第三王女の婚約者 (NEW WINDのN)
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悟とラナー

ご無沙汰しております。
普段書かないような話を書いてみました。


 

 

 鈴木悟は、愛してやまないユグドラシルのサービス終了をたった一人で迎えていた。

 ギルド、アインズ・ウール・ゴウンは41人のメンバーにより構成されていたが、ほとんどのメンバーが引退し、残るは僅かに4人。鈴木悟のプレイヤーキャラであるモモンガを除けば、他の者は引退同然であった。

 

「あの頃は楽しかったなぁ。もう抜け殻同然になってしまって久しいけど……もうあんな日には戻れないんだな……」

 円卓の間で、仲間を待っていたが誰も来やしない。断りのメールすら返ってこなかった。

「もう、みんなどうでもいいんだろうな……。なんか、俺までどうでもよくなってきたぞ……」

 いったい自分はなんのためにこのギルドを維持してきたのだろう。

 みんながいなくなってからも、悟はモモンガとして一人頑張ってきた。

 他に趣味もなく、家族もいない。そんな彼にとって、ユグドラシル……そして自らがギルド長を務めるギルド"アインズ・ウール・ゴウン"は救いであった。

「でも、もう終わりなんだな……明日からは……何を楽しみに生きればいいんだろう。ユグドラシルⅡとか始まらないかなぁ」

 悟にとってユグドラシルは人生の全て……は大袈裟にしても、それに近かった。給料の大半をぶち込み、レアアイテムを狙い頑張ってきた。

 

「さて、残り時間も少ないから、各守護者でもみてまわろうか……いや、そうだ! 最後くらい俺のNPCでも見ておこう」

 完全な気まぐれである。モモンガは宝物庫に移動し、ギミックを解除。

 宝物庫の守護者をしている自らが作成した100レベルNPCパンドラズ・アクターを久しぶりにみた。

 

「俺が創ったパンドラズ・アクター……お前も消えてしまうんだよな……。みんなで色々あーでもない、こーでもないとやっていたのが懐かしいよ。ここがなくなると生きていく楽しみがなくなってしまった感じがする。なあ、パンドラズ・アクターよ、お前は何を感じていたのだろうな。……答えは聞けないか。あたりまえだけどな……」

 悟はため息をついた。

「もしも願いが叶うなら、美人なお姫様と仲良く暮らしながら、冒険したり恋愛をしたりして生きていきたいね。俺の今持っている能力や魔法が使える世界でな。きっと楽しいぞ!」

 出来もしない夢のようなことを、パンドラズ・アクターに語る。

「さあ、あと30秒を切ったか。では、サヨナラだパンドラズアクター。残念だが、もう会うこともあるまい」

 悟……骸骨の魔王は、パンドラズ・アクターの肩にポンと手を置いた。

「さようなら、アインズ・ウール・ゴウン。さようならナザリック……グッバイ……モモンガ……ありがとう俺の青春。虹色に輝く楽しい時間だった……よ」

 悟は目を閉じた。

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)

 聞いたことのないキザな声が聞こえた気がした。

 

「ん? なんだ今の声は。他のプレイヤーの声? 最後にきて混線とか、さすがのクソ運営だよ……あれ?」

 悟は違和感を感じ、周囲を見回した。

 

 いつの間にか彼はふっかふかのベッドに寝ている。それも天蓋付きの豪華なキングサイズのベッドだ。ピンク色を基調としたいかにも女性の物という印象のものだ。

 彼の家にあるシングルベッドとはまるで違う。そう映画やドラマで見るようなお姫様が使うような可愛いベッド。しかも超高級と分かる。目に入る壁紙や調度品などもプリンセス仕様といえる。

「えっ? どこここ·····」

 知らない部屋、知らないベッドの上。しかも女性の部屋と思われる場所。慌てて自分の手を見るが、骸骨ではない。恐る恐る顔を触ってみるがちゃんと人間の顔をしている。

(どういうことだ。夢? それとも新しいゲームの·····ユグドラシル2のオープニングとか? 最初は人間スタートなのかな?)

 理解が及ばない悟にさらなる異変が起きる。

(な、なんだこの良い香りは·····女性のシャンプーの匂いみたいだけど·····って匂い? 香り? いやいやいや、電脳法で禁止されているだろっ!)

 ゲームと現実世界を区別するため、電脳法では味覚と嗅覚を禁止している。さらに触覚もセーブされているのだが、今悟が感じている嗅覚は現実と同じもの。それに触覚も明らかに現実感がある。

(え? ゲームしているうちに攫われたとか? だが、俺なんか攫っても仕方ないだろう。ならこれは現実なのか? 理解が出来ない)

 そして悟は良い香りが自分の胸の当たりから香っていることに気づく。

 今悟は、枕に頭を乗せ、仰向けでベッドに寝転がり、肩のあたりまでシーツにくるまっている状態だ。

(そういや、胸元が妙に暖かいような·····)

 そっとシーツを捲ると、そこには人が居る! 

(えっ! だ、誰? )

 悟は慌ててシーツを腰くらいまで下げてみると、上半身裸の自分の胸に、金髪の女性いや少女だろうか? が顔を乗せスヤスヤと眠っているではないか。

「な、なんでこんなことになってるんだ?」

「う、うーん」

 少女が悩ましげに呻き、寝返りを打つ。

「き、綺麗·····そして、か、可愛い·····」

 ハッキリ見えた少女の顔は美少女などという言葉では語り切れないレベルで可愛い。昔日本では、美人すぎる〇〇という表現が流行ったそうだが、今目の前にいるのは美少女すぎる美少女中の美少女。もはや意味がわからないだろうが、悟が知る限りでぶっちぎりの美少女だ。もし勝てるとするなら、彼の仲間がキャラデザインしたナザリックのNPCくらいではないだろうか。

(あれは、あくまでも作品·····こんな可愛い子は現実では見たことないよ)

 彼女が立てる寝息まで、めちゃくちゃ可愛い。

(いったいどういう状況よ、コレ。俺どーすりゃいいの)

 まず、状況が把握できないし、女性経験がない悟にとってはこんな状況で何をしてよいかもわからない。一つだけわかったのはここまで異性と接触できる以上はユグドラシルの中とは思えないということくらいだろうか。

「いったいここは何処? このとても美しい方はどなた様??」

 頭の中は? が飛びかっている。

「·····美しい方とは私のことですの? 」

 聞いたことのない美しい声。持ち主は当然例の美少女だった。ブルーの瞳で上目遣いで見られている。

「ほ、他におりますか、お嬢様(フロイライン)

 動揺しまくっている悟は、自ら黒歴史の扉を開いてしまう。ドイツ語は、自ら作成したNPCであるパンドラズアクターに与えた設定だ。なんとなくドイツ語をカッコいいと思っていたのだ。昔の自分は。

「もう。私のことはラナーって呼ぶ約束でしょ?」

 ぷうっと頬を膨らませる姿が無茶苦茶可愛い。陳腐な表現だが、悟にはそれしか言えなかった。

 すでに悟は可愛いらしさの前にK・O寸前である。目の前にいる少女がラナーという名前であることはわかった。しかし、自分とこの少女の関係はわからない。だが、こんな状況でも──二人でベッドにいても──怒られない相手らしい。

「ラナー」

 試しに口にしてみるとラナーは美しい·····まるで黄金のような微笑みを浮かべる。

「はい。なに、サトル?」

 悟はびっくりする。まさかサトルと呼ばれるとは思ってなかった。

(ペロロンチーノさん···ならどんな反応するだろうな)

 そんなことを考えながら現実逃避をしようとしたが、逃げられない。

(茶釜さんに見られたらどんな反応されるのだろう)

「モモンガさん、さいてー」

 そんな声が聞こえてきた気がして、なんとか逃避しようとするもやっぱり無理だった。仕方ないので悟は受け止める方向へ切り替える。

「ラナー、聞いておきたいことがあるんだ。俺は誰で君は誰なんだい?」

「サトル? 貴方まさか記憶を?」

 ラナーはあっさりとそう推理してくれたらしい。正解ではないが、正解に近い。悟はユグドラシルのサービス終了までの記憶しかないのだから。

「どうやらそのようだ。ここが何処かすら分からないんだよ」

 初対面の女の子相手に話すには情けない内容だが、仕方がない。実際にわからないのだから説明は必要だ。

 ラナーはしばらくの間悟を見つめていたが、やがて決意を固めたようだった。

「どうやら、私をからかうおつもりではないようですね。本当に何も覚えてないのですね。ラナーのことまで忘れてしまうなんて酷いです」

 ラナーの瞳から涙が溢れ出すのを見て悟は罪悪感を覚える。二人が親しい関係であれば覚えていないのは罪に近い。

(だけどなぁ、俺からすれば初対面なんだもの仕方ないじゃないか)

 アワアワしながら涙を拭いて頭をヨシヨシとなでる。子供扱いしているわけではないが、女性の扱い方など悟にはわかるわけもないし、現在の状況はハードルが高すぎるというか、ハードルの高さすら見えない。

「ぐすっ·····サトルの馬鹿·····」

 もはや反則級の可愛さである。悟はさらにアワアワする羽目になってしまった。そんな彼を見てラナーはクスリと笑い機嫌が多少良くなったようだ。

 

「ここはリ・エスティーゼ王国の王都にあるヴァランシア宮殿の私の部屋ですわ。私は、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。この王国の第三王女。人々は私を黄金のラナー姫と呼ぶそうですが、サトルは私のことはラナーと呼ぶ約束です。そして、貴方はサトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリック。私の婚約者ですわ」

 知らない方が良かった情報ばかりである。

「君が王女様で、俺がその婚約者?」

「ラナー」

 またもや頬を膨らませられてしまった。悟は、仕方なく言い直すことにする。

「ラナー、君が王女様で、俺がその婚約者?」

「そうですよ、サトル」

 ラナーは悟の胸にチュッと口付けてくる。

(女の子と付き合ったこともないのにいきなり婚約とか、マジか! いや、可愛い子だし悪い気はしないけども! それに、サトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリックってなんだよ。昔の王族になんとかオブなんちゃらっていたらしいけど、そのノリなの? 俺が婚約者なのはいいけど、身分はどーなってるんだ?)

 やはりわからないことだらけである。

「あのさ、ラナー。俺ってどんな身分なのだろうか? 王女と婚約できるような身分だったかな?」

 悟はユグドラシルでこそ、ギルド"アインズ・ウール・ゴウン"のギルド長モモンガとして、非公式ラスボスなどと呼ばれた有名プレイヤーであるが、現実世界の彼は単なる小卒の小市民に過ぎない。

「本当に何も覚えてないのですね。サトルは、このリ・エスティーゼ王国の七大貴族の一人、エ・ランテル近郊を治める領主です。貴方の名前に冠されているオブ・ナザリックは、その地に伝わる由緒正しき血を引く者ということだと、私はサトルから聞きました」

 ラナーは美しい声で語ってくれた。

(ナザリックは俺の、いや俺達のナザリックと関係あるのだろうか。それにしても俺が貴族? しかも領主とはとんでもない設定だな。無理だろ。そういえば、俺は最後にこんなことを言ったような気がする。『もしも願いが叶うなら、美人なお姫様と仲良く暮らしながら、冒険したり恋愛をしたりして生きていきたいね。俺の今持っている能力や魔法が使える世界でな。きっと楽しいぞ!』と。もしかして俺魔法使えたりする? )

 悟の脳裏に一瞬にして魔法の使い方の情報が浮かぶ。というより体が知っているようだった。

(これは願いが叶ったということだろうか? なぜ、どうやって? 考えられるとしたら·····流れ星の指輪(シューティングスター)か。そういや何故かパンドラの指に嵌ってたな。誰かが持たせたのか?)

 思考の海に沈んでいく悟。当然よく思わない人がいるのだが、悟はその存在を忘れて考えこんでいる。

「サトル? サトルってば! もうっ!」

 呼びかけに答えないのに焦れたラナーは悟の首筋に噛み付く。·····もっとも甘噛みだが。

「うわっ! ちょ、ちょっとな、何っ!」

「何じゃありません。ラナーのことを忘れてたでしょ? 記憶から私が消えただけでもショックですのに、目の前にいることをも忘れるなんて酷すぎます」

 また泣かれて、悟は狼狽する。

(精神抑制は効かないのか。参ったなぁ)

 もうお手上げ状態だった。

「ご、ごめんラナー。自分の立場とかわかったら訳分からなくなって考え込んでしまったんだ」

 とにかく謝罪と言い訳をしてみるがラナーは泣き止んでくれない。

(どーしたらいいんだー。〈時間停止(タイムストップ)〉)

 無意識に魔法を発動してしまう。

(そうか、時間対策は必須なんだがな·····。とかカッコつけてる場合かっ! 時間を止めて美少女をどうするつもりだよっ! ペロロンチーノっ!)

 完全にエロバードマンが好きなエロゲのような展開になってしまいさらに慌てる悟。取り敢えずバードマンに文句をつけてみたが何の解決にもなっていない。

(機嫌を取るにはプレゼント、デート、甘い物·····うわあああっどれもハードル高いけどプレゼントにしよう。なんかあるだろ)

 悟は、昔国民的人気を誇った猫型ロボットのように収納(インベントリ)をガサガサしている。

(アクセサリーがいいよな。髪飾りとか·····おっ、首飾りがあったぞ·····死の首飾り·····ダメだ! ベルトは? 呪いのベルト? 悪魔のしっぽ·····なんでこんなのばかりっ!)

 説明しよう。実際にはロールプレイの一環である。それっぽいものを何となくしまっていただけだが、当の本人も忘れている。ちなみに既に時が動いていることも気づいていない。

飛行(フライ)のネックレスなどはよいかも)

 見た目も悪くない。

「サトル、それはなんですの? 」

 先程から泣き止んでいたラナーは悟がどこからともなく取り出したネックレスをみている。

「これか? ラナーにやろうと思ってな。ちょうど二つあるし、ぺ、ペアだ」

 やはり恥ずかしく動揺を隠せない。

「サトルが初めて下さる贈り物ですわね」

 ラナーは感激からかまた涙を浮かべる。美少女の涙は最強の武器なのかもしれない。

(婚約者なのに何も渡していないのか。だったら指輪の方がよかったか?)

 悟はそっとラナーの首にネックレスをかけてやる。鼻腔を良い香りがくすぐり、悟はまたまたノックアウトされそうになるのを耐える。

「ありがとう、サトル。大切にしますわ。あら? これは·····飛行(フライ)が使えるようになるのですね?」

 ラナーはネックレスの効果を言い当てる。

(説明はしていないし、特に道具を鑑定する魔法を使った様子もないのになぜわかるのだろう?)

 不思議に思いながらも悟もネックレスを付けてみる。

(うわー上半身裸でネックレスだけつけているなんて、チャラ男みたいだ、くはっ!)

 つけてみてわかったが、使い方が自然と理解できる。

(なるほど、そういうことか)

 悟はこの世界独特の現象を便利だと判断した。

「サトル、お空のデートをしましょう。一度飛んでみたかったのです。飛行少女に憧れていたの」

 悟が生きていた世界では昔からあるギャグだったが、ラナーが使うとまた違う印象だ。どちらかと言えばそれを見てみたいと思ってしまった。

「いいね。でも今日はあれだし、明日の夜にでもほ、星空の、で、デートをしよう。うん、そうしよう」

 悟は耳まで真っ赤になっている自信がある。これが生まれて初めてのデートの約束だ。それもとびっきりの美しさを持つ姫君との約束だ。

「約束ですよ、サトル」

 ラナーは今日一番の笑顔を見せ、悟の胸に飛び込んでくる。

(くうっ·····可愛すぎる。ところで年齢的には大丈夫なのかな? そもそも俺は何歳なんだろう)

 悟の疑問に今は答えはない。ラナーをぎこちなく抱きしめながら、二人は眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 







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悟の長い一日


サブタイトルに悩むのは相変わらず。
サト×ラナ第二話です。




 そして夜が明けた。

 

 

 

 "黄金の姫"という異名を持ち、誰もが目を奪われ、心を掴まれるほどの美しさを持つ第三王女ラナー。王家の人間の中では一番注目されている存在だろう。

「誰が黄金の姫様の伴侶となるのか?」

 これは数年前から酒席で必ずといっていいほど話題なり、真剣にあるいは軽い調子で議論されている。王国の民の中には身分違いの恋をするものも多数おり時には議論から口喧嘩、やがて殴り合いになることも珍しくはなかったという。

 そんなラナーのお相手は有力貴族の子弟や、婚姻外交により他国の王族となる·····というのが有力候補と言われていたが、国王が可愛がっており中々縁談は進まなかったという。

 ラナーの婚約者として選ばれたのが、サトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリック。城塞都市エ・ランテルを本拠地とする大貴族の嫡男であった。七大貴族の末席という評価の家柄だが、国境付近を領土にしていることもあり交易により収益で財政面・軍事面で一目置かれる存在だ。

 しかも、姫の熱心な嘆願に近いご指名を受けてのものであり、姫様ご自身が選んだのなら仕方ない。家柄も問題ないし·····という風潮になっていたそうだ。

 悟はまったく知らないことであるが。ちなみに現在の悟いやサトルは当主を継いでいる。

 

 黄金の姫ラナーとその婚約者であるナザリック公ことサトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリックが一夜を共にしたことは、あっという間に王宮中に知れ渡り、朝食の時間の頃にはすでに王城中いや王都へと広まっていた。人の口には戸が立てられないと言われているが、それにしても凄い伝達速度である。それだけ注目されていたということだろうか。

 

 

(·····何もしていないのに、"ゆうべはお楽しみでしたね"という目で俺を、俺達を見るなあー)

 ラナーと手を繋いで歩く悟を見る人々の目は、羨望の眼差しと、やっちまったのか? と訝しむ目線。それと年長者達の生暖かい目。メイド達のやりやがったな? と刺すような目線はちょっと痛く感じる。

(俺は何もしてない! してないんだー!)

 してないというよりも、出来ないのが正解かもしれないが。もちろんちゃんと機能はするので肉体的なものではなくメンタル的な面でという意味だが。もし、ユグドラシルでの悟のアバターであるモモンガ──骸骨の魔王というべき姿──であったら物理的に無理だっただろうが。

 

「サトル、次はちゃんと最後までしてくださいね」

 ラナーは悟の頬にチュッと軽く口づけしながら囁いた。

「あっ、はい」

 言質を取られたことにすら気づかないほど動揺する悟。そんな彼は、現実世界の彼とは違って歳は22歳と若返り、顔立ちは元の顔(リアル)の四割増でカッコよくなっている。いや、六割増しかもしれない。髪は黒髪のままだが、長さは肩まである。そんな貴公子然とした自分に驚いたのは一時間ほど前だった。それまでは鏡を見ていなかったので自分の姿を知らなかったのだ。人間の姿ということはわかっていたが。

 悟は着たこともないやや派手な色遣いの貴族服が恥ずかしかったが、ラナーと並ぶとまったく違和感がなくなる。

 これはもちろんラナーがコーディネートしたものである。装備品ならともかく、悟に服を選ぶ·····それも貴族の服を選ぶスキルもセンスもない。

 

「·····王族との朝食会とか緊張するなぁ」

「まあ、初めてでもありませんのに」

 悟の呟きに対し、ラナーはクスクスと笑いながら眩しい笑顔を向ける。

(いや、マジで可愛いな·····)

 対女性耐性が低い·····いやほとんどない悟にとってラナーの笑顔は破壊力が高すぎる。

(いや、それよりもだよ·····本当に俺は初めてだからなぁ)

 ラナーの知るサトルは慣れたものなのかもしれないが、昨晩サトルになったばかりの悟には、王族の朝食会なんて初めての事である。そもそも悟は他人と食事をすることすら稀だったのだから。

 

「·····記憶のない俺からしたら初めてなんだけどね」

「あら、そうでしたわね。でも、皆は貴方の事をよく存じておりますよ」

「ですよね·····」

 そう、それが問題だ。こちらは知らないのに自分を知られているのは辛い。

(相手の情報なしに、こちらの情報を知られた上でPVPするようなものだよなぁ。うん、勝ち目がないぞ)

 負けて学習して、対策を練ってから戦うスタイルだった悟。ユグドラシルのアバターモモンガは、それで強敵を倒してきた。そんな彼にとって今の状況は最悪だった。マナーもしきたりもわからずさらに相手を知らない。ハッキリ言って勝ち目のない戦いだ。

 

「ラナー、事前にある程度情報をくれないか?」

 悟としては、当然の願いである。

(ダメとはいわないよね?)

 一晩を共にしたとはいえ、未だ目の前の婚約者を全て理解しているわけではない。

「もちろん、いいですよ。でも、私のお願いも聞いてくださいね、サトル」

「あ、うん」

 ここでノーとは言えないので、頷くことしか出来ない。どんなお願いをされるのかとドキドキしていた悟だが、ラナーは後で言いますねと先送りにする。やはり、悟よりも一枚も二枚も上手のようだった。

(何をいつお願いされるんだろうな·····)

 どんな願いでも拒めないだろう。そんな予感がする悟だった。

 

 ◇◇◇

 

 

 ラナーから悟は一通り出席者の情報を聞き終え、多少なりとも備えをして朝食会に臨むことになる。幸い出席者の中に親しい者はいないらしい。

「サトルがいつもと違っても気にされないと思いますわ。それに·····した後だと思われていますから·····ポッ」

「うええっ·····ボッ」

 ラナーは赤くなって俯き、悟はそれ以上に赤く·····3倍の速さで動けそうなくらいに真っ赤になって顔を背けた。

(認めたくないものだな。自分自身の勇気のなさを)

 悟は気を取り直し、会場となる部屋に入った。

 

 出席者は国王ランポッサⅢ世、第一王子バルブロとその妻、さらには第二王女と第二王子ザナック。それとラナーと悟である。

 国王は穏やかで、人が良さそうな印象を受けた。

(でもラナーとは似てないな·····)

 若い頃はイケメンだったのかもしれないが、ラナーの父親として似てはいない。

 

(ふーん、第一王子と第二王子は兄弟とは思えないくらいに似てないな。王族だけに別腹なのかな?)

 悟の第一印象としては、どちらにも好感は持てなかった。ラナーの美貌を基準に絵になる王子を想像していたのが、原因の一つであるのだが。

 まず第一王子バルブロは体つきこそ立派だが、ゴツイせいで貴公子というタイプには見えない。

(分類するなら戦士系か?)

 ユグドラシル的な思考で分類する。なんとなくだが、顔に偉い身分独特の驕りが感じられるのも、マイナス材料だ。

(権力を背景にやりたい放題我儘放題なんだろうな·····)

 今の状況だと義理の兄となる相手なのだろうが。低く評価する。

 

 第二王子ザナックは背が低く太り気味で美男子とはほど遠い。人当たりは良さそうで、バルブロよりは仲良くなれそうに思えた。驕りもあまり無さそうだ。

(上の兄よりはマシそうかなぁ·····)

 ラナーからもそんな話を聞いていたのだが、実物からもそのような印象を受けた。

 

 そしてこの似ていない二人の王子をもう一度国王ランポッサⅢ世、そしてラナーと見比べてしまうが、何度みても国王とは同じ血を引いているとは思えないほど似ていないし、ラナーともやっぱ似ていない。ラナーと似たところがあるのはあえていえば第二王女だろうか。

(た、種付けは肌馬の影響が強いって聞いたけど、それと同じかな?)

 競走馬は同じ種牡馬(ちちおや)でも肌馬(ははおや)によってかなり容姿も能力も変わると昔ギルドメンバーから聞いたことがある。もちろん同じ父母でも能力は同じにはならない。

(ここにいる四人の子は全員同じ父とは思えないくらいに似てないからな。特に第二王子とラナーは似ているパーツが一つもないぞ。実は父親が違うとか·····まあ昔の王室ってのはドロドロしていたらしいし、この国でも有り得なくはないのかな。とりあえずラナーは母親似だと思うことにしよう)

 悟はそう結論付け、ゆっくりと食事を味わう。それは今までに悟が食べていたものとは違うちゃんとした食事だった。

 朝食ということもあり、パンにスープ、卵料理にハム、そしてサラダという簡素なものだったが、悟にとってはご馳走である。

 悟が現実世界で食べていたのは、言ってみれば固形燃料というべき物で、それを食べれば腹は満たされ栄養はとれて活動するエネルギーチャージは出来るという味気ないもの。もはや食事というよりは燃料補給に近いものだった。

 温かいスープなど、何時食べたか記憶にないくらいだ。

(これは美味い。食べられる体でよかった。もし、モモンガのアバターだったら食べられないもんなぁ)

 悟はなるようになるだろうと、半ばこの世界を受け入れつつあった。もともと彼は元いた世界に友人も家族も恋人もいない。

 一時期ギルドメンバーだったぶくぶく茶釜といい感じになったことはあるが、彼女の弟であるペロロンチーノとのことを考え、もう一歩を踏み出す勇気がないまま、やがて彼女が多忙のためにログインしなくなったこともあり、次第に疎遠になってしまった経緯がある。

 

「今日のナザリック侯は美味しそうに食べるわねぇ」

 こう呟いたのは第一王子バルブロの妻である。彼女はラナーほどではないが、ラナーとはまた違う大人の色香を感じさせる美人だった。金色の髪はナチュラルにウエーブがかかり、翠に近い蒼い瞳は優しさを感じさせる。肉体派のバルブロと並べるとまさに美女と野獣という感じだった。

 

(たしか、七つの大罪·····じゃなくて七大貴族の筆頭ボウロロープ侯の令嬢だったよな。政略結婚って奴か)

 悟はパンを味わいつつ、ラナーの情報を反芻しながら皆を観察している。

 

「そりゃナザリック侯は昨日ハッスルしているから腹が減ってるのだろうよ」

 第一王子バルブロが面白くなさそうにそれに応じた。悟は知らない事だが、バルブロは王位継承が決まればラナーを自分の手駒となる貴族に嫁がせる腹づもりだったのだ。

 

(品がないやつだな)

 バルブロの評価を悟は思いっ切り下げる。もはや最低ランクだ。少なくとも仲良くしようとは思わない。

 

(このままラナーと結婚とかなったら、此奴が兄貴になるのか。嫌だな·····心臓握り潰してやりたくなりそうだ)

 すでに魔法はモモンガの時のまま使える事はわかっている。冗談ではなく握り潰すことは可能だが、いくらなんでもまだ早い。

(仲良くなったら良い奴かもしれないしな!)

