気の入り口を出口の径を少し変えるだけで、体感する風の質は大きく変わる。出口側を狭めれば風速は速まるがピンポイントで風が当たって快適性が落ちるために、理論的にある程度形を作って、ああだ、こうだと模索するのだ。

 ちなみに工作内容としては大したものは無く、金属板を攻撃スキル“正義の熱情”で溶接してダクト形状の“サーキュレーター”を作る程度。試作段階のために仮固定して形状を決定し、続いて魔石を置く台座を、その中に組み込んでいく。

 

 

 結果として出来上がったサーキュレーターは、傍から見れば、あまりにも不格好。とはいえ、本来の溶接装置を使わずに金属板を溶接しただけなのだから無理もない。

 それでも内側は綺麗に研磨されており、しっかりと風は生まれるのだ。肌を撫でてゆく空気の流れがどれほどまでに心地よいかは、語るまでもないだろう。

 

 

 とりあえず完成――――と万歳三唱しようとして、台座部分を作っていなかったことを思い出す。風車(かざぐるま)ではないのだ。手に持って使うというわけにもいかない代物である。

 壁掛けか、長い首の床置きか。邪魔にならないとなれば壁掛けが妥当だろうが、いくらか距離に問題が残っている。

 

 

「……いや、ダメか。流石に風量が乏しい」

 

 

 己の技術の不甲斐なさにごちり、彼は溜息をつく。とはいえ、現状では無いもの強請りをしても仕方がない。

 他に何か手法がないかと考え、机の端に挟み込んで固定するタイプを思いついた。これならば使用者の近くにおける上に、固定もしっかりと行える。

 

 台座を作る序として、よくある首振り機能を実装できないかと思いに耽る。自動で左右に振るとなると難しいために、土台部分に歯車をつけて左右に首を振れるよう付加価値を実装するために刃物を取った。

 用意するのは、歯の大きなギアとストッパー。左右それぞれ60度ほどの範囲に首を振れる改造は木造となり、こちらの加工は割とスムーズに終了している。左右それぞれの可動範囲が微妙に違うのも、ハンドメイドらしさを強調していて風情があるというものだ。

 

 満足気に完成品を数秒眺め、その流れで床を見る。尾びれをつけても奇麗とは言えないリビングの床。木片や金属板が転がっており、破片こそ一か所に纏められているが中々に危険な状態である。

 木材の板もあるが、木の加工は屋外でやっていたために木くずの類はほとんどない。加えて、達成感を得た直後であるために、できれば嫌いな掃除は行いたくない。となれば――――

 

――――掃除は今度にしよう、そうしよう。

 

 掃除が苦手である彼、かつ男性特有の概念であり、バレたら彼女や母親に怒られるやつである。もっともどちらも居ないために彼を止める者は居らず、一仕事を終えて昼過ぎの時間、彼は大きな市場へと繰り出した。

 買い物客も一段落して余裕のある市場では、イイカンジのポットのような湯沸かし器とそれに使う魔石。お茶を淹れる適当なカップを見繕って購入する。もしコーヒーだろうが緑茶だろうが紅茶だろうが同じ容器でいいやと思っているのは、「男あるある」なガサツなところが表れている特徴だ。

 

 ティーパックの類は、今度また来るときに。今から帰って湯を沸かしていては日が傾く頃になる。早めに探索を切り上げたのだろう、冒険者らしき姿も増えてきた。

 この市場ももう少しすれば、活気と熱気に包まれることになるのだろう。そんな舞台に背を向けて、彼は人気とは無縁の隠れ家へと戻ってくる。そう言えば掃除道具を買い忘れていたことを思いついて言い訳とし、掃除は本当に次回訪れた時だと決意を抱いた。

 

 

「さて、確か食材の貯蓄も怪しかったな……。夕飯の食材でも買って、帰るとするか」

 

 

 ガチャリと音を立てる鎧と、扉を守る錠前。しっかりと鍵のかかったことを確認すると、住み慣れた廃教会へと向けて歩き出す。

 

 せっかくなのでカップを買った大きな市場で品定めした方が良かったかと思ったが、後の祭りである。そもそもが、ホームへと帰る直前に夕飯を作るかと思い立っているために猶更だ。

 そして食材を前にすると、装備コレクターの神髄が発揮されスペック厨に切り替わる。同じ装備効果が付いている同じ名前の武具のなかでも、より数値の高い方を求める奴だ。

 

 野菜と肉を筆頭として生鮮食品を吟味するフルアーマー、しかも数少ない知識を掘り起こして加減無しの本気モード。中々にオカシな構図であり、店員も若干引いている。

 そこそこの戦利品を引き下げ、タカヒロは廃教会へと凱旋し――――

 

 

「……で、ソコソコお高くて新鮮な素材だけれど、誰が料理するんだい?」

 

 

 帰宅後、ヘスティアの口から出たのがその一文であった。ピタリと、師弟コンビも固まって顔を合わせている。

 ベルとしては、きっと師匠が何か作ってくれるのだろうと思っている。タカヒロとしては、おいしそうな食材だったので購入したと言うだけで、調理のことなど頭から抜けていた。

 

 いうなれば、37階層辺りの素材を鍛冶師でもないド素人が使うようなもの。結果として出来上がる武具の性能、つまり料理の質はお察しだ。

 とはいうものの、これに見合う料理人が居ない以上は無いもの強請りをしても仕方がない。どうするべきかと、3人は唸って考えを口にした。

 

 

「……えーっと、師匠が作ったものでしたら誰も文句ないかと……」

「待てベル君、自分は焼く・茹でる程度のものしかできんぞ」

「それなら僕だってそうですよ!」

 

 

 どうやら、師弟の料理レベルは同等程度のようである。余計に「どうしたものか」と腕を組むタカヒロだが、このままではシンプルな料理の出来上がりを待つだけだ。

 

 

「ですが師匠、普通に作れるのでしたら十分だと思います。神様なんて……」

「そこで悲しげな顔はやめてもらえるかなベル君!?」

「でしたら“煮る”と“茹でる”の違いぐらいは覚えてください!」

「ぐほあ!」

 

 

 結果として購入者であるタカヒロが担当することとなり、献立は、野菜スープと肉野菜炒めの2品目。難しい料理はできないために適当にカットして、少量のバターで炒めた上で水を注いで火にかけて、塩コショウで味を調整。炒め物も塩コショウで味付けした程度ながらも、二人の評価も上々だ。

 3人揃って味見という名のツマミ食いに専念していたため、味の調整もバッチリだ。主食としてテーブル上で主張しているジャガ丸君をかじりながら、各々が過ごす日々の話に花が咲いている。

 

 廃教会という3人にとって落ち着く家で、その中心に温まる炉のあるヘスティア・ファミリアの夜は、今日も穏やかに過ぎてゆく。




■正義の熱情(レベル4)
39 燃焼ダメージ/3s
+23%燃焼ダメージ

詳しくはまた後の話で。


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42話 サンプル博覧会

 

「……凄まじい光景だ。ガントレット専門店と言われても、シックリくる」

 

 

 早朝、ヘファイストス・ファミリアの開店前。先日の夕方にヘファイストスから連絡を貰ったタカヒロは、この時間にバベルの塔へと足を運んでいる。

 本来ならばリヴェリアの教導があった日なのだが、急用ということで先日のうちに休みの連絡を入れていた。時間も遅かったために直接は会っておらず門番に伝言を依頼した形ではあるものの、そのあたりの連絡はしっかりと行っている。

 

 

 そして青年の身は、ヘファイストスの執務室にあるというわけだ。ズラリとテーブルの上に並べられた数多くのガントレットは、どれもこれもが一級品であることに揺るぎは無い。しかしながら作成者曰く、「こんな程度のものを貴方に売るわけにはいかない」と不満げな様相だ。

 規律正しく並べられている光景には、彼女の性格が表れている。己と似てズボラなワイシャツ姿なれど、几帳面な性格であることは確かだった。

 

 

 なお、並べられている品々については、全て右手のみしかない試作品。依頼主が提示した3つ+不壊属性(デュランダル)を付与しようと、ああだ、こうだとヘファイストスが色々と実践した結果に生まれたものだ。

 当の本人は、不甲斐なさを詫びるように眉間に手を当てている。依頼を請け負った時に「任せて」と口にしておいてこの現状であるために、申し訳が立たない心境らしい。

 

 ということで、彼女曰く、心の癒しが必要とのこと。先日に見せてもらったガントレットをもう一度見たいとの要望で、タカヒロはインベントリから当該のガントレットを取り出した。

 執務机の上に置くと、彼女はウットリとした表情で眺めている。それでいて吐息がかからないように、決して触らないようにしている点は、職業柄と言ったところだろう。専門家が骨董品の鑑定を行う時と、様子は似ている。

 

 

「何度見ても、溜息が出る程に見惚れちゃうガントレットだわね。貴方、どんな素材をどうやったら、こんなモノが出来上がるのよ……」

 

 

――――そこに3つの“スクラップ(屑資材)”があるじゃろ。それと“突然変異性膿漿”(とあるアイテム)を用意して設計図を見ながら鍛冶屋でコネコネすると、出来上がるんじゃ。

 

 などというぶん殴られそうな軽口(事実)は絶対に言えず、相手が神であるために「オラリオには無い素材」ということで言葉を濁している。装備要求レベルがステイタスのレベルにまで適応されるのかはわからないが、こんなものをポンポン作っていては物理的な意味で闇に葬られることになるだろう。

 屈んで目線を合わせ、宝石を鑑定するかの如く“ストーンハイド・プレイグガード グリップ・オブ ブレイズ”を眺める彼女。ならば最上級レアリティである神話級のレジェンダリー品質を誇る武具を見たならばどうなるかと、青年の悪戯心が顔を出しかかるが抑え込んだ。

 

 防御系、報復系について何かヒントが欲しいと言われればサンプルとしていくつかの装備を出せるが、星座についてはタカヒロが知るAffixもなく、全くの初チャレンジ。青年からすれば、どう頑張っても上がる要素の無い祈祷ポイントが1つでも上がれば狂喜乱舞の代物だが、星座の恩恵を得る仕様上、壊れた場合には戦闘能力が一気に低下しかねないために、不壊属性(デュランダル)は必須条件となるだろう。

 ヘファイストスも、不壊属性(デュランダル)は何としても付けたいと口にして居るので、その点については安心できることだろう。劣化度合も気になるが、なるべく負荷をかけないよう立ち回る己の技量も重要となることは確かなはずだ。

 

 もっとも、これらは「たられば」に似た話である。そもそもにおいて、そんな装備効果が生まれ出ることを前提としているのだ。そしてガントレットは盾に隠れることになるために、実質的な損害も少ないものになるだろう。

 

 

 とここで、タカヒロ的にはクエスチョンマークが出る要素が1つだけ残っている。己が納品したドロップアイテムは1つであるために、これほどまでの量のガントレットを作るには足りないのではないかという内容だ。

 

 聞いてみると、熱が入って思わず自腹で買ってしまったと、照れながら答える可愛らしい内容。流石は暇だからと地上に降りてきた神である、己が持つリソースは趣味に全振りらしい。

 50階層以降のドロップアイテムであるために安くは無いはずだが、そこは天下のヘファイストス。5-6個を買い揃えても、財布には影響がない程度だ。

 

 ということで、そんなことならと、青年はインベントリから50枚ほどの鱗と数個の糸を取り出してガントレットの横に並べている。足りなかったら言ってくれと、鍛冶師からすれば頼もしいことを口にしており、彼女が魂を見る限り嘘ではない。

 そんな光景に、おめめキラキラで口を開き、そこからハワワと言葉を出さんばかりの表情を浮かべるヘファイストスは、祭りの会場でワタ飴を見つけた子供である。もし尻尾が付いていれば、千切れんばかりの速度で振られているだろう。そのうち椎茸と化しそうな瞳に、捻くれた青年が追い打ちをかけた。

 

 

「ガントレットの為だ、いくらでも使ってもらって構わんぞ。しかし、不要だと言うなら」

「要る、絶対要る!もの凄く要るわ!!」

 

 

 嗚呼、これだけあれば作り放題~。と、ものすごーく幸せそうな顔を浮かべている鍛冶の神の顔は溶けている。

 いつもの彼女ならばアイテム数量を怪しむ状況だが、頭を使いすぎて思考回路が働いていないのだろう。思った通りのものができない気持ちの晴れなさと疲れも相まって、珍しいドロップアイテムの山に心が癒されている。

 

 その本質は、珍しい食材を手にした料理人と変わらない。どう料理してやろうかと血が騒ぎ、頭の中は調理方法と味付けの選定で埋まっているのだ。

 どこぞの赤髪の新米鍛冶師が見ていたら、どう思うだろうか。相変わらず仏頂面な青年とは、対照的な表情である。

 

 

 それも一段落した時、現状についての説明が詳細に行われている。最初の方に掻い摘んで説明されたが、ともかく現状は、試作の段階の域を出ていない。

 どうも、まだアダマンタイトやミスリルは使っておらず、エンチャントを試している段階らしい。目途がついてから、防御力のあるガントレットの作成に入るようだ。結果として生まれたのが、目の前の博覧会となっている。

 

 とここで、青年的には1つだけ違うAffixのついたガントレットを発見する。並べられたガントレットを一通り見渡すも、そのAffixが付属しているのは、当該の1つだけだ。

 品質はレア等級、Affixは片方だけ。それを詳しく見ようと身を乗り出した時、ヘファイストスが気づいたのか声を発した。

 

 

「ああ、それね。能力的には低いでしょうけれど、貴方から貰ったアイテムを試しに使ってみたのよ。たぶん星々の項目的には、貴方の要望に一番近い一品だと思うわ」

「ほう。手に取ってみても良いか?」

「ええ、どれでも取って眺めてみて」

 

 

 では。と呟き、手始めに一番近くにあったものを手に取ってみる。

 指二本あれば足りる数値ながらも、物理に対する耐久力を向上させる“物理耐性”と“装甲強化”が付与されたガントレット。これに付与されているAffixは、他のガントレットでも見受けられる。

 

 ならば例の1つのAffixは何だろうなと、少年のようなワクワクさを隠して陽気に考え。どこかで聞いたことのある単語のAffixだとも思い、そのガントレットを手に取ると――――

 

 

■無銘 ガントレット・オブ ザ オリンポス

+1% 星座の恩恵効果

 

 

「っ……!?」

 

 

 ピシッと、身体が岩のように固まった。ドクンと心臓が跳ね、血圧が上昇していることが自分でも分かる程。

 

 装備効果の数値だけを見れば、大したことは無い。両手合わせても、例を挙げて半分とするならば、合計たったの2%。未だかつてない領域の値が上昇することは確かなれど所詮は誤差の範囲であり、今のグローブを装備した方が戦闘力・防御力共に高いことは明白だ。

 しかし忘れてはならないのは、このガントレットが試作品であるということ。もしこれが、仮に10%、あまつさえ15%を超えるようなことがあれば、既存の他の装備を全て押しのけて採用となることは揺るがない。

 

 ステイタスにおいては“祈祷恩恵”と表記されている、星座による多大な恩恵と加護の類。彼のビルドにおいては12個の星座が取得されており、それぞれが様々な効果をもたらし、6種類のスキルも強力なものばかりだ。故に、それらの割合上昇となれば影響は凄まじい。

 オリンポス山の頂上に住むと言われた、12人の神々の神話を思い出す。その神々は、後に牡羊座~魚座となり世界に名を馳せている。本当に偶然で中身は違えど、青年が取得している星座は同じ12個ということもあり、彼の中における期待の度合は既にストップ高の連続で青天井。そろそろ成層圏に達しているかもしれない程だ。

 

 

 己が高みに昇るために、この装備は必ず完成させなければならないと、覚悟を決める。当面における、彼の中における戦う理由として君臨することだろう。

 となれば、己が行うべきことは只1つ。どうやったら、ここから効果数値を伸ばせるかを聞き出し、その素材を集めるという事に他ならない。

 

 ヘファイストスによると、主要金属が装備の防御力。ドロップアイテムは主に、エンチャントを付与する際の“繋ぎ”的な役割を果たしている傾向にあるらしい。また、その2つのバランスも重要とのことだ。

 武器なら牙や爪、防具となれば、今回のように鱗や皮の類を配合するのが一般的とのこと。タカヒロが渡したアイテム(増強剤)もまた、ヘファイストスがコネコネしてエンチャントとして付与しているのだが、どうにも強力過ぎて扱いが難しいとの内容だ。

 

 ヘファイストスの手腕をもってしても、それほどのモノ。かつてない難易度と彼女が口にした意味が、タカヒロにも痛いほどに伝わっている。

 それでも流石は鍛冶の神と言ったところであり、彼女が付与できるエンチャントの種類は様々なものがあるらしく、分かりやすく明快なものを挙げれば不壊属性(デュランダル)。性能低下のデメリットすらも打ち消すことができるのは、彼女がもつ技術故のことである。

 

 そして、変な例となると“持ち主の力に比例して成長する武器”と言った内容だ。本来ならば、50階層付近の素材があればこれらのモノも容易に完成するのだが、タカヒロが求めているのは、それすらも低難易度になるとのことを口にしている。

 とはいえ武具コレクターな青年としては、その変な例が気になって仕方ない。片眉を歪めながら、なんだそれはと言いたげな表情を返していた。

 

 

「武器、いや武具が“成長”だと……?呪われているのか?」

「違うわよ、あくまでエンチャントの一種、派生と言った方が良いかしらね。邪道中の邪道だから作りたくはないけど、少し前に考えたことがあったのよ」

 

 

 ヘスティア・ナイフの時か。とタカヒロは考えるが、その思考は正解だ。結果としてはヴェルフが打つことになったが、ヘスティアからの依頼を受けた彼女は、駆け出しにとってオーバースペックとならないよう、かつ生涯にわたって少年が使えるように、そのような武器を考えていたのである。

 なお口には出さないが、ハクスラ民からしても、勝手に成長する武器など邪道極まりない代物だ。理由は単純で、装備更新という一番の醍醐味を否定する代物故に他ならない。

 

 ドロップにしろ作成にしろ、新しい武具を使う際のワクワク感は、クリスマスにプレゼントを開こうとする子供のよう。何度感じても、彼にとっては色褪せることのないシチュエーションだ。

 タカヒロはおくびにも出さないが、気持ちとしては、ヘスティア・ナイフを受け取って目を輝かせていたベルと同じである。今日もまた感じた新しいAffixに対する興奮は、しばらく収まりそうにもない。

 

 ということで、彼からすれば、ヘファイストスが口にしたような変化球のAffixは不要である。シンプルに要望の3つを付与してくれと念押しして、彼女も了承の旨を返している。

 もっとも、シンプルながらも難易度が変わるわけではない。何を試そうかと唸りに唸るヘファイストスに「良さげなものがあれば持ってくる」と告げ、「いつでも歓迎よ」と言葉を返され、タカヒロは、情報を集めようと教会へと戻っていくのであった。

 

 




ヘファイストス様それゲームでも実装してください


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43話 星座と恩恵

???「その(好奇心の)先は地獄だぞ」


「うーん、星にまつわるドロップアイテムか~……。ボクも地上に来たのは最近だけれど、そう言ったのは聞いたことが無いね」

 

 

 帰宅した日の昼食前。そうか……。と、腕を組んだタカヒロは残念そうに溜息をつき、無茶なことを聞いたと詫びを入れる。

 その顔つきこそいつも通りながらも、落胆の色は伺える。答えられなかったことを詫びるヘスティアも「ヘファイストスの方が詳しいんじゃないか」という内容の事を口にしており、やはり振出しに戻った格好だ。

 

 タカヒロがヘスティアに質問をした理由として、彼女もまたオリンポス神話において登場している為。何かヒントでも掴めればと思い、とにかく聞いてみようと思い立ったわけだ。

 12人の神が登場するオリンポス神話においては、ヘスティアの代わりにディオニュソスを入れるパターンも知られている。どちらが正解となればオーソドックスには前者ながらも、そもそもにおいてヘスティアがディオニュソスに12神の地位を譲ったとされていることが要因だ。

 

 ということで、タカヒロの中においては“お気楽神”……最近はそうでもなく、どことなく真面目な女神臭が漂っている紐神も、立派な12神の一人である。常に笑顔で家の中心にある暖かい炉の様な振舞いは、最近一際強くなったように感じ取れる。

 

 ちなみに、タカヒロが取得できる星座においては当該12神のうち誰一人として出てこないのだが、これはケアンの地における神話が星座となっているため仕方がない。どちらが上だの下だのということはないが、思考回路のヤバさで言えば、ギリシャ神話を上回る神がゴロゴロいる点は事実だろう。

 基本として味方となる神の恩恵が多い星座の恩恵だが、敵となる神の星座もチラホラと存在する。敵対する勢力の信仰力もあるために仕方のない事であり、ギリシャ神話におけるタナトスと似たようなレヴナントという死の神も居るなど、所々で似たような存在もある程だ。

 

 

「……ねぇ、タカヒロ君。ヘファイストスに依頼している防具って、祈祷恩恵のスキルに関係しているのかい?」

「完成した場合は、そうなるな。非常に重要となるであろう防具なのだが作成の難易度が高いらしく、ヘファイストスですら苦戦している」

「よっぽどだね……。ところで、ずっと気になっていたんだけれど、それってどんなスキルなんだい?もちろん、口にしたくないなら黙っててもらって問題ないぜ!」

 

 

 あくまでポジティブに、元気よく彼女は問いを投げる。それに対し、タカヒロは「主神に隠し事は無い」との出だしで、己が取得した、星座を構成する星々の加護を受けられるという盛大な内容を、正直に口にした。

 シンプルな回答ながら、とある臓器がキュッと軽く締め付けられる感覚をヘスティアは受けている。初めてベルを眷属にした時のような、しかしその時の位置より少し下にある漢字一文字の臓器がそうなる感覚は、決して気持ちが良いモノではない。

 

 

 ゴクリと、唾を飲み込む。口の中が乾き始めているが、そんなことは二の次だ。

 聞いちゃいけないという直感が全力で警告を鳴らすも、そこは“暇だから”という理由で地に降りてきた神である。謎を目の前に、答えを知らずにスルーという選択は、本能が許さないようだ。

 

 

「……ち、ちなみになんだけれど、どんな加護を受けているんだい?」

「加護か恩恵かとなると、言葉としてはどちらなのか難しいところがあるが、星座の個数で言えば合計で12個、星々の数で言えば55個の加護がある。君に倣って神を表現する星座から受けているモノで言うならば、ターゴ(建築・鍛冶の神)メンヒル(大地の神)エンピリオン(原初の神の一人)の加護だ」

 

 

 嘘発見器・ヘスティア、発動。結果は驚きの白さであり、本日の朝食における献立を口にするような気軽さで語られる嘘偽りのない現実に、彼女の胃が悲鳴を上げ始めた。胃液が煮え滾っているように感じるのは、恐らく彼女の気のせいではないだろう。

 天界のタペストリーを作った建築神や大地の古代神メンヒルは100歩譲ってさておくとしても、天界でも原初の光と言われている最上級のエリア。そこに住まう原初の神の一人、エンピリオンが授けた加護など前代未聞にも程がある。その名を聞くだけで、彼に道を空ける神も居るかもしれない程だ。

 

 ましてやそこの青年は、他ならぬ彼女自身の恩恵を受けてファミリアに所属しているのだ。改宗(コンバート)の制度こそあれど、複数、最低でも4名の神による影響を同時に受けている地上の子など、他の神々の耳に入ったらどうなるか。

 火を見るよりも明らかだろう、考えるだけでも恐ろしいものがある。少し前に自分自身のことを「一般人」と言っていた青年だが、やはりヘスティア的には、いったいどこが一般人なのかと小一時間ほど問い詰めたい。

 

 

「きょ、今日は何だか物凄く暑くないかな!?」

「そうか?昨日よりは随分と涼しいだろう。む。顔色が悪いが、大丈夫か?」

「だ、大丈夫だよ!」

 

 

 体温は急上昇する一方、顔面は青くなっていたらしい。ということで、胃酸をぶちまけないうちに話を逸らした。己の臓器は未だに悲鳴を上げ続けるが、何も聞かなかったと暗示をかけて黙らせる。

 見なかったことにしたレベル数値のインパクトなど、一瞬にして消し飛んでしまうぐらいの内容。レベル100というヤバイ森の中に隠されていたアブナイ樹木を見つけてしまったかの如く、全身から冷や汗が止まらない。

 

 何事もなかったかのようにお茶に手を付ける当該人物は、変わらず仏頂面で全く気にも留めていない様相。いつかステイタスが判明した時もそうだったが、そう在って当然と言いたげな表情だ。

 話の逸らしついでに、ヘスティアが先程の防具について何か突破口があるのかと聞いてみると、呑気な顔も一転。真剣な顔つきになり、ある程度わかりやすい言葉での説明文が出てきている。

 

 明確な打開策こそ見当もついていないが、それでも口調には力がこもる。その様子を、ヘスティアが、子を見守るような優しい顔で聞いている格好だ。

 やがてタカヒロも、その視線に気づくこととなる。どうかしたかと尋ねると、彼女が優しい口調で言葉を発した。

 

 

「……変わったね、タカヒロ君。少し前とは比べ物にならないぐらい、生き生きとしているぜ」

「変わったと言えば君も随分と様変わりしたが……傍から見ても、分かるものか?」

 

 

 それに対し、ヘスティアは「当然だよ」と、元気よく、明るく答えている。答えを授けてくれたのが誰かは分からないものの、その人も答えも大切にしなければいけないという内容は、暖かさを与える炉の女神らしい発言だ。

 そう言われると、青年の脳裏に一人の人物の顔が浮かび上がる。ヒューマンではなくエルフであるものの、最近は随分と距離が近くなった、己に答えを授けてくれた一人の女性だ。

 

 

「……そうだな。その者が持つ思いやりと目を配る心に、助けられた格好だ」

 

 

====

 

 

「……で、情報を集めにロキ・ファミリアの図書館に来たというわけか」

「ああ。ヘスティアの伝手で神ヘファイストスにも聞いてみたが、わからないとのことでな。そしてフィン・ディムナから許可は得ている、疚しい事はないぞ」

 

 

 お昼時も過ぎた頃。場所は変わって、ロキ・ファミリアの資料室というよりは図書館のようなエリア。ファミリアの者ならば、いつでも好きな書物を閲覧できる場所である。

 ヘスティアに伝えた真実は口にしていないながらも“エンチャントアイテムを作る為の素材調査”程度の説明をフィンに行うと、「どうぞご自由に使ってくれ」と気前のいい言葉が返された。どうやら、以前に招待した際に交えた一戦の借りらしい。

 

 しかしながら“ご自由に”とはならず、ヘスティアとの会話でも登場したリヴェリアが付いてきている格好だ。ゴッソリと書物を積み上げているタカヒロの向かいに座り、本を読むというよりは資料を漁っている青年の姿を眺めている。

 

 

「むしろ、なぜ君がここに来ている。ロキ・ファミリアの副団長ともなれば、決して暇ではないだろう」

「なに。私の教導を大切と口にしながらも、更に優先する内容が如何なるものかと、少し気になっているだけだ」

 

 

 どう見ても少しどころではなく、明らかにガッツリと気にしている様相。このハイエルフ、出来の良い教え子が初めて謀反(サボり)を見せたことに対して純粋に拗ねている。事前連絡こそあったものの、己の教導よりも大切なことは如何なるモノなのかと、“おこ”なのだ。

 そんな物言いたげな表情と心が体勢にも表れているのか、彼女は行儀悪く右ひじをつき、軽く頬を支えている。やや前のめりなその姿勢は、執務室どころか、とあるかつての従者相手を除いて他人の前では絶対に見せない格好だ。

 

 

「……君は、自分のための勉学となると、そのような顔をするのだな」

「ん……?」

 

 

 そう言われ、タカヒロは本に向かって下げていた顔をあげる。傍から見れば、ややムスーっとした表情のリヴェリアが、物言いたげな目線を向けていた。

 

 

「かつてない程の集中力だ。私が実施していた教導では、その顔を見たことがない」

「本当に興味がある事に対して力が入ることは仕方がない上に、その内容は間違いだ。君が教鞭を執る内容も集中して聞いているぞ。事実、自分のためにも色々と役に立っている」

 

 

 タカヒロ曰く、リヴェリアがマンツーマンで行ってくれる際の授業は教本を読むよりも数倍も役立つとの回答だ。大きな理由としては、いつかロキ・ファミリアの謝罪の場で口にしていたが、上辺だけの教本とは違い、しっかりと現場からの目線が入っているが故。

 そして、貶すわけではないと前置きを入れ、年輪を重ねているが故に踏んできた場数が違い、後衛の立場や仲間を思いやる目線における意見もまた貴重と口にする。常に一人で戦ってきた己では絶対に分からない視点であることも付け加えられており、妙に筋の通った中身となっていた。

 

 ということで、まさに彼女をベタ褒めする内容である。相変わらず表情1つ変えずに口に出される内容は思ったことを羅列しているだけであるものの、それでも相手の心をくすぐってしまう内容なのだから質が悪い。

 

 

「……く、口達者に褒めても、何も出ないぞ」

「面白いことを言う。思った事実を言っているだけだ、何も求めてはいない」

「……やはり君は、思ったことを口に出す癖を気を付けた方が良い」

「そうか、気を付けよう」

 

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴ。未だかつて年齢で小ばかにされたことは多々あれど、こうして真っ向からソレを褒められることなど初めての経験である。己の教導でも見せない顔をする彼に対し拗ねた感情で小突いてみたら、逃走・回避不可能なカウンターストライクが飛んできた状況だ。報復ウォーロードよろしく、与ダメと被ダメが一致していない。

 先程の不貞腐れ顔はどこへやら、一転して照れ隠しの表情が顔を出す。右肘を軸に顔を右斜めに背けており、それでも、物言いたげな半目の視線は、本を読み漁るタカヒロの面構えへと向けられている。

 

 そして本に目を向けたまま青年が口にした反省文は、どう聞いても上辺だけの内容だ。相手の忠告もなんのその。“右の耳から左の耳”とは、まさにこの様な者のことを指すのだろう。

 事実、それ以上はなにも思っていないのか口に出す素振りもない。青年が本の内容に夢中であり、一寸たりとも視線を飛ばさないのが彼女にとっての救いである。どう頑張っても、相手からの視線はマトモに受けられそうにないのが現状だ。

 

 コホンと軽く咳払いし、リヴェリアはいつもの規律正しい表情と姿勢に戻っている。やや頬が紅潮している気がするが、誤差程度のものだろう。

 

 しかしやがて、やや勢いよく席を立つ。「帰る」とだけ言葉を残し、何度か背中越しに振り返りながら、彼女は図書室から姿を消すのであった。




紐神、最もヤベー事実を知る の巻。

以下、43話に出てきたケアンの神様紹介。
クロス無しのため、名前だけで本編には出てきません。

Revenant(レヴナント)
レヴナントは、死と苦悩を表す神。
その死の如き凝視から逃れ得る者は、神々にすらいないと言われている。


Targo(ターゴ)
ターゴは職人と建築家の守護者であり、今すべての星が置かれている天界のタペストリーを作ったと信じられている神である。

Menhir(メンヒル)
大地の神メンヒルは、確乎たるケアンの守護者である。
彼は、家を守ることに熱心な人々と豊作を願う農民の両方から、等しく祈りを捧げられる。

Empyrion(エンピリオン)
神の中で最も偉大なエンピリオンは、世界の光であり全ケアンの守護者である。
太陽が毎日人類を歓迎するのは、彼の慈悲であり戒めによるものである。


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44話 面倒見の良いエルフ

43話の続きです


 ロキ・ファミリアのホームである黄昏の館。日暮れまで資料を漁っていた青年が帰った晩、フィン・ディムナの執務室に、唸り声とまでは行かないが、2つの悩む声が木霊する。

 

 

「僕は見当もつかないな。生憎と、そういう専門的な、特に鍛冶のこととなると疎くてね」

「うーん、ウチも聞いたことないなぁ……。ファイたん(ヘファイストス)も分からんとなると、在るかどうかも怪しいで」

 

 

 それに対し、「そうか……」と落胆した返事を口にするのは、二人もよく知る副団長のリヴェリアだ。あまり感情を出さない彼女だが、今回は珍しく眉が下がっている。

 あのあと己もいくらか調べてみたが、感想としてはフィンと同様。少し前に極彩色のイモムシについて情報集めに手を出したことがあるが、それよりも未知の度合いが非常に高い。むしろ、掠りもしない状況だ。

 

 ちなみに彼女が二人に質問をした内容は、「星に関する、鍛冶に使えるアイテムは聞いたことがあるか」という内容。他ならぬタカヒロが本日調べていた項目であり、“かの言葉”でいくらか機嫌を良くしたために、手伝えることがあるならばと肩入れしている状況だ。

 なお、無情にも結果は先の通りである。言われてみればその道の一番と言って過言ではない神ヘファイストスが知らないと言うならば、相当に調査の難しい内容だ。ロキも何かないかと記憶を探っているらしいが、思い浮かぶものは無いようである。

 

 

「うーん、星座、つまるところ星やろ~……。星々を線で結んで作られた星座ってのは、本当に昔からあるもんや。案外、古いものなんかが足掛かりになったりしてな」

「古きもの、か……」

 

 

 1000年、2000年程度ではない、本当に遥か昔の話である。一般的に遺跡と言われるような場所が栄えていた時代よりも古くから、星々というのは地上を見守ってきた存在だ。

 リヴェリアとて夜空を見上げたことはあれど、特別に意識したことは無かった、それらの存在。エルフ故に木々や精霊となれば相応の知識はあれど、星座となれば素人も良い所である。

 

 ロキが言う“古いもの”とは、占星術などに使われていた道具である。もっとも今は滅多に使われていないものであり、たとえあったとしても、鍛冶に使えるような代物ではないだろう。

 そして、それが正解ならばヘファイストスが真っ先に答えているだろうとも予測することが出来ていた。そのためにロキも具体名称は出しておらず、古いものを片っ端から当たるしかないのではないかと口にしているのだ。

 

 

「そうだ。団員の一人が言ってたんだけど、少し前から、古典に関する博覧会が開催されているみたいだよ」

「古典博覧会……まさに丁度いい。場所などはわかるか?」

 

 

 生憎とそこまでは知らないフィンは、口に出していた団員のエルフの名を告げている。まだ無礼ではない時間であったために、さっそくその団員のもとへと向かったリヴェリアは、詳細な情報を聞き出していた。

 その者も詳細とは言っても展示内容までは覚えておらず、「オラリオで古典博覧会があるらしい」程度の情報を知っているだけ。故に、聞き出せたのは場所と入場費用ぐらいのものである。ならばと、彼女は頼みごとを行った。

 

 その者も詳細は知らないとはいえ、いくらかの伝手はある模様。他ならぬリヴェリアからの頼み事ということで、その内容が全てにおいて最優先で処理されていったのは、エルフならば当然の事であった。

 

====

 

 

「……これは?」

 

 

 翌日、昼食時を過ぎた頃。リヴェリアの仕事を手伝っていたタカヒロが一段落した時。渡した書類と引き換えに、リヴェリアが2枚のチケットを取り出し、うち一枚を彼に向かって差し出した。

 「何の紙だろうか」と内心で考え右手で受け取る彼は、文字を読んで疑問に思う。事情を知らない青年からすれば、古典博覧会など、正に何の脈略もない事柄だ。

 

 

「君が探していた星座というのは、古くからあるものだ。何か参考になるかもしれない。今日は、この博覧会に赴くぞ」

 

 

 そして、このリヴェリアの発言である。古典博覧会という理由は納得したものの同時に色々と疑問符が浮かんだタカヒロだが、そのなかで、最も気になったことを口にした。

 

 

「……まさか、今からか?」

「私なら大丈夫だ、気にすることは無い。日々における君が見せた、弛まぬ研鑽の褒美だ」

 

 

 違う、そうじゃない。青年が気にしているのはリヴェリアの用事ではないのだが、どうやら彼女は一ミリも疑問に思っていないようである。

 

 タカヒロが気にしているのは、普通ならば、互いにちゃんとした服で出かけるシチュエーションの一種となる、その状況。もちろん傍から見ればそう捉えられることなど気づいていないリヴェリアは、まさかの当日に切り出している格好だ。

 いつも通りにワイシャツと適当なズボンであるタカヒロは、「どうしたものか」と少し悩む。しかしながら相手もまた普段の魔導服であるために、とりわけ意識していないことは明白だ。

 

 ということで、「別にいいか」という結論に達している。この青年は基本として、輪をかけて変でなければ服装は気にしない傾向にあるために問題にまでは成っていない。レフィーヤ辺りが耳にすれば、即刻「ダメです!」と行政指導が入っていたことだろう。

 そしてタカヒロからすれば、服装どうこうよりも、自分のために起こしてくれた行動が嬉しいのだ。そのために、青年の中にある断りの選択肢は、のっぴきならない事情でも発生しない限りは選ばれない。

 

 

 並んで歩きながら話すリヴェリア曰く、星座に関するものとなれば歴史は古いため、古典博覧会に何かヒントがあるかもしれない、とのこと。なるほど。と呟いて腕を組むタカヒロは、一理あると言いたげな様相を示している。

 なお、彼女の言葉は、ご存知の通り主神ロキの受け売りに他ならない。先日の図書室で貰った言葉で“ごきげん”なバフ効果は未だ続いており、青年の悩みを解決する糸口になればと張り切っている。

 

 いつも周りに居るエルフに手伝ってもらい、古典博覧会のチケット2枚を入手したというわけだ。別に1枚だけを手に入れて渡せば済む話なのだが、そこはロキ・ファミリアにおいて母親(ママ)と言われる所以。面倒見の良さが顔を出し、付き添う選択を取っている。

 もっともチケットを入手したエルフには誰が誰と行くとは伝えていないために、彼等からしても、まさかリヴェリアが出向くことになるとは思っていないのだ。事実が周知されれば、一波乱は起こる事になるだろう。

 

 

「星座について、随分と悩んでいたようだからな。答えがあるかは分からんが、行ってみる価値はあるだろう」

「……それで、わざわざ古典博覧会について調べ自分を誘ってくれたと言うワケか。本当に面倒見が良いのだな、君は」

 

 

 すると、先日に終わった試合のはずだというのに軽いジャブが繰り出される。不意打ちで突然と、青年らしい苦笑交じりの優しい表情から出された言葉と様相を耳にし目にした彼女には、相変わらず回避を行う暇がない。

 先日に与えた忠告もなんのその、既に忘れているどころか聞いちゃいない。今回も今回とて思ったことをそのまま口にしており、耳にした彼女は顔を背け、先日の言葉を思い出したその眼は右に左に泳いでいた。

 

 

「え、ええい、御託はいい。私が誘ったのだ、乗りかかった船とも言うだろう、行くぞ!」

「了解したが何処へ向かう。焦るな分かっているのか、そっちは逆だろう」

「っ、わ、分かっている!」

「やはり分かっていないだろう、そっちで正解だ」

「お、お前という奴は――――!!」

 

 

 ひょんなことから始まった流れは、さっそく既に空回り。青年に詰め寄って文句を口にしたリヴェリアは、フンッとへそを曲げて一人ズカズカと足を進めることとなる。

 その後ろから、何を焦っているのだとタカヒロが大股の歩みで追っている状況だ。軽いジャブののちに、普段の調子で君がいじるからいけないのです。

 

 ワケあって遠くから一部始終を見ていたフィンは、「大丈夫かこれ」と内心で思いつつ。いい方向に転がれば良いなと苦笑し、後ろから音を立てて追ってくるアマゾネスから逃げるのであった。

 彼にとっては、“己の頭の蝿を追え”。他人を気にするお節介よりも、まずは42歳である自分の身の回りをしっかりせよという、注意喚起の文言である。

 

====

 

 

「落ち着けリヴェリア、急げば躓くぞ」

「うるさいっ……」

 

 

 オラリオにおける、人気の少ない裏通り。白兎を相手するレフィーヤと違って蒸気機関車とは程遠いが、プンプンとした擬音が似合いそうな雰囲気で、リヴェリアが足を進めている。その後ろに、タカヒロが続いている格好だ。

 このハイエルフ、別に怒っているわけではない。後ろの青年に振り回されている現状に、年甲斐もなく拗ねているだけである。空回りな現状もかねて、拗ね具合が今までで一番に強いというわけだ。

 

 互いのステイタス並みに秘匿されている歳の差は4倍程度のものがあるのだが、これでは、どちらが子供だろうかと思える程。やがて落ち着いたのか小声で「すまなかった」と呟く姿がある分、流石に弁えは持ち合わせているようである。

 青年から見ても分かる程の空回り具合とは裏腹に、通りの左右にある店舗に切り取られた空は清々しい夏の訪れを感じさせている。そんなことを考える余裕のあるタカヒロとは対照的に、リヴェリアには酷く心の余裕がない。

 

 

――――調子が思わしくない。

 

 今一番、彼女が感じている内容だ。明らかに普段の自分と違う対応続きな現状に加え、どうにも先程のような言葉しか返せない。己が原因であるにも関わらず、思わず彼のせいにしてしまいたくなる。というよりは、している。

 

 しかし不思議と心は軽く、懐かしくもある。もうしばらく思い出す機会も無かったが、久方ぶりにこのような気持ちになったためか、本当に久々に脳裏を過る。

 かつて、パルゥム、ドワーフの3人と、ファミリアを結成した頃を思い出す。事あるごとに言い合っていた頃の気持ちと似ていると気付くと、自然と口元が緩みかけた。

 

 楽しく、懐かしく。それでいて辛く、悲しみを背負った、己の過去。一番の年長だからという理由で黄金の少女の世話役となり、苦悩した、約10年前の日々が思い浮かぶ。

 それでも、だからこそ、今のロキ・ファミリアがここにある。己が身を案じ、愛すると誓った少女も今では立派に成長し、余程の事が無い限りは負けないぐらいに強くなった。

 

 少しばかり感情表現が苦手なところが気にかかっていたが、なぜだか最近は昔ほどは酷くない。その変化が少年と鍛錬を開始した頃からだと思い返すと、不思議とリトル・ルーキーには感謝の念が芽生えてくる。

 それらの転換期がどこかとなれば、やはり52階層で、そこの青年と出会ってからだろう。全く別のファミリアであり、彼女の中でも未だ謎が多い人物ながら、何故だか不思議と世話を焼いてしまうのだから不思議なものだ。

 

 

 彼女がそんな感情を抱いているうちに、目的の地点へと到着する。人が疎らなこともあり、二人は順路に沿って様々な展示品を眺めていた。いくらかエルフ関係の物もあったのか、リヴェリアが反応を示している。

 結局、古典博覧会の内容としては書物系が中心であり、英雄記に基づいたレプリカの展示が少しばかりあった程度だ。故に参考になりそうなものは何もなく、答えだけ言ってしまえば空振りである。

 

 

 当てが外れ、リヴェリアは少し落ち込み気味に展示会を後にする。そんな彼女の横顔を見たタカヒロは、1分ほどだけ待っていろと告げ、早歩きで道の反対側へと向かっていった。

 背中を目で追う彼女は、やはり少しの落胆の色を覗かせている。他に何があるかと、心境を表すかのような、雲が多い空を仰ぎ見た。

 

 そうこうしているうちに1分程が経過したようで、青年が手に何かを持って戻ってきた。中指ほどの深さがある携帯容器であり、その中身は、露店で売っていたアイスティーの類である。

 多くもなく少なくもない量は歩きながら飲む分には丁度良い軽さであり、文字通り気軽に飲める一品。博覧会会場から出た時に周囲を見渡したタカヒロが、目ざとく見つけていたものであった。同じものながらも2つを購入しており、うち1つを彼女に向かって差し出している。

 

 

「釣り合わんが、今日の礼だ。結果は空振りだったが君が落ち込むことは無い。神ですらワカランと口にする内容だ、気長に探すとするよ」

「……そ、そうか」

 

 

 それだけ口にすると、青年は彼女と共に歩きながらドリンクを呷る。程よい冷え具合が体温を下げ、優しい舌ざわりとほのかな甘さが味覚を優しく撫でている。

 

 一方で、己がドリンクを渡した相手が王族であることなど、微塵も気にしても居ないのだろう。普通のエルフならば、彼女を相手に飲み歩きの誘いは行わない。

 とはいえ誘い返されたのだから、彼女からすれば真似てみるのも一興だ。“行儀が悪い”行動を彼に倣って行うも、何故だか此度だけは許される気がするのだから不思議なものである。

 

 露店販売らしい無骨な味の紅茶に、舌鼓を打ちながら。少し強い日差しの下、二つの姿は黄昏の館へと戻っていく。




ツイッターで見かけた程度の情報ですが、円盤の特権SSで70歳以上という情報がある模様。そこから更に28年経っているらしく、しかし公式のキャラクター紹介では神が???才となっているところリヴェリアは??才だったので、これらを信じるならばギリギリ2桁なのだと思います。海外Wikiだとage99となっていますね。

念のための注釈:フィンを追うアマゾネスが蝿と言っているわけではありません。ことわざです。


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45話 少年少女

 普段、タカヒロの鍛錬を受けている北区の城壁。パーティー行動がない日の朝は、ベルはそこでアイズからの特訓を受けている。

 初回から中々にスパルタであるものの、師相手の時と全く違った動きになるので新鮮だ、とは少年本人の弁だ。見学していた少年の師も、自分とは全く違う相手であるために勉強してくるようにと、かつて言葉を残している。

 

 まだ夜が明けきらない中、細身の少年が路地を走る。やがて顔を覗かせるであろう朝日によって道は微かに照らされているものの、この鍛錬自体は極秘であるために、人目を避けて移動するのだ。

 もちろん完全に問題が無いというわけではなく、実のところはニアミスのような状況も生まれている。これは後日語られるのだが、4日目あたりの日の出前の時間帯に、ベルとレフィーヤが街中でバッタリと出くわしていたらしい。

 

 アイズの名前が出た瞬間に何故だか追いかけられる羽目になったらしいが、なんとか撒いて隠し通せている。何故だか山吹色の彼女は自分に対してアタリが強いよう感じる少年だが、原因は未だ不明の現象だ。

 後衛とは言えレベル3が相手だったことと、この秘密の場所は露呈させたくなかったために、撒くのもいくらか苦労したようである。

 

 

「あ……そっか、今日は師匠が居ないんだった」

 

 

 いつもの場所に到着し、日課となっていた鍛錬前の素振りを始めて、ようやくそのことを思い出す。慣れと言うのは怖いものだと頭の後ろに手をやる少年だが、それでも日課は続けるべきだと再開した。

 集中しだすと時間が流れるのは早いもので、馴染みのある気配が1つ、近づいてくる。相も変わらず見惚れてしまうその姿が目に入り、ベルは素振りを終えて声を出した。

 

 

「アイズさん、おはようございます」

「ん……おはよう、ベル」

 

 

 この鍛錬についてはロキ・ファミリアの幹部であるリヴェリアには露呈してしまっているのだが、秘密にしてくれている彼女も今日は不在のようだ。アイズ曰く、何かチケットのような物を持っていて、それに関する用事があるらしい。

 何のチケットだろうかと気になるベルだが、ともかく今は、アイズ・ヴァレンシュタインという師による鍛錬の場。関係のない事はすぐさま捨て去り、始まった鍛錬、相手の一撃に集中する。

 

 

「ハアッ!」

「踏み込み、甘いよ!」

 

 

 故に、結果として二人きり。だからと言って何かが起こるわけでもないのだが、不思議と一層の事集中力が増している気がするのは気のせいかと、少年は目の前の連撃を捌くことに集中するのであった。

 威力、速度共に、以前よりも確実に上回っている。しかしながら己の身体能力も向上していることと、アイズ・ヴァレンシュタインが見せる“型”に慣れてきたために、防ぐことは、そこまで苦労することではない。

 

 

「……ベルは、本当に凄いね」

 

 

 斬撃の雨が途切れると共に、突然と発せられたこの一言に、少年はキョトンとした表情を返す。いつもと同じく薄い表情のために感情まではわからないが、出された言葉は間違いない。

 彼からすれば、そんな言葉を掛けられる理由が分からない。しかしながら、少女からすれば真逆の事だ。

 

 大きく手加減しているとはいえ、彼女が放った高速の4連撃。並のレベル2ならば到底防げないであろうそれを、少年は理想と言える最小の動きで防いだのだ。今の少年がレベル2だと口にしても、信じることのできる者は極僅かだろう。

 当時レベル1であった2日目にも行われた攻撃なのだが、その頃と比べても格段の進化が見て取れる。だからこそ彼女は成長速度の早さに興味を持ち、ひいてはベル・クラネルという少年に対して非常に強い興味を持っているのである。

 

 

「……少し、休憩しようか」

「あ、は、はい!」

 

 

 「ふぁ」と可愛らしく欠伸をしたように見えたが、それは脳裏に焼き付ける程度にして、ともかく師の言うことは絶対である。ベルもナイフを仕舞うとアイズと共に座って壁に寄りかかり、熱くなった肺の空気を押し出した。

 チラリと隣を見るも、そこには薄い表情のままであるが繊細な容姿をした憧れの人物。自分と違って汗1つかいておらず、歴然とした実力差を知ると共に、汗臭くないだろうかと自分の事が気になった。男の子とは、好きな女の子の前では格好をつけたい生き物である。

 

 

 そして、別の不安もある。何と言っても彼女はレベル6の第一級冒険者、そのなかでもほぼ最前列に居るような強者である。片や少年の身はレベル2の駆け出しであり、互いの差は歴然だ。

 そんな格下の自分の鍛錬に付き合って貰えるのは色んな意味で嬉しい少年だが、相手が飽きないのかと不安なのだ。現に手加減されている状態で、自分は今の今まで一撃も見舞うことができていない。

 

 意を決してその内容を聞いてみるも、返ってきたのは「嫌じゃ、ないよ」という彼女らしい口調の返答だった。裏を返せば「好き、だよ」になりかねないその単語は、休憩時間だというのに少年のメンタルに大ダメージを与えている。尤も本当に嫌っているならば、この鍛錬など疾うの昔に終わっているだろう。

 癖なのか、特定の人物を相手にした際に己の感情を伝える時には瞳を見つめて口にするので与ダメージは猶更だ。「アイズさんは天然だ、アイズさんは天然だ」と内心で念仏を唱えるかのように繰り返すベル・クラネルながらも、あまり減衰効果は無いらしい。

 

 

「ベルが、見せてくれるのは……レベル1の時から、そうだったけど……どれも、レベル2とは思えない技術だよ。剣の基礎は、両親から、習ったの?」

 

 

 とはいえ、そこから話が発展した。相手の口数が少ないことは知っているだけに、途切れさせないように文面に気を付けながら、少年は続けて言葉を発する。

 

 

「いえ……両親は、物心つく前に、死んじゃってまして。基礎も含めて、教えてくれたのはタカヒロさんです。アイズさんの剣や魔法は、誰から習ったんですか?」

「剣は……基礎だけは、お父さんの真似。でも結局、リヴェリアやフィン、ガレスが色々と教えてくれて、それに染まっちゃったかな」

 

 

 断片単位で口に出される、少女の両親の話。幼い頃に物語を聞かせてくれたこと、自分の英雄に出会えると良いねと言葉を残したこと。

 核心に迫ることは全くなけれど、優しい為人が容易に想像できる人物だ。父が隠れてやっていた剣の鍛錬を見せてくれと、母と共にお願いし、照れながらも鍛錬を披露する光景など、微笑ましい以外の感想が浮かばない程のものがある。

 

 しかし、己の両親の過去の話だというのに、思い出に浸っている様子は無い。むしろ知らず知らずのうちなのか表情は険しさを垣間見せており、つられて少年の表情にも力が入る。

 

 少女が思い浮かべるのは、幼い頃に何度も物語を語り聞かせてくれて、己が夢見た言葉を残した、他ならない存在。忘れかけてはいたものの、いつかの出会いで少年が思い出させてくれた、大切な記憶だ。

 彼女の両親が残した言葉、「自分だけの英雄」。アイズの父曰く、己は既に母のための英雄だと、アイズに言葉を残している。

 

 そんな言葉を聞かされた少年は、当時のアイズと同じ感情を抱いている。尤も対象は自分の師であり、自分を引っ張ってくれているという理由で少年が勝手に決めつけているだけの話でもあるのだが、それでもベル・クラネルにとっては間違いない英雄だ。

 

 

 しかし、両親の言葉を口にする彼女の横顔が見せる表情は、やはり薄い。ベルが知る青年も普段は仏頂面のことが多いが感情を見せることも時々ある一方、彼女に関しては常に表情が一定だ。

 それでも、僅かに変化はある。青年に学んだ“相手を広く見る技術”がこんなところで生かせるのかと苦笑しつつ感謝したが、今の彼女の横顔はどこか寂しく、まるで救いを求めて彷徨う子供のようだ。

 

 

 何故ならば、憧れたから。仲睦まじい夫婦という言い回しなんてわからない彼女だが、その言葉と同じ感情を抱く、二人の姿が羨ましかった。

 だからこそ、父が掛けてくれる言葉が好きだった、その人物が魅せる剣に焦がれていた。母が読み聞かせてくれる物語が好きだった、その物語に焦がれていた。

 

 そんな二人が残した言葉。自分だけの英雄に、出会えると信じていた。7歳で剣を取り、戦い続けるうちに、そんな存在が現れるのだと信じていた。

 そうして月日は過ぎ去り、早10年程。だけれども、己の前に残された現実は――――

 

 

 いつのまにか伏せてしまっていた己の瞳に、真っ直ぐ向けられる深紅の目があることに気が付いた。核心にまでは至っていないものの、ロキ・ファミリアの4人を除いて知らないことである己の過去を、ここまでさらけ出したことも初めてだ。

 何故だろうと、彼女自身も不思議に思う。この少年と出会い、スキルとして発現するほど強いモンスターに対する恨みの炎が和らいだことも、未だに謎のまま。

 

 そんな考えから気を逸らすように、ふわりと優しい風が頬を撫でる。壁の頂上、かつ高所ということもあり、地上では無風でも、時折このような風が吹き抜けるのだ。

 二人して、風が抜けていった空を見る。夏の訪れを感じさせそうな雲に青空が見え隠れする光景は、偶然ながらも、二人を纏う空気に似ているだろう。

 

 

「気持ちいい風でしたね……あ、そうだ。確かアイズさんは、風の魔法も使えるんでしたよね」

「うん。エアリエルって、言うんだ。お母さんと同じ、風の魔法。威力とかは……たぶん、とっても弱いけど」

「あれ、ご存知ないんですか?」

「何度か、見たことは、あるんだけど……まだ、小さかったころだし……もう、ほとんど覚えてない」

 

 

 その言葉を耳にして、少年の目が少しだけ細まった。

 

 覚えていない。その言葉が胸に刺さる。親の顔を知らないという自身の心に圧し掛かっている内容だけに、そうなりかけている彼女を見て、なってほしくないという気持ちが強くなる。

 

 悲し気な顔の中に、僅かながらも懐かしさが覗いている。彼女にとっての両親とは、やはり、己の心を支えてくれる大切な存在だということは伝わった。

 それでも、そんな存在を失ってしまえば、アイズ・ヴァレンシュタインという剣は、遠くない内に折れてしまうだろうと少年は思う。己と言う存在から師を奪われたならばと考えられるベル・クラネルがその答えに行き着くのは、あまり難しい事ではなかった。

 

 暗い話でごめんねと言葉を掛けるも、いつものような和やかな空気には戻らない。そんな空気にしてしまった彼女は、何とかして少年の機嫌を取ろうかと、互いに共通した内容を口にした。

 

 

「ベルと私は、少し、似てるね……」

「似てる……?」

 

 

 しかし、ここにきて“アイズ語”である。課せられた試練。ベル・クラネルは、この一文から、相手の言いたいことを察しなければならないのだ。

 似ている。置き換えるならば“ほぼ同じ”と表現される文言であり、煮るという調理法ではないだろうと判断。ならば一体何が似ているのだろうかと、少年は考えを巡らせる。

 

 性別、違う。ファミリア、違う。レベル、雲泥。出身、知らないけどたぶん違う。あ、でも年齢と身長は似てるかも。後衛ではなく前衛なところも同じかも。

 そんな呑気な考えが浮かんだ少年ながらも、先ほどまでの話を思い返した。恐らく彼女が似ていると口にした内容は、互いが置かれている立ち位置ではないだろうかと、詳細な考えを巡らせる。

 

 互いに両親を亡くし、オラリオという場所で、血の繋がっていない親のような存在の下にいること。彼女がリヴェリアのことをどう思っているかはわからないが、少なくとも嫌っている様子は伺えない。

 己はオラリオで冒険者となり、タカヒロという存在に焦がれて、漠然とした目標ながらも英雄になることに憧れた。一方の彼女は、英雄的な存在を求めていることは、先ほどまでの会話と表情で明らかだ。

 

 

 

――――ならば、なれるだろうか。

 

 そう、少年の心がざわめきだした。

 

 元々、漠然とした目標だった。強くなりたいと思っても、何のためにかと聞かれると、英雄になるために。

 では何のために英雄になれるかとなれば、答えは無い。結局、漠然とした“強くなりたい”と言う振り出しに戻ってしまう。

 

 それでも1つの、ぼやけた先にある欠片が確かに見える。まるで瞳をさすような眩しい光、本に書いたような夢物語。

 それでもなれるだろうかと、小さな望みが芽生えだす。そう在ることができたらいいなと、心が静かに騒めきだした。

 

 

 ちっぽけな、貰ってばかりなこの身だけれど、なれるだろうか。

 

 

 ベル・クラネルが一目惚れした、彼女だけの、英雄に。

 



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46話 二人の昔話

 月明り無き暗闇を、魔石灯の明かりが微かに開き弱々しく地面を照らす。しとしとと降り注ぐ雨は強さを増してきており、やがてザーザーと音を立てて降り注ぐことになるだろう。

 あるのはただ、互いの考えを示す2つの命。周囲に人の気配は影もなく、その者が口にする言葉すらも、雨音によって消えてゆく。存在すらも、辺りの暗闇に飲み込まれるかのようにひどく弱い。

 

 

 嗚呼、これは夢なのだと直ぐに分かる。昼間に懐かしい過去、ファミリア結成当時における彼女自身の姿を思い出したことが、この夢を見た原因だろうか。

 夢だと判断する理由としては難しくない。己の少し先に居る二人、ヒューマンとエルフ。幼い頃のアイズ・ヴァレンシュタインの対面に、かつての自分自身、リヴェリア・リヨス・アールヴが居るのだから、夢と分かって当然だ。

 

 もう6-7年ほどは見ることも無かったと記憶する、しかし決して忘れない目の前の光景。己の腰ほどの背丈しかない黄金の少女に対して屈んで向かい合い、互いに言葉と言う名の刃物で傷つけ合った、かつての夜。

 

 その二人からは見えていないだろう未来の己は、この光景が迎える結末を知っている。今、目の前の自分が置かれている心境はハッキリと覚えている。

 ふと横を見れば、今のアイズも光景を見つめている。同じ夢を見ているのだろうかと考え、向き合う二人の姿に対して顔を戻した。

 

 

「貴女は、わたしのお母さんじゃない!」

 

 

 守りたい、大切にしたい少女を前にして、そのような一言を口にされ。言葉を向けられたエルフから全ての音が遠ざかり、時間が止まる。

 心には傷が生まれると共に救いを求める幼い手は見えず、互いの事実しか映らない。そして彼女もまた、相手を突き放す一言を口にしてしまう。

 

 

「……ああ。私は、お前の母親ではない」

「っ……!」

 

 

 あの時に少女が見せた、開いた瞳。暗闇の中でも分かる金色(こんじき)の姿から輝きが消えた光景は、決して忘れることは無いだろう。

 

 在りし日の母親に、父親に。二人の口から教えて貰った“英雄”を求める少女は緑髪のエルフの手を振り払い、ダンジョンへと駆けだし消えてゆく。雨に打たれ残った者は一人ただ何もできず、呆然とその場に立ち尽くし残される。

 かつて生まれてしまった、互いの間に出来た蟠り。こののちに仲間に活を入れられ、少女を愛すると誓い伝えた彼女は、一人でないことに気づき涙を流す少女を、柔らかな両手で包み込む。

 

 傷が生まれてしまってから8年の月日が流れ、白雪が積もるように重ねてきた、少女との時間。それが深雪(みゆき)になれたかどうかは、今の彼女も分からない。

 

 月日が流れたからこそ、また不安になってくる。己だけではなく、フィンやガレスが向けている、彼女を心配する気持ちが伝わっていないのだろうかと考えたことは数知れず。だからと言って、相手に直接聞けるような内容ではない。

 頻度こそ減ったものの、未だ無茶をすることが多々ある、危なっかしいその姿。がむしゃらに強さを求める傾向は変わっておらず、最近でこそ一人の少年と出会って極端なダンジョン篭りをすることも無くなったが、無茶をしようとする根底は変わっていないだろう。

 

――――今までの対応が、間違っていたのだろうか。

 

 夢の光景を前にして思い返し芽生えた、不安の感情が付きまとう。案じる想いが伝わっていないのかと、ズキリと心が痛む感覚に襲われる。

 

――――あの者ならば、どのように接しただろうか。

 

 続いてふと、そんな考えが浮かび上がる。かつての会計処理において、思わず己が頼ってしまった珍しい存在。

 

 駆け出しであった一人の少年を育て上げた、その存在。レベル6の己ですら目を見張る技術や覚悟の強さを持つ少年は、あの青年がいなければ誕生することは無かっただろう。

 相手の年齢も、性別も、環境も違うために比較できないことは分かっているつもりだ。それでも同じ“育てる”という過程を経ているだけに、どうしても並べて比べてしまう。

 

――――あの者ならば、どのような答えを……

 

 

「……朝、か」

 

 

 どのような夜を迎えようとも、太陽は毎朝必ず人類を歓迎する。そのような考えが浮かんだタイミングで、彼女は目を覚まして起き上がった。

 

 本日の天気は、恐らく晴れの類。今日もまた、アイズとベル・クラネルの鍛錬が行われる。あの青年も来るだろう。

 太陽は昇り切っていないものの地を照らす明るさは十分あり、視界については問題ない。今日も今日とて黄昏の館からコッソリと抜け出す二つの姿は、太陽にすらも見つかっていなかった。

 

====

 

 

「……随分と、加減が上手くなった」

 

 

 もはや日常となった早朝、北区にある防壁の上。人ひとり分の隙間を空けて同じ壁に寄りかかる二人が行う、いつも通りの他愛もない会話が一段落した時、玲瓏な声が昇る朝日に溶けるようにポツリと零れた。サラリと吹き抜けた風が、その名残すらもかき消してゆく。

 内容は、アイズ・ヴァレンシュタインの器用さを褒めるものである。確かにタカヒロの目線においても、当初と比べればマトモな“戦い”になっていることは明らかだ。

 

 少なくとも少年側が、身体を張って放物線を描くようなことは無い。一撃を貰う時こそあれどシッカリと減衰ができており、青年と鍛錬していた頃よりも実践的な成長が伺えた。

 良くも悪くも理想形な攻撃を放つ師と違って気まぐれなところがあるアイズの攻撃は緩急が凄まじく、結果として、ベル・クラネルにとって理想的な組手となっている。最近はタカヒロとの鍛錬が減っている少年だが、青年が先のような判断をしていることが理由の1つだ。

 

 

 とはいえ、先ほどのような言葉が漏れるとなれば、何かしら思うところがあるということだ。己のファミリアの少女に惚気ているのかと、青年はいつもの調子の言葉を返すべく口を開く。

 

 

「なんだ突然、弟子自慢なら負けんぞ」

「……そうではない」

 

 

 おふざけ半分で煽ったつもりが、微かに、声に暗さが見えている。なにかワケありかと二言を避け、タカヒロは相手の言葉を待つこととした。

 

 

「……やはり君の所の少年は、筋がしっかりしているな。駆け出しとなれば、教育も大変だっただろう」

「確かに楽ではないが、世話が焼けると表現するには程遠い」

 

 

 教育の大変さということでタカヒロも返事をしているが、ベルに対する戦闘面での教育については世話が焼けるというには程遠い。とはいっても、口には出せないが尋常ではない成長速度故に、逆に楽なものではないことも間違いない事実だ。

 しかしながら、教育が大変であることは対象がベルではなくても同じこと。教える側とは、基本として、教わる側よりも根気が要る立ち位置なのである。

 

 とはいえ、過剰な苦労が該当しない点は紛れもない事実である。先に漏れた一文が相手方のことかと考え、タカヒロは会話のボールを返球した。

 

 

「君は今もアイズ君の面倒を見ているようだが、そちらこそどうなのだ?」

「……そうだな。アイズは逆に、昔は何かと世話が焼ける子でな……」

「ほう……彼女の幼い頃か。何歳から戦っている?」

「……7歳だ」

「……。……なるほど。それは随分と、手を焼きそうな年齢だ」

 

 

 突然ながらも始まった昔話に、タカヒロは親身に聞く様相を見せて相槌をうっている。

 だがしかし、流石に7歳からダンジョンに潜っているという点については適切な言葉が浮かばない。予想外にも程がある幼さであり、恐らく教育過程において、そうなったであろうことを口にしていた。

 

 「そうだな」と言葉を残し、その後、リヴェリアは簡単な昔話を語り始めている。アイズがロキ・ファミリアへと加入した頃と、かつてリヴェリアがアイズの面倒を見てきたという内容だ。

 

 

 自分の命も顧みず、食事もロクに取らず、モンスターを殺し続けるその姿。かつてタカヒロとベルが黄昏の館を訪れた際、アイズに掛けられていた周囲の言葉の真相がコレである。

 付きまとう危うさ故に、人形姫などと揶揄されたぐらいであることが語られている。強くなるためにとダンジョンに潜り、幾たびの無茶を繰り返してきたのが、アイズが持つ実績だ。

 

 己が掛ける心配の声も届かず、反発を見せる子供の姿。その行動に傷つき、浴びせられる言葉に悩んだことも数知れず。それでもアイズが心配だからこそ、リヴェリアは厳しい姿勢を崩さずに接してきた。

 それは、ファミリアが大きくなってからも同様である。たとえ、自分が嫌われようとも。その厳しさで、一人でも家族が助かるならと。そうなって欲しいがために、己が正しさを貫き続けた。

 

 ついつい勢いあまってそこまでを口にしてしまったリヴェリアは、最後に「忘れてくれ」と言葉を濁す。顔と共に伏せられた長い睫毛からは影が落ちており、何度か交わした会話の時に見せる、凛とした姿は酷く遠い。

 

 

 ――――だからこそ、彼女は。教導に対して真摯に取り組む姿勢を見せる、タカヒロという存在が嬉しかった。

 決して口には出せそうもないが、そう感じた内容も事実である。今までで一番真面目な態度を取っていたレフィーヤでさえいくらかの弱音を吐いていたのだが、青年はそのようなことも一切を見せていないために猶更である。

 

 普段は己を煽るようなことも口にする青年だが、教導の際は、絶対に素振りすらも見せない程だ。故に猶更の事、真剣に取り組んでいるということがよく分かる。

 一方で難易度を上げていくらか茶化したかった彼女であるものの、結局はその隙を見せなかった青年だが、それよりも嬉しさが上回ったために気にならない。故に、指導のやり甲斐を一際強く感じていたことも事実である。

 

 決して、自分の言うことを聞いてくれるから嬉しいのではない。時おり見せる彼の質問と回答内容に、“そうなる危険から遠ざけるため”という彼女の心からの願いが含まれており、伝わっているからこそ嬉しいのだ。

 そのことを思い出すたびに、彼がロキ・ファミリアだったらなと思ってしまう事もある程。彼を見てくれれば、他の団員も少しは知識の大切さを分かってくれるのではないかと、淡い期待を抱いてしまう。

 

 

 これらは口に出されていないものの、タカヒロからすれば、先程までの一文に対する回答は気を付けなければならない内容だ。最後に残した「忘れてくれ」という言葉は、彼女の性格ならば本当に悩んでいたことを伺わせる一言に変わりない。

 かつて己も「そうではない」と似たようなセリフを返したことがあるだけに、よくわかる。今現在においてこの場における傍観者的な立ち位置に居ることもあり、とある人物の仕草に気づいた彼は、当たり障りのない内容から口に出した。

 

 

「……自分程度が君の覚悟を語るなど差し出がましいが、そこまでの覚悟を向けているなら、相手は君の気持ちにも気づいているんじゃないか?」

「しかし……アイズは未だ、私たちの言葉など聞こえぬように、無茶な行動を繰り返す」

 

 

 俯き加減の姿勢から出てきた言葉は、やはり彼女らしくなく語尾が弱い。ポロリと零した初めて見せる弱音に似た言葉は、鳴り響く白刃の雨に掻き消されて散っていく。

 慰めるようにサッと吹き抜けるそよ風が、シルクの如き緑髪を優しく撫でる。やや首を向けてその姿を横目見る青年もまた、彼女の心境を案じていた。

 

 やはり、まるでかつての己が悩みを口にした時と似た様相だと、タカヒロは思う。鮮明に覚えている当時の情景はすぐさま脳裏に浮かび、さも先程の事のように思い起こされた。

 いつか、彼女が自分に答えの1つを授けてくれたように。この場においては背中を押してやろうと、青年は、先ほどから気付いていた事象を口にする。

 

 

「……そうか。ともかく、しみったれた似合わん表情は捨てておけ、気高く凛とした姿はどこへ行った」

「えっ……?」

 

 

 青年の据わった声で瞳が見開き、顔が上がる。まず初めにフードに隠れた青年の横顔へと向くも、右手でフードの位置を直している姿が目に入った。

 

 

「面を上げろ、こちらではなく前を向け。君が最も気に掛ける少女が、君を案ずる視線を飛ばしているぞ」

 

 

 上げられた顔から向けられる視線は、続いて瞬時に、目の前で戦う少女の横顔へ。すると一瞬だけだが、確かに視線が交差した。

 直後アイズは、勢いよく正面、ベルの方向へと向き直る。あからさまな顔の動きにベルも内心でクエスチョンマークが浮かんでおり、それでも相手の手は緩まないために全力で対応を続けている。何があったかは気になるが、師が居る方を見ている余裕はない。

 

 

 リヴェリアが花のモンスターに穿たれそうになった時の状況を、タカヒロはよく覚えている。当初は第三者の立場だったことも、理由としては大きいだろう。その視点という前提を付け加え、当該戦闘において感じ取ったことを口に出す。

 

 3本の触手が各々を穿とうという時、アイズは目を見開いて迫っていた。たとえ折れた剣でも諦めず、己が身を使ってでも触手を止めんと気迫に満ちた姿勢を見せていた。

 アイズからすれば、あの場においてモンスターを相手にせず引くことはあり得ない。己が引けば次は誰に狙いが定まるかなど、言われなくても分かることだ。

 

 彼女が真っ先に駆けだしたのは、後衛故に近接戦闘では不利なリヴェリアを筆頭とした3名を守るためである。タカヒロが剣を投げたのは、その鬼気迫る心意気に応えたこともあるのが実情だ。

 己に対してリヴェリアが向けてくれる案ずる心など、痛いほどに伝わっている。しかし同時に、彼の言葉通り、アイズは誰よりもリヴェリアの身を案じている。故に彼女もまた、リヴェリアが口にする説教は素直に受け入れ聞く耳を傾けるのだ。

 

 いつ、どこで、誰が相手でもリヴェリアを。そして恐らくはリヴェリアだけではなく、ロキ・ファミリアの家族を守るため。

 当時においては、モンスターの狙いが青年へと変わってしまったものの。己を育ててくれた彼女を守るために、少女は迫る脅威に立ち向かっていたのである。

 

 

 これらが、リヴェリアが話した過去を含めて、タカヒロが感じ取った当時の状況だ。その事を伝えると、彼女は目を見開いてタカヒロを見つめている。

 また一方でタカヒロは、当時リヴェリアが見せていた説教が“鎧無しで立ち向かったアイズを心配していた故”のことだとも気づいており、そうなのだろうと確かめるように口にする。結果としては正解なのだが、だからこそ、当時においては「叱りを受けるべきものなのか」と疑問を投げ、「他人を案ずる前に自分の傷を治せ」という言葉を残していたのだ。

 

 それらは決して、青年による妄想ではない。少なくとも、リヴェリアが抱いていた気持ちについては完全に合致していると言って良いだろう。となればアイズ側がどうであるかは、先の行動も含めて容易に分かる内容だ。

 そのような言葉を口にする青年とて、かつては装備の為に色々と無茶をしていたためにアイズが抱く気持ちは汲み取れる。強さと呼ばれるモノを得るためには、基本として危険に対して挑まねば得られないのが実情だ。

 

 

「心から望むモノ(君の安全)を得るためには強く在らねばならず、そうなるために無茶をしてしまって居るのだろう。彼女は過去に、大切な何かを失っていないか?」

「……ああ。アイズの、両親は……」

「だったら猶更だ。二度目を起こすまいと圧し掛かる重圧は、背負った者にしか分からない。ならば自分程度では、彼女の行いを否定できない」

 

 

 無茶をするアイズを肯定するような、最後の一言。ここにきてリヴェリアは、突然と突き放された。

 目と鼻の先で鳴っているはずの白刃の音は、遥か彼方。風のざわめきなどとうになく、昇りつつある日の光すらも薄暗い。

 

 予想外だった。いつも少年に対して的確なアドバイスをしていた青年だ。てっきり己に対しても同じことをしてくれるのかとばかり思っていた彼女の心は、想定外の事態にたじろいでしまう。

 もはやどのようにしていいのか分からない孤独感に、胸の内が張り裂けそうだ。かつてのアイズもこのような気持ちだったのかと思うと、己が発した一言の重みが痛い程に分かる。あの時は、それでもお前の母だと否定するべきだったかと考えが浮かぶものの――――

 

 

「――――私は、どうすればいい」

 

 

 かつての夜、全ての音が遠ざかった時。絶対に決断を他人に委ねることのない彼女が、ファミリアを立ち上げた最も古き仲間である二人に決断を委ねた時。

 その時と同じ弱々しい言葉が、繊細な口から零れ落ちる。縋るような視線は答えを求め、横に立つ者、フードに隠された顔へと向けられた。

 

 

「……どうも何も、今まで通りで良いのではないか?」

「……なんだと?」

 

 

 向けられた回答が理解できない。何故、そのような答えが出てくるのかが分からない。ほんのつい先ほど、アイズの無茶をやめさせたいと思うエルフの考えを否定したではないかと困惑する。

 だというのに、今まで通りで良いとの回答。想定外の連続であり、考えが追い付かない。翡翠の瞳は変わらず弱々しく、それでも道を求めて相手を捉え続けている。

 

 

「面倒見の良い君のことだ。説教だのなんだの表向きは厳しいが……ちゃんと、しっかりと支えてやって居るのだろう。だからこそ、今のアイズ君がそこに居る」

 

 

 己が腐りかけていた時や、思い悩んでいた星座の一件において、色々と手を差し伸べてくれたこと。表向きこそ厳しいことの多い彼女ではあるものの、基本としては相手を心配しており、力になれればという想いが込められていることなど痛いほどに感じ取れていた。

 差し伸ばされる彼女の手は、少し握るだけで活力が湧く程に大きな優しさがあり、不思議と活力が湧き上がるのだ。その想いが向けられる相手がアイズ・ヴァレンシュタインならば猶更に強い事だろうと、青年には容易に感じ取れてしまう。

 

 力なく彷徨っていた瞳に、青年の一文で色が灯る。昇る朝日に輝く翡翠の瞳に映る相手が、今までとは違って見えるのは気のせいではないはずだ。

 

 

「そもそもこの手の話に絶対的な答えは無く、君の場合は当時の相手が7歳児だ。どれほどの苦労があったかは想像を絶するが……」

 

 

 かつてケアンの地において戦っていたのは、タカヒロ一人だけではない。世界各地において、いくつかの戦闘集団が世界の危機に立ち向かっていた。

 その仲間を守る事は行ってきたことのある青年だが、深く交わることは一度もなかった。己の知らぬところで死したかつての仲間など数知れず、だからと言ってそれはケアンの地において“普通のこと”であり、特別な感情が生まれたことなど一度もない。

 

 目的や程度は違えど、アイズのような子供や若者など数多くいた。メンヒルの化身と謳われた己に焦がれ、そうあらんと、己も誰かを守るために強く成りたいと無茶をする。されど各々が、守りたい者のために強くならんと足掻いているのだ、それを止めることなど誰にもできない。

 月日が経つ中で、道半ばに息絶える者も数知れず。それでもチャンピオン級に立ち向かうまでに成長した者も片手で数える程度には存命しており、再会を果たした際には互いの無事を喜び合い、そして誇り合ったものだ。

 

 

 決して楽だけではなく、どちらかと言えば互いに悩み、苦悩を抱えてきただろうリヴェリアの8年間。その内容は、弱さを見せる彼女の言動を見れば容易に感じ取れるものがある。

 そして彼女が愛した少女は、こうして立派に生きている。平和な環境に慣れてしまった者から見れば、当然のように明日を迎え、命が芽生え育ち、次の命へと繋ぐことなど当たり前のことかもしれない。

 

 しかしながら、日々において死と隣り合わせであるオラリオの環境においては話は別。青年の知るケアンの地と同じく、最も誇るべきことの一つだろう。

 

 

「今までの行いを気にしているようだが、現に彼女は、こうして五体満足で生きている。誇るべきことだ。ならば君が向けてきた想いや教導は、間違ってはいなかったんじゃないか?」

 

 

 だから、今後も似たようなことを続ければいい。リヴェリアの行ってきたことが正解かどうか、結局のところは本当の答えなんて無いために示すことはできないが、それが、タカヒロという男が示した回答だ。

 咎めるリヴェリアと、それでも無茶をして強くなろうと藻掻くアイズの関係は今後も続くことだろう。そんな関係となっている二人は結果として、絶妙なバランスとして成り立っていたのだ。

 

 無茶をすることで成長したアイズに助けられた者は、ロキ・ファミリアだけで見ても数多い。ここにきてリヴェリアは、その事実を思い返す。

 もしもアイズが、リヴェリアの言う事だけを行うようになっていたならば。それこそかつて揶揄された“人形姫”となり、どこかで誰かが、最悪は二人共に命を落としていたことだろう。

 

 

 突き放されたと勘違いしてから耳にした透き通る言葉の数々は、病気に効く薬のようだった。繊細な呂律まで聞き取るかのような長い耳から全身へと染み渡り、長年に渡って掛かっていた心のモヤが薄くなる。

 心のどこかにあった引っ掛かりは氷のようで、青年の言葉と言う名の炎によって溶けてゆく。流石に全てが溶解する程ではないものの、整った顔が見せる閉じられた瞳の表情は優しく緩んでおり、掛けられた言葉を思い返していた。

 

 

「……なるほど。とても、とても有難い言葉だ」

「そうか、何よりだ」

 

 

 やや俯く姿勢は、当初と変わらず。しかし声には力と張りが戻ってきており、耳にした青年は、ようやく本調子に戻ったかと内心で安堵する。

 

 

「……タカヒロ」

「なんだ、まだ何か――――」

 

 

 いつもとは少し違う、物言いたげな視線。それを感じた青年は、彼女へと顔を向けると――――

 

 

「ありがとう」

 

 

 春の陽だまりを象徴するかのような笑顔が、一人の男のために作られた。

 

 

「……お、おう」

 

 

 未だかつて誰も、かつての従者ですら見たことが無いその笑顔は、いつか、そこの捻くれ者が素直に礼を述べた時の逆バージョン。なお顔が見えているのと表情がある分、攻撃能力は此方の方が遥かに強い。

 右手でフードの位置を直しまくっている不審者はさておき、今の彼女の心はとても軽い。正面に向き直っても、先ほどの言葉がやはり脳裏に流れ、閉じられた瞳の表情は優しさを出し続けている。

 

 

 そんな彼女を横目に見ながら追撃の手を緩めないアイズは、第二の親と言って良い彼女から不安げな顔が取り除かれて安堵し、同時に不思議に思う。問題のワンシーンこそ見逃しているものの、ロキ・ファミリアにおいても表情を崩すのは稀であるリヴェリアが、このような安らかな表情を見せるのは非常に珍しいことなのだ。

 釣られて緩やかになる自分の口元に気づき、ハッとする。演習と言えど戦いの場にあるというのに、こうも穏やかな心境になれることもまた、その表情と同じぐらいに珍しい。少なくとも、今までのダンジョンにおいてはあり得なかったことだ。

 

 かつて己を愛してくれると言ってくれた人が見せる不安気な顔につられ、自然と気持ちが落ち込んでいた。心配であるものの己が示せるものなど剣しかなく、此度において出来ることなど、心配の顔を向けることだけ。

 だからと言って、そんな気持ちは恥ずかしくて、流石のリヴェリアが相手でも口に出せそうにもない。先ほどは、突然と顔を向けられて焦ったが――――

 

――――大丈夫。たぶん、隠せてるはず!

 

 心の中で可愛らしくドヤ顔とガッツポーズを作る、天然少女の知るところなく。かつて生まれてしまった傷跡は、とても小さくなっていた。

 

 

「何か、いいことがありましたか?」

 

 

 軽い打ち合いを行いながら、ベルは優しい表情を見せている。その笑みを目にしてキョトンとした表情を浮かべたアイズは、己も薄笑みを浮かべていたことに気が付いた。

 悲し気な表情を浮かべていたリヴェリアが立ち直ったことがハッキリと分かり、今の彼女の気持ちもまた、リヴェリアに似て非常に軽い。故に、気になる少年の質問に対する回答は1つであった。

 

 

「うん!」

 

 

 少年に向ける言葉と表情は、年相応の少女そのもの。パッと咲いた、少女が見せる花の笑顔がベルの目に留まり――――

 

 

――――続いて目にしたのが、己に向けられる過去一番に強い横薙ぎであるのは間違っているだろうか?

 

 

 未来予知レベルだった直感によって咄嗟に威力は減衰させた少年なれど、今回ばかりは元の威力が高すぎる。相手の花のような笑顔が見えた瞬間に視界は流れる地面に向いており、次の瞬間には、薄い雲の交じる青空がくっきりと映っていた。

 空中に弧を描く少年の身体はマニューバを行う戦闘機であり、さしずめアイズの放った一撃はカタパルト。射出の勢いは止まらずに、自分はどこまで飛ぶのかと呑気な思考が横切り、意識が消える。

 

 一部の者では“ご褒美”に成り得る行為でも、加減を違えれば死亡理由にしかなり得ない故に間違っている部類だろう。彼女は今までで一番の身体の軽さと心の浮つき具合で、明らかに加減を間違えていた。いくら機嫌が良くても己は第一級のレベル6、相手はレベル2の第三級冒険者であることは変わらない。

 流石の今回はタカヒロもベルに向かって駆け出しており、即座にポーションを使用するなどして応急処置を行っている。ポーションはポーションでもオラリオ産ではなくケアンの地で手に入る超即効性のある治癒薬だ。全回復するというわけではないポーションだが、瞬間的な回復力だけならば一本50万ヴァリスはするエリクサーを凌ぐほどのものである。

 

 

「……アイズ」

 

 

 ピシャリと静かに響く、玲瓏を保ちながらも圧倒的と言っていい一言。あのように吹き飛ばしてしまった己の悲しさと少年への謝罪、向けられる怖さに涙目になりつつそちらへと振り向けないアイズの下へ、ズシンズシンと音を立てるように死の宣告が忍び寄る。

 ロキ・ファミリア副団長ハイエルフ、リヴェリア・リヨス・アールヴ。タカヒロの言葉に対して真面目に心打たれていた直後の惨状に、久方ぶりの“げきおこ”であった。

 




ベル君、ここにきて気絶。(原作通り…?)
4人とも、結局いつも通りですね。

Q.主人公が装備のためにやっていた無茶って?
A.セレスチャルである破壊神(キャラガドラ)を、わざと降臨させて倒したり、
 敵対していないセレスチャル(モグドロゲン)を、わざと煽って戦いに発展させて倒したり、その他諸々。


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47話 白兎に手を引かれ

 ――――嗚呼。また、やってしまった。

 初日にも類似したことをやってしまって、リヴェリアに、こってりと叱られて。あの時に猛省したはずではないかと、彼女は今日もまた、自分を責めた。

 

 どうにも自分の悪い癖だと、眉が下がり影が落ちる。ミノタウロスの一件から知り合った少年が見せる輝きを目にすると、ついつい少女の心は高ぶってしまうのだ。

 結果として力加減を間違ってしまい、ごめんなさいと謝ったことは数知れず。その度に許してくれる少年の姿に、いつの間にか甘えていてしまったのかもしれない。

 

 

 同時に、少女にとっては不思議なことだった。それ以前まではダンジョンに行かなければ落ち着かなかったというのに、最近では週に2-3日しか潜っていない。

 理由を考えると、第二の親に言われたこと。「そうしたいと思うのは、楽しいからだ」という内容が思い浮かぶ。ダンジョンに行くよりも、少年と鍛錬をしていたいという気持ちの方が強いのだ。

 

 この感情。いつまでも少年の輝きを見ていたいと思うことが、そうなのだろう。普段は表情1つ変えずに淡々としている少女は、ようやくその答えに辿り着いた。

 少年の強さの秘密が知りたかった。絶対的な力は遠く及ばないけれど、自分が唸ってしまうような技を見せてくれる姿が嬉しかった。必死になって努力して、強く成ろうとする姿が眩しく、いつのまにか惹かれていた。

 

 それでも、恐らくは今日でお仕舞い。今までにやってしまった間違いとは比較にならない。これで自分は少年に嫌われてしまったと、一層の事眉が下がり――――

 

 

「――――ぇ?」

 

 

 グッと力強く腕を引かれ、連れ出される初めての感覚。目の前に、焦がれた姿の背中が確かにあった。

 

====

 

 

「問題はなさそうだな。とりあえず、今日の鍛錬は中止にしよう」

「ありがとうございます、師匠」

 

 

 多大な一撃を貰い、吹き飛ばされてから十数秒後。割と早く復活したベルは真面目に意識を失っていたようで、アイズの穏やかな顔が出たあたりから記憶が無いことを告げている。実のところは骨の数本にヒビが入っていたのだが、そこはポーション様々の治癒力だ。

 そんな彼に対して、タカヒロも肋骨を触診するなどして最終的な確認中。もっとも、10メートルほど離れた位置で即効性の雷魔法を連続で放っているハイエルフから、目を逸らすためでもあるのだが。

 

 

「……しかし、アレは中々にエグいな」

 

 

 そう思わず呟いてしまうのは、青年の本音であった。先ほど花のような笑顔を見せた少女の姿はどこへやら。目の前の鬼神を相手に完全に委縮してしまっており、背も肩も丸くなってしまっている。

 一応、本能的なのかは不明ながらも、アイズの一撃は最後の最後にブレーキが掛かっている。流石にこの説教があったならば、彼女の反応を見るに、今後は再発することは無いだろう。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインが目に浮かべるは、先ほどとは違う涙。少年への謝罪と己への反省もさることながら、それをリヴェリアに抉られているが故に心が負っているダメージの表れだ。

 傷口を抉る、傷口に塩を塗る。この言い回しがピッタリと嵌ってしまう説教だ。加減を忘れて少年を蹴飛ばしたという事実の言葉が出るたびに、彼女は小さく震えている。

 

 こちらはヘスティア・ファミリア。そして向こうは、ロキ・ファミリア。いくらか貸しがある現実があるとはいえ、流石に今回ばかりは大義名分がリヴェリアにあるために、白髪師弟コンビは身動きができていない。

 そんな守りたい少女の目をしっかりと見据える少年、ベル・クラネル14歳。名実共に被害者が自分だけであるために、以前に問題となったミノタウロスの時とは違う気持ちを抱いていた。

 

 男の子とは、好きな女の子の前では格好をつけたい生き物である。少女を見据える姿は、なんとかして手を差し伸べたい純粋な心意気。

 とはいえ、相手がナインヘルでは知識面でも実力面でも立場においても分が悪く。何もできず、悔しそうな顔を浮かべて留まることしかできていない。

 

 

「……リヴェリア、傷口に塩を塗ることもないだろう。アイズ君も真面目に反省しているではないか、そのへんにしてやれ」

「いいやタカヒロ、今回ばかりはそういうワケにはいかん」

「いつも同じにしか見えんがね……」

「なんだと?まったく、君と言いアイズと言い――――」

 

 

 まるで娘を叱る母親と、それを咎める父親である。幼いながらも男気に応えるのは、他でもない彼の師匠だ。言葉でもってリヴェリアのヘイトを自分に引きつけるウォーロードは、口と足を動かし立つ位置を変えてリヴェリアの視線を誘導している。

 ベルの特技として相手を広く見て弱点や有効個所を探る点が挙げられるのだが、これはタカヒロから直伝された小手先の技術である。当然ながら本人は更に長けたものを持っており、時折目を閉じて長文を口にするリヴェリアの癖を見抜いていた。そして、そうなるように仕向けている。

 

 やがてそうなる直前の時、青年から出される「行け」という分かりやすいハンドサイン。少年は面食らったものの、それもコンマ数秒だけ。説教の悲しみもあれど、やってしまったことを後悔して泣き出す一歩手前まで行ってしまっているアイズの顔を見て、続いて表情に力を入れてタカヒロに目を向け返事とした。

 そこからの行動は、迅速かつ単純だ。顔を伏せションボリとするアイズの手を取り、目を見開く少女の反応は無視したまま。そのまま外壁へと昇る階段に向かって、物音立てぬよう静かに駆け出したのである。

 

 

「――――ぇ?」

 

 

 まるで、切迫した場面からお姫様を連れ出すような、その構図。

 咳払いで足音を消すアシストをするタカヒロはフードの下で不敵に笑って、手を引き駆け出す弟子の背中を見守っていた。こうして被害者が許しているのだから、損害の件については和解と言って良いだろう。

 

 

「―――、そういうことだぞ。アイズもだ、わかったか。……アイズ?」

 

 

 30秒ほどぶりに目を開く彼女は、キョトンとした表情を浮かべている。何しろ、つい先ほど前まで己の前でしょぼくれていた少女の姿が綺麗さっぱり消えてしまっているのだから無理もない。

 キョロキョロと周囲を見渡すも、見慣れた姿はどこにもなく。ついでに言えば、一緒に居たはずの少年の姿も綺麗サッパリ消え去っている。

 そんな鬼の心を持った彼女の前にあったのは、ただ腕を組んで静かに笑っている、フードを被ったフルアーマーの不届き者が約一名。目線を向けられる青年は、すっかり本調子に戻っている相手を捉える一方、リヴェリアの背後に燃える炎を感じ取ってしまっていた。

 しかし元より、相手の注意を引きつけるのがタンク職の役割である。いつかロキ・ファミリアのホームで彼女が見せた疾走を繰り出させないために、彼は更に挑発の一文を口にした。

 

 

「ベル君はアイズ君を許していたぞ、叱りの続きならば受け取ろう。君の注意を引いた事と、二人に行けと捲し立てたのは自分だからな」

「ほう……。ロキ・ファミリアの事情に口を出すことは、お門違いと知っているはずではなかったか?」

「なるほど。ではヘスティア・ファミリアの鍛錬に君達二人が来て、先の蹴りの一撃が見舞われたことをフィン・ディムナに伝えよう」

「……」

 

 

 もちろん挑発だけではなく、負けるつもりも全くない。ロキ・ファミリアにおいて信頼性が高い彼の発言が、少し湾曲された今の内容で伝わればどうなるか、リヴェリアには容易に分かることだ。一方で大筋だけを見れば間違ってもいないため、ロキによる嘘発見器もスルーすることだろう。

 流石に先の一文を言われると、彼女としても追撃を躊躇してしまう。開きかけた口は噤んでしまい、過去最大級のジト目でもって目の前の青年に抗議している。

 

 

 たとえ、ベル・クラネルが持つリヴェリアに対する評価が下がることになろうとも。それでも、アイズの一撃が取り返しのつかない事にならぬように釘を刺していることはタカヒロも感じ取っている。

 あの威力の一撃をレベル2に放ったならば、受けたのがあの少年でなければ骨の4-5本は持って行かれてしまっていただろう。故に最終的に罪を背負ってしまうことになるのはアイズであり、だからこそ叱るために彼女は心を鬼にして怒るのだ。

 

 青年とて何度か目にした、本当に心から相手を想っているが故の彼女の姿。もう少し丸くなれば数多くの男から引く手数多だろうにとも思うも、しかし性格ゆえに妥協は許せないという、どうにも彼女らしい立ち振る舞いだ。

 ということで話が噛み合うわけがなく、このままいけば会話のドッジボールが開幕となることは明らかである。そのためにタカヒロは己の考えを伝えるついでに、興味本位で例のセリフを使おうと口を開いた。

 

 

「アイズ君が心配だからこそ鬼になる君の気持ちも分からんでもないが、あの二人らしいと言えばらしいではないか」

「た、確かにそうかもしれないが――――」

「ならば見守ることも仕事のうちだ。娘息子のじゃれ合いと思って流しておけ、君はロキ・ファミリアの母親(ママ)なのだろ?」

「だ、誰が母親(ママ)だ!タカヒロ、お前までその名で呼ぶんじゃない!」

 

 

 もっとも彼としても、同じファミリア以外の面々にこのセリフを言われたならばどうなるか気になっていた節はある。蓋を開けてみれば勢いよくつっかかってくるのが現状であり反応も面白く、何かと使えそうな一節だなと腹黒い感情を抱いていた。

 ガミガミと説教垂れるように追撃してくる彼女を軽くあしらって階段へ足を向けると、玲瓏なマシンガントークと共にピタリと後ろにつけてくる。そんな心地よいBGMを聞きつつ時たま反応を見せながら、彼はリヴェリアをロキ・ファミリアのホームへと送り届けるのであった。

 

 

 

 

 一方その頃、二人で駆け出したうちの少年はというと――――

 

 

(どうして、どうしてこうなった……!)

 

 

 人気の全くない石造りの高台で、彼女に膝枕されていた。そこに至るまでとしては単純である。

 

 

 時間的には、日が高くなると表現するにはまだまだ早く。それでも昇る最中である太陽の光は薄い雲を貫通し、路地を走る二人の道を照らしている。

 片や少し息が上がる少年と、そんな彼に手を引かれっぱなしながら、身体的にはなんということはない少女の姿。背丈と細身の身体が似通った二つの姿は、ともかく北区の城壁から距離を取るべく、人気のない路地裏を疾走する。

 

 そんな二人は目的のポイントに到着し、ベルは少しひざを曲げて手を置き息を荒げる。一段落したものの驚天動地の展開を体感している真っ最中であり、内心を正直に表すと、後が怖い。あのリヴェリアの説教を途中で抜け出すなど、どれだけ肝が据わった者だろうと勇気が足りない行動だ。

 優しさを向けられる反面で恐ろしさが身に染みているアイズ・ヴァレンシュタインと、いつか己がエイナに注意喚起を受けている横で、その者の姿を見ていたベル・クラネル。故に二人とも、どこぞの青年がヘイトを稼いでいる彼女を怒らせたらマズイと言うことは本能的に察している。

 

 

「や、やっちゃいましたね……」

「ぷっ……クスッ。そ、そう、だね……」

 

 

 しかし、アイズからすれば不思議なものだ。イケナイ事をやってしまった自分たち二人の行動を思い返す程に、口元が押さえられた可愛らしい笑みが零れてしまう。

 「どうなっても知らないよ」と言いたげに、悪戯をしでかした相手を見る目で、共犯となった目の前の少年を笑っている。アイズも彼女の説教が己を心配しているからこそ行われていることは分かっているために、あとで一緒に謝りに行こうと提案を示していた。

 

 実行犯とはいえ怒られるのは勘弁願いたいベルながらも、そこは師匠が何とかしてくれているはずだと期待しつつ。そして少女が見せる表情は、自然と少年の顔も穏やかなものに変えてしまう。

 こんな不思議な状況が面白く感じられ、互いの胸の辺りから込み上げ口から溢れ出る笑い声が、辺りに響いた。しばらく続いた二人の姿は、道を照らした太陽だけが知っている。

 

 

 赤ん坊がひとしきり泣いた後に寝るのと同じで、笑うという動作もなかなかに体力を使うものである。先ほどまで続いていた鍛錬の疲れも相まって、ベルは大の字になって倒れ込んだ。

 笑い疲れてやや滲む涙に濡れる空模様は、雲こそあれどいつにも増して澄んでいる。彼女を連れ出して逃げたという達成感も、いつも以上に感じる青さを見せるのに一役買っているだろう。

 

 

 お尻を支点として、上半身ごと軽く持ち上げられてグイッと頭が動かされたのは、そのタイミングであった。結果として、先ほどの光景が作られているわけである。

 

 

「さっきは、ごめんね……。傷跡、大丈夫?」

「あ、は、はい。だ、だだだ大丈夫です」

 

 

 なんとかして答えるものの目線でもってアタフタする少年は、優しい両手が両耳のすぐ上に置かれ、頭部が固定されているために微動だにできない。彼女の手を撥ねのけるなど、今の彼には絶対にできない行動だ。

 それにしても、貶しているわけではないが、少年の中では彼女が膝枕というのが妙にギャップのある構図となっている。言っては悪いが、その手の事に興味がなさそうなイメージが纏わりついていたために一入だ。

 

 

「そ、それにしても、アイズさんが膝枕って……意外です」

「リヴェリアに、教えてもらったの」

「……意外なことを知っているんですね、リヴェリアさんも」

「男の人に感謝を伝えたかったら、こうしろって」

「気軽にやっちゃダメですよアイズさん、そこだけは絶対に間違っていますから……」

 

 

 それはさておきリヴェリアさん流石です。と心の中でリスペクトする少年だが、先ほど己がその人物の説教を抜け出してきたことをすっかり忘れてしまっている。おかげでヘイトが己の師匠に向いて居るのだが、当然ながらそこまで考えが回っていない。

 

 しかし、だからこそのこの夢心地だ。頭の裏に感じる柔らかな腿の感覚は意識するだけで顔が赤くなりそうであり、懸命に他の事へと考えを逸らしている。

 おかげで会話が続かないが、今の二人には不要なことだ。鍛錬やダンジョン続きで疲弊していた心が洗われるような感覚を互いに感じ取っており、そんな二人を撫でるように、そよ風が吹き込んでいる。

 

 

 見上げる先には蒼い空に映える、自分を見下ろす、優しく整った美しい薄笑み。ひょんなことからダンジョンにおいて互いを知った、人形のように整った容姿を持つその姿。

 巷では剣姫と謳われ、神々においても「俺の嫁」と陰で囁かれるその少女。表情が薄いことで知られるその顔は、見上げて以降は花のような笑顔に変わっており、そんな表情を知るのが自分ぐらいのものなのだと思うと、自然と嬉しさがこみ上げる。

 

 そんな少年の顔を見て少女の顔も更に緩み、右手は“もふもふ”な白髪を優しく撫でる。少年にとっては嫌どころか嬉しい行為だが、おかげ様で、抱く恥ずかしさは一入だ。

 先ほどまで相手の顔を視認できた余裕はどこへやら。視線は左右に泳いでおり、そんな彼を優しく見下ろしていた彼女は、悲し気な顔に変わって心の心配を口にする。

 

 

「……膝枕、嫌だった?」

「そ、そそそんなことありません!」

 

 

 いくらか大胆とはいえ、根は天然な少女である。相手の気持ちをストレートに聞いており、少年は答えるだけで顔を赤くして、鼓動のテンポを最大限に上昇させるのであった。

 

 

「よかった……。私も、嫌じゃないよ」

 

 

 一転して柔らかな笑みになり、続けざまのこの一撃。少年の心に、ハートの矢という武器で致命傷を与えるには十分だ。

 

 ロキ・ファミリアのレベル6、アイズ・ヴァレンシュタイン。ベル・クラネルが様々な意味で「勝てない」と思えてしまう、憧れの少女である。

 




少し長くなりましたが4人の関係が変わっていったパートでした。
次話から原作関係の内容も増えてきますが、こんな感じの内容も混じってくるかと思います。
お付き合いいただければ幸いです


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48話 24階層の異常

 ダンジョン、13階層。太陽もしっかりと仕事をした昼下がりも過ぎた頃なのだが、ダンジョン内部に日の光は届かない。魔石灯により辺り一帯は明るいが、照らされていない場所には、常に暗闇が残っている。

 その階層でモンスターを相手にしているのは、整った容姿を持つ一人の少女。神の嫁と陰で言われるロキ・ファミリア所属のアイズ・ヴァレンシュタインは、一人13階層で、せっせと魔石とドロップアイテムを集めていた。

 

 

「……すごく、遠い」

 

 

 かつて闇雲にダンジョンへと潜っていた時とは、気合の入れように関して随分と差が生まれている。どちらかと言えば今の気持ちは沈んでおり、その影響か、時々にわたって溜息が漏れている程だ。

 ベルとの鍛錬が楽しく日々が流れていたことが原因で、すっかり忘れていたこと。かつての怪物祭で折ってしまった代用の剣の支払い4000万ヴァリスのことを突然と思い出し、「早く稼がなきゃ」と焦っている状況だ。なお、漏れた言葉のように、先は長く遠いものがある。

 

 本音を言うならばベルと一緒に行いたかったところだが、よくよく考えると、それはできない。かなりの額の借金を己が背負っていることを知られれば嫌われてしまうかもしれないという怖さが、ソロで活動している理由の1つだ。

 もっとも、借金のことを隠して一緒に狩りというのも良いなと考え、自然と薄笑みが浮かんでいる。そのまま複数のドロップアイテムを手に取ると、表情は一転して眉がハの字になってしまった。

 

――――どのアイテムが、(売値が)高かったっけ。

 

 リヴェリアの教導である程度の金額は習ったはずだが、不覚にも答えが出てこない。多分コレか、いやコレかと悩んでいるならば魔石を集めようという答えに達し、けっきょく持てるだけのドロップアイテムを保持する程度となっている。

 レベル6である彼女からすれば、ここ13階層のモンスターなど敵にすらなり得ない。文字通りに稼ぐことが目的であり、ファミリアから借りてきた簡易的なバックパックに、たった今倒したモンスターの群れがドロップした魔石などを詰め終わったタイミングであった。

 

 

「……誰?」

 

 

 何もない暗闇に向かって剣を向け、問いを投げる。すると、煙が晴れるかのように、黒衣のローブを纏った一人の人物らしき姿が現れた。

 

=====

 

 アイズ・ヴァレンシュタインが手紙の送付・アイテムの換金と引き換えに、その者から24階層での冒険者クエストを受けたのは、とある大きな理由が関係していたから。現状においてはオラリオにおいてロキ・ファミリアしか知らないことながらも、彼女の興味を引くには十分な大きさであったと言えるだろう。

 どこぞの装備キチも、実はすでに、その理由に少しだけ絡んでいる。かつての怪物祭において対峙した、花のモンスターが関係している内容だ。

 

 かつて助けてもらった青年を探している過程において、ロキ・ファミリアが18階層の安全地帯(セーフゾーン)で遭遇した異常事態。殺人事件ののちに対峙して戦闘へと発展した“赤髪のテイマー”が絡んでいるとなれば、居ても立っても居られない。

 その者は、アイズの(エアリエル)を見て“アリア”と呼んだ。他ならぬ彼女の母親の名であり、何故その名を知っているのかと問いかけるも、答えとなる回答は示しておらず、戦いには勝ったが取り逃しの結果に終わっている。

 

 此度のクエストである24階層と言う数字など役に立たず、決して安全な内容ではないだろう。下手をすれば、己が命を落とすこともあり得るかもしれない。

 それでも彼女とて、あのベル・クラネルの雄姿に焚きつけられた一人なのだ。危険を承知で、より強く、そして事の真相を知るために、アイズはクエストを受け入れたのである。

 

 もっとも時間も遅いことと、此度のクエストには協力者が居るらしく、まずは18階層にある酒場へと赴くことが内容である。此度におけるモンスターの大量発生という問題を解決できれば、その他については特に指定されていないのが現状だ。

 そして18階層の酒場の場所を突き止める。何度も利用したことのある街だったのだが、彼女自身が酒を飲まないことを除外しても、このような酒場は知らなかった。その場所において、彼女は協力者と出会うこととなる。

 

 

「剣姫、あなたが協力者でしたか……」

 

 

 どうやら、相手方にも既に、協力者がいることは伝えられていたようだ。酒場において、とある符丁をアイズが口にした途端、後ろに居た冒険者たちが立ち上がる。

 その誰もが、真剣な眼差しをアイズに対して向けている。決して敵意は無いものの、力のこもった眼差しを向けられていた。

 

 酒を飲んでいたヒューマン、声を上げながらカードゲームに勤しんでいた獣人等。男女それぞれ一名のエルフやパルゥム、合計15名。ほとんどがレベル3、第二級の冒険者ながらも、名の知られた人物が一人だけ交ざっている。

 一房だけは白髪ながらも、全体的に透き通りそうなアクアブルーのショートヘアーを持つヒューマンの若い女性。整った顔に掛けられる銀色の眼鏡に覗く瞳は毛髪と似ており、手のひらで眼鏡を上げれば、さも知的に映ることだろう。

 

 アスフィ・アル・アンドロメダと言う名前を、アイズは思い出した。【万能者(ペルセウス)】の二つ名を持つヘルメス・ファミリアの団長であり、“神秘”の力より彼女が生み出した万能アイテムの数々は、オラリオどころか世界各国で使われている。事実、アイズがロキに送った手紙も、彼女が発明したペンによって書かれたものだ。

 と、ここまでは中々に品位を感じるのだが、蓋を開けてみれば評価は一転する。金儲け主義の獣人が持ってきたクエストの依頼者が、なぜかヘルメス・ファミリアのレベル申告詐欺を知っており、協力しなければ露呈させると脅されているらしい。早い話が“脱税”真っ盛りであるという、品位がナイアガラ並みに下がる内容だ。そしてどうやら、メンツの全員がヘルメス・ファミリアの所属らしい。

 

 とはいえ会話の内容としてはアイズからすればクエスチョンマークの付くものばかりであり、とりわけ気にもしていない。「これからどうするの」と口にすると、アスフィは少し頬を赤らめて、コホンと咳払いを行うと品の良さが戻ってくる。

 目標は、24階層の食糧庫。アイズが受けた依頼内容と一致しており、今宵はこの街で一泊し、翌朝から出発するという内容だ。

 

 積極的に剣姫に絡んでいるのは、ライトアーマーとヘビーアーマーの中間と言えるような鎧に身を包む、パルゥムであるポック、ポットの二人。そして、出会った際に酒を飲んでいたキークスだ。

 しかし、相手が悪い。アイズ恒例の薄い表情と、難攻不落である“アイズ語”を前にして双方ともに撃沈の結果となっている。もっとも、それでも少しばかりは近づけている様相だ。

 

 

 さっそく少しの不安を抱えるアスフィながらも、クエストである以上は、のっぴきならないことが発生しない限り撤退は在り得ない。合流した集団は、道中のモンスターを倒しながら24階層へと到達する。

 ところが、ここにきて大きな問題が立ち塞がった。24階層に三ヵ所、北・南東・南西にある食糧庫のうち、モンスターの流れから北へと辿り着いた集団だが、地図に載っていない、肉のような大壁が存在していたのである。

 

 こんなものは無いはずだと意見を交わす集団に対して「ぶった斬ればイイんじゃね」的なことを呟くアイズの意見に同意したアスフィは、魔導士のパルゥム、名をメリルに対して詠唱を指示している。攻撃を当てることで、大穴を空けて突入しようという算段だ。

 アイズの腰ほどの背丈である彼女はパルゥム用の金属杖を掲げ、詠唱を開始。攻撃は成功し、肉の壁に大穴が空いている。修復しかけているものの、パーティーメンバーはその先を歩き続けた。

 

 

「ここ、ホントにダンジョンだよな……?」

「き、気味が悪い……」

 

 

 ダンジョンとはまた違った、ブヨブヨとした緑色の肉の床、肉の壁、肉の天井。各々のブーツ越しに伝わるその感触もさることながら、目にする光景は決して気持ちが良いものではない。

 むしろ、吐き気を催す程に気色悪いと表現して過言ではない状況。そんな環境に対し、全方位の警戒を緩めることなく、それでも肩の力を抜いて歩みを進めている。

 

 最も肩の力を抜いているのはアイズと、その横に居るパルゥムの二人だろう。実のところフィン・ディムナに憧れているポックは、フィンが持っている槍のレプリカを所持している。

 いつか自分も彼のようにならんと、ソコソコの金額で作成した代物だ。それにアイズが気づくこととなり、ピックから向けられるからかいの言葉などが交じって、陽気な雰囲気となっていた。

 

 

「ま、いくらこのレプリカを持ったところで、俺達パルゥム程度が活躍できる訳がないんだけどな」

「えっ……」

「分かってるんだろ剣姫、このパーティーメンバーのなかで俺達だけがレベル2なことは。例えば団長みたいなレベル4が相手する敵、そんな奴が放つ攻撃なんて、第三級冒険者程度が反応できるわけ」

「……居るよ」

「えっ?」

 

 

 言葉を遮って呟かれた一言に、ポックは目を開いて反応してしまう。不可抗力、かつ正直なところあまり思い出したくない内容ながらも、アイズは相手の言葉を否定した。

 アイズとて最後の最後にブレーキを掛けることができたものの、あの防御は間違いなく、己の攻撃を見切られていた。普段はレベル3程度に落としている手加減がレベル4になってしまった一撃だが、それでも少年は的確な防御を行えたのだ。

 

 

「完璧に……対処することは、できないけど。レベル2でも、レベル4程度の攻撃を、見切っている冒険者。確かに、居るよ」

「……す、すげぇな、ソイツ」

「うん。本当に、凄いんだ」

 

 

 故に、己も負けていられない。自然と瞳に力が入り、肉の通路を進んでいく。このやりとりで陽気な雰囲気は影を潜め、言葉なく歩み進むこととなる。

 流石に一本道が続くこともなく、二股に分かれたポイントが見えてくる。こうなれば既存の地図など紙切れ同然であり、パーティーメンバーに居た担当の者は、即席の地図を作り出した。

 

 今までが一本道だったためにすぐさま終了し、態勢を整えた集団は分岐地点へと近づいていく。真っ先に気づいたのはアイズであり、やや腰を落として静止する。

 先頭付近を歩くアスフィが全体に対して停止のサインを出したのは、そのタイミングであった。ピタリと一斉に止まったパーティーメンバーだが、分岐となっている双方の先、そして後方から、花のモンスターが複数近づいていることに気が付いたのだ。

 

 左はヘルメス・ファミリア、右はアイズ一人。とっさにアスフィが口にしたその戦力分配は、最も効率的な内容だっただろう。

 殲滅速度で上回るアイズが一掃し、防御布陣を敷けるヘルメス・ファミリアに合流するのだ。各々が瞬時に理解して駆け出し、アイズが右側の通路に突入したタイミングであった。

 

 

「っ!?」

 

 

 突然と天井から降り注ぐ、直径2メートルはあろうかという大柱、周りの肉に似た緑色。迫ってきた花のモンスターを切り裂く後ろでアイズの退路を完全に塞いでおり、パーティーは分断された格好となる。

 何が起こったのかと金色(こんじき)の瞳を見開くも、考えている余裕は無い。現在の状況だけを把握すると、すぐさま、唯一残された進路の先へと目を配る。

 

 なぜなら。前方から、己と拮抗した戦闘能力を所持する、しかし敵である“赤髪の調教師(テイマー)”、名を“レヴィス”が近づいて来ているのだから、無視をすると言う選択肢だけは行えない。

 もっとも、出会って1秒でハイ交戦などということもないらしい。いくつか質問を投げるアイズに対して知らぬ存ぜぬながらも回答を見せており、一方で、生かしてアイズを捕らえることが使命であることを隠そうともしていない。

 

 

「ここで……何を、しているの」

「それもお前には関係ない、無駄話は終わりだ。お前を、連れていく」

 

 

 吐き捨てるように呟かれた言葉が、開戦の合図だった。

 

 知らぬものが平然として居る二人を見れば、思わず生唾を飲むことになるだろう。出るところは出ており引っ込むところは引き締まっている身体が織りなすプロポーション、神々曰く“ナイスバディ”を持っているのだから無理もない。際立たせるような服装も、そう感じ取れる要因の1つだ。

 だというのに目の前で繰り広げられているのは、目にも留まらぬ斬撃の雨。互いに引く様相を見せず、少し触れただけで切り刻まれる程の豪雨が、先の姿から放たれるなど想像するのも難しいだろう。

 

 文字通り、近づけば火傷するどころでは済まない猛攻。鳴り響く白刃の音は肉壁に反響し、鳴りやむところを知らずにいる。

 しかしながら、前回の戦いや普段においてアイズが見せる戦闘とは、違う点が1つある。相手もそのことに気づいたのか、戦いの最中なれど声を発した。

 

 

(エアリエル)を使わないのか」

「……」

 

 

 先ほどまでの連撃は何処へやら。言葉と共に、素早く、それでいて重い一振りが瞬く間にアイズの前へと現れるも、アイズは僅かにも動かず、僅かにも言葉を返さない。

 何かある。レヴィスは直感からそのように察するも、何が行われるのかが分からない。少なくとも前回の戦いにおいて、己と真っ向から力比べを続けてきた戦いならば、今回の相手は真正面から自分の攻撃に刃をぶつけ――――

 

 

「なにっ!?」

 

 

 剣の刃先を僅かに当てた瞬間、手首のスナップでもって、相手の振り下ろしを僅かにずらす。結果として渾身の一撃は不発に終わり、同時に多大な隙が発生。今回ばかりは加減も不要な全力の蹴りの一撃を叩き込んで吹き飛ばし、相手にダメージを与えることとなる。

 いつかアイズ自身とて体験し、驚愕した内容。あの時は相手も違う上に四連撃だったものの、根底としては変わらない狡猾さ。

 

 鍛錬においてベル・クラネルが見せている、パターン化すれば数えられない程の数を誇る小手先の技術。その者と毎日のように打ち合いを続けているうちに、アイズ・ヴァレンシュタインの技能も、少しずつながらも自然と高められているのだ。

 レヴィスが前回戦ったアイズは、暴論にて表現すればステイタスに任せた戦い方。それだけですら若干の優勢となっていたところに、此度の技術が合わさっているのだから、感じる強さの度合いは数段も違うモノがあるだろう。

 

 

(エアリエル)は……必要、ない」

 

 

 つまるところ、「お前程度の相手には必要ない」。そう受け取れる言葉は、まさに挑発の一言と表現して過言は無いだろう。

 基本として仏頂面の表情を崩さないレヴィスは、内心で怒りを覚えつつも、やはり変わらず。アイズの目を見据え、胸の内に抱く本音を口にする。

 

 

「――――私を、舐めるなよ」

「――――舐めたら、汚いよ」

 

 

 釘を刺したつもりのレヴィスながらも、天然少女という文字を炸裂させたような発言が追い打ちとして浴びせられる。発言者本人は至って真面目でも、相手からすれば侮辱以外の何物でもないだろう。

 表情は一変し、これでもかと言わんばかりに眉間に力を入れる様相は、烈火の如く。それこそ噴煙を高々と立ち昇らせて噴火した火山にも負けぬ程に、今のレヴィスは表情を歪めて怒り猛っていた。

 

 咲き乱れる白刃の音は空気を震わし、轟音となって肉壁の洞窟に鳴り響く。あまりの剣幕と覇気を見て、援軍として送られてきた花のモンスターも近づけない。

 まさに、何かしらの武具を極めた者にしか許されぬ第一級の領域。24階層で行われている戦いの1つは、アイズ・ヴァレンシュタインが若干ながらも優勢の状況で進むこととなる。

 




原作(漫画)だと短剣のレプリカですが、本作では槍となっております


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49話 窮地のツイン・アロー

 一方、分断されたヘルメス・ファミリア。分かれ道の片方と後方から迫る花のモンスターを相手にしているも、その奥から更なる数が接近しているために埒が明かない。

 司令塔であるアスフィは、動くか留まるかの決断を迫られていた。前者を選択したところで状況は悪化するかもしれないし、だからといって後者ならばジリ貧であり、やがて生じた綻びから壊滅することとなるだろう。

 

 故に、彼女が出した選択肢は“前進”。花のモンスターが所有する特徴、そのなかの1つである魔力や魔石に反応することをアイズから聞いていた彼女は、ここに来るまでのモンスターから得た魔石を一斉に投擲し、その隙にヘルメス・ファミリアは食糧庫へと駆け出した。

 目的地までの距離、地図通りならば約500メートル。道具作成に長けるアスフィは、己が作った“手榴弾”のような効果を持つポーションを後方に投擲し、数を減らしつつ前進する。幸いにも道は一本であり、ブヨブヨしているもののある程度整った地面は走りやすいものがある。

 

 

「前方より更に接近、数は4!いや5!」

「攻撃を弾きつつ走り抜けてください!」

 

 

 終わりのない攻めを前にし、アスフィに僅かな焦りの心が芽生える。己の判断に、ここに居る大切な仲間、大切な15人の家族の命が掛かっているのだ。

 重責は容赦なく圧し掛かり、未だ弱まる気配を見せていない。本番となるであろう食糧庫へとたどり着く前でコレなのだ。何が起こっているのか確かめなければならないと言う使命、知りたいと言う興味、何があるか分からないという恐怖が、少しながらも、確実に体を蝕んでいる。

 

 結果としてヘルメス・ファミリアは、目的地である食糧庫の目前へと辿り着いた。疲労は見られるものの大きな怪我や損失は無く、流れとしては良好である。ポーションなどを使用して態勢を整えると、肉壁の出口へと足を向けた。

 

 

「な、なんだ、あれは……」

 

 

 広大な広場の中央に聳え立つ、石造りの大柱。その点は普通の食糧庫と同じであり、さして問題では無いだろう。

 驚愕の声が出た原因は別にあり、そこに3本の植物のような触手が巻き付いているのだ。触手の先には花のようなモノがあり、モンスターの餌となる養分を吸い取っている。触手そのものの太さは遠目の目算ながらも、直径数メートルはあるだろう。

 

 そして、己たちが居る肉壁から、まさに花のモンスターが生れ落ちる。とはいえ生まれたての小鹿のように弱々しく、全く脅威にならないだろう。

 その少し先には複数の檻があり、中には花のモンスターが入れられている。一体ここで何が行われているのか全員が見当もつかず、ただ一帯を見回すだけだ。

 

 柱へと寄生するように巻き付くモンスターからは無数の触手が伸びており、これが天井や壁を覆って肉の壁を成していたわけだ。

 状況確認はそれだけに留まらず、新たな勢力を確認する。200メートルほど先にローブ調の白装束に身を包む集団が居ることを確認し、全員が自然と臨戦態勢へと変貌する。

 

 

「……チッ、“食人花(ヴィオラス)”だけでは力不足だったか」

 

 

 その集団のさらに奥にある、高台の上に居る人物。白に近い肌色、肩にかかる程に白い毛髪。上唇から上の顔は山羊のような骨の仮面で覆い隠されており、全身は筋肉質な人物がそう呟く。身長も高く、2メートルはあるだろうか。

 戦闘衣(バトルクロス)なのだろうがパッと見でピッチリとした“白基調の裸エプロン”に見えなくもない上半身の服装は、このような殺伐とした状況でなければ笑い飛ばされているだろう。下半身もまた“前掛け”のような白基調の戦闘衣(バトルクロス)であり、赤髪のテイマーと違って太腿を含めた脚部が隠れている点が幸いだろう。誰も見たくないはずだ。

 

 そんな服装に身を包む人物は、同じ白でもローブ調の白装束に身を包む集団に対して命令を出した。集団は雄叫びを上げ、ヘルメス・ファミリアへと向かって突撃する。

 弓矢、短剣と種類は複数あれど、基本として近接戦闘を仕掛けてくる。ヘルメス・ファミリアもセオリー通りの対応を見せ、盾職が相手の攻撃をブロックしたタイミングであった。

 

 

「……神よ、盟約に沿って身を捧げます」

「なにっ!?」

 

 

 相手をブロックした盾職の一人が、本能的に相手の身体を蹴り飛ばした。その瞬間、何かのピンのようなモノを抜く光景が、ハッキリと眼に焼き付いたのである。

 目と鼻の先とはならなかったものの、至近距離で、地面に小さなクレーターを作る程の爆発が発生する。蹴り飛ばした者は咄嗟に盾で防いだためにダメージは微量なれど、まさかの行動に、ヘルメス・ファミリア全員の動きが止まってしまった。

 

 光景を理解しようとすれば、己と同じはずの人間が自爆特攻を仕掛けているのだから、理解しろという方が難しい。よくよく見れば、相手全員の身体には拳程の大きさのボールのようなモノが巻き付けられている。

 名前を、火炎石。何らかの動作により炸裂を発生させる、手榴弾のような代物だ。先ほど使われたアスフィのモノは火炎ダメージが主流であり、こちらは破片による物理ダメージが目的の住み分けだ。

 

 

「同志よ死を恐れるな!死を迎えた先に我々の悲願有り、我らが主神に忠誠を捧げよ!!」

「オオオオオ!」

 

「何言ってんだテメェ等!?」

「冗談でしょ!?」

 

 

 何らかの目的を果たすために死を覚悟し、命を捨てることに対して何ら抵抗を示さないその存在。驚愕の表情が止まらないものの、相手の数々が、こちらへと向かって走ってきている。

 死を以て主神に忠誠を示すと言う、一行の理解の範疇に収まらない行動。一体ここで何と戦っているのかと、アスフィの脳を混乱が支配した。

 

 そして現れる、大量の花のモンスター。ここ一番に混乱した場面であるために、状況は落ち着く気配の欠片もない。混戦の最中で花のモンスターの魔石が上顎内部の奥にあることを見抜き伝えたが、その程度では気休めにも成りはしない。

 突如現れたソレは見境なしに攻撃を仕掛けており、死兵の大半も巻き込まれている。爆発によりモンスターも死傷するなど、阿鼻叫喚の様相だ。まさにカオスと表現して差し支えなくヘルメス・ファミリアの戦線も崩壊寸前であり、統率があるのは、仮面の男が指揮する花のモンスターだけという皮肉な状況だ。

 

 

 アスフィもそのことに気づいており、ひとまずこの混乱を静めるために、腕を組んで仁王立ちを見せる仮面の男へと駆け出した。男が調教師(テイマー)であることを行動から察知し、それを仕留めるべく地を駆ける。

 その後ろに、一人のヒューマンの男が続いていた。名をキークス。レベル3の冒険者であり、短剣や小物を使う攻撃を得意とする、アスフィと似た戦闘スタイルである。

 

 

「援護します、アスフィさん!」

「頼みます、キークス!」

 

 

 地を駆ける二人の姿。相手を倒すことはせずに攻撃を受け流すことに重点を置いており、互いに互いをカバーし合いながら、仮面の男へと向けて確実に距離を詰める。多少の傷は負うものの、レベル3や4の耐久からすれば小傷程度の代物だ。

 防御のためか、仮面の男は花のモンスターを呼び出した。キークスはソレ等を引き付けることを選択し、アスフィは背中を任せて進行を止めはしない。

 

 距離が詰まり、間合いは既に近接武器の範囲内。互いの得物はナイフと素手であるためにあと3歩程が必要ながらも、仮面の男は防衛のためか手を伸ばした。

 その反応は、レべル3程度。故にレベル4である彼女からすれば、“いつでも突破できるように伺える”。相手が行った防御手段を掻い潜るために、アスフィは体1つ分をずらし、相手の視界外、伸ばされた手が届かぬ位置からナイフを突いた。

 

 

「っ!?」

 

 

 しかし攻撃は届かず、結果は驚愕となり目を見開く。伸ばされた腕の位置が突然と一瞬のうちに切り替わり、突き立てようとしたナイフの“刃を”掴む。

 更には僅かながらにも動かず、このまま相手の手のひらを傷つけることも叶わない。相手が初手に見せた反応が偽装(ブラフ)だと気づくも、既に己は相手の間合いに入り込んでしまっている。

 

 

「ふ、ははははは!甘いな。“彼女”に貰った至高の身体が、この程度で傷つくわけがなかろうに!」

 

 

 彼女とは一体誰か、という疑問が、アスフィに湧くことは無かった。ゾクリとした殺気が背中を駆け巡り、撤退しなければならないと、直感が全力で警告を投げつけている。

 突進による威力も上乗せした一撃が、僅かにも通らない。相手が強靭的な装甲を備えていることは明らかであり、少なくともレベル4と短剣程度では相手にならない。とはいえ、大剣の類があったところで怪しいものだ。

 

 その真偽がどうあれ、ともかくここは撤退しなければ始まらない。掩護役のキークスは幸いにもまだ遥か後方、どちらかと言えば仲間の居る地点に近いために戻ることも容易いだろう。相手が握る業物の刃物は手渡してしまうことになるが、今は命の方が優先だ。

 ならば残りは、この身1つ。後方へと駆けだす流れで背中越しに後ろを見るも、先ほどまでそこに居た仮面の男の姿は無くなっていた。回り込まれたのかと前を見るも、やはり姿はどこにもない。

 

 

「どこへ行く、忘れ物だ」

 

 

 直後、腹部に生じる確かな違和感。視線を落とせば、可憐な戦闘衣(バトルクロス)が赤く滲み、命という水を零したように染まっていく。

 相手に受け止められた刃の先が己の腹部から突き出ている事に気づき、ワンテンポ遅れて、口より赤い雫が滴り落ちる。更にワンテンポ遅れて強烈な痛みが襲い掛かり、彼女は悲鳴の絶叫を上げてしまう。

 

 これほどの傷でもそう簡単には死ねない点が、恩恵を貰った冒険者のつらいところだろう。凡人ならば気絶してしまう程の痛みでも神経は未だ仕事を続けており、脳もまたその刺激を痛覚として認識する。

 両足が浮き、突き立てられたナイフは一層深く身体に食い込む。仮面の男は気が済んだのかナイフを引き抜くと、華奢な身体がバタリと前に倒れ込んだ。

 

 

 一連の光景が、遠くから見えてしまっていたヘルメス・ファミリアのパーティーメンバー。まさに絶体絶命の状況を前にして、全員の表情が絶望に染まっていく。

 レベル4である団長が全くもって歯が立たず、現れた花のモンスターの物量は処理できる範囲を超えている。窮地において縋ることのできる者を失いかけつつあり、だからと言って他に居らず、恐怖と絶望が、全員の心を蝕んでいく。

 

 

「……来るはずだ、来るハズなんだ!」

「は!?」

「ここまで撒いてきたんだ、水晶の欠片を!」

 

 

 恐怖と絶望を振り払うように、一人がそのような内容を声高に叫んだ。何事かと聞き返す者こそおれど、ヒッソリと行われてきたことであるために、内容を知る者は誰も居ない。

 団員の一人が、言われずとも、ひっそりと行っていた1つの事。離れ離れになってしまった協力者を導くために、道中において、目立つ水晶の欠片を一定の間隔で落としてきた。

 

 されど、そんな努力も無常である。アイズ本人は未だレヴィスと争いを繰り広げており、到達できる状態には程遠い。それを知っている仮面の男は相手を見下すように、口元をニヤリと歪めた。

 その顔を向ける少し先では、今にも死にかけている一人の冒険者。這いつくばる姿は仮面の男からすれば嘲笑う対象以外の何者でもなく、その最後の行いをどうやって潰してやろうかと考えると楽しくて仕方がない。

 

 

「潰れろ」

「アスフィ!」

「テメェ!!」

 

 

 最後の力の全てをもって、アスフィは生き残ろうと仲間の元へと這いつくばる。そんな決意を嘲笑うかのごとく笑みを浮かべる仮面の男は、右足を高々と掲げて愉悦に浸っている状況だ。

 先ほど、アスフィの一撃を容易く受け止めたことは全員が知っている。それほどの力がある男が振り上げる足が下ろされれば、そこにある彼女の頭部がどうなるかは火を見るよりも明らかだ。

 

 助けたい、死んでほしくない。そう思うも、ヘルメス・ファミリアである仲間の誰一人としてその距離には間に合わない。各々が、自分一人を守るだけでも必死である。

 各々も花のモンスターと戦闘中とはいえ目を見開いて歯を食いしばり、何もできない自分に葛藤する。突如として場が動いたのは、誰かが己の団長の名を声高に叫んだタイミングであった。

 

 

「なにっ!?」

 

 

 驚く仮面の男、突如として飛来する弓矢。威力は決して弱くないどころか、男とてマトモに食らえば大怪我は免れない。故に仮面の男は、回避行動を取るために思わず飛び退く。

 しかし、攻撃は収まらない。その回避地点を目指してやはり矢が飛来しており、結果として仮面の男は、殺害を目論んでいた二人から大きく距離を取ることとなる。

 

 矢と呼ばれるものは基本として直線運動、故に狙撃地点を割り出すならば飛来した方向を追えばいい。かつて弓を使ったことのあるエルフの一人がそちらを追い天を仰ぐと、一人の姿が有った。

 

 

「り、リヴェリア、様……!?」

「な、なぜ!?」

 

 

 崖の上に君臨する、翡翠を基調とした気高き姿。パーティーメンバーに二人居るエルフと呼ばれる種族ならば、その者を見間違うことなど有り得ぬ話だ。

 しかし、なぜここに居るかは分からない。更には杖では無く、弓をつがえている点も謎の1つに入るだろう。

 

 そして地を滑る音が聞こえ顔を向ければ、いつの間にか瀕死のアスフィがそこに居る。彼女を左に抱え、飛来する矢の如き速度で地を滑ってきたフルアーマーの人物は彼女を地面に寝かせると2枚の盾を構えて前線へと(ひるがえ)り、サポーターが大急ぎで治療を行って救急処置が施された。

 重篤な傷を受けたと言えるアスフィだが、回復の手があるならば命を繋ぐことはできるだろう。崖から飛び降り合流したリヴェリアも回復魔法を唱えており、これにてヘルメス・ファミリアにおける最悪の状況は回避された格好となる。

 

 

「やはりヘルメス・ファミリアだな。私は回復魔法を唱える、彼と共に敵の足止めを!」

「は、はい!」

 

 

 回復魔法の詠唱中であるリヴェリアとはいえ、やはり前衛組の動きは気になるようだ。前で花のモンスターを相手にする青年の動きは相手を足止めする程度で、道中と比べるとどうにも温く感じられるものの、何か訳ありだろうと納得して詠唱に集中する。

 

 正面から突撃してくるモンスターを綺麗に崖へとご案内(受け流)し、タカヒロはアイズの姿が見えないことを確認する。短槍を持っていたパルゥムに問いを投げると、ここへ来る途中で分断された回答が示された。

 戻るかどうかの選択が芽生えるも、後ろではリヴェリアがヘルメス・ファミリアの治療に当たっている。ならば、己がここから離れることはできないだろう。

 

 日々の鍛錬においてベルを見る傍ら、青年はアイズの技量に関しても目を向けていた。当初は疎かに見えた技術力も、ベルと打ち合うたびに鍛えられている実績を積み重ねている。元々の身体能力は高いために、少しの技術が身につくだけで強さはガラリと変わるだろう。

 だったらここは、彼女の実力を信じてやるべきか。そのように結論を下し、この食糧庫から生きて帰るべく、ワラワラと群れるモンスター、そして白装束の集団と対峙する。

 

 予期せぬ突然の乱入者、しかし絶体絶命であったヘルメス・ファミリアにとって明らかな援軍。24階層における戦闘は、新たな局面を迎えていた。

 



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50話 娘を探しに

Act.8:Gods and Spirits(神々と精霊達)
Act.8-1:アイズ・ヴァレンシュタインを探しにダンジョン24階層へ向かえ


――――記してきた物語に、新たなページが追加されようとしている。

 

――――君の前に現れた謎めいた人物は、自らを特使と名乗り、君を新たな世界へと(いざな)うだろう。

 

――――神と精霊の隠された真実、そして……もうひとつの現実を、知っているか?

 

――――過去に栄華を誇りながら、滅亡と共に忘れ去られた神が力を強め、今も世界に破滅を招こうとしているのだ。

 

――――そして、その悪行を止める為に。その地で、君の助力を必要としている者達が居る。

 

――――ケアンの地を救った英雄、我が名を語るに値する者よ。戦うべき時は今である。

 

――――君が望むものを得るために。遠く離れたオラリオの地で、新たなる冒険を始めよう。

 

 

 

 

「……ぃ、おい。大丈夫か?」

 

 

 時は1日前に遡り、そろそろ日光が夕日へとジョブチェンジしようかという時間帯。リヴェリアが目を離していた数分間、いつのまにかタカヒロは、勉強用の机に突っ伏していたらしい。

 僅かに目を開いて髪の毛をかき上げる様相は、さながら寝坊した時に見せる、少し慌てた対応の様。非常に珍しいどころか初めて見せる様相に、心配を見せるリヴェリアながらも、思わず軽く苦笑した対応をしてしまう。

 

 

「君が転寝(うたたね)とは、まさかと思ったぞ。軽くうなされていたが、疲れから嫌な夢でも見たか?」

「……変な、夢だった」

「……そうか。無理はするなよ」

 

 

 頭の中に語り掛けるような、それこそナレーションのような語り部。かつてデビルズクロッシングにおいて、どこぞの太陽神(原初の神コルヴァーク)を叩き潰す旅に出る前に聞いたものと似ているが、それとは別件と捉えて良いだろう。

 神々の鉄砲玉にされ、そんな神々の尻拭いをした懐かしい記憶。ことを成したあとは、目標を貫通した鉄砲玉の進路が己に向かないようにするためか随分とチヤホヤされたものだが、露骨過ぎるために一蹴したことも、また昔の記憶だ。

 

 とはいえ今現在においては、青年にとって関係のない話。コルヴァークの討伐によってケアンの地における神々のパワーバランスは保たれた為に危機は去っており、あとは苦労人枠の“魔神ドリーグ”が何とかしてくれていることだろう。

 ペチッと可愛らしく両頬を叩いたタカヒロは、休憩終了と言わんばかりに、書類の山に目を通し始めた。そしてしばらくすると、陽気なノックの音が響いたのである。

 

====

 

 

「まーた変なのが来おった……」

 

 

 時は更に数時間前。太陽もしっかりと仕事をしている、昼下がりも過ぎた頃。明らかな作り笑いを浮かべる“変なの”、しかしながら神である“ディオニュソス”が、ロキ・ファミリアのホームへとやってきた。門番に呼ばれて出てきたロキが口にしたのが、先の一文である。

 

 パッと見は、上品さと優雅さを持ち合わせた優男。ややウェーブのかかったブロンドの髪先と相まって、その様相に拍車が掛かっている。

 実のところは、わざと少しだけ気高く振舞い王子のような様相を見せている。それ故に女性からの人気は高く、何かと有名な神の一人だ。

 

 右手をヒラヒラとさせており、外面は非常にフレンドリー。しかしながら“神は誰もが信用ならない”という言葉が持論であるロキは、彼を全面的には信用していない。

 とはいえ、お土産と言わんばかりにディオニュソスがチラつかせる葡萄酒が視界に入れば話は別だ。文句を垂れつつホイホイと招き入れてしまうのが、悪戯の神が見せる特徴である。

 

 

「気になる情報を仕入れてきたんだ、どこかでゆっくり腰を下ろして話さないか?ああ、そこのテラス席なんかが丁度良さそうだな~」

「ここは黄昏の館やから当然やろ……ま、とりあえず座りや」

 

 

 二人は黄昏の館の庭にあった椅子に腰かけ、テーブルに二人分のお茶を運ばせる。実はベルやオッタルがランクアップした“神の集い”において気に掛ける情報を交換していた数名は、何か情報があったらロキのところへ持ってくると口約束を交わしていたのである。

 紅茶に口をつけつつ、ディオニュソスは持ってきた情報を口にする。内容としては単純ながらも、確かにロキが知らなかった内容だ。

 

 

「ふーん。モンスターの大量発生に、ギルドの妙な動き、な……」

「ああ。そしてあまり知られていないが、今もこうして発生している」

「ほう?」

 

 

 その話に、ロキはピクリと反応した。間接的に「それはどこだ」と聞きた気な目線と気配を受け、ディオニュソスは返答を行う。

 

 

「24階層、聞いたことないかい?」

「……いつからや」

 

 

 ディオニュソスによると、2週間ほど前から発生しているらしい。しかしながらロキですら知らなかった内容であり、先ほどの反応はそれによるものである。

 24階層という中層の一番奥で起こった事象。正規ルート上に大量のモンスターが溢れており、既に被害が出ていると言うことだ。

 

 しかしディオニュソス曰く、冒険者ギルドが当該の情報を制限し、事件そのものを揉み消そうとしているのではないか、と口にする。確かにロキですら知らなかったとなれば、相当に厳しい情報規制が敷かれていることは確かだろう。

 

 

「……で。自分は結局、うちに何をさせたいんや?」

「はは、厳しいね。前回情報を交わした時、何か情報が分かったら伝えると言ったじゃないか。そっちも地下水道の件で忙しいだろうしね、他意は無いよ」

 

 

 話は核心に迫り、ロキは細い目を開いて相手を睨む。しかしながら乾いた笑いで流されてしまい、しばらくは互いに無言の時間が続くこととなる。

 同時に、「勘の良い奴め」と、ロキは内心で悪態をついた。何故ディオニュソスが地下水道調査の件を知っているのかは彼女も分からないが、とにかく、己が出せる答えに変わりはない。

 

 

「せやから、ウチんとこの子は今出払っとる。24階層なんて――――んあ?」

 

 

 ポトンという音を立てて、ロキの真横に何かが落ちたのはそのタイミングであった。随分と軽い音であり、恐らくは小指一本で持ち上げられる重さの程度だろう。

 相手から視線を切ってそちらに顔を向けると、あったのは丸められた1枚の羊皮紙。丁寧にリボンで括られ纏められており、太陽の反対側を見上げれば、連絡に使われる鳥がソコソコの高度を旋回している。ぱっと見だが、恐らくは誰かの使い魔だろう。

 

 

「伝書か。中身は、なんなのだい?」

「どうせ大した用やないやろ、あとで読むわ。ちゅーわけや。ウチんところはマトモに動ける子が残っとらんから、その問題はギルドに任せるとするわ」

 

 

 会談は終了し、数分後。場所は変わって、ロキの私室。やけにディオニュソスの引き下がりが素直だったなと思い返しつつ、扉を閉めて鍵をかける。

 酒の空瓶が目立つながらも、ある程度は片付いている個性的な部屋だ。執務“机”に腰掛けて先ほどの羊皮紙に目を通した彼女は、盛大な溜息を吐くこととなる。

 

 

「アイズたんが24階層の食糧庫に行きおった……」

 

 

――――これ以上ないジャストなタイミングで24階層、しかも食糧庫!流石は皆、いやウチのアイドル、アイズたんやでー!

 

 などという脳天気な感想が芽生えるはずもなく、ロキは私室で頭を抱えて天を仰いだ。ある意味において、ものの見事に期待を裏切らない天然少女には、掛ける言葉も見つかりそうにない。

 筆跡は間違いなくアイズのものであり、間違いはない。念押しのためか、読み書きできる者は神を除いてオラリオにおいても両手で数える程度しか居ない神聖文字(ヒエログリフ)で書かれた文面も交ざっているために、まず間違いは無いだろう。

 

 内容は、冒険者クエストを受けて、協力者と合流して24階層の食糧庫へと向かう内容。最後に「心配しないでください」との記載が付け加えられているが、するなと言う方に無理がある。

 かつてアイズが見せていた幼い頃の状況はロキも知っているために、むしろ不安しか生まれない。部屋の中をウロウロとしながら、此度の問題を考えつつ、何かできないかと頭を働かせている。

 

 今年度における怪物祭の時に現れた、花のモンスター。その一件と、此度の異常事態は関係があるものだと、推察に優れ天界のトリックスターの異名を持つ彼女は先ほどから結論付けている。きな臭い一件の為に、援軍を向かわせたいところだ。

 とはいえ、今現在は街で発生したそのモンスターの調査で、大多数を地下水道の調査に向かわせている最中。そのために即席の稼働戦力、かつ24階層のイレギュラー、それも非情にきなくさい案件に対処できるとなると――――

 

 

「今残っとるので、動けそうなのは……うん?せや、丁度ええわ!」

 

 

 ニンマリと怪しい笑顔を作り、ロキは1つの部屋へと小走りで移動する。表情を見た周囲は「また何か悪だくみか」と一発で正解を読み取るも、巻き込まれないように口に出すことは無かった。

 やってきたのは、とある人物の執務室。スケジュール通りならば、目的の人物は二人とも在室しているはずであるために、ほぼ密室という事で内容の伝達にも丁度いい。ドアの前に立つと、彼女らしく陽気なノックの音を響かせる。

 

 

「入るで、リヴェリアー、タカヒロはーん」

「なんだ?ロキ」

 

 

 リヴェリアとは違って声には出さないものの、タカヒロもまた「なんだ?」と言いたげに顔を向ける。相も変わらず陽気なその姿は、本来の目的から興味を切り替えさせるには十分だ。

 二人してペンを置き、言葉を待つ。妙にシンクロしている光景を目にして思わず吹き出しそうになるロキながらも、話をはぐらかせるものかと表情に力を入れた。

 

 そして口に出される、24階層のイレギュラーと、“例の宝玉”に関する僅かな情報。その単語を聞いて眉間に力を入れるリヴェリアと、一方で何のことか見当もつかずにタカヒロは疑問符を浮かべている。

 宝玉については、かつて青年を探す過程において18階層で遭遇した代物との説明がなされている。当事者の一人であるリヴェリアは、その時の状況を、ある程度簡潔に口にした。

 

 赤髪のテイマー、雄たけびを上げる謎の宝玉。宝玉の中身は何かしらの生物であり、モンスターに寄生すると他のモンスターを取り込み、どこぞの青年が対峙した50階層のモンスターへと変貌したのだ。当時はロキ・ファミリアの主力が万全の状態で結集していたために圧倒することができており、タカヒロが口にした鱗粉による攻撃は行われていない。その為に、青年が口にした芋虫の親玉とは別物と捉えてしまっていた過去がある。

 それにしても、相手を乗っ取った上で狂暴化させ、戦闘能力を限界まで引き出す。「まるでイセリアルだな」と口にしたいその宝玉の事象を聞き、先ほどの夢で過去を思い出したこともあって、青年の口から溜め息が漏れた。

 

 

「ロキ。此度にアイズが向かった、24階層の食糧庫というのも……」

「せや。直感やけどウチはまず間違いなく、関係あると思うとる。ごっつ、きな臭い感じもあってな。せやから二人に、アイズたんを追って欲しいんや」

 

 

 実のところ、そろそろ青年の実力を公に見たいというロキの目的も含まれている。鋭い視線を受けて「これ見抜かれとるかなー」と内心で焦るロキだが、今更あとには引けないだろう。

 もっとも、青年は決定権をリヴェリアに委ねるようだ。此度の教導を開催しているのは彼女であるために、己では返事をできないと言葉を向けている。

 

 

「……わかった、私は問題無い。タカヒロ、君はどうだ」

 

 

 果たして、彼ならば断らないと考えたか。前衛である青年の返答を耳にする前に、リヴェリアは承知の答えを返している。

 いくらレベル6とは言え、後衛、更には防衛手段に乏しい魔導士一人に行かせて何かあれば取り返しがつかないだろう。果たしてそのように考えたかは定かではないが、タカヒロもまた同様の答えを返すこととなる。

 

 

「そうか、では自分も付き合おう。しかし、装備一式は取りに戻りたい」

「当然だ。では、今から準備をしてくれ。ロキ、アイズが24階層へ向かった時間は?」

 

 

 書物に書かれていた時間から、リヴェリアはアイズが24階層へと到達する予想時刻を算出する。アイズ個人ならば20階層まで日帰りで赴くことが出来るために、“迷宮の楽園(アンダーリゾート)”、安全階層(セーフティゾーン)である18階層に存在する“リヴィラの街”にて一泊するだろうと結論付けた。

 となれば、最適な出発時刻は今すぐとなり、リヴィラの街で追いつくのがセオリーだろう。とはいっても担当の二人は全くもって準備を行っていないために、今すぐ出撃という事も行えない。

 

 目的地は分かっているために、しっかり睡眠をとったうえで日の出前に出発することで話が付いた。アイズの手紙によると合流者も居るために、合流側にフレイヤ・ファミリアでも出てこない限りは、一人で進むよりも時間はかかるはずだ。

 

 

「それにしてもタカヒロはん、意外とアッサリしとるな。あんまり面倒ごとには絡まんように見えたせいか、何かと理由つけて断られると思っとったんやが」

「不本意ながら、神々の使い走りとなるのは慣れている。精々、矛先が自分自身に向かぬよう気を付けておけ」

 

 

 妙な言葉を残してヘスティア・ファミリアへと帰る青年ながらも、魂を見るに、口にしたことは嘘ではないらしい。意味が理解できないロキながらも、とりあえずは目論見通りとなったために結果オーライの状況だ。

 彼の戦闘能力を見るという本音をリヴェリアに伝えると、「やっぱりか」と呆れた表情で回答を示される。書類を片付けた彼女も準備を行うために、倉庫や自室など、必要ヶ所を回ることとなり、一日は過ぎてゆく。

 

 

 

 

 翌朝、日の出前であり空もまだ薄暗い時間帯。この時間帯においては冒険者の数も極僅かであり、目的の相手を探すにもお誂え向きというわけだ。夜明け前特有のややヒンヤリとした空気が、オラリオを包み込んでいる。

 先に到着していたのはタカヒロであり、噴水脇のベンチに腰掛け腕を組んで待っている状況だ。薄暗い上に元々フードで顔が見えないこともあり、傍から見れば座ったまま寝ているようにも見えるだろう。

 

 

「遅くなった、待たせたか?」

 

 

 そこに玲瓏な声が響き、間違えることなく耳にした青年は、鎧が鳴る音と共にゆっくりと立ち上がる。フード越しに顔が彼女の方を向き、「大差ない」との言葉を返した。

 青年がいつものフルアーマーなのと同じく、リヴェリアもまた、いつもの魔導服に見慣れた杖。しかし同時に、別の事柄にも気づくこととなる。

 

 

「……ん?背中に見慣れぬ得物があると思ったが、弓を使うのか」

「ああ。いざという時は、魔法よりも即座に使える。なんせ君と二人だけだ、何かと小回りは利いた方が良いだろう」

 

 

 杖を身体に立てかけて背負った弓を掲げるリヴェリアだが、その姿は様になっている。魔導士ではなくアーチャーと言われたとしても、先入観を抱かなければ違和感がない程だ。

 

 

「何を掲げようとも構わんが、実戦で使えるのか?」

「ふふ、侮るなよ?」

「……なるほど。魔法では詠唱中に喉を狙われるために、今度こそ背中からグサリと」

「……違う。それは忘れろ」

 

 

 弓術に関して若干のドヤ顔を見せたと思ったリヴェリアだが、例によって青年の煽りで物言いたげな目線に戻っている。先の声でリヴェリアに気づいた一般エルフの視線を受けながら、二人はバベルの塔へと入ってゆくのであった。

 ダンジョンへと降りる階段を下りきってからは、まさにランニングの光景だ。襲い掛かってくるモンスターすらも9割以上を無視し、次々に階層を突破する。大人数での遠征では、絶対にありえない光景だ。

 

――――大群が来ている。怪物の宴(モンスターパーティー)か。

 

 15階層の中盤。リヴェリアの目に映る、少し先の視界を埋め尽くす圧倒的物量のモンスター。流石のレベル6である彼女とて、歩みを止めて対抗しなければ何かしらの損傷を負う事になるだろう。

 しかし前を走る青年は速度を緩めることなく、真っ向から、押し寄せる波に対して突撃した。さながら彼女を守る騎士の如く、迫る脅威に対しては全く臆することなく立ち向かうのだ。

 

 王の為に、そこに一本の道が造られる。突進スキルによって波が一直線に分断された光景は、青年の放った突進術が持ち得る威力を否が応でも見せつけている状態だ。

 ただの一撃でモンスターは恐れ戦き、道幅は更に広がっている。悠々と走り進むリヴェリアを背中越しに見る青年ながらも、彼女が追ってきていることを確認して、再び先を駆けだした。

 

 ひとまずの目標は、18階層にある安全地帯(セーフゾーン)、リヴィラの街。かつてケアンの地を駆け抜けた一人の戦士は、未だ止まるところを知らずにいる。




ここからオリジナルのルートが入ってきます。
前書きをGrimDawnっぽくしてみました


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51話 知らない姿

 天井に敷き詰められた輝かしいクリスタルの内部で光が反射し、階層の全体を照らす光となって降り注ぐ。熱こそほとんどないものの、18階層という世界を照らす光量に関しては、太陽と遜色(そんしょく)がないと言える程だ。

 どこから光が入ってきているのかは未だに不明ながらも、時間が経てばこの光も消えて、18階層には夜が訪れる。美しい自然の風景と相まって、迷宮の楽園(アンダーリゾート)と言われる程だ。

 

 過去に何度か壊滅した事こそあれど街が存在しており、この階層に住まう者も居る程だ。そこに、新たな二人の訪問者が訪れる。

 

 

「……早いものだ、もう迷宮の楽園(アンダーリゾート)か」

「少し休むか、情報も集めたい」

 

 

 ふぅ、と軽い溜息を零し、彼女は正直な感想を口にする。ストップウォッチを持っていた者が居れば、ダンジョン設立以来の最速タイムが記録されていたことだろう強行進軍によって常に走りっぱなしであった為に軽く息が上がっているが、同じ疾走に加えて戦闘を行っていたはずの青年は涼しい様相だ。

 落ち着きながらも右に左にと辺りを見回している辺り、まるで慣れていないかのように伺える。もしかしたら周囲を警戒してくれているのかと、彼女の表情が薄笑みに変わった。

 

 二人はそのままリヴィラの街へと辿り着き、リヴェリアがアイズに関する情報を収集する。一人で行動していたという目撃証言こそ複数が集まるものの、その他の情報については全くもって空振りだ。

 その他共通の情報としては、24階層は正規ルートにもモンスターが溢れかえっていると言う内容だ。そこかしこで怪物の宴(モンスターパーティー)の状況となっており、既に冒険者のいくらかが犠牲となっているらしく、街中もピリピリとした雰囲気が漂っている。

 

 一帯の聞き込みは終了し、酒場の場所を尋ねたと言う情報がヒットする。そのために二人も同じ場所へと足を運び、洞窟の中に作られた隠れ家のような酒場へと辿り着いた。

 店内に入ったリヴェリアを目にしたエルフは立ち上がって頭を下げており、続いて横に居るフルアーマーの男を見て疑問符を浮かべている。二人してカウンターに居る店主と向き合うと、リヴェリアが言葉を発した。

 

 

「店主。人を探している、情報を聞きたい」

「……」

 

 

 問いを投げるも相手は答えないために、タカヒロはリヴェリアの横から1万ヴァリスの金貨をカウンターに置いている。タカヒロの読み通り店主の動きがピタリと止まって、顔がそちらを向いていた。

 かなり過剰な金額ながらも、情報の対価であることを仄めかしつつ。24階層までにはまだ距離があるために、ついでに給水というわけだ。

 

 

「水を2つ貰おう」

「少々、お待ちくださいませ」

 

 

 その後、出された水と共に店主より情報が語られる。別に口止めされているわけでもないために、彼としても口に出したところで問題は無いだろう。此度においては、店で見た光景を口にする一介の店員というだけだ。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインが店にやってきて、ここでは販売されていない、というよりはオラリオにおいてもどこの店にもなければ再現もできない“ジャガ丸暴君 甘口抹茶小倉 味”を注文。すると周囲に居た冒険者パーティーが立ち上がり、“協力者”と口にしたこと。

 会話の詳細までは聞こえていなかったものの、雰囲気からするに、機密染みたものは感じ取れたこと。溢れているモンスターは、北から南へと流れていること。

 

 その一文で、リヴェリアが考えをタカヒロに伝えている。北にあるモンスターの食糧庫に問題が発生したからこそ、モンスターは南へと流れているのではないかという推察だ。

 青年もまた同じ考えを抱いており、同意の言葉を返している。ならば向かうべきは北の食糧庫であり、明確な目的地が定まった。

 

 情報としては十分であり、街に寄ったことが全く無駄になったわけではない。2人はグラスをカウンターに置き、19階層へ向かおうと立ち上がり――――

 

 

「……あんたら、ロキ・ファミリアだよな」

 

 

 客の一人が口を開いたのは、そのタイミングであった。タカヒロとリヴェリアも体半分に振り返り、発言者の男を見る。周囲の視線も、その人物に注がれていた。

 身体中に包帯を巻いた、と表現して過言ではない、その姿。両足の膝から先が無い姿は、目にするだけでも痛々しいものがある。

 

 

「今頃ノコノコとやってきて、何だってんだ?俺の仲間はな、目の前で何人も食い殺されたんだ!俺だってこの身体だ!!」

「そうだ、あんた等が地上でチンタラやってるからこうなるんだ!この期に及んで人探しだ!?とっとと解決してこいよ、責任を取れ!」

「都市最強派閥だの偉そうに踏ん反り返って、肝心な時には全く役に立ちゃしねぇ!前衛一人、後衛のエルフ一人で何ができる!」

「貴様等、リヴェリア様を侮辱するか!!」

「今の言葉を取り消せ!!」

 

 

 複数の椅子を倒す音と共にエルフの面々が立ち上がり、一触即発の雰囲気が作り出される。店主が落ち着くように口を開くも、怒号を放ちあう集団には届かない。

 しかし言葉は届かずとも、目に留まる光景ならば話は別。スッっと、リヴェリアの前に横向きの盾が差し込まれたと同時に場が静まり返ったのは、そのタイミングであった。

 

 

「……最後まで立派に戦い生き残った戦士に対し、よく吠える弱き犬と評価を下すのは心が痛む。そうなる前に、口を閉じる事を願っている」

 

 

 据わった声に対して、リヴェリアに怒号を飛ばしていた男達は言い返せない。今しがた発した言葉が八つ当たりなど、ロキ・ファミリアに責任があるはずがない事など、他ならぬ己自身が分かっている。

 今の発言を無視して口を開き続ければ、最終的に向けられる評価は明らかだ。そして大怪我を負った己が負け犬ではないと間接的に言ってくれているのだと理解し、口を開いた男達は、力なく頭を垂れる。

 

 

「……すまない、感情的になってしまった。剣姫は、ここでヘルメス・ファミリアと会っていたらしい。これが知ってる全部だ。俺の……仲間の敵を、頼む」

「……そうか、いいだろう」

 

 

 交わされた言葉は、たったそれだけ。タカヒロは姿を翻して入口へと歩いていき、リヴェリアがそのあとを追っている。店から出たタイミングで少し小走りに変わると、数歩先を歩く青年の横に並んでいる。

 

 

「……すまないタカヒロ、助かった」

「気にするな。さて、先を急ぐぞ」

「ああ」

 

 

 交わされた会話は、こちらもそれだけ。まるで、そうあって当然のような雰囲気だ。

 

 二人は18階層の中央にある大樹から19階層へと降りていき、再び今までと同じくダンジョンの内部を疾走する。光景は今までと変わることなく、リヴェリアが武器を掲げることは一度もない。

 問題となっている24階層の道中でモンスターの死骸を確認するも、比較的新しい。先の情報における異常事態下においてこんなところに来る者は限られており、アイズ達ではないかと、二人はその跡を追っていた。

 

 

「……緑色の大壁、肉の壁か。死骸を追ってきたは良いが、自分達は道を違えたか?」

「いや、合致している。こんなものは、本来は無いはずなのだが……」

 

 

 洞窟形状のルートを封鎖するかのように、ブヨブヨと蠢く肉の壁が立ちはだかる。見た目からして気味が悪い代物を目にして、二人は顔を見合わせた。

 リヴェリアが持っている地図をタカヒロも横から覗き込むが、己の中にあるマップデータとも一致しているために間違いではないだろう。ならばコレは何かと壁を見上げ、溜息を零している。

 

 肉関係となると“肉の支配者”であるマルセルという男がイセリアル向け憑依体の製造をしていたことを思い出すタカヒロは、それと同じ緑色ということもあり、いよいよもってGrimDawnに似てきたなと内心で溜息を零しつつ。もしもこの先にイセリアルやクトーンが居れば、オラリオどころかこの大陸における大惨事は免れないために、何かと覚悟を決めている状況だ。

 かつて肉の支配者が居る工場に突撃する際は3か所の排熱口を破壊したが、此度は通常の扉のように破壊できるように思える程に酷く脆い。ということで“全く普通の盾”で殴ると肉片は向こう側に飛び散り、二人は先へと歩みを進める。

 

 その先には道を記すかのように水晶が落ちており、先行者が残したルートであることは間違いが無いようだ。二人でそれを確かめ合い、このまま進軍することで決定している。

 とはいうものの床もまた肉でできておりブヨブヨしているためか、リヴェリアは気色悪そうに瞳を細めている。一方のタカヒロは慣れたものであり、気にせず歩みを進めている格好だ。

 

 

 そして洞窟の形状は終了し、随分と開けたエリアの高台へと繋がっていたわけだ。一帯を見渡すも花のモンスターだらけであるが、リヴェリアは一か所を指さすこととなる。

 眼下に飛び込むは、一人の冒険者らしき姿と、その頭を踏みつけようとしている仮面の男。アイズの姿はないものの、危機的状況であることは瞬時に読み取れる。

 

 

「あれは万能者(ペルセウス)、やはりヘルメス・ファミリアか!」

 

 

 すぐさま彼女は弓を取り出して引き絞り、狙撃の態勢を整える。引き絞られた矢が持つ威力は、たとえ上級冒険者が相手だろうとも通じる一撃だ。

 瞬間、横目が青年を確かに捉えた。あの者を助けてやってくれという心の文言は瞬時に伝わり、彼は突進スキルを使って、放たれた矢の如く駆け出している。

 

 

「団長、しっかりしろ!手当急げ、前は絶対に守る!!」

 

 

 結果としてアスフィは一命を取り留め、援軍の二人が合流したというわけだ。そして回復魔法を終えたリヴェリアは、今しがた助けたパーティーがヘルメス・ファミリアであることを再度確認すると、次の仕事をするべく詠唱に入る。

 その瞬間。ヘルメス・ファミリア全員の背中を、ゾクリとでも表現するべきだろう寒気が駆け抜ける。特に同じ魔導士であるパルゥムの少女は、猶更のこと背筋が凍った。

 

 瞬時に立ち上がる魔力の量は、量も質も己と比較することは烏滸(おこ)がましい。スタートダッシュだけならば似たようなことを行える者が居るのも知っているが、今詠唱を行っている者の場合は、ソレが際限なく続いているのだ。

 文字通りの“桁違い”。思わず射出の直前に伏せるように叫ぶ彼女の言葉に従う周囲もまた若干ながら困惑中であり、背中で膨れ上がる魔力を気にしつつ、敵の攻撃を止めるのに必死である。

 

 

「――――終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け。」

 

 

 詠唱と共に膨れ上がる魔力は、留まるところを知らずにいる。これが放たれれば、一帯を巻き込んだ大魔法になることは確定的に明らかだ。

 レベル6、第一級冒険者。その地力をこれほど間近で見たことは初めてであり、恐れ戦きつつも、その姿は情景として、道を進む魔導士の瞳に映っている。

 

 

「チッ。下等な冒険者風情が次から次へと……。それにしても、私一人を止められぬ冒険者共とは本当に大したことが無いな!どうだ、君達も私の軍門に下らないか!?」

「んだと!?」

「誰がテメェなんか!」

 

 

 しかし仮面の男からすれば、その姿は隙だらけの様相にしか映らない。周囲を守る冒険者の程度などたかが知れており、“いつでも突破できるように伺える”。

 余裕の表れか、悪態をつく暇もあるようだ。ヘルメス・ファミリアの一部と、口頭による争いが開始されている。

 

 

「この俺と同じようにして貰うよう頼んでやろう。心配するな。お前たちがもっと強く、新たな力を得られることに、俺の全てを賭けても良いぞ!」

 

 

 これがその力だと言わんばかりに、ヘルメス・ファミリアのメンバーなど居ないかのごとく、リヴェリアに向かって目にも留まらぬ突進を披露する。右手を大きく振りかぶり、顔面に向かって振り下ろす算段だ。

 レベル6であるリヴェリアとは言え、後衛職ゆえに耐久力は高くない。そして彼女を潰せば相手は範囲攻撃の手を失う事になり、仮面の男の勝利は揺るがぬものとなるだろう。

 

 しかし。攻撃の直前になって、仮面の男は疑問が芽生える。

 

 ロキ・ファミリアの九魔姫(ナインヘル)、レベルは推定で5以上であり一流の魔導士であることは“記憶の片隅に残っている”。ならば、詠唱を行いながら別の行動をとる“並行詠唱”は余裕で使いこなせることだろう。

 だというのに、その魔導士は僅かにも動かない。それどころか攻撃者を視界に捉えておらず、目を閉じて詠唱に集中しており、無防備極まりない状態だ。

 

 あり得ない。今まさに攻撃が向けられていることなど、それこそ目を閉じていても分かるはず。

 罠かと疑い、勘繰る。しかしながら己が拳を振りかぶる段階になっても、やはり、ほんの僅かにも反応する様子が見られない。

 

 

 

――――分かっているさ。ベートと並ぶ程の速度と威力で、この身に致命傷を負わせる一撃が左方から向けられている事などは。

 

 的確に、そして出来る限り素早く魔力を練り上げながらも、彼女は内心でそう呟く。周りが反応する暇もなく、瞬く時間で一撃の結果は現れた。

 拳が金属に当たる鈍い音が、辺り一帯に木霊する。周囲が思わず顔を背けてしまう程に強い衝撃波は、相手が持ち得る攻撃力の高さを示すには十分だ。

 

 しかしリヴェリアは未だ五体満足、更には掠り傷の1つ無くそこに健在。そもそもにおいてだが、彼女は杖以外に拳を受けられる程の金属製のモノを身に着けていないために、先の攻撃が直撃していないことは明白である。

 

 

 彼女が片目を開き、薄笑みを浮かべて横目を向ければ。かつての光景。オラリオの街で己が見上げ、発破をかけられつつも再会した時の情景が再現されている。

 攻撃者が拳を振りかぶってから変わったのは、二人の間に一枚の、くたびれた黄金色の盾が割り込んでいたことだけ。傍から見れば手を伸ばして差し込んだだけの格好ながらも、その盾が魔導士の方へと動くことは僅かにも有り得ない。

 

 その者の戦闘を見たことなど、一撃程度のやり取りが僅か2回。それでも、己の身の安全を預けて差し支えないと判断できてしまう。

 もう、その者に頼る事については、何ら抵抗など有りはしない。一目見ただけで余裕綽々と感じ取れるほどに頼もしい背中を信頼しているからこそであり、応える戦士は山の如くそこに健在。もしも仮面の男がリヴェリア・リヨス・アールヴに攻撃を加えるならば、難攻不落の大地(メンヒル)を越えねばならぬのだ。

 

 

 ――――“戦闘意識”を大いに引き上げる、防御態勢を身につける。言うなれば、“オーバーガード”。

 短時間ながらもダメージ吸収能力を備え、盾の性能とブロック能力を引き上げるアクティブスキル。星座の恩恵は発動していない上にスキルの持続時間は数秒とはいえ、発動したならば、より一層のこと強固な防壁となることは明らかだ。

 

 

「そうかもな、死ね(攻撃)」

 

 

 最初から、謎に包まれた人物だった。ダンジョンの52階層という奥地で初めて出会い助けられた、それまで名前を聞くことも無かった不思議な存在。

 レベル1から2への最速ランクアップのレコードホルダーである、ベル・クラネルと共に現れ。ロキ・ファミリアに、ハイエルフである己に対して臆することのない珍しい存在。

 

 普段から言葉を交わし合う仲ながらも、まだまだ知らないことばかり。この戦いで、何か新しいことが分かるだろうかと少しだけ心が躍ってしまう。

 少なくともロキ・ファミリアは未だ誰も知らない、彼の戦いの1つ。ヘルメス・ファミリアのメンバーには申し訳ないと思いつつ、これ程までに実戦的な環境は、お誂え向きのものがある。

 

 

――――さあ、新しいお前を見せてくれ。私は……もっと、お前の事を知りたいんだ。

 




相手のやる気スイッチを全力で押していくオリヴァスさん

■乗っ取られ語録
・イセリアルの力を得れば、お前の子供も良い母体(憑依される者)になれることを賭けても良いぞ、との発言を受けて
 ⇒そうかもな、死ね(攻撃)

■アクティブスキル:オーバーガード(レベル8)
・戦闘意識を大いに引き上げる防御態勢を身につける。この力は短時間しか維持できない。
*盾を要する。
38 エナジーコスト
24秒 スキルリチャージ
10秒 持続時間
+58 ダメージ吸収
+95% ヘルス再生量増加
-31% シールド回復時間
+42% 気絶時間短縮
+102%シールドダメージブロック
34%の確率で 1.5秒 気絶報復


■そもそもこの装備キチってどんだけ硬いの
 ⇒下記参照
■GrimDawnにおけるダメージ計算について。
 Wikiにも実例がありますが、さらに端折ってダメージ部分だけを抜粋、少し改変。ちなみに魔法ダメージは装甲値を考慮しません。以下、一部Wikiの記載を引用。

影響項目
・盾
・装甲
・耐性
・ダメージ吸収 (割合)
・ダメージ吸収 (実数)

例として、本作の装備キチがトグルバフと星座の恩恵は全て有効化し、オーバーガードを発動させた状態で、
装備キチの連続殴打スキル“正義の熱情”と同じ数値30,000ダメージの物理攻撃を受けた場合を考える。種族特攻値は互いに考慮しない場合、

盾: 30,000-4,458(スキル未使用の場合は3,225)=25,542
装甲:25,542-5,166=20,376
耐性:20,376×(1-0.57)≒8,761
吸収割合:メンヒルの防壁Lv22: 8,761×(1-0.2)≒7,009

ここから固定値が引かれる。例えば今回のオーバーガード発動時は減衰値58なので:7,009-58=6,951
が最終ダメージとなりヘルスから減らされる。結果、約75%を減衰。


参考にした攻撃力が高すぎるのですが、とあるスーパーボスの物理ダメージが1.5万程?なので、それで計算すると最終ダメージは“1,791”(主人公のヘルスは約1.9万)になります。減衰88%。
トグルバフだけ有効化し、突っ立っているだけでこの程度のダメージしか通りません。戦闘中はスキル等により装甲値が6000、7000を超えたりしているので、割合範囲は猶更です。

刺突、毒酸、魔法ダメージの場合は最低でも84%の耐性があり、残り16%からメンヒルの防壁で更に2割をカットするため最終的には約87%をカットします。
この耐性をぶち抜いて明確なダメージを与えてくるセレスチャル君まじスーパーボス


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52話 温度差のある戦い

「――――え?」

 

 

 攻撃を行った仮面の男は、情けないと表現できる声を出す。突如として現れた一枚の盾が視界を埋め尽くしている点については、大した問題では無いだろう。

 問題なのは自分自身の身体であり、右腕が“存在しない”。肩の付け根から文字通りに消し飛んでおり、ならば下に落ちたのかと本能的に視線を向けるも、落ちているようには見られない。

 

 ――――報復ダメージ。近接攻撃でタカヒロを攻撃した際、攻撃者に例外なく発生する特殊なダメージ。これから逃れる術があるとすれば遠距離攻撃に徹するか、完全に被ダメージをゼロにする魔法やスキルを発動しておく必要がある。

 青年が持つ報復によるダメージ属性は物理攻撃であり、例えばフルアーマーのような“装甲”で減衰出来るものでもない。故にダメージは、此度の仮面の男が相手ならば減衰無しで到達する。

 

 

 部位破壊のシステムなどタカヒロも初体験ながらも、「部位破壊、そういうのもあるのか」と呑気に考えつつ半ば強制的に納得する。そう言えば星座の恩恵を無効化したままだったなと気づくも特に何もしない青年は、目前にある脅威を何とも思っていない状況だ。フードの下の表情は、相変わらずの仏頂面である。

 それでも2枚の盾がある上でトグルバフの幾つかが有効化されている状況は、いつかベートが吹っ飛んだ時とは比較にならない。カウンターストライクこそ発動しなかったが、仮面の男は吹き飛んだ腕を認識した途端に身体中に重い衝撃が伸し掛かる一方で、何をされたのかが分からずにいた。

 

 光景を見ていたリヴェリアは、以前にアイズが口にしていた「盾を攻撃したモンスターが吹き飛ぶ」という文言を目にして納得する。いくらか見たまますぎないかとアイズにツッコミを入れたことのある彼女ながらも、確かにその表現しか思い浮かばない光景だ。そうなる原理など、全くもって想像すらできない。

 事実、それが報復ダメージと呼ばれる代物のために間違いではない。見たまま、感じ取ったままを己の答えとしていたが故に、アイズは正解を引き当てていたのだ。

 

 

「貴、様!カハッ!?」

 

 

 続けざまに、タカヒロが持つ盾による一撃が見舞われる。アスフィに対して見せた程の耐久を保持しているために油断していたオリヴァスながらも、受けた一撃の大きさに目を見開き、五臓六腑が悲鳴を上げていることが確かに分かった。

 身体に響くかつてない衝撃、先ほどの女性冒険者とは比べ物にならないほどの一撃の被弾。文字通りの比較にならぬダメージを叩き込まれており、殴打を受ける場所が左手、左足と順番が進むたびに、骨が砕け抉れる音が身体に響き耳をつんざく。これが部位破壊の確認という名のお試し攻撃と知れば、怒りから頭に湯気が昇ることだろう。

 

 先ほどオリヴァスに一撃を見舞おうと掛かったアスフィは、あの一撃一撃が持ち得る威力を瞬時に理解する。己とてレベル4、そして武器も一流だったと言うのに僅かにも通らなかった相手に対してコレ程となると、もし自分が受ければ一撃で真っ二つになるかスクラップになってしまうだろうと想像して冷汗が流れた。

 僅か1秒間に放たれた一撃一撃で手足は抉れ、もはや本来の機能を成していない。むしろ痛みを発する分、邪魔なものとも言えるだろう。最後には2秒だけ待ってから腹部へと蹴りが入り、押し出された空気によって開いた口から唾液が飛び散り、身体をくの字にしながら後方へと吹き飛ばされ、首が前につんのめる。

 

 

「“ウィン・フィンブルヴェトル”!」

 

 

 蹴りの一撃が僅かに待たれたのは、彼女の詠唱が終わるタイミングに合わせるため。かつて一度だけながらも見たことのあるタカヒロは、魔力の膨れ上がり方から、終わるタイミングを把握していたのだ。

 蹴りが入った瞬間にリヴェリアの詠唱が完了し、これまた怪物祭の時に見せた氷属性の範囲魔法が放たれた。蹴りの反動を使って飛び退いたタカヒロの先にある一帯を氷漬けにしてしまい、殺伐とした状況ながらも、氷塊の反射する光が輝かしく敷き詰められている。

 

 そのような美しさの中にある、1つの醜態。手足を砕かれ氷漬けにされた仮面の男は上半身と頭のみが表に出ており、もはや動くことは叶わない。

 

 最初は「あの仮面どうやってくっついてるんだろ」と興味を持っていたタカヒロながらも、己のフードも似たようなものだったことを思い出して興味を失う。モノ自体もコモン級の仮面であるために、今やただのガラクタの認識だ。

 つまりは、敵に対する延命処置の選択肢が薄くなる。とはいえ折角だから剥いでみるかということで、仮面はタカヒロの一撃によって呆気なく粉砕され、正体が白日のもとに晒されることとなった。

 

 

「馬鹿な!?」

「オリヴァス・アクト……!?」

 

 

 ヘルメス・ファミリアの面々が驚愕の表情を浮かべ、リヴェリアもまた類似した様相を見せている。数年前、オラリオにおいて傍若無人の限りを尽くしていた“闇派閥”、その幹部の一人。

 27階層の悪夢と呼ばれる、モンスターの大量発生の首謀者。その騒動に巻き込まれ死亡したとされていたのだが、どういうわけか、こうして今も生きているのだ。なお、今まさに全力で冷汗を垂れ流して死にかけているのはお笑い種であるだろう。

 

 驚愕の表情を浮かべる横で「誰それ」と言いたげにしている青年を見つけ、リヴェリアは、それらの内容を簡潔に口にする。一応は耳に入れるタカヒロだが、過去に起こった事の大きさを分かっていないために、頭の片隅に入れておく程度の情報であった。

 そのために、「アイズ君はどこだ」と話の矛先を変えている。ヘルメス・ファミリアもまたアイズがやってくるはずだと叫ぶものの、オリヴァスは息を荒げながら、それは在り得ないと口にする。

 

 

「剣姫は、来ない……。やってくるのは、ソレを倒した者だ。命が惜しくば、お前の後ろに居る者達を見捨てて逃げておけ。そいつらの顔が、ここら地面一帯に飛び散るのを見るのは嫌だろう」

「ほう。まるで自分が、ここ24階層で偶然出会ったパーティーを気に掛けるようなことを口にするではないか」

 

 

――――気にしていなかったんですか!?

 

 割と真面目にショックを受けるアスフィ一行だが、残念ながら今の発言は非常に捻くれている。末尾に(攻撃)こそ無いものの、ケアン流儀における回答の1つだ。

 本当に気にしていなければ、先の助太刀はあり得ない。それが分かっているリヴェリアは「相変わらず捻くれているな」と少しだけ苦笑しつつ、本音は皆を守るように立ち回っていた、優しい彼の性格を再び感じ取っている。

 

 しかし、それも数秒。回復魔法もポーションも使用していないのに“生える”様相を見せているオリヴァスの右手を目にし、全員が驚愕の表情を浮かべることとなる。右肩がボコボコと音を立てて膨張している光景は、中々にグロテスクなものだ。

 約一名ほど驚愕ではなく疑問符を浮かべているのだが、それもまた数秒だけ。直感から氷漬けとなっているオリヴァスの胸部の氷を砕くと、抉れた胸部に、通常の人間には在り得ないモノが存在しており、一帯が驚愕に包まれる。

 

 

「胸部に、魔石……!?あ、あなた、何者なのです!」

「私は人とモンスター、2つの力を兼ね備えた至高の存在なのだよ……!」

 

 

 それも通常の魔石ではなく、極彩色。52階層で遭遇した芋虫、怪物祭で遭遇した花のモンスターと同じ色だと気づいたリヴェリアは、かつて27階層で起こった大惨事が関係しているのかと考え眉間に力を入れている。冷静ながらも状況が呑み込めず、何とかして把握しようとしているのだ。

 一方のタカヒロは、表情、姿勢共に僅かな変化も見られず、とりあえず相手の言葉を耳にしている程度。かつて似たような状況を何度か経験しているために、人間とモンスターとの融合品を目にしても、特に不思議に思わず直立不動で気楽なモノだ。

 

 ケアンの地においてイセリアルの(イーサー)クリスタルを身体に埋め込み遊んで(強がって)いた、どこぞのオッサン達(ウォードンとクロンリー)。そんな彼等も似たようなことを口にしていたと思い浮かべるタカヒロとしては、このような存在も慣れたものなのである。

 そして、さっさと殺すことは容易いながらも、その一撃が向けられることは保留されている。元気が戻ってきたのか、ぴーちくぱーちく五月蝿いものの喋り続けるならば情報源になるということで、オリヴァスは存命している格好だ。オリヴァスがこの期に及んで「TruePoweeeer!!」とでも叫びだしたら、間違いなく最大威力で“堕ちし王の意志”が叩き込まれていることだろう。

 

 

「人とモンスターの雑種(ハイブリッド)だと!?さっき“俺のようにしてやろう”と言ったのは、そういうことか!貴様、なぜそんな身体になった!」

「私は第二の命を貰ったのだ、他ならぬ“彼女”に!この“食人花(ヴィオラス)”も、あのレヴィスも、全ては“彼女”を起源とする者!そしてここが、その“工場(プラント)”というわけさ!そして――――」

 

 

 随分と長く続いた会話を要約すると、中央の柱に纏わりついているのは“巨大花(ヴィスクム)”であり、食人花(ヴィオラス)の生みの親。モンスターの食事処であるココは栽培プラントであり、深層のモンスターを地上へと運び出す中継地点というわけさ!との内容らしい。

 氷漬けじゃなければ少しは格好つくんだけどなー。と内心で呟く相変わらず脳天気極まりない約一名は、彼女って誰だろうと考えながらも、事の大きさを分かっていない。目を見開く周囲との大差が激しいが、心の声も出ていない上に、フードによって見えないためにセーフだろう。

 

 かつて太古の時代に地上へと進出したモンスターは、体内の魔石を劣化させることで繁殖することが知られている。そのために現在はコボルトよりも弱いものがほとんどであり、神の恩恵を貰っていない駆除業者でも倒せるモンスターが居る程だ。

 しかし、今ここに居る食人花(ヴィオラス)は違う。かつての歴史において人類共通の敵とされ、数多の英雄が、世界を守るために散っていった頃のモンスターだ。それが地上へと出れば、世界は地獄へと変わると言って過言は無いだろう。

 

 

「何故です……何故、そのようなことを!」

「簡単な話さ。7年前にも似たようなことがあっただろう、迷宮都市(オラリオ)を滅ぼす為だ」

 

 

 強張った表情を見せるアスフィの問いに対し、オリヴァスは真の目的を回答する。すると、事情を知っている者の目が見開いた。

 7年前、暗黒期と呼ばれる闇の時期。闇派閥が勢力を強め、オラリオのそこかしこで闘争が行われていた戦乱期。数多もの神が天へと送還され、闇派閥と冒険者の全面戦争が行われた時期である。

 

 その目的は今と同じであり、比較的平和だった1000年の歴史に終止符を打つため。バベルの塔というダンジョンの蓋を解放し、ダンジョンのモンスターを地上へと進出させること。それによって、死の世界の再来を招くこと。

 人類とモンスターによって繰り広げられる、戦乱の世。それが再来しようとしていることを知り、そうはいっても事情を知らず置いてけぼりを食らっている約一名を除いて、全員が驚きの表情を隠せない。

 

 空に焦がれ、空を見たいという“彼女”の願いに応える為に、オリヴァスは尽力しているらしい。それを成就するための行動の1つが、この24階層で起こっていることなのだろう。

 邪魔な都市を滅ぼし、愚かな人類と無能でロクでもない神々に代わって君臨するべきは“彼女”なのだと、声高に叫ぶ。その者に選ばれたらしい自分だけが彼女の願いに応えることができるのだと、まるで信者のようなことを口にしている。

 

 

「貴様、さっきからワケのわからんことを!」

「妄想をほざくな!」

「いや待て。無能とまではいかないが、神々がロクなものではないという点は否定できない」

 

 

 怒りを見せる者に対して青年が投げた言葉に、全員が耳を傾けた。確かに無能とまではいかずとも、ヘルメス・ファミリアとリヴェリアは各々の主神の顔を思い浮かべ、なるほどと納得しかけてしまう。

 

 いや、問題はそうじゃなくて。一行はそのように結論付けて考えを振り払うものの、今の一言で怒りの糸は途切れている。おおよそ平常心に戻ったと言っていいだろう。

 あのタイミングで口を開いたとなれば、何かを目的とした発言であることは明らかだ。そのように考えるリヴェリアだが、その答えもすぐに分かることとなる。

 

 平常心を取り戻し、戦いに備えることが先の発言の目的だ。奥から大量の食人花(ヴィオラス)が現れると、捨て身の特攻を見せ、オリヴァスを氷漬けから解放し連れ去ったのだ。

 第二ラウンド開幕と言いたげなドヤ顔を見せるオリヴァスと特攻を仕掛ける気配を隠さない残りの死兵、一方で野望を阻止せんと必死の様相を見せるヘルメス・ファミリア。そこに加わる2名と共に、24階層での戦いは決着を迎えようとしている。

 

 

「――――構えろ、食人花(ヴィオラス)

「総員構えてください、来ます!」

 

 




オリジナルでも耐久が高いのと、星座のスキルは見られたらマズいために無効化されていたので即死には至りませんでした。

今後のお話で必要な内容だったので、ある意味では背景パートですね。
けっきょく背景を理解しきれていない主人公ですが、次回、オリジナルな戦闘がメインで決着となります。


■乗っ取られ語録
・可愛いご婦人(なお実は)の脳味噌が地面いっぱいに飛び散るのは望まないだろう?300鉄片を寄越せ。という脅しに対して
 ⇒まるで私が路上で偶然出会った者のことを、気に掛けるみたいなことを言うじゃないか、死ね!(攻撃)


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53話 【挿絵有り】勇気 と覚悟

 Steamでサマーセルがやってまいりました。GrimDawnが80%セール中ですよ!(7/6迄)
 本体500円、DLCセットのGrim Dawn Definitive Editionが3000円となっております。
 触り程度をやってみたい方は前者、ガッツリという方は後者がお勧めです。

 それにしても、春に始まった本小説ですが、もう4か月目の折り返しなのですね。
 皆様本当にご愛読頂きありがとうございます。これからもよろしくお願い致します。

=====

 もう、言葉にできないようなイラストを頂いてしまいました。
 GrimDawnのメイン(?)である武具の質感が、素晴らしいの一言。特に盾がヤバい(語彙力)
 ちなみにですが、これ本小説(=ゲーム内部)の主人公装備と、フードの一部を除いて全く同じというクオリティの高さ。

 ご自由にお使い頂ければとのことでして、せっかくなので挿絵として使わせて頂きます。
 諸事情でお名前のご記載NGとのことで、この場をお借りして改めてお礼申し上げます。


 対峙する二つの勢力。ニヤリと口元を歪めるオリヴァスの言葉で、今にも飛びかからんとばかりにわらわらと湧き出す無数の食人花(ヴィオラス)は、まさに視界を埋め尽くす様相だ。どこから湧いて出てきたのかはわからないものの、軽く100の数を超えていることだろう。緑色の壁に保護色となっていると仮定すれば、その数倍は居るかもしれない。

 一律に険しい表情を浮かべるヘルメス・ファミリアの面々は窪んだ崖を背にし、少しでも防衛する範囲を狭めている。相手の集団を見据える2枚の盾を持った戦士がどのようなことを考えているかは不明ながらも、各々が、戦いを少しでも有利に運べるように工夫しているのだ。

 

 比較的損傷の少なかったパルゥムの3名は自発的に、最大戦力であるタカヒロを援護するべく後ろに並ぶ。持ち場は正に最前線であり、突破したモノは手負いのヘルメス・ファミリアが仕留める算段だ。アスフィの指示により、後方でも戦力が分配されている。

 最前線には、ヒューマン1名、パルゥム3名で結成された局地的な4人パーティー。一度だけ背中越しに振り返った、装備に目ざとい青年は、3人のうち一人が持つ槍の存在に気が付いた。

 

 

「ほう。それは、どこぞの勇者(ブレイバー)が持つ槍か」

「ああ、そうだ。勝手にパルゥムの英雄になってくれやがった、勇者(ブレイバー)の槍の紛い物だよ」

 

 

 表情と共にぎゅっと槍を握り締めるポックは、今一度、己が焦がれる存在を思い出す。自分自身が使う武器のことを、こうして具体的に口にされたからだろうか。

 それとも、ロキ・ファミリアであるアイズ・ヴァレンシュタインが、リヴェリア・リヨス・アールヴが来たからだろうか。ポックの心に、消えぬ一人の姿が浮かんでいる。

 

 しかし数の差は圧倒的であり、生まれる緊張と恐怖の強さはそれ以上。喉はカラカラに乾き、生と死が隣り合わせになったことが否が応でも認識させられる。

 目を閉じて、払い除けるように首を振った。僅かに震える手足に鞭を入れ、なにくそと言わんばかりに、目の前の男に対して咆哮する。

 

 

「パルゥムだからって馬鹿にすんなよ。こんな場面でも、俺達だって、少しは役に立てるはずだ」

「馬鹿にする暇があれば君達の力も使う予定だが、自分は未だ何も知らない。威風ある勇気をもって最前線に並んだ、二人の戦士と一人の魔導士は何をこなせる」

 

 

 言葉を耳にし、ドクンと3人の心が脈打つ。周囲の音は急速に小さくなり、今の一文が再び耳に響き渡る感覚に見舞われた。

 この男は、自分達をパルゥムとして扱わない。戦いの場に居る一人の戦力として、しっかりと数えており。それどころか、勇気を持ち合わせた立派な戦力であることを褒め讃えている。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 モンスターの群れを相手に微塵も臆することなく直立し背中を見せる姿は、容赦のない恐怖にかられる仲間に対して慰安を与えるかのようだ。同時に付近の仲間を鼓舞するかのようでもあり、傍に立つ三人は、勇気ある偉業を起こさずにはいられない。

 そのような者にパルゥムとして譲れぬ1つを認められ、怯えていた心が心底奮い立たされる。小さなその身でも出来ることがあるはずだと、この24階層というバトルフィールドにおける戦士としての在り方を問われていることは容易に分かる。

 

 ならば、応えずには居られない。たとえ青年からすれば微かなことだろうとも、正直なところ怖さが付きまとう内容でも、やってやるさと声高(こわだか)に叫ぶ勇気に満ちる。

 ポックの姉であるポット、そして魔導士ながらメリルにおいても同様だ。各々が英雄と掲げる勇者(ブレイバー)が持ち得る勇気に負けるものかと目を合わせ、目の前の男に対して覚悟の程を示している。

 

 

「アンタからすると笑い事かもしれねぇが……一対一のサシなら、オレや姉貴だってあの花を屠れるさ!魔導士のメリルだって、詠唱が終われば5-6体ならまとめて葬れる!」

「生憎だが、笑いを取るのには向いていない内容だ」

 

 

 ああ言えばこう言われ、ともかく己の自虐を受け取るつもりはないようだ。仁王立ちの姿勢は崩さないながらも少しだけ肩越しに振り返り、後ろに並ぶ冒険者が見せる姿を確認する。

 いつの間にか他の仲間達も武器を手に立ち上がっており、決意の程度は全員が同じと言って良いだろう。勇気はあるかという青年の問いに答えるように短ランスを構え、ポックは覚悟の程を示している。

 

 パルゥムならば名前を知らぬ者は居ない、とある英雄。その姿に焦がれ、目指し、挫折しかけ、ひょんなことから実年齢を知って「先は長い」と空を仰ぎ見た、かつての自分を思い出す。

 

 たとえ英雄と同じ年齢になっても、届くことは雲をつかむようなモノだろう。だからこそ覚悟だけは負けぬようにと、当時の彼は、まずはレベル2になるために気合を入れ直した。

 目指すその先に、何度も夢見た背中があるからこそ。たとえ所詮はパルゥムと馬鹿にされようが、ポックとポットの姉弟、そしてメリルは、止まることなく茨の道を走り続けている。

 

 

「タカヒロ……?」

 

 

 直後、一度だけ、それも1秒に満たない時間だが、青年が肩越しに振り返った。目線の先には、恐らく己の姿があっただろう。そう感じ取った彼女からすれば理由は不明ながらも、青年が再び振り返る様相は無い。

 あと数秒も経たぬうちに、相手の突撃が始まるだろう。その気配を察知したタカヒロは、無慈悲にも優劣を付けるならば、最も守るべき存在の位置を再度確認したというわけだ。

 

 

「やれ、食人花(ヴィオラス)!!」

「総員、剣姫が来るまでここを死守します!ポックとポットは彼の援護を、その他は後方で魔導士の護衛です!負傷した場合は後方支援に徹してください!」

 

 

 洞窟を揺るがす地響きと奇声と共に、400ほどの数が居る食人花(ヴィオラス)による、終わらぬ波の如き突撃が開始される。阻むは2枚の盾を持つ青年一人、そしてヘルメス・ファミリアによって二重に敷かれた防衛ライン。

 いくら己の拳を防ぐほどの盾とは言え、この数を前にしては手数が足りない。そう認識しているオリヴァスは余裕の笑みを浮かべており、事の結末を予測して勝手に一人で盛り上がっている。

 

 

 しかし温い。かつてケアンの地において蔓延(はびこ)っていた、食人花(ヴィオラス)とは比較にならない強さを誇るモンスター。加えて情け容赦なく全方位から同時に襲ってくるソレを相手に同じことを何度も行ってきたタカヒロからすれば、この程度の状況処理は造作もないに等しいのだ。

 彼が左右の手に持つ、それぞれの盾。基本として右手の“全く普通の盾”が攻撃用であり、“性能120点、見た目0点”という彼の美学から幻影によって見た目が変更されている左手の“オーバーローズ・コロッサル フォートレス・オブ ソーンズ”が防御用だ。

 

 とはいえ、それはもちろん基本の運用。状況が変われば運用も変わり、訓練を積んだウォーロードの手に渡れば、盾はただの破れぬ防御というだけではなく手ごわい武器でもある。相変わらず微かな雄叫びすらもない攻撃と防御行動は、まるで機械的な処理が行われている様相だ。

 レベル4のアスフィですら目にも留まらぬ速さで振るわれる“左手”による盾の一撃は食人花(ヴィオラス)の頭部を粉砕し、右手でもってガードの運用を成している。そしてガードを行った際に、時折発生する射程3.5メートルの衝撃波は、ダメージを受けた食人花(ヴィオラス)の全てに揺るがぬ致命傷を与えるのだ。

 

 ――――装備固有である反撃スキル名、“仕返し”。相手の攻撃を受けることに使用された“全く普通の盾”から衝撃波が生じ、近くの敵へと復讐する。

 ブロック時において20%の確率で発動する範囲スキルであり、報復ダメージも乗せられる強力な一撃だ。更にはヘイトを稼いだり相手の素早さを3割もダウンさせる追加効果を持つ、乱戦にうってつけの反撃スキルである。

 

 

「す、すげぇ……」

「だ、打撃は効かないんじゃなかったの……?」

 

 

 光景を後ろから目にするポックは、絶対的な身体能力の差による、己にとって何の役にも立たない戦いを見ることになるかと考えたことをすぐさま恥じた。確かに個々の力においても黒いアーマーの戦士はモンスターを圧倒しているが、そこには確かな狡猾さが存在する。

 青年が持つ“防御能力”から発揮される、激戦の中でも生きる技。巨体である花のモンスターの一部をあえて生かし、その更に一部を蹴飛ばしたりして後続の進路を制限し、1-2秒の隙をついて効率的に処理する立ち回り。

 

 更には死兵が身を捨てて向かってこようとも、僅かな焦りも見せはしない。爆発による炸裂の範囲を完全に見切っており、先ほどのように進路を制限したエリアへと蹴り飛ばすことで一帯を処理するような“使い方”を見せている。

 相手が人間だろうが、青年にとっては関係が無いようだ。扱いはモンスターと同じくモノ同然であり、殺すことに対して何ら抵抗が無いように見受けられる。

 

 如何に数で劣ろうとも、行えることは無数に在る。そのことを見せつけられたポックの中で、自分に何ができるかと、なんとかして何かしてやろうと野心が芽生える。

 パルゥムと呼ばれる同種族における最高の目標(フィン・ディムナ)に、一歩でも近づくために。少しはこの危機を任せてくれと勇気を振り絞る戦士に対して、タカヒロは後ろからは見えないフードの下でニヤリと口元を緩め、食人花(ヴィオラス)の一匹を通す選択をした。

 

 数値だけを見れば、たった一匹。しかしながらその一匹を処理しないという過程は、青年からすれば非常に高い処理効率を生む内容なのだ。

 

 

「出番だ、やるぞ姉貴!」

「わかったよポック、サポートは任せて!」

 

 

 一匹を任されたことを理解し、パルゥム姉弟の緊張が最大限に強くなる。できるはずだ、やってやるさと二人は己の心を奮い立たせ駆け出した。あの戦士が任せてくれたのだから、何としてでも応えるべく槍を持つ手に力を通わせる。

 相手は強者、下手な駆け引きは出来はしない。故に一撃でもって相手の口に飛び込み、団長が示してくれた、上顎奥にある魔石を穿ちにかかる。

 

 小さな身体が、大きなモンスターの口に吸い込まれる。しかし瞳は喉奥にチラリと見える魔石を捉えて離さず、勇敢なる者が勇者だと言うならば紛れもない勇者が持つ短槍は、狂いのない狙いでもって確実に突き出される。

 焦がれた存在に成るために、たとえ誤差程度の結果しか生まれなくても鍛錬は絶やさなかった。ステイタスを更新する際にも僅かしか上がらない日々に涙を流したことも多々あるが、それでも間違いなく積み重ねてきた己の功績。

 

 たとえ僅か数%の能力向上でも、それは土壇場になって応えてくれる。そこのハクスラ民が完成されたはずの装備を更新する理由の1つであり、オラリオにおいては、冒険者がダンジョンへもぐる前にステイタスを更新する理由の根底と同一であることに他ならない。

 

 

「オオオオオッ!!」

 

 

 生きるか死ぬか、チャンスは文字通りの一度切り。針の穴に糸を通すような正確さが要求される一撃を、決して外すまいと瞳を見開き活を入れる。

 小さな身体を活かして相手の牙をかいくぐり放った一撃の結果は成功であり、彼の勝ちだ。魔石を穿つと同時にモンスターは灰へと還り、砕け散る魔石の輝きは、彼の勝利を祝福しているようにも受け取れる。

 

 しかし、攻撃した後の事を考えていなかった。勢いあまって前方へと転がるも、そこはモンスターという波の襲い掛かる打ち際だ。複数が彼に狙いを定め、小さな身体を噛み千切らんと牙を向く。

 無論、青年の広い視野は、その結末を見逃さない。オーバーガードを用いて強行突破してからカウンターストライク、そして“仕返し”を発動させて一帯を薙ぎ払い、その隙にポックは後退に成功した。

 

 

「た、助かりました!」

「見るに値する勇気と覚悟だ、次に備えてくれ。小さな魔導士、5秒後に右方より来る4体を任せるぞ」

「メリルは詠唱中だから代わりに返事!詠唱もすぐ終わるわ、任せておいて!」

「ついでに確認するが、大きい方は何をやっている」

 

 

 今まさに詠唱中だ。と言いたげに、余裕綽々の背中に物言いたげな目線を飛ばすリヴェリアは、このような場面においても煽られている。そういった意味では、二人らしい光景だ。

 魔法とは、技の威力と引き換えに詠唱が長くなる傾向がある。レベル差もあれどメリルとリヴェリアでは技の威力が雲泥であるために、後者の方が詠唱に時間がかかるのは仕方のない事だ。

 

 タカヒロの言葉通りに現れた4体に対し、メリルは攻撃魔法を放って粉砕する。その後に続く3体もヘルメス・ファミリアの盾役がせき止め、アスフィを筆頭に斬撃を行える者達が処理している状況だ。

 後ろから光景が見えているリヴェリアは、己から直線的に放たれる魔法“ウィン・フィンブルヴェトル”では、防衛陣形を一度崩さなければならないと判断。この場において、それは悪手であろうと判断する。故に――――

 

 

「閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け三度の厳冬、終焉の訪れ――――間もなく、()は放たれる」

 

 

 ここに、詠唱が繋がれた。

 

 怒涛の勢いで迫り圧力を緩めない大軍を前に選択したのは、攻撃ではなく更なる詠唱。此度の戦闘は相手の数が数だけに、ロキ・ファミリアにおけるパーティーならば、きっと“ウィン・フィンブルヴェトル”を放っていたことだろう。

 行わなかったのは、己の前方を中心として立ち回ってくれる、頼もしい背中が在るがため。その存在を目にするだけで、攻撃を受ける不安など生まれた傍から消えている。絶対の安全が確保されると確信できるからこそ、彼女は並行詠唱無しで己の仕事に集中するのだ。

 

 そんな相手であり、てっきり先程と同じく自分ごと巻き込むようにぶっ放してくると思っていたタカヒロだが、「ほう」と小さく呟き、足止めの仕事に戻っている。練度の高い魔法攻撃の準備に応えるように迫る敵のほとんどを引き付けており、盾の役割を成すべく立ち向かう。

 さらに高まる魔力の量は、もはや規格外の言葉すらも足りぬ程。ラスボスを見る目でリヴェリアを横目見るメリルは、首の皮一枚で繋がった自制心を保ちながら、なんとかして己の攻撃に集中している状況だ。

 

 二つ名を、九魔姫(ナインヘル)。三つ迄しか魔法スロットがない神の恩恵において、九つの魔法を使えるという規格外の存在。その弟子もまた別の意味で規格外なのだが、この場においては割愛する。

 

 “詠唱連結”と呼ばれる、ハイエルフである彼女にだけ許された特殊な技能。詠唱を繋ぎ、“短文”・“長文”・“超長文”の3段階において効果と威力を変動させることができるのだ。

 スロットに在る魔法は、攻撃・防御・回復の3種類。それぞれにおいて先ほどの詠唱連結は適応されるため、それぞれにおいて3段階の魔法が存在する。

 

 

「――――焼きつくせ、スルトの剣……我が名は、アールヴ!」

 

 

 故に、神から与えられた二つ名を九魔姫(ナインヘル)。そして放たれるのは攻撃魔法の第二段階。発生する魔法陣内部の敵下より火山が噴火する如き炎で目標を焼き尽くす、食糧庫全体を飲み込む程の全方位に対する最大威力の攻撃魔法だ。

 たった一度の攻撃も受けること・避けることなく、詠唱は完成。魔力と連動するように、翡翠の瞳に力が篭る。僅か1つの問題を除いて、完璧と言える大魔法が放たれようとしていた。

 

 

「……一応聞いておくが、なぜ自分の下にある魔法陣も光っている」

「“レア・ラーヴァテイン!!”」

 

 

 冷静かつ呑気な考えが浮かぶタカヒロは念のためにパルゥムの3人が居る地点へ飛び退くと、火山の噴火宜しく、激しい火柱が食糧庫全体を焼き尽くす。やっぱり自分ごと巻き込むつもりだったのかと、軽いため息が漏れていた。

 そんなことを言いたげにフード越しに顔を向けると、“君ならば避けられるだろう”と言いたげな目線が返される。実際のところ直撃しても何ら問題ではないのだが、タカヒロとしても、何かと言いたくなる状況だ。

 

 しかしながら魔法の威力と範囲は確かであり、天井に生えていた開花前の食人花(ヴィオラス)すらも詠唱の文言通りに焼き尽くす。周囲に立ち込めるモンスターが焼ける匂いと熱気は、威力の高さを物語るには十分だ。

 図体の大きさ故に巨大花(ヴィスクム)も巻き込まれており、3体の全てが一撃のもとに焼却処分。そのうち一体を盾にして生き残ったオリヴァスだが、人間時代は目にすることも無かったのだろう彼女の攻撃魔法を目にし、開いた口と零れ落ちんばかりに見開かれた目が塞がる様相を見せていない。

 

 

 盛大な爆発音と共に食糧庫の壁が破れたのは、そのタイミングであった。吹き飛ばされたように宙を舞い地を転がるレヴィスと、爆発地点に立つ一人の影。

 このような極地でも光り輝く、眩い姿。24階層へとやってきた二人の尋ね人であるアイズ・ヴァレンシュタインは小傷が目立つも、そんな二人が視界に入ってポカンとした様相を示していた。

 

 一方のレヴィスはアイズの目線の先を追うと、燃え上がった一帯と複数の冒険者。そのうちかつて目にしたことのある魔導士を確認し、この惨状の首謀者と認識して舌打ちをすることとなる。

 

 

「あの時のレベル6……貴様の行いというわけか」

 

 

 その言葉に答えることはなく、リヴェリアは据わった表情で相手を睨む。そのリヴェリアから体一つだけラインを外して前に立つタカヒロが居るために、レヴィスもまた迂闊に動けない。

 直接的な戦闘を見たことは無いものの、周りとは格が違うと戦闘本能が察知している。膠着状態のなかアイズも崖から降りてきて合流して前に立っており、これにて互いの戦闘員が揃った状況だ。

 

 

「やるぞレヴィス。回復しつつある私とお前ならば、奴等など敵では――――」

「――――茶番だな」

 

 

 突然とオリヴァスの胸を貫く右腕。そして“何か”を取り出し、口に入れたように伺える。

 灰となり消えゆくオリヴァスは、急速に意識が薄れゆく。それでも何か言いたいことがあるのか、最後の力を振り絞って、とある人物の名を口にした。

 

 

「なん……だと!?貴様、“エニュオ”に肩入れ、するのか……!」

 

 

 まるでモンスターが消滅するかのように、オリヴァスは2度目の死を迎えることとなる。しかし状況は終わっておらず、アイズは、レヴィスが纏う殺気が膨れ上がったのを感じ取った。

 何かが来る。直感的にそう感じ取ったアイズは、背中越しにリヴェリアの位置を確認する。最悪でも彼女だけは守り抜くと決意を固め、すぐさま前方へと向き直った時だった。

 

 

 対峙する相手から視線を切ってしまった、一瞬の油断。目の前に迫るのはレヴィスの剣であり、リヴェリアですら、今の相手の動きは見えなかった。

 まるで別人であり、対応できない。それこそレベルが一つ上がった時のような身体能力の差であり、今までとは雲泥だ。

 

 

「隙だらけだぞ、アリア」

 

 

 回避、不可能。防御、不可能。少しぐらいは身体を動かせるが、そう判断すること以外に何もできない。

 一瞬の油断が致命傷になったことを後悔するも手立てはなく、運命を受け入れるほかに道がない。それでも己の顔へと迫る切っ先を捉える瞳が映し出すものは、突然と変わることとなった。

 

 アイズの視界を一人の男が支配し、甲高い金属音が耳をつんざく。リヴェリアの時と同じく間に入るは一枚の盾であり、守るべき対象に対し、僅かにダメージを与えることも許さない。

 右横を見上げるアイズの視線の先には、見慣れたフードに隠れた、見慣れた横顔。ブロックではなく相手の剣と腕に対して攻撃することで弾き飛ばしたために報復ダメージは発生しないが、突進していたはずのレヴィスが逆に後方へと大きく吹き飛ばされると共に壁に叩きつけられ、肺の空気が押し出され武器を損失したことも事実である。

 

 

「カハッ……馬鹿な、“レベル8”、だと……!?」

 

 

 オリヴァスの右腕を消し飛ばした時の事を知らないレヴィスは、目の当たりにした光景を信じられない様相だ。口から流れ出る血を手で押さえ、目を見開いて驚く様相を隠せそうにもなく、予想外の戦力を前にして戦意を喪失してしまっている。

 更に大きく飛び退いたアレを仕留めに行くべきかどうか、いったい誰がレベル8なのかと考えているタカヒロだが、後ろには護衛対象の全員が居るために隙を作れない。未だ仕事は継続中であるために、残った敵である赤髪のテイマーを視界に捉えて離さないことで威嚇とした。

 

 

「チッ!」

 

 

 正気に戻ったレヴィスは、食糧庫の中央に在って天井まで(そび)える大柱を粉砕する。すると地響きを立てて天井が崩れだし、まさに崩壊を始めん様相を示しているのだから、冒険者達にとっては時間がないことは明白だ。

 洞窟内部に居た者はすぐさま立ち上がり、痛む身体に鞭を打って撤退を開始する他にない。最後まで睨み合うアイズとレヴィスだが、生き埋めにならぬうちに、双方は全員が食糧庫から脱出する。

 

 ――――生き残った。

 

 そのことを痛感する満身創痍の面々は、力なく18階層へと足を運ぶ。戦闘に使える体力は僅かにしか残っておらず、道中の敵は、突っ立っているウォーロードが片手間に処理している状況だ。

 食糧庫における食人花(ヴィオラス)、そしてオリヴァス、レヴィスとの戦闘で強さは感じ取っているために、周囲としても、今更驚くようなことも無い。その背中を見つめる者こそおれど、今はともかく、身体を休めたい状況だ。

 

 18階層へ帰還すると、ヘルメス・ファミリアはすぐさま宿を手配して負傷者の手当てに当たっている。状況が落ち着くと24階層で起こった情報を確認し合い、ここで別れることとなった。

 このまま帰還する予定である援軍の3名はアスフィと挨拶を交わし、17階層へと繋がる入り口付近に差し掛かる。少し急げば、日が沈むころには地上へと戻ることが出来るだろう。

 

 

「た、タカヒロ、さん……」

 

 

 たどたどしい様子でアイズが後ろから声を掛けたのは、そのタイミングであった。鎧が鳴るガチャリとした音と共に振り向いたタカヒロは、少し身をよじってモジモジしたアイズを視界に捉えることとなる。

 どうにもできない状況で助けられた情景は、彼女の脳裏に焼き付いている。感情表現の薄い彼女は少年によって少しずつ解されており、此度も感謝の念を伝えようとして、それでも「こんな感じでいいのかな」と不安と疑問が芽生えており。あまり面と向かって話したことは無いために、今更ながら、恥ずかしさ交じりにタカヒロへと伝えようとしている格好だ。

 

 

「遅く、なっちゃったけど……た、助けてくれて、ありがとう、ございます」

 

 

 そんな様相を見せる彼女を相手にどのように対応したものかと考え、青年は数秒の間を置いた。数歩ほど離れているアイズへと近づいており、対応がまずかったかなと内心で慌てる彼女だが、不思議と足は動かない。

 珍しく緩められる口元と共に、ポンと音が鳴るように、アイズの頭に手が置かれて撫でられる。恥ずかしさが増して振り払おうと少しだけ首を左右に振るが、強めに押し付けられる感触が心地良いために本気になれない。

 

 

「敵対する相手の間合いにおいて視線を切るのは、あまり褒められた行動ではないな。ともあれ、無事で何よりだ」

 

 

 もう覚えてもいないが、かつての父も、同じように撫でてくれたのだろうか。その普通名詞で呼ぶには年の差が小さすぎるが、少し見上げる姿は己を心配してくれる者であり、アイズは嬉しさから薄笑みが浮かんでいる。

 無事を喜びつつも、叱ってくれるところは叱ってくれる、その姿。微笑ましい光景を後ろから眺めるリヴェリアは、内心でわずかに芽生えるモヤに疑問を抱きつつも、穏やかな様相を示している。

 

 

 こうしてモンスターの大量発生を起源としたクエストは、怪我人こそおれど犠牲を出すことなく終わりを迎える。18階層でヘルメス・ファミリアと別れた3人は、日が落ちた頃、無事に地上へと帰還し、各々のホームへと辿り着いた。

 




原作だとここで59階層へ行けとの会話が発生していますが、本作では既に41話で59階層(単純に未到達領域へのアタック)が決まっているので省いております。
また、漫画版だとポックが持っているフィンの武器のレプリカは短剣ですね。


■メイスである“全く普通の盾”の固有スキル:仕返し(ブロック時20%の確率で発動)
(↓メイス分類のくせして公式で盾って言っちゃってます。ですが盾枠が未装備だと発動しない矛盾…!)
・盾から衝撃波が生じ、近くの敵を刺激する。
*盾を要する。
1.6秒 スキルリチャージ
3.5m 標的エリア
+20% 武器ダメージ
+12% 報復ダメージを攻撃に追加
+250-410 物理ダメージ
標的のヘイトを増加
30% 標的減速を 3秒

■トグルバフ:美徳の存在(レベル15)
・オースキーパーは美徳と信念の鑑であり、それらは付近の仲間を鼓舞する特性である。彼らのそばに立つ者は、勇気ある偉業を起こさずにはいられない。
190 エナジー予約量
12m 半径
100% 次のうち一つを発動
・320 体内損傷ダメージ/5s
・192 出血ダメージ/3s
+157 攻撃能力
+8.3 エナジー再生/s
+152 物理報復

裏設定ですが、トグルバフの数値的な効果が仲間に及ぶことはありません。
もしも及ぶならば、システム的なパーティーに組み込んで、上限は4人(タカヒロ含む)迄ですね。


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54話 闇からの手招き

Act.8:Gods and Spirits(神々と精霊達)
Act.8-1:アイズ・ヴァレンシュタインを探しに24階層へ向かえ
Act.8-2:【New】とある神の使者と会って会話せよ


「……用事を思い出した。ベル君、すまないが先に戻ってくれ」

「あ、はい、分かりました」

 

 

 24階層の一件があった翌日。オラリオが赤く染まる、夕焼けも終わろうかという時間帯。

 やがて辺り一帯は闇に包まれ、天空には星々が輝くだろう。今日はベルとアイズとの鍛錬はなく、昼過ぎからモンスター相手の実践訓練に付き合っていたタカヒロだが、それも無事に終了し、今は二人でホームへと足を向けていたところである。

 

 大通り沿いにある数々の店舗は活気に包まれ、朝昼とはまた違った姿を浮かべている。ダンジョンで背負った緊張を解すかのように、冒険者は各々の店でジュースやエールを煽り、美味い(さかな)にありつくのだ。

 豪華さの優劣こそあれど、基本としては冒険者のレベル、ファミリアの規模など関係なく似たようなものである。それが、オラリオにおける日常的な光景だ。

 

 もっとも、ヘスティア・ファミリアにおいては滅多に発生しない光景だ。基本として朝晩の食事は3人揃って取っており、此度もまた、タカヒロが教会に帰るまで待たれることになるだろう。

 そう言えば今日の夕飯はベル君が担当だったなと呑気に考え、ついでに後ろから追ってくる気配に対応する。どうやら夜襲の類ではないようだが、人気のない場所へと移動し、タカヒロは声を発した。

 

 

「先ほどから何用だ、つけているのは分かっている」

「……看破されていたか、お見逸れする」

 

 

 振り返った5メートルほど先にある何もない闇の中から、フワリと浮かび上がるようにして漆黒のローブと銀のガントレットを纏った姿が出現する。非常に細身であるが背丈で言えばタカヒロよりも高く、ローブにあるフードは己の物よりも目深で表情は全くうかがえない。

 ボイスチェンジャー越しかのような機械的な声は、非常に特徴的と言って良いだろう。背丈から判断すると男のようにも見えるが性別は不明であり、存在自体が闇のようだ。

 

 先ほどの距離を空けたまま、2名は正面を向いて対峙する。表情は全く読み取れず、何を考えているかも不明ながら、今のところ殺気の類は向けられていない。

 しかし、視線を交わした時間も僅か数秒。てっきり暗殺者かと思ったものの、少し懐かしさを抱きつつ、タカヒロは相手の種族を見破ることとなった。

 

 

「……驚いたな。アサシンの(たぐい)かと思ったが、アンデッドが何用だ」

「なにゅぃっ!?」

 

 

 想定外にも程があったのか、ローブの人物は思いっきり発音を噛んでいる。拍子抜けが過ぎたタカヒロは、何も言い返せずフードの下で無言を決め込んでいた。

 

 

「……」

「……もう一度、いいだろうか?」

「驚いたな、アンデッドが何用だ」

「何っ!?」

 

 

 リテイクの要望が通って、無事にシリアスさんがお帰りなさい。経過はどうあれ、かつて相手にしてきた敵の一部と似たものを感じたタカヒロは、相手の正体を一瞬にして見抜いていたわけだ。

 人前に姿を現すことのないローブの人物ながらも、その容姿は己がアンデッドであることを隠すため。その下は俗に言う“ガイコツ”であり、初見ではモンスターと見間違えられても不思議ではないだろう。

 

 その者、名は“フェルズ”と口にしており、とある神の“特使”のような存在であることを伝えている。タカヒロと同じく冒険者では無く、外観と同じようにオラリオの陰で生きる者。

 陰と言っても、オラリオに危害を加えているわけではないらしい。現段階で信用はないだろうが、信じてくれとの言葉を残している。まずは、軽い自己紹介から入るようだ。

 

 

「ほう、魔術師(メイジ)ときたか」

「ああ。とは言っても、大した者ではないのだがね。アイズ・ヴァレンシュタインへ24階層への依頼を出した者、と告げれば分かるだろうか?」

 

 

 諸事情があるような口調を見せるフェルズだが、タカヒロはさして気にも留めていない。諸事情があるのは彼も同じであるために、ハイエルフのリヴェリアに見せる対応のように、己に対して不都合がなければ特に気にしない傾向がある。

 それはさておくとしても何用だと問いを投げる青年に対し、フェルズは24階層での戦いを見ていたと正直に告げている。その戦いを直に見て、こうして接触を図ってきたと言う内容だ。

 

 今までにおいていくらかの有力な冒険者を見てきたフェルズからすれば、タカヒロは“新たな可能性”らしい。一方で突然と湧き出てきた存在であるために、警戒しているのも事実のようだ。

 もっとも、その内容は事実であるものの、青年の問いに対する回答にはなっていない。未だ名乗らず「用件を言え」と据わった声で返すフードの人物に対し、はぐらかさない方が良いと判断したフェルズは内容を口にした。

 

 

「私は、とある神の下で動いていてね。オラリオの崩壊という言葉、24階層において耳にしたかな?」

「ああ、闇派閥とか言う組織……待て、今確か闇から出てきただろう」

「……なるほど、しかし早合点だ。だからと言って一緒にされては困る。しかし不思議だな、オラリオにおいては有名な闇派閥を知らぬような口調をなさる」

 

 

 知らぬのも当然である。タカヒロがオラリオに来て、まだ二か月も経っていない。

 闇派閥そのものは数年前に壊滅状態へと追い込まれているために、今のオラリオにおいてはあまり名前を聞かぬのだ。しかしながら当時はかなりの勢力を誇っていたために、少し昔からいる冒険者ならば、逆に知らない者は居ない程。

 

 ここから何が読み取れるかと言うと、フードの青年は圧倒的な強さを誇っているが、オラリオに来てからの履歴は非常に浅いと言うことだ。フェルズはその点が引っ掛かっており、先ほどの語尾を口にしたのである。

 とはいえ、相手の男は正直なのか「2か月ほど前に来たばかりだ」と口にする。相手が何者かを探る己の推察が伝わっていないのかと考えるフェルズだが、言いたいことはしっかりと伝わっているのが現状だ。

 

 

「つまるところ、自分を怪しんでいるというわけか?」

「む、待って欲しい。貴公についての点も気にはなっているが、敵対するつもりはない」

 

 

 そうか。と、味の無くなったガムを吐き捨てるように呟き、タカヒロは全く興味が無さそうに呟いた。断面積の割に顔が見えないローブに興味が湧いたために「できれば敵であってほしいなー」と本音が芽生えている、装備キチの悪い癖である。

 

 

「そして先に言っておこう。不死のアンデッドである私は、“死にたくても死ねなくて”な」

「不安に思うことはない、神の加護を得たアンデッドを殺すことなど慣れたものだ」

「なんだと……!?」

「早い話だ、貴様自身で試してみるか?」

 

 

 フェルズに対し、タカヒロは珍しく挑発を投げる。いつかMI目当てで獣の神(モグドロゲン)を煽って攻撃を仕掛けさせた時と同じなのだが、フェルズ相手には通用しないようだ。

 実のところは言葉の捉え方の違いであり、タカヒロが言う“神の加護を得たアンデッド”とは、単純にケアンの地におけるアンデッド。フェルズはそれを“神の恩恵を得たアンデッド”と捉えており、己がかつて恩恵の所持者だったことを見抜かれていると思っている。

 

 その点はさておくとして、不死である己を殺すなど、逆に方法が気になって仕方がない。実のところは青年が普通に殴れば普通に死ぬのだが、まさか相手が、邪な者を払う神であるエンピリオンの加護を得た者などとは思っても居ないだろう。

 そして、青年の戦いを目にしたことのあるフェルズは相手の実力を知っている。魔術師では明らかに分が悪い近接タイプであり、あれ程迄の耐久の高さでは、どれほどダメージを加えられるかも不明な程だ。フェルズ自身も大きく出ることができないとは想像していたが、これで決定した格好である。

 

 あまりにも続く驚愕の大きさに、かきたくてもかけない汗が背筋を伝うかのような感触に見舞われる。周囲の温度が冷えているかのような錯覚も現れており、今すぐここから立ち去りたい心境だ。

 それでも、そうするわけにはいかないのが実情だ。今現在においては、目の前の人物と協力関係になることが、フェルズが所属するグループの目標である。

 

 

 そこでフェルズは、持っている情報を口にする。相手は聞く様相を見せており、これで少しは関心が引けるかと、続けざまに内容を口にしていた。

 

 怪物祭での一件、エルフ3人を襲った花のモンスター。明らかにオラリオの秩序を乱す存在であり、異常事態と言える現象。

 事実、フェルズが確認しただけでも7体。ロキ・ファミリアによればそれ以上の花のモンスターが、オラリオの地下水道で確認・討伐されている。

 

 そして、モンスターに寄生し変異させる、謎に満ちた宝玉の存在。ダンジョンにおけるモンスターの、上位種となる存在の証明。

 50階層における他のモンスターを襲う、極彩色のモンスター。24階層における食糧庫の異変。

 

 これらについて、「どこぞの神が気まぐれで起こした一件」という枠に収まりきらない。というのが、フェルズが下している判断のようだ。

 

 最も気にしているのが、いつのまにかオラリオの地下に居た花のモンスターの存在である。モンスターを閉じ込めるという目的で作られたはずのオラリオにおいて、それは異常事態に他ならない。

 ダンジョンとの唯一の接続地点であるバベルの塔はギルドによって管理されており、あんなところから運び出せるとは考えにくいだろう。ならばと他のルートを考えても、隠せるような大きさではないために思い浮かばないのが実情だ。

 

 

「……素人考えだが、ダンジョンにおける通路というのは未だ詳細が分かっていないと記憶している。見落としているだけで、どこかと繋がっているのではないか?」

「だとしても、少なくとも接続先がオラリオとは考えにくい。ダンジョンの封印と言う使命を帯びたこの街は、しっかりと管理されている」

「と思っているのは、モンスターを封じてきた功績によって蒙昧となっている貴様等だけかもしれんぞ」

「……なるほど、一理ある」

 

 

 イレギュラーが発生している状況において、推測で動くのは自殺行為だ。フェルズはそのことを意識させられて思い返し、フードに隠れた相手の顔を見据えている。

 

 

「回りくどくなったが、結論を話す。オラリオの崩壊を目論む者がいる。そしてダンジョンにおける我々の知らない所で、何かが起こっている。報酬は十二分に支払うことを約束しよう。貴公に、調査の協力を頼みたい」

「ほぅ、我々の知らないダンジョンときたか。さも“ダンジョンの何たるかを知っている”ような言い回しではないか」

「……」

 

 

 迂闊だったかと、フェルズは無言を決め込んでいる。もっとも、ここにきて「知らない」などと(しら)を切れば決裂は免れないために、事実は口にはできないが、ニュアンスだけは伝えるようだ。

 

 

「ダンジョン最下層の攻略。三大クエストの陰に隠れがちだが、それを成し遂げることが、ここオラリオで冒険者として活動している人々にとっては使命とも言えるだろう」

「……ダンジョンの最下層、そこに何があると言う」

「結ばれた誓約……そして、決着だ」

 

 

 その返答。タカヒロはつまるところ、少なくとも目の前のアンデッドは内容を知っていると判断した。その誓約が自分とは関係なく、誰と誰の間で結ばれたかは明らかにされていないが、ワケありということだろう。

 

 

 ――――君の前に現れた謎めいた人物は、自らを特使と名乗り、君を新たな世界へと(いざな)うだろう。

 ――――遥か昔に栄華を誇りながら、滅亡と共に忘れ去られた神が力を強め、今も世界に破滅を招こうとしているのだ。

 ――――そして、その悪行を止める為に。その地で、君の助力を必要としている者達が居る。

 

 

 夢に出てきた、お告げのような内容。どこかで聞いたことのあるフレーズながらも、内容としては、この魔術師(メイジ)との接触から始まる物語であることは伺える。ここにきて、24階層でオリヴァスが口走っていたことが理解できた。

 

――――ならば自分がオラリオに来たのは、この野望を阻止するためか。

 

 そうなのかと心境において問いを投げるも、かつてやるべき事を示してくれたクエスト画面は無言を決め込んでいる。存在する全てを解決したが故に随分と前から真っ新な状態ながら、此度においても変化がなかった。

 故に、決定するのは青年自身となる。オラリオの破壊を目論むと主張する“闇派閥”に対してどのように向かうかは、己の選択に委ねられていた。

 

 出てくる敵が己の実力を試すのに相応しいかは分からないが、新たな冒険における先々にて棒立ちで終わったことなど、今に始まったことではない。とりあえず話程度は聞いてやるかと思うも、気になるところが1つある。

 

 

「一応確認するが、報酬とは何になる」

「成功となれば弾もう。希望があり、こちらが用意できる物ならば用意させて頂く。これは一例だが、希少な素材、多大な金貨、宝石、“目もくらむような装備”。種類は異なるが、第一級冒険者が得るような物すらも凌ぐ報酬を約束する」

「装備で」

 

 

 先ほどの葛藤はどこへやら、即答であった。

 

 

「……なるほど、承知した」

「二言は無いな?」

「あ、ああ」

 

 

 タカヒロ、このやりとりで受諾を決意。ヘスティアへの相談も必要かとは思っているが、報酬の中にあった1つの項目により、やる気は急上昇の真っ最中だ。

 内容は2つ。オラリオの水面下で暗躍する者の討伐と、ダンジョン内部のイレギュラーの対応。どちらも、普通に考えれば決して簡単ではない内容だ。

 

 とはいえ、無茶な要求など慣れたものである。かつての地において最初に受けたクエストが「なまくらの剣と盾をやる。単身でゾンビ共の墓に乗り込んでボスを殺してこい」という内容だっただけに、それから比べれば随分と生易しい。

 

 

「強靭な戦士よ、協力に感謝する。後日、君の主神と共に、会って頂きたい人物の下へ案内させて頂く。連絡は追って必ず」

「そうか、いいだろう」

 

 

 話を終えた双方は共に踵を返し、片方は闇へと消えてゆく。新たな展開を見せる物語がどう動くかは、それこそ神々にも分からない。

 




ソロでの無茶振りクエストはGrimDawnの日常。


■前話まで戦闘パートだったけど、タカヒロは受けたダメージをどうやって回復してるの?
 ⇒16話後書きより、突っ立っていると毎秒385.93のヘルスを回復する。この数値は全ヘルスの1.99%であり、活力による影響は考えないものとした場合、51秒待てば自然に全回復。
  +下記参照。(%表記の場合は最大ヘルスに対する割合)

■装備キチが使用できる回復スキルについて(トグルバフに付属する回復を除く)

スキルリチャージ時間:発動してから再使用可能になるまでの時間:スキル名
 ⇒基本効果

A、15秒:22秒:レジリエンス
 ⇒ヘルスが66%を下回った時に自動発動。5(装備メダルの効果で+2秒間)秒間、治癒能力向上+31%、物理耐性+11%、最大全体性+5%。

B、20秒:30秒:メンヒルの意思
 ⇒ヘルスが33%を下回った時に自動発動。47%のヘルスを即時回復し、更に10秒間で(装備キチの場合)10%程のヘルスを回復する。

C、24秒:34秒:オーバーガード
 ⇒10秒間、ヘルス再生量増加+95%。また、装備メダル“イクリックス スケイル”の効果により、発動時に12%のヘルスを即時回復する。

D、3.2秒:3.2秒:?????の祝福
 ⇒約12%のヘルスを即時回復する。攻撃時33%の確率で発動する、とある星座の恩恵。

E、12秒:12秒:????????
 ⇒約14%のヘルスを即時回復し、ヘルス回復の基礎値+180/s、ヘルス再生効果+60%が8秒間継続。とある星座の恩恵で被打時25%の確率で発動する“半径15mの味方に効果がある範囲スキル”、その他、説明文において強力な効能有り。

F、12秒:12秒:ケアン産ポーション
 ⇒約30%のヘルスを即時回復し、更に最大ヘルスの25%を持続的に回復する。ベル君が気絶した時に使用した代物。

G:装備効果により、攻撃ダメージの9%をヘルスに変換できる。回復量は敵が持っている“ライフ吸収耐性”に左右されるが、“治癒効果向上”(トグルバフにより常に+33%、最大50%程)の効果を受ける。


まとめ:
 ヘルスが33%を下回った際、BとFの2種類だけで30秒おきに77%のヘルスを一瞬で回復できる。つまり自然回復を無視しても30秒おきに全回復。
 本作においては、今のところGの影響で被ダメ分を全回復している感じですね。


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55話 報告と考察

一方そのころロキ・ファミリア。戦闘続きだったので今回も平和です


 3人が24階層から帰還した翌日、場所はロキ・ファミリアのホームである黄昏の館。無傷で生還したリヴェリアとは違って小傷が目立ったアイズも昨日の夜間に治療を受け傷を治し、ひと眠りしたことでマインドの大半を回復した。

 流石に今日はベルとの鍛錬は行われず、朝から1日かけて静養という名の仕事に徹することとなる。流石に暇を極めたために、珍しく一人なリヴェリアの事務仕事を背中から覗き込むも、僅か数秒で頭痛が発生して戦線離脱。この時ばかりは、耐異常という名の発展アビリティは仕事をしないらしい。

 

 それでも、状況の報告程度は行える。昼過ぎに、当事者であるリヴェリアと共にフィンの執務室に呼び出され、ガレス、ロキの5人で報告会が行われた。

 執務椅子に座るフィン、執務“机”に座るロキ。壁に寄りかかるリヴェリア、その横で両手を前にして立つアイズ。部屋の真ん中付近でしゃがんで両腕を膝に乗せているガレスと、普段と変わりない様相だ。

 

 他の幹部が居ない点については、内容が内容であるがため。アイズの事をアリアと呼ぶ赤髪のテイマーであるレヴィス、モンスターに寄生する謎の宝玉など、同じファミリアの者が相手でも公に出来ないことばかりであるためだ。

 アイズが抱えている秘密については知っている3人+主神だが、逆に、それ以外の者は誰も、かつ何も知らない。アリアとはアイズの母の名前であるのだが、既に“死別となっている”。つまりレヴィスはアイズの過去を知る者であるために、何者なのだと全員が警戒を抱いているのだ。

 

 そして、何故か24階層に駆り出されていたヘルメス・ファミリアにも配慮がなされている。こちらはアイズが説明をしており、ランクアップ隠しが露呈してしまい半ば強制的なミッションだったというのだから災難だろう。

 どこぞのペアが来なければ、間違いなく死者が出ていた状況だ。もっとも今の段階で、秘密を知ったならばアレコレ使う神に秘密を知られてしまったのだが、ヘルメスの運命やいかに。

 

 そんな24階層においてレヴィスが口にしていたこと、オリヴァスが口にしていたことは漏れなく場の全員に伝えられ、オラリオの崩壊を目論む者がいる事実が明るみになる。ロキは珍しく陽気な姿を捨て薄目を開き、考え事に(ふけ)る様相を見せている。

 

 

「オラリオの破壊、死の世界の再来やと?今度は何処の阿呆や、ナメとんなぁ……」

 

 

 あからさまだが、稀に見るほどの非常に不機嫌な様相だ。そして集った全員が同じ心境であり、口にこそ出さないが(いきどお)りを感じている。

 

 

「ああ。7年前と同じようにオラリオの破壊を目論む者が居るなら、絶対に阻止しなきゃいけない。それもあるけども……」

 

 

 ロキの表情につられるように、フィンは意味ありげに目を閉じて腕を組んだ。やがてその片方をパッと開くと視線をリヴェリアに向け、子供のような口調で抗議する。

 

 

「抜け駆けなんてズルいじゃないか、リヴェリア」

「ああ、まったくじゃ。知っていたら、地下水道など放り出して向かっていたわい」

 

 

 報告に対し、返されたのは予想外の反応であった。少しだけ大きく目を開き、いつも口にしている「なにっ?」との言葉で反応してしまうリヴェリアだが、同期の二人からは物言いたげな目線が向けられている。

 ロキも表情が戻っており、アイズと共に疑問符を浮かべて二人して目を合わせている。いったい何がズルいのかと、ロキは普段の調子で言葉を掛けたが、反応は予想外のモノだった。

 

 フィンとガレスの二人とも24階層での騒動については大変だったなと思っているし、地下水道の調査も(ないがし)ろにする気は無い。かつての鍛錬場で目にした狡猾さを間近で見ることができたリヴェリアに対し、単純に羨ましいと拗ねているのだ。

 ベル・クラネルを招待した時にすら一度しか見せてくれなかった、彼が持ち得る強さの神髄、と思える程に高いレベルの小手先の技術。それを連続で使った戦いが見れるなど、文字通り“特等席”にも程があるのだから無理もないだろう。

 

 

「お前さんらホント、タカヒロはんのこと気に入っとんな……」

「一回りも二回りも強くなれそうな参考書が目の前にあるんだ、必死にもなるよ」

「まったくじゃ。嗚呼、しかし魔導士には関係のない技術じゃの」

「なんだと?」

「いちいち喧嘩すんなや、まったく!」

 

 

 3人ほぼ同じタイミングでレベル6になり、早数年。団長・副団長・実質的な副団長の立場にある3名は、ランクアップの壁にぶつかっていたのも事実である。

 加入時期においては後発組である、アイズに追い付かれているという現状も知らずと焦りとして出ているのだろう。特に、同胞の道標となるべく藻掻くフィンとしては、その気が強い傾向にある。

 

 追いつく前にレベル8の領域へと行ってしまった、フレイヤ・ファミリアの猪人にも影響されているはずだ。事実、フィンはオッタルと秘密裏に出会って、どうやってレベル8になることができたのかを聞いている程。

 結果としては、「上を見ることができた」と非常にはぐらかされた格好だ。非公式ながらどこかの階層主でも倒したのだろうかと推察するも、具体的なビジョンは何も見えない。

 

 

「彼……レベル、いくつなんだろうね」

「赤髪の、テイマーは……レベル8って、言ってたよ」

「まぁ、模擬戦とはいえフィンがあしらわれる程じゃしの。妥当じゃな」

 

 

 自然と、そのような言葉が漏れてしまう。この疑問についてはアイズも同意しており、助けられた光景が脳裏に蘇った。

 自分が放つ突進による攻撃よりも強い、赤髪のテイマーによる突進攻撃。その一撃に対して、突進によって逆方向へと弾き飛ばせる程の戦闘能力。レヴィスが青年の事をレベル8と叫んだ点についても、あまり違和感がないのが現状だ。

 

 

「推定レベル8かー。ホンマなら、オラリオの勢力図が一変するで」

 

 

 ロキが言うように、もしも本当にそうならば、猛者オッタルと並ぶオラリオにおける最強格。実際に打ちあったワケではないアイズとリヴェリアだが、レベル7、レベル8でも不思議ではないとの感想を残している。

 ロキから見た青年の印象は疑問だらけなものの、俗に言う悪人とは思えない。それでも、ここ最近において立て続けに発生しているイレギュラー群と同時期に出てきたタカヒロという存在に対し、やはり警戒心を抱いてしまう。

 

 トロイの木馬というわけではないが、内部の情報を得たりするために、ロキ・ファミリアに近づいたとも読み取れるからだ。そこまで考えて、彼がヘスティア・ファミリアの所属だったことを思い出す。

 ならば、一連の騒動の首謀として彼が絡んでいることはあり得ない。ヘスティアとは仲が良くないロキだが、ヘスティアが善神であることは、ロキ自身が誰よりもよく知っている。

 

 故に、謎が深まっただけだった。悩むような動作が一際強くなり、立ったままながらも、背中は弓のようにしなって柔軟さを求めている。

 地上へと降りてきたのはごく最近であるヘスティアが、どのようなルートで、そのような眷属を得ているのか。また、彼は何故、零細であるヘスティア・ファミリアに所属しているのか。文字通り、謎はまだまだ沢山ある。

 

 

 

 

「で、その時にだな……」

 

 

 一方の眷属たちは、タカヒロが初めて見せた本格的な戦いについて検証していた。少しでも参考になるところがあるならばと、フィンとガレスは、何故か少し誇らしげなリヴェリアから細部にわたって聞き出している。

 群れて襲ってきた食人花(ヴィオラス)の一部を倒しきらず、その巨体を利用して他の食人花(ヴィオラス)の進路を邪魔し時間を稼ぐ手法。フィンの槍の時のように相手の突進の進路を変えてしまい、自身が攻撃する範囲を限定する手法。自爆特攻を見せる死兵に対しても、盾を使って冷静な処理ができていた。

 

 盾と呼ばれる武具は、基本として防御に使われる。相手の攻撃を盾に直撃させ防ぐ運用を行っている者が100パーセントであるオラリオにおいて、リヴェリアが目にした運用、つまるところ攻撃方法は異端と言っていいだろう。

 2枚の盾を使い攻撃も防御も行う光景を耳にし、同じ盾職であるガレスは疑問符しか浮かばない。盾に直撃させず受け流しのような運用をすることならばまだわかるが、盾を構えると自然と視界が遮られるために、それもまた非常に難易度の高い技術だ。

 

 

 そしてリヴェリアにとって最も大きな印象は、やはりオリヴァスの一撃を防いだ時だろう。昨夜も就寝の際に光景が脳裏に浮かび、自然と薄笑みが漏れた程だ。

 己が抱いた信頼に対して見事に応えてくれたことが一番に嬉しいのだが、その事が口に出されることは無い。詠唱そっちのけで視線で追いたくなるような気持が芽生えた程ながらも、当時においては自分の仕事をこなしている。

 

 そんな彼女は、目の前で起こった一瞬の光景を説明する。ベート程の攻撃力による打撃を容易く防ぎ、破綻する様子は欠片もない。

 そして怪物祭において対峙した食人花(ヴィオラス)の時と同じく、相手に明らかなダメージが見受けられる。此度の場合は、盾を攻撃したオリヴァスの右肩から先が消し飛んだ状況だ。

 

 

「彼が持っている盾を攻撃した敵、その腕が吹き飛ぶ、か……。理屈は不明だけれど、以前、怪物祭の時にアイズが口にしていた内容とも合致するね」

「うん……私は見てないけど、たぶん、同じかな」

「それも持ち得る技の一つじゃろうか。便利なものじゃ、ワシも使いたいわい」

 

 

 それって呪詛(カース)の類なんかなと呟き疑問符を浮かべているロキだが、呪詛(カース)を使える者など極一部であるために答えが出ることは無いだろう。そのために、あの盾そのものが呪詛(カース)を帯びていると仮定した。

 しかしながら盾そのものが呪詛(カース)を持っているならば、怪物祭の時においてアイズが叩いた際に、最低でもダメージが発生していなければならない。確率による発動だとしても相当な回数を殴っていたアイズに対して不発となると、呪詛(カース)とも考えにくい。

 

 更には遠目に見ていたリヴェリアが発した言葉で、疑問符は輪をかけて大きくなる。盾ではない場所に突撃した食人花(ヴィオラス)も、また似たような結果となっていたために、盾以外の被弾でも発動していた可能性が高まったのだ。

 全員揃って、かつてのベート事件を思い出す。あの時も“殴りかかった”ベートが吹き飛び、青年は殴ったような姿勢でもなければ盾を持っていなかった。随分と威力が異なるが、同じものではないかとリヴェリアは推察し口にしている。

 

 

 実のところ、この場合は前者が“物理をメインとした報復ダメージ”(近接攻撃者に対する強制ダメージ)。一方のベート事件は“カウンター ストライク”(確率発動のカウンター攻撃)がメインであるために、厳密には別物となる。別物であるために同時に発動することもあるのだが、その点はご愛敬だ。

 もっとも、事情を知らない者が傍から見れば同じモノに見えたとしても仕方がない。どちらもタカヒロに対する攻撃において発動し盾の有無は関係が無いために、リヴェリアの推察は正解と言って良いだろう。

 

 とはいえ、謎々大好きなロキからすれば、突破口のない、というよりは文字通り訳の分からない謎などストレスでしかない。そのために、無茶を承知でリヴェリアに無理難題をふっかける。

 

 

「せやリヴェリア、いっそ答えを聞いてみてくれへん?」

「そうだね、リヴェリアなら教えてくれるかもしれない」

「かつての様々な迷惑、救ってもらった団員の命、財務処理の手伝い。そのような者を相手に、“秘密を教えろ”とせがめと?」

 

 

 ですよねー。と言わんばかりに、アイズを除く三人が一斉に溜息を吐いた。まさに彼女の言う通り失礼に値してしまう内容であるが、彼女自身が二度にわたって背中から魔法をぶっ放している点については語られておらず、その点に関する評価は青年のみぞ知るところである。

 そしてアイズは、リヴェリアを見つめて少し首を傾げている。何か言いたいのかとリヴェリアが尋ねると、いつもの調子で言葉を発した。

 

 

「タカヒロさんなら……フィン達が教わりたがっている、技術も含めて……教えて、くれそうだけど」

 

 

 意外な内容に、全員がキョトンとした表情を示した。

 

 

「本当かい、アイズ」

「アイズたん、なんでそう思うんや?」

「あの人、優しいから」

 

 

 非常に珍しい薄笑みを浮かべて、アイズが答える。アイズが他人のことを褒めることもまた珍しいために、「ほー」と言わんばかりに、ロキは少し驚いた表情を見せた。

 そしてタカヒロ即ち仏頂面で生真面目極まりないと思っていたロキからすれば、予想外の感想だ。アイズが何かしら優しさを感じたことがあったのだろうと思うも、そこについてが口に出されることは無かった。

 

 18階層から帰る際、頭部に受けた優しい右手の感覚。一日経ってからも思い返せる心地良かった感触、リヴェリアやベルとはまた違った優しさを持つ手は、アイズに対してしっかりと伝わっていたのである。

 そしてロキとしては、アイズがそのような感想を抱くならば、いつも一緒に居るリヴェリアがどう思っているかが気にかかって仕方がない。此度は一泊とはならなかったものの、道中は二人きりだったために、興味本位で問いを投げた。

 

 

「にしてもリヴェリアぁ~。道中、そんなタカヒロはんと二人で動いとったんやろ~、なんか起こったんとちゃうん~?」

「あったぞ」

「あったんか!?」

 

 

 いつもの悪ノリでクネクネしながら問いを投げたロキだが、まさかの返答で素に逆戻り。何があったんやと言いながら詰め寄るが、デコピン一発で距離を取られている。

 ピクリとしてフィンも反応し、体勢はそのままなれど聞く耳を向けていた。なお、二人が考えている内容とは全くの別ものである。

 

 リヴェリアの口から出されたのは、18階層の酒場における内容だ。ロキ・ファミリアに対して罵倒の言葉が出された時、青年がとった行動と言葉の中身である。

 あの場で言葉を交わしたどちらが悪いではなく、18階層の酒場に居たのは、戦った者と戦いに挑む者。優劣なき事実を示しリヴェリアを罵倒から守った言葉の重みは、戦士ならば唸ってしまうものがある。

 

 知らなかったとはいえ、24階層で起こっていたモンスターの大移動。知っていたならば駆け付けたかったと、誰もが心に同じ気持ちを抱いた。

 それによる被害が如何なる程か少しずつ明るみに出ているために、思わず全員の表情が暗くなる。判明している犠牲者だけでも果たして最終的に何名になるか想像し、ガレスは苦虫を噛み潰し言葉を吐き捨てた。

 

 

 最低でも。ロキ・ファミリアにおいて、その結末は迎えてはならない。

 

 

 フィン、ガレス、リヴェリア、アイズ、ロキ。誰もが同じ答えに辿り着き、表情に力を入れ、各々の仕事へと戻っていく。

 

====

 

 ダンジョン、50階層。黒を基調とした棘のある特徴的なフルアーマーに身を包む青年は、珍しく少し息が上がっており、全身に薄っすらと汗をかいている。

 ベルも知らない、彼が行っている密かな鍛錬。その相手をしていた“2体のガーディアン”も既に送還されており、現在はタカヒロ一人だけが残っている状況だ。スキルも使用せず、報復がどうこうではなく単純な“攻撃能力”と“防御能力”を鍛えるその鍛錬は、非常に集中力を要するモノである。

 

 相手は二体。受けた攻撃が地面に直撃したならば、軽く(えぐ)ってしまう程の威力がある一撃であり、現に、地面のそこかしこが抉れている。

 それを、半径一歩程度の円形内部にてのみ動き処理する狡猾さ。捌ききれずに被打となる場合でもヘビーアーマーを装備する部位に当てることに徹しており、それらを非常に厳しい制限のなかでやってのけるという、密度の高い鍛錬だ。

 

 

 帰還前に一息つくかと、岩場に腰かけ目を瞑る。しばらく休むつもりだったのだが、昨日において行われた戦いが、脳裏に浮かんで離れない。

 青年にとっては、不思議な気持ちを抱いた戦い。当時においても相変わらず全力は示しておらず、程度としては今までと同じく欠伸をしながらでも勝てる相手だったが、いかんせん、己が抱いた心構えが雲泥だ。

 

 

 具体的に表現するならば、まるで、かつての装備の為に戦っていたかのよう。装備に関連しない戦い、鍛錬を除いた戦闘において、ここまで真面目に戦ったことなど本当に久々である。

 

 何故だろうかと、原因を考える。すると一か月ほど前に答えを貰った光景が思い浮かびあがり、今まで共に過ごした光景も脳裏に流れた。

 

 

 ダンジョン、24階層。リヴェリアとヘルメス・ファミリアを守るために、武器を掲げたこと。最後にはアイズへの一撃も防いだが、その点が影響されていることは無いだろう。

 先の2つ、果たしてどちらが優先だったかと言えば答えを取り出すことは容易く、当時の戦闘を思い出すだけで、フードの下に隠れる瞳に力がこもる。答えをくれた彼女のためならば、持ち得る技術を出すことは惜しくないと思えてしまうのだから不思議なものだ。

 

 

「……これも一つの、戦う理由か」

 

 

 なんともまぁ新しい感情だとフッと鼻で笑い、戦いを強いられる者は、新たに持ち得た理由を歓迎する。タカヒロはリフトを開くと、いつものオラリオの西区へと帰還するのであった。




■なんでヘビーアーマーの部位に当ててるの?
 ⇒51話の後書きにあるダメージ計算のうち、影響項目“装甲”について詳しく解説。

 51話では計算式を分かりやすくするために“ステータスに表示されているの装甲値”としたが、実際は一定の割合で下記の部位のいずれかにヒットする。
 計算には各部位の装甲値が用いられ、そして各部位には“吸収率”というものがあり、例えば胴の装甲値が1,000で吸収率が80%だった場合、削減できる物理ダメージは800となる。

 部位:被打率:装甲値とすると、装備キチの場合は
・頭 : 15 %:5316
・肩 : 15 %:4533
・胴 : 26 %:5884
・腕 : 12 %:3894
・脚 : 20 %:5884
・足 : 12 %:4550
 となり、スキルによって全部位の吸収率は100%を確保している。ステータス画面においては、これら数値の被打率を含めた期待値“5197”が、“装甲値”として表示されている。(16話比較で少し値が変わっていますがご了承ください)
 なお、ベルトについては攻撃を受けることはない。ベルトの装甲値はその他部位の装甲値に加算され、ベルトに装着する“コンポーネント”の“実数値”も含めて加算される。
 また、各種アクセサリー、スキルや非装備品(増強剤・コンポーネントなど)による装甲強化ボーナスは、全ての防具スロットに適応される。


 つまり、“エンチャント内容がいいから”という理由で“装甲値が低い防具”を付けていると、そこに攻撃がヒットした際には大ダメージを負う。
 ご覧の通り装備キチの場合は腕が弱点であり、ヘファイストスに依頼していたガントレットが“ヘビーアーマー”指定だったのも、この点が主な理由となる。
 ちなみに、今の装備では手と肩が“ライトアーマー”、特に手は基本装甲1061であり装甲値が低め。肩の装甲値は1333であるためにまだマシ。オリジナルとは違ってVRであるために、立ち回りでカバーしているという裏設定。

 なお、装甲値で削減できるのは“物理ダメージ”だけであり、持続ダメージの物理版である体内損傷ダメージは減らせない。物理耐性の場合はどちらも減衰できるが、この解説はまたいずれ。
 (51話後書きの一般ボスダメージ1.5万が流石に高すぎるためにスーパーボスに修正しました)



 ところで前話にて装備キチの回復スキルを紹介しましたが、GrimDawnにおける隠れスーパーボスの神様キャラガドラ君(敵)は、こんなパッシブスキルを持っています。
 あくまでパッシブだけですが、なんやこの厨スキル。

・常に発動(1つ除いて全部プラスです)
1090-1448 物理ダメージ
15% の確率で +10% 物理ダメージ
68% 全ダメージ
18% 物理ダメージ
-15% 物理ダメージ ←?
82% ヘルス
3092 装甲
35% ライフ吸収耐性
500% 睡眠耐性
500% マナ燃焼耐性
75% 反射ダメージ削減
98% ヘルス減少耐性
500% 気絶時間短縮
500% ノックダウン時間短縮
500% 凍結時間短縮
500% 石化時間短縮
500% 捕縛時間短縮
500% 精神支配時間短縮
500% 恐怖時間短縮
500% 混乱耐性
500% スキル妨害耐性
75% 挑発からの保護
100% 減速耐性
500 ヘルス再生 / 秒
ヘルス再生量増加 3000%
50% 総合速度(=攻撃・詠唱・移動速度)

・以下、ヘルスが50%を下回ったときに発動
60 秒 スキルリチャージ
500 秒 持続時間
+20% ダメージ修正総計(最終与ダメージ)
+40% ダメージ吸収(最終被ダメージ)
+20% 総合速度
+10% 攻撃速度
+15% スキルクールダウン短縮

これらに加えて強力なアクティブスキルを所持し、かつ各種属性の耐性はだいたい100%、物理耐性90%という、まさに隠しボス神様の名に相応しい程の“ぶっ壊れ”。
ちなみにですが、耐性を下げる攻撃もいくつかあるので、ダメージは(一応)与えることが出来ます。

なお、これらの各種耐性とダメージ吸収を突破して、棒立ちの回避行動無し、かつ5分かからず(ナーフ前の全盛期は3分かかりませんでした)葬り去る報復WLマジ報復WL。

こんなのが眷属となっているヘスティア様の胃や如何に。


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56話 暑くなってきた

いったい何が暑いんですかね(すっとぼけ)

それはさておき、全国的に突発的な豪雨となっているようです。
皆様、ご自愛くださいませ。


 24階層の一件から2日が経過した。最近のベルは専らアイズとの鍛錬を続けているが、頻度は少なけれど、タカヒロとの鍛錬も継続して行われているのが現状である。

 その時は基本としてアイズとの鍛錬で行った立ち回りの検討などとなっており、昔と違って内容としては易しいものだ。その分、アイズとの鍛錬が原因で特定のステイタスが急上昇しているのはご愛嬌である。

 

 レベル2へとランクアップしたとはいえ技術力が変わるわけではなく、ベルとタカヒロの鍛錬が終わるのはもう少し先の話になるだろう。この日は午前中の鍛錬を終えたのち、午後から例のサポーターとダンジョンに潜るようだ。青年の記憶が正しければ10日目であり、初回契約の最終日となっている。

 鍛錬としてはアイズがやってくる前に準備運動がてら軽いおさらいをしており、二人とタカヒロはそこで別れている。先日の一件があった故に、二人きりの方が良いかと、リヴェリアもタカヒロも気を利かせているというワケだ。

 

 ヘスティアは相変わらずのアルバイト家業中であり、青年はガントレットの作成待ちであるために自由の身。こちらは既に5日が経過しているのだが「未だどうにもならない」とはヘファイストスの弁であり、不安げな空気が漂いつつも延長戦となっているようだ。

 先日にエンカウントしたフェルズからの連絡も未だなく、こちらから連絡しようにも連絡先が不明である。この点に関してはそのうち事が進むだろうと、今のところはあまり深く考えていない。

 

 

 ということで、今日は彼女の教導もないためにやることがない。北にある秘密の訓練所から教会までは距離があるため鎧を着たまま市場へと赴き、掃除用具一式にティーバッグと簡単なお菓子を買って秘密基地へと足を向けた。距離の問題だけではなく、着替えるのが面倒というズボラでもある。

 秘密基地に足を向けた目的は、半月ほど前におけるサーキュレーターの制作過程で出た木くずや廃材を処理するため。放置してしまったゆえに綺麗とは言えない床の現状となっているために、試運転の名の下に楽しむには掃除が必須だろうと重い腰を上げた格好だ。

 

 流石にフードは外して作業をするらしい。モップ、ヨシ。ゴミ袋ヨシ、水inバケツ、ヨシと、自分自身の周囲の一通りを見回している。

 掃除機などという便利な代物は無いために、これまた原始的ながら至高の発明である掃除用具MOP(モップ)を水に漬け。その段階で、まずはガラクタをゴミ袋に仕舞う作業が先だったことに気づき、作業に入ろうとした時だった。

 

 

「――――む?」

 

 

 木製の扉が、規律が良いノックの音を響かせる。強さも響く音量も屋内に居る彼からすれば非常に適切であり、妙に品のあるように感じ取れた。

 

 とはいえ、訪ねてきたのが誰かが分からない。滅多に使わないこの家の事を知っているのは、ヘスティアとベルを除けば不動産会社ぐらいのものである。

 しかし、その二人ではない。ヘスティアはアルバイト中である上に、もしベルの予定が変わって来たならば、大きな声で訪れたことをアピールするはずだ。先ほどの洗練されたノックとも釣り合わないだろう。

 

 それでも、別にこの家が周りから見えなくなるようなステルス性能を備えているわけではない。訪問販売然り、誰かしらが訪れることもあるだろうとは思っていた。

 今開けるとの旨を声に出し、彼も入口へと歩いて行く。鍵を解除し扉を手前に引いて開き、少しだけ青年よりも背の低い緑髪の人物との対面と相成った。

 

 

「……」

「……」

 

 

 互いに真顔のまま、目と目が合う。やや下方に向いている仏頂面の漆黒の瞳が、やや上を向きつつも同じく仏頂面である彼女の翡翠の如き瞳と交わり、そこらへんの神をも上回る程の精細な顔立ちを間近で見る。

 まみえる高尚(こうしょう)さは普段と変わらず。肌きめ細やかで白いなー。睫毛長いなー。すっごい瞳キラキラしてるなー。髪の毛サラッサラだなー。男が抱いたのは、そんな程度の感想だ。

 

 そして数秒後。

 

 

 バタン・ガチャッ。

 

 

 このまま家に上げれば床の惨状を目にして、絶対にガミガミと説教垂れる。そんな結末が容易に想像できたタカヒロは、勢い良く、先の2つの音を連続して鳴り響かせたというわけだ。

 

 

「おい!」

 

 

 まさかの反応に対する、彼女の驚きの言葉もなんのその。青年は玄関先に誰も居なかったように扉を閉じ、鍵をかけて部屋へと戻った。掃除が自分を呼んでいると小言を口にしているが、只の言い訳に他ならない。

 

 そして相手方も、先ほどまでの品の良さはどこへやら。ドンドンと扉を叩く音が、徐々に強くなっている。

 それに混じって、何かしら声も聞こえている。念のために彼は少し玄関に近づくと、つい先日にも感じた気配と共に、とんでもない言葉が聞こえてきた。

 

 

「――――閉ざされる光、凍てつく大地」

「おい待て冗談じゃねぇぞ……!」

 

 

 つい先日の24階層での戦闘において彼女が見せた、氷魔法による攻撃を行うための詠唱であった。借り物件とはいえ、せっかくの隠れ家を氷塊にされては、たまったものではない。

 いや、それで済めば逆に万々歳であるだろう。暑くなってきている世間一般に対し、この家と周囲だけがイイカンジに氷河期に突入することは明白だ。

 

 でも家そのものが、間違いなく消し飛んじゃう。建て直しと言う名の、莫大な違約金が発生しちゃう。

 正直なところ金銭面の方はどうでもよく、工面することは容易だろう。しかしながら、不動産屋のブラックリストに登録されるのだけは御免被るというのが青年の心境だ。

 

 そんな危機感を抱くタカヒロだがドアを叩く音は続いているために、相手は並行詠唱を使ってコトの準備を進めているのだろう。見る者が見れば、文字通り、才能の無駄遣いに他ならない光景であった。

 とりあえず、止めさせる以外に道は無い。魔法の前に腕力でドアが吹き飛ぶ方が先ではないかと思える程に強くなってきたドアを叩く音を耳にしながら、彼は勢いよく鍵を解除して、流れるようなスムーズさを兼ね備えつつ、迅速に玄関扉を引き開いた。

 

 

「あっ――――」

「っ!?」

 

 

 威力を抑えるために、魔力を絞りに絞っていたとはいえ。詠唱していたリヴェリアからすれば、突然の事態である。

 勢いよく手を振り下ろした直後、叩きつける対象は手の届かない程に後方へと移動した。まさにピンポイントというタイミングで内側へと開け放たれた玄関ドアを叩くために乗せられた体重は、支えを見失って前へとつんのめり―――

 

 しかし、練り上げている魔力は止まらない。並行詠唱とは、炎の海の中を爆弾、彼女ほどの魔力ともなれば、引火性の燃料が入った樽を持って駆け回る程に危険な行為なのだ。

 

 そんな火薬庫まではいかない今回の詠唱だが、いくらか少量の火薬という魔力を乱れた集中力で扱ったならばどうなるか。他ならぬ彼女の授業で習った“魔力の爆発”が起こることを察知して、ウォーロードは床を蹴る。

 本来は対集団用の突進スキル、先の15階層において怪物の宴(モンスターパーティー)の波を真っ二つにした“堕ちし王の意志”でもって彼女の身体をかっさらい、一瞬にして軒先の更に先へ退避する。彼女は敵と判定していないために、スキル使用によるダメージは発生しないのはお約束だ。

 

 直後、暴発した氷魔法が玄関ドア及び周囲一帯を破壊した。魔力を絞っていた事だけは幸いし、玄関ドアの破損で済んだのは奇跡的と言えるだろう。

 

 

「……すまない。助かった」

「……」

 

 

――――(はしゃ)ぎ過ぎだ。小娘か君は。

 

 意外と素直に謝る彼女に対してそうでも言いたかった彼だが、流石に今回は溜息しか生まれない。右手でもって彼女の腰回りを抱えたままでいるのだが、そんな現状にも気づかない程に呆れている。

 一方の彼女はそんな状況に気づいており、顔を右に傾げてその手を見る。理由はさておき助けられたことは事実であり、かつ彼が回している手も、いやらしさは見られない。傍から他のエルフが見ればヒューマンがハイエルフに触れているという怒り心頭からの阿鼻叫喚の地獄絵図になる状況だが、誰も居ないためにセーフだろう。

 

 また相手の前で素直になれず、何かと一言を口にしたくなってしまうのは彼女も同じである。一応は感謝の言葉は口にしたものの相手は呆れており返答がないために、気になっていた2つ目のことを口にした。

 

 

「それにしても、この鎧の棘は何とかならんのか?棘の部分の圧迫具合が、コート越しでも分かるぞ」

「注文が多いな、生憎と棘はそこかしこにある。だったらこの格好にする、かっ!?」

「なあっ!?」

 

 

 一歩だけ後ろに下がったかと思えば、持ち得る筋力を発揮して右手だけで彼女の身体を仰向けになるように宙に浮かべる。そして左手は、膝の裏に手を入れて体勢を維持したわけだ。

 確かに、鎧についているトゲが当たることは無いだろう。とはいえ逆に、そんな程度の事は、どうでもよくなってしまうような状況へと変化した。一瞬の出来事により、レベル6とて反応するスキが無い。

 

 説明をする必要があるだろうか。俗に言う“お姫様だっこ”、なお彼女にとっては初体験である。

 目を見開きつつ思わず両脇と肘を畳んだリヴェリアだが、それこそ若い女性がやるような仕草をしていると自覚したが故に恥ずかしさは一入だ。一方でフードの下から見える彼の表情に感情は無く、何を考えているのかは読み取れない。

 

 彼の表情や感情はさておき、こんな状態で誰かしらの他人、特に知人と遭遇したらどうなるか。それはもう彼女が持つ羞恥心がバーサーカーになることこの上なく、下手をしたら酒を飲んだアイズのように何を仕出かすか分からない。先程までに見せている乙女な反応はどこへやら、間違いなくナインヘルとして暴走を始めるだろう。

 しかしながら、実際はオーバーヒートにて行動を停止することとなる。視線を逸らし、か弱い声で「下ろしてくれ」と抵抗する彼女の対応にドキっとしたタカヒロは、調子に乗ったことを一言詫びると彼女を降ろした。

 

 

 なお、勢いで青年がやっちまったこの対応。やった本人も、最後にはフードの下で頬を少し赤らめ恥ずかしがっていたのはご愛敬である。

 

=====

 

 

「……で。君は、こんなところで何をしているのだ」

 

 

 まだ、うっすらと頬が高揚しているような気がする若干半目なハイエルフ。余っていた廃材を打ち付けて応急処置的に玄関ドアを直したタカヒロと共に、二人はリビング―――らしき部屋に入って、彼女は引かれた椅子に腰かけ口を開いた。

 一方の彼は椅子を引き終えるとゴチャゴチャとした床を簡易的に片づけており、ガチャガチャとした金属音や木材同士が当たる音が響いている。なお、そこには彼の着る鎧が発する音も含まれているのはご愛敬と言ったところ。もはや、どちらの音か分からない。

 

 

「見ての通り、後片付けと掃除さ。作りたかったモノが無事に出来上がってね。季節的には少し早いが、是非とも堪能しようかと」

 

 

 その言葉と共にテーブルの上を指さす先には、四角い箱のようなもの。料理の煙を屋外に逃がす煙突に似ている。

 というのが、彼女が抱いた率直な感想である。何に使うのかサッパリ分からず、顔の位置を動かして様々な角度と距離から眺めていた。

 

 

「で。リヴェリアこそ、なにか自分に用事でもあったのか?」

「ん……いや、大したことではない。ゴミを入れる袋を抱えて歩いていたところを偶然にも見かけてな。鍛錬に付き合わないとなると、何を始めるのかと気になっただけだ。まさか、こんな家を買っていたとはな」

「買ったのではない、半月ほど前から一年間の借家となっている。早速だが誰かさんに壊されたせいで、違約金モノだ」

「……」

 

 

 相変わらずタカヒロは煽る言葉を残し、モップの水をきって床を拭く。もともと方向を変えるギアの作成については屋外で行っていたために、木くずも僅かなものとなっていた。

 口をへの字に曲げるリヴェリアだが、毎度の如く事実であるために言い返せない。いくら出会い頭に鍵を掛けられたところで、街中で魔法をぶっぱなす理由にはならないのは当然のことだろう。

 

 物言いたげな目線を彼に向けているうちに、簡易的な掃除は終了する。モップは洗えば再利用できるために台所に、ゴミ袋は部屋の片隅に留置された。捨てる気になるまで、更に数日を要する奴である。

 その後、清掃終了後に楽しもうと事前に淹れていたアイスティーを、買ってきた焼き菓子と共にテーブルに並べている。カップが適当なのは許してくれと口にするタカヒロに対しお茶の礼を述べるリヴェリアだが、ともかく目の前の装置が気になって仕方ない。

 

 

「ところでタカヒロ。なんなのだ、これは」

「さっきも言ったけど、自分が作った便利品だよ。名づけるならサーキュレーターと言ったところか。これを左右に動かせば向きの変更。で、ここに加工された魔石を置くと……」

 

 

 ブオッ、という空洞内で空気が動く独特の音と共に風が生まれる。微風より強い程度ながらも、安らかな心地良い風を生み出していた。

 目を開いて感動した表情を浮かべるリヴェリアは、目の前で動いているコレがいかに偉大な発明かを瞬時にして感じ取った。夏場に苦労する暑さも冷却用に加工された魔石で乗り切るのが普通だが、自然と共に暮らしてきたエルフからすれば、“風”を生むこの装置の重要さは語るまでも無いだろう。

 

 ――――エアリエルがある?死ねるのでやめましょう。

 

 十数秒サーキュレーターを眺めて開発者の顔を見るも、既に目線は机の上。本人の前にある紙に何かしらを書き込んでおり、彼女も横から覗き込むが内容はサッパリわからない。そのために、椅子1つ分の隙間を挟んで隣にある座席に腰かけた。

 

 サーキュレーターの吹き出し口は二人の間を向いているため、互いに風は微かに当たる程度となっている。それでも無風の時から比べれば快適度合いは段違いであり、爽やかさが生まれるには最低限のラインはクリアしている。

 しかしそうなると、マトモに当たればどうなるか気になるのが未経験者というものだ。加えて日頃の言い合いに負けている彼女は、誇りなんぞ投げ捨てて、とある行動を選択する。

 

 ぐいっ。

 

 リヴェリアはサーキュレーターの土台に手を掛け、自分に一番風が当たるようにその向きを変えてしまう。タカヒロの物言いたげな視線によって無言の抗議を受けるも何のその。むしろ何故か、誇らし気にバッグから本を取り出している始末である。

 

 ぐいっ。

 

 当然と言えば当然だが、青年によってサーキュレーターの向きは戻された。それを予測していた彼女は、相手の手が引っ込んだことを確認すると、再び先ほどの行動に出る。

 

 ぐいっ。

 

 

「いつっ」

 

 

 中々のドヤ顔で子供の悪戯のようなことを繰り返した手の甲に、跡も残らなければ痛みもあまり感じない物凄く弱いデコピンが放たれた。まさかの一撃に、彼女はポカンとした表情を浮かべている。

 

 ぐいっ。

 

 そもそもコレは自分のモノだ。と言いたげに、青年はサーキュレーターの向きを中央に戻す。気持ち、最初の状態よりも自分向きだ。さらさらと流れていた緑の髪が肌につき、先のデコピンもあって彼女は口をへの字に曲げている。

 リヴェリアが向ける物言いたげなジト目による無言の抗議を受けるも、メンヒルの防壁は揺るがない。何事もなかったかのように、記した計算式を見て唸っているだけだ。

 

 直後。ガタッ。と、椅子が動かされる音がした。

 

 左方より感じる他人の息吹。彼が座る場所のすぐ横に椅子を移動させたリヴェリアは、そのまま椅子に腰かけ携帯していた本を読み始めたのである。

 互いの距離はほとんどなく、少し大きめに腕を動かせば相手に当たってしまうだろう。ピッタリ揃って机に向き合うわけではなく少しだけ斜め方向になっている椅子の向きが、逆に“いい味”を出している。

 

 そんな状況ながらも、今のタカヒロは計算式を組み進めることに夢中であるために反応は無い。一度だけ目線を向けるも何事も無かったかのように視線を戻し、少しだけサーキュレーターの向きを彼女に向ける。そして、何かの数値を書き込んでは斜線で消したりの繰り返しを再開した。

 

=====

 

 

「ベル、大丈夫……?」

「あ、はい、大丈夫で、す……」

 

 

 北区にある、西区へと続く裏路地のような移動通路。二人きりということで例によってテンションの上がった少女に打ち負けた少年ベル・クラネルは、アイズの肩を借りて路地を進んでいた。

 密着状態にあるとはいえ、心を占める嬉しさは3割程度。逆に情けなさが7割ほどを占めており、以前のようにボロボロにはなっていないものの、完膚なきまでに負けてしまった自分を嘆いている。

 

 ともかく現状ではバテバテであり、ゼンマイが切れる寸前のカラクリ人形の様相。午後はダンジョンに潜るためにどこかで休む必要があると判断し、最も近くて人気のない己の師の隠れ家へと向かっているところである。

 心のどこかで永遠に続いて欲しいなと思っていたアイズの介護も、道半ばで終わることとなる。レベル2になって(アミュレットを装着して)から随分と体力の回復が早くなったと感じている少年は、アイズと並んで雑談交じりに残りの道を進んでいた。

 

 やがて見えてくる、ポツンと孤立した小さな一軒家。他ならぬ己の師の隠れ家であり、ベルも何度かお邪魔したことがある場所であるものの、いつもと様子が違っていた。

 理由は不明なれど玄関ドアとその周囲は非常に傷んでおり、何かあったのかと窓から中の様子を(うかが)う。建物を建てる際に基礎で嵩上げをするという概念がなく屋外と屋内の床がほぼ同じ高さとなっているこの世界においては、少年程度の背丈でも窓から中の様子を覗き込むことは可能なのだ。

 

 しかし、1秒ほど覗いただけですぐに窓から離れてしまう。何かあったのかと可愛らしく首をかしげるアイズに、少年は苦笑しながら返事をした。

 

 

「いやー、その……ちょっと、近寄りづらくて……」

「……?」

 

 

 ベルの背中越しに覗き込む彼女の目に、寄り添う二人の姿が飛び込んでくる。室内だというのに不思議と互いの髪が微かに揺れているが、そんなことは気にならない。

 

 優しく透き通るような時間が、それこそ恋人が寄り添うかのような穏やかな空気がそこにある。

 一緒に居て当然、近くに居て当然。それが必然であり自然体でもあるかのような雰囲気が、外から見ていても分かる程に強く在った。

 

 

「あんな感じなんです。やっぱりあのお二人、仲が良いですよね」

「うん……驚いた。リヴェリアが、あそこまで……男の人とくっついてるなんて、初めて見る。良い、雰囲気だね」

 

 

――――でもそんなの関係ねぇ。

 

 とでも言わんかの如く、アイズは扉へと足を運んでいた。てっきり良い雰囲気のためにしばらくそっとするのかと思えば、言動の不一致に動揺する少年である。

 あくまで彼女は、休憩を取るというベルの用事を済ませるために優先して行動をしているのだ。なぜだか非常に傷ついており取って作られたようなドアである点は不思議に思うも、特別気にすることなくノックしている。

 

 数秒程してタカヒロがドアを開き、アイズとベルを出迎える。そして必然的にサーキュレーターの説明を行っており、来客の二人は文明開化の代物にすっかり虜となっていた。リヴェリアのポジションはそのままに開発者のタカヒロが追い出され、アイズが席に着き、その後ろからベルが堪能したのは必然である。

 風の当たらない位置に追い出されて不貞腐れた反応を見せるタカヒロを、リヴェリアがいつもの口調で宥めるという構図が発生しており、タカヒロは「2つ目作るかー」と呑気なことを呟いた。それに対しアイズが間髪入れずに「3つ目も!」と要求するなど、和やかな場面となっている。

 

 

 しばらくして昼も手前となり、そろそろダンジョンへ向かうとベルが切り出し、この団欒も仕舞いとなる。階層は違えどアイズもダンジョンへ行くようであり、タカヒロとリヴェリアは玄関にて、二人の背中を見守りつつ送り出すのであった。

 




普段はオトナなのに、二人になると羽目を外すギャップ

だいすき



さて、平和パートも一区切り。
次回から数話、とある人物のパートになります。
誰の話かは、この話にヒントがありますのでお楽しみに!




P.S.
10点評価を頂いた事が嬉しくてホイホイ投稿しちゃうガバガバ投稿スケジュール()
ストックの貯蔵は十分か?(白目)


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57話 闇を照らす光

あ…ありのまま、今日、起こった事を話すぜ!
「昨夜、評価者数が500に達して喜んで就寝して出社・退社し57話を投稿するためにPCを開いたら、いつのまにか一番左の数値が6になっていた」
お礼を述べなきゃいけないとか、そんなチャチなもんで済む程のモノじゃあ断じてねぇ……嬉死の鱗片を味わったぜ……


*本文にて、感情面の独自解釈が入ります


 ――――ダンジョンとは基本として、数名でパーティーを組んで潜るもの。

 ベル・クラネルがそのような話を冒険者アドバイザーのエイナ・チュールから聞いたのは、冒険者登録をした初日の事。今となっては、少し昔の話となってしまった。

 

 冒険者となった最初のうちはソロという事もあるだろうし、零細ファミリアならば、暫くソロで過ごすことも珍しくはない。しかし“新米殺し”と名高いウォーシャドーが6階層から出現するために、その頃となれば、二人でのパーティーを組むのが常套だ。

 もっとも、そんな常識もベル・クラネルには当てはまらない。まさに飛躍の成長を遂げる彼は、レベル2になっても、来る日も来る日も単独戦力にて8階層付近をウロウロしていた過去がある。

 

 

 そんな少年も、現在はパーティーを組んでいる。少年が“売り込み”を買って、はや10日。本日は10日間となっていた契約の最終日であり、正午を少し過ぎた付近から二人はダンジョンへと赴いていた。

 パーティーの相手は、売り込みを行ってきたパルゥムの少女、サポーター職のリリルカ・アーデ。終始安定した様子でベルが倒したモンスターを、“ベルの指示を受けて”リリルカが処理する光景は、もはや日常の一部と言っていいだろう。

 

 同時に、僅か10日間ながらも様々な話をした。陽気な話もあれば眉が下がる話など、内容も様々なものがある。

 それらの中でも特に、互いのファミリアに関する話が後者である。ベルが口にする内容は、やはりリリルカには眩しく、逆にリリルカが語るソーマ・ファミリアの惨状は、ベルにとっては耳にするだけで彼女の苦悩を感じ取ってしまう程。

 

 互いに、違った意味で眉が伏せられているのだ。それでもベルは、親身になって彼女の悩みを聞き続けた。

 そんなベルの姿に対し、リリルカも、少しだけだが心を開いている。ベルに対して「“リリ”との略称で呼び捨てて」と声を発したところが、一番の転換点だろう。

 

 しかしダンジョンの闇はいつもと変わらず、まるで少女が抱える心の影を映すかのよう。少女が歩みたいと夢見ている道もまた、その深い闇に閉ざされており、目を凝らしても見つからない。

 いくらか胸の内を曝け出し、少しは楽になったような気を覚えている。もっとも現状は何も変わっていないのだが、それでも彼女にとっては、僅かながら心安らぐ要因の1つとなっており――――

 

 

「どうしてリリは……そんな過酷な環境から逃げ出さずに、冒険を続けてるの?」

 

 

 そこへ更に、一筋の光という名のメスが入れられた。少しばかり少女を傷つけてしまうものの、怪我を治すためには必要なモノ。

 ベルが発したのは少女を心配する言葉なれど、今の彼女にとっては禁句だった。せっかく楽しくなりかけていた二人のパーティーだというのに辛い記憶を呼び起こされ、文字通り冷や水を掛けられた格好なのだから無理もない。

 

 思わず、歯を強く噛んでしまう。ギリッとした音が骨を伝い音となって脳に届くも、込められた力は戻りそうにない。

 

 

「なんで……なんで今更、そんなことを聞くんです」

「リリが話をしてくれて、気づいたんだ。……昔の僕とリリは、同じなんだって」

 

 

 サポーター故に上手(うわて)に出ることがなかった彼女の、感情のスイッチが入ってしまう。わかるはずがないと、目の前の相手に対して決めつけた。

 己はレベル1のサポーター、相手はレコードホルダーであるレベル2の冒険者。リリルカ・アーデの気持ちなどわかるはずがないと、歯を食いしばって睨みつけた。

 

 

「何が同じだって言うんです……ランクアップのレコードホルダーに、一人で何でもできるベル様に、リリの悲しみなんて分かる訳」

「悔しかったんだよね。力が無くて、そいつらに立ち向かえないことが」

「っ……!」

 

 

 その言葉で表情から力が抜け、栗色の瞳が大きく見開く。自分自身でもよく分からなかった、怒りや悲しさに似た感情の真相を口にされ、何も言い返すことができなかった。

 

 発言者である深紅の瞳もまた、力なく伏せられる。かつて酒場において右肩に置かれた左手の重みを思い出し、その重みを再び実感している格好だ。もし師が居らずあの状況を迎えていたならば自分とてこうなってしまったのだろうと思うと、再度、その者の大きさを痛感した。

 故に、目の前の少女が置かれている心境が、ある程度は理解できてしまう。かつてベル・クラネルも通った、成長するために必要な棘の道だ。

 

 会話を遮ったベルは、「僕も最初はそうだった」と、どこか懐かしむように口にする。コボルト一匹を倒して、主神やアドバイザーに喜んで報告していた頃も含め、自分のこれまでを簡潔に呟いた。

 最初から、格上のモンスターを倒せていた訳じゃない。冒険者になってすぐ出会った師の教え。実戦よりも遥かに辛かった鍛錬を、死に物狂いで続けてきた。

 

 辛かったけれど、師の言葉を信じて頑張ったこと。絶対的な力なんて無くたって、ある程度までは立ち向かえるんだと、他ならぬ師が教えてくれたこと。

 最初のうちこそ本当に力が付いているのか半信半疑だったものの、とあるレベル6の剣士が驚いて喜んでくれたことが嬉しかった。そして、ミノタウロスの強化種を倒せたことで確信を持てた。

 

 

「リリが思った悔しさ……怒りとか、そういうのに似た感情も」

「じゃぁ、誰が教えてくれるって言うんですか!リリにはベル様みたいに、師匠になってくれるような立派な人はどこにも居ません!!」

 

 

 今度は彼女が話を遮り、表情に力を入れて声を荒げる。目じりがうっすらと滲んでいるのは、ベルの見間違いではないだろう。

 少年の立場をうらやましく思う、そんな反面。自分には絶対にありえない、しかし最も望んだ環境だからこそ、声を強げて反発してしまう。

 

 

 ――――何度、そんな環境を夢見た事だろう。役立たずと罵られること無く、絶対的な力が無いなら無いで、サポーターとして活躍したかった。

 一緒に居てくれる人が、グループが欲しかった。ただ命令されたことを熟すだけの遣い走りではなく、一緒に居てくれる仲間のために、己ができることを駆使して戦いたかった。

 

 文字通り酒に魅了され、我が子を他人当然に扱かってきた両親と、己は違う。愛情も、心配すらも欠片も見せなかった“奴等”とは違う。

 そう自分に言い聞かせ、今日の今日までを何とかして生きてきた。貶され、こき使われ、脅されて。決して善人の暮らしとは言えないながらも、生き残るために足掻いてきた。

 

 己の立場はサポーター、そして駆け出しと同じレベル1。種族故か、ステイタスも並の程度だ。何度も自覚することがあるが、決して力があるわけではない。

 だからこそ、独学なれど必死で知識を身に付けた。中層序盤までのモンスターならば全ての特徴を把握しているし、手際よく邪魔にならないように処理し、魔石を取り出しドロップアイテムを回収できる自信がある。

 

 

「……そうだね、ごめん。でも悔しさを抱いたことと、僕は剣の技術、リリは知識。どっちも必死になって学んできたところは、やっぱり似てるんだ。リリが持ってる知識は、本当にすごいと思う。一人だったなら独学だと思うけど、どれだけの苦労があったかは、少しは分かるよ」

「っ……!」

「夢見たんだよね。パーティーで活躍できる、自分の姿を。だからどんな環境だろうと、努力だけは絶やさなかった。ボクも戦いで活躍したかったから、やっぱり同じだ」

 

 

 滲む栗色の瞳に、少年が映る。少なくなった瞬きが示しているように、その瞳は少年を捉えて離さない。

 周囲の環境が荒ませてしまったものの、彼女もまた、立派な一人の“戦う者”。極端に言えば童話の御伽噺のような、そんな夢ある冒険をしたいがためにオラリオから逃げ出さず、未だダンジョンに夢を追い、結果として続いているのだ。

 

 もし、目の前の少年が答えを持っているならば。リトルルーキーという二つ名を授かり、レコードホルダーとなれるほどの存在が、己の知らない何かを知っているならば。

 自分の手を、引っ張って欲しい。自分ではどうすることもできない、この環境から連れ出してほしい。少年に向けられる栗色の瞳は怒りと悲しみを生む中で、決して表には出てこないながらも、微かな期待の眼差しが込められている。

 

 

「師事までとは言わないけど、夢を見せてくれる人……そんな“人達”なら、知ってるよ。リリに一番足りていないものも、しっかりと持っているし、伝えてくれる。僕だけじゃ、それは伝えられないや」

「私に、足りていないもの……?」

「“足りていない”よりは、“知らない”かな……。ごめん、やっぱり上手く伝えられないや」

 

 

 手のひらを頭の後ろにあて、少年は苦笑する。己に言葉をくれた師を真似て、かっこいいことが言えないかと頑張ってみたが、まだまだ足元にも及ばなさそうだ。

 会話の区切りを表すかのように、前方からキラーアントが姿を見せる。ベルは2本の“兎牙”をホルスターから引き抜き、少し腰を落として構えを取って対峙する。

 

 その姿を目にし、リリルカは不思議に思う。キラーアントとは硬い外骨格を持つモンスターであり、故にレベル2と言えど、一撃の威力に劣るナイフでの戦闘は非常に不利。セオリー通りに狩るならば、まず足を切り落として行動を防ぎ、的確に骨格の間を切ることだろう。

 しかしながらそうなると、頭部や胴体部分は損傷無く残ることとなる。倒すことに時間を要せば、キラーアントは強靭な顎をカチカチと鳴らし、仲間のモンスターを呼び寄せるために状況が悪化することは明白だ。

 

 

 数秒後、そんな憂いはどこにも残らない。3匹のキラーアントを相手に放たれた、胸部の魔石を確実に穿つ刺突の一撃は、機械のような正確さを見せている。

 間違いのない、一級品の業物。リリルカ・アーデの目に映る、あの時とは別物の銀色のナイフは、それほどの価値を間違いなく宿していると考え――――

 

 

「初日から随分と見ていたみたいだけれど、ナイフが、気になる?」

 

 

 やはり、自分が当初抱いていた考えを見抜かれていたかと、焦りが生まれる。思わず唾を飲み込んでしまい、目線を逸らさずにはいられない。もっともベルとしては単純にナイフに興味を持っていると考えているだけであって、窃盗の二文字など更々無いという勘違いだ。

 リリルカとしては局面であり、どうしたものかと考え、ここは正直なことを口にするべきと判断した。今となっては盗む気も失せかけているが、キラーアントの装甲を貫けるなど流石はレベル2の冒険者が持つ業物、鍛冶のアビリティを発展させた者が打ったのだろうと口にし、そのナイフを褒め称える。

 

 しかし返ってきた答えは、彼女にとって衝撃となる内容であった。

 

 

「リリが気にしていたこのナイフを作ったのは、レベル1の鍛冶師なんだ。その人も、色々な事情で……早い話、リリと同じではないけれど、似た感じかな。それでも自分にできることを掲げて、一生懸命に自分自身と戦ってる、僕が尊敬する凄い人だよ」

 

 

 視線が合う。嘘だと思い、やはり相手の発言を心の中で否定した。掛けられた言葉が、全くもって信用することができなかった。

 生ハムをスライスするようにキラーアントの装甲を抜いていくナイフなど、鍛冶のアビリティが無いレベル1の鍛冶師が打てるはずがない。大剣ならば一撃の威力の高さで抜いていけるだろうが、ナイフとなると、レベル2が使うといえど――――

 

 その感情は、隠されること無く顔に出されてしまっている。背中越しにそんな表情を見たベルは、目の前に迫った新たなモンスター一行を掃除すると、予備のナイフのうち一本を手渡した。

 鍛冶師曰く、“兎牙Mk-Ⅲ(ピョンゲ・マーク3)”と言うらしいそのナイフ。名前はともかく、鍛冶のアビリティが無いながらも、素材はそのままに試行錯誤を重ねて全体的なバージョンアップに成功した、ヴェルフ・クロッゾ渾身の一振りだ。

 

 

「これが、そのナイフだよ。ミノタウロスの強化種と戦った時に使った物よりも遥かに洗練されてるから、その時とは全然違うけどね」

「凄い……」

 

 

 “ワケ有り”で様々な初等~中等入口の武器を見てきた彼女だからこそ、ある程度は分かってしまう。とても、レベル1の鍛冶師が使う素材で造られたとは思えない。

 鍛冶師が少年のために丹精込めたことが、痛いほどに伝わる逸品。レベル1となれば鍛冶のアビリティも無いだろうから、これを作るために潰れた血豆の数が、素人ながらも想像することが出来てしまった。

 

 嗚呼、これなのだと。誰かのために一生懸命になれる環境が欲しかったのだと、ホルスターに仕舞ったナイフを、思わず胸元で握りしめた。

 自然と奥歯に力が入り、少し前まで無理して笑顔を作っていた瞳が伏せられる。その前に差し出された手が視界に入り、彼女はハッとして顔を上げた。

 

 

「あっ……」

 

 

 差し伸べられた手の意味を、思わず勘違いしてしまった。今の自分は、“冒険者様”のナイフを抱きかかえるように持っているのだ。

 そして後方には、新たな敵がこちらへと向かってきている。すぐさまナイフを差し出すと、相手は薄笑みを浮かべ、優しい手つきで受け取った。

 

 

「僕を信じてくれるなら、明日、朝の鐘が鳴る頃に同じ場所に集合して、また一緒に潜ろう。さ、団体さんがお出ましだ」

 

 

 たった1日なれど、契約の延長。向けられる薄笑みが、凍ったはずの心を何故だかくすぐる。駆け出す細い背中が、何故だか大きく目に映る。

 絶望続きだった暮らしの中で、僅かながらも小さな光が差し込んでいる。何者にも染まっていない無垢な光が、彼女の道を僅かながらに照らしている。

 

 あの光を追えば、変われるだろうかと。彼女の中で、初めて期待が生まれていた。




リリ助パートの1話目でした。
感情は原作をリスペクトしていますが、独自解釈を入れてみた感じです。

さて、“人達”とは誰でしょうか…?

P.S.
39話ご感想欄がお通夜でしたけど燃やされてませんよ!

====

■リヴェリアが口にする相手の呼び名について
 感想でご指摘いただいたので、こちらでも記載いたします。

 実は、独自解釈の一部となっています。
 リヴェリアがファミリア以外の他人を呼ぶことが無かったので推察ですが、流石に赤の他人に対していきなり「お前」というのは、素性からしても「流石に無いのでは?」と考えました。(険悪な仲だと在り得るでしょうけれど)

 ではなぜ「お前」なのかと考えた時、普通ならば「お前⇒君」へとランクアップするのですが、リヴェリアの場合は逆で、普段が「君」など。親しい仲と判定が出れば、砕けて「お前」になるのだという推察です。
 なので、元々親しいエイナや同じファミリアの者に対しては「お前」で統一されているわけですね。また、相手がエルフの場合も「お前」で固定なのかもしれません。

 本小説ではタカヒロのことを「君」呼びですが、時折素が出て「お前」が混ざっていますので、探してみてください!


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58話 同じことなのに

 翌日、日の出の時間を少し過ぎた頃。1つの小さな姿と大きなバッグが、今日もバベルの塔へと向かっている。

 足取りは重く、周りを歩く他の者のように気合や覚悟は見られない。比喩とした表現ではなく、生き残るために、気乗りせず赴いているのだから当然だ。

 

 それでも今までよりは少しだけ改善され、今は不安半分、期待半分。丁寧に心を見れば、少しだけ後者が上回っているかもしれない。

 あの少年は信用できるだろうかと、何度も心の中で考えた。今までの者とは違うと分かっているつもりながら、己が今まで受けてきた仕打ちを考えると、やはり心は沈んでしまう。

 

 嗚呼、きっと、誰が来ようと同じなのだと。待っているのはサポーターという職業としての“作業”なのだと考え、それでも僅かな光を期待して、こうして足を向けている。

 

 

 人波に飲まれつつリリルカ・アーデが集合場所に向かうと、そこには3人の姿があった。東方の物と似た服装を着る青年と一緒にベルが居り、フードを被ったフルアーマーの姿の人物が談話をしている。

 三者三様。先ほどの順にアーマーなし、ライトアーマー、フルアーマーと、なんともキッパリとした様相だ。

 

 まだリリルカには気づいていないようだが、周りが足音ばかりのためか、会話の声が少し聞こえてくる。うち一人が、通りやすい声であることも理由の1つだろう。

 会話の内容としては、大したものではない。東方のような服装をした者が発言者であり、ベル・クラネルに関する内容だった。

 

 

「おいおい、礼を言うのはこっちだよ。ランクアップのレコードホルダーが使ってる武器と鎧ってことで、実は最近、ちょくちょく売れてるんだ。ベルが紹介してくれたあのパーティーも、今じゃすっかりお得意様だ」

 

 

 お礼ができて何よりです、と少年は答えるも、ヴェルフからすればベル・クラネル様様である。かつて師がナイフを見つけてきたフロアへヴェルフと共に行ってみると、店の奥の片隅、かつ小規模ながらも“ヴェルフ・クロッゾ”の武器を集めた専門コーナーが設けられていた程だ。

 もちろん魔剣はなく、やはり時たま、勘違いした客も来るらしい。それでも、鍛冶のアビリティが無いレベル1の鍛冶師が受ける待遇としては、破格と言っていいほどの内容だ。ネーミングセンスが伴えば更に良くなるという事実は、なぜだか誰も伝えていない。

 

 

 そんな話をしている3人組にリリルカが合流したのは、丁度そのタイミング。クロッゾという名の鍛冶師にも驚いていた彼女だが、ベルが自分の専属であることをヴェルフが告げると、そう言えばそんな情報も流れていたなと思い返す。

 そしてリリルカは声からして、フードを被ったフルアーマーの男が、あの時自分が声をかけた青年なのだと気づいた。自称一般人と今しがた口にしているが、そんな鎧を着てどこが“一般人”なのかと物言いたげな目線を飛ばしている一方、相手は気にもしていない。なお、ベルとヴェルフもリリルカの意見に同意しているのはご愛敬である。

 

 

「やっべ、俺達が最後じゃねぇか?」

「そうみたいね、急ごう!」

「は、はい!」

 

 

 そんな時に現れる、ヘルメス・ファミリアに所属する3人のパルゥム。24階層で活躍し、リリルカと同種族であったために、タカヒロがアスフィ経由で声を掛けていたのだ。前日夜にもたらされた急な連絡だったものの、落ち込んだ同族の為ならばと、3人も快く了承しての参加である。

 もっとも3人にとってはタカヒロ以外は初めて会う人物ばかり。各々は、自己紹介を済ませていく。

 

 流石にベルの名は知られていたらしい。パーティーの半分以上がパルゥムという、なんとも珍しいパーティーとなっていた。

 気軽に挨拶をするポット、ポック姉弟と、その小さな陰に隠れて人見知りモード全開のメリルという対照的な存在。職業も前衛二人に人見知り魔導士と極端ながら、同じパルゥムということで、リリルカも表情を少し緩めて応対している。

 

 そんなこんなで役者は揃い、7人パーティーのリーダーはベル・クラネルだ。実質的に6人パーティー、そして最初はベル・ヴェルフ・リリルカの3人パーティーとなりながらも、今日は夕方過ぎまで、9階層で狩りを行いドロップアイテムや魔石を収集する旨が告げられている。

 リリルカ、ヴェルフ共に適正階層であり、実力面においても特に問題は無い。とはいえ彼女からすれば、さも当たり前のように9階層へと一緒にやってきた、冒険者登録をしていない上に武器も持っていないタカヒロのことが気になるようだ。

 

 

「さてベル君、自分は何をすればいいだろうか」

「それじゃ師匠は、リリ……アーデさんに指示を出してあげてください」

「承知した」

 

 

 何の指示を、とは言われないものの、意図は伝わっているようだ。

 

 そして自然に交わされたタカヒロとベルとの会話だが、実は先日の夜に、ベルから重要なことは伝えられている。リリルカは自分からの指示がなければ動かないと説明したベルだが、それには暗い過去が影響していることも話されていた。

 

 己が指示した内容しか行わないが、恐らくは広い視野を持っている、そのサポーター。おそらくは独学であり、だとするならばセンスの良さは間違いない。天職とも言えるだろう。

 もっともベルでは“そう思う”程度で確信が持てないために、こうして師を頼ったというわけだ。同時に、サポーターとしての職業に絶望しかけている彼女に対し、何とかしてあげたい、してあげて欲しいと祈願している。

 

 

 その結果、タカヒロの仕込みによって、このパーティーが組まれたというわけだ。実際にたった今から戦闘が始まり、的確に指示をこなす一方で左右に動き続ける栗色の瞳を、漆黒の瞳が見据えている。時折タカヒロと目が合うと申し訳なさそうな表情を見せ、やはり、言われた仕事に戻っている点も特徴的だ。

 仕事内容が終わると、やはり青年に対して指示を仰ぐ。青年もまた新たな指示を出すことが繰り返され、2-3分したのちに、戦闘が一時中断されることとなった。

 

 

「……どうにも君は、自分自身で考えて動いた方が良さそうだ」

「えっ……」

「アーデ君。それ程の観察眼を以てして、なぜわざわざ“無駄に”指示を仰ぐ」

 

 

 当然だ。サポーターは、冒険者様の使い走り。冒険者様が思うままに使われる、道具以外の何者でもない。

 

 そのことを弱々しく告げ、横に並ぶ相手の様子を伺うも、フードの下の口元は僅かにも変わらない。かと言って何かを口にできるわけでもないリリルカは、ぎゅっと口を噤んでしまう。

 一方のベルは、流石は師匠だと内心思い、僅かに口元を緩めていた。たった一度の戦闘における観察でリリルカが持つ観察眼を見抜いており、同時に、自分と同じ長所を見つけてくれて喜んでいる。

 

 

「そうか、では命令だ。自分は何も指示を出さない、君の思うままに動いてみよう。今までは二人だっただろうが、三人となれば大きく違う。君ならばそのうち、知らなかったことに気づくはずだ」

「……は、はい」

 

 

 実のところ、人数がどうこうというよりはベルとヴェルフの違いである。レベル2でありタカヒロ仕込みの広い観察眼と小手先の技術を持つベルと、レベル1であり戦闘については全くの独学であるヴェルフとでは、立ち回りが大きく異なるのだ。

 極端に言うと前者は、ほっといたところで自分一人で問題に気づき、解決してしまう。しかしながら後者は、早くレベル2になりたいという必死さの影響から生まれる危ない気配がチラホラと見え隠れしており、普段もベルが気をつけている程だ。

 

 ということで、サポーターからすると仕事量が雲泥の差となる結果が待っている。目配り気配りの量は普段と比べて非常に増えており、歩き始めた赤子を見守るかのような、ハラハラと気が休まらない感情が付きまとう。

 別に、ヴェルフが子供というわけではない。無茶と言うべきか無鉄砲と言うべきか、どちらともつかない立ち回りは、見ている側の気が休まらないのだ。現に今も、横から来ているモンスターに気づいているかどうかも怪しいほどである。

 

 

「あの鍛冶師、ちゃんと横見てんのかな……」

「危なそうですが……」

 

 

 ポックとメリルもそのことに気づき、不安げな視線を向けている。しかしながらヴェルフは気づくことなく、ベルが声を上げることとなった。

 

 

「ヴェルフさん、右から来てますよ!?」

「え?ぬおっ!?」

 

 

――――ああ、もう。ここの死体をどけなきゃいけないのに、援護が必要じゃないですか。

 

 内心で呟いてさっそく仕事となり、ヴェルフに対して介護が必要となるようだ。

 低威力ながらも小回りの利く、仕込み武器の類になる小さなクロスボウ。左腕にセットされたそれを使用し、的確にモンスターへと命中させて注意を削ぐ。

 

 ダメージとしては大したことが無いものの、相手を乱すには十二分。ある程度の時間も稼げており、これでヴェルフは、態勢を立て直せたというわけだ。

 

 

「すまんリリ助、助かった!」

「っ――――つ、次はありませんからね!だいたい、なんで鍛冶師のヴェルフ様が戦っているんです!」

「俺は、戦える鍛冶師を目指してんだ!ッセイ!!」

 

 

 何気ない、他のパーティーならば当たり前の一言が。決して特別ではないはずの言葉のやり取りが、心をくすぐる。いつもより忙しくなったはずなのに、なぜだか心は、別の感情が沸き起こる。

 次は無いと言いつつ、既に2回目の状況が間近に迫っている。案の定ベルが気付き、溜息をつきながらも、リリルカは先ほど行った牽制の焼き直しを行った。

 

――――何故でしょう、身体が軽い。

 

 忙しさと共に感じる、新たな感情。決して、モンスターを殺すことではない。それを行う、仲間の姿を見ていることでもない。

 決して楽な仕事内容ではない。アレコレとやることは次々と出てくるし、フードを被った青年は動く気配が全くないし、考えなしにモンスターをどんどん倒す二人のせいで、魔石やドロップアイテムの回収も追いつかない。

 

 このモンスターは魔石を取り出し、死骸が占領する面積を減らさなければ。そして、そろそろソコの死体をどけなければ、恐らくヴェルフが躓きかねないだろうとリリルカは予測する。

 そして状況は止まらずに、ベルの前にも新たなモンスターが出現、数は4。彼ならば問題ないために任せておこうと、彼女は判断して声を上げた。

 

 

「ベル様、後方の空きスペースが少ないです、その4体は前方で仕留めてください!」

「わかった!」

「あ、転びそう」

「うげ、あぶねっ!?」

「ヴェルフ君、先程から足元が疎かだぞ。ソロとパーティーとでは倒す速度が全く違う。交戦態勢に入る前に、周りを見る癖をつけるんだ」

「す、すみません!」

 

 

 嗚呼、やっぱりコレだ。洗練されたベルの動きと比べると焦りが見られるヴェルフの一挙手一投足は、結果として酷く危うい。珍しく、フルアーマーの青年から注意喚起がなされている。

 それでも、不思議と口元が緩んでしまう。決して、ヴェルフの失敗を笑ったりしているワケではない。青年の注意を受けてしまっている彼を、貶しているワケでもない。

 

 

 そして、気づいた。仲間のために考えて動けるということが、楽しいのだ。

 

 

 おかしな話だと、そのような答えに辿り着いた自分を笑う。今までも3人どころか、6人7人でのパーティー行動など、何度もあったはずではないか。

 理由を考えれば、原因は単純だ。本来ならばやるべきことは山のように在ったものの、自分自身に許されたのは、罵倒と共に指示された内容のみ。それすらも、最終的には邪魔だのボンクラだの、貶されて終わる。

 

 しかし、此度においてはそのような気配は微塵もない。初めのうちは下を向いていたはずの己が、胸を張って前を見据えていることに気が付いた。忙しさ溢れる最中だというのに思わず口元も緩んでおり、次は何をしてやろうかと、考えすらも活発だ。

 

 とはいえ流石に死体が溜まり過ぎたために、一時中断の提案を行うこととなる。やはり二人は従ってくれており、魔石の取り出し方を学ばせて欲しいと口にする程。サポーターが格下など、これっぽっちも思っていない言動に他ならない。

 故に、彼女も表情柔らかく答えている。最初は落ち込み気味だった表情に笑顔が戻り、ヘルメス・ファミリアの3人もまた、顔を合わせて柔らかな表情となっていた。

 

====

 

 

「ところで師匠、お話されていた例の件ですが……」

「ああ、呼んでおいたよ。余程が無い限りは、問題なく来てくれるとのことだ」

「そうですか!流石師匠、良かったです」

 

 

 パーティー行動するメンバーを増やしたり入れ替えるなどして2回目の休憩の際に、ふと、ベルがそんなことを口にする。どうやらタカヒロが発案のようなのだが、誰かしら、合流する者が居るようだ。

 誰のことでしょう?と言いたげに顔を傾けるリリルカとヴェルフだが、心当たりは全くない。期間的に短い二人とはいえ、いまだベルが他の者とパーティーを行っていることは聞いたことも無い内容だ。ヘルメス・ファミリアの3人も、その点については知らないようである。

 

 8階層へ降りた付近で昼食がてら休憩を取っていると、言葉通り、ダンジョンの向こうから人影が現れる。近づくにつれて詳細が明らかになり、サポーターを含む7人のパーティーがやってきた。

 その姿を見たベルは立ち上がって手を振ると、相手方も武器を掲げるなどして答えてきた状況だ。ピクニックをやっている雰囲気なベルに対して向こうは表情に力が入っているが、気さくな仲であることが伺える。

 

 タカヒロ曰く、午後はこのパーティーと一緒に10階層にて狩りを行うとの内容。どこかのファミリアなのだろうかと勘繰(かんぐ)っていたリリルカは、相手が近くに来たことで気づくこととなり、まさかの大御所の登場に驚くこととなった。

 

 

「えっ!?あ、あのエンブレム、ロキ・ファミリア……!?」

「っ!?」

「うわ!前も第一級冒険者を見たけど、こっちも本物だ!」

「はわわわわ!」

 

「なんだ、皆さんだったのか」

「先日ぶりですクロッゾさん、今日はクラネルさん達と潜っていたんですね」

「ええ。“楽しいパーティーが体験できる”って、タカヒロさんに誘われましてね。まぁ、迷惑ばかりかけちゃってるんですけど……」

 

 

 いきなり気さくに会話を始めるヴェルフだが、目の錯覚かと、リリルカは何度も瞬きして疑った。それはヘルメス・ファミリアの3名も同様であり、驚きの表情を隠せない。24階層の時には確かに共闘していたフルアーマーの男だがファミリアは別であり、まさか、それ程の事ができる人物とは思ってもいなかった。

 特にリリルカの驚き様は顕著(けんちょ)であり、4人揃って、青年が“呼んだ”と口にしたパーティーが本物なのかと疑いが拭えなかった。それでも引率の者が掲げていたエンブレムを再び目にし、己たちの種族の英雄が率いる、オラリオ最強派閥の片割れなのだと確信した。

 

 あの最大派閥であるロキ・ファミリアと共にパーティー行動を行うなど、駆け出しの冒険者にとっては最も誉れ高きことの1つであることは考えるに容易い。オラリオの街にはパルゥムしか入店できない専門店があるのだが、そこで「ロキ・ファミリアのパーティーと一緒になってダンジョンへ潜った」と口にするだけで、一躍時の人となれるだろう。

 紹介を受けるに、引率者を除いた全員がレベル1とのことだが、それでもロキ・ファミリアであることに変わりはない。更には様子を見るに、ベルに対して敬意を払いながらも、非常に親し気な対応を見せている。

 

 パルゥムの4人は、双方の繋がりが、全くもって分からない。更には引率の者はフードを被っている青年やベルと互いに握手を行い、ロキ・ファミリアが上ではなく、互いに対等な立場であることを示している。何がどうなってその関係にあるのかが、輪をかけて不明な現状だ。

 

 

「数は多い方が、大変さと共に楽しみも増える。さて、奇遇だろうか。心構えならば、第一級冒険者に負けぬ者だらけではないか」

 

 

 驚きを隠せず開いた口が塞がらないリリルカ達に対し、腕を組みフードの下で“わるーい顔”をしたタカヒロが言葉を掛ける。この隠し玉を用意した青年は、今ここに居る者達、全員を焚きつけた。

 幹部の大半が注目する青年から発せられた言葉で、ロキ・ファミリアの7人、そして青年をあまり知らないリリルカを除く4人の中に宿る、それぞれの炎は猛っていると言っていいだろう。パーティーのリーダーはロキ・ファミリアのレベル1にスイッチしたために体制は変われど、各々ができることは変わりない。

 

 冒険者だろうが、サポーターだろうが、その概念は変わらない。新たな者達との新たなパーティー行動に、各々は期待と興奮を寄せている。

 ならば、己という個々が行えることを全力で示すだけ。だというのに――――

 

 

「そろそろ、あの白髪のガキを見捨てる頃かと思っていたんだよ。それどころか、丁度いいエモノを連れてきてくれたじゃねぇか、感謝するぜ」

 

 

 9階層にて、中年の男性狸人(ラクーン)をリーダーとした余計な3人組(自殺志願者達)が待っていた。

 




楽しまなくちゃ、始まらない。
MMOとかでも“あるある”ですが、上手い人と組むと自然と楽しくなるんですよね。


メリル「はわわわわ!」←似合うと思います。栗みたいな口だとなお良し!


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59話 最高の舞台

>>(ご感想より)
 :たしか???は犬人じゃなくて狸人(ラクーン)だったはず。
>>ggr
 :【ソーマ・ファミリア】末端構成員の狸人(ラクーン)

…!?
犬人と思っていました、修正しました。


 この先で狩りを行おうと、新たなパーティーのリーダーが決定を下したタイミングであった。突然3人の冒険者らしき人物が現れて10メートルほど先の位置で止まり、下種な発言を放っている。

 

 

「そろそろ、あの白髪のガキを見捨てる頃かと思っていたんだよ。それどころか、“どこの誰だか分からない丁度いいエモノ”を連れてきてくれたじゃねぇか、感謝するぜ」

 

 

 そのような内容を続けざまに発言したガタイこそ良い中年の狸人(ラクーン)は、どうやら今までリリルカを恐喝していた者のリーダーらしい。彼女の顔が明らかに敵意に変わり、しかしながら手を振り上げる程の力は無いために、歯ぎしりしている状況だ。

 そんな表情を目にした3人衆は、彼等にとっては獲物らしい一行を舐めまわすように見て、ニヤリと口元を歪めている。

 

 

 ところでなぜ、この余計な3人組(自殺志願者達)は、数で勝る相手に喧嘩を吹っ掛けたのだろうか。理由として、大きなポイントを挙げるならば3つある。

 まず、10名を超える人数でここ9階層にてパーティー行動を行うのは、レベル1に他ならないという先入観。加えてパルゥムが4人もいるために、落ちこぼれのパーティーだと“勘違い”している。

 

 2つ目は、ロキ・ファミリアにおいてはすっかり有名人。かつミノタウロスの強化種をレベル1で倒し、一躍時の人となったベル・クラネルを見ても何も思っていない点。

 普通ならば避けるであろう理由になるのだが、ランクアップから一カ月が経っているのと当時におけるソーマ・ファミリアの構成員は相も変わらずヴァリス稼ぎに勤しんでいたために重大事項と認識しておらず、“人の噂も七十五日”のように、すっかり記憶から情報が消えているのだ。良くも悪くも守銭奴を貫いた結果であり、名前を聞けば思い出すことだろう。

 

 3つ目は、引率の者が掲げていたロキ・ファミリアのエンブレム。主神の影響か、運命の“悪戯”とは悲しいかな。

 ロキ・ファミリアとは無関係の者も一緒になったために純粋なロキ・ファミリアのパーティーではなくなっており、そのために“片付けて”しまっていたのだ。つまり、判断材料が綺麗さっぱり消えていたわけである。

 

 

 理由はどうあれ、明らかな敵対行為であることには間違いない。最早、言い訳はできないと言って良い程だ。

 ならば、実質的なこのパーティーの保護者役。一番後ろで突っ立っているまま動きを見せない“ぶっ壊れ”は、突如現れた相手のことを、どのように思っているのだろうか。

 

 

――――ただの案山子(カカシ)ですな。

 

 つまるところ、口だけは達者なトーシロー。表情にこそ出さないが、まったくもってお笑いだ。相手が瞬きする間に、“堕ちし王の意志”で即死させることもできるだろう。

 

 いや、そうではなく。と、突如湧いたおかしな考えを振り払い、相手を殺したところでロクな装備が得られないだろうこと――――でもなく。まったくもってやる気の欠片も見つけられそうにないが、とりあえず状況を確認する。

 実質的な戦力差としては、ベル君一人で十分に相手をすることができるだろう。どう頑張っても負ける方が難しいが、実のところドッキリ目的で“時間差で呼んでおいた者”がそろそろ来るために、タカヒロとしても、わざと状況を動かしていないのだ。

 

 むしろコトが動きそうならば、青年は延命処置に動くだろう。そして、どうやら予定外の人物も近づいてきているようで、ベルもまた、その気配を感じ取ることとなった。

 

 

 

 一方で三人衆からすれば、事前に準備していた“とあるモノ”も、己が有利だと思えてしまう材料の1つだろう。その問題に気づいたロキ・ファミリアのパーティーリーダーが相手に向かって声を上げた。

 

 

「おいお前等。発言もそうだが、その手に持ってるモノが何なのか分かっているのか!」

「知ってるぜ?だからだよ」

 

 

 3名の手に持たれているのは、切り取られたキラーアントの上半身。その歯からは弱々しい「カチカチ」とした音が放たれており、仲間を呼び寄せる符丁となる。中央に居た男が、その上半身をパーティーの前に放り投げた。

 彼等3人はレベル2、うち一人は後半であるために、キラーアントの群れならば、よほど多くなければ突破できる。モンスターを使って脅し、一行の装備も剥ぎ取る気で居るのが実情だ。

 

 案の定、キラーアントの数が確実に増え続けている。モンスターとしても多勢が相手であるのと敏捷性は低いためにすぐに飛び掛かるようなことはしておらず、数だけが凄まじく増えている状況だ。

 流石にレベル1では荷が重い物量となっており、パーティーリーダーにも冷や汗が伺える。ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえ、あまりにも多くの数を目にし、リリルカも恐怖を覚え――――

 

 

「大丈夫だよ、リリ」

「えっ……?」

「風が……近づいてきている」

 

 

「さぁ、揃ってキラーアントに食われたくはないだろ?わかったら、先ずはそこのパルゥムのサポーターをこっちに――――」

「……それは、ないよ」

 

 

 軽やかな声。そして特徴的なイントネーションでもある言葉と共に、突如として突風が吹き抜ける。視界を覆いつくすキラーアントの群れを数秒で葬り去る精霊の風が、轟音となって一帯を支配した。

 レベル2程度では目にすることも無いだろう、場を支配し制圧する程の圧倒的な暴風。強力な一撃は、場を埋め尽くしていたキラーアント程度の有象無象を一掃し静寂を生み出した。残るはただ、洞窟に反響する風の音だけである。

 

 腕でもって目を隠した三人衆が腕を下ろしてみれば、そこには一帯を囲っていたキラーアントの死体の群れが築かれている。文字通りの一瞬の出来事であり、何が起こったかが見当もついていない。

 しかし、ベル・クラネルにとっては話は別だ。その状況を作った風を使う焦がれた姿を、その情景を、ここに居る誰よりも知っている。

 

 

「来てくれたんですね、アイズさん」

「ん……おまたせ、ベル」

 

 

 互いに顔を合わせ、自然と薄笑みが交わされる。しかしそれも数秒であり、すぐさま問題の相手に向き直った。

 

 相手に現れた援軍はたった一人ながらも、ソーマ・ファミリアの三人衆からすれば地獄絵図の状況だ。状況など忘れて思わず生唾を呑んでしまう程の容姿は有象無象でも知っており、オラリオにおいて有名すぎる、レベル6の第一級冒険者。

 “剣姫”アイズ・ヴァレンシュタイン。そして名前を耳にして思い出した存在、レベル1でミノタウロスの強化種を屠るレベル2、“リトル・ルーキー”ベル・クラネル。

 

 この二人だけでもって、戦力差は火を見るよりも明らか。対峙しようという心意気など、一瞬にして空の彼方へと飛んで行ってしまっている。

 勝てる気が起こらないとは文字通りであり、故に取り得る手段もただ1つ。すぐさま振り返って逃走を図ろうと、上体に力を入れた瞬間の出来事だった。

 

 

「おや、逃げるのかい?」

 

 

 コトンと地に付けられる槍の石突が発せられる軽い音が、相手の足に枷を付けるかのようにして洞窟に響く。直後に響いた、見た目にそぐわぬ据わった声は、その威圧が向けられるだけで身体が縮こまってしまうというものだ。

 それは、そちらに目を向けた4人のパルゥムも同じこと。身体は一瞬で硬直してしまい、目と口は見開き、微かに動く気配すらない。

 

 その者と同じ種族ならば、一目見ただけで誰であるかが分かり、畏怖と敬意の両方が籠った瞳を向けてしまう。この場に居てパーティーに参加しているパルゥムの4名も、ブロンドのショートヘアが特徴な、その人物の名前は知っていた。

 否。知っているどころか、全ての世界に轟いている。パルゥムと呼ばれる種族ならば、その英雄の名を知らぬのは、まさに物事を知らぬ赤子ぐらいの者だろう。

 

 

「それにしても、見間違いだったろうか?僕が率いるロキ・ファミリア、そして4人の同胞に対し、明らかな敵対行為を加えた三人組のパーティーが居るんだけれど」

 

 

 自殺志願者3人組が振り返ると、そこに君臨するのは紛れもない勇者(ブレイバー)。どこぞの青年が昨夜に誘っていた、ロキ・ファミリア団長であるレベル6、フィン・ディムナが立ちはだかる。

 なお、その表情は非常にお怒りだ。発せられた据わった声にも普段の穏やかさは一切なく、相手を貫く薄青い瞳は力強く、それだけで相手の戦意を圧し折っている。一緒に訪れていた、両サイド少し後ろにいるお怒りな二人のアマゾネスも、そんな感情に輪をかけて抱かせるには十分だ。

 

 

「ティオナ。ホームに戻って、ロキにこのことを伝えてくれ」

「おっけーい!」

「ティオネ、あの3人を縛り上げろ」

「ご指示のままに!」

 

 

 恐怖とストレスで翌日未明には禿げ上がりそうな3名を秒で捻じ伏せ、ティオネは手際よく縄を巻いて拘束する。やたら慣れている光景に対してフィンが理由を問うと、「将来のためですから!」などという、親指が携帯電話のバイブレーション並みに震える回答が示されていた。

 突然とサヨウナラ、シリアスさん。突然とコンニチワ、コミカルさん。怒りなんぞ消え失せてしまい、親指が震えるとともに、フィンの額に冷や汗が滲み出した。

 

 アイズ、ヘルプ。壁に寄りかかっている謎の青年に対してはこれ以上の借りを作れないフィンは、残る一人に縋る思いで視線を投げる。天然少女ならば何か突破口があるのではないかと、僅かな期待も乗せられていた。

 そんな視線が黄金の少女に向けられるも、繊細な顔は、プイッと明後日の方向に向けられてしまった。ソーマ・ファミリア三人衆のついでにフィン・ディムナも禿げ上がりかねないが、助け船などどこにもない。アイズはキョロキョロと辺りを見回し、追撃が来ないうちに、居心地の良さそうな場所を検索する。

 

 ――――冒険者パーティー内部、流石に自重。

 ――――ティオナ、既に帰宅。

 ――――やっぱりフィン……ティオネが殺気立っててアブナイ。助けを求める視線が痛いけれど、却下。

 

 ということで、トテトテとしたあざとい足取りで歩みを進める。なぜか本能的に遠慮の心が働いて後回しの選択肢になったのだが、何かと親しいタカヒロの横が落ち着いたらしい。青年もよく知っている“彼女”のように壁にもたれ掛かり、前の方を向いている。

 とうとう耐えきれなくなったのか、パーティー一行を見ていた青年に向かってフィンから視線が飛ぶも、アイズに倣ってスルー安定。そして己の横に彼女が来たというのに流石に無言の対応はどうかと思い、彼女に対してやや顔を向けて言葉を発した。

 

 

「同じパルゥムということで彼には協力願ったが、アイズ君も来るとはな。先輩冒険者として、新米に(げき)を飛ばしに来たか?」

「むーっ。違うよ……」

 

 

 アイズをいじっているようで、実のところは誘導尋問。可愛らしく頬を薄く染め片頬を膨らませて反論すると、その顔は白髪の少年の後ろ姿へと向けられた。

 アイズとベルの間で色々とあった案件の半数ぐらいは、タカヒロも知っている。彼女の本能に沿った露骨な内容でもあったために、青年も彼女の気持ちには気づいているというわけだ。

 

 そして、その逆も然り。例えば先日のサーキュレーターの一件など、陣取っていた位置が露骨である。目当てが本当にサーキュレーターだったのか怪しいほどに、アイズの真後ろにくっついていたことは記憶に新しい。

 格好良く振舞っても、その実、好きな人が目の前に居る14歳。風向きと位置関係を考慮すれば、当時における真の目的はお察しだ。

 

 

「……口にせねば伝わらんぞ?」

「……恥ず、かしい」

「……別に、会いに来た事ムグッ」

 

 

 それ以上は言っちゃダメ。と言わんばかりに、どこから取り出したのかジャガ丸君の先端が、タカヒロの口に突っ込まれた。いつの間にか本人も別個体を口にしており、オーソドックスなジャンクフードをかじりながら時が流れる。

 ダンジョン内部で壁に寄りかかりながらジャガ丸君を食べつつ冒険者パーティーを見守る剣姫と、その横で同じものを口にするフードを被ったフルアーマーの不審者。なんとも不思議な構図である。

 

 タカヒロはヘスティア・ファミリア故に食べ慣れているジャガ丸君だが、聞いてみるに、アイズもまた食べ慣れているとのこと。むしろ好物とのことであり、色々な味を試しているらしい。

 青年が横目見るに、リヴェリアに似て整った繊細な顔立ちは、食に関して言うならばレストランの上質なコース料理が似合うだろう。だというのに食べているのは油ギッシュなジャガ丸君なのだから、見た目の違和感が凄まじい。

 

 

 そんな二人はさておき、実践訓練となるパーティー一行は真面目な雰囲気を出しており、所々に緊張感が漂っている。己が尊敬する第一級冒険者達が見ているのだから、その反応も仕方ないだろう。

 緊張しているのはリリルカも同じであり、まさか、あのフィン・ディムナが直々に来るなど思っても居ない。彼は実のところタカヒロの念押しに応えているのだが、彼女がそれを知る術は無いだろう。

 

 

「最初に言っておくけど、この実践訓練は、悪いところがあったらすぐに知らせてくれるんだ。手を抜けばあの人、ロキ・ファミリアの引率者から、厳しい指導が入っちゃうよ」

 

 

 少年が自身の胸の前で指さす方向をリリルカが追うと、そこに居たヒューマンの女性が可愛らしく手を振っている。この者とベルはレベル2なれど、レベル1相当の動きで戦いに参加し、周囲を観察することとなるのだ。

 

 

「前々から薄々思っていたんだけど……リリは荷物持ち以外に、本当のサポーターの仕事を、したことがないんじゃないかな?」

 

 

 参加者は全員がレベル1といえど、ロキ・ファミリアで学んだパーティー行動。その中に、二人のサポーターが居たことはベルも知っているし目にしている。独学のリリルカとは違い、一流の先輩達から数多くのアドバイスを貰ったエリートだ。

 序盤は参加せずに全体を見ていたからこそ、猶更の事、よくわかる。戦闘時においてもポーションを渡したり後方を警戒するだけではなく、遠距離武器で援護しながら周囲を警戒し、モンスターの死骸などを的確な位置へ移動させて戦闘をアシストする特殊な職業。

 

 広く浅く、と呼ばれる表現があるが、到底ながら、その程度の付け焼き刃な知識では成し得ることはできない立ち回り。複数にわたる非常に高レベルの次元の知識が、それを駆使して瞬時に判断できる決断力が、当たり前のように要求されるジェネラリスト。

 誰よりも深い知識と知恵を駆使し、誰よりも広い目を持ち、誰よりも仲間の特性を理解し、イレギュラーな展開すらも視野に入れて行動しなければ務まらない。攻撃職が安心して戦闘に集中できるための、決して派手さは無いながらも、パーティーには絶対に必要なポジションだ。

 

 

「それが、僕の中のサポーターの位置づけだよ。戦う力がないからサポーターだって言う奴は、ホンモノに出会ったことがないだけだ。絶対的な力なんて無くたって、強いサポーターは存在できる」

 

 

 嘘だ。と、今の言葉を己の中で否定した。そんな事を口にした冒険者は、今まで一人たりとも居なかった。いつか手の平を返すのだと、当たり前のように決めつけた。

 “大切だ”と、建前でこそ似たような言葉を口にした者は幾つか居た。それでも結局、戦いのさなかにおいては腫物を見る目を向けてきた。この少年が発した言葉に惹かれたが、結局は今までと同じだと考えようとしてしまっていた。

 

 

 でも、此度は違う。目の前の少年は上部だけではなく、今の状況を作ってくれた。

 結果は終わってみなければ分からないが、リリルカ・アーデを評価してくれる、ホンモノの冒険者達で作られるパーティーを組んでくれた。そして更には、なぜだか必死な顔をしているが、見守ってくれるパルゥムの英雄すらもそこに居る。

 

 

――――これ以上の舞台が、どこに在ると言うのですか。

 

 

 舞台は整った。ふと一度だけ、今までとは違う涙である嬉し涙を少しだけ目に溜めて、リリルカは戦闘に集中する。

 小規模な戦闘と共にパーティーも歩みを進めており、10階層の奥地へと到達していた。このまま行けば、11階層が目と鼻の先という開けたエリアへと辿り着いている。

 

 

「前方よりモンスター多数、把握できない……!多すぎます、怪物の宴(モンスターパーティー)かもしれません!」

「おい待て!11階層に近いとはいえ、ここは10階層だぞ!?」

「下から上がってきたのかもしれん、兎も角うろたえるな!総員、最大限に警戒して処理するぞ!」

「「応!」」

「やってやるさ!」

 

「さぁ、団体さんのお出ましだ。始まるよ、そして見せてよ。暫定だけれど僕の師匠が認めてくれているサポーター、リリルカ・アーデの全力を」

「っ……はい、ベル様!」

 




原作だとレベル2→3も一か月だったので、レベル的には抜かれていますね。
ご感想にもありましたが、このように集まってワイワイガヤガヤとパーティーを組むのは珍しいと思います。原作じゃ在り得ない、かな……?そう言った意味でも“IF”となります。


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60話 戦いと祈願

 怪物の宴(モンスターパーティー)と向き合う、パーティー一同の後ろ側。離れた位置で、戦う彼等を見守っている者がいる。

 

 同胞たちの戦いを見ていたい、でも後ろから放たれる妙な気配を感じて気が休まらない。そして無情にも、そんな男には助けを求めるところが無い。

 そんな葛藤を抱いている小さなアラフォー、フィン・ディムナ。どうしたものかと、視線が右に左に泳いでいる。そうしているうちに、少し先で壁に寄りかかっている青年が一か所を指さしていることに気が付いた。

 

 腕を組んだまま手首だけのスナップながらも、1つの個所を指さしている。そしてフィンが気づいたことを確認すると、その指先は、上方向へと変わることとなった。

 最初に指さされた箇所にフィンが首を向けると、そこに居たのは縄でグルグル巻きにされた三人衆。そして、それらの上方向ということは――――

 

 

「あ、そ、そうだティオネ。そこの3人を、ロキ・ファミリアまで連行してくれないかな。僕たってのお願いだ」

「っ――――お、任せください!!」

 

 

 野太い悲鳴と共に、凄まじい速度で引きずられながら三人衆は闇の奥へと消えてゆく。身体から延ばされたロープを引っ張られているだけなので、地上に着くころにはボロボロになっているだろう。

 また1つ、これで小さな借りができてしまったことになる。とはいえ心の荷が下りた彼は、ヒントをくれた青年とは場所こそ異なるながらも、怪物の宴(モンスターパーティー)へと挑まんとするファミリアと同胞を見つめていた。

 

 違う場所から一帯を見ているタカヒロは完全に蚊帳の外となっているものの、此度において“全部ひとりで片付けるぶっ壊れ”は確かに邪魔なだけだろう。相手を評価できる弟子を見つめて、確かな成長を噛み締めるのであった。

 もっとも、そんな彼に気づき心配できるのも、また一流のサポーター。リリルカはタカヒロをチラリと見ると、ベルに対して問題が無いのかと口にする。

 

 

「……ところでベル様。タカヒロ様は、参加されなくて宜しいのでしょうか」

「あー……師匠が戦うと、全部ひとりで片付けちゃうんだよね。だから、今回のパーティー行動には向いてないんじゃないかな……」

「へ?」

「……ベル君よ、反抗期か。耳が痛いぞ」

 

 

 そんなこんなで予想外のダメージを貰ったウォーロードはさておき、やっぱり我慢できなくなったアイズと、先ほどまでの寒気を振り払うためにフィンまでが手加減して参加することとなる。もっとも場が台無しになることはなく、わざと窮地を作ったりしているものの、これ程の者と共に戦える冒険者達は気持ちが高ぶって仕方ない。

 いくら手加減しているとはいえ、戦いの根底は変わらない。集団でもって互いをカバーし合い、試練が見えれば少しだけ無茶をして。パーティーは、文字通りの一致団結となってモンスターに挑むのだ。

 

 そして、忙しさと共に2-3分が経過する。状況としては、あまり宜しくはないようだ。

 

 

「うーん、囲まれたか。ちょっと手加減しすぎたか?」

「でも、レベル1って、こんなものじゃ……」

「そうだね、加減具合は問題無いと思うよ」

「はは、ありがとうござ――――って、へ!?ディムナさん!?」

「は!?」

「はは、そう驚かないでもらえると助かるな。僕も、同じ理由で閉じ込められてしまったよ」

 

 

 パルゥムの姉弟は、どうやら前線の維持を指示したところ囲まれてしまったらしい。もう一人だけ巻き込まれた人物が居たようでポットが後ろを向くと、まさかの大御所が居たわけだ。

 なお、そこに居る理由は二人と同じである。ここにきて初めての指示ミスであり、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるパーティーリーダーだが、落ち込んでいる暇はない。

 

 

「指示が遅れました今助けます、防御に徹してください!盾1枚上がってこい、左方を切り崩して突破するぞ!クラネルさんも力を貸してくれ!」

「応!!」

「わかりました!」

「リーダー!サポーターは遠距離武器で支援できます、使ってください!」

「了解したリリルカさん、準備を頼む!右辺は防御に徹してくれ!」

 

「聞いたかな?助けが来るまで、僕達は防御に徹しようじゃないか」

「は、はい!」

「わ、わかりました!」

 

 

 敵に囲まれつつ、背中を合わせる3人のパルゥム。とはいえ、己の後ろから聞こえてくる落ち着いた声と確かな存在感は、その種族ならば問答無用で緊張感を抱いてしまうものだ。

 やがて3人は駆け出し、レベル1程度の戦闘能力で防御に徹する光景を披露しているものの、どうにも加減が難しい。今までできていた事が崩れかけてしまう程に、パルゥムにとってフィン・ディムナとは偉大な存在なのである。

 

 

「お、おおおい姉貴!?俺達、あのフィン・ディムナと一緒に戦ってるぞ!?」

「ど、どどどうってことないわよポック!落ち着いて!」

「はわわわわ、緊張しすぎて詠唱ができません!」

「なんでメリルにまで飛び火してんだよ!こっちにぶっ放すのはやめてくれよ!?」

 

 

 被打とならぬように敵の攻撃を防ぐだけなのだが、想定外の状況を目の当たりにして、思考回路はオーバーヒートして暴走中。ポックの言う通り何故だかメリルにまで飛び火しているものの、それでも破綻は見られない。

 基礎がしっかりしているからこそ、少しのイレギュラー程度では破綻することなく通じるのだ。絶対的な動きこそレベル1程度ながらも、動きの質を見れば、その者が持ち得る実力は分かってしまう。

 

 そして、左辺へと突撃した二人も上がってきた。アタッカーはベルであり、後方では、サポーター部隊が支援攻撃の用意を整えている。

 

 

「クラネルさん、これはどうやって切り抜ける!」

「左の二体を防いで時間を稼いでください、右は僕が!」

「任せろ、ツォラ!クロッゾさんの防具の耐久性ナメんなよ!?」

 

 

 盾と防具を使って力任せにガードするだけながらも、それは一流の防具を身に着けているための使い方。のっぴきならない状況では、正しい使い方とも言えるだろう。

 それでも攻撃を受ける対象は盾を優先としており、アーマーへ受ける攻撃は、可能な範囲で弱いものを選んでいる。まだまだ技術面では未熟ながらも、やがて、それぞれの使い方をマスターしていくことだろう。

 

 

「リーダー、左辺の半分削りました!」

「サポーターとアーチャー、飛び道具で彼等を援護!」

「はい!」

「今だ、崩れたところから双方突っ切れ!!」

 

 

 そしてロキ・ファミリアのリーダーは見事な陣形を作り込み、内と外から前衛による攻撃が加えられる。結果として無事に3人のパルゥムを救出することとなり、陣形は開始と似た状態に戻された。

 同時に魔導士の詠唱が完了し、タイミングは完璧と言って良いだろう。そこからは一転して撲滅の指示となっており、3人のサポーターもフル稼働で仕事中。

 

 ポーションの配布や敵の死体の移動、戻ってきた前衛の手当てもある。そして同時に後方警戒なども必要で、表情は険しく、やることは過去一番に山積みだ。

 だというのに過去一番にやりがいを感じており、思考回路をフル回転させて最適な行動を考え抜く。仲間のためにできることが何かあるはずだと、各々は、種族や性別・年齢の垣根を越えて団結するのだ。

 

 

 各々の戦いをする4人のパルゥムを優しく見守る勇者(ブレイバー)は、己が知らなかった、これ程の同胞と引き合わせてくれたタカヒロに感謝した。落ちぶれたなどと書かれる己の種族だが、この4人を見れば、誰もが否定するだろう。

 将来を担ってくれる確かな若者達であり、期待の眼差しも向けてしまう。そんな彼等の道標にならねばと力を入れ過ぎて一時的に無双してしまい、プンスカとしたアイズに物言いたげな目を向けられて縮こまっているのはご愛敬だ。

 

 結果としてリリルカは、ロキ・ファミリアのパーティーが見せる動きについていけた。支援攻撃からその提案など、まさに水を得た魚と言えるような活躍ぶり。これで独学というのだから、フィンや引率者の女性も思わず唸るほどのものがある。

 流石に全部が全部合格点、それこそ完璧ということはない。それでも引率の者はシッカリと問題点を伝えており、改善できるアドバイスを与えている。これ程の大規模パーティーを経験することができて、ベルもまた、新たな経験を積むこととなった。

 

 ともあれ、いつまでも戦っていたい気持ちは皆同じ。各々が様々な理由で最初から飛ばし加減で戦っており、体力の限界は早く訪れることだろう。これ以上は危険が伴うために、ここで引率の者から帰還の指示が出されることとなった。

 パーティー行動は破綻の欠片も見せずに終了しており、3人のサポーターによりドロップアイテムは全てが回収され、稼ぎも上々。各々が握手やハイタッチを行うなど、“楽しさ”を思い思いに示している。ヘルメス・ファミリアの3人は非常に緊張した面持ちでフィンに握手やサインを求めるなど、まさに様々な様相だ。

 

 

「リリルカさん、あんたは……お、おい?」

「リリ……?」

「あれ……。私、なんで、なんで……」

 

 

 その興奮も、一段落が過ぎた時。少女の頬を伝う涙に、周囲の者が気が付いた。

 

 

 嫌だと言わんばかりに、駄々を捏ねる子供のように心が叫ぶ。望んだこの時間が何時までも続いて欲しく、終わって欲しくない。

 自己中心的な意見であることは分かっている。自立したつもりだったが、子供のように、思いついた事しか口にして居ないことは分かっている。

 

 それでもきっと、こんな気持ちは二度とない。こんな、体も心も小さな自分を包んでくれたのは、この人達が初めてだった。

 今までのパーティーでは知ることのなかった新しい感情、サポーターとして認めてくれた人たちから、離れたくない。つらく、悲しい日々に戻りたくないと言う感情は、湧き出て当然のモノである。

 

 

 子供のように泣きじゃくるリリルカを落ち着かせようとする、ベルとヴェルフの一方。タカヒロは、ベルから聞いた内容と自身の考えをフィンに対して伝えている。守銭奴の如きソーマ・ファミリアの団長のもとで弱き者が蔑まれる状況は、フィンにとって怒りが芽生えるものだ。

 心ない者からは“ヒューマンの劣化”とまで言われる程に不遇である、同じパルゥムの種族。説明された程の処遇を受けているというならば、その種族の英雄にとって見過ごせる状況ではなかった。

 

 

「……酷い話だね、わかった。さっきの一件もあるからね、僕からロキにも掛け合ってみるよ」

「感謝する。此度の参加と言い、手を煩わせてすまないな」

「ソーマ・ファミリアと喧嘩する理由はこっちにあるけど、今回、ロキ・ファミリアには直接の被害は出ていないからね。少しは借りを返させて欲しいから、任せておいてよ」

 

 

 その言葉と挨拶を残し、ロキ・ファミリアとヘルメス・ファミリアの面々は地上へと戻っていった。こののちに、ロキ・ファミリアとソーマ・ファミリアとの間で“オハナシアイ”が行われることとなるだろう。

 

 リリルカも泣き止み、粗相を見せたことを3人に詫びる。そして、弱々しい声がダンジョンに反響した。

 

 

「どうして……皆様は、私にここまで優しくして頂けるのでしょうか」

 

 

 ベルとしては、かつての自分がしてもらったこと。迷っていた時に手を引いてもらったことを、してあげたかった。有能なサポーターを見放せなかったという点もあるが、割合としては前者が大半を占めている。

 タカヒロとしては、ベルが何とかしてほしいと懇願したために、その願いに応えた迄。リリルカと会うことも2度目であり、仕事ができるサポーターという評価ながらも、相手の事はほとんど知らない。

 

 己の過去と相手の善意を並べてしまい、申し訳なく思ったリリルカは、言い訳をするならば“仕方がなかった”とはいえ、己が今までに犯した罪を告白した。同じファミリアの団員に献上する資金を稼ぐために、どうしても足りない分は、シーフと呼ばれる窃盗行為を行って命を繋いできたとの内容だ。

 あの時、二人と出会った10日前についても同様である。タカヒロが眺めていたナイフを狙って声をかけたと、包み隠さずに話している。

 

――――ああ、だからか。

 

 ナイフが狙われていたことを認識したタカヒロは、己の直感が、あれほどの嫌悪感を示したワケを理解した。狙われていたのが装備だとわかったため、あの感情も仕方がないと納得する。

 

 

 しかしながら、もしも己がリリルカと同じ状況だったならば。そう考えると、似たことをやってしまっていたのではないかと思えてしまう。

 善だの悪だの言えるのは、明日を生きることが出来るから。明日すらも生きることが出来るかどうか分からぬ者に、そのような綺麗事を考えている暇はない。弱肉強食の概念が通じるオラリオならば、猶更のことである。

 

 通常において、人を裁くのは法となる。しかし今の場合、人が人を裁こうとしている。

 故に、直接的な被害者ではない二人には、リリルカ・アーデを裁けない。善ではないと言い切れるが、それを悪であるとは言えないのがタカヒロの持論である。

 

 

 それでも、彼女は罪を償いたがっている。せめてもの罪滅ぼしということで、今の装備はバッグに至るまで全てを売り払い、何かしらの施設に匿名で寄付することで決定された。

 替わりの装備は、今から集められる分から借りて揃える流れ。流石に服までということはないが、文字通りの裸一貫から、リリルカ・アーデは再スタートをすることとなる。

 

 今の彼女からすれば、生き残るためとはいえ働いてしまった罪を滅ぼすために、むしろ率先してやりたかった内容。それで肩の荷を少しでも下ろすことができればと、ベルもその考えに賛成していた。

 しかしながら、ソーマ・ファミリアを脱退しなければ根本的な問題の解決にならないことは明白だ。とはいえ、そう簡単に脱退できるものでもないらしい。

 

 

「い、1000万ヴァリス……ホントか、リリ助」

「はい……」

 

 

 彼女を心配するベルの言葉で、ソーマ・ファミリアから脱退するには1000万ヴァリスの大金が必要との情報がタカヒロとヴェルフにもたらされた。あまり信憑性が湧かない程の大金で驚くヴェルフながらも、彼女曰く事実のようである。

 そして、抜けた後にどうするかが重要だろう。勢いだけで行動を起こしては、良い結末を迎えることは難しくなる。

 

 タカヒロがその点を聞いてみれば、先のようなことを考えておきながらわがまま・無礼極まりないと前置きして、ヘスティア・ファミリアに入りたいとの内容だ。この度、自分に道を教えてくれたベル、その主神、そしてファミリアのために活躍したいと、頭を下げながらもハッキリと述べている。

 その気持ちが嘘か本当かは、ヘスティアならば読み取れる。故にタカヒロとしてはベルの気持ち次第と捉えているが、少年も「師匠と神様がお許しになるなら」と、リリルカを擁護する発言だ。ヘスティアが口にした通り、優しさの塊という表現は間違っていないだろう。

 

 そして此度は、ベルの決定を支持するというのが青年の選択である。故に「二度目は火炙りだ」との言葉でリリルカに釘を刺し、強い意志の篭った瞳で見返す彼女を受け入れることとなる。

 とはいえ、事前条件となる1000万ヴァリスは必要不可欠。決して安くはない金額であるためにベルもヴェルフもどうにかすることはできないが、どうやら、そこの青年には考えがあるようだ。

 

 

「ならばリリルカ君。これからドロップ品の在庫補充に向かおうと思っているのだが、自分の狩りを手伝うか?分け前は払おう」

「よ、宜しいのですか!?」

「だったら俺も付き合いますよ、タカヒロさん!」

「1000万ヴァリスだろう、そのぐらいなら短時間で何とかなる。では、4人で“少し深く潜ろう”か」

「はい!」

 

 

――――短“時間”?少し深く潜る?

 

 

「あっ」

 

 

 いつかどこかで聞いた、その一節を耳にして。3人の中で唯一、ベル・クラネルは“何か”を察したようだ。

 




・原作→冒険者を恨んで窃盗
・本作→どうしても足りない時に窃盗
 少し意味が違っております。

 そして、24階層でパルゥム3人にスポットを当てた理由の答えでした。フィンとの繋がりも含めて、この“IF”をやってみたかったのです。
 漫画版で報われなかった姉弟も報われて、イイハナシダナーで終わろうと……

 思ったんですがねぇ……なんだか、やらないといけない気がして。


 次回、リリルカパートの最終話です。
 コミカルさーん、出番ですよー()


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61話 Welcome to ようこそ…

この作業は……
(イーサークリスタルで)どったん、ばったん大騒ぎ。The true power、ウォードン・クリーグ先生と。
後衛の安全と安心をお届けする、物理報復ウォーロード株式会社の提供でお送りします。


 “少し深く潜ろうか”という、魔法の言葉。微妙に細部は違えど、かつてこの言葉を聞いたことのある冒険者が、オラリオの街に一人いる。

 他ならない一番弟子、ベル・クラネル。今の言葉のやり取りで、今後の事情を察してしまって苦笑の顔を隠しきれない。リリルカが不思議そうに首を傾げて顔を見上げるも、額に冷や汗が浮かんでいた。

 

 かつて己も経験した、ヤベー場所のヤベー空気。ランクアップしたものの、レベル2ですら訪れるには早すぎる場所、深層のなかでも更に奥深くとなる50階層。

 そこから一歩だけ進んだ51階層だったものの、出現したモンスターの危険さは今でも鮮明に覚えている。実力がついてきたが故に、危険さや実力差が、当時よりもハッキリと分かっていた。

 

 ハイライトが消えかけつつある瞳で虚無を見つめるベルに気づき、リリルカは何事かと困惑する。当たり前だが、“少し深く”が50階層などとは微塵にも想定していない。

 精々、中層手前の15階層辺りだろうと考えているのが実情だ。そして短“時間”とは“期間”の言い違えだと、脳内で勝手に変換して認識されてしまっている。

 

 

「確認するが、今回の目標は自分が集めているドロップ品の補充。そこから1000万ヴァリスは君の保釈金として充てよう。金銭の管理は君に手を差し伸べたベル・クラネル、いいね?」

「わかりました。リリにできることがあれば、なんでも仰ってください!」

「ドロップアイテムは此方が必要としていてね、譲る気は無い。君の取り分は魔石を換金したものとなるが、異論はないか?」

「はい!」

 

 

 場所が場所じゃなければ異論は無いと思うけどなー。と内心で呑気に考えるベルとは対照的に、リリルカはやる気十分だ。

 レベル2になって鍛冶のアビリティを取得したいヴェルフも、更なる階層ということでやる気十分。ソコソコ言い合っていた仲であるはずのリリルカとすっかり意気投合し、「経験値(お金)を稼ぐぞー」と、拳を突き上げている。

 

 

「では二人とも、少し目を閉じてくれ」

 

 

 何か始まるのだろうかと、二人は目を閉じながらも薄笑みを浮かべて期待している。トンと優しく背中を押され、少しだけフワリとした感覚に包まれた。

 先ほどまでの戦闘もあり、共にやる気は最高潮。1ヴァリスでも多く稼いでやると、リリルカもまた内心では十分に気合を入れている。

 

 

 これは、青年(装備キチ)歩み(棒立ちし)、女神が記す(胃を痛める)―――眷属(ハクスラ民)の物語。

 

 ダンジョンに常識との出会いを求めるのは間違っているだろうか。

 メモリア(トラウマ)・フレーゼ。

 

====

 

 装備キチ基準の常識はさておき、青年が補充しようとしているドロップアイテムとは何なのか。それは、延長戦に突入しているヘファイストスへのガントレットの作成を依頼した際に渡した代物。自腹をきってまでトライ&エラーを繰り返しているヘファイストスのために追加で納品したヴァルガング・ドラゴンの鱗50枚。

 つまり、タカヒロが“ちょっと深く”、かつ“短時間”で行こうとしているのは、ダンジョンの深層となる58階層なのである。ヘファイストスからもう一度の“おかわり”が出された際に備えるというのが理由であり、そして4人は、リフトにて50階層へとワープしてきたわけだ。

 

 

「り、リリリリリルカ・アーデ。が、ががが頑張ってくれよな!期待しているぞ、サポーター!」

「り、りりりりりの名前はそんなに長く、ありま、せん!期待していますよ、“戦える鍛冶師”!」

「今現在をもって撤回する」

「ずるいですよヴェルフ様ー!」

 

 

 ということで、あっという間に現在51階層。初日のベル・クラネル宜しく―――というよりはそれ以上で、目を見開き歯を打ち鳴らして完全に怯えてしまって、ただのカカシと化している二人である。

 目を瞑って2秒後に開いたら50階層でした、などと、誰に言っても信じてもらえないだろう。しかしながら、肌から心を蝕むようなこの気配は、話程度に聞いたことのある“深層”のモノであることはハッキリとわかった。

 

 そして、そんな深層をズカズカと我が物顔の様相で進むフルアーマー。その後ろでは周囲警戒ということでベルが辺りを見回しながら進んでいるのだが、到底ながらも深層の行動とは思えない。

 いや、そもそもにおいてレベル1や2がこんなところに居ること自体が間違っており、理論上の戦力がたった一人というのもオカシな話だ。最初から最後まで、とにかく全てにおいて、二人にとっては今までの常識が吹き飛ぶ状況となっている。

 

 恐怖を紛らわすために、「どこへ向かっているのか」とリリリリリルカ・アーデが恐る恐る質問を投げる。すると青年は、平然と“カドモスの泉”と答えるのだ。残念ながら、抱く恐怖は増長されるだけで僅かにも軽くなっていない。

 狩場へ向かう際に、ちょっと経験値やドロップアイテムが良いボスを倒していく流れ。そんな事は知らないが、51階層最強と名高く、階層主に匹敵するモンスターを相手にソロプレイなど正気ではないとリリルカは青ざめて――――

 

 

『■■■――――!!』

 

 

 予想外が予想外で上塗りされる、数秒で終わる戦いを目の当たりにして。十日ほど前の夕方に己が起こした出来事が蘇り、違う意味で青ざめた。

 今現在においては心を入れ替えているものの、己が狙った獲物が完全に間違えていたことが確定されて背筋が震えあがる。もしあのまま実行してしまっていたら、そこの強竜(カドモス)と同じ運命を辿っていたことだろう。

 

 光景を目にして、ハイライトが消えかける。目の前の光景は到底ながら受け入れることが出来ず、思考回路が拒絶反応を起こしてしまったが故の外観的変化。

 しかし耐えろと、皮一枚で繋がっている己の心を奮い立たせる。これが己の為の金策であることは重々承知しており、ここを乗り切ることができるならば、1000万ヴァリスを手にして大手を振ってソーマ・ファミリアから脱退することができるのだ。何事もポジティブに考えるべきであり、今しがたカドモスの皮を獲得したために、これで終わりだと暗示をかけて乗り切ろうと力を入れた。

 

 

「た、タカヒロ様、せっかくですので泉も回収していきましょう!需要が被れば、中々の高値で売りさばけます!」

「ほう。では任せよう、手早く済ませてくれ」

 

 

 呑気に言葉を返しながら腕を振るうと、そこに居たらしいモンスターが炸裂する。今現在は58階層のドロップ品にしか興味がないこの男、「さっさとしろ」という心の底にある本音が漏れてしまっていた。装備できぬ、ただの水には興味がないらしい。

 ということで欲張れないリリルカは、適度な量を汲み取ると、すぐさま“撤退”の準備を整える。湧き水を飲んで呑気に「おいしいです!」と言っている白兎を、これまたハイライトが消えかけつつ呆れた目で見つめるヴェルフなど、各々の温度差は様々だ。

 

 しかし、そんなベルの姿を見たことで、1つの無慈悲な現実がリリルカのなかに思い返される。あの青年は、先ほど「ドロップアイテムは自分の物」との類の内容を口にしてはいなかっただろうか。

 

 

「それでは、このまま58階層へと向かうぞ」

 

 

 ソーマ・ファミリアという、どうすることもできない絶望。貶されるだけで一生を終えると思っていた、サポーターとしての人生。

 そんな絶望という闇を照らしたベル・クラネルに助けられたものの、ここにきて、もう1つの絶望が待っていた。今度こそハイライトが消えた瞳を虚無に向けるリリルカと巻き込まれたヴェルフは、それでも置いて行かれまいと、全力で51階層から先の通路を疾走する。

 

 平均レベルが26となる4人パーティーは、約一名の指示をもとに文字通り必死になって火球を避けつつ、あれよあれよと口にする間もなく58階層へ到着した。あまりにも敵がポンポンと容易に死んでいくために、ここが本当に50階層より先なのかと、初参加の二人は、自分自身の視覚と聴覚を何度も疑ったほどである。

 そしてその度に、少なくとも上層とは桁違いなモンスターを前にして、死を覚悟すると共に深層であることを再認識する無限ループ。所々で最低限度のメンタルを保護する現実逃避と言う感情が混じっているために、このような結果となっているのだろう。58階層に着いた直後である今でも、その感情は変わらない。

 

 

「そ、それじゃぁ鍛冶師の自分は、邪魔にならないよう隅っこで……」

「何を言っている。これもパーティー行動だ、全員に仕事があるぞ」

「「「えっ……」」」

 

 

 しかしながら無情にも、まさかのこの一言である。魔石剥ぎ取り担当の仕事が予想されるリリルカはともかく、ヴェルフは何を言われるのかと怯え、足が震えてしまっていた。

 結果としては、リリルカの手伝い作業。リリルカが魔石を取り出す担当であり、ヴェルフは魔石をバックパックに仕舞いドロップアイテムを一か所に纏めることが仕事というわけだ。

 

 

「死骸は“比較的”安全な数か所に纏める予定だ。ベル君は、モンスターを引き連れてきてもらう」

「が、頑張ります……」

「身体を張らなくてもいいぞ、遠距離からのファイアボルトで十分だ」

「あ、なるほど」

 

 

 釣り、と呼ばれる行為がある。パーティーのなかで足の速いものが、遠方からモンスターを引き連れてパーティーの下にまで運ぶ行為。

 もっともオラリオのダンジョンにおいて、そんなことをやる阿呆は存在しない。死んだら終わりの状況下において敵の頭数を増やすなど、文字通りの自殺行為に他ならないからだ。

 

 それを58階層でやろうとしている阿呆が目の前に居るために、リリルカもヴェルフも身体が固まって動かない。必死になって58階層へ来れたものの、比較的安全エリアである58階層入り口から一歩進めば、そこは文字通りの即死エリア。

 ベルとタカヒロが前に出て、残った二人から射線をずらして戦闘態勢を整えた。勇気を出してファイアボルトを放ったベルだが、キャッチボール宜しく、その何倍も強力な火球が返される。全力で回避に集中するが、中々に難易度が高い状況だ。

 

 火球の次と言わんばかりに突進してくるヴァルガング・ドラゴンだが、結果は以前と同じである。報復ダメージで即死する結果となっており、人間の何倍もある巨大な死体がヴェルフとリリの真横へと蹴飛ばされた。

 恐怖に顔が引きつりながらも、リリルカは魔石を取り出そうとナイフを突き立てる。しかしながらレベル1が使う武器が通用するわけがなく、線傷の1つすらもつかない状況だ。

 

 

「た、タカヒロ様、ナイフが通りません!」

「ならば、長剣だがコレを使え」

 

 

 ダンジョンの階層6つを貫通するヴァルガング・ドラゴンの火球が背中に命中しながら投げ渡されたのは、どこからか出現した“スピリア・スクラップメタル グラディウス・オブ アタック”。レベル1の初期装備の剣ながらも、攻撃能力と追加の物理ダメージを発生する2つのAffixがついた、彼お手製の駆け出し用のマジック等級な片手剣である。

 この世界におけるおおまかな性能としては、レベル5の冒険者が使うような代物であるために、ヴァルガング・ドラゴンの装甲にも通じるのだ。ナイフのようにとはいかないものの、魔石の位置を探り当て、テキパキと回収を行っている。

 

 と思っていたのも、先ほどまでの感想だ。死体の山が片付いたかと思えば、すぐ横に、同じ程の山が2つも築かれている惨状が目に飛び込む。

 その更に向こうでは、山を築くのは大地の神(メンヒル)の仕事だと言わんばかりに新たな山が創造の真っ最中なのだから、リリルカの目から再びハイライトが消えてしまった。どう頑張っても、サポーターがあと2人は必要なほどの撲滅速度となっているのだから無理もない。

 

 必死になってやっているベルの“釣り”の姿を見るも、一度の突進術で、引き連れてきたモンスターが四方八方に飛び散っている。その度に「早くしろー」と言わんばかりの視線が背中に刺さるのだから、ベル・クラネルも超絶に必死の様相だ。そのうちタカヒロも、自分で釣りを始めているのだから始末に負えない。

 マトモに戦えるわけでもなく、かと言って余裕があるわけでもなく、色んな意味で実戦よりもつらい。それが“釣り”を経験した、リトル・ルーキーの感想であった。

 

====

 

 

「え、えーっと、端数を揃えさせて頂きまして、1782万ヴァリスになります……」

「ぶふっ!」

 

 

 日が沈み切った頃、何故だか数秒間目を閉じたら街中に移動していた4人組。そのうち3人は肉体的・精神的に疲労困憊ながらも、まだ帰宅というわけにはいかない。破裂せんばかりに膨れ上がったバックパックの中身を換金するべく、冒険者ギルドへと足を運んでいる。

 結果としては先の様相であり、ギルド職員から前代未聞すぎる数値を耳にしたリリルカは思わず噴き出した。4人パーティーならば、普段が丸1日を費やして10万ヴァリスも行けば御の字であるために、その差は凄まじいものがある。その後ろでは、ヴェルフとベルも生暖かい目を向けている。

 

 なお、実行者(元凶)曰く「随分早く終わったな」との感想で58階層から帰還していることは誰とて口に出さない。確定ドロップではない割に早く終わった理由としてはベル・クラネル(幸運持ち)がいたために、最大の敵である物欲センサーが仕事をしなかったことが非常に大きな要因だ。おかげさまで、リリルカとヴェルフの精神が崩壊しきる前に帰還することができている。

 

 そんな装備キチは「内訳を出せ」と申し出て、担当の者が慌てて引っ込み、内訳の書かれた用紙を取り出して細部まで確認を行っている。交渉すれば1800万は狙えたはずだが、悪目立ちは避けようと思い行っていない。既に悪目立ちしているのだが、その点は気にならないようだ。

 もっとも、カドモスの皮を筆頭にドロップアイテムについてはお役御免で、青年のインベントリの中に納まっている。今回はあくまで魔石と泉の水だけで叩き出した数値であるものの、それでも2時間程度の狩りと考えれば、どれほどの異常さかは説明するまでもないだろう。

 

 

 分配としては、まずリリルカの分で1000万ヴァリス。タカヒロ的には金についてはどうでもいいので残りを割り勘しようとしたところ全力で止められたため、500万がタカヒロ、100万がベルとヘスティア・ファミリアで計200万、残り82万がヴェルフの分配と相成った。

 そして最初の分は、ベルの手に渡ることとなる。もし今後、リリルカが謀反を見せるような真似をすれば、その金をヘスティア・ファミリアとして使ってしまえば良いワケだ。

 

 此処で、ヴェルフとはお別れだ。82万ヴァリスは大切に使わせていただきます。と礼儀正しく謝礼を述べ、ベルとリリルカにも別れを告げてヘファイストス・ファミリアへと戻っていく。今日の事は、きっと夢の一部として処理されることだろう。

 

 

 残り3人は、そのまま廃教会へと移動した。待っていたヘスティアに対して過去や現状、今後の抱負を隠さず説明するリリルカとベルの言葉で、彼女もリリルカのパーティー参加を判断することとなる。

 

 色々と真相を知ったベルだが、それでも、彼女とのパーティーを組みたいと言う意思に変わりはないようだ。安心して後ろを任せられるサポーターがどれだけ重要かを、ヘスティアに対して必死に説明している。

 彼女も腕こそ組んでいるが、説明を聞く表情は真剣そのものだ。決して相手が女だとかそのような感情は無く、あくまでも、リリルカ・アーデという存在を見定めている。

 

 

「……なるほど、事情は分かった。それでもボクは、正直に言うとキミのことが嫌いだ。理由は、わかるよね?」

「っ……はい」

 

 

 自分がしでかしたこととは言え、タカヒロとベルの装備に狙いを付けた、その実績。願う事ならば無かったことにしたい彼女だが、それは今までの人生においても同じこと。

 そしてヘスティアからすれば、それは犯罪未遂以外の何物でもない行為。正直に話しているとはいえ、概要を聞いたヘスティアから見た彼女は、手のひらを返して二人に取り入ろうとしているようにしか映らないのだ。

 

 

「リリルカ・アーデ君、率直に聞くよ。君は今でも、打算を働かせているんじゃないのかい?」

 

 

 それでも、己ともう一人の眷属が「任せる」と判断した、ベル・クラネルからの紹介であることも、また事実。故に彼女は、その心に真理を問うのだ。

 普段は白髪の二人に向けられている柔らかなアジュール色の瞳はそこに無く、リリルカ・アーデの目を捉えて離さない。50階層とはまた違った威圧。神が己に対して向ける威圧に押されるも、眉間に力を入れて口にした。

 

 

「……あり得ません。私はこの方々に助けられ、心を入れ替えました」

「……もし君が似たようなことを繰り返して、ボクの眷属を危険に晒したら……裏切ったりしたら、ただじゃおかないよ」

「誓います。もう二度と、あのようなことは繰り返しません。ヘスティア様、ベル様、タカヒロ様、そしてリリ自身に誓います」

 

 

 此度の親役、そして審判を下した神である者から釘が刺され、リリルカも頭を下げて誓いを述べる。そこに、ただ生きるために上辺を口にする少女の姿はどこにもない。

 タカヒロの目に映る栗色の瞳は、最初に出会った時とは雲泥だ。役割はサポーターながらも、立派な戦う理由を抱いている。

 

 ともあれ、失いかけた信用を取り戻すのは並大抵の事ではない。最後にヘスティアから「行動で示してみな」と発破が掛けられ、此度の話は終息した。

 そして、とあるパーティーは、二人から三人へ。リリルカ・アーデが、ベル・クラネルのパーティーに加わった瞬間である。

 




これにてリリルカのパートは一区切りです。あとは脱退問題のところだけですね。


そして次回から、いつもの投稿ペースに戻らせていただきます。
少し愚痴をこぼしますと、毎日ってホント大変でした……。


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62話 古代神との会遇

連載は終わったけれど新規9点複数、10点評価を3つも頂いたら投稿にて御礼申し上げるのは必然。
ケアンの古事記にもそう書かれているってウォードン先生が言ってた。

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Act.8:Gods and Spirits(神々と精霊達)
Act.8-1:アイズ・ヴァレンシュタインを探しに24階層へ向かえ
Act.8-2:とある神の使者と会って会話せよ
Act.8-3:【New】とある神と会話し、力を貸せ



装備キチ Vs 紐神、ファイツッ!


 オラリオ西部にある、廃教会。地下室がヘスティア・ファミリアのホームとなっており、零細ファミリアながらも立派な活動拠点である。

 利用しているのは主神も含めてファミリアに所属する3人だけであり、来客の1つも実績がない程だ。しかしながら、本日は第一号となる者が訪れている。約束の時間よりもかなり早い。

 

 本来ならば黄昏の館に居る時間帯だが、事前に受けた連絡の内容では、具体的な話は本日行われる模様。実は黒衣の魔術師とエンカウントした日に、別件の理由もあってリヴェリアから受ける教導も10日間の中止を申し入れており、不測の事態に備えていたのである。最後に会ったのが例のサーキュレーターの一件であるために、もう既に3日が経過している状況だ。

 廃教会へと訪れているのは、タカヒロがアンデッドである正体を見破った相手、黒衣の魔術師である名をフェルズ。相変わらず闇に溶けるようなローブは怪しさ満点でボイスチェンジャーのような声であるものの、中の人の性格は陽気なところがあるのか、そこそこ話が弾んでいる。

 

 

「アンデッドとなると、食事も取らんのか?」

「はは、そうだね。咀嚼はできるが、それだけだ」

 

 

 ヘスティアはアルバイトがあるために、戻ってくるまでにはもう暫くかかるだろう。24階層での情報共有も終わったために、互いに他愛もない話で盛り上がっている。

 フェルズとしても、こうして生身の人間と世間話をするのは久々だ。己の正体がアンデッドだとバレてしまっているために気負うことも無く、文字通り肩の力を抜いて話せる相手であることに間違いは無いだろう。

 

 一方のタカヒロとしては、フェルズがどのようにして不死になったかが気になっているようだ。そこでフェルズは、信用を得ることと相手の反応が気になり、正直な内容を口にする。

 もともと不老不死の実験のようなことを自らの身体で行っており、とあるタイミングで成功を収める。しかしながら結果としては魂が不変となっただけであり、肉体は普通に老朽化し朽ちたのだ。

 

 少し軽い口調で重い内容を話し、相手の様相を窺う。しかし笑いもせず、かと言って恐れることも、気味悪がる反応も返ってこない。相も変わらず、仏頂面と言っていいだろう。

 予想外の対応であるために、何故かと今度はフェルズが逆に問う。すると、これまた予想だにしていない言葉が返ってきた。

 

 

「実は、似たような……御伽話を知っている」

「似たような、御伽話……?」

 

 

 そう口にしたタカヒロは、インベントリから一冊のジャーナルを取り出してフェルズに手渡す。ボロボロとまではいかないが、くたびれたような薄めの一冊の本。

 とあるページから読んでみろというタカヒロの声を受け、フェルズは状態が良くない本のページを捲った。そこに、驚愕の内容が記載されていると知る由もなく。

 

==(ケアンの地における古い話)==

 

 繁栄を極めた大国“アーコヴィア”。その国王が自らの意志で王位を捨てるという、奇妙な時代に起こった内容。当時のアーコヴィアにおいてはあり得ないことであり、相当の論争を呼んだものだ。

 第三王朝のローワン王は、狂気に襲われていたと記されている。付近に蔓延(はびこ)っていた野蛮な種族との戦闘に勝利し戻るや否や、“モグドロゲン”と呼んだ年老いた旅人との幸運な出会いについて熱弁を振るったのだ。

 

 老人は、アーコヴィアがすぐにでも衰弱し、アーコヴィアそのものが崩壊するという予言を口にしている。彼は王に、称号・富と決別するよう懇願した。

 ローワンはその言葉に従おうとし、権力掌握の好機と見たアーコヴィア貴族の貪欲な長たちは当然ながら王を支持する。女王は王の前で涙を流して、再考するよう嘆願した。

 

 だが、ローワンの決意は固かった。 王はモグドロゲンの言う通りに王位を捨て、貧民となんら変わらない暮らしに戻ったのだ。

 

 その決定的な日から、6週間が経った頃。ローワンは王ではなくなり、また女王は自室で亡くなり、結果として玉座は空となった。

 王を失った悲しみのあまりに亡くなったのだと噂されているが、真相は不明。もっと、闇に葬られた他の原因があるのではないかとも書かれている。

 

 空位となった王座を巡って貴族たちの間で口論が起き、宮廷は混沌に陥った。なんせ、明確な王位継承権が無いのだから無理もない。

 果てしなき言い争いの中で、とある者が、少数により政治が行われる寡頭制(かとうせい)の施行を呼びかけたのである。神の力を借りて、“とある儀式”を遂行するために。

 

 

 それから、しばらくの日が過ぎた。

 

 

 筆を執る者の部屋の下、一階の中庭では鉄同士が穿たれる音が響いている。そこら中から女性の金切り声や子供の悲鳴が響き渡るが、何を言っているかは全くもって聞き取れない。

 寡頭制の支配者となっていた者たちによって住民達が洗脳され、未だ二ヵ月。用意された大儀式が始まってから、それぐらいの時間しか経っていない。

 

 その儀式の意図は、住民に不死をもたらしてアーコヴィアの偉大さを永続させるというものだった。

 もっともこの書物を残した者はそれが言わば“出まかせ”だと思っていたようだが、儀式は悲劇的にも成功を収めてしまう。

 

 事実、アーコヴィアの人々は“とある状態”を維持したまま不死を得たのだが、それは見るも無残なものである。よくある若い美貌を再び得て不死になるなど、都合の良いものは一切ない。

 身体は未だに時間による損傷・劣化が進んでおり、あまつさえ死そのものも迎えるのだ。だというのに魂はその腐敗した身体に囚われたままとなり、永遠にこの土地に縛られるのである。

 

 生きているかのように活動し続け、動くことも話すこともできる。彼等からすれば、まだ普通に生きていたときの人間とほとんど同じ。しかしどういうわけか活力は低下し、生き生きとした思考もできなくなる。

 更に恐ろしいのは、儀式以降に生まれた赤子の噂であった。人間とは程遠い奇形であり、暗く不気味な羽根を身に付けた醜怪なモンスターだというのだから無理もない。

 

 腐り果てた元人間だった肉はすでに腐敗し、やがて跡形もなく消えていく。各々は魂が青い形となりかつての姿を形成し、永遠にアーコヴィアの偉大さを象徴するのだ。

 この書物を書き残している者の建物がある中庭では、戦い泣き叫ぶ騒音が続いている。戦っている者たちは、どのような致命的手段でも死ぬ事ができぬゆえ、この騒音はまだずっと続くことになるだろうと記されている。

 

====

 

 

「……」

 

 

 そのジャーナルを読んだフェルズは、まったくもって言葉が見つからない。御伽話と仮定して読み進めたものの、あまりにも己の過去と似すぎている。

 それが国家規模で行われたなどと、想像するだけで寒気が走り吐き気を催すというものだ。儀式を行えるほどの魔術師の技量にも感心してしまう点が職業病ながらも、基本として痛ましい感情が芽生えてくる。

 

 最後に書き残された、“ずっと続く光景”。それが終わらぬ永久を指示していることは容易に想像ができるものであり、今も繰り広げられているのかと考えると、悲しみと気の毒さが浮かんでくる。

 しかしこれが物語だというのなら、結末が気になるというものだ。続きがあるのかとフェルズが問うと、タカヒロは回答を口にする。

 

 

「どこからかやってきた部外者が、片っ端から全部殺して無事に解放。ある意味では、ハッピーエンドだ」

「まさか……」

 

 

 不死であるアンデッドを殺すことができる。そう発言した先日の光景が脳裏に浮かび、この者が先ほどの言葉にあった“部外者”なのかとフェルズは考えた。

 

 

「ごめんよ、少し遅くなった!」

 

 

 そんな考えを断ち切るように、屋外から陽気な声が響いてくる。バタンと扉を開いた後に、そう言えば一応お客様的な人が来ていることを思い出していそいそとしている。

 

 今回フェルズがヘスティア・ファミリアのホームへと訪れた目的は、二人を己の主に会わせること。更にまとめると、タカヒロという戦力を使わせてもらうための、お話し合いというワケだ。

 もっとも、内容次第では断ってやろうとヘスティアは意気込んでいる。傍目には“怪しい”以外の感情が生まれないフェルズの様相がその気持ちに拍車を掛けてしまっているが、一般的にも正論であるために仕方がない。

 

 

「えーっと、フェルズ君、だったよね。今日は、これからどうするんだい?」

「私が案内をさせて頂くのだが……10秒ほど目を閉じて頂く。秘密の通路を使うのでね、少し煙幕を失礼するよ」

 

 

 作られた暗闇から解放された数秒後、二人とフェルズが居たのは、ひんやりとした冷気が漂う石造りの通路。辺りは一寸先も見えぬほどに薄暗く、段差があればつまづいてしまうだろう。

 何か手品でも使ったのかと問いを投げるヘスティアだが、フェルズは「魔道具と抜け道」とだけ答えている。己が使うリフトと似たような転移装置であると認識したタカヒロだが、特に問題はなさそうであるために口を閉ざしたままだ。

 

 狭い通路を歩く3人だが、オラリオの街とは違い、恐ろしいほどにまで繋ぎ目が存在しない。恐らくはオラリオにおいても知っている者がほとんどいないと考えているヘスティアは、うっすらと光沢を帯びる幾何学模様が刻まれた通路を進んでいる。

 すぐ後ろにはタカヒロが続いており、万が一の際には動くことになるだろう。ともあれ通路が無限に続くことも無く、やがて行き止まりへと到達した。

 

 

「ヒラケゴマ」

「……」

「……」

 

 

 随分と懐かしすぎるフレーズを耳にして片眉を歪めるタカヒロだが、出所を探るのはナンセンスだろうと無言を決め込んだ。まさか中に“盗賊が隠した宝物”が入っているわけではないだろうなと期待半分で警戒しながら、フェルズのあとに続いている。

 そしてヘスティアも、今のフレーズが分かっているようだ。互いに声に出すようなことはしていないが、数秒前まではシリアスな状況だったために、なんとも複雑な気持ちとなっている。

 

 そんな二人はさておき、ゆっくりと扉らしき物体が左右に動く。磨かれた石に反射した光が仄かに照らす薄闇が支配する広い空間は、僅かな階段があるものの、奥の壁端が見えない程だ。

 床に敷き詰められているのは、通路と同じ石板。埃っぽさはなけれど薄明りに照らされる壁や天井は、さながら古代の遺跡と表現して過言は無い。上へと続く階段が見られる点から、ここが地下であることは想像に容易いものだ。

 

 そんな施設、僅かな階段を上った広間の中心。唯一の光源となっている四(きょ)の巨大な松明が添えられた祭壇にある巨大な石の玉座に、目的の人物は鎮座していた。

 身長は恐らく2メートル以上、体格も覇気も立派なものがある。纏っているローブのフードから覗く髭は白く長く、見た目は還暦のある老人と言ったところ。ぴくりとも身じろぎを見せないが、確かな存在感を示している。

 

 

「ウラノス……!」

「……久しいな、ヘスティア。しかし、そこのお主は、まさか……」

 

 

 フェルズに導かれるように祭壇の正面へと移動した二人のうち、互いに蒼い瞳を交わせ、ヘスティアが思わず言葉を発していた。その名前を聞き、タカヒロも相手の神を知ることとなる。

 ギリシア神話に登場する原初の神の一人であり、天空を司る神。天の対義語が地だと言うならば、ガイアやメンヒルと対を成す神である。落ち着きのあり重厚な声は、他に何もない玉座の部屋に響いていた。

 

 

「……いや、驚いた。まさか、原初の光であるエンピリオンの化身に(まみ)えることになるとはな」

 

 

 ウォーロードを構成する2つのジョブのうち、その片方。オースキーパーと呼ばれる存在は聖なる墓の守護者であり、エンピリオンという天の意思の忠実な執行者にして信仰に篤き番人である。もっともエンピリオンが何かしらの要求をしたことは過去になく、無理難題となれば一瞬にして敵と化すことになるだろう。

 そして鍛錬を積んだオースキーパーとなれば、まさにエンピリオンの名に相応しい化身の如き権能を発揮するのだ。ケアンの地を支配せんとする(よこしま)な者・神の全てを屠ってきた彼がどれ程の鍛錬を積み如何程のレベルにいるかとなれば、説明するまでも無いだろう。

 

 ほぅ。と返事を行い、タカヒロはフードを外す。ウォーロードを構成する片方のクラス、オースキーパーである己は間違いなくエンピリオンの化身であるが、初見で見抜かれたのは初めてだ。

 漆黒の鋭い瞳がウラノスを捉え、ウラノスもまた瞳に力を入れて見返している。そしてその横に居るヘスティアはタカヒロに顔を向け、己が知っている事実と少し違う内容を耳にし、目と口を大きく開いて早速胃が痛くなっている。

 

 

「へっ!?化身!?タカヒロ君、エンピリオンからは加護を貰っているだけじゃないのかい!?」

「自分がエンピリオンを崇拝しているワケではないのだが、似たような力は短時間だけ使えるかな」

 

 

 ――――アクティブスキル、“アセンション”。

 熟考を通してウォーロードは身の内に神の存在(エンピリオン)を宿し、神が持つ真の力の一端を発揮する。

 

 

 それを発動したことにより、神二人の目は最大に見開いた。確かに今のタカヒロの中には神と同じ力が感じられており、まさに化身の名にふさわしい存在である。蛇足だが、一般的にアルカナムと呼ばれているモノとはまた違った力だ。

 本人の言葉通りに持続時間は10秒と短いながらも、様々な効果を発揮させる非常に強力なアクティブスキル。攻守を兼ね備えた主力スキルの1つであり、上限いっぱいにまでスキルレベルが割り振られている。

 

 ちなみにヘスティアが言っている“加護”とは星座による恩恵のことであり、“エンピリオンの光”のことだ。最終段階にあるこちらのスキルはディフェンシブな内容となっており、全くの別物である。

 ともあれ、森の中に隠されたヤベー木を新たに見つけてしまったヘスティアは、さっそく冷や汗が止まらない。己の眷属が神の領域に片足を突っ込んでいることをまざまざと見せつけられ、胃液がグツグツと煮えたぎっているのがハッキリと分かった。

 

 

「話が逸れたな。自分の能力はさておき、本題に入ってくれ」

「さ、さらっと流す前に胃薬を貰えないかな……」

「なんだ、常備していないのか」

「持病が無い限りは常備するような薬じゃないだろ!」

 

 

 コミカルな雰囲気になりつつあるなか、フェルズは咳払いでもって意識を逸らす。その流れで腹を抑えるヘスティアにポーションを渡すと、彼女は一気に飲み干した。胃潰瘍程度は治るかもしれない。

 

 そして、ウラノスという神についての内容がフェルズの口から語られる。来客2人は立ったままながらも、その内容に聞き入っていた。

 “古代”と“現代”という2つの時代の転換期、その節目に、他の神々と共にこのオラリオの地へ降り立った。ダンジョンの大穴から溢れるモンスターの封じ込めに尽力し、恩恵を与えた子供たちと共に、今の迷宮都市オラリオを築き上げた最古の神。

 

 ギルドを己の派閥とし、都市とダンジョンの管理に専念している。それを示すべく、また他のファミリアとは絶対の中立を示すため、ギルドで働く者には己の恩恵を与えていない。

 そしてウラノスがこの祭壇で行っているのは、“祈祷”だ。ギルド本部の最奥にある間であり、他の神が使用すれば天界へ強制送還となる神威(しんい)とはまた違う。強大な神威でもってダンジョンを抑え込み、モンスターが地上へ進出しようとしている動きを抑えているのだ。

 

 それらの説明がフェルズからなされ、どうやら信頼を得ようとして情報を開示していることはヘスティア・ファミリアの二人も読み取れている。地上に降りたのは最近であるヘスティアも、ここ1000年ほどの事情を掻い摘んで知った格好となった。

 続いてフェルズが、先日タカヒロに伝えたオラリオの危機を今一度説明し、ウラノスが肯定する。ヘスティアは神であるためにフェルズが嘘を言っていないことは分かっており、事の大きさを理解して額に汗を浮かべた。

 

 

「もう察しているだろうヘスティア。オラリオに迫る危機を覆すために、彼が持つ強大な力を借りたいのだ」

 

 

 神々は下界に過度の干渉をしないと全員が誓った、1000年前。故に、身体能力的には凡人もしくはそれ以下である神達では、今の問題は解決できない。

 また、ヘスティアは善神と呼ばれる部類の神だ。それこそ神々の都合で、己の可愛い眷属が危険に晒され振り回されることを良くは思わない。故に親しい仲であるウラノスに対しても、鋭い視線を向けている。

 

 

「そこを推して、この通りだ」

 

 

 座ったままながらも、ウラノスは微かに頭を下げた。フェルズも同様のことを行っており、タカヒロとしてはヘスティア次第で協力する旨を話している。

 ヘスティアとしても、そこまでされては無下にすることは行いたくない。ヘスティア・ファミリアとしての協力の約束ではなく、タカヒロが首を突っ込むことに関して承諾した返答を行うこととなる。

 

 

「本人次第だけれど、分かったよ。当たり前だけど、依頼内容を遂行するかどうかの決定権はタカヒロ君にあって、ちゃんと見返りがあるんだろうね?」

「もちろんだとも。報酬は相応のもの、御仁は装備を希望している。その他に希望することがあれば、我々もできる限り応えるつもりだ」

「ふーん。でもフェルズ君、知ってるかい?タカヒロ君が希望している装備のレベルって、ヘファイストスですら何日もかかって未だ完成形も見えていない程の難易度なんだぜ?」

 

 

 えっ。と言わんかの如く上半身を前のめりにし、フェルズはヘスティアに目をやった。それが本当ならば色々と問題であり、ヘスティアは「知らないぞ~」と言いたげな表情を見せている。

 正直なところ、金にモノを言わせて素材を用意。タカヒロが要望するものを、ヘファイストスかゴブニュ辺りに強制ミッションとして依頼すれば収まるものと考えていた。しかし、先の話が本当ならば、突破口など在りはしない。

 

――――二言は無いと口にしたよな?

――――それでも取り消させて!

 

 そんなことを目線で言い合うような顔の動きを見せる二人のうち、フェルズは「だったら装備以外の何かで!」と身振り手振りで交渉中。すると手刀で己の首をトントンとするタカヒロが断固拒否の姿勢を崩さないために、交渉は席に着く前から決裂している。

 

 両手で頭を抱え悶絶しているフェルズの横で、ウラノスはタカヒロに対して質問中。まずは“極彩色の魔石”を見たことがあるかと聞いており、青年は見たことがないと答えを返した。

 ウラノスの指示で正気に戻り“極彩色の魔石”を取り出したフェルズは、タカヒロとヘスティアにその魔石を見せている。ヘスティアもまた首を傾げており、こんなのは見たことがないと答えている。

 

 

「見事に極彩色、だが……」

「タカヒロ君、どうしたんだい?」

 

 

 一方のタカヒロは、何か引っ掛かることがあるらしい。本人としても理由は分からないが、魔石を見つめたまま言葉を発することなく静止している。

 赤、桃、紫、青、朱、茶。おおかたこれらの色合いで構成された、まさに極彩色と呼べる魔石に違いない。結局のところ答えは出なかったようで、魔石をフェルズに返していた。

 

 続いてウラノスは、別の質問を投げている。24階層において魔石を埋め込まれた人間と言うイレギュラーが登場した際に、青年は唯一、気にも留めない反応を示していた。その点についての内容である。

 理由を聞かれたタカヒロは正直に答えており、かつて、とある地方で見たことのある光景を口にした。

 

 此度の案件とは少し異なるが、とある(イーサー)クリスタルを身体に埋め込み、クリスタルに宿る力でもって身体を強制的に強化させる手法。それこそ、神の恩恵に匹敵する程の強化内容だ。

 その手法を少し変えて、クリスタルを埋め込んだ人物を“操る”ことも目にしている。オラリオにおいては、極彩色の魔石がそのような使い方へと発展しないか気にしているというのがタカヒロの現在の心境である。

 

 驚愕と言って過言のない内容を耳にして、魔術師であるフェルズも先ほどの悩みを忘れて聞き入っていた。ウラノスやヘスティアはまさかの事態に驚愕の表情を浮かべており、そうなることは絶対に阻止しなければならないと言わんばかりに眉間に力を入れている。

 

 

 一方の青年からしても、そんな二人の反応は、いい意味で疑問に思ってしまうモノがある。かつて会ったことのある神々が相手ではどうにも思わなかったが、こうも人間臭い神々を見ていると肩入れしたくなるというのが実情だ。

 GrimDawnの根底を解決した己が、今度はGrimDawnの発生を阻止するべく神々と会うことになったと考えれば、不思議と因果があるようにも思えてしまう。何かと愛着が湧いてきたオラリオだけに、見捨てる選択肢が生まれることは無いだろう。

 

 

 こうして、オラリオに迫る水面下の危機に対し、対抗策もまた水面下で動くこととなる。胃を守るようにして腹部を抱えるヘスティアと共に、タカヒロは教会へと帰還した。

 相手が持ち得る勢力の全体像はいまだ見えないが、それは相手からしても同様だ。ここだけを見れば、お互いにイーブンな状況下であると言えるだろう。




ジャーナルの内容は、かなり噛み砕いて文言を変えておりますがゲーム通りの内容です。

■魔石について
 アニメ版だと“ティオネが芋虫から採取した魔石=茶色の中に緑色の光沢”となっていましたが、“極彩色(=鮮やかな色を何色も使ってあること。または、けばけばしい色)”という表現には程遠かったので、参考にはしませんでした。
 原作で明らかになっていない部分なので独自解釈のオリジナル路線です。そろそろ外伝13巻が出るらしいので矛盾する部分も出てくるかもしれませんが、ご了承くださいませ。



■DLC:FG導入時に選択可能なマスタリー
OathKeeper(オースキーパー)
 メンヒル寺院の出身か魔神たちに魂を差し出した者かに関わらず、すべてのオースキーパーは、怯み無き忠誠と熱狂的な激怒という二つの共通点を持っている。
 オースキーパーは、聖なる墓の守護者であり、天の意思の忠実な執行者にして信仰に篤き番人である。
 彼らは、ただ盾や神の力の後ろに隠れているだけではない。オースキーパーにとって、それらは恥ずべき者の血を流し、正義の怒りを導く武器なのである。

■アクティブスキル:アセンション(レベル15)
・深い熟考と固い信仰を通して、オースキーパーは身の内に、一瞬とはいえ神の存在を経験することができる。この導光は、試練の時に慰めを、神の真の力の一端を提供する。
78 エナジーコスト
24秒 スキルリチャージ
10秒 持続時間
+7% 攻撃能力
+166 ダメージ吸収
+446 火炎報復
+202%全ダメージ
+202%全報復ダメージ


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63話 少し離れて

厚く御礼申し上げます(いつもの)


「やってきました、11階層ー!」

「11かいそー!」

「お二人とも、(はしゃ)ぎ過ぎです!それよりも深い場所に行ったことがあるでしょ!」

「……まぁ、あれは、ねぇ」

「……ベル、リリ助。あれは夢だ、いいな?」

「「あっハイ」」

 

 

 とある鍛冶師の陽気な声が、まだ狭い場である11階層入り口に木霊する。つられるように白髪の少年の声も木霊したが、ハッとして真後ろに居る己の師を見てしまう。ここはダンジョンであり、遠足に来ているワケではないのだ。

 しかし、フードの下にある口元は穏やかである。先日の10階層では終始真面目な様子を見せていたが、今回は違うようだ。

 

 

「なに、たまにはこんな雰囲気というのも良いだろう。見ての通りフィールドは広い、三人とはいえ立ち回りも含めたパーティー行動を披露する場だ。楽しみながら、しかし油断せずに処理していこう」

「はい、頑張ります!」

 

 

 師の許しも出たことで、今回のベルは心からの楽しみを見せている。ソロで潜っていた時のような技術向上が目的ではなく、3人での連携を楽しむ戦いだ。

 流石に、先日の時のような大人数の興奮には及ばない。それでも、自分一人で潜ることがほとんどだったダンジョンに、こうして仲間と共に潜ることとなって嬉しいのだ。

 

 そしてタカヒロは、新たにパーティーへと正式に加入したサポーターに対しても問いを投げる。先日の通りに動けるかと言う問いに対して、リリルカはハキハキとした回答を行っていた。

 また、身の回りを案ずる質問を問われるも、例の3人組が働いていた横暴さが露見したために、ソーマ・ファミリアとしても活動を自粛しているようだ。絶対的な喧嘩の理由を持ち合わせたことにより、興奮度合いがバナナを得た猿状態になっているロキの指示で構成員の素行調査が行われ、“とりあえず”主神の唯一の趣味である酒造業務が禁止されたために主神ソーマのメンタルが決壊。結果として資金が貯まってもリリルカは未だソーマ・ファミリアに居るのだが、かつての資金巻きあげの被害などは無くなったとのことである。

 

 

「はい。おかげ様で、恐喝もなくなりました」

「そうか。しかし礼ならば、交渉の席についたロキ・ファミリアに伝えることだ」

「はい!」

 

 

 年頃の女性らしい、向日葵のような笑顔がパッと咲く。そちらに目を向けていた男3名は、ようやく彼女の荷が下りたのだなと、安堵の心を抱いていた。

 

 と、ここで、まずは青年による弟子に対する新たな技術の教育となるようだ。都合よく4体の魔物が出てきたこともあり、タカヒロは、呑気な様相で盾を構えて前に出る。

 

 相手は全てシルバーバック。ベルもかつて相手したことのある魔物であり、厄介な魔物であるためにヴェルフも表情を強張らせた。そして青年が行う今回の講義は、一対多数における処理についての内容だ。

 真剣な眼差しを向けるベルに、ヴェルフも声を掛ける余地がない。しかしシルバーバックは別であり、纏めてタカヒロに向かって突進や爪を振りかぶって攻撃を仕掛けてきている。

 

 シュールな参考例となった一対複数の状況において、突撃のフェイントをかけることで敵の攻撃タイミングをずらし直撃する場所を調整、今回の例でいくと4匹のうち2匹に対してフェイントを仕掛け攻撃タイミングをずらし、かつ己の一振りで合理的な防御と成す高等技術。今までに学んできた相手を広く見る行動を使った次の段階を見せ、ベルは力強く頷いた。

 なお、相変わらずタカヒロは口答で説明しながら朝飯前に行うのだから、リリルカやヴェルフとしては開いた口が塞がらない。しかし同時に、この者から学んだ故にベルが一流と言える程の武器の扱いを持っていたのだと再認識し、納得した。

 

 どこでどう知り合ったのかは二人にもわからないが、ヴェルフにとっては、己のナイフがこれ程の者に認められたということも事実である。そう考えると、俄然やる気が出てくるというものだ。おかげで最近は、ダンジョン探索以外においては引きこもりに片足を突っ込みかけている。

 クロッゾの家系で唯一魔剣が打てる自分に魔剣魔剣と迫らない師弟の二人ということもあり、彼の中におけるヘスティア・ファミリアの株は上昇していた。逆に求めない理由が気になって己から魔剣が気にならないのかと口に出すと、「現物を見てみたい、という程度なら興味がある」と青年・少年共に返してきた程度のものだ。

 

 

 そんな不思議な人物との鍛錬も今日で三日目、逆に言えば最終日である実質トリオパーティー。今までベルとペアで何度か潜ってきたこともあり、今日こそは”鍛冶”のアビリティを習得するのだと、ヴェルフは大剣を振りかざしてモンスターと対峙する。

 心に焦りが含まれているのか、やや無茶が顔を覗かせる行動がちょくちょくある。おかげさまでベルとリリルカにとっては良い鍛錬となっており、目の前だけではなく常に仲間に気を配るという、最も大事なことの練習にもなっていた。

 

 そんな様子を見守る青年は、弟子の新たな成長を見れて満足気。また一歩踏み出したことを目にして、次は何が必要だろうかと新たな鍛錬の内容を考えた時、ふと、とある人物の顔が浮かんできた。

 

 

「……そう言えば、もう6日も会っていないのか」

 

 

 最近は、ほぼ毎日の如く目にしていた整った容姿と素顔。時折互いにちょっかいがてらに煽るような言葉を発することはあれど、基本として親し気に会話を交わす、その相手。特徴的な人物故に忘れるのも難しいだろうが、はたして理由はそれだけかと疑問が芽生えた。

 

 己が向ける広い目線が、ソコソコの頻度でそちらを向いて居たことに気づいたのだ。好意まではいかずとも彼女と交わす会話は楽しいと感じていることを、ダンジョンの11階層という全く関係のない場所で再度実感したタカヒロであった。

 

========

 

 一方此方はロキ・ファミリアのホームである黄昏の館。普段通りといえば普段通りなのだが、極一部において問題一歩手前の事態が起こっている。

 問題と言っても具体的に被害を受けた者は一名を除いて誰も居らず、変わり様を見て思わず心配してしまう者が多数いるというのが実情だ。久々に団員、具体的には約一名の該当者であるレフィーヤを筆頭とした数名からヘルプが飛んできた主神ロキは身を震わせる。

 

 何を隠そう、3日前の早朝に酒の件、なおタカヒロが発掘したものとは別件で当該人物に盛大に怒られた実績を持っているのだ。故に足取りは重いが、ここで拒否すれば己の威厳に関わるために震えながらも生じた任務を遂行する。

 場所は中庭、声がするので場所としては間違いない。静かに扉を開き、鍛錬中のリヴェリアを観察し――――

 

 

「こ、ここで」

「違うぞレフィーヤ、そこではない。教導で詳しく教え試験にも出ただろう、何をしている!」

「も、申し訳ございません!」

 

 

 ツンツン具合が、かつてない程に強烈であることを感じ取った。

 

 ファミリア結成当時から色んなリヴェリアを見てきた彼女ですら、もうちょっと進めば「酷い」と表現しかけてしまう程である。言葉の末尾は強く上がっており、全面的に失敗してしまっていたレフィーヤも、思わず大きなお辞儀と共に詫びている始末である。

 ロキとしては、逆に最近では落ち着いてきた方だと思っていたツンツン具合。心配から来る過保護な様子は相変わらずだが、そこは彼女の魅力であり、同時に穏やかさを見る印象が強く、ますますもって母親らしいと黄昏ていたのがここ1か月ほどの感想だ。

 

 だというのに、ここ数日で一瞬にしてコレである。今ここで己が口を挟めば絶対に飛び火することが分かる程であり、レフィーヤには申し訳ないがロキは静かに扉を閉じた。

 

 余りの剣幕に、いつもは仏でも拝むかのように鍛錬を見ているエルフの取り巻き連中も遠くから眺める程度である。そちらのグループに近づいていったロキは、「何があったんや」と溜息交じりに問いを投げた。

 しかし、返ってきた答えは自分と同じだ。誰もが原因不明であり、むしろ教えて欲しいと問われたほどである。

 

 

「あのー、ロキ」

「うん?」

「リヴェリア様の情動が不安定になられ始めたのと、例のヒューマンへの教導が一時……確か10日間中止になったタイミングって、同じですよね」

「ああ、せやな。なんでも向こう側に用事が……え?」

 

 

 いや、まさか。「そんなことあらへんやろ」と口にしたいロキだったが、しかしリヴェリアが見せる穏やかさが増してきたのも、彼が教導を受け始めたタイミングであったことを思い出した。

 在り得る、いやソレが原因や。天界のトリックスターが持ち得る直感が、確かにそう告げていた。他のエルフ連中が発言者に「在り得ない」と食って掛かるものの、逆にそれらしい理由が無いことも事実である。

 

 

「そ、そもそも実のところ、あのヒューマンは真面目に教導を受けていたのですか!?」

「タカヒロはんは成績優秀やで。過去一番に出来る生徒って、珍しくリヴェリアが褒めとったぐらいや」

「り、リヴェリア様が讃美のお言葉を!?」

「他のファミリアのヒューマン、しかも男に!?」

「おのれタカ何某!」

「残り二文字ぐらい覚えたれや……。言うて自分ら、どっちかってーとリヴェリアの教導は避いとったんとちゃうんか?教える側からしたら、そら真面目で出来の良い生徒が来たら嬉しいやろ」

 

 

 珍しく正論を言うロキに傷口を抉られ、そこに居た全エルフの眉が歪んで顔を逸らした。確かに一般的には厳しすぎる部類に入る彼女の教育は、たとえ尊敬の人物とはいえ遠慮願いたいというのが此処に居る全員の感情である。逆に、予習までして挑んでいるのが彼の態度だ。

 もっとも、彼に対する彼女の教導が金輪際において中止となったわけではない。もしそれが原因だとするならば、たった6日目でこうなることには何か別の要因があるはずだ。

 

 とはいえ突破口は得た故に、探りを入れてみることはできる。ロキは中庭へ通じる扉をガチャリと開けると、リヴェリアが反応を見せる前に口を開いた。

 

 

「なぁリヴェリア、タカヒロはんとやっとる勉強会のことなんやけどなー」

 

 

 ピクッ。と、エルフ特有の長い耳が微かに動いた気がした。足元ではレフィーヤが知恵熱で頭から煙を出しているが、そちらは最初から視界の範囲外に納められるよう動いている。

 そして、反応有り。根本的な要因ではないだろうが、教導の中止が絡んでいることは間違いない。現にリヴェリアは体の向きを変え、ロキの次の言葉を待っている。

 

 

「タカヒロはんな、他言無用で秘密やけど、何かと財務系の仕事を手伝ってくれとるやん?いうて本人が受け取り拒否しとるわけやから、賃金が出とるわけやない。フィンにも相談したんやが、色々と借りもあるし、感謝の意味も込めて簡単な食事会でも開いたろうかと思うとってな」

「ほう?」

「確認せんとあかんけど、明々後日あたりが丁度ええと思うとんねん。勉強会も四日後?五日後やったっけ?から再開やろ、事前に準備物とかあれば言えるし丁度ええかな思うてな」

 

 

 なお、フィンに相談した件はでっち上げであるが、事情を話せば対応してくれるだろうと心の中で買収済み。10人程度で行うちょっと豪華な夕食程度の内容を考えている程度であり、財政的にも問題はないだろう。

 日付については明日か明後日の夜で、犬猿の仲であるヘスティアも巻き込む恐れがあるが、ここはグッと我慢した。前回においてアイズに目線を飛ばしまくっていた少年も来る可能性が高いが、こちらもグッと我慢した。

 

 何せ、己が今やっているのは般若か鬼神辺りの機嫌取りなのである。最近は下がる一方だった団員に対する己の株価が、上がるかどうか、一世一代の大仕事だ。

 

 

「良い心がけだ。タカヒロの財務処理能力には、本当に助かっている。内容次第だが、費用のいくらかは幹部で割り勘をすれば良いだろう」

「せ、せやな。ほな、ちょっと段取りしてくるわ」

「任せるぞ。そしてレフィーヤ、いつまで倒れている。もう一度最初から教えよう、構えるんだ」

「は、はいっ!?」

 

 

――――ここまで変わるんか!?

 

 それが、ロキが抱いた正直な感想であった。離れたところに居る取り巻きに聞こえていれば、この変化だけで大騒動となっていただろう。下手をしたらヘスティア・ファミリアに特攻を仕掛けていた者も居たかもしれない。

 完全にトゲが取れたわけではないが、ほぼほぼ穏やかな声と対応に変わっている。あまりの変貌っぷりに、レフィーヤの返答にも疑問符が付いている程だ。

 

 タカヒロがやっていた煽り文句に対する叫びにより、知らず知らずのうちに緩和されていた彼女のストレス。久方ぶりに大きく成長したその影響で口調がキツくなっていたが、もちろん理由はそれだけではない。

 

――――もう、6日にもなるのか。

 

 容姿、敬拝。己に対してそのどちらかしか目を向けてこなかった者がほとんどであるオラリオにおいて、自分を一人の女魔導士として扱うそのヒューマン。その者は知識がないと言うことは無く、己がハイエルフであることを知っている。

 しかし先のように、特別に扱う気配は微塵も無い。普通ならロキ・ファミリアの所属というだけで敬語となる者も少なくないのだが、彼はファミリアの差すらをも眼中にない様相を見せている。

 

 悪く表現すれば合理的な面もあるが、そうなる程に知識の幅も広く、独特ながらもしっかりとした考えを持っており話をしていて飽きない人物。現にアイズと少年との鍛錬の場においては、二人の動きを監視しながらも、常にどちらかの口が動いている状況だ。

 もっとも、普通ならば有り得ない。なぜ己がヒューマン相手にそんな反応を見せるのかと考えれば、いつかアイズに対して口にした言葉が蘇る。

 

 

「……楽しい、のか?」

 

 

 誰にも聞こえないつぶやきは、口を押さえた手の中へと消えていた。




八つ当たり良くない。

リリルカパートが続いたせいか無性に恋愛パートが書きたくて仕方がない今日の頃。決着付けようにも普通じゃつまらないし、うーん……


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64話 単純思考

昨日は七夕でしたね。

なので先のような内容にしてみたのですが、気づきましたでしょうか?
ベル君がオラリオに来たのが4月後半だとすると、この小説内部でも7月初旬ぐらいかもしれません。

本来ならば出会う日ですが、少しだけとはいえ離れている織姫と彦星をイメージして。
つまりヒロインは――――


不明!!(鋼の意思)


いや、うん。ここまできて違ってたらブクマ10000件ぐらい消えそう()
とりあえず、今は装備パートです。


「謝らなくちゃいけないわ、ごめんなさい。何回も試したのだけれど、結局、依頼の物は作れなかったわ」

「……そ、そうか」

 

 

――――ガーン、だな。

 

 依頼してからの5日目で聞かされた現状で、薄っすらと想像はしていたものの。それが、青年の抱いた率直な感想だ。

 約束の日、開店直前にヘファイストス・ファミリアへと赴いた青年なものの、待ち受けていた現実は非情である。話を聞くに、どうにもタカヒロが求める防具のベースすらもクリアできていないらしい。自腹で素材を購入して何度も試した彼女だが、結果は変わらずと言った内容だ。

 

 Affix、つまりエンチャントについてもいくらか試したが、増強剤についてはガントレット側の品質が低すぎて試せておらず、その他のAffixも一通り見たタカヒロだが、求めるものには程遠い。具体的な例を挙げると物理耐性や装甲強化などはあるが、僅か3%程度の上昇値である。

 そのような試作品を10品目ほどを拝見した程度だが、エンチャントについても希望には遠い結果である。エンチャントについては強力さを追求すると3つ程度が限界らしいが、素材による影響が多いとのことであり、その点、余計に難易度が高いらしい。この点は、青年とヴェルフがベルのために作ったアミュレットと似たような内容だ。

 

 エンチャントの類は全く付与していない状態の物も出されたのだが、確かにヘファイストスが言うことも理解できる。持ち込んだドロップアイテムとヘファイストスが用意した超一級品の金属で造られたそれらは、基本としてオリジナルよりも装甲値が低すぎるのだ。

 故に、もし有用なエンチャントがついたとしても大手を振っては喜べない。そして妥協無しを掲げるヘファイストスからしても、オリジナルよりも低い性能で満足することなど在り得ないことである。

 

 

「持ち込んだアイテムに、不備でもあったのか?」

「金属と、貴方がくれたアイテム類は問題ないのよ。エンチャントしようとしている内容に、ドロップアイテムが圧倒的に負けているだけ。一応、私が知っている中で最高級の防具に使えるドロップアイテムがどこかに無いか探しているけれど……有る無しの返事だけでも、来月までかかるわね」

 

 

 来月、と聞いて、そこの男が待てるわけがない。煮込み雑炊を待つどこぞのリーマンのように、彼の気持ちは“オブ ザ オリンポス”のAffixがついた未知のガントレットに対する欲求で埋まっている。別の物に興味が湧くことなど有り得ない。

 ならばと、何が必要かを考える。金属、あり。増強剤、あり。どのような過程で使うかは分からないがドロップアイテム、品質不足。となれば――――

 

――――つまり、更に下層で取得できる防具に使えそうなドロップ品。それさえあれば、良いワケだ。

 

 強く興味があることとなると思考回路が短縮してしまう報復ウォーロードが辿り着いた答えが、ソレだった。

 

====

 

 

「ハァッ!」

 

 

 ダンジョン、52階層。振りかざされる双剣の片方が、デフォルミス・スパイダーの攻撃を防ぐとともに、その身体を一太刀で切り裂いた。続けざまに現れたモンスターと、長身とガタイの良い一人の猪人が対峙して間合いを取る。

 レベル8となった彼、猛者オッタルからすれば、この階層のモンスターなど敵ではない。あくまでも倒し方や防ぎ方、つまるところ技術の向上を目標としている。58階層からの攻撃にも注意を払わなければならないこのエリアは、基礎的な鍛錬に打って付けと判断し、フレイヤの許可を貰って、二日前から籠っているのだ。

 

 ――――ゾクリ。

 

 新たに現れた敵を目の前にしているというのに、背中が嫌と言う程に震え上がる。敵の後方から発せられる圧倒的な気配に、対峙していたモンスターも後方へと振り向いて最大限の警戒を見せているほどだ。

 52階層で感じる気配ではない。そして49階層の階層主が発するものといえど、この足元にも及ばない。まさかイレギュラーの類かと考え、オッタルは目を見開きつつスキルを使う用意をし――――

 

 

「おや?誰かと思えば久しいな、猛者オッタル」

「……あ、ああ。御仁だったか」

 

 

 どこかで見た二枚の盾を持つ戦士が、モンスターを轢き殺しながらやってきた。相変わらずフードで表情は見えないが、少し急いでいるように見て取れる。

 しかし、状況は止まらない。飛び退いたオッタルの忠告虚しく、58階層から行われる火球攻撃は、突っ立ったままの青年に直撃することとなり――――

 

 

「気にするな、大したことは無い。では、先に行くぞ」

 

 

 まるで、何事もなかったかのようにその言葉だけ残し、謎の戦士は58階層へと続く竪穴へと消えてゆく。直後、イル・ワイヴァーンの悲鳴が数々聞こえているのだが、オッタルにはその穴を覗き込む勇気は持ち合わせていなかった。

 かつての狡猾さなどどこにもない、圧倒的な力量(ゴリ押し)。本来ならば自分もあのように屠られたのかと考えると、猶更の事、あの時の戦いに感謝しなければならない気持ちが芽生えてくる。

 

 

「狡猾さで負け、力量の差もまた歴然……どちらにせよ、俺もまだまだか。しかし――――」

 

 

 追う背中は、ひどく遠い。それにしても遠すぎはしないかと思うも、それでも己が道を走ることには変わらない。

 主神フレイヤのために、強くなる。明確な戦う理由を抱いている猪人は、鍛錬を再開した。

 

 しかし先程の発言のうち、1つの事実が気になって仕方がない。フレイヤすらも見たことのない爽やかな表情で、青年が降りていった穴へと顔を向ける。

 

 

「俺程度の者の名を、二つ名も含めて覚えていてくれたのか……!」

 

 

 猛者オッタル。あまりの嬉しさに【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】が発現――――は、しなかった。しかしながら気分はウキウキであり、気合を入れ直して鍛錬へと戻っている。

 実のところタカヒロが名前を憶えていた理由として、猛者が掲げていた戦う理由に感心しているのだ。相手こそ主神でなけれど、そう在れれば素敵だなと、秘かに焦がれていたりする。

 

====

 

 黒い鎧の塊が、薄暗いダンジョンの58階層を疾走する。ガーディアンこそ召喚していないが全ての装備効果と星座の恩恵を有効化しているその姿は、かつて幾たびの地獄(ケアンの地)を駆け抜けた姿の再現だ。

 

 コモン級のモンスターが近接技において青年を攻撃しただけで、モンスター側が即死する理不尽さ。轢き殺されるとは、文字通りの表現である。

 50階層から出撃したその青年が目指す場所は、遥かなる下層エリア。そこへ辿り着くために59階層へと突入した際、広い空間のド真ん中にある、天井まで聳えんばかりの巨大な植物に目がいった。

 

 しかしウォーロード、これをスルー。58階層も59階層も大して変わらんだろうと言う考えが根底であり、どう見ても重装備用の防具の素材を落とすとは思えないために眼中から外れている。

 結果としては、いくらかの芋虫が轢き殺された程度。関係ないモンスターはスルーして目的地に向かうという、ハクスラ民のお約束を無意識に実行してしまっている。

 

 

 60階層から先は数えていない。正確には数えられないと言った方が正しく、ダンジョンについては相変わらずの素人である彼にとっては、そこが階層が切り替わったのか単なる下り坂なのか、全くもって理解できないでいた。

 流石に60階層より下の内容については、リヴェリアの授業において出てこなかったことも要因の1つだろう。途中、何やら精霊らしい姿も把握したものの59階層と同じように防具の素材とは程遠いために、相変わらず何もなかったかのように眼中にしていない。

 

 時たま明らかに地形が変わったところなどは、一階層降りたのだな程度の把握は可能である。もっともプラス1階層という程度の情報であり、今居る階層を教えろと言われても無言を決め込むのが関の山である。

 潜るにつれてモンスターの強さが増していっているが、青年からしてみれば誤差程度で大して問題ではない。更に強く、さらに多くの敵に囲まれることなど日常茶飯事であったかつての世界と比べれば、余裕にも程があると言ったものだ。

 

 

『■■■――――!』

 

 

 狭い洞窟に時折響き渡るは、そんな青年に喧嘩を吹っ掛けるべく拳を振り上げたモンスターの雄叫びだ。侵入者に対して容赦なく行われる攻撃行動は、どの階層でも同じである。

 しかし、被ダメージによる悲鳴の類は一切無い。そんなものをあげる前に四散か飛び上がって絶命しているために、当然のことである。

 

 日帰りということで一種のタイムアタックと化しているこの状況において、ひたすらに下へ下へと進んでいる。有象無象の群れはやはり多量が向かってくるが、その程度でウォーロードが止まることなど在り得ない。

 報復ダメージはもとより、モンスターを倒す際のセオリー、魔石がある位置を正確に穿つ殴打の一撃は、立ち塞がるモンスターをなぎ倒し灰の山を築くには十分に威力がある。微塵も速度を落とすことなく疾走するその姿は、さながら向かうところ敵なしの戦車と言ったところだろう。時たま少し迷っているのは、恐らく人間アピールに違いない。

 

 そんなことを続けているうちに、未だかつてない広大さを誇る広場のような場所へと辿り着く。まるで何者かが来るのを待っていたかのように、中央に、そのモンスターは君臨していた。

 

 

 大きさは、頭から尻尾の付け根までゆうに50メートル。一種の鉱石とも見える、黒光りしたつやのある鱗に包まれたその姿は、紛れもなくドラゴンの類である。

 全身が真っ黒と表現して過言は無いだろう。いつかの本で読んだものとは違って隻眼ではなさそうだが、直感的に黒竜と呼んで差し支えのない様相を見せている。それよりも彼としては、その“等級”が気になった。

 

 

「ほぅ、ネメシスの分類か」

 

 

 ネメシス、日本語訳で復讐者と呼ばれるその存在。ボス級よりも強く、ほぼほぼセレスチャル専用カテゴリとなるスーパーボス級よりは弱いカテゴリに位置するモノだ。

 目の前の存在のカテゴライズはビーストのようであり、その点については想定通り。そしてビーストのネメシスは強いと言うのがセオリーであるために、このモンスターについても期待してしまっている青年である。

 

 ケアンの地においては様々な怪物を相手にしてきたが、ドラゴンを相手にしたことはない。精々、以前にダンジョンで屠ったカドモスやイル・ワイバーン、ヴァルガング・ドラゴン程度が関の山だ。

 

 その時のヴァルガング・ドラゴン宜しく、挨拶代わりに黒竜から咆哮が放たれた。開かれた大きな口からは、業火と呼んで差し支えない攻撃が青年に襲い掛かる。同時に前足が振り上げられ、爪による一撃が飛来する。

 基本としてブレスと呼ばれる、その魔法攻撃。ヴァルガング・ドラゴンと似た、しかし威力は魔導士が放つ大魔法ですら比較にならない程に強力な一撃が複数。全てを焼き尽くしダンジョンを破壊する攻撃は、コンマ数秒と経たずに青年へと直撃した。

 

 辺り一帯を地獄の業火に包み込み、視界を遮る程の煙が立ち込める。攻撃による爆発の余波は未だ続いており、残りやすい音については鼓膜を破らんとばかりに響いている。

 この階層に迷い込んだ、いかなるモンスターをも一撃で葬り去ったその攻撃。結果としては、文字通り火を見るよりも明らかで――――

 

 

 晴れる煙の中に人間が仁王立ちしているのは、己の目の錯覚ではないはずだ。間違いなく全力で放ったブレスによる連続攻撃だったというのに、傷1つ負っていない様相を見せている。

 

 

 続けざまに青年の口元がニヤリと歪んだのは、相手がノーマル環境のネメシスと比べて圧倒的な強さを見せたため。エリート環境に匹敵するその敵は、久方ぶりに少しだけ歯ごたえがあるというものだ。

 もっとも別の理由が圧倒的に上回っており、ノーマル環境の1つ上であるエリート、最高難易度のアルティメット環境で出てくる敵は、ノーマル環境と比べてドロップするアイテムが全く違う。装備の直ドロップこそ無いだろうが何かしら期待できるのではないかと、彼のやる気スイッチがONのままで固定されてしまっているのだ。そんなスイッチはOFFにしようにも、ONの反対側もONとなっているので不可能だろう。下手をすれば、反対側はTurbo(ターボ)になっているかもしれない。

 

 

 攻撃が通じないという恐怖を振り払うように、ドラゴンが再び吠えあがる。目の前に現れた訳の分からない生命を抹殺するべく、効かぬと把握したはずの魔法攻撃を再開する。

 この男を相手に物理による近接攻撃は悪手であると、最初の一撃で察していた。ドラゴンの己ですら内臓を抉り取られるかのように感じる程に強烈な物理報復ダメージは、二度と受けて良いモノではない。

 

 直感的に魔法攻撃に切り替えてみれば、そのダメージは無くなった。全力の一撃ですら大して効かぬことは先の一撃で分かっているが、それでも物理攻撃に戻す選択肢だけはあり得ない。

 魔法攻撃3回のうち1回ほどに強烈なカウンター攻撃こそ貰っているが、基本として体力の差は歴然だろう。この程度のダメージ交換ならば、己のライフが削られる前に倒しきれる。

 

 ――――そう判断した事こそが、黒いドラゴンが抱いた、小さな敗因の1つである。

 

 あと何度、魔法による砲撃を与えれば、この人間は倒れるのか。マインドの消費を無視して、どれほど高威力の魔法を無詠唱レベルで連続して放とうが、相手の様相に変化はない。

 モンスターながらに冗談としか思えない目の前の状況だが、直面していることもまた事実。みるみるうちに減らされる己の体力もまた、何とかして対処しなければならないことは間違いない。

 

 ならばと、ダメージの割合を反射できる魔法を使用してみる。皮肉なことに己の魔法攻撃よりもダメージは与えられているように見えるが、結果としては同様だ。驚愕の表情で相手を視界に捉え、1つの真実に辿り着く。

 この人間は、絶対に倒れない。黒いドラゴンのモンスターは、死の間際になってようやく、その揺るがぬ事実に気づくことになり――――

 




 パチン   __ノ\
  Turbo |  ノ\| ON
       ̄ ̄ ̄


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65話 黒くて硬くて立派な奴


【事前お詫び】書きたいように書いていきますが許してね!
一方で連続更新はいつまで続けられるのやら……

====

Act.8:Gods and Spirits(神々と精霊達)
Act.8-1:アイズ・ヴァレンシュタインを探しに24階層へ向かえ
Act.8-2:とある神の使者と会って会話せよ
Act.8-3:とある神と会話し、力を貸せ
Act.8-4:【New】50階層を調査せよ


「……おや、リフト地点を間違えたか」

 

 

 呑気なことを呟く青年は階層不明地点から地上へ帰還しようとリフトを開いたものの、間違えて50階層へと繋げてしまったらしい。稀によくある光景ながらも、見覚えのある自然の風景からオラリオの地上でないことは分かったために、一発でミスが判明した格好だ。

 通常ならばそのまま地上へのリフトを繋げれば良いのだが、何やらいい匂いが漂ってくる。そう言えば猪人が52階層に居たことを思い出したタカヒロは、ポーションの差し入れがてらキャンプ地点へと足を向けることとした。

 

 とある“ドロップアイテム”を手にした、この男。珍しく、ご機嫌なのである。

 

 視界が良い開けた場所に張られたテントの前に居たのは、休憩中の猪人の姿。52階層から戻ってきたのだろう。簡易的なテントの横には、予備と思われる衣類が乾かされている。

 岩に座る彼の前にある小さな鍋はグツグツと音を立てており、匂いの根源となっていた。近づくタカヒロの姿に気づいたのか立ち上がり、出迎えるような姿勢を見せている。片やフードの下ながらも互いに仏頂面が特徴であり、ある意味ではお似合いだ。

 

 

「熱心極まりないな、まだ暫く篭るのか?」

「ああ。まだいくつか、試してみたいことがある」

 

 

 そうか。と簡潔に返答し、タカヒロは持っていたポーションを差し入れた。既に何本かを使用した後らしく、オッタルは礼儀正しく受け取っている。

 そして今更ながら、互いの自己紹介が行われた。差し入れの代わりに是非ともということでタカヒロは一杯だけ鍋を貰っており、箸を進めつつ少しだけ消耗した活力を回復しており、オッタルはちゃっかり小手先の技術について質問しアドバイスを貰っている。

 

 ベル・クラネルの戦闘についても、「“とある人物”から内容を詳しく教えて貰った」と理由を作っているために話が合う。タカヒロも本人から聞いているものの、実際に見れなくなった理由が目の前に居るために、少しばかり嫌みが含む言い返しを行っていた。

 オッタルも「それは許せ」と苦笑交じりに返すなど、雰囲気としては悪くない。見た目も中身も色気は皆無ながら、互いに気は合うらしい。

 

 話も一段落して、少し50階層を見学してから帰るかとタカヒロは席を立った。オッタルも支給品のポーションを整理するらしく、テントの中へと戻っている。

 結果としてはモンスターの影もなく、平和そのもの。誰かしらが活動したような跡も無いと思ったタカヒロだが、そういえば2カ月程前に酸の海になっていたことを思い返す。一度、全部溶けてしまったのかもしれない。

 

 更にしばらく歩き50階層を見渡すことができる崖の上に到着すると、まるで映画のワンシーンのように壮大な景色が広がっている。ゴチャゴチャとしたオラリオの街中とは対照的であり、ヤッホーとでも叫びたくなるような情景だ。

 ということで青年も例に漏れず気分が良くなり、叫びの一発でも行おうかと神の力を無駄遣いして“アセンション”を発動させる。異常が起こったのは、その時だった。

 

 

「む?」

 

 

 アセンションが発動して5秒ほど経過し、叫び声を出そうと深呼吸を行った時。グラグラと大地が揺れ、草木もまたザワザワとざわめく姿を見せている。

 野営地点に戻ったタカヒロだが、オッタルもまた辺りをキョロキョロと見回していた。ともあれ客観的には、他に変わった様子は無い。

 

 

「オッタル、先ほどのは地鳴りか?」

「ああ、ダンジョンでは稀に起こることだ。特段、普段と変わりは……」

 

 

 ない、とは言い切れなかった。突如として氷が割れるような大きな音と共に天井に亀裂が走り、身震いするほどの威圧感がオッタルに襲い掛かる。

 目を見開き、思わず飛び退く。タカヒロも同じ動作を行っており、天井から飛び降りるようにして着地した者と二人が向き合った。

 

 

『■■■■――――!!』

「馬鹿な、インターバル中のバロールがなぜ50階層に……!」

 

 

 しかも黒い。というのが、過去に一度戦い勝利したことのあるオッタルの感想らしい。相も変わらず仏頂面で見上げる青年の横で、臨戦態勢に突入していた。

 

 49階層、階層主と呼ばれる強力なモンスター、名を“バロール”。かつてオッタルが満身創痍になりながらも単独による討伐に成功しており、ロキ・ファミリアならば主力陣営が総力戦で挑む相手だ。

 全長5メートルはあろうかという巨大な身体と強靭な肉体は、漆黒の鎧の上からでも分かる程。それに見合わない俊敏さは、持ち得るレベルの高さを嫌という程に示している。

 

 大地を蹴り割り、二人が居る方へと向かって猛烈な勢いと速度で突進してくる。振りかぶられる右腕が持ち得る威力の高さは、まさに底知れぬものがあると言っていいだろう。

 到底、先ほどまで学んでいた技術が通用しそうな相手では無い。故に相手の攻撃をマトモに受けとめようと、オッタルは両足に力を籠めた。

 

 

「チイッ!!」

 

 

 耳をつんざく甲高い衝突音と共に両足は地を滑り、二本の線がクッキリと草原に残った。受けた腕は痺れを隠せず、構えを取りつつ相手を睨みつけている。

 レベル8が押し負けるかと思われる程の強敵。オリジナルの推奨レベルは7なのだが、しかしこの相手は、レベル8では足りないのではないかと思える程のものがある。

 

 そして己が反撃できるとなれば相手の肘から先ながらも、オリジナルと同じく強靭な装甲値を備えているのかダメージが通らない。黒くて硬く、相手を褒めるならば立派な相手だ。

 少しばかりは傷ついているが、到底ながら致命傷には程遠い。あの程度では、すぐに自己再生されてしまうだろう。故にどうすべきかと、オッタルの額に冷や汗が滲んでいる。

 

 

「落ち着け、装甲値で上回る相手に対し狙うのは関節部だ。ミノタウロスとベル・クラネルの一戦、忘れたわけではあるまい」

 

 

 ドクンと鼓動が響き、目が見開き、水晶越しに見た光景が思い起こされる。

 驚愕ののちに冷や汗が流れ隠せなかった、ミノタウロスの強化種との一戦。あの戦いは、今でも鮮明に覚えている。絶対的な力の差はあれど、あの少年が見せた大きな背中は、間違いなく己の中にある目標の1つだ。

 

 ならば、オッタルにとって引くことはあり得ない。これを乗り越えられぬならば、すぐ後ろに居る、遥か先を歩く者の背中が見えるなど夢のまた夢。

 そして、下から猛烈な勢いで追ってくる存在に、いつまでも目を向けている余裕はない。少しでも参考にできる所を取り入れ、藻掻き、足掻き、苦しみ続けなければ。己の望むところ、主神の横に立ち続ける雄にはなり得ぬのだ。

 

 

『■■■■――――!!』

「オオオオオッ!!」

 

 

 空気を震わせる互いの咆哮が交わり響き、再び攻撃が交差する。時に真っ向からぶつかり、時に受け流して反撃する姿は、持ち得る技術力を示す戦いだ。

 しかし同時に、終わる気配がない。互いの攻撃は50階層と言う広大な敷地に反響し、どちらが勝っても負けても不思議ではない程の拮抗した戦いを示している。

 

 幾度に互いの攻撃が交わり互いの肉を掠め、それでも動いたのは、やはりオッタル。先ほど貰ったアドバイスを意識し、可動部分の1つである肘を狙って全力で刃を振り下ろす。

 装甲の薄い部分であり、先ほどから狙っていた一撃は肘から先を切り落とした。一度距離を取るために飛び退くも、驚愕の現実が目に飛び込んでくる。

 

 

「冗談だろう、なんという再生能力だ……」

 

 

 強力な自己再生の効果でもあるのか、切り落としたはずの腕が泡立つようにして生えかけている。彼がよく使うエリクサーも顔負けである程の効能だ。

 それでも、ダメージを負っていないはずがない。己とていくらかの傷を負っている、条件は五分だと認識して攻撃を仕掛けている。

 

 

 そんな戦いを見守る青年もまたバロールを見るに、残りのヘルスは50%。既にオッタルもかなりの傷を負っており、気合は十分ながらも最後まで倒しきることは不可能だろう。

 再び互いの大きな一撃が鳴り響き、両者は大きく距離を取る。タカヒロがポーションを投げ渡すとオッタルは一気に飲み干し、再び剣を構えて対峙した。

 

 その時、相手の額に変化が現れる。オッタルもそれに気づいたのか、攻撃を止め、何だろうかと注視することを選択した。

 走る1つの横線、それは二つの瞳を閉じた時と同じ形のように伺える。その線に沿うように赤く亀裂が走り、バロールが持つ魔力が猛々しく膨れ上がった。

 

 

「む、3つ目の(まぶた)?49階層のバロールに、あんなものはなかった――――」

「相手の視界から消えろオッタル!飛び退け!!」

 

 

 その言葉を受け、猛者は考える間もなく大地を蹴って岩陰へと飛び込んだ。他の者が叫んでも疑問符を浮かべる程度だっただろうが、青年の言葉となると話は別。

 瞬間、膨大な魔力がバロールの前方に対して衝撃波のように浴びせられる。一体何が起こったのかとオッタルは冷や汗を浮かべつつ岩陰から様子を伺うも、不気味な感覚が残るだけだ。

 

 盾を使ってブロックの姿勢を見せるような青年は未だ健在なれど、フードの下にある口元は厳しい様相を見せている。ガチャリと音を立てて相手と向き合う姿は、完全に戦闘態勢へと入っていた。

 そんな青年は、今しがたの攻撃を受けて理解する。今の相手の神話をモチーフしたものは明らかであり、神話の中においても有名で色濃い様相を残している。

 

 

 バロールの神話に記されている、第三の目。相手を見るだけで殺すと言う桁外れた特性を持っており、実質的な防御がほぼ不可能と言われている程のものである。

 とはいえ50階層に現れた黒くて硬い奴は本物のバロールではないのか、本物の威力には程遠い模様。オッタルが被弾していたとしても即死とはならなかっただろうが、それでもタカヒロからすれば、それは苦虫を噛み潰すような表情になってしまう攻撃であった。

 

 

「クソッタレが、“ヘルス減少攻撃”か……」

 

 

 かつて、タカヒロが最も嫌った攻撃の1つ。相手のヘルスを割合で排出する凶悪な代物であり、装甲値に関係なくゴッソリとヘルスを持って行かれることがあるのが特徴だ。今回の場合、恐らくは残りヘルスの6割ほどを減少するものと思われる。

 しかしながら青年はいくらかのヘルス減少耐性とメンヒルの防壁による割合吸収があるために、しっかりと対抗することができている。実のところは“生命力ダメージ”も合わさっているのだが、そちらについては例によって9割近くをカットしているために誤差程度だ。

 

 

『■■■■■――――!!』

 

 

 第二ラウンドの開幕だと言わんばかりに、空気を響かせバロールが吠える。明らかに違った気配を察知し、オッタルは残りをタカヒロに託すことを選択した。

 追い掛けたい背中のために無茶をする覚悟を抱いたとは言え、絶対に勝てない相手に飛び込むのは自殺行為に他ならない。それが分かる程の相手だからこそ、ここはぐっと堪えて我慢するのだ。そして何か学べることがあるはずだと、岩陰から戦闘を伺っている。

 

 なお、相手のバロールからすれば「さっきの猪人に戻して!」と叫びたい所だろう。幼稚園児の喧嘩に特殊戦闘部隊(日刊セレスチャルキラー)の人員が武力介入するような圧倒的な戦力差がそこにあり、一撃は容易く受け止められ、どういう原理か武器もろともにその右腕が粉砕されている。そもそもなにゆえ先程の特殊攻撃が効いていないのか、モンスターながらも全くもって理解不可能。

 そこからは、いつかのオリヴァ何某の再現と言って良いだろう。右足の骨を折られて動きを封じられたかと思えば瞬く間に残りの四肢を折られて地に伏せることとなり、決着は1分もかからずに確定した。

 

 相変わらずの圧倒さを目にし、オッタルも冷や汗が止まらない。レベル8が勝てないと思えるモンスターを相手にこうも呆気なく決着がつくのかと考えるのと同時に、改めて力の差を思い知らされた格好だ。

 

 神話におけるバロールの死因は、魔眼を破壊されたこと。ならば魔石はその奥かと判断し、タカヒロは最後の一撃を振り下ろした。

 なお、結果としては不発である。セオリー通りに胸の位置となっており、仕切り直しの一撃を振り下ろすと、黒いバロールは霧となって消えるのであった。

 

 

「は―――――……」

「ど、どうした……」

 

 

 そして、勝利したと言うのに盛大な溜息が木霊することとなる。腕を組んで項垂れる(さま)は、深刻なダメージがあるかのようだ。

 何事かと、オドオドしながら近づくオッタル。しかしながら理由は酷く単純であり、もし仮に事実を知ったならば、物言いたげな目線を向けたくなるものだった。

 

 その理由、ドロップアイテム一切無し、というだけの話。先ほどもっと下の階層で黒い鱗がドロップした運の反動が来ているのかどうかは分からないものの、ともかく収穫ゼロという、青年からすれば最も落ち込む内容だ。大嫌いなヘルス減少攻撃を受けたことも、気分が塞がっている要因の1つだろう。

 あまりの落ち込みように、ダンジョン内部でアセンションを発動させて今回の事態を引き起こしたことを忘れている程。もっとも本人とて悪気は少ししかないのだが、まさかこのような事態になるとは想定外と言えるだろう。

 

 

「……帰る」

「あ、ああ」

 

 

 明らかな前傾姿勢でトボトボと49階層へと歩いていくタカヒロの背中を、オッタルが呆然として見送っている。そして49階層に辿り着いたところでリフトを使えばよかったことを思い出し、オラリオの街へと帰るのであった。

 

 

「そこ行く黒いトゲトゲの戦士よ。ちょーっと、大事なオハナシが、あるのだが」

「タカヒロ、オウチ、カエル」

「そう言わずに」

 

 

 西区へと帰還して十数秒後、闇から出てきたアンデッドに拉致られたというわけだ。ウラノスの祈祷が突然とダンジョンに届かなくなったのだが、二人は直感的に装備キチが原因と見抜いていたのである。

 その元凶は抵抗する気力すらも湧いておらず、ギルド本部地下の祭壇へと到着している。あまりの落ち込み具合に何をしたのかとフェルズを問い詰めるウラノスだが、別に何もしていない。嘘では無かったために、青年の反応を疑問に思いながらも用件を口にする。

 

 

 ――――ダンジョンは神を憎んでいる。

 

 故に、神はダンジョンへ入ってはならないとの規約が神の間において存在している。正直なところ別に入るだけならば問題はないのだが、少し力を使ってしまうとダンジョンが神を認識してしまい、文字通り何が起こるか分からないとのことだ。

 そのためか今現在に至るまで、入った神は居ない。文字通り死ぬほど道楽好きの神も何名かは居たのだが、その者ですら入らなかったという徹底ぶりだ。

 

 とはいえ青年からすれば、まったくもって初耳である。心境も合わさって、ウラノスの口から出された大事な一言は、右耳から左に抜けかけていた。

 むしろ、50階層でアセンションを使えばあのモンスターを再度召喚することができるのではないかとヤベーことを考えている程。怪しい雰囲気を読み取ったウラノスが何事を考えているのかと問いを投げ、心境を正直に口にする(全ての階層で試そうとしていた)青年に対し、絶対にやめろと凄まじい強さで念を押していた。ウラノスの胃が痛くなり始めている。

 

 

「アセンションの(くだり)は了解した。しかし、それよりも報告せねばならない事があったぞ」

「何事だ?」

 

 

 そして口に出される、階層は不明なれど、隻眼の黒竜と類似したドラゴンの存在。耳にする二人は驚愕の様相を隠し切れず、だからといって対応策が思い浮かばず顔を見合わせるばかりだ。

 ウラノス視点において、今の言葉は嘘ではない。隻眼でこそなかったものの、外観の特徴は語られている内容と瓜二つ。もしこれが地上への進出を目論めば、1000年前の再来となることは明らかだ。

 

 当時のゼウス、ヘラ・ファミリア連合軍に複数居た、レベル8やレベル9。その者達ですら討伐できなかった存在ゆえに、今ここでオラリオの全勢力を向かわせたところで結果は怪しいものだろう。

 さらには、その存在を倒したところで階層主のようにリポップするのでは一種のイタチごっこのようなもの。もしそうならば、定期的な討伐部隊を送り込む必要まで出てくるわけだ。

 

 

 未だ全容が判明していないそのモンスターだが、黒竜と類似していると言うだけで二人は神経質になってしまっている。真逆に“ネメシスモンスター”程度の認識しかないフードの青年とは、ひどく対照的だ。倒したとは口に出されていないため、そのことも伝わっていない。

 石像の如く口を閉ざした二人に対し、タカヒロは所用があるために帰ると口を開く。その言葉も耳に入っていないのか考え込む様子を見せる二人に対し、今の話でドロップ品を思い出したタカヒロは、帰宅前にヘファイストスのところへと寄るのであった。

 




■活力
 活力は、非戦闘時に発動する第二のヘルス再生システムである。2.5秒間にわたって攻撃をしない、受けないとなった際に活力作動の判定が発生し、戦闘中や攻撃を受けた際は動作が中断する。
 装備キチにおいては毎秒辺り1.99%のヘルスを自動回復するが、活力が残っている場合は、その間にわたって高速で再生することができる。
 あくまで高速なだけで瞬時ではなく、ヘルスが高速再生するそのスピード(回復割合)は不変であり、ヘルス再生速度のエンチャントには影響されない。

 HP1から活力を使用して全回復した場合、最大活力の1/3を消耗する。
 活力の回復方法は、ドロップアイテムである“生命のエッセンス”か、今回のように食事を取ることで回復する。なお、GrimDawnにおいてはレベルアップするか死亡することでも回復する。

 活力の作動時には約2秒ほどで全回復するため、戦闘中において装備キチに5秒間の回避行動を許してしまった場合は(3回までとはいえ)全回復されてしまう。


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66話 黒いガントレット

ヘファイストス・ファミリアのキャッチコピー
“至高の装備を貴方に”


「……これ、どこから持ってきたの?」

「ダンジョン内部であるのは間違いないが、詳しくはわからん」

 

 

 夕方。ドスンと音を立ててリビングテーブルの上に置かれたのは、人の胴体程の大きさがあり、黒光りする巨大な鱗。眉間に強烈な力を入れたヘファイストスに問いかけられた内容に対し、青年は日頃の仏頂面のままで、すっ惚けた。

 

 ダンジョンの不明階層にて対峙した、黒いドラゴン。エリート環境におけるネメシス級であり、久々に少しだけ歯ごたえのあった敵が落とした鱗がコレなのだ。

 そしてヘファイストスの視点においては、相手が口にしていることは嘘ではない。どこで何をどうしてドロップしたアイテムなのかを問い詰めたい彼女だったのだが、彼女は彼女で、それよりも、このドロップ品が気になって仕方がないのだ。

 

――――北の町から飛び立ったと言われている、黒竜の鱗……に似ているけれど、違うわね。それはどうでもいいけど、あそこがこうでしょ、ああしてこうして……ああじれったい!でもダメよヘファイストス、これはまだ私の物じゃ――――!

