しんあいなるギルドマスターへ (澪加 江)
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しんあいなるギルドマスターへ
光量を絞った照明の中でおれはひたすらペンを走らせる。電子末端の中の線は面を作り、画面内に像を作る。気に入らない線を消して、書き直して。
何度も何度も繰り返した作業に頭がぼうっとしてくる。
──ピロリン。
作業中の机から離れたところに置いてある通信用の末端から電子音が聞こえ、走らせていたペンを置いて、おれはメールを見た。
てっきりマネージャーからの催促だろうと開くと、件名にはかつてはまっていたゲームの名前と、その時にいたギルドの名前が書いてあった。差出人はギルドマスターからだった。
まだ彼は続けているんだ。
そう思うと、むくりと好奇心が首をもたげる。メールの内容は、ゲームのサービスが終了するから最後に集まってお話ししませんか、というものだった。ギルドマスターらしい親しみの込められた文章。
もう引退して随分と経つけれど、みんないるのかな? 楽しい思い出だけじゃ無かったけれど、少なくともおれはギルドマスターのことが好きだった。
上流階級の端くれに生まれたおれは、小学校で人生が詰んだ。
クラスに馴染めず、お友達を殴ったおれが言われたのはコミニケーション障害という病名だった。
何度も訓練をして、カウンセリングを受けて、人並みになろうとした。でも結局はあまり役にたやなかった。
人との距離がわからず、掴めず、今の仕事に就くまでなん回も仕事を変えた。
どれも最初は良いのだ。
でも、仕事に慣れだすと陰口を言われる。空気が読めなくて、強引で、ただの同僚なのに馴れ馴れしい。言い出したら、集中し出したら最後、止められても何を言われても無駄。
気がつくと首を言い渡されて、がっかりした両親の顔が見たくないと精一杯の寄り道をして家に帰る。そんなことを繰り返していた。
そんな現実の自分が嫌になった頃、目にしたのがこのユグドラシル の広告だ。小さな商談を話すために予約した店の、店内にある電子広告。
商談が纏まらず──どころか相手を怒らせてしまった──肩を落として残った飲み物を片付けていたおれの目に飛び込んできた。
人間だけじゃなくて色んなアバターになれる。
人間が嫌になっていたおれにとって、それはすごく魅力的だった。
だから、人間以外の種族を選んだし、“天使”だったらこんな自分も受け入れてもらえるんじゃないかと思ったのだ。
最初、ゲームは思っていたほど楽しいものじゃ無かった。人間以外を選んだおれは他のプレイヤーからPKされ続けた。
強くなれないし制限が多い。
すぐ殺されるし酷い事を言われる。
何度も職業を取り直して、スキルも選び直して、やっと落ち着いたのは、生産職と変わらない遊び方だった。
子供の頃から絵は好きだったから、その絵を元にゴーレムを作り続けた。昔流行った怪獣映画のキャラを元に作ったこともあるし、オリジナルの、めちゃくちゃカッコいいゴーレムも作った。
そんな作ったゴーレム達を連れて、新しいゴーレムの為に狩場にいた時に声をかけられた。
派手なバードマンの男と、忍者みたいな格好をした男の二人組が、遠くまで採取に行かせていたゴーレムにくっついてやってきた。
最初はまたPKされるんだろうと鬱々とした気持ちだったが、気がついたら作ったゴーレムを褒められて、すごいと言われた。
久しぶりに人に褒められたのが嬉しくて、そのままフレンド登録したのを覚えている。
それからはたまに一緒に狩に行ったり、新作のゴーレムを見せたりしていた。そして何度もそうやって遊んでいるうちに、ギルドに誘われたのだ。
その時の事を思い出しておれは頬を弛める。
楽しい記憶だ。
最高の時間だ。
何でやめてしまったんだろうか。こんなにも楽しい思い出のあるゲームなのに。
ギルドマスターからのメールに返信しようとボタンを押したところで、はた、と思い出す。
そうだ。楽しい思い出のあるゲームだ。
人付き合いがなってないおれを呆れながらも許してくれる人の多いギルド。自由度の高い、作り込まれた世界。そして、作ったものを、出来損ないのおれを褒めてくれるみんな。
DQNと言われようと、何と言われようとすごく楽しかった。
だからこそ、おれはギルドマスターの誘いに乗るわけにはいかないのだ。
ゲームの最盛期が終わり、ゆっくりとした衰退期に入って暫くした時、おれがきっかけでギルドメンバーが辞めた。
本人から直接言われた訳じゃない。
でも、おれのこの性格と、それによる行動が原因なのは明らかだった。
その頃のおれはみんなの嫌われ者な虫をモチーフにしたゴーレムを何個も作っていた。
その前までは72体の悪魔の像を作っていたが、飽きてしまったのだ。
せっせとせっせとゴーレムを作って、冗談半分でメンバーを襲わせるドッキリを仕掛けた。その時作れた最強のゴーレムでギルドマスターを襲わせた時、少し荒げて注意されただけだから調子に乗ってしまったのだ。
だから、馬鹿な事に他のメンバーにもけしかけた。嫌いと言っていた虫のゴーレムを。
そのメンバーはとても怒って──ヘッドギアからの怒声に思わず椅子ごとひっくり返したほどだ──数日ログインしないと思っていたらゲームを引退すると言われた。
別れ際の、おれに向けられた冷たい声がわすれられない。
それからはおれもログインの頻度が落ちてしまって、区切りをつけるために辞めるとギルドマスターに言ったのだ。
ギルドマスターはおれが辞めることを惜しんでくれて、それに決心が揺らぎそうになったけれどなんとか踏み出せた。
だって、人が辞める度に悲しむギルドマスターにとって、他のメンバーの辞めるきっかけになったおれが居ない方が良いに決まっているからだ。
「でも、またモモンガさんの声聞きたかったなぁ」
呟いて、不参加の返信を書いて、でも送れないまま下書きに保存して末端の電源を落とす。
問題の先延ばしをするのはダメだとわかっていても、どうしても送れない。
現実逃避する様におれはペンを持つ。
今度結婚式を挙げる富裕層の、その会場を彩る氷の彫刻のデザインを考えるのが今のおれの仕事だ。ゲームを引退した後、現実で唯一仲の良かった幼なじみの結婚式の時に作って贈った彫刻が、会場にいた制作会社の社長の目について、今ではマネージャーまでついたデザイナーだ。
ついつい祝いの場に相応しくない線を引く手を止めながら、最終日を迎えるゲームを想う。
きっとギルドマスターの事だ。最終日は拠点の中を見て回るはずだ。
お風呂場のゴーレムには気づくかな。
レア素材を勝手に使って恐怖公のところにゴーレム作った事がバレるかもしれない。
もし。もしそれを見て、ギルドマスターが笑ってくれたり、怒ってくれたり、おれの事を思い出してくれたらそれでいい。
ニヤリと口の端が上がってしまう。
久しぶりにとても楽しい。
明日、明日になったらメールを送ろう。
たくさんのありがとうと楽しかったという言葉を足して。
何時になく滑らかなペン先はとても豪華で優美な彫刻を描いていた。
蝙蝠侯爵〜の方は現在新刊発売に伴う大幅な添削作業中ですのでもう少し待っていただけると幸いです。
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