 仲良くしようとは思っていないのにそんなことを考えてしまう。このあたりに悟の人の良さがでるのだろう。

 もっとも今のところは仲良くする要素はない。そんなバルブロに対し呆れという感情を浮かべたのは、第二王子ザナックだった。

(ラナーの話では二人は王位を争うライバルらしいな)

 悟はその二人の間に火花が散るのが見えた。

 

「兄上は表現力がありませんね。ナザリック侯は、民が作った作物に対し感謝の意を込めて美味しそうに食べているのです。我々も感謝せねばなりませんな」

 ザナックが嘲れば、バルブロは声を張り上げる。

「ふん。平民が作物を作るのは当然のことではないか。俺は今日のナザリック侯は食欲旺盛だから美味そうに食えるのだと言ったまでだ」

 二人はテーブルを挟み睨み合う。そんな二人を見て父親であるランポッサは眉を少し寄せ、小さくため息をついた。ラナーと姉である第二王女はいつもの事だと我関せず。

 

「スープが温かいうちに召し上がってはいかがです?」

 話題の主は食事に夢中になりながら、ついでのように二人を窘めた。だが、本人にその自覚はない。素直な気持ちであったからだ。

(温かいスープは温かいうちの方が絶対美味いんだよ)

 控えていた係りの者にお代わりを頼み、悟はマイペースに食べ続ける。

「くそっ」

「たしかに·····」

 バルブロとザナックはそれぞれ馬鹿馬鹿しくなってまた食事に戻る。

(馬鹿ブロ相手にするよりは温かいスープを味わう方が有益か。しかし、ナザリック侯はよくこのいつもの朝食をああも美味そうに食せるものだな)

 ザナックからすれば飽き飽きするようなメニューだからこそ、それを美味そうに食べる悟を不思議なものを見る目で見てしまう。

(ラナーとハッスルかぁ·····馬鹿ブロも間違ってはいないのかもな。俺も相手決めるか)

 妹に先をこされた気持ちになったザナックは、嫁取りを真剣に考え始める。

(でも、第二王女(あねうえ)が先か·····)

 自分より年上の第二王女の腰入先がまだ決まらない以上は、ザナックを先にするわけにも行くまい。

(ナザリック侯が本命候補だったはずが、いつの間にかラナーとくっついてしまったからな·····)

 第二王女と悟いやサトルの年齢は釣り合いが取れていたため、ランポッサもナザリック候を第二王女の婚約者筆頭候補に上げていたのだが、今までまったくと言ってよいほど男に興味を示さなかったラナーが、異常なほどの執着を見せ、奪うように婚約したという経緯がある。

 悟はまだわかっていないが、王国は一枚岩ではない。七大貴族は、何かしらの部門──例えば武力や経済──において、ひとつは王家を凌ぐ力を持つ。だからこそ王に物申す力を持っているし、あわよくば王に代わり国を支配したいと考える者も存在する。そのような者が集まるのが貴族派閥。逆に王に権力を集めたいのが王派閥である。七大貴族のうち悟以外の六人はいずれかに属しているし、その中でもさらに次期国王については意見がわかれる。

 

(ナザリック候がどちらに着くかは重要だからな)

 現状を理解し、不利であることを自覚しているザナックからすれば、悟をぜひ取り込みたい。もともとそう考えていたところで、ラナーとの婚約話が持ち上がり、しかも既に同衾済だ。悟を取り込めばラナーも着いてくる。国民人気が高いラナーの支持を得られれば効果は計り知れない。

 ザナックはそう考えながら、お代わりをたいらげる悟を見ていた。

(どうしようかと思っていたが、これは食べ物で釣れそうだな)

 ザナックは策を巡らせる。自分が王になる瞬間を思い浮かべながら。

 

 

 

 

 

 






賢さの足りないバルブロを書くのは久しぶり。書いてるうちにうっかり賢くなりそうで困ります。



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バルブロお兄様

普通のバルブロを書くのが意外と難しいのは何故でしょう。




 

 

 

 

 朝食会を緊張しながら無事に終えた悟。しかし、長い一日はまだ始まったばかりであった。

(やっと解放されたか·····食事は美味かったけど、精神的に来るよなぁ·····。お偉いさん·····しかも一国のトップ連中相手なんて俺には荷が重いよ)

 人目がなければ、大きく伸びをしたり肩をグルグル回したいところだが、それは無理だった。

 部屋を出ようとした悟とラナーに向かって、髭を生やした立派な体格の男がニヤニヤしながら近寄ってきた。

(ゲッ·····アイツかよ·····ラナーの兄上か····あの顔つきはろくなことにならないな)

 先程の食事会中も、夜のハッスル発言をするなど品位がない男であり、悟としてもあまり関わりたくないが、今後義理の兄になるらしいし無視もできない。悟はサラリーマンとしてああいう顔つきをした上司の無茶ぶりに何度も泣かされている。

 

「第一王子のバルブロお兄様です。見た目通りの筋肉馬鹿ですわ。ちなみに頭の中も筋肉。脳みそは小さな木の実くらいかしら。ちょっぴりオマケ程度しかありませんわ」

 何気に辛辣なラナーの言葉に、悟は内心苦笑しながら、どう対応すべきか考えていた。今までの人生で王子どころか企業のお偉いさんともほとんど話したことなどない悟にとってはなかなかハードルが高い。

 

「ナザリック公、ゆうべはお楽しみだったそうだな?」

 ニヤつくバルブロ。公共の面前で聞く話だろうか。どうやら先程のハッスル発言をまだ続けるようだ。

(こいつやっぱり心臓を握り潰してやろうか?)

 悟は一瞬右手を握りこみ、第九位階魔法である〈心臓掌握(グラズプ・ハート)〉を唱えそうになっていたが、さすがに自重する。

(いきなり、婚約者の兄で王子を殺しちゃだめだよな·····)

 しかし仲良く出来る自信もなかった。

「·····昨夜は色々と政策を纏めていましてね。王子にもわかりやすいようにしないといけませんし」

 何気にお前馬鹿だから簡単にして詳しくしないと行けないんだよ! とディスってみる。実際には悟も政策など何もわからないのだが。

 

「政策も大事だが、体を動かすのも大事だぞ? これから弟になるお前に俺様が直々に剣の手解きをしてやる。30分後に練兵場へ来い」

 言葉の意味をバルブロ語として訳すと·····。

【妹に手を出したんだろ? だったらお前は俺の子分だ。言うことを聞け】

 ということだ。悟にディスられたことには気がついていない様子。やはり脳が足りないのだろう。

(一回殺して、復活させたら改心して良くなるかな?)

 たしか昔読んだ中にそんな小説があったな·····などと考えながらも悟は顔には一切出さない。これが営業マンとして鍛えたポーカーフェイスの賜物だ。内心はドキドキしているのだが。

 

「楽しみにしております、バルブロ王子」

 そう答えたものの内心では悟は困惑していた。ラナーの話ではバルブロは王族一の剣の使い手であると聞いている。対する悟は剣など扱ったことはないのだ。それにひとつ懸念点もある。

 どうやら悟は、ユグドラシルのアバターであるモモンガの能力を受け継いだ状態らしい。

 レベルはカンストの100。覚えた魔法も全て使えるようだ。もちろん全部を試したわけではないが、使える魔法は全て頭に入っている。試しにいくつか発動したところ何ら問題なく扱えた。

 だが、まだ試していないのが装備だ。ユグドラシルでは職業によって装備できる出来ないがあったのだ。

 モモンガは魔法職。当然重たい武器や鎧は装備出来ない。つまり今の悟も剣を装備出来ない可能性がある。

 不死者(アンデッド)の王であるオーバーロードであったモモンガから、見た目は人間のサトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリックになったことで多少の変化はあるかもしれないが、懸念点であることに変わりはない。

 

「ラナー、私は準備のため自室へ」

 悟は、ラナーの部屋には戻らず自分に割り当てられた客室へ入り装備をテストすることにする。

「では、参りましょう」

 一人で戻るつもりだったのだが、ラナーは悟と手を指を絡ませる恋人繋ぎで握り、悟の部屋へと歩みはじめる。

「え、あっ? ええっ?」

 悟は困惑しながら、引き摺られるように歩みだす。この様子を見ていたメイド達は、ナザリック侯はすでにラナー様の支配下にあると判断。瞬く間にその噂が尾ヒレをつけて広まっていく。ラナーと悟が昨晩寝室を共にしたという話と、今回の話がごっちゃになるまでにはそう時間はかからなかった。

 最初はナザリック候は、早くも尻に敷かれているという話だったはずが、最終的には、ラナー王女はナザリック候の上になって初めてを迎えられた。 と変節されて。

 

 もちろん、事実無根なのだが。民は噂好きである。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「来たか」

 悟が準備を整えて練兵場に入ると、バルブロが既に準備万端整えていた。ウォーミングアップを終えたのだろう。体からは湯気が出ているように見える。

 

(うはぁ、確かに筋肉凄いな)

 悟から見てもバルブロの体は出来ていた。袖がない仕立てのよい貴族服──たぶん稽古用──を着込み、むき出しになった両腕は筋肉が隆々している。悟のイメージする王族というのは貴公子然とした線の細い美男子か、でっぷりと肥えた贅沢の塊の二種類だったが、そのどちらでもない。バルブロは、体を鍛えることには力を入れている。武を尊ぶ気質もあり、王族よりは戦士という印象を受ける。

 

(戦国武将ってこんな感じだったのかもしれない)

 ふとかつてのギルドメンバー、弐式炎雷、武人建御雷を思い出す。

(あれだけ鍛えていれば、ポージングとか似合うだろうな·····体じゃ負けているなぁ·····)

 それにたいして悟は、なんとも青白い体だった。筋肉は人並みにあるようだが、バルブロとは厚みに明らかに差がある。例えるなら格闘家と一般サラリーマンくらいの差が。

(怪我しませんように)

 そう祈り悟は木剣と皮の盾を掴み、練兵場へと足を踏み入れた。確認したところ重い槍や、斧は無理だが、どうやら普通の剣くらいは装備できるらしい。

 練兵場には、バルブロの取り巻き連中と思しき貴族連中の他、暇を持て余す貴婦人方とそのお付きのメイドの他に、歴戦の戦士と思われるた男が一人いる。彼はいつでも飛び出せる位置を取り、万が一のことがないように目を光らせていた。

 この男の名は、ガゼフ・ストロノーフ。国王の信頼厚い忠臣であり、王国戦士長の地位にある周辺国家最強と噂される戦士だ。

(万が一があってはならないからな)

 国王の命により、バルブロと悟の稽古を見守っている。

 バルブロの腕前は王族一だが、強さとしてはガゼフの戦士団の足下にも及ばないレベル。ガゼフなら容易に止められる力量だ。

 問題はナザリック候の力量だろう。ガゼフはよく知らないし、噂でも剣の技量までは聞こえてこない。大貴族にありがちな圧政などもなく、悪い評判は聞こえてこない。というより、あまり話題にならない人物だった。つい先日までは。

(ラナー様の婚約者か·····おそらくお助けすることになるだろうな)

 ラナーの婚約者になったことで急に有名になったナザリック候。見た感じはとても弱そうに見える。ガゼフは、彼を助けに入るのだろうとイメージしながら二人の様子を見ている。

 

 

「サトル頑張って」

「ああ」

 ラナーの声に頷くと悟はバルブロと対峙する。

(うーん、向かい合うと威圧感あるな)

 初めて剣を握る悟には緊張感が漂っている。観戦者にとってそれは、バルブロに威圧されているように見えたらしく、取り巻き連中は「王子、相手はビビってます!」とニヤニヤしながら声を上げていた。

 

「こりゃ兄上の勝ちかな·····」

「私はそうとは限らないと思います」

 隅っこでこっそりと観戦しているのは、ザナックと一人の貴族。ザナックとともに悟を品定めに来ていた。

 

 

「行くぞ、モヤシ」

 バルブロの第一声はこれだった。

(この世界にもモヤシはあるのかァ·····そう言えばなんでみんな日本語で会話してるんだ? 文字は全く違うのに)

 悟が今更なことを考えていると、バルブロがいきなり斬りかかってくる。初手から上段からの斬り下し。モーションも大きく悟を完全に舐めてかかっているのは明らかだった。

「うおっ!」

 悟は左に軽く上体を動かし、ひらりと鮮やかにその一撃を回避すると何気なくカウンターで胴を横凪に払った。

 

「なにぃ! 」

 バルブロは悟が反撃してくるとは思っておらず、防ぐことはできない。何の抵抗もなく悟の木剣はバルブロの腹部をジャストミート!

 

 グワァラゴワガキーン! 

「グおおおおおおおお·····」

 今までに聞いたことがないような炸裂音と共に、重量級のバルブロの両の足が宙に浮き上がる。そして、そのまま20メートル先の練兵場の壁まで吹っ飛ばした。

 

 ドゴォン!

「ぐはあっ·····」

 凄い音とともに壁に激突したバルブロが崩れ落ちる。

 

「えっ?」

 驚いたのは仕掛けた悟本人だ。彼はただ、胴を払っただけのつもりだったし、人ってあんなに飛ぶのかと呆然としている。

「すごっ·····」

「お、王子っ!」

「サトル、カッコイイ!!」

 見た事もないような光景に色々な声が飛ぶ。

(なんという一撃。剣撃というよりは打撃に近いと思うが、あの距離まで人を飛ばすのは並大抵のことじゃないぞ。ナザリック候は英雄の域にいるのか!?)

 そんな中、冷や汗を垂らしていたのは、今の状況を戦士として理解できるガゼフだ。彼が知る限りあの芸当を出来るものはいない。ガゼフ本人でも難しいだろう。

 

 

 いくら魔法職とはいえ100レベルともなれば基礎体力が違う。ただの王子であるバルブロとの差は、宇宙とノミほどの差がある。

「グギギッ·····なかなかやるではないか」

 今の一撃を受けて立ち上がるバルブロもたいしたものだが、それだけだ。

 

「くらえええっ!」

 バルブロの反撃はあっさりかわされ、強烈なカウンターがまたもバルブロを襲い再び吹き飛ばされる。

(うーん、俺もしかして·····)

 悟はふと気づいたことがあり、せっかくだから一つ試すことにする。

「サトル、凄い」

 ラナーは婚約者がこれほど剣を使うとは思っていなかった。

(サトル·····初めてお会いした時から凄く惹かれる方でしたけど、まさかこんな力まであるとは·····ふふっ·····それにしてもバルブロお兄様·····いい気味ですね。スカッとします·····)

 

「くそっ、ちょこまかと。貴様も男なら逃げずに受けてみよ」

 強烈なカウンターをくらいながらも立ち上がるバルブロ。タフさだけはたいしたものだ。もっとも実際には悟が手加減をしているのだが。剣を振るう間に感覚的に掴んだものがある。

 

 

「受けてあげますよ、全力でどうぞ」

 悟は両手を広げ無防備に体を晒す。

「サトルっ!」

 ラナーが悲鳴混じりの声をあげ、バルブロはニタリと嫌らしい笑みを浮かべる。

「容赦せんぞ!」

 悟の脳天目掛け唐竹割りに剣を振り下ろす! 

 パキイ! 

「えっ!」

「なにぃ!」

 悟の体に命中する前に何かに弾かれ、バルブロの剣が砕け散る。

「ぬおおおおおっ! スクリュードライバー!」

 悟は呆然とするバルブロの腹部に回転させた剣を突き立てた。

「ぐはあああっ」

 バルブロは腹を押さえながら前のめりにダウン。意識を失っているのは間違いない。

「ふっ、こんなもんだろう」

 悟は血も着いていないのに木剣を血振りして腰の鞘に収めようとしたが、そもそも鞘がなくカッコつけそこねた。

(やはり物理攻撃無効化Ⅲの効果があるんだな。バルブロのレベルはせいぜい10あるかどうかだろう。レベル60以下の攻撃を無効化するわけだし、この程度は避けるまでもなかったな)

 ちなみに、ラナー王女の婚約者が乱暴者のバルブロ第一王子をコテンパンにやっつけたと噂が広まるのに一日もかからなかったそうだ。

 この国は次期国王が決まっていない。

 第一王子のバルブロは、頭の悪い乱暴者。第二王子のザナックは見た目の悪い小者と国民には思われている。

 王の長女を娶ったペスペア侯も温和な性格に加え領地経営の確かさなどから一部貴族からは推されているが、王家の血を引かないことが弱味となり支持が足りない。

 今のところは七大貴族筆頭のボウロロープ侯の娘を娶り、そのバックアップを受けている長子バルブロが有利で、次点がペスペア侯、最後に第二王子ザナックだろうか。どれも一長一短、帯に短し襷に長しといった感があり、現国王ランポッサⅢ世も決めかねている。ザナックは頭がよく政治向きではあるので、逆転の目はあるにはあるのだが·····。

 

 そんな状況の中一人のダークホースが登場する。その名はサトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリック。黄金と呼ばれ国民に愛されている第三王女の婚約者である。見た目もよく、武においてバルブロを一蹴する力を持つというのはアピールポイントになっているし、さらにはラナーとの関係が人気の理由だった。悟本人は思っていないが、美形度が割増された結果ラナーと似合の美男美女。そして、仲の良さから王国の若い男女を中心に二人に憧れる流れが出来ている。

 だが、それを悟はまだ知らない。








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ザナックお兄様

 

 

「ナザリック候、目を見張るような素晴らしい戦いぶりだったな。候があれほど剣を使えるとは思わなかったぞ。それにしても存外バルブロの兄上もだらしのないことだ」

 悟にボコボコにされ、取り巻きの貴族達に肩を担がれて無様に引き上げていくバルブロ。そのバルブロに聞こえるように·····いや正確には意図的に声をそちらに飛ばしつつ、さらにおまけとばかりに高らかに拍手までしてみせ、やや大袈裟にザナックはナザリック候である悟を讃える。

「··········!」

 それを聞いたバルブロの目には怒りの炎が灯り、わずかにザナックへと目線を送るがさすがに言葉を返す元気はなかった。あれだけ悟の攻撃を受けてもまだ反発しようとするところはある意味立派だ。王子としての矜恃なのだろうか。それとも弟への敵意なのか。それは本人もわからないのかもしれない。

 ザナックのやり口は明らかな挑発行為だが、バルブロが自分が得意とする剣技において完敗したことは間違いのない事実だ。王族一の使い手として偉そうにしていた癖に·····と思う者もいるだろう。

 

「·····ありがとうございます。ですが、バルブロ王子は、ラナー王女と婚約した私に花を持たせようと、手加減してくださったのですよ。バルブロ王子流の祝福というやつですかね。どう思います? ザナック王子」

 もちろんこれは事実とは違うし、悟自身まったく思ってもいないことだった。バルブロが全力全開だったことはわかっているのだ。最初から悟を潰す気で来ていたのだから。

 だが、悟はここで一応フォローする。第一印象(ファーストインプレッション)では仲良くしたい相手ではないが、このままいけばいずれは義兄となる相手だから嫌われたくはない。

 ここで長年ギルド"アインズ・ウール・ゴウン"のギルドマスターとして、メンバー達の調整役を行っていた経験が活かされることになる。

 

「ふむ。ナザリック候は優しいな。別にバルブロ兄上に優しくする必要なんてないのにな。ああ、ナザリック候、俺の事はザナックで構わないぞ。まあ、俺としては義兄上(あにうえ)でもよいが、まだ結婚前だし気が早いか?」

「まあ、ザナックお兄様ったら·····」

 ラナーは顔を赤らめて俯く。実に女の子らしい反応だし、実際問題悟はそう感じていた。

(·····ふーん、こいつも普通にこういう顔するんだな。意外だったぞ)

 しかし、ザナックは悟とは違う。ラナーが小さい時から見てきているのだ。彼女のことをあまり女らしい·····あるいは姫らしいとは思っていない。

 

「私のことも·····」

 "サトルで構わない"と言いかけたのだが、ラナーの無言の圧プラス物理的に足の甲を踏まれ、悟は口を閉じる。軽く可愛く踏まれたのでダメージはないが、意図するところは理解できた。

 どうやら悟をサトルと呼んでよいのはラナーだけにしたいらしい。微笑みながら頬を膨らますという器用な事をする彼女を見て流石の悟も悟る。

(やべ、そういうことか·····にしても可愛いすぎないか·····やばっ、俺完全に·····)

 悟は、もはや完落ち寸前と言えた。

 

「も、もんが·····いや、モモンと及びください、ザナック王子」

 サトルがダメで、スズキもどうかと思った悟は、勝手につけられたサトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリックという長い名前の真ん中にあるモモンをチョイスする

(これが正しいかはわからないけど·····)

 チラリとラナーを見ると満足そうな笑みを浮かべていた。

(よかったんだよな?)

 悟はそう思うことにするが、自信はない。

「モモンか。なかなか勇敢そうな名だな。改めてよろしくナザリック候」

 しかし結局ナザリック候と呼ぶザナック。いったい悟の逡巡は何だったのか。

「こちらこそよろしくお願いいたします。ザナック·····王子」

 そして、サラリーマン気質の悟は、やっぱり敬称を外せない。結果として何も変わっていない。

 

「それにしても、ナザリック候がこれほど腕が立つとは知らなかったぞ。あの剣だけしか取り柄のないバカブロの兄上がボロボロになる様はなかなか見ていて楽しかったぞ」

 ザナックは朗らかに笑いながら貶す。日頃の不満を吐き出しているのだろう。

(うーん、同じような事を最初に言っていたような気がするけど気のせいかな? ·····兄弟って言っても色々あるんだろうな。俺には兄弟なんていないからよくわからないけど。それにしても、今·····バカブロって言ったよね?)

 ラナーからバルブロとザナックは王位継承権の絡みで仲は良くないと聞いていたのだが·····。

(これは仲が悪いが正しいよな)

 ふと、良く知る二人を思い出す。当然ギルドメンバーだった、ぶくぶく茶釜と、ペロロンチーノの姉弟だ。

(ペロロンさんの事を、茶釜さんがよくドスの効いた声で叱ってたけど、今思うとあの"バカ弟!"って言葉には愛情があったんだよなぁ·····)

 それに比べると目の前にいるザナックからはバルブロに対する愛情は欠片も感じられなかった。

 

「先程も言いましたが、バルブロ王子は加減してくださったのですが、私は少々調子に乗ってしまいまして。王子には失礼な事をしてしまいました」

 これは当然社交辞令であり、悟としても叩きのめしてやったぜ! という気持ちはある。

「候は真面目だな。最近の貴族にしては珍しい」

「そ、そうですかね·····」

 実際貴族どころか本人はただの一般人にすぎないのだが。

「まあ、良いことだと思うぞ」

 どうやら悪い印象ではないようで、悟はホッとする。

 

「ふふっ·····サトルは何でもできるんですよ」

 ラナーは微笑みながらとんでもない事を言い出した。

(いやいやいや·····何もできませんからっ! この王女様の俺に対する評価はどこからきてるのっ!)