 

 それが、じっくりと鱗を眺めたヘファイストスが抱いた正直な感想。明らかに今までの物とは比べ物にならない未知のアイテムを前にして、理性が壊れかけている。

 

 もっとも、最初に抱いた黒竜の鱗とは決定的に違うところがある。北の町にあった鱗は“単純な身体の一部”。故に鍛冶師としては扱えず、仮の話だが、黒竜が討伐されれば消滅することとなるだろう。

 一方で青年が持ち込んだ此方は、明らかな“ドロップアイテム”。未だかつてないほどの素材を目にし、鍛冶師としての血が沸騰しそうなところで何とかして抑えているのが実情だ。この二人、意外とwin-winな関係だったりする。

 

 

 それもまたさておき。

 

 

「――――で。市場でもプライベートでも見たことのないこの素材は、いくらで売り渡してくれるのかしら」

「そうだな――――」

 

 

 まるで一触即発。まさに戦闘中さながらの空気が漂っており、両者に気のゆるみは僅かにも見られない。青年は腕を組み、微動だにしない様相を見せている。

 一方で猫のような口を作りながらも目つきは凛々しく、タカヒロを見据えるヘファイストス。それに対し、青年は眉間に皺を作り相手の瞳を見据えている。双方の睨み合いは数秒続くこととなり――――

 

 

「売り渡すだと?見くびるなよ鍛冶の神」

「っ、まさか!?」

「察しの通りだ、持ってけ泥棒!」

「キャーッ!!」

「どうした“ヘファイストス”!?」

 

 

 あまりの嬉しさにヘファイストスが子供のような喜びようでバンザイしつつ、嬉しい悲鳴を上げた(壊れた)タイミング。“部屋の奥にある”扉の向こうからヴェルフがすっ飛ぶようにして入ってくる。タカヒロに気づいて軽く頭を下げるも、己の両頬に手の平をつけてクネクネしているヘファイストスを目にし、何事かと混乱中だ。

 なお、仮に売却となった場合においても、結局はそこの青年のガントレット作成に使うためにお金が戻ってくる点には気づいていない。強く興味のある事となると思考回路が短絡する点は、二人共に似たようなところだろう。

 

 「ついでに」との出だしで、タカヒロからは新たに1つのアイテムも出されている。前回に渡した増強剤をあのように使えるならばコレはどうかと、8%の装甲強化を筆頭に強力な防御効果を付与するレアコンポーネントとなる“巨人の板金”も使ってみてくれと、いくつかの数を床の上に並べていた。非常に重いために1つ1つはヘファイストスには運べないが、恩恵を貰っている者(そこのヴェルフ)ならば運ぶことができるだろう。

 未知の装備に興奮する装備キチがいるように、未知の素材に興奮する鍛冶師が居ても不思議ではない。途端にヘファイストスの目付きが変わり、もう依頼者すらも映っていない。すぐさまハンマーを手にすると、一緒に作業をするのであろう赤髪の青年の名を叫んでいる。

 

 

「大丈夫よヴェルフ、素材が来たわ!」

「本当か!?とうとうやるのか、準備する!どれぐらいかかりそうだ?」

「試作でコツは掴んだけど、慎重に作りたいから三日は見ておいて」

「わかった、任せろ!」

 

 

――――やけに仲が良いな。

 

 一変したテンションはさておき、以前に二人と出会った時とは明らかに違う関係に疑問を抱くタカヒロながらも、“ガントレット作成の”邪魔をしてはいけない。そのことしか眼中にないタカヒロは静かに部屋を出ると、耳にしていた三日後を心待ちにして、廃教会へと足を向けた。

 

 

 そして待ちきれず、興奮を発散するかの如くダンジョンを正規ルートで50階層まで降りたり上ったりオッタルに食料などの補給物資を差し入れしたりして、三日後。出来上がりの報告を待たずに、閉店間際のファミリアへと押しかける。ヘファイストスの部屋の扉を叩くと、機嫌が良さそうな返事が行われた。

 いつもの礼儀作法で扉を開けると、リビングテーブルの上にあったのは、ただならぬ気配を醸し出す、間違いなく一級品のガントレット。鎧と似た黒光りは、ソコソコ外観を気にする彼としても鎧とマッチしており十分に合格ラインだ。

 

 アイテム名も要望のエンチャントが期待できるもので、レアリティを示す色は緑色。つまりレア等級となるモノであり、Affixが2つついている。オブ ザ オリンポスのAffixは知っているものの上昇率までは分からず、久方ぶりに目にする未知の装備を前にしたコレクターとしては胸が高鳴るというものである。

 更には、アイテム名の前についてるAffixは未知のもの。名前からして不壊属性(デュランダル)の類かとは想像できるが、こちらも未知のものであることに変わりはない。

 

 最悪、星座の恩恵効果だけでも10%か、12%程はあるだろうか。それだけあれば、新たな可能性の踏み台になることは間違いない。

 もっとも、それらの気持ちは、おくびにも出さず。鍛冶師が作り上げたものに勝手に触れることは御法度であるために、テーブルの前に立つ青年は、ヘファイストスの許可を待っているのだ。

 

 

「要望の一品よ。持ってきてくれた素材が良すぎてエンチャントが綺麗に乗ったことが主な理由だけれど、過去一番に渾身の出来栄えだわ。手に取って、確かめて貰えるかしら」

「……拝見しよう」

 

 

 立ち位置的に、作成者ヘファイストス、助手としてヴェルフと言ったところだろう。両手を腰に当てて満足げな表情を浮かべる二人の前で、タカヒロはガントレットを手に取った。

 

 

 

 

 

■アンブレイカブル・ネメシス ガントレット・オブ ザ オリンポス

・レアリティ:レア

・装甲値:1660

不壊属性(デュランダル)

+18% 物理耐性

+16% 装甲値

+681 物理報復ダメージ

+74% 全報復ダメージ

+40% 星座の恩恵効果

 

 

 ジャンルとしてはヘビーアーマーの類となるガントレットであり、装甲値は十二分。かつて駄々をこねていた時の欲張りセット程ではなく、追加効果が10種類あっても不思議ではないダブルレアMIと比べると数少ない追加効果であり、不壊属性(デュランダル)を除けばたった5つの項目だけ。

 しかしながらそんなことが気にならない程に、目を見張るのは装備効果も含めた各エンチャント性能の数値にある。ダブルレアMIや神話級レジェンダリーも裸足で逃げ出し、青年の喉から手ではなく肩先以降どころか二人目、三人目、最終的には100人ぐらいが這い出す程の、とんでもない代物が出来上がっていた。

 

――――鍛冶の神、マジ鍛冶の神。

 

 そんな戯言が心の中で繰り返され、脳内では興奮がジェットコースターの如く急上昇。そのまま成層圏にまで射出されてしまっている。暫くしたら戻ってくることだろう。

 こんな装備を装着しては、“ぶっ壊れ”に磨きがかかることは間違いない。しかしながら“ぶっ壊れ”が更に壊れたところで、傍から見れば似たようなものだから問題は無いだろう。

 

 

 現物を手に取って目を見開き、固まったままの青年が約一名。ピクリとも動かないその様相に心配になったヘファイストスが彼の前で手をヒラヒラさせると、ようやく微かに反応したレベルである。

 よくよく見ればその手は微かに震えており、「神話級装備も裸足で逃げ出す逸品に対し猛烈に感動している」と相変わらず思ったことを口に出しており、鍛冶師からすれば、とても嬉しい言葉を残している。思ってもみなかった直球の表現に思わず少しだけ頬を染めたヘファイストスだが、軽く咳払いをすると、逸品を作り上げた満足げな表情に変わっていた。

 

 そして、ようやく青年の脳みそは再起動。とりあえず何かを口にしようとして、このような言葉を呟いた。

 

 

「……アンタ、神か?」

「神よ。炎と鍛冶を司る、ね」

 

 

 やっとこさ何とかして声が出せた青年に対し、「ドヤァ」とでも言わんばかりに、わるーいながらも誇った表情になる鍛冶師が約一名。青年はワイシャツが勢いよく擦れる音と共に右手を前に出し、ヘファイストスはその右手を力強く握るのであった。互いに、満足げな表情を浮かべている。

 しかしながら、まだ買取価格は決定していない。最低でも3000万ヴァリスとだけ言われていた価格であり素材の半分以上が持ち込みだが、価格はこれから決められるのだ。

 

 

「文句の付け所など在りはしない。紛れもなく所望の品だ、是非とも支払わせてくれ」

「嬉しい限りだわ。で、いくらで買い取ってくれるのかしら?」

「安いに越したことは無いが、気持ち的には最低でも10億ヴァリス」

「じゅ!?」

「10億!?じ、自分で作っておいてなんだけれど、どれだけのエンチャントがついたのよ……」

 

 

 そう言われて、どう伝えたものかとタカヒロは腕を組む。彼からすれば10億ヴァリスでも安いぐらいだが、本当の内容を言った瞬間に「何それ」となることは目に見えているため、似たような例を思い浮かべていた。

 

 

「なんだろう……知り合いの腕のいい店に散髪を依頼したら予想以上に文句無しに仕上げてくれて、気持ち多く支払いたい感じが近いだろうか」

「あ、それわかるかも……」

「……なるほどなぁ」

 

 

 妙な説明ながらも、どうやら二人には伝わったようである。

 

 とはいえ、ちょっと多くで済まないのが10億ヴァリスという金額だ。しかも最低金額であり、それ以上を提示されても青年は支払うつもりでいるらしい。

 この青年、「ようはカドモスの被膜を1スタック(99個)集めれば解決だ」という奇行を真面目に考えているので質が悪い。もっともそれがハクスラ民らしい考えと言えばそうであるのだが、間違いなく相場は暴落することになるだろう。

 

 結果として、エンチャント鑑定のこともあって2億ヴァリスということで落ち着いた。本音を話しているヘファイストスとしても素材が持ち込みのため利益率はかなりのものがあり、見たことも無い素材で防具が打てて心からご満悦のようである。

 もっともガントレットであるために手首や指の可動部分に若干の修正要望があり、実際の納品は明日になるとのことで決定した。そこは流石のヘファイストスで修正がある前提で設計をしているために、問題なく行えるようである。

 

 

「ところで支払いなのだが、魔石などの現物でも良いのだろうか?」

「問題ないわよ。この前の鱗は全部使っちゃったけど、ドロップアイテムも持ってきてもらえれば、直接買い取るわ」

 

 

 どうやらギルドを経由するよりは安くなるので、鍛冶ファミリアでは願ったりかなったりの模様。タカヒロも承知した言葉を返し、明日また訪れることを伝えて帰路についた。

 

 

 翌日の夕方間際に現物を受け取り、手を握ったり開いたりして己の技術を使うに何ら支障のない事を確認する。僅か2度目の装着だというのにシックリと手に馴染む感覚は、流石はヘファイストスと言ったところ。手だけの装備ながらも、装備効果によって能力が上がっていることも確認できる。

 装備効果の数値的には、恐らくもう少し上がある。タカヒロの予想だが、上から順に20、20、700、90が最大値だろう。最後にある星座の恩恵効果については、もしかしたら50%まで伸びるのかもしれない。

 

 しかし、信頼できる鍛冶師との繋がりは、己が学んだ大切なことである。「数値が気に入らなかったから作り直せ」など、無礼どころか相手を最大に侮辱する言葉に他ならない。その発言によって鍛冶師のやる気が削がれれば、再作成となった際でも付与数値が小さくなる可能性もあるだろう。

 この黒いガントレットは、神ヘファイストスがタカヒロという青年の意見をものの見事に表現し、丹精込めて作ってくれた逸品なのだ。ならば青年にとって、そのガントレットのどこに不満があると言うものか。

 

 

 ヘファイストスをよく見れば、目の下に薄いクマが浮かんでいる。金属を打つ際には瞬間的な光が目を刺激するために、よほど集中して作ってくれたのだなと、タカヒロは感謝の念しか生まれない。

 なお、丹精込めたのは事実ながら、見たことのないアイテムだらけでの作成で興奮し、ヴェルフと共に寝る間も惜しんで夜な夜な作業を行っていただけという残念さを知れば、オカワリが要求されていることだろう。蛇足だが、夜な夜なの作業とは鍛冶作業であり、決して変な意味ではない。

 

 

 納品が終わってからは支払いも予定通りに行われ、各々1スタック程あるドロップアイテムを集めた際の副産物である、大部屋を埋め尽くす産地直送の魔石群をヘファイストス・ファミリアに押し付けて片が付いた。顎が外れている二人の鍛冶師をさておき、内心ニッコニコで、4月1日に登校する小学一年生に負けない気分のタカヒロからすれば、ガントレットが手に入った以降は関係のない話である。

 そして人目に付かないところでインベントリに仕舞うと、少しだけ御洒落している衣服と共に、とある地点へと足を向ける。今夜に誘われている食事会に参加するため、ロキ・ファミリアのホームである黄昏の館へと向かったのだった。

 




 隻眼とは別個体だから対アイズもセーフセーフ(苦し紛れ)

Q:なんで40%も上がるの?
A:GrimDawnにおける接尾辞とは、強力な効果を持っています。基本として接尾辞によって付与されるエンチャント数は種類によって4つほどの項目があり、効果内容も最上級レアに引けを取らない程。そんな接尾辞のエンチャントが1つしか付与されないとなると、非常に強力なものになると作者は考えております。
(ぶっちゃけ攻撃力+100%のエンチャントが普通にあるGrimDawn環境においては数値的には小さいのかもしれませんが。)

 とはいえその他のエンチャント含めて確かに強力すぎるところはあるのですが、ぶっ壊れが更に壊れたところで似たようなモノなのと、作成者がヘファイストスなので思い切って原作ナイフに似せてヤベー効果としました。
 一般的な耐性は全く増えませんけれど、それを上回る効能です。星座の恩恵効果がどれほど影響を及ぼしているかは、また後ほど。


 また、GrimDawnだと自分で作るので気に入らなかったらポイポイと捨てることが出来ますが、今回はヘファイストスに依頼しているので「(例えば)Affixの数値が気に入らなかったから作り直せ」的な対応となってしまうので、いくら装備キチとはいえそれはどうかなと思いました。
 ヴェルフ兄貴の件でも鍛冶師との繋がりを書いていることもありまして、試作過程でAffixの厳選も描写し、手についてはこの対応といたしました。


最小値/最大値
■手の防具:ネメシス ガントレット
・装甲値:1660
+540/780 物理報復ダメージ
+ 60/80% 全報復ダメージ

■Affix接頭辞:アンブレイカブル
付与:不壊属性(デュランダル)
+10/20% 物理耐性
+10/20% 装甲値

■Affix接尾辞:オブ ザ オリンポス
+25/45% 星座の恩恵効果


■巨人の板金(コンポ―ネント剤。装備可能個所:頭、胴)
・驚くほど重く分厚い板金。普通の人間には持ち運んだり、動かすこともできない。
+4% 体格
+24% 刺突耐性
+15% 反射ダメージ削減
+8% 装甲強化


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67話 書類と立食会

 会計処理。あまり一般的ではない言葉かもしれないが、企業においては課せられる義務と言って良いだろう。

 

 会計処理とは、大まかに言うと“お金の出入りを帳簿に記入すること”。此処から更に“管理会計”と“財務会計”に分かれるのだが、此度においては後者の財務会計が該当することだろう。

 元々の意味は、企業の外に対して金銭の収支を提供することが目的となる。ここで言う“外”とは例えば税務署や株主などが該当し、企業は帳簿を纏めて提出する義務があるということだ。

 

 

 ここオラリオにおけるファミリアは、一定以上のファミリアのランクに達すると、冒険者ギルドに対して財務会計のようなことを行う義務が発生するのだ。もっとも記載されている内容としては、毎日における家計簿という表現がシックリくるかもしれない。

 かつてとある団員による魔石のちょろまかしという事件が発生したのだが、こればかりは会計処理の制度があっても防げない。あくまでも、ファミリアに入ってきたお金とファミリアから出ていくお金を管理するのが目的である。

 

 オラリオ最大派閥のロキ・ファミリアにおいては、入ってくる量もさることながら、出ていく理由と頻度の多さは生半可な代物ではない。故にファミリアの幹部の一人が処理している会計処理も半端ではない物量となっているのだが、ここ2か月の処理速度は非常に素早いものがある。

 理由としては約一名の青年が手伝っているおかげ様であり、日頃の耐性パズルやダメージ計算で鍛えられた暗算力が遺憾なく発揮されている。もっとも、実のところはソコから少し発展していた。

 

 

「……なんや、このクッソ細かい中身な書類の山は……。」

 

 

 実の所、1日で終わっていたロキ・ファミリアの月間会計処理。今月もまた同様でギルドにも提出済みであるものの、タカヒロはしばらくのあいだ執務室にて書類関係を整理していた。

 では、何故そのようなことが起こったのか。他ならぬその青年が「この一枚を“検討”したらこうなる」と、超大雑把な“経理処理”をリヴェリア・リヨス・アールヴに伝えたことが原因である。もっとも“資産・資本”などの会社的な分類ではなく、あくまで用途による分類で、やはり家計簿に近い。

 

 経理処理とは、“個々の入出金を分類すること”。例えば“会社で使っている光熱費が引き落とされた”、“得意先の接待費用”、“利息預金”など様々なパターンにおけるお金の増減を分類し、どのようなジャンルで増減したかを検討・管理することだ。

 5W1Hではないが、一件一件において、そのような内容を検討するのだ。一件において複数の要素が絡んでいることもあるために、中々に専門的な職業と言えるだろう。

 

 

 流石に本格的なモノとは程遠いが、基本として何事もキッチリこなす彼女にとって、ロキ・ファミリアが財政難の今、“無駄”を見い出すことができる手法であることは間違いない。故に、青年を頼って延長戦となっていたワケである。

 出来上がった書類を見た結果が先ほどのロキの一言なのだが、別にそこまで細かいということもない。“食費”、“館の修繕費”などに分類され、日付順にソートされて合計値と割合が書かれた一覧表だ。何故だか“酒類購入費”がピンポイントで独立しているのは、恐らく気のせいだろう。

 

 この表が出来上がったことで何ができるかというと、例えば全体的な出費における食費が10%など、そう言った割合を弾き出せる。それをマンスリーで管理することで金が出ていく分類を把握することができ、問題があった際には注意を促すことができるのだ。

 ちなみに先月においては、酒類を単独で割り出したことでロキの無駄遣いが判明している。故に、特に目を付けなければいけない類の()も管理できることになるだろう。

 

 

「とても興味深いけど……大変だったんじゃないかい、リヴェリア?」

「ああ。なんせ初回だからな、種類を分けるのに手間取った。次からは分類を周知し、手間を省く算段だ」

「それはいいね。なんせ今は財政難だ、“無駄”は切り詰めなくちゃね」

「ああ。“無駄”は少しでも無くしたい」

「……二人とも、なんでウチ見て口にするんや」

 

 

 奇遇ながら、フィン・ディムナの執務室に居るのは、先月にアルコール騒動が起こった際の3名だ。主神ロキは真相を知って部屋の片隅で怯えており、フィンはササっとながらも多くの書類に目を通している。

 これを見れば、例えば食費関連の書類だけを見れば内訳が分かりやすい。なんでこの日は高いのか、安いのかなど、純粋な質問をぶつけることも可能となるだろう。前回にあったような、単純な記載ミスにも気づきやすくなる。

 

 

 ちなみにこの“検討”が終わった書類。いつもの書類とは別でギルドに「必要か?」と持って行ったところ、泣いて喜ばれたとはリヴェリアの弁。

 どうやらギルドでも虚偽報告の対策で似たような仕分けを行っていたらしく、大規模ファミリアの書類整理にかかる時間が大幅に短縮されるために非常に多くの時間が生まれるらしい。俗に言う“雑費”の項目も極少数であるために、その点も素晴らしいと、揃ってリヴェリアを褒め讃えている程である。

 

 なお、彼女としては反応が難しいところだ。分類分けこそ手伝ったものの発案は例の青年であり、各種分類における週毎・月合計、それぞれにおける割合算出の計算も彼が済ませている。正直に口にするべきかと、迷う場面だったらしい。

 結果として他愛もない返事となってしまったが、傍から見れば“リヴェリアを神様のように崇める職員”にドン引きしているだけなために問題はないだろう。そのことをタカヒロに言うと、「できれば黙っていて欲しい」と言われたために結果オーライだ。

 

 

――――やはり、頼もしいな。

 

 思い返せば、ふと、そんな感情を抱いてしまう。冷静に考えれば、あれ程のギルド職員が束になってかかる処理を一人でこなしているのだ。どれ程までに凄いと言えるかは、説明するまでも無いだろう。

 そんな人物が、近くに居る。故に出てきたのが先の感情であり、思わず薄笑みが零れそうになる程だ。

 

――――しかし、10日も休むのは度し難い。

 

 抱く感情は、一転してツンツン気味。前回のサボりは1日程度だったために許せるとしても、10日となれば何事かと、文句の1つでも口にしたくなる程だ。

 もっとも青年の場合はいつもの仏頂面で、ああだ、こうだと何かと正当な理由を返してくるのだろう。そんなやり取りが容易に想像できてしまい、やはり、ふと薄笑みが零れかける。

 

 

「さてリヴェリア、そんな働き者の彼を迎える準備の方はどうかな?」

「滞りなく進んでいる。料理の方も、問題ないとのことだ」

 

 

 タカヒロがリヴェリアの教育を受け始めて、既に一か月以上が経過している。その間、いくらか仕事を手伝うようなこともやっていた。

 本人は教導の礼だと言って気にしてもいないが、おかげさまでリヴェリアの負担が目に見えて減っており、その点に関する謝礼の食事会を幹部たちが自腹で開いた格好である。

 

 そして本日は、そんな彼の労働を労う晩餐会。とは言っても全員が着席して行儀よく的なものではなく、ロキらしくフランクな立食会方式。相変わらず酒の類だけは豊富であるが、今日ばかりはリヴェリアも口酸っぱく声を上げることは無いだろう。

 互いのファミリア共に気取らず、いつもの服装、そして集合時間となり相手の3名が訪れる。ロキ・ファミリア側は幹部の殆どが出席するのとレベル1のパーティー組も参加するために、ワイワイガヤガヤと賑やかな会場となるだろう。

 

 

「来てやったぜ、ロキィ!」

「んやと、このドチビィ!」

 

 

 なお、ワイワイガヤガヤとは乱闘を象徴した表現である。開幕前からつっかかるヘスティアの首根っこをタカヒロが掴み、ロキの首根っこをリヴェリアが掴んで、ベルとアイズが各々の主神を呆れた瞳で見つめている。

 神々はファミリアに属している者のことを“子供”と呼ぶが、これではどちらが子供なのかが分からない。神々に振り回される眷属が多いとはよく言うが、この手の事を指すのだろう。

 

 そのうち互いの主神は息を切らして、第一ラウンドは引き分けとなったようだ。そしてタカヒロは礼儀を重んじフィンに対し世話になる旨を口にすると、彼も歓迎の言葉で返している。青年のすぐ斜め後ろに居るベルは、そんな二人を目にして学ぶのだ。

 アイズもまた薄笑みでベルを迎え、ベルもまた似た表情でそれに答える。双方ともに言葉は出さないものの、“いらっしゃい”と“お邪魔します”という心の言葉は伝わっているのだ。

 

 そんなこんなで、立食会は無事に開幕。さっそく神二人は取っ組み合いながらどこかへ消えているが、会場で騒がれても埃が舞うだけなために皆からすれば最良だ。勝手にやっていればいいと、全員がスルーしている。

 

 しかしながらリヴェリアとしては、本日における青年の様相は少し違って映っている。明らかに今までよりも上機嫌であり、何かあったことは明白だ。

 もしかしたら自分の為に開いてくれた立食会を楽しみにしていたのかと、子供っぽい一面を想像して少し穏やかな様相を見せている。フィンと会話する姿を視界に収めていると、少し遠くから響いてくるティオナの声が耳に入った。

 

 

「やっほー、久しぶりだねアルゴノゥト君!」

「は、はい?」

「ティオナ、どういうこと?」

「あ、ごめんティオネ……」

 

 

 突然おかしな名前で呼ばれ困惑するベルだが、どうやら少し前からティオナが抱いていた感想らしい。きっかけはダンジョンにて発生したイレギュラー、未だ原因不明であるミノタウロスの強化種との戦いだ。

 明らかな格上に対して挑む少年を目にしたうえで誰一人として動けず興奮を覚え、約一名が迷子になっていた、あの戦い。勇気と覚悟と技巧を見せつけられ、常に前を向き挑み続けた小さな背中に、冒険者としての意地を駆り立てられた一件だ。

 

 アルゴノゥト。英雄を夢見る青年が、牛のモンスターに攫われたお姫様を救いに行く物語。ティオナの中におけるベルの姿が、そんな物語の主人公に重なったが故の表現とのことらしい。

 なお、白兎の取り扱いは非常に馴れ馴れしくフレンドリー。後ろから両肩を掴んで顔を寄せ、「なんでそんなに早く強くなれるの」など、笑顔を振りまきながらグレーゾーンならぬブラックゾーンを的確に突いている。

 

 

「アルゴノゥト……そんな物語があるのか」

「ああ、有名な物語だ。私も知っているが、エルフの間でも名が知られている」

「僕も知っているよ、随分と古い御伽話だ」

 

 

 一方で集団から離れたエリアでは、落ち着いた3人組が集団を眺めている。上品な赤ワインを口につけつつ率直な感想を口にしたタカヒロに対し果実ジュースを手に持つリヴェリアが答えており、タカヒロと同じくワインを飲んでいるフィンが掻い摘んだ内容を口にしている。

 一通り話し終えたタイミングで、辺りを見回したティオネに発見された模様。腕を引かれてベルが居るグループに拉致られており、そのまま手を離す気配が見られない。残された二人は、そんなフィンを遠くから眺めている。

 

 

「9階層の時も疑問に思ったが、あの二人はどんな関係なのだ?」

「アマゾネスのティオネが、フィンに対して一方的に惚れこんでいると言ったところだ。……ところで、9階層とは何のことだ?」

 

 

 知らされていないのかと口にして、タカヒロは9階層で起こったトラブルとパルゥムの簡単な問題を口にした。そこにフィンを呼んでいたことや、アイズがベルに会いに来たことも伝えている。

 

 しかしながら、話の途中からリヴェリアの表情がオカシくなる。物言いたげな目線がタカヒロに向けられており、それを感じ取った青年も彼女を呼んでいなかったことを思い出し、足早に話を切り上げている程だ。

 あの目は絶対、己の教導を休んで、ワイワイガヤガヤとパーティー行動をしていたことに拗ねている。もう少し掘り下げるならば、彼女だけ除け者となってしまっていたことに拗ねている。

 

 

 そんな彼女にとって記憶に新しいのは、己がドアを吹き飛ばしてしまった青年の隠れ家における4人の団欒。59階層への遠征が迫っている近頃も影響しているのだが、あの時程、オラリオに来てから心が落ち着いた時はない。

 故に、出来るならば、また4人揃って過ごしていたいというのが正直な心内なのである。もっとも、向けた物言いたげな瞳に対し、そこの捻くれ者の受け取り方は顕著であった。

 

 

「ほう、意外と寂しがり屋か」

「な、なぜそうなる……!」

 

 

 彼女の内心に気づいて口にしているのか、そこは誰にも分からない。分かっているにしろ直感にしろ、とりあえずこの反応を見れば、とりあえず正否については明らかだろう。

 

 常に一人で考え、物事を判断し、長年を生きてきた彼女。元王族ゆえに、フレンドリーに接してきた者などかつての従者ぐらいのものである。

 そのような暮らしを行ってきた者が、頼れる者がいることの嬉しさを知ったのは、ほんの少し前の話。更には身分に関わることなく家族のように過ごす空気を初めて知ったのは、つい先週。

 

 もしも3人のうち誰かが居なくなってしまったならば、別行動となってしまったならば、“寂しく”感じることだろう。故に、先の一文は当を得ているのだ。

 誰かに説教をするかのように必死になって否定している彼女を、青年が適当な言葉と表情であしらっている。ワインに口を付けながら応対する姿は、とてもあのリヴェリアを相手する様相には見て取れない。

 

 

「お、お前とて、あの時の3人が居なければ、寂しく思うだろう。」

「なんだ突然、“嗚呼君が居ないと寂しい”とでも口にして欲しいのか?」

「お、ま、え、は……やれやれ、10日程度では変わらんようだな。相変わらず目上の者に対する言葉と表情だというのか、それが」

「やろうと思えど、君ともなるとこの天井では高さが足りんのでね」

「目上とは視覚的に年上を見上げることではない!そもそも齢の差と天井高に関係があるか馬鹿者――――!!」

 

 

 ティオナとレフィーヤの所為で騒がしいグループから二人の姿を目にしたフィンは、「神二人の取っ組み合いと変わんないじゃん」とご尤もの内容を心の内に抱いている。喧嘩するほど仲が良いとはよく言うが、まさにピッタリの文言だろう。

 もっとも青年としては、久方ぶりにリヴェリアと会ったためか少し匙加減を間違えている。いじった時の反応が今まで以上に面白いので、言い合いつつも引き下がるつもりは無いようだ。いつのまにか己の口元もニヤリとしたような形になっているのだが、それに気づいたのはしばらく経ってからのことである。

 

 そもそもにおいてリヴェリアが口にした通り、“目上”とは年上を物理的に見上げることではない。もっとも、青年も分かったうえで口にしているのだから質の悪いことだろう。

 なお、この発言者がロキならば今頃は屍になっている。他ならぬ青年だからこそ、半目で物言いたげな目線を向けられるだけで済んでいるのだ。

 

 しかしながら此度において気を良くしたタカヒロは少しいじり過ぎてしまい、彼女の態度がツンツンした様相に変わってしまっている。ああ言えば否定し、こう言えば突っぱねるといった、文字通り機嫌を損ねてしまった少女の様相だ。

 機嫌取りのためにソコソコ積極的に声を掛けるタカヒロだが、どうにも直りそうにない。しかしながら、そのような反応を見せつつも彼の横を離れないのは、対抗心を燃やしてしまっているだけという自覚があるからだろう。

 

 それとも、なんだかんだで居心地が良いからか。ことの真相は、本人にしか分からない。

 とはいえ、流石にこうなってしまうと、男側が折れた上で謝罪の言葉が必要だろう。そのように判断したタカヒロは少し苦笑した表情を見せると、珍しい言葉を発することとなる。

 

 

「悪かったリヴェリア、機嫌を直せ」

「……ふんっ。捻くれているお前のことだ、どうせ上辺(うわべ)だけなのだろう」

「おお、よくわかっている」

「っ――――!!」

 

 

 残念ながら、そこの捻くれ者に対して少しでも素直さを期待した彼女が間違いだろう。再び薄く染まる頬とヒートアップした血圧と共に、第二ラウンドが開幕となった。

 なんとかして言い返したいもののカウンターを警戒して口に出せない彼女は相手を視界に収めるも、やはり今日の青年は上機嫌。先程思い立った子供っぽい理由を思い返し、それを押し付けて反撃をするために、ひとまず「何かあったのか」と問いを投げた。

 

 

「いやなに。(装備を更新したのは)……久々だと思ってね」

「?そ、そうか」

 

 

 突然と穏やかな表情となり、青年は思い出に耽るように言葉を呟く。思わぬ表情に少し驚く彼女だが、そこはあまり大したことではない。

 ご機嫌、かつ新しい装備を思い返して惚けた青年の口から出された、この一文。ヘスティアの紹介によって特別に装備を作ってもらっていたために、装備に関する点は口に出さない方が良いとの直感から一言が抹消されてしまっている。

 

 結果として、重要なところが抜けているのは一目瞭然。

 そして彼女がソレを知っているわけがないために、この段階において久々とは互いに共通すること。つまり、「顔を合わせたのが久々」という意味で捉えられてしまっていたのである。

 

 

「とても良い日だ。少し、舞い上がってしまっている」

「なんだ、そういう――――」

 

 

 

――――こと、か!?なっ?なにっ!?

 

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴ。“何かいい事があって珍しく機嫌が良い”と感じ取った所まではいいとして、直後に言葉を耳にしたかと思えば、顔を90度横に逸して目を見開き盛大にテンパっている。直前まで言い返そうと気合を入れていた覚悟はどこへやら、既に影も形も残っていない。

 “久々に出会って良い日、故に舞い上がっている”。繋げ合わせて(勘違いから)生まれたその言葉を意識してしまい、鼓動が突然と強く脈打ちだした。

 

 この気持ちは何だと自問自答しようとして、答えは全く出てこない。ああでもない、こうでもないと次々とその感情を文字で起こしてみるが、合致するものは全くないのが現状だ。

 緊張、切迫、混乱、その他どれとも違う感情。耐異常Hを貫通して何が起こっているのだと慌てふためくも、早鐘を打ち続ける鼓動は収まる気配を見せていない。

 

 

「実は三日前から楽しみでな、ロクに眠れなかった」

「そ、そうか、そうか」

「君こそどうだ、そんな(装備を更新した)ことはないのか?」

 

 

 それこそ“そんなこと”を聞かれるも、どう答えて良いのかサッパリまったく分からない。というよりもリヴェリアは、たった今何を聞かれたのかも忘れてしまっている。

 

 

 

――――わ、私と会うことが、た、たの、たのし……。

 

 なお、途轍もない勘違いが発生しているという酷過ぎる状況。この直後、青年もまた騒がしいグループへと呼ばれたために、リヴェリアは何とかして表面上の落ち着きを取り戻すことに成功している。

 しかしながら真相は不明であり、やや駆け足で奏でる己の鼓動は収まっておらず、表情はどこか惚け気味。なんだかんだで、騒がしいパーティーの夜は過ぎてゆき、やがてエンディングを迎えることとなった。

 




ざわ……ざわ……


====

この小説、元々このあたりを書きたいがために始まったという裏話。

次話から投稿ペースが戻ると思います、ご了承ください!


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68話 延長戦

「なあああああにが“お(いとま)”じゃ戦士タカヒロ!オカワリというものがあるじゃろ!飲め、飲めぇ!ほれ、貴様もじゃ!」

「そうだそうだー!」

「ラウルさん、いっちゃってくださいよー!」

「いやいやいや、もう無理っスよー!」

 

 

 あまり遅くまで居ても迷惑が掛かるために、8時を少し回った2時間程度でタカヒロが(いとま)する旨の言葉を口にする。すると大ジョッキを掲げるガレスからこのような言葉が返されて、延長戦への参加が促されている。どちらにせよ、タカヒロ達が帰っても飲み続けることだろう。

 ドワーフの名に恥じぬ程の酒豪である彼は、ロキが用意した多種多量の酒類にすっかり機嫌を良くしている。その出所を知っているフィンは苦笑するしかないものの、アイズ達と共に楽し気に喋るベルを見たタカヒロは、延長戦の参加を決定した。

 

 ロキ・ファミリアの司令塔の後釜として絶賛教育中であるレベル4のヒューマン、ラウル・ノールドのジョッキに、並々ならぬ量のエールが注がれる。実の所まだ余裕があるラウルだが、この段階で無理と口を開くのは、酒豪を相手にして生き残るための知恵に他ならない。

 ところでこの人物と周囲に居る者、幹部かと言われるとそうではない。単に「酒が飲めそうなやつがほとんど居らん」という理由で、ガレスが拉致した者達なのだ。もちろんタダ酒であり、彼等の分はしっかりガレスが負担している。

 

 来賓よりも主催側が一番楽しんでいるという、謎の状況。もっともタカヒロもベルも全く気にしていないので問題は無いのだが、男10人程で構成されているその一角は、今現在においてベル達が居る一角とは全く違う空気を作り出している。

 そんな飲兵衛の一角とは対照的に、女性成分しかないベルの周囲は傍から見れば豪華絢爛の様相だ。主神ロキの趣味で美女が大勢いるロキ・ファミリアにおいては、幹部クラスも女性陣が多数を占めているのが特徴である。

 

 

「アルゴノゥト君、ほんと英雄録に詳しいんだね!」

「詳しいと言いますか……子供の頃からよく読んでいたので、自然と覚えちゃった感じですね」

 

 

 頬を薄く染めて気分よく彼女が出題する問いに対し、落ち着いた様相で淀みのない回答を見せるベルは、即答と表現して過言のない早さで答えている。答え合わせができるのは二人だけながらも、ティオナが言うには全問正解と言える結果のようだ。

 互いにドリンクを片手に、オラリオに伝わる英雄録について語り合う。時折レフィーヤやティオネなどが相槌を入れたり、気になったところを詳細に聞いている格好だ。

 

 

 なお、そんな二人の光景を目にして不貞腐れる少女も約一名。表情にこそ出していないが、内心ムスーッとしてモヤモヤ続きの人物こそアイズ・ヴァレンシュタインその人だ。

 もっとも、彼女はそんな話には詳しくないために輪っかにも加われない。レフィーヤに倣って質問をすればいいのだが、口下手故に不安が芽生えて行えない。ベルを挟んでティオナの反対側に位置取ってはいるものの、話が盛り上がっているために、ベルの顔は反対側へと向けられたままだ。

 

 そして気を良くしたティオナは、アマゾネス特有の気軽なスキンシップでベルの肩に手をまわし始める。困惑する少年だが格下という立場のために払い除ける訳にもいかず、冷や汗を流している。

 

 そんな光景にストップをかけたのは、勇気を出したアイズだった。口には出して居ないものの、そうと言わんばかりにティオナの肩をツンツンと突いている。感触を受けたティオナは笑顔のまま振り向いて「なになにー?」とでも言いたげな様相を示しているが、アイズは口を閉ざしたままだ。

 もっとも、普段のやり取りとあまり差は無い。恥ずかしさもさることながら、此度においては普段親しくしてくれている相手に「止めて」と言えるはずもなく、これでも精一杯に己の意志を伝達しているのだ。

 

 結果としてベルから離れたティオナは、今度はアイズの方へとスキンシップを取っている。それを見たレフィーヤが羨ましがるなど別の問題も発生しているのだが、放置しても支障は無い事柄だろう。

 そんな花の様相が溢れる場面を目にして、とあることに気づいたガレスがやってくる。あくまでも基準が“酒”である彼は、テーブルに残った多量の、なおそもそもが多すぎる酒の瓶を目にすると、ガハハと笑い威勢よく言葉を発した。

 

 

「なんじゃなんじゃー、全然減っとらんではないか。そら、もっと気合を入れて飲まんかい」

「ガレスー、そうは言うけどコレ度数が強すぎるよー」

「ハッ。団長ー、団長ー!ぜひ、一献いかがですかー!?」

「さっきも結構な量を注がれたけれど……そんなに飲ませて、どうするつもりだい……?」

 

 

――――ガレスの奴、余計なことを。

 

 そんな呪詛に似た愚痴を少しだけ零し、フィンは大人しく肉食獣が居る檻の中へと戻って行く。“躾”がなされていれば、きっと多分大丈夫だ。

 

 

「戦士タカヒロー!お前さんもどうじゃ、向こうで一杯やらんかね!」

「ガレスさん、無理に勧めるのはマズイっス」

「無理にとは言うとらんじゃろー。一杯だけじゃ、このドワーフ秘伝の火酒を」

そういうの(度数96%)がマズいって言ってるんスよ!!」

 

 

 もはや“気持ち程度に水が入ったアルコール”である。酒豪というわけではない上に酒の類は嗜む程度に抑えるタカヒロだが、いくら賓客側とはいえ、ある程度の付き合いは必要だろうと考えている。フレンドリーな方面の付き合いは現在進行形でベルが行ってくれているので、己ができる仕事をこなすまでだ。

 故に、軽く顔を縦に振って相槌とする。気を良くしたガレスは持ち場に戻って団員と共に酒を煽っており、一方で「流石に度がキツイ物は飲めんぞ」と少し警戒を見せるタカヒロは、そちらに向かって一歩を踏み出すために力を入れた。

 

 

「ん……?」

「……」

 

 

 クイックイッと、ワイシャツの二の腕部が軽く引っ張られたのは、そんなタイミング。何事かと首を後ろに向けたタカヒロの瞳には、見慣れたはずの彼女の面様が映っている。しかしながら、此度における新鮮さは一入(ひとしお)だ。

 “ナインヘル”という角が取れた、どこか少し不安気が残り、極僅かなあどけなさも顔を覗かせるその表情。かつての従者ですらも目にした回数は僅かに二回だけという、無意識に表れている“女性リヴェリア”が見せる仮面の無い素顔は、タカヒロも初めて目にするもので初々しい。

 

 互いに身長が近いこともあって、少し視線を落とした程度で目と目が合う。ちょくちょく見せる物言いたげな表情はそこにはなく、アイズのように相手をしっかりと、そしてじっと見つめて口を噤み、しかし言動は続かず何も起こらない。

 まるでアイズが乗り移ったかのようなリヴェリアは、己が抱く、どこか期待を含めた“先の言葉の意味”に対する疑問を口には出せないでいた。再び早鐘を打ち出した己の鼓動を抑えつつ先の一言の真意について問おうと精一杯の努力をして、結局の所このような格好としか示せなかったのだ。

 

 なお、残念ながらその程度では装備キチには通じない。移動しようとしたところを引っ張るということは、つい先程のやり取りもあって、思い当たる感想も自然と限定されてしまっていた。

 

 

「なんだ、やはり寂しいのか」

「なっ――――!」

 

 

 行動を起こしたタイミングの問題もあって、まるで「他の所へ行って欲しくない」ともとれる内容だったことに気づいてしまった彼女は、色づく紅葉の如き赤さで頬を染める。まさか青年が先ほど言い放った、“久々に出会えて”の(くだり)ではなく“そちら側”を拾い直されるとは思ってもいなかったらしい。

 直後、隠すようにしてコンマ1秒かからずに身体は反転。遅れるようにして宙を舞う美しく長い緑髪がタカヒロのすぐ目の前を通過し、男にとっては甘く感じる香りを振りまいて細い背中に収まった。

 

 今の煽りによってすっかりと再起動を終えた彼女だが、心の高ぶりは過去最高に強いと言って良いだろう。今までに全く経験のない流れと感情を経験した己の身は、まるでリヴェリア・リヨス・アールヴではないかのようだ。

 今すぐに、「そんなことはない」とでも口にして否定の感情を示したい。しかし心のどこか、恐らくは奥底で長年眠っていた見ず知らずのもう一人の自分が、絶対にそれを口に出すなと頑なに抑え込んでいる。

 

 それぞれを言葉で表すならば、上辺(うわべ)と素直さ。相反する二つの思考回路が同時に沸き起こり、そして正解なんぞ分からないために、彼女は焦りを抱きつつも口を噤んだままだ。

 

 

「付き合いがてらの一杯だ、すぐに戻る」

 

 

――――トクン。

 

 背中越しに放たれ背中越しに聞こえてきた、珍しい柔らかな口調の一言をエルフ特有の長い耳が受け止めると、妙に心が落ち着き始める。と思いきや煽りに対する反発の感情とはまた違った心の高ぶりが現れており、どうにも先ほどから落ち着けそうにない状況が続いていた。

 先程とは違うテンポで跳ねる己の鼓動は言葉によってくすぐられており、力を入れようにも何故だか頬は緩んでしまう。嬉しさに似た相変わらずの不明な感情は、まるで収まる気配を見せていない。

 

 

 結果としては、タイミングを見計らって逃げ出したフィンが、運悪く青年よりも先に戻ることとなる。少し惚けたリヴェリアの姿を見て何かあったかと勘繰る彼だが、恐らくは先ほどまで以上の地雷原であるために決して口を開くことはできない。

 地雷原の上で言葉というリズムに乗ったダンスが行えて生還までこぎつけることが可能なのは、同族であるリリルカぐらいのものだろう。実績があるのだから、二度目だっていけるはずだ。

 

 そんなパルゥムの事情はさておき、アルコール度数がコンマ5%もない非常に軽いお酒を煽っているベルも少しだけ上機嫌。事情を知らない彼がアイズに酒を勧めてしまったタイミングでティオナの悲鳴が盛大に轟き、全員の視線がそちらに向いた。

 黄昏の館を振動させんと鳴り響いた悲鳴を聞いて、リヴェリアに何か起こったのかと心配したエルフ集団もゾロゾロとやってくる程だ。取っ組み合いの所詮で髪の毛が乱れているロキとヘスティアも何事かとやってきており、ティオナからアイズに関する“酒乱”の事情が説明されている。

 

 顔を真っ赤にしたアイズが説明をやめるよう肩を引っ張るが、時すでに遅し。そのうち俯きだしたアイズにティオナが抱き着き始めるなどロキ・ファミリアらしい光景が広がっているが、どうにもベルには刺激が強い模様で目を背けている。

 そんなアイズを目にして薄笑みを浮かべるリヴェリアは心の落ち着きを取り戻しているものの、視線は定期的な間隔で、フィンと共に集団を眺める青年が見せる横顔へと向けられる。それに気づいて元に戻すも、数秒後には焼き直しだ。

 

 人数が増えてワイワイガヤガヤとしているうちに、時間はあっと言う間に過ぎてゆく。延長戦となった立食会は、今度こそエンディングを迎えることとなった。

 




こんなシーンを書きたいと我慢できずに挟み込んだ一話でした。
オラリオがこんな平和だったらなーと思うことがしばしば。


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69話 その発言、本音につき

ベート君もうちょっとだけ頑張って…



「二度と呼んでやらんわい!アイズたん、向こうでステイタスの更新や!」

「えっ」

「頼まれたって来るもんかい!」

 

 

 バタァン!と中々豪快に玄関扉を閉める神ロキと、衝撃波でツインテールを昆虫の触角のようにする神ヘスティア。毎度の如く何を言い合ったのかと聞くのも時間の無駄になりそうなために誰も口には出さないが、どうやら今回も同じのようである。ドアが閉まった際に発せられた音が微妙に木霊となって残っており、文字通り何とも言えぬ味わいを出していた。

 一番の被害者は、アイズ・ヴァレンシュタインとベル・クラネルの二人だろう。ベルを見送ろうと思って場に残っていたアイズは主神に拉致されてしまい、別れの挨拶をしようと思っていた少年の顔も暗く沈む。

 

 

「……相変わらずだな、あの神二人は」

「……まったく。少しは落ち着けと言うものだ」

 

 

 就寝時間というにはまだまだ早いが、それでも夕食時はとうに過ぎた時間。オラリオ北区にある黄昏の館の玄関口で、このようなイザコザが発生している。黄昏の館で行われた晩餐会そのものは無事に終わったのだが、例によって凹凸神(約2名)がエンディングをぶちこわした状況だ。

 

 少年少女それぞれの保護者、あとは帰宅するだけのタカヒロ達ヘスティア・ファミリアと、ティオナの悲鳴を聞いてやってきたエルフ集団の取り巻きが付属しているリヴェリアは屋内にスペースがなく、集団と共に外へと出ていた。結果としてエルフ達は扉1枚で隔離されてしまっており、鍵のかかる音もしていたために入るのには一苦労することだろう。

 そんな光景が繰り広げられて絶望と悲しみに暮れるベルに対しては、なだめる声を掛けたところで僅かな薬にもなりはしないだろう。原因に対して周囲は溜息を吐くしかなく、まさに「やれやれ」といった様相だ。

 

 

 なお、そんなリヴェリアの視線は相変らず2-3秒に一度の割合で青年へと向けられている。先のやり取りが終わってからエンディングまでが直行便であったために、結局のところ最初にあった発言の意図は掴めていない。一方で進展もまた共になかったために何だったのだろうかと困惑しているなかで、すっかり相手を意識してしまっている状況だ。

 それでも、そんな心境を群集の前で表に出さないのは流石は彼女と言ったところだろう。実のところタカヒロからも目線は向けられており、“少し落ち着きが無いな”と捉えているのだが、こっちはこっちで己が原因であることなど分かっちゃいない。

 

 

 そしてプンスカするヘスティアが独り言を言うには、どうやらロキ・ファミリアとヘスティア・ファミリアで、表向きには出さない水面下での同盟が結ばれた模様。先程二人が見せた対応は、そのあとの言い合いによるものらしい。

 同盟の言葉を聞いて「知っていたか?」とアイコンタクトをするタカヒロだが、「知らぬ」と言いたげな翡翠の瞳が返されている。ロキ・ファミリア側の幹部も知らされていないようだが、ともかく、主神がこの様子ではマトモに話は聞けないだろう。

 

 タカヒロはリヴェリアに対して晩餐会の礼を述べると、明後日から再開となる教導の内容を確認。相変らず騒ぎ続けるヘスティアの首根っこを掴み、ズルズルと引きずって、肩を落とすベルと共に門の方へと歩いて行く。

 その背中を見届けるリヴェリアの瞳に映るのは、遠ざかりはじめた見慣れた背中。鎧姿とはまた違う、一見するとただの街の青年にも思える情景から、先に掛けられた言葉が浮かんでくる。

 

――――結局、あの言葉と感情は何だったのだろうか……。

 

 しかしながら、それで終わるわけではないようだ。リヴェリアが再び先のワンシーンを思い返して、心がトクンと跳ねたタイミング。青年が5-6歩ほど進んだ所で、横から第三者の声が場に通った。

 

 

「なんだババア、またそんな奴等を呼びつけていたのか」

 

 

 ロキ・ファミリアにおける幹部ながらも、今回の晩餐会に関係していない者もいる。エルフの集団を前にして積極的にヘイトを稼ぐこの狼人、ベート・ローガその人だ。外出先から戻ってきたかと思えば、扉の先で屯しているグループを目にして、いつものセリフを発している。

 当時はかなりの量の酒を飲んでいたため、タカヒロに殴りかかって吹っ飛んだシーンは覚えていないベートである。飛び火を恐れて未だに他の者も口に出していないために、彼が知るのは更に先の話となるだろう。

 

 それはさておき、どう頑張って尾ひれをつけても「良い」と言えない3文字の文言は、相変わらず言葉選びが非常に悪い。そのために、周囲に居るエルフ一行のヘイトを集めている。

 今回の場合は他のファミリアの前でそう呼ばれているために、エルフ集団において輪をかけて酷い殺気が渦巻いていた。そんな殺気に震えるベルとヘスティアだが、相変わらずタカヒロだけは、言葉の出だしからピクリとも反応していない。

 

 

「……ベート、お前もロキ・ファミリアの幹部だろう。客人の前だ、言葉を選べ」

「ああ?」

 

 

 そして、当の本人はすっかり“ナインヘル”に戻ってしまっている。淡々とした表情で叱りを入れており、(おさ)が静かなる対応を見せることによって、他のエルフが飛び出す状況を回避している格好だ。

 結果として睨み合う状態が続いている所から目を逸らしたヘスティアがふと横を見ると、珍しくタカヒロが何かを言いたそうにしているではないか。その表情を目にして正気に戻った彼女は、まぁ彼の事だから安心できると肩の荷を下ろして話を振ってみると―――――

 

 

「いやなに。自分も正確な数値は知らんが、随分と年輪を重ねたのは事実だろう」

 

 

 フラグを立てていた彼女に応えるようにして、爆弾発言をかましていた。ギョッとした同ファミリアの二人が青年を見るも、表向きは仏頂面な表情で平常運転に変わりがない。

 

 

「……ハッ、無様だなババア。聞いた通りだ、テメェには魅力が無ぇのだとよ」

 

 

 思わぬ掩護射撃と“誤認”し、ここぞとばかりにベートがエルフ一行を煽っている。「おいちょっと待ちな!」の類の言葉を叫びたいのは横に居る女神と子兎であり、しかしながら双方ともに周囲の威圧感に押されて口を挟めないでいた。

 今いる場所はロキ・ファミリアの本拠地であり、相手はあのナインヘル。エルフ連中の前でどこぞの狼人が「ババア」と貶していたことに対して空気がピリピリとしていたのは10秒前の話であるために、二人からしてみれば、今ここでソレに相当する言葉を出す意味が分からない。

 

 案の定、リヴェリア本人もさることながらレフィーヤを筆頭としたエルフ群団は、いくらか上々だった彼への評価を転換する。「所詮は下種なヒューマンか」と内心で考え、呪い殺さんばかりにタカヒロを睨みつけている程にその怒りは凄まじい。

 特にリヴェリア本人は顕著であり、表情が過去一番に強く歪むほど。知り合ってから短い間ながらも信頼を寄せていた彼の本音を“ベート経由で”知って、裏切られたと強く思っている。一触即発の場面とはこのことで、エルフ側は今にも総出で飛び掛からんばかりの勢いだ。

 

 

 しかしながら睨まれる者からすれば、何故そのような状況になっているか不思議で仕方ない。そもそもにおいて、今のところタカヒロと最も親しいベルが今の言葉から真相を見抜けていない以上、ベート程度の存在が、それを分かるはずがないのである。

 そんな取り巻きを流し見たタカヒロはベートを一睨みして怒りの感情を表すと、己が抱いている“とある事実”が理解できないかと判断して口を開いた。

 

 

「……何故、年を重ねたことが魅力が無いと繋がるのだ」

「あ……?」

「貴様はさておき同胞とやらも理解できんか、そもそも女と言うのは2種類あるだろう。若さ溢れる身体で雄を惑わす者と、年輪を重ねたが故に得ている安らぎの魅力で雄を癒す者だ」

 

 

 想定外にも程がある出だしに、全員の表情がポカンとした表情へと変わっており――――

 

 

「リヴェリアの風貌は前者において無上の程だが、心から相手を思いやり目を配る後者の類が本懐だ。素性や時たま見せる活発さも見過ごせないが、相反する二つを持っているからこその並びない魅力がシッカリとあるだろう」

 

 

 口説いていた。

 

 処女神が、子兎が、狼が、取り巻き含めたエルフ一行が。

 

 誰が見ても聞いても間違いなく、これ以上は無い程のべた褒めで口説いていた。

 

 

「その事実が分からんようでは話にならん、よもやそれを先の3文字とするなど、全くもってかけ離れている。エルフの連中も、的外れの遠吠えに応じる必要など……ん?どうした、ベル君」

 

 

 しかも表情1つ変えずに、である。目を見開きポカンと口を半開きにして青年に顔を向けている周囲の反応にクエスチョンマークを浮かべ、恐らくは一番話しかけやすかったであろう己の弟子に問いを投げている。

 とはいえ、口を半開きにして更に呆れかえっているのはベルもヘスティアも同様だ。やがてヘスティアは自分自身の眉間を指でつまんで皴を寄せると、青年に対して聞いて良いかと散々悩んで、重い口を開くことを決意する。

 

 

「……その、えっと、タカヒロ君?さっきの言葉だけど、意味をわかって口にしているのかい?」

「“それぞれの言葉”の意味か?もちろんだとも。そして事実だろう、尾ひれも付けていなければ虚言の類も言っていない」

「……いや、本望なのかどうか知らないけどさ。まさしくボクは、どうなっても知らないぞ~……」

 

 

――――師匠、それは“単語”であって“言葉”じゃありません……。

 

 ヘスティアと違って呟けるはずもなく喉元で押さえつけ、ベルは溜息交じりに肩を落とした。己の師匠には無いんじゃないかと思っていた限りなくポンコツに近い部分を知り、かつ飛び火したならばエルフ全体を敵にしかねないアブナイ場面ゆえに絶対に口を開けない。

 

 ベル・クラネルよ。現実を知れ、相手を広く見るのだ。

 レアドロップに燥ぎ過ぎて、相手モンスターの実力を忘れて本気の一歩手前を出すような君の師匠。君の戦いを見たいという理由で、9階層とだけ聞いて真っ先にダッシュして迷子になっている君の師匠。普段はかっこよく見えるかもしれないけれど、時たまひょっこり顔を出すポンコツ具合を併せ持っているのです。

 

 そしてベルが抱いていた疑念は正解であり、タカヒロ的には彼女に対して思ったままの事実を考えなしに口にしているだけである。いつかリヴェリア本人、そしてヘファイストスを相手にもやっていたが、時折現れる彼の悪い癖の1つだろう。

 

 何を隠そう、今日の彼は黒いガントレットが納品された日の夜ということで非常にご機嫌。そんなところに、己に答えの1つを授けてくれた上に普段気さくにしているリヴェリアを大衆の前で貶され、内心は非常にご立腹。まさに御機嫌は垂直だ。

 しかしベートは他のファミリア故に手を出すわけにもいかないので、手詰まりの状況に他ならない。とはいってもリヴェリアを貶すベートの言葉を真っ向から否定したいが故に、頭の中に出てきた言葉をつなぎ合わせたものが先程の一文なのである。

 

 

 

――――な、なん……なん、なのだ、なんなのだ……!

 

 だがしかし。これも先ほどの焼き直しだが、誰にも説明していないそんな彼の本心を、聞き手が理解しているはずがない。立食会の時の言葉で彼を意識していた彼女の心には致命傷となっており、どうにも立ち直れそうにない様相だ。

 タカヒロ曰く「それぞれの言葉」を受け取ったリヴェリアは、両手でもって口と鼻を隠してしまい。尖った耳の先までを色づいた紅葉の如く真っ赤に染めながらも、顔だけは見せまいと思い身体ごと振り返って隠してしまっている。

 

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴ、鉄壁の処女■■■(検閲済)歳=彼氏いない歴。内心で途轍もなく甲高い声で心を落ち着かせようとしながら語彙力は絶賛崩壊中であり、なんとかしようにも驚きと疑問符しか生まれない。

 

 宝石の如き翡翠の瞳はこれでもかと言わんばかりに見開かれており、何が起こったのかと絶賛混乱している最中である。そしてコレっぽっちも理解できていない模様であり、結局は混乱に輪をかける以外に道が無い。

 少し前に、予想外の言葉を貰った時と感情は似ていると言っていいだろう。その時よりも一際早く強く鳴り響く鼓動の音色は耳をつんざく程と比喩していい程であり、もはや足の1つも動かせない。

 

 

 恋愛耐性?交際経験?あるわけがない。そもそも異性に興味を持ったことが無い。つまり恋というモノ、恋愛という行為、そこに至るまでを微塵も知らない純潔な乙女である。

 今現在において、一番に親しい男性は誰かとなれば断定はできないだろう。それでも、互いの悩みに対して答えを与え、貰い、己が生まれて初めて頼った共に居ることが多い彼の名は、一覧表のトップ3に食い込んでいることは明らかだ。

 

――――落ち着け、落ち着け。何を言われた、何と言われた!?わ、わた、私に……。

 

 なお、少し前に軽いジャブを数発食らっていたせいで少し耐性がついていたのか、此度においてはしっかりと文言を覚えているようで質が悪い。言葉による前代未聞の持続ダメージは脳裏に焼き付き、未だ継続して彼女の心をくすぐっている。

 落ち着くならば、今貰った言葉は綺麗サッパリ忘れるべきだろう。しかしながら少し前に目覚めたもう一人の自分が、決して消却の結果を許さない。

 

 やんごとなき続柄故に蝶よ花よと育てられ、尊敬の眼差しこそあれど異性からマトモに褒められたことも無いために、そちら方面の耐性もほぼ皆無と言っていいだろう。普段はクールな対応を見せる彼女だが、親しい者との間では時折言動に表れているように根は活動的な女性なのである。

 ハイエルフでありロキ・ファミリア幹部という立場とレベル6の実力者ということも相まって、先程のようなコトを言われるのは初めての経験だ。故に、掛けられた言葉が出てきた理由を考える思考回路は追いついておらず、普段の冷静さは影を潜めて色々とオーバーヒートしている。

 

――――彼は、私に、魅力が……。

 

 エルフ基準においても俗に言う行き遅れに突入していたことは、己でも分かっている。それをネタにされたこそあれど、以前の図書室での言葉もさることながら、よもや先のような“素敵な”言葉で表現されたことなど生まれてこのかた初めてだ。

 加えて、痛々しい二つ名を羨ましがる者が多いこの世界において、女性はこの手のキザな謳い文句に弱く、逆に口にできる男は少ないのである。もちろんそんなことを考えていない発言者タカヒロは、単に思っていることを口にしただけなのだから質が悪い。

 

 赤面の波紋は周囲に居た取り巻きの女性エルフにまで及んでおり、個人差はあれど、反応は同じベクトル。あれだけ張り詰めていた殺気は嘘のように消え去っており、漫画やアニメならばそこかしこで湯気が描写されそうなシチュエーションとなっている。

 男エルフに至っては今までタカヒロと同様のことを思っていたものの、うまく表現できずにいたこともあって盛大に同意している状況だ。決して歓喜の声を口には出せないが、本人の前で言い切った彼を心の中で讃えている始末である。

 

 

 他人。

 ハイエルフであるリヴェリアが名前を知っている男において九割九分以上はこの関係であり、他の者よりは彼女と仲が良い部類になるベルも、ギリギリここに該当する。

 

 友達以上、親友程度。

 ファミリアや同胞という括りを除外して考えると、この項目に当てはまる男はフィン、ガレス、そしてタカヒロの3名だけである。なんとも極端な住み分けだ。

 

 

 そこからロケットブースターを点火して、遥か先にある一人しか居座れないエリアへと突撃したポンコツ報復ウォーロード。そこに装備は無いと知らせても、戻ってくるかは神様ですらも分からない。

 

 案の定、先ほどのセリフに対して何も考えが回っていないらしい。固まる周囲を残して、彼はヘスティアを引きずって廃教会へと踵を返した。

 もっとも、己が特別な所へ辿り着く道を全開走行していると気づくのは、帰宅して落ち着いた時に他ならない。如何なる戦場だろうと乱れぬはずの大地の如き心構えだが、この時ばかりは「やっちまった」と反省をしていたらしい。心境は、いつかのお姫様抱っこの焼き直しだ。

 

 

 今晩に見せた言動は相手方が応えていないので、結果としては“単にリヴェリアを褒めただけ”となるだろう。しかしながら、この一件が様々な波紋を呼ぶことになるが、それは当然の事である。

 




やりやがった(他人事)


あのままの関係が続いてたら作者の趣味によって30話ぐらいそれで費やしそうなのと普通じゃ面白くないので、こんなロケットスタートにしてみました。

“思ったことをそのまま口にする。”今までに何回かフラグが建ってますね……

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70話 ロキの悪戯

 本日のヘスティア・ファミリアにおける仕事はお店が開くと同時の買い出しであり、主神を含めて3人しかいないもののファミリア総出で任務を遂行している。ベルがダンジョンで使うポーションなどの備品の調達もさることながら、玉ねぎなどの日持ちする食材を買い出すことが目標の1つだ。

 その他で言えばジャガイモなどいくらか重量物が多いために、ファミリア揃って買い出しに来ているというわけだ。ヘスティア曰く、ベルが食材まみれになって必死に運ぶ姿は、市場の奥様方に対してウケが良いらしい。要は“おまけ”や“サービス”狙いの面も含まれているのだから隙が無いコトだ。

 

 この3人、先日はロキのところの食事会に呼ばれていた。そのために一日だけとはいえ食事が不要となるタイミングを見計らって、ストックしている食材を消化しきるという涙ぐましい効率化の努力も見せている。

 もう一人の眷属に一言お願いすれば数年分の食費など一瞬なのだが、節約についてはベルとヘスティアが持つ病の類と言っていいだろう。何にせよ、無駄遣いをしないのは良い事である。

 

 しかし、向けられる視線が多い。

 

 そう感じるのは、黒い棘付きの鎧に身を包んだ一人の青年だ。フードで表情は読み取れないが、その実は軽く冷や汗が流れている。なぜ買い出しで鎧姿かというと、単にフードで顔を隠して落ち着きたいというだけでのポンコツさ。強敵相手に僅かにも怯まない大きな背中も、今日ばかりは形無しだ。

 なお、結果としてフルアーマー故に目線を向けられているという理由で落ち着けないというオチがつく選択ミス。内心で選択を誤った点を後悔するタカヒロが後ろから気配を感じ、年貢の納め時かと軽く溜息を吐いたタイミングだった。

 

 

「な、なにうちのママに手ぇ出してくれとんや棘々ェ!!」

「ぬおっ!?」

 

 

 突然と発生し後ろから直撃した突進の一撃に、タカヒロは“くの字”に折れ曲がった。ガチガチの防御力の反面、意外と身体は柔らかいらしい。

 このような事態に陥った経緯は、本日における朝食の時間帯にまで遡る。

 

====

 

 身体はセクハラで出来ている。血潮は美少女で心はスケベ――――

 

 

 などと詠唱が始まりそうな魔法を体現している者はまさかの女性であり、悪戯の神。オラリオにおいて双頭を張る片割れ、最強と謳われるロキ・ファミリアを束ねる神ロキそのものだ。セミロングな長さの赤髪を短いポニーテールでまとめており、デニムなど露出が多いボーイッシュな服と糸目な表情が特徴である。

 なお、最強の名に惹かれてロキ・ファミリアの狭き門を潜りぬけた女性冒険者がセクハラを受け幻滅するのは最早”日常”となっている。潔癖の傾向が強いエルフに至ってはビンタで挨拶する者も多いが、それが”ご褒美”になっていることを知るのは極僅かだ。

 

 そんなロキも、流石にボディタッチ系のセクハラは(はばか)られる団員が居る。レベル6でありナイン・ヘルの称号を持つ緑髪のハイエルフ、リヴェリア・リヨス・アールヴだ。

 そのために、彼女は毎度の如く別の方法。具体的に言うならばリヴェリアに対する呼び名でもって、セクハラというよりは揶揄って楽しんでいた。本日の朝食後、またいつもと同じことを口にする。

 

 

「やっぱり、リヴェリアはウチらの母親(ママ)や!」

「だ、誰が母親(ママ)だっ!!」

 

 

 もはや、ロキ・ファミリアにおいては通例の問答である。口に出される文言もセオリー通りであり、文字に起こせば違和感は無い。

 

 しかし本日一発目となる今回は、何かがおかしい。セオリーとの違いを述べるならば、リヴェリアの声が力強くやや上ずっている点だろう。気持ち薄赤い頬も、通常とは程遠い。

 普段からセクハラを仕掛けているロキは反応に対して即座に疑問を抱いて真顔に戻り、横に居た弟子であるレフィーヤに目を向ける。すると同じタイミングで逸らされたために、昨晩から今朝にかけて何かあったことは把握した。

 

 が、何かは分からない。リヴェリアは普段から団員の事を心配し、発言する傾向がある。滅多なことでは素を見せず時によっては自らが悪者になろうとも団員を心配するその姿は、ファミリアの母親と呼んで過言ではない代物だ。

 本人は毎度の如く母親という代名詞を否定し、故にロキは面白がって揶揄っている。いつもは「ハイハイ」という二言目が加わりそうなほどに冷酷に否定されるのがセオリーで、今回のような初々しい反応は初めてだ。しかも、何故かやや顔を赤らめている。

 

 

「ああ。そこのババア、昨日の夜に口説かれてたぜ」

「く、口説!?」

 

 

 そこに通りかかったベートが真実をぶちまけてしまい、エルフ群団を筆頭にリヴェリアの行方を見守って(監視して)いた団員にタコ殴りにされ蹴り飛ばされている。リヴェリア直伝で彼女達が習得したロープによる“逆さ吊るし”を受け、ロビーの上空で漂うこととなった。メーデーコール(緊急事態宣言)を行うも、昨日の所業もあって生憎と周囲は敵だらけであるために状況に変化はない。

 

 一方で、天界のトリックスターとの異名はどこへやら。事実を耳にしたロキは、まさかの事態にテンパっている。それでも昨夜の状況を整理している辺りは、彼女らしい思考回路の働き方だ。

 

 昨日の夜となればよく覚えており、ヘスティア本神が居た点は不本意ながらも、その眷属のために立食会が開催された日だ。終わってから後にリヴェリアが外出したとは思えず、また、ファミリアにおいて彼女に突撃できる程に肝の据わった男は在籍していない。

 そもそもにおいて、そんな空気は始めから終わりまで一切なかった。流石のロキでも、言葉足らずによる勘違い発生からのソレを補うと言わんばかりの“ぶっ壊れ発言”が出たことは予想だにしていない。

 

 ポンコツの口から出された発言はともかく、己のファミリアではないならば。可能性として浮かび上がるのは、その招かれた3人。

 奇遇にも、3名ともにロキ・ファミリアとはソコソコ深い仲にある。うち一人は女神であるために除外するとして、白髪コンビのどちらかと断定して良いだろう。

 

 

「ほ、ホンマかリヴェリア!?口説かれたって、あの白髪のどっちかか!?マジか!?」

「……私だって……あのように褒められたのは、初めてだ……」

 

 

 堕ちてる。いや、ギリギリセーフで堕ちる寸前か。桜が色づくかのように顔を赤らめ少しだけ身をよじって顔をそむける彼女の姿はナインヘルには程遠く、ロキが鼻血を出すか吐血しかねない対応を見せている。

 とここで、アイズ曰く「兎みたいな少年」もヘスティア・ファミリアであったことを思い浮かべる。その少年がアイズに視線を送っていたことは知っているため、節操のない者ではないと仮定するならば、リヴェリアを口説いた者は残り一人だ。

 

 タカヒロ、と名乗っている青年。エルフどころか全く違うヒューマンであり、普段においてリヴェリアとの接点は教育以外に見受けられない。リヴェリアも彼の事を少しは意識していた点はロキも分かっており仲が良いなとは思っていたが、空中散歩を楽しんでいる狼人が口走った内容が事実ならば、驚天動地の展開だ。

 それにしても、あのリヴェリアが。一体何を言われたのかと気になって仕方なく、ロキはコソコソと逃げようとするレフィーヤの肩を片手キャッチし、首に手をまわして耳元で内容を聞いている。リヴェリアは「やめろ」と小声で呟きロキの肩を剥がそうとするが、その力は恩恵がない時と同じようにひ弱であった。

 

 

「ぉ、ぉぅ……」

 

 

 当時の状況を思い出して顔を赤くしていたレフィーヤから“ぶっ壊れ発言”の内容を聞いたロキは、額に汗を浮かべながら目を見開き、真顔のままで唸ってしまう。堅物妖精(ハイエルフ)の心を動かすなど、どんな文句かと考えながら耳にしたのだが……予想を遥かに超えて核心に迫り、というよりは届いており、口説いている内容に唸るしかなかったのだ。

 

――――完璧や。

 

 もし彼本人が居たならば、そう口にしているであろう内容。事あるごとに母親(ママ)と口にしてちょっかいをかけるロキが見出していたリヴェリアの魅力を、青年は見事に言葉として表していたのである。これが向けられた相手がもしもロキ自身だったらどうなるか、となれば、最低でも少しは胸がときめいていただろうと思えてしまう。

 

 では、そんな言葉を掛けられた本人はどうなのだろうか。興味本位から「どうなんや」といつもの口調で後ろに居るリヴェリアに問いを投げたロキだが、全くもって反応がない。

 思わず身体ごと振り返り、軽く下げられた顔を覗き込む。すると、いつもは凛とした口調を声に出す口から、ボソボソと何かが呟かれていた。

 

 

「……嬉しかったさ」

「……なんやて?」

「ああ、嬉しかったさ!彼が言うように年輪を長く重ねてきたが、今までにないことだ!私に対して遜るわけでもなくいかがわしい目線を向けるわけでもなく、いつも気を遣ってくれる彼から先の言葉を掛けられて嬉しかったさ!!」

 

 

 聞き間違いかと思ったロキに、二度目の感想を言わされて。ロキすらも見たことのない赤面のまま、普段はクールな姿しか見せない彼女は吹っ切れていた。

 

 奇しくも最後は、悪戯好きの神に、イタズラに心をトンと押され。

 

 抱く感情が恋心の類だと気づいていない恋する乙女、ここに爆誕である。

 

====

 

 

「な、なにうちのママに手ぇ出してくれとんや棘々ェ!!」

「ぬおっ!?」

 

 

 あの場において「リヴェリアに春が来たでー!」と叫ぶと、先のベートの二の舞になる。ぶつける先のないハイテンションの結果が先ほどのタックルであり、くの字に折れ曲がったタカヒロと「なんだロキか」と何事もなかったかのようにスルーするヘスティアの横で、飛び退いて驚くベル・クラネル。

 もっとも、人間程度の力のタックルで青年が崩れることなど在り得ず数歩よろめいて踏みとどまっている。ロキが走ってくるのも感じ取っており、そのままの棒立ちでは彼女がダメージを負ってしまうため、身体を反って衝撃を和らげた格好だ。勿論この場合においては、カウンターストライクや報復ダメージは発動しない。

 

 

「嗚呼、神ロキか……先日は御馳走になった、素敵な食事会をありがとう」

 

 

 ヘスティアに似て、てっきり取っ組み合いが始まるかと思って身構えたロキだが、意外にも相手の反応は落ち着いておりしっかりとした礼儀もあった。思わず彼女も、真面目な反応をしなければと態度を改めてしまっている。

 

 

「……お、おう、気に入ってもらえたんなら何よりや。にしても、なんや元気無いの。あのあと別の店で飲んだんか?二日酔いか?」

「いや、昨夜の出来事を思い出して反省している。考えなしに口にすべきではなかった」

 

 

 真面目に彼が回答すると、ロキは口からドライアイスを口に含んでいるかのように溜息を吐いた。先ほどの紳士的な対応をされては怒るに怒れず、更には冗談で言っているようにも見て取れない。横ではヘスティアとベルも共に溜息を吐いている始末だ。

 とはいえ、ただ考えなしに思っていた内容をそのまま口にした。というだけの話で終わらないのが会話と呼ばれる行為である。これが便所の落書きならば問題は無かったが、加えてあの場においては証人が多すぎた。

 

 ロキ・ファミリアはもちろん、エルフで形成されるコミュニティにおいても昨晩の様相は伝言ゲームとなっているのが現状だ。当該者の男の情報は伏せられているものの、オラリオにおいて知らないエルフは極少数というレベルとなっている。

 たった今ヘスティアが口にした言葉「がんばれよタカヒロ君」が“誤解を解いた方が良い”なのか“責任を取れ”の類なのか、それは本人にしか分からない。どちらとしても、自身の鎧のような棘の道であることに変わりはないだろう。

 

 当時の流れと一連の状況は聞いていたロキだが、青年の口から出てきた言葉の真意は探らなければならないと考えている。招待してくれたリヴェリアを庇っただけなのかと問いを投げれば、予想だにしない答えが返ってきた。

 青年曰く、本音を羅列しただけのこと。更には覚悟なく口にした点こそ反省しているが、思っている事実であるために撤回するつもりは無いとの内容だ。

 

 さっそくロキは、魂を見て嘘か本当かを判別する。もちろん結果は驚きの白さであり、彼が嘘を口にしているということは有り得なくなった。

 

 

「……嘘やない、やと……!?タカヒロはん、よう口に出せたな……」

「尾ひれを付けているわけでも無し、嘘でもない。とはいえ口に出た理由は、あの犬が並べていたセリフにイラっときていたから、かな……」

「クソ度胸やなー……」

 

 

 はぁ。と、ため息が彼にも伝染する。最後の一文に対して魂を見たロキだが、その点についても嘘ではないことが判明していた。

 もっとも、もしもレフィーヤから聞いた言葉が上辺(うわべ)だけならば一発ぶん殴ってやろうと思っていたのが真相だ。しかしこうも驚きの白さとなると本気度合いを感じて罪悪感が芽生えており、ロキにしては大人しい対応となっている。

 

 しかし、問題は別のところにもある。名前を出さない点で恐らくは知らないのであろうベートという人物は狼であって、犬ではない。

 実のところはタカヒロとて、居酒屋やリヴェリアの口から彼の名前を聞いてベートという名前を知っている。しかしながら彼女を貶した人物の名前を口にしたくないだけであり、犬と狼については単純な勘違いであった。

 

 

「一応フォローしとくけど、あん時にリヴェリアの悪口を言ってたんはベート・ローガ、うちのレベル5や。そんで犬やのうて、狼やで」

 

 

 最後の点については、単純な彼の思い違いである。別にベートという人物を貶すために口にしていたわけでもなく、本当の事ならば謝罪したいと思っているが、謝罪したならばしたで乱闘になると考えコッソリと言い方を直すことを選択した。

 そして一応、確認のためにロキに言葉を投げている。

 

 

「……まじか」

「まじや」

「狼か」

「狼や」

「それは失礼」

「ええんやで(ニッコリ」

「いいのかい!?」

 

 

 思わず条件反射でツッコミを入れてしまったヘスティアに、「自業自得や」とロキは返事をする。何があったのかと尋ねるヘスティアに対して、以前にベートが酒場でタカヒロに殴りかかった時の状況を説明するとヘスティアも納得してしまっていた。

 むしろベルを貶した点についてを拾っており、「そんなやつは吊るされておけばいいんだよ!」と吐き捨てヘソを曲げてしまっている。実際のところ閉店時間まで吊るされていたことをロキが告げると、ヘスティアの機嫌も多少は改善するのであった。

 

 

「あ、リューさん。おはようございます」

「おはようございます、クラネルさん」

 

 

 その時に対面から歩いてくる、話の中に出てきた酒場の給仕服姿を見せるエルフの女性。美しく輝く金髪と凛々しい表情は、高貴と言われるエルフに相応しい。

 とはいえ、彼女は表情の薄さに定評がある。いつも酒場で見せている仏頂面のままであるがベルと挨拶を交わすと、その整った顔を青年の方へと一度向け、再びベルの方へと向き直った。

 

 

「クラネルさん、ロキ・ファミリアにおける昨晩の件ですが」

「えっ、リューさんも知っているんですか!?」

「……なるほど。ありがとうございます」

 

 

 思わず答えてしまったベルだが、どうやら誘導尋問の類だった模様。バッと両手で口を押さえる少年ながら、時すでに遅し。問題の“相手”が誰か分からなかったリューだが、エルフではないベルが知っているとなると、これで判明した格好だ。

 リューはそのまま身体をタカヒロに向け、フード越しに隠れている瞳に目を合わせる。青年もまたフード越しに見返しており、何が始まるのかと気が気でない彼に対し――――

 

 

「貴方でしたか。何があったかは掻い摘む程度に耳にしましたが、リヴェリア様と並ぶには程遠い。努々、精進を怠らないことです」

 

 

 リューは、中々に手厳しい言葉を口にした。後半はさておき、何があったかという内容を無関係のエルフまでもが知っているのかと考えると、青年の口からは溜息しか出てこない。

 しかしそうなると、逆にどのような男ならばエルフ的に許せるか気になるのがロキである。その質問を受けてしばし右手を口に当てて考える仕草を見せた彼女は、要点を上げるごとに指を一本ずつ立てて力説を行った。

 

 

「まずリヴェリア様より強く、頭脳明晰で容姿も申し分なく、優れた品性と度量を持ち、男らしく家事も料理もハイレベルに全てをこなし、日々の豪遊に困らぬ収入を持ち、様々な記念日を決して忘れることのない殿方です」

「尾ひれ背びれ抜きにハードルが高すぎないか……」

「世界中の全種族を探したかて、レア(珍しい)とかレジェンド(稀少極まりない)通り越してファンタズム(幻想級)やろ、そないな男……」

 

 

 そもそも男らしい家事と料理ってなんのことだ?と疑問符を浮かべるタカヒロとロキだが、互いに質問し合って首をかしげている。全くもって想像の欠片も浮かばない。

 そう考えながらリューを見るも、最初に口に出した本人は明後日の方向に向かってガッツポーズしているので聞くに聞けないために始末が悪い。鳥の鳴き声が小ばかにしているように響き渡り、秘め得る原初のポンコツさが垣間見えている。

 

 そんなガッツポーズも長くは続かず、ヘスティアを先頭として市場への移動が開始される。ヘスティア、ベル、リューの3名は何を買うのかと井戸端会議を続けており、とてもじゃないがエルフの女性一人が持てそうにない買い出しの内容を聞いてベルは冷や汗が流れていた。

 逆に集団の後方少し離れた距離では、タカヒロがロキに肩をゆすられ捲し立てられている。ロキが言うことは正論だらけであるだけに、タカヒロも、ああだ、こうだと言い返せない。

 

 

「せやかて自分はリヴェリアの事どう思うとるんや?ホレホレ、はよゲロってまえ」

 

 

 彼女の事を好きかどうかと言われれば、容姿的には余裕でゴールラインを越えている。陸上などの周回できるトラックで例えるならば、余裕で2周3周している程に高いものだ。

 なんせ種族はエルフであり、神々にも負けない容姿と謳われる程。もっとも青年としては昨夜の言葉通りで、容姿よりも内面に魅力を感じているワケなのだが、この容姿が後押ししていることもまた事実。

 

 今のところ現を抜かす程ではないが、青年としても彼女の性格や思いやりの心に惹かれているところもあり、共に過ごしていて楽しいと感じているのも事実である。その抱いている感情を好意と捉えるかどうかは人による所があるだろうが、似たようなベクトルにある事に違いは無い。

 なんせ、腐りかけていた己を引っ張り上げてくれた存在だ。そんな情景が焦がれに変わったとしても何ら不思議ではなく、相手を守り、更なる一歩を知るうちに感情が変わったとしても、至極当然の経過である。

 

 最も確実な答え合わせとしては、あれ程のガントレットを得たというのに、今だ数値的な検証を行っていないということだ。装備の事よりもロキ・ファミリアの立食会に参加することを優先し彼女と過ごしていた事こそが、答えそのものを示していると言っても過言では無いだろう。

 

 

 と、いうことで。

 バシバシと肩を叩いてくるロキに対して、普段のような仏頂面をキープし此度も声に出して回答こそしないものの。青年側からリヴェリアへと向けられている好感度も、実のところは非常に良好なのである。

 

 

「リヴェリア相手にあんな言葉掛けといて、まさかこのままとか無いやろな?」

「……そうだな」

 

 

――――とりあえず、今度メシでも誘ってみるか。

 

 フードの下で生まれる溜息を作る口元は、少しの緊張感を抱いていた。

 




次回、設定がほんの僅かにしか見つけられなかった人物が登場します。
この人が出てくる2次小説ってあるのかな……


・それぞれの内心
ロキ:今のところファミリア間がどうこう気にせず愉しんでる
タカヒロ:最近相手を意識しだした
リヴェリア:本日爆誕。実は爆誕してから行方不明

・直近の予定イベント
本日昼:???⇒次話にて。
明後日:教導再開


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71話 箱入り娘

あのご婦人が登場。
2020/11/28:緑髪らしく、文中を修正しました。


 彼女が経験した物語を聞くか見れば、ある人は素敵な出会いだと称賛するだろう。また、ある人は軽い女だと罵るだろう。客観的視点から見れば、人によって評価は様々だ。

 

 ロマンチスト。この言葉も、人によって程度の差が中々に大きいものがある。

 ただの願望、壮大な夢を見て挑む者、届かないモノに手を伸ばす愚か者。いずれにせよ夢を追う者を指し示す言葉であり、オラリオにおいては種族・性別・年齢を問わずに多数の者が該当するだろう。

 

 ここにもまた、一人の女性が居る。女に生まれたとはいえ王族の家系である彼女は、もちろんそんな幻想を夢見ない。

 

 

――――フフッ、この物語は結末が読めてしまう。だが、心を(くすぐ)られるな。

 

 

 場所はエルフの里、王宮内部。リヴェリア・リヨス・アールヴ、当時14歳。蝶よ花よと可愛がられ、宝石や精巧なガラス細工のごとき扱いをされる王女である。

 幻想を夢見ない、なんてことはなかった。表面こそ堅物で王族としての躾がキッチリとなされている彼女の根はいくらか活発的であり、抱いている夢は少なくない。時折、とある従者との間でも、そんな話で盛り上がる程だ。

 

 幼少の頃に読んだことのある御伽話。英雄に成りたいと切願するヒューマンの青年が、牛人の怪物によって迷宮へと連れ去られたお姫様を迎えに行く、言ってしまえば“よくあるパターン”の英雄記。できすぎた、大人ならば結末がうっすらと分かってしまう物語。

 なんとありきたりだ。と、幼いながらに苦笑した。それでも乙女心をくすぐる物語の続きは気になって仕方なく、1日少しずつ読み進めるのが秘かな日課の愉しみとなっている。

 

 王族ゆえに、自分にこんな出会いがないことは分かっている。恐らくはどこかの貴族から婿養子を取るかして、親族が決めた婚姻を呑むことになるのだろうとも覚悟していた。

 しかし、それでも。女として生まれたからには、この物語における姫の立場は、一度は憧れてしまう光景だ。

 

 運命的としか言えない出会い。英雄と呼んで差し支えない者に焦がれる傾向が強いのが、この年頃の少女が持つ傾向である。

 

 

「――――」

 

 

 場所は黄昏の館。寝間着姿、やや火照った頬を作り自室の机でその本を広げる、一人の女性。埃被っていた懐かしいその一冊は、まるで己の心のようであり、掃ってみれば久方ぶりの一部分を読み返して初々しさがこみ上げる。

 英雄が屠り眠り姫を魔物から救う、そのシーン。己の身体でもって割って入り、まさに姫の盾となるべく物語の英雄は剣を振るう。そして当然のように勝利し、結果として助けるのだ。

 

 連動して脳裏に浮かび上がるは花のモンスターと、24階層での一撃。その時に彼が見せた、まるでこの手の物語によくあるような、姫を守るために前に出る――――

 

 

====

 

 

 驚天動地の結末を迎えた食事会となった翌日、オラリオではない他の場所。馬車を使って4時間ほどかかるこの小さな町は、山の恵みを得て人々が暮らす平和な町だ。

 オラリオと違い、殺伐とした雰囲気はどこにもない。対野盗用ということで村の周囲は柵で囲まれて衛兵もいるが、所詮はその程度である。

 

 そこに住まう、一人のエルフ。もう何十年も前にエルフの里を飛び出し、一人のヒューマンと結婚し、二人の娘を授かった一人のエルフだ。

 今や20歳の一歩手前まで育った娘の片方はオラリオへと出稼ぎに家を出ており、休暇の際に戻ってきて顔を見せる程度である。手紙と仕送りが届くたびに夫と共に申し訳ないと思いながら、エルフの誇りを受け継ぐ立派な娘に育ったことを喜び涙する、そんな月日が流れている。

 

 しかし飛び出した彼女はエルフの森の外の空気が合わないらしく、いくらか体調は万全ではない。私生活に支障が出る程のものではないが、軽い咳や倦怠感などの症状が目立っていた。

 娘の仕送りも、この病気を治すための薬代が主な目的である。もっとも咳止めがある程度で症状の原因も全く分からず、騙し騙しの生活が続いているのも現状だ。娘のエイナ・チュールが同じ症状を発していないだけでも幸いである。

 

 

「あら、誰かしら」

 

 

 昼食の片付けも丁度終わり、少し休憩したのちに掃除の用意に掛かろうとしたところ。随分と規律の良いノックで玄関ドアが叩かれ、屋内に居たエルフ、娘とは違って翡翠より薄い色のヘアーを持つ“アイナ・チュール”は、「今出ます」との言葉と共にパタパタとした足取りで玄関へ足を運んだ。

 この時間帯に訪れる者は、月に1度あるかどうか。全くもって誰だか見当がつかないものの、鍵を開け、扉を開くと――――

 

 

「はい、どちらさま――――」

「……私だ」

 

 

 そこには、彼女が最も見慣れた緑髪のハイエルフ。ここに居るはずのない姿を目にして瞳は見開くも、見開いた理由は違う所へとシフトする。

 神に負けない美貌と同じほどに格式高い凛とした気高さは、まさに崩壊寸前の様相だ。目の下には薄っすらとクマが浮かんでおり、隠そうとしているもののロクに寝ていないことが一目瞭然である。

 

 実はこの二人は顔見知りの仲であり、かつての王女と従者という関係だ。揃いに揃ってエルフの里を抜け出した仲であり、道中の旅路も相まって絆は深まり、リヴェリアが親友と断言する数少ない人物である。そう言った意味では、最もリヴェリアに近い人物だろう。

 そのような過去もあり、エルフのなかでリヴェリアを相手に敬語を使わない珍しい存在だ。もっとも名前を呼ぶ際に様を付けるのは彼女の中で1つの線引きになっているらしく、娘からも不思議がられた過去がある。

 

 

「り、リヴェリア様!?」

「突然すまない。私もまさか、このような格好でお前のもとを訪れることになろうとは……。どうだ、身体の調子は」

「お陰様で悪化の気配もないわ。でも、貴女こそどうしたの……。とりあえず、中に入って」

 

 

 今ではもう二人分しか使われていない、小傷が目立つ4人掛けの椅子と小さなリビングテーブル。とても王族に腰掛けさせるような代物でないことはアイナも承知しているが、彼女にとってのリヴェリアとは王族ではなく親友だ。

 リヴェリアも特に問題視しておらず、むしろ仰々しく接される方を嫌っている。事前準備ができなかったために現在進行形でお湯が沸かされており、もう少しすれば紅茶が淹れられることになるだろう。二人分の為に少量で済むこともあり、沸くまでにも時間はかからない。

 

 お互いの世間話で場を繋いでいるうちにお湯が沸き、リヴェリアにとっては慣れ親しんだアイナの紅茶が出されている。茶菓子については間に合わせが無くお茶のみの状況だが、それでもリヴェリアにとっては活力になる昔懐かしい味わいだ。

 そしてアイナは相手の懐にズバっと踏み込み、なぜ突然やってきたのかと本題を口にする。するとリヴェリアの顔に微かに残っていた笑みの表情も姿を消し、眉は力なく伏せられた。

 

 

「……頼れる者が、お前しか居ないんだ。笑わずに聞いてくれ……」

 

 

 マグカップがギュッと握られ、アイナはゴクリと唾を飲み込んだ。世間話をしに来たわけではないとは分かっていたが、これ程となると余程の事だろうと考える。

 相手は言いにくそうにしているものの、お茶に一度口を付け、勇気を貰っているように見て取れる。彼女ほどの人物をこうにもさせる内容とは何事かと、アイナは冷汗と共に言葉を待った。

 

 

「……最近、一人の男のヒューマンと知り合った」

「!?」

 

 

 覚悟していたものの、のっけからアイナにとっては驚天動地の発言である。リヴェリアの口からよりにもよって他種族の男の事が出てくるなど、まずもってあり得ないからこそ猶更だ。

 思わず驚愕の言葉が出そうになるも一瞬の表情変化だけに留め、喉元で押さえつけた。あのリヴェリアがこのような理由で、かつ深刻な顔をして馬を走らせるなどのっぴきならぬ程であり、ここで不真面目な対応を見せるのは親友として失礼どころの騒ぎではないと、再び覚悟を決めている。とにかく、今は聞き入ることが優先だ。

 

 数秒の沈黙ののちに、言葉が出てくる。最近、その青年と一緒にいる時間が多いこと。互いに煽るような言い回しこそあれど、基本として一緒に居て楽しいと思える時間が増えた事。本能的に避けていた男でも、彼に対しては全く何も思わない事。

 事務的な処理とはいえ、類稀(たぐいまれ)な計算能力の高さで会計処理を手伝ってもらったこと。頼られることばかりの中で初めて誰かを頼り、そつなく熟す上で言われたこと以上に気を配る姿に感心し、目を向けた事。その後、悩みごとで困っている姿を目にしたならば、どうにかして解決できないかと、己も手を差し伸べてしまいたくなった事。

 

 途中途中で言いどもったところをアイナに絞り出されるなどして、話の場面は先日の修羅場に到達する。今までの話でリヴェリアと男性の相性がいいことを感じ取っていたアイナは、リヴェリアが輪をかけて言いどもった内容をほじくり返し――――

 

 

 そして一連の青年の台詞を耳にし、同じ女性エルフとして盛大に赤面した。彼女もまたヒューマンからすればソコソコの年齢であり、今の夫と付き合う際に確認したところ「何才だろうと君が良い、自分に年齢は関係ない!」と目を見てキッパリと言われたために花の笑みで返事をしている過去がある。もっとも、それだけが理由でないことを付け加えておこう。

 とはいえその文言だけでも結構悶えたというのに、今回の場合は輪をかけて物凄いことになっている。発信元のリヴェリアは当時の口調まで思い出して頭から湯気が昇っており、両肘をテーブルにつけて頭を抱えている始末。

 

 聞き手であるアイナとて、気持ちは分からなくもない。親しい者に先のセリフを言われたならば、相手を意識するなという方に無理がある。

 結婚をしたとは言え、そんな彼女もまた乙女。先のような言葉を貰えるリヴェリアが羨ましいと、心のどこかで思いつつ。

 

 そんな言葉をくれた彼の事を今現在はどう思うのかとアイナが尋ねてみるも、返答はまさに初心な乙女。思い返すだけで鼓動が強くなるだの思考回路がマトモに働かないだの、程度はどうあれ、かつてのアイナも抱いたものだ。

 更に誘導尋問をしてみれば、滅多に見せない柔らかな表情をもっと見せて欲しいだの特別な目で見てほしいだの自分自身を気にかけて欲しいなどを、困り果てた赤面の表情で口にする。頭を抱えていたはずの腕はいつの間にか自分自身を抱きしめて身悶えしており、アイナを相手にしても目線を合わせることができない程。

 

 ということで、従者による答え合わせはすぐに終了。アイナは、リヴェリアの心が堕ちるところまで堕ちているのだと確信した。

 恐らくは知らないだろうなと捉えているアイナは、リヴェリアが抱いている感情の名称と共に言葉で諭す。リヴェリアを様付けする彼女が未だ従者でもあるならば、それも仕事の1つだろう。

 

 

「いい?リヴェリア様。それが“恋”。貴女は、その殿方のことが好きなのよ」

 

 

 鯉?故意?何が濃い?物乞?誰も来いなどとは――――と考える、答えを受け取ったリヴェリア・リヨス・アールヴ。やはり考えが崩壊しており、最後の最後に“恋心”と言う二文字に行き着いた。

 文字程度は、彼女も何度か耳にしたことがある。ロキ・ファミリアの女性陣がその手の話で盛り上がる“恋バナ”とやらも参加したことはなけれど概要程度は知っているし、当然ながら恋心の意味も知っている。

 

 しかしながら経験となれば欠片もなく、エルフ、特に王族である自分には無縁であると決めつけていた、その感情。容姿目当てで寄ってきた不埒者は居たものの脈がある相手がいるわけでもなく、彼女にとっての男とは、その程度の認識に他ならない。

 更には彼女も自覚しているが、積み重ねた年齢が年齢だ。弟子であるレフィーヤならば相応であるために理解できるが、己がそんな感情を抱くことになるとは、これっぽっちも思っていなかった。

 

 試しに、己がそんな感情を抱いているわけがないと決めつけてみる。そして例の青年が自分を案じてくれていた時の姿を思い浮かべると、頬と口元はだらしなく緩みかけ、たとえアイナが相手でも見せられそうにない。しかし姿が脳裏から消えず表情変化も止められない故に、腕を組んで机に突っ伏した。

 耳まで真っ赤に染めたリヴェリアは、少しだけ顔を上げて「お前の場合はどうなのだ」とアイナに問いを投げる。咳払いをした彼女は相手に貰った先の言葉を口にし、そのまま続けて馴れそめを語り始めた。

 

 

「アタシもね~、最初は“なーんか頼りないなー”なんて思っちゃってたのよ。どこかヘコヘコしてるし、当時のアタシって結構、奔放(ほんぽう)してたからさ。余計にそう思っちゃったのかもね」

 

 

 昔懐かしく、しかしどこか恥ずかしげに語る親友の表情に、腕に隠れたリヴェリアの口元も釣られて少し緩んでくる。

 

 当時、エルフである上に同じエルフの中でも美貌に優れるアイナに寄ってくる男は多かった。その中で今の彼女の旦那は少々特殊な存在であり、確かに頼りがいがあるかと言われれば今でも首を傾げてしまうものがある。

 しかし常に気を使って接してくれており、エルフの作法も学んで取り入れようと必死な姿を彼女は秘かに知っている。そんな努力が実を結んだこともあり、彼女は一緒に居て「楽しい」と感じたのだ。故に、二人はお付き合いへと至ったわけである。

 

 

 ロキ・ファミリアという括りを除けば、彼女を王族扱いしない非常に少ない特殊な存在。身振り手振りを見るに、今までの男のように容姿が目的というわけでもなさそうだ。

 ひねくれた性格がちょくちょく顔を出すが、昔話で答えをくれた時のように、根では自分を心配してくれているのだと分かった彼の気遣い。どこか身近な青年の姿を、リヴェリアはアイナの夫に重ねていた。

 

 親友が既に通った道に、自分を重ねて眺めてみる。必要なパズルのピース、もっともいくつか歯抜けになっているが、既に存在している項目が徐々に静かに集まり出す。

 やがて、自分の考えはまるで方程式へと成り上がる数式のように姿を現し――――

 

 

「なるほど。だからアイナは、かのヒューマンと縁定めとなったのだな」

 

 

 ハイエルフ流の方程式は無事に間違った方向に組み上がり、ここに回答を記載した。

 

 

「……ん?」

「ん?」

 

 

 互いに、疑問符が顔を出す。片や正解を言ったつもりであるハイエルフと、片や単に付き合いはじめのシチュエーションを思い出に浸りながら紹介している、かつての従者。

 いや、まさか、そんなことはあり得ない。いくら王族直結の箱入り娘とはいえ、その2つの違いぐらいは知っているはずだと、真顔に戻ったアイナは額に冷や汗を滲ませる。

 

 

「えーっと、リヴェリア様?貴女、お付き合いと結婚、婚約あたりを同じに思ってたりする?」

「……」

 

 

 たった今、考えを改めた。そう言いたげながらも口に出せないハイエルフは、誤魔化すように目の前の紅茶に手を伸ばす。

 その姿を見て肘をつき、アイナは右手で頭を抱えて溜息を吐いた。蛇足だがリヴェリアの前で本人の失態に対してこんな反応ができるのは、それこそ彼女ぐらいのものだろう。

 

 

「だけどリヴェリア様。話を聞く限りだけど、その男の方とはまだ仲が良い友達程度だよね?貴女がそんな気持ちを抱いちゃうほどの男なら、早くしないと他の女に取られちゃうよ?」

 

 

 そして間髪入れずに、盛大な爆弾を投下した。

 

 ピシャリと、紅茶に逃げていた一名が化石のように固まり紅茶の水面が大きく揺れる。なんで?と言いたげなその瞳からはハイライトが消えており、視線の先に居る大親友は、再び大きなため息を吐くこととなった。

 

 

「……アイナ?何故だ?私とタカヒロは、そ、その、こ、恋仲というやつではないのか?」

 

 

 再び顔を真っ赤にして勇気を出して言ったのだろうけれど、まったくもって違います。この筋金入の箱どころかブラックボックスにでも入っていたのかと思えるぐらいの純潔箱入りハイエルフ、例を挙げれば野球をしようというのに相変らずストライクとボールの違いも分かっていない。真水に漬けても治らないだろう。

 タカヒロが口にした言葉は確かにそれっぽい口説き文句だが、結果だけ言えば単にリヴェリアを褒めただけ。本人も微かにその気を抱いているもののまだ表にしておらず、少なくともリヴェリアは、その口説き文句らしき一文に対して答えていない。故に、現状では何も進展していないという結末なのだ。

 

 

「そんなワケないでしょうに……。っていうか、タカヒロって名前なのね。それはさておくとして、恋仲ってのは互いの気持ちを伝えて、合致して初めて成るものなんだから」

「そんなことを口にせねばならないのか!?」

 

 

 そりゃ言わなきゃ始まらないでしょ……と、箱入り具合の深刻さを実感してため息が漏れかけるエルフの親友。「大丈夫かこれ」と某アラフォー(フィン・ディムナ)と似た感情を抱きつつ、そのタカヒロという人物に賭けるしかない状況だ。せめて相手が恋愛事情について真人間であってくれと、密かに“樹の精霊”に祈っている。

 恥ずかしくて口に出せないという意味で「そんなこと」と表現しているハイエルフは、机に肘をついて頭を抱えている。正直なところ男から言ってもらうパターンが多いそのシチュエーションなのだが、悶えるリヴェリアの表情とアタフタした様相がカワイイために、アイナはしばらく黙っていた。

 

 

「わかった?今のその彼とリヴェリア様は、ただの仲が良い友達程度の関係で」

「ど、どどうすればいいのだアイナ!」

「大丈夫、いいリヴェリア様!?まずは、お付き合いのところにまで――――」

 

 

 ここぞとばかりにドヤる、かつてリヴェリアの世話をしていた、翡翠の瞳と髪を持つ大親友。お金で買えない大事なレクチャーが、今ここに幕を開けた。

 




アイナ「お夕飯はレバノン料理でいいかしら?」


娘に膝枕をアドバイスした者がコレですよ……。

でもアンケで2つ目に投稿した皆様はこういうの大好きなんでしょ?私は詳しいのだ。


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72話 ローエルフ

・業務連絡
戦闘パートはしばらくお待ちください、ちゃんと用意してますので。


 大親友による教導は、相手の初々しさもあって結局次の日まで続いていた。ちゃんと彼の目を見て話すこと、微笑みを作って好印象を作ることなど、本当に基本的なレクチャーとなっている。

 根は真面目なリヴェリアはアイナを相手に練習しており、なんとかなりそうだと安堵の言葉と表情を浮かべている。露骨なフラグになっているのだが、そんなことには気づかない。

 

 リヴェリアが町を出て帰路に就いたのは昼を過ぎた頃であり、日が沈むタイミングと共にオラリオへと戻ることとなる。行先は不明とはいえ出かける点についてはレフィーヤが聞いていたために、混乱も最小程度のものとなっていた。

 とはいえ彼女はロキ・ファミリアの幹部であり、暇ではない。すぐさま溜まっていた仕事の消化に入り、それが済んだのは日付が変わる直前だ。

 

 長旅で疲れが溜まっていたこともあって眠気はすぐに襲ってきたものの、そこはレベル6を誇る冒険者である。必要最低限の睡眠が済むとふと目が覚め、逆に今日が何の日であったかを思い出して、居ても立っても居られず行動を開始した。

 その結果として、物音に気付いて起きてきたロキと廊下で遭遇することになる。何故だか廊下を掃除していたリヴェリアに声を掛けると、問答が始まった。

 

 

「なんで廊下掃除しとるんや、リヴェリア」

「か、彼が来るのだぞ。綺麗にせねばならんではないか!」

「いつも担当が掃除しとるから綺麗なもんや!タカヒロはんが来るのもいつものことやろ!」

「しかし、もうすぐの事ではないか!」

「リヴェリア、とにかく落ち着き!授業はいつも8時半からやろ!?」

 

 

 一層の強い声に、テンパっている彼女は目をうるっとさせて口に力を入れ、何が問題なのかと己の主神に表情で問いかけた。レアスキルよりもよっぽど珍しいそんな表情に対し、普通ならば飛びかかってしまうであろうロキは盛大に溜息を吐いて、問題を口にする。

 

 

「まだ朝の5時にもなっとらんで……」

「あと4時間も無いではないか!!」

 

 

 ハイエルフとしての威厳や、気高い誇りもどこへやら。まさに絶賛混乱中の堅物妖精(ポンコツハイエルフ)、またの名をローエルフと化したリヴェリアは、盛大に空回りしていた。“lol(大笑い)-elf"という言葉でも似合うかもしれない。

 夜明け前という時間帯も忘れて声高に叫ぶと、まだやることがあると言わんばかりにカツカツと力を入れて歩き去る。次は部屋の掃除でも始めるのだろう。

 

 そんな後ろ姿に「どこまで神経質になっとるんや」とは思いつつ、悪戯の神であるロキは、いつもの悪戯を仕掛けようと声を掛けた。もっとも、少しでも理性があれば“あり得ない”と分かる内容であるが――――

 

 

「リヴェリア、タカヒロはん来おったで」

 

 

 当該ポンコツエルフはガクッと足がもつれて、廊下にあるベンチに倒れ込んだ。直後に慌てて起き上がり背筋を伸ばすと、残像を残す程のものすごい勢いで慌てて前後左右、更には上下を確認しだした恋する乙女。

 しかし当然、気になって仕方ない青年など居る訳がない。しかし当然、発言者のロキはそこに居る。

 

 直後。主神ロキの目には、般若か鬼神辺りのヤベーのが確かに見えたと語っている。

 

 

========

 

 早朝、黄昏の館。座学が再開される今日、タカヒロはいつも通りの時間に正門へとやってきている。心なしか玄関付近に居たエルフの視線が厳しい気がするが、何もなかったと思い込んでスルーした。

 

 

「……神ロキ、今日からまた眷属の世話になる。しかしどうした、中々に前衛的な頭の装飾になっているが」

「タカヒロはんのせいやと言いたいところやが、完全にウチの自業自得や……」

「……お、おう。お大事に。これ、話題の焼き菓子だ。いつも邪魔している礼だ、納めさせてくれ」

 

 

 偶然にも廊下で、そこら中にたんこぶを作るロキとすれ違う。何がどうなってそうなっているのかは全くもって不明だが、寝不足もあるのか目には若干のクマを浮かべていた。

 一応は誰かが手当てしたのであろう頭は包帯でぐるぐる巻きとなっており、何をしでかし、何にやられたのかと気になるレベルである。もっとも自分のせいだと言い張る彼女の手前もあり、彼もこれ以上を追求することができなかった。

 

 

「おおきにな、ありがたく貰っとくわ。せやけどウチに気使うよりも、はよあっち行き。これ以上睨まれたら何されるか分からんわ……」

「は?」

 

 

 親指が差される方向に顔を向けると、曲がり角に居たのであろう姿は瞬時にヒュっと消え失せる。その名残がいつか食器を運んだ時の彼女に見えた気がしたタカヒロは、何が起こっているのかが分からない。

 ふと反対を見ると、女性エルフ集団の半数が睨みを利かせて彼を見ている。今居るここが黄昏の館ということもあり、まさに四面楚歌に匹敵する程の状況だ。

 

 原因、状況は共に不明。先日の一件については、やらかしてしまったと実感している彼自身だが、それがとんでもないことになっているとは全く持って想像にできていない。

 そして、彼の考えはこうである。今までは何もしてこなかったエルフが睨んでくるということは、あの一文がリヴェリアに何か影響を与えているということ。そして先ほどのワンシーンより、リヴェリアが自分を避けているのだと判断し――――

 

 

「……帰った方が良いのか?」

「おどれ分かってて言うとるやろ逆やボケェ!さっさと行かんかい!!」

 

 

 エセ関西弁な咆哮とタックルを背中に浴びて、早歩きでいつもの執務室の前へと到着した。ロキとの会話で消費した時間のロスを、ここで丁度良く挽回した格好である。

 とはいえ正直なところ、彼もこの扉を開けるのに勇気が要る。己がぶちまけた言葉の内容は覚えており、微かな好意を抱いていることは実感しているために否定するのは心が痛む。故に何とか話題に上らぬよう対応できないかと、茶菓子の手土産を持参しているわけだ。

 

 扉に対し、ノックする。なんだか彼女が奏でるリズムと似てきたノックを無駄に意識してしまい、扉を開けるテンポがいつもより遅くなった。そのせいか足並みが少し乱れており、無駄な小刻みが発生している。

 何をやっているんだ自分は。と青年は内心で溜息を吐き、いつもの「失礼する」の言葉と共に部屋に入る。ここ一カ月間続けてきたことであり、今となっては青年の中のセオリーだ。

 

 部屋の中もまたいつも通りであり、整理整頓が行き届いており非常に清潔。少なくとも男一人の暮らしにおいて、こうなることは非常に稀と言っていいだろう。

 状況も日常そのものだ。執務机にリヴェリアが、教導用の長机にレフィーヤが座ってそれぞれの書物に目を向けている。青年が部屋に入ったタイミングで視線を向けてくるが、これもまた、いつも通りの光景だ。

 

 

 しかし、肝心のエルフ二人はいつも通りではない。

 リヴェリアは昨日の今日で寝不足気味であり、遠出による疲れも溜まっている。そして青年がいつも通りすぎる反応を見せるために、昨日の今日ということと、偶然にも同じ白髪から知っている少年(ベル・何某)を連想してしまったレフィーヤは、「なんか言えや」と内心で礼儀悪く唸っていた。

 

 内容までは知らずとも事前に遠出の連絡を受けていたレフィーヤも、今のリヴェリアが寝不足気味なことは理解しつつ、疲れも溜まっているだろうと考えるも、相変わらず欠片も見せない立ち振る舞いに感銘を覚えている。

 そしてレフィーヤは、自分が抜ければ二人きりになれる環境だと言うのに他でもないリヴェリアの教導を拒否するわけにもいかず、非常に歯がゆい立ち位置である。青年が何かしらの質問を行ってリヴェリアが接しやすい環境が生まれることを、心の中で祈っていた。

 

 そんな心境のまま、やってきた青年を見ると教材と共に何かの箱を持っている。顔よりも一回り小さいその箱が何なのかが気になり、彼女は素直に問いを投げた。

 

 

「何を持っていらっしゃるんですか?」

「焼き菓子だ、合間の茶菓子に合う物でもと思ってね。以前、好みの物だとレフィーヤ君が言っていた――――」

 

 

 ピシッ。空気に亀裂が走りかけたような音が聞こえ、タカヒロは一時停止した。

 

――――余計なことは言わなくてよろしい。

 

 そんな台詞が、目の前の少女から雰囲気によって飛ばされる。リヴェリアに隠れて今までにない眼力を発揮するレフィーヤの顔を見た青年だが、眼力に込められた本意を受け取れるはずもなく、手土産が宜しくなかったかと捉えていた。

 

 

「……今日は、この茶菓子の気分ではなかったか?」

 

 

 違う、そうじゃない。

 

 そこは、「リヴェリアが好きそうなもの」などと彼女の名前を出して適当な言葉を選んでおけば、十分どころかこのシチュエーションにおいては大正解なのだ。その言葉を受け取るだけで、執務机に座る彼女はニッコニコで疲れも吹っ飛び上機嫌になっていただろう。

 

 だというのにこの青年、真面目にレフィーヤに対して思ったことを口にしている。彼の会話対象となっているレフィーヤは溜息と同時に怒りが沸き起こるも、しかし言動には出せないために、必死に目と表情で訴えるしか道が無い。

 しかも彼は、「これだっただろう?」とレフィーヤの横で箱を開いて菓子を確認している始末である。青年のヘイトを取ってしまったレフィーヤは内心でリヴェリアに謝りつつ、更なる眼力を男に飛ばす。

 

――――違う、違う!私じゃなくてリヴェリア様!あっちを気にしなさいこのヒューマン!!

 

 山吹色なエルフは必死に冷や汗を流して再度アピールするも、青年の反応はどこ吹く風。そしてレフィーヤだけが気を使われていることに対してリヴェリアの心には嫉妬の類が芽生えており、右手に握られ加圧されている羽ペンは助けを求めて身をしならせるも、生憎と助け船は出てこない。

 ワナワナと震える手がレフィーヤの目に入り、これはマズイと直感が告げている。いつまでたっても自分を気に掛ける言葉しか掛けない青年に対し、レフィーヤはついにしびれを切らし――――

 

 

「あーもう!私ばっかり気にかけずにリヴェリア様を見てください!!」

「リヴェリア?いや、気にしているぞ。珍しく寝不足気味でいくらかの疲れも溜まっているようだから心配だったが、以前に心配の声を掛けた時には“私の事など気にするな”と一蹴されてしまってな」

 

 

 その回答に、師弟揃ってポカンとした表情しか返せなかった。そしてリヴェリアは当時の光景を思い返し、ハァと深い溜息を吐いて当時の自分を呪っている。確かに、タカヒロに計算を手伝ってもらった時に見せた対応だ。

 

 一方のレフィーヤは、“ありえない”という感想を抱いていた。彼が部屋に入ってきてから今の今まで約2分程様子を見ていた彼女だが、その間彼がリヴェリアの顔を見たのは入室した際の一瞬だけなのである。

 それでいて、先の回答は的を射ている。ほぼほぼ正解と言っていい回答を、あの一瞬で見極めていたのだから驚きも無理はない。

 

 相手が他の者ならばまだ分かる。しかし相手は、常日頃からクールであり疲れていても表情1つ変えることのないあのリヴェリアなのだ。何をどうしたら一瞬でそこまでわかるのか、レフィーヤは不思議で仕方ない。

 そんな疑問の顔を尻目に、彼はリヴェリアの机へと歩いて行く。普段ならばクールに彼女らしく応対する場面だが昨日の今日という事もあり、座っている状態なものの完全に腰が引けている様相を見せていた。

 

 

「溜息が深いな、やや顔も赤い。微熱でもあるのか?ロキ・ファミリアの幹部ともなれば忙しさも一入(ひとしお)だろう、無理は禁物だ」

「ち、ちがう。やや寝不足なのと疲れているのは事実だが、大丈夫だ」

 

 

 違う意味で微熱があるのです、そして大丈夫なんかじゃないでしょう。だったら目を合わせてみなさいな。

 どうにか頑張ってクールさを演出しようとしていることは読み取れるが、ものすごく無理している。ほんの僅かに、声のオクターブが上がっているじゃありませんか。

 

 そのような内容をぶちまけたかったレフィーヤだが、後々が怖いのとリヴェリアの反応が面白いので喉元に仕舞い。執務机の横に立つ青年を、椅子に座って見上げるリヴェリアの視線を追っていた。

 

 

「そら見ろ、疲れから来る風邪の初期症状に近いじゃないか。厨房に行って生姜湯を作ってもらう、飲めるな?」

「あ、ああ……」

 

 

 では行ってくる。と言葉と扉が閉まる音を残し、タカヒロが廊下を歩く音が遠ざかった。

 

 

「……レフィーヤ、すまない。タカヒロと料理担当でトラブルがあるといけない、念のためついてやってくれ」

「あ、はい。わかりました」

 

 

 そんな真っ当らしい理由が浮かんできた己の思考を褒めたいリヴェリアだが、今抱いている感情を隠すのは長くは持たない。再度レフィーヤを催促し、追いかけるように指示している。

 それでいてピンと背筋を伸ばしたまま、彼女は手元の書類を横にずらす。礼をして部屋を出ていくレフィーヤが、パタンと優しく扉を閉めたことを確認し――――

 

 

 

 

「――――なんなのだ、なんなのだ……!」

 

 

 思わず口に出ており慌てふためいて両肘を机に付け、可愛らしく頭を抱えて心の中を駆け回るリヴェリアはおめめグルグル。彼の顔を至近距離で視界に捉えた瞬間に今まで掛けられた言葉がフラッシュバックで蘇っており、とてもではないがマトモに視認できる状況とは程遠い。

 戦闘中、強敵と対峙している時の如く昂る己の鼓動が五月蠅く耳を突く。青年が己の横に来たならばより一層の強さを増し、マトモな思考ができなくなったのは先ほどの行為で明らかだ。

 

 基礎程度だが大親友にレクチャーされた内容など、大空の彼方に吹き飛んでいる。一夜漬けで学んだ者が本番においてそのほとんどを活かせないように、いざ彼が横に来るとなると、思考よりも先に本能が反応してしまっている有様なのだ。

 

 そして思い返す先の言葉は、しっかりと自分を見てくれていたことの証である。彼が自分を見てくれており心配してくれているのだと考えるだけで張りのある瞳と頬はダラしなく緩みかけ、慌てて力を入れるも数秒後には焼き直しだ。

 とにかく、心の高ぶりをなんとかしなければ始まらない。そう考えて最近問題となっていたロキの酒癖を思い出すと、自然と顔に力が入るのだから今回ばかりは感謝している。

 

 

 しかし許さない。絶対に、だ。

 

 

 やがてタカヒロが生姜湯片手に戻ってくるも、一緒についていったはずのレフィーヤの姿がない。もっとも、今後の対応を問い詰められ露呈してしまったタカヒロが「先に戻れ」と言われたことをリヴェリアが知る由もない。

 そしてまた、弟子のレフィーヤには悪いと思いつつ、今は彼の優しさから生まれた生姜湯に舌鼓を打つことが彼女の中の目標だ。ポカポカとしたお湯とハチミツで味が調えられたその飲料は、不思議と心も落ち着かせてくれるものがある。

 

 

「飲んだら今日は早めに切り上げてゆっくりと休むんだ。……それと――――」

「ん、なんだ?」

「その……今度時間がある時、良かったら一緒に昼飯でもどうだ?」

 

 

「……ぇ?」

 

 

 ファミリア同士を比べた際に規模が違いすぎることを心配して、相手側から“仕掛けて”こないのではとアイナと相談したのはつい先日。彼女側からいつか食事にでも誘おうとしていたところに相手から突然の右ストレートを放たれ、回避行動を取れずに真正面から受けてしまう。

 

 目を真ん丸にして相手を視界に捉えるハイエルフらしきポンコツ、リヴェリア・リヨス・アールヴ。そもそもそこの青年は、今迄においてファミリアの違いなど僅かにも意識していなかったではないかと思い返すも時既に遅く、意識は遥か空の彼方を飛行中。

 

 いくらか落ち着いたと思っていたはずの思考回路は、たった今の一文によって一瞬にしてオーバーヒート。やはり一夜漬けで学んだ内容は、そのほとんどを発揮できないでいる様だ。

 




lol.


■lol は laugh out loud.またはlaughing out loud.の略語です。
意味:大笑いする


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73話 出頭要請

装備キチの秘密(爆弾)が1つ明らかに


「あと二日、か」

 

 

 そんなことを考えると、青年の中で柄も無く緊張感が芽生えてくる。無事に約束を交わすことはできたものの、己が気に掛けるハイエルフが相手となれば、自然と抱いてしまう緊張感は一入(ひとしお)だ。

 今日は当日ではないものの、ただ無駄に日々を過ごすと言うのも考え物。“彼女”が耳にしたならば口酸っぱく説教されることだろうし、少し浮ついてしまっている心を落ち着かせるついでに、僅かな緊張感も解いておく必要があるだろう。

 

 

 故に――――

 

 

『■■■■――――!!』

「……お、皮ドロップ。これで8枚目か」

 

 

 本人曰く“カドモス・タイムアタック”という、オラリオ基準において訳の分からない蹂躙が行われていた。

 

 もっとも緊張感を解くためだけが理由ではなく、本来ならば、これは“セレスチャル級”を相手に行われる内容だ。何をしているかというと単純であり、対象を倒すまでに掛かる時間を計測するワケである。

 基本として、装備を更新した際に行われてきたこの内容。複数体いるセレスチャルのスーパーボスが合計でどれだけ犠牲になってきたかとなれば、4桁を突破しかねない勢いという惨状だ。

 

 

 ――――我々、神とは無限である。故に、如何(いか)にして殺したところで何度でも蘇るぞ。

 ――――神が無限の存在であるならば、それを殺す(ドロップ厳選の)喜びもまた無限にある。

 

 

 神々が負け際に言い放った煽りに対してタカヒロが残したこの言葉は、敵対関係となった神々の瞳からハイライトをどれだけ奪ったかは定かではない。敵対した神に対してソレ(装備キチ)を鉄砲玉にした神々(ドリーグ達)もドン引きし、全力で冷や汗を流した程だ。故に、ドリーグは機嫌取りのために“とあるモノ”をタカヒロに贈呈している。

 

 

 そんな話はさておき、ヘファイストスが作成したガントレットによって、少量のデメリットはあれど火力については1割程の向上が確認できていた。元々がディフェンシブなビルドであるために、自発的な火力面については上がりにくいというわけだ。火力については、他の装備や星座を変更する必要がある。

 ともあれ結果としては明らかで、良い方向に対してバランスが崩れている。過剰となっている防御性能は装備変更で火力に回すことができる可能性が生まれるために、うまく噛み合うパズルを組むことができれば、己が更なる高みへ昇ることができるだろう。「ちょっと待って」と、背中から猛者の声が聞こえてきそうだが気にしていては進まない。

 

 実は此度においては取得している星座を一部変更しており、そのうち更に一部だけをテストしてカドモスを討伐している。先程の火力バランスの調整もさることながら、3レベル減った“カウンターストライク”、以前よりも1割ほどがダウンした耐遠距離火力を補うための星座構成だ。

 そのついでに1億ヴァリス分のアイテムがポンッと手に入っているのだから、ファミリアとしても悪いことは無いだろう。もっとも、炉の女神ヘスティアが抱える胃という臓器については触れないこととする。

 

 テストと言えど抜かりなく、実戦においても十二分の性能を確保しているのだから隙が無い。今現在においてはガントレット装着前と比較して防御力は同等か僅かに上、対スーパーボスへの火力については2割増し、対集団となれば更に上回る結果となっているのだから侮れない。

 純粋に考えると「この装備を別の部位でもう1個欲しい」となり実際に考えが浮かんでいるタカヒロだが、あの黒いドラゴンが階層主だというならば暫くは“おあずけ”となるだろう。49階層のバロールで半年となると、下手をすれば年単位のリポップだ。

 

 

 

 そして話の流れは自然と、ハイエルフがヒューマンの男とデートするという点に対するエルフ一行の猛抗議となるわけだ。こうなった訳が分からないタカヒロだが、訳も分からず討伐されていたカドモス達も似たような心境だったので因果応報と言った所だろう。

 

 昼食前にヘスティア・ファミリアへと帰還すると、ロキ・ファミリアのエルフ数名が入口で待っていた。簡潔に説明すると出頭要請が出ているらしく、ロクなことではないと直感で認識したタカヒロながらも、相手方がロキ・ファミリアということで無視はできないために黄昏の館へと赴いている。

 館の中へは入らず裏手に回されると、神妙な表情をしたロキと、少し険しい表情のエルフ一同がタカヒロを迎えることとなる。当人のリヴェリアとレフィーヤは居ないが、今日は朝から夕方まで、どこかへ出かけているとのことだ。イレギュラーが起こらなければ、鉢合うことはないだろう。

 

 

 口を開いたロキが言うには、どうも食事の約束をした件がロキ・ファミリアのエルフ達に漏れているらしい。しかしどう見ても、「リヴェリア様をよろしくお願いいたします」的な雰囲気ではない事は明らかだ。

 エルフ一行の先頭に居るのは、ウェーブのかかった腰ほどまでの髪を持つレベル4の冒険者、前衛~中衛を務める“アリシア・フォレストライト”だ。落ち着いた敬語、しかしエルフらしくしっかりとした口調が特徴的であり、こうして面と向かって話すのはタカヒロも初めてである。

 

 

――――教導を受けることはいい。

 

――――黄昏の館での食事や、食事会で一緒にドリンクを飲むのは仕方ない。

 

――――だがベート……ではなくデート、テメェはダメだ。

 

 

 エルフ一行の言い分を纏めると、そんな感じ。“デート”なる単語を言い慣れていないアリシアが割と真面目にベートとデートを言い間違えて少し頬を赤らめているが、微塵も揺るがぬ相手の仏頂面を目にしてすぐに収まる。

 相手は肯定もせず、否定もせず、感情すらも示さない。力の籠った黒い瞳がアリシアを貫き、緊張を抱いた彼女はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 

「……つまるところ、似たような言葉が欲しいと」

「違います!怒りますよ!!」

「怒っとるやないけ」

 

 

 “あの清楚で穢れを知らないリヴェリア様が、異性、更には他種族であるヒューマンの男と交際するなど――――”

 

 ようやく口を開いたタカヒロの適当にも程がある応対に対し、多少は違えど、睨んでいるエルフ全員の感想はこのような内容だった。まだ交際へは至っていないのだが、そこはリヴェリア本人と似た恋愛方面最弱のベクトル(ポンコツ)と同じである連中のために認識の齟齬は仕方がないことだろう。

 あまりの露骨さに、流石のロキも溜息を吐いている。彼女としてはどちらかと言えばリヴェリアを応援してあげたいだけに、なんとも複雑な心境だ。

 

 ――――とりあえず、何があろうともそこの男は絶対に敵に回したらアカン。

 己の直感が発するこの考えが付きまとうだけに、猶更である。直感を無視したとしても、そうなったならば自然とフィン、ガレス、リヴェリアの最古参は己の評価を大きく下げることとなり、アイズも良い気はしないことだろう。

 

 

 主神ながらもエルフ達の剣幕を前にして口に出来ることがなくなったため、ロキは大人しく相手方の言い分を聞いている。

 

 曰く、彼女達の視点におけるリヴェリアとは“穢れを知らぬ聖女”とのことらしい。聖女との表現に思わず鼻で笑いかけたタカヒロだが、本人の耳に入るとまた背中から魔法をぶっ放されないために喉元に留めている。

 曰く、異性との付き合いが“穢れ”らしい。強引(見合い)か自然発生かの形式はどうあれ「そんなものは遅かれ早かれ発生するだろう」と内心で持論を展開するタカヒロだが、せっかくなので、そこにいるロキに話を振ることとした。

 

 

「ロキ、1ついいだろうか」

「なんや?」

「彼女達の説明を考慮すると……ハイエルフってのは、キャベツ畑から生まれるのか?」

 

 

 つまるところ、程度はどうあれ“男女の営み”を“穢れ”だというならば、そういうことだ。ではエルフ達は、ましてやリヴェリア本人もどこから生まれてきたのかとなった際、それを“穢れ”だと口にしているワケである。

 もっとも直接的に口にすると色々と問題であるために、タカヒロは先の言葉で濁したのだ。意味を理解したロキは文字通りの大爆笑でタカヒロの肩をバシバシ叩いており、「おどれサイコーやわ」と笑い泣きの真っ最中。

 

 確かに、それが穢れだというならば王族ですら子孫は残せない。矛盾を極めている内容は把握しているとはいえ、普通のエルフからすれば“ハイエルフとは穢れを知らない存在だ”という信仰のレベルに達している故に否定できない。故に、認められない存在と王族の付き合いを否定するとなると、その信仰内容を口にせざるを得ないのだ。

 エルフ一同からすればリヴェリアは、ハイエルフの英雄であり王女である“セルディア”と同じ血筋である王族だ。王族という括りの中でもそれ程の立ち位置に居る人物が、よりにもよってヒューマンの男とデートするなどと過剰反応を示しており、聞く耳を持つ気配が全くない。

 

 なお、ここでタカヒロが「既に2回ほど二人で行動しているが」と燃料を発言したためにボルテージは最高潮。蛙の合唱の如き様相で主観をぶつけており、時折ヒューマンを否定するような言葉も混じってしまっている。

 もっとも、古典博覧会と24階層の件を抜かしたとしても、タカヒロとリヴェリアが二人で過ごしてきた時間は非常に多い。故に、エルフ一同が気にしたところで、タカヒロにとっては「今更」なのである。

 

 

「食事の件については相手の了承も得ている、今更こちらから破棄する真似はできん」

「ですが――――」

「今口に出された意見が、リヴェリアから出たならば従おう。自分ができるのは、それだけだ」

 

 

 珍しく相手の言葉を遮って、タカヒロは己の考えを口にする。道理のある強い口調の言葉に、相手も言い返せずに黙ってしまった。

 

 青年としても、リヴェリアが嫌がるならば無理に誘うことは絶対にない。当時において誘った時はポカンとした表情からしばらく変わらなかった相手だが、我に返ってからはアタフタとした慌て具合の後に顔が茹り熱気は湯気となって圧力解放。

 直後、集合場所と時間を口にすると共に「お前も準備をするのだ!!」と照れ隠しの八つ当たりをされて部屋から追い出されている。ただの食事に対して三日前から何を準備するのだと溜息が出てしまったが、部屋へと戻るわけにもいかなかったので大人しく帰宅したのだ。

 

 

「なぁアリシアー。リヴェリアの幸せよりも、自分らの信仰を優先するんか?」

 

 

 見かねたロキが大きな助け舟を出し怯むエルフ一同ながらも、やはり「それでもヒューマンの男とデートなど」と振出しに戻っている。埒が明かない状況に、かつてリヴェリアが「王族と扱われるのは荷が重い」と愚痴っていたことを実感していた。

 とはいえロキも、リヴェリアがタカヒロと二人で行動していたことは知っている。そして彼女が本気で嫌っていたならば、そのような状況には成っていなかっただろう。少なくとも、彼女本人の気持ちは伺えているのだ。

 

 

「ハァ、予想はしとったけど結局こうなるんか……。未だ、なーも始まってすらおらんっちゅーに……。ホンマ、エルフってのはこういう方面で面倒やわ」

「だからと言って放置するべき問題ではない、どうすれば認められる」

「んー……。相手方、今回はタカヒロはん側に、アリシア達が“ぐうの音”も出ーへん程の何かが有ればええんやけどなー。せやかて、“エルフを納得させるモノ”なんてあらへんやろうし作るにしたって」

「自分は“ドライアド”の祝福を受けているが、これでは足りんかね」

 

 

 ギリシャ神話に登場する樹々の精霊“ドライアド”は、自然の精神と純粋を具現化した精霊を指す言葉。また、エルフの全てが敬拝する大精霊であり、サラマンダーなどと並んで知名度も非常に高いものがある。

 ドライアドを象り天に並ぶ星々の恩恵は様々な効果をもたらしており、タカヒロとも付き合いが深く永い。取得するためには祈祷ポイント5つを使うが、CT、効果時間共に非常に使い勝手が良く、防御面において強力なスキルの1つと言えるだろう。

 

 5つの星々のうち1つはスキルを授けており、攻撃時において33%の確率で発動するそれは約1割のHPを回復した上で装甲値を高め、出血と中毒時間を36%削減する効果を持っている。その他4つの星々の恩恵も、報復型ウォーロードにとって無駄が見当たらない構成となっているのがドライアドの星座が持つ特徴だ。

 

 もっとも、今現在において耳にした者達からすればそんな事は二の次だ。糸のような眼をいっぱいに開いて丸くし、ロキはタカヒロに顔を向ける。ピタリと合唱が止まったエルフ一行の表情もまた目を開いて青年を見ており、徐々に浮かび上がる冷や汗を隠せていない。

 そのような大精霊の加護どころか祝福を得ているとなると、先ほどまでエルフ達が抱いていた考えは一変する。大樹を祀り信仰するエルフにとってのドライアドとは唯一神に近いものがあり、その祝福がどれほどの権力を発揮するかは言うまでもないだろう。今までの長いエルフの歴史においても、王族においてすら、その大精霊の加護を得た者すら存在しないのが現状だ。

 

 

「う、嘘は言うとらん……精霊の“加護”やのうて“祝福”やと!?それにドライアドいうたら、限りなく神に近い正真正銘の大精霊やんけ……!」

 

 

 そして嘘発見器の視点においては、驚きの白さ。今まさに朝食の献立を語るかの如き気軽さで口に出されたことが嘘偽りない証明であり、ロキはタカヒロを指さしたままワナワナと震えていた。

 エルフ達も、そんなロキを見て今の発言が嘘ではないと感じ取っている。半数以上の口は開いたまま塞がっておらず、言葉が消えた空間は静寂を保っていた。

 

 

「お、おどれ、おどれは、どないなっとんのや!!」

「どうなってると言われてもな……ドライアドの祝福は、随分と昔から受けている。しかし別に、ドライアドと知り合いというワケでもないんだが」

「はぁ……当の本人がコレかいな。ともかく、そんな大層極まりないモノがあんならアリシア達は文句ないやろ。一応は解決やわ」

 

 

 正直に暴露するならばソレよりも更にヤベー星座が1つあるのだが、今この場においては秘匿されている。神聖度合は更に上となる星座なのだが、この場においてはドライアドの祝福だけで十分のようだ。

 そして、どないなっとると言われても“ケアン基準においては”普通となる“一般人”タカヒロとしては「別に?」としか返す言葉が生まれない。青年にとってのドライアドの祝福とは、在って当たり前の存在なのである。

 

 そんなことよりも、己がリヴェリアと並ぶかどうかの方が重要だ。突っかかってきたアリシアに対して「十分か?」と問いを投げると、相手は目を見開いたままコクコクと頷くことしかできない模様。背筋は伸び切っており、動作も機敏だ。

 とはいえ、それも仕方のない事の1つとなる。エルフにとってのドライアド、その加護や祝福を得ている者とは、それ程の者なのである。最悪、先ほどまでアリシア達がぶつけていた発言の数々が不敬罪の類に値する程だ。

 

 

 エルフ一行の許可も無事に下りたために事情聴取も終了となり、この場は他言無用との言葉を残してタカヒロは鎧の鳴る音と共に帰路に就く。もっともそれはスキルの秘匿のためではなく、単にリヴェリアがこの現状を知って良い気をするとは思えないための配慮だ。

 文字通りのぐうの音も出ない解決方法で呆れるロキは、頭の後ろをかきながら館へと戻って行く。リヴェリアに伝えた方が良いのか悩んだが、こちらも青年の言葉を厳守することとした。掘り下げたら更にヤベーものが出てくるからこそ敵対するべきではないと、彼女の直感がより強い警告を鳴らしている。

 

 一方、ようやく緊張の糸がほどけてその場にへたり込むアリシアは、イレギュラー過ぎるまさかの展開を未だ受け入れることができていない。他の女性エルフが腰を屈めてアリシアの肩に手を置くも、その者もまた言葉を発せずに放心している程のモノだったのだ。

 

 

「なんで……なんでヒューマンの男性が、ドライアド様の祝福を受け賜わっているのですかぁ――――!!」

 

 

 困惑の表情と共に出された一言は、大空へと吸い込まれる。その回答を示すことができる者は、天界の神々ですら存在しないことだろう。

 そして、そんな人物から秘匿と言われた内容はキッチリと守られることとなり。時系列は、問題の二日後へと達することとなる。

 




エルフ特攻の爆弾でした。
そこらへんのヒューマンがドライアドの祝福持ってるなんて思わんでしょうね。
ともかく、取り巻きエルフの問題は強引にクリア!

なおヘスティアは()



元々の効果 ⇒ ヘファイストスPowerrrrr!!!
■星座:ドライアド
・ドライアドは自然の精神と純粋の具現であり、対となるのはグールである。
+15 ⇒ +21 体格
+5% ⇒ +7% 精神力
+80 ⇒ +112ヘルス
+200⇒ +280エナジー
+1 ⇒ +1.4エナジー再生/s
-10%⇒ -14% 武器に要する精神力
-10%⇒ -14% 装飾品に要する精神力
+4% ⇒ +5.6% 物理耐性
+3% ⇒ +4.2% 移動速度
+10%⇒ +14% 毒酸耐性
+15%⇒ +21% 減速耐性
付与: Dryad's(ドライアドの) Blessing(祝福)

■星座のスキル:ドライアドの祝福
・ドライアドの祝福は、術者の傷を洗浄して毒を防ぐ。
・攻撃時33% ⇒ 46.2%の確率で発動
3.2秒 スキルリチャージ(影響なし)
10秒 持続時間(影響なし)
10%+598 ⇒ 14%+837.2 ヘルス回復
+70 ⇒ +98 装甲
36% ⇒ 50.4% 中毒時間短縮
36% ⇒ 50.4% 出血時間短縮

攻撃時3.2秒おきに46.2%の確率で約18%のヘルス回復とかやっぱあのガントレット頭おかしい(誉め言葉)
いやまぁ、ガントレット抜きにしてもクエスチョンマークが出るぶっ飛びっぷりの回復スキルなのですが。


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74話 おのれレフィーヤ

3話構成のデート回


 日の出間もなくして始まる、通勤ラッシュならぬバベルラッシュ。ダンジョンへと潜る冒険者が、我先にとは言わないが様々な武具を身に纏ってゾロゾロと波を作って地下へと降りていく時間帯である。

 バベルの塔から東西南北に延びる大通りもまた多数の冒険者でごった返すのが日常であり、弁当や消耗品を販売するファミリアが屋台で売り込みを掛けるのもまた日常。しばらくすると穏やかになるが、この混雑はオラリオにおける醍醐味の1つと言っても良いだろう。

 

 

 一人の女性がファミリアのホームを出たのは、そのラッシュが終わってからだ。理由としては単純であるがいくつかあり、まずは武具を身に纏う集団の中に私服で飛び込めば自ずと嫌でも目立つこと。

 二つ目が、彼女そのものが人込みが好きではないと言う事。三つ目が、彼と約束した時間がラッシュを過ぎた頃に設定されていた事。移動時間を考慮してもラッシュを過ぎるあたりに設定されていた点は偶然ながらも、結果としてはオーライだ。

 

 そして何より、なんと言ってもリヴェリア・リヨス・アールヴとはハイエルフであるがため。普段は濃い目の緑色を基調としたコートにしか身を包まない彼女が、よりにもよって御洒落な私服姿で歩いているのである。

 

 神を相手に真っ向から戦える程の美貌を持つ彼女が御洒落をして出歩けば、周りの目線はどうなるか。答えは単純であり、種族・性別・年齢無しに振り返って見惚れる事態が起こっている。

 バベルラッシュの時間帯は過ぎているためにまだいくらか落ち着いているが、それでも不埒者からすれば関係のないことだ。格の違いも把握できずにナンパを仕掛け、玲瓏(れいろう)な一撃の言葉の下に敗れ去っている光景は既に二桁の回数に突入するものとなっている。

 

 

「……少し早かったか」

 

 

 タカヒロがリヴェリアを食事に誘ってから三日後。時間にして約束の時間の15分前、人込みから外れたエリア。小さな噴水の奏でる音が静かに響く公園のような場所に、リヴェリアが先に到着した。

 トーチバッグをベンチにおいて、その横に腰かける。歩みと言う動作を止めたことで緊張と嬉しさが再び顔を覗かせており、つられて心拍数は上昇していた。

 

 タカヒロの提案はランチだったというのに、なぜ朝を過ぎた頃の時間帯から約束をしているのか。彼と私服姿で出会っていきなりご飯となると緊張から喉が通らない恐れがあり、それを回避するためという彼女のポンコツっぷりが顔を覗かせているのが理由である。

 

 それにしても、一秒が長く感じる。午後の気温上昇を想定して衣類を決定していたはずなのに、今現在において既に暑く感じるのは気のせいではないだろうと、肺に溜まった空気を吐き出した。

 よくよく考えれば、教導がある日は毎度の如く時間ピッタリを守っているほどの青年である。15分前という時間も早かったのではないかと考え、何をして過ごそうかと、やや雲が目立つ空を仰ぎ見た時だった。

 

 

「すまん、遅くなったか」

 

 

 ――――トクン。

 

 直後、背中に感じた聞き慣れた声が心を震わす。いざ訪れてしまったイベントを目の前に控え、緊張からゴクリとつばを飲み込んだ。

 かつてアイズを迎えに行ったときとは逆だなと懐かしく思い、肩越しに振り返る。ストレートに下ろした長い緑髪がサラリと揺れ、彼女は彼の姿を目にすることとなった。

 

 

 現れた彼は――――個人の好みをさて置けば、マトモだった。着飾っているようなことはしておらずシンプルに纏められている点も、人によって評価が分かれるところだろう。

 

 彼が普段に着ている鎧の重厚さも、ましてや刺々しさも全くない。男性故にややゴワゴワとしたオールバックな白髪も自然に近い形で下ろされて額部分も隠れており、今の彼だけを見れば、少し背伸びをした大人しい青年にしか映らない。自称“一般人”も筋が通る。

 弟子の瞳よりはやや暗い赤色のワイシャツは所々に幾何学的な白色の模様が見られ、第一ボタンこそ開けられているが、今のオラリオの気温からすれば普通の部類だろう。薄い黒色の締まったズボンの裾部分こそ千切られたような造形を見せているが、さわやかさと同時に彼のゴリ押し戦闘スタイルが垣間見えるようで遊び心がある。合わせられている重々しさのない革靴や小さなメンズバッグ、小さく控えに控えたチェーンのネックレスとも違和感が無い。

 

 

 互いの視線が、交差する。ベンチに座っていたリヴェリアは彼の姿に数秒の間だけ見惚れると、四角いハンドバッグを手に取り立ち上がった。

 

 

「むっ……」

 

 

 背もたれに隠れていた姿を目にして、今度は彼が固まった。やや眉間に皺が寄っており、その表情を見たリヴェリアは、自分に何か変なところがあったのかと考えてしまって焦りが生まれている。

 しかし、考えたところで分からない。そこで彼女は、事実を含めて恐る恐る口にした。

 

 

「そ、その……私は、こう言った事には慣れていないのでな。レフィーヤに頼んで選んでもらったのだ。……変では、ないだろうか?」

 

 

 彼が固まった理由は何を隠そう、顔をやや下げて上目で問いてきた彼女である。そんな彼女が正直な言葉を向ける青年の瞳に映ったのは“完璧”であった。

 

 綺麗さと凛々しさの中に隠れていたリヴェリアの可愛さが、前者2つとのバランスを崩さずに仕立て上げられている。美しい髪を引き立てる白の薄いカーディガンや、あえてストイックさを少し捨て、ベージュ色の裾が細く長いスカートは足首までを隠すものの、あえて15cm程のスリットをチョイスし、控えめに“おみあし”を覗かせる。

 ソックスは敢えての足首までとなっており、文字通りの“生足”となるのがワンポイント。見えるか見えないかのギリギリのラインを攻めている。歩くことを想定してノンヒールとなっている靴はそれでも気品があり、エルフにあるまじき尻軽さを出さぬようにしながらも全体のスタイルに欠かせないと断言できる程のアクセントとなるよう計算されているのだから隙が無い。

 

 極僅かに主張する髪飾りを含めたアクセサリーの1つからして彼女に似合うものだけをセレクトしており、無駄もなければ不足しているモノも無いと言えるだろう。なお、あのリヴェリアをコーディネートできるということでレフィーヤ個人が睡眠時間と鍛錬時間を度外視して全力で楽しんでいたのはロキ・ファミリアにおける公然の秘密となっている。現在は自室において、アイズの夢を見ながら死んだように爆睡中だ。

 結果として出来上がったデートスタイルはレフィーヤの好みが多いものの、エルフらしさは抜けておらず先ほどのリヴェリアが見せた仕草との相性も申し分ない。しいて不足部分を挙げるならば、隣に“似合う男”が居ない点だけだろう。

 

 そんな問題点も、相手次第では解決となるかもしれない。リヴェリアを目にしてから腕を組んだままの状態である彼は、目を閉じて言葉を発した。

 

 

「おのれレフィーヤ君……よもや、これほど完璧に仕立て上げるとはな」

 

 

 思ってもみない言葉が返されたリヴェリアに、嬉しさ反面、恥ずかしさがこみ上げる。直視できる勇気が無いため上目を使って彼を覗いてみるも、彼は顔を横に背けて目線を下げていた。

 しかし、そんな表情も先の言葉の間だけ。言い終えたかと思えばリヴェリアに顔を向けると、かつてない眼力でカッと目を見開き―――

 

 

 

I knew you were ビューティフォー(君が美しいことは知っていた). But now you demonstrate true powerrrrrrrr !!(でも今の君は本当に美しいいいいい!!)

 

 

 

 そのポンコツ(装備キチ)は、大はしゃぎして(こわれて)いた。据わった声も表情も態度もそのままで笑いもしないが、それはもうクリスマスプレゼント(イーサークリスタル)に最新ゲーム機を貰った子供(を手に入れたウォードン・クリーグ先生)の如く、ダブルレアMI(超希少装備)がドロップした時の如く、大はしゃぎして(こわれて)いた。

 

 英語は分からないものの予想外の反応続きでポカンとするリヴェリアを他所に、明後日の方向に向かって雄叫びの余韻を感じている。

 しかし、その場のノリで見せた反応は長くは続かない。彼はコホンと咳ばらいを行い、いつもの仏頂面な表情に戻ってリヴェリアを見た。

 

 

「……すまん、燥ぎ過ぎた。ん?待てリヴェリア。顔が赤いようだが、もしかすると空腹に酒を流しこんだ」

「飲んでなどいない!!」

 

 

 興奮状態にある思考回路のせいで突然と明後日の方向に解釈したインスタント朴念仁に対し、条件反射でリヴェリアが距離を詰めて寄っている。互いの距離は、それこそ間近と表現して過言ではないほどだ。

 

 青年が口にした台詞を言うならば、“まだ風邪が治っていないのか”の類が妥当だろう。ほぼゼロ距離と言った場所から彼に意見申し立てた彼女は、彼の顎の位置から見上げることとなった。

 女性にしては長身で170cm程あるリヴェリアだが、相手の身長も高く数値は180㎝。そのために、傍から見れば双方のバランスが丁度良い。

 

 故に彼が少し下を向けば、傍から見れば“いいかんじ”。彼女がハッとした時には互いの顔は急接近しており、己の今の行いと相まって恥ずかしさは急上昇。結果として、リヴェリアは瞬間的に一歩後ろへと下がった。

 まるで、磁石のS極とN極が近づいたかと思えば片方の極が変化した時のよう。普段は大人しくお淑やかな彼女が見せる、女性としての素の一面である。

 

 

 互いに1度ずつ叫んでしまったことにより集まった周囲の少数の視線から逃れるように、二人はそそくさと移動を開始する。もっとも目的地は不明であり、昼食には少し早い時間なのは相変わらずだ。

 

 タカヒロは昼食までの暇潰しを行うにしても良いところが思い浮かばず、しかしこの辺りは来たことがあったことを思い出した。そこで彼女に対し、知っている喫茶店でも寄らないかと声を掛ける。

 彼女からしても少し落ち着きたかったこともあり、二人は他愛もない会話を交わしながら路地を進んだ。最初は舞い上がりかけたリヴェリアも落ち着きを取り戻し、すっかりいつもの二人が見せる応対の様相となっている。

 

 

 少し高くなったところに、その店はひっそりと建っている。しかしながら小高い故に眺めは良く、怪物祭などの時には祭りの情景を落ち着きながら見通せた程の眺めの良さだ。

 紅茶については詳しくない彼だが、それでも味については中々だと思っている。ましてやこの場面で新たな店へと冒険するわけにもいかないために、安牌と言えば安牌だろうと判断していた。

 

 9時過ぎ頃の開店直後ということもあってか偶然にも他に客はおらず、せっかくなので彼は、あの時と同じ席を選んでいる。リヴェリアの椅子を引いてあげると、彼女は嬉しさと恥ずかしさが半々の表情で席に着いた。

 彼が頼んだのは当時と同じ紅茶、アッサム。彼女も同じものをということで、菓子の類は無いが、二人そろって優しい味を楽しんでいる。

 

 しかし、リヴェリアとしては、ここへ来たことを疑問に思っている。道中において喫茶店は複数の店が存在しており、(けな)すわけではないが、この店よりも立派な、オシャレな店はいくつかあった。

 ならば、どうしてこの店なのかと気になるのが人情である。今更の関係であるために、彼女は包み隠さず問いを投げることにした。

 

 

「ところでタカヒロ、どうしてこの店にまで移動したのだ?」

「偶然近くだったという理由もあるんだが……懐かしいな、もう一か月以上も前になるか。あの日はここで紅茶を、このアッサムを飲んでいたんだ」

 

 

 恐らくは、自分と関わりのある日。そう彼の台詞を受け取ったリヴェリアは、珍しく催しに参加した1日の事を思い出した。

 

 

「……怪物祭、食人花(ヴィオラス)が出た時か」

 

 

 24階層を最後にすっかりご無沙汰なモンスターだが、ベートとロキの追跡によって地下水道に何かしらの痕跡があったことが確認されている。もっともそんな一連のことを思い出した彼女だが、目を瞑って頭の中から消し去った。

 

 今は一時だけ戦いの事を忘れ、彼と共に穏やかな時間を過ごしたいのだ。露骨ながらも彼女が話題を変えたために、タカヒロも話題を掘り返さずに別の話題を口にしている。

 やがて時間も流れて話は昼食を何にするかの内容になり、互いの好みの料理などを話題に挙げている。とはいえ青年が知っている店などたかが知れており、正直なところお勧めできるか怪しいことを告げていた。

 

 

「そうか。では、よい喫茶店を教えて貰った礼だ、エルフ基準のお勧めで良ければ紹介できるぞ」

「乗るとしよう。丁度茶も切れたことだ、早めに行かないか?君のお勧めならエルフにも知れ渡っているだろう、無駄に混むと面倒だ」

「フフッ、違いない。実は店主もエルフなのだがな、気が利く奴だ安心しろ」

 

 

 互いに口元を緩め、リヴェリアは上品に、タカヒロは少し椅子を鳴らしてしまい立ち上がる。その姿を見た店員が近づいて、支払いと相成った。

 財布を取り出すタカヒロをリヴェリアが制止し、なぜだか己が支払うという頑固さを滲ませている。「払わせろ」と言わんばかりに口をへの字に曲げるタカヒロに対し、彼女はとある文句を口にした。

 

 

「なに、気にすることは無い。あの時の“ポーション代”だ、私に出させろ」

 

 

 キョトンとしたタカヒロは、なるほどと言わんばかりに目を閉じて口を緩め。そんな応対もあったなと大人しく手を下げて、出会った頃の情景を脳裏に浮かべるのであった。

 




24話、怪物祭で出会った時に使ったポーションの一件をここで回収してみました。


■以下、ぶっこわれた“ぶっ壊れ”の言動について
・ウォードン先生の感情表現:
You are strong, but now I will demonstrate my true poweeeeeeeeeeeeeer!!!!!
訳:お前は強い。しかし今、私は真の力を(しめ)ぇぇぇぇぇぇぇぇす!!

「美しいいいいいい」だったのでPowerrrと表記しました。ステンバーイ.
GrimDawnにおいては有名なこのセリフ、どこで使おうか迷ってここにしました。
希望AffixのダブルレアMIを拾った時と同じ壊れ具合ですね()


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75話 ランチタイム

甘い奴2/3。


 

 人波に飲まれる、人波を割くように歩く、などの表現があるが、此度の場合は少し違う。どちらかと言えば、人波が勝手に分かれるのだ。

 

 オラリオ、バベルの塔から各方面へと伸びる大通り。やや雲が出てきた空模様ながらも、暑い日差しを遮ってくれる丁度良い防御壁だ。時間帯としては11時ごろであり、昼食を取ることができる店もポツポツと営業を始めている。

 大通りの端を歩いているとはいえ、多数の視線を受けながら二人は進む。特にエルフの者が向けてくるモノは顕著であり、とある女性の珍しい姿を見れて嬉しさ反面、横に居る男を見てもどかしさ反面、嫉妬などが発生して複雑な感情となっていた。

 

 

「……覚悟はしていたが、視線が痛いな」

「まったく……同胞が、すまないな」

 

 

 思わずごちるタカヒロに、流石のリヴェリアも状況に呆れて溜息をつくしかなかった。痛い程に強い視線は、ずっと途切れることなく続いている。

 そんな視線を向けているのはもちろんエルフと呼ばれる種族であり、青年にとっては、まさに四面楚歌な状況と言っていいだろう。針の(むしろ)という言葉があるが、まさにピッタリな状況だ。

 

 もちろん目線で済ます者だけではなく、実際にリヴェリアに対して何かしらをしでかそうという不埒者も、いくらか交じっている。この手を働くのはエルフではなく昨夜の酔いが抜けていない他種族なのだが、そこは横を歩く男の出番というわけだ。

 半歩だけリヴェリアの前に重なって、表情1つ変えずに直立不動にて立ち塞がる様相を見せる。僅かに立ち上る殺気(オレロンの怒りの片鱗)だけで相手は酔いが吹っ飛び機敏な動作で何度も頭を下げ、逃げ帰るように路地裏へと消えていくのだ。

 

 

 そんな青年の頼もしい姿を見ることができて、リヴェリアは非常にご満悦。実際のところ片腕を抱き寄せたい衝動に駆られているが、場所が場所であるために、彼女の中で理性と本能が戦闘中。

 意識する必要が無くても、自然と瞳が相手の顔を追ってしまう。思う必要が無くても胸の内には常に相手の姿があり、容易に脳裏に浮かばせることが出来る程だ。同時に上昇する心拍数で、心は更に昂ってしまう。

 

 横を歩く青年はどうなのかと思いチラリと盗み見るも、身体の芯はまったくもってブレておらず平然と歩みを続けている。そう言えば滅多に感情を表す者ではなかったなと思い出し、一方で彼らしいと思い目を閉じて口元を緩めるリヴェリアは、一層軽くなったような気がする足取りで、青年と共に歩みを進めている。

 ちなみに横を歩く青年は、単純に、先ほどから彼女との時間を露骨に邪魔されて少々“おこ”な心境。一緒に過ごせる時間を思う存分堪能することができないために、子供のようにヘソを曲げているのだ。

 

 するとやがて、見知った姿も飛び込んでくる。歩く二人に顔を向けて固まっているその姿に、最初に気づいたのはリヴェリアだった。

 

 

「おや?奇遇だな、あれは君の弟子ではないか」

「ん?ああ、そのようだ。横に居る鍛冶師は知っているか?ヘファイストス・ファミリアの新米だ」

「ほう、神ヘファイストスの所の者か」

 

 

 少年二人が虜になっているのは、エルフらしく控えめに溢れる、しかし隠しきれない大人の色気。しかも所在は、神ですら羨む程の美貌を持つリヴェリアだ。

 ベルとヴェルフという、各々想う相手は居れど純白な子供には敷居が高く眩しすぎるというものである。二人して目線を隠すこともせずに、周りの者と同じくすっかり見惚れてしまっていた。

 

 もっとも、そんな目線が気にくわないのは隣に居る青年である。ともあれ出会っておいて無視というのも問題であるために、タカヒロとリヴェリアは二人のところへと歩みを勧めた。

 

 

「ベル君とヴェルフ君、穴が開くほどに見つめて何を考えている。間男は間に合っているぞ」

「え……も、もう間男が居るんですか……」

「いや、ベル、今のは“必要ない”という意味だろ。すみませんタカヒロさん、思わず。ハッ。ま、まさかベル、お前!」

「……?はっ!?へっ!?いやいやいや何言いだすのヴェルフさん!?」

「ほぉ?良い度胸だ弟子よ、覚悟はしているだろうな」

「話聞いてくださいよししょおおおおお!?」

 

 

 両手を腰に当てて顔を近づけ、師は弟子の覚悟を問う。もちろんYesの返答が放たれた瞬間に中々の修羅場となるのだが、あいにくと少年は今のところアイズ・ヴァレンシュタイン一筋であるために論争には成り得ない。

 身振り手振りで己の潔白を証明しようとする少年だが、この時の青年も中々に食い下がる対応を見せている。本人からすればベルの反応で遊んでいるだけなのだが、もちろん少年は全力であり必死である。

 

 そんな二人を見守る彼女の表情は、「似合わない」と言っては失礼だろう。そう口にしてしまう程に誰も見たことが無い、ひどく柔らかいものだった。

 二人が見せる態度から、本当に仲睦まじい親子のようだとの感想が心に芽生える。それどころか、こんな言い争いを見て気付かず頬が緩んでしまっていることを自覚した。

 

 防戦一方のベルから視線をずらしたことで彼女の顔を見てしまった赤髪の鍛冶師が、ギョっとした表情ののちに顔を赤らめたのはリヴェリアも気づいているが口には出さない。些細なそちらに気を回すよりも、とにかく彼の姿を見ていたいというのが彼女の心境だ。

 

――――やはり、こんな心境は初めてだな。

 

 王族に生まれ、価値観の違いから親友と共にエルフの国を出て。オラリオに流れ着いてロキ・ファミリアに入りレベル6にまで達したが、一人の男に興味を持つことなど、文字通り生まれて初めての状況だ。

 同じファミリアの同期であるドワーフに言えば「何百年の間違いだろう」と即座にツッコミが入って“大乱闘ロキ・ファミリアーズ”になる内容の感想だが、今の彼女はそんなツッコミがあったとしても応じている余裕はない。青年が見せる独特の言い回しや一挙手一投足を耳と目に捉えたいと、心から思ってしまっている。

 

 視線が釘付けになる、とは文字通りの言い回しだなと、彼女は目を閉じて口元を緩めた。そんな自分に嫌悪感を抱くどころか、心地良いのだから仕方ない。どこぞのお菓子メーカーが掲げた“止められない止まらない”の言い回しを知れば、大手を振って同意しているはずだ。

 嗚呼、これが“恋”なのだなと、自身の心に生まれた新たな感情を歓迎する。身も心も軽くなり、いつもの景色が違って見えるこのような心境は、知らず過ごしたならば損をした感想しか生まれないというものだ。

 

 とはいえ、そんな望んだ時間は長くは続かない。睨み合いを終えた青年は、ベルに向かって言葉を発した。

 

 

「こんなところで油を売ってる暇があるのか?これからダンジョン探索だろう。遅くなるとヘスティアも口うるさくなる、暗くなる前に済ませてきな」

「は、はい!これからダンジョン探索です、頑張ります!」

 

 

 そんな彼の声で、少年は兵士のように機敏な挨拶と動作を見える。彼を全面的に信頼して尊敬しているからこそ、無意識に出てしまう行動だ。その後は軽く礼を行い、ヴェルフと共にバベルの塔へと走っていく。

 

 

「ふふっ。面倒見が良いのだな、意外だった」

「ようやく気づいたか、見る目が無いねぇ」

「なんだと?」

 

 

 いつものやりとりは少し変わって、互いに柔らかな微笑みで。到底ながら素直になれそうもない彼との応対を終えた彼女は、走り去る小さな背中を並んで見送る。駆け出す姿にかつてのアイズが重なるリヴェリアだが、少年には明確な戦う理由があるように見られたために不安は感じない。

 なぜ、少年ほどの若い年齢でそんな答えが持てているのか。それはもちろん、己の横に居る彼が見つけてあげたからだろう。その英雄(答え)に辿り着くため、あの子供は我武者羅に頑張れるのだと気づいていた。

 

 

「さて、私達も行くとしよう」

「そうだな、案内を頼む」

「ああ、任せてもらおう」

 

 

=====

 

 

「はい、いらっしゃいま……り、リヴェリア様。ようこそでございます」

 

 

 来客用の扉に取り付けられた鈴の音を聞いてフランクな口調と共に振り返った男エルフの店主だが、彼女の姿を見て口調も態度も最敬礼に変わっている。客人である上に王族と来れば、自然と彼にかかるプレッシャーも一入だ。

 

 

「久しぶりだな。突然で済まないが、個室は空いているだろうか?」

「もちろんでございます。なにせ、本日お一人目のお客様でございます故」

「それは良い。二人だ、案内を頼む」

「承知致しました、こちらでございます」

 

 

 男のヒューマンが彼女と一緒に居るというこの状況だというのに、店主は普通のように対応する。思わず「ほぅ」と内心で言葉が漏れたタカヒロは、リヴェリアが口にしていた“気が利く奴”の意味を感じ取っていた。

 店員含めて全ての者がエルフだが、タカヒロに対しても薄いながら愛想を作って接しており、とてもではないが他人との接触を嫌うエルフのセオリーには当てはまらない。そう言えばリヴェリアも自分と握手を交わしていたなと当時の状況を思い出しながら、彼はリヴェリアに続いて、店員が引いた椅子に腰かけた。

 

 水とお手拭きの類が出され、同時にメニューが並べられる。文字が自分の方を向いて居ることにムッと顔をしかめかけたリヴェリアだが、流石にそこまでは無理があるかと考え直して目を閉じた。

 

 

「こちら、本日のメニューでございます」

「少し時間がかかるかもしれん、決まったら呼ばせて貰おう」

「承知致しました、ごゆるりと」

 

 

 頭を下げ、店員は個室の外へ出ていく。軽く会釈をしたタカヒロは、ほんの少しだけ身を乗り出してメニュー全体を流し見て――――

 

 

「……わからん」

 

 

 なんたらパッチョだの、なんたらピアットなど、これほんとに料理の名前なんですかと言いたくなってしまうメニューと格闘していた。簡易的な料理ならば作れる彼だが、この手の専門用語満載のメニュー表は手に余るようである。

 もっとも全くの無知ということもないためにカルパッチョの類は把握できるし、他の料理も現物を見れば「ああこれか」と納得することもあるだろう。とはいえ、素材のイメージがつくならばまだしも全く聞いたことのない名前ばかりであり、唯一パスタ系が分かる程度だが、この場においては相応しくないだろうと既に候補から除外している。

 

 一方、唸りに唸る彼を見てご満悦なのはリヴェリアだ。とは言っても不慣れな彼を貶しているわけではなく、今までに見たことのない表情を目にして単に惚気ているだけである。

 彼女も彼女で、ここの料理の全てを把握しているわけではない。それでも大半は知っているかイメージが掴めており、珍しく青年よりも優位に立っている状況が乙女加減を加速させているのは、誰にも分からない秘密の感情だ。

 

 

「ではコース料理にしよう。安心しろ、変なものは出ない」

「いや、出てきたら困る」

「ふふっ、違いないな」

 

 

 薄笑みと共にそう口にして、メニューを閉じたのはリヴェリアだ。目線の先を追うタカヒロはランチ用のコース内容を見るも、予約なしに頼めるのかと不安になる。

 店主がやってきた結果としてはどうやら注文可能なようで、気になったタカヒロが質問を投げると「ランチについてはそこまで本格的なコース料理でもない」と店主は苦笑いを浮かべている。3皿とデザート、紅茶程度の内容が、その事実を物語っていると言っていいだろう。

 

 ようやく状況が落ち着いて、タカヒロは室内を見渡した。狭くもなければ、かと言って余裕がある程広くもない部屋に鎮座する、ダークウッドな4人掛け用のテーブル。

 それが収まる部屋は、独特な香りと小洒落た置物や絵画が古き良き味わいを出している。言い換えれば、落ち着いた品格があるとも表現することができるだろう。

 

 

「なんだ、落ち着かないか?」

 

 

 青年を見て薄笑みを浮かべる彼女は、どこか楽し気に声を掛ける。燥いでいたわけではないが、青年は拳を口に当てて軽く咳払いをして非礼を詫びた。

 

 

「失礼、そうではない。部屋の飾りつけに目をやっていたのもあるんだが、どこか自然の森の中の香りが届いていてね。なんだろうかと見回してしまった」

「なるほど。確かにこの店はその手のお香の様な物を微かに焚いているが、君も分かるのか?」

「逆に慣れていないから気づいた、というやつかな。エルフの店だからこそ、の香りということか」

 

 

 彼女曰く、どうやらエルフの里にある“妖精の森”と呼ばれる場所の香りに近いらしい。もっとも、とある森の奥にある秘匿された場所であり、高貴なエルフでしか場所を知らない特別な所という説明が付けたされた。

 精霊がエルフと触れ合う、数少ない神秘的な場所であるとも口にしている。会話をするのか?などと質問を投げるタカヒロだが、リヴェリアは苦笑しつつ、自我の無い小精霊が飛び交う光景に唄を刻む程度だと答えている。

 

――――そういえば、この世界にもドライアドは居るのだろうか。

 

 そう思い出した彼は、祈祷画面を久しぶりに呼び出して当該の星座を確認する。5つの祈祷ポイントを使用して取得する星座であり、昔からお世話になっているその星座と祝福を数秒眺め画面を閉じた。

 

 

 コース料理の一皿目が運ばれてきたのは、そのタイミングである。もっとも比較的普通のサラダであり、タカヒロも問題なく食すことができていた。二皿目もスープの類で問題は無く、小言を交わしながら舌鼓を打っている。

 問題は最後の三皿目であり、皮付きの鮭のような魚のソテー。かなりの厚みがある皮がついており、彼がチラリとリヴェリアの皿を盗み見るも、どうやら皮は食さないようだ。

 

 そして、恐ろしいほど綺麗に皮と身が分離されていっている。教養の高さから発揮されるナイフとフォーク捌きは目を見張るものがあり、何をどうやったらそこまで綺麗にできるのかと青年に焦りが生まれていた。

 ナイフとフォークに慣れていない身の彼からすれば、焼き魚相手ということもあり、どう頑張ってもぎこちない手つきになってしまう。サーキュレーターを組み上げる程に高い器用さも戦闘における小手先の技術も、どうやら獲物がナイフとフォークで料理が相手では不発のようである。

 

 

「ふふっ。どうした、ぎこちないな。見ていろタカヒロ、こうするのだ」

 

 

 一連の流れに、真剣な表情で魚と格闘していたタカヒロも目を丸くしかけた程だ。身体の芯がまったくブレずに器用に肩から先だけを動かし皮と身を分離させていくその手捌きは目を見張るものがあるが、思わず、それよりも表情に見惚れてしまう。

 紙の上では“高貴で気高い”と皮肉られる程に書かれている、エルフという類の種族。その中でも一際であるハイエルフが、よもやテーブルマナー1つでドヤ顔を見せてくるなど思いもしないことであった。

 

 普段の高貴さがやや残る仕草も含めて可愛らしく、不意打ちとはこのことだろう。青年は内心で咳払いすると、見よう見まねで手を動かす。どうやら要所要所のポイントは掴んでいたようで、先ほどよりは綺麗に分離に成功していた。

 その結果を見て、リヴェリアはすっかりご満悦。青年は大きめの一切れをモグモグと頬張りつつ、慣れぬ故から来る不器用さを見せてしまったことに対し、少しスネた表情を見せている。

 

 その後は軽いフルーツに続き、紅茶とチョコレートケーキのようなものが出されている。子供や女性ならば喜んで飛びつきそうな匂いを放っているが、タカヒロのフォークが進む速度は遅かった。

 

 

「なんだ、甘いものは苦手か?」

「苦手と言うこともないが、好んで食べることは無いかな。そういう君は、普段に我慢している分まで食べたいと言う顔をしているぞ?」

「ぐっ……ふんっ。ここで食べるなら誰にも露呈はせん、よいではないかっ」

 

 

 ツーンという擬音が鳴るかのように照れ隠しでそっぽを向くリヴェリアを見て、タカヒロは苦笑する。ムスーッとした珍しい表情を見せつつデザートを口にする彼女の姿を肴に、随分と甘いなと感じるチョコレートケーキを口に運ぶのであった。

 

 




ベル君に間男って言葉を教えたの誰よ。

P.S.
オラトリア漫画16巻を買いました。おのれカラー絵ページのラウル……!

小説13巻まだかなー


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76話 まるでどこぞの白兎

ゲロ甘+α3/3


 食後の紅茶を飲み終え、今度こそタカヒロが支払いを終えると二人は出口へと足を向ける。支払いの際からギョッとした視線がいくつも店内から向けられていたが、今更と言うこともあり二人そろってスルーした。

 外側への押戸だったため、少し足を速めたタカヒロが先に出て扉を保持。その際に本能的に左右を見渡して危険がないかどうか観察しており、薄く微笑んだ彼女をエスコートする騎士のような立ち回りを見せている。

 

 

「さ、次はどこへ行こうか」

 

 

 そんな光景に心浮かれてクルっと軽やかに振り返り、両手を後ろに組んで軽く腰を向けるその仕草。実行者のリヴェリアはアピールしている自覚を持っておらず、ある意味で本能的に行ったジェスチャーだ。

 常日頃から凛とした彼女が見せた、可愛らしい一面。ギャップ萌えと呼ばれるジャンルがこの世界にもあるならば、間違いなく該当している一コマと言っていいだろう。表面上はいつもの仏頂面から少し崩している程度の青年だが、その胸の内やいかに。

 

 

 事前に“それっぽい”場所を雑誌で学んでいたタカヒロは、そのなかでも人気の少ない場所へリヴェリアを誘うこととなる。二人そろって人込みは嫌うタイプであるために、リヴェリアとしても居心地が良い場所であった。

 流石にいくらかの目線は受けることになるが、共にそんな程度は気にならない。売店で購入したドリンクを飲み歩き、軽い煽り、冗談、素直な感想を互いに口にするその姿は、誰とて口を挟めないほどの親密さを秘めている。

 

 

 そんな時間はあっという間に過ぎており、時刻は夕暮れ。四日後から59階層への遠征が開始されるためにまた教導が中止になることや、主神が面白いと退屈しないなど他愛もない話が続き、オラリオに響き渡る鐘の音で、そろそろ帰る時間が来たことに気が付いた。

 二人そろって子供ではないために、別に夜間に外出したところでさして法律に触れるようなことはない。もっともオラリオにおいては子供だろうと外出禁止時間に関する法律は無いのだが、理由はリヴェリアの立ち位置にある。

 

 なんせ、彼女はロキ・ファミリアという巨大かつ都市第一を争うファミリアの幹部なのだ。抱えている仕事の量・質の大変さはタカヒロもよく知っており、ロキに対して「いい加減に負荷を分散させろ」と何度口に出そうと思ったか分からない。

 現に彼女は今日もいくらかの無理をしてやってきており、本当に時々出てしまっている小さな欠伸に気づかぬタカヒロではなかった。彼もその点を口に出さないのは、他ならぬ彼女の頑張りに泥を塗らぬためである。

 

 

「む、眩しいな」

 

 

 人気のない道を並んで歩いていると、リヴェリアがポツリと呟いた。厚手の雲から顔を出した西日が直接当たってしまっており、タカヒロも目を細めた程である。

 しかしその実、目線は西日を向いていない。隣を歩くリヴェリアに向けられており、その視線に気づいた彼女は、可愛らしく首を傾げて問いを投げる。

 

 

「……どうした?言いたいことがあるなら言ってみろ」

 

 

 ここにきて彼女もまた彼の変化を読み取っており、そんな言葉を口にしてしまう。しかも上機嫌であり、昼食後に見せたジェスチャーの軽いバージョンを行うオマケつきだ。

 そんな仕草を向けられた青年は、どうしたものかと目を逸らした。夕日のせいか、すこし赤くなっている顔を彼女から背け――――

 

 

「では隠さず言うが……夕日に照らされたその顔が、まさしく宝物のように綺麗だったので見惚れていた」

「なっ――――!」

 

 

 夕焼けに映えていた顔が、更なる赤へと変わっていく。相も変わらず思ったことをそのまま口にした彼の不意打ち詠唱魔法は、クリティカルヒットで届いていた。耐異常Hを貫通する、羞恥という状態異常のオマケ付きである。

 そして彼女は、ここにきてレベル6を超える動き、黄昏の館でも見せた残像残す脚力を遺憾なく発揮する。手で顔を隠したままロキ・ファミリアのホームへと駆けだしてしまうという、紛れもない逃走劇をやってのけてしまったのだ。

 

 

「……えっ?」

 

 

 いざという場面における、ポンコツ同士の戦闘結果がコレである。結果として当然ながら、その場に取り残された青年が約一名。

 

 ポカンとした表情のまま、恐らくは相手が消えていった方向を見つめたまま。あまりにも一瞬の出来事により、手を伸ばす事すらもできなかった。

 

====

 

 

「あああああ!もう、もう!なんなのだ!何故あの馬鹿者は、ああも生真面目な顔であんな言葉を……あああああ、もう!!」

 

 

 そんな逃走犯が逃げ込んだ、北区にある黄昏の館。着の身着のまま、ベッドに蹲っているハイエルフらしきポンコツが約一名。心臓の鼓動は過去一番ではないかと思える程にはち切れんばかりに耳をついており、つられて呼吸も荒くなっている。背中が膨らんでいると錯覚する程の光景が、重大さを物語っていた。

 とにもかくにも枕を抱き込んで顔に押し当て、悶々とするしか己の行動を選択できない。そんなリヴェリアはお目目ぐるぐるで、語彙力すらをも大半を失っていた。嬉し恥ずかし、なお後者のウェイトが圧倒的であったための、この惨状である。

 

 外はすっかり暗くなっており夕飯も忘れている状況ながら、当の本人は脳のリソースをそこに割けるまでに回復ができていない。リヴェリアの部屋から少し離れた位置の廊下には、彼女を尊敬する者達が緊急会議を開いている状況だ。

 残像が出るほどの全力疾走で戻ってきたかと思えば、そのまま自室にホールインワンしているのだから傍から見れば何事かと不安になるものである。もしも原因が白髪の青年であり泣かせでもして居たらと、エルフの取り巻き一行は交戦状態を整えておりスクランブル(緊急発進)の態勢が整っているのは相変わらずの光景である。

 

 

 

 ――――リヴェリアの様子がおかしいから見て来て。

 

 夕食時もとうに過ぎ、そろそろ晩酌の用意をしようかと思っていた時間帯。それが、主神ロキが己の溺愛するアイズ・ヴァレンシュタインに言われた内容だ。正直なところ足取りは重いが、期待に応えないわけにもいかないのが実情である。

 もし今ポンコツと化しているのがアイズならば適任はリヴェリアだが、逆となると適任者は一人だけ。ここの主神であるロキは扉の前に辿り着くと、獅子の尾を踏まぬことを祈りながら扉をノックするのであった。

 

 やたらぐもった声で入室許可が下りたので恐る恐る中へと入るロキは、違う意味で恐ろしい事態に直面する。なんとかして鼻血を抑え、当時のリヴェリアのように逃走してしまうことを回避するので精いっぱいであった。

 

 

 ベッドの上で、正座を崩したような女の子座り。胴ほどの長さのある枕を抱きしめて顔の下半分をうずめており、耳まで赤く、いつもの凛々しさ溢れる鋭い目つきで来訪者ロキを睨んでいる。

 

 

 あのリヴェリアが私服姿、更にはこんな姿勢で待ち構えていたのである。ロキからすれば反応するなと言う方が無茶な話であったものの、どうにかして飛び上がってダイビングすることだけは押さえつけた。万が一でもそうすれば、己が廊下に居た一行にボコボコにされて空中散歩を楽しむことは確定である。

 なんとかして落ち着いたロキだが、何があったのか全く以て分からない。それでもリヴェリアが普通でないことは明らかであり、そんなハイエルフらしき人物を心配する眷属の期待に応えるため、事の真相を明らかにするべく落ち着いて口を開く。

 

 

「ど、どどどどどないしたんやリヴェリア。夕飯も顔出さんし、みんな心配しとるで」

 

 

 と、本人はいつもの調子のつもりで盛大に動揺からスタートした言葉をかけたロキは、言葉巧みに少しづつだが事の真相を聞き出している。

 しかし耳にした逃走の部分の内容は、是非の所在を議論するならば完全にリヴェリアに非がある状況だ。現場を見ていたわけではないが、流石の彼女も擁護できる余地が無い状況である。

 

 

「あちゃー、そりゃアカンでリヴェリア……」

「!?」

 

 

 力なく伏せられて下を見ていた顔が前を向き、翡翠色の瞳がカッと見開かれる。思わずギョっとしたロキだが、相手の瞳が威嚇ではなく驚愕だと理解して肩の荷を下ろした。

 こりゃ、恐らく理由を聞いてくるなー。とロキは思いつつ。どう返答したものかと考えて頭の後ろを手で掻きながら、本当の事を口にするかと溜息をついた。

 

 

「な、なぜだ!?ロキ、私は何かいけないことを……」

「なぜって、リヴェリアも見てた――――あ、いや知っとるだけか。でも知ってるんとちゃうん?御礼も言葉も無しに帰ってきてもたんやろ?それじゃードチビんとこの兎がアイズたんにした事と同じやんけ。タカヒロはん、今頃相手に嫌われて逃げられたと思っとるかもしれんで?」

 

 

 いやまぁ、意味は違えど逃げとるワケやけど。

 

 そう締めくくられた一文が、グサグサと胸に刺さっていく。針の筵とはこのことであり、まるで心に重りがぶら下げられているかの如く気分が暗い。先ほどまで打ち付けていた胸の鼓動は、嘘のように静まり返っている。

 リヴェリア・リヨス・アールヴ、本日二度目のクリティカルヒットを被弾。なお、今回は真顔に変化し後悔の念と罪悪感がこみあげる状態異常である。

 

 しかし、いくら罪悪感が出てこようがもう遅い。逃亡からすでに5時間は経ってしまっており、彼はどのような心境で帰宅したのかと考えると胸が締め付けられる錯覚に陥る。

 謝罪に行くべきだ。しかしすでに就寝時間帯に入っており、そもそも彼の隠れ家は知っているがヘスティア・ファミリアのホームがどこにあるか全く以てわからない。まさか廃教会とは思ってもいないだろう。

 

 

「大事にせなあかんでー?なんでや知らんけど今は表立っておらへんけど、出てきたら目立って神も目ぇつけること間違いなしや」

「うっ……」

「強さだけなら、悔しいけどうちらのアイズたんですら危ういんやろ?もしアマゾネス相手にタカヒロはんが力振うことになってみぃ、一発やで。選り取り見取りや」

「うううっ……」

「聞く限りやけど年の差も気にしてへんのやろ?相手はエルフやのうてヒューマンや、そんな青年滅多に居らんで」

「うううううっ……」

「せやかて、ハイエルフやからヒューマンなんて嫌やってなら話は」

「嫌なことがあるか!!」

 

 

 もはや、ナインヘルの二つ名を持つハイエルフの威厳や気高さなどどこにもない。それぞれの名詞に(笑)を付けたぐらいが妥当だろう。上唇を鼻につけるかの如く力を入れて涙を浮かべる“やっちまった”ハイエルフならぬローエルフな乙女は、時間が巻き戻らないかと女の子座りから枕に顔をうずめて数時間前の自分をサンドバッグにしていた。

 そんな前代未聞であるリヴェリアの態度と表情を引き出したタカヒロはんGJ、と鼻血を我慢しつつ内心でサムズアップするロキとはいえ、根底としては彼女に訪れようとしている春の風を応援している。相手がヘスティア・ファミリアという点だけは気にくわないが、ここは神の器を見せるべきだと仕舞い込んだ。

 

 

 しかし時期が悪く、4日後から大規模な遠征が開始するのだ。流石に彼女一人のためにファミリアの遠征時期をずらすわけにもいかず、それはリヴェリアも嫌という程に認識している。

 遠征前というのは本当に忙しく此度のような59階層迄の大規模となると猶更であり、アイズを除いた幹部のメンバーはやるべき事が山積みなのだ。彼女が許されている理由は色々とあるが、本人の名誉のために記載を省く。

 

 かと言って、リヴェリアが行っている普段の仕事を代われる者が居るかと言われれば誰もが首を横に振るだろう。結果として“執務面においてもリヴェリアの代わりが居ない”という別の問題点が露呈しており、そちらについても対策が必要と実感できただけでもロキ・ファミリアにとって儲けものと言えるかもしれない。

 

 

 

 一方で、逃げられた青年からすれば儲け話など1つも無い。

 せめてこうなった理由を教えてくれと、夜空に呟き落胆している。それでも帰らないという選択肢をとるわけにもいかず、やがて立ち上がるとホームである廃教会へと足を向けた。

 

 

「おっかえりータカヒロ君……って、どうしたんだい、すんごい顔してるぜ?」

「……逃げられた」

「に、にげ?」

 

 

 どこぞの子兎と、剣姫によって引き起こされた一幕の逆バージョン。ズゥーンという擬音と共に落ち込むメンヒルの化身は、かつてない程の大ダメージを負っている。

 そんな彼の表情と雰囲気はヘスティアも初めて見る光景であり、ベルも含めて声を掛けることができる隙すらない。二人は目線を合わせるも、何もできずに青年の背中を目で追うしかなかった。

 

 心配の視線を受ける青年は、部屋へと戻るなり着替えもせずにドサっとベッドに倒れ仰向けになる。見上げた先にある冷たい天井は、己の感情の悲しさを表しているかのようだった。

 

 

 最初のうちは、エルフの中でも一際綺麗だなという程度の感想だった。凛とした気高い性格であることを知ったのはしばらくして再会した後の事であり、話をしてみれば、なかなかどうして波長が合う。ちょくちょく互いにちょっかいを掛けることがあるものの、それはそれで言い返しのし甲斐があるというものだ。

 彼女の持つ魅力は感じており例の一件で表したが、それは彼女を貶す単語にイラッときたが故に反論したため。その後はいくらか反省したものの、感情が明確に変わり始めたのはその頃だろう。

 

 

 そして彼女に対する感想が、いつの間にか好意に変わっていたことに気づいたのは、まさにここ数日のことだ。凛とした姿を見るだけで、耳通りの良い玲瓏(れいろう)な声を耳にするだけで、己の心は羽が生えたかのように軽くなる。

 恥ずかしくて決して口には出せないが、今日は一際のこと楽しかった。些細な事で薄く微笑んだりドヤ顔を見せる彼女が、たまらなく可愛らしかった。

 

 

「……彼女ともあろう者が何も言わずに突然去るなど。いや、あるとすれば怒りの類、馬鹿正直に本音を伝えたのがまずかったか。そう言えば、思ったことを口に出しやすいと注意されたことがあったな……」

 

 

 エルフという種族に焦がれつつ、一方で全く以て知識を持ち合わせていなかったことは事実である。性癖概念がヒューマンの常識に当てはまらない特殊なものだと知り少しは勉強したつもり、かつ気に障らぬよう立ち回る努力はしていた。

 それでも、結果は知っての通りである。何か不始末を働いたのならば面と向かって謝りたいところだが、何をもって不始末となってしまったのか皆目見当もついていない。聞きに行けば済む話だが、関係の悪化という結末が頭をよぎり抱く決意を弱めてしまう。

 

 

 言葉を口にする際に、ちゃんと彼女を見ていなかったからこそ。そしてリヴェリアが持つ誇りの高さと気高さ・礼儀正しさをよく知っているからこそ、彼はそんな答えを出してしまうのだ。隠れ家の玄関ドアや背中ぶっぱの一件は、見つからないようコソコソと逃げ隠れている。

 そんなこんなで、彼女ともあろう者が羞恥心100%で逃走するなど微塵も心に浮かんでいない。今ここで事の真相を知ったならば、未だかつてない表情で顎が外れる事になるだろう。残念ながら真面目な考察は大ハズレでありカスってもおらず、明後日の方向を向いている。

 

 

 ひょっこりと現れたポンコツのクソ度胸から放たれた一言で、相手にもひょっこりとポンコツ具合が顔を出し。愚にもつかない理由で発生してしまった行き違いを抱えたまま、二人の物語は動くこととなる。

 




ポンコツ同士お似合いと言えばお似合いですが……すれ違い発生。


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77話 仲間に押されて

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「……ハァ」

 

 

 何度目か分からない玲瓏(れいろう)な溜息が、静かな執務室の部屋に木霊した。遠征直前ということもあり処理しなければならない書類は数多く、それが己の足を縛り心の沈み具合を加速させてしまっている。

 結局のところ、リヴェリアはタカヒロの元へと行くことができていない。もっともこれは先の1日を青年のために使ったことが強く影響しており、ここ三日間は執務室と食堂・自室を往復するという文字通りの缶詰となっている状況だ。

 

 元より缶詰となる点については覚悟していたものの、結末が結末だけに、どうにも気持ちの切り替えができていない。他ならぬ己の不始末であるために、沈み具合は一入である。

 それでも、自分一人の身の上の都合にファミリアを巻き込むなど言語道断。副団長であり規律正しさを優先する、彼女自身が許さぬことである。

 

 

 天井を仰いで沈み具合を和らげようとして、失敗。お世辞にも欠片も和らぎそうにない。

 ならば文字通り、()を仰げば少しは変わるだろうか。そう考えたリヴェリアは、窓辺へと足を運んで広がる風景に目を向けた。

 

 

 風景に線を引くように伸びる道を歩くは、寄り添う男女。恋仲なのか、既に夫婦なのかは彼女にも分からない。

 それでも、意識せずとも男の姿に彼が重なる。何を考えているのだと目線を下げるも、翡翠の瞳は街中を見渡し白髪の後姿を探してしまう。

 

 本日は朝一でアイズに尋ねてみれば、こちらも遠征前ということで戦闘訓練は行われない模様。故に己が歩みを向けて会うことは叶わず、仕事を放り出して向かおうにもヘスティア・ファミリアのホームの場所が分からない。この点は、アイズもまた同じことだ。

 もっともエルフの者達はヘスティア・ファミリアのホームの場所を知っているのだが、その者らが口に出すことはあり得ず、逆に問いを投げる勇気を本人が持っていない。無駄に王族扱いを受けてきたことが、ここにきて尾を引いている。

 

 

 どこか切なく、つらく、もどかしい。ただ一人の人間と会えぬだけだというのにここまでモヤモヤとした心が生まれるのかと、落ち着かせるように胸に右手をつけて拳を作った。一層のこと伏せられる翡翠の瞳は、閉じられんばかりに細められている。

 

 

 仕事に戻るも気づけば今日も夕食時を過ぎており、明日は午前中に決起会を行って午後からは59階層への遠征がスタートすることとなる。到達が順調に成功する前提での話だが、最低でも20日以上は地上へは戻ってこれないことは確定だ。

 何より、心にモヤモヤを抱えたままでの遠征となる。非常に高い集中力が必要な詠唱にも影響を与えるのではないかと思える程に落ち込んだ心境は、できれば解決させてから遠征へ行きたいと思うのが本音となっているのは仕方がない点だろう。

 

 

 執務業務だけに目を向けても、居なくなって初めて分かる青年の大きさ。それは己の抱く心に対しても同様であり、あれほどくすぐられた心は嘘のように寂しさを抱いている。

 根は優しい彼の事だから、もしかしたら彼自身が何かをやってしまったのではないかと要らぬ不安を抱いてしまっている恐れもある。今更とはいえそのことに気づくと、ぽっかりと空いた心に痛みが生まれた。

 

 

 扉を叩く音が鳴ったのは、そのタイミングであった。続いてフィンの声が聞こえており、リヴェリアは入出許可の返事を行っている。こんな時間に何の用かと思えば、ゾロゾロと4人が続いていた。

 小さい身体ながらもファミリア一の勇気を持つパルゥム、いけすかぬと喧嘩ばかりしていたドワーフ、酒のことに執着する己の主神、そして山吹色の可愛い愛弟子。一体何の用かとポカンとするリヴェリアだが、フィンから差し出された地図と共に、一行の目的もすぐに理解することとなる。

 

 

「今日の書類は僕等でもできるし、遅れたりミスがあっても遠征だったからとギルドに言い訳することもできる。行ってきなよリヴェリア、後悔しないためにさ」

「まだ寝る時間には早いからの、押しかけても大丈夫じゃろう。あとで酒を奢るんじゃぞ」

「ウチにもできるかな~コレ……。レフィーヤ、どうや?」

「ううう……が、頑張りましょう!」

 

「……すまない、行ってくる」

 

 

 長年を過ごしてきた仲であるがために、多くの言葉は必要ない。この会話と地図で言いたいことは伝わっており、相手も漏らすことなく受け取っている。

 着の身着のまま、と言っても普段着が冒険用の魔導服であるために問題は無いリヴェリアは、いつもの冷静な装いだけを捨てて駆け出していく。後衛ながらもレベル6を誇る実力が遺憾なく発揮されており、夜と言うこともあって飛ぶようにオラリオの街中を駆けていく。

 

 

「……こ、ここか」

 

 

 地図に記されている地点は、間違いなくここである。目の前にあるのは、くたびれた、というよりは廃墟のような教会であり、ここがホームなのかと言われると首を傾げてしまうものがある。

 とはいえやはり、情報通りといえば情報通りの立地条件が揃っている。迷っていても時間が過ぎるだけだと恐怖心を振り払い、深く息を吸い込んで扉を叩いた。

 

 

「はいはい、どちらさま……珍しいね、ロキん所のハイエルフ君か」

「え?あ、リヴェリアさん、こんばんは」

 

 

 薄明かりに照らされるハイエルフはハッキリと顔の細部が見えないが、それでもヘスティアからしても美しいと思えてしまう程に凛としている。やや息が上がっているようにも見えるが、相手は客人故に尋ねることはできなかった。

 

 

「無礼を承知で押し掛けた、夜分にすまない。その……」

「ああ、タカヒロ君かい?」

 

 

 コクリ。と静かに頷く彼女の心拍数は急上昇している。かける言葉、謝罪の言葉こそ考えてきたが、いざとなると緊張の糸が張り詰める。

 思わず増えたつばを飲み込み、手足は軽く委縮してしまっている。困った顔をした神ヘスティアの口からどんな言葉が出るのかと身構えた彼女だが、回答は思いもよらぬものであった。

 

 

「うーん、困ったな……。実はタカヒロ君、十日間ほど戻ってこないって言って、一昨日の朝からどこかへ出かけているんだよ」

「と、十日……」

 

 

 出かけたのは己がやらかした一件の翌日という事になり、そうなれば戻ってくるのは、ロキ・ファミリアの攻略部隊が50階層に到達した、と言ったぐらいの日付である。聞いてみるにヘスティアもどこへ行ったか全く知らない模様であり、ベルもどこかは聞いていないようだ。

 思い当たる節としては青年の隠れ家的な一軒家が挙げられるが、それならば少なくとも、ベルに対しては”いつものところ”と言葉を残している。

 

 それすらも言われていないとなるとそこに居る確率は低く、もし隠れ家でなかった場合は少年も全く見当がつかない状況だ。腕を組んで顔をしかめ唸るベルだが、やはり思い当たる場所は無いようである。最後にリヴェリアに頭を下げて、わからないことを伝えていた。

 しかし、ここまできて情報がゼロというのも彼女としては納得できない。せっかく仲間が与えてくれたチャンスでもあるのだから、諦めるわけにはいかないのだ。

 

 

「伝えたいことがあったのだが、居ないとなれば仕方ないか……。と、ところで……3日前、タカヒロが帰ってきた時に、いつもと変わった様子は無かっただろうか」

「三日前……ああ、夕食後に帰ってきた時か。何があったのかは知らないけれど、凄く落ち込んでたぜ……」

「っ……」

 

 

 ズキリと、胸の奥深くに痛みが生まれる。ロキが口にした予想通り、己が考えた通り、やはり己の逃走が彼にダメージを与えてしまっていたことは事実であった。

 しかも帰ってきたのが夕食後の時間帯となると、あのまま待っていたのか、町のどこかを探していたか。単にどこかで別の用事があったのかもしれないが、何れにせよ良い印象を与えていないことだけは彼女にも分かる内容だ。

 

 夜分に押し掛けた非礼を詫びて軽く頭を下げ、彼女は北区と西区の中間にある小さな家へと駆けだした。他でもない彼の秘密基地がある場所であり、事前の情報で居ないと分かっていつつも、足を運ばない選択肢はあり得ない。

 北区から西区への移動とはいえ、オラリオというのは中心から半径数㎞の巨大さを誇る都市。いかにレベル6とて後衛でもある彼女に長距離走は分が悪く、いくらか息が上がってしまっていた。

 

 

「いない……か」

 

 

 結果は、心の隅で分かり切っていたこと。彼女が知っている彼の隠れ家は、誰も居ないかの如く静けさを保ち照明が落ちている。

 鍵もかけられたままであり、抱き合わせという言葉を表現するかの如く取り付けられた取っ手に溜まった砂埃から判断するに、ここ数日程は使われていないのではないかという様相を残している。こうなると少年が言っていたように、もはやお手上げの状態であった。

 

 振り返り、己が破壊してしまった扉に背中を預ける。見上げた先にある月は欠けており、まるで己の心を映しているかのようだ。

 

 やってしまった失態、それを謝りたいのに相手が居ない。身内とて居場所が分からない以上は悩んでいてもどうにもならないのだが、それでも僅かな可能性を求めてこの扉の前で待ってしまう。

 しかし、結果は同じだ。いつも就寝前に鳴っている鐘の音で時間に気づき、そろそろ戻らねばと、黄昏の館へと足を向ける。

 

 随分と走り回って疲れたために、心なしか足取りが重い。昼間はいくらか暑さが見えるとはいえ、夜間はどこか少しだけ肌寒く、走ってきたことにより喉も乾いている。

 丁度よく、足を向ける先に夜間も営業している軽食屋があった。客は少ないために、何か飲み物だけでも持ち帰りできればと思い魔導服のポケットに手を入れるも――――

 

 

「……持ってきて、いなかったな」

 

 

 着の身着のまま飛び出してきた彼女は、財布を持つことも忘れている。普通ならば在り得ないことであり、どれだけ己が切羽詰まっていたかと実感して、悲しい気持ちを含む溜息が声に出た。

 

 

――――何をしている、腰抜けではあるまい。

 

 

 このような場面においては己を煽ってくれるであろう、そんな彼の幻聴が聞こえた気がしてハッとして振り返る。少し遅れて宙を舞う翡翠の髪を視界の端に捉えつつ、しかしながら目にする先には、街灯の薄明かりに混じる闇が広がるばかりで何もない。

 その光は微かに期待してしまったリヴェリアの心に影を落とし、つられるように肩が下がる。相手から貰っていた言葉の大きさを痛感した彼女は、力なく黄昏の館へと戻るのであった。

 

 

 

 翌朝、黄昏の館では予定通りに決起会が行われる。ロキの言葉の後に団長であるフィンが音頭を取り、参加する者・残る者を含めて団員全員の気合を締めた。

 目標は59階層。かつての最強ファミリアであるゼウス・ファミリアが到達した通過点、今においては前人未到の階層であり、いよいよそこへ行く時が来たのかと考えると、冒険者達の顔に気合と不安の色が混じっている。

 

 名を轟かせようと躍起になる者、新たな戦いに焦がれる者。不安で心が折れそうになる者、予測される強敵を意識して怖気づきそうになる者など、抱く感情は十人十色で様々だ。

 昼食を取り、ロキ・ファミリアはダンジョンへと出発した。バベルに入る最後まで落ち着きなく辺りを見回す緑髪のエルフが居たものの、事情を知る者が声を掛けるわけにもいかず、集団は未知を求めて地下の闇へと降りていく。

 




 離れて気づく存在の大きさ。
 あまーいのが続いてたせいか随分と酸っぱく感じます。


P.S.
 最初からリヴェリアが好意を抱いてるパターンの作品はいくつかありますが、初対面から発展する関係の作品がなかったので自炊することになったこの小説。
 イチャイチャはくっついてからでもできますが、恋愛kszkムーブ含めてそこに至る迄の関係がイイのです。(自分語)
 書いていて今が一番楽しいかもしれません(笑)


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78話 複数のイレギュラー

 オラリオの街がスッポリと収まるのではないかと錯覚する程、端が見えぬ広大なワンフロア。かつて身を凍えさせる程の冷気が漂っていたフィールドはそこになく、大地は焼け焦げ熱気が充満しており、至る所に作られた無数の大きなクレーターと共に異常なまでの静けさを見せていた。

 凹凸の地面に広がるは死屍累々の光景であり、辛うじて死者は居ないものの、それぞれの命は風前の灯火だ。眼前に立ちはだかる天井に届かんとする高さのモンスターの前方50メートル一帯の地面に横たわる数々は、ロキ・ファミリアの面々である。

 

 

「ッァっ……」

「ぐっ……」

 

 

 その様相が作られている場所は、ダンジョン59階層。50階層の安全地帯にて大規模な拠点を敷設し、ここ数年において最高到達階層であるこの地に足を踏み入れたロキ・ファミリアの主力部隊。一部レベル3を含むものの、レベル4以上の者ほぼ全員で構成される大規模パーティーは、まさに異常事態(イレギュラー)を具現化した存在と戦っていた。

 具体的に言うならば、限りなく神に近い存在である精霊、それに似た何か。神と言っても足元にも及ばない低ランクに該当する精霊、その分身だが、各階層で襲ったモンスターの魔石を食べて成長した姿である。

 

 美しくも禍々しい姿に恐れ戦う冒険者に対して放たれる重い一撃に防戦一方だったタイミングで、モンスターが詠唱を開始するというまさかの事態(イレギュラー)が発生。防御魔法を張るために行われたリヴェリアの詠唱をも上回る速度で行われた精霊の詠唱から放たれた炎の一撃は、59階層を更地にする程の威力をもってロキ・ファミリアを薙ぎ払った。

 更には続けざまに開始される、第二の詠唱。炎ではないものの同じくエレメンタルによる大魔法が再びロキ・ファミリアに容赦なく襲いかかり、全員が体力の大部分を持って行かれ、大地は月の表面のようにクレーターが作られるほどに凄惨たる状況。オラリオ最強と言って過言は無い戦力を誇るパーティーが呆気なく壊滅し、全員が戦闘不能寸前の危機に陥ったのである。

 

 リヴェリアの防御魔法すらも突破した敵の魔法の威力は、文字通り、留まるところを知らずにいた。防御魔法で減衰したにも関わらず、最前線で防がんと前に立ったガレスを一撃で戦闘不能に持って行くほどに圧倒的な攻撃力。

 最大戦力と言って良い二人が一方的に蹂躙され、最早、パーティーメンバーが口にする言葉はとうに無く。再び魔力を練り上げる精霊を前に戦意は砕かれ、立ち上がる気力を残している者も皆無であり――――

 

 

「――――君たちに、勇気を問おう」

 

 

 己の家族(ファミリア)を纏める長は、その中で只独り立ち上がった。

 

 己の背中の先で膝をつく全員に、勇気を問う。己の目には勝利しか見えていないと口にして、死を目前とした仲間の恐怖を取り払う。故に、己に付いてこいと、背中の先で倒れる仲間たちに対して背中越しに声を上げた。

 しかし団長の轟も、あと僅かが届かない。幾たびの死線を潜りぬけたロキ・ファミリアの面々とてここまでの絶望的な状況は初めてであり、心を動かす燃料が足りていない。未だ、希望よりも絶望が大きなウェイトを占めている。

 

 ならば、別の“燃料”が必要だ。

 

 

「……なるほど膝をついたままか、その選択も結構だ。君たちには、“ベル・クラネルの真似事”は難しいか?」

 

 

 故に続けざまに発したその語尾に、最も早く反応したのは誰だったか。スローモーション撮影を行っていたならば優越はつくだろうが、フィンが感じ取った気配からすれば“全く同じ”。

 

 かつてダンジョン9階層での光景を目にした者の反応は、猶更のこと顕著であった。レベル1の身でもって、持てる技術の全てを駆使して格上のモンスターに挑み勝利した少年の姿は、今だ瞳に焼き付いて離れない。

 直前にレベル2の冒険者、それも中堅が一撃で敗北していたことを知ってなお挑んだその勇気。なぜその軌跡を残した者が己ではないのだと嫉妬し、その戦いに魅せられ、感動し、表裏(ひょうり)は個人差があるながらも最後には称賛した。

 

――――追いかけたくなるような、ロキ・ファミリアで居てください。

 

 幾たびの迷惑をかけてしまった少年が発した言葉は、フィンの耳にも強く残っている。ならば己の背中へと向けられる慧眼に応えるためにも、こんなところで膝をついている余裕は無い。

 

 

「彼は見事、レべル1で強化種のミノタウロスを屠って見せた。遥かな格上が相手だろうと、決して引かぬ強さと目を見張る程の狡猾さを見せつけた。君達はどうだ。彼に負けぬ志が有るというならば、眼に焼き付く轟に応えよ!」

 

 

 故に、少年が見せた勇気だけには負けられない。これは嫉妬や尊敬などからくる感情ではなく、単なる冒険者としての意地である。

 しかし、発破剤となるには十分な代物だ。膝をついた冒険者たちの心に“負けん気”という名の燃料によって炎が灯り、過去最大と言える程の試練へと歯向かうために次々と立ち上がる。

 

 

「うるせぇぞ……誰が、誰がここでクタバるかってんだ!!」

「いけすかぬエルフよ、やり残した大切なことが有るのだろう……まさか、こんな所で膝をついたままではあるまいな!?」

「当たり前だ、そんなことも分からぬかドワーフ……私は、絶対に死ねん。詠唱を開始する!お前たち、私を守れ!!」

「うん……出るよ、リヴェリア!」

「団長フィン・ディムナが命じる!総員、最後の一撃に全てを掛けろ!!」

 

 

 そして、冒険者達は駆け出した。最後の力を振り絞り、格上の敵に立ち向かう覚悟を決死に抱く。

 対する精霊は再び詠唱を開始し、己の触手を使用して女体部分の身を護る動きを見せる。ただでさえ火力不足と言える状況は先ほどよりも深刻と化しており、全員の表情が強張った。

 

 それでも、諦めることはしていない。もはや指揮は不要と判断し、フィンは己が持ち得るスキルを使用する。理性と引き換えに身体能力を引き上げるモノであり、普段の戦闘においては滅多に使用しない代物だ。

 直感にて行った槍の投擲は、防壁の隙間を針の孔を通すかのように貫通した。発生したダメージで詠唱は阻まれ、魔力の暴走による大きな爆発が発生し明確なダメージを与えている。

 

 

「続けえ!!」

「団長、援護します!!」

 

 

 その一撃に続いた団員達は各々が極めてきた武器でもって相手に挑み、敵の注意を引き付けた。持ち得る技量などは関係なく、少しでも注意を引きつけ、少しでも力になればと、残った体力を全て使って挑みかかる。

 しかしながら精霊を守るように、地面から触手が出現した。今までとは比較にならない硬さを備えているものの一行は諦めを見せず、投擲武器、魔剣など様々な手段でもって突破を図る。突破口は重量級の物理アタッカーであるガレスであり、その後ろに多数の者が続いている状況だ。

 

 狙うは一点。近接攻撃しか手段を持たないベートやガレスも飛び掛かり、その一点を破壊するべく、武器が壊れようとも拳や脚を振るい続ける。

 個々の力では劣れど、文字通りの一丸となって突破するべく試練に挑む。切っ掛けとなったフィンの投擲に続く各々の攻撃が防壁に綻びを作り、やがて小さな穴を開き広げ、文字通りの突破口を作り出した。

 

 各個の攻撃に対し、精霊は短文詠唱による雷撃や光属性の砲撃によって抵抗する。短文詠唱ながらも破壊力は一般的な魔導士とは比較にならず、挑んだ冒険者たちは蹴散らされる他に道が無い。

 

 しかし、この段階で相手の魔導士を止められなかった時点で精霊の敗北は決定した。突撃の中で集中力を乱さず詠唱を行っていたリヴェリアが放った氷属性の魔法が襲い掛かり、防壁に作られた突破口である“孔”が動かぬよう固定する。

 固く結ばれた冒険者達の覚悟と勇気は、逆境をも跳ね除ける。ここ一番において、状況は理想的なものに仕上がった。

 

 

「――――目覚めよ(テンペスト)

 

 

 決め手とばかりに矢の如く放たれるのは、吹き荒れる彼女の暴風。最大出力で放たれるエアリエルが乗せられた刺突の一撃は、作られた針の孔を目指し――――

 

 

「リル・ラファーガ!!」

 

 

 第二の母を筆頭に仲間達を守るという想いを乗せた強い風を、全身に纏って突き進み。空中を駆ける突進の一撃でもって、穢れた存在を無に帰した。

 

 大魔法を二連続で放った精霊も、まさに風の前の塵である。個で敵わないならば群で立ち向かうのが冒険者であり、火事場で見せた此度の連係は、ロキ・ファミリアとしての質と絆を表している。

 着地後に倒れたアイズを見て、アリシアに杖を預けたリヴェリアが駆け出した。互いに表情を緩めて肩を貸すその二人は、傍から見ると本当の親子の様であり周囲に薄笑みを生んで――――

 

 

 

 

 

 

 絆を分断するようにして地面から現れた、触手による打撃の直撃を受けてしまい。鈍い音と共に、左右方向へと大きく吹き飛ばされる現実が待っていた。

 

 

 

 薄れゆく意識の中、自分と対する方向へと飛ばされ小さくなっていく黄金の姿が脳裏に残る。8年前、心の悲しみを表す雨の中で己の手から離れていき、愛すると誓った存在の灯火が消えてゆく。

 ここにきて誓いが閉ざされるのかと、絶望が心を支配した。咄嗟に庇ったことで己はそれ以上の傷だというのに、やはり、最後まで彼女の身を案じてしまう。

 

 

 同時に、彼の姿が脳裏に浮かんだ。言わなければならない言葉が、必ず生きて帰り伝えると覚悟した謝罪の言葉を考え悩んだ自分が、脳裏に浮かんだ。

 

 せっかく、彼に1つの答えを貰ったというのに。少しだけ、それでも確実にアイズに近づけたのだから。

 もっと、アイズの成長を見ていたい。ベル・クラネルと出会って変わりはじめた彼女を、その少年が見つめる彼と共に、一緒の時を過ごして居たい。

 

――――こんなところで、死にたくない。守りたかった仲間が、死んでほしくない。

 

 けれども現実は残酷で、周りの家族が無事に逃げてくれることを案じた時、視界は既に暗く意識は朦朧として音が消える。己の身が硬い大地に当たって転がる感覚を最後に、彼女はゆっくりと意識を手放した。

 

 

 

 吹き飛ばされ鈍い音と共に地に叩きつけられた2名はピクリとも動かず、光景を目にした者は、もはや誰一人として悲鳴を上げる力すらも残っていない。精々目を見開く程度のものであり、誰一人として言葉の1つも出てこないこの状況に感情が殺される。

 無意識のうちに生まれていた油断と言うべきか、ともかく、まさかと思った。考えすらもしなかった。これほどの強さを誇るモンスターは一階層につき一体だけという先入観が“在り得ない”と思考を決めつけ、目の前の光景すらをも否定した。

 

 ダンジョンとは有り得ないこと(イレギュラー)が突如として普通に起こり得る、何階層だろうが死と隣り合わせの無法地帯。たとえ安全地帯(セーフゾーン)だろうとも、そこに居るのだという事を、如何なる時も忘れてはならない。そのことは、嫌という程に学んでいたはずだった。

 油断、慢心。もしくはその両方か。ともかく、全員が戦闘の終了を意識しており、全くの無警戒だったことは揺るがない。

 

 僅かに生じた勝利の喜びも、まさに一抹の余韻。この期に及んで“地中から2体目が現れよう”など、いったい誰が想像し対策を行っていただろうか。イレギュラーに次ぐイレギュラーに対応する力は、もはや誰の身にも残っていない。

 先ほど見せた一連の流れは、“50階層へと帰る力”を出し切って示したモノ。限界とは、乗り切れて1度しかない故に限界と呼ばれるのだ。2度3度と行えるのは単に回復しただけの話であるが、此度においてはそんな暇も有りはしないだろう。

 

 

 一番多くの絶望が圧し掛かっているとすれば、団長であるフィン・ディムナだ。仲間を鼓舞し、司令塔であるはずの己を狂化させ、全員の力で勝ち取った先の勝利。それを完膚なきまでに無に帰された理不尽さを前にして、背丈は小さいものの屈強な精神を持つ勇者の心は、ここにきて初めて膝をついた。

 

 衰退してゆくパルゥム、その一族の復興。そんな願いをダンジョンという名の死線で背負って立つ男の目に、死神が初めて顔を出す。

 触手を振りかぶる穢れた精霊は余裕綽々であり、互いが置かれている現状を示している。振りかぶられている触手が放たれれば、最前列で倒れているアイズとリヴェリアが、まず最初に殺される。

 

 何かできるかと、フィンは視線を動かし目まぐるしく状況を確認する。己の槍は既に投擲してしまっている、回収はできておらず予備も無い。足に力を籠めるも歩くのが精一杯であり、到底ながら救出には程遠い。

 周囲を見るも、ほぼ全員が同じ状況だ。地に伏せ立ち上がる事すらできない者も居る中で、戦う力を残している者は誰も居ない。フィンは覚悟こそ残っていれど、それを動かす体力が残っていない。

 

 かつて7年前における動乱の際は、自らが道化のペテン師となって皆を鼓舞した。勝率なんて万が一程度にしかなかったが、それでも可能性があると、僅かな可能性を手繰り寄せた。

 しかしそれは己達が傷1つ無い状況下にあり、神々や様々なファミリアからの支援がある状況下だったが故に行えたこと。今この場においてそれが有るかとなれば、答えは一目瞭然だ。

 

 

 

 もう、どうしようもない。心臓は諦めるなと言わんばかりに鼓動を強め、折れないと誓った心は皮一枚で繋がっているが、2体目のアレを前にしては折れたも同じ。この身の辿る先にある結末が、嫌と言う程に目に浮かぶ。

 50階層で待ってくれている仲間は大丈夫だろうか。今回の遠征に同行しているヘファイストス・ファミリアにも申し訳ないと彼は思うが、到底ながら口に出せる余力は無い。

 

 己の主神、ロキに対しても申し訳なく思う。かつて、初期メンバーの3人と彼女で交わした言葉は今でも決して忘れない。

 どんな時も生きて帰ると約束し、可能な限りそうなるように団員に指示を飛ばして守ってきた。あの時は種族の違いからリヴェリアとガレスが事あるごとに大ゲンカしていたと思い返して、思い出に耽ってしまう。

 

 命の危機にあるというのに、不思議と心は落ち着いていた。殴りつけられるように痛み血に塗れていた四肢の感覚も意外と落ち着き、周りの状況が良く見える。

 こちら側にはトドメをさすまでもないと精霊本体は余裕綽々で、倒れる二人に迫る触手は止める術すらどこにもなく、場は異常な程に静まり返る。耳をすませば、微かにすすり泣く声も聞こえている程だ。

 

 

 嗚呼、これで終わりなのだと。長年にわたり続いてきた自分達の冒険は、ここが終焉なのだと。

 

 

 ダンジョン、59階層。

 ロキ・ファミリア団長、最終到達レベル6。

 フィン・ディムナの死地はここにあると覚悟して――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからってコレですかああああああ!?」

 

 

 収まった鼓動の音と引き換えに、接近するドップラー効果の効いた少年の叫びが聞こえてきたのは、そんなタイミング。広大ながらも静かなフロア故に、その叫びはソコソコの音量で響くこととなった。

 まるで消えた炎が再び灯るように、下を向いた者達の顔が上がる。辛うじて動けるロキ・ファミリアの者の首は思わずそちら、58階層へと繋がる後方に向けて回ってしまう。

 

 滑空する飛翔体の名称は“ベル・ミサイル”。衣類の首根っこ部分を掴まれ、ブン投げられてロキ・ファミリアを追い越し150メートルほどの距離を滑空するは、彼等もよく知る白髪の少年。

 風圧で少し顔が歪んでいるが、おふざけ気味の驚愕を見せるのも道半ば迄。少年は本来ならば動きを制限される行動、アクティブスキル“英雄願望(アルゴノゥト)”のチャージを続行しつつ距離を詰め――――

 

 

「ベル・クラネル!?」

「な、なんで兎野郎が59階層に!」

 

「チャージ……完了!!」

 




ベル君には王道が似合う。

・裏話
 2体目の精霊というのはちょっと強引ですが、実はここからのパートはこの小説で一番最初に書いたところなのです。
 なので改変はしたくない気持ちがありまして、えいやっ、とそのまま実装致しました。

 本篇でも量産できてますし、二次創作ですので「そんなこともあるやろ」程度に思って頂けると助かります。


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79話 夢に見た者

 ダンジョン、59階層。全身全霊で倒したはずの敵、その二体目が現れたことで、ロキ・ファミリアのパーティーは戦意を完全に削がれてしまっていた。

 直前にアイズとリヴェリアの二人が吹き飛ばされた光景も、戦意を消失することに拍車をかけていたことだろう。一戦終えた後とはいえレベル6の二人が容易に戦闘不能となってしまう程の攻撃力は、光景だけで心が折れてしまっても仕方がない。

 

 辛うじて意識が残るアイズもまた、どうすることもできずに地に伏せる。向けている視線の遥か先で、己を育ててくれた姿が倒れている。相変わらず自分自身よりも己の身を案じてダメージの大半を請け負った姿に、彼女の愛を確かに感じた。

 しかし、向けられる愛情に浸っている暇はない。互いの死という現実は、すぐそこにまで迫っている。何らかの行動を起こさなければ、その結末から逃れることはできはしない。

 

 助けたい、死んでほしくない。そう思うも、無情にもマインドと体力は底を尽きている。そして死神が目の前に立ち塞がり、死にたくないと思うのは己とて同じこと。

 思い返せばダンジョンとモンスターの言葉しか出てこない己の人生だったが、最後の少しだけは、楽しいと思うことができる充実した時間だった。願わくば、少年との楽しい時間が、死後も夢見ることができたらいいなと天に祈り――――

 

 

「(コレですかああ)ぁぁぁあああ!?」

 

 

 ロキらしい神の悪戯か、最後の最後に耳にしたかった声が背中越しに近づいてくる。首をまわす気力も残っていないために姿は確認できないが、幻聴であるために意味がないだろうと音を聞くことに集中した。

 よもや当該の少年が、ぶん投げられて滑空しながら接近中とは思うまい。随分とリアルな驚き声だと思うアイズの眼前5メートルほどの距離に、ややバランスを崩しながらもベル・クラネルは着地することとなった。

 

 

「へっ?」

 

 

 辛うじて意識が残っていた彼女は着地する背中を目にして、何故、あの少年が居るのかが理解できない。ここは深層の中でも奥地となる59階層であり、レベル2が来ることのできる場所とは程遠い。

 そこから発せられた、未だかつてロキやリヴェリアは疎か誰も聞いたことのない程の、少女アイズの声として発せられた疑問符。無我夢中で必死なベルには届いていない点を、本人が知れば悔やむだろう。

 

 前に立つ己と同じぐらいの細い背中が、偶然にも同じ髪の色をしていたこともあり、かつての父の姿に重なった。ならばあの時の結末が、自然と彼に重なってしまう。

 立ち上がって横に並ぼうとするも、無情にも足腰に力が入らない。微かに鳴る力強い鐘の音を耳にしながら思わず目を細めて、アイズは己の運命を少年に預ける覚悟を決めた。

 

 

「チャージ……完了!!」

 

 

 カランカランと、覚悟の強さと情景を示す鐘が鳴る。己も目の前の冒険者達のようになりたいと、その中においても彼女のために戦うと誓い集約された力が、心に響く旋律となって二人の耳に届いているのだ。

 

 正直なところ、恐怖の心境が己の中に充満している。なにせロキ・ファミリアの精鋭部隊が壊滅状態となった敵だ、相手が持ち得る強さは疑問に思うまでも無い事だ。

 しかし奇遇か。毎度にわたって連れてこられた格好ながらも、50階層以降の空気はこれで“三度目”。故に深層の気配なんぞに後れを取ることはなく、持ち得る実力を発揮できる自信はある。

 

 

 出だしこそ驚愕と怯えがあったものの、直後にそれは覚悟へと変わる。明らかに格上の相手であり、一度でも下手をすれば命を取られる状況であることは嫌という程に理解できる。

 

 ぶん投げられる直前、師に言われたことを思い出す。事前のチャージを命じられて実施してみれば、少年も、まさか投げられるとは微塵にも思ってはいなかったのは仕方がない事だろう。

 直前にかけられた言葉は“倒してこい”ではなく、“かっさらってこい”。そして1分間のチャージ終盤に投げられたことで、今の己には“装備(ナイフ)”と“武器(チャージ)”が備わっている。

 

 つまり己の戦いは敵を倒すことではなく、アイズ・ヴァレンシュタインを救い出すこと。そもそもにおいてあの敵は格上も度が過ぎており、己が倒せないのは明白だ。相手が余裕をかましているのがムカつくが、今は喧嘩を売る時ではないと抑え込む。

 着地地点からするに、彼女を穿つ触手による攻撃を防ぐことが、己がなすべきことと言えるだろう。少年は瞬時にその答えを察して、最も効率の良い防御行動を選択した。

 

 

 絶体絶命にある想い人を救うという、少年の冒険が。ただの英雄ではなく、彼女にとっての英雄になるという少年の夢物語の一幕が、ここに始まる。

 相手は絶対に勝てない精霊の分身、しかし只引き下がる選択肢はあり得ない。二人の心に響くように静かに、しかし力強く鳴る鐘の音と共に、少年の冒険が幕を開けた。

 

 倒れる少女を庇うように、一匹の雄が立ちはだかる。集中線が疑似的に見える程の速度で真正面から迫る5本の触手、そこに存在するであろう“弱い部分”を逃さぬよう、瞬時の間ながらも広く見る。

 迫る触手は1本が先行しており、残りの4本は、ほとんど同じタイミング。まず一本目にかかる力の入り具合を広くて見て、見つけた。傷や致命傷を叩き込めると思える場所、そして受け流すには最適と思われる2つのポイント。

 

 持ち得る刃物が二つあるように、行うべき行動も2つある。それは今までの鍛錬において、もっとも練習した戦法だ。

 いつかのシルバーバック戦で、ミノタウロスとの戦いで披露した己の十八番。まず左手に逆手で構える“ミノ短”を左に流して相手の一撃目をいなし――――

 

 

(っ、一発でヒビが!?)

 

 

 “英雄願望(アルゴノゥト)”のチャージがない左手で行った受け流しだが、たった2-3割の力を受けただけでミノタウロスの角が折れかかる程に、今回ばかりは相手の攻撃力が高すぎる。受け流すことは成功したものの、すぐさまホルスターに仕舞って“兎牙MK-Ⅲ”へと持ち替えた。

 そして自身は相手の力に逆らわず、左回転の力を維持したままで2本目以降の触手を横目見る。すぐさま両方に対して致命傷を叩き込めるポイントを判断し、渾身の一撃を放つ決意をした。

 

 

「ハアッ!!」

 

 

 それが分かれば、あとはチャージを解放するだけである。少年は雄叫びをあげ、たっぷり一分の時間をかけた一撃を。尊敬する鍛冶師が作り上げたヘスティア・ナイフによる一撃を、明らかに格上であるモンスターを相手にぶっぱなした。

 

 刃の入る角度、タイミング共に問題なし。恐らくは理想形、効果あり。

 ヒット直前にグリップを強くすることで、瞬間的な力を乗せて威力を強める。

 今までの鍛錬は、この一撃のためにあったと言っても過言ではない。

 

 力で劣ることなど、言われるまでもなく分かっている。4本すべてに理想的な攻撃を放てないことなど、火を見るよりも明らかだ。

 だからと言って、諦めることなど在り得ない。信頼する鍛冶師が作り上げた最高の逸品が持ち得る威力と耐久性を信じてマインドを注ぎ込み、腕のしなり、腰の回転も加え、少しでも強い一撃として放つのだ。

 

 ベル・クラネルは使える小手先の技術は全てを注ぎ込み、彼女に攻撃を向けさせないための一撃を、相手の最も効果的な場所に叩き込んだ。

 

 レベル5や6を弾き飛ばす程の触手4本が、宙に舞う。目論み通り、切断できた上に弾き飛ばした。これで僅か十秒程度ながらも、撤退を開始するまでの時間が確保できたことは揺るぎ無い。

 

 しかしまるで重い金属をぶん殴ったような衝撃を受け、少年の顔が苦痛に歪む。目論見は成功したが腕は痺れ、手に持つナイフの感覚すらも希薄と言っていいだろう。

 それでもやるべきことは残っており、余韻に浸る暇は無い。衝撃は肺にも伝わり、チャージによって減った体力も合わさって呼吸するのも至難の業だが、己の身体に鞭を打つ。

 

 

 繰り広げられる光景に、守られる少女は驚愕の表情を浮かべている。てっきり彼女も知る彼の師が来るのかとばかり思っていたが、己を守ってくれるこの少年はレベル2であるにも関わらず、恐れを抱きつつも、あの圧倒的な脅威に対して立ち向かったのだ。

 無謀なのか、何かしらの確信があったのか、それは彼女にも分からない。それでも、たとえ理由が前者だとしても、自分のために戦ってくれているという事実は変わらない。そんな夢見た者が繰り広げる光景を目にして、死地だというのに薄笑みが零れた。

 

 

――――なんとかできましたけど、本当に首の皮一枚でしたよ師匠……!

 

 そんな光景を作り出した少年としては実のところ、半ばヤケクソと確信が2対8と言ったところ。過去最高に危ない橋だったために、思わずそんな言葉を内心で呟いてしまう。自分自身としては「できないんじゃないか」と思っていただけに、己の師が見せる戦力把握との精度の差を、再度認識した格好だ。

 それでも感心したり、相手に屈している余裕は無い。与えたダメージは極微かなれど、確保した時間としては十分だ。驚きで微かに開いていた口に問答無用でポーションを突っ込み、即座にナイフをしまって、彼女の腰と肩を抱きあげる。

 

 レベル2とは言えベルの腕力でもってすれば、軽装の装備込みの少女一人を抱える程度は造作もない。アイズをお姫様抱っこで持ち上げたならば、持ち前の俊足を生かして戦線離脱を開始することとなる。

 黄金の瞳は見開かれており、必死で走る少年の横顔を捉え続けている。そんな瞳に映る彼の表情は、思っていたものと少し違っていた。

 

 

「ひぃーっ!?」

 

 

 尾びれをつけても、到底ながらカッコ良さとは程遠い。後ろから放たれる触手による打撃を軽快かつ確かなフットワークで回避しながらも、必死さと焦りを隠せる余裕もないようだ。とはいえ、レベル2ならば仕方のない事だろう。

 とにかく一撃を貰わないよう、ましてや腕の中に居る己に当てないようにして走っていることはアイズにも読み取れている。彼も死の瀬戸際に居るというのにそんな心遣いがたまらなく嬉しく、マインドダウン間近からくる疲れもあって、彼女の瞳が重くなった。

 

 しかし当然、眠ることは色々な意味で許されない。レベル2である細身をもって自分を助けてくれる少年の姿を目に焼き付けろと本能が叫び、マインドを得るために生まれる睡眠欲を投げ捨てている。

 見入ってしまうのは当然だった。何度も夢に見た、今は亡き両親が口にした、その存在。まるで今の彼の姿は、彼女のために戦いの場に居る英雄のような――――

 

 

「っ――――!」

 

 

 意図せずして、少女の目が見開かれる。死が目前に迫っている危機だというのに、思わず胸の鼓動がテンポを上げる。ゾクリとした感覚が背中を駆け抜け、今の一瞬が脳裏に焼き付いて離れない。

 少年が垣間見せた表情に先ほどの怯えも嘆きも一切なく、そこにあったのは試練へと立ち向かうために落ち着き払い、瞳に力を入れて据わった表情をした雄の顔。地中から伸ばしたのだろうか、逃走経路である前方に出現した新たな触手の動きから最善策を判断するために、全身全霊をかけて何ができるかとベル・クラネルは相手の動きに集中し、瞬間的に自問する。

 

 しかしスキルによるチャージという武器もなければ満足にナイフを振るえる余裕も無い現状、無情にも自力で行える類の答えは何も無い。追う背中という目標はあれど、たったレベル2である自分にできることの範囲は、嫌という程に分かっている。

 ならばと、立ち向かう選択を放棄した。腕の中に、守りたい女性を抱えて居る現状だ。砂丘で1つの砂粒を見つけるかのように出来ないことに対して挑むならば、リスクの方が大きすぎることは明白であり、今の少年ならば容易に判断することができる。

 

 

「師匠お願いします!!」

 

 

 故に、自分自身の見栄や羞恥など関係ない。討つべき敵に挑むという冒険を放棄し、情けなく叫ぶことも躊躇しない。

 救いを乞う相手が別の男だろうが、縋るべき者に助けを乞う。その相手が絶対に崩れぬ防壁であり、駆け付けてくれると断言できる程に信じられるならば猶更だ。

 

 間髪入れずに万物を吹き飛ばす突撃を見せて、立ち塞がる触手を弾き飛ばすは心中の正義を掲げるウォーロード。その左腕には緑髪のハイエルフが抱きかかえられており、眠り姫の如き様相を見せている。

 見せる姿は、相変わらず圧倒的と表現して過言の無い攻撃力。一方で眠り姫は、彼が見せる狡猾さと立ち回りによって、万が一にも一撃を受けないようにしっかりと守られているのだから隙が無い。

 

 

「見事、無事に救い出したな。そして不服かもしれんが恥じることは無いぞ、よく吠えた」

「へへっ。でも、こんな結末じゃカッコ悪いですよね」

「そんなことは無いさ、アレを相手にしては本当の覚悟が無ければ足が竦む。先に行け、後ろを防いで追いつこう」

「はい、お願いします!」

 

 

 交わされるのは、弟子の行いを咎めることのない師の会話。もしここでベルが突撃でもしようものなら、彼の横やりが入った後に地上で雷が落ちていたことだろう。

 言葉通りに少年は振り返ることなく走り続け、故に狙いを青年に変えた触手はその全てが右手の“全く普通の盾”によって防がれる。正確には“目にも留まらぬ速さの殴打攻撃”、敵のバランスを崩すために重心を低くして放たれる強力な一振りによる複数目標への同時攻撃“ゾルハンのテクニック”によって相打ちの結果になっている。今回はしっかりとした理由があって星座の恩恵と報復ダメージを無効化しているために発動しないが、確実に損傷を与えており時間を稼ぐには十分だ。

 

 

「……タカ、ヒロ……?」

 

 

 眠り姫の瞼が、静かに開く。たった10日間ながらも離れた二人は、初めて出会った時と同じ階層でこそないものの、再びダンジョンの深層“未到達領域”と呼ばれる地点で出会うこととなったのだ。

 

 望んだ者が最も居て欲しい時に駆け付ける、ありきたりな話、できすぎた物語。御伽話に書かれるような、王道中の王道だ。

 

 しかし、現実である。ロキ・ファミリアの誰一人として予測していなかった零細ファミリアの乱入という更なるイレギュラーにより、59階層での決戦は、再び大きな転換点を迎えることとなった。

 




■パッシブスキル:ゾルハンのテクニック(レベル5)
・有名な戦闘術師範の名を取って命名されたこの攻撃は、敵のバランスを崩すために重心を低くして強力な一振りを行う。
*すべての通常の武器攻撃で発動し得る。近接武器で用いた場合、複数の近くの標的に攻撃が当たる。
20% 技が使われる率
120度 の攻撃角度
3 最大標的数
+134% 武器ダメージ
+118 体内損傷/2s
25% 敵の攻撃減速を 5.6秒


P.S.
今後の展開を考えるとコミカルは無理でした、ごめんなさい


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80話 教えてもらった理由

Act.8:Gods and Spirits(神々と精霊達)
Act.8-1:アイズ・ヴァレンシュタインを探しに24階層へ向かえ
Act.8-2:とある神の使者と会って会話せよ
Act.8-3:とある神と会話し、力を貸せ
Act.8-4:50階層を調査せよ
Act.8-5:【New】59階層にてリヴェリア・リヨス・アールヴを守り切れ


 時は、本日の朝にまで遡る。一人の青年は盛大に溜息をつきながら、バベルの塔からホームのある西区へと足を運んでいた。

 

 

「結局は核心に迫れなかったか……。しかし奴等め、どこまで本気で改宗(コンバージョン)を狙っていやがる」

 

 

 ヘスティアに長期外出を伝え、目的と言うよりは依頼の類が済んだのがつい先ほど。早朝の日の出と同時に、タカヒロはヘファイストス・ファミリアの本拠地から脱出していた。

 

 武器のエンチャントを鑑定することを条件に、貯蔵されていた書物を片っ端から漁るなどしてエルフについての歴史やイロハを学んでいたのである。ダンジョンに関する知識の時もそうだったが、分からないことがあれば人に本に学ぶという、彼の癖の1つだろう。

 もっとも自分がしでかした謝らなければならないような内容は見当たらなかったのだが、実際に勘違いしているだけのために当然の結果と言えるだろう。故に結果としては、達成することができていない。

 

 どちらかと言えば資料を読むよりは当該書物を探していた時間の方が長かったのだが、それでも10日という日付は十分だ。おかげさまでエルフの知識に長けドヤ顔で説明できるレベルになりつつある青年は、“アールヴ”の名が“エルフの始祖を意味する”ことを今更知ることとなる。

 己がどれ程の者に惚れ、デートし怒らせたのかと思い返すと、驚き・惚気・溜息が同時に出た。少ししてから「なんでそれ程の者がオラリオで命を張っている?」と疑問が湧いたものの、その点は本人に聞かなければ分からないだろう。少なくとも、装備収集の副産物としてケアンの世界を救った己よりはマシな理由のはずだ。

 

 情報収集のオマケとしてやはり椿とヘファイストスは彼の改宗(コンバージョン)に積極的であり、ヘスティアの恩恵を貰ってから半年も経っていないことを告げてようやく引き下がったレベルであった。改宗(コンバージョン)を行うためには、前回の改宗(コンバージョン)もしくは新規で恩恵を得てから1年間の縛りがある。

 椿は三日目から姿を見せなくなったが、差し入れを持ってきたヘファイストス曰く「ロキ・ファミリアと共に50階層から深層へアタックしている」という内容だ。リヴェリアがそのことを口にしていた点を思い出したタカヒロは、「なるほど」と返して再び書物を漁っている。

 

 ちなみに、何故エルフの書物を読み漁っているかについては口を閉ざしたままであり、ヘファイストスも特には気にしていない。もちろん、深層のドロップアイテムを幾つか渡して買収済みである。

 そんなこんなで10日後とはいえ結果として朝帰りになったが、特にやましいことはしていない。少年が居るものの大手を振れる内容であるために問題は無いだろうと、廃教会の地下室へ続くドアを開いた。

 

 

「あ、師匠!おかえりなさい」

「今戻った」

「おかえりタカヒロ君!用事は済んだのかい?あと、ロキのところのハイエルフ君が、8日前に訪ねて来たよ」

 

 

 中々に疲れた様相を見せていた青年だが、その一言で表情が変わる。彼女がわざわざ足を運ぶなど、何かしらの問題があったのかと表情を強めた。

 

 

「……何か、言っていたか?」

「具体的には特に何も言ってはいなかったけど……なんでも、君に話したいことがあったそうだよ」

 

 

――――あの時に見せた不始末の説教か。

 

 わざわざ足を運ぶとは、さぞかしお怒りなのだろう。そう考えると、気がとても重くなる。しかし他のエルフから彼に向けられていた視線が普通であるために、口外してくれていない点は感謝せざるを得ない内容だ。

 しかし彼とて、別に説教に対して気が重くなるわけではない。むしろ次回、次の人。もし仮に他のエルフが良い人になった場合に同じ不始末を起こさないよう、彼女の説教は素直に聞くべきだと覚悟は決めている。

 

 己の不始末で嫌な気分にさせてしまった彼女に対し、申し訳なくなる気持ちで気が沈んでいるのだ。珍しく苦虫を踏み潰したような顔になる彼を見て、ヘスティアもワケ有りと判断している。

 

 

「……10日前に何があったのかは知らないし、ボク程度が口を大きくするのも間違いだろうけど言わせてもらうよ。とにかくボクは、ちゃんと自分の気持ちは表すべきだと思うぜ!」

「……ああ、そうだな」

 

 

 そして、主神は眷属の背中をトンと優しく押してあげた。己はバイトがあるために先に出るも、青年が見せる仏頂面を見て、案ずることが無いことを感じ取っている。

 ホームに残ったのは、白髪の師弟コンビ。今日の予定を互いに伝える場面において、タカヒロはロキ・ファミリアを追いかけることを口にした。

 

 

「今日はリフトを使って50階層からロキ・ファミリアを追いかける。ベル君はどうする、一緒に来るか?」

「50階層……。師匠の戦いも見たいところではあるんですが、あの肌を刺すような空気は、ちょっと尻込みしちゃいますね」

「アイズ君の戦いも見られるかもしれんぞ?」

「行きます」

 

 

 彼女の単語が出た途端に据わった表情で問いに答えるこの少年、決意は固いも中々に単純である。

 とはいえそうと決まれば話は早く、作業の分担も相まって数分後には師弟揃って準備完了。いくらか支援できればと互いにポーションの類を複数所持し、「いざとなったら高値で吹っ掛けてやればいい」と口にする青年は心配の感情を隠していた。少し前に調達していたために、在庫量も十分なものがある。

 

 直後、ワープポータルのような通称“リフト”を使って50階層へとやってきたベルとタカヒロ。50階層そのものはセーフゾーンであるためにイレギュラー発生時を除けば問題は無く、大規模な野営地を遠くに見ながら、二人も問題なしに51階層へ進出する。

 リリルカの一件以来の深層、それも最下層に近い空気は、やはり少年の身体から闘志を奪いつつある。まるで死そのものが口を開けているところに足を踏み入れているようであり、五感が異常なまでに反応していることが嫌という程に体感できる度合いの強さだ。

 

 道中はロキ・ファミリアが掃除したためか、交戦回数も数える程度のものであった。もっとも青年が武器を振るえばすぐに終了するために問題はなく、二人は凄まじいスピードで階層を突き進む。

 いつか素材を集めた時のように竪穴は使わずに正規ルートで進み、二人は59階層の入り口一歩手前の地点に到着した。大規模な炎の魔法が使われたのか、以前に青年が来た時とは違って、やけに暑苦しさを感じさせる階層となっている。

 

 

 荒れ果てた大地は焼け焦げており、ロキ・ファミリアらしき集団が大きなモンスターと対峙している。状況的にはモンスター側が優勢であることは、目線の先に居るボロボロの冒険者の様子を見れば素人でもわかることだ。

 なぜだか静かな場面となっており、誰かが歩く音がよく聞こえる。二人は戦場の様子を更に詳しく見るためロキ・ファミリアから100メートルほどの距離にまで近づくも、誰一人として接近に気づかない。

 

 それ程までに、目の前のモンスターに集中してしまっているということだろう。白髪の二人は、近くにあった岩場の陰から少し先の光景を覗き込み――――

 

 

「……なるほど膝をついたままか、その選択も結構だ。君たちには、ベル・クラネルの真似事は難しいか?」

 

 

 音量は微少ながらも聞こえてきた力強い言葉に、少年はピシャリと石像の如く固まった。続けざまに口に出されるミノタウロスとの一件も、数秒単位で少年に流れる冷や汗の数を増やすだけとなっている。

 

 

「なるほど、その言い回しで鼓舞するってのも面白い話だな。らしいぞベル君、名前を使われた感想は?」

「と、ととととおおおおて~も~……?」

 

 

 ベル・クラネルは混乱している。まさかこんなシーンで自分の名前が出てくるなどとは夢にも思っておらず、両手で頭を抱えて岩にぶつかったりするなど行動の支離滅裂さも盛大だ。

 とはいえ、そんな奇行も長くは続かない。ロキ・ファミリアにとっても格上となる穢れた精霊を打破すべく、冒険者の集団は雄叫び一発駆け出した。

 

 

 物語に例えるならば、最後の突撃。総員による総力戦が幕を開け、文字通りの死闘が繰り広げられる。

 指揮者であるはずの戦士は最前線にて武器の投擲を行い、前衛職の大半が突撃し、残りの者全員が守る後ろにある緑の魔法陣から氷の魔法が展開され、金色の風が駆け抜けた。一人一人の力では足りないだろうが、目の前の敵を打ち破るために冒険者一行は集団戦を徹底し立ち向かう様相を見せている。

 

 その光景を後ろから見る少年は、純粋に見惚れていた。集団の個々の力は強力なれど、相手はそれでも足元にしか届かぬ強敵だ。

 有無を言わさずに心を揺さぶる、全身全霊で格上へと集団で挑むその光景。自分の力が届いていないとわかりつつも、飛び込んでみたいという危険な感情を湧き立たせる。なおロキ・ファミリア一行が、少年がミノタウロスに挑む光景を見て触発されているという点を、すっかり忘れてしまっているのは仕方がない事だろう。

 

 ふと青年に目を向ければ、少年自身と同様に今にも飛び込んで参戦してしまいそうな凛々しい表情を見せていた。それを行わないのは、これがロキ・ファミリアの冒険であり大事な試練だと感じ取っているが為。

 しかし、その考えも数秒しか続かない。マップ画面を見ていた青年は敵の反応を見つけて苦虫を踏み潰したような表情を一瞬だけ見せ、ワケありげに重い口を開くのであった。

 

 

「――――コモンとはいえ更にボス級、これは荷が重いか。ベル君、そろそろスキルを使ってチャージを始めておこう」

「敵の増援ですか……分かりました、“英雄願望(アルゴノゥト)”ですね。打撃系でいいですか?」

「そうだな。チャージ時間は……60秒。格好がつくし、安全マージンも十分だ」

「……格好?」

 

 

 納得できない少年だが、他ならぬ師匠からの指示である。何に使うのかは分からないものの、スキル“英雄願望(アルゴノゥト)”を使ってチャージを開始した。

 今では2分ほどまでチャージできるこのスキルは、単純にチャージ時間に比例して技のダメージをアップさせることができる。技の威力向上と引き換えに体力・精神力を消耗するこのスキルはベルだけを見れば3分までチャージ可能だが3分もチャージすると気絶してしまい、武器の制約上、現在においては2分程度までが限界となっている。

 

 一方で青年が口にした嫌な言葉は的中し、2体目の穢れた精霊が現れる。宙を舞う黄金と翡翠の髪を見た双方は思わず駆け出しそうになるが、場はまだロキ・ファミリアの戦いであるために文字通りの場違いである。今ここでベルが動かないのは、タカヒロならば最悪のタイミングを見逃すことは無いと信用しきっているためだ。

 もっとも、ロキ・ファミリアの抵抗も長くは続かないだろうとも二人にとって予想できた。立ち上がっている者ですら片手で数える程度であり、明らかに戦力が足りていない。

 

 

 場を諦めの感情が支配し、そこに居る者達の戦意が消える。ならば第三者が打って出る場面が来たと判断し、2枚の盾と漆黒の鎧が音を立てた。のっぴきならない展開となれば、受けるべき説教も受けられない。

 まるで己がここに居るべくして居るような、戦うことを強いられているような、間一髪である運命的状況。書き起こすならば一定の批判を受けるであろう、出来過ぎた物語。

 

 己が犯した罪を調べに行かなければ。

 ヘファイストスのところから朝一で逃げ出さねば。

 ヘスティアに背中を押されなければ。

 ベルと一緒に手早く準備を終わらせなければ。

 

 そして何より、あの夕焼けを背に己が不始末を働かなければ。この間一髪の場面に間に合うどころか、59階層と言うバトルフィールドに居合わせわなかったことは明白だ。

 相手と自分との立ち位置がどうあろうとも関係はなく、とある猪人が持っており、己が感心した戦う理由。それを示す場はまさに今であり、身体が果てる最後まで貫き通す。

 

 

 彼女から教えてもらった、忘れもしない答えの1つを示すため。此度においての戦う理由は、ドロップアイテムにありはしない。

 心の底から望む、リヴェリア・リヨス・アールヴを守り切るという“戦う理由”を心中の正義に掲げ。戦いを強いられる者(ウォーロード)は、幾度の地獄(ケアンの地)を駆け抜けた武具と戦闘技術と共に立ち上がった。

 

 かつての食事において負ってしまった罪を滅ぼすためか、いつの間にか抱いていた好意を再度明確に表すためか。どちらにせよ、相変らず立ち上がる気配を見せない“寝坊助”な眠り姫を、見殺しにする選択肢だけはあり得ない。

 相手に大ダメージを与えて暴れられないよう、星座や報復ダメージは無効化することとした。アレを殺す時は万が一にもリヴェリアとアイズが範囲攻撃に巻き込まれないよう安全を確保し、文字通りの秒殺とする必要があるだろう。各所にある月面のようなクレーターに隠れれば、ある程度の攻撃を回避することも可能なはずだ。

 

 

「……さて、出番のようだ。次はこちらの試練だぞベル君、助けたい者が居るんだろ?」

「え、あ、はい。でもまだ少しチャージ時間がありますし、そもそも通用するか分かりませんし、移動したらチャージを続行できな」

「移動手段は任せろ、“コントロール”には自信があってな。なにせ君の勇気を物差しに使われた上に“程足りぬ”と言うのだ、奴等に対して存分に“示す”時が来ているぞ」

「……へっ?」

 

 

 確かにフィンはベルの勇気を尺に使い仲間を鼓舞したものの、2体目を前に心は折れてしまっている。そのため実質的に、“ベルの勇気では足りない”となってしまったことも事実だろう。

 それにしても“示す”とは、いかなるものか。イヤーな予感が芽生えて動揺する少年の服の首根っこ部分を掴みつつ、青年は遥か前方へとダッシュして――――

 

 

「君ならできる、かっさらって来い!!」

「だからってコレですかあああぁぁぁ!?」

 

 

 新たな精霊の登場により、今度こそ窮地となったロキ・ファミリアのなかで絶体絶命であるアイズ・ヴァレンシュタインを救わせるため。結果として発射されたのが、タカヒロ命名のベル・ミサイルである。イントネーションこそ似ているが、決して本名ではない。

 魔法の盾を投げて攻撃するアクティブスキル“メンヒルの盾”によって鍛えられた制(ベル)能力は、少女を救いだせると信じる少年を、ここしかないピンポイントへと送り込める。しかし結果を眺めている余裕はなく、青年もまた同じタイミングで地を蹴った。

 

 

 一直線に滑空する少年に目を奪われている者の視界の範囲外、焼けた荒れ地を蹴り疾走する第二のミサイル。王の決意を満たし敵を突き抜ける突進術である“堕ちし王の意志”でもって、本当にワープしているかの如く一瞬で距離を詰める。彼女に迫る触手よりも先に辿り着き、救出と防御の両方をこなすことが彼の使命だ。

 青年が持ち得る狡猾さは、対象を庇いつつ敵の攻撃を防ぐことなど造作もない。左手で眠り姫をすくい上げて守っているためにいくらかの攻撃を直に受けることになるが、いくらか能力は無効化しているとはいえ、それによる影響も軽微そのもの。

 

 直後に発せられる少年の救援要請に、青年は間髪入れずに反応した。クールタイムが終了した“堕ちし王の意志”でもって瞬く間に距離を詰めて立ち塞がる触手を弾き飛ばし、傍から見ればいつのまにか助け出していたリヴェリアを抱えていない、右手でもって武器を振るう。

 彼は身体も使ってリヴェリアに攻撃が当たらぬように立ち回るが、流石に伝わる衝撃がゼロということはない。何度目かの振動によって目を覚ましたリヴェリアは、視界に映る見覚えのあるフードに隠された横顔に呟いた。

 

 

「タカ、ヒロ……?うぐっ」

 

 

 なお、こちらもアイズと同じく口にポーションを突っ込まれて強制的に黙らされている。無意識の者の口に液体を流し込むわけにもいかなかったのでこのタイミングでの投与となっているのは、彼が持つ救命救急の基本的な知識故。

 思わず「怪我人を扱う態度ではないな」といつもの皮肉を口にしたかった彼女だが、元気もなければ流石に現状においては皮肉を述べる資格もない。それよりも、ズキリと心の奥底で痛みが生れる。

 

 

 少し前までならば、このような状況でも“寝坊助”とでも皮肉を口にしそうな彼が、全くもってその欠片を見せていない。言葉は終始発せられることは無く、フードの下から見える口元は石のように閉ざされている。

 彼がそんな対応を見せる理由として、彼女が思いつく理由としては単純だ。いつかの食事のあとに自分が逃げだしてしまったことに彼が怒っており、自分など見向きもされなくなっているのではないかという内容である。

 

 どういうわけか遠征とは無関係の彼が59階層に居て現状では助けてもらえているが、彼はそのあたりを混同するような人物ではないだろう。何かしらの要請で59階層に来ており、己の仕事を全うしていると考えれば、ここに居る理由も妥当というものだ。

 彼女が抱く思考の真偽はさておき、まだ身体は動けるまでには回復していないのが実情だ。文字通り、成すがままを受け入れるほかに道は無い。起こってしまった危機と起こしてしまった失敗は双方ともに己の不始末に他ならず、彼に言えるとすれば感謝と謝罪の言葉だけだ。

 

 

 それでも一人のハイエルフは、今はただ一人のヒューマンの腕の中で。途絶えたと覚悟した生への道のりが発する温もりに、己の身体を委ねていたい。

 己の身を運ぶのが彼ならば、道を外れることも途中で脱落することもないと断言できる。潰えたと思えた生への道が開かれていることを実感し、死の瀬戸際だというのに弱々しい笑みが零れた。

 

 

 その安堵に応えるかのようにして青年はリヴェリアに傷1つ負わせることなく、無事にベルの横、集団が集まる本来の後衛の位置へと移動する。優しくリヴェリアを地面に降ろし座らせると、相も変わらず余裕の態度を見せる穢れた精霊に向き直った。

 




■アクティブスキル:堕ちし王の意志 (アイテムにより付与)
・王の決意で満たされて、目標地点に向かって突進し、敵を通り抜ける。
*盾と共に使用したときは、盾のダメージが加わる。
96 エナジー コスト
2.5 秒 スキル リチャージ
2 m 標的エリア
12 m 範囲
170% 武器ダメージ
+30% の報復ダメージを攻撃に追加
+322 イーサーダメージ
+33% クリティカルダメージ
+300% 移動速度
(普通に盾で攻撃する時の3倍の与ダメージです)


日刊一位を頂きました、ありがとうございます。
===
以下裏設定。
 実は、あそこ(69話)でベートがいなかったら関係が発展せず、あそこ(76話)でリヴェリアが逃げなかったら帰還を待つため追いかける理由が無いのでバッドエンドでした。
 原作クロスルート(イーサークリスタルまみれのオリヴァスがTruePowwwwer!!と叫ぶような奴)だとここでロキ・ファミリアが壊滅となり、そこから話が進んで最終決戦で、怪人になったロキ・ファミリア精鋭部隊と戦う、オラリオは救えるけれど二人の主人公(タカヒロとベル)が本当に守りたかった人を各々手にかけると言うクッソ胸糞ルートもあったりします。虚無感が凄くてお蔵入りしましたけど……。


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81話 間違った獲物

Act.8:Gods and Spirits(神々と精霊達)
Act.8-1:アイズ・ヴァレンシュタインを探しに24階層へ向かえ
Act.8-2:とある神の使者と会って会話せよ
Act.8-3:とある神と会話し、力を貸せ
Act.8-4:50階層を調査せよ
Act.8-5:59階層にてリヴェリア・リヨス・アールヴを守り切れ
Act.8-6:【New】精霊の分身を殺し、ロキ・ファミリアの安全を確保せよ


 アイズとリヴェリアの安全が確保できたと同時に、動く姿が1つある。まさかの一連の流れに固まる周囲を他所に非常に険しい表情をしている、見た目だけは少年の男性、フィン・ディムナ。

 正確無比、それこそ最も優秀なロキ・ファミリアの司令塔。彼なくして、この集団は59階層へと到達することはできていない。

 

 時間は無く迅速な行動が必要であることは、嫌という程に理解している。それでも口にするのは覚悟が居るのか、苦虫を踏み潰したような表情を捨てきれない。

 それでも、何かしらの覚悟を決めたのであろう。タカヒロに対して真っ直ぐ向き直って正面から見上げると、漬物石でも載せているかのような重い口を開いた。

 

 

「……ロキ・ファミリア団長として、ヘスティア・ファミリアの二人にお願いがある。ここに居る全員を地上に連れて帰りたい、だから……あの精霊を、足止めして欲しい」

「っ!?」

「なっ!?」

 

 

 思わぬ発言に驚くベルとリヴェリア。しかし、その感情も当然だ。

 

 

「フィン……!」

「悪いけどアイズ……僕が優先するべきはロキ・ファミリアの安全だ。使えるものなら人でも物でもなんでも使うよ。たとえ……死後も君たちに蔑まれ、罵られ、恨まれてもね」

 

 

 何を口にするのだと言わんばかりにフィンの肩を掴むアイズの目は見開いており、手にはかなりの力が込められている。そんな彼女に対し、フィンは真っ向から見返して覚悟を示した。

 動いたのは、リヴェリアを降ろして休ませた他ならぬ青年である。精霊に対して向き直った足を少しだけ進め、58階層へと身体を向けるフィンに対して逆となり、横に並んだ。

 

 それは、互いのファミリアが駆け出す方向。誰一人として口には出さないが、その程度は容易く読み取れる光景だ。

 視線の先にあるのは、こちらを見下ろす穢れた精霊。満身創痍の群れである獲物を相手に舌なめずりをしているのか、今のところ攻撃を仕掛けてくる素振りは無い。

 

 

「……そうか。流石にベル君の参加は認められんが、ヘスティア・ファミリアとして、その覚悟と決意に応えよう。ところでロキ・ファミリアの団長よ、1つ良いか」

「……なんだい、僕達の英雄。少年の安全についてなら、刺し違えてでも地上に返す。あと数秒でいいなら、どんな文句や罵倒も受け取るよ」

 

 

 互い違いに反対を向いて並んだ二人の男が、背中で語る。普段から見せる勇気の欠片もない、本当に申し訳のなさそうな弱々しい声と表情が、フィン・ディムナの口から静かに響いた。

 目を伏せ歯を食いしばるアイズだが、一本のポーションで回復した程度の己が何かをできる訳でもない。初めて見る団長の弱気な表情と、内容を承認してしまったタカヒロの手前もあり、口を挟むに挟めずにいる。

 

 “いくらアイズの攻撃を完璧に防ぎ、彼が通常のモンスターの攻撃にビクともしない程に強い”とはいえ、無謀だ。アイズ本人やリヴェリアはもちろん、フィン自身とてそう思う、穢れた精霊に対する足止め行為。相手が持つ火力の高さと耐久は折り紙付きだ、ロキ・ファミリアの面々も嫌という程に味わった内容である。

 アレは単独で戦って良い相手ではない。レベル5・6の冒険者を筆頭に数十名で挑み、数多のサポーターの支援を受け、死に物狂いで撃破するべき強敵の類。先ほど戦ったが故に間違いのない分析であり、今までの階層主など話にならない程に格が違う相手であることは明らかだ。

 

 

「では1つ意見を述べよう。時間を稼ぐのも手段の一つだが――――」

 

 

 しかし、その青年は怯まない。いつもの据わった声と表情で呟きながら、少年の真っ直ぐな目線とロキ・ファミリアの心苦しい視線を背中に受け、前に出る。

 

 自分自身の隣から歩みを始めた彼の腕を引く勇気は、リヴェリアにはなかった。権利も資格もなけれど、引き留めたい。副団長として、断固として団長の意見に反したい。

 それほどまでに、フィン・ディムナが出した指示は無謀である。のっぴきならない結末となれば、神ヘスティアに対して謝罪では済まない事態になり、自分自身も深い傷を一生かけて背負う事になるだろう。リヴェリアが、何よりも望んでいない結末だ。

 

 腕を引けなかったのは、青年が示す言葉と態度から抱く覚悟が分かった為。ならば尚更のこと見上げる絶望の視線は、フードに隠れた横顔を追ってしまう。

 

 

 その姿に、ダンジョンへ駆けだそうとする幼い頃のアイズが重なった。窮地に挑む理由こそ違えど、たった一人で、己の前から駆け出そうとする大切な背中を抱きしめてあげられなかった、かつての自分が蘇る。

 リヴェリアは、この状況が作り上げてしまう苦さを知っている。ボロボロになり、今にも命のいぶきが消えそうな程に摩耗した小さな身体を知っている。青年がそうなってしまうことが、嫌という程に脳裏に浮かぶ。

 

 見たくない。

 知りたくない。

 そうなって欲しくない。

 

 また、あの雨に打たれた時のように。目の前の大切な者に、大きな危険を背負わせてしまう。

 

 ワイバーンを相手に摩耗した幼き日のアイズの姿に、彼の未来が重なるのは必然だった。自然と顔は下がっており、口を強く噤んでいたと気づくものの、だからと言って当時の光景は消え失せない。

 彼の言葉でいくらかのわだかまりが溶けたとはいえ、アイズの成長を知ったとはいえ。起こってしまった過去は、取り消せない。

 

 

 それは、つい最近の出来事についても同じこと。自分は未だ、あの時に起こしてしまった逃走劇について謝ることができていない。

 ハイエルフでもナインヘルでもなく、リヴェリアとして負ってしまった罪を償いたい。その機会が永遠に失われれば、背負う傷はより一層深いものとなってしまう。

 

 今、ダンジョンの59階層に居るのはナインヘルと呼ばれる魔導士ではないと、他でもない己が気づいた。彼の前では冒険者ナインヘルとしての姿よりも、リヴェリアとしての心が芽生えてしまうのだと強く感じている。

 しかし他ならぬ己の失態により、相手はリヴェリアを見てはくれないだろう。もしここで彼女がナインヘルとして応じるならば恐らくは一言二言程度の言葉は交わせるはずだが、それも他ならぬ己が望んでいない。

 

 ふと、聞き慣れた鎧の鳴る音が耳を貫く。いつの間にか下がっていた視線を上へと向けると、少し先には、見慣れた背中と2枚の盾がそこにある。そして、生まれて初めて己が求めた男の背中を再び見上げた彼女の瞳には、どうにも彼の様子がおかしく映る。

 あの背中が見せる姿は、身を投げうって足止めのために前に出る戦士の様相ではない。己が焦がれ薄笑みを浮かべてしまう程に頼もしい背中は、リヴェリアが見上げる少し前で足を止め――――

 

 

 

 

「――――間違った獲物を選んだアレを(別に、アレを倒して)苦しませずに逝かせてやろう(しまっても構わんのだろ?)

 

 

 捻くれている、程度の言葉では済まない内容。間髪入れずにフィンが振り向き、ロキ・ファミリア全員の思考が止まり目が見開く程の、とんでもない台詞を言い放った。

 

 驚愕も一通り済んだ時、気配が変わる。彼の周囲を回転しながら旋回する無数のナイフ、“旋回刃”が姿を現し、薄っすらと浮かぶ盾と剣が彼の周囲を覆ったように見えたのは気のせいではないはずだ。

 纏う空気が一変する。リヴェリアやフィン達もよく知るアイズが使うエアリエルなどのエンチャントなど、生易しいものではない。何かしら強大な加護、それも複数の恩恵や加護が、今の彼に働いていることは明らかだ。

 

 

「皆さん、もっと下がりましょう。全力……なのかな、師匠」

「なにっ?おい、どういうことだ」

 

 

 動ける者は気絶者を背負って後退する面々の横。ポツリと呟かれたベルの言葉に弱々しくもつっかかるベートは、説明を求めている。奇しくもそれは、場に居るロキ・ファミリア全員の心境だった。ベルはアイズとリヴェリアに肩を貸し、できる限りの速度で撤退する。

 人間と精霊の双方が攻撃せずに対峙している時間でかなりの距離を後退したものの、先の魔法を知れば射程圏内である事は想像に容易いものがある。相手の触手が届かないであろう距離まで下がった程度で、全員の視線が再び彼に向けられた。

 

 

「おい“クラネル”、だからどう言うことなんだよ!」

「そのことですが……。ベートさんも51階層の湧き水に居る固有モンスター、知っていますよね」

「あ、ああ……地を這う龍、カドモスだろ」

「そもそもですが、僕はアレを相手に師匠が負けるとは思えません。僕は間違いなくこの目で見ました。今の師匠はカドモスの攻撃を平然と耐えて、なおかつ一撃で倒した時と、雰囲気が似ています」

 

 

 絶句。目を逸らさずに彼の背中を見据える少年以外は、文字通りに言葉が見つからない。実のところヘファイストス渾身の一作により輪をかけて酷くなっているのだが、ぶっ壊れが更に壊れたところで傍から見れば似たようなモノだろう。

 そして、いくらか規格外だとは感じ取っていたアイズとリヴェリアだが、その程度にも程がある。驚きと共にベルに向けられた目は、自然と前へと移ることとなった。

 

 そんな少年が口にした知識を得たならば、あの黒い背中が変わって見える。まるで巨大な脅威に対してたった一人で立ち向かう、それこそ、古い古い物語に出てくる英雄のような――――

 

 

『アナタ ハ、耐エラレル?火ヨ、来タレ――――猛ヨ猛ヨ猛ヨ炎ノ渦ヨ――――我ガ愛セシ“カレ”ノ命ノ代償――――』

 

 

 穢れた精霊は、まるで子供と遊ぶかの様相だ。手足のように動かす触手で防壁を作り、詠唱に入る。59階層を丸ごと更地にするような、非常に強力な炎属性攻撃魔法を発するための長文詠唱だ。

 強大な魔力は対峙する者から有無を言わさずに戦意を奪い、リヴェリアをも上回る高速詠唱は防衛する暇を与えない。タカヒロは相変わらずの仁王立ちで、相手の詠唱を聞いているだけで動かない。

 

 もう始まってしまった戦いであり、ロキファミリアの避難は間に合わない。しかしながら地面に点在する大穴を使えば、炎による大規模な魔法攻撃は辛うじて回避できるだろう。

 

 

「フィン!」

「全員伏せろ!穴に身を隠せ!!」

 

 

 最後まで背中を見届けようとするリヴェリアの頭を、アイズが抱えて地に伏せる。逆を見て、ベルがしっかりと伏せていることを確認した。先に受けた炎属性による魔法攻撃は、二度目を受ければ命は無い。

 無慈悲にも優劣をつけるならばアイズにとって、今この二人は、己が最も守りたい者なのだ。それを穿とうとする根源には悔しいながらも立ち向かえないために、前に立つ戦士に委ねている。

 

 

『代行者ノ名ニオイテ命ジル。与エラレシ我ガ名ハ火精霊(サラマンダー)・炎ノ化身――――ファイアーストーム』

 

 

 手のひらに載せた僅かな火の粉を、ふっと吐息で撫でるよう。その光景を切り取って傍から見れば、幻想的なワンシーンと言えるだろう。

 

 瞬間、炎の波が走り、猛り狂う。59階層というフィールドを破壊し尽し天井まで覆いつくす灼熱の火炎は、そこに地獄そのものを作り出す。

 魔法による攻撃時間としては10秒程度。少しでも減衰できなければ、たとえレベル6のタンク型ですら一撃で戦闘不能になる程の攻撃だ。ご丁寧に、触手による物理攻撃のオマケ付きである。

 

 

 攻撃が収まり、大小さまざまなクレーターに避難していた各々が結末を確認するために顔を出す。大魔法の放たれ残響轟く惨状は、実行者が味方ならば士気が上がる代物だが此度は逆。

 熱気と共に煙が充満し、何も見えない。大地を焦がす熱気に顔が歪み、あの青年は無事だろうかという心配の熱もまた、ロキ・ファミリア全員の身に沸き起こる。

 

 放たれた威力は、最初に自分達が受けた一撃と同様だ。あっという間にパーティーが戦闘不能の一歩手前にまで持って行かれた一撃の強さは、他ならぬロキ・ファミリアの第一級冒険者達が知っている。

 

 

 そんな一行の心配をよそに晴れていく煙のように、傷1つ無い大地(メンヒル)は揺ぎ無く健在。灰になり消えゆく精霊の分身に対し、右手を腰に当てて見送る余裕さを見せている。突っ立っているだけで自然由来(エレメンタル)魔法攻撃の88%を減衰した上で固定値をカットしてしまう強靭なビルドは、古い太陽の神(コルヴァーク)が放つ一撃すらも全ヘルスに対する1~2割程度のダメージで耐える程。

 故に、精霊の分身風情が放つ威力の攻撃は通らない。一方で触手によるご丁寧な物理攻撃への報復ダメージから始まったカウンターストライクや連撃によってロキに渡した酒の如く体力を減らされており、討伐は瞬時に完了というわけだ。

 

 まさに彼の言葉通り、獲物を間違った結果と言えるだろう。「こんなものか」とは“ぶっ壊れ”の心境であり、おかげさまでシリアス気味な状況はどこへやら。結果としてこうなった状況に、本人も溜息しか生まれない。

 ノーマル難易度のボス級が相手、かつ物理耐性を低下させる攻撃(アクティブスキル“ウォークライ”)を入れたとはいえ3秒程度で終了とは、拍子抜けにも程がある。せめて最高難易度のラスボスぐらいに持ち堪えたならば話は別だが、こうも呆気なく終わっては逆に全く格好がつかないのだ。

 

 

 とはいえここはダンジョンの深層59階層であり、いつまでも突っ立っている余裕は続かない。58階層へと戻る階段から、地響きと共に再び芋虫の群れが出現した。

 ロキ・ファミリアの面々はすぐさま後方へと振り返り、辛うじて戦闘行動ができるレベルにまで回復したアイズは仲間を守るために飛び出そうとして――――

 

 

「えっ……」

 

 

 彼女を運んだベル・クラネルの左手に、行く手を遮られた。

 なぜ?なんで、行かせてくれないの。そう言いたげな金色(こんじき)の瞳が、紅の瞳と交差する。少年は目を閉じると、静かに首を横に振って返事をした。

 

 

「師匠が居ます、大丈夫です。ここは大人しく休んでいましょう。それと……」

「……それと?」

 

 

 何故か、最後の方で視線が逸れて言いどもる。気持ち程度だが、少年の頬は高揚していた。

 もっとも、気持ちは口にしなければ伝わらない。理由がわからないアイズは、かわいらしく首をかしげてベルの瞳を捉えていた。

 

 

「ぼ、僕も、ヘスティア・ファミリアです。今なら頑張れば、アイズさんを守れますから」

「――――!……うん。お願い」

「っ――――!?」

 

 

 意を決して口にした少年の言葉に返されたのは、まっすぐ己を見つめる、ほんのり染まった頬が作る穏やかな微笑みであった。なお、耐性を持っていない少年に対しては何よりも大ダメージである点は仕方がない。

 

 

 恥ずかしさ反面、しかし嬉しさ反面。これまた何時の間にか最前線へと単身突撃していった道標が居る為に万が一にもあり得ないが、傷ついた少女を守るために、彼女の小さな英雄はポーションを配りながら、静かに武器を構えるのであった。

 

 




GDにおけるクロンリーLv100(ノーマルボス級)と仮定して計算したら3秒ぐらいで5656できました。だいたいヘファイストスのせい。
ルビのところの流れはシリアス成分を緩和するために採用…!

■刃の印章
・伝説のナイトブレイド“ベルゴシアン”が考案した印は、暗殺者の致死的攻撃を増幅し、標的の出血を激しいものにした。
・武器、盾、オフハンドに対するコンポーネント
+10 刺突ダメージ
+5% 攻撃ダメージをヘルスに変換
+30 出血ダメージ/3s
+50% 刺突ダメージ
+50% 出血ダメージ
付与:Whirling Blades(旋回刃)

■トグルバフ:Whirling Blades(旋回刃)
・意のままに旋回刃が周囲を回り、近づくすべての敵を寸断する。
5m 標的エリア
9155 刺突ダメージ
+145 出血ダメージ/s
+15% 刺突耐性
+8% 装甲強化


■乗っ取られ語録
・ギャングの頭の下から逃げ出し、もうこんなことはしないから(別の居場所に)行かせてくれと祈願するNPCに対して
 ⇒うん、苦しませずに逝かせてあげるよ(攻撃)
・“乗っ取られ”に策略を働いた敵に対して
 ⇒嘘つきの恥知らずが!死ね!今回は間違った獲物を選んだな!

■物理耐性と装甲値の違い
・物理耐性(確保しにくい):相手からの物理ダメージを割合削減。物理報復ダメージ、体内損傷ダメージ、及び報復ダメージによって上乗せされた物理攻撃力も減衰できる。
・装甲値 (確保しやすい):相手からの物理ダメージを減衰する際に計算される。物理報復ダメージ、体内損傷ダメージ、及び報復ダメージによって上乗せされた攻撃力は減衰できない。


■耐性減少について
 GrimDawnにおける耐性低下攻撃はカテゴリA、B、Cの3つに分類され、AとCは敵にかかっている最も高い数値が適応される。Bは全ての数値がスタックする。
 装備キチが使えるのは以下の5つで、今回使用されたのは上から1つ目と5つ目であり、穢れた精霊の物理耐性はマイナス33%程(=与ダメ+33%)となっている。

 カテゴリA:-36%:ブレイクモラル(Lv.18、ウォークライ付属のパッシブスキル)
 カテゴリA:-14%:シャタリングスマッシュ(Lv.4、確率発動のパッシブスキル)
 カテゴリB:- 8%:カースド チンキ(消耗品)
 カテゴリB:-34%:セレスチャルプレゼン(Lv.16 サモン ガーディアン・オブ エンピリオン付属のパッシブスキル)
 カテゴリC:-15%:クトーンのエッセンス(増強剤、15%の確率で全耐性-15%/5s)

 ただしAカテゴリのブレイクモラルの発動はウォークライに付属しており、ウォークライのクールタイム7.5秒に対して効果時間が5秒のために2.5秒間は耐性を低下させることができない。その間においてシャタリングスマッシュが発動すれば14%は低下できる。
 全てにおいてスキルそのものが発動しなければ効果は生まれないが、これらの耐性低下攻撃が命中した場合、敵・味方共に防ぐことができない。(そのために過剰耐性を確保する)

 例)所有耐性80%と、80(上限値)+50%(過剰耐性)の場合において、40%の耐性低下のデバフを受けたとすると、
 前者は80-40=40%まで低下するが、後者は80+(50-40)=80+10となり、80%の耐性(=その属性ダメージを8割カット)をキープできる。


 とはいえ、アルティメット環境におけるそこらへんのボス~ネメシス級でも物理耐性が5~30%しかないために、例えば敵が30%を所持している場合でも、最終的な物理耐性は

 ①カテゴリBを計算→ 30 -(8 + 34) = -12
 ②カテゴリCを計算→ -12 *(1 + 0.15) = -13.8(←①の結果が正の数ならばカッコ内部が - になる)
 ③カテゴリAを計算→ -13.8 - 36 = -49.8
 という計算で、減少後の敵の耐性は-49.8%になる。
 なお、敵に対するダメージも計算式は同じなため、前回の被ダメ計算式に当てはめると、最終的なダメージが跳ね上がる。

 盾: 30,000- 4,458 =25,542
 装甲:25,542- 5,166 =20,376
 までは同じとして、

 耐性:20,376×(1 + 0.498) ≒30,523
 ↑本例における敵が受けた場合
 ↓今現在の装備キチが受けた場合
 耐性:20,376×(1 - 0.714) ≒5,827


 アルティメット環境における最強クラスのスーパーボスは90%もの物理耐性を持っているのだが、その場合でも、相手の耐性は4.8%にまで低下する程のデバフ量。

 ちなみに、前回チラっと出てきたキャラガドラ君はプレイヤーの物理B耐性を下げる竜巻を“複数”召喚してくる。なのでスタックするわけであり、キャラクターの物理耐性が脆いとあっというまにお陀仏です。
 三神報復WLだとコレを棒立ちで耐えられませんが、純粋物理だと耐えられるんですよね。なので作者としては純粋物理が好みです。


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82話 ハック&スラッシュ

戦闘内容?盾で殴るだけです、それが報復WL。


「な、何が、起こったの……」

「精霊が、死んだ……?」

 

 

 あまりの一瞬の出来事の為に、ロキ・ファミリアの全員が驚きを隠せない。しかし戦いの場は58階層側へと移り、未だ終わっていないのが実情だ。

 

 強いられる戦いは未だ続き、最前線となった最後尾へと突撃して行ったソロプレイヤー。アクティブスキル“ブリッツ”による衝撃波でイモムシの先頭集団をゴルフボールのように吹き飛ばして時間を稼ぎ、その間にベルは持ってきたポーションを配っていくらかの回復の手伝いを行っている。数は足りていないが、ここに居る者の半分以上は歩けるぐらいまでには回復することができるだろう。

 回復を行う最中、更地となった階層に響き渡るのはイモムシ達の絶叫だ。穢れた精霊を秒殺したという実績を作り上げた青年は、強烈な酸を撒き散らしているはずのイモムシの攻撃を受けても微塵も怯む気配を見せていない。

 

 それほどまでにロキ・ファミリアにとってのセオリーを壊しているような人物とはいえ、流石に数の暴力を前にしては取りこぼしも起こるだろう。現に、数匹のモンスターは彼の横をすり抜けようと移動を開始している。

 いくら攻撃を受けても微動だにしないとはいえ、足止めできる物理的な限界は必ずある。いかに高ランク冒険者とはいえ、その理には抗えない。敵が突撃してくる光景を目にしたレフィーヤは、思わずリヴェリアに対して言葉を発する。

 

 

「リヴェリア様、この数ではタカヒロさんも敵を止めきれないのでは!」

「そうだな。フィン、回復した者は援護を」

「■■■■■――――!!」

 

 

 故に一帯の空気を重く震わせるのは、敵の決意を弱め集中力を乱す血の凍るような雄叫び“ウォークライ”。広大な空洞に響き渡り敵の士気を粉砕するソレは、59階層に存在する全ての生命に流れる血液を凍らせるかの如き強烈さ。敵・味方を問わずに存在する意識を全て引きつけ、他の者に攻撃意識を向けることを絶対に許さない。

 そして本人は敵の集団の目の前に居るはずが心中の正義をもって更に数歩奥へと突撃し、僅かな攻撃を受けることで報復攻撃を発動。周囲一帯に纏わりついていたモンスターを塵へと還し、確実に敵の数を減らしている。

 

 彼にとっては3回目の戦闘となる極彩色の芋虫との戦闘だが、今回のダメージソースはソレだけではない。身体の周囲を回転しながら飛び回る黄金のハンマーや、敵の足下から1秒おきに突き上げてくる拳(テスト中である星座の攻撃スキル)と共に、当たり前の行動と言えばそれまでだが、手に持つ2つの盾を使って自らが攻撃を仕掛けている。

 基本としてタンク型であるために一撃の攻撃力が高いとは言えないが、それでも平均値を軽く超えるほど。流れるようなモーションで敵を屠っており、効率を重視しているが故に超高速の連撃とまではいかないが、とても重量級の盾を振るっているとは思えない程の攻撃速度だ。

 

 とはいえ傍から見れば、ただ“全く普通の盾”で殴っているだけでもある。そもそもにおいて報復型ウォーロードが行える攻撃に派手さは皆無であり、メイスで殴るか盾を使って突進するかの二つに一つだ。

 故に単純な攻撃に見えるが、その実は通常攻撃の代替攻撃スキル“正義の熱情”によるもの。連続戦闘によって最大威力にまで強化された一撃は様々な効果が発揮されており、当該アクティブスキルに付属するパッシブスキルは最高値のレベル22にまで高められているために12%の報復ダメージが上乗せされており低火力とは侮れない。

 

 

 正義の熱情により戦士の本質そのものがエンピリオンの寵愛で清められ、揺るぎなき決意が全身に満ちる。怯むことなき特出した集中力は、身に受けたすべての打撃を幾重にもして返すのだ。

 振るわれる武器の見た目は盾だが攻撃速度も速く、本業である報復ダメージや小手先の技術となって表れている攻撃能力と相まって手数面でも文句なし。かつてのケアンにおける最高難易度のヒーロー級やボス級が相手ならば話は変わるが、目の前の敵からすれば必殺の一撃が連打されていると言って過言ではない連撃だ。

 

 その者を攻撃すれば、自身は与えた何万倍ものダメージを受けることになり。酸による遠距離だろうが攻撃モーションを発生させた瞬間に、一瞬の時間で相手から距離を詰めてくる。

 “ついで”で行っているような一撃ですら、即死級と言える程の攻撃力を秘めている。たとえ理性ある者が相手をしていたとしても、全くもって理解することはできないだろう。

 

 それぞれ1ポイントだけ割り振られている、複数の目標に対して同時に攻撃を行う確率発動パッシブスキル。“ゾルハンのテクニック”、“強打”、“シャタリング スマッシュ”の3つのスキル。

 これらは“正義の熱情”の使用時においても確率で発動するために、発動したならば、“正義の熱情”に付属するパッシブスキル“応報”が持ち得る“12%の報復ダメージ”が各々の一撃に上乗せされるのだ。この12%の報復ダメージだけでコモン級ならば一撃で消し飛ばせる程の威力を秘めているために、先の結果となっている。

 

 

 引けば突撃と共に致命打を叩き込む上に、かと言って攻撃しても僅かな傷すら負わず逆に己の身が消し飛ぶ未知の敵。圧倒的な理不尽さを前にどうすることも叶わず、群れを成したモンスターたちは彼を取り囲む以外に選択肢を失っていた。

 打って出る覚悟で居たロキ・ファミリアの面々も、ウォークライを初めて耳にし背中が震えあがり、そこから繰り出される暴虐ともいえる攻撃を目にしてタイミングを失ってしまっている。意図せずして味方の戦意までを奪ったのは不本意となったタカヒロだが、敵の注意をひきつけ“盾”としての役目を果たすならば必要経費と判断していた。

 

 

 やがて芋虫によるモンスター・パレードは終息し、会場に残り立つのは、今回の遠征における乱入者ただ一人。ロキ・ファミリアの面々は、誤差程度の体力の消耗で59階層から脱出する道を得ることとなる。

 これらの事象が深層である59階層で発生したなどと言っても、信じる者は誰も居ないだろう。深層に行ったせいで気でも狂ったのかと返されて会話のキャッチボールが終わる内容だが、あのロキ・ファミリアにおける主力全員が目撃者であることにも変わりはない。

 

 イモムシを追ってきたのか、続けざまに58階層に出現する多量のモンスターが現れる。しかしながら辿る結果は先程と全く同じであり、心中の正義を掲げる戦士には僅かな欠片も通じない。

 むしろ芋虫と違ってドロップアイテムがある分、逆に焚きつける燃料にしかなり得ないのだ。なんだか雰囲気が変わった青年を唖然とした表情で見つめる一行ながらも、繰り広げられる光景が変わらないのもまた事実だろう。

 

 

「……これは、予想以上の光景だね」

 

 

 目にしている光景により額に流れる汗が、時間を増すごとに大粒になっていることが自分でもよく分かる。今まで数多の戦場で指揮を執ってきた彼とはいえ、ここまでの例外を前にすると思考を放棄してしまうのだ。

 常識は通用せず、ただ其処に有るのは一人の戦士によるワンマンアーミー。見る限りだが破綻は欠片も無く常に安定した状態であり、このまま50階層まで戻る際の敵を全て任せても、全て処理してしまうだろうことは予想に容易い。

 

 

 もし、彼がロキ・ファミリアに居たならば。

 

 

 彼は別のファミリアであるために、あり得ないこと。勧誘するにしても現実的なことではないと理解しながらも、フィンはそのような思考を抱いてしまう。

 

 冒険者とは、ごく一部を除いて誰もが得意分野を極めている。例えばフィンならば槍で、アイズならば片手剣。他、リヴェリア達も同様だ。

 それぞれに得意・不得意な場面がある故に互いが助け合い、パーティーを組んで連携してダンジョンを進むのだ。タンク職が時間を稼いで魔法職が一斉攻撃を放つ例が、もっとも分かりやすいテンプレートの1つだろう。

 

 しかし目の前で敵に突撃している者は完全に特例であり、その者は単独で全てを完結させている。酸塗れで明らかに攻撃を受けているためにダメージがないはずがなく、何らかの方法で回復をして居ることは見て取れる。先ほどの雄叫びを使うことで、タンク職として機能することも可能なことは明らかだ。

 彼が居れば、戦略は、それこそ180度変わると言って過言ではないだろう。既存のタンク職の更に前に彼が居座るならば、より後ろの安全性は飛躍的に向上する。身内から話を聞き己の目にしていまだ信じられないが、それほどまでの戦闘能力を所持していることは一目瞭然。下手をしたら、このまま最下層まで往復できるのではないかと思ってしまう程の余裕さまでを見せている。

 

 

 そんな考察も、別方向からの地鳴りと奇声にかき消される。現れたのは、やはり酸をまき散らす芋虫の一行だった。

 己の母の敵を討つために、しかし敵は誰か分からない。モンスター特有の短絡思考を表すかのように、とりあえず、一番近くに居たタカヒロに対してターゲットを決定したのだ。

 

 

「……隠し子の在庫は豊富なワケか。ならば――――もう動ける頃だろう」

 

 

――――全力で、ぶっぱなせ。

 

 

 誰にも聞こえない呟きと共に発せられた、いつかの鍛錬におけるハンドサインが飛んできたために驚くベルと、それをロキ・ファミリアに伝えたが故に全力を出す前に全力で困惑するエルフの師弟。だが、そんな状況でもフィンだけは笑って天井を仰いでいた。

 つまりあの青年は、詠唱が完了するまで足止めをすると宣言しているに等しいのだ。あの群れを相手に行おうと口にできる者がロキ・ファミリアに居るかとなれば、それこそ答えは容易に想像できるだろう。

 

 まさに、己が追い求めた姿ではないか。勇者(ブレイバー)を名乗り焦がれる男は、物語に見た圧倒的な英雄を目にして己との実力差に笑うほかなく、それでいて闘争心に火がついてしまっている。

 勇者を名乗りながら、己は一体何をやっているのだと。目の前に居る真の英雄に追いつくだけでも果て無い道が待っているのだと感情が高ぶり、見開く瞳は、青年という背中が見せる光景を捉えて離さない。

 

 

 一方のリヴェリアはすぐさま表情を入れ替えて立ち上がり、魔法を放つための詠唱を開始する。魔法と言うのは高い威力と広範囲攻撃を両立できる代物だが、代償として長い詠唱時間を要するのだ。

 先程のまま立ち上がる姿を見せなければ、それこそかつて彼が己に発破を掛けるために口にした「腰抜け」と同じである。もしかしたら再びそのような言葉を掛けてもらえるかという宜しくない考えが浮かんだものの、すぐさま吐き捨てるように掻き消した。

 

 最前線にて君臨する彼に対し、己はどうだ。守ってもらえることは嬉しいものの、何もできないなどという選択肢は、他でもないリヴェリアが許さない。

 ましてや己は彼を求め、横に並びたいと願うのだ。ならば敵の全てを引きつける彼に応えるのは、全てを薙ぎ払う己の大魔法以外に在り得ない。

 

 詠唱の長さは攻撃規模に比例するが、今回は2分ほどの時間を要する攻撃である。その間、タカヒロはソロで芋虫の群れを相手にすることは必然であり、彼はウォークライを駆使して風の谷の王もドン引きする量の芋虫を屠り足止めすることとなる。

 あまりの数の多さに数匹が漏れるも、そこは青年が持ち得る立ち回りがカバーする。前線こそジリジリと後退しているが、遠距離攻撃であるメンヒルの盾も駆使して絶対に後衛への接近を許すことなく的確に処理を行うのだ。

 

 

 詠唱を続けるリヴェリアは、やはり不思議な感覚に陥っていた。己が今置かれている状況が、どれほど危険なものかは分かっている。

 かつて追いかけまわされたこともあるだけに、あの芋虫が持つ突破力や攻撃力も知っている。それを相手する前衛はたった一人しかいないために、突破されれば後がない状況だ。

 

 だというのに、不安は微塵も残らない。状況が状況であるために湧き起こるも、あの背中を瞳に捉え、戦う姿を目にするだけで消えてゆく。

 数秒後に放たれる攻撃魔法は24階層と同じく“レア・ラーヴィテイン”、強力かつ広大な範囲を攻撃する火属性の大魔法である。しかしながら、最後に技の名前を唱えるだけというタイミングにおいて、彼女は別の叫び声を上げることとなった。

 

 

「っ!?何をしている、早く逃げろ!!」

 

 

 遠慮なしの攻撃魔法をぶっぱなそうとしているリヴェリアだが、その意識の半分は遥か前方で孤立している彼に向けられている。これ程の攻撃魔法ならば気配だけで攻撃を察知することができるために、巻き込まれないよう退避するのがセオリーだ。かつて2度ほど巻き込むようにぶっ放している点は、今は忘れてあげるべきだろう。

 彼女が驚きを見せた理由として、此度の彼は退避する気配すらも見せていないことが要因だ。それどころか再びウォークライを発動させ敵の注意の全てをひきつけているのだから、彼女が抱く驚きも一入(ひとしお)である。

 

 敵の分散を防ぐソレは、まるで魔法攻撃が最も効果を発揮するかのような選択だ。とは言っても彼自身が巻き沿いを食うことには変わりなく、レフィーヤも、思わず「逃げて」の単語を叫んでしまう。

 もっとも魔法攻撃がナマケモノの移動速度で放たれるはずもなく、一帯の地面に魔法陣が描かれ、轟音と共に多数の火柱が沸き上がった。前方の辺り一面は轟音と地響きと共に煙が立ち込め、視界はゼロ。加えて芋虫が発する汚い花火の酸が前衛ギリギリまで飛んでくるなど、阿鼻叫喚の状況だ。

 

 

「り、リヴェリア様、タカヒロさんは……」

「……大丈夫だレフィーヤ。タカヒロなら、危険と判断すれば退避している」

「それはそれで、オラリオ最強の魔導士が放つ攻撃魔法が完全に効かないと言うことになるけどね」

 

 

 彼が居たはずの場所を睨むリヴェリアへツッコミを入れるフィンに対し、彼女もレフィーヤもムッとした顔を向けてしまう。そう言われればそうなってしまう事象だけに、なんとも複雑な心境だ。かつて2回ほど未遂に終わった案件と同じなのだが、青年が口にすればアタフタしながら言い訳を始めることだろう。

 そんな心境は、再び木霊するウォークライによってかき消される。「ああやっぱり無事なんですね」というレフィーヤの“安心”、“落胆”両方の意味が含まれるガックリとした言葉を右から左へ流しながら、何かあったのかと、全員が煙の向こうに対して身構えた。

 

 先ほどの魔法攻撃で片はついたはずだが、何かがおかしい。轟音が収まるにつれて、彼ではない何かの雄叫びが耳に着く。やがて気流が発生しているのか視界も晴れ、すばしっこく動き回る謎の陰が見えてきた。

 

 

「……フィン、何かいるぞ」

「……ああ、モンスターだろうか」

 

 

 全体は骨のような印象であり、顔部分はドラゴンのような骨の構造のもので長い牙も角も見受けられる。そこから延びる背骨のような構造の骨の先の一か所から、手足を構成する骨が伸びていた。全長は4メートル程で背丈こそ1.5メートル程ながらも、そこそこ大きい部類に入るはずだ。

 

 もしも土煙と言う存在に邪魔されていなければ、このような感想を浮かべただろう。現在は「何かが高速で動いている」という情報だけを得ることが出来ており、状況から、何かしらのモンスターであることは伺えた。

 それが、見える範囲で恐らくは5体。こんなところに居るだけに、弱いモンスターであることは無いだろう。

 

 

 実のところ、「何を更地にしとんじゃワレェ!」と言わんばかりの勢いで出現した、ダンジョンにおけるイレギュラー群。タカヒロにとっては完全な濡れ衣だ。しかしアレの意識がロキ・ファミリアに向いたならば、先ほど迄と同じく絶体絶命の状況と言って良いだろう。

 ギルドが情報を規制しているために、このモンスターを知る冒険者は、豊饒の女主人で働くエルフ一人だけという状況だ。故にフィンもリヴェリアも、新種の類と考えている。

 

 秘匿されている故に誰も名前を知らないものの、誰が詠んだか通称“ジャガーノート”。オラリオの迷宮の構成が破壊された際に発生する最悪と言われる特殊なモンスターであり、微弱な耐久性と乏しい魔力と引き換えに、攻撃力と敏捷性が異常なほどに高いことが特徴だ。

 鋭利な爪から繰り出される攻撃は如何なる物をも切り裂く“刺突攻撃”であり、全ての魔法攻撃を相手に跳ね返す特殊な装甲を身に纏っている。高すぎる素早さ故に弓などでは捉えられないために、対峙したならば近接戦闘で挑むほかに道がない。

 

 

 逆に言えばジャガーノート側も近接攻撃以外に手がないために、呑気な考えを抱く彼を攻撃した途端に爆ぜている。近接攻撃故に報復ダメージが発生しているために当然と言えば当然なのだが、傍から見ればシュールな光景以外に映らない。

 芋虫のように土煙を上げて勢いに任せる攻撃ではないために、状況がクッキリと見えるのだ。足元を駆け回る愛犬を見るかのように顔を移動させるタカヒロに“犬”の群れは噛み付くも、飛び上がったり爆発四散し絶命する結果だけを見せている。

 

 全ての防具を切り裂き爪を立てる――――と言われており実際の所も上位冒険者が所有する鎧が貫通されパーティーが壊滅したという事例があるのだが、刺突ダメージの90%もの値を減衰したうえでスキルによって更にカットしてしまう大地には届かない。

 火炎報復ダメージは魔法扱いのために反射されるが、元々の火力はそこまで高くない上に72%をカットする“反射ダメージ削減”の耐性、そこから“火炎耐性”と“メンヒルの防壁”によって大半をカットするため結局カスダメ。彼の鎧は健在で相変わらず傷1つなく、銀色の金属部分が僅かな光を反射して美しさすらをも醸し出している。

 

 当の本人はジャガーノートに対して「とりあえずヘイト取ったけど、よく見るとキモカワイイ」という心境で突っ立っているだけであり、交戦そのものはすぐに終了。数秒程は死体を足でつっついて眺めていたが、ドロップアイテムも無さげであり何故だか魔石も無いために興味を失い、再び歩みを進めている。死体はそのうち、灰へと還ることだろう。

 

 

 そんなこんなで、今度こそ59階層に平穏が訪れる。目深なフードを被った戦士は何事もなかったかのように、揺るがぬ歩みを見せて集団の元へと戻るのであった。

 




原作同様の規模の被害ならジャガ丸が出てくるんじゃないかなと思って出現させました。複数出てくるかどうかは分かりません。
どちらにせよ()

■通常攻撃の代替攻撃スキル
 ⇒冒険者で言う所の普通の一撃一撃が、真面目に戦っている時は“正義の熱情”というスキルになっていると思って頂ければ大丈夫です。

■アクティブスキル:ブリッツ(レベル5)
42 エナジーコスト
3.8秒 スキルリチャージ
180度 の攻撃角度
3 最大標的数
+177% 武器ダメージ
+174 物理ダメージ
標的のノックダウンを 1.5-3秒
+300% 移動速度

■アクティブスキル:ウォークライ(レベル7)
・血も凍るような雄叫びで、敵の決意を弱め集中を乱す。
32 エナジーコスト
7.5秒 スキルリチャージ
11m 半径
33% 敵のヘルス減少
標的の挑発 (100%)
14% 標的のダメージ減少を 5秒
 +■付属パッシブ:ブレイクモラル(レベル18)
  ・ウォークライが敵の士気を粉砕し、無力ならしめる。
+56 エナジーコスト
標的のスキル妨害を 7.2秒
36 標的の物理耐性減少を 5秒(カテゴリA)


■アクティブスキル:正義の熱情(レベル4)
・オースキーパーは、口元の祈りと心中の正義をもって戦闘の中に突進する。
2 エナジーコスト
2秒 チャージレベル時間
6 チャージレベル
112%武器ダメージ
13 物理ダメージ
39 燃焼ダメージ/3s
+23%物理ダメージ
+23%燃焼ダメージ
 +■付属パッシブ:神聖化(レベル12)
  ・術者の本質そのものが天の寵愛で清められ、揺るぎなき決意が全身に満ちる。
+2 エナジーコスト
+94 防御能力
+12% 攻撃速度
+25% エレメンタル耐性
+15% 装甲強化
 +■付属パッシブ:応報(レベル22)
  ・ひるむことなき集中力で、身に受けたすべての打撃を幾重にもして返す。
+3 エナジーコスト
+12% 報復ダメージを攻撃に追加
1420 体内損傷ダメージ/5s
+100%火炎ダメージ
+100%体内損傷ダメージ


■パッシブスキル:強打(レベル4)
・オースキーパーの正義の怒りに煽られた的確な打撃は、敵をよろめかせ破壊する。訓練を十分に積めば、この技は盾にまで広げることができる。
*すべての通常の武器攻撃で発動し得る。
*近接武器と盾を併せて使用すると、盾でも打撃する
18% 技が使われる率
100% 貫通確率
70 度の攻撃角度
3 最大標的数
標的の気絶を 0.7 秒
119% 武器ダメージ
40 物理ダメージ
34 火炎ダメージ
+14% アンデッドへのダメージが増加
+14% クトーニックへのダメージが増加

■パッシブスキル:シャタリング スマッシュ(レベル4)
・盾を持ったオースキーパーのかくも優れた能力で、打撃の勢いが大地を通って共鳴し、最初の標的を突き抜けさらなる衝撃波を送り出す。
*これは通常の武器攻撃から発動する盾の戦闘技術である。
*近接武器と盾を要する。
18% 技が使われる率
8m 範囲
83% 武器ダメージ
30 物理ダメージ
235 体内損傷ダメージ/5s
14 標的の物理耐性を減少/5s(カテゴリA)


強打とシャタリングスマッシュは最新バージョンで上方修正されていますので値が異なります。


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83話 上辺と素直さ

「師匠、応急処置程度ですがポーションの配布が終わりました」

 

 

 討伐が終わり、対精霊の戦闘においては何が起こったのか分からず、ハック&スラッシュの光景も「意味が分からない」と考えているうちに終了した師の戦闘。それでもベル・クラネルは必死にポーションを配りつつ警戒を見せており、己の仕事をこなしていた。

 それもまた無事に終わり、あとはロキ・ファミリアが帰還するだけである。もっともそこかしこに負傷者が居るために、いくら護衛付きとはいえ、ここから50階層まで戻ることは非常に危険が伴うことになるだろう。

 

 

「わかった。50階層へのリフトを開く、怪我人を連れて先に戻ってくれ。自分は、60階層に追っ手が居ないかを確認してくる」

「わかりました!」

 

 

 集団の元へと戻ってきたタカヒロに、ベルは状況を報告する。穢れた精霊の攻撃を受けた上に芋虫やジャガーノートの群れを相手、更にはリヴェリアの大魔法の直撃を受けているはずの青年は、相変わらず外傷の1つも見られない。

 彼が盾越しに左手をかざすと、高さ4メートル程の楕円形状で明るい紫色のポータルが突如として出現。ベルからすれば何度か目にしたことのあるものだが、ロキ・ファミリアの者からすれば、文字通りの異界の代物だ。

 

 

「リフト……?」

 

 

 名前と効果程度の説明に対して思わず呟くフィンだが、ようはワープポータルのようなモノである、瞬間的な移動装置。タカヒロが認めた者だけが使用できるという制限があり、彼とベルが50階層へと来た際にも使用したものだ。

 移動装置と言っても、某ドアのように、どこかしこへとワープできるような便利な代物ではない。行先は彼の脳内マップにある指定ポイント、もしくはそこへと向かうために開いたリフトの地点だけが移動可能ポイントとなる。

 

 とはいっても、なんのことだか分からないロキ・ファミリア御一行。そこでベルが簡単に説明を行ってアイズを連れて先陣を切ってリフトへと入り、気配ごと消え去る光景を披露する。

 怪我人を抱えた者も不安ながら次々とリフトへと入っていき、徐々に人気が消えてゆく。口が達者なベートもおっかなびっくりの様子を見せており、ティオナのタックルを背中に受けてリフトへと放り込まれていた。

 

 

 

 最後に、リフトのオーナーと怪我人リヴェリアが場に残った。リフトの前に立った彼女だが、60階層へと続く入り口へ振り返り、悲しげな顔を向けている。

 焼け焦げた平野を踏み進む青年の背中は地の熱が発する陽炎によりおぼろげで、既に握れる程の大きさまで遠ざかっており、手を伸ばそうにも遥か先には届かない。まるで二人の距離感を表しているかのようで、心がズキリと痛む感覚に襲われた。

 

 

 ぽっかりと開きかけている心の穴に、冷たい隙間風が流れ込むのは気のせいではないだろう。

 嫌だと思う。そうあって欲しくない。そんな結末は望んでいない。

 

 では、先ほどから何を望んでいないのか。それは他ならぬ、彼が60階層という危険地帯へと赴いてしまう事。

 ……否。それもまた、いくつかある上辺の1つ。間違いでは無いものの、心の底にあるものではない。

 

 自然と、少し前に伸ばし損ねた己の手を見つめていた。彼が立ち向かう時に湧き出た心が、あの時に抱いた感情は、何だったのだろうかと思い返す。

 行ってほしくない。ソレは言い方を変えただけだ。己を守って欲しい、これも似たようなモノだろう。

 

 

 瞬間的なトラウマのように彼女を蝕む、様々な恐怖。攻略部隊の全滅を目前にし、己もまた死を覚悟した。無慈悲にも優越をつけるならば最も守りたかったアイズが、ここで死んでしまう事を覚悟した。

 そして何より。一人のヒューマンが、己の最も近い場所から遠ざかってしまうことが怖かった。

 

 

 「――――共に、居てくれ」

 

 

 その男の手によって、蝕む恐怖から己を守って欲しい。だからこそ生まれ出た、嘘偽りのない心からの本音である。

 

 かつての己が思い起こされる。守りたい黄金の少女を相手に全ての音が遠ざかった際に、雨に打たれてどうしたのか。喧嘩ばかりしていたドワーフに胸倉を掴まれ、強い声で何と言われたか。

 あの時とは状況も心境も違うとはいえ、本当に望むならば。心の底から大切だと思うならば、考えすぎて口が回らぬと言うならば。

 

――――抱きしめてでも、引き寄せてやれ!!

 

 答えは分かった、やりたいことも分かった。今行わなければ、まだ口に出来ていない謝罪と同じく、更なる後悔を重ねることとなる。

 古き仲間に、勇気は貰った。あとは己の覚悟を示すだけ。彼女は振り向くと、60階層へ繋がる階段へと駆け出し――――

 

 

「っ!」

 

 

 弱った体力によって足がもつれて上手く動かず、荒れ地となった大地の段差につまづいた。気持ちとは裏腹に、乗り越えた死線によって得たダメージは本人が意識する以上に、その華奢な身体を蝕んでいたらしい。

 瞬きよりも早く近づく地面を前に、己は何をやっているんだと不甲斐なさを抱いて眉が下がる。少しでも身体へのダメージを和らげるために、反射的に右腕を地面に伸ばし――――

 

 

 視界にあった地面が、勢いよく横方向に流れていく。続いて下を向いていたはずの視線は階層の天井へと移っており、何が起こったかを把握する前に、己が望んだ者の顔が間近に飛び込むこととなる。

 伸ばした右手首を力強く掴まれて反対側に引っ張られ、ぐるんと上下の向きが逆になって、左手で腰を抱きかかえられ。ダンスにおいて男が女を支えるかのような、密着した態勢が作られていた。

 

 

 

 こちらに駆け出す気配を感じて顔を向ければ、足がもつれて転倒する寸前だった。それが、青年がスキルを使って地を駆けた純粋な理由である。

 たとえ嫌われていたとしても、彼女を大切に思う気持ちは変わらない。此度に掲げていた心中の正義は未だ健在であり、故に、選択すべき行動は1つ以外に在り得なかった。

 

 

 一方で。そんな助けた相手の行動は、タカヒロにとって予想外のものだったと言えるだろう。

 

 

「……リヴェリア?」

 

 

 疑問符が浮かぶのは当然である。四肢に力を入れて立ち上がったかと思えば、青年の左肩にあるショルダーにしがみ付いて嗚咽を見せている。自分を嫌っているはずの者が、力なく体重を預けているのだから無理もない。

 両手でショルダーを掴む姿は弱々しいと表現して足りない程であり、今にも泣き出してしまいそうな子供の様相が垣間見える。表情こそ見えないものの、光景を目にすれば容易に分かる程の様相を隠そうともしていない。

 

 

「……馬鹿者。私の教導で、何を学んだ。お前にも、伝わっていた、はずだろう……私は、あれほど、危険を冒すなと……」

 

 

 そんな彼女は、震える唇に活を入れ。先ほどは抱く心を行動で示せたものの、いざ本番となれば、どうにかして口にできた言葉が、これだった。

 本当に言いたいことは別にある。真に伝えなければならない事があるというのに、この手の上辺しか口にできない自分が嫌になる。せっかく身体を張って助けてくれたと言うのに、こんな言葉しか示せないならば――――

 

 

「……戦う理由を忘れるな。」

 

 

 返された据わった声にハッとして、隠された翡翠の瞳を持つ目が大きく開く。その一言が、彼女の震えを撃ち抜いた。

 

 青年とて、教育対象者を心配する彼女の想いは知っていた。絶対に失いたくがない故に、誰に対しても厳しい姿勢で接していることも分かっていた。

 

 そのなかに。いつのまにか、自分自身も含まれていたことも感じていた。故に此度の参戦も、後々は叱りを貰うものだと覚悟してのモノである。

 

 それでも、彼女に学んだ内容において最も大切なこと。戦う理由を忘れず、たとえ古いモノでも手にすることが大切だという内容は、この世界に来て腐りかけていた自分を呼び起こしてくれた言葉だ。

 故に何を学んだかと聞かれれば、返答は至極容易い。タカヒロが口に出すことは只1つ。リヴェリア・リヨス・アールヴに学んだ最も大切なことを、据わった声で口にしている。

 

 

「答えを貰った時の情景は、今でも鮮明に思い出せる。此度においては君を守ることが戦う理由だ。ならば向かうのが自分一人だろうが、相手が権能を示す神だろうが、そこが冥府の果てだろうとも立ち向かうさ」

 

 

 かつて己の生き甲斐であった、装備の為にそうしたように。同じように命を張れる存在の為ならば、その男にとっては、幾度の地獄を駆け抜けセレスチャルを相手にすることなど造作もない。

 いかに相手が強大であろうとも、それを乗り越える為に装備と技術を鍛えてきた。戦う理由の為ならば決意を示すことに戸惑いはなく、いかなる困難が相手だろうとも全てを突破し、その男はリヴェリア・リヨス・アールヴの元へと辿り着くことだろう。

 

 

 ショルダーを掴む彼女の痛んだ胸の感覚は一転し、キュッと締め付けられるような感覚が現れる。喉元を切なくつきあげるような感情は、口元を噤まなければ、強い声と涙となって溢れ出てしまいそうだった。

 

 己が教導で掲げていた大切なことの1つが、あっけらかんと目の前で破棄される。だというのに込み上げるのは怒りではなく、傷も治ってしまうかのような嬉しさであるために、彼女も心の整理が追いつかない。

 この青年は危険を承知した上で、場所がどこで相手が何者だろうとも自分のために駆け付けてくれると口にしているのだから、焦がれるなと言う方に無理がある。謝らなければならないと思う反面、心の奥底では彼女が欲している言葉の類を向けられ、心はひどくくすぐられる。

 

 

 これ程の覚悟を抱き、上辺だけでなく示してくれる相手に己はどうだ。夕日よりも赤くなってしまうような言葉を貰って勝手に暴走してしまい、あまつさえ恥ずかしさが勝って逃げ去り、相手に嫌な気持ちを与えてしまっていることは、己が最も知っている。

 呆れられると思いながらも当時の事実を弱い声で伝えると、青年の口が僅かに開いた。しかし直後、穏やかな口元へと変わると、本心としては最も彼女が望んでいた回答を口にする。

 

 

「気にすることは無いさ、何も思っていないよ」

 

 

 その手の駆け引きに疎い彼女ですら、相手を想って口にしているのだと言うことは容易に分かってしまうシチュエーション。相手を傷付けまいと口に出されたのだと捉えると切り傷に風が当たるような悲しみが生まれ、ショルダーに隠されたリヴェリアの瞳が細くなる。

 

 此度において、1から10まで悪いのは自分だと分かっている。他の者に聞いても、同じ答えが返るだろう。

 だというのに向けられる言葉の数々は、そんな自分に目を背けて甘えたくなるほどに優しい言葉。そこに飛び込んでしまって良いのかと考え揺れる程に切なさが生まれ、言葉も四肢も止まってしまう。

 

 言いたいことは、たくさんある。

 伝えたいことも、たくさんある。

 

 けれども、優しい言葉を受けてハッキリした。己が抱く好意を示す以上に、謝りたいことがたくさんある。

 

 あの時、恥ずかしさに負けて逃げだしてしまったこと。

 関係のない、59階層にまで足を運ばせてしまったこと。

 「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」とでも言わんばかりに突撃を行い、己の身と大切な少女を助けてくれたこと。

 ロキ・ファミリアの第一部隊が総攻撃を行ってようやく倒せる程の強敵を、その身1つに押し付けてしまったこと。

 

 

 ならば、己が口にしなければならない最初の言葉は――――

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

 

 すまない。ではなく、ごめんなさい。

 食後の一件から続く数々の迷惑を許してもらうために、彼女は心からの気持ちを表し、己の罪を謝罪した。

 

 

「落ち着こう、大丈夫だ。死が直ぐ目の前にあったんだ、怖かったことだろう」

「怖かった……お前に謝ることができないまま、逝くことが怖かった!お前が死んでしまうかと考えるだけで、この身がはち切れそうだった!守りたかった家族を、愛すると誓った者を守れず、皆が死んでしまうことが怖かった……!」

 

 

 嗚咽と共に言葉を口にする彼女は、青年の前だからこそ、他の誰にも見せることの無かった本当の弱さを曝け出す。王族の肩書も、オラリオ最強の魔導士である栄誉も、ロキ・ファミリアの幹部であるという名誉も、全てにおいて欠片もない。

 支えられるは冷たい金属の鎧であるにも関わらず、己の心に暖かさが芽生え、つられるように相手に預ける力が強くなる。己の体重程度では微塵も揺るがぬその存在は、それをしっかりと受け止めてくれるのだ。

 

 “人肌が恋しい”とは、いつかアイナがコッソリと持ってきた本に書かれていた不思議な言い回し。今まで誰にも頼ることのなかったエルフの始祖“アールヴ”の名を掲げる彼女は、ここにきて、一族が誰一人として知らない言葉の意味を自然と理解することとなった。今日、今この時程、他人の温かさを求めたことは無いと言っても良いだろう。

 そしてその他人とは、誰とていいわけではない。たとえアイナ・チュールという大きな存在とて、此度において選ばれることは無いと言える。

 

 小さく揺れる細い肩と甲高い嗚咽は、少し触れれば崩れ去ってしまいそうなほどに弱々しい。繊細なガラス細工のように美しい身体は、青年が支えているからこそ持ち堪えている。その後頭部を優しく撫でる左腕があるからこそ、彼女は死の恐怖によって崩れることなく立ち直ることができるのだ。

 強くなった嗚咽と共に発せられた心の叫びが、いかなる戦場だろうと据わり揺るがぬはずの、青年の心を刺激する。ファミリアの全滅と言う言葉よりも先に出てきた自分への謝罪と心配の内容は、表情こそ不変なれど、彼女を守りたかった心を再び滾らせるというものだ。

 

 

「ならば、君が守りたかったものを守れて光栄だ。戦う理由を掲げ、この地に来た甲斐がある」

「だとしても……こんな所にまで赴く危険を、背負わせてしまった。あの時私は、果敢に立ち向かうお前の腕を、引いてやれなかった……」

「一連の行動は、自分自らが率先して行ったことだ。君が気負うべきことは、何もない」

 

 

 過酷な夜明けを駆け抜け得た力を振るうに値する、心の底から守るべきと思える相手。そんな彼女が持つ弱い姿を目にした青年の心にもまた炎の塊が現れており、己の中に掲げる戦う理由が、より一層のこと強くなったのを感じている。

 それほどの者が傷だらけとなり、こうして腕の中に居るのだから。気にもならない逃走の理由を筆頭とした謝罪の言葉にどう返すべきか考えて、出てきた言葉は本当にシンプルなものだった。

 

 

「――――無事で何よりだ、リヴェリア」

 

 

 彼らしい、据わった声と表情はそのままなれど。時折見せている捻くれた言葉は、この場において一切無く。

 リヴェリアの長い耳が受け止める言葉の全ては、己を包み込むように柔らかく。彼女を包むようにして後頭部を静かに撫でる左手のガントレットの感触は、最後まで優しかった。

 




2020/3/13日に第一話を投稿し、早いものでこの度6カ月目を迎えることが出来ました。
一番最初に書いたこの話を節目に合わせることが出来て悔いはありません(時間も21:03にしてみました)


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84話 誰かのために強くなれ

盆明けと共に残業ラッシュやめて…


 落ち着いたリヴェリアが名残惜しそうにリフトに入るのを見送った青年は、一度リフトを閉じると己の仕事を遂行する。途中で見つけた武器を拾いながら、60階層への入口へと歩みを進めていた。

 60階層への入り口へとたどり着き、前回更に下へと降りて行った時と同じく、足元から伝わる冷ややかな空気を感じている。吹き荒れるブリザードの中で時間にして10分ほど、大まかにマップを開拓して追撃者が居ないことを確認すると、リフトを開いて50階層へと戻ることとした。

 

 なお、本人曰く「何もしていない」と語るその状況。しかしながら遺灰の山がそこかしこで築かれているのは日常茶飯事なので、気にしてはならない光景だろう。

 

 

 50階層に存在するリフトポイントはロキ・ファミリアのベースキャンプから離れたところに出るため、先に戻った全員も含めて200メートルほどの距離を歩くことになる。リフトを閉じ盾を仕舞った彼がベースキャンプへと辿り着いたタイミングでは騒動も落ち着いており、ロキ・ファミリアの面々は作業をしながら青年へと視線を向けている状況だ。

 その先で、大きめの岩に腰かける弟子の姿を捉える。目線の先はアイズ・ヴァレンシュタインが居るらしきテントに向いており、無事とは分かっていても、不安げな表情を隠しきれていない。

 

 よほど集中していたのか、タカヒロが横に来るまで接近に気づいていなかった様子だ。口には出さないが、「不安か?」と口元の仕草で問いているタカヒロに対し、ベルは「バレました?」と言わんばかりに苦笑で返した。

 その後、タカヒロから右手の甲が出され、次いで少年の左手の甲。二つの篭手が合わされ、カツンと軽く音を出す。片やフードで口元しか見えないが互いの表情は一戦を終えた戦士の力強さを見せており、同時に達成感が現れている。

 

 

「突撃の際もそうでしたが、本当に、ロキ・ファミリアの団員が見せる連携は凄いですね……。こうして見ていても、各々の役割をしっかりとこなしています」

「そうだな……。たとえそれが命を懸けた実戦でなかったとしても、仲間のために、自分の戦う理由を持っている」

 

 

 ソロで生きてきた男の目からしても、容易に分かることだった。真剣さは気迫となって拠点一帯に現れており、誰一人として死なせないとせん覚悟が溢れている。

 タカヒロが「命を懸けた実戦ではないが」と表現したように、これはモンスターとやり合う死闘ではなくロキ・ファミリアを支える者達の戦いだ。眉間に力を入れて目にするに値する光景を、師弟揃って観察している。

 

 

「師匠……」

「……どうした」

 

 

 突然と呟くように、正面を見据えたままベルが口を開く。様相こそ幼げが残るながらも据わった雄の表情に、タカヒロが横眼を向けた。

 

 

「この戦いで、確信しました。僕は、アイズ・ヴァレンシュタインのための英雄になりたい。だから、強くなりたいです」

 

 

 最初は、己が避ける一方だったミノタウロスを瞬殺した姿に焦がれただけだったのかもしれない。しかしひょんなことから距離が詰まって共に過ごすうちに、明確な好意が芽生えているのは明らかだ。

 

 幼少の頃から穴が開く程に読み返し何度も夢見た存在、数多の物語に登場する大英雄“傭兵王ヴァルトシュテイン”とは違うけれど。彼女のための英雄になれれば素敵だなと、少年は想いと共に決意を表す。

 それは青年が口にするところの、心中の正義に掲げる“戦う理由”に他ならない。ただ強くなりたいという漠然とした気持ちとは一線を画す明確な目標は、少年を更なる高みへと押し上げることになるだろう。

 

 とここで、アイズ・ヴァレンシュタインとヴァルトシュテインの名前が似ていることに気が付いたベル・クラネル。しかし偶然だろうと、特に疑問に思う事はしなかった。

 

 

「……そうか。それはベル君が抱く、大切な戦う理由だ。また一つ成長したな」

「……ありがとうございます。ですが、すみません、突然こんなこと」

「気にするな。だがその想いが本物だと言うならば、何があろうとも貫き通せよ」

「はい、師匠」

 

 

 そう言葉を残し、タカヒロは右手をベルの頭に置いている。どこか少し荒く、しかし成長を褒めるようにかき回される髪の感触は、ベルにとって心地よいものだった。

 

 

「……自分も、かの猛者のような戦いができればな」

「猛者……レベル8の、オッタルさんですか?」

「ああ、そうだ」

 

 

 ワケ有り気な一文だったが、それ以降は続かない。弟子に習ってタカヒロも岩に登って座っていると、体中に包帯を巻いたフィンが背筋を伸ばしてやってくる。雑談ではないなと感じた青年はベルを促して岩から降り、師弟は彼に向き合った。

 男三人が示す立ち振る舞いに、普段の気軽さはどこにもない。それぞれの戦う理由を持った戦士が場に並び、最初にフィンが口を開いた。

 

 

「……この度は」

「団長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 ビクッとしてそちらを見るベルと首だけ向けるタカヒロの先には、こちらもそこかしこに包帯を巻いた暴走特急アマゾネス。名称を付けるならば、“姉御”ならぬ“姉号”あたりが妥当だろう。

 聞こえていなかったのか団長の一言目を遮りドドドドドと土煙を上げてやってくるその身体を止めようと妹のティオナは必死にしがみついているが、ブレーキ力が足りていない。そこでフィンは、ブレーキ代わりの魔法の言葉を口にする。

 

 

「ティオネが無事だったのは嬉しいけど、今ちょっと立て込んでてね。ティオネも疲れたろう、死んじゃったら困るから向こうでゆっくり休んでいるんだ」

「っ――――!団長からOKの返事が聞けるまで、私は死ねませんから――――!!」

 

 

 白髪の師弟コンビは、ドップラー効果付きの後ろ姿に顔を向けている。持ち込んだポーションが効いたのか元々の回復効果が高いのか、そこらへんの雑魚との戦闘では問題がないレベルにまで回復しているのには何よりだ。

 もっとも、その感想は第三者だからこそ生まれる代物。走り去る姿が小さくなって消えていくと、フィンは大きなため息をこぼすのであった。

 

 

「……すまないね。彼女、ティオネはいつもこうなんだ」

「ははは……」

「……重い愛、というやつか。溜息が出る程の気持ちは汲める、同情はしておこう」

「……重ね重ね、申し訳ない」

 

 

 じゃ、仕切り直して。と口にし、フィンは再び二人に向き直った。ベルとタカヒロも、再び背筋を伸ばしている。

 

 

「この度は、ヘスティア・ファミリアの助力に感謝する。本当に……本当に、助かった」

「自分達は同盟関係である上に、困った時には助け合うと言うのが冒険者のセオリーだろう。気にすることは無いと言いたいが……その小さな身体に秘める、誰よりも気高き勇気が許さないと言うなら貸しにしておく」

「っ――――」

 

 

 相手の青年が口にするだろうことはある程度は読めていたつもりだったが、まったくもって過信だったと己を恥じた。

 

 付け足された予想外の言葉。あれ程の戦いを見せる者に己が誇る譲れない1つを認められ、フィン・ディムナの中にある炎が焚きつけられる。全力で戦った直後の満身創痍だというのに、なぜ彼の言葉は、これほどまでに強い戦意を湧き立たせるのだろうか。

 目の前の戦士はまるで優れた自制心と戦場戦術の知識を持ち合わせ、激戦にうってつけのリーダーであるかのような雰囲気を見せている。仲間の能力を、まさしく最大に発揮させるよう奮い立たせるような発言だ。彼の傍に立つならば安息を得るとともに、あの時のベル・クラネルのように、勇気ある行動を起こすよう掻き立てられることは間違いない。

 

 そんなやり取りを見て憧れるのは、少年もまた同様。彼からすれば互いに雲の上である二人が交わす戦士の誇りに満ちたやり取りは、耳にするだけで興奮を覚えると言うものだ。

 いつか自分もああ成らんと幾たびの覚悟を抱き、何度目にしようとも憧れるものがある。やはり己の師は自分が目指す道標なのだと、会話の場面とて魅せてしまう戦士二人の姿を目に焼き付けていた。

 

 

「で、どうする。撤退の用意が終われば、地上へと戻るリフトも開けるが」

「……いや、このまま自力で地上へ戻るよ。僕達は、まだまだと言うことがよくわかった。楽ばかりはしていられない」

「そうか。では、自分とベル君はこれで……ああ忘れるところだった、窃盗にならないうちに返さねば」

 

 

 そう言うと、タカヒロはインベントリから二本の槍を取り出した。突如として出現したものながら明らかにフィンが投擲した己の槍であり、一本は折れているもののもう片方は十分に使用できる。60階層へと向かった彼が、偶然にも見つけた代物だ。

 再度お礼の言葉を述べるフィンに対してタカヒロはアイズの剣も取り出し、これはベルに渡している。返してきなと声を掛けると、少年は畏まってアイズのテントへと走っていき――――

 

 

「着替え中の札が貼ってあるでしょおおおおおおお!!!」

 

 

 ラッキースケベと表現するには無理がある覗き未遂をかまして、入り口に居た団員に怒られ平謝りしていた。直感的に兎が何かしたことを察知した山吹色の高性能パッシブレーダー(レフィーヤ・ウィリディス)は馳せ参じようとするも、治療担当に抑え込まれて動けない。

 まさか確認を取らずに女性のいるテント内部へ突撃しないだろうなと不安を覚えていたタカヒロだが、ベル・クラネルは期待を裏切らない模様。見事、不安が的中してしまった格好である。

 

 

「……ロキ・ファミリアの団長、フィン・ディムナよ。早速だが、先ほどの貸しを返して貰って良いだろうか」

「ははは、まさかその程度で。これは暫く、返せそうにないものだよ」

 

 

 溜息を隠せなかった青年に、フィンは気さくな表情で返していた。

 しかし、青年が見せる様相も一度だけ。タカヒロはいつも通りの表情に戻ると、先ほどの戦闘について質問を投げることとなる。

 

 

「ところで、敵が使った魔法の詠唱なのだが――――」

 

 

====

 

 

「起きてますか、アイズさん」

「っ、ベル……」

 

 

 ひょっこりと顔を出した少年は表情を崩しているものの、すぐさま苦笑してつい先ほどの失態を謝った。実のところ着替えはとっくに終わっていたものの、つられてアイズの顔にも微笑みが浮かんでいる。

 そしてデスペレートを見せて簡易的な机の上に置き、そのままアイズの枕元に正座して声を掛ける。互いの無事を喜ぶように拳を合わせると、アイズは今まで言うタイミングのなかった感謝の言葉を口にした。

 

 

「ベル、助けてくれてありがとう……。あの時のベル、すごく……かっこよかったよ」

「っ……!」

 

 

 出会って数秒で突然と繰り出される右ストレートを予知できずに顔面に受ける少年だが、先の覚悟もあって、心の内ではそれはもうアルミラージ(白い兎のモンスター)によるエレクトリカルパレードが開催されている。正直に言うと怖くてたまらなかった場面であったが、あのシナリオを描いてくれた己の師匠に頭が上がらず、今の言葉を脳内でリピートして顔がニヤけかけているのはご愛嬌だ。

 とはいえ、せっかくカッコイイと褒めてくれたのに、そんな顔をしていては自分の株価が下がると言うものだ。時間もあまりないために顔を背け咳払いを行い、一時的な別れの挨拶を口にする。

 

 

「僕は師匠と先に戻ります、アイズさんも気を付けてくださいね。地上に戻ったらまた一緒に、いつもの場所で剣を教えてください」

「うん、任せて。私達も、無事に戻るよ。待っててね、ベル」

 

 

 その言葉に花の笑顔を返しテントから出ていく少年と、それを見て己の顔が火照るのが分かり布団を引き上げて顔を隠す天然少女。鼓動の音がベルにも聞こえてしまったらと考えるも、どう頑張っても弱くなる気配が見られない。

 今の今まで誰からも貰うことのなかった心配の言葉を掛けられたからだろうかと考え、そうでないことは自分でも理解できた。胸の奥がキュンとなり心がくすぐられるこの感覚は何だろうかと思うも、決して嫌なものではない。

 

 なんせこちらも、例の箱入り娘(lol-elf)と同じベクトルにいる天然少女である。己が抱いて居るものが恋心などとは微塵にも分かっておらず、少年が見せる笑顔で心ときめく初心な少女だ。

 

 少年は1-2分ほどで出ていってしまったものの、あの花のような笑顔が見れてアイズの気分はかつて無いほどに上々である。その後見せた彼女の満面の笑みを見た者は誰も居ないが、幸せな心を抱きつつ身体を休めるのであった。

 




■トグルバフ:フィールドコマンド(レベル12)
・優れた自制心と戦場戦術の知識を持ち合わせ、激戦にうってつけのリーダーとなる
185 エナジー予約量
12m 半径
+86 攻撃能力
+86 防御能力
+25%装甲強化
+■付属パッシブスキル:スクワッド タクティクス(レベル12)
・仲間の能力を、まさしく最大に発揮させるよう奮い立たせる。
+50 エナジー予約量
+85% 全ダメージ
+14% 攻撃速度
+14% 詠唱速度


■トグルバフ:美徳の存在(レベル15)
・オースキーパーは美徳と信念の鑑であり、それらは付近の仲間を鼓舞する特性である。彼らのそばに立つ者は、勇気ある偉業を起こさずにはいられない。
190 エナジー予約量
12m 半径
100% 次のうち一つを確率で付与
-> 320 体内損傷ダメージ/5s
-> 192 出血ダメージ/3s
+157 攻撃能力
+8.3 エナジー再生/s
+152 物理報復
 +■付属パッシブスキル:安息所(レベル10)
・オースキーパーの存在が戦場の安息所となり、容赦のない打撃から慰安を与える。
+100 エナジー予約量
+18% ヘルス
+13 治癒効果が向上
+10% シールドブロック率
+30% シールドダメージブロック
 +■付属パッシブスキル:叱責(レベル14)
・オースキーパーとその仲間の心が、正義の激怒で掻き立てられる。
+128 エナジー予約量
+32-37物理ダメージ
+29% 反射ダメージ削減
+29% ヘルス減少耐性
+132% 全報復ダメージ


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85話 焚きつけられた者達

ロキ・ファミリアSide


 ダンジョン18階層。死線を潜りぬけてから一週間が経過し、50階層から帰還中であるロキ・ファミリアは、リヴィラの街から大きく外れた位置にキャンプを構えている。

 地上では、朝6時という時間帯。それでも朝食の用意などやることはあるために、団員のほとんどはこの時間帯から活動を開始している。特に、59階層へと同行しなかったメンバーは猶更だ。

 

――――主力メンバーの雰囲気がおかしい。

 

 そして、このような内容を一同に感じ取っている。しかし、まったくもって原因が分からない。

 普段から笑顔が絶えないティオナも、仏頂面のような様相を示すばかり。声を掛ければいつも通り明るく振舞っているが、終われば元に戻ってしまう。

 

 いくらか雰囲気を大切にする、フィンやガレスも同様だ。どこか呆けたような様相を見せるアイズなど、59階層へ行く前と戻ってきたあとで明らかに様子が変わっている。

 そして、誰一人として59階層の詳細を口にしようとしない。激戦だったことは伺え、恐らくは問いを投げれば返ってくるのだろうが、到底ながらも聞ける雰囲気に留まらない。

 

 

「……で、朝食後に私が呼び出された、と……」

「ごめん、レフィーヤ。一番ハードルが低かったの……」

 

 

 ごった返す遠征メンバー、59階層へは向かわなかった者達の前で、レフィーヤが可愛らしく敷物の上で正座していた。別に怒られているわけではないものの、そのスタイルは彼女のなかにおいて常日頃から行われているものである。

 集ったメンバーはロキ・ファミリアの者ばかりであり、同行しているヘファイストス・ファミリアの姿は1つも無い。口止めの命令もきていないために問題ないかと判断し、レフィーヤは目に見た光景を口にする。

 

 59階層で敵対した、精霊の紛い物。食人花など比較にもならない触手による物理攻撃もさることながら、パーティーが一時全滅しかかった魔法攻撃の様相が口にされる。

 師であるリヴェリアをも上回る速度の詠唱から、59階層を焼き尽くす魔法攻撃。そして天の魔法陣から降り注ぐ、岩の魔法による攻撃。

 

 リヴェリアの防御魔法すらも容易く突破され、オラリオ最高峰の耐久力を持つガレスさえも、なすすべなく一撃の下に崩れ去る。貫通した魔法は全ての仲間に襲い掛かり、パーティーの全員が満身創痍。

 

 そこから一転して攻勢となった切っ掛け、勇気を問うフィンの言葉。語られる内容は、ロキ・ファミリアが成し得た“偉業”に他ならない。

 最後の力を振り絞った、その場に居た全員による一斉攻撃。まるで御伽話のような物語の構成と英雄たちの活躍に、言葉を耳にする冒険者達の心に炎が灯る。

 

 だと言うのに、語り部のレフィーヤの表情は非常に冴えない。目を輝かせて耳にする者が多数であるこの状況、レフィーヤも同じかとばかり思っていた聞き手の者は、何か訳アリかと次を待った。

 そして語られる、2匹目の存在。満身創痍だったとはいえ反応する間もなく吹き飛ばされ、宙を舞うリヴェリアとアイズの姿。膝をつく仲間たちの戦意は完全に折れ、絶望と言う闇が支配した。

 

 「勝てない」と、聞き手の全員が同じ結論に辿り着いた。現場を見ていないながらも、レフィーヤの口から出される物語の結末が分かってしまう。

 しかしながら、全員が無事に50階層へと戻ってきている。まだ何か真相があるのかと考えながらも予想すらできず、全員が口を閉ざしたまま、やや顔を伏せながらも眉間に力を入れる彼女を見つめていた。

 

 

「……あのお二人が現れたのは、その時でした」

 

 

 その一言で、50階層にあった二つの姿を思い出した。違う派閥なれど色々あって仲が良かった、実力としては天と地の差があったはずの零細ファミリア。

 続いて語られるは、ヘスティア・ファミリアに所属する二人の乱入、二人の背中。なぜ彼等が59階層に居たのかは未だ不明ながらも、レフィーヤは淡々とした様子で事実だけを口にする。

 

 レベル2であるベル・クラネルが見せた、アイズを守るために立ち向かった紛れもない偉業。口にこそ出さず悔しいと思いながらも、レフィーヤでさえ「かっこいい」との感情で捉えてしまった、その背中。

 どのような原理だったかは不明なものの、レベル5や6の第一級冒険者すらも吹き飛ばす触手の攻撃を防ぎきり、あまつさえ4本を一撃で切り飛ばす。最終的に、アイズ・ヴァレンシュタインを救い出す結末を見せたのだ。

 

 

 そして、この場に居る全員も知っている一人の青年。此度においてはロキ・ファミリアに訪れた初日と同じくフルアーマーの様相だったことも目撃していた全員だが、レフィーヤが口にしたことは、到底ながらに信じることができなかった。

 左手でリヴェリアを抱きかかえつつ、先の触手による攻撃を受けても微動だにせず、逆に一撃で消し飛ばす攻撃力の高さ。あまつさえ一人で精霊の分身に立ち向かい、59階層を焼き尽くす先の魔法攻撃をマトモに受け、なお無傷。

 

 更には、その魔法が放たれていたであろう10秒程度で、精霊の分身を屠ってしまったのだ。その後に続いた大量のモンスターを足止めし殲滅させる光景やリヴェリアの魔法にも傷1つ負うことなく耐えた状況も、たどたどしいながらも口にされている。

 その時の光景には、派手さも、ましてや見栄えなど欠片もない。行われたのは、ただ盾でもって殴り、突進するだけの攻撃を繰り返すだけだ。

 

 これを書籍化するならば、僅か1ページ程度で終わるだろう。特筆すべきことなど何もなく、それほどまでに、見た目は薄っぺらい中身の攻防に他ならない。

 戦いの最中に、ベル・クラネルが見せた技巧の類も使っていることは確かだろう。しかしながらモンスターに埋もれ遠方だった故に何も見えず、伝わらない以上は、結果として存在しないことと同様だ。

 

 狡猾さを特徴とするベル・クラネルとは、全く違った“強さ”。そこには自分たちが抱いた勇気も挑む感情も無く、在ったのはただ、全てをねじ伏せる圧倒的な殲滅力。

 レベル3、そろそろ4になろうかという彼女から見た感想においても、レベル5だの6だの、その程度の器に収まらない。煙の中から現れた後ろ姿や多量のモンスターの中心へと単身で突撃していく姿は、未だ彼女の目にも焼き付いている。

 

 

 語り部であるレフィーヤの周囲に作られた会場は、まるで通夜の様相だ。

 

 ロキ自身も含め、幹部が躍起になって探していた“謎の男”。少し前にリヴェリアとの関係が噂になっていたが、そんなことなど消し飛ぶほどの偉業を成している。

 単純な比較で、ロキ・ファミリアの主力部隊と同等の戦闘能力。耐久に至っては第一級冒険者よりも遥かに上であり、先ほどの説明で無傷となると、その限度を予想することすらも難しい。

 

 

「以上が……59階層の、真相です。皆さん、口にも出そうとしませんが……」

 

 

 そう言うと、レフィーヤは1つの方向に顔を向ける。耳をすませば白刃の音と共に、全員がよく知る者の声が微かに響いていた。

 

 

「どうしたんだいガレス!そんなんじゃ、あの人の攻撃は止められないよ!」

「わかっとるわ!!貴様こそ、追うのであればワシ程度は突破してみせい!後ろからも迫っておるじゃろう!!」

「それこそ承知している、望むところだ!」

 

 

 18階層という安全地帯に、二人の戦士が発する雄叫びが木霊する。まるで実戦さながらの気迫と威力で武具を振るい、随分と遠くに居るはずながら、弾け飛ぶ空気はレフィーヤ達が居るところまで伝わるかのようだ。

 忘れかけていた、がむしゃらに挑むという初心の構え。刃を交える二人の心の内はレベル1と同様であり、あの手この手と、少しでも思いついたことを取り入れるべく試している。

 

 

「ハッ、どうしたバカゾネス!そんなんであの時のフィンを守れるのか!?」

「んだとバカ狼!?ぶっ殺す!!」

「私も混ぜてー!」

 

 

 一方こちらは武器を使わず、素手素足での戦闘中。明らかに明確な殺気が混じっているが、乱入者も含めてその点については割と日常茶飯事であるためにツッコミを入れる者は誰も居ない。

 しかし双方ともに各々の表情は真剣なれど軽いものがあり、まさに好敵手と腕を磨き合う様相を示している。今までの鍛錬と明らかに違う集中力と気合の入れようは、第一級冒険者となり、いつのまにか慢心していたことを痛感させられている。

 

 再び見せつけられた小さな背中、随分と近くに居た雲の上を歩く存在。圧倒的な脅威に対して臆することなく立ち向かい勝利をつかみ取る2つの存在、御伽話に出てくる英雄を具現化したような姿に焚きつけられた。

 青年に向けられる眼差しに関しては、実力が目に見て分かりやすいこともあり顕著である。どれ程の血反吐を吐けばあの域に辿り着けるのかと考えるも、やはり努力の積み重ねしかできないと判断し。少しでも時間は無駄にできないと、こうして身体を動かしているわけだ。

 

 

 レベル4、凡人のヒューマンと称されるラウルと女性エルフの剣士であるアリシア達も同様に、誰にも言われずに組手を始めている程だ。背中を見せられた二人が己と同じヒューマンであるために、ラウルは一層の事気合が入っていると言っていいだろう。

 黄昏の館で見せていたモノとは明らかに違う、実戦さながらの戦闘。相手を傷つけてはいけないために少しばかり手加減は混じっているが、それでも練度としては雲泥だ。

 

 

 本日はこのあと、地上へ戻るために出発する。時間いっぱいまで行われた各々の鍛錬で完全に息が上がっており、疲れを隠しきれない中、ロキ・ファミリアは一人の脱落者もなく地上へと生還した。

 

====

 

 

「ハアッ!!」

 

 

 少年の振るうナイフが、盾に当たる。しかしながら今までとは全く違い、その音に重さは全く見られない。

 ステイタスを更新しているにもかかわらず、ここ数日はこの調子だ。もちろんこれには、れっきとした理由がある。

 

 

「どうしたベル君、相変わらず生きていないな。こちらが少し重心をずらすだけで踏み込みが殺されているぞ、あの時にソレが許されると思っているのか。今までと程度が違う、相手の動きをよく見て攻撃を決定しろ」

「はい、すみません!!」

 

 

 ロキ・ファミリアの帰還予定日となっている朝、オラリオ北区にある城壁の上。昇る朝日に見守られる姿は、つい先日までと外観は変わらない。

 

 しかしながら、普段から行われている鍛錬は応用となる内容ばかりになっており、難易度は桁違いに跳ね上がっている。鳴り響く白刃の音はより強く、より密度の濃いものとなって大空へと吸い込まれている。

 彼女の英雄になると意気込む少年と、それを応援する彼の師匠。少年もまた、師が見せた殲滅力をまざまざと見て、自分もそうならんと意気込みに拍車が掛かっていた。

 

 始まって間もないというのに既に息は荒く、少し止まれば膝に手をつきそうだ。正直、何度もつらいと感じている。攻撃に徹しているはずなのに、先ほどから見せつけられる応用術によって己が負っているはずのダメージを考えると、この身は既に何回死んでいるか分からない。

 それでも、この鍛錬で学んだことは必ず実戦で役に立つ。59階層という死地で身に染みたが故に、どれだけ辛かろうが死に物狂いで身に付けると、ベル・クラネルは意気込んでいる。

 

 少年が持つ圧倒的な長所。負けん気と言うべきか、努力家と言うべきか、はたまたその両方か。瞳に込められる力は時間と共に強さを増しており、決して緩む気配は見られない。

 常に全力でもって己を示し、教えを乞い、学び取る。未完と言えば確かに未完ながらも、やがてこの少年は大成することだろう。だからこそタカヒロも、厳しさをもって接するのだ。

 

 

「もう一度だ、レベル“4”になれるからと天狗になるなよ。次からのパターンは更に不規則になるぞ、来い!」

「はい、お願いします!!」

 

 

 青年が示してやれることは減ってきており、やがて終焉を迎えるだろう。全てを終えて、そこから少年は、また新たな道を歩みだすはずだ。

 しかし今は、少年が示す気合に応える為に。タカヒロはより一層厳しく、鍛錬においての指導を行うのであった。

 

 




おや ベル君 の ようす が …… ▼


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86話 胃薬はお供え物

「ステイタス更新は終わったよーベル君!なーんで君はたった2ヶ月程度でステイタス“オール”SSSのレベル3になれるのか、なー!?」

「いったー!!神様、刺さってますって!!」

 

 

 時は少し巻き戻り、ロキ・ファミリアの冒険に二人が乱入した翌日。地上に帰還した午後と次の日に、中々厳しい鍛錬を終えた日の夕方のこと。

 ブスリ。とまでは言い過ぎだがチクリと背中に針が突き刺さり、少年の絶叫に近い悲鳴が狭い教会の地下に木霊した。レベル3目前でも、この手の代物は痛いらしい。

 

 なお、ヘスティアとて別にベルの血を使ってステイタスを更新しようとしたわけではない。帰還後にアイズと50階層で交わした一連のやり取りを花の笑顔で聞かされて、嫉妬から非常にご機嫌ナナメな状況なのである。

 話し声が聞こえてオチが予測できたタカヒロも、飛び火を恐れて今回ばかりは口を挟んでいない。心の中で自業自得だと正論を展開し、ソファーで呑気に本を読んでいる。

 

 

 やがて現在のステイタスが判明し、その後はタカヒロも交え、3人で話し合いが行われることとなる。いつものソファに全員が腰かけ、眉間に力を入れたヘスティアの声で議論が始まった。

 議論と言っても話題は1つであり、ランクアップするかどうかの決定だ。レベル2から更に二月程度でレベル3に昇格するなど、イレギュラーのオカワリにも程がある内容である。通常ならばレベル1で当然、ステイタスEがあれば御の字なのが一般世間的な常識だ。

 

 たった今更新が終わったベル・クラネルの現在ステイタスはレベル1の時を超えて器用さと耐久が1800。その他についても1400~1500を超えている状況という、師に似て相変わらずの“ぶっ壊れ”具合を見せておりヘスティアは溜息を吐いていた。どこかの誰かが持っている“EX”ランクを目にしていなければ倒れていたことだろう。

 ベル本人の意見としては、昨日の今日での戦闘とその後のタカヒロとフィンのやり取りで戦意が高ぶっておりランクアップを希望。タカヒロとヘスティア的には、基準が無いために良いんだか悪いんだか判断が難しい状況である。

 

 

「それにしてもベル君は、ここ数日で何をやったんだい……?」

 

 

 そんな質問を受けたベル・クラネル。ヘスティアに発破をかけられたタカヒロがロキ・ファミリアを追いかけ、59階層でぶん投げられた一連のことを説明する。

 あの惚気話の前にこんなことがあったのかと事実を知って倒れそうになるも、間一髪のところで持ちこたえる。とりあえず話を聞かなかったことにして、目の前の問題を解決することを優先した。

 

 

「うーん、どうするべきかな……。タカヒロ君は、どうだい?」

「……技術面については既に追いついている。自分はランクアップでも問題ないと思うが、代償として君の胃に穴が開きそうだな」

 

 

 ホントだよ!!と、己の眷属の成長が嬉しい反面、ヘスティアは頭を抱え、タカヒロの対面にあるソファーの上をゴロゴロとのたうち回る。

 食事前に埃を立てるなと正論を述べるタカヒロの声でピタリと止まるが、それでも胃痛と頭痛の種が消えることは無い。恐らく発芽することになるだろうと覚悟を決めるヘスティアは、ムクリと体を起こしてベルを見た。

 

 

「神様お願いします。僕は、強くなりたいんです」

 

 

 想いの籠った真っ直ぐな強い視線を向けられると、ヘスティアは断れない。口をへの字にして唸りに唸り、覚悟を決めてランクアップを行った。

 

――――胃薬は置いておくぞ。

 

 彼女の心境に同情できる青年はいつの間にかソレを購入しており、そっと机の上に置いていたのは優しい世界。なお、どうにか現実逃避していた彼女を引きずり戻す悪魔の所業であることもまた間違いのない事実である。

 それでもって、ベルが頭痛の種ならば、青年の存在は休火山と言ったところ。上辺を繕う行為は結構だが、その下に更なるヤベーのが居ることを忘れてはならない。

 

 

「……よし、準備完了。発展アビリティは耐異常……のみだね。それじゃベル君、ランクアップするよ」

「お願いします!」

 

 

 発展アビリティについては選択肢がないものの、ベル・タカヒロ共に耐異常で良いと考えている。むしろレベル1の時のように、またもや不思議なアビリティが出てきて迷うことになるよりは、素直に耐異常を取得できて安堵している。

 耐異常の発展アビリティは全ての冒険者が取得すると言っても過言ではなく、毒や麻痺と言った文字通りの状態異常を軽減させる効果を持つ。高ランクの耐異常となれば効果を大幅に減衰させることができるものであり、中層以下で猛威を振るう毒に対抗するためには必須と言っていいスキルだ。

 

 二回目と言うこともあってヘスティアも慣れたものであり、一回目よりも早く作業は終了。傍から見ればなんだか片眉が歪んでいる気がするが、何事もなかったかのように仕事を終えた。

 そしてスラスラと羊皮紙に内容を記し、ベルに手渡している。少年はトコトコと歩いて師の元に紙を運び、二人顔を並べて内容を確認した。

 

 

ベル・クラネル:Lv.3

・アビリティ

 力 :I:0

 耐久:I:0

 器用:I:0

 敏捷:I:0

 魔力:I:0

 剣士:G

 幸運:G

 耐異常:I

 

・魔法

 【ファイアボルト】

 

・スキル

 【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】:早熟する。憧れ・思いが続く限り効果持続。思いの丈により効果向上。

 【英雄願望(アルゴノゥト)】:能動的行動に対するチャージ実行権。

 【反撃殴打(カウンター・ストライク)】:相手の攻撃に対するカウンター攻撃時にマインドを消費して全ダメージ+20%。

 

 

「やった、剣士と幸運のランクが上がってます!」

「……は?」

「え?」

 

 

 師弟仲良く顔を並べて羊皮紙を見ているものの、見ているところが違っていた。例のスキルが消されている羊皮紙の内容を見た青年はスキル欄に目が行っており、久々に真顔で疑問符を発している。

 

 己の師匠を含めて、強敵ばかり相手にしてきた少年が身に付けた技術。その師が何度も己に見せた、問答無用で焦がれる狡猾さ。

 戦闘相手が格上の敵ばかりであったために、攻撃を回避して隙を作らせ、逆に一撃を叩き込むことを中心に反撃技を多く使っていたことが大きな理由だ。積み重ねた努力は、密かに燻ぶり発現する時を待っていたのである。

 

 ――――攻撃者に対して電光石火の速さで反撃を浴びせるために、極めて鋭い準備状態に入ること。

 

 そんな準備状態を作るスキル、青年のビルドにおいても装備効果により最大上限まで高められていた主力のトグルスキル、“カウンターストライク”。恩恵らしく漢字4文字に変換されており性能は大きく違うが、間違いなく同系列の代物だ。

 オリジナルにある物理ダメージ追加、武器ダメージ参照、報復ダメージ追加、報復ダメージ増加などの効果は一切無く、ただ与ダメージが上昇するのみ。また、トグルスキルではなくアクティブスキルの類とも予想できる。

 

 今までのスキルと違って20%という明確な数値が記載されており、これはオリジナルの基本最大レベル16における武器ダメージ参照値と同じ値。僅かだが、オリジナルの性能が垣間見えていると言ってもいいだろう。

 

 ともあれ新しいスキルであることに変わりは無く、試し打ちしたいと思うのが少年にとってのセオリーだ。バッ、と師に笑顔を向けると「表でやるか」と青年から返事が返り、ベルは短剣を持って駆け出している。

 タカヒロは普段着ながらも2枚の盾をインベントリから出し、一応の流れを確認する。タカヒロが攻撃し、ベルがそれを受け流してスキルを発動させる旨が再確認されていた。

 

 

 レベル3になったこともあるので、スキルの有無による差も含めて比較する。ともあれやはりスキルを使った時は明らかに一撃が重くなっており、タカヒロも思わず「ほぅ」と声が漏れた程だ。

 試しにアルゴノゥトと組み合わせてみるも、やはり20%程に増した威力となっている。数回試しているうちにマインドダウン寸前となったために試しにカウンターストライクを連発すると、消費量は少ないながらもマインドを使うようで症状が悪化していた。

 

 ともあれ、これで大方の検証は完了だ。用意していたポーションを飲んで回復し、食事の用意をしながら師弟はスキルの運用を考える。

 つまるところベル・クラネルにおけるスキルのシナジー効果の考察であり、通常では発揮できない強力な一撃を求めるならば……

 

 ・アルゴノゥト(物理)でチャージできる最適な秒数を瞬時に見極め実行。

 ・相手の攻撃を正確に回避し、カウンターストライクを発動。

 ・20%上乗せとなったアルゴノゥトによる攻撃を正確に当てる。急所ならばなお良し。

 

 と言った運用になるだろうと青年は考え、うんうんと頷く少年相手に口にしている。傍から聞くヘスティアからすれば何ともレベルの高い話であり、基礎が疎かになっていては絶対に出来ない内容だ。

 しかしその点、少年にとっては杞憂となるだろう。かねてより学び実践にて鍛えてきた内容であるだけに、チャージ時間の見極めを除けばスキルを使うかどうかを決めるだけだ。

 

 

 そして月日は更に流れ五日後、そろそろロキ・ファミリアが地上へと帰ってくる頃だろう。今日は日の出前からの鍛錬となっており、今日も今日とて頭を抱えるヘスティアにお願いしてステイタスを更新。相変らずのステイタス上昇値に更なる不安を覚えるヘスティアである。

 流石に微量程度だが昨日よりも少しだけ強くなったベルは、バベルラッシュが過ぎた時間帯からヴェルフ、リリルカと共にダンジョンへ潜るようだ。色々と用意を進めており、朝練において気になった細かなところをタカヒロに質問している。

 

 そして時間が来たようで、やや苦悩を隠し切れないヘスティアに笑顔を振りまき、腕を振りながらバベルの塔へと駆けてゆく。見送ったのちに作品名“考える人”と化したヘスティアは、呑気に本を読む青年の横で悩みに悩んで時間を過ごすのであった。

 

 

 

 時間は飛ぶように流れ、夕焼けが顔を隠そうかという時間帯である。

 

 

 

「ししょおおおおおお!」

 

 

 バタァンと勢いよく扉を開けるなり、何故だか鎧も含めてボロボロな姿のベルは叫びに叫んでいた。何事かとビクっとするヘスティアといつもの仏頂面のタカヒロがそちらを向くと、花の笑顔を振りまく少年の後ろにヘファイストス・ファミリアのヴェルフが死にそうな顔で続いている。リリルカの姿は無い。

 

――――何かあったな。

 

 ソファに座る二名は同じ感想を抱くも、もちろん何かはわからない。とはいえ、被ダメージの跡がいくつもあるベルを見たタカヒロは、何か“強力な”モンスターと戦ってきたのだな程度は把握できた。

 一方のヘスティアは我に返ると、いつもの心配のセリフを口にしてソファーから飛び出している。ベルの両肩を掴んで大丈夫かと声をかけると、すぐにポーションを取りに部屋の奥へと消えていった。

 

 

「師匠、ステイタスを更新してください!」

「いや落ち着け、ステイタスならヘスティアだろう」

「あ、ご、ごめんなさい。鍛錬の成果が出せて、つい嬉しくって。神様、いいですか!?」

 

 

 少し前までなら、「喜んで!」と馬乗りになっていた神ヘスティア。昨日の今日のこともあり、“ランクアップの際は遅滞なく報告する”という義務をどう処理するか悩みに悩んでいて気が重い。期限としては、あと10日ほどが限界だ。

 それでも、他ならぬベル・クラネルのお願いである。いつもに増してハイテンションな心から放たれる花の笑顔は、炉の女神を必殺する武器に他ならない。報告義務はどうにかなるだろうと吹っ切れたヘスティアは、いつものようにステイタスの更新を開始した。

 

 

 

 そして、たった今目を背けた事実が輪をかけて酷くなっている実態に目が眩んだ。

 

 

「えっ……ステイタス、オールA!?そしてレベル4に、なれる……!?べ、ベル君、一体何をしたんだい!?」

「2時間ほどかかってしまいましたが、リリとヴェルフさんと一緒に、17階層のゴライアスを倒してきました!!」

 

 

 “覆水盆に返らず”、という言葉がある。

 

 起こってしまったことは取り返しのつかないという意味であり、加えて本人は零したことすら自覚していないために質が悪い。ヘスティアは力なくベルの上から崩れ落ち、ソファーに倒れ込んで、ただの屍と化していた。

 たった二か月程度でレベル2から3に上がっただけでも神々から質問攻めにあうことは目に見えているのに、昨日の今日でこの所業とくれば、結末は目に見えて明らかだ。

 

 もちろん、これにはゴライアス以外の原因が潜んでいる。スキル名、【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】。

 レベル3になって以降に行った更なる練度による鍛錬もあったとはいえ、ゴライアスを倒すことでアビリティが軒並みAランクまでブーストしやがったのは、だいたいコイツのせいである。

 

 つい先日までの光景を思い浮かべて頂きたい。少年が持つ2つの情景のうち片方、アイズ・ヴァレンシュタイン相手に抱いていたベル君の感情の変化を、その大きさを。ただの異性の焦がれであった少年の感情は、彼女の英雄になるという確信した想いへと、その”丈が成長”したのだ。

 もうお分かりだろう。スキルの最後にある“思いの丈により効果向上”、丈が伸びれば効果も向上するというわけだ。「俺は悪くない!」とスキルの早熟部分が反論を述べているだろうが心配無用、主犯でこそなけれど君も立派な共犯でありギルティ(有罪)に間違いない。

 

 

「ほう、階層主を3人で屠ったか。ゴライアスとなれば推定レベルは4の相手で耐久力もあっただろう、どう戦った?」

「はい、大振りの攻撃相手なので冷静に対処できました!時々ですがリリやヴェルフさんにおびき寄せてもらい、ボウガンや魔剣で怯ませてから昨日に学んだスキルを2つ使う方法で。なかなか隙を見せなかったので時間はかかっちゃいましたけど、リリとヴェルフさんへの狙いは許しませんでしたし、ちゃんと三人で倒せました!」

「よくやった。その喜びもまた強くなるためには欠かせない、覚えておこう。ところでヴェルフ君は戦いに慣れていないだろう、大丈夫か?」

「え、あ、はい。……もう、ベルの恐ろしさには慣れました。アビリティが低いリリ助なんて、疲れ果てて帰っちゃってますし……」

 

 

 そして、他人事なこの師である。ヘスティアに攻め寄られれば「何か問題か?」とでも言いたそうなスタイルを貫いている青年は、弟子がスキル効果のシナジーとデメリットを消す立ち回りを見せ、結果として成し遂げた偉業を賞賛していた。

 勝利できる相手かどうかを見極めて強者に挑むとは、少しずつ自分から巣立とうとしているのだな。と言いたげに口元を微かに緩め、主神とは見当違いの感情を抱いている。

 

 名実ともに放心状態のヴェルフはすっかり元気になっているベルに生暖かい目を向けており、ヘスティアの驚愕も届いておらず、質問の意図と違った回答を口にしてしまっていた。

 時折ゴライアスのヘイトが自分に向くも、すぐさま取り返す少年の立ち回りが脳裏に焼き付いて離れない。そしてベル自身も口にしていたが、それを2時間にわたって続けるなど正気の沙汰とは思えないのが実情だ。

 

 ついこの間まで11階層で一緒にキャッキャウフフしていた人物とは思えない少年の成長に、彼が冒険者としての自信を無くしかけているのは仕方のない話だろう。それより何倍もアタマオカシイのが横に居るせいで忘れがちだが、ベルの成長速度とはそれほどまでに“異常”と捉えられる代物なのだ。

 

 

「そうか。ところでベル君。先日の一撃の上にゴライアスとの戦闘だ、近いうちにナイフはメンテナンスに出すべきだろう。ヴェルフ君も対応をよろしく頼む。君が作る武器ならば安心だ、これからも支えてやってくれ」

「っ……はい、こちらこそお世話になります!鍛冶の面においては、死力を尽くして頑張ります!」

 

 

 タカヒロの一言で、燥いでいたヴェルフは正気に戻る。このあたりは、まだまだ年相応と言ったところだろう。

 青年の予想通りにヘスティア・ナイフは痛んでおり、ここまで持ち堪えたのは、単純に修理費用の事もあるが少年の成せる技が故。レベル2、3と成長したことで、習得した小手先の技術が、より顕著に生かされているのである。

 

 ナイフの修理について、ヴェルフに対する技術料こそ無いために悲し気な表情を見せるベル・クラネル。だがそこは「専属なんだから気にすんな!」と、ヴェルフがバシッと背中を叩いて鼓舞している。

 本当に良い鍛冶師に巡り合えたなと、青年は少しだけ柔らかい表情で二人の姿を眺めていた。その横にある1つの死体は、まるで画像修正がリアルタイムで掛かっているかのように視界の中から外れている。

 

 

 そして言葉を受け取ったヴェルフは、さっそく行動を開始する。自分本来の道を思い出した鍛冶師は頭を下げると、ステイタス更新のためにヘファイストスの下へと駆け出した。

 もっとも励ましの類の言葉が一番必要なのはヘスティアであるが、意識を落とす寸前のために音が声として入ってこない。ようやく彼女の屍姿に気づいたベルが大丈夫かと肩をさするも、眠り姫が起き上がるのはもう少し先となるだろう。

 

 

 教会の玄関ドアがノックされたのは、そのタイミングであった。




 まさかのカウンターストライクがスキル化、そしてベル君が前代未聞の偉業をやらかしてくれてます。ゴライアスと戦うことになった理由は、もう少し後で…。
 眷属二人して爆弾魔。ヘスティア様、強く生きて。


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87話 悩める狼

前話にてノックした人。
色々活躍してもらったこともあり、蔑ろにしたくなかったので1話にしました。


「……お前らは、なんでそこまで勇敢に戦える」

 

 

 月明り注ぐも全くもって人気のない郊外、3人が横一列にベンチに腰かけて数秒後。始まりは、地上へと戻ってきたその足でヘスティア・ファミリアへと訪れたロキ・ファミリアのベート・ローガが力なく背中を丸めて発した、そんな言葉だった。

 先ほど扉をノックしたのは狼人の彼であり、二人にドリンクを手渡して踵を返した。とどのつまりは「付き合え」と言っている背中に、タカヒロとベルが目を合わせて、寝込むヘスティアにごめんなさいと言葉を残して応じたのである。

 

 かつて見聞きしたことのある覇気など、どこにもない男の声。鍛え上げられた細身の身体とは裏腹に発せられる、そんな弱々しい声が、静かに二人の耳に吸い込まれる。

 

 彼が問いかけた内容は単純だった。レベル2では到底届かないとわかる精霊の一撃に、なぜ立ち向かおうと思ったのか。ロキ・ファミリアの第一級冒険者の集団が死に物狂いでようやく倒せた精霊に、なぜ一人で立ち向かおうと思ったのか。

 どちらも通常ならば、惨めに足を震わせてへたり込み、目を見開いて絶望し、武器を手から零したところで何ら不思議ではない状況だ。現にロキ・ファミリアの面々は、2体目とはいえ、あの場において戦うと言う選択肢を零してしまっている。

 

 

「俺は……弱い奴が嫌いだ。身の程知らずが嫌いだ。自分は行けると勘違いした奴が、何人も死ぬんだ」

 

 

 口から零れた、オラリオでは、よくある光景。英雄や欲に焦がれた駆け出しが何人も死ぬ光景は、特別珍しい話ではない。

 昨日の夜に乾杯を交わした人物が、翌日には屍になっていたとしても何ら不思議ではない事情がある。ベート・ローガが、最も嫌う現状だ。

 

 

「だが特に“お前”は違う。俺の言葉を何とも思わないようにミノタウロスに勝ち、危険を承知で59階層まで来やがった。圧倒的に格上だと分かっている精霊に臆することなく立ち向かい、一撃をかましてアイズを守りやがった」

 

 

 今まで続いてきたセオリーとは、全く違う結末。己が罵った少年は困難に立ち向かい、己の想像を絶するほどに強くなった。

 格上のモンスターを相手にして臆することなく立ち向かい勝利する、英雄として相応しい背中を二度に渡って見せられた。故に己の考えが間違っていたのかと、ベート・ローガは答えを求めて廃教会のドアを叩いたのである。

 

 間接的に問いたかったその内容に、白髪の二人は黙ったままだ。守りたい人が居たというのが答えであり全てであるのだが、その程度の答えではベートが求めるモノには程遠い。真似するものが現れれば、勘違いして死ぬ者も増える点は変わらないだろう。

 それもあるが、青年からすれば、論点がボヤけているように思えて仕方ない。本当のことを聞くために、質問を投げかけることとした。

 

 

「……1つ、問いを投げよう。なぜそこまでして、ベート・ローガの栄誉を貶めてまで、弱き者を戦いから遠ざける」

「……昔、もう10年以上前の話だ。最も大切な奴を……守りたかった奴を、たくさん亡くしたんだ」

 

 

 故に、その時の事態を繰り返したくない。そこまでは口にされないものの、二人には容易に感じ取れた内容だ。

 

 

 そんな惨状を作りたくがないために容赦なく罵倒し、精神的に打ちのめした。弱いままで、勘違いして戦場に立たないように。

 絞り出されるような言葉を、白髪の師弟は前を向いたまま、黙って静かに聞いている。当時の自分達の状況が、どうであったかを思い返していた。

 

 ミノタウロスと対峙して、生き残ったレベル1の冒険者が居る。

 もしそんな情報が出回って、自分も行けるのだと勘違いしてしまう者が現れるのを防ぐため。酒が入っていたために普段よりも言い過ぎた事実もあるのだが、当時、二人が豊穣の女主人で耳にした罵倒の声が出された根底がソレであった。

 

 

「……なるほど。では1つ、自分が知っている話をしてやろう。戯言とでも思って、話半分に聞いておけ」

 

 

 そう呟くと、語り部は静かに口を開く。思い出すかのように口に出される言葉には、どこか哀愁さの感じられる雰囲気が漂っていた。

 

====

 

 その者は、誰よりも強かった。もっとも当該の集団の中で強いと言うだけの話であり、当然ながら世界は広い。悪い言い回しをすれば、井の中の蛙大海を知らず。

 それでも頭1つ抜き出ていたことは事実であり、モンスターが襲ってこようとも臆することなく、誰よりも早く駆け出した。そして、当然のように勝利をもぎ取る英雄の姿を見せるのである。

 

 ここは俺に任せろ。それが彼の口癖だった。

 

 守るべき者を背中に隠し、背負い、全ての脅威と戦った。如何なる勢力、如何なる軍勢にも立ち向かい、決して膝をつくことなく戦い続けた。

 そして何百回目かの今回も、危なげながらも勝利を得た。圧倒的な脅威から、守るべき者を救ったのだ。これでしばらく平穏が訪れるかと一息ついて、男は町へと戻ると――――

 

 

 守っていたはずの者達は、誰一人として生きていなかった。

 

 

 襲ったのは、己にとっては敵ですらない野盗の類。それでも、結果は見ての通りの有様だ。

 

 全てを背負おうとした男は、背負う者を危険から遠ざけることだけを意識して、育てることを忘れていた。その者が居なければ、守るべき者は自力で立ち上がることさえできなかったのだ。

 

 結果として、男は生き残った。言い方を変えれば、男だけが生き残った。

 

 男は思った。――――オレは、何を守るために戦っていたのだろうかと。結局は、弱き者を守った気でいた己の自己満足だったのではないかと。

 

====

 

 その物語が語り掛ける結末は、とある男の胸に刺さっていた。まさに今まで、自分が大切にしてきた者達に行ってきた方法と同じではないかと動揺する。

 結果こそまだ目にしていないものの、辿る道は同じではないかと困惑する。決して他人には見せなかった弱々しい目が、正しい答えを求めて青年の顔へと動いていく。

 

 

「何が正しいかとなれば、正解なんてありはしない。各々によって変わるだろう。しかし守るべきものを信じて送り出し、いくらかの前線に立たせなければ生き残れないことも、また事実だ」

 

 

 守る、の定義など様々である。物を守るのか、者を守るのかでも変わるだろう。

 

 しかし、ベート・ローガが望んでいることは、弱き者に対する守護ではなく安全だ。ならば迎える結末は先の話と同じであり、彼自身の思考も、自然とその結論へと達することとなる。

 安全な場所に居るだけでは、守る側の手が足りなくなった時に、守りたい者は簡単に滅んでしまう。繰り返さないと己の心に誓っただけに、今の話は、どうしても心の深くに刻み込まれる。

 

 それにしても、妙に信ぴょう性のある話だった。何故そんな話を知っているのかと考え、ベート、そしてフードの下の表情を見ながら話を聞いていたベルは、それぞれ1つの結論に達することとなる。

 

 

「――――まさか、今の話……」

「師匠……」

「……」

 

 

――――この戦士が体験した、かつての失態か……。

――――なんでだろ、なんだか嫌な予感がする……。

――――流石ベル君、でっちあげなんだよなぁ……。

 

 

 ……ベート・ローガ、迷える狼人よ。純粋な心は大事だが、その装備キチ(ポンコツ)は捻くれているぞ。

 いくらか相手を信頼しなければならないと考えるところは青年の本音であり教育方針である事は間違いないものの、色々と酷い状況だ。そしてベル・クラネルの洞察力は、流石は弟子と言ったところと言うべきか。

 

 いや、流石に真相は知らない方が本人のためだろう。とはいえ、思い悩む狼人に効く処方箋でもあるのも、また事実だ。

 守って危険から遠ざけているだけでは、弱い者は育たずに立ち上がる事すらできなくなるのだ。もっとも踏み込んで良い一線の判断こそ非常に難しく、見誤った者から命を落としていくのがダンジョンの実情に他ならない。

 

 だからこそ、育てる側というのは難しい。己の匙加減1つ次第で命が落ちる危険がすぐ横にあるからこそ、教育者としては大きな安全マージンを取りたくなる。

 しかしそれでは、先のように冒険は望めない。ベートが抱いている優しさは先輩冒険者として大事な心であるものの、それだけではいけないのだと、いくらかは信じてあげられる広い心も必要なのだと、青年は自分の失敗のように口にして諭したのだ。

 

 

「己が強く成るだけでは、いつか手から零れ落ちる。一度吠えた手前、それを取り消すことは難しいだろう。守るのではなく、遠ざけるのでもなく、その遠吠えでもって導いてやれ。持ち得る優しさで守りたい者を支えてやり、程度や道を間違えそうならば叱ってやれば、二度と繰り返したくない光景の大半は防げるさ」

「……」

「さて、自分はやることを思い出した。しかし、どうやら話したいことがあるそうだぞベル君。先にホームで待っている」

「へ?あ、はい、わかりました」

 

 

 ドリンクの容器を持って立ち上がり、見慣れた白髪の背中が街灯によって作られる闇に消えてゆく。見送った二人の冒険者のうち、背の高い狼の青年は、突如として静かに立ち上がった。

 

 

「強いお前を罵ったことを謝らせてくれ。すまなかった、ベル・クラネル」

「……」

 

 

 その姿を知るのは、後にも先にも少年だけである。あの気高い狼人が自らの過ちを認め、手を腿に付け、頭を下げた。

 

 自分が強いことを認められて嬉しい反面、当時の光景が脳裏に浮かぶ。抱いた悔しさと肩に置かれた手の感触は、例え死ぬ間際になっても忘れないだろうと思える程だ。

 いつかのロキ・ファミリアの失態で生まれた、しかし己にとって大切だった、その感情。しかし引きずることは悪手であり、ベートに頭を上げてもらい、少年は自分の考えを口にする。

 

 

「正直に言うと、あの時の言葉はまだ覚えています。忘れることも無いでしょう、本当に悔しかったです。でも……あの時のベートさんの言葉があったからこそ、僕もここまで頑張れたのかもしれません」

「っ……」

「だから、これで終わりです。これからは、一緒に前を向いて歩きましょう」

 

 

――――天使か。

 

 少し表情を緩めつつ懐かしむように口にする少年を見て、主神の影響か、そんな変な言葉が脳裏をよぎるベートである。決して“そっちの気”があるわけではない。

 もし自分が少年の立場だったならば、謝っても許さないだろうと思えてしまう。もっとも彼とてその覚悟をもって口にしていたのだが、先の言葉を返されることは想定外だ。故に、この2文字が浮かんでいる。

 

 

「あ、でも……むーっ」

「あ?な、なんだよ……」

 

 

 最も大切なことを言い忘れたかのように。しかしここにきて、言おうかどうか迷っているような、目を伏せて目線を横に向ける小動物的な表情。

 何が口に出されるのかと、ベートがゴクリと唾を飲んだ。そんな感情を抱いてしまう、少年の顔も数秒続き――――

 

 

「やっぱり言います。だからって、アイズさんは譲れませんからね!!」

「て、テメェ!!」

 

 

 ベーッ、と可愛らしく舌を出して駆け出す少年に真面目に反応してしまい、狼人は間髪入れずに立ち上がって血圧が上昇する。子兎の背中を追い掛けるも、どうにも、追いついて何か反撃しようと思う気が起こらないのだから彼においても不思議なものだ。

 己を追い抜いていく二人の背中は、瞬く間に遠ざかる。どこまで走っていくのか見当もつかない二人の背中を眺めながら、タカヒロは穏やかな顔でホームへと戻るのであった。

 

 

「……ふむ」

 

 

 しかし、その扉を開くことは許されない。廃教会ゆえに薄い扉の向こうから、当時の事情を耳にしたのであろう赤髪の神のすすり泣く感謝の声と、宥めるような主神の優しい声が透けている。

 

――――さて、どこか時間を潰せるような場所はあるかねぇ。

 

 全てを知ってなお見守る様相を見せる丸い月を見上げ、青年の歩み足は、玄関扉とは反対の方向へ向けられるのであった。

 




「すまんかった」
「ええんやで」
の精神は、どっちも大切。なお今回もシリアスさんは()

注意事項:露骨に上げられるとこのあとロクなことがない(例:リリルカ)


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88話 エレメンタル

シリアス気味です。次話はコミカルになるはず()


Act.8:Gods and Spirits(神々と精霊達)
Act.8-1:アイズ・ヴァレンシュタインを探しに24階層へ向かえ
Act.8-2:とある神の使者と会って会話せよ
Act.8-3:とある神と会話し、力を貸せ
Act.8-4:50階層を調査せよ
Act.8-5:59階層にてリヴェリア・リヨス・アールヴを守り切れ
Act.8-6:精霊の分身を殺し、ロキ・ファミリアの安全を確保せよ
Act.8-7:【New】59階層における出来事について、神ウラノスと意見を交わせ


「毎度立ち話もなんなので、椅子を用意させて頂いた」

「約束した装備の件から意識を逸らそうとしても無駄だぞ?」

「hahaha...」

 

 

 色々あった(ヘスティアが倒れた)翌日の午前中。特徴ある機械的な音声が響き、部屋の端へと続く闇へと吸い込まれる。簡易的な椅子ながらも立ち話よりは確かにマシであり、タカヒロは促されて腰かけた。

 此度における彼の立ち位置は、語り部でもある。アイズに預けたアミュレットにより序盤の光景を目にすることが出来ていた二人だが、精霊が放った二連続の大魔法によって映像を転送するマジックアイテムは故障してしまっていたのだ。

 

 闇に溶けるような黒衣の人物フェルズと、闇の中でも微かな光に輝くような黒い鎧――――ではなく、本日は御洒落したワイシャツ姿である青年タカヒロが、祈祷の間でウラノスの前に座っている。いつかのデートの時と似て相変わらずのスタイルだが、気に入ったモノ(装備)を使う癖が現れているのだろう。

 それはさておき、話の内容は、他でもない59階層でロキ・ファミリアが遭遇したイレギュラー。アイズが持っていた水晶のアミュレットを通じて序盤の映像だけは全体を把握していた二人と、一方で実際に戦闘を行った一人が、各々の意見を交わしている。

 

 

「さて戦士タカヒロ。君は、精霊とやらをどこまで知っている?」

 

 

 やや気さくさを残し、フェルズはタカヒロに質問を投げた。

 もっとも、タカヒロが口にできる精霊に関する知識など素人程度でたかが知れている。固有名称となっても有名どころしか知らないし、この世界における精霊の存在などサッパリだ。

 

 精霊とは自然現象を崇め讃えた存在であり、基本として一つの精霊につき一つの属性を有している。例えば有名どころで言えば火(炎)の精霊であるサラマンダーがそうであり、複数の属性を持つ者は存在しない。

 その他の特徴としては、存在としては神に近いところがある。ここまでは、セオリー通りながらも基礎程度の知識。これを知っているとなれば話は早いなと呟くフェルズだが、タカヒロの報告を耳にした3人は、揃って気になるところがあるようだ。

 

 

「戦士タカヒロが口にした、精霊の分身が放った詠唱の内容なのだが……皆も、気づいただろうか」

 

 

 力強く、静かにウラノスが呟く。少しだけ陽気さが見えていたフェルズの気配も影を潜め、ウラノスの問いに対し、タカヒロが据わった口調で言葉を発した。

 

 

「四大精霊、またの名をエレメンタル。そのうち2つの存在の名前が、詠唱の文面に組み込まれている点だろう」

「ああ、その通りだ」

 

 

 四大精霊と呼ばれる存在がある。四大元素である火・水・地(土)・風を司ると言われており、これらは“エレメンタル”とも呼ばれている代表的な存在だ。

 それぞれ“サラマンダー”、“ウンディーネ”、“ノーム”、“シルフ”との名前が付けられており、例えば炎属性攻撃を大幅にカットする羽織りもの“サラマンダー・ウール”は有名な装備だろう。タカヒロが引っ掛かったのは、これら4つのうちサラマンダーとノームの部分だ。

 

 4つの元素は世界の柱。創造主の手によってカオスの中から放出され、様々な物質がかたどられたと言われている。

 互いに反撥しながら混ざり、固まり、現世の均衡と調和を保つ存在。天界の及ぼす力をとおして、それらは世界の上と下の全てのものを生み出すと伝えられてきた。

 

 

 50階層においてヘスティア・ファミリアの二人が到着する前の光景をフィンから聞いたタカヒロは、フィンが口にした、相手が放った詠唱の内容が気になっていた。ファイアーストームを受けた際も詠唱は耳にしており、一字一句までは覚えていないが、重要と思われる点は復唱できる。

 先の四大精霊のうち、炎属性魔法の時はサラマンダーの化身。岩による攻撃の時はフィンからの又聞きながらも、ノームの化身との呪文を唱えていたのである。また同時に、トニトルスの化身として雷の槍、ルクスの化身として光の咆撃を使うことができたことも当時聞いており、この場において伝えられている。

 

 トニトルスとはラテン語で雷を示すのだが、この精霊となるとタカヒロも知らない内容だ。ルクスも同様であり、光の精霊となるとウィル・オー・ウィスプならば知っているが本来の意味は人魂の類である上に、ルクスは聞いたことがない。

 とはいえ、自然界における様々な属性の魔法を使う存在となれば輪をかけて謎である。どちらかといえば精霊ではなく魔導士や魔術師と言われた方がシックリくるのだが、今だ正体は不明のままだ。

 

 例えばイフリートの分身が、弱火・中火・強火と強さを変えた炎の魔法を使い分ける、となれば特に不思議なことではないだろう。先ほどの疑問のように、最低でも4属性の魔法が使える精霊、というのが、精霊と言う存在の定義から矛盾しているのだ。

 つまるところ、あの精霊の分身はサラマンダーやノームから生まれた分身ではない。もっともフェルズとしては、それよりも気になる点があるようだ。

 

 

「……で。その四大精霊の力を使う者、つまるところ神の化身と呼んで差し支えないモンスターを、貴公は単独で葬り去ってしまったわけか」

「神の化身?小魚にクジラの尾びれでも取り付けるつもりか、笑わせるな」

 

 

 そもそも化身とは、神や仏、はたまた精霊が姿を変えて現れること。この世界における精霊とは殴り合ったことがない青年だが、あの程度の有象無象が化身などとなれば鼻で笑う内容である。

 戦いの際に神威(アルカナム)を使い襲ってくるセレスチャルを知っているだけに、その感情は一入(ひとしお)だ。敵なれど、比較するのも失礼に値するほどの差があると言っていいだろう。

 

 とはいえ、分身と言っても侮れない。超高速詠唱もさることながら、使う魔法が、リヴェリアが放った大魔法を上回っていたのもまた事実だ。

 一般的な魔導士から見れば規格外の威力であるために、神のような、と表現してしまっても差し支えは無いだろう。少なくともフェルズはそちら側の立場にいるために、先の評価となっている。

 

 

 そして、ロキ・ファミリアの突撃の時に現れた、地下から貫くようにして生えてきた防御壁。明らかに強力な防御力を誇っていたアレは2体目の精霊の分身のものではないと、直接目にしたタカヒロも感じ取っている。

 ならば60階層より下に穢れた精霊の本体が居ると言うのが、ウラノスの考えだ。では誰がそんなところから宝玉を運べるかとなると、3人は揃って赤髪のテイマーを思い出す。

 

 宝玉を生む存在と、オラリオを滅ぼす存在。何らかの目的があって、赤髪のテイマーと闇派閥は協力しているのだと予測できる。

 あれ程の実力、かつモンスター所以の再生能力があれば、50階層以下へ赴くことは可能だろう。なぜ精霊と関わりがあるのかは未だ不明だが、謎は少しずつ解決しているように見て取れる。

 

 

「我が愛せし“カレの命の代償”……カレとは、かつての古代において、ダンジョンで散っていった英雄たちのことだろう」

 

 

 嘆くようにウラノスが呟き、フェルズも顔を逸らしている。タカヒロも考えがそちらに向き、古代とは何を指すのか問いを投げた。

 

 古代とは、かつて神がまだ地上へと降りていなかった頃、約1000年前の時代。天界に居る神の意志を聞き、モンスターを討伐するために立ち上がった地上の者へと力を貸し、共にダンジョンへと挑んだ存在が居た。

 それが“精霊”。雑な説明をすれば、神の恩恵が無かった頃に、人がモンスターと戦うための力である。精霊そのものは普通に見ることができ、触れ合うことができ、人と似た姿かたちをしていたという。

 

 理性が壊れた程度ならば未だ生易しいかもしれないと、ウラノスが言葉を発した。モンスターに“食べられた”ことで“存在が反転”し、“怪物”に取り込まれた存在は、食らう、奪う、溺れると言った原始的な感情に基づき行動する存在に成り下がっている為である。

 他の生命を乗っ取り、己が持つ力の一部を使える存在。穢れた精霊の分身と表現したが、分類をするならば、もはやモンスターと表現して差し支えは無いだろう。

 

 確かにタカヒロが対峙した精霊も、上半身だけだが人と同じ形を成していた。だとするならば精霊と捉えられるが、複数の属性による魔法は、先の精霊という存在の定義から矛盾する。

 故に、1つの考えが浮かんでいる。恐らくはウラノスとフェルズも感じ取っているのではないかと思い、言葉を投げた。

 

 

「薄々感じているのではないか?蛙の子は蛙と言うだろう」

「いや、オタマジャクシでは」

 

 

 タカヒロ、フェルズの返答に対して無言で盾を取り出し振り上げる。

 

 

「待て待て待て、言ってみたかっただけだ。ともあれ、あの分身が複数属性の魔法を使用できるとなると、その生みの親は――――」

 

 

 精霊ではなく、その一歩先。限りなく神に近いような存在。恐らくは複数の精霊を取り込んでおり、下手をすれば神そのものである可能性もある。

 それが生み出した宝玉とは、己の力の“化身”。そのようなものを生み出せるとなれば、それこそ神でなければ不可能のようにも思えてくる。

 

 そもそもにおいて、原子と違って元素とは混ざるモノ。ならば精霊の力が混ざってしまっていても、理屈上は筋が通る。

 問題は、“誰が混ぜたか”、もしくは“誰に混ざっているか”という点だろう。オラリオを破壊するという闇派閥と違って、こちらは意図が全く読めない。

 

 

「……フェルズ、極彩色の魔石を見せてもらえるか」

「もちろん、これだ」

 

 

 何か思い立ったことがあるのか、タカヒロは魔石を手に取りつぶさに観察している。そして、目にしたことで疑惑が確信へと近づいたことを確認した。

 かつて一度目にした時に感じた、違和感の正体。極彩色と表現できる程に鮮やかな色で塗りたくられているが、そこに、とある色をベースとしたモノが含まれていないことに気づいたのだ。

 

 己にとっては、最も大切な者のシンボルカラー。弟子が好意を寄せる相手が使う“技”の属性が持ち得る、元素カラー。偶然だが己が秘密基地で作った“装置”も、その色がモチーフであるモノを発生させる。

 タカヒロが口にした「ヒントは色だ」との言葉で、フェルズは、もう1つあった魔石をウラノスへと渡す。つぶさにに観察するウラノスは、全体像を見てハッとした表情を浮かべることとなった。

 

 

「まさか、この色彩は……」

「気づいたか?極彩色とは様々な色を塗りたくった状態を示す言葉。この魔石は確かに極彩色と言えるような色調だが、風のシンボルカラーである“緑”をベースとした色がない」

 

 

 元素とは、それぞれに固有の色、シンボルカラーのようなものを持っている。サラマンダーならば赤であり、ウンディーネならば青、ノームならば橙、そしてシルフならば緑である。

 穢れた精霊の本体は様々な属性が混じっているが故に、その影響を受けた魔石は“極彩色”。そう考えれば意外と納得できてしまう程の内容であり、タカヒロはそう口にした。

 

 もっとも、シンボルカラーというのは絶対的な正解は無く宗教などによって変わるものだ。最も多いのが空気と地面の色が逆になっているパターンであるが、此度の場合は詠唱に“ノーム”が出てきており橙をベースとした色が魔石に在るために、風が緑を指すのだろうと推察している。

 

 

 赤髪のテイマーがアイズのことを“アリア”と呼んで、執着したような動きを見せていたことは知っている。とはいえタカヒロも、アリアという名の精霊は聞いたことがない。

 しかし、四大精霊の1つシルフと同類である“エアリアル”という単語ならば知っている。風の精霊を指す言葉であり、とある人物が使う技の名前とも類似していることも気づいていた。

 

 アリアという名を聞いてみれば、古代の大英雄“アルバート”の生涯に寄り添った風の精霊だろうとフェルズは答えている。つまり1000年前に存在した者であり、アイズと何かしらの関係はありそうだ。

 もっとも、だからと言って、どうということはない。たとえ何か秘密があろうとも彼女は彼女であり、それ以上でもそれ以下でもないことは明白である。

 

 実のところ、ウラノスはアイズとアリアの関係に気づいている。もっとも、彼の口から言葉にして良いモノではないために口を閉ざしたままだ。

 

 

「風を示す色のない魔石……つまり風の精霊は、まだ犠牲になっていないということか」

 

 

 言葉を零すフェルズ。あくまでもタカヒロの推察が正解という仮定の話だが、そう考えるのが妥当だろう。

 事実、59階層においても風に関する魔法は無かった。そして複数の精霊の力を持った存在を相手にしては、風の精霊とて既にやられている筈だ。そもそもにおいて風の精霊がダンジョンへと挑んだのかも不明であるが、今となっては確かめようがない。

 

 

「そして、風の精霊を取り込むことで……エレメンタルという存在の化身として、神へ昇格しようと企んでいる」

「なんのために」

 

 

 そう言われても、本人に聞かなければ見当もつかないのが実情だ。しかしタカヒロは、ここで24階層の出来事を思い出す。

 どこぞの男(オリヴァス君)がビートを刻んでいた“彼女”とは、つまりこの“エレメンタルの成り損ない”なのだと仮定した。そして、その目標が“空を見ること”であるならば、力を付けることも、一応は筋が通るのだ。

 

 

「ダンジョンの封印を突破し、空を見るがために神になる、だと……!?」

「相手は獣畜生だ。思考回路は、最も単純に考えた方が正解かもしれん。コレが神の成り損ないだと言うならば……オラリオに居る神々とて、目的や程度はどうあれ、趣味に走るという似たような傾向はあるだろう」

 

 

 今はモンスターであるために祈祷に従い大人しくなっているが、神となれば話は別。持ち得る“神の力(アルカナム)”でもって、正面から強行突破を図るだろう。

 そう言われると、神であるウラノスは何も言い返せない。身勝手な神々が多い事は彼もよく知っており、オラリオに降りてきた時も、煮え湯を飲まされたことは1度や2度では済まない程だ。

 

 しかしタカヒロとしては、仮説が出来上がったとしても疑問が残る。かつて神が居ない時代の存在ならば何故、1000年もの間、表に出てくることがなかったのかという点が一番だ。

 7年前の暗黒期、失われた7日間においては“食人花(ヴィオラス)”も“精霊の分身へと成長する宝玉”も無かったという。ならば出現して闇派閥が使い始めたのはここ最近の話であり、何らかのトリガーがあったことは明らかだ。

 

 実の所の正解はアイズ・ヴァレンシュタインが原因であり、ウラノスは隠すべきではないと考えて正解を口に出す。9年前にダンジョン内部において初めて“エアリエル”を使用したことで、風の精霊の事を感じ取った穢れた精霊の分身が活動を開始したという内容だ。ならばあの穢れた存在は、やはり風の精霊を求めているとみて大きな間違いはないだろう。

 活動の根源は分かったものの、ここから先は情報が無いために手づまりである。何かしら情報を持っているであろうロキ・ファミリアを少し突いてみることを口にしたタカヒロだが、そのタイミングで1つの事を思い出した。

 

 

「ところでフェルズ、魔石が無いモンスターというのは存在するのか?」

「いや?魔石とは文字通り、モンスターの核だ。それがなければ、1分も経たぬうちに灰に還ってしまう」

「しかしだな……いや、目にしなければ信じられんか。了解した」

 

 

 呟きながら視線を背けるタカヒロは、何か引っ掛かるところがあるらしい。それでもフェルズが口にするように魔石が無いモンスターなどあり得ない話であるために、これ以上口を開くことはなかった。

 そして何かティンときたところがあったのか、少し目を開くとその場をあとにして廃教会へと足を向ける。ウラノスとフェルズの記憶から“5年前の事件”が掘り起こされぬまま、よからぬ時間は流れるのであった。




本話はあくまでも解釈の1つですので、ご理解いただけますと幸いです。“極彩色”と言いつつ具体的な色が無かったり原作中のヒントが少なすぎるので、結果としては的外れかもしれません。


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89話 数値的検証と洋服

 仏頂面。ふくれっ面など様々な表情を指す言葉であるが、その男に対しては特定の条件下を除いて“不愛想”という意味が当てはまる。

 当該の一般人はウラノス、フェルズと共に59階層での出来事を考察し、西区のヘスティア・ファミリアのホームへと帰還中。やや不完全燃焼な結果だったためか、眉間に少しシワが寄ってしまっていた。

 

 長期戦となった場合に備えて御洒落したスタイルで出向いたものの、結果としては無用の長物だ。とは言っても、別にウラノスやフェルズにアピールしたいわけではく、このあとの用事に備えるための服装だ。

 見慣れた街中を歩き、見慣れた廃教会へと戻ってくると、扉の向こうからバタバタとした雰囲気が伝わってくる。恐らくは主神だろうと考えながら帰還の報告と共に扉を開くと、ツインテールが狂喜乱舞となって空中に舞っている。

 

 ドレス姿というわけではないが、怪物祭の時のように少し着飾っている最中だ。そうも急いでやることなのかと思ったタカヒロだが、机の上に投げられるように置かれていた本を見て、恐らく読書に勤しんで時間に気づかなかったのだろうと理解するのは難しくない。

 身も心もバタバタとしていた彼女だが、準備も丁度終わったらしい。タカヒロに気づいた視線を向けると、間髪入れずに口から言葉が飛び出した。

 

 

「お帰りタカヒロ君!ボクはもう出るから、朝も伝えたと思うけど、夕刻の鐘が鳴る時に黄昏の館だよ!遅れないようにね!」

「了解したが、ヘスティアは?」

「ゴメン、所用で参加できないんだ、ベル君を頼むよ!じゃあ、行ってくる!」

 

 

 バタンと扉が閉じられ、軽やかな足音が響き消えてゆく。余韻と共に静まり返り、いつもの静かな廃教会の地下室が戻ってきた。

 タカヒロが御洒落していた理由がこれであり、ウラノス達との会話が長引いた場合に直接向かうため。ベルは朝からヴェルフの所へ行っており、集合時間に黄昏の館で合流する予定だ。

 

 大小はさておき、ロキ・ファミリアが開いているパーティーにはタカヒロも何度か呼ばれている。迷惑を掛けてしまった詫び、団員を救ってくれたお礼、仕事を手伝った謝礼など、呼ばれた理由も様々だ。今回は、2つ目が該当する。

 思い返せば、最初に出会った時も50階層から帰還した記念に宴を開いていた。死と隣り合わせの環境に居た為に磨り減った精神を回復させるためと捉えれば、特別に不思議なことではないだろう。

 

 

 となれば、時間まではやることもない――――とは言えず、やりたいことが1つあったのを思い出す。もっともすぐに終わるような内容ではないために、今日は触り程度にしかならないはずだ。

 本来ならば、それは何よりも最優先でやっていたことだろう。しかしながら、ガントレットを作るための物資を納品し、受け取った後に優先したことは、全くの別件であったことを思い出す。

 

 

「――――色々と、あったな」

 

 

 深くソファにもたれかかり、天井に目線を向ける。思い返す情景は、ここ半月ほどの内容だ。

 戦う理由の優先度が、明らかに変わったと言って良い。新たに加わった理由はとても重く、深く、そして強い。次また機会があれば、それこそ相手の実力は関係なく、余程のことが無い限りは全力で戦う決断を下すだろう。

 

 その理由が輪をかけるかどうかの結末は、12時間以内には決定する。何せ今夜、決戦のバトルフィールドはお誂え向きに用意されているのだ。相手が一応王族であるために、公衆の面前ではなく、一通り食べて飲んだ後に連れ出して話を切り出そうと腹をくくった。

 どのように事が運ぶのかと考えても、柄も無く鼓動が強く、そして速くなるだけだ。初めての強敵を相手する時のように、当たって砕けろの精神で挑むだけである。互いに違うファミリアに居るものの、先のハードルを乗り越えることができたならば、なんとでもなりそうな気が芽生えてくる。

 

 

 そうと心構えが決まれば、調子はすっかりいつもの青年だ。他の装備は装着しないものの、1つのガントレットをインベントリから取り出している。

 アンブレイカブル・ネメシス ガントレット・オブ ザ オリンポス。この装備を装着した際の『星座の恩恵+40%』という、数値上は強力な効果の検証を行っていなかった。

 

 一応、相手にもならないような敵との戦いで実戦のデビューは終えている。星々の恩恵こそあったものの星座の加護によるスキルは発動しなかったために、未だ体感することはできていない。このガントレットが有ろうと無かろうと、どちらにせよ一般のモンスターは一撃で沈む程に強力な加護なのだ。

 魔石灯の光に反射し輝く姿は、神話級レジェンダリーの装備にも引けを取らない存在感、洗練さ、実用性を兼ね備えている。最後に至っては、超えていると言って過言は無いだろう。

 

 

 両手に装着し、相も変わらずシックリくる馴染み具合のガントレットは、己が作ったモノ以上。この辺りは、何度感じても流石はヘファイストスと言える点だ。

 その点で言えば、ヴェルフの武器もベクトルは同じである。いくら鍛冶の神をもって唸る程の武具を作れるタカヒロとはいえど、このような細かい点の配慮については、足元にすら遠く及ばない。素人とプロの差とも表現していい地力の差と言えるだろう。

 

 そんなことを感じながら、星座の一覧を確認していく。55個ある星々の恩恵は様々な効能を持っており、それぞれによって上がるステータスも様々だ。

 何らかの耐性、攻撃能力もしくは防御能力、報復ダメージなど、例を挙げればきりがない。それらの数値が綺麗に40%増しとなっていた点も驚きに値するが、最も驚愕したのは、55個のうち6つある、星座の加護によるスキルの内容だ。

 

 

「……改めて見ると、凄まじいな」

 

 

 それらの内容を目にした途端、語彙力が消えており。どうにかして言葉が出てきたものの、「すげぇ」としか言い表すことができなかった。

 

 効果時間、及びクールタイムについては影響なしであり、オリジナルからは変化なし。なお、カドモスでのテストも終了していたため、今現在は以前の星座構成に戻している。

 しかしながら効果内容及びその持続時間については綺麗に40%増しとなっており、あまつさえ発動率ですら同様だ。強力な効果故に発動率が15%~30%程に設定されているそれらが4割増しとなるだけで、実際の戦闘において発動する期待値は急上昇すること間違いない。

 

 とはいえ数値的には、例え元々が30%でも、僅か12%が上乗せされるだけ。取得している加護の中で最も低い15%となれば、増加数値は更に下がって6%増の計21%である。

 後者についてを“大きな上昇”と表現するか“誤差”と吐き捨てるかは人によるだろうが、青年からすれば間違いのない“大きな上昇”だ。土壇場になったならば、今まで以上に期待に応えてくれることだろう。

 

 ともあれこのガントレットによって、例えば防御能力の基礎値が今までの数値から50上昇、更には倍率上昇もまた影響を受けており今までよりも1.8%も上がっているために、数値的な防御能力は3300を軽く超えてしまっている。防御能力とは基本として3000もあれば十二分で、対セレスチャルを考慮しても3200に迫っていれば、例えば“魂のラヴァジャー”という強力なスーパーボスからの被打率80%程、被クリティカル率はゼロ%に抑えられるのだ。

 逆に言えば、この過剰分を削ることで、他の能力を上げることができる……かもしれない。断定することが出来ないのは、装備によるパズルは複雑怪奇な代物だからである。

 

 1つを入れ替えたことで、別の所を入れ替える。すると更に別の所が過剰になったり逆に足りなくなったりするために、ああだ、こうだと考えながら唸るのだ。

 時と場合によっては、1日かかっても答えが出ないことなど日常茶飯事。装備変更によるパズルとは、そのような点を考えるのが非常に楽しいのだが、例え理論的に良いと言える構成でも実戦となれば疑問符な結果に終わることもあるのはご愛敬だろう。

 

 

「ただいま戻りました!」

 

 

 そんなタイミングで、元気の良い少年の声が地下室に響く。タカヒロはガントレットを外すと机に置いて「おかえり」と声を出し、予定が変わったのかと声を掛けた。

 どうやら、ヴェルフがヘファイストスに呼び出されたようで急遽解散となったようだ。ヴェルフの表情があまり宜しくなかったことから、危険を察して逃げてきたという側面もある。

 

 苦笑しながらそんなことを口にするベルは、この後の予定は無いらしい。あと3時間ほどで黄昏の館への集合時間となるが、暇なのか、机の上に置かれた黒いガントレットを眺めていた。

 しかしタカヒロとしては、別の問題が顔を覗かせている格好だ。まさかとは思ったものの、念のために問いを投げる。

 

 

「……ベル君。自分も、服については頓着がある分類とは言えんが……まさか、その格好で参加するつもりか?」

「え、あ、はい。……マズいですかね?す、すみません。今まで、御洒落なんてしたことがなくて……」

 

 

 素気が無いが、ベルらしいと言えば、ベルらしい。恐らく少年を見たロキ・ファミリアのメンバーは、そのように表現するだろう。

 また、無関係の者が会場に居たとしても、零細ファミリアと言えば、ああなるほどと納得することだろう。趣味でもなければ、普段着に金を掛けている余裕があれば、生存率を上げるために武具に対して注ぎ込むべきだというのは常識中の常識だ。

 

 黒のズボンに、白のTシャツ。その上から、少しロングな薄いベージュ色のコートのような薄い上着を羽織っている。最早見慣れたと言って良い、ベル・クラネルの普段着だ。

 だがしかし、10日ほど前に、あのような事があったのだ。彼女ならば楽しみにしているのではないかと考えたタカヒロは、行動を起こすべく口を開く。

 

 

「だったら払ってやる。行くぞ、まだ時間の余裕は十分だ」

「へっ、行くってまさか、衣服店に……!?」

「彼女の横に立ちたいと言うならば、格好にも気を配らねば嫌われるかもしれんぞ?」

「行きます」

 

 

 慌てる少年だが、それも数秒。彼女が絡むと、かつてのようにチョロかった。

 そういうことで足を進めてやってきたのは、街の一角にあるヒューマン用の衣服店。あまり気取った店ではないものの、ベルならばこのような店が良いかとタカヒロが決め、二人で店に入ることとなる。

 

 

「いらっしゃいませ。何かございましたら、遠慮なくご用命ください」

 

 

 少し老けた、しかしながら、かつてはジェントルマンとして通って居たような店員が、渋い声と共に対応を見せている。口元は微笑んでいるが、目は笑っていない“やり手”の部類だ。

 特に忙しそうにしていなかったこともあり、言葉に甘える。タカヒロはベルの背中を少し押して一歩前に出し、此度の依頼人である事を間接的に告げている。そして、要望の内容を口にした。

 

 

「今宵、簡単なホームパーティーのようなものがありましてね。少しお洒落した普段着ということで、似合う服装を是非、コーディネートしてもらいたく」

「なるほど、承知しました。何か、本人様のご希望はありますか?」

「す、すみません。あまり知識がないもので……」

「なるほどなるほど、問題はございませんよ。でしたら、僭越ながら私めが――――」

 

 

====

 

 集合時間には1時間ほど早いものの、特に寄るところも無かった二人は、黄昏の館へと到着する。門番が敬意をもって出迎えており、そんな気配に当てられたベルも、いろんな意味の緊張を抱いていた。

 ロビーへと通されると、パタパタとした駆け足の音が響いていた。その後ろからもう1つの足音が響いてくるが、そちらに目が留まることなく、立ち上がったベルとタカヒロは、黄金の少女と対面することとなる。

 

 

「なっ!?」

「べ、ベル、その服……」

「ちょ、ちょっと、気合、入れちゃいました。えへへ」

 

 

 先日のワンピース姿で出迎えた、アイズ・ヴァレンシュタイン。まさかベルが御洒落して来るとは微塵にも思っておらず、不意打ちの一撃を食らった格好だ。その後ろからついてきたレフィーヤも、驚きの様相を見せている。

 

 ベル・クラネルは、どちらかと言えば“カワイイ”系だ。身長こそ160㎝少しと年齢からすれば高いものの、顔や普段の性格・表情は間違いなくソレである。

 だがしかし、此度においては“男らしさ”と僅かなカジュアルさが出る服装だ。師であるタカヒロとお揃いで、少しピッチリとした黒の長ズボン。ここからは師と別物ながらも長袖ではなく生地がしっかりした“サイズ的な余裕が少ない”白い半袖Tシャツで少年らしく肘から先を出しており、瞳と似た赤い薄めのジャケットと相まって、活発さも忘れていない。

 

 このTシャツの何が狙いかというと、少年自身は気づいていない。絶妙な加減に調節された丈によって、ベルが腕を上げると、線は細いながらも、脇腹と鍛えられた腹筋の極一部までのエリアがチラリと顔を覗かせるのだ。

 今しがたも照れ隠しで頭の後ろに左手をやっているために、左わき腹がチラリとだけコンニチワ。とはいえ全部が見える訳ではなく、微妙な匙加減。元々ベルに対して好意を抱いているものの、年頃のアイズにとっては、ドがつく程のチャームポイントというわけである。

 

 

 そんなセレクトをした衣服店の店員、実は店長。タカヒロとベルの容姿から親子と判断、そしてディナーのために衣類の更新となれば、少年が“お相手”に会うのだと読み取っていたという超敏腕。むしろエスパー。

 衣類となると疎いタカヒロも流石にそこまでは気づいておらず、試着したベルは普通に立っているだけでも様になっているために、特に何も思わず支払いを行った格好だ。ちなみにタカヒロも、気に入ったワイシャツを一枚買ってインベントリに収めている。

 

 アクセサリ―類の小物こそ無いが、店員曰く「そこは気取らない演出」らしい。普段の子兎のような表情もさることながら、凛々しい表情でも似合うだろう。59階層で目にした雄の顔を思い出すアイズは、脳内で合成写真を作っている。

 そのために、傍から見れば顔を伏せ気味にフリーズ中。どうかしたのかとベルが覗き込むと、レベル6の実力でもって、瞬時に脇に抱えられた。

 

 

「向こうで、写真、撮るよ!」

「「アイズさーん!?」」

 

 

 1つはドップラー効果つき、もう1つは甲高い山吹色の「アイズさーん」が響いたと思えば、タカヒロの前から娘息子二人の姿が消えている。ベル・クラネルは、開催前に“お持ち帰り”されてしまっていた。

 そのうち戻ってくるだろうとタカヒロは呑気に考え、ひとまずロキの居場所を聞き出し挨拶を済ませている。そのまま捕まってしまって宴の開始前から一杯のワイン、ロキ曰く“ファミリア最高級の逸品”を振舞われる丁寧な出迎えを受けたが、まだ時間には余裕があるために問題はないだろう。

 

 対応が終わると、二人して会場へとやってきた。開始20分前で既に満員御礼の状況となっており、一部御洒落している団員に対してセクハラを始めるロキを放置し、タカヒロは挨拶を行うために、幹部3人の姿を探し始める。

 

 そのうちの一人、青年が気にしている相手は、今となっては一目で見つけることができるだろう。現にすぐさま目に留まっており、相も変わらずの魔導服姿とはいえ、彼女らしいと言えば彼女らしい。

 同じファミリアであるベルが拉致られてしまったので、自分だけでもと、彼女とそれを取り巻く集団に対して、今夜世話になる旨の事を挨拶する。直前にフィンとガレスの姿が視界の端に見えていたので、すぐに踵を返して、そちらへと足を向けた。

 

 

 「――――それだけ、か……?」

 

 

 無意識のうちに“誰か”が呟いてしまった小さな声を聞き取った者は、僅かにエルフ数名。その者らはゴクリとつばを飲み込み、予想外の展開に冷や汗を流すこととなる。

 エルフの集団からすれば、“同じ席で食べよう”ぐらいのアプローチがあるものだとばかり思っていた。故に周りを取り囲み、邪魔が入らないよう援護することが極秘に閣議決定されていたものの、それ以前の問題となってしまっている。

 

 一方で、とある男の決意は固まっている。しかしながら、それを示す場は今ではない。詳細については、ガントレットの検証に入る直前に思い浮かべた内容だ。

 一通りの挨拶が終わった時にタカヒロはフィンに誘われて、一番左端にある机の右側に腰かける。フィンはその左隣りに腰かけ、ロキが執り行うらしい開会の音頭を待つこととなる。

 




オラリオに写真があるかは知りません!
蓄音機?レコード盤?があるので白黒ならあるのかも?

■攻撃能力
 ⇒攻撃ヒット率、クリティカル率に影響する。前者は60%の最低ヒット率が保証されている。
■防御能力
 ⇒敵の攻撃からの被打率、被クリティカル率に影響する。前者は60%以下にはならず、完全回避などの状態にはできない。

■ヘファイストスのガントレットにより、星の恩恵による下記パッシブ効果および星座のスキル(別途)の効果が40%向上する。
 どんだけ強くなったの~?となりそうですが、星座の変更はほぼ確定要素となっているので、今のところは火力+1割、防御力+2~3割と言ったところでしょうか。
 (星々の効果それぞれに適応され、GrimDawnにおいては小数点第一位までをカウントする)


 影響する時間については、例えば
 ・5秒スキルリチャージ
 ・3秒持続時間
 この2つには影響しない。しかしながら付属スキルに
 ・標的をノックダウン 2秒
 などがあれば、ここの時間については上昇効果を得る。



 元の合計値→上昇後:効果:内訳

 48→67.2%:凍結時間短縮:18+30
 55→77.0%:気絶時間短縮:25+30
 17→23.8%:移動速度上昇:8+6+3
 33→46.2%:減速耐性:18+15
 (備考:なぜか減速耐性に呪詛を防ぐ効果があります)

 20→28.0%:活力:20
 80→+112.0:ヘルス:80
 25→35.0%:ヘルス:5+5+5+6+4
 60→+84.0:ヘルス再生/s:30+30
  1→+ 1.4:エナジー再生/s:1
200→+280.0:エナジー:200

  5→ 7.0%:精神力:5
  3→ 4.2%:体格:3
120→+168.0:体格:15+15+15+20+20+15+20
 10→+14.0:攻撃能力:10
250→+350.0:防御能力
  9→12.6%:防御能力:4+5

  7→ 9.8%:物理耐性:3+4
 40→56.0%:冷気耐性:15+25
 15→21.0%:雷耐性:15
 28→39.2%:刺突耐性:10+18
 10→14.0%:毒・酸耐性:10
 28→39.2%:イーサー耐性:8+20
 25→35.0%:カオス耐性:5+20
 15→21.0%:生命力耐性:15
 15→21.0%:エレメンタル耐性:15
  3→ 4.2%:最大イーサー・カオス耐性:3
  3→ 4.2%:最大刺突耐性:3

-18→-25.2%:シールド回復時間:-18
 11→15.4%:シールドブロック率:6+5
 95→133.0%:シールドダメージブロック(量):20+15+20+10+30
 22→30.8%:装甲強化:2+5+5+10
260→+364.0:装甲強化:30+40+40+150
 21→29.4%:装甲吸収率増加:3+18

 20→28.0%:反射ダメージ削減:20
320→+448.0:物理報復ダメージ:200+120
250→350.0%:全報復ダメージ:30+40+30+50+100
 10→14.0%:クトーニックへのダメージ増加:10
-10→-14.0%:武器・装飾品に必要な精神力:10


・以下、あまり変わらないのと力尽きて省略
6-8 物理ダメージ
6-10 火炎ダメージ
80% 物理ダメージ(報復ダメージは上がりません)
80% 火炎ダメージ
50% 体内損傷ダメージ
40+60 体内損傷ダメージ/5s


計算してみたのですが、Affix1つでこれだけ上昇しました。たぶん突っ立ってる時の装甲値は下手したら5800ぐらいまで行ってますね。至高の装備しゅごい(語彙力)
なお、ここには星座のスキルは出ておりませんがネタバレを含むので省略致します。そっちの方がもっとヤベーことになってます……。


ところでここでポンコツが買ったワイシャツ、恐らく重要です。リヴェリア関係ではありませんが、どこかで出てくるはず。


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90話 渾身のカウンター

 夕暮れ時も少しだけ過ぎた時間。ロキ・ファミリアのホームである黄昏の館にある食堂は満員御礼となっており、そこかしこでガヤガヤと話声が聞こえており賑やかな状況となっている。

 しかし、一人の女性が立ち上がって数秒後には収まった。他でもない主神ロキが、乾杯の音頭を取るためである。

 

 

「コホン。えー、それじゃぁ時間やで。ロキ・ファミリアの遠征組帰還記念と、ヘスティア・ファミリアの救援に感謝するパーティーを始めさせて――――」

 

 

 そこから、間延びして次が続かない。己の眷属を助けてくれた恩は、痛いほどに感じている。珍しく両手を合わせてゴメンと不参加を示してきたヘスティアが居ないため、暴れ足りないことは些細なことだ。

 それでも、今気になっている点については話は別。目には映っていたもののどうにかして口に出すまいと思いとどまっていたロキだが、とうとう我慢できずに全く違う内容を話し始める。

 

 

「もらうんやが、その前にソコの子兎!なんで隣にアイズたんがひっついとんねん!!」

「そうですよヒューマン!羨ま、ずる、失礼です、離れなさい!!」

「ぼ、僕のせいですか!?」

 

 

 君のせいで間違いない。色々とカッコイイところを見せたからである。

 

 どうなっているのか状況を示すならば、次の言葉通りと言っていいだろう。とあるテーブルの長椅子に座るベルの左側、紙一枚も通らない隙間の位置にアイズ・ヴァレンシュタインが腰かけており、少年の左腕をホールディングして肩にもたれかかっている状態だ。

 仲が良い、では済まされない程に近い距離。オブラートに包んでも「恋人じゃね?」と言える程にピッタリとくっついた二人の姿は、周囲に対して先の疑問符以外の言葉を許さないとも言えるだろう。

 

 その光景、実は10分ほど前から不変である。食堂へとやってくる際も真横ピッタリの位置をキープしており、慌てふためき頬をリスのように膨らませるレフィーヤがその後ろを追っていた格好だ。

 

 宴の開始の音頭もどこへやら。ロキとレフィーヤの攻撃が、主役、かつロキ・ファミリア生存の功労者の一人に飛来している。自分からアイズに対して物理的にくっついたわけでもない少年は、本音を口にして抗議した。

 とはいえ、それでは彼自身がアイズを嫌っているようにも受け取られてしまうことに気づく。失言だったかと冷や汗を覚え、チラリと横に引っ付くアイズに目線を流す。すると彼の瞳を見ていた少女は、目線を受けて攻撃者の二人を見ると反論を行った。

 

 

「違うよ、レフィーヤ、ロキ。わたしが……ベルと、一緒に居たいだけ」

「な、なななななああああ!?」

「嘘やあああああああああ!!」

「うがあああああああああ!!」

 

 

 宴は始まってすらいないというのに、レフィーヤ、ロキ、流れ弾となったベートが奇声を上げて同時にダウン。まだ一口も飲んではいないというのに、中々にグロッキーな表情を見せていた。

 当時の状況を知っている3人とはいえ、いざ彼女が誰かに好意を向けるとなると発狂せずにはいられない。要は、ただの現実逃避である。

 

 一方で、元々強い興味を抱いていた上に、限界を乗り越え死を目前にした状態で颯爽と助けられ、その後も必死になって守ってくれた少年を相手にアイズ・ヴァレンシュタインはもう自分を止められない。恥ずかしさを自覚しながらも己の思いは素直にぶつけており、周囲からのベルに対する羨ましさこそスルーしても、敵意に関しては彼女が率先して鎮める(物理)対応を見せている。

 なお、そんな直球ド真ん中ストレートの好意を向けられる相手もまた、投手に対して一目ぼれしていた初心な少年。いざ、こんなシチュエーションになったことに対して10分経った今でも心の整理ができておらず、だらしなく鼻の下を伸ばして……いる余裕すらもなく、機械の如き動作を見せていた。

 

 

「ベル君!」

「は、はい!?」

 

 

 左隣にある机から突然と強く名前を呼ばれ、少年は思わず立ち上がって身体を向けて答えてしまう。今まで自分の師匠が名を強く呼ぶことは滅多になかったために、何か叱られるのではないかと考えて身が縮み、アイズが横に居る幸せも吹き飛んでしまっていた。そして全員が、彼の席を見つめている。

 

 ところで当の彼がベルの名前を口にした理由は、もちろん叱責などという類のものではない。表面上は仏頂面のままで放たれる、彼が密かに楽しんでいる“ベル君いじり”である。

 

 

「何をボサっとしている。アイズ君は君と一緒に居たいと謳っているだろう、男として返事をせんか」

「ししょおおおおおおおおおおお!!!?」

 

 

 赤から白に変わって先ほど以上に真っ赤に戻った少年の心境は、それはもう恥ずかしさで満載である。せっかく3人を生贄にして屍を乗り越え公の場ではスルーできたと思っていたのに、こうも公明正大に蒸し返されては答えを出すほかに道がない。

 なんでよりによって今のタイミングで蒸し返すのですか!と、少年は叫び声で己の師匠に抗議する。もちろんそんな心の叫びはタカヒロとて分かっており、“してやったり”で満足げな表情を見せている。

 

 

「……どうなの、ベル」

「うぐっ……」

 

 

 そして、本人である彼女による必殺の追い打ち。更なる力での腕の抱き寄せ、上目、潤んだ瞳、向けられる答えに対する心配した表情は、そのどれか一つでベル・クラネルを数回は殺せるほどの対人宝具に他ならない。

 

 鼓動が早まる。ミノタウロスと対峙した時など比較にならない程に脈打つ心臓は、血管を千切って止めてしまいたいほどに少年の耳に響いている。きっと師匠がエリクサーを使ってくれるだろうと思ったタイミングで、とんでもないことを考えている点に気が付いた。

 少年が持つ跳ねあがる生命の鼓動は、左手をホールディングしているために鎖骨部分に接しているアイズにも届いていた。自分に対して緊張している様子が文字通り手に取るように伝わっており、心をくすぐる。表情にこそ出さないが、内心は非常に喜んでいる。

 

 

「ああああああああ、もうズルいですよアイズさん!それと師匠!!ぼ、僕だって、アイズさんと一緒に居たいんですから!!」

 

 

 よくぞ言った!!と、アイズ推し“ではない”男連中の口から歓喜の声と拍手が沸き起こる。女性陣のほとんども祝福しており、ティオナは二人の首に抱き着いて祝福しているがこれは平常運転の光景だ。

 では“アイズ推し”となればどうなるか?少年の業績を知っているが故に文句も言えず、僅かコンマ数パーセントの望みをかけていた者は崩れ去るか涙ながらに祝福するかの二択であった。

 

 一方で、色々と困っているのはロキ・ファミリア団長のフィン・ディムナだ。乾杯の音頭を取るはずだったロキ本神が屍と化しており、宴は始まっても居ないのにそこかしこで阿鼻叫喚の渦となっている。

 そんな渦を作った張本人であるタカヒロは、涼しい顔をして余裕綽々の表情だ。どうするのかとフィンが問うと、どうせ乾杯の先か後の話だと茶化されてしまう。なお、それに同意しかできないのが団長として悲しいところである。

 

 

「もう始まってるようなものだろ、乾杯音頭をやってしまって仕切りなおせば皆も従うさ」

「はは、そうだね。それじゃー皆いいかな?気を取り直して、かんぱーい!」

 

 

 結果として正常な流れに収束し、同様の音頭が周囲から発生する。「取り直せるのかー!?」などの団員のヤジと同意する笑い声などが飛んでくるが、それも立派なBGMだ。

 

 フィンとタカヒロはエールでベルは軽い果実酒、アイズはリヴェリアと同じ果実ジュースとなっている。ベルとアイズは二人して仲良く乾杯の音頭を行い、三分の一ほどを口にした。

 しかし、彼女の前に出された飲み物にアルコールは入っていない。同じものを飲もうとして酒が入ったベルのジョッキに手を付けた瞬間に周囲から悲鳴が上がったため、リヴェリアがそちらを向く。目に飛び込んできたアブナイ光景に、ロキ・ファミリアにおける保護者は言葉を発した。

 

 

「アイズ、酒の類は止めておけ。気持ちはわかるが、後悔にしかならないぞ」

「えっ……」

 

 

 ダメ?と言わんばかりに上目で抗議するアイズだが、その仕草でベルや周囲にこそ大ダメージを与えるもリヴェリアには届かない。非常にご機嫌であるために、酒を飲んで更に上機嫌になりたい、というのが彼女の本心である。

 しかし、何を隠そう彼女は酒乱極まりない。そんな会話が聞こえてきたフィン達がいるテーブルも臨戦態勢に入っており、万が一に備えてアイズを止めるようにスタンバイを行っていた。そんな様子を見た青年はアイズが酒乱の類であったことを思い出し、止める方法ならあるという言葉を投げている。

 

 

「彼女、珍しく舞い上がっちゃってるからねぇ。どうやって止めるんだい?」

「なに、そこそこ簡単さ」

 

 

 そう言うと、彼は背中を逸らせて右を向く。それに反応して左を向いたベルに連動するように、彼女も首を左に向けた。

 

 

「アイズ君、自分からも忠告だ。酒を飲んで粗相を見せれば、ベル君に嫌われてしまうぞ?」

「っ!?だ、だめ……!」

 

 

 それだけは絶対にダメ!と言いたげな絶望的表情で顔を左右に振るわせ、彼女はより一層のことベルの左腕にしがみつく。なにかと信頼しているタカヒロのアドバイスということもあって、彼女はベルに嫌われることを本気で恐れていた。

 なお、その表情と動作は先ほどの上目に負けず劣らずで非常に可憐さ極まりない代物である。自分にすら向けられたことのない少女アイズとしての表情にロキとレフィーヤはハンカチを咥えて唸っており、必然的にベル・クラネルのヘイトが急上昇しているのは最早ご愛敬だろう。

 

 

「だったら辿る道は1つやでアイズたん。おとなしく、母親(ママ)の忠告は聞くんやな!」

「……誰が母親(ママ)だ」

 

 

 そして流れるようにリヴェリアをいじるロキは、ノルマを達成したかのように満足げな表情だ。復活した彼女も宴の場を楽しんでいるのか、発言も含めて子供のような反応を見せている。

 

 しかし、リヴェリアが見せる反応は酷く暗い。今の一文はロキではなく、彼の口から出されるだろうと思っていただけに落胆は酷いものだ。

 宴が始まる前からずっと男共のグループに居て、こちら方面には社交辞令の挨拶をした程度であるために、心は寂しいものがある。もしかしたら、年上であるのに曝け出してしまった弱さに呆れられたのかもしれないという余計な感情が脳裏をよぎり、表情に影を落としている。

 

 普段はロキとやりあっているセオリー通りの反応を見せたリヴェリアは、満足そうに口元を歪める主神の横顔を見て暗く沈む。目線は素直さを曝け出せているアイズに向き直っており、その素直さが羨ましいと思いながら果実ジュースに口を付けた。

 

 

 一方のベルは、今の二人のやり取りに対してキョトンとしている。何かしら腑に落ちないところがあったようで、アイズの疑問の目線を受けながら、タカヒロに問いを投げた。

 

 

「そういえば、リヴェリアさんは一部の人からそんな風に呼ばれているんでしたね。ヘスティア・ファミリアで例えるなら師匠のような立場でしょうか?」

「ん?まぁ、面倒を見ているという理屈でいけばそうなる――――」

 

 

 この時タカヒロは、直感的に何かしら“良からぬ”、と言うよりは“劣勢の状況”になることになると感じ取った。

 

 

「だったら師匠とリヴェリアさんは、パパとママでお似合いですね!」

「!?」

「グフッ!?」

 

 

 のちに様々な著書へと記されることとなる……かどうかは分からない小さな英雄の必殺技、ベル・カウンターの炸裂である。この少年、師が放つ言葉のカウンターストライクの真似事まで習得している始末だ。

 なお、本人は全くの無意識で口にしているがために師と同じく質が悪い。内心か表情かは様々なれどニヤニヤとする数名を他所に、場は静寂に包まれている。

 

 先ほど恋路絡みで彼をいじった実績を抱えたままのタカヒロは怒るに怒れず、既に反撃の手段を与えられてはいないのだ。ダメージ交換は終了しているために、被ダメージがトリガーであるカウンターストライクを放てる状況下に無いのである。

 そんな彼が見せる反応はステータスにおける防御能力が反映されているのか、とても涼しいものがある。タカヒロは静かにエールのジョッキを机に置き、一方のリヴェリアは口にしていた果実ジュースが気管に入ったようで盛大に咳き込んでおり、エルフ集団に介抱されていた。この怒涛と言えるシチュエーションで冷静な反応ができる青年を見て、フィンが唸っていたのはまた別の話である。

 

 

――――こやつ、“できる”で!

――――ベル、すごい!

 

 

 そして、ロキもアイズも内心で唸っている。ベル・クラネルが見せた必殺と言えるカウンターは、ロキですら口答でダメージを与えるのが難しい、むしろカウンターを食らってばかりのナインヘルに致命傷を与えているのだ。

 2人がそんなリヴェリアを横目見れば、尖った耳の先まで真っ赤に染めて歯を食いしばって当該少年を睨んでいる。ナインヘルではなくリヴェリアとしての素顔丸出しの姿を見て男エルフの数名が理性的に死にかけているのは、何も見なかったことにしようと決意した。

 

 

「はは、見事にやられたねタカヒロさん。さて、弟子の次は――――」

 

 

 フィンはそこまで口にして、自分を救ってきた親指が嫌という程に震え出す。自分が出した言葉の続き、「次は君の番だ」を言い切った場合、直後、横に居る男の口から出てくる言葉が嫌という程にわかってしまった。

 「だったら、君こそティオネ君への返答を」多少の誤差こそあるだろうが、絶対にその言葉(カウンター)しかあり得ない。ならば己の身に訪れるのは、普段から汗水たらして胃をいじめスルーし続けていた地獄すらも生ぬるい、絶望のフィールドに他ならない。

 

 今この場で流れに乗って良いのかとなれば、答えは否。決してしてはいけない禁断の行動。今のタカヒロに、大義名分という名の攻撃手段を与えてはいけないのだ。

 ロキ・ファミリアの団長は、カウンターを放った少年を見習わなければならない。彼は自分の肉を生贄とし、タカヒロと言う強者の骨を奪ったのだ。もし今の彼に追い打ちができるとすれば自分ではなく、それはベル・クラネル以外に在り得ない。

 

 

「あ―――― ……うん。ごめん、なんでもない」

「……チッ。命拾いしたな」

「ホントだよ」

 

 

 ハァ。と深く溜息をついて己の安息を堪能し、フィンはエールを一口煽った。嗚呼、騒動がない宴がこんなにも心地良いと思うのは久々、なお約数年振りのことである。

 そんな宴の騒ぎレベルはベルがカウンターを放つ前に戻り、そこそこの音量でなければ相手に声は聞こえない。それを確認したフィンは、相手にしか聞こえないぐらいの音量で会話を再開する。

 

 

「……で、良いのかい?さっきからリヴェリアが、小刻みに目線を投げてきているみたいだけど」

「……まぁ、色々とあってね。いずれにせよ、確かにここで引けば男として失格だろう。しかし難しいところだ。この手前でぶちまけるのは、王族を相手にどうかと思う」

「ありゃ、聞いたことなかったかな?彼女、ハイエルフだからって理由で特別扱いされるのは、結構嫌がるんだよ」

「なにっ……」

 

 

 初耳だ。と明らかに不機嫌な様相を見せてごちり、タカヒロは少ないエールを大口で煽る。どうやら、ジョッキに入っていた一杯を飲み切ったようだ。

 本当に初耳だったのか、と意外そうな表情で言葉を返し、フィンは左肘をついてケラケラと笑っていた。そもそもタカヒロが知らない理由として、そんなものは書物に載っていない上に、リヴェリアに対して王族に接する態度を取ってこなかったことが原因である。

 

 

「……それを知っていれば、こんな所に座っていない」

 

 

 フンッ。と鼻が鳴るように、青年は顎を少し上に向けてしまう。あれほどの冷静さを持つ実力者がこんな顔を見せるのかと、フィンは苦笑しながら応対した。

 

 

「あらら、拗ねちゃった……ん?」

 

 

 タカヒロを挟んで斜め右後ろに気配を感じたフィンが体半分だけ振り返ると、ジョッキを持ったリヴェリアが佇んでいる。頬は気持ちほどに高揚してツンとした表情のように見えるが普段のナインヘルのソレであり、フィンを流し見ると、ギリギリ一人が座れるだろうタカヒロの右隣へと伸びる長椅子の端に腰かけた。

 

――――タカヒロさんは相変わらず前を向いたままだけど、とうとう動きがあるのかな。頑張れ、リヴェリア。

 

 と、口にこそ出せないが内心ではリヴェリアにエールを送る独身42歳フィン・ディムナ。何も知らぬ部外者のように振舞い、二人のどちらとも顔を合わせぬように正面を向いて、穏やかな表情でエールに口をつけ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――お前が来ないから、待ちきれずに此方から来てしまったぞ」

 

 

 とてもリヴェリアとは思えない大胆な文言を耳にして、盛大に噴き出した。

 




飛び交うカウンター。リヴェリアからグイグイくるシーンも必要だよね。

それにしてもフィン、君さぁ……


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91話 寄り添う二人

 時は、ベル・カウンターが炸裂した数秒後に遡る。隣の者にすら聞こえない程度の音量で歯ぎしりするリヴェリアは羞恥に至り、顔は火照るを通り越して茹っており着火しかねない勢いだ。

 己の師の相手に直撃するという流れ弾付きのカウンターをぶっ放した少年を睨みつけるも、当該の少年はどこ吹く風。本人は、アイズ宜しく可愛らしく首をかしげるだけである。

 

 苦笑するティオナに耳打ちされた内容で、少年は“やっちまった”ことを理解した。故に、横から見ればメトロノームのごとく頭を下げて謝罪一辺倒の様相を見せている。

 そんな少年に対してこれ以上怒りを向けるわけにもいかず、そうなれば問題は、自分と同じくカウンターを食らっているはずのヒューマンだ。先ほどと変わった点は手に持っていたエールのジョッキを降ろしている程度であり、横顔を盗み見ても焦ることなく平然としている。

 

――――な、なぜあの馬鹿者は、ああも冷静でいられるのだ……。

 

 彼が居るテーブルは、己の隣のテーブルに居るベル・クラネルの1つ隣。距離としても10mあるかどうかで、聞き取れていないということもないだろう。

 故に声が聞こえていないはずがない。馬鹿者が。いや、直前に顔を向けておりエール片手に応対していたのだから確実に聞こえているだろう。馬鹿者が。

 

 全くもってハイエルフらしくない。持っているはずの誇りや気高さはどこへ行ったのか、とは彼女も自覚している。

 同じファミリアの中でも特に親しい者を相手にこそ使う3文字は、本来ならば王族である彼女が口にすることは褒められない。しかし今は、表情を筆頭に、とにかく彼の全てに対してその3文字を付けたくなる。

 

 こうも冷血な反応をされては、自然と彼女の熱も冷めてくる。冷静な頭でもって、しかし普段のようには冷静になれない心で、何度も彼の様子を盗み見た。

 まるで、先ほど少年が口にした一文を気にも留めていない様ではないか。少しくらいは、何かしらの反応を見せてくれてもいいだろうと考える。

 

――――それとも。やはり彼にとって、もう自分は魅力的ではないのだろうか。

 

 先程までの情熱は、何も無かったかのように影を潜め。ズキリ、と胸の奥が痛んだ気がした。

 自分自身にとって望んでいない回答を想像し、僅かながらに顔が歪む。伏せ気味になる眉は心境を隠せずに本心を表しており、冷静になった心から不安と心配の感情が沸き起こる。

 

 今の自分は、酷く彼の言葉を求めている。“そんなことはない。”きっと彼ならば、ぶっきらぼうな表情で、そう言ってくれることだろう。

 とはいえ、そう思う彼女の考えも少し違う。嗚呼、自分はこれほどまでに弱かったのかと、思いもよらなかった弱点を見つけてしまった格好だ。

 

 言ってくれるだろう、ではなく、言って欲しい。先ほど浮かんだ己の負の感情を真っ向から向かって否定して欲しい。最初の頃は随分と真面目に反応してしまった、己を煽るような言葉を掛けて欲しいと望んでいる。

 もし、先ほどの不安を肯定されでもしたら、今の自分はここで崩れ去り。多勢の前だというのに、涙を流してしまう程の自信がある。

 

 

「リヴェリア様……」

 

 

 悲しげな表情を見せ微かに唇をかみしめる彼女の横で、静かに問いかける一つの声。静かに横を向けば、そこには同じファミリアの女性エルフが一人、眉間に力を入れて立っている。

 実は先ほどから行われていた代表選抜会議において見事抜擢された女性のエルフであるアリシアは、フンス!と鼻の孔から可愛らしく擬音が鳴りそうなぐらいに顔に力を入れ――――

 

 

「引いて駄目なら押してみろ!です!」

 

 

 悩める乙女を、駆り立てた。

 

 

 そんな女性の言葉を受けて、リヴェリアはキョトンとする。最初は言葉の意味が分からなかったが、数秒して、そういうことかと腑に落ちた。

 次の瞬間には、軽く声を上げて少しだけ笑い。続けざまに「ありがとう」と口にして、果実ジュースが入ったピッチャーのようなものを手に取った。

 

 つまり、相手の女性アリシアに酌をしてやるということである。しかしながら、それはそれで王族に自分の酌をさせるという、アリシアからすれば難易度アルティメットな状況と言えるだろう。

 身振り手振りを駆使して全力で遠慮する彼女に対し、「私が振舞うジュースが飲めないのか?」とパワハラチックな文言を放つハイエルフ。すっかり通常運転のナインヘルに戻りつつあるリヴェリアの顔は、同胞を可愛がる母親だ。

 

 

「……行ってくる」

「ご、ご武運を!」

 

 

 相手が、緊張のあまり一気に飲み干した、と言うよりは息継ぎ無しで流し込んだことに触れている余裕は無い。今しがた注いだジュースの入れ物と自分のジョッキを持ち、彼女は結末を知るために覚悟を決めて立ち上がる。

 左を向けば2つ隣のテーブルに、自然と座る彼の顔が目に入る。年甲斐の男性らしいややゴワっとした白髪は、艶やかさこそなけれど力強い。しかしその顔や目線は左に居るフィンに向いており、何かしらの事を話しているようだ。

 

――――ほう。私への反応よりも、フィンと会話を交わす事の方が重要か。

 

 何故、ここで怒りが?と自分でも疑問符が芽生えたリヴェリアだがそれは違う。自分以上に気を向けている相手が居るという事実に対するただの嫉妬に他ならない。

 しかしその嫉妬により、僅かに噛み合わなかった歯車が合致する。緊張の糸はとうに無くなっており、足取りはとても軽い。いくらか周囲からの視線が自分に向けられていることは痛いほどに理解できるが、不思議な程にスルー出来る。

 

 何故ならば今の彼女は、上辺ではなく本心を伝える決意を抱いている。僅かにスペースが空いている彼の右横へと着座するまでには、数秒とかからなかった。

 

 

「お前が来ないから、待ちきれずに此方から来てしまったぞ」

 

 

 掛ける一言の口調は、ロキ・ファミリアで見せるいつものリヴェリアらしく。しかし意を決して、足を運んだ事実を口にした。

 

 そして場面は、フィンがエールを盛大に噴き出したタイミングへと戻ることとなる。こちらもリヴェリアに似て気管に入ったのかゴホゴホと咳き込んでおり、先ほどのベル・カウンターが放たれた時の彼女のような様相だ。

 決意を笑われたかのように感じてしまい、咳き込む彼を一睨み。直後リヴェリアは、強めの声で一人の団員を呼びつけた。

 

 

「ティオネ」

「なんでしょうかリヴェリア様!」

 

 

 待ってましたとばかりに、レベル5故に持ち得る脚力を発揮して馳せ参じるアマゾネス。

 なお、なぜか様付け。もちろん目標は、そこで咽ている団長フィン・ディムナだ。

 

 

「飲みすぎでフィンが辛そうにしている。水を忘れるな、外で“二人きりで”介抱してやってくれ」

「ちょゲフッ!ま、ケホッ!」

「了解しました!!」

 

 

 嗚呼、一族の栄光を夢見るパルゥムよ永久にあれ。小人族故に彼が40代だと知らなければ色々とヤベー事案になりそうな拉致状況だが、何故だか宴の場にはティオネを応援する黄色い声が木霊していた。

 自慢の親指のうずきとはいえ、自分から危険状況を作り出してしまっては反応する暇もない。一度は流れ弾を回避したフィン・ディムナだが、慣れぬ場面故に二の矢までは予測できていなかったようである。

 

 そしてフィンとタカヒロの周囲に居た者は、気を利かせてテーブルから離れている。犠牲者である己が団長を見送るために立ち上がって、そのまま別のテーブルへと移動していた。

 

 結果として、場には二人の男女が取り残されている。周囲に背を向けた位置にあり正面は壁であるために、周りからは表情や口元は読み取れない。ガヤガヤどころかベルとアイズの所詮でギャーギャーと山吹色の声が五月蝿い会場だというのに、まるでそこだけ切り取られたかのような印象だ。

 事実、タカヒロとリヴェリアの耳に周囲の雑音は入らない。ただあるのは、隣に座る互いの気配と微かな温もり。ピッタリとくっついているわけでもなければ大きな隙間があるわけでもなく、文字通りの微妙な距離感だ。

 

 二人は出会ってから日は経ったか?答えはNoだ。相手の事を、誰よりも深く理解できているか?答えはNoだ。どちらかと言えば、知らないことの方が大半だ。

 腰かける二人は、そんな関係。「彼女が貶されるところを見過ごせなかった」という男の本心から生まれ出た文言で始まった世にも奇妙で甘い恋路は、ここに区切りを迎えている。

 

 

「……甘いが、飲むか?」

「……少し貰おう」

 

 

 優しい声の問いに静かに返事を返して、彼は空のジョッキを横に差し出す。リヴェリアは優しい手つきでジュースの入れ物に手を添えて三分の一ほどを注ぐと、彼は二口ほど喉に流した。

 

 甘い。ひたすらに甘く、下戸な者を除けば、とてもこのような宴の場で男が飲むモノではない。

 当然だ、彼女が飲んでいたのは果実ジュース。どう頑張っても製法故に酸っぱさが顔を覗かせるエールと比べれば、その甘さがより一層に引き立つと言うものだ。

 

 

「……勧めるわけではないが、酒は飲まんのか?」

「ああ……。記憶が飛ぶ、と言ったことは無いのだが、どうにも酔いが回りやすい体質でな」

「……そうか」

 

 

 そう答えると、青年は再びジョッキを持ち上げ口をつける。

 ふぅ。と、微かに聞こえる程の溜息を零していた。

 

 

「……知らないこと、ばかりだ」

 

 

 前を向いたままポツリと口に出された言葉の中に、どれほどの意味があっただろうか。向けられた対象が自分自身の事なのか、相手の事なのか、周囲の事なのかは分からない。胸の内を耳にすれば、それら全てとも言えるだろう。

 少しだけ顔を向けて彼女が横目で見ると、相手の視線は珍しく下げられている。悲し気な表情のように見えるが、黄昏ると言った方が適切だろう。語り部は己の過去を振り返るように、静かに口を開いている。

 

 

 オラリオという土地に足をついて、戦う理由を失い、教えてもらい、新たに生まれ、その優先度が変わっていったこと。かつては緑髪のエルフ程度にしか思っていなかったとある人物が、まだまだ知らないことばかりのその人物が、今は全く違って見えること。

 かつての戦いにおいては、結果を出すたびに何かしらが満たされた。しかし、此度のようなことは、その戦士にとって初めてのことであったらしい。

 

 クエストを達成して、報酬や依頼者の役に立ったことに満たされた。

 勝てなかった敵に対して小手先の技術を高め、突破できた達成感に満たされた。

 新しい装備、珍しい装備を取得して、コレクションが増えたことに満たされた。

 オラリオで弟子をとることとなり、磨き、その成長過程に満たされた。

 新しい装備によって戦闘能力が引き上げられ、掲げた目標に一歩近づいたことに満たされた。

 そして今回、最初の頃と違って見える緑髪のエルフを助けるために武器を掲げたが――――

 

――――知らなかったことだ。何かしら満たされるかと思ったが、違っていた。

 

 

「……君を守り切ったと言うのに、大きな不満が残った。これで終わりかと考える程に他ならぬ自分が拒否感を示し、いつまでも、そう在りたいと夢見てしまう」

 

 

 彼らしい、捻くれた言葉だった。決して素直ではないものの、思ったことはそのままに。

 そして、その内にある本音は表向きは隠れながらも。見つけて欲しそうに、柱の陰からコッソリと顔を覗かせている。

 

 

 戦う理由を正義に掲げ、やりたいことを全てやったというのに、少年期に抱く憧憬の如く満たされることは無かった。原因は単純であり、彼が最後に口にした内容である。

 

 装備の更新という、かつて抱いていた飽くなき欲求。そのために武器を取るという、戦う理由。それと同じ程に強い戦う理由を、彼女と出会うまでは知らなかった理由を、確かに抱いた。

 今、そのための戦いを意識すれば、水をくくったように、から紅の心が燃え上がる。持ち得る力・知識・命という己が積み上げた全てを捧げるに値する、守りたい相手を見つけたのだ。

 

 とはいえ先の言葉を要訳すると、「いつまでも一緒に居たい」という本音が隠れ見えている一文だ。相変わらず青年は仏頂面で表情一つ変えておらず、一方で横から聞こえる据わった声を耳にして、彼女の頬が、桜が色づくように高揚した。

 己からグイグイ行くつもりで来てみれば、ものの見事に不意打ち右ストレートを食らってしまった格好と言えるだろう。恋愛など右も左も分からない彼女がそんな場面を想定しているはずもなく、結果として素を曝け出して対応するしか道が無い。

 

 大きく開かれる翡翠の瞳も含めて、本当に素の姿が出ているのだろう。心の高ぶりと焦りを抑えきれないようなワタワタとした小さな仕草が、青年の心を刺激する。

 こうして横目見ているだけで、自然と顔が緩みかけてしまう程の慌て具合。落ち着いた普段とのギャップもあって、猶更のこと可愛らしい。

 

 嗚呼、やはり己が抱いた感情は間違いないのだと、心は固まる。くすぐられる心の奥底からこんこんと湧き出る情熱を押し留めることは、新しい装備を前にした時と同じく、いかんせん難しい。

 

 風を受け、赤く深く燃え揺れる紅葉のように。己に宿る、熱い思いを伝えたい。

 

 

 

 今貰った言葉に動揺してしまい、己が勝手に抱いていた不安は何だったのだろうかと考えていた一人の女性だが、愚にもつかないため忘れることとした。手を胸に当てて深く呼吸をすると、いくらか落ち着いたように思えてくる。

 

 同時に、やけに暑いと彼女は感じる。夜とは言え夏場だと言うのに暖房を焚いているのは何故かと、後ろ向こうで騒いでいる主神を相手に文句を垂れそうになり、己の顔が、だらしなく緩んでいることに気が付いた。

 かつての己が今の自分を見ていたら、なんと思うことだろうか。きっと厳然とした表情で一蹴する言葉を放つことだろうが、そんな言葉があったとしても無視を決め込んで、彼に答える選択を取ることは確かだろう。

 

 となれば、今の己はどんな言葉で答えるべきか。ロキ・ファミリアの副団長らしく、威厳溢れるような言葉で答えるべきか。ハイエルフらしい、凛とした規律正しい言葉で答えるべきか。

 

 簡単だ。難しい言葉も、堅苦しい言い回しも必要ない。

 いつか、いけすかないドワーフが教えてくれたように。上辺ではなく、心から思っていることを、そのまま伝えればいいのだから。

 

 

「奇遇だな……。私も魔導士ゆえ、守られることなど幾度もあった。それでもお前が居ると、いつも以上に詠唱に集中できた。いつも以上に、安心できる。いつまでも、私を守って欲しいと思ってしまう」

 

 

 妙な理由で発生し、妙に長引いた互いの行き違いも、ここまでである。優しい笑みを正面に向けたままながら話す彼女の言葉により、双方は相手方の心境を知ることとなった。

 ダンジョンの深層と呼ばれる場所で出会った二人が紡いできた、初めて知る特別な関係。そしてひょんなことからすれ違った恋時計の針は、再び出会う結末を見せている。

 

 となれば現時点において、残る心配は女性が抱えるあと一つ。見た目は確かに自信がある彼女だが、本当の年齢を知って彼がどう思うかを確認しなければならないと考えていた。

 それは、血反吐を見る努力をしても決して抗えないもの。かつてロキに煽られ脛を蹴飛ばし、アイズに言われ拳骨を振り下ろしたことのある、覆せない自分自身の積み重ね。それだけに眉を八の字にして、語尾と共に心からの不安を悲しげな表情に出してしまう。

 

 恋愛事情においては一般的な物差しとして口に出されることが少なくない“歳の差”というやつだ。その点を気にしてしまい顔に出したリヴェリアは、いつのまにか顔を下げてしまっている。

 

 

「……タカヒロは、良いのか?知っての通り、私はお前より遥かに――――」

 

 

 抱く不安を口にしかけた時。ペチンと、こめかみの部分に、全く痛みのないデコピンを受けてしまう。

 

 

「しみったれた似合わん表情は捨てておけ、面を上げろ。気高く凛とした姿はどこへ行った」

 

 

 いつかイジワルをした際に受けてしまったデコピンと、城壁の上で過去に悩んでいた時に貰った、その言葉。己の心を包んだ悲し気な気持ちを容易く粉砕し、救い上げてくれるような気持ちになる。

 つられて自然と彼女の顔も、青年の言葉通りに下を向くことを辞めている。そして視線の先にあった、目に力を入れつつも穏やかな表情から、決定的な一言を知らされた。

 

 

「自分が口説いた文句を忘れたか?気にすることなど何処にもない。他ならない、君だから好きなんだ」

 

 

 言葉の最後からワンテンポ置いて、ボッと擬音が鳴るように。ここにきてあの夜の言葉と共に思い返し、彼女の顔が一瞬にして茹で上がる。ようやく出された素直な言葉はシンプルながら、彼女が抱く不安の全てを一蹴し、恋路など右も左も分からない乙女の心と脳天を打ち抜くのだ。

 相手の女性が見せるそんな表情に対して、流石の青年も恥ずかしさを意識したのか頬が赤くなっている。初めて見る、そして戦場とはかけ離れた様相を見せる青年の表情に、リヴェリアも可愛らしく小さく吹き出してしまった。

 

――――何を笑う。

 

 照れ隠しでぶっきらぼうに。物言いたげな目線と共に、そう問いを投げたかった青年は片眉を歪めたが、相手が静かに顔を横に振ったために言いそびれ――――

 

 

「私は心から思っていることを、ちゃんと伝えねばならん。私もお前が好きだ。不束者だが宜しく頼む、タカヒロ」

 

 

 

 

――――あの時は、してやられた。

 

 

 とは、後に語った彼の感想である。最後の最後に使うべく、彼女は途轍もない必殺のカウンターストライクを隠し持ってやってきていたのだ。

 それこそ女神に引けを取らないどころか上回る程に眩しい、心から嬉しかったが故に出された笑顔は、報復型ウォーロードの耐久をもってしても手に余る。様々な属性への高い耐性を持つメンヒルの防壁を容易く貫通し、エンピリオンの光と渡り合えるほどの輝きを見せていた。

 

 思わぬ笑顔に面食らう青年の情熱は抑圧を突き破り、意識という地表へ噴き上げる。括られた水よりも深く赤い心の炎が互いに芽生え、自然と互いの目線が交差した。

 

 しかし、そこはベルやアイズと違ってオトナな二人だ。帰還記念パーティーという多勢の前で、相手に甘えるようなことはしていない。

 互いにドリンクを注ぎ合い、ジョッキをカコンと軽く鳴らして口につける。先にも増して甘く感じる果実のジュースの味を分かち合うのであった。

 




最後にカウンターストライクを食らって負ける主人公。
エンダァァァ?



P.S.
次話、ちょっとお時間いただきます。


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92話 4人の夜

 嵐の前の静けさとはよく言うが、嵐が過ぎ去ったあとも、また静けさが訪れるのが定石だ。台風が良い例であり、“台風一過”という言葉でも表される。

 もっともオラリオ西区にある廃教会においては騒がしさと言えど僅かなものであり、どこかで酒を飲んできたらしいヘスティアが千鳥足で戻ってきた時のものだ。彼女はそのままベッドに転がっており、安らかな寝息を立てている。

 

 

 その僅かな騒がしさは、リビング的な位置づけにある部屋のソファーの上で発生していた。

 

 未だ跳ねるように鳴り響く命の鼓動が、耳をつんざく。眠るために目を閉じたならば一層のこと顕著であり、振動が脳を揺さぶるような錯覚に見舞われる。

 就寝時だというのに体温が高いことも、己の気のせいではないだろう。夏場と言うことも合わさって布団の中は蒸されており、それが睡眠に陥ることを一層のこと阻害している。

 

 

「ね、眠れない……」

 

 

 誰にも聞こえないよう小さく呟くベル・クラネルは、本日の出来事を思い返して火照っている。無心になって寝ようとするも、決意した傍から今日の出来事がフラッシュバックで蘇る程。

 正直なところ強引に押されるように想いを伝えた結果だが、59階層の時のように、己だけでは勇気が足りなかったことだろう。なお、その直後にカウンターをぶっ放して一矢報いた点については、“してやったり”の感情として納まっている。

 

 木にしがみ付くナマケモノのように左腕にくっついていたアイズの感覚は未だ残っており、記憶に残る柔らかく甘い香りもまた眠気を吹き飛ばして思考回路を覚醒させる。そして何より彼女の幸せそうな表情を思い返すだけで顔が熱くなり、布団に顔を隠してしまうという“乙女”っぷり。

 なにせその実、青春真っ盛りとなる14歳のKENZENな男の子。これではどちらがヒロインなのか分からないが、その反応はさておき、あの情景を思い返すな・意識するなという方が酷だろう。

 

 ついでに言えばベル・クラネルとは、女性大好き“下半神”なる祖父に女性の魅力について英才教育を施された存在なのだ。もっとも幼すぎる頃だったために当の本人は“女性はいいぞ!”程度しか覚えていないのだが、そんなことはさておき、相手即ち己が一目ぼれした相手であることに違いはない。

 正直なところ己も宴会時の彼女のように甘えたいところはあるのだが、あまりガッツきすぎると嫌われる恐れがある。ほぼ同じ年代であることは知っているために年齢回りの話題で怒られることはないだろうが、彼女の身近にはソレがタブーな存在(某ハイエルフ)がいるために要注意事項と言えるだろう。とある理由により、年上の女性に怒られるのは少年の中で軽いトラウマになっている。

 

 とここで、オラリオで師と出会った頃に「女性関係は難しい」と教えられた言葉を思い出した。トラウマの原因である当該女性は己の“伯母”にあたるために「伯母さん」と呼んだならば拳骨が降り注ぐ(ゴスペられる)。つまるところ世の中の定義に沿って本当の事を口にしたならば怒られる(ゴスペられる)という、中々に理不尽な内容である。

 そういうことなのかと過去を振り返るも、如何せん本当に幼い頃であったために記憶は既に薄れているのは仕方のない事だろう。大人しそうで中々にアグレッシブな人だったなと、ベルはかつての伯母、母の姉が見せた様相を思い返していた。

 

 

「あっ、そう言えば……」

 

 

 そして更に、なんのために強くなりたいのかと聞かれて“ハーレム”と答えたことを思い出す。相手が覚えているかどうかは不明ながらも、蒸し返さない方が良いかと奥底に仕舞った。

 今の自分に、それを欲する感情は何処にもない。むしろ抱く感情は、かつて祖父がくれた言葉であるソレを目指す事とは全くの逆であることが言えるだろう。

 

 

「……いいや。忘れた、ってことにしちゃえ」

 

 

 ベル・クラネル、某下半神(ゼウス)に対する反逆の狼煙であった。ただの反抗期かもしれないが、真相やいかに。

 

 それはさておき、50階層で岩場に腰かけ師に告白した、己がアイズ・ヴァレンシュタインに向ける確かな想いは間違いない本物だ。その英雄になるのだと言うならば、己の弱さは決して許されることではない。

 何よりも失いたくない、確かな存在。そんな相手を守るためにも――――

 

 

「……強く、ならなきゃ。今よりも、ずっと」

 

 

 ぼんやりとする天井に向かって右手を伸ばし、一人の青年が見せた背中を脳裏に浮かべる。目指す存在は未だ背中も見えない遥か先を歩いており、その足跡すら伺うには程遠い。

 それでも近づくには足掻くしかないと、決意を固めるようにして拳を作る。技術や装備の更新など、やれることはまだまだ沢山あるはずだ。

 

 ならば今は、休まなければならない。そう身体が訴えるかのように、不思議と睡魔が襲ってきた。

 

====

 

 嵐の前の静けさとはよく言うが、嵐が過ぎ去ったあとも、また静けさが訪れるのが定石だ。台風が良い例であり、“台風一過”という言葉でも表される。

 ロキ・ファミリアのホームである、黄昏の館。宴のバトルフィールドであったその場所においては何名かがグロッキー状態でくたばっているものの、次の日には問題なく片付けられていることだろう。

 

 未だ跳ねるように鳴り響く命の鼓動が、耳をつんざく。眠るために目を閉じたならば一層のこと顕著であり、振動が脳を揺さぶるような錯覚に見舞われる。

 就寝時だというのに体温が高いことも、己の気のせいではないだろう。夏場と言うことも合わさって布団の中は蒸されており、それが睡眠に陥ることを一層のこと阻害している。

 

 

「ね、眠れ、ない……」

 

 

 以心伝心。と言うわけではないが、アイズ・ヴァレンシュタインもまた、ベル・クラネルと同じであった。

 誰にも聞こえないよう小さく呟く彼女は、本日の出来事を思い返して火照っている。無心になって寝ようとするも、決意した傍から今日の出来事がフラッシュバックで蘇る程に落ち着かない。

 

 布団の中が暑いことも相まって、抱き枕のようにギュッと布団を抱きかかえている。ほんの少し前まで“ダンジョン”と“ジャガ丸くん”が恋人だった彼女にとって、胸の奥底をくすぐり続けられる感情は、素面では対処が難しい。

 もし街中で少年を見つけたならば飛び掛かって(捕食して)しまいそうになることは、容易に想像が付くことだ。結果として、リヴェリアにこっぴどく叱られる未来が見えてしまう。

 

 

「……無理、かも」

 

 

 それが分かっていても、抑えることは難しい。書類仕事は蚊帳の外ながらも一応はロキ・ファミリアの幹部ということで、一人部屋が与えられていたことを感謝したのはこの日が初めてと言えるだろう。

 仲が良いレフィーヤはレベル3ということで2人部屋であり、レベルが下がれば3人、4人と相部屋というのが実情だ。己がそのような状況だったならば、まず間違いなく同じ部屋の者に迷惑を掛けてしまっている。

 

 

 ともあれ、興奮気味の感情を抱くことは仕方がないと言えるだろう。夢にまで見ることはあったものの、現れることは無いと悟った“己の英雄”が、こうして今目の前に現れたのだ。

 目を細め、59階層の光景を思い浮かべる。己より年下となる小さな、しかし大きく映るその背中は、何度思い返しても表情が緩んでしまう程のものがある。

 

 そして意識は、己の内に。少し前から気づいていたが、やはりそうだと再び確信して目を見開く。

 無くなりはしないと思っていた、呪いの類。己の中に宿り“復讐者(アヴェンジャー)”としてスキルとなって具現化する程に強い火種、自分でもわかっていた黒い炎はどこにもない。

 

 代わりに在るのは、白い炎。それがどのような存在であるのかは今の彼女には分からないが、目にしていて心地良い優しい炎だ。

 モンスターに対して抱いていた憎悪の炎は、黒から白へ。力を振るうのは大切な者を奪ったモンスターを討つ為ではなく、かけがえのない両親が残してくれたモノを、己が想う相手を守るために。

 

――――ごめん、なさい。

 

 頬に一筋の涙を流し、目を瞑り。今まで日々を重ねる過程で何度も“嘘つき”と憎悪を向けてしまった両親に、胸の内で謝罪する。

 もう、少女は二度と迷わない。駆け出しの少年が教えてくれた道はハッキリと見えており、その者と共に歩むならば、如何なる困難も乗り越えることができるかのように思えてしまう。

 

 同じ“強くなりたい”でも、意図が違う。意識の強さがまるで違う。新しく芽生えた心と感情は、抑えることは難しい。

 明日を迎えることが楽しみで、待ちきれない。ベル・クラネルと再び会う時のことを想像すると、布団を抱きかかえてベッドの上を右に左にゴロゴロと転がるのであった。

 

====

 

 未だ跳ねるように鳴り響く命の鼓動が、耳をつんざく。眠るために目を閉じたならば一層のこと顕著であり、振動が脳を揺さぶるような錯覚に見舞われる。

 就寝時だというのに体温が高いことも、己の気のせいではないだろう。夏場と言うことも合わさって布団の中は蒸されており、それが睡眠に陥ることを一層のこと阻害して――――

 

 

「眠れぬ、眠れぬ……なんなのだ、なんなのだ……!」

 

 

 誇り高き(ポンコツ)ハイ(lol)エルフ、リヴェリア・リヨス・アールヴ。そもそもにおいて、眠りに落ちる努力をしていなかった。

 想いの相手と理想の関係になれた喜びと興奮を、全身を使ってで表現中。うつ伏せで枕を抱きかかえつつ足をバタバタさせて、まるで遠足前夜における子供のようにポンコツ()っている。

 

 ソワソワしつつ寝間着に着替えて寝床についてからは、小一時間以上はこの調子だ。衝撃を受け止めるベッドのマットレスに意思があれば、「いつまでやってんだコイツ」と文句を垂れていることだろう。

 言葉や相手を思い出しての嬉しさ、そして恥ずかしさ。この二つの感情が交互に脳内を駆け巡り、つい半月程前まで眠りに眠っていた乙女心をくすぐり続けているからこそ先ほどの様相となっている。

 

 

「……何をやっているのだ、私は。年甲斐もない……」

 

 

 流石にもう暫くしたら落ち着いており、少し疲れたのかベッドの上で仰向けになって、右腕を額に当てて溜息を見せている。そして落ち着いたかと思えば告白の言葉がフラッシュバックしており、アイズ宜しく布団を抱きかかえてゴロゴロと転がっているのは育ての親だからだろうか。

 己が齢■■■(検閲済)であることは自覚しているつもりだが、どうにもこの感情は収まる気配が見られない。己の方が遥かに年上だからこそシッカリせねばと一瞬だけは意気込むも、1秒と持たずに表情は容易く緩んでしまう。

 

 いつでも会うことはできないという少しの切なさとともに生まれた、大きな幸せ。相反する2つが同時に芽生えるこの感情は、エルフの国から飛び出さなければ得られなかったモノであることは明白と言えるだろう。

 問題としては、ファミリアが違うために日常的に会える関係ではないというところだろう。ならば改宗(コンバージョン)させてしまえばいいのだと宜しくない考えが浮かぶリヴェリアだが、既に己が心を奪われている点に気づいていないのはご愛敬だ。もっとも彼女とて、本気で改宗(コンバージョン)させようと思ってはいない事を付け加えておく。

 

 今までに色々とあった為に、ロキ・ファミリアとヘスティア・ファミリアの仲は悪くない。オラリオにおいても同じ探索型ファミリアで仲が良いことは珍しい事であり、だからこそ、気兼ねなく会うことができるだろう。

 しかし明日からは、どうにも平常で居られる気がしない。オラリオ広しとはよく言われるが、だからこそ街中で彼の姿を見かけたならば、周りの目など無視して小走りで駆け寄ってしまいかねない自信がある。

 

 

「……この気持ちは決して放さぬ。しっかりと責任は取ってもらうぞ、馬鹿者」

 

 

 50階層におけるアイズ宜しく花の笑顔を布団に隠す、恋する乙女が踏み込むステップは次の段階へ。「不束者ですが」という婚約時のセオリーを口にしていたことは、全くもって分かっていないことだろう。

 とはいえ、他に耳にしていた者が居ないためにセーフである。独り騒ぎ疲れたのか、彼女にも安らかな眠気が訪れた。

 

====

 

 同日、同時刻。そして場所は、再び西区の廃教会。そこに在る部屋の1つは、3か月ほど前までは荷物置きだった一室だ。

 

 未だ跳ねるように鳴り響く命の鼓動が、耳をつんざく?そんなことはない。

 眠るために目を閉じたならば一層のこと顕著であり、振動が脳を揺さぶるような錯覚に見舞われる?そのようなことも、まったくない。

 

 部屋から漏れる音は、微かになく。そこに在るのは、一人の一般人が見せる寝顔だけ。

 

 

「すやぁ……」

 

 

 オラリオどころか全世界においても前代未聞となる、堅物妖精(ハイエルフ)を墜とした青年、装備キチ(タカヒロ)。相思相愛となることができた満足感から、悶える3名を他所に圧巻の熟睡であった。

 

 古事記曰く、寝る子は育つ。

 もしかしたら、睡眠が強さの秘訣なのかもしれない。

 




かっこよかったり微笑ましかったり甘かったり酷かったり。


*一部、わざと同じ文章を繰り返しております。
*次話、再びお時間を頂戴します。ツイッターなどで偶に情報など呟いているかもしれません。


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93話 戦闘内容

次パートが決まったのでゆっくり更新していきます!