 悟は何とかしないとと口を開こうとするが、何も言葉が出ない。

「なんだ、惚気か? 」

「はい」

 熱っぽい視線をラナーは婚約者に向ける。

「よいことだな。妹を頼むぞ、ナザリック候」

「あっ、ハイ·····」

 悟は狼狽えつつ頷くしかない。

 

「ところで話は変わるんだが今日の昼間は予定があるかな?」

 悟としては、"予定がある"と逃げたい質問だったのだが·····。

「大丈夫ですよ、ザナックお兄様お誘いお受けいたしますわ」

 先にラナーに答えられてしまったら、悟としては断りようがない。

(どういうつもりだよ、ラナー·····)

 抗議の視線を送るが、ラナーの輝くような笑顔を向けられ、一瞬で抗議の視線ビームは消え去ってしまった。悟の美人(もしくは美少女)耐性はほぼゼロなのだ。

 

「まだ何も言っていないんだが、まあよいか。ラナーは賢いな·····」

 内心不気味に思いつつも、ザナックはラナーを褒めてみる。

「まあ、ザナックお兄様に褒められるなんて何年振りかしら。明日はお天気悪くなりそうですわね」

「こないだ褒めただろ!」

「あら、そうでしたかしら?」

 このやり取りを見ていた悟は、懐かしい二人を思い浮かべる。

(あの二人は元気かなぁ·····。最後に話したのは何時だっただろうか·····。それにしても、ラナーとザナック王子は仲が良いみたいだな。上の王子と違って良い奴みたいだし、仲良くなれそうかなぁ·····)

 食事の席ではあまり評価材料がなかったが、実際話してみるとザナックの印象はぐっとよくなっていた。

 悟がそんな事を考えている間もラナーとザナックのやりとりは続いていたのだが·····。

「まあいい。またあとでな·····」

「はい、ザナックお兄様」

 ラナーとの間で話がまとまるとザナックは立ち去っていった。

 

「あの·····」

「ザナックお兄様のことですね、説明いたしますわ」

 悟はラナーの綺麗な瞳をみつめながら、続きを待つ。

「ザナックお兄様は貴方を味方に引き込みたいんですよ。バルブロお兄様と比べると味方が少ないですからね。七大貴族の中で立ち位置が決まっていないのは貴方だけですから。·····今日の午後お茶会をすることになりましたよ」

「お茶会·····味方·····」

 小卒の悟には理解の及ばない世界だが、悟ではなくサトルは貴族である。否応なしに権力闘争に巻き込まれていくことになるのだろう。

「俺は·····ザナック王子の味方をすべきなんだろうか·····」

「それは考え方次第ですよ。バルブロお兄様とザナックお兄様のどちらがまともかと言えば·····」

「ザナック王子·····だよな」

 悩むまでもない。今日の対応だけで判断するなら答えは一つしかない。

「あら、即答ですのね·····可哀想なバルブロお兄様」

 その言葉とは裏腹にラナーは楽しそうな笑みを浮かべていた。

「いやいやいや、今の誘導だよね!? 二択だし」

 悟はアワアワするが、ラナーはその反応をたのしんでいる。

「ふふ·····ねえサトル·····貴方とバルブロお兄様なら?」

「····················俺かなぁ? ··········」

 悟は暫し考えた上で歯切れ悪く小さな声で答えた。

「ふふ、そこは即答ではないのですね」

「··········うん」

 悟はそこまでの自信がない。バルブロよりはマシだとは思うが、他人が自分をどう思っているかなどわからないのだから。

「サトルはバルブロお兄様よりザナックお兄様より素敵ですよ」

 ラナーの美しい顔で見つめられながらそんな事を言われたら·····。

「はふっ·····」

 悟は真っ赤になり、腰が砕けてしまった。もはや完全に骨抜き状態。ラナーに魅了(チャーム)されてしまったようだ。

「えっ、さ、サトルっ?」

 ラナーは婚約者の予想外の反応に驚きの声を上げ、崩れ落ちた悟を心配そうに見ることしか出来なかった。

(駄目だ·····可愛すぎて·····俺には耐えられない·····今はオーバーロードのモモンガのようなアンデッドじゃないから精神安定のスキルがないんだよ·····なぁ·····ちょっとだけあればよかったのにとも思うけど、せっかくの新しい人生なんだし、感情が動くのもよいかな·····)

 悟はそんな事を考えながら、膝に力を入れた。

 

 

 



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魔法使い

 

「サトル、どうぞ」

 ザナックとのお茶会──七大貴族の一人レエブン候が同席──を終えた悟とラナーは、その後もいくつかの予定をこなしてからラナーの自室へと戻ってきた。

 部屋を移動する間は、ラブラブカップルらしく二人仲良く手を繋いでいたため、王宮中の注目を浴びていた。しかしながら輝くような笑顔のラナーとは対照的に悟の顔色は悪かった。

 

(ああ·····疲れた·····休みたい·····)

 実は朝からずっとイベントが続き、初めての体験の連続に悟は疲れ切っていたのだ。そもそも昨晩ラナーのベッドに転移したところから休みなしなのだ。一応念の為にと疲労を無効にするアイテムを身につけているので、身体は元気いっぱいで全く疲れていない。しかし、このアイテムはどうやら精神的な疲れには効果がないようだった。

 常に緊張しっぱなしの悟の精神力は、すでに尽きかけていたのだ。

 ラナーに導かれて部屋に入ったことで、ホッとした悟の気持ちは完全に切れ、ただボーッとして突っ立っていた。いつの間にかラナーが離れて行った事に気がついていない。もちろんラナーは、一言かけているのだが。

 

(ああ·····疲れた·····休みたい·····)

 悟はもはや思考力も低下しきっている様子で、虚ろな目をしている。

「おっ·····」

 そんな悟だったが、ふと顔を動かすと天蓋付きの広々としたプリンセスベッドが視界に入る。いや、正確に言うならベッドしか目に入っていなかったのだ。

(ベッドだ。休みたい休みたい休みたーい!)

 もはやそれしか頭になく、となると·····次の行動は決まっている。

 

「とあっ!」

 その場からベッドに向かって両手を広げ、両足を揃えてスーパーフライ! レベル100の身体能力を持つ悟にとって、ベッドまでの10メートルなど問題にならない。一旦天井近くまで飛び上がり、放物線を描くようにベッドへと落下していく。

 フィニッシュ・ホールドになりそうな見事なスーパーフライだ。このダイブに関してはなんの問題もない。そうダイブに関しては。天蓋に当たらないようにきっちりと踏み切っている。·····そう天蓋には当たらない。

 

「えっ、さ、サトルっ!」

 問題は落下点だった。そこには、ちょこんとラナーが腰掛けて足をブラブラとさせていた。ラナーは驚きの声を上げたが、もはや時すでに遅し。時は戻せず、スーパーフライは止まらない。

 

「えっ、ら、ラナー。ま、まずい〈時間停止(タイム・ストップ)〉」

 時は戻れないが、悟には止めることは可能だった。問題は時すでに遅しということ。寸前で止まったが、もはやどうにもできない。

(ペロロンチーノさんだったか、時間止めて悪戯し放題なゲームをやってたのは·····でもたしか、茶釜さんが出てて萎えたって·····いや、そんなこと思い出してる場合じゃない。どうしたらいいんだろう)

 時間をとめる魔法が切れたら、どうなるかはわかっている。そう、わかっているのだ。

 見事なダイビングボディアタックとなり、ラナーを押し倒してしまうことは明白だ。幾多の戦いで、時をとめてきた経験を持つ悟だが、このようなケースは初めてだ。

(ど、どうしよう·····)

 疲れと動揺から有効な手が思い浮かばない。

(えーっ、思いつかないっ!)

 

 ──そして、時か再び流れ出す──

 

「あふっ」

「くうっ」

 結果的にダイブは止められず、悟はラナーを見事に押し倒してしまう。両手をついてなんとかラナーのダメージを最小限に抑えるのが精一杯だった。

 二人の顔と顔が至近距離に近づく。鼻と鼻が触れ合うようなそんな距離しかない。ラナーからは良い香りがし、それが悟の鼻腔を擽る。理性を飛ばしてしまいそうなほどの甘く良い香りだった。

 

「さ、サトル·····」

 ラナーは瞳を閉じ、その時を待つ。

(サトル、早く·····来て·····)

 高鳴る心臓、お互いの心臓の音が聞こえ、吐息が重なる。あとは·····悟が唇を重ねればよい状況だった。

(ま、まだなの、サトル·····焦らさないで·····心臓が破裂しそう·····)

 ラナーだって初めてなのだ。ドキドキが止まらない。

(震えてないかしら·····ちゃんと出来るかしら·····)

 ラナーは覚悟を決めている····。いや、ラナーは待ち望んでいたのだ。

 生まれつき頭の良すぎたラナーにとって、周りの人間達はつまらない存在だった。誰一人として、ラナーの心には残らない。彼女からすれば、何も無い無色の世界。

 彼女の思考の先を行く者なんていない平凡でつまらない世界だった。

 そんな世界を一瞬で楽しく明るい色とりどりの世界に変えてくれた魔法使いのような青年こそが、サトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリック。

 彼との出会いは、姉の婚約者候補として彼が王宮に呼ばれた時だった。一目見たときに一瞬で心を掌握され、その瞬間恋をした。

 そしてやがて愛を覚えた。愛しい人であるサトル。そんな彼によって少女から女性へと進化する事をラナーは夢見るようになったのだ。

 

「ご、ごめんなさいっ!」

 しかし、肝心な悟は思いっきりヘタレだった·····。現実でも魔法使いだったのは伊達じゃない。悟は両腕に無理やり力を込めると勢いをつけて反転し、ベッドサイドに降り立った。

(あー危ない。理性ぶっ飛ぶところだったわ。疲れていたとはいえ、ラナーがいた事に気が付かないとは·····大失態だ)

 悟の中で重要なポイントは、そこにラナーがいたのに気づかずにダイブしてしまったことなのだ。

 

(えー。な、なにかいけなかったのかしら·····)

 ラナーの側はそうではない。サトルが自分を押し倒してきたのに何もせずに離れてしまった事に動揺する。

(私って魅力ないのかしら? そんなはずないわよね?)

 ラナーは自分が可愛い·····それもとびっきりの美少女であるという自覚があるのだ。もちろん人それぞれ好みはあるが、大多数の心を掴む自信はある。もっとも、彼女が欲しいのはたった一人の心なのだが。

(もしかして匂い? 汗臭かったかしら? 今日は汗はかいていないはずですけど·····)

 身だしなみには時間をかけているし、良い香りがする自信もあった。

「ご、ごめんラナー。君がいることに気づかずに飛び込んでしまった·····」

 悟はバッと頭を下げる。

「えっ、ええー! 」

 頭脳明晰なラナーといえども、これは予想外過ぎて素っ頓狂な声を上げることしかできなかった。

 

(わ、私ったらてっきり·····)

 ラナーは先読みしすぎていた事を悟り、急に恥ずかしくなってしまった。

(えっ·····お、怒ってる?)

 悟の目の前にいる美しい姫は、真っ赤になって俯き、ギュッと拳を握り締めながら肩を震わせている。

(ど、どうしよう·····どうしたらいいんだ、たっちさん助けてくれ!)

 かつてのギルドメンバーたっち・みーに助けを求めるがもちろん、助けはこない。

 それに仮に彼が"正義降臨"の文字エフェクトとともに現れたら、悟の方を成敗するだろう。

(ペロ·····いやあいつはダメだ·····)

 次に顔が浮かんだのは仲の良かったバードマンだが、そもそも彼に助けを求める意味がない。

 

「ふふふふふふっ·····あはははは」

 ラナーは生まれて初めて心の底から笑う。

「えっ·····」

 悟は予想外の反応に驚くしかない。

「あーおかしい。さすがはサトル。私の魔法使いですね」

「は、はあ·····」

 訳が分からない悟は曖昧に頷くしかない。

「サトル、私にとって貴方は特別な存在です。貴方は他の誰とも違う、素晴らしい人ですわ」

 ラナーは悟の腕をとり自分の隣に座らせた。

「ごく平凡だと思うんだけどな·····」

「そんなことないですよ、唯一無二の私の魔法使いです」

 キッパリと言い切るラナーに、悟はちょっと不満そうな表情を浮かべる。

「普通はナイトとか、王子様って言うのに·····」

 別に自分がそうとは思っていないけど、言われてみたかった。

「だって、サトルは貴族だけど王子ではないですし、ナイトって感じでもないですから。やっぱり魔法使いだと思います」

 ラナーは美しい笑顔をみせ、悟はドキマギすることしか出来ないでいた。

 

 

 

 

「そ、それにしてもこの国がそんな大変な事になっていたとはな·····」

 悟はザナック達との会話を思い出し、話題を切り替えることにする。

 

「この国は、あまり良い状況とは言えませんね·····。お父様が決めきれないので、後継者となる次期王が決まらず、二人の兄が跡目争いを水面下で繰り広げていますし、中には姉である第一王女の婿·····私からすれば義理の兄であるペスペア候を推す貴族もいます。それにその貴族達も王を支える王派閥と、あわよくば権力を王家から奪いたいとまで考えているボウロロープ候を中心とする貴族派閥にわかれ、お互いに足の引っ張りあいをしています。正直今のままだと·····」

 ラナーは憂いのある顔つきになり軽く下を向く。

 

「国がよくなることはない·····でしょうね」

 悟の印象ではこの国のトップ陣は自分の事しか考えておらず誰も民をみていない。そんな者が上にいる国がよくなるとは思えなかった。

 ザナックとともに同席した七大貴族の一人レエブン候はちゃんと民をみているなと感じてはいたが、一貴族だけではどうにもなるまい。

 

「違いますよ、サトル。よくなることはないのではなく、この国は静かにそして急速に滅びの道を進んでいます。このままいけばそう遠くない将来に滅び、地図から国の名前は消えることになりますね」

 悟は先程からラナーの艶やかな唇に目が釘付けだった。先程至近距離まで接近した事もあって余計に意識してしまう。

(吸い込まれそう·····ヤバイな·····)

 なんて思考にとらわれたのも仕方ないだろう。

 もっとも、その美しい唇から発せられたのは、あまりにも重い言葉だった。·····どうやら悟の見通しは甘過ぎたようだ。

 

「·····ところでサトル·····そんなに私の唇を見つめて·····」

「えっ! ああ、ご、ごめんなさい·····」

 返答も出来ずに目線を外せなかった。つまりは見つめたまま固まっていたということだ。

「いいですよ·····。今度こそ、ちゃんとしてくださいね。サトル、貴方を愛しています」

 ラナーはそう言ってそっと瞼を閉じた。

「あ、う·····あ」

 動揺してさらに悟は固まってしまう。もちろんラナーの行動の意味はわかる。わかりすぎるくらいにわかるのだが、体はまるで麻痺の魔法·····いや、石化の魔法をかけられたように動かない。

 

(·····覚悟を決めろ。ここまでさせて恥をかかせてはいけない·····た、たしか·····す、スウェーデン桑名ってやつだ! そ、そうだよな? なんで、スウェーデンと桑名なんだろう·····ええいままよ·····)

 悟は震える右手を動かして、ラナーの顎に手を添え少し上を向かせる。·····正確には悟の意図を察したラナーが自分で上を向いたのだが、悟が気がつくはずもない。

 

「お、·····俺もき、君をラナー·····君の事が·····す·····すきだよ·····」

「ラナーを愛してくださいますか?」

「も、もちろん」

「ちゃんと·····こ、言葉で·····」

「あ、あいして·····」

 ドンドンドン! 

 激しいノックの音がする。実は普通のノックだったのだが、今の二人にはこれくらいに聞こえたのだ。

 

「姫様~バルブロ王子がいらっしゃいました」

 部屋づきメイドの声がする。

(もーう! バルブロお兄様のバカぁ!)

 ラナー心の叫びであった。

 

 

 

 

 

 







最新巻のアインズ様のダイブからの連想。
トペ・スイシーダのような低空ダイブか、はたまたボディプレス系か·····。本作ではボディプレス系をチョイスしてみました。



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再びのバルブロ

 

 

「サトル、用意はよいでしょうか?」

 ラナーは輝く笑顔を悟へと向けた。

「·····ああ、大丈夫です·····いや大丈夫だよ、ラナー」

 ラナーの美しさに一瞬気を取られた悟は、思わず素の鈴木悟を出してしまうが、すぐにちょっとカッコつけた自分·····サトルとして答え直す。

「サトルはサトルでよいのですよ? 私の前だけなら」

 ラナーは悟の左手をギュッと握る。

「ラナー·····」

 思わず見つめ合ってしまう二人·····。

「バルブロお兄様を忘れてはいけませんね」

 ラナーはこのままでいたいという気持ちを押し殺し、苦笑いを浮かべる。

「ですね」

 悟も離したくないと思いつつ、手をそっと離し扉の方へ向いた。二人は部屋のやや奥に並んでいる。部屋の入口から見て右手側にラナー、左手側に悟が立ち、邪魔者の来訪者を待つ。

 

「入るぞ!」

 ラナーの了承を得た事を伝える為に、部屋付きメイドが姿を消してから僅か数秒·····扉が開くと同時にバルブロが姿をあらわした。

 なお、"入るぞ"と言った時には既に部屋に踏み込んでいる。返事を待つ気などないのだ。

 こういうところからもわかるように、バルブロは急な来訪にも関わらず、まったく悪びれる様子がない。むしろ堂々と我が物顔でずんずんと部屋へと入ってきた。

 

(ここはお兄様にきて欲しくはないですね)

 淡いピンクの壁紙はラナーにはピッタリかもしれないが、バルブロには似合わない。本来はもっと飾り気のない部屋だったのだが、サトルに出会いラナーは、調度品などにもある程度気を使うように変わったのだ。

 

「まあ、断る必要もないのだがな」

 バルブロはそう言い放つ。彼の立場からすればこの態度は至極当然だ。なにしろ彼はこの国の第一王子。いってみれば国家のナンバー2であり、いずれは頂点に立ち、王になると思いこんでいる存在だ。

 "わざわざ俺様が自ら足を運んでやったんだ。出迎えて当然だ。この城は俺のものになるのだからな。ラナーのものも俺のものだ! "という思考なのだろう。

 

「ようこそ、お兄様」

 ラナーは内心の不満を一切出さずに、にこやかに完璧な態度で出迎える。

(もうっ! あとちょっとのいい所でしたのに·····)

 もちろんだが、ラブラブなところを邪魔をしたバルブロの事を許してなどいない·····というよりもかなり怒っている。

 

「おう」

「お兄様が私の部屋を訪ねてくださるなんて何年振りでしたかしら? 訪ねてくださって嬉しいですわ」

 しかし、その怒りを隠し、まったく心にもない事をさらりと言い切れるのは、腹芸が必須となる王族ならではだろうか。

 

「さすがにお前も子供ではないからな。それに第一王子として俺様も日々忙しいのだ」

 ラナーは、バルブロが普段何をしているかをもちろん知っているので、心の中で溜悪態をつく。

(·····いったい何が忙しいのでしょうね。日々剣の稽古に、馬術·····あとは次期王に取り入りたい愚かな貴族達の接待を受けて、あの義姉様をほったらかして愛妾達とやりたい放題·····たしかに忙しいでしょうけど、この国に役立つことは何もしていない·····本当に無価値·····)

 ラナーはバルブロの評点をゼロどころか、マイナス三億点くらいにしている。ここまでくると、もう取り返すのは不可能に近い。一念発起して人生を一からやり直すくらいの気概が必要になるが、自らそんな事を考える人間ではない。

 もし、バルブロが変わるとすれば、ありえないくらいのショックを与えるしかない。

 例えば·····そう、一度殺してくれと懇願するくらいに酷い目にあって実際に死んで生き返る·····と言うような有り得ない奇跡がおきれば·····。

 もちろん、現実にそんな事ができるわけはないので、ずっとバルブロはバルブロのままだろう。

 

 

「まあ、流石はお兄様。この国の為に頑張っていらっしゃるのですね!」

 もちろんこれは皮肉を込めているのだが、ラナーの表情や声はそれを感じさせない。完璧なる王女の対応にしか見えない。

 

「うむ。その通りだ。何せ俺様は次期国王だからな!」

 午前中に悟にボコボコにされたわりにバルブロは機嫌が良さそうだ。

(おかしい·····いつものお兄様とは違う·····いったい何を·····)

 ラナーはある意味バルブロが苦手だ。それは気に入らないという意味でもあるが、思考が読めないのだ。正確にはまったく読めないわけではないのだが、馬鹿を理解するのはかなり難しい。愚者は智者の想像を超える事をしでかす事がある。そういう意味ではザナックやレエブンといったまともな人間の方がラナーからすれば扱いやすい。

 

「早く公表されるとよいですね」

「ああ。まったくだ。父上ときたらいったいいつになったら俺様と決めるのだ。だいたいザナックなど俺様とは比較にならない貧弱者なのだぞ」

 顎髭を右手で撫でながら、下の弟を大声で嘲る。とても王の器には見えない。

(はぁ·····バルブロお兄様は、ザナックお兄様とは比較にならないくらいの愚か者ですけどね·····。バルブロお兄様が国を継いだら確実に王国は終わります·····うぷっ)

 心の中で盛大に溜め息をし、ラナーは眼前に立つ愚兄の賢さの欠片もない馬鹿面をみて吐き気すら感じていた。

 

「·····ところで、お兄様。本日はどのような?」

 気を取り直して、誰もが魅了される笑顔で尋ねる。

 

「うむ。ラナー、お前とそこの貴様·····ナザリック候の婚約をまだ祝ってなかったのでな。祝いに来たのだ」

 意外な事に、バルブロの顔にはナザリック候こと悟への憎悪の色は見られない。

(あのお兄様が·····公衆の面前で恥をかかされて、その張本人であるサトルに対して·····ありえませんわ)

 バルブロが寛大な心を持っていたなら、父王であるランポッサ三世はとっくに後継者として王太子に指名していただろう。

(いったいどういう·····)

 規格外の化け物じみた──超超超天才的な頭脳を持つ──ラナーをしてもわからないのがバルブロの思考だ。

 "たかが貴族の血を引く者ごときが、王族であるこの俺様に恥をかかせやがって! "と怒鳴り散らす方が似合っている。そんな愚物こそがバルブロなのだ。

 

「それはわざわざありがとうございます、バルブロお兄様」

「ありがとうございます、バルブロ王子」

 ラナーと悟は二人揃って──正確には悟が一拍遅れで──頭を下げた。

(こいつに頭を下げたくはないが·····)

 これは本音であり、本当に頭を下げたくはないが、致し方ない。そもそも悟は元々営業マンだ。下げたくない頭を下げる事には慣れている。慣れたくはないものなのだが。

 

「うむ。ナザリック候、ラナーを頼むぞ。それと祝いにこれをくれてやる」

 バルブロは、腰に下げていた煌びやかな装飾が施された派手な剣を鞘ごと自分の前に自慢げにかざす。

 鞘や鍔の部分にいくつもの宝石が賑やかな·····よく言えばあまり調和を感じる事はできないで悪く言えば持ち主の同じように下品な感じがするそんな剣だった。

「まあ、お兄様の大切にされていた剣を?」

「装飾が美しいですね」

 悟は当たり障りのない褒め言葉を口にするが·····。

(うーん、ただの飾りだな。ユグドラシル的には何ら価値がなさそうだな。鑑定はしてみるけど)

 内心はかなり冷めていた。収集癖のある悟だが、コレには心は動いていなかった。

 

「俺様が大事にしていたものだ。ありがたく受け取れよ、ナザリック候」

 言うが早いかいきなり鞘ごと悟へと放り投げた。それもアンダースローではなく、オーバースローでだ。

 

「!?」

 さらに悟へというよりは、悟のいる方へと適当にと言うべきだろうか。その速度は放り投げるというよりは全力投球に近い。まあ、球ではないので、全力投剣が正しいかもしれない。コースは悟の右側、ラナーとは反対側に大きく高くそれている。妹にぶつけるつもりはさすがにないようだ。

 

「あっ!」

 ラナーは瞬時に全てを悟った。彼女の天才的な頭脳が導きだすまでにかかった時間は、なんとその間わずか0.05秒にすぎない。

 では、そのプロセスを最初から説明しよう。

 

 剣に注目を集めておいてからの不意をついての投剣だったのだが、ラナーはその前からバルブロの目はがけっして笑っていない事に気づいていたし、投げる寸前、一瞬だが口元に醜い笑みが浮かんでいた。

 

(お兄様はやはりお兄様! 不意うちでサトルが祝いの品を受け損なうのを狙っていたのねっ!)

 正直せこい仕返しだが、王子からの祝いの品を落としたりしたら、不敬として糾弾できるだけの材料になる。武力で負けた仕返しを権力で。

(愚物の考えそうなことね。でも、上手くいくかしら? だってそこにいるのは私の魔法使い、サトルよ!)

 これを一瞬にして考える事が出来るのがラナーなのだ。

 

 一方のサトルは·····。

 

(セコッ! 〈時間停止(タイムストップ)〉)

 悟以外の全ての時が止まる。

「別に止めなくても構わないんだけどな。この程度なら簡単に受け止められるし·····しっかし、このバカ兄貴はクソだな·····。心臓握り潰してやろうか····。まあ、ちょっとおどかしてやるか」

 悟は、魔法をいくつか発動させる。時が戻った瞬間に発動するようにしかけたのだ。

 

 そして、時は再び流れ出す。

 

 バシイッ!

 

 良い音がして、悟が剣をキャッチすると同時に宙を蹴ってラナーの元へ戻る。飛行の魔法を無詠唱で発動しているのだが、バルブロにはわからない。

「なにっ!」

 バルブロが有り得ない動きに目を見開いた瞬間、突如眩しい閃光(フラッシュ)がその視界を埋め尽くす。

「眩しっ!」

 当然発動を知っていた悟は、その寸前にラナーの視界を遮っている。

「ラナー、耳を塞いで」

「はい」

 バルブロには聞こえない声で囁き、自身も耳を塞ぐ。

 

 

 ぱあぁぁぁん! 

 

「はぐうっ!」

 風船が破裂するような音がして、バルブロは情けない叫びをあげ、その大きな体を思わずビクゥっと震わせ、飛び上がってしまう。

「な、なんだっ!」

 視界を封じられていたバルブロは、ここで着地に失敗! 見事にバランスを崩して、後頭部から一人バックドロップ!! 