 日が昇りはじめた朝は、己の心の内を表現するようで清々しい。雲一つない夜明けの空は、これまた心の温度を表しているように、既に熱気を帯び始めようと照っている。

 心内と連動するように気分は軽く、奥底も見通せるほどに明快だ。いつもの緑を基調とした魔導服に身を包み、穏やかな顔と共に静かに廊下へと出ると、彼女はスーッと深く息を吸い込み――――

 

 

「どこへ行く気だ、アイズ」

「ぎくり」

 

 

 抜き足差し足で廊下を歩いていた天然少女を止めるという、さして特別ではない行為が、リヴェリアの新たな出発であった。プルプルと顔を震わせながら機械仕掛けのように首を曲げる彼女は、「見逃して」と言いたげな心境を隠せていない。

 色々あったものの大筋としては大規模遠征の直後と言うことで、ロキ・ファミリアも何かと忙しい。この日ばかりはアイテム運搬などの仕事も多いため、普段の書類作業こそ無いアイズも駆り出されることとなる。

 

 「ベルのところへ行く!」と頑なに主張していた彼女も、おとなしくリヴェリアに首根っこを掴まれて引きずられる光景を見せている。その口から吐き出される魂の吐息が、軌跡となって経路上に残っていた。

 とはいえ引きずる彼女とて、少しの中身は違う上に決しておくびにも出さないが、抱く本心はアイズと似たベクトルと言って良いだろう。どこぞの青年に倣って悪知恵を考えるリヴェリアの頭に、1つの考えが浮かんだようだ。

 

 そのことをアイズに伝えると、彼女は過去一番と言っていい程の仕事ぶりを見せている。それ故に他の団員から「熱でもあるのか」と心配されて体育座りで落ち込んでしまい、心配した者にはリヴェリアの雷鳴が轟くのであった。

 

 

 

 一方、そんなことはつゆ知らず。ベル・クラネルが本日に行った日程は、朝一から昼前までの鍛錬、ステイタス更新、そしてレベル4へのランクアップとなっている。

 此度においてはステイタスの殆どがS、珍しく耐久だけがA判定。数値的にはバラつきはあれど、ランクアップには十分な量を確保している。今回は新たなスキルは発現しておらず、表記上は剣士と幸運がG→Fになったぐらいと、一方で新たな発展アビリティの取得である。

 

 その新たな発展アビリティが何かとなれば、まさかの“精癒”。リヴェリア、アイズと続いて、両ファミリアで3人目の取得者だ。タカヒロも毎秒あたりのエナジー再生効果を持っているために、ある意味では4人とも取得していることになるだろう。

 こんな重箱の隅を楊枝でほじくるような珍しさに頭を抱えるヘスティアがマインドについて何かやっていたのかベルに聞いたところ、普段の鍛錬、戦闘で持続的にマインドを使っていたとのことである。つまり、常日頃から使っていたということだ。

 

 とはいうものの、ヘスティア・ナイフで使うマインド消費が僅かとはいえ、今回のダンジョン探索からゴライアス戦のように数時間に及ぶ戦闘ならば、マインドダウンしてしまうことは避けられない。どう対応したのか聞いてみると、必要な際に瞬間的に魔力を練り上げマインドを流し込んで、炎属性の追加ダメージを得ているとの内容だ。

 これはベルが独自に編み出し鍛錬で得たものであり、間違いなく彼から生まれた技術である。使用する魔力の多さでは比較にならないが、かつての保護者会において、リヴェリアが見せた洗練された魔力の練り方を見て発想を得たものだ。なお、そこの青年の背中に対する裏切りの一撃という点がなければ美談であろう。

 

 また、ヘスティア・ナイフの効力を発揮するために必要な程度の瞬間的な起動力だけならば、彼女に匹敵する程のものとなっているのだから驚愕するべきところだろう。そこまでの内容については分からないタカヒロだが、実のところ以前から気になっていた内容を口にした。

 

 

「ところでベル君、少し前の話になるが……ゴライアスと戦ったからには、何か理由があったんだろ?」

 

 

 そう口にするタカヒロの口調は、いつもより少し険しい。もし自発的に挑んだならばリリルカとヴェルフにとっては危険すぎる状況のために、流石に雷を落とさなければならないと考えているのが実情である。

 もっとも逆に、ベルがそんなことをやるとは思っていない。念のための確認程度ではあるものの問いを投げた青年に、ベルは当時の状況を話し始めた。

 

 

「あ、はい。15階層で3人で戦っている最中に、“パス・パレード”を受けまして……」

 

 

 多数の種類のモンスターが一度に多く誕生し、大規模な群れとなって襲い掛かる。通称“モンスター・パレード”と呼ばれる現象であり、遭遇したならば非常に危険な状況だ。

 大抵の冒険者はパレードを引き連れ上へ上へと逃げるのだが、その際に他の冒険者にパレードをパスしてしまう行為のことを言う。MPKと表現すれば、ピンとくる人も多いだろう。

 

 実は宴の際、ヘスティアが不参加だった理由がコレであった。のっぴきならない事情でパスしてしまったのは神タケミカヅチのところの眷属であり、その神はヘスティアと仲が良い。

 加えて義を重く感じるタケミカヅチは、パス・パレードをやってしまって謝罪しないなど在り得ない神だ。己の眷属から事情を聞いたところ、リトル・ルーキーと名高い彼女の眷属についても知っていたために、無事を喜ぶと共に謝罪の宴を開いた格好である。まさかゴライアスを倒しているなど想像すらしていない。

 

 なお結果としては、ものの見事にロキ・ファミリアの宴とバッティングとなっている。ヘファイストス・ファミリアに対しても謝罪したタケミカヅチだが、ヴェルフはパスされたことについては良く思っておらず、非難こそしないが不参加の返事を示していた。リリルカについては、そもそもにおいてタケミカヅチがソーマと連絡が取れずにいる。

 

 どちらにせよ、ヘスティア・ファミリアとして無視するわけにはいかないだろう。己の眷属が向かって欲しいのは、タケミカヅチ・ファミリアか、ロキ・ファミリアか。

 どちらを優先させるかとヘスティアが考えた際に、答えはすぐに取り出せた。己の眷属が迎えて欲しい幸せな将来を願って、二人を黄昏の館へと送り出したのである。

 

 

 

 流石に、それらの真相を白髪の二人が知る由は無い。そして、ベルによる当時の状況説明が始まった。

 

 見た限りは5人の冒険者、うち一人が重症であったパーティーからパスを受け、ベルは仲間を守るためにヘスティア・ナイフを取り出しハック&スラッシュを開始する。いくらか数が減ってきたところで、“おかわり”が起こったのだ。

 その際に追加で発生したモンスターの“沸き”によって階層が崩落。1つ下の階層も続けざまに崩落し、まさかの沸いた直後であるゴライアスの頭の真横にホールインワンするというイレギュラー中のイレギュラーが発生したのだ。

 

 そこからの少年の行動は迅速であり、ヴェルフが脅えていたのは理由の1つがそれである。向き直るであろうゴライアスの頭、そして目の位置を予測し、古い予備のナイフ(兎牙MK-Ⅱ)を未来位置に投擲したのだ。

 武器と引き換えになるものの、開幕で片眼を潰すことで戦闘を有利に運ぶという先制攻撃。落下中、かつ一瞬の判断でそのような離れ業を行い命中までもっていくその姿は、まさしくついこの間まで共に戦っていた仲間とは思えないだろう。 

 

 巨体から放たれる一撃と、地面を抉ることにより発生する地鳴りと破片による遠距離攻撃。確実に回避を行いながら死角へと回り込むことで、リリルカやヴェルフに対するヘイトを向けさせずに立ち回る。

 しかし、流石に無傷とはいかないようだ。減衰しているもののいくらかのダメージを貰っており、その姿に被ダメージの跡が浮かんでいる。それでも数時間にわたってそれを続けることができるのは、少年が持ち得る自力の二文字に他ならない。

 

 しかし、一方で仲間二人の力も信用しており使わなければ勝利を掴むことは難しい。有効打を叩き込むためタイミングを模索していた少年は、ここぞとばかりに声を張り上げた。

 

 

「ヴェルフさん、今です!チャージ――――30秒!」

「任せろ、魔剣はここで使い切るぞ!リリ助、交互にだ!外すなよ!」

「わかってますよ!」

 

 

 かつて、主神ヘファイストスに掛けられた言葉を思い出す。己の魔剣は、この少年とその師に対してならば、プライドを投げ捨て使うに値する覚悟がある。

 比べたならば、共に戦う二人の方が遥かに大事な存在だ。己を認めてくれた少年の役に立つために、二人は魔剣を手にし、最大限の援護を行うために立ち向かう。

 

 

「おおおおおおっ!!」

「はあああああっ!!」

『■■■――――!』

 

 

 長剣と短剣の差はあれど、“クロッゾの魔剣”から放たれる業火。普通の魔剣とは比べ物にならない強力な一撃が、ゴライアスの巨体を容易く飲み込んでいく。彼の魔剣から放たれる一撃はレベル4の魔導士による一撃に匹敵するものがあり、ゴライアスにも余裕で通るものだ。

 突然の業火による攻撃にたじろぐゴライアスだが、そこもまた推定レベル4、かつ階層主であるタフネスさが発揮される。いくらかのダメージを受けたが振り払うと、そこにはチャージ終了2秒前のベルの姿。

 

 己の目を穿った相手であるためにゴライアスは駆け出し、右腕を振るわんと距離を詰める。巨体が地響きをあげて突進し、瞬く間に上半身が見えなくなるほどに距離が詰まる。

 そこに、小さなボウガンが撃ち込まれた。先制攻撃で受けた一撃と同じ場所を狙ったソレは、相対速度と相まって、ゴライアスの恐怖心を煽るには十二分と言えるだろう。

 

 僅か数秒の余裕、しかしそれよりも突進術の速度を減衰させたことが功績としては大きいだろう。30秒という最適なチャージ時間を読み切った少年はゴライアスに対し、ミノタウロスの時に受けたような、相手が放つ捨て身の一撃を許さない。

 

 全力で振り下ろされる右腕、直撃すれば即死だろう。いくらレベル3になったところで、相手の攻撃力と己の耐久の差は歴然だ。

 しかし奇遇か。つい数日前に、その2倍と言える程に強力な触手の一撃を相手しているのだ。故にタイミングさえ間違わなければ、とある一撃を追加して叩き込める。

 

 

 相手の一撃は己を狙う直線機動、つまり槍の側面に剣を滑らすような対処法が有効だ。瞬時にそのことを察知して、最も強力な一撃を叩き込めるように己の身体にかかる力を調整する。

 丸太ほどの右腕と、華奢な身体が交差する。“兎牙MK-Ⅲ”と右肩のアーマーが一撃で持っていかれたが、身体に対するダメージは微少な程度。ベル・クラネルの左手が放つ攻撃に、影響される要素は全くない。

 

 ゴライアスの胸部に対して完璧に決まる、カウンター・ストライク。完全な貫通とまではいかないものの、30秒間チャージしたアルゴノゥトとの組み合わせもあり、魔石に届くならば十分だった。

 

====

 

 

「ということが、あったのです!」

 

 

 エッヘンとばかり可愛らしく鼻高々にして口にする少年だが、青年からすれば、己が何を言っているのか分かっているのかが知りたい程だ。起こったこと、起こしたことを順に羅列していただけであるものの、聞く者が聞けば眉間に力を入れることになるだろう。

 先制攻撃にて力の差から生まれる自力の差を極限まで小さくし、受けるダメージ量のコントロール、ヘイト管理と相手の集中力を乱す翻弄。与ダメージの管理と相手の残り体力の完全予測、火事場の馬鹿力を許さないトドメの一撃。

 

 これら全てを、ヴェルフとリリルカという仲間を守りながら行う、その技量。相も変わらず想定以上のことを行ってくれる弟子の偉業に、青年とて思わず眉間に力が入り、口元が緩むというものだ。

 スキルに責任を擦り付けなかったとしても、オールAまでブーストされるに相応しい“経験値”。これを「ズルだ」と罵る相手が居るならば、大手を振って「やってみろ」と返すことのできる内容に他ならない。

 

 とはいえ、話を聞いているヘスティアからすれば“ゴライアスを倒した”という結果しか頭に入らない。結果よりもそこに至る過程の方が遥かに頭を抱えるべき内容なのだが、どこぞの美の女神と同じく“知らない”という事実は非情である。

 ということで、ヘスティア的にはギルドに対するランクアップのことしか頭の中に入っていない。ここ数日、また、タケミカヅチにパス・パレードの謝罪を受けている際も、そのことが常に頭を支配している程だ。

 

 

「断たれるのが肉が先か骨が先か……レベル3で申請するか4で申請するかにおける違いなど、10段階のうち注目度が9になるか10になるかで然程変わらんだろう。2連続で受けるよりはマシだと思うがね」

「ううっ……」

 

 

 そう言われると、彼女の中において、自然と答えは1つに絞られてくる。もとより既にレベル4になっていることもあり、彼女の中で腹は括られたようだ。

 

 

====

 

 一方、こちらは別の場所。オラリオ、とあるファミリアのホームである建物内部。

 主神を象る石造、絵画がそこかしこにあるこの洋館は、人によって非常に好みが分かれるだろう。その建物の一室で、ファミリアの主神が、一人の眷属から報告を受けていた。

 

 

「――――それは、誠か」

「はい。ヘファイストス・ファミリアから漏れてきた情報です。ロキ・ファミリアのダンジョン攻略パーティーの一部が苦戦したモンスターから、ロキ・ファミリアの冒険者を守ったとのこと」

「ふふっ、はははははは。そうか、そうか」

 

 

 伝言ゲームとは怖いもので、微妙に事実が隠され曲げられていることなど数知れず。現代における企業においては報告の際に電話ではなく書類もしくはメールを徹底するところが多いのだが、理由の1つがコレである。

 もっとも此度の場合、その話を実践したのが「誰か」という点が重要だ。報告を聞いたそのファミリアの主神は、ニヤリと口元を歪めており――――

 

 

「ミノタウロスの件と言い、やはり素晴らしい……。ベル・クラネル、彼はこの“アポロン”が貰う!」

 




アイズ「…は?」
タカヒロ「ん?」
フレイヤ「?????」

伝言ゲーム駄目、ゼッタイ。


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94話 上機嫌な師弟

ちょっと早めの更新


 話が一段落したタイミングで、教会の玄関ドアがノックされる。立っていたベルが扉を開けると、よく知る鍛冶師と、ヘスティアとタカヒロが最もよく知る神の一人がそこに居た。

 ベルは顔程度しか知らないものの、タカヒロもまた顔見知りであるヘファイストス。ベルに対してヨッと言わんばかりに右手を上げるヴェルフだが、どうやら、いくらかの話があるようだ。

 

 狭いながらも、二人をソファーへと案内する。ちょうどよくタカヒロがお茶を淹れており、ベルは菓子類が無いかと探すも無かったようである。

 零細ファミリア“あるある”の光景だ。許可を得てヘファイストスが贈り物として持ってきた焼き菓子を並べて、その場を何とか凌いでいる。そして彼女は、訪れた理由を口にした。

 

 

「ヴェルフがレベル2になれた件について、お礼を言いに来たのだけれど……。何をしたのかを聞いたら、ねぇ……?」

 

 

 彼女は呆れた表情で、ニッコニコな顔を見せるベル・クラネルを見つめている。もちろんレベル4になっているなどとはつゆにも思っておらず、「なんでレベル2がゴライアスを倒せるのよ」とヘスティアに言葉を掛けていた。

 いきなりの急所攻撃を受けてキリキリと痛み始める胃を摩りながら、彼女は視線を合わせない。当時はレベル3だったとしても、僅か2ヶ月でレベル3になりましたなど、例えヘファイストスが相手でも話せる内容には程遠いのが実情だ。繰り返すが、現状はレベル4というオマケつきである。

 

 いくら仲が良くても他のファミリアだぞ。と呟いたタカヒロの助け船には道理があり、ヘファイストスも納得して、とりあえずその話は終了となった。

 そして話はヴェルフの内容となり、具体的には鍛冶の話。ベルが使う彼の武器を、今後、どうしていくかという内容だ。

 

 

 先ほど彼女が口にしたのだが、レベル2になって発展アビリティの“鍛冶”を取得したがために、打つことができる武器の性能が飛躍的に向上する。もちろん、彼のウリである芯の強さも例外ではない。

 ランクアップの試しにナイフを打っていたヴェルフを見ていたヘファイストスの感想としては、レベル1の頃から引きこもり宜しく技術の向上に取り組んでいた彼だけに、既に目を見張る程のものがあるらしい。積み重ねてきた努力が、ついに開花したということだ。

 

 わるーい顔をしながら放たれたその言葉につっかかるヴェルフだが、照れ隠しでコホンと咳払いをして、一振りのナイフを取り出している。位置づけ的には試供品としてホルスターに入れられた一品を手渡されたベルは、戦う戦士の目で、その得物を見つめていた。

 鍛冶師ではない己が口にするのもおこがましいと思いながらも、抱いた感想としては「比較するまでもない」程。流石にヘスティア・ナイフのレベルには全く届かないが、素材がかつての“兎牙MK-Ⅲ”と同じだと言うのに、品質的には“ミノ短”とタメを張れるほどのものであった。技術力だけでこのレベルに到達しているのだが、その分、製造時間は倍以上がかかっているらしい。

 

 そんな言葉を耳にしたタカヒロがチラッと顔を向けてナイフを流し見ると、ベルと同じ感想を抱いている。実際に手渡されて触れたのだが、感想は変わらない。色々な角度から眺めている。

 夢中になっている青年はさて置かれ、装備更新の話が続けられた。先日の通りヘスティア・ナイフのメンテナンス代金は掛からないのとあと2回分はストックがあるために、装備更新となると、取り得る選択肢はいくつかある。

 

 飛びぬけて強力なヘスティア・ナイフに全額を注ぎ込んで、消耗品の左手で防御面を担当しながら技術を稼ぎ、メンテナンス期間を伸ばす方法。左手のナイフに投資・新調して攻撃力を向上させ、最低限の戦闘能力を底上げする。

 どちらが好みかとなれば、会話を耳にしているタカヒロ的には前者だが、個人の自由だ。正解などはどこにもなく、青年としてはベルに決定させたいと考えているために口を閉じたままである。

 

 

「僕も素人なので見当違いだったらすみませんが、そこまで変わると言うのでしたら、“打ち直し”はどうでしょうか?」

 

 

 良いかもしれないわね。と間髪入れずに呟かれたのは、ヘファイストスの言葉だ。そのまま二人はヴェルフに視線を向けるも、相手の目は力強く堂々と頷いている。

 壊れた鎧については元々の設計も古く、新作となる想定だったために特に問題は無い。今現在はその素材を発注している最中とのことだが、“鍛冶”のアビリティを取得したために、より一層の品質向上が期待できることだろう。

 

 

 打ち直し。簡単に表現するならば、柄から抜き取った刃物を再成型する行為。言葉の対象となる範囲は色々とあり、例えば、使わなくなった長剣を短剣に再成型するようなことも含まれる。

 言葉では“再成型”という三文字で済まされるが、内容としては、非常に高い繊細さと技術が要求される。鍛冶師の中には、新造よりも難しいと言う者もいくらかいる程だ。

 

 もちろん基本設計は踏襲するために完全に一から新造したものよりは劣るが、そこは職人の腕の見せどころ。今まで慣れ親しんできた武器であることに変わりはなく、それがもたらしてくれる安心と信頼は、逆に新造品より優れるところだ。

 そしてヘファイストスとの共同作業となった、そこの“ぶっ壊れ”用のガントレット制作作業。超一流の素材を前にした神の本気を目の当たりにしたヴェルフのスキルは、確実に向上を遂げている。

 

 もしも他の鍛冶師がその内容を耳にすれば、途端にヴェルフに対して嫉妬の念を抱くだろう。新しい素材を前にして少女のようになっていたが、ヘファイストスとは、鍛冶を司る神なのだ。

 そんな彼女の姿を見たヴェルフの考えとしては、無理に新たなことはせずに、既存の強化版に徹することを口にしている。契約者となるベルも頷いて同意しており、二人は目に力を入れつつ口を緩め、契約と相成った。

 

 本日からヘスティア・ナイフが預けられることとなり、相変わらずの綺麗すぎる摩耗具合にヴェルフもヘファイストスも唸り声を上げかけている。元々のメンテナンス用素材に加え、ベルが貯めたお金の半分である追加料金70万ヴァリスの範囲内で、打ち直しが行われることが決定された。

 とここで、ベルからヘファイストスへと質問があるようだ。何かしら?と返す彼女に対して、少年は疑問をぶつけている。

 

 

「ヘファイストス様。冒険者の武器は、やっぱり鍛冶職人が作っているのですか?ふと思い浮かんだことが何度かあるのですが、敵が持っている武器などを奪取して、っていうのは……」

「モンスターが使う武器、天然武器(ネイチャーウェポン)ね。それっていうのは全般的に品質が低いから、冒険者が使うことはまず無いわね。でもまぁ、切羽詰まった時などは話が変わるでしょうけれど……」

「なるほど……。やっぱり最良となると、鍛冶師が一から作った武器が一番なのですね」

「基本的には一から作るけど、全部がそうでもないらしいわよ?風の噂だけど、猛者オッタルが使っている剣が、37階層の階層主、ウダイオスがドロップする固有の武器がベースって」

「やめてヘファイストス!!」

 

 

 ヘファイストスの顔にダイブして口をふさぐヘスティアだが、時すでに遅し。約1名の顔は、文章の後半が出た瞬間に“堕ちし王の意志”の移動速度をも上回る速さで首が回っており。顔はヘファイストスに向いており、パチンと“兎牙MK-Ⅳ”がホルスターに収められる小気味よい音の余韻と共に、青年は自室へと消えていった。

 

 昔と比べて戦う理由が大きく変わった彼とはいえ、遺伝子レベルに刻まれた本能には逆らえない。モンスター・アイテム、略してMI。彼にとっては麻薬のような存在であり、それが武具となれば反応度合いは猶更だ。

 そしてすぐさま、一糸乱れぬ鎧姿となって姿を現す。バサリと布地特有の音を立てフードを被って鎧を鳴らし戦闘態勢を整えると、シイタケおめめをしながら待っていた少年と対峙した。

 

 

「ベル君……」

「師匠……」

 

 

 会話は、たったそれだけである。しかし師弟は以心伝心、互いの考えは既に合致しているのだ。

 

 

「37階層ですね!」

「いつ行くのだ!」

「今でしょ!!」

 

 

 神ヘスティア、己の命日は近いと悟る。装備キチを筆頭とした問題だらけの師弟コンビは、新たな問題が1つ2つ増えたところでまったくもって他人事ムーブを決めていやがるので質が悪い。

 流石にリフトは見られては宜しくないので教会の外で使い、二人は50階層へと消えてゆく。虫の息となったヘスティアは、己の肩を揺らしながらも超一流以上の鎧姿に顔を向けてしまうヘファイストスに胃薬を求めるのであった。

 

=====

 

 その者の姿は、上半身しか知る者が居ない。なんせ、下半身はダンジョンの地面に埋まっているのだから無理もない。蛇足としては、その埋まっている部分を見たことがある者は誰も居ないと言うのが実情だ。

 濃い紫色とも表現できる骨で構成された外観であり、基本として人間の骨格と似た様相を成している。周囲には己の眷属である人間骨格を成した骸骨のモンスターが群れを成しており、いつかは来るであろう冒険者を屠らんと待ち構えている。

 

 ガチャリ。

 

 鎧の鳴る甲高い音が、通路にも似た広いフィールドに木霊する。鎧を着ぬモンスターにとっては異音の類であり、すぐに反応を示すこととなる。

 1つしか響かぬその音を聞いた37階層の主“ウダイオス”。この階層を統べる主は、屠るべき愚かな敵が、“何故か下の階層から来た”のだと振り返り――――

 

 

 

――――アレって“エンピリオンの化身”じゃね?

 

 とんでもなくヤベーのが目を輝かせて来やがったことに、遅ればせながらも気が付いた。

 

 

 エンピリオンとは、天界における原初の光。そこに居る神の名称を指し示す言葉でもあるのだが、“邪な者を屠る光”のことだ。

 つまり早い話が、どう頑張ってもアンデッドな己にとっては完全な天敵であるということ。エンピリオンの星座によって得られるスキル効果にも、対アンデッドダメージが50%も増加するモノがついているのが特徴だ。

 

 更にはウォーロードを構成する2つのジョブのうち、その片方。オースキーパーと呼ばれる存在は聖なる墓の守護者であり、エンピリオンとメンヒルという天の意思の忠実な執行者にして信仰に篤き番人である。

 そして鍛錬を積んだ者となれば、まさに化身の如き権能を発揮するのだ。ケアンの地を支配せんとする邪な神の全てを屠ってきた彼がどれ程の鍛錬を積み如何程のレベルにいるかとなれば、説明するまでも無いだろう。

 

 

 GrimDawnにおいて存在する、とある2つの宗教。ある者はアンデッドに、またある者はエンピリオンと呼ばれる原初の光に縋り。なんとかして“過酷な夜明け”に立ち向かおうと、“死の目覚め修道会”、“カイモンの選民”となり立ち上がった。

 

 しかし、宗教あるところに戦争を起こしてしまうのが人間である。目的は同じはずの二つの組織は考えや信仰の違いにより、互いに殺し合う様相を見せたのだ。

 カイモンの選民は辛うじて死の目覚め修道会に勝利したものの、エンピリオンは応えなかった。名声を失ったカイモン神父はなし崩し的に信頼を失い、結局のところは双方が壊滅し、希少な人類が減少することとなる。

 

 

 ところで、その原因。エンピリオンがカイモンの神父に応えなかったのは、どこかの誰か(そこの装備キチ)がエンピリオンの加護を取得した上で凄まじい活躍を見せたせいで、神父そっちのけでそちらに夢中になっていたためという酷すぎるオチである。

 オラリオの地に降りた神が示しているように、神様は気まぐれなので仕方ない。神と言う存在は、願えば応えると言うものでもないのだ。

 

 結果として彼が持つエンピリオンの星座の加護の強力さは割合を増しており、最大値のレベル15へと育っているという結果が伴っている。その結果として更なる活躍、ひいては世界を滅ぼさんとした他の神々を薙ぎ倒すと言う偉業を見せており、加護を与えたエンピリオンもニッコリ顔で満足しているのであった。

 

 

 そしてここにも、そんなエンピリオンの心を示すかのようにMI装備を落とすモンスター(大好物の獲物)を見つけてニッコリしている装備キチ。リヴェリアとの関係が改善したことも合わさって、内心では、バナナを見つけた猿のように大燥ぎしている。

 

 

 こちらも上機嫌でおめめシイタケな弟子が見つめる、ダンジョン37階層というフィールドで。圧倒的な理不尽さによる蹂躙が幕を開け、開幕から四方八方へと剣戟を放つウダイオスの絶叫と共に、数秒後に閉じるのであった。

 




第3話の前書きにあるアイズのレベルアップイベントが省略されたのはコレが理由です(白目)
リポップ時間的な意味で省略されたのですが、色々と話が挟まったために間に合うぐらいになってしまいました。

ところでGrimDawnにおけるエンピリオンとカイモンの神父の関係は違っており、ネタバレになるのと本作とは関係ないので、本作では捏造しております。
カイモンの選民の好感度を上げて神父と会話すると真相が明らかとなって「ええっ……」となりますので、是非是非お試しください。


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95話 看過できぬならば

 37階層にて0.0007時間(だいたい3秒)という激闘の末に階層主をソロで撃破し、身の丈程ある刃渡りの大きな黒剣を手にしてご機嫌の装備キチ。使えるかどうかとなればシナジーと合わない上に既存武器と比較すれば到底ながら弱すぎる代物だが、それでもMIはMIだ。無事、コレクションの中に加わることとなる。

 ちなみにこの剣のドロップ判定が発生する条件として、「ソロもしくはそれに匹敵する少数でウダイオスと戦う」というのがあるのだが、もちろんタカヒロを含めて知る者は居ない。過去にソロで挑んだオッタルもこの剣をゲットしているのだが、検証したことがある者は誰も居ないのが実情だ。

 

 ドロップ判定が発生する為には条件がある上に確定ドロップではないのだが、検証はされていない上に裏で“幸運”が仕事をしていたことは誰も知らないことである。ウダイオスにとってベル・クラネルが“幸運”を持っていた事こそが周回作業を阻止した幸運であり、同時にどう頑張ったって勝てない青年(装備キチ)が襲い掛かってきた不幸でもあるというワケだ。

 

 

 そんな二人は、豊饒の女主人にて軽い打ち上げを開催中。帰ってみれば置き忘れた客と共にヘスティアが消えていたため、討伐後のノリで再び50階層へ飛んでから49階層へ移動。

 ベルが単独のモンスターを相手に実戦経験を積み、タカヒロが見守っていた格好だ。そしてドロップ品の魔石を換金して軍資金とし、そのまま酒場へ足を運ぶ流れとなっている。

 

 前回同様にフードに鎧姿での登場により、偶然にもカウンターに居てそれを見かけた店主ミアの表情が露骨に歪んだのは仕方のない事だろう。客である以上は来店を拒否することは無い上に中身が比較的マトモであることも知っているが、得体のしれない相手に対して警戒心を抱いている。

 

 

「いやー、ウダイオスは強敵でしたね」

 

 

 少人数用のテーブル席にてホワーっとした安らかな笑顔で呟く、何故か上機嫌なこの少年。幸いにも物騒な発言は誰にも聞こえておらず、その声は周囲の客が発する雑音に消えてゆく。言い回しについては、恐らく偶然の産物だろう。

 

 もう片方が、レベル1でミノタウロスの強化種を倒して僅か一カ月でランクアップした今話題の少年ならば猶更だ。周囲のテーブルからも、「あれってもしかしてリトル・ルーキー?」と言った小さな声が出ている程。

 なお、現在既にレベル4。そんな事実は誰も知らないが、知ったところで本当の事とは思わないだろう。

 

 もっとも、この少年は違う意味でも有名である。滅多に客に絡まない綺麗なエルフの女店員が、彼とだけは他愛もない会話を続けることが稀にあるのだ。

 現に、今も料理を運んできたリュー・リオンはベルと簡単な会話を交わしている。その横で肉に胡椒を振りかけているタカヒロは、他愛もない会話内容を右から左へと聞き流していた。

 

 

「あはは。本当に、師匠や皆さんのおかげさまです」

「御謙遜を、貴方の実力であることに間違いはありません。クラネルさんも、レベル2になったことで随分と有名に――――」

「なんだなんだー!?どこぞの“兎”が一丁前に有名になったなんて聞こえてくるぞ!」

 

 

 リューの発言を遮り、酒場の一角に聞こえる音量の発言が飛び込んでくる。耳にした者は会話を止め、声の届いた方向を横目見ていた。

 

 

 なお、青年・少年共に目線を向けただけで反応を示していない。「なんか言った?」とでも口にするかのような雰囲気を隠しておらず、相手の感情を逆なですることとなった。

 実のところアイズが「兎みたい」と何度か口にしているせいで、ベルにとっては兎と表現されることに対して不快感は生まれない。タカヒロ視点でも兎であることに違和感は無く、今回も本人が何の反応も示していないためにスルーしている。

 

 

「新人は怖いもの無しで良いご身分だなぁ!?レコードホルダーといい、嘘もインチキもやりたい放題だ!」

 

「ベル君、レベルというのは過剰申請できるのか?」

「できるでしょうけれど、ギルドからの任務が課せられますから、そんなことをする人は居ないでしょうね。嘘だとばれた場合は罰せられます」

「ギルド側もファミリアのレベルに沿ったミッションを課しますので、あまりにも失敗が多い場合は、直ぐに虚言が露呈します。普通に考えれば、クラネルさんが仰るように、虚偽の申告を行う者など居ないでしょう」

 

 

 タカヒロの問いに、ベルとリューが答えている。話が聞こえている周囲も「なるほどな」と呟いており、実のところ二つ名を欲しがっており同じことができないかと考えていたレベル1の冒険者は、デメリットの多さを感じ取って反省している。

 もっとも、例によって煽ってきた人物にとっては気分が全く宜しくない。いくら煽っても全く反応を示さず、挙句の果て論破されているのだから、自業自得とはいえ仕方のないことだろう。

 

 つまるところ。ベル・クラネルを知らないが故に、そういう類の事しか言えないのだ。

 このことが根底にあるために、煽った人物は罵倒の矛先を変えることにする。数秒でありきたりな罵倒が思いつき、考えを口にした。

 

 

「さぞかし、周りにもたかが知れてる奴しかいねぇんだろ!知ってるぜ?貧乏な女神にお似合いな大した武器を作れない鍛冶師で、そこの男も大したことが」

「取り消せえ!!!」

 

 

 見開かれた紅の瞳と共に放たれたウォークライかの如き少年の雄叫びが、豊饒の女主人に響き渡る。立ちあがった際に椅子が倒れた音をも掻き消し、いつかのリヴェリアの叱責然り、雷鳴の如く轟いた。

 鬼神染みたあまりにも強い気迫に、疾風と呼ばれ恐れられるリューを筆頭としたレベル4を誇る歴戦のウェイトレス一行ですらも、恐れを抱き冷や汗が流れた程。一方で師は「おお」と内心驚き、怒りを現せる成長ぶりを見れて満足していると言う温度差である。

 

 挑発を投げた者など、椅子をひっくり返して完全に腰が抜けている。5分ほど前から様子を観察していた際に見せていた、穏やかな少年の様相などどこにもない。

 今にも殴りかからんとする身体を理性で必死に押さえつける様相は、店主ミアをもってしても眉間に力が入るというものだ。あまりの剣幕に、誰一人として言葉の1つも掛けられない。

 

 

「もしソレが黄金の彼女を貶された、侮辱されたとなれば君はどうする。力とは無闇に晒すものではないだろう。しかし藻掻き苦しんで“レベル2になった”ならば、必要な時こそ責任を背負い、適量を存分に示すものだ」

 

 

 ただ一人。食後のスープに口を付けながら妙な内容を口にする、彼の師を除いて、であるのだが。

 一部だけおかしかった内容にキョトンとしながらも、とどのつまりは“そう振舞って一発殴ってこい”と言われていることを理解する。ニカッと笑顔を返して返事をした少年は、己がレベル2だった頃を思い出して軽い暗示のようなものをかけていた。

 

 もっとも、だからと言って店に迷惑はかけられない。故に備品を壊すわけにはいかず、「一発だけ許して!」と、目線でもってミアへとコンタクトを投げている。

 それに対し、目が伏せられた。OKサインということで、ベルは相手の肩に右ストレートをお見舞いする。立ち上がって迎え撃とうとした相手は綺麗に床を滑っており、少し床を汚してしまった程度で片が付いた。

 

 そして、ベル・クラネルもまた、別の人物に吹き飛ばされる。こちらもまた勢いよく床を転げまわり、目に力を入れて、ベル・クラネルは立ち上がった。

 少年の脇腹部、アーマーが影響しない確実な部分を狙って一撃を入れた人物。一撃を入れた地点で佇むその男は、ニヤリと口元を歪めて声を発した。

 

 

「その程度か、リトル・ルーキー。まだ撫でただけだぞ?」

 

「お、おい、あれアポロン・ファミリアだぞ……」

「レベル3の団長、ヒュアキントスだ……」

 

 

 喧嘩両成敗、というわけではないが、ここでミアが両者の成敗に入る。物質的な損害は出ていないため、双方を時間差で追い返すという格好でケリがついた。

 殴られたわき腹を押さえるベルに対して、罵った冒険者達は悪態をついて店を出ていく。ヒュアキントスに対して手も足も出なかった少年は、悔しそうな表情を返していた。中々の役者である。

 

 もっとも流石に、ミアに対してはベルの演技は見抜かれている。何が目的だと言わんばかりにタカヒロを横目見る彼女だが、フードの下の口元は、わるーい笑みを浮かべていた。

 そして先に“手”を出しているのはベル・クラネルだが、それはタカヒロも了承済み。己の主神を貶されて黙っている奴がオラリオに居るかどうかとなれば、“ルール”はどうあれ、大義名分がどちらにあるかなど、眷属ならば子供でも把握できることである。こちらも後ほど、師弟揃って店を追い出された。

 

 笑った口元のような三日月の薄明かりが、路地裏を照らしている。ガチャリと響く鎧の音が家屋に木霊し、通路の闇に消えてゆく。

 しかし、装備者の態度が少しおかしい。その肩は店を出てから微かに震え続けており、今にも声をあげて笑いだしそうな状況だ。

 

 

「そ、それにしてもベル君よ、なかなかの役者魂じゃないか。相手の打撃を綺麗に受け流して自分で吹っ飛ぶのはやめてくれ。道化も裸足で逃げ出す程の狡猾さだ、笑いを堪えるのに必死だったぞ」

「ありゃ、やっぱり師匠にはバレちゃいましたか」

 

 

 少し舌を出してテヘッと可愛らしく笑う少年だが、青年も限界だったようで口元を歪めて笑っている。殴られたわき腹を引きずって店から出た少年だが、人気の少ないところに入ると、いつもの姿勢に戻っている。

 

 今夜の一件は、少しは騒ぎになるだろう。タカヒロからすれば、相手から戦争遊戯を仕掛けてきたら万々歳。そうならなくとも、どちらに正義があるかは明白だ。

 謝るとしても互いに一発ずつ入れている上に、あの場における証人も多数居る。ヘスティアには迷惑を掛けてしまうが、大した問題にはならないだろうというのが青年の考えである。

 

 タカヒロとしても、自分のために怒ってくれるベルの対応が嬉しかったのだ。だからこそ、この一件が少年のために使えないかと、色々と考えを巡らせていたのである。

 いくらか大人びてきたとはいえ、そこは年相応の14歳。たまにはこんな野蛮な経験も必要だろうと思い、一方で「良いことを思いついた」とわるーい笑みを浮かべていた彼は、だからこそ、レベル2として振舞えと口にしている。

 

 

 タカヒロの考えとしては、わざと手を出すことで最低でも全面抗争、あわよくば戦争遊戯(ウォーゲーム)へと発展する可能性を望んでいる。最速レコードホルダーとしてレベル2になったならば、嫉妬や軽蔑の視線を向けられることもあるだろうと、実は昔から思っていた。

 なんせ、周りはベルの腕前を知らないのだ。ミノタウロスの亜種を倒したのも事実ではあるが目にしていたのはロキ・ファミリアだけであり、ギルドに持ち込まれたその情報だけが出回っているのが現状であることも、また事実。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインのための英雄となるために強くなる。50階層で口にした、少年の明確な決意。

 それを叶えるならば、レベル4、5となって活動することが必要不可欠だ。そしてレベル4になった現状もあり、ならば猶更の事、今のままでは厄介な視線は増えることとなるだろう。

 

 

 ベル・クラネルと、アポロン・ファミリアによる戦い。これによって周囲に対し、ぐうの音も出ない程の真の実力を知らしめる。

 傍から見れば正気かと疑うソレが、タカヒロの考えている最後のシナリオ。獅子は我が子を千尋の谷に落とす、と言われる迷信とは意味が少し違うが、最後に与える試練に他ならない。

 

 少年が身に付けた技術の数々を発揮できれば、危なげなく勝てるだろう。しかし、どこか一度でもミスをすれば、瞬く間に窮地に立たされることだろう。

 そうなった際の立ち回りも重要だが、そもそもにおいて、そうならないことが大切だ。教えられることは全て教えてきたし、少年は死に物狂いで身に付けた。

 

 

――――もう、自分が教えることのできる技術は何もない。

 

 

 騙し騙しの応用を繰り返していた最近だが、恐らく少年も薄々感づいているだろうと伺える。

 もう1つだけランクが上がった際の、彼なりの捻くれたお土産こそは残している。それでも少年の巣立ちは、すぐそこに迫っているのだ。

 



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96話 悪巧み

甘味料補給


 もうベルに対して指導できることが発展形のみと再認識して少し寂しく感じるタカヒロは、ベルと共に教会へと戻ってくる。やはりヘスティアの姿はそこになく、37階層へ出かける前と同じ様相を残している。

 互いに鎧姿だったベルとタカヒロは、着替えてソファに座り本を読んで過ごしていた。ベルはダンジョンに関する書類のようで、時折、分からないことをタカヒロに対して質問している。

 

 

「ん?」

「あれ?誰でしょう……」

 

 

 軽い感じ、しかしどこか忙しなく。そのような様相で地上へ続くドアがノックされたのは、暫くしてからのタイミング。中に居た二人は互いに読書を行っていたこともあり、その音は室内によく響き、余韻となって消えてゆく。

 こんな時間に誰だろうかと二人は顔を見合わせ、しかし答えは出てこない。ベルは書物を机に置くと、ドアの元へと小走りに寄った。

 

 

「はい、今開けます!」

 

 

 そして、誰だろうかと考えつつ扉を開くと――――

 

 

「ベルー!」

「うわあ!?」

 

 

 花の笑顔を振りまく超ご機嫌な天然少女が、バッと勢いよく飛びついた。その奥では、保護者役が眉間を軽く摘まんでいる。

 挨拶が先だろうとアイズの首根っこを掴んで引きはがし、一転してロキ・ファミリアとして礼儀正しい対応を示していた。ベルも両手を揃えて姿勢を整え、部屋の奥ながらもタカヒロも立ち上がるなど、双方がファミリアとしての対応を交わしている。

 

 そして相手が菓子折りを受け取れば、ロキ・ファミリアとしては任務完了。これが早朝のハイエルフの脳裏に浮かんだ悪巧みであり、不参加だったヘスティアへの菓子折りを持参するという事で、堂々と会いに来たというわけだ。それに気づいたタカヒロは、軽く笑って口元を緩めている。

 初めてヘスティア・ファミリアに来たアイズは、興味深げに各所を見回して探索中。紹介するような物もなければ狭い室内ながらも、ベルが案内役を行っている。一方のリヴェリアは、再びソファに腰かけたタカヒロの後ろ側へと移動していた。

 

 

「神ヘスティアへの謝礼ということで、ロキ・ファミリアを代表して菓子折りを持ってきたのは先の説明通りだが……姿が見えないな、外出しているのか?」

「恐らくヘファイストスのところだが、時間も時間だ。しばらくすれば戻るだろう」

 

 

 そんなことを言っていると、噂をすれば影が差す。「たっだいまー」と陽気に戻ってきたヘスティアは女性二人の姿を見てキョトンするも、それぞれの仲睦まじい姿を見れてご満悦。

 この結果が在るならば、己が送り出した甲斐もあったというものだ。今の彼女は、何よりも眷属二人の幸せを願う女神である。

 

 どこへ行っていたのかとベルが尋ねたところ、どうやらヘファイストスに食事に誘われていた模様。話を聞くに、来月辺りに少し変わった神の宴を開くらしく、二人で計画を練っていたらしい。

 ヘスティアや師弟コンビも誘われているために、頭の中には入れておいてくれと念が押された。直後に発せられた「君の服はあるのか?」というタカヒロの直球は、デッドボールとなってヘスティアに届いている。

 

 その点はさておくとして、どこかの誰かの機嫌を取ろうと策略も動いている。今日の会食において、ヘファイストスは、今の廃教会よりも広い新たな場所のレンタルを匂わせていたらしい。

 しかしながら、ヘスティアは乗り気ではないようだ。狭いながらもこの教会が気に入っており、眷属が増えれば話は変わるが、今のところは移動する気は無いらしい。便乗と言う前提を口にして、タカヒロも同意の言葉を返している。

 

 どうなの?と言いたげに可愛らしく首をかしげるアイズに対し。まだ返答を示しておらず、彼女から二歩ほど離れた位置にいるベルは腕を組んで、苦笑しながら口にした。

 

 

「なんだかんだで、僕としてもこの地下室が居心地が良いんですよねー……。たぶん地下室って言うよりは、神様や師匠と同じく“この教会がある場所”なんでしょうけれど」

 

 

 人気は少ない、というより無いに近いが、周囲の建物とも距離があり利便性も良いとは言えない廃教会。とはいえ慣れ親しんだ場所だからこそ、愛着というものが生まれている。

 裏側の敷地も広いものがあり、ちゃんと手入れをすれば庭として使うことができるだろう。優先度合いとしては崩れそうになっている上物の処理が先なのだが、こちらもお金を貯めれば行える内容だ。

 

 もっとも、そんな感情をよくわかっていない黄金の少女。ダンジョンがマイホームと言わんばかりに入り浸っていた彼女は、可愛いらしく首を傾げていた。

 

 

「そう、なの……?」

「アイズさんも、例えば100億ヴァリスで建てられた新しいロキ・ファミリアのホームに移れるとしても、気持ちとしては慣れ親しんだ今の方が良くないですか?」

「ベルと一緒なら、どこでもいい」

 

 

 会話が止まる。頬を薄く染めながらも、まったくもって見当違いな回答を口にするアイズの発言により、全員の動きも止まっている。

 言葉を受けた白兎の面様は、嬉し恥ずかしで真っ赤っか。恥ずかしがるばかりで喜ぶ様相を示してしてくれないベルに対し、アイズはぷっくりと頬を膨らませている。

 

 おいで!と言わんばかりに薄笑みを見せ少し腰をかがめ、小動物に対して腕を広げる天然少女。飛び込みたい本能とそれに反する理性がベル・クラネルの中で戦いを繰り広げており、顔を背けて両腕で目を隠すことで何とかして耐えている。

 なお葛藤している理由は、この場において二人きりではないが故。また、「ロキ・ファミリアにおいで」と言いたげだったアイズの本音が口に出れば話は別だ。ケロッとした顔に戻り、例えアイズが相手でも、それはできないと口にするのがベル・クラネルである。

 

 結果として待ちきれずに数秒後には眼光滾るアイズがベルに飛び掛かっており、小兎が獅子に襲われている。いつかのクラネル・マットレスが、またそこに再現されている状況だ。

 以前と違うのは襲っている側の心境であり、ものすごーい笑顔のまま、匂い付けとばかりに少年の胸元に顔を擦っているのだから相手へのダメージ量は凄まじい。流石にベルも腹筋運動の要領で上体を起こし、「何やってるんですか!」と叫んで行動を止めさせた。

 

 

「……ねぇ、タカヒロ君。ロキ・ファミリアからのこのお土産って、砂糖を巻き散らしたくなるようなラブラブシーンを見てくれたお礼ってことなのかな?」

「自分に言われてもな……」

「そうだもんね、さっきから呑気に本を読んでる君も似たようなモノだもんね!よくそれでいつもの表情を保てていられるよ!!」

 

 

 原因は、青年の後ろに居るハイエルフがいつの間にか行っていた内容だ。リヴェリアが後ろからソファー越しに彼の首に腕をまわして寄りかかり、肩越しに同じ本のページを読んでいる。既読が追い付いていないところでタカヒロがページを捲ろうとすると、袖をクイッと引っ張ってキャンセルさせているという微笑ましい状況だ。

 爆発しろーと叫んで別室に駆け込んでいるヘスティアだが、残念ながら意味が通じるのは一名だけ。その一名もこの状況を全く気にしておらず、少し目を細めてやや頬を赤らめている後ろと違って、相変わらずの平然とした様相を崩さない。

 

 基本的に他人の前では露骨にデレることのない二人、特に青年はその気が強いのだが、相手の姿が気に入らないのは、勇気を出して後ろから抱き着いた彼女である。そこでギュッと腕に力を入れてみれば、タカヒロは右手でもってリヴェリアの右頬に手を置いた。

 自分とは違う大きな手に対して顔を預ける彼女の表情は、大変に満足気。もちろん青年としても、昨日の今日ということと、先ほどの寂しさを埋めてくれる彼女を間近に感じられて内心ではご満悦。その行動で、読書から気が逸れた。

 

 しかしそれで気が回ったついでに、先ほどの事象を思い出す。特に気にも留めていないタカヒロだが、違う部屋にいるヘスティアにも聞こえるよう、少し大きめの音量で口を開いた。

 

 

「ところでヘスティアに1つ報告せねばならんのだが……君たち二人にも話は入れておいた方が良いな。ついさっき豊饒の女主人で、アポロン・ファミリアの団長にベル君が殴られた」

 

 

 女性3名揃って「は?」と口に出された回答だが、それは当然の事だろう。唐突過ぎることもあるのだが、それが本当ならば何があったか気になって仕方がない。

 

 本を閉じつつ事のあらましを口にしたタカヒロの前で、ベルはゴメンナサイと拝みながら、部屋から出てきたヘスティアに頭を下げる。内容的には先に手を出したベルに非があるものの、その発言者が殴られて当然というのがリヴェリアの見解だ。傷害を比べても、互いに一発ずつの結果にもなっている。

 が、しかし。約一名からすれば、最初に青年の口から出された「ベルがアポロン・ファミリアに殴られた」という内容しか残っていない。そのために黒いオーラが出かかっている黄金の少女は、外へと繋がる扉の前で、ポツリと一言をこぼしていた。

 

 

「……リヴェリア、(殺ってきちゃって)“いい”?」

「良いワケがないだろう……」

「大丈夫。“秒”で、終わらせる」

「ベル君、アイズ君を確保」

「はい!」

 

 

 宣言通り、秒で終了。後ろからガッシリと両肩を掴まれたアイズから殺気が消え、そのままベルにもたれ掛かっている。身体で身体を支えているベルは、そのままアイズの首元に手をまわした。

 ということで、タカヒロとリヴェリアの逆バージョン。ナチュラルに作られる光景に、リアルタイムでブラックコーヒーを求めるヘスティアは盛大な溜息をついている。

 

 

「なーんで君たちは、そうイチャ付き方も似たり寄ったりなんだい……」

「わ、悪気は無いんです神様!」

「しかし加減はあったとしても、よくレベル3の打撃を受けて無事だったな。見る限りだが、大きな怪我も無い様で安心した」

「ベル君はレベル4だからな」

 

 

 風呂あがったよー、に対する、はーい程度のノリで返されたこの一文で、再び空気が凍る。見えてはいけないものでも見えているのだろうヘスティアは、壁と向かって話をし始めた。きっとそこにはフェルズでも居るのだろう。

 青年の首に手をまわしている繊細な腕は、スリーパーホールドの態勢に移行中。身体を押し付け締め上げるリヴェリアに「締まってる締まってる」とゼロダメージを痛がる様子を見せる彼は、表情1つ変わっていない。

 

 

「……どう言うことだタカヒロ。確か、ベル・クラネルがレベル2になったのは……」

「ふた月程前だ」

「では、いつレベル3に」

「七日前」

 

 

 ……どういうことだ。と再び言わんばかりに、リヴェリアは技をキメながらも、もの言いたげな目線をタカヒロの後頭部に向けている。

 そうなると計算上は、僅か2か月でレベル2からレベル3へ。更に、たった七日でレベル4。文字通り、過去に例のないほどに尋常ではない成長速度だ。

 

 いつか弟子自慢ならば負けないと言ったことのある青年は再び同じ言葉を取り出しているが、違う、そうじゃない。自慢だとか、そんなレベルに収まらない。

 凄まじい成長速度に対してキラキラと輝くシイタケな瞳をベルに向けているアイズだが、ベル自身とて原因不明であるために困惑した表情を返すしかないのが実情だ。例のスキルの事情を知っているのが二人だけのために、その点は仕方のないことである。

 

 

「しかしタカヒロ。アポロン・ファミリアは、他のファミリアの者を強引に眷属にすることで知られている。最悪の場合、戦争遊戯(ウォーゲーム)も在り得るぞ?」

「自分としては願ったりだ。問題ない、ベル君が一人で全部倒すさ」

「ぶふっ!?」

 

 

 いつか59階層でミサイルを発射した時のように「できるできる」とでも気軽に口にするかのような調子の言葉を耳にして、壁と話をしていたヘスティアは思わず噴き出した。青年の真横に顔を並べてものすごく物言いたげな目を向けるリヴェリア然り、何を言っているのかと、ヘスティアも距離を詰めて突っかかる。

 そうは言われても、タカヒロ的には言葉通りの意味である。文字通り温度差が激しい二人だが、少年の実力を最も知っているタカヒロとしては、負ける情景が、これっぽっちも浮かばない。

 

 相手の最高レベルは酒場でベルを吹き飛ばした――――と思っているヒュアキントスのレベル3。対して此方はレベル4である上に、鍛錬とはいえ死の直前で流した血反吐の量とそこから得た実力は、誰よりも青年が知っている。

 更には師の影響を受けて戦闘スタイルはソロプレイヤーと化しており、鍛錬が中心となって成長してきたため、対人戦闘ならば最も得意なジャンルと言えるだろう。身に纏う装備もまた、一流の鍛冶師が作り上げた代物だ。

 

 いかなる脅威にも立ち向う心を持った、紛れもない強靭な戦士(ソルジャー)。相手がモンスターではなく人とはいえ、時間的な経歴で見れば差があるとはいえ、極限状態に居た場数が違う。

 その事をヘスティアに伝えるも、青年の予想通りに不安げな表情を隠さない。ベル・クラネルが大切だからこそ、やはり心配が勝るのだ。

 

 

「そ、それじゃベル君は、本当に一人で集団の相手をすることに――――」

「語尾が弱いぞヘスティア。君も分かっているんだろ。ベル君の実力を知らず、己が抱いている心配だけで口にしていることが」

「神様……」

「ううっ……」

 

 

 心配されることは嬉しいベルだが、もうちょっと頼って欲しいというのが男の子としての本音でもある。相手の優しさ故に口には出せないが、そんな少年の視線を受けて、ヘスティアも言いどもってしまった。

 一方で心配とは別に、信頼を寄せている者が居るのも、また事実。後ろから回されたベルの手をギュッと掴むアイズは肩越しに振り返り、「私は信じてる」と言いたげな薄笑みと目線を向けている。少年にとっては、何よりも活力が沸いてくる光景だ。

 

 

「では自分が保証しよう。大丈夫だヘスティア、ベルは強い」

「そ、それと師匠も居る訳ですから、ヘスティア・ファミリアが負けることなんてありえませんよ!」

 

 

 珍しく素直に褒められ照れ隠しを口にするベルは、やや頬を染めて落ち着けない。照れ隠しとなると素直になれない度合いが、どこぞの師と似てきている。

 手を口に当てて唸りながら考えを纏めるヘスティアだが、自分の持つ心配の心もあればタカヒロが口にしたことも間違いではないために、判断に悩む状況だ。そこで再度、当の本人が持つ覚悟を問うことにする。

 

 

「……ベル君は。もし戦争遊戯(ウォーゲーム)の申し込みが来たとなったら、どうしたいんだい」

「受けて立ちますよ、神様。アイツ等は、僕の大事な神様と鍛冶師、あまつさえ師匠を貶したんです。あの時なら譲れますが――――泣いて謝ろうが、絶対に許さない」

 

 

 目を見開いてヘスティアを見据える少年には、隠しきれぬ戦士としての怒りが溢れている。思わずゾクリと背中が震えた女性3名はゴクリとつばを飲み込んで、ベル・クラネルの怒りと覚悟を感じ取った。

 ここで応えなければ、己は主神として失格だろうとヘスティアは感じている。やはりベルを危険な目に遭わせたくない心が顔を出すが、そんな彼が、己のために怒りを抱いてくれていることも、また事実。

 

 かつての酒場で感じた悔しさを再び抱いた少年だが、此度においては我慢する必要はどこにも無い。相手は違えどあの時は勝てないことが嫌という程に分かったが、その悔しさをバネに少年は芽を伸ばした。

 とはいえ、相手が戦争遊戯を仕掛けてくるかは誰にも分からないことだ。しかしタカヒロの想定通りに実施されたならば、此度においては、その花を咲かせる時である。

 




ベル君げきおこ


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97話 18階層の調査

Act.8:Gods and Spirits(神々と精霊達)
Act.8-1:アイズ・ヴァレンシュタインを探しに24階層へ向かえ
Act.8-2:とある神の使者と会って会話せよ
Act.8-3:とある神と会話し、力を貸せ
Act.8-4:50階層を調査せよ
Act.8-5:59階層にてリヴェリア・リヨス・アールヴを守り切れ
Act.8-6:精霊の分身を殺し、ロキ・ファミリアの安全を確保せよ
Act.8-7:59階層における出来事について、神ウラノスと意見を交わせ
Act.8-8:【New】18階層を調査せよ


「どのようにして、ダンジョンから食人花(ヴィオラス)を持ち出したのだろうか」

 

 

 数日後。松明の薄明かりに包まれた、ギルドの地下にある祈祷の祭壇。そこでウラノスが呟いた一言に、答えることのできる者はいなかった。

 もっとも人物としてもタカヒロとフェルズしか居ないのだが、双方ともに考えが浮かばないのが実情である。腕を組んで明後日の方向を見る行動は、「分からない」の言葉が出されるまで続くこととなった。

 

 ウラノスにとっては自慢話になるが、ダンジョンの蓋であるバベルの塔はギルドによって管理されている。人が多すぎて誰がどこへ、と言ったような管理までは無理ながらも、あれほどの大きさのモンスターが運び出されるようなことは皆無と断言していい程だ。

 まさか種のようなモノがあるのかと考えたタカヒロだが、成長となれば多大な栄養が必要であるために、現実的ではないとフェルズが返している。ロキ・ファミリアによって行われた地下水道の調査も、成体が複数いただけで繁殖の気配もないようだ。

 

 そのために、当初タカヒロが口にした「他に入り口がある」という説に辿り着いたわけである。実際のところ過去には27階層と海が繋がっていた地点があるらしく、20年ほど前に封印された歴史がある。

 その封印が解かれたのかと推察した点については、幸か不幸かロキ・ファミリアが近々遠征の申請をギルドに行っているようであり、結果は自ずと上がってくることだろう。故にこちらの3人は、他のルートを推察していた。

 

 

「1つ気になるのは、なぜ24階層という中途半端な階層で栽培を行う必要があったか」

 

 

 タカヒロの脳裏に浮かんだ、単純な疑問。単純に見つからないようにするための工夫だと言うならば、もっと深い階層の方が都合が良いだろう。

 フェルズもウラノスも気になっていたものの、その問題に対してどうアプローチしていいかが思い浮かばなかったのが実情のようだ。そのために、何か意見が無いかとタカヒロに問いを投げていた。

 

 

「意見と言うよりは、このような場合のアプローチ方法の1つなのだが……逆を言えば、24階層より上もしくは下では、栽培を行えない理由があったとも読み取れる」

「なるほど。24階層より上は見つかりやすい点が理由と仮定して……中層の最後と呼ばれる24階層では行えて、25階層からとなる下層では行えない理由があるということか」

 

 

 その理由が分かれば、どこかにあるかもしれないダンジョンとの連絡通路も判明するかもしれない。タカヒロとしても各階層の特徴はリヴェリアの教導で叩き込まれているし、50階層へのシャトルランで駆け抜けたこともある。

 まず、25階層から先。水が豊富にあるエリアながらも、食人花(ヴィオラス)は水生生物ではないために相性が良いとは言えないだろう。一方で19~24階層は“大樹の迷宮”と呼ばれているほどであり、植物系モンスターとの相性も悪くはないはずだ。

 

 そんな単純な理由で24階層になったのかと考えるタカヒロとフェルズだが、らしいと言えばらしい事だ。そして、もう1つの推察事項が存在する。

 食糧庫の中にあったのは鉄の檻に入れられた食人花(ヴィオラス)であり、運び出すには相当の力が居る。加えて、例えば24階層程度までしか赴けず、檻を抱えて地上まで行けるとすればレベル3程は必要となるだろう。

 

 オラリオにおいて、レベル4以上は圧倒的に人口が少なくなる。故に人員的な問題からしても、24階層がギリギリのラインであったならば不思議ではないことだ。

 その見解に対しては、ウラノスも納得した様相を見せている。ふとタカヒロの脳裏に1つの事実が浮かび上がったのは、更に数秒してからだった。

 

 時間潰しで行った50階層へのシャトルランを思い返したタカヒロだが、24階層より下では食人花(ヴィオラス)と出会ったことが無い。逆にイモムシのモンスターについては、49階層より上で未遭遇となっている。

 もっとも24階層についても例の一件でエンカウントしただけだが、リヴェリアが口にしていた殺人事件と合わせると、地上を除けば、少なくとも18階層から24階層という大樹の迷宮のエリアにおいて食人花(ヴィオラス)は出現しているということになるだろう。

 

 今現在において判明している情報は、これだけだ。蓋を開けてみれば第二の連絡通路なんて無いかもしれないし、案外オラリオの地下で大繁殖しているのかもしれない。

 それでも、せっかくの推察だ。浅い所からということで、二人は18階層へと向かうこととなる。

 

====

 

――――これで見えているのだろうか。

 

 水晶に似たブレスレットをフェルズから受け取ったタカヒロは、そのまま18階層へと足を向けていた。かつて24階層の問題の時に訪れた場所であり、青年にとっては二度目である。

 ブレスレットについては、ウラノスが祭壇のエリアから周囲の状況を見渡すことができる魔道具だ。どこぞの美の女神も似たような物を所持しており、ダンジョン内部のベルを見てキャーキャー叫んでいたことがある。

 

 その点はさておき、18階層では天井に敷き詰められた輝かしいクリスタルの内部で光が反射し、階層全体を照らす光となって降り注ぐ。熱こそほとんどないものの、光量に関しては太陽と遜色(そんしょく)がないと言える程だ。

 明るさとしては、今現在は夕方と言ったところだろうか。夕焼けのようなことが起こることはなく光量が変化するだけであり、ゆっくりと闇に包まれるのである。

 

 

「御仁、聞こえているかね」

「ああ、便利なものだな」

 

 

 闇が動くならば、闇に紛れて。そんな妙に説得力がある一文を口にしたフェルズの案により、探索は夜間に行われることとなった。

 二人は魔道具を所持しており、ようは無線機のような装置で遠距離で会話を行っている。同じ階層、かつ遮蔽物がない空間においてソコソコの距離で通信することができ、互いに小声ながらも、十分に聞き取れる鮮明さだ。フェルズ曰く暗号化も抜かりないらしく、二つの道具以外では本人ですら通信を傍受できないらしい。

 

 

「しかし、本当に見つかるのだろうか?」

 

 

 フェルズの呟きが魔道具から零れるも全くもって動きがなく、時間だけが刻々と流れてゆく。階層も浅いためにベル君(幸運持ち)を連れてくるべきだったかと考えるタカヒロだが、己の戦いに巻き込むべきではないと考えを振り払った。

 此度の目標は、18階層において動きがあるかどうかを確認すること。昼間の18階層ではなく夜にしたことも、明確な理由がある。

 

 24階層で見つけた“檻の中の食人花(ヴィオラス)”という状況から推察するに、地上への搬送の際にテイマーが動かしているとは考えにくい。運んでいるのは人間であり、タカヒロは例の死兵が担当だと睨んでいる。

 つまり特別なスキルが無い限りは夜目は効かず、何らかの灯りを使用するはず。そのような推察を行ったタカヒロは、身軽なフェルズに大樹の上で見張るよう指示していた。

 

 

「け、結構、怖いのだが」

「我慢しろ」

 

 

 身軽ながらも、あまり高いところは得意ではないらしい。とは言っても地上50メートル程の高さに居るために、怖がるなと言う方が無理があるだろう。

 闇に紛れ、周囲を監視し続けて20分ほど。突然と湧き出た灯りを見つけたフェルズは、灯りが向かう方角と目視距離をタカヒロに伝達した。随分と距離があるものの、暗闇における灯りとは遠くからでも分かるものだ。例えば海上においては、煙草の炎も遥か先から視認できると言われている。

 

 

「背後についた、接敵する」

 

 

 深い深い、森と呼べるエリアの一角。フェルズの誘導で目標に辿り着いたタカヒロは、奇襲の一撃でもって二人の足の骨を粉砕した。相手の逃走手段を奪い、続けざまに両腕を無力化し、自爆することすらも許さない。

 相手が死兵、闇派閥だということは分かっている。反撃を許さずに四肢は潰したがこの世界にはポーションがあるために、拘束後に使用すれば延命となり、後々拷問にかけることもできるだろう。

 

 暗闇というカモフラージュの中でガチャリと響く鎧の音は、相手からすれば死の宣告に聞こえるだろう。気配すら感じ取る暇もなく無力化され、もはや真っ当な生は望めない。

 己を見下ろす、冷酷な気配。相手をモノとも思っていない感情が肌に突き刺さり、仰向けに漆黒の鎧姿を見上げるエルフの青年は、かつてない程の恐怖にかられ、言葉を口にしだした。

 

 

「知っている……私は、その(まなこ)を知っている。復讐を誓い、遂げた者の目だ」

 

 

 確かに“ケアンの復讐者”的な意味で言えばタカヒロが復讐者である点は間違いではないのだが、それはケアンの地で暴れまわっていたイセリアルとクトーニックに対する復讐者という意味である。ともかく、このオラリオの地においては関係のないことだ。

 もう一人の闇派閥の男らしき者は、完全に戦意を喪失してしまっている。フード越しに見下ろすタカヒロの表情は仏頂面を極めており、身体も微動だにしていない。

 

 

「名も知らぬ戦士よ……死者は蘇らない。それでも、愛した者と、死別した者と会いたくはないか?」

 

 

 暗闇でも分かる程の濁った瞳を開ききり、相手のエルフは声を発することを止めそうにない。まるで、前に立つ相手の気を引く為かのように見える。

 いや、それも少し違うかもしれない。どちらかと言えば、己が闇派閥にまで入って出会いたい者のために生きることに対し、同情、肯定の類の言葉を掛けて欲しいかのようだ。

 

 

「我等が主神に、忠誠を誓え。そうすれば、お前も――――」

「……」

 

 

 目の前のエルフが、いかにしてそのような絶望に追い込まれたかは分からない。こうでもしなければ自我を保てない程に追い詰められたことは無いタカヒロだが、だからと言って表情も心境も変わることなく、全く興味のない視線をフードの下から向けている。

 そう思った直後、突如として短剣が飛来する。察知したタカヒロは盾を使って弾き落とすも、軌道からするに、どうやら狙いは目の前に居るエルフだったようだ。

 

 フェルズによる死兵への攻撃かと考えたが、居るはずの方向が逆側だ。例え死兵に自爆されても何ら問題は無いために、タカヒロは意識をそちらへとスイッチする。

 左右それぞれの草木がガサガサと騒めいたかと思えば、黒いフードを纏った二人の人物が場に出てくる。片方はフェルズだがまさに瓜二つの様相であり、区別しろと言われれば非常に難しい程だ。

 

 

「……分身魔法でも使えるのか?」

「っ!?」

「違う、全くの別存在だ」

 

 

 そのためにタカヒロは分身魔法かと口にするも、よくよく見れば片方のフードの下は仮面であり、もう片方は闇が広がっている。この暗闇故に、気づかなかったのは仕方のない事だ。

 とはいえ、なぜか仮面の方のフードの人物は驚愕の声を上げている。タカヒロとフェルズが視線を向けると、しまったと言いたげに顔を背けているが、原因は分からない。

 

 故に何事かと、タカヒロはフェルズと顔を見合わせた。仮面の人物が動きを見せたのはそのタイミング、相手が視線を切った一瞬の油断を見逃さない。短剣を突き立て損傷を与えるべく、瞬く間に駆け出した。

 そこを狙ったはずなのに、己の短剣による一撃は、いつのまにか構えられた盾に阻まれる結果となった。力に任せて押し切ろうにも微動だにしない現状に、仮面の人物は声を発して次の一手を持ち出すこととなる。

 

 

「チッ、食人花(ヴィオラス)!」

 

 

 狙いはタカヒロとフェルズだけではなく、死兵もまた対象らしい。向かってくる食人花(ヴィオラス)を処理していると叫び声が木霊し、二人の死兵が“処理”された。

 この隙を狙って仮面の人物は逃げており、目を見張る程の逃走速度である。フェルズを残して追跡することは良くないかと判断し、とりあえず目の前の食人花(ヴィオラス)を片付けた。

 

 灰になり消えゆくモンスターの死骸を見つめていると、光を弾かない草木や地面とは違う、微かな光が跳ね返ったような印象を受ける。その地点でタカヒロが腰を屈めると、1つの人工物が存在した。

 野球ボールほどの球体に瞳が書かれたような、金属製の物体。対面から見るフェルズは何かしらのマジックアイテムだと勘繰っているものの、単体で動作するようなものではなく原理は不明だ。

 

 ならば、何か目的があって所持していたか。先ほどの戦闘に巻き込まれず零れると言う事はポーチなりポケットなりから取り出していた可能性があり、今居る地点からあまり遠くないエリアで使おうとしていたのではないかとタカヒロは推察する。

 

 事実、ここには獣道と呼ばれるような通路がある。獣道とは、その辺りを縄張りにする獣が草木をかき分け定期的に巡回するルートのことであり、草木は自然と生えにくく、少しだけ切り開かれたような道になる点が特徴だ。

 そして消された闇派閥の者が向かっていたのは方角的に東であり、二人で連なりながら、その道をひたすらに進行する。暫くすると、18階層を構成する側壁の前に到着した。

 

 

「行き止まり?」

「まさか」

 

 

 獣道は、ダンジョンの壁に達したところで止まっている。しかしながらセオリーとしては「何もありませんでした」で終わるはずがなく、その下にある地面には草木が生えておらず踏み固められている点がそれを証明していると言えるだろう。

 故に、何かがある。かつてケアンの地で隠し扉を破壊していた時の要領で“正義の熱情”を放ち、タカヒロはダンジョンの壁を破壊。目的のモノは、崩れ行くダンジョンの外壁と共に現れることとなった。

 

 

「いかにも、と言った感じの扉だが……」

「まさか、この扉はオリハルコンではないか……!」

 

 

 通常の金属を超える強度と耐久を持つ、超硬金属(アダマンタイト)。その更に上を行く、最上級の強度と耐久を兼ね備える金属“オリハルコン”。

 フェルズが言うには、この扉はオリハルコンで出来ているらしい。明らかに自然による精製物には程遠く、誰かが何かしらの意図をもって取り付けた代物だ。

 

 その扉の中央には、何かがピッタリと入りそうな球体状の窪みがある。脳内で先ほどのマジックアイテムを横に並べると、大きさ的には一致しそうだ。

 セオリーに乗っ取って考えると、この扉を開くための鍵になると予測できる。しかしタカヒロは、それをはめ込むことは行わず元来た獣道へと踵を返し、フェルズもそれに続いていた。

 

 

 闇派閥の逃走を許さないならば、ダンジョンの外に繋がる出口が分かるまでは突撃は行わない方が良い。ここで扉を開いた痕跡を残してしまうと、相手にこちらが持ち得るカードの情報を与えてしまうこととなる。

 闇派閥を追う存在について仮面の者に姿は見られているが、食人花(ヴィオラス)の一件で離脱した相手の気配は完全に消えている。そして鍵を入手したところは見られておらず、ダンジョンの壁もまた自動的に修復を始めているために、痕跡が残ることもないだろう。

 

 そのことをフェルズに話すと、フェルズもまた同様の意見を返してきた。マジックアイテムについてはタカヒロが所持することとなり、インベントリの中に納まっている。

 

 

 帰還した二人は、ウラノスに状況の報告を行うこととなる。出口は不明ながらも、18階層に何かがあるという推察が見事に正解となった点は運が良い結末と言えるだろう。

 とはいえ謎の扉の先に何があるかは分からず、どこに繋がっているかは分からない。ひとまず18階層での調査は区切りを迎えており、良くも悪くも情報が外に漏れることはなく、物語は水面下で進むのであった。

 

 




漫画版で真面目に見分けがつかなかった。
さて、この子の処遇やいかに……


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98話 2枚と4人

日常回。例のイベントの伏線、あと原作イベントを回収。
こんな内容だと筆が進むこと進むこと……


 18階層にオカシな扉を見つけても、他のファミリアとひと悶着があったとしても、日課が変わるわけではない。朝の光は雲に遮られて薄暗い中、ヘスティア・ファミリアの二人は、いつもの外壁の上へと足を運ぶ。

 いつもならば先に素振りや疑問点の質疑応答から始まり、ある程度が経過してから実践となるスケジュール。しかしながら、本日は既に、2つの影がそこにあった。

 

 

「遅いぞ」

「遅い」

 

 

 可愛らしく物言いたげな目線を向けるリヴェリアと、これまた可愛らしく半目で片頬を膨らませるアイズの姿。曇り空ながらも栄える二人の姿を見れば、白髪の二人も朝一から元気が出るというものである。

 白髪の二人が彼女達を見て元気が出るように、その逆もまた然り。ファミリアが違うために常日頃から一緒に居ることができるわけでもないために、少しでも時間を伸ばそうと、アイズは眠い目に活を入れているのである。

 

 おかげさまでボーっとしたような表情に磨きがかかっているアイズだが、それもベル・クラネルが現れるまでのこと。少年の姿が目に留まると、機械の電源が入ったかのように、少女アイズとして薄笑みを見せるのだ。

 そうは言っても師弟コンビが来るのが遅いわけではなく、タカヒロの微調整により毎回1分程度の誤差に収まっているために問題ではない。彼女たち二人が来るのが、回数を重ねる度に5分程早くなっているのが原因だ。

 

 とはいえ男側が時間を早めていることはないために、結果として、いつかはこのように逆転してしまうのは必然と言えるだろう。その点を分かっているものの口には出せないため、どう返したモノかと目線を合わせる師弟コンビは、とりあえず苦笑と言う形で返事をしている。

 もっともその苦笑で相手方にも意図は伝わってしまっており、アイズは照れ隠しでベルの背中をポカポカと叩き、リヴェリアはプイッと顔を背けてへそを曲げる。タカヒロがいつもの表情で「やはり寂しがりか」と煽りの言葉を投げると、彼女は血圧が上がって平常運転に戻るのだ。

 

 

 セオリー通りのやり取りも終わったとなれば、行われるのはいつも通りの鍛錬だ。しかしながら、アイズが掲げる武器が、いつもと明らかに違っている。

 その左右の手には何故だか1枚ずつ、合計2枚の盾が握られていた。ロキ・ファミリアのホームにあるガラクタ倉庫のようなところから持ってきた盾であり、随分とくたびれた感じが見受けられる。

 

 どこかの青年よろしくそれっぽく構えて、盾の隙間から可愛らしいドヤ顔を見せるはレベル6の天然少女。姿かたちも全く違うが、どこぞの青年を真似しているスタイルであることは一目瞭然であった。

 が、しかし。相手のベル・クラネルからすれば何故に盾を持ち出したのか摩訶不思議なことこの上ない。気の抜けた姿でポカンとした表情を向けていると、アイズは己が行っている行動の理由を口にした。

 

 

「こうすれば、強くなれるって……ティオナが、言ってた」

「アイズさん……」

「アイズ……」

 

 

 どうやら黄昏の館において前衛職のあいだで流行り初めているらしい、2枚の盾。文字通り“まずは形から”であるものの盾を攻撃に使うなど前代未聞のことであり、運用となれば揃いも揃って首を傾げている状況だ。

 そのことは知っていたリヴェリアだが、まさか普段において盾すら使ったことのないアイズまでもが真似るとは思ってもいなかったようだ。右手で額を押さえ、どうしたものかと唸っている。

 

 

「……一応、真面目に答えておこう。2枚の盾を持てば強くなれるという、短絡的な道理は無い」

 

 

 真顔で答えるタカヒロは、そんな彼女の気持ちの代弁者だ。まさにデマ情報以外の何物でもなく、当の本人どころか3人全員に否定されてガーンという擬音が鳴るアイズ・ヴァレンシュタインは、鍛錬相手であり苦笑するベルにしがみついて悲しみに打ちひしがれていた。

 ともあれ、2枚の盾を使い熟す彼からすれば“全く普通の盾”と“コロッサル フォートレス(ダブルレアAffix)”という盾だからこそセレクトしているという現状だ。結局のところ性能重視であり、別にこれが杖であっても、彼はその杖を手に取っているだろう。

 

 現在は何も装着されていない武器スロットが選択されているために、2枚の盾はインベントリの中にあり本人は手ぶらである。【武器交換】という彼のスキルがあるからこそ成し得る代物であり、盾は嵩張るために何かと便利な代物だ。

 鎧姿ではなく簡易的な私服であるために、猶更のこと盾を持ち歩くのは違和感があるだろう。逆に有事の際は瞬時に最低限の武器を手にできるために、シンプルながら彼のお気に入りのスキルである。

 

 リヴェリアと隙間なく並んで壁に背中を預けている彼は、アイズから盾を受け取っていつもの構えを見せている。本職ながらも、いつもの盾以外でそれを行うのは物凄く違和感があるようで首を傾げていた。大きさ的にはいつものモノよりもかなり大型であり、本当に防御専門と言える程の代物である。

 そのノリでリヴェリアに盾を渡し、彼女も彼女で勢いに任せて青年と似た構えを取っている。そして彼女も強烈な違和感を覚えてタカヒロと同じく首を傾げており、そんな二人の姿がよほどツボに入ったのかアイズが珍しく肩を揺らして笑っていた。

 

 

 その笑いも落ち着いたころ、リヴェリアが2枚の盾を地面に置く。オリジナルを見せてやれと、悪い笑みを浮かべていた。

 そう言われたタカヒロは、固有スキルであることを説明して【武器交換】で2枚の盾を出現させていつもの構えを見せていた。フードが無いために面構えや目線がよく見えており、そんな姿の彼を見てリヴェリアが惚気ているのは蛇足である。ただ自分が見たかっただけという点も、誰にも言えない内緒話だ。

 

 対峙するベルとアイズは、単に目にして終わることはない。向けられた戦意から先日の光景を思い返して、背中にゾクリとした感覚が走ることとなった。

 構えを取ると自然と反応してしまうのか、先を見据える漆黒の瞳が鋭く光る。幾度の地獄(ケアンの地)を駆け抜けた、神にすらも墜とされぬ強靭な戦士の鱗片が、確かにそこに存在した。

 

 もっとも二人の震えの理由は真逆であり、アイズは59階層での光景を思い出したことによる恐怖。ベルは自分もああなりたいという、相変わらずの焦がれた感情だ。

 結局は、いつもの武器で鍛錬を。という結論に達し、アイズはデスペレートを鞘から抜く。木刀時代とは違って加減を間違うことはないために問題は無く、一方のベルは、兎牙Mk-Ⅲの二刀流だ。

 

 

「あれ……ベル。武器が、違う」

 

 

 構えを見せたベルを、常日頃からよく見ていたのだろう。いつもの黒いナイフが無いことに気づき、どうしたのかと、アイズはきょとんとして問いを投げた。

 自分を助けてくれるために放った一撃も、そのナイフだったために一層のこと覚えている。右手と左手の武器の差が激しいとは感じ取っていた彼女だが、口を出すのも無粋と思っていたために今まで口には出していない。

 

 

「いつもの黒いナイフですか?ちょっと摩耗してきたこともありまして、今、打ち直しに出してるんです」

「ふーん……そう、なんだ。大事に、しているんだね」

「はい!ヘスティア様にプレゼントして頂いたナイフで、ヘファイストス・ファミリアのヴェルフさんが作った武器。ヘスティア・ナイフって言うんです」

「っ!?」

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインに衝撃走る。身体はピシッと岩のように硬直し、口もやや半開きだ。

 タカヒロとリヴェリアも揃ってアイズの方に視線を向けており、「何かあったか?」と二人で顔を見合わせた。流石のリヴェリアも原因が分からないために、揃って観察続行の意を示している。

 

 やがてアイズも立ち直り、その構えに力が入る。ベルもまた据わった瞳で相手を捉え、やはり59階層での光景を思い出したアイズは目に力を入れ、駆け出した。

 今までとは明らかに違う白刃の音が、雨となって降り注ぐ。耳をつんざく鋼の音色は高き空へと吸い込まれ、余韻と呼ばれるモノを許さない。

 

 

「ハッ!」

「ッセイ!」

 

 

 残響が残らない程の密度となっていることも当然である。終盤とはいえレベル2だったベルが、今はレベル4なのだから当然とも言えるだろう。

 相手をする彼女にとっても好みである、速度と手数にモノを言わせた圧倒的な斬撃の連打。今までの防御面での運用とは明らかに違う“攻撃”は、己がレベル6だからこそ受けきれているが、もしレベル5だったらどうだろうかと考えて唾を飲む。

 

 わかりやすいフェイントもあれば、思わず息が詰まるモノもある。威力もまた然りで、常に全力なのではなく、相手の注意を逸らすだけで何ら力の籠っていない一撃が混ざっていたりと様々だ。パターン化すれば、それこそ100の数値に収まらない。

 その注意逸らしの一撃、カウンター狙いのモノに対して真面目に反応してしまえば、状況は一気に劣勢に傾くこととなる。距離を取って時間を稼ぐのが手っ取り早いが、その行動も既に3度目で、そろそろあとがなく限界だ。

 

 だからと言って下手な反撃を見せれば、それを利用した更なるカウンターが飛来する。レベル4を相手に苦戦とまではいかないが、相手が1レベル分を埋める程の技量を持っていることも、また事実。

 故にアイズとしても気が抜けない状況が続いており、苦手としていた対人戦闘の良い訓練にもなっている。少しずつではあるものの、彼女の技量もまたベル・クラネルによって引き上げられているのだ。

 

 

「……少し、休憩しようか」

「はい」

 

 

 刃物が鞘に納められる音が、辺りに響く。互いに「ふぅ」と肺に溜まった暑い空気を吐き出し、リヴェリアとタカヒロが並ぶ壁の方へと歩いていく。

 時間にして、1時間ほど続いていただろう。かつてならば汗だくだっただろう少年だが、今では少し滲む程度であり、レベル4になったことを実感している。

 

 しかし同時に、少し寂しくもあった。アイズが相手であるために試した攻撃ながらも、かつての情景には程遠い。

 むしろ、カウンターが中心となったスタイルの方がシックリとくる。それもまた同じ“彼”のスタイルであり非常に有効な戦闘手段ではあるのだが、あの日見た姿が小さくなることに、やはり寂しさを抱いてしまう。

 

 

「昨夜にロキが言っていたのだが、近々、アポロン・ファミリアが宴を開くらしい。ベル・クラネル、恐らく君も呼ばれるぞ」

 

 

 己が抱いた負の感情を消すかのように、玲瓏な声が耳に入った。自分の名前を口に出され、少年は顔を上げてリヴェリアの方へと顔を向ける。

 恐らくは、ヘスティアにも招待が届くだろうと言う彼女の推察。内容的にはホームパーティーに近いものがあり、出席・欠席は自由なれど、先日の事情が事情だ。

 

 故にベルも呼ばれるだろうとリヴェリアは捉えており、流石に現場では一波乱こそないものの、何か起こるだろうとも付け加えている。その点については、ただの彼女の直感だ。

 色々と気にしているが、やはり基本としてはホームパーティー。食事やダンスを楽しむことが主な目的であり、オラリオに居るほとんどの神が集うという内容が説明された。

 

 そんな話の最中、アイズは「ふぁ」と可愛らしい欠伸が出てしまう。リヴェリアに怒られるかと視線を向けるも、見えていなかったのかセーフのようだ。目にしていたタカヒロは視線を向けているが、言っちゃダメと言わんばかりにアタフタとジェスチャーするアイズを前に視線を逸らしている。

 

 それにしてもアイズとしては、いつにも増して眠気が強い。これでは休憩明けの鍛錬に支障が出ると考えている彼女は、どうしたものかと悩み、リヴェリアの話が一区切りしたところで口を開く。

 

 

「あ、そうだ……ベル。今日は今から、お昼寝の練習、だよ」

「ひ、昼寝ですか?」

 

 

 彼女曰く、ダンジョンでは休める時に休まなければならない。故に、いつでもどこでも睡眠をとることができるよう、身体を慣らさなければならないとの内容だ。

 なるほど!と真剣な表情を見せる少年に対し、本当は自分が眠いから提案した彼女の心にはグサグサと棘が刺さっている。ごめんなさいと内心で思いつつ、そろそろ限界が近いのが実情だ。

 

 

「ほら、リヴェリアとタカヒロさんも、だよ」

「むっ」

「わ、私もか?」

 

 

 ということで、更に隣の二人も巻き込んで共犯とするらしい。隙間なく座った4人は壁にもたれ掛かり、4人を正面にして、左からリヴェリア、タカヒロ、ベル、アイズの並びとなっている。

 そんな簡単に寝られるのかなと不安げだったベルだが、疲れもあるのか、まず最初にダウンした。タカヒロの左肩に安らかな顔を預けており、リヴェリアとアイズが優しい表情で見守っている。

 

 そんなことをしているうちに、行儀が悪いからと避けていたリヴェリアも乗り気になったのか。はたまた少年に対して嫉妬なのかは分からないものの、ベル・クラネルの真似をしだしたワケである。

 そこで青年がこっそり右肩に手をまわしてやると、少しの驚きの後に、ご満悦な表情を隠そうともしていない。これ以上の隙間は無いというのに更に身を寄せてくるのだから、愛しいこの女性は、一層のこと愛でたくなるというものだ。

 

 続いて更にベルからの体重が重くなりそちらを見ると、アイズがベルにもたれ掛かって眠っている。いつの間にかリヴェリアも安らかな寝息を立てており、吐息が微かに頬を掠めた。

 

 なるほど。

 そう言わんばかりに己が置かれている状況と、そうなったワケを理解したタカヒロは――――

 

――――寝れぬ上に、動けぬではないか。

 

 そう内心で、微かにしか思わない愚痴を呟く。左右からガッチリと体重がかかっており、己が立ち上がれば、この体勢はすぐさま崩れてしまうだろう。

 無防備な3人を守る保護者役の右肩にもたれ掛かるのは、青年が最も守りたい存在。無慈悲にも優劣をつけるならばそこまでには及ばないが、もちろん左の二人もまた、守ってやりたい存在だ。

 

 その者達の寝顔を目にするだけで、不思議と口元が緩み、心がふと軽くなる。優しい風が吹き抜ける中、アイズが提案したお昼寝という鍛錬は、しばらく続けられるのであった。

 




この鍛錬場所でリヴェリアと並んで立つシーンが過去に何度かあるのですが、少しずつ接近していたことに気づいた人は居ますでしょうか……!


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99話 スキルとは

例のイベントに色々詰め込んだら長くなっちゃったので予告詐欺です()


「神様。今更かもしれませんが“スキル”って、どんな時に発現すると言われているのですか?」

 

 

 お昼寝の鍛錬があってから五日後。今日は夜から神の宴が開催されるらしく、鍛錬は午前中のみとなっている。

 リヴェリアの予想通りに何故かヘスティア・ファミリアも呼ばれているのだが、ベルの意向もあって参加の返事を行っている。その流れでベルの紳士服とヘスティアのドレスも用意しており、参加の準備も万全だ。

 

 ともあれ、不参加となる自称一般人は何かしらの用事があるらしい。本日は午後から姿を見せておらず、帰宅は翌日の昼前になるだろうとの伝言を残していた。

 

 そんなこともあって、リビングらしき部屋で読書にふける男女二人。ダンジョンやステイタスのことが書かれていた本を読んでいたベル・クラネルは、こうして主神に質問を飛ばしている。

 もっとも、ベルが読んでいる本にも“おおまかな”ことは書いてある。しかしながら「だろう」などの末尾があるために、こうして直接ヘスティアに聞いている格好だ。

 

 

「そうだねー……。ベル君も“いくつか”スキルを持ってると思うけど、理由もなく発現するワケじゃないんだぜ?」

「……僕、スキルは二つしか持っていませんよ?」

 

 

 しまった。という言葉を口に出さぬよう飲み込んでギクリとするヘスティアだが、咄嗟にタカヒロの所持数と数え間違えたと口にして弁明中。今の言い回しでは、3つ以上の数を想定してしまうだろう。

 ともあれ二つも複数のうちなので、間違ってはいない。そして数だけで言えば、師弟はそれぞれ三つのスキルを持っているのだ。

 

 【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】:早熟する。憧れ・思いが続く限り効果持続。思いの丈により効果向上。

 【英雄願望(アルゴノゥト)】:能動的行動に対するチャージ実行権。

 【反撃殴打(カウンター・ストライク)】:相手の攻撃に対するカウンター攻撃時にマインドを消費して全ダメージ+20%。

 

 ベル・クラネルが持ち得る、強力な三つのスキル。このうち一番上は本人にも伝えられていないために、少年は自分のスキルを二つとして認識している恰好だ。

 とはいえ、冒険者になって一年も経っていないのにスキルが二つと言うだけでも本来ならば物凄いことである。知らず知らずのうちに、ヘスティアの常識も麻痺していると言うわけだ。

 

 

「と、ともかくだねベル君。スキルってのは主に、何か強い想いや一生懸命に反復行動を行った時に発現しやすいって言われてるんだ。あとは、本人との相性だね」

「なるほど。……あれ?ってことは、僕の英雄願望(アルゴノゥト)って……」

 

 

 ふむふむ、本よりも分かりやすい。と考えながら、ハッとしたベルは思わず立ち上がる。

 感じた視線の先には、先ほど回答をくれた主神の姿。その表情はニヤニヤとしており、ジト目がベル・クラネルを貫いているのは気のせいではないだろう。

 

 今現在、ベルはアイズの為の英雄になるべく足掻いている。そのことは、自分でも分かっているつもりだ。

 しかしこのスキルが発現したのは、その決意を抱く随分と前の話になる。つまるところ、当時ベル・クラネルは――――

 

 

「いや、ボクからは何も言わないよベル君。たとえ君が、おとぎ話の」

「言ってるじゃないですか神様ああああああ!」

 

 

 その後、神の宴に行く準備をするまでの数時間。ベル・クラネルがヘスティアと一切口を利かなくなり、ヘスティアが必死に謝る光景が繰り広げられたのだとか。

 

====

 

 

「リヴェリアとアイズたーん、あんたらステイタスの更新せんでええんか?」

 

 

 一方こちらはロキ・ファミリアの同日。始まりは、朝食後に廊下で出くわしたロキが発したその言葉だった。59階層から帰還して2週間が経ったものの、未だにこの二人はステイタスの更新を行っていなかったのである。

 フィンやガレスなど、滅多に行わない者ですら現時点でステイタスの更新を済ませており、若干ながらもアビリティ数値は上昇している。いつもならば真っ先に来るアイズですら、此度においてはリヴェリアと同様だ。

 

 顔を見合わせ「そう言えば」と言いたげな顔をする二人だが、もちろん大事な理由があった。そんなことよりも、どこぞの二人に会うことが優先的に処理されていたために仕方のないことなのだ。

 とはいえ、タイミングが良いと言えば丁度良い。親しい女同士ということと注視するワケでもないためにその点の抵抗は無く、近くの空き部屋に入ると鍵をかけ、まずはアイズから上着に手を掛けた。

 

 

「ぐぇへへ……ロキ・ファミリアきってのツートップな美女の柔肌を蹂躙し」

「ステイタスの、更新って……指、要ります?」

「要るでー、超・要るでー!」

 

 

 相も変わらずセクハラを仕掛けてくるロキに対してモンスターを見る(殺しにかかる)瞳で見つめ、アイズはセクハラ主神に断固抗議。慌てふためくロキであるが珍しくもなく、割とよくある光景だ。

 そしてセクハラ発言の対象は、一緒に居るリヴェリアもまた同様である。せっかくなので、アイズの言葉に乗っかり釘をさすこととした。

 

 

「首から上は必要か?」

「もっと要るでー!」

「ロキは、必要?」

「珍しくノリええなアイズたん、ウチが居らんかったら誰がステイタスの更新すんねん!」

 

 

 ある意味では、ロキ・ファミリアの日常だ。「ちゅーか指と頭が消えたらファミリアなくなってまうわ!」と叫ぶ相も変わらず面白おかしな主神の対応に、リヴェリアとアイズも僅かに口元が緩んでいる。

 主神が面白いと退屈しない。とは、いつかの逃走劇をやる前にリヴェリアが話していた内容だ。確かに退屈はしないだろうが、その分の苦労もあるという裏が隠れている台詞である。

 

 

 まずはアイズからということで、空き部屋の小物に目を配るリヴェリアの後ろで上着を脱ぐ。言葉だけは相変わらずながらも、真面目にステイタスの更新を行うロキの表情は真剣そのもの。

 積み重ねた経験値を抽出し、神聖文字として表して背中に刻む。人が神に至る道であり、無限の可能性を秘めるモノであり、この度は――――

 

 

「ん?こりゃぁ……」

 

 

 ステイタスを更新した際に、新たにスキルが発現したのだ。その眷属がさらなる高みに上ることが出来る、非常に喜ばしい事態である。

 スキルと言うのは基本としてプラスに働くものしかないものの、時たまマイナス方面に作用するものもあると聞く。そのためにやや不安が付きまとうも、ロキは新たなスキルを背中に刻んだ。

 

 【英雄冀求(アルゴノゥト)】:同じ読み名のスキル所持者と共闘を行う際、成長速度が僅かに上昇。

 

――――間違いない、レアスキルや!

 

 まさかの成長系であり、かつて例のない代物。とはいえ「同じスキル持っとる奴なんて居るんかいな」と内心でツッコミを入れるロキだが、意外や意外、かなり近くに居ることなど知る由もない。

 

 その点はさておくとしても、アイズにとっては間違いなくプラスになる類のスキル。しかしながら良くも悪くも“天然”である彼女にこの事を知らせてしまうと、ポロっと口から零れかねない恐れがある。ただでさえ“神々の嫁”など注目されているのだから、悪化するのは避けたい状況だ。

 とりあえずリヴェリアと相談するかと判断し、そのスキルは消したうえで、ステイタス更新後の数値を書き記した。レベル6にしては、ソコソコの上昇幅と言って良いだろう。今までよりも器用さの伸びが良いが、原因は不明である。

 

 

 続いてはリヴェリアとなり、今度は服を着たアイズが小物類を眺めている。リヴェリアはアイズと違って頻繁にステイタスの更新を行わないため、ロキとしても久々だ。

 アビリティ数値は元々が高いために上昇幅はアイズよりも小さく、それでも、そろそろ魔力が999でカンストする勢いだ。恐らくは次で到達するだろうが、ロキとしては、それよりも気になることが起こっている。

 

――――おいおい、こっちもスキルが発現するんか……。

 

 アイズと同じく、リヴェリアにもまたスキルが発現していたのだ。1日に二人も発現するとなると、ロキとしても初めての経験である。

 残る問題は、その中身。一体どのようなスキルなのかと緊張した面持ちで、ロキはリヴェリアの背中に記すことができた文字を読み取ると――――

 

 

「んん……?ブフッ……ククッ……」

「……なんだ。どうした、ロキ」

 

 

 あからさまな笑い声を不気味に思い、肩越しに振り返ろうと横を向く。さらりとシルクの緑髪が背中に零れ、リヴェリアは再びかき上げた。

 しかし、ステイタスの更新は未だ続行中。途中でやめるわけにもいかないため、何事かと気にはなるものの、悶々とした心境だ。

 

 一方のロキもまた、笑いをこらえつつ、なんとかして最後まで更新しきろうと必死である。しかしスキルの内容を思い返すだけで、思い出し笑いが起こってしまうために、更新作業はゆっくりとしたものだ。

 そして、その問題のスキルを含めた現在ステイタスを羊皮紙に書き起こし。ロキはステイタス部分を隠してスキル欄を残し、まずそれをアイズに見せたのである。

 

 

「……っ!?プッ。クスッ……り、リヴェリア、可愛い……」

「……!?」

 

 

 あのアイズが目を開いて驚いたかと思えば、声を殺して笑っている。更に、口に出された言葉が言葉だ。一体どんなスキルなのかと、彼女の額に汗が流れた。

 そして、レベル6の能力を発揮する。胸部を隠している服を抑えつつ、アイズからロキに返されたソレをふんだくると、己に発現しているらしいスキル欄の最後を見る。すると目を開いて盛大に、そして一瞬にして赤面することとなった。

 

 

「リヴェ、リア……アカン、我慢できん、そのスキル、クッ、ダッハッハッハッハッハッハヌオアアアアアアアアア!?」

 

 

 結果、テレビ放送するならば全面にモザイクがかかるであろう凄まじい顔をした死亡寸前の神が出来上がる。いつか彼女の年齢を笑った際と同じく、人体急所である脛を蹴り飛ばされていたのであった。

 痛く、激しく、ひたすらに痛い。そのうち遺体になるかもしれない。骨そのものに対してダイレクトアタックしてくる持続ダメージは、いつまでも響き残りそうな痛覚を与えている。

 

 

「ちょっ、り、リヴェリア!ウチ今日、アイズたんと“神の宴”なんやで!?」

「知るかっ!!」

「せ、せやリヴェリア!なんなら“あっち”もこっちも二人連れてけば」

「黙れ!!」

「アカンアカン!両サイドはアカンてリヴェリアアアアアアア!!」

 

 

 その後、なんとか歩行にも影響せず一命を取り留めた主神ロキは自室へと逃げ帰る。羊皮紙を返してもらっていないことを思い出すも、リヴェリアに発現したスキルを思い返して一人隠れて笑っていた。

 戦闘に関するスキルといえばそうなるのだが、それよりも別の要素が遥かに大きい。あんなものを見せられたからには、揶揄いたくなる気持ちが芽生えてしまっても不思議ではないと正当性を主張している。

 

 そして思い出したのだが、ロキもまた今宵の神の宴に参加することには変わりない。予定時間に空き部屋へと訪れて、周りの手を借りてアイズと一緒にドレスの着付けを行っていた。山吹色のエルフな彼女が厳重に隔離されているのは仕方のない事だろう。

 

 

 ところで、神の宴というのは神が参加するパーティーだ。だというのに何故アイズまでドレスを身に纏っているかと言うと、アポロンが開いた此度の宴は普段と少し違っている。

 普段は神ばかりが参加するのだが、めかし込んだ子供を一人~二人連れてくることが許されているのだ。主催者曰く「新しい風を」とのことだが、真相やいかに。

 

 そんなワケでロキのお気に入り、彼女アイズが選ばれたわけである。もっとも理由はそれだけではなく相手方にもあるのだが、アイズとしては、それに関する点が気になっているようだ。

 

 

「リヴェリア……私だけ、いいのかな」

「何を迷う。折角の機会だ、楽しんで来い」

「……うん、わかった」

「よっしゃ!ほんなら行くでアイズたん、“神の宴”や!」

 

「宴……お酒、飲んでいいの?」

「やめて?」

 

 

 予定通りと言えば予定通りだが、夕暮れ時になってようやく準備が完了した。娘の背中を見送る母は、穏やかな口元を浮かべている。

 しかし、それも二人が門から出ていく時まで。自室に戻るとローブを羽織り、纏めてあった大きなバックパックを背負い。

 

 そそくさと、キョロキョロ辺りを見回しながら誰にも気づかれぬよう。

 やや緊張した面持ちで、黄昏の館からコッソリと出ていくのであった。

 




次回100話、ちょっと濃いめのゲロ甘(未来予知)


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100話 二人の一夜

*100話記念でテンション上がってちょっと濃い目が書きたかった。後悔はしていない。


 西区と北区の中間に位置する、人気(ひとけ)の無き一角。ポツンと佇む平凡な外観を持つ二階建ての借家には微かな明かりが灯っており、辺り一面を覆う闇は静かな空気と共に、その一軒家を覆っている。

 いつのまにか取り付けられていたカーテンからは室内の灯りが漏れており、もし近づく者が居れば、落ち着いた陽気な声も微かに聞こえることだろう。どこの家にもありそうな、当たり前と言える幸せだ。

 

 四人用のダイニングテーブルに、二人掛け。互いに向かい合って座っており、片やシャンパン、片や果実ジュース。

 神の宴に参加していないタカヒロとリヴェリアは隠れ家に集っており、各々のグラスを持ちながら他愛もない話に華を咲かせている。時たまベルやアイズの話が出るのは、それぞれが保護者の役割を果たしているからだろう。

 

 リヴェリアは目立つのでローブを羽織りつつも、二人並んで市場で買ってきた総菜の数々。それらが肴であり、量は腹8分目で質もまた十分だ。

 口と共に箸もまた進んでおり、テーブルの上は、そろそろ完売御礼となるだろう。ラスト一つ保存の法則で残った一枚の生ハムに対して行儀悪く互いにフォークを突きさし取り合っているのだが、それもまた家庭的な一つの愉しみだ。

 

 

「ところで、ベル君とアイズ君が参加している神の宴というのは、神々のパーティーと捉えて問題ないのか?」

「ああ、基本としては立食会のようなものだ。今日は、ある程度の品格あるダンスも催されるとロキが言っていた」

 

 

 そう言うとリヴェリアは、「私たちも踊ってみるか」とタカヒロを促す。青年も興味本位で気軽に返答を示し、二階ならば家を借りた時についてきていたベッドと薄明りの魔石灯しかないために、それを動かしてスペースを確保している。

 とはいえここで予想外の事態が起こり、リヴェリアが1つの大きめの道具を取り出した。無音ではなく、レコードと呼ばれる円盤を針でさして音を鳴らす装置を借りてきているという、気合の入れよう。まさか本格的なものかと焦るタカヒロだが、これはリヴェリアがロキの私物を借りてきた格好だ。

 

 表向きは冷静ながらも内心では「え、まさかの本格?」と少し焦っている男側だが、それも仕方のない事だろう。ダンスに似合うスーツなど用意しているはずがなく私服であるために無理もない。もっとも此度のダンスについては彼女が秘密裡にしていたために、青年が準備をしていないのは当然だ。

 それでも、青年が普段からワイシャツ姿だったことは少しだけ良かった点だろう。流石にTシャツなど鎧だのよりは、いくらか“それらしさ”が出るというものだ。

 

 

 もう少し別の準備があると言うことで、リヴェリアは一階へと降りている。タカヒロがレコード盤を眺めたりセットしているうちに準備が終わったのか、先ほどまでとは違って、カツカツとヒールが床につく音が木霊した。

 

 現れた彼女は、素人の青年が見ただけで分かるドレス姿。とは言っても本格的なものとなれば着付けだけで数時間を要するために、この場においては様々な意味で不釣り合いだろう。

 リヴェリアが身に纏っているドレスは独りかつ短時間で着る事のできる簡易的なものながらも、肩回りから鎖骨にかけてはキッチリと露出しており二の腕周りも同様だ。露出だけではなく、肘の少し上あたりから伸縮性のある黒いオペラ・グローブで覆われている点が、彼女が持ち得る高貴さを損ねていない。

 

 そうは言うものの、まさかの光景を目にしたタカヒロは仏頂面のまま固まっている。しいて言うならば、やや頬が赤くなっている点だろう。小さな魔石灯の薄明かりでも、その表情は読み取れている。

 

 

「……顔を赤くするな、私にまで飛び火する。固まらずに何か喋れ。私だって、このような格好は、お前の前でしか(あら)わさないのだぞ」

「……いや、言葉が見つからん。綺麗だな、リヴェリア」

「っ……そ、そうか」

 

 

 エルフとは妖精と表現されるが、まさに名に負けない程の可憐さを秘めている。思ったままの本音と分かる青年の言葉を貰った彼女は、照れ隠しをしたいものの口元は緩み、どうにも戻りそうにもない。

 そうこうしているうちに、先ほどセットしたレコード盤が落ち着いた旋律を奏で静かに響く。最低限の礼儀だけは知っていたタカヒロは、仕草などわからないが、一局踊ってくれとリヴェリアの手を取り、彼女もまた快く応じることとなった。

 

 

「生憎と踊ったことがないド素人でな、お手柔らかに頼む」

「ふふっ、任せておけ」

 

 

 手を伸ばして姿勢が作られ、紙一枚あるかないかの隙間で互いに感じる相手の熱気。トントンと軽やかに床を叩くヒールの音が部屋に響く。場を包み込む音楽と合わさって1つの音として成り立つような音色に感じるのは、彼女が成し得る業の1つと言って良いだろう。

 初歩的ながらも軽やかなステップを刻むリヴェリアの表情は、楽しさ半分、真剣さ半分。このような場で真剣さが顔を出すのは、彼女らしさと言うべきか。

 

 とはいえ、青年側がダンスをできるかとなれば話は別。ダンスのダの字も知らず、何度か目にしたことはあるものの、歩調を揃えて動きクルクルと回っているだけにしか見えなかったことが実情だ。

 種類によって様々であるが、ダンスには基本となる足運びが存在する。それらを組み合わせて踊りとして昇華するのがダンスであり、どのジャンルにおいても例外は無い。

 

 

 公式の場においては慣れぬ者と踊ることもあったリヴェリアは、相手をエスコートする技術も持ち合わせている。しかしながら、その手の場に来るものは基礎程度は知っているし、身に付けているのが実情だ。

 故に基礎すら知らぬ超が付く素人のタカヒロとしては、相手の体重移動を察知して、それに合わせて動く程度の事しか行えない。相手が身体を寄せてきた瞬間に後ろへ、引くと感じた瞬間に相手側へ移動する程度のことだ。

 

 もちろん、傍から見ればダンスと呼ばれる形には程遠い。それらしきステップのような歩調こそは真似ているが、全体的に見ればチグハグで的外れもいいところ。

 30秒ほどで足運びだけは慣れてきたのか、徐々に歩調が合致する。戦いのように全体の流れを把握して、壁との距離や今までのパターン、そして相手の瞳などから次はどこに行くかを先読みすると言うダンスとは全く関係のない技術ながらも、結果としては有効なものとなっていた。

 

 そんなこんなで格闘しているうちに、どうやら内容としては終了したらしい。フィニッシュなど知らないだろう相手にそれを求めるのも酷であるために、リヴェリアは相手の手を両手で握って仕舞とした。

 やや照れたような、はにかんだ表情が薄闇に浮かび上がる。よほど楽しみにしていたのだろうが、結果に対して男は申し訳なさしか出てくることが無く、謝罪の言葉を返している。

 

 

「……不甲斐ないにも程がある。すまない、足を引っ張ってばかりだった」

「程度が問題なのではない、歩調はピッタリと合わせてくれたではないか。それよりも私は、お前と一緒に踊れたことが嬉しいんだ」

 

 

 他人の前では絶対に見せない無垢で柔らかな笑みが、薄闇の中でもハッキリわかる。二人きりだからこそ出される彼女の言葉や表情は、相変わらず青年の心をくすぐっていた。

 

 しかし、それもしばらくして。何か思うところがあったのか、考え込む様相を見せていたリヴェリアは視線を逸らし、後ろに退かされていたベッドの前に立った。

 

 

「……伝えたい、ことがある。お前だから、見せるんだ」

 

 

 その一文と共に、彼女はベッドに腰かけた。青年はその一歩斜め前の位置で立っており、何事かと心配しつつ、仏頂面に戻って相手の表情を観察している。

 繊細な顔は力なく微かに伏せられており、例え二人きりの状況でも、恥ずかしくて口にはできないのだろう。ベッドに腰かけたままで目線は欠片も合わさず、身をよじって顔を伏せている。

 

 何事かと内心で身構えるタカヒロだが、全く何も思い浮かぶことが無い。そのために相手からの言葉を待つしかなく、リヴェリアの頭部を見据えたまま、姿勢を全く崩さずにいる。

 すると、スッと擬音が鳴りそうなスムーズな動作と共に、折り畳まれた一枚の羊皮紙が差し出された。それを差し出す者の目線や表情は相変わらず関係のない場所に向けられており、タカヒロは、不思議に思いつつ差し出された紙を受け取っている。

 

 記載されていたのは、恋仲とはいえ自分が見てもいいのかと思ってしまう、冒険者としての機密事項の塊であるリヴェリア・リヨス・アールヴのステイタス。とはいえ、それを見せてくれるほどに他言しないと信頼されているのかと考えると、自然と頬が緩むというものだ。

 灯りは乏しいために、ところどころで目を細めて最初から読み進める。アビリティ周りはものの見事に魔導士だなと思いつつ、スキル欄の一番最後に目をやると――――

 

 

愛念献身(Alta Amoris)(アルタ・アモリス)

 :情を捧げる相手、タカヒロとの共闘の際に魔力と攻撃能力が向上。並行詠唱を使わない攻撃の際、効果が非常に大きく向上。

 

 

 愛念とは、相手を非常に強く愛するさま。または、深い愛情という意味にもなる文字。アルタ アモリスは、そのラテン語の読みを表すものだ。

 献身とは、読んで字の如くだろう。己の想いを捧げる相手との共闘によって戦闘能力が上がる、紛れもないレアスキルだ。なお、ベルのように“想いの丈により効果上昇”が無い点については、もう既にストップ高であることが隠れた理由の一つだろう。

 

 ともあれ、ロキが大笑いし、死にかけたスキルの正体がコレである。スキルを目にした青年は書かれていた内容に対して口を半開きにしてしまい、ポカンとした表情しか示せなかった。

 スキルというものが発現する時は、非常に強い思いが影響することは青年も知っている。己が持つ3つのスキルのうち1つも性癖の類が関係しているものであり、不甲斐ないと思いつつも間違いではないために受け入れている状況だ。

 

 つまり、今しがた目にしたスキルはどういうことかとなれば、答えは容易い。リヴェリア・リヨス・アールヴが、本当にタカヒロという男の事を想ってくれていることの証明なのだ。

 ということで、超ピンポイントな効果を持つこんなスキルを見て喜ばない男など居ないわけである。発現したのが己も想いを寄せる相手ならば猶更のことであり、表情こそ変わらないものの、猛る炎の強さは一入だ。

 

 立ちながらそれを見ていた青年は、丁寧に元通りに折りたたむと、彼女の真横に腰かける。しかし顔はジッとリヴェリアを見つめており、片時も逸らさない。

 向けられた彼女の瞳は自然と開いてしまい、高鳴っている胸の鼓動は止まるところを知らずにいる。思わず少し仰け反ってしまいゴクリと唾を飲み込むものの、どうにも落ち着く気配は現れない。

 

 

「……な、なんだ」

「スキルとして示せるわけではないために、説得力としては劣るが……自分も、君と全く同じ気持ちだよ」

 

 

 キュンと、胸の奥底がくすぐられるような感覚。開いた翡翠の瞳は更に丸くなって相手を捉えて離すことができず、しかしどう対応していいかわからず思考回路はオーバーヒート。

 彼女にとっては、今の一言だけでも御馳走に他ならない。何とかして恥ずかしさを我慢し、勇気を出して示した甲斐があったというものだ。直後に再び頬が緩みだすも、どうにも収まりそうにないのは仕方のない事だろう。

 

 甘い空気が、場を包む。季節的には夏場であるものの、冬場の山中のようなシンとした静けさのせいで、互いの鼓動が聞こえているような錯覚に陥ってしまっている。生活用の家ではないために1つしか家具のない部屋故に響いた声が、いつまでもエルフ特有の長い耳に残って離れない。

 嬉しさ反面、緊張もまた互いの間で生まれており、空気もまた張り詰め様を見せている。ジワリと額に湿り気が発生し、徐々に口の中が乾いてきた。

 

 

 事実、青年の中では盛大な2つの葛藤が戦争中。悪くないどころか良いムード故にもう一歩を踏み出したい本心と、相手がエルフということで慎重に行くべきではという理性がぶつかっているのだ。

 ならばと、こういう場面では役に立たない直感にも一応ながら聞いてみる。すると「押し倒せ」と検討違いの返答を示しているために、完全に無視することを決め込んだ。付き合ってまだ2週間である上に物事には順序がある、10歩も20歩も歩みを進めるつもりは全くない。

 

 それでも、己が望む方向はただ一つ。その方向へと進むためには、明らかに強いモンスターを相手する時とはまた違った類の勇気と覚悟が必要らしい。

 エルフの性癖は理解しているつもりであるがために、やはり不安が付きまとう。口の中は乾き始めており、この場の雰囲気を合わせても、あまり長くは持たないだろう。

 

 

 意を決して、繊細な顔にある耳の付け根付近を両手で包んで僅かに引き寄せる。すると微かにビクッと震えながらも、期待と不安が混じるような僅かに潤んだ翡翠の瞳で見つめられ青年は心をくすぐられてしまう。

 

 微かな月明かりに輝くそんな彼女の瞳を目にし、嗚呼、と、青年は現実を理解した。少し考えれば分かる事なのだが、普段から“そのように”接してこなかったために無理もない。

 だからこそ、冴えた銀の糸が降り注ぐかのような月明かりに薄っすらと照らされる、繊細な彼女が愛おしく。だからこそ、不安の反面で期待してくれている事と、他ならぬ自分を選んでくれたという事が心から嬉しいのだ。

 

 

「……初めて、か?」

「……悪いか、馬鹿者」

「いや、凄く嬉しい」

 

 

 己の感想に対する言葉は許さず、しかし優しく、相手の唇に己を重ねる。最初は更に目を見開いた彼女だが、相手に習って瞳を閉じ、口元の感触に意識を向けた。

 

 聞いたことはあったし、事故のような状況で目にしてしまったこともあった。王宮に居た頃、どこからかアイナが持ってきた色恋沙汰の本に書かれていたこともあったし、行為としても知っている。

 しかし所詮はその程度であり、実戦となればド素人どころか未経験者。百聞は一見に如かずという言葉があるように、百度見ることと体験することでは別物だ。

 

 数日前。性格が生真面目故にコッソリながらも買ってしまった、俗に言う乙女初心者向けの恋愛レクチャー書物。就寝する間際に悶えながら読み進めたのだが、その本にも、このような感覚はどこにも書かれていなかった。

 脳裏にピリッとした軽い静電気が走ったかのような、不思議な感覚。自分ではない何かに触れているだけのはずであり、食事の時では決して起こらない。

 

 だというのに。

 この行為が続けられた5秒間だけは、不思議と理性の硬さを(ほぐ)すような感覚に包まれる。

 

 

「愛してるよ、リヴェリア」

「なっ――――!」

 

 

 行為の前後に掛けられた言葉から生まれた彼女の感情を含めれば、持ち得る心の(ほぐ)れ具合は猶更の事である。唇が離れると共に囁かれた、リヴェリアが相手でも本当に滅多に見せない青年の柔らかな笑顔から口に出されたシンプルなその言葉は、今の彼女にとって反則級の一撃だった。

 買って読んだ書物は女子用で、当然ながら男側のことなど滅多なことが書かれていない。更にはダンジョンの教習本の如く所詮は卓上であり、現場からの目線である、昂ったままで行われる心の駆け引きまでは載っていない。

 

 

 なお。

 彼女が選んでしまったその攻略本は、監修が“ヘルメス”という神である。運命の夜や如何に。

 

 

 それはともかく、彼女の目の前に居るのはケアンの地を救った英雄という存在ではない。己の相方、甘く表現するならば“彼氏”である、タカヒロと言うただの青年。

 逆もまた然りであり、青年の前に居るのは“彼女”であるリヴェリア・リヨス・アールヴというただのエルフ。今ここには、一人の男と一人の女しか居ないのだ。

 

 

 そんな事実に気づいたのか、はたまた本当に求めたのか。今度は彼女から同じ行為をしてきたと認識し応じた青年だが、まさか舌で唇を割ってくるなどとは微塵にも思ってみなかった状況だ。歯を当てまいと必死になっている所が、輪をかけて男の理性をくすぐっている。

 

 

 少し力を入れれば折れてしまうのではないかと思うほどに細く繊細ながらも、女性らしい柔らかな身体が押し付けられる。此度においては薄いドレス姿であるために、相手の男に伝わる感触も一入(ひとしお)だ。

 相手にとって予想外となった行動については、もちろん彼女が元から知っていたわけではなく、先の本で知った知識である。告白を受けた時に負けず劣らずの胸の鼓動が耳をつく程に恥ずかしいながらも、書物に書かれていた通り、これで相手が喜んでくれるならばと意を決してバベルの塔最上階から飛び降りた格好だ。

 

 エルフと呼ばれる種族は基本として、気を許した相手としか触れ合わない。相手が他種族であり、彼女が王族でありハイエルフと呼ばれる存在ならば猶更と言って良いだろう。

 しかしながら、それが気を許した相手となると一変する。気を許しただけではなく己が求めた者が相手ならば、限界ギリギリどころか突破した所までを見せてしまうのが、エルフと呼ばれる種族なのだ。早い話が種族全体が基本としてツンデレであり、そこに本人補正がかかってツンもデレも尋常ではない程に強烈というワケである。

 

 

「お、お前が相手なら、私は、このような事もできるのだぞ……」

 

 

 やられっぱなしは性に障るのか、感情昂ってそんな本心を甲高い声で口にするものの、相手の理性を崩壊させる一撃だとは微塵にも認識していない。エルフゆえの性癖を相手が知っているからこそ、その一撃がクリティカルで届いていることなど分かっちゃいない。

 決して激しさは無く相手を求める深さを表すような行為だったものの、破壊力は凄まじいものがある。混ざり、僅かに垂れてしまった唾液やトロンとした彼女の表情を瞳に捉え、青年は思わず唾を飲み込んだ。

 

 先ほどガン無視を決め込んだ直感さんが、「You押し倒しちゃいなよ」と、ひょっこり顔を覗かせる。アクティブスキルを全て使った上での最高倍率のクリティカルダメージ、下手をしたらゴライアスすら一撃で消し飛ばす最大威力に達した“堕ちし王の意志”を叩き込み、思考回路の外に追いやった。

 しかし、僅か数秒で戻ってくる。おのれ貴様、よもやスーパーボスの類かと判断して内心で神話級の戦争が開始され――――

 

 

「……これで、終わりなのか?」

 

 

 突拍子もなく放たれる、理性と言う名のバフを解除する上ずった声による遠距離攻撃。“乗っ取られ”だけではなく全ての男にとって致命傷となるであろうソレによって青年は即死しており、ここに勝敗は決定した。

 もっとも彼女からすれば、また口づけを交わしたいをという可愛らしい乙女な考え。しかしながら相手は対装備を除いて強靭な理性を持っているとはいえ腐っても男であり、相手が口にしていないことを知る由もない。

 

 初めて多くの肌を見せる彼女のドレス姿、そしてそれは青年にしか見せたことが無いと言い切る特別さ。更に加えて、己に発現したスキルの開示という追い打ちの積み重ねからの奥深い接吻である。

 色々と耐えていた男だが、色々と限界だった。それでも何とかして耐えていたが、彼女が行った先のやりとりが致命傷。リヴェリア・リヨス・アールヴは無意識のうちに、「えいっ」と言わんばかりに、辛うじて理性を支える青年の膝をコンニャク製のハンマーで叩いてしまっている。

 

 

 こののちに色々とあったらしいが、彼女としても満更ではなかったようだ。心の底から溢れる幸せを隠そうともしていない笑顔は、腕の中で一人の男に対してだけ向けられており、青年以外は決して目に出来ぬ素顔の1つである。

 

 

 もし、今夜の一件について誰が悪いかと言うならば。

 タカヒロという名の男のせいにしてしまっても、その者は喜んで受け取ることだろう。




なんで21日に完成して投稿を22日しかも22時22分に伸ばしたかって?
そりゃだって毎月22日は……流石に11月22日までは伸ばせませんでした。


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101話 火花散る宴

原作16巻?知らない子ですね()
私のところの“彼女”は、こんな感じです。


 時刻は夜。場所は変わって、アポロン・ファミリアのホーム。ロキが口にしていた“神の宴”、早い話がホームパーティーが開催されている。

 女性陣は美しいドレスに身を包み、男はスーツを着込んで紳士に振舞う。出される質の高い料理に舌鼓をうちながらダンスを踊ったりと、到底ながらオラリオとは思えない程の華やかさをかもし出すのだ。

 

 豪華絢爛(けんらん)な魔石灯のシャンデリアは眩い光を降り注ぎ、レコード盤によって会場に流れる音楽が目と耳を楽しませる。今回は眷属も一緒になっての参加であるために、子供と共に過ごす者、他者と子供を自慢し合う者など、神々の行動も様々だ。

 もっとも、会場はあくまでホールの一室。100名ほどの人数が居るのだがオラリオ程には広くないために、自然と顔見知りと出くわすこととなるのが常道となるだろう。

 

そして、とある二人も入口へ到着することとなる。

 

 

「うーん……なんで僕達が呼ばれたんでしょうね、神様」

「呼ばれたからには仕方ないじゃないか、何かあったらボクを守ってくれベル君。さぁ行くよ、今日は君がボクの騎士(ナイト)だ!」

 

 

 それならば体格的にも実力的にも師の方が適しているのではないかと思うベルだが、流石にこの場でドンパチが起こることは無いだろう。更には生憎とロキとの間で秘密協定が交わされており、ヘスティア側はベルが出ることで決定されている。

 

 ヘスティアは胸元が大きく開いた、青の刺繍が入った純白のドレス。これはタカヒロとベルからのプレゼントで新調した物だ。眷属からのプレゼントということで周囲に見せびらかそうと企んでおり、毛嫌いしているアポロンの宴に参加した理由の1つと言えるだろう。

 一方のベルは、黒のスーツに白のシャツと蝶ネクタイというオーソドックスな紳士スタイル。それぞれ青い瞳と赤い瞳が、対照的ながらもアクセントとして生きている。タカヒロは「兎子にも衣裳」と口にしていたが、“馬子にも衣裳”とは違い、まったくもって深い意味は無い。

 

 そんなこんなで二人は警備担当に書状を見せ、軽い礼を受けながら館へと入っていく。心なしか警備の者が憐みの表情を向けていた事に気づいたベルだが、何か手を出されたわけでもないために、特に行動を起こすことはしなかった。

 

 

「やあヘスティア、久しぶりだね。」

「げっ、いつのまに戻ってきてたんだ。何しに来たんだい……」

 

 

 館に入ると、早速知り合いとエンカウントしたらしい。白のタキシードに紫のシャツで“ちょい悪”感を出しているのは神であり、橙黄色の短髪を持ち合わせた飄々とした優男、名を“ヘルメス”。

 いつかタカヒロが24階層で救出した、ヘルメス・ファミリアの主神である。諸事情でオラリオの外に居たようだが、こうして今は戻ってきたというわけだ。

 

 

「つれないなぁ。君のところの眷属に、心からのお礼を言いに来たんじゃないか」

「はい?」

「へ?」

「ん?」

 

 

 しかし、3人ともクエスチョンマークで妙に話がかみ合わない。上から順に全く何も知らない、かつ心当たりがないベルと、ウラノスに肩入れしているヤベー奴は知っているが活動内容までは知らないヘスティアと、多数の眷属を窮地から救ってくれたことを知っているがウラノスから口止めされているために公に出せないヘルメス、という図柄である。

 そこは流石のヘルメスと言ったところで、一時的に片眉を歪めて疑問に思いながらも色々と察していた。彼自身もウラノスと関わりがあるために、フェルズと共に動いている一人の“自称一般人”の事も知っている。今までの行いも聴いているために間違ってもその人物の御機嫌を損ねないよう、何かと彼も必死のようだ。

 

 そして別の事情で、ベル・クラネルのことも注視していた。階段を駆け上がるようにレベル“2”になったこともあり、諸事情を抜きにしても、次世代の英雄を担う存在になるとヘルメスが最も気に掛けている冒険者なのだ。

 しばらくするとアスフィも合流し、やはりヘスティアに礼の言葉を述べている。心当たりのないヘスティアだが、知らないことを告げると相手もまた口を噤むために、訳アリなのだろうと深くを追求することはなかった。そのまま4人は、会場へと足を踏み入れる。

 

 

「紳士淑女の諸君、よく集まってくれた!此度は趣向を変えてみたが、気に入って貰えただろうか?」

 

 

 神自身だけではなく、可愛がっている子供たちを着飾り、共に赴く。それぞれの姿を見て楽しみ、喜ぶと言うのが今回のパーティーの趣向らしい。

 そんななか、アポロンが持ち得るブラウンと呼べる色の瞳は数度にわたって怪しく光り、数回にわたってベル・クラネルを捉えている。しかし据わった表情から変わらないベルは、全く動揺していないようだ。

 

 

「アイズたん、落ち着き!」

「フレイヤ様、沈静を保ってください!」

 

 

 なお、なぜか部外者約2名が激おこの模様。拍手喝采の音頭に掻き消されているが、二人ともに黒いオーラが見えつつある。

 背中が開いた薄緑の一枚もののドレスと肘先までを覆う伸縮性のある黒色のオペラ・グローブで美しく着飾るアイズと、薄紫を主体とした露出の多いドレスで色気を振り撒くフレイヤ。それを抑える赤髪と似た色のドレスを纏うロキと、濃い紫をベースとしたタキシードに身を包むオッタルが、なんとか暴走に歯止めをかけている状況だ。

 

 とはいえ、互いに怒り心頭の原因と対象も同じである。その感情が同じ極の磁石のように反発でもしたのか互いの存在に気づくこととなり、数秒ののちに視線が交差した。

 

 

「ベルに……何か、用ですか?」

「今夜この子に、夢を見させて欲しいと思ったのよ」

……分かる、よ(分かってないけど負けん気で同意)

「見させないよ!?」

 

 

 一瞬だけ一触即発の気配になるものの、すぐさま和解。慌てるヘスティアの前で互いに右手を差し出し、軽く握って友好を深めている。

 

 

「でも、このあとのダンスは、譲れない」

「そうはいかないわ、譲ってもらうわよ」

「ヤダ」

「アンタ等はじめて顔合わせたんやろ何を張り合っとんねん!ちぃと落ち着きや!!」

 

 

 なお和解していた時間も一瞬であり、即・決裂。アイズはフレイヤの名を知らないものの、気が合うのか合わないのか、よく分からない二人である。

 

 

「そうですよ。アイズさんもフレイヤ様も、僕より大人なのですから」

「「はい」」

 

 

 そして、師匠譲りな据わった表情と声の前に一撃であった。これでは、どちらが年上なのか分からない。

 ともあれ、この一言によって二人そろって淑女らしい態度へと一変し、ようやく暴走が止まったかとロキとオッタルは溜息を吐くこととなる。さも当然のようにベルとアイズの両方がフレイヤの魅了を無効化している点が気になるロキだが、到底ながら口に出せるような状況ではない。

 

 一方のヘスティアとしては、ベルがフレイヤのことを知っていた点を気にしている。確かにフレイヤは一方的にベルの事を知っているが、逆となれば、顔を合わせるのも本日が初めてだ。

 聞いてみれば、レベル8の猛者が付き添うとなるとフレイヤ様に他ならないという知識があったため。表情には出さないものの、その言葉を聞いたフレイヤ一途なオッタルは内心非常にご満悦である。

 

 ロキに引っぺがされたアイズは、ズルズルと引きずられ少し後ろへ後退中。可愛らしく頬を膨らませるも、再戦とならぬように距離が置かれている。オッタルもまた、いつでも前へ出れるような位置でスタンバイしている状況だ。

 とはいえ、アイズ側が剥がされた影響で、フレイヤとベルが向き合うこととなる。先ほどはベルとダンスをしたいという本音を口にしたフレイヤは、魅了効果が効かないことを頭の片隅で疑問に思いつつ、更に甘い言葉で勧誘を行う。

 

 

「一目見た時から、貴方が魅せる魂の輝きに見惚れているの。私のお誘い、受けてくださらないかしら?」

 

 

 発せられる艷やかな声は大きくはなく、音楽のある会場は周囲の話声と相まって非常に賑やかであるために、数歩離れてしまえば聞こえない程だ。ベルがヘスティア達から一歩前に出ており間に居るために、聞き取ることは猶更難しいことだろう。

 とはいえ此度においては、互いにとって聞き取られて欲しくはない内容だ。言葉を受け取ったベルは、相手を見据えたまま回答を口にする。

 

 

「美の女神に見定めて頂けるなど、とても喜ばしい事です。ですが僕は、とある女性のために強くなるべく足掻いています。一番初めは、その人と踊りたい」

「フレイヤ様たってのお誘いを、断ると言うか」

「もしも僕が自分への誓いを貫けないと言うのでしたら、フレイヤ様と踊る資格すらも失ってしまうでしょう」

 

 

 どこまでも真っ直ぐな、クリッと、しかし凛々しく二人を見据える真紅の瞳。決してフレイヤを貶しているのではない。最低でもそれほどの覚悟を持った者でなければ釣り合わないと、間接的に彼女と踊る敷居の高さを示している。

 オッタルとフレイヤの二人も、瞬時にそのことを理解する。一層のこと輝く少年の魂を目にし、愛でたい衝動と沸き上がりかける鼻血をぐっと堪え、フレイヤは早口気味で此度の敗北を認めるのであった。

 

 

「そ、そこ、そこまでの覚悟を持っているなら仕方ないわね。ここは、大人しく引きましょうか」

「……見事だ、ベル・クラネル」

 

 

 己を認めてくれた二人に、礼儀正しく頭を下げ。どこぞの師に似たように踵を返し、一人の戦士は、己が望んだ相手の下へと歩み寄る。

 タイミングを見計らったかのように流れる、ダンスを誘う旋律。周囲の話声もすっかり落ち着き、一転して上品な空間へと変貌した。

 

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン。僕と一曲、踊って頂けませんか」

 

 

 片膝が床につくかどうかの位置に腰をかがめ、アイズの目をしっかりと捉え、少年は己が抱く情景をハッキリと口に出す。正直なところダンスなんて右も左も分からないが、ここで引けば男が廃るというものだ。

 もちろん恥ずかしく勇気が居るために心臓は早鐘の如く鳴り響いているが、今は無視。なんとかして、恥ずかしさに負けて暴走しないよう、己の心に杭を打つ。

 

 

「――――はい、喜んで」

 

 

 返されたのは、太陽にも負けない微笑みだ。“心奪われた”と表現できる程の感情は、奥底から湧き出る水のように、こんこんと情熱を滾らせる。

 可憐な腕を取り、肩を抱き寄せる。互いの身体の間には扉1枚分の隙間も無いが、互いに意外と落ち着くことが出来ていた。

 

 双方が、ダンスなど素人である。それでも互いに相手の眼を見て行動を読み、周りに合わせて似たような動きを見せることで、二人だけのダンスを作っていく。

 詳しい者が見れば、基礎もなっていないようなモノだろう。しかしその程度の事は重要では無く、互いに駆け引きを行い、相手の知らないところを理解していくのである。

 

 

「……初めて」

「はい?」

 

 

 踊りながら、アイズがポツリと言葉をこぼした。動きに集中していたベルは、思わず聞き返す疑問符を発している。

 子供の頃。とは口にするものの、大人組からすればアイズも十分に未だ子供だ。とはいえ幼い頃、両親の愛情を受けて居た頃、焦がれていたことが1つある。

 

 たまに見ることがあった、父と母が愛し合う絆。周りに誰も居ない草原で互いに手を取り、風を音楽とするように軽やかに踊っていた眩しい光景。そんな二人の姿に、自分もそうありたいと思ったことが何度かある。

 とはいえ、アイズがダンスを踊るのはこの場が初めてであり、何も知らない。もっとも相手のベルも同じであり、アイズの憧れた光景の言葉を聞いて、自分も初めてだと言葉を返していた。

 

 

「そう、なんだ……誘ってくれて嬉しい、ありがとう」

 

 

 再び咲き誇る、少女の笑顔。応じるように穏やかな笑顔を見せる少年も、言葉にこそ出さないが、心境は今の彼女と同じである。

 

 可愛らしく頬を膨らませかけるフレイヤだが、流石に今の彼女では、こんなベルの顔を作ることはできないだろう。そんなフレイヤを目にしたオッタルがベルに嫉妬の念を抱くなど、何かと連鎖が始まっている。

 一方で、互いの主神はオトナであった。相変わらずチマチマと言い合いこそ続けているものの取っ組み合いには発展しておらず、隅で大人しく見守っている状況である。

 

 

「それにしてもリトル・ルーキーと剣姫(けんき)が踊っているっていうのに、それぞれの主神が喧嘩してないってのも、なんだか気持ち悪いな」

「にゃにぃ!?」

「だぁーっとれヘルメス、お前さんには関係あらへんやろ。にしてもアポロンには気ぃつけやヘスティア。分かっとるやろうけどアイツ、ベル・クラネルを狙っとるで」

「ああ、イヤ――――な視線は存分に感じたよ。大丈夫だロキ、ここはボク達で片を付ける」

 

 

 今までの借りもあって肩入れする気でいたロキだが、相手が手出し無用というならば従う他に道が無い。一応は気を付けるかと情報網は張り巡らすとして、直接的に手を出さないことで決定した。

 

 一方で、ベルとアイズが見せた一連のやり取りを遠目から見ていた神ヘルメス。あんな顔して大人も驚愕する程とんでもない応対を見せる子になっていたと、“雇い主”への土産話ができて非常にご満悦だ。

 やがてダンスも終わり、ベルとアイズが戻ってくる。するとヘルメスを目にしたアイズは、ロキの肩をつつくと口を開く。

 

 

「思い出した。ロキ。あの神様、だよ」

「ん、何がや?」

「レベル1の時……ランクアップの方法を、教えてくれた神様」

 

 

――――これヤベーやつだ。

 

 直感的にそう思うヘルメスながらも、思った時には決着がついている。マウントを組まれて悲鳴を上げるヘルメスだが、四肢は僅かにも動きそうにない状況だ。

 何かをやらかしたが故にこうなっていると確信できるアスフィが、助け船を出すことは無い。突然と投下された爆弾発言により、ヘルメスは遣い走りとなることが確定している。

 

 

 そしてパーティーの閉会式。ヘスティア・ファミリアに対して、先日の居酒屋の事件を理由としてアポロンから遊戯戦争の申し込みが行われることとなる。ヘスティアは了承の返事を行い、その後の神会(デナトゥス)において、準備期間も考慮され明日からカウントして20日後に行われることで決定した。

 

 人数差があるというのに承諾された点についてはアポロンも疑問に思ったのだが、なにせ情報が何もないために“やぶれかぶれ”の承諾と判断した。これにて退路が無くなったのだが、自業自得と言う事もできるだろう。

 此度の神会(デナトゥス)において決定されたルールは、人数差があるために攻城戦などではない。これから紡がれる歴代において、もっともシンプルなルールの一つとして歴史に名を刻むだろう。

 

 どちらかが全滅するまで続くという、文字通りの“全面交戦の形式(デスマッチ)”。当該者であるベルは閉会式にてアポロンとヒュアキントスを睨みつけ、少しでも強くなるべく翌日より鍛錬に打ち込むこととなる。

 




主催者の影が薄い?知りませんね……。
原作でアイズにランクアップを教えたのがヘルメスだとバレていたかどうかが拾えなかったのですが、この後に影響することはないので本作では今バレたってことにして下さい。


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102話 不本意な二つ名

お詫び:92話 4人の夜 にてレフィーヤのレベルが4となっていましたが、3の間違いでした。修正しました。原作と同等と思って頂いて問題ございません。

21:20
手違いで他の話の文章が一部混じっておりました。
ウォーゲームはまだ始まっておりません。


 その1話の呼び名を、神回(かみかい)。物語のとある1話などにおいて、読者の心を打ち震わせるような展開があった際に使われる独特の言葉だ。

 その会議の呼び名を、神会(デナトゥス)。今回の意味はこちらであり、オラリオにおいて神々が行う会議のようなモノ。大抵は“神の宴”とセットで行われるモノであり、此度はアポロン・ファミリアが催した宴の夜遅くの開催となっている。

 

 バベルの塔で行われるこの会議で出される内容は、それこそ千差万別で様々だ。どこどこのファミリアが何した、どうなった、どこどこの眷属同士が争ったなど、他愛もない内容もいくつかある。

 少し前にソーマの酒造りが禁止された件もこの会議で話題に上がり、ああだ、こうだと神々の興味を引いていた。単純なことだとしても、色々と尾ひれ背びれをつけたり内容を増長するなどして神々は楽しんでいるわけである。

 

 もっとも最終的には、増長もされておらず過少にもなっていない事実のみが蔓延するのだから“その辺りのルール”は守られているらしい。しかしながらド田舎コミュニティよろしくここで上がった話題は一瞬にしてオラリオへと広まるために、中々に侮れないスポットなのだ。

 

 

 そして、翌日。

 

 

ルォォォキ(ロキ)イイイイイイイイ!!!」

 

 

 ラ行の巻き舌が特徴的な発言で主神ロキの名前を呼ぶベートは、埃を巻きあげながら廊下の床を蹴る音と共に“黄昏の館”を疾走する。モノ言いたいことがあるために自慢の嗅覚でロキの位置を突き止め、こうして突撃を見せているというわけだ。

 呑気に振り返るロキの目先では、瞬く間にベートの姿が大きくなる。心当たりのあるロキだがあくまでも内面では平常を保っており、「よっ!」と言わんばかりの仕草で手を挙げて言葉を発した。眼前で急停止したベートの発する風圧で、くくったポニーテールが鯉のぼりの様になびいている。

 

 

「おっ、どないしたんやベート?」

「どうしたじゃねぇだろうが、テメェその表情は確信犯だろ!?レベル6になった俺の“二つ名”、どういうことだ!!」

 

 

 59階層にて、精霊の分身を倒したロキ・ファミリア。その討伐、及び2体目の出現から生き残ったことは大量の経験値を与えると共に、偉業として認められたらしい。

 これにより、ベート、ティオネ、ティオナの3名はレベル6へ。レフィーヤがレベル4へとランクアップすることが可能となっていたのだ。

 

 もっともレフィーヤは保留となっており、もう少しステイタスを上げてからランクアップするらしい。残りの3名は目標数値に達していたこともあり、この段階でレベル6へとランクアップを遂げている。

 ヘスティア・ファミリアには兎の跳躍の如くポンポンとランクアップしている少年が居るために実感が薄いが、本来ならばランクアップとは、涙を流して喜んでも不思議ではないことだ。その際に与えられる、もしくは更新となる“二つ名”の存在も、当該者の心をくすぐることだろう。

 

 ロキが思い当たる節は、この“二つ名”だ。先の神会(デナトゥス)にて、ランクアップ者へ“二つ名”を与える任命式が行われたのである。 

 ちなみにティオネは怒蛇(ヨルムガンド)、ティオナは大切断(アマゾン)の二つ名をレベル5の時点で既に所持しており、これらは変わらず継続。問題は、凶狼(ヴァナルガンド)の二つ名を持っていたベートであった。

 

 

「ブフッ!な、なんや、そんなはしゃいで……き、気に入って貰えたんやな!」

「んなワケねぇだろうが!ぶっ飛ばすぞ!!」

 

 

 笑いを堪えきれないロキと、割と真面目に怒りを露にして食って掛かるベート・ローガ。新たな“二つ名”をイジられたことは、本日だけで既に2桁の回数に突入している。

 

 

「俺の新しい二つ名が“仲人狼(ヴァナル・ゼクシィ)”ってのは一体どういう了見だってか“ゼクシィ”って何のことだコラアアアア!!!」

 

 

 遠吠えならぬ雄叫びを耳にして堤防が決壊し、ロキは腹を抱えながら大爆笑。ゼクシィの意味こそ不明なベートながらも、仲人という文字からしてロクなことではないとの予想は付いていた。

 

 不本意ながらも何かと活躍している名探偵ベート君。ロクなことではないというその推察、大正解である。

 

====

 

 時は、先日の夜。神の宴が終わってから開かれた神会(デナトゥス)に遡る。話題はそれこそ様々ながらも、統一性もない点が特徴的だ。

 

 状況報告などの雑談の時間も一通りが過ぎたところで司会役の神が一旦場を治め、授業開始前に静まり返る教室のような空気が作られる。いよいよ場面は、二つ名の命名式へとなったのだ。

 ちなみにヘスティア・ファミリアにおいてはベルが対象となるはずだったのだが、ランクアップが秘匿されているために名を連ねてはいない。“暗黒戦士(ダークマター)”やら“超絶魔導(エクストリーム)”など痛々しい名前が次々と命名され、とある鍛冶師の番となった。

 

 

「えーっと、そろそろ終盤だな。それじゃ次は……ヘファイストス・ファミリアの鍛冶師、ヴェルフ・クロッゾ。17歳男、レベル1から2へのランクアップだが……」

 

 

 先の例があるために、ちゃんとした二つ名を付けてあげようと気合を入れるヘファイストス。しかし、周囲の反応は至って静かだ。

 議論の議の字も始まらないとは、このことである。なぜだか女神連中は生暖かい目で彼女を見つめており、盟友ヘスティアですら口をへの字にして難しい顔をしている。その横に居る、タケミカヅチも同様だ。

 

 なんで?と言いたげに目を丸めてキョロキョロ辺りを見回す彼女だが、実の所は己に原因がある。ヴェルフに言われた文句を嬉しさのあまり周囲に言いふらしていたせいで、ここにいる神々全員が知っているなどとは予想にもしていない。

 

 

 事の発端は、ヴェルフがヘスティア・ナイフを作った辺り――――ではなく、更に昔へと遡る。それこそ、彼がヘファイストスと出会う前の頃だ。

 一個部隊を滅ぼすことができる“クロッゾの魔剣”を打てるという、世界中を探してもヴェルフ・クロッゾしか持ち合わせていない鍛冶能力。故に己の作品は二の次に、魔剣だ魔剣だと迫ってきた者の数と頻度は凄まじいものがあった。

 

 確かに魔剣だとしても、それもまたヴェルフ・クロッゾが打った武器であることに変わりはないだろう。しかしながら当時の彼は10歳を過ぎた頃であり、周囲のしつこさが反抗期と重なって、絶対に魔剣は打たなくなってしまっていた。

 精霊の血によって得た力を使わない、己の作った武器を認めて欲しかった。ファミリアにおいて仲間外れにされようが、疎まれようが、持ち得る意地。良い言い方をすれば“信念”でもって、その在り方を貫き続けた。

 

 

 その努力は、つい3か月ほど前に報われることとなる。初めて己の剣、魔剣ではない一振りを認めてくれた青年、そして少年のために躍起になり、成果が出なくて涙を流していた頃。

 あの時に主神ヘファイストスから授けられた言葉は、今もヴェルフの中で業火と成り猛っている。どこぞの装備キチのように、その言葉に心底救われた格好だ。

 

 故に、「流石は“ヘファイストス”・ファミリアの武器だ」と認められる一振りを作りたい。この女神に、認められる武器を作りたい。

 その想い、鍛冶へ注ぎ込む情熱の炎は、“この女神に認められたい”へと燃え広がって日に日に強さを増していた。そして打ちなおす前のヘスティア・ナイフが出来た時、簡潔に纏めるならば、「いつか貴女に認められる程の武器を作れたら、俺と付き合ってほしい」と想いを打ち明けていたのだ。

 

 

 そして場面は、ヘスティア・ナイフの打ち直しが終わった時へと進むこととなる。新造ではないとはいえ、間違いなくヴェルフ・クロッゾが打った一振りのナイフだ。

 一切の穏やかさを捨て去った表情でナイフを鑑定するヘファイストスを目にして、ヴェルフの額に汗が浮かび口はカラカラに乾いている。かれこれ4-5分が経過しているが、未だ決定は下されない。

 

 それほどまでに、今の彼女は本気なのだ。ヴェルフ・クロッゾという男が作れる中でこのナイフがどこに位置するかを見極めるべく、神経を研ぎ澄ませている。

 結果としては、文句なしの出来栄えだったらしい。故にナイフを納める鞘には“ヘファイストス”の名を刻むことが許されており、ヴェルフは初めて己の作品にその文字を刻んだのだ。

 

 

 つまり、己の作品が認められたということ。つまるところ三か月前の条件を満たしたこととなり、ヴェルフはそのことについて口を開いたのである。

 しかしヘファイストスの口から出てきた言葉は、かつて何度も眷属に告白され、誰もその想いが叶ったことはないという事実。何故かと一瞬だけ考えたヴェルフだが、思い当たる節が一つあった。

 

 彼女の右目にある、大きな眼帯。ハッとした表情をヴェルフが向けると彼女はそれに触れ、隠された下にはとても醜い顔が広がっていると告白した。

 天界の頃から、かつて何度も眼帯の下の醜さで傷ついてきたヘファイストス。故に己の右目については強いコンプレックスを抱いており、そんな傷を持った女とは付き合うべきではないと、今までに何度も眷属たちに素顔を晒してきた。

 

 

 それによって生じた結果は今のヘファイストスが独り身であることが物語っており、此度も同じだと決めつける。ゆっくりと眼帯を取ってヴェルフに素顔を晒し、否定の言葉を受け入れる準備を行った。

 しかし何故だか、相手は据わった表情のまま変わらない。驚きの表情に変わる彼女だが、男の様相はやはり不変。やがて男は「フッ」と鼻で笑って一蹴すると、次の一文を口にしたのであった。

 

 

――――貴女に鍛えられた(オレ)の熱は、こんなものじゃ冷めやしない。

 

 

 二言は不要、必殺の言葉でヘファイストス航空013便は恋の底なし沼へと墜落した。此度において蛙漁師はいないが、故に――――

 

 

「鍛えられたアッツアツの鉄でもってヘファイストスを墜とした男の二つ名だ、“カッコイイもの”を考えようじゃないか!」

「「「イイイイイイヤッホォォォォウ!!」」」

 

 

 暇を持て余した神々には、格好の玩具(エサ)となっていた。

 

 

「な、なんでみんな知っているのよヘスティア!?」

「あれだけ惚気といてよく言うよ……」

 

 

 驚きと今更の羞恥でワタワタするヘファイストスだが、先にヴェルフが発した文言はヘファイストス・ファミリア団長の椿が7回、ヘスティアに至っては20回以上の回数を聞かされている。壁に耳あり障子に目ありと言うわけではないが、どこからか耳にしてしまった者が居ても不思議ではない回数だ。

 故にこの場に居る神ならば、ヘファイストスに向けられた言葉を全員が知っている。そして鍛冶師と言うことで、剣をイメージする“†”の記号が組み込まれた二つ名の案が次々と出されているのだ。例を挙げればオッタルの二つ名をもじって“†猛火†(おうか)”など、単純に記号マークで遊んでいるモノもある。

 

 

「な、なぁ皆!ホラ、仮にもオラリオを代表する鍛冶師の相手だ!とりあえず“(コレ)”を付けるのはやめないか!?」

 

 

 善神タケミカヅチ、ヘファイストスのために仲裁を入れようと一人動く。ヘファイストスに拝まれる彼ながらも、実は彼自身がその記号にトラウマを抱えていた。

 直後、隣に居た二枚目俳優的な神、またの名をヘルメスが、タケミカヅチの肩をポンと叩く。振りまくグッドスマイルのままキラッと白い歯を輝かせ、次の一文を口にした。

 

 

「流石、“絶†影”ちゃんを眷属にする親が言うことは一味違うね!」

「野郎ォぶっころしてやらあああああ!!!!」

「グフォァ!?」

「ヘルメスが死んだ!?」

「「「この(ひと)でなし!」」」

 

「お、落ち着くんだタケ!次のランクアップで何とかなるさ!!」

「そうさ、俺がガネーシャだ!」

 

 

 炸裂する一本背負いからの卍固め。何故に柔道からのプロレス技なのかは不明であるが、無駄な勢いでガネーシャ(マッチョマンの神)まで乱入するという乱闘直前の阿鼻叫喚である。

 もっとも此度において、悪いのは完全にヘルメスだ。お気に入りの眷属に先ほどの二つ名を付けられたタケミカヅチの恨みはオラリオのダンジョンよりも深く、先の発言は完全に地雷を踏み抜いている。

 

 

「ってなわけで、ヴェルフ・クロッゾの二つ名は“不冷(イグニス)”でいいな!?」

「「「いいともー!」」」

「ああああああっ!!」

 

 

 とりあえず“†”こそ付かなかったものの、口説き文句を知っているヘファイストスが悶える程に大ダメージとなる二つ名だ。ヴェルフの名を呼ぶたびに、目にするたびにあの時の光景を思い出すという新手の羞恥プレイとなっている。

 公開処刑の真っただ中にいる彼女は、文字通りの嬉し恥ずかし。どこぞのlol-elf(ハイエルフ)よろしく頭を抱えて茹ってしまっており、卓上に突っ伏したまま動かない。

 

 

「そういえば恋愛繋がりなんだけど、ロキのところのハイエルフが男と一緒に居るのを見かけたって、うちのエルフ達が盛り上がってたぞ」

「え、あの“九魔姫(ナインヘル)”がか?」

「あー、それ俺のところも話が出てたな。見間違いだろうって結論だったけど」

「アタシの所もそうだねー。ロキ、何かあったの?」

 

 

 他愛もない話が出るために、こんな話題も出るわけで。オラリオ最大派閥であるロキは発言力も大きいために何を言っても通るのだが、どう返したものかと悩みに悩んでいる。

 ヘスティア・ファミリアに所属する冒険者では無い男とお付き合いしている、という事実をぶちまけるのは簡単だ。しかしそれを口にしたならば、絶対に根掘り葉掘りの言葉と己に対して一斉攻撃が向けられるのは明らかである。

 

 なんせここに集っているのは、娯楽に飢えて地上へと降りてきた神々共だ。カタブツのハイエルフが誰かと交際するなどというネタも、立派な燃料となるのである。

 

 もしもリヴェリア・リヨス・アールヴが、例えばちょっと位の高い男エルフと交際を始めたならば、ロキとて「実はなー!」と話題の渦中に飛び込むだろう。ロキとて、己の眷属である彼女が女性らしく立ち回れるのは喜ばしい。

 しかし此度の場合は、渦中が火中になっても不思議ではない。更に場所は活火山であり噴火口であるのだから、一度燃え広がれば消すまでには相当の苦労を要するだろう。

 

 精霊の分身すらも秒殺してしまうその火山(装備キチ)が噴火したならば、大災害は免れない。それでいて闇派閥に対する切り札である青年の実力を公にするのは好ましくは無いために、彼の名前は話題に上らせない方が良いだろう。

 とはいえ、こうも露骨に話題に上がってしまっては簡単に注意を逸らすことも難しい。故に災害の回避(生贄)として、とある一人の狼人へと白羽の矢が立ったのだ。

 

 

「実はうちのベートが焚きつけおったんや!皆、ええ二つ名与えてやってな!!」

「おっしゃ、なら次はレベル6になったベート・ローガだ!」

 

 

 結果として生まれたのが、容姿や言葉遣いからは千里の道程も懸け離れた二つ名、仲人狼(ヴァナル・ゼクシィ)。実際にタカヒロとリヴェリアの仲、間接的にアイズとベルの仲をブーストさせているために別に間違ってはいないのだが、ベート本人からすればその気は無かったために不本意極まりないモノである。

 そして、決められた二つ名はよほどのことが無い限り覆せることがない。このあとベートが男女の仲人を次々と依頼され、ブツクサと文句を言いつつ片っ端から受ける羽目になるのだが、それはまた別のお話だ。噂話曰く、上手くいった際は、「孫と曾孫に囲まれて老衰で死にやがれ」という言葉を残しているらしい。

 

 

 

 ところで今回の神会(デナトゥス)において、ヘスティアに接触した一人の女神が存在した。戦力差のありすぎる戦争遊戯(ウォーゲーム)に、どのように立ち向かうのかを尋ねたのである。

 しかし、回答は至ってシンプル。どうやらヘスティアは、その神にも助力を頼むつもりはないようだ。

 

 

「君が心配する必要は無いぜ、フレイヤ。ベル君は、鍛錬で今よりもっと(これ以上強くなるとボクの胃が死ぬ)強くなるんだからな(から程々にしてくれ)!」

「わかったわ。鍛錬……そう、鍛錬ね……」

 

 

 美の女神が作る瞳が、怪しく光る。妙にきな(ポンコツ)臭い動きを見せながらも、オラリオの夜は過ぎていくのであった。

 




口の悪さは天下一品だけど、根っこは優しいベート君。
これ以降はマトモな出番になる……はず!


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103話 休日の遭遇

 運命の夜から一夜明けた、オラリオの街。数多ある掲示板の全てに、とある内容の羊皮紙が中央にデカデカと掲示されていた。

 

 “ヘスティア・ファミリアがアポロン・ファミリアとの戦争遊戯(ウォーゲーム)を受託。”

 

 人伝か、もしくは掲示板の張り紙を目にして。その知らせは朝一番から波紋のように広がり、ここしばらく大きな抗争の無かったオラリオの街に駆け巡った。

 冒険者登録しているのはレベル2が一人の零細ファミリアと、中規模の上位に入りそうなファミリアとの抗争。故に聞こえてくる声もお祭り騒ぎ的なものではなく、消化試合に対する感想のようなものばかりだ。

 

 なお極一部では、またこれとは違った感想で溢れている。よりにもよって一番ヤベーところに申し込んだものだと、アポロン・ファミリアの葬式でもあげてやるかと、水面下で談笑が生まれている程。

 同時にギルドが行っている賭け事の類も開催されるのだが、オッズはお察し。だというのにロキ、ヘルメス、ヘファイストス、フレイヤ、タケミカヅチ、その他数か所の各ファミリアや“豊饒の女主人”などの者は何故だか揃って博打を打っているのだから、そこかしこで疑問符も芽生えているのは仕方のない事だろう。

 

 当該者であるベルは、本日はアイズとみっちり修行中。とりあえず1日は我武者羅に剣を振るうべきだとの師の教えに従っており、少し残ってしまっているであろう、相手への怒りの類を発散させることが目的だ。

 

 

「少し早かったか……」

 

 

 そして当の師匠は滅多に人気(ひとけ)のない場所でデート待ちという惚気具合。緊張感の欠片も無いが、万が一にも参戦となれば欠伸をしながら薙ぎ倒していくことだろう。

 比喩表現抜きに、やろうと思えばそんなこともできるのだ。当の本人は、そんなことよりもと、考えを今に向けている。

 

 表情こそ不変ながらも先日の一件と相まって「テンション上がってきた」的なモードに突入しかけている青年は、約束の20分前に到着している。恐らくは10分ほど待つことになるだろう。

 さわさわと風が樹々を撫でる音が響く程に、静かな場所。ベンチに腰かけ、気持ちを落ち着かせるために深めの息を吐くと、自然と心が洗われる。森や滝などとはまた違った癒しの力は、何事にも代えられない。

 

 後ろから足音が聞こえ始めたのは、十数秒後の出来事だった。てっきり10分前に来るものだとばかり思っていた青年は、相手も待ちきれなかったのかと、いつかの立食会の時を思い返して口元が緩む。

 このデートが終われば、暫くは出かけることもできなくなるだろう。故に、今日は思いっきり羽を伸ばしたい心境なのだ。

 

 しかしながら、なんだか聞こえてくる足音が少しだけ重い気がする。恐らく静かな周囲の影響か、違った靴でも履いているのだろう。そう判断し、近づいてくる気配をそのまま追っていると、一直線にタカヒロの元へと向かってくる。

 こんなところに来る物好きは、約束を交わしたリヴェリアぐらいのものである。そう言えば彼女が真正面から歩いてくる姿は中々レアだなと惚気けた思考を巡らせる男は、優しい表情でその姿を目にしようと振り返り――――

 

 

「……」

「……」

 

 

 筋肉モリモリ、マッチョマンのヘンタイ――――ではなく猪人であるオッタルがそこにいた。普段ならば絶対に気づいていただろうが、本来の目的が目的であるために、完全に気が抜けていた青年である。

 

 艶やかな長い髪も、宝石のような瞳も、ガラス細工の如き細い身体もそこにはなく。

 視界に広がる、圧倒的な筋肉。ひたすらな筋肉。どこまでも筋肉。

 

 

 一言で表すならば、「むさ苦しい」。

 

 

 俗に言う細マッチョとは違って、ガッチガチのムッキムキ。故に爽やかさなど無縁そのもの。

 いや、人によっては“汗の混じった爽やかさ”あたりが該当するかもしれない。しかしタカヒロにとっては、間違いなく該当に値しない内容だ。

 

 と、いうことで。

 オラリオのヤベー奴が望んでいた、者でもモノでもないことは明白であり――――

 

 

――――貴様だけは、どう間違っても、絶対にヒロインじゃぁない。

――――な、なぜ殺気を向けられる!?

 

 

 ノベルタイトル、“オラリオでヒロインのオッタルに出会うのは絶対に間違っている。”

 

 

 だろうか、ではない。小数点以下の確率で得する者も居るかもしれないが、間違っている。

 

 そんな感想を表すかのように眉間にしわを寄せ、来訪者にガンを飛ばす青年が約一名。口元こそ笑っているものの、オッタルからすればヤベー笑顔以外の何物にも見えないのだ。

 己が何かしたのかとアタフタするも、後ろからとはいえ武器も鎧も無しで近づいた程度であって何が悪いのかサッパリと分からない。もちろん何も悪くないオッタルは、放たれる殺気を受けて額に汗を浮かべるのであった。

 

 

「……ダブルレアMI(ドロップ率0.1%)装備よりも珍しい、自分のピュアな気持ちを返せ」

「なにが!?」

 

 

=====

 

 

「……何がどうなっているのだ、これは」

 

 

 約束の10分前にやってきた私服姿のリヴェリアは、光景を見て思わず腕を組み、少しだけ顔をしかめた。フレイヤ・ファミリアの珍しい人物が居ることもあるのだが、光景が意味不明である。

 自分自身の左拳を右手のひらで掴んで指を鳴らしているタカヒロと、壁際に追い詰められてホールドアップしている、レベル8のはずの猪人の組み合わせ。何か互いに会話を行っているようだが、流石にそこまでは読み取れない。

 

 もっとも、その二人だけでも彼女からすれば妙な組み合わせである。見知らぬ者にあのような態度を取ることは無いタカヒロゆえに、リヴェリアは二人が知り合いなのだと判断した。

 そして理由は不明なものの、己の相方が“おこ”である。今までに怒ったところを見たのは、かつてのベート事件の一件だけ。故に、オッタル側が相当の事をしでかしたと考えている。

 

 

「だ、だからだな、フレイヤ様たっての頼みを伝えに来たのだと――――」

 

 

 どう頑張っても超えられないヤベー奴の肩越しに、見たことのある女性(リヴェリア)の姿が映って声が止まる。私服姿の彼女を見て、オッタルは色々と察することが――――できるはずもなく、何故だかリヴェリア(ナインヘル)が来たとしか認識をしていない。

 やってきた相手も、取り分けて気にしている様子は出していないために猶更だ。青年との約束ながらも明らかな第三者の姿があるために、ファミリアで見せるような普通の対応を行っている。

 

 

「お、おや、ナインヘルか。何か所要だったか」

「ああ、まぁな。しかしながら、何かあったのか?猛者」

 

 

――――そして、お前は何をしている。

 

 彼女の視点においても、普通の様相ではない。そう言いたげな視線が向けられたタカヒロは、フンと軽く鼻を鳴らして距離を取った。完全に拗ねている。

 解放されて溜息を吐くオッタルは、心身ともに疲労した様相だ。表情は二回りほど年を取ったかのように老けてしまっており、やつれている。

 

 そんなオッタルの口が開いたのだが、どうやら、タカヒロにお願い事があって訪れたらしい。急ぎということも無いのだが、待ち合わせ場所に行く彼の姿を遠くに目にし、後を追った格好である。

 

 

 で、その内容とは何ぞや。そう言いたげに隙間なく並ぶ二人を視界に捉え、オッタルは頼まれた内容を、一字一句違わぬよう口にする。

 

 

「四人だけでズルい、私も混ぜて欲しい。と、フレイヤ様からの伝言だ。確かに伝えたぞ」

 

 

――――理解できるか、タカヒロ。

――――到底、無理だ。

 

 そう言いたげな顔と視線が互いに向けられ、心境は即座に一致した。せめて要望の大筋ぐらいは聞いてこいと、青年は少しばかり“おこ”である。

 なんだかんだ脳筋が多い、フレイヤ・ファミリアにおける眷属の短所だろう。彼女たってのお願いとなれば、とにかく言われたことを“そのまま”実行してしまうのである。

 

 タカヒロは「貴様は理解できるのか」と問いを投げるも、我に返ったオッタルは考える人と化してしまう。この場においてフレイヤに一番近い者がコレでは、他人がどう受け取るかは語るまでも無いだろう。

 

 

「……自分の中の、貴様に対する評価が変わりそうなのだが」

「おや、上げてくれるのか」

 

 

 どのように受け取ったら、そのような解釈になるのだろうか。

 

 

「按ずることは無い、滝の如くダダ下がりだ」

「頼むから維持して欲しい」

 

 

 そもそも“混ぜろ”とは何がしたいのだと問いを投げるタカヒロだが、オッタルも混ぜろとしか聞いていないらしく、今更ながら腕を組んで唸っている。援軍かと考えたタカヒロだが、実際の戦闘についてフレイヤは傍観に徹することとの命令を出しているらしく、共闘ということはないらしい。

 他に何か言っていなかったかタカヒロが問いを投げると、オッタル曰く「ヘスティア・ファミリアが鍛錬を行うらしい」的なことをフレイヤが口にしていたらしい。ますますもって、謎が深まるばかりだ。

 

 とここで、“アイズ語”検定1級であるリヴェリア的には、今のやり取りからピンとくるものがあったようだ。「もしかしたら」との出だしで、自分の考えを口にした。

 

 

「恐らくだが、鍛錬の様子を一緒に見学させろ、ということではないか?」

 

 

 男二人、「ああ……」と、腑に落ちた模様。ならば、このタイミングでの発言も頷けるというものだ。混ぜろ、という意味も理解できる。

 なお、「また無茶ぶりを」と言わんばかりに、オッタルは眉間を摘まんでいる。己のファミリアにおける鍛錬も極秘事項だというのに、他のファミリア、それも主神がそれに参加させろと言うのが、いかに無理難題であるかは理解できる。

 

 それでも、他ならぬ彼女たっての要望だ。幸いにもそこの青年とは面識があるオッタルは、どうにかして主神の願いを叶えて欲しいと祈願する。

 タカヒロとしては別に支障がないのだが、ベルは現在レベル4。アイズとの戦闘でも思っていたのだが、あの場所は手狭となってきた。

 

 もっと広いフィールドということで50階層での鍛錬を考えているのだが、これにはリフトの使用が不可欠だ。とはいえロキ・ファミリアには知られているために、今更一つ二つ知っているファミリアが増えたところで変わらないだろうとも考えている。

 ということで、移動手段は問題なし。あとはフレイヤという機関車にくっついてくるだろう多数の眷属をどうするかだが、その点は要相談と(シャットダウン)すればいいとはオッタルの弁だ。タカヒロとしても、オッタルとベルとを戦わせたい所もあるのでウェルカムである。

 

 

 と、ここでリヴェリアが口を開いた。フレイヤ・ファミリアとは何かと関係があるようで、「また関わりを持つとはな」と言葉を零している。

 

 

「過去にも何かあったのか、リヴェリア」

「ああ……少し、昔の出来事を思い出してな。当時、私が闇討ちを受けたのもフレイヤ・ファミリアであった」

「待ってくれナインヘル。今、その話は……」

 

 

 リヴェリアが口にしたのは、随分と昔の話である。フレイヤ・ファミリアとロキ・ファミリアが抗争を行っていた時代、彼女が狙われ、フレイヤ・ファミリアがオラリオ中のエルフを敵に回した時の話だ。

 当時の様相がリヴェリアの口から語られ、早1分ほど。それを耳にするオッタルは、約一名が一転して無言を決め込んでいるために全力で冷や汗を流している。

 

 まるで、嵐の前の静けさとでも言わんばかりの殺気を纏う、その姿。破裂寸前の大魔法とも言えるだろう。かつてダンジョンの9階層で挑んだ場面を思い出し、オッタルの全身に嫌な汗が溢れ、同時に静電気が走った。

 まさしく目の前にいるのは、あの時に恐れた、加減を忘れかけている戦士の姿なのだ。物理的に手を向けられたわけではないものの、こうして対峙しただけで、己程度の戦意など容易に圧し折られてしまっている。

 

 本来ならば敵として対峙していたかと思うと、己が喧嘩を売った相手が間違っていたと再認識する。現に相手が纏う殺気は、かつて己が背中を追った、レベル9が見せたモノすらも程遠い。

 もっとも、青年がそのような反応を示すことも嫌という程に理解できる。己とてフレイヤがその危険に貶されれば感情がどうなるか、他ならぬ猛者自身が誰よりも知っているからだ。

 

 

 と、いうことで。

 

 

「……戦士タカヒロ。その件は、本当に心からすまないと思っている」

「……貴様も心底、苦労人だな」

 

 

 オッタルは、謝罪一辺倒の態度をとるほかに道がない。2メートルを超える屈強な身体の上半身が、何度も“くの字”に折れ曲がっている。ケアンの神である魔神ドリーグ(苦労神)を思い出したタカヒロは、怒りと共に同情の言葉が浮かび上がった。

 そのために答えとしては、オッタルもベルとの鍛錬を行う前提で許可が出される。その点は、オッタルからしても最良だ。流石に周囲への説明は必要であるために明後日からの参加許可となったが、その点については、オッタルも仕方ないだろうと言葉を残していた。

 

====

 

 用件が済んでオッタルを追い返せば、訪れるのは二人の時間。エスコートするかのようにとられた手を見つめたリヴェリアは、はにかんだ表情を浮かべている。

 元々具体的にどこどこへ行くと言ったような計画はないために、予定が狂ったと言うようなことも無い。二人は露店でサンドイッチとドリンク、2メートル四方の簡易的なシートを購入し、リヴェリアの提案で、とある場所へと足を運んでいる。

 

 実はこの場所、少し前にアイズがベルに膝枕をしていた秘密の高台。逃走した件を謝りに行った際、どこに行っていたのかとリヴェリアが尋ね、アイズが答えていたのだ。そんな場所を思い出し、今回は訪れたわけである。

 石造りの高台は景色もソコソコながら、まるで人気(ひとけ)が見られない。シートを敷いて雑談と共に食に舌鼓を打てば、なんちゃってピクニック気分が味わえる事だろう。

 

 

 その前に、大切なことがあるようだ。明らかに様子が変わったリヴェリアに対し、青年は、“あの件か”と察しがついていた。乱入者となったオッタルの所詮で、言い出すタイミングを失っていたのである。

 

 初回のデートの時に付けていた、小さく主張する髪飾り。今回は別の物へと変わっており、レフィーヤに選んでもらったものではなく、完全に彼女が自分で選び購入した代物だ。

 故に、その変化に気づいて欲しいのである。なんともまあ健気(けなげ)で思わず抱きしめたい衝動に駆られるが、彼女をいじった際の反応を知っているタカヒロはグッと我慢し、少し遊んでみるかと気づく様子を見せずにいる。

 

 そんな青年の反応を見た彼女は、むっ。と片眉が下がりかけ、反射的に片頬が膨れそうになる。相手の顔の位置と向きならば、しっかりと見えているはずだ。

 なにせ相手は、戦いの際に見せる広い視野を持っている。加えて、自分の事ならば気づいてくれると信じて、リヴェリアは相変わらずアピールの真っ最中。焦りと悲しみが7対3ぐらいの表情になっていた。

 

 そんな姿をいつまでも眺めていたいと思ってしまうタカヒロは、未だ気づいていない振りをしてみると、相手の必死さがレベルアップ。ココ!と言いたげに、わざとらしく視線誘導をしたり、行う手振りの通過点にするなどして必死さを隠していない。

 思わず吹き出しそうになるぐらいに可愛らしい仕草も放置しすぎると可哀そうなだけなので、そろそろ気づいてやるかと、青年は目ざとく見つけたようなリアクションをして「新しいアクセサリーが似合う」と薄笑みで褒める。すると彼女は青年の腕を抱き寄せ寄り添い、心からご満悦の微笑みを見せるのだ。

 

 

 そうこうしているうちに昼時となり、シートに並んで腰を下ろした二人はサンドイッチに口を付ける。セット品であるために小さな大きさ、様々な具材が並べられており、飽きることは無いだろう。

 通り抜ける風は心地よく、複数の意味で火照る身体に心地よい。つられるように互いの声も柔らかく、普段は仏頂面な男の表情も影を潜めている。互いに談笑を続けながら、手に取るサンドイッチの具材についても会話が弾んでいた。

 

 

「おや、鶏肉か?それも美味そうだ」

「ならば口を開けろ、食べさせてやる」

 

 

 返ってきた予想外の発言に、「ガキじゃあるまい」と呟きながら苦笑したタカヒロ。確かに相手から見ればまだまだ幼いかもしれないが、年齢上は立派な成人だ。

 ともあれ、回答こそ捻くれているものの満更ではない、この状況。加えて相手が「あーん」と言わんばかりのノリノリな表情でサンドイッチを口元に近づけてくるので、応えてやるかとかぶりついた。

 

 口に含む直前、例えば半分程度をかじった際の光景が頭に浮かぶ。もしも溢れ零れ落ちたタレが彼女の服を汚す事があるならば、最も起こしてはならない結末だ。故に、更に数センチほど顔を前に出す。

 てっきり照れながら一口だけ食べるのかと思っていたリヴェリアだが、半分正解。一口は一口でも、まさかの一口で“ほぼ全部”持って行かれたわけである。

 

 

「こ、こら、全部を口に含む奴があるか!」

 

 

 今日も今日とて人気のないエリアばかりを選んでいる、このバカップル。単に乳繰り合いたいだけの可能性が、小数点以下の確率で在り得ている。

 




隙あらば惚気。装備キチ浄化中。次回、鍛錬パートです。

ところで本作のフレイヤですが、可愛い近所の少年にチョッカイかけてるショタオネーサン的な立ち位置ですので強硬手段をとることはありません。
でも誘惑に負けてベル君側からホイホイ付いて行っちゃったら食われます()

強化ミノをぶつけたのは単なるオッタルの暴走です。
そしてフレイヤ様は22話の時のように強化ミノの恐ろしさを分かっていないという()


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104話 戦士達の鍛錬(1/3)

 オンとオフの切り替え、という言葉がある。早い話が仕事モードがONになっているかOFFになっているかということであり、OFFならばプライベート中である状態を指す言葉。

 先日までのタカヒロが緊張の欠片もないオフだと言うならば、今日は完全にオンと言って良いだろう。フードの下から覗く瞳は、一人の少年が一心不乱に振るうナイフ、そして体全体の動きを見逃さぬよう見つめている。

 

 普段は草木が微かに揺れる程度の音しかないこの階層において、空気を切り裂く獲物は甲高い音を打ち鳴らし、余韻どころか瞬いた直後に再び音となって鳴り響く。ゴツゴツとした岩肌に共鳴し、森の奥へと消えてゆくのだ。

 演奏者はベル・クラネル及び、久々に手にした新しい武器、打ち直されたヘスティア・ナイフに他ならない。聞く者が聞けば心地良さすら伺わせる白刃(はくじん)の音色は、かつてよりも一層の力強さが伺える。

 

 打ち直しを終えて戻ってきた、ヘスティア・ナイフ。攻撃力・強度ともに桁違いの強化具合となっており、追加される火炎ダメージも同様に上昇。マインドの消費量も多少は増えているが、その点は仕方のない事だろう。

 もっともヴェルフ曰く、新作ではないためにこの程度が限界だったようだ。完全に一から作り直せば更なる業物が作れるらしいが数千万ヴァリスの大金が必要である上に、ベルとしても、今はこのヘスティア・ナイフですら御馳走に他ならない。

 

 

 開催が決定された戦争遊戯(ウォーゲーム)まで、残り18日。地上ではない場所、ダンジョン50階層で行われる、約一名を除いた神すら知らぬ密かな鍛錬。

 そういった意味では、非日常と言える空間。だというのに――――

 

 

「はあああああああ……なんて、なんて素敵なのかしら!」

「フレイヤ様、あまり節操を外されぬよう」

「ベル、かっこいい……!」

「アイズ、お前も(うつつ)を抜かしている場合か」

 

 

 美の女神と剣の姫が、白髪の少年が戦う光景を目にして壊れかけていた。その横でツッコミ役となっている二人は、あまり日常と変わらない。

 壊れかけの二人は、まさに魂が外に出かかっている。少年を見つめる細められた瞳は作り物の人形の如くキラキラと輝いており、少し肩を突けばコテンと倒れてしまう程に身体から力が抜けている程だ。

 

 そんな目線が向けられるベル・クラネルは、現在フィン・ディムナと戦闘中。その戦いを周囲が見守っている格好が、先程から続いている。

 

 

「フィン、お主また加減が薄れてきておるぞ」

「わかってるけどっ、これは、自然と力が入っちゃうよ!ガレスだって、そう、だったじゃないか!」

「はて何のことやら……」

 

 

 リヴェリアが二人にだけは正直に話した、20日間弱の予定。ガタッと椅子を鳴らして立ち上がった男二人はお目目キラキラであり、己も行くと言う感情を隠しきれていなかったのはつい先日の光景だ。

 なお、アシスタントとしてリヴェリアも行くために、ロキ・ファミリアが抱える業務処理が問題となるのは言うまでもないだろう。そこは50階層へ持ち込み、かつ例の彼に対して積極的にご協力願うという事で、“腹黒フィン”が顔を覗かせているのは必然なのかもしれない。もちろん、お礼は彼・彼女なりに考えている、らしい。

 

 一日目の朝一番でタカヒロがロキ・ファミリアを訪れた際に、リヴェリアが「鍛錬の間は自分も50階層へ行く」と口にしたのだが、青年としては「魔導士に指導できることはないぞ」との内容。魔法はからっきしのために、それも仕方のない内容だ。

 そんな言葉を受けたリヴェリアだが、恋する乙女はその程度で引き下がらない。二人だけだったこともあって馬鹿正直に「お、お前と一緒に居たいんだ」と羞恥の表情を全開にして口にしたために、開戦後即無血開城の結果となっているのは言うまでもないだろう。そんなことを言われては、その男が取り得る選択肢は“はい”か“Yes"か“OK”だけだ。

 

 

「クラネル君も、いつにも増して気合が入っていないかい!?」

「当然です!」

 

 

 確かに気合が入っているベルだが、理由の1つに新しくなったヘスティア・ナイフが挙げられる。かつて最初に手にした時もそうだったが、これ程の装備を与えられて無様な負けを見せたならば、向ける顔などオラリオのどこにもありはしない。

 この戦いは、ベル一人で行われる予定のモノ。しかし与えられた様々なモノ、それ等を背負って立ち向かうという、少年一人の戦いには収まらない。

 

 ランクアップしたことにより、“狡猾さ”と呼ばれる表現、小手先の技術にも輪がかかる。レベル4成りたてであるベル・クラネルとレベル6終盤のフィン・ディムナとでは絶対的な力に差がありすぎるために通じることは難しいが、それでも有効的な手法として確立している程のものだ。

 鍛錬ゆえに手加減に気を付けていたフィンであるものの、その表情には常に力が入っており、同格の者と戦うかのようで気軽さが見られない。相手は二刀流であるために、物理的な手数が2倍であることも1つの理由だろう。

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインが体験し、実のところ苦戦することが何度もあった、数多の手数。絶対的なアビリティの差を跳ね返す程の技術はオッタルの予測通り、少年がレベル4になったからこそ一段と高い次元で発揮されている。

 貰った武器と技術を存分に使い、例え2レベルの差があろうとも絶対に跳ね返すと言わんばかりに強い少年の負けん気が、相手に対して更なるプレッシャーを与えるのだ。紛れもない強者が纏う闘気を感じたフィンの背中にゾクゾクした興奮が沸き上がり、結果として、やはり加減が薄れてしまっている。

 

 自信があるこの一撃に対しては、どのように返すのだろうか。並みのレベル4では厳しいこの一撃に対しては、どのように立ち回るのだろうか。

 普通とは違う戦闘を目の当たりにし、完全に心は子供へと戻っている。そんな攻撃を対処しなければならないベルからすれば背伸びした鍛錬となって丁度いいために、ある意味では互いにWin-Winと言えるかもしれない。

 

 

 それでも、先ほどから連戦であるためにベルの体力は底をつきかけている。そろそろ休憩がてら、ポーションにて回復が必要となる頃だろう。

 足取りはふらつきを見せており、動きも鈍り始めている。今のペースが続いてしまえば倒れるだろうと感じ取ったフィンは、休憩の提案を投げることにする。

 

 

「クラネル君、そろそろ休憩を挟む頃じゃないかな?」

「どうしたベル君。先の59階層においても、その程度で動けぬと駄々を捏ねるか?」

 

 

――――そんなワケ、ありません!

 

 食いしばる歯と額に力を入れて作る、真剣な表情。深紅の瞳の奥で、当時の光景が思い浮かび再生される。もし今が同じ状況ならば、数秒たりとも倒れている余裕は何処にもない。

 少なくとも声を掛けた青年ならば、この程度で根を上げることは無いだろう。己がそうなりたいと焦がれるならば、今の発破に応えないと言う道はない。

 

 

「大丈夫かい、無茶はいけないよ」

「まだだ……まだ、やれます!」

 

 

 文字通りまだ動けるのかと、少し息が強くなってきたフィンは驚愕の表情に包まれる。掛けられた今の一言で先ほどよりも闘気が猛っており、最後の力と言わんばかりに一撃も更に重くなっている。迫りぶつけられる気迫を目の当たりにしてゾクリとした感覚が背中を駆け巡り、フィンは武者震いを確かに抱いた。

 ベル・クラネルの実力と限界は、青年が最も知っている。決してただの根性論ではなく、まだ微かな力が残されていることを見抜いたからこそ、最後に一度だけ鞭を入れるのだ。

 

 同時に、魂も一層の事強く光り輝いている。とうとう約一名の鼻部から赤い鮮血が垂れ初め、零れぬうちに、オッタルは素早くタオルを差し出した。

 それでも力は抜けてしまったのか、背中からバタリと地面に寝そべりピクピクと痙攣中。一番最初に発生した要救護者が応援役、更には座っていただけという、なんとも不思議な状況である。放っておけば、そのうち回復することだろう。

 

 

 やがてベルも限界を迎え、バタリとうつ伏せに倒れ込んだ。直前にフィンが支えるも息は荒く、回復魔法を準備していたリヴェリアと、惚気つつポーションを用意していたアイズが対応している。

 最終的にはアイズによる膝枕の上にて安静となっているのだが、それに気づく余裕すらも無いらしい。いまだ続く苦痛に歪むような表情が、辿り着いた限界の際どさを物語っている。

 

 己が鍛錬でそこに辿り着いたことがあるのかと、アイズを含めた近接職の四人は少しの冷や汗を浮かべている。答えは否であり、戦いに対する意識の違いを、ここにおいても思い知らされた。

 アイズも最近知ったことだが、ここまで追い込むのがベル・クラネルの“日常”である。そのことを耳にして流石に引いた様相を見せるフィン達だが、だからこその技術力と成長速度なのだと納得した。

 

 恐らくは師である者が出した指示だろうが、そんなことは関係ない。強くなるためにここまで己を追い込むことができる者は、オラリオにおいても片手で数えることができるか程度のものだろう。

 全力、という言葉。口に出すのは簡単ながらも、示すとなれば話は別だ。そんな光景を目の当たりにして、己も決して負けるものかと、冒険者としての意地が顔に出てしまっている。

 

 

「タカヒロ、さん」

 

 

 ふとアイズが声を出したのは、そんなタイミングだった。少し距離があるために大きな声で青年の名を呼んでいるのだが、これまた珍しい光景の1つだろう。

 

 

「ベルが、回復するまで……フィン、ガレスと、戦って、もらえませんか?」

 

 

――――アイズ、今夜はジャガ丸くんパーティー(じゃ)

 

 ガレスと同タイミングで子供じみた感謝の念が浮かんだフィンながらも、興奮した様相を隠せない。ガレスと共にソワソワしつつ、除け者となってしまって口を半開きながら眉が下がっているオッタルを視界の端に捉えつつ無視を決め、タカヒロに視線を送っている。

 なお、アイズとしては青年の優しさを知っているからこそ口に出した格好である。以前にフィン達が口にしたことを覚えており、休憩中でもベルの役に立つならばと考えている。

 

 そんな言葉を受けたタカヒロは、「構わんぞ」と言葉を返して2枚の盾を取り出した。ふと絶望顔の猛者が視界に入り、混ざりたいならば混ざればいいと言葉を掛けている。その言葉で猛者はすぐに復活、チョロい中間管理職である。

 

 と、いうことで、まさかの番外編の戦闘が開始されようとしているわけだ。フィン、ガレス、オッタルの3人は得物を構えて一か所に集まっており、武者震いと共に各々の得物を構えている。

 ベル・クラネルのあのような姿を見せられたからには、己達もまた限界まで追い込む意気込みを見せている。故に動きの全てに加減という文字はなくなり、結果として最も実践向けの鍛錬ができるのだ。

 

 

「さーて、フィン、そして猛者よ。あの鉄壁、お主たちならばどう崩すか」

「大地に天高く(そび)え立つ山脈だ、如何なる手を使おうが崩せない。俺は精々、持ち得る全てをぶつけるまで」

「崩せないと分かって正面からぶつかる、か。それは何故だい?」

「あの男は、応えてくれる」

 

 

 戦ったことがあったのかと、ガレスは驚いた様子で質問を飛ばしていた。9階層の事情こそ語られないものの、タカヒロも相手をしたことは認めている。

 当時における結果こそ語られないが、先ほどのオッタルの言葉から容易に想像ができるものだ。そしてフィンは、かつてオッタルが口にした「上を知った」という内容が、タカヒロと戦ったことと繋がっている。

 

 するとオッタルは、顔をベルの方へと向けた。既に上体を起こしていたベルだが疲れは隠せておらず、回復にはまだ時間がかかるだろう。

 それでも寝そべらないのは、繰り広げられる戦いを見るがため。少しでも己の参考になるところが目に出来ればと、少年は、ひたすらに貪欲なのだ。

 

 顔を向けたオッタルだが、どうやらベルに対して話がある様子。顔だけではなく身体もまた向けており、視線が合ったベルもまた、表情に力を入れて見返した。

 

 

「ベル・クラネル。強者との鍛錬で重要なことは、全力で試すことだ。互いに死ぬこともなく、相手が応えてくれることで己の弱点や問題点も露呈する」

「はい」

「その点において、力ではなく技にて応えてくれるお前の師は、教育者として理想的だ」

 

 

 ええ、本当です。と口には出さないが、ベルは口元を緩めてオッタルと視線を交わす。相手もまた珍しく似たような表情と成り、オッタルは表情を戻してタカヒロに向き直った。

 ところでベルは、以前にタカヒロが「猛者のような戦い」に焦がれていたと口にしていたことを思い出す。何のことかと、このタイミングで師に対して問いを投げた。

 

 

「初めて剣を交えた際、そこの男が主神に向ける想いを知って自分もまた成長した。あれ程の見事な覚悟を自分も抱けたらなと、密かに焦がれていたのだよ」

 

 

 予想外の言葉だった。当該者であるオッタルは即座に顔を背けてしまい、その動きによって全員のヘイトを集めてしまう。

 己が背中を追う戦士に認められ、べた褒めとなった、己の中にある1つの想い。ようは、フレイヤに対する想いを褒められて照れているのだ。

 

 

「あら。オッタルったら、照れてるわね」

「おりません」

「うそ、少し顔が赤くなって」

「おりません」

「……本当に照れて?」

「おりません」

「必死になっちゃって、かわいい」

「ありがとうございます!!」

 

 

 少女のように微笑むフレイヤに賛美の言葉を掛けられ、オッタルは深いお辞儀でもって返事をした。また、それを口にしてくれたタカヒロに対しても、同じことを行っている。

 どうにも、鍛錬と言えど戦闘とは程遠い状況だ。鍛錬はいつ始めたものかと悩むタカヒロながらも、この流れは終わる様相を見せていない。

 

 

「気を付けろよ猛者。この馬鹿者は、時たま思ったままを口にする。それがどれだけ恥ずかしいような台詞であっても、だ」

「あら、言われたような顔をしてるわね」

「そ、そんなことは……」

 

 

 煽るような半目の表情で放たれたフレイヤのツッコミに対して間髪入れずに反応するリヴェリアだが、事実であるために言い返せない。顔を少し赤らめてぐぬぬと言いたげな表情で顔を背けてしまい、ここに戦いは決着した。

 

 

「それにしても、アイズから聞いたよクラネル君。アポロン・ファミリアの連中に、小ばかにされたんだってね」

「ええ……まぁ、僕のことはどうでもいいんですけど、他の人のことは絶対に許せないですね」

「ん、他の人の悪口?それは誰だい?」

 

 

 ベルが口をつぐんだので、フィンはアイズの方に目をやった。すると彼女と共にリヴェリアが視界に入り、こちらもまた激怒の一歩手前の表情を見せている。

 理由は、ヘスティア・ファミリアにおいてベルが覚悟を口にした後のことだ。ベルが傷ついていないか心配になって「何を言われたの」と口にしたアイズに対し、ベルが正直に答えた内容である。

 

 

「リヴェリアも……あのあと、怒ってたもんね」

「っ!?」

 

 

 そして秘密にしてもらったはずが、まさかの愛娘が起こした謀反である。実はヘスティア・ファミリアでは我慢していたものの、タカヒロを小ばかにされた事に対して彼女もまた“げきおこ”であり、帰りの道中において怒りをあらわにしていたのだ。

 ともあれ青年目線においても今のリヴェリアが怒っているのは事実のようであり、このまま放置しては暴走しかねない恐れがある。そこでタカヒロは、相変わらず表情には出さないが嬉しさと感謝を、素直ではない言葉で表現するのであった。

 

 

「なんだリヴェリア。あの戯言程度は気にする事でもないだろうに、自分の為に怒ってくれていたのか」

「当たり前だ!アポロン・ファミリアの連中は、お前を“大したことがない”と小ばかにしたんだぞ!?」

 

 

 そんなリヴェリアの激怒した台詞に対し、挑戦者三人の「は?」という言葉が見事にハモった。

 数秒の空白ののち、それぞれが思ったことを口にする。奇遇にも、それは三人共に一致しているようだ。

 

 

「……ガレス、ちょっとリヴェリアと一緒に()らなきゃいけない用事を思い出したよ」

「奇遇じゃなフィン、ワシも同じじゃよ。ちょいとファミリアの者も呼んでくるわい」

「待て、俺も忘れるな。フレイヤ様、申し訳ございませんが数分ほど暇を頂きます」

「いいわ、生きて帰しちゃダメよ?」

「私も、混ぜて」

 

 

 最後の二人はベルに対する暴言への怒りであり、各々が具体的に誰に何をどうするとは言わないが、「殴りに~()こうか~」となっていることは明白である。さっそくタカヒロが口を挟んでおり、「ベル君の戦いに水を差すな」と楔を打ち込んでいた。

 その言葉で全員が咳払いをして平常心に戻り、場は先ほど対峙した光景へと戻ることとなる。2枚の盾を手にしたタカヒロは雰囲気の区切りを見つけ、少し腰を落として構えを見せるのであった。

 




ストッパーがないと、最低でもこの連中が敵に回るというアポロン・ファミリアの現状。

汗汗しいので序盤に砂糖、最後にコミカルさんを挟んでおきました()


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105話 戦士達の鍛錬(2/3)

 話が脱線したものの、しかしコミカルな雰囲気もそれまでだ。二枚の盾を持つ戦士が僅かに盾を掲げて腰を落としただけで、場に漂う空気が一変する。

 フレイヤとリヴェリアを含めた4人の観戦者の表情にも力が入り、バトルフィールドを見据えている。足を伸ばして座っているベルも、正座を崩しているアイズに後ろから手をまわされて支えられつつ、それが気にならぬ程に集中した。

 

 三対一。更に三人側は、オラリオ屈指の強さを誇るレベル6が二人と、孤高と言えるレベル8。その三人がパーティーを組んだだけで、大抵のファミリアは滅ぼせてしまう程。

 だというのに三人に流れる冷や汗は、その量を増やしている。実際に対峙してこそ分かるが、相手が加減してくれていると知っているはずなのに、勝てると言う気配が微塵にも浮かばない。

 

 

 それでも、あのベル・クラネルを目にしたならば、気持ちの段階で負けることは許されない。恐怖を振り払うかのように雄叫びをあげた3人は、僅かにタイミングをずらしつつ、突撃を行った。

 先頭はオッタル、それにフィンが続き、ガレスが最後尾。この点は敏捷の数値も影響しているが、フィンが間に挟まることで、小回りの良さを生かすのだ。

 

 

「っ!?」

 

 

 攻撃が通じないことは予測通りだったが、振り下ろしとなったオッタルの一撃が地面に直撃するまで“加速する”ことになるとは想定外だ。故に刃は地面に深く突き刺さり、続けざまの行動が迅速に行えない。

 しかしながら最大の問題はそれではなく、体格のいいオッタルを“盾”にするかのようにして留まること。その隙にタカヒロが何度の攻撃を浴びせることができたかと考えれば答えは容易く、加えて続くフィンとガレスの突進を無効化してしまったのだ。

 

 さっそく一区切りとなり、オッタルは光景を思い返す。盾の曲面に刃を添わせ、峰の部分に達したならば、上から押し込むようにして振り下ろした先ほどの防御術。凄まじい力で地面へと突き刺さった剣では容易に対応はできず、タカヒロの身体は振り下ろされた剣の柄側へと回り込んでいるために実質的に使用不能。

 最初の目論見が見事に潰されたものの、だからと言って諦める三人ではない。試せると判断すればアレよコレよと次々と技を繰り出し、対峙する戦士は技にて応える。

 

 

「これは――――“こうしろ”ってことだね、タカヒロさん」

「そこは君が吟味しろ。示したのは一例であって、戦闘において唯一の正解は存在しない」

「なるほど、手厳しいが……望むところだ!」

 

 

 例えば囲碁においては、指導碁と呼ばれる打ち方がある。指南役がわざと隙を作って相手にそれを発見させることで、“このような技法もあるのだぞ”と実戦的に諭すのだ。

 相手が上手い指南役となれば、それこそ指導されていることに気づかずに、いつもより調子が良かったと感じる程のものがある。自分はこれだけ出来るのだと、自信を持つことができるのだ。

 

 タカヒロが行っているのも、ベクトルとしては同様である。青年が手加減していることは伝わっている3人ながらも、普段よりも己は良く動けていると感じており、疲れるものの気分が良い。

 そして、今までに知らなかった手法の数々に気づかされる。それがかつて見たベル・クラネルと似た技法であると気づくのに時間はかからず、己が高みへと昇る為に、体力の限度を気にすることなく全力で刃を交えている。

 

 

 そのうち復活したベルも参戦しており、青年に挑む男4人の特徴がハッキリしてくる。その中で最も小手先の技術が上手いとなればベルだが、戦闘経験量の差だろうか、最も応用が効いているのはフィン・ディムナだ。

 技術の引き出しはさておき、小手先の柔らかさでいえば、彼はベルを上回るものがある。本人を直接褒めれば、“年の功”とでも返されることだろう。戦闘の中に居た時間が永い為に成せるものであり、間違いではない。

 

 指南役も含めた5人の男は、相手する人物・人数を変えて、様々な戦いに挑んでいる。ソロだけではなく一対二、逆に二対一を経験することで、ベルを筆頭に全員の技量が引き上げられているのだ。

 アイズも強くなるために参戦しており、挑む側のフィンやガレスが疲労で倒れる事も珍しくはない。教える側も危険を感じ取れば直ちに身体を張って戦闘に割り込み中断しているために、万が一が起こることもないだろう。

 

 

「クラネル君は左から差し込んだよね。今の一連の流れ、どう思った?」

「相手が師匠ですから対応できただけでしょう、悪くなかったと思います。差し出がましいですが、もしくは今の場面でしたら……」

「なるほど、それも良い」

「試してみたいな。ガレス、一度受けてみてくれないかい?」

「良かろう、相手になるぞ」

「じゃあ、オッタルさんはそっちからお願いします」

「ああ」

 

 

 そしてタカヒロが口にした、しっかりと検討することも忘れていない。あくまでも理論上での話ながらも、“そう捉える者もいる”ことを認識することで、理解する輪を広げるのだ。

 馬鹿正直に身体を動かすのも大事な鍛錬となるのだが、考えることも大事。様々なパターンを論理的に考え理解することで、ここ一番の動きが咄嗟に行えるというのがタカヒロの持論だ。

 

 そんなアドバイスを受けたために、アイズも交じって「ああだ、こうだ」と色々と議論中。言葉にするのが得意ではないアイズについてはベルがフォローするなど、何気に親密な関係も見せている。

 

 

「タカヒロ、そろそろ時間だぞ」

 

 

 議論もしばらくした時、タカヒロはリヴェリアの言葉に対して頷くことで返事とした。そして色々と鍛錬中のメンバーに声をかけ、昼食を兼ねた休憩を指示している。

 食事についてはタカヒロが総菜屋へと事前に発注しており、朝一で受け取ってから50階層へと訪れている。やや消化が良いモノで構成されており、栄養バランスも完璧、とまではいかないが一通りは網羅しているという抜かりなさ。

 

 個人の好みは分からないために味付けや品物は無難なものに収まっているが、それは仕方のない事だろう。今後はフレイヤとフィンそれぞれが、何か一品を持ち込むらしいと口にしている。

 フィンについてはタカヒロが「ロキ・ファミリアの食材を使って良いのか?」と問いを投げている。そしてフィンの回答としては、実はこの鍛錬はロキも知らないという秘匿具合のようであり、フィンもまた総菜の類を持ち込む手筈でいるようだ。

 

 ちなみに、主神に対して何をしているのか秘匿中なのはヘスティア・ファミリアも同じである。“鍛錬する”という内容“だけ”は包み隠さず伝えているだけに、ヘスティアもまた納得してしまっているのが現状だ。

 続いてフレイヤからの弁当持ち込み発言があった際、あからさまにオッタルが顔を背けた点をタカヒロの洞察力が見逃すはずがない。コッソリと聞いてみると青年もまた表情を歪め、昼食はこちらで手配すると押し切った。此度の鍛錬における、一番の英断であることは間違いない。

 

 

 食後、一時間ほどは仮眠もしくは座って休憩するようにタカヒロから指示が飛んでいる。各々はそれに従っており、フィンはタカヒロの横に腰かけて軽い雑談を行っていた。

 

 ベルは鎧を脱いでタオルで身体を拭くと、さっそく昼寝を行っている。いつかの鍛錬の成果なのかどうかは不明ながらも、起きている時よりも体力を回復させることができるだろう。

 しかし火照った身体というのはそう簡単に冷えないものであり、やはり寝苦しいのか少し歪んだ表情となってしまっていた。そんな顔を見てオロオロとしているアイズの横で更にオロオロとするフレイヤに対してオロオロするオッタルという、妙な構図が発生している。

 

 そこでタカヒロは、悩める少女アイズに団扇(うちわ)に似た何かを手渡している。ティンときたアイズは正座にて地面に座ると、ベルの頭を膝に乗せようと――――考えて、起こすと悪い為に我慢した。

 

 かつて“人形姫”とまで言われた、表情薄くリアクションも皆無な一人の少女。そんな彼女が、新しい素材を見たヘファイストスよりも生き生きとしているのは気のせいではないだろう。

 見せる表情は少女、ごく一般的な町娘のソレであり、そんな彼女へと時たま目を向けるリヴェリアもまた表情を緩めている。自分の分の団扇(うちわ)は無いのかと言わんばかりに頬を膨らませて抗議中な美の女神については、残念ながらオッタル以外は気に留めていない。

 

 

「微笑ましいね」

「まったくだ。この書類が無ければ、愚痴を零すことも無いのだが」

「り、リヴェリア」

「タカヒロ、一緒に頑張ろう!」

「……」

 

 

 ダンジョン50階層とは思えない穏やかな時間が過ぎるも、一時間とは意外と早いものだ。鍛錬再開の合図が出され、ベルも背伸びをして表情を整える。

 午前中とは打って変わって、今度は一対多数の鍛錬へと移行するようだ。フィン、ガレス、オッタル、そしてアイズとリヴェリアまでもが、レベル4程度に加減しているもののベル・クラネルに襲い掛かることとなる。

 

 

 襲い掛かると言っても、変な意味ではない。剣と剣が交わる、純粋な鍛錬である。

 

 

 戯言はさておき、ベル・クラネルからすれば全員が2レベル以上格上という難易度アルティメットな状況である。こうして対峙すると威圧に押されるが、負けじと目に力を入れて駆け出した。

 まず潰すべきは、明らかに魔導士。とはいえ、それは相手も分かっていることだろう。

 

 リヴェリアの護衛にはアイズがついており、たとえ男三人を突破したところで難しいものがある。そして、どのように突破するかを考えている余裕はない。

 目の前から戦士3名が迫っており、既に至近距離にきているのだ。マトモに相手をしていては、魔導士に付け入るスキを与えてしまう。

 

 そのへんの有象無象ならば、強引に突破することもできるだろう。しかし加減しているとはいえ、相手は全員が強者の類。

 真正面からぶつかっては、己のスタミナも大きく減る。故に――――

 

 

「おおっ!」

「むっ」

「やるではないか!」

 

 

 ベル・クラネルが選択したのは、突撃からのバックステップというフェイント行為。相手の攻撃を“わざと”一か所に集めて、理想的な一振りで明後日の方向へと受け流す。

 バランスの崩れた三名を確認して間髪入れずに全力で脇をすり抜け、敵の後衛へと突撃する。手に力を込めて迎撃の構えを見せるアイズだが、その覚悟すらも打ち消す驚愕の状況が作られた。

 

 

「っ!リヴェリア、下を避けて」

「わかった」

 

 

 ベルが選択したのは、ナイフ二本による高速の投擲。それぞれ魔導士の左胸元と右膝を狙っており、“レベル4程度の反応速度ならば”両方を防ぐことはできないだろう。

 故にアイズは、次の攻撃に備えやすい上方の迎撃を選択。下側の回避についてはリヴェリアとしても理想的であり、彼女は上段の迎撃をアイズに任せて詠唱に集中する。

 

 

 が、しかし。相手はアイズをよく知るベル・クラネル、そして持ち得る狡猾さは少年の師匠のお墨付きだ。

 この迎撃も、そして相手が取りえるであろう回避行動。それらもまた少年の想定の範囲内というわけであり、わざと左胸元とは別に“魔導士の視点から回避しやすい右膝”を狙ったワケだ。

 

 

「なっ!?」

「しまっ――――!?」

 

 

 油断、決して驕りではない。アイズとリヴェリア、双方が理想的な選択肢だったと言えるだろう。

 しかし、想定にしていなかった。まさか左胸元を狙った投擲のナイフ、その一本目のすぐ後ろに“二本目”が隠されているなど、まったく想定にしていなかった。

 

 鍛錬とはいえ、ナイフが持ち得る殺傷能力は変わらない。ヴェルフ・クロッゾが作り上げたナイフはアーマーはともかくバトルクロス程度ならば容易く切り裂き、レベル6とはいえ魔導士ならば奥深くに突き刺さることとなるだろう。

 そんな状況だというのに、ベル・クラネルは全くもって慌てない。そんな様相に困惑するアイズだが、自身は二本目の迎撃に間に合わない。リヴェリアもまた予想外もいいところで、回避することはできないだろう。

 

 

「……分かってましたけど、ヒヤヒヤしますね。対応ありがとうございます、師匠」

「気にするな、仕事の内だ」

 

 

 突如として魔導士の前へと差し込まれる、くたびれた黄金色の一枚の盾。突破どころか傷一つつかない状況にぶー垂れるベル・クラネルだが、そこは装備単位で地力の差があるので仕方がない。

 突進スキルで瞬くよりも早く距離を詰め、状況を処理したというわけだ。もちろんリヴェリアには傷一つついておらず、今回の戦闘はここで一旦終了となっている。

 

 

「ともあれ、見事だベル君。一応聞いておくが、投擲したナイフはどうするつもりだ?」

「そうですね、このメンバーですと……アイズさんとの戦闘中になんとか回収して運用するぐらいしか、方法が思いつきませんね」

 

 

 曰く、ともかくジリ貧を回避するために魔導士を潰すことを優先としたらしい。

 曰く、直感程度ながらも最初の三人が距離を詰めるたびに加減を緩めていた気がして短期決戦に持ち込むしかなかった。

 曰く、師匠が何とかしてくれると信じてヤッチャエ精神で仕込みの投擲を実行してしまいましたごめんなさい。

 

 二つ目についてはタカヒロも眉を歪めかけていたことであり、身体は大人・心が子供なオッサン三名にはお叱りが必要かと思っていた程だ。三つ目については信用してくれているということで嬉しいものの、自分の仕事だと認識している。

 

 今回ベルの相手として集まってもらった、男三名。ベルよりも強さが上である者との鍛錬は、少年にとって実力を伸ばすのに最適と言える一つの環境である。

 しかしそれは強い者が相手の為の戦い方をするという前提条件の元に成り立っており、強さをひけらかして圧倒するだけでは何の鍛錬にもならないのだ。収穫がゼロということはないだろうが、効率が悪いのは事実だろう。

 

 

「そうか。ならば、次に加減を誤った者に対しては……自分との鍛錬の時に、同じ処遇をくれてやろう」

 

 

 そんな発言を耳にしてギクリとする三名ながらも、図星であるために各々が明後日の方向に向いていた。あからさまに口笛を吹いているフィンが、最も不審者と言えるだろう。なお、音程もキッチリしており妙に上手い。

 

 

 ともあれ釘を刺された面々は、その後はキッチリとレベル4程度での立ち回りを遂行することとなり。ベル・クラネルの鍛錬を中心としたブートキャンプは、充実した時間となって流れてゆく。

 

 




・小ネタ
ベル君がやった突撃からのフェイント→63話


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106話 戦士達の鍛錬(3/3)

 鍛錬が始まって、5日程した時。たまたま朝練で出会ったアイズの技量が上がっていることに気づいたベート・ローガが問いを投げた時に、アイズはポロリと鍛錬のことを漏らしてしまう。慌てて手で口を塞ぐも、すでに遅い。

 もっとも、例の一般人との模擬戦が影響している点は微々たるもので、大半はベル・クラネルと戦っていたことによる“引っ張り上げ”が原因だ。今のアイズは、着実に技術力を身に付けている。

 

 ともあれ、その鍛錬にあのベル・クラネルも居るということで話を聞きつけ急遽参戦。基本は短剣を使うながらも手足を使い戦う者であるために、これによってベルの技量も新しい成長を見せ始めていた。

 

 ナイフと短剣の違いこそあれど互いに二刀流であり、戦闘スタイルもまた双方ともに手数重視。持ち得る狡猾さはベル・クラネルが上回るも、流石に2レベルの差があるためにベルが勝つことはできていない。

 それでも、相手に深い息を吐かせることはできている程だ。ベートからすれば少年の成長をひしひしと感じ取っており、もはやライバル的な存在として認識されてしまっている。

 

 そんな新しい訓練の日々もあっというまに過ぎており、戦争遊戯(ウォーゲーム)まで残り五日。二日に一度のペースで組み手を行っているベートとベルだが、今日はベートが何かしら感じる所があったらしい。

 もっとも、どこぞの一般人よろしく捻くれているのがベート・ローガだ。故に素直に言葉には出さないものの、相手を認めることは忘れない。

 

 

「おいクラネル。少しはやる、じゃねぇか……」

「くっそー!来月には倒せるようになりますからね、待っててください!!」

「……やりかねねぇのが、こえぇな」

 

 

 ベートが履く靴は“フロスヴィルト”と言う名前である特殊武器の一種であり、相手が放った魔法を一時的にストックして攻撃力に変換する。流石にリヴェリアクラスのモノとなると吸収しきれないが、ベルが使うファイアボルトは綺麗に無効化されていたのだ。

 いくら無詠唱とはいえ、相手は速力に長けている。故に手札を1つ封印されてしまったも同然であり、厳しさは一入(ひとしお)だ。

 

 なお、アイズからすればベートが「クラネル」呼びしていた点に焦点がいってしまっている。何があったか知らないために、何事かと一人混乱した様相を見せているのは仕方がない。

 夕焼け照らす浜辺を走るベート・ローガ、それを追いかけるベル・クラネル。さざ波の音をコーラスに「ついてこい!」と叫ぶベートに対して、ベルは先ほどの言葉で答えているかのようなシチュエーションが脳内で形成されてしまっている。

 

 とどのつまりは、ベートにベルを取られちゃう。そんな様々な意味でアブナイ感情でファイナルアンサーとなったアイズは、とある人物に言葉を投げた。

 

 

「タカヒロさん。ベルの仇、お願い」

「おい待てアイズ!冗談だろ!?」

「了解した、加減無しで相手しよう」

「おいいいいい!?」

「案ずるなベート。タカヒロはああ言っているが、致命傷で済むように加減してくれるさ」

「大丈夫じゃねぇだろそれ!!」

 

 

 娘の要望に応える父は、ガチャリと鎧を鳴らして前に出る。もちろんこれがネタの類であるとタカヒロ含めて分かっている周囲ながらも、そこそこの殺気を向けられているベートからすれば全く洒落になっていない。

 己が全力を出せる状態ならば千里譲って戦いになるかもしれないが、ベルとの戦闘で消耗したならば満足に打ち合うこともできないだろう。オッタルからまさかのエリクサーを投げ渡されたベートは使用して果敢に立ち上がるも、今までと同じく勝てる気配は全く見えない。

 

 しかし、それでも。この男と戦うことで己の技量は上がっているのだと、容易に分かるのが実情だ。毎日が夜遅くまで続けられており、眠る時間を惜しんで一度だけロキにステイタスを更新してもらったところ今までではあり得ない程に伸びているために、今の流れについては色々と文句はあるが打ち合わない選択は在り得ない。

 ましてや此度においては、相手から出てきてくれているのだ。先ほどの加減無しという文言がどこまで本気なのかは分からないが――――

 

 

「戒められし、悪狼(フロス)の王――――」

 

 

 故に、出し惜しみは一切しない。例えそれが己の過去の戒めとなる禁じ手の魔法であっても、全力を見せて相手に応える。

 

 ベートが使える唯一の、しかし自らが封印したその“魔法”。全てを失った己の過去を体現するかの如き詠唱に全員が耳を傾け、真剣な表情でベートを見つめる。

 彼の過去を知らずとも、いかに過酷な屍を乗り越えてきたかが分かってしまう程の詠唱文章。背中に圧し掛かる大きな積荷は、第三者程度の者では計り知れない。

 

 だが。その荷もまた、他ならない目の前の青年が少しは降ろしてくれたモノだ。

 恐らくは一生を掛けて背負うであろう、過去の荷物。しかし積み荷と向かい合う様相は一変しており、もはや、それが足かせとなることは在り得ない。

 

 身に纏う炎の強さは、彼の心を現わしているかのような様相だ。タカヒロに対して己の魔法の効能を説明したベートだが、これは“受けた”魔法を吸収して強くなる類であるために魔法攻撃がなければ始まらない。

 纏う炎には魔力と損傷を吸収する効能があるものの、完全に被ダメージを無効化できるモノではない。また、味方の防御魔法や回復魔法すらも破壊してしまうために、大きなデメリットを併せ持つ。

 

 同様に、魔法を使わないタカヒロが敵ならば、最も相性が悪い魔法の1つと言えるだろう。それでもベートが魔法を使ったのは、少しでも己が強い状態で手合わせをするためだ。

 故に相手の覚悟に応えるには魔法による強化が必要かと、タカヒロはベルに対して、ベートに向かってファイアボルトを打つよう命令している。ベートもポーションを用意して了承したために、何故だか笑顔のベルから試し打ちが行われることとなった。

 

 

「ファイアボルト、ファイアボルト!ファイアボルト!!」

「なんで嬉しそうなんだよオイ!」

「さっき負けた八つ当たりです!」

「手伝うよベル、目覚めよ(テンペスト)――――」

「――――閉ざされる光、凍てつく大地」

「ベート、魔剣の力も使うかい?」

「ワシも魔法(物理)で手を貸すとするかのぅ」

「エリクサーなら、まだまだあるぞ」

「ホント容赦ねぇなテメェ等!?」

 

 

 やる気は十分なベートながらも周囲の()る気も上がっており、初めて見るベートの魔法に興味津々の状況だ。どこまで耐えられるのかが気になっているようだが“受けた”魔法こそ吸収するもののいくらかのダメージは通るために、戦闘前にベートが屍と化してしまうだろう。

 流石にファイアボルト程度で実験は終了するも、傍から見ただけでも気配が違う。纏う炎は一層のこと猛っており、今のベートならばオッタルといい勝負をするのではないかと思えてしまう程のものだ。

 

 

「――――そうか。では此方も、少し加減を緩めよう」

 

 

 なお、気配が変わるのは此方も同じ。星座の恩恵の一部を有効化しただけで、全員の目が見開いた。報復ダメージこそ危険なために有効化しないが、それでも持ち得る戦力は今までを大きく上回る。

 

 大人げないと思うベルながらも、かつてのカドモス戦で目にした姿とは程遠い事を思い出す。故に己に宿るのは恐怖ではなく武者震いであり、いつかあの姿に追いつかんと、抱く気持ちは既に青天井。

 そんなベルの顔を目にして、だらしなく表情が緩むアイズ。誰のどんな色の魂を見たのかは不明だが引きつった笑いを見せるフレイヤに対して困惑するオッタルなど、色々と連鎖が行われているのはご愛嬌だろう。

 

 

 ともあれ状況は整い、戦闘が開始された。地面に小さなクレーターを作り加速するベートは、双剣を突き立てるような突進術を見せる。己の中における最も長けている脚力を存分に生かす、過去最高の一撃と言って良いだろう。

 それでも、相手には通じないと予測している。速度だけならばオッタルを軽く上回る一撃ながらも、相手は瞬時に盾を使って後方へと受け流してしまった。

 

 その点についてはベートも想定しており、本当の狙いは足技だ。速度が乗った領域から脛の部分に蹴りを入れつつ、反動を使って大きく距離を取る戦法だ。

 ヒット・アンド・ウェイ。これでまた、先程の突進にしろ別の技にしろ、様々な戦法が―――――

 

 

「っ!?」

 

 

 そう思ったベートの目の前に一瞬にして現れ、速度が乗った盾の一撃が見舞われる。“堕ちし王の意志”ではなく手加減された突進スキル“ブリッツ”であるために威力は最低ランクながらも、あまりの速度に防御に徹する余裕が全くなかった。

 予定の数倍の距離まで後退したベートだが、息を荒げつつ今の一撃を思い返す。己の突進に対して“特徴のある”突進術で返されたために比較することとなり、いくつかの改善点らしき個所がハッキリと分かっていた。

 

 

「ッオラア!!」

 

 

 故に行うは、早速の反復練習。一度受け流された技であるために効かないことは分かっているが、試したくて仕方がない。それは、一連の攻防を見ていた周囲もまた同様と言って良いだろう。

 “ここを直せ”と言わんばかりの特徴的だった一撃に気づかぬ程、ベート・ローガは愚かではない。その全てを修正して放たれた一撃は、明らかに先ほどよりも速度が乗っており威力も上位だ。

 

 百聞は一見に如かず。実際に見たからこそ分かりやすいものがあり、ああだ、こうだと口にする手間も省けている。改善の一撃とはいえやはり通じる気配がないながらも、ベートからすれば、そんな事はどうでもいい内容だ。

 双剣はさておき蹴りなどの打撃系となれば疎いタカヒロながらも、応用で何とかならないかと色々試しつつ相手をしている。それもまた、青年にとっては立派な勉強となるモノと言えるだろう。

 

 そのあとは、復活したベルとの再戦やオッタルなどとも組手を行うなどして、時間はあっという間に流れていく。回復した体力は瞬く間に消え、乾いた傍から汗を流している状況ながらも、リヴェリアが用意した水筒などによって戦闘続行は可能な環境が作られているなどサポート体制も万全だ。

 

 

 レベル、派閥、種族、年齢、それら敷居の一切を取り払い。武器を取り戦う男たちとアイズは、互いを磨きあげながら見果てぬ高みへと目指して昇っているのだ。

 フレイヤにとっては、どうにも眩しすぎて直視できない一歩手前の光景と言えるだろう。それでも高みへ上ろうと足掻く者達の魂は美しく、垂れてくる鼻血を我慢しつつ、しっかりと瞳で追っている。

 

 球の汗を流し倒れる程に己を追い込む戦士たちの鍛錬は、最終日においても、本来ならば就寝となる直前の時間まで続くのであった。疲れ切ったそれぞれがリフトを抜けて各ホームへと帰還するも、各々の表情は達成感に満ちている。

 

====

 

 一方こちらは、アポロン・ファミリアに属する一人の少女。黒色と藍色の中間となる色で腰までの長い髪を持つ、おしとやかな少女。

 時たま“予知夢”を見ることがあり、その的中率は恐ろしいことに100%に近いものがある。此度も予知夢らしき夢を見て口にしたものの、何故だか誰にも信じてもらう事はできないのだが、今となっては慣れたものだ。

 

 

 いつかホームで開催された神の宴の翌日から毎日見ている今回の夢は、予知夢というよりは悪夢そのもの。アポロン・ファミリアの全員に対して“ちっちゃくて可愛い白兎”が牙を剥き出しにしており、戦闘開始直後から瞬く間に蹴散らされるという内容だ。

 見た目との齟齬が凄まじい、危険な兎。彼女がよく知る仲間達が挑みかかるも誰一人として通用せず、風が吹き抜けたかと思えば勝敗は決している格好である上に、問題点が一つある。

 

――――みんなを倒す速度が、早くなってる……!?

 

 最初に見た悪夢の時よりも、その白兎は明らかに「強く」なっているのだ。小手先の技術についてはあまり詳しくない彼女ながらも、目に見てわかる程のステイタス変化が生じていることは伺える。まるで、飛躍と表現できるほどの成長速度だ。

 

 

 輪をかけて問題なのが、その白兎よりも遥かにヤベー何かが遥か後ろに見えていたということだろう。「ソウビ、オイテケ……」と呟き続ける存在は、控えめに表現してアポロン・ファミリア程度では手に負えない、それこそ厄災クラスであることはハッキリとしている。

 

 かれこれこの悪夢も14日目に突入している皆勤賞となっているのだが、今のところその影は一人のサポーターらしきパルゥムを狙っているようでアポロン・ファミリアの面々とは敵対していない。

 しかし、そんな悠長なことも言っていられないだろう。例えあの白兎を突破したところで、この厄災クラスの存在が待ち受け、立ちはだかることは言うまでもないだろう。

 

 

「ハァ……ハァ……なん、なの、“アレ”は……」

 

 

 夢の最後には毎度の如く“太陽”が超新星爆発を起こしているのだから、それが何を指し示すかとなれば想像に容易い。汚い花火だとか、そんな悠長なことは言ってられない。

 夢の結果は、毎回すべて奇麗に同じ。今日もまた成すすべなく蹂躙されて倒れていく仲間達の絶叫が脳裏に響き、少女は今朝も寝汗びっしょりの姿で目を覚ますこととなっている。

 

 

 暫くは大規模な遠征を予定していないために、これが戦争遊戯(ウォーゲーム)における結果であることは予測できる。とはいえ相手はレベル2が一人と冒険者登録をしていない男一人のファミリアであるために、自分自身ですら予知夢の内容を疑った程であるのは仕方のない事だろう。

 一応ながら主神アポロンに対して報告は行うも、ヒュアキントスはもとよりアポロンにすら信用されない。二名曰く、ヘスティア・ファミリアがどこかと連合軍を組んでいる動きはなく、逆にこちらは守銭奴であるソーマ・ファミリアの団長を買収して手を組んだために安泰と返された程だ。

 

 

 ちなみにヘスティア・ファミリアについて言えばガッツリと鍛錬が行われているというのが真相だが、アポロン・ファミリアにとってフレイヤ・ファミリアはノーマーク。ロキ・ファミリアについてはヘスティア・ファミリアと仲が良いとのことで警戒していたが、普通にダンジョン探索に明け暮れていたりと戦争遊戯(ウォーゲーム)の準備とは程遠く、外部的な動きは一切無いのが現状だ。

 

 それもそうだろう。鍛錬組については、まずタカヒロがヘスティア・ファミリアでリフトを開いてベルを50階層に輸送。MAP画面で教会周辺に散らばる斥候らしき存在は把握しているために死角ルートからロキ・ファミリアへと行き、そこでリフトを使用。

 最後に同手順でフレイヤ・ファミリアへと向かい、リフトを使っているというのが真相である。三日に一回程度の頻度でベルがダンジョンに潜ってから追っ手を撒いてリフトを使っているあたり、用意周到にも程があると言うものだろう。斥候曰く、ダンジョンは複雑怪奇であるために、見失っても仕方ないのだ。

 

 なおタカヒロからすれば、ロキとフレイヤ・ファミリアについてはベルの鍛錬相手になって貰っていると言うことで出向いているだけに過ぎない。結果として全てのファミリアの戦力が底上げされているのだが、それは結果論の話である。

 

 

 ともあれ先述の通り、何故だか未だに理解不能ながらも、誰一人として彼女が見た予知夢を口にしても“信じない”のだ。神ですらも例外なく発生しており、もはや呪いの類ではないかと彼女も諦めているのは仕方のない事だろう。

 しかしこの通り、報連相(ホウレンソウ)はシッカリと行った。自分の予知夢を信じる彼女はコッソリと有り金の大半をヘスティア・ファミリアの“馬券”に突っ込んだのだが、結果が分かるのはもう少し後の話である。

 




キャラとしては拾いきれないので名前は出せませんが、こんな予知夢もあったということで。
ソーマ・ファミリアとの連合軍?厄災に狙われるサポーターのパルゥム?さぁ誰でしょうね()


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107話 少年の気持ち

一つの区切りです


 秘密の特訓の日々も無事に流れ、今日で節目の最終日。参加人数が少なく身軽なタカヒロとベルは、明日の午後から会場へ移動することとなる。

 

 あっという間に過ぎ去った、約半月。たった半月程度と捉えるかは人それぞれながらも、ベル・クラネルを筆頭に参加した戦士たちにとっては、非常に中身の濃い鍛錬だった。

 特にベルが得たモノは顕著である。鍛錬の期間中に一新された鎧も同様であり、重量増を最小限に抑えた一方で装甲値は跳ね上がっており技術の革新が伺える。名実ともにレベル4の第二級冒険者に相応しい、立派な鎧となって納品された。なお、相変わらずのネーミングセンスはさておくものとする。

 

 また、休憩中にリヴェリアから魔力の立ち上げ方を学ぶなど、様々な方面における第一級の冒険者によるアドバイスがなされている。あくまで戦闘面であってダンジョンの事ではないものの、それもまた重要な知識となって少年の糧となることだろう。

 もちろん実践にはアイズも参戦しており、いつのまにか応援用の旗を作っていたフレイヤは、応援席からエールを送っている。旗に描かれたベルの顔については妙にクオリティが高いが、その点はスルーすべきだろう。

 

 

 ちなみに。何をやっているのか知らされていないヘスティアは、デイリーで行っているステイタス更新のたびにレベル1の頃を思い出している。戦争遊戯(ウォーゲーム)の開催決定から15日目にして早くも器用さはBランクに突入しており、その他も1-2ランク下ながらも追従。偉業という点を除けば、余裕でランクアップ可能な域に達しているのだ。

 なお、今となっては少しだけ慣れたものである。成長スキルよりも何倍もヤベー奴が持っているアブナイ木々のせいで感覚がマヒしているだけなのだが、その真相を口にできる者は居ないだろう。

 

 

 そんなことはさておき、本番まで残り三日となった鍛錬最終日の今日は、参加者各位から激励の言葉を貰って幕が降ろされた。最終日付近にはフレイヤとアイズが“どちらが先に言葉を掛けるか”で軽く言い争っていたが、あまり珍しい光景でもなくなってきている。

 

 雲少ない綺麗な月明かりが見守る、オラリオの夜。メインストリートからは外れており人気のない道を進む師弟のうち、ベルは少し落ち込んだ様相を見せていた。

 何かあったかとタカヒロが問うと、「少しお話をしませんか」と、珍しくベルが誘う格好となる。どうやら、ファミリアのホームでも話せそうにないらしい。

 

 二人して、道中にあった人気(ひとけ)のない公園へと辿り着く。夜であるために、遠くにある居酒屋の声が微かに聞こえて来るほどだ。

 ベンチには腰かけず互いに向き合うと、タカヒロは何かと声を掛けた。それでも俯いたままである少年の口は、なかなか開きそうにない。

 

 

 そんな状態もしばらくしたのち、ふと吹き抜けた風に勇気を貰ったのだろうか。普段の彼らしくないしょぼくれた表情と共に、とても弱々しい言葉が口に出された。

 

 

「ランクアップして、ステイタスが伸びて。強くなっているのは、ハッキリと分かるんですが……」

「何か不安か?」

 

 

 続く沈黙、言うべきかどうか迷っている困惑した表情。たっぷりと30秒ほどの時間をおいて、ベル・クラネルは消え入りそうな声で言葉を発した。

 

 

「……僕の中の師匠が、小さくなっていくのが怖いんです」

 

 

――――やだ何この子かわいい。

 

 非常にシリアスな状況下に居るであろう本人には心から申し訳なく思っているものの、それが青年が抱いた率直な感想であった。そのまま抱きしめてあげて、大丈夫だと頭を撫でてあげたくなるような衝動に駆られている。

 

 

 かつて出会った日の翌日。己の中にあった、師であるタカヒロが見せてくれた剣撃の豪雨、暴風雨。

 されど今の少年の中には、姿形は影すらも見えそうにない。そして、そうならんと走り続けるごとに形が少しずつ薄れていくという事実を、ベル・クラネルは確かに感じ取っていた。そしてタカヒロもまた、そんな気持ちを抱くだろうなと考えていたために、今のベルの心が分かってしまう。

 

 いつかリヴェリアに対して、「同じ道を歩んでいない」と表現した理由の1つがここにある。今のタカヒロはブレイドマスターとは程遠い位置におり、弟子が振るう剣技の根底は彼オリジナルのスタイルであるために、共通する点となれば青年が教えた技術だけ。

 そのことを一番わかっているのも走り続けている本人であるために、感じる不安は強いものがある。ゴライアスを討伐できた辺りから、先の感情を、特に強く抱いていたのだ。

 

 もっとも、青年が残した捻くれた“お土産”は、(いま)だ仕事をしていない。その中身は気付いてこそ価値があるもので口にして良いものではないために、どう返したものかと言葉が詰まる。

 

 

「……弱ったな」

 

 

 まさか、こんな告白のような悩みを相談されるとは思いもよらず。本音が呟きという形で口に出てしまったタカヒロは、頭の後ろに右手をやった。

 先ほどの感情は、正直なところ直感的に抱いた本音である。もちろん性的なものではなく、子供に対して抱く保護者的な立場から生まれ出るものだ。

 

 横目で少年を見るも少し俯いてしまっており、うっすらと涙が浮かんでいる。決して決壊だけはしないようにと、ベルは口を強く噤んでせき止める。

 この少年がレベル1でミノタウロスの強化種を倒し、ロキ・ファミリアの第一級冒険者とほぼ互角に打ち合い、二人のレベル1と組んだ三人パーティーでゴライアスを屠った少年だと言って信じる者は居ないだろう。戦いの際に見せる戦士の顔も、褒められて咲かす華のような笑顔もそこにはない。

 

 そこにあるのは、年相応よりちょっとだけ幼い子供の姿。

 

 ヘスティア・ファミリア所属、ベル・クラネル。現在レベル4、そして時と場合によってはレベル5を相手に勝てる程の強者とはいえ、その実はまだまだ幼い14歳。

 タカヒロほどに達観していれば割り切れるだろうが、子供にとって“割り切れ”と悟らせるのは酷である。巣立ちの直前で親に縋るように、もう少しだけ甘えていたい感情を隠していない。

 

 

 青年とて、先ほどの不真面目な感想を抱いている余裕もないかもしれない。青年の想定以上の成長を遂げる少年に対し、教えられるような基本の技術は何も残っていないのが実情だ。

 もっとも、今の少年ならば鍛錬の内容からして気づいていると判断できる。だからこそ、このタイミングで先の話を口にしたと考えれば納得だ。

 

 

 その時が来たかと、青年も己の中で覚悟を決める。いくら弟子が()()()()()()()()とはいえ、いつかは迎えるものだと最初から分かっていたことだ。

 レベルがもう1つだけ上がった際の“とっておき”こそ残っておれど。そして微塵もおくびには出さないが、底では寂しさも芽生えているのが本心だ。

 

 

「……存在が小さくなる、つまり離れる、か。厳しいことを言うが、誰かの元に近づくということは、誰かの元から離れるということだ。思い出させるようで悪いが、君も祖父の元を離れたからこそ、オラリオで自分と、そしてアイズ君と出会っただろ?」

「っ……」

「そして自分に基礎を学び、アイズ君に、少しだがオッタル達に剣を学んだ。ロキ・ファミリアにパーティー行動を学び、リヴェリアに魔力のアドバイスを貰ったこともあるだろう。己の技術に使えるところがあれば、どん欲に取り入れ、優れる所があれば入れ替えた。だからこそ、今の君が出来上がったわけだ」

 

 

 何かを言いたい少年だが、何も言葉が見つからない。そして、こういう時の師は、必ず己にとって大切な言葉を授けてくれる。

 あの時もそうだった。酒場で貶され勘違いしていた時に置かれた右手の感覚は、きっと死ぬ間際まで忘れない。

 

 

「それが、離れる?違うぞベル君。それは、成長と言うのだ」

 

 

 思い返させるように、タカヒロは。出会った頃、最初に掛けた言葉を繰り返す。

 

 己が教えることができるのは、大雑把に言えば相手を広く見て戦う立ち回り、つまり小手先の技術。この鍛錬を終えたからと言って、例えばナイフで岩を切れるようになるわけではない。

 しかし、程度にもよるが格上にさえ通じる戦闘技術。数えきれない死線を潜り抜け身に着けた、攻撃・防御能力を基に発揮される狡猾さ。

 

 いくらかの発展形こそあったものの、大筋は何も間違っていないのが現状だ。当時とは比べ物にならないぐらい成長した今のベル・クラネルは、言葉の意味が痛いほどに分かってしまう。

 

 アドバイス程度ならば相談に乗れるが、己が教えることができるものは、もう何もないのだと。己が教わることのできるものは、もう何もないのだと。

 双方共に口にしていないこのセリフが、いともたやすく伝わり合ってしまう。血のつながりこそ無い二人だが、それほどまでに相手の事を信用しているからこそ、そうなってしまうのだ。

 

 

「……とはいえ、何もないというのも寂しいな。では一つ、この技を見て欲しい」

 

 

 そんな言葉を口にしたタカヒロは、一本の剣をインベントリから取り出した。月明かりに照らされ輝く反りのある刃は一切の乱れが無く、一目見ただけで超がつく程の一級品であることを伺わせる。

 目にしたベルとて、思わず目を開いてゴクリと唾を飲むほどの美しさ。そしてタカヒロが5メートルほど離れると、先ほど口にしていたスキルが放たれた。

 

 青年を円形に取り囲むようにして一瞬にして現れた、無数のナイフ。何百ものソレは魔法の刃であり、術者を中心に回転し、周囲を一斉に切り裂いてゆく。

 痕跡は跡形もなく無くなっており、刃が現れてから終息するまで、僅か1秒も無い程度。もしもそこに敵が居たならば、無数の刃によって一瞬にして斬り刻まれていることだろう。

 

 

 ――――アクティブスキル:リング・オブ スチール。

 何百もの魔法の刃が瞬く間に生まれ術者を致死的な速さで取り囲み、術者を中心に回転することで隣接する敵を切り裂くのだ。

 

 半径4.5メートルの周囲に無数の黒いナイフを出現させ、一瞬にして周囲を切り裂くそのスキル。1秒程度しか持続しない割にエナジーがモリッと減るスキルなのだが、得られる瞬間火力と爽快感は一入(ひとしお)だ。

 なお、反射持ちの敵が一匹でも居るとお察しである。凄まじい程のダメージ量を与える反面、その点のリスクも大きいのが玉に瑕。

 

 多くのエナジーを使い、魔法の刃を使うが物理攻撃の分類となるアクティブスキル。武器ダメージの参照を筆頭に刺突ダメージや体内損傷ダメージを持ち合わせるモノであるが、これらはオリジナルの性能だ。

 カウンターストライクの際と同様に、ベルが取得した場合にどうなるかは分からない。それでも取得できたならば、少年ならば有効に使い熟すことができるだろう。

 

 

「昔、自分が好んで使っていた周囲一帯を切り裂く技、リング・オブ スチール。君ならば、少し魔力のコツを掴めば真似事はできてしまうだろう」

 

 

 クラス:ナイトブレイドならば取得できるが、それ以外ではレジェンダリークラスの片手剣“リーヴァーの鉤爪”で使用可能なスキルである。しかしこれで再現される“魔力の刃”は、ホンモノの威力には程遠い。

 カウンター・ストライクがオリジナルと効果が違うように、これもまた違う様相で再現されるのかとタカヒロは考えている。どちらにせよ、ベルが実践してみないことには始まらない。

 

 

「実運用となると戦争遊戯(ウォーゲーム)には間に合わないだろうが、今の自分のように盾を持っていては使えないのでな……この技を、君に託す」

 

 

 決して、例えば物語の英雄のように広範囲の敵を一掃するようなスキルではない。しかしそれについては、少年は既にアルゴノゥトと呼ばれる強力なスキルを持ち合わせている。

 ソロプレイにおいて圧倒的に不利な状況を覆す、少なくは無い量のマインドを使うものの紛れもない範囲攻撃。文字通り周囲の敵を一掃する一撃は、本来の威力とは程遠いものの、一目見ただけで魅了されるものがある。

 

 最後に示してくれた、師としての姿。マインド回復用のポーションを全部使って再現しようと足掻く少年は、持ち前のセンスで基礎程度を取得することに成功する。

 

 しかし刃の数としては10程度であり、一度の使用でベルが持ち得るマインドの6-7割を持って行かれる程の燃費の悪さ。それでいて出現する刃はオリジナルとは違って、ベルが持つヘスティア・ナイフの劣化版である。

 それでも、少年が技を引き継いだことに変わりはない。発展アビリティが成長するように、このスキルを成長させることができれば、いつか役立つ時が来るだろう。ナイフに付与されたエンチャントもリング・オブ スチールに反映されているようで、エンチャント使用時は炎の輪が現れている。

 

 

「よく頑張ったな、ベル君。これで本当に、自分が教えられることは何もない。技術に限界という言葉はないが、ある程度の応用も含めて、“鳴る為に必要な”戦闘技術は全て伝えた」

 

 

 元々のセンスに長けている上に普段からマインドを使っていることもあって、取得は本当に早かった。出会った頃から続くこの成長っぷりに、青年とて、何度驚かされたかは分からない。

 リング・オブ スチールについてはマインドの関係で、ポーションを使わなければ戦闘において使えるのは一度きり。そして総ダメージとして反映されるオリジナルと違い、あくまで出現する魔法の刃一つ一つによる連撃の扱いだ。

 

 まだまだ使いこなすには程遠く、数も数百とはいかないものの、リヴェリアに学んだ瞬間的に魔力を立ち上げる方法を利用して一斉に開放する。それによって出現した十数個の刃の1つ1つは、少年が通常攻撃で出しえる3割ほどの一撃と、ほぼ変わりない物理威力が見受けられる。

 それに加えた、ヴェルフのエンチャントによる炎属性のダメージも上乗せされているために単なる物理ダメージではなく、広い相手に通用する一撃となるだろう。刃の数については込める魔力量に依存することが判明しており、使い慣れていくうちに最適化も行われることとなるはずだ。

 

 

 最後の授業は、少年の心の整理が落ち着かないうちに終了する。この時ばかりは、強くなったことに対して落ち込んだ感情を隠せない。

 

 下げられた目じりの表情で、師を見つめる。いつもと変わらないフードの下にある口元は柔らかな形を見せており、巣立ちを見守る父親のような様相を見せている。

 だからこそ、湧き出る悲しみを抑えられない。剣の使い方の講義が始まった一件、酒場での一件、大切な少女との一件。思い返せば様々だ。本当に駆け出しだった自分をここまで引っ張ってきてくれた青年に対し、ありがとうと伝えたい感情が溢れて止まらない。

 

 

 いつまでも師であって欲しいことと、相反する二つである。期間で表現すれば半年であり、聞けば「たった数か月」と小ばかにする者も居るだろう。

 しかし間違いなく、少年が築き上げてきた数か月だ。実戦よりも厳しい訓練に耐え、己の欲求よりも教えを守り、格上にも立ち向かい、貰ったものに全力で応え続けたその月数は、決して誰にも真似できるものではない。

 

 

 そして、もう一方。最後に与えた試練こそ残っておれど、あとは背中を押してあげるだけ。それが、師である彼にとってできる、最後の仕事と言えるだろう。

 

 

「では最後に、僭越ながら発破をかけよう。自信を持て、ベル・クラネル。お前は強い。同盟関係にあるロキ・ファミリアの最前線に立ったとしても、第一級冒険者と遜色のない活躍ができることを保証する」

「っ……」

「君の横に立つのは、君が望んだ少女だろう。ならば彼女を助けてやれ、その身でもって支えてやれ。これからは、君が決めた道を進む冒険だ。多くを学び、多くを得て、少しの危険に出会い、少しを失え。この街やダンジョンで生まれるだろう様々な出会いと冒険は、必ず君を成長させる糧になる」

「師匠……」

「自分もまた道半ばだが、頂点は遠く遥か先だ。背中を追うというのなら止めはしない。疑問があれば答えよう、力を試したいならば刃を交わそう。どこへ出しても恥じることのない強さを持った弟子の巣立ちを嬉しく思い、今をもって卒業を宣言する」

「今まで、ありがとうございました!!」

「あと数日で本番だ、皆から学んだことを信じて存分に戦ってこい。勝利を信じているぞ、ベル君」

 

 

 師弟の抱擁という旅立ちを見守るのは、優しく暖かい光で包み込む月だけである。少年から溢れる涙は答えるように光り輝き、抑えることができなかった。

 




ちょっと強引ですが、リングオブスチールが使えるようになりました。カウンターストライクも取得しているのとオリジナルとは違うので、お許しいただければ幸いです。
“お土産”が明らかになるのは、もう少し先の話です。

……ところでアポロン・ファミリアさん、この“準ぶっ壊れ”に対抗するカードはありますか?(震え声)


■リング オブ スチール(レベル1)
・瞬く間に(出現する)何百というファンタズマル ブレイズが、術者を致死的な速さで取り囲み、隣接する敵の数を減らす。
26 エナジーコスト
3秒 スキルリチャージ
4.5m 半径
80% 武器ダメージ
135 刺突ダメージ
標的の気絶を 1.5秒


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108話 3人の仲

 いつもは朝一から出かけていた5名の冒険者も、今日からはそのタスク(日課)が消滅する。近接戦闘を行う4名の者は未だ熱気が残っているのだが、それを冷ますかのように日の出直前から鍛錬を行っているのは仕方のない事だろう。

 具体的には、先の鍛錬に参加していたロキ・ファミリアのメンバー。フィン、ガレス、アイズ、ベートの4名である。

 

 

「……上がっとる」

 

 

 ロキ・ファミリアのホームである黄昏の館。昼食をとる前にロキの私室にて丸椅子に腰かけステイタス更新を受けていたフィンは、後ろから聞こえてきた一文を耳にして年甲斐もなく心がはしゃいでいた。

 とはいえ、それも仕方のない事だろう。レベル6の後半も更に後半であるフィン・ディムナのステイタスは、大規模遠征から帰ってきた時でも5程度が上がれば上々なのだ。

 

 故に主神ロキの口から出る文言は、大抵が慰めの混じった陽気なものとなっている。だというのに今回は先の言葉であるために、期待してしまうのも無理はないのだ。

 上昇値は普段の2倍か、はたまた3倍か。言い出しっぺとはいえ例の青年を相手に実践的で数十分は気絶してしまう程のダメージを負った戦いも何度か行っていたために、もしかしたら20程も上がっているのだろうか。

 

 言っては失礼ながら20日間にも満たない“鍛錬”であったことも事実なために、ここで一旦心が落ち着く。どうやら更新も終わったようで、ロキの手が発する温もりが離れていった。

 はたして、結果や如何に。年甲斐もなく興奮してしまった心を抑え、フィンは事実と向き合うために立ち上がった。

 

 

「どれぐらい、上がったんだい?」

 

 

 ワイシャツのような上着を着ながら、フィンは仮面をかぶったいつもの表情で振り返る。そこには老眼宜しく羊皮紙を顔に近づけ片手で顔を覆い、唸りに唸っているロキの姿があった。

 

 

「あ、スマン言い方が悪かったわ。“上がっとる”やのうて“上がれる”、言い換えるなら“達成しとる”や」

「上がるじゃなくて、達成……?まさか、ロキ!!」

「せや、よう頑張ったなフィン。なれるで、レベル7に……!」

 

 

====

 

 

「次はワシじゃぁ!!」

「来ると思っとったわ。せやかてノックぐらいしーやガレス、誰か居たらどないすんねん」

「あ。お、おう、すまなんだ……」

 

 

 フィンが小走りでロキの部屋を出てから数分後。ドアを吹き飛ばさんばかりの勢いで豪快にあけ放ち、ガレスはロキの部屋へと駆けこむようにやってきた。

 理由としては、フィンの事実を本人から耳にしたためである。同じような鍛錬を受けていたガレスは、もしかしたらと思い、逸る気持ちが抑えきれない様相だ。

 

 

「ま、逸る気持ちはわからんでもないけどなー」

「まったくじゃ!ホレ、はようせい!」

「おちつきーや、お菓子を目の前にした小娘になっとるで」

「ガレスちゃんだよ゙お゙~!」

 

 

 突然と野太い声が、部屋に響く。ピースサインと共にその場のノリ十割で放たれたこの一声で空気は凍り、ロキが物言いたげな目線を向けていた。

 ハイテンションな点については無理もないだろう。自分と同じことをしていたフィンがレベル7になれるという事を耳にしたのだから、心の高ぶりようも仕方がない。

 

 とはいえ。

 

 

「……控えめに言っても流石にキモいで、ガレス」

「……すまぬ、はしゃぎ過ぎたわい」

 

 

 珍しく頬を染めて咳払いするガレスは、落ち着きを取り戻して丸椅子に座っている。ロキが口にした通り、先の野太い自己紹介では誰も得する者は居ないだろう。

 ステイタスを更新した結果としては、やはりフィンと同じであった。ステイタスの上がり方に差はあれど、ガレスもまたレベル7へランクアップ可能な域に達してたのだ。

 

 しかしロキとしては、大手を振って喜べない。これが普通の遠征帰りなどならばファミリアを挙げて大騒ぎしているところなのだが、此度においてはランクアップの理由が不明にも程がある。

 なにせ、59階層で遭遇した死地ですらランクアップの条件を満たさなかったのだ。帰還後のステイタス更新では、フィンもガレスも落ち込んでいたことをロキもよく覚えている。

 

 とここで、10日ほど前に一度だけ更新したベートのステイタス上昇値を思い出す。レベル6成りたてとはいえ驚異的な成長だったが為に、この3人で何かをしているのではないかという結論に達したのだ。

 そこで黄昏の館に残っていたフィンを呼び出し、他に誰も居ないところでガレスと合わせて白状するように尋問中。露骨に目を逸らした二人の内、フィンの口から出てきたものは驚愕の内容であった。

 

 

「毎日ずっと50階層で鍛錬しとったあ~!?」

「そうなるのう」

「ごめんロキ、黙っていたことは謝るよ」

 

 

 拝むような動作をするフィンだが、ロキからすればコッソリと鍛錬していたことはあまり問題ではない。団員のうち何名かも、コッソリとダンジョンでソロキャンプすることはある程だ。

 問題は、鍛錬が行われた場所である。行くだけで10日はかかる50階層で“毎日”となると、明らかに耳にした言葉が“オカシイ”のだ。単純計算で、よくて1日だけ鍛錬できれば御の字と言えるだろう。

 

 しかし、フィンとガレスを筆頭に5人全員は、毎日深夜には黄昏の館へと戻ってきている。翌朝の朝食に、ロキも何度か見かけたことがある為に間違いではない。

 となれば、どうやって往復しているのかと考えるのは自然な流れだろう。参加メンバーは誰かと問いを投げて、返された面子の中に何故かフレイヤが居たことはさて置き、“約一名”が居たために納得した。

 

 

「タカヒロさん、確か今日は来ていたよね。お礼を言いたいんだけど、どこに居るか知っているかい?」

「ああ、来とったのう。ただ、あまり浮かない顔をしとったわい。いつも通りならリヴェリアの部屋か、執務室にでも居るのではないか?」

「何かあったのかな」

 

 

 ヘスティア・ファミリアに所属する、例の青年。ロキは「あの“リフト”っちゅー奴を使ったんか」と呟き正解に辿り着いた。

 ダンジョンの50階層、更にはそのなかでもピンポイントとはいえ、デメリット無しに一瞬でワープすることができ、オラリオの西区にも戻ってくることができる強烈なスキル。控えめに言って“チート”な能力を思い出して溜息を吐いているが、無理もない話だろう。

 

 そのスキルを持っているだけで往復20日分*人数分の消耗品と時間とリスクをゼロにできるだけあって、探索型ファミリアの全てが欲することは明白だ。色々と借りがありすぎるために強く出れないが、欲しているのはロキとて同じことである。

 なお、タカヒロが「リフトについてはヘスティアが知らない」と呟いていたことをフィンが口にして、ロキはヘスティアに同情している。割と真面目に彼女の胃袋を心配する悪戯の神ながらも、心の片隅で“全てを知ったヘスティア”を妄想して楽しんでいるのはご愛敬だ。

 

 更に青年はリフトだけではなく、持ち合わせている強さも別格である。最終的には近接職6人まとめて襲い掛かったが綺麗に蹴散らされたことを耳にして、ロキからは乾いた笑いしか生まれていない。

 それでもフィンやガレス達からすれば、明らかに少し前の自分達よりも強くなったことが実感できている。その事を真剣な表情で主神へと伝えると、ロキもまた真剣な眼差しを返すのであった。

 

 

「強くなったのは僕達だけじゃない。フレイヤ・ファミリアの“猛者”も、数か月前にタカヒロさんと手合わせをしたからレベル8になれたと言っていたよ」

「マジか。せやからフレイヤの奴、恩義を感じて“お気に入り(ベル・クラネル)”を見つけても大人しいんやろか……」

 

 

 そんなことはない。向ける視線はベル・クラネル一直線。感情表現は全開で隠す気配なし、鼻血ダラダラの残念女神である。

 

 

「ウチも恩の売り買いで話はしとうないけど、眷属二人をレベル7にして貰ったっちゅー恩も生まれたワケやな……」

「ははは、そうなるね」

「呑気に構えとる場合とちゃうでーフィン、なんとか裏に手ェ回して開催まで20日間の日程は取り付けたったけどなー。ここまでして貰って、ホンマに戦争遊戯(ウォーゲーム)の助っ人ぐらいせんでええんやろか……」

「うーん。だって彼が居れば十分だろうし、向こうも気にするなって言っていたから、お言葉に甘えた方がいいんじゃないかな?もちろん、何らかの形で返したいとは思ってるけどね。返せるのかはさておいて」

「そこが一番の問題や!子供同士ならええかもしれんけどな、神同士やとゴッツ気にするんやー!」

「その調整も“親”の仕事じゃのう」

「ぐぎぎ」

 

 

 ああだ、こうだと話は出たが、感謝は忘れずとも“貰えるものは有難く貰っておこう”的な精神に落ち着いたらしい。

 しかし、双方揃ってランクアップについては現段階で“保留”となっている。もう少しステイタスを上げるのかと思っていたロキは少し早めの昼食へと赴いていったのだが、実のところは違っていた。

 

 ロキ・ファミリアの発足当時から共に歩みを進めてきたもう一人の人物、リヴェリア・リヨス・アールヴ。後衛職それも魔導士でありタカヒロの指導を受けることができない彼女だけは、未だレベル7になれないままなのだと二人は思っている。

 だからこそ、二人の中で躊躇の感情が芽生えてしまう。文字通り死にかける程に地獄であった鍛錬を終えたが故とはいえ、決断することができずにいた。

 

 

 噂をすれば影が差す。そんなことを話していると、ロキに用があったのかリヴェリアがやってくる。心なしか御機嫌のようであるが、流石の二人もそれは見抜けずにいた。

 ともあれフィンは、タカヒロがどこに居るかを問いている。もっとも彼が居るならば一緒に動いているだろうから帰宅したのかと、諦め半分な様相も見せていた。

 

 

「タカヒロなら、少し前に帰ったぞ。戦争遊戯(ウォーゲーム)が開催される会場までの距離を考えると、もう移動を始めている頃かもしれん」

「あらら、入れ違いか。仕方ないけど、お礼はまた今度かな」

「奴等の事だ、危なげなく勝利して戻ってくるさ。ところで、何に対する礼なのだ?」

 

 

 鍛錬をしてもらった礼、と言い返すこともできただろう。しかし二人は、余程の事が無い限りはリヴェリアに対して嘘を吐きたくないのが実情である。

 だからこそ、隠さずレベル7へとなれること。そして、かつてより3人で歩んできただけに、自分たち二人だけがレベル7になる点を悩んでいる事を告げていた。

 

 

「……フィン、ガレス。私は、お前たちの足枷なのか?」

 

 

 二人の悩みに対し返される、真っ直ぐで玲瓏な声。“それがどうした”と言わんばかりに返された文言は、男二人の胸へと届いていた。

 もちろんフィンとガレスの答えは、更なる高みへ行きたいという内容だ。鍛錬の時に見せていた雄の顔へと早変わりし、リヴェリアに対して己の決意を伝えている。

 

 

「ならば、お前達がやりたい事をすればいい。私など気にするな、上だけを見続けろ」

 

 

――――モタモタとしているうちに、アイツとの距離は更に離れることになるぞ?

 

 それが、薄笑みを浮かべながらリヴェリアが発した言葉だった。直後にフィンとガレスは右手を差し出し、最後にリヴェリアがそれぞれの手のひらに重ねている。

 ロキ・ファミリアの結成当時、主神ロキに言われて無理やりやらされていた、団結の誓い。今となっては滅多に行わないものの、躊躇なく行われるのは信頼し合う三人の仲だからこその光景だ。

 

 

「ありがとう。一足先に行っているよ、リヴェリア」

「すぐに追いついてくるんじゃぞ」

「無論だ、待っていろ」

 

 

 昼食を終えて、フィンとガレスはレベル7へとランクアップを果たすこととなる。更新が終わった後、ロキも含めて四人揃ってランクアップの結末を知ったリヴェリアは、拍手でもって祝福するのだった。

 

 

 

 

 

 が、しかし。せっかくだから自分もとステイタスの更新を申し出たリヴェリアは、予想外の事実を知ることとなる。

 

 

「……な、なんやて?」

「?どうした、ロキ」

 

 

 サラリと、かきあげていた翡翠の髪がシミ一つないきめ細かな白い背中に流れ落ちる。ロキの細い目は見開かれており、またスキルでも発現したのかと身構えるリヴェリアだが、どうやらその程度のコトではないらしい。

 

 

「り、リヴェリア……な、なれるで、レベル7に」

「なんだと!?」

 

 

 もともとステイタスとしては、ランクアップの条件を満たしていたリヴェリア・リヨス・アールヴ。ランクアップの条件としては、ステイタスのどれか1つがDランクに達しているという点が挙げられる。

 問題は、残り片方の条件。神々さえ認める“偉業”が足りていないのは、前回のステイタス更新で明らかだった。もし前回の段階で所持していれば、その時にランクアップ可能なことはロキも知っていたことだろう。

 

 

 しかし、原因は本人にも主神にとっても不明である。では、彼女は一体どこで偉業を成したのか。

 

 

 それは、相方が必死に理性を支えている膝を、「えいっ」とコンニャク製のハンマーで叩いた時に他ならない。権能を振りまく原初の神々ですら落とせぬ青年の理性を即死させたという、前代未聞であり紛れもない偉業の一つであったのだ。

 ともあれ、鍛錬の結果か魔力も999に達していたこともあり、彼女もまたランクアップを選択。これにて、三人共にレベル7に達したこととなるのは言うまでもないだろう。

 

 「足手まといか?」と言葉を交わしてランクアップ完了の報告を受けた感動から、僅か30分。ロキ・ファミリアの古参三人は、神妙な面持ちから苦笑いへとフェイスチェンジするフィン・ディムナの執務室に集っていた。

 

 

「あー、うん。その……ともかく、おめでとう、リヴェリア」

「……すまない。どうやら、追いついたようだ」

「早すぎじゃ、拍子抜けにも程があるわい」

「なんだと?」

 

 

 その後、置かれている状況が心からおかしいのか。腹を抱える三人の笑い声が、黄昏の館に響くのであった。

 なお、すぐにランクアップの申請は行わず、戦争遊戯(ウォーゲーム)終了を待ってからで決定となった。ともあれ三人のランクアップがオラリオを賑わすことになるのは、言わずもがな当然の事である。

 




レベルアップ装置タカヒロ。
こいつが絡むとイイハナシも結局は……


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109話 甘えと覚悟

 時は少し巻き戻り、フィンがステイタスを更新する前の早朝に遡る。

 

 一通り読み終わった物語、一通り遊び終わった玩具。数年ぶりに目にすれば懐かしさも芽生えるが、区切りがついたタイミングでは、遊んでいた時の感情が思い浮かぶことだろう。

 経過としてはどちらにも該当しないが、とある男もまた、ここに1つの区切りを迎えている。ここオラリオの地に流れ着いてから、それこそ流れに身を任せるようにして始まった師事が全ての始まりと言って良いだろう。

 

 期間としては数カ月間ながらも、生半可なことはやっていないし、青年もまた生半可な覚悟で挑んでいない。相手の許可は得ていたとはいえ、自己評価をしても、随分と厳しく指導してきたことを思い返す。

 今となっては、そんなことをしなくてもいい程に成長したと言っていいだろう。死の危険を十分に見極め理解しているし、あくまで鍛錬ながらも、己の限界もハッキリと見極めていることは伺える。

 

 基本的なことしか教えることはできないながらも、教えることができるものは全て教えた。肉体的、精神的にも成長してきたことは感じ取ることができる上に、何より己が伝えたかった“攻撃能力”と“防御能力”からくる小手先の技術は、目を見張る程のものがある。

 そして最後に伝えたスキル、“リング・オブ スチール”。相変わらずの早さで取得している点は笑うしかないが、それを使い熟してくれるならば、タカヒロにとってはそれ以上に嬉しいことは無い。これから先は、少年が決める物語だ。

 

 

「……そうか、巣立ったか。頑張ったな、タカヒロ」

 

 

 少年の英雄録を語る青年の言葉を耳にするのは、足を左右に出す形で正座を崩し、ベッドの上に座っているハイエルフ。ストッキングによって隠されている柔らかな腿の部分には、語り部である男の顔が乗せられていた。上から彼女が覗き込む形で、相方の顔を見降ろしている安らかな状況だ。

 説明する必要があるだろうか、膝枕というやつである。落ち込んでいた青年の様相に気づいたリヴェリアが、自室で話を聞いてやるとの文言で誘い、そのままベッドインしたわけだ。決して如何わしい意味ではない。

 

 いつもならば苦笑いにて応じるようなシチュエーションでも、今回ばかりは青年もベッドに腰かけると、ポトリと頭を彼女の腿へと落としている。そして、先ほどまでの語り部となったわけだ。

 やや目付きを細めて語っていた男は、ここにきて己が置かれている状況を思い出したようである。今しがた掛けられた言葉を耳にして、90度くるりと身体ごと、顔を横に背けた。

 

 動く際に耳にかかった白い髪の毛をリヴェリアがかき上げてやると、腕を組んだ姿勢は崩さず、少し顔を赤らめ逸らしている。外では決して見せることのない、青年の珍しい表情だ。

 そんな相手の仕草を目にして、リヴェリアの表情が一層のこと緩くなる。「くすぐったいか?」と問いを投げると、予想外の言葉が返された。

 

 

「……心地良いが、恥ずかしい」

 

 

 なにか、こう、ゾワゾワっとした感覚がリヴェリアの背中を駆け巡る。噤む己の口は、きっと猫のようになっているはずだ。

 物珍しすぎる今の顔を、間近で見ていたい、もっともっと照れさせたい。いつもやられっぱなしなためか、そんなSっ気に満ちた気持ちがヒョッコリと顔を覗かせている。

 

 とはいえ今は、相手のために何かをしてあげたい衝動に駆られている。自称「少しだけ」落ち込んでいる青年を癒してあげることが彼女の仕事だ。

 息子をあやすかのように、ゴワっとした白髪に手を添える。そして優しく、相手を褒めるかのように撫でてやるのだ。

 

 

「……フンッ、こんな時だけ母親になりやがって」

「よいではないか。もっと私を頼ってくれ、不安に思うならば甘えてくれ。私は、お前と共に歩みたいんだ」

「……ママァ」

「ぷふっ!ふ、ふざけるな馬鹿者!」

「いたい」

 

 

 コツンと、青年の頭に拳骨が優しく振り下ろされる。ふざけながらも彼女の言葉通りに甘えてみた青年だが、実のところは先に受けた言葉の照れ隠しだ。相変わらず捻くれている。

 

 さておきリヴェリアとしては、何故今のタイミングで卒業を口にしたのかが分からない。そのことを口にすると、青年から回答が返された。

 理由としては、気持ち的な問題だ。実際にはタカヒロも会場入りするものの、少年は心身共に一人で挑むことになる。弟子ではなくなった悲しみも含めての試練を乗り越えることで、また一回り育つことができるのだ。

 

 そのことを伝えると、彼女もまた、レフィーヤが卒業するときはこうなってしまうのだろうかと不安を漏らす。すると青年は、その時はコレが逆になるだけだと、支えてあげる姿勢の言葉を口にするのだ。

 互いに照れつつ、それでも自然と薄笑みが零れてくる。青年は最後に上に顔を向けると、吹っ切れたように上体を起こした。

 

 

「どうだ、もう大丈夫か?」

「ああ。どうやらベル君は、未だ自分の背中を追うらしい。いつまでもショゲていては、示しがつかんからな」

「ああ、違いない。勝ってこい、タカヒロ」

 

 

 互いに目元は凛々しく、口元は少し緩め。拳を突き出し合わせると、青年は普段の様相を見せながら、とある場所へと足を進めていた。

 

=====

 

 一方、こちらは巣立った雛鳥。いや、もう雛と表現するのは失礼だろう。

 

 対人戦闘に特化しているながらも、レベル差をひっくり返す偉業を何度も行ってきた“未完の英雄”。約1か月でレベル1から2へのランクアップという偉業でかつてない程にオラリオを騒がせ、今現在もレベル2から4への飛び級に匹敵する成長速度でヘスティアの胃を騒がせているベル・クラネルその人だ。

 モンスターとの戦闘経験は少ないが、そこは、少年を支える少女の出番となるだろう。逆にそちらは、モンスターを相手した戦闘に特化した経験を持っている。

 

 

「……そっか。教えてもらう、関係、終わっちゃったんだね」

「はい。……今は、少しだけ、寂しくて……甘え、させてください」

「ん……いいよ。頑張ってたもんね」

 

 

 場所は、かつてベルがアイズの手を引いて辿り着いた場所。こちらもこちらで、少女が膝枕にてベルの悲しみを癒している。少しだけと口にする少年だが、アイズに対しても、本音はしっかり伝わっていると言っていいだろう。

 前日に涙として流したものの、もう少しだけ、悲しみに浸っていたかった。ポッカリと空いた心を満たすように、アイズが与えてくれる優しさに甘えていたいそのような感情は、止まるどころか強さを増している程だ。

 

 

「すみません。だらしないですよね、男が、こんな……」

「そんなこと、ないよ。私は、嬉しい」

「……ありがとうございます、アイズさん」

 

 

 プクリと膨らむ片頬と共に、ペタンと音を立てて、ベルのおでこに優しく彼女の手のひらが添えられた。少年はその行動にて、無意識に“やってしまった”ことを思い返す。

 綺麗な顔の片頬が少し膨らむ、見慣れた愛しい相手の表情。密かに決まっていた約束を、わざとではないながらもベルが破ってしまい、少し不貞腐れた気持ちを表現している。

 

 

「ベル、二人の時は……」

「あはは、すっかり癖が出ちゃってますね。ごめんなさい―――アイズ」

「ん……合格」

 

 

 満足気に己を見下ろしモフモフな髪を優しく撫でる、向日葵の如き無垢な笑顔に元気をもらう。相も変わらず彼女らしいイントネーションとの会話ながらも、それがエリクサーより効果があると気づくのに時間は然程かからない。

 ならば、あとは己が頑張るだけ。大手を振って彼女の横に立つことができる、似合う男になるために。欲を言えば彼女を守れる、そんな男になるために。リヴェリア・リヨス・アールヴを相手にそんなことができる、己の道標に少しでも近づくために。

 

 涙を見せるのは、これが最後だ。少女が心配した、悲しさに包まれた少年の顔は何処にもなく。あるのはただ、59階層にて彼女が見惚れた、据わった表情をした雄の顔。

 膝を貸してくれたアイズに薄笑みを向けて礼を述べると別れを告げ、ベル・クラネルは大事な所用を済ませるために、冒険者ギルドの本部へと歩いていく。年齢的には幼いながらも立派と言えるその背中を目にするだけで、彼女の顔にも笑みが浮かぶほどだ。

 

 己が心を寄せる者に元気をもらった少年の覚悟は、もう誰にも止められない。戦争遊戯(ウォーゲーム)まではまだ2日が残っているが、既に戦闘さながらの気配をかもし出している。

 二日後に己が示すのは、オラリオを代表する強者達が一同に背中を追う人物が見せてくれた姿の鱗片。その者の存在を示すからには、己をここまで引き上げてくれた最強の戦士が見せる背中に、泥を塗ることは許されない。

 

 

 確かに小さくなってしまっているが、己が頼った師の姿は、心に宿る情景から消えそうにはない。そして授けられた言葉の通り、ここからはベル・クラネルの冒険だ。

 独り立ちした少年は立派な戦士として、オラリオの歴史に名を刻むことになるだろう。史上類を見ないスーパールーキーの登場に神々が興奮し、ギルドが頭を抱えフレイヤが鮮血を撒き散らしヘスティアが胃痛に悩む時は、目と鼻の先に迫っている。

 

 その幕開けとなる場所は冒険者ギルドの本部であり、ベルは入口に立つと、建物の全体像を一度見上げた。何気に、こうして落ち着き払って見上げるのは初めてかもしれない。意識してみると歴史ある風格が漂う、他とは少し違った立派な建物だ。

 そして、ギルド内部で何名かの者から声を掛けられている。ここ最近の戦争遊戯(ウォーゲーム)開催における対象者が2か月前に名を馳せたベル・クラネルと知って、その知名度は再び急激に上昇しているというわけだ。面白がって声を掛ける者、アポロン・ファミリアに仲間を取られてベルに復讐を頼む者など、内容も様々である。

 

 もっとも、ベルとて建物の内装を眺めに来たわけではない。据わった表情をして足を動かし受付に辿り着くと、何かとお世話になってばかりであるエイナ・チュールと対面した。

 

 エイナとて久々に目にする、ベルの姿。色々とゴタゴタな状況は知っているために応援してあげたいものの、どうにも口は重くて開かない。

 とはいえ、その反応も当然だ。傍から見ればヘスティア・ファミリアの負けが確定している為に慰めにもならないだろうと思っており、逆に何故ベルがこれほどまでに落ち着き払っているのかを問いたい程である。

 

 

「ど、どうしたのベル君……。二日後に、戦争遊戯(ウォーゲーム)でしょ。会場までは距離があるんだから、もう移動しないと――――」

「エイナさん……ランクアップの申請に来ました」

「えっ!?れ、レベル3になれたんだ、おめでとう!」

「いえ――――」

 

 

 ベル・クラネル、レベル4に昇格。呆気にとられる周囲のついでにエイナは昇天……の一歩手前で、なんとかして踏みとどまった。既にレベル5へリーチをかけていることは伝わらない上に、眼鏡も割れておらずセーフである。

 さておき冗談かと疑いをかけるも、ヘスティアが署名した書類もある上に、なんなら背中を晒すとまで言われているために信じるしかない状況だ。レベルを低くして申請するならまだしも、これを疑うとなると、ヘスティア・ファミリアに対するギルドの冒涜に他ならない。

 

 しかしながら、冒険者ギルド内部ではハチの巣をつついた騒ぎである。ファミリア側も秘匿権利があるために詳細までは聞けないが、レベル3をすっ飛ばして4になるなど、文字通り前例のない状況だ。

 どう対応していいか、そんなマニュアルなど存在しない。故に、ああだ、こうだと意見が飛び交っており、陰から見ていたフェルズが腹を抱えて笑いを堪えている。己の試練(装備の用意)を忘れるためであろうか。

 

 

 それでも報告するべきことは報告を終えており、提出する書類は提出した。あとは、二日後の本番に備えるだけである。人垣が割れ、場に居た全員の瞳が少年の背中に向けられており、辺り一帯の空気は重々しい。

 そんな空気を入れ替えるようにして扉を開けた先に、己が最もよく知る青年の姿があった。鎧姿ではないものの、己を引き上げてくれた存在は、目にするだけで自然と口元が緩んでしまう。

 

 

「手続きは終わったか?このあとしばらくして移動となる、準備を済ませよう」

「はい、“師匠”」

 

 

 ほう。と言いたげに、タカヒロは少しだけ驚いた表情を見せた。驚きの対象が呼び方の事だろうと分かったベルは、己の心の内を口にする。

 

 

「どうお呼びするか悩んだんですが……僕の中では、師匠はやっぱり師匠でした」

 

 

 駆け出しだった自分をここまで引っ張り上げてくれた、掛け替えのない存在。学んだことは何があるかとなれば、全てを口に出せるほど少なくはないだろう。

 それでいて、己が戦士として目指す紛れもない道標。故にベル・クラネルにとってのタカヒロという男は、師という立場でもって不動なのだ。

 

 

「……そうか、構わんぞ。では今から移動だ、有象無象の度肝を抜くとしようではないか」

「はい、任せてください!」

 

 

 二人して、同時に片方の拳を突き合わせる。共に凛々しい表情は、負け戦へと赴く戦士の様相とは程遠い。

 

 少年の名前が再びオラリオの地を駆け巡るまで、残り二日。なお、それは二日ぶりの出来事となるだろう。

 




裏話:翌日のアポロン陣営
「ベル・クラネルがレベル4だって!?」
「ふ、ふふふふふ不正乙」
「ひ、一人しかおらんしなんとかなるやろ(楽観視)」
(だから言ったのに……)



ヒロインよりヒロインしてる少女がおる


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110話 いざ尋常にと思いきや

長くなったので二分割します


 

 時は二日後の戦争遊戯(ウォーゲーム)当日で、場所はオラリオの外にある、とある地区の小さな平屋。朝一の時間帯で、ヘスティアが最後のステイタス更新を行っていた。

 たった二人であるために、さほど時間はかからない。“リング・オブ スチール”なる攻撃スキルが発現しているが、「まーた何かスキルがついてる」程度の考えでスルーした。彼女も成長しているのである。

 

 ほんの僅かながらもステイタスが上昇したベルに加えて、この日はタカヒロも3か月ぶりにステイタスを更新した。

 

 なお、アビリティ面は耐久を除いて微塵も変わらず。相変わらずの“ぶっ壊れ”具合に、ヘスティアとしては溜息しか生まれない。

 もっとも、此度において重要なのはスキルの方であると言って良いだろう。ニヤニヤとした表情を浮かべながら、ヘスティアはタカヒロを煽るように言葉を発した。

 

 

「ターカヒロくーん、やるじゃーないかぁ~」

「ん?」

 

 

 なんのことだ、と疑問符を発しながら上着を着る青年だが、相変わらずヘスティアはニヤニヤ顔を止めるつもりは無いようだ。それでいてどこかうれしさを覗かせながら、ステイタスを羊皮紙に書き写している。

 ちなみにタカヒロが疑問に思う理由として、体格の数値を1上げた分以外のステイタスが上昇しないことは知っているためだ。故に今更ステイタスを更新したところで、大きな変化はないと捉えている。

 

 真相としては、ヘスティア曰く「スキルが発現している」との内容だ。これは他ならないヘスティアが与えた恩恵によるものであり、既存の3つのスキルにも通じるものがある。

 ともあれ、一体どのようなスキルなのか。ヘスティアが書き示した羊皮紙を受け取ったタカヒロは、その内容に目を通す。

 

 

 【愛念献身(Alta Amoris・Dedication)(アルタ・アモリス)

 :情を捧げる相手、リヴェリア・リヨス・アールヴのための戦闘の際にクリティカル率+20%。共闘の際に効果向上。

 

 

 フッと鼻で笑い目を閉じて、かつてない程に穏やかな表情を浮かべている。こっちもこっちで思いの丈はカンストである為に現れておらず、効果が上昇する条件までもが全く同じと言う代物だ。

 己の相手にも同じモノが発現しているために、青年としても、このスキルは恋愛面・戦闘面の両方において非常に嬉しい程。新たな強さを得たタカヒロの珍しい緩やかな表情につれられ、ヘスティアの表情も柔らかなものへと変わっている。

 

 一方で、てっきりタカヒロがスキルを見て慌てふためくかとも思っていたヘスティアだが、予想外の格好だ。久方ぶりに「攻撃」できるかと思ったが、肩透かしの状況と言って良いだろう。

 同時に、不安も顔を覗かせていたのだ。これ程の情、そしてロキから聞いた、59階層における戦闘で見せた覚悟を抱くならば――――

 

――――何を考えているんだいボクは。今は、ベル君を応援することが最優先だ。

 

 内心でそう思い、微かに顔を左右に振るう。己では何もできないヘスティアだが、今はともかく、眼前の戦いを処理することが優先だ。それを示すかのように、タカヒロは先に立ち上がる。

 扉の向こうに居たベルも準備を整えており、二人はヘスティアと別れて会場へと歩いていく。チラリと後ろを振り返ったヘスティアだが、微塵も怖がる様子を見せていない二人の背中を目にし、ふっと口元を緩めるのであった。

 

 

 一方、バトルフィールドへと移動中の師弟コンビ。直前に対面したギルド職員から飛び込んできた情報は、多少は予想外のものだったらしい。

 それでも表情を崩さない二人に対し、ギルド職員は疑問を抱く。もしも彼がヘスティア・ファミリアだったならば、ひどく顔を歪めていたことだろう。

 

 ただでさえ絶望的な状況だというのに微塵の焦りも見せない二人を、待機地点へと案内するのが彼の仕事だ。一本道であるために不要と言えば不要ながらも、仕事であることに変わりはない。

 サボりたいが、サボるわけにもいかないのが実情だ。後ろから聞こえてきてしまった会話は聞かなかったことにしようと、己が行った賭け事を忘れるかのように速足にて先へ先へと歩いている。

 

 

「アポロン・ファミリアとソーマ・ファミリアの連合軍、ですか。どちらも人数が多いですから、長引きそうですね」

「多数を相手にした鍛錬には丁度いいじゃないか、効率の良い立ち回りが求められるぞ」

「そうです……あれ?そうなると、リリも敵に居るってことですか?」

 

 

 足を止めて二人で顔を合わせ、「そうなるな」という結論に達している。攻撃してくるかどうかは分からないが、ファミリアのメンバーである以上は居ることは間違いないだろう。

 二人して、そんな答えに辿り着く。直後、瞳に力を入れたタカヒロは、その点に対する言葉を発した。

 

 

「どうやら自分が仕留めるべき獲物が居たようだ。ベル君、そちらは手出し無用に願いたい」

「ホントに手を出すわけじゃないでしょうけれど、なんでそんなに()る気に満ち溢れてるんですか」

「本能と言ったところだ」

「物騒な本能ですね……」

 

 

 やたらと殺意の高い傍観者と、染まりつつある弟子の心境はさておくとして。青年が着ている鎧は、普段見るものとは違っていた。

 

 

「ところで師匠、なんでヴェルフさんの鎧を着ているのですか?」

「ん。まぁ、ちょっとワケありでね」

 

 

 ベルの言う通り、タカヒロはヴェルフの鎧に身を包んでいる。フルアーマーの試作品らしく、上半身と下半身、そしてヘルムの3か所が装着されている状況だ。

 理由としてはヘファイストスが要因であり、ウダイオス討伐の際に鎧一式に見惚れていたことはタカヒロも覚えている。故に観客の目線が己に目線がいかずベルへと向くように、青年なりに配慮しているというわけだ。

 

 相変わらずヴェルフのモノとなると瞬時に見抜くベルながらも、タカヒロとしては、なかなかに着心地が良いらしい。どうせ使うことは無いだろうと気楽なもので、2枚の盾すら出していないという慢心である。

 それでも、万が一となれば瞬きよりも速く取り出し突撃を仕掛けることになるだろう。そのことが分かっているベルはあまり深くは追及せず、二人は会場の入り口へと辿り着いた。

 

 

 スピーカーのような装置から、今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)におけるルールが説明されている。事前に聞いていた内容と間違いはなく、ベルは簡単なストレッチを行って身体を温めていた。

 しかし、その行動も途中まで。数が多い相手方の入場を待っている時、そこにある硝子という名のモニタ越しに、奇妙な集団を目にすることとなる。

 

 

「フレー!フレー!ベ・ル・クラネル!」

「がんばれ、がんばれ、ベ・ル・クラネル!」

 

 

 全員が、ボタンを全て外した俗に言う“学ラン”姿に長いハチマキ白手袋、そして50階層で見た応援用の大きな旗が複数枚。なんだか別世界から来たようなノリの不思議な集団が、しかし確かに画面の向こうに存在した。

 これまた俗に言うチアガール的な、華々しさはどこにもない。人によっては魅力的な光景に映るかもしれないが、少なくとも大多数の者にとっては暑苦しいだけだろう。

 

 あるのはただ、ムキムキの筋肉。ひたすらな筋肉。どこまでも筋肉。

 ゴツい・細マッチョなどの“種別”こそ、眷属によって様々ながらも。野太い声と共に目に入ってしまうだけに、見ているだけで非常に暑苦しい集団である。

 

 またの名を、“フレイヤ・ファミリア”。記憶が正しければレベル8とか6とかの第一級冒険者達だったよなー、と思う外野ながらも、文句を言って喧嘩を売られては勝ち目がないために、オラリオの全員が総スルーしているのは仕方のない事だろう。

 ちなみに、一部の女性は黄色い声を飛ばしているが仕方のない事だ。集団はフレイヤ一筋であるために見向きもしないものの、フレイヤ・ファミリアの冒険者とは、常に人気者なのである。

 

 

 事の発端としては、数日前に遡る。

 

 そもそもが、やはり主神からの指示が無謀だった。他ならぬフレイヤが全員を集めて口にした「ベル・クラネルの応援団をやるわよ」という一言は、フレイヤ・ファミリアに属する者に盛大な疑問符と破綻した顔を作らせている。

 しかし、その冒険者たちは単純だ。直後に口に出された「頑張ったご褒美は期待してね?」という艶やかな表情と一言で、一行の戦意はジェットコースターの序盤の如く急上昇。その天辺に辿り着き、低下する気配を見せていない。

 

 そこからは、まさに迅速と言って良いだろう。何名か居る女性メンバーが採寸と衣類の作成を行っており、着衣の準備は10日ほどで完了したらしい。

 一方の男メンバーは、必死になって応援団の練習に明け暮れていたようだ。本番で声を出すために最後の二日間は振付のみの練習など、用意周到にもほどがある。

 

 

「常、勝!常、勝!ベ・ル・クラネル!」

「フレー!フレー!ベ・ル・クラネル!」

 

 

 その結果生まれたのが、この筋肉筋肉な応援団というわけだ。映像越しの風景は、相変わらずむさ苦しい。どうにかできないかと配信者が考え、とある光景を目にしてカメラを向けた。

 すると軽そうな小さな旗を持って目をキラキラさせ、少女のように旗を振って応援するフレイヤが映し出されて艶やかな癒しの空間へと早変わり。配信者は面白がって映しており、フレイヤと近い仲にあるロキは腹を抱えて大爆笑している最中だ。

 

 

「し、師匠、な、なんですかアレは……」

「随分と暑苦しい応援団なことだ、目立つことこの上ない。気にしすぎて、集中力を鈍らせるなよ」

 

 

 そして、その映像は会場入り口のモニタにも映し出されている。何が起こったのかと困惑するベルだが、タカヒロは相変わらずの平常運転。

 この期に及んで、士気を乱すことも無いだろう。見なかったことにすれば良いと最も適切なアドバイスを授けており、表情を戻したベルと共に、二人はフィールドへと足を踏み入れる。

 

 起伏にとんだ丘、崩れ去った古城跡。どうやら、何回か前の戦争遊戯(ウォーゲーム)における会場の跡地らしい。

 基本的な遮蔽物は瓦礫のみながらも、高いところでは数メートルが積み重なっているために十分に使うことができる。城の内部での戦闘も含めれば、様々なバトルフィールドがあると言えるだろう。

 

 

 そしていよいよ、ヘスティア・ファミリアの入場となったようだ。視界を妨げていた扉が開かれ、フィールドを見渡したベルは少し前へと歩いていく。

 モニターに映し出される背中に怯えや迷いの感情は一切なく、まさに威風堂々。フィールドを見渡しており、戦うべき場所を見極めている。

 

 

 そして、もう一方。此度は傍観者であるタカヒロは、そのまま少し横にある壁へと歩いて行き――――

 

 

「おい“副団長”。あの野郎、寄りかかっちまったぞ」

「まったく……」

「はは。最初から全く戦う気がないね、彼は」

「まずはリトル・ルーキーのお手並み拝見、と言った所じゃのう」

「ベル、頑張って……!」

 

 

 黄昏の館、食堂。最大派閥権限で超大型モニターを確保していたロキを筆頭に、幹部クラスからレベル1の駆け出しまでの全員が食堂に集っている。開催直前ということでヒートアップしており、まるでスポーツバーのような状況だ。

 真剣に見据える者、酒とツマミでハイテンションになる者など様々なれど、それでも全員がヘスティア・ファミリアを応援していることに変わりはない。応援団フレイヤ・ファミリアに習って飲酒組の間で応援歌が歌われているなど、思い思いの様相だ。

 

 

 現地で壁に寄りかかったタカヒロが左側を少し見上げると、会場の外となる塔のようなところに、小さいながらもヘスティアの姿を確認できた。事前の説明通りであり、目に見えないバリア的なものが貼られているらしい。

 参加しているファミリアの主神は、そこから全体を見ることになる。塔の内部にはモニターもあるために肉眼で見るかどうかは各々の趣味となるが、それでも、タカヒロが口にする一つの事実は変わらない。

 

 

「さぁ、その高みから目にしろヘスティア。君が路地裏で出会い恩恵を与えた漢が如何程か、()をもって知る時だ」

 

 

 言葉の数秒後、開始を告げるブザーらしき音が鳴り響く。史上類を見ない程に圧倒的な人数差による戦争遊戯(ウォーゲーム)が、今ここに幕を開けた。



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111話 オラリオに示す戦争遊戯

 ブザーらしき音と共に始まった、史上類を見ない程に圧倒的な戦力差であり人数差となる戦争遊戯(ウォーゲーム)。連合軍を組んだ相手の連中と違って雄叫びの1つどころか言葉も零さずに、少年は風に揺られるようにして静かに存在。

 

 

 ベル・クラネル、レベル4に昇格。その情報は、戦争遊戯(ウォーゲーム)の直前で盛り上がるオラリオの夜を突風の如く駆け抜けた。誰もが疑い、困惑し、それでもギルドの情報ゆえに正しいのだろうと半ば強制的に納得した。

 なぜならば、その実力の真偽が判明する機会は二日後に迫っていたのだ。もちろん嘘偽りではなく、決して表には出されないものの、第一級冒険者すらも注目する人物であることに違いはない。

 

 事故のような状況からの回避不可能だった流れとはいえ、名目上は3人でのハントとはいえ。コミカルな状況で報告された内容だったが、たった3人でゴライアスを屠った実力は間違いなくベル・クラネルが持つものである。

 英雄そのものを示すような道標に焦がれ、想いの人を助けると言うことを戦う理由とし、その第二歩目を踏み出したからこそ、少年は更に一歩を踏み出せる。先も見えず決して楽な道のりではないものの、己の夢へとに近づき彼女を守る力を築くために、こんな雑兵共を相手には止まれない。

 

 

 迫る相手を広く見る。やはり厄介なのは、サポーターと後衛だろう。持久戦となっては、実質的に一人である己が不利なことは言われなくても分かっている。

 もし自分の立場に師匠が居たら、差し出がましいがベル・クラネルという己と同じ実力だったならば、手段は違えど視野を広くし、一体多数の状況を避けたうえで立ち回ることだろう。

 

 もう師ではなくなってしまったが、抱いているであろう考えは分かる。それが乱戦における最適解だと、容易に想像できてしまう。

 己が使えるファイアボルトと投擲用のナイフを駆使すれば、ほとんどが対処できそうな程度。手段は確立できそうであり、ならば重要なのは状況の判断だ。

 

 対峙するはアポロン・ファミリアと、ソーマ・ファミリアの2陣営。戦力的に厄介なのは前者であり、後者ならば容易く潰せる。そこに己もよく知る“彼女”も混じっていたが、今は気に掛けている余裕は無い。

 相手陣地の後方に目をやって目視確認。魔法部隊に弓兵部隊、その後ろには更にサポーター部隊。いくらかの近接が防衛にあたっているが、防衛線と呼ぶには隙だらけだ。

 

 なんせ少年が今までに相手をしてきたのは、階層主ゴライアス、(元)凶狼((今)仲人狼)ベート、剣姫アイズ、重傑ガレス、勇者フィン、猛者オッタル。そしてそれらの鉄壁すら生ぬるい、大地の如き頑丈さを示すタカヒロ(ぶっ壊れ)なのだ。

 相手を広く見る少年の観察眼は、敵の陣営に生じる綻びを見逃さない。舐め切っているのかまるで役割を果たせていない前衛の隙など、いつでも突破できるように思えてしまう。

 

 

「始まるぞ……」

 

 

 観客であり、真剣な表情から呟かれたベートの言葉と共に。据わった表情を崩さないベル・クラネルは、地を蹴って駆け出した。

 相手からすれば少年を視界に捉えられず、無垢な風が吹き抜ける。その風を感じた途端に意識を手放し、文字通り成す術なく崩れていくしかない無慈悲な現実を待つ以外に道が無い。

 

――――次、1秒後に左の二人。続けざまに弓矢3本、そのまま駆け抜けて回避。魔法攻撃は、師匠がオッタルさん相手にやったように、相手の身体を盾にする。右方の三人は一人目の横薙ぎを左に流して、ここから反対に切り返してカウンターだ。

 

 レベル1だろうが、3だろうが、吹き荒れる剣戟の雨の前では等しく同じ。やはり焦がれた剣戟の嵐には及ばないなと悔しがる少年ながらも、相手からすれば自然災害の如き攻撃だ。

 攻撃を的確な位置と威力で当て、相手の攻撃を真正面から防ぐわけではなく的確にいなし。乱戦となれば、相手の身体まで利用して的確に立ち回り。

 

 故に、無駄な体力を使わない。ソロでの連戦という過酷な状況下において、教わった最も重要なことを実践することを、周囲が目を見張る程の最適さで実行する。

 限界まで戦い続け鍛えられたスタミナは、レベル3程度の者からすれば無尽蔵に思えるだろう。流石に少しは“最適”から外れることもあれど、その点は日ごろの鍛錬の成果がカバーする。

 

 

 それでもやはり、例外は存在する。相手の6割以上をダウンさせたタイミングで、一本の矢が背中から飛来した。回避するならば事前に察知していなければいけないだろうという、これ以上のない絶好のタイミングと言えるだろう。

 しかし少年は、振り向きざまにそれを容易く弾き落としてしまう。射線の先に目をやると、ベルの予想通りに、攻撃者はパルゥムのサポーターであった。

 

 

「リリなら、“そう仕掛けてくる”と思ってたよ」

「それ防いじゃうんですかベル様ー!?」

 

 

 レベル1とはいえ、ある程度の威力を確保できるクロスボウ、なお(やじり)は刺さらず打撃となるよう改造された物を用いた完璧な奇襲だった。しかし残念、考えは読まれていたために不発に終わる。

 いくら相手が同じパーティーに所属しており、他ならぬリリルカ自身の命の恩人。かつ絶対に裏切らないと誓ったとはいえ、このような場面では真っ向から向かわねば失礼だろうと判断しての参戦だ。

 

 ともあれ、ベル・クラネルにとっては二番目に付き合いの長いパーティーメンバー。故に、それらの考えは読まれてしまっていたというわけだ。

 こうなってしまっては負けも同じであり、彼女は両腕を上げて降参した。そのためにベルも注意を逸らしており、リリルカはくるりと反対側、つまりヘスティア・ファミリア側の陣営へと向くこととなる。

 

 

「次は自分が相手、というコトだな?」

「へえっ!?」

 

 

 直後、「貴様は俺の獲物だ」と言わんばかりの“おふざけ殺気”が、寄りかかっている青年から発せられた。割と真面目にリリルカは恐怖に震えることとなっているが、それは仕方のないことだろう。

 本気装備とは程遠い状況ながらも、今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)である“平均レベル2”Vs“平均レベル52”など序の口と言える程。それ程までに、戦力的な二人の差は歴然だ。

 

 “レベル差99のタイマンバトル”という絶望すらも生ぬるい現状は、弱い者イジメ以外の何物にも該当しない。この男、妙に彼女へのアタリがキツイ傾向にあるのは気のせいではないだろう。リリルカの腰が抜けてしまい、この戦いは終了することとなる。

 

 

「――――一陣の突風をこの身に呼ぶ!放つ火輪の一投!来れ、西方の風!」

 

 

 もっとも敵側は、数の利を生かして攻撃の用意を仕掛けても居る。倒される者には気にも留めず先ほどから詠唱を行っていた者はそれを終えると、名前を叫ぶと共に攻撃を行った。

 

 

「アロ・ゼフュロス!!」

 

 

――――魔法攻撃。

 

 飛来する魔法を見て、回転する円盤のような形状に惑わされるなとベルは己に活を入れる。炎属性の魔法、動きとしては直線運動、速度としては大したことが無いが威力は強い。

 今のベルならば、その程度の事は瞬時に読み取れる内容だ。ならば正面から対峙して攻撃をいなし、そのままカウンターに持ち込むことが最良と、容易に判断できることである。

 

 正面に迫る炎の輪の回転に沿うように、ヘスティア・ナイフを滑らせる。自身もその流れに逆らわず、上体を下げて加速しながら魔法が進むベクトルを変えた時だった。

 

 

「爆発!?」

「直撃ではないが、自発的な炸裂による攻撃だ!」

「いかん、マトモに食らってしもうたぞ!」

 

 

 驚いたのは、観客の誰だったか。少なくともフレイヤとアイズは目を開いて驚いており、ベルの真横で爆発した魔法攻撃の煙が辺りを包み、映し出される映像も同様だ。

 本日において初めて――――と表現するだけで異常さが伺えるが、ともかく、少なくないダメージを負っていることは明白だ。ロキ・ファミリアの面々も、思わず表情が険しくなる。

 

 それでも少年は、その爆発で発生した炸裂する空気の力すら味方に変える。今までノーダメージで切り抜けてきたが故に、一発程度の被弾ならば、どうということはない。信頼できる鍛冶師の防具と5%ながらも威力を減衰するブラザーズ アミュレット、そして約二名ほどからスパルタな特訓を受けてきた故に高い度合いにある耐久が、ここにきて生かされた格好だ。

 魔法を操っていたヒュアキントスに対処できる暇があったと言えば、答えは否だ。小傷に塗れたベルはそのまま煙を抜けてショルダータックルを叩き込んでおり、ヒュアキントスは肺から空気が押し出される。

 

 勢いよく地面を転がる彼からすれば、当たったはずの魔法が何故威力を発揮していないかが理解できない。そんなことはあり得ないと、イレギュラーを受け入れられない。主神に慕われる美貌は傷と血に塗れており、表情もまた同様だ。

 そして根底では、ベル・クラネルが何かしらのインチキをしていると思い込んでいる。そのために、出てきた言葉は単純だった。

 

 

「な、何をした、何をしたあ!!」

「……酒場で貰った言葉を、そのまま返す。その程度か太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)、まだ撫でただけだぞ?」

「この、野郎……!!」

 

 

 呪い殺さんとばかりに歯を噛み締めて相手を睨むも、少年は僅かにも動じない。一流の第一級冒険者達から比べれば、やはりその程度は、子供の遊び程度に過ぎないのだ。

 

 

「だはははははは!煽りよる煽りよる!サイコーやでドチビんとこの子兎、戦争遊戯(ウォーゲーム)を分かっとるわ~!」

「気配も似ているが、口調までタカヒロのものがうつっているではないか……」

「ベル、かっこいい……!」

 

 

 遊戯(ゲーム)ということで、盛り上がる者、呆れる者、惚気る者と多種多様。応援団宜しく、長いハチマキを装備して旗を振っている残念女神率いる(フレイヤ・)ファミリアもある程だ。

 直接的な参戦をしなければ、応援の仕方は人それぞれで自由がある。そんな一方で、別の感情を抱いた勇者(ブレイバー)も居るようだ。

 

 

「やっぱりイイね、彼は……イイね、すごく良い!」

「むっ。あげないよ、フィン」

「なになに、団長の恋話!?」

「団長!?私というものが」

「……いや、そうじゃなくてね。アイズも居るんだし僕もあっちも男なんだけど、なんでそうなるかな?」

 

 

 どこぞの師に似て口でもカウンターを放つ少年の言い回しにより、外野のボルテージは最高潮。特にベルの実力を知っているロキ・ファミリアは顕著であり、賭け事でも上限金額をヘスティア・ファミリアに注ぎ込んでいるので気楽なものだ。

 一方でベル・クラネルのランクアップをインチキと疑っておりアポロン・ファミリアに賭けた者は、金額にもよるが顔が悪い……ではなく顔色が悪い。ここからアポロン・ファミリアに逆転があるかとなれば、答えは否であると断言できるだけに猶更だ。

 

 この映像を見ている者において、一か月でレベル2、そして此度のレベル4へのランクアップがインチキだと思っている人物は、もういない。どれ程の鍛錬を積めばあのようになれるのかと考え、己と比較し、静かに唾を飲むだけだ。

 それはヒュアキントスも同じであり、起き上がって飛び掛かるも、近接戦闘ならばベルの十八番。剣による攻撃はただの一度も当たらず受け流されるなどして全てを無効化され、蹴りの一撃にて再び吹き飛ばされるだけである。

 

 

「なぜだ、なぜだ……ソーマ・ファミリアと組んだというのに!作戦を練って連携して挑んだというのに!何故…」

「分からないでしょう。形だけ取り繕って、強引にファミリアに加入させて団員を増やして満足している程度じゃ、本当の絆なんて垣間見ることも無いはずだ……」

 

 

 ベル・クラネルが過ごしてきた、オラリオでの日々。オラリオの地で己を拾ってくれて、常に心配してくれる主神やサポーターとの絆を知っている。

 己が信頼でき、己のために全力を出してくれる鍛冶師との絆を知っている。絶対に崩れぬと信用でき、いつも側にいてくれて逆に己を立ててくれる、他ならぬ師との絆を知っている。

 

 それぞれが持っている、それぞれの戦う理由。戦うの意味は各々で異なれど、それでもベル・クラネルという己のために示してくれることは、痛いほどに感じ取れる。

 

 少年は貰ってばかりで、いつも申し訳なく思っている。返せるものが何かあるかとなれば、それこそほんの僅かなモノだけ。

 だからこそベル・クラネルは、日々において精一杯の努力を積み重ね。せめてもの内容である己が示せる全力を、常に示すことで応えるのだ。

 

 

 そして、普段のパーティーによる行動を思い出す。9階層で体験したパーティーによる行動を思い出す。桁違いに深い59階層で目にした、決死の突撃を思い出す。

 何故だという相手の疑問に答えるならば、それらの時において目にした光景が確かな答え。極めつけの一番は、此度の戦闘における程度で“連携”などと声高に叫ぶなど、ホンモノに対して無礼極まりないにも程がある。

 

 

「数と質が揃えば、確かに外から見れば強く見えます。だけどそこには、本当に仲間のために戦うという絆が無い!だから連携の欠片もない!!そんな形だけの人達が作るハリボテの絆なんて、僕が尊敬するロキ・ファミリアの足元を見るにも及ばない!!」

 

 

 明らかな格上に対して連携し、仲間のために決死の覚悟を見せるファミリアを知っている。命という対価を差し出すに値することを躊躇しない、真の団結力を知っているからこそ、この程度で“連携”を語るなど言語道断と言わんばかりベルは怒りを(あらわ)にする。

 零細ファミリアとして、一流の冒険者達が見せるその背中は、目標とするに値する以外に在り得ない。そんな者達から比べれば、今の相手などは文字通り、全てにおいて足元にも及ばぬのだ。

 

 

「……ロキ」

「……ああ、わかっとる。さっきみたいな下種な発言は、できへんな」

 

 

 真っ直ぐで、純粋な赤い瞳が映し出される。浮かれていた道化の者達は瞳に力を入れ、相手からは映らないだろうが、その瞳をしっかりと見据えている。

 

――――そちらが僕に勝てない理由があるとすればそれだけで、それがあるならば僕は勝てない。

 

 そう言い残したベルの言葉は、オラリオにおける数多の戦士の耳に残る。この戦いは、地面に両膝をついたヒュアキントスの降参によって決着となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――はずだった。

 

 

 

 

 

「寝言は寝て言えよ、太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)。どちらかが全滅するまでの、デスマッチ方式なのだろう?」

 

 

 後ろで見ていた自称一般人から発せられた言葉が、まとまった筈の場の全てを破壊してしまう。そんな言葉を聞いてしまったベル・クラネルは、遠慮は不要とばかりに心の奥底で思っていた本心を口にした。

 

 

「ええ、まさか喧嘩吹っ掛けてきておいてゴメンナサイは無いですよね?ちゃんと(全滅させる為に)スタミナ管理は行っていますから、まだまだ相手になれますよ?」

 

 

 圧倒的絶望、救いの手など探すだけ無駄というものだろう。見上げる先、己を見下ろし目の前でニッコリほほ笑む14歳の少年の表情が、恐怖故に顔を強く引きつらせるヒュアキントスにとっては悪魔にしか映らない。

 後ろから煽った傍観者然り、圧倒的な差が生まれ埋まる見込みのない戦いを辞めるつもりはないようだ。その実、ドロップアイテムが落ちるまで対象モンスターを狩り続ける師の様相と似ているかもしれない。

 

 ともあれ思い出して戴きたい。あのベート・ローガをもって大天使と言わしめるベル・クラネルが喧嘩発生日に口にした台詞は、「絶対に許さない」。

 その言葉は今も有効であり、立ち上がる殺気は全く衰えを見せていない。アポロン・ファミリアは、眠れる獅子の尾を踏んずけてしまっていたと言うわけだ。

 

 

 まさかの展開に、ロキ・ファミリアを筆頭にオッタルですらもドン引き中。だんだんとケアン世界が基準になってきた優しい優しい少年ベル・クラネルを怒らせた時の怖さを、各々が身に染みて受け取っていた。

 塔の上ではキリキリと胃を痛めつつヘスティアが必死になってベルに向かって叫んでいるも、距離がありすぎるために届かない。唯一止められるとすれば後ろにいる少年の師ただ一人なのだが、こちらは止めるどころか燃える薪に燃料と酸素を送り込んでいるために期待するだけ無駄だろう。

 

 

「もういい、やめてくれ!すまないベル・クラネル、私が悪かった、この通りだ!」

 

 

 バトルフィールドに主神アポロンが駆け込んできたのは、そのタイミングであった。息も絶え絶えでヒュアキントスとベルの間に割り込むと、ベルに向かって深く頭を下げている。

 傍から見れば歪んでいるとはいえ、眷属を大切にする気持ちが強いのもまた事実。故にこの状況を見ていられず、プライドを捨てて自らが許しを請いたというわけだ。

 

 流石のベルも、相手の大将が出てきて謝罪を入れているのだから燃え上がった炎が静まり始める。大切な家族や友を蔑ろにされた事は別として、この場は降参を受け入れると口にしてホルスターにナイフをしまった。

 

 

「……わかりました。ですが、僕の大切な人達を蔑ろにした事は許さないですよ。どのような処罰かは未だ分かりませんが、全てを受け入れて貰います」

「わかった、必ず約束する……!」

 

 

 条件付きながらもこう言う所で許すあたりが、ベル・クラネルの人柄と言える光景だ。もっとも流石に根っこでは納得していないようであり、少年らしい表情とはかけ離れている。

 そして怒っていたのが後ろの装備キチだったならば謝罪を突っぱね、「虫の息ならまだ息あるよね?」となっていたことは揺るがない。下手をしたら“とあるスキル”を使って相手全員を全回復させ、第二・第三ラウンドへとエンドレスに突入していたことだろう。

 

 ともあれ、今度こそ戦争遊戯(ウォーゲーム)は決着となる。まさかのヘスティア・ファミリアが完封勝利という結末を受け、オラリオは色々な意味で興奮冷めやらぬ様相を見せるのであった。

 




余計なことを言う装備キチ


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112話 それぞれの反応(1/2)

遅くなりました


 時は僅かに遡り、ベル・クラネルの“悪魔にしか見えない可愛らしい笑顔”が画面に映し出されて全国放送されている辺り。ロキ・ファミリアの者達も、流石にこの流れは予測することができなかったようだ。

 苦笑いを浮かべる者が多く、引きつった表情の者も数知れず。静まり返った黄昏の館の食堂に、とある青年の言葉が静かに響き渡った。

 

 

「あの野郎、やってくれやがったな」

 

 

 そのような者たちと違ってニヤリと口元を歪めポツリと呟いたのは、ベート・ローガ。始まりの言葉を口にしたこの者を含め、大多数の者は開始からベル・クラネルが魅せる圧倒的な戦闘に目を奪われていた一人だ。

 映像越しながらも目にするだけで心が躍り、冒険者ではなく戦士としての心が焚きつけられる。今すぐに戦闘を行いたい程に気持ちは高ぶっており、“やる気”という名の炎が灯る表情は誰にも消され――――

 

 

「ベート、それ“どっち”の意味や?」

「……」

 

 

 そんなことはなく、たったの一言によって消されることとなった。すっかり出鼻をくじかれたベートは、物言いたげな目線を主神へと向けている。

 ロキがそのような問いを投げ、ベートが理解できてしまい口をつぐむのも無理はない。史上類を見ない戦力差となった戦争遊戯(ウォーゲーム)は実質的に終了間近であり、その内容もまた強烈だった。

 

 軽く三行で纏めるならば、

 

 ・ベル・クラネル無双

 ・ロキ・ファミリアへのリスペクト発言

 ・余計な一言と、それに追従するベル・クラネル

 

 と言ったところだろう。流れ弾を貰ったパルゥムのサポーターも居たが、ベルが大活躍(無双乱舞)していたお陰様でモニタにも映されておらずセーフである。

 最後に出てきた例の発言も拾われたのは拾われたのだが、その後に見せたベルの笑顔が強烈だった為にヘイトはそちらへと向けられている。可愛い顔してべらぼうに強く悪魔的な発言もできるということで、“ギャップ萌え”に黄色い声を上げる奥様方・お姉さま方が多かったらしいが、その点が本人に伝わることは無い。

 

 ともあれ最初のベル無双については、ベートも百歩譲って理解できる。ベートとて例の鍛錬に参加したのは20日間もないが、それでも気づかされることは様々なものがあった程の濃密さ。

 それ程の指導ができる者の弟子ならば、あのような立ち回りができても不思議ではないとロキ・ファミリアの第一級冒険者は捉えている。尤も、それがベル・クラネルが持ち得る類まれなセンスの元に成り立っている点もまた、周知の事実であった。

 

 二つ目のロキ・ファミリアへのリスペクトについても、同ファミリアの者は熱い心を抱いている。特に59階層へ遠征した者は顕著(けんちょ)であり、ベートが抱いた心の炎は強まっている。

 同じヒューマン、同じレベル4のラウル。種族は違えど同じレベル4のアリシアなど、その対象は多くに及ぶのが実情だ。

 

 レベルでは上回っているとはいえ、一対多数という圧倒的に不利な状況。そんな苦境で光った者が己と同じレベル4だったのかと思い返すと、“まだまだ”だと否が応でも認識させられるのは仕方のないことだろう。

 それは例えレベル4でなくとも、傾向については同様だ。ベルがロキ・ファミリアを尊敬していることも知って、ファミリアとして、先輩冒険者として正しく在らねばと、各々が自分自身に活を入れている。

 

 

 それでも、最後の最後で色々あった点は変わりはない。こちらもまた「やってくれやがった」と捉えることが出来る程の内容であり、ロキが「どっち」と尋ねた片割れだ。

 

 リヴェリアはタカヒロの言動を耳にして、目を閉じ右手を頭に当てて「あの馬鹿者」と言わんばかりに溜息を零し。チラリと横を見るも、作られている光景に手を出すことはできないだろうと諦めた。

 お目目キラキラという謎のフィルターがかかっているアイズは、脇を絞めて両肩の位置に拳を作って映像を凝視中。それと比べれば穏やかなものの、フィンもまた強い視線を向けているのだから場の収まりがついていない。

 

 映像はアポロンが飛び出し謝罪を始めたタイミングとなり、ベルが武器をしまったことで決着がついたのは誰の目にも明らかと言えるだろう。やがてブザーらしきものが鳴り響き、係員が場に飛び出すなどして正式な終了となっている。

 どうやら映像の中継もここまでであり、酒を煽っていた各々は掛け金が何十倍にもなったことに喜んでいた。遠征に次ぐ遠征で資金難なロキ・ファミリアにとっても、思わぬ臨時収入が入った形である。ソーマ・ファミリアからの賠償の話もあるのだが、これは酒の現物にしてロキの酒代を抑える方向で話が進んでいるらしい。

 

 

 ところで各々が得た賭け金の倍率についてだが、これはギルドが決めた上限いっぱいにより天井倍率となっている。流石に今回の本当の倍率“うん百倍”は想定外のことであったために規則が追い付いていないという事態が起こっており、さっそく「余剰金はどうするのか」という質問の嵐が押し寄せているのは言うまでもないだろう。

 なにせ、負けた者が非常に多い状況だ。自業自得ながらもぶつける先のない苛立ちはギルドへと向いてしまっており、ギルドとしても「何か考えます」程度の回答では許されない状況なのである。

 

 

「あーもう、これ以上働けっていうの!?ただでさえ毎日5時間残業で対処してるってのに、なんでこっちに業務を回すのよ!!」

「そーだ、そーだ!」

「エイナ、もっと言ってやって!!」

「だ、だから、その……」

 

 

 堪忍袋の緒が切れてしまい、ギルド本部の事務所で叫ぶ“げきおこ”エイナ・チュール。と、その仲間(同僚)達。戦争遊戯(ウォーゲーム)そのものの手配と後処理の準備に只でさえ集計が面倒な賭け事の制度に加え、レベル2から4になったイレギュラーの対応に手を追われている状況に、どうやら新しい“お願い”が舞い込んできたらしい。

 普段の仕事が丁寧で完璧なエイナだからこそ許される反論であり、これには仕事を持ってきた上司のギルド職員も終始姿勢が低い。確かにギルドの制度が招いた事象であるために、これは上司の責任と言えるだろう。

 

 ところで、その関係のない仕事、新しいお願いとは何か。それは、“負けた金額の二割を余剰金からバックすることができないか”という計算だ。

 しかも、そのバックする金額の割合を増やせないかというオマケ付き。これらの作業を人力でやれと言う無茶な命令に対し、流石のエイナを筆頭に職員たちからも批判の嵐となっているのは仕方のないことだろう。

 

 結局は三割バックで決定され、もし足りなかったらギルド幹部の給料を返上ということで内部抗争に決着がついたらしい。余剰金が出るだろうが、それはきっと誰かが有効に使ってくれる事だろう。恐らく。

 

 

 本日の残業も一段落つき、続きは明日からと決定したギルド本部の事務室。背伸びをする者、溜息をこぼす者など、溜まった疲れを表現する方法は様々だ。

 そんな事よりもと書類の片づけをしていたエイナに対し、親しい同僚の一人である桜色の長い髪を持つ小柄で陽気なヒューマン。エイナが学生時代からの友人である、ミイシャ・フロットが声を掛けてきた。

 

 

「それにしてもエイナの弟くん、あっという間にレベル4になっちゃったんだねー」

「だから弟じゃないってば。でも、ホントにねー。コボルト一匹倒して嬉しそうに駆け寄ってきた頃の顔、まだよく覚えてるわ」

 

 

 片づけの片手間に応対するエイナだが、その表情は残業疲れなど伺えない程に明るいものがある。担当対象のベル・クラネルがオラリオに刻んだ数々の活躍によって彼女に支払われる臨時ボーナスの額も弾んでおり結果として両親へ仕送りできる額も増えているのだが、そんなことは関係ない。

 

 

「到達階層は実質的に18階層だし、みんな凄い凄いって言ってるよ~」

 

 

 実力を示す指標としている、到達階層。行くだけならばそんな指標すらもぶっ壊していく“リフト”なる存在があるのだが、彼女たちの仕事が増えるだけなので知らない方がいいだろう。

 実のところベル・クラネルの最大到達階層は59階層であるために、ギルドが持っている情報も間違いだ。故にタカヒロとしては、「そのようなものが強さの指標になるのか?」と一蹴している内容でもある。

 

 対人、対モンスター、一体多数、奇襲、連続戦闘。本当の強さとは、それら以外に如何なるシチュエーションにおいても発揮できなければ意味がない。

 その教えを受けてきたベル・クラネルも、あまり到達階層は気にしてない様相を見せている。ダンジョンへは潜らず技術を高めることに努めているベルだが、この言葉の影響を大きく受けているのだ。

 

 

「……そうね。ほんと、あっという間に大きくなっちゃった」

 

 

 実際のところ背丈も数センチ伸びているのだが、エイナが口にするのは内面について。年相応よりちょっと幼い反応を見せてくるベル・クラネルとは、彼女によって世話の焼ける弟のような存在と言えるだろう。

 事実、無意識のうちにそのような目線で接してしまっていた為に、同僚のミイシャからは“弟君”などと呼ばれているワケである。オラリオ屈指と言えるほどに素直であり、小動物のような顔をしているために年上の女性が面倒を見てしまうのも無理のない話だ。

 

 

 しかし。そんなベル・クラネルだったのも、たった半年ぐらい前までの昔話。ダンジョンについての知識は危ういところもあるが、持ち得る戦闘技術については、先の戦いを目にすれば彼女にも分かる程のモノがある。

 先程エイナが呟いた一文も、ここにある。“男子、三日会わざれば刮目(かつもく)して見よ”という言葉があるのだが、まさにその言葉を体現しているかのような成長ぶりに他ならない。

 

 レベル4の報告をしに来た時。それ以前にも度々見かけたが、彼女との会話が終わると、据わった雄の表情へと一変するのだ。そこには子ウサギのような微笑ましさは欠片もないが、エイナとて思わず見とれてしまうほどのモノがある。

 守ってあげたい・お世話してあげたい年下の様相と、頼りになる男というギャップを持ち得る、彼女とは5歳ほど離れた年下の少年。あまり意識していないものの、素直に白状するならば、彼女にとってドが付くほどのストライクゾーンなのである。

 

 己の元から巣立っていくような成長ぶりを思い返し、思わず口元が緩んで穏やかな顔つきへと変貌する。本人も気づかぬところで“姉”とはまた違った女性の表情だったのだが、誰も見た者はいないためにセーフだろう。

 

 しかし同時に、その顔を向けることは許されないとも知っていた。故にすぐさま表情を戻し、できる(スパルタ教育)アドバイザーのエイナ・チュールとして普段のふるまいを見せている。

 知っていた理由としては、アポロン・ファミリアにおける神の宴。参加していた者達がフレイヤに視線を奪われる点については不可抗力としても、そちらに目が行っていたならば、ベルとアイズのやり取りも知っていたというわけだ。

 

 

「これなら、弟君がヴァレンシュタインさんと並んでも見劣りすることはなさそうじゃない?エイナ」

 

 

 結果として、二人が他人ではない関係にあることも静かに広がりを見せている。のちのち街中を二人で出歩くようなことがあれば、噂は輪をかけて広がる事だろう。

 情報収集に長けるギルドにも、その情報は舞い込んできていたというワケだ。一番の驚きを見せたのがエイナであり、最初に耳にしたときは軽く叫んでしまった程のものがある。

 

 何せアイズ・ヴァレンシュタインとは、オラリオにおいては最も人気が高い女性の一人と言って良い人物だ。本人にその気がなく恋人即ちダンジョンというレベルだった為に、今まで男の影も形もなかったのが実情だ。

 故にここにきてのベル・クラネルは、まさに大番狂わせと言って良いだろう。密かに思いを寄せていた者は噂話に憤怒し、此度の戦いを目にして諦めている者だらけとなっていた。

 

 

「確かに、“ヴァレンシュタイン氏と並ぶなら強さが足りない”って言ったことはあるけどさー。ホントに強くなって、更に彼女にしちゃうなんてね~……」

 

 

 行儀悪く机に肘を立て、手のひらで顎を支えるエイナ。仕事疲れか「ふぅ」と吐き出される溜息が行儀悪さを引き立てており、滅多に見せない様子にミイシャも少し驚いた様相を隠せない。

 

 早すぎるレベルアップに自分の実力を勘違いし、ダンジョンで命を落とさないだろうか。お世話癖が付いてしまっているエイナには、そんな不安が浮かんでいる。

 しかし、その点については心配無用だ。ベル・クラネルは己の実力をしっかりと把握しており、緊急時を除いて無茶をすることは無いだろう。

 

 

「レベル1から2への最速記録を作ったかと思ったら、2から3どころかレベル4!」

「ほんとにねー」

「全部の記録を一気に更新だよ!こんな冒険者、二度と出てこないんじゃないかな?」

「ベル君みたいなのがポンポン出てきたら業務が追い付かないわよ!」

 

 

 恐らく生きているうちには二人目は出会わないと考えている、考えの甘いエイナ・チュール。なぜベル君がこれほどの成長を遂げることが出来るのかと考えた際にスキルへと原因を押し付けず、環境の点を考えるべきであった。

 冒険者となる際の担当に彼女を指名するであろう、一般人(基準外)枠。そこには、レベル100という桁外れの規格外が控えている。

 

 そんな謎めいた人物(ぶっ壊れ)のことはさておき、明日も朝からエイナ達が挑む業務が待ち構えていることに変わりは無い。ベル・クラネルというよりはヘスティア・ファミリアが受け取る賞金の用意など、やらなければならない事は文字通り山積みだ。

 やるべき事を羅列しだすと逃げるように立ち去ろうとするミイシャの肩を掴んで、2分程で要点を整理する。このような行動ができるからこそ要領よく立ち回ることができ、結果としてエイナは“仕事ができる”と評判なのだ。

 

 なお、あまりの多さに帰宅の足取りが重いのはご愛敬。オラリオに来てからは職場と自宅との往復で一日を終え続けている彼女だが、それは今日とて同じのようだ。

 

 

「はー……。誰か、会計の書類整備が得意な人いないかなー……」

 

 

 自宅へと帰り身支度を整えたエイナは、ドサッとベッドに倒れる。考えてもそんな都合のいい者は思い浮かばず、疲れからか、意識は不覚へと沈んでいくのであった。



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113話 それぞれの反応(2/2)

例のあの神が久しぶりに出てきます。


 オラリオにある、とある地下室。屋内用の魔石灯の光が6畳程度の石造りの壁に無秩序に反射し、不規則な影を作り出している。

 部屋の中心部にあるのは、4人掛けには少し小さい丸い木製テーブル。対面となるように二人の男女が腰掛けているのだが、机に肘をつく男に対して背筋を伸ばす女性側という不釣り相な状況だ。

 

 

「リトル・ルーキーか……盲点だったな」

 

 

 コトンとワイングラスの底が木製テーブルに置かれる音が静かに響き、中の葡萄酒が静かに揺れる。やがて収まった波紋には、下を向く一人の神の姿が映し出されていた。

 美男美女揃いとされる神々の中でも、整った顔。落ち着いた性格や口調にマッチした雰囲気は、数多の女性・女子から絶大な人気を集めている。

 

 かつて24階層において騒動があった際、ロキへと接触した神“ディオニュソス”。

 

 パッと見は、上品さと優雅さを持ち合わせた優男。ややウェーブのかかったブロンドの髪先と相まって、その様相に拍車が掛かっていると言えるだろう。

 実のところは、わざと少しだけ気高く振舞い王子のような様相を見せている。それ故に女性からの人気は高く、何かと有名な神の一人だ。

 

 

「はい。最速でレベル2へと昇華したことは知られておりましたが、同時に、虚偽の報告だと疑う声が強かったことも事実です」

「だが、その実力は本物だった」

 

 

 対面に座り背筋を伸ばし、据わった表情を見せる一人のエルフ。腰先まである長く艶のある黒髪、ベル・クラネルのような深紅の瞳――――よりは少し暗い色の瞳を持つ女性、フィルヴィス・シャリア。

 ギルドに伝えられているレベルは3であり、白巫女(マイナデス)の二つ名を持つエルフの冒険者。二つ名を現すかのように白を基調とした衣服を身にまとい、そのために持ち得る黒髪が映えている。

 

 目の前にいる神ディオニュソスのファミリアにおける団長を務めているのだが、実はファミリア内部においても持ち得る人望は無いに等しい。同じファミリアの者からも遠巻きにされており、それは副団長からすらも同様だ。

 理由としては、過去に彼女自身を除いてパーティーが全滅したことがあるが為。結果、裏の二つ名として死妖精(バンシー)と呼ばれ、周囲、特にエルフの同胞達からも敬遠されるようになった過去を持つ。

 

 しかしファミリアにおいても主神のディオニュソスだけは別であり、こうして快く接する態度を見せるのだ。故に彼女もディオニュソスの前では口数が多く、今現在は真面目な話のために据わっているが、表情も豊かに変化する。

 その実、タカヒロやベルの前では表情豊かな、それぞれリヴェリアやアイズに似ているだろう。心から気を許せる相手だからこそ、フィルヴィスも心の扉を開いて接するのだ。

 

 

「あれ程の実力ならば、“事”を成す際には無視できない戦力となるだろう。そういった意味では、アポロンには感謝しなければならないな」

「はい。ベル・クラネル、あの者の実力を測れた実績は大きいでしょう」

 

 

 前代未聞の戦力差、そして最速でレベル4になった少年が出場する。そんなこともあって、二人もまた、オラリオ全土に中継されていた戦争遊戯(ウォーゲーム)には注目していた。

 結果としてバトルフィールドで暴れに暴れて、味方(ヘスティア)にまでダメージを与えていた――――ことまでは知らないものの、強烈としか受け取れないスーパールーキーを目にすることになる。それを知ることが出来た事実は大きいと、フィルヴィスは意味ありげに口にしている。

 

 以前ロキに対してダンジョンにおける異常事態を伝えたディオニュソスながらも、その情報がどこから出てきたか。ベルの実力を知れたことが大きいという発言について、果たしてそれは闇派閥など、オラリオにとっての敵対勢力に対抗する為か。

 その事実は、二人にしかわからない。しかし逆に言うならば口に出さずとも、二人には分かっているということだ。

 

 ともあれ二人は、オラリオにおける強者の動向を探っているらしい。もちろんロキ・ファミリアやフレイヤ・ファミリアについては以前からマークされており、どうやらオッタルが単身50階層へ到達したことも筒抜けの様であった。

 

 

「目立つ冒険者は、一通り把握しております。今のオラリオにおいて頭角を現しているのは、ベル・クラネルだけと言って良いでしょう」

「そうだな。レベル3はともかく4、5とそれぞれ昇華する者は少なからず居るようだが、どれも大した器ではない」

 

 

 確かに、ランクアップした誰もかれもがベルのように公の場で活躍するわけではない。冒険者の半分以上を占めるレベル1の者の内、レベル2へとなれた者こそは目立つが、この二人からすれば所詮はレベル2と言った程度。

 レベル6や7になったロキ・ファミリアの面々や少し前にレベル8となったオッタルを除けば、目立つ冒険者は限られる。故にギルドの発表に目を向けていれば、自然と“オラリオが抱える冒険者たちの戦力が知れてしまう”のだ。

 

 

 そう。ギルドが把握し公表されているのは、“冒険者”に限定された話なのだが。

 

 

 その点はさておき、ベル・クラネルという冒険者が突然と頭角を現したのも事実である。現状持ち得る情報は最速でレベル2になったという情報だけであり、成し得たのであろう偉業の数々も聞いていない。

 二人が知っている事実を付け加えるならば、少年が所属するヘスティア・ファミリアはロキ・ファミリアと同盟関係にある程度だろう。戦争遊戯(ウォーゲーム)で実力こそ示したものの、いまだベールに包まれたことが多いのもまた事実だ。

 

 

「ともかく、もう少し情報が必要だ。急激な成長の裏には、ヘスティア・ファミリアと同盟関係にあるロキ・ファミリアによる影響がある筈だ。騒動にならないならば手段は任せる。ロキ・ファミリアに接触して、情報を集めてくれ」

「はい、お任せください」

 

 

 勅命を受けたフィルヴィスが闇へと消え、気配は完全に消滅する。とある神が栽培した葡萄を原材料に酒造された葡萄酒を煽ったディオニュソスは、意味ありげな一文を呟くのであった。

 

 

「……ククッ。お前も俺の手のひらで踊って、精々愉しませてくれよ?完璧な計画の為に、な」

 

 

 一人の神が(えが)こうとしている、完璧なシナリオ。その行く末がどこにあるのかは、それこそ本神(本人)にしか分からない。

 

====

 

 冒険者ギルドにおいて、戦争遊戯(ウォーゲーム)の続きと言わんばかりに内部抗争(クーデター)が起こりかけている裏側。ベル・クラネルに触発されて次々とダンジョンへ潜っていく眷属と一緒に館を出たロキは、とある喫茶店へと訪れていた。

 待ち合わせの時間よりも5分程早く着いたのだが、相手は既に席に座って待っている。人気が少ないのか人払いをしているのかは不明だが、ロキは周囲に人がいないその席へと迷わず歩みを進めていた。

 

 

「よーフレイヤ。お互い、ごっつ儲けが出たんとちゃうか?」

「ええ、少し使える程度には儲けさせて貰ったわ」

「かーっ。ウチ等の財政事情は分かっとるやろうに、嫌味な奴やわ」

 

 

 その名を、フレイヤ。何かとロキとは良くも悪くも縁のある人物であり、ロキと並んでオラリオにおける二大ファミリアの片割れ。

 なのだが、そのような大層な気配はあまりない。互いに俗にいう“女子会”に訪れた様相であり、有名でなければ今の二人を神と認知する者は少ないだろう。

 

 二人は最近の出来事を軽く話した流れで、話題は先の戦争遊戯(ウォーゲーム)へとシフトした。相変わらずベル・クラネルにうっとりなフレイヤに対して、ロキは呆れ半分・警戒半分の様相を崩さない。

 後者はさておき、前者についてはフィンやリヴェリアから実績を聞いている。リフトを使っていたとはいえ、ベルの鍛錬を見るためにダンジョンの50階層にまで毎日10時間以上も詰める程となれば、呆れの感情も仕方のないことだろう。

 

 

 そういった意味では、やはりフレイヤの“本気度合い”が伺える。そのことをロキが感じ取ったタイミングで、フレイヤが静かに口を開いた。

 

 

「そういえば、一つ考えていることがあるのよ」

「ん、なんや?」

「彼、見事勝利したじゃない?今度、私のところで祝賀会を開いてあげようと思っているのよ」

 

 

 屈託のない笑顔と共に、フレイヤは紅茶に口を付ける。脳内では花びら舞う花畑を無邪気に駆け回りフレイヤへ笑顔を向けるベル・クラネルが居るのだが、映像化されていないためにセーフだろう。

 それはさておき、仲が良いこともあれど基本は対立しているというのがロキとフレイヤという関係だ。その点もあって、ロキはとある事実を口にする。

 

 

「残念やなフレイヤ。既にウチがヘスティアと話ししとって、祝賀会はウチで開かせて貰うって決めてんねや」

「……なんですって?」

 

 

 ギラリと眼光が輝き、フレイヤの鋭い視線がロキに刺さる。推しのなかの推しであるベル・クラネルからすれば近所のお姉さん的なポジションに居る彼女だが、その実はオラリオにおける二大ファミリアの片方を纏める美の女神。

 故に、示す覇気については間違いなく神の中でも第一級。流石のロキもこの視線を受けては真顔で流す余裕はなく、ニヤリと口元を歪めて先手を取ったことをドヤっている。

 

 ともあれロキとしては、フレイヤがわざわざ祝賀会を開く理由が見受けられない。今までの言動からベル・クラネルがフレイヤの“お気に入り”であることは気付いている彼女だが、手を出さない理由はいまだ不明だ。

 極端な表現をするならば、“欲しい()は手に入れる”。根底としてそんなフレイヤの性格をよく知るからこそ、“天界のトリックスター”は猶更のこと理由が想像もつかないのだ。

 

 

「なぁフレイヤ。そこまで気に入っとる割に、なんで手ぇ出さんのや?」

 

 

 だからこそ、ここはストレートに聞いてみる。この発言が出されたのは、実はロキ・ファミリアの為でもあった。

 ベルと一緒に過ごすうちに年頃の少女らしくなってきたアイズ・ヴァレンシュタインは、ロキが一番愛情をもって接している眷属の一人である。もしフレイヤがベルを捕ろうと動くならば、アイズに多大な影響が及ぶことは間違いない。

 

 もしそのような事態になるならば、ロキ・ファミリアとして全力でフレイヤを阻止するために行動を開始する。リヴェリア経由で話を入れれば、戦争遊戯(ウォーゲーム)にて後ろに居たヤベー奴を味方につけることができる可能性も高いだろう。

 オラリオ全土を巻き込むことになるだろう戦いになるだろうが、アイズの幸せを守る為ならば全団員に土下座を見せる覚悟がある。相手がフレイヤであるために嘘を言われても見抜ける確率は低いが、せめて相手方に、刃向かう意思があることを伝えたかったが故の発言だ。

 

 

 

 が、しかし。起こっている事態は、ロキが考えるシリアスさなど欠片もない。

 何を言っているのかと言わんばかりに、フレイヤは大きな溜息を見せている。直後、場に出ていた紅茶に大きな一口をつけると、心底真面目な表情でロキに向かって忠告の内容を発していた。

 

 

「分かってるの?ロキ!ベルに(ショタ)私からノータッチを貫く(手に入らない)からこそ価値があるのよ!!」

「よー分かったわ、お前さんショタコンの鑑やで」

 

 

 両手を胸元に持ってきてガッツポーズを決め、“フンス!”と鼻を鳴らすように可愛らしく叫ぶフレイヤ。とりわけオカシなことを言っている気がするが模範のなかの模範であるために、ロキもマトモに取り合うつもりはないようだ。

 ロキだからこそ分かるのだが、フレイヤが見せる言動にネタの気配は欠片もなくマジである。明後日の方向にガッツポーズする姿勢がどこぞの元祖ポンコツエルフと似ているが、恐らく偶然の産物だろう。

 

 

 ともあれフレイヤとて、アイズという強敵が居ることは把握している。アポロン・ファミリアのもとで開かれた神の宴においてもベルはアイズを選ぶ仕草を見せており、そういった意味でも“手に入らない”ことは分かっていた。

 もちろんヘスティアとロキ・ファミリアを敵にした上で、タカヒロという危険因子が居ない場合は手に入れることもできただろう。しかしそれはベルの本意に背くものであり魂の輝きを失わせるため、彼女のポリシーに反するのだ。

 

 あくまでも手を出していい前提条件は、ベル・クラネルが誘惑に負けてホイホイとついて行ってしまった場合。幸せそうにアイズと過ごし、彼女の為に戦いにおいて魂を輝かせる二人の仲を切り裂くつもりは、これっぽっちもないのが本心だ。

 

 少年の成長を、魂の輝きを見て子供の如く興奮しはしゃぐ美の女神。そんな彼女がオラリオで見つけた愉しみは、まだまだ始まったばかりである。

 




糖分が足りない気がする


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114話 時の(ひと)

タイトルにルビを振ることができると最近知りました…。


 先日に行われた戦争遊戯(ウォーゲーム)から一夜が過ぎ、ベルとタカヒロが朝食も終えた頃。今日の二人の予定はこのあとすぐオラリオへと戻る内容となっており、流石に昨日の今日ということでベルの中には少し疲れが残っているが、強くなるために休んでいる暇はない。

 一応ながらタカヒロから今日明日は安静にしているようアドバイスが出ているために、無茶なことはしていない。しかしながら己が使えるスキルの詳細を検証をしたいとのことで、人気のない軒先でタカヒロが相手をしているというわけだ。

 

 

「どうでした、師匠?」

「……やはり、そうだな。自分は“最終ダメージ”と呼んでいるんだが、その段階で“全ダメージ”に補正が入るようだ」

 

 

 タカヒロは様々な装備をコレクションしており数値的な検証ができるために、こうして英雄願望(アルゴノゥト)の全容を解明しようと先ほどから攻撃を受けている。その検証も6回目が終わったところで、先の答えに辿り着いたというわけだ。

 そもそもにおいて、ベルが所有しているスキルの1つ英雄願望(アルゴノゥト)とは、チャージ時間中は移動が不可能になるという大きなデメリットが存在する。しかしながらマインドを消費して行われるチャージ時間に比例して、次の一撃における攻撃力が上昇する補正がかかるのだ。

 

 このスキルを使った際のダメージ上昇について、どうにも“単に威力が上がる”わけではないとベルは感じ取っていたらしい。答えとしては正解で、最終ダメージにプラス補正が入るアクティブスキルというわけだ。

 例えばタカヒロが大好きな“+n%全報復ダメージ”は、様々な装備やスキル、星座の効能などに付与されている。もし基礎ダメージが500で“+n%”がABCと複数ある場合、%を実数に直したうえでの計算式は500*(1+A+B+C)となる。蛇足としては、“全ダメージ増加”の効果では報復ダメージは増加しない。

 

 しかしベルの場合、例えば反撃殴打(カウンター・ストライク)英雄願望(アルゴノゥト)を同時に使用した際はコレではない。威力500、英雄願望(アルゴノゥト)の上昇値を50%と仮定するならば、最終威力の計算式を単純に表現するならば500*(1.2)*(1.5)となるのだ。

 これらの補正は“全ダメージ”、つまり全種類のダメージが対象であるために、ヘスティア・ナイフにエンチャントされた炎ダメージにも効果が及ぶ代物だ。故に今更ながらもステイタスが上がれば上がる程、かつ英雄願望(アルゴノゥト)のチャージ時間によっては、とんでもない火力を発揮することができるだろう。

 

 

「それにしても、不思議なタイミングで補正がかかるのですね」

「そこは“スキルだから”と割り切って考えるしかないだろう。ともかく特殊なダメージ上昇だから、使いこなすには特訓あるのみだ」

「はい!」

 

 

 つまるところ、連撃の扱いとなるリング・オブ スチールをチャージ後に使えば最終ダメージの底上げが狙えるということだ。カウンターストライクの+20%は最終ダメージではなく計算前の攻撃力に補正がかかるものであるために、共存させることも可能なモノだ。

 最終ダメージ補正量もチャージ時間に比例しマインド消費量も関係するために、実戦でのパターンは無数にあると言えるだろう。使いこなすには苦労するだろうが、強力なシナジーであることに変わりはない。

 

 最終ダメージ増加の真逆が、最終ダメージに減少が入る不壊属性(デュランダル)と言えるだろう。壊れない代わりに“装備のランクが下がる”と表現されているのだが、このようなデメリットがあるわけだ。

 

 

 そのような検証も、無事に一区切りを迎えることとなる。先日のうちに戻っていたヘスティアの後を追うように、二人はオラリオへと戻っていく。

 

 闇に紛れるようにして戻ってきているために、これと言った大きな騒ぎは起こっていない。廃教会に戻るとヘスティアが屍と化していたが、これは勿論ベル・クラネルが何故レベル4になれたのか、何故あそこまで強いのかなどの質問攻めにあっていた為である。

 掠れた声で「10時間ぶりに解放された」と遺言を残すヘスティアを豪華な総菜で釣って(リザレクションして)夕食を取ると、ようやく疲れが取れたらしい。まだ神会(デナトゥス)も始まっていないのにコレとなると本番ではどうなるのかと、ヘスティアは身体が重くなるのを感じているのは仕方のないことだろう。

 

 

 そして翌日。朝食を終えて少しした時間帯に、ベルは用事を済ませるために町中へと歩いてゆく。

 目的地は、意外や意外フレイヤ・ファミリア、というよりはフレイヤがいるバベルの塔の最上階。もっとも直行するわけではなく、市場にあるお店に寄ってから向かう予定となっていた。

 

 タカヒロが、応援してくれたファミリアへの御礼はするべきだとアドバイスを出していたのだ。そして、「一応は公衆の面前で応援を受けたのだから、真っ先にお礼をしに行くべきだ」とも伝えている。

 故にベルが過ごす午前中は、賭け事においてヘスティア・ファミリアに賭けてくれたファミリアへのご挨拶巡りとなる予定なのである。手ぶらというわけにもいかないので、市場へと赴いているわけだ。

 

 一般の冒険者達はダンジョンへと潜ったあとながらも、オラリオの大通りは相変わらずの人気と活気に包まれている。人ひとりが居なくなっても、恐らくは誰も気づかない。

 が、しかし。その者は、つい先日において怒涛の活躍を見せた存在。故に今のオラリオにおいて姿と名前を知らぬ者は居ない程であり、そこかしこで声が上がることとなる。

 

 

「お、おいアレ」

「あ、ああ間違いない。あれがリトル・ルーキーだ」

「クラネルくーん!」

「かわいいーっ、ホントにアルミラージみたい!」

「ああ、いぢめられたい……!」

 

 

 昨日に行われた戦争遊戯(ウォーゲーム)の熱は冷めやらぬ勢いを見せており、到底ながら収まる気配を見せていない。突如とした現れたスーパールーキーの存在を、オラリオの全住人が褒め讃えていると言っても過言ではない状況だ。所々に怪しい声も見受けられるが、その点はスルーするべきだろう。

 もっともベル本人としては歯がゆいモノがあり、自然と足早となって目的のお店へと直行している。軌跡を追うかの如くトレインのように女性陣を中心とした何名かが連なっているという、なんとも不思議な光景だ。

 

 お店の入り口に到着したベルが背中に寒気を感じてバッと後ろを振り返ると、やや興奮した一同が思い思いの眼差しを向けている。もっとも、ベル・クラネル本人はハイライトが消えつつありドン引きの状況だ。

 単にサインが欲しい者、一度でいいから“もふもふ”なあの髪を撫でまわしたい者。前者ならば男性冒険者、後者は若い女性であり、後者の人数が圧倒的。更には数が増えている。

 

 白兎、圧倒的なピンチと言って良いだろう。しかしながら、予想外の助け船が出されることとなった。

 

 

「はいはいそこまで。少年相手に、いいオトナ達が何をやっているのかな?」

「キャーッ、フィン・ディムナよ!」

「えーっ!」

 

 

 甘いマスクと穏やかな声は、ベル・クラネルに(たか)っていた後者の視線を一瞬にして奪い去る。そのような群れを適当にあしらう姿はベルとは真逆であり、慣れているところもあるのだろう。

 そのまま人垣を掻き分けながら、足が竦んでいるベルを店内へと押し込んでいく。まさかの第一級冒険者とリトル・ルーキーという組み合わせの来客に色んな意味で興奮を覚える女性従業員ながら、真面目に対応しないのは失礼に値するとプロフェッショナル魂を発揮している。オラリオにはヤベー奴しか居ないのだろうか。

 

 

「す、すみませんフィンさん、ありがとうございました。でも、なんで僕だって分かったんですか?」

「昨日の今日だ。街中で人込みを引き連れてるとなれば、もしかして君かと思ってね。ところで焼き菓子店とは珍しいね、何か用があるのかい?」

「はい。ヘスティア・ファミリアに賭けてくれたファミリアに、お礼の挨拶をして回ろうかと思っておりまして」

 

 

 ほほー。と言わんばかりに、フィンは少し驚いた様相を見せる。

 持参する焼き菓子はソコソコのモノながらも、オラリオにおいては高額とは言えない程度の金額となるだろう。どちらかと言えば中身よりも、渡した上で礼を述べることの方が大事なのだ。

 

 それは、今後ファミリアとして活動をして行くうえでも重要なこと。他の構成員が何かしらの粗相を働いてしまった場合も同様であるために、“団長”として大切な行いなのである。

 どれが美味しいのかなどを店員に尋ねるベルだが、分かってやっているのか、前かがみの状態からクリッとした赤い瞳を上目に向けているために、店員の一部のメンタルが暴走中。片っ端から試食できる結末となっており、後ろにいるフィンもおこぼれを貰う結果となっているのは微笑ましい光景と言えるだろう。

 

 そんなこんなで買い物を済ませ、フィンの護衛付きという豪華な支援を受けてベルはバベルの塔へと送り届けられた。右手を挙げて別れの挨拶をしているフィンに頭を下げると、ベルはエレベーターを使って最上階へと足を向ける。

 

 門番のような役割をしていた団員に話を告げると応接室のような場所に通され、一方で、どうやら残っている幹部組の全員に召集がかかった模様。なお、当時において応援団となっていたメンバーである。

 その者らを後ろに並べながら、フレイヤが扉から姿を現した。複数の紙袋を目にして何かと思うも、とりあえず話を聞くことにする。

 

 

「フレイヤ様、そしてフレイヤ・ファミリアの皆様。戦争遊戯(ウォーゲーム)での応援、ありがとうございます。これ、つまらないものですが、御礼です」

「あらあら、ご丁寧に。嬉しいわ、ありがとう」

 

 

 紙袋に入った手土産を受け取る美の女神、フレイヤ。己が気にかけ、オラリオにおいてはレジェンダリークラスに礼儀正しすぎる少年を前にし、ニッコニコでご機嫌の様相を振りまいている。近所のオネーサン的な応対だ。

 とはいえ周囲に居る団員は“フレイヤ様の視線を独り占めする少年への嫉妬”組と“フレイヤ様の笑顔を作る少年に何事か”と二組に分かれてガンを飛ばし合っている。ベル本人はスルーしており、唯一オッタルだけがどちらにもつかない姿勢ながらも、そのうち巻き込まれることだろう。

 

 なお、これらはご存知タカヒロの発案だ。手土産を何にするか二人で悩んだものの、焼き菓子の類ならばハズレは無いだろうと、タカヒロが安牌を選んでいたのである。

 結果としては“効果は抜群”であり、フレイヤの心に刺さっているようだ。プルプルと震えながら放たれた「何かあったら相談に乗るわよ」との言葉を貰っている程であり、一層のこと気に入られていると言って過言は無いだろう。

 

 

「持ち物が何個かあるけれど、他のファミリアにも顔を出すのかしら?」

「はい、ヘスティア・ファミリアに賭けてくださった皆様のところへ伺う予定です。あれだけの応援をしてくださったので、フレイヤ様の所へは、真っ先に伺うべきだと思って一番最初に参りました」

 

 

 師匠譲りであるその一言も、ベルが発せば装甲貫通かつ確定のクリティカル2.5倍ダメージ。何とかして耐えて威厳を示すべきだと(鼻の血管)にムチを入れるフレイヤながらも、相手の攻撃は止まらなかった。

 

 

「先程のお言葉も含めまして、ありがとうございます、フレイヤ様!」

「かはっ!」

 

 

 少年の花のような笑顔と言葉がトドメとなり、フレイヤは赤い曲線と共に仰向けに倒れることとなる。ガンを飛ばし合っていた連中も正気に戻って慌てふためき、しばらく一帯は落ち着きそうにないだろう。

 そんな場における救護作業(後始末)はこちらがやるとオッタルが口にするので、ベルはそのままヘファイストス・ファミリアへと訪れる。彼女と一緒に顔を出したヴェルフに礼を述べると、他のファミリアへと足を向けた。

 

====

 

 一方此方は、そんなロキ・ファミリアのホームである黄昏の館。用事を終えて戻ってきたフィンが業務をこなし、休憩がてら食堂へ足を運んでいた。

 偶然にも廊下でロキと出会い、同じ目的地らしく、歩きながら午前中に起こったことを話している。彼女もまた、話の内容を興味深げに聞いていた。

 

 

「ふーん、あの子兎が挨拶巡りなぁ」

「ああ。14歳にしては、立派な心掛けだと思わないかい?」

 

 

 せやなー。と呟きつつ両手を頭の後ろに回し、天井に目を向けながらロキが思い出に耽っている。ロキ・ファミリアが結成した頃を思い出しているのだろう。

 やがて二人は目的地にたどり着き、互いにドリンクを手に取って席についている。先ほどの続きが口に出されており、いつのまにか数分が経過している程に熱中している。

 

 

「しかしなぁ、冒険者登録して半年たっとらんのやろ?んー……」

 

 

 それにしても、そんな少年がたった半年足らずでレベル4となっているのもまた事実である。どう考えても理由が分からず、己の考察はさておいて常識に当てはめるならば、やっぱりヘスティアが何かしらのズルをしているのではないかとロキは口に零してしまった。

 今の言葉に対し、フィンは「在り得ない」と突っぱねる。ステイタスに胡坐(あぐら)をかいているだけでは、あの強さは身に付けることはできないというのが彼の弁であり、鍛錬を目にしたが故の断定だ。

 

 その言葉は真相を抑えている。「せやろなー」と呟きながら、レベル4とは言え2つのファミリアを一人で潰した少年の攻撃を思い返し、ロキが溜息を見せているのも仕方のない事だろう。

 第一級冒険者程に詳しくはない彼女ながらも、それでもその辺の冒険者よりは戦闘知識に優れている。故に彼女の目線からしても、ベルが見せていた戦いのレベルは非常に高いものとして捉えられていたのだ。

 

 

「にしたかって、もっと遥かにヤバイのが、すぐ後ろに居ったんやがなぁ……」

「まぁ、今回は戦っていなかったし、何故だか普通の鎧だったからね」

「ホンマやで。まぁ、あれほどの事をやったんや、暫くは街の熱気も収まらんと思――――ん?なんか用かー?」

 

 

 二人がそこそこ真剣な表情だったために声を掛けて良いかどうか悩んでいた団員を見つけたロキが、陽気な声で問題がない事をアピールする。やや駆け足で走ってきた団員は、ベル・クラネルが戦争遊戯(ウォーゲーム)の御礼をしに来たことを伝えていた。

 丁度、時の人と呼んでいいだろう。二人は玄関に着くと、連絡が行っていたらしく駆け付けたアイズがご機嫌な表情で既にスタンバイしている。ベル・クラネルがやってきたのは、そのタイミングであった。

 

 

 そこにやってきた、もう一人。てっきり数日会えなかった“もう一人”も居るとふんで来たのであろうリヴェリアは、伏せられた睫毛で表情に影を落としていた。

 なお、今宵はロキ・ファミリアで戦勝祝いとランクアップ協力のお礼を兼ねた宴が催されるために、あと数時間すれば会うことはできるだろう。どうやら、その数時間すらも待てないらしい。

 

 そんな恋するポンコツハイエルフはさておき、ベル・クラネルからお礼の言葉が告げられる。落ち着いた様相であり、ロキも思わず真面目に対応しかけてしまう程だ。

 しかしながら、その嗅覚は紙袋の中のモノを察知している。まさかとは思いつつ受け取るも、本能的に心が高ぶっていて落ち着けそうな気配を見せていない。

 

 

「!?この重み、液体の揺れる感覚、まさか……!」

「はい、ロキ様はお酒がお好きと耳にしまして、あえてこれにしてみました。今年お勧めの、お酒の飲み比べセットです」

「ベル・クラネル!お前さん分かっとるわ~!!」

 

 

 嬉しさのあまりベルに抱き着こうとするロキだが、横からガッシリと肩を掴まれており行動不可能。それこそ「おどれ何する気じゃ」と言わんばかりに物言いたげな目線を向けるアイズを目にしたロキは覇気に押され、スンマセンと頭を下げている。

 直後、ロキは両手で握手に変更して祝いの言葉と礼を述べる。そしてヒャッホーウと叫びながら廊下を駆け抜け、自室へと消えていった。始まる前から飲むらしいが、絡まれると面倒なために、特に誰も咎めない。

 

 その姿を見送った後、ベルとアイズの視線が合う。互いの右手の平が掲げられてパシッと優しく合わされ音が鳴り、互いの薄笑みとなって、此度の勝利を祝うのであった。

 

====

 

 挨拶回りが一通り終わった時、ベルは再び市場へと足を運ぶ。あれ程までに喜んでくれるならば自分を信じてくれたヘスティアにも同じことをしてあげようと、花の笑顔と共に優しさという名の対戦車ロケットランチャーを用意した上で、キッチリと相手に発射口を向けているのだ。

 そして、この行動でヘスティアまでもがぶっ倒れることになるのはご愛敬。自分で砲撃を放っておいて自分で介護する不思議な少年を眺めつつ、タカヒロはベルが持ち得る人の良さを再認識した格好だ。今夜はロキ・ファミリアに呼ばれているために、それまでにヘスティアが治ればいいなと、呑気な考えを抱いている。

 

 

「な、なんとか落ち着いたようです……」

「そうか」

 

 

 実行犯のベル曰く、鼻血は止まった模様。ぶっ倒れたヘスティアをベッドに寝かせ、効果があるかは不明ながらも額にタオルを当てるなどの処置を行ったらしい。

 続いて、各ファミリアへお礼して回った経過をタカヒロに報告したものの。報告された内容は、単にそれだけに(とど)まらなかった。

 

 

「ですが師匠、黄昏の館に赴いた際ですが……リヴェリアさん、少し悲しそうなお顔をしていましたよ」

「は?……あー……。まったく、小娘ではないだろうに」

 

 

 苦笑と共にパタンと本を閉じ、しかしどこか嬉し気な様子を漂わせて青年は静かに席を立つ。先に行っているとヘスティアに対する伝言を頼み、穏やかな表情を向けるベルの視線を背中に受け、黄昏の館へと足を向けた。

 今夜は賞金を使った慰安会のようなモノが行われる手筈であり、ヘスティア・ファミリアの3名も呼ばれている。それが始まるまでには早すぎる時間であるが、今の彼女の機嫌を取ることが、そこの男がこなすべき仕事だろう。

 

 

 その後しばらく経った、黄昏の館の内部。

 買収用の酒瓶を手土産に早く訪れた一人の男と、喜びを抑えられないような表情で廊下をパタパタと駆けてゆく、一人のハイエルフの姿があったとか。

 




隙あらば以下同文につき省略致します。

次回、lol-elfさんの出番です。


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115話 誤飲(Going)マイ( my)ウェイ( way)

我が道を行くlol-elf



「おい誰だ、リヴェリアに酒を飲ませた奴は……」

 

 

 ヘスティア・ファミリアが勝利を収めた戦争遊戯(ウォーゲーム)を祝う飲み会は大盛況で、賑やかな一部で例によってフィンの絶叫が混じる中。条件反射でロキに張り合ったヘスティアは既に酔いつぶれており、戦線離脱と言って良いだろう。

 

 始まりは、それこそ本当に唐突と言えるものがある。ジュースが入っていたピッチャーに中身を注いで、戻ってきたタカヒロが静かに呟いた一言だった。

 テーブルの対面に居るアイズとベルは目を合わせて鏡のように首を軽く傾げており、先ほどまでの状況を思い返す。とりあえず自分達は注いでいないのだが、誰かが注ぎに来たこともなかったため、互いに首を傾げたのだ。

 

 

 答えから言うと、誤飲と言う名の自爆行為。アイズが確信犯でベルのジュースに口をつけ、ベルがワタワタと慌てふためく反応を楽しんでいたのは、つい1分ほど前の出来事である。

 それを見て羨ましがりムスーっとしていた、この残念ハイエルフ。自分もやってやろうと、タカヒロが飲んでいた果実酒に口をつけていたために、結果として果実酒のアルコールを摂取していたのだ。

 

 なお、恋は盲目。それが酒であるという細かい認識など、綺麗さっぱりと抜け落ちていた。好きな者と飲みまわせることと酒を飲まないことの相反する2つがぶつかり合い、余裕で前者が勝利していたという気合の入れようである。

 そんな真相は知らないタカヒロと周囲だが、とりあえずリヴェリアが酒を飲んだのは事実のようだ。そして席を立つ前にはソコソコの量が注がれていたはずの自分のジョッキを見て、「まさか……」と、色々と察する青年がそこに居る。

 

 

「のんれなど、ないぞ~。ごいぃん(誤飲)など、しとらんぞぉ~」

 

 

 飲んだのか?と青年が聞いてみると、この反応。よくある話だが、飲んでいる者が口にする代表的な台詞で明らかに呂律が回っていない。

 そして「座れ」との言葉と共に青年が着ている服の二の腕部分を下方向に引っ張るので、青年は大人しく従っている。酔っぱらいというのは、反発したならば何をしでかすか分からないのだ。

 

 当該のリヴェリアは、席に着いた彼の顔を半目でボーっとした表情で見つめている。何をしでかすかと思えば、クールな彼女しか知らない周囲からすれば、前代未聞と言える行為であった。

 ジョッキを品よくテーブルに置くと、彼の左二の腕を両腕で掴むと胸元に抱き寄せたのだ。ギョッとした一帯の音が消え去っており、青年は相変わらずの無表情。既に30秒ほどが経過しているが、微塵も変わる気配を見せていない。

 

 

「……リヴェリア、皆が見ているぞ。そろそろ放して落ち着」

「ダーメーだー」

「……いや、ホラ、服もシワになるだろ」

「ゆるさーん」

 

 

 青年の左手を抱きかかえるようにホールディングし、座席に腰を下ろすハイエルフ。アルコールの力を借りて存分に甘えられると誤認しており、誇りやら何やらを空の彼方へと投げ捨てていた。

 なお、いつかアイズがベルを相手にやっていた行動のソレである。そして開催前に一足早く自分に会いに来てくれたことを覚えており、輪をかけてテンションが高い状況なのだ。

 

 そんな彼女の心境はともかく、今が公衆の面前であることに変わりは無い。周囲のヘイトを取ってしまっているが、仕方のないことだろう。

 そろそろ放してくれと青年が口にすると可愛らしくブーたれる姿を見て「コンチクショー可愛い奴め」と内心で感情高ぶってしまい、しかし行動も起こせないために状況は進まない。彼女は仕舞いには首に手を回して抱き着いており、一部のエルフから黄色い声があがっていた。

 

 

「り、リヴェ、リヴェリア……か、可愛い、すぎない……?」

 

 

 どう頑張っても何も言えず静かに果実酒を口に付けるタカヒロと、第二の親が見せる仕草を見て素直に可愛いと思いつつも、笑いを堪えるのに必死な天然少女。アイズはベルの右肩に両手を置いて顔を背け肩を揺らしており、ベルは目の前で起こっているリヴェリアの対応に苦笑するしか道が無い。

 万が一、「カワイイですね!」とでも口走ってしまって飛び火したならば、どう爆発するか分からない火薬庫なのだ。その威力は“ナインヘル”であるから質が悪いものの、タカヒロと言うシェルターがあるのが唯一の救いだろう。

 

 

「……おい酔っ払い。ここがどこで、己が何者で、果てに何をして居るか分かっているのか?」

「むろんだぁ、タカヒロー。ここはロキィ・ふぁみりあー。そして――――」

 

 

 その言葉の続きは、絶対にロクなことが起こらない。そう確信したタカヒロは内心で溜息を吐いて、一体なにが口に出されるのかと悟りの域に達していた。

 

 

「わー↑がー→なー↓はー→、ア~↑ルヴだぁー!」

「……」

「も、もう無理、無理!プッ、あははははは!」

 

 

 挙句の果てにコレである。タカヒロの肩に手をおいて、だぁー↑の語尾と共に左手に拳を作ってグッと上に突き上げる酔っぱらい。いつもに増して、と言うよりは未だかつてないほどに、ファミリアの面々の前で上機嫌さを見せている。本日彼が一足先にやってきてくれたことの嬉しさが後押ししているのだが、それは本人ですらも気づいていない。

 未だかつてのついでに言えば、ここまでアールヴの名が安売りとなったことは無いだろう。ロキを含めた周囲の酔っぱらいも「ア~↑ルヴだぁー!」と悪乗りしているために、場を支配するカオス感は凄まじいものがある。

 

 そして耐えきれず、アイズ・ヴァレンシュタインは崩壊した。ベルの肩に顔をうずめて盛大に笑っており、少年もまた肩を支えて優しく頭を撫でている。

 どうやら本当にツボに入ったようで、しばらく収まりそうにもない。声をあげて笑うアイズを見て、先ほどは悪乗りしていたロキが優しい表情を見せたのは気のせいではないだろう。

 

 一方で相方が見せる反応に「駄目だこの酔っぱらい」と言いたげな表情で諦めかける青年なのだが、抱く本音はアイズやロキと同じ「なんじゃこのくっそ可愛い生き物!」である。撫で回したい感情をどうにかして抑えに抑えており、これ以上の暴走者が増えてしまう事態に発展しないように留意しているのだ。

 相変わらずジョッキ片手にベタベタと身体を触ってくるご機嫌なハイエルフの行動は、青年の理性を支える膝をコンニャク製のハンマーで叩いていた。タカヒロの中における理性と本能の戦いは、セレスチャルを相手した時など比較にならない程の激戦具合を見せている。所詮は男。今この場で“お持ち帰り”してしまわぬよう、彼もまた必死なのだ。

 

 

「むーっ。なんだー、アイズー。なぁ~にがおかしぃ~」

「だ、だってリヴェリアが、リヴェリアが……!」

 

 

――――あ、だめだ。この人、可愛すぎる。

 

 それが、顔を上げたアイズに対してベルが抱いた感想だ。頬を染め、目に涙を浮かべて笑う少女の姿が愛おしくて仕方ない。

 己が良く知る愛しい人もこんな顔で笑うことがあるのかと、新たな姿を知った一方、まだこの顔を引き出せない自分に悔しくなる。思わず抱きしめたくなるも、師に習ってギリギリの縁で我慢した。

 

 それにしても、先ほどから表情1つ動かない己の師は、やはり凄いとベルは思う。もしベル自身とアイズがあのような関係だったら、絶対に何かしらのリアクションを起こしてしまうことは容易く想像できる状況だ。

 

 その実、タカヒロの中では盛大な戦いが開催されているとは、つゆ知らず。腕を組んで二の腕を指で叩きながら、(理性が)死に近づいているために、メンヒルの不屈の意志によって新たな力を補充する。

 すなわち、“メンヒルの意思”を無駄遣いして示していた。なお、このスキルは盾もしくは両手武器がなければ発動しないために、今現在の青年の中における果実酒の入ったジョッキは盾という概念となっている。

 

 そのうち酸欠気味となってヒーヒー言い始めたアイズの声を耳にし、大丈夫だろうなと心配がてらに片眼を開けてタカヒロはテーブルの対面を確認する。他ならぬベルが背中をさすっているために、あちらは問題ないだろう。

 

 

「むーっ。私よりも、アーイズのことが気になるのかー」

 

 

 問題はこちらであり、この酔っ払い、挙句の果てに僅かな目線だけで嫉妬である。己の師にその気が無いことをよく知っている少年は苦笑してスルーしているが、相変わらず、それ以外に対応が見つからない。

 酔いの影響か物言いたげな半目の目線は一際ひどく、可愛らしく軽く頬を膨らませている。翡翠の視線はじっと青年の目を捉え、片時も逸らさない。

 

 

「どーうせ、その顔をー。他の女にも、向けているのだろー」

「向けていないだろう……」

「私を口説いたよーな、あまーい言葉を、かけているのだろー」

「だから、一体いつ誰に――――」

 

 

 流石に少しだけ鬱陶しさが芽生えてきた青年が、相方に顔を向けた途端。事件は起こる。

 

 

「そんな口は、こうだ」

「まっ――――」

 

 

 珍しく目を見開いた青年が、「待て」の言葉も口に出しきれない程の高速で。己の唇を、やや荒っぽい様相で、彼女の唇が塞いでいた。

 アルコールというウイルスに侵されたアプリケーション、リヴェリア.elf(exe)。もとよりポンコツ化というバグも標準で備わっているために、此度の暴走具合は凄まじい。

 

 今度こそ、場から音が消えている。息子娘の二人もまた、目を見開いて驚きの様相を隠せない。その行為は数秒後に終わり、直後タカヒロは彼女の腰回りを抱え持ち上げると席を立った。

 荷物役は降ろせと叫んでいるが、到底ながら降ろせる雰囲気には程遠い。この酔っ払いを放置したならば、次は何をしでかすか分からない。

 

 故に、撤収。彼女の威厳が底辺にまで落ちる前に対処を施すことが、この場におけるタカヒロという男の仕事である。

 

 

「……君達は何も見なかった、そして何もなかった。いいな?」

 

 

 やや脅迫染みた、戦闘中と思えてしまう圧倒的と言える宣言に。全員が真顔のまま、全力で首を縦に振ることしかできなかった。

 

====

 

 そして、黄昏の館は無事に翌日を迎えることとなる。

 

――――なんで自分は、ここで目を覚ました。

 

 ベッドから上体を起こすと、そのように内心考えて違和感を抱き。タカヒロは、先日の惨状を思い起こした。

 男ならば鼻をくすぐる甘い香りが支配する、自然調のアンティークが協和しているこの部屋は、他ならぬ相方の部屋である。別に如何わしい事はしていないが、それでも男からすれば、罪悪感を覚える状況だ。

 

 彼女を部屋に運んで眠りにつくまで待機しようとしたところ、木々にへばりつくナマケモノの如く腕を離さなかったリヴェリアにベッドへと拉致られ、一方で根は優しい彼が引き剥がすことはできず、結局同じベッドで眠ることとなったのだ。おかげさまで睡眠時間が短いが、それは仕方のない事である。

 そしてどうやら相方も起きているようであり、一言声を掛けるも、返ってきた言葉が予想通り過ぎて深い溜息をついている。とりあえずシチュエーションからして朝食後に出てくるのはマズイと考え、タカヒロだけだが先に部屋から出ていった。

 

 時間的には日の出直後であり、朝が早い者ならば起きてくる。とりあえず厨房に行って水を貰いリヴェリアのベッドテーブルに置いておくと、少しだけ漂う酒臭さを解消するために風呂へと向かった。

 烏の行水で酒臭さを流すと、再び廊下を食堂に向かって歩いていく。まだ酒臭さと複数名の泥酔死体が残る食堂ゆえに携帯食料が配布されており、別所で食した青年は、廊下でロキと出くわした。目ざといロキはカサカサとした足取りでタカヒロに近づき、さっそく煽りの言葉を投げることとなる。

 

 

「おータカヒロはん、おはよぉ~!昨日はリヴェリアんとこ泊まったんやろ!?アツアツやった」

「ああ本能と戦うのに必死だったさ。一発全力で何かをぶん殴れば治る気がする、どうだ八つ当たりを買わないか?」

「堪忍やー……」

 

 

 なお、指を鳴らすタカヒロを前にして、カウンターストライクを食らって一発K.O.であるのは仕方がない。「ウチが天界送りになってまう」と茶化したロキは、拝むように謝罪した。タカヒロもフンッと鼻を鳴らし、目を閉じてセクハラに対して抗議している。

 ともあれ、流石にあのような状況から結果がどうなったか気になってしまうロキだが、それは仕方のないことだろう。先の一文から“やましい”展開にならなかったのは想像できるが、心配の心から、本当のところを知りたい状況だ。

 

 

「朝から“くたばっている”。以前に酒癖について聞いたことがあって嫌な予感はしたのだが……どうやら、“覚えている”らしい」

「だはははは、覚えとるんか!いやー昨日のリヴェリアたんマジカワやったで!起きてきたらいじったろ!」

「その行いを止めはせんし手も出さんが、遺書の2つ3つは残しておけよ。示してくる反応がどう転ぶか、自分でも保証できん」

「……。そら、夫婦そろって洒落にならんわー……」

「誰が夫婦だ、たわけ」

 

 

 肩眉を歪める青年と、ゲッソリとした様相を見せるロキ。当該者があのリヴェリアであるだけに対応策が見えず、どうすればいいのかが全くもって不明である。

 下手をしたら並行詠唱のまま廊下に出てきかねない程の状況と口にする青年により、ロキのなかでリヴェリアを煽る気力が一瞬にして消えていた。事と次第ではそのまま天界直行となり、ロキ・ファミリア解散という事態になりかねない。

 

 

「それにしても、昨日のアレは殺戮兵器にも程があるだろ。理性を保つのに必死だった、今までで一番厳しかった戦いと言って過言は無い」

「わかるわー、うちも鼻血抑えるのに必死やったで。男なら余計にやろ、よう耐えれたな」

 

 

 あそこで一緒になって色々と騒いでは、後々のフォローがしづらいと言うのが当時のタカヒロの考えだ。それをロキに伝えると、「流石やな、よう我慢できたわ」と再び言葉を返されている。二人きりならば本能のままに行動しても問題は無いだろうが、あの場においては絶対にしてはいけないと“メンヒルの意志”を見せていたのである。

 我が心境ながら不甲斐ない。と呟き溜息をつくタカヒロだが、彼は何も悪くない。勝手に酒を誤飲して、勝手に騒いだ酔っぱらいが原因だ。そして結果として自滅しているが、それこそ彼女の自業自得に他ならない。

 

 

「ま、原因とか結果はどうあれ……ちゃんとフォローはしてあげな、やな」

「……仕方あるまい、仕事の内だ」

 

 

 もっとも、そんな状況を解決できるのもまた、他ならぬタカヒロだけだ。先ほどの言葉を残し、青年はリヴェリアの部屋へと歩いていく。

 

 行うのは、もはや恒例となった、彼女譲りの規律正しいトーンのノック。だからこそ相手も誰が来たのか分かっており、ほんの微かにぐもった「どうぞ」の声を聞き逃さず、青年はドアを開いて中へと入る。

 そこにあったベッドに敷かれている掛け布団は、人ひとり分の形にモッコリと膨らんでいる。中に誰が居るかは一目瞭然であり、同情はできるものの朝と全く変わっていない光景に、タカヒロも溜息をついた。

 

 

「いい加減に起きろリヴェリア。今が何時だと思っている、示しが付かないのではないか?」

「……。……断固、拒否する」

 

 

 タカヒロが微かに布団をめくると、その中でハイエルフ(lol-elf)が茹っていた。湯気でも出そうなほど、妙に布団が熱い。綺麗サッパリ忘れているアイズと違って、酔っても記憶だけは残っているパターンは本当の様である。

 朝と同じく耳の先まで真っ赤にしてそっぽを向いている姿を目にした青年は、ヤレヤレと溜息を吐いて腕を組む。どうしたものかと考え、とりあえず彼女の頭部がある位置のベッドサイドに腰掛けた。

 

 すると俊敏な動きで顔を腿の上に乗せ、腰回りに抱きつくハイエルフが約一名。相変わらず言動が可愛すぎる生き物を見て溜息をつくしかないタカヒロは、そんな彼女の頭に優しく手を置いた。

 そのままシルクのような翡翠の如き長髪を撫でる動作に入ると、ギュッと強く服を掴むのだから猶更の事可愛らしい。いつものワイシャツであるために掴まれた箇所にシワが生まれるが、こんな彼女が見られるならば、その程度の問題は彼にとって大した事ではないだろう。

 

 

 誰もが求めているであろう、普通の、しかし確かな幸せに満ちた時間がここにある。こうなった経過はさておいて、思わず青年の表情も緩むというものだ。

 

 

「……幻滅、したか?」

「分かり切った答えを聞く。するものか、その逆だ」

 

 

 出された答えを耳にして、リヴェリアは口を噤む。こんなだらしなさを見せてしまう己にすら優しい彼に、どこまでも甘えたくなってしまう。

 気づけば上体を起こして青年をベッドに押し倒し、身体を抱き枕にするかのようにして甘えている。そんな状況はリヴェリアが満足するまで続くことになったが、それが此度における青年の仕事だ。

 

 今回の件で少し吹っ切れたのか、館の内部においては二人の物理的な距離が一層のこと狭まっていた。全員がそれに気づくも口には出さず、一方でロキがさっそく茶化す言葉を投げかけ――――そうになりタカヒロの殺気を浴びているのは、最早お約束と言って良いだろう。ひとりの神が、命を取り留めた瞬間である。

 




ア~↑ルヴだぁー!
*ダンメモの時報ボイスや酒に関する対応を見る限り、アルコールには相当弱いのだと判断しました。


・メンヒルの意思(レベル8)
死に近づいたとき、メンヒルの不屈の意志が新たな力を補充する。
*盾か両手持ち近接武器を要する。
*メンタルは回復しません。

ヘルスが 33% を下回ったときに発動
20秒 スキルリチャージ
10秒 持続時間
47% ヘルス回復
+128 ヘルス再生/s


P.S.
次話、ちょっとお時間を頂くと思います。
やりたいことは決まっているのですが、どう繋げるかが思いついていなくて…。


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116話 新たな門出

遅くなりました


「神様、頭痛は大丈夫ですか?」

「うー、少し残ったかも……でも、今日は我慢しなくちゃいけないんだぜベル君!」

「はい、なんたって今日は――――」

 

 

 数日前に行われた戦争遊戯(ウォーゲーム)、その賞金の支払日。故に、ヘスティアもウッキウキで頭痛を我慢してハイテンション。なお、どこぞの眷属第二号に依頼すれば1日でソレを上回る量を回収してくるのだが、それはまた別の話である。

 同時に、戦争遊戯(ウォーゲーム)とは勝者が敗者に関する生殺与奪の権限を握ることでも知られている。故にいかなる命令だろうと従わなければならないのだが、この度においてヘスティア・ファミリアが下した命令は以下の通りだ。

 

 主犯であるアポロン・ファミリアについては、ベルの怒りも相まってソコソコ容赦がない内容となっている。ベルがランクアップの申請を行った際に周囲の冒険者から聞かされた内容をヘスティアに伝え、そこからすぐさまロキに伝わって戦争遊戯(ウォーゲーム)中にヘルメス・ファミリアが駆り出されて調査が行われた格好だ。

 結果についていえば、“常識”と比べれば真っ黒であった。オラリオにおけるアポロンの過去の行いが酷すぎることと天界時代の求婚騒動による恨みもあって容赦がない善神ヘスティアは、以下の決定を下している。

 ・ファミリアの解散

 ・主神アポロンのオラリオ外への追放

 ・現在所持している資産の没収

 ・フレイヤとロキが言いたいことがあるらしいので聞いてからオラリオを出ること

 

 一方で、守銭奴である団長の暴走により突発的な参加となったソーマ・ファミリアについては処罰が非常に緩くなっており、

 ・ギルド監視下における構成員の素行の管理

 ・団長のファミリア追放

 ・希望する団員の無条件の改宗(コンバージョン)の許可

 ・改善が見られない場合は追加の制裁

 

 この程度の内容だ。その他については特に賠償請求もなく、異例となった戦争遊戯(ウォーゲーム)に相応しい異例の結果として後世に残ることとなる。

 なお、アポロン・ファミリアに対してはヘスティアが。ソーマ・ファミリアに対する賠償はタカヒロが発案したものだ。後者から毟り取るとなるとリリルカ・アーデに対して恨みを持つ者が生まれる可能性があるために、大規模な復讐を防ぐ形で後者は軽度な内容に落ち着いている。戦争遊戯(ウォーゲーム)中はあのような対応だったが、意外と彼女のことを考えているらしい。

 

 ともあれ一連の戦いはベル・クラネルが行ったために、タカヒロは「ベル君が納得するならば」とアポロン・ファミリアへの処罰は口出しをしていない。正直なところ“殺したら何かドロップするかな”という本音が心の底から沸き起こっていたが、最後の最後で水を差すわけにもいかないのが実情だ。アレは水ではなかったらしい。

 

 ちなみに、これらの執行には3日間の猶予が与えられている。処罰は全体的な処罰の温さも含めて承認している点は、ヘスティアが善神と言われる所以だろう。

 一方で、以前にソーマ・ファミリアがやらかしたロキ・ファミリアへの問題が解決していないが、そちらはロキが話を進めるらしい。噂によるとさっそく交渉のテーブルに酒が並んでいるらしいが、ヘスティア・ファミリアには関係のない事だ。

 

 

 黄昏の館からやってきたタカヒロも合流したヘスティア・ファミリアは、ソーマ・ファミリアのホームへと辿り着いた。ヘスティアが、ソーマ・ファミリアにてリリルカが改宗(コンバージョン)できるようにするための作業に立ち会っているというわけだ。背中を晒す必要があるために、男二人は部屋の外で待機となっている。

 暫くして作業も終わったようで、ヘスティアとリリルカ、ソーマの3人が揃って部屋から出て歩みを進めている。無言で歩き続けるようなことは無く、ヘスティアがソーマに向かって言葉を発していた。

 

 

「ソーマ……君は何で、そんなに子供たちを軽視するんだい」

「……酒に溺れる子供の言葉など、雑音でしかない。だが君の所の子供は、良い音色を奏でていた。非常に興味がある」

 

 

 当たり前だよ。と口にして胸を張るヘスティアだが、その二人の眷属の表情は険しいままだ。リラックスとは程遠く、ベルに至ってはいつでも飛び掛かれる気配を隠しきれていない。

 そんなベルを横目見ながら通り抜けたソーマは一人部屋の奥へと進み、2つのグラスと1つの容器を取り出し持ってきた。トクトクという音と共に注がれる透明な液体は、今までに見たことのない代物と言えるだろう。

 

 

「これが神酒(ソーマ)だ、飲んでみろ。その音色を出す子供がどうなるか、興味がある」

 

 

 あくまで考えの基準は、趣味であり己の生きがいとなる神酒(ソーマ)らしい。この点は良くも悪くも趣味にリソースを全振りする神らしい特徴であり、此度においては後者が強い傾向にある。

 とはいえソーマ・ファミリアにおける眷属達は、この酒に魅了されたかの如く溺れている点も事実である。故にリリルカは、声高に反対の意見を叫んでいた。

 

 

「いけませんベル様、タカヒロ様!神酒というのは強力な魅了作用が」

「大丈夫だ。一口程度なら、1時間も経てば効果は無くなる」

 

 

 飲んでみろと口にして、ソーマは二つのグラスをタカヒロとベルに手渡した。一口ならばと言う割にソコソコの量が注がれている点は、相手を試している点もある。

 透き通る美しさは一種の芸術品の様相であり、目と香りだけで楽しむことができる程。アルコールに対する強弱はさておくとして、酒が苦手な者だとしても、恐らくは容易く飲むことができるだろう。

 

 となれば、残りは口で楽しめるかどうか、そして飲んだ反応が如何なるものか。緊張した面持ちで見つめるヘスティアは二人の芯の強さを知っているが、それでも不安は不安である。

 最悪はそこの“ぶっ壊れ”が何とかしてくれるだろうと心の中で問題を押し付けるヘスティアの前で、かつての師弟コンビが口を付けた結果としては――――

 

 

――――リリの説明通りなら魅了だけれど……こんな酒で、僕の焦がれは乱せない。

――――癖もなく、飲みやすくて好みだが……装備ではないし、装備の作成にも使えない。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 驚きの表情を見せるソーマ、どうやら二人には全く効かなかったようである。あろうことかタカヒロは数秒のうちに全部を飲んでしまって、なお仏頂面の平常運転を見せているのだから周囲の驚きは一入(ひとしお)だ。

 僅かな影響すらも受けていない二人の姿に目を見開くソーマは、子供たちへの考えを改めることとなり。今後のソーマ・ファミリアの状況は、徐々に改善していくこととなるのであった。

 

====

 

 ともあれ現在は、まずは賞金の受領から。冒険者ギルドの本部へと赴くベルとヘスティアは道中も周囲の冒険者達から常に称賛の言葉をかけられている状態であり、ヘスティアは少し踏ん反り返って鼻高々。なお、頭を撫でられるなど子ども扱いされているのはご愛敬だ。

 一方のベルは愛想よく微笑んで礼を述べている程度ながら、それが何名かの女性の心に届いてしまっているのもご愛敬。どう見ても先の戦争遊戯(ウォーゲーム)において伝説を作った少年に思えないとは、満場一致の感想となっている。

 

 そんなこんなで目的地に到着すると、やっぱりエイナから「コラッ」と少しだけ怒られる。無茶をするなという彼女の心配は感じ取れるベルながらも、こんなやり取りを続けてくれるのは、初心に帰ったような気持になって心が落ち着くというものだ。

 そして別室に案内され、賞金の授与となる。どっさり、ミッチリ袋に詰められた金貨の山は、見た目も金額も凄まじい。

 

 

「さ、3000万ヴァリスって、重いですね……」

「た、大金だよベル君!」

 

 

 目がドルマークになっているヘスティアはさておき、半額ちょっとの物量を見たことがあるベルとしては、そこまでビックリする程のものでもなかったようだ。なんでそんなに落ち着いているのかとエイナが尋ねるも、苦笑する他に道がない。

 このお金は一旦ギルドが預かり、続いてアポロン・ファミリアのホームだった場所へと赴く。やがて目的の建物が見えてきて、案内をしていたギルドの職員は簡潔に概要を紹介した。

 

 パッと見の感想は、三階建ての立派な洋風のお屋敷。階層こそ3つながらも横方向の広さはかなりのものがあり、職員が口にした設備があるならば、30-40人程でも問題なく暮らすことができるだろう。

 館を囲う高い柵、手入れが行き届いた庭の草木。いつ崩れるか分からなかったかつての廃教会とは、随分と対極を成している。もちろんこちらにも地下室があるが、そこだけでも雲泥だ。

 

 しかしこれらの称賛も、入り口にあった石像で消え去ることとなった。そして嫌な予感を抱きつつも中に入ると、その予感は的中することとなる。

 

 

「こ、これはキモいぜ……」

「うーわー趣味悪いですねー……」

 

 

 大天使ベル君ですらドン引きする程の、アポロン要素。そこかしこに肖像画や石像が乱立して存在を主張しており、美的意識の欠片もない惨状だ。

 装飾1つに至ってもアポロンの顔がある程の、気合の入れよう。逆に、それが付いていないモノを探す方が難しいだろう。撤去費用となれば、馬鹿にならない金額のはずだ。

 

 元々アポロンが住んでいた場所というだけでもヘスティアにとっては吐き気を催す邪悪であり、故に二人だけながらも満場一致でこの館も売却が確定となる。翌日、タカヒロが知っている不動産を経由して、無事に1000万ヴァリスでの売却と相成った。

 大きさと厳格の割に随分と安いが、原因が先のアポロン要素にあるのは言うまでもないだろう。その他に残っていた資産についてもサクサクっと処理したところ、こちらも1000万ヴァリス程となっている。ロキ・ファミリアから連絡があって酒類がまとめて買い取られたが、その点は想定の範囲内だ。

 

 ということで。現在のヘスティア・ファミリアには、3000万ヴァリス、アポロンから生まれた2000万ヴァリス、そしてリリルカ分の1000万ヴァリスと含めて6000万ヴァリスもの大金が存在しているのだ。

 なお、もちろんタンス預金。昼食を取りながら“気が気で夜も8時間しか眠れない”と主張するヘスティアに自然落下の空手チョップするタカヒロは、この廃教会をどうするか話を切り出した。

 

 

「うーん……とりあえず崩れそうで怖いので、上だけ綺麗にします?」

「一案だが、この際、もう建ててしまってもいいのではないか?リリルカ君が来るならば、既に部屋が足りんぞ」

 

 

 10万ドルどころか数千万ヴァリスをポンと稼げるこの“ぶっ壊れ”、金にモノを言わせると中々に発言が軽い傾向がある。有能なサポーター(リリルカ・アーデ)が1日付き合えば(生贄になれば)、魔石だけでもそれぐらいの額は稼いでしまうのだ。

 幸いにも元教会というだけあって周囲も含めた敷地も広く、それこそアポロン・ファミリアと同規模の建物も建造可能。オラリオ最大手であるロキ・ファミリアのホームには何度か足を運んだことがあるために、どれほどの施設がどれほどの大きさで必要なのかは把握することができている。今は取得星座を戻しているそこの一般人がターゴ(建築神)の加護を取得しているために設計図程度は描くことができており、ああして、こうしてと話が盛り上がった。

 

 生産ファミリア繋がりということでヘファイストスから紹介を受けていた建築系を行っているファミリアに、さっそくベルが図面結果を持って行ったところ。“運が良く”、ちょうど仕事が無く暇をしていたところらしい。

 ベルの事は相手方も知っていたのと設計図面の精度が異常なほどに高かったこともあり、多少の手直し程度で着工と相成った。普通ならば時間がかかる作業でも、神の恩恵によって非常にスピーディー。此度は金にモノを言わせてアルバイトを雇っているため猶更だ。

 

 既存の上物はわずか半日で撤去されており、基礎工事へと入っている手際の良さ。その間、ヘスティア・ファミリアは近所の借家で過ごすこととなっている。

 なお、その間にも建物内部に使う素材などは要協議。そこはタカヒロの出番であり、相手方のファミリアと毎日のように協議を行っている。

 

====

 

 そして数日後、ヘスティア・ファミリアにとっては一世一代のイベントだ。

 

 

「た、確かに募集した日は今日だけどさ……」

「す、すごい人数ですよ神様……」

 

 

 借家の前に集まる、人・人・人。性別・種族に関係なく様々な要員が集まっており、これら全員が、ヘスティア・ファミリアへの入団希望者というわけだ。

 

 しかし、大きな問題が一つある。それは他ならない、ベルの現在のレベルにあった。

 レベル4という数字はロキ・ファミリアを基準としては目立たないかもしれないが、れっきとした数少ない中級冒険者。もう少し言うならば、第一級冒険者の一歩手前。

 

 故にベル・クラネルは、タカヒロの受け売りながらも、まず大衆に対してヘスティア・ファミリアの門を叩いてきた理由を問い、知らねばならないと考えている。レベルの違う己が常に一緒に居ることはできないと思っているからこそ、団員が持ち得る“考え”は重要だと思っていた。

 ベルとヘスティアとしても、訪れた全員を受け入れるつもりは全くないのだ。初めてであるために厳格には行えないだろうが、まずは軽い面談で一次選考を行うべきだと判断して、質問内容などをタカヒロとも相談しつつ色々と準備を終えている。

 

 翌日の面談日にもソコソコの長さの列が出来上がり、適当な場所で待ってもらいつつも確実に進めてゆく。ヘスティア・ファミリアの面接官は3名であり、尋ねる内容は様々だ。

 何故、ヘスティア・ファミリアなのか。何を目的として戦うのか。仲間のために戦えるのか。各々が最も気にする点を真剣な眼差しで告げており、一次選考に通る者の大半は、緊迫した表情で受け答えをしている。

 

 

「それでは続きまして……ソーコーシャさんですね、宜しくお願いします」

「それじゃー早速、自己紹介をお願いするよ」

「拙者は、普段だれに対しても丁寧語や尊敬語で接して外見完璧だが、身内や友人にだけは砕けた口調で接し、そそっかしい内面が見え隠れする妙齢の女性大好き侍と申す」

「ヘスティア、この御仁は合格だ」

「待てい!?」

 

 

 質問の内容が様々あるように、結果もまた様々だ。合格となる者、不合格に打ちひしがれる者、悪態をつく者など、それこそ多種多様の様相を見せている。

 その中には、見知った顔もチラホラと混じっている。此度の戦争遊戯(ウォーゲーム)で敵であった、かつてアポロン・ファミリアへと強制的に加入させられた者達も志願者に含まれているのだ。

 

 だからと言って、良くも悪くも差別はしない。大なり小なりヘスティア・ファミリアに興味を抱いてやってきているワケであり、ならば扱いは、他の者と何ら変わることはないのだ。

 ここで問題のある者を迎えてしまっては、ヘスティア・ファミリアにとって良い結果など生まれない。故に全員が真剣に、時折息抜きをしながら、一次面接も終盤にこぎつけた。翌日は二次面接が行われることとなり、それも終盤へと差し掛かっている。

 

 

「サポーター、ですか。でしたら師匠、やはり50階層より下で……」

「ああ、24時間活動できる条件で募集している」

「ベル様、タカヒロ様!?リリの時だけ募集要件が厳しすぎませんか!?」

「ふ、普通です!」

「べ、ベル君が珍しく大嘘を言っているぜ……」

 

 

 そんな面接も、彼女が相手となれば気軽なものだ。一次面接の段階で内定が出ているために、面接官側もおふざけモードで息抜きとなっているのは微笑ましい光景だろう。なお、大嘘である点がヘスティアに見抜かれているのはご愛敬だ。

 蛇足だが、面接を受ける者のほぼ全てがタカヒロを目にして「こんな人いたっけ」との感想を抱いているものの、仕方のない事と言える。ヘスティア・ファミリアであることには違いは無く、大人びた様相と内容の質疑を向けられて背筋が伸びることとなっていた。

 

 

 そして、面談の結果を三人で話し合い、合否の区切りもついたころ。

 

 

「神様。今更かもしれませんが、本当に僕が団長でいいのですか?」

 

 

 少し前からベル・クラネルが気にしていた、重要な部分。師であるタカヒロが口にすることを聞く限り、どうやらタカヒロは副団長すらも務めるつもりはないらしい。なお、やる気がないわけではなくサポートなどが必要ならば務める言葉を残している。

 もっともタカヒロ曰く、それについては超が付くほどの重要な理由があるらしい。何のことかが分からずアイズ宜しく首を傾げるベルに対し、ヘスティアも続けて疑問符を浮かべていた。

 

 

「自分が副団長になる点については構わないが……」

「問題があるのかい?」

「ギルドの規約を見る限りは、ギルドに登録されていることが条件に書かれて」

「ぜぇ――――っ対にやめてくれよ!?」

「では大人しくしていよう」

「……なるほど、分かりました」

 

 

 そして、申請しやがった時の事を考えるだけでお腹の中がグツグツとなりかけるヘスティアであった。レベル100の事(具体的な理由)は知らないベル・クラネルだが、色々と察している。

 

 

 そんなこんなで結局のところ合格となったのは、リリルカを除くとレベル1が18名とレベル2が6名の合計24名。もっとも今はホームが建築中であるために、借家をさらに借りて過ごしてもらうこととなる。本格的な活動は、ホームが完成してからだ。

 狭いながらも、まずは全員が集まって各々の自己紹介を行っている。パルゥムもサポーターの一人が合格となっており、さっそくリリルカと気さくな仲となっていた。

 

 意外にも24名の内3名が男1女2のエルフなのだが、セオリーと違って、基本的な応対程度ならば肌の触れ合いも許せるらしい。エルフらしく少し強い言い方ながらも、協調性はしっかりと備えている。

 応対しているタカヒロがやけにエルフについて詳しかったために3人が質問をしていたところ、「実は良くしてくれているエルフが居る」的なことをタカヒロが話していたら、突然とリヴェリアが訪ねてきた上に惚気とは程遠いもののフレンドリーな対応を見せている。そのために3人揃ってカカシとなっており、思わぬ洗礼を受けた格好だ。

 

 

 恩恵はその日のうちに刻んだのだが、嬉しい想定外として、リリルカがレベル2になれることが判明した。もちろん早速ランクアップを行っており、長年の夢の1つを果たせて涙を流す彼女を、周囲が早速祝福している和やかな空気となっている。

 ステイタスとしては“器用”と“魔力”がDランクに達しており、偉業のトリガーは恐らくゴライアスの一件だろう。捻くれている約一名が「お祝いに“あそこ”へ行くか」と口にしたことで涙はすっかり止まっており表情は絶望へと変わっていたため、全員が困惑していたのはご愛敬である。

 

 そんなこんなで、ヘスティア・ファミリアの成長は新たな一歩を迎えることとなる。新たな大勢の仲間たちと共に、ここから第二のスタートを迎えるのだ。

 

 

 

 

 

なお。

 

 

蛇足としては、平均レベル5のファミリアとなる。

 




>>拙者は、~
の一文は、2020年07月01日(水) 22:43に“紙★装甲車”様から頂きました感想の一文です。
使用許可は頂いております、ありがとうございます!


P.S.
年末年始は、かつてないほどのハードスケジュール……!
更新が遅くなりますが、ご了承くださいませ。


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117話 正式ランクアップ

意味ありげな後半です


 新生ヘスティア・ファミリアが発足して、翌日の話。

 

 

「そんじゃ、神会(デナトゥス)を始めるでー。なんか前の前もウチやったような気ぃするけど、司会務めさせて貰うロキや、皆よろしくなー」

 

 

 バベルの塔にある、特別な部屋。ドーム状の大きなホールに控えめな拍手が鳴り響き、ここに第n回の神会(デナトゥス)が開始された。

 いつもならば誰かしら宴を開いてから行われるのがセオリーなのだが、今回は臨時の要素があるために神会(デナトゥス)だけの開催となっている。とはいえ、その点を気にしている者はいないようだ。臨時の開催となった理由の一つとして、前回の神会(デナトゥス)以降にランクアップした者が一定数を超えた為ということが挙げられる。

 

 

 この報告会により、フィン、ガレス、リヴェリアは正式にレベル7として認定。偉業としては少々無理があるものの“三名で51階層に辿り着いた”という事にされており、50階層までワープしているものの実際に行っており間違ってはいないのが実情だ。

 ちなみにだがこれはフレイヤからロキへ行われた助言の結果で、オッタルがレベル8となった際も“50階層へソロで行った”となっている。ロキ・ファミリアの名の下にゴリ押しも効くために、内容としては十分だ。なお、各々の二つ名は、そのまま継続と決定されている。

 

 リリルカについても理由は“最後と一緒に”と後回しにされながらも正式レベル2として認定されており、こちらは新しいパルゥムの初級冒険者誕生ということで少しだけ目立っている。授けられた二つ名はベルをもじってか“運搬小人(リトル・ポーター)”と、珍しく無難なものとなっていた。

 

 その他の者については、いつも通りの阿鼻叫喚の地獄絵図。相も変わらず痛々しい二つ名のオンパレードとなっており、崩れ去る神々がそこかしこで発生中。

 流石にベートの二つ名ほどアブナイものは出ていないが、似たようなベクトルであることに変わりはない。そこかしこで、再考を祈願する声が聞こえているのは日常と言っても良いだろう。

 

 

「ほな、最後は皆お待ちかねの――――」

「ちょ、ちょっと待ってくれないか、ロキ!」

「どないしたんや、ヘスティア」

「ちょ、ちょっとだけ胃薬を……」

「……」

 

 

 そして最後、この臨時神会(デナトゥス)が開催された本題。レベル2の申請以降にレベル4となった“準ぶっ壊れ”であるベル・クラネルの話題が持ち出された。

 なお、この裏ではロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアが“恩返し”ということで関係各所に根回しを実行済み。反発しそうな所とは事前に「オハナシアイ」を実施済みであるために、此度のランクアップも表向きは通常通りなれど、すんなりと決まることになるだろう。

 

 話題の周知と共に周囲の視線は一瞬にしてヘスティアに向いており、彼女は机に向かって顔を下げて冷や汗を流している。何についてを言われるかは分かり切っているために準備はしたものの、変化球となればどんなことを言われるかは全く持って予想することができないのだ。

 蓋を開けてみれば、やはりランクアップの申請が遅れた理由と、レベル2→4へ“飛び級”したのかどうかという内容だ。今の所は予想通りであり、ヘスティアは少しの安堵と共に以前からタカヒロと練り合わせていた回答を口にする。

 

 

 まず最初にランクアップの申請が遅れた理由として、アポロン・ファミリアにちょっかいを掛けられてゴタゴタしていたことを言い訳とした。当時は三人だけのファミリアだったために、この言い訳は幸運にも通ることとなる。

 そして飛び級でレベル4になったわけではなく、3から4へ七日間で達成されたことを正直に口にしている。その原因、トリオでのゴライアス討伐もまた正直に報告を行っていた。

 

 他人事といえばそれまでだが、到底ながら信じられる内容とは程遠い。セオリーという言葉など空の彼方に投げ去っており、偉業を耳にして鼻血を我慢している美の女神はさておき、場は静まり返った様相から変わらない。

 周囲の神々は呆れ果てて何も言えないが、それも当然。少し前に目にしたベルの姿があるからこそ、誰も口を挟むことができないのだ。

 

 

 これこそが、タカヒロが狙った内容の根底に他ならない。根回しの効果もあるが、前代未聞の戦争遊戯(ウォーゲーム)にて実力を示したことにより、周りの神々はレベル3におけるゴライアス討伐も腑に落ちてしまっているのだ。

 実のところヴェルフの魔剣があった事が討伐成功の一要因となっているのだが、おかげさまでこの事実も明るみに出ることはない。青年が作り出した状況は、ものの見事に奇麗な歯車となって回っている。

 

 

「えらいアタマオカシイ事やっとるみたいやけど、嘘やないって誓えるな、ヘスティア」

「ああ、勿論だよ。目を逸らしたいけどそこは誓うぜ、ロキ」

「本音漏れとるで。そんじゃ、ベル・クラネルがレベル4になる点については問題あらへんなー。ところで、リトル・ルーキーに代わる新しい二つ名なんやけど――――」

 

 

 そんなこんなでベル・クラネルに授けられた新たな二つ名は、“悪魔兎(ジョーカー)”。ちなみに名づけの親はロキであり、事前にフレイヤと相談していたらしく彼女も非常に気に入った様相を見せている。

 この二人が“推し”となっている以上は止められるのはタカヒロぐらいの者であり、故にベルの二つ名はこれにて決定。数日後には、正式に公表されることとなるだろう。

 

 この二つ名となった理由の半分としてはご存じの通り、戦争遊戯(ウォーゲーム)で見せた悪魔的ほほ笑みだ。言っていることと表情がまったく一致しておらず、わるーい心を持ったロキなどに気に入られてしまっているのは仕方のない事だろう。

 そしてもう半分は、単純に持ち得る実力からの命名だ。レベル4とアドバンテージがあるとはいえ、先の二つのファミリアを単騎で潰す程の実力や鍛錬で対峙した者からロキが得ていたベル・クラネルの実力は、まさにジョーカーと呼んで差支えのないほどのモノがある。

 

====

 

 そんな事になっているとは、つゆ知らず。当の本人であるベル・クラネルはファミリアの用事を終えると、買い物へと赴くためにホームを出る準備をする。

 財布、ヨシ。何を買うかのメモ紙、ヨシ。護身用のナイフ、ヨシ。リリルカ……ではなく収納カバン、ヨシ。忘れ物がないことを確認するとホームを出て、商店街の方へと足を向ける。

 

 

「あれ?」

 

 

 ふとして反対方向が気になり身体を向けると、大通りの端に映る見慣れた二人の姿。“斜め上”へと長く突き出た耳と美しい緑髪を持つ人物の対面に居るのは他ならぬ私服姿の師匠であり、数秒の間だけだったが見間違いではないだろう。

 そんな二人の姿も人波に消えてゆくのだが、二人がどこへ向かうかはベル・クラネルにとって関係のない話だ。今日の予定を終わらせるために、商店街の区域にある本屋へと歩いていく。

 

 この本屋はタカヒロからの紹介であり、彼がいつも読んでいる本は定期的にここで購入をしているようだ。決して大きくはなく、一方で個人が趣味でやっているよりは大きいという微妙な規模。

 しかしだからこそ、無駄なものもなければ主要なものは揃っている。店にとっては悩みの種かもしれないが、立ち位置が微妙であるために客数も少なくゆっくりと選ぶことができるのだ。

 

 とはいえ、いくら主要なものしか揃っていないとはいえ、例外もある。オラリオで最も需要が高い一つであるダンジョン関係の本は、このような規模の書店においても数多くの種類が揃えられているのが現状だ。

 今回ベルが書店を訪れたのは、ファミリアで使う入門書を数冊購入するためのモノ。資金繰りが宜しくないレベル1の者たちに対して、少しでも知識を身に着けてもらうためのファミリアとしてのサービスだ。

 

 

「うーん、意外と種類があるなぁ……初心者用の本って、どれが良いんだろう……」

「ダンジョンに関する教材か?それならば――――」

 

 

 思わず呟いた時にふと横から聞こえる、落ち着いた女性の玲瓏な声。イントネーションも含めて何度か聞いたことのある声は、とある人物をベルの脳裏に連想させる。

 しかしその者は西区で師と行動しているはずであるために、よく似た別人の声だろう。自分は一直線に書店へと来たために、追いつかれるようなこともない。

 

 ともあれ、お薦めを教えてもらったからにはお礼の言葉が必要だ。そのためにベルは振り返ると――――

 

 

「すみません、ありが――――あれ、リヴェリアさん?」

「ん?どうかしたか、ベル・クラネル」

 

 

 まさかの人物を目にして、思ったことをそのまま口にしてしまった。別に、リヴェリアが書店にいる点については問題ない。

 実はタカヒロもリヴェリアにこの店を紹介されており、彼女も読書が好きなために定期的に訪れている。今日は偶然にも、ベル・クラネルとバッティングしたというわけだ。

 

 

 しかし本日は、少し前の光景があるだけに位置関係がおかしいと言える。西区で見かけた姿は、確かに師匠とリヴェリアだったとベルは脳裏で思い出す。

 もっともベルとて、美しい緑髪の背中を見ただけであるためにそれがリヴェリアかと言われると断定は難しい。師ならばもしかしたら後ろ姿だけで判断できるのかもしれないが、少年には厳しい技術だろう。

 

 そこで本の購入後、アイズには悪いとは思いつつベルはリヴェリアを小さなカフェに誘うこととなった。長居をするつもりはないためにお茶の一杯だけを注文して、互いに口をつけている。

 まず初めにリヴェリアが口を開き、アイズと上手くやっているかを尋ねていた。母親役として接してきたこともあり、何かと過保護なのは仕方のない事だろう。

 

 

「あっ、すみません師匠から聞きました。遅くなりましたがレベル7へのランクアップ、おめでとうございます」

「情報が早いな、ありがとう」

 

 

 それらの話も一段落し、お茶の量も残り半分。今度はベルが、気になったことを尋ねてみる。

 

 

「ちょっと変な質問なんですけど、エルフの人でリヴェリアさんみたいな長くて綺麗な緑髪のエルフって、どれぐらいの割合で居るのでしょう?」

 

 

 素で相手を褒めていくこの少年、何も意識していないので質が悪い。相手が少しでもベルに気持ちを抱いているならば、今の一撃は右ストレートとなって届いていたことだろう。

 そんなことはさておき、リヴェリアは質問の意図が分からない。ともあれ回答がしやすかったことと大したことではないために、その質問に答えていた。

 

 

「そうだな……。私の名に“アールヴ”の文字があるのは、君も知っているだろう」

「はい。あ、意味は分からないのですが……」

「ヒューマンならば仕方ないさ。アールヴとは“エルフの始祖”を意味する名でな、王族にしか名乗ることは許されていないんだ」

「なるほど」

 

 

 曰く、アールヴの名を継ぐ王女(ハイエルフ)は、皆彼女のような翡翠の瞳と髪になるらしい。事実、彼女の母親もソックリの瞳と髪を持っているとのことだ。

 逆に言えば、緑髪のエルフこそいるが色合いは完全に別と言って良いほどに違うとのことだ。緑色の場合でも薄かったり濃かったりするようであり、比べれば一目瞭然のレベルらしい。

 

 故に、下々のエルフにも漏れなく浸透しているというわけだ。曰く、見ただけでアールヴの王族だと瞬時に判断することができるらしい。

 ちなみにだが、現国王と王妃の間にできた子供はリヴェリア・リヨス・アールヴただ一人であるのが実情だ。己の師がとんでもない相手とお付き合いしていることを知ったベル・クラネルだが、その師はその師でエルフの王族など霞む程のヤベー加護を持っていることを知らないのは仕方のない事だろう。

 

 

「ところで、何か理由があっての質問だったのか?」

「実は、リヴェリアさんと似た髪を持っているエルフの人が居たらしくて……」

「私と?オラリオでの事か?」

「あ、はい。でも、その見た人はエルフじゃないので……僕みたいに知識がなくて、単に勘違いしているだけなのかもしれません」

 

 

 ベルが目にしたのは遠目であったために、先ほどの内容を言われると疑問が強くなってしまう。

 

 

「ふむ。恐らくそのエルフは、王族の血筋を引いている可能性が高いはずだ。ならば知らぬものが、同じ様に見えても仕方ない」

「なるほど」

「予想の域を出ない話だがな。ともかく、オラリオに滞在しているうえでアールヴの名を継いでいるハイエルフは、私しかいない。これは間違いのない事実だ」

 

 

 そんな人が危険なダンジョンに潜っていて良いのだろうかと疑問が浮かぶベルだが、危険を察知して口にすることは無かった。今日も“幸運”はキッチリ仕事をしている。

 ともあれ、とりあえずリヴェリアと見た目が似た者は居ないことが判明した。ちょうどお茶もなくなってきており、そろそろお暇となるだろう。

 

 では、あの時に見た緑髪のエルフは誰なのかという疑問が残る。もっとも遠目であったこともあって己の見間違いの可能性もあるために、おいそれと口に出すことができずにいる。

 ならばリヴェリアの母親かと思ったベルだが、王族それも身内が来ているとなればリヴェリアがここにいるワケがないだろうと判断した。サプライズ訪問だとしても、ロキ・ファミリアの情報網には引っかかっているはずである。

 

 

「あ。リヴェリアさん、実は一つお願いしたいことが……」

「ん、どうした?」

 

 

 そんなこんなで場は解散となり、ベルは買い物を済ませるとヴェルフの工房に寄ってホームへと戻ってくる。ファミリアの者が待機しているリビング的な部屋にある本棚へと、購入した書物を並べていた。

 

 ちなみに、そのうちの一冊。その表紙に書かれていた内容は、以下である。

 

 

 “勉学に役立つことを願う。内容保証、我が名はアールヴ”

 

 

 紛れもないリヴェリア・リヨス・アールヴの文字であり、ベルの考えに感銘を受けた彼女が支払った教本だ。そしてベルのお願いにより、この言葉が添えられている。

 

 しかし、教本の導入から二日後。なぜか当該教本が超厳重なガラスケースに保管されて使用できなくなっており、他のファミリアのエルフがひっきりなしに訪れている。

 当たり前だが教本としては役立たなくなってしまったために、結局ファミリアとしてもう一度買う羽目になったのはお笑い種と言えるだろう。ちなみにだが、保管した犯人はヘスティア・ファミリアにおける三人のエルフである点については言うまでもない。

 

 

 

 

 そして、同時期のこと。

 

 普段から甘えに甘えてくる一変したアイズの姿に押されまくりのベル・クラネルが対策を師に相談したのだが、何故だか苦笑で返された上に答えを貰えなかったらしい。



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118話 恋する娘の悩み

前話の最後の原因


 ベルとリヴェリアが、ファミリアのためにダンジョンの本を選んでいる頃。オラリオでは、もう一組の男女がカフェで時を過ごすこととなる。

 

 

 同じオラリオでも離れた距離にある西区で、一人の男が駆け足で急いでいた。目的地は西区にあるカフェであり、とある者から呼ばれて約束していた格好だ。

 

 予定時間を、既に5分程すぎている。予想外にも程がある足止めを食らった白髪の青年が口にする言い訳としては「どう頑張っても無視できなかった」という内容であり、不可抗力の類だったらしい。

 

 本当ならば複数の突進スキルを交互に遣って最速で駆け付けたいのだが、交通事故を引き起こすわけにもいかないので封印中。開口一番で発する謝罪の文言を考えながら、待ち合わせの場所へと移動していた。

 最後の角を曲がると、少し先にあったカフェらしき店舗が視界に入る。相手は既に店の中の個室へと入って席に着いているらしく、店員に案内されるタカヒロだが、美しいブロンドの髪が擦りガラス越しでも映えていた。

 

 

「すまないアイズ君。どうしても外せない用ができてしまって、遅れてしまった」

「ん……大丈夫、です。私も、今きたところ」

 

 

 扉を開けると、女の子を象徴するようなふわりとした甘い匂いが微かに漂う。謝罪の言葉を口にしながら席に着いたタカヒロは、相手に向かって軽く頭を下げた。

 デスペレートを帯剣こそしているが、服装はタカヒロも何度か見た清楚な感じが溢れる白を基調としたワンピース。こうしてみると本当に、年頃の娘にしか映らない。

 

 ちょっと無理がある嘘を口にするアイズだが、それも相手を思ってのこと。もちろん青年側からは何も言えず、借りを作ってしまった格好だ。

 そこから数秒程して店員がドアをノックして入室し、水・お絞りと共に注文を聞いている。二人して紅茶の類を注文すると、店員は愛想よく下がっていった。

 

 

「こっちこそ……タカヒロさんは、忙しいのに、ごめんなさい」

 

 

 そう言われる青年だが、なんとも言い返せない。鍛錬こそ絶やしていないものの別に忙しいと言うには程遠く、装備面で色々と新しい考えは浮かんでいるが、まとまりに欠けるために特に動いていないのが実情だ。

 ロキ・ファミリアからウラノス、フェルズを経由して来るのだろう闇派閥に関する情報もパッタリと止んでいるために、こちらも動くに動けない。近々会合を開いて闇派閥対策にタカヒロが動いていることをロキに報告するらしいが、その点はウラノスに任せておけば問題ないだろうと青年も気にしていない。

 

 一応、ダンジョンにおいて探索の活動は継続中だ。19階層は踏破してマップを全て埋めたが、隠しエリアらしき部分は見つかっていないのが現状である。

 現在はチマチマと20階層を調査しているのだが、こちらもまた同様だ。それどころか、食人花(ヴィオラス)も見かけない始末となっている。

 

 

 ともあれ、そんな問題もさておいて。今回はアイズが相談したいことがあるとのことで、こうして個室のある喫茶店へと訪れた格好だ。

 

 最初は他愛もない話を少しだけ続けるも、あまり気分が乗っていないようにタカヒロは受け取っていた。なお、全くの第三者が目にしたならば「変わらない」と回答してしまう程度の変化である。

 そう思っているうちに、やがてドリンクが運ばれてくる。店員が退出したタイミングでアイズが一度口を付け、ティーカップに目を向けつつ、重たそうな口をゆっくりと開いた。

 

 

「タカヒロさんは……私の過去、リヴェリアから、聞きました?」

「ロキ・ファミリアへと入団した頃の話だろうか?」

「もっと、前」

「その頃となると……過去に両親を亡くした程度のことは聞いているが、深くは知らない。その程度だ」

 

 

 細く繊細な白い手が、ぎゅっと強く握られて拳となる。やはり目線を下げつつ、アイズは続けて口を開いた。

 同時にタカヒロは、今から口に出されることが相談内容なのだと察知する。リヴェリア程ではないが“アイズ語”は理解しているつもりであり、言葉の駆け引きが得意ではない彼女ならば、いきなり本題が来てもおかしくないと読み取っていた。

 

 

「私の、両親は……モンスターに、殺されたんです」

 

 

 それが、彼女がダンジョンに潜る最も大きな理由の一つ。己の両親の命を奪ったモンスターへと復讐するために、母の下へと辿り着くために強くなる。

 アイズにとっての全てであり、絶対に譲れない大きな意思。自分の身体や命など二の次に、とにかく強くなるためにダンジョンへと入り浸っていた七年間。

 

 けれども。復讐を目指す過程で黒く染まってしまった、己の心にも気づいていた。かつての鍛錬で、少年には、そうなって欲しくないと切に願ったこともあった。

 染まってしまった一角。黒く染まった炎(孤独)から己を救ってくれたベル・クラネル(自分の英雄)。一人ではないことを教えてくれた、掛け替えのない存在。

 

 

 そんな少年の姿は、一言で言うならば眩しかった。死に物狂いで鍛錬に打ち込む凛々しい姿もまた美しいが、オラリオの街中でこそ、アイズが好きなベル・クラネルの姿が一層輝く。

 

 街中で迷子となり泣いている子供を見つけ、どうしたらいいのかとアイズが内心で狼狽えている時。真っ先に駆け出して駆け寄って、穏やかな顔で「大丈夫」と声を掛け続け子をあやすその姿。

 向かう先で老人が重そうな荷物に苦戦していれば、アイズに一言断りを入れて率先して代わりに持ってあげる、その姿。見ず知らずの他人から感謝されたことなど、ベルと一緒に過ごした僅かな期間だけでも二桁の回数に達している。

 

 

 他にも、例を挙げればきりがない。横に居てくれるそんな相手に対して、アイズは自分という存在と比べてしまっていた。

 まるで、自分とは大違いだと。比べれば比べる程に差が見えてしまい、その差を知る程に不安になり。悩み、苦しみ、誰にも打ち明けることが出来なかった。

 

 

「復讐に燃える、私の心は……強くなるために戦いを求めて、戦うことが出来る事に安心する、私の心は……。モンスターと、変わらないんじゃないかって……」

 

 

 片や純粋な優しさを抱き、それを誰に対しても示すことが出来る真っ直ぐな少年。

 

 片やモンスターへの復讐を抱くばかりで、女らしいことが出来ない不器用な少女。

 

 

 今まで独りだった時をベル・クラネルと過ごすうちに、アイズの中で、ベルと己はこのように相反する位置づけとなってしまった。モンスターは必ず殺すと己の心に誓っていただけに、生まれ出る醜悪さが分かりやすく露呈してしまっている。

 故に、そんな純粋で清らかな彼の横に自分などが居ていいのかと不安の心が生まれている。これらのことを口にして、アイズは最後にこう締めくくった。

 

 

「私は……ベルの隣に立つ資格が、あるのかな」

 

 

 長い睫毛を伏せ、消え入りそうな声で心からの不安を口にする。その仕草が59階層のリヴェリアと重なり、青年は眉に力を入れた。

 

 きっとベルに相談しても、優しい彼は全面的に否定して己の手を取ってくれる事だろう。

 リヴェリアに相談しても、今までのように、母親らしい励ましの言葉を掛けてくれることだろう。

 

 だが、しかし。今の彼女が欲しているのは、優しい手や励ましの声ではなく、答えの類。少し前に黄昏の館でリヴェリアが話してくれた、北の城壁において目の前の青年が口にしたらしい「間違っていなかった」という一つの答え。

 肯定・否定はさておき、今のアイズも、そんな“明確な答え”を求めている。そして付き合いこそ短いが相手を全面的に信用しているからこそ、アイズはタカヒロへと悩みを打ち明ける覚悟を抱き相談を持ち掛けたのだ。

 

 

 悩みを聞いたタカヒロは腕を組み、中々に難しい問いに対して回答を決めかねている。特に言い出しを決めかねているのだが、それも仕方のない事だろう。

 なんせ、色々とデリケートな内容だ。そこで彼は問題を分割し、一つ一つを解決しようと考えを巡らせる。

 

 相手という存在が欲しいのに方法が分からない、不器用な彼女アイズ・ヴァレンシュタインが抱いている最終的な不安は、ベルと共に歩めるかという只一点。しかしその根底には、彼女が抱くモンスターに対する負の感情が隠れている。

 だからこそ、タカヒロはまずそこを明確にする。建前ではなく、彼自身とて明確に抱いている一つの意見を述べるのだ。

 

 

 「紙一重(かみひとえ)、という言葉を知っているか?」

 

 

 淡々とした表情は変わらず、問い掛けるようにして口を開く。

 

 紙一枚の厚さ程しかない、ごくわずかな隔たりを指す三文字の言葉。偶然にも知っていたアイズは伏せられた睫毛をそのままに、コクリと可愛らしく静かに頷く。

 しかし同時に、次に出てくる言葉がアイズ自身の考えを肯定するものだとも察していた。望んでいない答えとはいえ、それが信頼できる者からの答えならばと、受け入れる心の準備を行っている。

 

 

「確かにその一点を見れば、君とモンスターは紙一重と表現できる。どちらも共に、積極的に戦いを求める者と言えるだろう」

 

 

 予想通りの回答に、ぎゅっと口を強く噤む。テーブルの下で両手を強く握りしめ、やっぱり自分は釣り合わないのだという答えに達しかけた。

 しかし、その前に再び声が耳へと届くことになる。アイズが抱く思考を断ち切るかのように、タカヒロは再び言葉を発した。

 

 

「紙一重。自分は、この言葉の裏にもう一つの意味があると思っている。その紙一枚を超えるか超えないかは、決定的に違うんだ」

 

 

 伏せられた睫毛と、顔が上がる。開かれた金色(こんじき)の瞳が無意識に、優しく、それでいて力強く向けられている相手の瞳を離さず捉える。

 

 

「その一枚の紙とは、“戦う理由”。君の場合は、両親の命を奪ったモンスターに復讐するため、モンスターから仲間を守る為に強くなる、と言った内容だろう。ともあれ、君とモンスターとを比べた時、この紙一枚を抱いているかどうかという、大きく明確な違いがある」

 

 

――――故に、君とモンスターの心は全くの別物だ。

 

 それが、アイズ以上に戦いの中に身を置いていた、タカヒロという男が出した答え。もしもアイズが悦楽にモンスターを殺しているならば話は変わるが、それがないことはタカヒロも知っている。

 そして、これで終わりではない。驚きの表情を崩さないアイズに対し、続けざまに口を開く。

 

 

「そして復讐とは、知性ある生き物が抱く真っ当な感情だ。それを達することで心に一つの区切りを付けてから、先へと進むことができる」

 

 

――――故に“復讐”と呼ばれる行為は、基本として咎められることではない。

 

 それが、タカヒロという男が持つ概念だ。そもそもにおいて、復讐を決意させるようなことをする輩が悪いというのが持論である。

 もっとも思い違いならば論外である上に、復讐を成し遂げて「相手が違っていました」では済まされない内容だ。故に事実確認はしっかりと行う必要があり、万が一に違っていた場合は責任を取る覚悟を抱いたうえでの容認であることを付け加えている。

 

 そんな言葉を口にした本人は、イセリアルやらクトーン、カドモスあたりに復讐されてもおかしくはない。モンスターが復讐の心を抱くかどうかは分からないが、カドモスからタカヒロへの敵対度合いはストップ高に匹敵している。

 とはいえ、先の3者の中で、青年に対して攻撃できる大義名分を持っているのはカドモスぐらいのものだろう。先に攻めてきたイセリアルとクトーンに対しては、逆にタカヒロ側が大義名分を手にしているのは明白だ。

 

 

 復讐という、黒く染まった卑劣な行為。てっきり否定されるかと思っていたアイズは顔を上げ、先ほどからポカンとした表情を浮かべて耳にした回答の数々に驚いている。

 目にする先には、据わった男の表情と真っ直ぐ己を見つめる漆黒の瞳。先の言葉と相まって、アイズは口にされる言葉の続きを期待してしまう。

 

 

「具体的に言えば……ロキにセクハラをされたら、死なない程度に殴り返すだろ?」

「あっ……」

「それだって立派な復讐の一つだが、大義名分はアイズ君にある。真っ当な理由と真実が同じならば、決して悪しきことではない」

 

 

 張り詰めた空気は、どうやらここまでらしい。茶化された比喩を耳にして、アイズは思わずクスッと笑みを浮かべている。そう言われてしまうと何だかスッキリするのだから不思議なものだ。

 同時に、心からホッとした安堵の心に包まれる。決して正解はないものの、答えの一つを授かった少女の顔から緊張という怯えた糸は完全に取れていた。なお、ロキに対する扱いは自業自得の為に論争の外とする。

 

 ともあれ、“ならば己は、清らかなベルの横に居て良いのだろうか。”アイズが最終的に行きつく地点は結局のところそこであり、先の会話の流れから、肯定の言葉を期待してタカヒロを見つめている。

 

 

「話を戻そう。君がベル君の隣に居て良いかという点については、自分が答えることはできない。共に歩む者を決めるのは、他ならないベル君だ」

 

 

 しかし口に出されたのは、安心できるとは程遠い内容だ。期待に胸膨らませていた少女の顔は消え去り、ベル・クラネルと出会う前のアイズ(剣姫)が顔をのぞかせる。

 彼女は、突然と突き放されたような感覚に襲われていた。肯定でも否定でもない言葉を耳にして、反論の言葉も、問いの言葉も思いつかない。

 

 

「居てはいけない、と言っているワケじゃない。あくまでも、選択肢がベル君にあるというだけだ」

「で、でも、ベルは、私と一緒に……」

「今はそうだが、これからはどうだろうか。風の噂だがベル君は、オラリオの女性には結構な人気者らしいぞ?」

「っ……!」

 

 

 正直なところ、聞きたくなかった。そう思い顔を背けるアイズだが、それではいけないと、唇に力を入れて前を向く。

 己の黒い部分と同じで、都合の悪いところ見たくなかっただけだ。今の距離に甘えているだけではあの輝きを手に入れるには届かないと、向き合うことを決意する。

 

 ならば、どうすれば。答えを求めて瞳に力を入れ、彼女は相手の瞳を見据えた。

 

 

「そうだな……自分から出せる提案は、二つある」

「二つ?」

「まず一つ。大前提として、相手のベル君が、君と共に居たいと思えることが重要だ」

 

 

 正直なところ既にベタ惚れなベルであるために心配はいらないと思っているタカヒロだが、絶対という事がないのが恋というものだ。ゆえに青年もまた、様々な手を用いてリヴェリアの気を引いているところがある。

 幸いにも、男10人に聞けば10人が魅力的と回答するぐらいの容姿を持つのがアイズ・ヴァレンシュタインだ。少し考えや感情が薄いところは確かにあるが、それもまた人によっては、手段によっては立派な武器となるだろう。

 

 

「でも……私には、魅力なんて……」

「……」

 

 

 全世界の女性が耳にしたならば、9割5分ぐらいに喧嘩を売りそうなセリフである。

 それはともかく、タカヒロにとっては非常に返答が難しい状況だ。一歩間違えればセクハラ一直線、故に“男側(ベル側)”に責任を押し付けたうえで、文言は慎重に選ぶ必要がある。

 

 

「確かに表情が薄いところはあるが、自分やリヴェリア、特にベル君の前では、ちゃんと笑ったり悲しんだりしてるだろ?」

「……うん。ベルと居ると、楽しい」

 

 

 再び咲きかける、花の笑顔。やはりベルの話題となると、自然と彼女の表情に笑みが浮かぶ。

 

 

「それでいいさ、男なんてのは単純だ。相手が自分にしか見せない喜怒哀楽の表情があるだけで、特に初心な奴は、簡単に惚れてしまうぐらいに単純なのだよ」

「……えっ?」

 

 

 流石に単純すぎない?と首を傾げながら思うアイズだが、残念ながら現実である。ある程度の耐性があれば話は別であり、これは恋する初心な女性(どこぞのlol-elf)にも当てはまる内容だろう。

 ともあれ、アイズ・ヴァレンシュタインが持ち得る一つの武器であることに変わりは無い。アイズが見せる表情変化にベルが目を奪われていることは知っているタカヒロだが、その点までを口にすることはなかった。

 

 

「あとは……そうだな。思い切って、甘えてみたらどうだろうか?」

「あっ、甘、え……!?」

「ベル君は甘えられる事に慣れていない、もう少し言うなら“攻めに弱い”。今まで何度か見せていたが、甘えを見せるのが最も効果的と言えるだろう」

「でも……恥ず、かしい。私の方が、年上、なのに……」

 

 

 熱せられた鉄の様に顔を赤くし、背け、両手でもって鼻を覆う。何を想像しているのかタカヒロには分からないが、どうも年上であることを意識する傾向にあるのは育ての親が“彼女”だからだろうか。

 もっとも――――

 

 

「気持ちは分からんでもないがベル君と君とは二歳差だ、強く意識する程でもないだろう。リヴェリアだって、自分と二人きりの時は小娘かと思うぐらいに甘えてくるぞ?」

「!?」

 

 

 驚愕の内容に目を見開くアイズですら、未だかつて、そんなリヴェリアの姿は見た事がない。と言うよりは、例の“アールヴ事件”の一件を除いて全くもって想像すらできはしない。そもそも何歳の差があるかについては、考えを即座に捨て去った。

 様々な考えが浮かぶものの、相手がタカヒロであるために嘘を言っているとも思えない。ならば勉学のためにと、どのようなことをしてくるのかと聞いてみる。

 

 

 曰く、姿を隠すための目深なフード付きロングコート着用時や人目につかないところでは、積極的に指を絡めるようにして手を繋いでくる。なおその時、顔は絶対に見せようとしない。

 曰く、彼女がベッドや椅子から立ち上がる際には視線を向けつつ両手を伸ばして、一時的なお姫様抱っこを高確率で要求してくる。

 曰く、部屋にある一人掛けのソファに座って本を読んでいると、端の空きスペースに割り込むようにして座り全体重を預けて寄りかかってくる。

 曰く、彼女に疲れが溜まっている時はベッドまで引っ張られて押し倒され、抱き枕の様に手も足も絡めとられて十分以上は占領され延々と愚痴を聞かされる。

 

 等々。もっとも流石にこれら程ではないが、タカヒロ側からも時たま膝枕や耳かき程度の甘えを見せていることを追記しておく。

 

 

「り、リヴェリア、凄い……」

 

 

 学ぼうとするも自分がそれをやっている姿を思い浮かべるだけで顔は更に赤くなり、沸騰したお湯のごとく顔から湯気を出すアイズ。どうにも記憶に残りそうになく、それでもって感情表現に乏しい彼女にとっては、とても今の自分では真似できそうにない“偉業”の数々だ。

 とはいえ男側にとって迷惑じゃないのかと疑問に思い、アイズは率直に問いを投げる。満更ではないために嫌な気を起こしていないタカヒロは、苦笑交じりにそのことを口にした。

 

 相手の気を己に向けるために全力な、恋する一人のハイエルフ。そんな姿を目にするだけで一層のこと愛でたい感情が青年にも生まれており、相手の想いに応えているのは必然と言えるだろう。

 いくら仲が良く両想いとはいえ、根底は他人であることを忘れてはならない。求めるだけ、与えるだけでは、いつか気持ちはすれ違いを見せてしまう。そうなってからでは、遅いのだ。

 

 

「そしてもう一つ。ベル君が進もうとしている道は……かつて、とある男が歩んだ、一つの戦士として確立する為の棘の道だ」

 

 

 それは、アイズも分かっている。具体的に何がどうとまでは分からないが、鍛錬であそこまで自分を追い込むベルの姿に現を抜かすと同時に、もがき苦しむ姿に心を痛めた。

 だけど。そんな道を進むベルを、応援してあげたい。そんな道を進むベルに何かしてあげられないかと思い、鍛錬のカッコイイ姿を目にして理性が負けているも、いつもウズウズとしてしまう。

 

 

「アイズ君が見て、ベル君の進む道が間違っていると思わないならば……やりたいと思っていることを認め、出来る範囲で支えてやってくれ」

 

 

 “支えてあげればいい” ではなく、“支えてやってくれ”。この二つの違い、そして無意識のうちに相手の言い回しが変わってしまっていた事には気づいていないアイズだが、相手が言いたいことは分かっていた。

 だからこそ表情に力を入れ、コクリと一度、大きく頷く。ベルに気に入られる為に……リヴェリア程は無理だけれど、頑張ってアピールしていこうと決意を新たにするアイズであった。

 

 

「あ。あと、もう二つ。ベルが、使ってる――――」

「それについてか、だったら――――」

「それと、私の……」

「……(いだ)く心の問題ならば、――――も、できそうなものだがな。物は試しに、コッソリと訓練してみようか」

 

 

 翌日。二人きりの時にさっそく猫のように甘えていたアイズに対し、ベルは終始しどろもどろの対応しかできず、顔色は深紅の瞳に負けぬほどになっていたのだとか。



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119話 爆弾と書いて、プレゼントと読む

少し遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。

タイトルは正直者


「うーん、何が良いだろうか……難しいぜ」

 

 

 新しいホームが完成するまでの借家、一階にある4人用リビングダイニングのような場所。行儀悪くテーブルに両肘をついて顔を支え、ヘスティアが唸り悩む声を発していた。

 テーブルの上には、新たなホームで使用する家財道具のパンフレット一式。それらの山にプレゼント用のものが混じっており、今現在は一番上に置かれている。

 

 カタログギフトというわけではないのだが、“こんな贈り物がありますよ”という紹介が記載された内容となっている。オラリオにおいては年1回の頻度で発行されているものらしく、その年のトレンドが組み込まれているという充実ぶり。

 内容も意外と豊富であり、若年~年配、男性女性、各種族向けのものと揃っている。広告料を含んでいるのかページ数にしては随分と安い価格で販売されているために、意外と読んでいるだけの人も多いらしい。

 

 ともかくヘスティアは、この中からヘファイストスへの贈り物を選んでいるというワケだ。少し前まで零細ファミリアだったために、その手のモノに疎いのは仕方のないことだろう。

 食品が良いか、家財道具の類が良いか。選択肢はそれこそ無限に匹敵するモノがあり、先程から唸りに唸っている。

 

 

「おや、何を見ている?」

「ああ、タカヒロ君。実は、ヘファイストスへの贈り物で悩んでいるんだ」

戦争遊戯(ウォーゲーム)の謝礼か?」

「いんや、それとはまた別だよ。実はね――――」

 

 

 ヘスティア曰く、ヘファイストスから教会の土地を借りて、三日後に丁度1年が経つらしい。更にはファミリアが大規模になったお祝いという事で此度においては土地を丸ごと譲り受けたらしく、ファミリアとして、何かしらお礼を兼ねたプレゼントをしたいと考えているとのことだ。

 予定している物は5万ヴァリス程度であるために貰ったものと贈る物の価格が釣り合っていないが、ベルの時と同じく気持ちが大事であるために、その点は仕方のないことだろう。資料を渡されたタカヒロも内容を流し見ているが、意外と豊富であるために“どれがいいか”と言われても悩みそうな程だ。

 

 とはいえ、やはり「どれがいいかなー」とヘスティアに相談されるワケである。もっとも青年とてヘファイストスの好みなど分からないために、どれが良いのかも不明と言ったところだろう。

 むしろ盟友ヘスティアが悩む以上は、解決できるとしたらヴェルフぐらいのものである。こんど聞いてみるかと思い立ったタカヒロの脳裏に、別の考えが思い浮かんだ。

 

 

「ところでヘスティア。ここに載っている品々よりも、彼女が喜びそうなモノがあるのだが」

「えっ、何かあるのかい?」

 

 

 その点についてだけ言えば、タカヒロは最も適切な人材と言えるだろう。彼個人にしてもガントレットを2億ヴァリスという破格で作って貰ったこともあり、もしも「取ってこい」と言われれば全力を尽くす筈だ。

 何か最適なものがあればと、“あまり考えを巡らせていない”ヘスティアは目をキラキラさせて乗り気の模様。貰ったものが土地ということで普通の贈り物では価格が釣り合わないため、少しでも種類は多い方が彼女としても嬉しいのだ。

 

 とはいえヘスティアにとってもサプライズなのか、青年は具体的なモノの名前を示さない。更にはいくつか候補があるようでさっそく悩むような仕草を見せ、顔を少し背けて悩む様相を見せている。

 何だろうかとワクワクしつつヘファイストスが気に入るかどうか心配なヘスティアだが、悩むタカヒロが見せる表情は真剣そのもの。力の入れようが目に見えてわかり、彼女の気分も上々と言って良いだろう。

 

 

「じゃぁタカヒロ君に任せちゃってもいいのかな?ファミリアとしてのプレゼントだからお金は出すよ、“買ってきて”よ!」

「わかった。一日二日時間をくれ、“持ってくる”」

 

 

====

 

 

「え、えーっと、それじゃぁ極秘ミッションです。ヘファイストス様へのお礼を探しに、3人でダンジョンに……」

「団長命令ですから用意はしましたが、嫌な予感しかしないんですけどベル様」

 

 

 昼食後、ダンジョン50階層。「あははー」と言いながら右手を頭の後ろにやるベル・クラネルと、既に生気が抜けかけているリリルカ・アーデ。前者はかつての弟子であるがため、残る一人となる“一般人”の考えていることが分かってしまっているのであった。

 リリルカとしては久々にベルに誘われてテンションが上がったはいいモノの、耳にした残り一人の名前が問題だ。レベル1の際に58階層でひたすらに素材集めに追われたメモリア(トラウマ)は、未だ彼女の心に焼き付いている。

 

 

「なんだどうした。かつて似た階層で経験をしたことがあるだろう、腰抜けではあるまい」

「タカヒロ様、“適正レベル”って言葉をご存知でしょうか!?」

「何か問題か?パーティーの平均レベルは、適正レベルをクリアしているぞ」

「レベルおいくつか知りませんけれど、とにかく色々と常識の範囲外ですぅ!!」

 

 

 小さな身体をめいいっぱい伸ばしてリリルカが叫ぶ内容は、ドが付く程の正論だ。少なくともダンジョンの深層において、金銭目的に3人パーティーで潜る奴などオラリオにおいて他に居はしない。

 なお、このパーティーにおいては平均レベル35。ここだけを見れば聞こえは良いが、詳細はお察しだ。

 

 

「最終的にファミリアのモノとなったが1000万ヴァリスを用意したのだ。深層の空気は慣れておいても損はないぞ、少し付き合え」

「ぐぬぬ……」

 

 

 リリルカ・アーデ、その話を出されると“ぐうの音”も出ない。彼女とて恩義は感じているために、ガックリと力なく肩を落とすのであった。

 そしてリリルカとて、タカヒロ発案の素材回収に付き合うのが嫌というわけではない。単に、向かう場所に大きな問題があるというだけの話と言えるだろう。

 

 しかしながら、深層の空気を体験できることは大きなことだとベル・クラネルは考えている。“百聞は一見に如かず”とはよく言うが、本当の死の恐怖というものを目の当たりにできるこの光景を知ったならば、普段の戦闘においてもいかんなく発揮されることを理解したからだ。

 だからこそ虐めでもなんでもなく、ファミリアの新人に対して深層体験ツアーを開こうかと考えている程のものがある。元凶のタカヒロ的には上層とさほど変わりないという程度の場所ながらも、少年にとっては重要な体験となったらしい。

 

 とはいえ今は58階層からの階層無視攻撃を避けながら潜ることが優先であり、例によって少し前に轢き殺され皮となったカドモスを思い出して同情しつつ、ベルとリリルカはダンジョンを疾走する。レベル4の後半となった為にベルも単体との戦闘が可能となっており、此度においては何匹かを処理していた。

 もっとも大半は“ぶっ壊れ”が一撃の下に屠っており、一行は素材を適度に回収しつつ59階層への入口へと到達する。ここへ来たことが二度目となるベル・クラネルだが、前回とは環境が大きく異なっていた。

 

 

「さ、寒いですね……」

「た、耐異常があっても、この寒さですか……」

 

 

 まだ入り口だというのに思わず身震いしてしまうベルとリリルカがやってきたのは、“本来の”59階層。穢れた精霊によって熱帯地方へと変えられる前、ゼウス・ファミリアが到達した極寒の階層だ。

 文字通り、居るだけで身体が凍り始める程のブリザード。吹雪によって視界も悪く、常に気を配らねば容易く奇襲を許す結果となるだろう。

 

 一行は58階層側の入口へと戻り、リリルカがバックパックから1つのアイテムを取り出した。事前にタカヒロが用意していたものであり、簡単に説明すると“サラマンダー・ウール”の耐寒バージョン、冷気に関する耐性を向上させる代物だ。

 見た目としては、全身を覆うローブのようなものだ。冷気耐性のみが対象ながらも羽織るだけで冷気耐性を70%も上げる代物であり、此度においては非常に有用なアイテムと言えるだろう。

 

 もっともサラマンダー・ウールと同じく、あくまでもローブであるために耐久性は高くはない。攻撃を受け続ければ、簡単に破けてしまうことだろう。

 そんな説明をするリリルカと耳にしているベル、それよりも疑問に思うことがある。取り出された代物は、なぜか2枚しかなかったのだ。

 

 

「あれ、師匠は要らないんですか?」

「ああ、そもそも2つしか買っていない」

「……ベル様、お高い一品ですので破らないように」

「あ、はい」

 

 

 冷気耐性84%に加えて超過耐性を100%以上保持しているために不要、というのが答えである。また、“凍結時間短縮”の耐異常も持っており最悪は軟膏アイテム(ドーピング)を使えば絶対に凍結しないようにもできるのだ。

 故に本人からすれば“秋頃の少し冷えた夜”程度の冷気であり、さして活動に支障はない程度。“ぶっ壊れ”のことについては深く考えないようにしたリリルカは、明後日の方向に目を向けてベルに注意を促していた。

 

 そして始まるは、かつての58階層と似た景色。ブリザード吹き荒れるフロアらしく、アザラシやペンギンのようなモンスターが群雄割拠しつつ襲い掛かってきている状況だ。

 氷のフロアは所々が脆くなっており、凍てつく水中に落ちてしまえば一瞬にして体力を奪われることだろう。恐らくは水中にも何らかのモンスターが居ると思われる、文字通りの危険地帯だ。

 

 

 ここ数年において誰も訪れていない階層の為に、蔓延るモンスターの数も過去最高と言って過言ではない。

 案の定、氷塊の下から狙いを定める複数体のモンスター。連携による攻撃によって、久方ぶりの“得物”を分厚い氷塊ごと貫き仕留めるべく、水中より勢いをつけて氷塊を突き破り――――

 

 

「師匠、そっちは大丈夫そうですか?」

「少し穴が開いているが問題は無いぞ、何も居なくなった」

 

 

 結果として、事後報告である。言い回しに疑問を覚えたリリルカだが、まさか敵が報復ダメージによって勝手に水中で爆発四散したなどとは想定にしていない為に仕方がないだろう。

 ともあれ、此度の狩場はここで決まったようだ。そうなれば自然と開始されることも一つであり、各々の役目も自然と分担されてゆく。

 

 少年が釣り、青年が欠伸をしながら一撃で粉砕してフロア端へと蹴り飛ばし。レベル2になったことで処理速度が向上した少女が、必死に魔石とドロップアイテムの回収作業に励んでいる。

 レベル2になったことでの能力向上を最も実感できたのが解体作業という、リリルカ・アーデにとってはなんとも不本意な結果と言えるだろう。それでも初めて目にするモンスターを相手に的確な処理が行えているのは、彼女が持ち得る本当の能力と言っても過言ではない。

 

====

 

 

「おおーっ、奇麗な素材だね~タカヒロ君」

「品質は上々だ、これなら喜ぶと思うぞ」

 

 

 そして半日が経過し夕食後、場所は地上へと戻ることとなる。アザラシの牙、ペンギンの羽や嘴などのドロップアイテムが1つずつ、綺麗な額縁に入れられてヘスティアのもとへと届いていた。

 産地直送である鮮度の高い素材の輝きは、素人であるヘスティアの目にも分かる程に著しいものがある。このまま糸を通してアクセサリーにしてしまっても、十分に通じるものがあるだろう。結果として出来上がった少年少女の抜け殻は、明日の朝まで充填される様子はない。

 

 

 翌日、さっそく彼女はお礼を携えヘファイストスのもとへと訪れている。いつもの私室にいたヘファイストスは、やってきたヘスティアを部屋へと通した。

 何か用かと尋ねた彼女に対し、土地を譲ってくれたお礼ということで緩んでいた表情だったが、それも数秒。「じゃじゃーん」という言葉と共に差し出された包装物だったが、その後のヘスティアの発言が問題だった。

 

 曰く、「タカヒロ君が選んだヘファイストスが気に入ると思う“素材”」という内容。故に、ヘファイストスのなかで興味スイッチがTURBOへと入ってしまっている。

 ヘファイストスの中におけるタカヒロに対する評価は非常に高いものがあり、そんな青年が選んだ素材となれば期待値はストップ高となってしまうのだ。早速中身をチェックした彼女は、文字通り目を丸くすることとなった。

 

 

「……凄い。私も、本物を見るのは初めてだわ」

「……えっ?ヘファイストスで、すら?」

「ええ、“現物”はね。“資料”でなら、見たことがあるわ」

 

 

 ヘスティアの身体に電流走り、消化器官は状況を察知して悲鳴を上げるべくスタンバイ。ヘファイストスの表情は真剣を通り越して壊れる一歩手前であり、身体はプルプルと震えている。

 素材も含めて武器防具の事に関しては、ヘスティアは素人以下と言ってもいいだろう。しかしあのヘファイストスが“資料でなら見たことがある”と口にする辺り、それらの“サンプル”がロクでもない代物であるのは明白であり――――

 

 

「かつて18年前に、ゼウス・ファミリアが59階層から63階層で採取した素材よ。当時はゴブニュのところに流れて全く出回らなかったらしいけれど、サンプルは資料として保管されているの。それと全く同じ物ね」

「ろ、ろく、ろくろくじゅうにかいそう……」

 

 

 59~63階層に対して「62階層」という言葉が出ており、思考回路が働いていないヘスティアのすぐ目の前。ヘファイストスがサンプルを掲げ下から覗いた時に、ヒラリと落ちる紙がある。

 大きさにして、手のひらよりも少し大きい程度の代物。なんの紙かとヘファイストスが拾い上げるも、そこに記載されているのは簡単な文章だった。

 

 

 ――――主神の命により、それぞれ1スタック(99個)確保しました。ご用命は別途ヘスティア迄、タカヒロ。~至高の素材を至高の鍛冶師達に~”

 

 

「サイッコ――――じゃないのヘスティア!!何よりよ!何よりも一番の孝行だわ!!」

「あっハイ……」

「早速全部持ってきちゃって!なんなら取りに伺うわ、真夜中でも喜んで受け取るわよ!!」

「あっハイ……」

 

 

 抱き着かれ頭を撫でられる炉の女神、ヘスティア。ヘファイストスは、弾けるような喜びの様相を見せている。

 

 お礼の品かと思えば、まさかの爆弾を持たされていたことに気づくこととなり。溢れる胃酸と共に、しばらくの間において正気を手放す結果となってしまった。

 




その心は、どちらも弾けることになるでしょう。


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120話 同じ目的

次パート(?)に向けたフラグ建築回。

Act.8:Gods and Spirits(神々と精霊達)
Act.8-1:アイズ・ヴァレンシュタインを探しに24階層へ向かえ
Act.8-2:とある神の使者と会って会話せよ
Act.8-3:とある神と会話し、力を貸せ
Act.8-4:50階層を調査せよ
Act.8-5:59階層にてリヴェリア・リヨス・アールヴを守り切れ
Act.8-6:精霊の分身を殺し、ロキ・ファミリアの安全を確保せよ
Act.8-7:59階層における出来事について、神ウラノスと意見を交わせ
Act.8-8:18階層を調査せよ
Act.8-9:【New】目的を思い出そう


「なるほどなー……少し前に18階層で誰か動いとった情報が上がって来とるが、タカヒロはんやったんか」

 

 

 燃える松明の灯りが怪しく石造りの大部屋を照らす、ギルドの地下にある祈祷部屋。相も変わらず椅子に腰かけ動かないウラノスの前で、2つの勢力が情報と意見を交わし合っていた。

 その片方、ロキ・ファミリア。ウラノスと同じくオラリオにおいて暗躍しているグループを探っており、この度において、ギルドに対して己が白であることを極秘に証明した格好である。約一名を通じて互いに白と分かっているからこそ成せる、信頼関係を築くことも含めた行動だ。

 

 もっともロキとしても、これで相手から黒と言われたら“詰み”の状況であることに間違いはない。ギルドにしろロキにしろ、そこに座っているワイシャツを着た約一名が敵となった瞬間に、対抗できる手立てを持ち合わせていないのである。

 もしもの話で仮にそうなれば、迎える結末は明らかだ。もっともそんな素振りは微塵も無いのだが、どこに地雷が埋まっているかは分からない事と今までの借りが大きいために、何かとロキも慎重な対応となっている。

 

 

「恐らくは扉を見つけた時だろう。扉の先がどうなってるかは未確認だが、この期に及んでハズレという事もあるまい」

「せやろな。ともかく、見つけてくれたのは助かるわ。ちゅーことは、やっぱどっかにあるな、“出口”」

 

 

 とはいえ一方で、高い城壁に囲まれたオラリオという迷宮において、ロキ・ファミリアが調べていない残りのエリアは多くない。オラリオにおいてもっとも複雑とされ今現在においても正確な地図が存在しない“ダイダロス通り”が最も怪しいと睨んでいるものの、いかんせん広大であるために時間を要しているようだ。

 

 

「で、その“ヘルメス”とか言う神は信用できるのだな?」

「……」

 

 

 今回の会合により敵ではないと分かって居ながらも、「うん」と言えない天界のトリックスター。ロキの気持ちが分からなくもないウラノスは視線を逸らし、フェルズもまた腕を組んで明後日の方向を見つめている。

 とはいえ、今までのヘルメスが見せてきた行動を知っているならば、それも無理のない反応だ。本質を知る者ならば、有能さよりも“胡散臭さ”からくる疑惑を抱いてしまう。

 

 その点はさておき、話は戻ってオラリオ、と言うよりは“地上”のどこにダンジョンの出口があるか。この点が最も大きな議題の一つとなっており、オラリオにおいて確認されている情報がフェルズとロキの間で交わされている。

 最近においてロキがディオニュソスから得た情報の一つとして、オラリオの少し外、南西3㎞程のとある海辺において食人花(ヴィオラス)らしき姿が目撃されたとの情報も入っている。今のところはそちらを調査する方向で準備を進めているのだが、しかしながら問題もあるようだ。

 

 

「理由?おたくのブタのせいで、ロキ・ファミリア全軍で出撃できへんのや。ホンマ腹立つ」

 

 

――――ロキ・ファミリアの主力メンバーほぼ全員がオラリオの外に出ることは、決して許されることではない。

 

 細部は違えどこのような旨を発言したのは、ギルドの表向きなトップである男のエルフ“ロイマン・マルディール”。一世紀以上の期間をギルドにて勤める者であり、今の地位に就いてからは豪遊かつ放蕩の生活を極めているためか、エルフらしからぬたっぷりと太った体型だ。故に、付けられたあだ名が“ギルドのブタ”なのである。

 金遣いも荒いためか、オラリオのエルフは勿論のこと、ギルドの職員の大半からも嫌われている模様。典型的な悪役スタイルであるために「そいつが黒幕じゃ?」と誰しもが思う推察を抱くタカヒロながらも、既にフェルズが監視しておりその傾向は見えないらしい。

 

 ならば詮索はしないと口にしたタカヒロだが、そこにロキが言葉を付け加えることとなる。その内容は、ウラノスやフェルズにとっても納得のいく内容でもあった。

 ロキ曰く、ヘスティア・ファミリアの白髪コンビは2枚のジョーカー。うち一枚は戦争遊戯(ウォーゲーム)においてその力を出してしまったが、もう1枚については未だ全くの未知数。

 

 情報を纏めるに、今の敵勢力でそれを知っているのは赤髪のテイマーと黒衣の仮面の人物ぐらいのものだろう。もっともどちらも一撃を交えた程度であり、実力の確認とは程遠い。

 加えて星座の恩恵・報復ダメージを筆頭とした報復ウォーロードの神髄は、味方にすら見せたり知らせていない状況だ。青年のことを最も知っているリヴェリアとヘスティアの二人ですら全ては知らないという、まさに秘匿された状況となっている。

 

 そう言った意味では、ロキが表現したようにジョーカーという扱いは相応しいかもしれない。相も変わらず仏頂面で話に参加する青年はあまり危機感を持っていないのか、随分と涼しい様相だ。

 

 

 

 その実。最近はリヴェリアと過ごすのが楽しくて、闇派閥という存在(問題)が頭の中から綺麗サッパリ消え去っていた事は口には出せないという裏話があるのだが。

 

 

 

 ともかく要望があれば単身で突撃する構えでいるタカヒロだが、所詮は一名。己が死ぬことは起らずとも、敵を取り逃がす可能性は大いに出てくるだろう。

 だからこそ、18階層において扉を見つけた際も突撃する選択肢を避けていた。今更ながらも理由を聞いて、フェルズは「なるほど」と相槌を打っている。

 

 取り逃しが居れば、いつかまた今回のような事態へと発展することは揺るがない。故に残り1枚のジョーカーを切るタイミングは今ではないと考えており、ロキはタカヒロに対して自粛を要請しているのだ。

 青年もその点は同意しているものの、素材探しの旅で59階層から下へ潜っている際に目にした“精霊らしい存在”が同時に口に出されたため、雰囲気が一変する。モンスターに寄生する穢れた精霊の上位版かと、神二人とフェルズは危機感を抱いていた。

 

 タカヒロ流に表現するならば、より一層のこと神に近い存在。そして恐らくは、穢れた精霊へと成長する宝玉を生み出す本体の存在。

 道中で見た精霊らしき物体がソレなのかどうかは不明ながらも、関連性はあるだろうと考えている。とはいえ先に精霊を攻撃すると、レヴィスを筆頭とした怪人のグループに露呈して闇派閥へと知らされる可能性があることもまた事実だ。

 

 

 少し前に18階層で殺された冒険者は、フェルズが雇った者であることも伝えられた。足がつかぬよう“オラリオの外”からやってきた者だったとはいえ、地上にいる神々が何かしらの動きを察知していることは相手方にも露呈していることだろう。

 今までの動きを見る限りは、怪人がオラリオの地上で何かをしでかした事実はない。ならば実行グループの筆頭は闇派閥であり、力の優劣も伺い知ることが出来る程だ。

 

 やはり、討伐の優先度合いは闇派閥。タカヒロの調査では19階層の全てをマップ埋めしたのだが扉は見つかっておらず、今後も24階層までを調査する予定とのことだ。

 ちなみにフェルズが持っていたギルドのマップと照らし合わせたところ、いくつかの違いが見つかったらしい。ダンジョンの構造が変わったのかどちらかのマップが間違えているのかは定かではないが、調査の結果に変わりはないだろう。

 

 

「では、オラリオの捜索はロキ・ファミリアに任せてしまって良いのだな?」

「せや。ウチ等の仕事はまず、問題の“出口”を見つけることが優先や。ダンジョンの中なら人目に付かへんし、タカヒロはんも動きやすいやろ」

 

 

 その点についてはタカヒロも同意しているものの、もう1つの問題として闇派閥の資金源が挙げられていた。かねてより疑問視されていたのだが、ここ数年における大規模な活動を行うとなると、それこそロキ・ファミリアの予算に匹敵する資金が必要となるだろう。

 しかしながら、その出所が全くもって不明なのだ。それ程の資金を提供できる所となると“大御所”となるために迂闊に動けず、故にギルド側としても見当がついていない。

 

 

「資金ついでで言えば……街中となると、いつ闇派閥が出てくるか分からんぞ。失った武器防具は揃ったのか?」

「うっ……じゅ、順次調達中や、流石に数が多すぎるわ」

 

 

 これが、ロキ・ファミリアの調査を妨害している1つの大きな理由だ。59階層の決戦において失った武器防具や消耗品は数多く、その前回、タカヒロと出会った51階層付近における撤退でも数多の武器防具をイモムシに溶かされており、その時にも発生した財政難は、未だ糸を引いている。

 故に物資の類は万全と言えず、最も怪しいダイダロス通りへと飛び込めない。誰が悪いというわけではないが、59階層の一撃はロキ・ファミリアに対して財政的なクリティカルも与えていたのである。

 

 とはいえ、そこの装備キチがヘファイストス・ファミリアに対して深層の素材をばら撒いているのでコレでもまだ軽症と言える程度。表向きこそ試作品と言いつつ今まで以上の品質を誇る武器の数々に、ヘファイストス・ファミリアを使う者達は大満足している状況だ。

 これに対して、使用経験のあるゴヴニュ・ファミリアは59階層の素材が使われた武具であることについては見抜いている。しかしながら、どのような経緯でもたらされた素材なのかが全くもって不明であり、調査しようにも情報が少なすぎてすぐさま暗礁に乗り上げている程だ。

 

 

「そら、まさか冒険者でもない一人の“一般人”がソロで潜っとるなんて思わんわな」

 

 

 ケラケラと陽気に笑うロキだが、フェルズは呆れて苦笑いしか示せない。ロキも既に毒牙にかかっているのかと、額に手を当てて静かに首を左右に振っていた。

 そんなロキは序盤の話を持ち出し、ロログ湖と呼ばれる場所へ行くことを口に出している。理由は先の事もあるのだが、ロログ湖の奥底に沈む“とあるモノ”を確認するためでもあった。

 

 

「リヴァイアサンのドロップアイテムを使った代物なんやが、タカヒロはんは知らんか……」

「なに、ドロップアイテム?」

 

 

 三大クエスト、と呼ばれるほどのモンスターのドロップアイテム。そちらに興味が向いてしまっている一般人ながらも、問題はドロップアイテムそのものではない。

 

 

「せやで。“リヴァイアサン・シール”いうてな、ドロップアイテムの化石みたいなやつを加工した代物や。強力な気配を放つから、そのシールの付近には魔物が近寄らんようなるんや」

 

 

 それは素材か?と真剣な様相で尋ねるタカヒロに対し、ロキは素材の一種であることを伝えている。ドロップアイテムを前にしてブレない点は相変わらずのようだが、装備直ドロップではないために、まだこの程度で収まっている点は蛇足だろう。

 ともあれ当時の三大クエストにおける討伐部隊において、ロキ・ファミリアが参戦したのはベヒーモスの時だけだ。その時も後方支援が中心であったために、リヴァイアサンとの戦闘やどのような素材なのかは詳しく知らないのが実情である。

 

 結果としてドロップしたアイテムを加工し、ダンジョンに続いていた穴を物理的に塞いだ巨大な岩石に張り付けたのだ。ある種の結界のような役割を果たしており、その付近にモンスターが近寄ることは無い効能をもたらしている。

 

 それはさておき、ともかく素材の採取となればリヴァイアサンを倒すしか道が無い。ベヒーモスのドロップアイテムもそうなのだが、ドロップアイテムを得ると言う結果を達成できる手段はそれだけだ。

 しかしながら当該モンスターは既に駆除された後であるために、二つ目を手に入れる手段は残されていない。そのためか、タカヒロは次の一言を呟いた。

 

 

「では、再び沸く時を待つしかないか」

「は?」

「なにっ?」

「……なんやて?」

 

 

 ダンジョン産のモンスターならば、再び出現する可能性。現に階層主がソレであり、有名なゴライアスは10日間おきにリポップをしている。

 当たり前の事だろう?と呟くタカヒロだが、その言葉を耳にして、呑気な青年を除いた3人が固まった。ウラノスも、思わず祈祷を中断しかけた程の驚き様である。

 

 

 かつて地上へと進出した、三大クエストのモンスター。強大な力を保持しており、当時においてどれだけ地上に損害を与えたかは計り知れないものがある。

 あまりにも強力だったとはいえ、それは“ダンジョンで生まれ落ちた”モンスター。ならばダンジョン内部において“リポップ”することがあっても、何ら不思議な光景ではないと言うことだ。

 

 

 そして、それを倒そうとしているソコの青年。大きく溜息を吐いているあたり、まるで凶悪なモンスター“リヴァイアサン”が居ない事に対して残念さを表しているようだ。

 

 

 フェルズとウラノスはこのタイミングにおいて、“ダンジョン下層にいた”と報告を受けている“ドラゴン科・黒竜属・黒トカゲ(黒竜と似た存在)”のことを思い返す。それをウラノスが重い口調でロキに告げたが故に立ち上がって驚くロキだったが、それも数秒の間だけ。

 理由としては、やはりそこの装備キチが原因だ。どうでもいいことを伝え忘れていたかのように「ああ」との出だしで口を開くと、己がやってきたことを報告することとなる。

 

 

「ああ、言い忘れていたな。そのドラゴンならば、発見時に倒したぞ。週に一度は監視しているが、今のところリポップの気配はない」

「……」

「……ナンデスッテ?」

「……タカヒロはん。もしかしてそれは、ソロで、やろか?」

「もちろん」

 

 

 そこの青年からすれば、ブレス(挨拶)をされたので討伐(挨拶)で返した程度の認識であることに間違いはない。そこからスイッチがターボに切り替わった案件は、まさに蛇足程度の話と言えるだろう。

 先ほど迄は陽気になってケラケラ笑っていたロキだが、ここにきて胃酸が分泌されはじめる。発言が嘘ではないことが分かるために、分泌具合は猶更だ。

 

 ロキはもちろんウラノスとフェルズの中における青年の危険度具合が、ワンランクどころか数ランクも上昇した此度の会談。「もう全部押し付けちゃえば全部解決してくれるんじゃね?」という共通の考えを抱く3名だが、それを口に出す勇気はない。

 

 

 結論としては、やはり“動くときは一斉に”ということで結論が導き出された。その時には、そこの装備キチが先頭を行くことになる確率が高い事は明らかだ。

 どのような道筋を辿るかは、それこそ神にもわからない。しかし通り過ぎ去った道に、何が残っているかも分からない点もまた同様だ。少なくとも、ドロップアイテムは全て回収されることだろう。

 

 

 ともあれ。直近の予定として、一つの案件がタカヒロへと伝えられていた。

 

 

「と、ともかくタカヒロはん。最初に話した件、忘れんといてーな!」

「自分とベル君がメレンへ行く件か?了解した、忘れずに伝えておく」

 




わけあって犠牲者がガネーシャ・ファミリアではない全くの部外者になっています。


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121話 レフィーヤ先生の料理教室

重要な内容が一か所あるためにナンバリングしていますが、閑話と思ってください。
ノリと勢いで書きました()


 

 黄昏の館、とある広い部屋。「嵐の前の静けさとは、このような状況を指す言葉である」と言われれば、納得するに容易いものがある。

 50人以上が入れるのではないかという広大な食堂は、いつもならば誰かしらが軽食なりを取っているのがセオリーだ。故に調理スタッフも交代制で一人は常駐しており、ロキ・ファミリアにおける福利厚生の1つとして機能している。

 

 しかしながら、それは通常の話であって此度は違う。シンと静まり返った食堂では外からくるオラリオの活気が木霊しており、それが不気味な静かさとなって響いていた。

 そんな様相を感じ取っているのはロキ・ファミリアの者ではなく、部外者二名。白い髪の色こそ同じながらも背丈の差がある二人の男がそれぞれ腕を組み、神妙な表情で顔を見合わせて会話をしている。

 

 

「師匠……これは、逃走するべきなのでしょうか」

「いや、最後まで見定めよう。自分は、どうとでもなる」

 

 

 あたふたとした様相を隠せないベルに対して、相変わらずのタカヒロは終始落ち着いた声で応対する。しかしその黒い瞳には力がこもっており、気楽さは見られない。

 レベル2で穢れた精霊と対峙し、かの戦争遊戯(ウォーゲーム)を乗り切ったベル・クラネルですら、逃走を選択する程の強敵。そんな相手は一体誰かとなるも、どうやら勝敗の問題ではないらしい。

 

 

「それって結果的に僕が生贄になりません?」

「骨は拾ってやる」

「骨になる前に助けてください」

「善処するが、即死となれば救えんぞ」

「それ程ですか」

「可能性の一つだ、在り得ん話ではない」

「確かに……」

 

「……随分と辛辣(しんらつ)な会話ではないか、タカヒロ」

「ベルも、だよ……」

 

 

 物騒な会話を行う白髪コンビに対し、妻娘役が片頬を膨らませてクレームとブーイング。しかしながらクレーム側とて今の会話の事情を分かっているために、あまり強く言えないのが実情だ。

 とはいえ、それも仕方のない事だ。ちょっとツラ貸せ(是非遊びに来て)と言われて黄昏の館へと二人で私服姿できてみれば、エプロン姿の二人が居たわけである。

 

 リヴェリアは、まだ何とかなるレベルにあって欲しい。そう考えるタカヒロだが、あのポンコツ具合を知った今となっては不安が芽生えても仕方が無いと言って良いだろう。

 実の所、簡単な料理ならそつなくこなせるのが実情だ。ホントに大丈夫かと物言いたげにジト目を向けるタカヒロに、失敬なと物言いたげな翡翠のジト目が返されている。

 

 問題はもう片方であり、アイズ・ヴァレンシュタインは料理という概念が分かっていない。彼女にとっては、パンをスライスして提供するのも立派な料理として扱われるのだ。間違ってはいないが、そうじゃない。

 ベルはその事実を知っているために、直感が警告を発しているというワケである。死因が愛する彼女の手料理など、絶対に迎えたくない結末と言って良いだろう。

 

 

 そして、もう一人。折角だからということで手を上げた恋する乙女、ティオネ・ヒリュテもまた、愛を向ける団長のために料理教室への参加に手を上げた。

 なおこの瞬間、黄昏の館に居た全眷属がダンジョンへと駆けだしているのはご愛敬、ロキですらヘスティア・ファミリアへと避難中。だからこそ白髪コンビは入れ違いで召喚されたワケであり、処理班として呼ばれたであろう状況に一層の危機感を抱いているというワケだ。

 

 

「そうならないよう、私に“白羽の矢”が立ったわけです!」

 

 

 右手の拳を自分の胸に当てて少しだけ背を逸らしエッヘン顔の少女、レフィーヤ・ウィリディス。リヴェリアの愛弟子となる彼女が、料理講師として指導を行うという催しらしい。

 そんな彼女に対して、パチパチと拍手をするアイズとティオネ。しかし、タカヒロの面持ちは神妙だ。理由については、“抜擢された”という意味で“白羽の矢”と口にしたのであろうレフィーヤに他ならない。

 

 

「……白羽の矢とは本来、“多くの者の中から犠牲者として選び出される”ことを意味するのだが」

「えっ」

「少女の生贄を望む神が、その少女が住まう家に放つ矢のことだ。よい意味ではないぞ」

「……」

 

 

 是非とも味見担当も兼ねて欲しいものだとタカヒロが追撃を口にすると、レフィーヤは明後日の方向に顔を向ける。ベルが顔を近づけて「レフィーヤさーん?」と煽ると鳥のごとく更に顔を背けるために、様々な意味でアイズが両頬を膨らませていた。

 

 話をほじくり返すと、他ならぬアイズ・ヴァレンシュタインたってのお願いによる調理実習だったために断ることができなかったらしい。そんなことだろうなと溜息を吐くタカヒロとベルに、レフィーヤが「だってだって」と女々しく駄々を捏ねている。

 そんなこんなで話がこじれて何故か男二人も審査対象となっており、まずは料理上手なレフィーヤが全員からヒヤリング。ロキ・ファミリア側の三名については事前に終わらせているのだが、白髪の二人については無難な自己申告が行われることとなった。

 

 

「野菜炒めなど、簡単なものなら何とか……」

「し、師匠に同じく……」

 

 

 とりあえず簡単な料理(野菜炒め)を極少量作らせてみると、タカヒロとベル、リヴェリアの3名は似たようなレベルであった。切ってから炒めるだけ、焼くだけプラスアルファと言った簡単な料理ならば無難に熟せるものの、飾り付けも含めた本格的なものとなれば荷が重いだろう。

 レフィーヤ的には、拉致られた男二名は合格ライン。リヴェリアについては差し出がましいものの、恋する女性ということで、もうちょっと頑張りましょうという評価になっていた。

 

 が、しかし。問題は、残りの女性二名である。

 

 まず基本的な筆記試験が行われたのだが、“煮る”と“茹でる”の違いが分かっていない。どこかの主神を思い出すベル・クラネルだが、今のところは口に出すことなく黙ったままだ。

 そして、そもそもにおいて食材の処理が分かっていない。例えば人参や玉葱は基本として皮を剥いてから切るのだが、ようはそのレベルからのスタートと言って良いだろう。

 

 とはいえ、誰しもが最初は知らなくて当然だ。だからこそレフィーヤも声を荒げることなく淡々と説明を続けており、アイズとティオネは真剣な様子で聞いている。

 一応は基本程度の料理ができる男二名とリヴェリアも、何か間違って覚えているところがないかと知識と説明を照らし合わせて勉強中。レフィーヤが実際に皮を剥いたり切ったりするなどして、目と耳で覚える講義となっていた。

 

 

 そして内容は一段落して、調味料などの内容へとシフトする。今回は簡単な料理であるために塩コショウ程度の内容だったのだが、ここにきて少し背伸びをするようだ。

 項目は、“大さじ・小さじ”と言った基本的な分量単位。と思いきやリットルやccなどの単位も出てきているために、難易度は急上昇中と言っても良いだろう。

 

 そのために、少し実践的な内容を挟んで息抜きをするようだ。何かを計り取るかと考えたレフィーヤは、実戦的な問題を1つ出すかと口を開く。

 

 

「じゃぁ、おさらいです。水を大さじ一杯、別の容器にいれてみましょう!」

 

 

 ギラリと、試験者二人の目が光り輝く。それぐらいなら知っていると言わんばかりに、二人同時に、とある調理道具を手に取り掲げるのであった。

 

 

「これ、だね!」

「これね!」

「それは“お玉”です!大さじは、お玉じゃありません!」

 

 

 師匠譲りなのが伺る特大の雷が、頑張っているつもりの乙女二人に浴びせられる。かつてない迫力に押されたアイズとティオネは肩を小さくしており、ガミガミと飛んでくる説教を受けている。

 なお、別にレフィーヤとて無知の相手に叱っているわけではない。直前の筆記試験においても図解付きで出された内容であり、つい先ほどは実際の大さじ小さじ用の計量器具を使って説明まで行っていたのだ。

 

 何が起こるか分からない世紀末な環境で培った青年の直感は、風向きが怪しくなるのを感じ取った。少し変わった表情を目にしたリヴェリアとベルにも伝染しており、レフィーヤも含めて不安の感情が渦巻いている。

 

 

「レフィーヤ……これ、かな」

「あー惜しいですアイズさん!それ、別の計量スプーンです……」

「むむむ……」

 

 

 そんな空気に支配されながら必死なアイズは、何が違うのかと顔を近づけて鑑定中。確かに、初心者が傍から見れば似たような代物に見えるだろう。

 ともあれ、なんとか無事に“大さじ”を理解した二人はレシピ通りに料理を進める。とは言っても、それを覚えているかとなれば話は別だ。反復練習をするしか道は無い。

 

 ひとまず包丁の使い方を先にしようと、レフィーヤは方向転換。しかしアイズは普段使っている剣の如く叩き切るようにしているために、断面が宜しくないモノも数知れず。

 押すのではなく刃を引きつつ下ろすことでモノを切るという感覚は違和感があるようで、アイズの表情が歪んでいた。ともかく切らねばと必死になって集中した様相を呈しているために、そのうち自然と覚えるだろう。

 

 そして、いくら即席の調理実習とはいえレフィーヤが用意したレシピというマニュアルは存在する。睨めっこしながら何とか熟そうとしている娘アイズを見守る家族三人は、ハラハラドキドキの様相だ。

 一方のもう一人の実習生は、我が道を突き進む。腕前で言えばアイズを上回るものがあるのだが、いかんせんその他の行動が問題だ。

 

 

「なら、この薬草を入れれば――――」

「薬草を入れたからって回復しません!逆に葉物の味が強すぎてエルフでも食べれたものじゃありませんよ!!」

「え、でもどこかの本には“隠し味”って」

「そんなに入れたら隠しきれません!と・に・か・く、まずはレシピ通りに作ってください!!」

 

 

 片っ端からツッコミ役と化しているレフィーヤの息は上がりかけており、“アレンジャー”なティオネを止めるのに必死である。その点、単に不器用なだけで必死さのあるアイズは十分に可愛い部類と言えるだろう。

 現に、レフィーヤもアイズに対しては口調が強くなっていない。ハラハラドキドキの部分こそあれど、それは料理初心者の誰しもが通る登竜門だ。

 

 しかし一方で、万が一にもアレンジ癖がアイズへと伝染して「起動(テンペスト)――――翻案者(アレンジャー)」などとなった日には目も当てられない。それこそタカヒロが冗談で口にした、ベル・クラネルという屍が出来上がってしまう。

 それを一番わかっているのは、他ならないベル本人。故にアイズの一挙手一投足へと強い視線を向けており、“期待してくれている”と勘違いしているアイズは、良い意味でやる気を巡らせるのであった。

 

 

「ごめんなさい、はしゃぎすぎちゃったわ。怒らないでレフィーヤ」

「お、怒っていません!」

「レフィーヤさん、怒ってるじゃ」

「クラネルさんは黙っててください!!」

「あ、はい……」

 

 

 なお、そんな傾向もベル・クラネルが相手となれば話は別だ。相変わらず、この少年に対して彼女が向けるアタリは強い傾向が伺える。

 もっとも、その教師が指導を行っている生徒からすればそんなことはどうでもいい。一段落したところで“己の想いを向ける相手の為になることができたのだ”と、一人の世界に入ってしまいつつある状況だ。

 

 

「これで私は、団長の胃袋を掴むことができるのね!」

「掴んで引き千切らないようにな」

 

 

 タカヒロの言い回しがツボに入ったのか可愛らしく噴き出すリヴェリアは、咳の様相を見せて誤魔化している。物言いたげな目線をリヴェリアへと向けるタカヒロだが、溜息交じりに指導するレフィーヤの邪魔をすることは無い。

 

 

「50階層のときもそうでしたけど、ティオネさん、愛情は本当に凄い……ん、ですけどねぇ……」

「匙加減を知らぬ愛、か」

「さっきから上手いこと仰っていないで貴方達も手伝ってください!!」

 

 

 そうは言われても何を手伝うのだと言わんばかりに近づく三人だが、レフィーヤも発言を撤回して指導に戻っている。傍から見れば暴走気味のティオネの指導に忙しく見えたので、三人はアイズ側に付くこととした。

 一応合格ラインにいる3人は、アイズが身に付けようとしている基礎程度ならば再現することができるのだ。アイズの右にベル、左にリヴェリア、調理台を挟んで対面にタカヒロがスタンバイして、ああだ、こうだとレフィーヤに代わって指導を続けている。

 

 もとよりアイズと一緒に料理練習をしたかった彼女としては、リヴェリアはともかくベル・クラネルに役割を奪われて脳内でハンカチを食いしばっている。対面の青年は見守るような様相に徹しているものの、4人の雰囲気は非常に良い。

 しかし、こちらを放置してはフィン・ディムナという死体が出来上がることは間違いない。先ほどは反省した言葉を口にしていたアレンジャーだが、テンションが上がったのかもう既に暴走特急“姉号”と化している。

 

 

「これも入れちゃおうかしら?団長の為、それこそ栄養一番よ!」

「命を二番にするべきではない、ついでにレフィーヤ君が怒るぞ」

「ティオネさん!!」

 

 

 横の調理台の対面からツッコミが入るも、言っていることは間違っていない。青年の言い回しに対してツッコミを返す余裕は、今のレフィーヤには無いようだ。

 彼女が最も気になるも気にかけていられないコンロでは、アイズ・ヴァレンシュタインが野菜炒めと格闘中。大小さまざまな形となってしまったものの炒め具合はいい感じになってきており、そろそろ塩・胡椒が加えられるタイミングだ。

 

 しかしながら、目算でぶっ放すには経験値が足りていない。だからこそ先ほどの大さじ、そして小さじにて計量し、投入するというのがレフィーヤの計画である。

 とはいえ、これまた慣れを要することで難しいものがある。現にアイズは焦りや不安の感情が芽生えてしまい、せっかくここまで上手くいった料理を失敗させまいという外野からの声も合わさり、混乱の一歩手前に陥ってしまっている。

 

 

「アイズさん、その瓶は塩じゃなくて砂糖です!」

「アイズ、かき混ぜなければ焦げ付くぞ!」

「えーっと……あーっと……」

 

 

 単純に2つのことながらも、料理初心者からすれば混乱してしまうのも無理はない。ただでさえ難しい並行詠唱――――ならぬマルチタスクとは、慣れがあって初めて成立する動作なのだ。

 そう言った意味では、並行詠唱も慣れを必要とするために似たようなところがあるだろう。そんなことを口にするタカヒロに対し、レフィーヤが「私も友達と並行詠唱の特訓中です!」と師リヴェリアにアピールしている。

 

 

「調理と調味料の調合とを、分けて行ったらどうだ?」

 

 

 一連の会話のあと、ふと出されたのがタカヒロの意見だった。いくつものことを同時にこなそうとするから混乱するのであって、準備と行動を分別した上で1つずつ片付けていこうという提案である。

 ようは、マルチタスクとならないようにすることが目標だ。まず最初に料理という動作そのものに慣れることで、無駄な緊張を(ほぐ)そうという狙いでもある。

 

 やってみれば、これがアイズにとっては効果てきめんであった。何よりも先に調味料を合わせて小皿に準備してしまい、続いては、とにかく野菜を切る。非常に真面目ながらも「俎板(まないた)を切らないように!」とアドバイスしている彼氏役(ベル何某)に、父親役(タカ何某)から自然落下の空手チョップが見舞われているのはご愛嬌だ。

 それに気づく余裕もなく集中しているアイズは切った野菜をフライパンに放り込み、ある程度の火が通ったら調味料を投入するという方法を実践中。焦げ付かないように野菜をかき混ぜるようにする加減と、文字通りの火加減が残された課題だろう。

 

 時間こそ少しかかるが、せいぜい塩と胡椒を計量する1分程度の時間だけ。それで混乱なく作れるならば、時間をかけるには十分な理由となるだろう。

 此度においては既にカットした野菜を火にかけていたため、一度火を止めて調味料の調合が行われた。出来上がりが少しだけしんなりとしてしまった点は仕方がない。それでも味付けはバッチリであり、全員揃って「美味しい」と言える料理に仕上がったのだ。

 

 

 料理教室ということで立ち食いながらも、そんな事は些細なこと。花の笑顔で「美味しい」と感想を口にしてくれる相方ベル・クラネルの表情に、アイズが見せる表情も緩みっぱなしだ。

 ベルと一緒に居る時とは、まったく違った別の幸せ。料理などと言う言葉の行動を実践しようとしたことなど過去になかった彼女だが、このような気持ちを抱けるならばと、コッソリ練習するべく覚悟を決めている。

 

 そんなアイズの顔を見て安らかな表情となるリヴェリア、見守ってこそいるが相変わらず表情を変えず咀嚼(そしゃく)中のタカヒロ。念願叶ってアイズの手料理を口にすることができて号泣中のレフィーヤなど、感情表現は様々と言えるだろう。

 

 

 そして、もう片方。様々な苦労と苦境を乗り越えて作られたティオネ特製の野菜炒めは、状態異常の付与なく無事にフィン・ディムナの胃袋に収まったが為にロキ・ファミリアのなかで大混乱が起った点については、また別の話である。

 

 




リヴェリアの料理レベルですが、ダンメモで怪しいシーンがいくつかあったので、この程度に留めております。


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122話 メレンの楽園(1/2)

 

 

「海や!」

 

 

 透き通る青さは太陽を照り返し、さざ波の音色が優しい耳触りとなって心を洗う。思わず両手を後ろに広げ、肺に溜まった全ての空気を入れ替えたくなる程に清々しい。

 途切れることのない水平線は、終わりなき物語を示すかの如く永久に広がる。まるでこの向こうに新たな冒険があるのだと、目にする者を誘うかの様相だ。

 

 

 なおコレ等については、エセ関西弁が特徴的な叫び声が存在しなければという前提だが。

 

 

「水着や!」

 

 

 一夏のアバンチュール的なモノがあるかどうかは神とて知らないが、浜辺に集うはロキ・ファミリアの主神ロキ御自慢である、様々な種族の美少女たち。姿形の好みは個人差があるためにさておくとしても、誰もかれもが美少女と表現して過言ではないハイレベルさを見せている。

 そんな者たちが集うのは、とある入り江にある隠れスポット。結果として作られたフィールドを漢字二文字で表すならば、次の二文字が適正だろう。

 

 

「ロキ・ファミリアの楽園(パラダイス)や!!」

「……そうか。では何故その楽園に、ヘスティア・ファミリア、更には男である自分達が混じっている」

 

 

 咲き乱れる花々に、混じる“異物”。腕を組んで深いため息をつく青年と、初心丸出しで両目を手で覆っている少年は、表現するならば、まさに異物において他ならない。オラリオの外、メレンへと行くことは耳にしており同意したタカヒロながらも、今現在におけるイベントとなれば寝耳に水だ。

 そんな青年の衣類については、南国をイメージしたような派手さある柄のアロハシャツと、一転して地味な紺色のサーフパンツ。師弟揃ってお揃いの様相は、そこにいる神ロキが選んだ組み合わせである。

 

 無理やり砂浜へと連れてこられたタカヒロは下心など微塵も無いオーラが全開であるために、女性陣の反応も、そこまで棘のあるものではない。ロキ・ファミリアにおいて真面目に過ごしてきた、実績や態度の賜物もあるだろう。

 それでも、非常に居づらいことに変わりはない。水に油が混じらないように、この場における男と言う存在は、まさに油と言って過言の無い代物だ。

 

 

「ええやんええやん、男からしたら眼福やろ?」

「そのプロポーションでとツッコミを入れるべきか?」

「入れんでええわ!どついたるぞ!!」

 

 

 なお敵意をもって“どつく”と、報復ダメージもしくはカウンターストライクにて天界送りとなる模様。水着なのか普段のチューブトップなのかよく分からない専用品を身に着けシャドーボクシングを披露し抗議するロキだが、相手に当てることは一度もない。

 

 

「まぁそれはさて置いてやな、うちら美少女を守ってーな」

「ここらのモンスターはダンジョンよりも非常に弱いのだろ?君たちが戦えば、素手でも戦力は十分だろうに……」

 

 

 オラリオの南西3㎞程の所に、メレン港と呼ばれる場所がある。オラリオと海原を接続するような位置に存在する大港であり、連日、多くの人や物が行き来することで有名だ。

 やはり特産品は海鮮関連となっており、少し街中に入ったエリアでは様々な店が軒を連ねている。漁業に関する者、水産物を加工する者などの住居も数多くあるために、朝早くから夜遅くまで賑わいが絶えぬ街だ。

 

 ロキ・ファミリア一行が居る場所は汽水湖に分類されるエリアで、名前を“ロログ湖”という。淡水ではないものの海水と比べると塩分濃度が低く、有機物などの栄養物が集まりやすい反面、植物性プランクトンの大量発生で水質障害が起こりやすい場所だ。

 とはいえ、この湖はそのようなことは滅多に起こらないらしい。白い砂浜が一面に広がり、静かにさざめく波と沿岸部に生える樹々もあるために、さながら南国のような雰囲気を醸し出している。

 

 ロキ曰く、知り合いに教えてもらった“穴場”とのこと。現に一行を除いて人影は見えておらず、モンスターの気配すらも全くない状況だ。

 一方で、近くには店のような建物も見られない。自然の中にポツンと存在するような、まさしく穴場と言って良いスポットだ。羽を伸ばすならばピッタリと言って良いスポットだが、女性陣は、各々が身に纏っている衣類について言いたいことがあるらしい。

 

 

「こ、これが水着……。神々が発明した、三種の神器の1つ……」

「あ、ある意味、裸よりも恥ずかしいんですが……」

「そうー?普通じゃない?」

「アマゾネスは、いつもと似たようなものじゃないの……」

 

 

 下手をすれば、普段着より布面積が広い可能性もある。そして基本としてオラリオにおいては「伸びる服」は馴染みがないために、肌にピッチリと張り付くような感覚は強烈な違和感を覚えるらしい。特に肌の露出にすら敏感に反応するエルフに至っては、多大な羞恥心を隠せずにいる程だ。

 ということで、そこのセクハラ主神がこのイベントを開催した理由としては、皆の恥じらう姿を見たいだけというオヤジ級の理由である。男二人が居るのは、彼女曰く「おすそ分け」とのことだ。何かと理由を付けて他のヘスティア・ファミリアがオラリオでお留守番となっている点が、ロキの根回しの入念さを示している。

 

 

「ほらアイズ、恥ずかしがらないのー!」

「だ、ダメ……!」

 

 

 胸元のリボンがアクセントとなった、上下白一色という純白のビキニ姿。ある意味裸よりも恥ずかしいという感想はアイズも同じであり、普段からこのような格好で居るアマゾネス姉妹の凄さを思い知った格好だ。

 ティオナに背中を押されつつ前へと押し出されるアイズながらも、そこにはベルが居るわけで。水着という概念が薄いベルからすれば“裸に布切れ一枚を纏った好きな人が目の前に居る”という状況は、14歳には刺激が強すぎると言って過言は無いだろう。

 

 そして逆もまた然りであり、そんな姿を己の想いの相手に見られるというのは、初心な16歳の少女からすれば羞恥心が天元突破しかけるモノだ。互いの顔は既に茹っており、日差しを受ける砂浜よりも熱を帯びているかの様相を見せている。

 もっとベルに自分を見て欲しいという感情と、相反することである。そんなおかしな気持ちは整理がついておらず、やがてベルの目を他の者に向けたくないと言う意地まで張ってきたのだから、最終的には“なるようになれ”という極地に達していた。

 

 

「と、とても似合ってますよ、アイズさん!」

「……あ、ありが、とう」

 

 

 それでも、そんな言葉を掛けることが少年の成すべき仕事だ。本心でもあるために恥ずかしさは隠しきれないものの、アイズに習って相手の目を見てしっかりと気持ちを伝えている。

 そんな二人の初心すぎるやり取りに周囲はすっかりアテられてしまっているが、モジモジして恥ずかしがるアイズの姿は新鮮である。どこぞの山吹色のエルフは片や許せず片や死ぬまで眺めていたい光景であるために、結局何もできずに右往左往するだけだ。

 

 アイズもアイズで、普段はストイックな戦闘衣類を身に付けるベルが、ここまで肌を晒していることでテンションが上がっている。とはいえ羞恥心のほうが勝っているために、先ほどの対応となっていたのだ。

 ロキ・ファミリアにおいても普段はベートなどが腹筋を晒しているものの、いつも見えているために希少さは生まれない。普段は見せない者が肌然り、言葉然り、性格然りを稀に晒すことで、一層のこと魅力的に映るのである。

 

 

「あれ、そういえばリヴェリア様は?」

「向こうで悶えに悶えてたわよ」

「おいたわしや……」

 

 

 そのような感想をアリシアが抱くも、リヴェリアの相手方となる男は、彼女が居ないことについて特に気にする様相も見せていない。故に、エルフ群団を含めた女性陣の間でヒソヒソ話が展開されている。

 

 曰く、皆の水着姿を目に焼き付けている。

 曰く、鼻の下を伸ばしている。

 

 内容や程度はどうあれ、タカヒロが(うつつ)を抜かしていると言った内容だ。

 

 ともあれ、いくらか時間が経過したことでタカヒロの信頼度合も上がっており彼を擁護する声も出てきている。そのために、擁護する派としない派の間で軽い論争となってしまっていた。

 ちなみにだが、アリシアを筆頭にエルフ組はすっかりタカヒロ押しの一員である。故に、真っ先に相手方の考えを否定する言葉を出していた。

 

 

「リヴェリア様がお認めになった方ですよ、節操は持ち合わせている筈です!」

「どうだかねー。あんなこと言ってたけど、所詮はヒューマンの男よ。きっと今頃、鼻の下でも伸ばして……」

 

「岩場の連中、あまり急ぐな!そこは思うよりも滑るぞ、怪我に気を付けろ!」

「「はーい!」」

「砂浜のグループ、そこに長居しては足裏を火傷するぞ!浜辺に居座るならば濡れた波打ち際まで移動しろ!」

「「はーい!」」

 

 

 結果としては、擁護しない派の意見もどこ吹く風。鼻の下どころか表情1つすら変えておらず、木製のメガホンを片手に、ライフセイバーもどきの仕事を遂行していた。

 なお、つまりはロキ・ファミリア女性陣が見せる水着姿にも全くもって動じていないということ。こうも見事にスルーされると、一転して癪に障る感情が芽生えてしまうのが女心である。

 

 

「……前言撤回。真面目に、仕事しているわね」

「ロキより大幅にマトモだわ……」

「そうでなければ、リヴェリア様がお認めになることなど在り得ません!」

 

 

「えっ、アイズさん泳げないんですか!?」

 

 

 ベルの叫びがソコソコの周囲に響いたのは、突然だった。何事かと、ライフセイバー役もそちらへと顔を向けている。直ちに影響は無さそうであったことと別の事に気づいたために、視線を戻した。

 ベルからすれば、あれ程の運動神経を発揮するアイズが泳げないというのは意外にも程がある内容だったらしい。頭を何度も下げながら叫んでしまったことを謝っているが、アイズは動揺を隠しきれていない様相だ。

 

 

 きっかけは、アイズの水着姿に(うつつ)を抜かしている少年だった。戦闘用の衣服、普段着共にあまりストイックさを見せないために、かなりのハイレベルで整ったプロポーションであることは少年も分かっている。

 それでも、布切れ1枚というのは全く違って映るらしい。少年からすれば下着との違いが全く分かっていないのだが、それを口にしたならば瞬時にタコ殴りにされることだろう。“幸運”のアビリティが、喉元で押さえつけているというわけだ。

 

 とはいえノンリアクションというわけにもいかないだろうと、ぐっと覚悟を決めてアイズに対して一緒に泳ごうと提案すると、彼女は途端に蒼い顔となってそそくさとパラソルの下へと逃げてしまったのだ。続けざまにレフィーヤが誘うも、状況は悪化する一方で変化がない。

 理由としては、先ほどベルが叫んだ内容。単純に、レベル6の【剣姫(けんき)】アイズ・ヴァレンシュタイン16歳は“カナヅチ”なのである。

 

 本人曰く、泳ごうとすると沈むらしい。体育座りのまま落ち込んでおり、顔を下に向けてしまっている。

 

 あのベルが誘っているにも拘らずドン引きしたアイズを目にしたロキは、「リヴェリアとの特訓がトラウマになっとる」と口に零してしまう。全員が揃ってリヴェリアが何をしたのか気になる感想を抱いているが、本人不在のために真相は闇の中だ。

 そして「リヴェリアがー」という辺りの言葉が聞こえてきたアリシア達は、会話の内容が気になってそちらへと足を運んでいた。周囲に混じって桟橋に腰かけ、何事かとロキに問いかけるも、アイズのカナヅチ事情が拡散されるだけである。

 

 

「ごめんね、ベル……格好、悪いよね……」

「そ、そんなことないですよ!そうだ、泳げないのでしたら特訓しましょう!」

 

 

 どよーんとした雰囲気で落ち込んでしまったアイズを元気づけようと、ベルが彼女の手を引っ張った。ぐっと引き起こされる感覚、己の手を導いてくれる感覚は新鮮なものがあり、少し目を見開いたアイズは、「頑張る!」と決意を露にして海へと向かう。

 レフィーヤやティオナ達も「私達も手伝う!」と参戦しており、ここに特訓が開催されることとなった。さっそくティオナが魚雷のような泳ぎを見せているが、当然ながら参考になりそうにもない。

 

 

 ひとまず、どこまでできるかを試すこととなった。塩分濃度が低いために普通の海とは浮力が異なるが、アイズも仰向けに浮くことはできる模様。ベルの少し横で浮いているのだが沈む気配も無く、安定した様相を見せている。

 ここだけ見ると、泳げるのではないかという疑問が各々に芽生えてくる。同じ感想を抱いたティオナが「そのまま反対になって浮いてみて!」と言うと、アイズは従い――――

 

 

「「アイズさーん!?」」

 

 

 ベルとレフィーヤと発見された敵の潜水艦も驚愕する急速潜航っぷりを発揮して、水深2メートル程の湖底へと沈んでいった。すぐさまベルも後を追い、肩を貸して水面へと浮上させている。

 流石に自力での特訓は無理だと周囲も判断しており、セオリー通りながらも手を引いてのバタ足の訓練と相成った。勿論手を引くのはベルの仕事であり、少し横から山吹色の鋭い視線が突き刺さっている。

 

 とはいえ運動神経の良さが生かされているのか、バタ足のリズム・強さ共に一定であり、継続して泳ぐならば理想的な力の配分である。必死な表情で前へと進もうとするアイズの顔を眺めながら、少年は浮きながらゆっくりと後ろへ進んで彼女を導くのだ。

 では、そろそろ少しの距離ならば手を放しても行けるのではないだろうか。そう思ったベルは、ちょっとだけ火がついてしまった“いたずらごころ”も相まって、突然ぱっと両手を放してしまう。

 

 その瞬間、恐れをなしたアイズは目を見開いて俊敏な足さばきを発揮した。瞬間的ながらも推進力が潜航能力を上回って前へと進み、僅か30センチ程度ながらも泳ぐことに成功したのだが、その感覚を思い出せることは無いだろう。

 手が離された時の恐怖感は、凄まじいものがあったらしい。少年の首回りに手をまわしてしがみ付き、豊満な胸が相手の胸板に当たっていることも気づかないのだろう。よほど怖いのか、今にも泣き出しそうな表情の瞳に涙を浮かべて僅か数センチの距離からベルの顔を見上げると――――

 

 

「はなさ、ないで……」

「っ――――!!?」

 

 

 ベル・クラネル、身体に感じる触感と合わさって一撃でノックアウト。軽く2桁の回数ぐらいはメンタルが死亡しており、普段の鍛錬で培った忍耐の成果などコレっぽっちも役立たない。海岸で光景を眺めていた同性であるはずの女性陣も、一撃で心を奪われている程に強力な攻撃(表情)だ。

 最も間近で体験した少年は、溶鉱炉に沈むかのごとく一片の悔いのない心で海底へと沈んでいき――――かけたところで、アイズまで道連れにしてしまうことを思い返す。その結末だけは何としてでも阻止せねばならないと理性を再起動し、なんとかして耐えていた。なお、赤い線を作りながら沈んでいるレフィーヤは、残念ながら誰にも気づかれていない。

 

 

「アカン、アカン!ウチの理性が限界やアイズたグホエッ!?」

 

 

 そして二人の邪魔をしかけた乱入者には、天罰が下される。浜辺のライフセイバー役から放たれた遠距離攻撃による一撃が、アイズに飛び掛かろうとしたロキの脳天へと直撃した。

 

 ――――アクティブスキル名、“メンヒルの盾”。メンヒルの祝福により術者に流れ込んだ大地の力で、標的に向かって飛ぶ魔法の盾を投げつけて、戻ってくるまでよろめかせ呆然とさせる。

 

 ウォーロードが唯一使える遠距離攻撃で、2枚の盾しかない状況では威力は非常に低いものの、ヘイトを稼ぐ効果と一定時間における気絶効果を持ち合わせている。装備こそ皆無なれど彼の一撃を受けてロキが即死を免れているのは、コメディバリアという装甲値によるものだ。アイズの張り手や殴りにも耐えうる万能の代物である。

 最初に集っていたエリアから飛んできた攻撃に気づいた女性陣は、戻っていく魔法の盾につられてそちらの方面に目を向けた。立ち上がっていた青年が攻撃者と判断し「よくやった」と褒め讃えたいが、その感情を打ち消す存在が、すぐ横にあったのだ。

 

 

「えっ。ちょっと、タカヒロさんの横にいらっしゃるのって……」

「り、リヴェリア様!?」

「お、お美しい……!」

 




■アクティブスキル:メンヒルの盾(レベル2。普段はレベル4)
・メンヒルの祝福により術者に流れ込んだ大地の力で、標的に向かって飛ぶ魔法の盾を投げつけて、戻ってくるまでよろめかせ呆然とさせる。
*盾を要する。
15 エナジーコスト
2.5 秒 スキルリチャージ
有効標的数 1
0.2 m 半径
135% 武器ダメージ(オフハンド)
28 物理ダメージ
28 火炎ダメージ
標的の気絶を 1.4 秒
標的を挑発


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123話 メレンの楽園(2/2)

 

 時は少しだけ遡り、ベルとアイズがバタ足の訓練を始めた頃。最初の頃は恥ずかしがっていた集団も所詮は女子であり、いくつかのグループが自然と形成されてワイワイキャーキャーと騒ぎ始める。

 水をかけあうなど、内容も微笑ましい代物だ。一部の活発的な者は水泳競争などを開催しており、このあたりはグループの個性が現れるところだろう。腕を組みながら仕事を遂行するタカヒロだが、先ほどから気になることが発生しているのも事実である。

 

 

「……いつまで隠れている、腰抜けではないだろう」

 

 

 集団とは言え、例外も居る。岩陰からコソコソとこちらを伺う気配を感じ取ったライフセイバーは、周囲の至近距離に誰も居ないことを確認して、背中越しに煽り声を投げた。内容は、かつて彼女と初めて出会った時のモノである。

 こうでもしないと、このイベントが終わるまで、ずっと出てこなかったことだろう。普段は凛としており強気な彼女でも、やはり、恥ずかしいものは恥ずかしいらしい。

 

 後ろの岩陰にあった気配が、少しずつ近づいてくる。サンダルが砂を踏みしめる音が止まり、青年は左足を軸にして右足を少し後ろに下げ、右に90度ほど向き直った。

 

 

 シミの一つすらも伺えない、きめ細かく整った美しい肌。全体的に細いと呼べるスラリとした身体の(ライン)は、成長しきった大人の女性と呼ぶに相応しい。

 虎に爪や牙が、タカヒロに盾があるように。普段はローブの下に身を隠している丸みを帯びた2か所の部分と腰のくびれは、只それだけで強力な武器になると言えるだろう。

 

 とはいえ、それらの事実は既に知っていた青年タカヒロ。こうして日の光の下で目にした情景は言葉で表すに程遠く、一周回って只々“綺麗”という感想しか生まれないのが実情だ。

 夏日の光に負けぬ翡翠の髪が、砂浜の情景に映える。大人らしい黒を基調として彼女を象徴するかのような翡翠色のラインが施された水着に、大人らしく品のある同色のパレオが組み合わされている為に猶更だ。

 

 いつも通りに腕を組むことはせず身体の前で指を絡めており、そこには羞恥の具合が伺える。青年が視界に捉えた似合いすぎる水着は、なぜだかピッタリ“すぎる”程に彼女のラインにフィットしていた。

 ということで、まさかのオーダーメイドという気合の入れよう。寸法と発注・受け取りはレフィーヤ経由であるために、カモフラージュも問題なし。好感度は互いに振り切っている為にそこまでやる必要はないのだが、恋する乙女は、相手に気に入られようと常に全力なのである。

 

 

「なんだ。てっきり趣味の悪い水着でも押し付けられたのかと思ったが、似合ってるじゃないか」

「っ――――!」

 

 

 先ほどの煽りもどこへやら。この男、突然と相手を心配して暖かい声を掛けるために、彼女からすれば何事よりも(たち)が悪い。

 目を見開き、頬が瞬く間に色づいていく。直前に煽られ「なにくそ」と勇気を出して肌を露出する恥ずかしさを克服したと思ったら、今度は別の恥ずかしさが襲い掛かるのだ。そして、嬉しさから緩み始める己の表情との格闘が始まるのである。

 

 とはいえ褒められて嬉しいものの、リヴェリアの中で何かの葛藤があるようだ。見せる為、魅せる為に着たというのに、いざ見られた際に発生した羞恥の心は収まる気配を見せていない。

 青年が相手とはいえ、恥ずかしさが芽生える内容が言葉として出かかっている。何か言いたいことがあるのかとタカヒロが訪ねると、リヴェリアは目を左右に流しながら恥ずかし気に口を開いた。

 

 

「……不意打ちは、やめてくれ。動揺が、静まらない……」

 

 

 そんな君の慌て顔が好きなんですよ。とは流石に口に出せない青年だが、右手の甲を口に当てて恥じらいと共に身体をよじるリヴェリアは落ち着かない。タカヒロの顔へと目線を向けて、すぐに逸らす動作を数秒おきに繰り返す。

 語尾に覇気がなくなっており微かに上ずっていた声も含めて、凄まじい破壊力を秘めていることは間違いない。「そんな彼女の姿は、きっと世界が終わるまで眺め続けることができるだろう」とは青年の心境だ。

 

 

「「アイズさーん!?」」

 

 

 乳繰り合う二人を他所に、そんな悲鳴が聞こえてきた。何事かとリヴェリアと共にそちらに向き直るライフセイバー役だが、そこにはベルの肩につかまるアイズの姿があった。

 傍から見ても、惚気て少年の肩につかまっているようには見て取れない。つまるところ救助の類と読み取ったのだが、そうなると、導き出される結論が1つある。

 

 

「アイズ君は、全く泳げないのか……」

 

 

 言葉を耳にしてギクリとした感情を抱き、視線を逸らすハイエルフが約一名。言葉も行動も発しなくなった彼女に向かって首をまわすタカヒロは直感的にカナヅチの原因を察するも、何も言わずに首を元の方向に戻している。

 すると、アイズがベルの首回りに抱き着いていたというわけだ。沈みかけるベルに対してシャキッとしろと活を入れたくなるものの、桟橋からロキ・ミサイルが発射されかねないために、2枚の盾を瞬時に取り出す。

 

 結果としてロキ・ミサイルを直撃(インターセプト)したのが、アクティブスキル“メンヒルの盾”。発動に盾を要するためにわざわざ取り出した格好で、射出が終わればすぐに収納。【武器交換(ウェポン・チェンジ)】とは、なんとも便利なスキルである。

 

 

 浜辺に並ぶ二人を目にしたエルフ達の感想は、揃いも揃って“おのれ戦士タカヒロ”。あ奴の前ではリヴェリア様は容易に素肌を晒すのかと、バーチャルなハンカチを咥えていた。いつかの神の宴の日に起こった事実を知れば、バーサーカーと化すだろう。

 決してファミリアでは見せない表情を容易に晒すリヴェリアと顔を向けるタカヒロを目にして、気絶効果が解除されたロキもまた内心で唸っている。あのリヴェリアの水着を前にして微動だにしない青年に対し、面白くないと言う感情を抱いているのだ。

 

 そんな視線を浴びる二人は、呼ばれていると勘違い。リヴェリアがタカヒロの肩を押してスイッチとなり、ライフセイバー役は水難事故の未遂があった現場へとやってきたわけだ。

 アイズのすぐ横に赤い線と共に仰向けに浮かんでいるレフィーヤの水死体が浮かんでいるために、桟橋の上から一応回収。アイズの姿への興奮から肺の空気をすべて吐き出し続けていたために、肺に水が入ることは無かったのだろう。自発呼吸もしっかりしており、放置しても問題は無さそうだ。

 

 

「アイズ……まだ、泳ぎは苦手か?」

「うん……ダメ、かな……」

「師匠、なんとかなりませんか?」

「そうだな……」

 

 

 最初から全てを見ていたわけではないタカヒロは、とりあえず浮かんでみるようアイズに指示を出す。すると仰向けならば浮かべるが、うつ伏せとなると直ぐに沈む結果となっている。

 もっとも仰向けの際も、浮いているのは上半身だけ。それがうつ伏せとなった際に即時終了ということで、1つの仮説が浮かんできた。

 

 ダンジョンにおいて前衛で戦う職業は、瞬間的に筋肉を酷使することが多い。そのために力を入れることについては慣れているが、力を抜いてリラックスする使い方には慣れていない。その点において狡猾さに優れるベルは、少し得意な分野となるだろう。

 人と言うのは基本として筋肉が多い程沈みやすく、実際のところ細マッチョなタカヒロも何もしなければ沈むのだ。ベルもまた同様であり、その点においては女性陣よりも不利と言えるだろう。ソコソコきれいに浮いているベルも、水面下ではゆっくり足を動かして浮力を得ている。

 

 また、力を入れると筋肉が収縮するため、その分の身体の体積が小さくなるのだ。見た目には分からない程の変化ながらも体積が小さくなることで、得られる浮力が減ってしまう。

 そして、力を入れると身体全体の重心が変わることになる。例えば藻掻こうと足に力を入れるとその部分の浮力が減るために、空気を溜め込み浮力が大きくなる肺とのバランスが崩れ、沈みゆくことを恐れて全身に力が入るという負の連鎖に陥るのだ。

 

 

 なお、論理的に説明するのは簡単でも実践となると非常に難しい。それでも先のようにすぐに沈まなくなっただけ、少しは進展があったと言ってもいいだろう。

 文字通り、たった少しの進展だ。それでもまるで自分の事のように喜ぶベルの素直で純粋な笑顔に、つられてアイズの表情も薄笑みに変わって行く。まるで姉弟を見守るかの如く、周囲の表情も同様だ。

 

 

 その後、陸上で活動するグループとこのまま水辺で活動するグループへと別れることとなる。タカヒロとベルは宿泊せずに本日中にオラリオへと戻る予定ながらも、それまではメレンの街に残るようだ。

 調査内容は、メレン近海にて、緑色の蛇のようなモンスターが目撃されているという情報。最初に食人花(ヴィオラス)を見た時に抱いた感想と同じであるために、こうしてロキ・ファミリアは調査へと訪れている。

 

 タカヒロとベルは調査の頭数には入っていないが、二人して独自に聞き込みを行うようだ。最も活気がある場所ということで、こうして二人で市場へと訪れている。

 

 

「モンスターなら、湖からソコソコの量が湧いてくるわよ」

「植物のようなモンスター?さぁー、聞かないなぁ。困った時にはニョルズ・ファミリアが何とかしてくれているからねぇ」

「そうですか、ありがとうございます!」

「それより少年、この串焼きなんかどうだ?美味いぞ!」

「えっ。え、えーっと、それじゃ、情報の御礼に一本を……」

「あいよ、まいどあり!」

 

 

 なお、店は違えどこれで12本目。時たまタカヒロが口にしているが、根が優しいために頼まれると断れない気質を持つ少年である。

 それでも、確実に分かったことがある。街中ではモンスターの存在こそ一般的だが、食人花(ヴィオラス)は全く知られていない。色すらも知らぬ程だ。

 

 そうなれば、ロキの話していたことと矛盾が生じる。ロキ・ファミリアは、“食人花(ヴィオラス)出現の噂”を聞いて、ここメレンへとやってきたわけだ。

 だというのに、情報が集まるであろう街中においてはコレである。ロキならば住民の嘘を見破れるために確信が持てるのだが、タカヒロから見ても、嘘を口にしているようには見られない。

 

 また、後衛とは言え当時レベル6だったリヴェリアが押される程のモンスターだ。事前にロキから聞いていたニョルズ・ファミリアでは、対抗できるとは思えない。

 そんなものが暴れたならば瞬く間に広まりそうなものだが、そちらについての噂も皆無。故に、メレンにて脅威となっているモンスターは街中において影すらも見えないのだ。

 

====

 

 

「そうか……。誰かが真実を隠している。もしくは、私達が欺瞞(ぎまん)情報を掴まされた、か」

 

 

 夜、ロキ・ファミリアが貸し切っている宿の食堂。リヴェリアと並んで座っているタカヒロが口にした独自調査の報告を耳にして、彼女は溜息交じりに考察を呟いた。

 互いに薄笑みを浮かべながら食したい程に舌鼓を打てる料理ながらも、会話の内容が内容だけに笑みは生まれない。青年はいつもの仏頂面、そして神妙な表情を浮かべるリヴェリアは、互いの飲み物に口を付ける。

 

 

「可能性は低くは無いだろう。そちらでも、ロキと一緒に街中の聞き込みは行うべきだ」

「ああ、そうだな。情報を感謝する、タカヒロ」

 

 

 住民が口裏を合わせている傾向は無かったために欺瞞情報だとするならば、一体何が目的か。ロキがその情報をどこから仕入れたかが分からないために、二人は考察することもできない。

 そしてこの段階でリヴェリアが18階層の扉について聞いてこないとなると、ロキからはまだ知らされていないのかとタカヒロは勘繰っている。何かしら理由あっての事だろうと、青年から口が開かれることは無い。

 

 

「私が確認したわけではないのだが、湖底の封印は健在だった。となると地上経由、24階層で見た檻によって運ばれたとみて間違いは無いだろう」

「バベルの塔からということか?」

「まさか、流石に目立ちすぎる。ガネーシャ・ファミリアならば怪物祭の時期にモンスターを運ぶ檻を使うが、中身はギルドの検閲を受けるからな。ギルドが黒幕ではないという前提だが、そちらも不可能だろう」

 

 

 そうなれば、やはり18階層の扉が非常に怪しい。これがどこに繋がっているかは未だ不明なものの、搬送ルートは確立できたと言って過言は無いだろう。

 もっとも、19~24階層に扉があるかの確認も必要だ。その点についてタカヒロは既に19~21階層までのマップ全てを埋めており、そこまでは扉の類が無い事を確認している。

 

 続けざまにリヴェリアが口にした内容は、ギルド支部長のルバートという男に話を聞いた時に、違和感を抱いたという内容だ。簡単に言えば、リヴェリアの関心を、露骨に食人花(ヴィオラス)から逸らそうとしていたらしい。

 残りとしては、少し前からアマゾネスが増えているという内容。こちらはロキ・ファミリアが調査に動いているために、そのうち情報が上がってくることだろう。

 

 ともかく、ヘスティア・ファミリアの仕事はこの食事会で終了だ。タカヒロ個人の調査はオラリオに戻ってからも続くだろうが、今においては関係のない話である。

 

 

「自分とベル君は、このあとオラリオに戻るが……無理は、するなよ」

「……ああ、お前もな。約束だ」

 

 

 表情はそのままながらも優しい口調の語尾を長い耳で受け止め、リヴェリアの顔に笑みが浮かぶ。照れ隠しにエールに口を付けるタカヒロだが、問題が起こったのは、そんなタイミングであった。

 

 

「ちょっ、アイズさんそれお酒!!」

「えっ!?」

「っ!?」

 

 

 ベルが発した驚愕の声でティオナの悲鳴やリヴェリアを含めた全員が瞬時に振り向くも、時すでに遅し。酒だと指摘して口を開いたまま固まるベルの横で、アイズはジョッキに入った軽い果実酒を飲み乾してしまっていた。

 いくら軽いとはいえ、アルコール度数1%程度とはいえ、立派なお酒。既に周囲の者達は飛び退いて逃走準備を終えており、ロキですらも同様だ。

 

 しかし、不思議とアイズに変化はない。数秒するとガタっと音を立てて立ち上がったためにさらに飛び退く周囲ながらも、足取りは柔らかだ。

 向かう先は、対面のテーブルに居る二人のところ。彼女も、そして相手二人もよく知る仲であり、アイズはタカヒロの横、リヴェリアとは反対側に腰かけると、いつかベルを相手にやったように、青年の左腕を抱きかかえた。

 

 

「アイズ……!?」

「アイズさん……!?」

 

 

 驚きを筆頭に様々な感情が駆け巡ったリヴェリアながらも、それはベルとて同様の内訳だ。今までならば誰かしらをボッコボコにしてしまう酒癖の悪さだったために、周囲の驚きも一入(ひとしお)である。

 それが此度はこのような格好になっており、違うベクトルの驚きと恐怖はあれど、今のアイズはとても落ち着いている。少しそちらに顔を向けたタカヒロは、兎にも角にも、なぜそのような行動をとったのかを問いかけた。

 

 

「……どうした、アイズ君。ベル君と、勘違いしているのか?」

 

 

 違う。そう言いたげにアイズは抱きかかえた腕に顔をつけながら首を左右に振るうと、次の一言を口にしたのであった。

 

 

 

 

「……お父、さん」

 

 

 

 

 今まで彼女と接してきた男性のなかで、タカヒロが見せた対応は今までにないものだった。あまり深く接することは無いものの、見守りつつ、叱るところは叱り、彼女の一つの道を示したことが挙げられる。

 そして18階層で撫でられた感覚は、アイズの中に深く残っている。幼い頃に両親を失った不安定さがあるからこそ、そんな気持ちを抱いてしまった1つの要因となったのだろう。

 

 それに答える言葉は、肯定も否定も何もない。18階層と同様にただ頭に右手が添えられ、男らしく少し強い力加減で押し付けるように撫でるだけ。

 たったそれだけで、アイズは安らかな笑みの表情を見せるのだ。悔しがるベルながらもコレばかりは持ち合わせておらず立ち向かえないために、アイズ宜しく片頬を膨らませてタカヒロに向かって猛抗議の姿勢を示している。

 

 

 やがて彼女は眠気が襲ってきたのか、軽やかな吐息と共に夢の中。こうなってしまうとしばらく起きないとはリヴェリアの弁であり、タカヒロはベルを呼ぶと、寝室まで運ぶよう指示を出した。

 例によって山吹色の姿が猛抗議しながら後ろを追いかけるも一件落着であり、その場に居た全員がテーブルへと戻っている。しかしながら、抗議したくとも出来なかったもう片方は、今更においてスネている様相を露骨に見せていた。

 

 

「……さて、君までベル君と同じときたか。許せリヴェリア。あのまま突っぱねて、暴れられても困るだろう」

「ふんっ。だからと言って、あのような」

「要はお前もやって欲しいだけだろ?」

「ちがっ――――!……いは、しない、が……」

 

 

 己がよく知るそんな相手には、いつもの煽り文が効果的だ。事実ながらも認められず物言いたげなジト目と共に言い合いが始まるも、青年にとってはそれも(さかな)の1つである。

 結果として少女のようにスネてしまう彼女を宥めるやり取りは、タカヒロが持つ愉しみの1つ。決して口には出せないが、可愛らしい姿を目にするだけで心が休まるというものだ。

 

 ご機嫌取りが終わったタイミングで、プンスカと露骨に不機嫌なベルがこの場に戻ってくる。そろそろいい時間となっていたために、ヘスティア・ファミリアの二人はここで別れ、オラリオへと足を向けたのだった。

 流石の当日は、プイッと拗ねるベルがマトモに口をきいてくれなかったとはタカヒロの後日談である。



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124話 プンスカな後日談

急遽差し込みの124話です。


 ベルとタカヒロがオラリオに戻った翌日の朝。アイズ・ヴァレンシュタインは無言のまま目を開き、天井を視界にとらえている。

 ベッドから上体だけ起こすも、そこから先が続かない。酒の影響があるかは不明ながらも、どうやら、起床(テンペスト)というプロセスを終えるには時間がかかるようだ。

 

 

「……」

 

 

 ボーっとした表情のままキョロキョロと左右を見渡すも、見慣れたホームの寝室とは程遠い。十数秒の時間が経ってから、己が――――地名は忘れたが、オラリオの外に来ていたことを思い出した。

 見回すために右に首を向け、続けざまに左に向ける。すると、己が最も見慣れた一人の人物がベッド横に供えつけられたソファーに座っていた。

 

 背もたれ越しに見える毛髪の様相から、既に身支度を終えていることは読み取れる。相変わらず朝が早い人だと思いながら、この段階でアイズはようやく認知することができたらしく、言葉を発した。

 

 

「……あ。おはよう、リヴェリア」

「起きたか。おはよう、アイズ」

 

 

 ベッド横、備え付けとなる二人掛けのソファーに腰を下ろし、持ってきたのであろう本を広げていたリヴェリア。タイトル程度は何を読んでいるのか気になったアイズながらも、かつてリヴェリアの相方が読んでいたものであることを知るには観察眼が足りていない。

 読書好きなリヴェリアとはいえ、流石にアイズが目を覚ましたとなれば話は別だ。スッと静かに立ち上がり、寝起きの水をコップ一杯に入れて持ってくる。

 

 無言かつ無表情のまま受け取るアイズながらも、リヴェリアからすれば日常だ。コクコクと可愛らしい音を立てて三分の一程を飲み干したアイズは、これでようやく初回起動(コールドブート)が完了し、ベッドから下りることとなる。

 左右を見渡すアイズは何か言いたげながらも、そこは流石のリヴェリアだ。このあとアイズの口から出てくる言葉が、二手ほど先まで、イントネーションまで含めて分かってしまっている。

 

 

「……ベル、は?」

 

 

 かつてのアールヴ事件発生時のリヴェリアと違って、こちらは酔っている最中のことは覚えていない。記憶が吹っ飛ぶ直前まで己の横で果実ジュースに口を付けていた少年しか、脳裏に残っていないのだ。

 やはりそうくるかと、リヴェリアは目を閉じて軽く溜息を吐いた。嘘を言っても仕方がないために、そして濁せるような言葉も思いつかなかったために、事の真相を偽りなく口にした。

 

 

「ベル・クラネルとタカヒロは、昨夜のうちにオラリオへ戻っている。帰るとは言わさんぞ。別れ際に立ち会えなかったのは、お前が酔って寝ていたことが原因だ」

「……」

 

 

 心境を読まれて先手を打たれたアイズ・ヴァレンシュタイン、返す言葉も無く両頬が膨れる。過去一番と言える膨れ具合を目にして、思わずリヴェリアは口元を抑えて軽く噴き出してしまった。

 やがてアイズはほんの僅かな力でリヴェリアの両肩を正面からトンと押したかと思えば、ポカポカとこれまた力なく可愛らしい“おこ”の様相。悪いのは己と分かっていたために、あそこまでハッキリと言わなくても良いじゃないかと抗議中。

 

 30秒ほどしてポカポカと叩く動作はなくなったものの、先日のベルよろしくプイッと顔を背けてプンスカな様相へと一変。そんなベルの姿をアイズは知らない筈なのに同一と言えることをやるのだから、リヴェリアは薄っすらと涙を浮かべる程に笑いが強くなっている。

 なお、リヴェリアもまた時たま似たような表情を見せているのは約一名の“自称一般人”しか知らない事象だ。何故アイズがこのような表情を見せているかと言うと、過去に一度だけリヴェリアが見せたことがある為に他ならない。

 

 

 そんなリヴェリアが見せる涙には、“あのアイズが、こうして普通の娘の様になってくれた”事を喜ぶ内容も隠されている。かつて同様の心配を相方に相談したところ「ベル君に任せればいいさ」と返されキョトンとした過去があるが、こうして見ると、やはり青年の言葉は信用できるものだと再び実感する。

 相変わらず我の強いアイズだが、かつてダンジョンにおいてモンスターを相手にしていた時に見せた無茶とは、また違う我の強さ。平和とは言えないオラリオながらも、そんな平和な未来を迎えて欲しいと、リヴェリアは常日頃からアイズの幸せを願っている。

 

 

「そら、行くぞアイズ。今日は、市場で聞き込みだろう?」

「ふーん、だ」

 

 

 アイズが発する言葉と顔先は明後日の方向を向いていても、足並みは、しっかりとリヴェリアの後に続いている。アリシア達と並んで、街中での聞き込み調査の一員として携わっていた。

 聞き込みの結果としては、概ね、タカヒロとベルが集めた情報と一致している。故に納得がいかないリヴェリアは、アリシアと共に、どこから食人花(ヴィオラス)の情報が湧いて出てきたのかを議論していた。

 

 

 

 遠くの物陰より、その姿を監視する数名の影。港町メレンにおいて、怪しい空気が渦巻いている。

 

====

 

 そして同時刻ながらも場所は変わり、ヘスティア・ファミリアの仮ホーム。仮とはいえ元の廃教会と比べれば天地程の差があり、快適さは圧倒的に良好だ。

 一階にあるダイニングのような場所で、ヘスティアとワイシャツ姿なタカヒロが向かい合っている。弁当箱を手に取ったヘスティアは、これから出かける用事があるらしい。

 

 

「それじゃぁ僕は、今日一日はアルバイトに行ってくるけど……」

「……」

 

 

 家の中心にある炉の如く、ヘスティアは今日も元気を周りに振り撒いている。人数的には大御所となったヘスティア・ファミリアながらも現在は借家であるために、その元気を受け取ったのはタカヒロだけだ。

 しかし腕を組んだままのタカヒロは返事すらも行っておらず、どうやら思うところがあるようだ。もっとも“思うところ”を作った人物が己であることも分かっているために、悩みを向ける先が無いと言うワケである。

 

 

「……ま、偶にはそんなこともあるさ。今日はダンジョンで皆の動きを見るんだろ?頑張るんだぜ、タカヒロ君」

「善処する。そろそろ時間だ、バベルの塔まで送ろう」

 

 

 何気に最強の護衛のもとで、本日のバイト先であるヘファイストス・ファミリアがあるバベルの塔へと移動したヘスティア。そのままエレベーターに乗って上に向かっており、一方のタカヒロは、逆に下へと降りていく。

 

 

 タカヒロとベルが、メレンから帰宅した翌朝。鍛錬という事で朝食後にダンジョンの2階層へと集合した新生ヘスティア・ファミリアだが、“今から頑張りましょう”とは成らないらしい。

 直接的な原因は、他ならぬ団長ベル・クラネル。そして原因そのものを生み出したのは、すぐ横でベルの頭を強めに撫でているタカヒロに他ならない。

 

 

「悪かったと言っているだろベル君。皆の手前だ、そろそろ機嫌を直してくれ」

「ふーん、です!」

「いつまで続けるつもりだ、そろそろ言葉も足りんだろう」

「とにかく、ふーん、です!」

 

 

 けっきょくのところ、1日経ってもベルの機嫌が直ることは無かったらしい。アイズ宜しく頬を膨らませたまま腕を組みながら顔を斜め上に向けて、プンスカな様相を小動物らしさと共に振りまいていた。

 なおその実、頭に置かれた大きな手の感触が心地良く。もうちょっとだけ浸っていたい為に長引かせていると言う、微笑ましい裏事情がある。

 

 アイズと同じく、ベルもまた両親の温もりを知らずに幼少期を過ごしてきた。ほんの僅かな期間だけ、母の温もりを与えてくれた人は居たものの、それとはまた違う父の温もりを知らずして育ってきた。

 一応ながら祖父らしき人物は居たものの、教わってきた内容はお察しだ。心の拠り所であったことは間違いないが、父と言う立場からは程遠い。

 

 

 オラリオと言う場所に来て出会った、少年が背中を追う一人の青年。こうなるまでの経過はどうあれ、こうして構って貰えることが嬉しいのだ。

 もっとも、二十数名の団員が光景を目にしていることもまた事実。何がどうなってこの光景となったかまでは不明なものの、そんな白髪二人の姿を目にした感想は――――

 

 ――――団長、まるで子供だ。子供だった。

 ――――平和な親子喧嘩かな?