 地獄へ落ちそうなくらいの急角度で後頭部を床に強かに打ちつけてしまい、泡を吹いて意識を飛ばしてしまった。

 

「お兄様っ!」

 棒読みで、まったく心配の欠けらも感情も無いラナーの声が部屋中に響いた。

 

 

 

「〈道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)〉·····やはりガラクタか」

 その影で、こっそりと宝剣を鑑定した悟のガッカリした声を聞いたものは誰もいない。

 

 

 









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ラナーのお願い

 

 

「ふー·····それにしても長い一日だったな·····」

 部屋でラナーとゆっくりとふたりっきりで食事を済ませた悟は、そのラナーが湯浴みに出たこともあって長々と深い溜め息をつく。

 いきなりラナーのベッドで目覚めてから、王族との朝食会、義兄になる予定らしいバルブロとの剣での対決。昼を挟んでザナック達とのお茶会·····さらに細々としたものを消化しての、先程のバルブロとのある意味再対決·····。

 こんなに色々とあった一日なんて記憶にない。忙しく大変ではあったが楽しい一日でもあった。

 

「しかし、ユグドラシルの最終日のラストまでログインしていたら、何故か違う世界の貴族様·····それも王女様の婚約者になるなんて·····誰も信じないだろうな。みんなならどんな反応をするだろうか·····」

 懐かしいギルドメンバー達を思い浮かべながら、楽しかった思い出を振り返る。

 

「うーん、ペロロンチーノさんは羨ましがるだろうな。"モ、モモンガさん! か、代わってくれー!! "って言い出しそうだ」

 仲の良かったバードマンの姿を思い浮かべる。エロゲーイズマイライフな彼にとって、この状況は美味しすぎるだろう。たぶん。

 

「まあ、絶対に代わらないけど。·····うん。·····茶釜さんには··········考えるの止めておこうかな」

 ピンクの肉棒という見た目に似合わない、ドスの効いた凄みのある声を思い出して、おもわず身を竦める。

「声優さんだけあって、茶釜さんの低音マジで怖いからな。ロリボイスも出来るし、幅広いよな。さすがだ·····」

 ぶくぶく茶釜は、ペロロンチーノの実の姉だ。凄みのある低音ボイスで弟を叱責する姉の姿はある意味ギルド名物だった。何度見たことか。

 懐かしいなぁ·····などと思いつつ、悟は窓から見える星空へと視線を移す。悟のいたギルド"アインズ・ウール・ゴウン"の本拠地であるナザリック大墳墓にはギルメンがこだわって作った星空がある。

 

「ねえ、ブループラネットさん·····貴方にこの世界を見てもらいたかった。貴方が愛した自然がここにあります。今なら、貴方の気持ちがよくわかりますよ。·····美しい自然と、この星が瞬く夜空·····本当に素晴らしいですよ、ブループラネットさん」

 それをデザインした彼·····そう心から自然を愛したブループラネットなら、この世界をきっと気に入っただろう。間違いなくそう思えた。

 

「ブループラネットさんって何方ですの?」

 不意に美しい声がする。

「古い友達·····だよ。ってラナーいつの間に····って·····うっ·····」

 湯上りでほんのりと紅に染まった肌が色っぽく、ラナーの美しさにさらに魅力を加えている。欲望が刺激され、悟は思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。

「少し前からですよ。サトルが夜空ばかり見ていて、私にまったく無関心だからです。私より、夜空の方が大事かしら?」

「あ、いや。そ、そんな事はないです」

 動揺しまくる悟を見ていたラナーはクスクスと笑い出す。

 

「もう。サトルって可愛いんだからっ」

「えっ!?」

「でも、私に気づかなかった罰は必要ですね·····」

 ラナーは思案顔になった後にニヤリとする。驚くほど美しく、そして悪い笑みだった。しかし悟は美しさに目を奪われそこに気がつかない。

「え、ええっ?」

「だから罰として、私のお願いを一つ聞いてもらいます。いいですね?」

「は、はいっ」

 悟は逆らえない。いや逆らう気持ちもなかった。ラナーのお願いならなんでも叶えてあげたい。幸せな笑顔をずっと向けて欲しいと思っている。

(俺、完全にラナーの虜って奴なんだな·····ああ、惚れたよ·····大事にしたい。こんな気持ちは初めて·····かもしれない)

 ぶくぶく茶釜の事も·····今思えば多分好きだったのだが、ラナーへの想いはより強いものだ。たぶんライクとラブの違いなのかもしれないが、恋愛経験レベル1の悟にはよくわからない。

 

「·····ではお願いです。ねえ、サトル·····」

 ラナーは悟の目をじっと見る。

「は、はい」

 どんなお願いかとドキドキしながら、悟は続きを待つ。

「私を夜のデイトに連れて行ってください」

「えっ、夜のデイトは危険すぎる·····のでは?」

 悟の認識ではそうだ。経験不足のせいか思考が一世紀以上前の人間のようだった。

「まあ、まるで少女のような事をいいますのね。ふふっ、サトル可愛い」

「あ、いや、え、ああ·····」

 どう返して良いかわからず、悟は口をモゴモゴさせてしまう。これでは立場が逆だ。

「さあ、デイトにしましょう。どこに連れて行ってくださいます?」

 これは決定事項であり拒否権はない。

「えっと·····じゃあ夜空を飛ぶなんてどうかな?」

 悟はラナーにプレゼントした飛行のネックレスの事を思い出す。

 

「夜空を飛ぶ?」

 ラナーはゆっくりと言葉を反芻し、考え込む。

(と、突飛すぎたかな? デイトといえば、レストランで食事をしたり、映画をみたりするやつだろ? 食事はしたばかりだし、映画なんかなさそうだし。車でドライブ·····なんて出来ないし。だいたいこの世界は、ファンタジーによくある中世ヨーロッパ風だから、どう考えても馬車になってしまうよね·····)

 そもそも女性と二人でデイトなんて、悟の人生であったかどうか。

(茶釜さんをオフ会の後に送っていったくらいかなぁ·····)

 あの時、悟に勇気があれば·····ペロロンチーノとの友人関係などを考えて躊躇せず、あと一歩踏み込んでいたら、また人生はきっと違ったのだろうと思う時はあった。そうしたらもしかしたら最後まで彼女はユグドラシルを去る事はなかったかもしれない。

 

「それ面白いです。さすがサトル、私の魔法使いですね」

 ラナーはニッコリと微笑む。それを見て、悟はホッとした気持ちになっていた。

「あ、うん。じゃあ行こうか。飛び方は多分わかるよ」

 悟自身もそうだったのだが、この世界では魔法のアイテムを身につけると使い方が頭に流れこんでくるような感じがして、自然と使い方がわかるようになるのだ。

 

「こうかしら·····」

「うっ·····」

 フワッ·····とラナーの体が浮き上がり、スカートの裾がふわりとなる。無駄な肉のない美しい足首がチラリと見えて、悟はドキドキしてしまう。

「·····おーそうそう、上手いよラナー」

 拍手を送って誤魔化すが悟のドキドキは止まらない。

「不思議な感じですわね。でも、新鮮でわくわくします」

「そ、そう。俺もドキドキするよ」

 もちろん違う意味でだが。

 

 しばらく練習して、ラナーが慣れて制御できると判断したところで、悟はラナーの手をとり、窓へと向かう。

 

「さあ、ラナー行って」

「え、私が先にいくのですか?」

 ラナーは戸惑いを隠せない。

「うん。俺が先に行ったら、ラナーに何かあった時に助けられないからね」

 悟に他意はない。純粋にラナーを心配しているのだ。

「そう。わかりました。でも、サトル一つだけ約束してくださいね」

「約束?」

 悟は予想外の返しに戸惑う。だからラナーが一瞬だけまた悪い笑みをみせた事に気がつかなかった。

「下から覗かないでくださいね·····」

「そんなつもりないよ」

 勿論悟も男だ。興味は多いにある。

「それならいいのですけど。実はスカートの下をはいていないので」

 ラナーは真っ赤になって俯いてしまった。若干だが肩が震えている。

 

「えっ、ええっ·····」

 悟は頭をハンマーで殴られたような錯覚を覚える。

(は、はいてないって事は、ノーバン! いや、の、のうぱん? と、い言うことはそこにはひ、秘密の花園が·····)

 悟は未だ見ぬ秘境·····秘密の花園を想像してしまう。いや、しないのは無理だろう。

『モモンガさん、アンダーって金髪の女の子はやっぱり金色なのかな。モモンガさんはどう思う? まあ、シャルティアはアンダーはナシにするけどさ』

 不意にペロロンチーノの言葉が脳裏に蘇る。

(き、金髪のラナーのひ、秘密の花園はやっぱり金? やべぇ·····)

 ペロロンチーノのせいで想像が広がり、悟の興奮がどんどん高まっていく。オーバーロードだったモモンガならともかく、生身の悟では抑えるのは難しいだろう。

 

「·····サトルのえっち。·····今絶対想像してましたよね?」

 ラナーはスカートの上から両手で大事な部分を隠しつつ、抗議の目線を送る。

「え、いやその·····」

 動揺しまくる悟は、ラナーが笑いを堪えている事にまったく気づかない。

 

「ふふっ、サトル·····。安心してください、ちゃんとはいてますよ」

 ラナーは堪えきれずに、お腹を抱えて笑い出す。

「プハッ、からかったのかっ!?」

 自分の動揺はなんだったのかと、安心する反面残念でもあった。

 

「ご、ごめんなさい。反応が面白すぎて·····」

「も、もう! 悪戯っ子だなラナーは!」

「ごめんなさーい。てへ」

 窓から飛び出し夜空へと上昇していくラナーを悟は追う。ラナーのスカートの中は確かにはいていた。

(白っ! やっぱ王女は白が似合う·····って、俺はペロロンさんじゃないっ!)

 頭をブンブンと振って邪念を振り払い、ラナーに追いつくとまた自然と手を繋ぎ合う。

「見て、サトル! 王宮があんなに小さく」

 二人の眼下には王宮、王城·····そして王都が小さく見えていた。

「こうやってみると古臭くてちっぽけなものだな·····」

 悟は思わずそんなふうに呟いてしまう。それを聞いたラナーの瞳がキラリと輝いた。

「ですね。それに比べて·····この夜空はどう? 美しく·····」

「そして広いですね。星がいや、星々がとても美しい。·····まるで星々の宝石箱や!」

 何故か浮かんだフレーズを口にする。

(ってロマンチストか俺は·····しかしなんで関西弁風になったのだろう)

 自分でも不思議なのだ。誰にも答えはわからないだろう。

 

「そうですね。王国は古臭くてちっぽけな国です。私もそう思います」

「ラナー、君の立場で·····」

「ふふっ、そんな事を口にしてはいけませんか? でも、サトル·····これが私の思いです。サトル、今日見たでしょう? 私の二人の兄を。·····貴方はどう思います? あの二人に国を任せられますか?」

 悟は、バルブロとザナック·····ラナーの二人の兄の事を考える。

「·····バルブロは論外だな。ハッキリ言ってザナックの方が良いだろう」

「·····本当にザナックお兄様でよいと思いますか?」

 ラナーは真剣な眼差しで悟の目を覗き込んでくる。

「·····ザナックの方がはるかにマシだよ」

「そうですか。でも、この国の将来を思えば、ザナック兄様では力不足です。このちっぽけな王国に魂を引かれ、囚われている限り」

「バルブロは論外·····ザナックでは力不足·····じゃあ誰がこの国を·····」

 ラナーは右手の人差し指を左右に可愛く振って無言で悟を指さした。

「この俺かっ! ··········っておいおい、なんでそーなるのっ!」

 さすがにそれはないだろう。悟はただのサラリーマンなのだ。

 

「違いますよ、サトル」

「なんだ。冗談かビックリした」

 ホッとして息を吐く。

「サトルは、この王国ではなく、この世界の王になるのです。私を世界一の王妃にしてください」

「え、ええっ!!?」

 ラナーのぶっとんだお願いに悟は口をアングリとするしかない。

「これが朝約束した、私のお願いです」

「あ、う。そう来るのか·····」

 両手を組み合わせ、潤んだ瞳で見つめるラナー。悟は頷く意外の選択肢がなかった。

「わかったよ。俺が王に相応しいとは思えないけど、ラナー·····君の支えがあれば·····たぶん大丈夫な気もする。だから俺は、ラナーの望む者になるよ。例え俺ではない何かになろうとも、君の夢を汚す者は許さない。もし、邪魔をする者がいたら、"お前はこの国を·····ラナーの夢を汚した·····"と俺が成敗してみせる。ラナー、君のためにできることを俺はすると誓うよ」

 自分でもとんでもない事を口にしている自覚はあるが、ラナーの為ならと自らを奮い立たせる。

 

「サトル、ありがとう」

 ラナーの瞳から涙が滲む。それを悟は指で拭ってあげながら·····。

「ラナー、俺は君を愛している·····」

 昼間バルブロのせいで、言えなかった言葉をさらりと言えてしまう自分に悟は内心驚いているが、これは本心だ。だから言えたのだろう。

「サトル、私も貴方を愛しています」

 ラナーは微笑み、そしてもう一度涙を零しながらそう告げた。

「ラナー、この宝石箱を君に捧げるよ」

 二人の距離は自然と近づき、最後は悟がギュッとラナーを抱きしめる形になる。その勢いで二人はゆっくりと円を描いて時計回りに回り出す。

 

「サトル·····」

「ラナー」

 そして、ようやく二人は唇を重ね合わせた。夜空に瞬く星々が静かに見守る中で、長く口づけを交わしながら、二人はクルクルと回り続ける。

 

 

 星空のダンスタイム·····もちろん誰も邪魔をする者はいなかった。ただ静かに無数の星々が二人を見守っていた。

 

 

 

 

 





あえて、デートではなく、デイト表記です。誤字とかでは無く意図的なものです。



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願い



短めの挿入話を挟みます。
今回は、ラナーは出てきません。
1話の裏側のお話です。






 

 

 

 時はユグドラシル最終日に遡る。

 

「父上、宝物殿へようこそおいでくださいました」

 ナザリックの宝物殿の領域守護者であるパンドラズ・アクターは、歓迎の声をあげ、ビシッと敬礼を決める。

 もっとも·····それは本人的にはだ。実際にはNPCである彼は命令がなければ動けないし、声はそもそも出ない。意志とは裏腹に微動だに出来ず、ただ寂しげなオーラを垂れ流す漆黒の豪奢なローブを纏った骸骨の魔王をみつめることしかできないのだ。

 

 

「俺が創ったパンドラズ・アクター……お前も消えてしまうんだよな……。みんなで色々あーでもない、こーでもないとやっていたのが懐かしいよ。ここがなくなると生きていく楽しみがなくなってしまった感じがする。なあ、パンドラズ・アクターよ、お前は何を感じていたのだろうな」

 創造主モモンガが寂しげな声を漏らす。

 

(ああ、父上·····モモンガ様·····言葉を発する事のできないこの身が·····恨めしい)

 今すぐ創造主の問いかけに答えたい、一人寂しい思いをずっとしてきた父に対し"父上は、一人じゃありません! と叫びたかった。

 しかし、それは叶わぬ事だ。モモンガの言葉一つ一つが聞こえているのに、彼·····パンドラズ・アクターの声も想いは届かない。

 

「··········答えは聞けないか。あたりまえだけどな……」

 創造主のため息に、パンドラズ・アクターの心は大きく乱れる。

(申し訳ございません、モモンガ様っ!)

 今すぐ土下座して謝りたい。でもそれも出来ない。パンドラズ・アクターは、流せぬ涙を流し、途方にくれている。

(何か私にできることはございませんかっ!)

 役に立ちたい。何か少しでも、何でもよかった。

 

「もしも願いが叶うなら、美人なお姫様と仲良く暮らしながら、冒険したり恋愛をしたりして生きていきたいね。俺の今持っている能力や魔法が使える世界でな。きっと楽しいぞ!」

 不意に創造主が漏らした願い。

(モモンガ様、畏まりました。その望み叶えられるのであれば、必ず叶えます·····ですからモモンガ様·····)

 なんとか叶えたいとパンドラズ・アクターは考える。もっともそれを口にした本人は、出来もしない夢のようなことだと思っているのだが。それを彼·····パンドラズ・アクターは知らない。

 

(願いを叶える·····ですか)

 最後にこの宝物殿を訪れた至高の御方の一人から、アレを預かって居ることを思い出したのだ。

(使えば願いが叶うかもしれないですね。使えればですが)

 命令なく勝手は出来ないが、パンドラズ・アクターにとって父と慕う創造主モモンガ──鈴木悟という別の名前を持つことも知っている──の願いは命令と同じだ。あとは使えるかどうかだった。

 

「さあ、あと30秒を切ったか。では、サヨナラだパンドラズ・アクター。残念だが、もう会うこともあるまい」

 骸骨の魔王は、パンドラズ・アクターの肩にポンと手を置いた。

(モモンガ様っ! )

 パンドラズ・アクターは焦るが、もちろん何も出来ないし、声は届かない。

 

「さようなら、アインズ・ウール・ゴウン。さようならナザリック……グッバイ……モモンガ……ありがとう俺の青春。虹色に輝く楽しい時間だった……よ」

 父モモンガの最後の呟きに、パンドラズ・アクターは意を決して声を上げた。

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)

 初めて声がとび、自分の意思で体が動く。その一瞬にパンドラズアクターは素早く·····そう即座にアレを全力で発動し願いを叶える。創造主の願いの通りに·····。

 

「父上、いつかまたお会いできる日を楽しみにしております。喜んでいただけるとよいのですが·····」

 モモンガの姿が消えた事を確認しながら、パンドラズアクターもまた姿を消した。

 

 

 

 そして、モモンガ·····いや鈴木悟の新しい冒険が始まる。願いの通りに美人の姫とともに。

 

「サトル、さあいきますよ」

「待ってよラナー」

 

いや 言い直そう。二人の物語が始まるのだと。






次回はサト×ラナの本編の予定です。


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だって悟は100レベル

話は少し進みます。
ちょっぴり大人な話が混ざるから。R15を加えました。







 

 

 

(俺は遂に卒業したよ、ペロロンチーノさん。ああ、それにしても·····この俺が卒業する事ができるなんて·····)

 悟は、ちょっとした感動──本当は半端なく感動だが、少しカッコつけた──を覚え、そして今までに感じたことのない達成感を味わっていた。

 

(それにしても·····なんだか世界が眩しいぜ·····)

 なんだか今までとは違う世界に感じる。まあ、実際には本来悟がいた世界とは違う世界にいるので、間違いではないのだが·····今回はそういう意味ではない。

 

 ひとりぼっちでナザリックを維持していた前の悟は、言ってみれば色のない灰色の世界にいたが、ラナーと出会い明るい世界にそして今はオレンジ色に感じている。ラナーが初めてサトルに出会った時にある意味似ているのかもしれない。

 

(まるで縁のなかった事をこんな美しい女性を相手に·····まるで夢のようだな·····おっと見ちゃ駄目だ。止まれなくなるよ·····)

 悟の隣にはラナーがいる。

「きゅう·····」

 ベッドの上で目を回しぐったり突っ伏しているラナーの美しい裸身·····特に細い腰と小ぶりながらも、形の良いヒップが目に入り、悟の欲望がまた蠢きだす。

 

「目の保養って言い方よくするけど、今は駄目だ。見ちゃいけない·····ずっと見ていたいけど·····ヤバいな欲望が止まらないぞ·····完全に溺れそうだ」

 見ないようにと優しくシーツをかけ、部屋の端まで吹っ飛んだふっかふかの布団を拾ってきて、はたいてからそっとラナーを包む。

 

 その間ラナーは身動ぎ一つしない。どうやらこの分だと彼女は当分目を覚まさないだろう。

 

(うーん、調子に乗りすぎたかな·····)

 ベッドサイドに腰掛けた悟は、ちょっぴり反省しながら、愛しい妻の美しい黄金の髪を撫でる。

「ちょっとイジメっ子しすぎたかなぁ·····でも、ラナーが悪いんだぞ」

 そう呟きつつも、本当は自分が悪いとは思っていた。

 

 

 

 悟が第三王女の婚約者としてこの世界に来てから二ヶ月が過ぎ、悟は今日·····正確には昨日だが、ラナーとの豪華ながらささやかな華燭の典──サラリーマンの感覚としては豪華すぎるが、王族にしては質素という感じらしい──を終え、そしてついに·····ついに初夜を迎えたのだった。

 悟とラナー、相思相愛の二人は、これまでも幾度もベッドをともにしながら、超えなかった一線を遂にこの日超えたのだ。

 

 もちろんこの二ヶ月の間に、ラナーからは何度も婚前交渉を誘われたのだが、悟は頑として首を縦には振らなかった。

 

「もう、サトルは古風なのね·····」

 ラナーは不満げに頬を膨らませて可愛らしく抗議する。

(私はいつでもいいのになぁ。というより早くして女にして欲しいのに·····)

 ラナーのモヤモヤは溜まっている。ここまでの気持ちにさせておいてお預けというのはなかなか苦しい。

 

「し、祝言を挙げるまでは、駄目だ·····」

「祝言ってなんですの?」

 どうやら悟の言い回しは古風過ぎて通じないらしかった·····。

「·····結婚式までは駄目だ。そ、その後なら····················」

 悟は真っ赤になって俯き、瞳は落ち着きなく宙を彷徨う。言葉にしたいが出来ない。

 

(まったく、サトルったら可愛いんだから·····)

 ラナーの中で、ちょっと虐めたい願望が疼く。

「その後なら、なんですの?」

 もちろん、わかっている。わかっちゃいるけど、言わせたい。そんなラナーの心理が働き意地悪く聞いてみる。

 

(さあ、言ってサトル)

 ラナーは微笑みという名の最強のプレッシャーをかけ続ける。

「だ、だから·····えっと·····た、たくさん·····ダダダダダダ·····」

 やっぱり言葉が続かない。

(ん、もう。サトルったら仕方ないわねぇ·····)

 ラナーは言葉にさせるのは無理と判断し、リードすることにする。

 

「クスクス·····抱いてくださいますのね?」

「う、うん。もう、目一杯に! ラナーがやめてと懇願してもやめないくらいに! 何度でも!」

 これが悟の本音だ。悟だって、眠れなくなるくらいに欲望は覚えているのだ。ただ、理性で無理矢理抑えているだけだった。

 

「楽しみにしてますわ」

 ラナーは本当に楽しみにしていたのだが、悟に本心を言わせたことをちょっぴりどころかかなり後悔することになる。

 

 だって悟は100レベルなのだ。

 

 

 

 そう、悟の体力は魔法詠唱者(マジックキャスター)ではあるが100レベル相当である。一般人とはハッキリ言って桁がまったく違うのだ。

 行為の一回の持続時間が長く、そして回復力まで異常に高かった。

 そう、世の中の男性の悩みとは無縁の存在である。

 なにしろ絶頂に達した後、僅かな時間で次に行けてしまうのだ。ほぼ一瞬に近い。体力もあるから休む必要がないのだ。

 

「ま、待ってサトル! ちょっと休ませてくださいませんか!」

 甘い匂いの汗をかき息を切らせて懇願するラナー。悟はと言えば息も切れず汗一つかかず、涼しい顔だ。

「ダメだよ、ラナー。言っただろ? 懇願してもやめないって」

 悟は優しく微笑むとグイッと腰を動かす。

「きゃうん! そんな·····ひどい·····」

 いつもは悟を手玉に取っているラナーだが、この時ばかりは完全に悟に支配されていた。

「·····もう、嬉しいくせに。愛してるよラナー」

「う、うう·····私も愛してます。さ、サトル」

 ·····こんなやり取りを何回しただろうか。十を超えるまでは数えていたが、その後は覚えていない。

 実際行為は20を超えていたが、ラナーも悟もお互いにそんなことはどうでも良くなっていた。

 

 

「ラナー、おやすみ。まあ、もう明るいけどね·····」

 すでに朝を告げる陽の光が、室内に差し込み初めていた。

 

 ちなみに明日からはハネムーンに出る予定だ。

「少し寝るか。ラナー、愛してるよ」

 悟はそっとラナーを仰向けにすると優しく口付けた。

 

 

 

 

 

 

 



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「さあ、サトルいきましょう」

 二人の初夜の翌朝·····あれだけの事をした――いや、させられた――というのに、ラナーはぐったりしている様子もなく、元気いっぱいだった。

(あれだけぐったりしていたのに·····念の為ポーションを使って正解だったかな)

 悟はヤリ過ぎた·····いや、やり過ぎたと反省した結果、気を失うように眠っているラナーに対して、回復ポーションを使うという選択肢を選んだ。その効果は抜群で、ラナーの体力は完全に満タンになっているようだ。

 

(·····これ、何回でもいけるんじゃ·····いかんいかん)

 悟は昨晩の事を思い出し、邪な事を考えるが。脳裏にペロロンチーノの顔が浮かび、慌ててそれを打ち消した。

 気を取り直して悟は、愛しい新妻を優しい目で見つめる。

 ラナーはすでにピンクを貴重にした柔らかい雰囲気のドレスに着替えている。

 

「えっと、どこにいくのかな?」

 ニコニコと微笑み意気込むラナーに悟は訝しげに尋ねた。

(それにしても、ぐっと大人びた感じになったな。なんでだろうか·····)

 昨日まで、並ぶ者のない美少女だったのが、今は少がとれて並ぶ者のない美女になったと悟は思う。もちろん贔屓は入っているが事実そうだった。

 

「新婚旅行ですよ? 悟が結婚式をあげたら二人で新婚旅行しようっていったのに、忘れるなんて·····ひどい」

 プーッと頬を膨らませるところは相変わらずだが、色香が違う。やっぱり美女に進化(クラスチェンジ)していると悟は思った。

 

「ああ、そうだったね。ごめんごめん。もちろん、忘れていたわけではなく、今日からだと思ってなかったんだよ、はははっ·····」

 右手で頬をかきながら、乾いた笑い声を上げる。

「それを忘れているって言うのですよ。もうっ!」

「ごめんごめん。支度はできてるから·····すぐ出かけられるよ」

 ちなみに支度をしたのは悟ではなく、お付きのメイドであることは言うまでもない。

「じゃあ、いきましょう。楽しみですね」

 機嫌が直り、ラナーは自然に悟と腕を組む。

 

「そうだね。でも良いのかな? こんな時期に王都を離れて·····」

「だからこそですよ! 気分転換しなくっちゃ」

 悟が気にするのには理由がある。王都が不穏な空気になっているのだ。皆が皆疑心暗鬼になって色々とギクシャクしている。もともと、王派閥と貴族派閥にわかれてやり合っていたのだが、今はさらに最近、王都にはある噂が飛び交っている。それは、今後の王家にとって重大な内容だ。

 飛び交う噂は尾ヒレどころか羽が生えたり、天地がひっくり返っていたりするものもあるが、噂の内容を簡潔に纏めるとおおよそこのようになる。

 

 リ・エスティーゼ王国の現国王であるランポッサ三世は、長い長い葛藤の末、遂にというべきか、ようやくというべきか·····とにかくある決断を下した。それは国の行く末がかかる重大な決断だという。

 

 そう、王は近々のうちに勇退を発表するつもりだそうだ。そして、当然勇退発表と同時に次期国王も指名される。ずっと空位だった王太子の座が遂に定まるのだ。

 

 次期国王の有力候補は、当然最有力と言われていた第一王子バルブロ! 