 

 年齢や性別によって分かれるが、各々が抱いた感想は、この二つに集約されていた。例によって水晶で覗いている約一名の女神は“鼻と口回りが赤い”が、それについてはヘスティア・ファミリアには関係ない為に蛇足である。

 精神が発達する過程において、他人の指示に対して反抗的な行動をとることの多い期間。即ち“反抗期”とも重なるベル・クラネル。初めて見せるこの態度には、その要素も少しばかりあるのだろう。

 

 とはいえ少なくとも、各々が戦争遊戯(ウォーゲーム)で目にした歴戦の戦士の様相には程遠い。二つ名である悪魔兎(ジョーカー)の気配など欠片もなく、ダンジョンに居る、見た目は可愛らしい白兎(ホワイトラビット)が近いだろう。

 少年には“あまりにも有名なお相手”が居ることは知っている女性陣ながらも、プンスカな仕草も相まって、抱きしめてモフモフな頭を撫でたい衝動に駆られている。年の差に比例してその感情は強く成っており、数名は既にソワソワとしていた。

 

 

「そら、既に予定時刻を少しばかり過ぎているぞ」

「むーっ……」

「もう、眷属が二人しかいないファミリアではないのだ。団員に示しがつかない事は、宜しくはないだろう」

「ですけどーっ……」

 

 

 ファミリアの団長を務める、ベル・クラネル。そのような内容を口にされ、撫でられる感覚を惜しみつつも、コホンと咳払いにてメンタルを整えた。

 なお、「もうちょっとだけ今のやり取りを見て居たかった」女性陣がチラホラいるのもご愛敬。しかしそんな感情も、たった数秒のうちに消え失せることとなる。

 

 

「っ――――」

 

 

 思わず、小声が漏れてしまった者も居る程。あれ程までに小動物らしさが溢れていた少年の表情はどこにもなく、まるで強敵を相手している時のような気配の中に、洗練された落ち着きが見えている。

 映像越しながらも全員が目にしたことのある、神々から悪魔兎(ジョーカー)と謡われるベルの姿。とても14歳の少年とは思えない様相に、全員がゴクリと唾を飲んで、見せる雰囲気に呑まれていた。

 

 全員を一通り流し見たベルは、レベル1の者だけで構成されるパーティーを二つ作った。そして二階層は狭すぎて他の冒険者の邪魔になる恐れがあるために、少しだけ階層を進むこととなる。

 

 オラリオの地下にあるダンジョンの特性として、“壁を破壊するとモンスターのリポップが止まる”というものがある。それを利用して袋小路などで休憩をとることが多いのだが、いつまでも続くものではない。

 一方でダンジョンには復旧機構のようなものが備わっており、攻撃などによって生じた損傷は、数時間を掛けて元に戻るのだ。そのために、壁を傷つけたからと言って仮眠をとると、寝ている間に殺されるという事態になってしまうことだろう。流石にダンジョンの安全地帯以外で対策をせずに眠りにつく阿呆は居ないと思われるが、体力を消耗するなどして疲れが溜まった時には注意が必要だ。

 

 ともあれ壁を損傷させることで、一時的な安全地帯になることに変わりはない。モンスターが群れる袋小路に辿り着くと、ベルはレベル2の者達に集団戦を指示し、タカヒロと共に後方から観察していた。

 流石に一桁台の上層ということでレベル2では役不足であり、掃討もすぐに終了。もっとも担当者は先ほどのベルが見せた気配を覚えており、例え格下が相手だろうと気を抜くことなく戦闘を終えている。

 

 

 そして――――

 

 

「ハアッ!!」

「ッ!やるなぁ!」

 

 

 先程パーティーを組んだレベル1の二組による、対人の戦いが始まった。流石に魔導士は詠唱だけで実際に攻撃を行うことはないが、それでも勝敗の区別は行える。

 武器や防具は駆け出しに相応しい品ながらも、持ち得る気迫はレベル2に迫る程。焦がれたヘスティア・ファミリアへの入団が叶ったこともあって、各々のやる気は十分だ。

 

 剣と盾が交差し、白刃の音色が袋小路の部屋に次々と木霊する。そこに魔導士の魔力が立ち上がってアクセントが加えられ、戦いは激しさを増していた。

 

 本当に魔法を打つわけにはいかない後衛と比べれば、前衛が見せる戦いは顕著なものがある。力技で押し切ったり小手先の技術で応戦したりと、それは人によって様々だ。

 流石に今日初めて剣を持った程の初心者は居ない為に、互いの手加減具合も中々のものと言えるだろう。一般基準で言うならば、全員が合格と呼べる範囲に居る。

 

 

 しかし、周囲からの反応はない。チラリと監督役の二人を横目見る参加者ながら、レベル2の者達が応援の言葉と共に真剣な表情を向ける横で、白髪の二人からは未だ言葉の一つもないのが実情だ。

 二人から向けられる据わった表情は、開始時と比べて不変と言えるだろう。もしかしたら手加減が過ぎて呆れられているのではと、各々が不安を抱いている。

 

 

 そのようなこともあって、数人は戦闘スタイルを変更する。ここ最近において最も練習している“型”であり、それを披露するべく此度の演習にて披露した。

 

 

「―――ん?……ああ、そういうことか」

 

 

 特に疑問が浮かばなかったベルだが、タカヒロはそうでもなかったらしい。珍しい疑問符と独り言が聞こえてきたからこそ、ベルは一時的に戦闘中止の合図を行った。

 全員の視線がベルに行き、その先にあるタカヒロに辿り着く。何か問題があったのかと可愛らしく首を傾け問いかけたベルだが、予想外の言葉を受けて驚くこととなる。

 

 

「いや、問題ということは無いのだが……何人か、ベル君の動きを真似ている者がいると思ってね」

「えっ」

 

 

 真似ると言っても、真似ている者は駆け出しのレベル1。故に“まずは形から”程度のものであり、ベルを真似ていた二人に至っては武器も違うために、似て非なるモノにすら及ばないのが実情だ。

 だからこそ驚いているベルも分からなかったのだが、タカヒロが真実を見抜いたのは優れた観察眼によるものだろう。最近は出番がなかったが、教育者としての立場においては存分に効果を発揮する代物だ。

 

 指摘された者のうちベルを真似ていた者は、両手持ちの長剣とアイズのような片手剣だった。双方はベルに対して憧れていたことを素直に告白しており、だからこそ真似ていたのだと頭を下げている。

 しかし指導者としての立場に立った事がないベルとしては、どう対応したものかとタカヒロにヘルプを求めている。もっともタカヒロとしても叱りを入れるつもりは全くなく単に気づいただけであり、その言葉ののちに、重要な一文を付け加えている。

 

 

「動きを真似ることに問題は無い。強い者を手本とするのは最も良い選択の一つだが、真似るべきは動きそのものではなく、“何を重要視した動きであるか”という点だ。余裕があれば、考えを向けてみよう」

 

 

 例えばベルの場合は、相手の動きを効率的に抑えた上で反撃に転じることができる動きを重要視している。もっとも正解が片手で数える程度しかないために本当に強い相手には読まれやすく、故に様々なカモフラージュを用いているというわけだ。

 代表例が、アイズとて苦戦した強弱様々な攻撃。50階層における鍛錬で見えたナイフ二連の投擲も、その一つに入るだろう。鍛えられた小手先の技術が、遺憾なく発揮されているというワケだ。

 

 もっともこれらの点は、レベル1で意識するような内容とは程遠い。最低でも中級冒険者の仲間入りを果たした頃がスタートであり、だからこそタカヒロも一言程度で流していた。

 とはいえそのまま放置というのも問題であるために、タカヒロは、二人に対して簡単な個別指導。此度においては戦闘スタイルを目にしたことから把握した、“重視したならば効率よく戦える”内容について指導を行っている。

 

 二人はさっそく素振りと軽い手合わせにて感触を確かめており、何か感じ取れるところがあったのか、互いに真剣な表情で意見を交わしている程だ。あまりにも即効性のあるアドバイスであるために、驚きと興奮が半々といったところだろう。

 何せアドバイスを与えた者は、レベル8にすらも指導ができる程に高い小手先の技術を持ち得ているのだ。それでいて本来の戦闘スタイルは報復ダメージ(Powerrrrr!!)を起因としたゴリ押しなのだから、矛盾しているにもほどがある。

 

 

 ともあれ議論しあう二人の姿を目にして、同じレベル1の者達、そして最終的には全員が、今二人が受けたアドバイスについて当該者の言葉に耳を傾けている。

 実力が目に見えて向上する、己が背中を追う者が口にするアドバイス。その中身の濃さを誰よりも分かっているからこそ、ベル・クラネルは口元を緩めて集団を見つめていた。

 

 

「ところで師匠。アドバイスの内容は魔導士を除けば全員に当てはまると思いますけれど、どうして二人だけなのですか?」

「全員に対して口を出す事は簡単だが……こうして情報を共有させることで、ファミリアとしての情報共有を根付かせることも出来るだろうと思ってね」

「っ、なるほど」

 

 

 皆に聞こえないように、そんな会話をする白髪二人。そんなところでもファミリアのことを考えてくれているのかと意識させられ、ベルは、まだまだ見習わなければならない事が多いと実感した。

 個人としても背中を追う、横に居てくれる大きな存在。そんな姿を横目見て、今更ながら「なぜダンジョンでワイシャツ姿なのですか」と今一番の異常事態に気づいたベルだが、タカヒロならば大丈夫だろうとスルーした。

 

 

 ともあれ、つい先程まで見せていた、プンスカな感情もどこへやら。ベルも気づいた点を皆にアドバイスするなどして、ヘスティア・ファミリアの時間は流れてゆく。

 




書き始めたら止まりませんでした。

今までの本文にもありますが、本作のベル君はゴスペられた記憶があります。
その他、色々とフラグを立てておきました()


ところで今更ながら、オラトリアの円盤を買って特典の「ハイエルフの旅立ち」上下をゲットしたのですが……

うん、lolエルフですね、これは。


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125話 英雄の定義

久々の真面目なお話


 時は、タカヒロとベルがオラリオへと戻った二日後の夜となる。その日の朝に手紙で招待を受けたタカヒロとベルは、オラリオにある1つの酒場にやってきていた。

 かつてタカヒロがリヴェリアと訪れたエルフの店には遠く及ばないが、ここもまた個室であり少しの装飾が見受けられる。もっとも本質は居酒屋であるために細々したものではなく、飾りつけ程度の様相だ。

 

 

「美味しいですね、この店の料理」

「ちぃと場が上品すぎるのが問題じゃのう、ムズムズするわい」

「こういうのにも少しは慣れないとダメだよ、ガレス」

 

 

 円形のテーブルに対する席に対し、4人が均等に座っている。注文した料理も次第に運ばれてきており、徐々にテーブルを埋め尽くしていた。

 参加メンバーは、フィン、ガレス、そして先の二人の合計4名。外での“集団”飲酒禁止令が出ているロキ・ファミリアだが、あくまで今回の名目は“ヘスティア・ファミリアの団長に誘われた”というのがフィンの弁だ。

 

 

「何か聞かれたら、僕とガレスがレベル7になったことのお祝い、ってことにしておいてよ」

「うーん、ちょっと時期が遅いかもですね」

「建前じゃからの。同盟先のファミリアに誘われたんじゃ、ワシ等としては断る理由があるまいて」

 

 

 とはいえ手配から支払いまでフィンとガレスが行っており、場所は安っぽい店ではなく、ガレスが表現したようにソコソコの高級店。もっともワイワイガヤガヤとした様相は酒場そのもので、そのあたりは何ら一般の店と変わりない。

 違うといえば店内が広く、個室が充実していることぐらいだろう。もちろん料理の味もさることながら、見た目にも品のある料理が出されることも特徴だ。

 

 

「それにしてもフィンさん。誘って頂いてなのですが、建前はさておき、なんでまた突然と?」

「いやーほら、今日はウチのファミリアが静かだから、ね」

 

 

 つまるところ、メレンに行っている女性陣の事を指しているのだろう。諸々の事情を知っているタカヒロとベルだが、それが口に出されることは無い。

 

 ツマミや酒が消えるペースに合わせて、話が進む。アイズ・リヴェリアそれぞれの進展具合をほじくりかえされ照れるベルと相変わらず冷静なタカヒロなど、会話は男4人らしいものと言えるだろう。

 

 しかしこれまでの本題ではないと判断したタカヒロは、酒がソコソコ進んだタイミングで「本題は何か」と問いを投げた。このようなシチュエーションを用意するならば、酒の力を借りようとしていたことを想定してのタイミングである。

 結果としては、それは正解だったようだ。今までとは明らかに表情を変えたフィンはエールのジョッキを机に置き、神妙な表情で口を開く。

 

 

「笑われるかもしれないけれど……僕は、“英雄”と呼ばれる存在になりたいと、夢見てるんだ」

 

 

 ある意味で、突然の告白だった。酔っ払っての発言かと一応は警戒してガレス、そしてフィンと順に横目見るタカヒロだが、相手の表情は真剣そのもので、酒の力を借りたかもしれないが酔っているとは言えないだろう。

 とはいえ、さして不思議なことではない。英雄録と呼ばれる物語が存在するように、そのようなことに憧れることは、誰もが通る道と言っても過言ではない内容だ。

 

 

 ……そんな心を抱いた男の年齢?女がいつでも少女なように、男の心というのは、いつだって子供なのです。

 

 

 それはさておき、視線をテーブルに落としたまま言葉を発するフィンの悩みは深刻なものらしい。先ほどまでの気軽さが欠片も見えないために、タカヒロもベルも口を挟めずにいた。

 

 曰く、己が英雄と呼ばれる答えとなるように、フィン・ディムナ自らが画策し、用意し続けた一本道を歩き続けてきたとのこと。昔、フィン・ディムナがロキ・ファミリアへ入る際に“条件”としたことの1つであり、あえて己の二つ名を“勇者”と固定することで退路を完全に断ち切った。

 それは今までも、そしてこれからも変わらない。一族の繁栄を夢見、その結末を作らんと期待を背負ったパルゥムは、例え如何なる困難が待ち受けようとも棘の道を歩み続ける。

 

 

「だから……僕がなれるとしたら、計画と結果の上に成り立つ人工の英雄だ。このままじゃ、本物には至れない」

 

 

 約1000年前、神代という時代を迎えた時。それまで小人族(パルゥム)が敬拝していた“とある女神”は、天界にすら居ないことが判明した。

 元々がパッとしない種族と言っては無礼極まりないが、常識のない物書きからは“ヒューマンの劣化”と言われてしまう程に不遇な種族。そして女神の一件以降、拠り所を失ったその種族は加速度的に落ちぶれることとなる。

 

 英雄と呼ばれる存在。己がそのような極地に辿り着いたならば、世界に散らばる同胞に希望を与えることができる。己が同胞の“誇り”になることができればと、フィンは今の今まで藻掻き続けてきた。

 危機が迫って助けを求める者が、二人いるとする。凡人はどちらも救えず、強者は片方しか救えない。しかし、そのどちらも救ってしまうのが英雄だ。

 

 

「それが、君だ」

 

 

 ここで初めて、フィンは対面に据わる漆黒の瞳を見据えて断言した。ベルとガレスの瞳もそちらに向けられるが、気持ちとしては今のフィンの言葉に同意している。

 

 タカヒロという青年が59階層で見せた偉業。アイズとリヴェリア、そしてロキ・ファミリアの全員すらも助けてしまった実績は、間違いなく英雄の名に相応しい。

 誰に言われずとも、策を要せずとも大業を成してしまう本物の英雄、真の英雄。それが、フィン・ディムナが抱くタカヒロへの評価である。

 

 

「タカヒロさんが持っている答えでいい、教えてくれないか。どのようにしたら、君のような、本物の英雄にたどり着けるのかを……」

 

 

 消え入りそうな声で口に出される様相は、答えを求めて彷徨う子供そのもの。姿かたちは確かにそうかもしれないが、そこには普段、団員を纏める司令塔の様相はどこにもない。

 相手のタカヒロは、腕を組んで視線を下げる。喉を潤すように一口だけエールに口を付けると、静かに口を開いた。

 

 

「……英雄、か」

 

 

 まず口に出されたのは、そんな一言。どこか哀愁漂う表情に対して疑問に思うベルながらも、今は師の回答を聞くべきだと口を挟まない。

 

 当の本人は、どう返したものかと悩んでいる。もとより英雄などという言葉については無頓着であるために、今ここにいる他の3人とは、考えていることが根底からして全く違うのだ。

 

 

「あの時、そして今。フィンは自分の事を、ロキ・ファミリアの英雄と口にしたな」

「うん、その通りだよ。その点については他の団員や、ガレスだって認めてる」

「ああ、そうじゃな」

「……そうか」

 

 

 そう言うと、タカヒロはエールに口をつけ喉を潤す。ゴクリと喉を流れる音が、個室に響いたような静けさに包まれていた。

 

 

「では、それと同じだ」

「えっ?」

「そもそもにおいて英雄とは、誰かが崇め讃えなければ生まれない。つまり英雄そのものが、結局は人工と呼ばれる産物に他ならない」

 

 

 予想もしていなかった回答に、目を見開く。全ての音が遠ざかり、あるのはただ、己を貫く漆黒の瞳が示す戦士の姿ただ1つ。

 己が焦がれた“真の英雄”という名の存在を、面と向かって否定された。しかしそれを口にしたのは己自身が“英雄”と認める人物であるだけに、フィンは何も言葉が生まれない。

 

 

「フィン、明確な目標を持っている事は分かった。だが君は、どのような行いを重ねることで、英雄になるつもりだ?」

「どのような……?」

 

 

 英雄と呼ばれる大業を成すには日々の積み重ねが重要など、何を今更と口に出かける。そうなりたいが為に教えを乞いた為の先ほどの言葉だったのだが、疑問がそれを上回って言葉にならなかった。

 ともあれ、何かしら理由がある為に青年が口にした言葉だろう。ポカンとした表情のまま、フィンは相手の言葉を待つこととなる。

 

 

「……やはりそうか。願望に対して、明確に“何をしたいか”という理由が伴っていない。これは最初の頃、ベル君も直面していた光景だ」

「うっ……」

 

 

 正解であるために苦笑するしかないベルだが、そんなこともあったなと思い出に耽っている。今となってはアイズの為に戦うという理由を抱いている少年は、静かに耳を傾けていた。

 数秒の沈黙ののちに、青年は1つの物語を口にする。趣味の悪い御伽話だと前置きして、とある物語を話し出した。

 

 

 ケアンと呼ばれる大陸に、人類の終焉をもたらすモンスター(イセリアル)が現れた。それを滅ぼそうとした勢力(クトーン信者)が暴走し、最も勢力が大きかった帝国すらも耐えきれずに、人類の文明は崩壊した。

 同時に秩序もまた崩壊することとなり、盗賊の類(クロンリー)サイコ野郎(ウォードン)までもが己の野望を果たすべく狼煙を上げる。凶暴化したモンスターとも合わさって、人類は存続の危機に陥った。

 

 それらに立ち向かうためには、人も物も不足しすぎていた。故に諦めの空気は十数年にわたって漂い続けたのだが、そこに一人の男が現れる。

 

 その者がやったことを口にするならば、単なる殺戮。単独勢力という驚愕すべき要素を前提として、人類を危機に陥れる敵勢力を片っ端から撲滅して回り、破滅の危機にあった世界を救ったのだ。

 結果として生き残った人間は、その人物を英雄と呼び讃えた。こうして概要程度を耳にしただけでもどれほどの苦境があったかは容易に想像ができるものであり、まさに英雄と呼んで差し支えのない偉業の数々と言って過言ではない。

 

 

 しかしフィンは、そこで先ほどの言葉が脳裏をよぎる。話を聞いて己が抱いた感情も同じことが言えるのだが、結局はその者のことを、周りが勝手に“英雄だ”と決めつけているだけに過ぎないのだ。

 当時において生き残った人々はもちろん、この場における自分自身。そして恐らくはガレスもベル・クラネルも、その者のことを英雄と思っていることだろう。世界を救ったという今の話を耳にすれば、その感想も仕方がない。

 

 

「……フィン。今の物語を聞いて、その者を英雄と思うか?」

「……ああ。まさに、大英雄と表して遜色のない人物だ」

 

 

 周りが決めているだけとて、己の答えも変わらない。そう言われると流石に少し照れくさいタカヒロだが、重要な点はそこではない。

 この物語には、重要なピースが欠けている。今となっては彼自身でも馬鹿馬鹿しい話だと思って軽く溜息を零し、とある事実を口にした。

 

 

「では1つ、とある事実を付け加えたならばどうだろうか。実の所その者は、自身が持ち得る装備を一層のこと強くするために敵を倒し、素材として使えるアイテムを集めていたに過ぎないのだよ」

「はっ?」

「えっ?」

「敵がドロップするアイテムを集めるために、人類の敵を倒して回り……結果として、世界を救ったという“だけ”の話だ」

「なんともまた……」

 

 

 あまりにも自己中心的で、英雄とは程遠い。そのように批判されても、仕方がない事だろう。

 だがしかし、先の偉業を成し遂げられる者が他に居るかとなれば、答えは限りなく否に近い。“結果として”、やはりその者は、英雄という着地点が相応しいと思えてしまう。

 

 そして、それほどまでの偉業を行った者が、己の偉業を否定するわけがないと言う者もいるだろう。事実フィンとて、最初は青年の言葉を耳にし疑問符しか芽生えなかった。

 しかし実際、装備の為に戦っていたために即刻否定する実例がソコに居るのだ。問われなければ口には出さないものの、神が心を見れば本当のことを口にして居るのだと分かる程、自分自身に正直でもある。

 

 

「英雄、勇者、あとは覇者や豪傑(ごうけつ)などか?与えられる称号に焦がれること自体に問題は無いが……他人からの視線に心を奪われたままでは、戦う理由を失うぞ」

 

 

 語り部の青年は、言葉を続ける。英雄録に出てくるような主人公は数多の困難へと立ち向かい克服することが多いと口にするが、その点は事実だろう。

 “英雄とは”ではなく、英雄と評価されるような物事を行うためには。根底として、先の物語に出てくる困難を乗り越える程の覚悟を持てなければ務まらないのだ。故に英雄録に出てくる主人公たちは、常に屈することなく困難へと立ち向かうのである。

 

 しかし英雄そのものになるために戦っていては、周囲の評価がそうでなかった場合に闘志という名の剣はポッキリと折れることだろう。故にタカヒロは、そのような道を推奨しない。

 タカヒロやベル・クラネルが抱いたような、“誰かの為の英雄”という存在ならば話は別だ。その者の役に立つ、その者を守るという明確な戦う理由がある以上は抱く心中の正義は生き続け、きっと最後まで戦い続けることが出来るだろう。

 

 

「己が用意した道の上でもいい、己ではなく誰かの為であってもいい。それが偽善だろうが構うものか。自分が常に行うのは、正しいと信じた心中の正義を掲げ、守り抜くこと。その結果が生き残った民草の為になった際に英雄と呼ばれ、逆ならば悪党となるだけだ」

 

 

 最後に、「難しく考えるな」と付け加える。青年が口にしたこの一文は、フィンやベルが焦がれてきた英雄の物語に共通する項目と言えるだろう。

 フィン・ディムナはロキ・ファミリアの団長であるために、己の考えを貫き通すことは難しいかもしれない。ともかく自分程度の考えが必要だと言うならそれが答えだと口にして、タカヒロはエールの入ったジョッキに手を伸ばした。

 

 

「……参ったな」

 

 

 青年に続くように、フィンもエールによって満たされたジョッキを大きく煽る。しばらくして置かれたジョッキは、コトリと軽い音を立てた。

 それ程までに単純なことだったのかと考えると、自然と肩が軽くなる。小さな身体から文字通りの大きな荷物を降ろすことができた今は、どんな夢に向かっても挑戦することができるだろう。

 

 

 血相を変えた一人の冒険者、ロキ・ファミリアの団員が飛び込んできたのは、そのタイミングであった。念のために行先を知らせていたフィンを追って、店へと駆け込んできた格好である。

 このような状況となった理由は、一人の団員によって“手紙”が届けられた為。押し付けるようにして差し出された手紙を受け取ったフィンは、少し乱暴に紙を広げて内容を目に通す。

 

 

「ロキからの手紙だ。内容は――――」

 

 

 受け取ったフィンが内容を読み上げると、そこに居た者が摂取していたアルコール成分は瞬く間に飛び去った。飛び出すように店を出て己のホームへと駆けだしており、フィンとガレスも団員に対応を命じると、急いで黄昏の館へと戻ることとなる。

 

 真偽も確かめず白髪の二人が真っ先に飛び出した理由は、ロキに酒を渡した結果よりも想像に容易い。つい数秒前まで仏頂面だった青年の目は見開いており、年相応にあどけなかった少年の様相もまた一変。

 思わずゾクリと寒気が背中を駆け抜けたほどに、二人が抱いていた意思は強く熱い。“英雄”と呼ぶに値する行動を引き起こす、白髪の二人が掲げる“戦う理由”を目の当たりにして、負けじとフィンは気を引き締めた。

 

 

 黄昏の館では残っていた者達が出撃用意を整えており、戻ってきたフィン・ガレスと入れ違いになるようにして出撃した。とはいえ二人の足ならば、やがて追いつくことができるだろう。

 向かう先は、メレンの港。戦闘が予測されることを見越して“天界のトリックスター”が放った矢は、今ここに動きを見せている。

 

 

「失せやがれ!!」

 

 

 オラリオ屈指の俊足を生かして先着したベートは主神ロキの周囲を薙ぎ払い、膠着状態が作られる。とはいえレベル2が10名程度では少しの時間稼ぎにしかならず、ロキは戦闘を終えたベートを連れて、とある方向へと駆けだした。

 

 

「ティオネとティオナが、カーリー・ファミリアの罠に嵌められてもうた。二人を助けるで、ベート」

「分かったが……ロキ、別方向に居るアイズ達はどうすんだ」

 

 

 真剣な表情で問いを投げるベートだが、視界に映る主神の口元は心配とは程遠い。表情を伏せつつ、ニヤリとつり上がっている。

 

 

「心配いらへん。ついさっきな、最強の騎士様が、お迎えに行ったんや」

 



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126話 おむかえ(1/2)

 月が雲に陰る、深夜と呼べる時間帯。突如として港町メレンの市街地に現れた多数の食人花(ヴィオラス)は、街の一部を破壊するなどして暴れている。

 何かを探しているようにも伺えるが、それがいつまで続くかは分からない。ターゲットが建物へと向いている以上、住民が逃げる時間を稼ぐことぐらいはできるだろう。

 

 木造の小屋なら吹き飛ばしてしまう力でもって全てを破壊し、住人を食い漁っても不思議ではない光景だ。もしもこのまま暴走を許せば、被害は凄まじい規模になるだろう。

 だからこそロキ・ファミリアは、入手できた武器でもって立ち向かう。短剣などの小さな武器ならば携帯していた者はいたのだが、アイズの長剣やリヴェリアの杖など、大きなものは持ち合わせていないタイミングでの交戦だった。

 

 

「リヴェリア様、レフィーヤ達は!」

「今は食人花(ヴィオラス)が優先だ、陣形を作れ!」

 

 

 この地に来ていたカーリー・ファミリアというアマゾネスしかいないファミリアに、ロキ・ファミリアのティオネ、ティオナ姉妹が連れ去られた。更にはレフィーヤも捕虜となっているらしく、悠長にしている時間は無いに等しい。

 その上さらに、愛用の武器が無いという状況は最悪だ。取りに帰っている暇もないために在り合わせの装備で対抗するが、杖を持たぬ魔導士の者は、本来の力の数パーセントすらも発揮できない。

 

 杖を持っていない上に、お得意の魔法は住民が逃げ惑う中では使えない。家屋だけならばまだしも、恩恵を持っていない一般人に被害が出たならば取り返しのつかないこととなるだろう。

 だからこそ、その辺に転がっていた剣を手に取ってアイズ・ヴァレンシュタインは駆け出した。かつての怪物祭を思い起こさせる光景だが、決定的に違うことが1つある。

 

 彼女が持ち得る、少年譲りとなる小手先の技術。当初から比べると文字通り雲泥の差となっているために、此度においては剣の消耗が非常に小さく抑えられている。

 それでいて、火力については誤差程度の低下量。故に防御に劣る食人花(ヴィオラス)相手ならば問題は無く、アイズを中心として、一行はその全てを排除した。

 

 

――――なんとか、耐えた。

 

 

 そう思ってホッとするアイズだが、何かがおかしい。食人花(ヴィオラス)以外にも何かいると、彼女の直感が告げている。

 

 

 その直感は、現実となって現れることとなる。それは前触れもなければ、ロキ・ファミリアにとって完全に予想外の出来事だった。

 カーリー・ファミリアと共に襲撃してきた存在、うち何名か混じっている見知った顔。特に後方に見えるアマゾネスのくせして丸い容姿は、鎧越しながらも、否が応でも誰か分かってしまう程のものがある。

 

 

 まさかと思うも、どう頑張っても援軍の気配には程遠い。オラリオにおいては東地区で娼婦を経営するアマゾネスを主体としたファミリア、イシュタル・ファミリアまでもが襲い掛かってきたのであった。

 その数もまた多く、状況はロキ・ファミリア側が10名ほどで相手は数倍。リヴェリア、そしてアイズとそれに付き添っていたロキ・ファミリアの冒険者達に、多数のアマゾネス達が襲い掛かったのだ。

 

 

「敵襲――――!!」

「後ろからも来てるよ!円形に展開、後衛を中央に!!」

 

 

 奇襲に対し、ロキ・ファミリアは急ぐも慌てることなく迅速に対応する。そのまま各所で一対多数をメインとした小競り合いが開始されるも、レベルで勝るロキ・ファミリア側が押されている。

 理由としては人数差もさることながら、突如として食人花(ヴィオラス)が現れたことによる対応を優先したためで、武器・防具の数々を準備する時間が皆無に近かったこと。住民の安全を最優先として行動したことによる弊害であり、仕方のないことと言えば、そのようになるだろう。

 

 もしくは、襲い掛かってきたアマゾネス達が狙って仕組んだことか。ともあれアイズ・ヴァレンシュタインに襲い掛かったアマゾネスは、少し――――いや、圧倒的に周りのアマゾネス達とは違っていた。

 基本的に水着レベルに露出度が高い戦闘衣(バトルクロス)を身に纏うアマゾネスに対し、その者はフルアーマー。そしてスレンダーな体型というセオリーに対し、ひたすらに丸い。鎧越しでも分かる程に肥えており、まさに“ヒキガエル”のような出で立ちだ。

 

 イシュタル・ファミリアの団長、名は“フリュネ・ジャミール”。アイズが名前を覚えている数少ない人物の一人――――と言うよりは、あまりにも特徴的すぎてアイズとて忘れられないだけかもしれない。

 夜ということもあって数秒間はモンスターと見間違えたアイズだが、それはかつて、何度か戦った相手でもある。体格を生かした、超が付くほどの前衛で、レベル5を誇るパワーファイターだ。

 

 ソレが対峙するは、アイズとリヴェリア。他のアマゾネスたちが二人以外のロキ・ファミリアの面々を抑えているのだが、それは作られた戦いであった。

 フリュネの目的は、その手でもってアイズを倒すこと。レベル5だというのに、理由は不明ながらもレベル6の己と同等の戦力を有していることに疑問を覚えたアイズだが、それを考察している時間がないことも明らかだ。

 

 

「アイズ、無理はするな」

「……うん。分かってる、リヴェリア」

 

 

 そんな疑問からくる僅かな焦りを消すかのように背中に届けられる、聞き慣れた玲瓏(れいろう)な声。心の底からアイズ・ヴァレンシュタインを心配する姿と気持ちは、目にせずともアイズの脳裏に浮かんでいる。

 庇うようにして前に立つ黄金の少女は、他ならぬ第二の母を守るために、例え刃零れた剣だとしても引く選択を選ばない。こちらもまた伝えなくとも分かってしまうからこそ、リヴェリアは輪をかけて心配の声を発するのだ。

 

 忘れかけていた母の温もりを与えてくれる、優しい声。そんな彼女に何度勇気づけられ自信を貰ったかは、とうにアイズの認識を超えている。

 

 母が娘を気に掛けて励ましている、と表現すれば、さして特別な関係とは言えないのかもしれない。一般的な家庭においては、当たり前と言えるコミュニケーション。

 しかし、だからこそ、アイズはリヴェリアの前でしか。そしてリヴェリアもまた、アイズの前でしか示さない表情を躊躇なく見せるのだ。他のロキ・ファミリアの団員では成し得ない“特別”だ。

 

 どちらかが欠けては成立しない、二人そろって成り立つ関係。だからこそ、互いに互いの無事を強く願う。

 人が死ぬことなど、オラリオにおいては日常茶飯事。それが冒険者であるならば猶更のことであり、例えここでアイズ達が死んだとしても、誰にも気づかれることは無いだろう。

 

 

 だからこそ、絶対に守り切る。口にこそ出さないが、リヴェリアを守るという心中の正義を掲げ、アイズはフリュネに対して向き直った。

 

 

 剣を正面に構え、対峙する。夜間だったことも手伝って、相手の異常に気付いたのは、そのタイミングであった。

 

――――光の、粒?

 

 丸い相手の全身から、微かに見える光の粒。何事かは全く分からないアイズだが、それに気を取られたことがよくなかった。

 

 

「アイズ、上だ!!」

「っ!?」

 

 

 リヴェリアの声が響くも、時すでに遅し。家屋の屋根の上にて、イシュタル・ファミリアが用意していた魔法を封じる呪詛(カース)が発動し、アイズはエアリエルの魔法を封じられてしまう。

 とはいえ、通常ならばリヴェリアを相手に使う呪詛(カース)の類だ。此度においては杖を持たないリヴェリアよりも、アイズのエアリエルを封印した方が勝率が上がると判断した為である。

 

 

「ゲゲゲゲゲ!成功したようだねええええ!!」

 

 

 レベル6と同等の能力を発揮するレベル5、光の粒、魔法を封じる呪詛(カース)。どこから出しているのだろうか汚い声も含めて情報量が多すぎて整理ができないアイズとリヴェリアだが、状況は止まらない。

 

 円形陣の外からは、白刃の鳴り響く音が木霊する。外に展開する仲間達が押され始めている一方、こちらの開戦も、そう遠くない未来となるだろう。

 力や速さなどの基本的な身体能力は、何故だか同等程度だと仮定する。ならば封じられた魔法を考慮すると、輪をかけて差は開き、よりアイズが劣勢になったことは明らかだ。

 

 

「今日こそぶっ潰してやるよ、剣姫(けんき)いいいいいい!!」

「来るぞアイズ、取り乱すな!」

「うん。大丈夫だよ、リヴェリア」

 

 

 心配から声を掛けたリヴェリアだが、予想に反して落ち着き払うアイズを目にして逆に困惑を覚えたほど。とはいえ、それにはれっきとした理由が有った。

 圧倒的に劣勢な状況だというのにアイズが取り乱さないのは、エアリエルを使ったところで手も足も出ない戦いを何度も知っている為だ。最近では「勝てないのは仕方ない」と割り切っている傾向がみられるのだが、最も正しい正解の一つだろう。

 

 そして、劣勢を覆す為に行う、血の滲む努力。彼女の目の前でそれを実践し、遥かなる高みに挑み続ける少年の姿を知っており、焦がれを現実とするために頑張る、ひたむきな姿勢に惚れているから。

 だからこそアイズは、この程度の劣勢でも挫けない。ベル・クラネルの横に並び共に歩むための試練の一つなのだと受け入れ、乗り越える気迫を抱いている。

 

 

「……ゲゲゲ。やる気は残っているようだねえ、剣姫(けんき)ぃ」

 

 

 その光景が、フリュネにとっては最も気に食わない光景の一つであった。圧倒的に有利な状況から舌なめずりでもって勝利する計画だったようだが、前提は気持ちいい程までに成功したというのに、開始する前から破綻しているために無理もない。先程の威勢も影を潜めている。

 とはいえアイズからすれば積極的に攻める理由がないこともあり、表情一つ変わらず動く気配が見られない。たまらず痺れを切らしたフリュネは、レンガの敷かれた地面にヒビを入れて突撃を敢行した。

 

 

 振り下ろされる双斧と、なまくらの剣が交差する。打ち合う度に火花が飛び散り地面が抉れる光景は、終わる様相を見せていない。

 

 互いの武器に差がある上に守るべき者がいるために、アイズは果敢に攻めきれない。円形に展開する布陣の中央、つまるところ己の後ろに気を配りつつ、相手の攻撃を防ぐことに集中する。暫くして後方が落ち着いた時、攻めに回る算段だ。

 そんな彼女の為にリヴェリアができることは、杖がない為に効果量としては弱いものの、対象の物理防御能力を上げる魔法を詠唱して援護することぐらいのものだ。それでも己に出来る仕事を遂行するために、こうして一歩前に足を踏み出し詠唱を続けている。

 

 もっとも、そのような援護があったところで双方が使用している武器防具の性能差は明白だ。基本として高レベルになればなる程に質の良い武器・防具を使用するために、その差は猶更のことに顕著となる。

 筋力任せに振われる双斧が相手となれば、輪をかけて分が悪い。数度目の攻防でアイズが持つ剣は折れてしまい、刃渡りは半分程度となってしまっている。

 

 

「ゲゲゲゲゲ、どっちも脆くて弱くて醜いねぇ。そんな詠唱で、何か戦況が変わるってのかい」

 

 

 煽りの一文に対し、リヴェリアは表情一つ変えずに応対する。アイズもまた剣を握る手に力を籠め、いつでも再び飛び出せる用意を行っており、最後の一撃が交わる時は近いだろう。

 そのアマゾネス達の仕事は、ここにいるロキ・ファミリアの幹部を道の先、港側で待っている主神イシュタルのもとへと連れていくこと。実の所フレイヤ・ファミリアを打ち取るべく裏で動いているイシュタルなのだが、前哨戦と言わんばかりにロキ・ファミリアの数名を始末する算段だ。

 

 

 

 ここで何かを察したリヴェリアが、相手の問いに答えるようだ。珍しい対応に何事かと反応するアイズは、少し前にやってしまって失敗した“戦いの最中において相手の動きから目を離さない”よう気を配りつつ、リヴェリアの声に耳を傾けている。

 

 

「……私は今、信じていることが二つある。一つは、戦いとなれば、アイズがお前に勝つという事だ」

「……チッ。王族(ハイエルフ)だか何だか知らないけど、負け際に往生がなってないねぇ。」

 

 

 イシュタル・ファミリアが作り上げた光景は、圧倒的に有利なモノ。ダンジョンのイレギュラーに匹敵する余程の事が起こらなければ負けることなど在り得ないのだが、それでも相手に怯む様相は見られない。

 そんな光景を目にして余裕が生まれたのだろうか、はたまた煽りに反応しない光景が気にくわなかったのか。当該のアマゾネスは、最も口に出してはならないことを言い放ってしまう。

 

 

 

 

「だったら強くて硬くて美しいアタイが、その顔をギッタギタに刻んで――――」

 

「――――そして、アイツが来てくれるという事もな」

 

 

 

 “お前”から更に砕け、“アイツ”呼びになっていることに気付いていないリヴェリア(lol-elf)。展開した魔法によって最も望んだ者の気配を察知して、内心では、14才辺りのリヴェリアが笑顔で満開の花畑を駆け巡っていることだろう。

 

 

 

 一方で。対峙するアマゾネスの集団に突き付けられたのは、そんな微笑ましい光景とは正反対。

 

 

 

 自身が(ゆう)する血の気の一切が消え去り、低下する体温と共に、ゾクリと表現できる感覚が頭の天辺から足の爪先までを駆け抜ける。ロキ・ファミリアと敵対した全員の背後から死神の鎌が首に添えられたのは、まさに一連の言葉が口に出された瞬間であった。

 

 

 ガチャリという文字で表現できる重い鎧の鳴る音が、闇の奥より現れる。あれ程までに斬撃音や雄叫びで緊迫していた空間からは一瞬にして全ての音が消え去っており、否が応でも金属音が各々の耳に届いていた。

 もっとも、“首に添えられた死神の鎌”とは比喩表現。それが見えてしまう程に強烈な殺気を浴びせられた為であり、それはかつて神々さえも逃れることができなかった“死そのもの”。全身に芽生え突き付けられた恐怖を振り払うことができれば、さして問題はないだろう。

 

 

 僅かにもできぬからこそ、敵対したアマゾネスの全員は身動き1つとれはしない。それがカーリー・ファミリアと呼ばれるアマゾネスしか生まれない国の出身であり、その身1つでモンスターや同胞と戦い続けて幾度の死線を潜りぬけてきた存在であるからこそ、絶対的な死を前にして一層のこと強く反応を見せてしまう。

 

 

 数秒後。陸地側の奥より、一人の姿が闇から浮かぶようにして現れたのは。重く据わった声が場を貫いたのは、そのタイミングであった。

 

 

 

「――――リヴェリアに、何をすると、口にした?」

 




勝ち確と知ってポンコツ化するlolエルフさん()

■乗っ取られ語録(ちょっと使い方が違います)
・味方「よう“乗っ取られ”!」
⇒私のことを何と呼んだ?


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127話 おむかえ(2/2)

 とある丸いアマゾネスが言葉を口にした直後、数秒後に陸地側の奥より歩いて現れた一人の姿。フェイスシールドを含めた白いプレートメイルのフルアーマーゆえに種族も性別はもとより表情も分からず、未だかつて誰も目にしたことがない存在は、突然と現れたことも含めて正に謎だらけの様相だ。

 

 

 なんだアレはと、アマゾネス全員の目が見開き片時も視線を外せず、全身から溢れ出る冷や汗は収まる気配が全くない。相手の気配をスキルとして示すならば、“静かなる咆哮(サイレント・ハウル)”とでも言ったところが妥当だろう。

 オラリオ生粋の強者であるレベル6の剣姫(けんき)が比較にすらならない程の対象は、強い者に惚れる習性のあるアマゾネスという種族ですらも手に余る。あそこまで飛びぬけたとなれば話は別で、恐怖以外の感情が全くもって浮かばないのだ。

 

 此度は味方ではない故に、浮かぶ恐怖の強さは猶更の事。アレを越えることができなければ、自分達が目標とした誰一人に対しても傷を負わせることはできないだろう。

 実のところフレイヤ・ファミリアへと挑む前哨戦として、呪詛(カース)のテスト運用も含めて、オラリオの外に出ていたロキ・ファミリアの女性陣を仕留める算段でいたイシュタル・ファミリア。もちろん事前の情報収集などロクにできるはずもなく、よりにもよって最悪のカード(ジョーカー)を引き当ててしまった状況だ。

 

 

 アマゾネス達の震える手から握力が抜け、足腰は立つことで精一杯。失った握力から次々と武器が零れ落ち甲高い音を響かせる光景は、まさに絶望の二文字で表すのが相応しい。

 

 

 突如として現れた存在は、ヘスティア・ファミリアに所属する自称“一般人”。ロキとの約束があるので普段の鎧姿を晒す訳にはいかないために、此度においては“幻影”を使って見た目を完全に変えてしまっている。普段とは真逆なシンプルで真っ白なフルプレートのアーマーと二本の長剣を携えた外観であり、冒険者と呼ばれる存在は、滅多に装備を更新しないことを利用した撹乱方法だ。

 

 しかしながら、場に響く据わった声は不変そのもの。その者の声が近くにあるというだけで二人の心には安堵の空間が広がり、不利な状況下で芽生えてしまった不安や恐怖など僅かにも残らない。

 事実アイズは、無意識のうちにタカヒロの横まで後退している。タカヒロはアイズが横に来たタイミングで二人に対し、静かに、そして先ほどの威圧は無かったかのような穏やかな口調で声を掛けた。

 

 

「あのように呼ばれたからには、自分も釘は刺しておこう。妻子(さいし)揃って夜遊びと火遊びに(ふけ)るとは、あまり褒められたモノではないな」

 

 

 いつかのベートの時と同じく、言葉だけならば青年とて我慢していた事だろう。しかし当然、相手が得物を振りかざし攻撃を宣言しているならば、話は全くの別である。

 

 それにしてもこの男、一昨日に言われたアイズの言葉に対する手拍子のごとく“妻子”と口にしたが意味を分かって言っているのだろうか。もっとも聞き手の誰一人としてそこまで意識が回っておらず、故に発言はスルーされる。

 意味が分かっているかどうかの答えは、どちらかといえば否と断定しても良いだろう。今男の目の前にある惨状は、有象無象のアマゾネスがリヴェリア・リヨス・アールヴに危害を加えようとしていた状況に他ならない為に考えが回っていない。

 

 

「リヴェリア……怒、られる」

「ふふ、そうだな。私たちは、叱られるというワケか」

「なに、そう無粋な真似をするつもりはない」

 

 

 はたして、どのように解決する気か。場の空気に呑まれていないアイズとリヴェリアだけがそのように考えることができたのだが、そこの青年が決めた選択は単純だ。

 

 

「――――自分もまた、貴様等が招いた火遊びに耽るとしよう。よもや文句はあるまいな、アマゾネス共」

 

 

 発せられる声は叫ぶようなことはせず、未だかつて誰も聞いたこともない威圧の籠った声が場を貫く。再び現れ輪をかけて強くなったこの世のものとは思えない程の強烈な怒り(オレロンの激怒)に対しゾクリと背中が震え目を見開いたのは、仲間であるはずのアリシア達ですら同様だ。

 

 

「っ!?」

「あれは……!?」

 

 

 アマゾネスの驚愕と同時に、突如として青年の斜め真後ろに出現する2つの姿。明らかにこの世に生を受けている者ではないゴツゴツとしたフルアーマーの騎士に対し、全員が警戒心を抱いてしまうのは仕方のない状況と言えるだろう。

 見た目はオレンジに近い赤色であり、夜間だというのに淡く光を発しており、その全身が同じ色で染まっているように見て取れる。そして単に赤いだけではなく、具体的に言えば“半透明”。

 

 身の丈2メートルを少し超えた程の赤い騎士が、リヴェリアの前に立つ男のすぐ後ろに二名。何もない空間から突如として出現したかのように見えたソレは身の丈に迫る巨大な両手斧を手に構え、微動だにすることなく勅命を待つ。

 

 もっとも、警戒心が芽生えた理由は別の一件が大半を占める。相手が加減をしていない上に、此処に居る者ともなれば、ある程度は分かってしまう“相手のレベル”によるものだ。

 今回の場合は、半透明な2人の騎士のレベルである。あくまでも推察だが、フレイヤ・ファミリア所属でありオラリオ最強の“冒険者”、猛者オッタルと同じ“レベル8”、その後半。

 

 

 

 いや、それは現実を拒否してしまったが故の妥協した答え。各々の目が腐っていなければ、アレは間違いなく、レベル9すらをも超えている。

 

 

 

 アクティブスキル名を、“サモン ガーディアン・オブ エンピリオン”。召喚された二体の騎士は原初の光である神エンピリオン直属のガーディアンであり、敵の間を駆け抜けて引き裂き天の審判を下す存在。そして同時に、青年の忠実な(しもべ)である。

 相手の“物理・火炎耐性”を下げるデバフを纏ったオーラは、まさに陽炎の如き様相。パッシブスキルとなる“セレスチャル プレゼンス”で強化された不死のガーディアンは、目にするだけで圧倒される気配を醸し出している。

 

 かつて穢れた精霊を相手にしても召喚されなかった、物理報復ウォーロードの運用に欠かせないガーディアン。つまるところ此度においては全くの加減無しであることを示しており、文字通り、全力で相手を殺す覚悟を抱いているのだ。 

 対象が人であろうとも、それこそ神であろうとも関係ない。二度と彼女に対して手を出さないことを今ここで誓わねば、アマゾネス達の迎える運命は明白と言って良いだろう。

 

 

「遊びじゃ、ないよ……」

 

 

 なお、そんな状況においてもアイズ・ヴァレンシュタインは平常運転。折れた剣を構えるアイズは、これが遊びでないことをシッカリとアピール中。

 

 その実、自分の名前を呼んでくれなかった事に対して少しだけプンスカなところが現れているのだが、そこは寛大な心で許してあげるべきだろう。ここで彼女が露骨な嫉妬を見せると、そこのハイエルフ(lol-elf)へと嫉妬が伝染するために悪循環である。

 もっともタカヒロとてアイズが遊んでいないことは分かっており、直後、リヴェリアの口からレフィーヤが捕らわれていることが伝えられる。今まさに助けに行こうとしていたところで、足止めを食らっている状況だ。

 

 

「アイズさん、これを!」

 

 

 直後、少し奥の屋根の上から声と共に投げられる一振りの剣。正確な地点が分からなかったために別方向へと向かっていたベルが、放たれた殺気に気づいて合流したというワケだ。

 基本的に優しい師をプッツンさせたのはどこの阿呆だと内心で呆れ思っているのだが、例え軽口だろうとも口に出せそうな雰囲気ではない。とはいえベルが知る中で最も頼りになる一番ヤベー奴が“げきおこ”な状態であるために、逆に危機感も薄まってしまっているらしい。

 

 

 投げ渡されたのは、いつもの剣である“デスペレート”。ロキ・ファミリアが拠点としていた宿から持ち出され、ベルに預けられた彼女専用の一振り。これがあれば、彼女とて丸いアマゾネスに引けを取ることはなかっただろう。

 

 

「行ってこい。ベル君は、アイズ君の援護に徹して立ち回るように」

「はい!」

「うん……皆を、リヴェリアを、お願い」

 

 

 闇へと駆け出す二人の姿だが、追える敵は一人足りとて存在しない。今あの白いアーマーに背中を向けることがあれば、文字通りの即死の結末となることは想像に容易いものがある。

 揃いも揃って腰が引けた様相を隠しきれないながらも、かと言って逃げることは叶わない。一番最初に恐怖に負けてしまったのは、その場において最もレベルが高く、先ほどリヴェリアを貶した丸いアマゾネスであった。

 

 

「あ、アタイを倒すう?グゲゲゲゲ、面白い冗談じゃないの!お、お前にお似合いの場所は救出劇をやるステージの上じゃないよ、ドブん中さ!!」

 

 

 抱く恐怖を振り払うかのごとく、双斧を振り回し目の前の全てを破壊する巨漢の突進。別に「倒す」とは誰一人として言っていないのだが、場の雰囲気から発言が捏造されてしまっている。

 

 そして、彼女は最も重要なことを知らずにいる。その男がリヴェリア・リヨス・アールヴの為に戦うという心中の正義を掲げる時、バトルフィールドがステージの上だろうとドブの中だろうとも、まったくもって関係ないのだ。

 

 

「それでいい、死ね(攻撃)」

 

 

 重量と手数に任せた攻撃に対し繰り出されたのは、只の一撃。捏造された言葉と共に突撃を見せた相手に対して、まるで“ビリヤードやろうぜ、お前ボールな”と言わんばかりの突進術が真正面より放たれた。

 初速から目にもとまらぬ速さを誇る突進型のアクティブスキル“ブリッツ”によって吹き飛ばされ、当該のアマゾネスは亜音速で海の向こうまで空中を水平移動。砕け散る鎧を巻き散らしながら瞬く間に視界から消えており、たった一撃で初回の戦闘は終了した。

 

 報復ウォーロード基準において威力的には非常に弱い“ブリッツ”が選択された理由は、ブリッツは相手の“防御能力”を下げる効果を有している為。手加減なしであったが故に、神を相手した時に放つスキルコンボの一撃目だったというわけだ。

 とはいえブリッツの一撃でもって骨のいくらかは折れており、海中に落ちたならば生死は不明。手から零れ落ちた双斧が地面とぶつかり金属音を木霊させ、戦いを終える合図となった。

 

 吹き飛んで行った存在はレベル5、実は特殊なスキルを付与されてレベル6と同等になっていた、オラリオにおいても間違いのない強者の部類。それをたった一撃で片付ける光景を目にして、残りのアマゾネス達もまた死の恐怖に震え続ける。

 

 

「なっ!?」

「光の、柱……!?」

 

 

 それでもって、今回は思わぬオマケ付き。蛙女(ヒキガエル)が相手のゴールにシュートされた方向の延長線において、神が死亡した時に見られる光の柱が発現したのだ。

 同時に、場に居るイシュタル・ファミリアの面々は動揺を隠せない。たった今の時において、己が受けていた“神の恩恵”が綺麗サッパリ消え去ってしまったのだ。

 

 つまり今の光は、女神イシュタルの死を意味する。暗殺されたのかと疑う者が多数ながら、残念ながら、そのような綺麗な死に方ではないのが現状だ。

 

 

 もうお分かりだろう。そこの青年が吹き飛ばした蛙女(ヒキガエル)が、亜音速を維持したまま己の主神に直撃するという交通事故が発生していたのだ。フレンドリーファイアの結果に終わるとは、双方共に、きっと日頃の行いが悪かったのだろう。

 砲弾が持ち得る質量と速度はバッチリで、その丸い身体に秘める運動エネルギー量は計り知れない。神とは一般人程度の身体能力であるがために、重量物が亜音速で直撃した衝撃に耐えることができなかったのである。

 

 そんな末代にまで笑われそうな死に方となってしまった女神はさておき、もしもリヴェリアが直接斬りかかられていたら微塵の容赦もない対応であったと付け加えておく。ならば辺り一帯は血の海と化しており、どちらにせよイシュタル・ファミリアはここに壊滅していたことは間違いない。

 “装備やドロップアイテムが欲しいだけであって、決して殺したいわけではない”。それとは結果が少し異なるが、リヴェリアを守りたいだけであって相手を殺したいわけではないタカヒロからすれば、手加減するしかない有象無象の群れなど一番の面倒と言えるだろう。

 

 

 

 決して、“目の前のアマゾネスたちがロクな武具を持っていない”ことが要因ではないはずだ。今のタカヒロが持ち得る戦う理由の比率は、時が経つごとに変わっている。

 

 

「……腰抜け共が。目障りだ、露払え」

 

 

 故に、ガーディアンに下される勅命は1つである。追われ蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うアマゾネスは、まるで統率が取れていない。

 それでもイシュタル・ファミリアは全員がその場から逃げ出しており、数秒遅れでカーリー・ファミリアもまた続いていた。戻ってきたガーディアンを送還したタイミングで、タカヒロの背中にリヴェリアが声を掛ける。

 

 

「ありがとう、本当に助かった。だが港の方面において、ティオネがカーリー・ファミリアに攫われている。奪還に、協力してくれないか」

「当然だ。望むように動け、“迎え”は任せろ」

 

 

 背中を向けたままながらも、長い耳に届くのは、頼もしい据わった言葉。数秒だけ表情が緩んだリヴェリアは引き締め直し、部隊を引き連れて駆け出した。

 

 

「敵襲正面、食人花(ヴィオラス)が3体です!」

 

 

 アリシアの報告通り、行く手を遮るように、食人花(ヴィオラス)が出現し襲い掛かる。誰が狙いということはないのだが、とりあえず先頭を走る白いアーマーの人物が最もターゲットにされていることは明らかだ。

 それは、部隊の全員とて気付いている。だからこそ何故タカヒロが迎撃の姿勢を取らないのかと全員が不思議がり、迫る食人花(ヴィオラス)を目前にして焦りが見える。

 

 

 例外としては、ただ一人。タカヒロという人物を最もよく知るリヴェリア・リヨス・アールヴは――――と言うよりは、コッソリと教えてもらって「私だけが知っている秘密だ」と一人満足(ポンコツ)している彼女しか知らないのだが、不敵な笑みを微かに浮かべて、数秒後の光景を脳裏に描く。

 

 

 大半のモンスターや冒険者にとっては“攻撃をすれば問答無用で反撃ダメージを受ける”という、初見殺しの強力なトラップ。元より“報復ウォーロード”という呼び名は、そのように特殊で更にはカドモス君すらも一撃で消し飛ばす程に強力なダメージソース故に付与されたものだ。

 

 もたらされる結末は、青年を攻撃したはずの食人花(ヴィオラス)が消し飛ぶこと。威力を調節できる“報復という呼び名の能力”は初めて耳にしたリヴェリアだが、受けた説明を当てはめるならば、今までの事象にも説明がつくというものだ。

 事実、装備を変えれば下方向には威力調整が可能であるために間違いではない。とはいえ事情を知らない者からすれば、奇怪な現象であることに変わりは無いだろう。

 

 青年が先ほど口にした“迎え”とは、つまるところ迎撃のこと。天に高く(そび)えるメンヒルは、如何なる状況だろうとも、リヴェリア・リヨス・アールヴに降りかかる火の粉の一切を許さない。

 

 

「うそっ!?」

食人花(ヴィオラス)が消し飛んだ……!?」

 

 

 結果としてリヴェリアの予想通り、青年を攻撃した直後、食人花(ヴィオラス)は雄たけびを上げる間もなく爆発四散。根元から木っ端微塵になって破片が飛び散るも、そこはガーディアンが斧の一振りでもって、降り注ぐ破片を吹き飛ばす。

 そして攻撃を受けた筈の青年は、僅かにブレることなくリヴェリアが望む目的地へと駆け進む。誰一人として名を呼ぶことはないものの、白いフルアーマーの中身が誰か分かっている点についてはご愛敬だ。

 

 

「――――()け」

 

 

 続けざまに左翼側の少し離れた位置から出現する食人花(ヴィオラス)に対して、勅命を受けた、もう片方のガーディアンが瞬くよりも速い速度で駆け出した。ガーディアンに報復ダメージの能力はないものの、迎える結末は明白と言って良いだろう。

 そもそもにおいて食人花(ヴィオラス)は斬撃を含めた刺突ダメージに弱く、邪な者を払うガーディアンが相手となれば様々な意味で天敵だ。こちらも只の一撃でもって食人花(ヴィオラス)を両断し、近づけることを許さない。

 

 ロキ・ファミリアの冒険者達の前で行われる、圧倒的な蹂躙。食人花(ヴィオラス)の攻撃は全てにおいて僅かにも効果はなく、集団の疾走を一秒たりとも止められない。

 結果として最初に別地点から駆け出していたフィンに追いつく事態が発生しているも、フィンは先頭の一名を目にして「ああ……」と様々な意味で納得した様相。察しが良い為に名前を呼ぶことはしていないが、あれほどまでの真剣な雰囲気に対して言葉をかけることが出来ないというのもまた真相だ。

 

 

 タカヒロの護衛の下でリヴェリアとフィンはティオネの問題を片付けており、交戦となったものの無事に終息。ベルとアイズはガレスと合流して無事にレフィーヤの救出を終え、そのままティオナのもとへと辿り着いたらしい。

 多少の怪我こそあれど、ロキ・ファミリアにおいては死傷者無し。イシュタルが謎の死を遂げたという疑問が残ったものの、ここに、オラリオ郊外で起こった騒動は決着した。

 

 

 

 

 

 ――――かと思われたのだが、どうやら終わりとはならない模様。問題は翌日もまた続き、先日とは違った競技での延長戦となっている。

 

 

「クラネル様ー!」

「ベル様、お待ちになってー!」

「モフモフさせてー!」

「助けてええええええ!!」

 

 

 情けない声を上げながら路上を疾走するベル・クラネルと、テラス席に腰かけつつそんな光景を目にして両頬を膨らませるアイズ・ヴァレンシュタイン。物言いたげな金色(こんじき)の瞳に対して助けを求めるベルながらも、彼女はプイッと明後日の方向に顔を向けてしまっている。

 このような状況となった原因はベルにあり、レフィーヤ救出の際に複数のアマゾネスと交戦して即座に叩き伏せていたためだ。レベル4になった有名人でもあるために、複数のアマゾネスから追いかけられているのである。

 

 同様の現象はガレス達にも及んでおり、逃げ切れなかったロキ・ファミリアの男たちが追いかけられている状況だ。そこかしこで、文字通りの“鬼ごっこ”が開始されている。

 

 なお、もちろん例外も存在する。各々の武器を配るために逃げ回っていたラウルと、フルアーマーゆえに姿を見せていなかったためスルーされているタカヒロの2名だ。

 前者は別のテラス席で項垂れつつ、メンタル的に死亡中。後者は拗ねるアイズを正面に、隣に居るリヴェリアと騒動を眺めながら紅茶に舌鼓を打つ優雅さを見せている。

 

 前者とは違って、後者は鬼ごっこを望んでいない。そのために騒動が収まるのを眺めつつ、港町に響き渡る弟子の悲鳴に耳を傾けるのであった。

 




尺の都合で本作で春姫は出せませんが、ここでイシュタルが退場したので生存ルートです。タケミカヅチ・ファミリアに保護されたと思ってください。

え、()殺し?事故ですよ事故()


そして蛇足ですが、あの時ナイフか装備を盗っていたら、リリルカがこうなっていました。
次話、少し遅くなると思います。

■乗っ取られ語録
・敵ボス「お前の居場所はドブん中だけよ!」
⇒それでいい、死ね(攻撃)


■アクティブスキル:サモン ガーディアン オブ エンピリオン(レベル4)
・敵の間を駆け抜け引裂き天の審判を下す、エンピリオンの忠実なるしもべを呼び出す。
112 エナジーコスト
5秒 スキルリチャージ
2 召喚上限
・エンピリオンのしもべ 属性 :不死
500 エナジー
・エンピリオンのしもべ 能力 :エンピリオンズ クリーブ
180度 の最大攻撃角度
5 最大標的数
47-87 物理ダメージ
45 火炎ダメージ
135燃焼ダメージ/3s
 +■付属パッシブスキル:セレスチャル プレゼンツ(レベル16)
  ・ガーディアンの存在そのものが、異教の敵の魂を焦がす。
4.2m 標的エリア
+168火炎ダメージ
-34% 物理耐性
-34% 火炎耐性
-34% 出血耐性

装備キチと比べるとガーディアンの火力は“気持ち程度”ですが、オラリオ(ノーマル環境)基準だとソコソコの威力を持っています。
(レベルは10という裏設定。単純に本体+パッシブを2で割りました。)


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128話 奴を知ると胃が動く

突発的に作成した一話、タイトルが思いつきませんでした。
ほのぼの(主人公基準)後日談パート


 

 時は、ベル・クラネルがアマゾネス達と鬼ごっこを始めた頃。 オラリオにある、とある地下室。

 屋内用の魔石灯の光が6畳程度の石造りの床と壁に無秩序に反射し、不規則な影を作り出している。部屋の中心部には、4人掛けには少し小さい丸い木製テーブルがあるのだが――――

 

 

「クソッ、イシュタルめ!」

 

 

 ガシャンと、床に叩きつけられたワインボトルの割れる甲高い音が狭い部屋に響く。あっという間に漂う葡萄の香りが部屋を満たし、続いて気化したアルコール独特の匂いが鼻を突いた。

 気化したアルコールが、魔石灯の灯りに陽炎を作っている。それが消える頃、メレンの地で起こった内容を報告していた者が持つ、艶のある長い黒髪が照らされ濡れていた。

 

 

「……で。そのイシュタルを倒した者、誰だか情報は掴めているのか」

「……いえ、ディオニュソス様。ロキ・ファミリアの周囲に、該当する装備を身に纏う者は居りません。月明り少ない闇夜でしたので、白、もしくは銀の重装鎧とだけ」

「そんな物が何の情報になると言う!!」

 

 

 ――――また、そのような態度をなさる。

 

 そのように内心思いながら、黒髪を持つエルフは長い睫毛を伏せた。強い言葉と共に机に叩きつけられた拳の音が、彼女の耳に強く残る。

 

 ここ最近において続いている、主神ディオニュソスの葛藤。彼女が直接的に殴られるなどの損害こそないのだが、自分勝手な暴力は、女性の目には最も酷く映るものと言えるだろう。

 普通に考えれば、あの“作り出した”状況からイシュタル・ファミリアが敗れる理由などなかった。食人花(ヴィオラス)も使ってオラリオに混乱をもたらしたならば、フレイヤ・ファミリアだって追い詰めることもできただろう。

 

 モンスターの騒動を筆頭に何か問題が起これば、オラリオのギルドは冒険者を派遣する。その際にファミリアに対してギルドから“強制ミッション”が課せられるのだが、過去に行われた大半がモンスターの討伐だ。

 とはいえ、おいそれと派遣することもまた叶わない。別の国が相手ならば国際問題となる上に、それが第一級冒険者ならば、オラリオに残る戦力に大きな穴が開くことになるからだ。

 

 

 だからこそ、オラリオの滅亡を目論む神。表では紳士的に振舞っているこのディオニュソスは、今のオラリオが抱えているその問題を利用して害をもたらすべく企んでいる。

 

 

 ところが、現状はどうだ。イシュタルがフレイヤを目の敵にしており近く挑むことも聞いていたが、よもや前哨戦のロキ・ファミリアで完全敗北などと全く想定にしていない。

 少なくともイシュタルが天に送還されるなど、イレギュラーの中のイレギュラー。彼らにとっての資金源であった存在が消え去った為に、計画は頓挫(とんざ)したと言っても過言ではない。

 

 ディオニュソスが見せる先の態度は、黒髪を持つエルフに対する八つ当たりだ。酷くいら立ちを生む状況であるために、口調も態度も表情も、上辺(うわべ)というメッキが剥がれかかっている。

 

 

 興奮して息を荒立てるディオニュソス、そして見つめる彼女も己の行いを分かっていながら。尽くす為に努力をしてもこのように向けられる態度を、甘んじて受けている。

 

 

 例え己の辿り着く先が、オラリオにとって“悪”であり。この身この名が、未来永劫に絶対悪と呼ばれ続けると知っていても。彼女は、歩みを止めることなど選ばない。

 

 

――――それでも。私は、ディオニュソス様の為に。

 

 

 フレイヤ・ファミリアの猛者と同じく、心の底から主神を想うからこその戦う理由。過去に絶望へと堕ちた時に優しい言葉を貰い、心を救ってくれた主神の想いに報いる為に。

 

 

====

 

 

 時を同じ頃。オラリオにある冒険者ギルドの地下に、一つの黒い影が立体となって姿を現した。

 

 名をフェルズ、ギルドの影で動く暗躍者――――と書けば見栄えは良いが、要は単なる苦労人。とはいえ悪事の類を働いているワケではなく、ウラノスも命じたことはない。

 抱える仕事の全ては、オラリオに降りかかる害悪に対する調査や対応である。どうやら此度は、諸事情でオラリオの外へと出ていたようだ。

 

 

「ウラノス、今戻った。ベル・クラネルの一件、処理は終わったのか?」

「うむ、遅滞ない」

 

 

 帰還報告も簡易に終えたフェルズだが、どうやらベルについて何か問題があったらしい。そちらはウラノスが対応していたらしいのだが、こちらについては問題なく解決したとの回答を示している。

 

 

「ベル・クラネルがオラリオの外から戻ってきた一件について、正式な記録が回る前に処理を行った」

 

 

 オラリオにおいて“冒険者が”街の向こう、具体的に言えば街を覆う壁の外に出る際には、事前にギルドへの申請が必要になる。全員の出国がNGと判断されて女性陣だけでメレンへと向かったのが、先のロキ・ファミリアというわけだ。

 故に書類としては簡易なものの、出るときと戻った時に、門のところに居るギルド職員に提出する義務がある。ちなみに門の所に居るガネーシャ・ファミリアは門番や検閲の立場にあり、書類面はギルドが担当しているという住み分けだ。

 

 となれば何故、ベルがメレンから戻ってきた記録が消されたか。もちろん根底には、のっぴきならない理由がある。

 アイズが危険という手紙を受けて酒場から飛び出したベル・クラネル。武器を取りに帰ったついでにローブで姿を隠していたとはいえ、まさかの関所破りを敢行していたという訳だ。

 

 

「――――と、いう事に、なっている」

 

 

 相変わらず椅子に腰かけたまま、ウラノスは表情一つ変えずに淡々と口にする。年季の入った低い声と合わせて、この神が持ち得る外観的な特徴と言えるだろう。

 しかし直後、隠せない溜息が漏れている。レア度で行けば年に一度あるかないかというレアさの溜息は、昨日今日だけで既に3回目となる代物だ。

 

 

 そう。このような処置となった理由は、更なる事実を隠すため。

 

 

 実のところ関所破りの実行犯は、どこぞの“自称一般人”。ベル・クラネルは後ろを走っていただけであり、通過したに過ぎないのが真相だ。スキルを使って強行突破した訳ではないために、被害で言えば多少の混乱が生じた程度に収まっている。

 それでも無断外出と似たような処罰はある上にベル本人が有名人である為に、そちらに民の関心が向かぬよう、念を入れての処理が行われているという訳だ。人一人がオラリオの外から戻ってきたデータを握り潰すだけであるために、さして苦労の掛からない点が幸いだろう。蛇足だが、以前にアイナのもとへと行ったリヴェリアも、ちゃんと書類は提出している。

 

 

「……なるほど、二重秘匿というわけか。では、私が目にしてきた点を話すとしよう」

 

 

 続いてはフェルズが報告する番であり、ギルドのメレン支部に居た支部長、リヴェリアが接触した人物が、食人花(ヴィオラス)の密輸に関わって私腹を肥やしていたという事実。実質的に闇派閥と関わっていた者がいたという、ギルドの汚点となるだろう。

 これを受けて現在においては、内通者を含む不審人物の洗い出しを支部単位に広げているという事だ。もちろん極秘裏に行われていることであり、本当に信用できる人物しか動いていないらしい。

 

 

「そして、例の彼……纏めるならば、やはり圧倒的な強さだった」

「メレンに集っていたイシュタル・ファミリアですら、相手にならぬか。戦いにおいては、やはり強いのだな」

 

 

 アレを戦いと呼んでいいのかと考え溜息を零すフェルズだが、内容を知れば無理もない。18階層における実戦を目にして、“嘘ではない”とウラノスが口にした“黒竜モドキのソロ討伐”。

 それらを知っているからこそ溜息で済んでいるのだが、よもやレベル5を一撃などと、一体どれほどのレベルで成し遂げられると言うのだろうか。蛇足になるがウラノスとフェルズは、まさかレベル100とは夢にも思わない。

 

 そして続けざまにフェルズの口から出される、召喚されたガーディアン。目にしたフェルズは“定命の者”ではないことを一発で見抜いていたのだが、だからこそ思い返すたびに冷や汗が流れる程だ。

 精霊という存在は何度か見てきたフェルズでさえ、どのカテゴリーに分類して良いか分からない存在。しいて言うならば“神”に近いのだが、それを召喚できるなどという行いは、持ち得る常識を超えてしまっているのだ。

 

 

「巨大な斧を構えた……朱色に近い赤……半透明の、騎士?」

「何か知らないか、ウラノス。騎士というよりは、雰囲気としては“番人”と言った方が正しいかもしれない」

「そう言われてもな、そのような“番人”など(ガーディあっ)……」

 

 

 オラリオという街を作る前に天を創造した、原初の神の一人ウラノス。神々基準で言う所の遥か昔に天界で見たことがある“何か”を思い返して、いつも通りの低い声の一言と共に、老体には宜しくないヒヤッとした感覚が背中を駆け抜けていた。

 ウラノスも神という事で例外に漏れず、タカヒロが持つ謎に対して興味を持っていたのだが、これにて一つ解決した格好だ。代償として呼吸ならぬ祈祷が止まりかけたのだが、何とかして耐えることができたのは、例のあの存在が“エンピリオンの化身”だと知っていた為だろう。

 

 

 神々が“下界”と呼ぶ存在に住まう子供たちの基準とは、明らかに大きくかけ離れている謎の人物。そのような存在がアセンション以外にどのような力を秘めているのか気になっており、機会があれば聞いてみようと思っていた程。

 よもや、まさかエンピリオン直属のガーディアンを召喚できるなどと想像することができただろうか。スキル欄にて知っていたヘスティアもまた、刻んだ恩恵を目にした当時は血の気が引いたほどである。

 

 

「……ウラノスがフリーズしてしまった。神ヘスティア、御身は何か理解できただろうか?」

「……フェルズ君が目にしたモノを実際に見たことは無いけれど、何が出てきたかは察せたよ。正直ボクは、事実として起こらないことを願っていたぜ……」

 

 

 実のところ、ベルの無断外出という件もあるのでウラノスに呼びつけられて最初から場に居た神ヘスティア。やはり彼女もまた、フェルズが口にした存在の正体に気づいて片頬が引きつっている。

 あの時はレベル100と言う数値やアビリティランクExに目を奪われてしまっていたのだが、こうして突きつけられると意識せざるを得ない。胃という名の胃酸工場はフル稼働で生産を行っている真っ最中で、例え世の中が不景気だろうともキャパシティーオーバーの納品を行うだろう。

 

 今回は第一眷属も関所破りを披露しているだけに、胃酸の分泌も輪をかけて促進中。おかげさまで今の今まで口を開けず居たのだが、ここへ来てから飲んだ胃薬が今になって効いてきたようだ。

 

 再び、ウラノスの溜息が闇に響く。そして低い声のまま、ヘスティアとフェルズに対して言葉を発した。

 

 

「……ヘスティア、そしてフェルズよ、重ねて忠告、いや、心から願う。“あの者”の取り扱いには、重ねて細心の注意を、払ってくれ」

「ボクにどうしろって言うんだい……」

「私も気を付けているつもりだが……」

 

 

 注意を重ねるウラノスだが、生憎と“ぶっ壊れ”の取扱説明書など世界のどこにも存在しない。基本として大人しく、今のところ地雷を踏まない限りは力を振るうことも無いのは不幸中の幸いだろう。素材の為には存分に振るっているのだが、知らない事象については仕方がない。

 これまた幸いなことに――――ヘスティアが知る限りの話だが、青年が無暗に力を振るわない事については知っている。ヘスティア・ファミリアにもたらす利益だけに目を向けたと仮定しても、己の胃痛とトレードオフの関係以上の内容を与えてくれていることも、また事実だ。

 

 例を挙げれば、発足したばかりのヘスティア・ファミリアは、1年と経たずして30人近くの大御所に成長している。団長かつ可愛い可愛い最近は壊れ気味なベル・クラネルの成長を思い返すヘスティアは、常にタカヒロという男が傍に居たことを思い返している。

 

 

 それでも此度においては、イシュタルという神が作ろうとしていた未来(シナリオ)すらも真正面から破壊していった存在であることに変わりはない。やはりそちらのウェイトが大きくなってしまうヘスティアは、ウラノスと似たように重い溜息を零してしまう。

 

 

「闇派閥に対する切り札ってのは分かるけどさ……コレ、いつまでも隠し通せるのかい?ロキ・ファミリアの子供たち、絶対何か感づいてるよ」

 

 

 その点についてはヘスティアの推察通りながらも、ロキの指示による情報封鎖は完璧だ。ロキも知らない青年の情報があるとはいえ、逆にヘスティアが知らない更なる爆弾となる“リフト”や“ドライアド”の情報を持っているために、ここでヘスティアがロキに接触しないのは最良と言えるだろう。

 もしも現時点での情報が交わされれば、額を抱えてドライアイスの如く溜息を零すことは想像に容易い。訳ありの為に星座の恩恵や細かい所を除いて秘密を知っているリヴェリア(lol-elf)は口を割る傾向も皆無であるために、此方に問うのは無駄骨となるだろう。

 

 

「ところで、先日に出現した光の柱についてだが」

「あー、それについてだがウラノス、実は……」

「……話を逸らしやがった」

 

 

 高所から見ていた苦労人フェルズ、当時の光景を思い返してイシュタルに同情中。よもやフレンドリーファイアの交通事故であるために名誉も何もあったものではないという、神にとっては最も屈辱と言える死因の一つになるだろう。

 現に耳にしたウラノスですら、口を半開きにして呆気に取られている。ヘスティアもまた片眉を歪めて口を開いているが、これらについてはイシュタルの自業自得と言える所存だ。

 

 怒りを買うような事をした点こそイシュタルを批判するが、ここで笑わない辺りヘスティアの善神さが溢れている。ロキならば間違いなく、笑い死にで送還されている程の事象なのだ。もしもそうなったならば、フレイヤが笑い死にで後に続くこととなるだろう。

 笑いの程度はどうあれ、他の神もまた同様の反応を示すだろう。割りと真面目にイシュタルまで殺すつもりはなかったタカヒロだが、結果としてそのような“仕返し(報復)”を与えていたのだ。カウンターストライクとは、まさに直喩である。

 

 

 ともあれ結果は“交通事故”ということでお咎めなし。そもそもにおいて咎めるならば敵対することは明白な上にイシュタル・ファミリアに非がある為に、ギルドとしても強く言えないのが実情だ。

 正直なところウラノスにとって、既に天に還ったイシュタルがどうこうよりも。実行犯の青年と敵対しない事こそが、今現在において最も重大な事象なのだ。

 

 そして、それを達成するためには彼の主神であるヘスティアの協力が必要不可欠。あからさまに優遇しすぎると他のファミリアから不満が生まれるために、匙加減は苦労をすることだろう。

 ベルを眷属にしてから、あれよあれよと言う間に、オラリオにおいて強大な力を持ってしまった善神ヘスティア。彼女の()は、休まるところを知らない。

 

====

 

 場所はヘスティア・ファミリアの仮拠点へと移り、ヘスティアがウラノスと別れてから数時間後。

 

 

「只今戻りました、神様!」

 

 

 相変わらずタカヒロの横では14歳らしい雰囲気を纏う少年、ベル・クラネル。ヘスティア・ファミリアの団長が、タカヒロと共に仮ホームへと帰還した。

 ロキ・ファミリアと分かれて先に戻ってきているのだが、集団は数日かけてオラリオ周辺を調査してから戻るらしい。なんのことだか一人分からず小動物宜しく首を傾げるベルだったが、近くタカヒロが説明を行うとのことであった。

 

 ともあれ、新生ヘスティア・ファミリアのホーム建築工事は超が付くほどに順調だ。金とステイタスに物を言わせた人海戦術によって、今までよりも何倍も大きなホームは完成を目前に控えている。

 教会の名残は少し残す外観デザインとなっており、食堂を筆頭として地下室もあるという充実具合。ロキ・ファミリアの城と比べれば小さく見えるが、それは強さの比較基準にタカヒロを出すようなものだろう。

 

 

「タカヒロ君、少し時間はあるかい?」

「ん、何か用事か?」

 

 

 とはいえ此度においては、その規格外(青年)が持つ能力こそが問題だ。いつか戦争遊戯(ウォーゲーム)の時に更新した際は見なかったことにした、恩恵を与えた時に刻まれているスキルを再び確認する為。

 

 やることは、いつも眷属に行っているステイタス更新と変わりない。神の血を使うためにやりすぎると体力を消耗するのだが、一人ぐらいならば何ら影響はないと言える。

 だからこそヘスティアは、タカヒロのステイタスを更新するために説得を行い実行した。結果、アビリティ周りには全く変動がない事を確認し――――

 

 

 

 

■スキル【オレロンの激怒】:レベル12/20。

 物理ダメージ、攻撃能力などが上昇。精神状態に基づいて自動発動:周囲に恐怖の状態異常を付与。

 

 

「なんか増えてる――――!?」

「え?」

 

 

 ケアンの地において戦争を司る(つかさどる)古代神、オレロン。 恐怖付与については“お怒りモード”という限定条件はあるものの、“ぶっ壊れ”に新しい神の加護が加わった瞬間であった。

 スキルが発現した本人に聞けば、「ああオレロンか」と呑気な程度。確かに既に3つの神それも古代神を示す恩恵を受けている身からすれば、今更一つ増えたところで変わりは無いのかもしれない。

 

 

 これはウラノスに言うべきか、レベルなどと同じように言うまいか。望まずして爆弾を見つけてしまったヘスティアは、グツグツと煮えたぎるお腹を前傾姿勢で抑えながら()を痛めるのであった。

 




フィル何某、いまだ迷っております。


アリシアやアマゾネス達がビビっていたのはこのスキルが原因でした。恐怖付与についてはオリジナルです。

……レベル12とはいえ、ソルジャーの排他スキルが2つ共に使えるのは強すぎるって?
ヘファイストスが作ったガントレットを見てみましょう、この程度はカワイイものですよ……冗談抜きで。


■排他トグルスキル:オレロンの激怒(レベル12、Ver1.1.5.4)
戦争の神、オレロンに叫び求める。オレロンは、信者に揺るがぬ獰猛性を吹き込む古代神である。
140-195 体内損傷/5s
+135%  物理ダメージ
+135%  刺突ダメージ
+135%  体内損傷ダメージ
+12%  攻撃能力
+12%  移動速度


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129話 魔法の言葉

遅くなりました。


 数日後の朝、ヘスティア・ファミリアの仮ホーム。借家となっている小さな木造一戸建てに、炉の女神の声が元気に響いた。

 付け加えるならば、何かしらを知ってしまったことによる悲鳴ではない。朝の日課の一つとなっている、暖かさ溢れる元気な挨拶だ。

 

 

「ベル君達は、今日からダンジョンで一泊だったね。ボクもアルバイトを頑張ってくるよ、お互い頑張ろうぜ!」

「はい、ヘスティア様!」

 

 

 ダンジョンでの一泊がどれ程までに危険かは、あまり知識のないヘスティアでも分かっている。一歩間違えれば全滅だって在り得るのだが、そこは“保険”があるから大丈夫というのが彼女の考えだ。

 扱いを間違えば何よりも危険な反面、ダンジョンなどにおけるイレギュラーを含めた危険に対しては誰よりも頼りになる。扱いを間違えなくともヘスティアの()にとっては危険なのだが、眷属の命と天秤にかけるならばトレードオフする覚悟があるらしい。

 

 

「ではベル君、手筈通りに」

「わかりました、師匠!」

 

 

 ともあれヘスティア・ファミリアは、今日からダンジョンで合宿のようなものを行うそうだ。指導のついでに保険係となるタカヒロは先に用意があるのか、既に姿をくらましている。

 もちろん合宿の連絡は事前にファミリアのメンバーへと伝えられており、各々は昨晩の間に準備を終えている。あとは集合して、合宿場所へと向かうだけだ。

 

 

 今現在において仮ホームであるヘスティア・ファミリアは、借家のいくつかを契約している。借家の場所が転々としているのだが、その点は仕方のないことだろう。

 そんないくつかある借家の一つ。準備を終えた者の数名が、会話に花を咲かせていた。

 

 

「えーっと集合場所は、次の鐘が鳴る時に、ヘスティア様が住んでいる借家の前だったよな?」

「ええ。全員でダンジョンに行くのでしょう」

「ファミリアらしくて、いいじゃない」

「リリも個別に行くより、皆様と一緒に行く方が好きですね」

「わかる!」

 

 

 同じ借家に泊まっているファミリアのメンバーに交じって談笑する、リリルカ・アーデ。以前のファミリアでは絶対にありえなかったことだけに、このような場の空気は新鮮そのもの。他の借家の者も数名が混じっており、10人近くが集っている。

 今現在は遠足前のような様相ながらも、これがダンジョン一階層へと辿り着けば各々の表情は一変する。他の借家に居る者も合わせて全員の表情は据わり、各々が最大限の仕事をすべく、そして強く成るために力を出すのだ。

 

 

「そうね。そして今日は、タカヒロさんも来てくれるらしいわよ」

「そうなのですか?」

 

 

 疑問符を口に出すリリルカだが、確かに物珍しい状況だ。その実、闇派閥の調査などで大抵が一人での行動となっていただけに、全員が同じ認識である。

 団長のベル・クラネルが“強い”と口にするわりに実戦を見た事がないために、どの程度の強さなのか気になっていたのはリリルカを除いて同様だ。故に今度こそ戦うところが見られるのかと考えるが、鍛錬の内容は未だ明らかにされていない。

 

 

「らしいな、俺もさっき聞いたぜ。今日……っていうか今回は、何階層に潜るんだろうな?」

「団長が言ってたんだけどよ、“ちょっと深く潜る”らしいぜ」

「本当?なら皆、いつもに増して気合を入れなきゃね」

「ああ、見っともない結果だけは避けなくちゃな!」

 

 

 結成からあまり時間が経っていないとはいえ、今まで上層で留まって、様々な鍛錬を積んできた。効率の良い連携を作り、覚え、ファミリアとして何処までできるかを探ってきた。

 故に、いよいよ中層へ進出する時なのだと、各々は興奮を覚えている。危険度合いを考えると18階層付近と考えるのが妥当ながらも、中層であることに変わりはない。

 

 特にレベル1の者にとっては、中層とは憧れの場所。ソロで来ることは絶対に適わなく、一方で冒険者の初級を卒業した証でもある場所。

 そんな場所へと仲間と共に赴き、全霊を掛けて危険に対して挑み進む。ソロではなくファミリアのメンバーと共に行動するダンジョン攻略における、最も有意義な点の一つと言えるだろう。

 

 

「あれ?アーデさん、どうしたんですか?」

「……い、いえ、ちょっと……いえ、少し……」

 

 

 がしかし、“ちょっと深く潜る”という、味方の戦意を根こそぎ圧し折る魔法の言葉に対してメモリア(トラウマ)を抱く女性が一人いる。表情は一瞬にして引きつった様相になってしまい、これから目の前の陽気さとヤル気が一瞬にして消え去ることが容易く想像できてしまう。

 

 そんな感想を抱く彼女の名は、リリルカ・アーデ。かつてその言葉と共にレベル1にて50階層へ連れてこられた恐怖は、つい半年ほど前に体験した事。

 何気に58階層へ到達した最低レベルをヴェルフと共にブッチギリで更新しているのだが、非公式であるために記録に残ることは無いだろう。蛇足だが、レベル1や2ならば道中で即死しても何ら不思議ではないのが“深層”と呼べる場所なのだ。

 

 「まーた自分がそんな場所へ向かうのか」と思いながらも引きつった様相で済んでいるのは、既に二度ほど“深層”の空気を体験しているから。そして“リフト”が出てくるならば道中における仕事は無く、己は文字通りの運搬役になるのだという悲しみも含まれている。

 そもそもにおいて50階層へ直行できる“リフト”という能力については、彼女基準においても様々な意味で反則だ。ベルに聞くと「神様(ヘスティア)も知らない」と返されたので見なかった事にしようと決意して、当たり前のように使っているタカヒロを何度か目にしたことがあるために、目を逸らす方向へとシフトしている。ニュアンス的には、どちらも似たようなものだ。

 

 

「そろそろ鐘が鳴るぞ、移動しよう」

 

 

 そして、問題の時間がやってくる。鎧姿とはいえタカヒロの前ということで少年らしい様相を振りまくベルに、「目をつむって」と言われた全員は素直に目を閉じて――――

 

====

 

 

「ど、どどどどどこなのですかここはああああああ!」

「ううううううるせぇ!こここ声が震えてんぞ!」

「ああ貴方だって!」

「こ、こここここわくなんてねぇし!」

「あ、ああああ脚がガタガタだぞ!」

 

「……皆様、賑やかですねぇ」

「なんで平気なんですかアアアアデさああああん!!」

 

 

 そんな感想を浮かべるリリルカの予測通り、根元からポッキリと、持ち得るメンタルの全てが折れていた。ほぼ全ての者の手足は震えており、女性メンバーの中には身を寄せ合って恐怖に打ち勝とうと必死な者も居る程だ。

 怯えに怯えているのはパルゥムのサポーターの少女であり、リリルカはすっかり姉役となって彼女の頭を撫でている。とはいえ経験者故に抱く気持ちは嫌という程に分かるために、同情してしまって口数は極端に少なくなっている。

 

 

「だ、団長!どこなんですか、ここは!」

「ここ?50階層、ちゃんとダンジョンの安全地帯(セーフゾーン)だよ」

 

 

 問題点がズレていることに気付かないのか、のん気に応える少年ベル・クラネル。安全地帯(セーフゾーン)だとか、そのような類が問題なのではない。

 とりあえずここが50階層と仮定すると、己のメンタルを圧し折った空気についても全員が納得している。とはいえ、何をどうやったら数秒で50階層へ辿り着くのかはさておくとしても、なぜこんな所なのかと全員が心の中で抗議していた。

 

 

「皆、“少し深く潜る”って聞いたと思うけど、たぶん18階層辺りを想像したんじゃないかな?」

 

 

 脅えの中でも顔と視線を僅かに逸らし、リリルカを除く全員が図星の感情を思い浮かべる。まるで心の中を覗き込んでいるかのような文言もさることながら、全員が驚愕という感情を浮かべる余裕はない。

 各々が身を置いている、深層と言う場所が発する死の恐怖。だというのに眼前のベル・クラネルは、さも平然とした表情を見せているのだ。

 

 全くの余裕ということはなく、普段よりもやや据わった面持ち。それでも集団と比べるならば、文字通り雲泥の差と言って良いだろう。

 

 

「おおかた18階層を拠点として、今までのような鍛錬を19階層で行うと考えていたのだろう。教本で学んだ場所を脳裏に浮かべて、己に何ができるかと期待に胸を躍らせた筈だ」

 

 

 発言者がタカヒロへとスイッチしたものの、またもや全員が図星である。そして誰一人として言葉が出ぬまま、何度かは目にしたことのあるタカヒロの容姿に気づくことになった。

 いつものワイシャツではなく、ヘビーアーマーと呼べる鎧姿。あのタカヒロが鎧を着ている程に危険地帯――――という傍から見ればズレた基準ながらも、自分達のいる場所の危険度合いを感じ取る。

 

 他の者程ではないリリルカも、一回目に50階層へ来た時のことを思い出していた。1000万ヴァリスを稼ぐために協力してくれると口にしてくれた言葉が嬉しくて、ダンジョンの更なる階層へ行く点が抜けてしまっていた、当時の彼女。

 故に見せた表情は、今自分が見ている者達と全く同じだ。故に彼女も初心へと帰っており、僅かに拭いきれない深層の恐怖と共に、真剣な眼差しをタカヒロへと向けている。

 

 

「だ、そうだ。“猛者”、どう思う」

 

 

 言葉と共に突然と付近の岩陰より現れる、オラリオにおいてはあまりにも有名な一人の大男。もちろんこの場に居る全員もまた、恐怖に脅えながらも、その男の名を瞬時に取り出すことができていた。

 フレイヤ・ファミリアのレベル8、“猛者”オッタル。名実ともにオラリオ最強の冒険者であり、所属するファミリアもまた、ロキ・ファミリアと一・二を争う実力を持っている。

 

 

「……お前たちより長くダンジョンに潜っている者として、言わせて貰おう。ダンジョンにおいて恐怖に打ち勝てないならば、迎える結末は明白だ」

 

 

 口先ばかりのアドバイスを行っていた自分よりも、恐らく言葉としては強く響くであろう者。何故ここに居るのかという疑問が一瞬だけ全員の脳裏をよぎるも、色々と情報量が多すぎる為に数秒の内に消え去った。

 タカヒロの頼みということで、快く此度の“釘刺し役”を引き受けたオッタル。念を入れて、リヴェリアと想いを伝え合った日に撮られた“私服姿なベルの写真”でフレイヤを説得(買収)している点は、用意周到と言ったところだろう。

 

 釘刺しの効果はてきめんと言って良い程のものがあり、先程までとは違った恐怖に、全員がゴクリと唾を飲み込んだ。死そのものの一歩手前とはいかないが、こうしてメンタルが折れる状況を体験することが大事だと、タカヒロは考えている。

 ベルの時のように、物理的な痛みで死を覚えるやり方は通じない。あれはベルが類まれな感性の良さ(才能)を持っていたからこそであり、凡人にとっては逆効果にもなり得るモノだ。

 

 

 一方でベル曰く、「深層の空気は覚えた方がいい」とのこと。覚えるというよりは覚えさせられるという表現が適切ながらも、多少のスパルタは仕方がない。

 偶然にもベルとタカヒロの二人は、3人でゴライアスを相手にしても怯むことのなかったヴェルフやリリルカの実例を知っている。植え付けられただろう死の恐怖に立ち向かえたのは、そんなものを上回る深層の空気を経験していたからと考え、こうして計画を立てていたのだ。

 

 同時にタカヒロとベル、そしてリリルカは、今までのダンジョンにおける訓練で僅かながらも気になる所を目撃している。原因の一端はタカヒロにあるものの、今までとは比較にならない成長スピードを体験して、団員の皆の心に、ほんの僅かな油断が芽生えてしまっていたのだ。

 

 

「厳しい言い方をすれば、図に乗るという表現が妥当だろう。だからこそ、各々が未だ雛鳥であることを、こうして思い出してもらった」

「っ、タカヒロさん!俺たちだって、やればできるはずです!だ、誰が雛鳥――――」

 

 

 深層の恐怖を振り払おうとする威勢は、たったの一睨みでもって影を潜める。視線を向けられていない者ですら、思わず数歩を後ずさってしまう程のモノ。

 今現在においても直面している、深層という場所が発する死への恐怖。そんなものすらも軽く吹き飛ばす程に強烈な、たった数秒の殺気を目の前にして、全員の意識が切り替わった。

 

 

「そのように(さえず)るからこそ、雛鳥と呼んでいる」

「無謀に立ち向かうのは構わんが……間違いなく、死ぬぞ?」

 

 

 タカヒロとオッタルに言葉を返された若者は、ぐうの音も出すことが出来なかった。

 

 

「雛鳥が悪いと言っているわけではない。弱い事もまた当然だ。レベル1や2で強い者など、そう滅多に居るものではない」

「ああ、易々と見ることもないだろう。俺も昔は、お前たちのような時もあったさ」

 

 

 絶対に居ないとは言い切らない、どこか歯切れの悪い言い回し。例外の筆頭としてベルが当てはまるために、このような表現になっている。

 

 

「やがてレベルが上がるにつれて、絶対的な力も増すだろう。だが実力を出せるというのは、学んだことを生かせるという仮定の話だ。今のお前達では、半分程度が関の山だ」

「恐怖におびえた奴の末路は単純だ。心は脅え、足は震え固まり、やがて腕は自慢の武器を投げ捨て、背を向けて後ろへと駆け出すことになる。手に取った武器を(ないがし)ろにしたそのような状況で、一体何を成せるという」

 

 

 “武器”の2文字を強調している点は、戦う理由と物理的な得物を総合して“武器”と表現している為に、さておくとして。今の一文を耳にして、全員の眉間に力がこもった。

 今までの鍛錬においてアドバイスをくれていたタカヒロが見せた、初めての様相。今までの鍛錬において、傍から見れば頓珍漢(とんちんかん)な行いに対しても「安全マージンを残したチャレンジ精神は大切」と決して(けな)さなかった男が、ここにきて皆を突き放す様相を僅かに見せた。

 

 

 故に、そのような気持ちにさせてしまったのかと全員が悔しがる。先程は囀ってしまった若者もタカヒロに対して謝罪を入れ、50階層にて一対一の組み手が開始された。

 仲間と共に居り、相手が同じ心境を抱く仲間ということも大きいのだろう。徐々に慣れてきた者達の動きは初期と比べると見違える程であり、久しぶりに駆け出しの奮闘を目にしたオッタルも、今ばかりは手を休めて見入っている。

 

 

 恐怖が残る中での鍛錬は、一層のこと疲労の感覚を強く出すものだ。疲れが目に見えるまでの時間もまた目に見えて早くなっており、有事の際は、最も気を付けなければならない一つと言えるだろう。

 最初のうちは、「なんでこんな所で鍛錬を」と思ったものの。大きな疲れを否が応でも感じ取った各々は、また一つ、こうして大切なことを学ぶ事となる。

 

 そんな感覚を誰よりも強く知っているベル・クラネルは、“僕も通った道です”と言葉を発すると同時に、当時を思い返して苦笑中。流石に笑い返す余裕のある者は誰もおらず、一方で、その者達は真剣な表情を崩さない。

 だからこそ、ベルはタイミングだと思ったのだろう。いつか皆に伝えなければならないと思ったこと、ベルが学んだ大切なことを口に出す。

 

 

「僕もオラリオに来た時、ただひたすらに、強くなりたいって思ってました。だから、皆さんが心に持っている強くなりたいっていう気持ちは、分かっているつもりです」

 

 

 ベルらしく優しさが見える、皆への諭し方。オラリオのダンジョンで活躍し、名声を上げることを夢見ていたのだと、少年は己の過去を赤裸々に語っている。

 

 そしてタカヒロと出会い、そんな蒙昧と言える妄想は木っ端みじんに打ち砕かれたこと。己がまだまだ未熟なのだと自覚したと同時に、酒場において、とある人物に色々な指摘をされたこと。

 当時は、逃げ出したいぐらいに悲しく、恥ずかしかったけれど。だからこそ、少し強くなってダンジョンで後れを取らなくなった程に成長できたと思っても、傍から見れば未熟であるのだと知ることが出来た。

 

 ベル・クラネルが色んな人からもらった数あるもののうち、間違えのない一つ。こうして誰かの上に立つことになったからこそ、今度は他の人に教えてあげる立場にあるのだ。

 

 

「だから一度、目標を見直してください。僕達は強く成るためにダンジョンへ潜るのと同時に、死なない事が、一番大切な目標です。これだけは、絶対に忘れないでください。いいですね?」

「「「「はい!!」」」」

 

 

 己にとっての道標が、悔しさという感情を教えてくれた日。そんな大切な感情と同時に、ダンジョンにおいて最も優先するべきことを教えてくれたことを、ベル・クラネルはよく覚えている。

 知るたびに成長できる魔法のような言葉をくれた、すぐ横に居てくれた大きな存在。そんなものが見せてくれた背中は未だ足跡すら見えず、己とてまだまだ雛鳥の域に居るのだと、少年は心を引き締め直した。

 

 

 

 己が心に抱く、もう一つの大切な情景。隣に並んでくれる少女、アイズ・ヴァレンシュタインを守り、その名に恥じぬよう強くなるため。

 

 

 

 

 再び魂を輝かせる少年を目にしたタカヒロは、誰にも気づかれぬよう口元を僅かに緩め。一枚の写真と共に遠隔地から見ていた美の女神は、鼻の内部にできていた血栓を全力で緩めていた。

 



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130話 予測可能、回避&理解不可能

ふと気づいたのですが、3/13で、おかげさまで1周年を迎えておりました(震え声)
こんな作品でございますが、今後ともご愛読頂けますと幸いです。


 

 天井のシミを数える間もなく瞬き程度の時間でダンジョン50階層へと連れてこられていた、ヘスティア・ファミリアのルーキー達。最初は怯えに怯えて震えていた足腰も、男三人の言葉でもって落ち着きが見えている。

 当該階層は安全地帯(セーフゾーン)ながらも深層であることに変わりは無く、故に心を蝕む死の恐怖とは隣り合わせ。片時も離れてくれることはなく、常に背後から冒険者の命を狙っているのだ。

 

 

 そこから1つ降りた、ダンジョン51階層。先程までは湧き水が奏でるせせらぎの音が僅かに響いていたエリアも、今は別。瞬時に「誰かが戦っている」と分かる程に耳をつんざく金属の音が木霊しており、モンスターが発する雄叫びとデュエットしている。

 ベル・クラネルが戦った際に発するような、雨の如き連続した甲高い音ではない。力と力が真正面からぶつかり合う、非常に重く、そして振動となって響くような轟音だ。

 

 

「フンッ!!」

 

 

 攻撃力だけならば49階層の階層主バロールに匹敵するか上回ると言われるカドモスの一撃を、オッタルは剣を使って正面から受け止める。彼とてマトモに一撃を受ければ無事では済まず、一方で回避しているだけでは状況は進まず、ダンジョンの中であるが故に危険性だけが増すことだろう。

 故に必要となるのは狡猾さ、またの名を小手先の技術。当時レベル1だったベル・クラネルが持ち得ていた技術に関心を抱いたオッタルだが、方向性は少し異なるとはいえ、オッタルもまた何度かの鍛錬を経て持ち得る技術力が向上している。

 

 攻撃は最大の防御とはよく言ったものだが、この点は双方において同じこと。手数に任せて雨のような密度の攻撃を放つベル・クラネルに対して、一方のオッタルは一撃一撃を重視しており、相手に隙を作らせる捌き方。今のように真正面から受けたように見える場合でも、己が攻撃を放つ動きに繋げている。

 放たれる一撃もまた凡人が想像するよりも遥かに重く、それこそモンスターとてマトモに受ければ致命傷となるだろう。故にカドモスも相手の攻撃に対しては注意を払っているのだが、いかんせん持ち得る狡猾さの地力の違いは歴然だ。

 

 互いの攻撃が衝突した際に、周囲、特に後方へと発生する衝撃波は正に“咆哮(ハウル)”。カドモスの一撃を受け止めた際に発生した揺れは、震度2程度ながらも正に“地鳴り”。

 ここはダンジョン。時たま地揺れのような状況こそ発生することは知られているが、基本として階層そのものに影響を与える力など稀である。

 

 

「す、すげぇ……」

「あのカドモスと、正面から……!」

「こ、これがレベル8の戦い……!」

 

 

 ヘスティア・ファミリアのルーキー達とて書物にて知っている存在、51階層の実質的な階層主であるモンスター、カドモス。ロキ・ファミリアとて一筋縄では討伐できず、必ず5-6人のパーティーで挑むほどの強敵だ。

 

 しかし見ての通り、レベル8は単騎でもって真正面から打ち合っている。剣と爪が交差する度に発生する咆哮が各々の鼓膜を貫き、脳を根底から揺らすのだ。

 だというのに、ベルを含めた中で約一名を除いて繰り広げられる戦いから目を離せない。実のところ後ろから他のモンスターが接近しているのだが、残りの約一名が気付かれることなく即死させている為に問題は無いだろう。

 

 

 一行が目を離せないのも当然だ。御伽話、オラリオにおいては英雄譚における物語として伝わっている英雄の姿が、こうして目の前に再現されているのだから無理もない。

 地鳴りもさることながら、見せる速さもまたレベル1や2の者からすれば圧倒的。オッタルはスピードタイプではないために彼等でも目にすることが出来ており、持ち得るパワーは表現するまでもないだろう。

 

 そこに分かりやすい狡猾さが加わっているのだから、焦がれる情景は一入(ひとしお)だ。

 まさに理想の姿、誰もが一度は“己もなりたい”と思い描いた強者の姿に他ならない。故に各々の感情は高ぶり、あの領域に到達できる者はオラリオにおいて一握りもいないと分かりつつも、戦いの中に身を投じる覚悟を抱いている。

 

 

 今ではベルも大切にしている、戦う理由だ。明確とは言えないかもしれないが、これでまた、ヘスティア・ファミリアの者達は一つ高みを知り昇るために努力を行うことができるだろう。

 気付けば、深層という場所が発していた恐怖は大半が消え去っていた。逆に武者震いする者が多くいる程であり、各々が「やってやる」という感情を抱いている。

 

 

 

 

 そうこうしているうちに決着はつき、多少は傷を負ったものの、オッタルは見事ソロでの討伐を達成することとなる。戦闘の続行は可能であり、50階層へ戻ることも容易だろう。

 なお、ドロップ品は無い模様。約一名があからさまに溜息を吐いた点を聞き逃さなかったリリルカだが、溜息の理由が分かってしまった為に口を開くことはない。

 

 

「タカヒロさん」

「ん、何だろうか」

 

 

 このタイミングでタカヒロへと話を振る仲間の言葉を耳にして、リリルカはイヤーな考えを浮かべている。どうか当たらないようにと祈っているが、現実とは非情な代物だ。

 

 

「貴方の戦いを、見せてはくれませんか」

 

 

 新米から真剣な眼差しを向けられる、場の空気から。タカヒロは、断ることができなかった。

 その実、先程はカドモスの被膜がドロップしなかったことも大きいだろう。実のところその高級ドロップアイテムを皆に見せて“ベクトルがずれたヤル気(ドロップアイテムの為のヤル気)”を沸かせたかったタカヒロとしては、その点が気がかりとなっていたのだ。

 

 

 そして生憎と、他の沸き場へと行けば他のカドモスが存在する。故に引き返す為の判断材料は何一つとして存在せず、そしてそこの男はドロップアイテムが生まれるまで倒す選択を考えてしまっていた。

 湧き水が奏でるせせらぎの音と共に、モンスターが獲物を見つけた際に生まれる殺気が強くなる。しかしオラリオ市街地と変わらない表情を浮かべているベルやリリルカだが、もちろん理由は存在する。

 

 

 予測可能、回避不可能。装備キチからは、逃げられない。潔く“カドモスの表皮”をドロップすれば、もしかしたら“ワンチャン”在り得る可能性も小数点以下の確率で存在する。

 

 

 グッバイ、カドモス、神託は下った。言葉が理解できれば聴くがよい、晩鐘(装備キチ)(なんじ)の名を指し示している。

 

 

『■■■■――――!!」』

「――――装備(表皮)を出せ」

 

 

====

 

 

「……え?」

「……なに、が?」

「……おわ、り?」

 

 

 現実とは、非情である。いや、この場合は非情というよりも非常識と言うべきだろうか。そもそもにおいてダンジョンに常識を求めるのは間違っている為に、問題そのものは無いのかもしれない。

 ともあれ、いよいよ彼の戦いを目にすることが出来るのかと、先程までの一連の流れでそんな感情を抱いていたルーキー一行。的確なアドバイスをしてくれる者が行う戦闘だけに、何か取り入れることが出来たらと貪欲なのだ。

 

 

 しかし結果としては、伝記に出てくるような英雄を目指す向上心はポカンとした表情へと変わってしまっている。僅か1秒どころか“カドモスの一撃によって、攻撃したカドモスが即死した”という謎の結果(ゴリ押し)を目にして、全員の口からは疑問符しか芽生えない。

 星座の恩恵を有効化した為に正気だったベル達だけはゾクリと背中に寒気が駆け抜けているのだが、他の者達がそこに気を向けている余裕はない。心の高ぶりと相まって、色々と情報量が多すぎるのだ。

 

 目にした光景が間違っていたのかと誰しもが疑問を浮かべるも、全員が同じ疑問を浮かべている為に間違いでないことは明らかだ。故に幻覚や幻聴の類ではなく、現実として受け入れることのできない真実と言えるだろう。

 

 目に見えたところで常識の枠に当てはめては理解できるはずもなく、理由を想像することすら僅かにも叶わない。故に全員の顔が振り返って後方にいるベル・クラネルへと目線が向けられているのだが、ベルは腕を組んで仁王立ちして落ち着いた様相だ。

 オッタルやリリルカも腕こそ組んでいないが、様相は似たようなモノと言えるだろう。その実は戦闘結果について予測可能・回避不可能と言ったところで呆れかえっているだけであり、相も変わらず張り合いのない戦闘を目にして格の違いを再び思い知った格好だ。

 

 

「まぁ、こうなりますよね」

「うん、僕も知ってましたけど」

「ああ、容易に想像できたことだ」

 

 

 そう呟くのは、言葉を発した順にリリルカとベルとオッタルの三人組。揃って首を上下に振っており、連携はバッチリと言えるだろう。

 ともあれ、ただ目にして終わりというワケでもないらしい。何か言いたいことがあるのか、ベルは言葉の続きを口にする。

 

 

「さてみんな、ちゃんと見ていたかな?これが今風の言葉で言うところの、“カドモす”っていう光景だね」

 

 

 ――――なんだそれは。

 ――――なんですかそれは。

 

 直感的にそのような疑問符が脳裏を駆け巡ったのは、バッチリな連携だったはずのオッタルとリリルカの約二名。互いに揃って片眉を歪めており、猪人とパルゥムということもあってリリルカの身長の二倍以上の背格好があるために首を大きく上下に向けて視線を交わしている。

 しかしもちろん意味など分からず、答えなど出てこない。カドモスと名を呼ぶ時とは微妙に違うイントネーションとなっており、まるで“~する”と言った動詞のように受け取れるイントネーションだ。

 

 とはいえ二人が知らないのも当然であり、“カドモす”とは、ベルが今ここで初めて口にした造語である。誰が作ったかとなればベル・クラネル本人であり、タカヒロはモデル的な立ち位置となるだろう。

 

 

「団長、“カドモす”とは、どのような意味なのでしょうか!」

「相手の攻撃を受けても理不尽に立ったままで、逆に何もせず相手を倒しちゃうことです!」

「よく分かりました!」

 

 

 ――――でも理解することはできません。

 というのが、ルーキー各々の本音である。タカヒロ流に言わせれば正に“報復ウォーロード”を象徴するスタイルなのだが、ベルがその名称を知らないのも無理はないだろう。

 

 先の説明の一方で“ダンジョンのモンスターからドロップ品を得る”という意味にするか悩んだベル・クラネル。しかし一般人が使えるようでは弊害が生まれるために、先のような表現となったのだ。

 あくまでも、タカヒロにしか当てはまらないような斜め上となる意味の言葉に仕立て上げている。意味だけは分かってしまったオッタルとリリルカは、狭いダンジョンの天井を仰いでいた。

 

 

 そのうち

 “目算や皮算用だけで計画を立てたはいいが上手くいかないことに怒り狂う”という意味を持つ“ディオニュソす”。

 “珍しい装備やドロップアイテムなどを目にして、正に子供の様にはしゃぐ”という意味を持つ“ヘファイストす”。

 “相手のレベルに対抗できる強化計画を作ったのだが根底から破綻している”という意味を持つ“レヴィす”。

 “格上から色々とせっつかれ右へ左へ荷馬車のように目まぐるしく飛び回る”という意味を持つ“ヘルメす”。

 “強力な味方に助力を取り付け安堵していたら何故か結果として被害が来る”という意味を持つ“ウラノす”。

 “彼女 is GOD 、彼女彼女彼女彼女!!”と言ったように狂った蒙昧なビートを刻む意味を持つ“オリヴァす”。

 

 

 などと言ったような造語も生まれるかもしれない。あながち間違ってはいない為に、元ネタとなった神々とレヴィ何某やオリヴァ何某も渋々納得することだろう。

 時たまヘスティアにヒットしているコラテラルダメージも、“ウラノす”あたりの造語で対応はできるはずだ。派生として“報酬(装備)を与えるまで相手を制御できない”という意味を持つ“フェルず”という造語もできるだろう。

 

 

「ってことで、師匠。カドモさずに、僕達のタメになる戦いをお願いします」

「むっ。そうか、分かった」

 

 

 これら全ての造語に対しても約一名(装備キチ)が起点となっているものの、そんな妄想はさておき。ベル・クラネルから釘が刺されることとなり、それならばとタカヒロは戦闘スタイルを変更した。

 

 装着されるアイテム名を、“ベルゴシアンの修羅道”。二刀流装備を有効化する“レリック”と呼ばれる部位の装備であり、これを装備すれば、シナジーはどうあれ二刀流の運用が可能となる。

 もちろん二刀流ということで、盾は双方ともに使わない。一方で、盾と片手メイスに特化、と言うよりはそれ以外がからきし使えないウォーロードが二刀流になったところで大幅に弱体化するのが実情だ。

 

 

 しかし彼は、そのスタイルを選択する。装備は双剣となり、ルーキーからしても一瞬で分かる程に高品質な一振りは目にするだけでゴクリと唾を飲み込むほど。薄明りですら刃先がギラリと言わんばかりに光沢を示し、得物(ベンチマーク)を求めて移動が開始された。

 悲運にも見つかってしまったカドモスに挑みかかる直前、ふと彼が発した言葉によると「質の悪いお手本」。傍から見れば2本の短剣による、雅な情景とは程遠い“舞い”が始まった。

 

 

「これが、質の悪いお手本、だと……!?」

 

 

 目を見開いて驚愕の言葉を残しているのは、他ならない猛者オッタル。ルーキー故に内容のほとんどが分かっていない者達も言葉を忘れ、一連の光景に見とれていた。

 2本の刃は踊り舞い、そこには振りによる隙などありはしない。身体そのものも剣の一部だと言わんばかりに使いこなし、雨粒よりも早く密度の高い剣戟の暴風が吹き荒れる。攻撃は最大の防御と言わんばかりに、手数に任せた暴力的なまでの攻撃スタイルだ。

 

 久々に光景を目にしたベルは、まるで好きなアニメを見る子供の様。すっかり光景に食らいついており、瞬く時間も惜しいと言わんばかりに見入っている。

 これ以上の言葉は必要なく、意思表示もまた自然と行われる事となる。50階層へと戻った各々は、ベルやオッタルの指示のもとで鍛錬に明け暮れた。

 

====

 

 その後、翌日。濃密と言える程の鍛錬によって約一名を除いた全員が歩くこともままならない程に疲弊したヘスティア・ファミリアは、日が変わろうかという時間にホームへと帰還する。

 よほど濃密な鍛錬だったのかと団員を気遣うヘスティアだが、決して間違ってはいない内容だ。ベルの決定で翌日は安息日と決定され、タカヒロ以外はこれに従うこととなる。

 

 

 しかし、一方。

 

 

 どうやらヘスティアにとっては、安息日となることはないようだ。ベルのステイタスが相変わらずSSやSSSの領域に入っていったのは最早日常なのでさておくとしても、その他が色々と問題と言えるだろう。

 故に約一名を除いた全員のステイタス更新を終えたヘスティアは、心身ともに疲弊している。しかし事情をスルーすることはできず、この二日間で何をしていたのかと、仮ホームにてカフェオレ片手に優雅に読書中である、その約一名に突っかかった。

 

 

「どういうことかなタカヒロくうううううううん!?」

「なんだヘスティア、威勢がいいな」

「当たり前だああああああ!!」

 

 

 合宿によって、今まで以上にステイタスが伸びるだろう。そんな内容は予測可能なヘスティアだったが、タカヒロという約一名が加わっていたことに多少の不安も交じっていた。

 なんせ彼によって引き起こされた今までの事態は、理解不可能と言える程の“ぶっ壊れ”。そしてそれは悲運にも当たってしまっており、此度においても例外ではない。

 

 ステイタス更新の結果としては大幅な伸びもさることながら、18名いたレベル1のうち、元々ステイタスの何れかがDランクを越えていた者8名がランクアップ可能という前代未聞の一大事。リリルカを含めて7人いるレベル2のうち、男エルフ一名がレベル3になれるという大快挙。

 しかし「師匠が居るんだから、伸ばせるステイタスは伸ばした方がいい」というベルの言葉によってランクアップは全員が保留しているという、こちらも前代未聞の一大事。結果としてギルドへの報告義務も発生せずにヘスティアの()は守られているのだが、いつでも穴が開く状態というのは認知している為に、彼女はわき腹を押さえている。

 

 

「ほう、それは良いではないか」

「良い事さ!ああ良い事さ!良い事だけどさあああああ!!」

「実戦経験における熟練度はさておくとして、効率的な鍛錬の内容(経験値稼ぎ)は把握できた。それだけでも儲けものだろう」

「一体何をした!?ねぇ何をしたんだい!?」

「しつこいな、鍛錬だと言っているだろう」

 

 

 なお残念ながら、突っかかった相手の青年には“効率的な鍛錬だ”と認知された程度であり、返された言葉も「ダンジョンでオッタルと共に鍛錬してきた」という短い一文。問題の50階層という位置は示されていないものの嘘発見器も通過する上に、示し合わせたのかベル達もまた全く同じ言葉しか返さない。

 ちなみに58階層以降も経験のあるリリルカやヴェルフが当時ランクアップしなかったのは、単純に赴いたうえでモンスターの後処理をしていただけの為。あそこでタカヒロと鍛錬をしていれば、ゴライアスとの一戦を行う前にランクアップしていたことだろう。

 

 

 今回の遠征においては絶対に何かあった、しかし掘り起こせば“ウラノす”ことが想像できる(更なるダメージが飛来する)。このように考える炉の女神ヘスティア、だんだんと己の状況に慣れてきたために直感が冴えるらしい。

 ともあれ全員のランクアップが保留であるために、彼女の仕事はここまでだ。あとは己の胃酸との戦いが待っているが、胃薬という強力な援軍があれば乗り越えられることだろう。

 

 

 

 

 なお、蛇足としては。

 

 

 此度の者達がランクアップしたと仮定しても、相変わらず平均レベル5のファミリアとなる。



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131話 ロクでもない装備

 ヘスティアの知らぬところで、非公式ながらも新生ヘスティア・ファミリアの最高到達階層が50階層になってから数日後。天気は晴れと言える程に澄み渡っており、先日の昼までに降っていた小雨の気配は欠片もない。

 

 

 かつてのホームを知る者が見上げたならば、大出世したことに驚き羨むことだろう。見上げる館は立派の二文字そのものであり、落ち着いた洋館の様相を出している。

 絶対的な敷地面積こそあまり広くはないものの、少し背伸びをして建てられた四階建ての建物だ。過半数が相部屋ながらも30人は余裕で住める程のモノであり、装飾こそないものの周囲の土地も開けており、建物よりも何倍も広い裏庭が用意されている。

 

 外観の雰囲気としては教会の様相を少しだけ残しており、ここが以前は教会であったことを伺い知ることが出来るだろう。もっとも知っているのは近隣住民程度のものであり、今となってはオラリオにおける過去の歴史の一つとなっている。

 ともあれ、ここがヘスティア・ファミリアの新しいホームというわけだ。今までとは雲泥と言って過言は無い程の設備を備えている、第一級ファミリアに通じる程のモノである。

 

 

「ふうー、今朝は天気がいいな。まったく優雅な食後だぜ」

 

 

 その新しいホーム、名を“竈火(かまど)の館”の主となった炉の女神ヘスティア。朝食を終えた彼女は、自室で穏やかな時間を過ごしていた。

 本日の予定において際立ったものはなく、リフレッシュタイムと呼んでも差し支えは無いだろう。数日前に目を逸らしたくなるような事実と対面しただけに、心が自然と回復期間を求めている。

 

 

 いつかまた来るであろう不測の事態(フレンドリーファイア)に備えて、心の余裕と言う貯蓄を求めているのかもしれない。あれ程の事をやったのだから暫くは大丈夫だろうと考え、ヘスティアは完全に油断しきっている。

 連動するようにして本日の1つの予定を思い返すが、それもさして大きなことではない。むしろ部外者が来るのだから一層のこと何も起こらないだろうと考える一方、一応はその予定に対して考えを向けている。

 

 

「そう言えば、今日はロキの所の子が来るんだったな……。ま、このボクの子供たちに任せておけば、間違いはないはずさ」

 

 

 ファミリアの資金が潤沢になったことで心の余裕ができたためか、少し以前の“ぐうたら”具合が顔を出してしまっている。数日前に見つけてしまった新たな爆弾を、本能的に忘れようとしているのかもしれない。

 本日は、ロキ・ファミリアの一部の者が新ホーム完成のお祝いと、非公式ながらも先日の助力の御礼ということで手土産を持ってきてくれるらしい。とはいえ、ロキの所で宴を開く際にも動いていたのは眷属たちであるために、さして問題はないだろう。事前に伝書鳩にて連絡を受けていたために、既に簡単な“もてなし”の用意は終わっていた。

 

 主神であるヘスティアは、最初に顔を出して挨拶を行う程度のものとなるだろう。一緒に混ざって騒いでいても全く違和感は無いのだが、そこは“我神ゾ”のスタンスを通すらしい。

 本日はアルバイトもお休みとなっているようであり、こうして趣味の読書をして過ごしているというわけだ。誰にも見られていないのをいいことにドヤ顔のまま、インスタントながら紅茶のティーカップに手を伸ばして口に含み――――

 

 

 

 

 

『アア゙ア゙↑――――ンッ!!』

「ぶふーっ!?」

 

 

 無駄に中性的ボイスながらも下品極まりない、甲高くも野太くもなけれど濁った男の雄叫びを耳にして。口に含んだ中身を、盛大に卓上へとぶちまけていた。

 流石に大音量ということもないが、防音が効いているはずの室内でもソコソコの音量が聞こえた程。周りに建物は少ないが、下手をすれば近所迷惑となる音量と言えるだろう。

 

 

「な、なんだあ!?」

 

 

 兎にも角にも、状況の確認が最優先だ。勢いよく扉を開き小さな体をめいいっぱい使って廊下を疾走するも、再び先の雄叫びが木霊する。

 どうやら広い庭の方から聞こえてくるようであり、急ブレーキをかけたヘスティア・ミサイルは、そちらへと目標をロックした。他の者達も、数名が何事かを確かめようと廊下を駆け出すかどうか迷っているところでもある。

 

 

『アア゙ア゙↑――――ンッ!!』

「へ、ヘスティア様、いったい何が!?」

「こっちが聞きたいぐらいだよ!あれ庭へ出る扉ってどっちだっけ?」

「あっちです!」

「ゴメンよありがとう!こ、こんなフザケたことをするのは……!!」

 

 

 そして考えるは“叫んでいるのは誰か”という点であるが、こんな明後日の方向に想定外なコトをやらかすのは、可愛い可愛い1番眷属か2番眷属に他ならない。あの白髪コンビ、相変わらずやる事成す事の半分ほどが問題行動なのは彼女の気のせいではないはずだ。

 もっとも、この時点においては物的証拠も状況証拠もありはしない。単に己の直感と今までの行いから、彼女が決めつけているだけの話と言えるだろう。

 

 それでも、火のない所に煙は立たぬ。かつて何度も盛大なキャンプファイヤーを開催してきた二人だけに、真っ先に疑いの目が向けられても仕方のないことなのだ。

 

 

 事の発端は数分前、ベルが身に着けていた“ブラザーズ アミュレット・オブ ライフギビング”についての話が出た時に遡る。団員の一人がアミュレットに気付いて質問を飛ばしたことが発端なのだが、これはタカヒロからの贈り物だ。

 実のところちょっとしたエンチャント効果があるアイテムだと説明したタカヒロが、「こんなアイテムもあるのだぞ」と1つのアミュレットを取り出したことが要因だ。それを身に着けたベル・クラネルが、先ほどの雄叫びを発したわけである。

 

 

「クククッ……。べ、ベル様、どこからそんな声を出されたのですか……ククッ」

「も、もうだめ!あははは!」

「ハハハハ!だ、団長、すげぇっす……腹いてぇ……」

「ちょっ、ちょっと!ぼ、僕は出したくて出したわけじゃ!」

 

 

 顔を真っ赤にして言い訳真っ最中のベルながらも、今の雄叫びは場に居た全員が聞いている。何事かと中庭に出てくるメンバーに対しては「団長の雄叫び」としか伝わっていないため、ベル・クラネルは様々な視線を向けられるのであった。

 ということで、ヘスティアの推察は半分が正解。タカヒロがベルに渡したアミュレットによって、ベルは叫ばずにはいられなかったのだ。もう半分は、“どちらか”ではなく“連携プレイ”であった点だ。

 

 

 ――――アイテム名“ウィルヘルムの素晴らしき戦宝石”により付与されるアクティブスキル、“ウィルヘルム!”。なんともヤッツケなスキル名と言えるだろう。

 

 

 このアイテムを持ちだした、というよりは彼以外は絶対に誰も持っていない。そんな元凶のタカヒロ曰く「装備すると使用したくなるアクティブスキル」で、発声の言葉はともかく一応は使える分類のスキルらしい。

 そこそこの量のマインド(エナジー)を使うが半径6メートル圏内の敵に対して“混乱、防御能力低下、与ダメージ低下”の3種類の状態異常を4秒間にわたって付与するのだ。リチャージに8秒かかるために常時付与というわけにはいかないが、囲まれた際には絶大な威力を発揮する。

 

 それはともかく、叫び声についてはベル・クラネルの地声とは全く異なる中性的な男の声。それでも空に向かって叫ぶような様相と叫び声は、傍から見れば非常にシュールなものがある。

 装着していると叫びたくなるためにアミュレットを外したベルは、不思議そうにアミュレットを眺めている。見た目はアメジストの宝石のようで綺麗な代物なのだが、いかんせん効果のほどが問題だ。

 

 

 やがて息を上がらせたヘスティアがやってくるも、残念ながら“お客”も同時に到着した模様。故に何事かとつっかかる時間は与えられておらず、一行は玄関へと移動した。

 

 やってきたのはアイズとリヴェリアの二人と、レフィーヤとアリシア、そしてエルフ数名の者達だ。最初にアリシアが新築祝いの贈り物を渡しており、笑顔で受け取ったヘスティアは謝礼の言葉を述べている。

 手土産で機嫌を良くしたヘスティアはそのまま主な施設の案内を始めており、一行はゾロゾロと行列となっている格好だ。さも「我が定位置」と言わんばかりにタカヒロの真横がリヴェリアでベルの横がアイズ、その後ろにキーキーと音を出しかねないレフィーヤが続いているのはセオリーながらも見学会は進んで最後に中庭へと到達しており、案内は終了となっている。

 

 とここで、己が先ほどのアミュレットを手に持ったままだった事に気づいたベル・クラネル。レフィーヤもそれに気づいて何を持っているのかと問いを投げたために、一行の関心がそちらへ向くこととなった。

 王族であるリヴェリアの眼鏡からしても、やはり見た目だけは綺麗なこのアミュレット。それだけでロキ・ファミリアの女性集団の気を引いており、既に注目の的となっていた。

 

 

「そうだレフィーヤさんでしたら似合うんじゃないですか?付けてあげますよ!」

「えっ!?」

 

 

 突然何事かと、驚きと共に少し頬を染めるレフィーヤ。ベルとアイズの関係はほとんどの者が知っているために発言を耳にした者全員が疑問符を抱くが、今の段階においては口に出されることは無い。

 その瞬間、アイコンタクトにて“何か裏がある”という内容がアイズとベルの間で伝達されている。珍しく膨れっ面にならないアイズに疑問を抱いたリヴェリアだが、その答えはすぐに分かることとなるだろう。

 

 とはいえ真実を知らないレフィーヤは、少し高く鳴った鼓動を隠せない。かつての59階層や先日の一件で少年の勇敢さを知っており認めているからこそ、このようなシチュエーションでは異性として認識してしまっている。

 アイズ・ヴァレンシュタインが居るにもかかわらず、何をやっているのか。そんな類の内容を叫びたかったが、自分でも不思議ながらも、アミュレットを付けてもらうことを優先してしまっているのは乙女故に仕方のない事だろう。

 

 己の胸元に輝くアミュレットを見つめたレフィーヤ、何故だか喉の奥がムズムズする。ワナワナと小さく可愛らしく震えるも、奥底から湧き上がるこの葛藤は抑えられそうにない。

 ならば、開放してしまってはどうだろうかと自問自答。クシャミを我慢するような様相だったものの最後には我慢の限界を迎え、大空へと顔を上げると――――

 

 

『アア゙ア゙↑――――ンッ!!』

 

 

 やはり地声とは全く関係のない中性的な叫び声が上がった瞬間、周りはドッと笑いに包まれた。唐突にも程がある為ワンテンポ遅れたもののアイズもお腹を抱えて笑っており、此度はリヴェリアがツボに入ったらしくタカヒロの肩に顔を伏せて声を抑え込みながらも爆笑中。

 エルフにあるまじき、という言葉を体現したかのような声を発した実行者レフィーヤは目を見開いて盛大に茹で上がっている。そして即座にアミュレットを外すと上空へと放り投げ、顔を背けて笑いをこらえているベルの肩を掴み、乱暴に揺さぶり始めて猛抗議。直感的に、このアミュレットが原因であることを見抜いている。

 

 ベルを挟んで反対側ではアイズが可愛らしい笑いを見せているのだから、レフィーヤの羞恥具合は一入(ひとしお)だ。乙女心を弄ばれたようで、それはもう抱く怒りは有頂天。

 当の本人であるベルは“してやってり”顔で笑っている。こちらは文字通り、今まで無条件でキツかったアタリに対する“お返し(カウンター)”だ。

 

 

「あ、あ、貴方って人はああああああああ!!」

「ごめんな、さ――――い!!」

 

 

 故にレフィーヤの温度も更に上昇することになって掴みかかる強さも揺れ具合も増しており、やがてベルが庭へと逃げ出し彼女が追いかける格好となっていた。広さはある庭なので、思う存分駆けまわることができるだろう。

 

 

「た、たか、タカヒロ!な、なんなのだ、あれは……」

「さっきベル君が、このアミュレットを付けてやっていただろ?コレを装備した際に生まれる効果の副産物だ」

「やーっぱりそのアミュレットの仕業かい……」

 

 

 レフィーヤによって空中に投げ捨てられたアミュレットを綺麗にキャッチしたタカヒロは、笑い終えたアイズに対して「こんな感じ」と言わんばかりに外観を見せている。厳選に厳選を重ねたご自慢の一品であり、見た目はアメジストの宝石のようで美しいが、先のような効果があるというワケだ。

 そんなことをやっていると、庭を一周し終えたベルとレフィーヤが戻ってくる。ベルがアイズの後ろに隠れてしまいアイズも庇うようにして両手を広げたために、レフィーヤは怒りをぶつける場所がどこにもなかった。

 

 もっとも、このアミュレットが持つ効果のほどは叫び声を上げるだけではない。レベル1から装着可能な“レジェンダリー”等級となるこのアイテムには、当該レベルとは懸け離れる、途轍もない効果が備わっているのだ。

 

 

「山吹髪のエルフ君、魔法で損害を出すことだけは勘弁してくれよ?とにかくタカヒロ君、そんなロクでもない装備は仕舞った仕舞った!」

「ロクでもないとは聞き逃せんな。叫ぶデメリットこそあるが、れっきとした一級品のエンチャントが施されたアイテムだ」

 

 

 炉の女神ヘスティア。鍛えられ始めた直感が“ぶっ壊れ”の口から出される“一級品”という言葉を耳にして、身体()の悲鳴に備えるべくメンタルをスタンバイさせている。

 

 

「これを装着すればスキル効果が上がる上に、攻撃速度・詠唱速度・移動速度が、それぞれ12%も向上するのだぞ?」

「そんなフザケた代物なら猶更気軽に取り出すなアアアアアアア!!!」

 

 

 無情にも嘘発見器は反応せず、これはボクが預かると叫びつつ掴みかかるヘスティアだが身長差は歴然であり、上に掲げられたアミュレットに届くためには圧倒的に足りていない。ピョンピョンとジャンプしてつかみ取ろうとするも、どちらが先に疲れることになるかは明白だ。

 なお、当該アミュレットを装備したならば8%の経験値が加算されることについては触れられていない。そのことを知った途端、彼女はお腹を押さえて部屋へと帰ることになるだろう。

 

 

「えっ、タカヒロさん……詠唱速度向上ってことは、詠唱にかかる時間が短くなるのですか……!?」

「ああ、文字通りだ」

「そのようなエンチャントアイテムがあるのか……!」

 

 

 もっとも魔導士からすれば、“詠唱速度”の部類は見逃せない。たとえ数秒の削減だろうとも、死に物狂いで短縮を狙うことが1つの使命と言ってもいいだろう。

 例えば3分間かかる詠唱ならば、秒数換算したあとに12%の削減となるために計算結果は約158秒、つまり2分38秒で詠唱が完了することとなる。戦場における22秒の時間短縮がどれだけの効果を発揮するかは、説明するまでもないだろう。

 

 短縮割合などを説明したタカヒロだが、当たり前とはいえ魔導士の全員が目に力を入れて聞き耳を立てている。そのようなエンチャント効果があるならば、文字通り喉から手が出る程に欲しい一品だ。

 効能について考えているのは、ベルとアイズも同様だ。そして二人がそれぞれ必要としている時間に当てはめて考えると“数値”は出すことができないため、導き出される答えは1つであった。

 

 

「凄い、ね」

「凄いですね!」

「無詠唱の人は黙っていてください!!」

 

 

 ベルとアイズ、揃ってショボーンと項垂れる。確かにこの二人が使う魔法には、“一般的な詠唱”という概念は存在しない。そこの元凶が使用するアクティブスキルにも詠唱は無いために、ある意味では3人とも無詠唱に近いと言えるだろう。

 ベルに対する言葉だったつもりのレフィーヤだが、アイズのエアリエルとて同様だったことに気づきメトロノームのように何度も頭を下げている。庭の隅っこで体育座りのまま塞ぎ込むベルとアイズは、仲良く“どんより”とした空気を漂わせていた。

 

 

「しかし……いくら詠唱時間が短くなるとはいえ、あれ程の叫びを上げるとなると、立ち上げた魔力が暴走してしまいそうだ」

「……君も叫ぶか?」

「いらぬ!」

 

 

 メリットもあれば、デメリットもあり。装備の選定とは、難しいモノなのである。

 




■ウィルヘルムの素晴らしき戦宝石
・"アーーーーーーーー。"
・レジェンダリー アミュレット
・必要な プレイヤー レベル: 1
・必要な 精神力: 1
・アイテムレベル: 1
+8/+12% 総合速度
+8% 経験値獲得
19/29% 出血耐性
20/30% 減速耐性
+1 全スキル

■付与されたアクティブスキル:ウィルヘルム! (アイテムにより付与。本文とは違って任意発動です)
・ウオオオー
33 エナジーコスト
8 秒 スキルリチャージ
6 m 標的エリア
標的を混乱 4 秒
50 標的の防御能力低下 4 秒
15% 標的のダメージ減少 4 秒


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132話 呼び出し(1/3)

みなさんお待ちかね、みんな大好きローエルフのパートです()


 

 

「リヴェリア様、お戻りのところ失礼致します。門番より、お手紙を預かってまいりました」

「……私に?」

 

 

 夕飯が済んだ時間帯。黄昏の館にある自室に戻ろうとしたところ、同ファミリアのエルフの一人が丁寧な対応で、リヴェリア宛の手紙を差し出した。

 差し出すと言うよりは、献上すると表現した方がシックリとくるかもしれない。手紙を己の頭よりも上げて居る点が、まさにその表現と言えるだろう。

 

 

「はい、こちらにございます」

「ありがとう。……しかし、誰からだろうか」

 

 

 明らかに“手紙です”と主張するほどに至って普通の外観で、特に気取った様子もない。かと言って質素な様相もなく、便箋の閉じられ方も丁寧だ。

 しかし、時間がおかしい。機会としては滅多にないものの、もしも手紙があれば、朝食の時間帯に各部屋へと届けられるのがロキ・ファミリアにおけるセオリーとなっている。

 

 そのことをリヴェリアが聞いてみると、どうやらギルドの職員が、直接ロキ・ファミリアへと持参したモノのようだ。門番が受け取ったのが夕飯時だったために、少し間が空いた結果となったようである。

 持ってきてもらった礼を述べつつ受け取った彼女が裏面を見るも、差出人の名前は書かれていない。恐らく中身は小さな紙が1枚だけであり、簡易的な書物と言える程。とりあえず持ってきたエルフを下がらせると、自室へと歩みを向けた。

 

 だからこそ、差出人も謎である。ともあれ怪しいところは何も見られず、見ないと言う選択肢は選ぶべきではないだろう。

 自室に戻ったリヴェリアは丁寧に封を解き、やはり紙切れ一枚であった中身。シンプルにも程がある文面――――とは呼べない一文に目を向けた。

 

 

 ――――結果、教えに、来なさい?

 

 

 もう知る者も多くはない古いエルフ語にて記されていた文面は、只それだけ。書面の右下に名前すら書かれていないが、その筆跡は、かつての従者アイナ・チュールのモノだとリヴェリアならば容易に分かることだ。

 最後にクエスチョンマークが添えられた文章は、連絡がないために“おこ”である状態で書かれたモノ。そして親友であるリヴェリアならば、この一文に込められた内容が分かってしまう。

 

 しまった。と冷や汗が浮かび、少し前に色々とレクチャーされた光景が蘇った。色々とありすぎたことが言い訳になるだろうが、その時の御礼もしていない。

 結果としては大空の彼方に吹き飛んでしまって役立つことはできなかったが、色々と悩みを聞いてくれたことも、また事実。あの時アイナに相談することが出来て、どれだけ心が安らぎを得たかは、リヴェリア自身がよく分かっている。

 

 

 会いに行くというのが嫌なわけではないが、弄られる件については予測可能・回避不可能。あのアイナ故に、何を言われるかリヴェリアでも分かったものではない。

 ともあれ、事の顛末の報告は行わなければならないと腹をくくり。もう一度、アイナのもとへと行くことが決定した。

 

====

 

 そして、「〇〇日の昼食時を過ぎた頃に行く」「OK、じゃぁ〇〇日の当該時間で」的な手紙が交わされ、数日後の当日。今回は行方不明にならないよう事前にロキに連絡を入れて、リヴェリアはアイナが住む小さな町へとやってきた。此度は必死さがなかったために、前回よりも時間を要しての到着となっている。

 町に到着すると、馬小屋は1つの空きがあった。故に留置するところに困ることは無いために、その点においては“運がいい”結果と言えるだろう。

 

 担当者に賃金を払うと、リヴェリアはアイナの家へと歩みを進める。前回と同様にオラリオとは違って静かな町並みは、中々にエルフ好みのものと言えるだろう。

 大親友の家も町の一角にあり、大通りからは外れたところに位置している。ドアをノックしてしばらくするとアイナが出迎え、リヴェリアは開口一番で報告が遅れたことを謝るのであった。

 

 そして同時に、手土産の一つすらも持ってきていなかった事に今更気づく。普段ならば絶対にありえないが、アイナに報告しようとしている内容が内容であるために、少しポンコツな様相がお目見えしているというわけだ。

 輪をかけて謝るリヴェリアだが、ニッコリ顔のアイナの口からは「お土産話は沢山あるんでしょう?」と死刑宣告。レベル7とて後退りしかねない友人の表情に目を見開き、リヴェリアは引きつった様相を見せている。

 

 

 漫才は適度に終えると二人はそのままリビングへと赴いており、お茶とお菓子を摘まみつつ既に10分程度が経過中。互いに気の抜けた態度を示しており、そこには確かな信頼と友情が伺える。

 普段よりも少しだけ落ち着きのない様相を見せるリヴェリアに気付いたアイナは口には出さないものの、どうしたのかと内心で疑問が芽生えている。真相としては大したものはなく、前回のリヴェリアは寝不足だった上に色々と慌てていた(ポンコツっていた)為に、落ち着いて部屋を見渡すことができていなかったのだ。

 

 

 記憶にある、アルヴの森の王宮。そのアイナの部屋とは程遠く、無駄がないと同時に華やかさの欠片もない。

 しかし同時に、どこまでもリヴェリア好みだ。リヴェリアの場合は少しのアンティーク家具や植物などでお洒落にする傾向もあるのだが、その点については一般的な範囲と言えるだろう。

 

 リヴェリアが知っている限り、アイナがこの家に嫁いで早20年と少し。オラリオで冒険者を続けているうちに「子供が出来た」と連絡が来た時は流石のリヴェリアも盛大に驚いたが、同時に心から祝福した過去を持つ。

 そんな昔話に花を咲かせる二人だが、これは本来、リヴェリアがアイナの家へ訪れた時にやろうと思っていた内容だ。そして今回は、そこから話が飛躍することとなる。

 

 

「ってことで、今度はリヴェリア様の順番かしら?」

「……」

 

 

 上品で可愛らしいニヤニヤ表情と共に、アイナがリヴェリアを煽りに煽る。具体的に何がどうとは口にしていないが、今の会話の流れと彼女が置かれている状況から察することは容易いだろう。

 ということで、容疑者リヴェリア・リヨス・アールヴの自白タイム。此度の本題へと話が移り、リヴェリアは事の顛末を報告した。

 

 

「色々とあったのだが、望む結果に落ち着いた」

「よかったじゃない。おめでとう、リヴェリア」

「あ、ああ。ありがとう、アイナ」

 

 

 こうして面と向かって言われると当時を思い出すリヴェリアに、嬉しさと共に恥ずかしさが芽生えてくる。しかしながら友人からの紛れもない称賛の言葉であるために、リヴェリアもまた滅多に見せない笑顔で礼を述べるのであった。

 とはいえ、具体的にどうこうあったのかが気になるというのが女性という生き物だ。悶えるリヴェリアを突くようにしてアイナは、当時の互いの言葉を聞き出して真顔へと変わっている。

 

 

「……リヴェリア様。タカヒロさん、結婚について何か言ってた?」

「婚姻について?いや、特に何も聞いていない」

 

 

 アイナがこのような質問をしたのは、ちゃんとした理由がある。当時リヴェリアが口にした回答「不束者ですが」の(くだり)とは、相手の籍に入ることを決めた女性が口にすることが多い言い回しなのだ。

 まさかそんなことを口にしていたとは。と言いたげに唸る先生アイナだが、相手が何も言っていないならば問題はないと結果論に行き着いているのは仕方のない事だろう。

 

 

「それでな、その時のタカヒロはだな――――!」

「……」

 

 

 そして青年が活躍している話題になった途端、ポンコツ(lol-elf)化は加速する。火の通りを良くするための切り込みを入れた椎茸を目の中に入れているのかと言わんばかりに翡翠の瞳をキラキラさせ、やや前のめりな姿勢になって若干早口でまくし立てていた。

 苦笑気味なアイナが知るリヴェリアのテンションよりも遥かに高く、■■(検閲済)歳ほど若返ったのではないかと思うほどだ。事実、恋する心によって気持ち面は同等程度が若返っているために間違いではない。

 

 話題の相手も装備のことになるとスイッチがONからTurbo(ターボ)に切り替わるが、それとよく似た様相と言えるだろう。強く興味があることに対しては恥じることなく、素の自分を曝け出せるのだ。

 続いてタカヒロの為に料理を頑張っていると、自慢げに語る鼻高々で興奮中の堅物妖精(ポンコツハイエルフ)。彼女はさておくとして、そんな自慢話を耳にするアイナとしては料理以外の家事全般が気になるというものだ。

 

 

「ところでリヴェリア様。私が居なくても、ちゃんと、身の回りのことは出来てるんでしょうね?」

「そ、それぐらいは行っている。馬鹿にするな、アイナ」

 

 

 少しだけだが、どこぞの娘と似てプンスカな様相。アルヴの森に居た頃はアイナが身の回りの世話を行っており、“事実”を知っているからこそ念押ししている格好だ。

 ハイエルフならぬハイレベルとまではいかないが、その点について大きな問題は見られない。基本として一通りの事は滞りなくこなせるのが、リヴェリアが持ち得る家事スキルだ。

 

 

「でもねー……。今までは、それで良かったかもしれないけれど……」

「も、勿論だとも。言われなくても……分かっている」

 

 

 不貞腐れの影響で少しだけ上がっていた血圧は、そのまま羞恥に理由が変わる。急にしおらしい様相に変わったかと思えばカップを両手で包むように持ち、口元に運んでいた。

 まずは料理からと、前回の料理教室が終わってからも、アイズと共に練習中。リヴェリアとて慣れぬこと故に一筋縄ではいかないが、それでも少しでも相手の為になればと、集中して取り組んでいる様相だ。

 

 程度はどうあれ、かつてアイナとて通った道。従者だった為に料理以外はパーフェクトヒューマンならぬパーフェクトエルフだった彼女は、現在においては最強レベルの家事スキルを所有していることは言う間でもない。

 ということで、リヴェリアが家事一般について色々と質問する状況が生まれているのは必然だ。少しでも要所を抑えて早く上達できればと、彼女も何かと必死なのである。

 

 

「なるほど……流石アイナだ。分かりやすい、とても助かる」

「どういたしまして。それにしても、まさかリヴェリア様と、こんなことを話す時が来るなんてねー……」

 

 

 身の回りの世話をしていた頃からリヴェリアのお転婆さは知っていたつもりのアイナだが、そこはアイナも同じエルフで王宮住まい。王族直結のリヴェリア程ではないが、恋愛について興味を持つ機会など無いに等しい。

 自身の周囲で発生する婚姻についても、決められた見合いを元に成り立つモノが10割を占めていた程だ。アイナに婚姻の話が舞い込んでこなかったのは、リヴェリアの従者ということもあったが、両親を亡くして天涯孤独であったことも大きな要因の一つとなっている。

 

 

 とはいえ、エルフにしては身長が低めな上に女性としての丸みを帯びたプロポーションを持つアイナは、リヴェリアを上回る女性らしい身体つきと言えるだろう。蛇足だがそれはヒキガエル宜しく全身の丸みではなく、スポットを当てた部分の状況である。

 王族の血を引く名残である翡翠の瞳と、リヴェリアと比べると薄まってはいるが翡翠の髪を持っているのだ。名残は持ち得るスタイルにも現れており、目にした男の大半が思わず振り返るほどのものがある。

 

 

「あの時は……なんというか、色々と酷かったな」

「ええ、ホントにね……」

 

 

 故に異性に対する興味が薄いエルフの集団では目立たずとも、外へと出たならば話は別だ。話題が昔話に戻っている二人は、森を飛び出して他の町へと訪れた当時のことを口にする。

 ともあれ、双方ともに呆れ顔と溜息しか生まれないのが実情だ。“視姦”と呼ばれる舐めるような視線を多数向けられただけならば軽傷であり、今と変わらず酒好きだった主神に連れられて酒場へと足を運んだのが運の尽き。

 

 俗にいう色男ならば女性として最低限の扱いを見せてくれたが、それを除いた“酔っ払い”は女どころか雌としか見ていない。あまり酒には強くないが悪い酔い方はしないフィンについては問題がないと判断したリヴェリアながらも、周囲から視線を向けている有象無象については話は別だ。

 取り返しのつかないことが起こらないかと危惧していたが、やはり事件は起こってしまう。酔いに酔った男の一人が座っていたアイナの手首を掴んで強引に立ち上がらせ、抱き寄せてしまったのだ。

 

 

「私の異性嫌いが加速したのは、その時かもしれん……」

「あはは。あの時のリヴェリア様。かっこよかったけど、本当に怖かったわよ」

「そ、それは忘れてくれ」

 

 

 ここ数カ月は段々と性格が丸くなってきているリヴェリアながらも、当時における剣幕は凄まじいものがあったらしい。褒められて嬉し恥ずかしいリヴェリアは、アイナと共に当時の光景を思い返している。

 レベル1とはいえ背中に刻まれた神の恩恵(ファルナ)があるために、華奢な見た目に反して持ち得る筋力は常識とは程遠い。大の男の胸ぐらを掴んで持ち上げることなど造作もなく、周囲は一瞬にして静まり返ったと、アイナは過去を懐かしむように口にしていた。

 

 “穢れた世界”と表現されていた、森の外で起った出来事。確かにアルヴの森ならば絶対に起こりえないと言える程であるために、自ら火中へと飛び込んだ状況に他ならない。

 

 

「事が知れれば、父上から“それ見た事か”と、苦言を貰うのだろうな」

「あー、確かにね……」

 

 

 確かに外へ出ること無く森に住んでいた方が、苦労することもなかっただろう。衣食住や収入に関して不自由することなど皆無と言え、それこそ死ぬまで困ることは無い。

 身の安全についても同様だ。精鋭と呼べるエルフの戦士たちは神の恩恵(ファルナ)こそないものの、もしも彼女の身に何かあれば、命を差し出す覚悟を抱き駆けつける。

 

 

 まったくもって、理想の暮らしと言える程。それでも――――

 

 

 

 

「でも……本当に、色々あったけど。やっぱり森の外に出て良かったって、今なら思うわ」

「……ああ。私もだ、アイナ」

 

 

 互いに少しだけ視線を外して下に向け、親しさの中に規律ある表情もまた僅かに緩め。心中に浮かべるは、互いが心を寄せる相手の顔。

 

 森を出て外へと飛び出さなければ顔を合わせることもなかった、愛しい相手との出会い。そんなたった一つの出来事が、先の会話を生み出している。

 今まで守ってもらった同胞、森の戦士たちには申し訳ないと思いながらも。無数の精鋭よりも、己の為に駆けつけてくれるたった一人の存在が、リヴェリアにとっては何よりも嬉しいのだ。

 

 

 世界を見るために森を飛び出した彼女だが、今における心境は、その一人の青年に染まっている。相手方も“装備第一”なポリシーが浄化されつつあり持ち得る心の大半がリヴェリアで染まっている為に、ある意味では似た者同士と言えるだろう。

 

 

「ん?」

「あら、お客様かしら。リヴェリア様、少し待ってて」

「ああ」

 

 

 玄関のドアが少し気品のある叩かれかたをしたのは、そのタイミングであった。扉の方に顔を向ける二人だが、どうやらアイナの中では“アテ”がある模様。

 あまり不思議がることなく、少しだけ急いだ歩みを見せて玄関へと移動中。なんとも家の奥さんらしい光景だなとリヴェリアが薄笑みを浮かべ背中を追い、数秒後に顔の向きを正面へと戻した。

 

 一方で、どうやら扉を開けたアイナのアテは違っていたようで内心では苦笑の表情を浮かべている。来客という相手の面前であるために口や顔には出していないが、「情報と似ているけれど、流石にここまで若い事はないだろう」と思っているのが実情だ。

 

 

 しかし手土産の小袋を片手に訪ねてきた者を最もよく知る人物の中に、リヴェリアの名前がある事は確実だろう。「お招き頂いた」と玄関から聞こえてきた声もまた、リヴェリアは人混みの中においても聞き分けられる自信がある。

 いつかは面と向かって紹介しようと思っていた青年が口にする、据わった声。リヴェリアにとって耳通りのよい口調の出だしに対し、正面へ向いていた顔を驚愕に変え、音よりも速く玄関へと向けたのであった。

 

 

「なっ、タカヒロ……!?」

 



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133話 呼び出し(2/3)

装備キチ無双


 

 リヴェリアからすればこの地に居るはずがない、ワイシャツを着た仏頂面の一般人。その眼前に居るアイナは、“コレ”がタカヒロだったのかと非常に驚いている様相だ。

 実は、彼女によって書かれた共通語の手紙はタカヒロ側にも届けられている。どうせリヴェリアが相手を連れてくることは無いだろうと予測したアイナだが、どんな相手なのか目にしたく、折角なので同日に呼び出した格好だ。

 

 ギルド職員のエイナがロキ・ファミリアの門番とは別に、ベルを経由して渡していたその手紙。詳細な地図と呼びだした理由が書かれた手紙が、リヴェリアには内緒との内容で届けられていたのだ。

 

 ということで、今は流石にとげとげしいフルアーマーでこそないものの。今まさに目の前、家の奥で石になりながらも顔を向ける先に居るこの人物こそが、“お相手”であることは間違いないというわけだ。

 

 

「ええっ、貴方がタカヒロさん!?」

「ええ、この度はお招き頂き」

「わっか――――い!えーっ!?」

 

 

 アイナ・チュール、病気の影も引っ込み昔のお転婆染みた自分に逆戻り。タカヒロが謝礼の言葉を言う暇もなく、四方八方から青年を観察している状態だ。

 数十秒ほど経った後、此度のお客であることを思い出してアイナはタカヒロを招き入れている。相変わらず固まったままのリヴェリアの隣に座らせて、普通にお茶を注いでいた。さも普通のようにタカヒロも受けており、ここだけ見れば違和感など欠片もない。

 

 

 前回のレクチャーで、相手の男性が非常に大人びていると聞いていたアイナ。てっきり己の夫と同じぐらいか少し上の者が出てくるのかとばかり思っていたらしいが、思いっきり裏切られたらしい。

 リヴェリアから彼女アイナの性格を聞いていたタカヒロとしては、話通りに随分と活発的な様相だと受け取っている。それにしても、この美しさで二子の母だというのだから驚きだ。

 

 とはいえ、その驚きも示している暇はない。放たれるマシンガントークに対して軽く苦笑した表情で返すことしかできず、タカヒロが実年齢を口にしたこともあって、場のペースはアイナのモノとなっていた。

 

 

「うっそー!?ちょっとちょっと何よリヴェリア様、貴女そんな趣味だったわけ?」

「ち、違う!そのような趣味があるわけではない!」

「だったらこんな若い子を引っ掛けないでしょうー?」

 

 

 ねぇー?と同意を得たそうに、アイナはタカヒロに顔を向けた。男が置いてけぼりにされているが、女性“あるある”な状況と言えるだろう。また、アイナ本人もそれに似たことをしており、年下好みな遺伝子は、シッカリとエイナ・チュールへと受け継がれている。

 しかしそこには、普段見せている仏頂面の青年が居る。先ほどまでの少しだけ陽気だった気配はどこにもなく、眉間には少し力が入っていた。

 

 

「お言葉ですが、今の発言は自分に対しても当てはまる。自分は決して、年上が趣味だから彼女に惹かれたわけではありません」

 

 

 しまった。と言いたげな表情をして、アイナはバツが悪そうに二人に対して可愛らしく謝った。言葉を貰ったリヴェリアは嬉しさ半分、なぜかエッヘンと言わんばかりにドヤ顔を示している。lol.

 もっとも、青年がそれに触れることは無い。場の雰囲気を治すためか、タカヒロは軽く溜息を吐いて声のトーンを戻すこととなった。

 

 

「そして自分は、あと半年もすれば25歳です。若いと呼ぶには程遠いでしょう」

「何言ってるの十分若いわよ、リヴェリア様なんて――――」

 

 

 今まで聞くに聞けなかったタカヒロ、予期せずして相方の実年齢を知る。“アラサー(30代)”ならぬ“アラサウザンド(1000代)”ではなかったものの、中々の数値であった。レベル7の敏捷性を発揮して瞬間移動し口をふさいだリヴェリアだが時すでに遅く、数値は相手の耳に届いている。

 それでも、青年が特別な表情を浮かべることは無い。正直なところ別に何歳でも構わないと言うのが本音であり、それも表に出しておらず、今のやり取りは無かったように振舞っている。なお、アイナもまたリヴェリアと同い年とのことであった。

 

 事実、タカヒロは話題を変えてしまっており、いつのまにかアイナとリヴェリアの仲についての話となっていた。過去を懐かしむように口にするアイナと「お前もそうだったではないか」とツッコミを入れるリヴェリアの姿は、本当に仲の良い友達と言えるだろう。

 普段のファミリアなどで見せるリヴェリアと程遠いのは変わらないが、己に向ける顔ともまた少し違った彼女の姿。第三者が居るためにデレることはないが、新たな一面を目にすることができて、青年も内心ではご満悦だ。

 

 

 まるで、相手の親と行う面談のようである。馴れ初めをほじくり返され、背中から魔法をぶっ放したリヴェリアの事実を知ってドン引きするアイナや要所要所で必死になって恥ずかしさを否定するリヴェリアなど、賑やかな様相だ。

 しかしタカヒロとしては、一応は王族であるリヴェリアに対してフランクに接するアイナに違和感を感じているようだ。ロキ・ファミリアにおけるエルフの対応が基準となっているだけに、違和感は猶更の物があるらしい。

 

 そこで二人の仲を聞いてみると、かつての従者だったことが伝えられている。年齢も同じながら、姉のように接してきたことが多々あるのだと、リヴェリアは過去を懐かしむように口にした。

 「だからフランクなのか」と思ったタカヒロだが、どうやらそれだけでもないようだ。続けざまに、アイナの口から祖先のことが語られる。

 

 

 実は、アイナ・チュールという女性。嫁ぐ前の名前アイナ・ウィスタリアの祖先をさかのぼると、リヴェリアの父“ラーファル・リヨス・アールヴ”と同じ祖先に突き当たる。ラーファルの更に祖先である故人、“リシェーナ・リヨス・アールヴ”の子孫なのだ。

 リシェーナについてはタカヒロも書物経由で少しだけ知識があり、本当かどうかは不明ながらも“穢れを知らない”とされるハイエルフ、“セルディア・リヨス・アールヴ”の妹だ。セルディアとは当時居たとされる大英雄アルバートのパーティーメンバーの一人であり、千年前に存在したとされているハイエルフなのである。

 

 そんな血筋にあるアイナとはいえ、拡大家族の血筋であるために“アールヴ”の名を名乗ることは許されていない。拡大家族とは同じ家に住む者を示す言葉ながらも、“城”を家という扱いにすれば意味は通じる事だろう。

 なんせ、幼いころからリヴェリアの従者として暮らしてきた人物なのだ。薄まっているとはいえ血も繋がっており、二人は立派な家族として成立する関係にある。

 

 

 エルフの始祖であるアールヴの血筋が話題の中心ということで、エルフスキーなタカヒロのテンションも少しだけ上がっており、少し表情に変化が見える。もっとも当時については記録が少なく謎が多いために不明な部分だらけとなっており、都市伝説クラスの話となっていた。

 “穢れを知らない”という書き回しも、“女性らしい生き方ができなかった”ことを遠回しに憐れむ表現と受け取ることもできるだろう。その点については作家に聞くしかないが、どちらにせよ真相は闇の中だ。

 

 

 その他、様々な話題が場に出される。リヴェリアがオラリオで見せた奔放さがメインであり、タカヒロの事についてはあまり触れられなかったのだが、「アー↑ルヴだー!」事件の話題を口にしかけたタカヒロにリヴェリアが掴みかかったタイミングで、アイナが口を開いた。

 本人相手に聞きにくいこともあるだろうと、アイナは発言の敷居を下げるような立ち回りも見せている。せっかくなのでタカヒロは好意に甘え、最も気にしていることを口にした。

 

 

「お付き合いさせて貰っているために、問題が起こらないかという純粋な疑問と不安からの質問ですが……リヴェリアがアルヴの森に居た時間はヒューマンからすれば永かったと思いますが、王族としての婚姻の話などは?」

「そう思うわよね、でも全く無かったわ。エルフはヒューマンと違って見た目もあんまり変わらないし、授かる確率は低いのだけれど、安全に子供を産める期間も永いのよ。だから、その辺りの強制力は緩いわけ。エルフ同士の結婚をヒューマンが知ると、年の差婚と受け取られるのはよくある話よ」

「なるほど」

 

 

 そうなれば、少なくともリヴェリアの故郷から刺客がやってきてー、などという事態には成らないだろう。タカヒロとしては、少し肩の荷が下りた状況だ。

 それでもアイナからすれば、青年の覚悟を計りたいところだ。万が一の話と前置きしたうえで、エルフの剣士や魔導士が大挙して「リヴェリアを返せー!」などと押しかけきて戦いとなったならばどうするかと、陽気さを匂わせながら問いを投げる。

 

 

「相手が引かぬ上に、リヴェリアが自分を選んでくれると言うならば……」

 

 

 するとどうだろう。タカヒロが見せる表情と気配が、突如として一変したのだ。

 

 

「全てを噛み砕き、吐き捨ててやろう」

 

 

 今までの青年の顔とは打って変わって、冷血な人格が顔を出す。自然と僅かに立ち上がる殺気(激怒)に身震いしたアイナは戦闘については詳しくないが、それでも分かってしまう程の強烈さを秘めているのは明らかだ。

 すぐ横では少し胸を張って自慢気にドヤ顔を晒しているハイエルフ(lol-elf)が居るが、分かってやっているのかどうかは定かではない。それでも、タカヒロという青年がリヴェリアのために身を捧げる覚悟を抱いていることは、アイナに伝わったようだ。

 

 ともかく、あまりこの話題を伸ばすことは良くないだろうとアイナは考えている。そのために別の話題を出そうと考えると、先ほどの“歳の差婚”付近の言葉を思い出した。

 一転して、アイナの表情が怪しくなる。何かあるのかと感じ取ったタカヒロだが、想定外の言葉が口に出されたのであった。

 

 

「それなら安心ね。だからタカヒロさんも、頑張っていっぱいリヴェリアとの子供を」

「ななななな何を言い出すアイナ!!ま、まだ婚姻には至っていない!!」

「あら、どうしたのかしらリヴェリア様。“まだ”ってことは、もしかして結婚したい気持ちは満々なのかしら?」

「っ~~~~!!」

 

 

 ドヤ顔から一変して食い掛ったリヴェリアは耳まで真っ赤にして歯を食いしばり、目を見開いてアイナに顔を向ける。両腕は拳に力が入って鎖骨の位置に持ち上げられており、もう少しいじられれば、身振り手振りのパフォーマンスが始まることだろう。

 振り上げた拳を降ろす場所がない、というわけではないが、アイナに指摘された点は正解――――オブラートに包むならば、間違いではないために否定できない。この発言者がロキならば、今頃は星の1つになっていたことだろう。

 

 

「リヴェリアとの結婚、か」

 

 

 青年としても、何か思うところがあったのか。相変わらず据わった表情と口調はそのままなれど、ポツリと零れるように言葉を呟いた。

 それを耳にしたリヴェリア。手を差し伸べられたのだと判断し、タカヒロに対して言葉による援護を要請する。

 

 

「お、お前からも、何か言ってやってくれ」

「それ以上の未来はない」

 

 

 味方かと思えばまさかの敵でもあり、実質的に二対一であった。ポツリと零れた青年の言葉を拾ったリヴェリアだが、その一言で綺麗にハートを射抜かれている。横に居るタカヒロの肩を掴んで揺らそうとするも、メンヒルの防壁は揺るがない。

 クソ度胸から放たれた仏頂面の本音は相変わらずの攻撃力であり、ある意味でカウンターストライクな状況も攻撃力が高い原因の1つだろう。忘れてはいけないが、その男のジョブは報復ウォーロードだ。

 

 そんなジョブから放たれたカウンターな言葉を耳にしたリヴェリアは顔を突き出してタカヒロの横顔を視界に捉えつつ目を見開き、耳まで真っ赤に染めて鯉のごとく口を小さくパクパク。やがて口元は栗のような形状となり、何かを言いたくても嬉しさが上回っている為に言葉を発することすらできないらしい。

 数秒後にはダイニングテーブルに額を付けて頭から湯気を出す程に茹っており、両腕は翡翠の髪と共に力なく床へ向けて垂れ下がっている。互いの気持ちも合致してるし結婚しちゃえば?と笑いながら軽いノリを見せるアイナだが、そう簡単に決めて良いものではないだろう。男側はまだしも、女側は“王族”だ。

 

 

 それにしてもアイナとしては、目の前で茹っているのが、恋愛方面にいては微塵の隙も無かったリヴェリアとは思えない。この青年の前においては、こうも隙だらけの可愛い女になってしまうなど、流石のアイナでも予測し得なかったことだ。

 かつて己の目の前でも見せることのなかった、リヴェリアの姿。彼の前では臆することなく出せるのかと思うと少しだけ嫉妬の心が芽生えてしまうが、そう振舞える相手を見つけることができたリヴェリアを心から祝福している。

 

 

 先ほどは青年の不安を聞いたアイナは、今度はリヴェリアに対してそんなことは無いのかと問いを投げる。むくりと上体を起こしオデコが少し赤い彼女は茹で上がり具合は収まっており、一変して不安げな表情を浮かべている。

 ――――無い事はない。出されたその言葉に、タカヒロとアイナは何事かと、彼女の瞳に目を向けた。

 

 

「……無い、という事はない。タカヒロの心をちゃんと掴むことができているか、会わない日は一層のこと心配を抱く。もっともっと何かをせねばならないのではないかと、不安に駆られるのだ」

「待て、これ以上に何をする気だ。次の一手となれば、握り潰すことぐらいしか残っていないぞ」

 

 

 つまりは、しっかりガッチリ掴んでいるということ。彼女の不安を一蹴する面白い例えに軽く笑うアイナだが、今の言葉を思い返してツボに入ったようで可愛らしい笑い顔を見せている。同様に苦笑の表情となるリヴェリアは、嬉しさのあまりタカヒロの腕を取って抱き着いていた。

 それにしてもアイナとしては、何故リヴェリアがそのような感情を抱くのかが不思議である。傍から見ても悪い感じは全くないために、笑いが収まった彼女はリヴェリアに対して問いかけた。

 

 

「……今まで、まったく知らなかった事だ。そして心から尊いと思うからこそ、怖いのだ。いつか破綻し、痛み、悲しみが生まれないかと脅えてしまう」

 

 

 すると、こんな乙女チックな文言が返ってくるわけで。素で言っていることが明白であり、今までに知らなかったリヴェリアの天然っぷりを感じ取ったアイナ側が悶えるという奇妙な光景が広がっている。

 

 

 アイナの体調に異変が生じたのは、その時だった。突然と強めの咳を連続して見せており、表情も苦しそうな様相を隠せていない。

 タカヒロとリヴェリアもすぐさま立ち上がって駆け寄り、背中を摩ったり水を用意したりするなどして対応する。

 

 

「大丈夫ですか」

「アイナ、しっかりしろ!」

「ケホッ、ケホッ!」

 

 

 故郷アルヴの森を飛び出して以降、しばらく経ってから発現して今に至るまで続いている、持病のような咳と気怠さ。今日も薬は飲んでいたアイナだが、本日は予想以上に盛り上がり、お転婆が過ぎたらしい。

 普段から飲んでいる薬も単に咳と気怠さを抑える程度のもので、根本的な解決には至っていないという内容だ。咳き込む彼女を覗き込むようにして本気の心配した表情を見せているリヴェリアの様相が、青年の目に痛々しく映っている。

 

 医療の知識など欠片しかないタカヒロだが、治せるであろう1つのスキルは持っている。しかしコレはリヴェリアに対して明らかに“在り得ない”と捉えられるものであり、本音では、できれば使いたくない代物だ。

 スキルを所持していると伝えたことで、リヴェリアが向けてくれる瞳が変わってしまうことが怖いというのが、タカヒロの本音である。ドライアドのことを未だに伝えていないのは切っ掛けがない為に忘れられているだけなのだが、此度においてはドライアドですらも霞むモノ。エルフにとっては恋する相方が所持していれば狂喜乱舞となるモノでもあるのだが、青年の中においては、前者の怖さが上回っているらしい。

 

 いかなる苦境やモンスターを相手にしても怯まない強靭な精神力も、リヴェリアが絡むとなると弱々しい。アイナ・チュールに対して申し訳なく思うも、時が来れば必ず使うことを心の中で約束していた。

 

 

「リヴェリア、彼女を安静にさせよう。寝室ならばベッドがある筈だ」

「あ、ああ!アイナ、しっかりしろ!」

 




少し前にも話題(?)になったリヴェリアの年齢についてですが、アニメ円盤の特権書き下ろしSSにある“ハイエルフの旅立ち”に“里を出た時(ロキ・フィンと出会った時)の年齢”が記載されており、そこから何年経ったかを計算していくと“99という数値”になるようです。
ホントかよと思いつつ今更ながら円盤を購入したところ本当に書いてあった一方、例え20歳や30歳だろうが、500歳だろうが本作のストーリーに影響することはありません。
なので本作における彼女の年齢は読者様にお任せとしまして、とりあえず1000歳未満とだけ設定させていただきます。
(流石に1000歳だと親族も含めて神が来る前の時代と重なるので、リヴェリアが1000歳以上というのは無いかなーと……。)


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134話 呼び出し(3/3)

大団円に向けて(ボソッ)


 先程まで続いていたお喋りによって時は飛ぶように流れており、気付けば辺りは夕焼けが始まっていた。アイナの咳と合わせるように、巣へと戻るのだろう鳥の声が響いている。

 

 森を出てから続いている、咳のような症状。此度は色々と安静にしていなかったこともあってか、少し強めの症状として表れているようだ。

 リヴェリアはアイナを寝室へと運んでベッドに寝かせており、タカヒロは水や果物、そしてリヴェリアが座る椅子などを準備中。果物については台所で目についたものを勝手に持ってきただけながらも、アイナがそれについて怒ることは無いだろう。

 

 小さなナイフと共に皿に乗せて椅子と共に持ってくると、リヴェリアは感謝の言葉を述べるとともに善意に甘えて席に着く。しかし視線はすぐにアイナへと戻し、収まらない咳に対して不安な様相を隠せない。

 

 

「……リヴェ」

「無理して言葉を出すな。安静にしていろ、アイナ」

 

 

 客人である二人に手間を掛けさせたことを、申し訳なく思っているのだろう。気遣おうとするアイナに対して咎めるリヴェリア、そしてすぐ後ろで静かに頷くタカヒロを目にして、アイナは再び天井を見上げて安静の姿勢を取った。

 とはいえ咳はすぐに収まらず、暫くの間隔を置いて一定時間続いている。喉を傷めないように湯を沸かすなどして湿度を増やしているタカヒロだが、そのさなか、玄関の扉が開く音が室内に聞こえてきた。

 

 

「アイナ、大丈夫か!」

 

 

 直後に聞こえてくる、成人の男が発する感情的な声。バタバタという足音もまた響いており、数秒もかからないうちに、アイナの部屋の扉が勢いよく開かれた。

 仕事を終えて帰宅したアイナの旦那――――さすがにタカヒロよりも二回りほど高齢であるのだが、娘のエイナの年齢を考慮すると仕方のないことだろう。

 

 ともあれ、帰宅直後にアイナの咳を耳にして慌てていることは間違いない。来客が来ることは知っていた為にタカヒロとリヴェリアを目にして驚くことはなく、逆に看病してもらっている状況を目にして謝礼の言葉を口にしていた。

 こちらもまた、リヴェリアと同様以上に心配の表情を隠せない。名をカイと口にした男性の言葉に対し、タカヒロもまた簡潔な自己紹介を行っていた。

 

 加湿が効いたのか、暫くするとアイナの咳の症状も収まりが見え始めた。空元気なのだろうがリヴェリアや夫に向かって笑顔を見せており、タカヒロはコッソリと部屋の外に出てプライベートのスペースを確保している。

 気付けば日はすっかり沈んでおり、そろそろ腹の虫が鳴り出す頃と言っても過言ではないだろう。何か簡単なものでも料理するかと相談しようとしたタカヒロに対し、部屋の内側からドアが開かれる。

 

 彼が居ないことに気付いたリヴェリアが確認のために出てきた格好であり、タイミングとしては丁度いい。プライベートを尊重していたことを一言で終えると、話を逸らすかのように夕飯の相談を行っていた。

 

 

「食材は明日にでも補填しよう。簡単なものになるだろうが、自分が何か料理を」

「いや、私が作る。お前は何かと博識だろう。アイナを頼む、タカヒロ」

 

 

 別に博識と呼ばれる程の知識はないのだが、任された以上は気合が入るというものだ。他ならないリヴェリアの大親友を任された事実もあって、青年の気合も一入(ひとしお)である。

 

 そんなこんなで時間も経っていたらしく、リヴェリアが廊下に顔を出して夕飯の運搬を依頼していた。二人で夕飯をアイナの部屋へと運んでいき、そこで全員揃って食べるらしい。

 スープにパンを浸すという単純なメニューながらも、病人でも問題なく食すことが出来るだろう。アイナは開口一番で感謝の言葉を述べたあとに「あのリヴェリア様の料理なら、症状が悪化するかも」と、かつての家事スキルの皆無さを棚に上げて煽っている。

 

 もちろん今の言葉は、リヴェリアを元気づけるためには煽ることが一番と知っている為。現に「なんだと?」と口にするリヴェリアは、すっかり元の姿に戻っている。

 かつて何度も煽ってきたタカヒロも、アイナの夫のカイも、少しだけ柔らかな表情でやり取りを眺めていた。もちろん料理の方は食したところで何ら問題はなく、各々の胃袋に納まっている。

 

===

 

 時刻はすっかり夜となり、症状が収まり暫く経ったこともあって、外の空気を吸って来ようとリヴェリアが提案する。それが病気に対して吉と出るか凶と出るかは分からないが、とにかく何かをしてあげたいという衝動に駆られているのだ。

 月明りが優しく見守る中で町外れの丘へと歩みを進め、不安げな表情を浮かべて寄り添い歩くリヴェリアを元気づけるように、アイナは明るい表情と言葉を選んでいる。そんな二人の姿は、仲の良い姉妹と捉えることもできるだろう。

 

 

 後ろを歩く二人の男は邪魔をしないようソコソコの距離を取っており、自然と二つのグループに分かれている。前を歩く二人の声は、こちらには全く届かない。

 

 

「タカヒロさん。良ければ少し、お話……いえ。相談をさせて頂いても、宜しいでしょうか」

「……ええ、私でよければ」

 

 

 話しではなく、相談と言い直したカイの表情を、タカヒロは盗み見る。建前上は承知の返事をしたタカヒロだが、内容によっては逆に彼が悩んでしまうものになるだろう。

 なにせ、二回りも年下なのだ。“私でよければ”という言葉を付け加えたように、自分が回答できるものがあるのかと不安が芽生えているのは仕方ないことだろう。

 

 

 二人は近くの岩に腰を下ろし、間には人一人分の隙間が伺える。暫く続いた静寂の後に、カイは静かに口を開いた。

 

 

「タカヒロさんのような若者にする相談でないことは、承知の上です。そして、この年になって、情けない限りです」

「……話してみてください。答えが出ずとも、吐き出すことで緩む。そんな悩みもあるでしょう」

「……寿命を迎え、潔く死ぬことが……アイナを残して逝くことが、怖いのです」

 

 

 人生相談と分類されてしまうような、決して軽くはない内容。輪をかけて自分が答えることが出来るのかと不安になるタカヒロだが、それでも真剣に聞き取る(さま)さは緩ませない。

 

 エルフとヒューマンでは、基本的に、死を迎える平均年齢が圧倒的に懸け離れている。例え結婚時にはエルフの方が遥かに年上だったとしても、どちらの寿命が先に尽きるかは明白だ。

 

 

 カイ・チュールという男が、アイナ・ウィスタリアと結ばれる時。そのことを意識して、納得し、覚悟したはずだった。

 

 

 しかし娘が生まれ、第二子が生まれ、職と子育てに追われる幸せな日々。やがて娘がオラリオへと出稼ぎに行き、暫くして己の体力の衰えを感じ、髪の毛に白い線が、顔に小じわが増え。

 死と言う現実と向き合い、その現象に一歩ずつ近づいていると実感した時。残される家族の事を思うと、たまらなく怖くなった。

 

 歳をとり、寿命を迎えたならば天に召す。ヒューマンだのエルフだのにかかわらず、定命(じょうみょう)の者の全てが持ち得る(ことわり)だ。

 

 老いるカイと違って、出会った頃と変わらず美しいままのアイナの姿。カイとて年の割にはしっかりとした身体つきなのだが、それでも衰えを感じているのが実情だ。

 だからこそ余計に、アイナを残して先に逝くという怖さを強く実感しているのだろう。そして同じ悩みを抱える者など世界を探しても非常に少なく、少なくともカイの周りには存在しない。

 

 

 それも、今日までの話。まだ結婚には至っていないことは知っているが、それでも、どのような考えを抱いているかを聞かずには居られなかった。

 

 

 「情けないと思うだろうが」との出だしで始まった問いは、カイの心境を十分に表している。相手が年下であることも、大きく影響しているだろう。

 年齢にしては非常に落ち着いているとカイが感じる、二回りほど年下の青年。悩みを打ち明けている最中も軽く相槌を打つ程度で落ち着きを崩さず、聞くことに専念している。

 

 カイへと向けられる眼差しは、ひたすらに真っ直ぐだ。そして心の内が全て吐き出されると、タカヒロは、ゆっくりと口を開く。

 

 

「知っての通り、自分は未婚者です。カイさんが抱く感情を、計り知ることはできません」

「……そう、ですよね。失礼しました、変なことを聞いてしまい……」

 

 

 答えの一例といえど、経験のないタカヒロには、その一つすらも分からない。だからこそ嘘偽りのない本心を口にしているが、真剣さは崩さない。

 此度においては相手が年上であるものの、基本として面倒見の良い青年が、そんな内容の回答で終わることもないのだ。かつてのアイズの時のように相手が不安へと落ちる前に、抱く考えを口にした。

 

 

「同じ男だからでしょうか、強く在ろうとする心は分かります。ですが……抱く恐怖を、奥様と話し合うべきでしょう」

「アイナと……?」

「先に逝く恐怖があるように……愛する者に先立たれる恐怖もある筈です」

「っ……!」

 

 

 先立つ不安があるならば、その逆もまた存在する。カイの反応を見る限りながらも、どうやら互いに面へと出したことは無いらしい。

 

 

「ならば猶更の事、想いを打ち明けるべきでしょう。貴方にとってのアイナ・チュールさんは、頼りになるエルフではありませんか?」

 

 

 どこかポンコツ化する時はあるもののタカヒロが頼れる相方、リヴェリア・リヨス・アールヴ。その従者だった者であり、リヴェリアが心から認める、頼りになる親友。

 “それ程の姉さん女房”が、頼りにならないはずがない。相手のカイは己よりもアイナ・チュールのことを知っているために深くまでは言及しなかったものの、タカヒロが抱いた考えの一つだ。

 

 カイは、脳天を打ち抜かれた気がした。娘を含めて己にとって他の誰よりも大切な、この世界において誰よりも頼りになる存在に想いを打ち明け、甘えることを忘れていたのだ。

 そして、言われたことを気付いていなかった自分自身に怒りを抱いた。されど視野が狭かったことを悔やみはすれど悲しみに暮れること無く、何をするべきかと考える点がカイの長所と言って良いだろう。アイナが惚れることとなった理由の一つだ。

 

 

 考えが間違っていた、今までの行動が失敗していたというわけではない。一家の大黒柱として強く在らねばならないと、自意識を強く持ちすぎていたというだけの話だ。

 

 

 もっとも、具体例のない相談ほど長引き不透明な結果に終わるものはない。だからこそタカヒロは、一つの事例を案として示した。

 

 

「加えて……永久に、と迄はいきませんが、寿命を伸ばす方法なら在りますよ」

「っ、本当ですか!?」

「神から得られる恩恵。神の眷属になり背中に神の恩恵(ファルナ)を受けることで、到達したレベルや能力に応じて寿命が延びます」

 

 

 娘のエイナから業務の愚痴などを聞いていた、オラリオの日常。日常と呼んでいいかどうかはさておくとして、神が住民に恩恵を与えて眷属としていることはカイも知っていた。

 とはいえ、流石に寿命が延びるという情報までは初耳である。それもエルフの平均値を超えるとなれば、第一級冒険者クラスに匹敵する必要はあるだろう。

 

 そのレベルに到達することができるのは、大河の一滴とまではいかないが、非常に確率が低いことも告げられる。とはいえカイもエイナから冒険者の厳しさをある程度は耳にしており、流石にそこまで高望みしていることもないようだ。

 

 

「いいんです、タカヒロさん。今よりも永く生きることが出来るなら――――」

「ダンジョンとは、いつ誰が命を落としても不思議ではない危険地帯です。お言葉ですが、軽く考えてはいらっしゃいませんか?」

 

 

 そこの青年が口にしたところで信憑性はお察しとなる内容はさておくとして、少し優しげだった口調は一変し、突如として険しいものへ。そこにあるのは、駆け出しを指導する者としてのタカヒロの顔だ。

 カイは冒険者ではない故に無理もない事なのだが、間違いなく、ダンジョンの危険性を軽視している。そこの青年が“ダンジョンは危険だ”というこの言葉を口にしたところで説得力の欠片もないのはご愛敬だが、カイにとって今までで一番の危険に身を置く事になるのは明らかだ。

 

 

 そんな危険地帯に身を置くことに対して、アイナはどのように思うのか。いつ夫を失っても不思議ではないという危険の度合は、何事よりも心配に値することだろう。

 

 

 だがしかし。カイは、タカヒロが思ったよりも慎重だった。

 そのあたりが言葉足らずだったと、カイは謝罪を入れている。己に欲があることは事実だが、それでも、最も優先するのは妻のアイナ。己が危険に身を置くことで彼女にどれだけの負荷がかかるかは、しっかりと見極めている。

 

 

「私は、アイナという過ぎた妻を貰いました。子供にも恵まれました。そのうえでエルフよりも永く生きたいなんて、強請るモノが多すぎます」

 

 

 それでも、ただ一日でも長くアイナ・チュールの傍で生きることが、カイという男が抱く最後の“欲”であり、“願い”なのだ。生き物が暮らしていく中で活力となりうる、必須と言えるモノだろう。

 

 ここで「アイナの為に死ぬ気で頑張る」と口にするか先の言葉にするかは、人によって変わるだろう。少なくともタカヒロやベルならば、努力する旨と似た内容を口にするはずだ。

 どれが正解ということはなく、全てが正解。ここから先は家族の問題であり、結果論でしか話せない内容と言えるだろう。

 

 

「……なるほど。それは、余計なことを失礼しました」

「いえ、謝らないでください、タカヒロさん。貴方とお会いできて、本当に良かった。ありがとうございます」

 

 

 二人の会話は、これで仕舞だ。カイは、今の己が最もやらなければならない事を分かっている。

 最後に二人握手し、カイはアイナのもとへと駆け出した。足音で気づいたのだろう翡翠の髪を持つ二人も、カイへと視線を向けている。

 

 

 よほど切羽詰まった内容なのだと、直感的に察したのだろう。リヴェリアはアイナと別れ、カイとすれ違った時に少しだけ後ろを気にしつつ、タカヒロの元へとやってきた。

 タカヒロが居る地点からは、会話の内容は聞き取れない。もっとも聞き取るつもりも全くないのだが、大地を照らす月明りが、真剣な話をする二人を優しく包み込んでいる。

 

 

 アイナとは、ハワイ語で“大地”。同様に、カイとは“海”を示す。

 大地と続く海、二つの姿。その二つが合わさった情景だからこそ、より一層と映えるものがあるのだろう。

 

 離れたところから二人を見るタカヒロは、どうにも視線を逸らせそうにない。それに気づいたリヴェリアは、少し表情を緩めて声を掛ける。

 

 

「お似合いの二人だな。お前も思うところがあるのか、タカヒロ」

「……ああ、仲睦まじいとは文字通りだ。自分達も、あのように歳を取れたらなと思ってね」

「!?」

 

 

 クソ度胸――――については関係無いが、抱いた本音を口にしただけ。タカヒロ本人は全く気づいていないプロポーズであるが、相手がポンコツ化して言葉で応えていない為に独り言の範疇(はんちゅう)だ。

 両腕を組んだままであるタカヒロは二人から視線を逸らさず、それを見たリヴェリアは、己より向こうに気があるのかと片頬が軽く膨れる。絶賛混乱中の(ポンコツ化した)恋愛kszk(恋愛クソザコ)堅物妖精(ハイエルフ)に恐れるものは何もなく、腕を組むタカヒロの脇下辺りに強引に腕をねじ込んで、体重を押し付けるように抱きついた。

 

 

 やがて、カイとアイナが手をつないで歩いてくる。親愛なるリヴェリア(ポンコツ)の甘えている姿を目にしたアイナがさっそく煽りの言葉を投げており、茹ったリヴェリアが真正面から玲瓏な反論で応戦しているが勝ちの目は薄いだろう。

 そんな様相を見つめる仏頂面の青年と、どこか肩の荷が下りたような表情のカイ。チュール家の問題であるために結果までは耳にしていない上にタカヒロから聞くこともしないが、答えの一つは出たらしい。

 

 とはいえ、時間も時間だ。タカヒロとリヴェリアはそのまま一泊させて貰うこととなるのだが、この家に空き部屋とベッドは1つしかなく、更にはシングルベッドという状況である。

 同室と言うことで先程の一言も含めて無駄に意識したリヴェリアが、睡眠不足という名の自爆を披露しているのはご愛敬と言ったところだろう。生憎だが、かつて想いを伝えあった夜の如く、タカヒロの安眠度合いは大地の如く揺るがない。一人で勝手に不貞腐れたリヴェリアが、相方の頬を軽く突くも同様だ。

 

 翌朝は、朝食を終えて準備に取り掛かる。もっとも荷物は多くないために、二人はすぐさま帰路に就くために準備を整えた。

 

 

「ところでタカヒロ。馬を留置するところが空いていなかっただろう、どうしたのだ?」

「え。走って来たが、馬を借りることができたのか?」

「……そう、か」

 

 

 文字通りケアンの地を“駆け抜けた”この男、当時においても“ランニング”で大陸の端から端までを走破している実績持ち。此度においても3つある突進スキルを交互に使って移動することで、馬よりも速く到着していたのであった。

 呆れる一方で、タカヒロらしいと言えばらしい光景にリヴェリアは苦笑する。片や早馬での乗馬、片や仏頂面でのランニングという奇妙な光景を目にした旅人達は二度三度振り返ることとなったものの、二人は並んでオラリオの街へと戻るのであった。

 




次話、ダンジョン内部のお話になります


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135話 37階層の悪夢

 

 ダンジョン37階層を進む、とあるファミリアの冒険者15人組。前衛アタッカー限定ながらもレベル3を中心に構成されるこのパーティーは、流石に一流冒険者には及ばないが、そこそこ名の知られた者達である。

 

 

 37階層は白宮殿(ホワイトパレス)と呼ばれている階層だ。白濁色の壁面と見えないくらいに高さのある天井が織りなす非日常的な景色は、まさに宮殿と呼んで差し支えのない代物だろう。

 天然武器を使用する戦士系のモンスターと、アンデッド系のモンスターが多く出現することでも知られている。巨大な迷路のような構造をしていることもあり、冒険者が命を落としやすい階層の1つとしても有名だ。

 

 命を落としやすい理由としては、階層全体が先の見た目のために目算を付けにくいことが第一に挙げられる。正規ルートそのものは確立されているが人気が少ないために、本当にこの道で合っているのかと疑心暗鬼に陥ってしまうことも要因だろう。

 そんなところでの戦いとなれば猶更である上にモンスターの強さゆえに激戦は避けられず、多量のモンスターが相手となればヒット&アウェイとなる状況も珍しくはない。空間識失調とはまた違うが容易く正規ルートから外れてしまい、文字通りの“迷子”になってしまうわけだ。

 

 とはいえ37階層が迷宮の構造をしている以外にも、危険とされる理由はいくつかある。どれもこれもが大きな要因と言える点は、深層たる所以と言えるだろう。

 最も大きな理由の1つとして竜種であるモンスター、“ペルーダ”の存在が挙げられる。トカゲの見た目をしており皮膚の色は緑色、背にはハリネズミのように無数の針が備わっている点が特徴だ。

 

 

「くそっ、なんとか片付いたか……」

「おい、そっちは大丈夫か?こんなところで死ぬんじゃねぇぞ」

「もちっ、グッ、ろん。あの“仲人狼(ヴァナル・ゼクシィ)”に取り持って貰った、相手が、地上で待ってるのよ。孫と曾孫に囲まれるまで……こんなところで、死ねないわ」

 

 

 ここまではさして問題ではないのだが、その背中に有る針を打ち出して行われる攻撃に問題がある。針には猛毒の類が含まれおり、耐異常を持っていても防ぐことはできず、上級冒険者でも解毒出来なければ死は免れない程の強さなのだ。

 更には解毒に関しても問題があり、上位の解毒魔法、あるいは専用の解毒剤がなければ解毒できない程。毒の周りも早いために、手遅れとなってしまうパターンが多いのである。

 

 

「おい。食らった毒はどうだ、大丈夫か?」

「うん……まだ、大丈夫……。リーダー、やっぱり私はここで」

「馬鹿野郎、二度と口にするなと言っただろ!俺達は全員で地上へ戻るんだ、いいな!」

「っ……ご、ごめんなさい」

 

 

 当該ファミリアにおいては未到達となる37階層へアタックを行い、例によってペルーダからの攻撃で大損害を受けている。パーティーリーダーがこれ以上の進軍は危険と判断して、地上へと戻る途中であったのだ。

 

 解毒薬こそ持っていたが、よりにもよって攻撃を受けたのが耐異常:Iを持っている後衛だった。持っていた解毒薬は耐異常:Hを前提に作られていたために完全回復とはならず、自力では歩けないためにサポーターの一人が肩を貸している状態である。

 今までに後方からの奇襲を3回も受けてしまったため、耐異常:I用のポーションの在庫が切れてしまったのだ。パーティーについて行くだけでも必死な足手まといとなってしまっている者は、自分を置いていけと何度も口にしている程に精神的にも追い詰められている。

 

 足手まといを抱えていては、戦闘回数も増え立ち回りも制限されるために非常に不利となるだろう。深層であるために、影響の度合いは猶更だ。

 しかし、その程度で諦めるパーティーリーダーではない。その程度の事と言えば無礼だが想定内のことであり、全員が、その者と共に帰還するべく全力を出している。

 

 それでも、物資の消耗が増えることに変わりはない。毒で消耗した体力を回復するために治癒魔法やポーションを使っているが、根本的な毒そのものを解決しない限りは砂漠の砂浜に水を注ぐようなものだ。

 体力回復のポーションもさることながらマインド回復用のポーションもまた消耗してきており、魔導士は積極的に戦闘に参加できずにいる。全員が揃って“大丈夫”と無理をしており、ロクに休憩もできていない。

 

 

 文字通りの、負のスパイラルと言って良い状況。正規ルートからは外れていないことだけが、唯一の救いと言えるだろう。

 前へと進む冒険者パーティー。“とある危険地帯”を迂回し終えたところで、その地帯がある方向に、幻覚かと思える光景が目に飛び込んでくることとなる。

 

 

「おい、誰かいるぞ」

「ああ……重装備だが、一人、だよな?どこかのパーティーが壊滅したのだろうか」

「幽霊、じゃないよな……」

「怖いこと言うなよ」

 

 

 そこで見かけた光景は、まさか幽霊の類かと思ったほど。深層である37階層において一人で行動する者であり、更には今まさに、ペルーダとの戦闘が始まったところだったのだ。

 戦闘そのものは一撃で終わったのだが、その者はペルーダの針による攻撃を受けてしまっている。冒険者とは助け合うのが根底にあるためか、15人組のパーティーはすぐさま選択を決定する。

 

 

「お、おい!アイツ今、ペルーダの針を食らわなかったか!?」

「ああ見ていた!到達地点までのモンスターは数少ない、助けるぞ!上位の解毒薬を持っていれば、分けてもらえるかもしれない!」

「応!」

 

 

 立ち塞がるは、天然武器“水晶槌矛(クリスタル・メイス)”を使用する“水中の蜥蜴人(リザードマン)”の上位種となる“リザードマン・エリート”。連携力にも長けており、中々にしぶといモンスターと言えるだろう。

 現に15人組も数を減らせているが突破はできておらず、まだ少し時間がかかるだろう。しかしながら救助対象者の状況は厳しく、更なる悪化を見せることとなったのだ。

 

 なんとペルーダの針を受けてしまった者はフラフラとした足取りをしており、あろうことか“反対側”へと向かってしまっていたのであった。零れ落とすかのように落ちる布袋越しに硝子が地面に当たる音が小さく響くも、それに気づく様子すら見られない。

 

 

 その光景を見て、15人組の顔から血の気が消えた。救助対象者が向かう先は、37階層において最も危険な地帯に他ならない。

 

 

 ダンジョン37階層には、“闘技場(コロシアム)”と呼ばれる場所がある。モンスターが一定数の上限まで無限湧きするエリアの総称であり、フィールドの見た目がオラリオにある闘技場に似ていることからその名が付けられた歴史を持つ。

 実はこのエリアは比較的新しく30年前に突如として出現した場所であり、危険度は階層主を上回るとされている。故にレベル5以上である第一級冒険者でも近づかない“危険地帯”となっており、謎に満ちた場所と言っても良いだろう。

 

 謎の1つとして、闘技場(コロシアム)内部においてはモンスター同士による殺し合いが行われている。倒した魔石を勝者が食べることで強化種が無限に生成されるという、ダンジョンにおいて地獄絵図が作られているイレギュラーな場所の名称だ。

 これは37階層にしか存在していないエリアなのだが、侵入者が立ち入ったとなれば話は別。既存及び新たにポップした全てのモンスターが持ち得るヘイトが侵入者へと向けられることとなり、数のゴリ押しによる殺戮が開始されるのだ。

 

 

 ペルーダの針を受けてしまった者が向かっているのは、そのような危険地帯。冒険者たちは必死になって呼びかけるが、即効性のある毒が回っているのか反応する様相の欠片も無い。

 脳にまで毒が回ってしまったのか、歩く様相も普通とは程遠いものがある。幻覚や幻聴でも見えてしまっているのであれば、文字通りの手遅れだ。

 

 

「おいお前、聞こえてるか!俺達は――――ファミリアの者だ!今助けるぞ!そっちじゃねぇ!こっちに来い!!」

 

 

 まだ距離は遥か遠く、手を伸ばしても届かない。その者は攻撃を受け朦朧(もうろう)としているのかフラフラとしており、あろうことか吸い寄せられるように“闘技場(コロシアム)”と呼ばれる場所へと向かってしまっている。

 現に向かう先に居たモンスターの一部が反応しており、まだ襲い掛かってはいないものの、それも時間の問題となるだろう。今から手を伸ばせば、自分達も大きな損害を受けることは明白であった。

 

 

「おいお前!!行くなそっちじゃねぇ!!戻ってこい!戻ってこい!!」

「無理だこれ以上は近づくな、“闘技場(コロシアム)”のモンスターが俺達にまで襲い掛かってくるぞ!」

 

 

 それでも駆け出そうとする一名の両肩を掴み、必死に抑えるパーティーリーダー。理由は今しがた叫んだ通りであり、ミイラ取りがミイラになっては意味がない。

 駆け出そうとする者も、それをよくわかっている。自分たちの目の前で消えようとしている命に対して、強い正義感が働いてしまっているのだ。

 

 

「落ち着け、落ち着け!駄目だ、奴はもう助からない!」

「畜生!馬鹿野郎、馬鹿野郎……!」

 

 

 薄暗い中に響くモンスターの雄たけびと、うっすらと浮かび上がる大量の血の飛沫。モンスターの武器で斬られたのだろうか、せめて即死である事を冒険者たちは天に願う。

 全員が顔を背け、己が置かれている状況を確認する。悲しみに浸っている余裕は無い、ここはダンジョンの深層なのだ。

 

 

「奴が落としたポーション袋は回収できた。1本は割れちまったが、まだ中等級のポーションが10本以上も……」

 

 

 離れた所まで全員が退避し、袋の中を確認していた者は目を見開く。自分達が求めていた、耐異常:Iを貫通する毒にも対応できる、上級解毒薬が3本もあったのだ。

 

 

「お、おいこれ!!上位の解毒薬じゃないか!?」

「なにっ!?」

「ほ、ホントだ!助かる、助かるぞ!!」

「体力回復が10本とマインド回復が7本もある!数本は使おう、全員で少しずつ分け合うぞ!」

 

 

 深層ながらも、まさに神を見た気分であった。毒にやられていた者の症状も落ち着き、これで通常と同じ戦闘配置に戻ることができるだろう。

 しかしながら、つまりあの者は解毒薬こそ持っていたものの使う間もなくやられてしまったことになる。誰も言わないが全員がその事実にたどり着き、特にポーション袋を拾ったものは、苦虫を食い潰したような顔になってしまう。

 

 

「これで魔導士も積極的に戦線復帰できるが……クソッ、アイツを助けられなかったのが」

「言うな!あの者を丁重に供養するのは地上に戻ってからだ。今は、残してくれた物資を有難く使わせてもらおう」

「ああ、せっかく助けられたんだ。絶対に、生きて地上に帰ってやる……」

 

 

 彼等とて残りの物資がギリギリに近かったこともあり、これにて大幅な余裕が生まれた格好だ。その余裕が深層においてどれほど有難いかは、語るまでもないだろう。

 否が応でも感じてしまう“死”と隣り合わせのダンジョン、そのなかでも肌から心を蝕む気配を見せる深層の空気。いくらかは慣れてきたとは言え少し意識すれば鳥肌が立つ程であり、僅かな余裕も感じられない。

 

 ここが深層であったことを意識して、パーティーは地上へと向かって進軍を開始した。自分達も“あのように”ならぬよう、一層のこと気を引き締めて進むこととなる。

 

 とはいえダンジョンは甘くなく、その後、闘技場(コロシアム)に向かう人物を助けようとしたパーティーは32階層で窮地に立たされることとなる。それこそ、パーティーの全滅を覚悟したほどだ。

 しかしながら、あの時に得ていたポーションの残を全て使って窮地を脱出することとなる。ここに来てあの者を助けられなかったことを一層のこと悔やみ、全員が揃ってファミリアへと戻った際に“英雄は37階層に眠る”という物語も作られたのだが、それもまた事実とは少しだけ違っていた。

 

 

 

 

 距離もあり、また薄暗かったこともあって。そこに居た15人の冒険者たちは、とある事実に気づいていなかった。

 確かに、その重装備の者が闘技場(コロシアム)へ向かったことは事実である。ポーションの袋を落としたことも事実であるし、フィールドへ足を踏み入れ強化種となるモンスターの大軍に襲われ斬りかかられたことも間違いはない。

 

 

 

 だがしかし。距離が離れていたこともあり、たった一点だけは気づかなかった。

 

 

 

 耳にした雄たけびは、目にした血飛沫の全ては。謎の冒険者ではなく、冒険者らしき人物を攻撃した途端にモンスターから生じたモノであるということを。モンスターからすれば幽霊よりも怖く、何よりも理不尽な人物であったことを。

 




最後の一行で誰か分かる不思議。
ここで出てきたファミリアはオリジナルですが、物語に影響することはありません。


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136話 明らかな変化

時系列としては134話(昼前に帰還)の夜です


 街灯りの大半はほとんどが街灯のみとなり、晩から早朝にかけて騒ぐ声も影を潜める時間帯。まだ日付こそ変わっていないが、それもすぐさま訪れることだろう。

 

 空けぬ夜、訪れぬ朝。要所要所で布地を困らせる華奢な身体をベッドの上に休めてからどれ程の時間が経ったのかと時計を見るも、針の進み具合は予想を遥かに下回る程度の代物だ。

 眠りにつこうにしても火照る心が翡翠の瞳を開かせて眠りを許さず、いつかの夜の如く掛布団を抱えて左に右に身体をゴロゴロ。嬉しさから来る冷めやらぬ気持ちの高ぶりは、先日に貰った言葉を際限なしに思い起こさせている。

 

 

 予想外にも程がある内容だった為に答える事こそできなかったが、相手が抱く気持ちは知ることが出来た。だからこそ明日も明日で一刻も早く相手の瞳に映りたいと気持ちが高ぶっているのだが、どう頑張っても夜が明けぬ限りは適うことは無いだろう。

 

 ならばと明日のスケジュールについて意識を向けてみると、自然と瞼が落ちてくる。手を抜くことはできないタスクがいくつかあったことを思い返し、僅かな溜息と共に眠りについた。

 

 

====

 

 

「――――で、あるからして――――」

 

 

 城のような外観が特徴的なロキ・ファミリアのホーム、黄昏の館。その一室となるリヴェリア・リヨス・アールヴの執務室では、彼女が持ち得る玲瓏(れいろう)な声が静かに流れていた。

 ハイエルフらしい凛々しい声でもなければ、師の立場故に出される規律正しい声ともまた違う。今こうしてリヴェリア直伝の教導を受けているレフィーヤは、真面目に取り組みつつもその点に気づいていた。

 

 

「……ふむ、理解できているな。試験も合格だ。この調子で励むのだぞ、レフィーヤ」

「はい、リヴェリア様!」

 

 

 ここ暫くの教導においてチラホラと見え隠れしていた内容であるものの、連動するようにリヴェリアの雷が落ちる回数が減っていることを思い返す。少し前に何かがあったのかと思うぐらいに酷い時が一週間ほど続いていたが、それも喉元過ぎれば熱さを忘れる程度のものだ。

 厳しいという一点だけは変わらないが、それでもリヴェリアの指導はタメになる内容が大半と言って良いだろう。だからこそレフィーヤも弱音こそ示せど途中で投げ出すことなく、こうして今まで続いているのだ。

 

 訪れた転換点はレフィーヤとて周知しており、彼女だけではなくロキ・ファミリアに所属する者ならば全員が知っていた。一方でハイエルフというリヴェリア固有の立ち位置も知っているがために、追加で外に漏らすようなことはしていない。

 初期の段階でタカヒロがリヴェリアを褒めちぎった際の事象こそ漏れてしまっているが、そこで終わりだ。だからこそメレンの町において某神がロキ・ファミリアへと手を出してしまったが、まさか“ぶっ壊れ(ジョーカー)”が出てくるなどとは微塵も思わなかったことだろう。

 

 

 しかしレフィーヤは、他の仲間のエルフが見せていた反応がもう一度変わっていたことを見抜いている。露骨でこそないものの、一般的なエルフの基準を知っており見慣れた仲間の行動だからこそ、彼女は気付くことが出来たのだろう。

 具体的にどうなったかと言えば、タカヒロに対する接し方に規律の良さが僅かながらに現れている。意識してやっているワケではなく、無意識に“そうなってしまっている”と表現すればシックリくる程度のものだ。

 

 青年が王族のお相手だからか?と考えれば一理あるが、相手は別のファミリアだ。自分達は相当の借りを作っていることも知っているが、それにしても該当する理由には当てはまらない。

 良く言えば高貴、悪く言えば高圧なエルフとて、基本として恩を仇で返すようなことはしない。俗に言うツンツンしてしまう事こそあれど、抱いた敬意を集団で隠すような事もしないだろう。

 

 

 だからこそレフィーヤは、何があったかについて想像することもできていない。時刻は正午になろうかという頃合いであり、午後の教導が開始されるまでには時間がある。

 何があったのか気になるという、好奇心のような感情を抑えきれず。リヴェリアが自室に居るということもあって、彼女は思い切ってアリシアに理由を尋ねてみることにした。

 

 

 そこに、驚愕の二文字も裸足で逃げ出す答えがあるとも知らず。

 

 

「レフィーヤも秘密にしてね。あまり大きな声では言えないのだけれど……タカヒロさんは、ドライアド様から祝福を授かっていらっしゃるのよ」

「~~~!?」

 

 

 はち切れんばかりに瞳を見開き、レフィーヤは今までで最も大きな驚愕の反応を見せている。とはいえエルフならば、今のような反応も仕方のない事だろう。

 アリシアからレフィーヤへと伝えられた内容は、当時における事象をそのまま言葉にした内容だ。他言無用の内容も伝わっているために、レフィーヤは全力で首を上下に振っている。遅れて宙を舞うポニーテールが、首が振られる速度を表していた。

 

 

「……あれ?でもタカヒロさんって、魔法は、からきし使えないのでは……?」

 

 

 しかし一方で、この内容が気になることも事実である。実はアリシア達も同様の事を疑問に思っていたのだが、精霊から与えられた祝福など長いエルフの歴史においても前代未聞であるために、因果関係の欠片も分からないのが実情だ。レフィーヤもまた、同様の内容で腑に落ちている。

 “内容までは不明ながらも、祝福を授かっていることは事実”というのが、ロキ・ファミリア内部におけるエルフ達が共有しているタカヒロのシークレット情報である。とはいえ本人からすれば“在って当たり前”の為に、特に気にしていないという温度差だ。

 

 ともあれ、エルフが自然と敬意をもって接する理由になり得ることに変わりはない。何も考えていない本人からの“他言無用”という指示もあった為に、反する対応を取らねばならないエルフたちが四苦八苦した結果がレフィーヤが抱いた疑問であり、そこから生まれた好奇心から草藪を突っついた結果というわけだ。

 更には「恐らくリヴェリア様も知らない」という追い打ちもあり、好奇心から草藪を突っついたことを後悔しているレフィーヤ。お姉さんエルフの筆頭株であるアリシアは、母性溢れる笑顔でレフィーヤを見つめている。

 

 

 温かみ溢れる様相の一方で、その実、同じ苦悩の沼に入ってしまった同胞を歓迎しているという酷い構図。こうなっては、レフィーヤは逃げられない。

 

 

======

 

 

 愛弟子がそんな苦悩の沼にダイビングしてしまったことは知らないリヴェリアは、パタパタとした足取りで自室へと向かっている。もしも尾っぽが付いていたならば、はちきれんばかりの速度で左右に動いている事だろう。

 心と共に表情は軽さが見えており、そこにはオラリオの人々が知るリヴェリア・リヨス・アールヴは存在しない。さざ波のようにフワリと宙になびく翡翠の長髪と合わせて他の男が見たならば一目で興味を示し、同時に既に相手が居ることを察知して手を出すことなく引っ込むだろう。

 

 今は黄昏の館の中ということでそんな事象も起こらない上に微塵も意識していないリヴェリアは、全く別のことについて意識している。辿り着いた自室の扉、他の者が勝手に入る事は絶対に許されていないその先に居る一人の青年の姿を思い浮かべ、彼女は静かに扉を開いた。

 

 

 翡翠の瞳に映して逸らすことが出来ない、サイドテーブルに供えつけられた椅子に座って本を読む彼の姿。見慣れてきた仏頂面とはいえ、今日はどこか普段と違うとリヴェリアは気付いた。

 視界の端にあった壁時計に目を向ければ、理由は分かった。レフィーヤへの教導に熱と力が入り、2分程度の時間ながらも、事前に話していた時間よりも遅れていたのだ。

 

 

「時間に煩い君が遅刻とは、示しが付かないな」

「許してくれ、偶には良いだろう」

 

 

 開口一番で煽りの言葉を投げられるも、言葉の裏を返せば“時間通りに待っていたのに来なくてプンスカ”と言ったような捻くれ具合。最近は裏側も見え始めてたリヴェリアは、穏やかな表情と共に先の言葉を返している。

 玲瓏な声に弾みがかかっていたのは、一文を口に出してから気付いたこと。恐らくはうっすらと頬が高揚しているだろうなと同時に感じた彼女だが、相手の前で隠すことはしていない。

 

 

「……ん、寝不足か?」

 

 

 最近は観察眼を見る機会も少なかったが、彼は相変わらず細かいところに目を配っているとリヴェリアは感じている。乗馬していた自分と違ってランニングしていた彼の方が疲れていると思っている為に申し訳ないと思いつつ、相手の心配よりも貰った心配の嬉しさが上回っていた。

 そんな心境とは知らないタカヒロは仕事が原因かと考えるも、以前の改革によって要因となる確率は低いだろうと考えている。仏頂面ながら相手を心配するも、やはり原因が分からない。

 

 だからこそ寝不足の理由を尋ねると、彼女は身体を斜めに向けて途端にしおらしくなってしまった。何かしら口にしたいことがあるのだろうか、妙に口元がモゾモゾとしている。

 

 

「――――アイナの住居で貰った言葉が、未だに忘れられない。お陰で随分と寝不足だ。お前は、眠りにつけたのか?」

「……」

 

 

 だからこそリヴェリアは、恥ずかしさを隠せぬままにストレートで問いを投げる。このような時の彼女は顔こそ逸らしているが、翡翠の視線だけは相手に対して真っ直ぐと向けるので攻撃力は非常に高い。

 

 相手が見せた反応は、癖でフードの先端をつまんで視線を外すという、リヴェリアにとって見慣れた行為。もっとも鎧姿ではないために不発に終わるのだが、相手が何かを意識していることは明白だ。

 快眠具合を知っているリヴェリアは「どうせ問題なく寝ていたのだろう」と思う反面、己と同じ様相になっていたらと考えて心が浮ついている。そんな相手は眠りにつけていたのかという問いに対して全く答えず、先程までの仕草を見せたままで動きがない。

 

 彼女と違って表面上は仏頂面のままであるものの、ほんの僅かに焦りの色が伺える。最近は識別しやすくなってきたリヴェリアは、少し動揺している相手を見ることが出来てご満悦。

 なんせタカヒロという男は、水着姿を見せた時もそうだったが、滅多なことでは感情に大きく表さない。時たまデレることはあっても大きな感情を示すことは滅多にない為に、リヴェリアは真実を確かめるべくストレートに言葉を投げた。

 

 

「まさかタカヒロ、あの言葉が嘘だと」

「嘘など吐くものか、心からの本心だ」

 

 

 だからこそ真正面から問いてみると、真剣な表情と言葉とクソ度胸と共に返される。状況は紛れもないカウンター、故に直撃を受けたリヴェリア・リヨス・アールヴがマトモで居られるはずもない。

 麗しい唇は上下に開かれ、翡翠の瞳に負けぬと言わんばかりに頬が赤く染まっている。もはや二人にとって恒例となったやり取りは、装備を集めていた時の周回作業と同じく繰り返される事象と言えるだろう。

 

 

 ポンコツ化したハイエルフが固まっている最中に、彼女の自室のドアが、やや規律よくノックされ。部屋に響いた音に対して驚きと共に反射的にリヴェリアが声を上げたのは、全くの同時だった。

 

 

「ピャイっ!?」

「ぐふっ!」

 

 

 先日の言葉が本心だと知った事によるあまりの驚き様と、故に呂律が回らずに出されたリヴェリアの言葉、まさかの反応。目の前でそれを耳にしたタカヒロは、一秒すらも耐えきれずに噴き出した。

 

 タカヒロから見た今のリヴェリアの対応は面白おかしく、それでいて、いとおかし。彼女が見せる普段とのギャップが大好きな青年からしても、此度の反応は新鮮そのもの。

 

 やや前のめりになってクククと笑いを堪える彼の姿はリヴェリアとて初めて目にするものであり、それ程までに気を許してくれているのだと考えると怒る感情は芽生えない。むしろ惚気具合が加速するだけであり、何かしら反発したい感情を解決させることはできないだろう。

 だからこそリヴェリアは、訪ねてきた者に責任を擦り付けようとして扉を開く。部屋の外では来訪者アイズが腹を抱えて笑いを堪えているものの、ア~↑ルヴ事件の時と同じく、あまり永くは持たない様相だ。どうやら先の一言は、アイズにも届いていたらしい。

 

 

「あ、アイズ君か。だ、誰にだって呂律が、回らない時もある。笑ってはいけないぞ」

「む、無理……た、タカヒロさん、だって……」

「……」

 

 

 必死になって笑いを堪える二人に対して、翡翠のジト目が突き刺さる。青年にとっては心地よさ以外の何物でもないのだが、残念ながらリヴェリアが気付く手段は無いだろう。

 そして笑いを堪える二人の姿は、どうにも収まりそうにない。だからこそリヴェリアは“カウンター”とでも言わんばかりに、二人が予想だにしていない追撃の一手を繰り出した。

 

 

「……ピャイ」

「ぐふっ!」

「ぷふっ!!」

 

 

 まさかあのリヴェリアが、自身の失態を逆手にとって蒸し返すとは誰しもが思わなかったことだろう。ここに“剣姫(けんき)”と“メンヒルの化身(ぶっ壊れ)”は敗北しており、二人は「ははは」と声を上げて笑っていた。

 二人揃って仲良く笑いのツボに入っており、どうにも立ち直るには暫くの時間が必要だろう。言葉の一撃でもってレベル6とレベル100を倒したことが偉業となるか、それは神のみぞ知るところである。

 

 

「り、リヴェリア!ピャ、ピャイって……ふふっ!あはははは!」

「こ、こらアイズ君!ピャイとてははは!良い、では、ないかっ……!」

 

 

 負けたのだから遠慮は不要、とばかりに笑い飛ばすアイズとタカヒロ。一応は叱る様相を見せているタカヒロだが、程度についてはお察しだ。

 最初は二人の姿を眺めて居たいと思ったリヴェリアだが、こうにも長続きすると羞恥の感情が顔を出す。再び翡翠のジト目が突き刺さるも光景を生み出したのが己自身である為に、反論するにもできない状況だ。

 

 

「あ、アイズさん、どうされたんですか?」

 

 

 しかし、アイズやタカヒロを除いた外部的要因が加われば話は別。沼へとダイビングして気が沈んでいた時にアイズの笑い声を耳にしてホイホイとやって来てしまったレフィーヤだが、今現在におけるリヴェリアの私室付近は虎穴と呼べるものがある。

 そして、とうとう耐え切れなくなった羞恥溢れるlolエルフ。目の前にいる集団“3人”に対して行儀悪く指を差して、同時に声高(こわだか)に叫ぶこととなった。

 

 

「え、ええい!お前達、そこに直れ!!」

「ええ~っ!?」

 

 

 八つ当たり良くない。せっかく雷の落ちる頻度が減ってきたと思ってきたレフィーヤだが、ここにきて“とばっちり”を貰うこととなった。

 

 

 

 

 

 ところで何故タカヒロは、リヴェリアが投げた問いについて答えることができなかったのか。

 

 時は昨日。アイナが住む村から戻った当日、日が昇り切った正午過ぎの時間帯に遡る。

 



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137話 英雄は37階層に眠る

 時は24時間ほど遡り、前日のお昼過ぎ。はじまりは“竈火(かまど)の館”にてベル・クラネルが口に出した、ダンジョンの深層に関する話であった。

 

 

闘技場(コロシアム)?ああ確か、37階層にある特殊なフィールド、だったかな」

「正解です!」

「おや、タカヒロ君は知っているのかい?」

 

 

 まだ冒険者になってから1年も経っていないのだが、少年は既にレベル4の後半となっている。適正階層に当てはめて言えば、そろそろ深層へと足を踏み出しても不思議ではない頃だ。

 その時が来た場合に備えて、アイズ・ヴァレンシュタインから色々と下層~深層のことを学んでいるらしい。実のところ少年が行ったことのある階層は、コッソリとアイズと行った20階層迄、“かつ”50~63階層というイレギュラーにも程がある状況なのだ。

 

 “通過”という意味では50階層から逆走して37階層まで経験はあるが、それは無敵状態(報復絶好調な)タカヒロの先導についていっただけの話。故にあまり意識していなかったこともあり、実質的に未経験と同じと言って良いだろう。

 中層についてはアイズとペアで潜っているらしく、野宿の経験も既にある模様。実の所は行って(50階層スタート)帰ってくる(からのリフト直帰)だけなら“90階層”付近が日帰り射程圏内となっている“ぶっ壊れ”にとっては、微笑ましい光景に違いない。

 

 

 もっともこの話題が出された点については、単にベルがヘスティアに対して「こういう場所らしいです!」と伝えたかったが為のこと。実態はさておき会話の雰囲気としては、観光スポットの名所を語るようなものに近いだろう。

 しかしながらアイズが説明できるのは、ダンジョンの特徴や正規ルート程度のもの。基本としてモンスター即ち“死・あるのみ”という概念を持つ彼女にとって、どのようなモンスターも大差はないのだ。

 

 そこで、ここからはタカヒロが口を開くこととなる。教導で学んだことを披露する場というわけだ。

 

 ――――オブシディアンソルジャーとは、岩石系のモンスター。戦闘力は低く鈍足なのだが黒曜石の身体は魔法耐性が高く、高額で取引される“黒曜石”をドロップする。

 

 ――――骸骨系のモンスター、“スカル・シープ”。羊の頭蓋骨が特徴的であり、オリヴァ何某が付けていた仮面にも似ている外観だ。

 薄い皮で被われており、その皮は闇に紛れる天然の隠蔽布にもなる代物。これがドロップアイテムとしてドロップするが、闇に紛れる力はない。近接戦闘・中距離戦闘を得意とする。

 

 その他、バーバリアンやスパルトイ、リザードマン・エリートとペルーダについてもタカヒロが概要を口にしている。とにかく多種多様であり、上層とは明らかに違う顔ぶれと戦闘能力を持っているのが一律として言えるだろう。

 

 

「流石だねタカヒロ君、詳しいじゃないか!」

「凄いですね、師匠」

「自分でも驚いている」

 

 

 しかしまぁヘファイストスの時のようにスラスラと知識が出てくるものだと、タカヒロは勉強の成果を身にしみて感じていた。この程度の知識があるだけで対策を練ることができ、戦闘を有利に進めることができるだろう。

 

 そして自然と、闘技場(コロシアム)の話も話題に上がることとなる。強者の類であるアイズやロキ・ファミリアも場所の存在や概要を知っている程度で近づいたことは無いために、概要程度の内容であった。

 もっとも、タカヒロとて名前は知っているが通過したことは無い。理由としてはリヴェリアによる教導によるもので、50階層へのシャトルランを行った際も闘技場(コロシアム)を迂回する“正規ルート”にそって移動していたために、闘技場(コロシアム)そのものは見たことがないのだ。

 

 

闘技場(コロシアム)には、これらのモンスターの強化種が蔓延っているらしいです!」

 

 

 故にピクリと、約一名は反応を見せてしまう。リヴェリアの講義においては“多量のモンスターが襲い掛かってくる”程度にしか聞いていなかった為に、今の今までスルーしていた。

 しかし、それが強化種となれば話が変わる。講義の内容からするに通常モンスターが進化した姿であり、つまるところは“希少種”と呼べる代物なのだ。

 

 故にMI、というわけではないがドロップアイテムについては期待してしまう。己が今使っているガントレットに使われている素材がドロップした階層よりは遥かに上層であるために性能としては期待できないが、収集癖のある彼からすればそんなことは問題ではない。

 “強化種の巣窟”などと言われれば、猶更のモノがある。そんな感情を抱いたタカヒロだが、釘を刺されるような言葉がヘスティアの口から出されるのであった。

 

 

「ベル君、そんな危険なところに行っちゃダメだぜ。あ。タカヒロ君も、“手を出したら”いけないぞ!?“足を出す”とかいう屁理屈も無しだぞ!?」

「“手や足など出さないさ、なんなら腕や頭も出さん”。そして危険地帯なのだろう、“様子を窺うようなことはしない”と約束する」

 

 

 仏頂面のまま返されたこの言葉に対し、嘘発見器が作動することはなかった。

 

====

 

 ということで時刻は夕方も終わりを告げる頃、行くなと言われたら行きたくなるというのが人のサガ。主神に誓った言葉通りに様子を窺うつもりは欠片も無いが、“特攻する気”は満々だ。

 

 一応はポーションの類を揃えているあたりが、リヴェリアの教えを丁寧に守っている証である。とはいえ、使うかどうかとなればお察しだ。

 表向きとしては、「闇派閥の組織があるかもしれないから37階層へ行く!」という無茶な理由づけ。もちろん、使命感1割興味9割の分配であることは言うまでもないだろう。前者については1割どころか1%に達しているかも謎な程だ。

 

 

「さっそく、ペルーダか」

 

 

 そして申し訳程度の闇派閥調査の理由の為に珍しく1階層から進軍したソロプレイヤーは、37階層の闘技場(コロシアム)の前で“はぐれ”ペルーダに遭遇して先制攻撃を受けたというワケだ。薄気味悪い濃緑色の皮膚と背中に生えた無数の針は、間違いなくペルーダの特徴である。

 ちなみに被ダメージについてだが、毒・酸耐性88%を誇るそこの男には全くもって通用しない。仮に食らったとしても、ドライアドの祝福に加えて1つのスキルが発動すれば、“中毒時間”を100%カットできる。

 

 つまり、毒の効果そのものを無効化してしまうという“ぶっ壊れ”具合なのだ。もちろん食らい始めや針そのものの物理ダメージによって少しはヘルスが減るが1%以下であり、自然回復でカバーできる程度の度合いなのである。

 ペルーダによって行われる針を飛ばす攻撃は遠距離攻撃であるために、タカヒロが食らったところで報復ダメージは発動しない。しかしながら連続攻撃であったために対遠距離においてもならば半径4メートルが判定範囲となるカウンターストライクが発動し、ペルーダは一撃でご臨終となっていたのだ。

 

 

 ここまでは特に問題が無かったのだが、直ぐ向こうに人の姿が見えて、道中のモンスターと戦いながらこちらへと走ってくる。ロキ・ファミリアすら警戒する猛毒を受けてピンピンしていては不審がられるために、タカヒロはフラフラと身体を揺らしながら、コロシアムの(一般基準では危険な)方へと避難したのであった。

 その結果、毒にやられた冒険者がコロシアムへと歩いていく光景が作られたというワケだ。ここでオラリオ産のポーションが入った袋を落とした理由としては、自分のせいで無駄な戦闘を発生させてしまった点への謝罪である。毒をくらっていた者も見えたために、せっかくならと袋ごと落としたわけだ。

 

 理由はどうあれ侵入者が出たために、闘技場(コロシアム)に群れる無数のモンスターは反応を見せることとなる。我先にと、“手も足も頭も出さないこと”を約束していたこともあって迎撃の態勢を取らない人間に対して攻撃を仕掛けたのだ。

 結果は勿論のこと、全てのモンスターが報復ダメージやカウンターストライクによって一撃でご臨終。相手の物理攻撃は装甲値と物理耐性によってカスダメ以下となっており、此度においてはノーダメージに等しい程。

 

 もし仮に残ヘルスが30%以下となってしまったとしても、“メンヒルの意思”によって自動的に全ヘルスの6割を回復することができるので問題なし。星座を戻している今では“被ダメージ”をトリガーにした割合とはいえ強力な回復スキルも発動するために、安定度合いは一入(ひとしお)だ。

 具体的に言えば30秒間で300%のヘルスを削り切らなければ死なないという、敵からしてみれば理不尽極まりない代物だ。もちろん報復ダメージは発動する上に神々の一撃ですら被ダメージは全ヘルスの1-2割とくれば、モンスターたちが迎える結果は明白だろう。

 

 ふざけて寝っ転がってみるも、自分を攻撃した瞬間にモンスターが消し飛ぶ光景は変わらない。突っ立っているよりは楽できるために、このままいくらか魔石とドロップアイテムが溜まるまで待ってから帰ろうという算段である。

 

 

 しかし、この行動が良くなかった。アイナ・チュールの住む村から走り帰ってきて、疲れが少しだけ溜まっていた、この“ぶっ壊れ”。

 かつて想いを伝えあった夜ですら、寝つきが良かった時を再現するかの如く。そのままの姿勢を続けているうちに、闘技場(コロシアム)のド真ん中で睡眠をとってしまったのであった。

 

====

 

 

「……ハッ。いかん、つい寝てしまったか」

 

 

 呑気な発言と共に目を覚まして上体を起こすも、そこは静かな空間であった。周囲にはこれ見よがしに大量の魔石とドロップアイテムが散乱しており、回収だけでも数分を要することだろう。

 しかしながら、今自分が居る場所が分からない。記憶が正しければ阿鼻叫喚の地である闘技場(コロシアム)に居たはずだが、今居るところはそれとは無縁の環境。

 

 マップ上では、未だ37階層にいることになっている。どうやら闘技場(コロシアム)の真下のエリアにいるようであり、こんなところに安全地帯(セーフゾーン)らしき地帯があるなど聞いたことも無かった程だ。

 少なくともロキ・ファミリアが知っていれば、有名な安全地帯(セーフゾーン)である18階層の次に利用していることだろう。同様に、彼女が行う教導においても出てきていたはずだ。

 

 もっとも、ロキ・ファミリアだけが知り得る情報ということで秘匿されていただけかもしれない。しかしながら今のところは誰かが居たような痕跡も全くなく、手付かずの領域と言っても過言はないだろう。

 あくまでも周囲は岩場であり、18階層や50階層のような自然溢れる光景とは程遠い。しかしながら5メートル程先にある光景は、思わず見とれてしまう程のものがある。

 

 薄っすらと零れる青い光が照らす先にある、盛り上がった台座のような岩。そこからは湧き水が出ているために一本の川のような流水が作られており、周囲の殺風景と合わさって幻想的な情景となっている。

 湧き水の量は多く川の幅は2メートル程。この辺りの水深は無いに等しいが、少し下れば深さは増していることだろう。空間に響くコポコポとした湧き水の音色は、流水の音と合わさってまるで優しい鈴の音のようだ。

 

 ともあれ今は、ドロップ品の回収が優先だ。身体が何体も埋もれるぐらいの物量に大満足のタカヒロだが、1つだけ違った代物がある事にも気が付いた。

 

 

「……おや?これは見たことがない」

 

 

 明らかに他のドロップ品よりも大きく、特徴的と言える外観だ。見た目は巻かれた状態の布のようであり、誰か冒険者の落とし物にしては綺麗すぎる深い青色が特徴だ。

 色は白、幅2メートル程、巻物になっているが長さは伸ばせば10メートル程と言って良いだろう。カドモスがドロップする“カドモスの皮”の大きいバージョンと言ってもいいかもしれない。

 

 

 実はこれ、凶兆(ラムトン)と呼ばれる超大型の蛇と言える希少種(レア)モンスターが落としたドロップアイテム。身体は深い青色であり、全長は10メートルを超える巨大なモンスターである。

 正式名称は“大蛇の井戸(ワーム・ウェール)”であり、ラムトンとは渾名の類。ダンジョンの地中を潜行して階層間を移動する特殊な存在であり、目撃情報が極めて少ない理由の1つと言えるだろう。

 

 モンスターとしての強さとしてはレベル4程度ながらも、かつて29階層まで昇ってきたことがある危険な存在なのだ。これがもし地上へと達することがあれば、それこそ阿鼻叫喚の光景が作り出されることだろう。

 此度においては、睡眠中のタカヒロごと周囲のモンスターを捕食するために闘技場(コロシアム)の地下にある“未発見の空間”から突撃を敢行。その影響で階層が崩壊し、タカヒロとドロップアイテムがそのまま未発見の空間へと落下した格好だ。

 

 ちなみに凶兆(ラムトン)そのものは、例によって報復ダメージとカウンターストライクで即死の結果となっている。生きていた上で言葉を話すことができれば、「爆弾を飲み込んだ」とでも証言することだろう。

 実の所はオラリオにおいて初となる、そのドロップアイテム。名前を付けるならば、無難に“ラムトンの皮”とでも命名されることは間違いない。

 

 

 アイテムの回収を終えたタカヒロは立ち上がり、安全地帯から延びる一本しかない道を進んでいる。道中においてもモンスターはおらず、マップ画面ではケアンの地における“隠し通路”と同じような表示となっていた。

 通路の先は37階層の壁になっており、盾で叩くと簡単に崩れることとなる。これの影響でモンスターが入ってくることも無いようであり、恐らくはセーフゾーンの1つとして機能を果たすことだろう。

 

 入り口も分かったために、これ以上は37階層に執着する意味はない。1割ほどのウェイトを占めていた闇派閥の調査という内容は、残念ながら綺麗さっぱり忘れ去られてしまっている。

 今までに闘技場(コロシアム)で生成され蔓延っていた強化種が一度すべてリセットされるという、ここ30年において初めてのイレギュラー。人知れず行われていたそれを知るのは神ですら誰も居らず、偉業を成し遂げた(やらかした)青年はリフトを開いてオラリオ西区、そしてホームへと戻るのであった。

 

 

「すまないヘスティア、連絡ができずダンジョンで一泊してしまった」

「そうだったんだね。珍しいね、所用だったのかい?」

「ああ……少し、な」

 

 

 青年は、何故かそこで言いどもる。何かを察したヘスティアは、問いの続きを口にすることとなった。

 

 

「……ちなみに聞くけど、“どこで”一泊したんだい?」

「ダンジョンだ」

 

 

 間髪入れずに“ダンジョン”と答える装備キチ。間違ってこそいないが、明らかに怪しい雰囲気を漂わせて隠せていない。

 

 

「タカヒロ君。ボクは、“何階層か”を聞いているんだよ」

「……18階層、らしき、場所」

「嘘を付くなああああああ!!」

 

 

 神々は、子供の嘘を見抜くことができる。故に一発で嘘が露呈しており、タカヒロはどう説明したものかと腕を組んで悩んでいた。

 

 ということで正解は37階層、よりにもよってベル・クラネルが口にしていた超危険地帯であるコロシアムのド真ん中。見破られて更に嘘を重ねることは無いタカヒロは、一連の事実を正直に口に出している。

 神ヘスティア、予想の斜め上の内容を耳にして文字通り顎が外れているのは仕方のないことだろう。少しでも心配した自分が馬鹿だったと、溢れ始めた胃酸との戦いにシフトしている。

 

 

 その後。タカヒロを助けようとしたファミリアにおいては、“英雄は37階層に眠る”とのタイトルを持つ物語が末代まで語られるのだが、これはまた別のお話である。

 

 

 確かに眠って(一泊して)いたため、あながち間違いではないのかもしれない。

 

 



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138話 ファミリアの司令塔

日常回


 

 ヘスティア・ファミリア。

 

 オラリオにおいて約1年前に発足した、零細ファミリア。主神を除くと冒険者登録されているのは僅か一名という、オラリオにおいて最も力のないファミリアの一つとカウントして差し支えないだろう。

 ともあれ、“ヘスティア・ファミリア”という名前そのものが浸透していない為に、話題に上がることも全くない。加えてそこに居る眷属はレベル1が一人だけであるために、名実が伴っているのも実情だ。

 

 

「おい。あれ、悪魔兎(ジョーカー)じゃないか?」

「一緒に居るのは運搬小人(リトル・ポーター)か。あのヘスティア・ファミリアだぜ、粗相しないように気を付けろよ」

「アレでアポロンとソーマ・ファミリアの連合軍を叩き伏せたんだろ?とても、そんな豪傑には見えないなぁ……」

 

 

 そんな認識も、約半年前迄のこと。様々な意味で前代未聞となった戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わってから、ベル・クラネルが街中で注目されることは増えている。注目してくる相手に年上の女性が多いのだが、ベル曰く「なんででしょう?」と首をかしげている程度だ。

 もっとも注目されているのは、ベル・クラネルと言うよりはヘスティア・ファミリア全体だ。現に今も集団で買い出しの業務に赴いており7人の集団になっているのだが、先頭をいくベルの注目度が最も高いものの、続く者達が浴びる視線の数も非常に多いものがある。

 

 眷属がたった一人だというのに入団の際に面接が必要だったこともまた、一般的には異質と呼べるもの。内容も細かく具体的であったために、その点が拍車をかけて広まっているのだろう。

 先の戦争遊戯(ウォーゲーム)で沸き起こった熱気こそ少しは収まってきたが、実績の内容が内容であるためにオラリオにおける認知度は非常に高い。基本として別のファミリアとは仲が悪いものであり、そのために他の冒険者達も、ヘスティア・ファミリアに因縁を付けられないよう気を配っているというワケである。

 

 

「噂話で持ち切りですね、ベル様」

「あはは。混んでても道が空くから、その点だけは便利だけどね……」

 

 

 同時に、ヘスティア・ファミリアに対して畏怖の感情が芽生えているというわけだ。実のところヘスティア・ファミリアの団長ベル・クラネルこそオラリオで最も優しい人物の一人なのだが、ファミリア間の抗争というのは、そんな事実さえも消してしまう。

 周囲が抱く心境を示すかのように、噂話の類もいくつかは聞こえてくる。加えて、人混みのド真ん中だろうとベルの周囲には自然と空間ができる程だ。

 

 

 なお。実のところは色んな意味で飛び掛かろうとするご婦人方が多数居り、誰かがそれを止めている状況も並行して生まれている。もちろん中には某美の女神も含まれて居り、先の噂と相まってベルの周囲が色々とヤベー状況になっているのはご愛敬だ。

 

 

「自分も、団長に対する世間の噂話は何度か聞いたことがありますよ。“あんな顔をして心は悪魔”だとか、“実は裏の顔で、ファミリアでは常に激怒して厳しく接している”とか」

「ええ~っ?僕ってそんな目で見られてたんですか……」

「ははは、そりゃー見当違いにもほどがある話だな」

「まったくです。ベル様は、そんなお人ではありません」

 

 

 流石は噂話と言うべきか、まさに言いたい放題である。もっとも真相については団員の全員が把握しており、先程も一人の男性冒険者が口にしたが、カスってすらいないのが実情だ。

 少年に恩義があるリリルカは怒りの色を見せているが、仕方のないことだろう。いつかタカヒロが(けな)された時に三名の冒険者(オッサン)が怒りの色を示したが、それと似たようなものだ。

 

 

「ところで団長。今更なんですけど、タカヒロさんって何者なんですか?」

 

 

 ヘスティア・ファミリアにおいて、恩恵は貰っているらしいが冒険者ではないうえに、団長のベルが「師匠」と呼ぶ程。フレイヤ・ファミリアの猛者とも交友があるという、全員が“非常に謎の人物”という認識を抱いている青年だ。

 実力も相応のものがあることは既に知れ渡っており、団員が行う鍛錬の際もベルと一緒に赴いており、その都度にわたって最適なアドバイスを行っている程だ。ここに居る者達はアドバイスを受けるたび、各々の技術力が既に向上していることを感じ取っている。最も顕著なのは、少し前に行われた50階層で行われた鍛錬だ。

 

 もちろんタカヒロとて単に同行しているだけではなく、鍛錬の場面を真剣に見ているからこそ的確なアドバイスとなって現れている。新人の全員がベル・クラネルの類まれな才能に遠く及ばないとは理解しつつ、それでも最も効率的なアドバイスを与えることが出来るよう、ここでも師としての立ち位置を示していると言うわけだ。タカヒロが居ない時はベルが師事の代役を務めているのだが、アドバイス内容のクリティカル具合で言えば雲泥の差がある状況となっているのは仕方のないことだろう。

 ベルの命令、というよりはファミリアの方針として、受けたアドバイスをファミリアのメンバーで共有しているために、実力の“底上げ”度合いは猶更だ。その時はベルも混じって真摯に耳を傾けており、何か取り入れることが出来るものがないかと貪欲さを隠そうともしていない。

 

 

 そして最も疑問な点の一つとして、時たまチャッカリとロキ・ファミリアの者が見学に訪れている点だろう。それこそレベル1から7まで職種を問わず、手ぶらではなく差し入れと共にやってくるために、ヘスティア・ファミリアの新人たちは緊張した面持ちを隠せない。

 なんせロキ・ファミリアとは、オラリオにおいて最も有名なファミリアの一つなのだ。仲が良いことは知っていた新人達だが、これ程までとは思っておらず気が動転しかけた程である。

 

 特にその中で、必ず青年の真横に陣取る九魔姫(ナインヘル)が見せる行動が謎の筆頭。行われている訓練の内容ではなく、その青年に目を向けているのは周知の事実だ。

 二人はフレンドリーな仲である、というリヴェリアに関する噂話を知るエルフ三名が休憩時にザワついている点も仕方のないことだろう。一方で容易に広めて良い話ではないことは明らかであるために、口外もしていない。

 

 

「あ、それ自分も気になってた。なんなんだ?あの人。いや、凄いって意味だけど」

「ステイタスが上がっていることもあるんだろうけど、モンスターと戦うのも、確実に楽になってるよな」

「わかる」

 

 

 それにしたってどう答えたものかと、ベルは内心で冷や汗を少し流す。時たま主神が「胃が痛い」と泣き付いてくる事象の鱗片を知った少年だが、己もまたその原因の一端に居ることは気付いていない。

 悩みに悩んだベル・クラネルが出した回答は、「いろんな意味で凄い人」。ボカしにボカしを入れているが間違ってはいないために、リリルカは苦笑でしか示せなかった。

 

 とはいえ流石にそれだけだと色々と足りていない為に、タカヒロに剣を学んだことについては正直に答えている。厳しさについては皆が行っている鍛錬の比ではなく文字通り死にかけたこと、それを自ら望んだことについても口にしていた。

 具体的な内容の一つを聞いてみた団員は、文字通り一歩引いていた。今となっては喉元過ぎた熱さながらも、ベル・クラネルはハッキリと内容を覚えており戦いに生かしている。

 

 

 もう己の師ではなくなってしまったが、ベルもまた、指導するタカヒロの姿が好きなのだ。己もいつかあのようになれればと、今なお情景は非常に強いものがある。

 

 

 そんなベルの表情は凛々しく据わっており、前を見据えた顔は14歳の様相に映らない。横に並んで上目見るリリルカの口元は、見守る姉のように優しかった。

 少年には相手がいることを知っているために抱いているのは一方的な好意ながらも、実のところ彼女もまた、そんなベル・クラネルが好きなのだ。特に先程ベルが見せた据わった表情は、彼女の中で最も好みな表情の一つとなっている。

 

 

「あ、師匠!」

 

 

 それが青年を見つけた時、一転して花が咲いた子供のような顔になる。先程までの凛々しい姿はどこにいったのかと、まさに疑問符しか生まれない。

 

 皆を率いていくために必死に頑張るベル・クラネルが唯一見せる、気の緩み・素の姿。逆に言えばタカヒロ以外を相手には絶対に見せない姿はアイズが引き出そうと頑張っているものであり、レア度で言えば最上級に匹敵するものがある。

 というワケで、影から見ている美の女神が例によって鼻血を垂れ流しているのは周囲に影響がない為にさておくとして。ヘスティア・ファミリアの者達もまた、タカヒロに対して「お疲れ様です」の言葉を発している。

 

 相変わらずのワイシャツ姿で仏頂面、愛想の欠片もありはしない。だがしかし、“らしい”といえば“らしい”姿だ。

 

 

 そしてどうやら、今からダンジョンへ行くらしい。まさかワイシャツ姿で行くのかと口には出せないものの驚くヘスティア・ファミリアの新人達だが、以前にも同じことをやっていた点を思い出してスルー安定。だんだんと毒されていっている。

 何をしに行くのかとベルが尋ねてみれば、内容が“ロキ・ファミリアの新人達と鍛錬する”ことだと知って表情は一変する。学ぶべき事だらけな相手から一つでも多くのことを吸収するべく、一行はそのままバベルの塔へと向かい、ダンジョンへと下りて行った。

 

 

=====

 

 

 ダンジョンの上層であり、中層の少し手前となる10階層。かつてソーマ・ファミリアという闇の中に居たリリルカ・アーデの世界に光が差し込んだ、特別な場所。

 なお、その直後に50階層へと連れていかれて再び闇が覆いかけたのは少し前に思い返すこととなった内容であり、今となっては苦笑を伴う“お笑い種”。死と隣り合わせのように錯覚してしまう深層の空気を知っている今の彼女は、大抵のことでは(くじ)けない。

 

 10階層において前方より迫ってくる、大量のキラーアント。防衛一方ではジリ貧の結果となることは明らかであり、適正レベルの狩りにおいては、数秒のロスなく的確な指示を出すことが司令官に求められる。

 そして、この場における司令官が誰かとなればリリルカ・アーデに他ならない。故に彼女は叫ぶために、大きく息を吸い込んだ。

 

 

「左翼から中央!盾、構え――――!!」

 

 

 背中に受ける小さな身体に負けぬ声に応えるように、盾を持つ前衛職が左翼から中央にかけて壁を作る。ガチンと甲高い音が鳴り響き、続いて盾でもってモンスターが放つ突進の勢いを殺して時間を稼ぐ。

 密集陣形を維持しており、文字通りネズミ一匹すらも通さない気迫と言って過言はない。野郎共の雄たけびを筆頭にしてモンスターの叫び声も交じっており、非常に切迫した様相が作られている。

 

 

「弓兵は右翼より攻撃を、続いて迎撃も上がってください!」

 

 

 司令塔となるリリルカは続けて詠唱の続行を魔導士に対して指示しており、ナイフを携帯した弓兵の一部に対しては後方警戒を怠らないよう釘をさす。有効かつ効率的ではあるものの、下層や深層では通用しない内容だ。

 とはいえリリルカ達が今いる所は上層であり、パーティーメンバーの実力ならば通用する。だからこそ彼女はその選択を行ったわけであり、最良の判断の一つと言えるだろう。

 

 此度の戦いに参加しているのは同行していたヘスティア・ファミリアの新米、レベル1の者達。ベルも含めてレベル2以上の者達は少し離れた場所から見守っており、一方で注意点や参考になるところがないかと真剣な眼差しを向けている。

 しかし、その数は街中を歩いていた時の倍以上に膨れている。ヘスティア・ファミリアではない者達が加わったためであり、本来タカヒロが用事として行う予定だった相手達のことだ。

 

 

「ところで、なんで彼女を司令塔にしたんだい?」

 

 

 例によってタカヒロと並ぶリヴェリア――――の反対側に陣取る、小さな影。とても実年齢とはかけ離れた容姿を持つロキ・ファミリアの団長、フィン・ディムナその人だ。

 二人は据わった表情にて、一行の戦いを見つめている。前回の場面においてはリリルカがリーダーとなっている場面は見たことがないフィンは、タカヒロと言葉を交わしつつも、一層のこと食い入るようにして状況を見つめていた。

 

 

「観察眼は十二分で知識も良好、度胸もある。駆け出しの域であることは揺るがないだろうが、将来を任せるには適任かと思ってね」

「君がそれ程の評価とは、とても興味深いね」

 

 

 実際、フィン・ディムナの目からしても手際よく纏められているのが実情だ。まだまだ荒削りな部分も見えているが、その点については経験数が物を言うために仕方のないことだろう。

 タカヒロの見込み通りにリリルカの呑み込みは早く、ロキ・ファミリアの司令塔役の冒険者も驚いている程だ。一新して威力が向上したクロスボウにてピンポイントで的確な援護射撃を行えている点も、もちろん評価するべき点の一つである。

 

 もっとも、集団戦において重視すべき点が何かとなれば、タカヒロとて答えられない部分は少なくない。常日頃からソロで戦ってきたがゆえに、こちらも仕方のないことだろう。

 故に青年とて、新人たちと一緒に勉強中というワケだ。単純なモンスターとの戦いならばアドバイスは行えるために、全員に対して何かしらのメリットが付与される環境となっている。

 

 

「魔法攻撃が来ます、前衛は退避を!」

 

 

 そして魔導士の詠唱が終わった為に前衛を含めて全員が後方へと飛び退き、セオリー通りに片が付いた。前衛の者がいくらかの負傷を負ったものの軽微であり、戦闘の続行にも支障はない。

 もし今の戦いが映像として残るならば、模範的な戦闘パターンとして全てのファミリアにおいて教育に使用されていたことだろう。ベル・クラネルが戦っていない為に某残念女神も今回の案件は録画しておらず、故に各々の記憶にしか残らないのが実情だ。

 

 見事なまでの、セオリー通り。この先、ここにイレギュラーという事象が付随されて、成功と失敗を繰り返しながら、司令塔と呼ばれる人物は完成へと近づいていくことになる。

 オラリオにおいて最も優秀な司令塔と呼べる一人、フィン・ディムナ。真剣な表情を崩さずに前へと出ており、先程まで戦闘に参加していたメンバー。特にリリルカとロキ・ファミリアの司令塔要員に対して、細かいところの対応について注意を行っていた。

 

 日が浅いリリルカに対して、今しがたフィンが口にした内容まで気を配れと言うのは酷だと異論を捉える者も居るだろう。そこまでするのは、フィンが二人に対して期待を寄せている為に他ならない。

 そしてリリルカもまた、己の種族の英雄であるフィン・ディムナから指導を受けていることも相まって真剣そのもの。時たまリヴェリアが後衛のことについて口を挟むなどして、内容は非常に濃いものとなっている。

 

 それらが終了すると、続けざまに、今度はタカヒロから個々の戦闘についての改善点が出されている。言われた者は全員がハッとしており、己の未熟さを感じ取った格好だ。

 流石に魔法職についてはお門違いながらも、そこは相方リヴェリアの出番というわけだ。指導を受ける中にエルフの者が混じっているために違った意味の緊張が現れているが、それは仕方のないことだろう。

 

 

 やがてフィンを先頭に、一行はダンジョンを横に動く。突き当りの部屋に多数のモンスターが群れていることを確認したフィンは、振り返って言葉を発した。

 

 

「それじゃぁ、皆いいかな?今の反省点に注意して、もう一回やってみようか」

「はい、頑張ります!」

 

 

 柔らかさの中に強さが残る口調となったフィンの言葉に、全員が覇気と共に応えている。先程まで集団を相手して疲れが溜まっているだろうに、雄たけびと共に駆け出した。

 先程のモンスターと種類は同じながらも、数は明らかに増えている。だというにも関わらず、撲滅速度は多少の尾ひれを付けて2割増しだ。

 

 

 自分たちの遥か先を歩く者達から貰える、的確な助言。こうして目に見える程に強くなれる現実が伴うならば、自然と“やる気”も伸びるものだ。

 

 

 

 とはいえ、此度の参戦は偶発的な代物。参加できなかったヘスティア・ファミリアの者達には、ホームにおいて、口頭ながらも各々の学んだ情報がしっかりと伝達されている。

 参加できなかった事に対して悔しがる者も多々居るのだが、このような場面においてもヘスティア・ファミリアとしての連携は実施されている。邪魔しないように遠くから見守る一方で何かしてあげたい善神ヘスティアは、皆の喉が渇くだろうと予想して薄めの果実ジュースを差し入れるのであった。

 




こんなフレイヤ様だったら17巻は生まれなかったことでしょう……


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139話 隙あらば

糖分補給


 

 ヘスティア・ファミリアのホーム、竈火(かまど)の館。設計の工夫によって防音が効いていることもあって物音ひとつしない一室に、玲瓏(れいろう)な声が静かに流れる。この館に入ったことのある回数が最も多い部外者の一人、リヴェリア・リヨス・アールヴだ。

 

 

「――――以上が、ロキからの情報だ」

「そうか。事情は把握したが、自分達の予測が外れていたか」

 

 

 腕を組んで壁に寄り掛かっているのだが、これは彼女がシリアスな話をする時に見せる癖と言って良いだろう。真剣さの中に凛々しさと高貴さが表れる独特の様相は、この部屋の持ち主であるタカヒロからすれば中々のレア度がある。要はリヴェリアが彼の前では乙女と化すことが多い為に、逆に今のような姿を拝む機会が滅多にないのだ。

 そんな珍しい彼女を見たいが作業もしたいタカヒロは、現在進行形で宝石を扱うかのようにガントレットを磨いている。これは作業中にリヴェリアが訪れたものの邪魔をするつもりはなく、「作業はそのままで」と口にしたためタカヒロも言葉に甘え、中途半端に終えず最後まで整備することを選択している。

 

 

 装備に関わることは彼の好きにさせつつ本題を口にする、リヴェリア・リヨス・アールヴ。その気はないものの本能的に、“装備キチ”にとって最も効果的な手綱の握り方を分かっていた。

 

 

「場所は食糧庫とはいえ、私達も予想の範囲外だ。まさか、30階層からも運搬していたとはな……」

 

 

 彼女が口にした内容を簡潔に纏めると、30階層の食糧庫の1つに食人花(ヴィオラス)の生産工場が設けられているという内容だ。元はと言えばロキからリヴェリアへと伝えられたものだ。故にガセネタの類ではなく、信憑性も高い部類だ。

 30階層については全く確認していなかったタカヒロだが、そうなると運搬を担っている者の想定レベルを1つほど上げる必要があるだろう。リヴェリアもまた考えは同様らしく、他に何か見過ごしている点はないかと口元に手を当てて考える仕草を見せている。

 

 

「何か思うところはあるか、タカヒロ」

「30階層からの運搬となれば、レベル4や5が絡んでいても不思議ではない。どこか、怪しいファミリアの名は聞いていないか?」

「いや、特には聞いていない。お前はどうだ?」

「世間との繋がりには疎くてね。自分が関わったことのあるファミリアは、全部が白と言って良いだろう」

 

 

 そう口にするタカヒロだが、例外も一つある。どこのファミリアか全く情報は無いのだが、今現在において手にしている中で正体不明の人物が居た。

 

 

「どこのファミリアかは分からんが……24階層における赤髪の女、そして18階層で遭遇した仮面の人物については、君も収穫なしか」

「少し前に口にしていたやつだな、こちらには何もない。何か情報があるのか?」

「いや。アレ以降は、ダンジョン内部も含めて出くわしてすらいない」

「そうか。お前が今までダンジョンの内部を確認したのは、確か24階層迄だったな」

「ああ、結果は君も知っての通りだ」

 

 

 ダンジョンとは基本として、階層が増えるごとに階層面積も増加する。40階層ともなれば広大なオラリオと同じ面積を有しており、その階層まで行かずとも、階層全体を調査するには骨が折れることだろう。

 現にタカヒロも25階層付近ながら、そこそこの日数を要している。おおまかに換算して1日当たり一階層が目安となっており、収穫があったかとなれば首を横に振る程だ。

 

 正直なところ18階層の一件については相手が使っていたナイフと仮面ぐらいしか覚えていないタカヒロだが、暗闇かつ相手が黒のローブ姿だった為に無理もないだろう。逆に言えばそんな状況下でもナイフだけは細部までシッカリと覚えているのだから、このあたりは一種の病気かもしれない。

 もっとも相手側とてイシュタル・ファミリアを壊滅させた者については何も情報がない為に、そこだけを見れば互いにイーブンな状況。また、オラリオ防衛側は闇派閥の経路と拠点、攻撃側はオラリオ側の防衛能力が分からない為に、互いに動くに動けない状況が作られていた。

 

 ともあれ、有力な情報として上がってきた30階層の一件をスルーする選択肢はあり得ない。かつてリヴィラの街にて出くわした冒険者の結末を繰り返さない事も含めれば、悠長にしている時間も限られる。

 やるべき内容としては、かつてタカヒロとリヴェリアがアイズを探しに行った24階層の一件からヘルメス・ファミリアを引き算した内容と言えるだろう。

 

 

 タカヒロが全てを叩き潰すか、リヴェリアが盛大なキャンプファイヤーを行うか。どちらにせよ、工場で生産されたモノは全て灰へと変わることに違いは無い。

 

 

 その点は問題無いと仮定して、そうなれば、どのような算段をとるべきか。そのような内容を口にしたタカヒロだが理由があり、闇派閥との戦いについて、そろそろベルに説明する必要があると考えていた。

 なんせ、ベルも現在はレベル4。そしてレベル5を目前に控えているという、立派な第一級の冒険者だ。

 

 そのために、闇派閥との戦いとなれば強制ミッションか何かで駆り出されることだろう。決して自ら混乱の中に勝手に巻き込まれに行くようなことはないと信じたいタカヒロだが、もし仮にアイズの為となれば止めることもできないだろう。

 七年前の大抗争に匹敵する戦いとなることは、何ら不思議ではない内容だ。突然の戦いとなってもベルが混乱することは無いだろうと考えるタカヒロだが、情報を知っているに越したことはない。

 

 

 取っ掛かりとして30階層の討伐にベルが参加するとなれば、ヘスティア・ファミリアにおける本日の行事が問題だ。士気は高い為に団長が不在でもダラけることはないだろうが、かと言って放置と言うのも些か問題だろう。

 もっとも(うれ)いはなく、少し前までロキ・ファミリアの“母親(ママ)"と呼ばれていたリヴェリアがカバーしている。既にフィンたちとは話をつけており、ロキ・ファミリアの新米研修にヘスティア・ファミリアも加えると言った内容だ。

 

 

「良かったのか、こっちの新米をロキ・ファミリアに預けても」

「なに、此方はお前の力を借りるだろ?お互い様というやつだ」

 

 

 大御所ロキ・ファミリアの副団長らしく、凛々しく答えるリヴェリア。確かに新参者の多いヘスティア・ファミリアからすればロキ・ファミリアに学ぶことも多く、とても中身の濃い時間を過ごすことが出来るだろう。

 しかしそれは、ヘスティア・ファミリアにおける白髪の二名を借りるための大義名分。一緒に行動できる嬉しさを隠しきれておらず、見抜いたタカヒロが苦笑の表情で返したならば翡翠のジト目と共に片頬が膨れている。

 

 絵に描いたような膨れっ面のまま脚を進めて距離を近づけたために、やや上目でタカヒロを見上げる位置関係。仏頂面のままの青年は相方と違って、この程度で狼狽えることはない。

 流石に無視というのも問題があるために、人差し指で相手の頬を軽く押す。張りと弾力という相反する二つを供えた代物ながらも容量には限界があり、少しだけ口が開いて空気が抜けていた。

 

 そうなれば、言葉を発する余裕も生まれるワケで。とはいえ相手の青年が何を言いたいか分かっている、かつ己が抱く想いを否定する程にツンツンしていないリヴェリアは、セオリー通りの言葉を口にしようとした。

 

 

「……悪いか、馬鹿も――――!?」

 

 

 ――――いいや、全く悪くない。

 

 そんな回答を持つタカヒロは、言葉として口には出さず。相手の頭の後ろに優しく手をまわし、己の口でもって相手の言葉を物理的に遮る方法で答えを示した。

 数秒で終わった行為ながらも、先程までの相手はものの見事に隙だらけ。故に不意打ちかつ“こうかはばつぐん”であり、かと言ってこのまま放置すればローエルフが出来上がる事は彼によって容易に分かるために、滅多に見せない柔らかな表情と共に煽りの言葉を口にする。

 

 

「君も例に漏れないが、エルフというのは素直ではないな」

「っ……!う、うるさいっ!うるさいっ!」

 

 

 “だが、そこがいい。”とは、タカヒロ(エルフスキー)の本音である。ツンデレこそエルフの本懐だと言わんばかりの、青年が持つ持論らしい。

 それはさておき、リヴェリアから返ってきた回答もまた分かりやすいツンデレと呼べるもの。文章の割に現在のポジションから微動だにしない点や上下に羽ばたくように動く長い耳を見れば、彼女が今抱いている感情の真意は明らかと言えるだろう。

 

 

 少しだけ茹で上がり具合が収まったかと思えばスイッチが入ったのか、上機嫌で甘えモードにチェンジしている恋する高貴な乙女(ポンコツハイエルフ)話の趣旨(シリアス君)がすっかりどこかへ行ってしまっているが、超絶恋愛御両人(バカップル)が持ち得る攻撃力には勝てなかったようだ。

 タカヒロがガントレットの整備をしていることは知っているはずなのに、「何をしているのだ」と口にしながら同じ椅子――――というよりは青年の膝の上に座ってもたれ掛かり全体重を預けるハイエルフ。真昼間から“誘う”ようなことはしないと分かっている青年ながらも、中々に色気のあるシチュエーションの一つだろう。人に頼ることを知り覚えたリヴェリアだが、それ以上に、甘えることも覚えてしまったらしい。

 

 

 普段は容姿や口調とも相まって凛々しく纏まっており、それこそ高貴と言える立ち振る舞い。ほぼ全てのエルフが敬拝するハイエルフとしての姿であり、九魔姫(ナイン・ヘル)の容姿や性格などを尋ねれば、オラリオのほぼ全ての住人からこのような答えが返ることは明らかだ。

 

 そんな彼女が青年の前だけでは此度のように、小娘かの如く可愛らしい姿へと一転する。持ち得る“味”はこの二つに留まらず、相手と共に居る喜びを分かち合う恋人として。そして何かしらの理由で青年が弱ってしまったならば、母親の如く頼り甘えることもできるのだ。

 

 

 少し前にタカヒロが黄昏の館を訪れた際、ロキに軽く飲み誘われて惚気話になった時。先の回答を示した上で、「飽きることなど考えられん」という本音を暴露している。

 嘘発見器にも反応がないために抱く本心は伝わっており、ロキも「骨の髄までエルフを楽しんどんなー」とケラケラとした受け答え。ちなみにロキとしてはタカヒロの性格からしてそこまで溺れることは予測していなかったらしく、“筋金入りのバカップル”というのがロキの中における二人の位置づけである。蛇足だが、筋金は筋金でもオリハルコン製の代物なのは言うまでもないだろう。

 

 

「で?本題に戻るが、調査のために30階層へ行くのではなかったのか」

「あっ……」

 

 

 すっかり話がすり替わっていたリヴェリア、どうやら思い出した模様。それでも青年の膝の上から降りる仕草は見せておらず、もう暫くはこのままなのだろうとタカヒロは諦めの境地に達していた。腿が痺れる状態異常にならないことを祈っている。

 とはいえ30階層への進軍となったとしても、そこの男がいるために、予測される内容としては「行って壊滅させてリフト直帰」という脳筋具合。似た内容を口にする真面目な表情のリヴェリアは、どうやら己が立案した作戦の名も口にするようだ。

 

 

「以上が、作戦名“タカヒロ”だ」

「馬鹿にしているようにしか聞こえんのだが?」

ほ、ほのよーなほほああいぞ(そ、そのようなことはないぞ)

 

 

 背後から人差し指で両頬をつつかれ、呂律が回らないlol-elf。両頬を攻められているために表情が破綻しているのだが、誰にも見られていない為にセーフだろう。

 

 

 いつまでも乳繰り合いたい本心(オーラ)を完全に消し去れない二人だが、時間が押しているミッションであることも分かっている。名残惜しそうに離れるリヴェリアに対して「やはり寂しがり」と言葉で煽り普段の調子に戻してあげているタカヒロだが、こちらもまた本心では似たような状況なのはご愛敬である。

 とはいえタカヒロとしては、二人で行くつもりもないらしい。ダンジョンの中層~深層を知らないベルの為に、一緒に潜ってよいかとリヴェリアに提案している。

 

 

「そう来ると思って、話は付けておいた」

 

 

 どうやらベルが同行する決定を予測していたらしく、アイズにも話は付けてあるらしい。午前中は用事があるとのことらしいが、直にやってくるだろうとの内容だ。

 ならばタカヒロは、ベルに話を付ける必要がある。別件で用事があってギルドへと行っていたので恐らくは裏庭で自主練習しているだろうと予測して向かってみれば、予想通り、軽い汗を流す少年がそこにいた。

 

 

 いつか見た“質の悪いお手本”へと近づく為に汗を流す、ひたむきで真っ直ぐな姿。浮かぶ汗のように煌びやかなその姿は、数多の強者すらも引き付ける程のものだ。

 しかし一方で、とある理由により“絶対に近づけない”と知っているタカヒロ。捻くれたお土産こそが効力を発揮するのだが、それはまだ未来のこととなるだろう。

 

 

 視線に気づいたベル。二人揃って何事かと思い駆け寄るようにして近づくも、汗臭いかもしれないと自覚したとたんに急停止して普段よりも距離がある。実際のところは臭いなど僅かにしかなく、真横に並ぶなどしなければ気になることは無いだろう。

 それはともかく、二人がやってきた理由が気になるようだ。久々に鍛錬で直接的なアドバイスが貰えるのかと目を輝かせているのだが、どうやらそういうワケでもないとすぐさま察してショボンとしている。

 

 それでも真面目な話と分かった途端に表情が一変する辺り、師と違って表情豊かな少年だ。闇派閥などの具体的な内容はまだ出していないタカヒロは、簡潔な内容を口にする。

 

 

「ベル君も一緒に来ないか?ダンジョン30階層の問題を解決しに行くのだが」

「物理的に、ですね!」

 

 

 段々と物分かりがよくなってきた(汚染が進行している)少年、ベル・クラネル。何らかの形で、再びヘスティアの胃が刺激される日も近いだろう。

 ともあれアイズも来ると分かれば、恋する少年は聞き捨てならない。汗を流してくるとのことでダッシュで館の内部へと戻っており、タカヒロとリヴェリアは館の入口でアイズを待つこととなった。

 

 

 リリルカを含む新米達はロキ・ファミリアと共に行動中でヘスティアもアルバイトとなっている為に、館の内部は非常に静かだ。そろそろ給仕の一人や二人でも雇うべきかとファミリア内部で話が挙がっているのだが、未だ進展を見せていない。

 ともあれ30階層へ行くことが決定したために、タカヒロとベルは備品を含めて準備を進めている。男だから、という理由ではないが、あまり時間を掛けずに準備を終えていた。

 

 もっとも内容としては、万が一を想定して一泊二日程度のもの。4人パーティーということでリヴェリアがサポーターをやると言い出したのだが、そこはタカヒロが「自分が持つ」と押し通す。

 万が一の時には全廃棄したうえで突撃を行い、リフトにて直帰すれば命を落とすことはない為だ。50階層へとデメリットなしに到達できるリフトだが、デメリットなしで西区へと直帰できる点が、ダンジョン攻略において最も有用と言えるポイントだろう。

 

 

 ならば、話し合うべき課題としては残り一つ。そうこうしているうちに少し多めの荷物を持ってきたアイズが扉をノックし、ベルが出迎え、荷物を代わりに持ちつつロビーへと招き入れていた。

 




原作では異端児が処理していた30階層ネタですね


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140話 ここはダンジョンの奥深く

 

「ところで今回なのですが、上から行くのですか?下から行くのですか?」

 

 

 オラリオ・ダンジョン。上から攻めるか、下から攻めるか。

 ダンジョン・アタックと称されるそれは、本来ならば“逆走”という二文字は使われない。ちなみにだが24階層の時のように、リヴェリアは道中においてアーチャーへとジョブチェンジすることが告げられている。

 

 

 ともあれ、ベルの口から出された大きな疑問。オラリオにおける一般冒険者が耳にすれば選択肢が生まれること自体に疑問が芽生えるのだが、残念ながらここの4人は一般人の対象外である。

 事実を告げるかの如く当たり前のようにベルが口にしたことを明記すると、1階層から順に下って30階層を目指すか、リフトで50階層から逆走するかの選択肢が生まれているわけだ。安全性や距離ならば前者となるが、後者ならば、おおよそ人目につかないという大きなメリットも存在する。

 

 

「上から行くとなると、18階層で一泊できるが……」

「……目立つ、よ」

 

 

 一応は闇派閥に関することだと理解しているアイズも、目立つことは良くないのではないかと意見具申。珍しく意見を言う点や的を射ている内容に驚くリヴェリアは、アイズの成長を実感していた。

 と思いきやアイズとしては、単に4人でゆっくりと過ごしたいという可愛らしい裏事情。これから行くところはオラリオにおいて最も危険地帯となるダンジョンの深層なのだが、約一名の所詮により恐怖は全く沸かないらしい。

 

 

「ベルの……お昼寝の、練習にもなる」

「何が昼寝だ、野営や野宿と言え」

 

 

 「言わなくても分かってくれる!」と言いたげな金色(こんじき)のジト目と翡翠のジト目が至近距離で交差する。鉄板を溶接する時のように火花が散り始める恐れがあったために、タカヒロとベルがそれぞれの相方の首根っこを掴んで引きはがした。

 アイズとしては、可愛らしく振舞おうと努力して選んだ言葉という裏事情。なんとも健気な様相であり、そういった意味ではポンコツハイエルフも見習うべきポイントだろう。

 

 

 結果として、50階層から逆走することが決定された。“運搬中の食人花(ヴィオラス)が居れば後ろから襲いやすい”という明確な理由があり、決してその場のノリで決定されたワケではない。

 リヴェリアによって決定されたのだが、こうなった事にも理由がある。正直なところどちらでもいいタカヒロ、そもそも何故30階層に行くのかよく分かっていない為に従いますと口にしたベル・クラネルの二人はカウントの対象外。

 

 アイズは50階層からの逆走を提案しており、リヴェリアもまた、30階層の調査が決まった時から同じ意見を抱いていたらしい。というわけで、必然的に決定した格好になる。

 

 とはいえ、先に説明された明確な理由だけが原因ではない。恋路となると途端にポンコツ化する傾向がみられるこのハイエルフ(lol-elf)、しっかりと別な理由があって50階層のスタートを選んでいたのだ。

 タカヒロとて知らず察することが出来ていない、彼女にとっては大切な理由。それを達成するための発言が出されたのは、4人揃ってリフトで50階層へと降り立った数秒後のことである。

 

 

「タカヒロ、先に52階層の入口まで行こう」

「は?」

 

 

 突拍子もないことを言い出したリヴェリアに対し、真顔で一文字の問いをぶつける青年タカヒロ。目的地は30階層だっただろうと正論を口にするも、何故だか視線を斜め下に逸らされてしまう。

 そんなリヴェリアを目にしたアイズも心配になり、「どうしたの?」と覗き込むようにしながら首をかしげる。何がどうなってそうなったのかタカヒロですら分からず、彼もまた「どうしかしたか」と心配げに声を掛けていた。

 

 

「――――お前と出会った場所に、行きたいんだ」

 

 

 少し前の余韻漂うポンコツが示す回答は、全員の想像を合計したモノと比較しても斜め上。別に行こうと思えば何時でも日帰りで行ける――――とオラリオの冒険者が耳にしたならば「正気ではない」と回答を返すのだが、“リフト”と青年の実力があれば朝飯前に等しいだろう。

 ともあれ今朝の一件も影響しているとはいえ、“まさか”の回答であることに変わりはない。流石のタカヒロもアイズと共にフリーズしてしまい、前者は言われて嬉しいことに違いは無いが、掛ける言葉の一つも浮かばなかった。

 

――――リヴェリアが可愛すぎて辛い。

 

 と、このような感想が浮かぶだけ。左手で額を抱えながら、タカヒロは少し顔を伏せている。

 

 隙あらば惚気。場所がダンジョンの深層であろうともそれは変わらず、相変わらず恋愛事となると初心な精神を持つ最年長と言えるだろう。

 

 

「あちゃー……ッ!!?」

 

 

 我慢できずに思った事(余計な音)を口に出してしまったベル・クラネル、指の隙間越しから放たれる漆黒のジト目を受けてジェスチャーにてゴメンナサイの真っ最中。まさかの回答を耳にしたアイズは数秒後に可愛らしく噴き出し、お腹を抱えて笑いを堪えていた。

 いつかメレンで起床した時とは立場が入れ替わっており、今度はリヴェリアがポカポカとアイズの背中を弱々しく叩いて抗議中。縦に動くメトロノームのように頭を下げたり上げたりするベルの横で、可愛らしくじゃれ合っている。

 

 そんな戯れも時間が過ぎれば自然と収まり、プンスカな様相を呈だったリヴェリアもまた元通り。そもそもにおいて30階層を調査する事情が呑み込めていないベルに対し、闇派閥やオラリオに迫る危機などを分かりやすく説明していた。

 一緒になってアイズも聞いて(復習して)いるが、理解できているかは不明である。そして少しの危機感を抱くベルながらも、“オラリオの破滅を目論む”くだりを耳にしても余り動揺を見せていない。

 

 なんせベルの心境は、「そんな有象無象より横に居る師匠の方が危ないんじゃ?」と真理に迫っている。百聞は一見に如かずと言うが、目にしたことのない恐怖よりも目に見える“プッツンさせた時の恐怖の存在”の方を意識してしまうのは仕方のないことだろう。

 実力をつけレベル4になり、タカヒロ以外の相手と戦うことで“引き出し”が増えてきたからこそ。猶更のこと、“ぶっ壊れ”が持ち得る力の異常さが分かってしまっているというわけだ。

 

 

 そんなこんなで道中の敵は適当に排除しつつ、一行は51階層から52階層へと降りる地点へと無事に到達。たった4人でここまで来ている点だけを見ても異常なのだが、その点はあまり気にならないらしい。

 52階層へと降りないのは、ここから先は58階層からヴァルカング・ドラゴンによる火球の狙撃を受けるため。約一名は直撃しても何ら問題はないのだが、他の三名となると、そうはいかない。

 

 

「……懐かしいな。もう既に、あれから半年を過ぎているのか」

「……」

 

 

 ぽつりと、思い返すようにしてリヴェリアが呟く。アイズやフードを外したままのタカヒロもまた、当時を思い返すように52階層への入口を見つめていた。

 

 芋虫型のモンスターに追いかけられていた、ロキ・ファミリア。幸いにも人的被害はなかったものの、この階層だけで発生した金銭的被害は、未だに尾を引きずっている。

 一方で、モンスターを殺しても装備がドロップしないことに嘆いていた一人の青年。同じ階層に居たというのに、何とも酷い温度差だったと言えるだろう。

 

 

「この先、52階層でお前に助けられた時のことは、よく覚えている。あの時は、どのようにしてモンスターに対処したのだ?」

「……いや。このような情景で口にする内容でもないが、特に何もしていない」

 

 

 当時を振り返って表情が緩むリヴェリアだが、生憎と戦闘と呼べる戦闘など発生していないのが実情だ。テクテクと歩いている最中、“殴ってきたモンスターが勝手に死んだ”という状況に他ならない。

 そして当の本人は、ありのままを正直に口に出している。だからこそ出会った情景の感動などリヴェリアの中から吹き飛んでしまい、「そこは嘘でも何か言え」と言いたいリヴェリアから釘が刺される事となる。

 

 

「……お前は相変わらず、戦いとなれば感動の欠片もない状況だな」

「なんだと?」

 

 

 少し前まで惚気ていたかと思えば勃発しかける夫婦喧嘩、普段よりも輪をかけて何かを言いたげなジト目とジト目が交差する。タカヒロが口にしたことは事実とはいえ、リヴェリアが口にしたこともまた事実だ。

 ゼロ距離で顔を突き合わせる二人を見て苦笑する一方、別のことが気になったベル・クラネル。喧嘩がヒートアップしても宜しくない為に、思ったことをそのまま問いとして口にした。

 

 

「師匠、こんなところでリヴェリアさんとお会いしていたのですね」

「私だけではなくアイズも同様だぞ、ベル・クラネル。芋虫型のモンスターに追いかけられていた所を、肩代わりして貰った格好だ」

 

 

 エルフを見捨てるわけにはいかないという、傍から見ればバカバカしい理由によって出された助け舟。傍から見た感想がそれなのは、ここが危険地帯である52階層だからという理由によるものだ。

 続けざまに「普通は52階層で助け舟を出す余裕はないぞ」と軽口を出すリヴェリアだが、それについては嬉しさを隠すため。照れ隠しとなれば捻くれている相方の様相が、少し伝染してしまっている。

 

 

「まぁリヴェリアさん、師匠にダンジョンの常識は通用しませんから」

「なるほど、違いない」

「わかる、よ」

「やかましい」

 

 

 ここぞとばかりに放たれるベルの追い打ちである。他に誰もいない状況だからか、タカヒロ以外の3人は陽気な表情で言いたい放題だ。ジト目を向けられた発言者のベルは咄嗟にアイズの後ろへと隠れ、アイズは両手を広げて立ち塞がる仕草を見せている。

 タカヒロにとっては残念ながら、100人に聞けば100人がベルと同じ回答を示すだろう。10階層とはいえ戦闘衣(バトルクロス)ですらないワイシャツとズボン姿でダンジョンに潜っていた実績だけを考慮しても、ベルの言い分は正論と言える程だ。

 

 ともあれ、そのような非常識が生まれる程に強いからこそ、助かった命も多くある。事実を分かっているリヴェリアは、優しい口調で言葉を発した。

 

 

「もしも、お前好みではないという理由で助けようという気持ちが芽生えなかったならば……私たちは今、ここに居なかったことだろう」

「失敬な、ダンジョンに出会いを求めて潜っていたワケではない。ああ、そうだろうベル君?」

 

 

 ややニヤリとしたような珍しい表情と共に放たれる、内角高めへ迫る直球ストレート。ベル・クラネルにとっては、とても厳しいコースに飛んでくる言葉のボールに他ならない。

 

 

「そ、そそそそそうですよね!」

「ベル。なんで、慌ててるの」

「そそそんなことあああありませんよ!?」

「敬語、出てる」

「あうぅ」

 

 

 先のお返しとばかりの、カウンターストライクというわけだ。今は全く違うと断言できるとはいえ、オラリオに来た当初を思い返すと耳が痛いベル・クラネルである。

 何かを隠していることはアイズにさえ見抜かれており、若干の膨れっ面を目の前にして両頬をプニプニと突っつかれる尋問を受けていた。もっとも少年からすれば、ご褒美な状況に他ならない。

 

 とはいえリヴェリアの言葉は今こうして恋仲にあるということではなく、出会っていなければ24階層もしくは58階層で命を落としていたという内容だ。タカヒロやベルという男に助けられたからこそ、リヴェリアとアイズがここに居ることは間違いない。

 頼りになりすぎる相方、現在はアイズに混じってベルの片頬を突っついて尋問しているタカヒロの横顔に、優しい翡翠の瞳が向けられる。そのうち楽しくなってきたアイズが加減を忘れかけているために、そろそろ誰かが止める必要があるだろう。

 

――――それにしても、アイズにも言えることだが……そもそもにおいて、ここは51階層なのだがな……。

 

 内心で溜息が出るリヴェリアの思う通り、4人が居る所はダンジョンの52階層へ下りる直前。いつもならば死の恐怖と向き合いながら進む階層だというのに、こうして微笑ましい光景が生まれているという点だけを見ても、どれ程の余裕があるかは語るまでもないだろう。

 それでも、ダンジョンの51階層であることに変わりは無い。どこからか湧き出てきたのか、数体のデフォルミス・スパイダーが、4人めがけて襲い掛かる。

 

 

『■■■■!』

「あ?」

『!?』

 

 

 家族の団らん――――らしき何かを邪魔するなと言わんばかりの一睨みと共に、オレロンの激怒が発動。デフォルミス・スパイダーに対して何か用かと聞くこと自体が間違っているのだが、襲い掛かろうとしたモンスターからすれば、声を掛けてくれただけ有難い対応だ。

 何せモンスターが襲い掛かろうとした存在は、鬼神と表現して生ぬるい。そのまま180度のスピンターンを奇麗に決めて、抱いた恐怖に全身に球の汗を浮かべながら、明後日の方向へと逃走している。

 

 何事もなかったかのように終始ベルの頬で遊んでいるアイズは、眉間を軽く摘まむリヴェリアを見て可愛らしく首をかしげている。ベルもベルで顔の力を抜いてされるままの状況であり、温度差を筆頭に色々と酷い状況だ。

 

 

 

 

 もちろん“色々と酷い”は、例に漏れず地上にも該当する。水晶越しに見ている謎の残念女神は、モルモットの如くイジられているベルを見て「私も51階層へ行く!プニプニする!!」と手足をジタバタさせて(わめ)き騒いでいる程だ。

 

 

 頑張れ中間管理職(猛者オッタル)、なんなら他部署ながらもヘルプに入るのだ苦労人(フェルズ)。古代神ウラノスの胃が迎える未来は、君の手にかかっている。

 



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141話 未到達地域と花工場

 リヴェリアが主張する「52階層での用事」も終わり、再びリフトを使用したタカヒロは、他3人と共に50階層へと戻ってくる。当初の予定から大幅に遅れているもののダンジョンを逆走し、目指すは30階層というわけだ。

 道中においては時たまアイズとベルがモンスターを相手しており、リヴェリアも弓を用いて後方支援。邪魔をしてはいけないサポーターのタカヒロは何もしていないが、連携を取る二人の動きをしっかりと見据えている。

 

 気付いた点は、移動する時間を用いて指摘するというワケだ。今となっては、轢き殺されるモンスターに対して疑問や同情を抱く者など一人もいない。

 判断基準が“ぶっ壊れ”に侵食されてしまっているのだが、逆に言えば侵食される程に親しい距離に居るということだ。当たり前のことだが、闇派閥などはこの対極に存在する。

 

 

 ダンジョンを駆け上がるように進む疾走を止めることなく、正規ルートに沿って進み続ける。道中においてリヴェリアから様々な説明を受けるベルは正直なところ全てを覚えていないものの、重要な点は聞き逃さない。

 44階層の火山地帯を筆頭に地上とは全く異なる様相を見せるダンジョンとは、一筋縄ではいかない代物。リヴェリアとて未だ学ぶことも少なくはない程となる、未開拓地と呼んで支障はない領域だ。

 

 

 なぜだか先頭を走るサポーターに続く一行、例によって平均レベル表記では29となる4人パーティー。そんな一行は、ダンジョンの深層において様々な意味での危険地帯となる37階層へと辿り着くこととなる。

 ダンジョン内部であるために時間を視覚的に計ることはできないが、時間は夜9時になろうかと言ったところ。あまり疲れはないタカヒロながらも、とある場所を知っている為に休むことを提案した。

 

 

「そろそろ疲れも出るだろう。ここらで野宿としないか?」

「こんな所でか?」

 

 

 飛び出す暴論、返される正論。よりにもよってペルーダの出現する37階層で休むなど危険極まりない選択を耳にしたリヴェリアは、思わず強めの声で疑問を返してしまっている。

 彼女の教導を受けたタカヒロとて、37階層で休むとなると危険が――――いや、確かに青年だけならば問題は無いだろう。そんな事実に気付いてしまったリヴェリアだが、流石に周囲を巻き込むことは無いと考えて相手の言葉を待っていた。

 

 

「ああ。君の教導においても出てこなかった、隠されたような場所を知っている」

「隠されたような場所?まさか、未到達エリアか」

 

 

 大なり小なりダンジョン内部に存在する、未到達エリアと呼ばれる場所。危険を伴うダンジョン内部において冒険する者、マップとして記録に残す者が少ないために生まれているエリアでもあるのだが、タカヒロが口にしたのはそう呼ばれる場所である。

 

 かつて37階層で――――比喩表現なしに眠りについた時。たまたま近くに居たラムトンによって、闘技場(コロシアム)の下へと落とされた時。

 偶然見つけたことになるが、間違いのない安全地帯(セーフゾーン)。タカヒロは3人を連れて、ダンジョンの壁によって隠された入口の場所へと移動する。

 

 

「ペルーダです!」

「っ!!」

 

 

 道中にエンカウントした、37階層において最も厄介なモンスターの一つ。相手が持ち得る武器は遠距離攻撃が可能となる毒針だけに、後手に出ては被害が拡大してしまう。

 

 故にアイズとベルは、どちらが言わずとも左右に分かれる。相手のモンスターは“右を向きつつ射線は左に”などという器用なことは行えない為に、防ぐ側としてはアドバンテージを得るわけだ。

 此度の交戦では相手が一体であるために、最も有効な戦術の一つだろう。まさかの壁走りを披露しているアイズもあって、ペルーダは、どちらを狙えばいいか迷って後手に回ってしまっていた。

 

 

「ッ!」

「せいっ!」

 

 

 最後の最後に攻撃を見せるペルーダだが狙いもちぐはぐで、広い目を持つベルに容易く回避されてしまう。カドモスや階層主とは程遠い耐久力の低さであるために、戦闘そのものは一撃で片が付いた。

 そして戻ってくる二人ながらも、どこかソワソワした様相を隠しきれない。それに気づいたリヴェリアだが、原因については分からないのが実情だ。

 

 実のところ、一連の動きを見ていたであろうタカヒロに誉めてほしいという微笑ましい裏事情。一方で改善すべき点があるならば指摘して欲しく、彼の言葉を待っているのだ。

 基本として良い所を見つけ、誉めて伸ばすのが彼のスタイル。もっとも改善するべき点はしっかりと指導を入れる事も特徴的であり、過去に何度も行われてきた光景だ。

 

 

「どちらと言わずに行動をはじめ、隙もなく息の合った攻撃。見事、教本のような連携だ」

 

 

 ヘスティア・ファミリアの為に買われた教本そのものには記載されていなかったものの、つまりは載せても恥じないと言える程。娘息子の顔に花が咲き、二人はハイタッチで喜びを分かち合っている。

 しかし一方で、“捻りが足りない”とも受け取れる回答だ。その点に気づいたベルは、何かあればと考えて問いを投げる。

 

 

「ああ、その点についてか。荷物持ちである自分も含めた4人のパーティー行動という前提における最適解を言うならば、少しだけ叱りを入れねばならん」

 

 

 後ろ二人は大丈夫だろうと無意識に判断しており、疎かになっていた事実。確かに今は4人で行動しているために、ベルとアイズが互いだけを見ていては失格と言えるだろう。

 言い回しからそのように捉えている二人は表情を戻しており、真摯(しんし)に聞く姿勢を見せている。だがしかし、二人に問題があるわけではないのが実情だ。

 

 

「ここで棒立ちしているハイエルフが弓で射なかった点が、最も改善するべき問題だ」

「……」

 

 

 タカヒロが口を開いた際に飛び交うことのある流れ弾が、リヴェリアへとヒットしたわけである。蛇足ながら、過去も含めた場合、最もデッドボールを受けているのはヘスティアと言って過言はないだろう。

 

 

「どうした、まさかペルーダ相手に腰が抜けていたワケではないだろう?」

 

 

 久々に現れる、タカヒロ十八番の“リヴェリアいぢり”。彼女のことを名前ではなく“ハイエルフ”と呼んでいる時点で相手にも意図は見えてしまっており、だからこそ翡翠の強いジト目で返されている。

 例によって直後に発生しつつ現在も続いている玲瓏(れいろう)で少し音量大き目な言い訳ボイスを背中に聞きながら、タカヒロは機嫌よく先頭に立ってダンジョンを進んでいく。遠くからこちらに気づいた敵には遠距離攻撃“メンヒルの盾”をお見舞いするなどして、BGMを切らさないよう留意しているのは流石といったところだろう。

 

 

「ここだ」

「だから先程の一件は……なに?」

「壁、ですね」

「壁、だね」

 

 

 心地よいBGMも、タカヒロの発言でもって停止することとなる。彼が立ち止まったこの場所に何があるかとなれば何もなく、ベルとアイズが表現したようにダンジョンの壁に囲まれているだけだ。

 ここにあるのは隠し通路であり、以前にタカヒロが落下した場所から伸びていた通路、37階層における出口というわけだ。「見ていろ」とだけ口にしたタカヒロは右の盾を軽く振り上げて、勢いよく振り下ろす。

 

 当たり前のようにダンジョンの壁も一撃で粉砕する攻撃には最早誰も驚かず、一方で壁の先に隠し通路があることに驚愕するベルとリヴェリア。アイズは正直、何を驚くのかよく分かっていない。

 ともあれ、タカヒロが口にした場所への通路が、こうして目の前に現れている。タカヒロを先頭にリヴェリア、すぐ後ろにベルとアイズが並んで護衛の配置となって、4人は、後方で修復を始めるダンジョンの壁を遠くに見ながら、少し下っている坂を奥へ奥へと進んでいった。

 

 

「ここ、モンスターの気配が全くないですね」

「うん。ダンジョンの中じゃ、ないみたい」

「ああ。安全地帯(セーフゾーン)と言われても、納得できてしまいそうだ」

 

 

 呟くベルに同意するアイズとリヴェリア。足音と鎧の鳴る音だけが僅かに響くという、ある意味ではホラー染みた状況となっている。

 そもそもにおいて安全地帯(セーフゾーン)とは“モンスターが沸かない場所を指し示す言葉であるために、リヴェリアの推察は正解と言って良いだろう。何も答えないタカヒロに対して視線を向けるリヴェリアだが、何も分かっていないので答えようがないと言うだけの話だ。

 

 あまり時間を要さずに、一行は目的の地点へと辿り着く。湧き水のせせらぎが木霊する静かな空間は、以前にタカヒロが落ちた時と変わらない。

 

 

「師匠。ここって、どのような場所なのですか?」

「いや、正直なところ場所以外は全く分からん。以前に一度だけ来た時と変わっていない。モンスターが沸く気配も、見ての通りだ」

「場所については、今いる所も37階層なのか?」

「37階層には、闘技場(コロシアム)と呼ばれる場所があるだろ?その真下だ」

 

 

 気さくに問いを投げたリヴェリア、思ったよりもヤベー場所であることを実感して表情が曇っている。

 

 

「……安全ながらも危険とは隣り合わせ、ということか」

「床が、と言いますか、天井が抜けたらと思うと恐ろしいですね……」

「その時は、タカヒロさんに、任せよう」

「なんとかなるさ」

 

 

 “師匠がこの場所を知っているのは、あの時の一件か”とベルは瞬時に要因を察するも、口には出さずに黙ったまま。戦闘で床を貫通したのかと推察するが、実際は、遥か斜め上を行く理由で床が抜けたというのが現状だ。

 確かに身体を休めることの出来る地点でこそあるものの、リヴェリアが言うように危険を伴う。有事の際はタカヒロに丸投げしようとしているアイズと呑気に受け答えしているタカヒロの二人だが、アイズは先の内容を口にしつつ荷物の中を覗いている。

 

 タカヒロが運搬していた、アイズの持ち物。その中へと丁寧に入れられていた一つ、蓋のついた浅いバスケット。

 なんだろうかと、地面にある敷物の上に置かれたバスケットを囲うように残り3人が覗き込む。アイズが中身を見せるように開くと、全員が目にしたことのある料理が飛び込んできた。

 

 

「みんなで、食べれたらと思って……サンドイッチ、作ったんだ」

 

 

 ただパンを切っただけではなく、具材の調理を始めとしてアイズが作った立派な料理。4人分の量が分からなかったこともあって男二人を考慮するとやや少ないが、間違いなくアイズが作った一品だ。

 珍しく少し驚いた様相のタカヒロと、美味しそうと言わんばかりに口を開いて覗き込むベル。リフトで一時的に戻ろうと思えば戻れる為に衣食住については問題がないのだが、空気を読んだタカヒロは口を閉ざしたままだ。

 

 なお、残り一名。驚愕の表情を浮かべるリヴェリアは、目を見開いて色んな意味で動揺中。“女子力”においてアイズに上を行かれている状況に動揺してる、というポンコツ具合だ。かつて相方と共に露店のサンドイッチで乳繰り合った過去があるために、衝撃は一入(ひとしお)となっていることだろう。

 そんなリヴェリアを置き去りにするようにして、アイズは飲み物を準備中。こっそりとレフィーヤに聞こうとして……面倒ごとに発展してはいけないと直感的にストップしてフィンに聞いた結果、カフェオレが用意されていた。

 

 勿論のこと、こちらもアイズがブレンドしたオリジナル。ベルが居ることや彼女も苦みは不得意なために味のバランスは“やや子供向け”となっているのだが、その点は仕方のない事だろう。

 それでも、立派な“女子力”には変わらない。数歩先どころか天と地の差があることを突き付けられたリヴェリアの前でタカヒロが手を振るが、どうにも反応は期待できそうにないようだ。

 

 

「と、ともかく食べましょう!師匠、どれにしま――――」

 

 

 「いや、そこはベル君が最初だろう」と言いたげにタカヒロは目で訴え、ベルもハッとしてバスケットに手を伸ばす。いったいどのように仕上がっているのかと僅かばかりの不安を覚えながら、ベルはサンドイッチにかぶりついた。

 

 

「ごくん。アイズ、美味しいよ、これ!」

「っ……良かった……!」

 

 

 行儀よく飲み込んでから言葉を発し、続けざまに、美味しそうに卵サンドを大口で頬張るベル・クラネル。表情は花の笑顔が満開であり、つられてアイズの表情も緩みっぱなしだ。

 この一品でアイズの料理が気に入ったベル・クラネル、文字を変えれば“餌付け”とも言えるだろう。しかし女性が男の心を掴むためには、最も重要な家事の一つである。

 

 寝る間を惜しんで勉強して作成した、アイズ・ヴァレンシュタインにとっての最初の料理。そのようなことは恥ずかしくて決して誰にも言えないが、間違いなく、彼女が積み上げた努力そのもの。

 料理に不慣れで独学であるがゆえに、時間がかかっているのは仕方のない事と言えるだろう。それでも積み上げた経験値は、こうして形となって存在している。

 

 

「……で、君はいつまで固まっている。腰抜けではないだろう」

「……」

 

 

 煽ってみるタカヒロだが反応はなく、今回ばかりは腰抜けのご様子なハイエルフ。仕方がないので三人で食べるべく、ベルの食べる姿を眺めているアイズを誘い、タカヒロもバスケットへと手を伸ばした。

 狙っていたのは、大好物となる鶏の照り焼きサンド。曰く、あの茶色いタレを目にするだけで食欲が沸くらしいのだが、それは仕方のない事と言えるだろう。

 

 

「おお」

「このタレ。頑張って、作ったんだ」

 

 

 此方は行儀悪く頬張りながらも、最低限のマナーは厳守した発言量。冷めてこそいるものの濃厚なタレは味覚から一段と食欲を誘い、シャキっとした触感が残っているレタスとの相性も申し分ない。

 下手に焼くと生焼けとなる為に難しい肉の焼き加減も問題なく、しっかりと火が通っている。故に男ならば100人のうち99人が好きな料理となっており、例に漏れず、ベルも照り焼きサンドにかぶりついていた。

 

 

「そら、君も食べてやれ。記念すべき、アイズ君の力作だ」

「……あ、ああ」

 

 

 やっとこさ再起動を終えたリヴェリア.exe(elf)は、卵サンドに手を伸ばす。視線の先では服にタレを溢してしまったベルと、慌ててタオルを取り出すアイズの姿。

 しかしタオルを濡らすための水が見つからないのか、少し向こうに流れている湧き水へと向かう模様。二人して立ち上がり、埃を立てないよう、仲良く小走で遠ざかる。

 

 二人の背中を視界に収めるリヴェリアは、小さく一口。パンと具材をバランスよく口に入れると、噛み締めるように、ゆっくりと味わっている。

 

 

 

 

「……本当に、大きくなったな、アイズ」

 

 

 ポツリと出された微かな独り言に、どれだけの意味が込められていただろう。巣立ちを意識して嬉しく想うと共に過去を思い返して目を細める翡翠の瞳に、少しの潤いが生まれていた。

 

 

「っ……」

「……」

 

 

 そんな彼女に必要なのは、他人の温もり。誰に言われずとも察しているもう一人の男が、優しく肩を抱き寄せ頭に手を置く。

 本当に小声だったために聞かれていないだろうと思ったリヴェリアだが、タカヒロという男は、しっかりと彼女のことを見ているのだ。そんな嬉しさも相まって、彼女は顔を伏せて相手の胸へと体重を預けている。

 

 

 賑やかなベルとアイズが戻ってくるまで、残り1分とかからないだろう。彼女に寄り添う男は、己に出来ることをこなすだけ。

 

 

 少し前にしてもらった時のように、膝を貸すことはできないが。リヴェリアが弱さを見せることができる僅かな時間、言葉は不要と言わんばかりの堅牢さをもって支えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、その翌日。ダンジョン30階層、とある方角に位置する食料庫。

 

 

 

 

「うーん、もう終わっちゃったかな。師匠ー、これで全部ですかー?」

「ああ、それで最後だ」

「歯ごたえ、ない」

「……」

 

 

 身バレ防止の為のローブを羽織り30階層へと登ってきた4人パーティー、火加減の内訳は“火力”、“大火力”、“特大火力”、“詠唱中に事が済んで何もできなかった大火力”。故に食人花(ヴィオラス)程度ではひとたまりもなく、プラント工場は数分と耐えることが出来ずに壊滅し、4人は上の階層へと歩みを進めていった。

 

 

 あとは、各自のホームへと帰るだけ。しかしここはダンジョンであり、家へと帰るまでが冒険だ。

 




最後で台無し装備キチ一家。割りと真面目に、書いていて本来の目的を忘れてました(


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142話 手を出す方が悪い

 

 そんなこんなで危うさの欠片もなく、30階層のプランターを排除した装備キチ一家。リフトにて直帰することなく、道中はベルがモンスターとの戦闘訓練を行いながら、上へと目指して進んでいる。

 恐らくは、18階層に辿り着くかどうかのところで日付が変わる頃となるだろう。18階層で一泊となれば人目に付く為に、そこからはリフトを用いての帰還となる筈だ。今現在においても他の冒険者と遭遇する確率が高いことから、4人共に身を覆うローブを用いての行動となっている。

 

 ちなみにだが、そのローブは“カドモスの表皮”によって作られた超高級品。余りに余っている為に在庫処分を考えたところローブの運用を思いつき、技術力の向上が目的という名目でヴェルフが生贄となっている。

 なんせ1枚辺り1000万ヴァリスオーバーという破格の素材故に、失敗してはならないという緊張と素材を取り扱う集中力が高次元で要求される鍛冶の作業。伸し掛かるプレッシャーと胃壁へのダメージをさておくとすれば、滅多に経験することが出来ない上質な鍛錬と言えるだろう。

 

 結果として5枚ほどが消化されたが、まだその10倍以上はストックがあると言う斜め上の状況。後先を考えずに討伐しても絶滅することは無い一点だけは、不幸中の幸いだ。

 

 そんな素材だと知らずにローブを羽織る3人+元凶のタカヒロは、現在は“大樹の迷宮”と呼ばれる22階層を進行中。毒系統を筆頭とした状態異常を付与してくるモンスターが群雄割拠しているエリアであり、対応を間違えれば瞬く間に危機に瀕することとなるだろう。

 一方で、トロルなどの大きな近接物理型モンスターも出現する為に質が悪い。上層とは訳が違う程に厳しくなる状況は、安全という二文字をさておくならば、修行には絶好の場所となるだろう。

 

 先のテンプレートを表現するかのように、今現在においても二体のトロルと毒を付与してくるモンスターの計4体が立ちはだかっている。対するはベル一人のみのようであり、他三名は後ろから見守っている格好だ。

 

 

「フッ!」

 

 

 50階層における鍛錬でベルが見せた、予備のナイフによる投擲攻撃。奥側に居る毒を付与するモンスターは投擲で排除し、己はトロルの攻撃を相手する恰好だ。

 これがパーティー行動ならば、遠距離が前者を担う格好となるだろう。しかしながら現在の想定はソロである為に、一から十までベルが担当しているのだ。

 

 それでも破綻の欠片も見られないのは、対人だったとはいえ、今迄における鍛錬が生きている為。14歳とは思えぬ凛々しい瞳と目を見張る程の活躍を前にアイズが惚気ているが、それも仕方のない事だろう。

 

 

 しかしこのベル・クラネル、かつてない程に、本日は物凄く機嫌がいい。アイズですら理由が分からない為に問いを投げたところ、ベルはローブを脱ぎ、一つのアイテムを取り出して装着した。

 

 

「ベル、それって……」

「えへへ、師匠とお揃いです!」

 

 

 タカヒロ程ではないが、少し目深な布製フード。重要箇所のみを守るライトアーマーとの組み合わせにチグハグ感が強めとなっているが、統一感も特徴となる“セット装備”でもない為に仕方のない事と言えるだろう。

 それでもベルからすれば、超が付くほどにご機嫌な要因に他ならない。心なしかタカヒロも表情が柔らかくなっており、アイズとリヴェリアが、後ろから優しい表情を向けていた。地上でも、例のあの神が例の栓を緩めている。

 

 

 生い茂る木々の下に居る四人が、仲良く歩みを進めている時。オラリオを揺るがす事件が起こったのは、少し遠くのモンスターを目掛けてベルが距離を取った時だった。

 

 

「ベル君、左だ!!」

 

 

 突如としてタカヒロが叫ぶも距離は遠く、先程までの団らんによって対応が遅れていた。距離があったことと完全に油断していた事実もあり、奇襲の一撃はベルへと届いてしまっている。

 目に映る相手の容姿は特徴的であり、狙いはベルの頭部付近。間違いのない闇討ちの一種であり、目的はベルが所持している装備の強奪だ。

 

 

「野郎、躱しやがった!?」

「チッ、後ろにも誰かいるじゃねぇか!強奪失敗だ、引くぞ!」

 

 

 行われたのは、二名の冒険者による奇襲攻撃。驚きを隠せず目を見開く三人は、すぐさまベルへと駆け寄っている。

 攻撃を頭部に受けたベルは、両手と膝をついて顔を地面へと向けていた。強襲者の一人が「躱した」と口にした通り直撃こそはなかったようで、見る限りは出血も無いようだ。

 

 

 しかし――――

 

 

「嗚呼……フードが……」

 

 

 ハラリと擬音が鳴るかのように、顔の面積に匹敵する程の大きな布切れがベルの前に落ちている。それが先程ベルが被ったフードの一部であることは、まさに赤子でも分かるだろう。

 

 

 費用的には技術料金程度で済んでいるとはいえ、ヴェルフがワンオフで作ってくれたお手製フード。まさかのカドモスの被膜製とベルが知れば高級品過ぎて使ってもらえないために、ヴェルフは心の中で謝りつつ隠しているという事実がある。

 とはいえ、先程までベルの機嫌を急上昇させていたフードであることに変わりは無い。地面に膝をついて項垂れる少年の瞳からは、大粒の涙が零れている。

 

 

 一撃による身体の痛みなど、ない。突然の一撃だったもののベルが見せた頭部への攻撃に対する迎撃は完璧であり、伝わった衝撃は高さ1メートルの地点から着地した程度のものだ。

 咄嗟だったことと被り慣れていないこともあって、頭部だけは少し疎かになってしまっていた。故にフードの分だけが目算からズレており、こうして役目を終えてしまった格好である。

 

 ちなみにだが、カドモスの被膜といえど防御力は高くはなく、レベル3の者ならば傷をつけることもできるだろう。厚手のローブとは違ってそれを薄い布のようにしていたために、耐久力は一段と下がっていたというわけだ。

 

 

 故に受けたダメージとしては、装備を失ったという只一点。それでもベルにとっては、こうして年相応の姿を現してしまう程にショックな出来事だったらしい。

 涙を流すまいと僅かに抑える嗚咽が、ダンジョンの壁に木霊する。一秒ごとに青天井へと向けて強くなる殺気を感じ取ったリヴェリアは、特徴的な装備から先の襲撃者を割り出したのか、据わった表情のまま口を開いた。

 

 

「……一応、伝えておこう。アレはイケロス・ファミリア、闇派閥と共に活動する一員だ」

 

 

 無言で展開される、オラリオ西区へ直行するリフト。ベルと共にこれで先に戻ってくれということが痛いほどに伝わっているリヴェリアは、私でも止められないだろうなと考える一方、抱く怒りはくみ取れるために表情は据わったままだ。

 此度の瞬間。22階層から、全てのモンスターが逃げ出して居なくなる。知性など持ち合わせないモンスターだが、野生の勘と同じく、ヤベー状況は感じ取ることが出来る。

 

 

 もちろんそんな状況は人間も感じ取ることが出来るものであり、冒険者ならばな猶更だ。物陰から、両手を上げ顔を引きつらせた冒険者の数名が姿を現している。

 

 主神ヘルメスの命を受けてイケロス・ファミリアを追っていた、団長アスフィと他数名の女性陣。以前の24階層の時など比較にならない殺気を目の当たりにして、イケロス・ファミリアと間違えられないよう全力で存在をアピール中。

 なんせタカヒロは24階層で出会った時、窮地に陥ったヘルメス・ファミリアに対して「気に掛けない」と口にしている実績があるのだ。故に、アスフィの必死さに輪がかかっている状況である。

 

 

 目の前にて立ち上がる殺気は、言葉で表現するに程遠い。身を寄せ合って抱き合うヘルメス・ファミリアの女性陣は、死刑宣告を待つ罪人よりも恐怖を感じていることだろう。

 

 

 

「リヴェリア……ちょっと、()ってくる」

 

「オラリオに蔓延る、恥知らずのクズ共が……望みとあらば、安らかに眠らせてやろう(攻撃)」

 

 

 

 据わった重い声と共に出現するエンピリオンのガーディアンは、リヴェリアの「目立つぞ」という発言によって即・送還。そうは言いつつもすました顔して惚気るポンコツエルフと、目のハイライトを消して静かに燃える怒り心頭の“剣怒(けんき)”アイズ・ヴァレンシュタイン。

 心に抱く白い炎に変わって、黒い炎が出てしまっている。とはいえ、その炎はメンタルの影響を受けるために仕方のない事だろう。いつかベルが口にした「絶対に許さない」という言葉が、ピッタリとフィットする光景だ。

 

 

 

 実際に手を出された此度においては、タカヒロも文字通り“加減なし”。いまだ誰も体感したことのない圧倒的な実力(ゴリ押し)を、その身と引き換えに味わえるだけ光栄に思うべきだろう。

 まるでラスボスを目にしたかのように腰を抜かしたヘルメス・ファミリアの数名が、ガタガタと怯える中。ここに今、二人の鬼神が誕生した。

 

 

 

 

「……何、怯えてるの。はやく、案内して」

「は、はははははい只今!!!!」

 

 

====

 

 

「……オッタル」

「此処に」

 

 

 名を呼ばれて嫌な予感しかしない、オラリオにおける最強の中間管理職(ぼうけんしゃ)。それでも己が敬愛するフレイヤから与えられる指示となれば、遂行する喜びしか生まれない。

 脚を組んで椅子に腰かける彼の主神フレイヤは、あからさまに不機嫌だ。目からはハイライトが消えかかっており、オッタルもまた、フレイヤをこのような表情にする有象無象に対する怒りが芽生えている為に負の連鎖を止める者は誰もいない。

 

 

「全員に、集合を掛けて。()るべきことは、分かってるわね」

「直ちに、命じます」

 

 

 数分と経たぬうちに集合し、全速力で出撃してゆくフレイヤ・ファミリア。こうなっては、地の果てへと辿り着いても逃げられない。

 

 

====

 

 

「イケロス・ファミリアが壊滅したやて!?」

「そ、そんな事があったのかい」

 

 

 そんなことが起こってから、1時間ほど経った時。突如としてウラノスに呼び出されたロキとヘスティアは、まさかとも思わなかった驚愕の事実を耳にした。

 確かに先程、空へと還る光の柱が出現したことでオラリオは大騒動となっている。そんなさ中に呼び出されたのだからロキもイライラが芽生えていたのだが、こうして答え合わせが行われた恰好だ。

 

 柔らかな表現をすれば“問題児”と呼べるイケロス・ファミリアの存在は、ロキとてある程度は知っている。それこそ殺人・強盗を筆頭に“何でもござれ”な厄介者であり、逃げ足も鋭く尾っぽを出さない事でも有名だ。

 それらの罪状以上に、イケロス・ファミリアが闇派閥と共同していると言われている方が問題だろう。ちなみにだがその点は事実であり、実質的に闇派閥の下請けのようなことも幾度となくこなしていた実績がある。

 

 

 しかしながら此度においては、どこぞの自称一般人が口にした通り“間違った獲物”を選んでしまった。加えてフレイヤ・ファミリアまでもが全力で来たとなれば結果は目に見えており、こうして殉職の結末となっている。

 更なる結果としては、イケロスが潜伏していたオラリオの西区において建物の二つ三つが消し飛ぶという大惨事。昼時を過ぎていたこともあって真の一般人に対して人的被害こそなかったが、何もなかったでは済まないのも同様だ。

 

 

「……で。何か申し開きはあるか、フレイヤ」

「ないわ」

 

 

 口をとんがらせてキッパリと言い切る、美の女神。プイッとした表情で明後日の方向斜め上へと顔を背けており、これっぽっちも悪気は感じていないようだ。

 実は建物を吹き飛ばしたのは、フレイヤ・ファミリアの構成員。此度は名実共に被害を受けたベルと装備の敵を取るべく、ダンジョンを駆け上がったアイズとタカヒロ。一方でフレイヤからの壊滅命令を遂行するべくオッタル側と鉢合わせた為にジャンケンをしたところアイズが敗北し、勝者フレイヤ・ファミリアが突撃を遂行した。

 

 そのような事実を知って色々と物言いたげな目線をフレイヤへと向けるロキとヘスティアだが、それも仕方のないことだろう。敵のアジトの軒先でジャンケンをしていた事はさておくとして、理由はどうあれオラリオ最大戦力を自己の都合で動かしオラリオに損害が生まれてしまった点については、全く持って問題ない。

 何せ此度においては、闇派閥の一派を滅ぼしたという大義名分があるのだ。それによって多少の被害が生じたところで、それこそコラテラルダメージと呼べる範囲に収まっている。

 

 あくまでも問題は、成した事が“一般犠牲者なしという結果論”に納まっている点だろう。大義名分がある上に此度は未遂に終わったと言えど、“何らかのお灸”は必要と言える。

 もしもこれで偽の一般人や真の一般人に被害が及んだならば、中々に重い罰則が必要だ。そのような事態になっていた場合、話は神会(デナトゥス)にまで及ぶだろう。

 

 

「……自分からも、1ついいだろうか」

 

 

 その点が理由かどうかは不明だが、ここにきて初めてタカヒロが口を開く。一応は得物を取られた被害者の一人であるために、流石の此度は何かあるのかとヘスティアが問いを投げた。返答は肯定であり、何か言いたいことがあるらしい。

 フレイヤもタカヒロへと顔を向けて聞く姿勢を見せており、二人して視線を交わしている。流石のフレイヤとて今回ばかりは処罰を受けるだろうとロキは考えており、一方で自称一般人を怒らせてはマズイ為に、フレイヤへ釘をさすこととした。どうやらウラノスも、ロキの言葉に続くようである。

 

 

「フレイヤ、今回は心して聞きーや」

「厳しい処罰も、覚悟するように」

「此度の件で女神フレイヤを罰するならば全力で相手になろう、自分の屍を超えて行け」

「方針が決まった。此度の騒動、イケロス及びファミリアの構成員を罪人として、オラリオ全土に公表する」

 

 

 フレイヤを罰することでそこの男が出てくるとなれば、方針など一つしかなかった。どう間違っても絶対に敵にしてはならない存在が発した言葉によって、ウラノスは速攻で降伏宣言を発している。

 タカヒロからすれば、ベルの為に戦力を投入してくれたフレイヤが罰せられるなどもっての外だ。アイズのことが話題に上がっていないが矛先が向けられるならば今以上であり、故にヘスティアとウラノス、そしてフェルズは溢れだす胃酸との戦いにシフトしている。

 

 まさかの決定にズッコケるロキだが、ウラノスやヘスティアが抱える苦悩も分かっている。此度の彼がプッツンしていることは容易に察している為に、何が起こるか分からない玉手箱を開ける勇気はないようだ。

 故にヘスティアも冷や汗を流しながら力の入った目線を全力でウラノスへと向けており、ウラノスもそれに応えている。先の回答で一応は落としどころとなったようで、タカヒロとフレイヤは各々のホームへと帰っていった。

 

 

 ちなみにだがアイズはロキ・ファミリアのホームでベルを膝枕で癒している最中であり、フレイヤ・ファミリアの者がタカヒロを詮索しないのは主神フレイヤからの勅命が出ている為。今迄においてこのような場には出席していない彼女だが、自らの眷属が特大の地雷を踏むことは事前に回避している状況だ。

 

 

 ともあれ。彼を従える者、雇った者となれば話は別である。

 

 

「……ねぇ、ウラノス。味方、なんだよ、ね?」

「……。そう、信じたい、ものだ」

 

 

 動詞、“ウラノす”。己の胃壁へのダメージと引き換えにオラリオにおける重大な悪の一つを葬り去ることができたとはいえ、相手の本体(エニュオ)が残っている以上、更なる一撃が待ち構えている事は目に見えている。

 

 善神ヘスティア。薬事系となるミアハ・ファミリア特製の胃薬をウラノスにお裾分けして、共に苦悩を分かち合うのであった。

 

 

 

 

 

 ――――て、手を差し伸べているんやない……そないな様にも見えるけど、ウラノスを同じ沼に引きずり込む悪魔や……!

 

 そんな光景を目にして先の考えを抱いてしまう、天界のトリックスター。こっちは悪戯によって僅かながらも心が汚れている為に、そのように見えているのだろう。

 

 

 

 ヘスティアが悪神に見えるのは間違っているだろうか。真実は、雲の上でニッコリとほほ笑む太陽(エンピリオン)にしか分からない。




存在を忘れていました。

◆乗っ取られ語録
・主人公に対してこっちに付かないかと提案する敵に対して
⇒見下げ果てた糞野郎が!(攻撃)

・死ぬ間際の中ボス「俺に殺された方が良かったと思うだろう」
⇒安らかに眠れ、クズ


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143話 装備の更新とは

 

 オラリオの一角にある、ヘファイストス・ファミリアの上級鍛冶師ヴェルフ・クロッゾの工房。彼の他にもヘファイストス・ファミリアに所属する眷属達の工房が集まっているエリアに位置しており、鍛冶場が密集している為か他の場所よりも気持ち気温が高くなっているように見受けられる。

 鉄を打つ際には非常に高温にまで熱せられる為に、炉を筆頭として保温性に優れる設備が多いのだ。夜はやや肌寒くなってきたものの、日が差したならば、日中は上着が不要な程にまで温まる。

 

 

「――――と言うワケで、ベル君のフードが破損してしまってな。忙しいことは承知しているが、また作っては貰えないだろうか」

「勿論です。腕によりをかけますよ、タカヒロさん」

 

 

 つい先程まで鉄を打っていたのだろう熱気が残る工房で、少しだけ年の差がある青年二人が立ち話を行っている。工房の主であるヴェルフ・クロッゾと、此度においては依頼者となるタカヒロの組み合わせだ。寒くなってきてもワイシャツ姿なのは相変わらずである。

 そして当たり前のように取り出される高級アイテム、“カドモスの表皮”。それも傷や汚れが非常に少ない最上級の品質であることはヴェルフも感じ取っており、そこそこ見慣れた筈なのに思わず生唾を飲んでしまう。

 

 真相としては高級素材を見て僅かながらに興奮しているだけであり、主神であるヘファイストスが示す反応と似たようなベクトルと言えるだろう。似た者同士、文字通り“お似合い”というわけだ。

 

 

 それはさておきヴェルフとしては、依頼されたモノも分かっている。前回においてローブを作った時に余った表皮で作成した、顧客の一人であり友人でもあるベル・クラネルのフードに他ならない。

 そして本音を口にするならば、単価で1千万ヴァリスするアイテムを使って己の技術を試せる為に断る理由などありはしない。何故そんな代物がポンポンと出てくるのかについては、鍛冶師にとっては些細な内容に等しいのだ。

 

 相も変わらずマッチやライターの類を貸すかのようにカドモスの表皮を渡すタカヒロは、続いて工房の内部を軽く見渡している。ベルのアミュレットを作った時と比べて遥かに大量の工具が揃っており、装備キチとしては気になる点の1つなのだろう。

 何度か装備を作成した経験のあるタカヒロだが、所詮は素人に毛が生えた道具しか使っていない。それでいてヘファイストスが目にしたガントレットを作ることが出来ると知れ渡れば鍛冶職人達の心が折れるのだが、それはまた別のお話である。

 

 

「あ、分かります?おかげ様で繁盛していて、以前の分配金と合わせて思い切って工具を揃えてみたんです。やるべきことが増えました」

「新たな鍛錬の始まり、か。苦労や悩みの連続だろう」

「ええ。まだまだ、俺が“使わされてる”って感じです」

 

 

 曰く、ベルから始まってロキ・ファミリアの新米が使い始めたこともあり、中々の黒字であるらしい。もちろん私益に使うことはほとんどなく、このように道具を揃えるなどして品質を上げる形で還元している格好だ。

 扱いに慣れていない点については、それこそ時間と努力が解決することだろう。ヴェルフ・クロッゾならば何ら問題のない課題であることを、タカヒロは知っている。

 

 

「それにしても、同じものが見当たらない。これら全て、オーダーメイドなのだろうか」

「ええ。ヘファイストス・ファミリアとしては、俺はちょっと特殊ですね」

 

 

 基本としてヘファイストス・ファミリアは、“こんな武具が出来ました”と言った形で鍛冶師が作った一品を並べることが多い。ベルと出会った頃にタカヒロもヘファイストス・ファミリアの販売店に訪れていたが、気に入ったモノがあれば購入する恰好だ。

 オーダーメイド形式とどちらが優れているかとなれば、優劣は付けられない。ウインドウショッピングをする過程で、思わぬ掘り出し物を見つけることもあるだろう。タカヒロが見つけたヴェルフの短剣が、まさにそのパターンで掘り出された代物だ。

 

 

「どうでしょうか。手に取ってもらって、評価して頂けると嬉しいのですが」

「いや、これは誰かのオーダー品なのだろう?」

 

 

 グリップ部分を始めとして、“非常に小柄”な人物に合わせて作られたのだろう短剣の類。大きな手を持つドワーフはもとより、一般的な体格のヒューマンやエルフですらも、このグリップでは細すぎる。

 加えて、装飾の類は一切が施されていない軽量仕様。戦闘の際に有利になるような内容(タクティカルアドバンテージ)に繋がらないモノは徹底的に排除しているあたり、実戦において生き残るために必要な武器と言えるだろう。

 

 

「流石ですね。実はヘルメス・ファミリアのパルゥムから依頼を受けまして、少し前から取り掛かっていたんです」

「ならば猶更のこと、自分が触れるべきではない。最初に()を握るべきは、依頼人であるパルゥムだ」

 

 

 この持ち主から言われたならば話は別だが、ただ目についただけである現状は、第三者が触れる権利は所持していない。一方で見る分には自由とも捉えており、唾が飛ばないよう手元を口に当てて様々な角度から覗いている。

 鍛冶師のヴェルフからすれば、作成した武具とは“我が子”と同じである。自分はそれ以上の逸品を沢山持っているというのに敬意を払ってくれるタカヒロの言葉を受け、ヴェルフの口元が僅かに緩んだ。

 

 

「しかし、オーダーメイドだけでやっていくとなれば、顧客の確保が難しいだろう」

「そうですね……今は良いかもしれませんが、将来は分かりません。ですが俺にできることは、精一杯やっていくことだけです。タカヒロさんやベルが俺の武器を誉めてくれた時みたいに、結果はついてきてくれるって、信じています」

 

 

 ヴェルフとしては先に口にした通り、売店に並べる形式は自分自身のスタイルに合わないようだ。武具を作ることは好きであり、自分の才能や技術をつぎ込んで出来上がった一品に一喜一憂することは当然あるが、どんなプライドを持って作っているかとなれば話は別だ。

 

 

 真の目的は、主神ヘファイストスに貰った言葉に他ならない。昔も今も、そして未来も変わらず、ヴェルフ・クロッゾとは担い手の為に鉄を打つ。

 

 

 ベル・クラネルは、己の武具を認めてくれて使ってくれている。しかし一方で、この青年は認めてくれてこそいるが使っているかとなれば話は別だ。

 根本にある理由は、ヴェルフ自身も分かっている。タカヒロという顧客が必要としている技術のレベルが高すぎて、己では最低要求ラインを満たす迄にも程遠い。

 

 

 だからと言って諦め、挫折しているわけではない。いつか、それこそ命あるうちに届くかどうか分からないが、使ってみたいと思ってくれる一品を作りたい。

 

 

 ベル・クラネルが掲げた理想、“質の悪いお手本”に追いつく事と似ているだろう。先も見えず果て無き血反吐がにじむ目標と理解し覚悟を抱きつつ、ヴェルフ・クロッゾは、その道を進むと決めたのだ。

 恐らくは、今後もベルと一緒に歩み成長を続けるだろう。レベルがどうこうではなく技術的な話であり、やがてオラリオの歴史に名を刻むことになるかもしれない。

 

 訪れる未来は、それこそ誰にも分からない。しかし理想を掲げ、信じ、守り抜くことが出来たならば、結果はどうあれ己が納得のいく結末を見ることは出来るだろう。

 

 故に使えるものは何でも使い、必要と判断すれば果敢に挑む。派閥を問わず他の鍛冶師が作り出した逸品を研究し、教えを乞うことに恥が生まれることはない。

 

 

――――見事と言える出来上がりばかりだ。これならば、ベル君が使う次の一振りも任せることができるだろう。

 

 

 誉めることは己の仕事ではないと弁えているタカヒロは評価を心中に留め、「邪魔をした」と言葉を残して帰路に就く。ヴェルフ・クロッゾの物語は、まだまだ始まったばかりだ。

 

=====

 

 そんな評価を得ているヴェルフが専属契約を結んでいる一人の中に、驚異的な成長を見せるベル・クラネルが存在する。レベル1の頃からヴェルフが作った武具を使い続けており、時たま試作品の評価にも呼ばれる程だ。

 ベルが使う防具や、セカンダリ武器となる“兎牙シリーズ”は事あるごとに更新しているのだが、主神から貰ったヘスティア・ナイフだけは打ち直し程度で使い続けている。札束ゴリ押しな素材の影響もあって超が付くほどに高品質な武器であることに間違いはないのだが、時代(職人)の進化というのは残酷だろう。

 

 兎牙シリーズが更新される度にヘスティア・ナイフとの差が縮まっていることを一番実感しているのもまた、ベル・クラネル。そろそろ相談が来る頃ではないかと、タカヒロは先月頃から頭の片隅に意識を向けていた。

 彼の予想は的中することとなり、数日後、ベルが装備のことで相談したいことがあると持ち掛ける。内容としては装備を更新する際のことであり、タカヒロはどのように選んできたのかと、参考程度という建前のもとに意見を求めてきたのだ。

 

 

 装備のこととなると煩い青年は、まず、装備と呼ばれるモノについてを簡潔に語りだす。英才教育を受けたベル・クラネルとヘスティアの胃が迎える未来や如何に。

 そんな未来はさておくとして、方向性が明らかに変わったのは、話も2分ほどした時だった。

 

 

「例えば、使いたいと思える短剣が……極端だが、50本は在ったとしよう。しかし戦闘において全てを使えるかとなれば、答えは明らかだ」

「無理、ですね。到底ながら、持ち切れません」

 

 

 同様の理由により、いくら質の高いヘビーアーマーがあったところで二つを着込むことは不可能だ。大きさなどを調節すれば可能かもしれないが、機動力は語るまでもないだろう。

 だからこそ、取捨選択という四字熟語が必要となる。理想の装備が2つあればどちらかと悩み、時には苦しみ、予備を除けば最終的には一つの装備へと絞るのだ。

 

 タカヒロ自身、何千どころではなく万の桁の回数に及ぶ装備更新の果てに、今の装備を選出した。その事を彼がベルに告げると流石に驚いたのか、瞳を小さくして冷や汗を浮かべている。

 

 故に“装備キチ”――――もとい、“装備コレクター”としての一面が存在するタカヒロという男。やたらと装備の性能や質などに煩く、そして詳しい理由の一つである。

 副産物として収集癖のようなものも発芽しており、カドモス君が犠牲になっている原因の一端だ。カドモスの表皮が“レアドロップ”である事を教えたヘスティアの罪は、カドモスにとってはダンジョンよりも根深いだろう。

 

 

「装備の更新というのは単純なようにも見えて、深いところまでを覗き込むと難しい。思い入れがある逸品ならば、輪をかけて猶更だ」

「……はい。特に、このナイフは……」

 

 

 少し睫毛を伏せたベルは、手元に握る“ヘスティア・ナイフ”に視線を向ける。時間で表せば1年も経っていないが、少年の中で積みあがってきた出来事の傍には、いつもこのナイフが居てくれたことは間違いない。

 ペンでも回すかのように手のひらや手首の上でクルクルと回し、最後は逆手に構えを作る。ヘスティア・ナイフに対する熟練度は相当の仕上がりとなっており、まさに手足のように使うことが出来るだろう。

 

 それでも、いつかは別れがやってくることはベルとて意識し理解している。物と呼ばれる存在に無限は無く、形あるものはいつかは壊れるのが定石だ。

 なお、素材は良かったとはいえレベル1の鍛冶師が作った武器がレベル4の終盤――――実質レベル5で通用していると言う最も驚愕するべき内容の一つが隠れてしまっているのだが、そこはベルの跳躍がある為に仕方のないことだろう。

 

 

「でも、考えられないんです。ヴェルフさんが作った武器、それ以外を使うってことが……」

 

 

 遥か昔、“報復ダメージ”にしか目が行かなかった自分の歴史を思い返す装備キチ。結果として“全体的なバランス(ケアン基準)”が大切というゴールにたどり着くまでには、ソコソコの時間を要したものだ。

 とはいえ拘りを持つという点については良い事でもあり、一方で視野を狭める悪い事にも該当する。だからこそタカヒロは、ベルの“引き出し”を広げる意味でも、次の一文を口にした。

 

 

「彼以上の鍛冶師など滅多に居るものではないと思うが、思い切って試しに、他の鍛冶師が作った装備を使ってみることも大切かもしれない」

「……なるほど」

 

 

 その時はヴェルフ・クロッゾとの差に驚くだけだと思いつつも、経験としては悪くは無いというのがタカヒロの決定だ。決して他の鍛冶師を馬鹿にしているワケではなく、己の野望や理想に対してリソースを振る者が多いオラリオにおいて、誰のために武器を作っているかという違いが現れていると言うだけの話である。

 

 

 予定に反して長話となってしまったようで、鐘の音色が早朝の訪れを告げている。今日はファミリアとしては休日である為にベルもまた自由時間となっているのだが、久々アイズとの鍛錬があるらしい。

 午前中で終わるらしく、元気よく年相応の笑顔を振りまいて街中へと消えてゆく。そんな少年の背中を仏頂面のまま見送りながら、タカヒロは一つの言葉を呟いた。

 

 

「――――理想の装備、か」

 

 

 眠れる本能、いや眠ったふりをしている彼の根底。最近は惚気の方へと意識が向いていたが、根底に対して興味がないと書けば絶対的にダウトとなる。

 

 

 ひょんなことから始まった、装備更新のお話。オラリオにおけるヤベー奴が、最も興味を持ってはいけないジャンルへと再び意識を向けてしまった瞬間であった。

 



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144話 鍛冶師のヤベーやつ(神)

「~~~~」で囲まれている部分はGrimDawnの用語が多々出てきます。読み飛ばして頂いても問題ありません。


 

――――以前に訪れた時に見せてもらったガントレットの他にも、何か装備があれば見せて欲しい。

 

 

 ベルとタカヒロが装備について話し合った、数日後。始まりはヘファイストスが口にした、そんな類の言葉だった。

 

 

 言葉が向けられている相手は何を隠そうタカヒロであり、本日はガントレットの劣化具合をチェックするために来店中。少し前に穢れた精霊の攻撃を受けていたのだが、それと加えて普段の鍛錬においてかかっている負荷と合わせ、どの程度が劣化するかを調べているというわけだ。

 もっともヘファイストス渾身の力作かつ素材が素材であるために、誤差程度にも劣化していないのが答えとなる。鎧と似て控えめな黒い光沢を放つ様相は、見ても使っても一級品の代物だ。

 

 

「何か、と言われても何が良いか……そうだな。では、自分が気に入っているチェストアーマーでどうだろう?」

「バッチこい、よ!」

 

 

 ドヤ顔で“バッチこい”などと口にするこの神様。普段のヘファイストスとは大違いであるが、理由はお察しの通りだ。おめめは椎茸で、ソワソワした気配を隠しきれていない。尻尾があれば盛大に振るわれている事だろう。

 もっともタカヒロがそのチェストアーマーを選んだ理由としては、以前に一度見られていることがあるためだ。新たなモノを見られるよりはマシであり、あの時においては一番印象に残っているだろうと考えたためである。

 

 

 数秒後に場に出されたのは、“神話級 ドレッドアーマー オブ アズラゴー”。コンポーネントと増強剤も適応されたタカヒロのメイン装備の1つであり、チェストアーマーに分類されるヘビーアーマー。

 数多くの報復ビルドに組み込まれる程に万能な鎧であり、この鎧そのもので全報復ダメージが110%も上がるうえに物理耐性も付与されており、微量ながら“攻撃能力”も上昇。更には付属するトグルバフ“アズラゴーの戦術 (Lv2) ”が非常に強力な効果を持っているのだ。

 

 机の上に出された鎧を目にしたヘファイストスは、まるで新しいスイーツを発見した女子の様相。目を輝かせるとガタッと音を立てて立ち上がり、パタパタと可愛らしく駆け寄ってくる。どこかの誰か約二名(リヴェリアとヴェルフ)が目にしていれば、きっとそれぞれに強烈な嫉妬を抱いていたことだろう。

 

 

「キャーッ、あの時のモノね!嗚呼、やっぱり凄いアーマーじゃない!こんなの天界でも滅多にお目にかかれないわよ!?」

 

 

 この鎧が亜空間(インベントリ)から出てきて、かつ何故目の前の男がそんな装備を持っているのかは、どうでもいい事らしい。吐息がかからぬようハンカチで押さえつつ四方八方からグルグル眺めるヘファイストスは、持ち主の存在すらも忘れてしまっている。

 足取りは非常に軽く、お目目は大きく開いており相変わらずのキラッキラ。普段の凛々しい姿は欠片も無く、まさに3月3日にひな壇を見つめる少女の様相と表現して問題は無い。

 

 なお、ヘファイストスが眺めるこのレジェンダリー品質の鎧は“設計図”が存在する。貴重な資材をいくつか使うが、タカヒロならば鍛冶屋を借りて作成することができるのだ。付与される効果の数値を厳選するために、ケアンの地においては何百個が作られほぼ同数が破棄されたかは定かではない。

 鍛冶屋で作られた装備のベースがレアならば、モノが出来上がったタイミングでAffixが付属する。それよりも上のエピック、レジェンダリーとなるとAffixは付属しない。どちらにせよ、各種の効果数値が下限~上限の範囲で割り振られるのだ。

 

 

 ということで設計図を見るかとタカヒロがヘファイストスに告げると、物凄い勢いで首が上下に振られている。インベントリのどこにあったかと漁り、見つけると取り出して、机の上に広げたのだ。

 サイズ的にはA3程度ながらも、びっしりと様々な内容が書かれている。使用するアイテムをここにエンチャントすることや細部の設計など、素人が見てもチンプンカンプンと表現してしまう程に専門的な内容だ。

 

 

「凄い。本当に細かい所まで、完璧って言える設計図だわ」

 

 

 広げられた1枚の設計図を見つめる眼差しに先ほどまでの興奮や気楽さは一切無く、真剣そのものと表現して過言は無い。鋭い目つきは図面を破らんとする勢いであり、時折唸りながらも、細部にまで目を通しているようだ。

 時折現物と見比べて、納得したような仕草も見せている。やがて軽いため息を零した彼女は、設計図の全体を一通り眺めなおして――――

 

 

 

 

「でもこれ、少し劣化するかもしれないけれど……例えば膝当て~脛当ての部分で作ってみても面白そうね」

 

 

 

 

 炎と鍛冶を司る女神は、息をするかの如く、とんでもない発言を放っていた。

 

 

「……なんだって?」

 

 

 それに対する、青年が真顔にて何とか回答できた内容がコレだった。どうにも、未だに己の耳が信用できない。このスレンダー美人な女神様、ものすごく魅力的な(頭おかしい)ことを言っている。

 この神が口走った内容をおさらいすると、“少し性能が低下する恐れがあるが、チェストアーマーの設計図でパンツバージョンが作成できる”ということ。それがどれ程までに“ぶっ壊れ”かは、説明するには容易いものがある。

 

 

「ん?だから、これを膝当て~脛当ての部分にしてみても面白そうって思ったのよ」

「……」

 

 

 例えば強力な2種類のチェストアーマー、それぞれの設計図があるとしよう。しかしながら実際に装着できるのは1つであるために、必然と排他の選択となることは先日ベルに示した通りだ。

 一方で、あまり強力ではない部位、例えば前回において問題となったグローブの部位などがあることもまた事実だ。故に、その残りのチェストアーマーをグローブの形状で実装することができるならば、理論上は両方の効果を得ることができる訳である。

 

 

「冗談か?」

「本気よ」

 

「正気か?」

「正気よ」

 

「女神か?」

「女神よ」

 

 

 タカヒロが新たな設計図を出して確認するも、例えばヘルムの設計図でブーツの作成なども“可能”とのこと。いくら彼女とはいえ武器やアミュレット類を防具などにはできないらしいが、流石はリソースを趣味に全振りしている“鍛冶を司る女神”である。やること成すことが、世紀末ケアンの基準においても常識の範囲内に収まらない。

 ともあれそうなれば、装備パズルは根底からガラっと変わる。“白米”が置いてある居酒屋のように、全てのツマミ(設計図のある装備)オカズ(装着候補)として立ち上がってくるのだ。

 

 では作成時に星座の恩恵効果なども上乗せできるのかと聞いてみたところ、それは無理との回答。流石に、そこまで“うまい”話は無いらしい。

 以前にヘファイストスも口にしていたが、ベース素材とエンチャントの乗りにはバランスが存在する。この設計図に記載されている武具は、そのバランスが極限にまで突き詰められているとのことだ。

 

 つまるところ、これ以上を乗せようとしても上手く乗らず、また何かを消して別の物を乗せようとすると、バランスが崩れてガラクタ同然となってしまうらしい。エンチャントの効果までは分からないヘファイストスながらも、そう言った意味では、やはり限りなく100点に近い設計図とのことだ。

 それでも、タカヒロからすれば魅力すぎる案件だ。広大なインベントリのどこかに眠っているアイテムを引っ張り出す必要があるものの、さっそく考えが浮かんでいる。

 

 

「ヘファイストス、時期は分からんが防具の作成を依頼したい。素材は全て持ち込みで、技術料は別途で支払おう」

「私からしたら魅力すぎる案件なのだけれど、いいのかしら?」

「その代わり、エンチャントの出来具合によっては再度の作成を依頼する」

「選別、いえ。厳選、かしら。どちらにしても、腕の見せ所ってワケね」

 

 

 ニヤリとして応対するヘファイストスからすれば、確かに魅力的な案件だろう。神話級と謳われる超一流の装備を作れる上に、技術料までもが転がり込んでくるのだ。

 ちなみにヘファイストスにはあまり関係ないのだが、もう1つの条件があるらしい。その条件はまだ確認していないのと時間も押しているために、タカヒロはここで帰宅となった。

 

 

 ところで、その条件とはなんぞや。それは帰宅した直後、昼飯を終えた直後にヘスティア・ファミリアにて判明することとなった。

 

 

「へ?ぼ、僕が作成の依頼をするんですか?」

「ああ。この一世一代と言える依頼は、ベル・クラネル(幸運持ち)が行うべきだと古事記にも書かれている。頼む、この通りだ」

 

 

 まさかの頭を下げるタカヒロに、ベルは頭を上げて貰うよう祈願する。正直なところモノもカネも用意する必要は無く、単に作成依頼をするだけという単純さであるためにベルにかかる負担は移動ぐらいのものだ。

 今迄において貰ってばかりだったベルからすれば、お安い御用ですと返事をしたい程。しかしながら装備キチとしては上限いっぱいのエンチャント数値を得ようと、必死さを隠せない。下手をしたら、靴を舐めろと言われても舐めだしかねない程の覚悟なのだ。

 

 

 なお、やや離れた位置から光景を横目見る主神ヘスティア。ロクでもないことが動き出すのではないかと気が気ではないが、“一際壊れたぶっ壊れ”が更に壊れる程度であるために一般世間としては問題は無いだろう。

 

 

 結果としてベルは了承の返事をしており、何をどこの部位に変換するかが脳内において論争が開始されることだろう。ケアンの地で取得したアイテムは無限ではないために、慎重に行う必要がある。

 ここを間違わなければ、己が更に一歩を踏み出せることは間違いない。性能はさておき考えられるパターンとなると、文字通り無限に近いモノが挙げられる。しかし、既に確定している装備が1つあった。

 

 

 最も気になっているのは、やはり手にあるガントレット。別の部位で、やはりこれがもう1つ要る。物理耐性15%程に加えて星座の恩恵効果が40%も上昇するというぶっ壊れ(頭おかしい)逸品は、黒竜のリポップが行われない限りは、2個目を作れるかは怪しいものだ。

 しかしながら世界のどこかには“隻眼の黒竜”が居るらしく、探し出してチョメチョメすれば鱗がもう一枚手に入る、かもしれない。ちなみに前回ドラゴンと戦った地点には時折暇潰しで赴いているのだが、毎度の如くもぬけの殻だ。

 

 ともあれ、たら・ればで話を進めても意味がない。ひとまずは現状を把握するべきだと心を落ち着かせ、軽く溜息を吐いた。

 さっそく紙とペンを取り出し、現状を一通り明記する。上昇値については重要項目以外はあまり見ないこととして、手の装備を変更したことによるデメリットと現在の各種耐性を一覧に明記した。

 

~~~~

 

■手の変更

・各種耐性

物理 :71.4%  エレメンタル:84+123%

毒・酸:84+59% 刺突:87+99.6%

出血 :84+73% 生命:84+93%  気絶:84+57%

カオス:87+54% イーサー:91+72.6%

 

・その他

手の装甲値+1700。

-3% 攻撃速度

-3 カウンターストライク

-25% 中毒時間短縮

-584 ヘルス

+3% 装甲強化

+342 物理報復

+64% 全報復ダメージ

 

 

 ヘルスについては誤差程度、やはり顕著なのは3レベルが下がった“カウンターストライク”だろう。全体的に強くなったのは間違いないが、確実なデメリットの1つであることに変わりはない。

 報復ダメージとは違って、カウンターストライクは射程圏内に居れば遠距離攻撃を相手にも発動する。クールタイム1秒ながらも盾の効果で0.6秒毎に使えるモノであり、重要な攻撃スキルの1つだ。

 

 ともあれ、各種の耐性については十分な量を確保できている。結果的に上昇した報復ダメージは342、その1800%程となる倍率があるために6156の数値上昇。これは、今までにおける報復ダメージの4.1%を占める数値だ。

 これを“4.1%も”と捉えるか、“たった4%”と捉えるかは人によるところだろう。少なくともタカヒロとしては間違いのない前者であり、効果が及んでいる範囲はそれだけではないことを明記しておく。

 

 それはさておき、青年の両手に装着されている漆黒のガントレット。もしこれと同じ能力の防具がもう1つあるならば、“AoE”を行ってくる敵に対する火力が飛躍的に上昇する。

 

 AoEとは、“Area of Effect”の略称。 範囲攻撃や、一定範囲に効果のあるスキルなどを指すと表現して良いだろう。

 範囲攻撃に相当するモノを指す言葉であるのだが、つまるところは遠距離攻撃。報復ビルドの天敵である遠距離攻撃に対する火力を上げようと、今のタカヒロは色々と試行錯誤を行っている。

 

 そもそも報復ダメージとは、近接攻撃を受けた際に攻撃者に対して強制的に叩き込まれるダメージだ。しかしながら、この“近接攻撃”という言葉にも少しばかり語弊があると言って良いだろう。

 報復ダメージが発動する条件・しない条件を簡単に説明すると、報復者・武器・攻撃者の3つが“物理的に繋がっているかどうか”と言えるだろう。故に59階層の精霊の場合、距離的には遠距離ながらも己の身体である触手を使った攻撃であった為に、あの時も報復ダメージは発生していたのだ。

 

 

 だがしかし、単にガントレットと同じ効果があるものを2つも3つも装着すれば強くなるかとなると、そういう単純なものではない。装備パズルとは様々な要素が絡む、複雑怪奇な代物なのだ。

 

 例えば現在の装備におけるショルダーを、ガントレットと同じ効果のモノに入れ替えたとする。するとカウンターストライクは6レベルも下がることとなり、同時に毒酸・出血・エレメンタル耐性が圧倒的に足りなくなる。

 それを補うためにコンポーネント剤を“刃の板金”から耐性系に入れ替えると、星座の効果による上昇値を差し引いたとしても報復ダメージはベース値が200、倍率も100%程がダウンしてしまうことになるだろう。実数値17万弱、倍率1800%程となる現在の物理報復ダメージからすれば、僅かな数字に見えてしまうかもしれない。

 

~~~~

 

 それでも実数としては、ざっくり計算で8%程の報復ダメージが低下してしまう。カウンターストライクのスキルレベル低下に伴い性能低下も顕著さが芽生えるために、対遠距離火力は更に悪化することになるだろう。

 星座の取得によって使用可能なスキルは更に40%の値が上昇することになるのだが、これは常時において発動しているものではない。発動している時と発動していない時の差は、より一層のこと顕著となってしまうのだ。

 

 故にいくら星座の恩恵が上がるとはいえ、安定性を取るならばヘファイストス産装備は1つで押さえておくのも、決して悪い選択ではない。特化しすぎては、その他がおざなりになってしまうのが傾向として挙げられる。

 

 

 というのが今までタカヒロが考えていた内容だが、ヘファイストスが口にした序盤の一言で枠組みは既に崩壊。2つ目が欲しいという意欲は、既に成層圏を突破している。流石に3つとなると性能が偏り過ぎるが、2つならばなんとかなるはずだ。

 肝心となる黒竜のリポップについては、期待できそうにないことは分かっている。しかしながら、どうにかして“黒竜の鱗”というドロップアイテムを手に入れなければ話が始まることも無いだろう。

 

 

 成功するかどうかはわからないが、青年の中に“アテ”は1つある。徹夜での装備パズルの検証を終えたタカヒロは睡眠をとり、翌日の朝食後、行動を起こすべく武具を用意する。

 本日は珍しく雨模様、先が思いやられる天候と言えるだろう。そしてバロール戦においてノードロップを経験しているだけに、タカヒロは保険をかけるようだ。

 

 

 依頼主の視点曰く、善は急げ。そんな人物が保険を掛けるために必要な――――

 

 

「ベル君。一昨日の事ではなく、今日はもう1つ頼みがあるのだが」

「はい、何でも仰ってください!」

 

 

 

「もっと深く、潜ろうか」

 

 

 

 犠牲者ベル・クラネルが持ち得る綺麗な真紅の瞳から、ハイライトが消えていた。

 




■ガントレット装着+肩を取っ払た場合
・各種耐性(ダンまち環境、トグルバフのみ有効化)
物理:83.4   エレメンタル:84+63%
毒・酸:84+19% 刺突:87+73.6%
出血 :84+33% 生命:84+93%  気絶:84+57%
カオス:87+54% イーサー:91+72.6%
・その他
手の装甲値+1700ぐらい?
-3% 攻撃速度
-6 カウンターストライク
-3 ファイティングスピリット
-25% 中毒時間短縮
-45 攻撃能力
-1184 ヘルス
+6% 装甲強化
-85 物理報復(*1744%)
+4% 全報復ダメージ

■神話級 ドレッド アーマー オブ アズラゴー
・アズラゴーは、 陰険だが議論の余地なき戦術をとることで、 騎士仲間の間で恐れられた残忍な男だった。
レジェンダリー ヘビー チェストアーマー
1908 装甲
(付与される可能性のある数値 最小/最大)
+11-16/17-24 生命力ダメージ
+69/+104% 物理ダメージ
+69/+104% 生命力ダメージ
+69/+104% 体内損傷ダメージ
+69/+104% 生命力減衰ダメージ
+7%    人間からのダメージが減少
+28/+42 攻撃能力
+3/5%   物理耐性
+213/319 生命力報復
+88/+132% 全報復ダメージ
+3 ウェンディゴ トーテム
+2 メンヒルの意志(対象スキル)
+2 スペクトラル バインディング
+2 神聖化(対象スキル)

■アズラゴーの戦術 (アイテムにより付与)
・アズラゴーの戦術を受け入れよ。 陰険で疑わしい術だが、 結果に異議を挟める者はいない。
4 エナジー / 秒
250 エナジー予約量
15 m 半径
+12-25 生命力ダメージ
+4% 攻撃ダメージをヘルスに変換
+24% カオス耐性
+300-460 物理報復


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145話 我慢できなかった

白髪の二人が動くとき、ロクでもない事(何か)が起こる。
???「ゆくぞ神々、胃薬の在庫は十分か?」


 

 今日のオラリオは、珍しく雨模様が続いている。朝からしとしとと降り続く雨脚のために屋外へ出歩く人もまた少なく、通り・店ともに晴れている時程の活気は無い。

 

 もっとも、ここ地下となれば話は別だ。雨だろうが晴れだろうが基本として、室温・湿度共にほぼ一定のものが保たれている。

 大きな松明の灯りだけが光となる、ギルドの地下室に広がる石造りの広大な一室。はじまりは、そんな場所で祈祷を続けるウラノス宛に寄こされた、一通の手紙だった。

 

 

「私宛の、表紙だな……」

「これを知っているとなれば、対象はかなり限定される。さて、誰でどんな中身なのやら」

 

 

 ウラノスの下へと手紙が届くなど、1年に1度あるかないか。その時の手順は決まっており、此度はフェルズがギルド長から受け取って持ち運んだ格好となる。

 もっともフェルズとて中身を見る訳にはいかないので、封だけ切ってウラノスに渡している。何が書かれているのかと、ゆっくりとした動作で手紙を開いたウラノスの瞳に、とんでもない一文が飛び込んできた。

 

 

 ――――あと一回だけ、許してください。 タカヒロ。

 

 

 つまり、一度前にやったことがある内容。それは他ならぬ、ダンジョン内部における“アセンション”の使用に他ならない。

 たった一文しか記されていない書類で、ウラノスは全てを察した。あのオラリオで最も危ない自称一般人(ぶっ壊れ)、再三の制止を破りやがるつもりで居ることは予想に難しくないだろう。

 

 

「フェルズ……フェルズ!奴を、奴を止めろおおお……」

「なに?え、戦士タカヒロを?止めると言っても、どこに居るのだ」

「70、いや、恐らくは少なくとも、80階層以降だ……!」

「80階層!?行けるわけがないだろう!!」

 

 

 ゼウス・ファミリアの限界到達点、それすらも軽く飛び越えた更に先の階層。そんなところに到達できるファミリアは、このオラリオにおいては存在しない。

 そう、今までにおける前提はファミリアで向かったならばの話。唯一の例外として、ソロという条件かつ欠伸をしながら突撃できる“ぶっ壊れ”ならば、永く紡がれてきた常識も容易く覆ってしまう。

 

====

 

 

 いつも、その青年に対しては頼ってばかりの日々だった。だからこそ少年は、例えスキルといえど、自身が持っているモノを頼ってくれて嬉しかった。

 借り過ぎた恩を、少しは返せる。そう思ったが故の即答であり、己に出来る事ならば何でもこなそうと、ベル・クラネルは威勢の良い返事を行った。

 

 

 

 

 その結果――――

 

 

 

 

「うわああああああ!?」

■■■■■■■■(うわああああああ)!?』

 

 

 即席の合唱コンクール、時たまデュエット。鉢会うモンスターと少年の相性は良いらしく、奇麗なオブラートとビブラートとなって洞窟にハーモニーを奏でている。

 

 

 現在はダンジョン92階層。そんな環境に連れ込まれてしまった少年の叫びと出会ったモンスターの悲鳴が、ドップラー効果を残しながらも響いていた。

 進むモノはアトラクション、お客様は青年に抱えられている一人の少年。かつて一度訪れたことのあるルートをひた進む故に、初回に見せた人間アピールの迷子っぷりも皆無である。

 

 

 流れる景色、疾走するタカヒロと出会ってすぐに消し飛ぶ敵さんの残骸もまた後ろへと流れていく。すぐ後ろからは2体の半透明で大きな幽霊さんも同行中であり、どうにも生きているとは思えないが、たまに目が合うのが少年にとっては厄介だ。

 削れるSAN値、その隙間を埋めるように蝕む深層の更に奥故に発せられる死の気配。鍛えたはずの己の精神(こころ)がいつまで持つかは、ベル・クラネル本人にも分からない。

 

 唯一言えるとすれば、“幸運”のアビリティを持っている事こそが“不幸”だろう。この矛盾、解決できる人物はいるのだろうか。いや居まい。

 少年が此処に居る理由は話せば短く、呆れる時間の方が圧倒的に長くなることだろう。単に、ドロップアイテムの出現率を上げるために同行しているというだけの酷すぎる理由だ。あくまでも同行である、拉致ではない。

 

 目標階層は数値で表すと不明ながらも、前回において黒いドラゴンと対峙した場所だ。ルートは覚えており最悪の場合はマップ画面があるために、今回は迷うことは無いだろう。

 しかし同行者のベルからすれば、訪れている理由が全くの不明である。ドロップアイテムが目当てかと想像するも、あれだけの装備を揃えておきながら、いったい何に使うかが分からない。

 

 恐怖を振り払うついでに声を上げて聞いてみると、やはりドロップアイテムが目当てとの回答だ。だからと言ってこんな所にまで実質ソロで潜るなど、正気の沙汰ではないという認識である。50から60階層については特に疑問視していないあたり、だいぶ毒されているのはご愛嬌だろう。

 続けざまに何に使うのかと尋ねると、新たな、しかし必須となる装備に使うとの回答。それがあれば更に強くなれるのだと口にしながら妄想しているのか、フードの下の口元はニッコニコだ。

 

 

「ベル君……自分は、もっと強い装備が欲しい(強くなりたい)のだ!」

「それ以上強くなって何するんですか――――!?」

 

 

 抱えられながら叫ぶ少年、しかし内容はご尤もである。青年も青年で、よもや“キリング・セレスチャル・タイムアタック(スーパーボスの神様何分で殺せるかな?)の為”などとは口にできないために、無言で答えるしか道が無い。

 もっとも、今となっては“彼女”を守るためという理由も同等のレベルに強くある。こちらもまた口には出せないために、結果としてはやはり無言が続いていた。

 

 とはいえ、ダンジョンとは強くなるために潜るもの。つまるところ青年の目的とも一致しており、何ら問題もなければ道理に従っているのだと、後に犯罪者(ぶっ壊れ)は供述している。

 そして地上で汗水垂らすウラノスの心の叫びもむなしく、事態は進む。実のところ最下層から数歩だけ手前の階層、前回黒竜を葬った場所において、無慈悲にもアセンションが発動された。

 

 

「へっ!?こ、こここ黒竜!?」

 

 

 地震が収まった直後に天井が破られ現れる存在は、15年前の惨状を纏めた資料で目にした存在、名を黒竜。かつて神々が地上へと降りる前にダンジョンから地上へと進出した存在であり、数多の英霊が散った大きな原因の1つである。

 見学者ベル・クラネルは気絶寸前で何とか持ちこたえているものの、足は完全に竦んでしまっているのは仕方がない事だろう。強靭なメンタルを持っているとはいえ、状況が状況だ。

 

 

 しかし、そんな相手の黒竜が纏う気配は、タカヒロが知る前回のものとは明らかに違っている。属性こそビーストと変わらないようだが、タカヒロには違いが明確に分かっていた。

 

 恐らくはエリート環境と変わらないだろうが、まさかのスーパーボスだったために()ル気スイッチはTurbo(ターボ)を通り越してAfterburner(アフターバーナー)が点火済み。こうなってしまっては、もうリヴェリア以外の何者にも止められない。

 ガントレットにより40%の性能が上乗せされている星座の恩恵は、もちろんのこと全て有効化。報復ダメージも同様であり、“正義の熱情”を筆頭に、火力用のスキルは最大攻撃力の値を発揮している。

 

 

 かつてと違い、相手の攻撃力を試す必要はとうに無い。ガーディアンの片方をベルの護衛につけ、タカヒロはデパートの玩具コーナーに辿り着いた子供の如く駆け出した。

 ドーピング系のアイテムこそ使用していないが、此度において加減の類は一切ない。相手の咆哮に負けず轟くウォークライが開戦の合図となり、突進スキル“ブリッツ”で“防御能力”を低下させると同時にガーディアンが殴りかかり、間髪入れず僅かな隙間に対して“堕ちし王の意志”が繰り出された。

 

 

 

 

 

 体内時計からある程度は推測できるが、どれほど時間が経っただろうかと錯覚してしまう。とても恐ろしく、怖く、精神を蝕む深層奥地の感触に抵抗しつつ、最終的に少年は呆れてしまった。

 どう見ても、黒竜だった。何回考えても、黒竜としか思えない。いや、もしかしたら思い違いで、アレはただのトカゲの類だったのかもしれない。きっと己の見間違いだと納得し、今までの事実を思い返した。

 

――――1分すらも、経ってない!?

 

 ズボっと音を立てながら人間の背丈ほどのある魔石が引き抜かれ、力なく横たわっていた黒竜は灰となって消えてゆく。相も変わらず掠り傷1つ負っていない己の師を見るためには目と口を開かねばならない程に驚愕さは消えないが、黒竜を相手して己が生きていることも事実である。

 とはいえ、問題はここから先だ。タカヒロが口にしたことが本当ならば、何かしらのドロップアイテムがあると言うことになる。

 

 黒竜の巨体が、灰となって消えた跡地。何やら人間の胴体サイズの鱗らしきものが1枚残っており、ガーディアンの光に照らされ怪しい光を示している。

 

 

「っ――――!」

 

 

 一方で、ニヤリとフードの下の口元が歪んでいる。ベルとしては、あのような機嫌がいいタカヒロの表情を見るのは初めてだ。目的のドロップ品を手に入れて、すっかりご機嫌な様相である。

 流石は幸運持ち、一発で目的の品がドロップされている。片やアンリミテッドにアセンションされる未来もなくなったので、ダンジョンにとってもまた幸運だったことだろう。

 

 ドロップアイテムをインベントリに格納して戻ってくるタカヒロに、ベルはワシャワシャと強めに髪を撫でられる。心地良いものの、正直なところ何もしていないベルからすれば、喜んでいいのかどうか分からない複雑な感情であった。

 やがて死体も完全に灰となり、辺りに静けさが戻ってくる。そろそろ戻るかとタカヒロが口を開いたタイミングで、ふと何かを思いついたベルが明るい口調で言葉を発した。

 

 

「師匠……」

「ん?」

「折角ここまで来たのですから、このあたりのドロップアイテムをお土産に持って帰りましょう!」

 

 

 優しい優しい純粋な少年、ベル・クラネル。今居るここが何階層なのかも分かっておらず、その一言が一つの騒動(物語)の幕開けとなることは、これっぽっちも思っていない。

 

====

 

 

『■■■■――――!!』

 

 

 全長3メートル程あるラプターのような恐竜型のモンスターが、集団で押し寄せる。さっそくガーディアンの片方が駆け出して、そのうちの3割ほどを薙ぎ払った。

 もっとも、即死と言うことは無い。ダメージが狙いなのではなく、あくまでもガーディアンを中心にして発動する“デバフ”が目的だ。

 

 スキル名、サモン ガーディアン・オブ エンピリオン。それに付随するパッシブスキル、“セレスチャル プレゼンツ”。

 これは物理耐性・火炎耐性・出血耐性をそれぞれ36%も低下させるモノであり、それぞれの属性における単純計算で、最終ダメージが1.36倍にもなる代物だ。故に、使用時と未使用時においては雲泥のダメージ量となる。

 

 

「ファイアボルト!!」

『■■■■――――!!』

「ハアッ!!」

 

 

 物理と火炎耐性という己が使う二つの属性の耐性が下がった相手、それも一匹だけが逸れたところに、ベル・クラネルが果敢にも襲い掛かる。相手の一撃はかつての穢れた精霊と同等程度ながらも、それぐらいならば受け流してきた実績が存在する。

 加えて、当時と違って今はレベル4。更には武器防具の類もランクアップしており、此度においては物理的な戦闘であるために非常に有利。

 

 もっともその横では“ダメージを受けることで”全部を消し飛ばした“ぶっ壊れ”、及び二体のガーディアンが岩に腰かけ戦いを見守っているのだが手を出す気配はない。定期的に死角から襲い掛かってくるモンスターもタカヒロを攻撃した途端に爆発四散の結果となっているのだから、こちらも非常に効率的だ。

 一方のベルからすれば、体力が少なく背格好が小さいゴライアスと戦っているかのような感覚だ。ゴライアスは18階層とは言え階層主クラスがポンポン出てくるのかと、より深い領域の恐ろしさを身にしみて感じている。その群れを消し飛ばした輩の事は、本能が捨て去っているので問題は無いだろう。

 

 

 結果としては随分と時間がかかったものの、ヘスティア・ナイフの一撃をカウンターストライクも使って相手の胸部、魔石に叩き込み勝利に終わる。とはいえ余裕は全くなく息は盛大に上がっており、もし仮に次の戦闘となれば容易く殺されている程だ。

 ガーディアンの片方が赴いて護衛する中、ベルはポーションを呷って回復に努めている。その横ではタカヒロがドロップアイテムを確認し、ベルに手渡した。

 

 曰く、自分の力で倒したのだからこれはベルの物。己の刃と何度も何度も打ち合った相手の爪は、ベルが目にしても一流のドロップアイテムであることは分かる程。

 なお、いつのまにか真横に死亡寸前のモンスターの残骸が山となり築かれていたためにソレ以上の考えはシャットダウン。ガーディアンの片方が2メートルほどある大きなメイスの先端を使って器用に魔石をほじくり返している光景は、シュールすぎるために現実として受け入れられない様相だ。

 

 予定時間まではまだ余裕があった為に、タカヒロはベルと共に討伐を続行。半スタック(45個)程度の様々なドロップアイテムをお土産に、ヘスティア・ファミリアのホームへと帰還しようとしたタイミング。

 前回においてアセンションを使用した際は、50階層にバロールの黒い奴がポップした。ならば同じことが起こっているかもしれないと、50階層を中継地点としてから帰宅することが決定されている。

 

 

 実はこの考察、当たっている。前回と同じ神の気配を感じたダンジョンは、念のために、同じモンスターながらも50階層へと刺客を放っていたのだった。

 とはいえ二人が50階層にリフトで訪れるも、至って平和そのものだ。もしもあの時のバロールが沸いていたならば、すぐに分かることだろう。

 

 何かしらのモンスターと出会ったらならば、視界に入らないようにして逃げてくるようベルと約束を交わす。すると途端、少年は据わった雄の表情へと一変するのだ。

 

 タカヒロは前回戦った場所へ。モンスターを発見次第撤退の指示を受けたベルは、違う方向へと歩いていく。やはり何もいないことを確認したタカヒロはしょぼくれた表情を数秒だけ見せると、ベルが向かった方向へと顔を向けた。

 相変わらずの自然豊かな50階層は、見える範囲においては前回訪れた時と同じである。事態が動いたのは、ここへやってきて5分程経ったその時であった。

 

 

「師匠ー、師匠ー!!」

「お、下ろせ!貴様、下ろせと言っている!!」

「ダメです!怪我してるんですから大人しくしていてください!」

 

 

 遠くから聞こえてくる少年の声。紛れもないベルの声だが、何やら女性らしき声も混じっている。

 誰かいたのだろうかと呑気に考えるタカヒロだが、誰だか全く思いつかない。とはいえ、どこか“ダンジョンで”聞いたことのある声だなと考えていると、レベル4の敏捷さを発揮しながら走るベルの姿を捉えることとなり――――

 

 

「赤い髪の女性が、あそこの木の根元で倒れてました!ポーションありましたよね、手当てしてあげてください!!」

「ええい分からんか少年!要らぬと言って、あっ……」

「むっ……」

 

 

 赤い綺麗なショートヘア、スラッとしながらもしっかりとした凹凸あるスタイルは嫉妬する女性も多いだろう。そんな胸元と健康的な太腿を強調する服装は、それだけで鼻の下を伸ばす男も多いはずだ。

 すっかり記憶の彼方になっていたが、タカヒロも24階層で目にした人物であることを思い返す。もっとも相手からすれば驚愕であったために忘れることもなく、現にこうして覚えている。

 

 

 もうお分かりだろう、24階層で戦った赤髪の怪人、名を“レヴィス”。ベル・クラネルにお姫様抱っこされての登場という、まさかの格好での再会であった。

 




師「理想の装備のお預けが我慢できなかった」
弟「人が怪我しているところを見過ごすなど我慢できなかった」

ベル君が、とんでもない者を拾ってくるの巻。
それ間違っても墜とすなよ?(振り)


■黒い竜のような何か(1回目・2回目)
→エリート環境のネメシスとスーパーボスですが、レベル100ではないという裏設定です。
 装備直ドロップだとレベル96以下では問題が起こりますが、ドロップするのは素材なので問題ございません。


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146話 二つの浄化

遅くなりました。


 思わず声が漏れたタカヒロ、まさかの再会。思わず視線が交差して固まった二名に対して2-3度にわたって目が泳いだベル・クラネルだが、理由はタカヒロの口から発せられることとなった。

 

 

「あー、そのー、なんだ、ベル君。それはドロップアイ……でもないが、自分やアイズ君の敵でな……」

「へっ?」

「……」

 

 

 リヴェリアに似た仕草で眉間を摘まむタカヒロに対し、お姫様抱っこ中のレヴィスを見下ろして目線を合わせるベル・クラネル。敵と判明しても放り投げないあたり、少年が持ち得る優しさと言えるのかもしれないし、祖父による洗脳の結果と言えるのかもしれない。

 

 それはさておき、ベル・クラネルの拾ってきた者が怪人レヴィスである事実は揺るがない。なぜ傷だらけだったのかとベルが問いを投げると、そこの青年がギクリとした反応を見せていた。

 レヴィスが“彼女”のもとから移動中、道中となる50階層へと辿り着いた時。突如の地揺れと共に、天井から“黒くて硬くて凛々しい奴(黒いバロール)”が降ってきたという内容だ。

 

 レベル8のオッタルとて苦戦し、本気モードとなった際は勝てないと思ってしまった程のモンスター。実の所はココ最近の連続召喚によってダンジョンの力が弱まっており前回と同じ強さではなかったのだが、それでもレヴィスとて過去に例を見ない程の強敵であった。

 怪人ゆえの特性を発揮して何とかして倒したものの、己に残された力も正に皆無。故に力が回復するまで休んでいたところをベルに発見され、こうして対面と至ったのだ。

 

 

 地面へと下ろされて大人しく体育座りしている彼女だが、残る力を使ったところでそこの青年(推定レベル8)には敵わないと知るがため。そのことを口にすると、ベルの首が少しだけ傾いた。

 双方に攻撃の様相は伺えておらず、むしろホンワカとした空気が漂っている。何故そこで首が曲がるのかと疑問に思うレヴィスながらも、答えは少年の口から取り出された。

 

 

「師匠、レベル8だったんですか?」

「いや?」

「じゃぁ、9?」

「9でもない」

 

 

 なんでお前が知らないのだとツッコミを入れたくなったレヴィスだが、続けざまに答えが出てくるのではないかと期待して無言を決め込む。しかし、相手がレベル8と仮定して魔石を大量に摂取するなどして力を強めたとはいえ、そこの青年がレベル8でないとなれば中々に問題だ。

 レベル8でもない9でもないと、いよいよ2桁の大台なのかとレヴィスは身構える。その逆でレベル7以下ではないことは、24階層の一撃から明らかと言って良いだろう。

 

 

「むーっ、レベルいくつなのですか?」

「そうだな……」

 

 

 チラリと、青年はレヴィスを睨みつける。たったそれだけで臨戦態勢になりかけた彼女ながらも、一瞬だったために影を潜めて平常時の対応ができていた。

 湧き出た唾をゴクリと飲み込むも、どうやら、そこの青年は自分を見逃してくれるつもりはないらしい。とはいえ、あれほどまでに敵対したならば当然と言えるだろう。

 

 とはいえ、幸いにもここはダンジョン。彼女とてレベル8ほどの実力を持つ相手への対策は考えてきたつもりであるし、後先を考えずに怪人の力を使えば、レベル10が相手でも逃れる術はいくつかある。幸いが重なって相手の青年は油断しきっており、文字通りの隙だらけだ。

 チャンスとしては、青年のレベルを聞いた少年が恐らくは反応するタイミング。訪れる逃走のタイミングを逃さぬよう、レヴィスは眉間に力を込めた。

 

 

「秘密にできるか?」

「できます!」

「では……嗚呼、貴様は冥途の土産に教えてやろう。自分のレベルは、100だ」

 

 

 ダンジョンの力を使って自己を強化できるはずの怪人レヴィスは目を見開き、まさにポカンとした表情という言葉が相応しい。無意識に立ち上がるも立つのが精いっぱいで力が入らず、逆らう気力がなくなってしまう。

 2桁の大台など、そんな生温いことは無かった。あまりにも頭がおかしな発言内容に瞳のハイライトは消え失せ、思考回路は全くもって機能することを放棄している。

 

 

「あー、だからさっき、1分程度で黒竜を倒しちゃったんですね。レベル100なら納得です、流石師匠!」

 

 

 そして、この常識の螺子が外れかけている、いや外れている、というよりは誰かの影響で外れてしまった少年の追い打ちである。タカヒロに対して向けた絶望的な表情のまま、「お前何言ってんの?」的な様相で油が切れかけている機械仕掛けの如くそちらへと首を回すレヴィスは、耳にした2つの言葉が信じられない。先程までの様相は“油断”では無く“余裕”だったのかと、絶望が脳を支配した。

 己が24階層で喧嘩を吹っ掛けた相手のコトを知り、真偽も確かめていないのに両膝がガクガクと震え出した。確信を得ている理由としてはそこの装備キチが原因であり、今しがた一瞬だけ、先ほど黒竜と対峙した時の気配を出したのである。

 

 24階層の時とは違って、加減など一切が無い死の気配。レヴィス程の実力者ともなれば察知し測り取るのは容易いものがあり、己がこの後どうなろうとも死の結末しか待っていないことを察知して、無意識に膝から崩れ落ちてしまった。

 なお、元凶タカヒロとしては「納得するんだ」とベルに対してツッコミを入れているほどの気軽さである。片や煮られるか焼かれるかを覚悟した身、片や呑気に愛敬を振りまく少年と仏頂面の青年という、なんとも不思議な状況だ。

 

 

 しかしベルが連れてきたレヴィスは、アイズ・ヴァレンシュタインに対してダンジョン内部で襲い掛かった実績がある。その状況をタカヒロが説明すると流石のベルも表情が険しくなり、少しだけ心の余裕が持ててきたレヴィスに対して向き直った。

 

 

「レヴィスさん……何故、何故、アイズさんを襲ったのですか」

「……私が死んだときに、助かるためだ」

「死んだときに、助かる……?」

 

 

 間をおいて口に出されたものの、ソレ以上は口を噤んだままだ。そこまでを口にする義理が無いと思っているのか、そこはタカヒロには分からない。ベルの言葉に対してそのような反応を見せている故に、別の方向からレヴィスの心に切り込んでいくこととした。

 まずは、互いの自己紹介が優先だと判断する。己は何者だと率直に問いを投げたのだが、相手の口から答えはすぐに返された。

 

 

「……私は……神々が地上へと降りてくる遥か昔。その時に死んだ筈だった、ダンジョンへと挑んだ者だ」

 

 

 かつてウラノス達が地上へと降りてくる前、古代と呼ばれる時代。精霊の力を借りた人々は、地上の平穏を目指してダンジョンへと挑んていた。

 このことは、様々な“物語”に登場する周知の事実。逆に言えば神の恩恵無しでモンスターと渡り合うという、今の神々をもってして“バケモノ”と言わしめた者達が活躍していた時代である。

 

 何名もの人々がダンジョンへと挑み、帰らぬ人となっているのは今と同じ。数多の犠牲の上ながらも、人々はダンジョンから溢れるモンスターを抑えるために奮闘した。

 彼女レヴィスも、その一人。地上の平和を願って仲間と共に挑み、敗れ、死を覚悟した、今で言う所の“冒険者”。

 

 

 敗れた原因は、今のオラリオで活躍する冒険者の全員が知る敵と対峙した為。地上の平和を夢見て隻眼の黒い竜へと挑み、結果として追い払うことには成功したものの、生まれ出た多数の犠牲の一人。

 

 

 目にしたことのある“伝記”そのものの内容を耳にして、ベルはゴクリと唾を飲み込んだ。よくあるパターンの一つ程度に捉えて仏頂面を維持しているタカヒロとは、対を成す反応と言えるだろう。

 事の末路までは知らないレヴィスは、黒竜が地上へと這い出した際にできた大穴へと落下した為。現在のレベル8ですら脅威となる一撃でもって、当時の者達は壊滅的な被害を受ける。

 

 害を受けたのはレヴィス達のようなヒューマンや亜人だけではなく、手を貸していた精霊も同じこと。レヴィスが守っていた汚れた精霊とは、かつて己に力を貸してくれた精霊と、当時においてダンジョンへと堕ちた他の精霊たちの集合体であることが告げられている。

 今の言い回しを耳にして引っかかるところが生まれ出たタカヒロだが、口に出すことなく聞くことに徹していた。ともあれ彼女が怪人となったのは、運よく生き残ってしまったその時が起源となる。

 

 

 汚れた精霊の手足となってから与えられたのは、ひたすらな斥候任務。埋め込まれた魔石が持つ魔法、精神ではなく魂を支配する魔法の影響で風の精霊“アリア”を探し出せという命令には逆らえず、ひたすらにダンジョンを探し回った。

 とはいえそれは、ダンジョンの深層におけるソロでの活動だ。怪人とはいえ幾度となく死線を彷徨い、幾度となく本当の死を意識した。

 

 死ぬことで己の使命が終わるならば、モンスターなどにひれ伏して大人しく殺されればよかった。しかし魔法によって魂を支配されている以上、死を迎えてなお、彼女はモンスターとして生まれエレメンタルの精霊のために働くことになるだろう。

 

 己の魂に打ち込まれた楔は逃げられないことを意識させるためか、レヴィスの身でも分かる程に強いものがある。それが分かっていたから、殺されたくはなかった。

 逆に此度の一件において、アイズを差し出せば己の呪縛も終わるだろうとも予測していた。その日、その時にチャンスがあると信じて疑わず、今日の今日とてダンジョンを彷徨い続けてきた。

 

 

 神となったアレが、地上へと出ようとする時。その力に少し干渉するだけで、レヴィスという怪物は本当の死を迎えることが出来るだろうと考えていた。

 何せ己を縛っているのは神の力だ。確信など欠片も無いが、それに賭けるしか方法が無かったのだ。

 

 1日でも早く呪縛から逃れるため、己のパーティーが夢見た地上の平和を乱す闇派閥とも手を結んで目を広げた。もっとも心の奥底では忌み嫌っているが、殺しては己の計画に差し支えるためにそれもできない。

 

 

 故に、悠久の時を常に一人。喜怒哀楽という感情すらも許されぬ環境は、一人の女を、アリアを探し連れてゆく機械へと変えてしまった。

 

 

 

 それが、レヴィスという女が辿った軌跡なのだが――――

 

 

 

――――って、なぜ泣いているのだこの少年は……!

――――ベル君、ほんと純粋だなぁ……。

 

 紅の瞳は、涙に濡れてルビーの如き輝きを見せている。ポタリポタリと静かに零れ落ちる輝きは、相手の心境に立って考えているからこそ流してしまう涙である。

 先ほどタカヒロが口にしたように、純粋に相手の立場になって考えているからこそ流せる涙。彼女が置かれている救いの欠片も無い立場を考えるだけで、この少年は相手のために涙を流すことができるのだ。

 

 本来ならば、完全な敵となる仲にある少年。この少年がアイズ(アリア)と関係があるというならば、レヴィスと刃を交えていた未来があっても不思議ではない。

 しかしそれは、レヴィスが目にするはずだった数多くある未来の中の1つである。あれほど必死になって自分を助けてくれた少年は、今度は自分の為に泣いてくれているのだ。

 

 レヴィスにとって忘れかけた、いや忘れていた感覚だった。魔石によって怪人と化した彼女とて、意識は人だった頃のままだ。ストレスも感じるし、酒を片手に淡々と愚痴を言いたくなる時もある。

 それでも、それを叶えてくれる相手などいなかった。最近は闇派閥やオリヴァスなどが居たものの、これらの関係を示せる相手とは程遠い。そもそもが己の手で滅ぼしてやりたい集団なのだから、親しい関係など示せるわけがない。

 

 

「レヴィスさんは、ただただ利用されてるだけじゃないですか!レヴィスさんは悪くない!!」

 

 

 それに対し、少年が抱いた感情は悔しさだ。何も悪くないレヴィスが、単にそのエレメンタルの精霊に使われて悪事に手を染めているだけという認識である。

 レヴィスという女性が辿った1つの物語に対する感想など千差万別であるために、正解など在りはしない。もっとも、アイズを傷つけようとした事を知ったうえで少年が抱いたこの答えは、タカヒロならば絶対に抱くことのできない内容でもあった。そのために、彼はベルを視界に捉えることができていない。

 

 

「……おい。なぜ、お前が目を逸らしている」

「……純粋(良い子)過ぎて、自分のような輩では直視できん」

「……奇遇だな、敵の立場ながら私もだ。何故だろうか、この期に及んで罪悪感が著しい……」

 

 

 涙混じりの宝石のような顔を向けられ浄化される怪人レヴィス、自分でも何なのか分からない心が芽生え掛ける。戦いに身を置くなかで純粋さを忘れてしまった二人は片や上を仰ぎ見て、片や罪悪感に項垂れたままだ。

 夢を捨てて現実だけを見る感覚は、可愛らしく首を傾げて二人を見る少年が知るには未だ早い。本当ならば知った方が良いのだが、できることならば、まだまだ知らずにいて欲しいという矛盾する葛藤がタカヒロとレヴィスの中に沸き起こっている。

 

 

「師匠、なんとかしてあげられませんか……?」

 

 

 そして少年の口から出てくる結論は、彼女を助けてあげたいという優しさだ。いつかリリルカを相手にも芽生えた心は、少年が持ち得る純粋な優しさである。

 まさかの内容にレヴィスは驚きを隠せずベルと一緒にタカヒロに目を向けるも、流石に荷が重いのか青年も目を閉じて唸っている。しかしながら成功するかどうかはさておき、1つの道筋はあるようだ。

 

 

 インベントリから取り出された物は手のひらほどの大きさがあり、深い緑色をした禍々しい気配を出す直方体が集合したような一品。その中央部には、紫色と表現できる球体が、これまた禍々しい色調を見せている。コレが何なのかまるで想像もすることが出来ず、ベルとレヴィスは、思わず顔を引いてゴクリと唾を飲みこんだ。

 

 

 敵の下劣な魔法を打ち消すためにタカヒロが魔神ドリーグから直々に授かった“ドリーグの魔石”。ある日突然に滅び去った文明の地コルヴァン地方におけるネフォスの墓、その奥の封印された扉を開放する際に使用し、そのまま青年が貰ったモノだ。

 故に扉を開くために使ったことはあるが、正規の使い方とは程遠い。渡した者曰く神様直々の力が込められているとのことだが、結局は他に使うようなことも無かったために効能の真相は不明のままだ。

 

 

「この魔石には、命じた魔法を打ち消す効果があるらしい。精霊による魂の束縛となれば間違いなく魔法の類だ、先の効能が本当ならば効くだろう」

「本当ですか!?」

「効力は確かなのか?魔法ではなく、呪詛の可能性も捨てきれないぞ」

「呪詛の類ならば別の手となる。とはいえこの魔石を使うのは初めてで魔法を相手にしても確信は持てないが……奴のホザいてた効能が偽物ならば、今日中に殺しに行ってやる」

 

 

 装備に関する――――ではなく、それ以外においても過剰広告は犯罪であり、特に装備やアイテムの類についてとなれば、そこの青年ならば許すことはあり得ない。

 

 

 

 その時。天界において、凄まじい寒気が背中を駆け巡った一人の魔神が居たらしい。

 

 

 

 それはさておき、あまりにも禍々しい殺気の為に、ベルとレヴィスも同様に死の気配を覚えたほどだ。蛇足だが、少し前にリリルカが装備を盗んでいた場合においても同じ光景が作られたことだろう。

 ともあれ現状では、試してみなければ始まらない。ドリーグが言っていたことが本当ならば効果があるが、結局のところは人体実験で検証する他に道が無い。

 

 かつてコルヴァンの地でコレを使った時は、魔石に対して封印を解除するよう命令した。故に今回も、レヴィスにかけられているであろう支配の類を解除するよう命令する。

 

 すると魔石は緑色の輝きを見せ、同様にレヴィスの身体も似た光に包まれた。明るい50階層ながらも一際強く光る魔石の光量は、思わず目を瞑ってしまう程の輝きを見せている。

 やがて光は収まったものの、外観に起こった変化はその程度。しかし当該者である彼女は、明らかに変わった感覚を得ていたようだ。

 

 

「外れた……外れた!枷が外れたぞ、少年!!」

「ちょ、レヴィスさぐふっ!く、くるしっ!」

 

 

 彼女が初めて見せる、驚や“怒”ではない感情だった。少年の瞳と似て真っ赤なカーネーションが開花したかの如き眩しい笑顔は、年頃の男ならば目にするだけで顔を赤く染め上げることだろう。

 

 なお、その後の行動は彼女の本能によるものである。隣りに居た、己を見つけてくれた少年を抱き寄せており、その際にベルが前のめりとなった影響で豊満な胸元にダイビング。

 もしもアイズが目にしていれば、ここで決戦が開始されていたことだろう。アイズすらも跳ね除ける強靭な筋力であるために、ベルの力では太刀打ちできなかった。

 

 推定レベル7。役得な状況ながらも、ベルはレヴィスのレベルをそのように判断する。実の所は正解であり、かつてアイズの反撃を許さず突進の一撃を見舞える程の身体能力なのだ。

 

 

 緩んだ隙に何とかして脱出すると、ベルの考えは別の所にシフトする。レヴィス曰く「神の楔」を無効化できるならば、次のようなこともできるのではないかと、純粋な心が考えを抱いていたのだ。

 

 

 

 

「それにしても師匠、こんな凄いことが出来るのでしたら、レヴィスさんを人間に戻すことはできないんですか?」

 




ヘスティア「……」


■ドリーグの魔石
"敵の下劣な魔法を打ち消すために、 魔神ドリーグから直々に授かった。"


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147話 実験と問答

 傍から見れば無茶振りながらも、優しい少年が呟いた率直な疑問だった。ピクリと反応するレヴィスは表情に力を入れており、期待も含まれた瞳でタカヒロを見つめている。そんな青年の顔は仏頂面とあまり変わりはないが、口元からは神妙な面持ちが読み取れていた。

 曰く、この魔石を再び使えば埋め込まれた魔石の効果を消すことはできるが、彼女を人間に戻すことはできないだろうと答えている。いくら魔神から直々に授かったモノだとしても、そこまで万能ではない。

 

 できるとすれば、レヴィスの魔石に宿る魔力そのものを無効化する程度。しかし魔石がただの石となれば、“怪人”即ちモンスターの分類となる彼女はやがて消滅する。創造主どころか神ですらないタカヒロは、モンスターを人間へと変換するような事はできないのだ。

 故に、単に魔石をどうこうするだけでは助からない。何かあるかとインベントリの中を漁っていたタカヒロは、とあるアイテムの存在に目が留まった。

 

 

「あー、もしかしたら程度だが……」

「何か手があるのですか!?」

 

 

 今回の魔石のように、青年が知っている使い方とは違う使い方。その前提ながらも、該当するのではないかと思われる怪しい貴重なポーションが1つ該当している。彼も今までにおいて、10回程は飲んだことのある代物だ。

 とりあえずポーションの類は、“持っているモノ全種類”をインベントリから取り出して用意した。見たことも無いようなモンに対して何だろうかと疑問符が芽生えるベルながらも、その対象が多すぎるために声には出さない。

 

 タカヒロが「やってみるか?」とレヴィスに問うと、一度だけ力強く頷いた。今度こそ失敗したならば取り返しのつかないモノであるために、彼女の額にも僅かに汗がにじんでいる。

 

 なんせ、前例など全く無い。もしここにヘスティアが居たならば、レヴィスの身を案じる善神の身と、成功して欲しくないと願う胃による戦いが開始されていただろう。

 ともあれタカヒロは、再びドリーグの魔石に対して命令する。するとやはり魔石は効力を無くしたようで身体は風化する兆しを見せており、ポーションの数々を使うが効果のほどは全くない。

 

 

「し、師匠、効いてないですよ!?」

 

 

 失敗だったのかと不安に襲われ、ベルの表情が酷く歪む。どこまでも純粋で優しい少年は、それこそ純粋に、悩みを話し合ったレヴィスという女性の身を案じていた。

 一方で、やはりタカヒロは落ち着いている。後ろに展開したポーションの類を見渡して、その中の1つを手に取った。

 

 回復系のポーションは全て無効。となれば、やはり可能性があるならばコレしかないと、1つの薄青色の透き通ったポーションを取り出した。かつてネメシス級を討伐しすぎたために1スタック近くも溜まっているのだが、タカヒロとしても滅多に使うモノではない。

 

 そこの装備キチに対して使えば体格・狡猾・精神の3つに割り振った属性値をリセットする代物、名称は“再構成のトニック”。これは、“飲んだ者の全体像を再構成する効果”、具体的にどうなるかと言えば“経験値は残しつつステータス(ステイタス)を得る前の身体に戻す”効果を持ち合わせている。

 レヴィスは神の恩恵こそ受けていないが、精霊の加護を得たのは先の問答で証明済み。ならば“神が与えるステイタスと同類だろうから効くのではないか”と湧き出た安易な発想は的を掠っているという、ヘスティアにとっては悲報であった。

 

 使用した際に無力だった頃に戻る感覚は、タカヒロも覚えている。故に魔石に関する負の因子を全て取っ払ったこの場面においては使えるのではないかと、視線もおぼろげで意識を手放そうとしているレヴィスの口にポーションを流し込んだ。

 

 

「フグッ、ガハッ、カハッ!!」

 

 

 暖かさに包まれつつ、まるで命が注ぎ込まれたかのように彼女が息を吹き返したのは、そのタイミング。大きく咳き込む彼女は上体を起こして咳を続けるも、そこには怪人として存在したレヴィスの身体はどこにもない。

 血液を送り出す臓器は力強く息吹を示し、血の巡りもまた強く感じる。生きると言う言葉の定義など様々なれど、こうして生命の鼓動を感じることも値するならば、レヴィスは確かに生きている。

 

 一方で、全身に倦怠感が強く芽生える。とはいえそれは“再構成のトニック”によるものであり、彼女の身体が再構成されたために起こっている現象だ。タカヒロもまた、己に対して使用した直後は似たような感覚を覚えている。

 今の彼女は怪人レヴィスの身体能力とは程遠く、かつて精霊の力を借りてダンジョンへと挑んでいた時にも全くもって及ばない、ただの一般女性としての身体能力。ライトアーマーの鎧すらも非常に重く感じる感覚などそれこそ忘れていたものであり、表情に苦笑の色が浮かんでいた。

 

 今まで積み重ねてきた経験値は残っているはずだと、断定できないながらもタカヒロは口にする。恐らくは恩恵を貰えば反映されるはずとも付け加えているが、今回の実験のように、実際にやってみなければ分からないことだらけなのが実情だ。何しろ、前例というモノが全くない。

 

 もしかしたら、それこそレベル1からやり直しになるかもしれない。それでも、己の手を閉じたり開いたりしながら薄笑みを浮かべる彼女ならば、如何なる困難も乗り越えていくことが出来るだろう。

 

 

 これら一連の流れをヘスティアが見ていたら、泡を吹いて倒れているだろう“ぶっ壊れ”具合。壊れのベクトルこそ違えど、神が描いたシナリオすらも容易く壊してしまうケアン民、その異名を甘く見てはいけないのだ。今回ばかりは甘く見て居なくとも予測することは出来なかっただろうが、その点は蛇足である。

 また、もしも彼女の背中に神が与えた恩恵があったならば、どうなったかは分からない。ともあれ、それでも一人の女性を人間に戻せたのだから、成功か失敗かで言えば紛れもない前者なのだ。

 

 

「良かったですね、レヴィスさん!」

「ああ……。これからは罪を償いつつ、精一杯に生きると誓おう。私を見つけてくれてありがとう、少年」

 

 

 素直に喜ぶ少年に対し見せるのは、背丈が似た姉の様相。数分前とは程遠い程度の力しか出せない手でもって、レヴィスはベルの頭を撫でている。それに対する花の笑みに、思わず再び柔らかい表情と相成った。

 そして少年は、良くも悪くもヘスティア・ファミリアに来ませんかと勧誘中。行く当てもないレヴィスはタカヒロに対して感謝の念を示すとともに同意するも、青年は直感的に、とあることが思い浮かぶ。

 

――――これ、アイズ君が知ったらどう思うのだろうか。

 

 レヴィス浄化事件の共犯となる青年は、「なんとかなるだろう」とポジティブ思考。少なくとも闇派閥を追い詰める上では強力な戦力であり、色々と知っているはずであるために仲間にしない手立てはない。

 レヴィス本人も、例えレベル1に戻ろうが再び恩恵を貰って闇派閥と戦う姿勢を示している。そこには今までの罪滅ぼしもあるだろう。とりあえずベルに対して彼女の存在は秘匿するよう指示し、彼女に対しても、色々と黙秘するよう念を押していた。

 

 

「それは、君がレベル100と言うのも含まれるのだな?」

「冥途の土産と言っただろ、その時まで見せることの無いように」

「生涯極秘にしておけという事か。喋ったらどうなる?」

 

 

 先程示した全力の気配を、ほんの一瞬だけかもし出す。殺る時は躊躇なく殺る気配を隠しておらず、レヴィスは冷や汗を流しつつ全力で首を上下に振るしか答えることが出来なかった。

 せっかく第二の、文字通りの人生を歩むことができそうなのだ。この場において散らせる理由はどこにもない。

 

 

――――ぐぅ。

 

 

 それでも、人間とは腹が減る代物だ。胃がモノを求めて音を立てており、木々のせせらぎだけの音が聞こえる50階層においては、男二人の耳にも届いてしまっている。

 

 

「……許せ」

「……生理現象だ、仕方ないだろう」

「……あ、あはは」

 

 

 やや顔を赤らめ明後日の方向を向くレヴィスに対し、男側が見せるフォローは各々の性格が表れている。直後、「何か食べ物を探してきます!」と駆け出すベルは、優しさの塊だ。姿が見えなくなってしまったが、一応は安全地帯であるために問題は無いだろう。

 

 

 一方で、残った二人。普段から仏頂面かつ口数少ないタカヒロと、これまた似たようなセットを持ち合わせる人間レヴィス。

 故に、会話など微塵も生まれない。とはいえ聞きたいことがあったのか、タカヒロは静かに口を開いた。

 

 

「エニュオとは、何を示す」

 

 

 レヴィス曰く、闇派閥や彼女の前にも姿を現さない謎の存在。闇派閥とレヴィスは、そのエニュオという存在の命令に従って動いていたというのが真相だ。

 しかしエニュオそのものは姿・言葉・手紙の一切を示さず、配下らしき存在、仮面とローブを常に身に着けている者を経由する指揮系統を成していたとのことだ。

 

 内容としては、短期的・長期的を問わずに命令の類。あくまでレヴィスが知る限りながらも、資金や物資の提供はなかったらしい。

 恐らくアレかと、タカヒロは18階層で撃退した人物とリンクさせている。外観の特徴は一致しており、恐らくは間違いないだろうと結論付けていた。

 

 

 エニュオという言葉の意味はレヴィスも分かっておらず、タカヒロも知識として持ち合わせていなかった。少なくともそのような神の名は聞いたことがなく、これ以上の議論も暗礁に乗り上げるだけだろうと判断する。

 そのために、もう一つ。話題としては似たようなところがあるものの、全くの別件を訊ねていた。

 

 

「自分達が言う所の“汚れた精霊”だが、風の精霊を求める理由は何だ?」

「嘘偽りなく、知らされていない。見つからないからと眠り込んでいた程だ、たいして重大なことでもないのだろう」

 

 

 そのような言い回しをするレヴィスは、どうやら汚れた精霊と対面したことがあるようだ。どんなモノかとタカヒロが訪ねるも、“神の成り損ない”だと返されている。

 24階層で出会ったオリヴァ何某は汚れた精霊のことを神だと呼び讃えていたらしいが、レヴィス曰く、どう頑張っても違うという。あのような下劣で禍々しいものが神であってたまるものかと、やや苦虫を噛み潰したようで言葉を吐き捨てている。

 

 

「残念ながら神の本質というものは欲望に忠実だ。どいつもこいつも、そんなものだぞ」

「……そうなのか?まぁいい。そして、汚れた精霊は――――」

 

 

 全力なのかどうかは不明ながらも、求めたことに執着するのはオラリオに居る神々と同等だ。故にレヴィスが口にする「神の成り損ない」という言い回しも、あながち外れてはいないだろう。

 現に長年かけて探し回ってもアリアは見つからず、いつからか不貞寝を開始。そんな不貞寝の最中にダンジョンの中で風の精霊アリアを感じ取り、活動を再開したとのことだ。

 

 

 今の説明は、リヴェリアが口にしたアイズの過去と一致する。8年前という具体的な時間までは知らなかったレヴィスながらも、タカヒロは脳内で話をリンクさせていた。

 

 神々が下りてきた時代をレヴィスが知っているのは、つい最近において闇派閥と接触して情報を得たが為。神の力を使ってもらえば此度の問題も解決するのではないかと当時は一筋の希望を抱いたが、蓋を開けてみれば神が地上で神威(かむい)を使うことはないと知って再び闇に閉ざされている。それでも昔と変わらず、己に与えられた責務を遂行していたのだ。

 そこには、責務でこそないが、地上の破滅を目論む闇派閥との付き合いも含まれる。故に彼女は闇派閥の秘密を色々と知っており、討伐に役立つことが出来ると答えていた。

 

 

 討伐の目標を掲げているのは、最近まで忘れかけていたタカヒロ一人ではない。24階層で激闘を繰り広げたアイズ・ヴァレンシュタインもその一人であり、レヴィスが最も気にする一人と言って良いだろう。

 別人と知りながらも彼女が“アリア”と呼ぶ、黄金(こんじき)の少女。目の前の男は彼女について何か知っているのかと、レヴィスは静かに問いを投げる。

 

 

「……アイズの事を、どこまで知っている」

「名前と年齢と性別、あとベル君とジャガ丸くんが大好物」

 

 

 タカヒロ視点における、アイズの存在。彼がもっともよく知っている内容を羅列しただけであるために、レヴィスが思っていたよりも斜め上の認識であった。

 




本編で全く触れられていない部分の捏造に時間がかかっております…。


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148話 オラリオとダンジョン

たまには真面目なお話


 

 明らかになった、アイズの情報。アイズという呼び名は知っていたレヴィスだが、ヴァレンシュタインの姓も初耳である。

 もっとも、最近のアイズに少しでも関わったことがある者ならば特別と言えるような内容ではない。レヴィスは2回ほど剣を交えただけであり、アイズを「アリア」と呼んだことについて驚愕された程度しか、情報を持ち合わせていないのが現状だ。

 

 そして、煽り行為に長けると言う事象。なお24階層で対峙した際のアイズは言葉のままに捉えており、煽っているつもりなど欠片もない。レヴィスの認知を耳にしたならば、不本意だと言わんばかりに頬を膨らませることだろう。

 真面目に解説を行うならば、当時においてレヴィスが口にした「舐めるな」とは、舌を使って舐めるワケではない。どこぞの娘に従って表現するならば、無礼(ナメ)るな、の類である。

 

 

 つい先ほど判明した一つである“ジャガ丸くん”という料理の名前も初耳ながら、聞いてみれば“ふかした芋を磨り潰して油で揚げたモノ”。似たような調理法は彼女も覚えていて想像が出来ており、先の名前は商標であることが付け加えられている。

 変わぬ調理法と、一方で変わっていた名前。内容こそ数点であれど、レヴィスが知らない事ばかりであった。

 

 

 そして今になって、論点がズレていたことに気付いたようだ。

 

 

「なるほど。……いや待て、そうではない。私は、アリアとの関係を言っている」

「風の精霊、か」

 

 

 汚れた精霊が探している“風の精霊アリア”、その存在はウラノスから聞いていたタカヒロ。かつて神々が下界へとやってきた時、年数で示す所の1000年以上前に存在していた精霊だ。

 

 アリアという名前は、“ダンジョン・オラトリア”と呼ばれる有名な古事記にも記載がある。大英雄アルバートに寄り添ったとされる風の精霊であり、二つの存在はイコールと呼んでいいだろう。

 

 とはいえ、逆にレヴィスがどこまで知っているのか気になるタカヒロ。書物で知った内容を一通り話すと、逆にレヴィスへと問いを投げた。

 内容は単純であり、それらの内容が正しいかどうか。結果としてはレヴィスも一部分の内容しか知っておらず、彼女は理由についてを口にする。

 

 

「私はかつて、アリアやアルバートと共に行動していた訳ではない。黒竜との戦いにおいて、共に行動していた程度の繋がりだ」

「なるほど。しかし怪人へと至った経緯について考えれば、君は1000年以上も前の人物ということか」

 

 

 タカヒロが言うようにレヴィスとは、1000年前に存在した人物。いや、こうして今も存在しているのだが、1000年も生きることなど普通のヒューマンには不可能だ。

 その点については無論こと、怪人すなわちモンスターとなっていたことが要因である。身体能力が上がる点もさることながら、人として成っていた“器”が変わってしまうのだ。

 

 

 ――――アイズには、精霊の血が流れている。

 

 

 アイズが使う魔法エアリエルについてタカヒロが訪ねた少し前、リヴェリアから返された重大な一言。聞く者が聞けば目を見開いて驚き、アイズが持ち得るエアリエルの出力が異常なまでに強い点も理解することだろう。場合によっては、畏怖や軽蔑の感情を向けるかもしれない。

 なお聞き手のタカヒロからすれば「そうか」程度に納まる内容らしく、現にその一言しか返していない。逆に驚くことになったリヴェリアだが、タカヒロがアイズへと向ける目に変わりがない事を知って安堵している。

 

 

 比率としては大きくはないものの、魔剣を打つことが出来るヴェルフ・クロッゾという鍛冶師を知っていたことが理由の一つ。そのクロッゾの家系に纏わる簡単なことは、タカヒロも以前に直接本人から聞いていた。

 ヴェルフ・クロッゾの場合は“桁外れた出力を誇る魔剣”を打てることであり、血は薄まってこそいるものの、ヴェルフは確かにその力を継承している。曰く、これは祖先が、精霊から血を分け与えられたことがトリガーらしい。

 

 絶対にできなかったことが、できるようになる。精霊の血を分け与えられたことで発現した、確かな能力だ。

 勉強したら数学ができるようになった、などとは次元が違う話。レヴィスも汚れた精霊の影響で器が変わり、魔石を食すことで身体を強化していた。

 

 ヴァンパイアに血を吸われた者はヴァンパイアとなる話が、最も有名な一例だろう。原因としては、吸血時にヴァンパイアの血が僅かながらも流れ込むことが挙げられる。

 つまるところ特定の案件ながらも“血を分け与えられる”とは、見た目の変化はどうあれ“器そのものが変わってしまうこと”。ポジティブに捉えるならば新たな能力を得たという事になるが、根底としては存在そのものが変わってしまった事に他ならない。

 

 

 一方で、レヴィスがタカヒロへと向ける目は変わってしまっている。レベル100という事実もさることながら今に使用したアイテムの数々によって、常人という枠から一瞬でもって外れてしまったのだ。

 

 けれども。相手の男が、普通という枠から外れたからこそ。レヴィスは、タカヒロに尋ねたい別の内容があるらしい。

 

 

「タカヒロ、もう1つ聞きたいことがある」

「年上からの相談ならば、耳に胼胝(タコ)ができそうだ」

 

 

 リヴェ何某もビックリ、怪人年齢も合わせると名実ともにアラサウザンド(1000代)となるレヴィス。“年上”という表現を耳にして軽く苦笑してしまっており、同時に、もうそれだけの年月が流れたのかとダンジョンの天井を仰いだ。

 

 

「相談ではない、いくつか質問したい事がある」

 

 

 まずは1つ目。まだ地上に精霊達はいるのかと彼女が訪ねるも、タカヒロから返されたのは「そう滅多にいるものではない」という淡泊な回答。とはいえ滅多に居ない点は事実であり、耳にしたレヴィスの表情が少し曇った。

 かつて共に戦ったが故の、少しの寂しさ。知己が居たならば顔を出したかった彼女だが、今となっては儚い夢になってしまったらしい。

 

 再び天井を仰ぎ、当時の情景に思いを馳せる。今という未来に大英雄と称えられる存在にこそ成れなかったが、地上の平和の為にと尽力した仲間達の笑顔は、彼女が怪人に堕ちて唯一手放さなかった掛け替えのない情景だ。

 

 

「……私達の戦いに、意味はあったのだろうか。私達が抱いた夢は、時の移ろいと共に変わってしまっただろうか」

 

 

 彼女が最も気にしている一つ。闇派閥を経由して多少の事情はダンジョン内部や人造迷宮(クノッソス)で聞いていたが、彼女自身が地上へと出たことはない。

 

 自分達が繰り広げた戦いに、そして命を捨て去ることとなった敗北に意味はあったのか。かつて大きな戦う理由を持った者の一人として、彼女は先に逝った仲間へ捧げる言葉を探している。

 

 

「未だ世界に住まう人々は、地上へと這い出た黒竜の討伐を夢見ている。そういった意味では、時代は何も変わっていない」

 

 

 返されたのは、やはり淡泊な回答だ。天井を見上げるレヴィスの目が僅かに細まり、無情な現実を受け入れている。

 そもそもにおいて黒竜が今何をしているのか、どこに居るのかはタカヒロも分からない。かつての英雄達がオラリオから追い出した為に付近に居ない事は想定されるが、少し考えてみればヘラ・ゼウス・ファミリアがどうやって黒竜を見つけ出したのか。この点も、謎のベールに包まれている。

 

 

「一方で、ダンジョンに対する認識は変わっている。こちらについては、前に進んでいると“も”言えるだろう」

 

 

 ダンジョンに蓋をしてから1000年のうちに、ダンジョンそのものとの付き合い方は変わったと言って良いだろう。名声と共に魔石という鉱物資源のようなものを目当てとして冒険者はダンジョンに挑み、地上に住まう者達は、モンスターを倒した際に得られる魔石が持つ力でもって生活が豊かになるという恩恵を受けている。

 最初の内は、倒したモンスターの死骸に気を回す余裕は無かった。蓋をして一定の目途がついたが為に、気を向けた“変わり者”が居たのだろう。決して貶しているワケではなく、世の中を覆す天才とは、大体がそのような性格を持つ者だ。

 

 

「ダンジョンを頼りにした、利便性の高い生活、か。到底、昔では考えられないな」

 

 

 しかし。メリットが生まれるならば、デメリットもまた生まれるのが定めである。

 

 

「だからこそ、無視することは出来ない問題も付きまとう」

「なにっ?」

 

 

 魔石灯に始まり、空調管理についてもダンジョンで産出した魔石の力が使われている。タカヒロもバベルの塔で見たエレベーターも、動力源は魔石で、逆に魔石が使われていない装置の方が、オラリオでは珍しい程だ。

 魔石の有効利用が進む一方で科学技術の類は全くと言って良い程に発達しておらず、魔石の供給が途絶えたならばどうなるかは想像に容易い。だからこそ環境汚染の類がほとんど生じていないメリットもあるのだが、その点については、さておく事とする。

 

 オラリオのダンジョンが滅びたならば、これらを筆頭に、使い物にならない道具は数多の総数があるだろう。そして生き物というのは楽を目指すモノであり、生まれ出た快適さに慣れてしまうと、以前の不便さに戻ることは難しい。

 

 

 もしも、オラリオで魔石の生産が廃れたならば。世界中で、魔石を求めて戦争が発生しうることは十分にあり得る内容だ。

 

 

「隻眼の黒竜を討伐すること。その一方で、ダンジョンの“制覇”もまた、夢見る者は少なくない」

 

 

 制覇とは聞こえが良いかもしれないが、言い換えれば制圧だ。黒竜とは言え、たかだかモンスター一匹を倒すのとはワケが違う。

 タカヒロがダンジョンの最下層を目指さないのも、ダンジョンを“制覇”するという“大業”による影響で、万が一にもモンスターのリポップが止まってしまうことを警戒している。彼自身が抱いている勝手な想像とはいえ、最悪のパターンとして想定していたようだ。なお、黒竜ソロ討伐については“大業”ではないらしい。

 

 装備収集という目標の為をさて置くとしても、モンスターや神を殺し続けることでしか希望が見えなかったケアンと比べれば、オラリオが置かれている環境は全く違う。例えて言うならばオラリオはケアンの次の段階であり、希望の次、生き続けるための方向性を示し進む段階へと来ているのだ。

 そこに突如として現れた部外者が、道を進む為の道具の1つ、資源を生むダンジョンを潰したならばどうなるか。このように、己の興味で動いては巻き込む範囲が大きすぎると理解したが故の“自重”だ。

 

 

 初回に黒竜を討伐した際に素直に帰還していたのは、満足感を満たすことが出来た為という簡単な理由。それでも何度も行っている生存確認の際に“次”を求めて下の階層へと進まなかったのは、オラリオに来てから徐々に芽生えていた自重が影響している。

 なお発芽してからの成長速度は非常に遅いうえに巻き込む対象にヘスティアの()が考慮されていないのは悲報ながらも、このような思考に至ったのは、相方や娘息子の存在が非常に大きい。オラリオで1年弱の時間を過ごしたタカヒロにとって、特にこの3人が悲しむ未来が生まれることは不本意なのだ。

 

 

 何が如何なろうとも装備の事しか考えなかった昔と比べれば、なんと人間らしいことだろう。それこそ昔の自分が聞いたら驚いていただろうなと、タカヒロは内心でほくそ笑んでいた。

 

 

「もし仮に、モンスターの生成が止まったとしよう。確かに目先だけを見れば安泰に映るかもしれないが、魔石の採取が止まれば取り返しがつかなくなる。余程の技術的な革新でも起こらない限り、未来は先程口にした通りになるだろう」

「……」

 

 

 俗に言われる“世界の危機”とやらが発生する戦いの原因が、モンスターによるものか人の手によるものかという違いだけ。これが起こってしまっては、何のために危険を冒してダンジョンへと挑んだのかが分からない。

 世界を巻き込み血で血を洗う未来など、誰も得する者はいない。少なくとも“英雄”を望むものが大半となるオラリオでは、猶更の事だろう。

 

 

 自身とは全く違う目線で物事を捉えている男の目は、レヴィスを視界に捉えていない。見つめる先に何があるのかは、彼女にも分からない。

 流石の彼でも、この期に及んで何も考えていないということは無いだろう。装備ばかりを追っていたケアンにおいてはそうだったかもしれないが、今と昔の彼は明確に違うと言える。

 

 

 そんな彼の横顔を、レヴィスは静かに見つめている。彼女のような昔の人間からすれば、ダンジョンの最下層を目指す事こそ人類の夢。

 レベル100という境地に居る者。それこそ黒い竜を1分程度でソロ討伐できるともなれば、ダンジョンの最下層へと辿り着くことも容易のはずだ。傍から見れば、行わないこと自体を理解することが出来ない。

 

 

 そんな感情は、相手の説明によって数秒前に消え去った。そして、彼女が抱いていたダンジョンに対する考え方にも影響を与えている。

 

 

 男が抱く戦う理由が、明確に変わっていったように。人や考えとは、時間が経つにつれて移ろいゆくもの。

 昔はダンジョンと呼ばれる建造物に対してはデメリットしか見出すことが出来なかったが、これもまた時代と共に変わっている。蓋をして落ち着いて見ていくなかで、後世の人々は得られる資源からメリットを見出した。

 

 やがて起こり得るだろう戦争(未来)を予知した者が歴史上に居るのかどうかは不明だが、ダンジョンという問題を排除しようとする動きから“管理”という関係に変わっている。伝記においてもダンジョン制覇よりも黒竜の討伐に重点が置かれており、少なからず危惧している者は居るのだろう。

 ウラノス辺りは、恐らく感じ取っているはずだとタカヒロは考える。フェルズが口にした“結ばれた誓約と決着”。資源を求めて争うことが誓約と呼べる程の運命であり決着となるならば、間違いではないだろう。流石に今の推察は間違いであり別の意味があるだろうと考えているタカヒロだが、生憎とそちらについては興味がない。

 

 

「未来についてはどうあれ、ダンジョンとの付き合いについては、結果として生まれたことだ。手法がどうあれ成果物を出す為には、先駆者が残した道が必要となる」

 

 

 物事の決定とは、何かを成したが故に得ている知識や知恵から芽生えるものだ。故に、それを残した者が必ず居る。

 報復ウォーロードと呼ばれるビルドだって、同様だ。特に“属性を変換した際は、報復ダメージにもステータスボーナスが反映される”という飛びぬけた発想を持ち検証した者が居なければ、報復ウォーロードは単純な物理報復で溢れていたことだろう。

 

 

「ダンジョンへと挑んだ者が身をもって知り、後世に伝えた確かな情報。君達が残した道。例え歴史に名が残らずとも、数多の故人が紡いできた歴史があるからこそ、今の世代は発展の結果を見せている」

 

 

 即ち、レヴィス然り、神の恩恵を持たずしてダンジョンの封鎖に挑んだ者。彼女たちのような偉大な前人が残したものと、地上へと降りてきた神から得た恩恵を使い、ダンジョンの封印に成功したのだ。

 オラリオが今に至る経過は知らないうえに、あくまでも客観的な意見ながらも。タカヒロは自信をもって、先程のことを口にしていた。

 

 

「……そうか」

 

 

 ならば自分達の戦いにも、少なからず意味はあった。一つの答えを貰った彼女は僅かにだけ表情を緩め、締め直し、かつての仲間に心の中で報告を行い別れを告げる。

 

 

 怪人になってからオラリオに与えた危険は、少ないとは言い切れない。汚れた精霊の所為で死ぬことすら許されない現実に怯えたとはいえ、かつて仲間達と掲げた理想に反することだ。

 

 

 償いも含めた道は、果てしなく長けれど。行きつく先がどうなるか、全くもって分からないが。

 

 

 命ある限り、このオラリオを見守ろう。それが、レヴィスが己に課した責務であった。

 



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149話 アイズの謎の片鱗

 では次は、と言うワケではないが、タカヒロもまたレヴィスに対して質問があるらしい。口調やフードに隠れた様相も変わらないが、この短時間で、随分と二人の距離は縮まったと言って良いだろう。

 

 オラリオが抱えている問題について、探すのに時間はいらない。闇派閥もさることながら、ダンジョンには、未だ“汚れた精霊”という存在が残っている。

 かつてタカヒロが「エレメンタルの成り損ない」と表現した内容は、大筋では正解の結果だった。しかし地上を目指している理由となれば全くの不明であり、レヴィスに対して問いを投げるも、彼女もまた、タカヒロの考察と同様の内容を返している。

 

 

「……分からん。アレはアリアと共に居ることを望み、そして地上を目指している。しかし、何のためなのかが分からない」

 

 

 ダンジョンにて反転した精霊と意思を交わすことは、もうできない。だからこそレヴィスが一方的な触手となり操られ、アリアを探すことを強いられた。

 

 

 汚れた精霊が“アリアと共に居る”ことを望んでいるという新たな情報を知ったタカヒロは、ここで精霊という存在について思い返す。オラリオへと来てからの知識ながらも、精霊とは基本として大・中・小の精霊に分類されている事。

 小精霊とは気まぐれな存在であり自我がなく、本当に清らかな場所へ行けば目にすることもできる。大精霊ともなれば全くの逆であり、今となっては、目にしたことがある者は上級冒険者の総数よりも少ないだろう。

 

 中精霊、大精霊ともなれば滅多に居ないとはいえ、例外なく妖精(エルフ)が崇拝している対象だ。大精霊ともなれば、神聖さや珍しさなど様々な理由により、エルフが向ける信仰は凄まじく大きいものがある。

 

 

 そして大精霊という言い方を変えれば、即ち“神々の一歩手前”。そしてオラリオにいる神々とは基本として、己の欲求に対して良くも悪くも素直な存在。

 ただ空を見たいがためにエレメンタルという存在を目指しているのではないかと、タカヒロは持論を口にする。これまた否定も肯定もできないレヴィスは、一旦は考察の内容を受け入れた。

 

 

「だがアレは、アリアを連れてくることについて生死を問わなかった。これは、どのような意味を示すのだろうか」

 

 

 この点はタカヒロも想像すらできておらず、腕を組んで考察するジェスチャーを返している。レヴィスも答えは出ないようであり、同じような姿勢となっていた。

 

 そもそもにおいて、タカヒロが気になっていたところの一つ。アリアを取り込まずとも、あれ程の分身を量産できるならば、数を揃えれば都市の封印を容易く突破できるだろう。

 少なくとも移動制限のないダンジョン内部において冒険者やモンスターを虐殺したならば、突破できるだけの力は容易く身に着けることができるだろう。そう考えているタカヒロは、ギルドという存在を思い返す。

 

 

 そのような選択の実行を妨げている存在があるとすれば、ギルドの地下で行われているウラノスの“祈祷”。先程タカヒロが感じた違和感も、59階層の一件から戻った際の報告の場で、ウラノスが発した言葉に起因する。

 

 

 ――――我が愛せし“カレの命の代償”……カレとは、かつての古代において、ダンジョンで散っていった英雄たちのこと“だろう”。

 

 

 この一文を耳にした時、最後の言葉に違和感を感じていた。そもそもにおいて神々が地上へと降りてきたのは、モンスターの侵攻に苦しむ人々に対して助力する為だったのではないか。

 見る、という動詞を人間的に表現するならば、モノを視覚的に捉えること。しかし神々の基準における“見る”とは、その程度に収まらない。

 

 数多の世界とまではいかないかもしれないが、少なくとも、地上で起こっていた事態は目にしていたはずだ。神とは本来、おおよそ人の水準で計り知ることのできない存在なのである。

 

 

 言葉のあや、と言うわけではないが、表現の問題だった可能性もあるだろう。故にそこまで気に留めていなかったタカヒロだが、此度の一件で疑問へと変わった。

 ならばウラノスが“精霊が食べられた”と表現した点についても引っ掛かりが生まれるが、現時点では情報が何もない。よく知るレヴィスが「神の成り損ない」だというのだから、経過は不明とはいえ、結果として存在しているモノはそのような内容なのだと腑に落ちていた。

 

 これも言葉選びと言ってしまえばそれまでだが、カレを彼と表現するならば男性の一人称。故に汚れた精霊は、とある一人の男に執着のようなものを持っていたのではないかと想定した。

 原因や経過は不明なれど、いくつもの精霊が集合体となってなお、そのような感情を抱く存在。その者が有名か無名かは分からないが、歴史に名を馳せた人物ならば、タカヒロは一人の男の名前を知っている。

 

 

「……レヴィス。アルバートという男は、アリア以外の精霊からも好かれていたのか?」

「よく知っているな、伝記とやらにも書かれているのか?」

 

 

 アリアと共に、伝記“ダンジョン・オラトリア”に書かれ、他の数ある御伽話においても登場する大英雄。史上最強の剣士としても知られており、未だ最強との呼び名が高い。

 英雄にパートナーの存在は付き物であり、例え相方が複数居たとしても珍しい存在ではない。第三者が書いた記録においては、大なり小なり湾曲していることもあるだろう。

 

 答え合わせとしては、アルバートはアリア一筋のために、俗にいうハーレムでこそないものの。伝記に書かれる大英雄は、精霊から非常に好かれていた存在だったらしい。

 レヴィスも同じパーティーではないために風の噂程度に知っていたのだが、今となってはアイズがアリアの子供だと言っている点も知っている。タカヒロもそのように考えているのではないかと推察したレヴィスは、とある事実を口にした。

 

 

「知っているとは思うが、精霊と人では子を成せない。だからこそ、あのアリアに子供がいるワケがない」

 

 

 例を挙げれば、エルフとヒューマンとの間に子が出来れば、基本としてはハーフエルフが誕生する。しかし例えの一つとしてキャットピープルとエルフとなれば、その間に子が生まれることはない。

 極端なことを言えば、人が馬と交わっても子を成す結末は全く無しだ。このように器そのものの相性が悪ければ、物理的には繁殖が可能な生命だろうとも生まれない命も確かにある。

 

 では、地上に暮らす者を超える存在となればどうだろうか。例えばオラリオで普通に暮らしている神が人と交わっても、子が生まれることはない。

 神と子では、器が違う。つまるところ器そのものの相性が壊滅的であり、器という言葉を“それっぽく”表現するならば“魂”と言えるだろう。

 

 

 神や精霊の魂を人と比べたならば、双方の格差が大きすぎる。故に精霊と人との間に、子供が生まれることはない。

 神と精霊ならば人よりは近いために可能かもしれないが、先の例えで精霊が神に置き換わるならば可能性の低さはゼロそのものだ。どこかで何らかの“事例”があったかは闇の中ながらも、だからこそ、そのような内容が“知識”として残っている。

 

 

 ――――というのが、オラリオにおける“通説”。タカヒロからすれば「試した奴がどれだけいるのだ?」と言いたげなのだが、これには裏付けに基づく理由がある。

 なんせ彼は、ケアンの地において神とヒューマンのハーフやクオーターを見てきたのだ。絶対数だけならば片手で事足りる程度ながらも、目にした事実は変わらない。

 

 もし仮に“できない”とするならば何故、神話の中にも“神が人の子を孕ませた”という描写が存在しているのか。アイズが精霊の子と仮定した時、タカヒロは、その点が引っかかっていた。

 

 否定ばかりしていても始まらないので、精霊と人の間には子供が出来ない点について真実だと仮定する。一方で、物語には書き手が居ることを思い浮かべていた。

 場合によっては神かもしれないし、精霊かもしれないし、人かもしれない。それこそ書き手とは、この3点に納まらない存在の可能性であることも十分だ。

 

 書き手の立ち位置がどうあれ「人」と表現する器、それは見た目的な話だろう。故に単純な考えとして、一つの道が残されている。

 

 

「精霊が人間と神の中間に位置するならば、精霊が人に堕ちたとは考えられないだろうか」

「……どういう事だ?」

「これも仮定の話だが、何らかの理由で……人間が、精霊アリアへと血を分け与えた」

 

 

 人間が精霊の血を得ることで精霊へと近づくならば、その逆が起こっても不思議ではない。根拠なんて何もないタカヒロだが、純粋に逆の発想をしてみた結果である。

 ならば、人間アルバートと器が変わった精霊アリアとの間に子が生まれる可能性とて十分に存在する。仮の話と分かっていながらも筋が通る話を耳にして、レヴィスは問わずにはいられない。

 

 

「……ではお前は、アイズ・ヴァレンシュタインをどのように捉えている」

 

 

 精霊の血が混ざっていながらも見た目は人間――――今回の場合はヒューマンという種族と何ら変わりない容姿を持つ、ヴェルフとアイズ。そのことを脳裏に浮かべたタカヒロは、自然と眉間に力を入れた。

 つられてレヴィスは緊張が芽生えてゴクリとつばを飲み込み、出される答えがどうなるかと勘ぐるも僅かに想像もできはしない。そして、今までの情報からタカヒロが導き出した結論は――――

 

 

 

 

 

 

 

「全く分からん」

「んなっ!」

 

 

 思わずレヴィスもズッコケる反応を見せる程に、相変わらず淡泊であった。普段と変わらぬ仏頂面が、輪をかけてシリアスさを打ち砕いている。

 

 そんな結論となった最も大きな理由としては、仮にアイズがアリアとアルバートとの間にできた子供だったとしても、時系列に矛盾が生じる為。約1000年という時間の空白を、どう頑張っても常識の範囲内で埋めることが出来ないのだ。

 僅か7歳という年齢でロキ・ファミリアへと加入したことも謎――――と考え、美少女に目がないロキ(一般基準のロリコン)ならば可能性はゼロではないとも考えている。故に残る謎は先の時間という空白だけながらも、此度のレヴィスのような経過ではないだろう。

 

 

 恐らくはアイズ本人に聞けば、真実を教えてくれることだろう。しかしそこに大きな闇があった場合、掘り起こしてしまうことに他ならない。

 せっかくベルとの間に良好な関係を築けているのだから、ベルの為にも、あまり触らない方がいいだろうとタカヒロは考えていた。これは、アイズを育ててきたリヴェリアに聞いた場合も当てはまると考えている。

 

 

 事実は明るみに出るべきである、という言葉があるように。知らないままの方が良いことも、確かにあるのだ。

 

 

 それはさておき、何より望むモノのためならば、相手が人間だろうと神だろうと関係なく挑むように。その男にとって、種族というのは単なる“見た目の区別”に留まっている。

 故にタカヒロにとって、アイズはアイズ。リヴェリアはリヴェリア以上でも以下でもない。共に居る者が人間だろうと神だろうと、彼にとっては関係のない事だ。

 

 

 此度のウラノスへの協力とて、言葉を言い換えれば、“ウラノスという神にとって都合のいい事象”を成す事について助力しているだけの話。ケアンの地でも散々にわたって繰り返されてきた、神々の争いの一環と捉えても過言は無いだろう。

 タカヒロが助力を惜しまないのが、その結果がリヴェリアやベル、アイズ達が住まうオラリオの平和に直結する為だ。そしてヘファイストスまで消えてしまったら、装備の更新もままならない。

 

 そのように考えると、やっていることはケアンの地と変わらないのだなと意識してしまい溜息を漏らしている。どの道この答えに辿り着くようで、ある意味では一種の呪縛と表現しても過言ではない程だ。

 

 

 

 もっとも、ケアンの地を駆け抜けたウォーロードが選択する方法は唯一つ。

 

 どの道になろうとも真正面から立ち向かい、粉砕する。今も昔も、他の選択肢など存在しない。

 

 

 

 そんな変わらない方針と、似たようなベクトルと言えるだろう。タカヒロが口にした“アイズはアイズ”という考えに対して少し腑に落ちるところがあったレヴィスとて、やはり抱く考えは変わらないらしい。

 

 

「――――それでも私は、アリアに子が居るとは思えない」

「何故、そう思う」

「何故だ、だと?」

 

 

 眉間に力を入れ、レヴィスは顔をタカヒロへと向けている。まるで一触即発な状況であり、空気は非常に重苦しく――――

 

 

「奴の男に対する不慣れ具合を甘く見るな!アルバートが優しく声を掛けただけで、真っ赤に茹っていた程の奴なのだぞ!?」

「そう来るか」

 

 

 どこかのlol-elf程ではないが、似たような何かと表現して過言は無いだろう。故にタカヒロとしては、精霊アリアが見せていたポンコツ具合が手に取るように分かってしまう。

 とはいえ時が経てば、いつかは慣れも生まれるだろう。結果としてアイズ・ヴァレンシュタインが生まれたとしても、それは何ら不思議なことではない。

 

 

 そんなこんなで話し込んでいるうちに、いくらか食料を見つけたのかベルが駆け足で戻ってきた。しかし表情は思わしくなく、どうやら重大な問題を抱えているらしい。

 

 

「師匠、いくつか食べられそうなものを持ってきたのですが……正直、食べたことがないので、分からないです」

「彼女に食べさせてみろ、それで分かる」

「なるほど!」

「おい待て」

 

 

 ナチュラルに人体実験をさせられそうになるレヴィス。食あたりをしてもポーションで治せるとはいえ、事が起これば色々と問題だ。

 そもそもにおいてリフトを使えば街へと戻ることが出来ると気付いたベルは、そろそろ帰りましょうと提案する。闇派閥に見られては宜しくない為にタカヒロはローブを取り出し、レヴィスに羽織らせた。

 

 そして3人は、リフトにてオラリオの西区へと帰ってくる。前代未聞の能力に驚くレヴィスだが「レベル100ならこんなものか」と謎の納得を見せており、特にツッコミを入れることもしていない。もし仮に装備キチの他にレベル100が居たとしても、風評被害が甚だしい。

 ともあれ空腹、可愛らしく表現するならば“お腹ペコペコ”な彼女のために近くの屋台へと寄り、三人揃って軽く腹ごしらえ。久々の食事が美味しいのかよく分からないレヴィスだったが、ともかく、ヘスティアが待つホームへと足を向けた。

 

 一応ながら“1-2日ほど留守にする”旨のメモを残していた為に、ヘスティアも心配はしていない。可愛い可愛い第二眷属が一緒に居る為に、逆に二人が帰ってきてからの自分の()を案じているのは危険察知能力の賜物だ。

 黒竜がいる階層まで降りていたことと多数の戦闘やレヴィスの一件が加わったこともあって、予定は大きく間延びしている。朝食後の出発だったが、帰還は翌日の昼になった恰好だ。

 

 

「神様、ただいま戻りました!」

「おっかえりベルくーん!」

 

 

 年相応の笑顔と、元気な女神。いつも通りに交わされる、帰宅の挨拶。

 ヘスティア・ファミリアでは、まさに日常と言える光景だ。しかし本日は、これだけでは終わらない。

 

 

「神様。実は一人、新しい眷属を推薦したいと思うのですが!」

「ん?本当かい?」

「はい。レヴィスという名前の、女性です!」

 

 

 ベルの後ろへと視線を向けたヘスティアは、レヴィスが持ち得るプロポーションに優れた姿を目にして片頬を膨らませる。しかしながらレヴィスと共にやってきた問題は、そんな単純明快な代物ではないのが現状だ。

 

 

 一方で。特大戦力を引っこ抜かれた緊急事態を闇派閥が知る由もなく、突如として姿を消したレヴィスを探す為に可動戦力のリソースを大きく割かれる事になるのだが、これはまた別の話である。

 




ヘスティア・ファミリアに爆弾が持ち込まれたようです。二次創作にしたかって、ぶっ飛んだシナリオですね。

原作にある「アリアに子がいるはずがない」との言い回しは、“人間と精霊で子がなせない”ではなく別の要因が絡んでいると思います。
アニメや漫画版が“正”とは言いませんが、アイズの容姿が母親と似すぎている点も気になりますね。
エレメンタルの考察で出てきた“風の精霊=緑”という内容の表現がアニメ版においても希薄ですが、“極彩色”の表現も疑問符が付く内容だったので、色については不明です。
(そもそもにおいて神話における“精霊”という存在は自然発生するものですし……)

あとレヴィス自体、異端児の人間寄りバージョンなのでしょうか。原作ではソードオラトリアの主人公(であるはずの)アイズと大いに絡んだ割りに退場がアッサリしすぎたので、また戻ってきそうですね。

原作においては本当に情報が何もないので、本作ではこのような形といたしました。闇派閥は、もっと絶望を抱いて貰います(愉悦)


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150話 類は友を呼ぶ

 

 “2000”。十進法で表現される、とある数値だ。

 

 勿論これだけ見れば、只の数字に他ならない。そして見る者によって、脳裏に浮かぶ光景も様々なものとなるだろう。

 今回の数値については、オラリオに住まう人々の総人口でもない。厳しい仕事現場において1時間の労働に対して支払われる給与でもない。いつの間にか消え去った紙幣でもない。

 

 20時丁度、と言ったような時間でもなければ、西暦で表記される年の事でもない。年ついでに言えば、神ヘスティアが知る、誰かの年齢というワケでもない。

 かと言って、神ヘスティアにとって全く関係のない数値ではない。では、一体何を指し示す数値だろうか。

 

 

 

 “男子、三日会わざれば刮目(かつもく)して見よ”、という言葉がある。

 

 言葉を要約するならば、親しみを込めた口調にて無学だと笑われていた者に対し、“出来る”者が成長のヒントを与えたならば、いつの間にか見違える程の学を身に着けていた事例を示したもの。その笑っていた者に対し、出来る者が「別れて三日も経てば、人は成長するものだ」と教えを説いたのである。

 文字そのものを捉えるならば「男子は三日で大きく成長する」となってしまう、この言葉。子供の成長は早い為に間違ってはおらず、そして言葉が登場する物語においては、大切と言える3つの特徴が存在する。

 

 

 1つは、学のない者に、変わる為の切っ掛けがあったこと。

 1つは、学のない者が、変わる為に努力を続けていたこと。

 1つは、学のない者が、掛けられた言葉を素直に受け入れたということ。

 

 

 偶然か、はたまた必然か。ヘスティア・ファミリアにおいて、これらに該当する人物が存在する。

 

 

 

 

 

「器用さ、2000……」

 

 

 ベル・クラネルが、オラリオにて経験してきたことではないか。ということで、偉大な人物が残した格言に習うように、大きく成長しちゃったワケである。

 

 濁ったイントネーションでポツリと溢された一言。己の眷属第一号であるベル・クラネルの背中に跨ってステイタスを更新していたヘスティアは、女神が見せてはイケナイ表情を晒していた。

 具体的に言えば、眉間に力が入っており片方の頬が吊り上がってドン引き中。ともあれルーチンワークである羊皮紙に書き写し、背中から降りると、ベル・クラネルに手渡した。

 

 

「やっと2000ですかー。ふふ。どこまで伸びるんでしょうね、神様!」

「……」

 

 

 そして、この花の笑顔を振り撒くベル・クラネル渾身の一言である。元気の塊と言える程の女神ですら、かける言葉が見つからない。

 

 

 かつてランクアップしてレベル2となった際に見せていた喜びは欠片もなく、代わりに大きな溜息が炉の女神に影を落としている。今日も今日とてランクアップを保留しているベル・クラネルは、ヘスティア曰く、「まーた馬鹿みたいにステイタスが上がってる」という“ぶっ壊れ”具合を見せていた。

 かつて、のついでで言えば、ヘスティアも最初は喜んでステイタス更新を行っていた。己の眷属第一号、見た目を抜きにしたとしても、可愛さは一入(ひとしお)だろう。2階層でコボルト一匹を倒して喜び、僅かながらもステイタスが上がったことに喜んでいたことは1年ほど前であるために記憶に新しい。

 

 がしかし、何時の時からか上昇具合に疑問を覚え、ステイタスが1000を突破して顎が外れ。前例もなければ誰に相談できるワケもなく、どうしたものかと悩みに悩んで幾星霜。神々にとっては昨日レベルとなる1年未満だった事を再認識。

 考えはいつしか、“どうしたものか”から“どう隠したものか”へと変貌する。漢字を使わなければイントネーションは似ている為に、さして問題は無いのだろう。

 

 レベルで表記されるランクにおいても、「僕は至って普通ですよ!」と言わんばかりにポンポンと上昇中。お陰様で今やレベル1から2、2から3、3から4、予定ながらも4から5までの最速ランクアップ記録を並べたら、全て“ベル・クラネル”の名前で埋まってしまう。

 これらについては今後も含めて、恐らくは二度と破られる事は無いだろう。非常識が日常へと侵食している光景は、ヘスティア・ファミリアの日常だ。

 

 

 そんな感じで非日常が日常となってしまったトリガーが何かとなれば、ベル・クラネルが一人の青年を拾ってきた時だろう。当時の情景を思い起こすヘスティアは、自然と溜息が漏れていた。こっちについては最初からレベル100の為、最速ランクアップ選手権から除外されている点は唯一の救いだろう。

 今回においては既に2000まで上がっているベルのステイタスについても、上には上が居る現実。つまるところ更なる大きな爆弾というワケであり、その青年(爆弾)に至っては耐久のステイタスが6000を超えている状況だ。

 

 なお何処まで伸びるのかとワクワクしているベル曰く、「どこまで上がるのかと楽しくなってきた」と言う頭のネジの外れ方。僅か1%だろうとも戦闘能力の向上を狙うハクスラ民の教えが、しっかりと浸透している状況だ。

 一方で器用さ以外も1500程にまで上がっている点については、鍛錬の厳しさが伺える。確かに色々と常識の範囲内に収まってこそいないが、楽をして身に着けたワケではない事は確かだろう。

 

 

 あの師にして、この弟子あり、か。そのようなことを考えるヘスティアは物言いたげな目線を隠すこともできず、受け止めるベルは自身の後頭部を右手で抱え、「あははー」と笑って誤魔化している真っ最中。名実ともにコレっぽちも悪気はない、とても彼らしい反応だ。

 約一名の所為で常識が崩れている点は事実だとしても、問題の要素はそれだけではない。“普通”ならば1000までしか上がらないステイタスがここまで上がっているのは、間違いなくベル・クラネル自身。もうちょっと言うならば、持ち得るスキルが原因だ。

 

 その事実を思い返すと、1000を2倍したら2000になることに気付く。そして自然と、今のベル・クラネルは、単純計算とはいえ1レベル分の2倍のステイタスとなっている状況にも気付いてしまった。

 こんな状態でランクアップしたならばレベル6へと“飛び級”するのではないかと、ヘスティアは自身の背中に冷や汗を垂れ流す。ただでさえ実質的に2から4へと飛び級している状況なだけに、今度こそ言い訳を行う事は出来ないだろう。

 

 

 ともあれ。彼女にとっては己の心配よりも、ベル・クラネルの心配が優先らしい。

 

 

「何回も言ってるけど、無茶はダメだぜベル君。これだけステイタスが上がってるんだ、鍛錬の疲れも溜まっているだろ?」

「はい、そうですね。でも、師匠が一緒ですから安心できますし、この後はシッカリと休むつもりです」

 

 

 結果として現実を受け入れているヘスティアは、どこか単純なところはあるが阿呆の類ではない。ベルがタカヒロと行動を共にしていたことは知っている為、また無茶な鍛錬をやったのではないかと想像している。

 そしてそれ以上に、ベルが疲労を抱えていないかと心の底から心配を見せているのだ。この辺りは彼女らしい思考であり、彼女が善神と言われる大きな理由の一つだろう。

 

 

「メモには、タカヒロ君と一緒って書いてあったね。今度は、どこで何をやっていたんだい?」

「ダンジョンの“ちょっと深いところ”で、鍛錬をしていました」

 

 

 今のタカヒロやベルにとって、90階層は確かに“ちょっと”深い場所なことだろう。だからこそ神様特有の嘘発見器も反応を示すことなく、今の発言はスルーされる事となる。

 

 がしかし悲しいかな、50階層までワープできる“リフト”の存在を知らない神ヘスティア。日付的に約1.5日という時間の範囲内では、頑張って30階層ぐらいまでは行けることを知っている。

 タカヒロという自称一般人が居るために、そんな常識からちょっとプラス。脳内において「きっとタカヒロ君なら1日で50階層ぐらいまで行けちゃうんだろうな」と、なんとも微笑ましい思考を抱いていた。1日どころか一瞬という現実である。

 

 彼女がこのような考えを抱くことについては理由があり、階層が進むにつれて入り組み広大となるダンジョンの移動には時間がかかるものなのだ。これについては、どれだけレベルが高くとも逃れられない宿命と言ったところだろう。

 己の眷属第一号と第二号については、文字通り常識が通じない。だからこそ予測されるダイレクトアタックに備えるために考えを“盛って”おり、50階層と結論付けている状況だ。

 

 

 悲しさついでに、もう少し。かつてロキ・ファミリアの窮地を救った喜劇について泣きながら感謝をされたことがあるヘスティアながらも、“何階層”での出来事かについては聞いていない。

 加えてウラノスと協力関係にありながらも、いつの間にか“ぶっ壊れ対策会議”になっている事情もあって、汚れた精霊については“極彩色の魔石”以降は情報がない。闇派閥についての情報は適宜アップデートされているが、こちらについてはダンジョンの階層が関係ないのが実情だ。

 

 一方で、とんでもなく深いところに潜っていたことは「怒られちゃう」ということでお口チャックなベル・クラネル。このチャックが生まれた点については、「冒険者は冒険をしてはならない」と口うるさく身を案じてくれていたアドバイザーも影響しているのは言うまでもないだろう。

 どこぞのレベル100発言の所為もあって、“言わなければ分からない”という“きたない技”を知ったベル・クラネル。師であるタカヒロに色々と教わる一方で、道徳的にはあんまり宜しくない点も学んでしまっているが、それもまた“成長”だ。

 

 

「さ、次はレヴィス君だ。いくらベル君の紹介だからって、ちゃんと面談はやらせてもらうぜ?」

「もちろんです、神様!師匠も、同じことを仰っていました」

「分かったよ。じゃぁ早速済ませようか、タカヒロ君を呼んできてくれるかい?」

「分かりました!」

 

 

 例え特例だろうとも、三名で作ったヘスティア・ファミリアのルールの一つを的確に実行する。上が決まりを守ることで、ファミリアの者達に道理と秩序を示すのだ。

 

 

 部屋を飛び出して足早に廊下を駆ける背中は、まだまだ小ささを隠せない。それでも大きく成らんと必死に羽ばたく姿は、神々からしても愛くるしいと言うものだ。しかし鼻血での応答はNGである。

 

 

 そんなこんなで数分後、無事にレヴィスの面談と相成った。応対するのはベルとヘスティアとタカヒロであり、初回入団メンバーと同じ条件で公平さを示している。

 

 

 しかし問答については出端から問題が発生しており、今まではどこのファミリアだったのかとなれば、「所属していなかった」という、まさかの回答。“冒険者ではないのに強い”という状況は、オラリオにおいては、あまり類を見ないと言えるだろう。

 度合までは分からないが、何かしら“訳あり”なのだということはヘスティアも直感にて感じ取っている。そしてここで、タカヒロがベルとレヴィスの援護に回った。

 

 

「自分と出会った当初、ヘスティアも言っていたではないか。秘密の一つや二つ、誰にだってあるものだろう?」

「……」

 

 

 ――――キミの場合は1つどころか多数、かつ全てが絶対に公にできない程なんだけど。

 

 彼に恩恵を刻む為、そんなことを口にしていた過去を思い出すヘスティア。身から出た錆、ではないが、かつて口にした言葉を撤回したく後悔の真っ最中。

 ともあれ、恩恵無しでダンジョンの10階層へと潜っていたタカヒロを案じたが故の発言だったことも、また事実だ。先程も思い返したヘスティア・ファミリアのスタートは、永い神の寿命のなかでも忘れることはないだろう。

 

 

 悲しいかな。“ぶっ壊れ”へと意識が向いたというのに、その男が持ち得る凶悪な秘密に意識が奪われ、ヘスティアは思い起こすことができなかった。

 神々の基準で言う所の“ついこの間”に体験した、どこか親近感のあるシチュエーションだなと。“冒険者ではないのに強い”男に恩恵を刻んだならば、如何なったかを。

 

 

 過去についての質問を除けば、レヴィスの回答は筋が通るものだった。タカヒロと似て終始落ち着いた様相で行う受け答えは、初々しさを感じさせない。

 幾たびの戦場を乗り越えた、歴戦の戦士。この言葉がピッタリと合致する者が嘘偽りなく“オラリオの為に戦う”というのだから、ヘスティアのなかでも印象は良くなる一方だ。

 

 

「分かったよ。合格だぜ、レヴィス君。これからヘスティア・ファミリアの皆の為に、オラリオの為に、頑張ってくれよ」

「ああ、誓うと約束しよう」

 

 

 ということで、無事に合格。ベルやタカヒロとも握手をしており、家具の類こそ揃っていないものの、本日付けでヘスティア・ファミリアにて活動を開始することになる。

 

 

 となれば、いよいよ恩恵を刻む時である。男二人が部屋から出た後、椅子に座ってヘスティアに対して背中を晒すレヴィスは、背中に暖かな感覚を感じていた。

 炉の女神を象徴する、神の力。恩恵と共に刻まれる炉の文様は、力強さと暖かさを示す象徴だ。

 

 

 

 

 がしかし。レヴィスという女性に対する神の恩恵を与える行為は、そう単純に終わらない事も事実である。

 レヴィスに恩恵を刻んだヘスティアは、背中に浮き出たステイタスを目にした次の瞬間。音よりも速い速度で状況を瞬時に察知し、背後のドアに向かって盛大に叫ぶのであった。

 

 

「どう言う事かなタカヒロくうううううううん!?」

 

 

 つい先程目にしたステイタス2000の衝撃すらも、一瞬で吹き飛んでしまう程の非常事態。予想外、もしくは規格外。どちらかの3文字がピッタリと該当することだろう。

 いや、両方と表現した方が的確か。証明するかのように女神の額に浮かぶ玉の汗、キュウッと締め付けられる臓器の感覚。見開く目がヤベー状況を視覚的に表現しており、今の一言で息が上がりかけている。

 

 

 喜びなさい、炉の女神。“暇だから”と地に降りてきたその身を満たすかの如く、また新たな悩み(愉しみ)が降りかかるのだ。

 



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151話 即戦力ってレベルじゃ

 

「どう言う事かなタカヒロくうううううううん!?」

 

 

 壊れるのではないかと心配してしまうほどに強く開かれる、一室の扉。かつて誇り高き某ハイエルフがぶっ放した魔法によって玄関ドアを破壊された実績があるタカヒロは、割と真面目にそのあたりを心配している。

 

 なお部屋の中では上半身を晒しているレヴィスが居るのだが、男二人はドアから離れた場所へと移動済み。どれ程の反応を示すかは不明ながらも、普通の結果にならずにヘスティアが飛び出してくることは察知していたが為の行動だ。

 そんな彼の前で荒ぶる黒髪ロングツインテール。ややガニ股なスタイルで出て来たヘスティアの様相は般若であり、炉の女神と表現するには程遠い。もっとも原因の予測がついているタカヒロは、正論ながらも矛先を受け流してしまうのであった。

 

 

「何故自分だ。リリルカ君の時然り、最初に手を出したのはベル君だぞ」

「もちろんベル君もだああああ!!」

「はいいいい!?」

 

 

 事の発端は、ヘスティア曰く“新しい眷属レヴィス君”に対して恩恵を刻んだこと。冷静を通り越して冷酷ながらも落ち着いた表情と少し素っ気ない態度は既に一部の男団員の間で話題になっており、スタイルの良さもあってさっそく人気が生まれているらしい。

 ベル・クラネル直々の推薦とのことで面談にこぎ着けた点については、さほど問題ではないだろう。かつて戦いに従事していたことを口にしており、このファミリアに従事して再出発するとレヴィスも意気込みを返していた。

 

 問題はそこではなく、例によってレベルを含めた“ステイタス”周り。漢字二文字で現わせば“化物”と呼んで差支えのない古代の人間が、神の恩恵を授かったのだ。

 更には怪人になってからも、ダンジョンの深層。それこそ60階層以下においても死線を彷徨ってきたレヴィスは、相当の経験を積んでいたのである。

 

 トドメとして、そこの装備キチが使った“再構成のトニック”。これによって人の身体に戻りつつも経験値は残されており、こうして“ステイタス”へと反映されてしまったワケだ。

 恩恵を刻んだ際に明らかになったレベルを目にしたヘスティアは、一瞬で頭と胃が盛大に痛くなり。この女性が普通の経緯で二人と知り合ったワケがないと、コトの真実を瞬時に読み取っていたのだ。

 

 

レヴィス:Lv.10

・アビリティ

 力 :C:658

 耐久:C:612

 器用:H:153

 敏捷:D:539

 魔力:I:0

 破砕:C

 魔防:D

 耐異常:C

 

・魔法

 【 】

 

・スキル

 【 】

 

 

「器用さを、鍛えた方が良いな」

「そうですね」

「くっ……。分かってはいたが、不覚だ……」

「呑気に考察してないで(ひと)の話を聞けええええ!!」

 

 

 2桁となるレベル10であることなど、二人にとってはどうでもいい事らしい。そして、例え同じファミリアの者でもステイタスは絶対に他人に開示しないのが定石だ。

 しかしレヴィスに冒険者に関する常識などある筈もなく、彼女はタカヒロに羊皮紙を見せ、二人で意見を交わし合っている。ベルも横から覗いており、レベル10である彼女をキラキラした瞳で見つめていた。

 

 とはいえ、ベルが焦がれる程の実力がステイタスに反映されている為に無理もない。3つしかないながらも、発展アビリティのうち破砕Cランクという超がつく程の前衛アタッカーである点は明白だ。

 同じくCランクの耐異常と魔防も持ち合わせている為に、耐久型としても機能する。600台となっている耐久のステイタスとも、相性が良いだろう。そこのレベル100が頭オカシイだけで、通常ならば、このレヴィスのステイタスですら“ぶっ壊れ”だ。

 

 

 極彩色の魔石かドリーグの魔石かポーションの副作用、もしくはその他要因による影響なのかは不明なものの、スキルの項目は空白そのもの。スキルというモノが神の恩恵を得ている影響下においてのみ発現するならば、空白も納得できるかもしれない。もっともスキルと言うのはレベルアップ以外でも発現するために、彼女の頑張り次第でどうにでもなるだろう。

 ということで、ポジションは文句の無い最前衛かつタンク職。もっとも他のヘスティア・ファミリアのメンバーとはレベルの差が著しいために、単純に他の前衛と混じって行動というわけにはいかないだろう。

 

 例によってヘスティア・ファミリアの眷属第二号と同じく、冒険者登録はせずに一般人枠で隠し通すことが決定された。冒険者登録を行わない点はレヴィスも了承しており、タカヒロと同じく気にする様相を見せていない。

 

 色々と特出しすぎている、レベル順でソートした時の上から約3名。新生ヘスティア・ファミリアがさっそく抱えている爆弾そのものであり、どれか1つでも爆発したならばヘスティアの胃が吹っ飛ぶ程の代物だ。

 更には一番上は、日刊で神殺しをやったことのある核弾頭。その爆弾が爆発するのも、もしかしたら時間の問題なのかもしれない。

 

====

 

 一方此方は、そんな隠し事をする対象の地下エリア。相も変わらず闇を朱色に照らす松明が、状況を笑うかのように揺れている。

 

 

「は?え?」

「なんと……」

 

 

 爆弾を抱える事になる対象は、もちろん裏ギルドならぬウラノスやフェルズも同様である。レヴィスが魔石を埋め込まれた怪人であることは24階層の映像やその後の情報でも知っていたために、今こうして目の前に居ることが不思議で仕方がない。

 更には、そこの“ぶっ壊れ”が口にすることを鵜呑みにするならば、怪人ではなく人に戻ってヘスティア・ファミリアに所属中。それでいてレベル10だという事実は、微細な程度の驚きを追加している。

 

 「どうすんのコレ」と言いたげな目線をウラノスに向けるフェルズだが、ウラノスもウラノスで「何とかしろ」と言いたげに責任を擦り付け合っている最中だ。そんな二人を見て、簡易なローブのフードだけを脱いだレヴィスは呆れかえっている。

 ともかく、レヴィスは闇派閥ともソコソコの繋がりのあった人物である。故に闇派閥に対しては、俗に言う“パンツの中”まで知っており、様々な情報を持っているのだ。

 

 

 レヴィスの口から出された情報は、多すぎることもあって纏めるのに一苦労を要したほどだ。しかしながら、重要な情報がギッチリと詰まっている点は言うまでもないだろう。

 

 ・オラリオの地下に、“人工迷宮(クノッソス)”と呼ばれる人工のダンジョンが数千年前から作られている。

 ・ダンジョン側の入り口は18階層、及び他にいくつか。外に繋がる通路は多数があり、18階層以外を使用したことのないレヴィスは場所を把握していない。

 ・オラリオの出口は“ダイダロス通り”にあり、各階層にあるオリハルコンの扉を開けるためには“D”の文字が書かれた球体の鍵が要る。

 ・人工迷宮(クノッソス)は、バベルの塔の下にあるダンジョン18階層にまで伸びており、モンスターが配備されていたり各所に様々な仕掛けがある。発動したところを見ていないので詳細は不明。

 ・ダンジョンを作る資金源は神が提供している。姿や名前は不明だが、常にアマゾネスらしき眷属を率いている神。

 ・闇派閥もこれを拠点としており、そこかしこに人員が配置されている。

 ・闇派閥の主神は“タナトス”であり、信者から信仰を集めている。

 ・6体の精霊の分身を準備中。魔法を用いてオラリオを地下から消し飛ばす算段。

 

 

「なんと、いうことだ……」

「これ程までか……」

 

 

 神々ですら予測できなかったイレギュラー、その全容と言える数々の事実。よもやオラリオを町ごと吹っ飛ばそうとしているなどとは、今この時まで誰一人として微塵にも思わなかったことだ。

 扉がオリハルコンとなれば、オッタル等を派遣して破壊することも不可能である。故に突破するには鍵を手に入れなければならないが、一般人に紛れ込んだ闇派閥を探し出すだけでも不可能に近いというのに、鍵を持っている者を探し出すなど輪をかけて不可能と言えるだろう。

 

 イレギュラーを前に唸る、ウラノスとフェルズ。これらの案件は今夜ロキに伝えられることとなり、その時はロキが「どこから情報を仕入れたのか」と突っかかるも、ウラノスは何も答えない光景が繰り広げられることとなる。

 

 

 ところで、そうなった理由の1つとして。

 

 

「鍵とはコレのことか?」

 

 

 インベントリから呑気に取り出された“D”マーク付きの球体が乗っているタカヒロの手を見て、レヴィスは「なんで持っているのだ」と呟き呆れていた。やはりあの時18階層で拾ったマジックアイテムは、人工迷宮(クノッソス)の扉を開く鍵らしい。

 ともあれ、これにて鍵は確保できたということだ。レヴィスによると使い捨ての鍵ではないために、これ1つあれば人工迷宮(クノッソス)にある全ての扉を開くことができるという。

 

 場所、方法、戦力のうち、前2つのパズルは完成したと表現しても問題はないだろう。突撃となればオラリオにおける全ファミリアを使う程の意思の強さを見せるウラノスは、妙案がないかと悩むこととなる。

 なにせ相手は、7年前にオラリオを壊滅一歩手前に追い込んだ“闇派閥”。前回と同じく何かしらの“ジョーカー的な存在”が相手に居ないかと自然と強い警戒を抱いてしまっているために、慎重に慎重を期しているのだ。

 

 

 なお、すぐそこにジョーカーすらも片手間に壊していく“ぶっ壊れ”が居る点については、本当の最終兵器ということで秘匿するつもりらしい。そのうち神とやり合うことがあれば実力は公となり、ヘスティアの胃は爆発することだろう。

 そんな爆弾を抱える、と言うより爆弾そのものとなるタカヒロは、先程レヴィスが口にした要件の最後から2つ目を気にしている。以前においても“コルヴァンの地”で信仰を集めた神が力を付けていたことがあったため、「まさかな」と思いながらも警戒の心を抱いていた。

 

 強く多量の信仰を得て力を蓄えていた、偽りの神。もっとも偽りというのは語弊があり、信仰者の親玉が表面上はエンピリオンに崇拝しているように見せかけて、信者もろともまったく別の神を崇拝していたのが真相だ。

 ではその連中は、何を、何のために崇拝していたのか。ケアンの地に蔓延っていたモンスターを一掃することが主目標の一方で、手段、つまるところ敬拝していた神については地上を支配しようとするヤベー奴だったというのが真相だ。

 

 この期に及んで当時における“偽りの神”が出てくることは無いだろうと内心思うタカヒロは、信仰が集まることについてはあまりよく思っていない。18階層で闇派閥のエルフが呟いていた言葉を思い返し、眉間に少しの力がこもっている。

 単なる闇派閥の戦力強化だというならば、彼の思い過ごしであるために問題はないだろう。最悪はどこかの神とやり合うことになるかと、かつての“日常”の思考を抱いていると、レヴィスが顔を向けて言葉を発した。

 

 

「タカヒロ。人工迷宮(クノッソス)を攻撃する際は、当然私も参加させて貰うぞ」

「今の段階では確約はできんが、可能な限りは掛け合おう。しかし相手の警戒を考えると君の存在は表に出せない上に、事情を知らないロキ・ファミリアと敵対関係にあるのが一番の問題でな……」

「……その点は面目ない。だが、参加となれば必ず」

「武器と防具も無い身で何をする」

「うっ……」

 

 

 元怪人レヴィス。一見すると落ち着いているようで、熱中すると中々に脳筋(ポンコツ)でもあった。肩をすぼめてショボンとした表情で下を向いてしまっており、プルプルと小さく震えている。

 やる気は十分であるものの、怪人であった頃との“ズレ”はあるだろうし、何よりタカヒロが言うように武器と防具が無い状況。流石のレベル10とて、素手と素っ裸で立ち向かうのは無理があるだろう。

 

 

 ということでローブで全身を隠す彼女と共にタカヒロがやってきたのは、お得意様のヘファイストス・ファミリアというわけだ。レベル10ともなればそこら辺の武器防具では少し心許なく、何よりその選択(妥協)はタカヒロが許さない。

 基本としてオーダーメイドよりは“鍛冶師が作った武具を並べる”ことが多いヘファイストス・ファミリアだが、依頼があれば話は別である。流石に一見さんお断りである上に鍛冶師と相当仲が良くなければ依頼は受けないが、その点についてタカヒロは心配無用と言えるだろう。

 

 なんせ、ファミリアの主神とはwin-winな関係と呼んで過言は無い程だ。それでも“親しき中にも礼儀あり”の姿勢は崩さないようで、交渉の場面となった現在も背筋を伸ばして応対しており、決して据わった表情を崩さない。

 ワケあって今は顔と名前を晒せないとの(くだり)をまず最初に説明し、それでも武具を作って欲しいと言葉を発した。しかしそれで終わりではなく、更なる言葉が続いている。

 

 

「もちろん素顔も名も晒さぬ輩に己の一振りを“委ねる”など、言語道断と罵られる覚悟はある。それでも今は、ヘファイストス・ファミリアの一振りと防具一式が必要なのだ」

 

 

 “売る”や“買う”ではなく、“委ねる”と言う単語。鍛冶師にとっての丹精込めた一振りはまさに“子”と同様であり、己もまた装備が好きだからこそ、そのような表現として口にするのだ。

 もちろんその表現は、ヘファイストスや椿からしても好印象。今までの行いもあって、二人は今のところ前向きな姿勢を見せている。

 

 

「……普通なら在り得ないけれど、貴方の紹介だものね。いいわ、ファミリアとしては受けましょう。作るかどうか、あとは椿に任せるわ」

「では手前からも少し。希望する武器の種類はあるか?あとは実力を知りたい、レベルも教えては貰えぬのか?」

「希望武器は要相談。この者は超が付く程の前衛型でパワーファイター、レベルは10だ」

「おお!?」

「レベル10ですって!?」

 

 

 まさかの高レベルに驚く椿ながらも、ヘファイストスは別の点に驚きを見せている。あれほどまでに秘匿と言いながらも、鍛冶師にとって必要な情報は簡単に口に出すのだから無理もない。

 相手の信用を得るための、話術の一種と表現してもいいだろう。今後において付き合いが生まれるだろう冒険者と鍛冶師における互いの信頼関係を大事にするという、かつて青年が学んだ内容だ。

 

 要望する武器や防具の詳細はレヴィス本人の口から椿へと伝えられ、サンプルを手に取ったりするなどして煮詰められている。これにより、数日を要するがレヴィスの武器防具の調達は問題ないこととなるだろう。

 となれば、あとは予算との兼ね合いだ。金にモノを言わせれば上限こそないものの、ここでタカヒロは満を持して、金では買えない“カード”を切ることとなる。その実、先程の「レベル10」という単語を頭から消し去る目的もあるのだが。

 

 

「これらを持ち込むことで、交渉材料としてはどうだろうか?」

 

 

 インベントリから取り出したのは、ヘファイストスとて未だ見たことのない牙や爪、そして鱗。市場に出回るドロップアイテムとは明らかに一線を画す存在を面敷いて、職人二人の瞳には一瞬にして強い力が込められた。

 そう。今この場に出されたのは、94階層に居たモンスターが落としたドロップアイテムなのだ。二人どころかオラリオにおいて目にしたことがあるのはそこの青年と兎のような少年だけであるために、知らないのも当然である。

 

 

「こ、これを、これを持ち込んでくれるのか!?手前に打たせてくれるのか!?」

 

 

 いつかのヘファイストスと同じく、どこで手に入れたのか、先程のレベル10発言はどうでもよくなったらしい。それよりも、己が未知の素材を使えることに対する興味が疑問を遥かに上回るのだ。

 そしてそれを持ち込んでくれるような人材は、「ヘファイストス・ファミリアがいい」と言ってくれている。ここでもし椿が難色を示すならば、この素材がゴブニュ(競合相手の)・ファミリアへ持ち込まれることになるかもしれない。

 

 

「ああ、協力は惜しまない。予備もいくつかある、失敗を気にせず挑んで欲しい」

「勿論だとも!この椿の名を懸け、全身全霊で挑ませて貰おう!!」

「ぐぬぬ……ず、ずるいわよ椿!私にも」

「ならぬ、ならぬぞ主神様!この素材は手前のモノだ!」

 

 

 故に、ヘファイストス・ファミリアの団長が出した回答は1つだった。そしてタカヒロの口から出てくる頼もしい言葉は、前例がない素材を扱うという点においては何よりの保険となるだろう。

 この主神にして、この団長あり。お目目シイタケとなって身を乗り出す椿とハンカチを噛み締め当該ドロップアイテムを使うことができる点を羨ましがるヘファイストスに対し、タカヒロは有利な交渉を進めることとなる。

 




レベルについては“古代の人間”に今の恩恵を与えたらこうなるかなー、という作者の完全な妄想です。1000年間ダンジョンを彷徨ってたわりには低いかな…?
スキルというのは神の恩恵を受けて発現するものなので、現時点では空欄。。
エアリエルと真っ向からぶつかっていたので力系と防御系の発展アビリティにしてみました。

そもそもレヴィスが味方なんて二次創作でもアリエネーのでツッコミどころがあるかと思いますがご了承ください。
ちょいちょいGDコラボを匂わせる台詞が混じっていますが、原作コラボアリだとここらへんが活きてくる感じですね。


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152話 依頼へ応える為に

 のちに主神から“レヴィス君事件”と語られるヘスティア・ファミリアにおけるイベントの二日後、早朝。今日は比較的自由な日となっており、ファミリアとして大がかりな行動は行われていない。決してヘスティアが入院したような理由ではないことを付け加えておこう。

 

 もっともファミリアとしても、普段から何もしていない、というワケではないのが実情だ。ここ数日はベルがリーダーとなってファミリアメンバーの実力向上を目的として10階層付近へと赴いており、リリルカ曰く、戦いとなると団長らしい姿勢を示しているらしい。

 得られる金額もしっかり黒字となっている辺り、ベルも何かと考えてメンバーを動かしているのだろう。レベル2の者2名を護衛につけてレベル1のパーティーを7階層辺りで動かすなど、ロキ・ファミリアを参考にしているところも多々見られる。

 

 

 そんなファミリアとしての行動を行っていない者が2名おり、うち一名は新参のレヴィスだ。現在は北壁にある秘密の鍛錬場で怪人だった頃との身体のズレを修正している最中であり、発案者のタカヒロ曰く、まだ合格ラインには至っていないらしい。

 彼女の為の武器と防具は製造を依頼している最中であるために、どちらにせよダンジョンに赴いたところで実践とはならないだろう。今はタカヒロから借りた武器を使い、素振りにて矯正しているというワケだ。

 

 矯正についてタカヒロとレヴィスは二人して簡潔に流していたが、それは互いに重要さを理解しているが為。後者が今までアテにしていた怪人としての再生能力は、人の身に戻った以上は存在しない。

 前者については最前線で突っ立っていようが死ぬことは無いだろうが、いくらレベル10とはいえ斬られれば傷つき、傷つけば死ぬのが今のレヴィスだ。戦いのこととなれば脳筋と表現できる反応も見せていたが、猪突猛進のような動きは行わないらしい。

 

 

 今日のタカヒロは、自室にて用事と向き合う1日を過ごすだろう。しかし来訪者が現れたことで、予定は少しだけ変わることとなった。

 

====

 

 時間は2時間ほど戻り、場所はヘファイストス・ファミリア。とは言っても販売店のあるバベルの塔ではなく、オラリオ市街にあるヘファイストス・ファミリアの工房地帯だ。

 ピークを過ぎた夏空に負けぬ熱気と共に、そこかしこから金属の打たれる甲高い音が響くエリア。音量は建物によって減衰されているために耳に響くようなことは無いが、それでも微かと呼ぶには程遠い。

 

 そんな工房地帯にある一つの工房で、一人の男が頭を下げていた。

 

 

「頼む椿、この通りだ。一から十まで説明してくれとは言わない、是非とも教えを請いたいんだ」

「むぅ……」

 

 

 ここの管理者は、ヘファイストス・ファミリアの団長である椿・コルブランドの拠点と言える場所だ。

 オラリオに数多いる鍛冶師の中でも最高の称号である最上級鍛冶師(マスター・スミス)の称号を持つ、神々を除けば、名実ともにオラリオ一の鍛冶師。頭を下げているヴェルフのことは、弟分として可愛がる仕草を見せている。

 

 

 外観に反して色気が薄いこともあって、青少年時代だったヴェルフは色々と苦労をしたらしい。それもあって、“可愛がる”とは“揶揄う”というニュアンスで受け取れる内容が半分ほどを占めていた。

 だからこそ、こうして真面目な対応をされると困ってしまう椿である。腕を組んでムムムと唸っているが、そう簡単に「はいわかりました」と応えられる内容ではないことも事実であった。

 

 ヴェルフが抱く最も大きな理由としては、急成長を遂げるベル・クラネルの為に、今までよりも何倍も良い武器を作りたいが為。おいて行かれぬよう日々努力を積み重ねてきたヴェルフだが、ここにきて限界と呼べる壁に向き合ったらしい。冒険者にしろ鍛冶師にしろ、あまり珍しくもない事だ。

 しかしだからと言って、何故他の者へと教えを乞うかについては会話の内容に含まれていなかった。そのためにヴェルフをサイドテーブルのような場所に腰掛けさせ、茶を出し話を掘り下げると、椿が想ってもみなかった言葉が出された。

 

 

「一度自分を離れて他を知り、他に学ぶ、か。手前にとっては遠く、なんとも眩しい言葉だな」

 

 

 守破離、という言葉がある。

 

 守とは、ひたすらに師の教えを忠実に身に着けること。

 破とは、他の考え等も取り入れ試行錯誤を続けること。

 離とは、上記の過程を経てオリジナルを生み出すこと。

 

 

 ヴェルフ・クロッゾにとっての“守”とは、魔剣を基礎とした己の技術。また、担い手のことを第一に考え、担い手に沿う作りをすることも挙げられる。

 鍛冶師にとっての破について極端に言うならば、全く違う鍛冶の神への弟子入りに等しい。更に言い方を変えてしまえば、他人の血を入れるに等しい行いだ。

 

 鍛冶師と言うのは、儲けを出すことを主目標とする者は居ないに等しい。そのような考えで鉄を打ったところで、出来上がる物など知れているのだ。

 一方で熟練の鍛冶師ほど、自分の技術と考えは“絶対”だ。己自らが築き上げてきた歴史、自信をもって“正しい”と言える過去そのもの。

 

 

 しかしそれが“最良”かとなれば、答えはイコールとは限らない。どこかの誰かがやっている装備の更新と同じく、例え僅か1%未満の程度かもしれないが、改良の余地は必ずあるのだ。

 

 

 椿もまた、似たような過去を経験したが故に今に至る。とはいえ彼女は、主神ヘファイストスに鍛冶を教わったワケではない。

 ヘファイストスは眷属が持ち得る技術を褒めて伸ばすことはあっても、己が持ち得る技術を伝授するようなことは行っていない。かつてベルの為に試行錯誤を行いヘスティア・ナイフを打っていた時も、同様だ。

 

 

「椿もだな、ヘファイストスに技術を教わったことはないのか?」

「全くない、ということはない。しかし炉の扱い方をはじめとした基礎の中の基礎だけでな、特に上級鍛冶師(ハイスミス)になってからはサッパリだ」

 

 

 理由は単純かつ明快だ。下界の子供たちが、己で見つけ、抱く夢を叶えるために鉄を打つ光景が愛おしくて仕方がない。そこに自分の念が入り、影響を与えてしまう事を嫌っている。

 最近は不純物の影響を受けてしまっているヘファイストスだが、悩みに悩んでいたヴェルフに声をかけた事象を例として、彼女もまたヘスティアのように自身の眷属を愛している。そのような理由もあって、ヘスティアとヘファイストスはウマが合うのだろう。

 

 

「とはいえ昔のヘファイストス・ファミリアは駆け出して貧乏、今は繁盛とくれば主神様も何かと忙しい。手前一人に構っている時間など取れぬだろう」

「それもあるかもしれないが、どうだろうな。特に最近のヘファイストスは、今の環境が嬉しいんじゃないかなって思う」

「嬉しい?ヴェル吉、どういうことだ」

 

 

 ヴェルフも何度か目にしたことがある、桁外れた品質を誇る素材の数々。既にオラリオに出回っているのもあれば、その延長線上のものもあれば、一方で何処から持ってきたのか見当がつかないモノもあった。

 そして“彼”の装備を目にして子供のようなテンションとなるヘファイストス、しかし持ち得る真紅の目が炎を宿していたことも知っていた。一度だけ見せてもらったらしい設計図を書き起こし、起きてから日が沈むまで食い入るように見つめ、まるで研究をしていたかのような様相を、ただ一人知っている。

 

 

 タカヒロという男がヘファイストスと出会い、装備を作ってもらったことで今までよりも強く成ったように。

 ヘファイストスという鍛冶師もタカヒロと出会ったことで、鍛冶師としての技量が今までよりも上がったのだ。

 

 

 各々の理由で停滞していた両者にとっては、まさに運命的な出会いと言えるだろう。異性としての交流は欠片も見られないが、信頼の度合いで表すならば強く硬い。

 一方で努力するヘファイストスというのは、ヴェルフ以外を相手にしては決して見せることのない姿だ。だからこそ輪をかけてヴェルフが焚きつけられており、確かな原動力となっている。

 

 

 とはいえ、鍛冶師にとっての“ヘファイストス”とは究極の理想の一つである。彼女が本気を出して武具を作ったところを知る者は居ないものの、持ち得る技術力の高さは、鍛冶の技に触れたことがある者の誰しもが知るところだ。

 ヴェルフとて例外ではなく、早い話が彼女が持ち得る技術力が高すぎて、ヴェルフ・クロッゾでは真似事の入口にすらも辿り着くことが出来ないのだ。この点は、タカヒロの技術を真似ようと色々と頑張って幾度となく挫折しているベル・クラネルにも当てはまる。

 

 その点、椿ならば距離はグッと近くなる。幸か不幸か気さくと言える仲でもある為に、こうして頭を下げに来たのだ。

 

 

「頼む椿。繰り返すが俺の為、いやベルの為に、オラリオで最高の技術を参考にさせてくれ」

「そうもハッキリと言われると照れくさいな……」

 

 

 深く頭を下げたヴェルフに対し、人差し指で優しく頬をかきながら珍しく女々しい反応を見せる椿だが、例え男であっても似たような反応を見せるだろう。親しい仲にある新参の者が己を頼ってくれるというのは、熟練者からすれば嬉しい事なのだ。

 顔を斜めに向けつつ瞳を動かしてヴェルフを追うも、向けられる表情に、普段の陽気さは欠片もない。こと鍛冶の事になると目の前のような表情になることを知っている椿は、フッと一度だけ笑うと口を開いた。

 

 

 かつての自分――――彼女流に表現するならば、かつての手前にもこんな時期があったなと思いに耽、椿は僅かに口元を緩めた。

 

 

「ヴェル吉の初めての顧客、リトル・ルーキー……いや、今となっては悪魔兎(ジョーカー)の為、か」

「ああ、そうだ。ベルも、他の鍛冶師の武器を使ったりして引き出しを増やしている。全く違うファミリアの、全く違う武器を使う冒険者にも教えを乞うているらしい。俺も、その貪欲さを見習わなくちゃいけない」

「ベル・クラネルとは、まだあどけなさが残る少年だろう?その歳で、随分と小難しい考えを持っているのだな」

「ベルも言っていたんだが、タカヒロさんから貰った言葉らしい。とはいえ、あの人が言ってくれる事のほぼ全てが、強く成るためには重要な事だとも言っていた」

「……なるほどな、あの御仁が与えた助言か」

 

 

 弟子を卒業した日にベルが貰った言葉は、彼なりに解釈されてヴェルフへと伝わっていた。

 

 確かに、なりふり構わずこうでもしなければ、驚異的な成長を遂げるベル・クラネルに見合う装備を作ることは。そして遥か先に居るもう一人の男に認められる装備を作ることはできないと、椿はヴェルフ・クロッゾの決定を感じ取っていたのだ。

 故に彼女も、ファミリアの先輩として、団長としてヴェルフ・クロッゾへと応えることとなる。了承の返事に対して今一度深く頭を下げたヴェルフに対し、椿が直近の予定の内容を口にした。

 

 

「しかし、今回の依頼については素材が素材だ。未だ試行錯誤を行う前の段階でな、もう暫く時間がかかる」

「そうか」

「そんなことより、と言ってはなんだが、今のヴェル吉がやるべき仕事は、主神様の御機嫌を取ることではないか?」

「あー……」

 

 

 椿の主神となればヴェルフと同じ、ヘファイストス。彼女が今どのような状態かを思い出したヴェルフは、右手のひらで額を抱えて大きなため息をついた。

 彼が尊敬の念を抱く、絶対に超えられないと知りつつも超えるべき大きな目標。女性として、一人の鍛冶師として。ヴェルフにとってのヘファイストスとは、“尊敬”と表現できる存在だ。

 

 では現状のヘファイストスがどうなっているかと言えば、布団にくるまって出てくる気配が無いらしい。二日ほど前からこのような症状になっており、諸事情から椿も知っている。

 病気でもなければ、脚などを負傷したわけでもない。食欲も正常であり、布団から顔だけを出してヴェルフに食べさせて貰っている点を除いては心身共に正常だ。

 

 

 時系列から、お分かりだろう。椿に渡された90階層付近のドロップアイテムを自分で使えないという現実を前にして、不貞腐れているだけなのだ。

 

 

 流石は趣味に全力を投球している女神である。もともと僅かにその傾向はあったらしいが、椿曰く「ここ1年は酷い」らしい。何故そうなってしまったかについては言わずもがなだ。

 これを解消するとなれば非常に難しく、同等のドロップアイテムでも渡して機嫌を直してもらう他に道はない。とはいえ椿もヴェルフも、当該のドロップアイテムなど見た事がない為に入手ルートも分からない。

 

 

「ヴェル吉、神ヘスティアは来ていないのか?少し前まで手前も何度か顔を合わせたことがあるが、あの性格ならば見舞いにでも訪れていそうなものだが」

「ああ、ベルに聞いたんだけど、なんだか神ヘスティアも悩み事があるらしい。唸る程だそうだ」

「本当か?ヘスティア・ファミリアも大変なのだな……」

「急に大きくなったんだ、色々とあるんじゃないか?」

「ふむ、なるほど」

 

 

 大変な思いをしているのは主神だけ。理由についても、ただのフレンドリーファイアである。

 

 

 とはいえヘファイストスの事に対しては、打つ手がないというワケでもないらしい。椿と別れて道を歩くヴェルフの中で、解決する糸口は見えているようだ。

 

 

「……うーん。やっぱり、あの人しか居ないよな……」

 

 

 なお、唸っていた者に対しては、毒になってしまう可能性のある行為である。

 

 

====

 

 

 ということで場所はヘスティア・ファミリア、玄関へとやってきたのは意図せずして原因を作ってしまった装備キチ。扉を開く前から頭を下げていたのだろうヴェルフは、頼み事が始まる前から恐縮の極みである。

 会話の内容が内容であるために、タカヒロの自室へと移動しての会話となっている。広いとは言えない5畳程度の部屋で室内はテーブルにベッドと箪笥が各1つと必要最低限の家具が揃っており、無機質でビジネスホテルのような内装だ。相方と違って、オシャレなど飾る傾向は見られない。

 

 

 「……状況は理解した。文字通りの一大事、か」

 「面目ないです」

 

 

 ヴェルフ曰く“あの人”、タカヒロからすれば他人事とは言えず、むしろ彼にとっても最も大きな問題の一つと言える事態だろう。どうしたものかと悩む仕草を見せるが、答えは分かり切っている。

 幸いにも、現在進行形で行われている装備更新キーとなる鍛冶を実践してもらうなど、機嫌を取りなおせそうなイベントは用意されているのが実情だ。今までとは全く違う素材を使う事になるだろうとも付け加えており、事の大きさが伺える。

 

 それをヴェルフに伝えると、彼もホッと胸をなでおろしたような様相へと変わっている。更にそこからヘファイストスへと伝えられると即座に布団を飛び出し準備を進める姿に対し、苦笑するしかないヴェルフ・クロッゾ。

 

 

普段の凛とした姿とは全く似合わないポンコツ・ヘファイストスは見たくないと思う反面、だらしない彼女の姿もまた魅力的と思う狭間に揺れる若者であった。

 

 



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153話 試作と仮想

ぶっ壊れたぶっ壊れが更にぶっ壊れる。
*単語など含めGD要素が強いですが、パズルの紹介ですので「そういうパートなんだな」とご了承ください。
特に~~~~の間はその気が強いのですが読み飛ばして頂いても問題ございません。
装備更新パートについては3話を予定。


 悲しみの絶望に暮れていたヘファイストスを餌付け……もとい、買収……でもなく御機嫌を取ったタカヒロは、ファミリアの自室で紙を広げつつ様々な数値を書き込んでいる。書かれている内容は、傍から見ても全くもって分からないことだろう。

 書かれては消され、書かれては斜線が引かれと繰り返される様相は、終わる気配を見せていない。様々な項目、様々な数値を検証して繰り広げられる様相は、既に日の出前から続いている。

 

 90階層におけるアセンションにて素材こそ確保したものの、どこの装備と入れ替えるか。全く同じものが出来上がったとの仮定だが物凄く強力なエンチャント効果を持つ防具だけに、装備する部位は慎重に選ぶ必要がある。

 特に、アミュレット、メダル、指輪の3か所における装備個所の変換が選択肢に加わっているために組み合わせは無限大だ。事前に装備部位の変換について確認していた点については、ヘファイストスが口にした言葉の概要は「少しは性能が低下しそうだがイケる、むしろやってやる、と言うかやらせて」とのこと。

 

 設計図については全種類をコンプリートしているタカヒロは、さっそく一面に広げて依頼するにヨサゲなものをチェックする。しかし神話級のメダルと指輪については報復ウォーロードにとって旨味が少なく、やはりキーを握る部位はアミュレットだろう。

 

 

 アミュレットと頭部については特殊なエンチャント効果を持つモノが大半であり、特定のクラス、例えばソルジャーのスキルレベルを全て1上げるモノが多いのだ。モノによっては取得している2種類のクラス両方のスキルレベルを1上げるモノも存在しており、この効果を維持できるならば、ウォーロードの基礎を構成するスキルは更に強くなる。

 ヘファイストスが作ったガントレットのように明確とした分かりやすいものではないが、基礎能力の向上は、土壇場で必ず生きてくる。今現在のスキル振りにおいては、例えばマックスレベル15に対してレベル10止めなどレベル上げ可能な上限にまで達していないモノが多いために、スキルレベル+1が与える影響度合いは猶更の事強いと言っても良いだろう。

 

 

 最も有力な作成依頼候補、“Avenger of Cairn(ケアンの復讐者)”と呼ばれる、そこの装備キチの存在を体現したかのようなアミュレットがある。これは重要な基本攻撃スキル“応報”のレベルを3つ上げたうえでソルジャーのスキルを全て1レベル上昇させる代物だ。全ての耐性において、最大耐性値が上がる点も見逃せない。

 それがなくとも相当量の物理報復、及び報復ダメージの増加が加わるモノであるためにタカヒロお気に入りの装備の1つとなっている。現在の装備においては指輪で“応報”を3レベル上げているために、そのままの性能で指輪にすることができればスキルレベル低下による影響もないだろう。

 

 もっともどうなるかとなると、全ては文字通り“神のみぞ知る”。ヘファイストスの機嫌が直った翌日、タカヒロは装備作成を依頼するためにヘファイストス・ファミリアへと訪れていた。

 内容はヘファイストスにしか出来ない事であり、“ケアンの復讐者”をアミュレット、リング、メダルの3パターンで作成してもらうこと。オラリオには無い4種類の素材を目にした彼女は相変わらずのお目目椎茸で千切れんばかりに尻尾を振っており、こちらのやる気スイッチもTurbo(ターボ)に切り替わったと言っていいだろう。

 

 設計図があるために作成は早いらしく、なお無我夢中で徹夜となっており結果として1日で終了の連絡が飛び込んできたというわけだ。連絡役のヴェルフによると「超が付くほどの満足顔で爆睡中」とのことで、タカヒロは昼過ぎにヘファイストスのもとへと訪れることとなる。

 

 並べられたのは、三種三様の“ケアンの復讐者”。サイズはさておきアミュレット部分の外観そのままに各々が作られており、装備する分には問題はないだろう。

 もっとも重要なのは、ヘファイストスが「少し弱体化する」と言っていた部分となる。許可を得て手に取るタカヒロは、それぞれの効果数値を確認しているのか黙り込んだままだ。

 

 

「3つとも渾身の出来栄えよ、どうかしら?」

 

 

 ヘファイストスの問いに対し、青年が向ける表情はあまり宜しくない。ガントレットの時のように驚く様相もないために、彼女は何かあったのかと僅かに首を傾げた。

 

 

「決して文句や苦情ではないと断りを入れさせてもらっての発言だが……」

「あら、何かしら?」

「作成してもらったアミュレット、リング、メダル。揃いも揃って奇麗に同じ値だが、それぞれのエンチャント性能が理論最大数値の7割にまで低下している」

「ええええ!?」

 

 

 凛々しい声を捨てて甲高く叫ぶ神ヘファイストス、当たり前だが納得がいかないらしい。眉を八の字にして口を開き“ガーン”という擬音を奏でているが、数秒経てばすぐさま炎の灯った瞳へと切り替わり設計図を凝視する職人気質を見せている。

 とはいえ彼女の視点においてもミスは皆無であり、やはり納得がいかないらしい。設計図とは異なるとはいえ、そもそも同じように作ったアミュレットですら性能低下を起こしているとなると、別の要因があるのではないかと考えている。

 

 とここで、今更ながらこの装備が何なのかを聞いていなかったことを思い出したヘファイストス。凛々しい声に戻って問いを投げると、青年は装備の名前を口にした。

 

 

「“神話級 ケアンの復讐者”というアミュレットになる」

「神話級?その文字も含めて、装備の名前なのかしら」

「ああ、その解釈で問題は無い」

「なるほどね……。神話級ってことは神話に出てくる神々が使うような代物、つまり“神造”と遜色がないってことよ。それを地上で作ったから、性能が低下しちゃった訳だわ……」

 

 

 一応ながらソコの装備キチが作れば、各々の装備効果が上限下限の範囲内におけるランダム数値になるも、全体的な性能低下は起こらない。とはいえ、ヘファイストスの理論を取り入れたとしても、設計図通りにアミュレットバージョンしか作れないのもまたケアン民の特徴だ。

 なお、何故一人のヒューマンが“神造”に匹敵する装備の設計図を持っているのかは気にならないヘファイストス。彼女としては結果に納得いかないものの、今までにない装備を作ることができてご満悦なのである。

 

 現状ではオリジナルの7割となったものの、試しに装着してみれば首と指の共存も可能であった。オリジナルよりは効果が弱いものの、装着することは可能なようである。

 こうなると、他の神話級の装備についても部位変更をすれば7割の性能となることが予想される。「いっそ天界で作ってきていいかしら!?」と、ぶっ飛んだ言葉を発しているヘファイストス。そんな彼女に対して“依頼”しかけたタカヒロだが、色々と問題が起こるために流石に取り押さえている。

 

 流石は、己の趣味にリソース全振りの神々と言えるだろう。残された眷属の事などをタカヒロが諭すと、頬を赤めつつしょんぼりした表情となった彼女は、舞い上がったことを反省するのであった。

 

 

 

 そしてタカヒロも気付いていないのだが、ヘファイストスが作ったものは全てにおいて“最大値の”キッチリ7割。つまり天界で作ったならば、全エンチャント能力において、本来の性能を100%引き出すことができるのだ。流石は鍛冶の女神である。

 

 

====

 

 

 場所は戻って、ヘスティア・ファミリアのホーム、タカヒロの自室。書きなぐられているようで整理された羊皮紙がそこかしこに散らかっているものの、目にしても内容を理解できる者は居ないだろう。

 置かれている水入りのコップが所有するスペースすら勿体ないと言わんばかりに机一面にも広がっており、取り付かれ(乗っ取られ)たかのように未だペンを走らせている。聞きたいことがあって部屋に訪れた同ファミリアのエルフも声を掛けづらく、青年もまた、やってきたことにも気づかなかった程に集中していた。

 

~~~~

 

 内容は、ヘファイストスが作ったリングを装着したうえで、ガントレットと同じ能力の装備をショルダーで作成してもらった場合の仮想数値の割り出し。一部ざっくり計算の部分があるものの、こうすることで事前に過不足を見出すことができるのだ。

 特に再分配ができないスキルレベルについては問題が大きく、初期に問題を洗い出さねばまた最初からやり直しとなるパターンとなるだろう。苦労が文字通りの水の泡となる瞬間であるために、それは避けたい内容だ。

 

 最大値の7割の性能とは言え、元々が3レベル上がる“応報”はヘファイストス製のものでも2レベルが上昇する。ソルジャーの全スキルが1レベル上がるものは同じ性能となっているために、こちらも影響はない。

 また、元々が4%上がる“最大全耐性”についても3%が上昇するために効果量は十分だ。例によってバランスを考えると全部が全部コレとはならないだろうが、少なくともリング1か所はコレで決定と言っても良いだろう。

 

 これにより、84%の魔法や刺突、出血ダメージをカットする耐性は87%へと高まるわけだ。カット量の上昇はたった3%ながらも影響は大きなものがあり、タカヒロとしてはこのリングに大満足の結果となっている。

 そんなこんなで、完成されていたパズルは更に崩れていると言っても良いだろう。黒竜の鱗で肩の装備を作ると仮定した状態における数値は以下の通りだ。

 

 

■黒いガントレット+黒竜鱗で肩の装備作成+2つあるうち片方を作ってもらったリングに入れ替えた場合

・各種耐性

 物理:83.4%

 エレメンタル:87+95%

 毒・酸:87+19%

 刺突:90+73.6%

 出血 :87+33%

 生命:87+93%

 気絶:87+57%

 カオス:90+54%

 イーサー:97+122.6%

・その他

 省略

 

 

 もっとも、もたらされる内容はメリットだけではない。元々のリングの性能から比べるとパッシブスキル“応報”が1レベルが下がっているために自発火力は2~3%が低下している上に、リングについていた各種耐性も低下中。

 物理耐性がとんでもない数値になっている点は良好だが、逆にイーサー耐性は明らかな過剰数値だ。そしていくらドライアドのスキルで実質常時64.8%の毒酸と出血時間を短縮できるとはいえ、毒酸と出血耐性についても心許ない。

 

 一番のポイントは、“攻撃能力”の大幅な低下だろう。元の数値から4~5%が低下しており、報復型のために別に要らないといえば要らないのだが、自発火力に影響することは明白だ。

 

~~~~

 

 これらが、とりあえずの一番の問題点。“更にどこかの装備を変更させたうえで”満たさなければならない内容のために、最適解を求めて色々と検証を続けていたのであるが、ここにきて一区切りをつけて溜息を吐いた。

 

 

 少し離れた横側に他人の気配を感じ取ったのは、そのタイミングである。

 

 

「野郎、どう足掻こうとも(祈祷ポイント)1つが足りんとくるか……ん?うおっ!?」

「……10分経ってようやく気づいたか、馬鹿者」

 

 

 行儀悪くテーブルに片肘を付きながら頬を支えるリヴェリアが、翡翠のジト目を向けていた。

 

 完全に集中して己の世界に閉じこもっており、完全に油断していたタカヒロ。言われて時計を見ると開始から既に4時間が経過しており、ともかく気づかなかったことを詫びている。

 空いている椅子に――――と思ったタカヒロだが相手は既に座っており、そこかしこに散乱する紙を片付けないことには手荷物を置くスペースもままならないだろう。要る物と要らない物とを分別し、2つの山を築いている。

 

 口には出さないが実は小走りにてやってきた彼女曰く、難しい表情をして一心不乱に何かを書きなぐっている様相が、昼休憩で戻ってきたヘスティア・ファミリアのエルフ経由で彼女に伝わっていた模様。今までと比べて少し負担の軽くなった仕事を一時中断して、差し入れと共に相手のために馳せ参じるという面倒見の良(ノロケ)さを発揮しているというわけだ。

 彼女も彼女で相方の部屋をノックをしたものの返事がなかったために、何事かと恐る恐る入室してみれば、紙の床が作られていたという惨状。うち一枚を拾って読んでみるも、専門用語なのか略語と数値だらけでまったくもって意味が分からない。

 

 それでもって表には出さないが、何かに対して必死になる青年の姿は見ていて心地良いものがあったらしい。結局は彼女も近くの椅子に腰かけ己の世界に入っていたわけであり、似た者同士の二人である。

 息抜きにと彼女が買ってきた焼き菓子と紅茶を並べると、彼は少し乱雑に頬張って紅茶を口にし溜息を吐いた。数時間ぶっ続けで頭を使っていた所であったために、この甘さは有難いらしい。

 

 

「随分と集中していたのだな、4時間も続けていたのか……どうしたタカヒロ、何か悩み事か?」

「悩みと言えば悩みなのだが……これは、自分が解決しなければならない類の悩みだ。悩みでもあるが、愉しみでもある」

「そうか、無理はするなよ。何か、私にできることがあれば言ってくれ」

「ああ、すまない」

 

 

 相手に心配をかけまいとするタカヒロの意思は伝わり、彼女も無理に問うことは無い。二人の時は頻繁に表情を変えてくれる青年の姿によって、彼女の心もまた軽くなり仕事のストレスは吹き飛ぶのだ。

 普段は不動の姿勢を保つ二人も、二人だけとなれば話は別。完全に“だらけ”モードに入っており、リヴェリアに至っては机に肘を立てて顔を支えている程だ。

 

 その後、まさかリヴェリア本人がやってきているとは思わないエルフ3人が再びタカヒロのドアをノックするも、普通に「どうぞ」と返された上に目にした光景に対して全力で非礼を詫びている。うち一名は、今にもハラキリをしかねない程の形相だ。

 しかしリヴェリアやタカヒロからすれば、彼等がロキ・ファミリアに伝えてくれたからこそ。こうして二人の時間を過ごすことができたわけで、互いの信頼を深めることができたわけだ。

 

 故に、帰るまでの30分程の時間ながらも、リヴェリアは3人を場に誘うこととなる。ガッチガチで背筋が伸び切っていた3人ながらも、茶会を彼女と共に過ごすことは大変な名誉と言えるだろう。

 色々と尋ねられた3人だが、現にリヴェリアが帰ってからも茶会の話で持ち切りだ。彼女がわざわざ会いに来るということで青年の立ち位置も上昇しているのだが、その点が表に出されることは無い。

 

 

 文字通りのリフレッシュとなったタカヒロは、一度背伸びをして再びペンを走らせた。様々なパターンは未だ2-3割しか検証ができておらず、最適解とは程遠い。

 リヴェリアもまた、黄昏の館において書類の丘と格闘中。息抜きが終わってからも互いに書類と格闘中ということで、やはり似た者同士の二人なのであった。

 




■設計図 : 神話級 ケアンの復讐者
材料:
8個:クトーンの血
1個:ヴェンデッタ
1個:オレロンの鎖
1個:イーサー ソウル

■神話級 ケアンの復讐者
・レジェンダリー アミュレット
+323/+485 ヘルス
+32/+48 防御能力
48/72% イーサー耐性
30/46% エレメンタル耐性
+4% 最大イーサー耐性
+4% 最大全耐性
646-940 物理報復
+53/+79% 全報復ダメージ
+2 ワード オブ リニューアル
+3 応報
+1 ソルジャーの全スキル
1500 物理報復 : メンヒルの意志
+120% 全報復ダメージ : ワード オブ リニューアル
(最新バージョンでは物理報復の値がナーフされています)

■神話級 ケアンの復讐者
・レジェンダリー リング
+340 ヘルス
+34 防御能力
+50% イーサー耐性
+32% エレメンタル耐性
+3% 最大イーサー耐性
+3% 最大全耐性
+658 物理報復
+55% 全報復ダメージ
+1 ワード オブ リニューアル
+2 応報
+1 ソルジャーの全スキル
1050 物理報復 : メンヒルの意志
+84% 全報復ダメージ : ワード オブ リニューアル
(理論最大値*0.7の四捨五入)


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154話 浮かび上がった選択

GDパート(装備更新)が続きます。例によって「~~~~」の間は読み飛ばして頂いても問題ございません。


 ファミリアとしての活動と一括りにしても、ファミリアによって異なる内容を指し示すことが多い。大きく分けて冒険と生産に分かれておりファミリアごとに特色が強いため、その点は仕方がないだろう。

 加えてヘスティア・ファミリアとなれば、ロキ・ファミリアと共に鍛錬を行うことも珍しくは無い。ヘスティア・ファミリアの一員であるタカヒロも様々な事情でロキ・ファミリアと絡んでいるが、今日は、そのようなやり取りもスケジュールには無いらしい。

 

 分かりやすく言えば、タカヒロにとって今日はオフの日。故に仕事よりもヤル気は高く、物事(趣味)に没頭できるというものだ。

 

 

「ブーツの部位が、最良か……」

 

 

 それが、様々なパターンを検証した結果、導き出された青年の答えであった。候補となっていた部位は足と肩と腰であり、1日における所要時間は様々なれど、ここ10日間にわたって行われた書面の格闘が終わった時でもある。

 かつてヘファイストスに作って貰った、“オブ ザ オリンポス”のAffixが付与されたガントレット。部位違いで同じ性能のモノを装備したいがために、行われていた検証である。ちなみにだが、肩の装備に付属しているAffixにて耐性を確保するパターンだ。

 

 導き出された解答が記されている羊皮紙を中指で軽く弾き、青年は立ち上がった。時間としては昼を過ぎた頃であり、アポイントを取っていないが逸る気持ちは抑えられない。

 さっそくヘファイストスのところへ訪れると、もはや顔パスのレベルで執務室へと通された。ファミリアの者はここで退出しており、それを見届けたタカヒロは、インベントリから必要な素材の数々を取り出している。

 

 

「この素材に、その顔……防具作成のご依頼かしら?」

「ああ、これらの素材は見たことがあるだろう。以前のガントレットと同じ“条件”で頼みたい。作成部位は、ブーツだ」

「オッケー。前の書類は残ってるわ、任せておいて!」

 

 

 同じ条件ということで、支払い予定は2億ヴァリス。握手にて契約となり、ヘファイストスはさっそく準備に取り掛かった。

 彼女としても、これほどの防具が打てるとなるとスイッチが入る模様。素人のタカヒロが目にしても“他の仕事そっちのけ”の態勢になっており、目は玩具を見つめる子供のソレと同等だ。

 

 今回はガントレットの時の経験を活かし、事前にブーツのサイズなどをある程度は把握しておくこととなっている。人によって足幅が広い人も居るなど、何かと重要な項目だ。

 そんなこんなで採寸に30分ほどを費やし、「楽しみにしている」と言葉を残してタカヒロは帰宅した。書き残した羊皮紙を眺め、残りをどうするべきかと楽しい悩みに耽っている。

 

 

 闇派閥の事など空の彼方である。暇つぶしに60階~64階層のマップ埋めをしているうちに日付は飛ぶように流れ、四日後の早朝。ヘファイストス・ファミリアが開店する前の時間帯に、タカヒロは執務室のドアを叩いた。

 そこに居たのはヘファイストス自身であり、前回において目にした装備のブーツ版が厚手の布の上に置かれている。アイテム名もガントレットがブーツに書き換わった程度のものであり、残るは数値ガチャだけの内容だ。

 

 許可をもらい、タカヒロは装備を手に取って確認する。するとほんの一瞬なのだが、眉間に力が入ったのだった。

 大満足でニコニコとしていたヘファイストスは、その一瞬を見逃さない。何かあれば鍛冶師として申し訳が立たないために、あくまでも気さくさを残して何事かと問いを投げる。

 

 

「……あら、何か問題があったかしら」

「い、いや……大切に使わせてもらう。ところで価格は前回の通りと話をしていたが、支払いの期限はあるだろうか?」

「素材もほとんど持ち込みだし、いつでもいいわよ。あら、誰かしら」

 

 

 急用らしく話を区切るように団員の者がドアをノックし、ヘファイストスに用事があるようで、彼女を場所へ来るよう催促していた。一人残るわけにもいかないためにタカヒロも続いて部屋を出ており、二人はここで別れることとなる。

 彼はそのままホームへと帰還しており、自宅のテーブルにブーツを置いて眺めていた。まだ床を踏んでいないために、テーブルの上に置いても問題はないだろう。

 

 

 ところでこの装備キチ、念願の2つ目となる“オブ ザ オリンポス”の装備だというのに気が乗っていない。これでは、ウラノスやフェルズが流した胃酸が無駄になるというものだ。

 しかしながら、仕方のないことでもある。不壊属性(デュランダル)を除いて5つある項目の内、たった1つが前回と違っていたのであった。

 

 例えで表現するならば、まるで“醤油ラーメン”を注文したら“中華そば”が出てきたかの様相。どちらも似たようなモノ、と書けばお叱りを受けるとはいえ、“オイシイ”ことに変わりはないが、何かが違う。

 

 此度においては、エンチャントの報復部分が該当する。報復ダメージの種類が“物理報復”ではなく、“酸報復”であったのだ。

 

 

■デュランダル・ネメシス ブーツ・オブ ザ オリンポス

・レアリティ:レア

・装甲値:1730

不壊属性(デュランダル)

+19% 物理耐性

+15% 装甲値

+991 酸報復ダメージ

+80% 全報復ダメージ

+40% 星座の恩恵効果

 

 

 確かに、報復の心得との注文は行っていた。しかし、それが物理なのか火炎なのかなどは伝えていなかった。

 もっとも、伝えたところでこの世界においては報復ダメージなど存在しないために、そこまで指定できたかどうかは怪しいところがある。酸報復のためか数値は物理報復より高いものの、素直に喜べないところが装備キチとしての“サガ”だろう。

 

 とはいえ、作り直す手段はない。もう一回アセンションをしていいかとウラノスに直談判しに行こうにも、交渉材料を持ち合わせていない。

 また、作り直したところで“火炎報復”などになるパターンも在り得るために、そうなれば色々と無駄になってしまうだろう。酸報復でも“報復ダメージのn%を攻撃に追加”には反応するし、ベルトによって60%を物理変換しているのだから全くの無駄には――――

 

 

「っ、そうか……!」

 

 

 “酸報復”と“変換”という言葉から、ここにきて1つの閃きが浮かび上がる。かつて“物理耐性が確保できないから”という理由で避けた、とあるビルドが脳裏に浮かんだ。

 火力では純粋物理を上回る点は知っていたが、ディフェンシブなビルドを目指していたが故に触れることもなかった、とあるビルド。食わず嫌いと表現したならば間違いだが、単に見た目が気に入らなかったという事実も多少は影響しているだろう。

 

 

 ――――人読んで、“三神報復ウォーロード”。

 

 

 酸報復を物理報復に変換して“結果として物理報復となる”という特殊なビルドとなるのだが、火力については純粋物理報復の2~3割増しとなる強力なビルドである。決して主神ヘスティアの胃酸ダメージを増幅させて胃壁に穴をあける(物理変換する)と言ったことが目的ではない。

 武器・盾・鎧・肩の4か所を揃えて“セット効果”を発動させる点も、また特徴的と言えるだろう。故に知名度は高く、タカヒロも何度も検討した効果を持ち合わせている。

 

 そもそもにおいて報復ビルドとは、ベースとなる報復ダメージを“全報復ダメージ+n%”のエンチャント効果で伸ばしていく代物。割合上昇であるために、元の値が高ければ高いほどに伸びしろがある点は説明するまでも無いだろう。

 

~~~~

 

 そこで純粋物理と三神との比較となるわけだが、セット装備となる武器・盾・鎧・肩と変換用の頭を入れた5か所で見ただけでも随分と差があるものだ。

 例えば、ベースとなるダメージの差。純粋物理報復の場合、この5か所での合計値はザックリ計算だがタカヒロの場合で3700程、全報復ダメージの増加倍率は360%だ。

 

 一方の三神装備による酸報復ダメージは下限~上限の振れ幅があるために中央値での計算だが、なんと5650もの値となるのである。倍率も530%となって170%もの差があるために、9割も変換できれば、ここだけ見ても攻撃力の差は2倍以上のモノがあるのだ。

 更に、例えばこの数値を9割変換した値は5650*0.9=5085となり、ここに1900%もの全報復ダメージが上乗せされることとなるだろう。故に、最終的なダメージの差は一入(ひとしお)だ。

 

 そしてこの“属性変換”の面白いところなのだが、通常における物理ダメージは“狡猾”のステータスによってボーナス値が変動する。例えば狡猾値が1000あるならば、約420%の値がボーナス倍率として“加算”される事になるのだ。

 この“狡猾”のボーナスは純粋な物理報復ダメージに対しては影響しないのだが、属性変換で物理となった報復ダメージとなれば話は別。狡猾のステータスに依存する上昇%ボーナス、此度においては約420%が、酸から物理に変換された分のダメージに上乗せされるのだ。

 

 

 “だったらベース値が高い三神装備の酸報復を物理に変換すれば強いんじゃない?”となるのは、自然な流れと言っても過言ではないだろう。単純に報復ダメージだけが装備効果ではないものの、その差は一目瞭然と言えるために猶更だ。

 とあるヘルムとベルトに付与されているエンチャント効果を使用して、通常と報復における酸ダメージの90%を物理ダメージに変換してしまえば凡その目標は達成できる。タカヒロが持ち得る無駄に厳選した装備ならば、2か所合計で96%の数値を変換することが可能なのだ。

 

~~~~

 

 とはいえ当該装備に変更することによって攻撃力が上がる一方で“体格”や“ヘルス”が減ることなどもあり、先にも述べたが物理方面の耐久性については若干の不安が残るのだ。かつてはカバーできる装備がどこにもなかったために、防御面を優先するならば自然と純粋物理報復となったワケである。

 しかしながら、ご存知ヘファイストスパワーで作られた装備によって、星座による回復効果や物理耐性・装甲値は強烈な値が確保されている。故に、その点に関する憂いはどこにもないのが現状だ。

 

 幸いにも、見た目なんぞは“幻影”で変えてしまえば良い。少しでも強くなるために色々とやってきた青年からすれば、この選択肢をドブに投げることなど在り得ない。

 収集癖が幸いして、三神報復ウォーロードに必要な装備は厳選済みで揃っている。そして何より、今までは“己が死なない”ことを最優先としたビルドだった。

 

 しかし、誰かを守るとなれば自発火力の高さも非常に重要となることは言うまでもない。ならば猶更のこと、目の前にある可能性を追わないという選択肢は在り得なく――――

 

 

「……また、パズルのやり直しというワケか」

 

 

 ここ10日間程の頑張りが、全くの無に消えた瞬間だ。溜息こそ出てしまうが、その顔は情熱が籠っていると表現して過言は無いだろう。

 ヘファイストスの逸品が腕と靴の部位である点も、まさに運命的な選択と言うしか言葉が無い。この現実こそ、三神報復ウォーロードにジョブチェンジしろと“お告げ”があったような運命と言えるだろう。

 

 

 ところで、先程から出てきている単語“三神”とはいったい何か。それはケアンと同じ世界にあるコルヴァンの地において、オカルティストが崇める3名の“魔神”を意味する言葉である。

 オカルティストとはジョブの1つであり、簡単に言えば毒・酸や呪詛を使う黒魔導士のような存在だ。召喚魔法も扱うことができ、その技法には、先の三神の力が使われている特徴を持っている。

 

 ・魔神:Solael(ソレイル)

 三神の最若年者で、業火と破壊に纏わる神。

 

 ・魔神:Bysmiel(ビスミール)

 三神のうち唯一の女性神で、主従関係に纏わる神。

 

 ・魔神:Dreeg(ドリーグ)

 三神の最年長者で、毒と再生に纏わる神。一番マトモな性格と言われている苦労神。

 

 そしてこの三神は、コルヴァンの地を乗っ取らんとして蘇ったコルヴァーク(太陽を司る原初の神)を潰すためにタカヒロを鉄砲玉として扱った集団でもある。三神報復ウォーロードに使う装備は、この三神のうち魔神ドリーグの力が込められた“神造防具”なのだ。

 鉄砲玉の射線が己に向かないか天界でヒヤヒヤしていたドリーグだが、これにて不安の1つが解消されたことだろう。恐らくは大手を振って、その道を選んだタカヒロを歓迎しているはずだ。

 

 

 そうと決まれば、さっそく装備を選定して計算のし直しだ。このビルドの特徴として手足以外の防具が固定される傾向があり、此度においては手足もヘファイストスの防具2種類で固定されているために、フリー枠としては指2か所とメダルのみ。

 故に、あまり時間は要さない。一応今のところは仮の域を出ないながらも、装備の選定は三日程度で終了した。

 

 まさに、己が望んでいた究極の装備となったと言っても過言はない。それによって増減したステータスポイントを“再構成のトニック(ポーション)”でリセットして振り直しているために、微細ながらも増加度合いは猶更だ。

 しかしながら、背中に刻まれた“ステイタス”は以前のままの数値となっているだろう。故に既存のままでは反映されない恐れがあるために、タカヒロは念を入れて、ヘスティアに対してステイタスの更新を申し出ている。

 

 

 

 

 場所は変わってホームの狭い空き部屋。椅子に座る第二眷属の背中を眺めるヘスティアは、鍛えられた直感から嫌な気配は感じ取っていた。

 眷属になってから3回目となる、ステイタス更新。それも此度は青年自ら望んでのモノであるために、警戒度合いは猶更である。日頃の行いは非常に大切だ。

 

 それでも青年は、己の眷属に他ならない。覚悟を決めてステイタスの更新を行ったのだが、やはり己の直感は正しかったと片眉を歪めている。

 

 

「……タカヒロ君。レベルは相変わらず100だし、その割に“器用(狡猾)”のアビリティが物凄く伸びてるのは、ベル君の前例があるから何も言わないよ」

「……そうか、ではこれで」

「待てい」

 

 

 何事もなかったかのように上半身裸のまま立ち去ろうとするタカヒロだが、その願いは叶わない。逃がすものかとヘスティアはガッチリと肩を掴んでおり、青年もまた強行突破する気は無い様だ。

 

 

「でもさ、1つ聞いていいかな?」

「問題でもあったのか?」

「その通りさ、コレを見てくれよ」

 

 

■アビリティ変化

 力 S :982 → B :710

 耐久Ex:6154→ Ex:5755

 器用C :686 → S :974

 敏捷I :0  → I :0

 魔力F :338 → F :330

 

 

「分かるだろ?なんで、(体格)耐久(ヘルス)魔力(精神)アビリティの値が“下がってる”んだい?」

「何もしていない」

「嘘を吐くなあああああ!今度は何をしたあああああ!!」

 

 

 珍しく棒読みの言い訳に対してガミガミと後ろからマシンガントークを放つヘスティアに対し、仏頂面は平常運転。この程度で沈まなくなった分、ヘスティアもまた成長を遂げているのだろう。

 今日も賑やかなヘスティア・ファミリア。此度においては秘密事項が口に出されていないが、主神の胃が休まる日は、まだ遥か先の日程なのかもしれない。

 

 

 そして、やっとこさ完成かと思い装備一覧を眺めた青年タカヒロ。しかしながら整理を行っていた際に、“とある装備の設計図”の存在に気づいてしまう。

 これを鍛冶の神に依頼したならば、どうなるか。結果はどうあれ、可能性があるならばチャレンジあるのみ。

 

 

 こちらのパズルが完成する日も、また少し先の話なのかもしれない。

 




 オラリオには居ない“三神”の説明が含まれていますが、紹介程度ということで。

■三神報復ウォーロードはVer1.1.7においてピンポイントで5656されました。それでもソコソコ強かったのですが1.1.9でトドメを刺された感じです。(本小説はVer1.1.5.4)
 物理変換のボーナス420%は装備や星座の恩恵込みの数値でして、ステイタスだけ(狡猾974)だと確か360%ぐらいだったと思います。

■アビリティ変化
 力 :S :982 → B :710
 耐久:Ex :6154 → Ex:5755
 器用:C :686 → S :974
 敏捷:I :0  → I :0
 魔力:F :338 → F :330
・ポイント振り分け
 体格:20pt
 狡猾:78pt(ヘスティアからの1pt含む)
 精神:10pt


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155話 ヘファイストスが本気を出すようです

 “善は急げ”というワケではないが、“思い立ったが吉日”とはよく言ったものだ。流石に真夜中に突撃するのは気が引けたのと少し検討をしたかったために翌日の昼過ぎとなり、タカヒロはヘファイストスのところへと足を運ぶべくホーム入り口のドアを開いた。

 

 

「おや。タカヒロ様、お出かけですか?」

「ああ、少し用事があってね。ヘファイストス・ファミリアのホームへ行ってくる」

「了解しました!」

 

 

 珍しくリリルカに見送られ、タカヒロはホームのドアを開き外に出る。強めの陽射しが午後であることを強調しており、もう少し日が強ければ、外へと出る意欲を減衰させてしまうだろう。

 ここ数日だけでも足を運ぶ頻度が多すぎるために、道中にて手土産となる焼き菓子を用意していた。この辺りの細やかな気配りは、何か物事を頼むうえでは大切なことと言えるだろう。決して“賄賂”ではない上に、そんな焼き菓子よりも、持ち得る素材(賄賂)の方が何百倍も効果的だ。

 

 贈り物用の袋を片手に、タカヒロはバベルの塔へと到着する。昨日の今日であるために代わり映えなどどこにもないが、ショールームに並ぶ武器防具の数々は、見ているだけでも飽きないものだ。

 その根底は、女性が衣服を眺める時に近いものがあるだろう。約束の時間までに少しあるためタカヒロもショールームの中を見学していると、後ろから声を掛けられた。

 

 

「タカヒロさん、お疲れ様です」

「おや、ヴェルフ君こそ。休憩だろうか?」

「はい、一区切りつきまして。ご用命ですか?」

「ああ、神ヘファイストスに頼み事があってね」

 

 

 タカヒロ曰く、“試しに防具を1つ作ってもらいに来た。”前回のガントレットの時を知っているヴェルフは、今度は何かと期待と緊張が半々である。

 時間もあるので立ち話と洒落込むこととなり、タカヒロは、自分の防具作成にヴェルフが関わっているかどうかを尋ねている。回答としては、雑用程度ながらも参加しているとの内容だ。

 

 とはいえ手伝いがてら作業を見ているヴェルフからしても、勉強になることが多すぎて逆に混乱する程の技術が湯水のように使われているらしい。その点で言えば、ベルとタカヒロの関係にも似ているだろう。

 だからこそヴェルフの技術は昔とは比較にならないものがあり、今しがたできた一振りの剣を持ってきたのだが、その差はタカヒロでも分かる程。それでいて彼の持ち味である使用者を想う心は欠片も損なわれていないという、性能は関係なしに“思わず使いたくなる”武器だ。

 

 素材の影響もあってエンチャントこそ発現していないが、それも時間の問題だろう。もしかしたら使うドロップアイテムによっては、既に付与することが可能かもしれない。

 至高の装備を作ってくれるヘファイストスとは違うベクトルで、この鍛冶師が作る武器も青年の中では小さな愉しみの1つである。彼女から比べればまだまだ(つぼみ)の存在がどう花開くか、思わず期待してしまう程だ。

 

 そんなことを考えていると時間になっており、タカヒロはヴェルフと別れてヘファイストスの執務室へと足を運ぶ。土産の袋を手渡して彼女がお礼を述べると、さっそく交渉の席に着いた。

 

 

「神ヘファイストス。納品して頂いたブーツの代金を納入したいのだが、1つ相談があってな」

「素材で収めるってことね!」

 

 

 もはや、以心伝心の一歩手前。彼女の言葉と共に互いに拳を突き出す動作を行い、ここに契約は決定した。

 なお、相変わらず納期については特に明記されていない。ヘファイストスからすれば己の野望を満たしてくれる装備を打つことができているために、逆に料金を支払いたいレベルにあるのは誰にも言えない秘密と言って良いだろう。

 

 それはさておき、タカヒロは新たな依頼を出すようだ。「次は何を打たせてくれるのかしら?」と目を輝かせるヘファイストスは、まるで贈り物を貰う寸前の恋人のような様相である。

 その点については僅かにも触れられることはなく、インベントリから取り出されたのは、とある“レア等級”となるベルトの設計図。かつてヘファイストスが目にしたことのあるレジェンダリー品質から比べれば、大したことのない代物かもしれない。

 

 

 問題は、その品質の違いにこそある。前回のヘファイストスの説明によると、レジェンダリー品質の設計図においては新たなエンチャントの上乗せは不可能という内容だった。

 この点については、タカヒロが作った場合においても同じことが言えるだろう。数値のブレこそあれど、彼が作った際に付与できる効能は、設計図に書かれた代物以外には在り得ない。

 

 しかしながら、タカヒロがレア等級の設計図を基に作った際は話が変わる。アイテム名の前に“接頭辞”、後ろには“接尾辞”と呼ばれる2種類の固有エンチャント、“Affix"が付与されることになるのだ。

 ならばヘファイストスが作った際にも同じことが起こるのではないかと考え、こうして足を運んだわけだ。まずは設計図を見てもらい、どの程度の余裕があるかを確認している。

 

 結果としては、ガントレットやブーツにあるような“オブ ザ オリンポス”のAffixを付与する余裕は無いらしい。そうそう美味しい話はないだろうなと予想はしていたタカヒロだが、少し肩を落とす結果である。

 とはいっても、ある程度のエモノを付与できる余裕はあるようだ。何が好みかと聞かれたタカヒロは希望するモノこそあるのだが、分かりづらいために現物を使って説明することを選んでいる。

 

 

「ところで、ここに別の設計図があるのだが……」

 

 

 そう言って取り出したのは、1枚の別の設計図。先ほどのモノよりも大きめであり、ヘファイストスはすかさず全体を見回した。

 しかし疑問に思うところがあるようで、不思議に思うような表情を隠せていない。手を口に当てて少しだけ首を傾げ、タカヒロに対して言葉を発した。

 

 

「これは……ヘルムの設計図かしら?」

「ああ。神話級に引けを取らない、“最上級品質(レジェンダリー)”だ」

 

 

 瞬間、やはりヘファイストスが向ける瞳が一変する。今までの数々と同じく、これもまた見たことのないモノであるために無理も無いと言えるだろう。

 

 

 アイテム名、“ターゴの兜”。レベル94以上で装備可能なクラフト専用のヘルムなのだが、1つを除いて効能は目立たないものがあり、本当にレジェンダリー品質なのかと疑う程の代物だ。ヘファイストスも詳細は分からずとも、図面を目にしただけでこの点を察知して、疑問符を浮かべていたというワケである。

 

 しかし、その一点だけで価値がある。ここに記載されている特徴的な内容、“酸ダメージのn%を物理ダメージに変換”という機能が唯一無二の特徴と言って良いだろう。

 ビルドの選択肢の一つとしてタカヒロが厳選した装備の1つであり、所持している現物ならば設定されている最大値となる“酸ダメージの36%を物理ダメージに変換する能力”を備えている。

 

 タカヒロが望んでいるのは、この変換能力というワケだ。ダブルレアMIとなる現在のベルトにも60%の酸ダメージを物理ダメージに変換する能力を筆頭として様々なエンチャントが備わっているのだが、無論、楽をして手に入れたモノではない。何十万という特定モンスターを倒した果てに得たドロップ率0.00数%の逸品を選択肢から省くという、まさに世紀の大変革である。

 更新後のレアベルトは設計図を基に作られるとはいえ、タカヒロが作ったところで、属性変換のエンチャントを付与することは不可能だ。しかし“オブ ザ オリンポス”のAffixを付与できるヘファイストスならば可能ではないか、また、どこまで伸ばすことができるのかと、大きな期待を寄せているのだ。

 

 

「なるほど。この兜が持っている、この部分の能力を、さっきの設計図、ベルトに付与するというわけね」

「ああ。物は試し程度でいいのだが、一度試してくれないだろうか。素材は全て持ち込もう」

「素材の在庫は十分かしら?」

「無論だ、300セットはあるだろう」

「オーケー、相変わらず頼もしいわね」

 

 

 ニヤリと口元を釣り上げたのち、ヘファイストスは「どうしたものか」と悩む動作に入っている。聞けば頭の中で設計図を組み立てているらしく、単純そうにみえて複雑になるようで、あまり上手くいっていないらしい。

 やはり紙に書いて仕上げた方がいいとのことで、今日はここで区切りとなった。急いでも仕方がないことと時間としても夕方であり、丁度良いタイミングだろう。とりあえず、二日後に経過確認の予定と相成った。

 

 

 二日後に訪れる約束を取り付けるも、やはり気を紛らわすために50階層への正規ルートでシャトルラン4往復している“一般人”。こっちもこっちで再び50階層でソロキャンをしていたオッタルは生暖かい目を向けているも、問題の相手は全くもって気にしていない。

 もっともオッタルからすれば、2往復目で前回同様に差し入れを貰って気合と備蓄は十二分。ついでに短時間だが打ち込み相手も行ってくれており、礼を述べると己も実力試しに、カドモスの討伐へと向かっていた。

 

 

「いない、だと……!?」

 

 

 しかし残念、既に全て討伐された後の祭り。“狩場”とは早い者勝ちなのだ、リポップまでには時間を要することだろう。

 もちろん原因は、上へと登っていったソロプレイヤーである。上機嫌である上に目の前に絶好のカドモス(ベンチマーク)が居るとなれば、やることは一つに他ならない。ケアンの地に居た、如何なる攻撃に対しても絶対に壊れない“案山子(KAKASHI)”がオラリオには存在していないために、カドモスが割を食っている状況だ。

 

 

 そんなこんなで時は流れ、青年は約束の時間にヘファイストス・ファミリアへと訪れる。ガントレットの時と同じく、机の上には1つのベルトが乗せられている。

 アイテム名、“フィジクス・ドリーグ ヴェノムスパイン ガードル・オブ コンバージョン”。文字通りの未知のAffixであり、ガントレットの時と同じく期待に胸が躍ってしまっている。

 

 接頭辞であるフィジクス(Physics)とは、“物理”を意味する。接尾辞のコンバージョンとは“変換”であるために、接頭辞と接尾辞がセットとなって効果を発揮するモノなのだろうかとタカヒロは物思いにふけっている。

 ケアンの地においては二つセットで機能するようなAffixは無く、タカヒロも現物を見て期待と共に少し首を傾げた程。作成者のヘファイストス曰く、「単に1つの属性を変換することに全力を注いだ」とのことで、こうなっているのかもしれない。

 

 完全なオリジナルではなくケアンが産地であるがために、デュランダルは付与する必要はない。ともあれ、神が作った逸品であることに変わりはないと言えるだろう。

 許可を貰い、タカヒロはベルトを手に取って確認する。さて何パーセントの数値が変換されるのかと期待して値を見れば、いつかのガントレットの時と同じレベルの衝撃波に襲われた。

 

 

■フィジクス・ドリーグ ヴェノムスパイン ガードル・オブ コンバージョン

・レア ベルト

・102 装甲

+5% ヘルス

+14% カオス耐性

+1150 毒報復 (5 秒間で)

+55% 全報復ダメージ

+1 オースキーパーの全スキル

毒・酸ダメージの95%を物理ダメージに変換(ヘファイストスが付与)

エレメンタルダメージの12%を物理ダメージに変換(ヘファイストスが付与)

 

 

「毒も酸も似たようなモノだし、もうちょっとエンチャントを付与できそうだったから、ついでに他のダメージも変換しておいたわ!」

「やっぱアンタ史上最高の女神だろ」

 

 

 どっどどドヤドヤ。もっと褒めて良いのよ!と言わんばかりに胸を張り両脇に手を添えてエッヘン顔のヘファイストスは鼻高々で、職人よろしく「一仕事終えたぜ」と言わんばかりの満足げな表情だ。

 

 

 実のところ設計だけで二徹している、己の趣味に全力なこの女神。当たり前のように毒ダメージまで物理に変換しているというオマケ付き。

 彼女が口にした言葉、「毒も酸も似たようなモノでしょう?」。確かにヘスティアの胃袋に対しては五十歩百歩かもしれないが、少なくともタカヒロにとっては全くの別モノだ。彼にとっては嬉しい副産物とはいえ、相変わらずヘファイストスという神は、やること成すことがケアン基準においても常識の範囲に収まらない。

 

 「いらなかったら付与しないから言ってね!」と口に出すヘファイストスだが、この10%程度の属性変換でも1%程度は火力が向上するのである。話を蒸し返すが、“神をも殺せる火力”の1%だ。

 

 

 それを捨てるなんて、とんでもない。たった1%とは言えど、物理攻撃を運用するビルドとなれば必ず攻撃性能が上がる代物(エンチャント)なのだ。

 

 

「ふふふ、もっと褒めて良いのよ!」

「希望の貢ぎ物は?」

「深層の素材マシマシで!」

「了解した、また今度持ってくる」

 

 

 期待してるわ!とウキウキで答えるヘファイストスは、94階層の素材を要求中。言葉を受けたタカヒロは“またアレをやるか”と計画を練っており、同じファミリアの者とダンジョンに潜っているベルとリリルカの背筋に寒気が走った。

 ちなみに指輪やアミュレットなどの装飾品では小さすぎて、この効果を乗せることはできないらしい。タカヒロからすればノーマルの“ケアンの復讐者”辺りは既に凄まじい効果を持っているのだが、そこはプロにしか分からない制約があるのだろう。

 

 しかし、ここまできたら酸ダメージが100%変換できるのではないかと思えてしまうタカヒロ。己が作れるものではないために心苦しいところもあるのだが、そこはやはり“厳選”の対象だ。

 設計図を基にした作成については再作成依頼の可能性を伝えているために、その点についても問題はないだろう。しっかりと理由を説明し、此度はその条件を発動することとなる。

 

 酸から物理への変換が95%となっている内容を伝えると、ヘファイストスもプライドがあるのか表情が歪んでいる。やはり「そんな中途半端な代物は納品できない」と言葉を残しており、戦闘態勢へとスイッチした。

 とはいっても、無駄に作り直すだけでは意味がない。「少し時間をくれ」と言葉を残したタカヒロはホームである竈火(かまど)の館へと戻り、夜になってバベルの塔へと帰ってくるのであった。

 

 

「え、えっと、ヘファイストス様、装備の作成をお願いします!」

「分かったわ!条件は、タカヒロさんが指定した前回と同じ内容ね!?」

「は、はい!」

 

 

 ということで、何かと便利な乱数調整役……もとい幸運持ち(ベル・クラネル)が連れてこられたというワケだ。内容は全く分かっていないのだが、ヘファイストスが見せるあまりの気迫に押されており、苦笑いにて応対を見せてしまっている。

 そんなこんなで毒・酸ダメージを100%、エレメンタルダメージを11%も物理ダメージに変換してしまう恐ろしいベルトが作られた。これにてヘルムの制約が解かれているために、今回の装備更新における強化の度合いは猶更酷いこととなるだろう。

 

 

 それでも使用者は、既に壊れている“ぶっ壊れ”。それが更に壊れたところで、やはり傍から見れば大差はない為に問題は生まれないのであった。

 




Q:ヘファイストスが作ったベルトって、どれだけ強いの?
A:(前話で)三神報復ウォーロードを目指したタカヒロからすればエクスカリバー級の逸品。このベルトのおかげでヘルムがフリーに選べるので、火力・防御力ともに大きく上昇する。ヘファイストスが「似たようなモノ」っていう軽いノリで毒ダメージまで物理変換しているので輪をかけて酷いことに。

今更ですが、本作で一番ぶっ壊れているのはヘファイストスだと思います……。


Targo's Helm(ターゴの兜)
■レジェンダリー:ヘビーヘルム
■要求レベル:94
■要求体格:915
1666 装甲
70 体内損傷/5s
+84% 物理ダメージ
+67% 刺突ダメージ
+84% 体内損傷ダメージ
+30% 酸→物理 変換
+28% エレメンタル耐性
+5% スキルクールダウン短縮
+1 オースキーパー全スキル
+1 ナイトブレイド全スキル
+50 物理ダメージ : ジャッジメント
+200 体内損傷/2s : ジャッジメント
+60 物理ダメージ : アマラスタのブレイド バースト
+100% 冷気→物理 変換 : アマラスタのブレイド バースト

ターゴの兜はVer1.1.7.0で
酸→物理が
エレメンタル→物理変換に変更されました。南無。


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156話 ご機嫌取り

甘未補給


 

 オラリオは夏と秋の境目を過ぎた頃。なのだが本日の日差しは残業を嫌うかのごとく仕事をしておらず、厚い雲に隠れている。

 時折みられる少し力強い風の影響か、それほど湿気はないために、過ごしやすい空気と言えるだろう。過ぎゆく夏を名残惜しそうに水辺ではしゃぎ回る子供たちを保護者たちがすぐ傍で見守る様相は、なんとも風情ある光景となっている。

 

 オラリオの外れにある人気の少ないエリアにおいては、少しの熱気が見えている。今日のオラリオは一般の者にとっては過ごしやすい天気と言えど、そこに居る当該者となれば天気以前の話となり、事情は大きく変わってしまう。

 分厚い雲海が奏でる空模様は、とある青年が居る場の空気と似ていると言っても過言はないだろう。少し離れたところからワイワイガヤガヤと響く活気は、周囲に対して二人の会話内容に霧をかけるには十分だ。

 

 

「悪かった、この通りだ」

 

 

 レベル100とて彼女の前では頭が上がらないらしく、目を閉じて、静かに拝むように手を合わせる。片目でチラっと相手を見るも“ぶっすーっ”と表現することができる擬音と共に明らかに不貞腐れる、一人の女性がそこに居た。

 

 時折感じる風に揺れるきめ細かな翡翠の髪は、持ち得るツンツン気分と相まって少し動きが大きいだろうか。半目となっている翡翠の瞳の下で膨れる片頬、軽食とはいえ食事のテーブルだというのに肘は卓上で逆の頬を支えている。

 その人物の名を、リヴェリア・リヨス・アールヴ(ポンコツ・lol・エルフ)。相方の3桁レベルよろしくコレが齢■■■(検閲済)なのかと考えると、疑問符しか芽生えない。とはいっても、現実として起こっている光景であることに間違いはない内容だ。

 

 

 このような光景が作られている理由としては、凄まじく単純だ。レヴィス事件や装備更新など行事(事件)が経て続いたために、早い話がリヴェリアと会ったのが耐性パズルを組んでいた際の1時間だけだったという内容である。

 更には、受け答えも宜しくない。「どこに行っていたのだ」と聞かれた際に「神ヘファイストスへ会いに行っていた」と、正解ながらもこのような回答を行っているために、結果として不貞腐れるハイエルフが誕生したわけだ。

 

 開店直後のために人気のないカフェのテラス席で腕を組み、明後日の方向に顔を向けている。頬は気持ち赤く、アイズ宜しく片頬は僅かに膨れているのだが相手の事が気になる点は正直であり、数秒に一度の頻度で視線が相手に向けられているのは可愛らしい点だ。

 もちろんリヴェリアとて怒っているわけではなく、最近は構ってもらえず拗ねているだけに過ぎない光景。それでも男側が謝罪の姿勢を見せなければならないのは、この手におけるセオリーと言ったところだろう。

 

 

 問題はこれからタカヒロの口から出される謝罪の内容であり、一歩間違えば状況は悪化する。誰が悪いかとなれば彼女をほったらかしていた彼であるために、あまり文句を言える立場でもないだろう。

 また、彼とて彼女を蔑ろにするつもりは全く無いのが実情だ。どう口を開いたものかと悩むタカヒロは、対黒竜以上に難しい状況を前にして冷や汗が浮かんでいる。

 

 

 ――――実は装備の更新に奔走していた。

 装備と彼女のどちらが大切かとなった際に回答に困る。両方守る以外にあり得ないが、却下。

 

 ――――ここのケーキの味はどうだ?

 相手は先ほどから一口も手を付けていない、却下。

 

 ――――ロキ・ファミリアの調子はどうだ?

 仕事を中断して来ている可能性がある、却下。

 

 ――――レフィーヤ君の成長はどうだ?

 他の女の名前が出るために却下。

 

 ――――アイズ君とベル君の関係はどうだ?

 似たような理由により却下、そもそも今は此方の関係の方が問題である。

 

 ――――愛してる!

 唐突過ぎるので却下、本日は圧倒的に下積み不足。

 

 

 とここで、卓上に置かれた、互いに注文したケーキが目に留まる。リヴェリアはフルーツタルトのようなもの、一方のタカヒロはチーズケーキとなっており全く違うジャンルだったのだ。

 だからこそ、1つの手法が浮かんでくる。“構ってあげる”ことを満たしたうえで別の欲求も満たすことができるかと、彼は、さっそくフォークを手に取った。

 

 

「むっ……。そう来たか」

 

 

 不貞腐れる彼女の前に、チーズケーキの一部が乗せられたフォークが差し出される。以前のデートで甘味が好きなことは知っていたタカヒロが、起死回生の一手に選んだ内容であった。

 どうしたものかと反応するリヴェリアとしては、チーズケーキも美味しそうで食べてみたかったのが本音である。しかしケーキ2種類の注文は相手に対して食い気の印象を与えてしまうために、脳内戦争を征してフルーツタルトを選んでいたのであった。

 

 故に、この選択は有難い。一口ながらもフルーツタルトとはまた違った甘味であることと拗ね具合を長引かせるのもよくないかと考え、彼女はパクッと口にして、ここで折れることとなった。

 しかし残念、相手の行動はソレで終わらない。彼女がそれに気づく間もなくチーズケーキの一部を“同じ”フォークで切り取ると、今度は己の口に頬張ったのだ。

 

 

「なっ!?」

 

 

 早い話が、フォーク越しの間接キス。間接どころかそれよりも上位を経験したことなど今に始まったイベントではないが、リヴェリアはこのようなシチュエーションに対する耐性が無いために“こうかはばつぐん”なのである。

 彼女に芽生える驚き、そして羞恥。しかし感情表現に乏しい相手が今のような事をしてくれた嬉しさから、長い耳が細やかに動く。秒間当たりの動作回数こそ少ないが雛鳥が羽ばたくように動く様は、エルフスキーのハートを掴むには十分すぎる代物と言って良いだろう。

 

 そして男は掴んだ流れを手放さず、追撃へと移行する。普段は新しい服に対して「似合っている」程度の表現に留めるこの男、ここぞとばかりに表情を崩して「可愛い所もあるな」との表現を繰り出すのだ。

 攻撃が向けられる彼女からすれば、回避不可能の全力右ストレートに他ならない。滅多に口にしないからこそ、このような場面では一層のこと活きるのだ。意図せずしてカウンターとなっている点は職業病だろう。

 

 

 リヴェリアが抱いた驚きは一転、嬉し恥ずかし。食欲という三大欲求の1つが支配する領域すらも全てを投げ捨て先の2つの感情が渦巻く彼女は、どう頑張っても相手に顔を向けることができていない。

 いつか言葉を貰った時以上に、だらしなく緩んでいる。己の方が年上である事を無駄に意識して「しっかりせねば」と普段から気合を入れているだけに、このような姿は見せたくないようなのだ。

 

 

「自分は、そんな君の顔が大好きなのだがね」

「っ~~~~!!」

 

 

 身を乗り出した笑顔の青年の手によって、向いていた方向の頬に手が添えられる。言葉と共にそのまま顔を動かされて視線を合わせられてしまい、リヴェリアは“もう助からないゾ”な状況に追い込まれてしまっていた。

 久々耳の先まで真っ赤に染め合上げた様相は、似たような表情を知っている青年からしても果てしなく可愛らしいものがある。この場にベートが居れば「トマト野郎」と口にして、数秒の内に空中散歩と洒落込んでいたことだろう。

 

 人詠んで“恋愛kszk(クソ雑魚)ハイエルフ”、ここに完全敗北。付き合い始めてから暫く経っているのだが、今だ初々しさは抜けないらしい。

 もしくは、そこの捻くれ者が“そうなるように”しているのか。事実は、本人にしか分からない。

 

 先程から一口も減っていないフルーツタルトに意思があれば、自分は何のために提供されたのかと疑問符を浮かべることだろう。もはやリヴェリアが抱く思考は、ケーキに向けられている余裕は無いと言って過言はない。

 かと思いきや、一通り茹った彼女は吹っ切れる。フォークをザックリと刺して大口にケーキを放り込み始め、ものの1分かからずフルーツタルト軍曹は殉職した。

 

 

 再び明後日の方向を向いてしまった彼女だが、やはり先の言葉をくれた相手の反応は気になるのだろう。視線逸らしは10秒と持たず、チラリチラリと少しだけ顔を動かすとともに横目で相手を見ている程だ。

 “何アレ可愛すぎない”と本音ながらも抱いても仕方のない感情が生まれる青年は、目に映る景色をいつまでも眺めていたい気持ちに浸ってしまう。とはいえ放置しすぎると拗ねることは目に見えているために、どうするかと考えて行動に移した。

 

 タカヒロは、新たなケーキを注文したのだ。フルーツタルトでもチーズケーキでもない、表現するならばチョコレートケーキのような分類だ。

 これならば、フルーツタルトのあとに食しても味負けすることはないだろう。彼女が2つ目を注文しづらいかと考え、己が動いたというワケだ。

 

 ウェイトレスから受け取り、場に二人だけとなった時に彼女の前へと差し出している。カチャリと皿が机に置かれる音と共に今一度正面を向いた彼女は、目の前に運ばれてくる焦げ茶色の物体と相手の顔を交互に見た。

 

 

「よかったら、半分どうだ?」

 

 

 己と共に、相手もまた表情以外は通常モード。言葉の出だしは本音とは程遠い内容ながらも、リヴェリアならば胸の内は汲み取れる。

 おおかた、良くない言葉を使えば“餌付け”や“ご機嫌取り”の類であることは分かっている。しかし2つ目を注文しにくい己の立場を分かってくれており、それでいて行動に移してくれることが嬉しくて仕方ないのだ。

 

 今度は逆に、茶色いケーキの一部が乗ったフォークを彼女が差し出す。顔は何処か斜め方向を向いており、素直になれなさそうなツンツン具合が見えている。

 とはいえここで口にしないという選択肢は在り得ないし、万が一があったとしても取らない方が賢明だ。だからこそタカヒロは彼女を真似、身を乗り出してフォークの先を口に含む。

 

 

「……仲直りだ」

 

 

 ここでその言葉は卑怯、とでも言わんばかりに。まさかのカウンターを食らったタカヒロは咳き込みつつ、口に含んだチョコレートケーキを噴出さないように手で押さえるので必死だった。

 そもそもにおいて、喧嘩をしている気などサラサラない。それはリヴェリアも同じであり、なんで今の言葉が出たのかと脳内を疑問符が駆け巡っている程のものがある。

 

 俗に言う“ツンツン具合”が芽生えてきているのが己でも分かるが、同時に穏やかさも芽生えている。やはり“リヴェリア”という存在しか見てくれない彼の前では、自分は子供に戻ってしまうのだなと今更ながらも実感した格好だ。

 このような場面ならば少し拗ねた表情を見せていれば、彼は構ってくれる……はずだ。もっとも青年としては先ほどの“何アレ可愛すぎない”の姿が大好物であるために無限ループに陥りかねないのだが、それを知るのも止める者も誰も居ない。

 

 

 それでもリヴェリアは、なんだかんだで2つ目のケーキも満足気に完食済み。食後の紅茶に舌鼓を打ちながら、互いのムードはすっかり普段通りの様相だ。

 故に話題は無限ループの前に戻っており、ここ10日間程は何をしていたのかという内容へとチェンジしている。装備更新だと答えるタカヒロに対し、リヴェリアが問いを投げた。

 

 

「私も素人だが、お前が身に付ける装備は既に一流のモノだろう。あれ程のモノに、更新の余地があるのか?」

「余地を探って、死に物狂いで見つけるのさ。これで十分と決めつけてしまっては、今より上は望めないというのが持論でね。今で十分とするならば、最悪は現状を維持することも難しい」

 

 

 あれ程の強さを持つ彼が、いつも上を見ていたことは知っていた。他に誰も見たことがないという50階層での鍛錬の様子も見せて貰ったからこそ、今の言葉が上辺だけでないことはよく分かる。

 常に改善を探る、かつての会計処理の時に目にしたその姿勢。対象が彼だという点を除いたとしても間違いなくリヴェリアが好む姿勢であり、彼女は「間違いない」という言葉と笑みと共に返事を行った。

 

 とここでタカヒロは、彼女のために一品を作ってあげようかと意気込んでいることを伝えている。昔も今も己の為だったとはいえ折角集めた素材が数多くあるのだから、中々のモノができるだろう。

 

 

「色々と素材を集めていてな。そうだ、君のアクセサリーでも作るか?」

「いや、私は……」

 

 

 しかしながら返されたのは、予想外の内容であった。遠回しながらもまさかの「要らない」という内容に、これまた珍しくタカヒロの顔が絶望へとチェンジしている。

 たどたどしく話を聞くに、リヴェリア曰く「ヘファイストスが打つものだと思っていた」らしい。ここ数日においてタカヒロが会いに行っていた相手であるために、嫉妬心が丸出しの回答であったのだ。

 

 そんな感情も、青年のお手製と知れば話は別。クリスマスプレゼントを待つ子供のように目は輝きを増しており、今すぐにでも欲しいと言い出しかねない様相だ。

 相方お手製のプレゼントとなれば性別年齢関係なしに嬉しいものがある上に、此度の主目標であったご機嫌取りには十分だ。もっとも機嫌の点はさておくとしても、そんな相手の顔を目にしてタカヒロのなかのやる気スイッチが押されているのは仕方のない話だろう。

 

 

 装備可能レベルが発生するためにケアン産の素材をメインとして使うわけにはいかないだろうが、奇遇にも己の趣味は装備コレクト。階層なんて分からないものの、ソコソコの素材は揃っている。

 もっともヘスティア・ファミリアには鍛冶に使用する道具一式が無いために、作るとなればまたヘファイストス・ファミリアへと赴く必要があるのは間違いない。しかしながらそれは口に出さず、いつか完成させることを約束して、二人は会計を終えると散歩へと繰り出したのであった。

 

 

 

 杖か、ローブか、はたまた別の何かか。タカヒロの心と、時と場合によってはヘスティアの胃は、少しの騒がしさを見せるだろう。

 




■もう助からないゾ
⇒航空機事故調査番組“メーデー”で有名な翻訳ネタ。墜落する飛行機から緊急事態宣言を受け取った管制官が、思わず(?)言い放った言葉。
 「エンジンが両方とも停止したと聞いて、私は確か、こう言ったと思います。なんて事だ、もう助からないゾ」
 ちなみに翻訳前は「Holy Cow. I'm talking to a “dead man”.(なんてことだ。私は死人と交信している)」で、作者としては原文の方が「酷ェ…」と思ってしまいました。


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157話 装備二つ

 ご機嫌取りの二日後。ヘスティア・ファミリアの裏庭に、ヘファイストスと椿、そしてヴェルフの姿が揃っていた。ヘスティア・ファミリア側はタカヒロとレヴィス、ベル・クラネルの三名である。

 ヘスティアはアルバイトにつき欠席だ。決して、何かを予感して逃げたワケではない。

 

 この6人が集った理由としては、タカヒロとレヴィスによって依頼されていた武器を納品するため。ヘファイストス・ファミリアでは振り回せる場所がなかったこともあり、こうしてヘスティア・ファミリアへ直接持参する形となったのだ。

 

 

「しばらく振りだな戦士タカヒロ。まさに素晴らしい素材だった、久々に腕が鳴ったというものだ」

「それは何より。得物の仕上がりは如何だろうか?」

「頂いた素材は手前がキッチリと使わせて頂いてな、戦士レヴィス要望の一振りを用意したぞ。まったく、主神様がしょっちゅう訪ねてきて失敗するかと思った程だ」

「だってだって、あんな素材なんて見たことないから仕方ないじゃない!」

 

 

 椿の左肩を掴み駄々を捏ねて幼児化するヘファイストスを、ヴェルフが両手で引き剥がす。公衆の面前で何をやっているんだと言わんばかりに溜息を吐いており、本当に稀ながらも時たま発症するポンコツ症状に頭を悩ませていた。病原菌は目の前に存在するも、排除するには神々の力が必須の為に難病である。

 そんな漫才も終わり、椿は、背中に携えていた得物を両手で手に取って前へと出す。全体は布でグルグル巻きにされているが、刃の先端から持ち手までの長さ150センチ程もある立派な両手剣であることは伺えた。

 

 レヴィスが注文した得物であり、タカヒロが持ってきた素材によって作られた一振りである。集中すると工房に閉じこもる癖を持つ椿が輪をかけて閉じ篭り、ああだ、こうだと唸りながら完成した代物だ。

 色々と説明する椿曰く、最初はタカヒロの評価が欲しいとのこと。素材を持ち込んだこともあってレヴィスも了承しており、タカヒロは剣の柄を握って布を解いた。

 

 形状としては、本当に一般的な両刃の大剣。刃と刃の間も広く取られており厚みもあるために、薙ぎ払って良し、突いて良しの運用が可能だろう。

 そして、問題はエンチャントだ。椿曰く「頑張った」とのことで、何かしらが付与されているらしい。不壊属性(デュランダル)以外のAffixが見えていたタカヒロは、エンチャントの性能を確認した。

 

 

■アンブレイカブル・バスターソード・オブ デストロイヤー

武器ダメージ??~??

不壊属性(デュランダル)

-10% 最終ダメージ修正

+15% 物理ダメージ

+15% 出血ダメージ

+15% 体内損傷ダメージ

+5% 物理耐性

 

 

 付与された不壊属性(デュランダル)によって減った最終ダメージを、実質的に各種エンチャントで補っている格好と言って良いだろう。いずれにせよ間違いのない逸品であり、レベル10という存在が持つに相応しい武器である。

 

 前回にタカヒロが見た斧と違う点は、エンチャントの方向性だ。斧の方は出血と体内損傷の基礎ダメージを付与するモノだったのだが、こちらは属性ダメージの効果を上げる方向性。

 つまり、誰が使っても属性ダメージを発生させることができる前者に対し、後者はテクニックが必要となる。それでも発生したならば、これらのエンチャントは確実に生きるだろう。

 

 そのことを説明するタカヒロだが、レベル10とはいえ、生憎とレヴィスの器用さは非常に低い。だからこそメンタルにダイレクトアタックされているレヴィスだが、「腕を磨け」とタカヒロに発破をかけられている。

 そして己の一振りに与えられる評価が気になり目をキラキラさせ問いを投げる椿だが、装備評論家が右手で掲げている剣はまだ振られていない。タカヒロは裏庭へと足を運ぶと、集団と少し距離を取った。

 

 

「おおっ……」

「すげぇ……」

「相変わらず、見事ね」

 

 

 残像と共に振るわれる大剣は3秒後に、地面に対してピタリと水平に構えられる。最後に起こった風圧が頬を撫でる感覚は、ヘファイストス・ファミリアの者達に対して驚きと同時に冷や汗も引き起こした。

 前回の斧と同じく重心などのチェックを行っていたタカヒロの評価としては、やはりエンチャントの内容も含めて逸品の類であることに間違いはない模様。ここから先は、個人の好みの範疇になるとのことだ。

 

 

「なるほど、見事な一振りだ」

「気に入って頂けたか?」

「無論だ」

 

 

 続いて大剣を受け取り素振りするレヴィスだが、今までの武器とは明らかに違う感覚に驚いている。深い言葉で示すことはできないが、まさに手に馴染む感覚と言える程。

 これならば、怪人だった頃にも引けを取らない戦闘能力となるだろう。文句の付け所などどこにもなく、アーマーの類はまだ仕上がっていないが、これにて武器は納品となった。

 

 金額については、未知すぎる素材を持ち込んでくれたお礼ということで金属類の費用のみとなる破格の2000万ヴァリスポッキリらしい。とは言ってもレヴィスは一文無しであるために、事前に相談済みであったものの利息無しのローンとなった。

 恐らくは試し斬りがてら、そのうち51階層でカドモスが犠牲になることだろう。二体ほどが犠牲になれば返済は可能であるために、さして問題はないはずだ。

 

 その後はベルも手に持つなどして、大剣の感触を味わっている。使いにくいということは無いが、普段がナイフの二刀流であるだけに違和感は強いものがあるようだ。

 

 

 椿の用事が終わったために、次はヴェルフの用事である。取り出した少し大きめの木箱に入れられた短剣に気づいたベルだが、少年は武器を発注していない。

 誰のものだろうかと考えるも、やはりベル・クラネル用という回答だ。タカヒロが発注したのかと顔を向けるも、背景を知っているタカヒロは、違うと言いたげな表情を返している。

 

 

「そしてこれは、ベルの為の短剣だ。短剣と言ってもナイフに近いんだが、これは俺が渡すよりも……」

「あ、アイズさん……?」

 

 

 いつの間に潜んでいたのか、建物の陰からヒョッコリと現れるアイズ・ヴァレンシュタイン。帯剣こそしているがワンピース姿であり、少しおめかししたのか簡易的な髪飾りも伺える。

 トコトコと歩みを進めて、ヴェルフの所へと移動して。彼女がベルのために発注したナイフを、彼女自身の手によって渡す。

 

 

 

 ――――という内容が、(えが)いていた筋書きであった。

 

 

 

 が、しかし。何を隠そう、今この場にはレヴィスという宿敵が存在しているのだ。もとよりヘファイストス・ファミリアとヘスティアとだけ打ち合わせを行っていたために、彼女が居ることなど知る由もない。

 歩みを進めている最中は、緊張から気づかなかったのだろう。ナイフの入った木箱を受け取ってくるりと振り返った瞬間、まさかの姿を瞳に捉えて石と化してしまっている。

 

 

 アイズ視点においてモンスターか人間か決めかねていた、不確かな命。どちらかと言えば判定はモンスターへとウェイトが傾いており、次に出会えば仕留めると意気込んでいた存在だ。

 しかし今のレヴィスは、間違いのない人間という雰囲気をかもし出している。何がどうなったか分からないアイズは、父タカヒロに顔を向けて説明を求めていた。

 

 流石に機密情報が満載であるために、タカヒロはレヴィスとアイズを連れて集団と距離を取った。当時の50階層における状況が説明されるも、ベルがお姫様抱っこをしていた点は伏せられている。

 

 それでも、ベルが彼女に向けた心配の気持ちはアイズ・ヴァレンシュタインも汲み取っていた。普段から人助けのような仕草を見せるベルの姿は彼女も大好きな一面であり、だからこそ相手がかつての敵だろうとも、理由があるならば許せると思えてしまっている。相手が美女の類であるために嫉妬心も少し顔を出してしまっているが、その点については仕方なし。

 そして手法もまた伏せられたが、どうにかして怪人から人間に戻すことに成功したことを口にした。アイズを狙った点についてはレヴィス本人から説明と謝罪が口にされており、今後はオラリオの為に戦う事についても触れられている。レヴィスの瞳を見据えるアイズは、相手の真剣さを感じ取っていた。

 

 

 ――――人間に戻った下りについては全くもって理解できないが、タカヒロが問題ないと言うのだから大丈夫なのだろう。

 

 

 それが、アイズ・ヴァレンシュタインが辿り着いた答えだった。中々に単純ながらも、確かな信頼の証である。

 ということで問題はインスタントに解決しており、恋する少女の計画は問題なく続行される。木箱を両手で抱えてベルの前に立つと、渡すような動作で前に差し出した。

 

 

「……アイズ、ナイフ」

「えっ?」

「……私からの、プレゼント。アイズ・ナイフ、だよ」

 

 

 かつての鍛錬において、ヘスティア・ナイフを知って対抗心を燃やしていたアイズ・ヴァレンシュタイン。しかしながら武器のことなど素人であり、ベルの好みも含めて、何が良いのかなど全くもって分からなかった。

 故に彼女が相談した相手が、信頼できる装備キチというワケである。ロキ・ファミリアにもナイフを使う者は居るが二刀流は居らず、持ち得る技術の差も雲泥であるために、プレゼントしようとしているナイフが役立つのか不安だった点も理由の一つだろう。一応はベート・ローガも短剣を使っているが、ベルと一緒に砂浜を駆け巡って居そうである為に、彼女の中で“危ない”判定が下されている。

 

 もちろん装備の事となって、タカヒロという男が妥協するはずもない。しかし単に強ければ良いという事もなく、ケアン産の素材をベースとする事は良くないと考えを巡らせていた。

 そこで前回62階層付近へと赴いた時に手に入れていた、アザラシらしいモンスターの牙はどうかと手に取ったわけだ。試しに一つを使ってみたヴェルフ曰く、攻撃力よりも耐久力に優れているということで、これを使うかと考えてアイズとヴェルフとの三人で打ち合わせを行っていたのだ。

 

 以前に希少金属(アダマンタイト)と同じ性質を持つミノタウロスの角を成形し、“ミノ短”を作ったのと同じ原理の武器作成。階層主のドロップアイテムでこそなけれど60階層付近の産物ということで、性能面もお墨付きだ。

 作られたナイフは、攻撃ではなく防御向き。もっとも素材と向上したヴェルフの腕とも相まって、打ちなおしたヘスティア・ナイフと同等の耐久性能を備る逸品である。

 

 攻撃力だけならば、使用金属の差もあってヘスティア・ナイフが上回ることだろう。「贈り物に高すぎる品も良くない(当社比)」との意見がタカヒロから出され、結果としてこの程度の性能に落ち着いたというワケだ。

 もちろんヴェルフに依頼する技術料は、しっかりとアイズが支払っている。損得の話ではない上に、その話を持ち出すとしても、59階層で助けてもらった御礼がある為に猶更の事だろう。

 

 そんな点はさておきアイズからのプレゼントというネタ晴らしをするも、嬉しさのあまりベル・クラネルはお目目キラキラで舞い上がっている。さっそくの試し切りと言うことで新しい得物を手に手加減するレヴィスと共に打ち合いが始まっており、軽快な金属音が響いていた。

 とはいえ周囲からすれば、単純な打ち合いには映らない。片や対人戦闘で鍛えられたレベル4詐欺、片や泣く子も黙るレベル2桁ということで、抱く感情は様々だ。

 

 

「レヴィス、強い……」

 

 

 驚くアイズの反応も仕方のない事だろう、伏せられてこそいるがレヴィスのレベルは10なのだ。あのベル・クラネルと打ち合っていることに驚くヴェルフなど、驚き方は人それぞれと言って良いだろう。

 強さにも驚くアイズだが、真の驚きはベルの攻撃に振り回されていない点にある。実の所はパワーに身を任せて防ぎきっているだけなのだが、今のアイズの中ではレヴィスに対して“負けられない”という感情が渦巻いているために、それに気づく余地はない。

 

 

「どうした突っ立っているだけか。来い、“アイズ”――――!」

「っ、負けない――――!」

 

 

 鳴り響く、金属同士がぶつかり合う打撃音。数秒に一度ではなく瞬きが行われる時間で繰り返されるぶつかり合いは、第一級冒険者、そのなかでも更に一握りの領域に居る者達の実力を示している。

 手数のベルに対し、どちらかと言えばレヴィスと同じタイプになるパワーヒッターがアイズのスタイル。故に鳴り響く音色の頻度も強さもベルとは異なっており、分かりやすく言えば“力強い”。

 

 ベルが放つ一撃一撃が“目で追うことができない”と感じ取っていたヴェルフだが、アイズの一撃は“見えない”と表現できる程。これはレベル4とレベル6が持ち得るポテンシャルの差であり、レベル2であるヴェルフではレベル6の動きは“それ程”の域に達している。

 事実アイズの一撃をレヴィスが正面から受けたならば、生じる空気の衝撃は観客の髪を後ろに大きくなびかせる程。もしこれを並のモンスターが受けたならば、真っ二つとなっていることだろう。

 

 とはいえ流石にレベル10を揺るがす程ではなく、一撃が全く通じない現実を前に段々とマジモードになっているのはご愛敬。どこぞの自称一般人に挑んだ時の事を思い出しているのかどうかは、彼女だけが知ることだ。

 一方の椿はレベル5ということもあり、一応はついていく事ができている。それでも自称レベル4が見せるトリッキーすぎる動きや明らか手を抜いているレベル10を前にして、己もまだまだと受け取っている点は仕方のない事だろう。

 

 

「……あやつら、防具無しで激しいのぅ……」

「こうして見ると、やっぱすげーな、ベル……」

 

 

 数名が呆れる中で、三人の鍛錬は続いていく。ベルとアイズが組んだ時の強さ、コンビネーションの良さは圧倒的であり、レヴィスは時折加減を緩めなければ持ちこたえることができない域に達している。

 逆にベルがレヴィスと組んでの連携プレイに対し、アイズは明らかに不貞腐れる。器用さで劣るレヴィスはベルの横に顔を持ってきて対策を練るなど、非常に距離が近い様相なのだ。

 

 そして二人の仲が縮まるかの如く、連携力が目に見えて向上している。嫉妬もある上にレベル差の影響でどう頑張っても一対二では勝てないという事もあって究極の禁じ手“ぶっ壊れ(パパ)”を召喚するなど、中々にカオスな状況だ。

 まさに、子供たちのチャンバラごっこにフル装備の特殊部隊員を介入させたようなもの。焦りの表情を隠せないベルとレヴィスの口から次々に出てくる猛抗議の声明が、危機的状況における必死さを物語っている。問答無用とばかりに襲い掛かるアイズと、珍しくノリが良いタカヒロに蹴散らされているのはお約束だ。

 

 

 そんな光景もお昼間近ということで終了し、ベルはお礼ということでアイズを食事に誘っている。二人仲良く並んで出かけており、少し遅れてヘファイストス達もホームへと戻っていた。タカヒロもまたどこかへ消えている。

 残ったレヴィスはさっそく自主練を行うらしく、昼食も兼ねて自室へと戻っている。しかし自室に戻ったところで何もなかったことを思い出して、何かないかと食堂のような場所を漁りに行ったのはご愛敬だ。

 

 

「……なんと、いうことだ」

 

 

 そして今度は、調理器具の使い方が分からずに困惑中。かつてロキ・ファミリアのホームで料理研修が行われたが、彼女にもまた必要な内容なのかもしれない。

 

 



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158話 嵐の前の静けさ

ご無沙汰しております。今後のルートについて目途がついたので再開です


 

 調理場で仁王立ちのままお腹を鳴らしているレヴィスが日没頃に発見された、翌日の昼。どうやら夜間に少しばかり雨模様となったらしく、街角の日陰は湿り気を帯びている。

 しかし今は一転して、突き抜けるように澄んだ空。成層圏の近くにまで昇った際に見られる“ダークブルー”とはまた違うものの、いつまでも顔を上に向けたくなる程に綺麗な空だ。

 

 “秋晴れ”と呼ばれる言葉があるが、まさに澄んだ空が抜けるように青い晴天。普通の晴天と何が違うかとなれば、移動性高気圧によってもたらされるモノ。台風の直後にも発生し、台風一過と呼ばれる場合もある。

 理由を雑に述べるとなると、気圧の関係で、空高く舞い上がる塵埃の量が少なくなるのだ。夜間に雨が降った為に空気中の塵埃が洗い流された点も、少なからず影響している事だろう。

 

 

 降り注ぐ日差しは微睡を誘い、現役を退いた老夫婦が街の隅にあるベンチでのんびりした余生を送る光景は、平和そのもの。街の警備を務めるメンバーは、そんな光景を目にして無意識に口元を緩めている。

 彼らが掲げる“正義”、それを遂行しているが故に得られているモノだ。故に彼等は気を引き締め直し、今日もまた警戒に当たることとなる。

 

 

 何せオラリオには、“闇派閥”と呼ばれる影の組織が蔓延る現実がある。起源を遡ればオラリオが出来た1000年前から存在するのだと言うのだが、真相は依然として不明のままだ。

 闇派閥の実態は、犯罪を含めて何でもござれの無法者たち。影の組織と書けば隠密さを思い起こさせるのだが、事実、連中の足は速く足取りを悟らせない為、アジトについても不明のままで見当がついていない。

 

 もっとも例外については漏れなく存在しており、少し前に、虎の尾を踏んで引っ張って毛を抜きかけたイケロス・ファミリアが該当する。このファミリアについては以前より存在を明らかにしながら犯罪行為を繰り返しており、オラリオで1年ほど過ごしている冒険者ならば大抵が知っている程だ。

 逆に言えば、“別の何かへと目を向けさせない為にヘイトを稼いでいる”とも表現できる行動の数々。ここまでの深読みの憶測を持っている者は流石に居ない為に、単に“闇派閥と関わりのあるファミリア”と言う認識が一般的となっている。

 

 

 オラリオの治安維持を責務と掲げるガネーシャ・ファミリアも問題視はしており、同様の認識だ。

 

 

 いつかヘルメスが二つ名でタケミカヅチを煽った時に乱入していた、像を象った仮面を被るマッチョの神。普段の奇行と合わせて傍から見れば奇人変人の類ながらも、根っこはヘスティアに負けず劣らずの善神で、構成員も含め、オラリオに多大な貢献をもたらしている。

 今日もオラリオのどこかで、ガネーシャ・ファミリアのメンバーが巡回を行っている。言ってしまえば警察のような役割を担っており、だからこそ、治安については何処よりも詳しいと言えるだろう。

 

 

「それにしても、イケロス・ファミリアが壊滅してから、オラリオ全域にわたって治安が良くなった。感謝しなくてはな」

「ああ、フレイヤ・ファミリアだろ。少しばかり身勝手なファミリアだと思っていたが、今回の一件で見直したよ」

 

 

 答えたガネーシャ・ファミリアの団員が言う通り、イケロス・ファミリアを滅ぼしたのはオラリオで一二を争う強力なファミリア、フレイヤ・ファミリア。オラリオにおいては認知率が100%に迫る美の女神が率いる、精鋭揃いのファミリアだ。

 トレンドカラーを示すならば、鮮やかな赤色だろう。少し鉄臭い様相も加わるかもしれないが、これは主神フレイヤによってもたらされるものだ。文字通り、神の産物である。

 

 

 もちろん闇派閥側とて、フレイヤ・ファミリアが主犯である情報は持ち得ている。抱く感想は大きく分類して3種類があり、それは構成員によって変わるだろう。

 仲間であるイケロス・ファミリアを討伐された恨み。手足となってくれていた駒を奪われた怒り。今までガネーシャ・ファミリアなどの追跡を振り切ってきたイケロス・ファミリアを、あっという間に滅ぼしたフレイヤ・ファミリアへの恐怖。

 

 もちろん闇派閥側とて、まさか死刑執行がジャンケンで決められたなど想定にもしていない。独断専行を行うフレイヤ・ファミリアだからこそ、その先入観も影響していた。

 故に先に行われた戦闘において更なる影が忍び寄っていた事など、輪をかけて想定にもしていない。神々ですら想定にできないイレギュラーは、実行に移されたならば、想像を絶すると表現するに相応しいだろう。

 

 

 闇派閥にとって、運命の悪戯とは悲しいかな。ここでアイズ・ヴァレンシュタインがジャンケンに負けたことで、最も警戒すべき存在が浮上することは無かったのだ。

 

 

「そう言えば次の怪物祭だが、テイムするモンスターは決まったのか?」

「うむ。しかし、前回においては原因不明の脱走が確認されている。今回は試験的に一連の流れを確かめると、ガネーシャ様からのお達しだ」

「依然として原因が分からない脱走だよな。いつ試験するんだ?」

「奇遇であるな。ダンジョンからモンスターを連れて帰るのが本日。そこからは、一連の流れに沿うらしい」

 

 

=====

 

 

 一方、場所は暗い地下となり。しかし道幅の大きな一本道を抜けるとやがて日の光と似た明るさが降り注ぐ光景は、トンネルを抜ける時の様相と似ているだろう。

 とはいえトンネルを抜けた先が雪国という事はなく、眼下に広がるは木々の生い茂る肥沃なエリア。極一部に掘っ立て小屋が集まった村のようなエリアも見える、ダンジョン18階層の安全地帯(セーフゾーン)である。

 

 一つの部屋とでも表現すべきか、他の階層にあるようなトンネル型通路を構成している壁という壁の一切を取り払ったドーム型の階層だ。高台にでも登ったならば、18階層の中心にある大樹と共に、全体を見渡すことが出来るだろう。

 

 

 天井を埋めつくす水晶が、18階層というフィールドに光をもたらす。それは数多くの木々が光合成を行える程のエネルギー質量を持つほどで、太陽の日光と何ら変わりがない程だ。

 この光については、出所も、何処から入っているのかについても全く分かっていない。そして不思議なことに地上と同じく約12時間サイクルで点灯と消灯を繰り返し、つまるところ日中と夜間すらも作り出しているのだ。

 

 突然と此処へ連れてきて、「この上に大都市オラリオがある」と口にしても信じる者は少ないだろう。オラリオという街の規模を知る者や、雲に届かんばかりに空へと伸びるバベルの塔を知っているならば猶更となる。

 少し科学を学んだ事がある者ならば、光の出どころや屈折現象、熱エネルギーなどに興味が湧き。少し建築を学んだ事がある者ならば、なぜ地盤沈下しないのかと真っ先に考えて、どちらも18階層で一生を過ごす事になる筈だ。

 

 

 そんな場所へと訪れたのは、18階層の前後などベリーイージーモードとなる二人の“一般ピーポー”。どちらも冒険者として登録されていないため、名実共に一般人である点については間違いがない。「だからこそ」ではないが、正体を隠す為に共に厚手のローブ姿だ。

 同時にどちらも、逸脱した人を総じて呼ぶ“逸般人(いっぱんじん)”の文字が当てはまる事だろう。レベル100の前では霞んでしまうが、レヴィスが持ち得るレベル10とは、本来はそれほどの実力なのだ。

 

 二人して並びながら、18階層の茂みをかき分け目的地へと進んでいる。光景を目にしたならば嫉妬によって某ハイエルフがプンスカモードになりそうな点はさておき、訪れた理由については、18階層でタカヒロとフェルズが発見した扉の先が地下迷宮(クノッソス)かどうかを確認するため。

 事実を知っているレヴィスの知識を筆頭に状況証拠としては結論が出ているが、念には念を入れての内容だ。

 

 

「此処だ」

「これは……なるほど。開閉の際は数度に渡って踏みしめる為に草木が育たない、か。これで隠蔽しているつもりとは、ずさん極まりない」

 

 

 ため息交じりに小言を溢すレヴィスは、明るい時間帯に18階層の出入り口を使用したことが無いらしい。18階層においてわざわざ今のエリアに来る者など余程のモノ好きとはいえ、こうして指摘されたならば明らかに怪しさが伺える現状となっている。

 もっとも地下迷宮(クノッソス)を管理する仕事についてはレヴィスの仕事ではない事や、通常はソロでの行動故に見つかる事に対して神経を向けている。だからこそ、彼女も見逃してしまっていたのだろう。

 

 ともあれ、やはりここが地下迷宮(クノッソス)の入口の一つである点に変わりは無いらしい。今までの記憶を手繰り寄せると別に出入り口がある事を知っているレヴィスだが、総当たりと言えど探すのには手間がかかる事だろう。

 今回のように草木のヒントでもあれば話は別だが、地形としては基本として土もしくは岩肌となるダンジョンの通路では期待できない。わざわざダンジョンの壁を調べるなどすれば、逆に敵の目を引いてしまう可能性も十分に考えられる。

 

 

 敵に見つかる可能性は今回も同様で、答え合わせが終わると二人は17階層へと逆戻り。そのまま10階層にある特定地点まで軽いランニングを行うと、目標の姿が見えてきた。

 

 

 二人の視線の先、右手と右わき腹を伸ばして大きく手を振っているのは、ヘスティア・ファミリアの団長だ。その目の前では、レベル1及び同等程度に加減しているレベル2の団員達が、パーティー行動の真っ最中。

 ヘスティア・ファミリアの団長ベル・クラネルは、そんな彼等の保護者役だ。タカヒロ相手ということでレア度の高い年相応の笑顔を振りまきつつ、今日も今日とて知らずの内に某女神をノックアウトしている。

 

 

 メイン通路からも近いこともあり、時折ふとやってきた冒険者がベルを見てUターンすることも珍しくない。ベルが鬼畜の類と言う、根も葉もない噂話が先行していることも大きいだろう。

 一応は後方も警戒しているベルは、気づいてこそ居るものの応対は見せていない。周囲の警戒と共に、少しだけ先の地点で頑張っているメンバーの活躍を観察し分析することが一番の仕事である。

 

 

 パーティー行動には不慣れなレヴィスもまた、新米達を目にして学びながらベルやタカヒロに問いを投げつつ、数分が経った時。ふと見慣れない光景が3人の目に入ったタイミングで、各々の口から軽い一言がこぼれ落ちた。

 

 

「あっ」

「ん?」

「なに?」

 

 

 目に映るは、人が20人は収容可能だろう、金属製で大きな正方形のボックス。更にはそれ自体が金属製の牢屋に格納されており、大型のキャスターによって通路を占領しつつ移動している。

 護衛なのだろう両脇に控える多数の冒険者らしき姿は、ガネーシャ・ファミリアのエンブレムを掲げていた。箱の中身を知っているのだろうベルは、物珍しさ。残り二人については中身が分かっておらず、疑問符を脳裏に浮かべている。

 

 

 その片方、「なんだあの大きな箱は」とでも言わんばかりに目で追うレヴィス。やがて視線で限界を向けると顔も向けており、そんな彼女の動作にベルが気付いた。

 ベルの視線を察したレヴィスも、彼へと顔を向ける。そして自然と、質問と回答が行われた。

 

 

「ああ、君も見ていたか、クラネル。あの大きな箱は、何が入っているのだ?」

「あ、レヴィスさんは初めてでしたか。半年後ぐらいに行われる怪物祭でテイムされるモンスターを、地上に運んでいるのです」

「……は?」

 

 

 興味を向けた謎の箱の中身は、レヴィスにとって、全くもって理解できない収納物。それが使われるイベントもまた、全くもって理解できない催しであった。

 誰が、何故、どのように。最後だけは辛うじて理解できるとはいえ、前者2つの理由が意味不明にも程がある。

 

 モンスター、これ即ち死、あるのみ。アイズ・ヴァレンシュタインもまた似たような考えを抱いており、理由は少し異なるものの、基本としては似たようなベクトルだ。

 ましてや箱の中身は、ダンジョン内部における危険なモンスター。世界に散らばる、繁殖を続けて魔石が劣化し、神の恩恵を持たない者ですら討伐可能なほどに弱まったモンスターとは、訳が違う。

 

 

 されど。それもまた、移ろいゆく時代の流れが生み出したものか。

 

 

 以前のタカヒロとの問答でレヴィスが得た、一つの定め。ダンジョン内部で得られる産物で生活を豊かにする現代産業と同じく、娯楽においても同じことがあったのだろうと結論付けた。

 

 ダンジョン内部だというのに、風が優しく頬を撫でる。さらりと流れた奇麗な赤い髪が視界に被り、己の立ち位置を思い返す。

 時の流れが決めた事ならば口を出す権利はないと、レヴィスは静かに目を閉じて想いに(ふけ)る。天で待つ仲間の元へ旅立つ際の土産話が増えたなと、無意識のうちに僅かに表情が緩んだ。

 

 

「ベル君。ならばテイムされたモンスターは、どのように扱われる?」

 

 

 そんな答えを示した自称一般人も、怪物祭の事となれば知識は皆無。抱いた純粋な疑問を示すも、回答は腑に落ちない内容だった。

 

 

「うーん……モンスターにもよるのですが、力仕事とか、あとは人や物資の輸送などに使われているらしいです」

「力仕事の、要員……?」

 

 

 疑問符が表れている珍しい表情と共に、その辺のモンスターよりも、例えば豊饒の女主人の方が数倍も上だろうと言うタカヒロの考えは、誰にも伝えられることなく奥底に仕舞われた。確かに間違ってはいないが、口にしてはいけない、という点も間違ってはいない。

 とはいえ実際は、テイムした上層のモンスターよりも、例えばリヴェリア・リヨス・アールヴの方が力持ちだろう。神の恩恵を受けた冒険者、その中でも第一級冒険者とは、色々と見た目によらないのである。

 

 

「クラネル。テイムとは、どのように行うのだ?」

「あ。それでしたら、えーっと、確か……」

 

 

 ゴソゴソとバッグパックを漁ったベルが両手で取り出したのは、タカヒロもレヴィスも見慣れた一冊の本。オラリオの冒険者においては、これを頼りに知識を身に着けている者も多いだろう。

 いつかリヴェリア・リヨス・アールヴが選定した迄は良いが、サインを行った為にオリジナルがガラスケースへと厳重に封印された教本だ。ダンジョン内部の事だけではなく、オラリオに関するガイドブックの一面も兼ねている。

 

 リヴェリアから教導を受けていたタカヒロはダンジョン及び戦闘に関する内容しか学んでいなかった為に、テイムについては知識がなかったのだ。本を受け取ると興味深げに眺めており、レヴィスも横から覗いている。

 

 

「モンスターの魔石部分に魔力を込めて、テイムを行うらしい。これ以外は書かれていない」

「……なるほど、分からん」

 

 

 しかし、それだけだ。もとよりテイムなど万人がこなせる技ではなく、インスタントに行えてしまっても非常に大きな問題となる為に、詳しい内容は秘匿された扱いなのである。

 

 その理由を察した二人は、共に僅かに顔をしかめる。片や“緑色の、とある魔石のような何か”の取り扱いには慣れているが、この世界の魔石の扱いはド素人。

 もう片方はそれ以前の問題で、そもそもにおいて、“魔力ゼロ”。勿論ノウハウとて皆無である為に、実験の段階にすら程遠い。

 

 

 結局のところは新手を創造する前にヘスティア・ファミリアのメンバーが鍛錬を終えることとなり、二人もテイムの件から注意を逸らした。水面下で一命を取り留めた女神が事情を知れば、ホッと溜息を溢しているだろう。

 

 

 

 そしてタカヒロは、レヴィスが味方に付いたという大きな問題を、どうするべきかと考える。主神からは何も言われていない上に、どこかでニアミスが起って内戦が勃発しても面倒事が増えるだけだ。

 抱え続ける前に正直に話すかと考えを纏め、帰宅する。偶然にも広間に居たヘスティアを隅に呼び、レヴィスの件について考えがあると前置きをして、持ち得る計画を口にした。

 

 

「レヴィスの件について、ロキ・ファミリアを巻き込むつもりだ」

「!」

 

 

 ティンときたヘスティア。頭の中は既に、ロキに対する“仕返し”で満たされている。

 ニヤリと擬音が鳴るかの如く、わるーい表情を浮かべる善神の中の善神。彼女が持ち得る善神という二つ名は、ロキを相手にした時には消え去るのが定石だ。

 

 

 護りたい?この笑顔。それはきっと、流石のベル君でも回答に数秒を費やすことだろう。

 

 

「ロキが相手かい?オッケイ、盛大にやっておくれよ」

「分かった。ではロキ・ファミリアには、全てを伝えよう」

 

 

 

 そして、彼女(ロキ)は知らない。レヴィスという女性が味方となっており、まさかのレベル10である事実を。

 

 

 しかし、彼女(ヘスティア)は知らない。レヴィスという女性がロキ・ファミリアと対峙した実績があり、ヘスティアの頭の中にある“全て”は、まだ満たされていない事を。

 

 

 ニュアンスは同じなれど微妙に異なる、二人の言葉。(ひと)を呪わば穴二つ。どちらの穴が深いかは、語るまでもないだろう。

 



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159話 要救助者の日常

平和な日常回


 自称一般人と推定一般人が、揃ってダンジョン10階層でファミリアのメンバーと合流しているタイミング。地上では、平和な日常の一コマが繰り広げられていた。

 

 

 オラリオの中心に鎮座し天高く突き抜ける塔、通称は“バベルの塔”。真下にある巨大なダンジョンに蓋をする役割で1000年ほど前に建築された、オラリオを象徴する巨大建造物だ。

 塔の中には様々なファミリアが軒を連ねており、ある種、デパートと呼んでも過言は無いだろう。立地で言えば間違いのない一等地な事もあり商品の大半が高級品と呼べる値段で揃えられているが、その点については仕方のない事だ。

 

 故に“バベルの塔で武具やポーションを揃える事がセオリーとなる”、というのが冒険者における共通の目標。横方向の大きさもかなりのモノがあり、加えて縦方向には言わずもがなである為に、収容率もまた極めて高い。

 なお巨大さと高さ故に、実は大きな日陰を作ってしまう点がひっそりと問題にもなっている。とはいえオラリオで日照権を主張してバベルの塔を崩しモンスターを溢れさせる、などという本末転倒な事を主張する阿呆は何処にもおらず、故に声の大きさはヒソヒソに等しいものがある。

 

 

 

 そんな耳を澄まして初めて存在を確認できるヒソヒソ声と同じぐらいの強さで漂う、ほのかな芳香。なお香りの種類が鉄臭さを思わせなければ、まこと景観に相応しい事だっただろう。

 

 

 

 花は、散り際こそが美しい。

 

 鼻は、血り際こそが美しい。

 

 

 

 字は違えど読みが同じだから内容も結果も同じだろう。そんな理論(暴論)は、絶対に間違っている。

 

 

 とある猪人(ボアズ)が幼少の頃に加入した、美の女神が率いるファミリア。今までは辛い事の方が多かった時間だったものの、ここ1年弱の時間で大きく変わっている。

 特に最近は、最も充実しているひと時と表現して過言はない。追う背中もさることながら、追ってくる複数の者が同時に現れ、毎度でこそないものの、今までにない程にご機嫌な主神の姿を間近で感じることが出来るのだ。

 

 

 そんな敬愛する主神が住まうのは、オラリオどころか壁の外までを見渡せる高さにあるワンルーム。その床に敷かれた純白のカーペットを美しく染め上げる鮮血は、今日も今日とて産出量は絶好調。

 とはいえ流石に“毎日”というワケではないが、「またか」と呟いてしまうだけの頻度に達しているのは周知の事実。もはや目的が“護衛”から“介護”にチェンジしていると言っても過言ではないフレイヤ・ファミリアの団長は、抱く心境を素直に口にする。

 

 

「……フレイヤ様、“また”ですか」

 

 

 こんな惨状を晒すようなお方ではなかった。とは、オラリオ最強の猪人(ボアズ)冒険者(中間管理職)オッタルが抱く本音に他ならない。

 目の前に転がる一つの屍、のような女神。示すポーズは“臨終寸前のセミ”と表現しても違和感はないだろう。言葉こそ発することなく幸せそうな顔でピクピクと軽く痙攣している、持ち得る心境は「ヴぇへへ」とでも表現するべきだろうか。

 

 仮にも、オラリオ最強と言われるフレイヤ・ファミリア、その主神である。節度、と表現するには少し語弊があるかもしれないが、それ相応の“威厳”が求められる点は必然だろう。

 いつの世も、誰だろうと、出世して目立つとなれば求められる内容だ。記憶を遡れば1年程前までは威風堂々・凛としたお姿だったと想い耽るオッタルは、決して色褪せぬフレイヤとの出会いを脳裏に浮かべる。

 

 

 それはそれとして、今のフレイヤ様も可愛らしいのでヨシ。思うところは様々なれど、それが彼の本音だった。

 

 

 いや、何もよくはない、と思い直してハッとする。本日の赤物の生産量は歴代と比較して、目算ながらも非常に多い。背中越しにドアをノックする音が聞こえるが、フレイヤのご尊顔を脳裏に焼き付ける行為の他に意識を向けることなどありえない。

 フレイヤが何を目にしてこうなったかは分からないオッタルだが、とりあえず応急処置を通り越して救急搬送が必要なレベルに達していることは判断できる。名実ともに第一級冒険者、“死地”に近い者の判断は適切だ。

 

 問題は、“しんでしまうとはなさけない!”な事態になってしまったら取り返しのつかない結果に発展することだろう。早い話が天界への送還であり、そうなれば、二度と尊顔を目にすることは叶わない。

 理由を知れば悪戯神(ロキ)も巻き添えを食らって笑死千万となる点についてはどうでもいいオッタルだが、フレイヤの送還は、最も避けなければならない一つなのだ。

 

 

「――――入れ」

「おいオッタル、さっきからノックして――――」

 

 

 だというのに、どうも来客の男性は諦める気がないらしい。若く凛々しい声を知るオッタルは諸事情によりスルーを決め込んでいたものの声で応対すると、しびれを切らした、やや小柄ながらも細マッチョの人物は扉を開けて乗り込んできた。

 身体的特徴を述べるならば、頭上に猫型の耳が付いている点だろう。同種の尾も腰部分から生えており、猫人(キャットピープル)と呼ばれる種族であることは間違いない。

 

 フレイヤ・ファミリアのレベル6、25歳の第一級冒険者。名を“アレン・フローメル”。

 立場としてはフレイヤ・ファミリアの副団長であり、女神の戦車(ヴァナ・フレイア)の二つ名を持つ。スピードと手数が自慢となる、銀の長槍を操るオラリオ屈指の槍兵(そうへい)だ。

 

 

「……」

 

 

 とはいえ。今目の前で繰り広げられている状況においては、レベル1も100も変わりは無い。案の定、光景を目にしたアレンは表情も変えずに真顔のまま固まってしまう。

 光景は、理解したくはないが、理解した。原因までは不明なものの、今後行わなければならないタスクについても、数秒とかからない内に察しがついた。

 

 

 だからこそ。物音一つしない空間にて、フリーズしてから数秒後。

 

 

「……いつものフレイヤ様だな、ヨシッ」

「待て。何が、ヨシだ」

「ヨシッ」

「貴様……」

 

 

 帰宅を目的として振り向く直前に、一応は指差し確認する現場猫(アレン)は何も問題がないことを確認して逃げ出した。しかし回り込まれた。

 ではなく、オッタルにガッチリと肩を掴まれて動くことはできない。2レベル差故に発揮できるゴリ押しである。

 

 しかし今の行為について、アレンにとっては、“自分より強い”ことをアピールしている行為に他ならない。しかしながら惨状を前にして突っかかる元気は持ち合わせていないようで、己が中間管理職の地に堕ちぬよう、本能が拒絶反応を見せている。

 実のところ中間管理職になれればツヨーイ相手と打ち合うことが出来たり、その弟子を見てお目目キラキラなフレイヤを目にすることが出来たりと、メリットは計り知れない。特に、普段からソロプレイの多いフレイヤ・ファミリアならば猶更だろう。

 

 なお引き換えとして胃酸との戦いにシフトする可能性もあるのだが、己もまた一緒に楽しんでしまえば、そんなデメリットも何処へやら。少なくとも戦闘中のオッタルは、大半のイベントについては乗っかって楽しんでいる類となるだろう。

 

 

 そうなれるか如何かは分からないアレンは、先にも述べたが、己よりも強い者を嫌う傾向にある。実はこの者、傍から見た口と態度の悪さだけは昔のベート・ローガと1,2を争う程だ。

 最近は独身の立場で仲人をやっているらしいベートの噂は耳にしているアレンだが、もちろん感想は「バカバカしい」の類である。もしもこの二名が顔を合わせたならば「馬鹿猫」だの「クソ狼」などの暴言ラッシュが始まり、次いでエルフ達から礼儀と節操を持てと痛いところをほじくられ、飛び火することだろう。

 

 

 

 そんな第一級冒険者の騒動も、今現在においてフレイヤ・ファミリアで繰り広げられている惨状を前にしては霞んでしまう。溜息を交えつつもチラチラと見え隠れするフレイヤへの視線は、アレンとて、今のフレイヤをヨシとしているが為の行動だ。

 争いの当事者とて同様だ。アレンがフレイヤの現状を目にして出てくる感想は、ベートに対する時と同じカタカナ4文字のモノだった。

 

 

「で、今回は何が原因だ?」

「いつもの、映像鑑賞だ」

「……またか。この前なんぞ、ロキ・ファミリアの主神を呼びつけて巻き込……一緒になって謳歌していらっしゃっただろ。裏で俺たちが、どんだけ睨み合ったことか……」

 

 

 早い話がロキの護衛とフレイヤの護衛との睨み合いである。前者は「何してくれてんねん」、後者は「フレイヤ様のお誘いだ」とでも言った所だろう。双方ともに、ロクでもないという認識はあるようだ。

 このお誘いが原因で録画機能付き水晶玉の存在を知ることとなったロキだが、どこでも見ることが出来るワケではない為に、使い道については思い浮かばないようだ。暫くは、録画をしたくなるような戦争遊戯(ウォーゲーム)が起こることもないだろう。

 

 

 そんな話の数々はさておき、男二人して、目の前の要救助者へと意識が戻る。医療の知識など皆無である為に、悪化しては対処法など思いつかない。

 だからこそ、緊急搬送が必要と判断した。幸か不幸か、いや間違いなく後者なのだが、ここ1年程でフレイヤにとっての掛かり付けと呼べるまでになったファミリアは近くにある。

 

 

 となれば、あとは運ぶだけだろう。これについては可能な限り衝撃を与えぬよう優しく運搬するだけであり、お姫様抱っこが最良だろう。

 

 

 あのフレイヤに触れることが出来る、数少ない機会。本来ならば狂喜乱舞となるシチュエーションだというのに、双方ともに気乗りしない理由があるようだ。

 

 

「アレン。任せたぞ」

「また俺が、か?勘弁してくれ、“聖女”にどう言われるか……」

「……俺も、同じだ」

 

 

 だったら団長が行け、とでも言わんばかりに、アレンは露骨に渋い表情を見せる。フレイヤ・ファミリア内部どころかオラリオにおいても屈指の過激派であるアレンすら、避けたい相手のようだ。

 何せ最近は、フレイヤを連れていけばグチグチと小一時間の説教を受ける羽目になるのだ。相手はレベル2とはいえ、オッタルを筆頭に、オラリオの冒険者達が絶対に勝てない聖女である。

 

 

「にしても毎回思うんだけどよ、アレのどの辺が聖女――――」

 

 

 聞こえているはずがない。ここは紛れもなくバベルの塔の最上階。どう頑張っても、小言が外に漏れることは絶対に有り得ない。

 だというのに、とあるファミリアから猛烈な殺気・怒気がアレンの身体に突き刺さる。思わず室内で槍を構えたアレンは吹き出る冷や汗と共に目を見開き、オッタルが暗い視線を向けている。

 

 

 とりあえず。二人のやり取りを第三者が見ていたならば、きっと次のように思うだろう。

 

 

 

 早く連れていけ、と。

 

 

====

 

 

 数分後。場所は変わって、オラリオの中心部と呼べる場所にあるディアンケヒト・ファミリア。

 薄い灰色を基調とした立派なレンガ造りで、上にも横にも広大と呼べる建造物。内装についてもシンプルながらも加えられた装飾の数々は、此処がオラリオで最も巨大な製薬系ファミリアであることを伺わせる。

 

 なお、製薬と書いたが、その一方で医療についても行っているのが実情だ。重傷者ともなれば入院することが出来る施設を備えており、有事の際はギルドも真っ先に当てにする程の医療能力を備えている。

 受け入れ可能なキャパシティについても非常に大きく、流石にオラリオ全土の人口となれば不可能だが、それでも多くを収容できることだろう。ロキ・ファミリアとも繋がりを持っており、人脈もまた確固たるものとなっている。

 

 

 そんな場所の、診察室。小柄で身長149――――自称150㎝程ながらも白衣に身を包んだ少女が、オッタルによって運ばれてきた常連の急患に対応していた。

 

 

「……また、貴方達ですか」

 

 

 隠しきれない溜息と、凛々しい紫目(しめ)ながらも強烈なジト目が向けられる。基本として表情が薄い人物ながらも、どうやら基本ではない状況にあるのは確からしい。

 腰ほどの長さに伸ばした、ウェーブのかかった銀の長髪。冒険者とは一風を期した特徴的な衣類と合わせて、中級以上の冒険者ならば、ほとんどが知っていることだろう。

 

 

 名を、アミッド・テアサナーレ。11歳の時には既にディアンケヒト・ファミリアに所属して活躍しているという、非常に優秀なヒーラーだ。

 現在は19歳であり、レベルとしては2で留まっているものの、ヒールによる回復能力だけならばリヴェリアをも上回る。基本的な戦闘能力こそないものの、持ち得る回復能力は、前衛にはなくてはならない存在と言えるだろう。

 

 所持する魔法は、ディア・フラーテル。傷の治療はもちろん、体力(ヘルス)も回復し、中毒や呪詛までをも解除してしまう上に、半径5メートルに影響を与える範囲魔法だ。

 目にしたことのある者曰く、5メートルの範囲内に純白の光が立ち上がるらしい。回復能力と様相とが相まって、まさに“聖女”と呼ばれる源となっている。

 

 

 で、あるからして。

 

 

 そんな聖女様が診る常連の一人に、まさかの女神が存在する。まだ胃薬の範囲内で収まっているヘスティアではなく、すっかり1日入院の常連となっている女神フレイヤだ。

 診察と呼ばれる業務には、大きく4つに分けられる。直診、視診、聴診、打診の4つで漢字の一文字目が意味を示しており、アミッドは視診でもって、病名を判別した。

 

 

 ようは、只の鼻血からくる緩い貧血。もっとも僅かながら体調に影響が出ている為に笑いごとには収まらず、大なり小なり、何らかの処置が必要だ。

 おもむろにティッシュを千切って丸めて、オラリオ一と言える女神の整った鼻にズボッと突っ込む聖女様。もはや慣れたものであり、続いて脈などを計測している。

 

 

「毎度、すまない」

「おかげさまで最近は、私の治療スキルも伸びているのですよ。ええ、そうですね。鼻血だけの処置など、滅多に行うものではありませんから」

「……」

 

 

 皮肉たっぷりに放たれる言葉の一撃。確かにダンジョンで負う怪我の類で、鼻血だけという状況は稀だろう。色々な方面で耳が痛いオッタルは、顔をしかめて答える他に道がない。

 ともあれ、治療は終了したようだ。カルテのようなものに文字を書きながら、今後の処置について口にしている。

 

 

「あとで、いつもの薬を調合しておきます。今日1日は、いつもの所で安静にしてください」

「ああ、分かった」

 

 

 根っこがヒーラーで、決して素直になれないが。誰よりも患者を案じるアミッドは、最後まで僅かにも手を抜くことは無い。

 

 

 

 もはや“いつもの”で通じてしまうようになったものの。推しを筆頭に輝く魂を間近で見て居られるフレイヤの愉しい日常は、彼等が背中を追う者が居る限り、暫く続く事だろう。

 




原作フレイヤ?知らない子ですね…。
(アレンの口調、呼び名などが違っていたらごめんなさい)


P.S.
2か月の間が空きましたが10点評価ありがとうございます!


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160話 へいわな51かいそう

ジャンプに向けて助走中、ということで日常回です。


 ダンジョン、51階層。1つ上の階層、安全地帯(セーフゾーン)となる50階層とは豹変し、ここが超が付くほどの深層である事を思い知らされる羽目になるだろう。

 迷路の如くうねり曲がる同じ壁面の通路は方向感覚を狂わせ、一度足を踏み入れた獲物を逃がさない。正規ルートを除いては未開拓地域も多く、奥にあるかもしれない“未知”を求める探求心を刺激する。

 

 出迎えるは、各個が強力なモンスター。それだけでも厄介だと言うのに、前後から突如として群れで現れるのだから、対策は非常に厳しいものがある。

 通路そのものが狭いことが要因となり、パーティー行動を満足に行うことが難しいのだ。

 

 

 此度も、どうやら51階層の奥へと足を踏み入れた者が居るらしい。血飛沫に染まる壁は、汚れなき未踏の地域を犯すかの如く壁面と床を染め上げる。

 時たま響き渡る奇声は、攻撃側のモノか、はたまた被害者か。どちらにせよ、ダンジョンと呼ばれる場所を象徴するかの如く、血生臭い戦闘は続いている。

 

 

 とでも記載すれば随分とシリアスな状況ながらも、誰の悲鳴かは明らかになっていない。振るわれる双剣によって生じている“質の悪いお手本”は圧倒の二文字を見せており、破綻の欠片も生じることなく舞い踊る。

 少し離れた後方に居る、翡翠の髪を持つハイエルフ。持ってきたナイフを使ってモンスターの死体から魔石を取り出しており、同時に素材の回収も進めている状況だ。

 

 

 というわけで、部屋の片隅でガタガタと震えているカドモス君が若干名いる51階層。そこにやってきたのは、ロキ・ファミリアからの依頼を受けたタカヒロと、自称サポーターの魔導士だ。

 リスク評価などせずとも、問答無用でアブナイ認定が下される場所。素材と魔石の回収に勤しんでいるリヴェリアも、一時たりとも気を抜くことは出来ない。というのが、51階層本来の姿である。

 

 事実、素材の回収中に後ろから襲われたのは今で30の回数を超えている。その度に、タカヒロが近衛につかせたエンピリオンのガーディアンが駆け出し巨大な斧を振るい、リヴェリアの安全を確保していたのだ。

 もちろん被ダメージなど欠片も許すはずがなく、返り血すらゼロの状況。リヴェリア本人も特に反応を見せておらず、新たな死体の魔石に手をかけていた。

 

 

 戦闘が一段落したこともあり、タカヒロは死体を放置して後ろへと足を進める。リヴェリアが「やる」と言って聞かなかったサポーターとしての行動について抵抗が無いのかと、どうやら少しばかり疑問を抱いているらしい。

 

 

()いのか?ロキ・ファミリア(そっち)のサポーターを連れてこなくて」

()い。私達が決定した事柄だ、何も問題はない」

 

 

 受けた恩を決して忘れぬ気高き存在ハイエルフ。ロキ・ファミリアとして、タカヒロに足労してもらう以上はヘスティア・ファミリアに負担をかけることはできない上に、彼個人から闇派閥の目を逸らすため、という表向きの事情。

 

 

 時たま飛んでいたフレンドリーファイア?被ダメージゼロの為に実質フレンドリーファイアなど存在しない。そして、決して“二人で過ごせるから”などという彼女個人の事情は無い筈だ。

 

 

 さておき、オラリオにおいては、サポーターすなわち最下級職業という認識も強いことも事実である。だからこそ、もしもリヴェリアがサポーターをやっている事が知れれば一騒動が起こる事だろう。

 とは言えタカヒロ個人としてはサポーターを見下す傾向は皆無である為に、今この場だけ問題なし。リヴェリアが務めている点についても、ロキ・ファミリアの古参3名以外は知らない為に、そこが口を割らなければ済む話だ。

 

 

「素材の回収程度ならば、君が行う事もないだろうに。ああ、“活きの良い”サポーターなら、ヘスティア・ファミリアにも在籍している。こちらで用意するか?」

「……いや、大丈夫だ。加えて言えば、どのような比喩表現だ、それは」

 

 

 かつて60階層以降でも活躍した、何ルカ・アー何某の事である。当時もそうだが、レベル2になったことで、例え担当が一人だろうとも回収能力は飛躍的に向上している。

 とはいえ僅かレベル2だというのに、このような素材回収の場面でタカヒロが名前を持ち出すとなれば、持ち得る実力を認めているからに他ならない。未だ潜在の域を出ないとはいえポテンシャルの高さに気付いているのは、タカヒロを除けばベルとフィンぐらいのものだ。

 

 その為か、はたまたリヴェリアと同じくヘスティア・ファミリアへの謝礼など、別の理由か。リリルカが将来的に必要とするだろう戦闘指揮に関する内容について、フィンが積極的に指導を行っているらしい。

 ダンジョンでパーティー行動をする時しかり、座学も然り。後者の場合はロキ・ファミリアの将来の司令塔ラウルや、更にその将来も共に学んでいるのだが、双方ともにリリルカに負けじと切磋琢磨しているらしい。

 

 

 ともあれ。リヴェリアの目の前で呑気にしている男からすれば、加減なしでの戦闘すなわち“ゴリ押し(TurePowerrrr!!)”に他ならない。

 相手がコボルトであれ、神であれ。どのような状況・攻撃だろうとも、相手が倒れるまで殴り続けるだけなのだ。

 

 

 “攻撃は最大の防御”、という言葉を捻って体現している三神報復ウォーロード。報復ダメージやカウンターストライク然り、“被ダメージ時に自動反撃すれば実質的に防御も攻撃だよね!”という初見殺しの謎理論がもたらした犠牲者は、オラリオだけを見ても少なくない。

 そして当該の謎理論は、近接攻撃を相手した際に最大の効力が発揮される。何故ならば、攻撃時・防御時・被ダメージ時の全てにおいて何かしらの与ダメージ、それも権能振りまく神にすら通じる一撃が発生するのだから無理もない話だ。

 

 しかしどうやら本日は珍しく双剣のスタイルとなっており、普段のゴリ押しではないようだ。加えてリヴェリアからすれば、普段とは決定的に異なる点が一つある。

 普段の仏頂面と変わりないが、いくらか楽しそうに見て取れるのだ。タカヒロと言う男に最も近いリヴェリアだからこそ生まれた気づきは、彼女の整った面持ちにも、僅かな柔らかさを与えていた。

 

 

 魔法と弓術に長けているとはいえ、剣や槍については専門外となるリヴェリア・リヨス・アールヴ。見様見真似で剣などを使った実績こそ数回程度はあるものの、所詮は駆け出しに毛が生えた程度の要領だ。

 しかしそれでも、目の前で繰り広げられる“質の悪いお手本”が、物凄く高い次元で完成している事は読み取れる。攻守の両方において無駄なく振るわれる一撃の全てに無駄は無く、攻撃と防御という相反する2つの行動の間に明確な区別がない。

 

 左手に逆手で構えた剣で受け流したかと思えば、得物をクルリと180度回して踏み込みを見せ攻撃へと転じる、型に嵌らない自由な姿。攻撃においてもさることながら、それは相手の攻撃を防ぐ際に最も発揮されていると言えるだろう。

 相手から放たれる攻撃の、物理的なベクトルを変えてしまう狡猾さが筆頭だ。そこから放たれるカウンターは、リヴェリアも何度か目にしたことのある光景に他ならない。

 

 

 2レベルの差を引っくり返さんとばかりに少年が見せた、戦士としての確かな姿。かつてのアイズ・ヴァレンシュタインとの鍛錬において、ベル・クラネルが見せた一連の動きそのもの。

 

 いや。正確に表現するならば、ベルが見せた不完全なモノの完成系、その一つ。

 果てなき道、数多の壁を乗り越えた先にようやく辿り着けるモノであることは、彼女が見ても明らかだ。だからこそリヴェリアはベルに同情すると同時に、口にこそ出さないが鼓舞することとなった。

 

 

「タカヒロ、1つ良いか」

 

 

 区切りがついたタイミングで、リヴェリアが後ろから声を掛ける。敵の対処よりも優先とばかりに身体ごと振り向いたタカヒロは、自然と敵に背を向ける事となる。

 

 普通の者が行えば、なんと阿呆と言える行動だろう。隙ありとばかりに、比較的大きなサイのようなモンスター、“ブラックライノス”が突進と共に無防備な背中へと飛び掛かり――――報復ダメージによって爆発四散。得物が変わろうとも基本として報復ダメージましまし装備な点は変わらない為に、突っ立っていた方が処理速度が速い事実はお笑い種だ。

 とはいえ、それは本人が最も分かっている。“殴られたら相手が死ぬ”という点を、さも当然と言わんばかりに気にもしない被害者、兼、加害者の両属性を持ち得るタカヒロに、目撃者のリヴェリアが問いを投げる。

 

 

「前々から気になっていたのだが、何故お前は、自らの……剣を使った戦い方を、“質の悪い”と表現するのだ?」

「ああ。昔、本格的に双剣で戦っていた頃は、毎秒辺り……そうだな。少し尾ひれを付けて表現すれば、今の5倍に迫る手数だったものでね」

「……」

 

 

 リヴェリアにとっては今に始まった事ではないが、呆れて言葉も出ないとは、まさにそのまま。確かにそれ程までに差があるならば、質が悪いと表現しても差し支えは無いだろう。

 とはいえ、今現在でも第一級冒険者ですら比較にならない手数を誇っている。その5倍という、普通ならば「有り得ない」とでも思考を抱きそうな内容に対して納得しているのは、常識が非常識に汚染されかけているが為。

 

 剣を使っている時のタカヒロを普段と比べて“弱い”だの“強い”だの、で表現すれば、間違いなく、“途轍もなく弱い”。では何故タカヒロが普段のスタイルではなく双剣なのかとなれば、単に「時たま使う他のビルドは楽しい」から。スキル構成などはそのままなれど、かつての“ナイトブレイド”スタイルを満喫している。

 此度の変更はレリックと右手左手の各種武器だけながらも、ダンジョンの51階層ならば問題は見られない。いざとなれば武器交換(ウェポン・チェンジ)にて数秒かからず対処することが出来る為に、リスク評価を行っても低い程度に留まるだろう。

 

 

 なお繰り返すが、ここはダンジョン51階層。深層の更に奥深くということで、本来ならば超が付くほどの危険地帯。タカヒロは元からとして、リヴェリアもまた、常識が毒されかけている。

 

 

 そんなこんなで1時間には満たない程度の時間が経過しており、一度50階層へ戻ってドロップアイテムを確認しようとリヴェリアが口にする。タカヒロも了承の返事を行い、二人して50階層へと戻ってきた。

 収穫としては、全ての素材を合わせて「30個」と言った所。前回と比べて効率は非常に劣っているが、それは戦闘スタイルの違いによる処理速度が大きな要因だ。

 

 

 そして、大きな要因がもう一つ。

 

 

「……やはり、ベル君の参加は必須となるか」

「ベル・クラネル?」

 

 

 ポツりと出された言葉の意味は理解できないリヴェリアだが、それも仕方のない事だろう。よもや対象者のリアルラックそのものを向上させ、かつ物欲センサーを封じ込める最終兵器などとは想像にもできはしない。

 ちなみにだが、もしもベル・クラネルが同行していればドロップ率は3割増し程度になっていた。彼が持つ“幸運”による補正とは、それ程までに反則技(チート)なのである。

 

 ともあれ素材については、一応は目標数を回収することに成功した。あとはポーションを作る為の水と言うことで、カドモスの泉へと立ち寄ってからの帰還となるだろう。

 最近は誰かのせいでカドモスの表皮や、カドモスが守る泉の水が持つ値も下落傾向にある為に、以前よりは費用対効果が薄くなってしまっている。それでも普通ならば、来るだけで1週間はかかる場所にしか涌き出ない水であることにも違いはない。

 

 と言うことで、カドモス・キラー(いぢめ)の二つ名が付きそうな程の人物が出番となる。得物とレリックを普段の装備に戻し、ガーディアンはリヴェリアの護衛に付けたまま、瓶を片手に見慣れたフィールドへとやってきた。

 具体的に何をするかとなれば、カドモス自体を無視して水を汲むだけ。あとは、頭に血が上ったカドモスがタカヒロを攻撃し、爆発四散するか飛びあがって戦闘は終了だ。

 

 

「水は汲み終わった。ハァ……帰ろう」

「?……ああ、そういうコトか」

 

 

 確かにタカヒロは、ただ水を汲んでいただけ。カドモス君が勝手に怒り、勝手に攻撃し、勝手に死んだだけの物語だ。

 例え言葉通りに“何もしていない”と報告したところで、何処にも間違いなどありはしない。しかし恐らく神々の嘘発見器も反応することは無いだろうと察したリヴェリアは、ヘスティアが抱えているであろう認識のズレについて察している。

 

 

 不用意に爆発物を刺激した者が害を被る。当然の結果であり、フレンドリーファイアもまた同様だ。

 火気厳禁、衝撃厳禁。危険物の取り扱いには、十分な注意が必要なのである。

 

 

 そして歩く爆発物が水を汲んで気落ちしている点については、ただ表皮のドロップアイテムが無かっただけという事情。なお彼からすれば深刻な問題ながらも、こればかりは確定ドロップではない為に仕方がない。

 色々と察したリヴェリアから向けられる翡翠のジト目も、今回ばかりは効果が無いようだ。相変わらずだと呆れる反面、「気落ちするな」と甘やかしたい衝動に駆られるのは、彼女が持ち得る面倒見の良さからくるものだろう。

 

 

 ドロップアイテムの忘れ物がないかを確認し、リフトを出現させたタイミング。いつかと同じく誤って50階層へのリフトを出現させてしまった事もあり、タカヒロは、少し前にヘスティアから受けた言葉を思い出した。

 

 

 確かにロキは、対闇派閥の戦闘においてオラリオで先陣を切っていると言えるだろう。しかしロキ・ファミリアにおいて実務を担っているのは、所属する第一級冒険者が大半だ。

 だからこそ、そして百聞は一見に如かずと言うわけではないが、見てもらった方が早く分かりやすいとタカヒロは考えている。そして只の顔合わせでは釣ることが出来ない――――もとい、虚言の類と受け取られてしまう可能性もある為に、彼は抱いていた考えを口にした。

 

 

「ところでリヴェリア。また前回のような鍛錬を行うとなれば、そちらの二人は来るだろうか?」

「嗚呼、フィンとガレスか……全てを投げ出してでも来るだろう。前回の戦争遊戯(ウォーゲーム)が行われる前に、50階層で行ったような内容か?」

「ああ、内容としては似通ったものとなるだろう。実は、参加者についてだが――――」

 

 



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161話 嵐の前の騒がしさ

 

 振るわれる大剣が空気を切り裂き、生み出された風圧は草木を揺らして無に消える。絶え間なく鳴り響く金属同士の衝撃音の音量と頻度は凄まじいと表現するの一言であり、並の傍観者ならば、思わず口を開けて見入るだろう。

 ここはダンジョン50階層。1つ下の階層で平和に暮らすカドモス君達を恐怖のドン底に叩き落とす存在は、腕を組んで目の前の戦いを見守っていた。51階層からは、来るな来るな、絶対に来るなと必死の祈り声が届いている。

 

 そんなカドモス君の声はさておき、今現在は鍛錬が行われている真っ最中。もしかしたら一泊するかもしれないとヘスティアに断りを入れたタカヒロは、レヴィスと共に、50階層へとやってきていた。

 もちろん正規ルートではなく、ちちんぷいぷい反則技となるリフトを使って所要時間は数秒程度。そして今回は、二人の一般人以外にも別の冒険者(メンバー)が混じっていた。

 

 

 もしも自称一般人がいなければ、このような形で交わることはなかっただろう。怪人としてダンジョンで活動していたレヴィスとは、そういう類の人物だ。

 刃を交え、互いの血肉を抉り取り、命を狙う。どちらかが全て倒れるまで、もしかしたら約一名が轢き殺して直ぐに終わっていたかもしれないが、ダンジョンでの戦いは続くことになった筈だ。

 

 

 

 時は、5分ほど前に遡る。

 

 

 

 静かなダンジョン50階層にて、5人の人物が2対3で対峙していた。どうやら二名側にいる女性戦士の紹介のようであり、“成り行き”を相手方に伝えているらしい。

 とはいえ常識とはかけ離れた内容を耳にして、「はいそうですか」と返せないのは無理もない。しかしどうやら、3名のうち過半数は納得したようである。

 

 

「……リヴェリアもそうじゃが、お主もえらく腑に落ちておるのう、フィン」

「こう表現すると叱りを貰うが、あのタカヒロだからな……」

「正直、僕も同じ言葉を思い浮かべたよ。でも、ガレスも覚えてると思うけど、タカヒロさんから教わったことは――――」

 

 

 かつて英雄の話になった際にタカヒロが口にした言葉、「難しく考えるな」。当初とは全く違う意味で捉えられているようにも見られるが、実のところは全くの的外れというワケでもない。

 フィンやガレスにとって、その男が持ち得る強さは限りなく理想に近い程に眩しいものがある。しかし一方で理想に近すぎることもあり、己から随分と遠くに居ることも分かっていた。

 

 二人にとって最も近い上の存在となれば、レベル8となるフレイヤ・ファミリアの猛者オッタル。いつか二人が通過するであろう基準となる人物であり、最も近い目標とも表現できる。

 そしてここに、それよりも少し上となるものの新たな基準が現れたというワケだ。そして所属はヘスティア・ファミリアであるために、オッタルよりも色々と敷居が低い。

 

 

 

 二人の男の戦士に、まだコレと言った明確な目的は無いけれど。強くなるための道が目の前に現れ、挑むことが出来るならば。

 太古の昔にダンジョンに散った女の戦士は、かつての仲間が胸に抱いたオラリオの平和を守る為。己に最も必要な器用さと、パーティープレイの一端を学ぶため。

 最近は強くなることよりも惚気の方向に力を入れていた一人のハイエルフは、相方の名に恥じぬよう強くなるため。実戦的な鍛錬が難しい魔導士だからこそ、最もよく知る二人の強者と対峙することを選択した。

 

 

 

 魔導士リヴェリア・リヨス・アールヴとパーティーを組むのは、かつて18階層と24階層で対峙した赤髪のテイマー、名をレヴィス。彼女が防衛者となり、詠唱するリヴェリアを守り切る。

 その相手は、オラリオで最も有名なファミリアの1つであるロキ・ファミリアを結成した二名。知将フィン・ディムナと豪傑ガレス・ランドロックが、加減なしで立ち向かう。

 

 

 一般人らしき何か一名を忘れている気がするが、その男が入った瞬間に色々と破綻し確定するために此度は傍観者に徹している。彼が戦闘に加わることで伸びるモノも確かに生まれるのだが、彼が居ない戦闘というのまた、違った刺激を与えるのだ。

 此度のように二対一の環境ならば、フィンとガレスに浮かぶ勝機もまた薄くはない。最初から「勝てない」と割り切って学ぶ事に徹していては、逆に学べないことも存在する。

 

 

 此度の鍛錬は、学ぶ事もさることながら試す事も多いようだ。普段は指揮系統に比重を多く向けている為に、こうして真っ向から戦う機会も少ないだろう。

 戦いが始まって、既に二分程が経過している。空気を切り裂く衝撃波は途絶えることなく、未だ破れぬ均衡の中で、二人の戦士が藻掻いていた。

 

 

――――隙はある、それも少なくない数だ。でも後僅かが足りない、出し抜けない……!

 

 

 アレも駄目ならコレはどうだと、フィンは持ち得る小さな身体が生み出すメリットと培ってきた技術、閃きを惜しみなく注ぎ込んで攻めに徹する。ゆらゆらと見え隠れする隙こそレヴィスが治すべき点となっており、第三者からすれば分かりやすい。

 槍と呼ばれる武器が持ち得る最大のメリットとなれば間合い(リーチ)の長さが挙げられるだろうが、パルゥムの身体では心もとない。槍そのものの長さも短いこともあり、リーチだけに目を向ければ、大柄な男が剣を持った際と、さして変わりは無いだろう。

 

 では何がメリットなり得るかとなれば、向かってくる相手に対する対応が取りやすいことだろう。槍独自とも言える“突き・薙ぎ”、もしくはそれらの合わせ技は、剣という得物では非常に難しい内容だ。

 突然と柄を持つ位置を変えて翻弄したり、それによって得た後ろ側の柄で打撃攻撃へ切り替えたりと、更には上下左右が加わってスタイルは正に変幻自在。だからこそフィン・ディムナが選んだ得物でもあり、それは己の小さな身体を生かすため。

 

 

 

 レベル6へと至ったのは、何年前のことだっただろうか。そう考えて、約7年前に起こった未曾有の大騒動を思い返す。

 オラリオで平和に暮らしていた、正真正銘の一般人も含め3万を超える住人が死亡、同時に数多の神々が天へと還った“大抗争”。別名“死の七日間”と呼ばれる、オラリオで最も間近に起こった“戦争”と言えるだろう。

 

 フィンを筆頭として、今のロキ・ファミリアの主力陣営を鍛えた老兵もまた、その戦いで散っていった。今のオラリオは全盛期から比べると酷く停滞しているが、ゼウス、ヘラ・ファミリアの敗北と同時に、この大抗争も間違いなく影響を与えている。

 特に、レベル5以上となる第一級冒険者の損失が与えるダメージは計り知れない。特にレベル6を超える者ともなれば、冒険者の母数何万のうち、今現在においては10人を少し超える程しか居ないのが実情だ。

 

 

 

 そんなレベルの者が活躍できる機会となれば、“戦争遊戯(ウォーゲーム)”。しかし“殺し”も有り得るこんなモノを積極的に行ったならば、長期的に見れば、オラリオに与える損失は明らかだ。

 故に残されたフィールドは、もはやダンジョンの深層のみ。当然そこへ向かうには様々で大きな危険を伴い、長期の計画と数多の仲間の支援が欠かせない。

 

 

 フィン・ディムナ個人が強くなりたいからとて、計画・実施できることではない事実は明らかだ。上に行けば行くほどランクアップに時間がかかる理由については、このような実態も要素としては非常に大きい。

 ステイタスは上がれどレベル8へと至れずに居たオッタルと、方向性は全く同じだ。フィン自身とてレベル6でくすぶっていた時に、どれだけ望んだ事だろうか。

 

 

 超えるべき壁、追うべき背中の出現を。後ろから猛烈な速度で追いかけてくる、己の情景に“炎”を灯してくれる存在を。

 

 

「オオオオオッ!!」

 

 

 雄たけびと共に挑む小さな身体と槍は大剣に阻まれ、高く険しい壁には届かない。だからこそ彼は藻掻き、挑み、高みを目指す。

 藻掻く中で生まれ出ている“気付き”から繰り出された応用のようなものについては、戦いが終わってから振り返ることになるだろう。傍観者タカヒロが、それらの要点を見落とすことはない。

 

 とはいえレベル7に対峙するはレベル10、3レベル差。それは即ち、覆せない絶対的な力の差があることを示している。

 レベルが上がる程に力については、より強く。速度に関しては、より速く。器用さ、耐久、魔力についても同様だ。同等ステイタスでランクアップ前の者とランクアップ直後の者が戦っても、余裕で後者が勝利してしまう程である。

 

 そもそもにおいて“ランクアップすること”とは、器が成長することを意味している。例えランクアップの際に持ち得るステイタスが基準ライン下限の600程度だったとしても、位が1つ上がる事とは、文字通り“世界が変わる”のだ。

 フィンやリヴェリアのように、ステイタスを限界ギリギリの値である1000に近づけてランクアップしたならば、差は輪をかけて広がることとなる。行った“下積み”については力に反映されるのが、ステイタスという“システム”だ。

 

 

 なお、ランクアップの際の最低ステイタスは毎度1200越えが当たり前、今となっては最も高い数値が2000を突破している白兎さんについては話が別。こちらは違った意味で常識に当てはまることはなく、我が道を単独で爆走中。

 そんな独走している道の先にあるものは、焦がれた師が見せた白刃(はくじん)の剣。それに追いつくために、隣に居るアイズのために、少年は必死なのである。本日は、アイズと一緒に別所で鍛錬の最中だ。

 

 

「おのれリヴェリアアアアア!」

 

 

 そしてフィンと組んでレヴィスの相手をする、もう一名。こっちも必死な様相を隠さないガレスは突然とヘイトをリヴェリアに向け、一撃入れるべく雄たけびを上げて襲い掛かる。

 もちろん力比べならばレヴィスが圧倒的に有利であり、軽くあしらわれて振り出しに戻る。フィンのように一捻り加えた内容とパワーを加えればチャンスもあるが、その傾向は時間が経つにつれて薄れていた。

 

 とはいえ突然とヘイトはリヴェリアへと向けられており、何か理由があるのかと味方のフィンですら疑問符を浮かべている。「どうしたんだい」とレヴィスへの攻撃の最中に彼が問いを投げると、まさかの言葉が口に出された。

 

 

「お主だけ卑怯ではないか!いつも戦士タカヒロを独り占めしよってからに!!」

「……」

「ガレス……」

 

 

 いつものゴリ押しが僅かにも通じず時間ばかりが経過しており、目を見開いてやや乱暴に斧を振るう、やけくそモードの戦士ガレス。聞き手によってはアブナイ発言が見えており、汗だくの様相から、分かって口にしているかも怪しい程だ。答えを述べるならば、“独り占め”の意味が違う。

 ともあれ言葉を耳にしたリヴェリアは詠唱を行いつつも、なんだそれはと言わんばかりの呆れ顔で、外野に居る相方をチラリと翡翠の瞳で流し見る。そんな反応を示すだろうと目線を動かしていたタカヒロも視線を受け取っており、とりあえず今の言葉を否定するかと口を開いた。

 

 

「同性愛の趣味は無い」

 

 

 腕を組んだまま据わった表情で返される、呑気なコメント。むしろ「あったら困る」と言わんばかりのリヴェリアは、万が一に備えて並行詠唱を使用しながらも、未だ詠唱に集中していた。

 突然と湧き出た呑気さはさておき、これはこれで、シッカリとリヴェリアの鍛錬となっている。相手の攻撃を防衛者が防ぎきれるかどうかを見極める事など、注意を払うべきポイントは山ほどあるのだ。

 

 ただ詠唱をする場合や、単に敵の攻撃を避ける場合と比べても、意識を向けるべきポイントは増えている。防衛者がタカヒロならば完全に身を委ねきり一歩も動くことはないリヴェリアだが、此度はレヴィスが担当である為に、そうはいかない。

 少しでも隙を突くべく知恵を働かせるフィンが色々とやっているために、ヒヤリとしかける場面は数多く在る。結果としてレヴィスは全てを防いでくれているのだが、まさに4人全員の鍛錬となっているワケだ。

 

 

 もしベルとアイズが此処に入るとすれば、ベルのレベルが1つ上がってからだとタカヒロは考えている。繰り返すことになるが、今まで積み重ねてきたステイタスや対人戦闘技術(テクニック)があるからこそ、レベル7達の戦いに放り込んでも問題ないという判断だ。

 その時は例によってあの女神が来るために、自然とオッタルも参加することになると未来予知の真っ最中。そしてベルとアイズが攻撃側であり、オッタルがレヴィスと組んだ防衛側だ。今あるレヴィスの余裕が完全になくなるらしいのだが、真相は、その時が来てみなければ分からない。

 

 

 時間が過ぎれば決着はつくものであり、リヴェリアの詠唱が完了して戦闘終了。明後日の方向に放たれる魔法が合図となり、フィンとガレスは大の字で倒れこんだ。

 

 もしこれがアイズやベルならば介護を行うリヴェリアだが、ロキ・ファミリアの古参二人を相手には行わない。相手二人にプライドがあることを知っているがため、心配の心は持ちつつも、手を差し向けることは行わないのだ。

 とはいえ何もしないことはなく、持ってきていたタオルと水筒を首の横に置いている。二人もまた手だけで感謝の合図を示すと使い始めており、この辺りは付き合いが長いからこその阿吽の呼吸と言えるだろう。

 

 いくらか余裕があるレヴィスは、さっそくタカヒロに改善点を聞いている。まだ日が浅いこともあってクリティカルな内容が数点だけとなっているが、どれもこれもが腑に落ちる内容に変わりは無い。

 

 

 なお、全員が回復したのちに、タカヒロがリヴェリアを守って一対三の戦闘となっているのはご愛敬。ゴリ押しではなくテクニックでもって全てを防ぐタカヒロに対して雄たけびを上げ歯を食いしばって一撃を見舞い続ける攻撃側だが、メンヒルの壁は高く厚い。

 例え三方向からの同時攻撃だろうとも、逆にタカヒロから一方向へ打って出る。そして迎撃の瞬間に別方向へと“ブリッツ”を用いて強制的に方向転換して二方向目を防ぎ、最後、直後に残りの攻撃を無効化するのだ。

 

 こればかりは彼が持ち得る力のゴリ押しながらも、攻撃側の三人はリヴェリアとの距離を大きく離してしまうこととなる。その間にどれだけの詠唱が行われるかは、語るまでもないだろう。

 そして当の本人であるリヴェリアは一歩たりとも動いておらず、相手方の攻撃が向けられる点への対処については最初から思考を放棄中。相も変わらずタカヒロを信用しきっており、その背中を間近で見つめて惚気ている始末だ。

 

 

 なお、今の光景が実際の戦闘で展開されるとなれば、“無理ゲー”の度合は更に高まる事となる。タカヒロを攻撃した際に発生する報復ダメージやカウンターストライクによる反撃ダメージを考慮しなければならない為に、攻撃側の難易度は急上昇することになるのだ。

 勿論その壁を崩せぬならば、無情にも状況は更に悪化する点については言うまでもない。後方から、フルオプションとでも言わんばかりに全てのスキルの効能が乗せられた、レベル7による大魔法の一撃が飛来するのだ。

 

 

「――――焼きつくせ、スルトの剣……我が名は、アールヴ!」

 

 

 やがて時間は訪れ、無情にもタイムリミット。今日は酔いが回っていないので普通なイントネーションと共に、此度の戦いとは全く関係のない所に展開された魔法陣が輝き、彼女が持ち得る広範囲攻撃魔法の名が告げられた。

 

 

「な、なんじゃ!?」

「リヴェリアっ!?」

 

 

 大魔法“レア・ラーヴァテイン”、リヴェリア・リヨス・アールヴが持ち得る攻撃魔法の第二段階。発生する魔法陣内部の敵下より火山が噴火する如き炎で目標を焼き尽くす、広範囲それも全方位に対する最大威力の攻撃魔法だ。

 しかし、フィンやガレスが知る威力とは大きく異なる。レベル6の頃と比較して体感で5割増しとなっている一撃は、レベル7になった事を原因とするには程遠い。

 

 リヴェリアが持ち得るスキル、“愛念献身(Alta Amoris)(アルタ・アモリス)”。タカヒロと言う男(装備キチ)と共闘する際に魔法の威力が上がり、共闘を前提として並行詠唱を使わない場合には輪をかけて上回る、彼女だけが持ち得るレアスキル。

 男の方にも同じスキルが発現しているが内容が火力に関することである為に、此度においては影響なし。持ち得る2枚の盾を静かに降ろすと、エネルギー切れのフィンとガレスは後ろへ大きく倒れこんだ。

 

 

 こちらも杖を置いてタオルとドリンクを配るリヴェリアは、先程の再来だ。落ち着きの中で仲間の心配を忘れない姿は、彼女が持ち得る一つの長所だろう。

 

 

「……ありがとう、“九魔姫(ナインヘル)”」

「ああ」

 

 

 単調な会話となったものの、対象にはレヴィスも含まれる。倒れてこそいないが彼女も膝に手をついて肩で大きく息をしており、疲れは酷く溜まっているだろう。

 ちなみに汗一つ浮かべていないタカヒロへと渡されたのは最後ながらも、これは仕事を終えた彼女が真横のスペースに陣取る為。頭が回るからこそ、このような策士的な事も思いつくのだ。

 

 

 補給物資が配布されたこともあって、大きく息をしていた三人にも落ち着きが見え始める。さっそく今回の問題点を確認し合うも、ゴリ押しされた点については「相手が相手だし」という結論に納まり、一方で、がむしゃらに攻めた為に気づいた点を報告し合う。

 やがてレヴィスを相手した時との比較になり「やっぱりレベル10は強いなー」的な話になるのだが、なんとも平和な光景だ。少し前に剣を交え命を狙いあった者同士とは、到底ながら思えない。

 

 

「しかしフィン、良かったではないか。これで、闇派閥共に対する大きな戦力強化となったのう」

「確かに、切れる強力なカードが増えるのは喜ばしいね。でもこれ、どうやってロキに説明するかな」

 

 

 5人で集まって色々と意見を交わすも、「とりあえずロキには伝えて口留めしておけば良いんじゃないかな?」とはフィン・ディムナが発した呑気な最終回答。ようこそ神ロキ、神々の“胃痛・ファミリア”に新たな一名が追加された瞬間である。

 とはいえタカヒロからすれば、まだ戦力としてカウントするには程遠いとの厳しい回答だ。勿論それには明確な理由があり、最も大きな理由の一つとして、レヴィスが怪人から人の身に戻って間もない為だ。

 

 

「先日まで怪人(モンスター)だった頃と違い、今の魔石のない身体――――」

 

 

 と、理由を説明している最中(さなか)に言葉が止まる。新たな情景でも見つけたのか僅かながら口を開いて固まる姿は珍しいものがあり、何事かとガレスとフィンは視線を合わせるも答えは出ない。リヴェリアへと向けるが、こちらも珍しく同様だ。

 まるで何かを思い出したかのような、訳ありの様子。しかし数秒の後に続きが口にされ、レヴィスもまた同様の意見を返していた。

 

 

 午後については先の復習がてら軽い鍛錬に留め――――るつもりが復習ならぬ前衛3名が抱く復讐が目的となり、やっぱり各々が全力でタカヒロへと挑んでいる。勿論、結果はお察しだ。

 

 

 結局リヴェリアの回復魔法まで使ってコンディションを整え、夜は闇派閥の郊外拠点を潰しに行く為に、ここでお別れということだ。お馴染みのリフトが展開され、ロキ・ファミリアのメンバーは地上へと戻ってゆく。

 タカヒロも用事があるらしく、戻りは明日の夜になるだろうとレヴィスに言伝をして、一人ここでダンジョンの深層更に奥深くへと消えている。何が目的かは聞かなかった彼女だが、言葉を受け取ったヘスティアの表情が曇ったのは数多の前例がある為に仕方なし。

 

 

 しかしヘスティアは、ひたすらに前を見て戦い続ける。最近は処方される胃薬の量が増えた気がするが、こんな戦いに負けてなんかは居られない。戦っている相手が身内ではないかと疑問符が湧きかけるが、そんなことはないと否定した。

 善神ヘスティアは、今日も爆弾を抱えて戦い続ける。オラリオが存続し、彼女が大好きな子供たちを守る為。オラリオが今まで以上に繁栄し、新たな歴史を刻むために。

 

 

 

 なお。

 

 

 

 歴史を刻み守ることになるだろう人物が例の彼とはいえ、“仕方ない”では済まされない。特定の神々にとっては隠蔽(揉み消し)に全力を注ぐ、胃痛の種(オラリオの歴史)でもある。

 



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162話 百聞は一見に如かず

波乱万丈


 

 週や月単位など、一定のスパン毎に継続的に出版される書物または電子媒体を指し示す言葉。即ち一般的に“雑誌”と呼ばれるものには、広さと深さはともかく、様々な情報が集まっている。

 これが例えば酒や武器防具の内容に偏れば、“専門誌”と呼ばれる場合もある。いずれにせよ情報の塊である為に、受け手は取捨選択が必要となるだろう。時たま嘘八百と言えるような攻略本(代物)も混じっているために、著名な出版物と言えど油断はできない。

 

 

 オラリオにある、とある地下室。屋内用の魔石灯の光が6畳程度の石造りの壁に無秩序に反射し、不規則な影を作り出している。

 部屋の中心部にあるのは、4人掛けには少し小さい丸い木製テーブル。その横の壁際で背筋を伸ばし立つ女性に対し、椅子に腰かけ腕を組んでふんぞり返り天井を見上げる男は苛立ちを隠せない。

 

 

「っ~~~~~」

 

 

 歯を食いしばる音が、静かな部屋に木霊する。彼の状態を示すならば、“機嫌が悪い”という言い回しが妥当だろう。

 行儀悪くワインに口を付け歯軋りする光景は、もはや毎晩の恒例行事。持ち得る癇癪さをぶつけられないだけ、壁際に控えるフィルヴィスにとっては気が楽な話だろう。

 

 

 俗に言う所の、ドメスティック・バイオレンス、のようなもの。直接的な手出しこそなけれど、その対応は、彼の為にと計画の遂行を頑張るフィルヴィスの心に暗い影を落としている。

 

 未だ大きな忠義は有れど、楽しさは薄れてしまった。

 

 それでも、様々な罪を犯した己は、今の道を進む以外に居場所など在りはしない。もはや強迫観念のレベルに達しつつある持ち得る忠義を正義とし、彼女は今日も主神の為に尽くす事を良しとする。

 

 

 そんな忠義が向けられる彼が苛立ちを隠せていない理由については、様々な要因がある。オラリオの破壊を目論むディオニュソスは、十年近くも前から綿密な計画を練っていた。

 しかし、ここ1年。完成間際の段階において、それらのほぼ全てに狂いが生じている。とはいえ一方で、己の手元に複数枚のカードが揃ってから発生した狂いである点が、彼にとっては不幸中の幸いだろう。

 

 まるで完成間際の絵画に、黒々と輝く炭で一筆を入れられたかの様。おまけに筆は筆でも、書初めで使われるような極太の代物だ。

 

 インクの類と違って炭とは基本として劣化することが無く、彼の心に対して永久的に残り続ける事だろう。なお一筆とはいえ回数は数度に渡っており、故に現在進行形で発揮されている彼の癇癪は輪をかけて強いものがある。

 オラリオの壊滅を狙うディオニュソスは、共謀――――と見せかけ只利用している数名の神々と共に、様々な問題を抱えていた。厄介で大きな事象としては、次の4つが挙げられるだろう。

 

 

 理由は不明だがイシュタル・ファミリアを潰されたことで、莫大な資金の調達手段の喪失。故に、カードの“餌”となる魔石を集めるだけでも一苦労。

 理由は不明だがイケロス・ファミリアを潰されたことで、作業の末端を担う人手が不足。故に、戦う事になる相手の現状を探るだけでも一苦労。

 理由は不明だが怪人レヴィスが行方不明かつ音信不通となり、地下迷宮(クノッソス)で生産中の大量のモンスターを手なずけるだけでも一苦労。

 恐らくはロキ・ファミリアの者達が、オラリオ郊外に延びる地下迷宮(クノッソス)の出口を次々に破壊。故に、理由は様々なれど暗躍するにも一苦労。

 

 

 どれもこれもが、絶賛“ディオニュソす”している内容だ。

 

 

 特に前者3つについては、色々と酷い思惑事情が原因なのはご愛敬。事実については完全に隠蔽されている上に、2つ目の犠牲者に至っては文字通り“悪者”として発表されてしまっている。

 故に“己の推しの仇”と言わんばかり、ではなくその通りの理由で進軍したフレイヤは、オラリオにおいて、今ではすっかり善神扱いだ。何故か分かっていない本人は相変わらず推しの事しか頭にないために、まるで気にも留めていない。

 

 

 ともあれ、ディオニュソスにとっては予想外(イレギュラー)の連続だ。これを予測しろと言う方に無理があるかもしれないが、結果としては、対策を怠った自己責任である。

 

 更なる予定外としては、ベル・クラネルの実力が予想以上だったこと。また、オッタルやロキ・ファミリアの3名がランクアップした点だ。

 オッタルについては以前より目を光らせていたディオニュソスは、相手の実力も把握している。例え“穢れた精霊”だろうともソロで攻略しかねない程の実力を所持しており、最も警戒すべき要因と考えていた。

 

 彼が描く絵画を“完璧”なモノとする為には、更なる強力なカードを所持しているべきだろう。その時ふと、ディオニュソスの脳裏に一つのモンスターの情報が浮かび上がった。

 

 

 

 その存在は、オラリオで最も名が知れ渡っていないと言える。

 

 

 

 名が知られていないだけとなれば、単純に未到達フロアに存在しているモンスターも対象だろう。此度の“最も”とは、最低でも一人は名前を知っている中での括りだ。

 

 では何故、そのモンスターは名が知られていないのか。単純かつ明快な理由が存在しているのだが、“そうなってしまう”理由について知っている者は存在しない。

 

 

「ディオニュソス様、もしや、そのモンスターは……」

「ああ。闇派閥が口にしていた、“最強”のモンスターだ」

 

 

 しかしどうやらディオニュソスとフィルヴィスは、存在については認識があるようだ。恐らくは同じモノだろうと捉えたフィルヴィスは無言ながらも、僅かに頷く動作で返している。

 最強という2文字については、様々な要素があるだろう。此度の場合は黒竜のような絶対的な強さではなく、特定条件下における最強の類だ。

 

 闇派閥とて、そうなる結末を知るだけながらも。冒険者を屠るという一点において、最強と呼べるモンスター。

 

 そのモンスターによってもたらされる結果を知ったならば、最凶と表現することもできるだろう。ダンジョンにおける厄災そのものを指し示す言葉は、冒険者の間でも知られていない禁忌の存在。

 

 

 持ち得る身体は特徴的であり、目にしたならば判別も容易いだろう。頭から尾の先まで全長7メートル程、手足を広げた時も同等の大きさだ。

 パッと見は、4本脚の骨で出来た蜘蛛と捉えることもできるだろう。背丈と呼ぶべきか地面から頭までは3メートル程があり、そこそこ大きい部類に入るはずだ。

 

 行う攻撃の種類は刺突・出血が混ざった近接攻撃。微弱な耐久性と乏しい魔力と引き換えに攻撃力と敏捷性が異常なほどに高く、“魔法攻撃を反射してしまう”ことが最大の特徴と言えるだろう。

 全体は骨のような印象であり、顔部分はドラゴンのような骨の構造のもので長い牙も角も見受けられる。そこから延びる背骨のような構造の骨の先の一か所から、手足を構成する骨格が伸びているモンスター。

 

 強さで表現するならば、まさに天災レベルの凶悪さ。もし仮にソレを味方につける事が出来るならば、味方にした場所に左右されるとはいえ、ファミリアのランクが2つも上昇する程だ。

 つまりそのモンスターは、単騎ながらも、それ程の力を有している。とはいえ、そこには大きな障壁が立ちはだかっていたのだった。

 

 

「もっとも……テイムすることが出来れば、の前提になりますが」

 

 

 問題はフィルヴィスが口にした通り、「テイムすることが出来れば」という大前提。実のところ闇派閥の専門部隊が多大な犠牲と引き換えに色々やった結果として大失敗に終わっており、彼等も“不可能”と結論付けている。

 いつか自称一般人を飲み込もうとして爆発四散した希少種“ラムトン”すらもテイムすることが出来た部隊が、埒が明かないと言わんばかりに匙を投げたのだ。故に、ごく一部の者は存在こそ知っているものの、そもそもにおいて、テイムすることが出来るかも怪しい程となっている。

 

 俗に言う“神の力(チート)”を使えば例外なしに可能だろうが、使った瞬間に天界へと送還される事となるのは明白。目的のために結果は問わない、と言うような言い回しはあるものの、このような結末では阿呆の類だ。

 

 

「ディオニュソス様。数々の“手札(カード)”をお持ちでいらっしゃる事は承知しております。ですがやはり、相手の戦力を侮ってはなりません。ここは、“目的”を達成するためにも、万全を期すのが最良かと」

 

 

 厳しい目つきで、彼女は主に釘を刺す。主であるディオニュソスに向ける表情としては珍しいものがあるが、これには明確で大きな理由があった。

 

 

 かつて彼女が夜の18階層で対峙した、謎の戦士。現在のオラリオで活躍する冒険者とは明らかに合致しない存在は、決して楽観視してよい存在ではない。

 

 

 だからこそ“厄災”をテイムして、手札を増やし有事に備える事を意見具申している。それに対するディオニュソスの反応は、彼女が思っていたよりも穏やかなものだった。

 

 

「目的?……ああ、そうだな。“目的”の達成は不可欠だ」

 

 

 フィルヴィスの言葉に対して一度フッと“愉しそう”に鼻で笑い、ディオニュソスは言葉を返す。“目的”の前に要るであろう言葉の数々が抜け落ちている点が気になったフィルヴィスだが、また癇癪を起こされても面倒な為に無言を決め込んだ。

 ともあれ話は戻り、“厄災”についての結論は出ている。相手の実力を加味するとなれば難易度は更に上がり、常識的に考えれば誘い出すのが精いっぱいで、テイムすることなど到底不可能な話となるだろう。別のカード、手段を持っている為に、諦めの二文字が結論として出されることも難しくはなかった。

 

 

 

 そう。様々な理論から導き出した“不可能”というファイナルアンサーは、様々な視点における“常識”の範疇に留まる話だ。

 

 

====

 

 

 そして時刻は、そろそろ午前0時になろうかというところ。オラリオの市街地は歓楽街を除いて比較的静かになっており、道行く者も飲み会帰りの様相を示す者だけと言うことができるだろう。

 本日は月齢や天候の兼ね合いで月明かりも無いために、絶好のステルス日和となっている。そんな闇に紛れて、鎧姿となる一人の男が、とある場所に到着した。

 

 

「おや、こんな夜分に珍しい。どうかしたかな戦士タカヒロ、何か御用か?」

 

 

 磨かれた石に反射した光が仄かに照らす薄闇が支配する広い空間は、僅かな階段があるものの、奥の壁端が見えない程に広大だ。床もまた、平らな石が敷き詰められており僅かに光りを反射している。

 埃っぽさはなけれど薄明りに照らされる壁や天井は、さながら古代の遺跡と表現して過言は無い。唯一の光源となっている四(きょ)の巨大な松明が添えられた祭壇にある巨大な石の座玉に鎮座する神ウラノスもまた、訪れた青年に対して気さくに言葉を掛けていた。

 

 しかし、双方ともにタカヒロが来た理由が不明である。現在時刻は深夜であり、この時間帯に何かを話す予定もなかったためだ。ロキ・ファミリアの調査についても今のところ進展が見えていない為に、ウラノス側から伝えられる事も限られている。

 そんな青年としては逆であり、話があるからこそ訪れたワケである。流石に昼間では“目立つ”と奇跡的に配慮することができていために、こうして闇に紛れたタイミングを狙って来訪した格好だ。幸いにも相手方は暇人の類であり、予約の必要も皆無である。

 

 

「ああ。忘れかけていたのだが、以前、魔石が無いモンスターの事を話した事を覚えているか?」

「そんな話もあったな。だが、そのようなモンスターが存在するなど――――」

 

 

 

 ――――おや。なんだか嫌な予感がする。

 

 

 

 直感的に察知すると共に“唯一の例外”を思い出したフェルズだが、時すでに遅し。そもそもにおいて、目の前の相手には色々と“常識”が通用しない点もまた同時に思い出した。

 いや、そのような表現はオブラートに包んでいるが為。評価する際に直訳するならば、“ぶっ壊れ”と表現して過言のない人物であることに違いはない。

 

 笑い話に終わるかどうかは神のみぞ知る。いや神ですらも匙を投げるかもしれない状況は、未来予知の能力でも持ち合わせていない限りは想像すらも不可能だ。

 もしも第三者の立場から、今迄タカヒロが行ってきた歴史を見ていたならば。そして今の問答を見ていたならば、きっと次のように思うだろう。

 

 

 

 ――――なんてことだ、さすが師匠ですね!

 ――――なんて、こと?よく、分からない。

 ――――なんてことだ、お前(タカヒロ)なら仕方ない。

 

 

 

 

 

 ――――なんてことだ、もうボクの胃は助からない()

 

 

 

 

 

「だから、連れてきた」

「は?ふひょああああああっ!!?」

 

 

 定命の者ではないアンデッド、名をフェルズ。骨だけの為に腹も膜も無いながらも、いつかタカヒロと出会った際に正体を見抜かれた時しかり、とてつもない声を出してしまう。

 そして尻餅をついて、腰は完全に抜けてしまっている状態だ。少し後ろではウラノスも座りながら腰を抜かしており、2メートルを超える神の巨体がプルプルと震えている。

 

 

 

 装備キチのすぐ横に寄り従う、特異的な存在。どこからどう見ても間違いのないモンスターであるソレを見て、二人は正気を保つことができなかった。

 

 ガネーシャ・ファミリアがテイムするような普通のモンスターならば、さして問題では無かっただろう。怪物祭に使われるモンスターはレベル2程度のものであり、その程度ならば相手が群れたところでフェルズ一人でも対処できる。

 

 

 しかし、此度において“持ち込まれた”モンスターとなれば話は別。持ち得る身体は特徴的であり、目にしたならば判別も容易いだろう。頭から尾の先まで全長7メートル程、手足を広げた時も同等の大きさだ。

 パッと見は、4本脚の骨で出来た蜘蛛と捉えることもできるだろう。背丈と呼ぶべきか地面から頭までは3メートル程があり、そこそこ大きい部類に入るはずだ。闇の中で紫紺の爪と深紅の双眼がギラリと光り、ただならぬ恐怖を演出する。

 

 行う攻撃の種類は刺突・出血が混ざった近接攻撃。微弱な耐久性や乏しい魔力と引き換えに攻撃力と敏捷性が異常なほどに高く、“魔法攻撃を反射してしまう”ことが最大の特徴と言えるだろう。

 全体は骨のような印象であり、顔部分はドラゴンのような骨の構造のもので長い牙も角も見受けられる。そこから延びる背骨のような構造の骨の先には緑色のクリスタルが淡く光っており、手足を構成する骨格が伸びているモンスター。君の名は――――

 

 

「なん……と……!?」

「じゃ、じゃ、ジャガーノートだと!?」

 

 

 今日のわんこを紹介するノリで紹介されたモンスター。ダンジョンにおける厄災そのものを意味する存在、“ジャガーノート”であったのだ。

 




背中……ケアン……緑色……クリスタル……


*フラグ:88話の最後
*ジャガ丸の大きさが間違っていたらすみません。


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163話 ハロー厄災

原作をリスペクトした酷いタイトルからの酷い内容()


 

 別に、そこら辺を歩いている姿を見て補導したわけではない。現状は“お座り”モードになっている野良犬に懐かれたワケでもない。

 知らないならば見せてあげようという、ベル・クラネルから学んだ青年の“善意”が表向き。だからこそ自らが飼い主となる意思をもって、ダンジョンにてテイムしてきた存在だ。

 

 

「なん……と……!?」

「じゃ、じゃ、ジャガーノートだと!?」

「なんだ、知っているではないか。仲良くしてやってくれよ、“骨”仲間なのだからな」

「い、い、一緒にするな!!」

 

 

 フェルズやウラノスも見た事がなく、とあるエルフ経由で特徴を知っていた、その存在。他のモンスターにはない特徴がハッキリと見受けられたために、双方ともに一発で正体を見抜いたというワケだ。

 

 

「せ、戦士タカヒロ!ダンジョンには未だ誰も存在を認知していない非常に危険なモンスターが、低層にすら沸く可能性がある事実を知っているか……!?」

「いや、初耳だ」

 

 

 そのような内容に該当するモンスターは、あのリヴェリアが行う教導ですら出てこなかった。強化種か?と返してみれば違うと言う答えと共に、彼等が持ち得る情報が伝えられる。

 ジャガーノートの姿を見た上で生きているのは、この場に居るものを除けば先のエルフのみという惨状。オラリオの迷宮の構成が破壊された際に発生する最悪と言われる特殊なモンスターであり、悪用されぬためにウラノスが全力で存在を秘匿していた存在だ。

 

 

 なお、この説明には非常に重要な主語が欠けている。そもそも先の説明がジャガーノートと呼ばれるモンスターの解説だと、全く語られていないのだ。

 当然だろう。タカヒロからすれば、突っ立っているだけで討伐可能なイージーモード。だからこそ考えは「ベル君達が危ない!」という方向にシフトしており、傍から目にした回答も呑気なモノとなる。

 

 

「なんだと、そのような危険なモンスターが居るというのか!」

「何を聞いていた!?そこに居ると言っているのだ!!」

 

 

 叫び指差すフェルズの言葉を受け、右横に居るジャガーノートへと顔を向けて視線を落とすタカヒロ。ジャガーノートもフードの下から向けられた視線を感じて顔を上げ、自然と視線は交わることとなる。

 飼い主から向けられる問いに、答えるかの様。そして内容も単純だ。

 

 

――――君は、そんな存在なのか?

――――フルフル。ぼく、わるいモンスターじゃない!

 

 

 首を左右に振りながらそんなことを思うジャガーノートは、一生懸命にネガティブとアピール中。そのような気はない事も理由だが、そのような気を持った瞬間に訪れる未来を知っているからこその対応だ。

 そしてタカヒロとしては、“アイズ語”検定の中級を取得していることもあって色々と察している。おふざけ的なノリもあり、有利な立場も必要となるため、回答の方針を決定した。

 

 

 と言うことで、彼の顔は静かにフェルズへと向けられることになり――――

 

 

「ほう。咎人(とがびと)はモンスターではなく、そこに居たか」

「ま、待て戦士タカヒロ!私よりモンスターのジェスチャーを信じると言うのか!?」

装備(はよ)

 

 

 向けられた返事は、たった漢字の二文字、何故か読みも二文字。しかしそれを言われると今現在もアイディアが全く浮かんでおらず“ぐうの音”も出ないフェルズ、四つん這いで落胆中。

 なお、“造る”の中には希望する物の相談なども含まれる。そのようなファーストコンタクトが無いためにタカヒロが対闇派閥へのヤル気が沸いていない点については、リヴェリアだけが察している裏事情だ。

 

 そして代わりに興味が向けられてしまった“厄災”についても、こうして悪用されかけている。悪用する気など欠片もないタカヒロだが、この地下室の番人二人からすれば、それに匹敵するロクなことにならないと予測するのは難しくはない事だ。

 

 そもそもにおいて、なんでコレをテイムしようと思ったのか。そして、どうやってテイムしたのかが気になるフェルズとウラノス。まずは前者の問いを投げると――――

 

 

「いや、キモ可愛いくて個人的に気に入ったという理由もあるが……素早く力強いところがポイントだ。こいつの力を借りれば、リリルカ君を50階層から運ぶ労力が減るはずだと思ってね」

「「……」」

 

 

 紹介を受けた二人からすれば、文字通りの■■(KUSO)に匹敵する程の理由であった。話逸らしのために思い付きで名を出された、リリルカ・アーデの運命やいかに。

 

 彼女の運命はさて置くとして、そもそもにおいて、どうやってテイムしたのかなど意味不明な点が多すぎる。1つ1つ潰すように問いを投げるも、青年はどこから話したものかと腕を組んだ。

 そんな横で、問題のモンスターはすっかりリラックスムードにある。“おすわり”の態勢で床に座るジャガーノートの背骨に腰掛けたタカヒロは、少し前の状況を語り始めた。

 

=====

 

 時は数時間ほど巻き戻り、ダンジョン94階層。相変わらず何階層なのか理解していないものの何事もないかのように通路を進む青年は、どこかにリフトポイントがないかと各階層の脇道を少しずつ探索しつつ、様々なモンスターを相手している。

 更新した装備の最終決定が近いこともあり、どれだけの火力が有れば、ここオラリオのダンジョンにおいて十二分なのかを検証していたというワケだ。90階層付近からスタートしたソレは、現在95階層に達している。

 

 例によって例のドラゴンが居るかどうかと頼まれてもいない安否確認サービスを実行している冥府(ホーム)ヘルパーだが、生憎と本日も留守の模様。95階層は文字通りの“もぬけの殻”の様相で、他のモンスターの影も見えない。

 少し待ってみるかと壁に寄り掛かるも相変わらず静かなモノであり、やはりリポップ期間は非常に長期と思われる。新たに生れ落ちる時が来たとしても、その男が居る限りは必死でダンジョンの壁の中に潜ろうとするだろう。

 

 かつて2回ドラゴンと戦った、広大な空間。戦闘の度にソコソコの外壁が破壊されていたが、ダンジョンが持ち得る修復機能によって何事もなかったかのように元に戻っているのが実情だ。

 18階層など比にならないだだっ広いワンフロアを眺めていると、あの日の59階層を思い返す。己が初めて装備以外に明確な戦う理由を抱いた日であるために、未だ当時の情景は脳裏に残って全く剥がれそうにもない。

 

 

「さて、あの時のモンスター……」

 

 

 その一件とは別件となるものの、本日レヴィスの件を口にした際に脳裏に浮かんだのは、最後の最後に出てきた複数体の謎のモンスター。ドロップアイテムもなければ何故か魔石が無いそのモンスターは、フェルズとて知らない存在と口にしていた。己とて、目にしたのはあの一回切りだ。

 故に思い出した際に、「まさかレアモンスターだったのか!?」と、やる気スイッチが入ってしまったワケである。とはいえ出現条件が全くの不明であり、とりあえず考察からスタートした。

 

 だだっ広い空間、一致しているが確認のために来たこの場においては出現せず。そもそもにおいて広いだけで出現するとなれば、安全地帯(セーフゾーン)の18階層や50階層に沸いているだろう。

 ボス級を倒したあとの刺客的な存在かとも思った青年だが、それもまた同様に違うと思われる内容だ。ここ最近は色々とデッカイ奴を倒しているが沸く気配がないうえに、それならばゴライアス迄の階層で過去に何度も沸いている。

 

 59階層における固有モンスター、という可能性もなくはない。とはいえそれは最後の考察であるために、今この場においては除外して続きを考えているが、これが致命的な転換点と言えるだろう。

 

 

 残るは一つ。当該階層に居た穢れた精霊が放った、大魔法。“辺り一面をフィールドごと壊滅させたことによって出現したものなのか”とジャガーノート出現条件の正解に辿り着いてしまい、物は試しにと、1つのアイテムを取り出した。

 

 

 ――――アイテム名、“ダイナマイト”。説明の必要があるだろうか、重なり合った瓦礫や岩をも吹き飛ばす文字通りの強烈な“爆弾”であり、かつて闇派閥が使った火炎石など話にならない程に強い破壊力を秘めている。

 ここが“超”が付くほどの深層という点もダンジョンにとっては都合が悪く、「どうせ誰もおらんやろ」的な精神であるタカヒロは、無慈悲にも複数個のダイナマイトをセットしてしまったのだ。その数は手始めに120個、チェスト開封のために無駄に数十スタックが集められた経歴は伊達ではない。

 

 

「洞窟で使えば五月蝿いだろうな……」

 

 

 などとボヤきながら、マッチに火を灯すかのごとく、ペットボトルのキャップを開けるかのごとく、“目と鼻の先”という距離で炸裂させてしまう。なぜだかいつも超至近距離でダイナマイトを炸裂させる、“乗っ取られ”ならではの光景と言えるだろう。

 ともあれ凄まじい炸裂音が洞窟内部に鳴り響き、止む気配は欠片も無い。途轍もない数のダイナマイトにより、ダンジョンの壁と言う壁が跡形もなく粉砕された。

 

 その一角、更に最奥、亀裂が走り紫色の瘴気が立ち上るダンジョンの壁。それに気づいた二体のガーディアンは、即座に戦闘態勢へとスイッチする。まるで己が自ら子宮をこじ開けるかのようにして、そのモンスターはダンジョンの壁から生まれ落ちた。

 

 

 結果として生まれたのが、95階層産のジャガーノート。数は1。脇目も振らずにタカヒロへと亜音速にて突進する姿に対し、間髪入れずに二体のガーディアンが駆け出した。

 微動だにしないタカヒロとの間に片方が斧を入れ込み、もう片方がジャガーノートへと攻撃を向ける。一度飛び退き距離を取ったジャガーノートは、狙いを二体に変えて俊足を維持したまま爪を振るい攻撃する。

 

 

『――――!?』

 

 

 同時に間一髪で、相手が放った巨大な斧の振り下ろしを回避する。敏捷性には自信があったジャガーノートだが、それをもってしても紙一重というギリギリの攻防だった。

 モンスターの爪による刺突攻撃は確実に相手の腹部へと命中しているも、二体の存在は僅かにも揺るがない。あろうことか衝撃もなかったかのように、持ち得る巨大な斧を振り下ろしたのだ。

 

 当然だ、二体の存在は“不死属性”。故に召喚者を倒さない限りはいくら攻撃を与えても死なないどころか、いかなるダメージの欠片すらも負わぬ絶対の“守護者(ガーディアン)”。

 それも只の守護者ではなく、原初の光であるエンピリオンに仕えるガーディアン。タカヒロが持ち得るスキルレベルによって実力は制限こそされているが、それでもなおモンスターを圧倒する戦力を所持している。

 

 向けられる反撃は、単独がジャガ―ノートと同等の戦闘能力を保持していると言っても過言は無いだろう。ダンジョンの白血球、この世界らしい言い方をすれば“ダンジョンの守護者”である存在と互角に渡り合う者が居るなど、そもそもにおいて免疫の機構が想定にしていない。

 気づけば身体の節々が痛みを訴え、それでも役目は潰えない。元より短命として生まれた命、それが潰えるまで免疫の役目を果たすまでだ。

 

 

「魔石が無いために再生もしない、か」

 

 

 ふと人間の言葉が呟かれたのは、そのタイミングであった。ピタリとジャガーノートの足が止まり、そういえば、そんな存在が居たことを思い出す。

 普通のモンスターならば、後先考えずに特攻を仕掛けることだろう。しかしながら他のモンスターとは少し違って、ジャガーノートには“知性”と呼んで遜色のない判断能力が備わっているのだ。

 

 だからと言って、“白血球”なる存在に引き下がる選択は在り得ない。手足をもがれ、動けなくなろうとも、さして問題はない事だ。

 元より己の身は、やがて自壊して消え去る運命。男が口にした通り再生することも叶わず、既に負っているいくつかの損傷は、戦いを不利にする一方だ。

 

 倒されるか、倒したところで人知れず灰となり。魔石もドロップアイテムも残すことなく、完全に消滅することが生まれた時から既に決定されている。

 逃れられぬ滅びの運命。己の身には抗う術はなく、ダンジョンによって決定された命令を、それこそ無限に繰り返す。

 

 

 呪いと呼べるかのような輪廻を行う一方で、永久に生き永らえることはできない。魔石が無いために存命は不可能であり、悟る滅びの運命を知るが故に、人に仕えることを受け入れない。

 そもそもにおいて、その存在は“白血球”。母なるダンジョンの命令に忠実に従い、自我など存在しないはずだった。

 

 数年ほど前にイレギュラーの存在と対峙したが故に芽生えた、イレギュラー。今のジャガーノートは、己に芽生えた“興味”という感情に思考回路を奪われている。

 だからこそ、相手の一挙手一投足をつぶさに見る。相手と自分とを比べ、予測できる攻撃に対する対応策を考える。

 

 

 

 故に、一層のこと分かってしまう。あの男を相手にしているこの戦いには、万が一の勝利も在り得ないことを。

 

 

 

 背後の存在を使役する者ならば実力は更に上回る事など、容易に判断できることであった。その白血球であるはずの身に、更なる感情が沸き起こる。

 

 これは、恐怖だ。意識するだけで自慢の武器()は震えてしまい、俊足をくりだす足もまた針金で縛られたかのように動かない。

 二枚の盾を持っている姿を視界に捉えただけで、これである。あの男を前にしては、己は一切の存在意義を残すことができずに、この世を去ることになるだろう。

 

 ジャガーノートが怯えてから、どれだけの時間が経っただろう。気づけば、戦闘は止まっていた。

 二体のガーディアンは主を守るかのようにして、一方で視界を遮らぬよう前後に位置取り、動く気配は見られない。己の興味が向けられる相手もまた、先ほどから一度の攻撃も行わず不動の姿勢を維持している。

 

―――― 一体、あの男は何がしたい。

 

 口にできるならばそう口にしたかったジャガーノートは、己が抱いてはいけない感情を抱いてしまう。これによって抱く使命はさらに薄れ、興味が一際強くなった。

 そもそもが、全てにおいて謎だらけだ。たった一人でこれほどの深層に来て、一体何を行っている。ダンジョンの階層を破壊したかと思えば交戦も行わず、一体何を考えている。

 

 これらの考えを抱く、ジャガーノートへと応えるように。タカヒロはゆっくりと、静かに独り言をつぶやいたのであった。

 

 

「……テイムとは、どのようにやるのだったか」

 

 

――――何を言っているんだ、コイツは。

 

 シリアスを吹っ飛ばされ、ジャガーノートの知性が発した感情がソレであった。しかし問題はないぞジャガーノート、地上の人間100人に聞いても全員が同じ内容を思い浮かべることだろう。

 芽生えた感情の一環で、耳にした言葉の意味が分かってしまっている。だからと言ってどう反応したらよいか分からずに、結果として棒立ちだ。

 

 確かリヴェリアが選んだ教本に書かれていたと考えながら、発言者は呑気にペラペラとページを捲って検索中。前代未聞となる“戦闘意欲が消滅してしまった”ジャガーノートに応えるように、二体のガーディアンも構えた斧を下げたのであった。

 

 

「嗚呼、そうだった。魔石に魔力を込めて――――は……無理、か」

 

 

 分かってはいたが、魔石が無いためにセオリー通りにはいかないようだ。そもそもにおいてこの男は、魔力をそのようには使えない。とはいえ、諦めるつもりもないらしい。

 ならばと、インベントリをゴソゴソ漁って“とあるアイテム”を探し出す。数秒で見つかったそれを1つ取り出し、右手に携えて視線を向けた。

 

 

 ――――アイテム名、“強力なラヴァジャーの目”。

 タカヒロの力を試す為に煽り戦った勇敢な神である“魂のラヴァジャー”が、己に勝利した者に与えた贈り物の粉。それは、対象の魔物に無比の忠誠心を引き起こす。

 

 

 ラヴァジャーとは、タカヒロ的には“装備を更新した際の試し相手”。日刊で殺されていた神キャラガドラ君と同じく、被害回数は4桁を突破している勢いだ。ちなみにだが、煽ってきたのはラヴァジャー側であるために自業自得である。

 とはいえ、腐っても神が作ったアイテムにほかならない。武器に使えば増強剤となるアイテムながらも、メンヒルの盾を投げる要領で、それをジャガーノートに投げつけた。制球能力もバッチリであり、ジャガーノートが避ける間もなく命中する。

 

 

――――あ。この人のために、戦わなければ……!

 

 

 興味を抱いていたことも影響したためか使命感が芽生え、これにてジャガーノートのテイム完了。ゆっくりとタカヒロの下へと歩み寄って見上げており、ガーディアンともコンタクトを取るなどして仲間であることを示している。少し躾けてみたタカヒロだが、“お手”・“おかわり”共にバッチリだ。

 なお、“母なる存在”は光景を目撃してドン引き中。“白血球を乗っ取ってしまうウイルスのような存在(イレギュラー)”と書けば、その異常さと危険度合いが伝わるだろう。また、かつてジャガーノートが対峙したイレギュラーである当時の闇派閥が目にしていたならば、呆気なさ過ぎて発狂している光景である事に違いない。

 

 しかし、問題は終わりではない。いくらテイムできたとはいえ、ジャガーノートそのものに魔石は無いために、やがて消え去る運命は待ち構えたままなのだ。

 その点どうしたものかと悩むタカヒロだが、解決策は“ある”にはある。むしろコレしかないと言わんばかりに溜息を吐くと、手のひらよりも少し小さな1つのアイテムを取り出した。

 

 

 ――――アイテム名、“イーサークリスタル”。ケアンの地を襲った存在“イセリアル”の力が長く留まった、クリスタルの破片を指す言葉。早い話が、魔石のように強大な力を持っている代物だ。

 これを複数集めて正規の手順で結合させた“イーサーのかけら”は危険物質ながらも、この状態ならばさして問題ではない。武器防具を含めたアイテム作成にも用いられ、タカヒロも何度か使ってきた代物である。

 

 故に己のジョブとは無縁なものの、タカヒロはそのクリスタルの使い方に長けている。パチンと音がするような事はないが、1つのクリスタルが、ジャガーノートの背中へと埋め込まれるように装着された。

 なお、その効果は永久的。使い方によっては対象の思考を乗っ取るようなこともできるのだが、此度においては行われていない。

 

 あくまでも、ジャガーノートの身体を動かすための動力装置だ。装着後も問題なく意思疎通が取れることを確認し、念のために、かつての仲間から分けてもらった“ビスミールの拘束具”を装着した。

 これによってジャガーノートの能力も強化されて忠誠心も深まるので、この二名だけで見れば良いコト尽くし。二体のガーディアンを送還すると、タカヒロはリフトでオラリオへと戻ったのである。

 

 

 もっとも此度のイーサークリスタル装着は、穢れた精霊が怪人を作り出す時と、あまり手順は変わらない。“ぶっ壊れ”にとってのクリスタルはあくまでも力の発生源であるために、それを行っているという自覚は無い様相。

 

 

 ともかく、ここにテイムは完了した。少し前まで零細ファミリアであったヘスティア・ファミリアに、更なる強力な爆弾ながらも非常に強力な戦力が加わった瞬間である。

 とはいえ、そのファミリアには、既にジャガーノートを上回る強力な爆弾が存在している。そこに新たな一つが加わったところで、さして変化は無いだろう。

 

 

 

 なお。

 

 

 爆発は巻き込みや連鎖も発生する為に、取り扱いには十分な注意が必要だ。

 




*補足:「はよ」=「はやくしろ」の略
*原作参考タイトル:ハロー深層

■ダイナマイト
・GDの世界においてはチェーンぐるぐる巻きとなった宝箱があり、開封にダイナマイトを使用する。
・その他、崩れたポイントの爆破など数か所使用する場所がある。
・なお、いずれにしても目の前で爆発する。


■強力なラヴァジャーの目
"(神)ラヴァジャーが、彼の呪われた崇拝者に与えた贈り物。それは、無比の忠誠心を引き起こす。"
(すべての 両手武器 に適合)
レア 増強剤
+8% ヘルス
+6% 防御能力
すべてのペットへのボーナス
+55% 全ダメージ
+6% 攻撃能力
必要な プレイヤー レベル: 90
アイテムレベル: 90
派閥: バロウホルム



■ビスミールの拘束具
・召喚した存在の支配を強化する為に、 ビスミールの妖術師たちが使う魔織の拘束具。
・(胴防具 に適合)レア コンポーネント
+20% 全ダメージ
+25 防御能力
+1 エナジー再生 / 秒
⇒ビスミールの拘束 (アイテムにより付与)
・術者の意志に、 しもべを縛る。 (パッシブ ボーナス)
すべてのペットへのボーナス
+20% 全ダメージ
+10% ヘルス



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164話 説得(きょうはく)

 

 夜更けと共に竈火(かまど)の館へと戻ろうと道を進むも、つい先程「(飼育)許可は出すから絶対に他人に見つかるな、いえお願いします」と言葉を受けた一般人。幸いにも見つかる事はなく正門の所にまでは目と鼻の先であり、帰宅という旅路は終わりを迎えている。

 深夜らしく周囲はシンとした空気が張り詰めており、己の足音が空へと響いているのではないかと錯覚してしまう程だ。後ろを歩く新たな仲間ジャガーノートは、青年が初めてオラリオに足を付けた時のようにキョロキョロと左右を見渡している。

 

 時間が深夜ということで、門限があれば破っていると言って過言はないだろう。青年の壊れ具合を知りつつあるヘスティアは門限破り程度では何も言わないが、それでも眷属を心配している気持ちはタカヒロも受け取れている。

 故に、明日の朝食は早めにとって帰宅を報告するべきだろうと考えていた。タカヒロとてヘスティアに迷惑をかけるなどして、決して主神の胃を“いぢめ”たいワケではない。らしい。

 

 

 しかし、此度においては門限破りがもう一名存在している。アイズと一緒に食事をするために昼前に旅立っていた少年、ベル・クラネルその人だ。

 今の今まで何をしていたかは、誰も知らない上にプライバシーに該当する。ともあれ当該人物とタカヒロが、門の前で鉢合わせたというわけだ。

 

 

「ししょっ……!?」

 

 

 驚きで語尾がおかしくなった少年、ベル・クラネル。闇の中でギラリと光る紫紺の爪と深紅の双眼は、目にするだけで強烈な恐怖を抱いてしまう代物だ。

 故に、「師匠、遅かったですね!」と口にしたかった言葉は前半すらもマトモに出てこない。レベル4ながらも腰は完全に引けてしまっており、暗いこともあって目も瞳も開きっぱなしの様相だ。

 

 その背中で薄っすらとエメラルドグリーン色に光るイーサークリスタルも、不気味な怖さを演出するのに一役買っていることは間違いない。大きさ的には小さいが、存在感は抜群だ。

 そんなジャガーノートを目にして「どうしたんですか」と何とか口にしたベルに対し、青年は「テイムしてきた」とだけ答える呑気ぶり。ジャガーノートはベルに対して首を向けるだけで何か反応を示すわけでもなく、それが更なる恐怖を演出していると言っても良いだろう。

 

 

 ともあれ、軒先で突っ立っていては更なる被害者が現れないとも限らない。もしも叫ばれてガネーシャ・ファミリア(治安維持のファミリア)でも来たならば、余計にややこしくなることは明白だ。

 そこで二人+一名は、とりあえず扉を開いて抜き足差し足のままタカヒロの自室に移動する。似たような動きをしているジャガーノートも、しっかり空気を読んで動作を真似ていた。自室に到着するも広さがない為に、身体を縮めるようにしても、ジャガーノートが大半を占領してしまっている。

 

 

「いやー、驚きました。強そうなモンスターですね……」

「ああ、可愛いだろ?」

 

 

 さっそく話が噛み合っていない上に、妙に感性がズレている。キモカワイイという妙な言葉を初めて耳にした少年だが、その言葉が持ち得るニュアンスは、なんとなくだが理解する事が出来ていた。

 ちなみにベルも59階層で目にした事があるのだが、初見のモンスターと捉えられてしまっている。あの時は遠目だったこととリヴェリアの魔法が放たれた直後で土煙もいくらかは残っており、“地面を高速で移動する”ぐらいの認識しかできていなかったのだ。必死にポーションを配っていたことも、要因の一つとして挙げられるだろう。

 

 ともあれ、ジャガーノートなるモンスターが持っている潜在能力の高さは明白と言って良いだろう。レベル4だからこそ少しは分かってしまう相手の強さは、ベル・クラネルでは全くもって歯が立たないと分かる程だ。

 

 そして話の話題は、この子の名前をどうするかという呑気な内容へとシフトする。ネーミングセンスが無いらしいタカヒロに代わって、ベルが名前を付けることで決定した。

 目線を合わせてじーっと見つめるベルに対して、ジャガーノートは首を少し傾げる。そんな仕草から一人の少女が脳裏に浮かんだ恋する少年の脳内に1つの名前が浮かび上がり、「コレだ」と言わんばかりに口に出した。

 

 

「君の名は――――“ジャガ丸”です!」

「おお、呼びやすいし雰囲気がいいな」

 

 

 その言葉に対し、右前脚を軽く上げるジャガーノート。どうやら拒否感はないようであり、特に暴れる様相も見せていない。

 なおベル・クラネルからすれば、単に相方が好きな“じゃが丸くん”の頭4文字を採用したに過ぎないネーミングセンスである。顔を傾げるジャガーノートの様相が、アイズ・ヴァレンシュタインとソックリだったのだ。

 

 そんな事実をほじくりだされる前に、ベルは話の話題をすり替えてしまうことにする。ベル自身も見たことのない、聞いたことのないモンスターであったために、引きつけられる興味は強いのだ。

 しかし命名の理由を聞かれる前に話題を変えようとしていたために、脳裏に浮かんだ言葉を噛み締める間もなく口に出してしまっている。本来は「ダンジョンのどこでテイムしてきたのか」と口にしたかったのだが、微妙にニュアンスの違う質問となってしまっていた。

 

 

「ところで師匠、なんでダンジョンに潜っていたんですか?」

 

 

――――新しい装備効果を試すためにドラゴンに会いに行っていた。

 

 傍から見れば純粋さ溢れる質問に対してそんな本音を言えないタカヒロは、どうしたものかと腕を組む。この手の動作をする時は“秘密にしたい時(ロクなことじゃない)”だということを薄々感じていたベルは追撃を仕掛けないが、気になることもまた確か。

 どうしようかなと悩んでいると、数秒程してタカヒロが口を開く。そこから出てきた内容は、少年の予想とは大きくかけ離れているモノであった。

 

 内容としては、対モンスターにおける戦闘経験が乏しいベルのために、モンスターをテイムしていたという理由が筆頭だ。ワケあって少し深いところのモンスターとなったらしいが、それでも実践的な訓練を積むことができるだろう。

 かつての師が見せる優しさに嬉しくなり、幻想の尾っぽをブンブン振り回すベル・クラネル。その実「キモかわいいからテイムしたかった」という根底を知れば、呆れた表情へと一変することだろう。

 

 そんなこんなで、タカヒロがテイムしたモンスターの名前も無事に決定。それ以外については全くの無事ではないものの、差し当たって直ちに影響はないだろう。

 今夜はタカヒロの部屋で寝泊まりすることとなり、ベルは静かに自室へと戻っていく。ジャガ丸に対して手を上げるとジャガ丸もまた左前脚を上げるなど、コミュニケーションもバッチリだ。

 

 

 そして翌日、炉の館の裏手に広がる広い庭にて。ヘスティア・ファミリアの一同が集まり、とある光景を眺めていた。

 

 

「リリ、大丈夫ー?」

「大丈夫ですベル様ー、楽しいですよこれー!」

 

 

 やたらめったらハンドルの位置が高いバイクのような感覚でジャガ丸に騎乗し、地を走り回るその姿。ヘスティア・ファミリア所属のリリルカ・アーデは、“サポーター”から“ライダー”へとジョブチェンジしていた。

 

 二つの職業を選んでウォーロードとなっているタカヒロのように、サポートライダーなる新たな職業が生まれるかもしれない。ヘアスタイルをモヒカンにして、「ヒャッハー」とでも叫べば満点だ。

 彼女が50階層から先へと運ばれるかはさておいて、頭ごなしに「無意味」と否定する程の組み合わせでもない。サポーターの機動力が大きく向上するために、ベル・ミサイルのようにソコソコ有効的な運用であることは確かだろう。

 

 そして都合のいい事に、事情を知らない者が見れば、庭を駆けまわる大型犬とじゃれ合う少女にしか映らない。光景を目にしているファミリアのメンバーも、エルフを含めて「実の所は乗ってみたい」という気持ちを隠せていない。

 貶しているわけではないが、背丈が小さいパルゥムだからこそ跨る骨の位置がピッタリ合う。だからこそ内腿で踏ん張ることができてバランスがとりやすく、ハンドル代わりの2本の角の位置こそ高いものの、足を引きずられることもなく安定した騎乗と成り得るのだ。

 

 

 そう書けば聞こえはいいが、何を隠そう乗り物の正体は階層主を上回る存在“ジャガーノート”。モンスターであることは分かっている周囲だが誰も目にしたことは無い上に、テイム済みならばモンスターが大人しい点も珍しくはない存在。

 よりにもよって、まさか95階層産の超イレギュラーなどとは誰もが僅かな欠片も思っていない。ダンジョンにおける白血球的な存在は持ち得る戦闘能力も非常に高く、例を挙げれば、あのオッタルですらマトモに当たれば瞬殺される程のものと言えば異常さは伝わるだろう。

 

 そして何より。エリート環境におけるネメシス級並みの強さを誇るその立ち位置は、タカヒロの“ペット”である。

 

 そう。つまり青年のペットである以上は、極一部ながらも“星座の恩恵”にある“ペットのステータス増加”が反映されるのだ。勿論、タカヒロ本人としては「大差がない」という程度の認識なのは、“ぶっ壊れ”が基準であるために仕方が無い事だろう。

 具体的にはヘルス上昇が中心ながらも、そこはご存知ヘファイストスが作ったガントレットの守備範囲。例に漏れず数値は8割増しとなっており、上昇値は以下の通りだ。

 

 ■ジャガーノート・ステータス上昇値

 +12% ⇒+21.6%全属性ダメージ

 +30% ⇒+54%ヘルス

 +100%⇒+180%ヘルス再生量増加

 +15% ⇒+27%毒酸耐性

 +30% ⇒+54%カオス耐性

 +20% ⇒+36%イーサー耐性

 +15% ⇒+27%生命力耐性

 +25% ⇒+45%エレメンタル耐性

 +5% ⇒+9%最大全耐性

 

 耐性についてはジャガーノートが持ち得る装甲そのものが魔法を反射するので毒酸を除けば実質“死にステ”であるために、こう見れば星座の恩恵は大したことがないのかもしれない。しかしながらペット関係の星座においては合計でペットの全属性ダメージを100%もアップしてしまうような代物もあるために、そちらを取得すればガラリと変わることだろう。

 実際は“ビスミールの拘束具”がジャガーノート本体に装着されており、タカヒロの装備に装着されることとなった“新しい増強剤”も仕事をしている。本来ならば当該の拘束具はペットに装着するモノではないのだが、「装着できてしまったものは仕方ない」とは“乗っ取られ”の言葉である。

 

 全ダメージは更に+80%されて+101.6%、クリティカル発生時のダメージが+5%、ヘルスは10%上乗せされて合計+64%。ヘルスについては元々がそこまで高くないために、結果としては誤差かもしれない。

 しかし、見ての通りジャガーノートからの攻撃は全てがオリジナルの2倍になるという上昇具合。ただでさえ凶悪な攻撃力が、輪をかけて酷いことになっている。

 

 

 という内容が知れ渡れば、全員がドン引きすることになるだろう。そこまでは知らないものの、ジャガ丸を目にしたレヴィスは、レベル10ながらも色々と言葉が見つからないようだ。

 

 

「……タカヒロ。アレは、ほんとに大丈夫なのか?」

「大人しくて可愛いぞ。ベル君、呼んでみてくれ」

「はい。ジャガ丸ー、戻っておいでー!」

 

 

 あどけない様相でベルが名前を呼ぶと、ピクリと反応したジャガ丸は進路を変えて一直線に戻ってくる。今のところ、タカヒロとベルに対しては飼い主として接している様相だ。

 なお、同じ爆弾という存在であるためか、レヴィスだけはモンスター(ジャガ丸)が持ち得るヤバさに気づいていた模様。猛獣と戯れるリリルカや気軽に呼び寄せるベルに対して生暖かい視線を向けており、俊敏な動きで駆け寄ってくる“ジャガ丸”を目にしている。

 

 そしてどうやら次はヘスティアが乗るらしいが、流石に凡人以下の運動神経では荷が重い。スタートの段階で振り落とされてしまっており、ジャガ丸はドライバー不在のままに呑気に庭を疾走中。

 そんな相手に「おとなしくしろー!」と遠くから文句を言うヘスティアは、周囲の笑い声を受けながら土ぼこりを掃うと皆の元へと戻ってきた。己の胃を吹き飛ばす正真正銘の爆弾に乗っていたことなど、微塵も想像にしていない。

 

 

「それにしてもタカヒロ君。テイムしたモンスターを飼いたいなんて、普通は、すんなり行かないもんだぜ。よくウラ――――ギルドが許可を出してくれたね」

 

 

 ヘスティアの問いに言葉を返すタカヒロ曰く、“交渉した”とのことらしい。どのような内容かを問い合わせたヘスティアだが、“己の興味に従って動いたぶっ壊れ”にマトモな回答を期待した彼女が間違いだ。

 

 

「拒絶された際に戻しに行くのも面倒でな……許可が出ないなら野に解き放つ、と説得したら許して貰った」

 

 

 それを仏頂面で口に出すのかとヘスティアは顎が外れ、他の者は揃いも揃って呆れている。本人曰く“交渉”しつつ“お願い”している状況らしいが、やっていることは闇派閥(ゴロツキ)よりも(タチ)が悪い。

 

 

「師匠……」

「おい……」

「……タカヒロ君。知っていると思うけど、それは“脅迫”って言うんだぜ」

「そうとも言う」

「いや、そうとしか言わないからね!?」

 

 

 一応はゴリ押しを行っている自覚もあるらしいが、95階層産、しかも魔石に近いナニカ(イーサークリスタル)が装着されているために自然消滅しないジャガーノートがオラリオの街中に解き放たれる。その結果は火を見るよりも明らかであり、闇派閥によって作り出されたような暗黒期に突入することは目に見えていると言っていいだろう。

 故に胃が痛んでいるウラノスだが、結果としては許可するしか道が無い。かつてあの時、魔石が無いモンスターを「知らない」と言った部下(フェルズ)を放置したツケが回ってきた格好だ。

 

 やがて試乗会も落ち着き、場は解散。誰も居なくなった庭において、タカヒロはジャガ丸の戦闘態勢をチェックしている。実質的に不法侵入したフェルズがコッソリとやってきて裏庭へと辿り着いたのは、その時であった。

 さっそく戦闘態勢に入るジャガ丸の殺気を浴びて全力で後ずさるフェルズだが、この点については不法侵入している方が悪いだろう。喉元に突き付けられる紫紺の爪がギラリと輝き、まさに死の宣告を突きつけるような様相を見せている。

 

 

 そんな姿もタカヒロの命令で解除されることとなり、フェルズはバックパックから1つの封筒を取り出した。テイム済みのモンスターであることを証明する、首輪のようなモノと書類一式を持ってきたというわけだ。

 もしも未公認状態で外へと連れ出され、何かしらのトラブルとなった際。いや、そんなことは己とウラノスの胃のために絶対に起こさせないと迫真の様相を見せるフェルズは、一夜にして書類一式を揃えたというワケだ。

 

 これにて、公の場に連れ出しても問題はないということになる。外へと出ることは滅多にないとはいえ、姿形が禍々しいために、周りからは驚愕の目を向けられることだろう。

 そして、フェルズの話は続くこととなった。テイム済みのモンスターを管理する時の注意点など基本的なことの他に、圧を強くして口にする内容が1つある。

 

 

 曰く、その存在を出現させる方法は、絶対に公にしてはならないとのこと。理由としてはタカヒロも知っている殲滅能力の高さが筆頭であり、コレが一体出現するだけで地獄絵図が作られてしまうのだ。

 過去一番の気迫を見せるフェルズだが、別にタカヒロとて悪用したい気持ちはサラサラない。ジャガ丸の頭を撫でつつ内容を承諾すると、首輪をつけてフィット具合を確認している呑気さだ。

 

 

 対闇派閥のことを考えれば、これ以上に無いと言えるレベルの1つに匹敵する戦力強化。レヴィスの一件も含めて、ヘスティア・ファミリアは第一級のファミリアと呼べるレベルに在るだろう。

 しかし当然、己や主神の胃を考えると、これ以上にないと言えるレベルの胃潰瘍の原因。肉を切らせて骨を断つと考えれば有効的な手段なのかもしれないが、ダメージ交換ではなく肉側が一方的に侵食されている点が問題だ。

 

 

 ともあれどの道、このファミリアが協力してくれなければ討伐の達成は不可能だろう。とにかく敵にならないことを祈りつつ、存在しない胃袋を摩るようにして、苦労人フェルズは闇へと消えるのであった。

 



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165話 装備決定

装備更新最終回。例によって~~部分は読み飛ばして戴いても問題ございません。


 ヘファイストス・ファミリアの主神、ヘファイストス。最近はとある作業に没頭していた彼女は、「納得いかない」と言わんばかりの表情を高い頻度で見せてしまっていたのは団員のよく知るところだ。

 事情を知る者がヴェルフに聞いてみるも、どうやら詳しくは言えないらしく“とある人物からの依頼”が納得のいくレベルに達していないとの内容だ。そのために、彼女は「ああだ、こうだ」と様々な手法を凝らしており常日頃から悩んでしまっている事態となっている。

 

 とはいえ、その装備を作るための素材は無限には存在しない。依頼者が置いていった未知の素材を少し加工してから作ったりと数多の工程で工夫してみたが、それでも出来上がったモノは不思議なほどに同一だ。

 曰く、設計図から改良を加えようと思ったのだが結局のところは何故か劣化品しか出来上がらなかった。もっともネックレスだった部位を指輪へと変換しているだけでも非常識レベルの技術の高さなのだが、彼女本人によれば「オリジナルとは己が超える為の指数」らしい。

 

 

 

 そんな彼女の執務室。中央の長机の両側にソファがあり、片側にヘファイストスとヴェルフ、机を挟んでタカヒロが座っている。

 今回はお茶も出されておらず、まず本題から入るようだ。多量の木箱を抱えるヴェルフは、間違っても落とさないように慎重さを極めている。

 

 

「やっぱり駄目ねー。あれから何度もやってみたけど、やっぱりどれも、私にとっては同じ程度だわ」

「そうか」

 

 

 ヴェルフとヘファイストスによって卓上に並べられる、数多の指輪。キラリと銀色に輝くそれはどれもが寸分の狂いなく同じ外観であり、これが一つ一つ手作りだと信じる者は少ないだろう。

 それらを眺め順に手に取るタカヒロだが、ヘファイストスが言う通り全ての指輪は全く同じ性能だ。“失敗作”エリアにあるモノは文字通りの劣化版であり、失礼ながらも採用されることはないだろうと考えている。

 

 “神話級 ケアンの復讐者”、その指輪バージョン。性能はオリジナルの平均値から7割となっているが、それでも強力な性能を所持している。

 ガントレットやヘビーブーツと同様にケアンに持ち込んだならば、喉から手が出る者が大量にいることだろう。この指輪を巡って神話級の争奪戦が開始されることは、想像に容易いものがある。

 

 

「タカヒロさん。見ただけで凄い指輪だってのは分かるんですが、俺が装備してみてもいいでしょうか?」

「構わんが、効能は発揮されないと思うぞ」

「そうなの?」

「えっ、そうなんですか?」

 

 

 これにはれっきとした理由があり、ケアン産となる素材だけで作成されているために、装備が持ち得る効果を発揮する際に制限がかかっている。試しにとヴェルフが装着しても、体感も実際の力なども何も変わらないのは仕方のない事だろう。

 最低レベル94、かつ“精神”のステータス。この世界で言う所の“魔力”のアビリティが394以上なければ、持ち得る数多の効果を発揮することはできないのだ。

 

 そのことは口にできないが、タカヒロは「一定のレベルが必要」と言葉を濁しており嘘はない為にヘファイストスの嘘発見器も貫通している。なお、ここオラリオにてソレを達成することが出来る者が居るかは神ですら知らないことだ。

 

 

「ともあれヘファイストス、これらが要望の品であることに変わりは無い。在庫の全てを受け取ろう」

「分かったわ。ヴェルフ、片づけちゃって」

「あいよ」

「ああすまない、今この場で二つ貰ってもいいだろうか?」

「ええ、問題ないわよ。余った素材は、別途……袋か何かに、纏めておくわ」

「そうしてくれ」

 

 

 二人して、テキパキと木箱に指輪を収めていく。二つだけ今この場で貰うことを口にしたタカヒロは、適当なものを取ってインベントリへと仕舞っていた。

 現時点における己の最終装備に該当する、強力な指輪。14か所ある装備枠のうち手・脚・指1・指2・腰の五ヶ所ないし四ヶ所を占める鍛冶の神による逸品は、どれもが神話級をぶっちぎる程の効能だ。

 

 

 支払いについてはヘファイストスが意地を張ったことと、素材が全て持ち込みだったために僅か4億ヴァリス。この金額は、ブーツ・ベルト・指輪の三つの合計額だ。

 カドモス銀行の如く多数がストックされた“カドモスの表皮”のうち20枚を、残りは50~60階層付近で得た素材のストックをバラ撒いている。どれもこれもが産地直送で新鮮な素材であるためにヘファイストスがポンコツ化しており、「もうこれで十分!」というザル計算ののちに支払いが完了していた。

 

 金銭感覚が狂うと愚痴をこぼしているヴェルフだが、それも仕方のないことだろう。二人の装備キチ(タカヒロとヘファイストス)が合わさる時、億単位のヴァリスが飛ぶように動くのだ。

 そんなヴェルフに対しては、37階層で睡眠採取した素材を大量にプレゼント。なんだったら試作がてらリリルカ辺りに新しい武器を作ってやってくれと言葉を残し、執務室を後にしている。

 

 

 久方ぶりの上機嫌で、ホームへと戻った装備キチ。これからまた、楽しい楽しいパズルが開幕するというわけだ。

 

~~~~

 

 しかし現実は、そう都合よく美味しくはないモノだった。いくら星々から受けることのできる恩恵が8割増しになったとはいえ、その内容は基本としてディフェンシブ。理想的な取得に対して祈祷ポイントが1足りないのも相変わらずだ。

 もともと“攻撃能力”をダブルレアMIのリング二種類で稼いでいたために、これを二つ共に変えてしまったならば攻撃能力が大きく不足することになる。やはり一か所のみの変更が無難かと考えるタカヒロは、またパズルのやり直しとなったワケだ。

 

 一番の問題としては、バランスが崩れたスキルだろう。今のところの予定では、カウンターストライクがマイナス4、メンヒルの防壁とブレイクモラルがそれぞれマイナス2の予定となっている。

 メンヒルの防壁はダメージ吸収が1%減、ブレイクモラルは相手の物理耐性減少値が2%減。カウンターストライクは4レベルということで最も顕著で、発動時の与ダメージに含まれる報復ダメージが2%減となっている。

 

 本来ならばスキルの振り直しを行って対処するのだが、これについてはポーションが存在せず、それを行える呪術師らしき人物もいないために八方ふさがりだ。このデメリットを考慮したうえで、装備を選定する必要が生まれてくる。

 一応、ヘスティアから恩恵を貰った際にスキルポイントが1つだけ余っている。装備の変更で攻撃速度が1割減ってしまったこともあり、この1ポイントをどこで使うかが大きなカギとなるだろう。

 

 ヘルムについてはマトモなものがないので、スキルのこともあって今までに引き続きキャラガドラ君ヘルムで固定。防御能力が大きく突出していたために、各種装備に付与していた“増強剤”を変更して耐性値も含めて全てを計算。

 そしてやはりヘファイストス産指輪の二つ装備はやりすぎのようで、在庫にあったダブルレアMIのリングを一つ採用してみると、なんだかんだで良い結果が現れている。実際の戦闘では誤差の範囲だろうが、攻撃能力・防御能力共に+30前後(それぞれ約1%)と若干ながら上昇する結果となった。

 

 

 ここだけ見ると以前と比べて能力が上がっていないように見えるが、真髄は物理耐性と報復ダメージにある。前者については驚異の76.4%を記録しており、これによってタカヒロへの物理ダメージはヘビーアーマーによる強力な装甲で減衰したうえで僅か23.6%しか通らないのだ。

 なお、そこから“メンヒルの防壁”で更に減らされるのは正常な仕様である。だからと言って魔法で攻撃しても、得られる結果は同等で誤差の範囲だ。

 

 耐性についても主要なものはベース値が87%に達しており、超過耐性も軒並み80%以上を確保している為である。魔法ダメージは本来の威力の僅か10.4%にまで減衰され、更にそこから固定値を減衰された分しか通らないという、以前にも増してカッチカチな仕様へと生まれ変わっている。

 他にも移動速度と各種装甲値が2割増し、凍結耐性100%キープで絶対に凍らず、オラリオでは死にステータスながらもイーサーダメージは完全無効化。“体格”が大きく減ったはずなのにヘルスが2万の大台を突破、装備効果によりスキルのクールタイムが全て1割減など、もたらされた効能は様々なものがあるのが実情だ。

 

 

 ビルドを象徴する全報復ダメージは、+1741%から193%増しの+1934%。物理報復ダメージは約5600から3000減って2600程度ながらも、値の100%が物理報復へと変換される酸報復ダメージは6964の値を確保している。

 更にダメージ変換が発生する際には“狡猾”による物理ボーナス値が上乗せされるために、変換後の値は更に上昇する。今回の場合、6964の酸報復ダメージが物理へと変換された場合に増加する量は+1934%ではなく、+(1934+今回の場合は約368)%となるのだ。これらと比較すればオマケ程度ながらも、火炎や雷報復の一部も物理へと変換されている。

 

 報復による具体的な攻撃力としては、以前の物理報復WLによる報復ダメージは振れ幅含めて約13~15万。それが此度の三神報復WLになると、純粋物理分52,884+酸変換分167,275となって約22万にまで跳ね上がるのだ。

 もっとも酸ダメージ分については、純正物理と比較すると最低ダメージと最高ダメージの間でムラがある。それでも以前と比べて、期待値として4割増しの火力上昇量となっている点については変わりは無い。

 

 この上昇分は、自発火力の真髄である“報復ダメージのn%を攻撃に追加”の部分も同様に発生することは言うまでもないだろう。セット効果によって報復ダメージの34%を攻撃に加える突進スキルも加わっているために、火力の増加量は猶更だ。

 強力なカウンタースキルであるカウンターストライクも4レベルが低下したものの、セット効果によって42%もの報復ダメージが加算されている。カドモス二匹分のヘルスに相当するダメージ量だ。

 

 そして、これがトグルを除いたスキル未使用となる“平常時”の比較であることを忘れてはならない。こちらも見直しによって少し装いが変わった星座のスキルにも含まれる部分があるのだが、これはヘファイストスの装備によってn%加算部分の値が8割増しになっているので更に輪をかけて凶悪だ。

 上半身装備である“【神話級】ドレッドアーマー オブ アズラゴー”がなくなったことにより“アズラゴーの戦術”が使えなくなり、与ダメージに対する9%のヘルス吸収も5%に減ってしまったが、さして影響はない。2万を超えたヘルスもさることながら、8割増しとなった星座のスキルの二つが理由として挙げられる。

 

 大幅に向上したドライアドのスキルは攻撃時において59.4%の確率で発動し、18%+1076のヘルスを回復する。これが3.2秒ごとに発動するというのだから、その効能は凄まじい。

 更には別の星座のスキルにおいても12秒ごとにほぼ同数のヘルスを回復し、発動後8秒間にわたって毎秒当たりのヘルス再生量を倍増させる。増加した毎秒当たりの再生量は、総ヘルスに対する16%に匹敵する量だ。

 

 つまり強化されたこの二つのスキルだけで、12秒おきに回復するヘルスの総量は全ヘルスに対する100%に匹敵する。それが際限なく続くのだかから、敵からしてみれば冗談かと疑いたい程の性能と言えるだろう。

 もちろん、これ以外にも強力な回復スキルや“敵の攻撃力を減らしてしまうスキル”を備えている事を忘れてはならない。このビルドの基本コンセプトは、あくまでもディフェンシブなのである。なお、(当社比)である点はご愛敬だ。

 

~~~~

 

 そんなこんなで、「ああだ、こうだ」と悩んでいたパズルはほぼ完成形と相成った。現在は吟味の為に取り出したアイテムの数々を片づけており、足の踏み場もない汚部屋は暫くしたら解消されることとなるだろう。

 結果としては、昔よりも壊れていた“ぶっ壊れ”が更に壊れたと言える内容であり、大幅かつ様々な方面において能力が向上。トグルスキルのみを使用した時の変化を以前と比べ、それらを三行程度で纏めると、

 

 ・以前より更にカッチカチ(特に対物理においては、今までの被ダメ量が更に約半分まで低下)

 ・以前より遥かに高火力(トグルを除いたスキル未使用時の比較において4割増し、使用時ならば2倍以上)

 ・やっぱヘファイストスは頭おかしい(誉め言葉)オラリオ史上最高の女神である

 

 と言えるだろう。

 見た目は大きく変わってしまうが、そこは便利な“幻影術”。更新された装備は元々の見た目、正直に言うならば彼好みの様相へと変えられており、傍から見れば全く分からない結果として落ち着いていた。

 

 

「しかし、希望Affixドロップ率0.001%の(苦労して集めた)ダブルレアMI装備が三分の二も外れるとは……」

 

 

 装備を収集することは楽しいとはいえ、いざ集めんと出撃した際にドロップ率という現実を目の当たりにしたならば、表情が少し歪むだろう。流石の彼とて初回ばかりは同様の反応を見せていた過去があり、軽いトラウマを抱えている。

 

 ともあれ、元々は6か所あったのだが、結果として残っているダブルレアMIは、メダルと指の2か所だけ。とはいえ、強さを追求した結果がコレなのだから仕方がない事と諦める他に道がない。

 事実、単純にヘファイストス製の手と足を交換しただけでも3割増しの火力と言える性能なのだ。新たなアクティブスキルを使えば相手の物理耐性を以前よりも更に8%減らすことが出来るために、与えることができるダメージの上昇量は輪をかけて大きくなる。

 

 

 そんなことを考えていると、試したくなるのも仕方のない事だろう。ちょうど装備一式を着こなしてチェックしていた為に、追加で準備をする必要があるモノは、念の為のポーションだけだ。

 

 いつもの就寝時間までには30分程あるために、自室から50階層そして51階層へと突撃隣のカドモス君。目に見えぬ恐怖を感じてアタフタするカドモス君ご一行は気づいたら死んでいたのだが、それほどまでに、新装備による火力の上昇量は明白だ。

 全盛期の物理報復ウォーロードを上回る程の自発火力は、神々からしても脅威だろう。オラリオにおいて使う場面があるのかは不明ながらも、これにてタカヒロの主目標一つが達成されたこととなる。

 

 此度の装備もまた、完成というよりは“一区切り”の段階。今後も更なる余地を求めて、細やかな改善が続けられることとなる。

 

 残る主目標のもう一つは、時間の問題もあるために直ぐに達成されるようなこともないだろう。ここ1年弱の時間で築き上げてきた内容が無に返らぬよう気を付けることを思いながら、自室に戻ってきたタカヒロはベッドに身体を預けるのであった。

 




報復周りはバージョンアップするごとにナーフが重なっているので、ご注意ください。
次話、1/1を予定しています。


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166話 腹の色

新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします!

*後半は閑話のようなパートです。


 

 曇り空と晴れ間が行き来する、今日のオラリオ。外壁に囲まれたこの街にある隠れ家のような部屋に、二人の神が小さなテーブルに腰掛けて向かい合っている。互いに姿勢は崩しに崩しており、礼儀正しさの欠片もない。

 見た目的な性別としては、男一名に女一名。後者については色々と意見がある者も居るだろうが、その点については会話の内容とは全く関係がない事なので、さておく事とする。

 

 

「武器や防具の調達についてはどうだい、ロキ」

 

 

 “優男”という文字を姿にしたような存在、名をヘルメス。いつか開かれたアポロン・ファミリアの“神の宴”へと呼ばれたベル・クラネルとヘスティアに接触した者だ。

 伝えたかった内容は諸事情により不発に終わっているのだが、その点についても今回の話し相手には問題なし。事情を知っているロキに対しては、隠す必要もないのである。

 

 もっとも、今現在は話題が違う。決める・確認することは少数に留まらず、細かいところまでを含めたならば、数多の数に匹敵するだろう。

 それでも「互いの意見を交えながら結論に導く」と言う、ディスカッションにおける最も大事なことが守られている為にペースとしても順調だ。この二名については、真面目な対応を見せたならば、有能と呼べる能力を所持している。

 

 

 いつか、そう遠くないうちに来るであろう闇派閥との戦い。七年前に行われた戦いの再現となった場合に対し、予め備えるべく着々と準備を進めているのだ。

 

 

 此度においては、オラリオの街の警備を担当しているガネーシャ・ファミリアとも既に協議を済ませている。万が一が起こった際に市民たちを迅速に壁の外へと脱出させるべく、様々な想定の下でプランを作成しているのだ。

 もちろんガネーシャ・ファミリアだけではなく、本当に信頼できる幾つかのファミリアが連携している。今現在は一つの調査案件がターゲットとなっており、ロキとヘルメスは互いの情報を出し合っているが、状況は思わしくないようだ。

 

 

「そっちはどないやろか、ヘルメス」

「いや、今もサッパリだね。ロキの方はどうだい?」

「ウチも同じやなー。にしても、全く情報が出てこーへんて、どないなっとんのや……」

 

 

 ヘルメスは机に両肘を付けて手の甲を額に当て、溜息を。ロキは頭の後ろで手を組んで背中を反らし、こちらも溜息。

 偶然にもタイミングは同じであり、交わった溜息が部屋の四隅へと消えていった。溜息と共に出ていった口の潤いを満たす為に、双方がドリンクへと手を伸ばす。

 

 

 続く会話の内容は、オラリオに居る様々な神々について。大なり小なり謎めいた部分、特に素行について怪しい神々が対象だ。

 最も不透明で危険な一角であったイケロスについては、諸事情で退場済み。他の小物については文字通り大したことがなく、話は自然と、振り出しへ戻ってくる。

 

 

「やーっぱりイシュタルが最大の謎やなー。あいつ、オラリオで最大勢力の娼婦ギルドみたいなのを経営しとったんやで」

「うん、僕も知っているよ」

「せやろな」

 

 

 某下半神と比べれば大したことがないものの、ヘルメスもまた“お堅い”とは程遠い存在だ。別の事情も相まって、お忍びではあるもののオラリオの歓楽街へは割りと頻繁に出入りしており、そこらの一般人よりは内部事情にも精通している。

 もしそうでなかったとしても、イシュタル・ファミリアが何をもって生計を立てていたかについて、オラリオにおいて知らない者は子供ぐらいのものだろう。知名度で言えば、第一級冒険者を上回ると言っても過言ではなく、“利用”したことのある者も少なくは無いのだ。

 

 だからこそ並大抵のギルド以上に収入があったはずだと、ヘルメスとロキは頭を悩ませている。全く違うとは言えないものの基本として探索型ファミリアではないイシュタル・ファミリア故に、得た資金の使い道が分からないのだ。

 基本として大衆の前に姿を現さないフレイヤと違って、イシュタルは持ち前の美貌を振りまいていた傾向がある。ロキやヘルメスも昔から何度か目にしたことがあり、その都度、派手さが輪をかけていたことを覚えていた。

 

 

 しかしここ数年、その上昇具合はピッタリと止んでいる。思い返せばイシュタル・ファミリアのホームも外観は何も変わっておらず、今になって疑問が芽生えているワケだ。

 少し前にイシュタル・ファミリアが詐欺紛いの行い、具体的に言えば“レベルを低く申請している”という確証の高い噂話が流れた時。同時に、闇派閥へと加担している内容を、ロキやウラノス陣営はキャッチしていたのだ。

 

 この時は何の繋がりもなく情報交換すらしていなかったお互いながらも、此度においては同じチームと言える関係。故に互いに持っている情報を出し合うも、8割は同一、1割は新情報、残りは正反対と言えるような正確さだった。

 

 

 二人が最も恐れているのは、まだ自分たちが把握していない勢力という存在だ。表向きこそ善に振舞っておきながら暗躍している者など、神という枠では珍しい存在でもないのは皮肉だろう。

 もしもそれが少し前のヘスティア・ファミリア程度ならば何の障害にもならないが、闇派閥程のスケールの1ピースとなれる存在ならば、その程度で収まる筈もない。一応は目ぼしい連中をしらみ潰しに消去法で絞ってきた両者ながらも、それがゼロになることはないのだ。

 

 

 そのゼロにならない枠の中に、イシュタルも相変らず存在している。もっとも今となっては帰らぬ(ひと)となってしまったために、死神(しにん)に口なしと言えるだろう。

 

 

「残る有力者となると……例の彼、かな?」

「やめーや、冗談抜きでシャレにならんわ」

 

 

 冷や汗と共に片眉を歪めて、考え込むように腕を組んで天井を見上げるヘルメス。冗談抜きにシャレにならない内容を呟いた為に、ロキも強い口調でツッコミを入れている。

 なおシャレにならないとは、単に勝てないという意味合いに納まらない。万が一にも彼が闇派閥かつエニュオだったならば、“闇堕ち”しそうな者が数名は現れるであろう。

 

 

 善神ヘスティアをもって、「間違いなく胃痛の種だが、間違いなく悪ではない」と言わしめる存在。未だ謎が多い青年は、娯楽に飢えていた神々の一端に対して“笑い”を提供している。

 “笑い”という言葉に、“引きつる表情を伴う”という言葉が付属するのはご愛敬だ。もっともヘファイストスのようにギブアンドテイクの関係を築くことができたならば、得られるモノは計り知れない。

 

 

「実は、別件ついでに彼に聞いたことがあるんだけど、イシュタルの死についてはサッパリみたいだね」

「かーっ、こっちも手詰まりっちゅーワケか。タカヒロはん、ホンマに何か覚えとらんやろうか」

「イシュタルの所のアマゾネスに対して攻撃を仕掛けた後に、光の柱が昇ったことは知っていたよ。ただ、それだけだ」

 

 

 ヘルメスが接触した当時においても、嘘発見器は反応なし。よもや装備キチ対策会議となった情報共有の場で握り潰された一件があるなどと、当事者も含めて想定にしていない。

 

 謎という一点については、タカヒロはイシュタルをも上回る程の謎を所持している。あの好奇心旺盛なロキがタカヒロの秘密()に対して手を出さないのは、彼女の直感が危険を察知して抑え込んでいるのが要因だ。

 そして彼女ほどに抑えが効かないヘルメスは、一端を解明しようと企んだことがあるらしい。もちろん彼の眷属にも要請を出したのだが、反応は冷ややかを通り越したモノだった。

 

 

「彼の情報を探ってくれってお願いしようとしたら、俺が眷属達に殺されかけたぐらいだし……」

「そら命の恩人を探れ言われたら、そうなるわな」

 

 

 ロキが口にした理由もあるが、バレた時に眷属達がヤベーことになるのは確定しているために、猶更である。もっとも周囲に対してセクハラ紛いな行いをして団長アスフィにシメられている為に、ヘルメスにとっては半殺しにされる事など慣れたモノだ。

 

 

「俺もウラノスから幾つかは聞いてるけどさ、よくロキは普通に接していられるね」

「いうてウチも、会う(おう)てるのは四六時中やないさかい。あとついでに、普段はホンマ普通やで?」

「……信じられないな、本当かい?」

「マジや、嘘やあらへんで」

「ヘスティアは“ボクが無事に見えるかい?”って、何かを悟ったような目を向けてきたよ」

「ぁー……」

 

 

 やや仏頂面で淡々としている点はあるものの、一般人に紛れても見た目的には区別がつかないだろうとロキは口にしている。面白がってロキがチョッカイをかけない限りは、余程のことがない限りは機嫌の悪さを示すこともない。

 故にロキとて、扱いがしづらい面を見せられている。ベル・クラネルのように感情が豊かならば機嫌や考えを測り知ることもできるが、彼は違う。無口な時は、トコトン無口なのである。

 

 その時に何を考えているか、全くもって想像ができない。頭の蓋を開けてみれば8割程を“装備”と“リヴェリア”の二点が占めているのだが、その点を知ることは出来ないだろう。

 

 

「普通ねぇ……。まぁ、だからこそ、多分まだ闇派閥にもバレていないと思うけど」

「せやろな。にしても闇派閥に同情しそうになってまうわ。あんなのが敵や分かったら、ウチなら眷属置いて真っ先に逃げ帰るで」

「逃げるって、どこにだい?」

「そらお天道様や」

「本気じゃないか……」

 

 

 口に出しながら人差し指を上に向けるロキ。眷属を置いて逃げるという普通ならば冗談が十割となる内容について、ヘルメスもまた否定できない。今までの情報から「逃げたところで無駄ではないか」と直感的に推察しつつ、気持ち的には理解できてしまう。

 それにしても闇派閥のことを話していたと思えば、毎度の如く約一名にヘイトが向かっていく様は相変らずだと二人は溜息を吐いている。強力な味方と同時に悩みの種が増えた点については、ヘスティアと比べれば軽いモノだ。

 

 なんせ、危険さの度合いで言えば闇派閥を軽く上回っているのだから無理はない。最も取り扱いが危険と言える注視すべき者にヘイトが向くのは自然の流れと言えるだろう。

 

 

「で?そんな彼の助力を仰ぐのは、何時になるんだい?」

「マダや、機は熟しとらん。相手の狙い、勢力、体制、逃走ルートを丸裸に近づけんと、効力が弱まってまう」

 

 

 普段のノリとは裏腹に“特攻あるのみ”のような姿勢を見せないロキ。伊達に“天界のトリックスター”とは呼ばれていない所以でもある。

 大胆な態度の影には、緻密に練られた高度な戦略が存在する。一方でダンジョン37階層で披露された様な“寝られた”戦略も存在しているのだが、人はそれを“ゴリ押し”と呼ぶ。

 

 ともあれ、ロキの中でカードを切る戦略は固まっているらしい。そのカードはロキ・ファミリア所属ではないのだが、そんなことは些細な問題だ。

 協力してくれると信じて疑わないのは、彼女が子供たちを愛しているが為に日頃からよく見ている為だろう。アイズに「優しい」と言わしめる存在ならば、輪をかけて猶更だ。

 

 

「でやなヘルメス、残りの闇派閥の連中なんやが――――」

「なるほど、それについては――――」

 

 

 誰にも知られない一室で、二人の戦略は練られてゆく。今までに収集した情報なども含め、オラリオという街そのものに関する機密にも触れられている程だ。

 

 今日・明日のうちに決まるようなこともないが、全く先が見えないと言うレベルとは程遠い。水面下で準備を進める“悪”の組織が居るように、こちらも準備は着々と進んでいるのであった。

 

 

=====

 

 

 一方こちらはヘスティア・ファミリア。今でも時たま話題に出されるアポロン・ファミリアとの戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わってから加入したメンバーは、協力関係にあるロキ・ファミリアの新米達と鍛錬の真っ最中。

 

 なお本日のヘスティアはアルバイトについては休暇であり、ジャガ丸とレヴィスに関する真相をウラノスから聞いた直後の為に絶不調。当時においてタカヒロが口にしていた言い回しから嫌な予感はしていたが、よもやベル・クラネルの高速ランクアップやレヴィス事件すらも霞む超ド級の爆弾とは予測していなかったようだ。

 彼女を象徴するような黒く長いツインテールも垂れさがっており、文字通り元気がない。皆が集うような部屋のテーブルの上に突っ伏しており、顔だけを前へと向けていた。

 

 

「神様、大丈夫ですか?」

「うぅ、ベルきゅ~ん……」

 

 

 廊下よりやってきた優しい少年、ベル・クラネル。彼に対しヘスティアは、「色々と表に出せない問題が山積みで辛い」と、お腹をさすりながら涙目で泣き言を口にしていた。

 このような時のベルは直ぐに駆け寄り、心配と不安な表情を浮かべたまま手を差し伸べる。かつてヘスティアが“優しさの塊”と表現した一角だ。

 

 なお、少年自身もまた主神に軽傷を与えている一人という自覚は無いらしく、純粋にヘスティアのことを心配している行動なのはご愛敬。致命傷の上から与えられている軽傷の為に実質の与ダメージはゼロ理論、故にスルーというワケではない。

 ともあれヘスティアからすれば、胃薬よりも効くと言える程の優しさが向けられていることは確かだ。“元気を出してほしい”少年には、何か目論見があるらしい。

 

 

 ベルは、ただ心配をしに来ただけではない。タカヒロから、言葉と共に、とある装備を預かっていたのだ。

 

 

「神様。師匠から、“困った時はこのヘルムを被るといい”と言う事で、こちらを預かっています」

「ヘルム……?」

 

 

 ベルが両手で取り出したのは禍々しい頭蓋骨の様相であり白色に近く、顔全体をスッポリと包み込んでなお余裕がある程の大きさで、明らかにヘビーヘルムと呼べる程の重厚なヘルム。羊の角のようなものが生えている点が特徴的であり、何らかのモンスターの頭蓋骨と呼んでも過言は無い一品だ。

 重さもあるのか、ベルも両手でもって抱えている。どう頑張っても女性に似合うモノではないこともあって装備する気が失せているヘスティアは、純粋な疑問点を口にした。

 

 

「ボクには大きすぎるし、随分と重そうじゃないか。それにしても特徴的なヘルムだね、名前とかはあるのかい?」

「えーっと、僕も聞いた限りなのですが……」

 

 

 

 

 深紅の瞳が、左右に泳ぐ。何かを知っているものの隠し事は嫌いであるが、言うべきかどうか迷っている子兎の様相だ。

 

 

 

 

 ――――"我を見て絶望せよ、貴様の時が来たぞ。"

 

 

 

 

「装備の、名前はですね……し、“神話級:絶望の胃”との」

「ぜぇ――――っっっ対に分かってやってるだろタカヒロくううううううううん!!!??」

 

 

 そもそもが、何故そんなピンポイントの名前を持った装備があるのだと勢い良く叫び立ち上がる善神ヘスティア。残念ながら湾曲されていない事実であり、装備効果の面から使用されることは無いものの、コレクターなタカヒロが持ち合わせていた代物だ。

 もっとも、今この場において本人は不在である。そしていつもは押されてばかりのヘスティアも、どうやらカウンターを企んでいるようだ。

 

 

「ボクも虎みたいに怒る時は怒るんだぞ!?勝手に冒険者登録して二つ名を侵略者(アニサキス)にしてくれようか!?」

「神様。なんだか良くない意味に聞き取れましたが、どうなっても知りませんよ?」

「ぬあああああっ!!」

 

 

 ヘスティアがカウンターを放った結末を挙げるならば、カウンターストライクとして返ってくる。彼に対して何かを行ったならば今のところ、約一名のエルフを除いて、何かしらダメージを受けているというものだ。

 

 重力に逆らって荒ぶるツインテールは留まるところを知らず、頭を抱える腕もまたブンブンと振るわれている。ベルが望んだものとは違った意味の“元気”が現れているが、“元気”は“元気”だ。

 ともあれ、彼を冒険者登録してしまった際に訪れるだろう大混乱は、オラリオを根底から揺るがす事は間違いない。増えすぎた爆弾の数によって敵味方はさておき少なからず数名の胃袋は吹っ飛ぶ事となる為に、ヘスティアの雄叫びも非常に強いものがある。

 

 

「そ、それとこちらの盾が、“神話級:呪われし者の胃”という」

「だから分かってやってるだろおおおおおお!?」

 

 

 実は少し楽しくなってきたベル・クラネル。優しさという最も彼らしい部分は侵されていないとはいえ、ケアン人に毒されかけている点が現れてしまっていた。

 




レベルが足りていないので、ベル君は「持つこと」はできますが「装備すること」はできません。(GDの原作と同様です。)

■神話級 絶望の胃
"我を見て絶望せよ、貴様の時が来たぞ。"
・レジェンダリー ヘビー ヘルム
・必要なプレイヤー レベル: 84
・必要な体格: 820
・アイテムレベル: 84
・設計図 : 神話級 絶望の胃
1532 装甲
10/15 イーサーダメージ
+58/+87% イーサーダメージ
20/30% 火炎ダメージをイーサーダメージ に変換
+656/+984 ヘルス
26/40% カオス耐性
32/48 エナジー吸収報復 (2 秒間で)
+4/6% スキルクールダウン短縮
+3 ウォー クライ
+1 キャリドアのテンペスト
+1 アルカニストの全スキル
40 イーサーダメージ : キャリドアのテンペスト
6% 攻撃ダメージをヘルスに変換 : キャリドアのテンペスト
-1 秒 スキルリチャージ : ウォー クライ
標的を気絶 2 秒 : ウォー クライ
40 イーサーダメージ : フィールド コマンド


■神話級 呪われし者の胃
"共にウェンディゴの賜物を受け、永久に呪われし者たち。"
・レジェンダリー 盾
・必要な プレイヤー レベル: 84
・必要な 体格: 726
・アイテムレベル: 84
30% の確率で 1128 ダメージをブロック
0.85秒 ブロック回復
144 生命力ダメージ
6/10% 攻撃ダメージをヘルスに変換
+78/+118% 生命力ダメージ
+78/+118% 生命力減衰ダメージ
12/18% 物理ダメージを生命力ダメージ に変換
10/14% 物理耐性
+8/12% スキルクールダウン短縮
+3 ブラッド ボイル
+2 スペクトラル バインディング
+2 ウェンディゴ トーテム
+1 オカルティストの全スキル
10% ダメージ吸収 : マーク オブ トーメント
■付与されたスキル
飢えた胃 (アイテムにより付与)
敵を盾で強打して、そのライフエッセンスを貪り食らう。近接武器を要する。
60 エナジーコスト
2.2 秒 スキルリチャージ
150 度の攻撃角度
3 最大標的数
330% 武器ダメージ
360-550 生命力ダメージ
10% 攻撃ダメージをヘルスに変換


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167話 デスクワーク

平和な日常回


 

 特に予定もない、平和な日の午前中。いい感じに太陽が隠れているために窓から顔を背けたくなるような日照りの強さこそないものの、絶好のお昼寝日和というには少し肌寒い事だろう。

 リヴェリアも今日は所用があると事前に連絡を受けているために、自己鍛錬が終われば比較的暇であると言っても良いだろう。このような日は、趣味の読書に耽るのが青年の中の楽しみだ。

 

 

「タカヒロさん、ちょーっとご一緒にお茶しませんか?」

 

 

 そんな平和は、ギルドに務めるハーフエルフであるエイナ・チュールの手によって引き裂かれた。突然訪ねてきたかと思えば、玄関口にて、このようなお誘いを突然として受けることとなる。

 タカヒロが目にしたことのある制服姿――――ではなく、黒いリボン付きの白の長袖ブラウスに赤い短めのスカート。エルフの始祖であるアールヴの血が混じっていることも相まって、エルフのなかでも整った身体が一目で分かる程のものであり、短めのスカートながら黒のロングソックスを履くことで防御面もバッチリだ。

 

 エルフスキーなこともあって青年も思わず目線を向けてしまう程の容姿であり、健全な青少年が目にしたならば破壊力が凄まじい事だろう。知性を示すような眼鏡も掛けておらず、まるで一人の町娘として存在感を示している。

 手のひらを重ねて彼女自身の頬の横に持ってきており、非常に可憐さ溢れる様相だ。どうにも作り笑いの気配が拭えないが、それはさておくとしても状況は謎だらけと言って良いだろう。

 

 先ほどの言葉を発したエイナだが、彼女とて青年がリヴェリアとお付き合いしているのは知っているはずである。とはいえリヴェリアとてエイナの性格は知っているだろうし、お茶1つで間違いが起こることも無いだろう。

 それでも、リヴェリアがこの事を知れば良い気持ちを抱くことはないはずだ。故に如何なる内容であろうとも、青年が口にする回答の方向性としては1つとなる。

 

 

「自分程度がお誘いを受けるのは光栄だが、お断りさせて頂く」

「ぐっ……」

 

 

――――何かワケ有りか。

 

 表情が歪んだ相手の反応から、タカヒロは直感的に、純粋なお誘いではないと見抜くこととなった。何かしらの“裏”があるが為の反応であり、何かを隠していることは明白と言えるだろう。

 しまったと言いたげなエイナ、しかし口には出せずといった感じで作り笑いの表情に戻るも、時すでに遅し。裏の存在は既に相手に伝わってしまっており、タカヒロは一層のこと警戒を見せることとなる。

 

 もっともエイナとて、「はいわかりました」と素直に受けてくれるとも思ってはいなかったらしい。加えて“手配”の程は完璧らしく、お願いしますとの言葉と共に、入り口のドアの外側に向かって頭を下げていた。

 

 

 数秒後、タカヒロが新たに感じるもう一人の姿。チラリと翡翠の髪が見える寸前から相手の援軍が誰であるかが分かってしまったタカヒロは目を閉じて、「そう来るか」とでも言わんばかりに溜息を吐いた。

 

 

「タカヒロ。内容は耳にしていないのだが、私からもお願いする」

「お茶代は持ちますから!」

 

 

 グッと両脇を占めてドヤ顔らしき表情を見せるエイナだが、タカヒロからすれば、そういう類の問題ではない。汚い話をすれば金には困っていない青年からすれば、何がどうなってこの状況となったのかという点が問題だ。

 そもそも用事があったのではないかと私服姿のリヴェリアに問いを投げようとするも、どうやらエイナ・チュールとの約束だったようである。そのことを察したタカヒロは口を噤んだままで、相手の言葉を待っていた。

 

 

「実はエイナに助力するよう、手紙でアイナから頼まれてな……」

「……そうか」

 

 

 他ならないアイナからの頼みと言われては、リヴェリアに断るという選択肢は生まれない。そして他ならないリヴェリアから言われては、タカヒロに断ると言う選択肢は尚更生まれない。

 

 なんだかロクでもない内容な気がして仕方がないが、青年は観念したのか財布などを取りに部屋に戻った。そして言われるがまま、リヴェリアとエイナと共に街中へと繰り出すこととなる。

 

 

 タカヒロも予想はしていたが、やはり向けられる嫉妬の視線の強さも量も凄まじい。文字通り両手に花状態な青年を視界に捉えれば、向ける視線も無理が無いと言えるだろう。

 何せ片や神にガチンコで勝負できるハイエルフ、もう一人もその従者と成れる程の美貌を持っていたエルフの娘なのだ。大多数の冒険者が必死になってダンジョンへと潜っている時間帯からこの二人を連れている為に、先ほどの視線を浴びせられているというワケである。

 

 もっとも、青年としては視線を感じるものの何ら気になるモノではない。直接的に手を出してくる輩が居なければ普段通りの仏頂面であり、感情を表に出さないのはリヴェリアも同様だ。

 しかし残りの一名、とりあえずタカヒロを連れ出すという第一段階が成功したエイナは目標達成への意気込みを盛大に見せており、己の野望を果たすべく気合を入れている様相。やたら上機嫌なエイナの背中に疑問符が沸き目線を合わせる二人は、時折片眉を歪めている。

 

 

 やがて人気のない通りに在るカフェに辿り着き、3人は4人用の個室に入って飲み物を注文した。室内の様子としては、若者向きとは懸け離れた落ち着いた様相と表現することができるだろう。

 一応は社交辞令で「ベルが世話になっている」と口にしたタカヒロに対し、エイナも慌てて言葉を返しているような状況だ。やがてドリンクが運ばれてきており一度口を付けたならば、本題が口に出されることとなる。

 

 

「最近ロキ・ファミリアの会計記録の提出がとても早いので何かあったのかと調べていたら、母からの情報で“リヴェリア様の彼氏が手伝ってくれている”と知り、是非ともギルドに御助力頂きたく思いまして!」

「……おい」

「……」

 

 

 ゆっくりと動いた物言いたげな青年の顔から向けられる視線が、リヴェリアを貫く。彼女は完全に顔を逸らしており、明後日の方向に向けて戻そうともしていない。

 

 この残念ハイエルフ。アイナを相手にした初回相談の際において、タカヒロが見せた計算能力について思いっきり自慢したことを思い出した。

 

 

 他のファミリアの者が手伝っている事が知れれば良い方向に行くことはないために機密事項、と交わした個々の約束はどこへやら。どのような言い訳を見繕っても、悪いのはリヴェリアに他ならない。

 結果としてアイナへ口止めしていなかったために、彼女からエイナへと伝えられてしまっている、この現状。壁に耳あり障子に目あり、情報と言うのはどこから漏れるかは分からないのである。

 

 

「……ごめん、なさい」

 

 

 消え入りそうな可愛い声、しかし今の発言は誰だ?と思い、エイナは辺りを見回した。しかしながら個室には自分達3人以外の誰かが居るわけがなく、当たり前だが店員すらも見られない。

 ならば消去法が有効だろう、まず初めに自分の発言ではない。女性の声だった為に青年でもないとなると、自然と残りは一人となる。

 

――――え、何。これホントにリヴェリア様!?

 

 エイナ・チュール、内心で王族をコレ呼ばわり。思った本人もハッとして、「このお方」と思い直している。

 それはともかく、目の前に居る傷心顔のハイエルフが問題だ。落ち込む心境を表すかのように下がっている両肩と垂れ下がっている長い耳の持ち主が、あの高貴なハイエルフであるリヴェリア・リヨス・アールヴだと言われても疑問符しか芽生えない。

 

 まるで、イタズラがバレてしまって説教を受けた子供の様。泳ぐ目線は、腕を組んで目を瞑っている相方の反応を気にかけている。

 そんな気になる相手は、腕を組んだままで目を閉じた様相を崩さない。悪い気はしないながらも、約束は約束だ。

 

 

「その件については後で話そう。ところでエイナ君、1つ聞きたい。ギルドという存在は、いかなる案件においても中立と聞いたことが」

「大変恐縮ですが本件がどうなろうとも表向きはヘスティア・ファミリアとロキ・ファミリアへの対応や関係が変わることはありませんし、そもそも四の五の言ってられません」

「……いや、機密保持の観点から」

「表向きは“アルバイト”ですから職務規程の観点においても問題ございません!」

 

 

 顔はスマイルながらも超早口、そして最後には必ず営業スマイル。ややおっとり系で容姿の整ったエイナが見せる微笑は、並の男ならば一撃で堕ちてしまう代物だろう。

 がしかし口は笑っていても目が笑っていないエイナは本音が漏れており、中々にマジな様相だ。タカヒロの実力は直接目にしたことは無いものの、母アイナとリヴェリアが口にするならば間違いは無いと自分自身を納得させている。

 

 

 そしてタカヒロが口にする問題、機密保持の観点も何のその。何それ美味しいのと言わんばかりだが、これについては彼女に限った話ではない。

 

 

 そもそもギルドにおいては、セキュリティポリシーを筆頭として、情報漏洩に関するマニュアルなども一切が存在していない。機密という認識こそあるものの、カタカナ四文字で表現するならば“ガバガバ”なのである。

 勿論、現職もしくは退職者から洩れてしまう可能性を防ぐ手立てなど存在しない。そうならぬよう担当者はコンプライアンスの観点から道徳(モラル)を学ぶのだが、少なくともオラリオにおいて、そのようなものを学ぶ場所など設立されていない。補足としてはオラリオが遅れているわけではなく、この時代に生きる者の“常識”の一部だ。

 

 

 雑にまとめると、少し“お漏らし”をしたところで誰も“悪い”とは思わないのだ。率先して“お漏らし”を行わないのは先にも述べた機密という点に関する認識だけは持ち合わせている為であり、唯一の砦ともいえるだろう。

 

 

 中立を謡うギルドが目指す最終地点は、ギルドが定めたルールに則ってファミリアが活動することを徹底する法治国家のようなものだろう。しかし法治国家を目指すには、ルールを守ろうとする基礎となる一般教育が圧倒的に足りていない。

 ギルドそのものについても、例えば巨大ファミリアが弱小ファミリアを潰しにかかった際に手を出すことはない。その際のルールも決められておらず、不平不満を漏らす者も少なくはないのが実情だ。

 

 

 簡単に言えば、命令が不完全。目指す立ち位置をギルドが確固たるものとするには何十年、いや何百年単位の時間を要するだろう。

 

 

 何はともあれ、ルールに従って手を貸す分には問題が発生することはない。あえて冒険者として登録せず一般人として活動している者がいるように、いつの時代も抜け道を使う者は一定数が存在する。

 

 成功報酬は要談ということで、エイナ・チュールからタカヒロに対して再び仕事の話が持ちかけられている。回答を聞く前に仕事の内容が口に出されているが、これは担当冒険者に有無を言わさぬ彼女のスキルの一つだ。

 毎月の提出が定められている会計報告書的な書類は、その年によって対象ファミリアや実施月が違うものの、年に4回に分けて精査が行われている。抜き打ち検査のようなものであり、不正報告を防ぐための大事な処置だ。

 

 問題は、それに費やす時間について。事務方の職員総出で日付が変わるまでギルドに篭り、1週間以上をかけて終わらせるという地獄の時でもあるらしい。そして時は、目と鼻の先に迫っているとのことだ。

 リヴェリアに任せきりとなっていたロキ・ファミリア然り、根が深そうだと考えるタカヒロは溜息を吐いている。リヴェリアの手前、この依頼を断ることも良いとは言えないだろう。

 

 

「……分かった、1日だけならば手伝おう」

「本当ですか!?」

「だが自分が目にした資料の守秘義務について、後から四の五の言われても承知しかねる。もっとも全てを暗記する余裕もないだろうが、他の部署などが」

「お任せください、文句を口にする所(他の部署)は黙らせますので!」

 

 

 鬼神染みた覇気を身に纏う姿は、必死さを隠せていない。もっとも彼女からすればトラウマ級となる地獄を緩和するために、是が非でも協力を仰ぐ必要があるのだ。

 明日さっそくと言うことで約束を取り付け、この場は一旦お開きとなる。まるで一仕事を終えたかのような気配を見せているのは、タカヒロの思い違いではないだろう。

 

 いつかポーション代金を支払う事のなかった誰かと違い、3名の分+αのお茶代を置いて、エイナは機嫌よく帰っていく。そして冒険者ギルドへと直行し、周囲の男が向ける“私服可愛すぎ問題”の評価を作りつつ、職員総出で明日の準備を進めることとなった。

 そして残されたのは、未だ二人して前を向いたままの大人らしき二人の姿。ベンチシートの横に座る男の出方が気になって、リヴェリアは声も出せず動けずにいる。

 

 

「さてリヴェリア、先の件だが……」

「……」

 

 

――――可愛いから許す。

 

 その言葉を耳にした瞬間、全力で青年の胸に全体重を預け抱き着くハイエルフ。悲し気な表情のまま再び小さな声で“ごめんなさい”と口にしつつ個室ゆえに存分に甘える姿は、他の誰からも見られることは無かった。

 

======

 

 

 冒険者ギルドに備え付けられた裏方の一室として、事務室的な部屋がある。そこにあった少し大きめの机に立派な椅子が備え付けられ、タカヒロ専用の臨時デスクとなって動いていた。

 デスクとは造りのしっかりとした机を指し示す言葉であり、テーブルとはまた違う。主に事務机と表現されるモノであり、そういった意味では、このデスクは使命を全うしていると言えるだろう。

 

 

「す、凄い……」

 

 

 積まれた山が、崩れ行く。そう表現しても良いかのように、エイナたちが確認しなければならない書類はデスクの上で、超高速の処理速度によって消えていくのだ。

 

 

 そんな光景に対して「凄いだろう?」と言いたげに満足げな表情を見せるのがリヴェリアであるために畏まり度合マシマシのエイナだが、目の前の光景が現実なのか疑わしい程だ。もっともリヴェリアからすれば、もはや見慣れてきた光景とも言えるだろう。

 一応、最初の5枚ほどは職員によっても確認(ダブルチェック)されている。しかし勿論、結果としてはミス無しでパーフェクト。開いた口が塞がっていないエイナだが我に返ると終わった書類の整備に勤しんでおり、こちらはこちらでやる事をこなしている。

 

 

「……ん?何故コレが混ざっている、そちらの分類ではないか?」

「えっ?……あっ、ホントだ!す、すみません、こちらで預からせて頂きます!」

 

 

 相も変わらず単に処理をこなすだけではなく、ある程度は中身を見ているという状況だ。思わず関係している職員の全員が敬語で応対しており、エイナ・チュールが連れてきたヒューマンが気になって仕方ない。

 単に処理速度だけを見ても、この部屋の職員総出に匹敵する、いや上回る戦力である事は火を見るよりも明らかだろう。是非ともギルド職員にならないかと全員が同じ感情を抱くも、決して安易に口にしてはならないと喉元で押さえつけた。

 

 一山を終えて背伸びする青年にお茶を差し入れメモ用紙を交換したり書類の整理をするリヴェリアについては触れないようにしておこうと各々が決意し、無作為に抜き取った書類を確認する。しかし全てにおいてやはり問題はなく、各々に冷や汗が浮かんでいる。

 そして急遽誰かが買いに走った最上級の弁当が用意された午後、冷や汗は別の意味で大きくなる。二山目がスタートして数分が経過した時、タカヒロがエイナを呼びつけた。何だろうかと、部屋の隅々までに緊張が走る。

 

 

「そこの右から3つ目に在る書類の束を、もう一度見直してくれ」

「な、何かありましたか?」

「この書類と同じ内容の物を見た気がする。不正となれば問題だろう、確認するべきだ」

 

 

 静電気が生まれたかのように、その一言で、場を包み込む緊張感がピークに達した。ギルド職員4-5人掛かりで終えていた書類の束を確認したところ、確かにタカヒロが指摘した書類と同じものが出てきたのだから、それはもう蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。

 なぜ気づけたのかと恐る恐る問いを投げるエイナだが、回答としては驚くほどに単純であった。中身の順番こそ違っていたが数値的には同じものばかりであり、暗算で計算をしているうちにピンとくるものがあったらしい。

 

 同じファミリアから2枚が提出されていたわけではなく、他のファミリアと比較されることがない点を逆手に取った抜け道だ。これらのファミリアAとBは、他の書類も同じような内容で作られ提出されている。

 この書類の結果としては、団員の大量負傷による収入減少からくる已むをえない理由とはいえ不正の類であった。そのような場合には診断書のような制度を用いれば納税額が軽減される制度がある事を知らなかったようで、此度においては幾らかの罰金と厳重注意の結果となっている。

 

 

 そしてタカヒロは、とあるファミリアの書類を精査することとなる。しかしながらこれは既に解散したファミリアであることを知っていたために、どうするかとエイナに問いを投げていた。

 結果としては、除外してしまえばOKとのこと。しかし“特殊”なファミリアであったために収入が気になったタカヒロは、エイナに声を掛けつつ脳内で暗算を進めていたのだ。

 

 

「……おや?」

「どうしたのですか?」

 

 

 後ろからエイナが覗き込むも、そこにあるのは“イシュタル・ファミリア”の書類だけ。特に不思議なことが書かれているわけでもなく、タカヒロが黙ったままであるために自分の仕事に戻っていた。

 

 タカヒロが気になったのは、その書類に記されていた月単位の収入額。オラリオにおける最も規模が大きな“夜の街”を経営するファミリアとしては、いささか額が少なすぎるのではないかと怪しんでいる。

 偶然にもロキ・ファミリアで似たようなことをやっていたために、数値の凡そを暗記しているソレと比較して疑問に思ったというワケだ。もっとも探索型のファミリアである上に“単価”の相場を知らないために単純な比較はできないが、調査の必要があると、培った直感が告げていた。

 

 

 その後しばらくして、エイナと約束していた終了の時間を迎えることとなる。書類の山は完全に片付かなかったものの未だ残り数日という時間があり、加えて今後の残業は不要なほどにまで消化することができたらしい。

 周囲の事務員から神だの英雄だなど崇められながら、戦いを終えた戦士は帰路に就く。タカヒロはリヴェリアと共に、なぜだか黄昏の館へと向かうのであった。

 

 

「で、次は此方の来月分の月次報告書というワケか……」

「……頼む」

「タカヒロはん、頼むわ!」

 

 

 そして、オカワリとなったワケである。遠足は帰るまでが対象とよく言われるが、後片付けも含まれるのが現実だ。他ならないリヴェリアに上目気味でお願いされては、青年の中で断る選択肢は生まれない。

 流石に終えた夜は少しの頭痛を覚えたのだが、それは仕方のない事だ。こちらもまた豪勢な夕食が提供されて、のちにリヴェリアの部屋にて膝枕等という安息の時間を得るのは、激務を終えた相応の報酬と言えるだろう。

 




コンプライアンス研修は大切です。ぐれぐれも現代で真似しないようにご注意ください。


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168話 場所が場所だけに

 エイナ・チュールと契約した仕事を終えてから10日後。冒険者ギルドの職員の間で極秘に名前が浸透しつつある“暗算神(ヘルパー)”の隠れ二つ名を持つタカヒロは、リヴェリアの仕事を手伝うために、ロキ・ファミリアのホームである黄昏の館へとやってきた。

 とはいえ、私用で赴いたワケではなく仕事の類である。報酬の1つということで提供される豪華な食事もさることながら、彼女と共に居ることができる時間が何よりの報酬と言って良いだろう。

 

 

「タカヒロさん、いくら貴方でも浮気はいけませんよ!!」

「……はい?」

 

 

 しかしながら今回は、玄関扉を開けた瞬間にエルフ一同が総出迎え。その先頭に居たアリシアは、悪戯をした息子を怒るように頬を膨らませて“プンスカ”な様相だ。以前とは比べるまでもなく、接し方が崩れている。

 

 タカヒロからすれば、浮気をしていた記憶など全くない。他の女が絡んでいるとなればヘスティアとの買い出しか、ヘファイストスのところへとウインドウショッピングに行っている程度のもの。

 後者は例の新米鍛冶師と出来上がっていることが知られており、それは今やオラリオ全土に知れ渡っている。ヘファイストスについてはタカヒロと一緒に居ることがちょくちょく見られるも、恋愛のれの字もないことはヘファイストス・ファミリアでも有名だ。

 

 もちろん、その点もエルフ達は承知済み。しかしながら火のない所に煙は立たず、彼女達もれっきとした理由があるためにタカヒロを問い詰めている状況だ。

 

 

「とぼけてもダメですよタカヒロさん、ネタは上がっているんですからね!……え、えっと……メッ、ですよ!」

「……」

 

 

 やや腰をひねって人差し指を差す妙にノリノリな名探偵アリシアに対して、もしかしてアレのことかと、タカヒロは1つの事実を脳裏に浮かべる。決して浮気ではないのだが、確かに、そう間違えられても仕方のない行動と言えるだろう。

 ともあれそれは、青年が極秘に済ませようと踏んでいたステルス行動。故に回答としては普段の仏頂面のまま「知らぬ存ぜぬ」を通すだけであり、エルフ側からすれば埒が明かない。

 

 

 それでもって、先程は怒り方が分からずに“可愛らしいお叱り”を披露してしまったアリシア・フォレストライト。数秒遅れで羞恥の感情が沸き起こってきたらしく、後ろから突き刺さる同胞たちの視線を受けて燃え上がりつつあった。

 

 

「な、何か反応してください!!」

 

 

 赤面しつつエルフ耳と共に両手を上下に羽ばたかせる彼女だが、相変わらず表情すらも崩さないタカヒロが口を開くことは無い。通常ならばエルフスキーということで相応の反応にて応えていたかもしれないが、此度においては別の理由が上回る。

 

 相手が“ドライアドの祝福”持ちということで、彼女達エルフはあまり強気にもなれず。更には今までの信頼度合から、そこの青年が“いかがわしい”店を使用するなど思っていない。

 とはいえ、今居るメンバーの一部が“とある情報”から調査をしてみてタカヒロらしき姿を見かけたのもまた事実だ。故に裏は取れていると言っても問題はない程であるが、あくまでも状況証拠のみとも言えるだろう。

 

 

 そう。タカヒロが目撃されたのは、オラリオの東部にある歓楽街の“娼館エリア”。更には複数の店に入って、それぞれ20分ほどで出てくる姿も目撃されている。

 

 ここは文字通り娼婦と色々するエリアであり、ここら一帯を牛耳っていたイシュタルが不名誉な事故死を遂げてからはパワーバランスが崩壊中。ほとんどがアマゾネスで構成される娼婦達は、勢力を伸ばすために抗争を繰り広げているというワケだ。

 もっとも抗争と言っても乱闘宜しくドンパチではなく、強気な客引きによる男の取り合いと言えるだろう。これに乗っかり数日をかけて、タカヒロも様々な娼館を巡っていたというワケだ。

 

 

 しかし当然、それぞれの娼館を回って何が起こっていたのかを聞く勇気など沸き起こることは無い。故にエルフ達の聞き取り調査は、さっそく暗礁に乗り上げたというわけだ。

 

 張り込み調査の結果から、“目撃された場所”へは神ヘファイストスを筆頭に別の女性と行っているワケではなさそうだ。該当する大抵の時間帯において裏も取れており、事実と踏んでも間違いはないだろう。

 それは、青年の主神であるヘスティアにも当てはまる。青年が“とある場所”へと行って居る時間帯は、バイトかホームに居ることが確認されていたのだ。

 

 これについてはリヴェリアも同様であり、彼女と共に行動していたとは考えられない。だからこそエルフ達は躍起になっているのだが、ここにきて新たな女性の名前が候補に挙がった。

 ならば、まさかのアイズ・ヴァレンシュタインか。これが事実ならば最悪の事態は避けられないが、直接聞けるものでもない上にリヴェリアの耳にも入りかねないために、エルフ達は白髪の少年に直撃する。

 

 

「ぼ、ぼぼぼぼボクが何かしました!?」

「つべこべ言わずに洗い浚い吐きなさい!!」

 

 

 文字通りの鬼の形相で詰め寄る山吹色の少女、レフィーヤ。対ベル・クラネル特攻持ちということで、此度においては率先して駆り出されている。

 壁際に追い詰められたベルに対して右手で壁ドンする彼女は、左手の杖に攻撃魔法を準備中。普段の嫉妬が混じっている気がするが、きっと多分気のせいだ。

 

 しかし相手のベルが見せた様相は、瞳を伏せて潤わせ右手の甲を口元に当て睫毛を伏せる女々しい様相。そんな姿に一瞬だけドキっとしてしまったレフィーヤだが、相手の口からはロクでもない言葉が発せられた。

 

 

「アイズさん、ごめんなさい……僕は、レフィーヤさんに汚されちゃ」

「ふ、ふざ、ふふふざけた事を言うんじゃありません!!」

「今のレフィーヤさんに言われたくはないですよ!?」

 

 

 互いに火を吹き出さんばかりに顔を赤くしてダブルノックアウト。ベル・クラネルは自称今は亡き祖父(下半神)直伝のロクでもない文言で窮地を脱しようとするも、大火災に油を注ぐだけであった。お陰様で、ベルの中における祖父の株価はダダ下がりである。

 右手で壁ドン、左手の杖に発動直前の状態である追尾型攻撃魔法“アルクス・レイ”を突き付けられて、相手の後ろには多数のエルフ。もはや脅迫の域に達している状況ゆえに、何を問われるのか分からないが正直に答えるしかないかと腹をくくった。

 

 問い詰められた、指定された過去の日付におけるタカヒロの行動。しかしながらベルは日付の殆どをアイズやヘスティア・ファミリアのメンバーと過ごしており、正直なところ知らないのが実情である。

 嘘を言っている様子もないために、一方通行な押し問答も長くは続かない。故に今日は解散となり、翌日にタカヒロを尾行することが決定された。

 

====

 

――――やはり、多方面から見られているか。

 

 娼館エリアに居る時は普段と違ったフードを纏っているタカヒロ。昨日の今日ということで本日は更に別物にしており、そしてまた別のローブで外観の様相は隠している。見た目はともかく抜本的な変装の技術など無いために、青年ができることなど、その程度の内容だ。

 しかしながら、明らかに向けられる視線の量が以前よりも増えている。視線の主が誰かは分かっているが、ターゲットに気づかれては元も子もないために、タカヒロは東地区を出て黄昏の館へと足を向けた。

 

 案の定、入口にリヴェリアが待っている。表情は悲し気な様相を隠しきれておらず、話があるとの出だしでタカヒロを自室へと招いていた。

 先に部屋に入らせて鍵をかけ、小さなテーブル席にタカヒロを通す。己はベッドの端に腰かけており、距離は近いが同じテーブルにはついていない。元気が見られない表情のまま、リヴェリアは言葉を発した。

 

 

「……お前が、東地区の娼館エリアに入っていくところを見かけたという情報が、あがってきた」

「……誰から聞いた?」

「……最初は、ラウルだ。しかし、一部のエルフ達からも、お前らしき姿を見かけたと報告を受けている」

 

 

――――いやーアレはタカヒロさんッスわー、いやー間違いなくタカヒロさんッスわー。

 

 タカヒロ自身を知っており、かつあの時間帯に逆にタカヒロが目にしていた人物が高いためにある程度の予測はついていた。流石にここまで軽い調子ではないものの、ラウルがリヴェリアへと告げ口を行っていたのであった。

 ラウルも最初は背格好や立ち振る舞いが似ていると思った程度で、確証はなかった。しかしそこで“客として来ているであろう者の人数カウント”に対して真剣になりすぎたタカヒロが戦闘中の気配を僅かながら見せてしまい、59階層の時と同じ気配を察知したラウルが確証を得ていたという流れである。

 

 

 やはりそれかと、タカヒロは溜息交じりに問いを投げた。否定しないのかと更に表情が暗くなるリヴェリアだが、彼女は基本としてタカヒロという男を信用している。

 絶対に、何か別の理由。それこそ(やま)しくない理由で赴いていたのだと信じているが、一方で万が一にも“そういう”目的だった場合の恐怖に抗っている。

 

 そして口には出さないものの、実は本日においてはリヴェリアも尾行に加わっており容疑者を目視していた。普段とは違うローブで今は脱いでいるとはいえ、明らかにタカヒロであったことは間違いない。

 だからこそ、どちらかと言えば後者の心が強くなる。不安と悲しみも芽生えてしまい、とはいえ男ならば仕方が無いのかとも考えてしまい、どうにも言葉が出てこない。

 

 

「こればかりは、信じてくれと口にするしか示しようがないのだが……娼館エリアを巡っていたことは事実だが、行為に及んだことは一度もない。そして――――」

 

 

 だからこそ、男から言葉を発する。立ち上がりつつ発せられた言葉は長い耳の近くまで近づいており、ふと顔を上げたリヴェリアの前に、相手の据わった表情が見えている。

 向けられる左手の平は、忠誠を誓うように青年自身の胸に。一方で右手でリヴェリアの両手を優しく掴み、表情に力を入れて、青年は心からの本音を口にする。

 

 

「お前以外の者に(うつつ)を抜かすことなど、万が一にも在り得ない」

 

 

 更には、ここにきての“お前”呼び。親しい者に対しては“君”ではなく“お前”と砕けて呼ぶリヴェリアからすれば、相手の様子も相まって嬉しさが爆発する程の内容だ。ちなみに“者”と明言しているのは、“物”(装備)に対して前科があるために他ならない。

 それはさておき、不安に関する全てを吹き飛ばすタカヒロの言葉。胸の奥底をくすぐられる感覚は、相手を求める初心で乙女な感情を地表へと溢れさせてしまう代物と言えるだろう。

 

 だったら抱きしめてくれと言わんばかりに、彼女は両手を広げ。それに応える相手の胸に顔をうずめながら、彼女は相手の温もりを感じている。

 しかしながら、ならば何をしていたのかが気になるというのが人情だ。相手の胸元に顔を当てているためにくぐもった声ながらも、リヴェリアは事の真相を訪ねて回答を耳にした。

 

 

 会計処理を手伝った際に目にした、故神イシュタル、そのファミリアの納税額。それに疑問を持ったながらもイシュタル・ファミリアは既に壊滅しているために、当時の事情を知る娼婦に金を渡して相場などの情報を集めていたというのが真相だ。

 結果としては、疑問が確信へと変わる程のものがある。あくまでもざっくばらんな計算とはいえ、割り出したイシュタル・ファミリアの収入から比べると、どう頑張っても申告されている収入額が少なすぎていたのだ。

 

 

「まさか、イシュタル・ファミリアが闇派閥に対する資金を……!?」

「自分は、そのように捉えている」

 

 

 オラリオの地下に作られているダンジョンの情報は、ロキ・ファミリアにも流れている。そこから二次・三次と拡散はされていないのだが、疑問の1つとして、どうやってそれほどのダンジョンを掘れる資金源を確保していたのかが議題にあった。

 リヴェリアは、すぐさまタカヒロを。ついでに事の様相を壁の向こう遠くから見守っていたエルフ連中+ラウルも引き連れて、そのことをロキに話しに行っている。

 

 

 ロキの執務室で青年が取り出したのは、ビッシリとした数値が書き込まれている羊皮紙の数々。あくまで途中経過ながらも、見慣れぬ者からすれば目にするだけで頭が痛くなってくる程の物量だ。

 これはギルドで目にしたイシュタル・ファミリアの前回の納税額と、そこから予測される“報告された”収入額。一方で東地区で娼婦の相場とファミリアへ収める額などの相場、そしてイシュタル・ファミリアの人気ぶりを調査した結果から予測される“本来の収入”との比較であった。

 

 

「こりゃ歴然やな……実は金が消えてく先も分からへんのもあって、以前から関与が噂されとってな。それに加えてここまで乖離があれば、連中の関与は確定と言ってええやろ。色々あったのは耳にしとるけどお手柄やで、タカヒロはん」

「参考になれば幸いだ。しかし浮気だの何だの言われなければ、もう少し正確なデータが取れたのだがね」

 

 

 ジロリとエルフ一行に顔を向けるタカヒロだが、連動するようにして全員に顔を逸らされた。青年からすれば明らかに冤罪であり、直後、エルフ一行は深々と頭を下げて謝罪している。

 それはさておき、問題は既にイシュタルが天に還っている点だろう。故に問い詰めると言う選択肢は取れそうになく、事故死だったものの、それこそ死人に口なしの状況だ。

 

 

 間違いなく、裏で何かをしていたであろう金額の用途不明金。故にロキ・ファミリアは今後そちらについても探る方針となり、ここにタカヒロの仕事は終了した。

 

 

 

 

 となれば、残る用事を処理するだけだ。

 

 

 

 

「ところでだな、ロキ」

「ん?どないしたんや?」

 

 

 僅かながらに、空気が変わる。珍しくタカヒロが怒っている事を理解できたのはリヴェリアだけながらも、どうにも彼女すら口を挟める気配とは程遠い。

 

 会話を始めたタカヒロだが、次の言葉が出てこない。口調やロキを相手にした投げ掛けと相まって全員の視線を集め終わったタイミングで、分かりやすい事実を報告した。

 

 

「ロキ・ファミリアも同じ調査をしていたのか?自分が赴いていた地区で、6回ほど、ラウル君を見かけたが」

「ふごっふ!?」

 

 

 突然の超音速カウンター・キラーパス(ストライク)、威力は過去最高にぶっちぎりの強さを誇る剛速球。続けざまに周囲に居た者全員のヘイトを一瞬にして集めるハイ・ノービスは、これまた一瞬にして背筋が凍えあがった。

 そこの装備キチに習ったワケではないが、ローブでキッチリと姿は隠していた。外で勧誘を受けた時も声のトーンは変えていたし、ローブを羽織るのも黄昏の館を出て別の場所で行っていたために、気づかれる要素など無かったはずだ。

 

 しかし結果は、対象期間において全てを見られていたという御覧の有様である。ラウルもまたタカヒロが居たことについては一度だけ気づいていたが、己が居ることを告げる訳にもいかずスルーしていた。

 とはいえ、そんなことはどうでもいい。ここで己がどのような返事をするかで、むこう数十年の運命が決まると言っても過言ではない。スキルの1つも発現していない存在とはいえ、後輩から向けられる目が尊敬となるか軽蔑となるかは、今この時にかかっている。

 

 

「そ、そそそうッスよタカヒロさん!俺も前々から、イシュタル・ファミリアは怪しいと踏んでたんッス!!いやー奇遇ッスね~!」

 

 

 その言葉に対し、もっとも怪しい瞳を向けているのは主神ロキに他ならない。子は親に嘘を吐けないという神の力が無駄に発揮されており、その結果の表情だ。

 ロキは口にこそ出して居ないものの、今の言葉の全文が嘘であることを見抜いている。その様相が周囲に伝染し、ラウルはあっという間に孤立無援となってしまった状況だ。

 

 もちろんタカヒロからすれば、不名誉な情報をリヴェリアに伝えられた事に対する仕返しに他ならない。ご機嫌は斜めを少し通り越しており、故に正確な回数が口に出されている。

 もしもこれがリヴェリアに対して何も伝えられていない結果で終わっていれば、男同士の秘密協定ということで口に出されることは無かっただろう。ラウルとしては、完全に墓穴を掘った格好だ。

 

 

「そうか。では聞くが、平均滞在時間2時間弱の間に何か情報は得られたか?」

 

 

 しかし、この“おこ”な青年。相手を逃がすつもりは、全くもって無いらしい。実の所は裏でフェルズが活躍しており、監視役は二人居て滞在時間までバッチリというのが真相だ。

 ここまで実態が露呈していては、ラウルとて返す言葉が見つからない。故に、オラリオにおいて場から逃げだす際に最も万能な言葉を口にした。

 

 

「……まぁいいや、サァ、ダンジョンに行くっすよ!」

「ちょい待ちや」

 

 

 ラウルと同期である黒髪の猫人“アナキティ”が、何故だかこの場に召喚され。容疑者タカヒロは冤罪と言うことで解放され、新たな容疑者に対する尋問が開始されるのであった。

 




■「まぁいいや、サァ行くか。」
⇒とあるF-16乗りが使う万能用語。しかし装備キチには効かなかった。


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169話 二人暮らしの為のお買い物

内容はタイトルで察してください


 日差しが隠れたならば肌寒く感じる時期ながらも、長袖という装備で陽の光を浴びれば状況は一転する。春とは一風変わって感じる陽気さは、屋外での活動意欲を促進させる事だろう。

 

 

「なぁ、リヴェリア」

「どうした、タカヒロ」

 

 

 何気ない日常、珍しくない普段のやり取り。二人きりなのだが普段の仏頂面のままであるタカヒロと、名前を呼んでもらって上機嫌なハイエルフ。闇派閥など知った事かとでも言わんばかりの惚気っぷりである。

 

 時は2分ほど前。オラリオにある人気のない小高いエリアでピクニックもどきと雑談を楽しみ、テンション上がってきたリヴェリアが正座を崩し、右手で自分の脚をポンポンと二度叩く。青年は僅かな恥ずかしさを見せながらも寝転がり、その上に頭を預けたのだ。

 左手を男の頭の下に、右手で頭頂部を撫でつつご満悦。アイズが年頃の少女らしい表情を見せていることを喜んでいるリヴェリアだが、本人も大概と言えるだろう。年頃?言葉の意味を気にしてはいけない。

 

 

 さておき、毎日会える環境ではないからこそ、このような恋人染みたやり取りが嬉しいのだ。相変わらず根っこは初心丸出しな、最年長のエルフである。

 最近はリヴェリアの仕事をタカヒロが選定しており、分類作業のようなことを行っている。彼女でなくても実施可能な内容を他のロキ・ファミリアのメンバーに割り振っているために、以前よりも時間に余裕ができているのだ。

 

 だからこそ。先日の歓楽街に関する騒動で不安を与えてしまった男は、以前から考えていたことを口にしたのだ。

 

 

「……何もない日は、二人で暮らしてみないか」

 

 

 

 

 リヴェリア.exe(elf)は応答を停止しました。強制的に再起動を行っています。

 

 

 

 

 発言を考えるためのメモリが、圧倒的に足りていない。一方で脳みそというCPUは今貰った言葉を連続再生している為にフルロード中で使用率100%をキープしており、相槌の一つも返せない。

 同様に身体の動きもピタリと止まっており、瞳のハイライトも消えている。普段ならば一瞬にして真っ赤になる表情は此度において生じておらず冷静そのものであるのだが、単に血流を増加させる為のリソースすらも割り振れないというのが真相だ。

 

 

 とはいえ。そんな様相も、再起動が完了されれば話は別だ。

 

 

 表現するならば、「そぉい」という三文字にエクスクラメーション(ビックリ)マークを付与したならば丁度良い光景となるだろう。レベル7が勢い良く立ち上がったために、青年の頭はそのような感じで宙を舞う。

 もちろん重力は作用しているわけで、いつまでも浮かんでいることなどあり得ない。自然の法則に従い、後頭部から地面へと叩きつけられることとなった。

 

 

「す、すすすまないタカヒロ!怪我などはないか、大丈夫か!?」

 

 

 流石に正気に戻って心配するリヴェリアだが、その男は自称ながらも一般人。バベルの塔の最上階から突き落としても、五体満足で生き残っているはずだ。この程度で怪我をしていたら、神々と戦うことなど夢のまた夢であることに間違いない。

 そんなことはさておき、ポンコツ化の症状も大半が収まったようである。オロオロとした表情を見せながらも再び座って、湯だった顔でタカヒロの頭を抱きしめているのは謝罪の意を表現しているのだろう。

 

 突拍子もない事をしているリヴェリアだが、根底としては心から嬉しいのだ。故に相手の顔を視界にとらえることができずに視線は右に左に泳いでおり、落ち着くという文字の欠片もない。

 

 ともあれ、青年にとっても軽視できない内容だ。起き上がって場を片付けると、人気のない喫茶店へと入っていく。

 道中にて返事は貰っており、どこかで聞いた「不束者ですが」の文言が返されていた。相変わらず言葉選びが一足先を行っているが、今更なので青年もツッコミを入れていない。

 

 

「そ、そうか。ふ、ふた、二人で暮らすのだな。私もシッカリせねば」

「ニヤけているぞ」

「う、うるさいっ」

 

 

 年上ゆえにシッカリするべく覚悟を決めようとして、どうにもできそうにないポンコツハイエルフ。何を考えているのかは不明なものの、きっと何も考えていないのは間違いない。

 とはいえ正直なところ、何も考えずに勝手に同棲を始めても何とかなるのが良くも悪くもオラリオという場所だ。ファミリアの拠点を除いて誰がどこに住んでいるのかなど、全く管理されていないのである。

 

 極端なことを言うと、人が管理される場合は次の三つに分けられる。オラリオの中にいるのかどうか、ファミリアに所属しているかどうか、冒険者登録をしているかどうかという点だ。

 冒険者ギルドというオラリオトップの管理企業はあるものの、これは文字通り冒険者しか管理することができていない。とはいえ毎日において死者が多数出るオラリオにおいて管理できているのかも不明なものがあるのだが、それを口にするのはご法度というのが暗黙の了解だ。

 

 ともあれ、だからこそいろんな意味で“やりたい放題”なのは間違いない。闇派閥などの活動を容易にしている理由の一つになっているのだが、それはまた別の話である。

 

 

「実は既に、ヘスティアとも話をつけてある。頻度もあまり多くはないだろう、特に問題はないとのことだ」

「むっ、用意が良いな」

 

 

 ロキの確認は取れていないリヴェリアだが、今までも何度か秘密裏に一泊していて何も言われていないために拒絶される可能性は高くない。それでも連泊となる可能性も出てくるのとケジメはつけておいた方がいいために、近いうちに話をすることになるだろう。

 

 

「ではタカヒロ、今日は家具などを見に行こう!」

「……話を聞いていたか?ロキへの報告を」

「事後で問題ない、必ず承諾させる」

 

 

 話し合いという言葉の定義が怪しくなってきたテンション上げ気味なハイエルフだが、青年としても一緒に暮らせるならば喜ばしい。話し合い(物理)でないことだけを祈りつつ、新居の話を進めていた。

 とはいえ現時点では婚約も何もしていないので、新しく家を買うなどの行為は飛躍しすぎた話だろう。幸か不幸か隠れ家という名の借家が既にあるために、そちらの契約を延長して使うようだ。

 

 時たま二人で過ごす分には、さして不都合は生じない広さであることも理由の一つとなっている。三つ子という事故が発生した前オーナーからすれば狭い家でも、住人が変われば評価も変わる。

 一度隠れ家に寄って、あるもの・ないものを選別する。時たまベルやアイズと一緒に雑談を行っていたためか、ティーセットの類と菓子受けの皿だけは買わなくても良いようだ。

 

 

 となれば、他の物品がターゲット。此度は食器の類を見るようであり、二人してオラリオの商店街へと訪れている。

 

 

「タカヒロ、この皿なんてどうだ?む、あちらの装飾もいいな……」

 

 

 容姿が目立つために目深なフード付きの薄いコートを羽織り、お忍びの如く商店街を巡るリヴェリアは、かつてない程にご機嫌だ。目移りとは文字通りであり、家具が並ぶ商店を歩いて品定めを行っている。

 目ざとく興味のある物を見つければ、タカヒロの袖の下を引っ張るなどして急かす程のハイテンション。君は子供かと言いたいものの喉元で押さえつけ苦笑する青年は、そんな彼女が好きであるために、適度に応えつつ見守りに徹している。

 

 なにせ、リヴェリアの優れたスタイルは罪とも言えるだろう。普段の魔術師用の厚いローブを脱いでいるために、持ち得る身体の凹凸が強調されてしまっていたのだ。

 

 故に、下半身が不真面目な者達が寄ってくる。その手の輩は雰囲気で分かるために接近される前に加減なしと言える殺気を向けて威圧と共に追い返し、近づかせないことが彼の仕事だ。

 今の状況において、もし男側がベル・クラネルだったならば、寄ってくる者は居ないだろう。己との実力差が把握しやすく、返り討ちになることは目に見えているからだ。

 

 そういった意味では、実力が知られていない青年には面倒事が付きまとう。しかしながら楽しい時間を無駄にされたくないために、手を抜く事は許されない。

 本気に近い殺気を向けているために、受けた男全員は逃走後において息も絶え絶えで脂汗にまみれている。自業自得である上に手を出そうとした相手が最悪なために仕方がなく、カウンターを貰わないだけ有難いと思うしかないのだ。

 

 

 しばらくすると食器系を売っている店の並びも終わり、品定めした中で特に気になったらしい店へと歩いていく。少しだけ高級志向のお店だが気持ち程度であり、売っている物も値段も庶民的だ。

 中に入ると店主を名乗る30代後半と思われるゴツい男が出てきて、愛想の良い対応を見せている。聞けば自分で作った食器の数々らしく、どれもこれもが自慢の一品らしい。

 

 リヴェリアが見つけたのは、赤に近いピンクの模様がアクセント程度に入った取り皿だ。深さはあまりなく、一般的な様々な用途に対応できる形状と言えるだろう。

 そのような皿に対するタカヒロの評価は、妥当と言える内容だった。

 

 

「気持ちは分かるが、流石に自分には可愛すぎる」

「む、そうか……」

 

 

 美的意識に対する男の視点と女の視点のぶつかり合いなので、差が生まれるのは当然と言えるだろう。モノによっては、相容れない程になることも珍しくないのが特徴だ。

 意見が違ってしょぼくれる、リヴェリア・リヨス・アールヴ。長い耳がフードの上からでもペタンと(しお)れた様子になっているのが分かってしまい、青年は苦笑してしまう。

 

 

「店主。この皿、色違いなどは置いてあるだろうか?」

「ああ、あるぜ。落ち着いた色がいいのか?ちょっと待ってくれ」

 

 

 そこで妥協案を考え、提案する。リヴェリアが気に入ったものならば、使わせてあげたいのが心境だ。先程の色ならば男視点では子供臭いが、色合いによっては男が使っても悪くないと考えたのだ。

 事実、店主が持ってきた藍色の物ならば落ち着いた様相で悪くない。リヴェリアは先の色、タカヒロはこの色の皿を使うというワケである。

 

 妥協案と理由を聞いた耳は持ち上がり、連動して彼女の機嫌も非常に良くなる。梱包はまだ終わらないか、梱包時に傷がつかないかと、作業風景に食いついている程だ。

 

 一方の店主は、なぜ女性側がフード付きのローブで身を隠しているのかが気になった。手を動かしてはいるものの口は暇であるために、一つ推理した内容を口にする。

 

 

「ははーん。さてはお二人は、お忍びの新婚さんだな?」

「っ!?」

「ハズレだ」

「なんでい、違うのか」

 

 

 名探偵店主、不貞腐れ顔で購入された皿を梱包していく。勝手に茹っているポンコツハイエルフは両腕を上下にバタバタとさせているが、商品にヒットすると危ないのでタカヒロが頭を撫でて暴走モードを解除した。

 

 

「ところで未来のご主人、これと似た文様のスープの受け皿なんかはどうだ?神々の言葉でいう“ペア・セット”ってやつだ、絶対似合うぜ?」

「あざとい接客だ。ならば店主、端数程度は値引いてくれよ?釣銭は面倒だ、気持ち良く購入したい」

「おうよ、任せとけ!」

「だ、だから私達はだな……!」

 

 

 正直なところ店ごと買える資金を所有している二人だが、タカヒロ的にはこの手のやり取りは嫌いではないのが実情だ。横で騒いでいる相方の玲瓏ながらも慌てた声を聞くことができて、彼の気分も上々である。

 

 

「しかしニーサンのお連れの人、どっかで聞いたことあるような声なんだよなぁ……」

「っ!?」

 

 

 その感想を抱くのも仕方のない事だろう。容姿もさることながら、特徴ある玲瓏な声もまたオラリオにおいてただ一人しかいない。

 名実共にリヴェリアは有名人であるために、声を覚えていても何ら不思議ではない状況だ。実は店主が声を覚えていた点については明確な理由があるのだが、この段階ではさておく事とする。

 

 ともあれ、似ているだけで本人がいるとは思いもしない。故に話は進むこととなり、まずは店主の妻の話となった。

 

 曰く、今も現役で冒険者をやってダンジョンへと潜っているらしい。妻の実力に感謝していると口にする男だが、私生活でも尻に敷かれている風景がタカヒロの脳裏に浮かんでいる。

 そこで一旦、話題が途切れる。流石に思った事の内容は口にできないが、話題をふいにすることもないために、タカヒロは話を続けることとなった。

 

 

「ほう?ご婦人が冒険者と。探索となれば、会えない日も多いだろう」

「いや、そうでもない。昔は深く潜ろうと、色々とやっていたんだがな。今は日帰りで、精々、6‐7階層辺りで安全に魔石を稼ぐ程度さ」

「ならばレベル2と言ったところか。職業は?」

「よくレベルが分かったな。職業は魔導士さ。おかげでロキ・ファミリアの魔導士、リヴェリア・リヨス・アールヴの大ファンでよ~」

 

 

 まさかの展開。店主もまさかフードの下が本人とは欠片も思っておらず、話を止める気も無いようだ。

 そうなるとリヴェリアとして気になるのは、仏頂面のままのタカヒロが見せる反応だ。アイコンタクトを放ってこないために良からぬことが起こるのではないかと危惧している彼女だが、実のところは正解である。

 

 

「奇遇だな店主、自分もファンの一人でね」

「!?」

「おお、ニーサンもか?いや実は、妻の影響か、俺もすっかりファンになっちまってな」

 

 

 予想は的中し、会話は止まるところを知らずにいる。しかしだからと言って、止めるような言葉も見つからない。

 フードの下の顔は右往左往。慌てるリヴェリアを尻目に、まさかの方向へと会話の流れは進んでゆく。

 

 

「仕方あるまい。彼女が持ち得る魅力の数々が目に留まらぬと言うならば、是非とも理由を聞かせて貰いたい程だ」

「!!?」

「分かるか!?いや~あの美貌がなんて言ったら色んな方面から怒られるから口には出せねぇがよ。それでいてレベル7、それこそ滅茶苦茶に強いときたもんだ。ありゃ最高の高嶺の花だねぇ」

「分かるさ。ハイエルフ故の冷静で高貴な佇まいかと思えば、烈火の如き魔法攻撃。その落差もまた、他ならない数多在る魅力の一つだろう」

「!!!?」

「分かる、分かるぞ!いやーニーサンとは良い酒が飲めそうだ!」

 

 

 長い耳が、フードの下でピンと強く張って羽ばたくように動いている。仏頂面という仮面の下では何とかして笑いを堪えて言葉を口にしているタカヒロは、真相を言い出せないリヴェリアを良いことに煽りに煽っている状況だ。

 

 なお当の本人は、こうも見事に褒めちぎられて羞恥心が有頂天。店主の言葉はどうでもいいとして、タカヒロが口にしてくれた言葉の数々が嬉しくて仕方ない。

 

 

「え、ええい!買うものは買ったのだろう!もういいタカヒロ、次へ行くぞ!!」

 

 

 やがてタイミングを見計らったのか、リヴェリアがタカヒロの手首を掴んで店から出ようと大股で歩いていく。

 なお、傍から見ればリヴェリア・リヨス・アールヴの会話に嫉妬した女性という感想に他ならない。故に店主もバツが悪くなったのか、謝罪の言葉を口にする。

 

 

「ありゃ、悪いなニーサン。そりゃそうだ、他の女のことは御法度だったな」

「はは、これは確かに。どうやら九魔姫(ナインヘル)の話題は良くなかったようだ、ちゃんとリヴェリア(彼女)を見ることに努めよう」

「賢明だな、また来てくれよ!」

 

 

 しかし実際は買い物の続きとはならず、足早に人気のない路地裏へと連れ込まれた一般人。そしてフードを外したリヴェリアは、先ほどの一件について「どういうことだ」とまくし立てている。

 それに対する、青年の回答はただ一つ。ここぞとばかりに優しい笑顔で、言い返せないだろう煽りの言葉を向けるのだ。

 

 

「どうもなにも、自分が思っている内容を口にしただけだが?」

「っ~~~~!!」

 

 

 真正面から両肩をつかみ、顔を近づけて揺すりに揺するハイエルフ。すごんでいるつもりなのだろうが、全く持って怖さがないのは仕方のない事だろう。

 

 

 彼女が奏でる、焦りが混じった照れ顔と仕草。大好物のそれを見ることができて満面の笑みを披露する青年は、ご満悦の気持ちで買い物を続けるのであった。

 

 

 

 この後、二人の生活は静かに幕を開けることとなる。そしてコッソリとそれに気づき、コッソリと羨む者も居た。

 



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170話 仕事しろ

誰かが気付いて羨む前の話
業務連絡:コーヒー


 ロキ・ファミリアのホーム、“黄昏の館”。館内を横切る長い廊下を歩いているのは、オラリオで最も有名な冒険者の一人、“剣姫(けんき)”アイズ・ヴァレンシュタインである。

 トテトテと表現できる軽い足取りを当時の者が目にしたならば、遥か昔に彼女が父親を探して、平和な街中を歩き回った時そのものと口にするだろう。数秒おきにクルリと後ろを振り返ると、穏やかな表情を崩さない母親が、いつも見つめてくれていた情景だ。

 

 

 そんな彼女は現在、リヴェリア・リヨス・アールヴを探している。部屋も不在、執務室も不在とくれば、もはや彼女には見当がつかないでいた。

 最近は教導の類も落ち着いている。だったらレフィーヤの所かと廊下を進んで訪れるも、レフィーヤ本人は居たものの、結果としては空振りだ。

 

 しかしそれは、訪ねてきたアイズ・ヴァレンシュタインだからこそ抱ける思考。訪問先に居たレフィーヤが、来訪者を目にして見せた反応は――――

 

 

「アイズさーん!も、ももももしかして私に」

「ごめん、違う」

 

 

 撃沈である。遠のく背中と共にパタンと扉が閉まった数秒後、エルフらしからぬ雄たけびが響くこととなった。

 

 

「あ、フィン」

「うん?」

 

 

 暫く館内を歩いた彼女の目に留まる、見知った小さな、しかし最も頼りになる一人と言える男の背中。種族柄の身長と特徴的な衣類と相まって、誰もが瞬時に見分けることが出来るだろう。

 足取り軽く上半身を振り返るフィンは、そのまま足を止めてアイズと正対する。身長差がある為にアイズが見下ろす格好となっているが、こればかりは仕方がない。

 

 

「リヴェリア、知らない?」

 

 

 やや首をかしげて口に出される問いは、相変わらず微妙に言葉が抜けている。それでも“アイズ語”としては非常に難易度が低く、付き合いの長いフィンならば容易に読み取ることが出来る内容だ。

 今回の場合は、「リヴェリアを探しているが、何処に居るか知っているか」のニュアンスである。脳内でそのように変換したフィンだったが、返事は別の所から行われることとなった。

 

 

「アイズたん、リヴェリアかー?ちぃとワケありでなー、昨日から居らんのや。多分やけど、夜まで戻らんで」

「……?」

 

 

 居ない事は伝わる文面ながらも、何処に居るかについては欠片も触れられていない。

 あえてロキが口にしていないのか、はたまた先の一文に回答が含まれているのだろうか。解読班でもなければ、リヴェリアが何処に居るかを察する事は難しいだろう。

 

 

「……ああ、そういうコトか」

 

 

 解読班に一名追加、何かを察したフィン・ディムナ。アイズに聞こえない程に小さな音量で呟き、誰の所詮で何がどうなっているかを理解した。

 この辺りの理解力が高いのは、彼が知将と呼ばれる理由の一つだろう。なお、他の一つを間違えば知将や智将が致傷へと変わりかねない為に、彼も何かと、波を荒立てぬよう必死であった。

 

 

 黙秘権。それは、誰しもが持ち得る防衛手段である。

 

====

 

 

 時刻はお昼時を僅かに過ぎた頃。朝晩は肌寒いものの、雨模様を伺わせない空色と陽の光もあってオラリオの街は相変わらず活気に包まれており、人一人の存在など、容易く隠してしまうだろう。

 もっとも私服姿のアイズ・ヴァレンシュタインは別であり、数多の、特に男の視線を集めている。人形のように整った彼女の足は、とある場所へと向けて進んでいた。

 

 

 オラリオ西部にあるヘスティア・ファミリアのホーム、“竈火(かまど)の館”。数ある部屋の一つとして、団長であるベル・クラネルの自室も備えられている。

 最も高い戦闘能力を所持している第二眷属の部屋が広いとは言えない5畳程度に対し、こちらは10畳程度の広さが確保されている。理由は聞かされていないベル・クラネルだが、ここはタカヒロが設計段階から一貫していた内容だ。

 

 

 一人で5畳、ならば10畳は?と安易ながらも考えれば答えはすぐに取り出せるのだが、それを知る者は誰も居ない。

 

 

 そのような具合に仕組まれた兎小屋(ベルの部屋)は、ベルの年代とは不釣り合いに少し暗めの木々によってシックな風潮でまとまっている。装飾は少なく費用は掛かっていないものの、これについてもデザイナーはタカヒロで、ベルもすっかりお気に入りだ。

 かつての廃教会こそ知っているアイズだが、ベルの自室に訪れたのは今回が初めて。どこかリヴェリアの部屋を伺わせる落ち着き具合が意外だったようで、少しだけ目を見開いて、部屋とは対照的に落ち着きなく見渡している。

 

 そんなアイズもまたベルにとっては新鮮で、お互い様の状況だ。ファミリア的にアイズはお客様でもある為、ベルはパックながらもお茶を出す準備中。

 備え付けの茶菓子も抜かりはなく、“お客様”を迎える準備としては合格点だろう。飾り気こそなけれど二人掛けのテーブルにセットし、アイズと共に向かい合って席についていた。

 

 

「今日はどうしたの、アイズ」

「リヴェリアが、居ないんだ」

「……で、来ちゃった、と」

 

 

 確かに「リヴェリアが居ない」から「ベルの所に行こう!」と繋がるロジックは全くもって伺えない。一方で、向けられる感情については大変うれしく思う少年は、苦笑で応える他に道がなかった。

 

 

「……ダメだった、かな」

 

 

 どこか悲し気、かつ上目の誘惑。このような攻撃を受けてしまっては、その男が取り得る選択肢は「そんな事はない」という否定だけだ。

 ともあれ、何らかの理由があって訪ねてきてくれた点については揺るぎない。だからこそ何かと頼りになってあげたいと思うベルだが、正直なところお手上げだ。

 

 

 とここで、先日の夜から“隠れ家”にて装備の手入れと洒落こんでいる師のことを思い出す。“九魔姫(ナインヘル)”のことならば最も詳しいだろう上に、何かと頭も回って頼りになる人物だ。

 時刻は昼時を回った直後であり、昼食の邪魔をするつもりもないだろうとベルは脳裏で考える。また、繰り返しとなるが、タカヒロならば“九魔姫(ナインヘル)”へと辿り着けるだろうと確信していた。

 

 これらの事情をアイズに告げると、アイズもまた同意の返事を行って席を立つ。善は急げとでも表現すべきだろうか、さっそく、二人でタカヒロの隠れ家を訪れるらしい。

 

 

 

 

 そんな背中を見送るかの如く、とあるスキルが反応する。少年が持ち得るレアスキル“幸運”が、わるーい笑顔を浮かべていた。

 

 

 

====

 

 

 場所は変わってオラリオ北西部、住宅区の外れ。ここに、周囲から孤立した土地にポツンと立つ物件がある。

 立地が良いかといえば、答えは否だ。住宅地区である西区には隣接した屋台などがいくらかあるが、ここは完全に商業施設からは離れている。

 

 

 今までの空き家とは違って、妙に雑な作りのまま放置されている突貫工事のドアを始め、シーツが干されていたりと生活感が伺える。家としては、こちらの方が“在るべき姿”と言えるだろう。

 そんな光景を、アイズと並んで物件の扉の前に立ったベルは、横目で見つつ。少し強めのノックと言葉でもって、借家ながらも、家の主を呼び出した。

 

 

 しかし、反応がない。留守なのかと考えるも、暫くして聞こえてくる階段を駆け下りる軽い足音が、在宅であることを示していた。

 玄関を開けて入ってすぐに階段があることと、外が静かだから聞こえているのだろう。そんなことを内心思うベル・クラネルだが、一方で僅かな疑問符が湯水のごとく沸き起こりつつあった。

 

 

 なんだか足音が軽くないか?そもそも普段、装備の手入れは1階で行っていたし、2日を掛けるものなのか?と。

 

 

 

 答え合わせは、玄関ドアを開けた人物によって、数秒もかからず行われることとなった。

 

 

 

 艶やかな翡翠の長髪を団子にくくり、同じ色調の瞳に調和する、同色のエプロン姿。落ち着いた茶色で薄手のセーターに覆われたエルフらしからぬ上部は前に、下部は後に突き出た曲線という色気、そのうち前者を必死に隠しテントを形成しているエプロンの胸元には、可愛らしいハーブ模様の刺繍がワンポイントにあしらわれており、可憐さの中に僅かな可愛さを見え隠れさせている。

 相方を真似たのか、ラフな様相を見せるズボンを纏う。普段の彼女を知る者ならば、目を見開く事だろう。

 

 

 結論。誰がどう見ても、休日に家事をこなす人妻姿。名をリヴェリア・リヨス・アールヴ。

 

 

 王の文字など容姿の端麗さを除いて欠片もなく、ごくごく普通の家庭、当たり前の幸せを謳歌するかの様。きっと、ほんの数秒前までは、昼食の後片づけを行った格好のまま、二人で奏でるクラシック音楽の如く静かな時間を過ごしていたのだろう。

 エルフ故に静かさを愛するリヴェリアだが、かつての御転婆な性格が示す通り、孤独を好む訳ではない。特に今となっては、ファミリアの違いを起因とした場合をさておき、相方と離れるなど考えられない程に達している。

 

 

 恋に沈まむ童の如く

 古りにし妖精(嫗(おみな))にしてや

 かくばかり

 

 

 焦がれを抱いた少女の様に恋に浸ることがあるのだろうか、年輪を重ねた女性だというのに。やや表現を拡張しているが、概ね、このような意味合いだ。

 光景を目にしたエルフ以外の部外者が人類最古の恋愛ポエム集を習ったならば、このような一句が生み出されることだろう。捻り要素として、倒置法を付け加えれば完璧だ。

 

 

 なおタカヒロが耳にしたならば、「孫が出来る歳になろうとも女の胸と尻にしか目を向けぬ男共と比べれば、趣があるではないか」と、皮肉たっぷりのカウンターを返される未来となる。“古りにし”と“(おみな)”は双方共に“年輪を重ねた事”を意味する為に、「何故、二度に渡って表現した?」と殺気を向けられるかもしれない。

 詩の内容が自虐ネタならば、いざ知らず。もしもロキ・ファミリアの一般エルフが意味を耳にしたならば発言者は空中散歩へと案内されることになり、下手をすればオラリオ全土のエルフを勢力に巻き込んで即時開戦の戦争(ウォーゲーム)に直行だ。

 

 

 そんな状況下の一歩手前に、ベル・クラネルは足を踏み入れてしまっているワケで。

 

 

「……す、すみません。お邪魔、でしたでしょうか」

 

 

 抱く本音は「絶大に猛烈にお邪魔でしたね、数秒で消え失せますので命だけは許してください」。今現在の少年からすれば、先の様に悠長なことを考えている余裕はない。

 諸々の事実は知らないものの漂う空気を読んだ少年ベル・クラネルは、冷汗を隠せず浮かべている。既に謝罪を行うために頭は軽く垂れさがっており、視線はすっかり地面へ吸い込まれていた。

 

 己が持ち得るレアスキル、“幸運”の恩恵は何処へやら。本来ならば今のような場合において発動し、何らかの要素が加わって来訪を回避する流れとなるのだろう。仕事をしろ、と己のスキルに苦情を入れるも、もちろん反応などありはしない。

 むしろ、主ベル・クラネルが望んだことを全て叶えている敏腕である。現状は、その結果として生じただけのものだ。

 

 そんなこんなで、何の邪魔が入る事も無くサプライズの訪問完了となっている。だからこそベル・クラネルにとっての盛大な試練が開始されており、ダンジョンの深層など比にならない程の難易度が彼の前に立ちはだかる。

 

 

「……いや、そのような事はない」

 

 

 目線を逸らすことはないリヴェリアは、タカヒロを相手する時と違ってジト目の反応を見せることは無い。ややツン気味の口調を隠せていないのは、シチュエーションの為に仕方なしと言えるだろうか。

 ともあれ、彼女が“態度を崩す”という本来ならば咎められる行為は、本当に信頼した相手にしか行わないのだ。この一点だけを見ても、白髪の二人の間には大きな壁が存在している。

 

 

 なお。

 

 

「お邪魔、します」

「アイズ!?」

 

 

 まるで、「そんなの関係ねぇ」とでも言わんかの如く。前回同様、アイズ・ヴァレンシュタインは遠慮の欠片も見せていない。

 ロキ・ファミリアのホームである黄昏の館へと戻る時の如く、さも当然のようにリヴェリアの横を通過中。それをジト目でもって追うリヴェリアだが止めることはせず、様々な意味の混じった溜息を付くと、ベル・クラネルを迎え入れた。

 

 

 

 借家の二階。以前と比べて二人掛けのソファ、小さなテーブルと小さなクローゼットが追加で置かれた以外は、全く変化が見られない。

 とはいえ、常日頃から生活が行われているわけではない為に仕方のない事だろう。男一人での生活ではなくなった事もあって掃除や整理整頓の類はしっかりと行われており、生活感のなさは輪をかけて強くなっている程だ。

 

 

 借家とはいえ、人が住んでいる限りは家族長と呼べる人物が存在する。この家については一人の青年であり、ヘスティア・ファミリアに所属する人物だ。

 

 

 オラリオの破滅を狙う闇派閥、その壊滅と言う特命を受けた者。闇派閥に対する所属、ギルドが持ち得る決定的な切り札だ。

 なお現在は与えられた使命も何のその、主神をリスペクトして絶賛“ぐうたら”の真っ最中。先日からここ借家でスローライフを満喫しており、現在もベッドで仰向けになっている。

 

 さきほど相方が来客対応で降りていった事もあり、声からしてベルが訪ねてきた事は知っていた。階段を上ってくる音も丸聞こえである上に相方とは違う足取りだった為に、誰が来たのかと、彼は意識をそちらへと向けている。

 階段を上り切った先まで続く、質素な白系の壁紙が張られた側壁。そこからヒョッコリと出された整った顔は、タカヒロもよく知っている者だった。

 

 

「おや、アイズ君も一緒だったか」

「お邪魔、してます」

 

 

 ベッドの上で仰向けとなったまま、両手で掲げるようにして本を読んでいたタカヒロ。お役御免と言わんばかりに壁に立てかけられた枕は使われていないようであり、その為か本そのものがベッドと水平の角度となっている。

 アイズが来たことで其方へと意識を向けなければならないと意識しつつも、目を動かして彼女の姿を捉えていた。完全に意識を向けることが出来ないのは、書物のタイトルが「低~中層の素材の全て」というタイトルである為に他ならない。彼にとっては未開の地だ。

 

 ともあれ、寝ている間にも読書をするのかとアイズは内心思い、上体を起こすタカヒロへと目を向ける。到底ながら寝起きとは思えず意識もハッキリしており、一方でいつものワイシャツには強めの皺がついていたので、暫く同じ体勢だったことも予測できる。

 シーツについても、タカヒロの身体に沿って皺が寄った部分に対し、首付近から上部分は少し範囲が広く強めの皺が寄っている。恐らくは、そこそこの重量の荷重が暫くの時間をかけて集中していたのだろう。

 

 

 もちろん、アイズがそんな所に気づく筈もない。少し身をよじるようにして上半身を起こしベッドサイドに腰掛けたタカヒロによって証拠は消され、数秒の差でベルが申し訳なさそうに登ってきた。

 

 

「ふあ……」

 

 

 そんなベルのしょげた表情も、珍しいタカヒロの欠伸でもって僅かな驚きへと変貌する。右手で口元を隠しているあたり、僅かだが、誰かの上品さが見え隠れしていた。

 しかし基本的に、この男が寝不足というシチュエーションは有り得ない。レベル100の名に相応しい寝つきの良さもさることながら、性格も影響しているだろう。

 

 

「師匠、珍しいですね。寝不足ですか?」

 

 

 性格と珍しい理由は、ベルと共に鍛錬していた少し前の日々が該当する。そこそこ遅い時間まで本を読んでいた事を知っているベルは先に眠りに入っていたのだが、早朝に行う鍛錬の際は、あまりベルと変わらない時間に起きていた。

 だからこそ自然と疑問が芽生え、あまり意識せずに問いを投げてしまったベル・クラネル。一方のタカヒロは、どう返したものかと言わんばかりに僅かに目線を逸らすと、当たり障りのない内容を口にした。

 

 

「寝不足、と言えばその部類だろう。“人付き合い”の所詮で、昨夜いや夜明け近くまで起きていてな……」

 

 

 ボカされた表現を理解できず、僅かに首を傾げるベルとアイズ。てっきり二人で何処かへ飲みに行っていたのかと思うベルだがアールヴ事件は知っており、かと言ってタカヒロが一人で外出するなど有り得ないとも確信している。

 

 答え合わせをするかのように、一階より微かに聞こえる玲瓏なクシャミの声。真相は、エンピリオンの化身が闇の中へと葬り去った。

 

 

「なるほど……」

「休憩は、大事」

 

 

 理解はできていないもののとりあえず返答を行うベルと、心配しているものの言葉にできていないアイズ。二人の性格がよく表れた返答だ。

 このあとは四人で、ファミリアも含めた近況を報告し合うなど、団らんの時を過ごす事となる。時間が過ぎるのは早いもので夕暮れとなり、それぞれはホームへと帰路に就く。

 

 

 ともあれ、もしも、これらの事情をフェルズが知れば。頭を下げてでも、きっと次の言葉を口にすることだろう。

 

 

 そちらも大事でしょうけれど、仕事をしてください、と。

 

 

 なお言わずもがな、「装備(そちらこそ)」とカウンターを返される未来となる。



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171話 どこまで初心なの

原作で進む気配がないベル*アイに、お節介とlolエルフを添えて。


 数日後、場所はヘスティア・ファミリアのホーム、昼食後。少しアドバイスが欲しかったベルが、食後にタカヒロへ質問を行い回答を得た直後の出来事だった。

 

 

「師匠、最近リヴェリアさんと上手くいっていないのですか……?」

「ん?何故そうなる」

 

 

 ベルがそう思うのも無理はない。タカヒロとリヴェリアは基本としてインドアであり、二人で出かける時も人気のないエリアかつ互いのファミリアの者に知られぬようコッソリと行っているのだ。

 だからこそ、ベル・クラネルは「うまくいっていないのでは」という感情が芽生えたのである。口にしたのは純粋な少年だからこその心からの感情であり、本気で二人の関係を心配している。

 

 

 というのが、決して悟られぬよう取り繕っている表向き。つい数日前に知る事となった二人暮らしについて興味津々、第二の親から色々と学ぼうとしている少年ベル・クラネルである。

 

 

 もちろん、表向きの心配など完全に杞憂だ。二人している時は互いにデレ度合マックスであり、もし二人を知る者が目にしたならば瞬時に「別者」と回答する程のものがある。

 流石にそれを口にはしないが問題ないと回答するタカヒロは、ベルとアイズの関係こそどうなのだと言葉を返した。その瞬間にふやけた顔になるベル・クラネルは、両手を頬に当ててクネクネしつつ、少し興奮気味に口を開く。

 

 

「実は昨日、昨日……!」

 

 

――――とうとう、彼女とキスでもしたのだろうか。

 

 そんな初心なことを考えるタカヒロだが、男女の仲がある限りは誰もが通る道だろう。ぶっちゃけた話、いきなり「子供ができちゃったんですけど」などと相談されない限りは問題ない。

 いや、それとは別にもう一例。どこで何かが致命的に間違って相手が彼女(ベート)とか彼女(フィン)などとなった際には輪をかけて責任をとれないために、こちらもまた同様だ。どちらかと言えばベルがヒロインだろうという論点は、この際は除外とする。

 

 そんな話はさておき、この世界に“保健体育”の教育があるかなど、タカヒロの知ったことではない。もしなかったとしても、やることをやれば出来る可能性があることは、知能ある人ならば自然と知っているのだから不思議なものだ。

 時たまキスをしたら子供ができるなどと公言する者もいるが、それは例外中の例外だ。文字通り都市伝説クラスだが、手を繋いだら子供ができると考えている人もいるらしい。自分で自分の手を握ったら、自分のクローンができるとでも言うのだろうか。

 

 そんな話もさておき、ベル・クラネルが持ち得ている知識レベルは、聞きづらい事もありタカヒロとて認知していない。アイズ・ヴァレンシュタインとの関係がどこまで進んだのか気になりつつも、モジモジしているベルからするに、一歩進んだ関係となったことは読み取れる。

 己が一人のハイエルフを愛するように、一人の少女を愛するベル・クラネル。そんな少年が、彼女と共に今居るポジションは――――

 

 

「手を繋いで、一緒に歩けたんです!!」

 

 

 花の笑顔で、そんなことを報告する初心だった。誰が見ても聞いても、呆れるぐらいに純粋で初心だった。

 

 

「あ、あれ。どうしたんですか、師匠……」

「……いや、その。ベル君で、安心した」

「?」

 

 

 君はここ2-3ヵ月の間、何をしていたのかな?

 などとは口には出せず、流石に呆れ顔で溜息を吐くタカヒロ。もしかしたら己がロケットスタートの速度のまま進んでいるのかと不安を抱いたが、決してそんな事はない筈だと勝手に納得している。

 

 

 曰く、女の子は良いぞ。

 曰く、ハーレムは良いぞ。

 曰く、オラリオでハーレムを作れ。

 

 

 そんな事ばかりを口にしていた、どこかの山奥で暮らしていた時の下半神。今現在においては謀反を見せているベル・クラネルだが、これらの点はさておくとしても、最も問題な点が存在している。

 

 ようは女性については色々と教え込んでいたのは良いが、女性とそんな関係になるためのイロハを教えていない。最も肝心なところがスポッと抜けており、「やれ」とだけ口にして“やりかた”を教えない、最も悪い上司の実例と言えるだろう。

 

 とはいえ何分、その手の事には疎い装備キチ。それでも何かアシストしてやった方がいいのだろうかと考えて、今日は黄昏の館で業務に励んでいる相方リヴェリアの下へと足を運んでいた。

 

 

「……実は今朝方、まったく同じことをアイズが報告してきた」

「……そうか」

 

 

 さて、どうしたものか。二人してそう思うも片や子育て経験なし、片や恋愛ド素人(kszk)ハイエルフだけに、最良と思われる答えなど出てこないのは仕方のない事だろう。

 二人して内心その結論に辿り着き、互いに逃げるように紅茶に手を伸ばす。続いて「口が忙しいから何か言って」と言う理由を作るために焼き菓子に手を伸ばし、最後のクッキー一枚を取り合っている。力の入れ過ぎで割らない辺り、双方共に“器用さ”は高いらしい。

 

 菓子関係で言うならば、基本としてケーキやパフェなどの甘い物は食べないタカヒロだが、焼き菓子は例外的に好物だ。フルーツやジャムでコーティングしたようなものではなく、バター味やチョコチップなど、オーソドックスな物を好んでいる。

 これらは紅茶やカフェオレとも相性がいいために、いくらかのストックがある程だ。万人受けする組み合わせが意外と高評価らしく、新生ヘスティア・ファミリアにおいても同じものが来客を相手に出されていたりする。

 

 

 それはさておき、花の笑顔で喜びを口にしていた少年少女の純粋さは大人組には眩しすぎるものがある。己二人は今や“濃い口”な関係にあるだけに何かアドバイスできないかと悩むも、答えは何も出てこない。

 何とかして二人の仲を接近させるには、どうするべきか。そもそも手を出さない方がいいのかなど、割と真面目に議論が交わされている。

 

 

 なお、忘れてはいけない。議論している双方共に、そちら方面は素人なのだが。

 

 

 ちなみにタカヒロ的には、ある程度の“後押し”は必要ではないかという意見を持っているらしい。何故かと理由を尋ねたリヴェリアだが、その回答は的を射たモノとなっていた。

 

 

「あの二人はデートと言いつつ、フル装備でダンジョンに行きかねないだろ……」

「そのような事は――――」

 

 

 アイズが見せてきた過去の行動を思い返す。そして、リヴェリアが導き出した結論は――――

 

 

「……何故だタカヒロ、否定できない」

「そこは頑張って否定してやれ」

 

 

 そう口にしながら溜息をついたのはタカヒロであり、横に居たリヴェリアも眉間を抑えて同意している。なにせ今の今まで己が世話してきた少女なだけに、行動は手に取るように分かってしまっていた。

 

 しかし残念。その実、既に4-5回は似たような事が行われている。

 今日も今日とて同様だ。軽くクシャミが出たベルとアイズは、噂されているのかと考えて、ダンジョンの一角で顔を合わせ首を傾げた。

 

====

 

 ――――少しばかり下準備をして、4人で街を巡ってみよう。

 

 それが、大人二人が導き出した最終的な結論だった。確かに、二人の様子を窺う点においても安牌と言える選択だろう。

 ここのところは4人でどこかへ出かけるような事もなかった為、久方ぶりに“そうしたい”気分になったこともある。互いに1つのイベントを計画しているタカヒロとリヴェリアの根回しもあるために、二日後の予定で決定となった。

 

 

 そして時は二日後となり。ちょっと小物のアクセントも加えて気合十分なベル・クラネルと共に、タカヒロは待ち合わせ場所への移動を開始した。

 冒険者でごった返す“バベル・ラッシュ”の時間帯を過ぎた頃であるために、街が抱える活気は朝夕のモノには及ばない。それでも流石はオラリオということで人の波は凄いが、今の二人にとって相手の姿は一瞬にして見つけることができる程だ。

 

 互いに私服だが、今までとは違って完全なおニューの代物。それぞれのファミリアにおいて所属する者ですら、その姿を見るのは初めてとなる。

 

 そんなこんなで、始まる前から惚気具合は上昇中。

 

 ベルとアイズが先に歩き、すぐ後ろに大人二人がつける構図。こうして、家族ぐるみのお出かけが始まったというワケだ。

 

 なお当然ながら、その実“家族ではない”。誰一人として血の繋がりがある者はおらず、関係性を述べるならば養子を取ったシングルマザー、そしてファーザーとそれぞれの連れ子。

 それでも、傍から見れば4人家族と思えるような雰囲気と言って良いだろう。約一名ほど仏頂面のまま周囲警戒を厳としている為に変に近寄ってくる者も居らず、その者以外はどう頑張っても目立ってしまうが、特に気にした様相を見せていない。

 

 

「タカヒロ、寄りたいところがあるのだが」

「分かった。実はな、ベル君……」

 

 

 “新作じゃが丸くん”の文字に惹かれて、アイズが少し離れたタイミング。タカヒロはベルに、入れ知恵を行った。

 ショッピング街でウインドウショッピングを楽しみつつ、集団が向かう先に決めたのは、一つのアクセサリー店。何故だか緊張した面持ちになっているベルだが、真相はいまだ不明だ。

 

 

「アイズ君、迷子になるなよ」

「あ、待って……!」

 

 

 そんなこんなで辿り着いたアクセサリー店にて、ベルがアイズに対して、控えめな大きさながらも淡い紫色の5枚花の髪飾りをプレゼントするなどして雰囲気はイイカンジ。なお、集合した時に小物類を身に付けていなかったアイズを見て、タカヒロがベルに行った“入れ知恵”だ。

 ともあれそんな事情を知らないアイズからすれば、嬉しさが爆発しかねないシチュエーション。鏡に映る薄く染まり緩んだ頬は、アイズ自身が鏡で見るのも恥ずかしい程のモノである。

 

 プレゼントしてもらった淡い紫色の5枚花、“ペラルゴニウム”の髪飾りに優しく手を当て。リヴェリアですら今までに見たことのない花の笑顔を向けるアイズ・ヴァレンシュタインに、ベル・クラネルの心は一撃でノックアウトされるのであった。

 花言葉は、「あでやかな装い」・「決心」・「篤い尊敬」。少年が持ち得る相手への気持ちと覚悟を示すものであり、“エンジェルアイズ”という別の名前を持つ花は、まさに彼女にピッタリと言えるだろう。

 

 

 ところで。なぜそんな花の髪飾りがピンポイントで置いてあり、ピンポイントでベルが選び、今日に限ってアイズは髪飾りを身に付けていなかったのか。

 それはもちろん、光景を見守っていた二人の親が根回しをしていた所詮である。流石にベルもペラルゴニウムに別の名前があることは知らされていなかったようで、追撃とばかりにタカヒロが口にすると少年少女は茹っていた。

 

 

 そんなイベントをこなしている内に随分と時間が経ったらしく、時刻は昼食時を過ぎた頃となっていた。昼にするかというタカヒロの言葉で、一行は店のある場所へと足を向ける。

 

 

 場所は、前回エイナに案内された個室付きのカフェレストラン。あの時はランチタイムも過ぎた頃だったために軽食のみのメニューだったが、ごはん時となればソコソコのボリュームへと成長する。

 洋風はもちろんのことフレンチからイタリアン、それぞれに似た何かの料理。タカヒロが以前リヴェリアと訪れたことのあるレストランと違って可愛らしいイラストが添えられているために、ある程度の目星が付くのが特徴だ。初心者にもわかりやすいということで、エイナ・チュールが選んだ理由がわかる気がするとはタカヒロの心境である。

 

 ところで問題は、“どのようにして二人の仲を接近させるか”という点だろう。互いに初心で男側が奥手であるために、そう簡単にはいかないはずだ。簡単な料理を食べ終えたが、成果としては雑談に華を咲かせた程度である。

 だというのに、そこのハイエルフ曰く「問題ない」とのことらしい。二人に聞こえぬよう何を用意したのかと耳打ちしたタカヒロに対し、リヴェリアは相手の耳元で、万全だという出だしと共に内容を口にした。

 

 

「男二人、女二人の四人で伺うから、例の飲み物を用意してくれと根回しをしたぞ」

「……大丈夫なのか、その言い回しは」

「何故だ?数日前だが(じか)に話して意図も伝わっている、問題はないだろう」

 

 

 ここでタカヒロの直感が発動し、ロクなことにならない結果を予測している。控えめなドヤ顔を披露する相方が可愛いので眺めることに意識を向け、何とかなるかと自問自答し予測される結果を葬り去った。

 丁度良く店員がやってきたらしく、ノックの音が木霊する。もし己の想像していることが現実となれば、恐らくは悶える相手の顔が見れるだろう。だからこそ、知らぬ存ぜぬの態度を通すのだ。

 

 

「お待たせいたしました。カップル様用のドリンク、“2つ”でございます」

「!?」

「言わんこっちゃない」

 

 

 根回しをしたつもりのハイエルフ、墓穴を掘るの巻。そりゃ男女がそれぞれ二人なんて言えば自然と“ツーペア”と予測することができるわけで、こうなる未来も見えていただろう。

 エルフのセオリーなど投げ捨てデレッデレでベッタベタな関係になっているリヴェリアだが、この手の“少女”染みたイベントにはめっぽう弱い傾向がある。此度においても例外は無く、耳の先まで真っ赤に染めて固まっていた。

 

 ごゆっくり~!と楽し気な言葉の気配と共に、店員はドアを閉め消えていく。2つの大きめの容器にストローを2本ずつ入れた合計4本が氷と共に揺れ、誰も何も口に出せない空気が個室の全体を支配する。

 これを頼んだのは貴様(師匠)かと開いた目を横に向けるベルに対し、まさかと物言いたげなジト目が返される。直後にジト目が茹っている約一名(ハイエルフ)を捉えたために、ベル・クラネルは全てを察した。

 

 そう言えば今回のお出かけは、リヴェリア・リヨス・アールヴが発端であったことを。誘われる直前に、己が師に対してアイズとの関係を話したこと。

 つまり、今回のお出かけイベントは。己とアイズの関係を進展させようと、二人が企んでいたのだということを。

 

 

 が、しかし、その実KENZENな男子14歳。アイズ・ヴァレンシュタインとの距離がさらに近づくならばと内心ではウェルカムであり、1つの容器に二本刺さっているストローに目を奪われている。

 ぶっちゃけた話、ものすごく実行したい。まさにThe.恋人と言えるシチュエーションを前にして、少年の中に眠る雄の本能が焚きつけられてしまっているのは仕方のない事だろう。

 

 とはいえ、相手はどう思っているのだろうか。そう考えて相手の瞳を捉えると、何やら微かなドヤ顔となっている。

 その実、ベルからの目線を「アイズさんが答えて!」と受け取っている。そして母親に負けない純粋無垢な少女アイズ・ヴァレンシュタインは、正解と信じて疑わない内容を口にした。

 

 

「2本のストローを使って、効率的に飲むんだね」

「そうくるか」

「あ、アイズ……」

 

 

 違う、そうじゃない。無言のまま茹っている母親を差し置いて、こっちもこっちで驚きの純粋さを発揮していた。

 

 

 片方だけ使うんだというタカヒロの言葉を受け、アイズは言葉のままに普通に飲む姿勢を見せている。自然と前かがみになる程に何やら随分とストローが短いなとは感じているが、その他については特に疑問を抱いていない。

 ふと己の相方(ベル・クラネル)を見ると、持ち得る瞳に負けぬぐらいの赤さで頬を染めている。そんな少年は師匠譲りのクソ度胸を発揮して、反対側のストローに飛びついた。

 

 目と目が合う。互いの鼻先は触れ合わんばかりに接近しており、金色(こんじき)と深紅の瞳それぞれの向ける視線が至近距離で交差する。直後、アイズ・ヴァレンシュタインの喉というポンプは機能を停止し、ストロー配管の中にあったドリンクは水位が低下する。

 3秒後。アイズ.exeはドリンクの飲み方を理解して再起動を完了して耳まで真っ赤に染め上げると、お目目グルグルで、退路も無いというのに背もたれに向かって後ずさりしていた。

 

 

「こ、こんなの!無理、無理……!!」

 

 

 イントネーションこそ正常運転ながらも、見せる反応は今までにないものがある。どこかのポンコツハイエルフを思い起こさせる反応を目にして憐みの(愉悦的な)目を向けるタカヒロは、対面で突っ伏して茹っているリヴェリアの頭頂部を撫でていた。

 攻めると強いアイズも、攻められるシチュエーションには弱いらしい。しかし残念ながら、その飲み方が正解なのだ。

 

 両手を前に伸ばして手を広げ、顔を背ける。しかし十数秒経っても周囲の反応が無いために片眼を開いてチラリと見たアイズの瞳には、まさかの光景が飛び込んできた。

 なんと、タカヒロとリヴェリアの姿が個室から消えていたのだ。まさかのシチュエーションにオロオロとするアイズだが、対面でストローの片方に口を付けている赤面したベルの姿しか存在しない。

 

 この点は、タカヒロが見せた機転である。どうせ茹っているだけで何もできないポンコツが居るぐらいなら、このまま二人で堪能したうえで午後は何処か食事へ誘うよう、ベル・クラネルに即席のアドバイスをしていたのだ。

 ちなみに、カップル用のドリンクはもう1つが手つかずで残されている。いつかのフラワー工場宜しく開始ゼロ秒で戦力外となっていたポンコツハイエルフは、画策しておいて己がそれを実践する勇気はなかったらしい。

 

 

 それはさておき、こうなってはアイズも年貢の納め時。今この場に居るのは己の他にベル・クラネルだけであるために、羞恥も少しは収まってきた模様。

 しかし。だからこそ、相手の一挙手一投足に集中してしまうわけで。

 

 

「アイズ。嫌、なの?」

「っ……!」

 

 

 上目な感じでオネダリするように、ベル・クラネルから放たれたトドメの一撃。二人きりであるために呼び捨てとなっていることもあって、“年上キラー(ショタコン殺し)”なる隠し二つ名を持つ少年の魅力はタップリだ。

 

 その後は口数少なく、悶えに悶えつつ容器2つを呑み切った二人の恋愛初心者(リトル・ルーキー)。午後は市場を回ってみようとのことで、共に照れつつ穏やかな表情で席を立つ。

 

 支払いはタカヒロが終えていたようであり、予算の在庫も十分だ。エスコートするかのように差し出された少年の手の平に、少女は優しく己の手を重ねるのであった。

 



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172話 少年少女の街中デート

 オラリオの大通りから外れた、路地裏とまではいかないものの静かな道。

 

 まだ茹り具合が収まらないアイズだが、心の底では過去一番に匹敵するほどの浮かれ具合。母親役だった女性宜しく、この手のイベントへの耐性などあるはずもなく、めっぽう弱いのが実情だ。

 それでも“甘ったるい”空気が漂う場所から抜け店の外に出た影響か、徐々に羞恥心も顔をひそめる。少し深く呼吸すると、脳裏がスッキリしたような感覚に襲われた。

 

 雲から顔を出す太陽に気付き、思わず目を細めて腕で隠す。ここがダンジョンではないことは、己を照らす明るい存在が証明していた。

 

――――なんで、だろ。強くならなくちゃ、いけないのに……。

 

 己がロキ・ファミリアへと入団し、剣を取ると誓った大きな理由。とあるモンスターを討てる程にまで強くなるために、全てを捨てた。

 その結果が“人形姫”と呼ばれるぐらいの機械的な行動であり、来る日も来る日もダンジョンに入り浸る。その繰り返しが正しいと、心の底から信じていた。

 

 

 そんな暮らしが変わったのは、相方と出会ったつい最近。少し前までは何があろうともダンジョンに入るという感情が全てだったが、どうやらその感情は、どこか知らぬところへと旅立ってしまったらしい。

 やみくもにダンジョンに潜っている時よりも、ここ2か月程に時たま行っている相方の師と鍛錬する方が強くなっていることは、ハッキリと分かる。そのために、強く成るという意味では目的は達成しているのかもしれない。

 

 それでも、モンスターに対する憎悪は消えそうにない。己の中にある黒い炎は無くなったが、モンスターを憎むスキル“復讐姫(アヴェンジャー)は未だ健在。

 このスキルは、モンスターを相手に攻撃力が飛躍的に高まるというアイズ・ヴァレンシュタインの切り札。ロキ曰く「歴代で最強出力のスキル」を誇る程であり、更には“エアリエル”と複合して黒い風を纏い使用することも出来る。

 

 結果として燃費は最悪ながらも“TruePoweeeeeer!!”によるゴリ押しが可能となるのだが、最大の欠点として、モンスター以外が相手ならば使う事はできない代物。かつて心の中には黒い風しか蠢いていなかったが、モンスターを相手にしている時以外は、白く澄んだ風が吹き抜けている。

 色はともかく彼女の心、メンタル面が変わったのは間違いのない事実だ。暗く閉ざされたダンジョンの世界から一変して、あの太陽の様に光が見えたのは、目の前の少年が手を差し伸べてくれたから。

 

 

 そして、少年を育ててきた父からも答えは貰った。

 今までの道は、間違っていなかった。大事なのはこれからだと、進むべき道も教えてもらった。

 

 

 気分が良い。心地よい。日々において踏み出す脚が、とても軽い。

 彼の姿を目にしたならば、自然と歩みを進めている。優しい人柄ゆえに年齢性別を問わず親しくしているが、数多の女性に囲まれていると、その光景が妙にモヤモヤして仕方がない。

 

 数日前に、この気持ちは何だろうかと、自問自答をやってみた。もちろん答えなど出てくるはずもなく、故に彼女はタカヒロへの相談とは別に、母親役であるリヴェリアのもとへとコッソリと訪れて聞いている。

 

――――いいか、アイズ。それが“恋”。お前は、ベル・クラネルのことが好きなのだ。

 

 穏やかな表情に、ややドヤ顔が混じる様相で口にしていたハイエルフ。ポカンとした表情しか返せなかったアイズだが、恋というシチュエーションを知らないために無理もない。

 それでもって、明らかにどこぞの大親友の受け売りであることは間違いない。もし仮にアイズが少しでも言葉の意味を掘り下げれば、オロオロとしだして斜め上の回答を返すだろう。膝枕の一件が、その悲しい事実を証明している。

 

 ともあれアイズとて無理やり恋バナに参加させられたこともあるし、身近にいるティオネが団長フィンに向けている想いも知っている。そして親友に自分の姿を重ねた母親役よろしく、アイズもまた己の姿をティオネに重ねて考えていた。

 

 嗚呼、あのような雰囲気が“恋”なのだなと。傍から見れば恋する者は相手しか見えていないようで「大丈夫か」と思えた光景だが、今の己がソレであるために容易に分かる。

 リヴェリアの言葉を思い出し、そのことを強く意識した影響だろう。そして抱く感情を、相手に向けたい、伝えたい自分の気持ちを、胸の内にしまい込んでおきたくない。

 

 故に――――

 

 

「ベル」

「なに?アイズ」

 

 

 一歩先を歩く穏やかな顔の少年に、声を掛ける。振り返って名前を呼んでくれた少年の瞳に映るのは、ほんの少しだけ首をかしげて目を細め、花の笑顔を浮かべる愛しい人。

 そんな姿の者がベルを視界にとらえて目を細めるとほぼ同時に、もう一名。ベルの数歩後ろにある建物の影から勢いよく飛び出してきた、山吹色な人物(エルフ)の少女は――――

 

 

「あ―っ!また貴方はアイズさんと」

「――――大好き!」

 

 

 To be continued...