 と思いきや、バルブロは王の意中の人物ではないそうだ。

 なんと有力候補は、大逆転で第二王子ザナックらしい。見てくれはよくないが、頭がいいって評判だから賢い王様になるのでは、と一部で期待されているとか。

 

 いやいや、ザナックなんかじゃないって話もある。

 かの第三王女の婚約者·····改め、第三王女の配偶者となった"太陽王子"ことナザリック候の名が上がっている。目た目もラナー王女と釣り合いのとれる美丈夫だし、領地も安定して治めているという話から候補に上げられているらしい。

 

 可哀想なのは、第一王子バルブロ。彼はは辺境の地に禄が与えられ、王宮からも王家からも追放されるらしい。

 

 これが、王都に流れる噂だ。当然名前が上がった三人の耳にも入っている。

 

「ありえん! 次期国王はこの俺様だ」

「出元がハッキリしないのが不気味だが、こうなって欲しいものだ」

 元々仲の良くない二人の王子は、今や顔を合わせることもなく、互いに護衛に守られて生活している。

 

 しかし、これとは別の噂もあった。こちらはあまりにも現実離れした荒唐無稽な話だが、世界の歴史を紐解けば前例はあるかもしれない。もっともこの世界の歴史ではなく、悟がいた世界の歴史での話だが。

 

 それは、バハルス帝国へ国を売る·····いや、禅譲するという説だ。

 いわく、ランポッサ三世は子供に国を譲るより、優れた手腕を発揮している皇帝に任せた方が民の為になると判断したというのだ。

 

「このままでは、我が子は皇帝の門前に轡を並べることになるだろう」

 ランポッサ三世が呟いたらしい。お喋りな側近が酒の勢いで洩らしたとか洩らさないとかで。

 

 これに付随した噂がある。それは·····ナザリック候とラナー王女は、新婚旅行と称して帝国へ行き、ランポッサ三世の意を受けて禅譲の相談に行くのではないか? そして帝国に国を差し出して、一族の安寧を試みるのではないか? 

 こんな噂がまことしやかに囁かれているのだ。

 

 

「本当にいいのかな。凄く嫌な予感がするんだけど·····何かが起きる·····それも良くない何かが·····俺はそう思ってるんだけど」

 とにかく悟は不安だった。よく物語の中では留守にした場所でも、出かけた先でも事件が起きるものだ。

 

「大丈夫ですよ。それとも、サトル·····私と旅行するのが嫌なのですか?」

「違う違うそうじゃそうじゃない。もちろんラナーと旅行に行くのは楽しみだよ。でも、俺は不安なんだ。悪い事が起きる·····そんなパターンだから」

「そんなパターンなんて聞いた事ありませんよ、サトル。早くいきましょう。楽しい新婚旅行へ」

 この後結局ラナーに押し切られ、悟は新婚旅行へと旅立つ事になる。最小限の護衛をつけたお忍び旅となる。

 

 ちなみにこの旅の目的地は悟も知らない。ラナーが行きたい場所があるという事だったので、全て彼女に任せているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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密と蜜






 

「何? ラナー達が向かったのは海の方だと?」

 報告を聞いたバルブロは首を傾げ、不思議そうに義理の父であるボウロロープ候を見る──いや、わかるように説明しろと目線で訴えているのだ──自分で理解出来ないこと、やれない事は人任せ。バルブロはそうやってこれまで生きてきた。教師の出した課題も全て丸投げ。その結果が今のバルブロなのだ。

 

(やれやれ、もう少し賢いとよいのだがな。まあ、頭が悪い方が操りやすいからヨシとするか·····)

 ボウロロープは心の中で娘婿に呆れつつ、自身の野望のためにはちょうどよいとほくそ笑む。勿論七大貴族筆頭であり、貴族派閥の長である彼は顔には一切ださない。貴族社会を生き抜くには腹芸など、アフタヌーンティーのスコーンのようなものだ。そう必須であり当たり前の事だ。

 

「複数の報告が入っているから間違いないだろう。私も、てっきり噂通りにバハルス帝国へ向かうと思っていたが。だから、その為にまず国境に近く、またナザリック候の領地でもあるエ・ランテルへ向かうと思っていたのだが、アテが外れたな·····」

「·····噂は噂でしかないのか?」

 バルブロは苦虫を噛み潰したような顔つきである。それもそのはず。今、王都に流れている噂は、彼にとっては最悪のものだ。今までバルブロに媚びを売ってきた貴族や商人達は、皆揃いも揃ってあっさりと手のひらを返すように姿を見せなくなった。

 

「くそっ! あやつら、ふざけやがって!」

 その代わりにやってきたのは、出世払いを期待していた商人達からの"請求書の山"である。 後払いにしていたのだから請求書が来るのは当然だが、量が尋常ではなかった。バルブロの歳費だけではまったく足りない。如何に贅沢をしていたのかわかろうものだが、バルブロにとっては日常であり擦り寄ってくるのが当たり前。返す必要などないと思っていた。

 勿論、王位を継いだ後はそれなりに便宜をはかるつもりではいたが。

 ちなみに、中にはご丁寧に利息までつけてくる者もおり、バルブロの王位継承はないと判断されたのは間違いがない。

 

「最近の王は、肩の荷がおりたようなリラックスした雰囲気をしておる。そして、瞳には何か決意めいたものを秘めているからな。噂はあながち否定できんぞ。ちなみにザナック王子やナザリック候には変わったところはないがな·····」

「うむむ·····それにしてもザナックが後継とは許せん。絶対に阻止する。認めないぞ!」

「当然だ。ザナック王子には良くない血が混ざっているからな。血の尊さが違う」

「この俺様こそが正統なる後継者なのだ。ザナックなど相手にならん。ましてや王族でもないナザリック候が後継など、父が認めても俺様は絶対に認めん。絶対に許さん」

 バルブロは大声を張り上げ、ドンと床を乱暴に蹴る。

 

「それは私も同意見だ。奴はいけ好かんからな。·····それにしてもエ・ランテルを通らないのは好都合ではないか? 供回りもほとんど連れていないお忍び旅だ。援軍が有り得るエ・ランテル近郊よりも、辺境の方がよいだろう」

「·····さすがだ」

「そこで·····」

「ふむふむ」

 どうやら二人の密談は続くようだ。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 そして、サトルとラナーは·····。

 

「サトル! 海ですよ、海っ!」

 珍しくテンションの上がっているラナーがいた。ちなみに彼女は、白いワンピース姿だ。ノースリーブからのぞく白い肌がとても眩しい。

 

「あ、ちょ待てよ·····」

 いつか"カッコイイセリフをまとめた本"で読んだカッコつけたセリフ回しをしてみたが、ラナーは聞いていない。履いていたヒールを投げ捨て裸足で浜辺を海へと駆けていく。

「だいたいそうやってはしゃぐと·····転ぶ·····ああ、言わんこっちゃない!」

 悟は後ろから追っていたが、その目の前でラナーはつんのめってしまった。

「きゃああっ」

 可愛い悲鳴を上げながら、ラナーは空中で前回りに一回転半。いわゆるローリングセントーンで海へと尻からダイブ! 

 

 ザッパーン! 

 

「いったああっ」

 お尻を擦りながら立ち上がろうとするラナー。

「ヴッ·····」

 悟の欲望の証が首を持ち上げ始める。

(下着·····透けてるし·····)

 白いワンピースの下にはピンクのフリルつき下着が透けて見える。

「サトルのエッチ。見てないで助けてくださいませ」

 ラナーは、ポチャンとまた上げかけた体を海に戻し、プウッと頬を膨らませながら右手を差し出す。

 

「あ、ごめん·····」

 悟は慌てて駆け寄り、差し出された手を握った。

「えいっ」

 しかし、それは罠だった。ラナーはその手を思いっきり引っ張って、悟を海へと引き摺り込む。

「うわわわわっ」

 顔面から海へと突っ込んだ悟は海水を飲み込んでしまった。

「うわっ、しょっぱい! ·····あれ、塩辛くないぞ·····」

 海水なのに、淡水である。何故かはわからないが。

「サトル、海の水はしょっぱくはないですよ」

「あれ、しょっぱいと聞いてたのに·····」

「騙されたのね。可哀想な、サトル」

 ラナーは、ずぶ濡れになった愛しい人をぎゅっと抱きしめ、そして唇を重ねた。

「ラナー·····」

 悟は、何か言いたげにしつつ口篭る。

「なに、サトル。言って?」

「う、うん。美女がビジョビジョだな·····と」

 普通なら冷たい空気がブリザガるところだが·····。

「なにそれ、サトル。おもしろーい。クスクス」

 ラナーは笑ってくれた。

「ああ、ラナーはなんて良い子なんだ」

 悟はラナーを抱きしめ、口づけを返した。

「あん、サトルのバカぁ·····どこ触ってるのよ

 ·····」

 自然とそんな甘い雰囲気になる二人·····。

 

 このまま甘い新婚旅行となるだろうか·····。

 






何とか間に合いました。
時間があまり取れず、最近の数話は少し短めになっております。
不定期に厚みをもたせるよりは、週一更新を守りたいそんな感じでございます。

また次回よろしくお願い致します。


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呼び水


オーバーロードに寄ると、サトラナ成分が減ります。

困りますね·····


 

 

 

『単独行動とは、何かが起きるフラグである』

 

 これはホラー映画やサスペンスドラマ·····はたまたミステリー小説が好きな人なら、よくわかるのではないだろうか。そのようなジャンルの映画やドラマや小説において、登場人物の一人が仲間や家族と離れて行動する時は、みている人や読んでいる人はまず、こう思うはずだ。

 "あ、こいつ襲われるな·····"と。

 

 場合によっては感情移入してしまい、「○○! 後ろ、後ろ!」と心の中で、あるいは声に出して叫ぶこともあるのではないだろうか。

 

 そういう意味では、王宮という警備の厳しい場所から遠く離れ、僅かな供回りのみを連れて海へ行く王族などは、完全に狙ってくれと言っているようなものだろう。

 特に、今の悟とラナーは微妙な立場にある。国王の後継者候補または、禅譲のための帝国との交渉役だと思われているのだ。どちらにも反発はあるだろうし、疎まれもする。

 そして立場の危うい人物が強行手段に出る時·····それははたいてい一発逆転、起死回生を狙ってのものである。そういう立場の者からすれば、今の二人は美味しい餌にしか思えないだろう。

 

 

 

「サトル、ここでするのはダメよっ·····あっ、そこ触ったらダメっ·····」

 悟とラナーは抱き合いながら海を漂う。まあ、足がつく場所なので、正確には海の中でずぶ濡れになりながら口づけをかわしたり、軽いボディタッチをしたりとイチャイチャしているだけなのだが·····。

 正直言って若い男女が、場所も考えずに楽しんでいるようにしか見えない。

 悟の生きていた時代には廃れていたが、一世紀前の言葉で表現するなら、完全にバカップルである。

 その二人が一国の第三王女と、その配偶者である大貴族という組み合わせだとわかるものは少ないだろうが。

 

 もちろん例外はいる。最初から知っていた場合だ。

 

「すげー羨ましい·····」

「ナザリック候·····殺す·····俺のラナー様を·····」

「誰がお前のだよ! お前なんかがラナー様に相手にされるはずないだろ!」

「俺もあんな美しい王女様相手にやりたいわ·····」

「·····ラナー様·····いやアイツらを殺していいんすよね。でも姫様·····いや女はせっかくだから皆で楽しんでからでいいっすか?」

「あんな美人の姫を抱けるチャンスなんすよね、早くやりましょう。もうたまらんス!」

 浜辺近くにある木々·····小さな森のような場所だ。その陰に潜む人影がおよそ百。みな野盗のような格好をして武装しているが、どことなく品はあった。まあ、会話は欲まみれだが。

 悟やラナーの事を知っているらしいので、純粋な野盗ではないだろう。ちなみに全員が男だ。

 

 彼らの目線の先には当然のように件のバカップルがおり、ずっとイチャイチャしている。白いドレスの女──ラナー王女──の美しさ、そして遠目からでもわかる透けた下着に目を奪われる。

 人数は二人と百人だ。しかも一人は女で戦力外と来ている。百人で一人を倒せばあとは一人残った美人を慰みものにして楽しみ放題だ。まあ、百人目が楽しむころには生きていないかもしれないが、使い道はあるだろう。

 ハッキリいって楽な仕事だというのが全員の認識だった。ナザリック候に直接的な恨みはないが、妬みはある。だから誰もこの仕事に躊躇はない。

 

 

「隊長、早くやっちまいましょうぜ。たまらん!」

「馬鹿者。ここで隊長と呼ぶな! カシラと呼べ。·····我らは軍ではない。野盗集団"夜明けの襲撃団"なのだ。今回の我らの任務は簡単だ。盗み、殺し、犯す。つまり急ぎ働きだ。そして相手はナザリック候·····いや、若い男一人だ。ラナー王女·····いや、女は好きにしてから殺せ。行くぞ!」

 隊長もとい、カシラの押し殺した一声に、皆やる気満々で頷く。二人を知っていることからも、やはり、単なる野盗ではないようだった。

ちなみに今は夜明けではなく、昼間だ。

 

 再び海へと目を向けると、相変わらず抱き合いながら、熱いキッスをしている二人がいる。

「·····もう、サトルったら。後でゆっくりしましょ。それより·····」

「チッ、やはり来たか·····」

 悟もラナーも招かれざる客に当然気がついている。·····と言うよりも、王都を出た時からチラチラと姿はみているのだから、知っているが正しいかもしれない。

 

「ついに来ましたね·····。いつかは来ると思っていましたけど。数人は捕縛してくださいね、サトル」

「ああ。俺のラナーに危害を加えようと企てている奴らだけど仕方ない。·····ラナーは俺が守る」

 悟は、そう告て来訪者へと向き直った。

(素敵よ、サトル。真剣な眼差し·····凛々しい横顔·····私のサトル·····)

 ラナーは、緊張からではなく悟の魅力にドキドキしている。

 

「貴様らは何者だ。私たちに何用かな?」

 鋭い眼光で睨みつつ、落ち着き払った低い声をだす。威圧感のあるまるで魔王のような声だ。

(サトルの低い声カッコイイ·····もうドキドキしちゃう)

 百人に囲まれた大ピンチにも関わらずラナーはまったくに気にせずときめいている。

 

「なあに、こんなところで、いい女侍らしてお楽しみのようだからよ、俺らも混ぜて貰おうかと思ってな」

「ゲヘヘ·····そう言うこった」

 男達は、下卑た視線をラナーに送る。白いドレスが透け·····ていたのだか、一瞬にして、黒い豪奢なマントで覆われラナーの体を隠す。

 

「貴様らごときに見せるものかよ。ラナーは私の全ては、この私の物だ。·····このクズどもがァァァ!」

 男達全員が怯むような低く怒りに満ちた声。気のせいか一気に気温が下がったように感じる。

 

「一人で何ができる。せいぜいお前の目の前で、楽しませてもらうぞ!」

 威勢とは裏腹にカシラの声は震えているし、声もそんなに出ていない。しかし、本人も、その配下もそれには気づいていない。

 

「あら、声が震えていますわよ?」

「ははは。ビビっているわりには、よく吠えるじゃないか」

 ラナーと悟は、それに気がついていた。二人には余裕がある。悟は、自分の実力がこの世界において抜けた力を持つ事を理解していたし、ラナーは悟を全面的に信頼しているのだ。

 

「な、なんだとっ·····」

 カシラはひっくり返りそうな声だった。

「貴様らは私のラナーを汚そうとした。だから、許さん! 〈火球(ファイアーボール)〉」

 悟の周囲に十の炎の球が浮かび上がる。

「うはあっ·····綺麗ねサトル」

「そうだろう? 私も好きなんだよ·····」

 まるで宝石でも見るような会話だが、百人の野盗に囲まれた状況は変わっていない。

 

「うおっ!」

「魔法?」

「まさか、魔法詠唱者(マジックキャスター)なのか?」

「こ、こ、コケー脅した!」

 野盗達に動揺が走る。

 

「どうした? かかってこないのか。ではこちらからいくぞっ!」

 一斉に野盗達に向けて放たれた火の玉は彼らをあっという間に飲みこんでいく。

 よくあっという間にというが、それすら許さず·····つまり悲鳴を上げる間もなく半分近い人間が一瞬にして消しとび、その姿を残骸すら残さずに消してしまった。

 

「なあっ·····」

 それから数瞬·····カシラが我に返ると、すでにカシラ以外は全滅していた。

 

 

「な·····百人いたんだぞ·····百人の"兵"が·····いたんだぞ·····」

 これは重要な情報だが、カシラはそれに気づいていない。ラナーがニコリと笑みを浮かべ、悟も頷く。

 

「お前が最後だ。だが、貴様には利用価値がある。だから生かしてやろう」

「くっ、そうはさせんぞ」

 カシラはみずからの喉に剣を突き立てようとする。

「·····残念」

 いつの間にか後ろに回りこんだ悟が、ポンとカシラの右肩を叩いた。喉を刺すギリギリのところで、カシラの体が動かなくなってしまう。

「···············」

 声を上げる事ができないが、言いたい事はわかる。"動けない! 何をした! "だ。

 

「ああ、麻痺させたんだ。自決されても困るのでな。·····すまないな、ちょっと情報を貰うぞ。〈記憶操作(コントロール・アムネジア)〉」

 動けないカシラの頭を悟は右手のブレインクローで鷲掴みにし、記憶を探った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「やはり、ボウロロープの手の者ですか·····」

 ラナーは悟の報告を聞いてもまったく驚かない。彼女からすれば想定内だったのだから当然だろう。

「このまま旅行を続けるのか? きっと良くない事が起きるぞ?」

 蒼白い顔の悟が張りのない声を出す。

「もちろんです。せっかくの新婚旅行なんですよ?」

「そ、そうだよね。ゥッ·····」

 蒼白い顔をさらに真っ白にした悟が海に向かって這い寄るように向かい、胃の中のものを吐き出した。

「ゔゔっ·····」

 ラナーの為にと興奮していた時は気がつかなかったのだが、冷静になってみて自分のした事の恐ろしさを感じた悟はこの調子である。

「サトルは優しいのね。私を汚そうとした相手なんだから、気にしてはいけないのですわ。つまりモンスターを退治しただけですよ、サトル」

 ラナーは優しく悟の背中を撫で、落ち着いたところで手をとり、起き上がらせる。

 

「でも、ラナー·····」

 言いかけたセリフは途中でラナーに唇を塞がれ、言えなくなってしまう。

「貴方の罪はこれで、消えました。全て私の為なのですから」

 ラナーはそう言ってもう一度唇を重ね、悟をぎゅっと抱きしめた。

「全て私が受け止めます。だからサトルは何も気にしないで·····」

 悟は静かに頷き、今度は悟から長い、長いキスをするのだった。

 

 

 

 







サトラナ成分を保ちながらの、オーバーロードらしさって難題ですね。

まあ、基本はサトラナなので、二人のイチャイチャ話になるけども。


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邂逅

 

 

 

「お初にお目にかかります。エ・リスティーゼ王国·····エ・ランテル領主サトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリックと申します。この度ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス皇帝陛下にお会いする事ができた事、大変嬉しく思います」

 

 

 海路を進んだ(ということになっている)悟達は、現在バハルス帝国帝都アーウィンタールにある皇城·····その一角にある謁見の間にて、バハルス帝国皇帝──通称"鮮血帝"──との謁見に臨んでいた。

 ちなみに、彼は血を啜るのが好きなわけでも、吸血鬼でもない。即位とその改革において数多の血を流してきたことから付いた異名であり、悟から見た実際の皇帝の印象は··········。

 

(うわー。金髪のイケメンだ! ある意味ファンタジーに出てくる王族とかこういうイメージだわ。今までがガッカリだったからより際立って見えるな····)

 目の前の皇帝は裏はわからないが見た感じ好青年に思えるし、バルブロやザナックの時のような見た目のガッカリ感はまったくない。

(どうせなら、かっこいい方がいいもんな。ブサイクな姫君より可愛い姫君の方が仕えがいはあるだろうし、ザナックみたいな見た目の支配者より、この皇帝の方が歓迎されるだろう)

 こうして最初から好感を持ってしまう悟であった。

 

 今この場にいるのは、その金髪のイケメン支配者である皇帝ジルクニフ。その腹心の部下であるバジウッド。野生味を感じさせる男だ。彼は帝国四騎士の筆頭という立場だ。

 それと年齢のわりに頭髪が薄い男性秘書官が一人、そして、いかにも魔法使い然とした白髪白髭の老人·····"逸脱者"フールーダ・パラダインが、ジルクニフを守れる位置に陣取っていた。

(たしか、第六位階の使い手という話だったかな? ユグドラシルで第六位階なんて当たり前にゴロゴロいるわけだし、半人前みたいなものだけど、第三位階で一人前といわれるこの世界では、前人未到の領域に踏み込んだとされるから"逸脱者"なんだよな·····)

 悟は未だユグドラシルとこの世界のレベルギャップに慣れていない·····が理解はしているつもりだ。

 

「こちらこそだ。王国の有名人二人と話せる機会に恵まれるとはな」

 玉座に腰掛けているジルクニフは柔和な笑みを浮かべている。

「有名人ですか?」

 悟の感覚では、ラナーはともかく自分はそうではないと思っているのだが、二人と言われたので不思議に思っていた。

 

「ああ、評判の美しい姫君を·····いや実際会ってみたら、それ以上の美しさ·····の姫君を娶っただけでも名前は聞こえてくるものだが·····それ以上に最近はよく名前を聞くものでな·····」

 間違いなく、例の噂が皇帝の耳に入っているのだろう。

「それはお耳よごしでした。ですが、私は一介の貴族にすぎませんよ。まあ、ラナー·····妻が評判以上の美人であることは誇りに思いますし、事実その通りですからね」

 もちろん完全に惚気である。

「まあ、サトルったら·····ポッ·····」

 頬を紅に染め、俯くラナー。普通に見たら仲睦まじい夫婦だが·····。

 

(私を前にして、よくもまあこんなに惚気られるものだ。しかし、"黄金"のやる事だ。当然鵜呑みにはできんな。いったい何を考えている·····)

 ジルクニフは以前よりラナーに注目していた。貴族派閥に邪魔をされているため、かなりの献策がつぶされているが、素晴らしい施策も多い。ジルクニフは王国のスパイから情報を入手しては、実際に採用したりしているのだ。最近は、わざわざ帝国に採用させる為に提案しているのでは·····と疑いを抱いている。

(どうも私を操っている印象すらあるからな。以前よりコイツは不気味だと思っていたが、目の前にいるコレと同一人物とは思えないなあ·····しかしそれも策略に思える·····)

 ジルクニフは観察がてら暫く仲睦まじい二人を見ていたが、やがて口を開く。

「よくもまあ、他国·····それも時には戦争をしている相手を前に惚気られるものだな。ナザリック候」

「これは失礼を。ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下、どうか私の事はサト·····いっ·····いえ"モモン"とお呼びください」

 サトルと呼んでと言いかけたところで、脇腹を抓られ、悟は言い直した。

(いたた。忘れてたけど、ラナーは、サトルと呼ぶのは自分だけにしたいんだったな。しかし、物理攻撃は効かないはずなのにな·····ラナーの抓りは攻撃扱いじゃないのか?)