 

====

 

 

「……ベル」

「……はい」

 

 

 時は少し流れ、約5分後。

 

 少年は思わず、慣れ親しんだ敬語で答えてしまう。それを咎める余裕もないアイズ・ヴァレンシュタインだが、仕方のないことだろう。

 とりあえず“ソレ”を放置するわけにもいかないので二人で運んで近くのベンチに座り、その横の空きスペースに二人して腰を下ろしている。鳥のさえずりが聞こえてくる程度で、周囲に人気は無いようだ。

 

 

「……えーっと、その……」

「……口にするのは、恥ずかしいですけど。僕も大好きだよ、アイズ」

 

 

 いくらか普通の少女らしくなってきたとはいえ、己の想いを上手く表現できない不器用な少女。己の想いの言葉をどう受け取ったか知りたい少女は、此度においては余計な問題が挟まったこともあり、上手く聞くことができずにいた。

 だからこそ、少年の方から歩み寄る。その結果が今の言葉であり、頬を赤めながらも、ニッコリとした少年らしい無垢な笑顔で応えるのだ。

 

 ただでさえ年上キラーなムーブをする少年の全力を受けたならば、どうなるか。くすぐったい胸の奥を意識するほどに黄金の目は見開き、鼓動は足早に打ち鳴らされる。

 今もらった言葉が嬉しくて嬉しくて、思わず飛びついてしまいそうになる程に独占欲が強くなる。公衆の場ということで抑えている己の理性は、キャパシティーオーバーの直前だ。

 

 もっと相手のことが知りたい、自分のことを知ってほしい。もっと自分のことを好きになってほしく、どうやったらそう思ってもらえるのかと、初心ゆえに無い知識を総動員して考える。

 そのような感情が心を支配し、どうにも収まる気配は見られない。緩む頬もまた戻りそうにないものの、心地よいのだから不思議なものだ。今までにも何度か経験したことのある感情ながらも、明確な言葉をもらった此度は輪をかけて強さが増している。

 

 

 が、しかし。それが続くのは“平時であったならば”という仮定である。

 その問題点を放置しては、絶対に厄介なことになる。今ここにおいては約一名の処理をどうするかが優先と考え、ベル・クラネルは咳払いと共に問題を口にした。

 

 

「……コホン。えーっと……そこで伸びてる(エルフ)は……どうしましょう」

「……困る、よね。どうしよう」

「ちなみに……いつもは、どうしているんですか?」

「……」

 

 

 続いての問題に関する問いを投げられるも、答えはまるで浮かばない。特例としてどうしようか悩むも、案すらも全く出てこない。

 一方でアイズが見せた花のような笑顔と、自分に向けて言ってくれたのだという自己暗示。この二つからくる錯覚によって、鼻血を垂れ流しながら地面に後頭部を打ち付け放心している彼女、レフィーヤ・ウィリディスの処遇をどうするか決めるのに、あまり時間は残されていないのが実情だ。

 

 ――――邪魔者は、放置で、いいよ。

 ――――仲間は、放置、できないよ。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインの中で生まれる、相反する二つの感情。実のところベルも同じ心境であるために、より身近な彼女に逃げ道を求めていたというわけだ。

 もっとも根っこが純粋な少年からしてみれば、前者の選択は推奨されない。また、そんな性格を知っているアイズも同様に、前者を選択する勇気が持てずにいた。

 

 だからこそ、二人揃って意識が戻るまでは傍にいるという選択肢をとっている。もっとも応急処置以上のことをしないのは“おこ”モードであるためなのだが、それは仕方のない事だろう。

 ぶっちゃけた話、なんで出てきたのか、なんで倒れたのかなど、ベル・クラネルにとってはどうでもいいことだ。せっかく髪飾りをプレゼントしたこともあって街中デートを楽しもうかと思っていたところに、水を差された格好である。

 

 

 ふとここで、少年の脳裏に疑問が浮かんだ。そもそも此度のリヴェリアのお誘いはヘスティア・ファミリアにおいて秘密裏の事項であり、ロキ・ファミリアにおいても同様だろう。

 加えて広大なオラリオにおいて、それも大通りからは外れている地点において出くわすことなど稀である。ならばなぜ、このようなピンポイントでバッティングしたのだろうか。

 

 そう考えた時に、街の一角にある気配に気が付いた。

 

 

「っ――――そこか、ファイアボルト!」

 

 

 もし仮に街の人に当たったとしても衣服に傷すらつかないであろう、カイロの暖かさレベルのファイアボルト。しかし射出速度は一流のものがあり、50メートルほど先にあった街灯に命中して消え去った。

 今の一撃で、アイズも気配に気づいたのだろう。表情には力がこもっており――――と思いきや、瞳からハイライトが消えている。

 

 

「……出てきて。次は、建物ごと、()くよ」

「……」

 

 

 好奇心は猫をも殺すとは、まさにピッタリの言葉だろう。今の今まで悶えたりニヤニヤしたりしながら光景を見ていた連中の首に、死神の鎌が添えられた。

 アイズから発せられる闘気を通り越した明らかな殺気を感じて苦笑するベル・クラネルだが、全面的に相手が悪いために擁護するつもりは欠片もない。少年もまた、先ほどの空気を壊されて良い気がしないのも影響していることだろう。

 

 観念したのか、ゾロゾロと出てくる出てくるロキ・ファミリアの野次馬達。そのなかには明後日の方向を見て口笛を吹く主神ロキも混じっており、おかげさまでアイズから黒い炎が出かかっている。

 ストッパーのベル・クラネルは、何とかして宥めようと必死の様相だ。これがもし師匠ならばクソ度胸で頭を撫でるか肩を抱き寄せて強制的に停止させていたのだが、少年は未だそれほどの勇気は持ち合わせていないようだ。

 

 

 ということでロキを相手に事情聴取が開始され、何故こんなところにレフィーヤが居たのかが明るみに出た。陰からコソコソ見ていていイイフンイキを阻止するために飛び出したのはいいものの、ものの見事にカウンターを食らった格好というオチである。

 流石にこれ以上アイズを怒らせるとマズイということで、ロキ・ファミリアはレフィーヤを回収して戦略的撤退を決定している。この停戦協定を破ることがあれば、間違いなく内戦となるだろう。

 

 最終的に最もヤベー二人の人物(パパとママ)が敵として出てくることとなれば、状況は最悪の言葉を上回る。ロキ・ファミリアの全員が出張った所で、物理的にも言論的にも勝機の欠片もありはしない。

 ロキ・ファミリアのメンバーにとって、まさにラスボス。興味本位でついてきた団長フィン・ディムナは、そのことを感じ取って親指が震えに震えている。

 

 

 

 邪魔者が居なくなって互いにベンチに腰かけるも、ソワソワと落ち着かない。互いに何かしら口にしようと意を決したようにピンと背筋を伸ばすが、最後の一息が足りないのか再び背を丸くしてしまっている。

 原因が先のやり取りにあるのは、言わずもがな。いつかの打ち上げで一緒に居たい感情を伝えたことはあったものの、ああして明確に好意を伝え合ったのは今回が初めてなのである。

 

 

「そ、そうだアイズさ……アイズ。ちょっと早いけど、夕飯も一緒に食べない?」

「っ!……うん、行こう!」

 

 

 緊張から敬称付けになりかけたが、今は過去最高に匹敵する上機嫌さ故に彼女判定では合格範囲。しかし次の言葉を掛けられた為に、そちらに考えを向けている余裕はないようだ。

 

 

「行きたいお店は、ある?」

「えっ。っとー……」

 

 

 突然として話を振られるアイズ・ヴァレンシュタイン。正直なところ“らしい”お店なんて全くもって分かっておらず、顔を背けて記憶の底から知っている店をほじくり返す。

 その実、9割ほどは“ジャガ丸くん”の専門店。流石の彼女とて今回のシーンにおいてそれらの選択肢を候補に入れることは無く、残っていた1つの店の名前を口にした。

 

 結局、二人がやってきたのは酒場である“豊饒の女主人”。ソコソコのイベントにおいてベル・クラネルが関係している場所であるために、此度の選択で選ばれたことによって少年は何か運命的なものを感じてしまっていた。

 ともあれ、提供される食事が美味しいことは保証済み。平均的な相場から比べると少し高額であることは知っているが、二人にとっては問題のない程度のものだ。

 

 

 何よりも。今は大切な相手と、同じ時間を過ごしたい。

 

 

 当たり前のように差し出された少年の手を、少女が手に取る。

 それ以降は上品さも何もなく、重ねあった手を互いに握る程度だったながらも。寄り添う二人は、好きな料理嫌いな食材など他愛もない話を続けながら、活気あふれる街中へと消えていった。

 




原作の構成員だと大乱闘になるので某さんには謹慎して貰います()

そして忍び寄る足音。どなたかの運命や如何に


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173話 ワケありの女給(リュー・リオン)

 

 その酒場で働く者にとっては、日常の一幕と変わらない。木製の、軽く押すだけで開くことが出来るドアが軋む音がフロアに響く音もその一つだ。

 開店からさほど時間が経っていない点が、普段と少し違うだけ。それでも客が来たことは明らかであり、黒髪のショートカットが特徴的な猫人のウェイトレスは普段通りの対応を行うべく入口へと振り返って口を開く。

 

 

「にゃー!お客さ……」

 

 

 しかしどうやら、思ってもみないお客だったらしい。白髪の少年と金髪の娘のコンビは、普段はこの店で働いており本日は鼻血(病欠)している娘によって、ソコソコ詳しい情報が流されている為に猶更だ。

 

 

「にゃ!?お、おみゃーらホントに付き合って」

「客の詮索をしてんじゃないよこのアホ猫!!」

「あいだーっ!?」

「……」

 

 

 時間が早いために、まだ誰も客がいない酒場“豊饒の女主人”。驚愕と共に突っ込みを入れたウェイトレスの頭に対し、店主ミアの鉄拳が落とされた。

 

 苦笑にて応対するベル・クラネル。“豊饒の女主人”とは、客が居らずとも賑やかな酒場である。

 

 もっとも、ベル・クラネルとアイズ・ヴァレンシュタインはオラリオにおいて知らない者が少ない程に有名人。そんな二人が手を繋いで来店したのだから、そこかしこで“あらあら”な雰囲気になっている。

 そんな視線に気づいてパッと手を放そうとしてしまうベルだが、ぎゅっと強く握られて実行できる気配がない。恐る恐る相方に目をやると、ぷっくりと片頬を膨らませて不貞腐れていた。

 

 

「え、えーっと、二名です。席は空いてますか?」

「ええ。ではクラネルさん、こちらです」

 

 

 冒頭の無礼もあって気を利かせたミアが、店の奥側にある端の席を用意したようだ。案内を担当したのはリューだが、この店には美人の店員が多いことは知っているアイズである上に、リューは相変わらずの仏頂面のために特に気にしていないようである。

 案内されたテーブルの席を彼女が引き、先にアイズが、続いてベルが腰を下ろす。ここならば特定の地点以外からは視線が届かないために、気持ち程度ながらもプライバシーを保つことが出来るだろう。

 

 目に力を入れてキョロキョロと数回だけ周囲を見回すベルだが、それは怪しい者が居ないかを探すため。目的が終わるといつもの年相応の表情に戻り、メニューを取ってアイズの方へと向けている。

 そんな行動が嬉しいもののモノ言いたいアイズは、双方が読みやすいようにメニュー表を横に向けなおす。そんなお返しに頬が緩むベルながらも、このようなシチュエーションにおいて何を頼むべきかの予習をしていなかった事とメニューが豊富であるために、アイズと共に目が泳いでいた。

 

 

 結果としては二人で揚げ物二品をつまみながら互いにそれぞれ好みのサラダという、ベルが出した提案が通ることとなった。揚げ物については魚のフライと鶏肉ということで、夕飯としても通じるものとなっている。

 やがて運ばれてきた料理にフォークを伸ばすも、やはり豊饒の女主人だけあって味・調理具合ともに抜群だ。美味しい料理は人を笑顔にさせると言われるが、ここでもまた例外ではないようだ。

 

 注文した料理も残り少なくなったタイミングで、二人は食後のドリンクを注文した。早い夕食だったこともあり店はまだ二人以外に人気がなく、ゆっくりとしていても邪魔になることはないだろう。

 そんなこんなで雑談にも花が咲き、それこそ他愛もない内容を口にして面と向かって笑いあう。普段は口数少ないアイズは、たどたどしい口調ながらも、少年に気に入られるために頑張って話題を作っているという健気さを見せていた。

 

 

 そんななか、話題はヘスティア・ファミリアの現状へとシフトしている。たった二人だったファミリアが突然と30人弱となる大御所の足元という存在となったために、大変ではないかとアイズが心配の気持ちを向けていた。

 返されたベルの回答は、そりゃもう大変という苦笑具合。稼働したてということで、やること成すことが非常に多いのが実情だ。

 

 今のところ管理業務の大半はタカヒロが片手間に終わらせているが、これはご存知リヴェリアの手伝いで得た能力だ。全部を知っているワケではないが、団員管理を除いて要所要所は一通り知っている。

 

 なお、単に真似をしているというワケではない。体制の発足というタイミングであるために、以前から考えていた制度でもってスタートしたのである。

 

 内容は、大御所のトップであるロキ・ファミリアで行われていた体制を彼流に改良したモノだ。ギルドへの報告内容は内容さえ問題なければ書式などは整備されていないために、その点を利用した格好である。

 項目は多岐にわたるのだが、もっとも効果的なのは「複数個所に書き込む必要があった項目」を大幅に減少させたところだろう。もしこれら全てをロキ・ファミリアに適用したならば、仕事量が2割近く減る程の革命的内容だ。

 

 それを知ったリヴェリアが羨ましがってロキに意見を述べているらしいが、既に馴染んでしまった体制を変革するのは並大抵の労力では済まないことだ。故に、慎重に議論がなされているらしい。

 そんな話をするベルだが、生憎とアイズは書類関係の仕事をした事がない。「アイズも幹部だから大変だよね~」と口にする少年の無邪気な一言一句が、グサグサと少女の心に刺さっているのは仕方のないことだろう。

 

 

 ともあれ、とりあえず「色々と大変」という内容は伝わっている。しかし直後にベルが口にした「予定外の一件」という言葉に対してアイズが反応し、強引だったものの一応はギルドにも認められているために、ベルはジャガ丸に関する内容を口にした。

 

 

「実は……ヘスティア・ファミリアで、モンスターを飼うことになっちゃってね」

「えっ……!?」

 

 

 少し強めな驚愕の声と共に、アイズが目を見開いて事実かどうかを問うている。口へと運んでいた最後のフライの切り身を思わず皿の上へと落としてしまうあたり、驚きようが顕著に表れていた。

 ともあれ、それも当然のことだろう。“怪物祭”を開催しているガネーシャ・ファミリアならばともかく、ヘスティア・ファミリアにとってモンスターのテイムとは全く繋がりが無い項目だ。

 

 テイム済みであり自分も見たことがあり大人しいから大丈夫と口にするも、説得力に欠けるのは少年も理解している。どのような格好であれ、基本として“モンスター”とは世界中で忌み嫌われる存在だ。

 モンスターから採取される“魔石”で生活を豊かにしているというのに、なんとも身勝手な話だと捉える者も居るかもしれない。それでも問答無用で襲い掛かってくることで命や生活を脅かす存在は、おいそれと受け入れることはできないだろう。

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインもまた、その感情を抱く一人に他ならない。

 

 

「モンスターは……嫌い。ベルを、ヘスティア・ファミリアを、否定してるわけじゃ、ないんだけど……」

「……やっぱり、そうだよね」

「……うん」

 

 

 かつて己の両親を奪った、憎き存在。そんな黒い竜とは違うものの、所詮は同じ“モンスター”。

 そんな存在と相いれることはできないというのが、一人の少女が10年以上かけて積み上げてきた常識だ。故に決して、何があろうと肯定することはできはしない。

 

 

 もしかしたら、と期待したベルだが、結果は予想通りのものだった。しかし表情を伏せた直後、思いがけない言葉を掛けられることとなる。

 

 

「でも、ベルが、大丈夫って言うなら……大丈夫、なんだと、思う」

「えっ……?」

「だから、今度……私にも、見せて。ベルが、大丈夫って言った、モンスターが……どんな感じなのか、気になるんだ」

 

 

 それでも己が愛する者が大丈夫と言うならば、きっとその存在は大丈夫なのだろう。想像するだけで脳裏に混乱が浮かぶならばと、彼女は考えをベルに託す。

 柔らかな声でもって返された一文こそ、アイズ・ヴァレンシュタインが己に下した決定だ。モンスターを全否定する自身の考えよりも、己にとっての英雄である相方の判断を信じている。

 

 きっと、ベルならば道を外さない。少し依存気味の情景も表れてしまっているが、彼女が今までに置かれていた環境からすると、仕方がない事なのかもしれない。それは、きっと時間が解決してくれる事だろう。

 ともあれ、ヘスティア・ファミリアが飼っているらしいそのモンスターの概要すらも聞いた事がないのが現状だ。彼女もまた怪物祭において何度かテイムの場面は見たことがあるだけに、どのようなモンスターなのかと問いを投げた。

 

 

「そうだねー……四つ足みたいで、全身が骨のような、ちょっと変わったモンスターなんだ」

「変わった、モンスター……?」

「うん、僕もまだダンジョンで見たことがなくて……。雰囲気的に、たぶん深い階層に居るモンスターじゃないかな。あ。アイズなら、もしかしたら見たことがあるかも?」

 

 

 そう言われて、ギクリとするアイズ。正直なところモンスターであるか否か程度の判断材料でダンジョンへと潜っている為に、よほど特徴的でなければ覚えていない。

 ベルの前でそのような事は口にできない為、どうしたものかと数秒の間だけ、考え込む仕草を見せる。幸いにも、逆に質問で返すことができそうな言葉が浮かんだようだ。

 

 

「どうだろう。見た目、怖いの?」

「うーん……怖いか怖くないかでいえば怖い系だね、師匠はカワイイなんて言っちゃってるけど。あ、でも名前は“ジャガ丸”だから、可愛いのかな」

「!いい、名前だね。コボルトとか、カドモスみたいな総称だと、何になるの?」

「ファミリアに来た時に師匠が1回だけ呼んでいただけだから、本当かどうかは分からないんだけど……総称で呼ぶなら、“ジャガーノート”って」

 

 

 文字に起こすならば、“ドンガラガッシャーン!”と言った所。モンスターの名前が発せられた直後、けたたましい音が僅かな揺れと共にベルの後方から鳴り響き、皿やらグラスやら様々な物が割れる音が店内に木霊した。

 何事かと驚きつつも即座に戦闘態勢へとスイッチするベルの手には、一本の小型の隠しナイフが握られている。瞬きほどの時間で音とアイズの間に割り込んで武器を構える背中を目にして、彼女の目が大きく開いた。

 

 

 59階層で目に焼き付いた、思わず頬が緩んでしまう光景が蘇る。己も同じように警戒を見せているが、宜しくないとは分かっていても、この背中に身を委ねたくなってしまう。

 構えているために少し丸まった背中はあの時よりも確かに大きく、それはレベル4になって実力が伴っている故の事。あの時、そして少し前に見た駆け出しの少年は、もういない。

 

 

 しかしながら、音源で発生していた光景を目にしてベルの構えは解かれてしまう。深紅の目を開き驚きの表情を隠せない少年は、少し距離を置いた先で食器の山に埋もれつつ屍となっていた一人のエルフの名前を呟いた。

 

 

「リュー、さん……?」

「リュー、大丈夫かニャー!」

 

 

 同時に、先ほど鉄拳を落とされた猫耳のウェイトレスを筆頭に従業員たちが集まって彼女の容態を心配している。腕で顔を守りつつ床に伏せるリューは起き上がる気配を見せず、よく見ると小さく痙攣しているかのようだ。

 顔見知りとなるベルは駆け寄ろうとするも、アイズとデート中だったことを思い出して思いとどまる。後ろに振り返ると「行っておいで」と言わんばかりの優しい顔を向けられたために、目に力を入れて駆け寄った。

 

 

「動くと危ないにゃ、箒を持ってくるニャ!」

「リューさん、大丈夫ですか?」

 

 

 開店間もないということで業務に余裕があったこともあり、手の空いていたウェイトレスはテキパキと片づけを行っている。床に膝と両手をついているリューだが、立ち上がる気配は見られない。

 声を掛けるベルに気づいたのか、リューは少し顔を上げる。幸いにも怪我の類は無いようであるものの、明らかに様子がおかしいと言って過言は無いだろう。

 

 

「く……クラネル、さん。先ほど、なんと……?」

「えっ……?えっと……ヘスティア・ファミリアで、モンスターを飼う件ですか?」

「モンスターの、種類です……」

「じゃ、ジャガ―ノート」

「ヒッ!」

 

 

 己の聞き間違いだと信じたかった彼女は、“名づけの親”及びその使い走りを除いて知らない筈の名前を聞いたのは何かの間違いだったかと思うも、残念ながら聞き間違いではなかったらしい。目を見開いてビクッと跳ねるように体を震わせ、身体を支える手足は明らかに震えており、尋常ではない反応だ。

 エルフらしく凛とした清楚な表情は欠片も無く、片眉を歪めて口元が震えている。顔の血色は宜しい範囲とは程遠く、まさに恐怖に怯えていると表現することができるだろう。

 

 ベルやアイズからすれば諸事情は分からないが、その実、本当に恐怖に怯えている。数年前、ジャガ丸と同種のモンスターが彼女に植え付けた心的外傷は、いまだ治ることなくリュー・リオンという存在を縛っているのだ。

 業務の続行は不可能と判断したミアは、客がいないこともあって近くのテーブルに座らせた。具体的にはベルが居る一つ横のテーブルだが、腰掛けた彼女は完全に下を向いてしまっている。

 

 

「どう……だった?」

「怪我は、なかったようだけど……」

 

 

 どう表現して良いのか分からず、ベルは口をつぐんでしまう。リューににてこちらの眉も力なく下がっており、ハキハキとした元気の良さは見られない。

 純粋な優しさからくる、リュー・リオンに対する心配の気持ち。そんな感情を抱く少年を見ていたアイズは、静かに右手を少し上げて口を開いた。

 

 

「……すみ、ません」

「なんだい、注文かい?」

 

 

 近くにいたミアを、アイズが呼ぶ。先ほどまでドリンクを飲んでいたはずだが「喉、乾いちゃった」と可愛らしく口にする彼女は、“3つの”果実ジュースを注文した。

 

 

「あと……席。あっちに、移ってもいいですか?」

「へっ?」

 

 

 まさかの言葉に、ベルはポカンとした表情を返すしかなかった。鳩が豆鉄砲を食ったように、そんな表情のまま固まってしまう。

 これにはミアも驚いたが、3つのジュースのことも相まって、口元をわずかに緩めて許可を出している。他のウェイトレスに元居たテーブルの片づけを命じると、バックヤードへと消えていった。

 

 そんな背中を目線で追っていたベルだが、追う対象が居なくなったので、視線は自然と彼女が持つ金色の瞳へ。すると相手は薄笑みを浮かべて、次の文言を口にするのであった。

 

 

「リオンさんのこと。心配、だよね」

「で、でも……」

 

 

 己は今、アイズとのデート中。だというのに他の人のことを考えた自分に腹が立ったが、だからといって見過ごせるかとなれば、大手を振って肯定できると言えないのもまた実情だ。

 そう口には出せないベルだが、ちゃんと相手には伝わっていた。それを知ってなお、彼女は先の台詞を口にしたのである。

 

 

 真紅の瞳に映るは、先と変わらず少し柔らかな少女の微笑。どう言葉をつづけるか迷いに迷っていたベルの背中を、アイズは優しく押すことを決めたのだ。

 

 

 

「私は、何かの為に頑張ってるベルを見るのが、大好き。だから、ベルが、助けたいと思うなら……私は、応援するよ」

 




正妻の余裕。
シリアス君、出番ですよ


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174話 アレは何者

 

 力なく椅子に座る薄緑髪のエルフの少女、リュー・リオン。彼女は、ほんの1,2分間に起こった事を未だ受け入れることが出来なかった。

 

 彼女の過去を振り返ると、いつ何時も明るい道を進んできた訳ではない。それでも、ここ数年は酒場で女給として勤め上げ――――まだまだ至らぬ所はあるものの、充実した日々を過ごしていた。

 突然と来なくなった常連も少なくはない。恐らくはダンジョンで何かあった事は察するが、それがオラリオの日常だ。ざっくばらんに表現するならば“何が起こっても不思議ではない”ダンジョンの上に存在している以上、この街においては、何が起こっても不思議ではない。

 

 

 それでも。そんなオラリオですら、二度と耳にすることは無いと思っていた。

 

 

 ダンジョンにおける災害悪、ジャガーノート。5年前に起こった悪夢がフラッシュバックとして彼女の全身を支配し、当時の光景が鮮明に蘇った。

 少女と闇派閥の極一部、そして“取引”を行ったギルドの裏方的な人物――――具体的に言えばウラノスとフェルズ以外は知らない筈である、モンスターの名前。まさか、こんなところで耳にするとは思ってもいなかった。

 

 

 

 

「リューさん、大丈夫ですか?」

「……えっ?」

 

 

 

 

 今このタイミングで少年の声を耳にするとは露ほども思っておらず、掛けられた優しい声を耳にして、項垂れていたエルフの頭が静かに上がる。紺碧の瞳に映る深紅の瞳は、彼女を元気づけようと声に似た優しい表情を浮かべている。

 深紅の瞳に映るエルフらしい整った顔は、いつもの凛々しい表情は欠片もない。無自覚なのだろうが眉には力が入ってしまっており、内側から湧き出る苦痛に耐えているかのようだ。

 

 

「顔色、青いですよ。ゆっくり休んでください」

「クラネル、さん……?ですが、貴方は今……」

 

 

 それ以上は口にできず、リューは横目で、ベルの少し後ろに立つアイズを見る。特定の者を除いた時以外では相変わらず薄い表情を見せる彼女の表情は、傍から見れば何を考えているのかが分かりにくい。

 ともあれ、流石にやって欲しくないことは言葉や行動に現すだろう。そう考えた彼女は、二人して己を心配してくれているのだと判断した。

 

 運ばれてきたドリンクと共に、ベルとアイズが同じテーブルの席に腰かける。「私の分も?」と言うようにミアを見上げたリューだが、これがベルとアイズからの奢りであることを視線にて知らされ、感謝を示しつつ口を付けた。

 暖かい店内ではあるものの、今の彼女にとって熱のある飲み物は身に染みる。ベルやアイズの気遣いとも相まって、リューの心に届いていた。

 

 リューとは初対面ではないベルだが、それはアイズもまた同様だ。しかしながら店内において店員と客と言う立場を超えて絡んだことは無く、会話などもっての外である。

 薄緑色の髪を持つ彼女だが、それは染めた故のことであり実はアイズと同じく地毛は金髪。そして同じ地毛の色を持つこの二人は、実は数年前の時点で互いに面識を持っているのだ。

 

 

 もう8年前になりつつある、闇派閥が暗躍した死の七日間、暗黒期。互いに互いを闇派閥の者だと勘違いして戦闘となってしまったのだが、その時の戦闘は、リューの脳裏にも残っている。

 当時、互いのレベルは3で同等。厳密に見れば、冒険者だった期間も含めてリュー・リオンの方がカタログスペックにおいて上回っていたことだろう。

 

 しかし結果は、引き分けに終わっている。互いに天性の才能に匹敵するセンスを持ち得る二人だが、日頃の生活が戦闘に特化しているアイズの地力が、リューに追い付いた格好だ。

 その後は互いに誤解も解けており、特に敵対することもなく今に至る。片やエルフ、片やヒューマンということで見た目の変化量もアイズに軍配が上がるが、それも種族差がある故に仕方のない事だろう。

 

 

 一応、念のために付け加えるが。“どこが”ではなく全体的な見た目、すなわち第一印象の話である。

 

 

 さておき、あれから7年の月日が流れた故に今日がある。言葉にすればたった二文字かもしれないが、長寿であるエルフからすれば僅かな期間かもしれないが、“差”が生まれるには十分な時間と言えるだろう。

 アイズ・ヴァレンシュタインは止まらず走り続けたが、誰しもが、そう易々と進み続けることなどできはしない。事実5年前から、リュー・リオンという“冒険者”は止まってしまっていた。

 

 

――――何も、誰も守ることが出来なかった己に価値などない。

 

 脳裏に響く、己が下したリュー・リオンの価値。そう決めつけた一人の少女の脚は怯え続け、悔み続け、己を呪い続け。

 結果として、一歩たりとも前へと出ることはなかった。口に出すことで悩みを打ち明けることもできず、今も一人悩み続ける。

 

 復讐を終え、仲間を失ったという虚無(事実)だけが心に残った。ポッカリと空いた心を埋めてくれる黒髪の少女の口悪く厳しい言葉も、赤髪の団長の前向きで元気な言葉も、桃色の髪を持つ小さな少女が向けてくれる率直で鋭い言葉も、もうこの世にはどこにもない。

 どれだけ宿敵を殺そうが、死んだ仲間は蘇らない。それでもリューは、そうせずにはいられなかった。

 

――――正義を捨てなさい。

 

 主神アストレアに言われたこの言葉もまた、彼女に暗い影を落としている。5年が経った今でも、リューは言葉の意味が分からない。

 言葉の通りに捉えようとする程に、ますますもって謎が深まる。主神に対して絶対に言いたくないが、「意味が分からない」と返すべきかと何度も葛藤した程だ。

 

 

「正義とは、一体、何を指すのでしょうか……」

 

 

 ひとしきり時間をおいて、彼女の口から出てきた言葉がコレだった。直後、具体的にどことは言わないが、かつて正義を掲げたファミリアに所属していたことを明かしている。

 そして5年前に、自分を除く仲間の全てをダンジョンで失ったことも。成すすべなく殺されていくところを見ることしかできず、結果として自分だけが生き残ったことを、小さな声で告げていた。

 

 耳にしたベルとアイズは顔を合わせるも、幼い二人は答えの欠片も持っていない。その経験がないベルは、状況を考えるだけで胸が張り裂けそうな程に苦しんでいる。

 それでも、彼女が“ジャガーノート”という言葉から感情を抱き。こうして悩み下を向いている理由なのだとベルは理解し、せめて何か言葉をかけてあげることが出来ないかと考えを巡らせた。

 

 

「悩みは、わかるよ。その言葉は、難しい」

 

 

 ベルの予想に反して、アイズが先に口を開いた。聞いた言葉に対してこのように口にしかけたリューだが、アイズの沈んだ表情を目にして言葉が続かなかった。

 どこか、かつての己と似ている悲しい瞳。過去に囚われ、未だ抜け出せない積み荷を背負う姿を、リュー・リオンは誰よりも知っている。

 

 

「私も……両親を、モンスターに、殺された。ファミリアの皆を、守れ、なかった」

 

 

 それだけではない。散っていった、ロキ・ファミリアの仲間達。仲間を守る為に強くなるという思いを掲げる己が守ることのできなかった、掛け替えのない仲間達。

 長い睫毛を伏せて表情に影を落とし、僅かに唇を噛むことで悔しさを滲ませる。その肩を抱えて抱き寄せようとしたベルが僅かに手を伸ばすも、それは道半ばで止まってしまった。

 

 何せ、アイズに対してはできることが、己が助けたいと思うリューに対しては出来ないのだ。アイズに対して申し訳なく思う少年もまた、膝の上で拳を作り表情を沈ませる。

 

 

「私もベルも、答えは、持ってない。だから……聞いて、みる?悩んでいるだけじゃ、何も進まないよ」

 

 

――――それは、誰に。

 

 そう問いたかったリューだが、声が出なかった。そんな答えを授けてくれる人など、神ですら居ないだろうと思っていたから。

 

 

「少し、前に……私の、難しい質問にも、答えてくれた」

 

 

 故に、空色の瞳はアイズ・ヴァレンシュタインへと向けられる。相変わらずリュー自身と似て何を考えているか分からない薄い表情ながらも、金色(こんじき)の瞳がしっかりとリューを見つめ、普段と僅かに違う、少し柔らかなその口から言葉が出された。

 

 

「ベルに、私にとっての……優しい、“お父さん”に」

 

 

====

 

 夜と昼の光景が交わっているオラリオの街並みだが、道行く者たちは活気に満ち溢れた様相を見せている。派手な行動を好まず他人とはあまり関わらない者が多い筈のエルフですら、大半が陽気な表情を振りまいているほどだ。

 向かう先は、どこかの酒場なのだろう。もしかしたら、俯き加減で歩みを進めるエルフが務める豊饒の女主人かもしれない。そんな場所で、一緒に居たファミリアの者と共に、今日得た稼ぎを祝うのだ。

 

 いや、それも少し違うかもしれない。ダンジョンと呼ばれる地獄から生還できたことに対し、精神が娯楽という名の安息を求めている。

 リュー・リオンにとって、そのことは痛い程に分かる内容だった。かつてはファミリアの者達と40階層にまで進出したこともあるために、深く潜るに従って増える恐怖もまた、未だ彼女の心に焼き付いている。

 

 その最高到達階層の、たった半分ほど。死地で出会った、40階層とは比較にならない程に強烈な恐怖、死の気配。

 だからこそ、その存在を従えているなど正気とは思えず、受け入れることができていない。いつかは乗り越えなければならない存在だと、怯えつつも心の片隅では理解しているつもりだが、どうにもトラウマを克服できないのが今迄における彼女の人生だ。

 

 

「……クラネル、さん。そもそも、ジャガーノートとは、どこで出会ったのですか……?」

「え、えーっと、僕じゃなくて……連れてきたのは、師匠、ですね」

 

 

 師匠という言葉に、リューは少し考えた様相を見せたが答えはすぐに取り出せた。トゲトゲのフルアーマーを身にまとった、フードを被った人物を思い出す。

 タカヒロという、一人のヒューマン。ベルが豊饒の女主人へと来るときは高い確率で共に居た、身にまとう鎧以外はとりわけ特徴のないヒューマンの青年。

 

 その姿を思い浮かべながら、アイズ、そしてベルと共に、当該人物が今いるらしいヘスティア・ファミリアの新しいホームへと足を向ける。新築の話は聞いていたリューだが、ここへ来たのは今回が初めてだ。

 

 ベル・クラネルの駆け出しの頃を知っている、数少ない一人。右も左も分からずなけなしのヴァリス片手に「冒険者の間で有名」だったらしい豊饒の女主人へと訪れて、一般的な店と比べて遥かに高額だったことに驚愕していたことをリューはよく覚えている。

 その実、まさに右も左も分からず虎穴に入ってしまった兎の如く。実際のところ猫人(キャットピープル)の給仕約一名が少年の尻を狙いだすという危ない事案も発生しかけたこともまた、豊饒の女主人においては最近の歴史の一コマだろう。

 

 刻まれた歴史において、タカヒロがロキ・ファミリアとひと悶着あった点についても同様だ。未だあの仲人狼(ベート)が吹っ飛んだ理由が分かっていないのはリューもまた同じであり、青年のレベルを測り損ねている。

 己を含めた全エルフが敬拝する対象リヴェリア・リヨス・アールヴと恋仲にあるらしい、謎のヒューマン。かつて「リヴェリアと並ぶには程遠い」と言ってしまったことを思い出し、少し冷や汗を覚えている。

 

 

――――今日、何か、新しいことが分かるのでしょうか。

 

 

 ヘスティア・ファミリアのホームを視界に捉え、そのような事を思った矢先。もう少し大きければ近所迷惑となるような、刃物と鎧が鳴り合わさるような音が聞こえてくる。

 

 

「中庭、かな?」

「うん、そうだね」

 

 

 一行は、金属がぶつかり合い甲高い音が鳴り響く中庭へと移動する。安全だと分かっていても、かつてのトラウマとの対面を目前にしてリュー・リオンの鼓動は強く速く脳裏に鳴り響いていた。

 近づくにつれて、一層のこと甲高く激しく鳴り響く金属音。そこに居るモンスターは目標に向かって攻撃を続けており、ベル達が中庭へ入ってきたと時を同じくして、盛大な雄たけびを発する事となった。

 

 

 

 

 

■■■■■■■―――――(なんでゼロダメージなんだオラアアアアン)!!』

 

 

 

 

 雄たけびと攻撃が向けられているのは、オラリオにおける“一般人”枠。親の仇と言わんばかりのジャガ丸だが、攻撃を向けている相手は、仏の如く清らかな心で受けている。

 本日の昼下がりに、茹る相方を堪能できた事もあって激レア陽気な表情で。95階層産ジャガーノート、その攻撃力2倍バージョンが全力で放つ“破爪”による攻撃をブロックせず真正面から直撃を受けた上で平然としている、一般人らしい何か(善良な一般市民)の姿があった。

 

 

「はは。気迫が足りんぞ、ジャガ丸」

■■■■■(Powerrrrrrrrr)!!』

 

 

 そして部位や効率など無視して、傍から見てもヤケクソに攻撃し続けているのは紛れもなく災害悪であるジャガーノート。攻撃を振るうたびに空気が切り裂かれる音の残響が届いている事実は、ジャガ丸が繰り出す攻撃速度の速さを物語っている。

 レベル6のアイズが目で追いきれぬ程、そして無数に捉えてしまう程に過密な刺突の雨。しかし攻撃が命中しても僅か一ミリも動かずカスリ傷の一つもつかない防具の数々に対し、ジャガ丸は諦めと呆れと同時に憤怒していた。

 

 

 ――――アクティブスキル、“ブレイド バリケード”。盾に付与することができるレア属性コンポーネント、“ミュルミドンの標章”によって付与されるアクティブスキルだ。

 刺突攻撃に対して、 同種の報復をできる力を防具に吹き込む。発動中は刺突耐性が30%上昇するのと同時に、刺突耐性の“上限値”が5%上昇する効果を備えている。

 

 だからこそ、完全なる無効化。ヘファイストスの装備によって90%にまで高められた刺突耐性は、このアクティブスキルによって95%、そして“メンヒルの防壁”や固定値のカットによって実質100%の値に達しているのだ。滅多に達成できない事柄故に、やたら陽気な様相を振りまいていたワケである。

 とはいえそもそもにおいて、スキル未発動時においても90%もカットしている時点でカスダメと同じこと。当該スキル以外の報復ダメージは無効化しているとはいえ、攻撃中であるジャガーノートへと一方的に報復ダメージが入る結末だ。

 

 時間にしてどれほどが経っただろうか。スキルが切れると共にタカヒロも攻撃の殆どをブロックするか受け流す姿を見せており、傍から見れば非常に実戦的な訓練となっている。

 その実、そう言えば戦闘力を知らなかったということでジャガーノートの実力テストを実行しているという内容だ。あまりにも攻撃が通じないのでジャガーノートがムキになっており全力を発揮している点は、仕方のない事と言えるだろう。

 

 やがて今度はタカヒロ側も、ジャガ丸の一撃一撃に合わせる形で盾を使って器用にブロック、攻めているつもりがジリジリと押し返され始めたジャガ丸は、モンスターながらも知恵を絞りつくして応戦中。

 だというのに、突破口は僅かな光の気配すらも見えてこない。一度距離を取るべく、約20メートルの距離を瞬くより早く後退するも、突進スキルによってゼロ距離に戻されるという詰み具合。

 

 なお、タカヒロが受け身に回って僅かに報復ダメージを有効化してみればジャガーノート側が大ダメージを負っている。ポーションを使用して続行するも、あまり結果は変わらない。

 とはいえ、近接物理攻撃をトリガーとして発動する報復ダメージは、ジャガ丸にとっての天敵そのもの。ヘルスに補正がかかっているとはいえケアン基準でも耐久力は高くないのだなと、人間らしい何か(平凡な一般市民)は納得した様相を見せていた。

 

 

 

 そんな光景が行われている“竈火(かまど)の館”へと、豊饒の女主人からやってきた若者三名。現実を目にした上で否定したい光景を目の当たりにして、苦笑もしくは開いた口が塞がらない。

 三名はオラリオにおいても強者だからこそ、ジャガーノートが放つ攻撃の威力は手に取るように分かってしまう。だからこそ、ブロックしたならばともかく、成すがままに受けてノーダメージで耐えるなど、尋常ではない状況なのだ。

 

 

「く、クラネルさん……ジャガーノートの攻撃を真正面から受けて平然など……な、なんなのですか、“アレ”は」

「“アレ”は……比べちゃ、いけない。頼りになるけど、自信を無くす」

「ちょっと基準がオカシイところは否定しませんが、師匠はモノじゃないです……」

 

 

 こちらもこちらで、もはや人間扱いですらなかった。彼女の心に植え付けられたトラウマを軽く上回るオカシな存在はさておくとして、目を見開くリュー・リオンの記憶に有るジャガーノートという存在は圧倒的なモノなのだ。

 今再びあの時に戻って戦っても、勝てるかどうかは非常に怪しい。むしろ負ける確率の方が非常に高く、だからこそ、ソレに対して圧倒的な対応を見せる存在を受け入れることができていない。

 

 青年に挑むジャガーノートを目にしたアイズは、どこか師に挑むベルの姿と重ねている。モンスターと人間という違いはあれど、一心不乱になって挑む姿は同じように受け取れた。

 

 

 愛しい相方が口にした、自分たちに危害を加えないモンスター。テイムされたモンスターの存在こそ知っていたアイズだが、そもそもにおいて、こうしてモンスターを相手に面と向かって対峙するのは初めての事である。

 

 

 とはいえ、タカヒロ側が三人に気づくのも時間の問題であった。攻撃を中断したジャガ丸と共に近寄るも、来訪者のうち一名が目を見開いて完全に腰の引けた反応を見せたために足を止めることとなる。

 試しにタカヒロ側だけ一歩近づいてみれば反応を示さないために、原因がジャガ丸側にあると判断。エンピリオンのガーディアンを一体だけ召喚し、鍛錬の続きとして相手をさせている。

 

 さも当たり前のようにジャガーノートと打ち合う召喚獣のような何かを目にしたリューは、ベルの肩を両手で掴んで答えを求める。しかし生憎とベルも、エンピリオンのガーディアンについては聞いていない。

 故に苦笑で返すしかなく、そのうち近付いてきたタカヒロから「何か用か」と言葉が掛けられた。正直なところ聞きたいことだらけとなった三名だが、ともかく先ほど決めたことを問うために、アイズが静かに口を開いた。

 

 

「正義と来たか……また随分と、小難しい議題だ」

 

 

 教えてほしい内容の単語が出てから、数秒おいて。僅かな溜息と共に思う本音が、青年の口から言葉として出された。

 なにせ、この手の答えに“絶対”や“正解”は存在しない。傍から見ればどれもが正解であり、そのどれもが間違いとなるのだから、厄介な部類に入るだろう。

 

 なんだか以前にも、フィンに対して似たような事をやったことがあるなと思い返したタカヒロ。しかし、相手が己を頼ってくれていることも事実である。

 故に、あくまでタカヒロという男が抱いている考えではあるものの。それを耳にすることで何か参考にでもなればと、青年は静かに口を開いた。

 

 

「答えではなく一つの例、自分程度の考えでいいならば口にする事もできるだろう。しかし、なぜそのような疑問を抱いたか、経緯(いきさつ)を教えてくれ」

 

 

 相談者が抱いているであろう悩み、そして根底にあるだろう問題点。それを知らなければ、マトモな答えなど返せはしない。

 ここに来た以上は、相談する気はあるのだろうとタカヒロは捉えている。暫くして、リューの口から回答が返された。

 

 

 時間が遅いこともあり、ヘスティア・ファミリアに迷惑をかけるために明日にしてほしいというのが第一声。続いては、場所についての内容だ。

 

 場所はダンジョン内部の18階層、“迷宮の楽園(アンダーリゾート)”。そのうち小高い丘になっている、とある場所へと至る場所。

 そこまでの道を口頭で説明するリューだが、タカヒロは話の途中、ギルドが発行している地図を持ってきた。場所と共に時間が指定され、一行は、そこで待ち合わせることとなる。

 




シリアス君、次話こそは。

■ミュルミドンの標章
・"最も恐れ知らずのバトル ロードに 授けられた パワフルな シンボル。"
・(盾に適合)
・レア コンポーネント
+120 ヘルス
+25 防御能力
-15% シールド回復時間
180 物理報復
付与:ブレイド バリケード
■アクティブスキル:ブレイド バリケード (アイテムにより付与)
・刺突攻撃に対して、 同種の 報復を 攻撃者に できる力を 防具に 吹き込む。
62 エナジーコスト
24 秒 スキルリチャージ
8 秒 持続時間
+90% 刺突ダメージ
+30% 刺突耐性
+5% 最大刺突耐性
+424 物理報復


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175話 正義とは

 正義とは、装備を集め更新する事を生き甲斐とし、喧嘩を売って来る、もしくは売ってこない神々を1秒でも早く5656できるように常日頃から尽力する事象を指し示す言葉である。

 

 

「……いや、適切ではないか」

 

 

 などという回答は、彼にとっては正解ながらも。相手はエルフ、かつ先の空気やアイズからの頼りでもある為に真面目に回答すべきと判断した一方で、どのような内容を示すかと数時間ほど悩み耽る。

 

 

 そんな翌日、約束の日。

 

 今更18階層などどうということはないベルとアイズ、そしてタカヒロの三名は、目立たぬようローブに身を包んでダンジョンへと入っていく。道中の戦闘で時間を調整しつつ、指定された時間に目的地へと辿り着いた。

 結果として二分前に到着となっていたのだが、既にそこには身体を覆う程のローブを羽織り立つリューの姿が見えている。ベルとアイズがタカヒロの前に立ち、わざと足音を立てて気付かせるようにして近づいた。

 

 軽く頭を下げることで挨拶をしたリューは、背を向けて歩みを進める。道中に咲いていた花をいくつか摘むと、ピンと伸びた背筋を見せて先へ進んだ。

 後ろに続く3名だが、ベルは、タカヒロがリューの腰回りに強い視線を向けていたことに気付いている。理由は不明ながらも口には出さない方が良いかと、“幸運”が最良の選択肢を選んでいた。

 

 

 ともあれ、斜面を登っていることが分かる道、そのような場所をひたすら進む。10分程歩くと、開けた場所に一つのオブジェのようなものが見えてきた。

 

 

「リューさん、あれは……?」

 

 

 そこそこ眺めが良いエリアの地面に突き刺さる、複数の武器。一メートルの直径の中に納まるように突き立てられ錆び付いたそれらは、誰かが人工的に作ったものであることは明らかだ。

 

 

「私の……かつての仲間の、墓標です」

 

 

 ベルの純粋な疑問に対し、返された言葉は中々に重いものがある。しまった、と言いたげな表情を浮かべ、ベルはすぐさま頭を下げた。

 そんなベルはリューの後ろに居るために、彼女の視界に入る事はないだろう。墓の前へと更に数歩足を進め、当時を振り返るように立ち止まった。

 

 かつてダンジョンで同時に散った、リュー・リオンのかけがえのない仲間たち。彼女たちの墓であることを口にして、リューは先程の花を手向けていた。

 

 

 直後。すぐ横へと移動する、重厚な鎧が鳴るガチャリとした旋律。ベルとリューが言葉を交わしていた辺りでインベントリから一つの箱状の物を取り出していたタカヒロは、リューが置いた花の横へと、その物を寄り添わせている。

 

 

「あまり甘いモノではないが、中身は焼き菓子でね。自分の好みで恐縮だが、良ければ供えさせてくれ」

「……ありがとうございます。焼き菓子なんて……ふふ。皆も、喜ぶでしょう」

 

 

 エルフらしく整う一方、どこか少女のあどけなさを少しだけ残す奇麗な顔。いつもは硬く閉ざされ一定だった表情が、少しだけ緩んだ。

 しかし、それも本当に少しだけ。すぐさま普段の仏頂面へと戻ってしまい、纏う気配は間違いなく第一級冒険者に匹敵する程である。

 

――――地上ではなくダンジョンで話そうと決意したのは、何か理由があるのだろうか。

 

 そのようなことを考えていたタカヒロは、この墓を目にして少しだけ理由が分かった気がした。ここに眠る者達の死に彼女が関わっているのだと思った時、リューが静かに口を開く。

 

 

「身勝手ですが、聞いて頂けますでしょうか」

 

 

 まず口に出されたのは、リュー・リオンという存在がギルドのブラックリストに登録されているという内容だ。ようは犯罪者として指名手配されているということであり、ベルも口を開いて驚いている。

 少なくともベル・クラネルが知る彼女は、そのような“悪”ではない。とはいえ知らないことの方が大半であるために口を開くことが出来ず、静かに話の続きを聞いていた。

 

 内容は簡潔なものであったが、彼女の昔話だった。かつて所属していたファミリアの活動内容、オラリオに暗躍する“悪”を討つという“正義”を掲げるファミリアに属していたこと。

 敵対組織の罠に嵌められ、リュー以外のファミリアのメンバーが全滅したこと。遺体も回収できず、故に遺品を、モンスターに荒らされ難いこの18階層の場所に埋葬することで墓としたらしい。

 

 

 そしてリュー・リオンは、復讐を決意した。轟々と噴火するマグマの如く高ぶる感情の赴くままに、当該人物だけではなく関わった者全てを殺し尽くした。

 恐らくは“疑わしき”程度で、完全に罰するまでは証拠が足りなかった者も居たのだろう。一方で闇派閥との関りを露呈していなかった者もまた生き残っており、報復として、彼女は賞金首と言うブラックリストに登録されてしまったわけだ。

 

 最後に「あれは、もはや正義ではなかった」と、消え入るように彼女は呟く。自らの行いを否定しているかのようだ。

 そして同時に、「ならば、正義とは何か」と口に出して迷いを見せる。彼女は自分自身でも、何が正しかったのかが分からなくなってしまっているのだ。

 

 

 問いを耳にする青年は、未だ一言も発することはなく何も答えない。回答を口にするためには、まだ情報が足りないのだ。

 内容は、リュー・リオンが最も思い出したくないだろう絶望の光景。答えの一つを示すならば、5年前に何が起こったのかを知る必要がある。

 

 

「迷いは分かった、だが“理由”の根底が見えていない。……五年前のダンジョンで、何があった」

 

 

 彼女はぎゅっと強く口を噤み、両手に作る拳に力を入れている。一度ベルとアイズには内容を少しだけ話したが、更に詳細の内容を、たどたどしく口にしていた。

 「正義を捨てなさい」というアストレアからの決定的な一言の場面では、右手で自分を強く抱きしめている。少し小突けば崩れ去ってしまうように、今の彼女はひどく脆い。

 

 

 罠にかけられ、突如して現れたモンスター、ジャガーノート。リューが語る戦闘状況を耳にするタカヒロだが、誰がどう聞いても、命と引き換えにジャガーノートへとダメージを与える周囲が、彼女を生かそうと立ち回っているようにしか受け取れない。

 掛けられた言葉の数々も口に出されており、当時においては実際にそうだった。だからこそリューは、己が生き残ってしまい、挙句の果てに復讐という行為に及んだことを悔いている。

 

 一人の仲間に託した、己の、ファミリアの希望。だが切羽詰まった状況だったということもあり、アストレア・ファミリアの眷属は、結果として起こってしまう現象にまで気をまわすことが出来なかった。

 自分だけが生き残った事実に対して罪悪感を抱くこと、通称“サバイバーズ・ギルト”。此度においてはそれだけではないが、独り残される者というのは、自然と強烈なストレスを抱いてしまう。

 

 

「だからこそ、私ではなく……団長、アリーゼが生き残るべきだと、今でも悔いているんです。あの時せめて、彼女の手を引っ張ることができていれば……」

 

 

 歯が歯に押しつぶされ、軋む音が微かに響く。暫くして、アストレアが彼女に残した言葉と共に語り部の口は閉ざされた。

 

 口元と拳に力を入れるのは、ベル・クラネルも同様である。優しい彼は、あまりにも救いのない結末を耳にして、何もできない自分を悔んでいた。

 文字通り、考えの一つも思い浮かばない。それはアイズも同様であり、かつての過去に重なったのか、顔は斜め下に向けられていた。

 

 そんな彼女の姿を見たベルは、残る一人に顔を向ける。やはり微塵も揺るがない姿を示す少年の師は、一つの答えを示すべく口を開いた。

 

 

「結論から言うならば、それが正義かどうかについて、自分が判断することはできない」

 

 

 耳にした三人全員が、予想外の言葉だった。もちろん、この言葉が出された事には理由があり、続きがある。

 

 

「正義とは面白い言葉でね、主観かどうかで意味合いがひどく変わる。傍からそれを目にすれば、行いを正当化させるために自分自身で発行する免罪符にすぎないことも、また事実だ」

 

 

 抱く者にとっては何事にも代えられない理由ながらも、傍から見れば、極端なことを言うと“どうでもいいと思える程度の理由”。自分自身に関係がないからこそ、同じ理由でも見え方が変わるのだ。

 タカヒロにとっては、リヴェリアを守ることは何事にも代えられない大切な理由。しかし全く関係のない者からすればリヴェリアという人物を失おうが影響はないために、その理由に対してとりわけ感情を抱かぬ程。

 

 故に主観から見れば、自分(正義)とそれに対する相手()とのぶつかり合い。傍から見れば、“互いがそれぞれ主張する正義と正義”のぶつかり合い。相反する二つの正義という矛盾が生じている以上、他人が判断することはできないのだと口にした。

 どちらも正しく、何が正解なのかと議論となっても唯一の正解などありはしない。故にそこの男は、結局のところ正義とは“戦う理由”なのだと、一つの答えを示している。

 

 

――――正義を捨てなさい。

 

 

 リューに対して最後に掛けられた、この言葉。タカヒロは、まずこの点について考えを述べることとした。

 

 神と呼ばれる存在は己の趣味、希望に向かって全力である姿勢は、フレイヤやヘファイストスを見ていればよく分かる。しかしそれらは、基本として“できる”、“できない”程度を理解した上での行動であることも明らかだ。

 

 故に、アストレアという神が掲げた正義。各方面に馬車が運航される程に広大なオラリオの平和を守るという正義(理想)は、たった十数人のファミリアで叶えられるモノではないことも分かっていたことだろう。今までレベル3や4という“器”と出会ったタカヒロは、このような前提の考えを抱いている。

 

 掲げた正義(無謀さ)を誰よりも理解し。到底ながら達成できぬと、誰よりも現実を見ていたから。今更「到底、達成できません」などと言えるはずもなく、己が掲げた旗を下ろす機会を失ってしまったことを知っていたから。

 何名かの団員(子供達)が気付いていると知りながらも。決して到達できぬと知りながらも。その神は、理想を掲げ続ける他に道がなかった。

 

 

 だから、愛しい子供達が身を挺して助けた最後の存在。リュー・リオンだけが生き残り、罠に貶めたファミリアへと復讐をする決意を抱いていると知った時。

 アストレアという存在が作り出し掲げてしまった、重く大きな正義(呪縛)に捕らわれぬよう。彼女はリューの目を見て、去り際に正義(戦う理由)を捨てるよう口にした。

 

 しかし、言葉を掛けた対象が悪すぎる。主神アストレアが発したシンプルすぎる決定的な一言は、良くも悪くも真っ直ぐで馬鹿正直な。それも、如何なる状況においても多数の為に犠牲になる少数すらも無視できない程の潔癖さを持ち合わせるリュー・リオンに呪いを残してしまった。

 自分は今まで何のために戦ってきたのだろうかと、視界が真っ暗になった。悩み、苦しみ抜き、先の言葉のように、自分に生きる資格があるのかと悩み続けたがゆえに、今のリュー・リオンがここにある。

 

 

「あくまでも推察の域に過ぎないが、今の君の心境。そして君の主神が口にした言葉の意図は、この様になっているのだろう」

 

 

 リューが口にした昔話から、このような推察をタカヒロは口にした。リューと関わりが浅い青年が彼女のことを「馬鹿正直」と口にした点は、エルフのセオリーに則っただけのことを付け加えておく。

 エルフという種族の全般に見られる、良いところであり良くないところ。己の考えが正しいと信じることは素晴らしいが、それを相手に押し付ける点や、その考えが通じなくなってしまった時にも独りで抱えてしまい、心がポッキリと折れてしまう。

 

 押し付ける事こそなかったが、あのリヴェリアでさえそうだったと、タカヒロは城壁の上での一幕を思い返す。それこそ身を投げ出してまで救いを求める覚悟を抱いたような翡翠の瞳は、決して目にしていて気持ちのいいものではない。

 

 

 ちなみに、これらの考察は正解だ。だからこそアストレア・ファミリアの少女たちは、リュー・リオンに正義(想い)を託し、彼女を生かす為ダンジョンに散ったのである。

 

 

 様々な裏側を少しでも見てしまうと絶対に抱けない、真っ直ぐで純粋な想い。当時においてアストレア・ファミリアの少女たちが「気を付けろ」と口にする一方で、そんな真っ直ぐな考えを抱けるリューに嫉妬した。

 そういった意味においては、リュー・リオンとベル・クラネルの二人は似ていると言えるだろう。どちらも根は真っ直ぐであり、決して“悪”には染まらないと断言できる人物だ。

 

 

 かつて、ケアンの地において。タカヒロとて、彼女のように正義(理想)を掲げた者など何度も見てきた。

 人類の未来を少しでも切り開くために、果敢にもイセリアルやクトーンへと挑みかかり。敗れ去り、乗っ取られ、逆に人間を襲った結末を、よく知っている。

 

 

 

 なぜならば。そうなってしまった人類の英雄(宿敵)の数々を、その手でもって排除してきたのだから。

 

 

 

 自虐のように「ドロップアイテムのついでに世界を救っただけ」と口にするそこの男だが、このような事実から目を背ける為でもあったかもしれない。深く考えれば考える程に、それこそリューの悩みなど比較にならない程の泥沼へと沈むような内容と言えるだろう。

 引き起こされてしまったことは、覆せない。故にこれ以上は悪化させまいと、人類にとって敵となった数々を例外なしに滅ぼしてきた。

 

 掲げる理想、つまるところの“戦う理由”については、どちらも同じく“人類(オラリオ)の平和の為”。故に根底の規模こそ違えど、どちらも同じ道を歩んで結果を成したと言えるだろう。

 違うのは、過去を見ているかどうかという一点だけ。純粋で真っ直ぐな彼女は過去と向き合い、世界レベルでどうすることもできないと悟った男は今と未来だけを見据えている。

 

 

 

 どちらが正義(正解)かは、断定できない。しかしどちらの選択も、そこに間違いは存在しないのだ。

 

 

 

 そんな、とある男の昔話。詳細までは口に出されないが、敵の全てを始末して地域を救ったという御伽話が口に出された。闇派閥に関連する敵の全てを始末してオラリオの平和に貢献したリューと比べて、いったい何が違うと言えるだろう。

 そしてアイズに対して話したように、復讐とは必ずしも悪ではないことを諭している。此度においては“やりすぎ”た感も拭えないが、結果として闇派閥が活動停止へと追い込まれた結果があるならば、それを悪と呼ぶのは闇派閥の者もしくは理論でしか語ることのできない弱者だけだ。

 

 

 内容を耳にして、空色の瞳を持つ目が見開かれる。自分と同じ反応を目にしたアイズは少しだけ薄笑みを浮かべるも、問答の邪魔になるようなことは行わない。

 いつか、フィンに問いを投げた時のように。口に出される答えが分かっていながら、タカヒロはリューに問いを投げた。

 

 

「今の話を聞いて、その者の事をどう思うか。そうだな、単純な二択にしよう。世界を救った正義と呼ぶべきか、数多の命を奪った悪と呼ぶべきか、どちらか片方で答えてくれ」

「そ、それは……」

 

 

 言葉の先が、続かない。己を正義ではないと決めつけている彼女は、たった今、己から湧き出た答えを認められない。

 

 何故ならば。ほんの数分前まで、自分でその答えを否定していたのだから。

 

 

「……話を戻そう、正義とは何か。自分にとっての正義とは“正しいと信じたこと”のうち、心中に掲げ守り抜くに値するもの。その根底に何があるかとなれば、武器を掲げる“戦う理由”に他ならない」

 

 

 例えるならば59階層、リヴェリア・リヨス・アールヴを守るという戦う理由。故に心中に掲げた正義は、彼女に害をなす精霊の分身を殺すことを“正当化”する。

 話を聞くベルにとっては、最も分かりやすい例えだった。リヴェリアの部分がソックリとアイズに置き換わるだけであり、当時においては彼が抱いていた紛れもない正義に他ならない。

 

 

 リューのように独り生かされ、散った者が残した希望と共に絶望と後悔の念を背負い。なぜ自分が生かされたのかと問いを投げ続け救いの答えを求める者など、青年は何度も目にしてきた。

 命と引き換えに、望んだ者の命を救うことができると同時に。命と引き換えに救われた者に対して、散っていった者達の希望を叶えなければならないという呪いの類を残してしまう。

 

 この理に、例外はない。そもそもにおいて、“託す”とは“そういうコト”だ。

 

 しかし、履き違えてはならない。託す側とは、己の野心や野望を引き継がせたいワケでも、首謀者に対する復讐を望んでいるワケでもない。

 

 

「自分は、君が語った三人のことを全く知らない。だが相手の為に命を捨てる覚悟を抱けるからこそ、信頼があるからこそ。そこまでして託す側とは、託される側に訪れる未来を、“幸せ”を願っていた筈だ」

 

 

 抱いている考えを、真っ直ぐ相手に伝える為か。目に力を入れているタカヒロは、真っ直ぐリューを見つめて言葉を続けた。

 

 

「例え古いものでも、再び手に取れば輝く事もあるだろう。君がアストレア・ファミリアに入ろうと思った理由や、彼女達と共に掲げた戦う理由を、もう一度、ゆっくりと見つめ直しては如何だろうか」

 

 

 かつて青年が受け取った言葉を少し借りて口にされた、最後の言葉。リュー・リオンは、ここにきてアストレアが、散っていった仲間が口にした言葉の真意を受け取ることとなる。

 

 数多の眷属を失って最も泣き崩れたかったであろう、気高き誇りを掲げる主神。そんな彼女が抱いた、残された自分に向けてくれた想いを知り、胸が張り裂けそうな心境だ。

 そして運命の時において、負けると、この場で死ぬと知り覚悟しながらも。掛け替えのない一人の仲間を生かすために立ち向かった友の想いを知り、自分の都合という程度の覚悟で「貴女が生き残った方がよかった」と思ってしまった事に対し、記憶の中にある仲間たちに謝った。

 

 

 言葉の中身を、様々な意味で履き違えていた。リューが貰い受け継いだのは、仲間たちが掲げた紛れもない真の正義(愛情と信頼)なのだ。

 少女たちが掲げた正義は、リュー・リオンの中で確かに生き続けている。もう5年という月日が過ぎたものの、未だ当時の仲間たちの情景を鮮明に思い浮かべることが出来る事が、何よりの証明だ。

 

 

 かつて空色の瞳が目にした光景が、フラッシュバックで蘇る。共に駆け抜けた三人の背中が、幻想だと分かり切っていても、確かに見える。

 空色の目が、更に開く。皆の姿は常に前を向いており、そこに一人分のスペースがあるように見えたのは、リュー・リオンの錯覚だろうか。

 

 

 リュー・リオンにとって必要な答えが、たった一つを除いて全て揃った。

 

 正義とは即ち自分自身が正しいと信じたことであり、武器を掲げる者ならば誰もが抱く戦う理由。

 アストレアが残してくれた言葉とは、主神の掲げた正義に囚われずに生きてほしいという主神の願い。

 かつての仲間達がリューを生かした理由は、真っ直ぐで正直な彼女だからこそ、何事があっても揺るがぬ正義を抱けると信じているから。

 

 

 そして、何よりも。散っていった仲間たちは、リューの幸せを願っていた。

 

 

 先程は遠ざけてしまった最後の答えについて、今の彼女ならば胸を張って口にする事ができるだろう。それは、復讐と呼ばれる行為についても同様だ。

 

 問いを投げ受け取る二人が行ったのは、どちらも全く同じこと。ならばタカヒロが正義(英雄)であり、リューが正義()であるという方程式は成り立たない。

 行いが正義だったかどうかを他人が決めつけることが出来ないのは、先に青年が示したこと。故に彼女は自分自身の手によって、己の中で一つの区切りを付けることができるのだ。

 

 

 リュー・リオンが行ってきたことは、確かにオラリオにおける法の類に触れたかもしれない。復讐と言う形は、決して褒められることではないかもしれない。

 

 だが、しかし。それは彼女が抱いた、紛れもない正義の類(戦う理由)であったのだと。

 そして、復讐という形で乗り越えたならば。自分は過去に囚われず、前に進まなければならないのだと。

 

 漆黒の瞳が(リュー)を捉えて離さず、その瞳に宿る炎は並々ならぬものがある。(リュー)の過去に対して先の答えを貰ったからには、彼女も戦士である以上、応えないという道は存在しない。

 

 

 過去を忘れるわけではなく、目を背けることもなく。

 

 

 受け継ぎ、乗り越えるために。彼女の心に、情景の火が灯った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで。

 

 

 

 

 どう頑張っても他人+αの域である彼女の悩みに対してタカヒロが凄まじく真面目に考えて答えており、最後に並々ならぬ情熱で視線を向けていた理由については――――

 

 

 

 

――――答えは示した。さぁ謝礼が必要だろう、是非とも携帯している木刀を見せてくれ!!

 

 

 大聖樹の枝で作られた事実は知らないが、彼女が携帯する不思議な長い木刀を目にして興味津々。ベクトルこそズレているが、自分を頼ってくれたアイズやベルに対しても面目は十分だろう。

 

 故に考えは、己の興味へとシフトチェンジ。彼女の悩みについては大真面目に答えつつも内心でワクワクしながらそんなことを思っている、様々な意味で平常運転な自称一般人(装備キチ)であった。

 





原作でベル君があげた答えとは少し違う方向性の答えです。
タカヒロらしいといえば、らしいかな?……ホント、色んな意味で。

■本文:かつて青年が受け取った言葉を少しだけ借りて
⇒27話 最後付近


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176話 過去を力に変えて

 

――――ということで、その木刀を見せてくれ。

 

 それが、タカヒロという男が抱いていた結論(正義)だった。神々宜しく、超が付くほどの特定条件に限っては、己の欲望には何かと忠実な男である。

 内心、ものすごーく木刀のようなモノを手に取ってジックリ眺めたいタカヒロ(装備キチ)。リュー・リオンの問いに対して彼なりながらも真面目に答えを返していた一方で、内心では彼女が持っていた木刀が気になって仕方がないのだ。

 

 実のところ、リューが帯刀している二振りの小太刀は彼女のモノではない。目の前の墓に眠る今は亡き仲間から託されたモノであり、本当の得物は、長い木刀のような逸品だ。

 

 しかし、傍から見れば只の木刀であることも変わりは無い。高い攻撃力と頑丈さ、魔法の効果を増幅させる効果を持つ逸品だが、やはり見た目は只の木刀と表現する者が大半だろう。

 

 リューも「見せるだけならば」と、木刀を手に取って渡している。タカヒロもガントレットで傷を付けぬよう超が付くほどの丁寧さで扱うあたり、その辺りはヘファイストス宜しく対応を徹底している。

 此度は許可を取っていないために、振り回すようなこともしていない。上から見下ろしたり掲げて下から覗き込んだりと、骨董品を扱うかのような格好だ。

 

 

「見事な木刀だ。……欲しいな、これ」

 

 

 ところでこの男、見境なく全種類の武器防具に興味を示しているワケではない。実は、リヴェリアが持っている10億ヴァリスもする杖には全くもって興味を向けていないのだ。

 理由は単純であり、単にバカの二文字が付くほどの高額素材を使っただけの武具には興味を示さないのである。そのような“高性能”なだけの武具ならば、その上位互換をいくつも持っているためだ。

 

 その点において、リューが持っている木刀は素材が素材だ。“大聖樹の枝”という見たこともないモノが素材であるために、興味スイッチがONへと切り替わってしまっている。

 ヴェルフが作る鍛冶師の気持ちがこもった物や、ヘファイストスが作る特殊なエンチャントの武具とは違った逸品。しかし見た目が木刀であろうとも、青年からすればコレクションへと加えたいことに間違いはない。

 

 Affixこそ付与されていないが、“魔法攻撃力に関する全ダメージ上昇”がついた武器などタカヒロとて目にするのは初めてだ。“エレメンタルダメージ+n%”という効果は知っているし付与されたアイテムもいくつか持っているが、その上位互換と言えるだろう。もっとも、“全ダメージ+n%”という更なる上位互換もあり、彼はそれを幾つも所持しているのだが、たとえ下位互換であろうとも希少さが最も大切なのである。

 それはさておき、物珍しさが一入(ひとしお)であることは揺るぎない。故に、先程呟かれた一言だったのだが――――

 

 

「いけません」

 

 

 凛とした口調を特徴とする彼女の回答は、シンプルなものだった。

 

 

「……」

「悲しげなお口元をされても、いけません。この木刀は、由緒ある大聖樹の枝から作られた逸品なのです」

 

 

 だからこそ装備キチが欲しがっている点はさておき、リュー・リオンの言う通りだ。この長めの木刀は、修学旅行先の地点において500円ポッキリで売られているような量産型の木刀とはワケが違う。

 七年前における闇派閥との戦いの時に手に入れた、彼女の故郷“リュミルアの森”にある大聖樹の枝。何故か闇派閥が持っていたこの素材を使って、ゴブニュ・ファミリアにてワンオフで作成された木刀なのだ。

 

 そのために、いくら心の闇に対する答えを貰ったとはいえ、おいそれと譲渡できるものではない。大聖樹を守護する“()り人”の一族として生まれた彼女にとっては、家宝になり得る逸品と言えるだろう。

 もっともタカヒロとてダメもとで聞いただけで、流石に貰えるとは思ってはいない。丁寧な動作でリューへと返すと、溜息交じりに独り言を呟いている。

 

 

「……なるほど、仕方ない。ハァ、機会があれば頼んでみるか」

「はい?」

 

 

 なんのことだか分からないリューだが、呑気に溜息を溢す彼に考えを向けている余裕もなくなった。敵ではないと分かってはいながらも、彼女の表情は一瞬にして険しくなる。

 

 ガサガサと茂みをかき分け、ゆっくりと現れる異端の存在。彼女のトラウマであるジャガーノート、テイム済みであるジャガ丸もまた、18階層へとやってきていたのだった。

 

 ちなみにどうやってバベルの塔に入ったかというと、タカヒロが事前に50階層へと配送済み。95階層産+αのジャガ丸ならば単身で登ってくることは造作もなく、街中を出歩くことで人目にもつかなかったと言うワケだ。

 

 

 経緯はどうあれ、そこの捻くれた男が用意していた、最強のモンスターとして分類される一つ、ジャガーノート。リュー・リオンのトラウマであり、討つべき敵。

 今更ながらもジャガーノートのことについて詳しく聞いたリューは、目の前のジャガ丸は、自分達を殺したジャガーノートとは別個体であると判断している。判断材料、サラっと口に出され耳にした「60階層から随分と潜った先」が何処であるかはスルーしたが、その判断は正解だ。

 

 

「君の心に残っている最後の復讐は、ジャガーノートに対するモノだろう。だが、ジャガーノートが持ち得る特異性を考慮するならば、このジャガ丸が無関係とも言い切れない」

「……はい。そして、私は絶対に勝てない。あのジャガ……丸より弱かった、かつてのジャガ―ノートにも……」

 

 

 ジャガ丸は怯えるリューを横目見つつ、ベルの足元へと近づいていく。見た目の話を除外すれば、構ってほしそうに近づく猫の様だ。

 ベルも両手を前へと出し、ジャガ丸の頭を撫でるなどして対応中。驚異的な光景にしか映らないリュー・リオンだが、先日にもっとオカシな光景を目にしている為に、特に表情に出すようなこともない。

 

 

 そして、もう一人。猫と兎の二名が行う“じゃれ合い”を見ていたアイズは、意を決して声を掛けた。

 

 

「じゃ、ジャガ丸。わかる、かな?」

『……?』

 

 

 可愛らしく首を傾げるジャガ丸と、連動するアイズ・ヴァレンシュタイン。まるで鏡のような動きだが、何が“分かる”のかが分からないベル・クラネル。アイズ語は難しい。

 

 

「ジャガ、丸!」

『!』

 

 

 言葉は二つだけ、しかし即・意気投合であった。右腕と右前足が前へと出されてクロスされ、続けざまに逆側が交わされ、最後にハイタッチらしき何かで締めくくっている。

 

 あのアイズ・ヴァレンシュタインがモンスターと仲良くなるという、まさかの光景。ロキ・ファミリアの者が見ていれば、目を疑うような一幕であったと言えるだろう。

 

 ともあれ、善は急げ。モンスターが嫌いだと言っていたアイズが、せっかくジャガ丸と仲良くなれるチャンスなのだから、ベル・クラネルは動きを見せる。

 ジャガ丸の頭の後ろへの乗り方を説明しており、アイズと二人またがって一帯を走り回っていた。後ろから回された手と背中に彼女の温もりを感じながら、二人プラス一名の世界に入っている。

 

 

「……で。君は、どうする?」

「乗りません」

 

 

――――そう来るか。

 

 ポンコツエルフ、斜めの上の回答である。

 

 

「そちらではない。あの宿敵をどうするかと、聞いている」

「……。うまく、説明ができないのですが……例え、もし仮に私が勝てるとしても、あのジャガ丸を討つことは、間違っていると思います」

「なるほど」

 

 

 勘違いとはいえ対峙した、かつての敵であるアイズ・ヴァレンシュタイン。誰よりもモンスターを憎み嫌っていたはずの彼女は、ああして己の殻を破っている。

 

 ジャガーノートと触れ合うことで乗り越えるか。かつての死地でジャガーノートを召喚し、皆と一緒に倒すことで復讐とするか。

 乗り越え方は人それぞれであり、彼女がどちらを選んでも、もしくは全く違う答えが出ても、タカヒロは咎めるつもりはない。出される答えは、リュー・リオンが抱く正義の一つなのだ。

 

 やがて、走り終えたベル達が戻ってくる。噤まれていたエルフの口が静かに開いたのは、そのタイミングであった。

 

 

「クラネルさん、ヴァレンシュタインさん」

 

 

 空色の目が、真っ直ぐで力強い瞳が、二人を捉える。酒場の時とは打って変わった表情を前にして、ベルとアイズの二人も表情に力が入る。

 恐らくは出されるであろう。先程の問答から出された、彼女の答え。二人は、その答えを成すために応援してあげたい気持ちを抱いている。

 

 

「私と一緒に……“ジャガ丸”と、戦ってくれませんか」

 

 

 模擬戦方式という言葉は口にされなかったが、全員はそれを理解している。傍観者のタカヒロはジャガ丸を呼び寄せており、相手に聞こえないように手加減具合を指示していた。

 ともかく、それがリュー・リオンの出した答えだった。だからこそアイズとベルは応えるべく準備を行っており、抱く戦意の高さは実戦そのもの。

 

 両者はリューの前に立ち、守るかのようにして背中を向ける。見据える敵から片時も目を逸らすことなく、恐らくは出されるであろう開始の時を待っていた。

 

 

――――っ、脚、が……。

 

 答えを得ても、分かってはいても。一歩を踏み出すというコトは、非常に大きく重いものがある。

 だからこそ、リューの足が上がらない。いくら意識をしていても、染み付いてしまった本能(トラウマ)が、ジャガーノートとの戦いを拒否してしまう。

 

 

 ならば、後ろから背中を押してやるか。そう考えたタカヒロは、最後の言葉を口にした。

 

 

「敗北とは悪い事ではない。人は失敗してこそ学び、対策し、成長する生き物だ」

「っ……」

「だが同時に、同じ過ちを幾度となく繰り返すならば無様とも言えるだろう。さてどうするリュー・リオン。今目の前で、君に手を差し伸べてくれた者たちが、かつてのモンスターに挑もうとしているぞ」

 

 

 結果は、火を見るよりも明らかだ。あのジャガーノートは、かつてのソレよりも圧倒的な強さを秘めている。

 いくらレベル4の“悪魔兎(ジョーカー)”だろうが、レベル6の“剣姫(けんき)”だろうが。攻撃の構えを崩さない出で立ちを見せるアレは、目の前に立つ者たちに圧倒的な絶望を振りかざす。

 

 目にするだけで恐怖がこみ上げ、手が震え、足がすくみ、腰が引ける。擦り減った心の分だけ表情は強張り、抗うようにして歯を食いしばって足腰に力を入れているが、少し触れれば崩れ落ちてしまうだろう。

 これが鍛錬の一端であることなど、出会った頃から忘れていた。かつてのトラウマと向き合う今の彼女は、五年前の27階層という場所に立っている。

 

 

 脳裏に響く、先ほど耳にした据わった声。人は失敗してこそ学び、対策し、成長する。

 昨夜見た、懐かしい夢を思い出す。それは記憶にある三人に謝るためではなく、目の前にある、乗り越えるべき壁を倒すため。

 

――――やらせない。もう二度と、自分を大切にしてくれた人に傷の一つも付けさせない。

 

 歯を食いしばる理由は、己を立たせるためではなく全力で立ち向かうために。強張る表情は己を保つためではなく、己が抱くトラウマを乗り越えるために。

 リューが、その足を一歩前に出したタイミングだった。

 

 

起動(テンペスト)――――復讐姫(アヴェンジャー)

 

 

 旋毛風の如く黒く禍々しい風が生まれ、通常時の魔法とは比べ物にならない程の破壊力を発揮する。二つのスキルを連結させて使うという、ある意味では彼女が持ち得る必殺技だ。

 その風を纏った際に放てる攻撃の威力は破格の代物であり、超硬金属(アダマンタイト)の盾を一撃で粉砕する程。消費するマインドは非常に激しく燃費は最悪だが、それに見合う威力は確実に備えているのだ。

 

 

「アイズ……」

 

 

 アイズは、自分が抱え向き合っていくと決めた心の闇を、ベルに打ち明けたことがある。それで嫌われてしまうならば黙っていればよかったが、区切りを付けたこともあって、隠し事はしたくなかった為の行いだ。

 

 モンスターを憎むスキル“復讐姫(アヴェンジャー)”。大切な人をモンスターに殺されたアイズが抱える、リューと同じ心の闇。

 傍から見ても、今にも飲み込まれそうなほどの強い憎しみが感じられる。彼女を中心に発生していた旋毛風の如く黒く禍々しい風は、それだけで並大抵のモンスターを倒すことが出来るだろう。

 

 しかし、普段よりも出力が弱い。何故ならば、この複合詠唱によって生まれる効果は“憎悪の丈により効果が向上”となるからだ。

 つまり今のジャガ丸に対して憎悪を抱いていない為に、かつてよりもずっと低い効果しか発揮できていないのだ。これでは、消費するマインドに対して得られる効果は非常に効率が悪いものとなる。

 

 

 もちろん、それはアイズとて理解している。だからこそ、ひっそりと行っていたタカヒロとの鍛錬において得た発展型のスキルを、ここで初めて使うと決めたのだ。

 

 本当に最近得たという事もあり、それは、ベルに示す為だったかもしれない。もしかしたら、ベルが手を差し伸べたリューに対し、悩んでいるのは貴女だけじゃないと示すと同時に、ベルは私の者だと威嚇する為だったかもしれない。

 

 どちらにせよ、アイズ・ヴァレンシュタインが得た新しい力であることに違いはない。スッと少し深く息を吸い込んだアイズは力のこもった表情で、複合詠唱の“続き”である次の一文を口にした。

 

 

 

 

「――――属性変換(コンバージョン)英雄冀求(アルゴノゥト)

 




属性変換:GrimDawnにおける装備効果の一つ。例えば物理→火炎40%の変換が発生する場合において物理100ダメージを放つと、物理60火炎40の攻撃となる。

ヒント:118話の最後


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177話 Vsジャガ丸

 

 「――――属性変換(コンバージョン)英雄冀求(アルゴノゥト)

 

 

 彼女を中心に旋毛風の如く発生していた黒く禍々しい風が、一瞬にして純白に染まる。容易には破れぬ程に力強いことが一目でわかるその風は、攻守の両方を兼ね備えたアイズ・ヴァレンシュタインの新しいスキルだ。

 “憎悪の丈により効果が向上”する“復讐姫(アヴェンジャー)”とは違って、その効果は“想いの丈により効果が向上”。つまるところ、ベルが持つ憧憬一途(リアリス・フレーゼ)と似た性能向上効果を持ち合わせている。

 

 その想う相手が誰かとなれば、リヴェリアやタカヒロの愛念献身(アルタ・アモリス)とは違って名指しではない。そもそもにおいてデフォルトで好感度マックスかつ名指しとなっているこちらがイレギュラーなのだが、それらの点はさておくこととする。

 ともあれアイズの場合、対象となる相手は時と場合によって変わるだろう。愛し進む道で支えてあげたいベルならば効果は最大限に発揮され、リヴェリア達を守りたいと想う時にも高出力が維持されるのは言うまでもない事だ。

 

 

 まさかの言葉、英雄冀求(アルゴノゥト)の文言を耳にして驚いているのはベル・クラネルだ。スキルの効果内容までは知らないものの、自分と同じ名前のスキルを持っていることに驚きを隠せない。

 本来は英雄を欲する文言のスキルながらも、それを参照するのは想いの強さと己の精神(こころ)の依り代だけ。心中に掲げるのは、想う者の為に剣をとるというアイズ・ヴァレンシュタインの“戦う理由”に他ならない。

 

 

「――――ベルは。私が、護る」

 

 

 英雄を求めるだけではない。かつて、タカヒロに貰った一つの答えから、彼女が導き出した一つの答え(考え)。変換前と比べて対モンスター以外でも発動できるというメリットはあるものの、燃費の悪さも相変わらずだ。

 しかしそれは、英雄(ベル)を求めるだけではなく、己が護り支えても行くのだという決意と覚悟の表れだ。思わずジャガ丸もその身に力が入っており、強敵を見る目でもって見据えている。

 

 

 もっとも、“何故このようなことが出来るようになったか”については単純だ。例によって後ろに居る傍観者(タカヒロ)が、「気持ちの問題のようだし、スキルを連結できるなら変換もできるのでは?」と、己の装備における能力上昇や酸から物理変換などを参照して、安易なことを口走ったのが原因に他ならない。

 結果としては、見ての通り。最近まで密かに続いていた鍛錬において「あ、できた」というアイズの呑気な言葉と共に成功してしまっており、こうして新たな力として具現化している。

 

 なお、何故アイズ本人すら知らないスキルをタカヒロが知っていたかについては、彼女の母親役が要因なのは言うまでもないだろう。アイズ本人も知らないのだから露呈しても問題はないと表現すれば、個人情報に対する暴論だ。

 

 

「いくよ、ジャガ丸!」

『――――!!』

 

 

 始まりは、アイズが仕掛けた跳躍から繰り出される縦薙ぎの一撃だった。ダンジョンの階層を貫かんとする程に強力で大きなクレーターを作った一撃は、ジャガ丸はもとよりベルとリューにも大きな驚きの表情を与えている。

 

 

 ベル・クラネルと出会い、相手を知り、四六時中でこそなけれど共に過ごし。戦いを忘れて休むことで生まれる心身の余裕を、だからこそ発揮できる此処一番の力を覚えた。

 鍛錬の時は例によって微動だにしない人間らしい何かに通じる事はなかったが、此処一番の力はこうしてアイズ自身にも分かる程の力強さ。アイズ・ヴァレンシュタインが得た、新たな“武器”の一つである。

 

 ベルも彼女が速度も兼ね備えるパワーファイターの類であることは知っていたが、それでも彼の中にある彼女とは、かけ離れた速度と力。ダンジョンの階層を貫かんとする程に強力で大きなクレーターを作った一撃に驚いたが、それこそ驚いている暇はない。

 例えあれほどの力を得たとはいえ、ジャガ丸との間にある差は歴然だ。現にジャガ丸には回避されており、だからこそベルは、着地後で隙のあるアイズへの攻撃を阻止するために連携の一撃を叩きこむ。

 

 

「ッア……!?」

 

 

 隙を突いたはずの、完璧な一撃だった。それこそタカヒロ評価で90点後半が付くような、文句のない一撃である。

 しかし、アイズが繰り出した、それこそ目にもとまらぬ超高速の縦薙ぎを躱しつつ放たれた一撃。“先日に見たモノよりも弱く遅い”、アイズよりもやや速い超高速の刺突攻撃が、手に持つヘスティア・ナイフを弾き飛ばすかのように襲い掛かった。

 

 レベルは違えどかつて59階層で感じた、汚れた精霊の触手を弾いた時のような強烈な痛み。苦痛に顔が歪み、手に持つナイフの感覚さえ希薄である。

 それでもあの時のように、痛みに屈している時間などありはしない。かつての鍛錬においてもそうだったが、ベル・クラネルが倒れている暇などない事は、他でもない少年自身が分かっている。

 

 向けられる二人の攻撃に反応したジャガ丸は咄嗟に回避の動作を見せており、実のところは考えと共に余裕を抱えた行動だ。とある一点へと向かって回避を行ったことにより、アイズとベルが同じ地点へと横薙ぎの攻撃を見舞うこととなる。

 これでは、二人の攻撃は衝突する。頭が考える前に体が反応したベルは、直感のままに“デスペレートの刃先”にアイズ・ナイフを添えて横薙ぎの向きを変更した。

 

 

「ほう」

『――――!』

 

 

 思わず呟くタカヒロと、寄り添うかのような連携の攻撃により、結果としてジャガ丸の尾へと届く彼女の一撃。ある程度は自由に動かせる尾であったために明確なダメージとはならないが、それでも一撃は一撃だ。

 そしてジャガ丸にとっても、休む暇などありはしない。少しばかり体勢が乱れてしまったジャガ丸に向かって、疾風の風が襲い掛かる。

 

 

「ハアッ!!」

 

 

 ジャガーノートの装甲と刃がぶつかる甲高い白銀の声とは違い、打ち鳴らされるのは「木製のコップが落ちたような」と表現できる軽い音。木製かつ打撃形の武器だからこその音であり、外骨格に該当するジャガ丸にとっては有効打とは言えないだろう。

 基本として打撃用の武器とは、使用者の筋力と武器そのものの重量がモノを言う。知識こそ無いが直感的にそれを分かっているジャガ丸は、故にあまり注意を向けていない。

 

 それでもリューは、攻める気配を緩めない。“先程と似た”一撃が振るわれると判断したジャガ丸は防ぐ動作を見せつつも、ベルが放った“カウンター・ストライク”へと意識が向いてしまっていた。

 故に鍛錬と言えど、そこに確かな隙が生まれる。木刀による一撃、ナイフの一撃と順に弾き、再び木刀の一撃がジャガ丸に対して見舞われた時だった。

 

 

『――――!?』

 

 

 先程の全力めいた一撃は、何だったのか。そう思ってしまうほどに重く、己の身の骨が軋む一撃。

 傍から見ていたタカヒロだが、振りのモーションも、振りの速度も変わらない。ならば威力が上がった理由は筋力が極端に上昇したこと以外にあり得なく、何かしらのスキルなのだと真相を見抜いていた。

 

 

 その実は、正解である。リュー・リオンは、スキル“精神装填(マインド・ロード)”を発動させていた。

 攻撃時に精神力を消費することで、力のアビリティを強化する彼女のスキル。精神力の消費量を含め、任意で発動できる点が特徴と言えるだろう。

 

 彼女の口癖、「いつもやりすぎてしまう」。そんな一文を象徴するかのように、後先を考えない量の精神力(マインド)を消費させ、叩き込まれた一撃だ。

 冒険者とは元々が細身に似合わない怪力を発揮するモノであるが、その点を考慮したとしても予想外にも程がある一撃に匹敵する。飛び退いて態勢を立て直さなければ、目の前に迫るベルの一撃をマトモに受けることとなるのは明白だ。

 

 

 だからこそ、読みやすい。ジャガ丸が飛びのくであろう先へと、縦に振り下ろされるアイズの一撃が迫っていた。

 

 

『――――』

 

 

 全く隙のない、完璧な連携攻撃。例え地力で劣ることは分かっていながらも、それを補う各々の狡猾さ。

 ジャガ丸から見て、特に白と金の連携は微塵の隙もない程だ。もちろんそれは傍から見ているタカヒロも同様の感想であり、思わず唸りかける程のものがある。

 

 三人が狙っているのは短期決戦、あまりにも露骨ながら最も有効な戦法だ。それを証明するかのように、ベルとアイズが放つ一撃一撃は、日ごろの鍛錬におけるモノとは異なっている。

 防御面においては華奢なジャガ丸がマトモに食らってしまえば、当たりどころによっては致命傷となるだろう。そんなタカヒロの考えをジャガ丸も抱いていたのか、故に今までにはない行動を見せることとなった。

 

 

「っ!?」

「なっ!?」

「は、速い……!」

 

 

 加減無しに全力で回避するしか、ジャガ丸には道が残されていなかった。そうでもしなければ、その身は白い暴風に巻き込まれていたことは明らかである。

 ジャガ丸が全力を出したならば絶対に勝てない三名だが、それでも相手の加減を緩めることには成功したことに変わりは無い。ジャガ丸が全力で回避したことを見抜いたタカヒロは今まで黙っていたものの、ここで一つ口を開いた。

 

 

「一本取られたな、ジャガ丸。今の攻防は、加減を緩めざるを得なかった君の負けだ」

『……』

 

 

 先の攻防を思い返すジャガ丸だが、全くの事実であるためにぐうの音も出ない。もっともモンスターがそんな感情を抱くかはタカヒロも分からないが、悔しがっているようにも見て取れる。

 そして、ジャガ丸が抱く気配が変わったことも。ベル達もそれを感じており、無意識のうちに額に冷や汗が滲んでいた。

 

 

「来るよ、ベル……」

「頑張って、できる限りを防ぎます。二人は、なんとかして一撃を入れてください」

「っ……」

 

 

 絶対に勝てない者との戦い。鍛錬において何度かタカヒロと戦ってきたベルとアイズは、いくらか慣れた光景と言えるかもしれない。

 その実は全力を出すしか道がない事を知っているからこその諦めでもあるのだが、実戦においては重要なことだろう。己の実力を示すことが出来るならば、常識的には“万が一”の可能性も残されている。

 

 残る一人のリュー・リオンにとっては、向けられるプレッシャーが己の勇気を上回る。今迄において最も手足はガチガチに固まってしまっており、歯を食いしばって何とかして耐えている状態だ。

 

 

「リューさん」

 

 

 据わったベルの声を耳にして、華奢な身体が大きく震える。消えぬ恐怖を抱いたままそちらへと顔を向けた彼女だが、そこにあった姿は、豊饒の女主人で目にしてきた姿とは程遠い。

 その隣では、白い風を纏うアイズもまた据わった表情でジャガ丸を捉えていた。負けじと表情に力を入れたリューを目にして、ベルは再び前を見据える。

 

 

「……僕達が居ます。一緒に、行きましょう。すみませんが、最初の一撃は、リューさんが防いでください」

 

 

 返答を聞かずに、ベルとアイズが地を駆けるべく脚に力を入れたタイミング。見えているのは残像かと錯覚するかのような速さで、ジャガ丸が攻撃を仕掛けるべく突撃を実行した。

 ベルとアイズが何とかしてくれることを願い、リューは二人とジャガ丸との間に割って入る。木刀が粉砕されないかと瞬きよりも短い時間だけ心配になったが、そんなことよりもと、守るべき者のために力を発した。

 

 目にした迫る光景は、かつてのトラウマを上回っていた。だからこそリュー・リオンも全力を示さねば、下手をしたら死があり得ると、身体が本能的に動いている。

 

 

 突然の突風よりも早く条件反射に対応できたというのに、与えられた衝撃の凄まじさは過去一番を上回る。恐怖に耐えていた彼女の姿はどこにもなく、華奢な顔が苦痛に歪んだ。

 

 

「アガッっ……!?」

 

 

 凶悪と表現して足りないのではないかという移動速度と攻撃速度、一撃で己の木刀を吹き飛ばしかける程に出鱈目な威力の刺突攻撃。なんでコレをマトモに食らって平気でいられる人間がいるのかと、ジャガ丸の上を行く出鱈目な存在に心の内で抗議した。

 それでもって相手は、きっと今ですら3人に合わせて手加減してくれているのだろう。先日その出鱈目な存在と戦っていた時よりも一撃は遥かに弱く、動きも遅く余裕が見受けられる。

 

 

「っ……!」

 

 

 いくら手加減しようが、存在がジャガーノートであることに変わりは無い。よもや95階層産、更にその全ダメージが+100%となっていることなどリューが知る由はないが、三人がかりで押されていることは揺るぎない。

 続けざまに放たれたベルとアイズの連携攻撃も相変わらず見事ながら、先程と違って届く気配の欠片もない。倍近くあるのではないかと錯覚してしまう程にある敏捷の違いは、あらゆる近接攻撃を回避するのだ。

 

 そういった意味では、被ダメージをトリガーとして勝手に発動するカウンター満載のタカヒロは、やはりジャガーノートの天敵と言えるだろう。もしそれがあったならばベル達にもチャンスがあっただろうが、無いもの強請りをしても仕方がない。

 魔法を反射するために、ファイアボルトが実質的に無効化されている点も不利な点だ。前線で戦闘しつつ並行詠唱を伴う魔法を併用して戦うリューにとっては猶更のことであり、厳しい縛りを背負ったまま打開策を模索しながら戦った三名ながらも、やがて敗北する結果と相成った。

 

 

「勝て、なかった……」

「ジャガ丸、強すぎ……」

「……」

 

 

 手加減をしつつ相手をしていたジャガ丸に対し、もはや全員が体力切れ。効率の良い攻守から生まれるスタミナお化けのベルがアイズとリューを守りつつ最後まで抵抗を続けていたものの、もう立ち上がる力すら残っていない。

 

 ドヤァと言わんばかりにふんぞり返るジャガ丸に対して、「じゃあ自分が出るか?」とガンを飛ばす一般人。あっという間に怯えに変わってしまいガタガタと震えるジャガ丸の首根っこをつかみ、ちょっとツラ貸せと言わんばかりの様相で、邪魔者にならぬよう森の中へと消えていった。

 

 戦いに挑んだ三人は衣類に傷こそないながらも、それぞれが大の字で仰向けに倒れている。三人を見下ろす18階層特有の水晶が星々のように感じ、満開の拍手のように見えたのは三人の気のせいではないはずだ。

 ダンジョンの中だというのに頬を撫でる風は秋の様相を見せており、熱を持った身体を包んでくれる。揺れ擦れる木々の音色は、三人を癒す子守歌のようだ。

 

 

「クラネルさん、ヴァレンシュタインさん」

 

 

 静寂の中、最初に口を開いたのはリューだった。まず初めに、付き合ってくれた事に対して礼の言葉を述べている。

 

 どうやら今日という日は、彼女の中で一つの区切りとなったらしい。辛い過去を忘れる事や捨てることはできないが、ジャガーノートにやられた無念を晴らすために、向き合ったうえで前を向くことを口にした。

 もしあの時に戻れるならばと、5年を超える月日の間に何度思い描いたことだろうか。決して叶わぬと分かっていながら、なぜ自分が生き残ったのかとリュー・リオンは悩み続けた。

 

 どれほど過去を悔やんでも、後悔の念が消えることはない。何もできなかった自分に生まれる悔しさは、決して忘れることはないだろう。

 

 

「私は……掛け替えのない仲間たちが残してくれた、託してくれた想いを守っていく。そして私の正義を守れるように、示せるように。今よりも、もっと強くなるために努力する」

「はい」

「……」

 

 

 仰向けのままでベルとアイズは顔を向けあい、リューが立ち直ってくれて良かったと互いに薄笑みを浮かべている。その反対側、寝ころびながらベルが顔を向けた先にあるエルフらしい横顔は、酒場の様相とは程遠い。

 戦う理由を持った、戦士の顔。リュー・リオンが同じ理由で立ち止まってしまうことは、この先は二度とないだろう。

 

 

「だから、クラネルさん……私を、ヘスティア・ファミリアに置いてください」

「はい。……はい?」

 

 

 最後の文面が、どう頑張って考えても繋がらなかった。アイズと一緒に上半身を起こしてリューを見るも仰向けのままで反応はなく、二人は互いに首を傾げあっている。

 そしてリューとしては、“何故ベルに聞くのか”と問われているように受け取ってしまっている。だからこそ自信満々な様相で、思っていることを口にしたのだった。

 

 

「当然です。クラネルさんはヘスティア・ファミリアの団長ですし、私に対してここまでして下さった、“良い人”なのですから」

「っ!?」

「リューさん!?」

 

 

 突然と明後日の言葉を耳にしたアイズは宣戦布告と受け取り立ち上がって抜刀スタイル、ベルは「何を言い出すのか」と言わんばかりにアタフタ中。リヴェリアといいリューといい、エルフというのは揃って突拍子もないことを言うのだろうか。

 ともあれ原因としては、かつての彼女の仲間にある。赤く長い美しい髪をポニーテールで括っていたかつての団長がリュー・リオンへと吹き込んだ、“大ぼら”と言うワケだ。

 

 ちなみに何故ベルとアイズがその言葉の意味を知っているのかとなると、タカヒロが原因だ。「彼氏彼女の表現が恥ずかしい」と娘息子から代替案がないかの相談を受けた際に、その表現を伝えていたのである。

 だからこそアイズは両頬を膨らませ、“げきおこプンプン丸”へと変貌する。もちろん言葉だけ知っており意味なんて分かっていないリューは仏頂面のまま、頭上からクエスチョンマークを出す反応しかできないのは仕方のないことだろう。

 

 

「えーっと、リューさん。男女の間柄で“良い人”というのは……」

 

 

 残念な事実が伝えられた直後。無表情と言えるリューの顔は一瞬にして赤くなり、頭からボッと湯気が沸き立っている。

 

 

「そ、そそそそのような意味ではありません!!」

 

 

 目を見開くポンコツエルフ、必死になってアタフタしながら弁明中。慌てて立ち上がる際に盛大にズッコケるなど、中々のポンコツぶりを発揮していた。大丈夫だぞリュー・リオン、一族の王様だって根は同類(ポンコツ)だ。

 

 なお、示し合わせたかのようにベルの方に倒れてベルが抱き留めているのだから、それはもうアイズは頬を膨らませて過去一番にプンスカ状態である。相変わらずお目目グルグルなリュー・リオンはベルの両肩を掴んで「弁明してください」と言っているが、誰がどう見ても原因が彼女にあるのは明らかだ。

 この辺りは、ベルの祖父が残した呪いの類かもしれない。実際には様々なパターンがあれど、一人増えそうになっただけで過去一番にアイズが怒っている今の状況から「ハーレムなんてロクなもんじゃない」と実感したベル・クラネルは、いつか聞いた師の教えを噛み締めるのであった。

 




未来のヒント:ルビ


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178話 追い打ち(フォロー)

 

 物事や行事とは、程度はどうあれ計画を立てて行う事が一般的だろう。旅行や食事についてが一般的であり、行先はもとより計画的に貯金を行うなど、長期的なスパンの下で物事は進行する。

 一方で、何の前触れもなく発生する突発的なイベントも存在する。この場合は基本として応対に苦労することとなり、事の大きさ次第では、周りを巻き込む事態に発展するのだ。

 

 

 ロキ・ファミリアのホーム、黄昏の館。城の如く聳え立つ大きな建物は、オラリオにおいて最も目立つ建造物の一つである。

 そんな建物の内部には幾つもの部屋があり、ファミリアに所属している者は、各々の部屋で日常を過ごす。ほとんどの者は集団、もしくは相部屋なのだが、幹部クラスには相応の個室が与えられているのが実情だ。

 

 

「えっと……アレと、コレと……」

 

 

 そのうちの一つに、アイズ・ヴァレンシュタインの個室がある。広さとしては10畳ほどのものがあり、一人で過ごすには十分な広さと言えるだろう。

 今でこそ僅かに私服が増えつつあるが、今まではホームとダンジョンを往復する毎日だった為に私物も僅か。そのために、探し物はすぐに見つかる事となる。

 

 

 そんな最中、彼女は先日の光景を思い返す。

 

 

 先日は18階層で死闘を繰り広げたのちに、ベルを狙う新たな存在、天然刺客(ポンコツエルフ)の存在を知って慌てふためいた。彼女リュー・リオンがエルフと呼ばれる種族だったことも相まって、完全に油断して警戒していなかった事は事実だろう。

 彼女が酒場“豊饒の女主人”に勤めていたこともあって繋がりは薄く、輪をかけて猶更だ。時々共に訪れていたタカヒロならば“理由は不明だが、やけに仲が近い”事を知っていたものの、わざわざアイズに伝える事実でもない為に口を閉じたままだった。

 

 エルフには本来、他種族を排他的に見る傾向がある。オラリオに来ているエルフの冒険者たちは、コレでもまだ少しはマシだと、以前にリヴェリアが愚痴をこぼしていた事を思い出したアイズだが、時すでに遅し。

 とはいえ、ロキ・ファミリアのエルフたちは比較的フレンドリーであるために、アイズにとってはその実感が少なかった事も仕方がない。本当にヘスティア・ファミリアへと改宗(コンバート)するかは即決には至らなかったものの、もしそうなれば、物理的な距離は圧倒的に近くなる。

 

 

 ――――あの(エルフ)は、油断ならない。

 

 

 兎には人を吸い寄せる魔力がある、とでもいうのだろうか。何ルカ・アー何某と初エンカウントした時の装備キチの如く、アイズ・ヴァレンシュタインが持ち得る直感が、吠え叫ぶ犬の如く反応を見せている。

 危ない人物としてはフレイヤ、リューときて、アイズの中では何故だかベート・ローガが追加されている。警戒判定の隙間を彷徨うレヴィスも居るとくれば、彼女もまた己が持ち得るアドバンテージに胡座をかいている余裕は無いだろう。

 

 

 そんな彼女の今日の予定については、ロキ・ファミリアとしての行動も必要ない。言い方を変えれば、非番の類である。

 現代人にとっては狂喜乱舞する日程ながらも、オラリオでは少し異なることだろう。組織としてやるべきことがないとはいえ、個人的な買い物も含め、彼女の予定はそこそこの密度で詰まっていた。

 

 

 その一つが、普段から酷使している武具の手入れと言えるだろう。いつもは寝る前のルーチンワークながらも、最近はダンジョンへ行く頻度が大きく減ったこともあって、こうして日が昇っている最中に行うことも少なくない。大がかりなメンテナンスとなれば餅は餅屋ということで鍛冶師の出番となるが、普段の油さし程度は彼女でも行える。

 車で例えるならば、タイヤに充填する空気圧の調整と似たレベル。体調でいうならば、少し風邪気味かなと感じた際に市販薬を摂取する程度だ。冒険者として生計を立てる上で、アイズ・ヴァレンシュタインに叩き込まれたスキルの一つとなっている。

 

 

 鎧に関しては元々がライトアーマーであり、可動部については手首足首の二か所だけ。その為あまり時間は要しておらず、続いて武器、サーベルの一種であるデスペレートの整備に入るようだ。

 とはいうものの慣れた作業でもあり、彼女は右手でデスペレート用の油を用意しつつ、左手で鞘からデスペレートを引き抜く動作を行っている。あとはそのまま机の上へと運べば、準備の大半が終了だ。

 

 

 前代未聞の異常が発生したのは、その段階を迎える直前である。

 

 

「……パキ?」

 

 

 ふと、随分と軽くなった左手部分を覗き込む。なんだか甲高い音が響いたと認識できたのは、その直後だ。

 続いて力のない金属音がゴトリと音を立てカーペットの上に落下した状況は、彼女の視線を床面へと更に下げる。あまりにも突拍子が過ぎる為に、何が起こったかを理解するまでに数秒を要する事だろう。

 

 

 結論から言えば、ものの見事に、先端から三分の二程の位置より真っ二つ。流石の天然少女アイズとはいえ、こればかりは状況を把握できており――――

 

 

――――折れ、た!?

 

 

 オラリオにおける超硬金属(アダマンタイト)を上回る、最硬金属(オリハルコン)。彼女の愛剣であるデスペレートは、そのような素材を中心として作られている。

 もしもデスペレートが言葉を発する事ができるならば、「もう無理☆」とでも発していたことだろうか。ガレスですらも破壊不可能と言われている金属は、先日の18階層でアイズが発していた“TruePowerrrrr!!”に耐えきれず、極度の疲労によってお役御免となってしまった。

 

 

 いやーな汗、それも冷や汗の類が、アイズの全身を染め上げる。気化熱によって奪われる体温は、全身に僅かな震えを生じさせていた。

 理由は、修理費用(おかね)。将来に備えて家事一般を必死になって覚えている彼女は暗算についてもタカヒロから学んでおり、だからこそ、コレの修理費がどうなるか見当がついてしまった。

 

 以前に借りていた代剣を叩き折った時は、4000万ヴァリス。折れた端も回収できたために素材費用としていくらかペイされたと仮定し安く見積もったとしても、元値は5000万ヴァリス以上だったことだろう。

 その剣に使われていたのは最硬金属(オリハルコン)ではなく、超硬金属(アダマンタイト)。金属の単価だけを比べても、単純計算で10倍程度の差がついている。

 

 

 ってことは、これまた単純計算で、デスペレートの新規購入費用は5億ヴァリス以上。今回もまた破材が残っているとはいえ、どう頑張っても億単位ヴァリスを上回る事は揺るがない。

 何故折れたかについては、考えている暇がない。該当するとなればつい先日に行った18階層での戦闘が当てはまるものの、確かと呼べるロジックすらも浮かばない。

 

 

 兎にも角にも。アイズ・ヴァレンシュタイン、色々な意味で絶対のピンチ。

 

 

 拍車をかけるかの如く様々な思考が頭の中を駆け巡り、どうして良いかが分からない。彼女自身もまたデスペレートが折れるなど僅かにも想定にしておらず、だからこそ混乱と呼べる状態へと突入する。

 普通の剣ならば、真っ先に鍛冶師の元へと持っていくことだろう。しかし借金地獄へと堕ちる前に何か出来ることがあるのではないかと、藁にもすがる可能性に望みをかける。

 

 

 困った時に、頼りになる人物。パッと頭に三人の顔が浮かんだ彼女は、先ずはとばかりに母親の元へと駆けだした。

 

====

 

 一方その頃。ヘスティア・ファミリアの団長ベル・クラネルと司令塔リリルカ・アーデは、ロキ・ファミリアのメンバーと共に、ロキ・ファミリアによる教導を受けていた。これもまた交流の一環とは、ロキ・ファミリア団長フィン・ディムナの弁である。

 その中に少しだけ私欲が混じっている点については、幸運にも全く露呈していない。唯一の例外としてロキ相手には僅かばかり感づかれているのだが、バレたらバレた時だと覚悟は決めている。

 

 

 血相を変えたアイズが駆け込んできたのは、そんな場所。リヴェリアとベル、頼りになれそうな二人の表情を見つけて僅かに表情が和らぐも、抱いた不安の色までは消しきれない。

 とはいえ彼女にとっては運がよく、教導は、丁度一区切りのタイミングとなったらしい。今まではフィンによる内容で、暫くの休憩を挟んだのち、リヴェリアによる内容となるようだ。

 

 

「ところで……どうかしたか、アイズ」

 

 

 普段のリヴェリアが発する落ち着いた声・表情と、同調するように僅かにかしげるベルが見せる柔らかな表情。今の彼女にとって、どれだけ心の安らぎとなった事だろう。

 これは勝ち申した、なんとかなりそう。そのように感じたアイズは二人の反応を目にし、まず現状を伝えなければならないと声を発する。

 

 

「剣が……折れた……!」

「えっ!?」

「……ふむ」

 

 

 しかし落ち着きが無いことも手伝って、ここで自然とアイズ語が発動。折れた物体を「剣」と表現しているだけで、「デスペレート」と名指ししていないのが致命傷。

 周囲一同は、不壊属性(デュランダル)が壊れるなど想定にもしていない。精々、鍛錬に使う剣を何本か折ってしまった、程度の受け取り方だ。

 

 それでも空気は重く、この場における発言者はリヴェリアだと誰もが察知していた。次点でベルになっており、まだここなら許される範囲内となるだろう。

 なお、次点についてはレフィーヤが納得するか怪しい所。何かとベルに対してアタリが強い彼女は、現にアイズとベルに対してせわしなく視線を向けている。

 

 

 と、ここで動いたのは手を口に当てて悩む仕草を見せるリヴェリアではなく、ベルであった。ともかく落ち込むアイズを元気づけようという純粋な優しさから、元気いっぱいの様相で言葉を発した。

 

 

「だ、大丈夫だよ!アイズの“力のステイタス”が高いのは皆が知ってるから!」

「ハウッ!?」

「ベル様……」

 

 

 リリルカの感想は只一つ。違う、そうじゃない。

 

 

 ここぞとばかりに仕事をする“幸運”は、ピンポイントで相手の急所を抉り取る。大丈夫ではないベル・クラネルによる追加ダメージ、こうかは ばつぐんだ。

 まさかの一撃を貰ったアイズは眉をハの字にして、タスケテと言わんばかりにリヴェリアへと目線を向ける。しかし、そこにあったのは溜息であり――――

 

 

「アイズ、今更何を気にするのだ。剣を叩き折った事など、幾度となくあるだろう」

「ヒウッ!?」

 

 

 こちらについても、フォローの欠片もありはしない。リヴェリア、と言うよりはロキ・ファミリアにおけるセオリー通りの反応だ。

 とはいえ、無理もないだろう。アイズが鍛錬用の剣を叩き折った数など、まさに暗記できる次元を超えている。加えてリヴェリアも、まさかデスペレートが折れたなど思っていない。

 

 

 ガックリと項垂れるアイズの両手は、小さくプルプルと震えている。今更ながらも対応がまずかったかと僅かに慌てるベルとリヴェリアだが、後の祭り。

 

 

 目じりに僅かな雫を浮かべ二人に向けられるは、非常に珍しい金色(こんじき)のジト目、超強力バージョン。前へと向けられた整った顔の両頬は膨らんでおり、プルプルと小さく震えている。

 感情を露わにしているからこその様子であり、昔から比べれば随分と年頃の少女らしい。とはいえ、いかんせん今回ばかりは内容が内容だ。

 

 

「二人とも、知らない!!」

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタイン、プンスカモード。非常に強い勢いと音と共に扉を閉め、全力疾走で黄昏の館から飛び出していく。遅れてやってきた反抗期の亜種かベルとリヴェリアが悪いかについては、人によって意見が分かれる事だろう。

 とはいえ傍からすれば、まさに突発的な家出のようにも見えただろう。偶然とはいえアイズが私服姿だったことも、輪をかけてシチュエーションに影響している。

 

 

 まさかの反応を目にして冷静さを失いつつあるリヴェリアと、それ以上に慌てふためくベル・クラネル。そんな二人を見つめる栗色の瞳が、身長差故に下方から突き刺さることとなった。。

 持ち主は、リリルカ・アーデ。なお様相は紛れもなくジト目の類であり、目線が合致してしまったベルは、何事かと恐れ、然りの類かと察知して姿勢を改めた。

 

 

「……ベル様、追いかけてください」

「えっ」

「追いかけてください」

 

 

 強烈な目線を向けられるベル・クラネル。今現在がロキ・ファミリア主体の教導の真っ最中と相まって、どう対処すべきか決断に迷っていた。

 そこに追い打ちをかけるのは、リヴェリアの弟子レフィーヤである。立ち上がってベルに向かって身体を向けると、強い口調で発言を行った。

 

 

悪魔兎(ジョーカー)、まさかリヴェリア様の教導を放棄することなど」

「ウィリディス様は口を閉じてください」

「あ、スミマセン」

 

 

 レフィーヤに対しても強烈なジト目を向ける、リリルカ・アーデ。叶うことは無いと知る想いを持つ彼女とはいえ、助けてもらったベルが幸せならばと、今回は損する役割に徹するようだ。

 あまりの剣幕にレフィーヤですらも二言を入れる事は不可能で、大人しく着席スタイルに戻っている。対ベル・クラネルということで暴走モード剣幕マシマシの彼女を一撃で治めるリリルカに敬意の眼差しが向けられているが、リリルカ自身は相変わらずベルに物言いたげな瞳を向けている。

 

 

 早い話が、さっさと行け。

 

 

 結局、本日の教導は中止となり、アイズを攻撃してしまった二人は、黄昏の館から飛び出していくのであった。

 




原作でもヒビが入っていましたが、本作ではポッキリと。


さて作中とは関係のない内容ですが、時の流れは早いもので初投稿から3年目を迎えることとなりました。
多数のブックマーク、評価を頂きありがとうございます。完結に向けて頑張ります。


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179話 汝の剣

 

 自室からデスペレートを回収したアイズ・ヴァレンシュタインは、半ば自暴自棄の様相で黄昏の館から飛び出した。突発的な家出ともとれる行動は彼女が“人形”ではなくなってきた証でもあるのだが、状況が状況だけに、素直に喜ぶこともできないだろう。

 

 そんな彼女が辿り着いた先は、オラリオ西部に存在するヘスティア・ファミリアのホーム。応対した者は相手がアイズだった事もあり、部屋の主を呼ぶことはせず、そのまま“彼”の部屋へと案内した。

 

 

「おや。どうかしたか、アイズ君」

 

 

 もちろん部屋の主は、父親役のタカヒロである。色で表現するならば赤青入り混じったアイズの表情を見ると本を閉じ、彼女をベッドサイドのチェアへ案内した。

 加えて先の2名と違って、此方はしっかりと相手の事情を聞いている。劣化することはあれど壊れないはずのデスペレートがポッキリと折れてしまった事について、現物を前に理解していた。

 

 

 混乱した胸の内を吐き出すことができて、ようやく落ち着いたのだろう。椅子の上で体育座りをしている、かつてない程にショゲたアイズの姿。落ち込みの中に悲しみと焦りも伺えており、突発的に何かが起こってやってきたことはタカヒロも理解できた。

 とはいえ他にも何があったのかと疑問と僅かな焦りを覚えつつ、タカヒロはヒアリングを継続的に実施中。そして全てが済んだ時、盛大な溜息と共に返事を行うこととなった。

 

 

「……事情については理解した。まったく、傷口に塩を塗ってどうする」

 

 

 ヘスティアが耳にしたならば、何かを言いたくなってしまう文言だ。

 

 それはさておき再び溜息と僅かな怒りが零れるタカヒロだが、仕方のない事だろう。本来ならば相方のベルが親身になって相談するか、ファミリアとしてリヴェリアやフィンが解決すべき問題なのだ。

 だというのによりにもよって、全くの無関係でこそないものの自分の所へやってきたのだから、対処する事も難しい。装備に関する事象と言うことでヤル気だけはあるものの、己が円満に解決してしまっていいのかと葛藤していると言うワケだ。

 

 

 とはいえ。アイズ・ヴァレンシュタインが自分を頼ってやってきてくれたのは、紛れもない事実である。

 互いに恋愛感情など欠片もないとはいえ、個人差はあれど頼られる事に喜びを感じるのが年上というモノ。最初に駆け寄ったところから見放されたならば大義名分は此方にあると判断し、タカヒロは肩入れを決定する。

 

 

 部屋のドアが丁寧にノックされたのは、そのタイミングであった。

 

 

 立ち上がってドアに向いたタカヒロの背中に、さっと機敏な動きで隠れるアイズ。ワイシャツの背中部分を掴みつつ、食事を与えたハムスターのように膨れた表情だけは横から突き出しており、絶賛威嚇中の態勢だ。

 

 

「謝罪の心と言葉があるならば、許可しよう」

「うっ……」

「……タカヒロ、入る」

 

 

 ドアを挟んでの声は、間違いなくベル・クラネル。そしてどうやらリヴェリアも追いかけてきたらしく、こちらも消え入りそうな、か細い声だ。

 二人して思うことは同じであり、アイズへの謝罪と、あのタカヒロが僅かながらに怒っている点。他人が耳にしたならば普段と変わりないものの、聞くものが耳にすれば、感情の変化は読み取れるのだ。

 

 ドアが閉められ、バトルフィールドは此処に完成。いつかの師と似て拝み倒すベル・クラネルと、しおらしく申し訳なさそうに自身の右腕を抱いて謝るリヴェリア・リヨス・アールヴ。

 なおアイズが見せている反応は、タカヒロの背中に隠れて顔を出し、両頬ぷっくりハムスター。全く非がないわけではないアイズだが、どちらの謝罪が炸裂するかは明白だ。

 

 

 黄金ハムスターVs白兎。食われるのはハムスター?窮鼠兎を噛むのです。甘噛みだと嬉しいですね。

 黄金ハムスターVs高貴妖精(ハイエルフ)。現実として前者に対してヤベー味方がついているので、後者の分が悪いだろう。

 

 

 とはいえど、戦闘は僅かにも起こらない。ベルとリヴェリアが同時に再び謝罪を行うと、タカヒロは姿勢を崩さず、アイズの頭に手を置いた。

 

 

「許してやれ、アイズ君。大きな器を見せる事も、年上としての行いだ」

 

 

 やはり少し強めに撫でられる、タカヒロの手が心地よい。そして先のような言葉で諭されては、反発の気持ちもアイズの中から薄まっていった。

 というわけで、少しの嫉妬が混じる仲直りの後は、要相談。デスペレートと明言しなかった点についてはタカヒロの口から注意として伝えられ、4人して、ものの見事に真っ二つとなったデスペレートと向き合っている。

 

 

 しかしなぜか、誰もが“壊れないはずの剣が壊れた”という事実については触れていない。「そんな事もあるのだろう」程度の認識に留まっている理由が()にあるかは、言わずもがなだ。

 

 

 ともあれ、そんな思考を植え付けてしまった妖怪ソウビオイテケの見立てとしては、「恐ろしい程に筋が通っているものの、耐久面を除いては“細工されたかの如く”ありきたりな性能」というのがデスペレートに対する評価。俗に言う所の“手の込んだ手抜き”と表現できるベクトルのものがある。

 このような呑気な推察の一方で、これを打ったのは神かと瞬時に真相を見抜いたのは、流石と言った所だろう。一般的な鍛冶師とは明らかに違う点を見抜いており、神々といえど隠しきるのは難しいようだ。

 

 

 そんなデスペレートについて何時から所持していたかについてはすっかり記憶の彼方にあるアイズだが、これがゴブニュ・ファミリアの主神の手によって造られた武器であることは知っている。大がかりなメンテナンスを行う際は、いつもゴブニュの元へと直接持ち込んでいたことも要因だろう。

 

 そしてタカヒロは、とあることに気づいたようだ。

 

 

「……この剣は、何度も打ち直されている」

「なにっ?」

 

 

 タカヒロの気づきに対して真っ先に疑問符を発したのは、アイズに関する諸々の世話を担当してきたリヴェリアだ。彼女曰く、少し長期のメンテナンスに出したことは何度かあれど、打ち直しなど依頼したことがないらしい。

 とはいえ彼女とて、少し考えれば不思議だと分かることだ。かつてレベル3の頃にアイズがモンスターとの戦闘にスキルを使用した時、壊れないはずの剣に歪が生じた。

 

 ならば何故。修理こそされているが“元のまま”である筈の剣が、レベル6の力に耐えられる?

 

 そのように考えた際、ベルはハッと息をのんだ。彼が愛用するヘスティア・ナイフもまた、このデスペレートと同じ道を歩んできたのだと、親近感が沸き起こった。

 違いは一つ。打ち直しと言う工程の存在が、表に出ているかどうかだけ。

 

 

 この剣には何度も助けられてきたアイズだが、その考えは少し違う。確かに直接的な要因としては、デスペレートとなるだろう。

 しかしその裏で、彼女の成長を見てきた者。決して表に出ることは無い位置から見守り支え続けた者によって、アイズ・ヴァレンシュタインは生かされてきたのだ。

 

 

 恐らくは此度の場合だけは、打ち手の想像を上回るペースでアイズが成長していたのだろう。ベルとの鍛錬で器用さも鍛えられている手前、武器の摩耗速度も緩やかになっている筈だが、最硬金属(オリハルコン)の基礎スペックでもカバーするには至らなかったようだ。

 その神の名前はタカヒロも知っている。かつて「怪物祭を楽しんできなよ」と言われた際にカフェのテラスで読んでいた本にも、ゴブニュの名前は存在した。鍛冶ファミリアということで興味はあったものの、その後に色々とあって忘れていた実態はお笑い種だ。

 

 

「錬鉄の職人らしい、なかなかの捻くれ者ではないか」

 

 

 直接会ったことは無い為に容姿を含めて全く知らないものの、まるで遠く離れた所で暮らす孫を心配する祖父の様。心配で仕方がない、しかし大手を振って現れることはできない為に、このような方法でしか加わることが出来なかったのだろう。

 ともあれ、デスペレートの現状は把握した装備キチ。ならば次は、持ち主がコレをどうしたいかである。

 

 大きな分岐としては、二つ。このまま直さず別の武器にするか、誰の手によるかはさておき、修理を行うか。

 アイズにとっては、何かと思い入れのある武器だろう。もっとも装備キチ及びその弟子と同じレベルの愛着があるかは、リヴェリアすらも分からない。

 

 三名の視線が、アイズを捉える。俯き気味にじっとデスペレートを見つめていた彼女は静かに顔を前へ向け、言葉を発した。

 

 

「……私の、想いは――――」

 

 

====

 

 

「……それで、手前の所に来たというワケか」

 

 

 オラリオの一角、ヘファイストス・ファミリアの工房が集う場所。今までの経過をかいつまんで30秒ほどで説明したリヴェリアの言葉に、工房の主となる椿・コルブランドは静かに答えた。

 表情は彼女らしく、僅かに口元が緩んでいる。しかし打たれ暫く経った鉄の如く深く濃く赤い瞳だけは全く笑っておらず、場の空気もまた張り詰めたものが漂っている。

 

 リヴェリア達が手を貸してやれるのは、ここまでだ。ここからは一人の冒険者、アイズ・ヴァレンシュタインによる意思表示と決定が必須となる。

 

 一歩前へと足を進めたアイズに対し、椿は椅子に腰かけたままで応対する。見上げる瞳に映る姿は以前にも近くで目にしたことがあったものの、どうやら彼女の記憶とは少し異なるものがあるらしい。

 

 

「例のアイズ・ナイフを取りに来た時にも感じたが……」

 

 

 かつて皮肉交じりに剣姫(けんき)の二つ名が与えられた時とは、まるで違う。外観からでは見定めることはできないと判断した椿は、アイズの言葉を待っていた。

 

 

「……私の為に、剣を、作って欲しい」

 

 

 終始のテンポが一定で落ち着いた、アイズらしい清楚な声。そこに焦りや不安はなく、ただ願いを口にする少女の姿だけが映し出されていた。

 故に椿の中では、かつてと同じ否定の感情が湧きおこらない。一度その目に力を入れ、再び向き合うことを心に決める。

 

 

 以前に向き合ったのは、遡る事10年前。彼女が当時7歳のアイズと初めて出会った、突然の豪雨に見舞われた軒下での会合。

 思えばそれから随分と月日が流れたものだと、椿は内心で当時を振り返る。どのような理由か当時の光景は未だ鮮明に覚えており、目を閉じずとも思い起こすことが可能な程。

 

 あの時に見た少女は、ボロボロの剣だった。他人どころか自分すらも大事にすることなく、疲弊し、歪が生まれ、擦り減った小さな剣は、今でも椿の脳裏から離れない。

 人とはこれ程までに疲弊するのかと、当時は彼女らしさを崩すことは無く応対したが恐れおののいたものだ。彼女とて鍛冶の鍛錬で疲弊することはあれど、比べれば可愛いものだと努力の不足を痛感した場面でもある。

 

 とはいえ、もう10年も前のことだ。自然とかつての焼き直しとなりつつあるが、同じ光景が繰り返されるならば、答えは全く異なるものとなるだろうか。

 

 

「――――問答だ。剣姫(けんき)、心して答えよ」

 

 

 静かに立ち上がって正面へと向き直り、アイズ・ヴァレンシュタインを貫く深く赤い澄んだ瞳。油断は勿論のこと、普段は振りまく陽気さの欠片も在りはしない。

 鍛冶師として、レベル5の冒険者として。椿は、アイズと言う相手を見極めようと臨んでいる。アイズもまた瞳に力を入れ、椿と向かい合って対峙した。

 

 

「何故、手前に作って欲しいなどと言う?」

 

 

 どのように尋ねようかと考えた椿だったが、自然と出てきた言葉だった。気が付けば口にしていたような状況ながらも、その言葉に、かつての光景を思い返す。

 何かの焼き直しで、以前と同じになるだろうか。そう思って、自然と下がっていた瞳を前へと向ける。それを待っていたかのように、アイズは、かつてと違って自信をもって回答した。

 

 

「貴女は、凄い鍛冶師。私もそう思うし、タカヒロさんも、認めてる。ベルが契約している鍛冶師も同じなら、間違いない」

「凄い鍛冶師ならば、神ゴブニュや主神様の方が、手前よりも上であるぞ。今まで通り、神ゴブニュに頼むべきではないか?」

 

 

 決して揺るがぬ、神々と子供たちの間にある差の大きさ。ここをどう返してくるか、椿は非常に大きな関心を抱いている。

 

 

「うん、そうだと思う。でもそれは、教えてもらって選んだ事。今までは、そうだった。これからは、私が自分で決めたいんだ」

 

 

 椿にとって、予想だにしていない回答であった。自身よりも更に上が居ると知りながらも、その上と交流がありながらも名指しをしてくれる事とは、鍛冶師にとって最も名誉あることの一つである。

 僅かな照れ隠しと相まって、どう切り返すか数秒の空白と共に悩みつつ。彼女は、かつてと同じ質問を再びぶつける選択を取っていた。

 

 

「……何故、剣が欲しい?」

 

 

 問いを投げられ、リヴェリアのように右手を下唇に当てて考え込むアイズ。折れた為という点は当然ながらも、どうやら彼女なりに言葉を考えているようであり、他の者達は見守ることに徹していた。

 

 

「難しい事は、分からないけど……」

 

 

 以前よりは自身の考えをハッキリと口にするようになった彼女ながらも、考えることが苦手な点は相変わらずだ。天然少女と言われる所以でもあり、もちろん改善の余地は見えている。

 

 場を包む、暫くの静寂。助け舟を出す為に思わずリヴェリアが口を開こうとするも、すぐ隣に並ぶタカヒロによって静かに袖を引かれ、見守る決意を固めていた。

 

 

「私は今まで、強い人達を、強いモンスターたちを相手にしてきた」

 

 

 アイズが口にし始めたのは、己の過去。レベル1、僅か7歳で剣を取ってモンスターと対峙して、レベルが上がる毎に、強い敵と対峙してきたこと。

 

 数ある通過点において、いつも仲間たちに守られ、助けられ、育てられたこと。

 

 ある程度は知っていたベルもまた、内容を耳にして瞳が沈む。来る日も来る日も戦いに明け暮れた少女の10年間は、決して耳通りの良い内容とは程遠い。

 その感想は、タカヒロとて同様だ。この者とて戦いに明け暮れていたが根底にはドロップアイテムの収集があり、それは“愉しい”という感情に直結する。

 

 

 かつてのアイズにあったのは只一つ、モンスターを恨む負の心。そして続けられたのは、モンスターと戦う意味が変わっていった事だった。

 

 

「だから、私程度の力で壊れてしまう剣じゃ、ダメ。それじゃ、ベルや、リヴェリア、タカヒロさんを、護れない」

 

 

 力の籠っていた椿の瞳が、僅かに開く。ならばと再び、かつてと同じ質問を口にした。

 

 

「剣を手に入れて、どうする?」

「強くなりたい。今までよりも、もっと強い相手に挑めるようになりたい」

 

 

 最後に辿り着くは、やはりかつてと同じ答え。しかし彼女が得意とする連結詠唱の如く、言葉には最後の続きがあった。

 

 

「――――私も強くなって、ベルが歩く道を、支えてあげたい。この先も、私を支えてくれた、皆と一緒に過ごしたい」

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインが心中に掲げる、最も強い戦う理由。かつて幼い頃は持ち合わせていなかったものの、今この場では、椿・コルブランドに対して確かに示した。

 その言葉を耳にして、褐色の整った顔、その口元が吊り上がる。倒置法のような問答になってしまったが、かつてと今では“強くなりたい”の中身は全く異なる。

 

 折れていない剣。そのように比喩された彼女は、その時から今までもリヴェリアの教えによって変わってきたが、ここ1年の間に大きく変わった。

 タカヒロもリヴェリアに対して述べていたが、決して彼女の教えが間違っていたわけではない。アイズが接する引き出し、それも全くポジションが異なる者と接する引き出しが増えたからこそ、ここにきて大きな成長を見せたのだ。

 

 

「皆と過ごす時間を……失いたく、ないんだ」

 

 

 タカヒロという者に悩みの答えを貰い、自分が歩んできた今までの道が間違っていないと答えを貰った。

 ベル・クラネルと出会い、相手を知り、戦いを忘れて休むことで生まれる心身の余裕を、だからこそ発揮できる此処一番の力を覚えた。

 

 

 力を求める戦う理由は過去への恨みではなく、未来を掴み取る為に望むこと。故に、椿を貫く金色(こんじき)の瞳は今までとは彩が違う。

 嬉し恥ずかし、まさかの言葉を耳にして盛大に茹で上がっている少年と驚いているハイエルフはさておき、アイズ・ヴァレンシュタインが抱く最も強い情景だ。それを感じ取った椿もまた、先の表情を浮かべたのである。

 

 

「よかろう、気に入った。是非とも、手前に一振りを打たせてくれ。まだまだ未熟であるが、最高の得物を仕上げると確約する」

 

 

 差し出された力強い手を、少女は静かに握り返す。ここに、かつては成し得なかった専属の契約が結ばれた。

 




SO9巻、過去のアイズイベント回収。リヴェリアの方は随分と前(46話)に発生しました。

3つも10点をいただきありがとうございます!
次話ができていませんが前倒し投稿です


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180話 当たり前のひと時

随分と遅くなりました。


 

 椿とアイズによる専属の契約が結ばれた夕方。一行は工房を離れ、再びオラリオの西地区へと向かって歩いている。

 既に混み具合を伺わせる通りは、あと1時間ほど時間が過ぎたならば、ダンジョンから戻ってきた者達で混雑を極める事だろう。帰る先が居酒屋であれファミリア、もしくは己のホームであれ、もたらす活気の熱は、少し肌寒い夜すらも温めるかのようだ。

 

 それを狙った屋台や商店の賑わいも活気を見せ始め、ピークへと向けて最後の準備を進めている。それぞれが持つ多種多彩な得物の数々は、見る者の目と鼻を愉しませ、口数を多くする事だろう。

 

 時間と共に濃くなる紅の空は、深まる食欲の表れか。もう間もなくして、“夕食時”は訪れる。

 

 それでも大通りから一本奥へと入ったならば、混雑の様相も大きく緩和されている。故に大きな声を上げる必要もない為に、歩きながらの会話に打って付けだ。

 

 

「アイズ、夕飯は食べてく?」

「食べる」

 

 

 並んで歩く少年少女は、軽く顔を合わせて薄笑みを交わしている。どこにでもある普通の幸せを、ここオラリオでかみしめる喜びは、何よりの贅沢と言えるだろう。

 ベルが口にした夕飯の献立など、互いに全く考えていない。とりあえず、“ベルが食べられる”という意図ではない。

 

 恐らくは例にもれず“ジャガ丸くん”の内定は確実だろう。正直なところ二人して食献立の内容については二の次で、同じ食事の席につくことを、互いが何よりの喜びに感じている。

 

 

 

 が、しかし。その五歩ほど後ろを歩く、もう片方のペアについては、少し事情が異なるようだ。

 

 

「……アイズめ、材料の一つでも考えていれば良いのだが」

「手を出すのは無粋だぞ」

「分かっている」

「口も出すなよ」

「馬鹿者。屁理屈など行うものか、お前ではないのだぞ」

「なんだと?」

「37階層で安全地帯(セーフゾーン)を見つけた(くだり)を、忘れたわけではあるまい」

「あれはだな――――」

 

 

 此方は此方で、二人を見守る話が痴話喧嘩へと発展中。互いに向けられる物言いたげな瞳を各々の口が表現しているものの、それは互いに本音を出せる信頼関係にあるからだ。

 

 身バレ防止の為にリヴェリアがフードを付けている事もあって、周りの目を気にすることなく言いたい放題。音量こそ前の二人に聞こえない程に留まっているが、いつ進展を見せるかは神ですらも予測不可能。

 内容としては相も変わらず正論と正論が激突しているが、此度ばかりはリヴェリアが優勢の様相を見せている。いつもはやられてばかりの為に、こうして真っ向から言い返せるシチュエーションを愉しんでいるのだろう。

 

 

 痴話とはいえ、言い争う内容だとしても。二人にとって心地良い、掛け替えのない時間に変わりはない。

 

 

 互いに異なるファミリアでいる為に、会う事も話す事も数日に一度ある程度。だからこそ、ここぞとばかりに近づいているのはご愛敬。

 証拠としては、歩くたびに互いの衣服が擦れるかの如く並んで歩いている所だろう。もしも第三者がこれを指摘したならば、茹で上がったリヴェリアが即座に完成し、何故邪魔をしたと言わんばかりの殺気が向けられ事態は収束するはずだ。無事に収まるかどうかは、さして問題ではない。

 

 

「何に、する?」

「う~ん……」

 

 

 その前方、右手を顎に当てて悩み顔のベル・クラネル。とはいえ献立とは、非常に難しいタスクの一つと言って過言は無い。

 もっとも、今のアイズの問いに対して最も返してはならない回答としては、「なんでもいい」と言ったようなアバウトすぎる内容だろう。洋風、和風、中華と言ったジャンルごとに個々の好みも含めたならば、選択肢は無限大に等しい数になる。

 

 

「師匠、何にします?」

「むっ」

「そら、答えてやれ」

 

 

 故にベル・クラネルが取り得る手法は、キラーパス。ここぞとばかりに年相応の無垢な表情を使って問いを投げかけるも、これは“幸運”によって導き出された最適な回答であって悪気はない。

 ここぞとばかりついでに煽るリヴェリアは、楽し気な様相を隠せない。タカヒロ相手に強気に出ている点もさることながら、このような平凡なやり取りが楽しいのだ。

 

 

「……そうだな。鶏肉をソースに絡め、少量の油で焼き上げてはどうだろうか。油分に関する処理を行えば、リヴェリアでも食せるだろう。付け合わせは野菜炒めかサラダの類か、市場を見て決めればいい」

 

 

 本人が訪ねてもいないが、リヴェリアも食事を共にする事は決定されているらしい。照り焼きとも呼べる調理法は、ソースの分量や肉の部位を考慮すれば、油気も抑えられる一品だ。

 その辺りが考慮されている点も含め、沸き起こる嬉しさは隠せない。フードによって緩む口元が隠されている点については、彼女にとって幸運だったことだろう。

 

 

「あの皮がパリパリの奴ですか!?うわぁ、楽しみだね、アイズ!」

「うん、楽しみ!」

 

 

 花の笑顔を振りまく少年少女。付け合わせの類を話し始めている為に永くは続かなかったものの、それは肯定の類に他ならない。

 ということで、どうやらタカヒロのアドバイスによって今夜の献立は確定してしまったらしい。これを前にしては、「やっぱり他のモノにします」などと口にすることは厳禁だ。

 

 

「……との事だ。聞いていたな、失敗は許されんぞ?」

「押し付けるのか?お前も手伝え」

 

 

 そしてベルの言い回しから、自然とシェフが誰になるかも決まったらしい。互いに肘を小突き合いながら、相変わらず此方は煽りの色が見えている。

 

 

「ふふ、私たちは“客人”だ」

「良かろう。ならば、ロキ・ファミリアに対する今迄の借りを返し」

「待て、それは卑怯だ」

「卑怯も何もあるか」

 

 

 このように表現したリヴェリアだが、ロキ・ファミリアが抱えている“借り”の数々は計り知れない。例えるならば、もはや返す事も難しい。

 このような文言で済んだならばまだ希望は伺えるが、ロキ・ファミリアが自負している内容としては、それを通り越して不可能と呼べる域に達している。故に、この話を持ち出されると、副団長であるリヴェリアは返す言葉が無くなるのだ。

 

 団長のフィンも、ファミリア間における貸し借りの度合いは把握している。踏み倒すような事はしないものの、彼とて、もはや諦めの域に達しているのはご愛敬だ。

 

 とはいえリヴェリアとしては、“協力しない”つもりは全くない。今この場においては煽っているものの、それは二人の間だからこそ成立する一種のコミュニケーション、言い方を変えれば愛情表現である。

 

 

「しかしお前は、相変わらずその料理が好みなのだな」

「自分の好みだけが理由ではない、ワケあって選んでいる」

「なにっ?」

 

 

 タカヒロが口にした内容、鳥の照り焼きが選ばれた事については、捻くれ要素が隠れている。少し考えを巡らせたリヴェリアだが、どうやら答えには辿り着かなかったようだ。

 

 

「……悔しいが、分からんな。タカヒロ、教えてくれ」

「君もアイズ君も、作った事があるだろう」

 

 

 以前のサンドイッチにおいて、アイズが作っていたことを覚えていたタカヒロ。もしも此度の夕飯でベルとアイズのペアが料理担当となった場合において、アイズがリードできるよう考えたうえで献立を選択していたのである。

 もちろんアイズはそこまで気付いていない為、此度の料理担当を親二人へと渡している。ダイニングテーブルにてワクワクしながら夕飯を待つのが子供の仕事だというならば、この役割構成はピッタリだろう。

 

 

 それは、担当がリヴェリアになった場合も適用される。広い視野から生まれるきめ細やかな優しい配慮が、リヴェリアにとっては何よりの御馳走の一種なのだ。

 決して表には出さない捻くれ具合も、彼女にとってはスパイスの一つ。事の真相を知るとテンションが上がって無意識に相方の片腕を抱き寄せている所は、男にとってのスパイスの一つだろう。

 

 

====

 

 

 買い出しを終えた一行は道中の市場に寄ってから、通称“隠れ家”へと移動する。静かに流れていた平和な時間は、ここでならば輪をかけてゆっくりと流れるだろう。

 

 ともあれ、時間としても、そろそろ料理の用意は必要だ。シャキーンとでも言わんばかりに野菜カットの為に剣を取り出す仕草を行うアイズの“おふざけ”に対して、ベルが真面目に取り合っている。

 その横ではリヴェリアが調理器具や皿を取り出し、タカヒロが鶏肉の下ごしらえ。タレに漬け込む時間が短い所が玉に瑕ながらも、フォークで肉に穴をあけるなどして、どうやら時間ギリギリまで味を浸み込ませるつもりらしい。

 

 副菜としては、野菜とキノコの炒め物。照り焼きのタレが濃いために薄味とされており、包丁に持ち替えたアイズが軽快に切り刻んでいる。下味は、ベル・クラネルの担当だ。

 食感のアクセントを目的として生のレタスが用意されており、リヴェリアは此方を洗っている。「叩いた方が良いのか、伸ばした方が良いのか」など出来上がりを気にして一人ぶつくさ呟くタカヒロは、完全に己の世界に入っていた。

 

 

 このように仲睦まじい者4人で行う料理の時間など、あっという間に過ぎる事となる。楽しい時間とは瞬く間に流れるものだが、基本としては同類だ。

 それは、食事の時間についても同様と言える。パンを切り分けつつ他愛もない話に花が咲き、あれほど主張していた食欲は、深まる夜と共に何処へやら。もう暫くしたならば、次は眠気が顔を出す事だろう。

 

 

「そら、茶が入ったぞ」

 

 

 食後のティータイムと言わんばかりにリヴェリアが淹れた紅茶と茶菓子のコンボもまた、満腹中枢へのダメージ量としては無視できない。甘すぎず、かと言ってアイズやベルが飲めないようなものではない為に、自然と菓子にも手が伸びるのだ。

 

 

「そう言えば、アイズの剣、どうなるんだろうね」

 

 

 話の脈が切れたタイミングで、ベルが本日の一件を口に出す。自分自身の装備ではないものの、親しいアイズが使うという事もあり、どのような逸品に仕上がるか楽しみで仕方がないのだ。

 その実、すぐ横に居る装備キチに汚染――――もとい、教えを受けているからこその変化の具合。まだアイズやリヴェリアには伝染していないようだが、時間の問題か否かについては神ですらも分からない。

 

 

「ん――――……」

 

 

 ともあれ、話は振られたもののアイズはまったく想像がつかずにいた。5年近くの年月をデスペレートと過ごしてきた為に、いざ変わるとなっても想像すら難しい。

 そのために「大きく変わることは無いだろう」という結論に達して、話題は足早に過ぎ去っていった。

 

 

 となれば後は、今までの鍛冶師との関係をどうするかという点について。特にゴブニュに対してどのようにゴメンナサイするか悩むアイズだが、それもまた、これから生きていく為には大切な事である。

 何せ、幼い頃からアイズの武器を作り、陰ながら支えてくれた最高の鍛冶師なのだ。タカヒロが暴いた真実を知ったならば、猶更の事、「はいサヨウナラ」などとは終われない。

 

 

 その点についてはタカヒロからアドバイスが与えられており、一緒になってベルも学んでいるのは4人における日常だ。今まで世話になった事へのお礼と同時に感謝の気持ちを伝えることが、何よりも重要だと示されている。

 

 大筋としては理解したアイズだが、抱く不安は消えないらしい。本当にお世話になったことは彼女が最も分かっている事だからこそ、自分自身が選んだ道を許してくれるかと不安なのだ。

 抱く不安の心は、そのまま言葉へ。頼りになる者がきっと答えをくれるだろうと期待している気持ちが表に出るかのように、アイズはタカヒロに顔を向けて口にした。

 

 

「許して……くれる、かな」

「なに。御礼と理由、そして抱いた本音を包み隠さず口にすれば、とやかく言われることは無いだろう」

 

 

 嬉しかった言葉ながらも、何故、そう思うのかが分からない。とはいえ重要かつ己が行わなければならない事だともアイズは認識している為、何故そのように思うのかと口にして返している。

 

 

「打ち直しについて、絶対に表に出さないと言わんばかりの細工を施している程だ。それ程までに捻くれた性格をしているならば、根は真っ直ぐでなければ支えられん」

 

 

 「自己紹介かな?」と内心で思うリヴェリアとベルであるものの、理由については腑に落ちていた。そのような誠意を示す以外に道は無いだろうとも思いつつ、方針については納得している。

 

 

「アイズ。分かっているとは思うが、何かしらの手土産は必要になる」

「うん」

「僕も戦争遊戯(ウォーゲーム)のお礼で色んなファミリアを回る時に手土産を持って行ったんだ、喜ばれたよ」

「そう、なんだ」

 

 

 あとは、そのような気持ちをどのように表すか。方法の一つとして、随分と永く世話になったこともあり、手土産の一つは必要だろうとリヴェリアが進言した。

 以前の戦争遊戯(ウォーゲーム)にて挨拶回りを行ったベルは当時を思い返しており、その点についての経験談はアイズにとって励みになったらしい。ここに“手法”と“方針”が決定され、あとは具体的な物品を残すのみ。

 

 

 そして、残り一名。リヴェリアの言葉に対してタカヒロも思う所があったらしく、話の最後に考えを口にしている。

 

 

「先にリヴェリアが述べたように、御礼の品も必要だろう。(みな)で、有用な手土産を“狩って”こようか」

「うん。皆で、“買って”、こよう!」

 

 

 方針がまとまって花の笑顔を見せる、アイズ・ヴァレンシュタイン。純粋無垢な彼女は、自分で物事を決めたことへの興奮と、どのような武器になるかという期待に包まれている。

 使い慣れたデスペレートと類似したモノか、はたまた全く別の姿かたちをしたモノか。流石に剣が斧やメイスなどになることは無いと考えながらも、新しい武器への興味は尽きない。

 

 

 

 

 しかしその後方、それぞれの相方ベル・クラネルとリヴェリア・リヨス・アールヴの二人。タカヒロが口にした言葉の根底に隠された何かを察して、物言いたげな表情を浮かべていた。

 

 

 星々の光に沿うようにして微かに聞こえる、野鳥の声。数日後においては風雲が急を告げ、誰かの悲鳴に変わるかもしれない様相を呈している。

 




恒例、最後に変な事をやりだす装備キチ。以前に感想欄で頂いた「狩って」ネタを使わせて頂きました。


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181話 最高と最良

 

 職人の仕事とは、良くも悪くも気質に左右される傾向を持ち合わせている。職人と呼ばれる者の全てに該当する事はないものの、大なり小なり例外なく持ち合わせている事は確かだろう。

 判断基準が己にあるか、相手にあるか。いずれにせよ、「気に入らないから作らない」、「己の信条に反するから作らない」などという光景は、あまり珍しいものではない。

 

 

 かつてはこのような関係だった、アイズ・ヴァレンシュタインと椿・コルブランド。合意とならなかった互いの気持ちは、此度において、専属の契約と相成った。

 

 

 契約の内容は武器の製造やメンテナンスの全般を委託することであり、今回においては折れてしまったデスペレートの修繕、もしくは一からの新造。

 注文の詳細は追々で決めることになったものの、今までよりも強度のある、もう少し砕いて言えば“強い剣”という要望は伝わっている。椿についても幸か不幸か少し前にレベル10が扱う武器も作っている為に、何かと基準点の目星も付いている事だろう。

 

 

「――――さて。“言うは易し”、か」

 

 

 床上に置いた、ポッキリと折れたデスペレートを前にして、行儀悪く胡坐の姿勢で己の腿に肘をつき。椿は深く溜息を吐いて、どうしたものかと向き合った。

 手の込んだ手抜き――――と表現すれば製作者の神は怒るだろう。しかし実際の所、その神が持ち得る全力からすれば手抜きと言える状態にある剣、デスペレート。

 

 だというのに、椿からすれば破断面すらも芸術的だ。一切の無駄が見られない貴金属たちが織りなす階層は、鍛冶師ならばそれだけで数日は飲まず食わずで眺めて居られる自信があるだろう。

 改良点など全く持って想像できず、非の打ち所などありはしない。口に出しては失礼になるが、以前にレヴィスへと納品した大剣ですらも粗悪品と思えてしまう程だ。

 

 

 だからこそ、難しい。己にコレを上回る一振りが打てるのかと自問自答し、否という回答に辿り着く。

 単純な耐久力や攻撃力だけならば、金に物を言わせて高額な素材を掻き集めれば対抗する事も出来るだろう。そもそも彼女自身のプライドがそのような“手抜き”を許さない上に、絶対に対処法が露呈してしまう確信があった。

 

 

「戦士タカヒロが、そのような手抜きを良しとする筈も無かろうな……」

 

 

 バベルの塔で出会い、いつのまにかヘファイストス・ファミリアに顔を出すようになった、謎のヒューマン。素性の一切が不明と言って過言は無いものの、武具を見る目は己はもとより、下手をすればヘファイストスをも上回っていると椿は常々感じている。

 それは、ヴェルフからもたらされる報告からも伺える。納品前の得物を何度か目にしたことがあった椿だったが、タカヒロの些細な気づきをヴェルフの口から耳にして、初めて気付くことも過去数回。

 

 例え、“装備キチ”などと言われようとも。装備に執着し、装備を愛したからこそ持ち得る観察眼だ。

 

 彼が、装備に付与されているエンチャントを鑑定できることは、椿とて知っている。そしてヴェルフのナイフを見定めた時のように、例え絶対的な性能は低くとも良い品を選ぶ能力、俗にいう“見る目がある”事も承知済み。

 だからこそ、他の者、それこそ猛者オッタルをも騙せたとしても、かの者を騙す事など絶対に不可能。ヘファイストスに評価を貰う時に匹敵する覚悟でなければ、門前払いとなるだろう。

 

 彼と出会い、ヘファイストスが息を吹き返した事を、彼女は思い返している。時たま子供のようにはしゃぎ、時に練達の職人の表情(かお)を見せる姿は、椿がファミリアに加入してから未だ見たことのない主神の姿。

 己がアレを引き出せるのかとなれば、答えは否。鍛えた得物を誉めてくれることはあれど、それはどこか一歩離れた所から見せる、それこそ子供たちを見守る親の姿。彼の前で見せる姿とは程遠い。

 

 

「……いかんな。大事な時に、雑念だらけときた。まだまだ未熟よ」

 

 

 自虐する程に落ち込んでいても、鉄を打たずにはいられない。彼女自信が理論派でない事も影響しているが、大きな溜息を一度だけ見せると、近場にあった素材を手に取り炉へと向かう。

 

 迷い悩む心の内を、獲物として(かたち)にするかの様。到底ながら本番に使う素材の質とは程遠いものの、椿は何かを作りながら方向性を定めるらしい。

 

 

 獲物の造形は既に決まっている。多少の差は生じるだろうが、基本として元のデスペレートと同じ形、同じ重さ。無論、不壊属性(デュランダル)を用いた使い勝手も同様だ。

 それでいて、耐久力と攻撃能力は向上の必要がある。後者については最低でも現状維持であるが、前者については必須なのだ。

 

 

「……そもそもだな。あの不壊属性(デュランダル)が壊れたというのに、なぜあ奴らは気にも留めていなかったのだ」

 

 

 そんな些細な事を上回る行動を連発する“イレギュラー”が近くにいるからです。と誰かが言った所で、椿は納得しないだろう。

 今の考えは、己が挑む試練から目を背ける一言だ。何故折れたかについてを考えることはあったとしても、周囲の反応など関係ない。

 

 僅かに首を振って、目を細める。再び己の未熟さに嫌気がさす椿ながらも、どうにも打開策が浮かばない。

 

 

「ウダウダと居ても進まぬな。ここは一度――――」

 

 

====

 

 

 時間は1日ほど流れ、お昼時。とあるカフェの個室で椿が待っていると、ウェイトレスが、オラリオでは有名な一名を案内してきた。

 

 

「すみません椿さん、遅くなりました」

「おお、誤差の範疇だ気にするでない。手前こそ突然とすまんな、悪魔兎(ジョーカー)

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインの事を知る為には、本人――――のアイズ語は難しい点については椿も理解している。次点としてロキ・ファミリアの幹部やタカヒロが挙げられるが、此方についてはハードルが低いとは言えないだろう。

 だからこそ、こうして敷居の低いベル・クラネルがセレクトされている。少年の率直な性格はヴェルフから聞いていた為、アイズのことを知るという椿の目的に対しては適任だ。

 

 

「ほう。“剣姫(けんき)”のスキルは、魔力を剣に乗せているのか?」

「あくまでも、横で見ていた感じですけどね。スキルですし、あんまり踏み込んで聞くのも、ちょっと……」

「嗚呼、なるほどな」

 

 

 そのスキルが生まれた根底は、決して明るい話題ではない。事実を知っているからこそベルは踏み入っておらず、椿に対しても間違ったことは口にしていないが、この程度の回答となっている。

 しかし受け取り手の椿としては、“二人はファミリアが違うために踏み込めない”と勘違い。ヘスティア・ファミリアとロキ・ファミリアの二つには壁と言う壁が存在していないのが実情ながらも、情報規制により周囲には伝わっていないのだ。

 

 

「しかし……今のままでは、突破口が見えんのだ」

 

 

 鍛冶の神に打ってもらった剣と別れ、自称“たかだか一介の鍛冶師”を選んだ一人の少女。この選択は、その鍛冶師にとって、相反する大きな二つをもたらした。

 片方は、少女が持ち得る期待と信頼が椿に与える嬉しさという感情。その反面、必ず応えなければならないという大きなプレッシャーが圧し掛かる。

 

 本人は今の今までは気にしたこともなかったが、椿・コルブランドとは、オラリオにおいて最も優れた鍛冶師の一人と呼ばれるほど。鍛冶を司る神々は比較対象に入っていないが、プレッシャーに拍車をかけることに変わりはない。

 アイズ・ヴァレンシュタインやロキ・ファミリアとは、オラリオにおいて名の知らぬ者はいない程。だからこそ此度の一振りは、やがてオラリオにおいて名が轟く事になる。

 

 

「どうしたものか」

 

 

 伸し掛かる重圧は、溜息となって零れ落ちる。アイズの戦闘方法について情報を集めたかった椿だが、いつのまにか内容は己の不安へと変わっていた。

 

 

 こんな――――と言えば失礼だが、己より二回り以上も年下の少年に愚痴をこぼしたところで変わらない。そもそもにおいて、このような愚痴をこぼすために呼びつけたのではない。

 互いの年齢が逆ならば、もしくは特別な仲ならばまだしも、そのような関係とは程遠い。自身が思う以上に気負いしていたかと自覚と共に反省し、目を伏せ瞑る動作にて非礼を詫びた。

 

 

 

 が、しかし。相手は善神ヘスティアをもって“優しさの塊”と言わしめるベル・クラネル。弱音を口にしているのが女性ということもあり、何とかしてあげたいという気持ちを抱いていた。

 答えを口にできるほど偉くはないが、幸いにも、方向性の一つは示すことができるかもしれない。そのように考えた少年は、自身が抱いている考えを、ゆっくりと口に出す。

 

 

「師匠からヴェルフさんの武器を紹介して貰って、学んだ内容になるのですが……最善が、最良とは限らないと思います」

 

 

 ――――最も強い武器こそが、最も世間一般で持たれるべき武器である。

 

 

 希少さや使用者への適正、価格など様々な要素を度外視した、この理論。基づいて武具を選んだならば、ベル・クラネルが持つべき、いやオラリオにおける全冒険者が持つべき武器は、神々が作成した“チート級”となるべきだろう。

 そうなったならば、大半がダンジョンの上層を苦労せずにクリアする事だろう。同じことを考えるベルと椿だが、やはり同じく、そのような手法で“強さ”を得ることはできないと考えている。

 

 

 ならばそもそもにおいて、“強さ”とは何か。あえて具体的に示すならば、武具の性能ではなく担い手の技術や適応能力だと、ベル・クラネルは身をもって学んできた。

 愚直に学んできたからこそ、格上と呼ばれる敵の数々を相手に勝利を重ねている。その道が間違ってはいないと痛い程に分かる上に、オラリオにおける強者の数々に認められる冒険者として名を残すことができている。

 

 

 ならば鍛冶師における、とある一例。そもそもにおいて、その“最も強い剣”を打てる鍛冶師以外は、存在自体が無用の長物なのか。

 

 

「椿さんでしたら、答えはお分かりでしょう。僕がオラリオに来て色々と学んだ中で、最も大切と言えるかもしれません」

「……そうか。いや羨ましい、手前も同じ思いだ。お主は、本当に大切なことを学べておるのだな」

「アハハ。貰ってばっかりで、本当に申し訳ないんですけどね」

 

 

 数秒の時間を要さずに二人が出す答えは明白であり、“そうではない”。

 例え絶対的な実力は下だろうとも、関係のない事項。同じファミリアの仲間達と切磋琢磨し、己の武器を使ってくれる冒険者と共に高みを目指す鍛冶師は存在する。

 

 

 それは駆け出しの冒険者にとって、最も大切な存在だ。かつてヴェルフと出会い、彼の武具を使っているベル・クラネルは、その事をよく知っている。

 そして、もう一つ。椿がスランプに陥っている一つの理由であり、ヘスティア・ファミリアに入ったからこそベルが学ぶ事のできた内容が存在する。

 

 

「他の人と比べて自分の“度合”を知る事は、大切な行いだと思います。でもそれって、上を見たらキリがないんですよね」

 

 

 遠ざかっていると知りながら、ベル・クラネルが追っている一つの背中。本人が“(しつ)の悪いお手本”と吐き捨て、その更に上が存在する事を口にしていた一つの姿。

 

 

 掴もうとする距離は、見上げ瞬く星より遥か遠く。陽炎の如き不確定な存在は、見惚れはすれど、足跡すらも見えはしない。

 

 

 されど見上げるごとに強く光ると感じる一つの星は、間違いなくベル・クラネルの道標だ。トレーニングや実戦を含め、師から教わったことを守り通している理由の一つである。

 

 

 

「嘆いたところで、僕が変わることはありません。例え教えと違う所に辿り着いても、それは僕が築き上げたモノがあるからこそだと学びました。だから――――」

 

 

 

 故に行うは、己が行う事の出来る“精一杯”。来る日も来る日も、恐らくは冒険者を引退するまで続くだろうと、少年は茨の道を見据えている。

 道そのものは違えど最も身近なお手本としては、彼女がよく知るヴェルフ・クロッゾ。彼はベルと己の間にある質の差を理解したうえで、なんとかしてやると毎日の如く足掻き続けている。

 

 

 時には神や他者からヒントを貰うなど、他人の力を借りる事もあるだろう。しかしそれらを己の糧として取り入れカタチにする力とは、鍛冶師本人が持ち得る成長の力に他ならない。

 

 

「アイズが自分で選んだのですから、アイズにとっての最良の武器は、椿さんが鍛えたモノ。椿さんの渾身を籠めた一振りが答えであると、僕は思います」

「――――はっ、なるほど」

 

 

 椿の中で、先の思い返しが、今再び脳内に流れる。己が尊敬し敬拝する鍛冶の神、あのヘファイストスですらも、ここ最近は苦悩を重ねながら鉄を鍛えていたではないか。

 

 ならば自分自身も、ただひたすらに上を目指して足掻くだけ。幸いにも道標は近くにあり、腕を磨き続ける事について、迷う事はあれど、違えることは無いだろう。

 

 

「しかし、気持ちが良い。いやいや、愉快だ愉快だ」

 

 

 口を開けてケラケラと陽気に笑う姿は、いつもの彼女だ。そこに迷いは欠片もなく、瞳に宿るはオラリオ最高の鍛冶師としての自信と気合。

 胸の内に猛る炎は、ゆらゆらと情景を映し出す。まるで駆け出しの時のように懇々と湧き出る創作意欲は、いつの間にか彼女の中で少し薄れてしまっていたものだ。

 

 

「大変、参考になった。感謝するぞ、“悪魔兎(ジョーカー)”」

「お役に立てたのでしたら、何よりです。アイズの武器、よろしくお願いします」

 

 

 遠くを見る彼女の姿を目にして、ベル・クラネルの表情も自然と和らぐ。この後すぐにでも試作が開始されることだろうと考え、この呼び出しが長引かないよう、ベルは会計を済ませるべく伝票を手にして立ち上がった。

 

 

「任せておけ、死力を尽くす。お主も、ヴェル吉の事を宜しく頼むぞ。しかし、これは手前が預かる」

「え、いや、でも」

「冗談ではない、お主に払わせる事などできるか!」

 

 

 続いて椿も立ち上がり、先手でベルが手に取った会計伝票を奪い取る。そこは深層での戦闘経験があるレベル5の鍛冶師であり、ベルの油断も相まって奪還に成功していた。

 

 そのようなやり取りで微睡んだ空気だが、気持ちは別。互いに軽く手を上げて別れた二人は、それぞれが歩む道へと戻っていく。




ワチャワチャ前の真面目パート


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182話 それはまるでツアーのような

 

 ダンジョンと呼ばれる施設のような場所から人の気配が少なくなるのは、それこそ深夜の時間帯だけと言って過言は無いだろう。それでも完全になくなることはあり得なく、常に何名かの人物がバベルの塔の出入り口を行き来している。

 ダンジョンから帰ってきた者、皆が地上へと帰る時間にダンジョンへと向かう者。何らかの理由により帰れなくなった者を除いて、今日もまた、時間を問わず、名も知れぬ者達が入り浸る。

 

 

 このように繰り返される一日の“とある日”、太陽が顔を覗かせた直後と言える頃。バベルの塔、出入り口付近にて、少しのざわめきが生じていた。

 

 

「おい、あれ……」

「ああ。ロキ・ファミリアの幹部達だな。久々に見たぜ」

 

 

 とはいえ、有名人となれば話は別だ。先の会話を口にした冒険者の他にも、様々な者達が、揃って集団へと視線を向けている。

 

 

勇者(ブレイバー)九魔姫(ナインヘル)……だけじゃないな、上位勢が揃い踏みか」

「何かあるのか?下層への再アタックなら、メンバーが足りないだろうし……」

「うーん、上位勢の考える事は分からんぜ」

 

 

 ロキ・ファミリアが前回行った下層へのアタックは、表向きとしては“59階層で撤退”となっている。

 勿論、汚れた精霊の分身にまつわる一件が表ざたになっている筈もなく。本来の59階層、つまりダンジョンで初めて出現する氷の世界への対策が甘かった、というのが大きな理由とされている。

 

 

 そして誰かがポツリと呟いた一言、「上位勢の考えは分からない」。

 

 

 名も知られぬ冒険者よ、決してソレに意識を向けることなく自身の適正階層へと挑むのだ。例え君が上位勢だろうとも、今この場にロキ・ファミリアの幹部が集っている理由など、絶対に分かりはしない。

 もしも今ロキ・ファミリアがダンジョンへと向かう理由だけでも当てる事が出来たならば、“超能力者(エスパー)”の称号を得ることが出来るだろう。もしくは“自称一般人”の行動を熟知しており、故に己の常識が毒されているかの二者択一だ。

 

 

 

 始まりは今から三日前。次の内容が記された簡潔な手紙が、突然と届けられた事だった。

 

 

 

 ◆《日帰り:素材集め開催のお知らせ》

 ・日時:――――、06:00~22:00

 ・集合場所:ダンジョン5階層、地点XXXXX

 ・収穫素材:各ファミリアにて持ち帰り

 ・持ち物 :お弁当、耐寒装備、バッグパック

  リリルカ追記:ヤル気と根性と素材回収班

 ・備考:少しだけ深くまで、白兎と一緒に、どうでしょう。

 

 

 

 まるで表向きは、ちょっと其処のファミレスへ行こうとでも言わんかの如く。はたまた、平和な田舎町で行われる町内会のノリだろうか。

 見方によっては、イチゴ狩りか何かのようにも見えるだろう。集合場所で観光バス(リフト)に乗って、ちょっと離れた郊外へ向かうようなシチュエーションだ。約一名が来る事が予測されるからこそ、弁当の記載も抜かりはない。

 

 

 階層については“乗っ取られ基準”でいう所の“少しだけ深く”の為、50階層ないしは少し進んだ階層と読み取れる。耐寒装備の旨が記載されている為に、恐らくは60階層付近を示しているのだろう。

 これが突然と90階層に指定されなかった点については、当該階層のモンスターと遠足対象者――――否、冒険者一行の実力差を把握している為か否か。真相は、本人が知るのみとなっている。

 

 

 ともあれ、このような手紙が関係各所、なお具体的にはロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリア――――ではなくフレイヤ本神へと送付された所詮により、ロキ・ファミリアでは興奮と共に少しの混乱が発生していた。誰しもが、この予定が最優先事項と認識して行動してしまっている。

 なにせ全ての予定が組み替えられ、丸1日のフリータイムが設けられたのだから混乱が生じるのも無理もない事だろう。準備物の詳細は各々が異なれど、得物と言う只一点だけは共通だ。

 

 

 異なる一例としては、やはり、二人分のお弁当を持参しているアイズだろう。誰の為に造られたモノかを察知した高性能パッシブレーダー(レフィーヤ)は既に正気が抜けかかっており、纏う空気は非常に暗い。

 なお前回も含めて、対抗意識を燃やして3時起床からの3段重箱を作っているポンコツハイエルフはご愛敬。到底ながら、これからダンジョンへ赴く為の装備と心構えとは程遠い。

 

 

 ――――闇派閥?あー、うん、調査と対策は大事だよね。でもコレの方が遥かに……そうだ。攻略勢の実力を向上できるし、ドロップアイテムで武器を調達する事もできる。対闇派閥が終わった先に必要な情報も手に入る。一石三鳥じゃないか。

 

 とは三日前に行われたフィン・ディムナ渾身の説得であり、何かと大義名分を作ってロキへと示す事は出来たようだ。かつて52階層付近で遭遇したイレギュラーの爪痕によってスッカラカンとなったロキ・ファミリアの財政状況は、未だ尾を引いている。

 それら全てを解決することが出来るかもしれないイベントということで、ロキ・ファミリアの参加者一行、具体的に言うとレベル3以上の冒険者達とレベル指定なしのサポーター達は、指定された集合地点へとやってきた。

 

 

 ダンジョン5階層、目立たない位置にある行き止まり。そこに居た猪人に対して平時ならば睨み合う状況は、今日だけは絶対に生まれない。

 

 

「……遅かったな、待ちくたびれたぞ」

「うーん、これでも集合の10分前なんだけどね」

 

 

 とはいえ、軽口程度はご挨拶。フィン達は念を入れて、少し早めの行動となっていたようだ。

 場を護る守護者のようなオッタルの後ろでは、ロキ・ファミリアの幹部が59階層で入る事となった“リフト”が、怪しい光を放っている。リフトを消す関係で、制限時間が厳守となっていたようだ。開いたままで、5階層から50階層へと駆け出し冒険者が迷い込んでしまうことを防ぐ為である。

 

 

「……?ベート・ローガは、どうした」

 

 

 以前の鍛錬で戦ったことがあるオッタルは一行を見渡し、ベートが居ない事について疑問符を抱いていた。陽気な者達が乾いた笑いを見せつつフィンが「諸事情」と口にしており、オッタルも「そうか」と返す程度だ。

 なお実情としては、1カ月前から入っていた仲人の予約があった為、どうしても外すことができないという彼らしさ。普段は高圧気味で酔いが回った時は宜しくない性格が顔を出して拍車がかかるのだが、根底としては弱者を大切にする善人の類である。

 

 

「それにしてもティオナ、随分と大きなバッグパックね。どれだけ持って帰るつもりなのよ」

「えへへー。実は私も、ゴブニュ・ファミリアに借金が溜まっていてさ……」

「ちょっと大丈夫?いくらなのよ」

「うーん、よくわかんない。〇億ヴァリス?」

「……」

 

 

 初耳と言う事も相まって、笑うに笑えない団長フィン・ディムナ。真後ろで同ファミリアの姉妹が発している恐ろしい会話から耳と関心を強制的に逸らしつつ、一方で60階層の地へと思いを馳せる。

 他の幹部であるガレス?そもそも興奮気味で聞いていない。リヴェリア?弁当を喜んでくれるかと言う一点しか気にしていない為に聞いておらず、故に審判は見ておらずセーフである。

 

 

 無論、問題がないとは言っていない。己が指揮するファミリアの財政事情が火の車であることを再認識して、フィンは親指が震え始めた。ただの寒気である。

 

 

 ともあれ、そんなフィンもまた、思いを馳せると言っても、未踏の地へと赴く冒険者の姿とは程遠い。近所へ遠足に赴くことが決まった子供そのものであり、行先と年齢を無視して見た目だけを評価したならば、さほど違和感はないだろう。

 

 とはいうものの、60階層以降が未経験となる両ファミリアにとっては、身の安全がほぼほぼ保証された上で60階層を経験することが出来るのだから、それはもう願ってもないチャンスだろう。

 何せ此処は――――約一名にとっては“3軒先”程度ながらも、本来ならば、伝説級となるゼウス・ファミリアもしくはヘラ・ファミリアのみが到達しえた階層なのだ。故に情報としても多くは無く、それらの影を追う者、特にフィンにとっては、喉から手が出るほどに欲しいモノだらけとなっている。

 

 

 

 そんな未踏の地へ向けて、まずは第一歩――――ではなく、大きくスキップ。目の前のリフトをくぐった先は安全地帯(セーフゾーン)となる50階層であり、先客一行がたむろしていた。

 とあるファミリアの団長と、冒険者でも一般人でもない特徴的な人物。今を全力で楽しむその者は、そもそも人と表現できないポジションに居る事は明白だ。

 

 

「えーっ。でしたら此処とか18階層とかの安全地帯(セーフゾーン)でも、神様は入っちゃダメじゃないですか~」

「うふふ。私はいいのよ、ト・ク・ベ・ツ」

「だめですよフレイヤ様。ダンジョンは危ないのですから、ちゃんと、ご自身を大切にしてください」

「あらあらあらあら」

 

 

 ダンジョンに入ることなど今更となる、妙に艶やかでハイテンションな残念女神フレイヤ。少しだけ傾斜した地点に敷物を敷いて横座りし、人二人ほど離れた場所に腰掛けるベル・クラネルと会話を楽しむという、“下界で最もやりたい事”の一つを堪能中。

 他のヘスティア・ファミリアの団員たちは少し離れた場所で、一人のサポーターを含め、レヴィスが色々と教え込んでいる最中だ。既に息が上がりかけているものの、いつもと違う鍛錬だからこそ、非常に有用なものとなっているだろう。

 

 

「あ、皆さん来ましたね」

「あら、残念」

 

 

 集団がリフトでやってきた事に気付いたベルは皆を呼ぶと、まず先にレヴィスが味方に付いた事だけを説明中。既に知っていたフィン達からも“仲間になった事について”フォローが入れられており、驚愕の空気こそ消えないものの、一触即発とは程遠い。

 なおレベル10と知った途端に、驚愕と興味の表情に分かれたのは言うまでもないだろう。好戦的なアマゾネス姉妹はさっそく挑みかかっているものの、綺麗に蹴散らされる結果に終わっている。レベル差4の壁は高く厚い。

 

 アイズもまた一緒になって挑みかかるも、結果は以前と変わらない。むしろ以前よりもレヴィス側にかかっているリミッターが緩いために、持ち得る力の差を痛感していた。

 チャレンジャー側のスタミナが切れ、ギブアップとなったタイミング。今更ながらもアイズが使っている剣に対して違和感を抱いたティオネが、剣を覗き込むようにして質問した。

 

 

「そういえばアイズ。その剣、どうしたの?」

 

 

 普段のデスペレートは折れてしまったこともあり、到底ながら実戦へ投入できる状態には程遠い。もし仮に即席の打ち直しを行ったところでアイズが放つ攻撃に耐えることはできず、結局は再び折れる未来を迎える事だろう。

 此度の装備名は、“スピリア・スクラップメタル グラディウス・オブ アタック”。レベル1で装備可能となる初期装備の剣ながらも、攻撃能力と追加の物理ダメージを発生する2つのAffixがついた、駆け出し用のマジック等級な片手剣である。この世界におけるおおまかな性能としては、レベル5の冒険者が使うような代物だ。

 

 ということで、タカヒロが貸し与えたレンタル品。本人は今となっては使うような場面はなくコレクションとして保管しており、捨てるに捨てる事ができないらしい。使わない物で部屋が埋まる奴である。

 もっともアイズからすれば、以前にゴブニュから貸してもらった剣と違って破損を気にせず打ち込める逸品だ。絶対的な攻撃力はデスペレートに劣りつつも耐久面は此方が上であることを理解しており、まるで持ち主を体現したような剣ということもあって、安心感を抱いている。

 

 

 そんな光景を横目に続いてオッタルもレヴィスに対して挑みかかるも、力技同士のぶつかり合いということでレヴィスが有利。狡猾さは少ないと知ったオッタルがスキルを有効化して挑みかかるも、全てが綺麗に防がれている。

 レヴィスとしては2レベルのアドバンテージこそあるものの、スキルに限定すれば逆転する。結果として実力の差は大きいと呼べる程ではなく、だからこそティオネ・ティオナ姉妹の時ほどレヴィスは余裕を持てておらず、彼女としても有効な鍛錬となっていた。

 

 

悪魔兎(ジョーカー)。タカヒロさんは、どちらかに向かわれたのですか?」

 

 

 オラリオにおける常識的な頂点のぶつかり合いを見ている、観客席で生まれ出た質問。リヴェリアが来たと言うのに姿を見せない者に対して、エルフ一行の代表であるアリシアからの質問だ。

 どこに居るか予想はつけど何をしているかまでは分からず、一方で嫌な予感が巡るヘスティア・ファミリアのルーキー達。普段の行いは、本人が思うよりも大切なのである。

 

 自分たちに教えを授けてくれる者。兼、目の前で力技を繰り広げている彼女、レヴィスを味方へと引きずり込んだ実行者の現在はと言うと。

 

 

「師匠ですか?師匠でしたら先に59階層へ行っていまして、ご自身が餌になってモンスターを釣っていると思います。海釣り、とか言っていましたね」

 

 

 What the. マイルドに意訳すると、ナンテコッタイ。

 

 

 本人曰く、陸釣り(トレイン)の次は海釣り、とのこと。レフィーヤから「何ですかソレ」と問いが飛ぶも、ベルは即座に「知りません」と返している。

 パス・パレードとはまた違う、文字通りの“身を挺した魚釣り”。獲物(モンスター)タカヒロ(ルアー)に噛付いたが最後、近接攻撃故に発生する報復ダメージによって絶命するのだ。

 

 誰しもが、装備キチはそれが出来る事を知っているからこそ、僅かにも疑わない。だからこそ「何やってんの」という感情で場が埋め尽くされているのだが、それも仕方のない事だろう。

 

 

 なお、それに付き合わされている残り一人の“活きの良いサポーター”リリルカ・アーデ。もう少しだけ頑張ろう、素材集めの地獄()はまだ、始まったばかりなのだから。

 



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183話 押し寄せる情報量

 

 灰色の木々が衝撃を受け震える、ダンジョン50階層。超が付くほどの深層へ足を踏み入れた者に対して不安を抱かせるような灰色の大樹林が作り出す光景が、目に入っている者は居ないだろう。

 当初の目的も、今は少しだけ忘れられているかもしれない。オッタルを打ち負かしたレヴィスは少しの休憩を挟み、フィンやガレスを筆頭に、第二ラウンドとなって打ち合いを行っている。

 

 ヘスティア・ファミリアのルーキーはもとより、ベルやアイズも光景を目にして打ち合いを学んでいる。そんなベルを後ろから人形のように抱きかかえたいフレイヤが両手をワキワキとさせているが、アイズに手首を掴まれショゲていた。

 なお、フレイヤが持ち得る魅了については、誰にも言わないものの彼女自らが対策済み。そのようなツマラナイ事で推しの戦いを見れなくなるなど、絶対に許されない不祥事の一つなのだ。

 

 それはともかく、結果として対レヴィス戦にて全タテされたものの準備運動を終えた一行は、59階層を目指して足早に下り始める。戦闘はオッタルとレヴィスという怪力ツートップ、かつロキ・ファミリアの幹部陣営ということで層も厚く、勿論ヘスティア・ファミリアのレベル1、そしてソレ以下であるフレイヤも同行中。

 後ろから見つめるヘスティア・ファミリアのメンバーにとっては最も勉強になる場面の一つだろう。58階層から狙撃される次のフロア以降はどうするのかと大多数が疑問を抱くもオッタルは構わず52階層の先へ進んでおり、結果として、その心配は無用であった。

 

 

「あれ?どうして、ヴァルガング・ドラゴンの砲撃が飛んでこないのでしょう……」

 

 

 疑問を抱いたレフィーヤだが、誰しもが同時に感じた事だ。そして数名は同時に嫌な予感が脳裏をよぎり、恐らくは事情を知っている白兎の言葉を待っている。

 

 

皆が危険だから(ついでに素材集め)と言う事で、皆さんがいらっしゃる30分ぐらい前に、師匠達が58階層を更地にしていましたからね。なので、暫くは安全ですよ!」

 

 

 ただ一言、アーメン。いくらモンスターとは言えど、全員が、散っていった命に同情してしまう。

 とはいえ、その甲斐あって進軍速度は絶好調。やけに数少ない敵を相手にしつつ、物凄く静かで逆に不気味な58階層に達したところで、ベル達一行を出迎える姿があった。

 

 

「ベル様ベル様、こちらですよー!」

「えっ、モンスター!?」

「に、乗っている……!?」

 

 

 驚きは誰の言葉だったか。度合の大小はあるものの、恐らくは、ほぼ全員が該当していることだろう。

 出迎えたのはリリルカ・ライダーであり、ジャガ丸と共に陽気に両手を振る姿は、ダンジョン58階層の常識とは程遠い。周囲に転がる魔石は、恐らく30秒ほど前までモンスターの形を保っていたモノだろう。

 

 

「待て、アイズ!!」

「アイズさん!!」

 

 

 そして間髪入れずに駆け出すアイズの姿に、ヘスティア・ファミリアを除く全員に緊張が走った。アイズが例外なしにモンスターを憎んでいることを知っている為、問答無用で攻撃を行うリスクを警戒している。

 しかし当該のモンスターは、最低でもリリルカと仲が良い事は目にした通り。もしもアイズがモンスターを攻撃するならば、ヘスティア・ファミリアとの問題に発展することは明らかであり――――

 

 

「ジャガ丸、久しぶり!」

■■■(おひさ)―――!』

「アイズ!?」

「アイズさん!?」

 

 

 やや緩んだ表情のアイズ・ヴァレンシュタインとジャガ丸が繰り出すハイタッチを目にして、リヴェリア師弟を筆頭に、ロキ・ファミリアの面々は目を見開いていた。にこやかにして居るのは後を追って近づいたベルとジャガ丸に騎乗中のリリルカだけという、何とも奇妙な絵面である。

 スキルとして発現する程の強烈な憎しみをモンスターに対して抱いている事は、ロキ・ファミリアの全員が知っている。だからこそ、どうやら敵でこそないものの、モンスターと仲良くしている光景は驚愕にしか映らない。

 

 

「もうーアイズさん、久しぶりって程じゃないですよ」

「私にとっては、久々なの」

 

 

 違う、そうじゃない。

 

 ボケなのか素なのか分からない会話のやり取りに、突っ込む気力がある者は居ないようだ。しかしながら二人の間で今のベルの言葉はツッコミだったようで、片頬を膨らませたアイズが人差し指でベルの頬をツンツンしている。

 

 そして「ヒャッハー我慢できねー」と言わんばかりに、女神フレイヤがジャガ丸を上回る超ダッシュを繰り出して参戦出場。水晶越しに見ていた以前は未遂に終わったものの、此度は管理職が仕事をしていない為にストッパーが存在しない。

 アイズとは逆側の頬を超御満悦の表情でツンツンぷにぷにしており、ベルもされるがままで状況は動かない。もう暫くは、この光景が繰り広げられる事だろう。

 

 

 と思いきや、「ならば拙者が」と言わんばかりの第三者ダンジョンに動きがある。ベル達の少し横から湧き出ようとモンスターが、ダンジョンの側壁1メートル程の位置に亀裂を入れた。

 勿論狙いは、目の前で茶番劇を繰り広げる御一行。ここは深層であると思い知らせる為――――などとはモンスター故に思っていないが、そこに存在する侵入者を倒す為に、亀裂を入れると同時に飛び出す為に力を籠め――――

 

 

■゙?(あ゙?)

 

 

 飼い主に調教されたのだろうか。「ほんわかした雰囲気を邪魔するつもりなの?」とでも言わんばかりのジャガ丸が、オッタルですら目で追えぬほどに超高速の“破爪”を繰り出してダンジョンの壁を粉砕した。リリルカ君が反動で吹っ飛んだ!

 58階層を更地――――といえど物理的にではなく、モンスターを一掃したという意味の更地具合。無論、ジャガ丸も原因を作り出した一角であり、今のように一撃でモンスターの命を刈り取っていったのだ。

 

 弾け飛ぶ側壁とリリルカ・アーデ(ミサイル)は、ジャガ丸によって繰り出された一撃の力強さを物語っている。例えオッタルやレヴィスでも届くことは無い威力は96階層産出のモンスター強化バージョン、余裕のパワーで馬力が違う。

 同時に炸裂した側壁の射線はベル達を綺麗に回避しており、器用さについても嫌と言う程に示していた。飼い主が一番気に入っているのは、この器用さについてかもしれない。

 

 結果としてゴトリと湧き出てくる、魔石とドロップアイテム。ベルが近くに居る為にフルドロップしている点は、スキル“幸運”の賜物だ。

 ついでに言えば、俗に言うところの“死体沸き”である。生まれ出るはずだったモンスター、ドロップアイテムからして恐らくヴァルガング・ドラゴンが産声すらも上げる間もなく残した遺品は、誰かの冒険に役立てられる事だろう。

 

 

 片や何が起こったのか分からず目を見開き、ロキ・ファミリアの数名は既に恐れおののいている。何も問題はないと言わんばかりに冷静な、ヘスティア・ファミリアのレベル1を見習うべきだ。

 片や何が起こっても白兎の頬を突く事を目標とする、少女と少女(?)。少なくとも今の精神(こころ)は少女だろう、何も問題などありはしない。

 

 そんなベルは、一仕事を終えたジャガ丸を撫でまわしており。先の反動で吹っ飛ばされたリリルカが小さな身体を伸ばして文句を口にしており、三者三様。

 仕舞にはジャガ丸の実力が気になって恐る恐る近づくオッタルが威嚇されて縮こまるなど、正にカオス。“TPOを弁えた行動”という言い回しがあるのならば、間違いなく3文字全てに背いている内容だ。

 

 

「じょ、情報の量が、多すぎます……」

 

 

 呆れ半分に呟いたのは、珍しくアリシア・フォレストライト。抱く本音を口にしただけである点もさることながら、まさかのアイズの姿を目にして案山子となっているロキ・ファミリア幹部陣営が見せるべき反応の代役だ。

 しかし目に見えている情報を分析したところで何かできるワケでもなく、何かが解決する事もないだろう。コレを理解できるとなれば、最低でも数年単位は費やす必要がある筈だ。

 

 

 ならば残る道は一つであり、“場の流れ”にのっかる事。流れは流れでも激流に身を任せ“どうか”している事こそが、ヘスティア・ファミリア(ぶっ壊れ)を最も有効に使える方法なのだ。

 

 

 ということでアイズのモンスター嫌い克服については「まーた“あの人”絡みか」と強制的に納得した総員は耐寒ローブに身を包み、リリルカ・ライダーを先頭にして59階層へと突入する。前回とは真逆の気候にロキ・ファミリア陣営は緊張を抱くも、ヘスティア・ファミリアのメンバーは、何のその。

 もちろん50階層よりも更に奥深くと言うことで、身を蝕む怖さは輪をかけて強くなっている。各々がレヴィスやジャガ丸、そして団長のベルを信頼しているからこそ、常に周囲を警戒するなど、各々の役目を果たしているのだ。

 

 

「……君たちは、凄いね。とても、レベル1やレベル2の落ち着き具合には見えないよ」

「まさか、さっきから一杯一杯です」

「本当。空気だけを比べても、レベル1で来るような所じゃありませんよ、ここは」

「ロキ・ファミリアの幹部の方々や、フレイヤ・ファミリアの猛者もご一緒ですからね。恥ずかしい真似はできませんから、猶更です」

「タカヒロさんを相手した鍛錬が原因じゃないか?あの人、こっちが色々やる前から全部見切ってるような動きを匂わせるし、だからって僅かでも手を抜くと露骨に溜息を吐かれるし」

「わかる。なんかもう八方塞がりで絶望しかないっていうか。いや、相手して貰って手抜きの件は、完全にコッチが悪いんだけどさ」

「ははは、違いない」

 

 

 流石のフィンも笑いが生まれた点については驚いており、道中で理由を聞けば、対人の鍛錬の約半分を50階層でやっていたこともあり、深層の怖さは“そこそこ慣れた”との回答。ならば残るは対モンスターの恐怖のみであり、それについては先の信頼が足枷を外している。

 現実的には不可能だろうが、信頼できる仲間たちとならば苦難を乗り越えることが出来ると、各々が強く確信している。心は疲弊しかかっているかもしれないが、各々の目は死んでいない。

 

 

 そして同時に、平然を装いながらも先の発言に対してフィンは驚愕と戦慄の心を抱いている。露骨さは不明ながらも、“己の攻撃に対してタカヒロが予測動作を行っている”事が分かるならば、それは即ち“相手の動きを予測する事が出来ている”という事実に他ならない。

 

 絶対的な力はレベル1や2の程度に留まるとはいえ、そんなことが出来る者がオラリオにどれだけ居るかとなれば、全員の答えは誤差の範囲で一致する事だろう。それが冒険者の間における常識であり、得ようとすれど高望みと呼ばれる領域の一角となる。

 しかし無論、行動予測の範囲は仲間に対する連携能力に直結する。もしもヘスティア・ファミリアの構成メンバーがこのまま変わらずレベル3や4となった際の総合戦闘能力がどうなるかと考えただけで、フィンは恐怖から口元が吊り上がった。

 

 

 指揮官が恐怖と妄想に耽る中、全員に耐寒装備の配布が行われる。凡人枠である為にトレンチコートが追加されたフレイヤを護りながら、各々はブリザード吹き荒れ視界も良好とはいえない59階層の進行を開始した。

 どうせ他に冒険者も居ない為に気楽なものであり、向かってくるモノが敵であると判断するのは容易いだろう。何せ此処は、何が起こるか分からないダンジョンだ。

 

 

 現にこうして、答え合わせが行われる。新たに現れた冒険者(獲物)に向かって、モンスターたちが突撃を慣行した。

 

 

「敵正面、数50以上!追加、左より12!」

「左まかせて、行くよベル!」

「援護します!他は前を!」

 

 

 絶対に、アイズを護る。瞬間的ではあるものの戦う理由を抱いた少年を傍から見れば、恐らくは輝きを放っていた事だろう。

 

 真っ先に駆け出すアイズとベルは、互いに想定の範囲内だったのだろう。詠唱に入るべきかを選択されるリヴェリアは今回はしない事を選んでおり、レフィーヤもそれに倣っている。

 指揮官であるフィンはもとより、リヴェリアやラウル、リリルカの目つきは鋭く周囲を広く見つめている。前方からのモンスターを迎撃するために飛び出したガレスやティオネ・ティオナ姉妹とアリシアなど数名が繰り広げる攻防を、じっと静かに見つめている。

 

 

「フンヌ!ええい馬鹿力のモンスターめ!」

「かったーい!て言うか、つめたああい!」

「油断しちゃだめ、ここは59階層よ!」

 

 

 ここはロキ・ファミリアにとって未踏の地。故にモンスターの沸き方も効率的な対処陣形も分かっておらず、手探りの状況だらけなのだ。

 それを知っている為に、もしくはライダーのリリルカが止めている為に、レヴィスとジャガ丸は手を出さない。この二名ならば片手間で処理できる内容ながらも、手を出して得られるモノはドロップアイテムと魔石だけ。

 

 

 近い未来、彼等が更なる奥へと到達するための予行演習。己が未来を切り開くためにダンジョンへと挑んだかつての仲間達を思い浮かべるレヴィスは、決して声や表情に出すことは無いものの、挑む一行を心の内で励ましている。

 

 

 とはいえ、それだけでは通じないのもまた、ダンジョンの深層と呼ばれる場所。誰の言い回しか“何が起こるか分からない”とはよく言ったものだが、それは此処59階層とて同様だ。

 故にイレギュラーの類も、いつ何時に発生したところで不思議ではない。そして此度は、ブリザードが弱まったタイミングだった。

 

 

「後ろからモンスター多数!っ、あそこに氷塊があったのね!」

 

 

 極寒のブリザードとは、音と温度を遮断する。今の今まで、モンスターも冒険者の戦闘に気づくことがなかったのだろう。

 ダンジョンの攻略においては手練れと言えるロキ・ファミリアの者ですら、氷塊の影に隠れたモンスターの存在に気づく事ができなかった。更に彼等にとって運が悪い事に、ここぞとばかりに多量のモンスターが押し寄せる。

 

 

 始まるは奇襲戦闘、1秒単位を争う時間との攻防。フィンならばこうするだろうと予測がついているリヴェリアだけは動き出す態勢に入っているが、他についてはフィンの指示を待っている。

 アクションを見せない他の者達が悪いのではない。司令塔の指示に従うという基本中の基本を守っているだけであり、パーティーという集団行動においては、最も厳守すべき一つとして挙げられる。

 

 故にフィンが必要とするのは、声に出す為に必要な2-3秒の時間。いくら広い目を持つ知将と言えど伝達には時間が必要で、このような突発的なイレギュラーには分が悪く――――

 

 

「ファイアボルト!」

 

 

 なお、広い目を持ち合わせているのは此方も同じ。ベル・クラネルの十八番と言える超短文詠唱から放たれた魔法が敵を怯ませ、フィン・ディムナが最も望む時間を作り出す。

 彼はアイズと左翼の相手をしているのではなかったか。そう思う面々が視線を変えるもベルはモンスターを相手している真っ最中であり、到底、多方面に気を向けている余裕は見られない。

 

 フィン・ディムナを筆頭とした者達の背筋を、ゾクリとした感覚が駆け抜ける。モンスターの一体すらも倒せない僅かな一撃が作り出す情景が、これ程のモノとは考えもしなかった。

 攻防が与ダメージと被ダメージ、もう少し追加で言えば回復量だけで比較されるならば決して評価される事はなく、むしろ無駄と呼べる一撃。しかし今の一撃でパーティーメンバーが得たモノは、何物にも代えられない逸品と同等だ。

 

 

 ヘスティア・ファミリアのメンバーたちも、まさかの一撃を目にして目を見開く。こちらは遠距離攻撃に徹しており傍から見ていたこともあってベルの動きを追うことが出来ていたのだが、アイズと二人で乱戦を行いながらソレが見えていたのかと誰しもが驚愕の表情を浮かべている。

 

 

「すげぇ……」

「流石、俺たちの団長だ!」

 

 

 思わず呟いたのは、ルーキーの誰か。ロキ・ファミリアの幹部達ばかりを見ていると勘違いしてしまうが、真正面から相手をする事だけが戦いではない。今のような小技は、4-5人が集えば弓などで代用することも出来るだろう。

 例えマトモなダメージを与えることが出来なくても、出来ることは何かある。集団での戦いにおいて最も大切な事を学んだ者達は、各々が再び、遠距離での攻撃に徹することとなった。

 

 

 対処としては先程ガレスが駆け抜けていったので、直ちに問題が生じる可能性も低いだろう。次は何を学ぶことが出来るかと緊張の中に期待と興奮を抱きつつ、ルーキー達は、先輩の背中を見て学ぶのであった。

 

 

 

 

 その横では。

 

 

 

 

「女神フレイヤ様が鼻部に被弾!」

「いや、自爆だ」

 

 

 足を引っ張りかねない女神と冷静に返答と介護するオッタルは、早速ながら戦力外通告。“見て学ぶ”とは、輝くベル・クラネルを目にして興奮している女神(ソレ)から目を逸らしつつの行動内容である。

 




メディーック!


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184話 魔導士と前衛

 

 ベル・クラネルが魅せた足止めの一撃は、数多の冒険者たちに勇気と興奮を、そして約一名に鼻血をもたらす。本人は元の布陣に戻って再びアイズと一緒に左翼を担当しており、此方についてはあまり時間を要さず収束を迎える事だろう。

 勿論、先のファイアボルトの一撃で後方で勃発した戦いが終わったワケではない。実際の迎撃戦闘は、これからが本番だ。

 

 

「前は任せてきたぞフィン、後ろはワシが引き付ける!」

「僕も出るよ。リヴェリア、レフィーヤ!」

「任せろ」

「はい!」

 

 

 繰り広げられるは、ロキ・ファミリアの十八番と言える。しかし一方で最も信頼を置くことができる布陣でもあり、リヴェリアとレフィーヤは、各々が持ち得る最短詠唱の魔法を選択した。

 ヘスティア・ファミリアの者達も有効打ではないと知りながら、各々が精一杯の攻撃や支援を行っている。特に左翼へと駆け出したアイズとベルに対する補給は万全で、結果として二人で処理する結末を見せている程だ。

 

 

「こちら片付きました。フィンさん、加勢します!」

「おお?遅かったではないか!」

「待ってたよ、支援を頼む」

 

 

 あくまで支援に徹していたベルは余力を残しているようで、アイズと違って一息すらつくことなく新たなバトルフィールドへと駆け出してゆく。一方のアイズは一度下がってポーションを服用して態勢を整えており、1分もすれば前線へ復帰することが出来るだろう。

 このような場面においてもロキ・ファミリアとヘスティア・ファミリアのサポーターは連携しており、各々が必要な仕事を全力でこなしている。前線への支援か、こうして戻ってきた者への補給作業か、1秒単位で戦場を見分けなければ務まらない。

 

 

「次、中級ポーションを前線に渡します!そっちは遠距離攻撃の用意を、魔導士を護る為の攻撃で右に二人――――」

 

 

 取りまとめ役は、リリルカ・アーデ。全体的な司令塔の頂点となればフィン・ディムナながらも、こうして彼のサポートに回っている。

 普段の教導などを彼から受ける事があるという実績も相まって、連携の度合いは非常に高い。フィンも、サポーターに絡んだ支援周りについては開始から1分程で考慮の内から除外しており、こうしてリリルカへと任せている程だ。

 

 まだまだサポート関係が中心ながらも、物凄く頼りになる。それがフィンがリリルカに対して抱いている嘘偽りのない評価であり、ベルも大いに感じている事だ。

 そんな支援も相まって前方を担当する魔導士は詠唱を紡ぐ一方、ガレスが駆け出した後方にも動きがある。まずは取り急ぎと言わんばかりに、レフィーヤが先手の一撃をお見舞いした。

 

 

「“アルクス・レイ”!」

 

 

 広範囲を攻撃対象とする一般的な魔法ではなく、ビームのような軌道を持つ単発の追尾型。彼女が得意とする攻撃魔法であり、魔法そのものが消されるかダンジョンの側壁にでも当たらない限り、狙いを定めた目標に命中するまで追尾する。

 範囲という面では劣る代わりに、詠唱を含めた攻撃準備から完了までの時間が非常に短い点が挙げられる。本来ならばそのような魔法が持ち得る威力はベルのファイアボルトのように低いのだが、そこは彼女が持ち得る才能でカバーしていた。

 

 その才能を表現するにあたり言葉を捻るならば、“火力一辺倒”。実のところ並行詠唱については初歩の初歩と呼べる段階であり、ロキ・ファミリアの幹部を基準とするならば、間違いのない言い回しだ。

 とはいえ本来、扱う魔力量が増える程、並行詠唱と言うのは難しい。そしてレフィーヤの現時点での実力についても侮るには程遠く、なんとレベル3の終盤でありながら、魔法の威力だけならばレベル6のリヴェリアを上回る程なのだ。

 

 

 彼女の出身地、“ウィーシェの森”。一口にエルフと言えど出身地によって個性があり、この森の血を引く者は、取り扱うことが出来る魔力量が多い事が特徴だ。

 そしてレフィーヤ個人の潜在能力も相まって、3レベル差を引っくり返す程の魔力を取り扱うことが出来るワケである。なお色々とあってリヴェリアがレベル7になった為に威力についても頂点を奪還しており、例の秘匿スキルまで発動したならば、例えレフィーヤでも、そう容易く追い抜くことはできないだろう。

 

 

 ともあれ、これらの理由により、彼女が放つ魔法は短文と言えど侮れない。先程の“アルクス・レイ”が着弾した地点で発生した爆発は轟音と地響きとなって届いており、魔法の熱量で周囲の氷が解けたのか、水蒸気となって視界を遮る。

 すぐさま凍り付かないのは、先の魔法の熱気が残っている為だろう。それだけでも、レフィーヤが使用した短文魔法が持ち得る威力の高さが伺える。

 

 

 前衛が敵の動きを止め、後衛が遠距離にて数を減らす。最もセオリーかつ効果的な戦闘方法であり、恐らく狙いを付けた一体は仕留めることが出来ただろう。

 レベルは3、そろそろ魔力アビリティが999となってレベル4になる予定なれど、ちゃんと60階層付近でも通用する。厳しかったけれども、今まで学んできたことは間違いではなかった。次に備えるために、彼女は再び詠唱を始めて魔力を練り上げ――――

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

 そのような喜びを打ち砕くように煙の中から彼女に向かって放たれる、角のような部位を打ち出す遠距離攻撃。視界が途切れる水蒸気を使用した、最も効果的な一つと言える攻撃方法が放たれたのは、彼女が自信を抱いた時だった。

 

 突然で予想外の奇襲、イレギュラー。加えて放ったのは腐っても59階層のモンスターであり、威力・速度共に、例え前衛職でも反応は難しい。

 

 

 ドクンと心臓が一度跳ね、頭が真っ白になった。考える時間などない。しかし反応することは不可能だ。

 モンスターのくせしてコントロールに長けていることが腹立たしい。あとコンマ五秒もすれば、自身の脳天を貫くだろう。

 

 

 

 

 そう、彼女が認識した瞬間。

 

 

 

 

「ハアッ!」

「――――えっ?」

 

 

 跳躍するかの如く其処に向かって横っ飛びで跳んできたのは、白い兎。アイズ・ナイフにて地面へと叩き落とし、迫る脅威を確実に排除する。レフィーヤを庇おうと動きかけていたリヴェリアですら、接近に気が付いていなかった。

 リヴェリアとレフィーヤは、何故ベル・クラネルが此処にいるのか理解できなかった。ほぼ全方位に対して警戒しながら詠唱を続ける彼女たちが数秒前に確認した時は、未だ先で足止めを繰り広げるフィンやガレスの所に居たのだから無理もない。

 

 少年が持ち得るモノはテクニックに対してこそ目が行きがちだが、その根底は彼が持ち得る広い視野。それがあるからこそ先の小手先が行えるワケであり、持ち得ぬならば、今のベル・クラネルは存在しない。

 ともあれ、まさかの対応と今の一撃へ反応できた事実に対し、護られたレフィーヤは驚愕から一転して、ポカンとした表情を浮かべてしまう。何か問題だっただろうかと同じく数秒程ポカンとした表情を浮かべたベルは、護衛対象に安心を与えるべく口を開いた。

 

 

「大丈夫です。ちゃんと、レフィーヤさんの事も見てますから」

「っ――――!!」

 

 

 魔導士にあってはならない魔力の暴走を誘発しかけてしまったレフィーヤ、何とかして踏みとどまる。横ではリヴェリアが少しばかり物言いたげな目線を向けているが、事はすでに起こってしまっている。

 なお少年からすれば単純に後衛を護っただけであり、他意はない。そこそこの距離に居たアイズの耳に届いていない点だけが、唯一の救いだろう。詠唱を続けながらワタワタとした動作にてベルを指差すレフィーヤと荒ぶるポニーテールに落ち着きが生まれるのは、もう暫くしてからの事になりそうだ。

 

 とはいえ、そんな心の浮つきも永くは続かない。再び前へと駆け出し敵の足止めに集中する少年の背中、魔法攻撃は任せたと言わんばかりの姿は、彼女の瞳にどのように映っただろうか。

 先の攻防もそうだと、レフィーヤは状況を振り返る。戦いが始まって以降、あの少年は決して後ろを見ることなく、常に前だけを気にしている。

 

 それは、後ろへの絶対的な信頼があるからこそできる業。何度か交流のあるリヴェリアならばまだしも、客観的に言えば“アタリがキツい”者に対してまで今の態度がとれるのかと、何故そのような事が行えるのかと、彼女は心の内で質問のマシンガンというトリガーを引いている。

 ともあれ。ならば応えなければ、名が廃る。彼女が持ち得る負けん気はそのような回答を導き出し、最良と言える一撃を叩きこむべく状況を見回した。

 

 

 前方では変わらず、前衛の三名が敵を相手しつつ進行を止めている。1-2体は倒せているようだが撲滅には遠く、早急な援護が必要だろう。

 チラリと、横のリヴェリアを流し見る。詠唱は最終段階も終盤であり、ならば範囲魔法で打ち漏らしたターゲットを狙うべきとレフィーヤは判断した。

 

 

「来ます、下がってください!」

 

 

 詠唱中のリヴァリアに変わってレフィーヤが叫ぶと、前衛の三名は一目散に後退して敵を引き付ける。これから放たれる魔法が最も効力を発揮するよう敵の陣形を調整する為であり、状況に対して最も有効な対処方法を、3人は言われずとも成し遂げたのだ。

 

 

「“ウィン・フィンブルヴェトル”!」

「“アルクス・レイ”!」

 

 

 凍てつく極寒の地に、負けず劣らず。世界の終焉が迫った際に生じた“三度の厳冬”が訪れたならば敵の退路は無いに等しく、それは、極寒のブリザードに耐性を持つ者すらも氷塊へと変えてしまう。

 撃破数、約7割。続けざまのアルクス・レイで一体を倒し、残党についてもフィン達の敵ではない。モンスターとは群れると非常に厄介だが、基本として一対一の戦闘ならば、適性の場所においては勝つことが大半となるだろう。

 

 

「ガレス、前線に戻ってくれ」

「承知した。悪魔兎(ジョーカー)、フィンの援護は任せたぞ」

「はい!」

 

 

 お疲れ様でーす、とでも言わんばかりの調子で、ピンポイントで敵の弱点に対して攻撃していくベル・クラネル。この階層は二度目と言うこともあって敵の弱点は前回で見抜いており、リヴェリアとレフィーヤを含め、ロキ・ファミリアは見て学んでいる状況だ。

 援護どころか、倒す速度も同等だ。後ろで対抗意識を燃やしているレフィーヤだが、少年と同等の戦い方をするのは実質的に不可能だろう。

 

 こうなってしまっては、あまり時間は要さない。流石に魔石を残す余裕はなかったもののモンスターは全滅となり、ベルとフィンは右手を軽くタッチさせて口元を緩めた。

 共闘を称える一方で、まるで「君には負けない」とばかりに対抗心を燃やすかの様。実のところは正解であり、そんな気持ちを感じたベルもまた、「待っていてください」と言わんばかりに視線を交わす。

 

 

 どうやら前方で生じていた戦いも、時を同じくして収束となったようだ。いくらかドロップしているらしいアイテムを取り合う元気なアマゾネス姉妹の声が響いており、リヴェリアが軽い溜息を吐いている。

 戦い足りないのかガレスがジャガ丸を相手に一戦を始めようとするなど、三者三様。そして一行へと足を向けるベルにも、新たな試練が降りかかる。

 

 

 突き刺さる視線、感じる威圧。無視したならば肥大化することは目に見えており、一行の元へと向かうには横を通らなければならないので、無視を決め込むこともできないだろう。

 

 

「……ぼ、僕に何か……?」

「っ~~~~!!」

 

 

 歯を食いしばり眉間に力を入れたレフィーヤは、やや染めた頬の表情をベルに向けている。言いたいことはあれど絶対に口には出せない為に、こうして威嚇している真っ最中だ。

 そんな表情を向けられるベルは、自分が何かしてしまったかと過去の行動を振り返る。焦りから僅かな冷や汗を浮かべるも、少年の中で、問題となりそうな行動は起こしていないのが実情だ。

 

 

 一つ。敵の遠距離攻撃を察知し、レフィーヤさんを護った。

 一つ。まだ怖そうにしていたので、ちゃんと戦場全体を見ている事を口で告げた。

 一つ。フィンさんと共闘しながら、残存のモンスターを討伐した。

 

 

 故に、ヨシッ。恥じる事、謝るべき事はないと結論に辿り着き、ベルはレフィーヤの前を通過して集団の元へと戻ってゆく。

 後ろから鋭く突き刺さる視線に怯えつつも、まずはヘスティア・ファミリアの一行を労うのが少年の仕事だ。フィンもまた己のメンバーを労って約一名に襲われかけているものの、得られたものは非常に多い。

 

 良かったこと、悪かったこと。地上に戻っても議論すべきことは少なくはなく、それもまた、各々のファミリアの糧となるだろう。

 

 

 

 ところで。あえて手を出さなかった2名以外に居た、もう2名はというと。

 

 

「フレイヤ様、大丈夫ですか?」

「ありがとう、大丈夫よ」

 

 

 今の今まで自爆業による致命傷で済んでいた、美の女神。相も変わらず、たいそう御満悦な面持ちでベルと会話を行っており、アイズが警戒の視線を向けている。

 

 

 ともあれ、これにて関門は突破した。このあとはジャガ丸の先導により、一行は、約一名と合流すべく移動する。

 



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185話 主役は遅れて

ほのぼの


 

 主役とは言わずもがな、物語で描かれる中心的人物である。そこに脇役だのヒロインだのモブなど、様々な人物や生命が関わるのだ。

 

 “主役とは遅れてやってくる。”このようなフレーズがあるのは、味方がピンチの時に主人公が登場すると言うシチュエーションが、最も人気のあるセオリーの一つであるからだ。

 英雄録においては、王道と言える展開の一つだろう。そして敵にとっては、最大のピンチであることに間違いない。

 

 

 ならばもし敵のポジションを、今のダンジョン59階層に居るモンスターに当てはめたならば、どうだろうか。

 

 

 彼等はきっと総力を挙げて、勇敢にも挑みかかる事だろう。地上からやってきた異物を排除すべく、討つべく、味方と共に挑みかかるに違いない。

 

 ではもし、そんな彼等が一戦を終えて、59階層における“とある地点”へと帰ってきたとしたら。彼等は口を揃えて、とある者に対して次のように叫ぶだろう。

 

 

 

 

 “こっち来んな”と。

 

 

 

====

 

 やや弱くはなったものの、依然として極寒のブリザードが吹き荒れる59階層。地点としては中盤ぐらいであり、正規ルートと呼ばれる攻略ルートに沿っての行動だ。

 なおここ59階層へと来たことがあるのは、歴代でもゼウスとヘラのファミリアのみ。ギルドすらも情報を持っていない階層を何故正規ルートで進めることが出来るかとなれば、かつて駆け抜けた者が居るからだ。

 

 案内役は、情報をインプットされたリリルカ・ライダー。一行を主の元へ向けて引率中であり、これも立派なサポーターとしての仕事の一つである。

 時折出てくる逸れモンスターについては彼女が跨っているジャガ丸が一撃で始末しており、大きな戦闘は発生していない。苦笑する後続を率いつつ、ジャガ丸は、とある地点で停止して振り返った。

 

 

 先頭を行くジャガ丸が、前足を使って指差した氷塊の先。水際に並ぶ岩場からすぐ先は、目視こそできないものの巨大な池のようであり、水深は水際から急激に深くなっている。

 足を踏み外せば急激に体温を奪われることとなり、水中に住まうモンスター達が、すぐさまピラニアの如く押し寄せる。動きを制限された者が迎える未来など、語るまでもないだろう。

 

 

「えーっと……いらっしゃいました、が……」

「こ、これは……」

 

 

 そんな極限と言えるような極寒の海中に、半身浴。とでも言わんかのごとく、鎧姿でこそあるものの胸部から上だけを海上に曝け出し、海岸にもたれかかるようにしているルアー役。

 まるで誰も居ない温泉で身を水中に投げ出し、温泉の淵に両腕を投げ出すかの様。極寒のブリザードという情景が存在しなければ、湯を堪能するようにも見えただろう。

 

 心頭滅却すれば火もまた涼し、ではなく、冷水もまた熱し。ダンジョンに風流を求める事は、絶対に間違っている。

 

 

「……同じファミリアの者として聞くが、何故、そのような?」

 

 

 前回にベルやリリルカと来た時は海上モンスターの素材だった為、今日は水中。それが、レヴィスが不審者から聞き出した事実だった。オブラートに包むならば特殊行動、早い話が奇行である。

 先程まで大真面目に戦っていた一行だからこそ、抱く気持ちの温度差は凄まじい。目指す背中とは少しばかり、いや大きく違うベル・クラネルなど数名は、色々と思う所があるだろう。

 

 

 追いかける人を間違えただろうか?いや。こんなの(ぶっ壊れ)が三人も四人も居たならば、心的疲労(ストレス)によってウラノスは天界へ還っている。

 

 

 まさに、“百聞は一見に如かず”を体現した構図。何をしているかはベルから聞いていたものの、目撃者全員の脳裏を埋めつくした「何やってんの?」という疑問符は、まったく減る余地を見せていない。

 流石の家族3名も、今回ばかりは呆れ、苦笑い、いつもの無表情と様々だ。そして最後、無表情のアイズだけは純粋に、心配の気持ちを抱いている。

 

 

「寒、そう。ベル。タカヒロさんは……鎧だけで、平気なの?」

「ここは寒いとか、そういった次元じゃないんですけどね……。うーん、多分ですけど大丈夫でしょう」

「いやちょっと待ってください!寒いで済むのですか!?この極寒の世界で、それも水中ですよ!?水中!!」

 

 

 発言者が白兎だからだろうか。ツッコミに徹するレフィーヤながらも後ろに続く者は誰一人としておらず、皆さん何も思わないんですかと言わんばかりに辺りを見回すも、返ってくる反応は総スルー。

 氷結していないから地上よりは暖かい、と言う理屈は通じない。気化熱を筆頭とした様々な要因は、常に熱を移動させる要素なのだ。通常は。

 

 お前が餌になるんだよ、的な事を実行した理由としては、只一つ。色々と方法を試した結果、水中のモンスターを引き寄せる最も効率の良い方法だったから。

 例え極寒の環境と海水をもってしても、ハクスラ民の本能が持ち得る熱を()ますことなど出来はしない。唯一の例外が居るとすればリヴェリアだが、奇行の類は今に始まったことではなく、誰かに迷惑がかかっているワケでもなければ本ツアーはタカヒロなしでは行えない為に、特に口を挟むことはしていない。

 

 

 だからこそ咎めることもなく、ごくごく当然のような対応。横に並んで屈む彼女は、積み上げられたドロップアイテムや魔石を整理する作業に移っている。

 まるで、相方が散らかした部屋を整理・整頓するかのようだ。初めて目にするドロップアイテムにベルやリリルカも興味を示しており、一緒になって手伝っている。

 

 

「どうだタカヒロ、あまり思わしくないようにも見えるが」

「ああ。地上と比べても、効率は非常に悪い。そろそろ終えるつもりだ」

 

 

 最後となるらしい一匹が噛付くと、鈍い音と共に、報復ダメージによってサメの類は空中へと“釣り上げ”られた。水中から突撃してきた慣性が生きていたのか、死体はそのまま水上へと打ちあがっている。のちにガネーシャ・ファミリアによって演劇化されるゾンビ・シャークの原点、などということは無い。

 ともあれ、これにて釣り場は店じまい。冬場に暖かな風呂から出るように、少しばかり名残惜しそうに陸へと上がる装備キチ。フードの下の表情はいたって普通であり、体が冷えた際に現れる唇が青ざめた様相も見られない。

 

 大漁旗を掲げるには程遠かったこともあり、整理整頓はすぐに終了。インベントリに放り込んでいる為に傍から見れば消えるドロップアイテムの事など、誰もツッコミを入れる愛と元気と勇気を持ち合わせてはいないようだ。

 

 

「……り、リヴェリア様。失礼を承知ですが、ど、どうして、それ程までに冷静で……?」

「……もう、慣れてしまったのかもしれん」

 

 

 弟子レフィーヤの質問に淡々とした様相で答えるハイエルフ。その一言で全ては伝わってしまっており、「何か問題か?」と言いたげな実行犯の視線が、フードの下から届いていた。

 それでもって、この程度で慌てふためいていては、59階層と呼ばれる場所を満喫するには程遠い。今現在は12時を少し回った辺りとなっており、午後には60階層へ行くというのだから、ツッコミで疲れてしまうことも御法度だろう。エルフたちにとっては下手にツッコミを入れることが出来ない点もまた、静寂さに拍車をかけている。

 

 

 

 で。そうなると、昼食を取る場所が必要となるワケだが――――

 

 

 

「やっぱり便利ですね、リフトって!」

「うん、反則技」

「ホントだよ」

 

 

 一行は60階層へ降りた所で、リフトを使って50階層へと逆戻り。ちなみにリフトは展開したままであり、逆にいつでも60階層へと突入することが出来る状態だ。

 なお思わずフィンが同意の言葉を漏らした一行の感想としては、全員がアイズと同じ内容。その気になれば接続先を50階層ではなくオラリオ西部とすることも可能な為、モンスターがリフトへと入った際のことを考えなければ、毎日ホームへと戻りながらダンジョンを攻略することも可能なのだ。

 

 

 そのような裏技チックな方法を知ったフィン・ディムナとリリルカ・ライダー。例え彼という本体が出てこないと仮定しても、闇派閥よりこっちが敵に回った時の方が遥かに危ないのではないかと真相に辿り着いてしまい、考える事を放棄した。

 

 

 もっとも、その考えは正解だ。そこで呑気に座っている奴は、かつてケアンの地において数十個の国を滅ぼした勢力に対し、リフトによる瞬間移動を駆使して立ち向かったどころか単騎で全てを叩き潰した張本人。

 勿論タカヒロ本人だけではなく、味方勢力も彼のリフトを利用して各拠点への移動時間をカットしながらの進軍を行っている。空中から超高速で降下して敵陣に乗り込むヘイロー降下など可愛いものであり、敵からすれば、乗っ取られ一人の侵入を許したならば、傷一つない敵の軍隊全てがそこに出現するに等しいのだ。

 

 もしもフィンやリリルカが思考回路を放棄していなければ、このような考えも浮かんだだろう。そうなれば、闇派閥は瞬殺となっていた筈だ。

 

 

 このような考えを浮かばせない場の空気としては、「そんな事より弁当だ」。アイズお手製の、少しだけ味が濃い目に作られた肉とバランスが丁度良いオカズ群が、最も注目を浴びている一つと言って良いだろう。

 アイズが作ってくれた嬉しさもさることながら、比喩表現抜きに美味しそうな見た目に少年は魅了されている。女神フレイヤの魅了ですら当たり前に無効化する程の存在でも、どうやら胃袋は弱いようだ。

 

 例によって山吹色のエルフは血涙を流しつつ呪いコロコロさんとばかりにベル・クラネルを威嚇しているが、手を出した瞬間にアイズと絶交になるのは分かっているようで睨みつけるに留まっている。そんな彼女に対してアイズは小皿へと少量を盛り付けて渡しており、瞬間のうちにねじ伏せた。3レベル差の一撃である。

 なお弁当の類については耐寒ローブを流用して梱包しており、冷凍保存とはなっていない。戦闘時においてもサポーターがしっかりと仕事をしていたため、崩れについても許容範囲。

 

 

 そして皆が気になるもう一つ。前回も無事にフィン・ディムナの胃袋に納まった、ティオネ・ヒリュテの手料理だ。

 構成としてはアイズと似ており、肉中心。前回もあって片や疑念半分、片や不安半分のフィンは、己の二つ名である“勇者”に恥じぬかの如く料理を口に含み咀嚼、飲み込んだ。

 

 

「うん、普通においしい」

「「「えええええっ!?」」」

「ちょっと待ちなさいどういう事!?」

 

 

 フィンの呟きに驚く周囲、に対してツッコミを入れるティオネだが、それは過去の行いに聞けば答えが出るだろう。レフィーヤによる矯正が功を奏しており、無事、メシマズからは脱却することが出来たようだ。

 なお影の問題児フレイヤについては、オッタルが根回しを済ませている。故に被害者が生まれることは無く、アイズの手料理によって生まれる堕落したベル・クラネルのレアな姿を御満悦に観察する所業に夢中である。

 

 

 そんな観察対象。確かにアイズが作ったオカズ群に目と胃袋を奪われているベルだが、一方で反対側の状況が気になるのも事実である。

 周囲が最も気を向けている弁当の一つ。同胞リュー・リオンではないが、“やりすぎ”と言える三段重箱。こちらについて気になっているのはアイズも同様であり、一方で、軽く引いてしまっていた。

 

 

「……すまない、作りすぎた」

「……そうか」

 

 

 そんな重厚弁当が差し出されたタカヒロは、肯定などもっての他。かと言って本音に従うならば否定も出来ず、無難に相槌を打つに留めている。

 一辺が20cmはあろうかという重い(想い)階層の中身は、色とりどり。それこそコース料理を詰め込んだかの如く、汁物こそ無いが、様々なレパートリーが敷き詰められていた。

 

 自分に対してこれ程の弁当を作ってくれる事は物凄く嬉しく思うタカヒロ。しかし下手に料理が出来る手前、どれだけ時間をかけたんだという感想が、いの一番に浮上している。

 そして一品を口に含んでみると、尾ひれ抜きに彼好み。捻くれている為に決して声には出さないが、その表情が僅かに変わったことをリヴェリアが見逃す筈もなく、感情は以心伝心にて伝わっている。

 

 

 なお、物量はお察し。頑張るタカヒロだが大食いとは程遠く、流石に全てを胃袋に収める事は不可能だろう。可能な限り全ての食材に箸を付けつつ、リヴェリアの許可も貰い、アイズやベルに少量をシェアしていた。

 このような行いが出来るのは、4人が家族同然の付き合いをしており周囲もそれを知っている為。普通ならばアイズはともかく、リヴェリア作成の料理をシェアしたと言うだけで、エルフ一同から怒号の類が飛び交うだろう。

 

 

「っ!?」

 

 

 料理を口にしたアイズ・ヴァレンシュタインに衝撃走る。彼女もスキルが向上しているからこそ、今の一品にどれだけの手間がかかっているか、なんとなくではあるものの、分かるようになってきたのだ。

 なお二人とも料理を始めて間もないが、これ程までに成長が早いのは愛情のなせる業に他ならない。駆け出しとはいえ侮るべからず、一念は鬼神にも通じるのだ。

 

 

「フフ……どうした、アイズ」

「……負けないっ」

 

 

 もとより自らが包丁を握ることがなかっただけで、要領については良い部類となるリヴェリア。冗談を抜きにして本気を出して料理の練習に励んでいるようであり、大人げなくニヤリとした表情で迎え撃っている。火花を散らす視線は、誰の為の戦いなのかは分からない。

 一方でお返し、というわけではないがベルがアイズの弁当を少量シェアしていたりと、男側の状況は平穏だ。もしも片方が「こっちの方が美味しい」と口にすればバトルとなるが、双方共に、そんなつもりは全くない。

 

 

 食後の休憩も終わり、一行は再び戦闘態勢へとスイッチする。タカヒロ曰く“本番”らしい午後の部に戦慄を覚える各々は、内容を告げられることなく順次リフトへと入っていくのであった。

 



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186話 長く辛く険しい戦い

 

 食後暫くの休息を挟み、部隊は足並みを揃えて戦場へと舞い戻る。期待、不安、闘志など、各々が抱く感情は様々だ。

 ブリザードが吹き荒れる極寒の地、超が付くほどの深層となる60階層に到達した地点。50階層より一瞬で到達した一行は、どのような戦闘を行うのかと、期待と不安が約半数。

 

 

 各々が態勢を整えると、引率者より、各々に与えられる役割の説明が行われた。

 

 

「……えっ?」

 

 

 各々で、多少は違えど。そのような疑問符が、全員が共通で抱いた感想であった。

 

 

=====

 

 

 カーテンとは、向かいからの光や視線を遮る為のモノである。壁との違いとしては第一に厚みであり、容易に開閉できる事が特徴だ。

 此処ダンジョン60階層においてもカーテンと呼べる代物は存在しており、それは59階層でも猛威を振るっていた極寒のブリザード。吹き荒れる雪の粒は視界を遮り、風が岩肌を吹き抜ける音は聴覚を奪っている。

 

 

 このブリザードが猛威を振るう対象は、ダンジョンに住まう者も含まれる。訪問者と違って居るだけで体力を奪われることは無いものの、視覚と聴覚に影響があるのは同じ事。

 故に、後ろから接近してきた者に気づかなかった。だからこそ、先制攻撃を頭の後ろに受ける事となり――――

 

 

■■■(んだコラ)―――!?』

 

 

 ダンジョン60階層に住まうモンスター達は、激怒した。かくして氷の塊を投げつけてきた邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)な赤髪の侵入者をダンジョンから取り除かなければならぬと決意した。

 

 

 鬼さんこちら、餌が逃げる方へ。後続が追ってきている事を確認したレヴィスは額に汗を浮かべており、息も既に上がりかけである。

 探しに探してやっと見つけた、大規模な群れを持つモンスターの御一行。それらが誘導される先には、並の冒険者ならば驚愕の二文字を抱く光景が広がっていた。

 

 

 それはまるで、超ド級の早食い、かつ大食いの双方を兼ね備える者が現れた厨房の様。そこに居る対象者食材を供給すべく、レヴィスは“釣り役”の一人としてダンジョン60階層を駆け巡る。

 対象者がオカワリという呪文を口にする前に料理が出てくるならば、さして問題は無いだろう。食材と調理人の在庫が十分ならば、そのような対処も可能な筈だ。

 

 

 しかしどうやら、食事する者は2チームとなるらしい。此度の提供対象は早食いファイターではなかったようだが、レヴィスはモンスターの群れと言う料理を提供すべく進路を変えた。

 

 

「今回は此方か。アマゾネス、処理しておけ!」

 

 

 次の群れの捜索に意識を向け汗を浮かべるレヴィスより放たれたのは、無謀ともいえるキラーパス。押し付けられたパレードは盛況そのものであり、限定発売された新型ゲーム機に押し寄せる群衆の構図となっている。

 狙いの品が“早い者勝ち”であることも、大きな要因の一つだろう。新たに見つけた冒険者を屠るべく、モンスターたちは奇声を上げながらダンジョンを疾走する。

 

 

「ちょっ、うええっ!?これ一人で!?ええっ!?」

 

 

 選手交代とばかりに投入されたアマゾネス、ティオナ・ヒリュテ。すれ違いざまに去り行くレヴィスとモンスターの群れを交互に見るも、明らかに彼女一人で対処できる量を超えている。

 

 

「ティオナ、頑張、ろう……!」

「ぼ、僕も、援護します……!」

 

 

 既に体力が尽きかけてヘトヘトのアイズと、まだ間一髪、最後の力は残っているベル・クラネル。明らかにキャパシティーオーバーと言える量のモンスターがパス・パレードされるのは、此度の60階層ではもはやお約束。

 それでも身体は自然と戦闘に備えており、どう対処したものかと思考回路は悪戦苦闘。考える事も大事とはフィンの弁だが、先程まで釣りを行っていたティオナは狼狽える事しかできなかった。

 

 とはいえ、オーバーしている分については処理役が仕事を行う。召喚されていたエンピリオンのガーディアンが駆け出し、余剰分を一撃のもとで処理するのだ。

 とはいえ、どこかに皺寄せが来るのは社会(自然)の摂理。最も大きな問題は、処理されたモンスターの遺体に他ならない。

 

 

「そちら、あと何体いけますか!?」

「あ、あと3体ぐらいなら!」

 

 

 まるで早朝の鮮魚店と見間違うかの如く、モンスターから魔石を摘出する作業が、そこかしこで進行中。僅かに空いたスペースに積み上げられるモンスターの数は、3の数倍はあるだろう。

 

 

「リリルカさん!次、そっちに死体どかすわよ!」

「わかりました!ラウル様、もっと手早くお願いします!」

「いやいやいやどんだけ来るんスか!もうこっち解体間に合わないッスよー!!」

 

 

 そこは寒さも吹き飛ばす程に熱気に包まれており、最も熾烈を極める戦場だった。もしも状況を耳にしたものが居たならば「バカバカしい」と鼻で笑う事となり、のちに光景を目にしたならば目を見開き、全力で謝罪を行うだろう。

 綺麗な瞳からハイライトを消しつつ指揮を執るリリルカだが、もうこちらのキャパシティーも限界だ。ベルを除くヘスティア・ファミリアの総出+ロキ・ファミリアの数名において、普段のダンジョンにおける戦闘よりも厳しい戦いへと挑んでいる。

 

 ドロップアイテムとは、同一の種類だろうとも、個体によって形はもとより大きさも様々である。例えば58階層にて一掃されたヴァルガング・ドラゴンがドロップする鱗などが顕著であり、基本として全長1.5m程ながらも、個体によっては2メートルに迫る程のモノもある。

 とはいえ、だからこそ問題だ。此度は物こそ違えど物量は凄まじく通常のバッグパックに収まらない点は明らかであり、仮置きするとしてもスペースを占領する。するとモンスターを処理するスペース、一時ストックするスペースも減る為に、状況は悪化する一方なのだ。

 

 保険に保険を重ねて大量に用意した各々のバッグパックは、開始2時間で破裂寸前の様相に仕上がった。午後の部は仮に14時スタートとしても残り6時間あり、単純計算とはいえ今の3倍のドロップアイテムが集まることになる。

 残業のやりすぎでお金よりも休みが欲しくなる心理現象、それと似たような感情が一行を支配する。そこに転がる1つ1つが数十万ヴァリス単位というドロップアイテム、及びそれによって構成された大金の山なのだが、今の各々にはガラクタにしか映らない。

 

 

「ぐっ……ぬうっ……!」

 

 

 元々がドロップアイテムについては興味がなかった者の一人、猛者オッタル。まさか数時間ぶっ通しで極寒の地を走り回る羽目になるとは思いもよらず、珍しく心が折れかかっている。

 自分が今まで誇ってきたモノなど、何ら関係のない単純作業。だからこそ生まれ出る疲労感は一層の事強く、強者と言えるレベル8の身体を蝕み動きを大きく鈍らせていた。

 

 

 そして猛者は、気付いた。今の自分は珍しく、心身ともに、過去一番に疲弊している。

 

 

 ダンジョンの50階層を目指してソロキャンプを実行した時も、ここまでの疲労は生まれなかった。まるで細胞の一つ一つ迄の力を使い切り、それらが休息を求めていると言える程。

 レベル7になって随分と永かったが、久々に感じる、気を抜けば嘔吐してしまうのではないかという息苦しさ。それでも手足を動かさねばモンスターに襲われる上、“仕事が出来なかった”というレッテルが貼られてしまう事になる。

 

 

 即ちそれは、女神フレイヤの名を汚すに等しい。ならば絶対に遂行してみせると、猛者は己の心と身体に鞭を打つ。

 

 

 とはいえ活力が生まれるだけで、体力が回復するわけではない。それでもなおモンスターの群れを引きつれダンジョンを疾走することが出来るのは、ド根性から来るゴリ押しだ。

 極寒の地だというのに浮かぶ玉の汗が増えたことを彼自身も自覚している一方、つい数分前に数十体のモンスターを連れ帰った場所は、すぐそこだ。恐らくは残りの“釣り”担当者も、順次モンスターを送り込んでいることだろう。

 

 

 しかし、現実は残酷である。戻ってきたオッタルの目に飛び込んできたのは、かつて己が抱いた絶望すらも上回る光景だった。

 

 

「ま、全く、居ない、だと……!?」

「遅かったな、待ちくたびれたぞ」

「オッタルさんトレイン(釣りが)薄いですよ!もっと、もっとです!」

「ぐぬぬ……!」

「いやアーデさん何オカワリしてるんスか!?こっちの事考えてくださいッスよー!?」

 

 

 本日5階層でロキ・ファミリアを相手に呟いた言葉を返され、身から出た錆と言わんばかりに項垂れる猛者オッタル。後ろに居たモンスターは全てパス・パレードされたのだが、もちろん数秒と持つ筈もない。

 

 ダンジョン内部において自らモンスターを誘き寄せるなど、通常の思考からすれば愚の骨頂。しかし、この方法を選択している明確な理由があったのだ。

 

 内容は単純であり、モンスターを殲滅する速度が速すぎる点にある。移動しながらの狩りではサポーターチームの処理速度が間に合わない上に、モンスターが背後から襲ってきた際の対処も難しい。

 加えて上記の方法では、鍛錬と言う側面の効果が薄くなる。これら様々な要素を考慮した結果、此度のような方式となったのだ。なお、残念ながら非一般人の範囲内で組み立てられたモノである。

 

 

 ともあれ。かつてのように山を築くのが仕事と言わんばかりに敵集団を一撃で葬り去る光景は、味方すらも絶望の淵に叩き込む。タカヒロ一名に対してレヴィスやフィンを筆頭に10人体制でパス・パレードを実行するも、供給速度が全く追いついていないのだ。

 

 

「クッ、数が多い!」

 

 

 釣りと呼べば単純作業かもしれないが、此処がダンジョン60階層ということを忘れてはならない。吹き荒れるブリザードは敵の接近を隠してしまい、釣りの最中に突発的な戦闘に見舞われることも少なくない。

 走り回る為に疲れは溜まる一方であり、物理的な怪我ではない為にポーションから得られる効能も極僅か。栄養ドリンクに届くかどうかというレベルであり、少なくとも、体力の消費量には程遠い。

 

 このように極限に疲れ切った状況下からの突発的な戦闘や、モンスターを釣る為に、ダンジョンの各地を走り回る。尋常ではない量のモンスターから魔石と素材を回収しつつ、周囲に気を配り、最も効率が良いペース配分を考える。それ等は今までに在り得ない、新たな経験そのものだ。

 

 

 ということで、これらの行いもまた、しっかりと“経験値”としてカウントされているのだ。約二名を除いて各々が見せる必死な姿に御満悦なフレイヤは、もう片方のエンピリオンのガーディアンによって護られている為に安全地帯。

 時折、可愛らしいクシャミを披露しているが、いくら厚着をして対策しているとはいえ生身には厳しい環境だろう。それでも光景から視線を逸らすことがないのは、彼女が望んだ情景であるが為に他ならない。

 

 

 とはいえ、流石に限界というものは訪れる。釣り役として出ていった者達の半数がダウンした段階で一時休息となり、全員は再び50階層へと戻ってきた。

 開始から、約3時間後の出来事。歩き続けた遠足のゴール地点でも元気な者が居るように、此度においても同様だ。ドロップアイテムの整理が行われる傍ら、タカヒロがジャガ丸を相手に実戦的な鍛錬を行っている。

 

 あれだけモンスターを狩り続けてなお驚愕と言える動作を繰り返す光景に、呆れと尊敬という相反する感情が生まれるのは仕方のないことだろう。同時にジャガ丸の実力が丸裸にされており、各々はそちらについても驚愕の感情を抱いている。

 ジャガ丸一体を相手にしたならば、全滅。フィンやガレスを筆頭にロキ・ファミリアの全員が同じ感想を抱いており、一方で、それ程の攻撃を見事に防ぎきる小手先に感動する。

 

 

 実のところ暇つぶしと休憩時間も全員にとってプラスになる為にとられた行動なのだが、効果はてきめんと言ったところ。大の字に倒れる者や木陰に座る者など休憩方法は様々なれど、全員の視線が鍛錬へと向けられている。

 お手本が両手に盾を装備している為に、そのまま真似をすることはできないだろう。しかし格上が見せる光景と自身のスタイルを結びつけることで、何かの閃きになればというのがタカヒロの本音であった。

 

 

 休憩が始まり、乱れていた全員の呼吸も整った30分後。ひたすらに攻撃を敢行していたジャガ丸もスタミナ切れとなり、夏の暑い日に溶けた柴犬の如く、大地に向かって腹這いとなっていた。

 

 

「……師匠。それほどの戦いですと、どれほど継続する事ができるのですか?」

 

 

 全員がふと疑問に浮かんだ、聞くに聞けない危険な内容。その点については抵抗が少ないタカヒロ一家のベル・クラネルは、打合せこそ行っていないものの、全員の気持ちの代弁者だ。

 一言、「気にした事もなかったが……」と呟いたタカヒロは、リヴェリア宜しく右手を顎の下に当てて考える動作を見せている。暫くして回答が浮かんだのか、ベルが「まさか」と思っていた内容を口にした。

 

 

「適宜、数分程度の休憩も含めるならば、70時間程は実績がある」

「……あ、はい」

 

 

 興味が浮かんだ少年は、廃人に聞いた事そのものが間違いである。てっきり尾ひれを付けて24時間かと思えば斜め上を行く数値が返され、ベルも並の返答を行う事しかできなかった。

 勿論のこと二徹・三徹でのモンスター狩りなど、オラリオの基準には存在しない。額に手を当てるリヴェリアに気付く者は誰も居らず、バタンキュー状態のジャガ丸を気遣っているアイズは、そもそも聞いてすらいないようだ。

 

 

 そんな中、おもむろに口を開いたのはリリルカ・アーデだ。どうやら、現在における途中経過を公表するらしい。

 そう言えば主目標はドロップアイテムの収集だったなと、全員が手紙の内容に思いを馳せる。なんだか約一名のヤベー奴がソロプレイしている会場になりつつあるが、気にしなければ済む話だ。

 

 

「実は前回、これらドロップアイテムの収集を行っておりまして……それぞれの単価について、ヘファイストス様に訪ねておりました」

「うん?これらのアイテムが、既に地上に出回っているのかい?」

「いえフィン様。まだ出回ってはいないようで、予想の価格になります。まずこちらが――――」

 

 

 次々と口に出される数十万ヴァリス単位の価格を聞いて、数人が思わず吹き出している。少し色を付けて100万ヴァリスという金額だけならば大したことは無いものの、問題は物量だ。

 前回の釣りではベルとタカヒロの二名だけだったものの、此度は釣り役だけでも10名を基本チームとして構成されている。故に集まるモンスターの量は凄まじく、幸運持ちも居る為に、ドロップ量も前回同様。故に――――

 

 

「もし仮に全てヘファイストス様の価格で売却でき、そして数はあくまで目算ですが……嗚呼、魔石も目算として、これだけで、50億ヴァリスに達しているでしょう」

 

 

 インフレどころの騒ぎに収まらない金銭感覚、もはや何処(いずこ)へ。多人数とはいえたった3時間程度の狩りでここまで到達するのかと、各々の常識(基準)が浸食されている。

 これが計算上で少なくとも残り2回は繰り返されるのだから、単純計算で収入は150億ヴァリス。疲労の為に効率が落ちる事や供給過多による相場の下落を考慮しても、100億ヴァリスは堅いだろう。

 

 ちなみに各ファミリアへの分配としては、ヘスティア、ロキ、フレイヤの順に6:3:1となる。これは参加人数や貢献度に応じたものであり、全員が協議・納得した上での配分だ。

 仮に3セットを終えたロキ・ファミリアへの分配が30億ヴァリス相当だったとして、参加人数で頭割りしても一人当たり2億ヴァリスは超える事になる。無論のこと、過去最高をぶっちぎる程の時給であることは揺るぎない。

 

 アイズがソロで3000万ヴァリスを貯めるのに1週間ほど掛かるのだが、このレートは無論のこと、24時間の殆どをダンジョンで過ごしていた彼女基準。そう考えれば、約13時~22時の所要時間9時間で割り算するところ、此度の時給2222万ヴァリスがどれ程のものか想像することが出来るだろう。

 かつてベルとリリルカとの3名で時給800万ヴァリス程を叩き出した事があるので数字だけを見比べればインパクトが薄いかもしれないが、ロキ・ファミリアの取り分が3割であることを忘れてはならない。

 

 分配比率6割というのは3の2倍と言う事を考慮すれば、もう語るまでもないだろう。これらを暗算できる者はタカヒロぐらいなのだが、ヘスティア・ファミリアのルーキー達に対して「一人頭、最低でも1億ヴァリスが報酬金額」とアッサリした口調で告げた所、全員が“ただの案山子”と化している。

 そんなこんなで呆れ言葉も出ない一行は、誰にも盗られることは無いだろうと素材を50階層に放置して再び60階層へ。今回の釣り役に選ばれたベルが偵察に出向いたのだが、どうやら重大な問題があるようだ。

 

 

「師匠ー、敵がいないですー……」

 

 

 リポップ待ち?だったら潜ればいいじゃない?

 ということで、舞台(部隊)はそのまま61階層へ。此方の環境も60階層と酷似しており、やることは数時間前と大差ない。

 

 それからは、疾風怒濤の時間が過ぎていった。結局のところ時価相当で約140億ヴァリス相当を荒稼ぎした一行は、極一部(約一名)を除いて、次の日も疲労困憊でダウンする事となったらしい。

 

 

 

 そして各々が活動を再開した翌日の早朝にはステイタス更新が行われ、何事もなかったかのような日常へと戻っている。その中に含まれると思われる一名、オラリオにおいて最も新しいファミリアの一つである主神は――――

 

 

「ねぇ、タカヒロ君?ちょっと、いいかい?」

 

 

 どうやら物申したい事がある模様。様々な理由から“こめかみ”と“胃”をひくつかせる、竈の女神が居たとか居ないとか。

 



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187話 動き出す者達

 

 60階層付近で行われた、長く辛く険しい戦いが終わりを告げた翌日。各々の部屋で突っ伏している者が多いものの、第一級と呼ばれる冒険者たちは流石の回復力を発揮している。

 全力での戦闘を行うには程遠いものの、日常の業務ならば支障はない。例外としてレベル4のベルは完全に復活しているのだが、こちらについては規格外の範囲内だ。

 

 さっそく朝一でロキ・ファミリアは魔石分の幾らかを換金しに行ったらしく、おかげさまでギルドは朝から大混乱。続いてロキを始めとした幹部一行が、ホーム“竈火(かまど)の館”でぐったりとしているヘスティアを見舞いに来ていた。追い打ち以外の何物でもない。

 とはいえ各参加者に幾らかを分配しても資金の調達には十分だったらしく、さっそく動きを見せるようだ。武器や防具については昨日の今日で出来上がることもない為に、“追々”と言った所だろう。

 

 注文住宅を発注する際と同じ、と表現するには少し無理があるが、注文があって初めて、鍛冶師は各種素材を仕入れる事となる。そして既存の注文を処理したのちに、ようやく作成・検査、納品と動くのだ。

 此度の品質は第一級冒険者が扱うような代物のために、素材の入手難易度は輪をかけて強くなる。どこぞの自称一般人にストックされている素材については、事が大きくなりそうとのことで、極少量を除いて使われていない。

 

 ならば中古品は?となっても、そもそもとして第一級冒険者の為に作られる武器など、オラリオ全体の流通量からすれば、極少数。故に中古としても1ファミリアにおいて一振り二振りがあるかどうかで、かなり使い込まれているのが現状だ。

 つまり頭数を揃えるにしても心もとないどころか全く足りていない上に、品質もお察し。ならば、少し時間と費用は掛かれど全てを新造した方が最も最適と言えるだろう。

 

 

「なるほど。それで、全てを新規で発注するのですね。考えたくもないなぁ……」

「正直言えばウチもなぁ……せやかて探索型ファミリアやし、しゃーない事や」

 

 

 そんな話を聞いている新米ファミリアの団長、ベル・クラネル。何をどれだけ、とは聞いていないものの、あのロキ・ファミリアの面々をカバーする品々ということで、机の対面に座るベルは苦笑を隠せない。

 その横で「思い切ったな」「こうするしかあるまい」とでもアイコンタクトしている未来の夫妻は、いつも通りの運転だ。自分のデスペレートの何十倍もする金額になる事は分かっているアイズも、あまり顔色がよろしくない。

 

 

「ぎょーさん使うたで。〇〇億ヴァリスや」

「うわー……」

 

 

 その金額、ヘスティア・ファミリア予算の数百倍。ついでに言えば、数日前に稼いだ日給額。もうちょっと言うならば、ベルの隣に座る男が持ち得る総資産額における数百万分の1程度。

 具体的な金額を耳にして思わず手で口を押さえるベルだが、無理もない正常な反応だ。もしも他のメンバーが耳にしていれば、桁が違う金額を前にして、思わず口を開いてしまう事だろう。

 

 ついでに言えば参加者のステイタスも軒並み高い上昇量だったようで、それらの点も含めて、改めてロキやフィンからタカヒロに対して謝礼の言葉が述べられている。面と向かって言われ慣れていないのか、捻くれ者は相槌だけを行って眼前の紅茶に手を伸ばした。

 

 そんなこんなで場は一段落しており、暇とは無縁なロキ・ファミリア一行は、二人だけを残して帰っていった。残った女性の二名が誰であるかは、今更名を書き込むまでもないだろう。

 ある意味では、この4人で過ごせる事こそが、男二人にとって何よりの“報酬”だろう。少し広めなベルの部屋で、さっそく団欒タイムの続きと洒落込んでいる。

 

 

 話の内容は、いつもの如く世間話が大半だ。アイズの新しい剣についても「どうなるんだろう」と疑問と期待が半々の様相を見せるベルに対し、「見当もつかない」類の内容をリヴェリアが答えている。

 直後に話題はタカヒロが貸し与えている剣の内容となっており、本当に丈夫とはアイズの感想。いつまで使うかについては、新しい武器を衝動買いするわけにもいかないだろうから、暫く継続と言うことで話がついている。

 

 

「そうだ、リヴェリア。露店で面白いものが売っていて、買っちゃった」

「面白いもの?なんだ、それは」

 

 

 衝動買い、の(くだり)で思い出したのだろう。ジャガ丸くんを除いてあまり衝動買いを行わないアイズが何を買ったのか全く想像がつかないようで、リヴェリアは疑問符で応えている。タカヒロやベルに視線を向けるも、双方からは「知らない」と言いたげな表情変化が返ってきただけだ。

 ゴソゴソと少し大きめのバッグを漁るアイズは、相変わらずの薄い表情。数秒後、彼女が取り出して自身の両耳にセットしたのは――――

 

 

「じゃーん。今の私は、エルフです。わ~↑が~→」

「アイズ!!」

 

 

 アイズらしく声のトーンは低めなものの、先の弁当自慢の仕返しと言うことで、黒歴史をも掘り起こしてリヴェリアを揶揄っている愉快な行動。勢い良く立ち上がるリヴェリアに対して笑いを見せており、じゃれ合う姉妹の様相だ。

 

 ということで彼女が衝動買いした代物は、ヒューマン用の“汎用的エルフの付け耳”らしい。素材は不明ながらも幾らかの弾力性はあるようで、アイズは親指で保持しながら人差し指を使って羽ばたかせるように動かしている。

 

 

 しかし、その一方。「確かに面白いな」と呟き感想を残すタカヒロの横では、また違った反応が見せられた。

 

 

「アイズさん、いけません」

「えっ」

 

 

 その口調は、とても据わった様相だった。僅かに目を見開きつつ眉間に皺を寄せる姿は、ある種、途轍もない程の覇気を(いだ)いている。

 ここまで感情が乗せられていないベル・クラネルの声も含めて、タカヒロとて初めて目にする程に珍しい。そして口調と連動するかのように表情もまた感情が籠っておらず、自ら押し殺しているかの様。まるで、襲い掛かる雄の様相と表現しても過言は無い。

 

 

「そのアイテムは、外してください。僕は今、冷静さを欠こうとしています」

「……そう、なんだ」

 

 

 女神フレイヤがアップを始めたようです。仕事ですよ都市最強冒険者(ちゅうかんかんりしょく)、猛者オッタル。二次被害が生じる前に食い止めるのです。

 そして育ての親に似たのか恋愛一直線となれば色気がムッツリ気味なアイズも「……いいよ」とでも口にしたかったようだが、頬を染めて愛らしい表情を見せるだけで口に出せる勇気を持つことはできなかったようだ。もしこれが二人きりだったならば、結末も変わっていただろう。

 

 と言う事でアイズは大人しく装備を外しているものの、相変わらず真顔なベルに対する反応に困ったのか、とりあえずタカヒロに手渡す。タカヒロもタカヒロで「どうするか」と数秒ほど考えた後に、やはりヘイトをパスする方向に決定した。

 

 

「入らんぞ」

「だろうな」

 

 

 結末が分かっていながら手渡し受け取ったペアは、阿吽の呼吸。人前で露骨に笑いあう事こそ普段からなけれども、互いに“おふざけ”の状況を楽しんでいる。

 そのうちリヴェリアがタカヒロの耳に押し当てて遊びはじめ、逆サイドから照れ隠しでアイズが参戦。一時的に見た目がエルフと化したタカヒロだが、もちろん中身の一切は変わっていない為に実感が無いようだ。

 

 なおベルからすると、そのアイテムは可能ならば仕舞ってほしいとの内容だった。先程の妙な反応もあった為にタカヒロが一時的に預かる事となり、インベントリに放り込まれている。

 

 ドアを挟んでいる為に曇ったヘスティアの声が聞こえてきたのは、そのタイミングであった。

 

 

「ベル君、ちょっと良いかい?」

「はい、どうぞ」

 

 

 ベル・クラネル、女神の声で、元通り。どうやらヘスティアも復活した模様であるものの、普段の元気さとは、どこか一線を画す様相。決して目の前の男二名が吸い取っているワケではない筈だ。

 ともあれ、何かしら慎重さが必要になるらしく、口調についても落ち着いた様相だ。やってきた理由についてベルも心当たりがあるようで、あれの事かなと、脳内で考えを浮かべている。

 

 

「例の彼女、やってきたぜ。まったく。悪いとは言わないけどさ。どうして君が連れてくる子は、いつもいつも女の子ばかりなんだい?」

「ぼ、僕に言われても……」

 

 

 アイズから向けられる物言いたげな瞳を見ないようにしつつ、頭の後ろに手をやって苦笑対応。ベル・クラネルの十八番であり、これをされると、ヘスティアも溜息で返すしか道がない。

 とはいえ、受け入れるにしろ拒否するにしろ、ファミリアとして応対しないという選択肢を取るワケにはいかないだろう。リヴェリアとアイズも黄昏の館へと戻ることとなり、見送った二人とヘスティアは、そのまま執務室のような場所へと足を向けた。

 

 

「改めまして、リュー・リオンです。御面倒を、お掛けします」

 

 

 そこに居たのは、かつての戦いで疲れ切った一人の戦士(エルフ)。今の彼女にとって最も必要なものは、道を見失い冷えてしまった心象(こころ)を温める事。

 戦う理由を心中に掲げて新たに旅立つ為に、温まることが必要だと言うならば。炉の女神が治める家の中心で温まる事こそが、最も適した方法の一つだろう。

 

 幸いにも、そこには信頼できる者も在籍している。どさくさに紛れて告白紛いの言葉を向けてしまった白兎はさておき、もう片方の白髪のヒューマンは、根底の動機はどうあれ、彼女自身に答えを授けてくれた人物だ。

 要所だけを抜き出した、歯切れの良い凛々しい口調の余韻が僅かに部屋に残っている。エルフらしい立ち振る舞いと言える行いは、そこだけを見れば模範的なエルフと言えるだろう。

 

 ともあれ、それらについてはベルも察する事が出来ている。ヘスティアも含めて同様であり、だからこそ、二人はその点について、了承以外の口を挟まない。

 他の項目については、特に問題点は見受けられない。所々に「他のファミリアでも良いのでは?」という回答が混じっているものの、これについては誰しもが当てはまる割合だ。

 

 

「私が今よりも強くなる為には、ここヘスティア・ファミリア以外には、在り得ないと思います」

「……」

 

 

 確かに、短期間で過半数がレベル2になれる程の成長を見せているヘスティア・ファミリアならば、高レベル帯の成長も見込めることが出来るだろう。

 とはいえ、意味合いが大きく異なっている。勿論リューとしては、己に答えを授けてくれた者の下ならば、という意味合いだ。

 

 彼女とて、ヘスティア・ファミリアの団長がベル・クラネルであることは知っている。事のついでに、例の不審人物が副団長と思っていることだろう。

 しかし生憎と副団長はリリルカ・アーデとなっており、タカヒロは冒険者ですらない一般人。冒険者でないことは薄々察していた彼女だが、どうやら役職者ですらなかった事は想定していなかったようで、僅かに目を見開いて驚いていた。

 

 

 だとしても些細な事象に留まり、彼女がヘスティア・ファミリアに入りたい意思は変わらない。ヘスティアが主体となってヒアリングを進める過程において、リュー個人の範疇とはいえプランニングが明らかとなった。

 

 

「じゃぁ、今すぐに改宗(コンバート)というワケでもないのですね」

「はい。勝手重ねで恐縮ですが、酒場での引継ぎが終わりましたら、此方(こちら)でお世話になる想定です。ですので、もう暫くは、向こうで暮らす事になるでしょう」

 

 

 彼女なりのケジメだろう。心身共に数年にわたって世話になった、それこそ彼女にとっての“炉”が仕切る、賑やかな酒場。

 そこを去るというのに、昨日の今日で「はいサヨウナラ」など、誇り高きエルフが許せる筈があるだろうか。少なく見積もっても暇な酒場ではない為に、出来る限り業務に支障が生じなくなるまでは、動くつもりもないらしい。

 

 

「結成間もないヘスティア・ファミリアで、今すぐに戦力になることが出来ず、申し訳……あ、いえ、しかし……」

 

 

 そう。普通ならば最も問題視される事の一つなのだが、リューは言葉の途中で実態に気づいたらしい。

 

 

「そうですね……。戦力だけを見れば、既に過剰な程ですので、その辺りは大丈夫かと……」

「そうだね。ホント、過剰戦力もいい所さ」

「なる程、確かに」

 

 

 リューの言葉に対する二つの返答。三人揃って、顔と視線が、一人の男へと向けられた。

 

 

「……自分に顔を向ける理由は?」

「自然と向けてしまったよ」

「そうか、足りないならば」

「いやいやいやコレ以上はいいからね!?絶対だぞ!?」

 

 

 第二眷属と主神による問答、ここに終了。恒例のカウンターが展開され、ヘスティアは建築神ターゴの如く、全力でフラグを築く事となった。

 

 

「話を戻すぞ」

「あ、はい」

 

 

 残る項目は、彼女が持ち得る“戦う理由”。例えヘスティア・ファミリアが止まり木だとしても、ベルやヘスティアが強く気にすることは無い。

 しかし、ヘスティア・ファミリアで何を成すかとなれば話は別だ。仲間として迎える立場にあるベルは団長として、しっかりと聞き取り、判断を下す義務がある。

 

 ヘスティア・ファミリアで、何を成すか。ベルが口にした質問から数秒たって、リューは静かに口を開いた。

 

 

「ヘスティア・ファミリアに所属している同胞は、私にとっては“良い意味”で、エルフらしくないと聞き存じています」

「どういう意味ですか?」

 

 

 ――――エルフとは頑固であり気質が高く、それでいて他種族を見下し、排他的に接する種族である。

 

 これは、世間一般の評価を少し強めた言い方だ。されど声を大きくして否定できない現実もあり、リヴェリアが同胞たちに対して最も好ましく思っていない点の一つである。

 リューもまた、リヴェリア程ではないものの、エルフが持ち得る欠点の一つとして把握していた。とはいうものの、彼女自身もその傾向がある為に、徹底的に否定するような言動は見せていない。

 

 そんなエルフが、ヘスティア・ファミリアでは違和感なく他の種族と手を取り合うのだ。これは街中でも同じであり、故にオラリオのエルフの間では、何かと有名な存在らしい。

 理由は色々とあれど、一番の原因は、中層の入口ぐらいまでしか知らなかったルーキー達が突然と50階層へ突っ込まれたイベントだろう。死を彷彿とさせる環境においての本能は、くだらないプライドよりも仲間との協調性を優先する。勿論、リューがこれを知る切っ掛けは無い上に、開催は秘匿されているのはご愛敬だ。

 

 

 とりあえず、原因そのものはさておくとして。ヘスティア・ファミリアのエルフと自身を重ねたリューは、その光景が羨ましく映ったのだ。

 

 

 もう二度と届くことはないかつての光景は、どのようにして空色の瞳に映っただろうか。

 

 

 かつてオラリオの治安を守るために居た彼女が、当たり前と感じ。失いたくないと地下で願い、取りこぼした過去と未来。

 現実とは残酷である。本当に大切なものとは、失ってから気付くことも少なくないのだ。

 

 

「それはかつて、アストレア・ファミリアで、私の掛け替えのない友人たちが残してくれたものです」

 

 

 しかし、育て方が分からない。かつての元気な団長達ならば知っているだろうが、不器用なリューでは方向性すらも分からない。

 だからこそ彼女は、エルフらしくないエルフが居るヘスティア・ファミリアで学びたいのだ。リュー・リオンが持ち得る、彼女だけの戦う理由に他ならない。

 

 

「主神からの命令は、成し遂げることが出来ない様だな」

「――――はい、残念ながら」

 

 

 皮肉交じりに、タカヒロはリューに発破の言葉を掛ける。彼女は結局、主神から授かった最後の言葉、正義を捨てる事は出来なかった。

 

 

 それでも――――

 

 

「私は、仲間達から貰った想いをここで育て。もう一度、アストレア様のもとで咲かせ、根付かせたいのです」

 

 

 認可について、ヘスティアとベルの返答は一致する。こうして、今すぐとはいかないものの、リュー・リオンがヘスティア・ファミリアに加わった。

 

 

 

 

 

 ところで、リューが活動を再開する点においての最大の問題。以前、一度さておかれた、彼女に対して掛けられている懸賞金については――――

 

 

「ああ、その点は任せておけ」

 

 

 空気は凍り、全ての視線は約一名へ。各々は言いたいことはあるものの、どうにも言葉にするのが難しい。

 

 

「……タカヒロ君、何をするつもりだい?」

「まだ何も?」

 

「……クラネルさん。もしかすると、私の責任でしょうか」

「う~ん……。動き出したら、何かが起こるでしょうね……」

 

 

 綺麗に纏まったはずの場が、破壊される。例によって苦笑でスルーするベルの横で、オラリオにおいて一番ヤベー奴が起動しつつあるのだった。




備考:一度さて置かれた話⇒175話


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188話 支えてきた者

 

 オラリオにある、とある鍛冶場。既製品を展示販売するヘファイストス・ファミリアと異なり、オーダーメイドの武具に特化した鍛冶ファミリアが存在する。

 その名を、ゴブニュ・ファミリア。少し前までは“知る人ぞ知る”と呼ばれていたファミリアながらも、噂などで知れ渡り、今における知名度は高い部類と言えるだろう。

 

 基本として少し先まで製造予定が組まれており、基本として、飛び込みの依頼を受けることはない。少数精鋭のファミリアという点も影響しているが、職人気質の者達が集っている事が大きな要因の一つだろう。

 良く言えば“担い手が納得するまで作りこみ”、悪く言えば“コストパフォーマンス”で劣る。無論のことながら、同じ鍛冶師のランクと仮定した場合、仕上がり具合は頭一つ抜き出ている点が特徴だ。

 

 同業となるヘファイストス・ファミリアにおいては、余程の事がない限りは神自らが子の武器を鍛えることは有り得ない。神にとって“製造する”という行為そのものは容易いものの、それは子供達の“新芽”を潰す事に他ならないと、ヘファイストスは強く感じ取っている為だ。

 しかしゴブニュ・ファミリアにおいては、神自らが鉄を鍛えている。もっとも性能は周囲の子供たちの実力に合わせたものであり、抜きんでた性能を持ち合わせていないのが特徴だ。

 

 

 そんなゴブニュ・ファミリアのもとへと、少し大きな箱を持って訪ねてきたアイズ・ヴァレンシュタイン。熱気が残る一室で彼女の言葉を受けるは、一般的には老人と呼べる、髭を蓄えた男の神。

 

 

「そうか。お主自らが、決めたか」

「はい」

 

 

 鍛冶を司る神、ゴブニュである。鉄を打つ為に座る場所に腰掛けたままアイズを見上げ、淡々とした言葉を口にした。

 しかし此度にアイズが口にした内容は、いつか訪れるだろうと思っていた事。いや。彼にとっては、いつか訪れて欲しいと願っていた事でもある。

 

 

 とうとう決まったかと安心したかのような、ほんの僅かに見え隠れする安堵の心。そんな気持ちが載せられた声は、年相応の威厳のなかに優しさが溢れている。

 とやかく口にするつもりはないゴブニュだが、理由については気になるのが人情だろう。ゴブニュとは紛れもない神なのだが、ここオラリオにおいては、随分と人間味を帯びた一柱である。

 

 

「お主が振るう剣を誰が鍛えるかなど、ワシがとやかく言う事は無い。しかし、変わることになった経緯だけは教えてくれんか」

 

 

 そう言われ、アイズは今まで使っていたデスペレートを身体の前に出して鞘から引き抜く。予想していなかった光景に、ゴブニュの目が少し見開き、続けざまに細まった。

 

 

「折れた事が、理由じゃありません。切っ掛けには、なったけど……どうするか、悩んで出した、答えです」

「なるほどな。不壊属性(デュランダル)を持つ武器は、壊れることは無い。しかし――――」

 

 

 それが、オラリオという下界においての常識だった。ゴブニュという鍛冶を司る神が鍛えた一級品の剣であるデスペレートは、この属性(エンチャント)を持ち合わせている。

 

 

 しかし眼前のテーブル上に置かれているデスペレートはポッキリと折れ、メンテナンスと呼べる領域で修復が可能な状況とは程遠い。

 こうなってしまっては、最低でも打ち直しが必要だろう。不壊属性(デュランダル)を持ち壊れないはずの武器は、それほどのダメージを負ってしまっている。

 

 何れにせよ、鍛冶の神と謳われる己の目算が未熟だった事に変わりはない。しかし同時に、彼にとって、本当と言えるほどの誤算の類。

 

 

 だからこそ、下界と呼ばれる世界は面白い。このような事が起こるなどと、想定すらもしていなかった。

 

 

 とはいえ神としては面白い一方で、鍛冶師としては、そうはいかない。何故こうなったかを聞き出し、己の成長もさることながら、再発を防止することが彼の仕事だ。

 聞けば鍛錬の最中だったとの事だが、もしも命を懸けた戦いだったならば死に直結する事は明白である。子供たちが鍛える一振りを大きく飛び越さぬよう、またアイズにとって最良となるよう調整を続けてきたゴブニュは、どのような経緯の果てにデスペレートが折れたかを気にしている。

 

 

「一体、何をした?いや……どのような攻撃を行った。何故、そのような事を行わなければならなかった?」

 

 

 ゆっくりとして落ち着いた、しかし力強い重みのある口調と瞳。纏う威圧とも呼べる雰囲気は、錬鉄の職人という名称に相応しい。

 なお傍から見れば、孫を本気で心配する祖父そのもの。そんなゴブニュに対し、アイズは普段の調子で、要点だけを淡々と口にした。

 

 ここ1年は、特に強敵との戦闘が多かったこと。折れた直前は、色ボケパワー――――もとい、魔力をデスペレートに乗せた一撃でもって、今までで一番の、それこそ絶対に勝てない強敵に立ち向かった事。

 

 なおゴブニュの脳内では、“今までで一番の勝てない強敵との鍛錬”とは即ち“猛者オッタル”と変換されてしまっている。此方には、例の一般人及びその同類(ファミリー)の名は届いていないのが現状だ。

 これは、ロキ・ファミリアやヘルメス・ファミリアを筆頭とした情報規制の賜物である。流石に自称一般人がバラまいた深層の素材については幾らかが流れてきているものの、ゴブニュは己が持つ常識から、ロキ・ファミリアかフレイヤ・ファミリアが出所と捉えているのだ。

 

 

「この剣には、何度も、助けられました。私は、詳しくないから……打ち直しをやって貰っていた事は、分からなかったけど……」

 

 

 ピクリと、無骨な眉が僅かに揺れる。アイズらしい口調から出された言葉は、ゴブニュにとっては衝撃的に等しいものだった。

 なんせ、下界に降りてきてこそいるものの、神である己が隠蔽した打ち直しを見抜かれたのだ。デスペレートの一件と合わせ、こちらも想定にしていない出来事である。

 

 

「ほぅ、驚愕じゃ。相当に、目利きのできる奴が居るとはな」

 

 

 抱く悔しさに反して、口元は僅かながらも吊り上がる。言葉の通り、それ程の者がここオラリオに居たのかと、喜びや嬉しさといった感情が顔を覗かせているのだ。

 しかしよくよく考えれば、ロキ・ファミリアに見抜ける者はおらず、ならば繋がりのあるヘファイストスかと一つの意見に辿り着く。そうなのかとゴブニュはアイズに問いを投げるも、答えは予想に反するものだった

 

 

「えーっと……」

 

 

 “お父さん”と表現したかと思えば“アレ”と言ったり、アイズの中で微妙にブレている“自称一般人”の表現方法。そして此度も、どのように言ったものかと悩んでいる。

 なんせ口留めの一環として、リヴェリアからの指示によってロキ・ファミリアでは情報規制が施行されているのだ。タカヒロの情報とは、ロキ・ファミリアにおける機密情報の一角なのである。

 

 がしかし、そこはリヴェリア宜しく“難しい言葉”で規制を言い表してしまったのが運の尽き。他の者ならば他の言葉に変換する事ができただろうが、受け取り手がアイズとなればそうはいかない。それでも「言ってはイケナイ」という事実だけは分かっている為に、クリティカルな内容だけは口に出すことは無いだろう。

 

 

「ふ、普通!冒険者じゃない、一般人!」

「……鍛冶師か?」

「違う」

 

 

 結果として、このように不透明な回答となっている。アイズに対して岩が風化したかのような呆れた表情が向けられてしまっているが、これをゴブニュに非があるとしたならば理不尽だろう。

 

 どう頑張ろうとも、普通の人が見抜くような事など出来はしない。加えて「冒険者ではない一般人」の部分が嘘ではないと神の固有スキルと言っても良い“嘘を見分ける能力”で分かった為に、ゴブニュの中で混乱が広がっている。

 だからこそ基礎中の基礎である鍛冶師かと尋ねてみれば間髪を入れずに否定されており、此方についても嘘ではないらしい。それほどの者がここオラリオに居たかとなれど、ゴブニュの中で該当者が存在しないのは明白だ。

 

 

 見抜いたのが誰であるかは、鍛冶師としても神としても非常に気になる。しかしそれと同等以上に、アイズが携えている一振りに視線が自然と奪われた。

 彼女も視線に気づき、新しい剣をゴブニュに手渡す。彼は手に取って静かに30センチ程を鞘から引き抜くと、瞬きを含めた身体の動きを止めて見入っている。

 

 業火に焼かれた空気の流れる音が、聞こえるかのよう。パチパチと燃料が消えゆく音も含めて静けさに包まれる鍛冶場は、冬場の囲炉裏のような温かさを抱いている。

 

 

「――――見事、よい一振りじゃ」

 

 

 気づく者が居るかどうかと表現できるほど僅かに目を細め、口元の緩みに変える。神の一振りから比べれば例え絶対的な性能は低くとも、鍛冶師の塊が込められた一振りは、錬鉄の職人の目を奪った。

 

 そんな一言が、アイズにとっては嬉しかった。己が選んだ新しい鍛冶師が持ち得る力を褒められた事だからこそ、椿を疑うつもりはないが、間違っていなかったと安堵の心を持てるのだ。

 

 

 そして普段は鈍感なアイズながらも、ここ最近においては成長してきた事もあり、空気の境目を感じ取る。

 

 

 別れ――――いや。旅立ちの言葉を口にするのは、今なのだと。文面そのものは彼女らしく簡潔ながらも、両手を前で合わせ、規律正しい姿勢と共に口を開いた。

 

 

「今まで、本当に、お世話になりました」

「ああ、達者でな」

 

 

 背中に向かって下げられる頭から、ハラリと長い金の髪が垂れ下がる。言葉を背中で受け止めた男は口で返すも鉄を打ち続け、まるで興味を示さないかの様相だ。

 彼は面と向かって別れの挨拶を行うような神ではなく、そしてアイズが帰りやすい環境を作っている。新たな道へと彼女を送り出す側だからこそ、ゴブニュは、このような態度を見せているのだ。

 

 

 やがて扉が開く音が微かに聞こえ、一度だけ繰り返す。己以外の人気(ひとけ)が消えた工房で、ゆっくりと天井を見上げ、彼は小さく呟くのであった。

 

 

「5年とは、真、瞬く程度じゃのう」

 

 

 かつて己が剣を与えた一人の少女の旅立ち。ゴブニュが口を零したように、神々からすれば、5年の歳月など瞬くに等しい程度。

 しかし、一人の少女が成長するには十分な時間。かつてはモンスターを憎むことしかできなかった少女は、母親のように面倒を見てくれた一人と出会い、一人の少年と一人の何か、ソレが連れてきた一匹のモンスターと出会い、確実に成長を続けている。

 

 

「――――いかんな、気が逸れたか」

 

 

 直後に目に入ったのは、“今までお世話になった御礼の品”と言われ渡された少し大きな箱が一つ。中身を聞いていなかったが、この手の中身を訪ねる方が無粋だろうと結論に達しつつ、少し大きいその箱を手に取った。

 

 

 

「なっ、ぬっ!?」

 

 

 集中力の欠如により、気分転換もかねて丁寧な動作で開封したゴブニュは、叫びと共に目を見開いたままフリーズ体制へ移行。どうにも石像と化してしまい、動き出す気配が見られない。

 とりわけ初めて目にする素材、などという事はない。それでも、神にとって“瞬く間”に含まれる10年と少し前に、ヘラ・ファミリアとゼウス・ファミリアから買い取った素材が出てくるなどと、僅かにも予想する事が出来ただろうか。

 

 

 更には鮮度も第一級であり、どのようにして採取されたかは想像もつかない程だ。直後、混乱と共にヘファイストス・ファミリアへと突撃する事となる。

 なお、収穫ゼロ。ヘファイストスが何かを隠しているのは明らかだったものの、真相に迫る事は叶わず、詮索NGと言わんばかりに、追加で多数の60階層素材を渡され買収されるのであった。



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189話 支えるはずの者達

綺麗な物語の裏には何かがある


 時は数日ほど遡り、裏で新たなる神が買収されたことなど僅かにも知らない神ヘスティアが住まう館。その一室、自称一般人が住まう簡素な部屋から始まる事となる。

 

 弟子ベル・クラネルに部屋の扉をノックされたかと思えば、見て欲しいものがあると、タカヒロは、ベルの専属鍛冶師であるヴェルフ・クロッゾの工房へと呼び出された。

 簡単な内容は道中で聞いており、ベル曰く、“今までにない武器”が出来上がったとのこと。どうやらヴェルフが作り上げた物は今までの常識を覆す革新的な出来栄えらしく、微弱ながら装備キチのテンションも上がっているのはご愛嬌だ。

 

 

「これです、タカヒロさん」

 

 

 現地へと到着してみれば、渡されたのは一振りの長剣だ。オッタルが使っているような大きさの剣であり、鞘はなく、剣本体だけの状態となる。

 素人が目にしたならば、普通の長剣と区別がつかない事だろう。口にするならば、“刃の部分に少し文様が書かれている”程度のものだ。

 

 

 これこそが、ヴェルフが創り上げた“革新的な魔剣”に他ならない。彼曰く、この魔剣は、威力を犠牲にしているものの“壊れることは無い”というのだ。

 

 

 そもそもにおいて魔剣とは、詠唱を省いて魔法のような攻撃を繰り出せる絶大なメリットを引き換えに、物理的な耐性が非常に脆い。また、例え物理的な衝撃がなくとも、いつか突然と壊れる代物だ。

 いうなれば、残り回数が分からない使い捨てアイテム。ヴェルフが魔剣を嫌っている最も大きな理由の一つであり、故に、ここをどうにか出来ないかと、ヘスティア・ナイフに用いた設計をベースとして試行錯誤を繰り返していた。

 

 結果として出来上がったのは、剣そのものの物理的な大きさと重さに加え、使用者の魔力によって威力が変動するスペリオルズ。無制限に連発できるわけではなく使用者のマインドを大きく消費する為に、使いどころは限られるだろう。

 また、本場の魔導士と比較したならば威力は大きく見劣りするとベルは付け加えている。その“本場の魔導士”というのはベルが知っている基準となるリヴェリアやレフィーヤ、つまるところオラリオにおいて一位二位を争う大火力なのだが、真相が露呈していない為に突っ込みを入れる者など居はしない。

 

 

「でもなんだか、魔剣!って感じと少し違うんですよね。確かに魔剣といえば、いつか壊れるモノなので、違うと思うのは当然かもですけど」

 

 

 今回ヴェルフが作り上げたのは魔剣の派生であってイコールではない為に、幾らかの違和感もあるだろう。ベルはヴェルフが鍛えた魔剣の幾つかを見たことがあるからこそ、このような感情を抱いている。

 

 

「ヴェルフ君。ド素人の意見で恐縮だが、幾つか諸案がある」

「……ド素人かどうかはさておき、是非お聞かせください」

 

 

 そんな魔剣を知る、もう片方。自称一般人の言い分は、次のような内容である。

 

 

「これを更に大きくして、リリルカ君に持たせたらどうだ?」

「おお、なるほど!」

「いいですね!」

 

 

 リリルカ・アーデが持ち得るスキルとして、縁下力持(アーテル・アシスト)というものがある。これはタカヒロやベルだけでなく、ヘスティア・ファミリアの全員が知っているスキルの一つだ。

 早い話が、一般的な“力”のステイタスでカバーできる範囲を大きく通り越して、重量物を携帯できるという特徴的なスキル。今まではサポーターとして大容量の荷物を運搬するに留まっていたが、此度の魔剣が重量と物理的大きさをベースとして威力が向上するならば話は変わる。

 

 リリルカが普通の大剣を持ったところで、攻撃範囲は広くなるが、絶対的なパワーはレベル2の小人族(パルゥム)を上回らない。特に格上を相手にしては、焼け石に水とまでは言い過ぎでも、大きな効果までは期待できない。

 しかし得物が魔剣ならば、回数制限こそあるもののレベル差をひっくり返す一撃を見舞えるのだ。その一手だけでどれほど戦略が広がるかは明らかであり、彼女ならば使いこなす事だろうと、タカヒロとベルは判断している。

 

 

 身長110cmと物凄く小柄なパルゥム、それも女性が、オッタルが使うような大剣を携帯したら物凄く目立つだろう。しかし残念ながら、そこまで考慮している者など誰一人として居なかった。

 

 

 そんな事より――――と示しては失礼ながらも、皆の興味は、ヴェルフが新たに切り開いた道へと向けられてしまっている。

 今回においてヴェルフが鍛えた魔剣は、彼が打てる魔剣と比較すると、一撃の威力が大きく低下している。反面、壊れないという大きなメリットも達成している事実もあるが、やはり鍛冶師としてはマイナス方向の性能が気になるのだろう。

 

 

 そして、全く別の方向性。杖という武器は、装飾品も含めて持ち主の魔力を増幅させる。

 リヴェリアの杖について詳しい説明を聞いていたタカヒロは、己が持ち得る“コンポーネント”のように魔力を増幅させる高額なアイテムが存在している事も知っていた。此方については使用回数に制限があり、ヴェルフなどの鍛冶師では管轄外のジャンルとなる。

 

 

 ともあれ。つまりここから、それぞれ攻撃部分のロジックを抜き出すと――――

 

 

「剣という造形に拘りがないならば、新たな魔剣の原理を用いて杖を作ってみたらどうだろうか?」

「っ!やはり貴方は天才でしたか」

「誰かに胃痛(天災)が降りかかりそうな気がします」

 

 

 ベル君の危惧も空しく、鍛冶師と鍛冶師モドキの二人は止まらない。己が持ち得る魔剣の技術を惜しげもなく開示するヴェルフと、過去に作った事のある武具から意見を述べるタカヒロは、完全に二人の世界に入っている。

 

 

「ヘスティア・ナイフのように、魔力を使用して攻撃時に魔法と似た効果を生じる点が共通だろう。似たような短杖を持っていてね、参考にしてみるか?」

「っ!?」

 

 

 鍛冶師として世界的に新たに挑戦しているジャンルだけに、参考になるものがあるならば是が非でも目にしたい。そのような都合のいいモノはないと諦めていただけに、ヴェルフにとっては嬉しい誤算の意味で予想外の言葉であった。

 百聞は一見に如かず。先に受けた言葉の効能を所持する武器を目にすることが出来たならば、己にとって得るモノは非常に大きい事だろう。

 

 

 だが、しかし。ダンジョン深層などでの実体験を含めて過去にも色々とあっただけに、己が持ち得る常識の一部が崩れ去ってしまわないかと、直感の一部が警告を発している。

 確かに挑もうとしている道も鍛冶に関する一般常識からすれば“非常識”であるために、表裏一体と言えるのかもしれない。何れにせよ、ここでの決断がヴェルフ・クロッゾという鍛冶師の人生に大きな影響を与える事は確かと言える。

 

 

「えっ!?師匠、見せてくれるんですか!?」

「ベル……」

 

 

 なお、既に常識が崩れつつある者に躊躇の心は無い模様。杖と言うジャンルに疎い事もあって、自分が使うことは無いものの、ベル・クラネルが向ける興味は津々だ。

 

 思わず物言いたげな目を向けるヴェルフだが、一度目を閉じて、タカヒロへと向き直る。どうやらベルと共に波に乗ることを決意したようで、是非とも見せて欲しいとの言葉を返していた。

 

 

「これが、言っていた短杖(セプター)だ」

「……」

 

 

――――なんだアレは。

 

 瞬間、目を見開く。それが、赤髪の青年が抱いた感想の全てである。

 

 今現在におけるヴェルフ・クロッゾとは、尾ひれを付けてもベテランには程遠い。神や先輩の鍛冶師から褒められる事もあると自負するものの、自分が駆け出しの域を出ない事は承知している。

 確かに、誰よりも強い魔剣や魔剣の特性を用いた特殊な武器を作ることもできるだろう。だとしても所詮は修行中の身であり、最上位の鍛冶師が作ったモノと比べたならば、まだまだ足元にも及ばない。

 

 

 それでも、どこからともなく取り出された目の前の短杖は強烈だった。先端に薄紫色の石が光る王笏のような出で立ちは、先から先をサッと流し見ただけでも僅かな破綻すら伺えない。

 短杖が持ち得る質の高さは宝石の類か、はたまた古典的な存在価値か。ヴェルフ・クロッゾが尊敬する神であるヘファイストスでなければ作ることは叶わないと思わせる逸品は、杖を作る鍛冶師にとっての極致だろう。

 

 

 ――――神話級、パネッティの複製ワンド。その昔、呪文模写のマスターにして複製ミサイルの創出者、マスター パネッティが所有していた道具である。

 

 基本攻撃時に全種類のエレメンタル魔法ダメージを付与し、更にはエンチャントを厳選したならば杖単体でもってエレメンタルダメージを+348%してしまう上に、詠唱速度を24%も増加させる。

 更には毎秒おきに回復するマインド(エナジー)の固定数値を大きく増加させる為に、魔導士にとっては隙がない構成と言えるだろう。瞬く事を忘れてなめまわすように見るヴェルフは、何か参考にできることがあればと貪欲さを隠さない。

 

 なお、装備可能レベルは堂々の“94”。更には魔力(精神)も495が必要である為に、持つことは可能でも、結局はタカヒロを除いて効能を発揮することが不可能なのは言うまでもないだろう。

 

 

 結果として、僅かながらも見様見真似で参考になる部分はあったらしい。それでもヴェルフにとって杖は専門外ということで量産には至らず、誰かの胃袋は守られた。

 

 

 とはいえ、杖と大剣についてはサンプル品ながらも現物が出来上がっており、

 ならば、行うべき事は一つである。誰の口から言葉が出たワケではないものの、さっそく行動に移される事となった。

 

 

 昼時を過ぎたタイミング。場所は変わって、ヘスティア・ファミリアのホームとなる。

 

 

「っ~~~、やっと終わりました……」

 

 

 小さな身体の背を伸ばし、溜息と共に疲れが言葉となって零れ堕ちる。今日一日、執務室において、自称一般人から習ったヘスティア・ファミリアの書類整理に勤しんでいた彼女だが、どうやら終わりを迎えたらしい。

 

 

 疲れた脳に、甘めの一杯の紅茶が染み渡る。ホッと出た息と共に心が軽くなり、一仕事を終えた充実の気持ちが暫くの休憩を求めている。

 

 

「リリー50階層へ行こうー!」

「……」

 

 

 企業戦士に、休息なんて代物など在りはしない。ノックも行わずに執務室の扉を開きやがったのは、楽しみで楽しみで仕方がない表情を隠せないベル・クラネル。

 到底、笑顔のノリで行く場所には程遠い。少女が見せてはいけない程の物言いたげな顔へと変貌したリリルカだが、それでも相手の表情は崩れない。彼女は観念して今日一番の溜息を口にすると、ベルの後ろから来た奴が開いたリフトへと吸い込まれていくのであった。

 

 

『■■■――――!』

 

 

 結果として十数分後、51階層に在住の一般モンスターの一部が悲鳴を上げる事となる。「レベル2の小人族(パルゥム)がソロで51階層のモンスターを一撃で倒す」という一文は、「何を用いて」の部分がスッポ抜けた点に目を瞑るならば、どこぞの英雄志望者だった小さな団長が求める物語(モノ)だろう。

 

 なお、実行者であるリリルカ・アーデは魔剣が持ち得る威力の高さに呆れ顔。使用者が持ち得る魔力量による制限こそあれど、某、山吹色のエルフに匹敵する一撃(こんなフザケたモノ)が無詠唱でポンポンと打てるなど、オラリオどころか世界全ての魔導士を全力で煽りつつ喧嘩を売っているようなモノである。

 

 

「……ヴェルフ様、とんでもない魔剣(モノ)を作り上げましたね」

「そうか?ベルが言うには、“僕が知ってるエルフの魔導士と同じぐらい”らしいぞ」

 

 

 オラリオどころか世界一二を争う大火力を比較対象にするのは間違っている。横の装備キチ(オニーさん)と比べれば弱い、とでも言い換えれば納得してくれるだろうか。

 などと内心で呆れるギリギリ常識小人族、リリルカ・アーデ。確かに火力に劣る彼女からすれば喉から手が出るほどに欲しい逸品には違いないが、これが広まってしまった瞬間に訪れる未来も見えてしまっている。

 

 という事で、色々と認識違いが生じている部分を説明する事でヴェルフも危険さに気づいた模様。どうやら自重の意を示しているらしい一方で、「それはそれとして」ということでベルとリリルカは使用許可を取り付けたようだが、これについてはベルを起因とする信頼性のなしえる業だろう。

 

 

 結果としては大剣よりも杖の方が魔法の威力は高いが、結局は威力に対して魔力消費量も比例するらしい。それでも、ダンジョンという取り返しのつかない場所ならば、一発の威力と取り回しの点で上回る杖の形状が最良だろうとタカヒロが意見する。

 リリルカとしても、見た目も含めた二択ならばと杖に決定。レフィーヤクラスの魔法を詠唱無しで連発できる、しかも発射元はジャガ丸という究極の移動砲台(ヤベー組み合わせ)が完成してしまったのだが、例によって気付いた者が誰も居ないのでインシデントはスルーされた。

 

 

 魔法少女マジカル☆リリルカ、ここに爆誕。発案者は魔女という存在に対して因縁があるとはいえ、流石に今の関係においてリリルカが火炙りになる事はないだろう。

 

 

 トンデモナイ高級品に脅えつつも魔法攻撃が使えてテンションの上がったリリルカが日帰り旅行先の51階層でマインドダウンになりかけたタイミング。一行は使い勝手や改良点の検討を行うべく、ヴェルフの工房に戻ってくる。

 時刻は夕暮れであり、あまり長時間の議論を行うことも出来ないだろう。ヴェルフも今から作業を行う事はないらしい。

 

 

 すると暫くして、工房の前に来訪者がやってきた。

 

 

「あん?どうしたんだ、椿」

「いやな、此処に居ると――――おお?皆揃っておるな。丁度良い」

 

 

 張りのある陽気な声と共に、厚手の布に包まれた全長1m程の何かを持ちながらやってきた、椿・コルブランド。出迎えたヴェルフの肩越しにベルとタカヒロを見つけると、これ幸いと声を発した。

 どうやらこのあと、ヘスティア・ファミリアの所へ向かうつもりだったらしい。アドバイスを行った時と変わらぬ自信の表れを目にしたベルは、得物が出来上がったのだと確信している。

 

 

「本当は、依頼主へと一番に示すべきなのだろうがな。色々と世話になった手前、軽視は出来なかった」

 

 

 そのように口にしつつ、彼女は厚手の布をめくり始める。現れた一振りの剣に対し、思わずベルの口からストレートな感想が飛び出る事となった。

 

 

「あ、デスペレートだ」

「うむ。そうだな、名付けるならば“デスペレートMarkⅡ”とでも言った所か」

 

 

 現段階では見た目だけの話になるが、以前のデスペレートと非常に似通ったものだ。剣の幅や長さこそ微妙に異なっている点、60階層付近で採取された素材が使われている点に気づいたのは“装備キチ”の異名を持つタカヒロぐらいだが、他人からすれば誤差の範囲の見た目だろう。

 

 

「んだよ椿、俺の真似か」

 

 

 ヴェルフが鍛えている汎用武器の命名規則として、改良が加えられる度にMarkⅡ、MarkⅢと改名される。勿論の事ながら承知していた椿だが、デスペレートMarkⅡとした点は、明確な理由が存在した。

 

 

「何を言う。ここは寄せるべきだろう、ヴェル吉。剣姫(けんき)はな、ベル・クラネルのお相手なのだぞ?」

「ちょっ、椿さん!!」

「嗚呼なる程、形は違うけどアイズ・ナイフとの“夫婦剣”として」

「ヴェルフさん!!」

「いっそ、コレをお持ちになってプロポーズされてはいかがですか?」

「リリ!!」

 

 

 鍛冶師二人とリリルカに恋人関係をいぢられるも、否定はできない顔面トマト野郎。両手を上下にブンブンさせる辺りが何処かの誰かに似ているが、近頃一緒にいた為だろう。

 ワイワイガヤガヤと、オラリオにおいては最も希少とされる平和な光景。ベルが被害者の様にも見えるが、白兎とは可愛がられるのが仕事の為に仕方なし。

 

 そんなやり取りに目もくれず剣を品定めするタカヒロだけは我が道を進んでいるが、椿はレヴィスの剣を打った事がある為に心配事は微々たるものだ。コレがアイズにとって最適かどうか、誰よりも真剣に見極めようとしている。

 今現在の事だけではない。彼女がレベル7、8と、ベルと共に階段を駆け上がる時はどうか。彼女の戦う理由、皆を守るまで耐えた上で主を裏切らない、彼女にとっての(つるぎ)であるかどうか。

 

 

 答えとしては、“絶対的な上位互換ならば神に依頼するべき”。捻くれた裏を返すならば、“オラリオで見てきた中で最も抜きんでた出来栄え”だ。

 

 

 ともあれレヴィスの時と同じく、彼が具体的な評価を下すことは無い。月明りが見守る中、善は急げと、一行はロキ・ファミリアのホームへと移動する。

 こうして新たなデスペレートは、突発的ながらもロキ・ファミリアのホームにて、数多の者が見守る中で納品される形となった。しかしどうやら、渡すのは椿ではないらしい。

 

 

 誰かとなれば、先にヴェルフの工房で繰り広げられた兎煽りの結果と同じ。

 

 

 夫婦剣の役となるアイズ・ナイフの対という事で、ベルの手から渡されることとなっており。茹る二名に対して、そこかしこから届く黄色い声と山吹色の歯ぎしりが雑音を奏でていたのはご愛敬だ。

 




◆神話級 パネッティの複製ワンド(Ver1.1.5.4)
・"その昔、 呪文模写の マスターにして 複製ミサイルの 創出者、 マスター パネッティが 所有していた道具。"
・レジェンダリー 片手セプター
27 火炎ダメージ
27 冷気ダメージ
27 雷ダメージ
1.78 攻撃 / 秒
+232/+348% エレメンタルダメージ
+22/+34 攻撃能力
+4 エナジー再生 / 秒
+16/+24% 詠唱速度
18/26% エレメンタル耐性
+3/5% スキルクールダウン短縮
+2 プロリフィレイション
+3 パネッティの複製ミサイル
+2 インクィジター シール
-3 秒 スキルリチャージ : インクィジター シール
-100% スキルエナジーコスト : インクィジター シール
70 エレメンタルダメージ : パネッティの複製ミサイル
必要な プレイヤー レベル: 94
必要な 体格: 495
必要な 精神力: 495
アイテムレベル: 94

*【GDネタ】このセプターをタカヒロが装着可能ということは……?


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190話 目玉焼き戦争(暗黒の大抗争)

閑話のようで閑話にできない


 

 朝食とは、人間が1日の活動を円滑に遂行するための栄養摂取。これを怠ったならば身体が必要とするエネルギー、主にブドウ糖の必要量を満たす事が難しく、判断力や集中力の低下を筆頭に、大なり小なり何らかの支障があるものだ。

 朝食は王様のように、昼食は王子のように、夕食は貧民のように。この言葉が生まれた世界・時代においては医学・栄養学も含めてオラリオと事象が大きく異なるものの、

 

 などと表現すれば仰々しいが、気負いする程までに意識するとなると余計なストレスを抱える為に推奨されることは無いだろう。人によっては朝食で食欲を満たす事を1日の楽しみとしている者もいるが、

 食欲とは、三大欲求の一つである。朝一で可愛らしく鳴る事もあるお腹を満たす、その程度の感覚で十分だ。

 

 

「フンふふフーン♪今朝は何を食べましょうかね~♪トラトラトラ~、サンサンヨーン♪ポポポ~ン♪」

 

 

 ここにも一人、地上で食べる朝食を楽しみにしている華奢なエルフの少女、レフィーヤ・ウィリディス。歌詞に疑義が生じる軽い鼻歌を流行らせた腑抜けの神が誰であるかは不明だが、鼻歌が生じる程に機嫌なのは、少し前に知り合った“黒髪の友達”と励む密かな鍛錬の成果が目に見えて現れている事が大きいだろう。

 レベル的に第一級でこそないものの、実戦を伴った鍛錬をしている為に体力の消費量は凄まじい。だからこそ身体は回復で消費したエネルギーを求めており、こうして早朝の食欲に繋がっているのだ。

 

 残る未解決の問題点を挙げるならば、今朝の食事は何を食べるか。流石のロキ・ファミリアとはいえ一食の献立は多くは無く3種類ほど。何日か後に同じメニューが出るパターンこそあるものの、カレー献立三日間保存の法則などが発動しない限りは基本として日替わりの為、飽きが来ることもないだろう。

 

 

「――――ムッ。ムムムッ、そう言えば~……」

 

 

 一転して、頬を膨らませるしかめっ面。今日は、リヴェリアが主催する教導が行われる日付だった事を思い出す。ダンジョンや魔法に関する事ではなく、取りまとめて表現するならば、ファミリアの運営に関する内容が2時間ほどに渡って行われる想定だ。

 だからこそ出席者も限られており、ヘスティア・ファミリアからはベルとリリルカ。ロキ・ファミリアからは、ラウルなど次世代の指揮官候補が参加する事となっている。

 

 そしてベルと、例によってお邪魔する事となるタカヒロは、教導が始まる前の一足先に、ロキ・ファミリアの朝食に誘われているのだ。借りが溜まりすぎた事に対するフィンの発案であり、二人の“お相手”との場を提供する事でコツコツと返済するプランニングらしい。

 はたして、完済までには何年を要する事なのやら。借りについては今後さらに増える可能性も否定できない為に、フィンといえど目を背けつつあるらしい。

 

 

 そんな裏事情は知らないレフィーヤは、何やら食堂の雰囲気がおかしい事を感じ取る。止まった鼻歌と共に恐る恐る歩みを進めると、食堂からは、彼女もよく知る夫婦(人物)二名が仁王立ちにて向かい合っていた。

 

 

「まだまだ自分の知らぬ事があるのは喜ばしい。だがしかし、こうも乖離があるとなれば問題だ」

「同感だ。いつか訪れる事があるとは覚悟していたが、やはり、お前と争うとなれば嘆かわしい」

 

 

――――えっ、何ですかこれは。

 

 

 朝食、またの名をBreakfast(ブレークファースト)。確かに文中のbreakとは“壊す”の意を持ち、言葉の意についても“断食(夕食後は何も食べていない)を破壊”という内容だ。

 一般的な夕食後~朝食までの約12時間を“断食”と呼ぶ事が適切か否かは、それこそ人によるだろう。いずれにせよ、火花を散らしている片割れが“ぶっ壊れ”だろうとも、食事の場の空気まで壊すことは間違っている。

 

 

「あ、アリシアさん、どうなさったのですか……?」

「レフィーヤ……」

 

 

 返されるは、憐みの瞳。容姿や性格など多くの要素で“お姉さん”キャラを発揮する彼女の行いという事も相まって、生まれ出る悲壮感の物量は多大である。

 

 一体、何が起こったのか。目線の先で散る火花が生じた理由について考えをめぐらすレフィーヤだが、ふと、机の上に置かれた朝食の献立に目が移る。

 暖かなコーンスープと共に、パンとサラダと目玉焼き。皿の周囲に置かれた調味料と合わせ、答えについては、当の本人である夫婦の口から発せられる事となった。

 

 

「目玉焼きに添い遂げる調味料は、太古より醤油と決まっているだろう!!」

「いいやアルヴの森に醤油など存在しない!塩だと相場が決まっている!!」

 

 

――――うわぁ、心底どうでもいい奴ですぅー。

 

 世紀の争いモドキの起源を知って、生暖かい目を向ける魔法少女。横に並ぶアリシアと揃ってしまった“4000万ヴァリスを溶かしたような視線”は、先に居る翡翠の髪のエルフが自分たちの王族であることを見ないようにしているのだろう。

 

 波乱狂乱が当たり前となるオラリオにおいては、ほのぼのとした内容なのかもしれない。誰も物理的に傷付くことなく争いが終わるならば、なんと理想的で空想の結末だろう。

 しかし朝の一発目から行われるとなればメンタルに対するダメージは過大であり、同時に各々の食欲も低下中。オラリオにおいて最上位クラスの魔導士と推定ブッチギリで最強の戦士が目玉焼きの味付けで言い争う姿は道化としては面白いのかもしれないが、関係者となれば悩みの種だろう。

 

 

「師匠ー……」

 

 

 そして、少し遅れてやってきたベル・クラネル。「朝一番から何をクダラナイ事で争っているんだ」と言ったような内容を口に出すことは出来ないが、朝食前で血圧が低くブドウ糖が不足しているのか表情には出てしまっている。

 少年としては何かと珍しい、3時のおやつが無かった時に子供が見せるようなションボリ顔の為に、横に居るアイズの中で甘やかしたい感情と口に出したら面倒ごとが加速するという葛藤が戦いの真っ最中。それでも、どうやらソワソワとした動作は消しきれないらしい。

 

 ともあれ、今の一言でヘイトを取ってしまったベル・クラネル。そんな少年に対して、リヴェリアが言葉を向けた。

 

 

悪魔兎(ジョーカー)、君からも言ってやれ」

 

 

 何をどのようにして言えばいいのか。マトモに考える事こそが間違いなのだが、どうにも言葉が浮かばない為に、ベルは一つの事実を口にする。

 

 

「ぼ、僕はマヨネーズ派なので……」

 

 

 瞬間、二人の目が僅かに細まった。

 

 眉間にやや力を入れた表情は、真剣そのものと表現して過言は無いだろう。表情と共に据わった口調から、悟りの言葉が零された。

 

 

悪魔兎(ジョーカー)、お前も知っているだろう、卵1つからは豊富な栄養が手に入る。加えて此度は油を用いた加熱調理。だというのに、更に卵を由来とした脂質を摂取するというのか」

「考え直せベル君。そんな組み合わせを継続したならば、ズングリムックリになってアイズ君に嫌われてしまうぞ」

「そういう極端な事例を出されると色々と困るので止めて貰えると助かります……」

 

 

 サンドイッチを全否定するような発言だが、そこを拾う者は居なかった。

 

 恐らく少しベルが太ろうともアイズならば受け入れるだろうが、男としてのプライドが許す筈もなし。剣姫(けんき)など“姫”と呼ばれるアイズの隣に立つならば、生半可な身体つきでは許されないのだ。

 

 

 がしかし、今この場においては関係のない話である。言葉に詰まったベルは、困った時の十八番と言わんばかりにアイズへとボールをパスする。

 

 

「えーっと、アイズは、目玉焼きに何をかけるのかな?」

「私は、じゃが丸くん」

 

 

 ベルからの連鎖でアイズの十八番が炸裂、じゃが丸くんとは一体。聞いた僕が間違っていたと言わんばかりに目を細めて天を仰いでしまうベル・クラネルに、アイズが頬を膨らませ猛抗議。

 

 大抗争(カオス)の場面が纏まるはずもなく、状況は更なる大抗争(カオス)へ。普段においては強気で反論できるだろうエルフチームも、今回ばかりは大人しい。

 なにせ、騒いでいる片方が自分たちの王族であり、もう片方は秘匿されているとはいえドライアドの祝福持ち。故にエルフたちは口出しの欠片も行えず、静かに状況を見守るほかに道がない。

 

 ただの夫婦喧嘩だと割り切って楽しむロキ・ファミリアの者達も、揃って苦笑気味の表情にて応援中。何の騒ぎだと様子を見に来たベート・ローガはクソデカ溜息と共に頭の後ろをかきつつ二度寝へと戻ってしまった為に、止められるとしたらロキぐらいの者だろう。

 

 

 更なる大抗争(カオス)へと発展した痴話喧嘩を、少し離れた所から見つめている、ロキ・ファミリア古参の残り二人。苦笑気味のフィンに対して、ガレスは興味がなさそうな瞳を向けている。

 

 

「チンケな争いじゃのう。フィン、お主は加勢せんのか?」

「うーん、僕はケチャップ派だし……」

「なんじゃ子供臭い。ワシはウースターソースじゃ」

「は?(ヘル・フィネガス)」

「ぬおっ!?」

 

 

 大抗争(カオス)は更に発展。男には、絶対に許せない事がある。

 

 いや別に男だけではなく、もちろん女性にもあるだろう。加えてケチャップon目玉焼きを否定された程度――――と記載したならば、更なる一波乱が生まれるだろう。

 価値観とは人それぞれ。装備を否定したならば生まれ出る天の怒りがあるように、どこに地雷があるかは踏んでみるまで分からないのだ。

 

 

 膨らむ大抗争(カオス)を光景を別地点で見ていた、ロキ・ファミリアにおける褐色肌のアマゾネス姉妹。二人のうち妹に当たるティオナもまた、レフィーヤと同じく朝食を楽しみとする者の一人。

 楽しみ具合は昼食も夕食も同様だが、その点についてはご愛敬だ。彼女から溢れる若々しい元気とは、比例してエネルギーを消耗する。

 

 しかし今は、どうにも朝食が始まる気配が見られない。更には、フィンとガレスまでもが言い争いを始めてしまう始末となっている。

 もしも何かの拍子で、あちらとこちらのバトルが合体してしまったならば、熱量は更に上がる事だろう。ティオナは相手に届かぬ小言を口にしつつ、アイズ宜しく頬を膨らませて可愛らしく抗議している。

 

 

「団長達まで何やってんのさー。朝ごはん、冷めちゃうよ~」

「ああ~、言い争う団長も素敵だわ……。目玉焼きにケチャップ、味の好みまで私と同じなのね」

「えーっ……」

 

 

 妹ティオナの記憶にある限り、ティオネが目玉焼きにケチャップをかけていた記憶はない。先程のフィンの発言によって、脳に記憶されている己の好みの情報が書き替えられたのだろう。

 

 暴走特急姉号。こんな状態になった姉にツッコミを入れてもマトモな答えが返ってこない為に、ティオナはスルー安定。しかし残念ながら、相手のティオネから問いが投げられてしまった。

 

 

「そう言えば、ティオナはどうなの?」

「え、胡椒だけど?」

「は?(狂化招乱(バーサーク))」

「ちょっ!?」

 

 

 行われた姉妹のじゃれ合いは、難癖以外の何物でもないだろう。子供臭いと貶されたフィンならばまだしも、こちらは単に姉妹の好みが異なっていたというだけの話だ。

 どうやら、回答がケチャップでなければ有罪(ギルティ)らしい。力が拮抗した者同士の取っ組み合いは、やがて互いのスタミナ切れで解消されるはずだ。

 

 

「お前さんら、朝から元気やなぁ……」

 

 

 バトルフィールドにおいてはダントツで年上となる神ロキ、頭をかいて呆れつつの本馬場入場。平和と呼べるクダラナイ言い争いを前に、持ち得るお祭り騒ぎ好きの血が騒いでいるのかは不明である。

 ともあれ3か所で生じていた言い争いのヘイトを彼女が取った事実は変わりなく、それぞれの場所から顔と目線が向けられる。

 

 

「食事に限った話やないが、好みなんて人それぞれやろ?健康な範囲で好きなのを食うたらええやんけ」

 

 

 ロキにしては珍しく、マトモな回答。好きな調味料をかけて食べるのが一番と、回答としても珍しくオトナなものだった。

 各々にとって回答は腑に落ちるものだったらしく、各々は渋々とした表情を見せながらも言い争いの声を静める。どこか燻った気配が漂っているものの、それは持ち得る負けず嫌いの気持ちから生まれるものだ。

 

 

 

 しかし「ならば」と、とある事が気になったフィン・ディムナ。興味本位で口にしたこの一言が、消えかかっていた場に油を注ぐことになる。

 

 

「じゃぁ、ロキは何をつけているんだい?」

「目玉焼きやろ?そないな調味料なんかつけへん、そのまま食うとるわ」

 

 

 その後。かれこれ5時間にわたって調味料の素晴らしさを皆から説かれ、ゲッソリとやつれたロキがいた。

 




《 トラ・トラ・トラァ! 》
《 了解!・了解!・了解! 》


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191話 新人歓迎会

恒例


 

 ヘスティア・ファミリア。知る人ぞ知るオラリオで最もヤベー要素が揃った新米ファミリアにおいて、本日、一名の入団式と紹介が執り行われた。

 

 

「皆さん、初めまして。もしかしたら、お会いした事のある方もいらっしゃるでしょう」

 

 

 豊饒の女主人では基本として口数少なかったリューだが、それは今においても同じ事。とはいえ極端に無愛想ということはなく、物事を端的に話すと表現すれば妥当だろう。また、己が豊饒の女主人で給仕していた事については触れなかったが、もし知った者が居たとしても、問いを投げる事はない。

 彼女が“疾風のリオン”である事は、既にヘスティア・ファミリアにおいて知れ渡っている。一方で彼女が指名手配されている理由、端的に言えば闇派閥への復讐とそれがもたらした効果についても説明・質疑応答がなされており、誰しもが疑義を残していない。

 

 無論、そのような処置を行うよう言い出したのはタカヒロだ。彼やレヴィスとは違いオラリオにおいてリューは有名の為、知らないところから突然と漏れるよりはと先手を打った格好である。

 冒険者ギルドに登録する形式の正式な入団はもう少し先になるが、背中の恩恵(ファルナ)はヘスティアのものへと書き代わっている。恩恵を与えておきながら登録しないのは如何となるが、既に約2名の前例がいる為に誤差の範囲だろう。一般人として扱えば、ギルドが定めた決まり事に対しても問題は無い。

 

 

 ともあれ、このような過程を経て、リューは何事もなく入団を果たす事となる。

 

 

「しかしレベル4ってのも凄いけど、エルフってのも珍しいよな」

「言えてる。最近じゃエルフってだけで、どのファミリアでも引っ張りだこだからねぇ」

「同胞の入団を心より歓迎します。是非とも、ご指導ください」

「あ、はい。こちらこそ、頑張ります」

 

 

 迎える側にも気負いは見られず、エルフ達は相手が先輩という事で敬意を払っている程だ。

 

 軽く囲まれる状況に困惑するリュー・リオン、近接対人対応スキルはあまり高くないらしい。早い話が若干の人見知りである。

 

 

「それじゃーリオン君。このあと、皆で“歓迎会”をやるらしいぜ!いやー、ボクとしても美人のエルフな眷属が増えて嬉しいよ。冒険者としても一流って聞いてるぜ?皆への指導も、宜しく頼むよ!」

「えっ、あ、はい。ありがとう、ございます……」

 

 

 何かを察知していたヘスティアは、誉めるだけ誉めて防空壕(自室)へと退避する。超が付くほどの善神ですら、どうやら手に余るらしい。恐らく今頃は、全てを忘れて優雅な午後のティータイムに耽っているのだろう。

 しかしこの行いによって、結果としてタカヒロの秘密の一つを知らないままとなる。現実と向かい合わない事は簡単だが、問題を先延ばしにしているに過ぎないどころか、悪化させる可能性を秘めているのだ。

 

 

 一方で。場に残った先輩たちの反応は、皆同じ。

 

 

 漫画で示すならば「キラーン☆」とでもイントネーションが付属されそうな、目の光り具合。レベル1から3、ついでに言えばベル・クラネルも含めて怪しく光る瞳と心は、“送迎付きの歓迎会”という、ヘスティア・ファミリアにおける新たな“常識”に基づいたモノだ。、

 何事かと少し身を引くリュー・リオンがチラリと目を配ると、タカヒロだけは普段と何も変わらない。その横で互いに何かを言いたそうに身体を向かい合わせにしているレヴィスとジャガ丸はスルーするとして、タカヒロが通常運転だった為に、不思議と彼女の心も落ち着いてくる。

 

 

 過去を打ち明けた、18階層での出来事。予想外の戦闘も生じたが、おかげで彼女は、過去を乗り越えるための一歩を踏み出すことが出来たのだ。

 まさか、答えの一つを貰えるとは思っても居なかった。直後に出された“木刀”に関する要望については絶対に譲れないものの、それでも、感謝の念が尽きることは無い。

 

 

 燃料の尽きた機械に、燃料そのものを補給してくれたかのよう。だからこそ、リュー・リオンは再び走り出す事ができたのだ。

 

 

 幸せな時間に揺られ、夢を信じた。かつて仲間と共に焦がれた二度と忘れない情景に、色が灯る。

 これから紡ぐ新たな物語において、あの時の悲劇を繰り返さない為に。かつて仲間と共に焦がれた情景は、強くなるという戦うべき活力へ。

 

 

 己の前へと歩み寄るは、団長ベル・クラネル。少年らしい屈託のない笑みから、次の一文が発せられた。

 

 

「それじゃーリューさん。ちょっとだけ、目を瞑ってください」

 

 

 何か花束でもプレゼントされるのだろうか。そんな乙女のような事を考えるリューだったが、突如、トンと背中を押される事となる。

 

 意外な対応を受けて、何事かと目を見開く。すると眼前には、灰色の木々に囲まれた世界が広がっていた。

 

 

「ど、ど、どこなのですかっ、此処はっ!?」

 

 

 整った顔と濁りのない瞳が、湧き出る困惑と恐怖に耐えられない。普段は落ち着き据わった声もまた、らしくもなくオクターブが上がっている。

 

 もはやヘスティア・ファミリアの“裏の裏庭”となる50階層へと到着(リフト)したリューは、深層奥地の階層が発する、死と隣り合わせの状況を想わせるような感覚を初めて感じ取っていた。

 かつてタカヒロに向けられた言葉に対するカウンターは、未だ終わりを見せていない。こうしてヘスティア・ファミリアへと入ってしまったが故に団欒(イベント)から逃れる事は出来ず、リアルタイムでメンタルをゴリゴリと削り取られている。

 

 しかし、そう泣き言を溢してはいられない。何故ならば、彼女の前に居るレベル1やレベル2が、平然とした顔でピンピンとしているのだ。あろうことか、雑談に花を咲かせている程である。

 だからこそ、レベル4の終盤である己が深層の気配に負ける事など許されるだろうか。ましてや彼女の種族は誇り高きエルフであり、駆け出し達の前で、そのような失態を晒す事などあってはならない。

 

 

「クラネルさん、勝負です!!」

「へ?」

 

 

 生まれ出る幾らかの冷や汗こそ隠せそうにないが、迫りくる恐怖を跳ねのける――――ことはできず、落ち着く気配も見られない気持ちを白兎へとぶつける事となった。

 “疾風”だけに、事の手配は迅速に。そんなワケから生まれた二つ名ではないものの、状況は、ベルとリューが模擬戦闘を行う方向で決定する。

 

 

=====

 

 結論から言うならば、途中でジャガ丸がどこかへ向かい暫くして戻って来る事こそあったものの、今回の模擬戦闘はリュー・リオンにとって大きな収穫となっただろう。他のファミリアでは在り得ない、例えレベル4とて多くを学ぶことが出来る環境が、ヘスティア・ファミリアには揃っている。

 レベル4。ヘスティア・ファミリアにおいては上から3番目、なお冒険者としてギルドに登録されている面子からすれば団長ベル・クラネルと同等トップという、間違いなく高い戦闘力。もう少し詳細に語るならば、リュー・リオンとはレベル4において後半のステイタスを所持している。

 

 

 しかし現実に起こった戦いは、明らかに差がみられる足運びだった。

 

 

「っ――――!!」

 

 

 己の戦いを見せるどころか、どうしても攻めきれない。力・速度・技巧と様々な要因が絡んだ結果、リューは後手に回る一方の戦いが展開される。

 

 

「リオンさん、押されてるな」

「流石は団長、対人戦闘じゃ一段とキレが違う」

 

 

 過信が人を弱くさせる事など承知している半面、レベル4になって自惚れていなかったかとなれば、嘘になる。彼女のどこかにあった蒸発しかけの水滴のような心の驕りは、今この時において彼女が流す冷や汗へと変わっている。

 ともあれ、多少なりとも芽生えてしまう驕りの心は仕方がないだろう。第一級と呼ばれる一歩手前、レベル4。そこへと辿り着いた、全ての冒険者が通る道に他ならない。

 

 ましてや相手は、言っては失礼だが“急造”と呼べるスピードで成長してきた、冒険者になって1年にも満たない新米の類。

 嘘をまかり通すとは思えない為に、確かにレベル4としてのステイタスこそあるだろう、しかし経験則、即ち持ち得る技巧については“職歴相応”だと、リュー・リオンは手合わせの前から思っていた。

 

 

 しかし――――

 

 

「フッ!」

「!!」

 

「すげぇ。団長今、咄嗟に逆刃に持ち替えて打ち込んだぞ」

「その次に繋げる為か、なるほど……」

 

 

 刃が猛り、刃が躍る。見事に裏切られた己の心に生まれる焦りを示すかの如く、二本の刃は休むことなく跳ね続ける。

 交わるたびに鳴り響く甲高い金属の音色は止むことを知らず、広い階層へと木霊を残して駆け抜ける。もしもレベル1や2の冒険者が目にしたならば、たった二人による鍛錬と思うことは無いだろう。

 

 信じられないが、絶対的なステイタスにおいても負けている。更に輪をかけて信じられないが、持ち得る技量すらも圧倒的に負けている。

 舞い踊る二本のナイフが残す軌跡は、間近で見る程に柔らかく美しい。これではどちらが“疾風”かと疑義を持つも、そんな二つ名を気にする余裕など一秒たりとも残っていない。

 

 

「ハアッ!!」

「ッセイ!!」

 

 

 持ち得るスキルの一つ、“精神装填”(マインド・ロード)。攻撃のタイミングで任意に精神力(マインド)を消費することで、消費量に応じて力のアビリティを強化する彼女固有のスキルだ。

 持久戦には向かないが、少し格上の敵とも渡り合える強力なスキルの一つだろう。発現したのは随分と昔である為に、持ち得る効能の幅や精神力(マインド)との関係は、手足のように分かっている。

 

 

 それでも――――

 

 

――――っ!“精神装填”(マインド・ロード)を、使っているのに……!

 

 内心で、そう呟いてしまう。あろうことか、普段より多大な消費をしているというにも関わらず、相手が放つ一撃と同等の威力なのだ。

 リューを狙うどちらかの刃は、狙い済ます精密機械の如く、常に彼女のウィークポイント。言うなれば、攻撃時に生じる隙の一点を付いてくる。だからこそ無理な体勢で防ぐ他になく、力を入れることが難しい。

 

 無理をして反撃したと想えば、振るうわけではなく置いているのかと想う程のナイフに“流される”。結果として生じてしまう彼女の隙を相手が狙わないはずもなく、結果としてリューは更に大きなマインドを消費して対応せざるを得ない。

 “攻撃は最大の防御”という言葉を体現したかのような、剣撃の雨。かと言って単純な豪雨ではなく、一撃一撃で意味が違うが故に、ベルの攻撃は初見に近いリュー・リオンは、猶更のこと不利だろう。

 

 

 一方で、以前のジャガーノート戦においてリューの戦い方を見ていたベル・クラネル。広い目を持つ少年は、当時必死になってジャガーノートと戦っていた彼女を支援する為に、ベル本人もジャガ丸と戦いながらリューの戦闘力や癖を観察し見抜いていた。

 だからこそベル・クラネルは、鍛錬と分かりつつも無理に勝利を狙わない。己のステイタスに驕ることなく確実な勝利を得る為に狙っているのは只一点、精神枯渇(マインド・ダウン)による相手の“自滅”だ。

 

 攻撃を的確な位置と威力で当て、相手の攻撃を真正面から防ぐことは少なく、完全な受け流しはできないとしても的確にいなし、乱戦となれば相手の身体まで利用して的確に立ち回る。

 故にベル・クラネルは、ソロでの連戦という過酷な状況下においても無駄な力と体力を使わない。

 

 そして教わった内容は基礎であり、例え一対一の状況だろうとも応用できる。対峙する相手が一名か多数かの違いであり、此度においても少年は、持久戦において最も重要なことを実践することができていた。

 

 もっとも、それを“舐めプ”と呼ぶには語弊がありすぎる。スキルや魔法を含めたリュー・リオンの戦闘スタイルは、“疾風”と呼ばれる程の短期決戦型。

 力と力のぶつかり合い。真向から当たっては、簡単に勝つことはできないだろう。だからこそベルは持久戦へと持ち込むスタイルであり、リューもそれを感じ取ったからこそ、無理をしてでも攻めてしまう。

 

 

「くっ……!」

 

 

 湧き出る疲労に、整った顔が歪む事を隠せない。精神枯渇(タイムリミット)は近く、純粋な疲労だけを見てもピークに達している。

 決して負けない、負けたくないという気持ちが紙一枚で身体を支えている状況だ。この辺りの火事場の馬鹿力は、彼女が一流の冒険者である証だろう。

 

 

 それも、5分ほど続いた時。全く痛みの生じないベル・クラネルの一撃が、彼女の首筋を優しく撫でた。

 

 

 ナイフの背とはいえ、それは鍛錬だからこそ。これが実戦ならばどうなったかとなれば、火を見るよりも明らかだろう。

 パタリと仰向けに倒れる、リューの姿。荒げる息を隠す余裕もなく、彼女はベルを見上げ、敗北を宣言する。

 

 

「私の……負け、です」

「ありがとう、ございました」

 

 

 暫くは立ち上がることも出来ないだろう己に引き換え、目の前の少年はどうだ。息こそ荒さが伺えるものの、持ち得る闘志は開始前と変わらない。それどころか、集中力については増していると思える程。

 落ち着きをもって見直せば、相手が放ってきた一手のほぼ全てが最適と言えるだろう。そんな事が可能なのかと疑義が生じると同時に、そんな手もあったのかとリュー・リオンは気付きに至る。

 

 あえて下品に表現するならば、バケモノか。対人戦闘に特化している点については偶然とはいえ、ベル・クラネルが見せたスタミナ管理と技巧の高さは、疾風のリューと恐れられた凄腕の冒険者に対し、それほどまでの印象を植え付けたのだ。

 

 

「……見事だ、クラネル」

「お疲れ様です、ベル様」

 

 

 己が戦闘をしているかのような真剣な眼差しを向けていたレヴィスも、思わず称賛の言葉をかけてしまう程。続いてリリルカや他の団員からも、労いの言葉が向けられる。

 

 新たにヘスティア・ファミリアへと加わった者達にとって、この戦いは眩しすぎるものだった。冒険者ならば誰しもが一度は憧れる道を通る連続攻撃の雨、更には第一級冒険者、此度においてはレベル4同士による打ち合いなのだから無理もない。

 

 手に届くのではと感じる程に眩しい、彼等にとっての一等星。ベル・クラネルが繰り広げた鍛錬の光景は、冒険者の心を震わせる。

 無論、受け取り手はヘスティア・ファミリアのメンバーだ。ベルがどれだけの苦労を積み重ね技巧を身に着けたか、歩んでいる棘の道の険しさもまた、嫌という程に感じ取っている。

 

 

 ベル本人とて、嫌と口にする事は絶対にないだろう。しかし、文字通り嫌という程に学んできた師の教えは、少年が見せる軌跡(メモリア)の中で確実に花を咲かせている。

 技巧とは、ステイタスの上において咲く花そのもの。スキルの影響によって驚異的なステイタスの伸びを見せるベル・クラネルではあるものの、持ち得る技巧の高さと積み重ねてきた偉業の数々は、紛れもなく本人の努力から生まれたモノだ。

 

 幸せな時間に揺られ、貰ってばかりの日々を大切にし。幸せな時間を築く、そんな夢を信じ続ける少年の軌跡。

 

 まだまだ14歳という事もあり、決して大きくはない少年の背中。それを横目で追うリューの視界に、かつてのトラウマが映り、近づいてきた。

 しかし此度は、理由が大きく異なっている。手に持っているモノは彼女が今一番に求めていると示して過言は無く、例え飼い主の指示だったとしても、向けられる優しさは、彼女にとって暖かい。

 

 

「……あり、がとう。ジャガ丸」

■■■■(良いってことよ)

 

 

 ハラリと顔の部分にタオルを落とし、続けざまにポーション瓶を手渡すジャガ丸。どのようにして割ることなく手に持っていたのか疑問が芽生えるリューだが、ジャガ丸の優しさの前では些細な事だと言葉は胸にしまった。

 

 ともあれ、鍛錬はこれで一区切り。戦いの場が空いた事とベルに焚きつけられた事もあり、レヴィスはジャガ丸へと声を掛ける。そしてどうやら、ジャガ丸もまた同じのようだ。

 

 

「よしジャガ丸、次は私達の戦いだ」

■■■■■(かかって来いや)――――!!』

 

 

 剣と爪を互いに向け合い、二名の戦士は士気高々に戦いを宣言する。交差する戦意は周囲の新米達を後ずさりさせる程のものがある一方で、新米達は、ヘスティア・ファミリアにおいて上位二名がどのような戦いを繰り広げるか興味津々だ。

 例え目に映らない程だったとしても、何か一つでも得てやろう。普段の鍛錬は勿論、ロキ・ファミリアの上位陣と行う内容においても、彼等は常に貪欲なのである。

 

 

「では自分も出るとしよう」

■■■(どうして)……』

「……」

 

 

 なんの脈略もない輩が発する参戦の宣言。ジェットコースターのような乱高下を辿る戦意が、ジャガ丸とレヴィスに襲い掛かる。

 “出鼻をくじく”とは、このような事を示すのだろう。先の戦いに焚きつけられたのは彼とて同じらしく、ガチャリと鳴る鎧の音色が無常を纏い、50階層に響いていた。

 

 

 

 

それは人知れず行われていた、もう一つの出会いの影で。



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192話 仮面の人物in50階層

 

 ダンジョンの50階層において、ヘスティア・ファミリアの新人歓迎会が行われている頃。同じ50階層の外れ、直線距離では随分と離れた位置にて、灰色の木々の下を歩む一人の姿があった。

 

 頭の天辺から足元までを覆う黒のローブは、真の姿が露呈することを完全に遮断する。顔もまた同色のフェイスマスクと禍々しい文様の仮面が組み合わされており、こちらも様相は伺えない。

 それでも、年齢や性別までは分からないとはいえ、華奢な身体つきという発想を思い起こす事は可能だろう。進める歩みが見せる姿勢の良さは、普段の性格を伺わせる。

 

 

 少し趣は違えど、似たような格好をした者に“フェルズ”というアンデットの魔術師がいる。こちらはウラノスの手足となって動いている強力な戦力の一つであり、かつて18階層で互いの存在を知る事となっている。

 

 

 そう。50階層を進むのは、かつて18階層においてフェルズやタカヒロと対峙した、謎の人物。タカヒロが「(魔術師)フェルズの分身魔法か?」と純粋な疑問を抱き、偶然にも核心をついてしまった人物である。

 短剣による攻撃や食人花(ヴィオラス)を率いた攻撃を見せ、会敵から逃走までの全てにおいて機敏な動きを見せていたのは、そして特徴的なナイフを使用していたのは彼の記憶にも残る程。僅か一度の近接攻撃で己の攻撃が通じない点を見抜いているなど、判断能力も的確という評価を与えている程だ。

 

 なお、その後の会話で判明した事だが、どうやら彼の中ではフェルズのような恰好をした者など珍しく、だからこそ分身魔法かと思ったとの事だ。おかげで普段の服装がこれでいいのかと疑義を抱いてしまったフェルズだが、服の下が骨である為に、どうしようもないというのが本音である。

 ともかく、フェルズを筆頭にヘルメス・ファミリアなどのウラノス陣営や、ダンジョン内部で対峙した事のあるロキ・ファミリアがマークしていた人物だ。姿を見せたとしても足跡を残さない程に慎重である為に、どのような者かについては誰もが想像もできていない。

 

 

 灰色とはいえ木々が奏でる騒めきは、ダンジョンの内部においても同じ事。50階層は安全地帯(セーフゾーン)である為に基本としてモンスターの脅威は少なく、だからこそ仮面の人物も、少し気を緩めて歩みを進めている。

 

 張り詰めた日々の中の、微かな休息。こうして独り穏やかな空気に包まれることは、慣れてしまった陰口を忘れさせてくれる。

 

 

「……む?」

 

 

 気のせいだろうか、僅かに顔を下げて耳を澄ます。どこかには居るだろう逸れモンスターを除いて誰もいないはずの50階層に、僅かながらも金属が奏でる甲高い音色が聞こえてくるようだ。

 

 

「妙だな。フレイヤ・ファミリアは除外するとして、ロキ・ファミリアの大規模遠征は行われていない筈だが……」

 

 

 このご時世において50階層にまで進出できるファミリアは、二つに一つ。オラリオ最大勢力を誇るロキ・ファミリアか、最強と言われるフレイヤ・ファミリアに他ならない。

 フレイヤ・ファミリアが真っ先に除外された理由については、団員が同じファミリア内において争っている為。フレイヤの命令なしでは協調性の欠片もなく、だからこそ、ここ50階層に至ることはできないというのが仮面の人物の考えだ。

 

 オッタルについては例外ながらも、最近はフレイヤ・ファミリアの近くに張り付いているとの情報がもたらされている。理由については“鼻から生まれ出る赤い液体の後処理”なのだが、そこまでのプライベートは露呈されていない。

 

 真相は何れにしても、仮面の人物が最も警戒している謎のフルアーマーの人物については誰しもが情報を持っていない。一緒にいた謎のローブの人物もさることながら、あれは夢だったのではないかと思うぐらいに、僅かにも痕跡が残っていないのだ。

 その情報も含めて“友達”に接触している仮面の人物だが、希望に反して未だ収穫は皆無と言える。接触先にて稀に白髪の青年とエンカウントすることはあれど、これと言った特徴もない為に会話へと持ち込むこともなく、互いに関わりを持っていない。ロキ・ファミリアだからこそ、館には様々な人物が滞在する。

 

 

 もしも仮面の人物が、“同胞達”による情報伝達のネットワークの中に居たならば。詳細までを知ることは叶わないとしても、少しは向ける態度や警戒の仕方は違っていた事だろう。

 

 

 望めど僅かに叶うことは無い、幻想の景色。もう二度と届くことは無いと覚悟し受け入れながらも、仮面の人物は、己が抱く戦う理由を胸に活動を続けている。

 

 

 警戒といえば最近はヘスティア・ファミリアも対象になっているが、仕方のない事だろう。オラリオ史上最速でランクアップを続けているレベル4の人物がロキ・ファミリアと親しい為に、当然と言えば当然だ。

 闇派閥を中心に注目を集めているが、急造だからこそ真の脅威にはならないと、仮面の人物はあまり意識を向けていない。これについては闇派閥の中にいる実力者たちも同様らしいが、事実とは小説より奇なりとでも言ったところか。

 

 

 そんなこんなで情報が得られない仮面の人物側は、間接的に非常に大きなダメージを与えられている。おかげさまで闇派閥を中心として組織されていた体制は滅茶苦茶だ。

 オラリオだけではなく各地に張り巡らせた通路が、ロキ・ファミリアによって封鎖されただけでも、被害は大きい。今となっては、闇派閥へと流れる物資や人の流れが完全に変わってしまっている。

 

 それだけではなく、持ち得る戦力も削られる一方だ。特大戦力であったレヴィスの失踪を筆頭に、損失した戦力は、個々の実力を加味したならば4割に匹敵する程と表現しても差し支えない。

 まさか光堕ちして相手側に加わっているなどとは、僅かにも思わないだろう。オマケで誕生したペット一匹だけでも、闇派閥が壊滅する程の危険性を有している。

 

 大きく減った頭数の最大としては、天へと還ってしまった女神イシュタルが挙げられるだろう。お陰様でファミリアは解散となっており、歓楽街の影響力も激変している。

 イシュタル・ファミリアだけの話ではない。その甘い汁を吸って“裏の街”で暗躍していた者達も例外なく対象となっており、そこから得ていたメリットも、今の闇派閥には届かない。

 

 

「……ハァ。しかし、こうにも忙しくなるとは」

 

 

 故に突然と舞い込んだ業務量は想像を絶する程に凄まじく、仮面の人物も思わず愚痴を溢してしまう。1000年より前から存在していた派閥とはいえ、構成する人員には限度がある。

 今後を見据えた活動だけではなく、生じた穴を埋める作業のリミットも“待ったなし”で押し寄せる。最悪、下っ端の代わりは誰かが務まるとしても、レヴィスの代わりをこなせるのは、それこそ仮面の人物だけと言えるだろう。

 

 

 だからこそ、ここ先日において、仮面の人物は単独にて超深層へと潜り。帰路に就く中で一息付ける50階層に居る今、再び歩みを進める訳だが――――

 

 

■■(よう)

「なっ!?」

 

 

 背後の至近距離から生じる、人間ではない生き物が呟く呻き声。いつの間にか背後に忍び寄っていたモンスターに、仮面の人物は全く気付かなかった。

 

 目を見開いて間髪入れずにバックステップを見せると同時に真後ろへと振り向き、迫るであろう脅威に対応する。この辺りの機敏さと意思決定の速さは、オラリオ最強の“冒険者”であるオッタルにも引けを取らない程だ。

 強烈な寒気が一瞬にして身体を貫き、突然の出来事に対して冷や汗が溢れつつも、仮面の下で目に力を入れて対峙している。後手を取ったならば状況は刻一刻と悪化するダンジョンでのセオリーを知っているからであり、収まりを知らない焦りの中、仮面の人物はモンスターの観察に神経を集中した。

 

 

 パッと見は、4本脚の骨で出来た蜘蛛と捉えることもできるだろう。全体は骨のような印象であり、顔部分はドラゴンのような骨の構造のもので長い牙も角も見受けられる。

 持ち得る身体は特徴的であり、目にしたならば判別も容易いだろう。頭から尾の先まで全長7メートル程、手足を広げた時も同等の大きさで、背丈と呼ぶべきか地面から頭までは3メートル程があり、そこそこ大きい部類に入るはずだ。

 

 地上では“曇り空”と表現できる程の光量が照らす、ダンジョン50階層。そんな明るさの下とはいえ、紫紺の爪と深紅の双眼がギラリと光る様は、ただならぬ恐怖を演出する。

 

 

 仮面の人物は常日頃から隠密のような行動を行っていたものの、こうして看破される事は滅多にない。例外的に、気配に対して敏感なモンスターに引っかかる程度だろう。

 時たま突然の落石などに驚いて隠密が解除されてしまう点は、仮面の人物が見せる茶目っ気。その時は独り頬を赤らめ目を閉じて眉に力を入れる仕草を人知れず見せるのは、紛れもない照れ隠しだ。

 

 

 ともかく、今回においてモンスターに探知された事実は揺るがない。しかし行動を思い返して原因を探る仮面の人物だが、己に不備は伺えない。

 何故ならば。そのモンスターが探知して此処まで辿り着く事ができた原因については、仮面の人物が持ち得る常識を遥かに上回る内容なのだ。

 

 

 固有スキルと呼んでも差支えがない、ジャガーノートが持ち得る特殊な能力。同じフロアに存在する生命を探知することができ、そこへと辿り着くことが出来る。

 今回においても遺伝子レベルに染み込んだ防衛機能が働き、用事が済んで50階層へと辿り着いた仮面の人物を探知した恰好だ。どれだけ隠密に長けた者だろうとも、この能力から逃れる事は叶わない。

 

 

 今回ジャガ丸が探知した者が、もしも神の分類や、ドワーフやエルフなどをひっくるめた“人”だったならば。極端に接近でもしない限りは、飼い主の同業ということでスルーしていた事だろう。

 一方でモンスターだったならば、こちらもまた接近するまで興味を持たなかった筈だ。そしてここまで接近したならば、間髪を入れずに紫爪で魔石を穿っていた事だろう。

 

 

 このような選択こそ、ジャガ丸が持ち得る攻撃判断のロジックの一部となる。そして今回において、ダンジョンの“元”白血球は、“人でもモンスターでもない存在”を嗅ぎつけていたのだ。

 

―――――■■■(どうしよう)

 

 だからこそ、ジャガ丸の中で非常に大きな問題点が生じている。目の前の存在が敵か味方か判別するフローに対して、目の前の“仮面の人物という存在”は、全くもって該当しないのだ。

 何らかの対応を決めようにも、判断不可能。テイムされ防衛機能が弱まった影響もあるとはいえ、謎の存在を相手に飛び掛かることが出来ないのだ。なお、相手の場所へと辿り着いてから攻撃に迷っている点は、弟子の行いを見るために9階層へと駆け出し迷っている飼い主にでも似たのだろう。

 

 とはいえ同じ50階層の別エリアでは、ヘスティア・ファミリアが新米も含めて鍛錬の真っ最中。探知した存在は謎とは言え“人間ではない”点は確実である為に、こうしてやってきた己に対して躊躇なく攻撃を仕掛けてくるような危険因子ならば排除すると言わんばかりにと先制して行動を行っている。

 

 だからこそジャガ丸は、飼い主に倣って相手の動きを観察する段階に居る。今のところ相手に驚きはあれど、己に対する攻撃の感情は見られない。

 であれば“味方”かとなれば、答えは“否”。人ではない存在については、神々を除き、基本として飼い主の味方には存在しない。

 

 

 決定することができず、対応に困惑するジャガ丸。これに対して、仮面の人物の内部でも盛大な混乱が広がっていた。

 

――――なんだ、このモンスターは……。

 

 こうして独り、食料などを持たずして50階層以降へと辿り着く事が出来る仮面の人物。オラリオの地上に出回る知識と合わせれば、恐らくは世界で最も多くの種類のモンスターを目にしたことがある一人だろう。

 

 それ程の存在が今までに全く見たことのない、四つ足のモンスター。59階層までを数往復したことのある仮面の人物だが、持ち得る知識も含め、該当するモンスターは存在しない。

 幸か不幸か、モンスターに攻撃してくる気配は見られない。これもまたモンスターの常識には当てはまらなく、一方でただのモンスターではないと直感的に判断したからこそ、どう対応して良いかと困惑中。

 

 なお現実としては、ジャガ丸がヘスティア・ファミリアの構成員(ペット)という情報が遮断されている為に、仮面の人物とて認識がないだけだ。まさか、かつて闇派閥が死に物狂いで追い求めたダンジョンにおける超イレギュラーなどとは想像もしていない。

 

――――それにしても、動じないモンスターだ。

 

 仮面の人物を微塵も疑わず恐れない、確かな生き物。収まる気配なく広がる困惑というシュールな状況下にあるとはいえ、“己を恐れない生き物”とは、仮面の人物が持つ傷ついた心を少しだけ癒す存在だ。

 

 

 混乱の中で、耳鳴りかと錯覚するほど微かに響く、剣劇の雨が奏でる音色。それは、仮面の人物を現実へと連れ戻すには十分だ。

 その音がする方へと顔を向けるも、モンスターを前にしていた事を思い出す。しまった、と気付き瞬時に前へと向き直るも――――

 

 

「……」

『……?』

 

 

 仮面の人物が顔を向けていた方へと、モンスターも顔を同様に向けていた。そして疑問符を浮かべるかの如く、左右に顔を傾げている。

 そして前へと向き直り、仮面の人物に対して視線を合わせ。これまた、「何もないよ?」と言わんばかりに顔を傾げ。続けざまに前足を掲げて「何があるのー?」と言わんばかりのジェスチャーを繰り出した。

 

 

――――か、か、可愛……い、いや!

 

 

 見た目的な可愛さがあるかと問われれば、尾ひれを付けても疑問符が残る。そのような言葉は相応しくなく、控えめに表現しても“禍々しい”の言葉が適切だろう。

 それでも披露する行いについての禍々しさは欠片もなく、間違いなく“可愛らしい”。人と比べると大きな身体が行っているという点も、そのように感じてしまう原因の一端だ。

 

 

 つまるところ、“とある人物”流に表現するならば、“キモカワイイ”。

 

 

 似た感想を抱いた二人は、表現の手法が異なるだけ。ひょっとすると、感性の相性は中々に良いのかもしれない。

 キモカワイイ的な感想を抱いた仮面の人物は、危険を承知で撫でてみたい。次はどんな反応を見せてくれるのかと、“彼女”の中にある女心が顔を覗かせている。

 

 

 それはきっと、悩み苦しみぬいた数年における一時の癒しだった事だろう。やがて必ず訪れる“友”との別れという過酷な現実を少しでも忘れさせてくれた存在を、彼女は決して忘れない。

 

 

――――私は、―――――様の為に……

 

 

 彼女の中で生きる、一つの正義。己が生き続ける最も大きな理由が、先の女心をかき消した。

 

 

「……私は、行かなくては」

『……?』

 

 

 再び、「そうなの?」と言わんばかりに首を傾げるモンスター。無念そうに仮面の下で口をへの字にして悔む彼女だが、持ち得る意思は歪まない。

 一方でジャガ丸の中では、今の所、彼女は敵ではないと認識れているのだろう。素直に見送る素振りを見せており、じっと変わらず彼女の顔を見つめている。

 

 

 まるで、飼い主が出かける際に小動物が見つめるかのようだ。足に数百トンの重りを載せられたかの如く足が止まってしまう彼女は、何とかして心の枷を外そうと必死である。

 それでも、何とかして未練を振り払うかのように駆け出した。呑気に「中々速いねー」などと思い見つめるジャガ丸は、去り行く背中を見送っている。

 

 

 とどのつまりは脅威の域に該当せず、“いつでもやれる”という認識の裏返し。彼女の姿が見えなくなると、ソレを数倍ほど上回る速度でもって飼い主の下へと帰還する。

 

 

「おや、用事は済んだか?」

■■■(だいじょーぶ)

 

 

 もしもジャガ丸が言葉を喋ることが出来たならば、今回の一件は波紋を広げたことだろう。アイズ語検定においては上段となるタカヒロとて、此度においてジャガ丸が席を外した理由を汲み取ることはできなかった。

 

 

 それでも、真実とはいつか公の下に晒される。過去と今について彼女が向き合う時は、遠い未来の話ではない。



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193話 異端は、どっちだ

 ヘスティアにとって新たな眷属となった、リュー・リオンに対する洗礼……もとい、歓迎会が行われた数日後。ヘスティアを経由して、タカヒロはウラノスから呼び出しを受けていた。

 会合の場所はいつもの通り、ギルドの地下に位置する祭壇のような空間となる。こうも他人が入り乱れているならば魔石灯ぐらいは取り入れた方が良いのではないかとタカヒロは思うも、他人の家に置かれている家具に口出しできる権利は持ち合わせていない。

 

 そんな場所へ向かうための地上の大通りは、バベルの塔へ向かうラッシュの時間帯こそ過ぎたものの、活気に満ちた光景は相変わらず。目的こそ人それぞれなれど、各々が日々の暮らしを謳歌(おうか)している。

 

 いつもと変わらない光景を流し見ながら、活気というバックグラウンドミュージックを、なんとなく意識しながら。タカヒロは、横を歩く一人の少年に対して、これから向かう場所に居る神の事を紹介していた。

 

 

「そのような神様が、オラリオにはいらっしゃるのですね」

 

 

 此度においてはウラノスからの要望により、団長であるベル・クラネルも同様となっている。闇派閥の件ならばタカヒロのみかヘスティアへと伝えられる為に、此度においてはタカヒロも理由が分からない。なお実の所、ヘスティアだけは事情を先に伝えられている裏がある。

 ともあれ、ギルドの地下へと辿り着くまでには多くの時間は要さない。相も変わらず暗く広大な空間に映える灯の下へと歩みを進めた二人は、並んでウラノスと対面した。

 

 

「よく来てくれた。持て成しはできないが、ゆっくりしてくれ」

 

 

 壇上に鎮座する椅子に腰掛け、ウラノスは普段と同じく静かな、しかし重厚な口調で白髪の二人を出迎える。続けてベル・クラネルの事は知っていると告げて簡潔な自己紹介を行い、フェルズがそれに続いている。

 これに対して元気よく自己紹介を行うベルに対し、二人の評価は好印象。とはいえ持ち得る偉業の数々は、もしも主神ならば胃痛の種になるだろうと察し、ヘスティアに対して同情している。

 

 

 そのようなやりとりも、あまり時間は要さない。当たり障りのない話を数分程して無音の時間が訪れた時、ウラノスは本題に入るべく口を開いた。

 

 

「ところで……」

「ああ、50階層に待機させている」

 

 

 タカヒロが言葉の終わりと共に軽く手首を持ち上げると、魔力とは異なるエネルギーが彼の横に出現する。リーク電流が発するスパークのような閃光が瞬くうちに2-3回にわたって出現したかと思えば、現れたのは高さ4メートルはあろうかという紫色の大きな光。

 早い話がワープポータル、通称“リフトポイント”である。オラリオにおいては西部とダンジョン50階層に固定出現ポイントが確認されており、タカヒロが出現させた移転先に対してデメリットなく転移できるという特出した能力の一つだ。

 

 

「……それが、“リフト”と呼ばれている能力か」

 

 

 話には聞いていたウラノスだが、こうして目にするのは初めてとなる特異な光景。神々がこれを説明したならば「ワープポイント」と説明する以外に想像できない光景が、常識の範囲に収まらないことは明白だ。

 魔術師だからか、フェルズも興味深げにリフトポイントを見つめている。そんな二人を不思議そうに見ているベル・クラネルだが、ベルにとっては、そう珍しいものでもない為に仕方がない。

 

 

 そして返事を待たずして、リフトから出現する一つの姿。リフトそのものが紫色の光を発している為に、ジャガーノートを象徴する紫の姿は、一層のこと不気味さを(かも)し出す。

 とでも表現すれば格好がつくが、実のところは“ペット役”。出現したジャガ丸はタカヒロの僅か斜め後ろに寄り添い、初めて訪れる場所でも落ち着いた様相を見せている。

 

 

 ウラノスに呼び出された対象の残り一名、ジャガーノート。リュー・リオンの件で18階層へ移動した時と同じ手法だが、今回はダンジョンの逆走は必要ない。

 それでも白髪の男二人と共に来ないのは、いくらギルド公認の許可印があるとはいえ、真昼間から街中を散策するには、その存在は目立ちすぎる為。見る者が見たならば、どれほどに“ヤバい”存在かは、一目見ただけで分かってしまうのだ。

 

 他にも理由は色々とあるものの、何せ飼い主もペットもイレギュラーの塊だからこそウラノスは取り扱いに細心の注意を払っている。そしてタカヒロにしろベルにしろ、ダンジョン50階層を経由してモノが移動される点について、どちらも疑問に思う様相を呈していないのだから猶更だ。

 しかし、実際にコレを目撃したからこそ、驚愕と混乱が生まれ出る。驚愕する点は色々とあれど、ペットを紹介するノリでジャガ丸を紹介された当時においてもそうだが、ウラノスからすれば、こうしてモンスターが忠誠を誓う動きを見せる事など想定外にもほどがあるのだ。

 

 

 そもそもにおいてモンスターとは、地上に住まう者達に共通する“敵”である。何のチョコ菓子とは言わないが“キノコ”を見つけた“タケノコ”のように、最後の一体すらも滅ぼすべき対象だ。オラリオの内であれ外であれ、この理は変わらない。

 万人に問いを投げれば、万人が同様の答えを返すだろう。親しい者をモンスターに殺された者ならば、モンスターを目にするだけで殺意が沸き上がる者も少なくない。

 

 

 だからこそウラノスは、此度においてベルとタカヒロの二人を呼び寄せた。ウラノス自身が行おうとしている事がイレギュラーの極みとも言えるレベルにある為に、あまり大々的に動くことなど出来はしない。

 ヘスティア・ファミリアという、主神の意に反して特殊な枠組みの中の範囲ではあるものの。そのイレギュラーを成し遂げた二人ならば、何か突破口があるのではないかと期待している。

 

 

「君達二人を呼んだのは、決して他の者にはできぬ頼み事があるからだ」

 

 

 白髪の片方は「また面倒事か」と思うも、一応はオトナである為に空気を読んで口には出さず。とりあえず相手の意見を聞く事とし、次の言葉を待っていた。

 

 

「君達は、そこに居るジャガーノートと」

「ジャガ丸だ」

「ジャガ丸です」

 

 

 二人から即座に入る、鋭いツッコミ。ジャガ丸自身も「違う」と言わんばかりに両腕を上げてプンスカモードである為に、妙な怒りが渦巻いている。

 ともあれ、それが良い方向に働くことなどありはしない。ウラノスはすぐさま訂正を行った。

 

 

「失礼した。君達は、私の予想を遥かに超えて、ジャガ丸と良好な関係にある」

 

 

 ペットを可愛がる事は、飼い主の勤めである。

 

 ではなく、ジャガーノートとは、曲がりなりにも“モンスター”と呼ばれる存在だ。ガネーシャ・ファミリアのように使役する事はあれど、その場合においても基本としては檻の中であり、監視も含めてガネーシャ・ファミリアの者が行動を共にする。

 そういった意味では、先のように50階層に放置、そしてそれを忠実に守るジャガ丸との関係は異端と言える。長年の課題をこうも簡単にやってのけた事に対して称賛を示したいところもあるが、成し遂げた者が普通から逸脱している為に“例外的に成功というパターンもあり”手放しでは喜べない。

 

 しかし幸いにも、“とある者達”を狙っていたイケロス・ファミリアは滅んでいる。なお事象については“美の女神がブチ切れた”という全くの想定外ながらも、結果的にはイケロス・ファミリアの全滅という最良に納まっている点は変わらない。

 そしてヘスティア・ファミリア、特にこの白髪の二名は、オラリオの治安を守る役目も果たしているロキ・ファミリアに対しても話を通しやすい。もしもの際にも融通が効く上に、なにより持ち得る実力については言わずもがなのお墨付き。

 

 

 過去一番と言える程に、条件は整った。ウラノスは、多少の胃痛(リスク)を覚悟しつつも、ここに可能性を見出し、とある事実を暴露する事を決意した。

 

 

 そもそもにおいて、オラリオの治安維持を担うガネーシャ・ファミリアが、何故モンスターを地上に運んでまでして催しを行うか。何故“怪物祭”と称してまで、モンスターを使った催しを開くのか。

 

 目的は、地上で生きる者がモンスターに対して抱いている脅威の意識を軟化させ、少しでもその存在を身近に感じさせること。それが、ウラノスという神が抱いている果て無き願いの一つなのだ。

 ジャガ丸という前例がある為か、白髪の二人に驚きの色は見られない。そしてウラノスとて全てのモンスターとの共存を望んでいるワケではなく、あくまでも、人に危害を加える気がない“特殊事例”が対象だ。

 

 

「ウラノス様。それって、テイムされたモンスターとの共存という意味でしょうか?」

「いや――――そうだな。君達ならば、“拒絶”する事はない筈だ。見てもらった方が、何かと信じられるだろう。フェルズと共に、20階層へと行ってくれ」

「20階層、ですか?」

 

 

 思わずベルが聞き返すも、確かに20階層とは、18階層や50階層などのように特別な場所“ではない”エリアとなる。アイズとペアでよく潜っていた階層である為に、森に覆われたフロアであることは、よく知っていた。

 そして他の同行者として、同じファミリアのリリルカとレヴィスがウラノスより指名された。冒険者ギルドから発せられる正式な通達こそないものの、半ば強制ミッションである旨をほのめかしている。

 

 ヘスティア・ファミリアの裏側の実力を無視したとしても、表側の実力を考慮すれば、例え結成1年とはいえ、既に簡易的な強制ミッションを受領しても不思議ではない。だからこそベル個人としては受けることを決め、フェルズと共に、一度ヘスティア・ファミリアへと戻っていた。

 なおジャガ丸は、再び50階層にて待機中。そして極秘ながらもヘスティア・ファミリアの中枢メンバーによって議論が行われ、少しだけ内容の、具体的には到達方法の改変があるものの、ウラノスからのミッションを受ける事で決定した。

 

 

 そして一行は、準備もほどほどに完了。そのまま20階層へと進行開始――――は行わなかった。ギルド地下からダンジョンへと直行していたタカヒロが20階層と50階層をリフトで繋げ、ジャガ丸を20階層へと輸送。

 更に続いては20階層とオラリオ西地区を繋げ、西地区で待機していたベル達一行を20階層へと送り届けている。リフトの話は聞いていたものの実際に目にしたフェルズに頭と胃袋が痛む感覚が襲い掛かる事になったのは、コラテラルダメージの一部だろう。

 

 

 ともあれタカヒロが居た地点は、20階層における人目につかないエリア。ここからは、フェルズの案内に沿って進むこととなる。

 

 

「フェルズ様。この先は何もない場所ですが、この道で正しいのでしょうか?」

「ああ、問題ない」

 

 

 地図と眼前の地形を交互に見比べているからこそ、リリルカの脳裏には疑問符が芽生えている。何もない場所へ向かった所でどうなるのかという純粋な内容と、一体何が待ち構えているのかという、恐怖と不安が混じった内容の疑問符だ。

 

 

「この先だ」

 

 

 とある一点を指さすフェルズ。しかしリリルカが言うには、公式に販売されている地図の上では“壁”になっている領域らしい。

 

 しかしフェルズが呪文の詠唱のような言葉を口にすると、バラバラと壁が崩れ去った。

 ダンジョンの内部に生じる壁とは違う、人工物の類。その先には、暗闇に包まれているものの、明らかな通路が存在している。

 

 

「むっ……見逃していたか」

 

 

 フードで見えないものの、露骨に眉間に皺を寄せるタカヒロ。19~21階層の調査の第一段階は終了したと認識していた彼だったが、この隠しエリアへ繋がる通路をピンポイントで見逃すという失態の為に無理もないだろう。

 なお一方で、この壁の向こうに居る者達からすれば何よりの幸運だったに違いない。もしも一戦を交える事となっていれば、全滅の結末は避けられないからだ。

 

 

 ともあれ、地図にすら“載せられていない”隠しエリアである事に変わりはない。フェルズというギルドの人物が知っているならば、冒険者の為にと載せられているのが本筋だろうと各々は捉えている。

 そのような場所へと歩みを進めるフェルズは手のひら――――ガントレットの一種ながらも、どうぞと言わんばかりに一行を向かえている。軽い身のこなしで先頭に位置を変えたレヴィスに続き、リリルカを護るようにジャガ丸が配置につきつつ、警戒しながら未開拓ゾーンへと足を進めた。

 

 

「下がれ。モンスターだ、数が多い!」

 

 

 レヴィスの叫びと共に、場が動いた。突如として多数、それも種類もまた豊富と言えるほどのモンスター達の雄たけびが木霊し、レヴィス達は咄嗟に武器を構える。

 

 

「何かしらの理由でフザケた威嚇をするのは結構だが、望まぬ犠牲への苦情は受け付けんぞ」

「しまっ!リド、彼等を試す真似は行うな!!」

 

 

 しかし実態を察知していたタカヒロの一言により、妙な空気へと変貌した。今の所は敵ではないと分かったからこその発言であり、今の状況において先制攻撃の大義名分がどちらにあるか理解したフェルズは、焦りを見せつつモンスター達を抑圧する。

 灯された数々の松明に照らされるは、レヴィスが口にした通り、数多と言えるほどのモンスター。人型、もしくは羽や尾などがあれどそれに準ずる者も居れば、完全なモンスター形状の者まで“モンスター”の粒度は様々だ。

 

 全てに一致しているとすれば、今この場に居るモンスター達は、人間に対して露骨な敵意を抱いていないという点だろう。だからこそレヴィスやベルも不気味に思っており、周囲を警戒しながら場が進む時を待っている。

 

 

 時を動かしたのは、蜥蜴人(リザードマン)の外観をもったモンスターだった。その横に降り立った、おしとやかな様相を示す人型の歌人鳥(セイレーン)らしきモンスターと共に、謝罪の為か少し頭を下げて“口を開く”。

 

 

「すまなかった、こんな物騒な出迎えになっちまってよ」

「えっ!?」

「モンスターが!?」

■■■■■(シャァベッタァァァ!?)

 

 

 言葉と共に目を見開いて、リリルカやベルが驚くのも無理はない。対外的にはただモンスターの叫び声となるジャガ丸の反応は、誰に理解されることもない。

 ともあれ各々は警戒こそ解いていないが、それは常識の範疇だ。何せ此処はダンジョンであり、如何なるイレギュラーが生じても不思議ではない。

 

 

「モンスターが言葉を発することは無い、などという道理はあるのか?」

「知らん」

 

 

 しかし一方で、全くと言って良い程に反応を見せておらず心身共にポーカーフェイスを貫くレヴィスとタカヒロ。二人して少しだけ顔を動かして視線を合わせると、互いに思っていたであろう内容を口にしている。

 

 

「ありますよ?」

「ありますね」

「そうか」

「ほう」

 

 

 ツッコミ役となっているベルとリリルカに対して数秒で納得したタカヒロだが、これには明確な理由がある。対象はモンスターではなくオラリオにも存在しないが、この点について語ることは無く口を閉じた。

 また、納得しているのはレヴィスも同じ。かつての地上においても言葉を発するモンスターなど見た事がなかったのは同じだが、俗に言う“ジェネレーションギャップ”かと思うも、どうやら思い過ごしだったらしい。

 

 

「ず、随分と変わった、地上のお方達ですね」

「ああ……。オレっち達を見ても、驚かないんだな」

 

 

 ツッコミ役は、もう一名プラスアルファ。異端人と出会った異端児は、異端と言える対応を前にして勢いを失ってしまっている。

 モンスターと呼ばれる自分達が会話した事に対してこそ驚きは見られたが、こちらから敵意を向けなければ平然とした態度を見せている。かつて受けたことのない穏便な対応だからこそ、モンスター達が困惑するのも無理はない。

 

 それに加えて、完全にペースを持って行かれている状況だ。こればかりはフェルズも予想していなかったらしく、会話のノリに付いて行くことも出来ていない。

 

 

「驚きはしていますが、そうですね……今まで何度も、強烈なのを見てきたので」

「強烈?」

 

 

 チラリと師を横目見るベル・クラネル、即座に苦笑いを発動してヘイトが向かないよう退避行動。しかし言葉を発するモンスターからの問いが止むことは無く、苦笑をそのままに口を開いた。

 

 

「僕からすれば、こちらの師匠の方が異端ですから」

「そうですね」

「違いない」

■■■■■(そーだそーだ)

 

 

 息ピッタリのベル、リリルカ、レヴィス、ジャガ丸の漫才カルテット。オマケついでにフェルズも首を大きく縦に振っており、満場一致で異端認定されたタカヒロである。

 

 

 が、しかし。タカヒロもタカヒロで、現在同意している者達に対して口にしたい事があるようだ。

 

 

「リリルカ君を除いて、君達こそ大概だと思うぞ?」

「えーっ!?」

「むっ」

「なにっ」

■■■■■■(∑(=゚ω゚=;)ガビーン)

 

「……何故でしょう。仲間外れにされたというのに、この生まれ出る安堵の気持ちは」

 

 

 自称ではなく本当に嘘偽りのない一般人からすれば、“ぶっ壊れ”と彼等の異端具合は、ドングリの背比べと呼べる域。恐らくヘスティアが居れば、ツインテールを上下に振り回すレベルで頷いている事だろう。

 そして当然ながら、リリルカ・アーデは名実ともに一般枠。突出した指揮系統能力は目を見張る所があるものの、今ここに居る他のメンバーの前には霞んでしまう。

 

 

 ウラノスが抱く理想に到達する為には、道のりは険しく長い事だろう。しかし第一段階として、こうして嫌悪の感情が芽生えることなく達成された会合は、紛れもなくウラノスの胃痛の種であるヘスティア・ファミリアだからこそ成し得た内容だ。

 

 

 やや話が脱線しているものの、嫌悪さを生まれさせない為と考えれば必要経費。決して“毒を以て毒を制す”的な事ではないと己を納得させるフェルズは、今の結末に対して不満はないと己自身を納得させる。

 

 

 オラリオ始まって以来の歴史的な交流は、始まったばかり。まだ互いの自己紹介すら終えていないものの、もう暫く続けられる事だろう。

 




マック Vs マクド

フアイッ!


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194話 異端児と異端人

 

 ダンジョン20階層における、オラリオの歴史においても千載一遇と呼べる歴史的な出会い。なんだか異端度合(レベル)の自己紹介に発展しつつあったものの、ここで空気がリセットされる。

 発起人は、ここまで案内しておきながら空気と化していたフェルズ本人だ。割り込みを入れるにしても至難の業とはいえ、会話を正常なベクトルへと戻すべく奮起する。

 

 

「と、ともかく先ずは、互いの自己紹介を……」

 

 

 なお、力強さは非常に小さい。ともあれ、よどんだ空気の入れ替えについては成功したようで、まずは自分からと言わんばかりに、リザードマンのモンスターが口を開く。

 

 

「オレっちは“リド”、見ての通り“リザードマン”だ」

「私は“レイ”、“セイレーン”です。始めまして、ベル・クラネル」

「は、始めまして……。冒険者でヘスティア・ファミリアの団長、ベル・クラネルです」

 

 

 異端児の代表と言える存在のリザードマン、名を“リド”と名乗ったモンスターの第一印象は気さくと受け取れる事だろう。想定にしていなかった展開を前にオドオドとした様子を見せるベルだが、この反応ですら、本当の一般人からすれば異常と言える。

 なんせモンスターとは、見かけたならば殺す対象。そこに救いの類は一切なく、これは遥か昔から行われ続けてきた、ある種の伝統とも言える行いだ。

 

 

 一般的ではない一般人2名が口にした簡易的な内容に続いて自己紹介が終わったリリルカは、再び地図を見つめている。この場所が特殊な場所であることを認識したこともあり、事情を知っているだろうフェルズに対して包み隠さず問いを投げる。

 

 

「フェルズ様、この場所は安全地帯(セーフゾーン)のように思えます。ですが地図に記載されていないのは、やはりギルドが……?」

「ああ、その通りだ」

「ギルドが、モンスターを庇っている……?」

 

 

 ベルが抱いた疑問も、尤もな内容だ。本来のギルドとは、ダンジョンにおけるモンスターを討伐する冒険者を“支援する組織”である。

 もしこの現実が安易に公の場へと出たならば、向けられる非難は相当のモノがあるだろう。ベルやリリルカはその事に気づき、だからこそ此度は極秘なのだと腑に落ちる事となるが、納得できたかとなれば話は別だ。

 

 先程は自己紹介こそ終えたものの、姿かたちは明らかにモンスター。そもそもにおいて彼等のことをギルドがどのように認識しているかすら分からない状況では、状況の整理も難しい。

 

 

「で。この摩訶不思議なモンスター共は何者で、ギルドは何を企んでいる」

 

 

 そのように考えていたのはレヴィスも同様で、彼女らしくストレートな質問を投げかける。今となっては隠すつもりもないらしく、フェルズはリド達が置かれている立ち位置を説明した。

 

 曰く、ダンジョンの内部における一般的なモンスター、つまり冒険者がいつも対峙している存在からすらも命を狙われる。そしてまた、冒険者からも同様に狙われているとの内容だ。

 後者については、意図的かどうかをさて措くとしても、当然と言えるかもしれない。見た目的には一般的なモンスターと全く区別がつかない程の為に、もしも紛れ込んでいた場合や連続戦闘の途中で相対したとしても気付くことは難しい。

 

 

「彼等の存在がいつより発生したかは、定かではない」

 

 

 ウラノスですら把握しきる事が出来ていなかった、ダンジョンにおけるイレギュラーの一つ。そして見つけてからも“排除”を行うことなく、こうして匿う様相を見せている。

 

 

「我々は、彼等の事を異端児と呼んでいる。全てが明らかになっていないダンジョンにおいても、極度の特異的な存在(レアモンスター)に分類される程の希少さだ」

ほう……?(.。゚+.(・∀・)゚+.゚)

 

 

 そんな彼等の紹介に含まれていた、禁句に該当する表現の一言。自称一般人の片方が、条件反射的な回答とヤル気を見せてしまった。

 

 これに対し――――

 

 

「ダメですよ師匠、ウラノス様の紹介です」

ほう……((´・ω・`))

 

 

 釘刺し役、ベル・クラネル。尊敬する師匠と頼れる父親役に値する人物が、こと幾らかのパターンに該当する時は暴走する事実ついて熟知済み。

 その者、ダンジョンで色々とやらかした前科も数知れず。特に前回の一件(寒中水泳)は斜め上が過ぎる事もあり、判断はベル任せとなるものの、リヴェリアから密かに“釘刺し”の依頼が行われていたのだ。

 

 息子に言われている為か、タカヒロはゴリ押しの気力も薄れたようだ。オラリオで過ごしているうちに、求めるモノが変わっている証拠の一つだろう。

 なお、もしも静止の発言者がリヴェリアならば露骨にスネるが、此度はベルの為に口調がションボリの反応。一瞬だけ立ち上がった“ヤル気”に反応して身体を震わせた異端児ご一行だが、直後、ほっと胸を撫で下ろしている。

 

 

「……本当にブレないな、お前は」

「タカヒロ様、流石に空気は読んで頂けますと幸いです……」

■■■■■■(怒られてるでやんす)

 

 

 皆の流し目と共にボロクソに叩かれる自称一般人は、逆ギレや八つ当たりをしない点はオトナな対応。もしもこの場にリヴェリアが居たならば、レヴィスと全く同じ言葉を口にしていた事だろう。

 持ち得る優しさからか言葉には出さないものの、ベルも首を縦に振って同意している。頬を僅かに膨らませており、明らかに抗議の意思を示している様相だ。

 

 

 男にとって四面楚歌、またもや満場一致の同意見。とはいえ彼に対して、その筋を曲げろと言う方に無理がある。

 

 

 その男にとっての、戦う理由の大きな一つ。心中の正義(メンヒルの意思(笑))は、そう簡単に崩れることなどありはしないのだ。

 

 

 ともあれ、本当に手を出されたならば更地になることは揺るがない。それこそ今すぐにでもダンジョンへと駆け出し、各階層を入念に調査して探し出すに違いない。

 無論、各地に居るだろう異端児からすれば、一方的にキラーから狙われるという体験型ホラー映画である。先のジャガ丸の呟きの後に「絶対にやめてくれ」と繰り返し念押しするフェルズに胃袋があれば、相当なダメージを受けていた事だろう。

 

 

「と、ともかく彼等は、地上での生活を望んでいる。そしてウラノスもまた、彼等との共存を望んでいる」

「はい。“地上への進出”、それが私達の共通の願いです」

 

 

 フェルズの言葉に、セイレーンであるレイが言葉を重ねて強調した。そしてどうやら、異端児と呼ばれる彼らは夢を見る事があるらしい。レイに続けて、リドが内容を口にする。

 

 

「夢を見るんだ。真っ赤な光が、デケェ岩の裏に沈んでいく光景をよ」

 

 

 しかしリドは、ダンジョンの中に生まれ堕ちて以降、今の今まで地上に出た事がない。口にした光景が“夕焼け”である事はフェルズから聞かされていたからこそ、自身は「以前は空が見える場所に居たかもしれない」と口にする。

 此処には、言葉を話すことが出来る者、出来ない者。人間の姿に近い者、モンスターの姿そのままの者など、分類するとしても単純には収まらない。しかしながらフェルズが言うには、地上への強烈な憧れ、執着とも表現できる程に強い感情は共通しているらしい。

 

 

「つまるところ、“汚れた精霊”と同じ目的か」

 

 

 発作的症状が収まったタカヒロから出された冷静かつ重い言葉に、フェルズの額に冷や汗が流れたような感覚が作られる。骸骨故に実際に汗が流れることは無いものの、今の一言は、それ程までに強烈だった。

 先の問題発言の次がコレかと呆れるレヴィスだが、彼女もまた、汚れた精霊を思い出して表情は険しいものがある。理由はどうあれ、目的が同じ事に違いはない。

 

 

 ウラノスが「ダンジョンで反転した」と表現した、汚れた精霊。その存在はタカヒロやロキ・ファミリアによって確認されており、伝説上の生き物ではない。

 そして、もう一つ。レヴィスの証言や歴代の書籍により、バベルの塔が出来る以前においては、数多の精霊がダンジョンへと潜っていたことも記されている。

 

 

 つまり、非常に大きな枠の視線で、二つの事実を合わせるならば――――

 

 

「根拠の欠片もない、あくまでも雑な仮説の範疇だが……ダンジョンで生まれるモンスターとは、かつて地上に居た精霊か」

「想像の域を出ない事は承知している。しかし……事実ならば、嘆かわしいな」

 

 

 思わず言葉を溢したレヴィス。かつては共に苦境を乗り越えてきただけに、何かと想う所があるのだろう。

 

 

「……戦士タカヒロ。汚れた精霊を、此処に居る異端児と同じと見るか」

「繰り返すが、雑な推察の域に過ぎない。しかし各々の存在が、地上を目指す行動を見せる点は同じだろう」

 

 

 推測と分かりつつもベルは言葉が見つからない。汚れた精霊の存在を知っている事もあり、タカヒロが示した推察に同意の感情を抱いているのだ。

 汚れた精霊については知らないリリルカに対して説明を行うと、彼女もまた、ベルと似た心境に変貌する。「雑な推察」と表現したタカヒロだが、完全に的外れという領域からは程遠い。

 

 確かに、かつて地上で暮らしていた精霊ならば。夕焼けの景色も、雨露に照らされる幻想的な光の情景も、目にしたことがあるだろう。

 それがどのような過程でモンスターとなり、外観も含めてどのような差が生まれるかについては推測すらも生まれない。そもそもにおいてモンスターの全てが精霊だと言うならば、通常のモンスターと異端児になる“住み分け”すらも全く不明の領域だ。

 

 

「さてフェルズ、話を戻す。要点だけを纏めると、異端児に対するウラノスの意向に賛同するか否か、という認識で宜しいか?」

「その通りだ、戦士タカヒロ」

 

 

 否定した場合のペナルティこそ提示されていないものの、向けられている意図の度合いが「賛同してくれ」という域に達しているのは、ベルやレヴィス、リリルカも気付いている。ジャガ丸だけは分かっていないが、ペットである為に問題ない。

 とはいえ、この依頼は将来的にヘスティア・ファミリア全体へと広がることは見えている。だからこそ皆はベルに対して視線を送り、回答を待っていた。

 

 何か不備があれば、師匠が口出しをしてくれるはず。少年故に、まだまだ難しい事は分からないベル・クラネルだが、自身が抱く考えを口にした。

 

 

「僕としては、賛同します。恐らく、師匠やリリ、レヴィスさんも同様でしょう。ですがヘスティア・ファミリアとしての回答は、もう暫く時間をください」

「分かった。ファミリアとしての回答となれば、主神や仲間達への説明も要る。内容の度合いからしても、仕方ないだろう」

 

 

 フェルズが差し出した右手を、ベルが受け取る。フェルズが骨であることは知っていた為に「引っ張ったら取れたりしないよね?」と呑気な事を内心で考えているが、逆に言えば、そのような思考が生じる程に気負いはない。

 

 

「ところでフェルズさん。彼等もモンスターということは、魔石を食べるのですか?」

「ああ。その辺りは、一般的なモンスターと相違ない」

「でしたら……」

 

 

 チラリと師を見上げる視線は、異端児たちの役に立ちたいという優しい心。そんな無垢な瞳を向けられたこともあり、タカヒロは塩漬けとなっている魔石の数々を取り出した。

 なお物量についてはお察しで、ダース単位を軽く飛び越す程のものがある。どこから取り出したのか見当もつかないが、そんな事を消してしまう程の光景によって意識そのものが逸らされていた。

 

 

「す、すげぇ……」

「こんな大量の、しかも、上質な魔石ばかり……」

 

 

 取り出された量は、人の数名が軽く埋まる程の山。口には出されないが全てが50階層より先で採取されたモノであり、上層に住まうモンスターにとっては、強くなるために喉から手が出る程に欲しい逸品の数々だろう。

 

 

 とはいえこの行為は、間接的ながらもタカヒロが協力することを示した証でもある。コレを本当に受け取っていいのかと勘ぐってしまい顔を合わせるリドとレイ達だが、産出者タカヒロは手のひらを示して「どうぞ」と言わんばかりの意向を示している。

 そうとなれば異端児たちは、感謝はすれど拒否の回答を示すことなど在り得ない。今回の供給だけでどれだけ強くなるかは言わずもがなであり、かつ、彼等が最も大切とする行動の範囲が飛躍的に広がるのだ。

 

 

「タカヒロ、と言ったな、ありがとう。これでオレっち達も、もっと深い所まで進むことが出来る」

「本当にありがたい事です。彷徨っている仲間を見つけ、安心させてあげたいのです」

 

 

 そうは言うものの、ダンジョンとは下層へと進む程に階層あたりの面積が広くなる。

 

 

 

 おかげさまで58階層を更地にした約2名+同行者リリルカの心にグサグサと突き刺さっているのだが、自業自得なので仕方なし。

 

 

 

 そして――――

 

 

「師匠。深層に居る、リドさん達のお仲間の探索は出来ないですかね?」

 

 

 異端児たちを想う優しい優しい少年、ベル・クラネル。のちに訪れるであろうロクではない結末が脳裏を過り、フェルズとリリルカの胃がキュッと締まった。

 悪気の類は一切なく、純粋な優しさを根底として発せられた少年の言葉。これを遮ることが出来る者など居る筈がなく、先の二人を筆頭に、タカヒロとレヴィスも総スルー。

 

 問いを投げられた本人に至っては、先程の失態がある為に拒否の選択も選びづらい。むしろ、マトモな感覚ならば名誉挽回と言わんばかりに為に動くだろう。

 

 

「そうだな――――」

 

 

 案の定、どうしたものかと真面目に悩む仕草を見せている。顎の下に軽く手を置く仕草がリヴェリアと似てきた点について知る者はおらず、一方でリリルカは、どのような爆弾が飛び出すかと気が気でない。

 穏便に収まるはずがない。今まで数々の危行を目撃してきたリリルカを筆頭に何が飛び出すかと考えを巡らせ、危惧していた者達の想像力に応えるかの如く、タカヒロは“解決策”を口にした。

 

 

「――――ジャガ丸、出番だ」

■■■(オッケイ)

 

 

 ――――聞こえますか、ヘスティア様。最悪の展開です。

 

 

 見えぬと分かりつつもダンジョンの天井を仰ぐ、ヘスティア・ファミリアの小さな一般人。ヘスティアが返事をするならば全力で止めてくれとでも言うだろうが、発端がベルの優しさであると知ればヘスティアとて過去一番に苦悩するだろう。

 ベル・クラネルの優しさを否定するなど、善神ヘスティアが出来る筈がない。故に、この先に待つ運命を迎える他に道が無いのだ。

 

 

 進むが地獄、留まるも地獄、もちろん退路など在りはしない。ならばいっそのこと、激流が荒れ狂う茨の道を進んでみてはいかがだろうか。

 



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195話 情景を目指して

いつもの


 

 深い深い藪を特大の火炎放射器で焼き払って作られた、茨の道。茨は炭化しただけで形そのものは残されており、案内人が作り出す激流に身を任せたならば、害を被りつつ進むこともできるだろう。

 

 迷える子羊を導くはダンジョンにおける災害悪、皆のペットであるジャガーノート。命の代わりと言わんばかりに五臓六腑の一つを持っていくスタイルは、飼い主に調教された為に生まれたのだろう。

 闇夜に浮かぶ三日月かの如く輝く紫爪(しそう)は、誰かの胃袋の死相となるか。予測可能・回避不可能と言えるイベントは、リヴェリア・リヨス・アールヴが居ない以上、もはや誰にも止められない。

 

 言葉を向けられたタカヒロは異端児たちに視線を送り、続いてジャガ丸へ。数秒ほど目を閉じたのちに、フェルズの祈りも空しく口を開いてしまった。

 

 

「ジャガ丸、連中の臭い(気配)は覚えたな」

■■■(イエッサ)

 

 

 ジャガ丸というモンスターは意思疎通ができる警察犬である事は間違っているだろうか。そして、どこに送り込まれるかについては、目の前に展開された紫色のポータルが答えそのものと言えるだろう。

 

 

「よし、50階層の前後だ」

「気を付けてね!」

■■ー■(イテキマース)!』

 

 

 ブン!という音と共に空気を震わせ、ジャガ丸は瞬くよりも早くリフトの中へと飛び込んでいく。生じた空気の流れが松明の炎を揺らし、揺れる影が大広間に怪しく漂う。

 ベルからすれば普通なものの、“普通”とはかけ離れた光景に、フェルズも異端児たちも、浮かぶ言葉が見つからない。異端児に至ってはジャガ丸が何を命令されたのかも分かっておらず、浮かぶクエスチョンマークは大量だ。

 

 

 ところで。タカヒロがジャガ丸に対して命令した内容は、理解というロジックを無視すれば単純な事である。

 どうやらタカヒロは、ジャガ丸を送り込んだ理由を説明するようだ。嫌な気しか芽生えないリリルカとフェルズだが、聞かない事には八方塞の為に仕方がない。

 

 

「ジャガ丸は、非常に優れた嗅覚(レーダー)を持っている。同じ階層という限定的な条件はあるが、残ったモンスターの一体すらも、何処に居るかを探知できる」

「あ、58階層と59階層のモンスターを一掃した時に発見したやつですか?」

 

 

 右ストレートに続いて、ベル・クラネルのジャブ攻撃。災害悪と言われたジャガーノートがそれほどまでに危険な能力を所持していたのかと驚愕するフェルズだが、残念ながら此度においてはジャブの部分が問題だ。

 驚愕が上書きされる、奇行の類。異端児(ゼノス)達が族滅する危機、すなわち族滅する(ゼノす)が動詞になりかねない状況は、宇宙を創造したと言われる原初の神にすら影響を与えてしまう程に強烈だ。

 

 

「……58階層や59階層に、オレっち達の仲間が居なかった事を祈るぜ」

「58階層、行けないから……わからない」

「リドさん達も、今度一緒に行ってみます?」

「え?」

「え?」

「ベル様……」

 

 

 そんな奇行を素直に受け入れる異端児たちにも、当然と呼べる心配が渦を巻く。一掃とは文字通りであり、ジャガ丸の能力も含めて素直に受け取るならば、残存しているモンスターは皆無となる。

 彼等異端児の仲間たちが居たとしても、例外として生き残っている確率は少ないだろう。ジャガ丸が先に見せた戦闘能力からすれば、勝機など欠片もありはしない。先に貰った魔石の一部はコレが原因かと、リド達の胃が共鳴した。

 

 ウラノスからは異端児(ゼノス)と呼ばれる彼等だが、まさか自分たち以上に異端(カオス)な者達と顔を合わせるとは夢にも見なかった事だろう。

 

 

 畏怖が滲み出す会話が続いて何やかんや、おおよそ5分が経過した時。彼等は、リフトから現れた更なるカオスと向き合う事となる。

 

 

■■■■(捕ったど)――――!』

「ブモゥ……」

「あ、アステリオス!?」

 

 

 軽く叫ぶジャガ丸に引きずられるように、鎧に身を包んだミノタウロスが、涙目かつボロボロの姿で連れてこられる。恐らくは交戦したのだろう武具は大きな損傷と数多の傷がついているが、いかんせん相手が悪すぎる。

 リドがアステリオスと呼んだ存在もまた、異端児の一人。“とある願い”を叶えるためにダンジョンの深層に一人潜り、ただひたすらに、決戦の場を求めて自己鍛錬を重ねてきた。

 

 

 とでも記載すれば見栄えは良好だが、早い話がオッタルの異端児バージョン。例に漏れず此方も筋肉モリモリ、マッチョマンのヘンタイだ。なお、ソロで深層へ赴くという意味のヘンタイとなる。

 

 

 持ち得た気高き闘志も何処へやら。主の命令で49階層を疾走していたジャガ丸と対峙して、こうも綺麗に無力化されてしまった為に戦意はナイアガラの滝の如く降下中。

 夢見心地に浸っているところに、窓ガラスが破裂するレベルで大音量の目覚まし時計を鳴らされた格好だ。がしかし抵抗をしようにも、手足を縛られたかの如く“手も足も出ない”のだから、どうしようもない。

 

 ともあれ、まさかの登場に驚いたのはリド達一行だが、それもそのはず。アステリオスは常に単身で行動しており、50階層近くの深層にまで進出できる能力を有しているのだ。

 つまるところ“ジャガ丸”と呼ばれていた存在は、それを軽々と上回る。ソレを使役しているトゲトゲ鎧の存在が“べらぼうに強い”事は聞いていたリド達だったものの、コレを更に上回るのかと想像して怯えてしまっている状況だ。

 

 

「なんだ、既に面識があったか」

■■■■■■((´・ω・`)ソンナー)

 

 

 なお此方については、相も変わらず呑気な様相。続けざまに「誰コレ」的な内容をリド達に聞いてみると、アステリオスは最近加わった上に、異端児の中でも少し特殊な存在らしい。

 リド曰く、出会ってから瞬く間に――――どこぞの兎と違って大ジャンプするようなことは無いが、あっという間に強く成長していったらしい。

 

 とはいえ、その行いは度が過ぎていた。傍から見れば昔のアイズ・ヴァレンシュタインのような、ダンジョンにてモンスターを狩る為に生きているような状況と言えるらしい。

 

 理由を聞いてみれば、いつも夢を見るとの事。たった一人の相手、待ち望んだ好敵手と、互いの全身全霊を賭けて刃を交わす。

 

 

 そのような決闘において、悔いを残さない為。相手に失礼が及ばぬよう、モンスターながらに武を究めんと深層にて鍛錬を続けてきた。

 何時になるかは分からない。しかし相手はきっと、己の願望に応えてくれる。最後はアステリオスの口から、これらのような言葉が出されたのだ。

 

 

「まさか――――」

 

 

 一連の言葉と相手の出で立ちから、ベル・クラネルは察していた。

 

 

 レベル1の身において、ロキ・ファミリアのパーティーを逃がした試練の場。互いに死の瀬戸際にまで体力を使い果たしつつ、紙一重で勝利を刻んだ9階層。

 アステリオスとは、あの時のミノタウロスなのだと。それが何故このようなカタチで異端児となり再び現れたかはベルの常識では計り知れないが、こうして現実として起こっている以上、受け入れなければ始まらない。

 

 情報をザックリと纏めるならば、相手は自分との戦いを望んでいる。かつて一度戦った相手、“夢”だろうとその記憶があるならば、9階層と同じ小手先の技術は通じない。

 絶対的な実力差と相まって現状で戦えば間違いなく負けるだろうが、最低でも手足の一本は持って行く。そんな覚悟でもって当たるべく、ベル・クラネルはアステリオスに対して睨みを利かせていた。

 

 

 しかし――――

 

 

「待て、ならば猶更のこと問題だろう。このミノタウロスの武器を、ジャガ丸が壊してしまったではないか」

 

 

 感傷に浸る一行の片隅。異端に慣れた者は、目の付け所が根本的に違うのだ。アステリオスがベルと戦うために転生した事実を全員が知ったというのに、全く方向違いの一つに気づいたレヴィスは、どうするのだと言わんばかり飼い主へとジト目を向ける。

 自称一般人は即座に視線を逸らした。しかし回り込まれ、普段のお返しと言わんばかりに逆サイドからリリルカが物言いたげな瞳を通している。

 

 レヴィスの一言で、空気は明らかに変わってしまった。何が起きるのだと言わんばかりにキョロキョロする異端児たちだが、耐性がない為に仕方がない。ロクな事にならない気配を察知して嫌な汗が滲み始めた、フェルズやリリルカを見習おう。

 

 ともあれ、どうにかしなければならない状況、パート2。ベルの手前でもある為に、タカヒロにとって逃げ道は許されない。

 

 

 一つ。孤高の戦士は、ベル・クラネルとの戦闘を望んでいる。

 一つ。折れてしまった大剣は手入れもされておらず、基礎的な能力も非常に低い。

 一つ。彼が50階層で鍛錬する程の実力者ならば、相応の武具、それも大剣が必要だ。

 

 

 

 と、いうことで。

 

 

 

「了解した、ツケは払おう。アステリオスと言ったな。ベル君と一緒に、“ちょっと深くまで潜ろうか”」

 

 

 発動する無慈悲な連行、“ちょっとツラ貸せ”。誰もが“せき止める術”を持ち合わせていない為に、どんどん悪化する激流の方向性。

 濁流に飲み込まれる者は幾つか居り、害を被る程度の大きさは様々だ。此度に生じた濁流は、それほどまでに強力なのである。

 

 地上に降りてきた神々ですら、目的地へと向かう流れから逃れる(すべ)を持っておらず。激流に身を任せサーフィンしている鍛冶の女神や、真正面から受け止めている炉の女神など対処法は様々だ。

 しかし“流れ”とは、向けられる先が存在する。此度の激流が到着したのは、37階層における広間であり、オラリオにおいても有名な場所であった。

 

 

 毎年一度だけ開かれる、地区を挙げての祭りかの如く。市街地を激走する神輿(戦車)を止めることができるのは、オラリオにおいて片手で数えられる程。

 故に、ストッパーなんて居やしない。結果は火を見るよりも明らかで、そもそも戦いと呼べる状況とは程遠いのが現実であった。

 

 

 ダンジョンを下って上り、場所は37階層の広い場所。ここには、つい数日前に生まれ落ちた存在が住まう場所だ。

 

 

■■■■■■(Uwaaaaaaa!?)

 

 

 世帯主で階層主ウダイオス、襲い掛かる圧倒的な絶望と理不尽を前に迫真の雄叫び。アステリオス宜しく前回の戦いを覚えていたならば、なんで輪をかけて強くなっているのだと猛抗議していた事だろう。

 もっとも現実としては数秒と持たずに決着がついている為に、思考の暇などありはしない。昆虫に属するセミ程ではないが諸行無常、長い時間を要するリポップに対して非常に儚い命であった。リポップ地点が決まっているモンスターのうちレアドロップを伴う存在とは、リポップ直後に狩られる運命なのである。

 

 

「……何だ、“あれ”は」

■■■■■(ナンダロネー)

 

 

 常識から外れに外れた光景を目にしたアステリオスは、いつかのエルフ娘と同じ表現を口にする。今回は苦笑回答を行っていないベルだが、ドロップした“ウダイオスの剣”に興味が向けられている為にスルー安定。結果、答える者は誰も居ない。

 同じモンスター仲間だからか、ジャガ丸も同意の意見を返している。更には以前において中庭でダメージ100%カットや報復ダメージの片鱗を体験していたため、誰かさんが持ち得る理不尽さについて嫌という程に知っているのだ。

 

 

「あ、師匠。ドロップですよ、ドロップ!」

 

 

 そして最後の理不尽、幸運(チート)持ち。此度においても超レアドロップ“ウダイオスの大剣”がドロップしており、タカヒロも内心ではニッコニコ。

 しかしながら、以前の物と全く同じというワケではないらしい。インベントリより前回ドロップした物を取り出して並べると、少しだけ考える動作を行った。

 

 

「……ふむ。そうだ。ベル君、目利きをしてみるか?」

「あ、是非是非。むーっ……」

 

 

 二本の大剣を手に取って目を細め、じーっと見比べるベル・クラネル。1分程して、やや首を傾げつつも、「こっちかな」という言葉と共に、質が良いと判断した剣を少し掲げた。

 ちなみに彼の目利きは正解であり、完全な上位互換ではないものの、タカヒロもまたベルが示した方を選んでいる。要した時間の差については、それぞれが持ち得る目利きの差と言った所だろう。

 

 

「そら、こちらは君が使え」

「何ッ!?」

 

 

 アステリオス、まさかの展開に激しく動揺。ベルやジャガ丸に対してキョロキョロとせわしなく交互に顔を向けるも、互いに雰囲気は穏やかだ。

 危険とされるモンスターに強力な武器を与える事に、まるで躊躇の欠片もない。難しい事は分からないアステリオスだが、その程度の事は分かる為に、素直に武器を受け取れず落ち着きを隠せない。

 

 

 そこに、タカヒロからの言葉が突き刺さった。

 

 

「今現在における絶対的な能力ならば君が上だ。しかし勝てると決まっている戦いに、得るモノは然程ないだろう」

 

 

 それは、アステリオスとて知っていた事。現時点におけるレベル差を示すならばアステリオスがレベル7終盤で、ベル・クラネルは一応ながらレベル4。

 一般基準からすれば異端と呼べる後者とて、流石に3レベル差の戦闘は覆せない。フィンやガレスなどとの戦いで本人も嫌という程に感じており、一方でベルもアステリオスの実力がオッタルに匹敵する事を感じ取っている為に、否定の類は行わないでいた。タカヒロだけが知る“隠された概算”も、判断に影響しているのは言うまでもない。

 

 

「英雄と呼べる存在との戦い。死力を尽くした決闘を望むならば、もう少しだけ待っていろ。そして先の未来、君が力を付けたベル・クラネルとの戦いを望むならば、君もまた死に物狂いで強くなれ」

 

 

――――さもなくば、勝負にすら成り得ない。

 

 

 強者の一挙手一投足を目にするたびに強く成る存在、アステリオスが望む決闘の相手。それを育てる者が口にした最後の一言は、アステリオスの闘争本能に火をつけた。

 先に見せた圧倒的な力を持つ者が口にした内容だ。持ち得る洞察の力が誤差を含めて捉えてしまう事はあろうとも、大きく外れることなどありはしないとアステリオスは受け取っている。

 

 

 まるで拘束を解かれ、赤い布を見せられた闘牛のよう。青年を見返す瞳もまた凛々しく、それこそ並の冒険者など話にならない程の猛々しい闘志を抱いている。

 まだ一度とて、刃を交えた事こそないものの。望む好敵手が身に着ける実力を、アステリオスは全身をもって感じ取っていた。

 

 

 

 少し先の未来がいつになるかは、今この場に居る誰も分からない。しかしそれはきっと、どちらにも悔いが残らない伝説的な戦闘となるだろう。

 

 

 

 

 

 そして久しぶりに誉められて、ニッコニコの笑顔を振りまくレアリティ最上位なベル・クラネル。故にバベルの塔の最上階で発生している流血騒動は、以下同文につき省略する。



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196話 大迷惑で器の小さな争い(1/2)

 

 オラリオにおいて、バベルの塔の次に目立つ建物の一つ、黄昏の館。西洋の城とでも呼べるような外観と建物の規模は、オラリオに住まう者のなかで知らない者が居ない程だ。

 館に住まうロキ・ファミリアのメンバーたちは、今日も思い思いの一日を――――とはいかないメンバーも数名おり、主に“幹部”と呼ばれているロキ・ファミリアの主力メンバーである。

 

 基本として、戦闘力を基準に選ばれ構成される幹部メンバー。ファミリアとして失った武器や防具の調達をはじめ、“(きた)るべき戦い”に備えて余念がない。

 

 

「ガレス、そこの発注書に書かれているポーションは?」

「どれ。……おお、これか。今日、ティオネ達が取りに行くと言うとったぞ」

「分かった。それじゃぁ、こっちの魔剣も明日には納品される予定だし……ラウル。先方に出向いて、納品の時間などを打合せしておいて欲しい」

「了解っス!」

「道を間違えたなどと言って、歓楽街に行ってはイカンぞ」

「む、無駄話してる場合じゃないッスよ!」

 

 

 あの時はコッテリと絞られたハイ・ノービス、どうやら自重しているようである。とはいえ彼も健全な男である為に、節操を持てば歓楽街通いも問題は無いだろう。

 

 此度の補給については、団長のフィン自らが指揮を執る程の気合の入れよう。近々訪れるだろう戦いで己が主役になることは無いと感じつつも、それでも、闇派閥に対する己の作戦を遂行すべく、気合と覚悟は十分だ。

 

 大事なのは方法ではなく己の覚悟だと、答えの一つを確かに貰った。その結果について評価するのは周囲が勝手に行うだけだと、一つの事実を教えてもらった。

 

 だからこそ、小さな勇者は迷わない。今やろうとしている事の結果については、そもそもトライしなければ生まれない事など承知している。

 例え周りがどう言おうとも、それが正しい事だと信じている。本命へと繋げる為にヘスティア・ファミリアに対しては公にできないが、ロキ・ファミリアの内部では全員がフィンの意見を支持しており、だからこそ、準備の全体はファミリア総出で行っている。

 

 

 倉庫の奥の方では、アイズやリヴェリア達も準備の手伝いに余念がない。リヴェリアが作業中という事で、例にもれず幹部ではないエルフ達も作業に加わっているのは日常だ。

 今回の作戦はロキ・ファミリアを挙げての内容だからこそ、抱く決意と覚悟も非常に大きい。作戦が伝えられて以降、ファミリアを構成する個々の中でも、日に日に大きさは増している。

 

 

「しかし、これだけの作戦をヘスティア・ファミリアの方々に伝えないとなると、なんだか抜け駆けしているようで罪悪感が芽生えますね」

「仕方ないですよ。伝えない理由にも納得できますし、何より団長の指示ですから」

 

 

 手を動かしながら、ロキ・ファミリアの団員が口を開く。会話が耳に入ったアイズとリヴェリアも気持ちは同じであり、他ならないフィンの作戦であり指示だからこそ、秘匿の内容を厳守している。

 

 

 本当は、胸の内にある覚悟を“相方”に伝えたい。そうしたならば、どのような苦境だろうとも、きっと真っ先に駆けつけてくれるだろう。

 

 

 名実共に、二人にとって“絶対”の存在。そう信じているアイズとリヴェリアの考えは正しく、もしも作戦が漏れたならば、白髪の二人が黙っていることはあり得ない。

 それでも、同盟先という事でヘスティアには作戦の内容などが秘匿厳守と共に伝えられる事になっているが、そこまでの話である。ヘスティアとは付き合いが短く薄いためにロキ程までに信用はできないが、作戦が漏れることは無いと、フィン・ディムナは信じている。

 

――――ロキは、ちゃんと伝えているか、近日中に伝えるだろう。大丈夫、予定通りだ。

 

 立案がここ最近だった為に伝達について確認できていないが、ロキならば大丈夫。そう思いながら各作業員へと指示を飛ばすフィンの後ろで、噂をすれば影が差した。

 

 

「おー、フィン、ガレスぅ。ここにおったかぁ。リヴェリアたんどこや~?エライ事やで~」

 

 

 はてさて、今回は一体どれだけの量を飲んだ事なのやら。同類の事を思う面々は、酒に酔い潰れた己の主神に物言いたげな目を向けている。

 一行が汗水を流して仕事をしている事も、要因の一つだろう。自由時間に酒を浴びることは自由とは言え、少しでも気遣いの心が残っていれば、今、フィン達の元へとくることは無いはずだ。

 

 特に生真面目なエルフ達は、物言いたげを通して軽蔑の一歩手前に迫っている。そんなエルフ達の気を静めるように、肩を――――叩くには身長が足りておらず、仕方がない為に背中を軽くたたいて気配を鎮めると、フィンは一歩前へと出た。

 

 

「今日はまた随分と酒の臭いが強いね。どうしたんだい、ロキ」

 

 

 そんなロキと共に、事件とは予告なくやってくる。ハァと、アルコールに毒された溜息を吐くと、手に持っていた瓶を再び煽り、思いつめたような口調で言葉を発した。

 

 

「えらいこっちゃやで……。フィーン、ガレスぅ、戦争やあ……」

「えっ、戦争?闇派閥との戦いかい?」

「ちゃ~うちゃ~う。始まるで~、戦争遊戯(ウォーゲーム)やあ」

「ちょっと待って欲しい。ロキ、突然じゃないか?」

「はて、どこか争っとる所はあったかのう……」

 

 

 フィンの驚きやガレスの呟きも、もっともだ。少し前はフレイヤ・ファミリアと争っていた事もあるロキ・ファミリアだが、ここ3年ほどは平和そのもの。

 オラリオにおいて最も大きなファミリアである為に妬みの類は尽きないだろうが、だからと言って問題があるわけでもない。その為に、フィンもガレスも見当がついていないのが実情だ。

 

 

「いや、僕は認知していない。ロキ、どことやるんだい?」

「聞ぃて驚きやあ。うちはぁ、覚悟決めたで。相手にもぉ通達済みゃ」

 

 

 呂律が回っていないものの、ロキから飛び出した覚悟という言葉を耳にして全員に緊張が走る。ロキ・ファミリアが覚悟を抱く相手となれば、フレイヤ・ファミリアぐらいのものだろう。

 しかし闇派閥の討伐を前にした今のタイミングでやるのかという思考が各々を過り、疑義が脳裏から離れない。かと言って誰しもが情報を持ち合わせていない為に、疑念は膨らむばかり。何故か親指が震えだしたフィンは、まさかと、最もヤベー奴が居るファミリアの名を連想してしまっていた。

 

 

 10秒ほどガヤガヤとしたざわめきが広がったのち、皆が一斉にロキを見る。まるで待ってましたと言わんばかりに、ロキは相手のファミリアの名前を口にするのであった。

 

 

「何処かってーとなぁ――――」

 

 

 ところで。オラリオで最も油断ならないのは、神々である。

 何故ならば、突拍子もない事を実行したりするからだ。そこに酒などが加わった日には、輪をかけて酷い事となるのは言うまでもない。

 

 

 

 

「ヘスティア・ファミリアや」

 

 

 瞬間。その場にいたロキ・ファミリアの全員がロキに飛び掛かり、どのような意図かと叫びながら羽交い締めにしたのは言うまでもないだろう。

 言葉が届いていたのか奥から全員が駆け出してくると共に、そこかしこで混乱と状況確認の言葉が飛び交う戦場。様々な思いで数名は頭を抱えると共に、団長のフィンは、どう落とし前を付けたものかと胃の辺りがキリキリと痛み出している。

 

 

「グフェ!ちょっ、ガ、ガガレス!ギブ!ギブギブや!!」

「どのように責任を取るつもりじゃ!!」

「どのような料簡(りょうけん)だ、ロキ!!」

「リヴェリア、アイズ、万が一の時は頼んだよ……」

 

 

 後ろからやってきたリヴェリアが、ガレスのプロレス技でシメられるロキに対して強い言葉を浴びせている。誰一人としてロキの虚言である可能性を疑わないのは、問題の行動こそあれど、信頼の証と言えるだろう。

 だからこそ胃が痛み始めるフィンをはじめとした皆々にとっては、恩を仇で返す行為に他ならない。各自が持ち得るプライドや良心は勿論、ファミリアの名誉すらも地に落とす行為だけは、絶対に避けなければならない状況だ。

 

 

 立ち向かうために用意を進めていた。“(きた)るべき戦い”。それがヘスティア・ファミリアとの戦い、絶望への挑戦と言うのは、絶対に間違っている。

 

 

「ええい、何故このような事に……」

「リヴェリア、実は……」

 

 

 で。何がどうなってこうなったか、どうやらアイズは経緯の辺りを知っているらしい。

 瞳を開いたリヴェリアがアイズに詰め寄るも、「たぶん」程度で言葉が止まり、反応の続きは見られない。何か言いたいことがあるのか、過去一番に無表情と呼べるハイライトの消えた瞳を、真っ直ぐロキに向けていた。

 

 

「ロキ……」

「あ、アイズたん、助けてくれはるんか!?」

 

 

 溺れる者は藁をもつかむ。なぜかと言われれば、だからこそロキは、先のような希望的観測に至ったのだろう。

 アイズは普段の表情こそ薄いながらも最近は違っており、此度においては最も顕著。まさしく“ゴミ”を見るような瞳を向けて、次の一文を吐き捨てた。

 

 

「最ッ、低」

 

 

 おお神ロキのメンタルよ、しんでしまうとはなさけない。そしてどこか喜ぶとは輪をかけて情けない。

 

 瀕死となったロキが運び出され、庭先に吊るされてから暫くして。本当に死んでしまわないよう監視役となったベートを除いた幹部たちを前に、アイズがたどたどしく経緯を話し始める。

 

 

「アイズ、やるじゃ~ん!」

「ティ、ティオナ……」

「そういう事か。嗚呼、僕としても、もちろん応援しているよ。」

 

 

 途中から頬を赤くしつつ、ティオナに抱きつかれ揶揄われるなどしてアイズは顔面トマト少女。どうやら原因は、アイズとベル・クラネルの仲にあるようだ。

 

 

========

 

 

 時は数時間ほど巻き戻り、とある小さな酒場の一角。規模は小さけれど個室を備えるこの店は、時折、大物も訪れる程の隠れ家である。

 値段はお世辞にも安いとは言えないが、その分、客のプライバシーについては守られている為に密会にはおあつらえ向き。料理や飲み物の質も上々であり、豊饒の女主人とはまた違った人気を博している。

 

 とはいえ酒場とは、読んで字のごとく酒が提供される場を示す。程度はあれど飲めば酔うのは理であり、それは神々に対しても同じことだ。

 

 夕暮れ時まで黄昏の館の自室で飲みあかし、千鳥足でヘスティア・ファミリアへと辿り着いたロキ。そのままヘスティアの腕を引っ張って拉致すると、先の居酒屋へと入ったワケである。

 ロキの奢りと自称していた反面、勿論、ヘスティアに対しても酒が出される。なんだかんだ言いくるめられて、ヘスティアも喉を潤していた。

 

 

 ロキが本題を切り出し叫びへと変わったのは、入店後、暫く経っての事である。

 

 

「アイズたんな……ベル・クラネルと二人暮らしが、してみたいんやとおおお!!!」

 

 

 アイズとは違う要因で顔面トマトになったロキが、ビールジョッキを木製テーブルに力強く叩きつけながら叫び、反動と言わんばかりに酒を煽る。これが神かと言われれば、万人が否と返すだろう。威厳など影も形もありはしない。

 

 

 毎日ではないけれど、人知れずして二人暮らしを始めたハイエルフ。そんな彼女を見ていたアイズは、リヴェリアが纏う“柔らかさ”が増していることを感じ取っていた。

 

 彼女がよく知る九魔姫(ナインヘル)とはまた違う、年上で頼りになる女性が見せる、優しい表情。

 きっと、本当に楽しいのだろう。自分もあのように過ごせたらと、自分もそのようにありたいと、恋する少女が心に花を咲かせている。

 

 

 かつての両親が語ってくれた、英雄と過ごす掛け替えのない時間。

 

 

 それは、物心ついて間もない少女の瞳に、どれだけの輝きを与えただろう。

 

 

 そして、訪れた過酷な現実は、どれだけの輝きを奪っただろう。

 

 

 今より9年前の冬に、ワケあってロキ・ファミリアへと入った一人の少女。主神ロキの目に映った少女がどれだけ傷ついていたか。今となっては誰しもが、あまり思い出したくない光景の一つだ。

 そんな少女は仲間に恵まれ、僅かに歪んだ心を持ちながら育ち――――1年前、彼女にとって、英雄と呼べる存在と出会った。

 

 

 ついでにワケの分からないお父さん役も居たのは居たが、彼女にとっては、英雄の存在がとても大きい。どこか不器用ながらも彼の為に戦う事も家事全般も頑張ると気合を入れる健気な姿は、間違いなく彼女にとっての原動力に他ならない。

 関係を知った神や人々の誰しもが、そんな二人を祝福した。胸の内に秘めた思いが通じずに悔やむ者こそ居れど、少年や少女を恨む事は行わない。

 

 

「せやけどもな――――」

 

 

 が、しかし。アイズ・ヴァレンシュタインを目の中に入れても痛くないと自負する主神ロキは、心のどこかで――――言ってしまえば、将来の話とは言えアイズを嫁に出すことに抵抗がある模様。

 そこに多量の酒がインストールされた為に、ヘスティアと犬猿の仲だった頃のロキが顔を出してしまう。いつか酒を煽って大変な目になりかけた事を筆頭に、何故か都合の悪い部分だけを忘れてしまうのが酒という飲み物だ。

 

 

「アイズたんは渡さんでええええ!!」

「こっちこそ!ボクの可愛い可愛いベル君を、渡してたまるかあああ!」

 

 

 そして付き合わされていた結果、此度のヘスティアも今現在は“酔っ払い”。普段ならばベルの幸せを願って真面目に検討する所だが、こちらもロキと張り合いたいという、齢〇〇億歳な子供心が表へと出てしまった。

 

 

 宜しい、ならば戦争遊戯(ウォーゲーム)だ。事が生じた後先を1ナノメートルも考えない神々によって、突発的に決定された戦いである。

 

 

 巻き込まれしは、それぞれのファミリアの子供達。親の責任は子供が取れ、などという言い分は、絶対に間違っている。

 




お酒は程々に


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197話 大迷惑で器の小さな争い(2/2)

 

 酔っ払い同士で行われた口喧嘩は暫くしてお開きとなり、場所は“竈火(かまど)の館”。夕飯時を過ぎ団欒の空気が流れるこのファミリアが、発足から僅か1年も経っていないと信じる事は難しいだろう。

 ペットと戯れるベルやリリルカの一方、読書に耽る一般人二名、今日の鍛錬を振り返りつつ時折タカヒロやベル、レヴィスに対して質問を行う新米達など、過ごし方は様々だ。先の4人も、問いが向けられた際はしっかりと答えている。

 

 今回だけではなくヘスティア・ファミリアにおいては必要に応じて議論する事が多く、例え誰が相手だろうとも話し合える空気を作ったのはタカヒロとベルの二人だ。双方ともに「これはどうだろう?」などと大雑把な方向性を口に出す事はあれど、基本として、上の立場から決定を行うことは珍しい。

 だからこそ問いを抱いた者はしっかりと考え、自分の意見を固めるのだ。下の者達にとっては大切な事であり、時たまタカヒロが口にする“心中の正義”を抱き、何かの為に戦う意思を根付かせる。

 

 

「――――みんな、ちゃんと考えてるね」

「そうですね」

『?』

 

 

 ランクアップして二級、一級冒険者と育った時、何のために戦うのかと迷う事がない為に。それが仲間の為や、愛する者の為だったならば、どれだけ素敵な事だろう。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインの為――――だけではないが、彼女の横に並び恥じないよう強くなる。その為に戦うのだという少年は、スキルが発現した事も合わさって、飛躍的に強くなった。

 アイズと恋仲にあることは知っているヘスティア・ファミリアのメンバーは、ベルがこの理由を抱いている事も知っており、スキルについては知らないものの「これが惚気パワーか」と恐れおののく程。それでも実際に目の前で急成長している人物がいる為に、両方の意味で羨ましく思っている者もいるのが実情だ。

 

 

 そんな空気に、アルコール臭というメスが入れられる。

 

 

「たっだいまぁ、だぜーっ!」

「うわっ。神様、飲みすぎですよ」

■■(クッサ)

 

 

 ベルやジャガ丸が一瞬で分かる――――ジャガ丸については感じ取ったままだが、それほどのアルコール臭を漂わせて帰宅した神ヘスティア。コレを女神と呼んでよいのかはさておくとしても、自分たちの主神であることに違いはない。

 それでも、状況が理解できるかとなれば話は別だ。アルコールに漬かっているから上機嫌というわけでもなく、明らかな怒りの感情が見えるために、全員が、何かあったのだと察知する。

 

 

 そんな疑問については、ヘスティア自らが答えてくれた。竈にダイナマイトをくべるかの如く、全員を広間へと集めたのち、唐突もない一文を発している。

 

 

「みんなぁ、聞いてくれえー!ボクは、ロキと、戦争遊戯(ウォーゲーム)をすることにしたぜっ!!」

「ええっ!?」

「なんですって!?」

 

 

 突発的な衝動だからこそ、何故そうなったかなどヘスティア・ファミリアのメンバーに伝えられているワケがない。ヘスティア・ファミリアのメンバー達は輪をかけて何事かと騒めきだすも、誰一人として理由が分からないのが実情だ。

 

 

「ヘスティア様、何があったのですか!?ほ、本当に、ロキ・ファミリアと戦争遊戯(ウォーゲーム)を!?」

「ああ、そうさ!」

■■(ワーイ)?』

 

 

 ヘスティアの発言を受け、ファミリアのメンバー全員は互いに顔を向け話し合わずにはいられず、相変わらずジャガ丸は何も分かっていない。普段、母なる優しさで自分達に接してくれた主神を信じているからこそ生まれた“信仰”は、本当に事が起こるのだという印象を与えてしまっている。

 オラリオでは珍しく、別ファミリアだというのに非常に親密な仲だった。何か訳ありかと目論んだ皆だが、団長のベル、そしてタカヒロの“お相手”がロキ・ファミリアに居るだけで、何かしら金銭的な関係があるとも伺えない。

 

 団員僅か二名、それも冒険者登録されているのは片方だけという時代に起こったロキ・ファミリアとのイベントは、相手の名誉を守ることもあり、今の新人達には伝えられていないのだ。

 新たに入った団員達も、それを深掘る事はしていない。どうせタカヒロが何かやった結果なのだろうという100点満点中90点の答えは出ており自己採点も済んでいる為に、どこか腑に落ちてもいるのだろう。

 

 

 そんなベルとタカヒロについては、もとより本当に争いが起こるなど欠片も思っていない。少し前に生じた目玉焼き戦争については例外とはいえ、今回の一件についてはヘスティアとロキの2名から突発的に生まれたものだと見抜いていた。

 それは、平和を愛するヘスティアを良く知るベルとて同じ。だからこそ白髪の二人の眉間には力が入っており、これがヘスティアとロキに多量の酒を浴びせた結果だと直感的に感じ取っている。

 

 

 二人にとっても、僅かに良しと受け取れるはずもない。二人の状態を端的に言えば「げきおこ」一歩手前であり、例えヘスティアが相手でも、相当の謝罪がなければ許さない程だろう。

 何せ、二人の“お相手”と一戦を交えなければならない状況の一歩手前を作られたのだ。それが物語の結末である事を考えるだけで、はらわたが煮えくり返るのも無理はない。

 

 

「と・に・か・く!ボクは覚悟を決めたぜ!皆も――――」

 

 

 気配や前兆があったかとなれば、突然だった。しかし今回においては状況が状況である為に、普段は寛容な性格でも怒りが芽生えるだろうと、酒に呑まれていない者達は危惧していた。

 付き合いこそ短いが、他の団員も、ヘスティアが争いを好むなどと想定もしていない。一方で争いになる過程はどうあれ、白髪の二人が黙っている想定は難しい。

 

 

 各々の心に芽生えた危うさは形となって表れ、瞬く間にして静まり返った館内は、一瞬にして気温が5度も下がったのかと思う程にヒンヤリとした空気に包まれている。それが傍から見ていた者達の感想である為に、蚊帳の中にいる己の主神がどのような状況にあるかは想像が容易く、一方で見なかった事にしたい光景だ。

 

 

「――――ヘスティア」

「ヒッ」

 

 

 オレロンの激怒、ここに発動。名を呼ぶだけという超短文詠唱は、恐怖で顔が引きつるという、とても女神が見せてはいけない類の崩れた表情を作り出す。

 激怒が向けられるは、ヘスティア一名。さながら、飼い主に怒られる悪戯好きの子犬と言ったような、可愛らしい光景などどこにもない。酒に溺れて騒ぎに騒いだ年貢の納め時が、どうやら到来を見せたようだ。

 

 オラリオの誰が相手だろうとも瞬殺できる実力を持つジャガ丸が震え出し、強者であるレヴィスやベルすらも怯え固まる、絶対の気配。練達の武人の手によって、研ぎ澄まされた槍の先が突き付けられるような雰囲気すらも遠く重く、一種の禍々しい気配すらも見せている。

 一瞬にして吹き飛んだ酔いと共に、容赦のない現実がヘスティアを襲う。神ですら分かる“死そのもの”が、彼女の首筋に大鎌を沿えていた。

 

 

「経緯を話せ」

「……わ、わかったぜ、タカヒロ君」

 

 

 あのタカヒロが激怒しているという、珍しいとはいえ全ての方面において最悪の状況。こうなってはヘスティアに手立てなどなく、事のあらましを全て素直に口にするしか道が無い。

 言い表せぬ恐怖が神の身を襲うも、出た錆に反応しているだけだ。その為にヘスティアは、ロキに付き合わされて多量の酒を煽り、かの言い争いに発展したことを自白した。

 

 

 よりによってこのタイミングかと、タカヒロは珍しくクソデカ溜息を披露すると共に心底呆れた表情だ。溜息はベル・クラネルにも伝染しており、こちらも珍しく神妙な表情を隠そうともしていない。

 それは、他のメンバーとて同様だ。言いたいことは皆一つ、ダンジョンの深層で動く時のような結束力を見せている中、タカヒロが口を開いた。

 

 

「皆、聞いた通りだ。此度の戦争遊戯(ウォーゲーム)においては、ロキ・ファミリア、“と”、の戦いになる」

 

 

 そもそもにおいてロキ・ファミリアと戦う意思が全くない者が呟いた、妙に意味ありげなイントネーション。何事かと次の言葉を待つ全員に対し、タカヒロは続けて、皆が納得するであろう内容を口にするのであった。

 

 

「つまり、ロキ・ファミリアと組んで、ロキとヘスティアを倒す戦いだ」

「ちょっと待ってくれよタカヒロ君?」

「なるほど!」

「ベルくん!?」

「ヘスティア様。今回ばかりは、あの時の言葉は無効ですよ」

「リリルカ君までかい!?」

 

 

 なるほど確かに戦争だ、手は抜けない。と、ヘスティア・ファミリアの全員は戦いを承知した。タカヒロが示した謎解釈は受け入れられたどころか、むしろ最善の回答との見方を示している。

 

 

「神様。酔っていたとはいえ、今回は見損ないましたよ」

「グフゥ!」

 

 

 追い打ちとして、神ヘスティアに大ダメージ。あの優しい優しいベル・クラネルが口にする罵倒とは、彼女にとってはレベル100が放つクリティカルダメージに匹敵する威力で届くのだ。

 無論、この言葉が出るのは、ベルが相当の怒りを抱いているからに他ならない。タカヒロと同じく、護るべきものに剣を向けるような状況を作られたのだから、例え酒に溺れたことが原因であっても許すことは無いだろう。

 

 

 この一撃がトドメとなり、神ヘスティアは綺麗に倒れ気絶状態。ピクピクと痙攣している為に、虫の息はあるのだろう。

 

 

「どうしますか?」

「軒先に吊るしておけ、死んだ場合は何とかする」

「分かりました!!」

 

 

 ベルだけではなく、リリルカですらもブチギレ一歩手前。色々とあったとはいえ、親密な仲を築いてくれたロキ・ファミリアとの戦いなど、彼女とて御免被るに等しい行為。

 勿論リヴェリアとタカヒロの関係を知るヘスティア・ファミリアのエルフ達も“げきおこ”であり、リリルカを手伝う動きを見せている。こちらについてはロキ・ファミリア側も同じであり、争う気など欠片もない。

 

 もちろん賛成者など一人としているはずもなく、しいていうならば、現在進行形でよく分かっていないジャガ丸が辛うじて中立だ。とはいえこちらも、飼い主が一言を発するだけで行動を決める事だろう。

 

 

「タカヒロさん、このあとはどうしましょう」

「酔っ払いの事だ、言いふらしてもいるだろう。暇に飢えた神々だ、無かった事にするのは難しい」

「ですが師匠。僕達は勿論ですけど、ロキ・ファミリアの皆さんも戦う気なんて無いと思いますが……」

「自分も同じ考えだ。そこで一つ、案がある」

 

 

 吊るされたヘスティアの下で、タカヒロは考えを口にする。結果、「是非ともそうするべきだ」と言わんばかりにヘスティア・ファミリアの全員が賛同した。

 回答が口に出された時、各々の瞳が怪しく光ったのは気のせいではないだろう。数分で目的達成の為の物資を配り終わったあと、タカヒロが続けて指示を出した。

 

 

「各位、グループを割り振る。まずリリルカ君、そして――――」

 

 

 ヘスティア・ファミリアとしての始末をつけるべく、タカヒロはファミリアのメンバーを数チームに割り振った。ロキ・ファミリアには伝えられていないものの、非常に高い確率で賛同を得ると確信しての行動となる。

 幸いにも交友関係が広いとは言えないヘスティアの為、少人数でも詮索は可能だろう。ミアハ・ファミリアやタケミカヅチ・ファミリアなどに派遣して、戦争遊戯(ウォーゲーム)の事情を耳にしていた場合、迷惑料としての小銭でもって”酔っ払いの戯言”の趣旨を変える事が目的だ。

 

 そして最も怪しいヘファイストス・ファミリアについては、タカヒロ自らが参戦出場。このファミリアについては金よりも幾らかの素材をチラつかせる事が最も効果的であり、ヘファイストスもまた率先して情報の書き換えに参加してくれる事で決定している。

 

 

 

 

 一方で、オラリオを西方向へと駆ける影が複数。ロキ・ファミリアの団長フィンは、リヴェリア、ガレス、アイズの3人を連れて、ヘスティア・ファミリアの拠点がある地区へと駆け込んできた。

 道中、狙ってスタンバイしていたかの如き妙な位置で出くわしたフレイヤとオッタルに、これでもかと言わんばかりの憐みの目を向けられ。直後に手を合わせて合掌されたのだから、フィン一行の中で焦り具合は輪をかけて強くなっている。生憎だが、冥土の旅路をするつもりなど欠片もない。

 

 

「そろそろだ、戦いは無いって信じてるけど……」

「門、開いてるね」

 

 

 夜だというのに開け放たれた正門は、来訪を予測していたかのよう。思わず門前で足を止めてしまうフィンだが、奇襲を僅かにも疑っていない上に“お隣さん”感覚のアイズは、三人を追い抜いて玄関前へと直行した。

 今回ばかりはアイズの思い切りの良さに続く三人は、玄関先に居る人影にも気づいている。玄関前で誰かと触れ合うアイズに遅れて小走りで駆け寄るにつれて、風に揺られ空中に漂う影の正体を知る事となった。

 

 

「これは……」

「うーん、こっちもこっちで……」

「団員としては、同じ結論じゃのう……」

 

 

 軒先に吊るされし、紐神式てるてる坊主。冷たい夜風に晒され星々の下で微かに揺れる白地に青いラインのコントラストが映える様は、“頭を冷やす”という言葉が相応しい。

 色々と察したロキ・ファミリア3名は、てるてる坊主の下で苦笑しつつアイズとハイタッチしているベル・クラネルへと目を移す。武器も持たず、僅かにも戦意が見られない少年の姿は、ヘスティア・ファミリアの答えそのものだ。

 

 更には、ヘスティア・ファミリアのホームで待機していたのはベル一人とジャガ丸のみ。持ち得る実力はさておき戦意を持っていないアピールの一つであり、意図はフィン達にも伝わっている。

 

 

「フィンさん、すみません。神様が迷惑を……」

「いや、気にしないで。こちらこそ同じだよ……」

 

 

 結果としては、互いに「主神が迷惑を掛けました」ということでお咎め無し。相も変わらず何も分かっていないジャガ丸と触れ合うアイズに癒されながら、「困ったものだ」と、要らぬ苦労を分かち合うのであった。

 

 

「それで、実はですね……」

 

 

 愚痴も済んだのち、先程タカヒロが口にした内容を伝えると、フィンたちも「妙案だ」と乗り気の模様。さっそく団員を派遣して、此方も各ファミリアへ口裏を合わせるつもりらしい。

 

 此度の問題を解決するのは、一体誰か。後日ギルドより、戦争遊戯(ウォーゲーム)の内容が告げられる事となる。

 




泥遊びだとでも思わなければ、やってられない盆休みでした。
皆さまも災害にはご注意を。


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198話 争いは、同じレベルの者同士でしか生じない

 時は少し巻き戻り、ロキ・ファミリアから謝罪に訪れた幹部4人とベル・クラネルが会話をしている頃。オラリオにおいて存在を知る者は僅かしかいないギルドの地下の暗闇の一角。

 無関係とはいえない神とその使い走りが、全力で冷や汗を垂れ流す御前に、赤髪の女が一人。息を切らす程に全速力で駆け付けたレヴィスが、ヘスティア・ファミリアで生じた出来事に関する一連の事情を説明していた。

 

 出だしから神と使い走りの表情は固まり、止め処なく湧き出る嫌な汗が額と背中を流れる気配は収まらない。もしもガチンコの戦いが実行されてしまったならば、今までの実績の全てが無駄と化してしまうだろう。

 幸いにも一番ヤベー一般人がオトナであってくれた為に、こうして真っ先に報告がなされている上に“周囲のギルドへの連絡”も行われているようだと、ウラノスやフェルズは心の片隅で安堵している。

 

 

「その連絡が何であるかは、私も聞かされていない」

「大丈夫、大丈夫だ……」

 

 

 本当に大丈夫か?何を根拠にして問題なしと判断している?

 

 そう聞かずにはいられないフェルズだが、開けてビックリでは済まない玉手箱を開けることなく、影は影のままで居たいらしい。

 結局、口を開かずに沈黙を続ける。どうやらGrimDawn(過酷な夜明け)を受け入れる覚悟は無いようだ。

 

 普段は味方の神々に胃酸過多のデバフを振りまいているが、ここぞという時には頼りになる存在。……のように見えるかもしれない。

 それでも、自称一般人に常識を求めるのは間違っている。もしもヘスティアだったならば、間違いなく深掘りを行っている事だろう。

 

 己に対して言い聞かせるように呟くウラノスだが、どうにも普段の様相からは程遠い。重鎮の如き落ち着きは影すらも伺えず、アミッドが診たならば“軽い動悸”と診断する程のものがある。

 それでもギルドにおける実質的なトップとして、何かしらの決定が必要だ。深い呼吸にて落ち着きを取り戻すと、レヴィスから詳細な情報を聞き出している。

 

 表としては正規のギルド職員が対応するだろうが、裏方としても、黙っていることは悪手と言える。ギルドを経由して各ファミリアに「詳細については議論中」という類の言い回しがなされ、“火消し”を最速で行うことが出来ている点が最良だろうと、ウラノスはようやく安堵の心を取り戻したようだ。

 

 

 だが、しかし。今までの下積みが無に帰す恐れまで行ってしまった事に対しては――――

 

 

「あの大虚け共がああああああ!!!!」

 

 

 なんとかして秩序を保っていたものの、ここに来て祈祷は中断。珍しさで言えば激レアとなるウラノスの雄たけびが、地下室の闇に吸い込まれていた。

 

====

 

 翌日。心身の疲れと二日酔いにてゲッソリとした当該の2柱が朝一より呼び出され、盛大な説教が行われゲッソリ具合に拍車がかかったのは言うまでもないだろう。

 がしかし、戦争遊戯(ウォーゲーム)とはギルドを度外視して神同士で行われるモノ。一度起こってしまった戦いにギルドが口を挟むことはできず、酔っ払いが自ら言いふらした事によって話は広まり、ロキ・ファミリアとヘスティア・ファミリアの戦争遊戯(ウォーゲーム)が開催されることは公衆が認知する事となった。

 

 なお、単にそのまま話が広がったワケではない。そもそも戦うつもりなど全くない一般人によって、内容は、次のようなものに仕上がっていた。

 

 

 

 ロキ対ヘスティア、戦争遊戯(ウォーゲーム)開催のお知らせ

 日時:~~~~(明日夜19時)

 場所:怪物祭が行われたスタジアムのような場所

 報酬:戦争遊戯(ウォーゲーム)の非参加者を巻き込まない範囲で、相手に一つ罰ゲームを命令

 種目①:早押しクイズ

 種目②:叩いて被ってジャンケンポン5本先取

 種目③:いつもの取っ組み合い

 

 

 

「な、なんだいコレは~!?」

 

 

 内容としては単純であり、1日でこなすらしい。内容が記載されたギルドからの配布物を目にしてツインテールが荒ぶりを見せているが、今更騒いだ所で変わらない。

 同時刻、黄昏の館では似非関西弁の叫びが木霊しているが、こちらについても同様だ。自称一般人やヘファイストスによって歪まされた戦争遊戯(ウォーゲーム)の内容は、悲しいかな過去一番に匹敵する盛り上がりを見せている。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)とは、ファミリア単位の冒険者同士による争いである。

 

 “ぶっ壊れ”宜しく、そんな定義を正面からぶっ壊した一般人。戦争遊戯(ウォーゲーム)そのものは何度か目にしたことのある住民でも、神同士による争いとなれば新鮮そのもの。

 何せ、戦争遊戯(ウォーゲーム)の前哨戦とばかりにオラリオでドンパチやりあう冒険者が少なくない中、此度においてはそんな危険は存在しない。地上に居る神が持ち得る力とは正真正銘の一般人と大差がなく、だからこそ今回の戦いは、巷の喧嘩と大差がないのだ。

 ロキ・ファミリアが蹂躙するだろうから冒険者を戦わせるよりも面白いとの声も高いが、一部では「逆ゥー!」と抗議を行いたい声も上がりつつある。無論、フィンや各神によって止められているのは言うまでもない。

 

 周囲のファミリアが盛り上がり、当事者二名の二日酔いも収まった翌日の夜。オラリオに存在する酒場は、どこもかしこも満員御礼に匹敵する大盛況。凹凸の神が繰り広げる雑な漫才は、オラリオに住まう皆の肴となるだろう。

 前回の戦争遊戯(ウォーゲーム)と同じく、映像が中継されていることに変わりは無い。興味を向けるかどうかは個人差があるとはいえ、娯楽に飢えた住民の殆どは酒を片手に観戦しており、視聴率という言葉があったならば凄まじい値を叩き出しているだろう。

 

 

 熱気が渦巻くスタジアムに、対戦者の二名が姿を現した。

 

 

「年貢の納め時だぜ、ロキィ」

「泣いて詫びても承知せんで、ヘスティアァ」

 

 

 主神が素直に戦うかについては疑念が残ったファミリアメンバーの心配をよそに、ここに争いの熱が再び燃え上がる。こんな戦いを生じた責任を相手に擦り付ける、言うなれば“憂さ晴らし”を達成するために、互いのやる気も無駄に高い。

 暇だからと言う理由で地上へと降りてきた神にとっては、こんなオフザケも愉しみの一つなのだろう。コレが生じた原因、子に掛けた迷惑に目を瞑るとなれば色々と問題だが、今回については己の始末を自分で処理する流れの為に比較的穏便な結末となりそうだ。

 

 

 

 そんなこんなで、第一ラウンドは早押しクイズ。もはや説明は不要となるであろうルールの元で行われる事もあり、一般の者でも分かりやすい。

 ロキとヘスティア横並びで回答テーブルの前に立ち、やや前のめりになって回答ボタンの上に手を乗せる。周囲が静かになると、司会役となる“ヘルメス”が問題を読み上げた。

 

 

「〇×クイズ第一問!神ヘスティアが天界で求婚を断ったのは、結婚した際に生じる妻としての家事全般を面倒に思った為である」

「ちょっと待ってくれヘルメス!誰だいこんな問題を作ったのはああああ!!」

「グ、グフッ!ひ、卑怯やでヘスティア!わ、笑いが!ダハハハハハ!!」

 

 

 〇×クイズという名の、羞恥話の暴露大会。勿論、話の出どころはオラリオに住まう神々である。ちなみに先の問題は、ヘスティアの盟友であるヘファイストスが出所だ。

 無論、ロキについての内容も存在する。その際は先の絶叫と笑い声が逆となるだけであり、最も盛り上がっているのは周囲の傍観者だ。やがてクイズは終了するも、互いにドっと出た疲れが隠せない。

 

 

「や、やっと終わりおった……」

「と、とんでもない戦いだったぜ……」

 

 

 叫ばせることでバイタルを、問題の内容でメンタルの残量を削り取る。前回の戦争遊戯(ウォーゲーム)でヒュアキントスが降参した時のベル・クラネルを上回る比率で疲れの溜まったロキとヘスティアだが、続いては更に体力を使う戦いだ。

 こちらも説明は不要だろう。なお、通常ならばピコピコハンマーの類を用いるのだが、今回はハリセンが用意されている。

 

 

 一人用ともいえる小さなテーブルの上には、ヘルメットとハリセンが一つずつ。二人が定位置についたならば、それぞれ左右で等しい位置に設置されている。

 ジャンケンを行い、勝った方がハリセンを用いて相手の頭部を攻撃。負けた方はヘルメットを被り、それを防ぐという戦いだ。

 

 互いにテーブルの前に向かい合い、交わる目線は“水平”に。事前に調節された高さは、互いの身長差をイーブンへと変えている。

 だからこそ、面白い。基本として死ぬ危険性がない肉弾戦だからこそ、ロキとヘスティアのテンションも上がりっぱなしで怪しい笑みを浮かべている。

 

 

「それじゃぁいくよ~?叩いて、被って、ジャンケン」

「ポンッ!」

「ポンや!」

 

 

 ヘスティア は グー を くりだした。ロキ は パー を くりだした。

 

 ということで、攻撃の権利はロキにある。そして普段から見せる身のこなしの差がここに出る事となり、ヘスティアの対応が僅かに遅れた。手を伸ばした時には、ロキは既にハリセンを手にしている。

 一切の加減を見せずに振るわれ、スパァン!!と。まるで、風船が割れるかのような音が響き渡った。

 

 

「ぬ゙お゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!?」

 

 

 今の一撃によって、幾らか背が縮んだだろうか。獲物が強烈なハリセンである為に、そう思える程に強烈な、そして傍から見れば気持ちの良い音が会場に木霊する。

 とても女神とは思えない下品な叫びが響き渡る程、観客の歓声とボルテージは高まりを見せているのは必然だろう。悲しいかな、赤の他人が悲惨な目に合う光景は、他人にとってはストレス発散の対象となるのです。

 

 

「もう一発、かましたるで」

「こんのやろおおおお!」

「いやー、良い音だったねヘスティア!それじゃ2回目、叩いて、被って――――」

 

 

 先の逆。ヘスティア は パー を くりだした。ロキ は グー を くりだした。

 

 

 しかし、先とは違う点が一つ。ヘスティアは口元を怪しくゆがめつつ、突き出し開いた手を、流れるようにハリセンへと伸ばしている。

 いくら30㎝程度の動きとはいえ、物体が動く以上は加速度が存在する。ジャンケンとは運による勝負の為に一か八かの賭けも含まれていたとはいえ、これも一つの作戦だろう。

 

 

「しもた――――」

 

 

 アルカナムでも使ったのかと思える程、予想を上回る俊敏な動き。ロキも全力でヘルメットへと手を伸ばすも――――

 

 

「せりゃああああ!!」

「あ゙だ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!?」

 

 

 再び響く爽快な音と絶叫、盛り上がる観衆の声援群。オラリオに長くいる者だけが気付いているが、今までの戦争遊戯(ウォーゲーム)と比べ、盛り上がりの大きさが非常に強い。

 幾らかのダメージを受ける者がいるとはいえ、誰も命を落とさないと皆が知っているからこその影響だ。そしてオラリオに対して富と共に害をもたらす神が被害者だからこそ、輪をかけて遠慮なしに盛り上がっている。

 

 

「こなくそおおお!!」

「ぬおあああああ!?」

 

 

 争いとは、同じレベルの者同士でなければ生じない。やがてジャンケンによる勝ち負けを関係なく取っ組み合いが始まり、勝手に第三ラウンドの取っ組み合いへ突入した凹凸神。辛うじて双方が最低ラインを弁えているからこそ、ポロリなどによるR18指定になることは無いようだ。

 しかし先にも示した通り、この二名については似たり寄ったり。此度もまた決着がつくことは無く、二人して無様に床に突っ伏して息を切らしている有様だ。辛うじて顔だけは持ち上がっているものの、今にも力尽きそうなありさまと言えるだろう。

 

 

 あえて判定を述べるならば、間違いなくドローだろう。司会役のヘルメスはその事を告げると力が抜けて顔を突っ伏した二人だが、ヘルメスの言葉は終わらない。

 

 

「それじゃあ、ギルドから二人に対して罰ゲームを発表するよ」

「にゃ、にゃにい!?」

「な、なんでや!?」

 

 

 確かに、戦争遊戯(ウォーゲーム)の非参加者を巻き込まない範囲で罰ゲームを与える事ができるとなっていた。つまるところ対象は、ヘスティアかロキの何れか、もしくは“両方”が対象となる。

 通常ならば、勝者が敗者に命令をする形が想定されるだろう。だがそこに、勝者が命令できるとは記載されていない――――!

 

 

 と、いうことで。ウラノス発となる命令は、ギルドよりという形で、ベルとアイズから発表される事となる。

 

 

「それではお二人とも、喧嘩両成敗の握手です。反省してくださいよ、神様」

「ロキも、だよ」

 

 

 事の発端。ロキとヘスティアそれぞれが愛する眷属に言われては、Noと答える事などできはしない。

 加えて戦闘規約の道理は通っており、喧嘩両成敗となる今回のクローズ迄の発案者がタカヒロである事を神の二人は見抜いていた。酔いが回っていない今は自分たちの不始末が事の発端であることを理解している事もあり、二名の神は素直に従うようだ。

 

 

「な、な、仲直りだぜ、ロキィ?」

「せ、やなぁ、ヘスティアァ~?」

 

 

 公衆の面前で仲良し宣言を強制されるとなれば、程度はどうあれ、二人にとっては罰ゲームの類だろう。だからこそ素直に受け入れておらず、息を荒げながらも最後の抵抗を続けている。

 残りカスのような力を互いに振り絞り、作り笑顔にて仲良しアピール。“喧嘩するほど仲が良い”という言葉を、これでもかと言わんばかりに再現した。

 

=====

 

 オラリオにある、とある地下室。屋内用の魔石灯の光が6畳程度の石造りの壁に無秩序に反射し、不規則な影を作り出している。

 

 部屋の中心部にあるのは、4人掛けには少し小さい丸い木製テーブル。やけに小傷が目立つそれは、持ち主がどのような性格かを示している。

 対面となるように二人の男女が腰掛けているのだが、机に肘をつく男に対して背筋を伸ばす女性側という不釣り合いな状況だ。二名の人物は、ロキ・ファミリアとヘスティア・ファミリアの戦争遊戯(ウォーゲーム)が開催されることは知っている。

 

 

 女性側については、戦争遊戯(ウォーゲーム)について、そこまで気には止めていない。しかし男性側となれば別のようで、此度の戦争遊戯(ウォーゲーム)について思う所があるらしい。

 普段より見せる行動の根底は己の愉悦とはいえ、戦う以上はいくらかの闘志が存在する。俗にいう“悪”という存在だろうとも同様であり、今のような環境は、己が望む世界とは程遠い。

 

 

 いくら遊戯(ゲーム)とはいえ、これの何処が戦争だ。文字通りの“おふざけ”だからこそ、狂乱を望む神は行いを許せない。

 

 

 事が失敗し痛手を負った7年前。以降、日の光の当たらぬ闇の底で、ただ耐えるように過ごし誰にも知られぬ綿密な計画、誰しもが想定できないだろう準備を重ねてきた。

 だからこそ輪をかけて、こんな奴らには負けられない。人類の大多数には“悪”となる事でも、本人にとっては“正義”の類である事だろう。

 

 

 なお現実とは悲しいかな。争いとは、同じレベルの者同士でなければ生じない。

 こんなフザケた戦争をしていた奴等の向こう側。同じ“フザケ”でも異なるベクトルの盛大にフザケた奴等が心中の正義を持って立ちはだかる事を“悪”が知る由は無いが、悪(笑)は悪(笑)なりに思う所があるらしい。

 

 

 

 

 今までとは違う意味で成功を治め、自業自得の神二名を除いて誰も傷つく事のなかった戦争遊戯(ウォーゲーム)から一夜が明けようとしている。酔いつぶれた者達が多いためか、オラリオは、いつもにまして静かな、穏やかな朝を迎えるだろう。

 

 オラリオを囲う高い城壁の向こう、山の頂より日が昇る。誰に見送られる事なく去り行く闇と歓迎される光の雨は、果たして何を比喩したものか。

 今日も今日とて、オラリオの地上は変わらない。各々が目標に向かい挑み、または明日を生きるために、異なる日常を精一杯に送っている。

 

 

「ままー、おひさまー!」

「おひさまだね。おひさまは、今日も皆を照らしてくれるのよ」

「うん!」

 

 

 それでも訪れる“決戦”の時は、そう遠い未来の話でもないだろう。運命が何か悪戯をしようにも「どうにもならない」と匙を投げている結末は、ニッコリと微笑む太陽(エンピリオン)だけが知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「フレイヤ様、いつものです」

「あら」

 

 

 争いとは、同じレベルの者同士でなければ生じない。鼻血の量で争うのかどうかはさておき、この女神に匹敵する者はオラリオに存在していないのが現状だ。

 先の例とは更に別のベクトルにおいてフザケた女神が何を見て赤い線を生み出しているかは、誰とて知ることがない。此方の“血栓”については、エンピリオンの認知から除く事とする。

 




読者の方に、キャットファイトはともかく、叩いて被ってが見破られた謎。何故分かったし


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199話 とある女性

 

 翌日、朝の時間帯も終わるかどうかとなったオラリオの街。今までにも何度か色々とイベントが起こった、個室を備える珍しいカフェ。

 

 本日のカフェは賑わいを見せており、そこかしこで戦いとは無縁な和やかな・賑やかな空気が作られている。その中には多数の冒険者も含まれており、今日はこうして羽を伸ばしているというわけだ。

 男女の比率で言えば圧倒的に女性が多いのだが、その点は仕方のないことだろう。羽を伸ばしているオラリオの男の大半は、朝から開いている酒場に入り浸っているというわけだ。

 

 そんなカフェには、店員の記憶に新しい四名が来店中。個室料金に軽食にドリンクにと少なくないお金を落としてくれており、中々の上客と言える分類だ。

 白髪の二人と、店員も知るロキ・ファミリアの二名。その四名がどのような関係か探りを入れることはなく、店員にとってはレベル1だろうか7だろうが等しく“お客様”というわけだ。

 

 

 店員に案内された四名の客が個室に居座ること、早30分。朝食代わりに軽食を食べ終え、食後のドリンクで一息つきながら、少し前のイベント、18階層での出来事をベル・クラネルが話していた。

 ロキ・ファミリアのストーキング担当者である山吹色の彼女に関する話題が出たところで立ち上がるリヴェリアを、タカヒロが抑え。そして、一時的ながらもリューがヘスティア・ファミリアへと入団する事になった一連の流れが伝えられている。

 

 

「なるほど。そのリューというエルフは、随分と早まったことを口にしたものだな」

 

 

 クククと、静かに笑って考えを口にするハイエルフ。そんな反応を見せるに対し、横から物言いたげな目を向けるタカヒロは「お前も大概なのだが」という言葉をぶつけたい心境に包まれているのは仕方のないことだろう。

 

 なんせ男が「好きです」と想いを伝えたならば、いきなり「不束者ですが」と返してくるlol(ハイ)エルフなのだ。そんな事実を知る青年の目を見て色々察したベル・クラネルは、例によって地雷を回避するために乾いた笑いを見せている。

 

 

 結局のところ、リューの言い分を纏めると「ヘスティア・ファミリアで修行したい」とのことだった。元々の主神であるアストレアは顕在ながらも、現在はオラリオの外に居る。

 

 何よりも。こうして自分を立ち直らせてくれたヘスティア・ファミリアで己を磨いて、自信をもってアストレアを迎えに行きたいというのが彼女の考えらしい。

 意地汚い見方をすればヘスティア・ファミリアを踏み台にするような言い回しとなっているが、そこについては胃痛持ちながらも善神ヘスティア。「君がアストレアの所に戻っても仲良くしてくれよ!」との言葉で、随分と穏便に収まっている。

 

 現在のリューはベルと同じレベル4終盤ということで、共にダンジョンへ潜って鍛えることもできるだろう。そういった点においてもタカヒロの視点においてはメリットしかなく、「主神と団長がOKならご自由に」程度の心境だ。

 一方のアイズとしては、やはり警戒の雰囲気を見せている。もっともそれはリューが過去に色々とやったためではなく、単に女としての立場なのだが、それも仕方のないことだろう。

 

 

 誰にも語られていないのだが、実のところベル・クラネルの“異性好み”ストライクど真ん中とは“金髪・長髪・エルフ”という三種の神器によって構成されている。前二つは該当するアイズなのだが、最後の一つは種族的な問題の為にどうすることもできないのが実情だ。

 しかしなんと、薄緑色の髪を持つリュー・リオンの地毛は金髪なのだ。そんな彼女が髪を伸ばしてしまえばどのような容姿になるかは明らかであり、その事実を直感的に受け取ったが故のアイズの反応なのである。

 

 もっとも、今のベルがそんなリューを目にしても「奇麗な人だな」程度にしか思わないのもまた事実だ。確かに一目惚れから始まった少年ながらも、今となってはアイズ・ヴァレンシュタインという一人の少女に恋する存在なのである。

 ついでにその者の師が持ち得るストライクゾーンを挙げるならば、“エルフ・強気・美脚”という三種の神器。決して容姿だけで決めているワケではないものの、リヴェリアがこの条件にピッタリ当てはまっているのは事実と言えるだろう。

 

 

「それにしても、私達と出会った時にはレベル1だったベル・クラネルが、もうレベル5を目前か」

 

 

 リヴェリアの言葉で、三人の目線がベルを捉える。その視線は、三人それぞれ違っていた。

 

 師匠である一名は、「そっかー」程度であまり意識しておらず。

 相方である一名は、「すごい」と成長速度を羨み、お目目キラキラ。

 残りである一名は、「いくら何でも早すぎるだろう」と言いたげにマトモな反応を見せつつ、先の二人の目線を感じて呆れている。

 

 

「で、でもリヴェリアさんも、フィンさん達も、レベル7になれたんですよね!」

 

 

 50階層での鍛錬が終わったときに行われた、一斉同時のランクアップ。おめでとうございますと称賛するベルに返答するリヴェリアは、あの鍛錬のおかげだと正直な理由を口にしていた。

 

 が、しかし。そうなると、ベルの中で疑問が芽生えるのは仕方のないことだろう。

 

 なんせ、例の50階層における鍛錬にリヴェリアがマトモに参加していないのはベルもよく知っている。だからこそ、何故ランクアップできたのかと、至極マトモな質問を行っていた。

 

 

「え?じゃぁ、言い方は失礼ですけど、リヴェリアさんはどうやってレベル7に……?」

「それが、私もロキも分からんのだ……」

 

 

 なお事実は、例の“コンニャク製ハンマー”だ。リヴェリアがそれを知れば、蒸気機関車の如く頭から煙を出して暴走を始めることだろう。

 

 

「でも。ベルの成長は、ものすごく、早い」

 

 

 コクコクと小さく可愛らしく数回頷いて、アイズは自分が口に出した言葉が正しいと主張する。確かに、言葉の中に間違いはどこにもない。

 

 常識の外の領域でもって我が道を行くタカヒロをもってして、“異常”と評価させる程の成長速度の速さ。長年オラリオにおいて記録されてきた中においても群を抜いて最速の記録であり、レベル4までの最速ランクアップ記録を全てベルが所持している程である。

 しかし青年としては、腑に落ちないところがある。確かにスキルの影響によりステイタスの伸びが良い――――を通り越して異常になっている点はさておき、伸び幅が通常とは異なる点は数字的にも明らかだ。

 

 

 スキル名、憧憬一途(リアリス・フレーゼ)がステイタスの成長速度に影響していると仮定する。とはいえステイタスの驚異的な伸びについてヘスティアも「間違いなくコレが原因」と断言しており、この点が覆る事はないだろう。

 

 もし仮に、当該スキルがリング・オブ スチールを一発で取得する程の“才能”までにも影響していると仮定する。スキルの説明は“早熟する”とだけあるために、ステイタスだけではなく才能そのものが伸びることも当てはまるかもしれない。

 しかしタカヒロとしては、二つ目の仮定については否定の意見を抱いている。ベルが持つ明確な意思、“アイズの為の英雄”という思いの丈の変化と共にステイタスの上昇値が若干上がったことは知っているが、鍛錬において見られる“技術吸収・応用の才能”の幅については変化がないと感じ取っていた。

 

 つまり、ベルが持ち得る類まれな才能。“優れた才禍を持っている”根底の理由は、別の何かにあるはずだ。

 そのためにタカヒロは、オラリオに来る前に、強い人から鍛錬を受けなかったかという問いを投げている。もちろん剣も魔法の腕もからっきしだったベルは否定の声を出したが、直後、気になる一文が付け加えられた。

 

 

「あ、でも……。今だから分かるんですが、本当に幼いころ、物凄く強い人と一カ月ほど過ごしたことがあります」

 

 

 懐かしむように口に出された言葉に疑問を抱いたのはタカヒロであり、かつてベルは両親のことを覚えていないと口にしていた為だ。祖父こそいたが、戦いに関してはサッパリだったとも聞いている。

 となれば、例えば同じ村の住人だろうか。タカヒロがそんなことを考えていると、ベルが言葉の続きを口にした。

 

 

「僕が7歳ぐらいの時に会ったのが、唯一残っている記憶なんですけどね。あ、そう言えば男の人もいました」

 

 

 どうやらベルの記憶によると、ガタイのいい男性とスラリとした女性のペアだったらしい。とはいえ夫婦だったかどうかとなれば当時のベルでは全く分からず、その辺りは素直に「分からない」旨を口にしている。

 

 

「ベル君、名前も覚えていないのか?」

「そうですね……フルネームまでは覚えていないのですが、女性の方は記憶があります。僕がよく“アルフィア伯母さん”と呼んでしまって、怒られていました」

 

 

 発言を耳にして、ピクリとリヴェリアの手が微かに震えた。机の下、腿の上に置かれていたということもあり、気付かれていないだろうと安堵する。

 

 しかし、横に居た一名は例外だ。普段において彼女の僅かな溜息さえ汲み取るタカヒロは、更なる情報を得るべく言葉をかける。

 

 

「女性か、どのような人だ?容姿、性格、口調、強いならば戦い方とか、だな」

「少しウェーブのかかった銀色の……アイズぐらいの髪の長さでしたね。もっと長かったかもしれません。ロキ様みたいに、目は細かったと思います。攻撃魔法だったと思いますけど、“ゴスペル”という詠唱は、今もよく覚えています」

 

 

 その一言で、リヴェリアの予想は確信へと変わった。“偶然”同じ名前の可能性もあったが、容姿はもとより“詠唱”まで同じとなれば、同一人物と確定していいだろう。

 幼かったことと直接的で本格的な戦闘がないために、忘れているアイズとは違い。彼女と真っ向から戦ったことのあるリヴェリアは、当時の状況をよく覚えている。

 

 九魔姫(ナインヘル)と呼ばれる己の、攻撃魔法の全てが無効化され。

 耐久力に長けるガレスが、たったの一撃でノックアウトされた事実。

 

 更にはその一撃とは四文字で発動するという超短文詠唱の魔法であり、無詠唱に匹敵する発動の速さを兼ね備えた代物。それでいて、当時のガレスを一撃で沈めるという桁外れた攻撃力。

 “音”による攻撃であるために、攻撃そのものが見えないことも要因の一つ。直撃せずとも余波だけで平衡感覚を狂わせるほどの威力を持つという、まさに規格外と称されるべき攻撃なのだ。

 

 

 魔法名を、“サタナス・ヴェーリオン”。詠唱文章は超短文となる“福音《ゴスペル》”、ただそれだけ。

 音を放って攻撃する魔法、ただそれだけ。とは言っても音の波紋とは質量を持つモノであり、それを超が付くほどの高速で放ったならば、人の骨など簡単に砕けてしまう強さを持つ。戦闘機がマッハ1.0の音速を超えた際に発生する“ソニックブーム”が、それらを示す最も有名な一つだろう。

 

 

 そんな仕掛けの攻撃を放つ者。ベルが口にしたアルフィアという女性の所属は、かつてオラリオにおいて二強と言われた片方“ヘラ・ファミリア”。

 名実ともに第一級冒険者である、Lv.7の実力者。“静寂”の二つ名を持ち、その才能に愛され過ぎている成り立ちから、周りからは“才禍の怪物”と称されていた。

 

 当たり前のように使える魔法は三種類あり、長文を用いるが超威力の攻撃魔法“ジェノス・アンジェラス”、こちらも音を用いる攻撃だ。そして残る一つがリヴェリアの魔法をも無力化してしまうシレンティウム・エデンであり、これは彼女の身体を包むように展開される。

 魔法を使う中~後衛職なのだが、第一級の前衛に匹敵する近接戦闘もこなせてしまう程。レベル7ながらも、状況や条件次第では自身より格上のレベル9(団長)を倒すことも可能だったと言われているとなれば、その強さが分かるだろう。

 

 

 が、しかし。タカヒロは、最初の方の言葉が気になって仕方がないようだ。

 

 

「ん?その者は、ベル君の伯母なのだろう?」

「はい、そうですね。僕の母の姉と聞いた記憶があります」

「伯母で合っているではないか」

「そう、なんですけど……そう呼ばれるのが、嫌だったようで。あと、それっきり、会ったことがありません」

 

 

 なるほど。と納得するタカヒロ。「お義母さん」ならばともかく、年を取ったことを認識させられる「伯母」となれば、嫌う者もいるだろうと察していた。

 音を扱い、静寂を愛する一人の女性。アルフィアとは、ようは神経質な気質を持ち合わせている性格の持ち主である。

 

 

 ともあれ、ベルからすれば関係のない事だ。彼にとっては家族も当然であり、記憶にある大きな存在に変わりない。

 

 

「もしかしたらもう一度だけ会ったことがあって、僕が忘れてしまっているだけかもしれませんけどね。あ、思い出した!その時に“英雄になるにはどうしたらいいですか?”って聞いたら、モンスターの巣に放り込むだの岩を括りつけて水に沈めて“死の一歩手前を経験させる”って言われたんですよ。僕が最初のころにやった師匠の修行と、同じですね!」

「いや待てベル君、全くもって違うだろう。そんな向こうを見ず、更に無鉄砲を放つ類のモノと混同するな」

 

 

 早口と苦笑の中に混じる寂しさは、タカヒロへと届いていた。両親の記憶がない以上、ベルの中で唯一残る血の繋がった者なのだから、そのような感情を抱いても仕方のないことだろう。

 タカヒロも何度か実感していたが、いくら強いとはいえまだまだ幼い年齢だ。親でなくとも血の繋がった近い者を追ってしまっても、なんら不思議ではない感情である。

 

 

「どこで何をしてるんでしょうねー。見た目に反して強気な人でしたから、どこで誰が相手でも、後れを取ることはないでしょう」

 

 

 沈んでしまった空気を嫌うように、ベルは陽気な口調でアルフィアのことを口にする。それでも隠せていない寂しさを感じ取り、アイズは机の下にあるベルの手に優しく己の手を置いていた。

 暖かく柔らかい手を感じて、ベルは静かにアイズへと顔を向ける。顔こそ向けていないが口元を柔らかくするアイズを目にして、思わずベルの口元に笑みがこぼれた。

 

 が、しかし。

 

 

「あっ。案外、オラリオに来ているかもしれませんね。リヴェリアさん、何か知っていたりしませんか?」

「……」

 

 

 知らない方が、良いこともある。そう考えていたリヴェリアは、あえて自分から口にすることを避けていた。

 しかしこの場において、「知らない」と即答することができなかった。故に何かしらの情報を持っていることは筒抜けであり、退路を失ってしまった彼女は、消え入りそうな声で静かに口を開くこととなる。

 

 

「――――ベル・クラネル。私は、そのアルフィアという人物を知っている」

「えっ、本当ですか!?」

 

 

 ベルにとって、まさかの情報だった。名前と性格ぐらいしか知らなかったものの、極僅かな期間だけだったものの、己を世話してくれた血のつながった人物に関する情報。年を取ると共に忘れるだろうと思っていただけに、まさかのサプライズと言えるだろう。

 レベルや所属ファミリアという基本的な情報なれど、ベルが知らないアルフィアのことが口に出される。まさかのレベル7という事実にベルは驚きを見せており、身を乗り出すようにして聞き入っている。

 

 が、しかし。口に出された情報は、ベルが最も耳にしたくない内容の一つであった。

 

 

「彼女は、7年前の大抗争において……オラリオを滅ぼす闇派閥に味方した、私達の敵だった」

 




■本作におけるアルフィアまとめ
◆原作(ダンメモ)と同じ
・7年前に敵として対峙した
・レベルや能力、性格や容姿など
◆本作オリジナル
・ベル君はゴスペられた記憶がある ⇒92話 4人の夜
・名前は憶えていないがザルトにも会ったことがある


早い話、原作者のIFストーリーを経たものの二人の心変わりが起こらなかったバージョンですね。
原作で起こっていたとしても、ベルとリヴェリアが接近する事がないので、やっぱり知られることは無かったのかもしれません。


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200話 血の繋がり・温もりの記憶

なんだかんだ200話です。ご愛読いただきありがとうございます。
本作独自の繋がりと独自解釈の組み合わせがありますが、せっかくの二次創作ですので、ご容赦ください。


 

「……えっ?」

 

 

 長い睫毛を伏せ、顔を逸らしたままのリヴェリアから発せられた一つの事実。たっぷり10秒ほどの時間をおいて、ベルが口から出せた言葉はそれだけだった。

 

 あのリヴェリアが、そのようなブラックジョークを口にするとは思えない。故に言っている意味が、全く持って理解できない。

 それが、ベルが抱いた本心である。思わず隣のアイズを見るも、言葉の意味は知っているのか、リヴェリアと似て顔を伏せてしまっていた。

 

 

 オラリオにおける、間違いのない“大罪人”。数多の命を奪った闇派閥に協力したという、“人類の裏切り者”。

 あくまでも一例だが、オラリオと言う広大な敷地の影において、そのような呼び名があることもまた事実だ。今ここに四人の関係があるように、そのこともまた、決して空想などではない事実である。

 

 

 助けを求めるように、隣にいるタカヒロへとベルは静かに顔を向ける。目に映る姿はいつもの仏頂面は眉間に少しだけ力を入れてリヴェリアを捉えており、今の発言が事実であることを感じ取っている表情だ。

 

 ベルとてオラリオへ来てから一年と経っていない為に昨今の騒動までは知らないものの、闇派閥程度の存在は知っている。故に、それに味方するという行動が何を指し示すかも嫌という程に感じ取れた。

 オラリオというこの街に災いをもたらす、間違いなく“悪”と断言できる程の存在。己が唯一覚えている家族と相違ない存在が闇派閥に味方していたなどという言葉は、ベル・クラネルにとって受け入れられるものではなかった。

 

 

「そ、そんな……嘘、ですよね、リヴェリアさん……」

「……」

 

 

 深紅の瞳から、フレイヤが見惚れた光が消えつつある。信用できる者からの言葉であることと純粋であるが故に、ベルは言葉の意味を素直に受け取ってしまうのだ。

 とはいえリヴェリアからしても、それは実際に起こったことである。かつてアイズを相手に思うことを正直に伝えてしまった時のように、此度も歴史は繰り返し――――

 

 

「落ち着け」

 

 

 繰り返すかと思われた歴史は、同じ結末をたどらない。彼女と共に歩む男の口から出された据わった口調による一言が静かに、それでいて力強く響いていた。

 斜め下を向いていたリヴェリアもハッとして顔を上げると、発言者はティーカップを静かに口につけていた。青年を見つめる三人の目には、その者が何事もなかった様相を保っているようにしか映らない。

 

 しかし、だからこそ頼りになることを知っている。恐らくは出してくれるであろう言葉の続きを、只静かに待っていた。

 

 

「まずは、リヴェリアが知っている話を聞いてみようではないか。ベル君が決定を下すのは、それからでも遅くはない」

 

 

 例えば武器・防具について、いくら他人が“強い”だの“弱い”だの評価したところで意味がない。自分が使ってみれば評価が逆転することなど、あまり珍しくはない光景だ。

 だからこそタカヒロは、いくらリヴェリアから出てきた言葉とはいえ全面的に信用せず、己の考えを残しておく癖がある。かつてリューの過去を耳にした時も、木刀に目が眩んでいたとはいえ、あのような回答を残すことが出来たのだ。

 

 

 そんなことはさておき、タカヒロの口調は先程までとは一変し、今度は諭すような様相へと変化している。言い終えるとチラリとリヴェリアを横目に捉え、発言権を彼女へと与えていた。

 リヴェリアも口に出してしまった手前、ベルが知りたいと願っていたアルフィアについて包み隠さず話すことを前置きにしている。ベルも表情に力を入れて、リヴェリアの顔を見つめていた。

 

 まずリヴェリアは、そろそろ8年前になる昔に起こった暗黒期の全体像を駆け足で語っている。闇派閥による大規模な奇襲から始まり、オラリオの冒険者が総力を挙げて反撃した内容に続き、ダンジョンから這い出ようとした黒い竜型のモンスターを撃破したことによる収束。

 話を聞く限り、ダンジョンで2回程相手をした黒龍とはまた違った存在であるために興味がそちらに傾きかけたタカヒロだが、メンヒルの意思でもって元の方向に捻じ曲げている。一通り概要の説明が終わったところで、闇派閥が随分と昔から活動している点が気になったようだ。

 

 そもそもにおいて闇派閥とは、大小を筆頭に様々な悪を内蔵した、無数の“悪”と言える存在の集合体だとリヴェリアは口にした。目的のためなら手段を問わず、犠牲を問わず、傍若無人の振る舞いを見せる集団のことである。

 千年と言う長き時間にわたってオラリオに君臨し、活躍の影で秩序も守り続けてきた二大ファミリア、ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリア。これらが存在した頃から活動を続けている組織であり、オラリオにおける裏のファミリアと表現することもできるだろう。

 

 

「“静寂”の二つ名を持つアルフィアとは、その片方。ヘラ・ファミリアに属していた、レベル7の冒険者だ」

 

 

 ゼウスとヘラ。かつて三大クエストの二つに挑み撃破し、最後の一つ黒竜に挑んで敗れ去ったことは、書物だけの情報ながらタカヒロとベルも知っている。

 自分の伯母がそれほどの強者だったのかと驚愕にまみれるベルだが、それも仕方のないことだろう。ふざけた威力の超短文詠唱やリヴェリアの魔法すらも防いでしまう障壁など、新たな事実を知るたびに驚愕もまた大きなものとなっていた。

 

 しかし驚きつつも受け入れることが出来ているのは、輪をかけてフザケた存在が横に居る為。確かにソレと比べてしまえば、アルフィアすらも可愛いらしいものだ。

 

 その点はさておき、リヴェリアとアルフィアとでは所属しているファミリアが全く違う。そのために、リヴェリアが知る情報もあまり多くはないのが実情だ。

 知っているのは必然と漏れてしまうレベルや偉業・魔法に関する程度のものであり、スキルについては情報すらも流れてくることはない。今のヘスティアとロキ・ファミリアの関係でさえスキルについては基本として伏せられているとなれば、機密さを窺い知ることが出来るだろう。

 

 

「ともかく、その圧倒的に長けた才能こそが、彼女の強さの(みなもと)と言っても過言ではないだろう。故に彼女は、“才禍の怪物”とも呼ばれていた程だ」

「才禍の怪物とは、随分と大層な二つ名だな」

「正式な二つ名ではないのだがな。しかし私と同じ魔導士でありながら、レベル7の前衛職と同等の剣を振るえた程の代物だ。これは噂話程度だが、数回目にしただけでモノにしてしまう程らしい」

 

 

 曰く、ベル・クラネルの“ファイアボルト”を上回る超短文詠唱。それでいて威力は51階層の平均的モンスターを即死させる程だと言うのだから、文言だけ耳にすればチート以外の何物でもない。

 中衛の職業が護衛対象とならなくて良いだけで、どれだけパーティーへの負荷が減るかは語るまでもないだろう。そのような意味でも“並行詠唱”は重要とされているのだが、ともあれタカヒロは、別のことに気が回っているようだ。

 

 

「……なるほど。それ程の者と同じ血筋ならば、ベル君が持ち得る類まれな才能にも納得だ」

 

 

 別の方向と言っても明後日の方向ではなく、ベルに関した内容であった。言い回しはさておき、タカヒロをもってすら「異常」と評価するほどの成長速度を持っていることは事実である。

 母親からは優しさを、父親からは――――恐らくは何かを受け継いでいるはずであるベル・クラネルだが、それだけではなかった。その先代が持ち得たのであろう隠れた才能を、しっかりとその身に抱えている。

 

 ちなみにタカヒロの発言は、アルフィアが闇派閥に味方していたという言葉から遠ざける意味もある。その事実を見なかったことにするつもりはないが、ベルの心に余裕を持たせるための誘導だ。

 例えば自作した文書についても同様のことが言えるのだが、時間をおいて見返してみると当初の意図とは違って受け取れてしまう場合がある。感情においても似たようなことは起こるものであり、それを願っての対応なのだ。

 

 

 事実。今の一文は、ベルにとって嬉しい言葉だった。

 

 

 もう、両親の顔は覚えていない。唯一記憶にあるその者は肉親でこそなけれど、自分と血の繋がっている人物だ。自分に“母のぬくもり”を与えてくれた、掛け替えのない人物だ。

 故にベルにとっては、間違いのない家族である。そんな人が闇派閥に加担していたはずがないと信じて口を強く噤むベルを見てはいないものの、リヴェリアは続きを口にする。

 

 

「“全てが嫌になり絶望した。故に闇派閥と組んでオラリオを滅ぼし、神時代に幕を下ろす。”そんな理由で、“静寂”は闇派閥へと加担したのだ」

 

 

 かつてのオラリオで久方ぶりに対峙した時、アルフィアが口にした言葉の全容だ。

 少し険しい表情で口に出したリヴェリアは、表情を崩す様子はない。当時においては“落胆一つで都市を破壊する道理など無い”と表現したリヴェリアは、今でも同じことを思っている。

 

 

 オラリオで起こった大抗争の概要も分かり、そのアルフィアなる人物の概要程度は把握できたタカヒロ。そして同時に、7-8年前ならばアイズも居たはずだと思っているが、その点が口に出されることはない。

 今こうしてオラリオがあり、青年の横にはリヴェリアがいる。ならば当時における戦いの結末は、言われるまでもなく明らかだ。

 

 重い口調と共に聞いてみれば予想とは少しズレており、アルフィアとの決戦を行ったのはリヴェリアではないという内容だった。どうやらリヴェリアも、その者達から概要を聞いた程度のものらしい。

 

 かつてオラリオに存在した、正義を掲げる特徴的なファミリア。当時を思い返すように、リヴェリアは誰から聞いたのかを口にする。

 

 

「“静寂”の結末は、アストレア・ファミリアの者から聞いていた」

「アストレア・ファミリアって、リューさんの!?」

 

 

 驚きと共に口にしてしまって、ベルはハッと口を手で覆った。時すでに遅く、タカヒロから物言いたげな視線が飛んでいる。

 5年前に闇派閥が起こした騒動、及び残りを一掃するためにロキ・ファミリアも動いていた為に、リヴェリアも当時の情勢は知っている。復讐という形で“疾風のリオン”が暴れに暴れ、結果として“お尋ね者”になったことも同様だ。

 

 故に今のベルの発言は、ギルドのブラックリストに載っている“疾風のリオン”との関りを匂わせ……そして手で口を覆ったことで確定させる内容だ。

 

 が、しかし、当時のリューは“疾風のリオン”という二つ名で通っている。仲間内からも“リオン”と呼ばれていたこともあり、リューの名前は僅かにも広がっていないのが現状だ。

 当時においては、覆面にて顔の下半分を隠していたことも大きいだろう。故にリヴェリアはリュー即ち疾風のリオンだと結びつきができておらず、結果としてはセーフとなっている。

 

 ともあれアストレア・ファミリアは一人を除いて全滅したとされており、「リューとは誰だ」と言われた場合、このままでは話がこじれる。そう察したタカヒロは、リヴェリアが口を開く前に言葉を発した。

 

 

「さて、色々と情報が出てきたが……ベル君、最も重要なことだ。君は、アルフィア伯母さんのことを信じているか?」

「……」

 

 

 微かながらも脳裏に残る、幸せだった日々。

 同じ女性でも、一緒に居るアイズとは違った意味で好きな女性。母親の愛を知らないベルだからこそ、そう思ってしまうのも仕方のない事だった。

 

 

「確かにアルフィア伯母……アルフィアお義母さんは、口調も態度も厳しかったことは確かです。理由は……恐らくは病気だったのかと思いますが、そんなに永い間、一緒に居られなかったことも確かです」

「それ程までに昔から、重い病に侵されていたのか……!」

 

 

 ベル・クラネルは知っている。あの短い時間という幸せな裏で、アルフィアが行う咳の動作に微量の鮮血が混じっていたことを。

 思わず驚愕の声を上げたリヴェリアだが、反応を見せる者は誰もいない。彼女もまた「すまなかった」と詫びを入れ、聞き入る姿勢に戻っている。

 

 

「でも、怪我をして泣いていた僕を、抱きしめてくれました。一緒に手を握って、夕焼けの山道を歩いてくれました」

 

 

 ほんのりとベル・クラネルの脳裏に残る、忘れたくない、当たり前の幸せ。実親でないことは分かっていながらも、どこか母を想わせた雰囲気は、今もベル・クラネルの情景に一筋の光を残している。

 

 

「優し、かった……」

「そうか」

 

 

――――ならば疑い、事実を調査すべきである。

 

 それが、タカヒロが出した一つの答えだ。ベルの表情にも力が戻っており、アイズも安堵の表情で見つめている。

 

 手がかりが残されているかどうかは分からないが、結果としてアルフィアが悪だったならば。受け入れたくはないかもしれないが、ベルも一区切りをつけることができるだろう。

 まだ幼いベルはそこまで察することが出来ないため、教育もかねて、タカヒロはそれらのことを口にする。悲しげな表情までは戻らないものの目の光が消えなかったベルは、静かに頷いて返事とした。

 

 

「しかしタカヒロ、何故そのような考えに至ったのだ」

 

 

 一方で、リヴェリアの疑問も尤もと言えるだろう。もし彼女が己の発した言葉を耳にしたならば、到底、タカヒロのような考えは生まれないだろうと思っている。

 もちろん、タカヒロとて考えなしに口にしていたワケではない。タカヒロはリヴェリアが口にしていた暗黒期に関する内容にも耳を傾けていたが、一番は発生時期にあったのだ。

 

 

「ベル君が最後にアルフィア伯母さんを見たのが七年前、そしてリヴェリア達が戦ったのも七年前。暗黒期の結末とベル君の記憶から時系列を想定すると、ベル君が最後に出会ったのは、大抗争が起こる前、ないしは直前のことだろう」

「まさかタカヒロ、では“静寂”は……」

「オラリオを破壊しようと企む者、己の身勝手な考えで都市一つを滅ぼそうとする虚け者。とのことだが――――」

 

 

 リヴェリアが察した通りだ。アルフィアは大抗争へと参加する前に、甥のベル・クラネルが住む山奥へとわざわざ会いに行き、短期間なれど触れ合った事になる。

 

 ――――全てが嫌になり絶望した。故に闇派閥と組んでオラリオを滅ぼし、神時代に幕を下ろす。

 先ほどリヴェリアが口にした、このアルフィアの言葉とも釣り合わない。だからこそタカヒロも、次の一点について大きな疑問を抱いている。

 

 

「ダンジョンを管理するオラリオが滅んだならば、当時のベル君にも相当な危険が及ぶことは明らかだ。彼女が根からの悪だと言うならば……例え親族が相手とはいえ、先にベル君が口にした素振りを見せるとは思えない」

 

 

 ベルは言われてからハッとして気付いたものの、最初に抱いた疑いが確信へと変わってゆく。もちろん闇派閥に味方した理由を筆頭に、事の真相は闇の中であることに変わりは無い。

 

 それでも、師が気付かせてくれた一つの理由。それは己の伯母――――もとい、アルフィアお義母さんを信じるには十二分と言える理由。

 ある意味では、オラリオの古参冒険者に蔓延る“アルフィアは悪”という考えに対する戦う理由。少年が進む戦士の道と同じく、それは決して平坦な道ではないだろう。

 

 

 それでも、じっとしては居られない。7年前の最後に対峙したのであろうエルフに事の真相を聞くために、ベルは豊饒の女主人へと足を向けた。

 



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201話 語られる真実

 

 かつてアルフィアと戦い、その最後を知っているであろうリュー・リオンへと話を聞くために。アイズと共に豊饒の女主人へと訪れたベルだが、リューは仕事の真っ最中だ。

 昼過ぎということもあって客は少なく、少し話す程度ならば問題は無いだろう。しかし恐らくは周囲に聞かれたくない上に、積もる話にもなるだろうとベルは考えている。

 

 流石に本日という土壇場で業務を抜けることができるかと聞くのもどうかと思い、ベルは無理を承知で明日に時間をとれないかとリューに問いを投げていた。少し困惑しながらも、彼女は「店主ミアに相談してみる」旨の言葉を返している。

 “七年前のこと”というだけで詳細な内容は不明ながらも真剣な表情であり、自分に手を差し伸べてくれたベルからの相談ということもあって断る手立ては持ち合わせてはいなかった。雇い主であるミアに正直な理由を告げて明日休暇を貰えないかと相談するも、見守るような表情で「行ってきな」と返されている。

 

 

 そして、翌日。流石に丸一日休むのは気が引けた為に朝の業務をこなしたリューは、久々に私服姿となっている。

 部屋着と戦闘衣服(バトルクロス)、そしてウェイター服こそ彼女にとってのポピュラーだが、私服姿となれば話は別。豊饒の女主人で働く者達ですら、本当に滅多に目にすることのない様相と言える程なのだ。

 

 

「もしかしてリュー、あの少年とデートかニャ!?いいニャいいニャ、ミャーも一緒に」

「アンタは休まず仕事だよ!!」

「あいだーっ!?」

「……」

 

 

 そんな姿のリューの予定を知らない者がさっそく茶々を入れるも、すぐさま鉄拳が振り下ろされて一発K.O.の結果となっている。床に突っ伏して頭から煙を出す同僚の一人に「行ってきます」と言葉をかけ、リューは街へと繰り出した。

 

 まだ日が昇り切らぬ、晴れ渡った穏やかな日常。かつての仲間たちとこんな空の下で再び歩みを進めることができるならばと天に願うも、細められた目の先に映るのは変わらぬ景色。

 それでも、彼女が思い出に沈んでしまうことはない。彼女たちが残してくれたものと共に歩むことを決めたからこそ、リュー・リオンは前へと強く進むことが出来るのだ。

 

 例えダンジョン内部にてジャガーノートと鉢合わせることになったとしても、足が震えることはないだろう。勝てる・勝てないかはさておき、果敢に、そして勇敢に動くことが出来るはずだ。

 

 そんなことを脳裏に浮かべながら、リューはオラリオの地を歩いていく。目的の、ベルと約束した喫茶店、そのなかの個室の一つまでは、残り50メートル程の距離を残すだけ。

 流石に先の例は極端すぎる例えながらも、彼女が持ち得る心の構えは他の事例が起こった時も同様だ。いかなる困難が現れようとも、立ち向かうことができるだろう。

 

 

 

 

 そう。何が出てきても、怯むことは――――

 

 

 

 

「り、リリリリリリヴェリア様!?」

「む。なんだ、私が居ては話しづらいか?」

「い、いえ!決して、そのような事は……!」

 

 

 まさかの人物と相席であることを知って足がすくむ、さっそくのフラグ回収である。リュー・リオンにとって予想外にも程があるハイエルフが、余裕のあるサイズの4人用ボックス席の一角についていた。

 なお、偶然にもリヴェリアが下座についているというオマケつき。誰がどこに座るかなど全くもって気にしていない四人一家の所為でそうなっているのだが、今のリューからすれば、難易度は深層をも上回るアルティメットな状況と言えるだろう。

 

 

「し、しかし、わ、わたくし程度が同席などと、恐れ多くございます!」

「よい、気にするな。むしろ、お前が居なければ始まらん」

 

 

 ごもっとも。とリヴェリアの言葉に賛同したいタカヒロながらも、エルフ同士の水準が分からない為に言葉は胸の内に仕舞っている。

 ともあれ、リューが席につかなければ始まらない点は間違いない。リヴェリアの隣とはいかないためにベルとアイズ側の席に着くことになり、アイズの隣に腰を下ろした。

 

 なお、表情はカッチカチ。蒼穹の目線も下に向いてしまっているために、まずはリラックスさせる必要があるだろう。

 ということで、何かしらの動きが必要だ。タカヒロは飲み物を注文するかと、言葉と共にメニューを取り出している。

 

 

「ドリンク、デザート、軽食でも構わない。好きなものを頼むと良い、代金は持つ」

「あ、は、はい」

「リヴェリアが」

「!!?」

「むっ。まぁ、構わないが」

 

 

 見開く瞳と驚愕の表情。まさかの後出しリヴェリア支払い発言なだけではなく、リヴェリアをすっ飛ばして真っ先にリューの前へとメニューが置かれた為に彼女の混乱に拍車がかかる。リヴェリアのほぼ真正面にリューが座っているために、リヴェリアからすればメニューが真逆となっているのだから、その反応も猶更だろう。

 誰もリューに対して攻撃しているつもりはないが、彼女からすれば烈火の如きラッシュである。慌ててリヴェリアへと顔を向けるリューながらも、相手は「何か問題か?」と言いたげな様相だ。今この場においてはリューが客人となっているために、リヴェリアの中でも“当然”と処理されている内容なのである。

 

 そのために時間をかけるわけにはいかず、リューは速攻で紅茶と菓子を決めることとなった。その実5秒も要しておらず、「それが大好きなんですね!」と、ベルが方向違いのコメントを残している。

 ともあれ彼女が選び終わったために、メニューは90度横へと向けられた。リヴェリアとアイズの後方から、ベルとタカヒロが少し身を乗り出して内容を吟味している。

 

 最初に決めたのはリヴェリアだったのだが、タカヒロは思う所があるようだ。どうやら、過去に何度も注文しているケーキの一つらしい。

 

 

「またそれか、飽きないのか?」

「ああ。ところでお前は、ケーキの類(このような物)は苦手だったな」

「ああ。太りたくないのでね」

「ぐっ……ええい、偶には良いではないか!」

 

 

 四人の様子を観察するリューだが、目線はリヴェリアとタカヒロの問答(じゃれ合い)へと固定されてしまっている。リヴェリアの意見に口を挟むというエルフ基準では絶対にありえない会話も当たり前の如く混ざっているために、目線が向いてしまうのは猶更だ。

 リヴェリアが誰かしらと付き合っているという噂は聞いていたが、こうして実際に目にした際の違和感が凄まじい。二人きりの時よりは圧倒的に起伏が少ないとはいえ、青年を前にして豊かな表情を見せるリヴェリアは、リューが知る姿とは程遠い。

 

 

「師匠、ケーキが苦手なのですか?」

「ケーキというよりは、生クリームの類があまり好きではなくてね。それはさておき、ベル君はどうする?」

「えーっと、僕も、あまり甘いのは苦手なので」

「私は、これ!」

「ちょっ、アイズそれジャガ丸くん……」

 

 

 純粋に今回は何にするか悩むベル・クラネルと、その横でブレないアイズ・ヴァレンシュタイン。悩んでメニューをめくろうとしているベルの横から身体を乗り出して遮るようにして指をさしており、“新作”と書かれたジャガ丸くんに興味津々の様相だ。

 なお、その内容は“抹茶小豆クリーム味”。それを揚げ物と組み合わせるという想像するにも難しいコンビネーションの逸品を前にしてアイズ以外の四人の表情が曇っており、しかし期待にウキウキな少女を前に口には出せない。

 

 そんなこんなで注文した品々が運ばれてきており、部屋の空気が明らかに変わることとなる。ベルはアイズを挟んで横に居るリューの顔を見据えており、タカヒロとリヴェリアもまた、そちらへと顔を向けている。

 向けられる視線を前にして凛々しい空色の瞳に力がこもり、四人を一通り見据えていく。リューは紅茶で喉を潤して、静かに口を開いた。

 

 

「……それでは、最後の戦いを、お話しします」

 

 

 7年前に発生した、オラリオ全土を巻き込んだ大抗争。子供から老人まで多くの者が泣き、傷つき、命を落とした暗黒期。

 天に向かうようにして赤く燃え、叫び声が木霊するオラリオの市街地一帯。バチバチと音を立て家屋を包む炎は、生活と言う名の当たり前の日常を灰へと変える。

 

 

 “悪”によってオラリオの平穏が脅かされ、早数日。各地に点在して活動を続けてきた闇派閥も数を減らしてきたが、未だ二つの最も強力な戦力が闇派閥に関わっている事にも変わりはない。

 ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアに所属していた、二人のレベル7。ザルド、そしてアルフィアという存在が、冒険者の前に立ちはだかった。

 

 そして闇派閥は最後の手札を切ることとなり、ダンジョンの20階層付近で黒い竜のようなモンスターを召喚。タカヒロが討伐(挨拶)した個体と比べれば大したことは無いが、それでも階層主バロールを上回る程の存在だ。

 ダンジョンから地上へと這い出そうとしている黒い竜を、アルフィアが守っている。遠くからはザルドとオッタルが打ち鳴らす白刃の雨が音として降り注いでおり、こちらの最終決戦の幕が開けるのに時間は要さなかった。

 

 

 “正義”と対峙するレベル7の弱点は、双方共に似ている。アルフィアは先天的な、ザルドは後天的な重い病を抱えていたこと。

 

 

 故にリュー達が選んだのは、持久戦。その選択が功を奏し、アルフィアが放つ攻撃は明らかに弱くなり、付け入る隙が目に見えて増えている。

 最終決戦も、第二ラウンド。反撃に転じようとしたアストレア・ファミリアの面々が覚悟を決めた時の事を、リュー・リオンはよく覚えている。

 

 

「その時……“静寂”は、確かに、こう口にしました」

 

 

――――英雄となり、“ヘラ・ファミリア”の私を打倒して見せろ。未来を求めるのならば英雄の器を示し、希望を示し、この()を倒して見せろ。

 

 

「あの“静寂”が、そのような言葉を……!?」

「……」

 

 

 驚きに目を見開くリヴェリアと、その横で逆に表情に力を入れるタカヒロ。正義を受け継ぎ、5年前にダンジョンで散ったアストレア・ファミリアしか耳にしなかった、アルフィアの言葉に他ならない。

 本当に心の底からオラリオを壊滅させようとするならば、まず口に出されるような言葉ではない事は明らかだ。大抗争の前にベルのもとへと赴いたことと合わせて、タカヒロの中で疑惑は更に膨らんでゆく。

 

 強要されていたか、はたまた“自発的”か。ベルとの思い出と合わせたならば、可能性としては後者だろう。

 病魔に犯されていた身体、迎えを知っていた死の運命。ならば身を挺して悪となり、未来を切り開く冒険者たちに何かを示すために敵対となることを選択したのかもしれない。

 

――――英雄となれ。

 

 タカヒロにとっては、あまりにもボヤけた言葉。オラリオにおける冒険者おいては、あまりにも眩しい目的の言葉。

 数多が目指す、容すらも見えない一等星。戦う理由を持ち続けなければ、足元に届く事も不可能だろう。

 

 

「……なんとも、不器用な性格だ」

 

 

 思わず、誰にも聞こえない程の罵倒の言葉がタカヒロの口から零れてしまう。敵対ではなく教導の道を取ることはできなかったのかと、会ったこともない者に対して問いを投げたい衝動に駆られてしまう。

 

 その者が、“才禍の怪物”と呼ばれる程の人物だからこそ。優しいベル・クラネルの親族だからこそ、猶更のこと。

 真実とは大事になる程、いつか明るみに出るものだ。もし“アルフィアが悪だった”というオラリオの出来事をベルが知った時のことを考えなかったのかと、問い質したい衝動に襲われる。

 

 

 ともあれ、“頭ごなしに相手の考えを否定するのは宜しくない思考だ”。我に返ってそう思い目を閉じることで反省したタカヒロは、リューの言葉の続きに耳を傾ける。

 

 

 訪れる、最後の決戦。眼前に対峙するレベル7、それも生半可な強さではない“才禍の怪物”に対して、平均レベル3となるアストレア・ファミリアは連携して挑みかかる。

 短期決戦では相性が悪い為に、相手の体力をすり減らす長期戦を選択。文字通りの防戦一方で全員は既に満身創痍、しかし目論見は確実に効果として現れている。

 

 故に、全員の瞳に“希望”が繋がる。大技にて迎え撃つために詠唱へと入るアルフィアだが、全員による連携が詠唱への集中を許さない。

 

 

 かつての戦争遊戯(ウォーゲーム)にて、ベル・クラネルが口にしたように。カタログ上での身体能力に勝るアルフィアだったが、アストレア・ファミリアの連携を前に敗れることとなった。

 

 

 そして、結末。アルフィアは、闇派閥がダンジョン内部で召喚した黒い竜、それが這い出してきた穴へと倒れるようにして身を投げた。

 燃え盛る縦穴の中を落ちていく彼女の身体は業火に焼かれ、その身を灰に変えながら。それがリュー・リオンが目にした、最強の冒険者の一人、アルフィアの最後だった。

 

 

 最後を知って悲しみに暮れるベルの対面で、タカヒロはリューへと険しい表情を向け続けている。今の言い回しが過剰表現かどうかを見抜くものであり、結果として装飾の様子は伺えない。この一文によって、口にこそ出されないがタカヒロの疑惑は更に濃いものとなっている。

 

 様々なレベル7という“器”を相手にしてきた青年もまた器の限界は知っており、それ程の身体を一瞬のうちに灰に変える炎など“あり得ない”。それこそタカヒロが知る原初の太陽神“コルヴァーク”辺りならば可能だろうが、当時生じていた火災が持ち得る威力など、到底ながら遠く及ぶことは無いだろう。

 

 

 ともあれ、最後に残った黒い竜を倒す戦いこそあったものの、“静寂”との戦いはこれで仕舞い。沢山のモノをなくしたオラリオに、また一時の平和が訪れたのであった。

 

 

「以上が……私が知っている、内容です」

 

 

 気付けばかなりの時間が流れており、頼んだドリンクは全員のものが空となっていた。場を一度リフレッシュすることも兼ねて、タカヒロは再びオーダーを取っている。

 しかしドリンクの数々が運ばれてくるも、場の雰囲気は重いまま。とはいえ、先程まで話されていた内容が内容だけに仕方のない事だ。

 

 チマチマと少し詳細な部分に関する問いがタカヒロやリヴェリアの口から出されるも、長くは続かない。場は再び、静寂へと戻ってしまう。

 

 

 打ち破ったのは、ベル・クラネルであった。

 

 

「師匠……」

「なんだ」

 

 

 いつものタカヒロとは違う、少し柔らかく優しさが混じる返答。突拍子もないことを聞こうとしていたベルの感情を読み取っており、臆することなく口に出せばいいと、間接的に促している。

 

 大抗争を前にして、ベル・クラネルへと会いに行き優しく接していた事実。そしてアストレア・ファミリアへと残した、意味ありげな言葉。

 この二つの事実から、この場に居る五人の中においてアルフィアが悪党ではないとの考えは強まっていた。どちらか片方だけだったならば、その疑惑の色が濃くなることもなかっただろう。

 

 そして、それとはまた別の話。レベル7という器を知るベル・クラネルは、己が今から口に出す問いが笑われるものだと覚悟しながらも、答えが欲しくてタカヒロに対して口を開いた。

 

 

「アルフィア伯母さんは、生きている。そう信じることって、浅はかな考えでしょうか」

 

 

 優しい少年が抱いた、一つの淡く薄い希望。最後は消え入りそうな声で口に出したベルに対し、タカヒロは静かに口を開く。

 

 

「希望とは、常識的に在り得ない事に対しても通用する。ベル君が口にしたような、最良の結果を目標とした方がいいだろう。先の結末ならば、死体も確認できていないのではないか?」

「はい。勝利こそはしましたが、私達も満身創痍ですぐに撤退した為、死体は確認できておりません」

 

 

 望みは薄く、それこそ紙一枚の厚さにも届かない程だろう。開いた穴、燃え盛るダンジョンの穴に身を投げたというならば、生きている方が不思議なものだ。なお、そこの青年は除くこととする。

 しかし確かに、抱く希望は繋がった。死体が確認されていない以上、生きている事もあり得るのは当然のことだろう。

 

 もっともベルとて、あくまでもタカヒロが口にしたように“最良の結果”を考えているに過ぎない事だ。しかし期待を込めて口にすると、タカヒロから更に擁護の言葉が口に出される。

 

 

「“死んだと思った奴が生きていた”。戦乱の時においては、あまり不思議な話でもない」

 

 

 過去に彼が経験した内容の一つ。具体的な内容までは口に出されないが、具体的に誰かとなれば“区切りとなった決戦に巻き込まれたケアン地方の料理人”だ。決戦の際に援軍として加勢し“虚無の神”に取り込まれたのだが、結局のところは虚無の世界で逃げ延びていた経歴を持つ料理人のことである。

 繰り返すが、料理人だ。神の血を引いているが、まぎれもない料理人だ。

 

 なぜ料理人が最前線に居たかはさておき、ベルの希望が繋がったのも事実である。それもあって、“幸運持ち”であるベルの心に、一つの願いが生まれていた。

 

 

――――もし。もしも生きているなら。また、会いたいな。

 



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202話 見直す過去・見上げる過去

 

 

――――また、会いたいな。

 

 

 レベル4の後半である悪魔兎(ジョーカー)ではなく、14歳の少年が心に浮かべて当たり前と言える気持ち。アイズの柔らかい手とはまた違うシッカリとした手に己の手を握られる感覚は薄れてしまったが、目を閉じれば思い返すことができる程には暖かさが残っている。

 

 

 少年の記憶に残る、唯一の親族(母親)。本当の母親でないことはベル本人が最も分かっているが、それでもアルフィアという女性がそのポジションに居ることは揺るがない。

 リューが話してくれた結末を聞けば、死んでいる可能性の方が圧倒的に高いのは明らかだ。くどいとは自覚しながらも、ベルは希望が幻想で終わり現実を受け入れる時に備えて、そう何度も自分に対して言い聞かせている。

 

 

「リヴェリア。大抗争に関係していなくとも、アルフィア伯母さんの情報は、他には無いのか?」

「そうだな……ではリュー・リオン。お前は、三大クエストのことをどこまで知っている?」

「ベヒーモスでしょうか、リヴァイアサンでしょうか」

「後者だ」

「リヴァイアサンとの戦いですと――――」

 

 

 かつて有名だったアルフィアの情報は、リヴェリアもいくつか持っている。その中の一つ、三大クエストの一つとなるリヴァイアサンとの戦いについての情報が口に出された。

 もっとも質問形式ということで、答えたのはリューだ。冒険者ならば知らない者はいない程、三大クエストと呼ばれるものは有名な内容なのである。

 

 ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの連合軍で挑んだ、太古の戦いの再現。二つのファミリアは見事リヴァイアサンを打ち取り、元々が有名だったものの、輪をかけて世界中に名をはせることとなる。

 

 

「その通り、今では幾つかの書物にも書かれている内容だ。しかし実は、大団円の結末とはならなかったらしい」

「そうなのですか、リヴェリア様」

「ああ。大団円から漏れた中に、トドメを刺した“静寂”の一件も含まれている。戦いが終わった直後から、戦線に現れなくなったらしい事もな」

 

 

 もっとも当時、ロキ・ファミリアはリヴェリアも傍観する程の戦力がなかった為に見たわけではなく情報だけだ。ともあれ、その情報を知る者もまた非常に限られているとの内容が付け加えられていた。

 しかし、理由まではリヴェリアも耳にはしていない。元々がヘラ・ファミリアとの関りがなかった為に、その辺りの詳細な情報までは下りてくることがなかったようだ。

 

 考えられる要因としては、先程リューが口にした内容。アルフィア自身の口から洩れたものだが、彼女の身体を蝕んでいた病と考えるのが最も妥当な線だろう。

 三大クエストの一つ、リヴァイアサン。巨体に恥じない耐久性の高さは容易に想像できるものがあり、繰り広げられたであろう死闘によって病が悪化したという内容だ。

 

 そのことを口にするタカヒロだが、リヴェリアもアルフィアが病に侵されていた点は知っており、妥当だという言葉を残している。続けざまに、かつてゼウスとヘラ・ファミリアの者達が、何度も“次世代の英雄”に期待することを口にしていたと語るリヴェリアは、アルフィアの想いを連想させるかのような内容を告げている。

 

 

「ではリヴェリア様。“静寂”は、彼女が“悪”と貶されると知りながら、私たちに……。ですが何故、そのような真似を」

「自分で自分の殻を打ち破ることができれば最良だが、“強くなれ”と言われただけで“強くなれる”ならば、誰も苦労することはないだろう」

 

 

 リヴェリアの代わりに口を開いたタカヒロだが、それは話を聞く四人が納得できる内容だった。特に今ここにいる四人は命を懸けた苦労の果てにランクアップを続けてきたため、猶更である。

 では何故アルフィアがタカヒロのように教師のような立ち振る舞いを行わなかったかとなれば、教えている時間が“残されていなかった”為。手っ取り早いと表現しては語弊もあるだろうが、だからこそ、彼女の中では一つの選択肢として存在していたのだろう。

 

 事実、リヴァイアサンを討伐してから過ぎた時間は、彼女の中に巣食う病魔の成長を後押ししている。吐血する類のものとなれば、一般人ならば激しい運動が厳禁となる事が多く、その状態で死闘を繰り広げれば悪化しても不思議ではない。

 リヴァイアサンとの戦いの後に行われた決戦、15年前の黒竜討伐戦闘においては病気を理由に参加しなかったとなれば、7年前まで生き残っていたことにも理由が付く。しかし実際は病に蝕まれていた事、そして三大クエストにおいて終止の一撃を与えた事は、オラリオにおいて極一部が認知する程度となっている。

 

 

「それらの点については、知らない者の方が多いがな」

 

 

 様々な驚きから僅かに目を開いているリューが、静かに頷く。彼女とて冒険者になって以降、大抗争が生じた際に知った事実だからこそ、今や知っている者を探せとなれば難しい。

 

 

 ところで、それとは別に。今の話を聞いたアイズは、思う所があるようだ。

 

 

「リオン、さん。リヴェリアは、その時も、“静寂”と戦ったの……?」

「え?」

「なにっ?」

「アイズ……?」

 

 

 何故、リヴェリアが戦ったことになるのか。それもあるが、なぜリューに問いを投げるのか。続けて疑問符が口に出てしまったベルやリヴェリアですら、そんな回答しかできなかった。

 

 

 

 誰しもが、脳裏で“何が分からないかが分からない”という疑問符を浮かべる中。何故だか全てが理解できてしまったタカヒロだけは、とある“勘違い”に気付いたようである。

 

 

「アイズ君。“リヴェリアさん”ではなく、“リヴァイアサン”。かつてダンジョンから地上へと這い出した、水中を泳ぐ大型のモンスターだ」

「……」

 

 

 タカヒロの言葉を受け、明後日の方向に視線を向けたアイズは人差し指で前髪をクルクルとカール状に。どうやら図星であり先の発言を取り消したいようだが、そうは問屋が卸さない。

 

 

「「……えっ?」」

「……アイズ、話がある」

 

 

 予想の斜め上にも程がある間違いながらも、まさかの正解。最近は年頃の反応を見せているとはいえ、天然少女炸裂と言える光景だ。まさかの結末に、リューとベルもアイズへと顔を向けて「えっ?」とハモり具合を見せているのは仕方のないことだろう。

 強烈に物言いたげな翡翠の目線が冷や汗ダラダラなアイズへと向けられており、事実を知ったベルもフォローできずに苦笑するしか道がない。両サイドに逃げ場のないアイズは身体をベルに押し付ける様に逸らしており、向けられる鋭い視線を耐えようと必死である。

 

 リューに至っては、何も言うことも反応する事もできはしない。先程までの空気に戻ることはできなさそうだが、出るべき議題は全て出たと思われる為に問題は無いだろう。

 

 そんな事を考えながら、リューは眼前の微笑ましい光景に目を向ける。四人が二つのファミリアに居るという事実は、到底ながら信じることができない程だ。

 内容が内容だけに少し殺伐としているが、仲睦まじいことに変わりは無い。壁とアイズに挟まれ潰されどこか幸せそうなベルの姿は見ないこととするリューながらも、“人形姫”と呼ばれた頃を知っている彼女からすれば、ここまで表情豊かなアイズの姿を見るのは初めてだ。

 

 そして、その対面は輪をかけて驚く程のものがある。今にもテーブルを飛び越えんばかりの勢いを見せるリヴェリアの首根っこを掴む仏頂面のタカヒロという、エルフからすれば理解不能の構図であった。

 それでも、二人の気さくな仲は感じ取れる。彼女からすれば高貴でしかなかったリヴェリアがこうも砕けるなど、よほど相手に気を許していなければ在り得ないという事は容易に分かるものだった。

 

 

――――まるで、本当の家族のようですね。

 

 

 突如としてオラリオに現れたタカヒロのことはよく知らないリューだが、他三人についてならばある程度は知っている。だからこそ本当の家族でないことも知っているが、どうにも目の前の四人が家族に見えて仕方がない。

 目にしていると、思わず口元が緩みそうになってしまう。先程まで話をしていた7年前の大抗争では在り得なかった日常、4人で築き上げてきたのだろう当たり前の幸せが、ここには確かに存在している。

 

 

 一方で。ベルが願った奇跡とは、誰かが信じるからこそ起こるものに他ならない。

 例え信頼できる者から「悪党」の類と言われようが、それでもアルフィアを信じた一人の少年。その少年が“幸運”持ちであったのは、何かの因果によるものだろうか。

 

 

 それとも。病弱の身体でもって最後まで我が子を愛したと同時に、己に対して真摯に接してくれた“姉”の身体を案じていた、優しい女性が授けたものか。

 

 

 

 答えは、この場に居る誰にも分からない。

 

 

 

 ともかく、今の場において目の前のリヴェリアから逃げるためにアイズが必死なことは明らかだ。ベルとリューの首根っこを掴むと「ごちそう、さまです!」と呟き、わき目も振らずに街中へと疾走し消えてゆくのであった。

 

 

 

====

 

 

 

 時は遡り七年前、オラリオで発生した全ての動乱が終わりを迎える直前の時。極一部に灰色が混じる黒髪を持つ一人の男の神が、二人の神を前にして怪しげに口元を歪めている。

 ギラリと月明りに照らされ銀色に光るは、裁きの(やいば)。“正義”を掲げるアストレア・ファミリア、その主神が持つに相応しい(つるぎ)と言えるだろう。

 

 

 七年前の、隠された真実。それを知る、たった二人の神。

 オラリオにおいて今でも“絶対悪”と語り継がれる、悪神“エレボス”。

 

 

 その実、停滞していたオラリオの時計を進めるために悪となることを選択した。例え我が身の名声が地に落ちようとも、未来へと希望を繋ぐため。

 全ては、“約束された(とき)”を迎える子供たちの為に。オラリオ全ての者に憎まれ、恨まれることを覚悟していた一人の神は、舞台の表から消える際、最後にこう口にした。

 

 

 ――――憎まれる事こそが悪の本懐。俺は最後まで、“邪悪”を貫き続けるさ。

 

 

 かつて、そう口にした“悪党”は。盟友(ヘルメス)に対してさえ一つの事実を隠し、最後の最後にコッソリと神威(かむい)を使い。宣言通りに、悪者のまま送還されていた。

 

 

 

 未来を想い絶対悪となった、地下世界を司る神。基本として子を想い未来を案じる、優しい悪党。

 

 

 

 

 そんな存在の神様が――――“彼女”が垣間見せた母としての寂しさを、見逃すはずがなかったのだ。

 

 

====

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれから七年、か」

 

 

 オラリオでもダンジョンでもない、“とある森”の近くに位置する地方の森林地帯。50メートルに達する個体も見られる木々に生い茂る木の葉が掠れる程に小さく、しかし透き通った声が風に流れた。

 

 誰よりも強く、誰よりも美しく、誰よりも静かな声。かつて一人のエルフの少女がそのように評価した、凛とした旋律が同調する女性の声だ。

 

 冴えた銀の糸が降り注ぐかのような、木々の切れ目から微かに覗く月明り。そんな幻想的な情景に負けぬ少しウェーブのかかった長い銀の髪が優しく流れ、彼女の頬を優しく撫でる。

 見上げる緑と灰色のオッドアイを持つヒューマンの女性は、過去を脳裏に浮かべて目を閉じ――――いつも通り閉じたままだったことを思い出した。

 

 

 10年程前より続く、病の痛みと戦う辛い日々。神威(かむい)を受けたとはいえ未だ形を保つレベル7の身体に呆れる一方、己を蝕む痛みに耐えることが罪滅ぼしなのだと、甘んじて受け入れる日々を過ごしている。

 

 

「こちらでしたか、今宵は冷えます。明日の演習もさることながら、お身体に障りますよ」

「……ああ、差し支えては申し訳が立たない。そろそろ、戻るつもりだ」

 

 

 足元にまで伸びる程の、黒いゴシックドレスのような服装の一部が闇に紛れる。そんな女性を迎えに来たのが、とある村に住まう名もなき魔導士だ。

 恩恵を刻まれていないその者は、月を見上げていた女性に魔法のイロハを習っているらしい。聞けば理由は明らかにされていないが、色々な街を渡り歩き、似たような事を行っているとの事。

 

 

 その女性は少しでも罪を滅ぼし、“望む者”と再会する資格を得る事ができるならばと。もうかつての力の1割も出せなくなったとはいえ、各地を回り、持ち得る“才能”を使って教師のような役割を全うしているのだ。

 

 

 

 

 

 

 とある男が「キモ可愛い」という理由で呼び出し連れて帰った、ジャガーノート。そこから様々な者達を巻き込んで縁が生まれ、事態が進み露わになった、一つの真実(過去)

 

 

 こちらの物語が流れ着く先は、優しく見守る月にも分からない。

 




もともと本作ベル君の成長速度(技術の吸収面)については、当時は全く不明だったベル父から受け継いだという設定になっていました。
そこに暗黒期のイベントが始まり、まさかの父側のどんくささが露呈……した代わりに、アルフィアという魅力的なキャラも登場し、退場も記載されていました。
本作は、家族というワードが一つのテーマ。どうするかと考えた結果、闇派閥には圧倒的な絶望を。そしてエレボスにはちょっとだけ悪党になってもらい、このようなオリジナルになりました。
・プロット設定:@2020/12/01


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203話 トロイのエルフ

 

「まだ根に持っているのか、リヴェリア」

「……」

 

 

 天然少女の名に恥じないボケを炸裂させたアイズが、ベルとリューの首根っこを掴んで逃げるように店を出てから数分。膨れっ面で片肘をついて行儀悪く果実ジュースに口を付けるリヴェリアを横目見ながら、タカヒロは火山活動の終了を待っている。

 それでも“ヒュゴオオオ”などと無粋な音を立てて飲まない辺りは、ギリギリで教養の良さが残っていると言えるだろう。タカヒロが宥めるように頭を撫でると、火山活動も収束の傾向に向かっている。

 

 やがて青年の肩にもたれ掛かるリヴェリアだが、暫くすると突然「帰るぞ」と言って立ち上がる。何が感情変化の基準となっているのか未だに分からないタカヒロながらも、「女心なんてそんなものか」という偏見と暴論を抱きつつ彼女の横に並んでいた。

 会計を終えて街中を進み、黄昏の館へと戻ってくる。場に居たエルフたちの深い礼を横目に二階の廊下を歩いていた時、ふと鍛錬場の方から魔法による爆発音が響いてきた。

 

 

「おや、この魔法はレフィーヤか」

「よく分かるな」

 

 

 魔力を感じたのかどうかまではタカヒロには分からないながらも、リヴェリアは、鍛錬中の者がレフィーヤであることを感じ取ったようだ。横で「そうなのか?」と続けざまに問いを投げるタカヒロは、ただの爆発音にしか受け取れない。

 肯定の言葉を返すリヴェリアの横で注意深く耳をすませば、僅かに金属音も木霊している。そしてそれは刃と刃がぶつかるような音ではなく、例えば棍棒同士がぶつかるような鈍い音であった。

 

 

「魔導士であることを考慮すると……杖同士がぶつかる音、だろうか。魔法と同時となると並行詠唱を行っていることになるが、レフィーヤ君も、並行詠唱を取得していたのか」

「ああ。極最近の事だったらしいが、戦争遊戯(ウォーゲーム)があった頃から密かに知己のエルフに学んでいたらしい。私も驚かされた」

 

 

 何かを行いながら魔法の詠唱を行う、並行詠唱。これができるならば一流と評価される程のモノであり、鍛冶職人が“鍛冶”のアビリティを求めるのと同じぐらいに重要なものとなっている。

 リヴェリアの教導が始まった頃にタカヒロが学んでいたことの1つなのだが、同時にレフィーヤがソレをできないことも聞かされていた。リヴェリア曰く高等技術の中でも一、二を争うものであるために、難易度は非常に高いものとなっている。

 

 しかし現状は変わっており、手始めながらも既にレフィーヤは並行詠唱をモノにしているらしい。その実がどこぞのベル・クラネルに負けないようにと躍起になっていたことまでは知らないが、弟子レフィーヤの成長を嬉しげにタカヒロへと報告している。

 繰り返しになるが並行詠唱の取得は最も大きな山場の一つであるために、嬉しさは一入(ひとしお)なのだろう。無意識のうちに口数が増えており、タカヒロも視線を合わせて相槌を打っている。

 

 

 丁度その時、先程頭を下げていたエルフの一人が近くへと歩いてきた。リヴェリアが名前を呼ぶと、静かな駆け足で近寄って頭を下げている。

 敬意を払っていることの証なのだが、そのエルフにとってはドライアドの祝福を受けているタカヒロもまた同等の扱いと言えるだろう。そのために動作は丁寧なものとなっており、終わるとリヴェリアが問いを投げた。

 

 

「鍛錬場に居る者を知っているか?レフィーヤだと思うのだが」

「仰る通りです、リヴェリア様。しかし……」

「む?どうした」

 

 

 妙に歯切れの悪い回答となったために、リヴェリアが問いを投げる。三人にしか届かない程の音量で口に出された回答、レフィーヤと一緒に居る者についての内容。

 それに対してリヴェリアの片眉が少しだけ歪み、タカヒロがクエスチョンマークを浮かべていた。オラリオにおいては数多くの者が知っている内容でも、その青年にとっては全く聞いたことのない名前である。

 

 そのためにリヴェリアは、6年前に発生した事象に関する簡単な概要を口にしていた。横に居たエルフも相槌を打っており、内容の正しさを証明している。

 アストレア・ファミリアの最後やレヴィスを思い浮かべるタカヒロだが、逆にそれらが口に出されることはない。そのエルフと別れると、二人は木々の影から鍛錬場が見渡せる場所へと足を向けた。

 

 

「ここだ。向こうからは相当に注意しなければ見えないが、逆に此方からも見づらいぞ」

「問題があれば移動しよう、用心に越したことはない」

「そうか、分かった」

 

 

 備えあれば嬉しいな――――もとい、憂いなし。石橋をたたいたら壊してしまいそうなタカヒロは鍛錬の邪魔をするつもりはないようで、遠くから確認するに留めるようだ。

 木々の隙間から覗く視界には、二人のエルフが近接戦闘を行う光景が映っている。片方はレフィーヤだと直ぐに分かったタカヒロだが、もう片方の存在であるエルフについては目にするのは初めてだ。

 

 魔法の光に輝く、濡れたように美しい黒く長い髪。ベルと同じく珍しい赤目の瞳は、白を基調とした衣服と相まって輪をかけて特徴的だ。

 目にする分には、エルフのセオリーに倣って奇麗でとても美しいと評価できる容姿。動作の一つ一つに少女らしさが垣間見えており、実年齢的な話をすればレフィーヤに近いのだろう。

 

 そんな彼女の一挙手一投足から、タカヒロは様々な情報を収集する。特に戦闘内容については顕著であり、レフィーヤ相手に手加減している相手の本質を予測するのだ。

 間合いや重心の移動を筆頭に、要所要所に存在している“癖”もまた重要だ。そのうち気が逸れて「黒髪もいいな!」などと思っているエルフスキーは、現を抜かす程は見惚れていない。

 

 

 呑気な男の傍ら、リヴェリアは先程タカヒロに話した過去の悪夢を思い返す。ロキ・ファミリアは直接的にこそ関与しなかったが、当時の冒険者の間では相当の衝撃が走ったものだ。

 

 

 かつてダンジョン内部で発生した、“27階層の悪夢”と呼ばれる出来事。未だに風化しないこの出来事は、リヴェリアの記憶にも色濃く残っている。

 “ダンジョンで不審な動きがある”との偽情報を闇派閥が流し、有力派閥である冒険者パーティを27階層におびき寄せた件が事の発端。闇派閥は、そこに向けて大量のモンスターを誘導したのだ。

 

 モンスター除けの芳香剤があるように、その逆もまた存在する。使った手段はそれだけではないものの、ともかく種類も数も数えきれないほどのモンスターが冒険者に襲い掛かったのだ。

 もちろん冒険者も黙ってやられるはずがなく、敵も味方も死体の山が築かれる阿鼻叫喚の地獄絵図。文字通り真っ赤に染まったダンジョン27階層の光景は、まさに悪夢と呼ぶに相応しい。

 

 

 その中から唯一生還した、黒髪のエルフが居る。この情報がオラリオを巡るのに、あまり時間は要さなかった。

 

 

 そのエルフこそが、今タカヒロとリヴェリアの少し前に居るフィルヴィス・シャリア。その後、周囲から向けられるアタリは酷いものだ。

 同じファミリアのメンバーは元より、同胞のエルフからすらも「死妖精(バンシー)」と罵られる程。結果として必然的にソロ専門となっており、パーティーを組まない冒険者。

 

 ソロ専門と聞くと、どこぞのヘスティア・ファミリアにいる青年を思い浮かべる者もオラリオには何人かが居るだろう。その者もまたSAN値的な意味でパーティーメンバーを全滅させる恐れがあるために、もしかしたら同類なのかもしれない。

 

 ともあれフィルヴィスはその後に組んだパーティにおいて、彼女を除き全滅してしまう結果を残すこととなる。更には一度ではなく二度、三度と続いたことから、“死妖精(バンシー)という名の裏の二つ名がついてしまったのだ。

 故に彼女は、自分自身を「汚れた存在」だと容易に罵る。誰を頼ることもなく誰にも頼れない一人の少女の中で刻まれる時計は6年前の時間で止まっており、只一人そこに残され孤独という病に苛まれていた。

 

 

 そんな彼女に与えられた、新たな命令。噛み砕いて言えばロキ・ファミリアの戦力を調査し、ヘスティア・ファミリアとの関係を探る事。

 

 その内容が遂行しやすいように、ディオニュソス自身がフィルヴィスをロキに会わせて近づけた。何かと美人に弱いロキはレフィーヤを引き合わせ、結果としてフィルヴィスが並行詠唱を教えることとなり二人の仲が接近する。

 エルフのセオリーに従うように、フィルヴィスは気を許していない相手に対しては非常に素っ気ない態度をとる。レフィーヤを相手にしても同様であり、一方のレフィーヤは鍛錬を受ける中でもグイグイと押しに押してフィルヴィスとの距離を詰めていた。

 

 

 ロキ・ファミリアにおいて躍進するアイズ達。遥か先を歩くリヴェリアやフィン達へと近づくように、駆け足で道を進んでいることは同じファミリアの者ならば容易に知り得る内容だ。

 そこから一人取り残される辛さを知っていた、強くなるために藻掻き苦しむレフィーヤにとって。そしてベル・クラネルと似て根は優しい彼女は、同胞でもあるフィルヴィスを見放すことなどできなかった。

 

――――それ以上私に近づくな、穢れるぞ!

 

 再びレフィーヤへと向けられる、自虐という強い声。力のこもった顔から発せられるのは、やはりその類の言葉だけだ。

 そこに見え隠れする、もう一つの本音。せっかく知り合った同胞、それもほぼ同年代という存在と離れたくないという、年相応の気持ち。

 

 

 一方で、相手が抱いた感情もセオリーとは全く別だ。少しスパルタなところはあれど丁寧に教えてくれるフィルヴィスを見ているレフィーヤは、汚れているなどとは欠片も思わない。

 だからこそ、勇気を出して。レフィーヤだけは、彼女の手を取ったのだ。

 

――――フィルヴィスさんは、穢れてなんかいません!

 

 未だフィルヴィスの脳裏に強く残る、忘れられない一幕。元よりディオニュソスの命令で近づく機会をうかがっていたフィルヴィスからしても、“まさか”の出来事と言えるだろう。

 そんな事があったからこそ、親友と一緒に鍛錬に励む姿からは、辛い過去を経験した気配は伺えない。真剣さという表情の中に楽しさが伺えており、レフィーヤに対して真面目に応対していることはタカヒロやリヴェリアならば容易に分かることだった。

 

 そして指導を受けるレフィーヤの表情もまた真剣そのものであり、此度においては理想の足運びで間合いを外す。移動したまま続けられる詠唱、つまり並行詠唱される内容はリヴェリアが使う魔法であり、その詠唱も終盤となっていた。

 キリッと表情を一層のこと強くして、一方で黄昏の館を吹き飛ばすワケにはいかないので魔力を絞りに絞っている中で魔法の発動に集中する。そんな彼女は――――

 

 

「吹雪け三度の厳冬、終焉の訪れ、わー↑がー→なー↓はー→、ア~↑ルヴ!」

 

 

 フィルヴィス以外に誰もいない事を良しとして、調子に乗っていた。鍛錬に付き合っているフィルヴィスにとって突拍子もない出来事であったため、真顔で応えるしか道がない。

 なお、詠唱された魔法はしっかりと発動しているために集中力は維持しているのだろう。魔力を絞りに絞っているために威力は低いが、実戦となれば問題はない筈だ。

 

 ともあれ、フィルヴィスが謎のイントネーションを耳にして疑問を抱いたのは当然のことだろう。現に魔法の発動を確認してから、恐る恐る問いを投げている。

 

 

「……レフィーヤ、少しいいか。なんだ、そのフザけ……特徴的な、詠唱は。リヴェリア様のお叱りを貰うぞ」

「バレなければ大丈夫です!もう、あの時のリヴェリア様が本当に可愛らしくて可愛らしくて……!」

 

 

 腰横に手の甲を当て胸を張ってエッヘン顔から頬に手を当てクネクネし始めるレフィーヤだが、残念ながらバレている。まさに“壁に耳あり障子に目あり”、どこで誰の目や耳があるかは分からないのだ。

 

 

「……とのことだが、どうするつもりだ」

「しっかりと処す。あとでな」

「程々にしてやれよ」

 

 

 事の発端は自分自身であるために、リヴェリアも程々に抑えるらしい。その割には「しっかりと」と口走っているが、真相を知る者は極僅かとなるだろう。

 

 そんな矛先が向けられるレフィーヤが迎えようとしている少し未来の運命はさておき、今は鍛錬の真っ最中。何も聞かなかったことにしたフィルヴィスは、次なる内容を口に出した。

 

 

「ではレフィーヤ、次は此方がナイフを使って挑むぞ」

「ええっ!?」

「怯むな、知っているだろう。ダンジョンにおいては、防衛線を突破したモンスターに襲われることなど容易にあり得る!」

「で、ででででも心の準備が!」

「ダンジョンでそのような暇があると思うか、近接戦闘が苦手という言い訳は通用しないぞ!」

 

 

 中々のスパルタ具合はさておくとしても、内容としては理にかなっている。そのような感想を思い浮かべる観戦者二人の前で、フィルヴィスはナイフを抜刀した。

 

 

 タカヒロの眉間に力が入ったのは、その瞬間である。

 

 

 思わず殺気が溢れそうになるも、寸前のところで抑え込む。今この場において、己との繋がりを露呈することは避けねばならない。

 しかし感じ取った事象を隠蔽するには問題だと感じて、横に居るリヴェリアに対して非常に小さく声を掛ける。騒がしい闘技場とも相まって二人の距離でも声は聴きとりづらく、情報が漏れることもないだろう。

 

 

「リヴェリア、最大限に警戒しろ」

「どうした」

「あの黒髪のエルフ、フィルヴィスと言ったか。自分が18階層を調査している際に遭遇した、闇派閥の一人だ」

「なんだと……!?」

 

 

 手に持つナイフが、それを証明している。また、突きの動作や間合い、タイミングについてもあの時と同じであり、同一人物の可能性が高いだろうとタカヒロは判断していた。

 一番最初に出た判断理由に少しだけ呆れそうになってしまったリヴェリアだが、それよりも驚きが上回った。全面的にタカヒロを信用しているからこそ、口から出た情報は真実として受け取っている。

 

 ともあれそれが事実となると、レフィーヤを鍛えるという行動と結びつかないのは二人ともに感じることだ。もっとも、より親身になって情報を得るために教えているのだと言われれば納得してしまうかもしれない。

 

 

 しかし、こうして現場を目にしたが故に得ることが出来た事実。それがあるからこそ、二人揃って瞬時に考えを否定した。

 

 以前の18階層においてタカヒロが興味のない目で見降ろした、エルフの瞳。それとはまったく違う、奇麗で透き通った宝石のような(まなこ)をフィルヴィスは見せている。

 前者については知らないリヴェリアながらも、今のフィルヴィスの目を見て「濁っている」と表現することは無いだろう。“今”を楽しみ、それでいて真剣さを忘れない活力のある眼というのが二人の感想だ。

 

 だからこそ、警戒と共に謎が生まれる。なお事実としてはレフィーヤと一緒に居ることが楽しいと感じているフィルヴィスの本心が現れているだけなのだが、ベート言語よろしく、流石にこれを感じ取れと言う方が酷だろう。

 

 

「ともかく、ロキには伝えておいた方が良いだろう。来てくれタカヒロ、事は迅速に済ませたい」

「ああ」

 

 

 ひょんなことから、事態が動くことに変わりは無い。リヴェリアの背中を守るようにして、タカヒロも場から離れるのだった。



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204話 腹の内の探り合い

 

 二人の行先は、ロキ・ファミリアの主神室。相も変わらず机に腰掛けているロキは知人ならば誰に対してもこのような対応であり、良くも悪くも気軽さが伺えた。

 最初にリヴェリアとタカヒロが訪ねてきたときは、「いよいよ結婚かー!」などと茶化してぶっ飛ばされる覚悟を抱いた主神ロキ。しかし言葉を発しても相手方の反応が冷たすぎるために、真面目な話かと咳払いののちに向き直った。

 

 

「フィルヴィスというエルフは、闇派閥の一員だと捉えている」

「……なんやて?」

 

 

 茶化し返されているのかと勘ぐる一言で、ロキの態度はまたもや一変した。糸のように細い目を僅かに開き、眉間に力を入れてタカヒロの目を見据えている。

 神の瞳は子供が口にした嘘を見抜くが、ロキの目線ではタカヒロが嘘の類を口にしているとは受け取れない。また、それを抜きにしたとしても彼女は青年を信用している為に猶更である。

 

 実はヘスティア・ファミリアが結成される少し前から、ヘルメスとロキ、そしてディオニュソスの三名は、互いが互いに闇派閥に関与しているのではと探りを入れていた状況なのだ。関与していないという確たる証拠を見つけることが出来ず、一方で相手を警戒して出せない為に、戻ることも進むこともできず足踏みしていたというワケである。

 しかしここ1年で関係は大きく変わり、前回、ギルドの地下にてウラノスやタカヒロと共に情報を交わしたことで、ロキのなかでヘルメスに対する闇派閥の疑惑は非常に薄いものとなっている。

 もっとも、ヘルメスが何かしら別の“依頼”を受けている事はロキも見抜いているが、具体的には分からない。何かしらの支障があるワケでもない為に、今は気に掛けていない状況だ。

 

 

 話は戻り、フィルヴィスというエルフが闇派閥である判断根拠を耳にした時は、リヴェリアと同じく少し呆れかけたロキだが、もし本当だと仮定するならばディオニュソスもまた闇派閥の一員となるだろう。故にロキとしては、タカヒロを信用しているとはいえ慎重に判断したいところなのだ。

 

 

「タカヒロはん。エニュオって言葉、聞いたことあるはずや」

「ああ、詳しくまでは知らないが」

 

 

 タカヒロも24階層で耳にしてレヴィスに問いを投げたことがあるものの、特に気に留めなかった名詞らしき言葉。どうやらロキは、その言葉の意味を知っているらしい。

 神々の言葉で“都市の破壊者”という意味合いを持つらしい、エニュオという言葉。24階層から帰還したリヴェリアから「闇派閥がオラリオの破壊、死の世界の再来」を企んでいることも聞いていたロキは、まずその意味で間違いないと結論付けている。

 

 都市の破壊者で神とくればタカヒロが思い浮かべるのは、己が装備を更新した際に召喚していたサンドバッグ――――ではなくベンチマーク――――もとい、砂漠の申し子“キャラガドラ”。

 少し前までデイリーで屠っていたそんな(ラスボス)を思い浮かべたのだが、どうやらロキ曰く、エニュオとは神の名前ではないらしい。故に“試しに”召喚させて“答え合わせ”などというイベントが生じることはなく、ヘスティアの胃は守られることとなった。

 

 

 ともあれ、今の闇派閥の上にエニュオなる存在が居ると仮定する。そしてレヴィスの言葉を全面的に信用するならば、闇派閥も含めてエニュオからの指示は絶対的だったらしい。

 エニュオなる存在が上に立ち始めた経緯から知る彼女曰く、エニュオから伝えられた言葉通りに事を進めたならば上手くいき、なおかつ都市に被害を与えることが出来たために必然と発言力を持ったそうだ。7年前などにおいては色々と計画倒れのところがあったために、輪をかけているのだろう。

 

 

 なお。此度においては過去最大のイレギュラーを相手にしなければならないのだが、その点が考慮されているかとなればお察しだ。加えてレヴィスとジャガ丸という、二枚のジョーカーが加わっている悲惨な状況は揺るがない。

 もっともウラノス陣営を筆頭にロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアが全力を挙げて秘匿している為に、世間的にはベル・クラネルを除くジョーカー達の存在は秘匿されている。いつかは表に出るかもしれないが、今のところは闇の中だ。

 

 

 ある意味では、歴代のオラリオにおいて最もヤベーファミリアという判定が下される。それこそが、今のヘスティア・ファミリアなのである。

 

 

 そのような点はさておくとして、ロキとしては、何かと理由を付けて「ギルドが怪しい」と連呼していたディオニュソスの動向について疑問符が強くなっているらしい。ロキ・ファミリアとて色々とコソコソ動いていたというのに、まるでギルドが悪役であるとリードするかのような発言を繰り返していたのだ。

 

 これらの会話については、24階層へ二人を送り込む直前にも交わされていた内容であることがロキの口から告げられている。もっとも、本人を前に「ロキ・ファミリアが怪しい」などとは口にしないだろう。

 この点についてはタカヒロが新たな情報を持っており、ウラノスに接触してきた神はヘスティアとロキだけというのが現状だ。まるでロキを味方につけたいかのようなディオニュソスの行動は、ウラノスとヘルメスが白と分かっているロキとリヴェリア、それぞれが抱く疑惑を更にかき立てることとなる。

 

 

 しかし根源の約一名、根っこが妖精嗜好(エルフスキー)である彼は、神々なんぞ“どうでもいい”。浮つく心は持ち合わせていないものの、珍しい黒髪のエルフということで、フィルヴィスのことが気になっている。

 

 

「事情は分かった。リヴェリア、フィルヴィスというエルフについて、何か聞いているか?」

「相手が相手でな、あまり詳しくは聞けていない」

「そうか」

 

 

 内心では、とても残念がる妖精嗜好(エルフスキー)。口調や表情一つ変えていないのでリヴェリアに感づかれることはないが、もしも知られれば“嫉妬激怒高貴妖精(プンスカハイエルフ)”が誕生することだろう。

 

 それはともかく、レフィーヤにフィルヴィスを近づけたのはロキである。レフィーヤとフィルヴィスの仲睦まじい姿を身て「久々の“百合(ユリ)”や!」と、当時はテンションが上がっていた。

 しかし蓋を開けてみればトロイの木馬である可能性が浮上しており、「迂闊やったか」と呟きながら珍しく反省の色を見せている。眉間の皺は取れておらず、口調も渋い。

 

 

「ロキ。仮に神ディオニュソスが闇派閥の一員だったとして、エニュオとは誰になるのだ?」

「うーん、それこそ想像できへんなぁ……」

 

 

 ――――タカヒロはんは、どうやろか。

 己が手詰まりならば、神々からしても奇想天外な行動を見せる彼はどうか。テーブルに肘をついて顔を支えるロキはタカヒロへと視線を向けている。リヴェリア宜しく身体の前で腕を組んだタカヒロは、抱いていた考えを口にした。

 

 

「闇派閥の人員構成は、ファミリアの数を含めて多岐にわたるのだろう。エニュオが味方にすら素性を隠すのは、何処からか漏れる情報すらも警戒して慎重に動く為。しかし、逆を捉えるならば己の目で真相を判断したい筈。だからこそ実戦を伴わず、指揮系統を行う一方で裏方に徹するはずだ」

「あーウチ等と同じか、せやろなー。裏方っちゅーと情報戦っちゅーこと……ちょい待ちや」

 

 

 ――――まさに、ロキ・ファミリアやヘルメス・ファミリアの戦力が得た情報をアテにしている、今のディオニュソスではないか。

 そのような思考を抱くロキ。仲間にすら秘匿する程に慎重ならば、「自分はエニュオではない」と明言しつつ実力をひけらかすようなヘマはないだろうとタカヒロは口にしている。

 

 

 なおタカヒロが口にした考察は、実は色々と間違っている。ファミリアの数が多数という部分と、そもそもにおいてこの発言は、“敵の神=強い戦闘力を持った存在”という過去の刷り込みの元に行われているのだ。

 ロキの指示を受けて実力を隠している彼自身のように、うかつに戦闘へと参加できないだろうという考えと同類だろう。思考の結果としてゴールに辿り着きかけているのは、“どの道になろうがエニュオの計画は頓挫する”為に“運命そのもの”が抵抗を諦めているのかもしれない。

 

 

「ロキ。突破口になりそうなお題目は、一つあるぞ」

「ん、なんやろか」

 

 

 意味深と捉えることができる、タカヒロが提案した発言。ディオニュソスが天界に居た頃の繋がりとなるのだが、故に咄嗟の場面となればその者の名前が出るだろうと、ここに情報戦が開始されることとなった。

 

 

=====

 

 少し前に密会を開いたことがある場所へと、ロキはディオニュソスを呼び出した。部屋に居るのは神だけであり、防音の効いたドアならば、音が漏れることもないだろう。

 

 話としては、ディオニュソスがロキ・ファミリアへと送り込んだフィルヴィスについての内容だ。もっともトロイの木馬であることには気付いていない振りをしつつ、終始にわたってロキは明るい様相で感謝の言葉を述べている。

 レフィーヤが並行詠唱を完璧と言える程に取得した点。同世代・同実力のエルフとなる“フィルヴィスたん”と鍛錬していることでレフィーヤの実力が目に見えて向上していると、感謝する様相を振りまいている。

 

 

「ハッ、まさかディオニュソス。お前さん、あとで莫大な授業料吹っ掛ける気やな!?」

「はは、そんなケチ臭いことはしないさ。それに、“無い所”からは貰えないよ」

「一言余計やわ、アホ」

 

 

 一方で、彼女らしさは忘れない。単に感謝するだけでは怪しまれるために、こうして捻りを入れているのだ。

 そしてディオニュソスからすれば、たった一人の冒険者が少しばかり成長するという内容などケチ臭いに等しいものがある。今のフィルヴィスがこの本心を耳にしたならばディオニュソスへの献身が崩れ始める程なのだが、生憎と双方ともに気付く切っ掛けが存在しない。

 

 何せディオニュソスは、ロキ・ファミリアへと近づくことについて程度の報告こそ受けているものの、よもやフィルヴィスが仲睦まじい関係を喜んでいることなど知らないのだ。“やれ”とだけ言わせて結果が出るまで放置する、最も悪い上司の一例と言えるだろう。

 故に二人の間に出来かけている歪は、未だ発見されることなく残っている。もっともそんな事情を知らないのはロキもまた同様であり、レフィーヤの成長自慢の話が暫く続いた後、ロキが“お題目”を口にする。

 

 

「実はレフィーヤが、フィルヴィスたんの短剣捌きを誉めとってな。本人に聞くのも恥ずかしいゆーてたんやけどレフィーヤもああなりたい言うてんねや」

 

 

 あながち間違ってはいないのが実情ながらも、もちろんロキの“でっち上げ”である。レフィーヤ本人に尋ねることがあれば、恐らく否定も肯定もできずに顔を赤らめて右往左往することだろう。

 

 

「はは。魔法剣士となれば、難しい職業だよ。それに、今から転職するのは厳しいんじゃないかい?」

「せやけど、恰好だけでもマネできたら言うてんねん。フィルヴィスたんが持っとる短剣、どこで買ったんや?オーダーメイドなんか?」

「……えーっと、そうだ。ヘファイストスにオーダーした一品だよ」

 

 

 少し間の空いた回答に、ロキは表情に出さずして内心で疑問を抱く。それは、鍛冶を司るファミリアの運営スタイルにあった。

 基本としてオラリオにおいてオーダーメイドの武器・防具を承っているのはゴブニュ・ファミリア。ヘファイストス・ファミリアは少しの例外は有れど、基本として「こんな武器ができました、買いませんか」と言うスタイルだ。

 

 故に、ヘファイストス・ファミリア、それもヘファイストスに対するオーダーメイド依頼となると中々にハードルが高いものがある。タカヒロのような特別な間柄があれば話は別だが、基本としては断られることが大半だ。

 ディオニュソス曰く、「昔のよしみでお願いした」と爽やかさな表情で回答している。天界においてソコソコの交流があったことを知っているロキは、「なるほどなー」と流していた。

 

 

「ええなー、ウチも魔剣の数本、作ってくれんやろか」

「ははは、お金が無いと難しいんじゃないかな?」

「ぐぇー」

 

 

 今まで通り、終始、陽気さを前面に対応するロキ。この辺りは、普段から見せている陽気さが活かされている格好だ。

 さすがのディオニュソスもフィルヴィスも、まさか暗闇の中で使用した武器から素性が割れているとは思っていない。故にこの対談については、あまり警戒されることはなく終了した。

 

====

 

 そして翌日、ディオニュソスの発言は、リヴェリア経由でタカヒロへと伝わることとなる。“あの程度のナイフ”がヘファイストスのオーダーメイドなのかと、違う意味の疑問と怒りが生まれることとなった。

 もちろん真相としては、聞いてみるほかに道がない。とはいえどこに目や耳があるか分からない為に直ぐには動かず、タカヒロは機会を伺うこととした。

 

 

「ところでヘファイストス。このファミリアは既製品の販売が主業務だったと思うが、こうして当然のようにオーダーをしていて問題はないのだろうか」

「他の子なら絶対に断るわ。でも作るのは私だし、貴方のオーダーなら大歓迎よ!」

 

 

 そのオーダーメイドを依頼して支払いが分割となっているタカヒロが、鍛錬疲れで少しやつれたレヴィスと共にヘファイストス・ファミリアへと訪れた時。深層の素材を目にしてポンコツと化しているヘファイストスに対して、それとなく訪ねていた。

 もちろんタカヒロがオーダーメイドを許されている理由としては、女神への貢物(ドロップアイテム)がある為に他ならない。一応は青年の人格も考慮してオーダーメイドを受けているヘファイストスだが、貢物のウェイトが大半を占めているのは仕方のないことだろう。

 

 

「それはありがたい。ところで他なら断るとのことだが、他の神からオーダーメイドを頼まれることもあるのか?」

「他の?えーっと、オラリオに来てからは……」

 

 

 記憶を探る事に少し時間を要した返答としては、オーダーメイドに応えたのはロキとヘスティアぐらいという内容だ。ヘスティアについては結果的にヘファイストスは直接の関与をしておらず、ロキのオーダーに対して応えることはあれど「炎の魔剣」と言ったようにザックリとした括りであり、明確にどうこう指定することはないらしい。

 

 そのようなオーダーを受けるにしても、実際に打つのは椿などの最上級鍛冶師となる。ロキもその点は分かっており、ヘファイストス本人に対して「作ってーな」と言ったことがあるのだが莫大な金額を要求されて一度だけのやり取りとなっている。

 餅は餅屋というワケではないが、ロキが細かく条件を指定しないのはヘファイストスを信用している為。オラリオにおける最大派閥に「任せておけば間違いない」と言わしめる、ヘファイストス・ファミリアが持つ実力だ。

 

 

 ともあれ、タカヒロを相手にしてヘファイストスが嘘を吐くことは考えられず、ディオニュソスの発言が嘘である可能性が高くなる。これまた情報がリヴェリア経由でロキへと伝わることとなり、ロキの中でディオニュソスに対する疑惑は一際大きくなるのであった。



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205話 エニュオは誰だ

 猛ることなく静かに燃え続ける松明が、地下室と言う闇に朱色の灯りと熱気を灯す。いつもは静かな様相を崩さない部屋なのだが、今日は複数名の声が残響となって響いている。

 とはいえ、最近では珍しくもなくなった光景とも言える。オラリオの防衛を目的とした会談が、秘密裏に行われているというワケだ。

 

 

「――――っちゅーワケや。どやろか、ウラノス」

「……確定的な証拠は無いが、限りなく黒、か」

 

 

 ディオニュソスが闇派閥の一員ではないか、というロキの推察。もしもこれで裁判を起こしたところで有罪となる確率は低いかもしれないが、全く無関係の判決となることはないだろう。

 ウラノスも推察を受け入れており、暫くは“知らぬ存ぜぬ”を装い泳がせる方向で決定した。基本的にディオニュソスと会っているのはロキであり、天界のトリックスターと異名を持つ彼女ならば、応対についても問題は無いだろう。

 

 

 一方で、その後しばらく続いた、ロキ・ファミリアによる調査結果。オラリオの郊外で見つかった数か所の怪しい扉の場所も判明し、纏めて一斉に破壊する計画で秘密裏に事が動いているらしい。

 人数の多さもさることながら、実力者に優れたロキ・ファミリアだからこそ出来る芸当。ウラノスの指示でヘルメス・ファミリアがバックアップに回っている為に、まさにサポートは万全だ。

 

 

 防衛側の戦力を用いて大きく動く理由には裏がある。ウラノス陣営が抱えている切り札、その中で最も強力な一枚から相手の眼を逸らし、隠し通す為でもあったのだ。

 糸のような目でチラリと横目見るロキの視線の先には、戦いとは無縁と言えるワイシャツ姿の自称一般人。横ではジャガ丸がフェルズに対して爪を向けており挨拶(威嚇)の姿勢を崩さないが、タカヒロ曰く「じゃれ合い」らしい。命がけのエクストリーム・ドッグカフェである。

 

 ともあれジャガーノートという存在がダンジョンの免疫機構という未知の存在を知ったロキは、そのような事実があったことに対して目を見開いて驚いたほどだ。話を聞かされた当時は目を見開いて意識を手放していたヘスティアとは、まさに対照的である。

 なお、それをテイムするという更なる規格外については双方揃ってスルー安定。何をどうやって事を成したのか明るみにしてはいけないと、本能が警告を発して“神回避”を披露しているのだ。世の中には、秘密にしておいた方が良い事もある。

 

 

 そんな話はさておき、話題の中心は闇派閥へ。ヘルメス・ファミリアが集めてきた情報――――流石にレヴィス以上の情報は全くないが、そちらも併せて議論されている。

 最もホットな話題としては、“エニュオ”なる存在が誰かと言う点だろう。実質的な敵の頭であるだけに、人物像だけでも把握する必要があるのは明らかだ。

 

 

 なお結論としては、全くもって進展なし。協力関係にある二人の神は、双方ともに顎に手を当てて上を向いた。

 

 

「むむむ。そうか。そっちも、進展は無いようだね……」

「せやかて、えーかげんに目ぼし付けんと、えーように動かれてまうで。エニュオっちゅーのは結局誰なんやろか」

「うーん、全く想像にもでき」

「自分だ」

 

 

 そんなロキの疑問とヘスティアの苦悩に対して、まさかの人物が回答を示す。腕を組んだままのタカヒロは静かに、そして仏頂面のまま、繰り返し口にした。

 

 

「自分が、エニュオだ」

「……嘘つけい」

「大嘘だぜ、タカヒロ君」

 

 

 謎ムーブに対して女神二人の物言いたげなジト目が飛び交うも、当の本人は仏頂面で、どこ吹く風。もしも本当なら“詰み”である為に、言葉が出された瞬間だけは、ロキの背中に悪寒が駆け巡っている。

 ヘスティアについては何事もないのだが、そこは彼に向ける信頼の差によるものだ。数名ながらも、神々から畏怖と同時に信頼を得ているのがタカヒロという男である。

 

 オラリオには居ないが、エンピリオンやメンヒル、ドリーグなども筆頭だ。オラリオにおいては、ヘスティアやヘファイストスが筆頭だろう。

 

 

 ウラノス?呼吸が止まりかけています。フェルズ?固まったまま動きません。ただのカカシでございます。ジャガ丸?止まったフェルズをツンツンしています。

 

 

 そんな二名は戦線離脱、ジャガ丸は腰を下ろしてタカヒロの椅子として戦線復帰。ともあれ何故、先の嘘発言があったかをヘスティアが問うと、嘘を見抜くことが出来る神の能力を使って、解決に向けた方法を意識して貰ったとのこと。

 ということで、エニュオが誰か分からないとなれば、オラリオの住人を全て集めて「エニュオを知っているか」との問いを投げ、「分からない」と言わせて炙り出すというゴリ押し具合を提案中。間違ってはいないが出来るかどうかとなれば否となる選択が、受け入れられることは無いだろう。

 

 

 ゴリ押し具合を提案するタカヒロは一方で、マトモな思考も抱いている。フィルヴィスが闇派閥で、その主神のディオニュソスもまた闇派閥に関する疑惑が強くなっているのが現状なのはロキとヘスティアも知るところ。

 一方で現状の情報収集網となれば手詰まりである為に、ディオニュソスがエニュオという疑いを行ってみる他に道は無い、という内容だ。もちろん根拠なんて一切なく、思いついたままの発言と表現しても過言は無いだろう。

 

 

「ん~、ディオニュソスなぁ……」

 

 

 最近は何度か顔を合わせているものの、「根底としては、どないな神やったやろかー」などとロキは呟きつつ、あまり知らない類であったことを思い返していた。だからこそ“灯台下暗し”だったとしても、在り得るだろうと結論を導き出す。

 もし仮に、ディオニュソスがエニュオだとロキは脳内で仮定する。資金についてはイシュタル・ファミリアが担当していたとして、ならば闇派閥を含め、それらを動かす事がエニュオの仕事だと結論付けた。この点は、エニュオが誰であろうとも変わりはない。

 

 ならば、それが“出来る”程の知略が居る。偶然が積み重なって出来てしまうような内容ではなく、それこそ素人では不可能だろう、過去に経験したことのある者だろうと考えながら、ロキは口元を手で覆っていた。

 ちなみにイシュタルがエニュオだったという線については、ロキやウラノス達も可能性として残している。こちらについては死人に口なしということで、ディオニュソスよりも情報が少ない為に行き止まり、むしろ現状ではこの二択しかないのが実情だ。

 

 

 そもそもにおいてエニュオとは、“都市の破壊者”。ギリシャ神話に登場する殺戮および戦闘の女神で、オリンポス十二神とも関係のある存在である点は神々も承知している。

 ディオニュソスが当該の神話に絡んでいる一方で、イシュタルはメソポタミア神話の出身。だからこそ神々は無意識のうちに、自然とディオニュソスへとウェイトを傾けている。

 

 当時のオリンポスにおいては、簡潔に言うならば“代表者の12神”を決めるという規定があった。ガントレットの更新時にタカヒロが参考にしたオリンポス神話であり、このオラリオの地においても何名かが顔を揃えている。

 

 タカヒロが絶対女神として認定してしまったヘファイストスを始め――――始めというワケではないのだがヘファイストスもメンバーに含まれており、ロキとウラノスの下っ端となり扱き使われているヘルメス。いつか喧嘩を売ってきたアポロン、そしてヘスティアがタカヒロの知るところだ。

 ここでヘスティアがデメテルが居る事とアルテミスも地上にいた事を伝えており、ロキがポセイドンもオラリオ郊外に居ると付け加えている。かつてゼウスとヘラが居たとなれば、オリンポス・メンバーのほぼオールスターと言って良い集結具合だろう。

 

 

 そしてヘスティアは、過去を懐かしむように目を閉じんてウンウンと唸っている。神話が違うために首を傾げるロキに対し、オリンポス十二神について口にしたいことがあるらしい。

 

 

「あの時ディオニュソスは、十二神に選ばれなかった事について酷く落ち込んでしまっていてね。だからこそ、このボクが!十二神の地位を、彼に譲ってあげたのさ!」

「……お前さん、ただサボりたかっただけやないか?」

「にゃにぃ!?」

 

 

 キシャーッ!とでも言うべき声と共にツインテールが荒ぶり、両手を上げてロキに対して威嚇中。表向きには否定しているが実は正解であり、“ぐうたら”具合が顔を出していたというワケだ。

 それはともかく、結果としてヘスティアの座にディオニュソスがついたらしい。そしてヘスティアは、再びご隠居の生活を始めたというワケだ。

 

 そこまでして十二神の座に就いたのは、何かしら意図的なことがあったのか。探偵へとジョブチェンジしたわけではないが、ジャガ丸に腰掛けるタカヒロは、今得ている情報から考えを巡らせている。

 そんな最中も話は進んでいたようで、話題の中心はディオニュソスの過去。ヘスティアが呟いた文言に対して、ロキが問いを投げていた。

 

 

「ほー?ディオニュソスは、純粋な神と神に生まれたってワケやないんか」

「うん。ディオニュソスの母は人間で……って言っても只の人間じゃなくて、その母親は、“カドモス”の娘なんだよ」

「……」

 

 

 推理中に思わず席を立ちあがったタカヒロは、言葉を耳にして固まってしまう。たった一文の中に色々と情報量が多すぎる為に、今までの話など全て吹き飛んでしまった。ジャガ丸も立ち上がり、移動を始めている。

 

 ちなみにだが此度の話に登場した“カドモス”とはギリシャ神話における登場人物であり、51階層で犠牲になっているカドモス君とは無関係。続けざまにヘスティアがそのことを口にしたために、あらぬ誤解が生まれることはなかった。

 神々の家系図としては、カドモスの娘であるセメレーが身篭った子供だ。相手が誰かとなれば某下半神(ゼウス)となるのだが、これは神話における日常なので詳しくは省略する。ともかく、その子供がディオニュソスである。

 

 しかし一方で、此度の会話においては“神と人間との間に子が生まれること”を神が口にしたという現実も生まれている。「会ったのは随分と前だぜ」などと口にするヘスティアだが、神々基準である為にウン万年で済むかどうかも怪しい程だ。

 とはいえ子供が生まれる点についてロキも否定していない以上は事実なのだと考えるタカヒロだが、今現在はあまり重要ではないだろう。どこぞの赤髪の鍛冶師が耳にしたならば喜びそうである内容の為に、此度の点は土産話としては上等だ。

 

 それにしてもヘスティアは随分とディオニュソスの事について詳しいなと内心で思いながら、タカヒロは表情こそ変えないもののヘスティアの言葉に耳を傾けている。確かに内容から判断するだけでも、この場において最もディオニュソスに詳しい者と言えるだろう。

 最近は様々な情報を交換しているロキとはいえ、あくまでも表面上だけのやり取りだ。“駆け引き”と言い換えても差し支えのない会話を、当時の状況も交えて説明するロキだが、やはり上辺の内容しか口にすることが出来ていない。

 

 

 ヘスティアによるディオニュソスの紹介文においても、クリティカルに迫る内容までは出てこなかった。しかしポツリとヘスティアの口から言葉が零れ落ちたのは、結局のところ重要なことは分からず仕舞いかとタカヒロとロキが考えた時だった。

 

 

「でも、ロキの言い分からするに、ディオニュソスの病気は治ったみたいだね」

 

 

 敵である可能性が高いと知りつつも、まるで自分や身内の病気が治ったかのような晴れ顔で。嘘や冗談を言っているようには到底見えない表情で、ヘスティアは先の一文を口にした。

 

 

 ピタリと、華奢な身体が固まった。僅かに目を開くロキは、真っすぐヘスティアへと顔を向けている。

 

 

「……ディオニュソスが、病気、やて?どういうことやヘスティア。自分、何言うとる」

「へ……?」

 

 

 身長差があるために互いに上と下を向いて視線を合わし、同じように片眉を歪めて首をかしげている。どうにも二名の中で、ディオニュソスという存在に剥離があるようだ。

 ロキやフレイヤは全く別の神話において登場する神の為に、ディオニュソスの過去を知らなくとも仕方ないだろう。黙っていたままでも伝わらないかと考えたヘスティアは、自身がそのような言葉を出した経緯を説明し始めた。

 

 

「ロキ、知らなかったのかい?てっきりボクは、君達が“殺し合いを企てていた似た者同士”だから――――」

「ちょい待ちや、せやから何を言うて――――」

 

 

 もしもロキがディオニュソスを簡潔に表現するならば、“優男”。周りに対して、特にオラリオに住まう子供たちに見せる紳士さは、ディオニュソスが持ち得る人気の一つになっている。

 それらについてはロキも知っている範疇で、彼女が知るディオニュソスからは、ヘスティアが口にした内容の傾向は欠片も見られなかった。“天界のトリックスター”と呼ばれ、相手の裏を読むことに長けているロキですら、想像すらもつかない程に。

 

 ヘスティアが口にした「病気が治った」とは、ロキが口にしたディオニュソスの内容からは癇癪さが伺えなかったからだ。そもそもにおいて、あのディオニュソスが“他の神とつるんでいる”という事実が、ヘスティアにとっては疑問だった。

 天界に居た当時のロキも相当と呼べるほどに荒れており、大人しくなったのは下界へと降りてきてからの事。故に根底としては双方ともに気が合うのかとばかり思っていたヘスティアだが、ここにきて見事に考えを否定された格好だ。

 

 ヘスティアが口にした“病気”とは、天界で殺し合いを企てていた点ではない。殺し合いを企てた“理由”にあり、単純にツマラナイ事情から癇癪を起していた点だ。

 当時だけではなく、以前から癇癪沙汰は繰り返されていたらしい。ヘスティアは全く口にしないが、オリンポス十二神をディオニュソスへと譲ったのは、当時も癇癪さが垣間見えた為に争いへと発展することを“怖れた”点も含まれている。

 

 

「あの時のディオニュソスは、本当に怖かった。“争いに巻き込まれる神を見て、喜んでいた”ぐらいだよ」

「……ウチが言えた口やないが、相当やな」

 

 

 つまるところ。ディオニュソスの何処が悪いかとなれば、頭の病気と言えるだろう。死ななければ治らない、現代医学すらも匙を投げる不治の病である。

 「よくいる神じゃん」とでも言いたげなタカヒロは、ケアンの神々が見せた奔放(フリーダム)さに毒されている為にそのような考えも仕方なし。約一名が抱く呑気な考えを他所に、ロキとヘスティアの問答は続いてゆく。



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206話 困った時の神頼み

 

 消える様相を見せない松明によって、言葉もまた照らされ続ける。床と同じように心と言葉に影が落ちている状況は、暴かなければならない真相へと近づいている為でもあるだろう。

 ヘスティアとロキによる考えの交わし合いは、未だ終わる気配を見せていない。とはいえ互いの意見を表すことは大切であり、普段こそ取っ組み合っている二人だが、そのようなことが出来るのは心の奥底では信頼しているが為の事だ。

 

 

「せやかてヘスティア。ディオニュソスが天界で暴れとったっちゅー話やけど、今もオラリオで似たようなコトやっとると思うんか?」

「ちょ、ちょっと待ってよロキ!流石にオラリオでそんな事をしていたら、ウラノス達が気付いているんじゃないかい?」

 

 

 ヘスティアの言い分も真っ当な内容だ。1000年前からオラリオにあったと言われている闇派閥だが、構成するメンバーについては膨大とは言えない程度。故に構成員一人一人の作業量も比例するはずであり、それこそ暇な奴となれば資金提供者ぐらいの者だろう。

 だからこそ、ディオニュソスが闇派閥だというのに、“ディオニュソス・ファミリアのメンバーについての活動が少なすぎる”という矛盾に気が付いた。タカヒロを経由してウラノスが白と分かるまではヘルメス・ファミリア、ディオニュソス・ファミリアの両方に斥候を張り付けていたロキだが、ディオニュソス・ファミリアによる“悪”の活動報告は挙がっていない。

 

 

 ディオニュソス・ファミリアの全員を総合して“エニュオ”と名乗るのは無理があるだろう。いくら神とその眷属とは言え、全員の考え・作戦内容を一つにして、他の派閥へ命令することなど不可能だ。

 主神のディオニュソスと団長フィルヴィスだけが“エニュオ”と想像すれば、まだいくらか可能性は高くなる。卓上論の域こそ出ないが、「フィルヴィスというエルフは闇派閥」というタカヒロの言葉を神々が信用しているからこそ、ロキたちが抱く考えは真実へと近づいていた。

 

 

 となれば、仮定に対する証明を行うための話題にスイッチするのは自然な流れと言えるだろう。もちろんエニュオと比較されるのはディオニュソスであり、話題もそれ一つに絞られている。

 二名の神は、先程タカヒロが口にした言葉を思い返して1つの考えを導き出す。もしもエニュオが完璧に裏方に徹していたならば、ウラノスやロキが率いる諜報部隊のセンサーに引っかかることも無いだろうと。

 

 

「……タカヒロはん、以前に言うとったな。エニュオっちゅーのは、裏方に徹するはずやと」

「想像に過ぎない話だ。追い詰められた際の反応となれば、また違ったものになる可能性も十分に考えられる」

「ロキ、裏方ってのは重要なのかい?」

「せや。全部がそうやないけど、あえて裏方に徹する奴っちゅーんは(ふた)通りあってな。理由はどうあれ単に頭脳戦したい奴と、争いを見て“愉しむ”奴や」

「っ……!」

天界(どこか)で似たよーな奴、見たことあるやろ、ヘスティア」

 

 

 ヘスティアの表情が、“恐怖”に引きつる。自身に熱を入れて動けるようにするかのごとく、たった今に抱いた考えを口にした。

 

 

「……まさかロキ、ディオニュソスが神の力(アルカナム)でオラリオを」

「んーそりゃ有り得んな。お前さんも分かっとるやろ、そないな事した瞬間に不発で終わるわ一発で天界行きや、ロクなことあらへん」

「そ、そうか……。でも、もし何らかの方法で神が争いに介在できるとしたら……」

「イレギュラー、ちゅーやつやな。そないな方法があったとして、オラリオがどうなるか、考えとうもないわ」

「その時は――――」

 

 

 ポツリと溢すように口にして、タカヒロは続きを口に出すことなく閉ざしてしまった。何かあるのかとロキとヘスティアが視線を向けているが、再び開く気配は見られない。

 

 

 実は“神が本気を出したら何かドロップするのでは”というドロップアイテム目的で、「戦いとなった時は自分も呼んでくれ(混ぜてくれ)」と言いかけていたのは闇の彼方に葬るべきだろう。神々プラス自称一般人によるバトルロワイアルとでも言えばいいのだろうか、色々と酷い温度差である。

 

 

「……その時、ああ天界での話になるか。戦いを企てていたとのことだが、ディオニュソスは、どのように立ち回っていた?」

 

 

 黙ったままというのも気が引けたのか、代わりの一文を口にする。ともあれ此方については、聞いておいた方が良い項目だろう。

 

 

「うーん、そうだね。一言で言うなら“見境なし”だったよ」

 

 

 ヘスティアの言葉通り、様々な神々を巻き込んだ大きな戦い。周りの神を巻き込んで、煽り立てて、戦いへと発展させた。

 中には、直接ディオニュソスへと加担する者も居ただろう。それでいてディオニュソス自身はあまり表舞台へと出ることは無く、言ってしまえば裏方役だったとのことだ。

 

 

「使えそうなら何でも使っていたよ。なんたって、このボクの所にも戦いの話を持って来たぐらいだからね」

「見る目もないワケか」

「せやな」

「にゃにい!?」

 

 

 確かに、戦いから最も遠いと表現して過言は無いヘスティアへと声を掛ける時点で色々とお察しだ。再び荒ぶるツインテールはさておき、“エニュオ”という存在が行っている立ち回りと似ていることを、ロキとタカヒロは感じ取っていた。

 

 イシュタルをはじめ今まで巻き込んだと思われる神々、そして数多の子供達。闇派閥も取り込んでいたとなれば、以前にフレイヤがプチっとやってしまったイケロスも含め、天界で親しかった者だけを味方につけているという素振りもない。

 文字通りの“見境なし”、それこそ天界の頃と同じ様相。状況証拠が着々と揃いはじめ、ロキも考えを纏め始める。

 

 

「こら、真面目に疑ってかかった方がええかもしれんな……。どやろか、ウラノ――――き、気絶しとる!?」

「む?」

「ウラノス!?って、フェルズ君まで!?」

 

 

 呑気に首を横に向けるタカヒロとロキだが、例の発言があってからは一言も発していなかった。何が起こったのかと心配するヘスティアと周囲を警戒するタカヒロだが、うち片方がウラノスとフェルズを気絶させた犯人だ。祈祷?直ちに影響は無い。

 爪を使って器用にウラノスの頭部を揺すっているジャガ丸だが、一歩間違えれば破爪となってウラノスの首がポロリしかねない状況。真っ先に気づいたヘスティアがジャガ丸に対して高台から降りるよう指示を出すと、ジャガ丸はタカヒロの横へと戻ってきている。

 

 気を取り直した二名だが、どうにも今までの話が全く入っていなかったらしい。そこでロキは要点だけ()い摘んで、二名に対しても意見を聞いている。

 やはりロキからすれば、今のディオニュソスからは、癇癪を持っており狂気と表現できる気配は感じ取ることが出来ないらしい。何度か対面していることもあって、その点については確信を抱いているようだ。

 

 

 しかし一方で、かつてケアンやコルアンの地を滅ぼさんと、もしくは自分勝手に好きにやっていた神々の行いを見てきた装備キチ。それら全てにおいては、己の行いに対して疑問を抱いている神など一名たりとも居なかった。

 

 

「己が正義であると信じて、己に泥酔したとしよう。ならば上辺だけを取り繕った際に生まれる僅かな歪も、生まれ出ることはあるだろうか?」

「……そ、それ程までに己に酔っとるんか、ディオニュソスは」

 

 

 そう口にするロキだが、“この下界において”真っ当な思考を持つならば、“世界(オラリオ)を滅ぼす”などという考えが浮かぶことは無いだろう。この辺りについては、元々のロキの性格や、彼女がディオニュソスと同じ分類の神だったからこそ気付くことが出来ない点だ。

 

 となれば、どのようにして証拠を得るか。復活した二名と合わせて、この点が論議されている。

 

 タカヒロがレヴィスから得た情報によれば、エニュオは数年前から計画を練っていたらしい。今現在においてそれが実行されているとなれば、今までは予定通りに進んでいたのだろう。

 恐らく資金源だったと思われるイシュタルの退場だけでも、相当の影響を与えているはずだとロキは口にする。

 

 

 癇癪持ちというのは、物事が思い通りに進まない場合に影響されるのがセオリーだ。偶然にも約一名の行いを起因として、イシュタルの退場をはじめ、計画は大きく破綻していることだろう。

 故に此度は真正面からぶつけ、相手に自白させる方向はどうだろうかとタカヒロは口にした。もちろん相手が躱すことも想定しなければならないが、臨機応変はトリックスターであるロキの得意分野であるために問題は無い。

 

 

「しかし、証拠はどのように押さえる」

 

 

 ウラノスが口にした内容も最もだ。神は神の嘘を見抜くことが出来ない為に、ロキが嘘つき呼ばわりされた際、ロキに証言を強要されたなどと口にされた際には対抗手段がなくなってしまう。

 

 しかしロキは、フレイヤがベル・クラネルを見ていた水晶玉を思い出す。何故ベル・クラネルに手を出さないのかと尋ねた際にまさかの録画機能があることを知っており、証拠としては十二分に使える代物だろう。

 とはいえ、相手はあのフレイヤだ。少し前まで争っていた仲でもある為に、素直に貸してくれるだろうかとロキは不安を覚えている。

 

 

「そこまで不安なのかい、ロキ」

「せやなー。あのフレイヤが、なんの見返りもなしに貸してくれるワケ――――」

 

 

====

 

 

 時刻は夜、場所は変わってバベルの塔の最上階。そこには、普段は居ない神2名と眷属2名がフレイヤ及びオッタルと向き合っていた。

 眷属ではない者2名の毛髪は、共に白い。兄弟と呼ぶには見た目が離れすぎており、どちらかと言えば親子と表現すればシックリと収まることだろう。

 

 

 そして夜分に押し掛けた詫びもソコソコに、ロキが録画機能付き水晶玉を貸してくれとフレイヤに要望を出す。しかし面妖な趣の薄笑みから返ってきた答えは、ロキもまた予想していた内容だ。

 

 

「あら、貴女に貸し出す理由がないわ?以前の祝賀会、覚えてる?」

「ぐぎぎ……そう来ると思うとったわ」

 

 

 フレイヤが見せる反応は想定内のようで、やはり戦争遊戯(ウォーゲーム)優勝の祝賀会について根に持っていた。このままでは、ロキ達は大人しく引き下がることとなるだろう。

 

 

 そこでタカヒロは、場がこじれる前に“特効薬”の肩を軽く触れる。するとベル・クラネルが、満面の笑みで言葉を発した。

 

 

「フレイヤ様、先程ロキ様が仰った道具を貸してください!」

「いいわよ!!オッタル、用意して頂戴」

「直ちに」

「ありがとうございます!」

「うふふ、お安い用だわ」

「……」

 

 

 外れた下顎が恥骨付近にまで落ちかかっているロキと、一転してニッコニコで笑顔を振りまいている女神フレイヤ。後ろに控える中間管理職もベルは見知った仲である上に、そんなフレイヤの表情を拝むことが出来て内心ではニッコリである。

 

 対フレイヤ特攻兵器、ベル・クラネル。少年たってのお願いとなれば、フレイヤに断ることなど出来はしない。こうかは ばつぐんだ 。

 

 オッタルが用意を終えたところで、フレイヤはベルに対して手取り足取り使い方を伝授中。髪をたくし上げる動作がやけに色っぽく、実のところ彼女なりにアピール中。

 普通の男ならばこれだけで数十回はメンタルが死んでいるものの、それでも当たり前のように魅了を無効化しておりホイホイと付いていくことがないのがベル・クラネルだ。だからこそフレイヤも振り向かせようと“お熱”であり、こうして対面したならばテンションが上がることとなっている。

 

 

 ともあれ、ウラノス陣営が必要としていたアイテムをレンタルすることには成功した。再び御礼を述べるベル・クラネルは、そのまま世事の類も口にする。

 

 

「おやすみなさい、フレイヤ様。今夜も良い夢を見ましょう!」

「そ、そう?えへへ。じゃ、じゃぁお姉さんが、良い夢を見させてあげ」

「見させないぞ!?」

 

 

 比喩表現を抜きにして数少ない常識神、ヘスティア。色々と問題になって色々とヤベーことになる未来を直感で察知し、礼の言葉を述べるとベルの手を引いて出口へと駆けてゆく。

 眉がハの字になって目じりに雫を浮かべ、幸せなひと時が終わってしまったことを悲しむ美の女神。口を挟むとヤベー事になる点を理解しているオッタルは不動の無言を決め込んでおり、内心では「早く終われ」と催促している。

 

 

 一方のヘスティアとベルの姿を首だけ向けて眺めるタカヒロは、何か思う所があるようだ。表情一つ変えず、思ったことを口にする。

 

 

「……あまり、教育には宜しくない様だ」

「そないな問題やないわ……」

 

 

 妄想に浸っているのか、悲しみから一転して両手を頬に当ててクネクネしているフレイヤと、論点がズレている装備キチ。ともあれ、役者と装備はここに揃うこととなった。

 

 

「さてと、あとは場のセッティングやな。タカヒロはん、“そっち”も頼むで」

「任されよう、自分の仕事だ」

 

 

 既に二人の中である程度は話がついているらしく、据わった表情のタカヒロは僅かながらも戦闘時の気配を見せている。勿論、関係者を除いては一切において知らされていない作戦だ。

 相変わらず特に気にも留めない様相で去っていくタカヒロの背中を見届けて溜息を吐くロキだが、ともかく準備は完了だ。リヴェリアが“共に居てくれる”のだから大丈夫だろうと、息を深く吸い込んで空を見上げる。

 

 

「あ。せや、ヘフたん等にも注意するよう言うとかんとな。あとは、ドチビの子等と……」

 

 

 ロキ曰く可能性の一つとなるが、前回、7年前に起こった大抗争の際には鍛冶を担うファミリアも率先して狙われたとのことだ。さっそく影に居たロキ・ファミリアの斥候を呼び出して、伝令として向かわせている。

 とはいえ“戦争”ならば、相手の鉾と盾を奪うのは当然と言えるだろう。こちらも相手の逃走経路を順々に潰していることもあり、狙いと目的は異なれど、やっていることは同様だ。

 

 

 区切りの時は、今日から三日後。ロキが密かにディオニュソスを呼び出している最中に起こり得る事態に備え、準備は万全と呼べる内容にて進められた。



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207話 死妖精(フィルヴィス・シャリア)(1/4)

 

 朝焼けの中に闇が残り、オラリオの市街地を明暗に切り分ける。毎朝必ず全人類を歓迎する太陽だが、光がある以上は闇と言う存在が生まれるのもまた大自然の(ことわり)だ。

 一般的には、裏で動く者について“闇の者”と表現することが多いが、それは基本として、闇に紛れるようにしてコソコソと動く為。コソコソせず行動が大胆な者については、大抵が“悪党”と名づけられる表現だ。

 

 切っても切れない関係にある光と闇、相反する二つの存在。伝記などにおいては“正義”とも書かれる前者については、今オラリオ市街地を駆けている者も何度か耳にしたことがある。

 かつて存在した、正義を掲げるファミリアの存在。黒髪をたなびかせオラリオを疾走するフィルヴィス・シャリアは、今のオラリオにおける正義の存在であるロキ・ファミリアの動きを警戒していた。

 

 

「――――っ、油断した……!」

 

 

 主神ディオニュソスが、己の知らぬところでロキ・ファミリアに呼び出された。冷たい反応かつ“裏の事情”を知らぬディオニュソス・ファミリアの者に対して何とかして食い下がり聞き出した一言は、彼女の心に大きな焦りを生み出している。

 ディオニュソスが“圧倒的”と言える手札を揃えていることは、フィルヴィスも知っている。故に此度の呼び出しについても相手に余裕を見せているのではないかと、彼女は心配の心を抱いていた。

 

 なんせ彼女は、相手方にいるであろう“イレギュラー”の存在を知っている。計画が思い通りに進んでいないことが心理に影響しているのか、いくらディオニュソスに掛け合っても「気にしすぎだ」と流されるだけに留まる内容。様々な情報を集めているディオニュソスは、そんな存在など“在り得ない”と思っているのが実情だ。

 相手にするだろう群衆で注視すべき戦力は、英雄が生まれる街オラリオでなければ育たない。即ち此処で育つならば必ずギルドに登録されるという固定観念が、ディオニュソスの視野を大幅に狭めている。ベル・クラネルという“イレギュラーの一例”が既に存在してしまっている点が、楽観視に拍車をかけているのだろう。

 

 

 18階層でフィルヴィスが対峙した、謎の鎧姿を持つ騎士の存在。いくら調べても情報の一切も転がっておらず、未だ全てが謎というベールに包まれる一方で、彼女自身では手も足も出ないと分かる程だ。

 

 

 ほんの数日前に行った鍛錬においても、僅かにレフィーヤの反応が変わっている点も気になっていたフィルヴィス。彼女とて心の奥底でこそ鍛錬を楽しんではいたものの、そもそもにおいて近づいた理由を忘れていない。

 故に怪しまれていないかと、常日頃からレフィーヤが見せる反応には人一倍に気を配っていた。そして少しでも怪しいところがあれば警戒して必要と思われる対策を考える点は、主神ディオニュソスが見せる対応との大きな違いと言えるだろう。

 

 

 しかし相手の本体は、天界におけるトリックスターの異名を持つ神。まさか昨日の今日で真正面から呼びつけるなどとフィルヴィスには想像もついておらず、故に対策などできはしない。

 もちろん呼び出された理由など知る由もないが、だからこそ彼女の直感が最大限の警告を鳴らしている。出立した時間を聞く限りは既に何かしらの事が起こっているだろうが、それでもディオニュソスの傍に居るべくオラリオの市街地を掛けている。

 

――――やはり妙だ。喧噪の欠片もなく、人の気配が全くない……!

 

 オラリオとは外周を高い外壁に囲まれており、結果として建物の密度が非常に高い。それゆえに、人気のない場所など本当に限られている。

 しかしフィルヴィスが進む地区においては、居るはずの住民の気配が全くしないのだ。故に彼女が抱く不安は輪をかけて積ることとなり――――

 

 

「っ!?」

 

 

 そして、とあるエリアへと到達した時。見開く紅の瞳に映る、己の行く手を阻む集団が何者か、彼女にとっては痛い程に分かる者であった。

 遠目からでも分かる、エルフによって構成された多数の集団。その中、最前列に居る二人については、彼女にとって、現在最も目にしたくはなかった存在だ。

 

 

「……リヴェリア様、レフィーヤ……」

 

 

 己の身が地獄に落ちようとも、決して忘れることは無いだろう二人の存在(エルフ)。ロキ・ファミリアどころかオラリオにおいて最も有名なエルフと言って過言ではない師弟の存在は、彼女が目にするだけでも眩しいほどの存在だ。

 故にレフィーヤ本人から向けられる悲しみと絶望の混じった表情が、フィルヴィスの心に刺さる。レフィーヤの口にしたいことが嫌と言う程に分かってしまう彼女もまた眉間に皺をよせたのだが、まさかの存在を目にして再び目を見開くこととなる。

 

 そんな二人の前に移り立ち塞がる、絶対に越えられぬ防壁。存在こそは知っていたフィルヴィスがオラリオ中を探し回っても手がかりの一つも掴むことが出来なかった存在は、先の二人とは違った意味で彼女の記憶に焼き付いていた。

 

 

「お前は……!」

「……対面するのは18階層以来と、言ったところか」

 

 

 フードに隠れながらも発せられた据わった声について、フィルヴィスは聞き覚えがある。ロキ・ファミリアへと出入りしていた時に何度か耳にしたことがある、落ち着きの中に力強さがこもる特徴的と言える声だ。

 レフィーヤに誘われ、あのリヴェリア・リヨス・アールヴが“お相手”と職務をこなす現場を覗き見ていた彼女。その現場においてタカヒロとリヴェリアは軽く言い合いをしていたのだが、そんな時においても青年の落ち着き具合は感じ取れたほどだ。

 

 

 そして、もう一つ。今目にしている鎧の姿は、18階層において彼女自身が襲い掛かった姿と酷似する。

 当時の18階層は暗闇であり明確には覚えていないが、纏う雰囲気は間違いなく同一だ。一撃でもって到底ながら敵わないと判断し、迷うことなく逃走を選択したほどの相手である。

 

 

 突破は不可能であり、恐らくはどこかに潜んでいるであろう人員を筆頭に、相手の頭数も考慮すれば逃走も叶うことは無いだろう。退路・進路共に後がない状況だ。

 故に宝石のような赤い瞳を際立たせる顔に皺が生まれ、唇は噛み締められる。予想に反する者から玲瓏な言葉が掛けられたのは、その時であった。

 

 

「問いを投げよう、フィルヴィス・シャリア。お前は、闇派閥の一員で間違いないな?」

「……ええ。ご推察の通りです、リヴェリア様」

 

 

 その気になればタカヒロを突撃させて、数秒もかからずして終わらせることもできただろう。同じエルフと言う同胞が理由かどうかは誰にも分からないが、リヴェリアはフィルヴィスに問いを投げた。

 フィルヴィスもそれに答えたことで、ここに問答が成立する。故に終わるまでは自分が手を出すべきではないと判断して横に移動するタカヒロだが、これには裏の理由がある。

 

 スキル“妖精嗜好《エルフ・プリファレンス》”が発現する程のエルフスキーということもあって、基本としてエルフと敵対することを望んではいないのだ。故に穏便に済ませることが出来るならば、それは彼にとって最良なのである。

 もっとも大半の事例において、彼の選択とは誰かしらへのコラテラルダメージが纏わりつくものはご愛敬。また相手がエルフといえど、いざ戦闘となれば容赦はしないことを付け加えておこう。

 

 

 リヴェリアが行った複数の問いに対し、フィルヴィスは隠すことなく正直に答えている。態度もまたリヴェリアを王として敬拝しているようなものとなっており、非常に紳士的と呼べる様相だ。

 

 さながら、王に仕える騎士の如く。二人を全く知らぬ者が見たならば、このように表現するだろう。

 

 だからこそ、今この場に揃っている者には疑問符が芽生えていた。闇派閥とは基本としてオラリオの壊滅を目論んでおり、7年前の例のように、手段を問わない内容が特徴だ。

 だがしかしフィルヴィスからは、そのような気配は全くと言って良い程に感じ取れない。何かしらの理由があって闇派閥の立場に居る、言い方を変えれば“協力”しているような状況と表現すればシックリとくるだろう。

 

 

「ではフィルヴィス・シャリア。お前は、オラリオを滅ぼしたいワケではないのだな?」

「……」

 

 

 疑問符を抱いたのはリヴェリアも同様であり、だからこそこのような問いを投げている。

 

 最も重要となる問いに対してフィルヴィスが抱く気持ちで答えるならば、回答は肯定の類となる。事実彼女とて、かつての仲間、そしてレフィーヤと知り合ったこの街がなくなることについて、良い思いは抱いていない。

 しかし肯定の類を返すということは、ディオニュソスの思惑に反することとなる。ならば、己が抱く戦う理由に反することとなるのは明らかだ。

 

 彼女にとっての大切な存在であるレフィーヤやリヴェリアと敵対することになると分かっていても、武器を取る決意を抱いた少女。心中に掲げる理由は、主神ディオニュソスの役に立つ為。

 周囲が事実を知ったならば、そこまでするのかと口にする事だろう。しかし周囲にとって味方である存在にも、コレと似たようなベクトルを持っている者が一人いる。

 

 

 主神の為に役立ちたいだけであって、決してオラリオを壊滅させたいワケではない。

 装備や素材等が欲しいだけであって、決してモンスターを壊滅させたいワケではない。

 

 

 こうして並べてみれば、長さと太さこそ随分と違うものの、どちらも同じベクトルだ。そこにあるのは犠牲になるのがオラリオの住人なのか、モンスターや数名の胃袋なのかという違いだけ。

 

 

 だからこそ、己の想いは譲れない。加えて彼女はディオニュソスという男の存在に依存してしまっており、アイズが抱えるような不安定さ、言葉を換えれば“闇の面”を抱えている。

 その実、不安定さはアイズを上回ると言って良いだろう。彼女の精神を根底から壊してしまう程の悲劇は、並大抵の冒険者とて耐えることのできない代物だ。

 

 一方で、同年代のエルフという友に対して先輩の冒険者として教導を行うという面倒見の良さ。彼女もまた一般世間としては“少女”の類であり、故に同年代・同胞との楽しい暮らしに焦がれない事など在り得ない。

 

 二つの狭間で揺れ動く、不安定な彼女の心。根底としては摩耗した心が安らぎを求めていただけであり、手段としてはあまり重要ではなかったのだ。

 だからこそ今こうして目の前に突き付けられ、ならば取捨選択を行うことに対して躊躇する。長い睫毛は伏せられ口は強く噤んでおり、顔は自然と斜め下の地面へと向けられていた。

 

 

「……分かりません」

「……そうか」

 

 

 故に出された回答は、不透明な内容だ。それに対するリヴェリアの回答も気持ちを汲んでいるのか、フィルヴィスが抱く考えを尊重するかのように棘がない。

 しかし同時に、それ以上は言葉が続かない。一方でこれ以上、リヴェリア・リヨス・アールヴが己と言葉を交わすことについて良くないと思うフィルヴィスは、自虐の言葉を口にする。

 

 

「私は穢れています。リヴェリア様、どうか御身を穢さぬためにもこれ以上は――――」

「自ら穢れたと喚くのは結構だが、ならば抱く誇りすらも否定している。例え世界の全てを敵に回すと理解していながらも“主神の為に戦う”と誓ったその理由、自身にとっては輝かしいモノではないのか?」

 

 

――――それとも、単なる自分の買い被りか。

 

 

 突然と発せられた据わった口調の言葉が、場を貫く。そんな言葉を受けたフィルヴィスは目を見開いて口を僅かに開けたまま、青年のフード越しにあるだろう瞳を見つめていた。

 後ろに控えるエルフ一行の関心もまた、タカヒロという男に注がれている。何かしら理由あっての発言であることは読み取れるが、理由という面においては不透明のままだ。

 

 

 例え敵でも戦う理由は立派であると、その男はフィルヴィスという戦士を評価している。これはかつて、オッタルと対峙した際にも見られた傾向だ。

 だからこそフィルヴィスも、困惑と言う感情を浮かべてしまう。そしてまた、己をプラス方向に評価してくれる者などいないとも決めつけてしまっているのが実情だ。

 

 

 一方で。彼女もまた、“気高い”と称されるエルフの一人。だからこそ本音としては、先のような言葉を貰えて心から嬉しく思っているというエルフらしいツンデレ具合。

 もっともそんな心境を表現できるはずもなく、行えぬほどに大きな闇を心身共に抱えている。自分自身の身を“穢れている”と表現する最も大きな理由の一つであり、エルフらしく細い身体、その肩に重く圧し掛かる重荷そのもの。

 

 

 だからこそ。彼女の本心は、助けて欲しいと、手を差し伸べて欲しいと願ったのだろう。

 怪人へと堕ちた時に一度だけディオニュソスから手を差し伸べられた過去、彼女の心は自身でも気づかぬうちに、その再来を望んでいる。だからこそフィルヴィスは、告白するかのように、いくつかの事実を口にした。

 

 

「だがそれでも、この身が穢れていることに変わりはない!私は――――、私は……!」

 

 

 告げられる真実、彼女の罪。5年前に起こった“27階層の悪夢”において鳩尾(みぞおち)の部分に魔石を埋め込まれ、怪人と言う存在に成り果てたこと。その時にディオニュソスに手を差し伸べられ、仕えるのだと決めた事。

 そして主神ディオニュソスが、野望を叶えるために己の眷属に飲ませた“神酒(葡萄酒)”。その酒による酔いが冷めてしまった冒険者を、その手でもって(あや)めたこと。

 

 

 誰一人として動くことはなく、少女の告白へと長い耳を傾ける。目を背けたくなるような様々な内容の果てに、多数の困惑と苦悩の表情が生まれたのであった。





書きたい事を書いていたら長くなりました。


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208話 死妖精(フィルヴィス・シャリア)(2/4)

 

 告白が終わり、唇を噛みながら下を向くフィルヴィス・シャリア。暫くして再び視線を上げるだろう時に映る世界は、決して今までのように見えることはない。

 

 

 今までの全ては、終わりを迎えた。そして二度と始まらないことを受け入れながら、少し前から生まれていた小さな自分に別れを告げようとしている。

 

 

 結果としては、半年という時間が満ちることはなかったけれど。楽しかった同胞、同年代の少女、レフィーヤ・ウィリディスと過ごした鍛錬の時間。

 蘇ることは無い日々の現実を受け入れ、区切りを付ける。小さな一人とは正反対、もう一人の黒き彼女が「絶対に受け入れない」と反発を見せる中で、フィルヴィスの心は僅かに揺れていた。

 

 

 

 そんな彼女と対峙する、向こう側。命令とはいえ冒険者を殺めたことに対して憤りを感じるエルフ達が居る一方、壮絶と表現して程足りない地獄を知って、各々の表情は酷く暗い。

 もしも己が経験したならば耐えることが出来るかとなれば、誰もが首を横に振ることだろう。語り部から言葉による情報だけでこれなのだから、彼女がどれ程の地獄を経験したかは誰にも想像がつかない程だ。

 

 

 

 しかし、唯一。先の男だけは、冷静な対応を貫いていた。

 

 僅かに表情を歪めることもなく、姿勢を乱すこともなく。傍から見れば、相当に真剣な様相と受け取れるだろう。

 

 とはいえ、タカヒロという男が抱く心境の真髄はリヴェリアにも分からない。蓋を開けてみれば「ケアンの日常じゃん」程度にしか思っていない爆弾が飛び出しても不思議でないことが恐ろしい為に、真実は今のところは闇の中へと葬るべきだろう。

 

 

 さておきフィルヴィスが置かれているのは、比べればリリルカが置かれていた状況など可愛く見える程の、深い闇。前も後ろも暗闇に閉ざされたフィルヴィスは藻掻き、苦しみ、だからこそ、ディオニュソスの言葉に“救われた”と思ってしまったのだ。

 確かに当時においてディオニュソスから貰った言葉は、少しばかりは彼女の心を癒したことだろう。生きとし生ける者の全てに見放されていた彼女にとっては、暗闇の中に見えた僅かな光だったかもしれない。

 

 だがしかし、抱える負の根底が解決したワケではない。噛み砕いて言えば“問題がない”と言っただけであり、最も重要な“何故”や“どのようにすべきか”という導きがスッポリと抜けている。

 故にディオニュソスの言葉は救いではなく、期待だけを抱かせて何もしないという、見放すよりも卑劣な行為。彼がそうした根底には、己の眷属であり助けを求め苦悩するフィルヴィスの様相さえも愉しむという卑劣さが存在する。

 

 

「進む先が闇に閉ざされた時、君は、法により定められた道を踏み外した。それによって、確かに足の裏は穢れただろう」

 

 

 ぐうの音も出ない程の事実をタカヒロから告げられ、少女の顔が苦悩に歪む。怪人になってからの己の過去の数々と罪悪感がフラッシュバックするように脳裏に浮かび、彼女は唇を強く噛んだ。

 

 歩んできた道を思い返させるタカヒロだが、それは彼女が己の過去と向き合う為。起こってしまったこと、彼女が犯した“罪”は取り消すことができない程のものである為に、忘れて良いとはタカヒロも思っていない。

 己の犯罪に心を痛めていたリリルカも、戦いを求めていたアイズも、復讐という行為(過去)(さいな)まれていたリューも。それぞれが自分自身の過去と向き合い、そして答えの一つを貰ったからこそ、前を向いて歩みを進めることができたのだ。

 

 

「だがしかし、君が持ち得る先の気高さはエルフの種族に相応しいと言える。怪人と呼ばれる存在に堕ちたとはいえ、その精神(こころ)が穢れてはいないはずだ」

 

 

 真紅の瞳を持つ目は見開き、ふと顔は前を向く。事実を告げた後に全く異なる見解を口にする、タカヒロ独特の言い回しと言えるだろう。

 確かにフィルヴィスは同じファミリアの冒険者を殺めたという事実はあるが、それは自発的なものではなく、ディオニュソスの命令によるものだ。例え自分の手を汚そうが忠義に尽くす姿勢は、タカヒロに、猛者という存在を思い起こさせている。

 

 理由は違えど彼女と同じく心中に正義を掲げる男だからこそ、見抜いた心。と言えば聞こえはいいが、エルフスキーだからこそ見逃さずにシッカリと捉えた、フィルヴィスの心中にあったエルフとしての気高き心。

 自身の言葉が届くかどうかは分からないことなど、タカヒロとて理解している。しかし彼女が言うように心身共に穢れたことが本当と言うならば、誰かのために戦うなどという“立派な戦う理由”を抱く事など出来はしないのだ。

 

 

 

 ここでタカヒロは、フレイヤから借りた道具をフィルヴィスの前で使用する。今まさにロキとヘスティアがディオニュソスと対談を行っている最中であり、一見すると切迫した様相だ。

 

 

 

 しかし、ロキがディオニュソスを呼び出した時間からすれば随分と経っていると言えるだろう。まだ始まっていなかったかと驚きの感情を浮かべるロキ・ファミリアの眷属達だが、これにはれっきとした理由がある。

 なんせロキは、フィルヴィスから得られる回答の内容によっては、此度の呼び出しを茶番で凌ぐ想定だったのだ。万が一にもハズレだった場合を考え、要らぬ詮索が広まらないようとするトリックスターの配慮である。

 

 

「――――ディオニュソス、茶番は終わりや」

「ふっ……見事だ、ロキ」

 

 

 フィルヴィスが口にした内容は、斥候とフェルズの魔道具によってロキへと届いている。証拠が揃った為に王手を繰り出したロキに対し、ディオニュソスは優雅さを残したまま肯定した。

 

 まるで、日常の一コマと変わらないかの如く。自然体の様相で振舞う姿に、ヘスティアが口にした“怖さ”は見られない。

 

 オラリオを滅ぼすような事を企てた理由を聞いたロキに対し、ディオニュソスが答えた内容は単純だ。簡潔に述べるならば、地上の状況を1000年以上前へと戻すため。

 神が地に降りて蔓延った今を壊し、精霊による加護こそあったとはいえ、神々による“恩恵”を受けずともモンスターへと立ち向かった世界を造るため。しかし神は地上で力を使えない為に、色々と模索して編み出した“策”が現状と言うわけだ。

 

 

 ディオニュソスが口にした一連の説明に対し、数秒と経たずに口を開いたのはタカヒロとリヴェリアだった。

 片や一部の例外を除き、そもそも神々を信用していない。片やロキにも通じる程に頭が回るからこそリヴェリアは、タカヒロの言葉から、隠された事実に気づいたのだ。

 

 

「今語られた未来が目的ならば、神々だけを順に殺せば済む話だ。神々の言う“子供達”、更に言えば“一般人”を巻き込む必要は、どこにもない」

「……そうか。神ディオニュソスが望んでいるのは、英雄の再来ではない。考えたくもないが、単に――――」

「リヴェリア様……?」

 

 

 タカヒロが口にした、最も効率的“ではない”方法をとる理由を考えた時。ディオニュソスの鉾の向けられる先が神ではなく子供であるならば、彼の天界での性格と合わせて考えられることは、ただ一つ。

 これだけは、最も近くに居たフィルヴィスとて知らなかったこと。闇に隠された、真の狂気。

 

 

 タカヒロと同様に、ロキも真相を察していた。神ディオニュソスが、真に望んでいる光景とは――――

 

 

「――――せやろか。嘘やろ、自分。子供等が恐怖に泣きわめく姿でも見て、愉悦に浸りたいだけとちゃうんか?」

 

 

 先の一文に続いて事実が口に出された瞬間、場の状況は一変した。エルフたち全員の手足に力が入り、近くの者と顔を合わせている者も少なくない。

 瞳を見開くフィルヴィスもさることながら、最も変わったのはディオニュソス。今までにディオニュソスが被っていた甘いマスクなど、もはや偽装の頭文字すら成していない。

 

 

「くひっ、ひひひひっ……!」

 

 

 下品、いや“気が狂った”と表現できる笑いが辺りに響く。自身の顔を右手で覆ったディオニュソスの目は見開いており、口調にも濁りの色が感じられる。

 

 

「なぁんだぁ……バレているのかぁ」

「ディオニュソス、何故こんな事をするんだ」

「観念しーや、全部お見通しやで」

「やめろよロキィ、そしてヘルメスゥ。ここまでくると不愉快だぞぉ?だが、そうだ、当たっている、当たっているとも!何処で調べた?よくぞ調べた、よくぞ見抜いた!誉めてやろう」

 

 

 答え合わせは、ここに終了。整った容姿、歪んだ表情が破綻する。

 勝利を確信して揺るがないと思い込んでいる為に生まれた愉悦のような感情がディオニュソスを支配し、相手を見下したくて仕方がない。此度の呼び出しも、見抜かれていた場合を想定して挑んだことだ。

 

 

「私が求めるのはただ一つ!嗚呼、愛しきオルギア、すなわち下界がモンスターに蹂躙されていた昔日!あの時代は良かった!誰もが醜悪な怪物から逃げ惑い、つんざかんばかりの悲鳴を上げる!(そら)よりそれを眺めていた私は、いつも胸を高鳴らせていた!」

 

 

 歪んだ笑みを浮かべるディオニュソスは、口を閉じる気配がみられない。かつてを思い浮かべるように悠々と“趣味”を語る姿は、邪悪の文字が相応しい。

 

 

「知っているか、ロキ!!脆弱な子供達は理性が振り切れた途端直後、笑うんだ!“この前”だってそうだった!」

 

 

 まるでつい最近、それこそ地上に居る際に目にしたかのような表現。先の報告を聞いていたロキは、その対象が誰であるか1秒と掛からずに取り出せた。

 故に抱くは、怒りの感情。眷属を愛する女神は、目の前の男が許せなくて仕方がない。

 

 

「“彼女、高貴なエルフ”だってそうだった!多大なる恐怖は偉大なる絶頂に変わり、精神と魂を解き放つ!!どれだけ肉や酒を貪ろうと届かない最高の瞬間は、怪物の爪牙に切り裂かれる血と臓物をもって完成となる!」

 

 

 どこぞの“彼女彼女”とビートを刻んでいた誰かと似てよく喋る、オリンポス十二神の一つディオニュソス。単語単語のイントネーションが浮足立っており、彼の普段を知る者からすれば程遠い存在だ。

 

 

 バッテリー切れのように、魔道具として効果がなくなったのか。映像が途切れ、同時に周囲は静寂となり物音の一つも立ちはしない。恐怖もさることながら、“唖然”とでも表現すれば的確だろうか。

 もはや、確認するまでもなかった。真に穢れているのは果たして何かと問われれば、そこに居る者は同じ人物を指差すだろう。それはフィルヴィスとて同様だ。

 

 

 

 しかし、分からない。こうなっては、己がどうしていいのか、何を信じていいのかが分からない。

 

 

 

 今までを選ぶか、未来を選ぶか。どちらを選ぼうが、それこそ彼女の自由に他ならないだろう。

 か弱い一人の少女に決めろと言う方が、まさに無理難題そのもの。だからこそタカヒロは言葉には表しておらず、一方で背中を押してくれることを待っているフィルヴィスは、今までを貫くという選択肢に心が傾きかけている。

 

 

「私は……貴方が思うように強くはない。弱い女だ。どちらかを諦める理由すらも、己一人で見つけられない」

「そのようなことはない。私とて、過去の一部をいつまでも引きずっていた、弱い女だった」

「えっ……?」

 

 

 フィルヴィスにとっては自虐のつもりだった、先の一文。しかしそれをリヴェリアに拾われ、まさかこうして、問答ではなく会話となることなど予想だにしていない。

 それに加えて、発言の内容が内容だ。ともあれフィルヴィスにリヴェリアの言葉を遮る度胸も気もないために、彼女は驚きの表情と共に、玲瓏(れいろう)な言葉を拝聴している。

 

 

「答えを貰ったからこそ、こうして顔を前へと向けることができている。お前も生きていれば、いつかそのような者と出会うことができるだろう」

「私が……」

 

 

 神の愉悦の為に言葉を掛けられ、道化の如く仕えてきて。そして今まさに闇に隠れていた真実を伝えられても、彼女はディオニュソスのことを諦めきることができないのだ。

 

 それはフィルヴィスという一人の女が、一人の男しか知らない為。少し周りを見ればアレ以上に優しい心持った者など星の数にのぼるのだが、視野が狭まってしまっている為に仕方がない。

 偽りだった言葉とはいえ、絶望の底に居る己に手を差し伸べてくれたと勘違いしてしまった初めての異性だからこそ。自虐する内容のように心が弱っていた彼女は、ディオニュソスに仕えると決意した。

 

 

 だが、弱い事そのものは問題はない事だ。だからこそ、男女とは寄り添い手を取り合って弱みを補い合い、共に前へと進むのである。

 

 

 此度の問題は、相手が寄り添うことを行わなかった点だろう。リヴェリアが言う通り、ちゃんとした相手を見つけることができたならば、彼女は今まで以上に羽ばたく筈だ。

 

 

「生きるという事は――――知り、迷い、足掻くことだ。お前も“穢れを知らない”という言い回しは耳にしたことがあるだろうが、ただ孤独に生きることで生まれ出るものも、確かに幾つかは在るだろう」

 

 

 生まれた城を、生まれた国を飛び出してオラリオに来てからのこと。特にここ数年間のことを振り返るリヴェリアの表情は、いつもと違う。

 翡翠の瞳は真っすぐとフィルヴィスの瞳を捕らえ、僅かにも逸れることは無い。少し目を見開くフィルヴィスもまた、不思議と翡翠の視線に吸い込まれるようだった。

 

 

「しかし寄り添って生きてこそ、育まれ出るものの方が遥かに多い。私は“互いに寄り添いたいと想える者”と共にあって、答えを貰い、そして大切なことを学んだのだ」

 

 

 心の奥底から抱いているからこそ表に出せる、確かな気持ち。世界広しと言えど彼程の者は居ないと、彼女は己の気持ちに対して一つの答えを持っている。

 

 一筋の風が、後ろから翡翠の髪を優しく撫でる。対面しているフィルヴィスだけが、王という殻が取れたリヴェリアの柔らかな表情を目にすることが出来た。

 

 

 

 刹那に見えた大輪の花は、どれ程の言葉を揃えれば表す事ができるだろうか。

 

 

 

 少なくとも今のフィルヴィスに、それを表現できる言葉は見つからない。同じ女性、それもエルフであるフィルヴィスですら息を呑んだ、恐らくは1秒程度の僅かな時間。

 リヴェリアが対外的に表情を崩さない事を知っているからこそ、言葉が重みを帯びて彼女に届く。悩みを一人で抱えているからこそ、ストンと心の底にまでもたらされた。

 

 

 しかしそれも、風の作り出した幻影かと思える程に一瞬だけ。すぐさま普段の凛とした表情に戻ったリヴェリアは、表情に負けず劣らずの凛々しい声にて続けざまに言葉を口にする。

 

 

「アールヴの名において認めよう、フィルヴィス・シャリア。お前は間違いなく、誇り高き我等がエルフの同胞だ。その身に堕ちてなお仕えると決めた者の為に立つその姿は、決して穢れてなどいはしない」

 

 

 王であり、エルフの象徴となるリヴェリア・リヨス・アールヴから出された言葉。タカヒロが抱く考えを知り、彼と共に過ごす事で新たな発見を得た彼女が考えて出した、王の言葉だ。

 

 

 この一言を貰ったが故に、どれだけフィルヴィスは救われたことだろう。地面へと向けられた表情からは力の一切が消えており、持ち得る戦意もまた同様だ。

 そしてリヴェリアもまた、この一言でフィルヴィスが改心してくれればと、どれだけ望んだ事だろう。その結末が有り得ないと分かっているからこそ、翡翠の瞳と共に表情は一際(ひときわ)に険しくなる。

 

 フィルヴィスと同様の過去を経験したことはない為に、リヴェリアが浮かべることのできる考えは憶測の域を出ないものがある。だからこそ考えを今に向けており、目にしているのは事実だけだ。

 今ここにある問題点は、フィルヴィスという同胞がディオニュソスに依存してしまっていること。それを変えることが出来る力を持っていないリヴェリアは、だからこそ、間違いのない事実を口にする。

 

 

「だがしかし、道を誤り、神ディオニュソスの味方をする以上は我等にとっての明確な敵でもある。オラリオを守るために、お前の存在を野放しにする事はできない」

「――――ええ。その通りです、リヴェリア様。私は、“貴女”の敵となってしまった」

 

 

 その一言で、表情に敵意が灯る。争いは辞められないかと訴えるようなリヴェリアの瞳に対しても決して怯むことなく、力の籠った瞳で見返している。

 遮るように、そして向けられる敵意から最も大切な者を守る為に。ガチャリという重厚な鎧の音と共に、二枚の盾が二人の間に割り込んだ。

 

 

「例え目を覆うような絶望を知ったとしても、敬拝する者から答えの一つを貰ったとしても、主神の為に戦うと掲げた正義を貫ける。あのように見事な“戦う理由”こそが、本当の強さに必要な根源だ」

 

 

 フィルヴィスの長い耳に届くのは、変わらず暖かく力強い、据わった声。この身を委ねてしまいたいと思えるほどに嬉しい言葉によって、彼女の中で一つの決心がついたようだ。

 

 

 リヴェリアという王の言葉も、タカヒロという戦士らしき何かの言葉も届かなかった。ならばこれ以上の問答が続く筈もなく、双方が臨戦の態勢を見せている。

 

 

 嵐の前の静けさ。互いに勝敗が見えている戦いは、避けられる様相を見せていない。

 



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209話 死妖精(フィルヴィス・シャリア)(3/4)

 

 やや距離を置いて対峙する、二人の戦士。構えこそ見せてはいないものの未だ動きはなく、しかし一触即発と言える空気は緩まる気配を見せていない。

 

 互いに守るものがあり、護る者が居り、己の考えを信じている。例え互いの立場が入れ替わったとしても、それぞれは今の相手と同じ行動を取るだろう。

 故に妖精群団(エルフ・パーティー)の前に立ちはだかるは、青年とて尊敬するに値する戦う理由を持った、一人のエルフ。死地において魔石を埋め込まれ、傍から見ればロクでもない男に捕まってしまったという、その2点だけは運がなかった程度の話だ。

 

 相変わらず思った内容を口にするタカヒロの言葉にも、フィルヴィスは怒りの念を抱いていない。リヴェリアの後ろに居るエルフたちも、二人の言葉を受けてからは、フィルヴィスに向ける目を変えている。

 タカヒロが口にした内容は、全員が共感できるものだ。デュオニュソスの立ち位置にリヴェリアが居て、己がフィルヴィスの立ち位置に居ると仮定すれば、回答はすぐさま取り出せることだろう。

 

 

「……ヒューマンの言葉に、これほど惹かれる事になるとはな。できるならば、違う形で出会いたかったものだ」

 

 

 目を閉じてフッと鼻で笑い、フィルヴィスは続いてリヴェリアへと視線を向ける。凛とした誇り高き翡翠の姿は微塵も崩れず、彼によって少し進路が塞がれた先に居る至高の姿を、目にできるのは最後と思いながら深紅の瞳に焼き付けた。

 

 

 結末は、分かっている。相手の姿、18階層で一撃交えた実力は、精霊の分身を僅か数秒程度で屠った者と一致している。それ程の相手ならば、己との戦力差は明らかだ。

 

 

「正に、御身の光はリヴェリア様に相応しい。これからも、その姿を失わないでくれ」

 

 

 言葉と共に、彼女は短剣を鞘から抜く。周囲に溢れる魔力の量は瞬く間に膨れ上がり、臨戦態勢となってタカヒロを睨んでいた。

 いったい彼女はレベルいくつなのかと、エルフの者達も武器を取って警戒する。少なく見積もってレベル7に匹敵するのではないかという実力を前にして緊張が走り、後れを取らぬよう陣形を展開した。

 

 

「だが知っての通り、私とてここで引くわけにはいかない。最後の最後まで、足掻かせてもらう」

 

 

 彼女が見せる覚悟に対してタカヒロが返す言葉は1つもなく、少し腰を落として、左手に持つ、くたびれたような黄金色の盾を前に出す。幻影が掛けられている右手の盾は僅かに持ち上げられ、ピタリと石造のように静止した。

 どうでもいい戦闘においては絶対に示すことのない、ウォーロード特有の交戦体勢。万物を粉砕し如何なる苦境をも吹き飛ばす戦士の姿は、突破できぬ頂を同時に示す。

 

 星座の恩恵や過度の報復ダメージを使う予定は無いものの、それは相手の戦士が示す覚悟を受け取るため。全力をもって相手に挑むことも、確かに敬意の1つだろう。

 しかし、今のタカヒロにとってのフィルヴィスとなれば話は別。幾度にも刃を交わした上で屠る、記憶に残るべき一人のエルフだ。

 

 

「リヴェリア様のお相手……確かタカヒロと言ったな、最後に聞かせてくれ。このオラリオという街が無くなる事をどの様に思い、戦いに臨んでいる」

 

 

 かつてオリヴァスという男が口にしていた、都市(オラリオ)の破壊。行儀の悪い子供が口にする「殺す」程度の気軽さで捉えていた彼だったが、それを目論む“闇派閥”なるグループが居ることは確定的に明らかだ。

 それによって引き起こされる大問題は、ダンジョンに居るモンスターが地上へと溢れること。恩恵を貰っていない者ならば例えコボルトを相手にしても死は免れず、中層付近のモンスターが出現すれば、レベル2でも同様だ。

 

 

 青年は、似たような惨状を知っている。その未曾有と呼べる大災害は、今後数世紀にわたり、人々の心に焼き付くだろう。

 

 

 ――――GrimDawn(過酷な夜明け)。とある大陸全土において、人類が滅亡する危機を表した名称だ。

 

 その地域に居た生きとし生ける人々は、イセリアルという未知の存在に蝕まれた。生命の身体を乗っ取り、身体を造り替え、憑依体として使役し戦わせる異界の存在、イセリアル。

 立ち向かった戦士たちのなかで損傷を負った者は生きたまま脳を支配され、精神を犯され、身体の自由を奪われ操られ。イセリアルの力により強大な力を得て。

 

 

 同僚を。友を。愛する家族を、その手で(あや)めた。

 

 

 対抗するために人類の一部が暴走し、毒を以て毒を制す手段を選び、クトーニックと呼ばれる血の存在を召喚する。立ち向かった戦士たちのなかで負けた者は生き血を吸われ、クトーンと呼ばれる手足の生えたフナムシのようなおぞましいモンスターの姿に成り――――これもまた、愛する家族すらにも襲い掛かった。

 二つの人間だった存在は最早敵であるために衝突し、最大勢力を誇っていた帝国すらも崩壊し、便乗で盗賊の類も台頭を見せるなど治安は悪化する一方だ。突然変異で巨大化、凶暴化した獣も蔓延るなど、様相もまた混沌を極め続けている。

 

 またある者達はアンデッドに、ある者達はエンピリオンと呼ばれる原初の光に縋り。なんとかして地獄に立ち向かおうと、“死の目覚め修道会”、“カイモンの選民”となり立ち上がった。

 しかし、宗教あるところに戦争を起こしてしまうのが人間である。目的は同じはずの二つの組織は考えや信仰の違いにより、互いに殺し合う様相を見せたのだ。

 

 

 これだけでも極一部であり全てではないものの、1つの大陸で生じ、世界規模へと広がった大狂乱。過酷の文字こそ付いているが、後に“夜明け”と呼ばれることになった理由は、他ならぬそこの自称一般人が、この世紀末に終焉をもたらしたためである。

 

 沸き上がったアンデッドを抹殺し、

 暴走した宗教団体を抹殺し、

 混乱に乗じて悪事を働く盗賊集団を抹殺し、

 突然変異したビーストを抹殺し、

 イセリアルに乗っ取られ取り返しのつかなくなった人類を抹殺し、

 クトーニックと化したかつての同胞を抹殺し、

 最後の足掻きに召喚された“ログボリアン”を筆頭とするセレスチャルすらをも完膚なきまでに抹殺し――――

 

 

 そして終わらせた過酷、迎えた夜明け。傍から彼の行動を見たならば、そんなストーリーが組み上がって幕が降ろされる事だろう。

 その男が英雄となるか、勇者となるか。表現の手法は異なれど、第三者が向ける瞳は輝かしく、畏怖と敬意を抱くはずだ。

 

 

 無論、実態としては「強い敵を倒して強い装備を得る!!」という彼の(正義)の下で行われた“結果”に過ぎない。そのような真実を知って誰が得するワケでもなし、闇に葬るべき真相だ。よもや、一度討伐した神を“己の手で召喚”して再び殺しているなどと、記録したところで信じる者は居ないだろう。

 

 

 ともあれ、この世界にはイセリアルとクトーンこそ居ないようだが、ダンジョンに蔓延るモンスターは数知れず。地上に住まう本当の一般人では手も足も出ないそれらが解き放たれれば、狂乱の世になることは明白である。

 

 

 

――――ならば自分がオラリオに来たのは、この野望を阻止するためか。

 

 

 

 そうなのかと虚無に問いを投げたことがあるも、応えるモノなど何もない。精々、ウラノスという神から協力を仰がれた程度のことだ。

 故に、決定するのは青年自身。報酬と聞かされた装備について期待できない事もあり正直なところ興味は薄かったが、オラリオの破壊を目論むと主張する“闇派閥”に対してどのように向かうかは、自分自身に委ねられていた。

 

 一年ほど前においては放り出されたような立ち位置だったことは、もはや記憶に懐かしい。右も左もわからず成り行きで派閥(ファミリア)に入り、成り行きで弟子を取ったことも、今や少し前の話になる。

 そして様々な人物と出会い、己が変わっていくことを実感した。もしここで装備がドロップするケアンの地に戻されたところで、「オラリオに戻せ」と、神の住まう地域に喧嘩を売りに行くことは容易に想像することができる程の変化である。

 

 

「――――この街が無くなる、か」

 

 

 葉から雫が落ちるように、言葉が小さく呟かれた。

 

 

 全くもって気乗りしない、消滅の結果。いまだ1年という月日も経っていないが、様々な理由で愛着のある街になっていた。

 加えて、今回はチャンスがある。かつてケアンの地においては事件発生から随分と経ってからの参戦だが、此度は未遂の段階だ。

 

 守るべき理由はあるか。男にとって、オラリオとはどのような街か。

 

 かつての戦う理由であった装備に関してだけでも、この街で装備を更新して、数値上は圧倒的に強くなった。それこそ元の装備など比較にならない程であり、ステイタスでいうところのレベルが上がったと言っても過言は無い。

 鍛冶を司る神に作ってもらった、至高の一品。己のビルドにおいて、決して外れることのない装備の数々であることは明白と言えるだろう。

 

 

 だがしかし、それを向ける相手は居ない。本気を出すべき相手など、今のところは何処にも居ないのが現状だ。

 

 

 それでも、本気を出せぬことなど大した問題ではない。いつか遠い未来、例えばダンジョンがなくなり魔石の生産ができなくなったとすれば、オラリオという街が衰退して滅ぶこともあるだろう。

 だがそれは、今ここで闇派閥の手によって引き起こされるものではない。リヴェリア・リヨス・アールヴと出会ったこの街が無くなると考えるだけで怒りの感情が沸き起こり、思わずセレスチャル(破壊神キャラガドラ)を降臨させて八つ当たり(タイムアタック)したくなってしまう。本当に八つ当たり以外の何物でもないという酷い内容なのはご愛敬だ。

 

 

「……思い浮かべるだけで、はらわたが煮えくり返る。今の自分にとっては、最も大きな戦う理由の1つだろう」

 

 

 故に相手が何者であろうとも、それこそエルフだろうとも行うことは変わらない。相手を殺すという明確な殺気が膨れ上がり、フィルヴィスは眉間に深いシワを作ってゴクリと唾を飲んだ。

 それこそ“彼女”ですら、まったく比較にならない程の強者。フィルヴィスが生きてきた中で、最も強い相手と断言することができるのは明らかだ。

 

 

 そして、あのリヴェリア・リヨス・アールヴに答えを授けたと受け取れる程の人物。未だ不明な点がいくつも存在しているが、そんなことは些細なものだ。

 こうして言葉を交わしただけとはいえ、この者ならばリヴェリア様に相応しい。フィルヴィスは、そのような答えを抱くこととなる。

 

 

 互いの正義(答え)は明白だ。残るは、己が抱く決死の覚悟を示すだけであり――――

 

 

 

「相手にとって、不足なし。類稀な強さを誇る戦士よ、エルフの魔法剣士は手強(てごわ)いぞ?」

 

「真の強者となれば望むところだが、王の盾を崩せるか?」

 

 

 

――――この期に及んでも、まだそのような言葉を掛けてくれるのか。

 

 ふと口元が優しく緩み、紅の瞳が静かに閉じる。怪人と成り果て、死妖精と囁かれ、ほぼ全ての同胞から貶された数年間の記憶が蘇った。

 あの時に手を差し伸べてくれた者が目の前の彼だったならばと、“もしも”の未来を脳裏に浮かべた。ならばオラリオとの付き合いも変わっており、友と楽しい毎日を過ごすことが出来たのだろうかと想い耽る。

 

 

 嗚呼、そんな未来があったならばと、心中で後悔を小さく呟き。フィルヴィスはリヴェリアやタカヒロと決別するため、閉じた瞳をゆっくり開くと――――

 

 

 

 

 

「っ――――!?」

 

 

 

 

 

 両手を広げて駆け出し己へと向かう、細く可憐で小さな友の背中。山吹色の長いポニーテールを揺らした上で必死な様相を隠せておらず、己では絶対に敵わないと知る戦士の前に立ち塞がる。

 何故、全く理由が分からない。彼女に隠されるフィルヴィスは、思わず山吹色の後頭部に向けて名前を叫んでいた。

 

 

「れ、レフィーヤ!?」

「レフィーヤ、何を!」

 

 

 師であるリヴェリアもまた瞳に力を入れて、少し強い口調で名を呼んでいる。間接的に“馬鹿な真似は止せ”というニュアンスが現れてしまっており、アリシアなども同様の言葉でレフィーヤの名を呼んでいた。

 もちろんレフィーヤは感情論で動いているワケではなく、明確な戦う理由を掲げている。今この場でフィルヴィスの味方につくならば、足元すらも絶対に越えられない存在と命を賭けて戦う事になるなど言われなくとも分かっている。

 

 

「……レフィーヤ君、盟友を想う気持ちは大切だ。だがしかし、己が立つ場所と意味を分かっての行動か?」

「ヒッ……!!」

 

 

 だからこそタカヒロは、オレロンの激怒を発動させて覚悟を問う。レフィーヤとて前方からリヴェリア達の言葉が、背中からフィルヴィスの開いた眼と強い声が届いているが、どうやらそれらに耳を傾けている余裕もない様子だ。

 

 

「レフィーヤ、タカヒロの言う通りだ!」

「戻れレフィーヤ!早く!!」

 

 

 レフィーヤ自身にとって彼は味方であるはずなのに、こうして真っ向から対峙するだけで目が見開き、手足が大きく震え冷や汗が溢れ出す。正面より突き刺さる強大な絶望の二文字から逃れる手段がないなど、第三者が目にしても容易に分かる事だ。

 

 かつてメレンの地においてアマゾネス達に、そして酒による暴走からヘスティアに与えられた、背後から首筋に添えられる死神の大鎌そのもの。少し前に経験した60階層が与えてくる死の恐怖など、今ならば、まるで赤子の如く思えるだろう。

 

 膝が震え、歯がカチカチと鳴り響く。縮こまる身体と僅かに仰け反る頭部に揺れる山吹色のポニーテールは、崩れ去る数秒前の様相だ。

 

 

 

 

 しかし――――

 

 

「――――ほう」

 

 

 それでも、気高き姿は崩れない。彼女は己に対して最大限の活を入れ、目に力を入れてタカヒロと対峙した。

 

 

 今ここで引かなければレフィーヤが単に負けるだけではなく、フィルヴィスに味方をすることで、今までの名声を全て投げ捨てることとなるのは明らかだ。そしてリヴェリアどころか、オラリオの全冒険者を敵に回すことなど言われずとも、レフィーヤは痛い程に分かっている。

 

 

 しかし同時に、ここで彼女を守らなければ、己にとって大切な心を失うことも痛い程に感じている。直接的に向き合って対峙しているのが例の一般人である為に流石に心が折れそうになっており、彼女は背を向けてフィルヴィスに向き直り凌ぐこととした。

 

 

 フィルヴィス・シャリアが闇派閥と知って、人ですらない怪人であると知って。それでもなおレフィーヤは、彼女のために華奢な身体を割り込ませる。

 薄青色の瞳は真っ直ぐフィルヴィスを捉えており、先の覚悟に伴う不安を隠しきれないのか口元は強く(つぐ)まれている。エルフらしい線の細い背中を目にしたタカヒロは、構えを解いて力を抜いた。




偉業ですね


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210話 死妖精(フィルヴィス・シャリア)(4/4)

 

 誰もが全く予測していなかった、少女の介入。突如として驚愕の感情が辺りを包む一方で、戦闘の気配もまた瞬時のうちに消え去った。

 

 フィルヴィスからすれば、ここでレフィーヤがオラリオの敵になる事など全くもって望んでいない。その考えが浮かぶ時点で既にディオニュソスと彼女()を秤にかけた時のバランスは決まっているのだが、その点に気づく余裕はないようだ。

 ともかく求めるのは、唯一の友であるレフィーヤの名声と言えるだろう。だからこそフィルヴィスは意識をレフィーヤへと向けており、声高に叫ぶこととなる。

 

 

「レフィーヤ、何故お前が此方につく!」

「私は今まで上手くお伝えできませんでしたけど、タカヒロさんも仰ったじゃないですか!フィルヴィスさんはフィルヴィスさんです!今までだって、ただ利用されていただけじゃないですか!!」

 

 

 いつか50階層で耳にした、ベルが口にした事と同じ意味の言葉。片眉を僅かに動かして反応したタカヒロは、当時の光景を脳裏に浮かべている。

 

 己が失ってしまった、純粋な心。ケアンの地において“戦いを楽しむ”と言っては語弊もあるだろうが、必死になって只々強くなる道を模索していた過去を、タカヒロは思い返している。

 “がむしゃら”の向けられる方向こそ全く違うが、ベルやレフィーヤは、持ち得る“優しさ”に向けている。名実ともに咎人となるフィルヴィスに対して優しさを向けることについては賛否もあるだろうが、相手がただ利用されている事実が無いならば、二人とてその感情を向けることは無いだろう。

 

 

「確かにレフィーヤ君が言う通り、君が抱いている負の部分は“穢れ”ではない。表現するならば、“(かげ)”とでも言ったところだろう」

 

 

 自分の言葉は届かなかったけれど、純粋で優しい心に影響されたのか。タカヒロもまた彼女を救えないかという感情を抱きなおし、レフィーヤの援護に回る。

 思わぬ援護射撃を耳にして、少し目を見開いたレフィーヤが振り返った。目深なフードで表情こそは伺えないが、そこに戦う気配は欠片もない。

 

 

「冒険者殺し、か。オラリオの過去においては、ファミリア同士の抗争や戦争遊戯(ウォーゲーム)において多数の冒険者が命を落としている。並べ比べた時の違いは、自分には分からないな」

 

 

 だとしても、殺しは殺し、とも言えるだろう。行ってはいけないと決められているならば、定められた処罰に従う事が道理である。彼女が行った殺人が公に出たならば、決して許されることではない。

 

 

「君は進むべき道を誤った、だからこそ残された道は一つだけ。それは己の犯してきた罪を償い、オラリオの為に生きる道だろう」

 

 

 彼女が命を奪った者。その者達にも、守りたいものがあったはずだ。その全てに対して償うことは物理的にも不可能だろうが、道があるとすれば、それは先程彼が答えた内容だけ。

 更に目を細めるフィルヴィスだが、己が怪人であり人を殺めたことがある以上、己が穢れているという決定は変わらないらしい。そのために、口から出てくる言葉も変わらずだ。

 

 

「その例えだとしても、(かげ)である私と、光であるレフィーヤは」

「光が生まれることで(かげ)が出来るのは自然の理だろう。並行詠唱を覚え第一級冒険者への道を歩み始めたレフィーヤ君が放つ光は、まさに君が作ったものではないか」

 

 

 ああ言えば、こう返される。だがしかし、その返しを受け取ってみれば肩の荷が下りることもまた事実だ。

 フィルヴィスは思い返す。レフィーヤと知り合ってから今に至るまで、彼女から貰ったのは暖かい言葉ばかりではないか。それらの言葉は、差し伸べられた救いの手と何が違うと言うのかと疑問に至る。

 

 

 

 遠ざけていたのは、この手ではないかと。レフィーヤをはじめとして差し伸べられた幾つかの手を振り払っていたのは他ならない己ではないかと、フィルヴィスは答えの一つに辿り着いた。

 

 

 

「お前は独りではない、よき友が居るではないか。だというのに穢れた身だと自身を貶すとは、お前を救おうと真摯(しんし)に応えているレフィーヤまでも侮辱することとなるぞ」

 

 

 据わった口調の中に優しさが見える、リヴェリアが発する玲瓏(れいろう)な言葉。愛弟子の覚悟を受け取った師もまた、相方と共に援護に回る。

 それと主神ディオニュソスを天秤にかけてはいけないと、随分と小さくなったもう一人の彼女が反発の姿勢を崩さない。地獄の底へと差し伸ばしてくれた手を忘れてはならないと、途切れることなく感情に訴えかける。

 

 

 一方で。己の抱く心境が明らかに変わったと感じる、もう一人のフィルヴィスが居ることもまた事実。

 

 

 フィルヴィスは、怖かった。かつて差し伸べられた手を忘れてしまって良いのかと、そして掲げた戦う理由を捨ててしまって良いのかと、心の中で自問自答を繰り返す。

 心から抱く不安は、そのまま自然と言葉に現れる。その事象に対して思い当たることがあるのか、今度はタカヒロが口を開いた。

 

 

「冒険者とは、戦いの中に身を投じる者を指す言葉。月日が経てば、掲げた正義や戦う理由が変わっていく事もあるだろう」

「……分からない。そのようなことが、起こると言うのか」

万物流転(ばんぶつるてん)装備(ひと)とは遷り変わるモノだ。未来永劫において不滅なモノなど存在しない」

 

 

 かつて装備のために戦ってきた男が経験した、最近の出来事。完全に消滅してこそいないものの、オラリオに来てから生まれた別の理由が大きなウェイトを占めているのまた事実だ。

 なお“ひと”と表現しているが、“そうび”や“ビルド”と読むこともできるのはご愛敬。最良と疑って信じない装備やビルドにおいても、何かしらの改良点はあるものなのだ。だからこそ妖怪ソウビオイテケが出現し、日刊で神々が犠牲になっている土地もある。

 

 

「モンスターとは只同じことを繰り返す存在であることは知っているだろう。一方で、例え僅かながらも変化が生じている事こそが、君が怪物(モンスター)に堕ちていない決定的な証明だ」

 

 

 ただひたすらに他の生命を殺し、地上を目指す怪物(モンスター)。異端児やジャガ丸など一部のイレギュラーは対象外なれど、モンスターが持ち得る思考回路は基本として不変である。

 

 突き詰めたならば、疑念や矛盾も生まれるだろう。しかしフィルヴィスにとっては、問題に値しない些細な事だ。

 今の一文だけでも、彼女がどれだけ救われたかは定かではない。そして動きつつある彼女の心は加速を始めており、タカヒロは続けざまに言葉を掛ける。

 

 

「決して裏切る訳ではない。心から仕えたいと思った主が、心から支えたいと思う者が道を踏み外し戻れぬと言うならば、引導を渡してやるのも立派な忠義の一つだろう」

 

 

 フィルヴィスが考えもしなかった、一つの道。とはいえ身もふたもない表現をするならば、“物は言いよう”である。

 示された一つの考えに対して、言葉や表情で答えることはできない。定まりつつあるものの不安定な彼女の心には、決定打が欠けている。

 

 こればかりは、他種族のタカヒロや少女レフィーヤが持ち合わせていない内容だ。直後、タカヒロの横から玲瓏な声が届けられる。

 

 

「あまり大層な事は言えないが、お前よりも長く生きた者として、一つだけ言わせてくれ」

「なんなりと」

 

 

 フィルヴィスとリヴェリア。死に至るまで忘れはしない事が起きた過去ではなく、前へと向けられた二人の視線が強く交わる。

 

 

「かつての者がくれた答えだけが、お前にとっての唯一ではない。世界は広いぞ、フィルヴィス・シャリア」

 

 

 世界を見るために己の生まれ故郷アルヴの森を飛び出した、エルフの王女。その者から出された一言が、最終的な決定打の一つとなったと言って過言は無いだろう。

 

 タカヒロの言葉では届かなかった。レフィーヤでは上手く表すことができなかった。もちろんリヴェリアが言葉を掛けたとしても、それだけでは彼女の決意を揺るがすには程遠い。

 

 三人が揃っていたからこそ成し遂げた、フィルヴィスに本当に必要な救いの手。その決定が間違っていたかどうかは、今後の彼女が示す行動に左右されることだろう。

 何事に対しても、正解かどうかなど、結局は事が済んでみなければ分からない。少なくとも手を差し伸べた三名は、各々が抱く考えが正しいと信じている。

 

 

 やや瞳を閉じて、フィルヴィスはオーブを見つめている。映し出されている問答は未だ終わりを見せていないのか、緊迫した様相が感じ取れた。

 緊迫しているのは、彼女の心とて同じこと。ぎゅっと胸元で拳を握る彼女の視線は自然とレフィーヤへと向いており、レフィーヤは穏やかな口元のまま瞳に力を入れて軽く頷く。

 

 紅の瞳は、再びオーブへと向けられる。そしてフィルヴィスは意を決して、静かに口を開いた。

 

 

「……ディオニュソス様。あの時、私は、貴方の言葉に救われた。これは、間違いのない事実です。一度は手を差し伸べてくださり、感謝します」

 

 

 されどオーブに映る男の姿は、彼女がよく知る神とは程遠い。フィルヴィスを助けた、手を差し伸べた主神の姿は、欠片も残っていないのが実情だ。

 ただ己の欲に溺れる快楽主義者であり、一般論としては神という名で呼ぶにもおこがましい。故に己を救ってくれた主神とは別モノだと、フィルヴィスは決定を下している。

 

 

「……さようなら、ディオニュソス様。これから私は、罪を償う道を歩んで参ります」

 

 

 エルフらしく、凛とした姿勢と口調で出された別れの言葉。主神ディオニュソスのために戦うという正義はここに降ろされ、彼女の旅路は区切りを迎えることとなった。

 水晶に向けられる瞳、睫毛は伏せられ表情に影を落とす。己が生まれて初めて本気で好意を抱いたが故に、少し残ってしまった悲しみと未練が表れているのだろう。

 

 それでも、彼女が抱いた決別の覚悟は変わらない。ディオニュソスの為に戦う覚悟を抱いた時と同じく、此度の覚悟もまた強いものがある。

 

 言葉通り、罪を償いながらオラリオに住まう人々の為に生きる道。それは決して、生易しいものではないだろう。

 それでもエルフの名に恥じぬが如く、フィルヴィスの決意は固く、強く気高い。短刀をホルスターに仕舞ってレフィーヤに手渡し、両手を上げた。

 

 

 リヴェリアを先頭として大勢のエルフが、彼女へと歩みを進めていく。

 

 

 穢れていると罵る為ではなく、決意を新たに償いの道を歩もうとしている同胞を励ます為。言葉数は非常に少ないが各々が見せる表情が全てを物語っており、フィルヴィスにとっては、それだけでも暖かさを感じ取れる様相だ。

 

 

 しかし一方で、どう足掻いても覆す事が出来ない点がある。彼女は前に立っているリヴェリアに対し、率直に問題点を投げかけた。

 

 

「ですがリヴェリア様。ご存知の通り、この身は怪人に堕ちた存在です。そのような私が、オラリオの地上で暮らすなど……」

「ああ、それなら人の身に戻せるぞ?」

 

 

 リヴェリアの横に居た経験者は、相方が答えに詰まるだろうと予測して自ら語る。自称一般人は息をするかの如く、一帯を疑問符で埋め尽くす爆弾を投下していた。

 

 

「……は?」

「え?」

「……タカヒロさん?」

 

 

 その男にとっては、あくまで“普通”かもしれないが。全員にとって遥か斜め上、それも成層圏を行く程の異端具合。

 空気の二文字を完全に破壊して周りに居た全エルフの視線を集めてしまった青年は、フードの下で視線を右往左往。最も頼れそうなリヴェリアが物言いたげなジト目を向けてきているために、頼れる確率はゼロだろう。

 

 

 そんな状況を打破する為ではないが、オーブから、またもやロキやヘルメス、そしてディオニュソスの声が響き始める。見える・見えないはさておいてエルフたちの視線も自然と集まり、辺りは再び静寂に包まれていた。

 どうやら一時的に通信が切れていた間も、何かしらの話し合いが行われていたらしい。ディオニュソスは、あくまでもゲーム感覚の様相を示している。

 

 

「7年前と同じ轍は踏まない。今日にでも“前哨戦”と行こうではないか、では私自らが声明を出してやろう」

 

 

 相も変わらず余裕差を振りまくディオニュソス。そんなエニュオという存在が闇派閥に対して指示していた内容は――――

 

 

「オラリオにおける二大鍛冶屋である、ゴブニュ、ヘファイストス・ファミリアから狙いを」

 

 

 一番やっちゃイケナイことを、やろうとしている様相だ。間髪入れずに、ヘルメスとロキが反論する。

 

 

「やめろディオニュソス!それだけは、それだけは絶対にやっちゃダメだ!!!」

「おどれ何さらそうとしとんじゃ考え直さんかい!!このままやとオラリオが滅んでまうわ!!」

「ふはははははははは!!!藻掻け苦しめ、絶望を抱け!貴様等神々も、滅びの運命に怯えるのだ!!」

 

 

 なお、オラリオが滅ぶという言い回しは、誰が何をするとは書かれていない。ロキとヘルメスが見せるあまりの慌てように、ディオニュソスは勝利を信じて余韻に浸っている。

 目の前に居る二人の神、ヘルメスとロキの表情は絶望そのものと言って良い程のものであり、顔面は蒼白だ。目を見開いて必死になって叫ぶ様相は、ディオニュソスからすれば非常に気分が良い光景だろう。

 

 もちろんロキもヘルメスも、別に闇派閥が動いたところで何かが起こるとは思っていない。レベル7へと昇格したロキ・ファミリアの3人やフレイヤ・ファミリアの猛者など、ロキが知る視点においても簡単に負ける要素は見当たらない。

 ウラノス繋がりでヘルメスが知っているレヴィスやジャガ丸という隠れた存在も加えれば、その傾向は猶更だ。ヘルメスはロキ・ファミリアなどのことも知っているために、負けると考える要素は輪をかけて低くなっている。

 

 

 ではなぜ両者ともに、先の表情で先の言葉が出てきたのか。勿論、理由は非常かつ非情に単純である。

 

 

 大好きなエルフたちと一緒に映像を見ている、一人の自称一般人。もし仮に此度の戦いが幕を開けた際にオラリオが滅ぶ要因は敵ではなく、まさかの味方にあったのだ。

 

 

「……オラリオに蔓延る虫けら風情が。今回は、間違った獲物を選んだな(攻撃)」

 

 

 己の望む装備の数々を作ってくれたヘファイストス、及びそのファミリア。そこを名指しで襲撃すると宣言された以上、装備キチが黙っていることなど在り得ない。

 良くも悪くも“フィルヴィスを人の身に戻せる”という言葉が消し飛んでいる程の、凄まじい殺気。相も変わらずローエルフだけは惚気ているのだが、他のエルフ達は完全に後退りしてしまっている状況だ。

 

 

「タ、タカヒロさん。闇派閥の戦力は強大だ。いくら御身が強いとて、奴ら全てを相手にするのは……」

「なに、腹を割って話すだけだ」

 

 

 腹を割って(物理)な気分。割ったところで中に誰もいないだろう。

 

 フィルヴィスの忠告も何のその、そもそも負ける気など皆無である。珍しい“激おこ”な装備キチとマトモにお話しできるのは、それこそリヴェリアぐらいの者だろう。

 ちなみにだが、これは7年前の大抗争においても使われた敵の戦術の一つ。故に今回も予測していたロキ・ファミリアは、表向きは知らない様相を示しつつも、ベルやアイズといった主戦力をシッカリと配置済み。

 

 なお、それでも暴れかねない約一名については、リヴェリアがアイズ達の対応を含めてリアルタイムで説得中。彼女に言われてはどうしようもなく、タカヒロはフンと鼻息を見せ呟いてヘソを曲げていた。

 色々と理由があり、計画段階で一人だけノケモノにされていたのはご愛敬。しかし、ヘファイストス・ファミリアへの襲撃という事実が分かれば、その男は味方の作戦を考慮に入れず真っ先に行動を起こしていた事だろう。

 

 

 

 

 色々とあったものの、闇派閥の目論見は失敗に終わり、その者等の暗躍が地表へと露呈する。なんだかんだで予定外に生じた混乱――――具体的には、自称一般人が暴走するという危機に対し、具体的な名前やヤバさを伏せながら言い合ったからこそ上手く伝わらず、言葉による取っ組み合いに発展したロキとヘルメス。

 

 誰のせいかとなれば、誰のせいと決めつける事は難しい。そんな混乱に乗じて逃げ出したディオニュソスも含め、ディオニュソス・ファミリアに対してギルドによる調査のメスが入ることとなった。

 




運命「もうちょっと足掻いて見せて!」


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211話 死常識(ヘスティア・ファミリア)

 

 闇派閥の撲滅という名の、大義名分。その効力は凄まじいものがあり、実質的な強制ミッションとなって、様々なファミリアが動き回っている。

 しかしながら極一部においては、何故だか反発の動きもある。闇派閥と水面下で結託して甘い汁を啜っていた者達であり、これを機に白黒を付けたいギルドは、何かあれば強気の対処を行うらしい。

 

 ガネーシャ・ファミリアによりディオニュソス・ファミリアの家宅捜索の類も行われたが、もぬけの殻。通常ならばファミリアの誰か一人でも居そうなものだが、これには大きな理由があった。

 

 まず、事実を知ったディオニュソス・ファミリアの者達が一斉に離反。ギルドへと身柄の保護を求めに来ており、団長のフィルヴィスについてはロキ・ファミリアが保護した事として公表されている。

 幸か不幸か、もともとフィルヴィスは同じ団員の者からも毛嫌いされていた事と、その実態はオラリオの冒険者にも広まっていた為に、なぜ彼女だけがロキ・ファミリアなのかという点について追求する者は居なかった。もし仮に疑義を唱えた所で、ロキが「なんや文句あるんかいな」とでも睨みを利かせれば終わるだろう。保護先の実態はロキ・ファミリアですらないのだが、やがて真実は明らかとなるかもしれない。

 

 ともあれ、このような場面で大きく出ることが可能な点については、オラリオ二大ファミリアの片方となるロキ・ファミリアが持ち得る名声だ。何故、どうやってなど、いちいち探りを入れているのは、闇派閥ぐらいのモノである。

 だからこそロキ・ファミリア側としてもヘスティア・ファミリアの情報を使って“釣り”を行ったり、色々と使えるパターンが多いようだ。ヘスティア・ファミリアの団員そのものを巻き込んでいないのは、主神ロキによる配慮となる。

 

 

 一歩ずつ、着々と闇派閥を追い詰めてきた。そして此度は、その親玉と言えるエニュオの正体に辿り着いた。

 

 

 予定外の最後によって生じた混乱もさることながら、ディオニュソスもまた逃走手段を用意していたのだろう。結果として取り逃がしてしまった結果だけは大手を振って喜べないが、これにて敵は明白となった。

 認識は、皆が共通。打つべき敵を心中で理解しつつ、ひとまずは、当時の状況をオラリオ全土に公表するらしい。

 

 

「そろそろ、映し出される頃かな」

「ああ」

 

 

 ロキ・ファミリアのホームである、黄昏の館。食堂の最前列に座るフィンと横に並ぶリヴェリアとガレスを筆頭に、かつての戦争遊戯(ウォーゲーム)の時のように、全員が映像を映し出す硝子(モニター)を見つめていた。

 

 

 始まるのは、ロキ・ヘルメスとディオニュソスによる問答、録画されたモノの再生だ。最初の方や途中の余計な部分はカットされた上で、例によってやや湾曲した編集となっているものの、フレイヤの水晶玉によって第三者からの視点ということも拍車をかけ、ロキとヘルメス側には緊迫した空気が伺える。

 ディオニュソスが抱いた真の目的をロキが暴いた時、見せた反応。気味悪いと表現できる声を耳にして、眷属の一部が身を震わせた。

 

 これがロキと同じ神かと疑問を抱き、否定し、目的を脳裏に思い返して強く憎む。誰一人として口には出さないものの、抱く心境は同一と表現して良いだろう。

 画面に映る状況は引き続きディオニュソスが余裕を見せており、その様相を崩さない。万が一に備えて影で待機しているロキとヘルメスの斥候もまた、自分達から先に飛び掛かるワケにもいかず、かと言って主神が襲われたならば取り返しがつかない為に、酷い緊張を崩せない。

 

 

 この点、実はロキは、襲われる点について危惧していない。何せディオニュソスが目論んでいるのはモンスターによる地上の虐殺であり、同時に、此度をゲームの感覚として捉えていると察知した為だ。

 それらはディオニュソスの言動から確信へと変わっており、一方で、相手が所持しているだろうカードが読めなくなる。最悪は7年前のレベル7冒険者のような隠し玉と睨んでいるが、それ以上のカードとて有り得るために、想像の域は青天井だ。

 

 

「私を殺したところで終わらんぞ?そうだロキ、得意だよな?ポーカーをしようではないか」

「ポーカー、やて……?」

 

 

 ゲーム感覚を例えるならば、このような一幕だ。確かに相手の心理を読むカードゲームのポーカーは、ロキが得意とする遊戯の一つである。

 とはいうもののロキは、何故ポーカーに例えられたのかが分からない。

 

 そもポーカーとは、トランプを使ったシンプルなゲームである。山札からカードを5枚引き、手札で役を作り優越を競うゲーム。

 しかしその裏で、最も重要なやり取りが発生する。「自分の手札は強いぞー」などとハッタリを効かせて、いかにして騙し、バトルフィールドから相手を下ろすゲームでもあるのだ。

 

 

 つまるところポーカーというゲームの根底は、真向からの心理戦。そして、“手持ちのカード”を使うゲームとなれば――――

 

 

「お前さんが揃えたコマはロイヤルストレートフラッシュ並。そんでもって絶対の自信がある、っちゅーワケか」

 

 

 睨みながら出されたロキの言葉に対し、ニヤリとでも表現するかの表情でディオニュソスは答えとした。答え合わせが必要か否かについては、語るまでもないだろう。何かと自慢したい年頃らしい。

 

 

 ともあれ映像は、ここで終了。幸いにもヘファイストス・ファミリア襲撃未遂についてのやり取りが表に出ることはなかったが、ディオニュソスの悪行を知れ渡らせるには十二分と言える。

 

 

 事実、既に反応は広がっており、一般の人々は、7年前の戦闘を思い出して恐怖に震える。

 冒険者を筆頭にファミリアの者たちは、闇派閥の悪行を許すまいと、心中に確かな正義を抱く。

 

 

 戦う理由は、人それぞれ。友を守る、家族を守る、オラリオそのものを守るなど、最も大切な対象は様々だ。

 

 

 それでも。各々にとって守るべきものは、確かにある。

 

 

 答えを貰った疾く風も、答えをくれた者やその仲間の力になるべく準備を進め。

 救いを貰った白巫女も、作戦と警戒の立案・検証に余念がない。

 

 

 それらを指揮するは、天界のトリックスター。加えて此度に起こるだろう抗争で相手から繰り出されるカードは、彼女にとっては想定外のモノが幾つもあるだろう。

 7年前の大抗争も、そうだった。だからこそ、万が一にフィンが想定していない抜け穴がないかと、ロキは自室で一人、様々な方面から検討を進めている。

 

 

「なぁディオニュソス、知ってたら教えてくれへんか」

 

 

 ウイスキーの注がれたグラスの氷がカランと鳴って、独り言と同じく木霊し消えてゆく。まるでこのあと行われる戦いと結末を現わしているかのようで、ロキの口元が軽く吊り上がる。

 彼女が下界に来てから、まず間違いなく一番面白いイレギュラー。ロキが愛する子供たちにとっての敵ではない為に、闇派閥陣営が向かえる結末を想像して愉悦に浸ってしまっている。

 

 なんせ、ほんの1年前には存在すらしていなかったヘスティア・ファミリアが所持する戦力は。今や桁外れたと表現するに等しく、オラリオどころか世界規模においても最強と言えるだろう。

 

 

 恐らく普通(立派な団長)、ベル・クラネル。

 自称、普通(自称一般人)、タカヒロ。

 比較的普通(推定一般人)、レヴィス。

 相対的普通(皆のペット)、ジャガーノート。

 

 

 役割だけを見れば火力しかいないという大きな問題もあるのだが、その火力の一つ一つですら、中堅ファミリアの1つと片手間で渡り合える程。弾幕はパワーとの言葉があるように、ようは消される前に燃やし尽くせば済む話だ。

 

 現時点では誰も知らない事象だが、実はこの中に“半径27メートルを誇る体力(ヘルス)精神力(マインド)の範囲回復持ち”も混じっている為に継続戦闘能力も十分に備えている。あくまでヘルス回復に限った話ではあるものの、オラリオ随一のヒーラーであるアミッドが持ち得る半径5mの回復魔法など、まさに比較にならない程のカバー範囲に匹敵する程だ。

 

 下3名との比較になってしまうベル・クラネルが、ロキには少しばかり不憫に思えて仕方がない。不本意ながらも今は格が違う程の存在ばかりなのだが、一方でオラリオの者達がベル・クラネルへと期待を寄せていることも大きな事実だ。

 なんせ当該4名の中で冒険者なのは彼だけであり、残りについては名前も知られていない程の存在なのだから、期待が偏るのも無理はない。そして全てを知っている――――つもりのロキは、ヘスティア・ファミリアに所属する4名の事を、次のように評価しているのだ。

 

 

「……ジョーカー4枚使(つこ)うて出来上がる役って、何なんやろな?」

 

 

=====

 

 

 一方、こちらもまた映像を目にしていたヘスティア・ファミリア。メンバーたちは食堂に集っており、ロキから借りていた投影用の少し大きな水晶を見つめている。

 全員が抱いた感想は、「絶対に阻止してやる」。オラリオを守ると言う正義は此処にも生まれ、ひいてはヘスティア・ファミリアのホームを絶対に守ると言う心中の正義へと成長する。

 

 

「……ディオニュソス。君は本当に、そこまで堕ちてしまったのかい」

 

 

 一方、冒険者とは違った心境を抱く者も居た。普段は元気さを振りまくツインテールも力なく垂れさがっており、水晶へと向けられる藍色の瞳が僅かな悲しさを抱いているのは、相手が誰であろうとも悲しみを感じ取ることが出来る善神である為だろう。

 ある程度は推測をロキから聞いていたヘスティアだが、こうして第三者の視点から見ると、相手が抱く狂気はより一層のこと強いものがある。天界で抱いた恐怖の感情が再び思い起こされ、負けじと右手に力を入れた。

 

 同郷の出身であり、オリンポスの座を譲った相手。映像に映るディオニュソスを見るヘスティアの表情に普段の陽気さは欠片もなく、滅多に現わさない悲しげに溢れている。

 例え明確な敵だろうともまず最初に相手の身や心を案ずる当たり、彼女の善神さが溢れている。後ろで見ているファミリアのメンバーも彼女の顔を目にして、掛ける言葉が見つからない。

 

 それでもオラリオの平和を守る為、戦う決意を心に抱いた。ロキ・ファミリアやフレイヤ・ファミリアのメンバーと比べると抗争に慣れていないために、自分は足手まといになってしまうのではないかと考えている。

 例え無力と笑われたとしても、彼女は這いつくばってでもオラリオの為に戦うだろう。酒に溺れてひと悶着こそあったものの、他ならぬ眷属達と出会ったこの地を、彼女は誰よりも愛している。

 

 

 

 

 

 だというのに、そのすぐ後ろでは――――

 

 

 

 

 

「あああああ!レヴィスさん、それ僕が食べようとしていた唐揚げなのに!!」

「ふふふ、早い者勝ちだぞクラネル」

 

 

 お隣の領土から奪った唐揚げにフォークを突き刺し、背筋を伸ばしつつドヤ顔を披露する元怪人。ヘスティア・ファミリアに加入して以降は、現代の食事を心から堪能している。

 しかしながら、此度は状況が宜しくない。立ち上がって遺憾の意を口にするベル・クラネルだが、それも仕方のない事だろう。

 

 

「人の皿から盗る奴がいるか。ベル君、ジャガ丸、奪い返せ」

「よし、いくよジャガ丸!!」

■■■■(よっしゃぁ)――――!』

「お、おい待てクラネル、ジャガ丸!止まれ!!」

 

 

 右手にフォーク、左手に取り皿。戦闘態勢へとスイッチしたベル・クラネルは、どうやって持っているのかは不明なものの両手にナイフとフォークを掲げるジャガ丸と共に、お隣領土のレヴィスへと宣戦布告。

 食べ物の恨みは恐ろしいとは、随分と昔からある言い回しだ。勿論レヴィスも似たような言い回しは知っていることと、ベルとジャガ丸の目が本気である為に、何かと必死な様相を隠せない。

 

 

 とはいえ。この戯れが先の映像の最中に行われている点は、周囲の人間ならば百も承知だ。

 

 果たして堕ちたのは、どちらの事か。そもそもにおいて人や神の話なのか、はたまたヘスティア・ファミリアの常識そのものか。

 

 

「君たちさぁ……」

「……ホント、あの方々は常識が壊れていますね(平常通りですね)

 

 

 此方も此方で、一応は映像に目を通していたヘスティア・ファミリア。しかしレベルを上からソートした時の上位3名+ジャガ丸、ロキ曰く4枚のジョーカーは、全くもって興味の欠片も向けていない。

 名目上は、オラリオ防衛チームの切り札となるヘスティア・ファミリア。その主神である彼女と指揮官リリルカは心底から呆れながら、後ろに振り返りつつ女性にあるまじき破綻した表情を向けている。

 

 なお、先の唐揚げのやり取りにおける3番目の発言者。そもそもにおいてオラリオの破滅を阻止するためにウラノス達に協力しているはずなのだが、例によって装備が貰えない上に、リヴェリアとの暮らしが楽しくて興味が向けられていないという惚気事情。

 何気に最も大きなキーワードを握っているハイエルフ。そんなキーワードの人物を心から信頼しているために全く持って危機感が湧かないベルや、そもそも戦い以外には興味が湧かないレヴィスなど原因は様々だ。

 

 

「タカヒロ君達も見てただろ。あんな狂気を纏った神は、滅多に居るもんじゃないぜ……」

「……」

 

 

 流石に「見慣れている」とは返せないタカヒロは無言を決め込む。確かにケアンの地に居た者達と比べれば、今のディオニュソスですらも普通と呼べる域になるのだから無理もない。

 とはいえ、無言を貫けば怪しまれることだろう。故に何かしら口を開かなければならないと考えた言葉を口にした青年だが、回答として出された内容が問題だ。

 

 

「なに。命の危機に怯え死に至る迄が至高の時だと言うならば、その身でもって味わえばいい」

「僕は死にかけても笑うことなんて無かったですけどねー」

「気持ちのいいモノではないぞ、笑うなど(もっ)ての(ほか)だ」

 

 

 各々が感想を述べている、その横で。

 

 

■■■!■■■!(うまい!うまい!)

「ああああジャガ丸なんで全部食べてるの!?」

「なにっ!?」

 

 

 発言順に部外者、被害者ながらも未遂者、経験者、そしてモグモグ者は語る。味方と闇派閥の二つ、そのどちらが狂っているかを考えたヘスティアは、上回っている方が味方ではないかと考えて頭が痛くなったようだ。

 同時に、どのような鍛錬の果てにベルがここまで強くなったのかが分かってしまい、輪をかけて頭痛が酷くなる。胃薬の次は頭痛薬かと考えることが出来ているだけ、まだマトモな思考は残っていると言えるだろう。

 

 

 ある意味で、このまま彼等が無関心を貫く現実となれば、ディオニュソス陣営の勝利もコンマ数パーセント以下の確率で在り得たのかもしれない。とはいえ数日経たずにロキ・ファミリアが動きを見せる事を内々で知っているヘスティアは、やはりディオニュソス陣営の勝利を疑っている。

 

 そして、この期に及んでディオニュソスは相手の総戦力に気付いていない。もっとも何かと情報が制限されているために気付く要素がないのだが、その点はもはや運命の悪戯と呼べる域に達している。

 

 

 

 やがてディオニュソスは、嫌と言う程に思い知ることとなるだろう。イレギュラーという言葉のくくりにおいては双方ともに手札は同じロイヤルストレートフラッシュなのかもしれないが、相手の手札には複数のジョーカーが入っているということを。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 4枚目のジョーカーをドローし終えている神ヘスティアは、ターンエンドを宣言していないのだ。

 



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212話 森は木を受け入れるのに最適

長くなったので2話に分割しました


 

 オラリオにおける建造物のうち、もっとも有名であるものは、中心部にそびえる“バベルの塔”だろう。二番目は、恐らくはオラリオを囲う外壁が該当する。

 では三番目はどうかとなれば、ここからは人によって回答が変わりやすいはずだ。例えば冒険者ギルドの建造物、ガネーシャ渾身の銅像など、対象は様々。それでも、恐らくは大多数の者が口にする、有名な建造物が存在する。

 

 

 外観だけを見たならば、“オラリオという城下町に(そび)える古城”と比喩して差し支えない。増築に増築を重ね――――上方向への増築は少ない為に違法建築でこそないものの、存在感はオラリオにおいて随一だ。

 

 

 名前を、“黄昏の館”。オラリオで最も有名なファミリアの一つであるロキ・ファミリアのホームであり、数多の冒険者が住まう拠点でもある。

 相部屋でなければ全てのメンバーが収まりきらない一方、部屋数も非常に多くなっており、種類もまた多種多様。誰の個室にも該当しない場所も幾つかあり、実質的にリヴェリア・リヨス・アールヴが専用で使っている執務室も、その一つだ。

 

 

 黄昏の館にある、多目的を理由として造られた10畳ほどの部屋。ロキ・ファミリアらしく多少の装飾が目を引く長テーブルの左右に延びる4人掛けのソファそれぞれへ、二つの影が仰向けで倒れ込んだ。

 

 

「あ゙――――――、ごっつ疲れた……」

「本当だぜ……」

 

 

 そんな部屋に転がり込みソファにもたれかかって天を仰ぐ、二つの死体。仮に“死体”と比喩されようが、「神は死なず無限の存在」などという不変の事実を口にする元気もないらしい。

 なお、それを口にしたどこかの地方の神は、デイリーで屠られるという凄惨な現実と対面してしまった。「無限の存在なら、ドロップアイテムも無限に厳選できるね!」などという銀河の彼方レベルの考えを持つ輩が居るなど、永久を生きた神といえど想定できなかった事らしい。

 

 

 そんな変人(一般人)の言動はさておき、この二名は、どうやら質問攻めにあったらしくお疲れの模様。本丸御殿がロキで、ヘファイストス・ファミリアの拠点近くでヘスティア・ファミリアが共闘していた為に、ヘスティアにも飛び火した格好だ。

 

 

 そんなこんなで、二名には癒しの時間が必要。上体を起こしたロキはおもむろに、己の衣服であるチューブトップの内側、胸元へと右手を手首辺りまで突っ込むと――――

 

 

「疲れた時は、やっぱコレや」

 

 

 ――――今、どこから取り出した。貶しているワケではないが、あの超絶壁胸部(スーパーフラット)身体(スタイル)、かつ手のひらを広げた程度の幅しかないチューブトップのどこにワインボトル(ソレ)を格納していたのかとツッコミを入れる気力はヘスティアには残っておらず、結果として「また酒か」という感想に留まっている。

 

 

「どや、ヘスティアは飲まへんか?」

「遠慮しておくよ」

 

 

 ハァ、と、ヘスティアは疲れと共に肺の空気を天井に吐き出す。ボトルごと煽るロキを横目に捉え、再び天井をボンヤリと見つめていた。

 冷静かつ疲労が無ければ、得体の知れない空間から出てきたワインなど飲まない方が賢明と判断することも出来ただろう。結果としては同じところに着地しているとはいえ、ヘスティアとロキが疲れ切っていたのは、勿先のディオニュソスに関する騒動が原因であることは言うまでもない。

 

 ヘスティアとディオニュソスは天界で知己の仲だったこともあり、ロキとは違う意味で数多の質問攻めを受けた。とはいえ、ベル・クラネルという“ジョーカー”がいる為に、かつてのように軽々しい扱いを受けなかった点は、一年ほど前と大きく変わったところだろう。

 

 

 レベル1から4までの最速ランクアップ記録保持者、かつソーマ・ファミリアとアポロン・ファミリアの連合軍を単騎で叩き伏せた実績。それらは焦がれと名誉と共に、畏怖の感情を生んでいる。

 

 

「にしたかって、しつこい神が多くてかなわんわ。ウチかて全部が全部知っとるワケちゃうし、そもそも話せるかーっちゅうの」

「ボクもディオニュソスの事なら少しは知ってるけれど、フィルヴィス君の情報は分からないぜ」

「しつこかったなぁ。あの反応からして、連中、クロやろ」

 

 

 闇派閥、ディオニュソス。話題の中で大きかったこの二点だが、“特定の括り”、言い方を変えれば“とある理由によりギルドが目星を付けている連中”からは、先の二点よりも、ディオニュソス・ファミリアの団長であるフィルヴィス・シャリアの行方についての問答が続いていた。

 フィルヴィスとはディオニュソスに最も近い眷属であり、ディオニュソスがエニュオと判明した以上、闇派閥としては、フィルヴィスとはエニュオの側近と判断している。つまり闇派閥の事についても色々と情報を持っているワケで、闇派閥とパイプを持つ者からすれば、気が気で仕方ないだろう。

 

 何せ連中にとっては、どこでどのような爆弾が炸裂するか分からない状況なのだ。鍛えられた今のヘスティアが耳にしたならば「なーんだそんな事かい」と流す――――ような傲慢さを見せることは無いだろうが、何れにせよ、都合が悪い情報の塊であることに変わりは無い。

 だからこそギルドのネットワークにも、“暗殺”の二文字の情報は既に引っ掛かりを見せている。可能かどうかはさておき、事態は、そのような動きを見せているのだ。

 

 

 結論を言えば、暗殺は不可能だろう。

 

 

 レベル4の時点で怪人となった事により、実質的にレベル8前半の戦闘力を所持していた彼女。その後、独りでダンジョン深層のさらに奥――――具体的には50階層以降で行動していた事は、経験値(エクセリア)として刻まれていた。

 怪人だからとて、モンスターに襲われない事などない。例外としては使役した極彩色のモンスターだが、ダンジョンで生まれたモンスターがコレに該当することはない。

 

 だからこそ戦闘行動が発生し、数多の冒険者にとって未知となる脅威と戦ったことだろう。状況次第では、逃亡の選択を行った事もあっただろう。

 本人の望みや意思はどうあれ、フィルヴィス・シャリアが築いた経験であることに変わりは無い。レヴィスの前例を踏襲すると、フィルヴィスの当時のレベル4を上回り、恐らく6もしくは7ぐらいになるのではないかと、ヘスティア・ファミリアの一般人は想定しているらしい。

 

 

「……レベル6やら7やら、そうポンポンと出てくるもんやないんやけどなぁ」

「ホントだぜ」

 

 

 オラリオの一般常識の範囲、その端っこ紙一重に辛うじて居るロキ。一方で、そこから一歩先へと行ってしまったヘスティアとでは、同じ認識でも、意識の程度に大きな差がみられている。

 紙一重とは、僅かな差であると同時に、決定的に違う証でもある。どこかの青年が口にしたこの言葉は、間違っていないらしい。

 

 

 ともあれ、今のオラリオで話題の渦中に居るディオニュソス・ファミリア。実質的に解散となったファミリアとはいえ、その元団長ともなると、取り扱いは難しい。

 

 

「ヘスティア。フィルたんの処遇、どないするんや?」

 

 

 大きく分けて、見捨てるか、保護するか。ファミリアの子供達の意見を聞くか、神の独断で決めてしまうか。

 

 相手に余程の問題となる理由がない限り、善神ヘスティアにとって、見放す選択は無いに等しい。お人好しならぬお神好しか、そのような選択になるのは彼女らしい。

 団長ベル・クラネルとて、きっと同じ選択を選ぶだろう。なんだかんだで根っこが優しい第二眷属も同意してくれるはずだと、ヘスティアは保護の選択を選んでいる。

 

 とはいえヘスティアとしても、懸念点がゼロというワケではない。闇派閥やディオニュソスにとって最も危険な情報源を持つフィルヴィスを匿うとなれば、自然とリスクは発生する。

 そんな情報源のリスクは身内にも潜んでおり、何をどうしてフィルヴィスを怪人から一般人に戻すかなど、まさに想像もつかない程。ロキに至っては、話こそ聞いているが盛大にスルーして聞かなかったことにしやがった案件だ。

 

 

「ど、どこかで、ほとぼりが冷めるまで(かくま)うしかないけど……」

 

 

 だからこそ明確なイエスの答えが出せず、このように、ありきたりな回答しかできないワケで。

 

 

「ほとぼりが冷めるまで(かくま)う言うたって……適任と、なるとやな……」

 

 

 ロキの心配も仕方がないだろう。先のリスクである情報とは、どこから漏れ出るか分からない。

 例え全く無関係のファミリアに匿った所で、鳥籠の中と呼べる環境だ。フィルヴィスの自由がないうえに外から丸見えの状況は、大きなリスクをはらんでいる。

 

 ロキとヘスティアは、ひとまず、フィルヴィス・シャリアの現状を分析する。元という文字が付随する怪人だった事と、エニュオに関する情報を多々持ち得る事から狙われる危険性も高く、生半可なファミリア、ひいてはギルドですらも危ういと判断した。

 フィルヴィス・シャリアという存在を簡単に言い換えれば、ヤベー奴。では彼女と似た者がオラリオのどこにどれだけ居るかとロキとヘスティアは考え、脳内で人物と状況の列挙を行った。

 

 本日の朝食を思い出すような程度の難易度だったことは幸いだろう。そして多少のズレこそあるものの、周囲に知れ渡っているか否かを含め、神々の意見は一致している。各自の頭の中で作られた一覧表は、概ね、次のようになっていることだろう。

 

 

 タカヒロ :真ヤベー奴(未公開。言わずもがな)

 ベル君  :超ヤベー奴(公開済。言わずもがな)

 ジャガ丸 :超ヤベー奴(未公開。言わずもがな)

 レヴィス :超ヤベー奴(未公開。言わずもがな)

 リュー  :準ヤベー奴(未公開。過去の行い等)

 リリルカ :準ヤベー奴(未公開。装備とスキル)

 オッタル :準ヤベー奴(公開済。戦闘力)

 フレイヤ :超ヤベー奴(指定封印。全て赤に染まる)

 ヘファイストス :以下略

 

 

「おっしゃ、ヘスティアん所が適任やな!!」

「そう来ると思ったぜ……」

 

 

 どこで匿うのが適任かなど、考えるまでもなかった。幸か不幸か、怪人から人間に戻った実績を持つ者も在籍している為に都合が良い。ヘスティア・ファミリアとは、包容力のニュアンスで懐が大きい為に、輪をかけて適任だろう。

 オラリオに存在するヤベー奴をリストアップした時に、約一年前に発足したファミリアが占拠しているのは明白である。ちなみに、このメンツに対して「誰が一番?」と尋ねれば、満場一致で自称一般人を指差すことも明白だ。

 

 ともあれ、臭い物に蓋をしているのならば、もう一つ二つを放り込んでも大局的に見れば問題は無いだろうという神々の考えらしい。導火線に火が付いた爆弾と例えるならば結論は別となるが、そんな例えは考えたくもないのだろう。

 言い換えとしては、沸騰している鍋に蓋をしているに過ぎない状況。加えて熱源がガスだろうがIHだろうが、現在進行形で強火でグツグツと過熱している為に、最終的な結果がどうなるかは明白だ。

 

 

 何せ、フィルヴィス・シャリアを怪人から人に戻すという、盛大に包み隠したい海より大きなビッグイベントが待っている。藪医者に負けず劣らずと言うべき、そんな手術(ゴリ押し)が実行可能なたった一人の自称一般人は「闇派閥の一件が落ち着くまで待つべき」との見解を見せている為に、まだ吹き零れる前の段階だ。

 なお理由としては、レヴィスからの事情聴取やリハビリの実績を踏まえると、戦力の低下は避けられない為。ヘスティア・ファミリアとしての戦力の問題ではなく、せっかく立ち直るチャンスを得た彼女なのだから、市街地戦となった際、闇派閥との戦いで足手まといにはなりたくないだろうという配慮の一つだ。

 

 例え人間に戻って正式にファミリアに入ったとしても、相応の手続きが必要となる。ギルドが制定した決まりごとに対しては、現在のオラリオが“平時”である為に、真正面から破る手段は行えない。

 正当防衛と称して突破するつもりは持っていないとしても、正当化には相応の理由が必要だ。のちのち規則破りが露呈して、ヘスティア・ファミリアの株が下がる事にもなりかねない。

 

 

 ワケありかつヘスティアには事前に話が通っているとはいえ、数日のうちにヘスティア・ファミリアに対して強制ミッションが発行されることとなる。これもまた、決められた規則の中にあるノルマをこなす意味を兼ねている。

 色々とお願いしているウラノス陣営からしても、最も避けなければならない事象の一つだろう。とはいえ裏に手を回すにしても限界はある為に、こうしてヘスティア・ファミリアが積極的に規則を守ろうとしている事については感謝の意を述べている。

 

 

 規則とは、その集団に所属していることが前提で効力を発揮するモノだ。だからこそ、ヘスティア・ファミリアではない者について、ギルドがとやかく口を出す事は有り得ない。

 

 

 たまたまヘスティア・ファミリアに居るだけで、ヘスティア・ファミリアの団員ではない。ダンジョンに潜っているだけで冒険者ではないという持論の如く、どこかの誰かが使いそうな正論(言い訳)だろう。

 

 

 そう。フィルヴィス・シャリアは現在、ヘスティア・ファミリアに身を置いている。

 



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213話 アガる気持ち

 

 白基調のシンプルな壁紙が貼られた飾り気のない6畳ほどの部屋に、あまり大きくない長机が一つと、囲うように配置されている6つの簡易な座席。ミーティングルーム、もしくは簡易的な接客室と、対応する用途は幾らか広く及ぶだろう。

 ヘスティア・ファミリアのホームに二つ造られた部屋は、狙い通りに様々な用途にて用いられている。傾向としては、同種族、同職業などが集う事が多いようだ。

 

 今現在、そんな部屋を使っているのは、ヘスティア・ファミリアのエルフ達。戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わってから加入した三名に加え、新たに仲間となった黒髪のエルフがテーブルの一角に集っていた。ヘスティア・ファミリアでは新参者となるリュー・リオンについては、まだ酒場での接客業をメインに勤めている為に不在となる。

 話の内容は、ヘスティア・ファミリアの簡単なルール。まだ正確にヘスティア・ファミリアのメンバーとなったワケではなく、怪人から元に戻ったワケでもないが、こうして迎え入れの準備は進んでいたのだ。

 

 

 なお、フィルヴィス側からも問いを投げたい項目は少なくない。さも一般風景の如く食堂にて普通に食事をしているレヴィスや、その唐揚げを分けて貰おうと袖を引っ張るジャガ丸の穏やかな攻防に対しては、残像が生じるレベルで五度見を披露したほどだ。

 視線の先に居たのがダンジョンの超深層(どこか)で見たことがある二名だからこそ、深まる謎の規模はダンジョンより広いと比喩できる。しかしエルフ達に聞けども明確な答えを持っておらず、本当に知らない為、話題は別のところへと切り替わった。

 

 

「お前たちは……私の過去を、知っている筈だ」

 

 

 かつてダンジョン内部で発生した、“27階層の悪夢”と呼ばれる出来事。同じファミリアのメンバーは元より、同胞のエルフからすらも「死妖精(バンシー)」と罵られ、彼女が加わったパーティーは壊滅の結末を辿った事。

 歴史が浅い事もあり、オラリオの中堅冒険者の間では有名な話である。だからこそフィルヴィスは、こうして“普通”に接されることに慣れていない。

 

 

「耳にしたことがない。と言えば、嘘になりますね」

「オラリオにある噂話の中では、有名と言えるでしょう」

 

 

 つまるところ、知ってはいるが気にしていない趣旨の裏返し。強弱の個人差はあれどツンデレ属性が多い、エルフらしい言い回しとも言えるだろう。

 

 とはいえ、それをさておくとしても。先の返答には、どうやら大きな理由があるらしい。

 

 

「もし仮に、貴女が、死をもたらすような存在だったとしましょう。ですが、ここでは全く通じない」

「どういう――――」

 

 

 言いかけて、フィルヴィスは一人の存在に辿り着いた。エルフ達曰く、自身のことを一般人と呼んでいるらしいが、そんな情景の欠片すらも思い浮かばないのが実情だ。

 困惑を纏うフィルヴィスの心境を察したのか、周囲のエルフ達の口元が少しだけ緩んでいる。当の青年にとっては残念ながら、一般人であることを難渋してしまう旨の同意、かつ苦笑の笑みだ。

 

 そして、フィルヴィスがヘスティア・ファミリアへとやってくる少し前のタイミング。どうやらヘスティア・ファミリアの眷属達にとって、面白おかしい一幕があったらしい。

 

 

「そもそもですが、私達は、世間が口にする先の言葉は嘘だと捉えております。当時の団長とリリルカさん達のやり取り、お伝えしましょうか?」

 

 

 ――――だったら試しで、師匠と一緒にダンジョンに潜りましょう。

 ――――■■■(うんうん)

 ――――仮に呪いが本当だとしても、タカヒロ様に通じるのですか?

 ――――成し得たら過去一番の大偉業ですよ。

 ――――■■■(無理無理)

 

 ――――……戦士タカヒロ、言われ放題だが?

 ――――ジャガ丸ちょっと来い。

 ――――■■■(ナンデ)!?

 

 

 戦闘関係となれば、妙な雑さ加減で扱われる自称一般人。そんな取り扱いに少しだけ憐んだフィルヴィスだが、包まれる優しさに顔がほころぶ。世間から向けられた言葉の真意など彼女にすらも分からないが、このファミリアは、そんな彼女すらも暖かく包み込んでくれる。

 炉の女神とは文字通り。なお、暖かな炎が発するエネルギーの影で炉のメンタルが削られているようにも受け取れるのだが、きっと多分、気のせいだ。主神のエネルギーを属性変換などしていない、はずだ。

 

 

「あ、ここに居たんですね」

「クラネル団長」

 

 

 噂をすれば影が差したのか、ドアの影から、ふらりひょっこりと現れるベル・クラネル。その後ろから似たような動作でアイズが続き、次の人物が目に入った途端、エルフ達は全力で立ち上がって姿勢を整えた。

 まばゆい翡翠の長髪の持ち主が誰であるか、知らぬと(のたま)うエルフなど居ないだろう。幾らか面識のあるヘスティア・ファミリアのエルフといえど、だからこそ、規律を用いて接している。

 

 

「調子はどうだ、フィルヴィス・シャリア」

「はい。お陰様で、問題ございません」

 

 

 いつもの魔導服姿のリヴェリア・リヨス・アールヴに続き、いつものワイシャツ姿の男が一人。ここに居る者達は、男とリヴェリアの関係を知っているからこそ、そちらについてもソコソコの敬意を向けている。

 一方のリヴェリアとしては、フィルヴィスをフルネームで呼んでいたりと、まだまだ距離は開いている様子。とはいえ、ただでさえ距離感を長く設定する種族である為に、例え同胞であろうとも無理のない話だ。

 

 

 そんな二人のやり取りに目を向けたタカヒロの視線は、別の一点へと注がれる。フィルヴィスの腰に携えられた鞘は見覚えのある短剣を有しており、やがて周囲の視線も集める事となった。

 

 

「あっ……」

 

 

 彼女自身、言われるまで全く気が付かなかったらしい。力のない表情から零れた言葉は僅かであり、皆から生まれる音の全ては消えていた。

 鞘から抜いた短剣は机に置かれ、彼女は目を細めて見下ろす姿を続けている。やはり内心では思う所があるのだろう、暫くして口を開いた。

 

 

「……ディオニュソス様から、頂いた代物です」

 

 

 無意識のうちに、肌に離さず持ち歩いていたのだろう。主神の下を離れると決めたとはいえ、染み付いた癖を治す事は難しい。

 彼女が向かい合い、乗り越えるべき大きな過去の一つ。辛いであろう心境を察した皆の口は自然とつぐみ、彼女から視線をそらしている。

 

 

 そんな空気が、数秒ほど続いた時だった。

 

 

「ディオニュソス様の、ばか――――ッ!!」

「っ!?」

「フィルヴィスさん!?」

 

 

 唐突に短剣の腹に振り下ろされる、白巫女(マイナデス)・パンチ。神製造のとある酒(オラリオ・メリー)の摂取は行っていない筈だが、周りが驚くほどの勢いだった。

 

 ともあれ、レベル8の一撃を受けて無事でいられる武器も珍しい。それがレベル3の時に新調したものだからこそ、耐えられる要素などどこにもなかった。

 なお理由は不明だが、短剣が置かれていた机は傷一つなく顕在。状況が状況ならばツッコミ役に回るはずの数名が疑惑の念を向けているが、どうにも、声を出す事も難しい。

 

 

 何せ数秒前に破壊された短剣は、フィルヴィス・シャリアにとっての戦う理由。ディオニュソス様の為という、彼女にとっては“生きる理由”に等しかった。

 

 

 何やらコミカルな雰囲気が混ざっていたものの、彼女にとっては大きな覚悟を要しただろう。言葉通り、もしもディオニュソスが救いようのない馬鹿でなければ、違う未来もあったはずだ。

 

 

 

 カランカランと床に転がった刃先が哀愁を漂わせながら滑り、やがて止まった。そちらを視界に捉えた者達は、次いで、フィルヴィスへと向けられる。

 耳の先まで真っ赤にしながら僅かに涙を浮かべ、小さく震える可愛らしい姿。勢いだけで起こした行動は、普段は大人しい性格の彼女にとって中々の羞恥だったらしい。

 

 

「フィルヴィスさん。武器、どうするんですか……?」

「……」

 

 

 後先を考えていないのだろう行動に対するツッコミか、単純に、装備をどうするかに対するツッコミか。そんな二択の可能性に気づいたのはリヴェリアとタカヒロの二人だけだが、どうにも確認できる雰囲気には程遠い。

 さておき、着の身着のままでヘスティア・ファミリアへとやってきたフィルヴィスにとっては、ソコソコの問題となるだろう。ベルの言う通り、冒険者とは装備がなければ始まらない。それこそ第一級冒険者の限りなく後半に位置する者が取り扱うとなれば、一般世間基準で言う所の“大金”が必要だ。

 

 

 それよりも――――

 

 

「フィルヴィスさん、どうするの?戦う理由」

「っ――――」

 

 

 リヴェリアの予想に反してアイズが尋ねた、大切な理由。戦いに身を置く者として武器を掲げる理由は、今のフィルヴィスに欠けているモノだ。

 此度の理由においては、ポッカリと空いた大きな穴を埋める事が必要だろう。そう簡単に抱くことはできないと分かるからこそ、周囲も口を開けない。

 

 

 もしもここにヘスティアが居たならば、ヒヤリと汗が湧き出ていたことだろう。このような場面においては、ヘスティアにとって最も黙っていて欲しい男が口を開いた。

 

 

「リヴェリア。近衛と呼ばれる騎士は、王が剣を授ける習わしが一般的だが、エルフも同じか?」

「ああ。アルヴの森では、父上が行っている」

 

 

 ならば。とでも言わんばかりに、彼は、どこからか一本の短剣を取り出した。

 そして手渡され、ポカンとした表情のリヴェリア。それでもすぐさまタカヒロの意図を汲み取り、行うべきことは理解できた。

 

 

 しかし意に反して、翡翠の視線は短剣へと吸い込まれてしまう。己の戦闘スタイルに合致しないことは百も承知だが、それでも到底、無視することが出来ない一振りだった。

 とはいえ、この期に及んで手間取る事も(はばか)られる為に、リヴェリアは意識を持ち直した。先のタカヒロの言葉を聞いていたフィルヴィスは、まさかと思うも、リヴェリアの動きを見るに、何が行われるかを察したらしい。

 

 

「り、リヴェリア様、しかし――――」

「良い。なんだ、私の授ける剣が受け取れないか?」

「い、いいいいいえ!そ、そそそのような事は!!」

 

 

 エルフならば、ハイエルフ・ハラスメントを断れようか。目を開いて全力で否定するフィルヴィスは、完全に被害者の立場である。

 

 ともあれ、アールヴの一族から剣を授かるなど、エルフにとっては最も大きな誉れの一つだろう。少し落ち着きが戻ったフィルヴィスは僅かに頬を高揚させ、リヴェリアに対して片膝をついて顔を上げた。

 続いて剣を授ける動作が1分ほどで行われたのだが、リヴェリア曰く、記憶にある見様見真似とのことらしい。そして彼女や周囲も短剣の詳細が気になっているらしく、視線がタカヒロへと注がれていた。

 

 

「エンチャンターズ・リフト スカージ スライサー・オブ ザ ヴォイド。このナイフの正式な名前だ。持ち得る効能については――――」

 

 

■エンチャンターズ・リフト スカージ スライサー・オブ ザ ヴォイド

・レア 片手ダガー(MI)

・必要なレベル: 5

・必要な狡猾性: 35(敏捷)

・必要な精神力: 44(魔力)

+6 エレメンタルダメージ

+8-19 酸ダメージ

+17% エレメンタルダメージ

+19% 酸ダメージ

+20% 毒ダメージ

+14% カオスダメージ

17% 物理ダメージをエレメンタルダメージ に変換

50% 冷気ダメージを酸ダメージ に変換

+14 攻撃能力

+7% 総合速度

+3 ニダラのヒドゥン ハンド

+2 シャドウ ストライク

+225 酸ダメージ : シャドウ ストライク

100% 刺突ダメージを酸ダメージ に変換 : シャドウ ストライク

-20% スキルエナジーコスト : シャドウ ストライク

・付与されたスキル:エレメンタル シール (攻撃時 10% の確率)

 破壊の力が吹き込まれたアルケインの印を、 地面に作り出す。

4 秒 スキルリチャージ

6 秒 持続時間

3.5 m 半径

+30 エレメンタルダメージ

 

 

「以上となる。強いとは言えないが、武器の性能に振り回されるのも考え物だろう。とはいえコレ以下の短剣となると、持ち合わせがなくてね」

「……」

 

 

 “強い”の定義って、なんだろう。その場にいた誰もが同じことを思い浮かべ、瞬時に考える動作を放棄した。

 とはいえ、口に出された内容が嘘だとも思っていない。形の上とはいえ己に仕える騎士を任命したリヴェリアは、今更ながらに目を瞑って手を(ひたい)に当てている。

 

 装備と呼ばれるジャンルについて詳しいかとなれば、目を丸くしているフィルヴィス・シャリアは首を横に振るだろう。彼女も冒険者である為に、ある程度の良し悪しについては分別が行えるが、それが具体的かとなれば話は別だ。良し悪しの判断が行えるだけでも、冒険者という括りにおいては上出来と呼べるかもしれない。

 

 しかし、そんな程度の彼女ですらも、差し出されたコレは目にしただけで“別格”と、言葉を選ばなければ“規格外の一振り”と断言できる。だからこそ部外者ベル・クラネルの瞳もキラキラと輝いており、前へ前へと繰り出し間近で眺めようとする行動を、アイズが両脇の下から手を差し込んで止めている状況だ。

 残念ながら、自称一般人の毒素が移りかけている。もしもヘファイストスやヴェルフがここに居合わせていたならば、場は相当のカオスと化していたに違いない。

 

 

 ともあれ、フィルヴィスに渡された短剣は、あのタカヒロが保管していた一振りだ。数秒ほどしてダガーが持ち得る効能の説明が行われたものの、名実ともに、破格の性能を持ったダガーである点は確かだろう。

 

 とある種類のモンスターからドロップするレア装備、通称“MI”の分類となる装備。超のつく希少さである“ダブルレア”でこそないが、レア分類の接頭辞(Affix)を備える希少なMIだ。

 

 

 ダガーの名前を、エンチャンターズ・リフト スカージ スライサー・オブ ザ ヴォイド。レベル5、かつ少量の狡猾・精神数値を要求するが、総合速度を筆頭に様々な攻撃性能を向上させるエンチャント効果を持った、片手ダガーの武器である。

 総合速度とは、攻撃速度・移動速度・詠唱速度の3種類を指し示す。7%という数値を“僅か”と見るか“7%も”と捉えるかは人によるが、これら3種類に対して効力を発揮するエンチャントだ。

 

 無論、それだけには収まらない。付与されているエレメンタル・酸の基礎ダメージは、ヘスティア・ナイフと違い、発動に魔力を要さない。攻撃時に10%の確率で小規模範囲攻撃魔法を無条件で発生させる効能は、手数を誇るナイフの運用に合致している。

 それぞれの基礎ダメージが追加される効果もある上に、それらを統合して2割弱の割合上昇の性能も付属している為に、攻撃力の上昇具合は破格と言えるだろう。魔法剣士であるフィルヴィスにはベストマッチであり、機能していない効能も幾つかあれど、差し置いたところで評価は全く揺るがない。

 

 

 通常、この手のMI装備に付随する“接頭辞”と“接尾辞”は、基本として装備が持ち得るエンチャントと同系統のモノとなる。今回の例では、主に、毒・酸ダメージを増強する内容が該当するだろう。

 しかし問題は要するレベルにあり、自称一般人の視点で“僅か”の域となるレベル3やレベル5――――つまるところ、序盤の中でも本当に初期にしか使い道のない装備だ。割合上昇という観念において、基礎の能力が非常に低い序盤の装備を厳選したところで得られるメリットは非常に少ない。

 

 彼のビルド構成からしても、使い道が非常に希薄であるのは明らかだ。接頭辞はともかく接尾辞については明らかに場違いであり、数値についても“厳選”の言葉とは程遠い。

 では何故そのような装備を彼が所持していたかとなれば、単なる収集癖である。ダブルレアでこそなけれどAffixが前後共についており、MIという点は変わらないため、「とりあえず確保しておこう」という、彼のような生き物にとっては“あるある”と言える本能のもとで眠っていたのだ。

 

 

 しかしリヴェリアは、問題が別にある事に気付いていた。あのタカヒロが、己が収集した装備を授ける事。それがどれ程までに重大かつ驚愕に値する事か、言葉で表現するのも難しい。

 

 

 いくら彼自身が使わないからとはいえ、おいそれと譲渡することなどありえない。使う・使わないの括りで言えば、確かに、使わない装備が99.999%程を占めるだろう。

 繰り返しとなるが、だからと言ってコレクションの一つを渡す事など、リヴェリアですら想定の外にある行いだ。2回ほどアイズに剣を貸したことはあれど、あくまでレンタルの取り扱いであり、雲泥の差と言える程。

 

 

 とはいえ彼も、考えなしに授けたワケではないらしい。

 

 

「手を差し伸べた責任は、最後まで持つつもりだ。生きる為に戦う理由が要るなら、自分やリヴェリアの為に足掻いてみろ」

「っ……!」

 

 

 女性で、エルフで、騎士らしく、凛としたお堅い性格。いくら絶対の相方が居るとはいえ、そんな王道属性モリモリのシチュエーションとハイエルフが織りなす組み合わせをエルフスキーが見逃すなど、幼子が笑顔を振りまくよりも難しかったのかもしれない。

 

 それらに加え、彼自身のケジメのつもりだったのだろう。しかしながら、色々と病んでしまっていたフィルヴィス・シャリアにとってクリティカルダメージ。彼女に生まれた心境を察したリヴェリアから色々と口にしたそうな鋭い視線が飛来するも、タカヒロ本人が気にしていないので始末に負えない。

 超一級品のダガーを目にしてお目目キラキラだったベル・クラネルと抑えていたアイズ・ヴァレンシュタインの姿勢は一転して、そそくさと逃げ出しかねない動作に切り替わっている。それはヘスティア・ファミリアのエルフ達も同様であり、事が勃発しそうになれば、“無礼講”の三文字を使って逃げ出すことだろう。

 

 

鈍感アイズですらも察することのできる、ハイエルフの大人げない嫉妬の感情。紅の瞳に宿る闘志という炎の温度と共に、なにやら湿度もアガってきた。

 

 

「身に余る光栄。この身が果てる時まで、お二人に忠誠を誓います」

 

 

 床に片膝を付き、タカヒロとリヴェリアの間に向かって首を垂れる一人の少女。紅の瞳に宿る光は、戦う理由を見つけた戦士の眼差しを抱いていた。




■リフト スカージ スライサー
・レア 片手ダガー(MI)
8-19 酸ダメージ
1.93 攻撃 / 秒
+17/+26% 酸ダメージ
+17/+26% 毒ダメージ
36/54% 冷気ダメージを酸ダメージ に変換
+6/+8% 総合速度
+3 ニダラのヒドゥン ハンド
+2 シャドウ ストライク
225 酸ダメージ : シャドウ ストライク
100% 刺突ダメージを酸ダメージ に変換 : シャドウ ストライク
-20% スキルエナジーコスト : シャドウ ストライク
必要な プレイヤー レベル: 5
必要な 狡猾性: 35
必要な 精神力: 44
アイテムレベル: 5


■エンチャンターズ
・必要レベル:3
4/6 エレメンタルダメージ
+10/+18% エレメンタルダメージ
11/19% 物理ダメージをエレメンタルダメージ に変換
+10/+18 攻撃能力
・付与されたスキル
・エレメンタル シール (攻撃時 10% の確率で)
 破壊の力が吹き込まれた アルケインの印を、 地面に 作り出す。
4 秒 スキルリチャージ
6 秒 持続時間
3.5 m 半径
30 エレメンタルダメージ

■オブ ザ ヴォイド
・必要レベル:3
+13/+19% カオスダメージ


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214話 男は悪者

 

 ヘスティア・ファミリアにて、色々と起こった翌日のこと。ロキ・ファミリアと共に先のディオニュソス騒動に加担していたヘスティアは、ギルドから何かしらの任務、言わば“強制ミッション”が課せられるのではないかと危惧していた。

 これについてはロキ・ファミリアも同様であったが、蓋を開けてみれば幾らかの“報告書の提出”という内容に収まっている。味方の誰かを恐れて味方の誰かが裏で手をまわしていることは明らかながらも、全員が口を閉じている為に真実は闇の中だ。

 

 

 ということで、ロキ・ファミリア、ヘスティア・ファミリアそれぞれの立場からの報告書提出が義務となる。記載される内容、例えば“一連の事件に対するファミリアとしての受け取り方”などに大きな差異が生じては余計な面倒事となる為に、ギルドのように裏を合わせておいた方が良いだろう。

 互いのファミリアにおいて、文書作成能力に優れ、かつ意思疎通に問題がない人物。となれば回答が出されるのに時間はかからず、恐らくは両ファミリアの全員が見解一致する二名が抜擢された。

 

 

「タカヒロ君、頼むぜ!」

「リヴェリア、任せたわ!」

 

 

 神二名のサムズアップと共に、1秒という長々とした脳内会議で決定された出来事である。

 

 

 作業としては、真面目に取り組んで4-5時間程度のものとなるだろう。今までのファミリアの調査結果やギルドからの提供資料とも合わせて、行うために、そう易々とは終わらない。

 加えて両者で全く同じ文面ではなく、表向きは――――ではなく表も裏も差がある両ファミリアにおいて、それぞれ表の立場から捉えたかのような文面だ。それでも、根底の見解は一致しているモノに仕上がりつつあるのは流石と言った所だろう。

 

 

 がしかし。いくら内容については疑念の余地がないとしても、物理的な状況となれば、抱く感想は先の内容とは異なるだろう。

 

 

「……なぁ、リヴェリア」

 

 

 本来の備え付けである一人掛けのチェアではなく、三人掛け、頑張れば四人が座わることができる程のロングチェアを用意したハイエルフ。そこに二人隙間なく並んで座っているのだから、本来の目的を達成するには幾らかの疑念が生まれてしまう。

 本来は、一人で机のスペースをフルに使って効率よく行う想定だった書類業務。パソコンで言うところの“メモリ容量”が半分となったならば、効率は半分とまでいかずとも、大幅な悪化は避けられない。

 

 

「……なんだ」

「……いや、なんでもない」

 

 

 そもそもにおいて、わざわざ隣で、それも隙間の無い真横で行う必要の是非について。業務処理という目的に焦点を当てたならば、“不適切”の回答がふさわしい。

 しかし、そのような正論という名の問いを口に出したならば、男が悪者となるだろう。男は理不尽だと異議を唱えるかもしれないが、こんなシチュエーションでは仕方がない。

 

 とはいえ、このまま我慢するというのも、男が納得するには難しい。何か軽いことが出来ないかと考え、幼子の悪戯のような一つの動作が脳裏に浮かんだ。

 行いとしては単純で、“いぢわる”宜しく、座り直す動作のついでに僅か鉛筆一本程の隙間を開けてみる。すると相方は、間髪入れずに横方向への動きを見せて埋めてくる。

 

 

 まるで飼い主に甘える小動物を相手しているかのようで、愛おしい。ならば、“好きな子には悪戯をしたがる男子”という真理に基づき、男は、先と似た動作を行った。

 

 

「むっ」

 

 

 二回目の座り直し後に互いの手が止まり、顔が自然と向き合う。整った顔を持つ女の頬は僅かに膨らみ、無言の抗議を見せていた。

 このような状況で見せる表情にも凛々しさの欠片が残っているところが、どうにも彼女らしい。しかし残念ながら、今ではエッセンスの一つに納まる程度のことだろう。

 

 

「……」

「……」

 

 

 まるで構ってほしい駄々っ子か、別の生き物に構う飼い主に物申すペットの類か。このまま続くようならば、「最年長らしくない」と、そろそろツッコミの一つも入れたくなる。

 

 

 そうは思うものの、コレはコレとして可愛らしいのでヨシ。相方の“新たな一面”とは、周囲に迷惑等を振りまかない限りは美化されるものである。

 

 

 僅かな膨らみを指の腹で押してみると、僅かな凛々しさも消え去って“間抜け顔”。男の口元は思わず少し緩んでしまい、だからこそ、翡翠色で物言いたげな半目の表情は険しさを緩めない。

 離れる事への抗議か、はたまた隣にいて欲しい欲求か。何れにせよ、もしも今のリヴェリアを一般エルフが目にしたならば、盛大に表情を歪める事となるだろう。

 

 

「向こうのテーブルで、一息つこう」

 

 

 男の提案で、書類を曲げたり汚さぬよう、別の机へ。かつてタカヒロが勉強の為に使っており、複数人の座学に対応した大きな四角のテーブルだ。装飾は無くシンプルながらも重厚さを備えており、勉学の為に向き合ったならば身が引き締まることだろう。

 そんな机の一辺、更にその一部に、紅茶を用意して二人並んで掛け。横目に映る相方リヴェリアの背中は、心の沈み具合を表すような丸まりを見せている。

 

 彼女に耳や尾が備えられていたならば、力なく垂れさがっていることだろう。上下方向にはほとんど動かないエルフの耳だが、普段の張りがないように見受けられる。

 

 

「自分がフィルヴィス君に剣を授けた事を、気にしているのか?」

「っ……」

 

 

 思い当たる節となればそれぐらいしかない為に聞いてみれば、正解であった。目を逸らして更に丸くなる背中が、成否の判定を物語っている。

 それ程までに、“危機感”を抱いたのだ。容姿はともかく、傍から見た雰囲気も似ており、更に相手が20歳未満とくれば、感じるモノは大きかったことだろう。

 

 まぁ、分からなくもない。それが男の本音であり、まだ完全な信頼を得ていないかと僅かに残念がる一方で、もしも立場が逆だったならば、大なり小なり同じ焦りを抱いたかもしれないと想い耽る。

 何せ、互いに“唯一無二”と呼べるような関係だ。リヴェリアはさておき、内面・外面の双方において自称一般人の代わりが務まる者など、世界を探しても居ないだろう。

 

 彼女がこんな調子では、男の方の調子も狂ってしまう。欠片も似つかない沈んだ空気は、リヴェリア・リヨス・アールヴに相応しいワケがない。

 逆に絶好調となれば、二人して、紅茶や菓子を片手に他愛もない言い合いをしている時だろう。意味や成果の有無など全く考えない、悪い表現をすれば“無駄な時間”とは、互いが最も必要としている空間だ。

 

 

 なお、そこまでは考えていない一般人。ここ最近はヘスティア・ファミリアのイベントが立て続けに生じており、あまり構ってやれなかったことを思い返す。

 フィルヴィスの時と同じく、モノで機嫌を取ろうとすれば悪手だろう。同じ手を使うことについてリヴェリアが文句を口にすることは無いだろうが、彼としても、“悪手”と呼ばれるセオリーならば、選択からは外した方が良いだろう。

 

 

「確かにフィルヴィス君は、エルフであり容姿端麗で、傍から見た女性としての魅力は高いだろう。だが自分にとって、お前には遠く及ばない」

 

 

 沈んだ翡翠の顔と瞳は持ち上がり、僅かに相方の方へと向けられる。直後、貰った言葉を頭の中で再生し、顔に桃の色が灯った。

 もしも犬耳と尾が備わっていたならば、同時にピンと立ち上がっていたはずだ。次いで、尾は千切れんばかりに振られていた事だろう。

 

 チョロリア・チョロス・アールヴ、どうやら今の一文で機嫌は治ったらしい。まだそこまで慣れていないこともあり、彼女にとって先のような言葉は、小腹がすいた時の甘味のように、いくらでも受け入れることができるものだ。

 アガる気持ちは、行いとなって現れる。相方の腕をからめとり、自立を放棄してもたれかかる姿は、未だ横の男しか見たことのないものだ。

 

 

 執務室のドアが勢いよく開かれリヴェリアの背筋が瞬時に伸びたのは、そんな状況が10秒ほど続いた時である。

 

 

「リヴェリア様~!やりました、レベル4に……い……」

「おめでとう、レフィーヤ」

 

 

 だからこそ、嬉し駆け足にて師に報告へやってきたレフィーヤ・ウィリディスへと翡翠の半目を向けてしまうlol-elf。言葉だけは優しいものの、表情とのミスマッチが凄まじい。

 だからこそ、レフィーヤの表情は引きつってしまう。師弟の関係であり他のエルフよりは距離が近いとはいえ、相手は他ならぬエルフの王族、それも直系の子孫で第一王女。そんなポンコツが先の表情を見せていれば、仕方のない反応だろう。

 

 更にレフィーヤとしては、横の男の存在は想定になかったらしい。

 

 彼女もまだ16歳と少女の類。タカヒロに対しては幼い面を見せる事があるベル・クラネルのように、師であり、実質的に自分を育ててくれる母のような存在のリヴェリアに誉めてほしかったことだろう。

 そんな数秒先の未来と喜びが、木っ端微塵となってしまった。頬を膨らませてキッとした表情の鋭い視線を向けるも、何事もなかったかのように紅茶へと口を付ける男には通じない。挙句の果てには、「自分が何かしたか?」と呑気な問いを投げる始末だ。

 

 

「み~んな、貴方に盗られたんですからね!!リヴェリア様も、アイズさんも、フィルヴィスさんも!!」

「盗った盗らないとは、穏やかではないな」

 

 

 リヴェリアを盗る盗らないと表現して不敬罪に該当しないかどうかはさておき、彼からしてみれば、盗った盗らないの話ではない。ツッコミにて抗議するが、レフィーヤのプンスカ状態は収まらないようだ。

 更に言えば、アイズについてはベル・クラネルが該当者となるだろう。此方への抗議を行う際は、恐らく今を上回る烈火の炎が見られるはずだ。さながら無詠唱で発動する“レア・ラーヴァテイン”の如き様相を見せるだろう。

 

 

「レフィーヤ。詳細までは尋ねないが、発展アビリティなどは取得できたか?」

「はい!」

 

 

 そんな烈火も師が投げる問いの前では収まり、詳細までは語られなかったが、どうやら耐久に関するスキルを会得したらしい。なぜ耐久が?と疑問が生じたリヴェリアは僅かに首を傾げたが、それも仕方のない事だろう。

 何せ魔導士とは、基本として敵の攻撃に晒されることは少ない部類となる。だからこそ耐久のステイタスは上がりづらく、比例して、発展アビリティも生じる事は無いと断言できるほどだ。

 

 なお、そもそもの話として、レベル3以降についてはランクアップ時に発展アビリティが生じる事も確定ではない。今回は他に選択がなかったようで、先に話された耐久のアビリティを確保したらしい。

 そして、説明を終えたレフィーヤの顔には疑念の色が付きまとっている。今回のランクアップ時に生じた疑念は、どうやら発展アビリティだけではないらしい。

 

 

「ランクアップ直後から、耐久のステイタスがS:999、だと……?」

 

 

 今のリヴェリアと同じように、ランクアップを行ったロキが盛大に首を傾げた、異常事態(イレギュラー)。彼女がレフィーヤに対して不正を働いたワケでもなく、だからこそ、こうなった理由が分からない。

 

 一方で、異常事態(イレギュラー)について、誰に相談できるワケでもなく。だからこそロキはヘスティアを“食事”の名目で誘い出し、レフィーヤに起きた事象について聞いていた。

 

―――― なぁヘスティア。恩恵を刻んだ時、元々ステイタスが極端に高い事なんて、あるんやろか?

 

 そう言われ。ヘスティアは、約一年前に第二眷属が加入した日の出来事を思い出した。

 

―――― 普通に考えれば、そんなこと無いだろうぜ!

 

 そして、光の速さで消し去った。いや、もしかしたら今の一瞬だけは、光を超越していたかもしれない。

 

 神は、神の嘘を見抜けない。例えそうでなかったとしても、今の一文は正解である為にスルーされていた事だろう。

 何せ、初めて恩恵を刻んだ瞬間に耐久ステイタスが6000を超えていた奴の事など口に出せるはずもない。念願の二人目の眷属ができて頭でも狂ったのかと言われ、取り合ってもらえない事など容易に想像がつく。オマケにレベル100で頭オカシな(色々な)加護やら恩恵やらを所持しているとくれば、輪をかけて猶更だ。

 

 

 ともあれ、レフィーヤが驚異的な耐久の経験値を得たことは事実だろう。そういった意味では、発展アビリティとの関連性も説明できる。

 今までの耐久が無いに等しい為に、彼女が極端な耐久力を得る事はないだろう。それでも、彼女が得た明らかな利点である。少し先か遠い先か、必ず役に立つ時が来るだろう。

 

 

「フッフーン!ともかくこれで、あのクラネルさんと同じです!少しだけ先を越されましたが、もう後れは取りませんよ!」

 

 

 ――――残念ながら、もう既に後れを取っている。

 

 などという事実は、口に出さない方が良いだろう。そもそも、そのような感想を抱けるのは、実態を知っているタカヒロかヘスティアの二名だけだ。

 プンスカ状態で放たれていたヘイトは、何故か彼女が目の敵にしており何時でもレベル5へとランクアップ可能なベル・クラネルへと移管された模様。しかし残念ながら、事実を知ったならば、頬の膨らみは大きさを増すだろう。

 

 我が道を行くどころか、無重力状態の如く飛び跳ねているベル・クラネル。現在ステイタスの最大値が2200オーバーとなっている“比較的一般的バグ兎”は、恐らくは誰にも止められない。

 

 とはいえベルによっては喜ばしい出来事ばかりではなく、現に武器については耐久性に難を抱えており、ベルも気づいているが、タカヒロが最も気にかけている事の一つとなっている。だからこそ裏でコソコソと動いていたところ、鍛冶師ルートで情報をキャッチし、蜜に吸い寄せられるハチドリの如く飛んできたヘファイストスには筒抜けの状況だ。

 そこから情報が漏れることは無いだろうが、なにせレベル5や6が扱う武器とのことで、色々な方面で苦労が大きいらしい。決して貶すワケではないが、レベル2の鍛冶師にとっては荷が重い案件だ。

 

 

 ともかく、レフィーヤ・ウィリディスがレベル4へとランクアップしたことに変わりは無い。そして耐久が999、かつ偉業の判定基準すらもクリアしているらしく、偉業の事象は不明ながら、一応はレベル5へとランクアップの可能な状況。

 前例がなく疑問を抱えながらも「すぐさまレベル5となるのか」と問いかけたリヴェリアだが、どうやら行うことは無いらしい。繰り返しとなるが前例がないために、リヴェリアは、とある大きな問題点に気づかなかったのだ。

 

 

「ロキによればランクアップ可能とのことですが、今のままですと、“魔力”ゼロでレベルアップする事になるので……」

「ああ、なるほど。お前の言う通り、避けた方が良いだろう」

 

 

 ランクアップを行えば、ステイタスは皆等しくゼロに戻る。しかしランクアップ前に保有していたステイタスが無駄になることはなく、本人が発揮できる実力に、間違いなく影響を与えるモノだ。だからこそレフィーヤも、レベル4へと至る時に、魔力をS-999まで伸ばしている。

 現在は耐久こそカンストしている為に上がる見込みは無いが、そもそも魔導士にとっては上がりにくいステイタス。レベルや本人の経験に左右されるとはいえ、本来は200程まで上がれば御の字であり、無駄になる量も少ないだろう。

 

 一方で、耐久以外のステイタスがゼロという状況は宜しくない。ましてや魔力バカ――――もとい、レベル6時代のリヴェリアに匹敵する程に非常に高い魔力を誇る彼女だからこそ、ここで手を抜くことは悪手だろう。

 

 

 話としては以上だったようで、礼儀正しく頭を下げたレフィーヤはパタパタと廊下を駆けてゆく。恐らく次は、アイズに報告をするのだろう。

 

 

 

 一方で、部屋に残った大人二名。そしてリヴェリアは、一連の報告について物言いたげな翡翠の瞳をタカヒロへと向けるのであった。

 

 

「そろそろ諦めも見えてきたが、今回の件も人のせいにするか?」

「フィルヴィス・シャリアの時の一件だろう。あのような異常事態(イレギュラー)だ、お前が関与していなければ腑に落ちない」

 

 

 原因の正解とは、レベルアップ装置タカヒロ。そんなフザケた事由で腑に落ちるのもどうかと思うが、そこの男が様々なイレギュラーに関与している為に状況証拠は揃っている。もしも「関与していない」と否定したならば、どこからか「異議ありだぜ!」の言葉が飛んでくることだろう。

 例え本人は自覚していないとしても、何かしらの影響を与えていることには違いない。相手した者が「激流に身を任せ“どうか”する」勇気を持ったからこそ、得られた対価そのものだ。

 

 

「おや。どうした、拗ねてしまったか?」

「うるさい」

 

 

 先とは変わって、今度は男が僅かにプンスカした様相を披露中。珍しい光景を前にして、薄笑みと共に相手の顔を胸元に抱き寄せるリヴェリアは、今まで知る事のなかった幸せを満喫するのであった。

 

 

 

 そして。この幸せが続く未来を守る為、ファミリアとして動き始める決意を固めた。




新年あけましておめでとうございます。
少し時間が空いてしまいました。皆様、お体ご自愛下さい。
本年もよろしくお願いいたします!


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215話 それぞれのミッション

Act.8:Gods and Spirits(神々と精霊達)
Act.8-1:アイズ・ヴァレンシュタインを探しに24階層へ向かえ
Act.8-2:とある神の使者と会って会話せよ
Act.8-3:とある神と会話し、力を貸せ
Act.8-4:50階層を調査せよ
Act.8-5:59階層にてリヴェリア・リヨス・アールヴを守り切れ
Act.8-6:精霊の分身を殺し、ロキ・ファミリアの安全を確保せよ
Act.8-7:59階層における出来事について、神ウラノスと意見を交わせ
Act.8-8:18階層を調査せよ
Act.8-9:目的を思い出そう
Act.8-10:【New】強制ミッションを達成せよ


 ディオニュソスが抱く“願望”――――なお大半の生命にとっては「愚行」や「悪行」と呼ばれ、運命という存在が意思をもって存在したならば「絵に描いた餅」と表現するモノが大半となる行動や目的の数々が明らかになって、数日後。

 少し前にリヴェリアがタカヒロと共に乱獲してきた51階層の素材は、武器や防具に変わっている。費用については60階層以降で大騒ぎした際の魔石が換金されて用いられている一方、60階層以降の素材については危険物として認定された為、一旦の所はタカヒロ預かりとなっている。結果としてロキ・ファミリアに残った残金こそ相変わらず乏しいが、装備については必要数を揃えている状況だ。希少素材の現物持ち込みということで、鍛冶師達のテンションも上がっているのは副産物である。

 

 もとより装備とは、己の命を守る為に犠牲となるモノ。そして装備とは基本として、消耗品に他ならない。

 例外があるとすれば、デュランダルぐらいのものだろう。ともあれメンテナンス作業が必要な点については同じであり、故に冒険者の全ては、日々の手入れを欠かさない。

 

 

 それら武器や防具が揃った日付も、ロキ・ファミリアとしては計算通りのタイミング。新しい武具への慣れについては時間が足りていないものの、各々の能力と、武具そのものが持ち得る性能でカバーできることだろう。

 ディオニュソスや闇派閥に対し、対処の為の時間を与えないという点についても狙い通りだ。“相性”という言葉があるが、相手の手の内を知ったならば対策も練りやすい為、このタイミングにおけるロキ・ファミリアの装備一新は効果的と言えるだろう。

 

 もっとも、全ての者や物に対する更新ではない事を付け加えておく。そして得たものは武器だけではなく、多大な情報もまた同様だ。

 

 罪を償うと心に決めたフィルヴィスからもたらされた情報、怪人だった頃のレヴィスからの情報。ロキ・ファミリアが収集した情報、ヘルメス・ファミリアがかき集めた様々な情勢。

 無論ながら、ギルドとしてウラノス達が集めたモノも含まれる。まさにオラリオにおける全ての頭脳が集結しており、情報の一つ一つは確信の度合いが区別されて処理される。

 

 そして最後に、ベル・クラネルが持ち得る御伽話の知識などが組み合わさり。闇派閥、ひいてはエニュオの狙いは丸裸となった。

 

 ロキ・ファミリアが59階層で対峙した、穢れた精霊の“分身”。ソレが6体、この人造迷宮(クノッソス)に配備されている。

 幼い頃にベルが読んだ伝記においては、“精霊の6円環”と呼ばれる6体の大精霊の命と引き換えに“討伐”された災害悪、“ニーズホッグ”。“神の力と呼べる威力”の次に強い大魔法でもって行われた“討伐”を、穢れた精霊の分身で“再現”させることで、オラリオという街を吹き飛ばすというのがエニュオの真の目標だ。

 

 しかし、伝記においては“討伐”とあったにも関わらず、フィルヴィスによれば、その存在が人造迷宮(クノッソス)にあるらしい。ベルが読んだ“祖父が記した伝記”に誤りがあったか、ベル本人の記憶違いか。

 

 もしくは。実際は封印するのが精いっぱいだったものの、何らかの事情で“討伐”と記載せざるを得なかったか。今となっては“死人に口なし”で、こちらの真相は闇の中だ。

 当時の生存者であるレヴィスですら、その存在は知るところにないらしい。ならば何故ベル・クラネルの祖父が知っていたか、こちらについても“死人に口なし”だ。

 

 

 そもそもにおいて、大魔法が必要となるだけならば、ニーズホッグの存在自体が不要だろう。そこはロキが推察を入れており、ディオニュソスが実際に口にした“狂乱”を各地へとばらまくために、ニーズホッグを復活させるのだろうとの事だ。

 これらについては、明らかとなったディオニュソスの性格や目的とも一致する。そして今の場に集う一同にとって、絶対に阻止しなければならない内容としても一致した。

 

 

 そして実は、一行の中に真実を知っている者がいる。しかし本人が忘れていることと、それは他の誰にも知らされていない内容である為に、今の段階で真実が明るみに出る事はなかった。

 

 

 なお当然ながら、これらはタカヒロの耳に入らないよう隠密に処理されている。理由は語るまでもない(好奇心を抑えきれず突撃するのを防止する為)だろうが、正論を述べるならば、切り札とは最後の最後まで一端も見せない事が王道だろう。

 

 

 ケアンの地においては神々の鉄砲玉となっていた男だが、それも昔話の一部である。いつのまにか、自分で加速しつつ標的を探すミサイルへと進化していたらしい。

 

 

====

 

 食堂という円卓で行われた唐揚げ世界大戦の数日後。皆が寝静まる、深夜の時間帯。ただでさえ人気(ひとけ)の少ないダイダロス通りは輪をかけて不気味な静けさに包まれており、人一人や二人が潜んでも発見する事は困難だろう。

 だというのに、その地区の一角には数十名の集団が集っていた。各々が吐き出す熱の篭った吐息は魔石灯の灯りを反射して僅かに白く、やがて訪れる冬の気配を感じさせる。

 

 

「しかし、こうしてワシ等だけとなると随分と少なく感じるのう」

「はは、そうだね」

 

 

 あくまでも表向きは陽気に。しかし、僅かに出てしまった不安を隠しきれず、ガレスはフィンに対して軽口をたたく。

 返ってきた言葉は、いつものフィン・ディムナらしく重々しさが見られない。しかし普段とは違った、据わった瞳から向けられる視線の意味については、対面に居る全員が受け取っている。

 

 時は今しかない。先日の映像が公開された事により、闇派閥との関係を揉み消そうとする動きを含め、オラリオの混乱は膨れ上がりピークの域に達していた。

 闇派閥とて同様と推察され、だからこそロキ・ファミリアは、次なる一手を打つための行動を開始する。オラリオの地下に造られた迷路、人造迷宮(クノッソス)への突撃だ。

 

 どうやら此度の突撃は、ロキ・ファミリア単独で行われる様相だ。バックアップとしてヘルメス・ファミリアこそ地上で活動しているものの、主なミッションは地上の監視であり、本隊とは程遠い。

 

 

 ロキ・ファミリアの構成員が、それぞれ少人数単位の覚悟を決めたあと。少し高い位置から一行を見渡したファミリアの長は、静かに、しかし力強く口を開く。

 

 

「――――総員、準備はいいかな」

 

 

 ロキをもってバケモノと言わしめる知将、フィン・ディムナ。彼は普段よりも表情は険しけれど、普段の口調を崩すことなくファミリアの者達に語りかけた。

 

 思い返すは、約7年前の出撃時。絶望を前に責務を果たすべく集結した際の情景は、今でも勇者(フィン)の脳裏に残っている。

 歴史に残らぬ数多の英雄が散り、そして新たに生まれた大恐慌。今のロキ・ファミリアにおいても当時の情景を知る者は半数程となったが、知り得る者は、フィンと同じく当時の光景を脳裏に浮かべていた。

 

 

「じゃぁ、オラリオの為に、行こうか」

 

 

 返されるは、肯定となる二文字の言葉。立ちはだかる最硬金属(オリハルコン)の扉を開き、歴史に残らぬと知りながらも、英雄達は覚悟と正義を掲げて人造迷宮(クノッソス)へと駆けてゆく。

 懸念する点など、挙げ始めればキリがない。せめて住民たちの盛大な見送りのもとで出陣を行い、一人でも多くに己の名を知って欲しいと思う者も少なくない。

 

 

 最悪は、死してなお戻れぬ事も覚悟の上。本音をぶち撒けるならば黄昏の館へと逃げ帰りたい者も多々居るが、挑む仲間を見捨てる事など出来はしない。

 

 

 レンガのような金属が積み上げられた、トンネルのような通路の中心。先頭を走るは、3つに分けられたパーティーのリーダーだ。

 バランスよく配分されているフィン・ディムナ。火力(パワー)要因が多数配置されており、一定の深度にまで達した際に追手の足止めを担うガレス・ランドロック。エルフのみで構成され臨機応変に動く事を許可されている、リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 

 

 世界で最も冒険者が多いとされるオラリオの基準においても、それぞれがトップクラスの戦闘能力を持っている。このパーティーのどれか一つで、中堅のファミリアなど軽く捻り潰せる程なのだ。

 そのような集団が畏怖の感情を抱く、此度の相手。故に口数少なく走る一行だが、今の所トラップが発動する気配は見られない。

 

 ほぼ並んだ状態で先頭を走るは、フィンとリヴェリアの頭脳コンビだ。そしてリヴェリアは何か思うところがあるらしく、他には聞こえない音量で声を発した。

 

 

「フィン、()いのか。お前を貶すわけではないが、これ程の実地調査を、ヘスティア・ファミリアの者達に無断で行うなど……」

「神ヘスティアにだけは、話を通してある。君やアイズの力は信じているし、今回の結果で彼等から向けられる罵倒があれば、それは全ては僕のせいだ。団長命令ということで、従ってくれ」

 

 

 少なくともベル・クラネルは、此処オラリオで暗躍している闇派閥の存在を、その目的を知っている。恥ずかしくて口では言えないけれど、大切な人を護る為、そんな相手と出会ったオラリオを護る為にも、少年は努力を惜しまない。

 だからこそ、レベルは違えど団員達と共に、強くなる為に鍛錬を積んできた。そんな光景を知っているリヴェリアだからこそ、先の意見を抱いている。

 

 

人造迷宮(クノッソス)がどういう場所かは聞いているけれど、それらは結局のところ、一定部分の知識に過ぎない。ダンジョンの攻略には、必ず知見が必要だ」

 

 

 オラリオの冒険者がよく知るダンジョンとは、未だ全容が明らかとなっていない危険地帯。故に冒険者は、ギルドが公表している内容をはじめとして、様々な情報を頭に叩き込んでから攻略するのが定石だ。

 持ち得た事前情報では、それに引けを取らないとされる人造迷宮(クノッソス)。オラリオの地下に作られた要塞であり、防衛に特化した仕掛けが数多く予測されるとなれば、それを知らなければ効率的な作戦の立案は不可能だ。

 

 故に誰かが斥候の如く、その要塞へと突入し。敵が持ち得る戦力を知り、要塞の概要を把握し、持ち帰って突入部隊へと知らせる必要があるだろう。

 フィン・ディムナが語る知見とは、それらを示す。そしてロキ・ファミリアとして知見役に名乗りを上げた理由は、大きな心境の変化にあったのだ。

 

 

「此度のコマは僕達だ。道化と呼ばれようとも、どうでもいい。自分自身を棚に上げるようだけれど、僕は、情報の分析は得意と自負している。そして今の行動が、オラリオにとって最も為になる、正しい事だと信じてる」

 

 

 かつて59階層で目にした、静かな、しかし大きな英雄の背中。ロキ・ファミリアの第一軍、その命の全てを当然のように背負い零すことのなかった存在は、小さな勇者には眩しすぎるものだった。

 最も危険なこの任務こそが、今という時を歩むフィン・ディムナが行うべきこと。彼が心中に掲げ、団長としてファミリアに示し、同意を得た正義なのだ。

 

 己が抱く、切望でもある絶対の野望。長く険しいゴールへと辿り着く、一歩の範疇。

 それが残り何歩なのかは、答えの微かもありはしない。それでも、大きな背中が見せてくれた戦う理由とは違えども、彼は正義を活力と成して歩みを進める事だろう。

 

 

 これまでのフィン・ディムナが抱くモノとは、決定的に違う思想概念。今までの彼は、主神のロキに掛け合ってまで“勇者(ブレイバー)”の二つ名を欲したように、どちらかと言えば“目立つ”ことを好んでいた。

 

 今まさに行おうとしている戦いが、歴史の表へと昇華することはないだろう。危険の度合いを考えれば、ここで命を落とす危険性もまた十分に考えられる。

 少なくとも、彼が好き好んで行う事ではない。だからこそ先の発言は、リヴェリアに僅かながらも驚愕の感情を与えている。

 

 

「……変わったな、フィン」

「ああ……君の相方から言葉を貰って吹っ切れたよ。この戦いで、答えの一つを示して見せる」

 

 

 親友の一人が見せた雄の顔に、リヴェリアの口元が僅かに緩む。

 

 もう随分と昔になった、ロキ・ファミリアを結成した当時。今となっては常日頃から平然としているフィンとはいえ、当時は、がむしゃらに攻めを演じたことも少なくはない。

 スタイルは自在なれど前衛の一人として、覚悟を決めた場面も数多に上る。そんな当時を思い出すリヴェリアだが、一方で、気になる点も浮かんできていた。

 

 

 優しさの塊と言える、ヘスティア・ファミリアの団長の存在。彼ならば真っ先にロキ・ファミリアの援軍を申し出て、例え主神が拒否しようとも、たとえ一人だろうともやって来るのではないかと危惧していた。

 もちろんフィンは、ウラノスと手を組んで対策を講じている。団長のベル・クラネルがレベル4になったことも相まって、オラリオではよく知れている“強制ミッション”を、本日早朝のタイミングで発動させていたのだ。

 

 

 回答を耳にして、なるほど。と腑に落ちた瞬間に、疑問符で肩眉が歪むリヴェリア。

 もちろん原因は、彼女が最もよく知る一人である“自称一般人”。今となっては下位互換ながらもヤベーのが増えているだけに、どれだけ無茶なミッションが与えられたのかと気が気でないようだ。

 

 

「しかしフィン、あのタカヒロが居るのだぞ?クエストなど、すぐに終わってしまわないか?」

「大丈夫。階層こそ中層の奥程度だけれど、採取系クエスト、それも“稀少系”だ。“彼”が居るから1-2時間で辿り着けるとしても、最低でも三日四日は見つからないさ」

 

 

 なんとも捻くれた内容だなと、リヴェリアは苦笑する。そしてエルフ・パーティーの指揮を務めるべく、集団の後方に位置を移した。

 

 

====

 

 

 一方その頃。同時刻、ダンジョンにおける中層の奥程度の領域では。

 

 

「色、合ってる。形、似てる。味……なんで味の項目が?とにかくヨシ!その他特徴、一致!間違いなくこれだ。師匠、ありました!」

「お、本当か。流石だベル君、“幸運”持ちは違うな」

「えへへ!」

 

 

 知将フィン・ディムナよ、詰めが甘い。ヘスティア・ファミリアに課せられた強制ミッションは、“現場(ネコ)”によって、ダンジョン突入から僅か3時間で目標の発見となっている。

 レベル2になってベル・クラネルに発現していた発展アビリティ、“幸運(チート)”。詳細な効果は未だ不明ながらも現在ではFランクとなっており、その効能を存分に発揮していたと言うワケである。

 

 いつか黒いガントレットを待つ際に正規ルートで50階層まで数往復した際、正規ルートについては予習済み。いつかの24階層の時のように道中の敵をなぎ倒しつつ進行した白髪師匠と弟子のコンビは、与えられてたクエストを楽々と熟していたというわけだ。

 なお、装備は完全に日帰り前提。故に出立までの時間も十分ほどしか要しておらず、採取した鉱石も、運搬は容易いものがある。

 

 

 もっとも、此度において白髪の二人は未知の開拓と発掘が仕事のうちだ。運搬となると、ヘスティア・ファミリアには、“生きの良いサポーター”が在籍している。

 

 

「タカヒロ様と一緒に行動すると、リリは正真正銘の荷物持ちにさせられる事がよく分かりました……」

「失敬な、そのつもりはない」

「だったら戦闘禁止ですー!」

 

 

 本日のジョブは炭鉱夫と言わんばかりに、ツルハシ片手に「えいさ、ほいさ」と鉱石を掘る男二人。その横で両手を上げて背中を伸ばしプンスカするリリルカは、御自慢のバックパックに鉱石を詰める作業に勤しんでいるというわけだ。今現在では3割ぐらいが溜まっており、そろそろクエストの要求数に達する頃だろう。

 その作業が行われている横では、リリルカを運んできたジャガ丸がヘスティア・ファミリアの団旗を持ってフレーフレーと応援中。時折湧き出るモンスターは超高速による一撃の刺突ダメージで魔石ごと粉砕しており、あまりの早さ(速さ)にリリルカでは気づかない程だ。

 

 結果としてその鉱脈だけでは予定量には届かなかったのだが、そこは幸運持ち探知機ベル・クラネル。一刻もせぬうちに次の鉱脈を見つけており、結果として、ギルドが予想した時間の僅か1割もかからずに回収が完了した。

 そして帰路については、リフトにてオラリオ西区の人気の欠片も無い地点へと直行便。通常ならば片道だけで1日は要するのだが、ヘスティア・ファミリアに、そんな常識は通じない。

 

 

 陰で色々と見ていたフェルズは、ありもしない下腹部に痛みを覚える。よもや半日でイレギュラーのオンパレードを目撃してしまうことになろうとは、依頼書を手渡した時には全くもって想定にしていなかったのだ。

 

 

 フェルズよ、強く生きて先人(先神)を敬うのだ。そんな光景は善神ヘスティアにとって、もはや日常のレベルに達しているのだから。

 



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216話 戦う理由は見つかったか

Act.8:Gods and Spirits(神々と精霊達)
Act.8-1:アイズ・ヴァレンシュタインを探しに24階層へ向かえ
Act.8-2:とある神の使者と会って会話せよ
Act.8-3:とある神と会話し、力を貸せ
Act.8-4:50階層を調査せよ
Act.8-5:59階層にてリヴェリア・リヨス・アールヴを守り切れ
Act.8-6:精霊の分身を殺し、ロキ・ファミリアの安全を確保せよ
Act.8-7:59階層における出来事について、神ウラノスと意見を交わせ
Act.8-8:18階層を調査せよ
Act.8-9:目的を思い出そう
Act.8-10:強制ミッションを達成せよ
Act.8-11:戦う理由へと駆け出せ


 

 白髪コンビによる、意図せぬギルド攻略が行われている最中。ロキ・ファミリアによって行われていた人造迷宮(クノッソス)進行の状況は、イレギュラーの連続と対面していた。

 床が抜ける、壁が迫る、モンスターが降ってくるなどの物理的ギミックは当たり前。当初の索敵布陣は大きく崩され、大まかには、フィン、ガレス、ベート、リヴェリアが率いる4グループに散らばる事となった。

 

 なお問題としては、フィンのパーティーにはラウルなどの頭脳メンバーが。ガレスの所には、アイズやアマゾネス姉妹などのPowerrrrrr!!なメンバーが固まってしまっている。そしてベートの所には、比較的“強い”と言えるメンバーが少ない点が問題だ。

 唯一の例外として、リヴェリアを筆頭とするエルフと数名の他種族サポーターだけで構成された“エルフ・パーティー”だけは、分断されることなく進行を続けている。他と違って遠距離戦闘がメインである上に、パーティーそのものが分散する事がない点が大きな理由の一つだろう。

 

 

 それら4つのパーティーが、人造迷宮(クノッソス)をひた進む。ガレスのチームはアイズなどの数名が更に分断されたりと“泣きっ面にペルーダ”のような状態となっており、最も危険なレベルに等しい程。

 一方のベートは、あまり大きく動くことなく合流を待っている。頭脳派が多いフィンのチームは、最も効率の良い探索を続けていた。

 

 

 フィンのチームの最大の功績として、隠し通路の先にあった部屋の一つに、クノッソス全体を大まかに網羅した地図のようなものを見つけた事だろう。思わずフィンが強い声を出す程の快挙であり、斥候として突入した今回の役割は十二分と言っても過言は無い。

 

 なお、この隠し通路を見つけたのは、前へ後ろへ目まぐるしく駆けまわっていたラウルのお手柄である。パッと見では分からない構造となっており、開閉の為のスイッチについても、人造迷宮(クノッソス)から出る方向でなければ絶対に分からないような仕掛けだった。

 この点は、設計者の緻密さが伺える。そして現在は未知となる人造迷宮(クノッソス)の下部についても、コレと同等レベルの仕掛けや危険があると警戒する判断材料だ。

 

 それでも、この地図があるならば、フィンを筆頭として非常に有効な進攻計画を練ることが出来るだろう。そう考えれば、今までよりはオラリオの未来も安泰だとラウルは思い、声となって漏れ出した。

 

 

「これでなんとか、狂乱の時代を防げるッス……」

「本当、お手柄だよラウル」

 

 

 左肩に手を置く仲間の動作に対してラウルは振り返り、照れくさそうに鼻の下を指ですする。あとは此処から脱出する事が目的であり、そして作戦を練り直す事がセオリーだ。

 しかし仲間達としては、相手の表情が単に照れているだけとは思えない。何かあったのかと、興味本位に問いを投げている。

 

 

「どうしたラウル、嬉しいことでもあったのか?」

「実は……(自分)、実は基地(ファミリア)に恋人が居るんスよ、戻ったらプロポーズしようと!花束も買ってあったりして、なーんて、何時(いつ)か言ってみたい――――」

「っ、何か来るぞ!!」

 

 

 ダンジョンとは一筋縄では収まらないモノであり、それはここ人造迷宮(クノッソス)でも同じこと。事態は文字通りの急展開を見せ、フィンを筆頭としたチームは相手の脅威に立ち向かうだろう。

 

 

 しかし、望んだ結果が手に入るかどうかは話が別だ。

 

=====

 

 

 オラリオの地上、ヘスティア・ファミリアのホーム。

 

 強制ミッションが課せられたとはいえ難易度を知らないヘスティアは、いつも通り「お帰り~」と陽気な振る舞いを見せている。かのファミリアには、常識を矯正するミッションが最も重要視されるだろう。

 ともあれ、ミッションが完了した事に変わりは無い。他のメンバーについては買い出しに出ているようであり、建物の内部は静かな様相となっている。

 

 念の為に回収鉱石を取り出して並べるも、要求数を上回る数であることは間違いない。もしも今すぐにエイナの所に持って行ったならば“早すぎる結末”でひと悶着が起こっただろうが、此度はそれも回避される事となる。

 ベルの口から、ここ数日、ロキ・ファミリアがヘスティア・ファミリアと距離を置いている点が問題として口に出されたのだ。今ここに居るのはベルが最も信頼している一人(リリルカ)一柱(ヘスティア)一何か(タカヒロ)一ジャガ(ジャガ丸)の為、躊躇いなく、少し突っ込んだところを口にできる点もトリガーの一つだろう。

 

 ヘスティアは何かを知っているようで視線を逸らし、リリルカとジャガ丸は僅かにも知らない為、顔を合わせて視線を落とす。口を開いたのは、同じ疑問を抱いていたタカヒロだった。

 

 

「ここ最近のロキ・ファミリアは、何かに対して動いている。強制ミッションは、そこから遠ざける事を周知する点が狙いだろう。フィルヴィス君を連れて行かない点は疑念が残るが、彼女の証言を基に、ダイダロス通りで何かを見つけたのではないだろうか」

「でも、僕達に、そんな話は……。アイズさんやリヴェリアさんに、もし何かあったら」

「周到な奴等のことだ。隠している点については、何かしらの理由か策でもあるのだろう。自分も非常に不本意だが、介入する事ばかりが最良とは限らない。今の所は、ロキ・ファミリアを信用するのも一手だろう」

「っ……はい」

 

 

 なお、何故タカヒロが強制ミッションの裏を知っているかについては単純と言えるだろう。確信犯でジャガ丸を連れた上で甲子園球児よろしく破爪(はそう)の“()振り”を行わせつつフェルズに問いを投げたところ、強制ミッションの依頼元がすぐさま露呈してしまっている惨状だ。

 もしもフェルズに対し、ウラノス辺りが「何故喋ったのだ」と圧力と共に問いを投げれば。きっと恐らく、次のような回答が返ることだろう。

 

 

 ――――だって、素振りしながら近づいてくるんだもん。と。

 

 

 いつか、どこかの誰かが口にした脅迫(説得)とは、まさに文字通り。この時の実態を教訓として学んでいたとしても、一応は仲間である為に対策も難しい。

 とはいえ、意図までは露呈せずとも納得してもらえた為に、フェルズもまた一命を取り留めている。もしもここでニーズホッグ(新たな素材)の存在を隠していたことが知られたならば、素振りが何度か掠る未来もあったかもしれない。

 

 

 いくらギルドの中核を担う者といえど、強いモノには逆らえない。いつの世も、何処の世界においても強い権力(Powerrrr!!)とは、輪をかけて、そういう類の代物である。

 なお、隠し事の仲間としてヘスティアの胃がグツグツと煮えているのは自業自得。彼女にできる事は、矛先が己に向かぬよう祈る以外に難しい。

 

 

 とはいえベルも、ロキ・ファミリアが何かをしている点については薄々ながら感づいていた。此度の強制ミッションについては「偶然出会った」と言い訳すると決めたうえでアイズも誘ったのだが、露骨に申し訳なさそうな顔をして断られたらしい。

 実のところベルとリリルカには、オラリオが置かれている現状が1から100まで伝わっているワケではない。100のうち10から20ぐらいまでしか気にしていない自称一般はさておくとして、本来、それ程の秘匿性を持った問題に向き合っている筈なのだ。

 

 

「ベル様は、宜しいのですか?」

「リリ……?」

 

 

 俯きつつも発せられた、彼女の言葉。ヘスティア程でこそなけれど快活と言える普段の口調は影もなく、瞳もまた、少し伏せられたものとなっていた。

 

 しかし、それも数秒。小さな背丈に付いた顔が斜め上へと持ち上げられ、視線がベルと交差する。

 その表情に、とりわけ変わったところは見られない。しいて言うならば口元が固く閉ざされている程度であり、他については普段のリリルカそのものだ。

 

 

「私は……今のベル様は、好きではありません」

 

 

 思いもよらない発言にハッとした、一人の少年。シチュエーションこそ異なるものの、いつか酒場でアイズ・ヴァレンシュタインに貰った一言を思い出す。

 善神ヘスティア曰く、優しさの塊。アイズ・ヴァレンシュタインにとってのベル・クラネルの愛しい点であり、眩しく、焦がれる、彼らしい姿の一つだ。

 

 それと同じ事が、更に以前の時に起こっている。リリルカが生涯をかけてでも償うと口にした事の切っ掛けとなり、何とかして地雷原を渡り抜けた彼女が窃盗の常習から生まれ変わる要因となったイベントを、リリルカ・アーデは命尽きるまで忘れる事はないだろう。

 只ひたむきに前を見て、自分にできる事を頑張っている。リリルカに光を与えてくれたベル・クラネルとは、彼女にとってそのような存在だ。

 

 

 今のベル・クラネルは、彼女の中の姿と大きくかけ離れている。だからこその一文であり、そんな彼女の気持ちは、直接的に言葉にせずとも伝わっている。

 

 

「師匠……!」

 

 

 少年は勢いよく振り返り、師のフードを見つめている。隠しきれない不安は下がり気味の眉に現れており、だからこそ、心から信頼でき、頼りになる者へと向けられている。

 その実、まだまだ幼い14歳。このような緊急かつ特殊な場面において自身の答えに踏ん切りを付ける事は、非常に高い難易度となるだろう。

 

 ヘスティア・ファミリアの団長として。そして一人の男、ベル・クラネルとして。

 確かに宿る、二つの熱く強い想い。本来ならば反発することは無いだろうそれらが、少年の中で揺れ動いていた。

 

 

「ベル・クラネル。君が心中に掲げる、戦う理由は何だろうか?」

「っ……!」

「ファミリアとしての分別を付けるか、彼女を守る為かで悩むならば……答えは既に得ているはずだ。それこそ、自分程度が口を出すまでもないだろう」

 

 

 少年は、かつて酒場で貰った言葉を思い返す。悔しさを教えてもらった時と同じく、此度も己の師は、自分の名前をフルネームで口にした。

 故にそれは、絶対に忘れてはならない大切な事。瞳に力を入れる少年の姿は、ヘスティアやリリルカ・アーデが最もよく知る、そして大好きな少年の姿である。

 

 

 彼自身と少年に掛けられたのは、二言を許さない、シンプルで的確なアドバイスであった。故に、答えが決まるまでに時間は不要。

 無論、ベル・クラネルが取り得る選択肢はアイズ・ヴァレンシュタインの為ただ一つ。だからこそ取り得る選択肢も、出来る限り彼女の力になる為のものだった。

 

 

「神様……ランクアップをお願いします」

 

 

 微塵の迷いも見られない真っ直ぐで真紅な瞳が、主神を貫く。映る決意は強く硬く、持ち得る心象(こころ)の化身そのものだ。

 故にヘスティアに対しても、決意は伝わる。しかしヘスティアは、心配な点が一つあった。

 

 レベル1から2の時も然り、オッタルのように7から8の時も然り。神々が“器”と表現する身体能力の変化幅は非常に大きく、だからこそ、ランクアップによって発生する事故の類も少なくない。

 だからこそ通常ならば、ランクアップして暫くは、身体の不慣れ。極端に上昇した“(うつわ)”に慣れる事を要するのがセオリーだ。高ランク冒険者でさえ、その“調整”に2-3日を要する程の変化なのである。

 

 

 しかし――――

 

 

「心配ない。“飛び級”ならばいざ知らず、この程度の変化など些細な事だ」

「やっぱりかい、タカヒロ君……」

 

 

 少年の師は、極端な例えならば、突然と全く違う戦い方や装備で神々とやり合う事もあった人物だ。それはもう、レベルが1つ2つ上がった際の変化など誤差と言える程の変貌となる。

 だからこそ、その辺りの特殊な内容に関する教えも万全に行えるのだ。そしてベルは、しっかりと教えを守っている為に、こちらの習熟度相も極めて高いレベルにある。

 

 

「でもベル君、いいのかい?ボクにとっては有難いんだけど、今まで、ランクアップには消極的だったじゃないか」

「今この時は、いいんです。あの時レベル5になっておけば……って、後悔だけは、したくないんです」

「ですがベル様。積み重ねた実績はレベルが上がるごとに大事になるって……」

「その時は、ヒーヒー言いながら頑張ります。神様もリリも、師匠も、ベルは馬鹿だなーって、笑ってください」

 

 

 どこまでも穏やかな、その表情。14歳とは言え、ある種、達観している所もある。

 

 とは言うものの、その実、最も低いステータスですら1500を超えており。その内、器用さに至っては2000を軽く上回っているのに“低い”と感じているのは、主神と共に“非常識な常識”に毒されているだけの話だろう。

 勿論それらの数値的な事情をリリルカが知らないのは当然であり、単純にステイタスが999に達していないのかと勘違いしている。無論ついでとして、ステイタスが999でランクアップするという前提も、オラリオではごくごく少数の例外パターンであることを付け加えておこう。

 

====

 

 時間は少し流れ、部屋からベルとヘスティアが姿を現す。ランクアップの作業は終わったようで、特におかしなスキルもなく、ヘスティアとしては、一安心。

 しかし、妙にベルの表情が優れない。落ち込んでいるような様子はなく、まるで、何かをかみしめているかの様相だ。

 

 

「タカヒロ君。今がその時だと思って伝えたよ、あのスキル」

 

 

 ほう、とでも言葉を発するかの如く僅かに口を開いたタカヒロだが、驚きが上回って言葉として表される事は無かった。

 

 

 “純粋すぎる少年は嘘が苦手だから”という理由で秘匿されていた、ベル・クラネルが持ち得るレアスキル。アイズ・ヴァレンシュタインへの想いと師の姿に焦がれる内容がセットとなった、成長系の内容だ。

 

 

 今回のランクアップから、羊皮紙の下部が消されることはなくなった。そしてヘスティアは口に出さないが、伝えた時のベルの表情は、驚きの後に穏やかな姿へと変わった事を覚えている。

 いつかレアスキルを伝えた第二眷属の様相と似ているなと、一人言葉にせずとも感傷に浸り。たった1年弱の期間ながらも、ベル・クラネルの人間としての成長を、そして教え学び紡いでいく子供達の姿を噛み締めていた。

 

 

 ところで。先程レベル5になった時に発現した、新たな“レア・アビリティ”については、もはや触れる気力も残っていないのだろう。なんだかベル・クラネルという名前と似たイントネーションだった事も、ヘスティアがスルーしてしまった要素の一つかもしれない。

 

 

「――――心中の正義は見つかったか?」

 

 

 そんな少年に掛けられるは、やはり師の発する言葉だった。ただ一言で少年の顔は持ち上がり、そして数秒もすれば、普段のベル・クラネルへと変わっている。

 例え単騎だろうと敵陣へと切り込む覚悟はあるものの、気負いは無い。故に実力は普段と変わりなく発揮する事が出来る上に、只一つの目標を見失う事もないだろう。

 

 

「はい、師匠。見つけたと言うよりは、最近は当たり前すぎて、強く意識できていなかった感じですかね」

「なるほど、的確だ」

 

 

 ただひたむきな、相手を想う真っ直ぐな心。諸々の事情を考慮してしまう青年には真似できない、純粋な気持ち。

 もちろんタカヒロとて、何よりもリヴェリアの身を案じている。しかしながら、下手に気遣いできる……と表現すればヘスティアが盛大な疑問符を発するだろうが一端置いておくとして、だからこそ抱いてしまう遠慮の心。

 

 

 しかし。こうした一連の流れで、ロキ・ファミリアに対する遠慮の心など消え去った。男二人が掲げる相手を想う気持ちは、心中の正義に他ならない。

 

 

 幸いにもダンジョン帰りと言うことで戦闘準備は整っており、場所についてはヘスティアの口から告げられている。あとは、それぞれが想いの内を行動に移すだけだ。

 

 

「今回は、リリに助けられちゃいましたね」

「全くだ」

「そ、そんな事は……」

 

 

 小さく首を垂れ、可愛らしく頭の後ろに手をやる彼女の姿。決して届くことは無いと知りながらも、こうしてベルに褒められると照れくさい。

 此度は横の捻くれ者も一緒になって感謝の言葉を述べている為に、輪をかけて猶更なのだろう。そう言った意味では、中々に珍しい光景だ。

 

 

「今度、なにか御礼しなくちゃいけませんね」

「ならば、謝礼の一つだ。今度また、更に深い所へ連れて行ってやろう」

「タカヒロ様。どう頑張っても、それは御礼とは言えません……」

 

 

 捻くれ者の照れ隠しがリリルカに直撃し、間髪入れることなく真顔に戻る。「一緒に行こうよ」と言わんばかりに彼女の袖を軽く引っ張るジャガ丸の頭部に自然落下の空手チョップを振るうリリルカの本能は、全力で危険信号を発していた。

 そしてロキとヘスティアの如く取っ組み合いが始まるも、リリルカはもとよりジャガ丸が非常に手加減していることは言わずもがな。二人の神のように、じゃれ合っているだけである。

 

 

 そろそろ首を突っ込んでも問題ないかと察知したレヴィスもやってきており、ここに役者は集結した。ついでに言えば、誰か数名の終結そのものである事は言うまでもないだろう。

 

 

「約束だ。今回は、私も連れて行ってもらうぞ。此方は、相手のテイマー共を始末する」

「ああ。ジャガ丸と一緒に、暴れてくると良い」

「よし。じゃぁ皆さん、行きましょう!」

■■■■、■■■(敵陣地ヲ、制圧セヨ)――――!』

 

 

 最後は陽気な少年とペットの声と共に、4名の姿が、バイノハヤサデーとばかりに、あっという間に遠ざかる。そんな光景を、小さな二人は、物言いたげな表情で見送っていた。

 

 

「ヘスティア様。闇派閥の供養って、するんですかね」

「……要らないんじゃ、ないかなぁ」

 

 

 元より負ける気など全く持っていない此方についても、常識とは大きくかけ離れている光景だ。流石は善神だろうか、あんな4名を敵に回してしまった相手に同情して憐みの心を抱いている程である。

 

 

 かつての唐揚げ戦争の時とは、打って変わって()る気十分。ヘスティア・ファミリアに揃ってしまったジョーカー4枚がここに起動し、ロキ・ファミリアを援護すべく旅立った。

 




空飛ぶ死亡フラグとラウル君。なんだかこの二人、雰囲気が似てる気がします。

新たなスキルは、後々明らかとなる予定です。

ちなみに今更ですが、本作のジャガ丸は、原作(アニメ)の半分ぐらいの大きさだと思ってください。


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217話 それぞれの危機的状況

 

 まるで偉い人の演説が開始される5分前かの如く、その場所は控えめな騒がしさに包まれている。各々が身を寄せ合って様々な内容を口にしていながらも、視線は一点に釘付けだ。

 なにせ、明らかに敵だった者と、明らかにモンスターな者が混じっているのだから無理もない。それらがロキ・ファミリアもよく知る白髪の二人と共に居るのだから、騒ぎ立てるなと言う方に無理があるだろう。ようはロキ・ファミリアにおいて、“胃痛の種を知らない組”である。

 

 場所はオラリオの南東部に位置している、ダイダロス通りの一角。行き当たりばったりで造られた区画の為に非常に入り組んだ迷路のような路地が絡み合い、空を遮る3~4階建ての建物が所狭しと並んでおり、夜間であることも相まって、灯りのある部分を除き、本当の暗闇に包まれている。

 基本としてオラリオは深夜の時間帯でも人気があるのだが、それはメインストリート付近に限定された話だ。このダイダロス通りは基本として貧困層が暮らしている事もあり、加えてオラリオにおいても当該エリアを把握している者は居ないと言われている為に、なおさら人は寄り付かない。

 

 

「そんな中でも、ゴッツ複雑な地点にあったんが、この扉や」

 

 

 だからこそ闇派閥は、此処を出口の一ヶ所に選んだのだろう。灯台下暗しということでメインストリートにドンと拠点を構えるパターンもあるのだが、今回は違ったようだ。

 ロキが親指を向ける先にあるのは、随分と“分かりやすい”モノだろう。かつてのアポロン屋敷には劣るとはいえ、随分と趣味の悪い――――もとい、禍々しい装飾が施された扉である。

 

 大きさは縦方向に4メートル、横方向は6メートル程だろうか。縦方向に一本の線が中央にある事から、開き戸と予測できる。

 見るからに重厚であり、力ずくでの突破を寄せ付けないかの様。事実ロキ・ファミリアの調査でこれは最硬金属(オリハルコン)で作られていることが判明しており、名実ともに何人たりとも寄せ付けない門の役割を担っていた。

 

 

「18階層の扉に施されていた処置とは、真逆となるか」

「ああ」

 

 

 タカヒロの言葉に、レヴィスが賛同する。かつて二人が18階層で見つけた扉は、ダンジョンの壁の中に隠されるという、非常に高い隠蔽手法がとられていた。

 それに引き換え、こちらの扉については隠す気がゼロと言って良い。一応は見つかりにくい場所にあるものの、もしこれが普通の見た目の扉だったならば、ロキ・ファミリアとて発見する事は出来なかっただろう。

 

 しかし、あえてソレを行っている。考えられる理由としては――――

 

 

「ポーカー、すなわち遊戯(ゲーム)。闇派閥、ひいてはエニュオからの“煽り”か」

「せや、タカヒロはん。ウチもそう思うとる」

 

 

 ロキとタカヒロの意見は、見事に一致。しかしそうなれば、気になることが生まれるのも事実であった。

 今この場に居ないロキ・ファミリアのメンバーは、一軍~三軍の者達だ。ヘスティア・ファミリアも知っている程であり、オラリオにおいても名だたる冒険者達ばかりである。

 

 言っては失礼となるが、今ここに残ったメンバーでは突入の戦力が足りていない。何度か行われているヘスティア・ファミリアのルーキー達との合同演習においても見知った顔ばかりであるため、判断材料としては十分だ。

 見る限り各々の装備も十二分であり、此処が拠点と言わんばかりに多数のポーションなども備えられている。つまりは誰かが突発的に行動を起こしたワケではなく、程度はどうあれ計画された行動となる。

 

 

 それらを率いる親は、天界のトリックスターと言われる女神ロキ。だからこそタカヒロは、ここにきて突如として強引の域を出ない状況で突入するに至った理由を知りたがっている。

 

 

「一応、理由を聞いておこう。何故、相手からの挑発と知って送り込んだ?」

「んー……耳が痛い言葉やな。しいていうならタカヒロはんのおかげで装備が揃うたのと、オラリオの為を考えると、ウチ等の手の内を隠したうえで相手の手札を見んとアカン。色々言うたけど、最後はウチの団長の覚悟と決意、やろか」

「なるほど」

 

 

 ロキの返答を耳にして、タカヒロは短文ながらも納得した口調で言葉を返した。それが意外だったようで、逆にロキが僅かに驚きの様相を見せている。

 その為にロキ・ファミリアの戦力分布を告げると、“妖精部隊(エルフ・パーティー)”と表現した部分で変化がみられる。リヴェリアに対する反応かと納得しているロキだが、実はもうちょっと“ザックリとした”範囲なのはご愛敬だ。

 

 ともあれ、ロキ・ファミリアの団長、フィン・ディムナが抱いた覚悟と決意だ。ならばそれは彼が掲げる心中の正義に他ならず、タカヒロ程度が口を挟める隙は無い。

 

 だからこそベルやレヴィスも含め、独断専行したことについては一言たりとも口に出されることは無かった。よく分かっていないのか首を傾げるジャガ丸は、ペット枠なので仕方がない。

 とはいえ、だからと言って心配の気持ちが消えるわけでもない。そして突入しようにも、目の前の扉は紙一枚の隙間すら通らない程にキッチリと閉じられてしまっている。レヴィスが軽く叩くも返る音は重々しく、オラリオの第一級冒険者とはいえゴリ押しは難しい事だろう。

 

 

「ロキ様。皆さんは突入部隊の帰りをサポートするのだと思いますが、なぜ扉が閉まっているのですか?」

「閉めたんやない、勝手に閉まってしもうたんや。中におるフィンたちは、鍵を持っとるさかい問題ない」

 

 

 この場に居る全員が目にした通りの回答だ。責任がどうこうではなく、一行が扉の前に辿り着いて暫くした時に自動で開き、突入後、暫くしたら自動で閉まったとの事らしい。

 だからこそロキは、タカヒロ一行が到着するまで残った団員たちと共に対策を練っていた。そんな最中、タカヒロ一行が到着したというワケである。

 

 

 話すこともなくなったので、ロキは腕を組んでウロウロと歩きながら思考を練る。実際に目にしたことはないとはいえ、レヴィスやフィルヴィス経由でダンジョン内部のトラップの情報があるだけに、彼女もまた不安が消える事は在り得ない。

 とはいえ、絶対に口には出せないが逆の意味で安堵していることもある。宿敵となったディオニュソスが遊戯(ゲーム)と言っている以上、簡単に殺すことは無いと考えているのだ。

 

 

「あー、イカン。何やっとんねん自分。なんで子供らがそうなってまう前提で考えとんのや……」

 

 

 一人静かに溜息と共に言葉を溢し、手を額に当てて首を強く振るう。ネガティブな考えを捨て去るかのように背伸びを行い、ロキは再び扉の前へと戻ってきた。

 

 そして、まるで簡単な間違い探しのように。ロキは、大きな変化点を目にする事となった。

 もしも彼女が場を離れる前後で間違い探しを行ったならば、大きな二か所の変化点はすぐに露呈する事だろう。事実、彼女は既に全てを探し当てている。

 

 

「……あれ?扉、いつのまに開いとったんや?」

 

 

 一つ、最硬金属(オリハルコン)が開いている。一つ、ヘスティア・ファミリアの4名の姿が無くなった事。

 勿論ロキもそれらをすぐに理解しており、だからこそ頭の中を疑問符が埋めつくす。後者については「あ、突入したんやなー」程度に収まると仮定しても、前者については理解不能な領域だ。

 

 とはいえ壊された訳ではなく、傍から目にした限りでは何かしらのゴリ押しが行われたワケでもないらしい。場に残っているロキ・ファミリアの面々も疑問符こそ浮かんでいるが、変なものを目にした表情とは程遠い。

 ロキが声を掛けてみても、反応は正常だ。しかしヘスティア・ファミリアが追加の鍵を持っているとは知らされていない為、何が起こったのかと、ロキは事情聴取を続けている。

 

 

「ヘスティアの子らが、開けはったんか?」

「だと思います。先程、タカヒロさんが開けていらっしゃいました」

「うせや。タカヒロはん、持っとった鍵をリヴェリアに渡しとる。“D”の紋章が刻まれた鍵、ウチ等はフィルたんとタカヒロはんから受け取っとるんやで?他にあったんか?」

「え?でもさっき、ダガーらしき短剣を片手に「開いた」って呟いていたのは聞いたけど……」

「ダガー???ちょい待ちや、ウチ等が持っとる二つの鍵は球体やろ?」

「あ、そう言えば確かに……」

 

 

 今度は何をしたんだと思いつつ額に手を当てるロキだが、今更でもある為に要因については思考を放棄。ともあれ突入部隊の退路が確保できたことについては喜ばしい事であり、最善の準備を整えるだけだ。

 なお管制センターのような場所にいる人造迷宮(クノッソス)の作成者については、人造迷宮(クノッソス)のドアが勝手に開いた点について疑問符だらけ。閉じようにも何らかの力が働いているのか反応を見せることは無く、内部を進行するロキ・ファミリアへの対処もある為に、リソースが追いついていない惨状となっていた。

 

 

====

 

 時は、2分ほど前に遡る。どうするかと話し合いをしていたのはロキ・ファミリアだけではなく、心中の正義を掲げるヘスティア・ファミリアとて同じこと。

 物理的な大きさの関係でジャガ丸がはみ出しているものの2対2で並ぶ4名は、周囲の邪魔にならない音量で会話中。頭部を掻きつつ多少の焦りと苛立ちを消しきれないベルの為に何とかできないかと、タカヒロとレヴィスの表情は真剣だ。

 

 

「どうする、タカヒロ。ここを突破しなければ、挑む事すらも出来はしない」

「それは理解している。しかし“D”の文字が入った鍵は、リヴェリアに渡し――――あっ」

「あ?」

 

 

 ――――そう言えば。人造迷宮(クノッソス)の扉を開く鍵と呼ばれたアイテムには、“D”という掘り文字があった。

 

 それが、自称一般人の脳裏に浮かんだ実態である。何故Dなのかという疑問はあれど、「じゃぁコレは?」と、一つのダガーを取り出した。

 

 

 まるで武器が炎を纏ったかのような見た目をしている、レジェンダリークラスとなるダガー。武器の名前を、“ブレーズハート”。

 柄の部分に“D”と彫り込まれている、ケアンの地における隠しクエストのキーアイテム。もっとも同じ掘り文字ながら此方は“誰か”の血文字となっているのだが、物は試しにと取り出して、使ってみたと言うワケだ。

 

 

 結果、最硬金属(オリハルコン)の扉が反応して開門に成功。実行者本人を含め疑問符だらけな周囲をよそに、扉が開いた理由については二の次ならぬ八の次ぐらいなベル、十の次ぐらいなレヴィス、よく分かっていないジャガ丸の3名と共に、人造迷宮(クノッソス)へ殴り込みをかけている状況だ。ちゃんと扉が開いたのでヨシ、その程度の認知である。

 なお一般的な闇派閥構成員からすれば、4名の内どれか一つでも対峙したならば死刑宣告に等しい程。万が一と呼ばれる数値を数万回乗算した確率で撃退する事に成功したとしても、生じる被害の桁は尋常の域に留まらない。

 

 

 はたして、その中で最もヤベー奴を引き当てるのは、一体だれか。地下へと降りる者の手札は4枚、そして4枚の全てがジョーカー級と言う、究極のロシアンルーレットの幕が開ける。

 

 

=====

 

 

 オラリオの地下に張り巡らされている人造迷宮(クノッソス)内部、その7階層。桃色の髪を持つ女剣士は、とうてい正気の女性が浮かべるような表情とは程遠い様相を示している。

 目は見開かれ、綺麗な舌は自身の唇はもとより頬の部分を嘗め回す。早い話かつ手短に例えるならば、非常に下品な仕草の連続だ。

 

 その女性は、人の大きさを軽く上回るカプセル容器が幾つか鎮座した部屋で待っている。主神曰く、アイズ・ヴァレンシュタインは、必ず此処にやってくるらしい。

 レベル6の相手に対して、彼女自身はレベル5。1レベルの確かな地力差が存在するものの、その様子は無謀ではなく、むしろ余裕の感情に溢れている。

 

 

「まずは、お姫様を血祭りか。イイねぇ7年前を思い出す、ここで剣姫(けんき)の首級を挙げて、本命のフィン・ディムナへと行こうじゃないか」

 

 

 持ち得る呪詛(カース)とテイマーの組み合わせならば、例えレベル6が相手だろうとも負けることは無いらしい。決戦の時までは、恐らく数分しかないだろう。

 

======

 

 時を同じくして、オラリオの地下に張り巡らされている人造迷宮(クノッソス)内部、その5階層。魔石灯の薄明かりに照らされる通路で、数人の集団による状況確認が行われていた。

 

 

「どうだ、異常はないか?」

「こちらカイマン、異常ないッスよ~」

「そうか。しかしロキ・ファミリアが来ている。注意を怠るなよ」

 

 

 各場所に配置されている固定の見張りと、巡回グループのやり取りだ。カイマンと名乗った前者は、いつも通りの陽気さで実態を答えている。

 この5階層とその下の幾つかは、闇派閥のテイマーが集う場所。もっとも5階層の全てと言ったワケではなく特定のエリアとなっており、その為か、ロキ・ファミリアには見つかっていない状況だ。

 

 それでも、仕事がない、なんて状況とは程遠い。程なくして迎えられる挟撃を行うために、まだ活動を行っていないテイマーの面々かつ人造迷宮(クノッソス)に残っている者は準備作業の最中だ。

 見張りの男とすれ違った者達は、人造迷宮(クノッソス)へと入り込んだ異物が此処へとやってこないか警戒している最中だ。巡回へと戻った彼等とてレベル2や3の集団であり、そう簡単に負けることは無いだろう。

 

 

 見張りの者が、そんな事を思った直後の出来事だった。

 

 

 鳴り響く轟音が人造迷宮(クノッソス)を駆け抜け、見張りの背中と耳に突き刺さる。同時に感じる途轍もない程に強い殺気は、その口と両手両足を震え上がらせた。

 なんとかして振り返るも、目に映るは過大表現なくして“地獄絵図”。人らしきモノ、人だったモノが通路に散乱する光景によって吐き気を催すよりも早く、見張りは仕事を完遂すべく連絡用の水晶玉を取り出し――――

 

 

「き、緊急――――」

 

 

 赤子の手をひねるかのように、紫爪(しそう)の一撃が首と胴体を切り離す。彼が発した最後の言葉は、誰にも届くことなく迷宮の雑音にかき消された。

 




《アンドルフおじさあああん!》

ブレーズハート
・柄には、 血文字で“D”と彫り込まれている。
カテゴリ レジェンダリー / ダガー
アイテムレベル 94
要求レベル 94
要求ステータス 狡猾性: 396
要求ステータス 精神力: 495
53-97 火炎ダメージ
+297% 火炎ダメージ
+152% 生命力ダメージ
+297% 燃焼ダメージ
+152% 生命力減衰
45% 生命力→火炎 変換
45% カオス→火炎 変換
+33 攻撃能力
+18% 攻撃速度
+2 ファイア ストライク
+2 サイフォン ソウルズ
+1 ネクロマンサー全スキル
+1 オースキーパー全スキル
2秒 持続時間 : サイフォン ソウルズ
100% 生命力→火炎 変換 : サイフォン ソウルズ
-15% 火炎耐性 : サイフォン ソウルズ
12 火炎ダメージ : ファイア ストライク
100% 物理→火炎 変換 : ファイア ストライク
100% カオス→火炎 変換 : ファイア ストライク
-0.3秒 スキルリチャージ : メンヒルの盾
+300% 燃焼ダメージ +100% 持続時間延長 : メンヒルの盾


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218話 逃げるボタンは選べない

 

 安らぎを覚える場所や情景となれば、どのようなシチュエーションがあるだろうか。

 多くの人は、大自然に囲まれたシチュエーションを脳裏に浮かべる事だろう。鳥のさえずり、さざ波の揺りかご、はたまた、ポツポツと不特定なリズムを奏でる雨音でも良いかもしれない。

 

 しかし上記のシーンにおいては、大抵、何者かに邪魔される。大自然とは屋外であるために、大抵は昆虫の類によって非情な現実へと戻される事になるだろう。

 

 他の要素を一切省くという前提を付け加えたならば、大抵の者にとっての安らぎが生じる場所は自宅が該当するだろうか。現実は何よりも非情ながらも、もしも一人暮らしだったならば、中々の割合で当てはまる事だろう。

 趣味や志を共にする仲間と過ごすケースもまた、該当するだろうか。こちらについては気が休まるというよりも、楽しさが沸き起こると表現した方が正しいかもしれない。

 

 

「なんだと、奴の部隊がやられたのか!?」

「通信が途切れた、こっちにも近づいているぞ!」

 

 

 ここ人造迷宮(クノッソス)もまた、志を共にする者達が集う場所。オラリオと言う地上の目をかいくぐり、かつダンジョン内部の危険にも晒されながらの行動の為に危険や制約は多いものの、それでも行動を起こす理由が確かにある。

 

 主神であるタナトスに仕え、死後、望んだ者の所へと逝く為に。その望みが叶うかどうかは神のみぞ知る状況ながらも、闇派閥を構成する大半が掲げる“戦う理由”だ。

 そして、闇派閥の目的を阻むべく突撃を開始したメンバー達。一行もまた“戦う理由”を掲げ……ていないペットも含まれるが例外の為にさておくとして、各々の理由の下に進行を続けている。

 

 

 正義と、正義。それは即ち、戦う理由と戦う理由のぶつかり合い。

 

 

 獣畜生が行う縄張りや勢力争いとは異なる、人類が遥か昔から行う命の奪い合い。決してなくなる事のない戦いの一幕、人類が辿る歴史の全体から見れば一瞬にも満たない時は、今この場においても繰り返す。

 

 闇派閥のテイマーを相手するは、レヴィスとジャガ丸という凶悪なコンビネーション。双方ともに“火力だけ”である点など問題なく、そもそも反撃自体を許さない為に被ダメージもまた軽傷にすら及ばない。

 人造とは言え迷宮の為に弓の類は有効に使うことが出来ず、かと言って魔法を放ったならば結末は確定となる。ジャガ丸が持つ反射能力によって、害を受けるのは闇派閥のテイマーだけだ。

 

 

 もしも戦いの様子を、第三者が知ったならば。これは戦闘(バトル)ではなく蹂躙(デモリッション)であったと、歴史の一ページを書き換えていた事だろう。

 

 

====

 

 

 闇派閥におけるテイマーで構成されている部隊の数々が、グラマーな女性や可愛いペットと一緒に戯れている頃。もう少し下の階層では、ロキ・ファミリアの1チームが進行を続けていた。

 

 

 花や蝶のように例えるならば、その集団は蝶の群れ。重厚な、それこそ男くさい鎧姿など無縁であると万人が主張を掲げる光景は、到底、地下迷宮(クノッソス)には釣り合わない。

 花ではなく鼻ならば、女神フレイヤが該当する。しかし此度においてはバベルの塔にいる為に、花の文字が変換されることはなく血栓の平和は保たれている。

 

 ともあれ、人造迷宮(クノッソス)を進行するのはリヴェリア・リヨス・アールヴ率いるエルフ・パーティー。先頭を進む彼女は索敵の役目も兼ねており、同時に、一行に対して命令を下す司令塔だ。

 此度において普段と異なる部分があるとすれば、普段は女性エルフのみで構成されているメンバーに男性のエルフも交じっている点だろう。だからこそ当該パーティーの戦闘能力は非常に高く、連携能力も非常に高い。

 

 

「貴様は……」

 

 

 そんなパーティーは、ほぼ一直線と言える通路で一人の男と対峙していた。見る限りは一般の闇派閥構成員のような非常に薄いローブを羽織っており、獲物が槍である事が伺える。

 

 そして、何らかの自信も持ち合わせているのだろう。口を開いたリヴェリアに対し、相手はニヤリとした表情を浮かべて応対していた。

 目元をスッポリと覆うゴーグルは、特徴的なモノがある。まさしく、突入前にフィルヴィスから忠告を受けた容姿であり――――

 

 

「ディックス・ペルディクス!?」

 

 

 そのような特徴から相手を特定できたエルフの一人が、思わず名を叫ぶ。特定が出来ていなかった者も相手が誰であるかを理解すると同時に、その身体は反射的に、強敵との戦闘態勢を築いていた。

 しかし、これらの驚き様には理由がある。ディックス・ペルディクスとは、イケロス・ファミリアのメンバーとして知られているのだ。

 

 

「そんな、イケロス・ファミリアは壊滅した筈では!」

 

 

 単にヒッソリと、同じ闇派閥のタナトス・ファミリアへ改宗(コンバート)していただけの“トリック”である。盛大な花火を打ち上げたフレイヤ・ファミリアの一件もあって全ての死体が残っているワケでもなく、あとは少し噂話を流しただけで、全滅と言う尾ひれが付随して歩き出すというものだ。

 ロキ・ファミリアとして「残虐極まりない人物」という噂話は聞いた事があるものの、エンカウントするのはこれが初めての事。そして初顔合わせは相手も同じであり、挨拶代わりにと、ディックスは己の“魔眼”を使用するべく右手を前方に突き出した。

 

 

 対象の精神を混乱させ、同士討ちへと導く狂気の呪詛。不特定多数の者に対して使用したならば、まさに“カオス”という表現がふさわしい狂乱の宴を作り上げる。

 使用中は使用者のステイタスが低下するデメリットこそあるものの、詠唱も比較的短文と言える程。つまり己が安全な地点に居る事が担保されるならば、対集団戦において非常に強力なスキルなのだ。

 

 

「っ、隠れろ!」

 

 

 リヴェリア達は、事前に情報を共有していたのだろう。リヴェリアが発した短文と共に、全員が物や柱の陰、横に反れる通路への退避行動を行った。

 魔法を反射するようなマジックアイテムを持たない限りは、防ぐ手立てのない類の魔法。故に対策もまたシンプルであり、魔法そのものに攻撃能力は無い為、こうして射線を切ることで防ぐことが出来るのだ。

 

 故に全員の動きや声が止まり、通路には静寂が訪れる。彼女たちの対応を目の当たりにしたディックスは、思わず詠唱を中断してしまう程のものだった。

 

 

「あ?なんでテメェ等が、俺の能力を知ってんだ?」

 

 

 疑問に思ったディックスながらも、もちろん「実はフィルヴィスがこっち側に居ます」などと答えるエルフ・パーティーの者は存在しない。マインドの消費が多いのか連続して発動できるワケでもないようで、ディックスはゴーグルを元に戻した。

 初見殺しに匹敵する程の凶悪さながらも、タネが割れていれば容易に対策が可能の為に連発する意味がない。苦虫を噛み潰したような表情を魅せる彼は、一方で脳裏で最良の選択肢を模索する。

 

 

「……チッ。ヤル気が失せた」

 

 

 そう一言だけ発した彼の数メートル先。少し距離のあるエルフ・パーティーとの間に割って入るかの如く、格子の壁が天井より落下した。

 響き渡る地鳴りのような音から、相当の重さを有していることは伺える。そして例えば牢屋の格子のような、どこか一部がドアになっているような都合のいい事はない。

 

 

「リヴェリア様、あれは……」

「ああ……恐らくは、最硬金属(オリハルコン)だろう」

「ご名答」

 

 

 あくまでも様相から推察した程度の山勘ながらも、どうやら正解だったようだ。歩きながら首を横に向けて言葉を吐き捨てるディックスは、そのまま奥へと進んでいく。

 闇派閥から見れば、仕切り直し。エルフ・パーティーから見れば、攻略不可能の壁があるとはいえ、みすみす相手を取り逃す直前だ。

 

 

 故にどうにかならないかと、エルフ・パーティーの誰もが思う。状況が動いたのは、その時だった。

 

 

 今回は遠距離戦闘がメインの為に後方支援という事と、偶然で最後尾に居るアリシアの更に後ろ。そこから鳴り響いた金属音に、彼女はすぐさま反応した。

 鎧の音で誰が来たのか分かったアリシアだが、これには明確な理由がある。かつてメレンにてイシュタル・ファミリア達に襲われていた際に夜街に響いた、あの鎧と同じだからこそ。

 

 加えて、このように劣勢な場面でやって来るパターンは一度限りの事ではない。ヘスティア・ファミリアには秘匿されている内容ながらも、何らかの常識外れな方法で事実を知り、リヴェリア・リヨス・アールヴを想うならば必ず駆けつけるとエルフ一行は信じていた。

 再度、特徴的な鎧の鳴る音を耳にしたアリシアは、振り返りつつ口を開く。「これで勝つる」と言わんばかりに勝利を掲げるかの如く、やってきた者の名を告げるために。

 

 

「タカ――――」

 

 

 しかし、口に出した相手の名前は先が続かない。瞳からハイライトが消える程ではないモノの、続けて目にした全員には口を開く余裕がない。

 全員の視線の先には、メレンの時と同じ白いプレートメイルのフルアーマーを纏う者。芸術品かと思うほどに美しいフェイスシールド部分について、唯一にして、非常に大きな理由がソコにあった。

 

 

 

 薄明りに輝く白いヘルムの両サイド。どう頑張っても耳全体をスッポリと覆っているはずのヘルムから、なんと、エルフの特有と言える長い耳がヒョッコリと飛び出していたのだ。

 

 

 

 長さに特徴のあるエルフ耳だからこそ、目にした時の違和感は非常に顕著。準備に時間を割く事が出来なかったのだろう、少し遠めでも分かる程に左右で取付位置がズレている。

 

 

「エルフ・パーティーと聞いている。ならば自分も、正装にて加わらねばなるまい」

「……」

 

 

 呑気に口を開く、自称一般人。世間には“まずは形から”という言葉があり、恐らくはソレを体現したのだろう。いつかアイズが衝動買いをして白兎を興奮させたアイテムであり、今の今までインベントリで眠っていた代物だ。

 戦場真っ只中ということも忘れ、呆れここに極まれりとでも言わんばかりの表情を浮かべるリヴェリア・リヨス・アールヴ。嬉しさと呆れがぶつかり合い、彼女の心境は色々と複雑である。

 

 彼が決して悪い存在ではないと言う事は、この場の全員が知っている。むしろリヴェリアを除くエルフ一行は、相手がドライアドの加護持ちと言う事で敬意を払っている程だ。

 エルフ耳を外して美術館などの落ち着いた状況下で見たならば、息をのむほどの美しさを兼ね備えるプレートメイル。それを着ている中身の存在と相まって、だからこそ滲み出る胡散臭さが凄まじい。

 

 

 一行の視線が、止まる。言葉が、止まる。荒げていた息も、止まる。

 嗚呼、あの時の鎧か。嗚呼、遊戯で使うエルフ耳をソレにくっつけたのね。その程度の事は見れば分かる。

 

――――うん、何やってんの?

 

 だからこそ誰しもが、このような感情を抱いている事だろう。しかしリヴェリア以外は相手がドライアドの祝福持ちであることを知っている為に、そのようなツッコミすらも行えない。

 

 

「……え、えっと……。そ、そのお耳は」

「エルフだ」

 

 

 This is a pen. I am elf.

 ニュアンスとしては、そんな感じの程度のモノ。自分はエルフであると言い聞かせるかのように呟く謎の男は、此処が人造迷宮ではなく地上だったならば、平時のオラリオにおいてもヤベー奴として認定されガネーシャ・ファミリアによってブタ箱までご同行になるだろう。

 

 

「えっ?」

「自分は、エルフなのだ」

「あ、はい」

 

 

 果敢に問を投げたアリシア・フォレストライト、僅かにも抗うことは叶わず綺麗に撃沈。例の祝福を所持していると言う事実も、アリシアが深くツッコミを入れることが出来ず、感じる重い空気に拍車をかけていることだろう。

 淡々とした口調で返された言葉には妙な重みが乗っており、先の事実をさておくとしても、何故だか否定できる空気とは程遠い。そして――――

 

 

「チッ!ロキファミリアに、まだエルフが居たとはな……」

 

 

――――騙されてますよおぉぉぉ!!

 

 何が起こるか分からないからツッコミを入れるな、絶対に口に出すなと己に言い聞かせる一方で内心にて叫ぶレフィーヤ・ウィリディス。もうそろそろ我慢の限界を迎えるレベルに達しているが、紙一重の領域で、己の腹から噴火しそうな声を抑えていた。

 とはいえ対象者はヘルムで顔も見えず、全身が重厚の鎧であるために種族的な見た目の区別を付けることは難しいだろう。その点、フードやヘルムで隠しきるのが難しいエルフの耳というのは、他者にとって分かりやすい“特徴”だ。

 

 呆れる一方で敵に悟られぬようポーカーフェイスを保とうとしているエルフの面々であるものの、一部は面白おかしさから破綻しかけているのはご愛敬。それがディックスにとっては援軍を喜ぶように捉えられてしまっており、悲しいかな状況は悪い方向に進行中。

 

 

「……羽虫共が。覚えてろよ、あとで血祭りに上げてやる」

 

 

 とはいえ、いくらフィールド的には有利に立とうとも、数の差で圧倒的に劣る事は明白だ。それはディックスとて重々承知しており、だからこそ此度は少し前の時間帯から撤退の選択肢を選んでいる。

 彼とて、決して阿呆の類ではない。闇派閥の一員というだけの話であり、戦況を読んで不利となれば撤退する勇気を持つことが出来る、頭脳派の戦士の一員だ。

 

 いくら強力な呪詛(カース)の込められた槍を持つとはいえ、ディックス自身がオッタルのような突出した身体能力を持つわけではなく、一体多数では分が悪い。特に此度の場合はエルフの集団が相手であり、魔法を中心とした遠距離戦闘においては猶更だ。

 ディックスの戦闘スタイル例を挙げるならばフィン・ディムナのような人物像であり、持ち得る狡猾さは、もしも味方となれば心強い事だろう。今まで様々なファミリアの追跡を振り切ってきた事実が、持ち得る狡猾さと慎重さの高さを示している。

 

 だからこそ彼は此処で待ち構えていたワケであり、双方の間に君臨する最硬金属(オリハルコン)があるために、足早に逃げる必要もない。一方で、エルフ・パーティーの面々も遠距離攻撃は阻まれ、更には追いかける事など出来はしない。

 ディックスの脳裏にあるのは、どのようにしてエルフの連中を仕留めるかと言う方法だけ。ある種の快楽殺人を彷彿とさせる催しを、どのように実施するか楽しみにしている程だ。

 

 

 そんな彼の後ろから、まるで興味を引くかのような言葉が掛けられた。

 

 

「――――嗚呼、そうだ。暴蛮者(ヘイザー)よ、知らなければ教えてやろう」

 

 

 ニヤリの3文字で表現する事がよく似合う、わるーい表情を浮かべるハイエルフ。約一名が来たことで勝ちを確信している点もさることながら少しの惚気も交じっているが故に、日頃の平常心が崩れている。

 

 そして男女の二人は、以心伝心。リヴェリアが出そうとしていた追撃の号令など言われなくても捉えており、故に己がやるべき事も理解している。

 まるで毎日の朝の如く、「いってらっしゃい」と「いってきます」が交わされるかのように。右手に持つくたびれた黄金色の盾を振り上げた男は、権能を振りまく神にも有効打を与える事が出来るアクティブ攻撃スキル、“正義の熱情”でもって振り下ろした。

 

 

 

 

 

 金属が砕け散る音を、耳にした事があるだろうか。

 

 

 落下先となる床の素材にもよるが、例えば軽量なアルミニウムならば、カラン。あるていど重量のある物ならば、ガシャンとでも表現することが出来るだろう。

 

 なお此度においては非常に硬い金属同士、更には片方が持ち得る運動エネルギーは凄まじい。故に響き渡る音の重量は生半可とは程遠く、敵味方そしてモンスターを問わず、思わず全員が耳を塞ぐ程の轟音だ。

 

 

 例にもれず、ディックスは思わず耳を塞いで僅かに屈む。何が起こったのかと考えて直後に振り向けば、そこには全く予想だにしない光景が飛び込んでくる事となった。

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 穴、と呼ばれるには少し歪ながらも円形の形状。対象が紙一枚程度の薄さだったならばともかく、決して最硬金属(オリハルコン)で造られた巨大な格子扉には成形されないモノであることは、オラリオにおいて常識と言えるだろう。

 

 しかし現実はどうだろう。万物を阻む目的で作られた落下式の格子扉は、殴打された付近が完全に粉砕されている。空いた穴の大きさは直径で8メートル程はあり、今この場に居る人数ならば、隊列を成したとしても問題なく通過することができるモノだ。

 

 

 冷や汗が湧き出るディックスの視線の先には、仁王立ちする一人のエルフらしき何か。格子を破壊した際に生まれた衝撃で左耳が外れて後方へ飛んで行ってしまっているが、本人は全く気付いていないらしい。

 その後方左側には、相も変わらず“わるーい”表情を浮かべたハイエルフ。「待ってました」、もしくは「よくやった」とばかりに、この世界における(ことわり)を口にした。

 

 

「“タカヒロ(エルフ)”からは、何人たりとも逃げられないぞ?」

 

 

 

 

 

 

「……エルフって、何でしたっけ?」

「レフィーヤ、言ってはいけません!」

 

 

 限界を超え、一周回って気が抜けて炸裂する千の妖精(サウザンド・エルフ)のツッコミに、純潔の園(エルリーフ)のツッコミが重なり合う。一般世間からすれば前者が正論ながらも、エルフとしては後者が正論なので質が悪い。

 とはいえ彼という存在に秘匿が必要ならば、彼という存在が、目撃者ごと片っ端から全てを壊せば結果は同じ。リヴェリア・リヨス・アールヴの心境は、そんな感じの脳筋理論に染まってしまっている。

 

 

 アールヴの名を持つ、王の一言。それは紛れもなく、各地で活躍する同胞に対する盛大な風評被害であった。



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219話 選択肢にはご注意を

 

 通路を作る両壁に積み上げられたアダマンタイトの一つ一つに目を配れば、とても丁寧な仕事がなされている。それこそ王宮や神殿と言ったようなクラスの建物を建築する者ですら息をのむ程に精工で、機械によって織りなされた緻密な工作かと見違う程の整い様だ。

 時に規則正しく、時には一定の法則性を保ちながらも不規則なアルゴリズム。地下と言う広大な土地のメリットを生かし、縦横斜めに張り巡らされた通路の全てが、このような構造だ。

 

 とはいえ、いくらか限度が付きまとう表現でもある。観光地として開放することが出来たとしても、ダンジョン37階層の白宮殿(ホワイトパレス)と呼ばれているエリアの美しさには遠く及ばない。

 あちらは頂上が見えぬ程に高く白濁色の壁面が(そび)え、同色の天井が織りなす非日常的な景色となっており、まさに宮殿と呼んで差し支えのない代物だろう。反面、オラリオでは名の知れた危険地帯でもあり、辿り着くまでの労力と危険を考えれば、人造迷宮(クノッソス)で得られる美しさも費用対効果は十分だ。

 

 

 時は1分ほど巻き戻り。此度の戦闘は、そのような場所で行われようとしている。

 

 

 傍から見れば“起死回生の一撃”とばかりに対峙の状況をリセットした乱入者。それはヘスティア・ファミリア所属の一般人、名をタカヒロという。

 戦う理由は、リヴェリア・リヨス・アールヴを護る為。そんな理由を達成すべきと思った矢先に閉じられた最硬金属(オリハルコン)の格子扉をジッと見つめる彼は、とあることを考えていた。

 

 かつてケアンの地においても、木製もしくは石造りながらも、隠された場所を守る扉のような存在はいくつか在った。その手の場合は対象物に攻撃を加え、破壊することができる。

 そんな通路の先にあったのは、隠しチェストの類など。此度においてはそのような物を期待する事は出来ないが、逃走者の確保を相方が求めていることは明白だ。

 

 もし耐久をゼロにするようなロジックでは無くとも、自分達がここを通過できれば目標は達成されるワケで、結果として問題ない。そして見た限り、格子が持ち得る耐久性能は高くない。

 繰り返しになるが、相手を確保する為には、格子の突破は必要だ。つまり――――

 

 

――――これ、壊すか。

 

 

 嗚呼、具体的な銅像などではなく所詮“格子”とはいえ、確かに美しい精工さを兼ね備えたモノだった。実際のところ約1000年、つまり十世紀という途方もない時間をかけて作成された一部ということを、仮に理解していたとしよう。

 史実の戦争においては、教会や遺跡の類を攻撃してはならないという暗黙のルールがある。爆弾一つを落として終わらせることが出来ない大きな理由の一つであり、歴史ある建造物とは、このようにして大切にされることが大半だ。

 

 

 しかし彼が抱いた感想は、いつかのアイズ・ヴァレンシュタイン宜しく「そんなの関係ねぇ」程度のモノ。奇遇にも相方から「やっちゃえ」的なアイコンタクトが飛んできており、実行しない理由など見つからない。ついでに最硬金属(オリハルコン)として回収し、誰かしらの装備に再利用(リサイクル)できないかと考えている呑気さだ。

 オラリオどころか全世界で最も固いと言われる金属、最硬金属(オリハルコン)ですら、風の前の塵に同じ。とはいえ、権能を発する神を相手に明確なダメージを与えることが出来る火力、それを受けることが出来る金属など、滅多にあるものではない。

 

 

 故に、一撃。見た目こそ変わっているが愛用のメイス(名称:全く普通の盾)を振り下ろし、格子に先の大穴が開けられたというワケだ。

 

 そして、物理法則は止まらない。エルフ特有と言える長く尖った左耳は、格子を殴った衝撃(反動)によって接着部分が外れてしまった。

 

 接着剤と素材との相性が悪かったのか、そもそも乾燥時間が足りていなかったのか。くるくると回転しながら放射線を描いて後方へと飛んでいく、エルフとしてエルフ・パーティーに加わるという儚い夢。そんな諸行無常が頭上で響く姿を、アリシア他数名は顔を動かして追っていた。

 種族の垣根を示すかのように、どこまで飛んでいくのやら。もしも“エルフ耳跳躍選手権”などという頭のオカシな競技があったならば、恐らくはK点越えを達成している事だろう。

 

 

 

――――ふざ、けんな!?

 

 一方で、装備(設備)の差から生まれ出る余裕に浸っていた者は、理解が全く追いつかない。とはいえ彼は紙一重のところで僅かな冷静さを保てており、相手集団が追撃してくるという状況については理解ができた。

 たった一度とはいえ、つい先程は別部隊によって躱された“始祖の罠”。なお此度は回避どころか真向からの粉砕である為に、相手の存在が持つ危険度合は凄まじい。

 

 そんな光景が、あまりにもふざけ――――もとい、現実離れし過ぎていた為か。ディックスは桁外れのバケモノと対面しているという恐怖よりも先に、面白おかしい感情が湧き出てきたらしい。

 さきほど片耳が飛んで行った事も、間違いなく影響していることだろう。間一髪、それこそ“致命傷で済んだ”レベルとなっている逆側の耳も千切れたように外れかけており、絵面のシュールさは輪をかけて酷くなっている。

 

 

「なんだテメェ!絶対にエルフじゃねぇだろ!?」

 

 

 故に思わず、そんな言葉を真正面からディックスが言い返す。彼の中で如実に増える恐怖の感情を殺すためでもあるのだが、どうにも増える量の方が非常に多い。ついでにレフィーヤは内心で全力でディックスの言葉を肯定中、此方は中々に余裕があるようだ。

 そして、一体どのような人物なのか全く分からない謎の男が取り得る回答は、二つに一つ。エルフであると肯定するか、否定するかのどちらかだ。

 

 

「自分は、エルフだ(説得する)」

「ふざけんな!!」

 

 

 淡々とした据わった声による、彼らしい回答。状況を目の当たりにしているレフィーヤだけは相変わらずディックスと共に否定というツッコミを入れたくてウズウズしているが、紙一重の所で留まっている。

 しかしどうやら、ディックスは納得する素振りを見せていない。いつか張り付けとなり燃やされる直前となっていた魔女、及び集団と対峙した時の“乗っ取られ”の如く、男二人は同じ問いと回答の選択を繰り返す。

 

 

「自分は、エルフだ(説得する)」

「嘘を吐くなああああ!!」

「自分は、エルフなのだ(説得する)」

「テメェさっきから何なんだよ!何かに“乗っ取られ”てんのか!?」

「自分の事を何と呼んだ?(攻撃)」

 

 

 正論ながらもディックスが地雷を踏んだことにより、オラリオの人造迷宮に“妖怪ソウビオイテケ”の亜種が出現。さながら“神々の鉄砲玉”が自ら“当たり屋”の類になるというタチの悪さである。

 とはいえソウビオイテケが回答内容を間違えたワケではなく、同じ問いを繰り返さなかったディックスに責任の全てがあるのは言うまでもない。もしも繰り返していたならば、こうして“(攻撃)”となる未来も変えられた可能性がコンマ数パーセント以下の確率で存在する。

 

 ついでに言えば、返答を分析するに、どうやらメンヒルの意思は固いらしい。己はエルフであると言い聞かせている理由については神のみぞ知るところながら、此方も回答を変更するつもりは無かったようだ。

 なお本人は、エルフ達とのパーティー行動という事ですっかり上機嫌。片やすっかり闘志を失ってしまった本物のエルフたちを前にして、自称一般エルフは敵への攻撃を開始する。

 

 自称エルフとは言うものの付け耳に留まる話であり、戦闘スタイルについては今までと何ら変わらない。瞬くよりも早く2体のガーディアンが召喚され、まず初めに突進スキルとガーディアンの突撃でもって周囲のモンスターが一掃された。

 この間、僅か2秒あるかないか。正確には1秒と言う時間の間に3つの突進スキルが順に放たれ、その間にガーディアンが突撃して残りを薙ぎ払った恰好だ。

 

 本来、“(攻撃)”を意識したならば、相手が由緒正しい一般人だろうがモンスターだろうが神だろうが、即座に戦闘態勢にスイッチするのが“乗っ取られ”と呼ばれる種族である。今の今までは色々とあって大人しかったのだが、此度においては状況が特別だ。

 前提としてディックスという男は、リヴェリア・リヨス・アールヴを筆頭にエルフ集団を殺しにかかった実績持ち。故にタカヒロが加減する理由など何もなく、こうして取り巻き一同は数秒と持たずに壊滅している。

 

 

 “相方”については言わずもがな、そして“エルフ達”を殺めようとしたという、正真正銘の大悪党に対し。妖精嗜好(エルフスキー)による天の審判が下されたのだ。酷い字面(じづら)である。

 

 

 なおそれを“メンヒルの化身”がやってしまっているので、実質として“天罰”と呼べる状態になってしまっているのはご愛敬。エンピリオンもメンヒルも全く気にしていない上に彼本人も自覚は無いために、止められるのはリヴェリアぐらいのものだ。

 此度はタカヒロ側から突撃をかけている状況もあって、被ダメージの欠片もない。その為に全てのスキルが発動しておらず結果として全力には程遠いものの、有象無象を相手にしては十分な攻撃能力と言えるだろう。

 

 

「あっ……」

 

 

 どうあれ、またたく間も無くヤベー状況に追い込まれたことを意識したディックスだが、時すでに遅し。元々が前衛職ではない事もあり、基本として相手にデバフを振りまきつつ、多数の味方と合わせて乱戦を作り出すのが本来のスタイルである。

 このようなタイマンの状況、それも最悪のジョーカーとなるレベル100が相手など最初から想定にしていない。この部分に限って言えば過去に彼を相手した誰しも、それこそ権能を振りまく神だろうとも当てはまる事象とはいえ、対処するにしても難易度が非常に高い点は揺るがないだろう。

 

 レベルは知らないながら、相手は最硬金属(オリハルコン)を破壊する程の実力者、そして距離は二歩三歩程度のもの。打開策がないかと考えるディックスは、一か八かで、己の能力を使用すると決意した。

 

 

 対象の理性を奪い、混乱させ、同士討ちを発生させる呪詛(カース)の類。先程はリヴェリア達に対して不発に終わったものの、この距離ならば隠れることなど出来はしない。

 使用後に己のステイタスが下がる為に殺されることにはなるだろうが、己を殺した後は、対象のヘイトがエルフたちに向けられる。そうなれば、一矢報いる事は可能となるだろう。

 

 

「迷い込め、果てなき悪夢(げんそう)

「っ、タカヒロさん!」

 

 

 特徴的な短文の詠唱が行われ、赤い光がタカヒロに浴びせられる。此度は呪詛(カース)の全てを一人に対して発動させた為に、持ち得る効力も非常に高い。

 それを知って、アリシアたちは不安げな声と表情を浮かべている。なお最も近い約一名は相も変わらぬ仏頂面をキープしているが、持ち得る“知識の量”が異なる為に仕方ないだろう。

 

 ともあれ、数秒もするうちにタカヒロに変化が現れる。覚悟も含め、ニヤリとした表情を浮かべるディックスに対し、少し項垂れた青年は右手でヘルムを抑えつつ、呟くように口を開き――――

 

 

「レジェンダリー……ダブルレアMI……厳選っ……!」

 

 

 彼らしい悪夢に(うな)されていた。

 

 というよりは、ただトラウマの1つを思い出しているだけに過ぎない事。誰がどう見ても、錯乱や狂乱と呼ぶには程遠いと言えるだろう。

 

 

「……効いて、ない?ナンデ?」

 

 

 相手を混乱させる術を放った者が混乱に迷い込んでしまうという、まさに珍事。今の所、フルアーマーの相手に狂気など欠片も見られない。

 だからこそディックスは“効いていない”と判断しており、そしてコレが通用しないとなると“詰み”の段階だ。いうなれば、蛇に飲み込まれて消化されるカエルの気分とでも言った所だろう。

 

 

「……果てなき悪夢(げんそう)、か。嗚呼、なるほど確かに根底だろう」

 

 

 挙句の果てには、十秒も経たずして正気を取り戻してしまっている始末。しかし何やら同意しており、珍しく口元は僅かに吊り上がる様相を見せていた。

 

 

 ところで、この男が呟いた内容とは何の事か。それは単純に“装備の収集”が当てはまるのだが、この場で知り得る事が出来たのはリヴェリアぐらいの者だろう。

 しかし彼女もまた、疑問が残る。装備や素材の収集が趣味となる彼にとって、なぜ悪夢となるのかについては予測することが出来ていない。

 

 ヒントとしては、彼が呟いた内容にある。

 

 Aというビルドを作るには、Xという装備が欲しい。そのXがもしも特定のレジェンダリーやモンスター固有装備となるダブルレアMIならば、期待できるドロップ率はコンマ数%よりも遥かに低い数値。

 ただひたすらに、強迫観念のままに数カ月にわたって同じモンスターを屠り続け。対象のモンスターから向けられる憎悪の念が最高値になってからが、ようやくスタートと言える程だ。

 

 故に最初に訪れるのは、基本としては絶望という悪夢の類。「それでも掘ってやらぁ!」などとヤル気が沸き起こるのは、あくまでも次の段階で生じるものなのだ。

 

 

 例え世界が滅びる時まで歩こうとも決して終わりが訪れる事がなく、逃れる事の出来ない歩みの一つ。それを傍から見たならば、恐らくは並大抵の悪夢よりも酷く映る事だろう。

 

 

 とはいえ、トラウマの一つを思い出す程度かつ僅か十数秒で解除されている事には理由がある。こちらのヒントについては、彼のビルドが自称ながらもディフェンシブな所にあるだろう。

 

 タカヒロが持ち得る数多の耐性の一つ、“減速耐性”。移動速度を低下させるデバフに対する抵抗もさることながら、この数値は実のところ、呪詛(カース)に対する効力を発揮する。

 物理的ダメージを軽減する物理耐性や魔法ダメージ軽減のエレメンタル耐性と違って“高い数値”と表現する事はできないものの、装備の更新――――だいたいヘファイストスがハッチャけた事によって60%に迫る数値を叩き出している。その為に、僅かな影響を受けてしまったというワケだ。

 

 そして、もう一つの耐性。無秩序を意味する“カオス”に対する耐性は現在、なんとベース値で92.4%の値を備えているのだ。

 つまるところ、ディックスが対象を一人として放った渾身の呪詛(カース)は、まず減速耐性によって持ち得る威力が4割にまで減少。そこから更に、カオス耐性によって約9割がカットされた。

 

 本来の威力を100として計算式に当てはめるならば、100%*(1-0.6)*(1-0.924)。もはや数値の上では効力が残っているかすらも怪しくなる、たった3%の威力となって届いている。

 その僅か3%で効果が生じたのは、先の内容が彼にとって魂の奥底に染み付いたモノだった為。快楽を得るためには苦悩を伴うと言う、表裏一体の理だ。

 

 

「……嘘、だろ?」

 

 

 そのような事実を知る余地はないものの、起死回生の奇策も通じず“詰み”となる。ロキ・ファミリアが用意していた“魔法の使用を阻害する特殊な首輪”が装着され、ディックスは敗北を認める事となった。

 

 

 エルフ・パーティーは進行を停止し、ディックスを地上へと送り届けるために後退を開始する。敵味方を問わずにヘイトをかき集める“壁”が新たに同行している為、道中の脅威に対しては僅かな危険も生まれない。

 先ほどとは違って、基本としてエルフ達のスキルアップの為に直接手を出すことは稀となる。しかしいざ参戦となれば、何もかもを一撃のもとに消し飛ばす程に加減を見せていない珍しさだ。

 

 

 目に映り流れ続ける蹂躙に対して冷や汗が流れ続けるディックスだが、俎板の鯉である為にどうにもならず。人造迷宮(クノッソス)の入口からギルドへと引き渡され、やがて取り調べを受ける事となるだろう。

 



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220話 兎は追い駆ける、英雄の道を

一方その頃


 迷宮都市と呼ばれるオラリオの地下には、ダンジョンと呼ばれる迷宮がある。街が迷宮都市と呼ばれる最も大きな理由の一つであり、それに蓋をするように聳え立つバベルの塔もまた世界的に有名な建造物。

 ダンジョンとは、人と神がタッグを組み、千年という時間を費やしてなお突破できない強固な要塞。もっともここ1年ほどの間で“例外”が生まれたのだが、その者はダンジョンそのものに興味を向けていないので結果としては同等だ。

 

 そんなオラリオの地下にある、人造迷宮(クノックス)。所詮“人”の手によって作られた建造物とはいえ、それが持ち得る構造と脅威は侮れない。

 物理的、生物(モンスター)的なトラップなど当たり前。加えて通常のダンジョンとは違い、どこかしこも同じ素材で作られているがために方向感覚が惑わされる。

 

 

「このっ、本当に迷宮だ……ダンジョンの中層で目にした脅威と、何ら変わりない……!」

 

 

 単独で行動しているベル・クラネルは、己が進むべき通路を決定できずにいた。戦闘の痕跡などから判断しようにも、彼のスタイルはカウンターを狙う最小限の動作で行われるために周囲を巻き込む派手な攻撃を行わない。

 だからこそ痕跡を残さない為に、通路を目にした際の判断材料は無いに等しい。これがもしマップ作成能力を持っているか、ガレスのようなパワーファイターならば床や壁に痕跡を残すために、状況は変わってくることだろう。

 

 

「どけっ、邪魔だ!!」

 

 

 そして要所要所で少年に襲い掛かる、無数のモンスター。幸いにも今のところ毒持ちは混じっていないようだが、それもいつまで続くかは分からない。

 かつて8階層でミノタウロスの強化種を相手にしている時に見せた師のように、ベルは後先を考えずに走り出している。己にはフィンやリリルカのような頭脳は無いと割り切っており、自分自身で猪突猛進と理解できているとはいえ、立ち止まることなどできはしない。

 

 

 しかし、今いる此処はダンジョンそのもの。オマケに単騎とくれば、最悪の場合、木乃伊(ミイラ)取りが木乃伊(ミイラ)になる可能性も有り得る話だ。

 それでも、どこに居るかすら分からないアイズ・ヴァレンシュタインを見捨てる選択肢はあり得ない。師と同じく、兎にも角にも、ベル・クラネルは迷宮を疾走する。

 

 時間にして、既に30分は過ぎている。流石のベルにも疲れの色が見え始めており、とある選択を迫られていた。

 

 一度戻るか、否か。素直に師の力を借りるべきかと眉間に力を入れ、アイズを見つける事ができない己自身に苛立ちを覚えている。

 歯を強く噛みながら、今までやってきた通路の暗闇を睨みつけた。せめて、何か手掛かりがあれ、“誰かの手助け”があればと思い歯ぎしりする。

 

 

 少年の髪の毛が逆立ったのは、まさにその数秒後。

 

 

「えっ!?」

 

 

 地下ゆえに吹き抜けるはずのない、最も身近にあった優しい風が。まるで導くかの如く、ベル・クラネルが居た通路を力強く駆け抜けた。

 

====

 

 風が呼ぶ、風が叫ぶ。

 

 君の探している姫は此処に居ると、成長を見届けられなかった己の替わりに支えてくれと囁くように。肌触りこそ穏やかで優しく、しかし力強い風が人造迷宮(クノッソス)の通路を駆け巡る。

 風が指し示す地点はただ一つ。誰が発し、そこに何者がいるかという根拠を持たない白髪の少年だが、確かな確信を持っていた。

 

 なにせ、己の隣に居てくれた優しい風だ。もしも五感を塞がれようとも間違うようなことがあるならば、ベル・クラネルという男は彼女の相方として失格だろう。

 

 故に、この風の先にアイズ・ヴァレンシュタインが居ると断定する理由となる。そして風が運ぶ必死の感情はベルにも伝わり、アイズが危機的状況にいるのだと確信した。

 だからこそ、向かってくる敵を無視して人造迷宮(クノッソス)をひた進む。己を導くように吹く風が、少し前の懐かしい記憶を少年の脳裏に呼び起こした。

 

 

 何度、その焦がれた刃を受けた事だろう。通じないと知りながらも反撃せんと己の刃を繰り出し、軽々と防がれた事だろう。

 初めて目にしたのは、ダンジョンの5階層。ミノタウロスから逃げようとした時に、相手の後ろから巨体を一刀両断した姿。

 

 駆け出しの冒険者にとって死そのものであるモンスターを、当然のように葬り去る実力に対する恐怖。同時に、ダンジョンの中でも光り輝いていると思えるほどに美しかった。

 相反する感想は、一人の少女を目にしたがゆえに出た代物。あの時の光景は、いまだ目に焼き付いて離れない。恐らくはきっと、死の寸前まで忘れることはないだろう。

 

 

 己の一目惚れであったことは、間違いのない事実。祖父の言葉通りに出会いを求めてダンジョンにやってきて出会った、掛け替えのない、ちょっと不思議な一人の少女。

 一緒になって、北の城壁の上で行った鍛錬を思い返す。最初は空中を散歩する時間の方が長かった気がしたが、最近では、何とか鍛錬という形になるまでこぎ着けた。

 

 

 吹き荒れていた風の中心点。己が戦うべきバトルフィールドに辿り着いたのも、同じタイミング。

 それは、少女の物語が終わる五秒前。桃色の髪を持つ相手の女剣士が振るう長剣が振り下ろされれば、そこで全てが終わってしまう。

 

 

――――見える。レベル5になったから? 違う。今まで師匠の鍛錬を受けてきたからこそ、ハッキリと……!

 

 

 見えるはずのない、コンマ数秒後の刃が見える。黄金の刃と赤い刃が交差するタイミング、衝撃、それによって生じる優越の差がはっきりと眼に映る。

 向かえる結果は、紛れもなく後者の勝ちだ。ならば黄金の刃を構える愛しき者がどうなるかは、口にするまでもないだろう。

 

 

 ベル自身も、怖くなるほどに集中していた。相手の女らしき人物が発している奇声など、微塵も耳に入らない。

 ベル自身も、怖くなるほどに怒っていた。少年をここまで導いてくれた大精霊の風の音など、とうの昔に消えていた。

 

 

 誰だ。目にしたことのない、あの者はいったい誰だ。師の言葉を借りて表現するならば、いったい何処の有象無象だ。

 

 

 主神を貶された時とは違う。尊敬する鍛冶師の武器を笑われた時とも違う。自分をここまで引っ張ってくれた師を罵倒された時よりも、遥かに強いと心底思う。

 気持ちが煮え立ち、はらわたが煮えくり返る。隣に立つ少女が更に血みどろになる姿を思い浮かべる度に目は見開き、強烈な殺意が湧き上がる。

 

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインが居なくなる結末は、他ならぬ己が許せない。

 

 

 

 ならば、どうするべきか。アイズ・ヴァレンシュタインを守るために、己は一体どうするべきか。

 

 

 単純だ。此度の場合、それしか手立てがない事が有難い。

 このような状況においては、遠慮は要らない。相手が何者だろうとアイズを殺そうとするならば、アイズを守るために相手を殺す――――!

 

 

「なにっ!?」

 

 

 敵が驚く、まさかと言える第三者の乱入。ベル・クラネルは叫ぶより先に、反射的に身体が動いて攻撃を行っていた。

 沸き上がる殺気を隠しきれていないために、一撃は通ることなく防がれる。しかし敵の注意を引き付けるには十分であり、力なく膝を付くアイズの為に行った一撃としては十分に正解と言えるだろう。

 

 

 レベル1の鍛錬を思い起こさせるがむしゃらな一撃でもって相手は大きく飛び退き、距離が開く。互いの間合いからは完全に外れており、投擲物でも使わなければ先制攻撃は察することが出来るだろう。

 だからこそベルは、自分が今いる状況を模索する。広い視野は少しでも情報を見逃すまいと懸命に脳を動かし、この死地から二人が生きて戻る方法を模索する。

 

 

 今更ながら、フィールドは人工の建造物。壁の骨格は超硬金属(アダマンタイト)と聞いているが、内装の類はレンガそのもの。強い攻撃を当てたならば、いくらかは崩れ落ちる事だろう。

 攻撃によっては相手の注意を惹く事にも使えるだろうし、一方で己の邪魔になる可能性もあると分析していた。次いでの状況把握は、相手と己との比較となる。

 

 ナイフや短剣と呼べる二刀流のベルに対し、相手は一般的な丈の長剣(ソード)の類。背格好は似ている故に、魔法を考慮しなければリーチとしては不利となるだろう。互いに異なる利点と欠点を備えているが、カタログスペックとしては同等だ。

 勝敗を決めるとすれば、抱く覚悟と今までにおける実戦経験と言えるだろう。後者は乏しいと言えるベル・クラネルだが対人経験だけは異常なほどに豊富であり、前者の覚悟においても、此度は今までにおいて一番と言える程のものがある。

 

 

「ハッ、悪魔兎(ジョーカー)じゃねぇか!英雄になりたいお人好しが助けに来たったワケか!?お前も剣姫(けんき)と同じく、ここを死地にしてやるよ!!」

 

 

 とある理由により、バトルフィールドはアイズを襲った者に有利となる。アイズがここまで圧倒された理由の一つであるのだが、見た目の特徴は皆無である為に、何も知らない初見で見極めることはできないだろう。

 

 広い目を持つベル・クラネルは、新たな武器を得たアイズが一方的にやられるには何か大きな理由があると瞬時に察していた。確かに対人戦闘は少しばかり不得意なところはあるものの、持ち得る直感や対応能力は、間違いなく第一級冒険者のソレである。

 そして一度の瞬きの時間だけアイズの負傷に目を配ると、己もよく知る師のように圧倒的な力の差があったワケではない。つまり“純粋にアイズより少し強い”か、“何らかの理由でアイズの能力が弱体化した”かのどちらかに絞り込んだ。

 

 

 

 しかし、正直なところ。ベルとしては、細かい事などどうでもよかった。

 

 

 

 相手が例えレベル100であろうとも。

 己に不利となるトラップの数々が仕掛けられていようとも。

 今の今まで走りっぱなしで、どれだけ疲れていようとも。

 

 

 

 己が今ここで足を止める事や背を向ける事は、絶対にあり得なく。許されるのは、真正面から立ち向かい少女を救い出す一本道。

 59階層で立ち向かい、50階層で尊敬する師に貰った言葉を思い返す。師もまた同じ言葉を守り通したからこそ、あの強さを得たのではないかと少年は考えた。

 

 

 

 己が抱く、アイズ・ヴァレンシュタインへの確かな想い。つい先程知ることとなった“情景一途(リアリス・フレーゼ)”が発現する程の想いが本物ならば、何があろうとも絶対に貫き通せ。

 

 

 

 スキルを知ったのは先程ながらも、少年は、常にその信念に沿って頑張ってきた。年頃の少年故にいくらか鼻の下が緩みそうになる事もあった点は仕方がないとはいえ、結果としては、抱く想いを守り通した。

 

 

 事の初めは一目惚れ。つまり、只の中で生まれた焦がれだった。

 

 

 いつしか、横に並んで戦いたいと想うようになり。

 

 いつしか、一緒に並んで過ごす事に楽しさを覚え。

 

 いつしか。己が最も大切な、護りたい者と想うようになっていた。

 

 

 

 状況も心象も、少年が抱くものは真っ直ぐで無垢な想い。母より受け継いだ優しさが根底にある少年は、向けられる想いを否定することにも抵抗を覚えている。

 

 ヘスティア・ファミリアの団長として。一人の男、ベル・クラネルとして。絶対に負けられない覚悟を抱く、一人の少年。

 心中の正義には戦う理由が勇ましく掲げられ、あとは開幕の(ベル)を鳴らすのみ。僅かに腰を落とし、構えとは呼べない姿勢を見せているのは、無意識のうちに師を思いだしているからだろう。

 

 

 一定の状況は把握できた、そして相手がアイズに匹敵する強者であることなど分かっている。しかしここでアイズへの想いを断ち切り引き下がるような愚行を行うならば、かつてのパーティーでダンスを断った女神フレイヤをも汚してしまう。

 同時に、師を筆頭にフィンやオッタルなどから向けられている期待に背いてしまうことは明らかだ。一人の雄として、それらの結末は絶対に許せない。

 

 

 案ずる心が一度だけアイズに視線を向け、直ぐに正面の敵に向き直る。相手から向けられる開いた瞳と荒い息は、持ち得る疲労と、アイズとの実力差を測る材料だ。

 理由は不明だが、今までの勝負は互角だった。故に溢れ出ているアドレナリンは、興奮を後押しする要素としては非常に大きい。

 

 それでいて今の姿勢を崩さないとなれば、疲労が溜まろうともベル・クラネルを相手に負けるつもりもないらしい。自負するわけではない少年だが、あれだけ有名になったならば、普通は警戒もされるだろうと考えている。

 つまるところ、何かの隠し玉やトラップを配慮すべき。状況を把握しているが故に生まれ出る余裕は態度にも表れている相手だが、それが“情報”となってベルに届いている点までは頭が回っていないようだ。

 

 

「此処が、僕の死地ですか」

 

 

 死地に立ち向かう少年は思ったよりも冷静で、舌なめずりを行いながら発せられた先の一文が脳裏をよぎる。

 

 嗚呼。そう言えば返事をしていなかったと、怒りを抱きながら先の一文を思い出し――――

 

 

 

 

 

「――――それで良いでしょう、死ね(攻撃)」

 

 

 たかが兎と侮ることなかれ。オラリオに住まう英雄達に鍛えられた立派な戦士は、今まさに、加減なしの戦闘態勢で牙を向けているのだ。




ヒートショックが生じる温度差になりました…。


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221話 確かな繋がり

 

 その姿は、まるで兎ではなかったか。

 

 

 少し前に行われた戦争遊戯(ウォーゲーム)。その時オラリオ全土に流された光景を、桃色の髪を持つ相手の剣士は脳裏に浮かべる。

 確かに、冒険者登録をして1年でレベル4になったという事実は驚愕に値する。当時において見せていた動きについても相当のモノがあり、敵対したならば、ある程度は注意を配るべきだろうと脳裏に留めた。

 

 

 しかし、それだけだ。邪魔の二文字には成りえず、所詮は急ごしらえの英雄かと、鼻で笑った。

 

 

 彼女がこのように捉えてしまったのも、当然だ。当時、相手を全滅させる為に“手加減”していたベル・クラネル。その者が持ち得る基準は当然、あのタカヒロと行う連続戦闘に起因する。

 ならば最初から全力を出していれば、当然ながら続かない。オラリオの誰とて全力を知らない師のように、少年の全力を知っているのもまた、両手で数える程度しか居ないのだ。

 

 トドメとして先程、ヘスティアの手によってレベル5に昇格。オマケとしてはランクアップ時のステイタスは最低値が2000、かつ最大値が2300オーバーという、輪をかけて訳の分からない次元からのランクアップだ。

 予想を遥かに超える一撃一撃、連動して膨れ上がる殺気は、相手から余裕の二文字を奪い取る。相手もまた強者の部類であり、手を抜いたならば一瞬で刈り取られることを察していた。

 

 

「チッ!」

「っ……!」

 

 

 瞬きよりも早くクルリと逆手に構えられた、アイズ・ナイフ。それでもって間髪入れずに相手の元へと跳躍し切り込むスタイルは、彼女が知る“リトル・ルーキー”とは程遠い。

 片や間一髪のところで対応できた奇襲の一撃に、背筋が震え。片や奇襲の一撃が阻まれたことに、僅かながらも悔しさがにじみ出る。

 

 しかし当然、飛躍による攻撃が衰えるワケがない。もう片方、攻撃においては本命となるヘスティア・ナイフでもって、自身と同じくレベル5と判断した相手の“首”を落としにかかる。

 今までフィンやアイズ達と行ってきた鍛錬ではなく、狙うは敵の命そのもの。まさにタカヒロを相手に配慮なしで打ち込んでいた実践訓練そのものであり、抱いた覚悟と相まって、動きそのものに躊躇いや遠慮などありはしない。

 

 

「テメェっ!?」

 

 

 ベル・クラネルがこの世に生を受けて初めて抱いた絶対の覚悟は、明確な殺意となって現れる。普段は穏やかでベートをもってして天使と言わしめるこの少年も、今回ばかりは温情の余地を残さずキレている。

 オッタルがフレイヤの敵に対してそうなるように、タカヒロがリヴェリアの敵に対してそうなるように。ならば、少年がアイズ・ヴァレンシュタインに対して害を成すモノに抱いても、何ら不思議ではない感情だ。

 

 戦いの結果、悔しいと感情が出ることは許されない。例え己が身体の一部を欠損することがあっても彼女を救うと誓いを見せるが、それでは相手が悲しむことは明白だ。

 故に許されるのは、二人とも五体満足で帰る一本道。その難しさは瞬時に判断しており、故にベル・クラネルは、かつてない程の集中力で相手に向かって白刃の雨を叩き込む。

 

 

――――えっ……。

 

 

 その最中。目を開き、少年は一つの事実に気が付いた。

 

 

 たった今、己が怒りを抱きつつ放っている“素早く破壊的な近接攻撃”。

 一年ほど前に初めて目にした時、当時において感じたままで言えば“剣戟の暴風雨”に近づかんと生み出している連続攻撃。

 

 

――――これって……。

 

 

 遠ざかっていた筈だった。決して同じではないと、様々な者から教えを貰ったからこそ違うモノに仕上がると告げられた。

 だからこそ少年は悲しみ、それでいてなお足掻くべく実らぬ現実を受け入れた。己の焦がれた姿が脳裏から消えることなどあるはずもなく、だからこそ、卒業してなお師の教えを守り続けている。

 

 

 それら、ベル・クラネルが今まで積み重ねてきたことの集大成。だからこそ、今この場において気が付いた。

 

 

 

 

 

 アイズを守る為に繰り出している、一撃一撃の流れの中に。かつての師が見せてくれた、“(しつ)の悪いお手本”の姿が在る事を。

 

 

 

 

 

 己が信頼できる武器だからこそ自信をもって振るう事が叶い、広い目を持つからこそ行える。相手は己のどこを狙うか、相手の攻撃をどう流すか、相手の綻びはどこにあるかを瞬時に判断しながら、なおかつ暴力的と言える数の連撃を加える己の姿。

 そうならんと夢見た完成系には未だ程遠く、ほんの僅かにしか一致しない。似て非なるものだと言われれば、ベル自身も同意して何度も頷いてしまうだろう。

 

 

 それでも、あの時に一度だけ見た暴風雨の情景と。今の己が放つ雨の根底は同じだと、ハッキリと分かる。

 

 

 ベル・クラネルは、新たな気付きと共に己を恥じた。ひどい思い違いをしており、当たり前の事実が見えていなかった。巣立ちの際にあのような言葉を出してしまって、それでもなお優しく接してくれた師に、2つの意味を持って心の中で頭を下げた。

 昔はソレができなかったからこそ、自然と知らぬうちに、当時における最も適した攻撃に変わっていた。その結果がカウンターを中心とした(ソルジャーとしての)戦闘方法であり、似ている部分はありつつも、師が見せてくれた姿が小さくなってしまったと感じていた根源だ。

 

 それこそが根本的な間違いだ。常に隣に居てくれたために、実力という距離の差の把握を誤っていた。

 そもそもにおいて、背中も見えない遥か先を歩いている存在が見せてくれた攻撃。いうなれば素早く破壊的な近接攻撃(ブレイドマスターの片鱗)を、たったレベル4程度の身体能力で再現できるワケがなかったのだ。

 

 

 初めの頃に、嫌という程に叩き込まれた技巧の類と観察眼。ベル・クラネルにとって、全ての始まりはここにある。

 放たれる斬撃は、基本として“しなやかさ”を持ち得なければならない。それでいて“たくましさ”を有する必要があるのだが、こちらについては“ステイタス”に物を言わせるしかないだろう。

 

 

 ひたすらに技術を身に着け、尋常ならない貯蓄を行いながらステイタスを上げ。一行に詰まらない圧倒的な差もさる事ながら、離れていくのではないかと錯覚する今と未来に不安を覚え。

 それでも決して諦めることなく、遥かな高みに向かって挑み続け。レベル5になって、どうにか、この速度で剣を振るえるようになって。

 

 

 

 

ベル・クラネル:Lv.5

・アビリティ

 力 :I:0

 耐久:I:0

 器用:I:0

 敏捷:I:0

 魔力:I:0

 剣士:E

 幸運:E

 耐異常:H

 精癒:I

 二刀戦士(ベルゴシアン):I

 

 

 

 

 

 駆け出しの少年は――――ようやく、焦がれた背中を追える入口に辿り着けた。

 

 

 

 

 

 追うべき姿は影すらも見えず、遥か彼方。魔石灯と共に這いつくばって地を探せば、微かに足跡程度は見えるかもしれない。

 

 あまりにも高く遠い、二人の壁。そんな自虐の気持ちを抱いていると、突如として風景が変貌する。

 

 明らかに現実ではなく、幻覚の一種だと分かる程の変化。正面から吹き荒れる風は小さな少年の身体を押し返す程に強く、立ったままでは姿勢を保つこともままならない。

 手や腕で風を防ぎつつ、どうにかして立ち上がって前を見据える。どうやらそこに居るのは、ベル・クラネル一人では無いらしい。

 

 

 居るはずのない背中(姿)が見える。よく知る鎧姿とは全く違う鎧である上に二本の剣を構えるスタイルはベルも見たことがないのだが、その背中が誰であるか分かるのに一秒という時間はいらなかった。

 その歩幅一つ後方の両脇に佇むは、まるで影そのものと思える黒衣の戦士が二体、ベルの方へと身体を半分向けている。こちらも二本の剣を構えるスタイルは同一であり、まるで背中を向ける戦士の為に、無銘の英霊という存在そのものが助太刀に現れたかのようだ。

 

 

 そして、ベルは気づく。あれは、かつて師が歩いた戦士としての一つの姿だと。幻想だというのに更に幻覚のように表現されている点に対して、一体どれだけの差が自分との間にあるのかと思わず苦笑した。

 

 

 空を見上げた遥か先に輝く、果て無き理想の一等星。生涯の全てを捧げても届かないのではと思えてしまう姿は、少年にとっては眩しすぎる程に輝かしい。

 

 ここからは、ベル・クラネルの選択だ。ここで立ち止まるも、まったく別の道を歩むも彼の自由。

 

 

 ならば残る一つ、かつて師が歩いた道。二刀流を専門とする刺突・出血攻撃を行う戦士、すなわち“ブレイドマスター”としての道を歩き姿を追う事も、やはりベル・クラネルが持ち得る選択肢だ。

 

 

――――例え、かつての貴方の足元にすら届かなくても。僕が諦めない事は知っているでしょう、師匠!

 

 

 無礼極まりないと感じつつも思わず鼻で笑ってしまいそうになるぐらい、愚問であった。もとよりベル・クラネルとは、その姿に焦がれて弟子入りしたのだ。

 決して楽ではない棘の道が待っていると知って、教えを忠実に守ってきた。ならば今更において新たな棘の道が現れようとも、持ち得る決意は変わらない。

 

 

 故に猶更の事、絶対に負けることは許されない。大切なアイズ・ヴァレンシュタインを守ることも相まって、差し違える一歩手前になっても必ず倒すと、いっそうの事、心に誓う。

 己が示すのは、オラリオを代表する強者達が一同に背中を追う人物が見せてくれた、最強の名に相応しい英雄の片鱗。その者の存在を示すからには、己をここまで引き上げてくれた戦士が見せる背中に、泥を塗ることは許されない。

 

 

 再び変わる、幻想の風景。向かい風は白く変貌し、後ろから押されるかのように力強い。

 

 

 それでいて優しく、暖かく。心地よく、愛おしい。

 

 

 通路を吹き抜け少年を導いた、精霊の風。されど少しだけ異なる、少年がよく知る、少女の風。

 

 

「この、“風”!?剣姫ィィィィィ!!」

 

 

 放たれる雨はより強く、より多く、“風”を纏って、焦がれた暴風雨に成らんと発達する。持ち得るパッシブスキルの類となる“精癒”によって僅かにマインドを回復したアイズがヘスティア・ナイフにエアリアルのエンチャントを付与し、最後の力を託したのだ。

 それは、ベル・クラネルという英雄(相方)を信用しているから。かつては一人で様々な危機に挑んだが、今の自分は一人ではないと知っているから。少年と共に苦難を乗り越えていくのだと決意を抱いたからこそ、アイズ・ヴァレンシュタインは、夢見た英雄に命を託す。

 

 そして、いつも剣を交えていた直向きな少年の姿を知っているからこそ。ならば、エアリアルに反応するであろう相手の隙を見逃さないことも確信できる。

 かつての己が28階層で行ってしまい、少年の師に助けられた大きな失敗。戦いの最中に他人に意識を向けるなど、文字通りの愚の骨頂。その相手が後輩冒険者とは思えない程に広い観察眼を持ち、神々からジョーカーと謳われる存在ならば猶更だ。

 

 

 此度の戦闘においてアイズが危機に陥った、最大の要因。相手の女剣士が展開していたトラップ魔法によって、身体を動かした量に比例して身体能力を制限されたがために、最終的には手も足も出なくなってしまった状況だ。闇派閥のテイマーと桃色の髪の剣士が連携した、非常に有用な攻撃である。

 

 その点、“死の感覚”を何度も経験して鍛錬においても常に己を追い込み、師の教えを守って100からゼロまでの変化を身体に叩き込んでいるベル・クラネルには通じない。己の身体能力が行動量に比例して低下している事にも開始早々で気付いており、長期戦は不利と判断している。故に今まで以上に無駄な動きの一切を行わず、相手が見せる一瞬の隙を狙っていた。

 

 

 持久戦によってベル・クラネルの利が小さくなる最中(さなか)、ヴェルフ・クロッゾが作った胸部を覆うプロテクターの下。首にかけられた紐の先に青白く細い指輪のようなものがついた、見た目も効果もシンプルながらエンチャント効果を持つアミュレットが僅かな輝きを生じている。

 ベル自身も効能に気づいていないが、かつてレベル2となった際にタカヒロとヴェルフから贈られたアミュレット、“ブラザーズ アミュレット・オブ ライフギビング”。これが持ち得る効果となる毎秒当たりのヘルス回復能力もまた、相手が展開した体力低下系のトラップ魔法の効果を軽減させる点においては効能を発揮する代物だ。

 

 そして先ほどの雄叫びと同時に訪れた、ほんの一瞬。相手の戦士が視線を切った、その“直前”。魔法版、英雄願望(アルゴノゥト)、チャージ時間2秒。そして振り下ろされる剣に対してアイズ・ナイフを滑らせ、ヘスティア・ナイフで“カウンター”を狙う姿勢へと切り替える。

 

 狙うのは、相手に生まれた確かな綻び。焦がれた者と共に歩む魔導士に学んだ瞬間的な魔力の立ち上げ方は、この時のために。後ろに居る護るべき者のために、二の矢が必要な状況は決して許さない。

 

 

「ハアッ!!」

 

 

 1つ1つが己の心を現す炎と、尊敬する鍛冶師が織り込んだ炎と、守るべき者が添えてくれた風を刃に纏い。50の数を誇る魔法の(ナイフ)が、ベル・クラネルを取り囲むように出現する。

 半径4.5メートルの周囲に無数のナイフを出現させ、身体を軸に回転させることで一斉に切り裂く、師が授けてくれたスキル、“リング・オブ スチール”。何百という数にはまだまだ及ばないが、持ち得るマインド総量の8割と引き換えに魔法の刃が瞬く間に生まれ一瞬にして術者を取り囲み、隣接する敵にダメージを与えることとなる。

 

 カウンター・ストライクによって30%の“全ダメージ”が上乗せされ、僅かながらもチャージが行われた為に倍率は更に上乗せだ。そして数値には表れない少年が抱く“戦う理由”は、意図せず内に技の威力を押し上げる。

 アイズの為の英雄となる決意を抱いた少年の一撃は止まらず、先の最終ダメージ補正が入った無数の一撃は、相手が格上と言えど通ることとなる。到底ながら防ぎきれない刃の嵐は、相手の身体を飲み込んだ。

 

 一撃一撃は、決して強いとは言えない程。しかし補うには十二分の数があり、相手が咄嗟に構えた武器を破壊し身体へと到達するのは必然と言えるだろう。

 

 

 同時に、主神から貰ったナイフが中心から砕け散る。打ち直したとはいえレベル1の鍛冶師が作った武器だ。(ナイフ)の達人が放つ剣戟の雨、そして大精霊のエンチャントと込められた魔力を受け止めるには、品質や構造上において流石に限界を超えている。

 

 

 戦闘が終わったからこそ感じる、様々な人との深い繋がり。予備のナイフを取り出し未だ警戒は緩めないが、ベルは今の一撃を思い返す。

 教えてもらった技術、スキル。授けて貰った恩恵、ナイフ、エアリアル。アイズ・ヴァレンシュタインとの関係を根底として、その他にも様々なものがあるが、どれか1つでも欠けていれば、今の一撃は成し得なかった。

 

 

 無数のナイフが走った跡を追うように、相手の身体が文字通り四散する。自己の蘇生魔法があるのかはベルも知らないが、それを使わない限りは復活することはないだろう。

 戦いと呼ばれるモノの内容は様々だ。対等や格上に挑む長き戦いもあれば、相手の隙をついて一瞬で終わる戦いもある。

 

 此度は後者、そして反撃のチャンスはどこにもない。ゴッソリと減ったマインドに片眉を歪める少年が言葉を掛ける暇もなく、ヒューマンの身体はバラバラに崩れ去っている。

 しかし、まだ終わりではない。やるべきことを、すぐさま見つける。息も絶え絶えな彼女の身体を抱き上げ、ベル・クラネルは仲間の元へと駆けだした。

 




タカヒロが残した、レベル5になって分かる“捻くれたお土産”の正体でした。
・100から0までの変化→15話
・アミュレットの件→34話

・レベル5になって分かる理由の裏設定:
これはGrimDawnにおける二刀流、ナイトブレイドの多目標攻撃スキル(≒剣戟の雨の入り口)“ベルゴシアンの大ばさみ”が使えるレベルがマスタリレベル5なので隠れクロスしてみました。


■パッシブスキル:ベルゴシアンの大ばさみ(レベル1)
・筋骨たくましいベルゴシアンは、しなやかなナイトブレイドの間では変則的存在だったが、そのままの力で彼らすべてを超えていた。
・刈り込みばさみのように直線的だが破壊的な彼の力を活用し、ベルゴシアンは一つの動きでしばしば敵を斃すことができた。
*これは、通常の武器攻撃で発動する近接二刀流の術である。
8% 技が使われる率
165度 の攻撃角度
3 最大標的数
128% 武器ダメージ
8-14 物理ダメージ
+12% 刺突ダメージ
標的の気絶を 0.7秒


■星座「無名戦士」スキル:LivingShadow(リビング シャドウ)
・無名の英雄が助太刀に現れ、打撃のたびにあなたの生命力を回復させる。
6秒 スキルリチャージ
1/Lv1(3/Lv15) 召喚上限
リビング シャドウ 属性 :不死:存続時間 10秒/Lv1(24秒/Lv15)

リビング シャドウ 能力 :
[シャドウ ストライク]
85-118 刺突ダメージ
56 出血ダメージ/1s
25% 攻撃ダメージをヘルスに変換
+100% 移動速度
[シャドウ ブレイズ]
52-76 刺突ダメージ
88 出血ダメージ/2s
25% 攻撃ダメージをヘルスに変換

*文中で2体と表現しているのは、本作“乗っ取られ”がブレイドマスターだった時代はスキルレベル10が最高で、召喚上限が2体だった為です。


ベル・クラネル:Lv.5
・アビリティ
 力 :I:0
 耐久:I:0
 器用:I:0
 敏捷:I:0
 魔力:I:0
 剣士:E
 幸運:E
 耐異常:H
 精癒;I
 New! 二刀戦士(ベルゴシアン):I
※216話:先程レベル5になった時に発現した、新たな“レア・アビリティ”については、もはや触れる気力も残っていないのだろう。なんだかベル・クラネルという名前と似たイントネーションだった事も、ヘスティアがスルーしてしまった要素の一つかもしれない。


※駆け出し詐欺?1年目は誰しもが駆け出しです!
※鼻血オチはやめておきました。


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222話 霧雨と流水

 

 オラリオの地下にある人造迷宮(クノッソス)内部、大きな体育館程の広さがあるワンルーム。そこに木霊するのはロキ・ファミリアの狼人であるベート・ローガの叫び声。

 その背中の後ろには、傷を負った仲間たち。小傷程度の者は剣を構えて第二防衛ラインを構成しているが、重傷を負ったものは力なく仰向けで倒れているほかに道が無い。

 

 

「クソッタレ、きりがねぇ!!」

 

 

 先ほどからウジャウジャと襲い掛かってくる食人花を倒していくベートだが、叫び声にもあったようにキリがない。倒せど倒せど沸き出してくる現状に対し、文字通りジリ貧の状況だ。

 己の身一つで逃げることならば容易ながらも、その選択肢だけは絶対に許されない。本当に最後の最後まで足掻いてやると意気込むようにポーションを胃に流し込み、ベート・ローガは群れに対して構えを取った。

 

 

 英雄とは、そのような危機的状況にて現れる存在を指す言葉。そしてただ現れるだけではなく、その者が来たならば、勝利は間近に見ることが出来るだろう。

 

 

「加勢します、ベートさん!」

 

 

 他の者達が居る所へと瞬時に移動してアイズを優しく下ろし、ここに特大戦力が参戦した。手数に優れるレベル5のベル・クラネルならば、食人花の相手には持って来いの人材と言えるだろう。

 思わず、ベート・ローガの口元がニヤリと歪む。後ろこそは振り向かないが、待ってましたと言わんばかりに。そして同時に、お前には負けないといわんばかりに持ち得る戦意は急上昇している。

 

 

「クラネル、どうすればいい!」

「負傷者と護衛の皆さんは固まって壁の方へ!食人花は超硬金属(アダマンタイト)を突破できないので後ろは安全で、逆に全方位からの攻撃を受けるのは悪手です!」

「わかったなテメェら、さっさと動け!!」

 

 

 相変わらず口は悪いが安全第一となる指示を出すと、前線の二人は最前線へと駆けてゆく。敵モンスターの狙いは分かり切っており、手負いの者達に意識を向けていることは明らかだ。

 故に、ベルとベートが選択する行動もただ一つ。互いに敵モンスターの先頭を切り崩してヘイトを取り、意識を向けることを許さない。

 

 かつての戦争遊戯(ウォーゲーム)における鍛錬で、互いに互いの技は知り尽くしている。故に阿吽の呼吸に近い連携は無駄を生まず、最小の動きにて最大の効力を発揮するのだ。

 1年前の酒場で発生した遣り取りでは、この状況が生まれることなど想像することもできなかっただろう。左右に回りこまれたタイミングで互いに背中を預け、敵の攻撃に対処する。

 

 

「ハッ、テメェと背中を合わせる時がくるなんてな」

「僕なんかに背中を預けているようじゃ、あの人の背中なんてまだまだですよ!」

「言ってくれる。生き残るぜ、後れを取るんじゃねぇぞ!」

「ええ、孫と曾孫の為でしたっけ」

「テメェ帰ったら覚えてろよ」

「じゃぁ皆で帰りましょう!」

 

 

 軽口と共に放たれるは刺突攻撃。打撃は悪手と理解している一方、切り裂くならば容易に通る。基より双剣のスタイルであり敏捷性に長けるベートならば、食人花の相手は造作もない。

 相手が行う攻撃は、基本として突進の類。イモムシと違って酸を飛ばしてくることもなければ精霊と違って魔法を使ってくることもないために、動きは非常に読みやすい。

 

 それは、ベル・クラネルも同様だ。ヘスティア・ナイフこそ失ってしまったがアイズ・ナイフは手元にあり、鍛冶師が作る“兎牙”シリーズは未だ健在。

 師の教えに従って予備の武器を携帯していた恩恵を、まざまざと感じ取っている。こちらも食人花を相手するには十分な戦力であり、最小限の動きで敵を切り捨て場を駆ける。

 

 光景は、まさに暴風。レベル3程度では目で追い切れぬ程に早くキビキビとしているベートの動きと、流水の如くスルスル動く姿は対照的。

 どちらが良いかということはなく、各々が持ち得る特徴が現れていると言って良いだろう。危機的状況に置かれているというのに、周囲も思わず見惚れてしまう程のものがある。

 

 

 それでもなお敵の数は圧倒的であり、減る気配は見られない。更には食人花に加え、猛毒持ちのモンスターまで出現してきた。

 守るべき者を背にしながらの戦いにおいては、非常に不利な状況。ベルとベートだけならば問題はないが、敵の攻撃が護衛対象に届いてしまう恐れが出てくるためだ。

 

 

 敵が数で押し込んでくるならば、此方も数を増やすまで。そう言わんばかりに、新たな援軍が飛び込んできた。

 

 

「雑草共が目障りだ。加勢するぞ、クラネル!」

■■■■■(ムダナテイコウハナベヤサイ)――――』

「レヴィスさん、ジャガ丸!!ベートさん、援軍です!」

「ああ!……ああっ!?」

 

 

 肯定した後に思わず二度見してしまい食人花の触手による一撃を食らってしまうベートだが、その反応も仕方のない事だろう。59階層でタカヒロと戦った存在のジャガーノートもさることながら、18階層においてアイズと戦っていたレヴィスの姿を目にしていたベートが二名と接する機会はなく、なぜこの二名が味方についているのかが分からない。挙げ句の果には、二名とベル・クラネルは連携だって完璧だ。

 ともあれ窮地の状況において出現した、最強という二文字に匹敵する程の強大な戦力。連携力もさることながら個々の力もまた圧倒的であり、敵のラッシュを防ぐどころか庭の雑草を抜くかの如く手軽さで押し返す程の猛攻が、双方の持ち得る力を示している。

 

 

「す、すげぇ……」

 

 

 ロキ・ファミリアの団員が抱く驚愕が、言葉として口に出る。とはいえ、目の前で援軍二名の攻撃を見せつけられては仕方のない事だろう。

 大剣による一撃一撃は、押し寄せるモンスターにとっては全てが必殺の一撃。猫じゃらしかの如く振るわれる横薙ぎの連続攻撃は空気を切り裂き、まさに敵の群れを薙ぎ払うように突き進む。

 

 一撃一撃が必殺となっているのは、ジャガーノートの攻撃も同様だ。レベル8のオッタルや今のベートですらも比較にならない程の機動力を生かし、レヴィスの攻撃から零れたモノを的確に仕留めている。

 連携して動けているのはかつて鍛錬をしたことのあるベルだけだが、それも当然の領域だ。持ち得る技術と経験から何とかついていくことはできているが、通常ならば足手まといにしかならないレベルなのである。

 

 

 

 

――――ベート、さん。

 

 

 文字通り、風の悪戯か。援軍の二名と共に大半を片付けた時、ふとベートは、己の耳にそんな声が届いた気がした。

 思わず声がした通路に顔を向けるベートだが、二言は無い。己の思い違いかと仲間に問いを投げるも、どうやら聞こえたのは己だけのようだ。

 

 声の主は、かつて己の言葉に対して吠えたことのある唯一の女性。日頃から控えめで大人しく、言い換えるならば“おしとやか”な性格を持つ眼鏡をかけたヒーラー職。

 

 

 気のせいか、否か。そのように自問自答を繰り返した数秒後、ベートは仲間を連れて駆け出した。

 確信は欠片も無く、単なる思い過ごしの可能性も十分にある。しかし己が持ち得る直感が、次のように告げていた。

 

 

 随分と昔の少年(ベート)が目の当たりにした、絶対に繰り返したくない絶望的な光景。辺り一面に広がる死体、命の息吹の欠片も見受けることができない惨状。

 声の主が、たった今置かれている絶望的な状況。その声の下で、記憶に在る惨状が繰り広げられているということを。

 

 

 故に、群れ(仲間)を率いる狼が取る行動は1つだった。己一人が向かっても出来ることは限られているために、今この場においても負傷者が居ることを承知で集団を率いて迷宮の奥へと引き返す。

 ここで襲われれば、今居る負傷者は足手まとい以外の何物でもない。そして全滅の結果がすぐ隣にある状況ということは、痛い程に分かっている。

 

 それでも、己が過去に背負った積み荷が撤退の二文字を許さない。アイズの肩を他の者に託してベル・クラネルをフリーにするよう指示しており、少年もまた全方位への警戒を緩めず先導している。直感に優れるレヴィスとジャガーノートは、後方からの警戒だ。

 ぽっかりと口を開けた四角い通路、闇が待つエリアを進んでいく。モンスターは粗方片付いたのか微量程度の抵抗であり、濃くなる血の匂いに誘われて、結果として一行は問題なく辿り着いた。

 

 

 辿り着いた場所に横たわる複数の仲間の姿、鉄臭い空気を作る数々の流血。四角い20畳ほどの部屋に各々が倒れるように放置されており、ベルとベートはすぐさま駆け寄った。

 各々がひどい傷を負っているだが、辛うじて命はある。それでも風前の灯火であることに変わりはなく、ベル達は持っていたポーションを片っ端から使用した。

 

 しかしポーションを使用しても、傷口は全く塞がらない。驚愕の表情が生まれる一行だが、ベル・クラネルに生まれた感情は一層のこと強いものがあった。

 同じファミリアでこそなけれど、仲間を失うという絶望と恐怖感。故に最初のポーション2-3本で効かないと分かっているはずなのに、次々と使用する様相を見せてしまう。

 

 

「なんで、なんで、効かないんだ……!」

「クラネル、落ち着け!!」

 

 

 いつか、少年の師が口にしていた事。14歳という若さに加えて仲間を失う苦さを知らないが為に動揺し落ち着きを失ってしまうベルに対し、此度においてはレヴィスが叱りを入れることとなった。

 取り乱しては全滅すると口にするレヴィスだが、その考えは模範の回答と言えるだろう。故にこのような状況下では絶対に取り乱してはならないと、冷静沈着な声と共に諭している。

 

 かつて師から貰った言葉を、思い浮かべていたのだろうか。即座に頭を下げて険しい顔に戻るベルは、もう大丈夫と表現しても良いだろう。

 切り替えの早さに驚くレヴィスだが、そんな時間も残されていない程に事態は切迫している状況だ。傷を確認すると数秒で答えを出し、ロキ・ファミリアの者に対してテキパキと指示を飛ばすこととなった。

 

 

「この傷は偽装されているが、呪詛(カース)によるものだ、ポーションや治癒魔法では治らん!手の空いている者は全員を運べ、急いで集合場所へ戻るぞ!」

 

 

 タイムリミットは、30分とないだろう。絶望の負傷者と共に、一行はダイダロス通りの入口へと向けて撤退する。

 

====

 

 

「誰か来るぞ!」

 

 

 オラリオにある人工迷宮(クノッソス)入口、闇へと続いていく通路の向こうからやってくる灯りが入口からも見えている。見張りの叫び声によって、全員の注意がそちらを向いた。

 足音、鎧の音が近づくと共に幾重にも木霊する。警戒を見せるロキ・ファミリアの一行の前に汗を流しながら走るベートたちが怪我人を抱えて姿を現し、ラウルが叫んだ。

 

 

「団長たちが呪詛(カース)の武器でやられました!重症です、すぐに治療を!!」

「斥候急げ!何がなんでもアミッドたんを大至急連れてくるんや!!」

 

 

 怪我人の多さと状況に、翡翠の瞳を持つ目が大きく見開く。目を見開いたのは他の者達もまた同様であり、血の気が引く感覚と共に冷や汗が全身を駆け巡った。

 擦り傷程度の者もいるが、深手を負った者もまた少なくない。死屍累々と表しても異存のない程のものがあり、明らかに通常の攻撃で受けた傷ではないモノも混ざっている。

 

 通常ではない傷、一般的に“呪詛”と呼ばれる呪いの類を見てロキの怒号が地下通路に響き渡った。基本として“呪詛”が付与された武器によってダメージを受けるのだが、これによって受けた傷は回復魔法やポーションの回復効果を受け付けないのだ。

 辛うじて大きな損傷を免れた者曰く、留めの一撃は放たれなかったとの報告だ。それを耳にして、ロキの中で1つの事実が構成されている。

 

 

「あのクソッタレ共が……“わざと”や。わざと“死んでいく過程を見せるため”に、こんな惨たらしい事……!!」

 

 

 アダマンタイトの壁に拳を叩き付ける。骨を砕かんばかりに痛みが駆け抜けるが、それよりも、眷属が向かえている惨状の痛みが上回るために気にならない。

 これでもかと目を開き、折らんとばかりに歯を食いしばる。トリックスターと謳われる彼女の脳は何か手が無いかとフル回転で働くが、無情にも答えはない。命尽き果てようとしている眷属の未来を、黙って見守るほかに道が無いのが現実だ。

 

 

「ごめん、なさい、ベートさん……最後まで、迷惑を」

「テメェ!弱いまま勝手に死ぬんじゃねぇぞ、分かってんだろ迷惑かけんじゃねぇ!!呪詛がなんだ、ダメージがなんだ、ロキ・ファミリアの意地を見せろ!!おい副団長、なんとかしやがれ!!」

 

 

 ヒーラーの女性は眉間に力を入れるベートの荒い声を受けるも、無情にも打つ手はない。回復魔法こそ使えるリヴェリアだが、これほどまでに強力な毒や、まして呪詛への対応など不可能である。彼女もまた、絶望的な表情で頑張れと声をかけるので精一杯だ。

 高位の神官でなければ治療不可能とされる、呪詛によるダメージ。オラリオでこのダメージに対応することが出来るとなれば、実のところ、先ほどロキが名前を叫んだアミッドと呼ばれる一人だけというのが実情だ。

 

 その者は全く別のファミリアに居り、連れてくるまでに怪我人が耐えられるかとなれば、答えは1つ。猛毒に蝕まれている者も含めて、床に背を預ける全員の死が、すぐそこに迫っている。

 強く在ろうとした表情になど、欠片も戻りそうにない。声を荒げるベートやベルと同じく、守りたい家族を失いたくないのは、今の今まで団員の無事を願い教導を続けてきた彼女も同様だ。

 

 

「しっかりしろ、すぐに救援が来る!耐えるんだ!耐えてくれ!!」

「フィンさん、しっかり!!」

「リヴェ、リア……すまない……」

 

 

 歴戦の司令官らしくない、掠れ弱々しい小さな灯火()。二人が見えているのかどうかわからない虚ろな瞳は微かな輝きを保っているが、今にも消えてしまいそうな様相だ。

 それは、同じ武器によって傷を負った他の眷属も同じこと。呪詛による特殊な傷は身体を蝕み、負傷者の命は風前の灯火となっている。

 

 故に周囲は声を荒げ、なんとかして意識を保つよう天に祈る。己に力が、対峙できる手段が無いことなど、二人は心の底から分かっている。

 このような状況において、レベル5になった結果も、レコードホルダーの称号も。レベル7の実力も、最強の魔導士の称号も、規格外とされる九つの魔法すらも役に立たないことなど――――

 

 

 

 

 

 

 

「――――えっ、雨……?」

 

 

 

 

 

 

 

 最初に気づいたのは誰だったのだろうか。場所は紛れもない地下だと言うのに、一帯にポツポツと、やがて2-3秒後には細やかとなり、サーっとした霧に近い雨が降り注ぐ。

 傷ついた肌を優しく包み、呼吸に混じって肺を満たす。内と外から身体を癒すような、それこそ天の抱擁とでも言うべき穏やかさに包まれる。

 

 まるで摩耗した体力(ヘルス)マインド(エナジー)を、“大樹”が見守るかの如きおおらかさで癒すと表現しても良いだろう。今までの戦いで溜まった疲れが一瞬にして吹き飛ぶかのような感覚に、とある人物から半径27メートル以内に居た全員が陥っていた。

 直後、地面に描かれた魔法陣から“水”が沸き起こって流れを生み、一帯を包み込む。時間にして1秒にも満たない程度だったながらも、怪我した者を筆頭に、床に寝かされていた負傷者の容体は目に見えて変わっている。

 

 怪我を治し、毒を、呪詛すらも洗い流す謎の霧雨と流水。だというのに髪や服が濡れることは全くなく、これらがただの霧雨や流水でないことは明らかと言えるだろう。

 しかしながら、“恐らく”程度の考えも浮かばない。ロキ・ファミリアの全員は驚きを隠すことが出来ず、狼狽えた様相もまた消しきれない。

 

 

「な、なんだ。今の水と、この霧雨は……」

「見ろ!呪詛による傷が、治り始めた……!?」

「こっちも、猛毒の影響が解除されています!ど、どうして……」

 

 

 全ての傷、損傷が例外なしに癒えていく。驚愕の表情を浮かべるリヴェリアは、反射的に、己の相方が居る位置に顔を向けた。

 この霧雨と流水をもたらした者が誰であるか、容易く分かる。場を包む霧雨の中心に、最も身近に居るその人物が立っていることは明らかだ。

 

 

 口は閉ざされたままで表情も普段通りながら、誰よりも存在感を示す静かなる姿。かつて59階層で目にした彼女の表情を再び目の当たりにして、青年の中で覚悟は決まっていた。

 

 

 あの姿は、二度と自分の前で繰り返さない。そう心に誓った心中の正義は、持ち得る2つのスキルを使うことを決断に導いている。

 

 

「……皆揃ってどうした、腰抜けではないだろう。急ぎ、撤退の準備をしろ」

 

 

 音量こそ小さけれど据わった声が、力強く迷宮に木霊する。一転して容体が安定した負傷者を護衛しつつ、ロキ・ファミリアは誰一人の脱落なく、そして一部の者は“恐怖”の感情を抱いて黄昏の館へと帰還した。

 

 

 

 

 

 

 一方。一連の光景を見ていたジャガ丸は、場に漂う恐怖の感情を確認し。口に出すことはできなけれど、空気を読む事も出来ない為に、とある素直な感想を抱いていた。

 

 

――――今更? と。

 




過ぎた力を見て焦がれる者も居れば、畏怖を抱く者も居るでしょう。

……ジャガ丸の仰る通り、今更?ですが。

※フィン達をやった奴は原作と異なっております。


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223話 揺るがぬ絆

甘未を一つまみ


 

 窮地に立たされたクノッソスからロキ・ファミリアのホームへと帰還したメンバーの内、負傷者は黄昏の館の内部にある診療所のような場所に運ばれた。幹部の者達や複数のヒーラーが立ち会っており、容体を見守っている。

 もっとも全員の容体は安定しており、早ければ明日には目を覚ますこととなるだろう。故にヒーラーたちも万が一に備えてスタンバイしている程度であり、表情には穏やかさが伺える。

 

 一方、他のロキ・ファミリアの者とベル、レヴィス、ジャガ丸は食堂に集っている。しかしながら此方は笑顔など何処にもなく、立っている者、座っている者全員が視線を床か机へと落としていた。

 奇跡的に全員が助かったと言うのに、まるで通夜の様相と表現して良いだろう。原因は、最後の最後で全員を救った人物に他ならない。

 

 

 ただひたすらに強い、という訳とは次元が違う。人間離れした中級冒険者の視点から見ても、どう考えても常識的な力には思えない。例えレベル9や10が居たとて、あれ程の治癒魔法を詠唱なしで放てる者など居はしない。

 ましてや、彼は紛れもない前衛職。二枚の盾を持ち強敵に立ち向かう姿は、ロキ・ファミリアのほぼ全員が知っている。

 

 だからこそ、自然と“恐怖”が芽生えてしまう。アレは何者なのかと論議は沸騰しており、通夜の様相は一転してガヤガヤとした声が支配していた。

 納得のいく答えを得ようと、ポツポツと沸き起こる会話は青年の内容一色となっている。しかし質問の数々は、ベル・クラネルとて答えることができない内容がほとんどだ。

 

 タカヒロという存在は一度も全力を示しておらず、秘匿しているスキルも一つや二つではない。比較的大きな秘密を知っているベルと言えど、全容は、ましてや此度に使用されたスキルについては全く耳にしていない。

 だからこそ、聞かれても答えることなどできはしない。分かりません・ごめんなさいと言った言葉の中で、ふと口にしようとした「師匠は謎が多い人」という言葉の3文字目迄が口に出たならば――――

 

 

「師匠だ!?お前、あんな人間離れしたバケモノがまだ信用できるってのか!?」

 

 

 このような棘のある意見を持つ者も、出てしまう。

 

 

(あ゙)?』

「お前っ、取り消せえ!!!」

「ッァ!?」

 

 

 いつかの酒場然り、凄まじい形相と勢いでベル・クラネルが飛びかかる。殴るなどの素振りを見せる様相は無いが、発言者の胸倉を掴んで離さない。

 ジャガ丸も爪を付きつけ、まさに一触即発。部屋の端に寄り掛かるレヴィスは此度ばかりは口を挟まず、静観に徹していた。

 

 かつて、皆が見た年相応の少年の姿はどこにもない。目は見開かれ歯は折れんばかりに食い閉められ、次があれば容赦なく殴りかからんとするその姿は、まさに鬼神染みたものがあると表現することができるだろう。

 

 

「テメェ……」

 

 

 同様に、今のタイミングで診療所から戻ってきたベート・ローガも、あからさまに殺気を抱いて詰め寄ることとなる。こちらも負けず劣らずの様相を見せており、此方もこちらで一触即発の状態だ。

 怒りを向ける相手はベルと同じく、先程の発言を行った人物。久しぶりとなる超絶不機嫌なベートの姿を前に、ロキ・ファミリアの団員達は口を出せない。

 

 

「廊下にも聞こえてたぞ。随分と大きな口を開くじゃねぇか、ああ?」

「だってベートさん、あれが」

「だったらテメェは、あの状況から全員を救えたってのか!?ああ!?どうなんだ言ってみろ!命を賭けてな!!」

 

 

 ベル・クラネルから発言者の胸倉を奪い掴み、立ち上がらせる。ベートとて少年の気持ちは十分に分かっているが、それでもベルは他のファミリアであるために肩代わりした格好だ。

 体格差もあって宙に浮きかける団員だが、自業自得であるために仕方がない。息苦しさが滲む謝罪の言葉を耳にしてベートが手を放すと、その場の床に崩れ落ちた。

 

 

「覚悟しとけよ、テメェ。スキルか何か知らねぇが、あれ程となりゃぁ機密の塊だろう。それを使って他のファミリアの命を救ってくれた英雄を貶したんだ。奴がそんなことをするとは思えねぇが、殺されても文句を言うんじゃねぇぞ」

 

 

 ケッ。と悪態をつきながら、その場に居づらくなったベートは負傷者が居る診療所へと足を向ける。

 

 

「何故だ、ベート……何故あの者は、先の言葉を……」

 

 

 その入り口で目を見開いていたのは、他ならぬロキ・ファミリアの副団長。今の一連の流れを耳にしていたのは明らかであり、その心は現状を受け入れることができていない。

 

 

「……おい副団長。テメェ、一緒じゃなかったのか」

 

 

 そう言われ、リヴェリアはハッとして我に返る。確かタカヒロは、慣れてきたとはいえ広大な館の内部で迷わぬようにと、ベートが出ていった数秒後に診療所を出たはずだ。

 

 

「私が出る少し前、お前のすぐ後に病室を出ていったが……まさか」

「チッ……とっとと探しに行け。もしかしたら、聞かれてたかもしれねぇぞ」

 

 

 苦虫を食い潰したような顔になり、リヴェリアが廊下を駆けてゆく。一連の会話は食堂全体に聞こえており、場は別の意味で通夜の様相へと切り替わった。

 廊下を走るリヴェリアは、夢であってくれと、僅かな望みに祈りを捧げる。己の自室へと向かうも施錠されたままで、そこには誰も居はしない。

 

 ならば彼と彼女が最も長い時を過ごした、リヴェリアの執務室。そこに居るのかと続けて向かうも、そもそもこちらも施錠されており入ることができなかった。

 かつてない程に焦っていると考え、彼女は己に落ち着きを求めている。他のファミリアの者が赴ける場所であり、己と相方にとって関連のある場所はどこかと思い返し、1つの場所を引き当てた。

 

 

 

 

 かつて、ロキ・ファミリアへと初めて訪れた白髪の二人を迎えた場所。いつのまに着替えたのか鎧姿ではなくいつものワイシャツながらも、月明かりに照らされる一人の青年。

 先程の騒動も何のその。入口から背を向けた位置にあるバルコニー席に座って、優雅に読書タイムに耽っていた。

 

 しかしながら今の彼女には、その背中すらも遠く感じるものがある。それでも、声を掛けずにはいられない。

 

 

「ここに、居たか……」

「すまんな、勝手に借りている。食堂が盛り上がっていただろ?当の本人が顔を出せば、それこそ一波乱が起こると思ってね」

「っ……」

 

 

 最悪だ。ベートの予測通り、やはりあの騒動で出された言葉は彼の耳に入ってしまっていたのだと、リヴェリアの顔が苦痛に歪む。

 よりにもよって、己が手を伸ばしたファミリアに、あのような言葉を言われたのだ。もしこれが自分ならばと彼女は考え、恐らくは心が崩れていただろうと。そしてロキ・ファミリアを信用できなくなっていただろうと思い、一層のこと胸が痛む。

 

 

「……さて。フィン達をやった敵のカードに、目星はついたのか?」

「いや、まだだ。しかしタカヒロ、あの言葉は……」

 

 

 先のようなことがあったというのに、目の前の戦士は普段と全く変りない。彼女に向けられる視線もまた、平常通りと言って過言ではない。

 

 そのことが、胸に突き刺さる程に辛かった。かつて59階層で己の非礼を詫びた時の情景が、今の場面に重なってしまう。

 

 彼女はロキ・ファミリアの副団長として、団員が口にした非礼を心から詫びる事となる。とはいえ、これで許してもらえるなどとは思っていない。

 今ここで敵対の仲となっても、ロキ・ファミリアが青年を非難することはできないだろう。団員の一人が発した先の言葉が原因により、タカヒロが持つロキ・ファミリアへの信頼が地に落ちているとリヴェリアは捉えている。

 

 

「言わせておけ。それで気が晴れるなら、安いものだ」

 

 

 建前か、冗談など一切のない本音か。彼を知るリヴェリアは、今の一言が後者の類であることを感じ取っている。

 それでも彼女は、絶対に伝えたいことがある。頭を下げ謝罪の言葉を終えたのち、リヴェリアは悲しげな表情と共に、心からの気持ちを口にした。

 

 

「私程度では月並みなことしか言えないが、どれ程の力を示そうがタカヒロはタカヒロだ!何があろうと私は、お前に向ける視線を変えはしない!これだけは……信じてくれ」

 

 

 最後は、消え入りそうな切ない声で。上辺(うわべ)でも、ましてや嘘偽りのない、彼女が抱く心からの気持ち。

 相手の心に届くには十分だ。彼女の心を現した言葉を向けられた青年は本を仕舞って立ち上がり、相手を見つつ僅かに表情を緩めて応対する。

 

 

「……その言葉だけで、自分はどれ程の苦境だろうとも戦える。そんな顔をしないでくれ、リヴェリア。少なくとも戦場における自分の前では……あの59階層の時に君が見せた絶望的な顔は残さないと、戦う理由に誓ったんだ」

「っ……!」

 

 

 浅はかだったと、彼女は己を責めた。彼が示してくれた覚悟の丈を知っていたはずだと、心の中で混乱して勝手に痛みを覚えうろたえていた自分自身をぶん殴った。

 共に在りたいと、その横に立ち続けたいと願ったではないかと、歯を食いしばった。あの場における多数の命を救ったことで、彼にのしかかる重みを測り違えていた。

 

 一人だろうが、神すらも相手し冥府にも駆け付けると口にした程の心中の覚悟。それを成すためならば血や涙を流すことに成るだろうが、彼自身が傷つくことなど触れられてすらいなかった。

 つまりこの戦士は、いかに戦いにおいて痛みを背負おうとも、決して弱さを見せないのだ。しかしながら当然、痛みがないワケがない。彼女では計り知れない、ただ強靭な精神力でもって、我慢しているに過ぎないこと。

 

 

 

 本当にこのような状況だったならば、どれだけ美しい物語の一節だったことだろう。嘘偽りを口にする必要がない、そしてリヴェリア相手に嘘を口にするつもりもない一般人の言葉は、まさに過不足の無い真相となる。

 流水も霧雨も、彼にとって“あって当たり前”だからこそ、色々と言われた事については本当に気にも留めていないのだ。シチュエーション故に仕方ないとはいえ、重みを測り違えていたリヴェリアだが、その対象は一つではなかったらしい。

 

 

 妙なすれ違いこそ生じているが、互いが互いを想う心は太鼓判を押す事ができるだろう。リヴェリアの目の前に居るのは機械ではなく、一人の人間――――人間だ。一抹の不安を抱えているであろう、それでいてなお強く有ろうとする一人の男という本心を見つけてあげることができるのは、まさしく彼女において他ならない。

 戻るつもりなのか、リヴェリアの横を通り過ぎる相方の姿。月明かりが落とす青年の影は、持つ心を映し出して居るように見えてしまった。

 

 しかしながら、問題はここから先。やりたいことは分かり切っているというのに、まったくもって方法が分からないのだ。

 彼が負っているはずの、隠され、見えない傷。他ならぬ自分が、誰にも治せぬであろうその痛みを癒してあげたい。

 

 

「……タカヒロ」

「なんだ、まだ何か――――」

 

 

 どうしていいのか分からないために、半ば勢いに任せて行ったのであろう。勢いこそあれど優しく両頬に添えられた手で、振り返った青年の顔が斜め下に向けられる。

 すぐさま、柔らかく優しい女の唇が、男の唇に重ねられた。閉じられた目を見せる相手の表情に驚いた青年もまた目を閉じて、入れたはずの肩の力を抜き、彼女の気持ちに応えている。

 

 ようやく一通りの行動が済んで顔が離れた時、リヴェリアは恥ずかしさを意識したのだろう。赤く染まった紅葉が揺れるように顔を背け、それでも相手の反応が気になり、幼年の子供のように落ち着きなく、少しだけ目線を向けては逸らしてを繰り返している。

 

 

「……こ、これでは、お前が負った傷には効かぬだろうか」

「……いや、エリクサーなんぞ話にならない程に効いている」

 

 

 貰った言葉だけでも十二分だったのだが、相手が向けてくれる優しさが嬉しくて、ぐっと力強く抱き寄せて繊細な身体を包んでしまう。細身ながらも鍛えられた身体に押し付けられ僅かな痛みが生まれてしまう程に力強いが、彼女にとっては、その痛みが嬉しいのだから不思議なものだ。

 己が彼を愛し、彼が己を求めてくれているという確かな証拠。彼女は己を支えてくれる相手に体重を預け両手を相手の首に回し、その力強さと温もりに浸っている。

 

 

「……ありがとう。気を使わせるなど、不甲斐ない男で、すまないな」

「馬鹿者……お前が不甲斐ないと言うのならば、周りの男はどうなるのだ」

 

 

 時間にして、どれぐらい経っただろうか。闇から響いたフクロウらしき鳥の声と共に離れた二人のうち、青年は黄昏の館の内部へと足を進める。

 横に並んで「どこに行くのか」とリヴェリアが問いを投げると、「そう言えばどこに居るか知らなかった」と呑気な答えが返される。なんだそれはと言いたげに苦笑したリヴェリアは、誰を探しているのかと聞くと、1つの文章が返された。

 

 

「どうせ、あのスキルは何や何やと騒いでいることだろう」

「ロキのことか?」

「ああ、自分が使った2つのスキルのネタばらしだ。先に貰ったバケモノという言葉の御礼に、天界のトリックスターとやらの度肝を抜いてやろう」

 

 

 彼の十八番と言えるカウンター、ここに発動。肝を物理的に抜くわけではないものの、ロキとリヴェリアで、三者面談が行われる事が決定した。




ロキ逃げて


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224話 大樹と神と大精霊

 数分程、時は流れ。再び読書に耽っていたタカヒロの元へ、リヴェリアが戻ってきた。

 

 

「すまないタカヒロ、ロキの執務室で良いだろうか?無論、中の話が外部に漏れぬ点は担保する」

「わかった、案内してくれ」

 

 

 ファミリアの謝罪という事でロキを探し回ろうと館に入ったリヴェリアだったが、食堂からエセ関西弁の怒号が聞こえてきたために時間は要さなかった。久方ぶりに超絶不機嫌な態度をとっていたベートから不機嫌となった原因を耳にした瞬間に治療室を飛び出し、当該の眷属を叱りつけている。

 普段は比較的温厚なロキといえど、此度ばかりは堪忍袋の緒が切れている。周りの誰一人としてそれを止められずに、遠巻きに見守るしかない。

 

 問題の眷属が完全に折れたところで、続いてはベル・クラネルへの謝罪を行っている。なんせ少年はヘスティア・ファミリアの団長かつ当該人物の弟子であるだけに、ファミリア間のイザコザを発生させないためにロキも必死だ。

 ロキが口にする謝罪の言葉に対して、ベルは「僕じゃなくて師匠に謝ってください」と珍しく突っぱねており、謝罪の言葉を受け取る様子は見られない。断固とした態度を崩しそうにないために、こちらの膠着状態が解消されることは無いだろう。

 

 

 膠着状態が続くかと思いきやリヴェリアがやってきて、このタイミングで「タカヒロが話したがっている」と口にして一発でアポイントを取り付けたことは自然な流れと言えるだろう。そのタイミングでベルは「アイズの様子を見る」とのことで席を外しており、間接的に場のセッティングをアシストしている。

 

 そんなこんなで冒頭の台詞が交わされており、場はロキの執務室へと移動する。執務机の前にあるテーブルを挟んで3人掛けのリビングチェアにそれぞれ腰掛け、リヴェリアはタカヒロの横に陣取った。

 

 

「まずウチの子が口にしたアホな発言を謝らせてくれ。これで許してもらおうなんて思っとらんが、この通りや」

 

 

 まずはロキの発言となったが、ガツンという音と共にテーブルに額を打ち付ける深刻さ。頭を上げるようタカヒロの口から言葉が出され、まずはその点についての謝罪は受け取ったうえで、特に気にしていないとの言葉が返された。

 タカヒロの考えとしては、「あの言葉が出る気持ちは分かる」というモノだ。事の発端となった自分のスキルについて、傍から見ればあの言葉が相応しいと口にして自虐ネタを披露している。

 

 ネタならば反応しないのは失礼ながらも、状況から苦笑するしかないロキの心境をあしらうかのような、清々しいほどの傍観具合。もしロキの子供が同じことをして同じことを言われたならば一戦交える程の貶し具合であるというのに、相手の落ち着き用は何かあったのかと勘繰ってしまう程のものがある。

 そして二度と蒸し返すなと言われただけに、ロキとしては話題がなくなってしまったというワケだ。静けさが包み込む執務室だったが、数秒もするとリヴェリアが口を開く。

 

 

「ところでロキ。私もそうだが……ロキとて、“あのスキル”は気になっているのだろ」

「せ、せやな、リヴェリア。あ、今お茶入れるわ」

 

 

 嘘ではないために、ロキは正直な気持ちを口にする。この手の場面でリヴェリアが突拍子もない事を口にしないと知っているために、正直に乗っかった方が良いかと選択しての発言だ。

 

 

「タカヒロが言うには、私にも関係があるスキルらしいのだが……どうやら、それを教えてくれるらしい」

「ほんまか、タカヒロはん。そらもちろん事の真相は気になるけど、あれ程のスキルなんて秘密事項もええとこやろ」

「リヴェリアが隣に居る以上、いつかは語らねばならんことだ。……ま、リヴェリアにとっても、悪い話ではない」

 

 

 タカヒロは発言を止め、出されたカップに口をつける。それが場の一区切りの合図であり、置かれたタイミングで、聞きたいことがあればどうぞと言わんばかりにロキに対して手のひらを向けた。

 特徴的な細い目は普段と変わらず、しかし表情には力が入っている。まず何を口にしようかと少しだけ考えたロキは、真っ先に思いついたことを言葉に出した。

 

 

「まず先に、何度もしつこいやろうけど礼を言わせもらえへんか。あの“雨”だけで、何人助けてもろうたか分からんわ」

 

 

 大事な大事な、愛しくて仕方ない眷属達の多くを二度にわたって救ってくれた、ロキ・ファミリアの英雄。それが、ロキの中における青年の立ち位置だ。

 ファミリアの規模だの、冒険者としての履歴など、全くもって関係ない。もし今の幹部たちを失えば己の身とて危ういだけに、タカヒロは結果として、ロキの恩人にもなっているのだ。

 

 

 結果として、積もり積もった借りの山。返済を諦めかけている団長と違って、少しでも返せないかと色々考えているロキだが、今のところは検討が付いていない。

 そんな中、はたしてこれから、目の前のビックリ箱からは、如何なる類の中身が飛び出すか。最悪はヘスティアの仲間入りかと自負するロキだが、こうなっては後に引く事も出来ない為に、いばらの道を進む覚悟は出来ているようだ。

 

 

「さて、それじゃ遠慮なくいかせてもらうで。なんで神官でもないタカヒロはんが使ったそのスキルは、猛毒や呪詛すらも治せてまうんやろか」

「不思議なことではない。有象無象の放った毒素や呪詛程度、原初の雨と水なら容易く洗い流せるさ」

「原初の雨?水やと?霧雨……なっ!?」

 

 

 まさかと、ロキは思った。神ゆえに持ち得る膨大な知識と記憶の中から、“原初の雨”が意味するところを導き出す。

 

 一つだけ該当する、遥か昔に生じた原初の事実。本心では“在り得ない”と否定しながらも、ならば筋が通ると納得した。

 

 

「た、タカヒロはん!ちょい待ちや、まさかあの霧雨は天界の――――」

 

 

 言葉の途中、どこからともなく生まれ出た霧雨が部屋を包む。思わず祈る直前の仕草を見せてしまうリヴェリアだが、これはエルフ故に何かを感じた条件反射としての行いか。

 そしてもう一方、百聞は一見に如かず。答えを目の当たりにしたロキは目を見開いたまま言葉を無くし、回復スキルでもってダメージを受けるという荒業を見せていた。

 

 

「名を“ヒーリングレイン”と言うのだが、自分が“生命の樹”より受けている加護、それに含まれる恩恵の1つ。ロキも神ならば、“エデンの園”ぐらいは知っているだろう」

 

 

 のっけから放たれた発言に、2名は目を見開いて固まった。何とかして理解しようと脳は動こうとするものの、己が知る常識とは次元の違う話に、到底ながら付いて行くことができていない。

 その男は確かに、“生命の樹”による加護を得ていると口にした。嘘かどうかはロキが最もよく分かっており、ドライアドの時と同じく、相手が嘘を付いていないことは明らかである。

 

 エルフであるリヴェリアも、その樹のことは知っている。神聖度合いで言えばエルフの物語に出てくる大聖樹よりも遥かに高く、木の精霊のドライアドよりさらに上である原初の大樹。

 それこそ、ボロボロの本に書かれているような命の源。ロキもよく知る己の神話においては、エデンの園における中心部に描かれている。

 

 

「“生命の樹”、つまり“世界樹(ユグドラシル)”の加護を持っとんのか!?」

 

 

 まだ神と呼ばれる存在が数名しか居なかった時代、世界という存在が生まれた時。世界すべての果物と生き物に影響を与える一本の大樹が、星々輝く天空に植えられた。

 怪我を改善し病を治す鎮静の霧、生命を生み出すとされた恵みの雨をもたらす、その存在。楽園を生み出したまさに生命の原初であり、全ての精霊の起源でもある樹木の名前。

 

 森羅万象、全ての生命の始まりとされる樹を示す言葉が、タカヒロが口にした“生命の樹”と呼ばれる存在である。そして生命の樹の恩恵を受けている彼は大樹によって加護もまた受けており、それによって使用する事ができるスキルを発動させたというわけだ。

 命を生み出し、癒す、原初の雨。体力を瞬間的に回復させた上で、体力とマインドを持続的に強力に回復させる範囲回復の性能を持つ、特筆すべき強力な“無詠唱・即時発動”の回復スキルだ。

 

 

 そして、呪詛を洗い流した原初の水。川や海など世界全ての水の流れと循環を司る神“水の番人 ウロ”、その加護によって得たアクティブスキル“浄化の水”により、敵が掛けた強力な呪詛と毒素は一瞬にして効力を失ったのだ。

 だからこそ、本来ならば9割が命を落としていたであろうロキ・ファミリアの被害者は命が繋がったというわけだ。オラリオ最高の医療技術を持つ聖女とて、あれほどの人数は捌ききれなかったことだろう。

 

 説明されたこれらの事情で力の根源を知り、目を見開いて震えを隠しきれないのは他ならぬ神ロキである。天界で神が使う力に匹敵する加護を得ている下界の存在など今までに例のない事であり、天界においても、原初の雨を降らせることができる者など存在しない。

 “前例のない”というレベルには収まらず、“あり得ない”。もし仮に天界に居る頃のロキが使えるとしても、どちらも多くの力を消費する治癒の効能。だというのに、目の前の青年は何事も無かったかのような様相を示したままだ。

 

 

 華奢な身体に熱がこもる。腹部がグツグツと煮え滾り冷汗が浮かぶ感覚は、ヘスティアが抱えるモノよりはマシだろう。

 とはいえ、下を見ればキリがない。そもそもにおいて、神話に出てくるような加護の力を、先の様にジャンケンを繰り出す感覚で使うのは如何なものか。何かを喋らなければ冷静さを失いそうなロキは、相手を気遣う意味も兼ねて口を開く。

 

 

「せ、せやかてタカヒロはん!そなけったいなスキルを2つも使うて、身体の負荷は大丈夫なんか!?」

「ヒーリングレインならば始動から12秒、浄化の水ならば20秒経てば何度でも使えるぞ、オカワリが要るか?」

 

 

 呑気な言葉と共に再び発動する、ヒーリングレイン。3人を包む霧雨は、今の驚きで消耗した体力すらも回復していることが分かる程の効能だ。

 

 

「お、お前さん正気か……いやすまん、誉め言葉や」

「ロキ。例え誉め言葉だとしても、タカヒロに対する今の言葉は取り消してくれ。本気で怒るぞ」

 

 

 己の相方が授かっている加護に驚き目を見開いていたリヴェリアだが、今の一言で様相が一変する。ロキも思わずたじろいでしまう程であり、謝るタイミングすらも失ってしまった。

 普段において見せる説教の延長線上にある叱りの気配とは、まるで違う。愛する者をその言葉で表現されたリヴェリアは、未だかつて無いほどの怒りを見せている。

 

 ロキを含めてファミリアという家族を愛するからこそ、誰に対しても決して見せることのなかった、その表情。

 

 しかし今は、例え同じファミリアの者が相手でも躊躇はしない。纏う殺気の類を隠しもせず、他ならない主神を相手に示している。

 神の力に匹敵するスキルを12秒おきに使えるというあまりの驚愕さで思わず口に出てしまったロキは、我に返ると即座に謝罪した姿勢を見せた。確かに今の一言は、彼女の失言と言えるだろう。

 

 

「そう驚く程でもない。生命は生み出せんし、蘇生などもっての外だ」

 

 

 しかしながら、共に歩む者から元気を貰った青年からすれば猶更のこと効きはしない。リヴェリアが向けてくれる瞳が不変である以上、それだけで、彼にとっては何よりの耐性となるものだ。

 では逆はどうなるかとなれば、元より青年は、リヴェリアを只の女性としか見ていない。そのことは痛い程に理解しており嬉しく思っている彼女ながらも、相手が得ている加護が本当ならば、今まで通りにしろという方に無理がある。

 

 

「……この雨を受けることができ光栄だ、タカヒロ。お前が芋虫などのモンスターを相手にダメージを受けなかったのも、生命の樹が授けられた加護の影響と言うわけか」

「いや?あの時は、ドライアドから受けている祝福しか使っていない」

 

 

 そう言えば、前回の問答ではリヴェリアとレフィーヤ君は居なかったな。と呑気な言葉を口にするタカヒロだが、リヴェリアは今度こそ開いた口が塞がらない。目線こそタカヒロに向けられているがハイライトは消えかかっており、心ここにあらずの様相だ。

 天の大樹の加護だけでもエルフにとっては雲の上の存在だというのに、ドライアドの祝福を得ているとなると、その存在はエルフにとって特別極まりない存在となる。少し過剰な表現をすれば、大樹を祀り信仰するエルフにとって、もはや彼そのものが敬拝対象になり得てしまうのだ。

 

 早い話がハイエルフかつアールヴ(エルフの始祖)の名前を持つ彼女とて、タカヒロという男の隣に並ぶ素材が足りていない。二つの加護を抜きにしたとしても共に居たい存在であるために、無言なリヴェリアの中では「離れて欲しくない」と言わんばかりの必死さが煮えたぎりを見せているのは惚気ゆえに仕方なし。

 必死さと共に腹部が煮えるロキとしては、リヴェリアを眷属にする際に「幸せにする」と彼女の父親に誓った以上、この恋愛を成功させてあげたいと思っている。しかしながら神ですら予想だにしていないイレギュラーな状況に、対応策が僅かな欠片も思いつかないのは仕方のない事だろう。

 

 そもそもにおいて何事もないかのように口にしているこの男、己がどれほどの加護を持っているかを理解しているのだろうか。そのためにロキは、一応は釘をさしておくかと口を開く。

 

 

「……タカヒロはん、一応言うとくけどな。ドライアドの祝福と生命の樹の加護を持っとるなんて、エルフからしたら眉唾もん所の騒ぎやないんやで」

 

 

 らしいな。と、タカヒロはぶっきらぼうに吐き捨てる。まるで自慢するようなこともなく、味のなくなったガムを吐き捨てるかのようだ。

 少し前に色々とあった所詮で、エルフに関する基礎的な知識や信仰は知っていた。この話の最初にリヴェリアにとっても悪い話ではないと口にしたのは、そのことが理由である。

 

 そしてタカヒロにとっては、そんなことよりも大切な理由が有ったのだ。例え常識外れた力を持つ能力を持っていたとしても、リヴェリアは自分を見てくれると言ってくれた。

 故に青年にとってのこの程度のスキルは、些細なものでしかない。それで彼女が守りたいものを守れたのなら、あの場において示した価値があるという内容を口にしている。

 

 

「……せや。タカヒロはんが言うんなら、それだけの話や。今回の救護、心から感謝するで」

「然程気にするな、大したことはしていない」

「……うーん。大本営発表はそうやもしれんけど、結果がなぁ……」

 

 

 ポリポリと頭の後ろをかくロキだが、言葉が見つからない。先ほどから言葉と意識を失ってしまっているリヴェリアが置いてけぼりを食らっているが、彼女もまた、どう反応していいかが分からない。

 容姿や性別に関係なく無条件で惚れたところで、「エルフならば仕方がない」と言えてしまう程の加護を持つ人物。決してそれを目的に近づいたわけではない彼女ながらも、理解力は既にキャパシティーオーバーだ。

 

 動作の1つ1つは潤滑油がきれかけている機械のようであり、ぎこちなさしか生まれない。ロキはロキで目の前の男にどう謝礼したものか胃酸を分泌させており、ビジョンの欠片も浮かばないようである。

 本人は気にするなと口にしているが、今までも含めて作ってしまった借りが大きく、そして多すぎる。そんなこんなで悩みに悩んでいたのだが、結果として最初に動いたのは、無言を決め込んでいたリヴェリアだった。

 

 

「……タカヒロ」

「……なんだ」

 

 

 非常に真剣な表情で、リヴェリアはタカヒロの顔を見据えている。

 しかし。これがロクなことにならないだろうと感じ取っていたタカヒロは、恐る恐る返事を行っていた。

 

 

 その実、正解である。

 

 

「結婚しよう」

「ウチは推せるで!」

「落ち着け」

 

 

 結果としてリヴェリア.exe(elf)はオーバーフローを起こし、インスタントロー(lol)エルフここに爆誕である。横に居たロキにも伝染しており、双方ともに何も考えずに発言していることは明白だ。

 加えてムードの欠片どころか影すら無い程の告白であるためにタカヒロも受け取っておらず、少しだけ正気に戻った発言者リヴェリアは頭から煙を出して悶えている。そして、大きな問題も残っているのだ。

 

 

「第一、異なるファミリア間における結婚はご法度と耳にしたぞ」

「前例がないならば、作ってしまえば良いではないか!」

 

 

 とりあえず少し黙ろうかと、片腕を抱き寄せつつ言葉と共にグイグイ押してくるリヴェリアの額に痛みのないデコピン一発。青年にとっても嬉しい言葉ながらも、“シチュエーション”が宜しくない。

 御法度と口にしたタカヒロだが、実の所は法律など全く整備されていない。ファミリア同士とは競い合うモノという固定観念から、実施した者は誰も居ないという現状があるだけなのだ。

 

 

 そのことを気にしているのかと口にしたロキだが、実は、そう言うワケではないらしい。

 今の会話のノリかとも思ったのだが、どうやら、こちらもそう言うワケではないらしい。

 

 

 では、何を気にしているのか。そう問いを投げつつアイズ宜しく少し首を傾げるロキの前で、動きがある。

 

 

 青年が、あからさまに目を逸らし。次の瞬間には、右手で口を覆って顔も背けてしまったのだ。

 まるで、問いに対する答えを口にするのが恥ずかしくて(はばか)られるかの様相。その目は物言いたげなリヴェリアのように半目になっており、誰も居ない部屋の隅へと向けられている。

 

 

 リヴェリアですら未だ数回しか見たことのない、羞恥を含んだ青年の表情。しかしそうなった理由が不明の為、リヴェリアとしても素直に惚気ることができていない。

 一方で何事かと身構えたロキだったが、数秒後には顔の下半分を覆っていた右手が解除される。ゴソゴソとポケットを漁るように、インベントリから1つの“アイテム”を取り出した。

 

 

 表現するならば、手のひらサイズ。しかし立方体と言える程に体積のある、小さな箱があったのだ。

 

 

「……こう言うのは、男から言うモノだろ」

 

 

 その男、報復ウォーロード。ここに再びカウンターが発動し、今度はリヴェリア・リヨス・アールヴへと向けられることとなった。




デレおった(他人事)


■ヒーリングレイン(レベル15/MAX15)
・怪我と万病を治す鎮静の霧雨が発散する。
12秒 スキルリチャージ
8秒 持続時間
15m ⇒27m 半径
10%+700⇒18%+1260 ヘルス回復
+180⇒324 ヘルス再生/s
+12 ⇒21.6エナジー再生/s
+60%⇒108%ヘルス再生量増加
+20%⇒36% エナジー再生量増加

■浄化の水(レベル20/MAX20)
・ウロの洗浄水は、不潔な魔法のすべてを区域から浄化し、仲間の持続性ダメージを含めた否定的病を洗い流す一方で、敵に有利なオーラと呪文を取り除く。
*発動時に範囲内の味方にかかっているデバフと敵のバフを解除
20秒 スキルリチャージ
1秒 持続時間
3m⇒5.4m 半径
50%⇒90% 標的減速を 8秒⇒14.4秒
※減速:効果時間中、攻撃速度、詠唱速度、移動速度を減少させる。
 つまり付与対象が減速耐性無しだと「14秒間、↑3つが“9割”」減。
 リチャージ20秒なので終わったと思ったら6秒後に飛んでくる。

KUSO要素(敵視点)の一つです。


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225話 やる時は、やるのです

 

 時は、緊急ミッションが発生する数日前に遡る。以前から約束を取り付けていたタカヒロは、まだ夜が明けるかどうかという時間帯に、その場所へと足を運んでいた。

 場所は、オラリオにある1つの工房。ここの主であり、今最も名声のある上級鍛冶師(ハイ・スミス)の一人、ヴェルフ・クロッゾが鉄を打つ本拠地である。

 

 今日1日、ヴェルフの工房を貸してもらう事で話がついていたのだ。とはいえ昔と違ってヴェルフは暇ではなく、ベル・クラネルが戦争遊戯(ウォーゲーム)で活躍したことにより一躍有名となり、現在はレベル3程度の者からもコンスタントに注文を受ける程になってきている。

 蛇足だが、ヘスティア・ファミリアのほぼ全員はヴェルフの武器を使っている。本日は、それらの受け取りも兼ねているということだ。

 

 

「忙しいだろうに、すまないな」

「いえいえ、お安い御用です。どんなものを作るのか俺も興味がありますし、勉強になりますから」

「なるほど、手を抜くわけにはいかないワケだ。君が、ヘファイストスに渡す時の勉強か」

「ゴホンッ!……へ、ヘファイストスとは、まだそんな関係じゃありません!」

 

 

 「仲が宜しい事で」と怪しい薄笑みを浮かべながら口にするタカヒロに対し、照れ隠しで物言いたげなヴェルフの視線が突き刺さる。否定するにも否定できない内容であるために、彼も言葉が見つからないようだ。

 ともあれ、タカヒロの事前準備は万端のようである。インベントリからいくつかのアイテムを取り出し、机の上に並べていた。

 

 それらのうち幾つかは、ヴェルフも目にしたことが無い代物であることは明白だ。全部をケアン産の素材で作るとレベルや精神などの要求値が発生してしまうために、基本としてはオラリオの素材がベースとなる。

 とはいえリヴェリアに贈るもののため、80~90階層で得た素材を惜しみなく用意している。故に、ヴェルフが素材の大半を知らないのも無理は無いだろう。

 

 

 金属同士がぶつかり合い、火花と共に狭い空間に鳴り響く。少し後ろに立っているだけで汗が噴き出す程に高温の環境下に居るヴェルフだが、実際に鉄を打っているタカヒロは涼しげな様相だ。

 暑くない、などという感想が生まれるはずがない。現に熱を帯びたオリハルコンが少量ながらも打ち延ばされており、背後の炎すら陽炎となる程となれば猶更の事だろう。

 

 何故暑くないのか、気にならないと言えば嘘になる。しかしそんなことは、目の前で繰り広げられる鍛冶の技術からすれば些細なことだ。

 集中を邪魔してはいけないために声をかけることはできないが、ヘファイストスとはまた違った技術であることは見て取れる。打ち始める前に「見様見真似」と口にしていたタカヒロだが、どうやら見本となるアイテムがあるらしい。

 

 頭の中に設計図があるのか見本は取り出していないものの、作業は黙々と続けられる。やがてしばらくした時、1つの指輪が出来上がった。

 

 

「……失敗、か」

「こ、これが失敗、ですか」

 

 

 詳細はさておき、一目見ただけで分かる程の逸品ながらも、本人が失敗だと言うのだから失敗なのだろう。口には出されないが目標の“Affix”が付与されなかった為であり、すぐさま第二弾を作るために素材の数々に手を伸ばした。

 なお、当然といえば当然なのだが、10回目になっても目的のモノは造れておらず、立ち上がったタカヒロは「少し外出する」と言い残してオラリオへ消えている。残された“失敗作”を見て、ヴェルフは勉強の真っ最中だ。

 

 いつのまにか1時間ほど経過しており、再びヴェルフの工房のドアが叩かれることとなる。出ていったのは一人だが、そこには二人の人物が存在していた。

 

 

「あん?なんでベルが……」

「あはは……」

 

 

 手抜きはできない事もあって拉致られる運命となった、便利な“乱数調整役(チート持ち)”。しかし彼が居るのと居ないのとでは、タカヒロ曰く、エンチャントの伸びやAffixの付与が明らかに違うらしい。

 結果は明白であり、まさかの7回目で目標のモノが完成することとなった。そんな今日の一日を就寝前にヘファイストスに話していたヴェルフは、「なんで呼んでくれなかったのよ!!」との言葉を浴びると同時に猛獣の如く飛びかかられる事となるのは、また別のお話である。

 

====

 

 ということで、箱の中身は何じゃろな。そんな類の感想しか芽生えないリヴェリアと、一方で“ソレ”を納める箱の形と瓜二つなために中身が分かってしまった悪戯の神。

 お前さんマジかと言いたげにタカヒロを見るも、「悪いか」と物言いたげなジト目が返されている。この男、捻くれてはいるものの、やる時は、やるのです。

 

 そもそもにおいてアイナとの問答の際、結婚について「ソレ以上に望む未来はない」と語っていたこの男。欲しい装備を求める時のように気分は全力、持ち得るクソ度胸が本領発揮しているというワケだ。

 

 

 が、しかし。相手はあのリヴェリア・リヨス・アールヴ、その箱入り具合をナメてはいけない。この少しだけ首を傾げているハイエルフ、箱の中身がサッパリ全く分かっていないのだ。

 そこでロキが、すかさず彼女に耳打ちを入れている。耳打が終了して数秒後に再起動したリヴェリア.exe(elf)は壁と向き合い、二人が予想した通りの言動を開始した。

 

 

「おおおおおおおお落ち着けタカヒロ、突然どうした。落ち着くんだ、とても落ち着こう、かなり落ち着こう、凄く落ち着こう」

「何を今更。君が言い出したことだろ……」

「リヴェリアが落ち着きーや、それタカヒロはんやのうて部屋の壁やで」

「なにっ……?ああすまないロキだったか、落ち着くんだタカヒロ」

「偶然やろうけど許 さ ん で ?」

 

 

 そんなこんなでカウンターストライクと流れ弾が綺麗に決まって、例によってハイエルフはインスタントにポンコツ化。お目目グルグルな様相は相変わらずであり、相変わらず壁と向かって話をしている。

 もう暫くは、今のままから戻ることは無いだろう。先の一言を怒るに怒れないロキは、青年が口にした文言の本気度合いを確かめるべく問いを投げていた。それに対する返事は、非常に前向きなものとなる。

 

 

「いつかは口にしようと思っていたことだ。神の前で誓えば、証人にもなってくれることだろう」

「ほー、ウチみたいな神でもええんやろか?」

「いや実は物凄く」

「不満あるんかい!!」

 

 

 もちろん、照れ隠しプラス捻くれ成分によってチョイスされた言葉だ。タカヒロとしては、ロキが証神(証人)になってくれるならば心強い事この上ない。

 なんせ、エルフの里からリヴェリアを引っ張って来た張本()でもある。最後まで責任を取るという意味でも、最適な役割と言えるだろう。

 

 少し前屈みの姿勢にて開かれる、装飾のないシンプルなリングケース。ペアではないために婚約指輪であることは明らかだが、そこにあったのは、トンデモナイ代物であった。

 

 

「……結婚ではなく婚約の指輪だが、受け取ってはくれないだろうか」

 

 

 銀の筐体にルーン文字が彫られ、ハイエルフの翡翠を象徴するかのごとく“磨かれたエメラルド”の粉砕品がリングの外側7か所に散りばめられた、見た目の印象としては幾何学的なデザインが合わさる煌びやかな指輪。レアリティこそ“レア”等級に留まるものの、魔法使いの、それこそ魔導士の力を引き出すエンチャントが付与された指輪である。

 

 

■ライト ブリンガーズ・ロアキーパーズ バンド ルック・オブ アルブレヒツ フォーカス

・リング(レア品質)

・要求レベル:5

+15% エレメンタルダメージ

+15% イーサーダメージ

+15% カオスダメージ

+8 体格(耐久)

+8 狡猾性(器用)

+14 精神力(魔力)

+5% 精神力(魔力)

+10% 詠唱速度

+25% 照明半径

+10% エレメンタル耐性

+10% カオス耐性

+10% 出血耐性

+1.1 エナジー再生/秒(マインド)

+2 アルブレヒトのイーサー レイ

 

 

 

 “力”と書いても、“基準”は無論“ぶっ壊れ”。当たり前だが付与されているエンチャントは相当のモノとなっており、その数々を得意げに説明中。

 タカヒロが口にする能力値としてはエレメンタル与ダメージを15%、同耐性と出血による持続ダメージ耐性と詠唱速度を10%、魔力量の5%を向上させ、微量ながらもエナジー、リヴェリアにおいてはマインドを毎秒にわたって回復させる効果を持つ。オラリオにおいては効果の意味を持たないエンチャントとなっているものも幾つかあるが、魔導士ならば死に物狂いで求めてしまう代物(リング)と言って過言は無いだろう。

 

 ここオラリオで市場に出回ったならば、軽く数百億ヴァリスの値が付くことは間違いない。エンチャント効果を証明したうえでオークションにでもかけようならば、国外も含めた王宮から数多の引手が殺到することになる文字通りの逸品と言えるだろう。

 早い話がケアン水準では普通もしくは微妙な程度ながらも、オラリオ水準においては青年宜しく“ぶっ壊れ”の類である。見た目の豪華さこそ皆無であるが、見る者が見れば、そんなことなど全く持って気にならない程の代物だ。

 

 故に彼女もまた、先ほどまで胸躍(ポンコツ)っていたロマンティックな感情などどこへやら。裸足で現在逃走中の模様を見せており、見つけ出すのは至難の業となるだろう。

 ”凄い”や”魅力的”な感情を軽く通り越した指輪を見て真顔になり、抑え込んではいるが本能に従うならばドン引きしてしまうほどの逸品を前にして固まってしまっている。アクセサリーをプレゼントすると言われて兆円単位のモノだったならばどうなるか?恐らく同じ反応になるだろう。

 

――――やらかしたか。魔法使いには便利な品物、かつギラギラしたものは似合わないと思うし彼女も嫌っていた為にバランスとしては丁度いいと思ったのだが……。

――――な、なななななんだこの指輪は!?デザインも落ち着いていて私好みで素晴らしい、そして気持ちも凄く嬉しいが効果に間違いがないならば明らかに国宝級のマジックアイテムだぞ!?こんな大層なものを貰ってしまっていいのか!?

 

 

 なお。もしもリヴェリアがレベル8だったならば、もう少し酷い具合のエンチャントが付与されていた点を追記しておく。

 

 

「本気(のデザインも含めたセンス)で選んだ“一品”だ……」

「本気(で王族に渡すに相応しい“逸品”を探し出して手に入れた)の“逸品”、か……」

 

 

 オラリオの物価を破壊することも可能なタカヒロは、当然ながらモノの値段など知る由もない。そしてどうやら、肝心なところで起こる微妙な擦れ違いは、リヴェリアのポンコツ化がトリガーらしい。

 

 擦れ違いは解消されないが彼の気合の入れ具合は伝わったようで、リヴェリアは表情を和らげる。左手の袖を少し捲り、彼の前に差し出した。

 つまり、了承のサイン。彼が小指の1つとなりに優しく指輪を入れると、彼女は嬉しそうに指輪を見つめ、仄かに頬を高揚させるのであった。

 

 

 彼は立ち上がり彼女の肩を抱き寄せ、彼女は彼の腰に手をまわす。勘違いはさておいて傍から見れば全身全霊をかけたプレゼントが成功し、瞬間、光景を見守っていたロキは歓喜の声を沸きあげた。

 普段はおふざけな彼女も、此度においては心からの祝福を向けている。表情が緩みっぱなしのリヴェリアだが、そんな表情をしている彼女が口を開いた。

 

 

「嬉しいぞ、タカヒロ。これ程の指輪……(探し出すのに)苦労をしただろう」

「ああ、その繊細な指の形に整える事が難しかった」

「ん?」

「ん?」

 

 

 穏やかな顔で会話を交わしたかと思えば互いに本気の疑問符を浮かべて顔を向け合い、固まる。彼の腰に手をまわしていたリヴェリアは直感的に、彼を逃がさぬようにガッチリとホールドする態勢に切り替えた。当然、そのスイッチの切り替えは彼にも伝わっている。

 

――――あ、これヤベーやつだ。

 

 そう脳内で考えて覚悟するタカヒロはお叱りを覚悟するが、今回は原因が分からない。指輪に関する何かだとは予想がつくが、落ち度に関してはまったくもって予想だに出来ていない。

 リヴェリアが口にする問題点は、タカヒロが渡した指輪の価値によるものだ。先の会話から、この指輪の価値を分かっていないのだと直感的に判断している。

 

 

「……タカヒロ、確認程度に聞いておこう。この指輪、まさかお前が作ったのか?」

「あ、ああ。以前、アクセサリーがどうこう話したことがあるだろう」

「……そうか。では、どのような基準でエンチャントの選定を行った?」

「リヴェリアに渡すモノだ。デザインも控えめで魔導士に似合った、かつ性能も両立させたモノを作ったぞ」

 

 

 まさかの自作ながらも、その点についてはリヴェリア的には問題無い。エンチャント効果の件を抜いたとしても、立派な指輪であることに間違いは無いのだ。

 

 しかし、付与されている効果の内容が内容である。実のところエンチャント内容を知っているヴェルフが言うには、彼が知る限りの範疇ながらも、詠唱速度増加とマインド回復についてはヘファイストスですら付与できない効果。

 ということも聞いていたタカヒロだが、「そんなワケないやろー」的なニュアンスで怪しんでいる。恐らくは素材の影響と判断しつつ、ともあれオラリオにおける逸品物が作れてテンションが上がっている結果となっている。

 

 

「そうか、それは私としてもとても嬉しい。では意地汚い中身になるが聞き方を変えよう。もし仮に、絶対に有り得ない仮の話だ。この指輪を市場に流せば、いくらの売り値がつくと考えている」

 

 

 仮とはいえ、まさかの質問。真顔で飛んでくるその質問に、なんとなく問題の方向性を感じ取った彼。

 手を口に当てて、真面目に悩む表情を見せている。そんな姿のまま10秒ほどして、どうやら答えが出たらしく――――

 

 

 

 

 

「662ヴァリス」

 

 

 

 

 

 すなわちオラリオにおいて、ざっくり勘定で“簡素な昼飯”。参考にした指輪のケアン地方における平均的な店売り価格を、ドヤ顔で口にした。原価にだけ目を向ければ強ち間違いではない為に、ロキの嘘発見器も残念ながらスルー安定。

 直後「あれ、そんな安物を渡していいのかな」と思いつき、ハッとした顔を見せているのはご愛敬だ。ツッコミ役は不在だが、心配のベクトルが全くもって違っている。

 

 一方で目の前の彼女は、ニッコリ。そんな擬音が似合うかのように、しかし高揚させていた気分もまた、ロマンティックな感情と共にどこへやら。2つの感情は手を繋いで海外へと高飛びしている。恐らく楽器を入れるケースにでも入っていたのだろう。

 海外へと逃げ出した理由は単純だ。微笑みながらも怒りの炎が見える般若の心に立ち向かう勇気など、彼女本人が持つ感情とて、到底ながらに持ち合わせていないのである。

 

 神々が作り上げたとしか思えない容姿に宿る、鬼の気配に反応したのはロキも同じ。彼女もなんとなーくそのヤベー気配を感じ取っており、じりじりと後退を始めている。

 「なんとかしろ」と言いたげな視線がタカヒロから飛んでくるも、あいにくと彼女に対してロキは全くの無力である。これについては、ロキの日頃の行いが原因と言えるだろう。

 

 ともあれこうなれば、タカヒロは自分で何とかするしかない。意を決して、噤んでいた重い口を開いた。

 

 

「あー、そのー、なんだ。お怒りの方向性は了解したぞリヴェリア、とりあえず落ち着こう」

「心配する必要は無い、とても落ち着いている。しかし、どうやら物の価値が分かっていない青年が居るようでな。なに駄賃は取らん、例えば今の状況における適正はどの程度かなど指導をしてやろうと思ってな」

 

 

 流石のタカヒロも、詳細な値段は不明ながら渡したアイテムがこの世界において馬鹿みたいな値段となることは察していた。ちなみに?と価格を聞いて国家予算クラスの数値を耳にし、溜息をついて完全に把握する。

 

 

 しかし金銭面はおいておくとしても、彼からすれば怒られるのは心外だ。困ったような顔を見せたかと思えば真面目な顔になり、彼女と顔を合わせて言葉を発する。

 

 

「この場合における適正価格か。しかし、その説教は真理に反するぞ?」

「むっ、なぜだ」

「どれほど安物だろうが、高値で絢爛豪華な指輪を用意しようが同じだろう。お前を前にしては、全くもって霞んでしまう」

「……?っ―――!?ば、馬鹿者!お、おま、お前は何て言葉を!!」

 

 

 カアッと一瞬で、整った顔と長い耳が朱色に染まる。ここ一番において、湯気が立つほどのセリフを真顔で簡単に言い放てる彼のクソ度胸から来るカウンターストライクを失念していた、リヴェリアの敗北だ。

 回された腕を掃ってポカポカと可愛らしく彼の鎖骨部分を殴るが、その程度でメンヒルの防壁は揺るがない。言いたいことを言えてスッキリしている青年は、そんな彼女の頭を優しく撫でている。

 

 

 そんな一大イベントも一段落すると、三人そろって食堂に居る者達の事を思い出す。ドライアドの祝福について知っているエルフならばネタバレOKということで、別室においてリヴェリアの口から、呪詛を治した真相が話された。

 なお、まさかまさかの“天の大樹(ユグドラシル)”の加護ということでエルフ一行の目と口は完全に開いておりカカシと化したのは仕方のない事だろう。リヴェリアが声をかけるも、衝撃のインパクトは耐久999を誇るレフィーヤですら貫通しており、誰一人として返事を行うことが出来ないようだ。

 

 

「嘘やないで。リヴェリアが口にしたことは、ウチもさっき確認した。ウチらが助かったあの霧雨は、生命の樹がタカヒロはんに授けた加護の1つなんや」

 

 

 そこにロキの援護射撃が加わるも、一行が見せる上の空の表情は変わらない。エルフの古き物語にもある「天空に植えられた」とされる伝説を各々が思い返しており、やはり驚愕の表情を隠せない様相だ。

 そんなエルフや己の眷属一行を見て、「そら、そうなるわな」とロキは反応を楽しんでいる。数名ほど明らかに顔色が悪いのは、かつて青年に対して言い放った言葉を思い返しているからだろうか。

 

 

 この日より、ロキ・ファミリアのエルフがタカヒロに向ける態度があからさまに変わることとなる。リヴェリアが左手の薬指に指輪を付けていることが発覚したこともあって、まるで王を迎えるかのような対応へと変わっているのだ。

 疑問や驚愕を抱いた者が理由を聞いてみるも、エルフの誰一人として口を割らない。そのためにロキ・ファミリア内部において「何かあったのか」と一騒動が起こったのだが、それは仕方のない事だろう。




■ロアキーパーズ バンド(通常版)
・リング(エピック品質)
・アイテムレベル:21
・精神力: 108
+12% エレメンタルダメージ
+1.1 エナジー再生/s
+5% 詠唱速度
12% エレメンタル耐性
+2 オーバーロード
売値:662鉄片(鉄片=通貨単位)


■ロアキーパーズ バンド ルック(作者オリジナル)
・リング
・要求レベル:5
+10% エレメンタル耐性

■ライト ブリンガーズ
・要求レベル: 5
+9/+15% エレメンタルダメージ
+3/+5% 精神力
+3/+5% 詠唱速度
+25% 照明半径
6/10% カオス耐性
6/10% 出血耐性

■オブ アルブレヒツ フォーカス
・要求レベル: 5
+9/+15% イーサーダメージ
+9/+15% カオスダメージ
+4/+6 精神力
+1.1 エナジー再生 / 秒
+3/+5% 詠唱速度
+2 アルブレヒトのイーサーレイ

■磨かれたエメラルド
・完璧に磨き上げられた 素晴らしい 宝石。
・(盾, 詠唱者用 オフハンド, 指輪, 頭と胴の 防具 に適合)
・コンポーネント
・要求レベル: 1
+8 体格
+8 狡猾性
+8 精神力


「大した性能じゃなくね?」
との感想が浮かんだ読者様。毒されております。


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226話 アミッドたんが診てる

 

 リヴェリアとの関係が進展し、その相方であるタカヒロの持つスキルが明らかになったのがつい先日。「ウチも限界やけど、ドチビの胃が破裂するで」というロキのアドバイスにより、ヘスティアに対しては、新たに発覚したスキルについては秘匿と決定された翌日のこと。

 その日は夜が遅くなったものの、ロキ・ファミリアで一番遅くまで残っていたベルとタカヒロは、ヘスティア・ファミリアのホームへと戻っていた。到着した頃には日付が変わっていたものの、消化が良い夕飯を取り、身なりを整えて就寝する結末となっている。

 

 

 そんな事が起こった翌日、本日のオラリオは晴天なり。本日のオラリオは晴天なり。後ろの陰に居るフェルズさん聞こえますか?大好きな面倒事の訪れですよ。

 

 そんな言葉をマイク越しに言っても、聞く耳を持ちそうにない者が二人いる。その二人は、テーブルを挟んで対面に腰かけていた。

 

 

「ベル様、ベル様。一体どうしたんですか、これは……」

「あはは……実は朝から、ずっとあんな調子なんだ」

 

 

 屈んだ姿勢を維持しつつ苦笑しているベルと、その二の腕を引っ張り不安げな表情を見せるリリルカ。

 

 ではなく、聞く耳を持たない二人は、その小さな背中の更に後ろ。ベルとリリルカだけではなく、他のヘスティア・ファミリアの団員も不安気な表情を浮かべている。

 静かに振り返った全員の視線の先には、テーブルを挟んで椅子に腰かける男女の姿。片方は彼等もよく知るタカヒロという存在ながらも、もう片方は、目にしたことがない者も少なくはない程だ。

 

 

「アールヴ様が目にしたら、お怒りになられませんかね」

「在り得るかも。どうしよっか……」

「逃げますか?」

「逃げよっか?」

 

 

 そんなこんなで、ヘスティア・ファミリアの団員は全員がダンジョンに逃走中。ホームから出る際にほぼ全員がタカヒロに向かって視線を飛ばしていたために退散の思考はバレバレなのだが、青年とて特に気に留めることはしていない。

 今現在において己が置かれている状況は、さして問題ではないだろう。食後の読書タイムを満喫している己の顔を、一人の女性が見つめているに過ぎない状況だ。

 

 ところで、その人物とは誰か。リヴェリアでもなければアイズでもなく、レヴィスでもヘスティアでもヘファイストスでもない。タカヒロとて、今日、それも今初めて出会った他のファミリアの人物だ。

 

 腰ほどの長さに伸ばした、ウェーブのかかった銀の長髪。パールの瞳に加えて冒険者とは一風を期した特徴的な衣類を持つ者の名は、オラリオにおける冒険者ならば、ほとんどが知っていることだろう。

 

 

「じーっ」

 

 

 光景を作っているお相手は、ディアンケヒト・ファミリアを纏める団長。行儀悪く机に両肘をついて顔を支えるレベル2、アミッド・テアサナーレが、タカヒロの対面から顔を覗き込んでいた。

 その構えが始まって、かれこれ20分と言ったところ。相も変わらず反応する様相すらない青年の対応に、アミッドは不貞腐れかけている。目が一層のこと細くなったのを感じて、とうとうタカヒロが反応を見せた。

 

 

「……向ける目線は、様相を口に出すモノか?」

「いつまでたっても、貴方が反応を示さないからですよ」

 

 

 素っ気ない声にて返すアミッドだが、相手の仏頂面と据わった表情も不変そのもの。案の定、そんな表情から、素っ気ない返答が行われた。

 

 

「興味を示さないのも当然だ、用は無い」

「私はお客様ですよ?」

「やれ持て成せと行儀悪く催促する輩も賓客となるのか?流石は“聖女”、輝かしい慈悲に満ち溢れている」

「……」

 

 

 対面に座る皮肉タップリなタカヒロの顔に対し、行儀悪く両肘を机に立てて顔を支え視線を向ける自称お客様。向ける目線は物言いたげな様相を隠しておらず、俗に言う“ジト目”の酷いバージョン。

 確かに、行儀悪くズカズカと乗り込んだことは彼女とて否定しない。彼女とて持て成して貰うつもりは全くないが、こうも言われては悪態の1つでも言い返したくなるというものだ。

 

 基本的に大人しく物静かな女性だが、時たまこういう反応を見せることでも知られている。医療系ファミリアであるがためか医療関係、特に現場においてには厳しく凛々しいのだが、その状態の派生ともいえるだろう。

 もっともそんな様相を向けられるタカヒロは、少し前の“リヴェリアいぢり”と似ているために問題はない。今でも時たま揶揄うことはあっても、かつてのように上げ足を取ることは無くなってしまったため、中々に新鮮味のある感覚だ。

 

 

「で?建前はさておき、何か自分に御用かね」

「大きな意図は在りません。ただ、大人数が受けた呪詛(カース)の傷を一瞬にして治してしまう程の人物がどのような人か、気になっただけの話です」

「なるほど。しかし聖女の二つ名を持つ程だ、忙しいのではないのか?」

「追い返そうとしても無駄ですよ、今日は非番の扱いですから」

「……」

 

 

 先ほどの仕返しが成功したと思っているのか、アミッドは控えめなドヤ顔で応じていた。どこぞのリヴェリアと似ているのか、僅かなポンコツさが伺える。

 

 ともあれ観念したのか、タカヒロは状態異常を治すスキルを使ったことを自白している。それがウロの流水であることまでは伝わることは無かったものの、アミッドからすれば、特出したモノであることは間違いない。

 それほどの評価となるのも、仕方のないことだろう。如何なる負傷も治す自信のある彼女だが、あくまでそれは単独の患者を相手にした時の話である。

 

 

 昨夜に起こった、前代未聞の出来事を思い返す。顔面血まみれの女神フレイヤが運ばれてきた点についてはティッシュを鼻に突っ込んで横に流した彼女だが、問題はその次だ。

 

 ロキ・ファミリアの斥候が息を切らしつつ、ドアを壊すような勢いで入ってきたかと思えば。なんと、10人以上の団員が呪詛による重傷を負ったとの内容が報告されたのだ。

 自慢するわけではないが、それ程の損傷となると治すことができるのはオラリオにおいて自分に他ならない。もっともそれは傷を負った直後に治療を開始できた仮定の話であり、此度においては何人かは見捨てなければならないと覚悟したほどだ。

 

 

 それが、結果はどうだ。街中を駆け抜けている際にロキ・ファミリアの斥候がもう一人現れ、青ざめた表情で全員の容態が安定したことを伝えてくる。

 アミッドと言えど。いや、逆に医療に精通したアミッドだからこそ、何故そうなるのかが全くもって分からなかった。事と次第では己のファミリアの経営に問題が生じるとはいえ、そのような事は気にならない。

 

 心中にあるのは、何が起きたかという考えだけ。常識に則り考えられるとするならば、治療者が、状態異常の治癒に特化したスキルを所持しているという事。呪詛(カース)は確かに厄介な状態異常ながらも、これさえ無ければ只の傷と同様だ。

 何かしらのスキルで呪詛(カース)を解除し、ヒーラーが治癒を行った。こう考えるのが最も妥当性が高いものの、人数が人数であることを考えると、やはり理解不能という回答に行き着くのは仕方のない事だろう。

 

 

 極めつけは、前衛特化らしいこの男の立ち位置と存在だ。もし仮に範囲型の状態異常回復スキルを持っているならば、その名前は当の昔に知れ渡っている筈である。

 しかし、全くの無名。アミッドとて初めて耳にしたこの男の名前は、ディアンケヒト・ファミリア内部においても知る者は居ないだろう。

 

 

「なるほど、そちらの受け入れ準備は万全だったと言うワケか。ディアンケヒト・ファミリアは守銭奴と聞く。金が取れなくて残念だったな」

「ええ、せっかくのロキ・ファミリアという金づr……良きカm……」

「……どこまでが演技か分からんのだが」

「……落としどころが分からなくなりました、すみません」

 

 

 金銭は二の次で、患者の容態を何よりも優先する彼女としては、最初から最後までがネタである。妙な漫才はさておき、タカヒロが口にした煽りの文言で、アミッドの意識が“患者”から“己のファミリア”へと切り替わった。

 実の所、アミッドとて、金儲けがしたくディアンケヒト・ファミリアに所属しているわけではない。最初に所属したファミリアがそうだっただけの話であり、彼女は、困った人には積極的に手を差し伸べる性格をしている。

 

 しかし主神などより、その行いを咎められたことも数知れず。聖女という二つ名を貰っておきながら、やっていることの根本まで辿り着けば“金儲け”と言って良いだろう。

 

 故に、目の前の男が気になって仕方がない。あそこでロキ・ファミリアに吹っ掛ければ、極端な話、それこそ分割払いの1兆ヴァリスだって要求することができたはずだ。

 

 金額はさておき、少なくとも己の主神ならば、間違いなくそれをする。先程“守銭奴”と表現した青年の言葉通りで、まさに“銭の化身”という二つ名がついても不思議ではない程なのだ。

 

 それ程の状況だったというのに、この男は、何も求めずに治療を行ったらしい。本人曰くスキルを使っただけとのことだがアミッドの治療も根底としては似たようなところがあり、そこまで大きな差はないだろう。

 それよりも、己がかつて通った道であるからこそ。アミッドの心の中では一つの疑問と不安が沸き起こっており、目を伏せて内容を問いかけた。

 

 

「……それ程のスキルを使って、異端の目で見られるとは思わなかったのですか」

 

 

 かつて己が初めて呪詛(カース)の治療に成功した時、周囲から向けられた畏怖の眼差し。アミッドは、あの時の光景が脳裏に焼き付いて離れない。

 今も十分に若い年齢ながらも、当時は輪をかけて若かった。具体的に言うならば男が手を出したならば事案確定となる程に幼い年齢だったために、余計に深く脳裏に刻まれたのだろう。

 

 だからこそ、彼女は先の一文を口にしたというわけだ。向けられるアミッドの言葉は、呪詛の治療に対する難しさと希少さが険しいからこそのモノ。

 ベル・クラネルとはまた違ったこの辺りの優しさが、ディアンケヒト・ファミリアに居ながらも“聖女”と呼ばれる所以なのかもしれない。表向きは興味本位で煽っているように見えるかもしれないが、心の奥底ではタカヒロの事を心配しているのだ。

 

 

「気持ちは受け取るが、案じて貰う程のことではない。自分にとっては、“その程度のスキル”というだけの話だ」

「……そうですか」

 

 

 しかしタカヒロが答えたように、既に覚悟したうえで解決したことでもある。その答えを耳にして、アミッドは長い睫毛と共に伏せられた目を戻す。

 受け答えも含めて本当に気にしていないような立ち回りであり、そこには微塵の不安も伺えない。相変わらず自分を客と認識していないのか、目線は広げられた本へと向けられたままだ。

 

 ともあれ。先の言葉から、彼女の抱いた心配が杞憂であったことは明らかと言って良いだろう。

 患者を診ることが彼女の仕事だというならば、これにて職務は完遂だ。互いに顔を合わせたのは初めてということもありこれ以上は会話が続くとも思えず、彼女は己のホームへと帰るために立ち上がった。

 

 

「もし此処を追い出されるようなことがありましたら、私のところで雇わせて頂きますよ」

「それは有り難い。オラリオが亡びる時にでも伺おう」

 

 

 最後の最後まで、どうやら捻くれた対応は変わらないらしい。ドアへと足を向けたアミッドの背中に、そんな声が届いていた。

 オラリオが滅んでいるということは、ディアンケヒト・ファミリアも壊滅していることはすぐに分かる。つまり気持ちは受け取るが加入する気はサラサラ無いというワケで、アミッドは珍しい苦笑いを浮かべながら玄関へと歩いていく。

 

 後ろから足音が近づいて瞬時に追い抜いたのは、そのタイミングであった。するとガチャリとした音と共にドアが開かれ、昼手前の眩い光と安らかな風が竈火(かまど)の館の室内を撫でてゆく。

 やや大股でアミッドを追い越したタカヒロが、彼女のためにドアを開いたというワケだ。相変わらずの仏頂面ながらも、そのような対応をされたことのないアミッドは驚きと少しの羞恥の感情が芽生えるも、どうにかして言い返してやろうとツンツンした感情が顔を覗かせる。

 

 

「あら、意外です。紳士なところもあるのですね」

「客をエスコートしないとなれば、ファミリアの品位にも関わるだろう」

「おや。お茶こそ頂きましたが……私は、お客様ではなかったのでは?」

「気が変わることもある。案じて貰った礼と思って……ん?」

 

 

 ドアを背にしていたタカヒロが門の方へと振り返ると、そこに居たのは見慣れた翡翠の姿。相変わらずの魔導服と特徴的な杖を持ち、微塵も揺るがぬ程に伸ばされた背筋を見せるハイエルフ、リヴェリア・リヨス・アールヴだ。

 ちなみに此度は特に理由は無く、先日の言葉もあり、仕事も一段落したので単に会いに来たという乙女な理由。ともあれそんな本音を他人の前で口に出せるはずもなく、ひょんな所で顔を合わせたアミッドに対して口を開いた。

 

 

「おや?聖女ではないか、このような所で会うとはな」

「ご無沙汰しております、九魔姫(ナインヘル)

 

 

 二人は知り合いか。と内心考えるタカヒロだが、どちらも有名な二つ名であるために付き合いもあるのだろうとスルー安定。互いのファミリアはナワバリが違うため、利用し合うことも珍しいことではない。

 しかしそれとは別に、今ここに居る二人は互いに口数は物凄く少ないのが実情だ。だからこそ会話はそこで止まってしまい、あまつさえ二人してタカヒロに目線を向けてくるので非常に居づらい状況が作られている。

 

 何か言えという無言のプレッシャーが突き刺さるも、何を口にしたものかと悩みに悩む。此度はリヴェリアが居るだけに、今までの経過を口にするわけにもいかないだろう。

 進展がないまま、数秒後。とりあえず現状をリヴェリアに報告するかと、タカヒロは口を開いた。

 

 

「突然に押しかけてきた上に館中の者を叩き出し、のうのうと茶を飲んで帰る客だ。礼儀に倣ってエスコートしている」

「もしもし?」

「……」

 

 

 言葉の前半と後半が、全くもって一致していない。綺麗に纏まろうとしていたエンディングが、ものの見事にぶち壊しである。

 アミッドの物言いたげなジト目と口調によって、リヴェリアはタカヒロの捏造具合を察知済み。既にそれ程言い合える仲なのかと嫉妬心が芽生えており、こちらも物言いたげな表情を作っている。

 

 

 前から後ろから、似たような表情を向けられる一人の青年。板挟みとは、まさに文字通りの状況だろう。そんな空気は数分間続くこととなったが、もちろんタカヒロの自業自得である事に間違いない。




投稿速度は速いとは言えませんが、おかげさまで3年目となりました。(節目的な話は前話にて…。)

現在の予定の上では、本作も最後のパートへと進んでおります。
いつも感想・評価・誤字報告ありがとうございます。励みになります。

完結まで頑張って参りますので、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。


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227話 アイズ・しょぼーんシュタイン

 

 ロキ・ファミリアのホームである、城のような外観を持つ建物、“黄昏の館”の一室。一人用の個室があてがわれた人物は、ロキ・ファミリアの中でも突出した力を持つ証明だ。

 部屋の主は、少女アイズ・ヴァレンシュタイン。“剣姫(けんき)”の二つ名を授かる程の美貌を持ち、第一級冒険者に匹敵するレベル6の実力者だ。

 

 

 そんな彼女は――――

 

 

「……(´・ω・`)(しょぼん)

 

 

 自室のベッドの上で一人、体育座りになってショゲていた。よき理解者の一人であるレフィーヤ曰く、朝食の場に姿を現さなかったので心配になって尋ねてみたら、そんな状態だったらしい。

 今の時刻は昼食時である為に、半日ほどは続いている。大怪我を負った状態から復旧した直後である為に、食事を抜くという行為は誉められたものではないだろう。

 

 直近の1年弱の間に起こった、ロキ・ファミリアにおける大規模な戦闘。59階層、メレン市街地、そして今回の地下迷宮(クノッソス)。ロキ・ファミリアは誰一人の脱落なく経過しており、そういった意味では文句なしの結果に終わる戦いだ。

 しかしアイズ・ヴァレンシュタイン個人にとっては、“敗北”続きと呼べる内容。冒険者であり、何より持ち得る戦う理由があるからこそ、彼女はその結果を良しと受け入れる事ができずにいる。

 

 

 59階層では、奇襲と呼べる容で出現した二体目の汚れた精霊から一撃を貰ってしまった。

 メレンへ赴いた時は、武器を携帯していない状況から、大群による奇襲を受けてしまった。

 地下迷宮(クノッソス)については、初見殺しと呼べる程に強力なトラップ魔法と焦りにより、立ちいかなくなってしまった。

 

 

 どれもこれもが、通常の冒険者ならば絶体絶命のピンチと表現できる程の状況。例え負けようとも命からがら生還できたならば、自身を誇って良い程だろう。

 しかしながら、生還した過程には、常に誰かの助けが存在している。

 

 

 ――――だから、私程度の力で壊れてしまう剣じゃ、ダメ。それじゃ、ベルや、リヴェリア、タカヒロさんを、護れない。

 

 ――――剣を手に入れて、どうする?

 

 ――――強くなりたい。今までよりも、もっと強い相手に挑めるようになりたい。

 

 

 新しいデスペレートを、ヘファイストス・ファミリアの椿・コルブランドに依頼した時に打ち明けた、アイズの胸の内にある確かな想い。普段はマイペースといえる彼女とはいえ、それはきっと、打ち明けるのに勇気と覚悟を要した事だろう。

 

 

 ――――私も強くなって、ベルが歩く道を、支えてあげたい。この先も、私を支えてくれた、皆と一緒に過ごしたい。

 

 

 椿が口元を緩め、新しい剣の製造を承諾した、最後の一文。アイズとて勿論覚えており、今においても思い返すからこそ、膝先を抱く腕にかかる力強さが強くなる。

 

 

 抱く覚悟に対して、結果はどうだ。59階層に引き続き、今回もまた、ベル・クラネルに助けられた。

 彼の隣に並び、共に強くなると誓った筈。皆を護る為に戦い、勝利すると誓った筈。

 

 

 しかし結果はどうだ。全てにおいて助けられるという、彼女にとっては無残の二文字に他ならない。だからこそ彼女は、不安と共に焦りの感情を拭えない。

 恋などという難しい事は分からないが、ベルという相方が大好きな事は誰よりも自負している。そして彼女自身が戦闘に長けているからこそ、ベル・クラネルが驚異的な成長速度を見せており、いつか近いうちに己を追い抜いていくだろうとも感じている。

 

 

「っ……」

 

 

 冒険者としては遥かに先輩であり、僅かながらも年上として、シッカリしなければならないのに。事実は逆で、いつも頼ってしまっている。二人でいる時は、存分に甘えてしまっている。

 

 そんな自分に、彼は興味を持ち続けてくれるのだろうか。いつかは、言ってしまえば見捨てられてしまうのではないかと、極度な不安が少女の心を染め上げる。

 

 自分でも気づかぬうちに、彼女は震えを生じていた。膝がガクガクと震えている。足元が遠かった。まるで自分がとても高く不安定な場所に立たされているようだった。

 

 

 怖い。怖い。もう二度と、大切な人に置いて行かれたくない。

 

 

 過去を起因としてアイズが抱える、心の闇。昔と比べれば随分と小さくなったものの、未だ晴れることは無い根深いトラウマ。

 その者に依存していない、と言い切れば嘘になる。それでも、己がオラリオで見つけた“英雄”とは、それ程に大切な存在なのだ。

 

 

「っ――――!」

 

 

 突如として優しく肩に手を置かれ、即座に後ろへと振り返る。それがリヴェリアでないと分かっていたからこそ、誰なのかと不安に思い。

 振り返る最中、己が最もよく知る優しい手である事を。その少し後ろに並ぶ、最も頼りになる二名がくれる暖かさを思い出した。

 

 

「アイズ……」

「ベル……」

 

 

====

 

 

 レフィーヤからリヴェリアへ、そしてロキ・ファミリア所属のエルフ数名によってヘスティア・ファミリアへと伝わった緊急連絡。本日は幾らか予定が組まれていた白髪の男二人だが、当然と言わんばかりに全てをキャンセルした上で迅速な代理の処理を行い、わき目を振ることなくロキ・ファミリアへとやってきた。

 他のファミリアながらも門番はスルー同然で二人を通し、入口で待機していたリヴェリアと合流。三人揃って、こうしてアイズの部屋へとやってきた。

 

 

 アイズの出迎えがなかったのは、ノックすらも聞こえない程にふさぎこんでいたのだろう。あまり眠れてもいないのか、少しやつれたような印象を3人は抱いている。

 

 

 ベッド端に腰掛けるアイズの隣に、ベルが座る。その前の空間にタカヒロとリヴェリアが並び立つ形で、アイズの不安を聞いていた。

 少女の目尻に浮かぶ微かな潤いは、三人が駆けつけてくれた安堵によるもの。僅かに残る震えと相まって、抱く不安の大きさはくみ取れる。

 

 頼れる者達が揃ったことで、数分ほどで悩みを吐き出し、アイズはまた体育据座りへと戻ってしまった。こんな時こそ我先に支えてあげたいベルだが、どうにも“適切”な言葉が見つからない。

 

 

「アイズ君」

「……?」

 

 

 一方のタカヒロはアイズの名前だけを口にして、言葉は続かない。他3人は何事かと顔を見るも、そこには普段と同じ落ち着いた表情があるばかり。

 すると彼は、すぐ左に居る相方へと、左手で作った拳を掲げて親指だけを向けながら。彼だからこそ許され、彼が持つ度胸があるからこそ行える発言を実行し――――

 

 

「遥かに先輩、遥かに年上」

 

 

 悲惨さ漂う湿った空気もまた、諸行無常。僅かな抵抗すらも許されることはなく、一撃のもとに破壊された。

 

 

「プッ」

「……」

――――な、何も言えない……。

 

 

 突然の爆弾発言により、目じりに雫が溜まった崩れそうな表情が僅かに綻ぶ。ネタの内容が内容である為に、困り果てて苦笑すらも行えないベル・クラネル。リヴェリアとの間にある距離感によって生まれた差が、三者三様となって表れていた。

 事実である上に発言者に悪意の欠片もないからこそ、リヴェリアは物言いたげな瞳と共に鼻先が触れ合いそうな程に顔を近づけて、“何か”言いたそうな姿勢を隠していない。“センパイ”との語呂合わせで“年配(ネンパイ)”と表現しなかったのは、タカヒロが持ち得る最低限の配慮だ。

 

 冒険者歴、20年以上。人生歴、■■■(検閲済)年以上。

 

 神々を除けば、これら二つに届く者など、過去の歴史においても滅多にいるものではない。元々の種族がハイエルフである為に長寿な上、神の恩恵でレベル7となっている為に、推定すらできない程に輪をかけて長寿になっている事だろう。

 それは美貌とて同じであり、比喩表現を抜きに、成人以降は僅かにも劣化していない。同僚のフィン・ディムナもまた、同じ恩恵と若作り種族パルゥムである為に、見た目の変化も最小限となっているのだ。

 

 そんなリヴェリアもまた、何度もタカヒロに助けてもらった実績があり、立ち位置としては、アイズとあまり変わらないと言えるだろう。魔導士という職業上は止むを得ない部分があるとはいえ、更に遡った怪物祭の時も含め、何度かアイズにも助けてもらっている。

 大きな感謝と共に自覚があるからこそ、リヴェリアは否定の言葉で返せない。愛ではなく恋を知った最近は僅かな幼さの側面を見せる事があったものの、リヴェリア・リヨス・アールヴとは、アイズ・ヴァレンシュタインよりも大ベテランなのである。

 

 

「……何が言いたい」

「ベツニ?」

 

 

 男も煽っている自覚はあるのか、珍しく僅かに口元を釣り上げて、すっとぼける。ゼロ距離で顔を向け合う姿は、リヴェリア側に笑みが無く僅かに頬を膨らませているために、傍から見たならば喧嘩のように捉えるだろう。

 

 実際は、じゃれ合っているだけだ。出会った頃から変わらぬ煽りとジト目の応酬は、二人にとって確立したコミュニケーションなのである。

 

 リヴェリアも、タカヒロが見せた対応について、落ち込んだアイズを笑わすためだと分かっている。落ち込んでいるのが一般的なエルフだったならば王族ジョークとなり逆効果だったが、アイズとなれば効果がある。

 

 

「……」

「……」

 

 

 睨めっこの如き顔の向け合いは、どうにも収まる気配が見られない。どちらも引かない様相は、互いが持ち得る負けず嫌いな性格を体現している。

 

 

 線の細く整った華奢な顔は僅かに上に向けられ膨らみ、備わる翡翠の瞳は真っすぐ男を映す。二人きりならば麗しい口を塞ぎに行くだろうが、此度の選択肢としては不適切。

 ならばと、膨らんだ頬の左右に、左手の親指と中指を沿え。悪戯の様に、相手の表情を崩してみる事にした。

 

 

 縦に開いた細い口から漏れ出た空気。王族の威厳など欠片もない、餌を待つ口を開けた魚のような滑稽な表情は、男にとっても新鮮で可愛らしい。

 恐らくは、両頬を押されたことで生まれた自分が見せている間抜け面が分かるのだろう。すぐさま自身の両手でもって男の手首を掴み、レベル7の力を発揮して引き剥がしている。

 

 

 白く細やかな肌が染まってゆく。今の顔が、熟れた林檎――――とまではならずとも、相当に染まっている事は、リヴェリアとて分かっている。

 そこそこの時間を共に過ごし慣れたつもりでいたが、普段はこのように直接的なスキンシップを取らない事もあり、こうして僅かに雑な接触を受けると照れくさい。

 

 

 ツーンとした態度で口をつぐみ、腕を組んでそっぽを向く。漫画ならば間違いなくプンスカとでもルビが振られているだろう表情は、到底、九魔姫(ナインヘル)の姿とは程遠い。

 無論、これもまた二人の間におけるコミュニケーション。僅かにも離れない身体の距離が、互いの関係を示している。

 

 

 つまるところ、未だ衰えを知らない馬鹿ップル。真似してベルの両頬を人差し指で押したアイズは、突如として現れたベルの間抜け面を見てツボに入ったらしい。此方も此方で、ベルがプンスカな対応を見せている。

 

 相方にポカポカと背中を叩かれつつ、声を上げまいと自分のお腹を抱える、一人の少女。そこに、先程までに生じていた悲しみは見当たらない。

 お約束のフレンドリーファイアと引き換えに、アイズの中に、相手の話を聞ける心の余裕が生まれた。僅かながらも相手の心のケアを行い、タカヒロは、アイズの悩みに対する答えの一つを口にする。

 

 

 いつかの夜、オラリオにおいて有名な酒場での出来事。できるならば思い返したくない一方で、ベル・クラネルにとって絶対に忘れてはいけない、心象に焼き付く一幕の情景。

 そんな事があったと、最も親しい者の例題を。悲しみではなく悔しさとして、それでも感情に流されることなく守るべき事は守ったうえで、常に前を向く事が強さの秘訣だと口にする。

 

 

「負けを知らない者が居るとすれば、窮地においては置物よりも役に立たないだろう。自分も最初は、負けてばかりの繰り返しだ」

「えーっ、本当ですか~?」

 

 

 思わず本音のツッコミがベル・クラネルから飛び出すも、アイズとリヴェリアもまた同じ感想だ。いざ戦いとなれば、全てを片手間に薙ぎ倒すような今の彼からは、どうにも想像する事は難しい。

 しかしベルとしてはベート・ローガの時の“嫌な予感”は浮かばない為、今回については本当なのだろうと納得した。このように生じる疑義については、タカヒロの自業自得に他ならない。

 

 

 ともあれ、ならばとタカヒロは、自分が体験してきたことを口にする。数多の負けの先に生まれる勝利とは、単に片手間で勝つ勝利などよりも何倍もの発見と閃きが生じる価値のあるモノだと、悩むアイズに対して聞かせるように語りかけた。

 

 故に、負ける事が悪い事ではないと。命を拾ったならば、その失敗をどう生かすかを考え、繰り返さないよう対策を行い、改善の為に努力する事。装備の更新も、その中の一つに含まれる。

 冒険者と呼ばれる職業に、もしも仕事の優先順位があるならば。この一連の行いを無駄にしない事が最も大切であると、タカヒロはアイズとベルに諭している。

 

 何千の数値など優に超え、万単位の回数にのぼる試行錯誤を重ねてきた男の台詞だ。普段からの信頼や、だからこそ今に持ち得る圧倒的な強さを皆が知っているからこそ、言葉の重みは非常に高いと言えるだろう。傍から見た話に限るのだが。

 

 

「悩み、考え、それでも分からなければ、仲間を頼る。問われたならば共に悩み、答える事が役目であることは分かっているだろう?“先輩”」

「っ、お前はまた――――!」

 

 

 そして再び繰り広げられる、煽りという名の惚気劇場。小難しい話が終わった際に突然とシリアス君が退場する彼らしい場の作り方は、ベルもまた感じ取っている。

 

 

 ここから先は、とりあえず、アイズが悩んでみる段階。とはいえ先程までで十分に悩んだかもしれないのだが、そこは聞いてみなければ分からない。

 戦術面での対策か、装備面での対策か。結果としての対策がどちらになるにせよ、とにかく、アイズと意見を交わしてみよう。

 

 

 行儀悪く肘で小突きながら揃って廊下を出ていくリヴェリアと、されるがままの師の背中を見送りながら。ベルは、少し穏やかな表情になったアイズの横顔を、己に湧き出た悩みを抱えつつ堪能するのであった。



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228話 想いを形に(1/2)

 

 ロキ・ファミリアのメンバーが集うホームは、オラリオにおいて最も有名な建造物の一つである。しかし、名前を“黄昏の館”に漂う雰囲気が今までとは違うものとなっている点は、外からは読み取れない。

 良くなったワケではないが、かと言って“悪化”したワケでもない。一新された様相を文字で表現したならば、「少しピリピリしている」とするべきか。

 

 

 事の発端は、数日前に食堂で生じた一騒動だろう。あのベル・クラネルすらロキの謝罪を突っぱねる程に張り詰めた空気は、露骨に表に出てきていないとはいえ、未だに糸を引いている。

 色々と言われた当の本人が全く気にしていない点を第三者が耳にすれば、お笑い種と受け取るかもしれない。そして、この「ピリピリ」は、二種類の方向性から生じている。

 

 

「調子はどうじゃ、フィン」

「おかげさまで、元通りだよ」

 

 

 ロキ・ファミリアの執務室に、落ち着いた重厚な声が微かに響く。扉をたたいて入室したガレス・ランドロックは、先の戦いで負傷した団長、フィン・ディムナの身を案じていた。

 とはいえ、容体の概要については聞き及んでおり、フィンだけではなく当時の負傷者の全員が五体満足で復帰できる見込みにあるから不安の要素は非常に少ない。地下迷宮(クノッソス)について裏で行われている報告書の作成など、ロキ・ファミリアも暇ではないことから、フィンは事務方の仕事に復帰している格好だ。

 

 

「事の顛末は、ロキから聞いたよ。食堂での一件が、まだウチで尾を引いているみたいだね」

「混乱しておったのじゃろう、あ奴も今は猛省しておる。が、今の館の空気については、どうにも違う気がするわい」

 

 

 まず一つは、先の騒動が残した尾ひれ。こちらについては、口にした本人が落ち着いたのか猛省を見せており、そのうち収まる事だろう。

 しかし、もう片方。ロキ・ファミリアのエルフに蔓延する空気が収まるまでには、相当の時間を要するかもしれない。

 

 

「ガレスも……たぶん、見たよね?」

「嗚呼。薄々予感はしとったが、おったまげたとは、この事じゃ」

 

 

 こちらについては、エルフを除いて原因が秘匿されていることから、噂話の影もたっていない。加えて“副団長リヴェリア・リヨス・アールヴの左手に備わっているモノ”については、じゃが丸くん新作を視界に捉えたアイズ・ヴァレンシュタインよりも速く館内を駆けまわったのだから、「どちらもエルフ繋がり」という共通項に気付く者が生まれるのも当然だ。

 勿論、フィンやガレスもその中の一人である。とはいえ、答えこそ知っているものの、恐らくはエルフが知っているだろう“真実”を知らない点については、どうにもモヤモヤとした気持ちが芽生えるのは仕方がない。

 

 

「指輪から、大まかには察せるけれど……ガレス、何があったのか聞いてみなよ」

 

 

 答えは聞くまでもなく、分かり切っている。それでも問いを投げるのは、同じ認識を持つ者と認識したいが為の行いか。

 

 

「虎の尾を踏む真似は出来ん。なんなら、龍が出張ってくる程じゃろうに」

「はは。それも龍で済めば、御の字かな?」

「まったくじゃ」

 

 

 なんなら、そのジャガ何某、レヴィ何某(龍に匹敵する存在)が増える恐れすらもある。そして間違いなく、エルフの集団も関与してくることだろう。

 決して嫌悪な仲ではないものの、感性などが対照的と言えるガレスとエルフでは、あまり相性については期待できない。だからこそ、いざ“言い合い”となった際の負荷は一入(ひとしお)だ。

 

 

「仲間としては素直に喜ぶべきなんだろうけど、状況や経緯が読めないのがね」

「リヴェリアはさておき、エルフの者共までもが豹変した所が気になるのぅ……」

「うん。あのレフィーヤまでが変わっちゃったから、猶更だよ」

 

 

 簡単に表現するならば“リヴェリアのお相手候補”、ということで、少し距離を取りつつ礼儀正しくタカヒロに接していたエルフ達。此方については、“指輪”というトリガーが原因によって、今の状態になったことも納得できる。

 しかし、そんな中で異端の存在。リヴェリア程ではなくとも適度なフランクさを保っていたレフィーヤまでもが、他のエルフと同等にまで畏まっている。

 

 この点が、知将フィン・ディムナの中で腑に落ちないでいた。元より彼女はリヴェリアを相手にしても適度な距離の近さがあったのだが、それすらも、今となっては消えかけている。

リヴェリアの指示により、今まで通りの対応を行うよう言われている。にも拘らず、フィンやガレスがこのような感想を抱く程となれば、何か無視できない事が起こったのは明白だ。

 

 

「助けて貰っておいてなんだけど、彼の“新しい何か”が原因なのかな」

「探るばかりでどうする。借りを返すかせねば、立ちいかなくなってしまうぞ」

 

 

 ガレスの言葉で、フィンは右手を顎に当てて目を瞑る。そして、2秒と掛からずに回答を導き出した。

 

 

「うーん、無理っ☆」

「じゃのう……我ながら不甲斐ないが同感じゃ。お主が裏で動いておるのは知っているつもりだが、到底、消化しきれぬわい」

 

 

 オラリオ最大手の一角、という名分ですら立ちいかなくなってしまった、“借り”の山。自分たちの立場を弁える知将は、無理難題に挑む勇気と行動力はあれど八方ふさがりの状況らしい。

 だがこれについては、ガレスもまた同じ意見だった。決して恩を忘れたワケではない。もしも役立てる事があるならば、二人は全力をもって動く事になるだろう。

 

 

 最も近い、かもしれないイベントの一つがあるとすれば、先の指輪に関する事か。そんな話を行いながら、独身おじさん達の時間は流れてゆく。

 

 

================

 

 

――――どげんかせんといかん。

 

 山より顔を出し始めた日差しが、カーテンの隙間から零れる部屋で独り、ベッドに背中を預けながら。先の言葉のままでこそないけれど、ベル・クラネルは悩みを抱えていた。

 

 自分に向けてくれる、向日葵の如き素敵な笑顔。あまり活発さは伺えず、おっとりとした様相の中に、ちょっとの天然さが見え隠れ。

 かと思いきや、いざ戦いとなれば剣を片手に、有象無象では足下にすら及ばない武勇を披露する。かつてダンジョン5階層で目にした光景は、今なお目を瞑れば鮮明に思い返す事が出来る程。

 

 

 そんな彼女が先日に見せた、影の一面。その場は凌いだようにも思えるが、どうにも、もう一手が必要ではないかと、相手が置かれているだろう気持ちを意識しつつ悩みに耽る。

 言うまでもなく、相方アイズ・ヴァレンシュタインについての事だ。あの時に振り返った彼女の顔、僅かな力でもって崩れ去りそうな様相は、ベルが最も見たくない彼女の姿の一つである。

 

 だがしかし、もう一手を行うにしても、具体的に“何が”や“何を”となれば、思い浮かばない。一緒に街を散策するだけでも十分なのだが、“経験”の乏しい少年となれば、まだそこまでの考えは回らないようだ。

 

 

「……い、言いにくい。で、でも……!」

 

 

 だからと言って、誰かに相談するとなれば、恥ずかしさが顔を出す。そして師から学んだのか、ここ一番でのクソ度胸もまた顔を出した。

 

 

 場所は変わって、打ち合わせを目的に作られた小さな部屋。ここならば視覚的なプライバシーの確保は勿論、多少の防音も効いている。

 テーブルを挟んで対面に座るのは、互いに白髪を持つ二人の男だけ。ベルではない片方が口を開いたのは、ベルが「アイズの為に何かしてあげたい」と出だしを口にしたタイミングであった。

 

 

「なるほど。彼女の役に立ちたいと思う反面、具体的にどうすればいいか分からない、と」

「さ、さすが師匠……その通りです、はい」

 

 

 湧き出た度胸こそあれど、やはり末尾になると、恥ずかしさ・照れくささの類が顔を覗かせる。しかし、ベルの不安や望みの類は、全て師に伝わったようだ。

 かつてアイズが見せたジェスチャー会話から、彼女の意図を汲み取った事のある程のコミュニケーション能力が遺憾なく発揮されている。それを少しでも、主神が置かれている状況への気遣いに向けることが出来たならば、恐らくは要所要所で雑に扱われることもない筈だ。

 

 彼にとって、そんな重箱の隅を楊枝でほじくるような問題点はさておき。“どげんかせんといかん”のニュアンスは、どうやら感じ取っていたようだ。

 

 先日に彼女が見せていた悩みは、ベルがアイズの傍から離れてしまう事だった。言い換えれば、傍にいて欲しいという乙女な事情。少し依存気味の様相も見られるが、そこは個人の事情だろう。

 ならば逆はどうだろうかと考え、依存の様子こそなけれど、向けられる矢印は大きく厚い。互いに向け合う気持ちの面では問題なく、毎日でこそなけれども、行動だって疎かにしていない。

 

 ならば、形の面で、どうなっているかと考えた時――――

 

 

「アイズ君に、何か、手作りのモノをプレゼントしてみようか」

「へっ?」

 

 

 異なるファミリアだからこそ、常日頃から共にいる事は現実として難しい。

 

 

 汎用性を含んだ物となると、アクセサリーが第一候補となるだろう。ベルもその点は同意しているが、なんのアクセサリーにするかは注意点が必要だ。

 チョーカーの類ならば、渡す意味合いが少し変わってしまう。そして指輪は難易度が高い事と、少年少女には急ぎ足。

 

 冒険者という職業柄、ダンジョンへと持ち込んだうえで戦闘に邪魔にならないモノが理想的か。そう考えたベルの脳裏に、一つのアイテムが浮かび上がった。

 

 

「重そうなカチューシャの代わりって、どうでしょう?」

 

 

 アイズが戦闘時に身に着ける、無骨な形と色のカチューシャ。頭頂部を基本として防御範囲は狭いものの、長い髪が乱れる事を防止する意図もあるだろう。カチューシャと呼ぶことが最適か、ヘッドギアではないか、と言った論点はさておき、一旦はカチューシャとする。

 ともあれ、既存装備の置き換え、という視点から見ても最適な部位かもしれない。重量をそのままに防御力を向上させるか、防御力をそのままに重量を軽減するか。効果量と相談しながら両方を同時に達成することも、選択肢の一つだろう。

 

 

 そうなれば、大まかな形をどうするか。幸か不幸か「それっぽいアイテムを持っていない」旨の発言をするタカヒロにより、完全に一からの作成となる。

 まず手始めとして、使用する金属の選定だ。予算は幾らまでいけるかなと、ソコソコ溜まっている“貯金”を脳裏に浮かべるも、悩むほどの額を用意したならば確実に過剰の域に達するだろう。だからと言って手抜きできるモノでもない為に、加減が非常に難しい。

 

 そんな少年の、すぐ横で。まるで金属ゴミを廃棄用のボックスに詰めるか如く、テーブルの上に、無造作に金属の破片が並べられた。

 

 

「手持ちの最硬金属(オリハルコン)の一部だ。失敗を気にせず、挑戦してみようではないか」

「……」

 

 

 同じ重量単位でならば、最も高値となる部類に位置づける最硬金属(オリハルコン)。100gもあれば、下手をすれば小さな家でも買えてしまう程の値段を知って、驚く者も少なくはない。

 

 だというのに、この物量。これで一部ならば総数量はどうなるのかと考え、「まぁ師匠だから仕方ないか」とい結論に行きついた。最硬金属(オリハルコン)がここまで傷ついているのも、この人が関わったならば有り得ると納得できる。

 相変わらず、この人の基準は、どこか斜め上を泳いでいる。そう捉えたベルだが、これが人造迷宮(クノッソス)からリサイクルされたモノだと知れば、苦笑が輪をかけて強くなる事だろう。

 

 

 ともあれ、これにて物資と動機が揃った。加えて誰かの動悸が生じるかどうかは、天にて微笑む太陽だけが知っている。

 あとは、これらを取り扱う場所の用意だ。しかし偶然にも、二人は、最も適している場所を知っている。

 

 それは、オラリオのとある一角に佇む工房。オラリオで最も有名な上級鍛冶師(ハイ・スミス)の一人であるヴェルフ・クロッゾは、一仕事を終えて椅子に寄りかかり、休息を取っていたタイミングだった。

 

 

「ヴェルフさん、最硬金属(オリハルコン)は要りませんか!?」

「ふざけろっ!?」

 

 

 かつて仕事開けに50階層へ拉致られた、リリルカ・アーデの時の如く。ノックはすれど、突然とドアを開けてやってきた白兎が口走った一文は、誰が聞いても驚愕と疑問符で埋めつくす。

 最硬金属(オリハルコン)とは、何かを生産する過程で生じる端数や副産物、という取り扱い。もしくは手料理の際に生じたお裾分けのノリで赤の他人へと提供するような運用は、絶対に間違っている。



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229話 想いを形に(2/2)

 

 風雲急を告げるようなシチュエーションの一歩手前とは即ち、嵐の前の静けさか。突如としてヴェルフ・クロッゾの工房へと殴り込み――――ではなく、受け取り手によって「美味しい話」と捉えるか「爆弾(美味しくない)話」となるかが分かれそうな話題を手土産に、ベル・クラネルがやってきた。

 

――――ふざけろっ!?