 悟は不思議に思うが、答えがわかるわけもない。

 

「あいわかった。モモンだな。まあ、ナザリック候よりは堅苦しくなくてよいな。ああ、ぜひ私の事もジルクニフと呼んでくれ。長い名前だからな。ま、お互い様か。気楽に行こうじゃないか、モモン」

「そうですね、ジルクニフ·····様」

 敬称を忘れないのはサラリーマンとしての性である。無礼講は本当は無礼講ではないという事が、悟は骨身に染み付いている。

 

「堅いな、モモンは。まあよい。遠路はるばる·····それもわざわざ海路から来たのだ。ただ物見遊山にきたわけでもないのだろう? 新婚旅行とやらはあくまでも名目ではないのかな?」

 ジルクニフは頭の切れる支配者だ。噂を聞きその出元はラナーだと理解していた。彼女の意図が掴みきれてはいないが、目的があるのは間違いない。

 

「まさか、本当に王国を禅譲する為の使者ではないんだろう? それならより歓迎せねばならないが」

 ジルクニフはないと思うからこそズバリと尋ねた。

「ジルクニフ様のお耳にまで届いているとは、噂というものにも困りますね」

 悟は苦笑いを浮かべ肩を竦めてみせる。

「私にはあまり困っているようには見えないがな。本当のところはどうなんだい、モモン」

 重ねて尋ねるジルクニフに対し、悟が告げたのは··········。






次回へ続く·····。


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邂逅2

「·····ジルクニフ·····様。私達は、新婚旅行で来ただけですよ。そうですね、今後の為に一度帝都を見ておきたかったのです。ここは明るく治安もよい素晴らしい都市ですね」

 悟はそう答えたが、ジルクニフは微かに笑みを浮かべるだけだった。

「今後のエ・ランテルの領地運営の参考にさせていただきます」

 これは悟の偽らざる本音だった。

 

「そうか。それは本当にエ・ランテルだけなのかな?」

 噂を鵜呑みにすることなどはないが、火種があるからこそ噂が燃え広がるのも事実。実際、後継者の定まらない王国の4人の後継候補の一人が今目の前にいる。

 ジルクニフは、集められた情報を元にそれぞれを次のように評価している。

 

 第一王子バルブロは武勇に多少優れるが、所詮は、籠の中の虫にすぎない。虫のなかでちょっと強いだけであり、戦争などでも気にする価値もない。また知性、品位にかけており、ジルクニフの評価は芳しくないというより最低ランクである。底辺も底辺。愚物としてか見ていない。

 計画通りに王国を併呑できた場合は、王国の恥部の象徴·····いや罪の象徴として、斬るつもりだ。もちろん、大衆の前で公開処刑する。

 

 第二王子ザナックは、見た目はイマイチだが、頭は良いと聞いている。これまでは支持者が少なかったが、最近急に支持が集まりだしている。

 バルブロに継がれるより、この方が厄介な事になるとは思っているが、大した問題ではない。

 ザナックにはカリスマ性はなく、武芸にも乏しい。よって圧倒的なリーダーにはなれないだろうし、軍事面でも脅威にはならない。

 内政には向いているから、維持期や発展期の国なら良い支配者になるかもしれない──いやなったかもしれない──が、現在末期を迎えている王国を建て直し改革するほどの力はないだろう。

 本人が望むかはわからないが、治世者の一人として、陣営に迎えても悪くないと思っている。

 

 第一王女の婿ペスペア候は、温厚かつ領地を安定させて運営させている。ソツがないが、これといった特徴もない。それなりの王にはなるかもしれないが、実子二人を差し置いて後継者になる可能性はまずないだろう。一応候補の一人というだけである。

 

 そして、最後の一人は今目の前にいる。美貌で評判の第三王女ラナーの婚約者として、いきなり名前が売れだした城塞都市エ・ランテルの領主、ナザリック候。

 これまでノーマークだった人物だが、俄に評価が急上昇。すでに色々な改革を領地で実践し、成功している。知恵袋であるラナー王女あっての改革かもしれないが、成功している事実は無視できない。もし、王国全土を支配したら、脅威になるかもしれない相手だ。

 

「私は一領主にすぎませんから」

 謙遜ではなく、心の底からそう思っているとしか思えない話し方だ。

(·····油断できない。こいつは何を考えているのだ? 絶対他の意図があるはずだが·····)

 ジルクニフは鍛えられた観察眼でそれを探るが、読めない。

 

「サトル、あのことをお話しては?」

 沈黙を破ったのはラナーである。

「あのこと?」

「はい。私達は一つお願いがあってここにきたのですわ。残念ながら、王国を禅譲するという話ではないのですが·····」

 ラナーは言葉を切り、悟へ目線を送る。

「代わりになるかはわかりませんが、十分魅力があるお話ではないかと思います」

 悟は力を込めた目線をジルクニフへと送る。

「ほう·····。一国を譲るほどではないにせよ、魅力がある話だというのか。聞こう」

 さて、どのような話か·····ジルクニフは興味をもった。

 

「私としましては、ジルクニフ様と友誼を結びたいと思っております。王国とではなく、私とジルクニフ様の個人的な友誼ですね」

「個人的な友誼だと? 面白い事を言うな。こちらの望みを理解しているうえで、そう言ってくるのかな?」

 ジルクニフというより、帝国からすれば肥沃な土地をもつ王国を併呑し、強大な帝国をうちたてる狙いがある。

 

「もちろんです。ですが、何も戦争だけが正解ではないでしょう? 私は、貴方に利益をもたらす事ができます。正確には私とラナーならという事ですが」

「夫だけでなく、この私も微力ながらお手伝いさせていただきますわ」

 問題はどのような利益をもたらす事ができるかなのだが·····。

 

「では、聞こう。モモン、君と仮に友誼を結んだとする。どのようなメリットが我が帝国にあるというのだ?」

 ジルクニフの認識では、王国はすでに死に体だ。あと一押しで潰す事ができる。わざわざここで友誼を結ぶ必要などはないだろう。

(しかし、モモンはともかく、あの黄金がそれを理解していないはずはない。いったい何を考えているんだ。相手が黄金でなければ、悩む必要すらないのだが·····)

 情報が少ないナザリック候に、あの黄金ことラナー王女が絡む。だからこそ、慎重に見極める必要があるのだ。






また次回へ。
倍は書きたいけど書けませんでした。じっくりと御付き合いください。
次回はサトラナ成分を増量したいな。
ジルクニフがメインになってしまったので。


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邂逅3

 

 

「私は、ある程度の土地を帝国に共同開発という名目で提供する事が可能です。そこを開発して大農場を作る。魅力的ではないでしょうか」

 他国に土地を提供するなど聞いたことが無い。前代未聞の提案だった。

 

「··········意外な申し出だ。確かにモモンの領地は、肥沃な土地といえるが·····それはともかくそちらにあまりメリットがあるとは思えないのだが」

 無欲な提案ほど危険な物はない。ジルクニフは経験からわかっている。欲があるからこそ操り易いのだ。欲のない人間は厄介だ。

 

「共同開発ですから。こちらは土地を提供し、そちらは労働力と資金を提供する。私の土地も肥え、そちらも新たな食料供給地を手に入れられる。悪くない提案ではないでしょうか? ()()()()()()()()()()()()()()

 悟は最後の一文を、低めの声で強調する。この低めの声は魔王ロールとして、悟がユグドラシルで磨き上げたものだ。その成果もあって説得力がある声である。

 

(·····なるほど。確かに悪くない提案だ。王国を直接支配するよりは合理的か。しかし·····併呑を覆すだけの魅力には欠けるか·····)

 ジルクニフは、愛しい夫を笑顔で見守るラナーに目を向ける。

(黄金·····何を考えているんだ·····その笑顔は本物なのか?)

 これがもし、ナザリック候こと悟のみであれば、素直に受け取れたかもしれない。だが、黄金ことラナーが絡んでいる事がジルクニフに警戒させている。

 ちなみにジルクニフの脳内嫌いな女ランキングの一位に君臨しているのがラナーだ。しかし、同時に高く評価もしている。"頭はとても切れるが、同時に何を考えているか分からない気持ちの悪い不気味な化け物"·····そんな人物が目の前に居れば誰だって警戒するだろう。

 

 当のラナーはといえば·····。

 

(真剣に対応するサトルってやっぱり素敵。惚れ直しちゃう。ううん、違うわね。さらにほれちゃうかしら·····?)

 などと考えており、ジルクニフの苦悩には気づいていないように思える。

 

「それだけか?」

 ジルクニフは問いかける。魅力はあるが、はいそうですかと言えるほどの内容でもない。帝国を強大な国にする為には豊かな土地は必要だが、欲しいものはそれだけではないのだ。

 

 それに、あと一押しで王国は潰れる。手を引くには、それ相応の物が必要だ。つまり切り札である。

(黄金の事だ。必ず持っている。切り札·····それがなんなのか。ないはずはないだろ? )

 ジルクニフはそう確信していた。

 

「私という唯一無二の盟友が手に入りますよ?」

「私と、サトルが陛下のお手伝いをいたします」

 仲の良い新婚夫婦が言葉の協奏曲を奏でた。

 

(それが切り札か? いや、確かに黄金の頭脳は優秀だが切り札としては弱い·····ということは、まさかモモン·····ナザリック候が切り札だとでも?)

 ジルクニフは困惑し、二人を交互に見やる。もっともその困惑は一切表情にはでないが。

(しかし、モモンの情報はほとんどない。治世に問題はないが·····。情報がないという事は隠しているのかもしれんな。黄金の糸·····いや意図か·····)

 ジルクニフは目の前にいる黄金ことラナーの見えない糸に絡み取られているような気がしてきた。

 

 

「言うものだな·····国一つに匹敵するものが二人にはあるというのかな?」

 優秀な人材は欲しているが、他国の王族とその伴侶というのは想定していない。臣下ではなく盟友というのは新しいが·····。

 

「だって私のサトルですよ!」

 鼻息荒い感じのラナー。もちろん完全にお惚気である。何がだってなのだろうか? 

 

「は、はあ·····」

 さすがのジルクニフも、ラナーがあまりにも意気込んでいるので、気圧され苦笑いを浮かべるしかない。

(何がだってだ。·····何の説得力もないではないか·····いや、いやいや。待てよ·····そうか、黄金が選んだ相手と考えればよいのか?)

 元々ナザリック候は、姉である第二王女の結婚相手の候補だったが、彼を一目見た第三王女ラナーが大変気に入り、結局自分の婚約者·····第三王女の婚約者にしたという話を聞いている。

 

(見た目に惹かれたのかと思っていたが、能力を評価してのことか。だとすれば·····切り札になり得るのではないだろうか。しかし、何を持ってそう評価しているのだ? そこがわからない)

 聞いている噂や情報からだと、安定した治世を行い、夫婦仲はよく、バルブロを一蹴するだけの剣技の腕前がある·····その程度だ。

(わからん。それが知りたい·····)

 

 このジルクニフの願いは、予期せぬ形で実現する事になる。







一言·····
繁忙期·····なのです。





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邂逅4

 

 

「ん?」

 人の叫び声が遠くから聞こえてくる。それも一つや二つではなく複数だ。女性の悲鳴、男達の喚くような声。それが、皇城内にあるこの謁見場に聞こえてくるという事は··········。

 

「客人がこられているというのに騒々しい。しかし、どうやら何か起こったようだな·····」

 最初は兵士が喧嘩でもしているのかと考えていたのだが、明らかにそんなレベルではない。喧騒は益々大きく、そして近くなっている。

 やがて、この場にいる誰にでもわかるほど、慌てて荒々しく駆けてくる足音が聞こえてきた。

 

「·····それも歓迎すべき事態ではなさそうだ」

 ジルクニフの言葉と同時に、謁見の間の扉がバカン! と勢いよく開かれ、部屋の中に完全武装した金髪の女性騎士が飛び込んできた。完全に礼を失している行為だが、それだけのことなのだろう。

 ちなみに、扉が開くより前にバジウッドが皇帝を守れるポジションに移動していたのは流石だ。もちろん足音の主はわかっていただろうが、彼女には皇帝に対する忠誠心はないし、護衛として正しい行動だろう。

 女性騎士は顔半分を金色の布のようなもので覆っているが、露出している部分をみると整った顔立ちをしている。

 

 

「失礼いたしますわ、陛下」

 ツカツカと中に入り、素早く臣下の礼をとる。

「"重爆"客人の前だぞ。·····緊急事態だな?」

 一応注意はしておくが、そうせざるを得ないということは理解している。

「申し訳ございません·····手順を守る余裕がございませんでしたので。陛下、アンデッドが暴れております。それもこの城内で!」

 帝国四騎士の一人、"重爆"レイナース・ロックブルズは、ありえない事態をサラりと告げた。

「なんだとっ! 馬鹿な·····」

 思わず椅子から立ち上がる。

(ありえんっ! 帝国でもっとも安全なこの場所で!? それに兵もいるのだぞ?)

 帝国の兵士は、専業であり訓練を積んでいる。多少のアンデッドくらいに対処出来ないはずはない。

 

「アンデッドですって·····私ドキドキします」

「怖いのか?」

「ううん、怖くはありませんわ。サトルがそばにいるもの·····」

「ラナー。君は俺が守るよ」

「はい。守られます」

 囁き合う二人の声が聞こえる。

(まったく·····やれやれだな·····)

 ジルクニフは客人に対して怒ることもできず、心の中で愚痴るしかない。

 

「·····対応出来ないとすると·····」

 それはつまり、そのアンデッドは相当強いという事になる。ジルクニフは一つ気になる事があった。確か以前強いアンデッドの話を聞いた事があるのだ。

「まさか·····死の騎士(デスナイト)ではないだろうな·····」

 傍に控えていた白髪白髭の老人が険しい顔になる。

 

 死の騎士(デスナイト)とはこの世界において、かなりの強さを誇る伝説級のアンデッドだ。とはいえ、レベルは25程度。防御に長けた壁役向きである。悟からすれば大したことが無い·····というより雑魚に過ぎないのだが、この世界の住人からすれば脅威である。

 

「詳しくはわかりませんが、身の丈は2メートルに達し、大きな盾を構えているとか。食い止めようとした兵士は、一撃で戦闘不能になったようですわね。陛下、正直逃げた方がよろしいかと思いますわ。もう、逃げてよいかしら?」

 この提案はもちろん拒否された。

 

 

「ぐわっ!」

「ぎゃあああっ!」

 叫びが段々近くなってくる。

「ここで食い止めろっ!」

「おおおっ!」

 決死の兵士達。しかし、その声もあっというまに聞こえなくなった。

 

 

 そして、謁見の間の扉が砕け散り、レイナースの情報通りに大きな盾を構えた死の化身が姿を現した。

 

「グガアアアアア!」

 身の毛もよだつような叫び声。兵士のいく人かは、驚きすくみ上がってしまっている。

 

「やはりデスナイト·····」

 老魔法使いが驚きの声をもらす。ここにいるはずが無い存在なのだ。

 

「陛下やばいぜ、コイツは·····やばい!」

「やはり逃げるしか·····」

 遠ざかろうとするレイナースの首をバジウットは掴み踏みとどまらせる。

「くそっ、四人がかりで食い止められるかわからんレベルだ」

 本能が危険だと叫んでいる。

 

「あれがアンデッドさんですか、個性的で可愛いですね」

 場違いなラナーのはしゃぐ声が響いた。

 

 

 

 






いつもありがとうございます。
感想など、返せず申し訳ない。


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邂逅5

 

 

(可愛いだと? どんな感性をしているんだ! 黄金自身が化け物だから、化け物に対してそうなるのかっ!)

 ジルクニフは、ありえないラナーの発言に驚く。普通の感性ではありえない。

 実際普通の·····いや優れた支配者である彼自身は、やはり恐怖を感じていたが、身につけているアイテムの作用で動揺は抑えられている。それがなければ平静を保って居られたかはわからない。命ある者を全て憎むようなそんな殺気がモヤになって漂っているようにさえ感じる。それほどの存在なのだ。

 そんな化け物を可愛いと言ってのけるラナー。隣国の第三者王女は平然としているどころか、どこかこの状況を楽しんでいるように見えた。

 

(誰もが恐怖を感じるシチュエーションだぞ? 何故そんな楽しそうに·····)

 考えられるとしたら、安全を確信している。または、頭がおかしいかのどちらかだ。

(ある意味人と違うという意味ではおかしいとは思うが·····この場合は安全を確信しているという事か?)

 ジルクニフはラナーの隣に立つナザリック候モモンこと、悟に目をやる。

(まさか·····な)

 この間に十人ほどの勇気を振り絞り、恐怖を気合いの声でうち払った兵達が襲いかかったが、呆気なく蹴散らされ一瞬にして全員戦闘不能になっている。

 

「やはり逃げるべきでは·····」

 なおも逃げようとする"重爆"。

「さっきみただろう? 逃げようとした兵が狙われたのを·····」

 十人が飛び掛る前に、パニックに陥り逃げ出した兵がいたのだが、彼は五歩目を踏み出す前に追いつかれ盾で殴り飛ばされたのだ。逃げ出すものを追う性質があるのかもしれない。

「でも!」

「逃げようとしたらやられる。こっちからいくしかないんだ」

「仕方ありませんわ·····」

 二人の騎士が覚悟を決め、攻撃態勢に入った。すでに部屋に駆けつけた兵で戦えるものはいない。この二人を残すだけだ。帝国四騎士のうち、一人は非番で一人は軍の演習に同行している。つまり、もう援軍は望めない。

 

「ぬおおおおっ!」

 "雷光"バジウッドがその名のごとく、素早い一撃を右側から繰り出す。普通の相手ならば、一瞬で斬り飛ばすであろうその剣だが、死の騎士にはスローモーションに見えたのだろうか。あっさりと左腕の大型の盾で受け止め·····いや、盾でカウンター! 

「ぐあっ!」

 バジウッドの身体はお手玉のように軽々と中に打ち上げられ、剣は弾き飛ばされた。

「きゃああっ!」

 ほぼ同時に左から重い一撃を繰り出していたレイナースだったが、こちらもいつの間にか壁まで吹き飛ばされている。

 

「ば、バカな·····四騎士の二人が一撃だと!?」

 さすがのジルクニフもこれには驚いた。

「あらあら、アンデッドさん強いですね。それとも、四騎士さんが弱いのかしら?」

 ラナーがかるく爆弾を投下してくる。軽くても爆弾は爆弾なのだが。

 

「ガゼフならこんな事にはならないだろうな」

 悟もそれに乗った。実際王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは、以前の戦争で当時の帝国四騎士を一人で相手にし、うち二人を討ち取っている。もっともそのガゼフが、このアンデッドに勝てるかどうかは分からない話なのだが。

 

「くっ、あの時ガゼフ・ストロノーフをスカウトできていれば·····」

 ジルクニフは歯噛みしたくなるのをこらえるが、思わず下を向いてしまいアンデッドから目を切ってしまった。

 

「ジル!」

 白髪白髭の魔法使いフールーダの声にハッとなる。

「しまっ·····」

 すでにジルクニフの目前に盾が迫っていた。

(こ、こんなところでっ!)

 ジルクニフは死を覚悟し、目を瞑ったが何もおきない。

「大丈夫か、()()()()()

 この声に目を開くと、いつの間にか悟が割り込み盾の一撃を右手一本で受け止めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





いつもありがとうございます。
何故か月初から月末レベルの業務量。うーん、進まない。
せめて倍は書きたい·····。


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安心感

 

 

「も、モモン」

 ジルクニフは驚くと同時に一つの結論に達していた。

(やはり、黄金は''守られている安心感"があって安全を確信していたのだな·····)

 そう今のジルクニフがそうだった。先程までの燻るような不安感は消え、モモンの背中に安心感を覚えている。けっして強そうにはみえないのだが、見た目と実力が違う典型的な例なのだろう。

(これが黄金が惚れた男か·····)

 ジルクニフが持つカリスマ性とはまた違った魅力の持ち主。それがナザリック候だと理解する。

「ジルクニフ?」

「あ、ああ·····」

 促すような悟の声にジルクニフがゆっくり慎重に距離をとり下がると、フールーダがそのやや前に入り杖を構える。

 

「ジル、無事で何より·····」

「爺、何故魔法を撃たん?」

「アンデッドに有効な魔法は炎·····謁見の間で放ってよいものか·····」

 たしかにこの部屋でそのような魔法を使えば被害は免れないだろう。

「物は修復すれば済むが、人はそうはいかん。機を逃すなよ」

 ジルクニフはフールーダにそう指示を出す。

(もっとも、私が先程感じた物が確かならば爺の出番はないだろうな)

 そして、それは間違いないだろう·····そう確信めいたものがあった。

 

「サトル、かっこいい!」

 瞳をキラキラさせながら()の勇姿に見とれる妻ラナー。緊迫感が一人だけない。

「そ、そうか·····て、照れるな」

 空いた左手で頬をかく。いや、もう一人緊迫感のない人物がいたか。

(しっかし、かっこいいとか言われたことないから何だか恥ずかしいわ·····悪くないけどな!)

 ラブパワー注入で悟のやる気が激しくアップする。その他にもバフがかかっているような·····そんな気がする。

 

「さあ、かかってこい死の騎士よ」

 盾をかるく押し返し、デス・ナイトを弾き飛ばす。

(たっちさんならどうやるかな·····)

 悟は懐かしいギルドメンバー"たっち・みー"を思い出す。かつて異形種狩りにあっていた自分を助けてくれた存在であり、ギルド'"アインズ・ウール・ゴウン"の前身となった集団(クラン)へ誘ってくれた恩人。そして後衛の魔法職だった悟が密かに憧れた頼れる前衛だった。

 

「死の世界の住人が何故こんなところにいるのかはわからないが、運が悪かったな。ここにこの私がいた事が貴様の運の尽きだ。死の世界に帰るがよい。我が前では無力としれ!」

 音もなくいつの間にか左右の手にそれぞれ黒い大剣を装備した悟が身構える。

 

「なっ·····」

「な、なんと·····」

 これにはジルクニフ達も目を丸くする。

「いったいどこから·····」

 たしかに帯剣はしていなかった。それは間違いない。第一あのような大剣を二本も見逃すはずはない。有り得ない。

 

「ま、魔法により物を召喚したり、あるいは剣を創り出すことは出来ます。ナザリック候からは残念ながら魔力は感じませんが、あの剣は魔法によるものではないかと。マジックアイテム·····かも。だとしたらかなりの逸品·····おおおっ!」

 目を見開き興奮気味に早口で捲し立てる。先程まではまったく興味を持っていなかったのに、俄然ナザリック候こと悟に興味を示すフールーダ。彼は魔法に関しては気狂いじみたところがある。

 

「頑張ってサトル!」

 ラナーの声援が飛ぶ。とても恐ろしい死の騎士を相手にしているとは思えない気軽さだった。まるで、乗馬にでも出掛けるような·····。

「お、おう」

 半分照れながら返事をする。やはり美人からの応援には慣れていないのだ。ギルドメンバーにも女性はいたが、みんな異形種であるアバターの姿だったのだから仕方ないかもしれない。

 

「いくぞ·····とあっ!」

 デス・ナイト目掛け悟は右の剣を上段から豪快に振り下ろす。

「はやいっ!」

 片手とは思えない速度だ。しかし、相手も普通ではない。

 ガキイッ! 金属音が鳴り響く。デス・ナイトは当然のように盾で防いだのだが、そこへ悟は左の剣を突き入れる! 

 

「刺突はアンデッドには·····」

 効きにくいのが通説だが、違った。威力があれば関係ないのだろう。悟の一撃を受けたデス・ナイトは大きく仰け反ってしまう。

 

「とあらああっ!」

 距離を詰めるべく右足で踏み込んだ悟は、体の右側を下に倒しながら左足の足裏でデス・ナイトの顔面を思いっきり蹴り飛ばした。

 これはいわゆるトラースキックと呼ばれる技であるが、この場にいる者は、使用者である悟を含めて誰も技の名前を知らない。

 

 ドゴォン! 

 

 豪華な壁にめり込むような勢いでデス・ナイトは壁に叩きつけられた。

 

「や、やったか?」

「あ、あのデス・ナイトをあんなにあっさりと·····」

「まだだ。まだ終わらんよ·····」

 悟の言葉通りに倒れたデス・ナイトが立ち上がってくる。

 

「まだ起き上がってくるのか·····」

 ジルクニフは驚きを隠せない。今までにみた最強の存在である闘技場の武王ですらこんな威力の一撃を出しているのは見たことがない。

 

「·····お前はこの皇城を汚した。その罪を償って貰おう」

 悟はかっこいいつもりのセリフを披露する。

 

「最後に、一ついいものを見せてやろう。魔法の矢(マジック・アロー)!」

 悟の口上とともに、周囲に十の魔法の矢が浮かび上がった。

 

 

 

 







えー、これはARROWのセリフから拝借ですね。声は同じなので·····。私としてはちょっぴり懐かしい。過去作を読まれた方はわかるよね。





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ジーニアス



ジーニアスが、頭にこびりついた結果·····。




 

 

 

「ウォォァァァァァッ!」

 断末魔の叫びを上げたのはデス・ナイトではない。いや、これはそもそも断末魔の叫びではない。

 

 これはある人物の叫び声だったのだ。

 

 声の主は白髪白髪の老人。そう、"逸脱者"フールーダ・パラダインである。

 

「ど、どうした爺!?」

 大方魔法に関する事だろうと思いながらジルクニフは尋ねた。

(しかし、今のどこに爺が驚く必要があるのだ? モモンが唱えた魔法はたしか第一位階魔法のはずだが·····第六位階を使えるのになぜ驚く·····)

 一般的な魔法知識を持つジルクニフは不思議に思う。

「おおおおおっ……」

 しかし、問いかけられたフールーダは、目を見開き悟を凝視したまま動かない。やがて、その両目からは涙が滝のように流れ出した。

 

「ついに·····ついに·····ウォォァァァァァッ!」

「じ、爺っ! どうしたおい!」

 もはや気が狂ったとしか思えなかった。しかし。幸いなことにこの場で意識がある者は少なく、目撃者が限られるのはジルクニフとしては助かる。もっとも、それを見ているのが他国の人間というのは問題だが。

 

「あら、陛下はご存知ないかしら? あの魔法は使い手によって矢の数が変わるそうですのよ」

 ラナーはとびっきりの笑み·····それも自慢気な笑みを浮かべている。

「·····つまり·····爺·····フールーダがあれだけ驚きおかしくなっているということは·····」

 ジルクニフは答えに行き着いた。だが、にわかには信じ難いことだ。

 

(あの若さで、爺より上の魔法詠唱者(マジックキャスター)だと言うのかモモンは! そんなことが有り得るはずが·····いや、しかし認めざるを得ないのだろう·····だが、認めたくないものだな·····爺を超える魔法詠唱者(マジックキャスター)がいるということを·····)

 そして、目の前で十発の魔法の矢がデス・ナイトを包みこむように放たれ、そして·····一瞬の後にデス・ナイトの存在は消滅した。

 

 

「サトル、すっごーい! かっこよかったよー」

 ラナーは悟に駆け寄ると、その首に抱きつき人目もはばからずに口付けた。

「ぷはっ·····ら、ラナー、人前で·····」

 照れまくる悟からは先程までの頼れる気配は消えていた。今はただの愛妻家に戻っている。

「いいんですよ。だってかっこよかったんだもの·····あの口上もステキ」

 皇帝のピンチを颯爽と救い、あっという間に撃退してしまう。最後の口上は中二病が再発したものであり、冷静に見たらかなり恥ずかしいような気もするが、似合っていた事は間違いない。

 

「あ、ああ·····」

 振り返ってちょっと恥ずかしさを覚えた悟。

「モモン·····」

 その悟にジルクニフが声をかけようとした時、それを遮るように前に出、凄い勢いで悟へと突進する人物がいた。

 

「ウォォァァァァァッ! か、神よっ!」

 涙を流しながらとてつもない勢いで悟へ迫る! 

「な、なんだっ!?」

「じ、爺っ!!」

 そして、悟の前で勢いよくまず片膝をついた。

 

「よるなああああっ!」

 ここで叫びとともに、黄金の閃光が走る! 

 

「ぐぎゃっ!」

 跪いた腿をラナーの左足のヒールが踏みつけた直後、右膝がフールーダの顔面を撃ち抜いた。

 

「ぶべらああっ!」

 黄金閃光王女(ゴールデン・シャイニング・プリンセス)をまともに食らったフールーダは、もんどりうって、ジルクニフの足元へ吹き飛ばされた。

 

「私の悟に何するつもりよっ!」

 ラナーは本人も気付かぬうちに所持している職業レベル·····ジーニアスのレベルをプリンセスから武闘家に置き換えて一撃を加えたらしい。

 そして、これは誰も知らないことだが、ジーニアスこそこの技に相応しいのだが、その事は今後も誰も知らないままだろう。

 

 ラナーの愛が悟の身の危険を察知したのか、女としての嫌な予感が働いたのかはわからない。結果として気狂いしたようなフールーダの暴走が止められたのは確かだった。

 

 

 






このお話は、サトラナのラブコメ風の何か·····なんです。
ジーニアスが頭から離れなくて、この技が生まれました·····。

何時もは暇な月なのに、何故か繁忙期より忙しい·····謎です·····。



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それから

 

 

 結局、デス・ナイト騒動により、この日の悟とジルクニフの会談は中止となってしまった。さすがに事態の収集をつける必要があったからだ。

 ジルクニフは、自ら頭を下げ悟とラナーに謝る。

 

「ラナー王女、モモン。隣国の貴人たるあなた方をこのような騒動に巻き込んでしまい大変申し訳ない。今後二度と起こらないように対策を練るつもりだ。話が途中になってしまったが、この続きは後日あらためて歓待の席を設けさせていただく·····」

「いえ。陛下がご無事で何よりでした。皆様もご無事だとよいのですが。ジルクニフ、今日の我々は予定通りご挨拶に伺っただけです。後日ゆっくりと·····そう予定通りにまたお話できたら幸いです」

 この騒動については、警備厳重な皇城内で起きたことであり、本来はあってはいけない有り得ないことであり、国としては大失態だ。ましてや来賓に救われるなど論外中の論外である。

 この点だけでも、悟達は優位に交渉を進めることもできるが、悟はあえて予定通りという言葉を二度使った。

 これは、騒動があったからではなく、予定通りの行動だと告げることで、不問とし悟達には人に漏らすような意思はないという意味だ。

 

「感謝する」

 意図を即座に理解したジルクニフはそう小さく呟き、悟は軽く頷くだけで、聞こえない風を装った。そう、公式には今日は何も起きなかったのである。多数の怪我人については特殊訓練の結果ということにされ、以後話題にすることを禁じらた。

 なお、あれだけ暴れ回ったわりに建物にも人的被害もほとんどなかったのは不思議がられたが、その謎を解くことは無理だろう。ちなみに一番被害が出たのは、悟がデス・ナイトを蹴り飛ばして叩きつけた壁である。

 そして、二番目はラナーが膝蹴りしたフールーダだったという笑い話のようで笑えない話があったらしい。

「仕方ないわ。私のサトルの危機でしたから。ね? サトル」

「危機だったのっ? 」

 悟は気づいていなかったらしい。

 

 そして、後日再度話し合いの場がセッティングされた。

 悟の力を見せつけられたジルクニフは、当初渋った悟からの提案をほぼそのまま受け入れる。

 

(四騎士を超える戦闘力を持ち、あの爺·····フールーダが弟子入りを懇願するような常識外れの存在·····逸脱者を超えた超越者(オーバーロード)を敵に回す必要は一つもないだろう。幸いな事にあちらから友好を求めてきたのだ。乗るしかないだろうよ。それに"黄金"が知恵袋でついているとなれば尚更だ。私の計画は練り直しだな·····)

 

 ジルクニフの王国併呑政策は事実上頓挫したといえるだろう。代わりに、敵に回すと恐ろしいが、味方であればこの上ない頼もしい人物を味方とすることに成功した。

(けっして敵に回してはいけないな·····)

 ジルクニフは決意を固めると、真っ直ぐに悟の瞳を見据えながら右手を差し出した。

 

「モモン、末永くよろしく頼むよ」

「こちらこそ、ジルクニフ」

 二人はガッチリと友好の握手を交わし、盟約を結ぶ事になる。

 ちなみにこの二人の盟約は生涯破棄されることはなく、ジルクニフが他界した後もその後継者に引き継がれ、代々両家の蜜月は続くことになる。

 

「師匠、またお会い出来る日を楽しみにしております」

 悟達の想定外だったのは、フールーダが弟子入りを懇願してきたこと。それをジルクニフも認め推して来たことで、結局断れなくなり、渋々受け入れざるをえなかった。

 

「とりあえずは通信教育だな」

 などと悟は言ってみたが、魔法なんて教えられはしない。適当な本を解読せよと無理くりな指示を出してある。

 王国まで着いてくることはラナーが激しく拒否したし、そもそも帝国から引き抜くような形になってしまうので、フールーダの名声による抑止効果などを考えると色々とよくないだろうと判断した結果だ。

 

「サトル、甘やかしてはだめですからね?」

「·····わかっているよ、ラナー」

 自分以外には·····という意味を込めたラナーの可愛らしい釘刺しに悟は苦笑するしかなかった。

(別にあんな爺さんに嫉妬心を出さなくてもよいのに·····。まあフールーダに関しては放置でよいだろうし、たまに転移魔法で様子見に行けばよいか·····あんまり会いたくはないけどなっ!)

 帝国での用をすませた二人はことさらゆっくりと寄り道をしながら陸路にて帰路につく。

 

「サトル。あっち行ってみましょう」

「行こうか、ラナー」

 もはや予定も何もなく勝手きままな自由旅である。

 

「やれやれ、どれだけ、時間をかけるつもりなのか·····」

 報告を受けたジルクニフは首を傾げた。

(まさか·····何かを待っているのか?)

 ジルクニフはそんな事を思いついたが、すぐに頭から消したという。

 

 悟達はエ・ランテルからやや離れた開拓村へ立ち寄る。これはラナーが見てみたいというのと、悟自身も領主として気になる部分があったからだった。








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カルネ村へようこそ~来訪者~


お待たせしました。





 

 

 カルネ村·····それはリ・エスティーゼ王国の城塞都市エ・ランテル近郊にある開拓村である。そのエ・ランテルを治めている領主は、──サトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリック──そう、悟だ。

 当然この村は、悟が治める地域に含まれている。もっとも多くの村にとって領主とは名ばかりの存在であり、日々暮らしていく事の方が重要だった。

 

 

「うーん、今日も気持ちのいい一日ね」

 日課である水汲みを終えた三つ編みの少女は、栗毛色の髪をかきあげ額に滲んだ汗を拭き取った。キラリと光る健康的な可愛らしさを持つ彼女の名はエンリ・エモット。純カルネ村産の生粋の村娘だ。

 

「って、あら? 旅の方かしら·····」

 村へ向かって来る人影が二つ見えた。この村へ立ち寄る人は多くなく、わりと珍しい部類に入る。

「うーん、冒険者の方·····なのかしら?」

 エンリはそう呟いたが、どうも違う気がしていた。

(あれ? 冒険者の方ってもっと重装備だしあんなに優雅じゃないよね?)

 優雅な足取りで近づいてくる二人はピッタリと寄り添い手を繋ぎながら歩いている。

(恋人同士なのかな·····でも何故わざわざこんな村に来たんだろう·····)

 エンリの疑問は消えなかった。

 

「ここがカルネ村か·····なるほどな·····たしかにThe開拓村だ」

 悟のイメージする開拓村──ファンタジー世界での──にピッタリくる。

「このあたりには開拓村がいくつもありますが、ここはトブの大森林にもっとも近いところですのよ」

「つまり、危険なのかな?」

 森イコール、エンカウント率が上がり平地よりもモンスターとの遭遇率が上がり、平地よりも敵が強くなる·····そんなゲームでの設定を思い出す。

「それが、逆なんですよ」

「逆ってどういうことだい?」

 悟は不思議に思い妻をみつめる。その視線にラナーは顔をちょっぴり赤らめる。

「うーん、実は近くのエリアに森の賢王なる強大な魔獣が住んでいるそうなんです。それを恐れて魔物達もあまり近づかないらしいのですわ。だからかえって安全なのかもしれないですわね」

 相変わらず仲の良い二人は指を絡め合う恋人繋ぎで手を握りカルネ村の入口へとやってきた。

 

「こんにちは。カルネ村へようこそ」

 村娘が当たり障りのない定型文のような挨拶をしてくる。無難な挨拶なのだろうが、悟は思わず笑みを浮かべてしまう。

(なんだかユグドラシルなどのゲームをしている時のNPCのような挨拶だな。もちろん彼女らはNPCではないけど)

 その証拠に、悟の反応を不思議に思い首をちょっと傾げ困ったような笑顔を浮かべている。

「ああ、すまない。なんだか懐かしい事を思い出してしまってね。ここはカルネ村で間違いないね?」

「あ、はい。カルネ村で間違いありません。私はこの村の住民でエンリ・エモットと言います」

「丁寧にありがとう。私はサトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリック。こちらは妻のラナーだ」

 悟も普通に名乗り返したのだが、完全に失念していた。自分の名を告げる事がどんな事になるのかを。

 

「サトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリックさま····················サトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリックさまあっ!!? って、りょ、領主さまっ!? それにラナーさまっって·····ま、まさか·····お、王女さまっ?」

 目を大きく見開き、大声かつひっくり返った声を上げる。どうやらエンリには刺激が強すぎたようだ。

 

「領主様だ!」

「領主さま!?」

「奥方様、王女様も御一緒だそうだ!」

 村の隅々まで、一気に伝わり全ての住民が家の外に出て慌てて駆け寄ってくる。着の身着のままであり、中には飲みかけのスープの入った器を持ったままの人もいるし、何故か粗末な木製のスプーンだけ握っている人もいた。

 

「え、あれ·····」

「サトルの名前は知れ渡っておりますわね。さすがサトルです」

 戸惑う悟と楽しそうに笑うラナーの前にあっという間に全村人が集結してしまった。

 

(しまった·····領主としてきたわけじゃないのにっ!)

 もはや時すでに遅し。

(航海は出航したら元には戻れない·····誰かがそんな事を言っていたなぁ·····)

 そんな事を考えても何も変わらない。集まった村人達は領主自らの急な来訪に戸惑いを隠せない。そして、初めて見る領主が何をしに来たのかを知りたがっていた。

 

 

 

 






サブタイトルは、旧作のタイトルから。



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感激

 

 

 

 

「おおお·····領主様が自らお越しくださるとは·····」

 感激の涙を堪えながら、人の良さそうな村長が、カルネ村を代表して挨拶をしてきた。村長の後ろで跪いている他の村人達も「領主様がいらしてくださるなんて·····」と村長同様にに涙を流し、肩を震わせていた。

 

(なんでここで泣くの? わからない·····)

 悟は戸惑うも、この世界にきてからの数ヶ月·····王宮で鍛えたポーカーフェイスで動揺をみせない。隣のラナーはと言えば当然という顔である。そしてその瞳は、「サトル、決めて!」と語っていた。

 

(いや、決めてって言われましても·····あ、言ってはいないのか。だが、目は口以上に物を言うとか語るとかカタルシスとか·····なんとか言うわけだし、言ってると考えよう)

 悟は、隠れて練習した領主としての態度を実践する。

(どーか上手くいきますよーに)

 祈るような思いである。いや、祈りそのものかもしれない。

 

「暮らしに不自由はないか? 」

 悟は威厳を保ちつつも、出来るだけ優しく訊ねた。軽過ぎず、だからと言って重すぎない。そう·····悟がユグドラシルで磨いた低音ボイスをメインとした魔王ロールとはまったく違う新しい何か。モモンガとも悟とも違う別の何かになる。

 

「はい。豊かとはいえませんが問題なく暮らせております。それも領主様が税を安くして下さっているからです。他の地域では重税に苦しむところもありますのに·····」

 村長はもはや号泣に近い涙を流しながら感謝を述べた。それにつられて村人達も号泣。よく見ると、最初の村娘エンリも泣いている。

(理由はともかく、女の子泣かせたらペロロンチーノがなんて言うだろうか·····)

 ふと懐かしいかつてのギルドメンバー·····金色のバードマンの姿が脳裏に浮かぶ。

 

 もっとも、普段のラナーとの色々の方がよっぽど何か言われそうなのだが、もはや感覚が麻痺している悟にはわからない。

 この時考え事をしたために、悟は視線をそらさず暫しエンリを見つめてしまった。エンリは視線に気づき真っ赤になって俯く。

 これが後にひと騒動の原因となるのだが、まだ誰もそのことは知らない。

 

 ちなみに隣のラナーはちょっとプンプンしていたが、考え事をしている悟は気づかない。

 

「·····あ、ああ。当然だろう。私はそういう苦しみが嫌なんだよそもそも君達が働いて作った作物なんだ。私は少しわけて貰えるだけで十分なんだよ」

 悟は決して高い給料ではなかったし、庶民の事は世界が違えどもわかるつもりだ。むしろ貴族の方がわからない。とにかく税を高くしようという発想は悟の中には微塵もなかった。

 

「なんとお優しいお言葉か·····我々カルネ村一同よりよく作物を領主様にお届けできるようにさらなる努力をいたしますぞ」

「領主様の為に!」

「領主様万歳! ラナー様万歳!」

 あっという間に村人全員から歓声があがる。

 

(な、なんなのコレ!)

 動揺する悟の手をラナーが優しく握り、小さく囁いた。

「サトルの善政の成果ですわね」

 ラナーは誇らしげだった。

 

 ちなみに悟の治めるナザリック領の税率は、江戸時代の日本風に言えば、二公八民である。二割を税としておさめ、残りの八割は平民のものとしている。悟の言葉通りに少し貰っているだけと言えるだろう。

 王国内においてこんなに優しい税率の地域はない。この国は領主の裁量で税率が決められるのだが、七公三民などザラだし、場所によっては、八公二民·····それどころか九公一民ということもあるのだ。生かさず殺さずという領域を超えており、平民などいくら死のうと構わないという状態だった。

 ナザリック領は、そのような重税に苦しむ他の領主の支配地域とは明らかに違う。

 帝国、法国との交易の盛んな支配地域ということもあり、奪うよりもその分を市場に投入し経済を回す事を目的にしている。

 さらに、領都エ・ランテルで、はいわゆる楽市楽座を取り入れ、商人を集めることに成功している。商人が集まることで経済力、安い税で、人が集まり新規開拓を行うことで生産力が高まり、ナザリック領は潤っている。それをよく思わないのが他の領主だ。まともな領土経営をしているレエブンとペスペアとは良好だが、他の貴族·····とくに貴族派閥からは疎まれている。

 王女を娶ったのも彼らからすれば気に入らない。いつ、何が起きても不思議ではない状況である。

 

 しかし、今の悟とラナーは1回しか出来ない新婚旅行の真っ最中だ。そんなことは関係がなかった。

 

 

 

 

 

 



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宣言

 

 

 カルネ村へ来た目的は、ひとつは開拓村を視察する事。もっともそれだけならカルネ村である必要はないのだが、悟が興味を持ったのはトブの大森林のすぐ側に村がある事だった。

 RPGをプレイしていると普通森の方がモンスターとの遭遇率が高いし、モンスターの強さも上がるものだ。

 カルネ村はそんな立地にありながら、モンスターに襲われることもなく平和に開拓を進めている。何か理由があるのではと調べると、森の賢王なる聖獣が、村への襲撃を防いでいるという。

 見たことのないモンスターを見たいという好奇心を悟は抱き、また伴侶であるラナーもその聖獣を見てみたいという事から、本来入るべきである城塞都市エ・ランテルには入らずに、帝国を出た足で、二人はこのカルネ村へ来たのだった。

 

 村長にこの事を告げると、翌日に聖獣の下へ案内をしてくれるという。二人も急ぐ旅ではないので、一泊する事に決めた。

 そうと決まればカルネ村はお祭り騒ぎ。狩人は森に入って新鮮な獲物を、料理自慢の主婦は腕をこれでもかと振るう。子供達も果物や木の実を集め、村人全員が領主と奥方をもてなそうと、張り切っていた。

 

 そして·····カルネ村あげての歓待を受けた悟とラナーは楽しい夜を過ごした。

 もちろん楽しいだけではなく、今後の治世の参考になることもたくさん学べたのであるが。

 

 

 そして一泊の後、聖獣との対面を終えカルネ村へ悟達が戻ると、ちょうとエ・ランテルから使者が来たという。

 

「申し上げます。一大事でございます。王都にて、バルブロ王子が王位についたと宣言をいたしました」

「やりやがったか·····あの馬鹿·····」

「それで、お父様は?」

 ラナーは問う。

「はい。ランポッサ3世陛下は、病気のために退位したと発表されております·····」

「建前だな。実際は幽閉されているとみるが·····さすがに父親を殺す度胸も度量もあの馬鹿にあるわけがないからなぁ·····」

「その通りでございます。王都からの密書では、王宮内のどこかにいるだろうと·····」

 弟のザナックを消すことは出来ても父を殺すことは無理だろうという悟の人物評価は正しい。所詮バルブロは小物だ。ただ、先に生まれただけなのだから。

「ザナックお兄様は? まさかバルブロお兄様に?」

「いえ、そのような報告は入っておりません。ザナック王子とレエブン候は行方不明と聞いております。まだエ・レエブルへの出兵はありませんが、街道は封鎖されており、二人の行方をバルブロ王子が血眼になって追っているそうです」

「上手く逃げたか?」

「かもしれませんね。レエブン候がついているならザナックお兄様はいずれ姿を表すと思います。ただ、私が思うにバルブロお兄様は、ザナックお兄様を悪に仕立てると思います」

 ラナーはバルブロの全てを見透かしているように見えた。

「ラナー様のおっしゃる通りでございます。ザナック王子とレエブン候には、ランポッサ3世とバルブロ王子を殺そうとした謀反の容疑がかけられております」

 そのような事実はなく、でっち上げの言いがかりに過ぎない。

「·····我々もだろうな·····」

「申し上げにくいのですが、その通りでございます。帝国との共謀容疑で出頭命令·····その裏では捕縛命令が出ております」

 悟はラナーと顔を見合わせ笑みを浮かべた。

「やはりか。まあ、あながち間違いでもないけどな·····よし、ナザリック軍を総動員せよ!」

 悟は堂々と命じる。

「かしこまりました」

「それと我が盟友であるジルクニフへ使者を送り、約束通り派兵してもらうように伝えてくれ」か 悟は用意してあった書状をどこからともなく取り出し、使者へと預けた。

「·····御意のままに」

「私とラナーは、陛下いや義父上をお救いする! 正義は我にあり。偽王は私が討つ! 」

 悟はそうハッキリと口にした。

 

 

 

 

 

 









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戴冠式へ


久しぶりに登場





 

 そして·····。

 

 

 王位を継いだ(ことになっている)バルブロは、それを全国民に知らしめようと戴冠式を行う事を宣言した。

 戴冠式が行われれば、経緯はどうであれ、正式に王と国民および周辺国に認めさせることが出来るのだ。

(邪魔なザナックが、未だに逃げ回っているらしいが、無駄だ。報奨金に釣られた平民どもが血眼になっているからな·····)

 反逆者ザナックを捕らえたものは、たとえ平民であっても貴族に取り立てる。なお、生死は問わない。

 精巧な似顔絵とともに各所に高札を立て、そう喧伝している。

 各所で捜索が行われ、徐々に包囲は縮まっているという。

(ザナック、貴様はもう終わりだ。レエブン·····見誤ったな)

 一緒に逃亡していると見られるレエブン候も同じように手配されている。領民から慕われているレエブンですら、報酬目当ての平民に追われていると報告を受けている。

(ククク·····馬鹿な奴らだ。実際に貴族になることはないのだからな·····)

 バルブロは、見つけた平民がいた場合、それを殺すつもりでいる。

(平民など、使い捨てにすぎぬ·····俺様の為に働き、そして死ね!)

 ザナックの首が差し出される光景を想像し、バルブロは下卑た笑みを浮かべた。

 

「いやいや、それは私がいただきます」

 癇に障る甲高い声が広間に響いた。今、バルブロは王の間を占拠しており、この場にはバルブロに賛同するグループが集まっていた。

 その中核を占めるのは、バルブロの義理の父親ボウロロープが率いる貴族派閥だ。保身と出世欲塗れの者がほとんどであり、国を良くしようなどとはまるっきり考えてはいない連中の集まりだった。

 

「あちらの領土は私が」

「いやいや私が·····」

 彼らは何をしているのかというと·····なんと、バルブロの呼びかけに応じない王派閥に属する貴族の領土を奪う事を算段し、取り合いをしているのだ。

 

 もっとも実際に攻め込むわけでも、攻め込んだわけでもない。つまり、単なる空想·····いや妄想の類にすぎない。まさに取らぬ狸の皮算用という奴だろう。それで盛り上がれるのだからおめでたい連中だった。

 

 この場の空気は緩みきっており、緊張感の欠片もない。ザナックを取り逃した以外は概ね予定通りに行っており、戴冠式さえ終わらせれば、ひとまず大成功といえるだろう。

 細かくいえば、王の証となる道具類一式が行方不明であり、正式に王になる手順は踏めないのだが·····。

「ないなら作ってしまえばよい。どうせ王家以外にはわからん。それにその王家も俺様のみだからな」

 などと力技で押し切ろうとしていた。

「豪華にやれ」

 国の財政を無視して戴冠式を豪華に行う事を支持し準備を進めている。

 

「朗報でございます。ザナック王子を捕らえたと報告が·····」

「ほう。奴は死んだのか?」

 生死問わずという指示の意味は、殺してよい·····いや·····殺せ! である。バルブロとしては死んでくれれば手間が省けるというものだ。

「いえ、生きていると」

「チッ、生きているのか·····」

 バルブロは、残念そうに·····いや本当に残念だった。

「まあいい、途中で殺すように指示を出せ。あいつの顔は二度と見たくないからな」

「かしこまりました」

 兵が出ていくのを見送りながら、バルブロは醜く笑う。

「おめでとうございます。これで憂いはなくなりましたな」

「ああ。あとは明日の戴冠式を終えるだけだ」

 ポン! 誰かがワインを開けたらしく、それにつられて次々にポン! という音が鳴り響く。あっという間に各自の手にグラスが渡り、各所で乾杯が行われていく。まだ昼間だが、戴冠式の前夜祭のような盛り上がりだった。

「バルブロ王子·····いえ、バルブロ王に!」

「王に!」

「ともに栄えよう!」

 バルブロは思ってもない事を口に出し、ワインを飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 






すみません、久しぶりに二週連続更新なんですが、まさかのサトラナの出番が·····ない。

そしてバルブロ主役回だと一気に書けるという·····うーん、慣れでしょうか。

サトラナは私が今まで書いたことがないテイストだからなのかしら·····。つぎは出番を·····。


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報告

 明日に戴冠式を控え、昼間から前夜祭·····夜ではないので、正しくはないだろうが·····だが、雰囲気としてはそれだろうか。

 つまり、前祝いで盛りに盛り上がるバルブロ陣営。いつの間にか軽いツマミまで運び込まれ立食パーティーになっている。

 つい先日までは追い込まれていたバルブロや、その支援者達にとって明日の戴冠式を前に邪魔なザナックを捕らえたというのは勝利を確信するに足りた。

 

 だが、彼らは忘れている。バルブロは戴冠式を終えていないのだ。つまり彼は王を自称しているだけであり、国内でも国外からも認められていないのだ。

 

 そして、·····彼らが盛り上がっている場に息を切らせて駆け込んでくる若い兵の姿があった。

「き、緊急事態でございます!」

 嗄れ声が部屋に響き渡ると歓談の声が弱まった。

 

「どうした騒々しい」

 バルブロの大声に場はシーンとなり、跪く兵士に視線が集中する。もちろん、盛り上がりを妨げたことによる冷たい視線だ。それも半端なく冷たい視線だ。

 その無数の冷たいアイビームを受けた兵士の身体がブルりと震えたのは気のせいではないだろう。

 

 

「も、申し上げまする! この王都に向かい、し、進軍してくる軍勢が!」

 深刻な顔で報告する兵に対し、バルブロ以下貴族達の反応はのんびりしたもので、危機感の欠片もない。

「なんだ、そんな事か」

「ははっ。大方バルブロ王の味方につこうという貴族だろう。しかし今頃来ても·····」

「そうそう。もはや渡す土地はないですぞ」

 ·····妄想の続きのまま、貴族が呑気な声を出す。

「はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ! まさしくその通りですな」

「ですなぁ。もう全ての土地配分は決まっておりますからなぁ·····」

「いやいや、まだ広さは変わりますぞ?」

「おやおや欲深いですなぁ·····。あの土地は譲りませんぞ」

「なにをおっしゃいますか。その土地は我が·····」

 貴族たちは笑いあうが·····。

 

「·····いえ、そうは思えません!」

 兵士は声を強める。

(こいつら·····馬鹿ばっかりなのか? 私の危機感が伝わないのか? だから貴族は度し難いのだ)

 兵士は貴族嫌いだった。まあ、貴族が好きな王宮勤めの兵などそうそういないだろうが。

 

「なんだと? 」

「おそれながら·····あれは恐らく敵対する者かと存じます。完全武装をして整然と向かって参ります。あれは、間違いなく祝いに来る雰囲気ではごさいません!」

 先程よりもさらに声を強める。

「ははっ·····何を馬鹿な。バルブロ王子に·····いや、バルブロ王に逆らうものなどいるはすがない。大逆罪だぞ」

「そうだ、そうだ!」

 貴族達は未だに緩んだ空気だが、報告に来た兵だけは違う。顔を纏う雰囲気も真剣そのものだ。しかし、それが伝わらない。

(何故わからない·····)

 苛立つ心を抑え兵は報告を続ける。

 

「·····旗指物の数から察するに、向かってくる兵は約四万の大軍です」

「四万だと!?」

 バルブロは、がたっと椅子から立ち上がり大声をあげた。

(やっと理解したのか? 今、ここを守る兵の数はわかっているのだろうか)

 この王都には、元々王家に仕えていた兵の他に、各貴族の連れてきた兵がいるのだが、ザナックの追跡や各地域の制圧にかなりの数を割いており、現在この地に駐屯している兵力は薄い。

 周囲の兵をかき集めても二万いるかどうかだ。

 

「率いているのは誰か?」

 恫喝するような大声で、ボウロロープ候が尋ねる。

(聞いて驚け!)