 

 ある意味では、ヴェルフにとっての口癖の一つ。しかしこの一言による受け答えが、今日ほどピッタリとハマった状況はないだろう。

 

 ともかくヴェルフからすれば、何がどうなって、先のベルの言葉が飛び出してきたかが理解できない。協力してもらう御礼から始まったベルの話を掘り下げていくうちに、随分と微笑ましい事情が湧き出てきた。

 そのあたりの事情をさておくとすれば、早い話が「余った最硬金属(オリハルコン)は譲渡するから、工房を使わせて」という依頼内容。主にこの二つのメリット・デメリットを天秤にかけるまでもなく答えは決まりかけているのだが、即答は良くないと考え、物事に順序を付けて整理し始めた。

 

 

 彼自身も鍛冶師だからこそ、最硬金属(オリハルコン)の価値は知っている。そのジャンルについては目の前の白髪の二人にも負けないと自負する程だが、少し意思決定に揺らぐのは、片方が“ぶっ壊れ”だからこそ仕方なし。

 さておきヴェルフとて、自身の腕を磨くためには最硬金属(オリハルコン)は欠かせない。高すぎる値段の為に仕入れる事は出来ていないが、刃物を作る職人がマグロ包丁を打つように、数多の鍛冶師にとって、最硬金属(オリハルコン)を打つことが、最も大きな夢の一つなのだ。

 

 とはいえ、例え業務が立て込んでいたとしても。己を信頼してくれる者、その第一号が相手となれば、差別・区別の類は良くないと分かっていても、他の客よりも優先して応えたいと思うのが人情だ。

 

 依頼されている仕事については前倒しで進んでおり、卓上のスケジュールにおいても幾らかの余裕はある。さすがに工房の全てを貸し出す事態にはならない為に、作業が完全に止まるワケでもない。

 最悪は、自己鍛錬に費やしていた時間を割り当てれば問題なし。これらより、10日程ならば協力できるとの最終回答を導き出していた。鍛冶についての基礎中の基礎をベルに教える二日間も加えて、スケジュールが練られてゆく。

 

 

 例えこの二日間が加わったとしても、もう一人の人物から密かに依頼されている、折れてしまったヘスティア・ナイフの後続を製作する事についても影響はない。こちらについては金属の選定から行う手筈だったが、もしかしたら最硬金属(オリハルコン)を用いる事になるかもしれず、ヴェルフとて、鍛錬の為の最硬金属(オリハルコン)を手に入れることが出来るとなれば重大だ。

 

 

 そんなこんなで、ベルが訪ねてから三日後。環境が整えられた工房へと、最硬金属(オリハルコン)の持ち主と共にベル・クラネルがやってきたのだが――――

 

 

「お邪魔するわよ、邪魔はしないわ!」

「……なんか、すんません、タカヒロさん」

「想定はしていた」

 

 

 例の一般人が絡んでいるという事をヴェルフから絞り出し、テンションアゲアゲな鍛冶の神。工房にお邪魔しているが実作業に手を出して邪魔をしないという言葉は、大事な部分がスッポリと抜けている。

 そして。最も重要な要素の一つもまた、勘違いが生じているのだ。

 

 

「そして生憎だが、鉄を打つのは自分ではない」

「あら?」

 

 

 予想外だったのか、ポカンとした表情を浮かべるヘファイストス。そして彼女の目線は、もう一人の白髪の人物へと流れついた。

 ヘファイストスにとっては、少し残念だった事だろう。それでも、タカヒロが絡んでいる以上は何か面白そうなことが起こるのではないかと、鍛冶に挑むベル・クラネルに激励を飛ばしている。

 

 

「けどよベル、採寸は済んでるのか?適当に作っても、頭部に合わなけりゃオブジェになっちまうぜ」

「ああ、それならば……」

 

 

 ベルの代わりに答えるタカヒロだが、どうやら、その辺りの対策も万全らしい。気持ちが先行していて「しまった」と思ったベルだが、解決策については聞いていないようだ。

 そんな“対策”の答え合わせと言わんばかりに、ヴェルフの工房のドアがノックされる。応対したは良いのだが、思ってもみない人物、オラリオでは有名なエルフを迎える事となった。

 

 

「おや、フィルヴィス君が担当だったか」

「はい。リヴェリア様より、こちらに赴くよう仰せつかっております」

 

 

 “とある事実”を知らされていないフィルヴィス・シャリア。レベル3の冒険者で、二つ名を白巫女(マイナデス)。短剣による近接戦闘から魔法による攻撃、すなわち魔法剣士と称される戦闘スタイルを駆使する強者の一人。

 ヴェルフとて全てではないが、鍛冶師だからこそ有名な人物は知っており、幾らかの知識もある。今回の場合、フィルヴィスとは、短剣と魔法を用いる魔法剣士といった具合だ。

 

 そして裏に持ち得る、もう一つの二つ名。死妖精(バンシー)と呼ばれ、彼女が加わったパーティーの全てが壊滅したという恐れるべき事実。

 こちらもまた、噂話がヴェルフの耳へと届いている。彼自身はバカバカしいと思いつつも、こうしていざ対峙したならば、やはり何かが起こるのではないかと、感情や感想が――――

 

 

――――あれ?死妖精(バンシー)の“いわく”よりも遥かに危なそうな人がいるけど、どうなんだ?

 

 

 横にいる一名が僅かに視界に入った途端、浮かんできた感想がコレだった。ヘスティア、ベル、ジャガ丸、アイズ、リュー、ウラノス、フェルズ、その他いくらか。そんな者達が今のヴェルフの心境を耳にしたならば、大きな頷きを見せるだろう。

 なお、ヘスティア・ファミリアにおいては、「そっちの方がヤベーから通用しない」とファイナルアンサーが提出されている。当時「ツラ貸せ」されたジャガ丸が何を見てビビり散らかしたのかは、闇に葬られた歴史の一つだ。

 

 

「師匠、まさかフィルヴィスさんも」

「言うようになったな。だが冗談ならば、その辺りで止めておけ?」

「ゴメンナサイ」

 

 

 いつもやられてばかりなので、場の雰囲気を変えるついでに、乗っ取られ君を煽ってみよう!そんな調子、例えるならば近所へ散歩に行くノリで口を開いたベル・クラネルだったが、見事に撃沈。例えるならば、出港の為に錨を上げることすらも許されない。

 関係ない者からすれば普段と同じだが、今の口調、今の表情を引き出す言葉を続ける事は絶対に間違っている。放たれたカウンターストライクをキャッチしたならば、己がどうなってしまうかは想像に容易い。

 

 

「話を戻すぞ。リヴェリアに頼んで、アイズ君が持っているカチューシャの予備を手配している」

「だったら採寸も大丈夫ね!」

「すげーゴリ押しだ……」

 

 

 オラリオにおける第一級冒険者、更にはロキ・ファミリア幹部の私物を持ち出せる者は、世界中を探しても非常に少ない事だろう。更にはアイズの母親代理――――もとい指南役が許可しているとなれば、有象無象が非を向けたところで通じない。

 勿論、アイズに対しては秘匿しなければならない。そういった意味では、ヴェルフの言葉通り、全てがゴリ押しで進んでいる内容だ。

 

 なおリヴェリアとて、ゴリ押しの先に生まれる結末について僅かな疑義を抱いている。彼女本人はファミリアの事情により参加できない為に、最も信頼できる一人のフィルヴィスへと依頼、もとい命令となった格好だ。

 なお下された命令は、「暴走しないよう見張っていろ」という釘刺し内容。だからと言ってフィルヴィスに止められるのかとなれば疑義は残るが、命令である以上は従わなければ始まらない。

 

 

 ということで、見本がある以上は、まずは一般的な金属を用いて試しに作ってみようとスタートする。

 

 早い話が、例え最硬金属(オリハルコン)とて溶解する手順は存在する。もっとも、そうでもしないと整形すら不可能となるために、当然と言えば当然だ。

 それでも最硬金属(オリハルコン)が“防壁”として非常に有用な存在である理由は、この溶解手順にかかる手間暇が莫大なモノとなる為だ。力技で破壊していく変な奴(一般人)こそいるものの、コレについては例外中の例外の為に考慮から外す事とする。

 

 

 ともあれ。最硬金属(オリハルコン)でこそないものの、一心不乱に金属を叩くベルの姿を目にした三者は、それぞれ共通する知見があるらしい。

 

 

「ほう。驚きだ、随分とサマになっている」

「そうね、ウチの新米にも引けを取らないわ」

「ええ。俺も、ベルの呑み込みの早さにはビックリですよ」

 

 

 表向きについては未だ“理由は不明”ながらも、少年が持ち得る“才能”の理由については心当たりのあるタカヒロも口を開かない。時折、アドバイスがてらヴェルフが声を出す程度だ。

 この金属が最硬金属(オリハルコン)となった際の難易度は、今とは比べ物にならない程に上昇する。それでも、刃物のような得物ではない点が、加工の難易度を下げているのもまた事実だ。

 

 雑な説明をするならば、ちゃんとカチューシャの形にさえなっていれば、素材が持ち得る防御力でもって、アーマーの一部として機能する。そしてどうやら、最硬金属(オリハルコン)だけを使うワケでもないらしい。

 

 

「ベル君。そろそろ、これを合わせて鍛えてみよう。鉄というのは単一よりも、複数の素材を掛け合わせて――――合金と呼ぶに値するかは自分も詳しくないが、複数の金属を掛け合わせてる運用が一般的だ」

「なるほど!」

 

 

 アイテム名、Scrap(スクラップ)。アイテムや建造物を結合するのに使えるボルトや革紐、低級の金属といった屑資材。

 名前のとおり姿かたちが非常に不揃いとなっている集合体であり、誰が見てもガラクタにしか映らない。よもやコレから神話級の装備を作り出す一般人が居るなど、誰しもが信じない事だろう。

 

 

「あら、意外な程に低品質な金属ね。意図があるのかしら?」

「そう低品質でもないらしいぜ、ヘファイストス。あの鉄屑は、事ある毎にタカヒロさんが使っている」

「そうなの?」

 

 

 要所要所でタカヒロの鍛冶を目にしてきたヴェルフは、険しい表情を崩さない。彼とて何度見たってヘファイストスと同じ“低品質な金属”にしか映らないのだが、ベルにプレゼントしたネックレスや先の指輪についても、間違いなく、あの金属が使われていた。

 

 そうこうしている中で時は流れ、三日後。初日に姿を見せたフィルヴィスは二日目以降は来ておらず、そんな中、オリハルコン特有の金属色をベースとしたカチューシャが出来上がった。

 小さな鐘――――と、頑張れば辛うじて、そのように捉えることが出来るだろう小さな装飾。そんな小さな鐘の装飾が施されたのは、これがベル・クラネルからの贈り物だとアピールする為。アイズは僕のお相手だと威嚇するつもりはないが、それは捉えた者の認識次第だ。

 

 

「ふいーっ、この辺りが限界かなー……」

「上出来だと思うぜ。よく頑張ったな、ベル」

「お疲れ様。お水、ここに置いておくわね」

「ありがとうございます、ヘファイストス様」

 

 

 時間的にも素材的にも、この辺りが限界だと踏んだのだろう。新米鍛冶師が顔負けするレベルで打ち込み続けていたベルだが、どうにも、かけて貰える声が一つ少ない事が気になった。

 ふと当該人物を見上げると、一般人約一名の眉間に、僅かな皺が見え隠れする。そんなベルの視線に気づいたのか、ヴェルフとヘファイストスもまた、タカヒロの顔を注視した。

 

 

「……ベル君。このカチューシャ、手に取ってもいいだろうか」

「あ、はい」

 

 

 カチューシャを目にしたタカヒロが、僅かなしかめっ面のままだった理由。それは――――

 

 

■カチューシャ ザ プロテクト

・ヘルム(アンコモン品質)

・要求レベル:1

+3% 物理耐性

+3% エレメンタル耐性

 

 

「……効果は微量だが、エンチャントが付与されている」

「ふざけろっ!?」

「うそっ!?」

 

 

 文字通り飛び上がるかの如き勢いで立ち上がった鍛冶師二名は、目を見開いて驚きを隠せない。次いで互いの目を見やるも、どうにも言葉として表現する事も難しい。

 

 

「……へっ?」

 

 

 僕また何かやっちゃい――――などと惚ける事はないものの、事の重大さを分かっておらず、可愛らしく首を傾げる純潔無垢な白兎。シチュエーションによっては自称一般人よりもはるかに規格外となる“悪魔兎《ジョーカー》”は、相方アイズ・ヴァレンシュタインの為にとハッスルしてしまった点は事実だろう。

 もちろん原因の根底は、ベルが持ち得るレアスキル“幸運”に他ならない。コレをベースとして“情景一途(リアリス・フレーゼ)”によってリアルラック値がブーストし、そこに一般人のエッセンス(非売品・特定師弟(指定)毒物)が合わさった結果、素人かつ駆け出しなベルの手でも、こんな逸品が出来上がったのだ。

 

 ヴェルフ・クロッゾよ、相手が悪い。君の積み重ねてきた努力は間違いなく活きており、生涯にわたって君を高みへと導く為の礎となるだろう。

 色々な要素が偶然の如く重なって、ちょっとだけ飛び越えてしまう兎が現れた所で臆する事はない。ダンジョンで遭遇するように、イレギュラーなのだと割り切って諦めよう。

 

 なお補足するならば、もし今のベルが武器を創ったところで、それはお飾りに過ぎないモノとなる。レベル1の駆け出しに対しては十分だろうが、第一級冒険者となれば話は別だ。

 

 

「……ん?」

 

 

 手にとったヴェルフは、何かに気づいたらしい。ベルに許可を取って、カチューシャに対し、少し魔力を流してみる。

 

 

 ――――チリン。

 

 

 耳に残り優しく消えるは、鈴、もしくは風鈴の音と表現することが妥当だろう。軽くマインドを練り上げると、それは確かに、カチューシャの装飾部より生じていた。

 

 

「へぇ、お洒落じゃない」

「……ヘファイストス様。僕、鐘の装飾は作りましたけど、中に何も入れてないですし、こんなお洒落な機能なんて知りませんよ」

 

 

 なにそれこわい、おわかりいただけただろうか。一行は互いに目を合わせるも、どうやら言葉として出すことはできないようで、暫くの沈黙が続いていた。

 とりあえずお洒落判定を出したヘファイストスが解析してみると、これについては、魔力に反応して生じるギミックの一つとのこと。決して呪いだのなんだの、とても渡せないような代物ではないらしい。とはいえ、何故こうなったかについては、ベル本人とて謎の部分だ。

 

 

 まさか、何かしらの“運命”でもあるというのか。そのあたりの真相を知る者が居たとしても、口を開くことはないだろう。

 

 

 そんなこんなで、少しのいびつさを細部に残すカチューシャが完成した事に変わりは無い。あとはコレを相方へと渡すだけとなるものの、ここから先は、少年の“冒険”だ。

 いざ心構えを持つベル・クラネルだが、命を賭けた実戦よりも心が跳ねる。ロキ・ファミリアのホームが近づくにつれて加速度的に増していた早鐘は、アイズの部屋の前にて最高潮に達していた。

 

 とはいえ、ヴェルフをはじめとして協力を得た手前、こんなところで怖気づいてしまう事だけは許されない。つまるところ退路が存在しないというならば、進む道は明確に一本だ。

 加えるは、己の師匠よろしく、エイヤと一発のクソ度胸。ノックの数秒後に静かに出迎えたアイズに誘われ、ベルは大一番の舞台へと飛び込んだ。

 

 

「えっと、その……」

「?」

 

 

 今も昔も変わらず、理解できない事については天然さを隠そうともしない可憐な姿。凛々しい一面を誰よりも知っているからこそ、少年の瞳には、誰よりも可憐に映るもう一つの一面だ。

 

 焦がれる気持ちは血脈にのって炎となり、少年の顔を染め上げる。一応は言葉を考えてきた少年だが、今の今で全てが宙に吹き飛んだ。

 だからと言って、この場において“語らず”が一番の悪手であることは理解できる。ということでもう一度、ここ一発の“クソ度胸”をオカワリする事となり――――

 

 

「こ、この前に貰った剣のお礼と、あ、アイズに、元気を出してもらえればと思って!」

「っ――――!」

 

 

 紙袋に入れられていた、簡素ながらもプレゼントと一目でわかる箱の類。相手に与えた一撃はクリティカル、倍率は上限の2.5倍だ。

 

 がしかし、攻撃側の少年の防御力も高くはない。クソ度胸というスタミナ消費の激しい技でもって山頂へと辿り着いた為に、ここにきて言葉が切れてしまった。

 もしも観戦者が居たならば、「ヘタレー」だの「乙女心をナメんなー」と、厳しい罵声が飛び交っていた事だろう。

 

 オラリオにおける最上級仲人(ハイ・ゼクシィ)な狼人曰く、顔面トマトな少年少女。そのあとは言葉が続かないからと言わんばかりに、アイズは箱を開く事となる。

 ここにきてクリティカルヒット、再び。さすがの彼女とて、己が普段から身に着けているカチューシャであると知ると、ベルが思ってもみなかった反応を示している。

 

 

「えっ?」

 

 

 予想外の行動とは。カチューシャの入った箱を、ベルの前へと差し出したのだ。

 

 

 つまるところ、ベルの手によって付けて欲しいという、間違いのない彼女の意思表示。互いのヒットポイントゲージは消え去る寸前で点滅状態、そしてダブルノックアウト寸前の状況は、言葉なく動作だけが進んでゆく。

 

 

 

 このあとの少年がどうなったか、知る者は神ですら存在しない。

 

 

 

 そして時は流れ、約二時間に事態は明らかとなる。青春真っ只中だった少年少女が、現在はどうなったかというと――――

 

 

「……ダンジョンへと、赴いたらしい」

「……ふむ」

 

 

 ロキ・ファミリアの執務室にもたらされる、無慈悲な報告。違う、そうじゃないとばかりに頭を抱えるハイエルフだが、少し前の彼女とて大差はない。

 相方も天井を見上げ、どうしたものかと悩むも、事案が事案だけに、おいそれと口を挟めるものでもない。幾らかのアシストこそしてきたが、ここから先は、プライバシーの深い領域になってしまう。

 

 だからこそ言葉は無くなり、静けさが部屋を包み込む。新たな道を歩み始めた少年と少女の道のりは、最大の山場を乗り越えたからこそ、ちょっとだけ険しいのかもしれない。




フレイヤ様、ステイ


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230話 仕える相手はヤベー奴

 

 翌日。黄昏の館にある執務室で事務処理をこなす者は、とある指輪の持ち主だ。居なくては始まらない、ロキ・ファミリアにおける巨大な歯車の一角である。

 今日は、将来を見据えて、とのことで、レフィーヤがサポートして駆り出されている。名実共にロキ・ファミリアの幹部となる為の特訓だと皆に公言したならば、アイズやアマゾネス姉妹を筆頭に、心当たりを持つ者が目を逸らす事になるだろう。

 

 そして本日は、ヘルプの者がもう一名。新たな戦う理由と居場所を得たエルフが、礼儀正しいノックを行ったのち、書籍が満載された台車と共に入室した。

 

 

「リヴェリア様、ご要望と推察した資料をお持ち致しました」

 

 

 二人が処理している書類の作成に、利用できるかもしれない。そのような資料収集を実行したのは、他でもないリヴェリア・リヨス・アールヴから依頼を受けた為だ。

 直接的に依頼を受けたフィルヴィスから、ロキ・ファミリアのエルフをまとめ上げるオネーサンとなるアリシア・フォレストライトに依頼が伝達。ロキ・ファミリア所属の全エルフの招集には数分と要することなく、フィルヴィスと二系統に分かれ、リヴェリアが要望した資料を掻き集めてきた格好だ。

 

 

「早いな、助かるぞ。そこに置いてくれ、フィルヴィス・シャリア。レフィーヤ、荷下ろしの手伝いを頼む」

「は、はいっ!」

 

 

 俗にいう“レポート”の作成を切り上げ、レフィーヤは小走りにて駆け寄り荷物の一部を受け取っている。広い机のある執務室だけに、置き場所に困る事はないだろう。

 極端な力仕事となれば苦手なエルフだが、このように効率的な業務となれば水を得た魚。もはや“軍隊”と呼べる程の指揮系統と連携によって、リヴェリアから「早いな」という言葉を引き出すことが出来たのだ。

 

 のちにフィルヴィスの口からエルフ達に通達され、人知れずして皆が喜んだのは微笑ましい事情だろう。もしもエルフが他種族に対してこのような応対が出来たならば、株価は破竹の勢いとなるはずだ。そして必ず、「エルフとはツンデレ也」勢力との争いが行われる事となる。

 

 さておき、フィルヴィスの仕事はまだ続いている。持ってきた資料のいくつかを、リヴェリアの執務机の横へと運ぶ仕事を、レフィーヤと共にこなしていた。

 表向きは、リヴェリアの仕事を邪魔しないよう、静かに、そして手早く。しかしフィルヴィスが時折にわたって向ける視線は、リヴェリアがしっかりと捉えていた。

 

 

「これが気になるか?」

 

 

 言葉と共にペンを止め、左手を僅かに上げる。するとフィルヴィスは、僅かにバツの悪そうな顔を見せると、謝罪の言葉を口にした。

 

 

「も、申し訳ございません。概要は伺っておりまして、その……」

「よい。恐らくは情報の通り、先日、こ……こ、婚約の意図で授かったものだ」

 

 

 左手の平を口元に掲げると、意図せずして目じりと口元が僅かに緩む。そんなリヴェリアの色気を含んだ表情に対して、同性ながらドキっとした感想が、レフィーヤとフィルヴィスの中に沸き起こった。

 それでも、祝わなければならないと振り切って声を出す。一般世間に対しては秘匿されているからこそ、こうして直接的に祝える者は、ロキ・ファミリアのメンバーを入れても数少ないのだ。

 

 

「っ――――!おめでとうございます、リヴェリア様!」

「あ、ああ。ありがとう」

 

 

 しかしどうにも、リヴェリアの見せる歯切れが悪いと捉えるフィルヴィス。実のところ当時を思い出して勝手に舞い上がっているポンコツ事情なのだが、フィルヴィスにとってのリヴェリアとは“完璧”であるからこそ、まさか舞い上がっているなどとは思うまい。

 もしも仮に、リヴェリアにハイエルフという属性が無かったとしても、男女の仲という事情に疎いフィルヴィスが察しろと言う方にも無理がある。だからこそ彼女は、最も気さくな仲であるレフィーヤに、問いを投げる事となった。

 

 

「レフィーヤ、何か問題があるなら教えてくれないか?」

「え、えーっと……」

 

 

 ――――フィルヴィスさん、そう言えば知らなかったんだ。“二つとも”。

 

 フィルヴィスと目を合わせてしまい、露骨に眉を八の字にしてしまい。己が答えて良いのかとレフィーヤは自問自答して、間髪入れずに“否”の答えを導き出した。

 リヴェリアの前だからか、レフィーヤが相手だろうとも、フィルヴィスは凛とした対応を崩さない。レフィーヤに声を掛ける時こそ僅かながらに口調が崩れているものの、“近衛”と呼ばれるに相応しい態度を続けている。

 

 恐らくはエルフ史において、いや、下手をすれば人類の歴史における最大機密の一つ。“世界樹の加護、そしてドライアドの祝福を持ち得る一般人がいる”という実態を打ち明けることは、一般市民エルフの立場にいるレフィーヤには荷が重すぎる。

 そうなれば、己の師へとヘルプサインを投げるのは自然な流れだろう。それがハイエルフで、かつ当該の機密に最も近い者とくれば、まさに適任と表現するに他がない。

 

 すがる視線を向けられたリヴェリアは、翡翠の瞳で意図をキャッチ。そして、さも自分自身は気にしていないかの如く、あっけらかんとした表情で真相を口にした。

 

 

「フィルヴィス・シャリア。君とて、必ず秘匿しなければならない情報だ。タカヒロは、世界樹の加護とドライアドの祝福を受けている」

「なるほど、承知しました」

 

「……あれ?」

 

 

 最初に疑問符が飛び出たのは、レフィーヤの口からだった。親しい仲であるフィルヴィスがどのような反応を見せるか、実は彼女も少し気になっていたイタズラ具合。

 しかし現実は、仕えるべき相手であるリヴェリアと同じ淡白な様相だ。もしかしたら、どこかで――――眷属にはなっていないものの、彼女の本拠地であるヘスティア・ファミリアのホームで耳にしていたのかもしれない。

 

 

 それとも、他に何かあるのかとレフィーヤは勘ぐりを入れる。フィルヴィスが最初の反応を見せてから、たっぷり10秒程度の時間をおいた時だった。

 

 

「――――えええええっ!!?」

 

 

 凛とした紅の瞳を小さくし、これでもかと目を見開いて。リヴェリアの御前という事実よりも、生まれ出た驚愕が上回っていた。

 リヴェリアの言う事に嘘はない、というエルフ故の刷り込み具合。この前提の下で口に出された先の言葉を、初手で理解する事は難しいだろう。

 

 

「し、しし、失礼を致しました!!」

 

 

 更に数秒ほど時間を要して我に返ったのか、頭を直角に下げて謝罪の一辺倒。「よい」という玲瓏な言葉が届けられたものの、フィルヴィスの表情は「やってしまった」と言いたげである。続けざま、リヴェリアからは、生命の樹、そしてウロの加護がもたらした原初の雨や流水に関する客観的な内容が告げられている。

 追い打ちをかけるように、跳ねるように躍動するフィルヴィスの鼓動は収まらない。とにかく「落ち着け」と己に対して言い聞かせるが、どうにも制御する事は難しい。

 

 

 己の同胞、その全てが敬意を払うハイエルフ、リヴェリア・リヨス・アールヴ。そんな人物から短剣を授かったことは今も鮮明に――――ハイエルフ・ハラスメント的な部分は、まるでロキがボンキュッボンになるかの如き勢いで美化された上で、今でも鮮明に思い返すことが出来る程。

 フィルヴィス・シャリアにとって、人生における間違いのない一大イベントだった。新たに得た戦う理由、そして決意と覚悟でもって、まだ怪人のままながらも、彼女は強い意志にのもとで今日という時間を生きるのだ。

 

 

 がしかし、そんな覚悟すらも容赦なく、そして赤子の手をひねるよりも簡単に上回ってしまう程に強烈な事実が、つい今ほど告げられた。フィルヴィスのなかでにおける状況の整理は検討の段階にも程遠く、まったくもって進んでいない。

 彼女の人生どころか、エルフ歴史において後世にわたって末永く記録される程の天変地異。生命の樹の加護、そしてドライアドの祝福を持つ者が持ち得る至高の一振りの短剣が、まさか己に授与されるとは思ってもみなかった。

 

 己がどれ程の得物を、どれ程の状況で、どれ程の者から授かったのかと、今更ながらに思い返し。腰に携える短剣を両手でもって自身の眼前に掲げ、フィルヴィスは再び目を見開いていた。

 

 

「そう身構えるな。もし折ってしまったとしても、私から修理の懇願は行える」

「……」

 

 

 例え仮の話だとしても、そんな末恐ろしい状況を想定しないでください。などと口に出せるはずもなく、フィルヴィスの白く可憐な肌の色に青みが伺う。次いで悪寒が背筋をかけ上げり、身震いとなって表れた。

 この短剣の金銭的な価値を考えた時、もしくは授かった経緯を考えた時。到底、己の命一つ(ハラキリ)で済まされる話でないことは明白である。

 

 真面目な話をするならば、この短剣はMI属性である為に、もしも仮に折ってしまった場合は再生は不可能となる。しかし「ベル・クラネルは一般水準である」と分類されるよりも強烈な尺度において一般人な彼の手によって、また新たな“得物”が誕生してしまうことだろう。

 もしかしたら、どこぞの鍛冶の神が共犯となってヒャッハーし、何事もなかったかのように打ち直してしまうかもしれない。何れにせよ一騒動が起こることは必須であり、ヘスティアが無慈悲な一撃を受ける事となるだろう。

 

 

「し、しかしレフィーヤ。お前は、大樹の御加護を、その眼で(じか)に捉えたのだろう?」

「え、あ、はい」

「どうだった、どのように感じ取れるのだ!?」

 

 

 辛い内容に潰される前に、話題を変えてしまったフィルヴィス。幸いにも、興味が湧く話題は幾らかある。

 伝説的な一幕を知る、身近な者。己の推しとなる有名人の裏話を知っていたならば、恐らくは似たような詰め寄り方をしてしまうだろう。

 

 立場が異なれば、逆だったかもしれない。もしくは、エルフならば仕方がないと片づけるべきか。

 そう考えるレフィーヤは、開いたままのドアの奥で動いた人影らしき姿に目を向ける。すると次の瞬間、ロキ・ファミリアの執務室を、原初の霧雨が満たしたのだ。

 

 

「大層なモノではない、この程度だ」

「っ――――!?」

 

 

 冷や汗と共に目を開き、間髪入れずして後ろを向いたフィルヴィス。見たことのある自称一般人の言葉は一応ながら耳に届くが、彼女の心と鼓動は、過去一番に匹敵する騒ぎを見せている。

 フィルヴィス程ではないとしても、レフィーヤも同様か。そしてエルフ三人は、反射的に膝をつき、まるで祈るようなしぐさでもって霧雨を受けていた。

 

 その時間、約8秒。スキルを持ち得る男にとっては、どうにも妙な光景に他ならない。

 だからこそ彼自身も固まってしまい、最も早く再起動するであろうリヴェリアに視線を向ける。期待通りに目線が合わさると、相手の意図を汲んだリヴェリアが体勢を直して口を開いた。

 

 

「何故こうなるか、と言いたげだな」

「ああ。どうにも不思議に映ってしまう」

「その霧雨を前にしては、祈らずにはいられない。エルフだからこその、反射的な行動の一つとでも捉えておけ。カドモスを前にしたお前が、突撃を見せるようなものだ」

「なるほど?」

 

「……」

「えっ……」

 

 

 妙な例えは、二人の間で通じたらしい。たとえそれが無かったとしても、その二人という存在があまりにも大きすぎるために、フィルヴィスとレフィーヤは口を挟むことはできなかった。

 

 

「さておき、何か話をしていたようだが、邪魔をしたか?」

「なに。この指輪について、フィルヴィス・シャリアに見せていただけだ」

 

 

 再び彼女が左手を顔の位置に掲げる繊細な手に、翡翠のアクセントが施された指輪が輝かしく栄える。普段は二人の時にしか見せない笑みが零れた事に気付かぬリヴェリアだが、どうにも“恋愛”を知らぬ少女二人には、先の指輪よりも眩しすぎるものがある。

 とはいえ双方共に、ちょっと早いかもしれないけれど、指輪が気になるお年頃。特にお洒落に気を遣うレフィーヤは、今までに見たことのないデザインに興味津々だ。

 

 

「オラリオでは見かけないデザインですね。タカヒロさん、こちらはどこのお店で?」

「いや、自分が作った」

「へっ!?」

 

 

 もしも第三者が今のやり取りを耳にしていれば、レフィーヤの反応も当然だと思うだろう。指輪の自作など――――あまり表向きになっていないだけで、詮索したならば鍛冶師たちの間では一般的なのかもしれない。

 しかし此度の作成者は、ゴリ押しと呼べる戦闘スタイル。よもやそんな彼から、このような繊細な指輪が生まれ出るなどと想像ができようか。

 

 などと口に出したならば、不敬罪待ったなしのシチュエーションに持ち込まれても不思議ではない。己の団長と違って親指型バイブレーションこそ備わっていないレフィーヤだが、空気を読むことについては長けている。

 結論、黙っていた方が良いだろう。そんな100点満点の回答を導き出して実行していると、リヴェリアが口を開いた。

 

 

「しかしタカヒロ。何回か作り直したと聞いていたが、失敗した物は、どうしたのだ?」

「全て破棄した。お前を除いて、この指輪には釣り合わない」

「っ――――!」

 

 

 予期せずして発動する、クソ度胸からくるカウンターストライク。反射的にバッと顔を背けて、己の気持ちを隠そうとするも手遅れだ。

 放たれたカウンターストライクの火力は過剰であり、エルフの少女二人に対しても飛び火している。此方も此方で、誰も見ていないというのに顔を背けている始末だ。

 

 流石に将来の“お相手”が生命の樹の加護やドライアドの祝福やらを持ち合わせておらずとも。いつか自分も、こんな事を言われてみたいと思い焦がれるのは無理もない話だろう。

 “二つ名”に焦がれる者の多いオラリオ、その冒険者だからこそ。そこに年相応の乙女心が加わって生まれた感情だ。

 

 なお、面と向かって言われたlolエルフとなれば状況が少し異なる。フィルヴィスとレフィーヤの前だからこそ凛とした態度を貫き通そうとするも、それを遥かに上回る嬉しさによって数秒おきに崩れている点は、どこかの女神が諸事情で鼻血を垂れ流す事のように正常だ。

 

 

「……ん?どうした。悪いが、君達には譲れんぞ」

「い、いいいいいえ!」

「滅相もございません!」

 

 

 有名人からサインを貰うような感覚だろうか。正直なところ、要る・要らないの話で言えば、それはもう天まで届く“レア・ラーヴァテイン”の勢いと共に「ください!」との詠唱を口にしたい。

 がしかし、現在進行形、そして少し未来の相手の立場が大きすぎる為に、どう頑張っても少女二人は、首を縦に振る事などできはしない。

 

 

 リターンは確かに大きいが、そこへと辿り着くまでの道は何よりも険しく遠い。ここはひとつ、己が仕える事になってしまった相手の“具合”の一端が分かった事を収穫として、フィルヴィスは、贈呈品のオネダリに対して戦略的撤退を決めるのであった。

 



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231話 テストランと、51階層の変な奴

 

 ダンジョンにおいて、灰色の風景が広がる特殊なエリア。数少ない安全地帯(セーフゾーン)となる50階層とは、滅多に冒険者が訪れる事のない深層の中の深層に位置している。

 そもそもにおいて1年前は、ここへ訪れる事の出来る者はロキ・ファミリアもしくはフレイヤ・ファミリアのみ。それ程までに冒険者の質が低下したかと捉えるか、それ程までの実力がなければ到達できないと捉えるかは、約10年前を知るかどうかで分かれるだろう。

 

 

「今更だが、私の認知も随分と大人しくなったものだ」

「ほう?」

 

 

 とある朝。そんな所へと一瞬で到達する真顔のハイエルフと、横に並ぶ何も考えていない一般人。互いに普段の世間話を交える程の余裕がみられる時点で随分と感覚が麻痺している点は、リヴェリアですら気付く事のない汚染具合だ。

 殺風景な50階層ながらも折角の遠出――――と呼べるかはさておき、お昼も此処で弁当を取るらしい。段重ねのバスケットからリヴェリアお手製のサンドイッチが展開され、互いに好みの具材へと手を伸ばしながら、世間話の続きを行っている。もう手遅れに違いない。

 

 ともあれ此度の会話は、ロキ・ファミリアで起こっている変化について。1年前と比較したならば大部分が変わっているのだが、話の中心はロキ・ファミリアの団員、特に幹部に該当する者に関する事らしい。

 

 

「誉むべきことが多大にある一方で、僅かながらに問題も生じている」

 

 

 ロキ・ファミリアにおいて無視はできない問題。早い話が、ファミリアとしての仕事よりも鍛錬を優先する出来事が多いらしい。もっとも前者を蔑ろにする事はないのだが、前者のスケジュールがギリギリまで後ろ倒しになる事が生じているらしい。

 そんな時は、大抵タカヒロに書類処理ヘルプの連絡が舞い込むのだ。毎度の事なぜギリギリなのかと疑問を抱いていた彼だったが、ひょんなことから答えを知る事となった。大抵の仕事とは、そんなものである。

 

 しかし、だからと言ってフィン達に釘をさすつもりは全くない。彼もまた、鍛錬を優先してしまうフィン達の気持ちは強く分かっている。

 

 

「男というのは己の欲に忠実だ。あの二人が“強くなりたい”という夢を持っているなら、それを優先してしまうのも仕方ないだろう」

 

 

 何故か異常なほどまでに強い説得力を感じたリヴェリアは、なるほどと腑に落ちたらしい。確かに装備の事となれば、その男が発揮する欲の強さは中々のモノがある。

 

 理由はどうあれ強くなりたいという欲求は、冒険者ならば、老若男女を問わずに抱き続ける感情だろう。顕著な例としては、アイズ・ヴァレンシュタインが挙げられる。

 自称一般人についても同じ感情を抱いているが、経緯が少し異なっている。此方については、“理想”を呼べる装備を追求し、手に入れ、更新した結果として強くなるのだ。

 

 

 と、いうことで。強くなりたいという感情は冒険者リヴェリアとて所持しており、少し前に“理想”と呼べる装備を貰っている。この度、二人はそれを用いたテストランの為、ここ50階層へ訪れていたというわけだ。

 

 

====

 

 

「――――間もなく、焔は放たれる。忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む」

 

 

 聞く者が耳にしたならば九魔姫(ナインヘル)の詠唱だと瞬時に分かる玲瓏な声が、50階層の木々に吸い込まれる。彼女の周囲を渦を巻く魔力の量は、今までの比ではない濃さを秘めていた。

 

 

「――――焼きつくせ、スルトの剣……我が名は、アールヴ!」

 

 

 そんなこんなで詠唱を筆頭に、魔導士の必須項目に慣れた最後、パワーアップしたリヴェリアのテストランは無事に最終工程。放つ魔法は攻撃魔法の第二段階、例によって未来の旦那に直撃させて威力を測るというパワープレイが待っていた。ハラスメントではない為に、論理的にもセーフである。

 

 今回の詠唱は、本日“二発目”。今回よりも威力が大きな先の一撃は、対象を中心とした広範囲で木々を薙ぎ倒し地面にクレーターを生じるものだ。にも関わらず、対象の人物に対してはカスダメの結果すらも怪しい程であり、リヴェリアは、此度もまた通用するとは思っていない。

 男はまるでキャッチボールを行うかの如き気軽さで右手に持った盾を上げ、いつでもどうぞと合図を送る。それを見たリヴェリアは、絶対に無事であるという信頼の元、一切の加減を抜いて一撃を見舞うのだ。

 

 

「“レア・ラーヴァテイン!!”」

 

 

 傍から見れば、まるで平地が噴火したとでも言える劫火と轟音だったことだろう。50階層の天井にまで伸びる赫々とした火柱の強大さは一目瞭然であり、地鳴りの如き揺れる一面は、リヴェリアの足元にも伝わっている。

 放たれる熱気は発動者のリヴェリアとて片眉を歪める程のものがあり、影が消え去るほどの明るさが一帯を覆っている。地獄の業火と呼ぶもよし、竜のブレスの如き火柱と呼ぶも良し。そのあたりは、個人の感性によるものとなるだろう。

 

 

 ところで「上手に焼けました」の結果が対象となる者が居るのだが、一連の行為は、ドメスティックなバイオレンスとは程遠い。いつかの59階層におけるイモムシ宜しく此度も一緒に焼かれた例の彼は、はたしてどのように例えるか。

 

 

「……で。お前は相変らず、“少し熱かった”程度というわけか」

「冬の暖に丁度良い」

 

 

 珍しくケラケラと笑いながら、相方は何事もなかったかのように戻ってくる。己が放った全力の一撃を受けて平然としている頼もし過ぎる相方に対して、文句の1つも言いたくなるというものだ。

 なお青年からすれば、94%もの火炎ダメージをカットするエレメンタル耐性を通過した、残り6%のうち更に20%+固定数値のカットをもってして、全ヘルス数量、約2万のうち0.001%ほどを持って行かれるという、決して弱くないと評価できる一撃である。もっとも、コンマ数秒かからずに全回復してるのはご愛敬だ。

 

 

「どうあれ、威力は確実に向上している。受けた身として、その点は保証しよう」

「……お前を相手にすると、実感が得られない」

 

 

 リヴェリアにとって何が悪いかと言えば、相手が悪い。彼女の相方“ぶっ壊れ”とは、そういう類の存在なのである。

 言っていることは信じられるが、目にしたことは信じられないという妙な矛盾。此度においては被験者の存在が原因により、今と昔で、団栗の背比べ程度の差に納まってしまっているのは仕方のない事だろう。

 

 

 それはさておき。

 

 

「魔法の威力の向上は語るまでもなく、それよりも、詠唱に要する時間が目に見えて短縮されている。相当な効果を体感できるな、これは」

 

 

 魔導士として、そして女性としての嬉しさと喜びを隠しきれない笑みと共に、リヴェリアは嬉しそうに推察の結果を口にする。魔力が5%向上し、ダメ押しでエレメンタルダメージが15%も向上した結果として、今や彼女が放つ一撃の威力はオラリオ史上最大の域に達している。

 大きく向上した技の威力もさることながら、評価の内容は詠唱時間についてが中心だ。此方についてはランクアップだけではどうにもならない部分が多い事もあり、魔導士としては詠唱時間の短縮に大きなウェイトがあるのだろう。

 

 レベル7へとランクアップした際に、1秒ほど縮まった詠唱時間。確かな向上とはいえ、全体に要する時間と比較したならば雀の涙とも言えるだろう。

 しかし、此度に貰った指輪が持ち得る効果は違う。問答無用で詠唱時間を1割も短縮する効果を持ち合わせており、国宝に匹敵する逸品。リヴェリアとしては、「やはり魔導士ならば死に物狂いで求める品」との評価を決めていた。

 

 最大効果が出るかはさておき、タカヒロ作ならば、恐らく本人と同じく指輪は2つまでを装着可能。つまりもう一つ作って渡したならば、詠唱時間は2割も短縮する事となる。

 

 

 しかし先に述べたもう一片。女性としては、ホイホイ渡される指輪に対して想う所があるだろう。

 だからこそタカヒロは、二つ目を渡す選択をしていない。故意か不本意かはさておき本格的に魔改造する対象はベル君だけで十分なのか、今の所、ネックレスなどを渡すつもりもないようだ。

 

 

「その指輪には、微量だがマインドを回復する効果もついている。長期の遠征では、ポーションの節約にも繋がるだろう」

「……」

 

 

 そう言えばそうだったと、リヴェリアは一転して呆れ顔。「魔導士よくばり頂点ペガサス激盛りセット」とでも命名すべき数多の効能は、やはりエルフとしても国宝級に相応しい。

 それを僅か半日で手作りしているという、鍛冶師が聞いたら即刻ブチ切れ、かつ職務を放棄するであろう実態について目を背けたハイエルフは、それ程の指輪を貰ったことについて思い出したかのように惚気中。曇り空のような天候を見せる50階層でもキラリとした輝きを見せる様子は、薄笑みと共に翡翠の瞳に眩しく映った。

 

 

 が、しかし。実力が上がったならば、実感できる体験が欲しいと思うのが冒険者と言う生き物。

 おあつらえ向きに、今居る場所は50階層。そしてタカヒロが居るならば、どう頑張ってもダンジョンで朽ちる事は考えにくい。

 

 

 ということで――――

 

 

「カドモすか?」

「カドモそう」

 

 

 カドモす:動詞。相手の攻撃を受けても理不尽に立ったままで、逆に何もせず相手を倒しちゃうこと。または、己の火力を計るベンチマークとしてカドモスを攻撃する行い。

 

 なお、勿論ながら造語である。ケアン基準に毒され始めているのか、ベル・クラネル発端の造語が通じてしまったリヴェリアと共に、51階層に複数ある泉のそれぞれで平和に暮らすカドモス達に冒険者と一般人の魔の手が迫る。

 

 

『――――!』

 

 

 虫の知らせか。いや芋虫の知らせならば、輪をかけてご免被りたい。

 何はともあれ、平和に暮らすカドモス達の脳裏に緊張が走った。カンチョーに走るカドモスは、いなかった。

 

 51階層という場所だけに、59階層からの援護射撃は望めない。そもそもにおいてどう頑張っても突破できない防御システム(ぶっ壊れ)ある(いる)為に意味がないとも言いたいだろうが、コンマ数パーセント以下の確率で撃退できる可能性があるならばと藁に縋る。

 理由は不明だが、ここ最近は騒がしい芋虫がいないからこそ、魔の手は確実にカドモスへと忍び寄るのだ。冒険者曰“泉の番人”とはよく言ったものだが、今となっては泉と呼んで墓場と書く類の場所なのかもしれない。黄泉の国に最も近い、とは、なんとも皮肉と言えるだろう。

 

 

 そして、噂をすれば影が差す。“ことわざ”とは、よくできた一文と言えるだろう。

 

 

 ガチャリと鳴る鎧の音が微かに響き、続きガーディアンに守られた翡翠の姿が広間へと現れる。目的の場所へと辿り着いた未来の夫婦二名は、行うべき事と部屋の状況を確認した。

 

 

「近場で良いだろう、まずは此処――――」

「……は?」

 

 

 しかし、互いに部屋の一角を目にして固まってしまう。ガーディアンすらも駆け出す事を忘れており、主と共に、モンスターが居る一点を見つめていた。

 

 

 

■■■……■■■……(タスケテ……タスケテ……)

 

 

 

 ダンジョンの壁へと頭隠して、尻隠さず(かどもす)。イヤダ、シニタクナーイとでも言わんばかりにダンジョンへ生まれ落ちる事を拒否する姿は、強いトラウマを抱えているのだろう。

 なお、ダンジョンの壁に頭を突っ込んでいるだけで、ダンジョンに生れ落ちたという現実から逃避しているにすぎない行為。生むだけ生んで放置するとは、なんと残忍な母親だろう。とはいえ昆虫や魚だって生んで放置、故に問題はないのかもしれない。

 

 

 ところで、その生まれ落ちたモンスター。外観はリザードマンのリドを大きくしたような様相だが、手足とは別に羽のある姿が特徴だ。

 ガッシリとしたガタイで、体長は目算で3メートルと言った所だろう。凄みを見せたならば迫力もあるだろうが、いかんせん、どこか子供のような態度がにじみ出ている。

 

 

『……(へ?)

 

 

 片や暫く怯え震え、片や暫く光景を見る事しかできなかった。しかしどうやら、モンスターが男女二名の来客に気づいたらしい。

 

 

■■■■(uwaaaa)――――!?』

 

 

 少し離れた先で腕を組んでいた自称一般人を見るや否や、謎のモンスターは奇声を発する。土煙が見える程の勢いで後ずさりを行う姿は、とても戦いとは程遠い。

 見てはいけないモノでも目にしたのか、冷汗が溢れる姿は必死そのもの。後ろには退路を塞ぐ壁しかないと分かりつつ、なお距離を取ろうと後退りを続けている。

 

 昆虫の類を嫌う人物が大型の昆虫を目にした時と同等か、とあるゲームにおいて3つあるセーブデータが“0% 0% 0%”になっていた時と同等か。拒絶反応とも呼ぶべきソレは、逃げ場がないと知るや、次の一手を繰り出している。

 何せ相手は、己の魂に焼き付く“ぶっ壊れ”。手を出しても出さなくても蹂躙されるという理不尽な、カドモス達にとっては絶望的と言えるトラウマの根源が心折(新設)イベントで現れたならば、アナフィラキシーショックの如き反応を見せてしまっても仕方がないだろう。

 

 

 戦いの選択肢など、悪手に他ならない。出来る事があるとすれば、己に戦闘意志がない事を示して見逃してもらう他に存在しない。

 

 

「……は?」

 

 

 再び小部屋に消えゆく、玲瓏な疑問符。リヴェリアは、モンスターが見せた対応に困惑するばかりだ。

 ということでカドモスらしきモンスターは仰向けに寝転がり、手足を90度に曲げて服従のポーズ。尻尾や羽を丸めて己の身体を小さく見せる頑張り具合が、どこまで通じているかは分からない。

 

 

『……■■(チラリ)

「……」

 

 

 薄目を空けて相手を見るも、無慈悲にも相手(トラウマ)に反応なし。その横の翡翠の姿もまた同様に口を開いたままで、どうしたものかとモンスターは困惑する。

 

 むしろ残念なことに、状況は悪化した。無言を続けるタカヒロの横から、ガーディアンの片方が瞬きよりも早く飛び出したのだ。

 

 

■■■■(ヒイイイイイイ)――――!?』

 

 

 カドモスらしき何かの体長に負けず劣らずの大斧が振るわれ、まるでギロチンによる処刑寸前の如くピタリ首元で停止した。生じているデバフスキルによってチリチリと喉元が焼かれる音が微かに響き、謎のモンスターは目元に涙を浮かべている。

 ガタガタと震える四肢、ブルブルと震える巨体。なんでもしますから許して下さいと言わんばかりにタカヒロを見つめる瞳は、到底、一般的なモンスターには該当しないだろう。

 

 

「……なんだ、この、モンスター……らしき、何かは」

 

 

 出だしからタップリ5分程の時間をおいて、何とかしてリヴェリアが口にできた内容がそれだった。モンスターに対する戦意など欠片も生まれておらず、そもそもにおいてモンスターなのかと疑いをかけている。

 タカヒロと共に近づくも、腹を見せたモンスターは手を上げたままで起き上がろうともしていない。卵の殻を割る程度の力でもってリヴェリアが杖先でペチペチと叩いてみるも、感触はモンスターのソレである。

 

 

■■(ァゥァゥ)

「……っ」

 

 

 続けて杖の先で相手の頬をツンツンするリヴェリアだが、謎のモンスターが見せる反応は図体に反して可愛らしいものだ。アイズが触れ合うジャガ丸の様相が脳裏に浮かびあがり、妙な親近感が芽生えている。

 モンスターにとっては残念ながら、全力で向ける縋るような目線は気付かれていないらしい。いくらでも(つつ)いて良いから助けてくれと言わんばかりに潤んでいる瞳は、横の装備キチから逃げられるならば何でも行うことだろう。

 

 

「……チッ、異端児か。リヴェリア、すまないがベル君を呼んできてくれ」

「っ!?あ、ああ、分かった」

 

 

 危ない所だった。この愛嬌こそが、このモンスターが持ち得る戦術なのかと、明後日の方向に理解したハイエルフ。タカヒロが声を掛けてくれなければ呑まれていたと反省して己に活を入れるが、違う、そうじゃない。

 それでもって、モンスターにとっても危ない所だったのは言うまでもないだろう。もしも男が異端児の存在を知らなければ、ここで果てていた結末は揺るがない。

 

 

 ともあれリフトがオラリオ西部へと繋げられ、リヴェリアはその中へと入っていく。復路があるためにリフトは開かれたままだが、そんな事よりも現状の方が問題だ。

 

 

 カドモスらしき何かにとって地獄と言える、一言すらも沸かない二人だけの時間。己はいつ狩られるかと天国へのカウントダウンを行うこと十数分、ついに待ち望んでいた来客たちが到着した。

 待ち人着たり。言葉を発することが出来たならば「待ってました!」と叫ぶように表情に光が灯り、リフトがある方向へと振り向くと――――

 

 

■■■■(オーッス新入り)!』

■■■■(ヒョアアアアアアア)――――!?』

 

 

 なお先頭は、なぜだか不明だがジャガーノート。横のトラウマと比較すれば小さいながらも新たな、そして先程とは別のベクトルの恐怖が襲い掛かり、カドモスは再び服従のポーズにて挨拶を行うのだった。

 

 それを目にして何がどうなっているかが分からないベル・クラネルと、諸事情でベルと行動を共にしていたため、一緒についてきたはいいが同じ感想を抱くロキ・ファミリアの団長フィン・ディムナ。同行者のアイズ・ヴァレンシュタインもまた、同じような困惑具合。

 

 

ここは何が起こるか分からない、ダンジョンの深層51階層。各々にとって周知の筈の存在が繰り広げる異端な光景は、もうしばらく続くことだろう。

 



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232話 納得するには餌が要る

 

 繋げられたままのリフトにてオラリオ西部から51階層へとやってきた、母息子娘プラス近所のおじさん合計四人とペット一名。もはや誰一人としてリフトについて疑問を抱いていないのは、キッチリと毒されている証拠だろう。

 

 さっそくカドモスらしきモンスターによって服従のポーズが展開されたこともあり、「何これ」と言いたげな空気が充満している。ともあれタカヒロとしては、フィンが付いてきた事については想定外だった。

 簡単に経緯を述べるならば、ヘスティア・ファミリアのホームにてフィンとベルが色々と話し合っている最中にリヴェリアが到着したらしい。結果、ジャガ丸と鍛錬して(遊んで)いたアイズが付いてくる事となり、連動してジャガ丸も加わったというワケだ。

 

 

「えーっと……何なのかな、これは」

 

 

 最も最初に行動を開始できたフィン・ディムナ。しかし見当がつかないとはこの事であり、素直にタカヒロに対して質問を飛ばしている。

 がしかし、何かと問われればば「モンスター」と答えるしかないだろう。セオリー通りと言えばそれまでだが、タカヒロもまた、その名称を返している。

 

 

「しかしモンスターの部類においても、特殊な個体となる」

「なるほど。分類としては、レアモンスターになるのかな?」

 

 

 希少さを判断基準の一つに分類するならば、間違いなくレアモンスターの分類だろう。現在進行形でアイズとジャガ丸にツンツンされている存在、51階層の番人カドモスの面影が残るモンスターは、そのような存在だ。

 タカヒロ曰く、通常のモンスターの思考回路とは異なる存在。ヒューマンやエルフのような括りならば“異端児(ゼノス)”と呼ばれる存在を、フィンとリヴェリアは初めて耳にする事となった。アイズは相手に興味津々で、聞く耳を持っていない。

 

 

「そのようなモンスターが、他にも居るというのか」

「ああ、ギルドが匿っている」

「なんだと?」

「ちょっ……」

 

 

 のっけから核心を貫く発言に思わず静止の反応を行ってしまったベルだが、無理もない。とはいえ今回の発見時にリヴェリアが一緒だった為に、ウラノスに対する相談の有無にかかわらず隠すことは出来ないだろう。

 

 今回のカドモスを見殺した上で、異端児の存在を隠したうえで装備ドロップに期待して己の欲を満たすか。隠れ家で出会ったリド達の気持ちを汲み、ウラノスとの約束を守るか。

 ならばカドモスらしき何かを見捨てる事は悪手と考え、タカヒロは後者を選択している。そこには、ロキ・ファミリアに対して隠し事をする点を嫌う理由も含まれている。

 

 ロキ・ファミリアに対しての隠し事について、タカヒロの所持能力?

 隠してはいない。伝えていないだけだ。所詮は他人、知らない事だってあるだろう。

 

 さておき、タカヒロやベルの口から、異端児やギルドの地下についてが語られた。ここまできては隠しきれない部分を公にした形であり、最低でも、この二人は賛同してくれると信じているからこそのカミングアウトと言えるだろう。

 

 

「納得できるかとなれば別だけど……なるほど、異端児(ゼノス)、ね」

「……フィン、なぜだ。常識の崩れる事項が幾つもあった筈だが、私もお前も納得してしまっている」

「いやー、僕も年を取ったかな?」

 

 

 知らぬところで、各自の常識が書き換えられているようです。苦笑するしか道のないベルの表情が、その事実を告げていた。

 

 

 と、いうことで、次はウラノス陣営を巻き込む事となる。とはいえウラノス自身はギルドの地下を離れることが出来ない為に、地上へと戻ったベルは、陣営の残り一名のもとを訪ねてオラリオ西区へと案内した。

 

 

「ベル・クラネル、これは……」

「リフトですよ、一瞬です!」

 

 

 違う。フェルズの中に湧き出た質問のベクトルは、そうじゃない。

 

 人の気配が全くない位置にポッカリと開けられた、リフトの穴。なんだか嫌な予感しかしないフェルズが恐る恐る中へと入ると、そこには予想だにしない集団が待ち受けていた。

 視界に映る姿は、個々を知らないと口にしたならば虚言の塊。各々こそ知っているが、己の視界に飛び込んできた姿から想定されるシチュエーションを、フェルズの頭脳は認知することができていない。

 

 

 ドンッ。と音が鳴るような存在感を放つ、モンスターらしき何かの存在。

 ドンッ。と音が鳴るような存在感を放つ、様々な種族からなる異端児達。

 ドンッ。と音が鳴るような存在感を放つ、ロキ・ファミリアの幹部三人。

 ドンッ。と音が鳴るような存在感を放つ、オラリオのヤベー二人と一匹。

 

 

「なん、だとっ……!?」

 

 

 どう見ても28階層の隠れ家です、本当にありがとうございました。己の所へと相談が来る前に、既にロキ・ファミリアというヤベー所と出会ってしまっているではありませんか。

 一度50階層へと皆をリフトで送り、地上へと戻り、ダンジョンを下り28階層の隠れ家前へと到達したタカヒロが、50階層へとリフトを繋げて無傷で搬送。その勢いで異端児達にも紹介を終えており、カドモスらしきモンスターと含めてフィンとリヴェリアに対して色々と説明をしていたところだ。

 

 

 無論ながら、フェルズという存在とロキ・ファミリアの団員達は初対面。此方についてはロキ・ファミリアに対して「師匠の知人」というベル・クラネル発案の“万能紹介(ゴリ押し)”が行われたことにより、フィンやリヴェリアは深く突っ込みを入れる事をしていない。

 

 ヤベー奴の周りには、ヤベー奴が集うもの。そんな事を考えるフィンやリヴェリアの胸の内を知ったならば、風評被害だとフェルズはプンスカすることだろう。一般人と比べれば普通に見えてしまうかもしれないが、ヤベー分類なのは事実です。

 

 さておき、次は異端児と呼ばれる存在に対する対応だ。これについては、フィンが意見を口にしている。

 

 

「正直に言うと、情報と感情の整理が追いついていないかな」

「私も同じだ。よもや、このようなモンスターが複数に渡って居るとはな……」

「うん。私も」

 

 

 そうは言いつつも、なんともあっけらかんとした態度を見せる面々に、フェルズが逆に困惑する。ウラノスも慎重に慎重を極めていたロキ・ファミリアへの開示という高く険しいハードルは何だったのかと、安堵と共に、「こんなアッサリとして本当に問題が無いのか」という思考と共に、幻想の胃痛との戦いにシフトしている。念には念を入れて勉学に励み臨んだ試験が、ものの時間半分で終わってしまった際に生まれる不安の心境と似ているだろう。

 モンスターへ向ける憎悪が昔よりは小さくなった――――と言うよりは、憎悪を向ける相手を選んでいるアイズもまた、感想としては同じである。ジャガ丸の首部分に腰掛け、頭を撫でつつ回答している。

 

 

「オレっち達からすれば、その……えーっと、そのジャガ丸と仲良くしている方が、不思議で仕方ないんだが」

 

 

 あっけらかんとしている原因は、その“ジャガ丸”という存在が生み出した状況に他ならない。今日も含めてアイズと共に示した触れ合いの姿は、「条件はあれどモンスターとも仲良くなれる」という心理を、知らずの内に冒険者たちへと与えていたのだ。“常識が侵食されている”とも表現できるが、そのように無粋な表現を行う者は居なかった。

 なお、全く争いがないワケでもない。ちょくちょくベルに対して距離が近い異端児によるハンティング(スキンシップ)も行われようとしていたが、そこはアイズ・ヴァレンシュタインが迫真の防衛行動。

 

 おかげさまで彼女の中の異端児が違った意味での“敵”となってしまっているが、物理的に手を上げる事は無いだろう。片割のタカヒロについては、ジャガ丸の使役を含めて異端児の中でも既にヤベー奴認定の扱いをされており、スキンシップを目的に擦り寄る者は居なかった。

 

 

 とはいえ、モンスター即ち敵という一般常識は何処へやら。そんなオカシな風景があるからこそ、フェルズに生まれ出る冷や汗の量は加速する。この後の展開がどうなるかと気が気でならない感情を隠せないフェルズは、ありもしない心臓の鼓動が加速しており、腹部がキリキリと痛むような錯覚を覚えている。

 そしてタカヒロは、ベルに対する説明を繰り返す。もはや隠す事は不可能だった点を告げると、フェルズは諦めと心の疲れにより身体の力が抜けているようだ。

 

 

「あっ……」

 

 

 ここまできて、そもそも己の存在が秘匿であった事を思い出した。自己紹介の類もまだであり、通常ならば、様々な質問が向けられる事だろう。

 

 

「さて。その人が、フェルズというギルドの“使い”でいいのかな?」

 

 

 案の定であり、此方もまた、もはや手遅れの模様。使い走りと言えば合致する苦労人という存在に対し、フィンやリヴェリアが少し強い視線を向けているのは仕方がない。

 ヤケクソではないが、フェルズは異端児についてをロキ・ファミリアの幹部に対して説明し始めた。そしてウラノスの考えについても同様であり、どのように思うかをフィン・ディムナへと問いている。

 

 とはいえ、ものの数秒で回答を出せる者などいないだろう。絶対の法則こそ崩れ去りつつあるが、何せモンスターとは人類の敵なのだ。

 ロキ・ファミリアへの影響を考えただけでも、地位・名誉も含めれば影響は計り知れない。だからこそ回答に困るフィンとリヴェリアに対して、フェルズにとって恐らく最も黙っていて欲しい者が口を開いてしまった。

 

 

「なに、明確なメリットも存在する。ジャガ丸、アステリオスを探してこい」

■■■(オッケイ)

 

 

 言葉と共に展開されるリフト、消えるジャガ丸。5分後――――

 

 

■■■■(捕ったど)――――!』

「またか……」

「……」

 

 

 傷こそ少ないが、あの時の焼き直しがリフトより出現。ライバルらしいベル・クラネル、なんともいたたまれない光景を目にして同情の念を隠せない。

 内心で「オッタル2号だ」というニュアンスを沸かせるフィンやリヴェリアについては、概ね正解と言えるだろう。ベルと違って“あの時”のミノタウロスとは気付いていないが、そこはベルに対するヒロイン属性の有無による差となっている。イイ男同士とは、魂レベルで引き寄せられるのかもしれない。

 

 さておき、このミノタウロス――――名をアステリオスもまた、異端児と呼ばれる一名であることが紹介された。そして――――

 

 

「推定戦力としては、レベル7の後半だろう」

「っ……!」

 

 

 高みへと昇る為の、数多の経験に必要な戦闘相手を目にして、戦闘狂に染まりつつある小さいオッサンの目が輝く。ベル・クラネルとの三角関係については、恐らくアイズが許さないだろう。

 ともあれ、強者とあれば手合わせしてみたいと思うのが武人と呼ばれる種族の真っ当な思考回路。相手がオッタルやレヴィスのようなパワーファイターであることは読み取れるが、何せ、明確な思考を持つモンスターとの戦いなど初めてだ。

 

 フィン・ディムナにとって、間違いのない新しい経験。得られるものが何であるかは未知と言えど、だからこそ、輪をかけて好奇心が顔を出す。

 飴につられた子供のように、餌に興味を示す生き物のように。どうにかして平常心を保とうとするが、どうやら本能に逆らう事は難しい。

 

 

「皆が良ければ、是非、お手合わせを願いたいね」

「此方も同様。腕前は、フェルズから聞いている」

 

 

 そして二名の視線は、何故か自称一般人へ。「自分?」とでも言いたげな彼だが、とりあえず己やリヴェリアに(直接的な)害はない為に、短時間の手合わせを許可するのであった。

 

 

 結論から述べるならば、以前に行われたレヴィスとの鍛錬と似ているかもしれない。筋肉質で大柄と呼べるアステリオスによって振るわれるパワータイプの一撃は、フィンにとって全てが致命傷となるだろう。

 幸いにも、狡猾さにおいてはフィンが一枚上手の様相だ。小柄さと槍による受け流しを生かして受け身を中心として立ち回り、どうにかして隙が無いかと模索する。

 

 だからこそ結果としてはイーブンであり、互いに一撃を見舞えない。盛り上がってきたところだが度が過ぎて観戦者に害が及ぶ可能性が生じる前に、タカヒロが区切りの言葉を入れる事となった。

 大小の二名は互いに向き直り、獲物を仕舞う。そして僅かに口元を緩めると、互いの健闘を褒め称えるのであった。

 

 

「ありがとう、アステリオス。第一級冒険者でも敵うかは怪しい、予想以上の腕前だ。正直、驚いたよ」

「此方は攻め切ることは叶わなかった。見事な槍だ、フィン・ディムナ」

 

 

 互いに褒め讃え握手を交わし、僅かに息を荒げた鍛錬は終了する。いつか50階層で行われた大規模な行いだったならば、共に大の字で倒れる程の接戦だった事だろう。

 敷居の高かった異端児と冒険者による交流という意味では、ウラノスにとって間違いなくプラスとなった一幕。ロキ・ファミリアとのファーストコンタクトは、大成功の結果に収まった。

 

 

 

 と、いうことで。すぐ横に、未知数となるカドモスらしきモンスターがいる点について興味が集まり――――

 

 

「強さを測るぞ」

「うん、賛成だ」

「計らねば」

「僕も興味があります!」

「私も」

■■■■■■(おらワクワクすっぞ)

 

 

 脳筋と呼ぶべきか、戦う事となれば一直線の男連中プラス剣姫プラス一匹。額に手を当てて「どうしようもない」と言わんばかりに唸るリヴェリアと、不安しかなくみぞおちに手を当てるフェルズは、見守るほかに道がない。

 

 

■■■.(W T F .)

 

 

 What The Fu〇k. マイルドに直訳すると、ナンテコッタイ。

 とはいえ、カドモス異端児がそのような感想を抱くのも仕方ないだろう。モテモテなシチュエーションだが相手は暑苦しい男共であり、どれもこれもが強者の類だ。

 

 

 数分後、自称一般人を筆頭とした分析班によって戦力的に素っ裸にされたカドモスらしきモンスター。

 しかし推定レベルが6後半に相当する程だった事もあり、これまた戦闘狂の連中が興味を向けてしまっている。流石は51階層生まれと言った所か。性格は大人しい部類であるものの、持ち得る実力は第一級冒険者に匹敵するようだ。

 

 

「ところで、なんとお呼びすれば良いのでしょう?」

 

 

 ベル・クラネルが発した、素朴な疑問。先程からは「そのモンスター、カドモスらしきモンスター」などと呼ばれており、通所のモンスターとは異なる異端児達からすれば、あまり気分は良くなかった事だろう。

 

 という事で皆が協議した結果、命名、“表皮製造機”――――ではなく、“ドーガ”。“ドラゴン”と泉の番人から“ガーディアン”という2語の頭を取ったオーソドックスな命名規則であるものの、それが彼の名前となった。

 ジャガ丸よろしくベルが名付けの親となったとはいえ、ジャガ丸と違って彼は28階層での生活を送る事となる。しかし51階層で恐怖に怯え続けるよりは、遥かに上質と言えるだろう。恐怖の大魔王が身近になったとも言えるのだが、とりあえず敵対する事はなくなった。

 

 そんなこんなで交流会のような何かは大成功となり、地上に住まう者達は帰還する事となる。ジャガ丸は、去り際に言葉を残す事となった。

 

 

■■■■、■■(達者でな、兄弟)

■■……?(えっ……?)

 

 

 周囲が把握できないやりとりが、ジャガ丸とドーガとの間で交わされる。そのうちアステリオスのように、必要あれば拉致られる存在となるかもしれない。

 

 

 彼等の物語が進むのは、闇派閥との決着がついてからとなるだろう。決して平坦とは言えない道のりをウラノスは進む事になるだろうが、薄っすらと見える未来に、陰りの色は見られない。

 



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233話 疑いながらも

 

 厚い雲が空を覆う、今日のオラリオ。明け方まで降り続いていた強い雨は今は止んでいるものの、本日の日差しを期待することはできなさそうな空模様だ。

 そんな中で早朝に届いた、一通の手紙。リヴェリア・リヨス・アールヴ宛であるために、いつも通りエルフの者が丁重な扱いを見せて運んできている。

 

 

「リヴェリア様、お手紙が届いております」

 

 

 しかし、表情がよろしくない。いつもならば冷静を装って渡してくるのだが、今回においては目線が少し泳いでおり、表情も心なしか険しさが覗いている。

 手紙を受け取ったリヴェリアは直ぐに理由を察するも、下がっていいとの言葉をかけて自室へと歩いていく。相手の対応がそうなった原因は、封蝋にあった文様だ。

 

 

 特殊な魔力が篭った、リヴェリアの故郷で使われている文様。それは間違いなく実家であるアールヴ王家の文様であり、捏造することは不可能といえる代物だ。

 故に、高確率で父親もしくは母親からの手紙ということになる。数年前に突然とバトルクロスを送ってきた父の例もあるために、あまり良い予感はしないというのがリヴェリアの見解だ。

 

 それでも、中を見ずにゴミ箱行きなどという暴挙は出来はしない。随分と意見の衝突があった仲とはいえ、ラーファル・リヨス・アールヴとはリヴェリアの実父なのだ。

 裏返せば父の名前が記されている手紙だけに、猶更の事と言えるだろう。記されていたのは間違いなく父親の字であり、彼女は少しの緊張を抱いて手紙を開いた。

 

 そして読み進めるごとに、次第に表情が歪んでゆく。最後に達したときは歯を食いしばっており、感情は緊張から怒りへと変わっていた。

 

 

「よりにもよって、このような時に呼びつけると言うか……!」

 

 

 手のひらで机に押し付け、リヴェリアは自室で一人憤怒する。続いて歯を食いしばる様相を見せており、このような激情も珍しい。

 ともあれ、どうやら一人で片づけることはできない内容であるらしい。さっそく同ファミリアのエルフ数名に遣いを頼み、そのエルフ達はヘスティア・ファミリアへと向かうのであった。

 

 

 その日の昼。

 

 「カドモス異端児は隔離したんだから問題ないやろー」的な判断のもと、色々と変更を繰り返した結果の最終装備でカドモス・タイムアタックをしていた装備キチ。よもや、己に用があるロキ・ファミリアのエルフ数名が訪ねてきているなどと想像もしていない。

 とはいえ、カドモスの数にも限りがある為に丸一日を掛けて乱獲が行われる事もない。結果として昼食直前の時間帯にホームへと帰還した直後、エルフ達に捕まった格好だ。

 

 緊急ということで鎧姿だけ解除すると、その足で黄昏の館へと訪れている。此度の遣いの謝礼として産地直送な“カドモスの表皮”を“各々に”渡しており、受け取り手は目が点になって驚いている事にツッコミを入れる余裕がある者は居なかった。蛇足で言えば、最近は“カドモスの表皮”の相場が下落傾向にあるらしい。無論、原因は闇の中(全くの不明)である。

 そんな事はともかく案内先はロキの執務室であり、真面目な話なのか人払いも済ませているらしい。ロキの表情は真剣であり、リヴェリアの表情にも険しさが伺える。

 

 三人分の水が用意され、話し合いが始まった。内容は今朝方に届いた手紙の中身であり、先に中身を知らされたらしいロキは唸る様相を見せている。

 現在は、タカヒロが手紙を読んでいる。オラリオで普及している共通語ではなく古代エルフ語だというのに当たり前の如く解読できている点に驚くリヴェリアながらも、その程度の驚愕は今に始まった話ではないのでスルーしていた。

 

 

「この手紙、差出人は?」

「私の父上、ラーファル・リヨス・アールヴからの呼び出しだ」

「見合いの話なぁ……まったく、色々と何ちゅータイミングや」

 

 

 内容を簡単にまとめると、ロキの一言に辿り着く。貴族との見合い話があるから戻ってこいという中身であり、断るならば実力行使も辞さないという内容だ。

 見合いと書けば軽い内容とも受け取れるが、要は将来の旦那との顔合わせである。王族故にその手の自由は無いに等しいものであり、かつて彼女も覚悟した、決められた相手ということだ。

 

 

「こー言うのも色々問題あるやろうけど、なんで今更なんや、リヴェリア?」

「おおかた、貴族の連中が用意周到に仕組んだモノだろう。街中で私とタカヒロが一緒にいる所が、連中の耳に入ったのだろうか……」

 

 

 己の里であるアルヴの森を飛び出してきたハイエルフ、それがリヴェリア・リヨス・アールヴだ。アルヴの森からやってきた諜報員――――とまでは言わずとも調査員が、リヴェリアに関する大雑把な情報を収集・報告していたとしても不思議ではない。

 少し時期的に遅い気もするが、あまり表立って“お付き合い”を公開していなかったからこそ、可能性としては、あり得なくもないシチュエーション。だからと言って事実ならば許し難い為に反発したくなる状況ながらも、手紙ゆえに真相は分からない。

 

 

「ちなみに、召喚に応じなければどうなる?」

「貴族が暴走したならば……最悪は手紙にある通り、兵を差し向けてくることだろう」

「そりゃ堪忍やなー……闇派閥とやりあってる時に後ろからグサーなんて、一番アカンで」

「まとめて()るのも気が引ける」

「気持ちは分かるんやけど、一番アカンで」

 

 

 アルヴの森のエルフ達は恩恵を得ていない為に、強く見積もってもレベル1がいいところと言えるだろう。尾ひれを付けてレベル2だとしても、常識的に考えれば、その程度の戦力だ。

 しかし弱者でも群れを成せば鬱陶しさは顕著であり、相手が相手だけにオラリオのエルフは相手方に手を出せない。また、計り知れない戦力となる闇派閥を相手にしては、リスクについては少しでも減らしたいのがロキとしての実情である。

 

 そうなれば、リヴェリアがアルヴの王森へと一時的に帰らなければ脅威をゼロにすることはできないだろう。しかし説得に要する時間は、移動も含めれば、最低でも一週間はオラリオを空けることとなる。

 レベル7、それもオラリオ最強と言われる魔導士だ。どれ程の戦力としてカウントされるかは主神であるロキが一番わかっており、故に大手を振ることができずにいる。

 

 そして間違いなく随伴することになる、実力不明の自称一般人の方も重要人物であることに変わりはない。オラリオの全冒険者を相手にしても片手間で勝つのではないかと考えているロキとしては、こちらの存在がオラリオを留守にするのも考え物だ。

 文字通り切り札となる、絶対的な存在。以前にチラッと聞いた時も戦う姿勢を示してくれたために、最強の戦力となることは明らかだろう。

 

 しかし現状、タカヒロやレヴィス、ジャガ丸という存在は、闇派閥を相手に隠すことができている。故に、闇派閥がタカヒロの不在を理由に進軍してくることは無いと言えるだろう。

 一方のリヴェリアは名を知られているために、勝率を上げるためにこちらの不在を理由に進軍してくる可能性は考えられる。ならば、対策は必要だ。

 

 

「その場合に備えてな、ヘスティア・ファミリアと正式に連合軍を組んどいた方がええんちゃうかと思うとってなー」

「実はヘスティアとベル君も、明日からオラリオの外に出向くのだが……」

「マジで!?」

 

 

 思惑が外れるロキだが、既に予定に入っていることらしく撤回は難しいらしい。タカヒロもヘスティアから聞いた程度ながらも短い期間ではなく、どうやらアルテミスという神が関わっているようだ。

 なんであの処女神が?と内心思って首を傾げるロキながらも、そちら方面の情報は入ってきていないために判断することはできないが、ヘスティアが絡んでいるとなれば悪事でないことは分かる内容だ。近いうちに、オーバーワークでヘルメスが生贄となるだろう。

 

 そうしようと考えうんうんと唸るロキの前で、リヴェリアもまた顎に手を付けて考える様相を見せている。それに気づいたロキが問いを投げると、彼女に続いてタカヒロが口を開いた。

 

 

「いや、なに……こうも立て続けに大きな動きが起こるとは、なんとも奇遇な話だと思ってな」

「……意図された動き、っちゅーワケか。あり得んとも言い切れんなぁ」

 

 

 オラリオ最強の魔導師と、今最も勢いがあり実力もついている悪魔兎(ジョーカー)。その二勢力が、こうして同時にオラリオを離れることになる。

 後者については誰かが止めなければ、高確率でアイズ・ヴァレンシュタインもくっついてく事になるのは想像に容易い。ならば、オラリオから大きな戦力が更に離れることとなる。

 

 ともあれ、単に考えすぎなだけ。そのように言われても、反論できる内容はどこにもないのが実情だ。

 

 ロキとしては、用心するに越したことはないという姿勢を示している。レベル1の眷属や協力ファミリアの者も動員して、厳重な警戒を敷くらしい。

 闇派閥とは神を味方に付けるほどの組織。オラリオの内外に協力者がいても、何ら不思議ではないはずだ

 

 

「あの時の惨劇は、絶対に繰り返したらアカンのや……」

 

 

 ポツリと零れた、そのセリフ。歯を食いしばるロキは、かつてオラリオが辿った歴史を思い返す。

 しかしながらそれを知っているのは自分とリヴェリアだけかと思い返し、タカヒロに“死の七日間”を知っているかと問いを投げた。

 

 

「7……もう8年前か?当時オラリオで起こった大まかな内容は、リヴェリアから聞いている」

「なら話は早いで。せや、それが暗黒の七日間や。ウチは、今回の闇派閥がその再来にならんかと危惧しとる」

 

 

 数多の神が天へと還り、数多の命が失われた大厄災。オラリオ全土を狂乱に陥れたその裏で、一つの願いがあったのもまた事実だ。

 

 己が嫌われ者となり、悪となり、次の世代に未来を託した三名の存在。その真意が伝わることは期待できない為に、耳にしたタカヒロが先の感想を抱くのも仕方のない事だろう。

 結果から言えば、未来を託した三名の思いは、ここにきても紡がれることとなった。その男がここで警戒を見せたがゆえに、運命が1つだけ変わっている。

 

 ともあれタカヒロは、リヴェリアが帰省するならば随伴することをロキに向かって告げている。同時にここでヘスティア・ファミリアと秘密裏に連合軍を結成する決定をしており、ヘスティアやベルには後ほど伝えられるだろう。

 幸いにも共に戦ってきた実績は幾らかあり、上位陣になればなるほど経験を積んでいる。互いに強靭な戦力は、大きな戦果を挙げる働きを見せるだろう。

 

 もっとも表に出ていないレヴィスとジャガ丸は秘密裏に待機することとなり、隠し戦力として機を伺う。オラリオに住まう人々の避難準備計画を進めるなど、用意も徹底して行われることとなる。

 なお、これらの手続きはご存知ヘルメスの担当だ。高難易度ながらも秘密裏に行わなければならない無理難題を押し付けられ、主神とその眷属達は頭を抱えている。

 

 

 それらの決定もあったことで、最終的にはフィンやガレスとも相談し、リヴェリアは約30年ぶりにアルヴの王森へと帰ることとなる。あまり大々的には言えないためにウラノス経由で秘密裏に出立することとなり、随伴するのもタカヒロ一人という状況だ。

 しかしリヴェリアは、随伴するタカヒロのことを真っ先に心配している。本来ならば己の誉れであるエルフの里、アルヴの王森へと赴くことが最大の理由だ。

 

 

 ヒューマンだからという単純な理由で忌み嫌い、王族の前だというのに暴言の類を躊躇なく口にする程の固定観念。エルフと呼ばれる種族が他族から敬遠される理由の1つであり、最も大きな理由といえるだろう。

 人間不信とはよく言うが、このような対応が原因で、リヴェリアはエルフ不信になりかけている傾向があった。此度の話題が話題であるだけに、内容も痛烈になるだろうと想定している。

 

 そのことを相方に告げるも、見せる様相は“どこ吹く風”。婚約のことを公にする事で決定したのだが、だというのに普段の仏頂面を崩さない。

 もし公の場で露呈するようなことがあれば、その状況は容易に想像することができる。だというのにまるで気にしていない様相を見せる相方に対し、思わずリヴェリアが声をかけた。

 

 

「分かっているのか、タカヒロ」

「そうだな、何かしら言われることは想像している」

「今までも何か言われたかもしれないが、恐らくその比では済まないぞ。連中は、きっとお前を目の敵にして」

「言っただろう。君の向けてくれる瞳があるだけで、自分は如何なる苦境でも立ち向かえる」

 

 

 比較的親しい者からの言葉なら、いざ知らず。リヴェリアの向けてくれる瞳が不変である以上、その男にはいかなる批判の言葉も通用しない。

 無論、力業でくるならば猶更だ。ダンジョンの内部ではないためにアセンションを含め全てのスキルが使用可能となる状況は、加減無しで戦える環境の1つなのである。

 

 

 と言えば聞こえはいいが。それとはまた別に、此度においてはリヴェリアが身に纏った衣類もヤル気が上昇している原因の一端だ。

 

 

 見慣れた濃い目の緑色で素っ気ない魔導服ではなく、要所要所に“高貴さを感じさせるあしらい”が施された洋服。“縦セーター”を感じさせる上部はリヴェリアが持つ“戦闘力”を少しだけ露わにしており、チャイナドレスよろしくスリットの入った下部とも相まって、高貴の中にも色気がある。

 実はこれ、7年前の大抗争においてリヴェリアの父ラーファルがオラリオに届けた“贈り物”。もちろんモノとしては一級品の戦闘衣(バトルクロス)であり、持ち得る性能も申し分ない。

 

 リヴェリア曰く、露出部分が落ち着かないとのことで大抗争の時を過ぎてからは仕舞っていたとのこと。しかし此度の帰省においては、せっかくの父からの贈り物なので着るべきだと判断した恰好だ。

 ということで、初めて目にした彼女の姿によって“テンション上がってきた”モードに入っている戦士タカヒロ。今のリヴェリアに手を出すならば、レベル1だろうが神だろうが全力の“おもてなし”を受けることになるだろう。

 

 

「……分かった。私を守ってくれ、タカヒロ」

婚約者(お前)を守るのは当然だ。例え黒竜のモンスターパレードが起ころうとも、片手間で蹴散らしてやろう」

 

 

 比喩の表現だろうとも、そこまで言われては彼女の顔に笑みがこぼれる。全くと言って良いほど自分の力を表現しない彼だからこそ、自負の言葉が出るときは覚悟の現れだ。

 彼本人が真面目に黒竜パレードを望んでいるかについても察することが出来ているが、そこは二の次。己を案じてくれる言葉について、受け取るリヴェリアの嬉しさに拍車がかかっている。

 

 

 そして約半日後、夜明け前の夕やみに紛れるように出立した、二つの影。ウラノスと干からびているヘルメスの手配によって、オラリオを出る手続きが史上最速の40秒で済まされて門をくぐり、とある方角へと進路を向けている。

 出立と移動方法は、ガネーシャ・ファミリアがテイムしている翼竜のようなモンスターに二人乗りしており、道中の小さな村で一泊して用意を整えた。ここから日の出とともに飛び立てば、昼頃には森の入口に辿り着くことができるらしい。

 

 ちなみにだがアルヴの森はエルフにとって神聖な場所であり、通常の入口には門番が居る上に、秘密の通路に繋がっている場所は一般に分からないよう秘匿されている。曰く“隠蔽の類の魔法”がかけられており、アールヴの血統に所縁のあるエルフでなければ、外からの発見は無理だろうという内容だ。

 その魔法は不思議なものであり、一度出入りすると入口を再び忘れてしまうという効能付きのものらしい。だからこそ、今回のような秘密の来訪者には打って付けの代物なのだが――――

 

 

「あそこか」

「……何故分かるのだ」

 

 

 上空から森の一点を指さしており、何故だか場所が分かってしまう一般人。この者が披露する反面でヘスティア等が疲労する謎ムーブは今に始まったことではないために深くは突っ込みを入れないリヴェリアながらも、ともかく二人は森の入口へと到着する。

 

 

 果たして、エルフではない誰かが歓迎していたが故の露見か。真実は、もう少し後に明らかとなるだろう。

 

 

 ところで翼竜は入り口で待機となり、帰路についてはリフトというモノがある事を知りながらも、どうやら帰路についても翼竜を用いるようだ。そこには“二人で空の旅を楽しみたかった”ポンコツ(誰かさん)の意図があるのだが、追求するのは無粋だろう。

 

 

 ともあれ、二人は決戦の舞台の入口へと降り立ったわけだ。タカヒロは二枚の盾を取り出すと、一度少し深く呼吸したリヴェリアに続き、2歩ほど後ろを歩くこととなる。

 



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234話 譲れぬ戦い

 

 入口に立つ二人の前に、ふと森の影から現れるように姿を見せる四人の兵士。リヴェリアに向かって片膝をついて敬意を示す一方で、敵意を含む視線と意識はフルアーマーかつフードで顔を隠しているタカヒロへと向けられていた。

 その程度で済んでいるのは、タカヒロがリヴェリアに対して明らかに2歩ほど下がった位置で控えている為。里を飛び出したとはいえリヴェリアは王族であるために、おいそれと近づいてはいけない存在なのはエルフたちの常識だ。

 

 そのため兵士の中では、そこのフルアーマー即ち従者のエルフという認識。まさか中身がヒューマンなどとは微塵にも疑っておらず、口に出すような状況でもない為に伝えられることはない。

 なにせ、あのリヴェリア・リヨス・アールヴが連れてきた者だ。兵士からすれば全ては謎の者ながらも、流石にマトモな人物を連れてくるだろうと判断している。その実、とある方面においては“普通”から逸脱しているのは蛇足の話だ。

 

 その代わりと言ってはなんだが、「従者がたった一人か」という激怒の感情が渦巻いている。常識的に考えれば当然の事象であり、万が一のことを想定しているがための立腹だ。

 しかし当然、心配は無用と言えるだろう。リヴェリア一人を守るとなれば、そこの男がオラリオにおいて最も適任となる人材だ。

 

 

「このような出迎えとなれば、状況は耳にしているだろう。父上、母上に、一報を伝えてくれ」

「ハッ」

 

 

 10秒ほどの空白ののち、リヴェリアが静かに、しかし凛とした声にて命じている。立ち上がった兵士は一度軽く頭を下げ、内二名が駆け足と共に消え、残り二名のうち片方は、「こちらです」との言葉と共に先を歩いた。指輪については意図して見せぬようにしているのか、兵士も気づく素振りは見られない。

 

 木々の騒めきと、数センチの草が生い茂る道を進む足音。そして時たまガチャリと鳴る鎧の音という存在だけが、青々とした葉の揺り籠に吸い込まれる。

 

 二人の兵士が配置についたのは、リヴェリアの前後に一人ずつ。そこの男は彼等にとって、そもそも護衛の対象外なのだろう。

 もっとも男からすれば己よりもリヴェリアを守って欲しいと思う一方、魔導士とはいえレベル7がやられる状況も思いつかない。もしも謀反が生じたとしても、彼等は冒険者と違って神々の恩恵を持たない為に、大事になる心配は輪をかけて少ない事だろう。

 

 

「――――それでも、用心はしておくか」

 

 

 木々の騒めきに紛れるようにして出された、珍しい独り言。アイテム装着部位“レリック”の装備を入れ替えて、タカヒロはリヴェリアのあとをついていく。

 元々装着していた装備(レリック)と比べると彼本人の戦闘能力は下がるが、特別なスキルが使えるようになるレジェンダリー品質のレリック。最上級の品質故にもたらされる能力もさることながら、そのスキルが独特と言えるだろう。

 

 もっとも、そのスキルの出番が来ない方が良いのは明白である。馬車一台がやっと通れるかどうかという薄暗い森の中を進んでいるうちに二人を囲うエルフの斥候が増えているのだが、流石に王女が連れてきた者を前にして弓矢をぶっ放す勇気は無いらしい。

 王女であるリヴェリアに掠りでもすれば大問題では済まないのだから、それも当然と言えるだろう。一応は警戒を見せるタカヒロだが、今のところは大きなトラブルにはならないようだ。青年とて、これから両親へ挨拶しに行こうというのにドンパチは遠慮願いたい。

 

 

 代わり映えしない景色の道を暫く進むと使者らしき者が2名、頭を垂れながら待っていた。先ほどの兵士とは違って軽装の鎧ではなく戦闘衣(バトルクロス)のようで気品も兼ね備えており、一般的な兵士で言うところの近衛兵の様な実態なのだろう。

 ここから先は、この者らが案内をするらしい。やがて今までの道を逸れ、馬車では通れぬような道へと入っていく。先の道が続く先は偽りの場所であり、土地勘がない凡人ならば、すぐさま迷子になる事だろう。

 

 

「そろそろ、到着だ」

 

 

 顔を後ろへと向けることは無いリヴェリアが、突然と口を開く。癖なのかフードの位置を直したタカヒロが声にて反応を示さないのは、彼なりの配慮が含まれている。

 気難しいエルフの性質は聞かされていた為、何かと揚げ足取りをされぬよう無言を決め込んでいるのだ。ピリピリとした空気も相まって、輪をかけて黙り込みを決めている。

 

 

「貴様、リヴェリア様のお声がけに答えぬのか」

「……」

 

 

 どうやら、どの道を辿ろうとも結果は変わらない様相だ。顔を後ろに向けた兵士の一人が声を上げるも、タカヒロの様相は微動だにしていない。

 真後ろで生じた不愉快さに歯を噛むリヴェリアだが、ここはグッと堪えている。歩みを止めない事で矛先へと注意を向けぬよう、二言は無く森の中をひた進む。

 

 

 やがて二人は、立派な城壁を目の当たりにする事となる。先の一件のあと誰の言葉もなく辿り着いたのは、王城の裏庭のような場所だった。

 

 

 森の木々にポッカリと穴が開けられたかのような場所とはいえ、日差しは僅か。木漏れ日と表現するには少し足りていない程であり、だからこそ、裏口という表現との相性も良好だ。

 接近するまで城の存在に気づけぬほどの空間であり、城自体もあまり大きくはない点が影響しているだろう。しかしながら配置されている兵の多さと整列する煌びやかな衛兵達が、リヴェリア・リヨス・アールヴの帰還を示している。

 

 

「お待ちしておりました、リヴェリア様。国王、王妃がお待ちです。同伴の者も、こちらへ」

「分かった」

 

 

 王の元へと向かうことが出来るのは、事前に連絡を入れていた点もさることながら、彼女が娘だからこそ。外交が盛んとなる他国と比べれば業務量は少ないものの、王というのは暇な存在に程遠い。

 相も変わらず言葉で応対しないタカヒロは、リヴェリアの後ろに付き従う。数多(あまた)の視線が突き刺さる現状について何も思っていないようで、一方で何か粗相をしているワケでもなく、故に謎だらけの為に周りも手出しができていない。

 

 

 城に勤める者達が皆そろって頭を下げる幾つかの廊下を過ぎ、通されたのは一つの部屋。外には物々しい警備が敷かれており、二人はその中へと通される。

 

 しんと静まり返った空気は、場の難しさを示すかの様。背面と天面が複数枚のガラスで構成されている部屋に飾り気の一切は無く、数段高くなっているフロアと、更に数段上にある二つの玉座があるのみだ。

 

 

 背後に天高く(そび)えるは、アルヴの森における大聖樹。見上げても視界に収まりきらぬ大きさの大樹は天に向かって聳えており、見上げた先には青々とした葉が生い茂る。

 大樹の簡単な説明と大精霊が宿るとされている御伽話をリヴェリアが口にすると、タカヒロは「ほう」と一言だけ言葉を返した。何気に此処へ来てから初めての発言である為に、兵士の顔が彼へと向けられたのは仕方のない事だろう。

 

 

 そんな二人を玉座から物静かに見据えるのは、リヴェリア・リヨス・アールヴの両親だ。

 

 

 良くも悪くもエルフの民が信仰を向けるレベルに達してしまっている、アールヴの名を持つ絶対の王。年齢を耳にしたならば驚愕するであろう、かけ離れた整った容姿をしており、リヴェリアと同じく翡翠の瞳と髪色が特徴だ。

 ラーファル・リヨス・アールヴ。そして妻、フォターナ・リヨス・アールヴ。フォターナの容姿はリヴェリアと似ており、親子と呼べば誰もが納得する事だろう。

 

 

「リヴェリア・リヨス・アールヴ。召喚に応じ、参りました」

 

 

 過去に生じた親子喧嘩の影響か、頭を下げることはないものの。彼女が敬語を口にする、珍しい場面でもあるだろう。

 

 

「こちらは付き添い兼、警護の者、タカヒロと言います。オラリオからアルヴの森まで、至極、頼りになりました」

 

 

 名を耳にして顔に疑問符を浮かべたのは、部屋の入り口付近に並ぶ衛兵達。何故ならば口に出された名前は、まったくエルフらしくないイントネーションだったからだ。

 しかし、壇上の二人は不変そのもの。こちらについても理由があり、暫くして静まり返ったのち、ラーファルは落ち着いた口調で口を開く。

 

 

「ようこそ、とでも言えば良いだろうか。“概要”は把握している。この場へ足を踏み入れるのは、君が最初となるな……ヒューマンよ」

「ひゅ、ヒューマンだと!?」

「……」

 

 

 事前の情報で知っていたラーファルは驚く事なく口にするが、兵士となれば話は別。衛兵の一人が思わず驚いた声を上げてしまい、場は一瞬にして騒めきに包まれる。

 そしてタカヒロがフードを脱いだ為に、場の緊張は最高潮。とは言っても衛兵たちが勝手に騒いでいるだけであり、誰もタカヒロを取り囲むよう命令は出していない。

 

 想定の内だったのか、それとも相方ならば何かしらの方法で治めてくれると信頼しているからこその反応か。眉間に皺を寄せつつも見守るリヴェリアは、一歩引いた外野から、事の成り行きを見守っている。

 向けられるのは数多の言葉であり、何故ヒューマンが此処にいるのかなど、「何故と言われても」と答えるような内容ばかり。時折存在を否定するような言葉も交じってしまっているが、どれもこれもが全くダメージを与えることが出来ていない。

 

 

「何か口を開かぬか!!」

 

 

 衛兵の一人が発した荒げられた一言によって、周りの雑音はかき消される。それでもタカヒロは視線すら微動だにすることなく、ずっと正面を見据えていた。

 それに気づいた衛兵の一人が、視線の先へと顔を向ける事になる。行きつく先にラーファル王が居たことで、今ここがどのような場所だったかを思い出した。

 

 

 名実ともに玉座の前であり、更には王の御前。故に勝手に口を開くことは厳禁とマナーを弁えていたタカヒロは、静かに視線をラーファルへと向けている。

 エルフ基準でなくとも若い部類に入るタカヒロについて、あまり感情的な性格ではないと事前情報で耳にしていたラーファルだが、予想以上の程だった。そして彼もヒューマンだからとタカヒロを貶すつもりはないようで、どのような言葉を口にするか興味があり、言葉を向ける。

 

 

「よい。無礼講だ、言葉を許そう」

 

 

 我に返った兵士達が揃って首を垂れて一方下がり、場は静寂に戻っている。相も変わらず感情を表に出さないタカヒロは、静かに、しかし悲しみを現すかのように、語尾を弱くして口を開いた。

 

 

「――――()らば大樹の陰、しかし大樹の(もと)美草(びそう)なし。これがお前の里か、リヴェリア」

「……ああ。嘆かわしい事だがな」

 

 

 ことわざとは、よくできたモノである。たった二つのことわざでもって、アルヴの森が抱える最も大きな問題が表現されることとなった。

 こうして対応を目にしただけでも、オラリオで冒険をして世界を知ったエルフ達とは随分と違う。まるで人種そのものが違うかの様であり、腫物を見るような目を向けてくる者も少なくないのがアルヴの森のエルフ達だ。

 

 絶対の王があるからこそ生まれてしまった、永く続くエルフの現状。本当に客観的な第三者、それも最も信頼できる者の一人から伝えられた事実と30年近く経つというのに何も変わっていない現実を前にして、リヴェリアの顔が僅かに曇る。

 直後、ラーファルは手の動きにて、部屋から出るよう部下に命じる。先の失態もあって口を開くことができなかった兵士や貴族たちは、素早く扉の向こうへと消えていった。

 

 

「客人よ、同胞を代表して非礼を詫びる」

「此処はエルフにとっての聖地、是非もなし。貴族はさておき、背後の大樹や王の為に命を賭け護りを務める者ならば、当然と言える対応でしょう」

 

 

 座ったまま口を開いたラーファルだが、思わぬ返答を受け席を立った。正直なところ相手を試す為に下手に出た彼だったが、見事に裏切られた格好だ。

 普通ならば地の利を得たりとばかりに、何らかの要求をした事だろう。しかし男は同じ戦いの場に身を置く者として、衛兵を筆頭とした兵士の対応を咎める事をしなかった。

 

 故にラーファルの中における、タカヒロの評価が大きく変わる。リヴェリアが選んだ男という情報は入っていた為に期待と不安が大きく入り混じっていたのだが、これにて渦と不安は小さくなった。

 しかし一方で相手の表情が変わらない為に、意図などについて全くもって読み取れない。ラーファルは手をかざして従者にテーブルを運ばせた後にタカヒロを呼び寄せ、男二人の場が作られた。

 

 邪魔にならぬよう妻のフォターナはリヴェリアの下へと動いており、そんなこんなでリヴェリアの緊張が大きく高まる。想定していた過程を大きくすっ飛ばして一体何が始まるのかと、彼女も全く予想だにできていない。

 

 

 

 これから始まるは、男二人による問答だ。ラーファルは、何か言いたいことや問いはあるかとタカヒロに対して発言の場を設け。言葉を向けられたタカヒロもまた、遠慮することなく口を開く。

 

 

「では1つ。あの衣服を手掛けたのは?」

「……なにっ?」

 

 

 思わず外野から口を開いて疑問符を発するリヴェリア。よもや彼女が身に着けている服の話になるなど、身に着けている当の本人が疑問符を発する程に、最も混乱する内容であった。

 

 

「生地の選定から仕上げまでは、我が里における随一の職人が。装飾を含め全体の様相については、私自らが手を掛けた」

「なるほど」

 

 

 淡々とした口調で答えるラーファルと、相変わらず表情を変えない青年タカヒロ。二言を発することなく立ち上がり、眉間に力を入れてラーファルを見据えている。

 対峙するラーファルもまた立ち上がり、威厳ある表情のなかに険しさを浮かべつつタカヒロを見据えている。交わる視線が火花を散らす事こそなけれども、持ち得るエネルギー数量は非常に大きい。

 

 

 まるで、互いが互いに品定めを行っているかのよう。腹の内までを探ることは不可能だろうが、一挙手一投足から相手を知ろうと伺っているのだ。

 

 

 

 このように文字として起こせば、聞こえはいい。だがしかし、此度においては内容が内容だ。

 

 タカヒロの心理を翻訳すると、“リヴェリアが着ている衣類は誰の趣味によるものか”。その心境は何故だか相手にも伝わっており、だからこそラーファルは、己自らがデザインしたことを告げている。

 見た目とは正反対に、シリアスという文字の欠片もない状況。表情一つ変えぬまま暫くしたのち、タカヒロは静かに、しかし力強く言葉を発した。

 

 

 

 

「流石の表現力(センス)です、お義父さん」

「分かるか、ヒューマンの騎士よ」

「待て、何を言っている!」

 

 

 思わずオラリオのノリでツッコミを入れてしまうリヴェリアながらも、持ち得る心境も仕方のないことだろう。何の前触れもなく、しかし極ごく自然に「お義父さん」と呼んでいる青年ながらも、ラーファルは気にしていない様相だ。

 またラーファルもラーファルで、里に踏み込んできたヒューマンを“騎士”と呼ぶ程である。この点も、他種族を下手に見る傾向が強いエルフにしては有り得ない光景だ。元よりリヴェリアは、里が持っていたそのような風潮を嫌って飛び出した過去がある。

 

 つまるところ、損得抜きにリヴェリアを誉める奴に対しては対等に扱うという親バカっぷり。そんな親バカ(リヴェリアスキー)を相手するのもまた装備と同じぐらいにリヴェリアが好きな恋人バカ(リヴェリアスキー)である為に、何かと波長が合うのだろう。

 そしてリヴェリアのツッコミは男二人に届いていないのか、その点についてはスルー安定。後ろで面白おかしそうに口元を抑える己の母に向かって振り返るリヴェリアだが、こちらにも掛ける言葉は浮かばない。

 

 整った眉は困惑により八の字になってしまい、視線は再び前を向く。いつの間にか互いに右手を差し出してガッシリと悪手(握手)しているポンコツ二人は、表情だけは真剣だ。

 数秒もすると、今度は互いに両手を重ねて固く握手。二人の中で何かしらの同盟が結ばれたのだろうが、とりあえず、もはや収拾がつきそうにない。

 

 

 リヴェリアにとって、両親や家臣がタカヒロに対して“悪口”を言うのかとばかり思っていた、此度の帰省。しかし蓋を開けてみれば、眼前において、予想の斜め上と言える言動が繰り広げられている。これを想定しろという方が無理難題となるだろう。

 本人二人は至って真面目なその戦いも、どうやら転換期となった模様。どうやらリヴェリアについての話になっているようであり、どんな内容なのかと、リヴェリアも聞き耳を立てていた。

 

 

 が、しかし、先程の様相からマトモな会話内容となる筈がない。例によってタイトルは“リヴェリアの可愛らしい点について”となっており、リヴェリア本人は開幕から己の眉間を軽く摘まむこととなった。

 母のフォターナは相変わらず軽く笑いを堪えた様相を見せており、ツッコミ役においても参戦する気配はない。そして男二人は致命的な違いに気づかぬまま、各々が最良と思う魅力を、真剣な表情で口にすることとなる。

 

 

「父上父上と、足早に後ろをトコトコと歩いて来た愛くるしさこそ極上よ」

「お言葉ですが、女性の素顔を示した姿こそ無上に等しいものがあります」

 

 

 片や、恋人姿のリヴェリアを知らず。その片や、幼少期の頃のリヴェリアを知るはずがない。

 故に、男二人が到達する境地はただ一つ。両者は互いに右手を引き戻し両手に拳を作って構えを見せ、後ろに一歩飛び退いた。

 

 

「――――分かり!」

「合えぬ――――!」

 

 

 傍から見れば、分かり合えるはずもない。

 

 

 なぜならば。

 

 

 リヴェリアに対する愛情の強さは、双方ともに同じとしても。男二人が居る立場は、全くもって違うのだから。

 




親バカ(リヴェリアスキー) Vs 恋人バカ(リヴェリアスキー)
誰かこの二人とめて(仕事放棄)


150話:タイトル回収
177話:ルビのフラグ回収
⇒「同族の王様」に“リヴェリア”とルビが無かった。


・リヴェリア父の名前:特典小説より。
・リヴェリア母の名前:オリジナル。fontana(フォンターナ)→フォターナ。イタリア語で“泉”。ちょっと男っぽいですかね。
・リヴェリア:イタリア語で“湖岸”。


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235話 玉座の問答

 

 リヴェリアが7年ぶりに身に纏った衣類について、ものの見事に趣味嗜好が一致したのか。100の数値など軽く超える年齢差、更には種族や立場という様々な垣根を越えて意気投合した、タカヒロとリヴェリアの父ラーファル。

 当の本人である二名は非常に真面目ながらも状況は一転し、互いに拳を構える一触即発の状況下。どうやら、各々が好きな“リヴェリアの可愛さ”については全くの別物だったらしい。

 

 そりゃ勿論、互いに認識しているリヴェリアの魅力は全くの別物だ。片や物理的に小さな頃の愛娘としての可愛さ、片や恋人としての可愛さである。

 どう頑張ったところで、分かり合えるワケがない。むしろ分かり合えたならば、様々な方面にて色々と問題だ。会話の内容の全容が聞こえたならば、リヴェリアはここで茹で上がっていた事だろう。

 

 

「ふふ、すっかり仲良しね」

「詳細な会話までは聞こえなかったが、何をやっているんだ、あの二人は……」

「良いじゃないリヴェリア。あの二人、なんだか似た者同士なのではなくて?」

「つまるところ近親憎悪と呼ばれる類でしょう、母上」

 

 

 威厳や風貌を投げ捨てコメディ要素が全開となっている男二人はさておき、こちらは全く別の様相だ。反発するような素振りはなく、バカ騒ぎをしている男二人を、一歩引いた位置から見守っている格好と言えるだろう。

 とはいえ互いに手を出す気配は皆無であり、そうなれば勝負など一瞬で片が付く。タカヒロが手を出すならば一撃で、ラーファルが手を出したならば報復ダメージで一撃だ。

 

 

 ともあれリヴェリアとしては、己の父母がヒューマンであるタカヒロそのものについて苦言を口にしない点については驚いているのが実情だ。先の反応は、男二人に対する呆れの感情が上回ったために出たモノである。

 てっきり嫌味の一つ二つどころか、タカヒロそのものについて否定される覚悟を抱いていた。そうなったならば、例え親だろうとも、最悪は剣を向ける覚悟で居た程だったのだが、杞憂の結果に落ち着いている。

 

 

 もちろん、ラーファルがこのような態度を見せたのには理由がある。しかしながらリヴェリアがそれを知るより前に、周囲に大きな動きがあった。

 

 

「陛下、どうかされ何をしている貴様ァ!!」

 

 

 此処は玉座であり、王と王妃が居る現状。そんなところで騒いでいるならば、周りが「何事」と反応を示すのも無理はない。

 更には、騒いでいる片方は国王だ。そしてもう片方が謎のヒューマンで互いに向き合って拳を作っていれば、生まれる焦りも猶更の事である。

 

 

「語らいの最中(さなか)だ、妨げは要らぬ」

「は?」

 

 

 王から放たれた、まさかの返事。もしも今の状況となったバカ騒ぎ(語らい)の原因を耳にしたならば、揃って顎が外れることだろう。

 顎が外れる代わりに衛兵達から盛大な疑問符が飛び出し、場がシンと静まり返る。しかし、そのような状況も長くは続かなかった。

 

 

「王、なりませぬぞ。そのような有象無象との語らいなど、品が下がります」

 

 

 場に響く声と共に現れたのは、やや目つきが鋭い一人のエルフ。周囲と比べて少し年配さが伺える人物は、リヴェリアも知っていた。

 手っ取り早くまとめるならば、私利私欲を何よりも優先する者。エルフと言えどこの手の輩は居るものであり、オラリオにおいて私欲を優先するギルドのトップもまたエルフだ。

 

 

「リヴェリア様も、お戯れに過ぎるものがあるでしょう。あのようなみすぼらしい装備の者を、何故、従者に選びなさったのか」

 

 

 自分自身はともかく自分の装備を非難することに対し、タカヒロは、ここにきて初めて明らかな不快の表情を浮かべている。そんな気配を察したのか、リヴェリアもまた怒りの様相を隠しきれていなかった。

 此度のリヴェリアの激怒具合は収まりが付かないようで、「なにっ?」との言葉と共に、やや目を見開いて該当貴族へと顔を向けている。

 

 

「リヴェリア様、お分かりですか?此処はアルヴの森の中枢、大聖樹の御前であり玉座の間。どのような意図で連れてこられたかは察しますが、ヒューマンが居て良い場所ではないのです」

「何が言いたい」

 

 

 傍から見ても、喧嘩が始まる数秒前。リヴェリアも貴族も矛を収めるつもりも隠すつもりもないようで、一触即発の空気は収まる気配を見せていない。

 とはいえ、事が起こってからでは状況を収める事も難しい。いつかロキ・ファミリアで発生したアールヴ事件ではないが、非がリヴェリアへと向かぬよう、バカ騒ぎの様子から戻ったタカヒロは落ち着いた口調で言葉を発する。

 

 

「落ち着け」

「しかしタカヒロ!」

「忘れるな。お前がアールヴの名を持つならば、玉座において激情に身を委ねることは禁物だ」

 

 

 その男は、特定の場面を除き、この場における誰よりも冷静だった。彼を止めることが出来るのがリヴェリアだけのように、彼女を止めることが出来る数少ない人物である。

 意図は受け取ったリヴェリアだが、先の反応を見せたのは怒りは勿論、誰よりもタカヒロの心配を抱いている為。確かにヒューマンが玉座に居る事自体、今のエルフ達ならば極刑と騒ぎ立てても不思議ではないのだ。

 

 相手の貴族が抱く本音としても、同様だ。その類の言葉を口にしたいものの王の前と言う事もあり、今のところは腹の内に留めている。

 

 彼にとってタカヒロとは、最も邪魔な者だった。理由としては酷く単純であり、王族に取り入る機会を潰されそうになっているため焦っている。

 結果として仲間と共に王を説得してリヴェリアを呼び寄せたものの、まさか共に来るとは思いもよらず。故に生まれ出ている焦りは隠せてこそいるものの、対象を排除しようと一直線。

 

 故に非礼の理由を相手に生まれさせたならば話が早かったのだが、こうして見事に失敗している。だからこそ、別の方面から相手に脅しをかけるようだ。

 

 

「ヒューマンは知らぬだろうから、教えてやろう」

 

 

 具体的には、此処アルヴの森に適応される法令の類。リヴェリアの従者だからこそ許されてはいるものの、本来ならばどれ程の大罪に値するかについて、決まり事や罰則内容が、やや早口で告げられている。

 勿論そのような罰則が明確に記されているワケではない。あくまで“重罪”程度の言い回しながらも、場の雰囲気や相手がヒューマンなどということもあり、随分と痛々しい罰則となっている。

 

 

「……貴様、聞いているのか?」

 

 

 しかし、そんな処罰の対象になってしまうタカヒロはスルー安定。そもそも途中から興味を向けなくなっており、ラーファル王の背後にそびえる大樹を見上げ観察している程だ。

 その為に苛立ちを隠せない貴族は、先の一文を口に出す。ようやく返答する気が起こったのか、タカヒロは貴族に対して身体を向けると、先と変わらず落ち着いた口調で口を開いた。

 

 

「ラーファル王の意図までは承知していないが、好みの処罰を下せば良い。自分という一人のヒューマンが、エルフという種族に呆れ果てるだけの話だ」

「笑止。貴様一人からの失望で、大局に影響することなどあろう筈もない」

 

 

 人物が人物ならば、「計画通り」とでも口にして口元を釣り上げていた事だろう。もしもこの場にロキが居たならば、貴族に対して最大限の憐みの視線を向けていた筈だ。

 

 なお、明かされていない事実を知っているリヴェリアは、憐みを向ける余裕もない。タカヒロの口から出てきた言葉は、さすがの彼女とて想定の外だったらしい。

 彼女個人としてではなく、アルヴの森に縁のある王族のエルフとして。下手をすれば世界が滅びるまで失態の記録として残りそうな事態について、どう後始末を付けたものかと悩んでいると、貴族が再び口を開くこととなった。

 

 

「リヴェリア様、さぁこちらへ。穢れがうつってしまいます」

 

 

 瞬間、カッと目を見開く男二名。もう数段高いフロアにて一変した雰囲気を感じ取ったリヴェリアに、別の意味での悩みと呆れの感情が沸き起こる。

 

 

「天に仰ぎ見るべきリヴェリアを!」

「同じ階層(フロア)に立たせるか!」

「頼むから暫く口を閉じてくれ」

 

 

 先の事態についてエルフ達の未来を案じ悩む彼女など、他愛もないかの如く。リヴェリア関連という事で相変わらず暴走しかける――――いや、暴走してしまっている男二人は、息だけは恐ろしい程までにピッタリである為にリヴェリアからすれば(たち)が悪い。

 一応ながら、ジト目付きな彼女の言葉でピッタリと止まる点だけは救いだろう。王族故に、玉座のある一段と高いエリアから下に行く必要のないリヴェリアは、下に立つ貴族を見据えて口を開く。

 

 

「対談ならば、ここで拝聴することが出来る。意図を聞こう」

「此度の“お相手”が、お待ちです」

 

 

 そう言われて、リヴェリアは此度の意図を思い出した。と言うよりは勝手に盛り上がって本来の目的を忘れさせてしまった男二名が原因なのだが、今そこにツッコミを入れている余裕はない。

 相手が“誰”とは聞いていないが、微かに記憶に残っている候補を察する事はできた。その中の一人が、目の前にいる貴族の子供である事も。

 

 

「此度の召喚は、リヴェリア様の未来を案じたが故にございます」

「フッ」

 

 

 アールヴの名に相応しくない行いと知りつつ、思わず鼻で笑ってしまう。距離があったために相手には聞こえていないだろうが、母のフォターナには届いていた事だろう。

 しかしながらも、叱りの言葉は見られない。暴走していた男二名と共に口を閉ざしたままで、場の移ろいを見守っている。

 

 

 仮にリヴェリアが、この縁談を呑んだとしよう。果たしてアルヴの森に関して、何かが変わることはあるだろうか?

 答えは既に見えており、否。アルヴの森は間違いなく、今までと何一つ変わらない。

 

 

 ――――エルフとは頑固であり気質が高く、それでいて他種族を見下し、排他的に接する種族である。

 

 

 これは、世間一般の評価を少し強めた言い方だ。されど声を大きくして否定できない現実もあり、リヴェリアが同胞たちに対して最も好ましく思っていない点の一つである。

 現に彼女はハイエルフとして扱われることを嫌っており、そうは言うもののエルフの者達が彼女に接する態度については頭ごなしに否定するわけでもない。はるか昔からの風習が、そう簡単に変わるとは思っていないからだ。

 

 

 それは、リヴェリアが持ち得る“王”への欲求。そして考えも同じである。

 

 

 話は変わって、神の眷属となった際に発現する“スキル”についてだが、ベル・クラネルに発現した“英雄願望(アルゴノゥト)”や“憧憬一途(リアリス・フレーゼ)”など、スキルとは芽生えた者の心象を示しているとも言えるだろう。どこぞの男に芽生えている妖精嗜好(エルフ・プリファレンス)も同類だ。

 これらが全て“レアスキル”と呼ばれる類であるように、そう易々と発現するものではない。レアスキルならば輪をかけて、当事者の心象や過去などに依存する傾向があるものだ。

 

 

 リヴェリアに発現しているレアスキル、“妖精王印《アールヴ・レギナ》”。王としての扱いを嫌う一方、どこか王であることを捨てきれなかった、彼女の心象。

 このスキルが持ち得る効果を最大限に活用するためにエルフのみで組まれたロキ・ファミリアのパーティーが存在しているのだが、彼女にとっては皮肉にしか映らない事だろう。生きるか死ぬかの瀬戸際で活動するならば背に腹は代えられないが、いずれにせよ、彼女の中にもエルフの根底が残っていたことは事実だろう。

 

 かつてロキ・ファミリアへと加入した時、そしてフィンやガレス達と共にダンジョンへ潜っていた時にも、その傾向は強く表れている。三者三様で綺麗に種族が異なっていた事もあり、該当者に尋ねれば、何度喧嘩になったか分からないと苦笑いする事だろう。

 

 

 

 しかし、ここ最近の半年程度は。相手が彼ならば、その残り香すらも、ほぼ完全に捨て去ることが出来ている。

 

 

 

 そもそもとして彼女を王族扱いする気が欠片もなかった、一人のヒューマン。これは数ある理由の一つなれど、彼との出会いが、リヴェリア・リヨス・アールヴを大きく変えた。

 

 リヴェリアが最も大きく感じ取った事の一つとして、エルフ達と決定的に違う、彼独特とも言える言い回しがあるだろう。「これが正しい」と決めつけるような末尾が特徴のエルフとは、明らかに違う項目だ。

 

 決して、「知らない」などと突き放すわけではない。アイズの時のように否定する部分はシッカリと否定するものの、あくまでもそれは彼自身の考えである事を強くした言い回しであり、それが正しいかどうかや最終的な決断については、選択を相手に残している。

 ベルやリュー、フィルヴィスの時のように、内容によっては、彼自身の抱いている考えが正解だと伝えるような場面もあるだろう。だとしても、相手に「そのような考えもある」と気づかせる事が、ほとんどの場合において共通している。

 

 

 短絡的に述べるならば、リヴェリアも、そんな彼の言い回しを真似し始めたのだ。すると不思議なことに、団員たちとの距離も近くなり、話しかけられる事も増えている。

 

 

 リヴェリアが森を出たことについて、一般世間のエルフ達は歓迎した。そのように言われているが、無論、そのような事実ばかりではない。

 具体的に述べるならば、「王としての責務を放棄した」という罵倒の内容。覚悟はしていた彼女だが、実際に噂話を耳にすると心にくるものがある。

 

 

 しかし、その言葉から逃げることはしておらず、王として生まれた彼女は一つの事実として真摯に受け止めている。口に出すことは無いものの、胸の内には、常にその言葉が存在した。

 彼女が抱える、不安の一つ。アイズの未来については大きく和らいでいる事もあって、最近は、こちらの大きさが顕著になってきていた。

 

 

 共に同じ枕に頭を預けた際、彼女が最も信頼できる者に想いを打ち明けてみれば、答えの始めは予想通り。王と呼ばれる存在を数秒たりとも務めたことが無いために尺度を持ち合わせておらず、その責務については答えることが出来ないという内容だ。

 そもそもにおいて責務云々の前に、王とは何か。絶対的な権力者と答える者も言えば、国の象徴などと柔らかな回答を見せる者もいるだろう。それこそ、絶対的な答えなどありはしない。

 

 このような前提の下、男が口にしたのは、次の回答である。

 

 

――――先の罵倒を評価するのは簡単だ。王が背負う責務の重さと大きさ。その欠片も知らず背負わぬ者から生じた、なんの根拠や責任のない、雑音にも満たない類であることは確かだろう。

 

 

 流石にリヴェリア贔屓が入っている為に全否定のレベルとなっているが、それが彼の考えだ。使用してもいない装備を頭ごなしに否定する輩に対して、時折思っていた事でもある。

 ともあれ、彼女にとっては予想もしていなかった言葉だったらしい。そして続けざまに口に出された言葉によって、今宵、リヴェリアは極度の興奮によって盛大な睡眠不足に陥る事となる。

 

 

――――例え周りが何と言おうが、そしてどのような結末となろうとも、目指す道を進めばいい。自分は最後まで、お前の味方だ。

 

 

 絶対的な信頼を置ける者が口にした内容は、恋愛クソ雑魚ハイエルフの心を鷲掴み。リミッターが外れてしまった結果として肉食エルフが生まれる事になったのだが、それはまた別のお話である。

 

 ともあれその日を境に、リヴェリアの心はまた一つ大きく変わった。心境の変化は態度や表情にも表れており、周囲もその変化に気づいている。

 黄昏の館などにおいても、彼と居る時は表情の棘が全くないとロキに何度か揶揄われた事もある。言い方を変えれば王としての殻が取れている事の証明であり、それはつまり、無駄な気を背負っていない。

 

 

 だからこそ。彼と居る時間の全てが、心地よい。

 

 

 酔いが回った時など時たまアールヴの名を示すのは、長年に渡って染み付いた癖のようなものだろう。例のアールヴ事件の時もそうだが、基本として権利を振り回すような使い方はしていない。はずだ。

 タカヒロとて偶に耳にする事はあるものの、基本として、平時において生じることは本当に稀となる。では平時ではない状況とは何事かとなれば、基本として酒が入った次のようなシチュエーションだ。

 

 

――――わー↑がー→なー↓はー→、ア~↑ル→ヴ↓だぞぉ~?

――――はいはいアールヴアールヴ。

――――むーっ。ばーかに、しているだろうー?

――――カウンターストライク(此方の台詞だ、馬鹿者)

 

 

 時たま隠れ家で勢い余って酔いが回った時も、こんな程度の様相だ。強引に同じ椅子に飛び込んできたかと思えばベッタリとくっついている彼女は、色々なモノを投げ出しているとはいえ、その中にはエルフの根底も含まれる。

 

 これ程まで穏やかに過ごしたのは、いつ以来の事だろう。束縛され続けた過去も、戦いに明け暮れたオラリオでも、そのようなことは一度もなかった。

 これ程までに日常の景色が鮮やかとなったのは、いつ以来の事だろう。初めてアルヴの森を飛び出した時よりも、彼女の目に映る情景は輝きを放っている。

 

 己が迎える未来は、どうだろうか。少し前までは世界を旅して回りたいとも思っていたが、そんな事よりも大切な存在を見つけた今は、オラリオで過ごす日々の明日に思いを馳せる。

 異性、それも異種族と共に過ごす日々を楽しく思うなど、ハイエルフにとって最もあるまじき行いの一つだろう。しかし行いを強制されているならまだしも、彼女自身が強く望んでいるのだから仕方がない。

 

 

 かつて、自分自身を一人の女性として見た者が居ただろうか。これ程のものを与えてくれる存在が、このアルヴの森に居ただろうか。

 

 

 答えは、否。かつての従者ならばまだしも、誰もかれもが、彼女自身をハイエルフという枠でしか見ていない。

 

 

 かの者と共に過ごしたならば、エルフから向けられる反発は必須と言える。覚悟はしているリヴェリアだが、こうして現実が目の前に迫ると、数多の不安が見え隠れする。

 名実ともに、これより幾千の夜を共に迎える事となるだろう。時には楽しい事もあるかもしれないが、辛く苦しい事の方が増えるかもしれない。

 

 

 しかし。そんな夜空だろうとも、数多の星座は二人と道を照らしてくれる。

 止まない雨が無いように、開けぬ夜空などありはしない。そして何より、彼女にとって掛け替えのない存在と共に在るならば、数多の不安など、顔をのぞかせた傍から消し飛ぶだろう。

 

 

「先に受けた、見合いの提案に答えよう。向かう先に居る者は、私には必要のない相手だ」

「な、なんですとっ!?」

 

 

 故に、リヴェリア・リヨス・アールヴが今ここで出す答えは只一つ。父ラーファルから手紙を貰った際に既に決めていた事項であり、今更、撤回するつもりなど更々ない。

 とはいえまさかの返答に、貴族は大きく声を荒げた。周囲も否定の声は出せないものの大きく動揺しており、ざわめきが謁見の間に広がっている。

 

 周囲とて詳細な事情は知らないが、貴族が発していた言葉の意図ぐらいは理解できる。そしてリヴェリアに関する簡易的な事情もオラリオより届いており、こうして一人の異性のヒューマンを引きつれてきた。

 トドメとして、貴族の見合い話をを突っぱねた。故にリヴェリアが迎える未来についても察しており、どよめきは収まりそうにない。

 

 

「ご乱心であらせられるか!?あのような者と共に在って、アールヴの名をお捨てになるおつもりで!?」

「分からぬか、下郎。王族という立場などより、私はタカヒロが欲しいと言ったのだ」

 

 

 凛とした表情から出された玲瓏な言葉で、音が消える。彼女が抱く本音、相手を貶された怒りを含む気持ちの入れようは伝わっており、衛兵はゴクリと唾をのんだ。

 リヴェリアとて今回は、決して怒りの感情に流されたわけではない。先の問答における対応とは異なる事が分かっているからこそ、タカヒロもラーファルも口を開くことは無かった。

 

 

 玉座における問答は、此処に一時休止となる。誰かが口を開いたならば再開する事となるだろうが、それを行う勇気を持っている者は、数名しかいないのが現状だ。




どこかで使いたかった中の人ネタ


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236話 王の想い

 

 張り詰める一方、極く微妙で神経的な不調和妙とでも言える空気が漂う、アルヴの森における玉座の間。本来ならばそう滅多に起こらない状況である一方、エルフたちは唖然とした態度で状況を受け入れている。

 一度ヒューっと、秋口手前の風が駆け抜けたかと錯覚する。まるで玉座の温度を奪っていったかのようで、以後は気配を見せていない。

 

 

 エルフ、特にこの森に住まう者ならば、誰が想像できただろうか。世界へと旅立った、あのリヴェリア・リヨス・アールヴが、再びこの地を踏む事を。

 

 

 かつての日における壮大な旅立ち。森に住んでいたグリーンドラゴンを一撃のもとに葬った武勇伝は、今でも薄れることなく森の娯楽の一つとして語られている。

 破壊された木々については、20年と少しの時間によって大まかな再生を終えている。今では、どこからどこまでが魔法“ウィン・フィンブルヴェトル”によって破壊されたかを断定することは難しい。

 

 武勇伝と当時に、国王であるラーファルと大きな言い争いをして飛び出した事も有名だ。その後の対応としてはラーファルが各国に“通知”を出す程度に留まっているが、この対応を“穏便”と捉えている者が大半だ。

 なんせ、まるで多大に勘当を言い渡すかの如き言い合いの様相は、語る者こそいなけれど、目撃者も少なくない。それが決別と捉えられたとしても、無理もない事だろう。

 

 

 例え妻が相手だろうとも口には出さなかったラーファルだが、当時は同様の覚悟を抱いた程だ。

 

 

 だからこそ此度の召喚に応じたリヴェリアに驚きつつ、こうして久々に話をすることが出来た点は、王ではなく親として喜びを隠せない。想定外の事象としてタカヒロ(変な奴)……もとい、似たような奴と同調してしまった事もあり、先のように斜め上の反応として表われている。

 

 勿論、彼の所に対しても、オラリオで吹いていたリヴェリアの春風についての情報は舞い込んできている。流石に第一報は誤報の類かと疑っていたものの、エルフならば仕方のない事だろう。

 今の今まで無風であり、突如吹いたかと思えば相手がヒューマンだと言うのだから衝撃も相当だ。何がどうなったかについては全く想定も出来ておらず、それは今とて変わらない。

 

 

 しかしこうして面を合わせてみれば、リヴェリアが彼を選んだ理由が少し分かった気がしていた。妻のフォターナは更に一歩踏み込んだ場所まで察していたが、これは性別の違いからくる持ち得るレーダーの性能差が原因だろう。

 彼は、リヴェリアがハイエルフである点を利用する様子など欠片も見せていない。鎧については棘やくたびれた黄金色などを筆頭に賑やかであるものの、基本としてはリヴェリア好みの落ち着いた様相を見せている。基本としては、だ。

 

 ともあれ、そのような者は同胞となるエルフにおいて当てはまる者も幾らかは居るだろう。だからこそラーファルやフォターナは、先に記した内容ではなく、別となる大きな理由があったのだと推測した。

 

 

 

 そう思っていた時に生じたのが、先の問答である。

 

 彼女はアールヴの名を継ぐハイエルフとはいえ、貴族を下郎と呼ぶなど、本来は有り得ない。抱く怒りもまた隠すことが出来ておらず、引き下がる気配など欠片もない姿勢は正に、徹底抗戦の構えと呼べるだろう。

 故にリヴェリアは、冷静だった。そのうえで隠さずに纏うオーラは尋常の範囲ではなく、衛兵とて思わず身震いしてしまう程。言葉に出すことは無くとも、抱く覚悟は伝わっている。

 

 

 そんな彼女にあそこまで言われては、地位のある貴族のエルフとて反論の言葉が見つからない。また、ハイエルフのリヴェリアに対して先のような言葉など、平時ならばそれだけで問題だ。

 だからこそ貴族は顔をラーファルへと向けており、王の判断を待っている。一度、静かに目を閉じたラーファルは、やや距離があるもののリヴェリアと顔を合わせて口を開いた。

 

 

「やはり、“王”に成る事は出来ておらんか」

「っ……?」

 

 

 ラーファル王の言葉が、リヴェリアには分からなかった。どのような意図から生まれた言葉かと考えを巡らせるが、該当するものは見つからない。

 

 

 アールヴという、エルフにとっては神聖となる名前の一つ。エルフの始祖を指し示すものであり、直系となる王族のみが名乗ることを許されている。

 

 

 しかしそうなると、先のラーファルが口にした内容と食い違う。リヴェリアは彼の子であり間違いのない王族ながらも、そこには理由が存在する。

 下種な言い方をすれば、彼とてただ王に就いているだけの阿呆とは違うのだ。ラーファルは、アールヴの名前を持っているという事実と“エルフの王”が純粋にイコールとは捉えていない。

 

 

 王である者の条件、もう少し簡略化したならば、王とは何か。万人に問いを投げれば、万人が違ったニュアンスの回答を示すだろう。

 集まった回答を多勢で吟味したならば、全く違う答えも生まれるはずだ。象徴、君主、それこそ表現方法の一つだけに焦点を当てても様々である。

 

 

 アルヴの森の王である為には、どうあるべきか。良くも悪くも崇められる孤高の王という存在として悩み抜いたラーファルは、己として一つのポリシーを抱いている。

 早い話が政治的な要因を中心とした、彼が描く、国民たちが平和に暮らせる森の姿。そして、それらの一つ一つを全うするために必要な、王の姿が、今ここで語られていた。

 

 

 リヴェリアが抱いていた考え、それが捉えていた範囲など比べ物にならない程に、広い視野。ラーファルは、この国に住まうエルフを想わなかった事など一日たりとも在りはしない。

 

 

 国とは何か。難しい定義である。様々なファミリアが主神の下で行動するオラリオにおいては随分と希薄な概念であり、意識している者も少ないだろう。

 しいて言うならば、ファミリアが国の代わりだろうか。国もファミリアも、そこに生きる者、一人一人によって集合体を成している。

 

 

「お前に譲れぬ想いがあるように、私にも譲れぬ想いがある。アルヴの森に住まう者達の繁栄を願い、(ただ)その為に生きることだ」

 

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴの父であるよりも、王としての立ち位置を全うする。それが、ラーファル・リヨス・アールヴの掲げる戦う理由なのだ。

 これらの言葉を口にするにつれて、リヴェリアの表情に困惑が生まれている。相手が嘘を吐いていない事はリヴェリアも分かっているからこそ、世界を見ていた筈の己の視野が如何に狭かったかを、そして狭きを捉える事の大切さを痛感した。

 

 

 万物流転。この世全てのものに永久はなく、常に遷り変わる定めにある。

 エルフ故に長年を生きてきたラーファルも、この理を理解しており。己が率いる一族が今後も栄える為には、変化が必要だとは感じている。

 

 だがしかし、ただ変われば良いという単純なものではない。適切なタイミングを損なえば、生じるものは変化ではなく混乱だ。

 ラーファルが最も警戒している事態の一つである。そして文化や伝統と呼ばれる言葉があるように、古くから伝わる事象を受け継ぎ示すことは、己がエルフの一族であることを意識して誇るだろう。

 

 

 例えリヴェリア・リヨス・アールヴからは、問題として映ったとしても。これらを遂行することでエルフの皆が意識するのは、己がエルフだという誇りであることに違いはない。

 そしてアルヴの国に住まう者達の数ある誇り、その中の一つ。アールヴの名を持つ者の存在とは、特にアルヴの森に住まうエルフにとって、最も重要な一つなのだ。

 

 

 もしもアールヴの血筋が途絶えたならば、どうなるか。それはもう、アルヴの森の民に留まらず、エルフにとって暗黒の世が始まると表現しても過言は無いだろう。

 

 

 かつてラーファルは、リヴェリアが持つ使命を「世継ぎを生む事」というニュアンスで表現した。そして対するリヴェリアが、「私は人形ではない」と怒りを示したのは間違いのない過去である。

 ラーファルは決して、リヴェリアを森に閉じ込めたいワケではない。その身がリヴェリアの父である前にアルヴの、そしてエルフの王である以上、断腸の思いで父としての立場を切り捨てているのだ。

 

 

「もしも私が、ハイエルフでなかったならば。私が、こうして玉座に座る者でなかったならば。お前達を心から祝福しているよ、リヴェリア」

「っ……!」

 

 

 問答の終わりに出された優しい口調の言葉は、母のフォターナが口にしたとて同じ内容だっただろう。 目を見開き、思わずそちらへと顔を向けたリヴェリアだが、ゆっくりとした深い頷きで返され、口に出す言葉が見つからなかった。

 かつて一方的に反発してしまった過去を思い出して、謝りたい衝動に襲われる。当時あれ程の激情を向け、今もなお己の未来を案じてくれていたのかと、リヴェリアに大きな衝撃が伸し掛かった。

 

 心の内は、態度や表情として表れる。口元をやや強くつぐみ、両手に拳が作られた。

 やや下へと向けられた顔の位置は、どう謝ってよいか分からないと言いたげな様相。同時に伏せられている目元と隠れる翡翠の瞳が、彼女が持ち得る懺悔の気持ちを表している。

 

 

 

 視野が違っていたからこそ生じてしまった、すれ違い。

 

 

 

 決まったと、貴族は思った。思惑通り、これでリヴェリア・リヨス・アールヴは、貴族が思い描く王としての道を選び、己が用意した見合いの相手と縁談が成立するだろう。

 どこぞの馬の骨かは不明ながらも、まさかヒューマンの相手を見つけていたとは思わなかった。しかし王家のエルフが“見合う”となれば、即ち決定に等しい事。もう暫く時間はかかるだろうが、それこそ時間の問題だけだろうと、貴族は思った。

 

 

 

 

 

 しかし――――

 

 

 

 

 

 

「――――ラーファル王の掲げる正義を抽象的に表現するが、情ではなく政治的要因を優先すると理解した。宜しいか?」

 

 

 纏まりかけた筈の場に、据わった声が静かに響く。声と同様に据わった表情も変わらずであり、漆黒の瞳が、ラーファルの翡翠の瞳を貫いていた。

 先とは違って語尾に付属していない敬語が何を意味するか、未だ誰にも分からない。しかし劇場で脇役にスポットライトが当たったかの如く、場を包み込む空気と注目の対象は明らかに変貌した。

 

 男の言葉でリヴェリア・リヨス・アールヴの表情に色が灯り、顔は持ち上げられて前へと向く。翡翠の瞳に映る背中は微塵も怯みを見せておらず、僅かにも揺るがない。

 大地の如き重厚さは、心中に絶対の正義があるからこそ。リヴェリアがエルフの為に、ラーファルがアルヴ国の為に動くように、この男もまた別の理由を持っている。

 

 

 リヴェリアが、タカヒロがヒューマンであることなど関係ないと口にしたように。リヴェリアがハイエルフであろうがなかろうが、青年にとっては関係のない事だ。

 しかし後者の考えは、同時にタカヒロの都合しか見ていない。それを理解しているからこそ彼は口を閉ざしたままでリヴェリアの意見に対して否定も肯定もしておらず、只静かに、互いの本音が揃う時を待っていた。

 

 

 此度の問題は、二人だけの規模とは訳が違う。リヴェリアを王族として見ていない彼だが、リヴェリアが王族である事を否定したり拒絶するつもりは欠片もない。

 

 

 欠けていたピース、すなわち相手の父ラーファル・リヨス・アールヴの胸の内。約30年前ではなく、今の時に生きる彼を知る必要が、タカヒロにはあった。

 彼とて決して、ラーファルの考えを否定するわけではない。むしろ先程までに示された王としての在り方を貫ける彼を、内心では称賛している程だ。

 

 先程は“王の御前”故に、勝手な発言をしないと口にしたタカヒロ。しかしながら、此度においては発言にそぐわないことを行っている。

 故に何か訳ありかとラーファルも捉えており、相手の瞳をしっかりと見返して口をつぐむ。名実ともに王の立場にあるのだ、人を見抜く観察眼は備わっている。

 

 

「……いかにも。この席に着く遥か前より覚悟し、己が下す決断において最も筋を通してきた事象。今この時においても、間違っていないと信じている」

 

 

 少しの間を開けて口に出された、ラーファルの胸の内。言葉の中において断定をしていないのは、やはり彼も、一人の親としての立場を完全に捨てる事ができないため。

 そして王として、己の抱く考えが正しいと知りながらも。己の采配が民を誤った方向に進ませていないかと、常に不安が付きまとう。

 

 しかし王の椅子に座る以上、そんなことは承知の上。歴代の王がそうしてきたように、彼もまた、己の考えが正しいという正義を掲げ、今日を含めた対応を続けている。

 それは、どれほどの未来になろうとも変わらない。タカヒロの目を見つめ、ラーファルはハッキリと言い切った。

 

 

「なるほど。形だけの王では務まらない、精良な心構えです。では此方も、その方面から説得をさせて頂こう」

 

 

 どの様な手かと、ラーファルは気持ちを構える。だがしかし、可能な予想にも限度というものはあるだろう。

 

 ラーファルの前に立つのは、過去において、様々な事象に対して真正面からゴリ押してきた実績を持つ“ぶっ壊れ”。更には様々な場面においてゴリ押しレベルの“カウンターストライク”を発動してきた実績持ち。

 此度においては絶対に見極めなければならない互いの本音、あと1つ相手の手に残っていた“王としての決定”が明確にされる時。即ちタカヒロが攻めに回る為の方針が、定まる時を待っていた。

 

 勿論ながらタカヒロも、無策のままアルヴの森へ訪れているワケではない。目に見える装備というワケではないが、持ち得る武器防具の数々は把握している。装備とは容あるものだけではなく、スキルや恩恵の類も含まれるだろう。

 そう。もとよりこの青年は、ロキ曰く“エルフならば眉唾”となる、ドライアドと生命の樹の恩恵を受けているのだ。その二つが持ち得る政治的要因の強さで言えば、何よりも有効な手立てとなる事は明らかとなる。

 

 

 とはいえ、所持していることが証明できなければ“嘘つき”と同じこと。故に青年は、いつかアイズの相談事に遅刻した際に出会っていた、とある人物に協力を仰いでいた。

 

 

「えっ……?」

 

 

 タカヒロが左手を軽く上げると、どこからともなく一人の人物が現れる。周囲の疑問符を気にすることなく歩く姿は、長いエルフの耳や翡翠の髪と瞳を始めとして、アールヴ一族の女性陣営と似た容姿をしている点は、偶然か必然か。

 エルフにしては、肌の露出が非常に多い。本当に簡素な麻らしき衣類を纏った女性は、僅かにブレることなく、整った足運びでタカヒロへと近づいている。

 

 

 権能を振るう“人ならざる存在”を前に全てのエルフの目が開き、動くことも言葉を発することも叶わない。直感的に相手を大枠として捉えることは出来ているが、具体的に誰かとなれば、見当がついていない。

 

 

 しかし、その中には例外も存在する。チェックメイトとばかりに思っていた貴族その人であり、完全に飲まれた場をかき乱すようにして声を張り上げた。

 

 

「な、何者だ“この女”は!衛兵、摘まみ出せ!!」

「言葉には気を付けた方が良いぞ?下郎」

「なんだと!?おのれ、下等なヒューマン風情が――――」

 

 

 謎の美女に顔を向けたかと思えば、ヘイトは一瞬にしてタカヒロへ。青年としてもそうなるように言葉を選んでいるが、もちろん理由あっての言動だ。

 リヴェリアは相手が誰であるかを直感的に理解しており、衣服が汚れることを構わず、既に“この女”に対して片膝を床に下ろして敬意を払う。周囲に困惑した空間が作られる中、状況をわかりやすく説明するために、タカヒロは普段の調子で口を開いた。

 

 

「全てのエルフが崇拝しているのだろう。下郎の言葉を借りるならば“この女”は、大樹の精霊、“ドライアド”だ」

 

 

 生み出された状況は、彼が得意とするカウンターに基づくもの。持ち得る威力については語るまでもなく、こればかりはリヴェリアすらも予測していなかった、驚愕と呼べる者が現れた。

 



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237話 大精霊と一般人と悩みの種

 

 まるで、流れるかのような足運び。ただ普通に歩いているだけにもかかわらず、神秘的で、どこか地上の生き物とは異なる様相は、注意を引き付ける対象となるだろう。

 視線をさらうとは、言葉通りの表現だ。玉座に腰かけていたラーファルですらタカヒロの言葉に信じられないものの、しかし本能的に立ち上がり、全員の顔が彼女へと向けられている。

 

 

 歩みを進める彼女の自己紹介は、タカヒロによって行われた。それに対して即座に否定も肯定の返答は無かったものの、タカヒロの前、2メートル程の距離に辿り着く。

 そして辺りを見回し、口元だけをわずかに緩め。リヴェリアよりも凛とした、しかし根底には玲瓏(れいろう)さが伺える声で名乗りを上げた。

 

 

「いかにも。“この女”、(わらわ)こそがドライアドである」

 

 

 発した言葉に対して、質疑の類は許さない。そう言わんばかりにドライアドは力の一端を開放し、玉座の後ろにある大樹が明らかに反応した。

 木々の騒めきと呼ばれる言い回しがあるが、風の一つもないというのに、そのような反応が連続して生じている。自然の動きが不自然の条件で生じる(さま)は、僅かな不気味さと共に大きな神秘さを兼ね備える。

 

 

 何が起こった、そして本日の出来事の全てが吹き飛んだ。ここアルヴの森に住まうエルフ一行の心境は、これらの言葉で足りるだろうし、かと言って不足もしていない。

 

 

 想定の外で起こっている出来事は、一撃一撃が、エルフにとっての規格外。ただでさえリヴェリアがヒューマンを連れてきたうえに王と問答を繰り広げている最中に生じた、貴族への罵倒。

 それだけでも、対応を一つ間違えば、リヴェリアもしくは他の貴族を含めた誰かの首が飛ぶ。沈黙という対応によって後回しにされたものの、それほどの危険性を孕んだ出来事だった。

 

 

 しかし、そんな一大事すらも綺麗さっぱりと流されてしまった。

 

 

 文字に起こしたならば、1000年の時を軽く凌駕するエルフの歴史。本当の原初のエルフこそ定かではないものの、アールヴの名を持つ王族が同胞を率いてきた。

 その地こそ、ここアルヴの森に他ならない。大聖樹と呼び、木々の大精霊であるドライアドが宿るとされた伝記は、エルフ達の間において、あまりにも有名だ。

 

 これらは、アルヴの森に住まうエルフでなくとも親から教わる程に、エルフの間では常識的な話と言える。精霊と交流を深める地、“精霊郷”と呼ばれる場所もあるが、此方に集うのは小精霊が精々だ。

 数多の神々が登場する、普通に聞いたならば「有り得ない」と感じてしまう程のお伽話。流石に1000年以上と言う時はエルフにとっても短い部類とはならないらしく、これらの神話と同じように感じられているのが現状らしい。決してドライアドの伝記を忘れることは無いものの、常日頃から意識しているかとなれば、解答は難しい。

 

 

 それでは。そんな伝記がある前提において、今この場におけるエルフ達の反応は、どうなってしまうのだろうか。

 

 

 誰もかれもが、相手の特異性は感じ取れる。そして彼女の言葉でもって、大聖樹が、かつてない反応を示した。

 答え合わせは、行うまでもない。かつての歴史にすら前例がない為に、謎の人物の登場時こそ想定の外で反応が出来なかったものの、聖樹の様相を再び目にしてエルフ一行は我に返る。

 

 おおよそ、2-3秒の出来事だっただろう。条件反射でもって、すぐさま全員がリヴェリアと同じように片膝をつき、ドライアドよりも()が高い位置にある者は一人しか残っていない。

 それに気づいたのは、玉座と言う少し高い所に居たラーファルだ。ドライアドを紹介していた手前、ただのヒューマンではない事を感じ取り、敬意を含む言い回しにて口を開く。

 

 

「タカヒロ殿、ドライアド様の御前である。エルフでないことは承知しているが、この場は(こうべ)を垂れて貰いたい」

「ラーファル・リヨス・アールヴよ、その者はよい。なんせ、(わらわ)の祝福を所持しておるからのう」

 

 

 その言葉で、リヴェリアを除く全員の頭が持ち上がった。なお言葉をそのまま受け入れられず――――エルフ基準においてはこれだけでもドライアドに対する不敬罪になりそうなものだが、揃って目が見開いた状態というオマケ付きである。

 しかしリヴェリアだけが顔を上げなかったことで、知っていたうえで黙っていた事を察したラーファル。もしもリヴェリアが初手でドライアドの祝福を口にしていたならば、先のような小競り合いも生まれない。

 

 遅くとも、タカヒロが、エルフたちから暴言を浴びせられていたタイミング。望まぬ婚姻の件も含め、勝敗など一撃で決まっていた事だろう。

 

 今になって思い返せば、不自然な点が幾つもあった。あまり表には出せないが極度の親バカ――――もとい愛娘を案じるからこそ、久しぶりに実家に帰ってきた娘に対してテンションが上がってしまった事も、眼鏡が曇ってしまった理由の一つかもしれない。

 

 

「……リヴェリア。タカヒロ殿がドライアド様の加護を授かっている事を、知っておったのか」

「はい、父上」

「何故、口に出さなかった」

 

 

 勿論、口に出さなかった事には大きな理由が存在する。真摯な表情をより一層のこと引き締めたリヴェリアは、ラーファルに対して向き直り、口を開いた。

 

 

「父上。タカヒロは、私を只の一人の女として捉えています。故に私も、只一人の男として捉えたいのです」

 

 

 己と妻の間に授かった娘の性格を思い出し、ふと口元を緩めるラーファル。大精霊ドライアドの御前だというのに微塵もブレない娘の姿を、口には出せないが、親として誇りに感じていた。

 

 

 そんな姿を横目見る、話の中心となる男女二人。「お久しぶり」的な会話を交わしてから話をどのように繋げるか悩むものの、正直なところ話すことなど何もない。

 何せ、「お久しぶり」の言葉にあるように、こうして面と向かって話をするのは初めてではない。一度だけとはいえオラリオにて出会った時、“核心”に触れる話も済ませている。

 

 ケアンにおいては信仰の力が足りておらず、星座としての体を成すだけだったドライアド。だからこそ、自称一般人が己の祝福を得ていることは知っているが、その程度だ。そう言った意味では、このドライアドとは“異なる存在”と言えるだろう。

 “彼の地”において自称一般人が成し得た数多の偉業は、あまり彼女の耳には届いていない。とはいえ先の状況である上に、神々自身が自称一般人を鉄砲玉として扱っていた事と、幾らかの神々が彼を気に入ってしまった事で、不特定多数の神々や精霊に、情報が漏れていないのだ。だからこそドライアドとて、“生命の樹(ユグドラシル)”については未知の領域となっている。

 

 一方ここアルヴの森では、エルフをはじめとして数多の信仰を得ているドライアド。もっとも伝記の中で少しばかり出てくる程度で、エルフ達と具体的な交流があるわけでもない。

 初見の際、エルフ達がドライアドと看破できなかった大きな理由の一つだ。事前に祝福について知っていたリヴェリアだけが、なんとか対応できたものの、未だ音一つ生まれぬ上に、エルフ各位の鼓動が跳ね続ける程の衝撃なのである。

 

 

「久方ぶりじゃのう。先のオラリオでは世話になった」

「祝福を多用させて貰っているからには、突然だろうとも応えるさ。しかしあの時は、お陰様で遅刻したが」

「連絡の手段も無いのじゃ、許せ。と言いたいが、我が里の者の非礼でもって、借りが増えてしもうたわ」

 

 

――――いかん。どげんか、どげんかせんといかん。

 

 方便はさておき、ラーファルの中で、不安と焦りと考えと胃液が揃いも揃ってメリーゴーランド。尚速度は降下中ジェットコースターの如き激流の模様であり、ヒューマンに対する謝罪に加え、これ以上、ドライアドに謝罪の言葉を口にさせるワケにはいかないと打開策を捻り出そうと必死である。

 がしかし、此度の基準は全てがラーファルにとっての規格外。かつて例のない為に無情にも考えの欠片も浮かばず、“激流に身を任せどうかする”以外の方法が見当たらない。

 

 もっとも、王として、それだけはイカンと持ち得る頭脳をフル回転。しかし無情にも、王そっちのけで、二名の会話が進んでいる。

 

 

「有象無象の戯言は捨て置け。借りがあると言うならば、当たり障りのない話題に切り替えよう」

「むっ。左様か、承知した」

 

 

――――いかん、最もいかん。救いを得たようで、根底は何も解決しておらん……!

 

 ようは、アルヴの森とタカヒロを並べた様相に対して、ドライアドこそ森の代表として謝罪しただけ。エルフがドライアドにかけた迷惑、謝罪の言葉を口に出させたという最悪の事実は、何一つとして解決していない。

 最悪ついでに言えば、当該の貴族の言葉が、ここにきて脳裏に思い返される。

 

 あの男は、ドライアドを相手に、何と口にしたか。よもや、「この女」だの、「摘まみ出せ」だの口にしたことは、己の耳が老いた為の聞き間違いだろう。

 今この時だけで良い、ここ一時間ほどの出来事は夢であってくれ。長寿の歴において最大の願いを届けるが、どうにも門前払いの気がしてならず、血の気が消え失せる感覚が五感を支配する。

 

 そのような感覚は、妻のフォターナとて同様だ。己の夫を支える事こそ最大の務め――――と意気込むも、無情にも、手札の全てが通じないことは火を見るよりも明らかだ。

 ましてや己は王妃であり、それこそ、夫を差し置いて何かできる事など限られている。この場が玉座の間であることから、その風潮は猶更だ。

 

 唯一の希望が残されているとすれば、最も大切な愛娘。こちらについては不思議な事に、ヒューマンに対する暴言については反論の続きを行うつもりはないようだ。

 そうとなれば、母として、王妃として、どのようにしてリヴェリアとの仲を支持するかを考える。そして「相手にドライアドの祝福があるなら是非もないのでは」と、「ドライアド様がどう思われるか分からない以上は動けない」と、相手の手札がロイヤルストレートフラッシュであることを察している。

 

 

 そして当の二名は、脱水中の洗濯機で絞られているかの如きラーファルの心境なんぞ、どこ吹く風。当たり障りのない話題が何かないかと考え、アルヴの森、玉座の背後にそびえる大聖樹に関する内容を口にした。

 

 

「大聖樹、と言ったか?君は、あの大樹に宿る精霊だったか」

「うむ、見事な大樹であろう」

 

 

 傍から見れば自画自賛となるものの、納得の貫禄。見上げても視界に収まりきらぬ大きさの大樹は天に向かって聳えており、見上げた先には青々とした葉が生い茂る。

 冬の訪れが近いというのに、ここだけを見たならば春や夏を思わせるような青さを感じるだろう。故に大聖樹と呼ばれる存在であり、一年を通して青々とした様相を示していると、ドライアドは付け加えている。

 

 

「一年を通して葉を付ける、か。しかし、冬でも葉を枯らさない木々など他にもあるだろう?」

「なんじゃと?」

 

 

 妙に波長が合致するのか、そこらへんに生えている針葉樹と大聖樹を同等に扱うような煽りの混じった会話が弾む。どこぞの(少し後ろに居る)ハイエルフを煽った時と反応が似ていることも、要因の一つかもしれない。

 ともあれ、首を垂れるハイエルフとエルフそっちのけで話が進む。王の御前で勝手な発言が許されないように、ドライアドの前では、それと同じことが起こるのだ。

 お陰様でラーファルは、マトモな考えすらもさせて貰えない。突然と、それこそ“爆弾発言”が飛び出した際に応じる為、目の前の会話に集中しなければならないのだ。

 

 

 

 しかし。どこにおいても、例外は存在する。

 

 

 

 

「っ、動くでない――――!」

「なっ!?」

「誰か――――」

 

 

 甲高い女性の悲鳴と共に、水に石を投げ込んだかのように空間が作られる。次から次へと生じる想定外の事態に相乗りするかの如く、ラーファルを筆頭に大臣クラスのエルフにとって、どう足掻いても特大な頭痛の種にしかならない出来事が生じてしまった。



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238話 掃除と水やり

 

「っ、動くでない――――!」

 

 

 甲高い女性の悲鳴と共に、水に石を投げ込んだかのように空間が作られる。ついで一瞬の空白を挟んだのちに、様々な言葉が機関銃の如く向けられた。

 

 

「何をなさる!」

「血迷われたか!!」

 

 

 ナイフより少し長い刃物を振り回す、先程まで強気で居た貴族のエルフ。反対の手で近くに居た貴族の女性エルフ一人を捉えており、力の差から、女性が振りほどく事は難しいだろう。

 

 当該の貴族にとって、後がない状況。自称一般人を侮辱した点は百歩を譲って許されると仮定しても、ドライアドを“この女”呼ばわりした点については、“知らなかった”では通じない。

 貴族の首一つで済む程、状況は安くはない。隠蔽したつもりではあるものの、用意したリヴェリアの婚約相手、すなわち己の身内ごと詮索を受けたならば、どこまで隠しきれるか分からない黒い裏側があるのも事実の一つだ。己の野望から生じたものとはいえ、野望とは、見方を変えれば謀反である。

 

 言うなれば、やぶれかぶれの状況から生じた立てこもり。その直前に発生した驚愕の出来事があった為に衛兵たちも反応することが出来ておらず、現在も後手に回っている状況だ。

 

 女性貴族に“何かあった”では済まされない為に後がない衛兵達だが、後がない状況は、犯行に及んだ貴族も同様である。もしも女性を殺したならば、待っているのは男貴族の死亡、もしくはそれに匹敵する制裁に他ならない。

 まさかの禁じ手を前にしたが故に、彼も奥の手として今の犯行を利用する決意に至ったのだ。それは、リヴェリアがアールヴの名を持つことを利用した安易な発想から生まれたものである。

 

 

 例え口で承認しただけだとしても、地位ある者の言葉ほど重いものはない。故にリヴェリア・リヨス・アールヴが先の見合いについて承諾し、あわよくば婚姻についても認める返答を口にさせるのが目的だ。

 もしもドライアドや謎のヒューマンが動いたとしても、立てこもりの場所からは距離がある。最悪は捉えた女性貴族に刃物を突き立てたならば、己の野望を阻止した腹いせはできるだろう。この期に及んで最適な回答と思っているようだが、お目出たい頭に救いを求める事は難しい。

 

 

 

 

 ともあれ、犯人と人質だけに的を絞ったならば、犯人側が非常に有利。誰一人として己を止めるには至らないと、血迷った貴族は口元を歪めて勝ち誇る。

 

 

 

 

 

 しかし、リヴェリアとドライアドだけは別である。手段こそは思いつかないが、貴族の思惑が未遂に終わることを確信していた。

 

 

 この状況において権力者一行が不変と言う不気味さが身を包み、数秒して、“何が来るか分からない”という恐怖の感情が貴族の表に顔を出す。警戒してキョロキョロと辺りを見回す貴族だが、先程から周囲の者が立つ位置も気配も変わらない。

 

 

「――――ゲス以外の何者でもない。万死に値する(攻撃)」

 

 

 僅かな静けさを狙ったかのように、据わった声が場を貫いた、その瞬間。ふと、タカヒロの身体が生み出す影に何かが沈んだように見えたのは、この場にいた全員の目に生じた錯覚だろうか。

 

 時を同じくして、対峙する貴族においても変化が生じる。意識が及ばぬほどの時間が経つと、突如として貴族の右腕が軽くなったのだ。

 

 

「――――えっ?」

 

 

 口から出されるは、素っ気ない疑問符だけ。あまりにも一瞬の間で行われた為に、思考回路や状況認識すらも追いつかない。

 

 

「あああああああああっ!?」

 

 

 よもや己の右肩から先が、突如として無くなるなど。突如として出現した大型の獣が、男貴族の右腕を食いちぎるなど、エルフ達の誰が想像しただろうか。

 

 数秒の間をおいて貴族一行の悲鳴が響き渡り、解放された女性は髪を振り乱しながら、駆け足にて問題の貴族から距離を取る。すぐさま衛兵によって保護されるも、彼等に休息が訪れることはなさそうだ。

 一転した状況は、突如として出現したモンスターによって作り出されたもの。溢れ出る血液が王の間に滴り落ちる光景、その少し先に立つ今まで存在していなかった生物は、注意を引くには十分だ。

 

 灰色の毛並みを持つ、大きな姿。容姿はライオンと虎のハーフのようであり、人の背丈を超えた体高と合わせて見た目の威圧感は十分と言えるだろう

 その迫力ある見た目に似合う、実力の持ち主。行われた攻撃はアクティブスキル、“シャドー ストライク”であり、影の中から目にも止まらぬ速度で飛び出し攻撃する一連の動作が特徴と言えるだろう。

 

 

 しかし、そんな攻撃すらも霞むほど。目を見開いて驚愕するドライアドは、それほどまでに獣が特異的に見えたらしい。

 

 

「お、お主、その神獣(ビースト)は……」

「おや、知っているのか?」

「い、いや。しかし……」

 

 

 神々が“子”と呼ぶ存在からすれば特異的と言える大精霊ドライアドが動揺してしまう程の、特異的な存在。付近のエルフ達もまた目を見開き、その神々しい獣を前に身動きの一つも行えない。

 

 

「動揺には及ばない。遠い地に居る“友”、その化身だ」

 

 

 ケアン地方に存在する魔境、古代の森。その内部にある“この世ならざる場所”、つまるところ“ローグライクダンジョン”と呼ばれる禁呪の領域。

 その内部に出現するヒーロー級のビースト、“マンティコア デスストーカー”からのみ6%の確率で設計図がドロップする。これと他の複数の素材を用いて作成することができる、少々特殊なレリックが存在する。

 

 森の入り口にてタカヒロが“用心”した為に付け替えられた装備、部位の名前を“レリック”。今回の選択対象は、神々を相手するには選択肢とならないが、レリックがもたらす効能は、種類によって非常に特徴的だ。このレリックは、とある“ビースト”を呼び出すための装備の一種。

 

 

 召喚に応じるは、タカヒロが口にした“友”の化身。闇夜に紛れ獲物を狩る獣であり、ケアンの地における放浪の民からは、“獣と放浪者を司る神”として崇められている存在。

 ビーストに属する存在、名を“Death stalker(デス ストーカー)”。ケアンの地で喧嘩し、のちに和解したスーパーボス級のセレスチャル“獣神モグドロゲン”、またの名を“モグドロゲンおじさん”、通称“モグおじ”の化身なのである。

 

 

「タカヒロ……」

 

 

 友と口にしたタカヒロの声に、ほんの僅かな寂しさが混じっていた事は、リヴェリアだけがくみ取れた。

 

 

 ……決してそして、「友達いたんだ」などという感情では、ない。そして輪をかけて、己の相方が“只のヒューマン”と呼ぶには程遠い存在であることを輪をかけて認識している。

 更に同時に、どこかで見かけた光景――――ジャガ丸という存在を思い返していた。どちらが上下ということはないが、どうにも、彼女にとってはあまり違和感がないらしい。

 

 

 ジャガ丸と同等の敏捷性を備えていることも、理由の一つだろう。瞬くよりも早く影の中を移動して攻撃した、特異的な存在。咥えた右腕を吐き捨てて、デス・ストーカーはタカヒロの元へと静かな足取りで戻ってくる。

 なお、此度の男貴族はすぐさま捕縛と治療が行われ、女性貴族についても怪我の一つなく保護に成功。これにてどうにか、衛兵たちのメンツも保つことが出来ただろう。

 

 

 此度に生じた事件の後始末は、そう長くない期間において行われる筈だ。お堅い性格の多いエルフだからか、賄賂等の実態は非常に稀と言える程度に留まっている為、間違いも起こらない。

 

 しかし後始末、と言うよりは掃除の類となるが、王の間が血で汚れている。前例がないために誰も対処法が分からないが、清掃の者を呼びに行く旨の会話を交わし、兵士たちの一部は部屋から飛び出した。

 大聖樹の御前が汚れた事についてドライアドに怒りが生じないかと心配していたラーファル達だが、今のところは気にしていないような様相だ。掃除を筆頭として事が落ち着いたのちに、正式に謝罪の言葉を向けるべく妻のフォターナと小声で話を進めている。

 

 

 しかし、この場に居る残り一名。デスストーカーを召喚した張本人であるタカヒロは、どうやら自身が掃除を行う考えでいるらしい。

 ここまでの事態を想定していたかとなれば、答えはノーだ。単に“善かれ”と思ったのか、はたまた何かしらの“策略(ゴリ押し)”があっての考えかは、今いる誰にも分からない。

 

 

「さてドライアド、血濡れた玉座は縁起が悪い。洗い流すついでに、大聖樹へ水をやっても良いだろうか?」

 

 

 ついで扱いについてはともかく、問いの内容は疑問符で返したくなるものがある。わざわざ尋ねてくるとなると、ドライアドにとってすら特殊な何かがあるのかと気になるのは仕方のない事だろう。どうやら彼女も知らされていないようだ。

 なおリヴェリアだけは、タカヒロが持ち得る特大の隠しネタを知っている。今の言い回しが行われるという事から、ドライアドが知らないという点についても察していたからこそ、あのドライアドがどのような反応を見せるかについて、興味半分、恐れ多さ半分の感情となって状況を見守っていた。水が紙に染みるように、彼女もケアン基準に侵され始めてしまっている。

 

 

「なんじゃ、藪から棒に。特別な水でも持っておるのか?」

「いかにも。相応しい“水”はウロの流水か、それとも生命の樹(ユグドラシル)の霧雨か」

 

 

 二択となった言葉に、国王王妃を含めて誰一人として反応を示さない。相手がドライアドの祝福を持っていることも吹き飛ぶほどの内容である為に、リヴェリアを除く全員が、無言のまま「こいつ何言ってんだ」と言いたげな神妙な表情を向けていた。

 もちろんドライアドの感想とて、基本としては同様である。十秒ほどかけて一通りの呆れ顔を順番に披露したかと思えば、最後には溜息と共に言葉を発した。

 

 

「……そなたよ。冗談で口にしているならば――――」

 

 

 百聞は一見に如かず。そうとでも言うかのように、タカヒロは返答を待たずして2つのスキルを発動させた。

 

 湧き出るウロの流水、続いて間髪入れずに霧雨を発するヒーリングレイン。服が水を吸って滴る様子は無く、霧雨を受けた者は、なんだか力が湧いてくるかのような錯覚を抱く程。

 かつて見聞きしたことのない、特異的な事象だ。今までの流れから事実を察しつつあるものの、だからと言って動けず語れず、そもそもにおいて各々の本能が、受け入れる覚悟を持てていない。

 

 このような心境は、ドライアドとてエルフ達と類似している。今放たれた異なる二つの水は、ドライアドにとって正に二者択一。

 木々に宿る精霊という特性上、流石に天の大樹が授けた効能が上回る点については仕方のないことだろう。それでもウロの流水とて原初の水であることに変わりはなく、捨てるには惜しい選択だ。

 

 

如何(いかが)かな?この身に授かる星々の恩恵、大精霊のお眼鏡に適うと良いのだが」

「……」

 

 

 煽り交じりでタカヒロが口にする言葉を受けてドライアドの呆れ顔は一転し、目を見開いて驚きに変化。そして数秒後に我に返ったのか天を仰ぐと、再び呆れ顔へと戻っている。

 なお、同じ呆れ顔でも内容については異なるもの。今の霧雨がどのようなものかは感じ取っており、こうなってしまっては、大樹の精霊ドライアドとて、青年に対して敬意を払う必要がある程だ。

 

 

「……ラーファル・リヨス・アールヴよ」

「……は、ハハッ」

「今の流水と霧雨、確かに真正(しんせい)であった。(まこと)、信じられぬが……この“御仁”は、生命の樹(ユグドラシル)と、水の番人の祝福も受けておるぞ」

 

 

 加護なのか祝福なのかはさておき、ドライアドを筆頭に、全員の心に驚きという感情が溢れて言葉が続かないようだ。神聖な水とは耳にしており嘘ではないことも見抜いていたが、まさか先の2択になるとは全くもって想定にしていないのだ。

 衛兵のいくらかに至っては手から武器を落としている程であり、そして誰一人としてその状況を咎める者もいなければ、気付く様相の欠片もない。

 

 

「先の問答を勝負だというならば、おぬしの負けじゃ。(まつりごと)においても、婚姻を拒む理由が無くなってしもうたのう」

「……」

 

 

 そう言えば。と、誰しもが此度に生じている物議の根底を思い出す。“生命の樹(ユグドラシル)”の加護を持つ人物が目の前にいるという事実は、王族の婚儀すらも一撃で掻き消す程の衝撃を与えていた。

 

 

 決して、相手の男を侮ってはいなかった。娘が選んだ相手は、俗に言う“煽り耐性”も高く、今の所は性格にも問題はなさそうだ。

 相手の考えを尊重する一方で、相手がハイエルフだからとて侮る事も、へりくだった姿勢もない。そういった意味では、向けられる敬意はシッカリと感じ取れる。

 

 それでもラーファルは、リヴェリアが、アルヴの森の王であるべきとの意見を固めた。

 

 先程それを口にするまで、とても大きな葛藤があった。リヴェリアの慕う親として生きるか、従え王として生きるか。

 答えは、後者。彼のなかでは、それがこの里のエルフにとって、もっとも“有意義”と判断したからだ。納得して貰うには難しかろうが、かのヒューマンならば、リヴェリアの意見を尊重してくれると信じた上に、今後も無下に扱うつもりはなかった。

 

 追加でラーファルが一言を述べるならば。お持ちの祝福について、もう少し早く、口にして頂きたかった事だろう。

 

 その者が持ち得る加護について、論理的に受け入れる事ができるかとなれば、ドライアドとて不可能だ。それは沈黙の空気として明確に表現されており、目の前の自称一般人に対してどのように対応するか、彼女ですら見当がついていない。

 

 そもそもにおいて、戦いと呼べる領域にすら達していなかった。たった1時間、いや30分以内に発生したイレギュラーの数々を、各々の思考回路は受け入れることが出来ていない。

 正直なところラーファル王に丸投げしたい、というのが全員の中の実情で、その雰囲気は一瞬にして蔓延している。しかしアルヴの森が始まって以来のとなる盛大なイベントをどのように片づけるかは、ラーファル王が一人で背負うには荷が重すぎる内容だ。

 

 

 ともあれ、王たる己が何かしらのアクションを起こす必要があることはラーファルも分かっている。だからこそ胃の辺りがキリキリと音を上げ始めており、徐々に浮かび始めている冷や汗を隠すことも難しい。

 どうやら味方に胃酸過多を振りまくデバフについては、ここでも職務を全うするべくハッスルの真っ最中。多大なメリットを引き換えとして生じるそれは、オラリオ(ウラノス)やヘスティア・ファミリアに限った話ではないようだ。




■乗っ取られ語録
・ケアンの地を乗っ取って色々しようとしている事を喋った中ボスに対して
⇒「ゲス以外の何者でもないな。万死に値する(攻撃)」


■デスストーカー
モグドロゲンの怒りの恐るべき化身、デスストーカーを呼び出して、近くの敵の物理、毒、出血耐性をズタズタに引き裂く。
・いかなる時も、召喚できるのは一体のデスストーカーだけである。
・デスストーカーは、プレイヤーのダメージボーナスに対応する。
200 エナジーコスト
30秒 スキルリチャージ
1 召喚上限

デスストーカー 属性 :
不死
6526 エナジー

・生来的属性
130 物理ダメージ
130-215 酸ダメージ
210 出血ダメージ/3s

・デスストーカー 能力 :Aura of Darkness(闇のオーラ)
10m 半径
50 出血ダメージ/s
-10% 物理耐性
-10% 毒酸耐性
-10% 出血耐性


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239話 歩む道は

 

 予想外だった、というような言い回しは、誰しもが一度は口にした事があるだろう。つい反射的に口にしてしまった場合は、本当に予想していなかったケースに当てはまる。

 大抵は、何かしらの不利益が生じた際に使われる言葉の一種だ。それを許してもらう為の言い訳、免罪符のようなものを得るための防護措置の一種だろう。

 

 

 ではそれが、王の御前という厳格な場所で発生したならばどうなるか。

 

 

 この場で最も偉い者について住民たちに問いを投げれば、満場一致で答えが返るだろう。王であるハイエルフ、ラーファル・リヨス・アールヴ。

 の筈であるが、世界に住まう全てのエルフが崇め称えるドライアドが出現した上に、伝記を超えて聖典にしか載っていない天の大樹(ユグドラシル)の加護を持ったヒューマンとかいう規格外(自称一般人)が登場した。もしもドライアドが居なければ、証言しなければ、誰もが持ち得る加護や祝福を信用しなかった事だろう。

 

 

 ということで、エルフ一行にとって対処方法など欠片も思い当たる節は無く、キャパシティを超えたラーファルがフリーズした。汚れた血だけではなく、場の雰囲気すらも洗い流してしまった一般人が与えた影響は計り知れない。

 玉座という部屋の主がこのような状況である為に、当然ながらエルフ達は行動も言葉も示すことができていない。そのような空気も手伝って、ドライアドは、ラーファルへと向かって要望を出そうと思いつく。

 

 なお真の狙いについては、ラーファルからタカヒロへの謝罪を行わせる為である。国王が自発的に行ったとなれば体面的に色々と面倒なため、ドライアドという名前を使って強制的に行わせた、という結果にするのが彼女の狙いだ。

 もっとも彼女とて、己の祝福を持ち、加えて天の大樹を持つほどの者をコケにされて僅かばかりにご立腹。だからこそ全くの穏便には収まらず、精霊らしく“いたずら”の含む内容となっていた。

 

 

「ところでラーファルよ。手前の家臣がタカヒロに働いた無礼の数々、よもや忘れたわけではあるまいなぁ?」

 

 

 言葉を受けて即座に再起動したラーファルは、タカヒロに向けて謝罪のために素早く頭を下げる。続けざまに音よりも早く土下座(DOGEZA)に移行する他の貴族や衛兵達は、顔色もまた同様の速度で悪くなっている。

 なんせ己が罵った者、剣を向けた者が、まさかドライアドと生命の樹(ユグドラシル)の加護持ちだったなどと、一体だれが予測できるだろうか。とはいえ行いは取り消せない為に、こうして精一杯の謝罪を見せている。

 

 下手をしたら、一族の全てがハラキリしても許されない程の大罪だ。ようやくその事実が把握できたようで、顔を青く染めて涙を流し許しを請いている者まで現れている。

 とはいえ、呑気な精霊からすれば関係のない事だ。光景が面白いのか、もうちょっとイジる選択肢を取っている。

 

 

「そのあとはもっと頭を下げて、生命の樹(ユグドラシル)恩恵(聖水)を大聖樹に授けてくれたことを感謝せねばなるまいなぁ?」

 

 

 さらに頭を下げ、直角になるラーファル。腰回りがプルプルとしており、結構つらそうだ。

 

 

「そのあとはもっともっと頭を下げて、わざわざこの様な所にまで足労頂いた謝礼をせねばなるまいなぁ?」

「も、もう曲がりませぬ……」

 

 

 見た目はさておきエルフの基準においても老体に足を踏み入れ始めたこともあってか、あまり身体は柔らかくないらしい。そよ風が吹いただけで倒れそうな状況ながらも、ラーファルは謝罪に必死である。

 ともあれドライアド自身に対する内容が全く触れられていないあたり、少しの配慮が見受けられる。一方、精霊の気まぐれ故にスルーしていたタカヒロだが、そろそろ辞めさせるべく口を開いた。

 

 

「ドライアド。揶揄(からか)いも度が過ぎれば洒落にならん、その辺りにしておけ」

 

 

 ヘスティアが耳にしたならば、女神が披露してはいけない表情を繰り出していたことだろう。

 

 

「すまぬすまぬ、ここまで愉快な催しは久々じゃ。つい、こ奴らが面白くてのぅ」

 

 

 ケラケラと笑う大精霊は、久々となる人々との交流を満喫中。まるで田舎から都会に出てきた子供に少し毛が生えた程度のはしゃぎ具合が収まるには、まだ少しの時間が要るようだ。

 ヒーリングレインを受けた事によって、テンションが上がっていることも要因だろう。そしてどうやら、違う者がターゲットに選ばれる事となる。

 

 

「ところで小娘、その者は(わらわ)の祝福を持っておる。いつまでも野放しにするならば、(わらわ)が攫ってしまうぞい?」

 

 

 唐突として行われた爆弾発言。大精霊ジョーク、またの名を“リヴェリアいぢり”である。

 とはいえ、権力者のジョークほど(たち)が悪いものはない。目を見開いて驚きの表情を隠せないリヴェリアだが、彼女とて、どうすることも叶わないのだ。

 

 

「……ドライアド様。どうか、どうか、お控えいただきたく」

 

 

 リヴェリアはエルフである以上、ドライアドの言葉を明確に否定することはできない。故に部屋の床に片膝をついてひれ伏し、どうにかして言葉を撤回してもらう他に道がないのだ。

 テンション上がって“いぢり”すぎた精霊に対し、自称一般人から釘が刺される事となる。鋭い視線をドライアドに向け、タカヒロは非常に重い口調で言葉を発した。

 

 

「最後通告だ。二度目は無いと思え」

 

 

 直前、レリックは通常装備に戻される。消えるデス・ストーカーと共に、再び現れ輪をかけて強くなったこの世のものとは思えない程の強烈な怒り(オレロンの激怒)。ドライアドとて、ゾクリと背中が震え目を見開いた程だ。

 同時に現れる、身の丈2メートルを少し超えた程の、半透明な赤い騎士。アクティブスキル名“サモン ガーディアン・オブ エンピリオン”と称される存在は、間違いなく原初の光である“エンピリオン”に仕えるガーディアン。

 

 

「っ――――」

 

 

 目を見開いたままの彼女は、固まるほかに道がない。彼女が木々の精霊だというならば、光とは必須の存在だろう。

 だからこそ、ソレの化身に逆らうなどと、本能のレベルから行えるはずがない。なんなら植物にとって、もう一つの必須要素である“大地(メンヒル)”の化身であることを告げたならば、恐らくヘスティアが天に返る事だろう。

 

 今までにない存在は、容赦をする気配は見られない。リヴェリアと大精霊の祝福とを天秤にかけた際に僅かな迷いも見せず前者を選ぶ存在は、例えドライアドとて怒らせてはならない者。ここに来て初めて見せた明らかな怒りの感情は、周囲の驚愕と共にドライアドにも伝わっている。

 もっともドライアドとて“戯れ”の一環であり、リヴェリアを筆頭にエルフ達を貶すつもりなど欠片もない。片腕を失った阿呆だけは例外だが、そちらについては自業自得だ。

 

 

「御仁すまぬ、調子を上げすぎた。許せ小娘、そして案ずるな。我等精霊の祝福と、そなた等の婚姻とは全く違うものじゃ」

 

 

 ドライアド曰く、ようは他の精霊共が手を付けぬための祝福とのこと。例えばの話だが、炎の精霊を司るサラマンダーがタカヒロに手を出そうとしても、既にドライアドによる祝福という宣言があるために無効となるモノらしい。

 どうあれ、自称一般人が生命の樹(ユグドラシル)の加護持ちということで、ドライアドとしても何があっても絶対に手放すつもりはないらしい。その点だけは念押しをしており、リヴェリアも納得できる内容だ。

 

 

「愛されておるのう、リヴェリア・リヨス・アールヴよ。羨ましい限りじゃ、大切にするのじゃぞ?」

「改めて、胸に刻みます」

「じゃが、所詮は男。多少の羽目外しについては目をつむるのじゃぞ。どっしりと構え、器の大きさを示す事も妻としての仕事の内じゃ」

「……」

「そうじゃ、側室も考慮せねばならぬのう」

「し、しかしドライアド様……」

 

 

 端的に述べるならば、無粋で下品な話である。少し前に疑惑となった事件が生じていた事もあり、リヴェリアは何も言い返せない。

 

 ともあれ、勝手に暴走しているドライアドは止まる気配が見られない。そして止めることが出来るのはタカヒロだけであることと、彼に関する話でもある為に、強引に割り込んで釘をさす。

 

 

「ドライアド。自分は、王の立場とは程遠い」

「なんじゃツマラン、玉座には興味がないかえ?」

「興味が無い点も事実だが……もしも自分が座ったならば、この国が持つ影響は地に落ちる事だろう」

 

 

 エルフの始祖、アールヴ一族。その血を継ぐ者によって、この国は遥か昔より栄え、存続を続けてきた。そして、一族が王の座につくという歴史を紡いでいる。

 もしも玉座の歴史において、無造作に有象無象が入り込んだならばどうなるか。ドライアドや天の大樹(ユグドラシル)の加護という一撃必殺級の武器があるものの、その者はアールヴの血を引いていない。

 

 ハイエルフが、この国の王であり続けたからこそ。この国の王とは、ハイエルフ以外にはあり得ない。

 

 単なる婚姻とはワケが違う。結末は、先程タカヒロが口にした通りの内容となるだろう。そうすれば、なし崩し的にアルヴの森、そしてアールヴ一族、連動するようにしてエルフという種族は衰退する事になる。

 エルフスキーな事もあって、タカヒロが最も望んでいない結末の一つに他ならない。とはいえリヴェリアと離れる事などそれ以上に在り得ない為、円満にはならないと知りながらも、最良の結末を模索している。

 

 

 相も変わらずの仏頂面にて彼が胸の内を告げると、控えめにワタワタと落ち着きが無くなるlolエルフ。そんな彼女が珍しいのかフォターナは薄笑みを浮かべている一方、ラーファルの表情は真剣そのもの。

 もしもそのような道があるならば、父もしくは王のどちらかを捨てる結末は生まれない。つまるところタカヒロが口にした腹積もりでは、今後アルヴの森の玉座に就くのは、今と変わらずラーファルだ。

 

 そして下種な言い方をすれば、王の子として生まれたリヴェリアにある責務は、子を成してアールヴの血を紡ぐこと。王族としての責務、ハイエルフとしては難しい部類となる責務を彼女が果たす事で、周囲の理解の一つとする算段である。

 その相手が色々と祝福を持っている為に、アールヴの一族にとって彼を婿に迎える事は誉であると対外的にも発表しやすいことが幸いだろう。いずれにせよ大なり小なり批判もあるだろうが、それはどの道を辿ろうが同じ事。

 

 これらタカヒロが口にした考えを援護するかのように、ドライアドが口を開く。「リヴェリアの子に祝福を授ける」的な発言が飛び出したために、リヴェリアを含めたエルフ一行は驚きを隠せない。

 アールヴ一族、ひいてはエルフが栄える為の大義名分が用意されたのだ。これに口を挟む者は、例え居たとしても片手で数える人数だけだろうとラーファル達は考えている。

 

 

「それほど生きておれば察しておるだろう、保持などいつでも行える。されど変わる機会は、そう易々とあるまいぞ」

 

 

 ポツリと零れたドライアドの言葉に、ラーファルが眉を動かして反応した。

 いい機会、という表現が適切かはさておき、外から血を取り込もうとしている今のタイミングこそ、少し大きな革変をするべきではと考えを巡らせているのだ。幸いにも周囲は協力的であるために、根本的な失態さえ行わなければ憂いは無い。

 

 

 今までは保守的であったものの、ここで動きを見せるべきかと、ラーファルは決意を大きく固める。まさに想定外の事態が連発したものの、幸いにも、最も頼りになる大きな武器は彼に味方している状況だ。

 リヴェリアが見てきた“外の世界”、彼女の目と耳と口は、彼にとって大きな武器の一つとなるだろう。その為に意見を述べるようリヴェリアへと言葉を掛けたラーファルだが、返答は予想の範囲を超えた内容だった。

 

 

「父上。僭越ながら……同じエルフの私ではなく、タカヒロの意見が宜しいかと」

「なるほど」

 

 

 王の同意によって、視線が一人のヒューマンに集結する。無茶振りとも言えるリヴェリアからのパスであるが、どうやら彼の中では既に答えが出ているらしい。

 

 

「まず認識の擦り合わせですが、前提として……出来る事とは、行わなければならない事と同一ではありません」

「然り。続けてくれ」

「では、大雑把ですが簡潔に。世界が歩んでいる、大きな道を侮る事は愚策でしょう。古き装備(伝統)を継承する点は承知しているつもりですが、装備(時代)の進化を侮る奴は、瞬くうちに孤独となります」

 

 

 間違ってもいない上に良いことを言っているかもしれないが、あくまで基準が装備であることは揺るがない。もしくは、ビルドという3文字で置き換える事も出来るだろう。

 とはいえ、オラリオで産出される魔石を用いた数々の道具。少なからずここアルヴの森にも商人を通じて流れてきており、それがどれ程に便利で効率の良い代物かはラーファルとて知っている。

 

 出来る事の全てを行うワケではないとタカヒロが示したように、逆も然り。エルフの伝統の全てを捨ててまでオラリオに合わせるなどして変わる必要などどこにもなく、誰しもが望んでいない結末の一つだろう。

 噛み砕いて言えば、ラーファルの考えとリヴェリアの考えが共存する事が最良だ。間違っていないとラーファルが信じていた保守的な部分、アールヴが栄える事によってエルフの伝統と繁栄が守られる事が、何よりも優先されるべき事象である。

 

 

「皆、聞いてくれ」

「「「「ハッ!」」」」

 

 

 方針は、ここに決まった。今すぐに、今ある何かを大きく変えることはない。

 しかし一歩ずつ確実に、皆で意見を出し合いながら、外の世界へと交流を深めていくことを宣言した。この場に居たエルフたちは片膝を付き、王の言葉を受け入れている。

 

 もっとも、ドライアドとタカヒロが揃って同様の考えを口にしているのだから、反論できる者など存在しない。この点は、現時点におけるエルフの悪い点の一つだろう。

 しかし形はどうあれ、エルフの里が大きな一歩を踏み進めた歴史である。方向性を違えなければ、彼等は一躍の発展を遂げるはずだ。

 

 

 その中心に誰が居るかとなれば、ラーファル王。次点として、その身でもって外の世界を見てきたリヴェリア・リヨス・アールヴだ。

 オラリオで暮らしている事もあって、言うなればアドバイザーのような立ち位置だ。無論その際は、オラリオで暮らすエルフを含めて様々な人物が力を貸すこととなるだろう。

 

 

「リヴェリア、ちょっと……」

「なんでしょうか、母上」

 

 

 大きな問題の方向性が定まったものの、静かにリヴェリアを呼びつけたフォターナは、親として不安とする要素が一つある。それは種族差ゆえに生じる、どうしようもない寿命の差だ。

 生粋のエルフ同士の婚姻でも50年、長くて3桁の年数が夫婦間で生じたとしても一般的というのが、エルフという種族にとっての常識である。

 

 

 しかしやはり、リヴェリアとタカヒロは全く気にも留めていない。「仕方ない」の類の言葉が同じタイミングで出たこともあり、二人は横目の視線を合わせて軽く口元を歪めていた。

 このようなやり取りを見ていた、もう一方。返答を耳にしたドライアドは、疑問符を浮かべるように片眉を少し歪める事となった。

 

 

「なんじゃ、気付いておらんのか?ともあれ問題はなかろう、結末は最良か。さてラーファルよ。先より持て成す用意が見えんのじゃが、よもやこれほどの者を無下に扱うつもりではなかろうな?」

 

 

 思わせぶりなドライアドの言葉だったが、ラーファルに対する一言で場が騒がしくなり流れてしまう。確かに予想だにしていなかった賓客が二名も居るワケであり、当然エルフ陣営では持て成す用意の欠片もありはしない。

 今までにおける話の途中、数名は「準備しなくていいのかな」と思いつつも、口をはさむ勇気が出なかった。おかげさまでハードルの高さは最高に匹敵する程であり、だからこそ騒ぎは広くなる一方である。

 

 そんな空気が流れる方向を沈めたのは、やはりタカヒロの一言だった。いつもは余計な――――もとい、彼の根底に基づいた言葉で場を引っ掻き回すのだが、此度においては幸いにも“普通”である。

 

 

「待てドライアド、目的は済んだ。自分たちは、このままオラリオへ戻る予定でいる」

「む、そうか。だとしても同様じゃ。ラーファルよ。よもや往路と同じく、片手で数える迎え送りで済ますつもりならば相応であるぞ」

「此方としては気にしていない、それよりもラーファル王。歓迎を受ける事は有難いのですが、別の日程にしては貰えないでしょうか。自分とリヴェリアは、オラリオの問題が優先と捉えております」

「のっぴきならない事情と……いう、事でしょうか」

 

 

 静かに頷いたタカヒロとリヴェリアに、ラーファル王は状況を察している。オラリオが抱える状況については、リヴェリアに関する報告とセットで少量程度ながらも報告を受けているのだ。

 無駄なことは行わない娘と、その娘が選んだ伴侶が頷いたのだ。オラリオで何が起こっているかまでは把握していないラーファルだが、戯言ではないと信頼を置いている。

 

 

「大筋の事情は届いておるが、地上も争いが絶えぬのう」

「戦い食べ続けるは、生き物の定めだろう」

 

 

 そうでもしなければ生きていけないと、タカヒロは皮肉交じりに口にする。“生き物”のくくりに定命の者ではない精霊や神々が含まれていない事を感じ取り、ドライアドはフッと軽く笑って同意した。

 

 

 もっともドライアドが述べたように、このまま“見送りなし”というワケにはいかない。一応ながらも諸外国の重要人物を出迎えるときの作法はアルヴの森においてもある為に、ラーファルは各位に指示を飛ばす。

 

 

「各位、厳に命ずる!」

「ハッ!」

「我等にとって、最も大切な客人のお帰りだ。警備を厳に、すぐさま配備せよ!」

「ラーファル王のご意向のままに!」

 

 

 ブレイクショットされたビリヤードの球のごとく駆け出す、エルフの貴族や兵士たち。いくら彼等とはいえ、準備には数分の時間を要するだろう。

 

 

「どうしたタカヒロ、帰るのだろう?」

 

 

 なお催促するリヴェリアは、全く気に留めていないようだ。しかしタカヒロには考えがあるらしく、盾を仕舞って腕を組んだままで口を開く。

 

 

「下種で無粋な言葉を並べる事になるが、呼びつけた上に問題を生じさせて適当に帰したとなれば、この国の威厳は丸潰れとなる。数分の差だ、待つとしよう」

 

 

 ものすごーく内心で頷いているラーファル王は、気を利かせてくれたタカヒロに対して盛大な感謝の念を口にしたい程だ。繰り返しとなるが、適当にあしらった者が生命の樹(ユグドラシル)の加護持ちとなれば猶更である。

 気を使っている事は明らかなタカヒロだが、もしも今すぐに帰ると言い出してもラーファルは止められない。先にリヴェリアが口にした言葉通りにならないかと不安が強く、再び胃の辺りが痛み出している。

 

 

 それでも数分もすれば用意は整い、迎えの衛兵が最敬礼と共に入室してきた。先導に従い、タカヒロとリヴェリアは玉座の間を後にする。

 

 

 しかし、そんなラーファル王の相方。フォターナは至って真面目な表情を見せており、タイミングを見計らって口を開いた。

 

 

「タカヒロさん」

「はい」

 

 

 今までとは違う気配を前に、静かに振り返って返事を行ったタカヒロも改めて背筋が伸びる。続けざまに作られた数秒の空白によって、周囲の意識が二人に向いた時だった。

 

 

「不器用ですが、私達が自慢する娘です。リヴェリアを、宜しくお願い致します」

 

 

 両手を股の前で重ね合わせ、フォターナは深く頭を下げる。慌てた様子を隠しきれなかったラーファル王もあとに続き、同類の言葉を発していた。

 

 5W1Hのように具体的な内容こそないものの、何に対するどのような言葉であるかは、全員が察している。今回はバタバタとしていた為に改めて報告に上がろうかと思っていたタカヒロだが、予想に反して先手を取られた状況だ。

 ともあれラーファルやフォターナからすれば、娘を格上の者に貰って頂く、と表現して過言は無い状況なのだ。ワタワタと落ち着きが無くなるポンコツの横で普通の家庭の娘を貰う感覚でいるタカヒロとは随分と温度差があるものの、いずれにせよ、その男が返す言葉は一つである。

 

 

「改めて、心得ました」

 




なんとか、自分の中で纏まりました。
本パートは、これにて最後です。
そろそろ終わりも近いですね……さて誰の終わりなのやら。


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240話 静かなる因縁

 

 丁寧な見送りを受けつつアルヴの森を出た、二人組。入り口で待っていた翼竜に跨ると、往路で立ち寄った村へと進路を向けた。

 機上の人ならぬ、騎乗の人。ワイシャツ姿の頼りになる背中に身体を預けるリヴェリアは、先に行われた親と相方とのやり取りを思い返して、柔らかな表情と喜びを隠せない。

 

 

「フフ……。嗚呼、私は、宜しくされてしまうのだな」

「神妙だな、どこで酒を口にした?」

「よ、酔ってなどいない!」

 

 

 彼氏ならぬ婚約者に対して酔っぱらう状態異常、早い話が只の惚気である。今回は例のアールヴ事件こそ回避しているようだが、ツッコミを受けるには十分だったようだ。

 航路において翼竜が言葉の全てを理解していたならば、砂糖がピトー管に詰まるか翼の上に着氷(氷砂糖)していた事だろう。そんな甘いやり取りが繰り広げられつつ、二人は往路の村へと辿り着いた。

 

 街と呼ばれるような場所、それこそオラリオと比べれば規模は遥かに小さく、物静かで平和な場所だ。少し近くに少し大きめの街こそあり交易を含めた交流こそあれど、基本としては穏やかな場所である。

 二人が泊まっている、尾ひれを付けても豪華とは呼べない普通の宿も、言ってしまえば“少し大きな民宿”と言えるだろう。リヴェリアとタカヒロの二人を除いて客はいないようで、装飾などの少なさなどと相まって、村全体と相違の無い雰囲気に仕上がっている。

 

 ともあれ往路と変わらぬ宿泊とくれば、新鮮さも少しは薄れるものだ。少し時間があったので村の観光を手早く済ませると、二人は宿へと戻ってくる。

 なお、往路の時もそうなのだが、オラリオと違って二人でいても姿隠しのフードが不要である為にリヴェリアの機嫌は非常に良好。実のところは往路の際も住民たちの間で話題となっており、タカヒロに対して僅かな嫉妬の心が向けられていた。

 

 

 そんな視線を感じつつもオラリオの時のように“下半身がふしだら”な者は居ない為に、タカヒロが行動を起こすことは無い。今となっては“堂々と自慢してやろうか”と、少し吹っ切れた感情を抱いている。

 何せ相方は、神々の美貌と真っ向から勝負することもできる程の持ち主ハイエルフ。タカヒロとて所詮は男。口にする事は無いが、そのような心を僅かながら抱いても不思議ではない。

 

 

「先の市場は、とても活気があったな」

「ああ。規模こそ小さいが、売り手の気迫はオラリオに負けず劣らない」

 

 

 宿の入口の扉の先にある、20人ほどが入る事ができるだろう食堂のようなスペースの一角。4人用の机を挟んで流れる時間は村のように穏やかで、他愛もない話に花が咲く。

 決して高級とは言えない紅茶のアクセントは、夕飯の時までには十分だ。互いに崩した姿勢と崩れつつある口調は、二人の間にある壁の低さを示しているのだろう。

 

 

「邪魔をするぞ、“小娘”」

 

 

 数分後、とある女性の小さな声が、宿の入口から届いてくる。リヴェリアは顔を、タカヒロは瞳だけを動かして、入口へと目を向けた。

 

 

「翡翠の髪を持つエルフが来た。まさかと思ったが、先日隣村で噂話を耳にして尋ねてみれば……」

 

 

 全くの想定外。もしもこれを想定のうちにできたならば、未来予知の能力でも無ければ不可能だろう。

 今までには縁があった。別の縁で、最近、その人物に関する話も行った。

 

 

 だけれども、現実となる点については想定外。それでも、再び届く聞き覚えのある声と姿を目にして、リヴェリアの目が見開いた。

 

 

「なんだと……」

 

 

 その声は、忘れもしない。少し前に、己の身の回りで話題となった人物。約8年前、オラリオを襲った人的災害に隠された一つの事実。

 閉じられた瞳の奥に隠されている、翡翠と灰色のオッドアイ、すなわち左右で違う瞳の色を持つ存在は、紛れもない第一級の戦闘力を有している。リヴェリアと同じく魔導士だというのに剣を使った前線での戦闘も熟せるというフザケた存在は、オラリオにおいて最も有名だった冒険者の一人だろう。

 

 

 いまだ記憶に鮮明に残る、オラリオにて生じた大きな出来事。一度は苦い敗北を味わっているだけに、当時の情景は鮮明に記憶されている。

 その理由もあって、先に行われたベルやアイズ、リューとの会談が成立している。とはいえ、よもや当事者の身内が出先の近くに居るとは思ってもおらず、平凡な空間で行われた会話の中でリヴェリアとて驚いた程だ。

 

 

 己の記憶にある一幕。相手が持ち得る強さを知っているからこそ、リヴェリアは立ち上がって対峙する姿勢を見せている。

 リヴェリアにとって最悪と呼べる相性を持ち、彼女に超えられぬ壁と敗北を与えてきた相手。特徴的と言える声は、たかだか8年程度の歳月で忘れる筈もない。

 

 

「生きていたのか、“静寂”」

「貴様も変わらないな、若輩。いや、男遊びを覚えたか?」

「馬鹿者、そのような関係ではない!!」

 

 

 閉じられた瞳に向けられる、力強い翡翠の視線。相も変わらず煽りの気配を見せるアルフィアとの間で生まれた一触即発の気配だが、これについてはアルフィアに誤算が生じていた。

 

 それもそうだろう。昔のリヴェリアを知る彼女だからこそ、まさか横に居るのが婚約者などとは微かにも思っていない。

 だからこそリヴェリアが加減無しの怒りを見せており、状況は酷く張りつめている。アルフィアとの相性は最悪と言えるリヴェリアだが、今の彼女ならば、何かしらの方法で一矢を届ける事だろう。

 

 

 そんな緊迫した状況など僅かにも気にしていない第三者から、明後日の方向へと言葉が向けられた。

 

 

「“静寂”……。この人が、以前に言っていた“アルフィア伯母さん”か」

 

 

 衝撃的でシリアスな出会いは、僅かにも動じない誰かの一言によって間髪入れずにコミカルへ。前を向いていたリヴェリアの顔はすぐさま机の対面へと顔を戻し、物言いたげな視線を相方に飛ばしている。

 物言いたげな雰囲気は、アルフィアとて同様だ。何せ己を呼ぶ名前の後ろにくっついている文字列は、彼女が最も嫌う文言の一つである。

 

 

「……何故、私に甥が居る事(その事実)を知っている」

「とある筋から耳にしている。もっとも、生きていたとは驚愕だが」

 

 

 もしも神々が会話を目にしていたならば、瞬時に嘘と見抜くことが出来ただろう。しかしアルフィアは神ではない為に、その事実は叶わない。

 タカヒロ曰く、困った(ドロップが出ない)時の神頼み。なんだかイントネーションの趣旨が異なるかもしれないが、根底としては同様だ。

 

 

「知っての通り、私がアルフィアだ。だが、伯母ではない。伯母ではない……!」

「母親の姉妹となれば、伯母で間違いは無いだろう」

「タカヒロ、そう言った問題では……」

 

 

 珍しく“すっ呆け”た雰囲気を出し煽りを見せるタカヒロだが、先程アルフィアが口にした“呼び名”が原因である。ベート・ローガの時しかり、言葉には言葉でカウンターを行っているというワケだ。

 

 しかしリヴェリアとしては、随分とアルフィアの様子がおかしいと感じている。以前のアルフィアならば、例え初対面の者が相手だろうとも、問答無用で“ゴスペル”を詠唱していたに違いない。

 今のタカヒロは普段のワイシャツ姿であり、まとう雰囲気も傍からすれば一般人と変わらない程。アルフィアからは覇気も感じられず、何か理由があるのかと感じ取ったリヴェリアは、話の方向性を変えるべく口を開く。

 

 

「……で。今まで何をしていた。そして此処で何をしている、静寂」

 

 

 もっともらしい質問内容。隣の席に腰掛け紅茶を注文したアルフィアは、リヴェリアの思惑に反して、素直に事情を語り始めた。

 

 オラリオを離れた事や、進行した病魔によって、良くも悪くも“彼女らしさ”が薄らいでいる。これが普段のオラリオだったならば、真っ先に言葉による煽り合戦が生じていた事だろう。

 ともあれアルフィアは、過去に縁があったリュミルアの森で、エルフ達に魔法を教えていたらしい。ワケがあって隣町でも教えを行っていたところ、アルフィアが口にした通り、噂話が舞い込んできたというわけだ。

 

 エルフとて、翡翠の髪を持つ者など珍しい。ましてやここはアルヴの森とさほど離れておらず、そこから王族が飛び出してくる事など滅多にないだろう。

 ならば考えられるのは、オラリオに居たエルフの王族、つまりリヴェリアが訪れた事。“男連れ”という点についてはフィン・ディムナかガレス・ランドロックだと思っていたアルフィアながらも、そこは予想を裏切られた格好だ。

 

 

 理由はどうあれ穏やかさを持つアルフィアは久方ぶりにオラリオの者と出会ったからか、話は更に過去へと遡ることとなった。かつては敵であったものの、今においては敵対の気配はなく、双方ともに相手を知るからこその話の弾み具合と言えるだろう。

 

 

「ではお前は、やはりあの時……」

「ほう、まさか生存が想定されていたとはな。知っての通り、私は見事アストレア・ファミリアに敗れた。最後は炎に身を投げて、生涯を閉ざす……はずだった」

 

 

 だが、死ねなかった。いくら内側から蝕まれていたとはいえ、レベル7の冒険者とは、ある程度の高所からの落下や業火にすらも耐えてしまう“人ならざる”存在である。

 このように記載すると化け物のように感じるかもしれないが、それも杞憂で収まる程度。今まさにアルフィアと対話している青年と比べれば、彼女は十分に人の域と言えるだろう。

 

 

 ともあれ。エレボスが与えた慈悲とも相まって寿命が延びた彼女だが、オラリオに居場所などあるはずがない。

 幸いにもオラリオとは数多の住民で賑わう街の為、人混みや混乱の余波に紛れる事は容易かった。彼女は自然と、バベルの塔を中心に作られた塀の外へと足を向ける事となる。

 

 

 英雄を求める世界とは、如何なるものか。オラリオと言う狭い世界に永くいたアルフィアは、健康に差支えのない範囲で、世界を旅して回ったらしい。

 先に口にした教導については、その中で自らが気付き行ってきた事象の一つ。理由の一つには、恐らくオラリオでの罪滅ぼしも含まれているのだろう。

 

 

 オラリオにおいて生じた、悲惨な光景。いざ悪となる覚悟は抱いたものの、逃げ惑う群衆の悲鳴に身がはちきれそうだった。

 それを引き起こした闇派閥に、自身は間違いなく加担している。とはいえ、加わるに至るまでの経緯は単純ではなかった。

 

 オラリオの遠い未来を護る為に、今を壊していいのだろうか。相方であった大柄の前衛戦士“ザルド”と共に悩み、“分からない”という結論に達した大きな悩みは、いまだ彼女の記憶と心に残っている。

 

 

 これが、8年前に生じた出来事の一部。当時のレベル7が「身勝手」と言われた理由で闇派閥に加担した、オラリオの歴史において最も大きな事件の一つである。

 

 

 また、たった今において語られた内容だ。答えがどうであるかなど、誰にも出す事は出来ないだろう。

 生い先が短い、という意思決定のプロセスをスキップしてしまう要素はあったかもしれない。それでも大抗争という選択肢を選んだアルフィアともう一人の大男は、それがオラリオにとって正しい道であると信じていたのだ。

 

 

 タカヒロという男の周囲で時たま口にされる議題。正義とは、正しい行いとは何か。

 

 

 此度は口を閉じているが、もしも彼が口を開いたならば語られる言葉は一つだろう。

 

 

 己が正しいと信じたこと。それこそが、紛れもない純粋な正義なのだと。

 

 

 この考えはリヴェリアにも伝わっており、彼女も類似した答えを浮かべている。具体的な内容の答えが出ない議題を更に深堀する事を避ける為か、リヴェリアは新たな問いを投げるのであった。

 

 

「結果はどうあれ、お前たちの計画は終わった。そしてオラリオの外に出る事に成功したにも関わらず、甥の子には会わなかったのか」

「……我が妹の子より、“終末の時計”を遅らせることを選んだ。だから、今の私に、“ベル()”の面倒を見る資格は無い」

 

 

 華奢な身体を蝕む病の為か、それとも双子の妹やその子供であるベルを心から想う気持ち故か。リヴェリアの凛とした声に、消え入りそうな静かさが返される。“甥”や“子”と示して決して名で呼ぶことは無いのは、彼女が持ち得る心境が原因だろう。

 続けざまに、一人では部屋から出る事すらも困難な程に病弱だった妹の事や、妹とアルフィアとの関係性。特に、妹と自身が持ち得る才能の差に関する(くだり)についてが手短に語られた。

 

 時折顔が歪むほどの痛みに耐え生きていることこそが己の罪滅ぼしなのだと信じて、彼女はあれから8年近くの年月を生きてきた。生き抜き生かされたからには何か理由がある筈だと言い聞かせ、半ば流離うように過ごしてきたらしい。

 

 

「もっとも、お前達エルフのように世間の情報を絶っていたワケではない。世間知らずの年増ほど、手に負えないものはないからな」

「余計なお世話だ、まったく」

 

 

 ちょくちょく生じる煽りは、挨拶のようなもの。ともあれアルフィアは、オラリオにおける事情についても、遅れながら――――具体的には半年ほど前の情報ながらも、彼女の耳に届いている。

 遅れが生じている点については、伝言ゲームが基本となる為に仕方がない。それでも彼女の耳に届く音の数々は、オラリオで生じた出来事を大筋ながらも伝えてくれた。

 

 

 だからこそ。以前とあまり変わらぬ、オラリオの実態を嘆いている。

 

 

 甥の子たちが剣を持たなくて済む平和な世界を望んだが、僅か数年で訪れることはない事実はアルフィア自身が分かっている。今こうして視線をリヴェリアに合わせることが出来ない理由の一つだろう。

 遥か千年の時より昔から紡がれるダンジョンとの抗争は、たかだか一世代で解決できるものではない。恐らくはレヴィスに聞いても、同じ答えが返るだろう。

 

 

 しかし。これでは、“約束された時”には間に合わない。

 己が生き残ったのは、残り僅かの命を使って次の手を打つ為か。何時しか彼女は、このような考えを抱くことになる。

 

 

 未だ残る焦りの心と共に、アルフィアがリヴェリアを見据えた時。横に居た彼女の相方が目に入った。

 あの九魔姫(ナインヘル)が連れているのだから中々の変わり者なのだろう、というアルフィアの考察は大正解。相も変わらずマイペースなこの男は、そんなどうにでもなりそうな“時”よりも、少し前の話題を気にしている。

 

 

「先程、妹の才を奪ったと口にしていたな」

「ああ、その通りだ」

 

 

 生まれつき病弱で、誰にでも優しかった自慢の妹。誰かが誤って彼女の甘味を口にしてしまった時だけは鬼神の如き様相だったものの、それは可愛らしいエッセンスの一つだろう。

 

 才能の化身と呼ばれた双子の姉とは、随分とかけ離れた様相である。だからこそアルフィアは、先にタカヒロが口にした“奪った”という表現を使っているのだ。

 

 

 しかしどうやら、タカヒロはモノ申したいことがある模様。この手の流れにおいては明後日の方向や感情が付きまとう恐れがあるものの、内容は核心を捉えている。

 この事をリヴェリアも察しており、そして此度においては明後日の方向性が生まれる事もないだろうと安心している。だからこそ彼女は薄笑みを作り、相方の言葉を待っているのだ。

 

 

「その考えは否定させて貰おう。奪ってなどいない。確かに隔世こそしたかもしれないが、優しさを基調とした血統は、脈々と受け継がれている」

「なにっ……?」

 

 

 まるで、アルフィアが知る愛しい子供(甥っ子)のことを見てきたかのような言い回し。ここ8年間においてアルフィアが最も知りたかった現在の一つに、今まさにフォーカスが当たろうとしている。

 今の言葉を、雑音として処理することなどできなかった。次の言葉を待つという、彼女にしては年に一度もない状況に心拍数は上昇し、心の内で“まさか”と思える回答を望んでいる。

 

 

「軽い白髪に深紅の瞳。到達現在レベル5、二つ名は“悪魔兎(ジョーカー)”であり、オラリオにおいて名を知らぬ者は居ない程の偉業を残す程。ヘスティア・ファミリアにおいて団長の職を見事に務めている者の名前は、ベル・クラネルだ」

 

 

 彼女の知る神が残した、最後の悪戯か。例え己が地獄に落ちようとも忘れることは無い鐘の音が、目の前にいる男の口から届けられた。

 



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241話 ハイエルフの導き

 今日、今この場においての出会いから始まった内容など、全てが綺麗に吹き飛んだ。 アルフィアにとっては、それ程までに衝撃的な内容だった事だろう。

 

 

「軽い白髪に深紅の瞳。到達現在レベル5、二つ名は“悪魔兎(ジョーカー)”であり、オラリオにおいて名を知らぬ者は居ない程の偉業を残す程。ヘスティア・ファミリアにおいて団長の職を見事に務めている者の名前は、ベル・クラネルだ」

「っ……!!」

 

 

 細く閉じられていた瞳。左右で色の違う二つの宝石が溢れんばかりに光を捉え、据わった表情で宝石を捉える青年の顔から逸らせない。

 何故その名前を知っているのだと、口に出すことはできなかった。そんな些細な疑問をかき消して、驚愕の感情が彼女の脳裏を支配している。

 

 

「今や、どこに出しても恥じることのない立派な戦士の一人だろう。縁があって、自分とは師弟の関係だった事がある」

 

 

 普段は目を閉じたような表情を見せるアルフィアだが、見開いた瞳は先程から変わらない。こんな偶然があるのかと、現実を喜ぶ一方で受け入れることができていない。

 

 

 もう二度と、会うことも名前を耳にすることもないと思っていた、その存在。母親の胎の中で妹の才を、健康を奪い、オラリオにおいて悪となった己に唯一のワガママが許されるならば、最後に顔を見たいと星々に願ったであろう一人の存在。

 

 それを事細かに知る存在が、ひょんな噂から訪れた場所に居た。それどころか師弟関係という深い仲であり、淡々とした表情ながらも口にされたベル・クラネルという人物の日常風景は、アルフィアが知る存在と同じ、そして唯一無二の姿と言って良いだろう。

 

 到底、相手の男が嘘を口にしているようには見られない。ふと隣に並ぶリヴェリアに目を向けるも、軽く頷く動作で返されたのだから、確信度合いは猶更だ。

 かつては敵であり小娘と小馬鹿にしていたアルフィアだが、リヴェリアの事を根底から否定しているワケではない。言葉の受け取り方はどうあれ、基本としては信頼を置いている。

 

 

「……そうか。ふふっ、そうか。あの小さく可愛いかった子が、今では一丁前に、(いち)ファミリアの団長ときたか」

 

 

 アルフィアは身体を斜めにずらし、表情を伏せる。その目じりが微かに光ったのを見たタカヒロとリヴェリアは、揃って明後日の方向へと顔を向けた。

 一周回って目線を合わせる二人だが、言葉を発することはない。リヴェリアの視線に対して目を伏せて回答するタカヒロは、共に、しばしの静寂を決め込んでいる。

 

 

「まったく、よりにもよって団長など。……いつになっても、生意気な子だ」

 

 

 言葉とは裏腹に、口元に浮かぶは屈託のない笑みの類。決して声を出して笑うことはないものの、思う気持ちは明快だ。

 抱く心は軽く、まさに羽が生えたかの様。澄み渡った気持ちは湧き出る原水の如き鮮明な一方で、せせらぎの奏でる音は、一つの終わりを迎えようとしていた。

 

 

 

 この世に想い残すことは、何もない。この話を土産にもって、やっと、天に居る妹メーテリアの元へと逝ける。

 

 

 

 あの九魔姫(ナインヘル)が認める程に育ったベル・クラネルならば、もう自分が心配することはないと、アルフィアは気持ちに区切りを付ける。育った顔は見ることが出来なかったが、ベルが逞しく立派に育ってほしいと願ったワガママの一端は、こうして見事に叶っていたのだ。

 ならば、想い残すことなど何処にあろうか。今日初めて会った者ながらも、この男が居るならば大丈夫だろうと、アルフィアは託すような視線を向けている。

 

 

 しかし、ベルに対しては根っからの心配性であるアルフィアは。先程の青年が発した言葉を噛みしめ直して、ふと、とあることが気になった。

 

 

「それにしても、14歳でレベル5ときたか。私が別れたのが……7つの時だ。どれだけ幼い頃からオラリオに行ったのだ?あの子は」

「いや?オラリオで冒険者になってから、まだ一年も経っていない」

 

 

 数秒、会話が止まる。到底ながら理解することはできない、とでも言いたげな心境が、その整った顔が作り出す表情の隅にまで現れてしまっていた。

 とはいえ、彼女が知る現実には則している。もしも今アルフィアが口にした言葉、ベルが幼い頃から冒険者であった点が本当ならば、多かれ少なかれ、彼女の耳にもベルの情報は届いていた事だろう。それらが無いという事は、残念ながらも先の一文は事実なのだ。

 

 

「……は?」

「……気持ちは分かるぞ、“静寂”。しかし、事実だ」

 

 

 清々しい程に悔いはないと思いきや、思い残すことが発生してしまった状況だ。湿っぽい雰囲気に緩んでいた様子から突如として破綻したアルフィアの表情を目にして、リヴェリアは同情する表情を見せている。

 悲しいかなソコの男は、無自覚ながらもシリアスな空気を悉く破壊してきた実績持ち。発言者も話題の対象者も揃って“ぶっ壊れ”とくれば、訪れるのは喜劇の類に他ならない。

 

 抱いたワガママを見届ける為に病にむしばまれる身体に鞭を打って過ごしてきたものの、違うベクトルの“見届けたさ”が発生中。何をどうしたらそうなったのか、万人が認める“才能の化身”とて、まったく予想にもできない偉業である。

 アルフィア自身とて数多の仲間と共に身を削ってリヴァイアサンを倒し、レベル7へと昇格しただけに猶更だ。主神のことも含めて大小様々な苦悩を乗り越えたがために、当時の彼女の地位がある。

 

 

 よもや可愛い可愛い甥っ子が、たった1年の間において、

 

 レベル1の時に、ミノタウロスの強化種をソロで倒し。

 レベル2の時に、59階層において穢れた精霊を相手にブン投げられ。

 レベル3の時に、二人のレベル1と共に階層主のゴライアスを倒し。

 レベル4の時に、中堅ファミリア二つの連合軍を単騎で壊滅させた。更にはデバフ付きとはいえ90階層付近のモンスターを倒した。

 

 などとは夢にも思っていないだろう。もっとも、これらは大事だけを抜粋した概要程度に過ぎない為、少し掘り下げれば神ヘスティアの胃にダイレクトアタックするイベントは次々と湧き出てくる。

 とある人物と出会い、ベル・クラネルが歩んだメモリアの数々。主神ヘスティアとしても未だに信じられない出来事の数々は、彼女にとっては残念ながら、紛れもない事実である。

 

 

 なお、そんなことを“当たり前”と言わんばかりに口に出している自称一般人。普段は閉じたままであるアルフィアの目は開かれっぱなしであり、久々に目を開けた影響か瞬きすらも忘れているようだ。

 一応はタカヒロのために付け加えるならば、レベル2と4の時は確かに青年が原因と言えるだろう。しかし原因と言うよりは起因と言える一方で、実際の戦闘や、その他については関与していないのが実情だ。

 

 

 つまるところ。今現在において少年が持ち得る実力は、本人の中にある“才能”こそが理由に他ならない。

 

 

「ベル君が見せる吸収力については、自分も甚だ驚愕している。だが親族が持ち得る才能を知った今は、同じ血縁だからと少しは納得できる」

 

 

 本当にアルフィアが才能を奪ったならば、ベル・クラネルで覚醒する事はあり得ない。一方で病弱だった妹さんは残念だったと、タカヒロはお悔やみの言葉を口にして目を閉じる。

 アルフィアは親族だからこそ、己とベルとの関係を深く考えてしまう。しかし、彼女の気持ちをさておき身軽に考えるならば、リヴェリアもまた、タカヒロが口にした言葉に行きつくのだ。

 

 

「“静寂”。私も先程まで、父上と仲違いをしていてな。一つ、助言をさせて貰おう」

「……聞こう。どうにもお前たちの音は、私にとって心地よい」

 

 

 リヴェリアが知る最強の冒険者の声ではなく、角が取れた穏やかな母の声。夕食を用意しているのだろう厨房から微かに聞こえる音色が、不思議と心の曇りを取り払う。

 

 今ここに、“静寂”という冒険者は存在しない。居るのは只、甥と亡き妹を心から想う、アルフィアという名の優しい女性だ。

 

 

「先程、お前は“資格がない”と口にしたな」

「……ああ。理由は、聞いての通りだ」

 

 

 己の妹の子より、“終末の時計”を遅らせることを選んだ。だから、“ベル()”の面倒を見る資格は無い。それを罪だと言うのなら、彼女の中にある最も大きな罪であり、先程アルフィアが口にした内容だ。

 

 

 しかしリヴェリアは、これについて言いたいことがあるらしい。

 

 

「では言い方を変えてみよう。お前は、ベル・クラネル一人ではなく全ての人を愛した。違うか?」

 

 

 ならば、アルフィアがベルを“選ばなかった”事には成りえない。そう締めくくったリヴェリアの横では、彼女の相方が僅かに口元を緩めている。

 

 

 恐らくは、考えもしなかった解釈なのだろう。少し肩の荷を下ろせたアルフィアは、僅かに目を開いてリヴェリアを見つめている。

 

 

「そして辛いだろうが、だからこそ思い返してほしい。病に伏せ気味だった親族は、お前を恨んでいただろうか」

「っ……」

 

 

 右手で自身の左肩を抱くアルフィア。彼女のこんな弱々しい姿を見るのは、リヴェリアとて初めてだ。

 レベル7という世間体や気の強い性格と相まって、誰かに頼ることを知らない高貴な姿。すぐ目の前に居る翡翠の髪を持った人物と似た姿は、今この時、誰かの後押しを欲していた。

 

 口に出すべき、たった一つの事実。かつての儚い情景は、他ならないアルフィアが誰よりも分かっている。

 だからこそ、言葉が詰まって続かない。それを口に出して良いのかと、彼女の中に生きる罪の意識が抵抗を続けている。

 

 

 答えは、否。彼女の心で微笑む妹は、今も昔も、屈託のない笑みを浮かべている。

 

 

 下種な言葉で表現するならば、アルフィアの勝手な“思い込み”だった。妹メーテリアが自身に向けていた想いは、アルフィアの中に残る記憶(メモリア)は、恨みの感情とは程遠い。

 そして今までの思い込みは、先程タカヒロによって否定された。繰り返しになるが、本当にアルフィアが才能を奪ったならば、ベル・クラネルで覚醒する事はあり得ない。

 

 

「親族から向けられる想いとは、私達が考えるよりも素直で暖かいものだ。私はお前の妹について疎いが、君に向けられた態度や言葉を、素直に受け取るべきだろう」

「……そうか」

 

 

 言葉数が少ない事もあって、受け取り手によっては“ぶっきらぼう”となってしまうような、彼女の言葉。その口元と口調は、先と変わらず柔らかい。

 遠くより聞こえる小鳥のさえずりが、格式高い庭園に生える大岩に染み入るかの如く。心を縛っていた枷を外してもらった彼女は、一度大きく、新しい空気を吸い込んだ。

 

 

 ――――しかし。

 

 

「っ……!」

 

 

 突如として苦痛に顔が歪み、前のめりになるとともに、両手でもって口元を抑える。このような会話でさえ、今の彼女にとっては相当に大きな負荷となっていたらしい。

 

 

「カハッ!」

 

 

 窒息を防ぐために生まれ出る多数の咳きが生まれるたびに、苦痛に表情を歪ませた。せり上がる血液を漏らすまいとするも、生じた咳によって僅かに飛び散る。

 残り少ない僅かな命が燃え、儚く散りゆくよう。手より零れ堕ちた鮮血が手袋越しに分かる細い指を伝い、僅かに閉め忘れた蛇口から滴る水の如く零れ落ちる。

 

 

「アルフィア、しっかりしろ!」

 

 

 咄嗟に私物のタオルを手にして立ち上がったリヴェリアが駆け出し、肩を支える。タオルを差し出してアルフィアの口元を拭う二人の間に、かつてのわだかまりは存在しない。

 十数秒ほど続いた咳き込みも収まりを見せるが、苦痛に歪む表情は痛々しい。微かにヒューヒューと鳴る息吹は今にも消えそうな程で、鮮血も僅かに続いているようだ。

 

 

「……っ、すまない、“九魔姫(ナインヘル)”。タオルも床も、汚して、しまったか」

「この程度、気にするな」

 

 

 肩で息をしながら謝罪の言葉を口にするアルフィアが、かつてオラリオで栄華を誇ったヘラ・ファミリアのレベル7と信じる者は少ないだろう。少し小突けば崩れそうな程に弱々しく、リヴェリアに寄せる力も少なくはない。

 肩を貸したリヴェリアが、近くの椅子にアルフィアを座らせる。二度の咳と共に血を吐き出せたのか、アルフィアの呼吸は少し落ち着いたようだ。

 

 

 しかし、状況が落ち着くことは無いらしい。突如として生じた霧雨と流水が一帯を包んだのは、その時であった。

 

 

「っ、これは……!?」

「タカヒロ……」

 

 

 場所や過程は違えど、血で床を汚すという状況は本日二度目。アルヴの森で生じた時と同じく、一帯を包む霧雨が、病に蝕まれたアルフィアの身体を癒してゆく。

 彼女にとっても、もはや記憶の彼方の情景。首も座らぬ赤子を母が優しく抱くような、海よりも深い優しさと小春日和のような暖かさは、微かな眠気と同時に、大の大人ですら“身を委ねたい”と判断してしまう程だ。

 

 同時に一帯を支配する魔力のような力に驚くも、喜ばしい事に、そちらに驚いている余裕はない。時間が経つにつれて、己の身に起こる驚愕は一層のこと大きくなるばかりだ。

 何せ彼女の身体に生じる痛みは、様々な名医が「治療できない」と敗北を口にしたほどの大病。妹の命を奪い、こうして己の身体を蝕み続ける事を知っているからこそ、生じる驚きは輪をかけて大きく強いものがある。

 

 

「なんだと。身体の、痛みが……」

 

 

 世界樹がもたらす恵みの霧雨は、傷を癒し万病を洗い流す原初の雨。恩恵によってスキル化する程に頑固な病だろうとも、神々と同じ、もしくは上回る存在の前では、大海原のさざ波に浮かぶ塵に同じ。

 全ての汚れが洗い流され、包まれた者の身体(ヘルス)精神(マインド)を癒やしてゆく。タカヒロが最も気に入っている回復スキルの一つが持ち得る効能は、それ程の力を有しているのだ。

 

 

「病が消えた身体で何を成すかは自由だが、無駄にしない事を願っている」

「……」

 

 

 どんな手を尽くしても治らなかった難病が、たった10秒ほどで消え去った。レベル7にまで上り詰めた彼女の人生の中で、最も衝撃的なイベントの一つに刻まれる事だろう。

 とはいえダンジョンにおいては、どれだけイレギュラーな事が起ころうとも、眼前の現実を受け入れなければ死を迎えるのみである。だからこそ畏怖こそ生まれているものの、紐神とは違って現実を見つめている。

 

 

 そんな光景を作り出したタカヒロが口にしたのは、先の一文のみ。今がリヴェリアとアルフィアの場であることを承知しつつ、一方で、二人ではどうにもならない、アルフィアを縛る大きな大きな足枷を取り払った。

 この場がどう転ぶかは、続けて行われる二人の答弁によるだろう。しかしタカヒロは、リヴェリアが必ず正しい方へ導くと信じている。

 

 

 

 

――――しかし。告げられた真実に“自身の行い”が絡んでいようとは、思ってもみなかったらしい。

 



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242話 時計の針は回すもの

 

 死亡したと思われていたヘラ・ファミリアの冒険者、レベル7で“静寂”と呼ばれていた人物が生きていたという衝撃。その者が、ひょんな田舎で訪ねてきたという衝撃。

 例の一般人が数秒で病を癒した事については、今更なので気にも留めない。そんな程度で毎度の如く疑義を持ち得るよりも、約一名の神の胃袋に与えられるコラテラルダメージを除けばデメリットなしで与えられる恩恵にあやかる方が、遥かに大きな恩恵を受けることが出来るのだ。

 

 

 そんなこんなで、リヴェリア・リヨス・アールヴにとって様々な衝撃が重なった夕食時。生理現象だからこそ空気を読むことが出来なかったアルフィアのお腹が、クゥと可愛らしい音を立てる。

 思わず顔を背けて笑いを堪えるリヴェリアに対し、アルフィアは物言いたげな視線を飛ばしている。病が癒えた事で活力が湧き出た結果として、時刻と相まって身体が栄養を欲したのだろう。

 

 予定はなかったが3人揃って夕食を取る事となり、各自が適度なオーダーを取り付けている。酒類の類こそ無いが、病み上がり一名、飲めるがそこまで酒好きではない一名、飲んだらヤベー事になる一名(ローエルフ)の為に道理である。

 メニューが豊富とはお世辞にも言えないが、野菜や川魚を中心として鮮度は抜群。味についてはオラリオに負けず劣らずであり、舌鼓を打つには十分だ。

 

 

「どうだ、身体の調子は」

「良すぎるせいか、どうにも妙な感覚だ」

 

 

 食後にお茶が出され一息ついたタイミングで、リヴェリアが話題を口にする。上品に口元を拭いていたアルフィアは、傍から見れば目を瞑ったままの表情で、僅かに陽気さが伺える口調で答えている。

 今までの彼女ならば、本当に気を許した者にしか見せなかった態度だろう。皮肉を口にするかの如く答えている点については性格が起因しているが、それが行える程に回復した証でもある。

 

 

 ならばと、答え合わせを行うべくリヴェリアは口を開く。茶に一度口を付けたアルフィアは、答える為の覚悟と落ち着きを飲み込み胸に抱いたかのようだ。

 色々あったが、ここまできたのだ。今更「知りません」などという言い逃れは通用しない上に、おおよその真実は既に露呈してしまっている。

 

 

「お前は何かしらの理由で、私達に経験を積ませようと考えた。どうにかして私達が加減なしで向かえる状況を作ろうと考えた結果、オラリオを蝕む闇派閥を巻き込んで消し去る方向性となった。結果としてお前たちは闇派閥へと加担し、私達の敵となった。これが推測だ、“静寂”」

「……ああ、その通りだ」

 

 

 己を蝕み、近い将来のうちに命が散る。かつての英雄達であるヘラ・ファミリアとゼウス・ファミリアが滅んだ今、“終焉の時計”を知るからこそ、彼女は憂いを抱いていた。

 ならばと、次を担う者達に“経験”を与える為に。一般的に英雄と呼ばれる者が辿る、死闘の連続を用意しなければ、冒険者の底上げは望めない。

 

 巻き込まれる無益な市民は、如何程か。命を落とす冒険者、天へと還る神はどれだけか。

 

 しかし冒険者たちがここで停滞すれば、滅びの運命は避けられない。それら“引き算”に巻き込まれる者を想定してなお、彼女達は“悪”となる事を選んだのだ。

 

 

 なお、一般的ではない“リヴェリアの英雄(どこかの一般人)”となれば話は別。死闘を潜り抜けた回数など何百を優に超えており、先の定石には当てはまらない。

 そんな事は知らないアルフィアだが、思わず視線を彼へと向ける。静かに茶を口に付ける男は、どうにも一連の話など気にも留めていない様相だ。

 

 

「……あの時、お前が居たならば……。いや、もしもの話は止そう」

 

 

 彼女を蝕んだ病魔と同じように、猛毒に苛まれた一人の男。練達の武人が見せた最後の姿を見送っていないアルフィアだが、いかなる様相だったかは想像に容易い。

 彼女と同じく、未来に希望を託した一人の武人。その生き様は、今も一人の戦士の中に生きている。

 

 

「賢明だ。昔を掘り返して比較するのは、どうにも年寄りくさい」

「……」

 

 

 ハイエルフから放たれた予想外のツッコミに対し、「お前にだけは言われたくない」などと論争が起こることは無かった。軽口を言い合う様は、対外的な印象をさておけば、二人にとってお似合いだろう。

 

 

 残る謎は、そこまでの覚悟を抱いた具体的な理由。単に「止まっている者達に手を差し伸べたい」程度の内容だけならば、例え命が早々に尽きようとも、行えることもあるだろう。

 名声を地に落としてまで行わなければならなかったのかと、リヴェリアは問いを投げる。アルフィアは言いづらそうに眼を背けると、代わりという訳ではないがタカヒロがポツリと口を開いた。

 

 

「先程口にした、終焉の時計、とやらか」

 

 

 ゆっくりと視線を戻し、アルフィアは静かに頷く。しかしタカヒロは無論、リヴェリアとてソレが具体的に何を指し示すのかは見当もついていない。

 

 

「終焉の時計とは、何を指すのだ」

「……黒竜と呼ばれる存在は、お前たちも知っているだろう」

 

 

 かつてダンジョンより這い出して世界へと飛び立った、世界を蝕む最も大きな災害悪。英雄アルバートの一撃によって片眼を潰され、その状態でもってなお歴代最強と呼べるゼウス・ファミリア、ヘラ・ファミリアの連合軍を壊滅させた強大な存在。

 歴史に関する資料にも記載され、同時にオラリオの勢力図が一変した大事件。広大な世界のなかからどのように見つけ出したか、あるいは何かしらの方法で“呼び出した”かが気になるタカヒロだが、その点については凡その検討がついている。

 

 

 地上に焦がれ、神になりたいと“風の精霊”を探す、汚れた精霊。問題の黒竜もまた、それと似た存在と仮定する。

 そこに合致する、当事者のピースは只一つ。突然と、まるで何かの約束があったかのようにロキ・ファミリアへと入った、過去に存在した大精霊と似た魔法を駆使するアイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 

 彼女の出生に至る謎までは解明できないが、当時、アイズは黒竜をおびき寄せる“餌”として使われたのではないか。無論、ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアはアイズを失うつもりはなく、裏でロキ・ファミリアに対して保護するよう手をまわしていた。

 何せこれらが事実かつ討伐に失敗した場合、更にアイズを失ったならば黒竜を探す事など実質的に不可能となる。妄想の二文字が似合う状況ながらも、一応は筋の通る関係だ。

 

 

 繰り返しとなるが、彼が勝手に考えているだけで見当違いの可能性も大いにある。加えてそれらの“事実”は彼にとって関係のない事であり、コンマ数パーセントの確率で本当だったとしても、アイズが思い出したいと願うことは無いだろう。

 真実とは、いつか公の下に晒されるものだ。それがアイズの口から出るかは彼の知ったところではないが、この場は聞きに徹している。恐らくは、そろそろ“終焉の時計”とやらの正体が語られる事だろう。

 

 

「私も実態は目にしていないのだが……ダンジョンには、もう一体の黒龍が存在する」

「なんだと……!」

「80階層から先の地点に居るとされている。言わずともわかるだろう。どこから生まれた噂か定かではないが、地上へと這い出した存在よりも強い、という説がある程だ」

「……」

 

 

 まさかと呼べる、もう一つの終焉の存在。一般的には驚愕となる話題を知って目を見開いて驚くリヴェリアと、神妙な顔をして黙り込む一般人。後者については口に出してこそ驚かないが、危機を察したからこその険しい表情なのだと、アルフィアは受け取ってしまっていた。

 いったい、どのような考えを抱いているのか。戦闘さながらの注意力で彼を観察する、オッドアイの視線の先では――――

 

 

 

 ――――知ってた。

 

 

 

 などという呑気な実態は、どう頑張っても口に出せそうにないと葛藤の真っ最中。実はウラノスやロキからの口留めで、推定90階層にてヒャッハーしていた事はリヴェリアにも伝えておらず、神々を除けば知っているのはフェルズとベル、レヴィスだけという惨状だ。

 

 

「それがダンジョンより這い出すのが先か、既に外にいる個体が戻ってくる方が先か。何れにせよ、今のままでは、世界は終焉を迎える事になる。それは“九魔姫(ナインヘル)”、お前とて分かっているだろう」

 

 

 少なくとも二つあった“終焉の時計”のうち片方は、どうやら誰の知る間もなくリセットされていたらしい。むしろ一度目にリセットしたのちに強制的に(アセンションで)時計の針を正方向にブン回し、またすぐに自らの手で逆方向にグルングルンと回転させてリセットしている有様だ。

 自作自演というべきか、ある意味では自転車操業とでもいうべきか。何れにせよ事が明るみとなったならば、アルフィアは凄まじい表情を披露する事だろう。

 

 

「……むっ」

 

 

 アルフィアが気付かぬならばハイエルフの下へと、目に映らぬ“虫”が、妙な胸騒ぎを持ってきたか。彼女はピクリと片眉を僅かに動かし、顔を横へと向けている。

 相方タカヒロにとっては残念なお知らせ。どうやら、このまま話題がスルーされる事はないようだ。

 

 

「待てタカヒロ。先の話題ならばともかく、この手の話でお前が静かとなれば疑義が残る」

「ぎくり」

 

 

 確かに常時ならば、タカヒロが何かしらの反応を示しただろう。それを見せないとなれば、何かしらを知っている、もしくは処理してきたと想定するに値するのだ。

 残念ながら、未来の妻には行いが筒抜けの模様。タカヒロ曰く“年輪を重ねた”からこそ、かつ想いの相手である為に汲み取れてしまった違和感は、どうやら間違っていなかったらしい。

 

 

「やはりか。何を(おこな)った、何を知っている!」

 

 

 ウマが合う二人だからか、どうやら隠し事は通じないらしい。眼前でまくしたてるリヴェリアに対して顔を背けるタカヒロだが、年貢の納め時は目と鼻の先へと迫っている。

 

 そして観念したのか、告げられる、推定90階層における“一度目”のヒャッハー。階層や、何を具体的にどうして要した時間など詳細は説明されないが、ソロにて黒竜らしき何かを討伐したことを正直に告げていた。

 

 

 がしかしアルフィアにとっては、それだけでも異端異質異常のバーゲンセール。在り得ないだろうと言いたげな、かつ言っている意味が分からないと言いたげなポカンとした表情を、タカヒロとリヴェリアに向けている。

 そしてリヴェリアとしては、タカヒロが口にする突拍子もない話は「だいたい合ってる」旨の解釈なので腹をくくっている状況だ。あのリヴェリアが頭を抱える、そんな状況から事実を受け取ったアルフィアは、疲れが溜まったかのような虚ろな瞳を見せてしまっている。

 

 

「……儚いものだ、かつての私達が抱いた覚悟は」

「待て“静寂”、生真面目に受け止めるな!事故だ、これは不可抗力の事故なのだ!そうだ、ダンジョンで特大のイレギュラーに鉢合わせたと思え!」

「……」

 

 

 言いたい放題に言われて何か反論したげな、しかし実行犯故になにも言えない一般人。「だって強い素材を落としそうなモンスターがいたんだもん」などと10歳程度の幼子と争えるレベルの言い訳を披露したならば、アルフィアにとっては間違いのない追撃の言葉となっていただろう。

 

 

 交通事故とでも受け入れて吹っ切れたのか、アルフィアは無事に再起動。カメレオンの如き変貌を見せており、先のやり取りと自白は脳内で無かったことにしているのかもしれない。

 

 

 続けられた話を聞く限り、次に大きな問題は、やはりアルフィアが7年前の事件に関与したという事実だろう。もし仮に揉み消す方向性となったとしても、事が大きすぎるからこそ、“なかった事”にするのは不可能だ。

 アルフィアは元々が第一級冒険者であるだけに、今もなお知名度は高いものがある。だからこそ“行い”の知名度も同様であり、アルフィアもまた、その行いで生まれ出た罪を今なお背負い生きている。

 

 

「なに。どのような理由と想いがあって7年前の行動に走ったかと問われれば、数年にわたって燻っていた私達も原因。つまり、同罪だ」

 

 

 自分自身をも指し示す為に、やや困り顔で口にするリヴェリアだが、間違ってはいない事実の一つ。もしも大抗争の出来事がなかったならば、レベル6へと到達できていたかどうかも定かではない。

 そこから更に流れた、7年の歳月。今まさに横に居る存在が現れるまで大きく進展することが出来なかった第一級冒険者一行が“不甲斐ない”と歴代の英雄たちに評価されても、否定する事はできないのだ。

 

 

 だからこそ決意を抱いた二人と一神が決めた、かつての行い。アルフィアがオラリオで、未来の英雄たちに望みを託す為とはいえ、悪となって闇派閥に加担したならば。

 もしも仮に。さきほど否定されたとはいえ、アルフィアが母体の中で、妹の才まで奪ってしまった事が事実だと言うならば。

 

 

 エルフの尺度としては短いながらも、永きを生きた一人の王女。リヴェリアが口にする答えは、タカヒロがフィルヴィス・シャリアに授けたものと同類だ。

 

 

「罪とは生涯で背負い、償っていくものだろう」

 

 

 無かったことにする選択は、最も行ってはならない事の一つだろう。そして己の行いに問題があるならば、償いをもって許しを得る他に道がない。

 ならば、7年前に天へと還った命の分まで。そして逝ってしまった妹の分まで懸命に生きる事こそが、アルフィアがベル・クラネルに出会うための条件だ。

 

 

「オラリオに戻ってこい、“静寂”。なに。思う所があるならば、冒険者として復帰する必要はないのだ。ベル・クラネルは、お前に会いたいと愁いていたぞ」

「っ……!」

 

 

 直接的に血は繋がっていなけれど、子が親に会いたがっている。如何なる理由を押しのける単純で明確な意思を妨げることが出来る者は、そう易々と居ないだろう。

 その想いを受け取ったのは、タカヒロとて同様だ。ベルが珍しく明確に示す望みならば、叶えてやりたいのが師としての人情である。

 

 

「しかし、あの“九魔姫(ナインヘル)”が、こうも柔らかくなるとは」

「一々余計だ、口にするな!」

 

 

 リヴェリアが発した穏やかな表情と声は、よほどアルフィアにとって意外だったのだろう。アルフィアもまた、真っ直ぐで高貴なリヴェリアを知るからこそ、余計にそう思ってしまう。

 そんなリヴェリアから真っ直ぐな答えを貰ったからこその、彼女なりの照れ隠し。どうにも素直になれない少し捻くれた性格は、なんだかんだで、リヴェリアと波長が合うのだろう。

 

 

「で。お前は何故、この者を連れている?護衛の類にしても、エルフでなければ問題が生じるだろう」

「この者はタカヒロという。……私の、婚約者だ」

「……は?」

 

 

 どうやら最後の最後で隠されていた爆弾があったようで、ハトが豆鉄砲に被弾。そんな文字が似合う表情を惜しげなく披露したアルフィアは、行儀悪くリヴェリアを指差して口を開く。

 

 

「何ッ?結婚?お前が??」

「うるさい」

 

 

 ベル・クラネルの件と並び、それ程までに驚愕だったのだろう。プイッと照れ隠しで明後日の方向に顔を向けるリヴェリアに対して、静かな右手人差し指が向けられ続ける事となった。

 言われてみれば、彼女の左手にキラリと光るリングが目に映る。全てを察したアルフィアに浮かぶ言葉は無く、ただ呆然と空間を見つめている。

 

 なおアルフィアとて既に■■歳(イイ年齢)であり、他人のことを心配している余裕はない模様。これは7年前の時点においても同様であり、もしかすると、抜け駆けされた事に対して思う所があるのかもしれない。

 

 もっとも、そんな特大の爆弾に触れる者など居はしない。一命を取り留めた宿屋の建物に物心があったならば、ほっと胸を撫で下ろしている事だろう。

 



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243話 劇薬の使いどころ

運命「逃げられるとでも?」


 神話とは、読んで字の如く神々に関する物語。現代科学の視点からすれば、宇宙を造り山や大陸を投げ合うという、なんとも馬鹿げた話である。

 それでも神々の行いには“物語”があり、何かしらの正義が伴うもの。だからこそ、登場する神々とは“人”と似たベクトルにあると表現しても過言は無いだろう。

 

 欲望のために生み出し、戦い、神と呼ばれる存在を含めた他の生命に恋をする。

 

 そんな結果として、再び争いが行われ、何かが生まれる。物事の範疇や規模はさておくとして、人が歩んだ歴史と変わりないのが神話と呼ばれる代物だ。

 1000年前、「暇だから」という理由で地上へと降りてきた神によって、規模を縮小して再現されている光景。オラリオという都市は、そのような光景が繰り広げられる場所である。

 

 

 そんなオラリオで子供たちと過ごす多数の女神の中の一柱、ヘスティア。彼女が紹介する“とある女神”に関する一つの物語が、数日前、誰に知られることなく動き出していた。

 

 

「お、オリオン?僕が、ですか?」

 

 

 自分自身を指差し、盛大な疑問符を発する一人の少年。開いた赤い瞳と幼さが残る顔立ちにボリューミーな白髪と相まって、少年の相方は「兎みたい」との表現を見せている。

 オラリオにおいては最も有名な一人、ヘスティア・ファミリアの団長であるベル・クラネル。オリオンとは何のことか分からずポカンとした表情を見せる前で、花の如く咲く一つの笑顔があった。

 

 

「うん!」

 

 

 目を細め元気よく笑うは、水色の髪を持つ一人の女神。やや弧を描いて切り揃えられた前髪と動作になびく腰まで伸びた後ろ髪、そして翡翠の瞳が特徴的と言えるだろう。

 

 その女神の名を、アルテミス。月の女神の名を持ち、ヘスティアと並び純潔を誓った神の一柱。

 狩猟を司る神でもあり、神の恩恵を持たぬ一般人と同等の身体能力でありながら、地上で害をなすモンスターと戦える程の武芸の持ち主。彼女の眷属と共に戦う姿は、オラリオのダンジョンに潜る冒険者からすると、なんとも摩訶不思議な光景に映るだろう。

 

 

 時刻としては、アルヴの森で一騒動が起こる更に以前の五日前。オラリオで生じたこれらの出来事は、遠く地方での戦いへと変貌する。

 

======

 

 場所はオラリオから離れ、装備を満載した徒歩での移動は数カ月もかかるような僻地。自然豊かと表現すれば聞こえは良いが、早い話が辺境の土地である。

 あれだけ見上げたバベルの塔は影すらも伺えず、山々の遥か向こう側へと消えている。幼少期を山奥で育ったベルにとっては、場所こそは全く異なれど、どこか懐かしい雰囲気を感じる程だ。

 

 

「翼竜で五日、随分と遠くまで来ましたね……」

「ああ。バベルの塔も、ここからでは見えないな」

 

 

 ガネーシャ・ファミリアから貸し出された、テイムされた一匹の翼竜。大型バイクに二人乗りするかのように騎乗して言葉を交わすは、ベル・クラネルと女神アルテミス。

 通常ならば、ベルとヘスティアが同乗する流れとなっただろう。ワケあってか、ヘスティアは別の翼竜に乗って大人しいままだ。

 

 

 しかし、オラリオを発つ前に聞かされた実情。ベル・クラネルというチッポケな冒険者が相手しなければならない存在を意識すると、自然と少年の表情が厳しく強張る。

 それこそ、まだジャガ丸が相手だと言われた方が勝機が見えるというモノだ。此度の相手は、それ程までに規格外の存在となる。

 

 

「ここ、ですか」

「うん……」

 

 

 女神の眉間に力が篭ったのは、緊張か、別の何かか。遠く一点を見つめる姿の真相は分からないベルだが、持ち前の女たらし――――もとい、優しさは決して忘れない。

 アルテミスの気を和らげるために、他愛もない話を子供らしい笑顔で続けている。幸いにも黄金ハムスターは同行していない為、どこぞのハイエルフよろしく湿度がアガることはなかった。

 

 

 大人げないハイエルフはさておき、そんな者との戦いになぜ己が選ばれたのかと考えるベルながらも、相手の神からは、「そういうものだ」という答えしか返らない。もしも言葉として示すならば、互いの“相性”がドンピシャで嵌ったとでも言うべきか。

 ともかく、とある旅の神いわく、ベル・クラネルこそ最も勝率が高いらしい。それが結果として例え0ピリオドの後に0を何十個並べた確率になった程度としても、言っていることは間違いではない。

 

 少年自身、その事実を言われたとしても否定することは無いだろう。“災害悪”と呼ばれるモンスターは、それほどまでの強さを秘めている。

 

====

 

 目的地の塔でこそなけれど、そこへと赴く為の拠点へと辿り着いた日の夜。ベルやアルテミス達が集う場所から離れた地点で、ヘスティアとヘルメスが向かい合う。

 少し目を細めてしまう程に強く吹く風は、各位が置かれている状況の厳しさを物語るかのようだ。冷たい空気に対して寒さを見せるヘスティアだが、ヘルメスとて、「その衣類が原因だろう」とツッコミを入れる余裕もないらしい。

 

 

「ヘスティア。分かっていると思うが、今回の敵は――――」

「聞いたぜ。まったく、まだこんなのが、地上に残っていたのかい?」

 

 

 まだ神々が地上へと降りてきていない古代において、数多の戦士と大精霊たちが死に物狂いで封じ込めた災害悪。

 

 名を、“アンタレス”。全長は優に数十メートルに達する、サソリの容姿を持つ強力なモンスター。

 

 

 情報は非常に少なく、そもそもにおいて、そんなサソリが封印されている事を知る者も非常に少ない。

 それこそ、今ここにいる二人を含めて“一部の神が知っているだけ”と言ってしまって差し支えない程だ。そんなサソリの存在を知っており、かつ“今のタイミングで呼び覚ます事ができる神”となれば犯行者は自然と絞られるものの、デから始まる神の名を口にする者は居なかった。

 

 ともあれ今の問題は、そんなサソリを、“誰が・いつ・どのように”して倒すかという点。前者二つについては“ベル・クラネルが・遅滞なく”と置き換えられるものの、問題は用いる手段となる。

 旅の神がもたらした情報を鵜呑みにするならば、例え第一級の鍛冶職人が丹精込めた武器を用いても通じない。防具となればその逆で、いかなる防具も紙切れ以下の程度となるとの事だ。

 

 

 これらを総合するならば、討伐など夢のまた夢。小手先の技術でどうにか対応できるならば希望の光も微かに見えるかもしれないが、そもそもにおいて、いかなる攻撃すらも期待値は非常に低い。

 とはいえ、いくら己の欲に忠実で“いいかげん”な所がある神といえど、有事の時となれば話は別だ。討伐対象であるサソリに対抗する、まさに“切り札”が存在する。

 

 

 ―――― 一般名称を、神造武器。基本として天界にのみ存在する代物であり、神々をも殺せると言われる武器の総称を示す言葉。

 此度の名は、“オリオン”と呼ばれる槍だ。神々の言葉で“射貫くモノ”を意味する単語であり、定命の鍛冶師では足下に及ぶ一振りすらも作ることは叶わない。

 

 

「でもヘルメス、その槍は……」

「……分かってるさ」

 

 

 伝記における勇者が使う聖剣の如く、通常ならば、先のようなモンスターを倒すための特効薬となるだろう。しかし苦虫を噛み潰したような顔を見せるヘルメスに、普段の気軽さは見られない。

 神アルテミスが最後の死力を尽くして地上へと召喚した、神造武器。すなわちその槍に宿る力は、アルテミスという“神が持つ(エナジー)”、その残り香そのもの。

 

 

 そのように比喩される武器を使うという事が、神アルテミスにとってどのような末路をもたらすか、分からぬヘルメスではない。ヘスティアも分かっているからこそ、盟友の死を前に、切り札の存在を喜ぶ事などできはしない。

 許されるならば、槍を持って戦場から逃げ去りたい。これを隠したところで“アルテミスが消える”という運命を迎える事は変わらないと知りながらも、訪れる現実から逃げ出したい葛藤に襲われる。

 

 

 百歩譲って、用いる事で確実に倒すことが出来るならば、歯を食いしばって見送る覚悟も抱けるだろう。しかしどうやら、その槍が最大の効力を発揮するための条件についても大きな問題があるらしい。

 

 

「無いんだ……時間も、方法も。これでも、恐らくは足りない可能性の方が高い。……いや、絶対に足りない」

 

 

 アンドロメダの傍に、ペルセウスが並ぶように。年に一度の時とはいえ、織姫と彦星が出会うように。

 神造武器と、それを担う英雄。物語に必須と言える二つのコマは、出来すぎた映画の如く此処に揃った。

 

 

 だがしかし、ここで大きな問題が生じている。一か八かの賭けは功を奏し、オラリオにて“英雄となる者”を見つける事が出来たものの、置かれている状況が非常に問題と言える内容だったのだ。

 当該の英雄、僅か14歳の少年とその相方が事情を耳にしたならば、なんと自分勝手な話だと内心で怒りを抱くだろう。とはいえその感情は何も間違っておらず、世界を救えるかもしれない僅かな確率の為に相方を捨てるなど、優しい優しいベル・クラネルが許さない。

 

 何せ、口にこそ出されていないが条件が最悪なのである。アイズ・ヴァレンシュタインがいるというのに、よもや女神アルテミスと“感情を深め合う”というのだから、何がどうなるかは火を見るよりも明らかだ。

 早い話が二股を掛けろ、という、ベルからすればフザケた内容。ハーレムは悪手と分かりつつ自然と作りかけているのは白兎が持ち得る運なのかフェロモンなのかはさておき、例えヘスティアが口にしたとしても、明快な回答を返すことは無いだろう。

 

 

「ベル君を責めるわけじゃないけど、ベル君には剣姫(けんき)が居る」

「ああ、知ってるさ」

「だったら――――」

 

 

 どうするのか。問いに対する答えが返ることは無いと知るからこそ、ヘスティアもまた口をつぐんでしまう。

 いつもは調子が良く「胡散臭い」とまで言われる陽気さを見せるヘルメス。口と手足を一ミクロンも動かさなければ“爽やかイケメン”の神が見せる表情はかつてない程に険しく、ヘスティアも彼が抱くもどかしさと辛さをくみ取れるが、それでも問い(ただ)さずにはいられない。

 

 

「だから“更に深い仲”は期待できないぜ、ヘルメス。変化があったとしても上辺だけだ、本質は変わらない」

「なんとかするしかない。もう一度、ベル君をアルテミスと――――」

 

 

 話を聞いていたのかと、ヘスティアは少し強く声に出す。今にも取っ組み合いが始まりそうな状況ながらも、互いに余裕がなく危機的状況と分かっているからこそ、声を荒げる程度に収まっている。

 一方でヘスティアとて、完全にヘルメスを責めきれない。世界を滅ぼそうとする勢力に対し、今この場においてアルテミスが持ち得る“槍”という武器を使わなければならない事は彼女とて分かっている。

 

 

 だからこそ、その槍が持ち得る効能、それを発揮するための条件。先に真向から実現を否定した、アルテミスと感情を深め合う事が必要とも分かっている。

 

 

 矛盾する、二つの答え。ボードゲームならば間違いなく“詰み”とよべる状況なだけに、ヘスティアの表情も暗く思わしくない。それはヘルメスとて同様だ。

 何せ、時間という時間がない。上空に作られる槍は、あと二日もすれば完成してしまうことだろう。

 

 迫る刻限までに、何としても見つけ出さなければならない。それが不可能と分かりつつも、予想していた方法では何れにせよ失敗する。

 何としても、ベル・クラネルの代役が必要だ。アルテミスが召喚した、“槍”という“装備”を使いこなす――――

 

 

「っ――――!!」

 

 

 盟友を想うヘスティアは、“槍”を“アルテミス”と捉えるからこそ、新たな道を見つける事が出来なかった。道の状態を示すならば深い藪に閉ざされているものの、決して道そのものが険しいわけではない。

 

 単純に、“彼”という藪をつついて蛇が出る程度で済むかどうかが分からないのだ。蛇は蛇でも、八岐大蛇に匹敵するモノが飛び出してきたとして不思議はない。

 それでも、他に考えなど思いつかない。まさに、背に腹は代えられない状況であることは明白であり――――

 

 

――――居るじゃないか。この危機的状況、打つ手が何もない文字通り後がない最悪の状況をひっくり返すことができる最強(最悪)の存在は、ボクの近くに居るじゃないか!

 

 

 ヘスティア・ファミリアにおける最古参の分類。もっともファミリアそのものが結成から1年も経っていないために古参も何もないのだが、それでもヘスティア・ファミリアの歴史においては初期メンバーであることに変わりはない。

 決して、普段の行いが原因で「居なかった事にしたい」などとは思っていない。そこから芽生え育った「見ない事にしよう」という本能が、彼という存在を消し去っていたワケでもない。

 

 

 何度、その者が御手玉感覚で扱っている爆弾の数々に胃を痛めたことだろう。何度、「少しは気にしてくれ」と叫びたくなったことだろう。

 

 少年にとっても、ファミリアにとっても父のような、兄のような不思議な存在。己の子供達は、彼に鍛えられて着実に育っている。

 

 

 その者が己の一番眷属であるベル・クラネルを育ててくれたおかげ様で、少年はヘスティアも見惚れる程の姿に成長した。少し胃が痛むことはあれど何処に出しても恥ずかしくない、立派な戦士へと成長した。

 

 

 

 世界の危機であるがために、四の五の言っていられない。一度浮かんでしまったこの考えが酷く強烈であるが為に、もうそれ以外の考えは浮かばない。

 

 降り注ぐ星々の数――――とは流石に過大表現とはいえ、数々の胃痛に耐えてきたのは、この時のために。ヘスティア・ファミリアが持ち得る、恐らくは全世界において最強の戦士に事の顛末を委ねる場面は今である。

 

 

「ヘルメス!!」

 

 

 故に、呼び寄せる手段を持つ者に対して強く叫ぶ。時間が無いことは、ヘスティアでも分かっていることだ。

 故に、とある青年の名を出して呼び寄せろと強く叫ぶ。ヘスティアは伝達手段を持っていないために、ここはヘルメスの出番というわけだ。

 

 その者が強いことは、ヘルメスも知っている。もっともウラノスやアスフィから又聞きした程度であり、“レベル8ないし9”とて、これほどの危機に対しては無力であることは分かっている。

 強ければどうにかなる、というものではない。それでよければ、真っ先にフレイヤ・ファミリアへと声を掛けているからだ。苦虫を食い潰したような表情でそのことを早口で言い切るヘルメスだが――――

 

 

「ボクたち神々の尺度でも測れないよヘルメス!そしてタカヒロ君のレベルは“8とか9”じゃない、“100”なんだ!!」

「……ほへ?」

 

 

 先程まで出ていた気がかりもどこへやら。世界が危機的状況だというのにヘルメスの思考回路はストップし、二つの白丸で表現できそうな瞳からハイライトが消えている。ヘスティアがそんな冗談を言う神ではないと分かっているからこそ、猶更の事今の発言に納得できない。

 しかし同時に、納得している暇はない。とにかく連れてこいと飛び掛かって胸倉を掴むヘスティアに対して承諾の言葉を掛けると、時間軸に考えを割く余裕もなく、旅の神はすぐさま伝書の使い魔を使用するのであった。

 

 ベル・クラネルとアルテミスが“親しい仲”となれない事など、他ならないヘスティアが一番分かっている。アルテミスが用意した兵器を使ったならば、今いるアルテミスがどうなるかなど、考えたくもない。

 しかし残酷にも、アルテミスを選んだならば世界が滅ぶ。加えてベルが当初の期待に応えられないとなれば、ならばヘスティアは、タカヒロに土下座を行ってでも討伐に赴いてもらう考えでいる。

 

 

 しかし、そんな行為は必要ない。何せ呼び出す対象は、色々と規格外と言える“ぶっ壊れ”。

 

 

 もしもロキ・ファミリアのフィン・ディムナがヘスティアの立場だったならば、彼の親指は携帯電話のバイブレーションよりも高速で振動を続けている事だろう。なんなら親指どころか、肩から先が、そのようになりかねない。

 

 此度の戦略をいうなれば、毒を以て毒を制す。いまだ表に出てきていない“ヘスティアが知りたくない理由”は、そのうち分かることとなるだろう。

 




距離などが原作(映画)と異なっていますが、原作(映画)通りだと原作(小説等)のストーリーに影響が出そうなので、この辺りは私の解釈+改変が入っております。
例え1日でも100日でも影響はないため、ご了承ください。


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244話 黒いモンスターとは

 

 一方こちら、静かな村の静かな宿で、行儀悪く指差しをしたまま固まるアルフィア。銅像の如き不変さで気の抜けた驚き顔を見せており、現役時代の彼女を知る者が目にしたならば、狐につままれたような仕草を見せるだろう。

 呆気ない表情を作る顔は縦軸をベースとしてゆっくりと回転し、リヴェリアが口にする“婚約者”へ。言葉にできない驚きと疑念の感情は表情となり、赤の他人だろうとも汲み取れる程だ

 

 無論、タカヒロとて否定する理由もなければ、冗談とて口にしたならばブラックジョーク。目を瞑って茶に手を伸ばした事で、肯定の返事としていた。

 

 

「しかし、お前はアルヴの森の……」

「なに。父上と母上との顔合わせ、承諾は済んでいる」

 

 

 どこか得意げな気配を隠せておらず、ドヤ顔の片鱗を見せるハイ(lol)エルフ。相性が最悪だからこそ負け続けだった当時の積年の恨みを、今まさに晴らすと言わんばかりだ。

 なにせ女性にとっては――――男にとっても同じだろうが、特に女性にとっては“人生の一大イベント”と表現して過言は無い。結婚という行いの是非や早い遅いはさておき、特にリヴェリアの場合は“理想的”な相手である為に輪をかけて嬉しいのだろう。

 

 

「……裏切者か」

「馬鹿者、お前と徒党を組んだ覚えはない」

 

 

 向けられる消えゆく予想外の小言は、心の奥底では抱いていた懸念が乗せられている。返される翡翠の強烈なジト目は、同時に出された一言と共に正論となる類だろう。

 とはいえ、アルフィアとて持ち得る美貌は上位一握りの中へと軽々しく入る程に高いものがある。「ではなぜ今までフリー?」となれば、理由は非常に単純だ。

 

 ①第一級冒険者、その中でも抜きんでた才能。

 ②都市最強と言われたヘラ・ファミリア所属。

 ③リヴェリアも手玉に取る、つよつよな性格。

 

 フリーと言うよりは、フリーダム。色々と相まって、色々な意味で男にとって敷居が高い。その高さは凡夫の男共にとってバベルの塔よりも高い程で、“お近づき”になる事どころか声を掛ける事すらも至難の業だ。

 なんせ下手をすれば、「今日も綺麗ですね(おはようございます)!」などと軽口の挨拶を投げたら「消え失せろ(ゴスペル)」と返ってくる確率は、新作のジャガ丸くんを見つけたアイズ・ヴァレンシュタインが駆け出す確率と近似値を示すだろう。そんな地雷原に突っ込む勇気を持ち合わせていないからこそ、大半が凡夫の域に収まるのかもしれないが。

 

 なお例によって、そこの一般人にとっては問題にすらなり得ない。1番と2番目については言わずもがなで、敷居の高さについて“躓く段差”と表したならば間違いなく過剰表現だ。

 3番目についてはリヴェリアを相手した時の如く、彼特有のマイペースを軸にして合わせてしまうかもしれない。そもそもにおいて興味の欠片を向けるかという点で非常に怪しいが、アルフィアはエルフではない為に仕方がないだろう。

 

 

「む?」

 

 

 宿のドアをノックする音が響いたのは、妙な睨み合いが2-3分ほど続いたタイミングであった。しかし残響が消えゆく一方で、三人共に疑義が残る。

 宿泊目的の客にしては、妙に礼儀正しいと言える行い。特にこのような時間、失礼を承知で述べるならばこのような田舎においては、当該の作法を行えるような者が立ち寄る事もないだろう。

 

 

 実態は礼儀正しさなど程遠く、溜息と愚痴を交えながらの入店と相成った。

 

 

「邪魔をするぞ。まったくいつの世も、精霊は神の使い走りで変わらんのう」

「大精霊……!?」

 

 

 本日二度目、アルフィアにとって驚愕の対面。突如として生まれた気配を察知して警戒を見せてみれば、今となっては珍しい存在が突然と尋ねてきたのだから疑念が積もる。

 なお、一目見て彼女を大精霊と見抜く点については流石というところ。反射的に後ろの二人へと顔を向けると、立ち上がって首を垂れるリヴェリアと、先程と変わらず椅子に腰かけたままのタカヒロという構図が出来上がっていた。

 

 

「理由なく追いかけてきたワケでもないだろう。何用かな、ドライアド」

「先の言葉通りじゃ。御身に向けた、これを預かっておる」

 

 

 深いため息を一度だけ見せると、右手の人差し指と中指で、一通の手紙らしきものを摘まんでいる。手首のスナップだけを使って器用に前へと飛ばすと、タカヒロは同様に右手の人差し指と中指で受け取った。

 

 

 右からリヴェリア、左からアルフィア。名前のイントネーションだけが似ている二人がそれぞれから覗き込み、開封を待っている。

 簡易な封であり、裏手に書かれた手紙の差出人は、神ヘスティアとヘルメスによる連名であった。ヘスティアについては初耳となるアルフィアの疑問に対し、ベル・クラネルの主神であることをリヴェリアが告げている。

 

 一応、最初のカミングアウトでタカヒロが口にしていた内容だが、その時の衝撃が大きくて忘れていたのだろう。直後、「ああ」と思い出したかのようなイントネーションでもって、納得した様相を見せている。

 中の本文を破る心配もなかったらしく、手で適当に封を開いたタカヒロは、一通りに目を通す。その間、ドライアドの口から何かが語られることは無く、何故か数秒で読み終えたタカヒロは、目を伏せてドライアドへと合図を送った。

 

 

「記載の通りじゃ。御身に決定を委ねる、との言葉も預かっておる」

 

 

 問題は、記載されていた内容であった。どうやらドライアドには口頭で伝えられているようで、アルヴの森の時のような気軽さは見られない。

 

 オラリオから離れた遠い土地。その山奥にある忘れられた古城に存在する、とある大型のモンスター。

 タイムリミットは、残り二日。そんな状況から事実を伝達する為に、下界では禁忌とされる“神の力(アルカナム)”に辛うじて該当しない力を用いて、大精霊へと言伝が行われた。

 

 簡潔に言えば、討伐が依頼の内容となる。ベル・クラネルがアルテミスと共闘して倒す“はずだった”存在は、待ったなしの状況で、大きな問題を生じているらしい。

 記されている「世界を救ってくれないか」という一文の意味を、どのように受け取るか。重圧を感じて縮こまってしまうか、己に活を入れて奮起するか。示す反応は、強弱を含め、人によって様々だろう。

 

 

 なお、そもそも該当の一文を右から左に流している一般人。数秒で読み終えた理由の一つであり、依頼を受けるか否かの判断材料には全く含まれていなかった。

 

 

「ドライアド、このモンスターについての情報は?」

「実態を見るまで断言はできんが、“神の力を取り込んだ存在”と伺える。外観は、黒く大きなサソリとの事じゃ」

「なっ!?」

 

 

 驚きで目を開くアルフィアの脳裏に浮かぶ、一つの影。己が所属したファミリアが挑み続けてきた三大クエストの他に黒いモンスターが居たのかと、驚きを隠せない。

 仲間が死力を尽くして挑み散った戦いが、脳裏に浮かぶ。嘗ての最強二大ファミリアを薙ぎ倒した、黒き龍が猛威を振るう光景は、二度と繰り返してはならないものだ。

 

 

 一方でリヴェリアの脳裏では、そんな黒サソリが必死になって理不尽の化身と戦っている姿が浮かんでいる。実際にエンカウントしたならば、現実となって披露される事だろう。

 なお現実は、想像に増して黒トカゲすら瞬殺という臨終具合。現実は小説より奇なりとは言うが、相手にとって理不尽の化身(自称一般人)が関わってしまったならば、それ程の事が起こっている。

 

 

 もっとも該当の男は、やはり事の重要さが理解できていないようだ。見せる表情は全くもって変わっておらず、呑気な質問を飛ばしている。

 

 

「黒竜のように、“黒きモンスター”との固有名称は伝記においても何度か見たことがある。通常のモンスターと、何か異なる部分があるのか?」

「嗚呼、分からぬのも道理よな……」

 

 

 黒竜を筆頭に、ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの連合が倒してきたがベヒーモスとリヴァイアサン。“黒いモンスター”と呼ばれるジャンルとなるこれらの存在を、なぜ神々は討伐したがるのか。

 そして子を想う神々ですら、なぜ、極端に言ってしまえば己の身と引き換えに倒す事をしないのか。天へと還るだけならば、神が刻む果て無き歴史からすれば、超大作の小説における1-2文字程度で大事ではないだろう。

 

 

「アレはまさに異端の存在。理由を要するとなれば“是非もなし”の一言で足りるじゃろう。ともかく、神々や我等精霊の手では倒せぬのだ」

 

 

 神ないし、それに準ずる存在では通用しない。何かしらの理由で神々より生じたツケが、黒い特殊なモンスター。

 

 子供たちが“平和”と呼ばれる類の世界を手にするために討伐が必要な、絶対条件。ダンジョンの構造とは、神々が口にする子供達が、黒いモンスターを倒せるようになる為の演習場。

 討伐の報酬として取得できる魔石や素材は子供たちの生活に潤いを与えているが、先のように捉えることもできるだろう。この場に居る四名の誰も因果の真相は分からないが、状況を把握するには十分だ。

 

 

 タカヒロにとっては、過去の謎の一つについても、可能性が見えたらしい。

 

 

「――――なるほど。風の精霊アリアが人間の血を受け入れた理由の一つ、か」

「―――――」

 

 

 ドライアドやアルフィア達は黙ったままで、肯定も否定も行わない。過去の謎の一つを推察したタカヒロは答え合わせをしたいワケではないが、確かに筋は通るだろう。

 

 精霊が子を宿し未来へと紡ぐ為、もしくは、精霊が黒いモンスターに攻撃を与える為。どちらが真の理由かは分からず、そもそもが明後日の方向に推察している可能性もゼロではない。

 

 

 そんな推察を行った彼。神ないしそれに準ずる存在“ではない”、神々が勝手に“〇〇の化身”と呼ぶ一般人は、根本において、そもそも他者とは全く異なる内容の思考を抱いている。

 

 

「ところで、敵はサソリと言ったな。それは黒竜よりも強いのか?」

「……」

 

 

 恐らくは微塵にも問題などとは思っていないのだろう、その一言。考えはリヴェリアに筒抜けであり、物言いたげな視線を貰っている。

 

 

(わらわ)では計ることは叶わぬが、それ以上であろう」

「なるほど。依頼については了解した、帰路のついでに討伐を行おう」

 

 

 表向きは、普段と変わらぬ淡々とした調子。しかし裏では、「神モドキ?よっしゃ装備とか素材が落ちるかもしれないし、新装備のテストランしたろ!」程度の呑気な心境となっている。

 

 

「……相も変わらず、突拍子なく途轍もない事を口にするな、お前は。庭の草でも毟る程度の気負いでしかないのだろう」

「失敬な(正解)」

 

 

 美味しい料理を提供してくれる店舗の情報を耳にして、「美味いのか?じゃぁ自分も行こう!」と相槌を返すかのよう。そのような回答を本当の凡人が行う事だけは、絶対に間違っている。

 

 

「なに。依頼された弟子が事を成せないとくれば、後始末は付けるべきだ」

 

 

 元とはいえ、弟子が行った失態の責任は師匠が取れ。巻き込まれただけのベル・クラネルに罪は無いが、少年が気負う事は汲み取れる。

 が、如何せん、自称一般人と比較した際に本当の一般人となってしまう少年では、今回の案件は荷が重い。リヴェリアとアルフィアも汲み取ったのか、タカヒロにつられて外へと出た。

 

 

「あれは……」

「いかんな、詠唱が進んでおる」

 

 

 空を仰ぎ見れば、第二の月のようなモノが薄っすらと浮かび上がる様相を見せている。三日月という弓の(つる)に矢をあてがうかのような光景は、目的を知らなければ幻想の一言で表される筈だ。

 最低でもオラリオを、予測と同等ならば大陸を消し飛ばす天の一撃。約一名ほど「アレって遠距離物理なのかな」程度の感想を抱いているが、口に出す事もない為に掘り起こす必要もないだろう。

 

 

 残された時間はあまりなく、タカヒロは、このまま当該地点へと移動を開始するようだ。一方のリヴェリア達は、オラリオにおける闇派閥に対抗する為に帰還する選択を取っている。

 

 リヴェリアについては冒険者である為に正規の外出届を出しており、ロキ・ファミリアとしての面子を保つ為にも、正規のルートで帰還しなければならない。その為に、リフトによる帰還は悪手と言える。

 残り二名については逆に正規ルートを使用できず、一方でドライアドは、コッソリと侵入した経歴を持っている。そこにアルフィアを巻き込む形で計画が練られ、これ以上の議論については必要はないだろう。

 

 

 女性三名がオラリオに入った後?

“当たって砕け――――”るか否かは、神のみぞ知るところだ。ヘスティアの胃が砕けてしまうかもしれないが、新たな“ジョーカー2枚”をドローする際に生じるコラテラルダメージ故に仕方がない。

 

 

 ともあれ、互いの行動は決定した。5分後には、二つのルートへと人影が散る事となる。

 

 

「“静寂”、そしてドライアド。リヴェリアを、オラリオまで送ってくれ」

「先の礼だ。その頼み、必ず果たそう」

「御身の頼みならば是非もない。引き受けよう、わらわとて手は抜かんぞ」

 

 

 魔導士三銃士、とでも表現すべきか。即席ながらも史上最強の魔導士パーティーが組みあがり、オラリオを目指して飛び立つ事となった。

 羽音と共に夜空へと消えゆく姿を暫く見送り、男は鎧姿になると大地を駆ける。手紙に同封されていた地図に過ちがないならば、迷うことなく目的地へと辿り着くことだろう。

 

 

 背に腹は代えられない大きな理由があったものの、ヘスティアが選択した、“彼を呼び寄せる”という諸刃の剣。よもや表側だけではなく反対側の(やいば)が持つ切れ味すらも“一撃必殺”などとは想定にしておらず、今や、彼の到着を待ちわびている程だ。

 

 

 誰が眠りから覚ましたか、大地を蝕む黒いサソリ。それが迎える運命は、数日のうちに明らかとなるだろう。

 

 

 

 

 ところで。オラリオへ帰る空路については、意図せずして三人乗りになってしまったワケだが――――

 

 

■、■■(お、重ヒッ!!)

 

 

 頑張れ、名も無き鳥型のモンスター。明日の朝日を五体満足で拝みたいならば、その一言を口にするのは、絶対に間違っている。

 



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245話 オリオンの矢 を使うなんて、とんでもない!(1/2)

 

 とある村を起点として大地を疾走する、一つの矢。生じる土煙の舞い上がりは、疾走する速度の鮮烈さを物語っている。

 交通事故こそ生じないものの、無謀にも襲い掛かったモンスターの末路は明白だ。折角地上へと進出したというのに、短絡的な思考から生まれた行動によって、ここに命を落とすこととなる。

 

 どちらが悪いかとなれば、相手を殺そうとすべく襲い掛かったモンスターとなるだろう。轢いた側に法定速度と呼ばれるものがあるならば間違いなく違反の域に達しているが、そのような法律は無いために、大枠で見たならば只の“通行人”に他ならない。

 突進の持ち得る威力は過大であり、ダンジョンに住まう生粋のモンスターだろうとも手に余る。かの者が示す突進スキルとは、例えダンジョン深層のモンスターだろうとも一撃のもとに消し飛ばすのだ。

 

 

 ところで。当該の青年がそこまでして移動するには、明確な理由が存在している。

 

 

――――神殺しと聞いて参上しました。ドロップアイテム置いてけ。

 

 

 文面上で“神と戦ってくれ”という依頼を請け負った青年は、上記の心境を口にすることは出来なけれど、傍から見ても呑気な程度だ。まるで「ダンジョンで1万ヴァリスを稼いできて(レベル1が2階層で1日ソロすれば稼げる程度)」と言われた時のような様相を見せている上に、内心は同類の事だろう。

 しかし持ち得る志だけは非常に高く、依頼を断る気配すら伺うことは難しい。理由はどうあれ、主神ヘスティアからの依頼に応えた格好だ。

 

 何せキル・ザ・セレスチャル(神殺し)となれば、理由は二の次にするとしてタカヒロの“本職”に他ならない。傍から見た様相こそ普段と変わりない青年だが、内心ではリヴェリアとのデートの時のように“テンション上がってきた”モードへと突入してしまっている。

 ヘスティアからの依頼よりも先に情報を知ったならば自ら戦闘に志願するかの如く、複数ある突進スキルを交互に使って寝ずに大地を走り抜け、二日足らずで到着した“ぶっ壊れ”は飛ぶより早いとはこれいかに。ヘルメスが持ち得る最速の伝書鳩を飛ばしてからギリギリ三日経っていないために、さっそく旅の神が混乱した様相を見せているのは仕方のないことだろう。

 

 

 ともあれタカヒロは、こうして戦地へと到着した。いつかの24階層の件についてヘルメスから礼を言われるも、「知らぬ存ぜぬ」でスルー安定。まだよくわからない、かつ“神とは異なる”アルテミスという第三者が居るために、己の情報を必要以上に出さないのだ。

 そんな事よりもと、状況の報告を求めている。その一言で表情を整えたヘルメスが中心となり、今現在における“人類”が置かれている状況になるまでの経緯の数々を語り出した十数秒後の事だった。

 

 

「生憎だが英雄物語なんぞに興味はない。時間もないのだろう、現状と対策だけを教えてくれ」

「そ、そうか。すまない」

 

 

 今一番の問題としては、アンタレスによる天界の一撃。地上を跡形もなく吹き飛ばす攻撃は、防ぐ手段がどこにもないのが実情だ。

 タイムリミットは、恐らく今日の夜いっぱいと言ったところだろう。つまりあと5時間程度しかない状況であり、上空に現れた巨大な“天の矢”は、次第に形を成している。

 

 

「タカヒロ、と言ったね。君も分かるだろう。アレが地上に放たれたならば、どうなるかを」

 

 

 場に居る5名は空を仰ぐ。第二の月と見紛うかの如き美しさに秘められた一撃の破壊力は、オラリオの冒険者ならば感じ取る事が出来るだろう。

 最低でも、オラリオの街は跡形も残らず吹き飛ぶに違いない。タカヒロが最も望んでいない事の一つであり、戦う理由を掲げるには十分だ。

 

 もしもコレが偽装情報だったならば、ヘスティアが二つの意味で心を痛める事もなかっただろう。彼女が振りかざしたタカヒロという瓶からどのような劇薬が零れ堕ちるか、それこそ誰にも分からない。

 

 

「大陸一つで済めば上出来、と言った所か。どうやら“神々では倒すことができない存在”とは、一撃を放った後の事を考慮できる頭脳が無いらしい」

 

 

 あえて、そのような言い回しをしたのか。場に集う三名の神々は問いを投げたい衝動にかられるが、誰しもがポーカーフェイスを貫き僅かな乱れも露わにしない。

 フードの下から届く冷徹な視線。ヘスティアは真っ直ぐに見返し、アルテミスは僅かに歯を食い縛って逸らすことなく、ヘルメスは――――

 

 

「そ、それじゃ僕は、ベル君の所に戻っている。何か策がありそうなら言ってくれ、ヘスティア」

「あ、ああ。分かったよヘルメス」

 

 

 内心「逃げやがった」と睨み舌打ちする二名の女神。一礼と共に去るアスフィと、普段の調子の良さが影を潜め冷や汗溢れるヘルメスの姿が遠のいていく。

 神妙な面持ちを見せるアルテミスとヘスティア、そして相変わらずのタカヒロだけが場に残った。今の一言で、どうにも話題を切り出す事は難しい。

 

 僅かに髪をなびかせる風に柔らかさは見受けられず、これから始まる物の険しさを悟らせているかのよう。それを相手に伝える敷居の高さを相まって、ヘスティアとアルテミスの白い肌を刺激するような感覚を与えている。

 

 

 地上に迫る危機については、戦うべき相手の存在は、さきほど神々から語られた。

 

 

 あとは、どのようにして戦うか。当初はこれしかないと考えられていたプランニングは見直しを迫られているものの、タカヒロならば、元々予定されていた“使用者”の代わりになれるはずだとヘスティアは賭けている。

 

 リヴェリア程ではなけれど彼をよく知るヘスティアだからこそ、回りくどい言い回しは悪手と判断。情報は簡潔に、しかし伝えるべき核心は忘れない。

 誰が、誰を、何を使って。討伐の達成に必要なこれら3項目の情報について、“現物を用いて”説明を開始した。

 

 

「タカヒロ君、はぐらかさずにに言うよ。討つべき敵は、この道の先、ここからは見えないけど大きな城に居座っているんだ」

 

 

 あとは、“神と戦ってくれ”というお願い事を口にするだけ。言いづらそうな感情を隠しもしない表情は、炉の女神から元気を奪う。

 

 しかしそれは当然であり、口にしようとしている内容は、「死んでこい」と言うに等しい内容。例えレベル100だろうとも、子供と神との間にどれだけの差があるかについては、他ならぬ神であるヘスティアが分かっている。

 同時に、もう“コレ”を用いるしか方法がない事も。一方で、彼ならば何とかしてくれるはずだと、布に包まれた一振りの槍を露わにしつつ口にした。

 

 

「タカヒロ君には、無謀なお願いをすることになる。この槍を使って、あの矢を作っている神を倒してくれるかい」

 

 

――――なんだアレは。

 

 

 確かな目を持つコレクターが名高い骨董品を見つけた時のような、冷や汗と同時に男の中に湧き出る極度の緊張。ドクンと一度跳ねた鼓動は速さを増しており、つられるように興奮の心が感情を支配する。

 

 

 神造武器、オリオンの槍。自分の持ち物ではない為に詳細な効能までは分からないが、槍が持ち得るオーラは痛い程に伝わっている。

 早い話が、最上級に匹敵するレジェンダリークラス。その中でも一際レアとなる部類、それこそ神を倒した時に数パーセントの確率でドロップする品々と同等であることは読み取っていた。

 

 

 珍しくゴクリと唾を飲むのは、どう頑張っても「それ自分にください」などと言える状況とは遠い為。時と場合によっては最低ラインの常識を微かに備える男は、自称、己に厳しいのである。

 

 なお、悲しいかな。神々陣営はコレを使うことが前提の考えで、またタカヒロが装備について詳しいと知っている為に、「これ程の槍を使わなければならない状況」を感じ取ったのだと受け取り中。

 一方でタカヒロの認識としては、「あれ程までの槍ならば、家宝の類に違いない」と受け取っており、かつての木刀と同じく貰う事は出来ないだろうなと諦めの一方で、どうにかして貰えないだろうかと葛藤中。もしもこの考えをヘスティアが知ったならば、顎が外れる事だろう。

 

 

 しかし。アルテミスがこの槍を、相当の覚悟を持って地上に召喚した事実は変わらない。

 

 

 地上の破壊を狙うアンタレスとは、アルテミスにとって曰付きの存在に他ならない。かつての己の過ち、その原因となった一端だ。

 だからこそ、アルテミスの決意も非常に強いものがある。右手に握る槍を険しい表情で見つめながら、心中に抱く覚悟、それを成し遂げる為の方法を口にした。

 

 

「アンタレスは、必ず倒す。この槍オリオン……そして私の最後の力と引き換えに」

「その槍を使い捨てるのか!?」

 

 

 珍しく叫びをあげるタカヒロに、神妙な面持ちだったヘスティアも驚愕の表情を向けている。普段から冷静で仏頂面だからこそ、こうして見せる極端な感情表現は、本当に新鮮なものがあるのだ。

 せめて、「アルテミスの力を使い切るのか」、という類だったならば、まだヘスティアも対応できただろう。先のような文言を口にした、装備キチの心境は――――

 

 

 

――――モッタイナイ。

 

 

 

 人読んで装備キチはバナナを前に絶好調、まさに本領発揮である。驚くところはそこなのか?と脳内が疑問符だらけになるアルテミスだが、生憎と普通の思考回路では「モッタイナイ」などという考えを抱いていることを理解するなどできないだろう。

 何故だかソワソワした素振りをし出した装備キチ(そこの青年)に対しても、アルテミスは抱く覚悟の程を崩していない。文字通り、捨て身の覚悟でアンタレスを屠る決意を抱いている。

 

 

 が、しかし。残念ながら、女神が抱く純情な気持ちは三分の一も伝わらない。アイ・ラブ・ユーを言う必要はないけれど、互いの気持ちは全力で空回る様子を見せている。

 

――――そんな代物を使うまでもない。それぐらいならば自分に譲渡してくれ、他の方法でアンタレスを殺してくる。殺す事が宜しくないならば、虫の息の状態で連れて来よう。

 

 たかだか一匹の神如きに、特攻兵器など必要ない。このような感情の次点として、もう一つ。

 

――――神の力を取り込んだ、神そのものと言える敵なのだろう?むしろ新しい装備がテストできる上にドロップアイテムあるかもしれないから、やらせてくれ。

 

 

 各々の内容を口にこそ出していないが、ONとなっていた青年の()る気スイッチが即座にTurbo(ターボ)へと切り替わった。この瞬間にアンタレスの未来は確定したも同然だが、悲しいかな神の力(アルカナム)を使えれどそれを知る術などどこにもない。

 もっとも此度においては、アルテミスが放つ気合の入れようがタカヒロをも貫いている。沸き起こった意欲(物欲)をいったん静めると、力のこもった翡翠の瞳で己を見据える彼女に対し、普段の調子で声をかけた。

 

 

「攻撃時に込める力、いうなれば精神力(マインド)か。その状態で力を使えば、神と言えど君も死ぬ結末となるだろう。盟友であるヘスティアが悲しむと知ってなお、方法を変えるつもりはないのか」

「分かっている。だけど、これ以外に方法が……!」

 

 

 凛とあろうとするの翡翠の瞳が月明りに照らされ、うっすらと雫のようなものが浮かんでいるのは気のせいではないはずだ。青年がその点を指摘することは無いものの、フードの下にある表情は揺るがない。

 少し前の時間、楽しそうに話していた時の様相とは程遠い。たった数分の時間ながらも、上辺に隠れた素直な心はタカヒロに届いていた。

 

 今にも崩れ去りそうな表情でアルテミスを見つめるヘスティアもまた、タカヒロに対して縋るような表情を向けている。起死回生を望む彼女の心もまた分かりやすいものがあり、口にせずとも届いている。

 正直なところ、全ての事象においてハッピーエンドで終える結末は困難を極めることだろう。タカヒロとて、かつてケアンの地でモンスターに取り込まれた料理人を救ったことはあるが、神を救ったことなど一度もない。

 

 

 それでも、己に期待を寄せる主神がそこにいる。抱く本音とは理由が違うが、“そういうことにしておこう”。

 此度においては、2つの理由に必要な前提条件が同一である。ならば、青年が出す答えは只1つだ。

 

 

「分かった。何れにせよ槍を使う程の敵でもないだろう。自分が行って、早々に終わらせてくるさ」

「タカヒロ君、冗談を言っている場合かい!?」

「貴方、自分が何を言っているのか分かってるの!?」

 

 

 今更ながらも、ヘスティアとアルテミス、そしてタカヒロという二対一の2グループには、決定的な思い違いが生じている。互いの常識がぶつかり合うも、水と油は交わらない。

 “彼が持つ実力と槍を使って、アンタレスを倒す”。これが、ヘスティアとヘルメスが考えていた作戦だ。故に、天の槍は使われる前提で互いの会話がなされているのである。

 

 もっとも青年が槍など使えば逆に弱体化するだけであり、“神造兵器”に匹敵する“神話級”装備など無数にある。己が欲しいと言う理由もあるが、ヘスティアが望む結末のためにも、天の槍を使うことなど全く考慮されていないのだ。

 完全にイレギュラーの存在故に、話がかみ合わないのも無理はない。神々の常識という尺度では、そこの装備キチを測ることなどできないのだ。

 

 

「……はて、アンタレスという神を殺すだけの話だろ?」

「え?」

「は?」

 

 

 激怒するヘスティアとアルテミスながらも、例によってまるで話がかみ合わない。片や自殺行為にも程があるという警告、片や神殺しなど今に始まった話では無いどころかスーパーボスに限定しなければ6桁の回数を越えているそこの青年からすれば、あまり特別ではないことだ。

 女神二人の叫び声が微かに木霊するも、双方の合計3人ともにポカンとした様相を示すことしかできていない。一転して辺りを静寂が包んでおり、耳をすませば、野営地にいる冒険者達の声が聞こえてきそうなほどだ。

 

 時間にして、数秒が経過した時だった。そう言えば言った事がなかったなと思い出したタカヒロは、なぜ己が今のような言葉を口にしたかを、段階を踏んで説明することとした。

 

 此度の問題は、アルテミスを取り込んだアンタレスが下界を滅ぼそうとしていること。そしてヘスティアが望んでいることも考慮するならば、取り込まれたアルテミスを救出することも目的の1つとなるだろう。

 いずれのオプションがあるにしても、アンタレスは屠るべき対象だ。故に“一般人”タカヒロは、全てを達成できるだろうと考える1つの事実(エビデンス)を口にする。

 

 

「結論としては、神の力(アルカナム)を使う神を、槍を使わずに殺せばいいのだろ?」

「それが出来るのでしたら、私やヘスティア達は苦労しません!分かりました。そこまで言うのでしたら、もしも達成したならば、この槍は貴方に差し上げましょう!!」

 

 

 瞬間、男の纏う空気が切り替わる。直感から「なんだか嫌な予感がするぜ」と内心思うヘスティアだが、その鍛えられた思考回路は正解だ。

 

 女神アルテミス、押してはいけないスイッチを押してしまうの巻。Turboスイッチは反対側へと切り替わり、アフターバーナーへと点火完了。鉄砲玉から進化したミサイルは、もう誰にも止められない。

 彼が望む装備の事が絡んだが故に持ち得る意欲は最高潮。全力を出すかどうかは不明ながらも、目標を達成するための手段は択ばない事だろう。

 

 

 変わった雰囲気を感じ取ったアルテミスは、思わず委縮してしまう。己は神だというのに、子を相手にこうなるとは思ってもみなかった事だろう。

 

 

 そして、もう一つ。神と戦えと言われているのに恐怖の感情は生まれないのかと、彼を案ずる心が芽生え始める。

 己の為にここまでしてくれる存在を、失いたくはない。かつて大切な相手を射抜いてしまったからこそ、己が原因で相手に迷惑をかける事を、極端に嫌っているのだ。

 

 

 とはいえ、覚悟を示した相手を止められるほど、状況に余裕があるわけでもない。だからこそ「倒す自信があるのか」という類を尋ねたアルテミスの言葉に対し、ヘスティアへと流れ弾が向かう事となった。

 

 

「神殺しなど、さほど問題ではない。口にするのは初めてだが、今までに何度も行ってきたことだ」




オリオンの矢(ぶっ壊れ)


■乗っ取られ語録
・大損害を被った部隊の歴史について聞きたい?聞きたいの?聞きたいんでしょ?でも忙しいから言ってる暇ないわー。と煽られて。
 ⇒英雄物語なんかに興味はない。


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246話 オリオンの矢 を使うなんて、とんでもない!(2/2)

 

 アルテミスが用意した槍を使わずして、アンタレスを倒したならば。残り時間は数秒もないだろうが、アルテミスは生き永らえる。無論、主目標である神殺しも達成することは言うまでもない。

 しかし当然、そのような虫のいい話など、この窮地の事態において、あるはずがない。だからこそ真向から反論を行っていた二人の女神だが、直後に出された一文が問題である。

 

 

「神殺しなど、さして問題ではない。口にするのはこれが初めてだが、今までに何度も行ってきたことだ」

 

 

 まるで、今朝の朝食を語るかのような気軽さだ。毎日続けてきた日課の一つ、それを語るようなものだからこそ、特別な感情を抱いていない。

 もしも誰かが、神殺しを「禁忌」と伝えたならば。数秒の間ののちに、「魚か?」と、すっ呆けるかもしれない。

 

 

「……は?」

「……」

 

 

 そんなノリの発言を受け、会話が続かない。聞き手の二名は女神である為に、“相手の言っていることが本当だと分かる”。

 だからこそ、発言の意味が“全くもって分からない”という矛盾の感情が生まれている。言葉は分かれど理解できない心境は、数多の冷や汗を生み出している。

 

 片やかつての日常を口にしただけであり、片や突拍子のないことを告げられて混乱中。シンと静まり返る空気の中、数秒後に動いたのは、無言を決め込んでいたヘスティアだった。

 

 

「……アルテミス。あとは、頼んだぜ……」

「ヘスティア――――ッ!!」

 

 

 サムズアップして後ろへと倒れる炉の女神ヘスティア、タカヒロという男が持っている数多の爆弾のなかで最強の核弾頭を知ることとなる。今の今までに知った爆弾の時は何とかして負けじと耐えてきたが、此度においてはそれも不可能。同時に言葉を耳にしたアルテミスさえ、目を見開きつつ「は?」の一文字しか返せなかった程の代物だ。

 

 ヘスティアは、俗に言う一撃でK.O.だった。その言葉が嘘ではないことを目にした瞬間、ゼンマイ仕掛けが切れた人形のように、パタリと後ろに倒れ込む。ぴくぴくと痙攣しているためにまだ辛うじて生きている事は分かるが、虫の息も絶え絶えで弱々しい。

 決して、依頼された“神殺し”の“手始め”というワケではない。“虫の息ならばまだ息がある為に問題は無い”などという発想も、此度においては辞めた方が良いだろう。

 

 目を見開いて相手二人を交互に見ることしかできないアルテミスも、ヘスティアの介護に必死である。強く呼びかけるも応答はなく、自分より先にヘスティアの方が天に還ってしまうのではないかと焦りの色が隠せない。

 こうして出会ったアルテミスとの別れが、目前に迫っていることを知った時のヘスティアの表情。それとはまた違った胃痛(悲しさ)も、遥かに強烈な様相だ。

 

 

 そんな瀕死の主神を背にし、一人の青年が夜空を仰ぐ。月が2つあるかのように錯覚する光景ながらも、片方は今現在においても詠唱によって作られている天界の一撃だ。

 

 天空に掲げられつつある、下界を滅ぼすオリオンの矢。ゆっくりと成型されるその矢の完成まで推定で残り30分、時間的な猶予は十二分にあると言っていいだろう。

 

 視線につられ、アルテミスもまた空を仰ぐ。優しくヘスティアを地面に寝かせると立ち上がり、前に立つ青年の背中を凝視した。視線を受けて、タカヒロが言葉を口にする。

 

 

「僅かにも敵わず、力になれぬと分かり、立ち上がるか」

「ええ……それでも私は、向かわなければならない。だって、今回の騒動は――――」

 

 

 己の力の大半が、アンタレスに取り込まれたこと。何とかして眷属を逃がしたものの、こうして地上の危機に陥っていること。

 だからこそケジメとして、己と引き換えにアンタレスを倒そうとしている事。神々の間でしか共有されなかった事実は、隠される事なくタカヒロへと伝えられた。

 

 

「そうか。己の失態が原因でアレが作られた事に対し、強い責任を感じているのだろ」

「っ……!」

 

 

 まさに図星だった。何も言い返せないアルテミスはどうにかして強気を保とうと表情に力が入るものの、やはり言葉の1つも出てこない。

 相手に頼る勇気が生まれない彼女ながらも、己に対する内容の言葉ならば何とかなりそうだ。どうして己がおかれている心境が分かったのかと問いたい彼女の前で、彼が持ち得るスキルが発動する。

 

 

 一人で世界を背負うつもりかと、青年に対して口にしたいが取り出せる勇気は無く。一方で生憎と、目的に対する意思決定と過程はさておき、その男は世界を救うことなど経験済み。

 更には先ほどの言葉通り、神を相手にすることなど造作もない。故にその程度の重圧など、なんら大した脅威には成り得ないのだ。

 

 

 

 言葉や動作なく発動するアクティブスキル、“サモン ガーディアン・オブ エンピリオン”。召喚された二体の騎士は原初の光である神エンピリオン直属のガーディアンであり、アルテミスとて初めて目にする存在だ。

 そのスキルが使えることを知っていたヘスティアは気絶中であるために反応を示さないが、アルテミスは目を見開くのが精一杯であり言葉の1つも生まれない。加えて星座の加護が有効化された姿、数多の神々と対決してきたケアンの英雄の背中を目にして、「もしかしたら」という希望が沸き起こる。

 

 

「自分に良くしてくれている奴が、君と似たような性格をしていてね。抱く本心は汲み取れる。その“虚ろ”な身になってまで虚栄を張るのも結構だが、手も足も出ないならば、頼ることを覚えてみろ」

 

 

 此度における戦う理由が何かとなれば、正直なところ1つに限定することは難しい。それでも彼女の為に戦うことも含まれているのは、先に見せた悲しみを抱く翡翠の瞳が己の相方に重なってしまったからだろうか。

 かつてにおいて、他人を頼る事をしなかった。頼る事で肩の荷が軽くなるを良しとせず、己一人で様々な物を背負おうとした一人のハイエルフ。そんな相方に似ているところがあるからこそ、捻くれているものの根は優しいその男は、手を差し伸べたくなったのかもしれない。

 

 

 

 それとも。青年が加護を受ける星座の1つ“猟犬”が、仕えるべき狩人のために腰を上げろと働き掛けたが故の行動か。

 

 

 

 真実は、その男にしか分からない。そして胸の内を告げることなく、先の一文を最後に、姿が一瞬で消え去ることとなる。

 駆け出した方向が分かってしまい、思わず呼び止める言葉を叫ぶ彼女の残響は木々へと消える。残り香の如く正面より風が吹くも、先の言葉が届いたかどうかを確認する術は持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 それから、数分の時が経っただろうか。むくりと上体を起こしたヘスティアは痛む腹部を抑えているが、意識は取り戻したようである。

 休日の寝起きに目覚まし時計を確認するかのような、ボーっとした目つきで辺りを見回す。すると5メートルほど先で、天界の盟友が胸に手を当てて一つの方向を見つめていた。

 

 その先にあるのは、アンタレスが封印されていたエルソスの遺跡。決戦の場所。

 

 一点を見つめる処女神は、悲しげな様相を隠し切れない。そんな彼女を見上げるヘスティアは立ち上がって、下から覗きこむように声をかけた。

 

 

「アルテミス……そうか。タカヒロ君は、行ったんだね」

「……ああ。過酷を押し付けてしまったが、まさに、英雄の背中だった。君と同じく、私が既に一度死んでいることにも、気づいていたよ」

 

 

 当然だよ。と、何故だかヘスティアは上機嫌。胃が痛むという大きなデメリットこそあるものの、最高に頼れる眷属の一人だと鼻高々にふんぞり返っている。

 

 どんな時でも彼女らしいなと、アルテミスの表情に笑みがこぼれた。天界でもいつも笑顔を分けてくれ、慈愛を与えてくれる彼女の姿は、地上でも変わらないのだと思い出に耽る。

 しかし、それが空元気でないこともアルテミスには分かっていた。ヘスティアとて状況は理解しているはずだが、理由を聞いてみれば、「タカヒロ君なら何とかしてくれるさ!」の一点張りで微塵も疑う様相を見せていない。

 

 目的を達成するロジックに相違こそあったものの、最初から、彼という存在に頼っている。責任を取らなければならないと強いられていた己がどうしてもできなかったこと、彼に言われたことと全く同じ内容だ。

 ならば、己も彼を頼って良いのだろうが。そんな葛藤が芽生えると同時に、たとえ神だろうが無理と決めつけ心の奥底に眠っていた本音も、ちらりと顔を覗かせる。

 

 

「ヘスティア」

「なんだい?」

「……彼に、頼れば。私は、生き永らえることができるのだろうか」

 

 

 ここにきてアルテミスが口にした、本当に心から望んでいた事だった。そこには処女神としての名誉も、凛とあろうとする姿の欠片もない。

 間一髪の所で己が逃がした、愛する眷属達と共にまだまだ地上で過ごしたい。こうして再会した盟友の笑う表情を、もっと近くで見て居たい。己が神であり此度の騒動の原因であることは分かっているが、それでもそんな、ありふれた平和を望む感情が沸き上がる。

 

 不安気に見つめてくる翡翠の瞳に対し、炉の女神は昔から変わらぬ屈託のない笑みを作って返している。そして青年の主神である彼女もまた、心からの本心を口にするのであった。

 

 

「ああ、タカヒロ君なら叶えてくれるさ。色々と常識からは外れているけれど、あの子が持つ実力はホンモノだよ。だからアルテミス――――」

 

 

 炉の女神を象徴する、溢れんばかりに眩しい花の笑顔。同性であるアルテミスですら思わず胸が高鳴ってしまう表情を崩さずに、ヘスティアは――――

 

 

 

 

 

 

「ボクと一緒に、胃痛仲間になろうぜ!!」

「それはお断りよ!!」

 

 

 炉の女神ヘスティア。かつてのマブダチを地雷原に連れ込もうとするも、アルテミスの直感が全力で「巻き込まれるな」と警告を発している。地上に降りてきた神の身ながらも眷属と共に武器を掲げ戦ってきた故か、どうやら直感は仕事をするようだ。まさに“神”回避である。

 現に、先ほどの台詞を耳にしたならば猶更の事と言えるだろう。頼りたく頼っているのが現状ながらも、己もまた神であるために、耳にした発言の異常さは身に染みて感じ取ることが出来ていた。

 

 

「酷いじゃないかアルテミス!ボクたちはマブダチじゃなかったのかい!?」

「マブダチなら猶更巻き込まないで!!そもそも、あんな人と一体どこで出会ったのよ!」

「ボクじゃないやい!ベル君が街で拾ってきたんだよ!!」

「あんな人がオラリオには大勢!?」

「居るワケないだろう!?イレギュラーの中のイレギュラーの中に輪をかけたイレギュラーさ!!」

「どれだけよ……」

 

 

 一分一秒を争う危機だというのに、最前線の次にいる二人の女神は呑気なものだ。肩の荷が下りたとは文字通りかもしれないが、その荷は一人の青年が代わりに背負ったことも、アルテミスは分かっている。

 

 それは、家の中心に居る女神も同様だ。世界の危機だけれども、あの青年ならば、なんとかしてくれる。抱く心の底に、この感情があるからこそ、ヘスティアは己を見失うことなくいつも通りに居られるのだ。

 

 二人して言い合いながらも、最後には軽い息切れと共に同じ方角を見つめている。たった一人で世界を背負うこととなった者の安全と無事を、心から祈るのであった。

 

====

 

 毒々しい紫色に染まった森の奥。何人をも寄せ付けないかの如く天然の要塞に阻まれたところに建つ古びた神殿。そこに、一人の青年が到着した。

 

 アルテミスが持つ神威を使う事でしか開かないはずの、封印された扉。“とある魔神が機嫌取りに渡した魔石”を使って強制的に解除させられる封印の扉、その先には神殿に寄生する卵の数々。生れ落ちるモンスターの光景は、いつか24階層で見た食人花(ヴィオラス)のプラントの焼き直しだ。

 その数・質共に、ダンジョンの下層で生れ落ちるモンスターに匹敵する。第一級冒険者のパーティーでも苦戦を強いられる程の群れは、たった一人の男を屠るべく群れを成して力を振るう。

 

 

『■■■■――――!!』

 

 

 しかし展開される光景をダンジョンの焼き直しと呼ぶならば、迎える結末もまた焼き直し。大型・小型のモンスターは関係なしに一撃のもとに敗れ去り、神殿を駆ける戦車の速度を僅かに緩めることもできていない。

 

 

 

 それを迎え撃つは、古城の主。拠点の如く築いた城は万全であり、如何なる侵入者が相手だろうとも隙は無い。

 最奥にある開けたエリア、原理は不明ながらも発光する物体の逆光によって中は見えない。天井が崩れ落ちた天高く聳える塔は星空を切り取り、見上げ雄叫びを上げる存在は禍々しい姿を保っている。

 

 

 全長10メートルをゆうに超えるサソリの形をした漆黒のモンスター、“アンタレス”。あろうことかアルテミスが持つ力の大部分を取り込んだ存在は間違いなくセレスチャルであり、地上で神の力(アルカナム)を使えるイレギュラーの存在だ。

 アルテミス曰く、矛盾をはらんだ災悪。葬るためには、理を貫く神造武器で穿つ他に道が無い。だからこそアルテミスは、最後の微かな、それこそ搾りかすのような余力でもって、オリオンの槍を地上へと召喚した。

 

 

 アルテミスが最後の力を振り絞って(えが)こうとした、神のシナリオ。しかしながらようやく見つかった少年は、アルテミスが知らなかった“穢れのない”純粋な愛を抱いていたために計画に狂いが生じてしまった。

 二人の心が通じ合う程、オリオン()の力は強まる。当然ながら少年に相手がいる以上、一定よりは踏み込めない。神を穿とうとしている現状、今の距離では圧倒的に力が足りなかったのだ。

 

 槍を使うしか、時間も、方法もない。神々はそう“決め込んで”、それでも何とかしようと未だ足掻きを続けている。

 

 

――――さて。結局は、また神々の尻拭いか。いやまて、処女神の尻となるとセクハラか?気を付けねば。

 

 

 そんな狂ってしまったシナリオを更に捻じ曲げ、強制的にハッピーエンドへと辿り着かせるべく地を駆ける呑気な者が一人いる。オラリオにおける神々の誰一人として全容を知らない、しかしオラリオにおけるエルフの間ではちょっと有名な“一般人”。

 ドリーグの魔石を用いて遺跡の封印を破壊するというさっそくの“ぶっ壊れ”っぷりを発揮して扉をこじ開け、エイリアンの卵の如き物体がひしめく廊下を強制的に突破して。決戦の地へと辿り着いたときに、先制の攻撃が見舞われた。

 

 

 向かってくる閃光は、星々が一斉に瞬いたかのよう。直径数メートルはあろうかという一筋の閃光が木々生い茂る森を照らし、生き残った生物は一目散に地を駆け空を舞う。

 

 

 青年に向かって放たれたのはアルテミスの矢、その極小バージョン。たった数秒程度の詠唱によって作られた人間が使う弓矢程度の大きさながらも、射出方向の洞窟の壁ごと遺跡の一部を吹き飛ばしてしまい、一帯に居たモンスターや卵すらも飲み込んだ程だ。

 とても立っていられない程と表現できる爆風は洞窟内部と出口付近に吹き荒れており、荒れ狂う魔力と共に一帯の全てを吹き飛ばす。轟音と多量の煙もまた同様であり、いつまでも鳴り響き収まる気配を見せていない。

 

 それらを発生させた一撃の威力については、語るまでも無いだろう。属性はセレスチャル、そしてアルティメット級のスーパーボスが持ち得る攻撃力と耐久を前にしては、並の冒険者(ビルド)は塵に等しい。

 封印の扉だった場所からは、ヘスティア達がいる近くまで矢の作る射撃の線が伸びていたことだろう。一撃を受けた男の運命は明白であり、アンタレスは不気味に微笑みながら、下界を破壊するための詠唱を続けている。

 

 

 

 これこそが、神の力(アルカナム)。これを使える存在こそが、他ならぬ神という存在(セレスチャル)。轟音とともに収まりつつある土煙を含め、威力を示すには十分だ。

 

 下界の子供たちがレベル10に達しようが足元にも届かぬ、絶対的で圧倒的な殲滅力。例え空に掲げた一撃が在らずとも、下界を蹂躙する事など容易い力であることは揺るがない。

 

 

 

 

 

 

「――――自分の為でもあるが、主神の望みだ」

『!?』

 

 

 

 

 晴れゆく土煙に混じり、鎧が発する重厚な金属音が確かに響く。アンタレスの首元に流れ出た一筋の冷や汗が大地に僅かな痕跡を残すも、1分もすれば跡形もなくなる筈だ。

 

 

 万物流転。カタチあるモノが崩れ行く、移ろいとも無情とも表現できる自然の摂理。それは一体、このあとに生じる誰の姿か。

 

 

 アンタレスが放つ事の出来る攻撃の数々は、確かに全てが強力の言葉を上回るモノであり。例えオラリオの冒険者全てと同時に戦ったとしても、片手間にすらも満たない一撃で処理することが出来るだろう。

 

 

 

 

 

「その女神、返してもらおう(攻撃)」

 

 

 

 

 

 ――――だが、無意味だ。




世界を滅ぼすスーパーボスの前に立ちはだかるラスボス

■星座:猟犬
・忠実な猟犬は、別の狩りにつく女狩人に従うのをいつも熱望し、天界の主人が呼ぶのを待っている。
※GDの星座に“女狩人”というものがあり、これがアルテミスを指しています。
+35⇒ +63  体格
+7%⇒ +12.6% 装甲強化
+70%⇒+126%  全報復ダメージ
ペットへのボーナス :
+12%⇒+21.6% ヘルス


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247話 ちょっと違う霊薬(エリクサー)

 

 完璧な、それこそ芸術と呼べるレベルの奇襲だったはずだ。魔力の隠蔽もさることながら、視覚的な妨害も完璧だった。持ち得る威力も当然であり、大きな町一つを吹き飛ばすことができる程に強力である。

 あろうことか封印の扉を強制的にこじ開け、己を討つべくやってきた者の気配は感じ取っていた。だからこそ相手を調べるような真似はせず、すぐさま小さな魔法の矢を作り出す詠唱を行い迎撃の態勢を整えている。結果は直撃であり、もし仮に他の神が相手であろうとも重傷を負う程の一撃だ。

 

 

 しかしながらアルカナムを手にして強さ(ステイタス)に酔っていたアンタレスは、相手の強さを完全に測り違えていた。残念ながらその程度の一撃では、強靭な大地(メンヒル)を貫くことなどできはしない。

 己の度合いを遥かに上回るイレギュラーが現れるとは微塵も思っておらず、モンスター程度の思考回路ながらも動揺を隠せない。しかし己が示した挨拶によって既に戦闘は開始されているために、ターン制とでも言わんばかりに相手の攻撃が開始された。

 

 

「■■■■――――!!」

 

 

 挨拶返しと言わんばかりに、血を凍らせる雄叫び(ウォークライ)が石造りの塔の内部に響き渡る。同時に二体のガーディアンが場を駆けだし、その身に纏うオーラ(セレスチャル・プレゼンツ)によって、相手の物理耐性は結果としてマイナス40%程にまで低下した。

 

 

『■、■■!?』

 

 

 直後。捉えることが出来なかった速度でアンタレスの横っ腹に“ブリッツ”が突き刺さった事を当事者が理解するまでには、数秒の時間を有している。

 とはいえ、ダメージ量だけを見るならば大したことは無い。例えスキルレベルを限界まで上げたとしても彼は報復ビルド故に、この突進スキルが持つ攻撃の威力そのものは低い数値で留まるのだ。

 

 しかし真の狙いは、ブリッツに付属するパッシブスキル“ブラインドサイド”にある“防御能力低下”のデバフ効果。防御能力の数値を75低下させることで、通常攻撃や報復ダメージが最終計算された際に追加で倍率が発生する“クリティカル”の発生率を上げる事を目的としている。

 

 どこかのヒキガエルと違って直撃した部分が吹き飛ばなかったのは、流石はアルティメット環境に匹敵するボス級と言ったところ。しかし休む選択はどこにもなく、間髪入れずに“堕ちし王の意思”による突進の一撃が見舞われる。

 先のブリッツとは違って自発的な攻撃スキルながらも30%の報復ダメージが上乗せされる一撃の強さは、加減無しの状態ならばカドモスすらも一撃で消し飛ばす程のモノ。此度はまだ全てのスキルを使用していないものの、巨大なサソリは耐え切れず吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。そのまま城壁の全てを貫通し、山へと衝突してようやく止まった程だ。

 

 付け加えるならば、青年は突撃を辞めるつもりはないようだ。既に謎の人物はアンタレスの眼前にまで迫っており、先の一撃で恐怖が芽生えてしまったアンタレスは迎撃を敢行する。

 払い除けるようにアンタレスは前足で薙ぎ払う攻撃を見せるも、それこそが完全な悪手と言えるだろう。先程の突進とすら比較にならないダメージ量を誇る、初見殺しの“報復ダメージ”と“カウンターストライク”、そして新たなスキル、“地面から突き上げる拳”によって瞬く間に深手を負う結果となったのだ。

 

 

 ――――星座の恩恵によるスキル、Fist of Vire(ヴィールの拳)。地面に発生した魔法陣から守護女神であるヴィールの破砕拳が突き上がり、大地の強さで敵に過大な一撃を与える、タカヒロが新たに駆使する最高Tierのカウンター攻撃である。

 

 

 装備一式の更新によって変更していた新たな星座の恩恵。この“石の守護女神ヴィール”も新たに取得した星座の1つであり、アーコヴィアの一般的な伝承では“神々の守護者”として描写されている神、それを象る星座の恩恵。

 ゆえに最強たる石の守護女神ヴィールはケアンそのものを意味し、不屈の精神と石の強さを持つ。いかなる劣勢だろうが決して動じることはなく、まさにメンヒルに負けず劣らずの如き不屈の姿を見せるのだ。

 

 この星座によって付与されるスキルが持つ特徴は幾つかあるがリチャージ時間の短さが顕著であり、クールタイムは僅かに1秒。例によってヘファイストスのガントレットで強化されたソレは被打時において36%の確率で発動し、“堕ちし王の意志”よりも強力な一撃を叩き込む。

 “堕ちし王の意志”のクールタイムは2.5秒だが、もちろん“ヴィールの拳”とはクールタイムを共有しない。今までとは比較にならないカウンター関連の攻撃力は、神々もしくはそれに付随する存在でなければ持ち堪える事など出来ない威力に達している。

 

 星座の恩恵を再構築した結果として、比較的強力な“建築神ターゴ”と“金床”の星座が持つ恩恵とスキルは無くなってしまったが、それよりも遥かに強力な攻撃力を得ているために総合戦力として問題は無い。初期と比べて3レベル減ってしまったが“カウンターストライク”も未だ健在であるために、ガントレットの入手前と比べても自発火力は遥かに上昇している。

 ウォークライが持ち得る効果、“スキル妨害”によって魔法も放てず決死の一撃も見舞う事はかなわない。天に掲げられた一撃も決戦の始まりと共に消えており、これにて打てる手は全てを塞がれた。

 

 戦いの場である遺跡は見るも無残な状態であり、まさに大災害に見舞われた廃墟と表現しても過言ではない。1つの古城がこれほどまでに壊滅してしまう力と力のぶつかり合いが行われているのだが、互いが置かれている状況は雲泥のものがある。

 謎の人間については、なんせ未だに“全力”とは程遠い。アルテミスの魂が捕らわれていると知るからこそ、巻き添えを警戒して全力を出せないでいるのだが、それでもなお圧倒的と呼べる差が存在する。

 

 

――――何故、この人間は傷つかない。

 

 

 認めたくはないアンタレスだが、己の命が果てるまでにさほど時間がかからないのは分かっている。前足を使って放った己の一撃、その何倍もの損傷を負っても、己が持ち得る力を信じて休むことなく技の数々を繰り出してきた。

 相手が途轍もない物理耐性を所持していることは伺える、ソレは己も同じ――――はずだ。ゴッソリと下げられた己の物理耐性が“マイナス”50に近い数値に突入していることなど、神を取り込んだとはいえモンスター程度の認識能力では知る由もない。

 

 

 いずれにせよ、己が死なないためには、相手を殺すために殴るしかなく。それによって、相手の自発火力を上回る報復ダメージを受ける、と言う理不尽な光景がそこにある。

 

 しかし更に悲しいかな、相手はそんな理不尽極まりない三神報復ウォーロード。未だ全てのスキルを使用していない、通称“舐めプ”状態ながらも、だからこそ全力については計り知れないものがある。

 ディフェンシブなビルドだからこそ諸々の理由が有り、結局のところ青年の受けるダメージは全てがカスダメ。いかに神の力を得ようとも、かつてタカヒロが戦ってきたホンモノの神の力(アルカナム)には程遠く。それらを相手する前提として組まれた装備(ビルド)を前にして、結末は僅かな時間で現れることとなった。

 

 

『■、■■――――……』

 

 

 時間にして僅か20秒足らずだというのに、もはや雄たけびを上げる力も残ってはいなかった。身体を動かす僅かな力も残っていないために動くことも叶わず、ただ広間の床に石像の如く這いつくばって鎮座する事しか許されない。

 

 一方で、無傷とも思える相手の姿は揺るがず健在。2体のガーディアンと共に歩み詰め寄る姿は、間近で目にするだけでセレスチャルである己の心が震えあがる。

 

 しかし相手の人間は、そんな残骸には目もくれない。息の一つも上がっておらず、まるで何事も無かったかのように落ち着き払っており、先ほどまでの戦闘が嘘のようだ。

 目指す地点は、虫の息となったアンタレスの身体から露わになった1つの魔石。一糸まとわぬアルテミスの身体が閉じ込められた蒼いクリスタルを前にしてもフードの下の表情は不変であり、コレをどうするかと考え耽る。

 

 

 壊す、殺すだけならば簡単だ。しかしそれではヘスティアは悲しみに暮れることとなり、思念体として残っている今のアルテミスも、やがて消えることとなるだろう。

 少し前に己に向けられた、(すが)るような翡翠の瞳。別の女に現を抜かすつもりは微塵もなけれど、似ているあの瞳を向けられると、どうしても応えたくなってしまう。

 

 

 10秒ほどで、1つの考えが浮かんできた。しかし逆にコレだけであり、賭けと言ってもいいだろう。取り込まれたアルテミスとアンタレスの魂が“混ざっていない”、もう少し明確に言えば“明確な境目が残されている”ことが条件ながらも、ならば打つ手は残っている。

 最後まで己の責任を全うしようと突っ張った彼女ならば、取り込まれる際も最後の抵抗ぐらいはしているだろうと思考に耽る。こうしてクリスタルとアンタレスの見た目が分離していることが何よりの証であり、故にタカヒロは1つの策を遂行する選択を取った。

 

 

「さて。実験がてらになる上に、この殺し方ではドロップアイテムも生まれんだろうが……」

 

 

 盾が仕舞われ、手に持たれているのは新たな獲物。彼の背丈よりも大きく両手で構えるあの大鎌は神とて目にするだけで背筋が凍るモノであり、満身創痍のアンタレスは、死に体だというのに身体の血が奪われている感覚に陥ってしまう。

 

 

 人骨のような素材から作られているその大鎌、“神話級 死門の守護者”。実のところは斧の分類となるのだが対象を斬ることには向いておらず、どちらかといえば黒魔術に使われるような代物が掲げられた。

 人の身でありながら神へと昇華したネクロマンサー、“ウロボルーク”自身が振るったと伝記に記されるこの武器は“神造武器”であり、それこそ神の力を持ち合わせる。切っ先を僅かに接触させることで対象の魂を閉じ込める効果を持つ、神話級の逸品だ。

 

 

 とどめとなるその一撃をアンタレスに向かって降り下ろすと、アルテミスが(えが)いた物語と似たような地点に辿り着く。“切っ先に触れたアンタレスには”本物の死が訪れ、爆散するかのように消滅した。

 

 

 代わりに始まろうとしているのは、そこの“ぶっ壊れ”が(えが)く、常識外れの物語。アンタレスの魂と切り離されたアルテミスの魂、その身体を包み込むクリスタルがこうして目の前に残っているのだから、こうなっては神々にすら結末は分からない。

 

 どうやら胃にダメージを与えてしまっているらしい己の主神に笑顔が生まれるならばと、今まで集めてきたアイテムの中から打開策を模索する。しかしながらコレが成功してもイレギュラーの度が過ぎるために、どちらにせよ胃痛は発生することになるのだが、その点にまでは気が回っていないようだ。

 此度の一件については“毒を以て毒を制す”という言葉を連想したヘスティアだが、薬と呼ばれるモノにも何かしらの副作用が付きまとう。つまるところ事件に関与する以上は、どうなろうとも胃痛から逃れる事はできないらしい。

 

 

 そして、彼の考えは纏まったようだ。クリスタルを目と鼻の先の距離にして獲物を2枚の盾に戻し、その片方を振り上げて叩きつける。

 ガラスが割れるかの如き音と共に、蒼いクリスタルが砕け散った。解放されるかのように前へと倒れ込むモーションとなるアルテミスに残された時間は、ほんの僅かなものである。

 

 この瞬間、ヘスティアと共に居たアルテミスは消え去ることとなった。元々が“槍”にこびりついた思念体であるために、こうして解放された元の身体に戻ってきたわけである。

 とはいえ思念体と言えど、武器を手に持ちモンスターと戦える程であったソレを甘く見てはいけない。仮にも神が持つ強大な精神の極一部だ、持ち得る力は計り知れないものがある。

 

 しかしそれでも、思念体の力を持ってしても長くは続かない。彼女は一度、アンタレスというモンスターに喰われた身だ。肉体はこうして無事なれど、神の魂を象徴すると言っても良い精神は既に食いつくされ、“死”と呼べる状態を迎えている。

 

 

 ――――いや、それも少しだけ違うかもしれない。槍にこびりついていた“死亡前のアルテミス(思念体)”の精神(マインド)が戻ったことによって、一言程度を発する時間は生き永らえることができるだろう。

 直後にどうなるかと言えば、死の結末を迎えた神は天界へと還り死に至る。久方ぶりにクリスタルから出た彼女は瞬時にそのことを理解し、目の前で仁王立ちするフードの青年に対して感謝の一言だけを発するべく、かつて男の前では見せることのなかった柔らかな表情と口元に力を籠めた。

 

 

 

 

「うぐっ――――!?」

 

 

 しかし、迎えるはずだった結末は訪れない。今は既に、神にすら予測ができない物語が始まっている最中なのだ。

 

 “ありがとう”の一文字目、母音を口にするために開かれた口径に、一本のポーションのようなモノが突っ込まれる。完全な不意打ちであったためか、思わず彼女は一口目を飲み込んでしまった。

 するとどうだろう。瞬間的に消え去るはずだった己の精神が、あろうことか活性化を始めたのだ。完全な回復とはならないものの、消え去るレベルとは程遠い程度にまで回復している。

 

 与えられた薬はひたすらに苦く、整った顔が苦痛に歪む。しかしながらその身は未だ健在であり、足に力が入らないために片膝をつきながらも青年を見上げるアルテミスは驚愕の表情を隠せない。

 今己が口にしたモノが、下界の子供たちが使うマインド回復用のポーションではないことは彼女にも分かっていた。そんなモノを使ったところで神が抱く精神(マインド)には大河の一滴にも届くことなく、思念体が持っていた容量(モノ)にすら遠く及ばないのが現状だ。

 

 

「あ、貴方、この“霊薬”は……」

 

 

 消え去る運命を迎えた、アルテミスの口に突っ込まれたモノ。人間が口にすると不老不死になったり様々な副作用がある劇薬ながら、神々からすれば“丁度いい”。

 つまりオラリオに流通しているポーション程度の代物ではなく、“錬金術で言う所の霊薬(エリクサー)”。数値で言えば、再使用に25秒のクールタイムがあるとはいえ、摂取者のマインド(エナジー)を、最大値の35%+250の固定値で回復する。

 

 そもそもにおいて霊薬(エリクサー)とは、飲食すれば不老不死となるといわれた神々の薬を指す言葉。神話の神などが食べたり飲用したりするものとされる。故に錬金術においては、研究の主目的物質であった対象の1つだ。

 

 

 ――――アイテム名、Elixir of Spirit(精神の霊薬).

 メンタルとマインド(エナジー)を回復させる文字通りの霊薬(エリクサー)であり、此度はこれをベースとして、以下二つのアイテムを混ぜている。

 

 ――――アイテム名、Potent Bysmiel's Shroud(強力な ビスミールの覆い).

 鉄砲玉となったタカヒロの機嫌を取るために魔神ビスミールがレシピを授けた、生者を死者より隔てるベールとして調律されている魔法の粉。

 

 ――――アイテム名、Elixir of Mogdrogen(モグドロゲンの霊薬).

 ケアンの地においてタカヒロと“ずっ友”となった、放浪民(ローワリ)と獣の神“Mogdrogen(モグドロゲン)”。

 モグドロゲンの霊薬とは、そんな獣神自らが作った強力な霊薬だ。神を相手に使った時の効果は分からない青年だがレシピは学んでおり、何かと役に立つかもしれないとダメもとで混ぜていた代物である。先述のビスミールから貰った魔法の粉も同様の理由による配合だ。

 

 

 ところで霊薬がもたらす効能の(くだり)についてだが、タカヒロ自身が飲めば不老不死になれるとも言われていた。他にも4-5種類ほどの霊薬を持っているが一通り飲んだことがある一方で、不老不死など気にも留めていないので真相は不明となる。

 そして、此度における配合については“とりあえず全部混ぜとけ”という脳死具合。各々が霊薬もしくはそれに匹敵する効能を持っているために、これでダメなら諦めようの精神で飲ませたのだが、結果としては成功だ。

 

 

 配合回りのゴリ押し(ガバガバ)具合はさておき、“精神の霊薬”は最大値に対する35%+固定値のマインド(エナジー)を瞬時に回復する代物だ。故に神という強大な器が相手ですらも効能を発揮する、まさに霊薬と呼ぶにふさわしい逸品である。

 

 まとめるならば、青年からすれば“その程度の一般的おくすり”。一家に数セット、それこそ常備薬として備わっているような感覚だ。藪医者ならぬ藪薬剤師も真っ青な処方の内容をアミッドが聞いたならば、怒りをぶつけながら適量を模索し始めることだろう。

 そして、そんな処方薬を口に突っ込まれたアルテミスからすれば、“神の器に通じる強力で稀少な霊薬”。どこかの国にでも売り払えば、一生遊んで暮らせることは揺ぎ無い逸品に相違ない。

 

 もっとも、そんな代物がそれぞれ50スタック(4950個)ぐらい保管されていることは誰も知る由が無い。本当ならばこの数倍は持っていたはずなのだが本人は一本たりとも使わない上に、在庫過剰のために廃棄処分されていたのである。

 ということで、認識違いによる“勘違い”が発生した残念な状況。己の責任を背負い神の力を持つモンスターに対して単騎で立ち向かい、更にはそれほどの物を認知が浅い己に対して使ってくれたのかと考えるアルテミスは、何だか分かりにくい感情が芽生えていた。

 

 

 それを嬉しさと表現するならば、間違ってはいないだろう。しかし心をくすぐられるような感覚は、喜びの感覚とは少し違うものだ。何だか分からない感覚を抱く彼女は、自然と右手を握りしめて己の胸に付けている。

 それでも、己は秩序を守る女神の一人。故に此度の一件に関して礼を述べるべく立ち上がり、青年に対して直立不動で向き直った。

 

 

「……え?」

 

 

 しかし、青年は身体ごと視線を背けている。更には後ろに居る二体のガーディアンも同様であり、あからさまにアルテミスと目線を合わせる素振りを見せていない。

 

 

「タカヒロ、なぜその目を逸らすのか」

「何故だと言われてもな……神アルテミス、己の格好を分かった上で口にしているなら相当だぞ」

 

 

 その言葉に対して、ポカンとした表情を2秒ほどだけ示しており。ようやく何かしらの違和感に気づいたのか、アルテミスは己の下部へと目線を向けると、やけに視界に映る肌色が多く――――

 

 

「っ―――――!?」

 

 

 処女神にあるまじき一糸まとわぬ完全な裸体、またの名をスッパテンコー。目を見開いて驚いた彼女の名誉のために付け加えるが、決して痴女の類ではない。

 それどころか、名実ともに処女神だ。そんな己が男の前で示している格好を認知したとなれば、それはもう羞恥心が天元突破することは容易に想像ができることである。

 

 

「な、ななななななな何を見ているのですか貴方は――――!!!!」

「だから目を背けているだろう」

 

 

 今の彼女をベート・ローガ流に表現するならば、“顔面トマト女神”。女神アルテミス、予想を超えた結末を前に迂闊の出来事であった。




ゴリ押しアルテミス生存ルート。この手に限る。
後味を良くするために彼女の眷属も生きていることになっています(劇場版の綺麗すぎる死体の謎は一体……)。


■神話級・Guardian of Death's Gates (死門の守護者)
・ウロボルーク自身が振るったと噂されるこの武器の切先は、 僅かな接触で魂を閉じ込める。
・レジェンダリー / 両手斧
236-653 物理ダメージ
10% 攻撃ダメージをヘルスに変換
+315% 全ダメージ
25 標的の耐性減少を 3秒
+884 ヘルス
+2 コール オブ ザ グレイブ
+4 ビスミールの絆
+4 フィールド コマンド
+2 ネクロマンサー全スキル
+10% 攻撃能力 : コール オブ ザ グレイブ
-3秒 スキルリチャージ : レイズ スケルトンズ
3 召喚上限 : レイズ スケルトンズ
・ペットへのボーナス :
+165% 全ダメージ
100% 物理→生命力 変換
+20% 総合速度
8% 物理耐性


■星座:石の守護女神 ヴィール(スキル直行5ポイント)
・アーコヴィアの一般的な伝承では神々の守護者として描写され、ゆえに最強たる石の守護女神はケアンそのものを意味し、不屈の精神と石の強さで、勝ち目がほとんどなくとも動じない。
+150 ⇒+270 ヘルス
+4% ⇒+7.2% ヘルス
+12% ⇒+21.6%シールドダメージブロック
+115 ⇒+207 装甲
+4% ⇒+7.2% 物理耐性
+20% ⇒+36% 刺突耐性
+10% ⇒+18% イーサー耐性
+10% ⇒+18% カオス耐性
+20% ⇒+36% 出血耐性
+100 ⇒+180 物理報復
付与: Fist of Vire(ヴィールの拳)
■星座のスキル:Fist of Vire(ヴィールの拳)(レベル15)
・ヴィールの破砕拳が地面から突き上がり、大地の強さで敵を抑え込む。
・被打時20%⇒36%の確率で発動。
1秒 スキルリチャージ
1秒 持続時間
2.5m⇒4.5m 半径
40% ⇒72% メインハンドダメージ
24% ⇒43.2%の報復ダメージを攻撃に追加
245 ⇒441 物理ダメージ
970 ⇒1746 体内損傷ダメージ/5秒⇒9秒
20% ⇒36% 標的の物理ダメージ減少を5秒⇒9秒
標的石化を 2.8秒


やっぱりヘファイストス大先生は頭おかしい(テンプレ誉め言葉)


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248話 星の加護

 

 

「な、ななななななな何を見ているのですか貴方は――――!!!!」

 

 

――――やはり、そうくるか。

 

 彼女の性格ならばと“返し”を予測していたタカヒロながらもドンピシャであり、呆れて溜息しか生まれない。だからこそ目を逸らして必要以上は見ないようにしていたのだが、そんな正論という理屈は通じる気配の欠片もない。

 上と下を手で隠して背を向ける彼女だが、それはそれで色気ある姿勢だとは全く気づいていないのだろう。良くも悪くも男を知らない、天然な彼女が成せる技の1つである。

 

 とはいっても、青年としても目のやり場に困るわけだ。インベントリを漁ると、ベルと一緒にオラリオで購入したワイシャツが出てきたために、素っ裸よりはマシだろうと応急処置がてら渡すこととなる。

 しかし、鬼に金棒。自然な流れで裸ワイシャツをやらせてしまったことを意識したタカヒロは、己の額に手を当てて溜息を零しながら帰路へと就く。

 

 コスプレとなってしまっていることに気づいたアルテミスは、羞恥心から耳まで真っ赤に染めて目を見開きワナワナと震えながら歩行中。体格や背丈の差もあってブカブカなこともあり、その手の趣味嗜好を持つ者に突き刺さる光景だ。

 ちゃんとついて来ているかと先を歩くタカヒロが振り返ろうとすると、声高に拒否する声を発している。実のところ青年はその声で確認を取っているのだが、彼女からすれば恥ずかしい事この上ない。

 

 

「裸よりは、マシだろう」

「言わないで!!」

 

 

 後ろからギャーギャー喚く女神を連れながら、タカヒロはエルソスの遺跡をあとにする。いつかオラリオでも似たようなことがあったなと思い返し、誰にも見られない口元が僅かに緩んだ。

 道中に蔓延っていたモンスターも消えており、気絶した地点で二人を待っていたヘスティアは、やってくる姿を見て笑みを浮かべて駆け出した。

 

 待ち望んだ、“二人”の帰還。事情を知った時はアルテミスとの別れを覚悟した彼女ながらも、こうして己の下へと戻ってきたという事は、いつも胃痛をくれる眷属が“やってくれた”のだと確信した。

 しかし、そんな喜びや嬉しさの様相も数秒だけ。まさかの格好をしたアルテミスを視界に捉えると笑顔が消え去り、驚愕の表情を浮かべている。

 

 

「あ、アルテミスが裸Yシャツでタカヒロ君を誘惑しているだと!?」

「誘惑などしていません!!怒りますよヘスティア!!」

「それは怒りと言わないのか」

「違いますっ!!」

 

 

 どちらかといえば羞恥なので、怒りではないだろう。もっともアルテミスからすればそんなことは関係なく、「貴方が着せたのでしょう!!」とプンプン顔で猛抗議。言い終わると、プイッと顔を背けている。

 

 

「何をやっているんだいタカヒロ君、君にはリヴェリア君という相手がいるじゃないか!?」

 

 

 その一言が出たタイミング。ズキリと、アルテミスは己の胸に痛覚が浮かんだ気がした。

 羞恥や反発の心も影を潜め、代わって現れるのはよく分からない感情。己の心を支えるように右手を胸の前で握りしめ、ヘスティアと言い合う青年の背中を目で追ってしまう。

 

 

「何を言い出すかと思えば失敬な、浮つく心など欠片も無い。ヘスティアこそ彼女の服を用意しろ、不埒(ふらち)な男共が寄ってくるぞ」

「げっ、ヘルメスもいるしそれはマズイぜ……二人とも、ちょっと待っててくれ!」

 

 

 実は昨夜において男冒険者共が水浴びのシーンを覗こうと企んでいたために、ヘスティアとしてはアルテミスが被害者になってしまわないかと気が気ではない。

 なんせ、相手にはあの神ヘルメスが居るのだ。一体どこでどんなトラップを仕掛けているかヘスティアでは予想することができず、相手が動く前に対策を講じるしか防衛手段がありはしない。

 

 色んな意味で必死になって走り出すヘスティアの背中を見送るタカヒロは、盾を仕舞い腕を組んで近くの木に寄りかかった。二体のガーディアンは変わらず周囲警戒を続けており、急襲に対する備えも万全である。

 

 そんな彼の姿に向けられる、女神の瞳。翡翠の輝きは僅かな雫を纏ったかのようで、夜だというのに先ほど以上に月明かりに対する輝きを見せている。

 凛とした様相は影を潜め、先の事実を受け入れている。そして、万が一を願って確かめずには居られない。

 

 

「……そうか。君には既に、隣に並ぶ者が居るのだな」

「……ああ。自分程度の男に良くしてくれている、掛け替えのない存在だ」

 

 

 神だからこそわかる、先ほどまでのやりとりに嘘偽りが全く含まれていないという事実。相手の言葉の真偽を知る術などなければなと、アルテミスにとって、今日ほど神が持ち得る優位性を恨んだことはないだろう。

 

 男に気づかれぬよう、僅かに瞳を向けてみる。答え合わせは、口に出さずとも終了した。

 世界の滅亡を、そして女神の裸体を前にしても崩れなかった重鎮の様相が、その者の名前が出るだけで僅かながらも緩むのだ。僅かに柔らかい語尾もまたそれを強調しており、彼女は痛い程に分かってしまう。

 

 やがて簡易的な衣服をもって全力疾走してきたヘスティアが到着し、アルテミスの着替えが終わると3人は拠点へと足を向ける。ソコソコの頻度で青年に対して視線を向けるアルテミスに気づいたヘスティアは、非常に複雑な心境だ。

 気まずい空気が漂うも、やがて旅路は終わることとなる。天の矢が消えたというのに己にかかる恩恵が残ったままだったため、何かしら察するところがあったのだろう。拠点に到着した一行に対し、アルテミスの眷属たちが一斉に飛び出した。

 

 

「アルテミス様!!」

「よくぞ、よくぞご無事で……!!」

「みんな……」

 

 

 それはもう、文字通りのモミクチャと言える様相。涙を流して喜ぶ眷属たちに囲まれ、アルテミスもまた目じりに雫を浮かべて危険に巻き込んでしまったことを謝罪している。

 もう二度と生まれることは無いだろうと全員が覚悟した、望む者が傍に居るという当たり前の幸せ。一度手から零れ落ちかけたからこそ、感じる大切さは一入(ひとしお)だ。

 

 そんな光景を作った青年は、少し離れたところにある大きな岩の上部に腰かけて休憩中。少し肌寒く感じる夜風は鎧の隙間を流れ、少し火照っていた身体を冷やしている。

 もちろんだが、アルテミスの身体について、ではない。先払いの格好で貰っていた槍の鑑賞を今か今かと待ちわびており、邪魔されない適切なタイミングを探っているからこその興奮だ。

 

 

 暫くは周囲の騒がしさが消えないだろうと観念すると、ベルがやってきて、人ひとり挟んだ横に腰かけた。最初に声を掛けたのはタカヒロであり、背後にある林の微かな騒めきと拠点の騒ぎが適度な音量で混じり合い、二人の会話を外に漏らさない適度なノイズとなっている。

 

 

「拠点は大丈夫だったか、ベル君」

「はい、少しモンスターと戦った程度です。師匠もお疲れ様です。はは……相手の神様、倒しちゃったんですね」

「ああ。少し実験的なところもあったが、神アルテミスも無事で何よりだ」

 

 

 流石に驚いた様相を見せるベル・クラネルだが、そこの“ぶっ壊れ”が引き起こす怪現象など今に始まったことではない。黒竜の時もそうだったが、常識の一切合切は全くもって通じないのだ。

 此度の戦闘で発生した地揺れや炸裂音も拠点に届いていたが、その間僅か2分足らず。感触を確かめるようにして手のひらに目を向けるタカヒロは、ベルからすればそれだけで絵になるというものだ。

 

 

「僕が言うのも間違ってると思いますけれど、よく立ち向かおうと思いましたね……」

 

 

 そりゃもちろん槍の為……という本心は口に出せないために、どうしたものかと少し口をつぐんでしまう。そのために、“青年からすれば大したことではない過去”を、少しだけ口に出すことにした。

 

 

「慣れている、といった言い回しが最適かな。地上を滅ぼそうとする神々は、何度も倒したことがある」

「え、神様を……?」

 

 

 残念ながらベルの知る神とは、ヘスティアやロキと言ったように、あくまで基準は“一般人”程度のもの。よもや、権能振りまく全力の神々を相手に真正面から倒してきたなどとは思っていない。

 

 

「どんな神様で、何名と戦ったんですか?」

「そうだな……」

 

 

 そんな質問に対し、タカヒロは“ログボリアン”や“コルヴァーク”などのいくつかの名前を出している。各々が何かしらの原初の神であるのだが、オラリオには居らず地上にも降りてきていないため、ベルからすれば「ふーん」程度の内容であった。

 それよりも驚愕となったのは、口に出された“数”である。曰く、「神々とは無限の存在だから、まったくもって問題はない」との前置きを口にしたうえで、強い奴で数えると軽く4桁。相手の強さを限定しなければ6桁を超えているらしい討伐回数を耳にして、流石の少年も「何やってんのこの人」という引いた様相を隠しきれていない。

 

 

 しかし。だからこそ、此度の危機は回避することができたのだ。

 

 

 己が立ち向かったところで、恐らくは数秒程度の足止めができれば万々歳。僅かに対峙した程度ながらも感じ取ることができた相手の力は、それ程までに強大だった。

 雲の上を歩く身近な存在が残した、僅かにも見えない足跡を追いかける。直接的な戦闘こそ見ていないものの力の差を改めて感じ、己もそれ程の力を身に付けたいと焦がれる心が奮い立たされるのは仕方のない事だろう。

 

 

 そして、もう一方。己の主神を助けてくれた人物が雲の上を歩く存在であることを、アルテミスの眷属達は言われずとも感じ取っている。

 がしかし、数名は「これがオラリオの冒険者……!」と勘違いしてしまっているのはご愛敬。オラリオに対する熱い風評被害が発生している点については、いつかアルテミスから訂正が行われる事だろう。

 

 

「タカヒロさん!」

 

 

 血相を変えたアスフィが駆け寄ってきたのは、そのタイミングであった。大きな声は一言で騒ぎを鎮め、全員の目線が彼女へと向いている。

 

 報告された内容を纏めると、オラリオにて闇派閥と冒険者との間で大規模な戦闘が目前となっている。“数日もすれば”、地上と地下の両方で戦闘が開始されていることだろうとの内容だ。

 目前となった、歴史の上では最終決戦。神々が直接的に戦わずとも、衝突を回避する事は出来そうにもない。

 

 なお、アルヴの森付近より出陣した三名の魔導士パーティーについてはオラリオに到着しており、リヴェリア以外は、フェルズの絶句と共に密入国を果たしている。オラリオ市街地で合流し、ひとまずは“挨拶”がてら黄昏の館へと赴いた為に、現在進行形でロキの胃に大ダメージを与えているのは語るまでもないだろう。

 そんな悲惨な状況については、入れ違いとなっている為にヘスティアの耳に届かない。一方で、決戦の局面に、ヘスティア・ファミリアのジョーカー二名が呼ばれるのは必然であった。

 

 

 なお、ディオニュソスとかいう神の思惑を阻止する事と同等な程に、倒した際の“ドロップアイテム”に意識が向けられているのは当然だ。今しがたアンタレスを倒した際には無かったものであるために、期待値が上昇しているというワケとなっている。

 理由はどうあれ、ヘスティア・ファミリアは、ただちにオラリオへと戻らなければならないだろう。神が描いたシナリオすらも捻じ曲げる男は、ここにきてようやくながらも、戦闘への参加を決定した。

 

 ヘルメスの手配によって、移動ルートも完璧だ。ガネーシャの手配によって中継地点に乗り換えの翼竜を手配しており、休憩なしとなるが3日でオラリオへと戻ることが可能とのことらしい。なお、使うかどうかとなれば話は別である。

 ともあれ帰路に就く者は、タカヒロとヘスティア、そしてベル。その他は第二便で戻るらしく、ひとまず三名は、それぞれの翼竜に跨ろうと翼竜の横に立ち並んだ。

 

 

「待って!」

 

 

 向けられた背中に、命を救われた女神が叫ぶ。落ち着いた動作で振り返ったタカヒロの前には、女神の名に恥じぬ様相と動きで近づくアルテミスの姿があった。

 何が起こるのかと、周囲の者もまた固唾を飲んで光景を見守っている。青年の前で止まったアルテミスは、フード越しに相手の目を見据え、凛とした言葉を発したのであった。

 

 

「夜空で最も輝く星、“月”の神の名の下に、決戦の地に赴く貴方に星々の加護を授けます」

 

 

 アルテミスが発したのは神の力(アルカナム)ではなく、神威(カムイ)と呼ばれる神の波動。助けてもらった謝礼もさることながら、再び世界を背負った彼に対する激励と言っても良いだろう。

 後ろで見守るヘスティアも彼女の気持ちは汲んでおり、「まぁアルテミスなら」と否定的な意見は持っていない。まさしく祈りを捧げる女神のような態勢となったアルテミスから発せられた淡い光が、タカヒロの身体を包んでいた。

 

 アルテミス曰く、今タカヒロが持っている実力からすると単なる気持ち程度のモノとのことだ。彼女自身も気持ちを込めただけで、具体的にどうこうできるようなレベルの加護ではない。

 もしそうなると、それこそ彼女の身を捧げて神の力(アルカナム)を使わなければ成し得ない。そんな事をして天界に強制送還されてしまう結末は誰も望んでいない一方、己の気持ちを示さずにはいられなかったための神威(カムイ)というわけだ。

 

 念のために何か変わったのかなと確認するタカヒロだが、ステータス、スキルにおいて変化はなし。ヘスティアから恩恵を貰った時のように属性ポイントやスキルポイントが増えるなど、そんなこともないようだ。

 星々の加護とのことだったので期待していたのだが、そうそう美味しい話はないだろう。もっとも単なる気持ち程度のものだったとしても、決戦に赴く身としては嬉しいものがあるというものだ。

 

 

 

 

 

「……なにっ?」

 

 

 しかし、それは灯台下暗し。本当に予想外の所に“変動”、具体的には未振り分けのポイントがあった際に表示される印がついている。

 「まさか」と思いつつ恐る恐る“取得している星座”を確認すると、そこには確かな変化がある。そしてタカヒロは、未だかつてリヴェリアしか見たことのない、普段が仏頂面過ぎる故に傍から見ると怖い程の笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 かつてタカヒロは、ケアンとコルヴァンの地において封印されていた、星々に祈りを捧げる場所“祈祷の祠”の全てを解放していた。その数は総数で58ヶ所ながらも、使用できる“祈祷ポイント”の上限は55という数値に制限されている。

 こればかりは装備を更新する事が決まった際も解消されることはなく、如何なる方法を用いようとも変わらない。理想の構成を選ぼうとするならば1ポイントだけ足りないという悩ましい状況は、変わることなく生じていた。

 

 

 

 しかし――――

 

 

 

 

 ――――利用可能ポイント:3.

 ――――解除したポイント:58/58.

 

 

 

 

「……月の女神が授けし加護、ありがたく受け取った(サイコーかよ!!!!)

 

 

 

 

「……アルテミス、ちょっといいかい」

「えっ?」

 

 

 

 何故だろうか。月の女神が誇るマブダチの、顔色と胃色が悪いのは。




>>裸Yシャツのアルテミス
せっかくワイシャツ着てる人間っぽい何かが居るので、出来心でつい……

そして加速する“ぶっ壊れ”。ある意味でオラリオの神々も“ぶっ壊れ”。君らちょっとケアンに出張してこない?


■GDにおいて、DLCを導入し全難易度をクリアした時の祈祷ポイント上限は55個です。一方で、開放可能ヶ所は本文中の通り58か所。
 実は星座の変更でとんでもないことが起こっており、この増えた3ポイントのうち2ポイントを使うことで既存星座の一つを“金床”に変更でき、加えて“ヴィール”を構成する星の1つの加護が取得可能になるため、簡単に言いますと「防御力-2%、DPS+20%(スキル発動時)」となっております。GD最強のぶっ壊れと言われた“実装当初の物理報復WL”すらも話にならないぐらいの火力ですね()

 本当はGDにおける祠の判定は各難易度で独立しているので、全てを与えると55⇒157(Ver1.1.9)となるのですが、流石にGDの世界観的にもヤリスギなのと、本作乗っ取られモドキはアルティメット環境から引っ越してきたので、アルティメット環境のみの最高数値である58としました。
 なお、本作はVer1.1.5.4で固定しており58箇所ですが、現在はアルティメット環境の祠を全て開放すると59箇所のようですね(違っていたらすみません)。
 蛇足ですが、150ポイントあったとしても星座の恩恵を全て取得することは出来ないほど、星座の恩恵は多岐に及びます。


 ともあれ。


 おうエニュオ、最低でも原初級の神々の4-5匹は用意せんと負けるぞ?


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249話 どうしてこうなった

 

 伝記と呼ばれる類の書物に書き残されるような一大事が、まるで庭の雑草を一つ抜くかのような手軽さで片づけられた今日この頃。本調子を取り戻して元気溌剌(ハツラツ)となったアルテミスが授けた加護には、どうやら盟友の調子を崩してしまう効果も備わっていたらしい。

 

 

 どうしてこうなった、と、ヘスティアは苦悩する。具体的な中身までは分からずとも、あの第二眷属が何らかのメリットを得たことは表情から伺える。

 どうしてこうなった、と、ヘスティアは苦笑する。天界の頃から男を完全に排除していたような盟友が、少なくとも彼に対して先のような行いを行える成長を遂げたこと。

 

 二つ目については、本来ならば喜んだり茶化したりと、何かしらの喜びに繋がる出来事だったはず。しかし一つ目のウェイトがあまりにも大きすぎて、そんな余裕が生まれる気配はどこにもなかった。

 

 

「へ、ヘスティア、大丈夫?」

「だ、大丈夫だぜ……たぶん……」

 

 

 盟友アルテミスに悪気がある?そんなワケがない。だからこそヘスティアは何も口にすることができず、ただ己の左みぞおちに手を添える事しか行えない。

 彼女が行える、せめてもの抗議活動だった。誰のお陰様とは口にできないが、こうなってしまったのだぞとアピール中。なお、当の実行犯がソレに気付くかとなれば、彼女の背丈が伸びる希望に等しいだろう。

 

 悲しいかな、予想に反することなくリアクションが飛んでこないので、諦めるしかない。ヘスティアは溜息と共に、痛みを堪えて背筋を正した。

 

 嗚呼、大きな問題が一つ片付いたというのに、全く気が休まらないのは何故だろう。解決する事ができずに抱え込むしかないその問題は、時が経つにつれて数も重さも大きくなっている。

 

 

 ヘスティアは、落ち込んでいても始まらないと言わんばかりに、大きく後れを取りながらも状況を整理する。何が起こったか定かではないが、世界にとっての“悪”は去った。

 ついでに彼女自身にとっての“問題”も解決してくれないかと星に願うも、八方塞がりと察する他に感情は芽生えない。子供たちは困った時に神に願うが、神が困った時には縋る者など居ないのだ。

 

 

「あっ、そういえば……」

 

 

 そこまできて、先程アスフィより報告を受けたオラリオの問題を思い出す。ヘスティア・ファミリアが拠点を置き、子供たちも暮らすからこそ、此方もまた新たに生じた問題だ。

 

 1000年前よりオラリオに蔓延る存在、闇派閥との最終決戦。時が経てば闇派閥の2号3号と新たな勢力が出現するかもしれないが、現時点における互いの最強戦力のぶつかり合い。

 

 今ここに居る2枚のジョーカーも、勿論ながら参戦を求められている。平和と呼ばれるものを手に入れる為には、きっと必要な戦力だ。オラリオに集った味方戦力の中に、まさか大精霊と昔の豪傑(アルフィア)が居るなどと、神の直感を使用しても察する事は不可能だろう。

 更に言えば、オラリオへ戻るとしても時間を要する事に変わりは無い。とはいえ戻らない選択肢は無いので、ヘスティアは自身の両頬を手のひらで叩いて活を入れた。

 

 

 突然と見知った声を掛けられたのは、そんなタイミングである。

 

 

「ヘスティア、目を(つむ)れ」

「へっ?」

 

 

 振り返って発言者タカヒロの顔を見るも、特に何かが行われる空気もない。容易い動作でもあったために、ヘスティアは正面に向き直り、言われたままに目を閉じた。

 なお、ヘスティアの正面に居てタカヒロの意図を汲み取っていたベル・クラネル。腕で丸印を作ると、ヘスティアの正面すぐの空間に、紫色に発光する禍々(まがまが)しい空間が作られた。

 

 

「っ!?」

 

 

 ほぼ同じタイミングで背中を押されたヘスティアは、何かと思い目を開く。しかしそこにあったのは、皮肉にも、彼女が見慣れた風景だ。

 五感と呼ばれるもので示すとなれば、空気もまた嗅ぎ慣れている事だろう。あまり騒がしくなく、しかし衰えない遠くの活気もまた、暫く離れていた為に懐かしく感じる要因の一つだ。

 

 

 現在地点、オラリオ西区の路地裏の一角。転送直後にリフトは片づけられており、ヘスティアは、何が起こったのか分からない。

 

 

「……ちょっと待ってくれ。なんで僕とベル君は、オラリオに居るんだい」

「サーナンデデショウネー」

 

 

 ベル・クラネル は “すっとぼける”を つかった 。なお当然だが、ヘスティアは神のため、今の回答が嘘であることはバレている。

 とはいえ、ベル・クラネルが口にした嘘など些細なものだ。数週間の距離をカットしてしまう事実は、ヘスティアの中で嫌な予感を大量に生産中。予定外にアルテミスが見せたジャブののちに、ボディーブローを食らうとは想定にしていない。

 

 今までのパターンからすると、この能力をダンジョン相手に使う事も可能ではないかと推察した神ヘスティア。流石に50階層限定である事までは知らないが、いずれにせよ、オラリオの常識を根底から破壊する事に変わりは無い。

 いや、俗にいう“ワープ”の類となれば、オラリオどころか全世界の常識だ。“ぶっ壊れ”が更に壊れたところで誤差程度かもしれないが、“己の眷属が、そんな能力を持っている”事については揺るぎのない事実。頭に【悲報】のタグでも付属しそうな一つの真実は、驚愕を通り越して悩みしか生まれない。更に言えば小さい悩みではなく、今までの際だに匹敵する大きなモノなので(タチ)が悪い。

 

 

 そんなヘスティアに、更なる追撃が襲い掛かる。

 

 

 腹部と頭部に生じた痛みを引きずりながら、己のホームである“竈火(かまど)の館”へと足を運ぶ。闇派閥との決戦が近いからこそ休みを長く取る事はできないだろうが、気持ちを落ち着ける事は出来るはず。

 そんな気持ちと共に玄関扉を開けた先に、彼女も少し見慣れた翡翠の姿があっても驚くことはないだろう。第二眷属の相方であり、オラリオにおいては最も有名な人物の一人となる。

 

 

 だがしかし、誰かによって“強火”となっていた館の状況。翡翠の姿が、二つあったならば、話は別だ。

 

 

「神ヘスティアか、邪魔をしているぞ」

「???」

「そう奇々怪々とするでない、炉の女神よ。戦士タカヒロの名の下に、助力に訪れただけの事じゃ」

「??????」

 

 

 あいえー、なんでー、ダイセイレイなんでー。

 

 彼女の脳裏を支配する、そんなフレーズ。大豆サイズに小さくなった瞳と共に、語彙や思考回路も同様のサイズに圧縮されてしまったらしい。

 下界と呼ばれるこの世界に来て1年程度と知識は薄いヘスティアだが、全くの無知ではない。大精霊と呼ばれる存在がどれ程までに希少で、身勝手で、神に近い存在かは知っている。

 

 では何故、そんな存在が自称一般人の名の下に動いているのでしょうか。暫く自宅を留守にしていたら、紛うことなき大精霊が野良猫の如き気軽さで居座っていましたなど口にしたところで、信じる神は居ないだろう。

 なお大精霊の後ろには、リヴェリアを筆頭にエルフ達が姿勢一つ乱すことなく控えている始末。かつてのリヴェリア相手に起こっていた出来事であり、エルフ以外の者からすれば、あまり珍しくもないだろう。

 

 

「言っておきますけど、僕じゃないですよ、神様」

「……」

 

 

 違う、そうじゃない。誰が連れてきたかは問題ではないのだが、今までの行いを自覚している為に、ベルも濡れ衣を着せられたくはないのだろう。リリルカに始まりレヴィスなど、確かに白兎が原因となる事例も幾らかある為に、その考えも仕方ない。

 

 

 しかし。ベルもまた、そんな事を考えている余裕も、なくなってしまった。

 

 

「……ベル?」

「っ!?」

 

 

 突如として現れた姿を目にして、ドクンと、身体を巡る血流が跳躍する。幼少期だったからこそ微かにしか残っていない姿かたち、山奥の小さな村での出来事が、ベル・クラネルの脳裏に思い起こされる。

 

 可憐で、どこか華奢だった、その姿。そんな姿からは想像もできない程にアグレッシブで、気心(きごころ)が強かった、優しい存在。

 

 事あるごとに詠唱魔法にてぶっ飛ばされる祖父の姿と共に、忘れる事は無い、忘れる筈が無い。目の前にいる女性は、あの時、自分の小さな手を取ってくれた姿と一致する。

 

 

 ならば、相手の名を間違えるはずもない。そこから導き出した、ベル・クラネルが口に出すべき言葉は――――

 

 

「あ、アルフィア叔b――――お、お義母さん!!」

 

 

 もはやノルマと呼ぶべきか、運命というべきか。少年の高ぶった心と共に言い放つ筈だった言葉は、イントネーションを察した相手からの殺気にて間一髪のところで押し留められている。

 危うく、感動の再会が、勘当の再開となるところだった。見開いた紅の瞳と共に流れ出る冷や汗が肝を冷やし、このままアルフィアの発する殺気が消えぬとなれば、鎮火するよう祈祷でも始める事だろう。ベル・クラネルが繰り出す“ふしぎなおどり”が、どこまでの効能を有しているかは定かではない。

 

 

「――――大きくなったな、ベル」

「っ――――はい」

 

 

 それらはさておくとして、本来ならば叶うことなく終わるはずだった、二人の再会。何故生きているのか、何故ここに居て病の気配が見られないかは、口に出させることはない。

 前者については、かつてリヴェリアやリューとの問答が。後者については、どうせ己の師が絡んでいるのだろうと察知している。こちらの直感も、ヘスティアと同様に鍛えられているようだ。

 

 己の背丈を超えるのも時間の問題だと実感したアルフィアは、ベルの頭に優しく手を乗せる。今この時、柔らかな手で頭を強く撫でられる感覚は、ベル・クラネルにとって何よりの宝物。身をゆだねる姿を「小動物」と表現した上で賛否を募ったならば、賛成多数となる事だろう。

 頼りになる大きい手も大好きだが、この暖かさは別物だ。どちらが上か下かという話ではなく、甲乙は付けられない。

 

 しばし誰も入り込むことはできない、親子の触れ合い。詳しい事情を知らぬ者でも分かる程に強い親愛の気持ちは、一日二日で生まれるものとは程遠い。

 直接的な血の繋がりこそ無いとはいえ、それは無粋な域に留まる話だ。家族の言葉に匹敵する強い絆は、二人の間に存在している。

 

 

 言葉は無けれど、一通り撫で終わった後。アルフィアは、気掛かりな事があるらしい。

 

 

「ベル。つかぬ事を聞くが、この地区に教会の建物は無かったか?」

 

 

 7年前と比べ、町並みは幾らか変わっていた。アルフィアは、この地に教会があった事を覚えており、気になるらしい。

 ベル・クラネルが、ヘスティアと共に過ごし始めた教会のことだった。崩落の危険もあった為に解体されてしまった事を、包み隠さず伝える事となる。

 

 

「はい、ここにありました。大きく崩れていまして、修繕するか議論になったのですが、いつ崩れるかも分からなかった事と、ファミリアの人数も増えたので、建て直しを行いました」

「……そうか」

 

 

 思い含んだ言葉の末尾は、静寂へと消えてゆく。かつて何があったかは、今となってはアルフィアのみが知るところだ。

 自称一般人(どこの誰)がデザインを担当したかは聞かされていないが、よくよく目を凝らせば、どこか昔の教会の内装が面影として残っている。万物流転、いつかは取り壊されると分かっていたアルフィアも、このような形とはいえ紡がれたならば文句は無い。性格からして口に出す事はできないが、どちらかと言えば、残してくれた事に感謝の念を口にしたい。

 

 

 ならば彼女が抱く次の目標は、紡がれた“竈火(かまど)の館”を護る事。目下の脅威である闇派閥やエニュオの対策、明日から行われる人造迷宮(クノッソス)攻略に向け、ヘスティア・ファミリアにおける実質的な指揮官はアルフィアに決定した。

 何せ、7年前においては最も闇派閥と近かった一人である。才知に優れた彼女は、指揮官としても適任だろう。戦ってヨシ、裏方に回ってヨシと、書面上は随分とハイスペックな人材だ。

 

 

「ところでベル。れ、レベル5になったと聞いたのだが……」

「はい、ようやくです!」

 

 

 ようやく、つまり、やっとこさ。僅か1年という時間は告げられていないが、少なくともヘスティア・ファミリアの全員が知っている。

 たった1年でレベル5という実態が如何ほどかとなれば、語るまでもないだろう。恐ろしいと表現するか、頭おかしいと呆れるかは聞き手次第だ。

 

 

「……そうか」

 

 

 アルフィアは、このような反応を返している。話を聞いていた者は一斉に、“スルーしやがった”と、頭の中で念仏を唱えていた。

 

 

 傍観者の中で唯一動けたのは、その手の“ぶっ壊れ”具合については耐性が出来てしまったリヴェリア・リヨス・アールヴのみ。彼女もまた聞きたいことがあり、ベルへと問いを投げる事となる。

 

 

「お前が戻ったとなれば、タカヒロは無事ということか」

「はい、掠り傷一つなかったですよ」

 

 

 喜ぶべきか、悩むべきか。相反するとはまでいかずとも異なる二つの感情が渦巻くリヴェリアは、どうにも反応が難しい。

 更には続いて、何故会いに来ないのだと嫉妬の感情が顔を覗かせており、何をしているのかと悶々とした気持ちを抑える事も難しい。戦利品ならぬ褒美の品の“槍”を鑑賞しながら帰路を満喫している点を知ったならば、更なる盛大な溜息を見せるだろう。どうやら彼女とて、相方の行いが誰に迷惑をかけているわけでもなし、不治の病の一種と認識しているらしい。

 

 

ヘスティアについて?残念ながら神々とは、世間一般において、心配の対象に含まれない。

 



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250話 死屍累々(単独公演)

 

 バベルの塔の地下に広がる一般的に「ダンジョン」と呼ばれる場所と比べても、何が起こるか予想できない度合は負けず劣らずの未知の世界。ダンジョンと比べて得られるモノも少なく、リスクとリターンと比べた時、マトモな思考ならば足を踏み入れようとは思わないだろう。

 

 

 そのような場所。闇派閥が拠点とする、人造迷宮(クノッソス)への突入ミッション。

 

 

 目標は語るまでもなく、少し前にレヴィスからウラノス陣営へと報告された内容。オラリオを破壊させるために配置された、“穢れた精霊の分身”の撲滅だ。非常に大規模な戦闘となり、地上にも影響が出る恐れが懸念される為に、対策も講じられている。

 ギルドが率先した「突発的な避難訓練」の名目を掲げたガネーシャ・ファミリアの旗振りの下、住民たちの退避は間もなく開始される想定だ。オラリオ郊外の他丘に移動する為、戦闘に巻き込まれる恐れも低いだろう。

 

 

 その住民たち側ではなく、人造迷宮(クノッソス)へ突入するべくダイダロス通りの扉へとやってきた冒険者たち側。そこに、一名の女神が存在した。

 

 

 嗚呼、とうとう来てしまったと目を細めて、星々輝く天を仰ぐ。輝きについて己を笑っているかのように受け取ってしまうのは、被害妄想に近い一種だろう。

 星の数は、下界に住まう子供達の数より遥かに多い。目を凝らせば違って見える輝きも、子供たちの個性そのものを表現しているかのようだ。

 

 

 詩人の如き内容と言えるだろうか。到底ヘスティアらしくない、というよりは似合わない考えを抱いてしまう理由は、先日に揃い、現在は数メートル程に集っている連中にあったのだ。

 

 

「積年の恨みを晴らす時ですよ、レヴィスさん!」

「無論だクラネル。誰一人として、闇派閥を生きては返さん」

 

 

 一度だけ振るわれ空気を切る大剣は、目にした者に唾を飲みこませる。オッタルをも上回る実力は、問答無用で畏怖の感情を植え付けるのだ。

 

 

「お願いですアルフィアお義母さん、オラリオを守ってください!」

「私の罪滅ぼしでもあり、お前の頼みだ。塵芥共(ちりあくたども)を蹴散らし、必ず成し遂げる」

 

 

 知る者ぞ知る、かつてオラリオに栄えたヘラ・ファミリアの一員。知る者には困惑と共に、例え知らずとも、こちらも畏怖の感情を与えるには十分だ。

 

 

「ジャガ丸、君も協力して欲しい!」

■■■(お祭り)?』

 

 

 あまり分かっていないものの右手を上げて了承するジャガ丸は、直後に戦闘態勢へとスイッチしている。動きだけを見たならば可愛らしい姿からは、よもや先の二名すらをも瞬殺する実力を保持している事など想像も難しい。

 

 

「ドライアド様、お願いです。ここに大樹はありませんが、僕と師匠が出会った地を守ってください!」

「ほう?あの御仁にとって、それ程の地か。ならば、死力を尽くして薙ぎ払おうぞ」

 

 

 ――――見なかったことにしよう。現場を目にした神々はそのように決め込み、まさかの名を耳にしたエルフ達は、口にして騒ぐことこそなけれど、目を血走らせて姿を焼き付けようと必死である。

 

 

 さておき、戦う理由は様々なれどベル・クラネルを除くジョーカー4名、全員の()る気スイッチはONからTurbo(ターボ)へ。約一名ほどAfterBurner(アフターバーナー)に点火されているが、理由が理由の為に仕方ない。激おこ母親(ママ)である。

 

 その他としては、フレイヤ・ファミリアやロキ・ファミリアの面々を筆頭に、様々なファミリアに属している第二級以上の冒険者。一応ながら間違いなくオラリオ最強戦力が集結しているのだが、先の4名のインパクトが強すぎて、すっかり霞んでしまっている。

 耳にした敵の情報よりも遥かにヤベーことが分かる人員を目の当たりにして、誰一人として言葉の一つを発することもない。故にヘスティア・ファミリア陣営を除いて異常な静けさに包まれており、文字通り“お通夜”の状態だ。

 

 

「ということで皆さん!!なんだか一人足りない気がしますけど、討伐へのご協力をお願いしまあああああす!」

「ん……わかった!」

 

 

 一応ヘスティア・ファミリアの所属となっている者達に対して指示――――もとい、全力で“お願い”するベル・クラネル。結果としては合格ながらも、もはや、後先を考えぬヤケクソであった。

 

 目の前に並ぶ四名は味方のはずなのに、戦闘態勢にスイッチした今は、味方である気が起こらない。今までのどんな敵よりも、具体的にはレベル1でミノタウロスの強化種と対峙した時を遥かに上回る恐怖に潰されそうになっている。

 別ファミリアながらも、ちゃんと反応してくれているアイズのアイズによるアイズ語だけが、今のベルにとっての心の拠り所だ。そんな彼女に縋るベルの言葉以外に何も考えていないようなアイズの発言を耳にして、ロキ・ファミリアの全員が彼女へと視線を向けている。

 

 

「もおおおう!なんで戻ってこないんですか師匠の馬鹿あああああ!!」

 

 

 天に向けられたベル・クラネル悲痛の叫びは、大空へと消えてゆく。その実、アルテミスを救出してオラリオへと戻っている最中なのだが、何故かリフトを用いていない。

 なおリフトを使わない理由については、アスフィに伝えられた伝文が原因だ。発信時点での最新情報である“数日後に戦闘開始”は、“伝令が生じた数日後に”、アンタレスとの戦闘地点に届いたからこそ“数日後に戦闘開始”と伝文のまま伝えられている。つまり受け取り手のタカヒロとしては、地上を走って戻っても、最終決戦には間に合うと認識してしまっているのだ。

 

 

「なんで“数日後”のまま送ったんだ!?」

「“この伝文を送れ”って聞いていたんだが!?」

 

 

 裏事情を知る数名は、どうにかして事情を伝達すべく緊急の対策を行いつつも、当時の伝文を送付した責任のなすりつけ合いに勤しむ始末。至急という状況は、いつの時代も過ちを生み出す事に変わりは無いらしい。

 そしてリフトを使用しないもう一つの理由として、大地を疾走しつつ誰にも邪魔されない“アルテミスの槍”の鑑賞タイムに入っていることが大きな要因。そして「ドライアドおるし、オラリオまでの道中は何とかなるやろ」の風潮は、彼の中で大きな渦を巻いている。

 

 

「ああっ、ヘスティア様がまた倒れたぞ!」

 

 

 なお、開始のゴングが鳴る前から味方の一名が死にかけているのもご愛敬。彼女が知らぬうちに繋がりが生まれ、こうして揃ってしまった6枚のうち5枚のジョーカーを前にして、そして何故だか大問題の一般人が戻ってきていない事を知り、ヘスティアは正気を保つことが出来なかった。

 決して、彼女が天へと旅立つ為に作られたお通夜の空気でないことは付け加えておこう。敵を欺くならば味方から、という言葉に習って、敵を倒すならば味方から、というような言葉があるわけでもない。

 

 ヘスティアにとっての此度の災害、“オラリオの危機”とはよく言ったものだ。それよりも先に己が胃潰瘍で臨終する危険性の方が遥かに高く、オラリオにしても、もしもどこかの一般人がここへと戻ってきて暴れるならば、コラテラルダメージで壊滅する危険性の方が上回る。

 何故かオラリオに居てヤル気をみなぎらせている大精霊すら可愛く見える、桁外れた立場の存在。盟友アルテミスを救ってくれた己にとって過去最大の恩人でもあるのだが、此度においてはヘスティアに突き刺さる多大な視線が与えてくるストレスが感謝の念を上回っている。

 

 

「胃薬急げ、あるだけ持ってこい!量!?知るかそんなの、今すぐにだ!!アミッドさんなら何とかしてくれるだろ!」

「多量を飲んだところで効果が上がるわけではありません!それよりも誰か敷物を!」

「お、おれ、俺が、ガネーシャだ……」

 

 

 ひょんな形で再びヘスティア・ファミリアと関係を持つことになったアミッドだが、まさか主神を診ることになるとは思ってもいなかった。マイペースでマッチョな神ガネーシャの口から出るセオリーな言葉の音量も、今回ばかりはおとなしい。

 いつもはフレイヤの貧血具合を診ているとはいえ、神々の耐久性とは、真の一般人に近い存在。だからこそ冒険者を相手する時よりも気が抜けず、慎重に、かつ迅速な対応が必要となるのだ。

 

 

「ヘスティア様、ご気分は」

「み、見ての通りさ……」

 

 

 死屍累々という言葉を、まさかのソロプレイで表現中。痙攣するこめかみと青ざめた表情は、左わき腹から生じる痛みに加え、理解できない現状との戦いを続けている。

 

 どこで何がどうなって、こんな未曾有の状況となったのか。この光景を闇派閥やエニュオもが目にしたならば、同じ感想を抱くだろう。

 

 幾らかの、いや大半の理由に絡んでいるであろう己の第二眷属は不在のために聞くことも叶わないが、残念ながら、全てに絡んだ結果としてこうなっている。運命と呼ばれる存在が遊んでいた結果なのかもしれないが、状況証拠すらもありはしない。

 例え事実を聞いたところで、時間を巻き戻す事などヘスティアにできはしない。しかし現実を受け入れようにも、メンタルと胃袋のキャパシティは限界を超えている。

 

 

 力なく、地面に伏せて横たわる要救護者ヘスティア。力の抜ける感覚に襲われているものの、残り僅かな力を振り絞って横を見ると――――

 

 

「――――皆、聞いたかしら。あの可愛い可愛い冒険者、ベル・クラネルの言葉よ」

「「「「心得ております、フレイヤ様」」」」

「それじゃあ、貴方たちにお願いをするわ。私のお願い、聞いてくれるかしら?」

「「「「女神フレイヤ様のご随意のままに!!」」」」

 

 

 オラリオ最強を誇るファミリアが、一致団結(残念な光景)を強固なものとしていた。

 とはいえ意識と士気だけは無駄に高く、普段は“フレイヤの一番”を争っている者達も今回ばかりは団結している。普段から今のようにしていれば、ダンジョンの60階層など片手間程度に突破できることだろう。

 

 

「今回の抗争、敵と味方は分かっているわね?」

「「「「勿論です!!!!」」」」

「可愛いベルを邪魔する者は!?」

「「「「薙ぎ払う!!!!」」」」

「可愛いベルを攻撃する者は!?」

「「「「叩き潰す!!!!」」」」

「そうよ、今こそ力を示す時!女神フレイヤの名の下に命じるわ、存分に暴れなさい!」

「「「「「Урааааааааааааааа!!!!」」」」

 

 

 フレイヤを象徴する色彩は深紅(はなぢ)、つまり赤色。だからこそ、と言うワケではないが、返答も何故だか則するモノとなっている。

 そして戦う理由が、少しだけ、ほんの僅かに周囲とズレてこそいるものの。結果として討つべき目標は同じだけに、ツッコミを入れる者は居なかった。

 

 

「――――()い士気だ。我々も、負けてはいられんな」

 

 

 野太い声が響く、反対側。永く美しい翡翠の髪に似合う玲瓏(れいろう)な声が静かに通り、くるりと静かに翻る。

 猛々しいフレイヤ・ファミリアとは正反対。それでも静の中に生まれる高貴さが持ち得る意志の強さは同等のものを供えており、ファミリアという垣根を超えて構成されているエルフの集団が持ち得る士気の強さもまた同等だ。

 

 

「あちら、御前にいらっしゃるのは紛れもない大樹の大精霊、ドライアド様。お前達、まさか知らぬ者などいるまいな?」

「「「「存じております、リヴェリア様」」」」

「そして目にした者もいるだろう。今ここには居ないが、棘が特徴のフルアーマーを身に着けた者は、生命の樹(ユグドラシル)の加護を持つ者だ」

 

 

 流石にどよめきが広がるも、口にしているのはハイエルフであるリヴェリア・リヨス・アールヴ。故に数秒で収まりを見せる数多のエルフたちは、次の言葉を待っていた。

 

 

「我々の目的は、オラリオの地下にいる汚れた精霊を消し去る事。無粋極まりない創作が行われた地点の清掃、文字通りの汚れ仕事だ。あの者や、ドライアド様の手を煩わせることは、最小限に食い止めねばならん」

「「「「無論です、リヴェリア様」」」」

「宜しい。では、やるべきことは分かるな、お前達。気高きエルフとしての使命を果たせ、狼煙を上げろ!!」

「「「「「ハッ!!!!」」」」

 

 

 フレイヤ・ファミリアの者達が荒々しい戦士の集団というならば、こちらは統率の取れた軍隊と言えるだろう。どちらが上と比較することはできないが、どちらも非常に強力な戦力であることに違いはない。

 なんせエルフとは、基本として魔法の扱いに長けた集団だ。それでいて近接戦闘をこなせる者も数多く、盾役となれば荷が重いが、非常にバランスの取れたチームとして機能するだろう。

 

 そんな二組が士気を上げ、ヘスティアが胃酸を増産している中。レヴィスやアルフィア、ベル達もまた、集って何かを話しているようだ。

 

 

「では穢れた精霊について、誰が何体を相手にするかについてだが……」

「アルフィアお義母さん、それって分配できるようなものなのですか?」

「いや、厳密には出来ないだろう。あくまでも目安ということだよ、ベル」

「なるほど!」

 

 

 普段は凛々しい口調ながらも、ベルが相手となると柔らかな母の口調へ。そして再び凛々しい口調に戻り、ドライアドへと問いを投げる。

 

 

「大精霊ドライアド。御身は、穢れた精霊を知っているか?」

「うむ。概要程度じゃがの、想像もつく」

「後れを取る事は?」

「在り得ぬ、侮るなよ小娘。有象無象の類、片手間で数秒と掛からぬだろう」

 

 

 あくまでも、“天の大樹の加護”を持つ者に“お願い”されたが為に協力しているドライアド。大精霊の名に相応しい実力は顕在であり、口にしている内容に間違いはない。

 

 

「相手は精霊の紛い物じゃぞ?おぬし一人でも無理せず相手になる程度じゃて」

「なるほど。では、6体の振り分けは――――」

 

 

 討伐ノルマの目安として、ドライアドが3体。アルフィアが1体。フレイヤ・エルフ連合軍で1体。アイズ、レヴィス、ベル、フィン、ガレス、ベートで1体。ジャガ丸はペット枠につきノルマなしだが、布でぐるぐる巻きにされたアヤシイ杖をリリルカが持って騎乗中。何やら戦力の比重が凄まじく偏っているが、誰も否定しない為にそのまま採用。

 その他、残った者達で組まれた連合軍は道を切り開く役割という住み分けだ。その他を含めて方針としては定まったものの、今この段階においてはジョーカー5枚、人読んで“チームぶっ壊れ”でしか共有されていない情報だ。

 

 故に、それを関係各所に伝えなければならない。もっとも話が通じるだろう、ということで、フレイヤに対してはベルが。エルフに対してはドライアドが担当することとなった。

 さっそくベルは駆け足でフレイヤの元へと赴いており、気付いた彼女は「おいで!」と言わんばかりに両手を広げて小動物を迎えるような仕草を見せている。幾らか物言いたげなアイズの視線が飛んでいるものの、妨害する気はないらしい。

 

 

「フレイヤ様、さっそくですが追加のお願いです!さきほどドライアド様とお話をしまして決まったのですが、フレイヤ・ファミリアの皆さまとエルフの人たちでチームを組んで、一緒に行動してください!」

「もちろんよ、他に何かあれば何でも言って頂戴!!貴方たち、聞いたわね?」

「「「「女神フレイヤ様のご随意のままに!!!!」」」」

「エルフとの反発は許されないわよ、心得なさい」

「「「「「ハッ!!!!」」」」」

 

 

「リヴェリア・リヨス・アールヴよ。女神フレイヤには別の者が話を通しておる。そなた等は、フレイヤ・ファミリアと合流して共に行動するように」

「承知しました、ドライアド様。聞いたなお前達。フレイヤ・ファミリアと連携して、我々エルフの責務を果たすぞ!」

「「「「「ハッ!!!!」」」」

 

 

 もはや、勢いは誰にも止められない。フレイヤ・ファミリア、そしてファミリアの垣根を超えたエルフ連合軍が見せる士気の高さに、ガレスはすっかり押されてしまっている。

 

 

「……フィン。どうするんじゃ、この流れは」

「うーん……。想定を大きく上回るけれど戦力的には問題ないと思うし、僕としてはロキ・ファミリアも、今の流れに乗った方が」

「いやいや、そもそもだけどさ!?誰か納得のいく説明をしてくれよおおおおお!?」

 

 

 胃痛に悩む、悲しいヘスティアの叫び声。仮に闇派閥やエニュオが目にしていたならば、恐らく共に祈願していた光景だろう。

 闇派閥死すべし、慈悲は無い。これから響くであろう闇派閥の奏でる雄たけび、その前哨戦の如く、女神の甲高い声は天高く吸い込まれていった。

 

 

 もしもこの勢いを真向から否定したならば、闇派閥の一員と判断されても異論するのは難しい。かと言って強行されたならば、後ほど質問の雨嵐となることも目に見えて明らかだ。

 だからと言って、どうしてこうなったかと説明できる者が居るかとなれば、答えは口にするまでもなく明らかだ。だからこそ知将フィン・ディムナもまた、ここに生まれた“激流”に身を任せる最良の選択肢を選んでいる。

 

 

 通称、コラテラルダメージ。今のヘスティアが置かれている状況にとって、まさにピッタリな言葉と言えるだろう。

 



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251話 カウンターストライクは時を超える

とある男のバフ発動時報復ダメージ加算ボーナス……約+2800%


 各々が目標を一つとし、盛り上がりを見せる集いの場。ボルテージは正に最高潮であり、特にエルフ側は、ドライアドの出現によって輪をかけて顕著であった。

 言っては失礼かもしれないが、エルフらしからぬ熱気である。かつてない光景を前に、エルフではない者達は、声を掛ける事すらもできないようだ。

 

 

 そんなエルフの一人。普段は一般的なエルフよりも活発的で明るい少女、レフィーヤ・ウィリディス。しかし今回ばかりは場の雰囲気に押されてしまっており、最前線から少し離れた端っこで熱気を浴びていた。

 

 

「レフィーヤ、ここにいたか」

 

 

 凛とした口調のイントネーションこそ似ているが、師の声とは異なる、聞きなれた声。熱気の中でも通り聞き分ける事ができた声の持ち主のことを、レフィーヤは誰よりも知っている。

 

 

「フィルヴィスさん!……と?」

 

 

 やってきたのはフィルヴィス・シャリアだけではなく、横に居たもう一人の人物。緑色のフードを被っており身体をマントで覆っている姿は、オラリオでは珍しい。

 雰囲気からするにエルフと判断したレフィーヤだが、誰か分からずに首を傾げた。姿を目にした冒険者の内、大半の者は疑問と共に、極僅かな者は驚愕と共に迎えることとなる。

 

 無理もないだろう。5年前の事件が起こったのは、レフィーヤが冒険者としてオラリオに来る前の事だ。

 

 当時オラリオに居た冒険者の記憶から消える事のない、ダンジョンで生じた未曾有(みぞう)の大惨事。これもまた闇派閥と呼ばれる組織が主犯格であるのは、何かの因縁の一種だろう。

 そして地上で行われた、一人の少女による復讐の数々。ギルドとしては“死亡”と扱われている存在の現状を知る僅かな者は、彼女がこうして再び公の場に戻ってきた事に驚いている。

 

 

千の妖精(サウザンド・エルフ)と見受けます。冒険者の姿としてお会いするのは、初めてでしょうか」

「あっ。この声、豊饒の女主人にいらっしゃる!」

 

 

 コクリと静かに頷く姿の面影は、先程レフィーヤが口にした“豊饒の女主人”にいるウェイトレスの面影が、ほんの僅かに伺える。一般的なエルフらしくあまり表情が動かない姿は、顔半分を覆う布マスクによって輪をかけて単一だ。

 

 

 やってきたエルフ二人の視線は、自然とレフィーヤを通り越して少し後ろへと届いている。それに気づいたレフィーヤは振り向くと、邪魔をしてはいけないとばかりに一歩下がった。

 歩みを進めてきたのがリヴェリア・リヨス・アールヴ、そして大精霊ドライアドならば、無理もないと捉えるべきか、当然となるべきか。何れの答えか全く気にしていない様相のリヴェリアに対し、フィルヴィスとリューが首を垂れる。

 

 

「フィルヴィス・シャリア、一つ良いだろうか」

「なんなりと」

「この人数だ。お前の長所を活かした立ち回りは難しいかもしれんが、近接領域における私とレフィーヤの護衛を頼む。期待しているぞ」

「っ……!全身全霊を尽くし、必ず成し遂げます!」

 

 

 突然の激励。直後、僅かながらも口元を緩めたリヴェリアに対し、フィルヴィスは躊躇することなく片膝をついて忠義を見せた。

 

 姫に忠誠を誓う騎士の様。数多の仮想物語において使われる王道であるものの、オラリオにおいては、そのような王道に焦がれる者は数知れず。

 勿論、彼女の歴史において最高と呼べる程の戦意の高さを持ち合わせているのは言うまでもない。

 

 なにせ、アールヴの名を持つハイエルフからの激励なのだ。一連のやり取りを目にした周囲のエルフ達は羨ましいと思う反面、フィルヴィスから溢れる覇気の強さを前にして自然と敬意を抱く程である。

 

 

 一方で、そんな二人と最も距離が近い一人であるレフィーヤは、少し違う視点を持っていた。フィルヴィスが見せた行いは「まぁエルフだから仕方ない」という旨で納得している。

 しかし一方で、付き合いの長さという尺度で測るならば、リヴェリアが見せた表情の変化も珍しい。他種族を排他的にこそ見ないものの、“他人”との距離感の遠さについては、リヴェリアもまたエルフ特有の距離を持っているからだ。

 

 フィルヴィスが同胞のエルフだという点を考慮しても、沸いた疑念は拭いきれない。相手が同胞エルフとなれば初期の距離こそ縮まるが、そもそもにおいて、ほぼ初見となるフィルヴィスに対して短剣を授けるような行いを見せたことに対しても、今更ながら疑念が生まれる。

 

 

――――もしかして……ムムムッ。

 

 

 パっと“答え”の一つが思い立ったレフィーヤだが、その解答こそ正解であり、単純にして明快だ。

 

 語る必要があるだろうか、自称一般人の所業である。他人の前では絶対に口に出す事は無いが、相方への信頼度の高さは愛情と共に天元突破済み。

 そんな彼が“剣を授ける”と選んだ相手なのだから、大きな間違いを犯すはずがないと核心を持って僅かに心を許している。現に、かつてはディオニュソス(変な奴)に毒されてしまっていたフィルヴィスだが――――少しばかり“依存”の気配が未だに漂っているものの、今においては真っ当な生き方を見せている。

 

 これについては僅かな誇張もされておらず、もう少し時間が経てば、異論を唱える者も居なくなるだろう。エルフからの見方を変えれば“ドライアドと世界樹の加護を持つ者が選んだ相手なのだから信頼しなければ不敬罪”となってしまうが、此方についての考えは全く無いリヴェリアであった。

 タカヒロ繋がりで言えば、ベル・クラネルに対する態度も似たようなベクトルだ。此方についてはアイズの存在もあるとはいえ、他のファミリア、それも他種族に見せる反応としては破格の域に達している。

 

 そんな信頼という名の矢印を大きさで示すならば、逆方向の大きさはマックスだ。そこに尊敬やら役立とうとする心構えなどが加わっている為に、フィルヴィスは、リヴェリアにとって例え耳が痛いような内容だろうとも、隠すことなく真実を告げる事になる。

 

 

「ところでリヴェリア様。タカヒロ様に対する誹謗の言葉が出回っているらしいのですが、ご存知でしょうか」

「なに?いや、聞いたことがないな」

 

 

 フィルヴィス曰く、今回の大集合のタイミングで初めて耳にしたらしい。とはいえ、リヴェリアに伝える勇気を持つエルフなど存在しないのだ。彼女は今まで世間から避けられていた為に、情報が回らずとも仕方がないだろう。

 トリガーは、リヴェリアが剣を授けた一件だ。この事実は瞬く間にオラリオのエルフ達に――――駆け巡る事は無く、まずロキ・ファミリアとヘスティア・ファミリアのエルフ達に緘口令が出され、フィルヴィスが生きていることが、ディオニュソスに対して隠し通された。

 

 そして、解除されたのがつい先日。今までの“死妖精(パンシー)”という二つ名とも相まって取り扱いに困惑した一般世間エルフ達だが、例によって「あのリヴェリア様が間違いを犯すはずがない!」という一般エルフの誰かの一言が伝染し、そんな二つ名など無かったかの様相を呈している。

 誰かが口にした一言について通称を設定するならば、“さすリヴェ様”と言った所だろうか。オラリオに住まう名も知られぬエルフとはいえ、この考えを持っているエルフが多いのもまた実情だ。

 

 ともあれ。リヴェリアとしては、フィルヴィスが言う所の“誹謗”の内容が酷く気になる。

 少し前にロキ・ファミリアのホームで起こった一件が、気配りに拍車をかけているのだろう。相方としてもロキ・ファミリアの幹部としても、到底ながら放置できぬ案件だ。

 

 

「私が耳にした言葉です。リヴェリア様と並ぶには程遠く、精進も足りない、と」

「なんだと?」

「ほう?」

 

 

 言葉を耳にして片眉が歪むドライアドとリヴェリアは、揃って珍しく怒りの感情を抱いている。自身に対する暴言となれば幾らか煽り耐性の高い彼女二名だが、タカヒロの事となれば話は別だ。

 なお、元の文言については「リヴェリア様と並ぶには程遠い。努々、精進を怠らないことです」となる。つまり今現在においては認めてこそいないものの、横に並ぶ努力を続ければ到達できる可能性を見出しているからこその、どちらかと言えば肯定的で応援の意図を含んだ発言だ。コレにエルフだからこそ持ち得るツンツンなコーティングにて加工されると、先の一文が出来上がる。

 

 しかしながら、伝言ゲームとは恐ろしい。いつかアポロン・ファミリア内部において行われた伝言ゲームとはベクトルが異なるとはいえ、現に“噂”として定着してしまった以上、それを書き換えるとなれば至難の業となるだろう。

 

 

「……」

 

 

 いつの間にか集団の端に逃げており、冷や汗と共に、みぞおち辺りに痛みを覚える一人のエルフ。「ワタシジャアリマセン」と主張する為に、薄い黄緑色に染めた髪の毛を今すぐに伸ばして地毛の金髪に戻すか、まったくもって別の色にしたいと思ったことは、今以上にないだろう。

 彼女にとっての宿敵である闇派閥の撲滅のためにと来てみれば、まさかの敵扱いされかけるという予想外の事態だ。 無論フィルヴィスだけではなく、全エルフ達は今この時も“噂”を流した犯人探しに躍起になっている。

 

 ――――攻撃者に対して電光石火の速さで反撃を浴びせるために、極めて鋭い準備状態に入ること。とある男に対して放たれた言葉に対するカウンターストライクは、どうやら時すらも超えるらしい。

 

 とはいえカウンターストライクとは被打時に発動するスキルなので、誰が悪いかとなれば攻撃側となる。どこかの国には“口は禍の元”などという言葉があるらしいが、まさに、そのような状況だろう。

 素直に相手を誉める事はめったにないツンツン具合を有するエルフだからこそ、“噂”が柔らかな方向に崩れる事などあるワケがない。彼女が最初に口にした言葉について、“応援”の意図があることを何かしらの方法で明確化していたならば、このような事態になる事はなかっただろう。

 

 

「フィルヴィス・シャリア。先の言葉は概要だろう、詳細は聞いているか?」

「はい。まずリヴェリア様より強く、頭脳明晰で容姿も申し分なく、優れた品性と度量を持ち、男らしく家事も料理もハイレベルに全てをこなし、日々の豪遊に困らぬ収入を持ち、様々な記念日を決して忘れることのない殿方でなければ話にならないとのことです」

 

 

 痛みが輪をかけて、ココニイルゾーと主張する。誰に気づかれることなくやや丸くなる背中は、生まれ出る痛みと背徳感を僅かながらでも和らげる為。

 どうか何事もなかったかのように早々に攻略が始まって欲しいと天に祈るリュー・リオンながらも、どうやら願い事が届くことはないらしい。まずドライアドが話を拾い、リヴェリアを巻き込んで立ち話が始まった。

 

 

「随分と欲張りじゃのう。しかし強さで語るならば、あの御仁はお主よりも上じゃろう」

「はい、ドライアド様」

「むしろ、オラリオでも最上位のような……」

 

 

 なんならドライアド様よりも強いのでは。という共通の疑念が浮かんだ者達だが、各々がエルフだからこそ、流石に口にできる程の度胸は持ち合わせていないようだ。

 とはいえフィルヴィスが口にした、「オラリオ最上位」という比較ならばドライアドを貶すこともない。その辺りを理解しつつも触れないように、リヴェリアは解説を続けている。

 

 

「だろうな。そして、ギルドからの提出義務がある書類作成についても難なくこなす頭脳を持っている。私よりも早く、それでいて正確な程だ。密かに、ギルドそのものから転職の勧誘が来ているぞ」

「それ程とは……。僭越な言葉となりますが、容姿についても、特に疑念を感じません」

 

 

 自称一般人に対する尊敬こそあれど、恋愛感情など伺えないフィルヴィスの口調。リヴェリアと合わせて、本当に心許した相手を除いて柔らかな表情を見せる事は少ないエルフだからこそ、基本として仏頂面での会話が続いている。

 

 

「そうだな。お前も感じているだろうが、度量についても持ち合わせている。理由についてはさておき、明確な品性もあるだろう」

 

 

 品性とは、“道徳的価値としての個人の性格”を指す言葉。それが装備(どこ)から生じているかを察しているリヴェリアは言葉を濁したものの、特にツッコミを入れる者はいなかった。

 

 

「失礼ながら、家事や料理などは?」

「部屋の清掃については浮き沈みが激しいが、どちらについても、やるとなれば人並みと言えるだろう」

「ほう、誠か?」

 

 

 予想外だったのか、疑問符にて相槌を入れたドライアド。どうやら今も昔も、家事全般についての男とは“基本ぐうたら”が一般的な認識らしい。

 

 

「はい、ドライアド様。最後に所得については……フィルヴィス・シャリア。お前も、ある程度は聞いているだろう」

「その気になれば、オラリオの経済が崩壊すると、ウr……とある神より伺っております」

「ああ、その通りだ。悪気はないのだが、既に、珍しい素材の値段が幾らか下落し始めている」

「……なるほど」

 

 

 具体的な例を挙げるならば、まず代表的な品物は“カドモスの表皮”だろう。たった一年で相場は2割ほども下落しており、その勢いがどこまで続くのかと、転売を目的として仕入れていた業者は、商売の神に祈りを捧げている程だ。

 次点としては、やはり超深層領域の素材だろう。一年前ならば、オラリオ最大手の一つロキ・ファミリアが数週間をかけて行き来していた領域の事である。

 

 時たまソロキャンプしていたオッタルが、幾らかの素材を持ち帰ることはあった。それでも戦闘をこなしながらという非常に大きな制約が付きまとう事から、お土産程度の物量となってしまう。

 さながら産業革命で生じたブレイクスルーの規模さえも軽く凌駕し、時間と物量の両方を一気に解決してしまった自称一般人。その影響によって幾らかの素材が流れ始めており、現在のオラリオにおいて、鍛冶師業界における最も大きな話題の一つとなっている。

 

 

 ともあれ。今やオラリオのエルフならば殆どが知っている“悪口”の答え合わせは終了し、皆の意見も一致している。

 そして仕舞には、リヴェリアの口から「父上と母上の承諾は得ている」との爆弾発言が繰り出され、エルフ達が気にしていた最後の障害も取り払われ。これでもかと祝福の言葉を述べたのち、フィルヴィス・シャリアは、怒りと共に心境を口にした。

 

 

「話を戻しまして、名実ともに、全く問題ないではありませんか。おのれ。このような虚言の数々を流したのは、どこの有象無象だ。到底同胞とは考えられぬ卑劣な所業だが、例え同胞だろうとも、容赦できぬ」

「まったくじゃ。フィルヴィス・シャリア、根源が露呈したならば、(わらわ)にも伝えよ。どうやらその者とは、“ハナシアイ”が必要じゃ」

「心得ました、ドライアド様」

 

 

 己を救ってくれた存在である上にリヴェリア・リヨス・アールヴの相方を貶され、歯ぎしりと共に怒りを示すフィルヴィス・シャリア。まだ人の身に戻っていない為か、一般の冒険者とはまた違った強い怒気が溢れている。

 リヴェリアの騎士として勝手をすることは無いだろうが、それでも、どこかの誰かのように「やりすぎてしまう」事は否定できない。実力と相まって、止められる者も数少ない。

 

 

「……ど、どうして……」

 

 

 なお真実は、まさに灯台下暗し。意図が異なるとはいえ、そんな噂話が広がった元凶は、意外と近くに居たりします。

 僅かばかりの弁明も出来ず、背を丸めつつ手で脇腹を抑えているフードを被ったエルフなど、中々に怪しくありませんでしょうか。声を掛けたならば、きっと上ずった口調の返答が行われることだろう。

 

 「己の言葉選びに非があったとしても、これは、やりすぎではないか」と心の中で嘆くも、「やりすぎてしまう」が口癖の己に対するカウンターに他ならない。ともかく、八方ふさがりになってしまった現状だ。

 

 敵にとっては最大限の脅威となる一方で、味方に胃酸過多のデバフを振りまく自称一般人(変な奴)。状況はどうあれ、そんなシチュエーションが揺らぐ事はないらしい。



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252話 穢れ退治

 

 とある女神やエルフの祈りも空しく、天へと届く事は無い。そもそもにおいて子供達が神に祈ったところで報われないというのに、神が祈ったところで何かが起こるはずもない。

 そんな女神の横の地帯からは、選ばれし精鋭たちが人造迷宮(クノッソス)へと突入する。様々な情報より、途中までは概ね一本道であることも判明していた。

 

 

 最初の内は、行く手を阻むトラップの数々に苦戦した。今のままでは、侵攻の計画に支障が生じる――――と考えたフィンだが、そもそも今となっては計画自体があってないようなモノだと気が付いた。

 とはいえ、以前にロキ・ファミリアが単独で突入した功績は存分に活かされている。傍から見たならばゴリ押しと捉えるかもしれないが、少なくともドライアド以外の者は、ロキ・ファミリアが得た情報を活用しているのだ。

 

 結果として、以前にロキ・ファミリアが突入した区域については概ね順調に進んだものの、“迷宮”と呼ばれるだけの防衛能力は各階層に備えている。総数すらも想像がつかず、規模もまた同様だ。

 行く手を阻む要素の代表を示すならば、落とし穴、落下する格子、突如として現れるモンスター、あからさまに怪しい宝箱。規模やタイミングも疎らに備えられており、セオリーらしいセオリーも見つからない。

 

 

 しかしそれも、まさに最初だけに限ること。新たな階層を一つ突破したのちに、明らかな変化が訪れた。

 

 

「あ、そこにも罠があるんですか?」

「ああ。気を付けるんだよ、ベル」

「はい!」

「よく勘づくな、“静寂”」

「お前も幾つかは気付いているだろう、“九魔姫(ナインヘル)”。罠の数は多いが、到底、応用と呼ぶには程遠い。そして確かに入り組んでこそいるが、これが迷宮とは興覚めだ」

 

 

 この人造迷宮(クノッソス)を創りあげてきた者達は、確かに“迷宮を作ること”に関しては長けているだろう。並の冒険者、言い方を変えれば“一般基準”をぶつけたとしても、僅かに揺るぐことはない。

 

 しかしぶつけるソレが、“ぶっ壊れ”基準だったならば、どうだろうか。人造迷宮(クノッソス)を創りあげてきた者達も、ある程度の“規格外”を想定しているかもしれないが、度が過ぎる存在となれば話が変わる。

 “才能の化身”という言い方を変えれば、“学習能力に優れる”と呼ぶべきか。アルフィアが持ち得る強大な“センス”は、現段階において人造迷宮(クノッソス)に張り巡らされたトラップの数々を看破している。

 

 

「“九魔姫(ナインヘル)”。お前の相方こそ、この手となればどうなのだ」

「庭の草でも毟る気軽さで進むだろう。最硬金属(オリハルコン)の格子だろうが、片手間で叩き壊していたぞ」

「……」

 

 

 なお、“真のぶっ壊れ”となれば、得意不得意だとか適性などよりも前の段階の話となる。相方自慢で口元を釣り上げるリヴェリアだが、彼の事となると王族の仮面が取れかけるのはご愛嬌だ。

 自慢となるかもしれないが、残念ながら、世間一般からズレていることを広めているだけに過ぎない模様。痘痕(あばた)に該当するかは捉え方によるだろうが、それが(えくぼ)に見えるとは、よく言ったものだ。

 

 ついでに言えば、一般世間からズレている人物がもう一人。今現在において“新しい魔杖”を装備して、ジャガ丸に乗りながら敵を蹴散らしている、リリルカ・アーデその人だ。

 

 

「ベル様の道は切り開きますよー!さぁ、死にたい奴からかかってこいですー!」

■■■(ヒャッハー!)

「リリ、何かが乗り移った……?」

 

 

 普段より活発である一方、どこか大人びた知性的な性格。小さな見た目の愛嬌と反する“ギャップ”は、それだけで多数の男を虜にすることだろう。

 そんな普段の彼女は、どこか遠くへ行ってしまったらしい。魔剣ならぬ魔杖を振り回してポーションをがぶ飲みしつつ、レベル3時代のレフィーヤに迫るかという魔法を連発する姿は、周囲をドン引きさせるには十分だ。

 

 

「ジャガ丸、次はあちらですよ!緑の肉を焼き払います!」

■■■(オブツダ)ー!』

「あ、なんだジャガ丸かぁ」

「……ベル。そんな結論で、いいの?」

「すっごく強いからヨシ!」

 

 

 どうやら、ジャガ丸が乗り移ったという結論に達したらしい現場(ベル)。取りこぼしについてはジャガ丸が許すことなく消毒しており、後ろへと流れることなど無いに等しい。

 更にはベルの観察眼では、チャージ能力とも言うべきか、リリルカが込めている魔力によって威力が僅かに変動しているとの事だ。こればかりはリリルカ本人も気付いていない程度の誤差であり、逆に言えば、彼女の魔力制御が優秀である証明だろう。

 

 

 ともあれ繰り広げられるは、“攻撃は最大の防御”を体現した戦闘内容。相手からの遠距離攻撃について、大半は発射前にリリルカの魔杖から放たれる魔法の一撃が消し去っており、残りについても“当たらなければどうということはない”状態。

 機動性については、リリルカが騎乗中の為に加減しているとはいえ、それでも並の冒険者では視界に入れる事すら難しい。今のジャガ丸の機動力と敏捷性は、第一級冒険者でも相当に苦労をする程なのだ。

 

 

 が、しかし。どうやら、僅かながらにデメリットがあるらしい。

 

 

「うっぷ……は、張り切りすぎたみたいです……」

■■■(ヒャッハー)……』

 

 

 そんなリリルカ無双も暫く続いたが、どうやら魔力酔いよりも先に物理的に酔ったらしい。暫く休憩すれば戦力として復活すると判断する一方で、前々から気にしていたリリルカに対して輝いた眼を向けている勇者フィン・ディムナ。

 何かを察知して激情を発するアマゾネス姉など、戦場とは、どこで生じるか分からない。後方の仕事は後方に任せる事にして見なかった事にしたガレスやティオナとベートだが、こちらについても平常心とは言えない状況だ。

 

 何せ、世間一般では“力なし”の印を押されているパルゥム、それも僅かレベル2である者が、無双と呼べる先の活躍を披露して見せたのだ。物理的に酔いさえしなければどこまで進んだのかと考える一方、戦う事しか能がない――――もとい、己の戦いにプライドが高い者達は、自然と自身との比較をしてしまう。

 どのようなエンチャントが施された杖であるか知る者は居ないが、どうあれ“結果”は素人からしても明白だ。思いもよらぬパルゥムの活躍は、数日もすればオラリオに轟いている事だろう。

 

 

「交代じゃ、分かっとるなベート!」

「うるせえぞジジイ!後れを取るなよ!!」

「それはテメェの事だぞクソ犬!」

「んだとこのバカ猫!?」

「私も混ざるよー!」

 

 

 先の光景は、まるで物語の勇者の如く。口の良し悪しはさておき、己には、あのような振る舞いはできないだろうか?

 大半の凡夫のように、ただ後ろで、羨ましく見ていることしか叶わないか。ただ諦め、無理と決めつけることしか出来ないだろうか。

 

 否。例え得物が違えども、絶対に負けられない。

 

 後先を考えず、裏を返せば心の奥底では味方のヒーラーとサポーターを信頼しているからこそ、交代した者達は殲滅の結果を優先して飛び出した。残存する敵を、味方の誰よりも多く倒すと意気込みながら、戦士たちは戦場を疾走する。

 先程までの圧倒的な広範囲な火力こそないものの、手数については数倍に上っている。殲滅速度は負けず劣らず、無論、後方からの援護射撃も有している為に憂いは無い。

 

 

「援護するぞ、“ウィン・フィンブルヴェトル”!」

「続きますリヴェリア様!“ウィン・フィンブルヴェトル”!!」

 

 

 後方より放たれる援護の一撃は、直線上の敵を氷漬けにする。直後に砕け散る様相は、造りだけに目を向ければ美しい人造迷宮(クノッソス)と相まって絢爛さを見せる程。

 砕け散るは、果たして誰の野望か夢か。互いの“正義”の衝突は、未だ収まる気配を見せていない。

 

 

「敵の増援、前方!」

「リヴェリア様、ここは私達が!」

「行け!ガレス達は交代だ、一息を入れろ!」

「おう、任せるぞ!」

「出るよ、アイズ!」

「うん!」

 

 

 ガレス達と交代で飛び出すは、統率の取れたエルフの部隊。無駄はなけれどゴリ押しだった先とは打って変わって技巧を中心とした戦いに切り替わり、見る者の視線を引き付ける。

 絶対的な力では劣るだろう、しかし技でもって同等に立ち向かう姿に見惚れぬ者などいなかった。力で劣る者は焦がれ、力で勝る者は、己の糧にせんと注視する。

 

 

「……大きくなったな、ベル」

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインと共に前線で剣を振るう、一人の背中。もはや甥っ子と侮ることはできない確かな実力は、静寂の二つ名を持つアルフィアだからこそ、ひしひしと感じ取れる。

 レベル5への到達とは冗談であり、皆が口裏を合わせているのではと疑った。しかしもう、疑いの余地など欠片もない。彼女から見たベル・クラネルは、間違いなく第一級の冒険者だ。

 

 初見では、不思議な武器を使っているように見受けられる。折れてしまったヘスティア・ナイフの後続として、ベル専属の鍛冶師であるヴェルフ・クロッゾが造り上げた正当進化版。

 何か一つの技能に特化させるわけでもなく、新たに何かを付与するわけでもない。それがベルにとって最も良い武器だろうと結論に達したタカヒロやヴェルフの考えは正解であり、ヴェルフから手渡す際に、兎のお目目がキラキラとなった為に約一名の神を戦闘不能に持って行った経歴(歴史)が語られる事は無いだろう。

 

 

 ともあれ武器については、リリルカ・アーデが振るっていた杖の方が圧倒的に異端と結論付けたアルフィア。しかし関心はそちらではなく、ベルが見せている技術力の高さに向けられている。

 それを授けたのは、一体誰か。察しの良い彼女の脳裏に一人の男が思い浮かぶも、それだけと言い切ることも(はばか)られた。

 

 

 つい先ほど目にした、ガレス・ランドロックやベート・ローガの戦い方。数多ある書籍の中から、本当に己に役立つ一冊を見つけるかのような僅かながらも、面影となって感じ取れる。

 

 

 そもそもにおいて、何故“九魔姫(ナインヘル)”とヘスティア・ファミリアのヒューマンが知り合ったのか。オラリオに向けた岐路の最中に“九魔姫(ナインヘル)”に聞いてみれば、ヘスティアとロキ・ファミリアの交流が大きく深い事を知らされた。

 ゼウス、ヘラ・ファミリアが台頭していた次代にはなかった、ファミリアとしての確かな交流。もう少し踏み込めば、育ててきた技術の交流も行われたことだろう。

 

 

「―――――心配は、杞憂だったか」

 

 

 斬撃に消された声が、誰の耳に届くことはない。眼前で踊るように戦う、ベルとアイズのコンビネーションもまた、異なるファミリアにおいて交流が深い証拠の一つだ。

 それに匹敵する程でこそなけれど、ロキ・ファミリア、フレイヤ・ファミリアをはじめ、場に居る全ての者が皆同じ。今までは“他のファミリアと共闘する”とまではいかずとも“交流”と呼ばれるレベルを含め、コミュニケーションの一切がなかったからこそ、真横で目にしたならば、新たに感じ取る“気付き”が多くなる。

 

 

 その様な道中。オラリオに迫る危機から目を逸らすとすれば、もう少しだけ浸りたかった時間は過ぎ去る事となる。

 迎えた岐路は、事前の資料においては、アルフィアとドライアドの二名だけが別方向へと進む場所。今生でこそないものの、ここで一度、別々の道を進む事となる。

 

 

「ベル、ここで一度お別れだ」

「はい、お義母さん。無事に戻って、また、地上で一緒に暮らしましょうね!」

 

 

 思わずして、アルフィアに強力なバフが掛かったようです。比喩表現を抜きにして「何よりも強い」と言われる“おかあさんパワー”を前にしては、穢れた精霊の分身程度が迎える未来は明白だ。

 なお、「ズルい」と言わんばかりに地上でハンカチを噛み締めつつ赤い線を作っている女神は平常運転。尊さと嫉妬、相反する二つの感情を制御する事は、どうやら神でも難しいらしい。

 

 記念すべきかは不明ながら、地上における被ダメージ(犠牲者)の第一号。胃をやられた善神については、戦闘開始前の事である為に、残念ながらノーカウントだ。

 

 

 ともあれ一行は、最大級の戦力を温存しながら確実に歩みを進めている。そしてとうとう、目的の大部屋へと辿り着いた。

 一部で緑色の肉壁が蠢く、不気味な部屋。そこに存在する穢れた精霊の分身を前に、ロキ・ファミリアのメンバーの表情が強張った。

 

 

「――――オレが、出よう」

 

 

 一度の素振りと共に空気を切り裂き、オラリオにおける猛者(王者)は静かに歩み出る。視線の先にある穢れた精霊という存在を目にするのは初めてながらも、抱く考えは、少し別の所に存在している。

 

 

 ――――あの者ならば、片手間で倒すのだろうか。否、片手間の時間すらも要らぬだろう。

 

 

 足元へと届くまでに――――足元が見えるまでに、どれほど荒れた険しい道を歩むだろうか。その道の上には、幾たびの大きな絶望と苦悩が待っているだろうか。

 

 思い耽るだけで、星々を仰ぐ己の姿が浮かんでくる。かつて示してくれた戦い方の全てを己の糧とすることは出来ないが、まるで夜空の様に、幾つもの可能性を見ているかのようだ。

 “光年”などという言葉を言われたとしても、意味など欠片も分からない。それでも、あの星々の元へと辿り着くよりもに困難である事は、今更語るまでもない事だ。

 

 

 抱く志は、先の道中で目にした、己の背を追う者達と同じ。この程度の敵を前に、絶対に負けられない。

 

 

 

 

 結果から記述を行うならば、オッタルの圧倒的勝利として飾られるだろう。太古より語られる物語の如く、力技の連打という数多の爆発。

 その中に隠れ瞬くような、確かな技巧に気付く者は僅かだろう。だとしても、その背中に惹かれる者は、冒険者ならば数知れず。

 

 オラリオを拠点とする冒険者、その頂点が魅せた英雄の背中だ。約一年前、雨風に晒された志は、研がれた刃の如き輝きを見せている。

 

 

 ともかく、他の状況こそ共有できていないが、これで一体。そして一行は通路を進み、二体目の地点へと到着した。

 

 

『アリア、アリア!!』

「っ!?」

「アイズ!」

 

 

 分身といえど、個体によって詳細な性格は異なるのだろう。此度の個体は、アイズを目にするや否や、触手と呼べるツタ状のものを伸ばしてきた。

 狙いは明白、生死は不明だがアイズの身体を捕らえること。すぐさま防御態勢に入るアイズと護衛の為に武器を構えるベルであったが、戦いが始まる前に、更に予想していない出来事が発生した。

 

 

■■■■■(テメェどこ中だ)?』

『アリ、エッ?』

 

 

 皆が直後に耳にしたのは、スパーンという類の音と、宙を舞う穢れた精霊の分身、その首から上。ジャガ丸の姿が消えていた事に皆が気付いたのは、数秒後の次の段階だ。

 テイムされたとはいえ、元々はダンジョンの白血球だった存在ジャガーノート。故に“穢れた精霊”などという存在は認知しておらず、加えて飼い主ベル・クラネルと仲が良い上に、結構な頻度で遊んでくれるアイズ・ヴァレンシュタインに危害を加える“不逞の輩”など欠片も許す筈が無い。

 

 

 なお、初めての戦闘を目にしたフレイヤ・ファミリアと一般冒険者の面々は怯え固まってしまっている。直前までオッタルという“強者”の戦いを目にしていたからこそ、ジャガ丸の言葉は分からずとも、オラリオ最強冒険者との差を分かりやすく比較できる為に無理もない。

 オッタルが魅せた背中、第一級冒険者としてのカッコヨサ。サッカーで例えるならば、一試合で同じ者が三度のゴールを決める“ハットトリック”に匹敵する活躍と輝きだった事だろう。

 

 

 そんな活躍を、キーパーごとぶち抜くかのような、たった一発の強烈なロングシュートで上書きしてしまったジャガ丸という異端の存在。誰が目にしても“絶対に止められない”と分かってしまう一撃は、シュートを放った者に悪気が無いために怒る対象にもなりはしない。

 案の定、戻ってきた際に目にした“固まる冒険者の面々”に対して、可愛らしく首をかしげる程。ジャガ丸からしても、更に訳の分からない存在を知っている為に、この程度では何とも思う事は無いようだ。

 

 

 

 真の一般人からすれば、訳の分からない具合は、ドライアドとアルフィアも同じこと。さも当然かのように片手間で四体を討伐しており、一方でディオニュソスの姿を発見できなかった各々は、深追いは悪手と判断して、再び人造迷宮(クノッソス)の入口へと集う事となる。




原作オッタルが蹂躙ならば、この世界線のジャガとか絶好調アルフィアは……


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253話 ぐだぐだワチャワチャ

 

 穢れた精霊の分身、その全6体を討伐した侵入者一行。“迷宮なんてなかった”かの如きスムーズさで合流したグループの行動を第三者が目にしたならば、攻略ではなく蹂躙と表現するはずだ。

 一行は多種多様な集まりの集合体である為に、自然とそれぞれのグループの頭が存在している。彼等は「次に」と言わんばかりに地図を見下ろし、最大の目標を確認し合った。

 

 

「最後は“ニーズホッグ”、地図にも載っていない隠し部屋です!」

「となると、ベル様の出番ですね」

「はは……」

 

 

 苦笑するフィンは、かつて裏で手をまわした強制ミッションを思い返す。明確な理由は聞いていないが、「ベル君ならば容易い」という、どこかの誰かが口にした感想の言葉は耳と脳裏にこびりついている。

 

 となれば、脳裏に浮かぶ答えは一つ。今回の調査もまた、彼が活躍して解決するだろうと――――

 

 

■■(あっち)

「ジャガ、丸……!?」

「フィンさん、どうしました?」

 

 

 知将フィン・ディムナ、想定の外から精神(こころ)に一撃を貰ってしまう。ベル・クラネルの追撃(スットボケ)も綺麗に決まり、追い打ちとなって届いていた。

 階層に居る他のモンスターを検知できる存在、ジャガ丸。無論、そこへと辿り着く“道筋”も同様だ。ダンジョンにてアステリオスを見つけ出すことができたのも、この能力を有していたからこそに他ならない。

 

 

 こうしてアッサリと、隠し扉の下へと辿り着いた一行。とはいえそこは、レンガで閉ざされた壁である。物は試しにとオッタルが攻撃してみるも、がわこそレンガだが本体は最硬金属(オリハルコン)であった為に手詰まりだ。

 ここからは幸運(チート)持ち兼、飼い主であるベルの出番。少し顎に手を当てて悩むような動作を見せると、「多分ここ!」という動作で、最硬金属(オリハルコン)の一部に体重をかけた。

 

 

「やった、正解!」

「す、すげぇッス……」

 

 

 数々の不安と、なぜかベル・クラネルに対する数名の心配を膨らませるかのように扉が開く。伝説に記された過去、その書物を読むように開いた先には巨大な空間が備わっていた。

 広さとしては、正規のダンジョンの18階層に匹敵するかどうか。それについても驚愕に値するとはいえ、その中心の少し奥に鎮座していたデカブツが目に飛び込み――――

 

 

「黒い、竜っ!?」

「そんな……!」

 

 

 アリシアとレフィーヤが、見開いた目と共に驚愕の声を口にする。それは、場に居るほぼ全ての人物を代表した表現そのもの。

 しかし当然、それとは異なる感想を抱く者も存在する。アイズ・ヴァレンシュタインもその中の一人であり、知っているが故の事実を口にした。

 

 

「でも。“黒竜”じゃ、ない!」

 

 

 何故、そのように言い切れるのか。そんな問いを浮かべる余裕がある者はどこにもおらず、事前の情報こそ得ていたものの、いざ絶望の情景と対峙したならば言葉を失う。

 

 穢れた精霊の詠唱が完了しなかった事、更には詠唱開始から早急に討伐されたことにより、オラリオを消し飛ばす程の大魔法が生成されることはなかった。

 しかし、穢れた精霊の分身が寄生した、このニーズホッグ――――モドキとなれば話は違う。寄生されずとも六体の大精霊と渡り合う実力を持つ存在に、輪をかけてブーストがかかっている存在だ。

 

 未知の総力戦となった味方陣営だが、目の前のアレの未知数はそれすらをも上回る事など冒険者ならば誰しもが感じる事。穢れた精霊のざわめきを残し、場が静寂に包まれた。

 

 

 そして、もう一つ。そんな空間を縦横無尽に跳ねまわってヘイトを稼ぐかのように、ベル・クラネルの言葉が通り抜ける事となる。

 

 

「まーた何か変なのがくっついてる……」

■■、■■■(ペッ、しなさい)!』

「ベル……」

 

 

 モンスターに寄生し、花弁が開くように能力を開花させる、汚れた精霊の分身。驚愕と絶望に包まれる周囲を他所に「変なの」呼ばわりしてしまうメンタルの強さに対し、アイズは思わず名を呟いてしまった。

 ジャガ丸の声についても理解はできていないが、きっとロクな事を言っていないのだろうと正解を察している。寄生されている“ニーズホッグもどき”からすれば、“ペッ”する事ができるならば実施しているだろう。

 

 

 普段いかなる敵と対峙しても呑気な者が居ないからとて、そんな師の役割までを引き継ぐ必要などどこにもない。背中を追いかけている中で単に染まってしまったか否かについては、知る者は本人だけだろう。

 

 傍から見れば、その様に見えるだろう。しかし事実は異なり、感想こそ先のような文章なれど、ベル・クラネルは、今までの経験から一つの事実を見抜いていた。

 約半年前、59階層で対峙した“穢れた精霊の分身”。それが寄生していたのは、間違いなく超深層――――と思い、「あ、そこまで深くないや、60階層ぐらいかー」と、やはり呑気な考えに変わっている。

 

 ともあれ、その時の戦闘経験を忘れるはずもない。己のスキルによるチャージこそ限界まで行ったとはいえ、それでもレベル2だった当時の自分は、相手の触手を切り落としたのだ。

 それまでに行われたロキ・ファミリアの攻撃も、決定打こそなかったものの、与ダメージがゼロだったワケではない。つまるところ、“穢れた精霊の分身”が寄生したために戦闘能力は上がるかもしれないが、防御、言うなれば“硬さ”については大きく変化がないのだと見抜いている。

 

 

「あっ」

「レヴィスさん?」

 

 

 そして、別のもう一人。人造迷宮(クノッソス)を攻略している者の中に、このニーズホッグらしき存在の出所を知っている者が居た。

 

 

「思い出した、あの時の幼体か。10年程前にダンジョンの超深層で、エニュオに言われて捕まえたモノだ」

「うぉい!!」

「忘れていたのか……」

「10年も前だ、仕方ないだろう」

 

 

 いつもの無表情と淡々とした声で、過去を思い出した一般人レヴィス。横にいたベートから思わず特大のツッコミが入るも、過去を掘り返したところで何かが始まることもない。

 

 

「レヴィスさん、師匠には秘密ですよ。ダンジョンを探し回って、成体になるまで育成してから討伐しかねません」

「ベル・クラネル、未来予知を行うのは止せ」

「ありえる、かも」

■■(養殖)?」

「……」

 

 

 過去に意味がなければ未来を――――という考えは、絶対に間違っている。疑似父親の考えが分かってしまうベルの言葉にツッコミを入れるロキ・ファミリアの疑似母子に物言いたげな視線を飛ばすレヴィスだが、下手をすれば怪人の時のように超深層を周回させられかねない事を察して黙秘を決め込んだ。

 だからと言って、目の前の存在に対して親戚や友達の子供のように「大きくなったな」と喜ぶわけにもいかず、ならば、どのように討伐するかが焦点だ。かつて大精霊が束となって掛かった存在と同族と言われるだけに、並大抵の攻撃では通じない可能性が非常に高い。

 

 

「伝記を考慮すると、打撃での有効打は希望薄。だからと言って、斬る事も難しそうですね……」

■■■(ワギリ)■■■(センギリ)?』

「ベル、アレを挽き肉にすれば良いのだろう?」

■■■(ハンバーグ)!』

 

 

 食べたところで美味なのか、そもそもにおいてモンスターの肉として残る事があるのだろうか。過去を遡れば、そんな肉を食していた特殊な人物も居たとはいえ、珍味か否かの真相は依然として闇の中だ。

 ともあれ、こうして“緊張”の空気は和らいだ。幾らか物申したげな者こそおれど、この空気を元に戻すべきではないとツッコミに回らず口を閉ざしている。

 

 

「倒す事について間違ってはいませんが、当初の想定を超えています。ここは侮らず、黒竜と同等と捉えましょう」

「ふむ、違いない」

「ベル様。とはいえ、並大抵の攻撃では厳しいかと」

「うーん、そうなんですよね。とにかく想定以上で骨が折れそうです、となると、やはり――――」

 

 

 伝記に出てくる“英雄”となれば、大抵が“規格外の一撃”を有している。それが剣技であれ純粋な魔法であれ、戦力差や戦いの優越を覆す程の一撃である点が共通だろう。

 しかしベル・クラネルを筆頭に、そんな都合のいいモノを持ち合わせていなかった。純粋な力技となれば、この場においてはレベル10であるレヴィスですらニーズホッグには及ばないとの事であり、選択肢からは除外される。

 

 魔法となればアルフィア、リヴェリアやレフィーヤの出番となるが、相手に寄生している“穢れた精霊”が厄介な存在だ。詠唱勝負で比べたならば勝機は薄く、お得意の触手を展開されようものならば攻撃が届く前に減衰してしまう。

 

 

 ドライアドについても、ニーズホッグそのものが“黒いモンスター”の為に、残念ながら既に戦力外通告だ。彼女も「精霊では損傷を与えられない」程度の旨を口にしており、結論としては“物は試し”として魔法による一撃となったが、問題はやはり、誰が火力を担当するかという所だろう。

 着火すべきポイントは二つ。ニーズホッグ本体と、それに寄生している穢れた精霊から湧き出てくるだろう雑魚についてを、同時に処理する必要がある。

 

 今までのニーズホッグに関する情報を信じるならば、これはニーズホッグと“同類”であるだけで“同じ”ではない。よくよく考えれば、伝記と同じ大きさとなれば、地上の誰にも気づかれることなく運び入れる事など不可能だ。

 そして現在は、誰の影響下にもないモンスター。言い換えるならば、“やせい の モンスター が とびだしてきた !”状況であり――――

 

 

「よし。行けっ、ジャガ丸!」

『ジャッガー!』

「!?」

「ジャガ丸!?」

 

 

 思ってもいなかったジャガ丸の声を耳にして驚くアイズと、今は乗っていないものの騎乗者リリルカ。何やら“作品タイトルを明記してはマズい事態になる”展開となったが、この真相を知るのは神々ぐらいのモノだろう。

 

 ともあれ、二つ考えられる着火点のうち、後者についてはジャガ丸が最適だろう。そう思うベル・クラネルだが、本当にそれでいいのかと、ふとした懸念が頭をよぎる。

 

 

 穢れた精霊本体への攻撃は確定しており、オラリオにおける冒険者の魔導士を火力順にソートした際、ナンバー1-2-3を誇る大魔導士による魔法の一撃。各々が誇る特大の一撃でもって、穢れた精霊の存在を文字通り“消し飛ばす”。

 

 

 シンプルにして、最も成功率が高い作戦。この戦いが語り継がれることになれば英雄禄の一端に載るだろうが、神話に登場する英雄の一撃とは、このように、大がかりなモノと相場が決まっている。

 今この場における、最も強力な魔法戦闘力の集合体。逆に言えば、これでダメならば諦める外に道がない。

 

 とはいえ言わずもがな、そう易々と魔法を放つことはできないだろう。妨害の為の反撃も予測され、それが穢れた精霊の分身から繰り出されたならば、第一級冒険者の盾職でなければ防ぐことも難しい。最も適任と思われる約一名が居ない事を嘆く冒険者も幾らか居たが、居ない者のことをアレコレ言った所で始まらない。

 よしんば本体による攻撃が生じずとも、かつての59階層の時のように、イモムシなどによる妨害は予測できる。此方についても、質の高い迎撃の態勢が必要だ。

 

 魔導士による攻撃も命中を前提とした考えであり、ならば、バックアップとなる攻撃は誰が適任か。勿論ながら、最低でもレフィーヤに匹敵する火力は必要となるだろう。

 更なる理想としては、“周囲が明らかに護っている”対象となる三名の魔導士の影に隠れて準備を行える事。この条件に加え、更に奇襲と呼べる一撃を有しているとなれば対象は只一人と判断し、そして己の判断を信じたベル・クラネルは、該当する人物に素早く端的な指示を飛ばす。

 

 

「リリ!詠唱が始まったら魔杖に魔力を込め続けて!多分それ、チャージできる!」

「っ、やってみましょう!」

 

 

 最初の戦闘、酔いが回る少し前にベル・クラネルが気付いたこと。そして新しい魔杖の製作に己の師が関わっている事は、事前の情報で知っていた。

 ヴェルフ・クロッゾ、タカヒロ、そしてヘファイストス。この三名が関わって造り上げられた、ヘスティアからすれば“造られてしまった”、魔剣のロジックを用いた新しい魔杖。

 

 

 ならば、常識的に考えて。本当の一般常識を基準としてマトモな得物に仕上がることなど、絶対に在り得ない。

 それこそ、新規登録された冒険者が1年でレベル5に達する事よりも遥かに斜め上を行く“ぶっ壊れ”。最悪、リリルカの一撃で人造迷宮(クノッソス)が崩壊しても不思議ではない。

 

 

 己の師が関わるとは“そういう事”なのだと、ベル・クラネルは真髄を理解してしまう。地上への被害が生じたならば主神ヘスティアに迷惑を掛けてしまうかもしれないが、今回は心の中で詫びて目を瞑ることにした。

 なお悲しいかな、今までの分は認知されていない。そして真実としてはヘファイストスのウェイトが6割ほどを占めているにも関わらずタカヒロが原因とされてしまっているが、これについてはコラテラルダメージの一部だろう。

 

 そんな人物を誉めているのか貶しているのかベルの心境は、聞き手や受け取り手によって印象は変わるだろう。誰が悪いかとなれば、そもそもにおいて先のような結論に達してしまう“日頃の行い”を見せていた張本人だ。

 そしてリリルカも、新しい魔杖の効能について全てを把握していないものの、ベルを信じ切っているからこそ疑う余地を見せる事は無い。相変わらずポーションを流し込みながらであるものの、絶対的な魔力量が少なく詠唱が不要の為に問題はない。

 

 なお、所有者本人のリリルカがチャージ機能を知らないのも当然だ。改良型の魔杖については自称一般人とヘファイストスがヴェルフに対して入れ知恵を行っており、貶すワケではないが、ヴェルフですらも気付いていない性能の一部なのだ。

 ちょっとした魔力消費でもって、通路で見せた威力となる。ならばチャージしたらどうなるかと、全員の期待がリリルカ・アーデに向けられた。

 

 

 当たり前だが、魔杖から放たれるのはリリルカの魔法ではない為に、ベルやリヴェリアなどが所持することでも性能を発揮できる“装備”である。全員が「リリルカしかできない」と思い込んでしまったのは、どこかの誰かが持ち得る特出した装備の影響だろう。

 とはいえ、魔杖という装備に対する練度について、最も高いのはリリルカだ。そういった意味では、やはりリリルカが扱う事が最適な回答と言えるかもしれない。

 

 

 ともあれ、ここに役職は割り振られた。残るは、各々が最適な仕事を行えるよう連携して実践するだけなのだが――――

 

 

「リヴェリア、レフィーヤ。私とベルが、護るから」

「頼んだぞ、アイズ」

「お願いします、アイズさん!」

「あの、僕は?」

「アイズさんの邪魔をしないでくださいよね!!」

「ええっ……」

 

 

 相変わらずベル・クラネル相手となればアタリがキツいレフィーヤはさておき、すぐさま詠唱へと入る為にベルの名を省略してしまったリヴェリア。内心では“すまない”と思いつつも、どうやら状況が許さない。

 ベルの名を呼ばなかった事でアルフィアと、エルフ陣営との間で睨み合いが勃発し、ドライアドが仲介に入るという始末。無論ながら地上の避難地点では“()の女神”がプンスカ状態であり、此方もロキが止めている有様だ。仕舞には「私も現地へ行く!」などと言い出しており、周囲の全てを魅了(制圧)してでも向かうかのような無駄な気迫を披露している惨状となっている。

 

 

「んな事してみぃ!邪魔になる事ぐらい分かるやろ、それこそベル・クラネルに嫌われてまうで!!」

「っ――――!」

 

 

 最後には、ロキが口にしたこの一言で決着がついたようだ。頬を膨らませつつも納得しかねる表情を消せないフレイヤだが、ロキが口にした結末など望んでいない。

 そして人造迷宮(クノッソス)の現地においても、最適な者が仲介に入る事となる。此方も此方でヒートアップしていたが、どうやら収まりを見せるようだ。

 

 

「アルフィアお義母さん、争ってる場合じゃないですよ!」

「そ、そうだな。すまなかった、ベル」

「少年の口にする通りじゃ。エルフの者共、己の責務を全うせい」

「申し訳ございません。一同、行うべき趣旨を見失っておりました。痛恨の極みでございます」

 

 

 代表者であるリヴェリアに、それも詠唱を中断させて詫びの言葉を出させてしまった。心身ともに猛省するエルフ達が、間違いを起こす事は二度とないだろう。

 アルフィアについても同様であり、可愛い可愛いベル・クラネルに言われては、借りてきた猫のように大人しい。こちらについても、二回目の騒動は無いはずだ。

 

 

 ここ一番という時なれど大なり小なりグダグダとしてしまうのは、冒険者と呼ばれる彼らの“勤め”か、あるいは呪いのようなものか。それでも何とか収まりは見えており、表情を整えた冒険者達は、オラリオという街における過去最大の脅威と向き合った。

 



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254話 前哨戦

 

 対峙した勢力に動きがみられるまで、そう長い時間は要さない。具体的な動きを見せるという意味では、先に動いたのは穢れた精霊だ。

 まるで開幕の合図か、戦う為の武者震いか。突如として引き金が引かれたかのように穢れた精霊が咆哮を見せ、階層(フロア)一帯を包む緊張の強さが跳ね上がる。

 

 

 呑気な言葉で例えるならば、さながら“寝起き”というべきか、今のところは詠唱を行うつもりはないらしい。向こうが“その気”になる前に此方の準備を進めるべきだと、リヴェリアとレフィーヤは詠唱の開始を選択した。

 レフィーヤの魔法は、威力こそLv6時代のリヴェリアに匹敵するものの、詠唱には倍近くの時間を要する。その為に「先に始める」旨を口にしたレフィーヤだったが、その考えは否定されることとなった。

 

 

「いや。レフィーヤ、私もお前と同時に詠唱を開始する」

「えっ?」

 

 

 魔法と呼ばれる現象を生じさせる為に必要な現象を、一般的に“詠唱”と呼ぶ。一定の言葉と共に、魔力を練り上げて行われるその行為は、原理を論理的に見たならば“チャージ”のようにも捉えられるだろう。

 ともあれ詠唱の速度は、一定のセオリーこそあれど、魔導士ないし魔法を使う者によって、千差万別と言えるだろう。一方で、ロジカルな考えを適応できるのが攻撃魔法であり、その攻撃力を導き出す関係性となる。

 

 基本として攻撃魔法の威力とは、術者のレベルと魔力の数値、所持する武具の強さ、詠唱の永さ、詠唱に込めるマインド量、最後に術者の“適応力(センス)”を乗算したような結果となるのだ。最後の要素が無視できない程に影響してくるのだが、これについては魔法に限った話ではないだろう。

 詠唱時間についても永ければ永いほど良い事はなく、これについても“練度”が関わる項目となる。一般的に言われる“高速詠唱”ならば、質を維持しつつ大幅な時短も可能となるのだ。

 

 

 ――――り、リヴェリア様のお言葉に、異議を唱えるつもりはありませんが……。

 

 

 だからこそレフィーヤには、“ほぼ同時に詠唱を開始する”意味が分からない。例え“高速詠唱”と呼ばれる域とならずとも、リヴェリア・リヨス・アールヴの詠唱速度はオラリオにおいても非常に速いどころか頂点を争う程。

 一方のレフィーヤは、魔力一辺倒――――もとい、魔力の強さにこそ定評あれど、詠唱の速度や精度については“もう一声”が欲しい所。更にはリヴェリアが使う“レア・ラーヴァテイン”を放つ想定であり、詠唱時間の長さに拍車がかかる事だろう。

 

 通常ならば、“他者の魔法”を使う事など、できる筈がない。これは、レフィーヤが持つ“特殊な魔法”があるからこそ成せる業となる。

 その魔法の名を、“エルフ・リング”。エルフが使用する魔法に限定される制約こそあるものの、例え他者の魔法だろうとも、詠唱とその効果を完全把握していればレフィーヤ自身も使用できるという前代未聞のレア魔法。

 

 冒険者において、魔法と呼ばれるモノを習得することは容易ではない。そもそもにおいて冒険者となった際に発現する“魔法スロット”には限りがあり、どれだけ多いものでも上限は三つとなる。

 例外として、非常に希少で強力な魔導書(グリモア)などを用いる事で、強制的に魔法スロットを発現させたり魔法を習得させることも方法としては存在する。例外ついでに言えば、さも当然の如く魔法スロットが上限となっている兎についても常識の範囲外だ。

 

 

 そういった意味では、リヴェリア・リヨス・アールヴとレフィーヤ・ウィリディスの師弟コンビは“異端”と言える。前者については“一つの魔法”に対して“詠唱によって三種類の効能を発揮する”ことができ、後者に至っては、事実上“無限大”の数の魔法を使用する事ができるのだ。

 その為に、オラリオの外、一般世間的に“他所の国”と示すことができる“魔法大国”から目を付けられている危険因子も生じている。畏怖か怨嗟か嫉妬の何れか、少なくとも敬意の感情は含まれていないだろう。

 

 

 もっとも、何かのはずみで最初3つの感情を向けて具体的に“実行”してしまったら、どうなるか。ならば、どこかの一般人を筆頭に数多の勢力が加減なしで動くことは火を見るよりも明らかだ。

 微塵の加減も期待できない全面戦争(オハナシアイ)で直接的か、装備や素材を筆頭とした経済関連で間接的か。どちらにせよ、“魔法大国”の威厳は叩き落とされる事だろう。

 

 

「なに心配は要らん、“同時に成る”。さてドライアド様の御前だ、抜かることは許されんぞ!」

「は、はいいいい!!」

 

 

 そう言えばそうだったと、レフィーヤは、全てのエルフが崇める大精霊の存在を意識する。同時に詠唱を開始する意味に考えを向ける余裕など僅かにもなくなってしまい、彼女は表情を強く引き締めて“穢れた精霊”へと向き直った。

 

 

「お義母さんは、どんな魔法を使うんですか?」

「……」

 

 

 スリル満点のアトラクション、ギミック満載の有名なテーマパーク。そんな所へと訪れたかのような少年の発する呑気な声は、彼を意識してしまっていた彼女の耳へと届きやすかったのかもしれない。

 後ろから飛んでくる、知った(ベルの)声に注意を奪われることとなったエルフの少女。聞き耳を立てていたレフィーヤは、アルフィアと呼ばれた人物が使う魔法の概要を知ることとなる。

 

 

 アルフィアが持ち得る3つ目の魔法の名を、“ジェノス・アンジェラス”。自身の頭上に灰銀色の巨大な“鐘”を出現させ、咆哮に似た轟音でもって全てを滅する。

 効果範囲もまた絶大であり、数値で示すならば、泣く子も黙る“100メートル越え”。かつてこの技で、三大クエストの一角たる“海の覇王(リヴァイアサン)”にトドメを刺した、まさに“最終奥義”と表現して不足はない一撃だ。

 

 

「リヴァイアサンにトドメをさせるぐらいですよね!お義母さん、凄い!」

「フフフ、当然の……コホン」

 

 

 テンションが上がってしまいドヤ顔を披露したアルフィア。ものすごーく物言いたげな視線を向けるリヴェリアによって正気に戻ったものの、血流が増えたのか顔を背け手で仰いでいる。

 

 グダグダ、ワチャワチャとした空気の片鱗が残りつつあるものの、互いの衝突は目前だ。魔導士達の詠唱時間を稼ぐために、長期戦は目に見えている。

 となれば、今までゴリ押しで突撃を続けてきたような作戦は通じない。各々は相手の行動に注意を向けつつ、今更ながらも、現場指揮官を誰にするかを決めなければならない。

 

 先の空気の面影が残るとはいえ、長丁場を使う余裕はない。だからこそアルフィアは“正論”を用いて、真っ先に口を開いた。

 

 

「“勇者(ブレイバー)”。あの時、冒険者達の指揮を執っていただろう」

 

 

 あえて七年という尺度を用いずとも、アルフィアの言葉はフィンへと伝わっている。そしてフィンもまた、この場において謙遜を示す性格など持ち合わせてはいなかった。

 

 己にとっての戦う理由とは、何も現場でドンパチやり合うだけに留まらない。他種族と比べて身体能力に劣ることがセオリーならば、観察眼や頭脳戦にアドバンテージを有するのがパルゥムと呼ばれる種族である。

 

 

「それじゃ、僭越ながら。まずはガレス!」

「おうとも!59階層(あの時)のようにはやられんぞ!!」

 

 

 道中で、ある程度の考えを纏めていたのだろうか。フィンは素早く様々な口頭指示を行い、僅か一分で基本的な迎撃態勢を築き上げた。

 

 予測も選別も、まさに迅速かつ的確と呼べる域。極彩色の芋虫による武具破壊を極力防ぐための遠距離攻撃部隊に、穢れた精霊本体からの触手攻撃ないしは魔法攻撃にも対処できる布陣とする。

 回復については、ディアンケヒト・ファミリア団長アミッド・テアサナーレ、そしてフレイヤ・ファミリアの女神の黄金(ヴァナ・マルデル)ことヘイズ・ベルベットが率いる集団が一手に引き受けるという充実具合。後者については「ここでも酷使されるのか」とボヤきが見られる事から、普段の苦労が伺える。

 

 

 ともあれ、そこには今までのような、ファミリアと呼ばれる壁は無い。同じヒーラー職や数少ない弓兵、魔剣持ちなどの間でも役割がすぐさま決められ、理論上ながらも迎撃の用意は整えられた。

 この場に集う皆の目標は、ただ一つ。ならば各々が成すべき事もまた、共通の一つとなって団結する姿勢は、例え三大クエストのモンスターだろうとも、崩す事は難しい。

 

 

 そして。全てを率いる者の言葉でもって、戦いの火蓋が切られた

 

 

「最後の戦いを始める!総員、彼女達を護れ!!」

「エルフを護るなど容易い仕事じゃ!」

「喚く前に行動で示してみろ、生意気なドワーフ!」

 

 

 後衛より、絶対的な数こそ少ないが、一斉に矢が放たれる。まだ仕事のないサポーターの一部は魔剣を使用して遠距離攻撃に加わっており、初手の牽制と敵の絶対数を減らす意味では大きく貢献することとなる。

 

 

「派手なもんだ」

 

 

 弧を描き敵を穿つ軍の下を疾走する、第一級冒険者を筆頭とした近接攻撃部隊。誰かが呟いた一言に気負いは見られず、此方の集団も己の仕事を遂行することができるだろう。

 確かに、この規模の戦闘となれば経験はないかもしれない。特にフレイヤ・ファミリアのメンバーは、そもそも集団で戦う事そのものが稀となる。

 

 それでも、後れを取る事はありえない。“慣れていないから”などと言い訳が通用する世界ではない“ダンジョン”と呼ばれる環境で過ごし、オラリオの頂点一握りにまで上り詰めた者達の順応さは、誰しもが目を見張るものがある。

 普段のダンジョンとは少し異なる環境での、初めての経験。例えばフレイヤ・ファミリアの者達は、一丸となって敵を穿つ戦いを経験し。また二級三級の冒険者は、第一級冒険者が見せるゴリ押しや連携を(じか)に見て学び、必要に応じて今この場において取り入れる。

 

 皆が勝利を信じて疑わない一方で、今日の体験は、きっと忘れられないものとなるだろう。しかしどうやら、普段の“仲良し”さを隠せないコンビもいるらしい。

 

 

「どうしたクソ狼。自慢の脚が止まってるじゃねぇか、ああ?」

「うるせぇぞ馬鹿猫、無駄に体力使う場面じゃねぇだろうが。その程度で吠えてんじゃ、テメェの先も知れてるな」

「ああ!?寝言かテメェ、俺達前衛が暴れなくてどうすんだ!」

「それだけは同感だ」

 

 

 突然とやってきて口を挟みつつ手を出す、元赤髪のテイマー、レヴィス。闇派閥に対して個人的な恨みがある彼女は、前回の進行で単独暴れまわったのだが、どうやら未だに暴れ足りないらしい。

 自身が担当していた所はポッカリと穴が開いており、ノルマは既に達成している。どうやら暇を潰す感覚で隣のスペースへと出張しに来ているようだが、彼女の実力を考慮しても、随分と余裕が見られる。

 

 勿論、こうなった裏には理由がある。初手の一撃以降、遠距離攻撃の全てが、穢れた精霊の本体へと向けられているのだ。リヴェリアを上回る高速詠唱を持つとはいえ、無視できない火力で邪魔をされては対応が必要で、結果として詠唱が進まない。

 

 もしもこれがニーズホッグモドキだけだったならば、物理的なゴリ押しがメインとなって、冒険者側も対応に難儀した事だろう。ベル曰く「変なの」がくっついた影響で総合的な戦闘能力は底上げされたかもしれないが、メインウェポンとの相性は悪化したようだ。

 

 

 ともあれ。アレンとしては、犬猿の仲であるベートを挑発しても、何故か相手が乗ってこない。

 僅かにムッとした表情を見せるアレンの心境は、構ってほしい気持ちが根底か。そこをほじくり返すとヘイトが向くために実施する者は居ないのだが、行わずとも、今回はレヴィス、そして続けざまにオッタルがやってきた事で、ヘイトがそちらに向いてしまう。

 

 何せアレンという冒険者は、“自分より強い”ことをアピールしている行為を酷く嫌う。前回の鼻血騒動においては表に出る事はなかったが、どうやら今回は違うらしい。

 

 豹変する戦闘スタイルは、露骨に力任せな暴力へ。近頃は技巧の大切さを知ったオッタルは、普段の戦闘こそゴリ押しスタイルが基準であるものの、団長としての務めを果たすこととなる。

 普段ならば相手は耳にしようともしないだろうが、今回ばかりは話が別だ。実体験を交えて真実を知る者として、オッタルはアレンに釘を刺す。

 

 

「この程度で調子を乱しては、話にならん。今ここには居ないが……お前が“本物の盾”を相手にした時、正気で居られるかは見物だな」

「んだと!?ナメんじゃねぇぞ、“ナイト・オブ・ナイト”程度――――」

 

 

 はて。あの自称一般人に、そのような二つ名はあっただろうか。

 このような疑問が浮かんだレヴィスだが、「あの御仁ではない」というオッタルの言葉で否定される事となる。所々で互いに話がかみ合わず、レヴィスの次はアレンが疑問符を浮かべる事となった。

 

 雑魚と呼ばれる有象無象を相手する片手間で、オッタルから“ナイト・オブ・ナイト”に関する内容が簡潔に語られる。曰く現在レベル7以上であり、名前の通りディフェンシブな冒険者のようで、現在はオラリオの外に居るらしい。

 とはいえ実力は侮れず、レベル7時代のオッタルですら突破できない程の耐久性を秘めているとの事だ。反面、火力はそこまで高くないものの、前衛職としては非常に厄介な部類だろう。蛇足かつザックリとした比較としては、そこから火力に少し振って防御面を削ると、ロキ・ファミリアのガレス・ランドロックが出来上がる。

 

 どうやらオッタルの一件以降、フレイヤから「ヘスティア・ファミリア、特にベル・クラネルの周辺には手を出すな」との指示があったものの、具体的に何がどうなったかは知らされていないらしい。

 今現在のヘスティア・ファミリアのメンバーがオッタルの敗北を耳にしても、「仕方ない」という旨の言葉を口にするだろう。とはいえオッタルにもプライドはあり、フレイヤがそれを守ったどうかについては、まさに“神のみぞ知る”領域となる。

 

 

「今のオレにとって、ナイト・オブ・ナイトは直近の通過点でしかない。“あの者”も、自身を“道半ば”と称していたが……上には、まさに上がいるものだ」

「おい待てオッタル、なんだその化け物は。んな冒険者がどこに居んだよ」

 

 冒険者ではなく一般人だ。と口を挟みそうになったレヴィスだが、彼女もまた一般人扱いだった事を思い出して口を閉ざした。そもそもにおいて、論点のベクトルはそこではない。

 そして「アレが“化け物”という尺度で収まるのか?」と内心で疑念を持ったレヴィスだが、まさに化け物など可愛いモノだろう。仮に、あの自称一般人を化け物とするならば、目の前の黒い竜などペット程度――――

 

 

「……嗚呼なるほど。妙に覚えがあると思ったら、ジャガ丸か」

■■■(呼んだ)ー?』

 

 

 名を呼ばれた犬のように駆け寄る姿を目にすれば、「弛んでいる」と叱りを飛ばしたくなるだろう。現に、喋りながら仕事をしているようなモノなのだから仕方ない。

 しかし彼女たちの仕事の1割もできるかとなれば、首を縦に振れる者など片手で数える程度。できる者が偶に行う“息抜き”とは、できぬ者が行うソレとは許容の大きさが段違いだ。

 

 

 ともあれ、史上類を見ない規模の連携により、幾らかの負傷者は出れど防衛網は完璧だ。盤石と表現できる布陣の下、魔導士たちは必殺の詠唱を進めている。



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