 不敬ながらもそんな事を考えてしまう。

 

「はい。·····ナザリック候とラナー王女様です」

「ナザリック候だと!?」

「間違いありません」

「ナザリック候が四万もの大軍を動員できるはずはない。奴は兵より経済に力を入れていたはずだぞ!」

 認めたくないのだろう。しかし、次の一言が止めとなる。

「·····なお、旗指物の中にはバハルス帝国のものも多数あります。少なく見ても一個軍団。おそらく二個軍団かと思われます。約半数の二万は帝国軍かと」

「な、なんだとう!?」

「なにっ!」

 バルブロの声がひっくり返り、ボウロロープの瞳が大きく見開かれている。

 バハルス帝国兵は職業軍人であり、その強さは王国の徴兵した平民中心の兵士とは比較にならない。いつもの戦争でも、バハルス帝国に対して数倍の兵力を持ってやっと対等というレベルだ。

 今回前述の通りバルブロ側の兵力は二万足らず。各貴族の私兵が中心の為それなりに強いがやはり帝国兵には劣る。そしてそもそも兵力で負けているのだ。勝ち目はない。

 

「馬鹿な有り得ん! 帝国兵が王都に迫るなど!」

「帝国兵に似せているだけではないのかっ!?」

 信じたくないのだろう。

 

 ◇◇◇

 

「今頃は、我が軍が迫る事に気づいているんだろうなぁ」

「先程、物見から連絡を受けた伝令が走っていったわ。間違いなく私とサトルが迫っている事に気づいているわ」

「いや、私もいるのだがね·····」

 馬にのるサトルの膝の上に横座りに座り、良人の首にキュッと捕まるラナー。その隣には、完全武装したバハルス帝国皇帝ジルクニフが轡を並べていた。

「あら、そうでしたわね」

「やれやれ、仲の良い事だ。あれが王都か。報告通り古ぼけた都市だな·····」

 肥沃な土地は魅力だが、都市にはあまり好感をジルクニフは持っていない。

「はっきり言うな。まあ、私もそうは思っているがね」

「あら、サトルまで? だったらこの機会に壊して作り直しましょうよ」

 重要な事をさらりとラナーは口にした。

 

 

 

 

 

 



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舌戦

 

「ナザリック候! 貴様王に向かってどういうつもりだ!」

 門を閉めた王都の内外で睨み合うバルブロ軍と悟率いる討伐軍。

 バルブロの怒声に対し、悟は静かに声を大きくするアイテムを使い語りかける。

 

「知れたこと。不義によって王を僭称する不届き者の、バルブロ元第一王子·····今は反逆者バルブロを討伐しにまいった」

「なんだとぉ? 俺は先王である父王に後を託されたのだ。貴様こそ正統なる王家に歯向かう反逆者ではないか。帝国軍まで引き連れて、貴様は帝国の犬だったのだな!」

 バルブロも負けじと言い返す。しかし、悟の余裕は崩れない。

「ジルクニフ·····バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下とは友人でな。友の妻の実家の一大事に力添えをしてくれただけだ。何か問題があるかね?」

「正統な名を持たない偽者か。敵国の偽皇帝と友人とは笑わせる」

「そうかね? 私とジルクニフは友であり、盟友だ。私がある限り戦争にはならないと思うぞ。つまり敵国ではない。それに本当の敵は別にいるのだ!」

 一旦言葉を切り反応をまつ。

「敵だと?」

「そう敵だ! 父親である王を幽閉し、血を分けた弟を殺そうと企み、あまつさえ偽の道具を使って王位につき、国を盗まんとする大悪人。バルブロ、貴様だこの馬鹿野郎! 民を考えもしない国政に対するビジョンもなく、ただただ王位にのみ執着する愚物·····それが貴様だ、バルブロ。貴様などに王を名乗らせはしないぞ!」

「言いがかりを!」

 ワナワナと震えるバルブロ。青筋が切れそうだ。

「こちらには証拠があるのだ。ラナー、あれを」

「はい」

 ラナーは悟に何かを手渡す。

「何だそれは?」

「玉璽だよ。王の印さ·····もちろん本物のな」

「他にも戴冠式で使う一式がありますわよ」

「な、なんだと·····作らせた意味が·····はっ·····」

 バルブロ、真実を口にしてしまう。

「今自白したな。バルブロの元にいる兵士達よ! 今聞いた通りだ。そこにいる馬鹿男バルブロこそが、大逆罪を犯した大悪人。一緒にいる貴族どもも同罪だ。バルブロを捕らえよ!」

 城内はザワつく。

「ええい騙されるな。本物はここにある! ナザリック候こそが、偽の品を用意した大悪人だ!」

「やれやれ、言うに事欠いてそれか。ならば貴様の言葉がまやかしだという証拠を見せてやろう」

「まあ、証拠というより証人ですけどね」

 ラナーは楽しそうに笑うと、合図を送る。

 

「ふん、何を出そうと·····げぇぇぇぇっ!!」

 バルブロは驚きの声を上げ、他の貴族達もそれと同様の声を出す。

 

「な、なんで·····馬鹿な。有り得るかぁ!」

 ラナーの合図で姿を現したのは、なんと国王ランポッサ三世その人だった。

「なんで·····父は·····と、閉じ込めておいたのに、何故そこにいる!」

 バルブロは自らの罪を大声で認めた。

 

「はい。ゲロったね」

「今、バカブロ兄様が認めましたよ。父上を閉じ込めていたって」

「し、しまったァァァ!」

「兵士達よ、反逆者バルブロを捕らえよ! そしてそれに加担した貴族を逃すな!」

 国王の命令に一斉に城内の兵が動く。

 

「く、くそっ!」

 バルブロも自ら剣を抜くが、兵のほとんどが国王の命令に従ったため、抵抗虚しくあっという間に捕縛されてしまう。

 

何しろ貴族派閥直属の兵士ですら、もはやこれまでと主を見限り国王についたのだ。多勢に無勢。最後まで抵抗していたポウロロープも、一般兵の数に負け縛に就いた。

なんと悟の兵を動かすまでもなく、決着はついてしまったのだ。






何故こうなったのか。悟サイドの動きは次回以降に。


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友誼


短めです。





 

 

 

 

 悟とラナーは、自ら援軍に来てくれたジルクニフと合流し、王都を目指し進軍している。ここまで、大きな戦闘になることもなく、順調に王国まで二日の距離に到達している。

 この進軍を王都にいるバルブロはまったく気がついていないはずだ。なぜならバルブロの斥候は全員捕縛しており、情報封鎖に成功しているのだ。

 

「·····これが王国か。やはり肥沃な土地が広がっているな」

「やっぱり計画通りに戦争で取るつもりかい?」

「いや。止めておくよ。モモンとの友誼の方が大事だからな。もうその計画は破棄したさ」

「ホントかなぁ? ジルクニフなら裏で何かやってそうだけど?」

「いやいやいや、確かに今までなら否定はできないが、今は否定できる。モモンに対してそのような事はしないさ」

 もはや二人は長年の友人のごとく。実際はまだ会うのは3回目だというのにだ。

 

「それにしても、モモンの兵が専業兵士とはね。·····練度が他の王国兵とは段違いだな。王国兵ではこんなに整然とは行軍出来ないだろうよ」

「我が領土では兵農分離を進めているのだよ。どこの家にも余っている子供達はいるわけで、それを金で雇うことで、生産量を落とさずにいつでも動員できる兵を用意したのさ」

 中世ヨーロッパ風の舞台なら日本の中世の知識でも通用するだろうと試したところ効果は十分すぎた。あっという間に多数の兵が集まり、元々農作業に従事し体力もある彼らはハードな特訓を耐え、乗り越え、短期間で力をつけていた。まだまだ帝国兵には劣るかもしれないが、徴兵制の王国兵とは段違いの実力をつけている。ジルクニフから見て合格点は与えられるらしい。

 

「なるほどな。次男はスペアだが、それ以下の価値は落ちるからな。本人達も燻っていただろうし、良い考えだと思う」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

「そうか。·····ん、何やらあったらしいぞ」

 ジルクニフは近づいてくる物見に気がつく。

「どうした?」

 悟は威厳を保ちつつ、優しく問いかける。

「失礼いたします。ザナック王子とレエブン候を保護いたしました」

「まあ、お兄様を。良かったですわ」

「すぐに会おう。こちらに通してくれ。それと、王都にザナックが捕まったという偽の伝令を出せ」

「かしこまりました」

 勢いよく物見は戻っていく。

 

「油断させる気だね?」

「です。まあ、そんな事をしなくても油断しているはずですが、バルブロにとってザナックが逃亡しているのは愉快ではなかったはず。捕まったとなれば、浮かれもするでしょう。まして、戴冠式が迫っているとなれば、なおさら」

「効果てきめんだな。それは」

「そこで、絶望に突き落とすのよ。それでゴミは片付くの」

 ラナーが満面の笑みで毒を吐く。遠目から

 見ていたらまさか毒を吐いているとはきっとわからないだろう。

(やはり、この二人を敵に回しては危険だな。下手すれば帝国が滅びるぞ·····)

 ジルクニフはそんな心情はおくびにも出さず、笑顔で同意を示した。

 

 

 

 

 

 

 







ギリギリ投稿·····。
そして前回は予約時間も間違えてました·····秋の番組改編みたいになってしまった·····。


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ザナック

 

 悟率いるバルブロ討伐軍は、陣幕を張り進軍を一時停止している。悟にとって義兄となる第二王子ザナックを迎えるためだ。

 

「無事で何よりでした」

「ナザリック候、義弟に保護されるとは義兄失格だな·····」

 逃亡生活でかなりスリムになったザナックがくたびれた笑みを浮かべる。準備もなく慌てて逃げ出したことがありありとわかるボロボロ加減だった。いつも整っていた衣服はシワがより、汚れが目立つ。

「·····失礼」

 悟はザナックに向けて右手を翳すと魔法を発動させる。

「えっ?」

 ザナックが驚く間に、ザナックの服の汚れが消えさる。

「ご苦労されたようで」

「魔法とは便利なものだな。久しぶりにすっきりしたぞ。すまないな」

「このような乱では仕方ありませんよ。だいたい基本クーデターは不意打ちですから。準備する方が難しいですからね。なにせ、わざわざ今から反乱します、謀反しますとは教えてくれませんから」

 悟の言うことはもっともである。そんなバカ正直なクーデターはまずないだろう。もしかしたら、悟が知らないだけで世界のどこかではあったかもしれないが、仮にバカ正直なクーデターに敗れるような政権があったのなら余程力がないと思われる。

 

「はは·····確かにな。ただ、バカ兄貴なら事前に情報漏らしてもおかしくはなかったが·····」

「ボウロロープが上手くコントロールしていたと思いますわ、お兄様」

「そうなのか·····」

「それでもバルブロが何かを企んでいるような噂は流れていましたし、ちと無警戒すぎたのかもしれませんね」

 チクリとザナックを批判する。

「·····たしかに迂闊であったな。ただ、俺はバカとは違って支援者が少ないからな·····武力には弱い部分がある·····」

 長男として生まれたバルブロは早くから次期国王として擦り寄ってくる貴族は多かった。本人の資質には疑問符がつくが、第一王子の看板は効果が高い。

 ザナックは愚鈍そうな見た目と第二王子という点で損していると言えるだろう。人柄はかなりマシだし、見た目と違って頭もよいのだから。

 

「それで、この後はどうするつもりだ?」

「そうですね。すでに、ザナック王子を捕らえたという伝令を走らせています」

 これを聞きザナックは苦笑する。

「捕まるのか? 俺は」

「そうなっていただきます。情報上では」

「なるほど、油断を誘うか」

「まあそうですね。すでに油断はしているでしょうが、念入りに」

 悟はニヤリとする。

「その上で、義父上を救い出します。気付かれずに連れ出すことなど簡単にできますので」

「まあ、城には抜け道があるものだからな。俺も知らない道もあるだろう。ラナーしか知らないものもあるだろうしな」

「でも、お兄様。サトルは正面から入るつもりですよ」

「なにっ! 正面だとっ? 馬鹿なそんな事が出来るはずがない。歩いてくる姿は見えるしスグ見つかる·····ってまさかっ?」

 ザナックは気づいたことがあり、思わず声が裏返る。

「見えなくなれる·····のか?」

「答えはいいませんが、まあやり方は色々あるので。楽しみにしていてください」

 その後あっさりとランポッサ三世は救出されることになる。

 

 

 



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そして

お待たせしました。



 

 

 悟によって軟禁から救い出され自由の身となった国王ランポッサ三世。国王の復帰は皆に喜ばれたわけではないが、評判の悪いバルブロが王になるよりは·····と、消極的な理由で民に歓迎された。

 ランポッサが優れた治世を行っていたらまた違う反応だったのだろう。

 

 ランポッサの復帰最初の大仕事は今回の乱に決着をつけることだった。

 まず、一連の反乱の首謀者として認定されたのはボウロロープだ。

 実際はバルブロが旗印であり、彼からの働きかけだったかもしれないが、バルブロの義理の父──古来より王族の縁戚が乱を起すことは多い──ということと、今回の反乱の主力である貴族派閥の長であることから、全ての責任をボウロローブに押し付けたのだろう。

 

「国を思ってしたことだ。悔いはない」

 失敗した時からわかっていた結果だったのだろう。ボウロロープは、慌てふためく事も抗議をすることもなかった。

 

 あるいは事ここに至っても、ランポッサとしては息子を反逆者と認めたくなかったのかもしれない。

 首謀者ボウロロープは王都中を縛られて引き回され、さらに十日間もの間城門に肌着一枚で縛りつけらられて晒し者にされた挙句に、彼の嫌う平民がたくさん見ている前で、公開処刑された。

 なお、ボウロロープ一族の男子は連座して同じく処刑されることになる。一族の女子供は命は救われたが、私財没収の上王都から追放処分とされた。

 これは甘い処分にも見えるが、実はかなり辛辣である。頼る土地も家もなく、無一文で着の身着のまま追放された女子供の運命など悲惨なものになるだろう。もしかすると、一緒に逝った方が楽だったかもしれない。

 

「父上も思い切ったものだな·····」

 ザナックは俯いた。

「·····たぶん、これまでご自身が決断出来なかった事を悔いているのよ」

 ラナーは、ランポッサの後悔を感じ取り悲しげな顔を見せたが、すぐに切り替える。

「これからを考えないと·····ね、悟」

 ラナーの言葉に悟は黙って頷いた。

 

 また、バルブロ·····いやボウロロープに共闘した貴族達のうち、有力貴族は皆同様に、そうでない家の当主は斬首か、私財没収の上追放された。

 これも恐らく何人もの元貴族がその後死亡しただろうが、彼らのその後は誰にも知られてはいない。

 

 さて、元第一王子のバルブロだが、首謀者をボウロロープとしただけに公には騙されて神輿として担がれただけという判断にされている。

 苦しいところだが、最後の温情だろうか。

 彼は王族の資格を剥奪され、百叩きの上で、そのまま追放された。さすがに無一文とはいかずそれなりの財をもたせている。

「ふん、いつか見ていろ」

 これがバルブロ最後の言葉だった。

 なお、公式には、病気療養のため地方にて静養とされているが、その後の消息はわかっておらず、歴史上その名を見ることはない。

 

 

 そしてランポッサはこれまで先延ばしにしてきた後継者問題にケリをつける。

 一連の騒動から一年後·····王位を第二王子あらため第一王子となったザナックではなく、娘婿のナザリック候こと悟に禅譲し隠居する事になった。

 

「救国の英雄だからな。ナザリック候がいなければ、どうなっていたことか。·····ああ、俺も認めるさ。お前ならよい国を作れるだろうさ。·····この国を頼む·····いや、よろしくお願いいたします、王よ」

 ザナックはそう行って臣下の礼をとった。以後ザナックは内務大臣として、新生リ・エスティーゼ王国の発展に尽くす事となるが、国が良くなるとともに増え続ける仕事量に比例して体重も増加していくことになる。

「食わないとやってられん!」

 その食欲は美しい妻を娶るまで続いたという。

 

 そして·····王になった悟は、隣国である帝国とあらためて同盟を結び、盟友ジルクニフとともに人間国家の統一を目指すことにした。周囲にある異種族国家に負けない強い国を作る事を目的としている。

 

「サトル、理想の国を作りましょう」

「ラナー、俺には君が必要だ。共に理想の国をつくろう」

「はい」

 悟とラナーが手に入れたのは疲弊した王国である。豊かな土地はあるが、ただそれだけだ。

「困難がともなうだろうが、君と二人でなら·····きっとやれる」

「立派な国にしましょう。でも、サトル·····」

「なんだいラナー?」

 二人は見つめ合う。

「私との時間も大切にしてね」

「も、もちろんだよ。義父上との約束もあるしね」

 前王であるランポッサが、娘婿である悟に王位を禅譲したその時、一つだけ条件をつけられた。それは、悟とラナーの子に王位を継がせるというものだ。そうすれば王家の血は受け継がれる。

 

「生まれてもいないのに気の早い話ですけど、私·····頑張ります」

 ラナーは顔を赤らめ俯いた。

(やっべ。やっぱり可愛いなぁ·····)

 悟の欲望が擽られ、悟はラナーを優しく抱きしめ情熱的に唇を重ねる。

「あれ、まだ日が高いですわ」

 ラナーは抗議の声を上げるが、その声は喜びに満ちていた。

 

 

◇◆◆◇

 

 

 そして、それから五年·····新王都エ・ランテルは、お祝いムードに包まれていた。

 

 そう、王妃ラナーが、産気づいたのだ。

 

 民達は喜び、賭けに熱が入る。男なら待望の跡取りであり、善政により民からの信頼厚い悟の後継者が定まる。一代限りではなく、継続する事を望まれているのだ。

 王妃ラナーに子がないことから、あちらこちらから側室話が持ち込まれその度に不機嫌になるラナー。その度にあわあわしながら妻に愛を囁く王の姿がお約束のように見られたという。

 ちなみに、男なら待望の跡取りと記したが、女の子の場合でも、女王となる予定でありどちらでも大丈夫ではある。

 民の間では、男女どちらかを予想する賭けが行われており、やや女の子が優勢だった。ラナーの美貌を受け継ぐ王国の華となることを期待されているのだろうか。

 

 

 ウロウロ·····ウロウロ·····ウロウロウロウロ·····ウロウロ·····ウロ。

 玉座の間を悟は落ち着きなくウロウロと歩き回っていた。主が腰を据えるべき玉座は、その主を暇そうに見つめているように見える。

 

 竜王国、聖王国を平和的に属国化し、帝国とは対等な同盟国でありながら盟主と見られている大国の王であるが、とてもそうは見えない。

「落ち着きなさい。こういう時男は何も出来ないのだ。どっしり構えて待っておればよい」

 窘めるようにアドバイスをしたのは何人もの子を持つ父親であった前王ランポッサだ。もっとも彼も立派なセリフの割に膝が忙しなく上下し、肘掛に置いた指先はカツカツという音を絶えず鳴らしている。

 なんのことは無いランポッサも可愛い末娘の出産に緊張しているやら心配しているやらである。

 

「は、はあ·····」

 悟もそれには気づき少しだけ冷静になることが出来た。

「待つのは苦手ですね·····」

 ユグドラシルで、敵対プレイヤーを嵌めるためにならいくらでもワクワクしながら待てたのだが、最愛の妻の出産となるとどうにも落ち着かない。

「しかし、待つしかないのでな·····」

「ですよね·····」

 結局一瞬玉座に腰を下ろしたものの、数分も持たずにまた立ち上がりウロウロし始めた。

 

 

 そんな時、赤子の鳴き声が響き渡った。

「すわ!」

「産まれたか!」

 悟とランポッサは同時に立ち上がると顔を見合わせて苦笑する。中年のふくよかな侍女が居室へと繋がる階段を駆け下りてくる。

 

「陛下、無事にお産まれになりました! 」

「おお、そうか! で、どっちだ?」

 悟は早口で尋ねる。

「両方でございます、陛下」

「双子か!」

 嬉しさは倍増だ。悟は大慌てで階段をかけ上がり、愛しい妻の元へと向かう。

「陛下おめでとうございます!」

 警備兵からの祝いの言葉に鷹揚に頷きつつ、急ぐ。

 

「あ、サトル·····私頑張ったよ·····卵のような男の子と、天使のような女の子·····私とサトルの·····子」

「ラナーありがとう。まさか双子とは··········ん? 今卵のような男の子って言った? たまのようなじゃなくて??」

 悟はラナーを労いつつ、気になったことを尋ねる。

「そうですよ、卵のような·····ピンク色でツルリとしていて、まだ一本も毛が生えてなくてあとは黒い·····目が開いてますわね」

 ラナーの言葉を反芻しながら、悟の脳裏に懐かしある存在が思い浮かぶ。

(まさか·····まさか·····まさか、まさかまさかー! アイツじゃないよな、アイツじゃ·····)

 悟の背中を滝のような汗が流れる。

「ふふっ。サトルが以前話してくれた軍服が似合うかもしれませんネ·····」

 卵に軍服。もう確定的だった。

 悟は見たくないと思いながらも、近づいて赤子をみた。

 

「やあ、父上お久しぶりです」

 赤子がいきなり喋ったかと思えば敬礼まで決めてみせた。

「ぱ、パンドラ〜!!」

 悟の心からの絶叫が、王城に響き渡った。

 

 

~ 終 ~

 

 

 

 

 

 





これにて、サトラナのお話は一旦終わりとなります。
第一作以来のお気に入り1000越えありがとうございました。
返せてませんが、感想ありがとうございました。


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トゥルーエンド

「はっ…なんだ夢か」

悟は滝のような汗をかきながら我にかえる。どうやら、玉座に腰掛けたのち少し眠ってしまったようだった。正直目覚めは悪い。

 

「疲れているようだな。まあ、ここ数日ろくに寝ていないのだから、さもあろう。」

ランポッサはそういって笑みを浮かべる。重荷を下ろした前王は、スッキリした顔をしている。以前とは別人のようだった。

「ふー」

悟は首を左右に振って悪夢を振り払おうとする。

 

「おっ、どうやら産まれたようだな。元気な声が聞こえてきた」

確かに赤ん坊の泣き声が聞こえている。

「陛下、おめでとうございます」

夢と同じように中年の侍女が階段を降りて報告にやってくる。

「ありがとう。どっちかな?」

「ふふ、可愛らしいですよ」

あえて侍女は性別を告げない。

「お楽しみは自分でか·····」

悟は、階段をあがり妻のところへ向かうことにした。

 

 

 

「サトル·····私頑張ったわ。褒めてくださるわよね?」

「もちろん。ありがとう、ラナー。よく頑張ってくれたね。愛しているよ、本当にありがとう」

悟はラナーの髪をなで、若干顔色の悪い妻にくちづける。

「サトル、私幸せです。さあ、顔をみてあげて·····」

悟は、ドキドキしながら赤ん坊の顔を覗き込み安堵する。

(パンドラじゃなかった。よかったー)

そこにいたのは、ラナーに似た美しい顔立ちの男の子だった。

「これで、約束を果たせますわね。ねえ、サトル·····ありがとう。少し眠ってもよいかしら」

悟が答える前にラナーは眠りに落ちた。

「ありがとう、ラナー。おやすみ·····さて、この子の名前を決めないといけないんだけどなぁ·····うーん、一番の難問だよなぁ·····俺のネーミングセンス·····壊滅的だし。子供の名前とか、ヤバいな。一生モンだぞ·····サトルとラナーの子だから、サトラナー·····いや、トルナ·····ナルト·····女の子だったらルナで決まりだったんだけどなー。ルラとか。·····男の子·····ラルートとかかな?」

結局名前は決まらず、悟は朝を迎えることになるのだった。

 

ちなみに名前は、ラナーの意見が採用されることとなり、悟のネーミングセンスは発揮されることはなかった。

 

「あー良かった·····本当にこの世界にこれて。ありがとう、パンドラズアクター。お前が願いを叶えてくれるアイテムを使ったのだろう?。さっきの夢で、やっと理解したよ。俺をここに連れてきてくれて、ラナーに出会わせてくれたこと、感謝する」

悟は、そう呟き我が子を抱き上げる。

「私は誓おう。お前のために良き父親よき国王となる·····もちろん、ラナーにとってよい夫であることが前提にあるけどな·····」

決意を新たにする悟であった。



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