ベル・クラネルの兄が医療系ファミリアにいるのは(性格的に)間違っている! (超高校級の切望)
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プロローグ

理由なく残酷な下衆外道。だけど芯が通って優しい部分もあるキャラってかっこよくない?


 ベル・クラネル。白髪赤目の、色素が薄く日に弱い特性を持つ少年。顔立ちは幼く愛らしい。故に村では兎のように可愛がられていた。

 そんな弟が血だらけで街を走るのを見た彼の兄であるヴァハ・クラネルは、何してんだ彼奴?と不思議そうな顔をする。その上でまあ良いかと自分もダンジョンに向かう為に歩き出した。

 道中強そうな連中を見つける。そのうち一人、金髪の剣士がやけに落ち込んでいる。あの顔は、弟を可愛い可愛いと撫で回しとうとう逃げられた時の村娘達の顔にそっくりだ。

 うん。しかし、なるほど。団員の数、そして質。大手ファミリアだろう。その中でもトップクラスの数人。これがオラリオ。世界の中心。怪物の巣が、巨大な卵管が地下に広がりその怪物と日夜戦う強者が集う街。

 

───喜べヴァハ。お主の望みは、漸く叶う

 

「………ハハァ」

 

 口角が釣り上がる。祖父の言葉を思い出す。

 来て良かった。弟に誘われた時は面倒かもしれないと思ったがなるほど、村では果たせなかった望みが叶うかもしれない。

 戦争遊戯、闇派閥、その他にも居るであろう犯罪者、そして地下の怪物達。

 今は怪物としか遊べないが、近い将来が楽しみだ。

 

 

 

 

「ハハ! ギャハハハアァハハハハ!!」

 

 ゴブリンの頭蓋を踏み潰す。蛙の舌を敢えて喰らい、その舌を掴むと引き寄せ目玉に剣を突き刺す。魔石を取らなければ灰にならないその死体を振り回しウォーシャドウにぶつけ、壁が赤と黒に染まる。

 

「ふぅー………と、上層の薬草も探さねぇとなぁ」

 

 赤い髪と同じく、赤い血にその身を染めるヴァハは思い出したかのように呟き面倒臭そうな顔をする。

 彼は何の間違いが、医療系ファミリアに所属している。もう神の恩恵を得られるならどこでもいいかと弟と手分けして、神の恩恵を得た後弟を探しに行ったらそっちはそっちで恩恵を得て眷属になっていたのだ。次があるとしたら、キチンと一度集合し話し合うことにしよう。

 幸い(?)主神同士は神友であった。それが唯一の救いだろう。それに、弟の主神は竈の神。それだけ聞けばショボいが大神と称される神々の中でも特に強大な存在の一柱、宇宙を焼き付くせる天界最強の一角だったらしいゼウスの姉であり孤児たちの保護者。

 神格(じんかく)神格(しんかく)も信頼できる。いや、神格(しんかく)による恩恵の変化はなかったのだったか?

 まあいざとなった時に天界に送還されない程度の神威を放ったとしても、神格面からして並の神より余程威圧感があるだろう。

 

「ブルルル!」

「あぁん?」

 

 と、後ろからズンと重い足音。振り返るとそこには人体牛頭のモンスター。ミノタウロスだ。本来ならこんな浅い階層にいない筈の、適正レベル2のモンスター。傷だらけだ。恐らく下から逃げて、隠れていたのだろう。

 

「ブオオオォォォ!!」

「───っ!!」

 

 傷だらけの、追い詰められた獣が、手負いの獣が放つ咆哮。本能が警告する。恥も外聞も捨て去り、逃げろと。逃げなくば死ぬと。

 ()()()()()()()()()()。敵が来た。来てくれた、と。

 

「───ヒヒ」

 

 ニィ、と口が三日月形に歪む。まるで極上の女を前にした初心な男のように、心臓が早鐘を打つ。

 

「ヒヒハハ! ヒャッハッハッハッハッ!!」

 

 虚勢が半分。残りは心の底から、歓喜と興奮による笑い。ミノタウロスがビクリと震える。しかしモンスターとしての意地が、その場に留まらせる。

 こいつは違う。あの圧倒的な実力差を持っていた連中とは違う。殺せる獲物だ!

 そして、どちらとともなく地面を踏み込み距離を詰めた。




ヴァハ・クラネル。
 Lv.1
力:H102
耐久:H118
器用:H152
敏捷:H162
魔力:I88



《魔法》
【レッドカーペット】
・形成固定化魔法
・血液操作
・血液硬化
・詠唱式【血に狂え】
【】
《スキル》
【血染め】(ブラッド)
血潮吸収(ブラッドドレイン)
・血を啜り魔力、体力の回復。治癒。
・浴びた血の量、血の持ち主の強さに応じて経験値補正。
・吸血行為の際最適化の為快楽付与
【魔力放出・雷】
・魔力を雷に変えて打ち出す


ヴァハ(マッハとも)。
ナァーザのモデルであろうヌアザの妻の名前。
戦士達を戦闘の狂気の渦へ導くとされている。戦死者の首を食べるとされる。
ヌアザの妻の名前だけどナァーザと恋愛関係になる予定なし。
恩恵がどの神から得ても同じと知っており、ファミリアに入れるなら何処でもいいやと適当にふらついていると出会ったミアハの眷属となる。
容姿は線が細い赤毛のイケメン。弱そうではないが強そうでもない。
性格は残虐。殺し合いが何よりも好き。傷つけられるのも好きだが傷つけ苦しみを与える行為はもっと好きなMにしてドS。
ベルの事は大切な弟と言いつつダンジョン探索の足を引っ張るという理由で置いていってる。本性は不明。
祖父が死んだと聞かされてもふーんで済ませた。
現在ミアハ・ファミリアの稼ぎ頭にして唯一の探索者。薬草を取りに行ったりしてる。一応ポーション作りの手伝いと簡単な治療なら行える。
主神の意向により【血染め】についてはファミリアのみの秘密で家族、友人、神友、友神にも明かさぬ方針。

評価はどうでもいいのです。感想がやる気を生むのです


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猛牛

 ミノタウロス。

 人より遥かにデカい体は当然パワーに優れ、時に大型の肉食獣すら追払う突進を喰らわせる牛の後ろ足を持つ故に直線に於いてはかなり速い。

 とはいえ急に止まれない、四足の牛と違い二足の為スピードを出し過ぎると足を払われやすいなど欠点もあるが、それでも厄介には違いない。適正こそレベル2でも近接戦ならレベル3でも苦戦するかもしれない。

 対してヴァハはレベル1。しかも駆け出しの冒険者。普通に考えて、勝ち目はない。

 普通なら。

 今回のミノタウロスは負傷している。追い詰められた獣は危険というが、それは死なぬ為に文字通り必死だからだ。必ず死ねない、そんな意思。逆に言えば、死にかけ。

 そして、ヴァハは人型の相手にこそ本領を発揮できる。

 

「ヴォォォォォ!!」

 

 ヴァハの首程ある豪腕が振り下ろされ地面が砕ける。細かい礫が飛び散りヴァハの頬を切る。いや、抉る。鈍い痛みが広がる。

 ミノタウロスは母たるダンジョンから与えられし石斧で敵の首を切り落とそうと振るい、ヴァハはグニャリと腰を後ろに曲げかわし片足を上げ手首を蹴りつける。

 

「ヴ───ッ!」

 

 正確に骨と骨の隙間を狙った爪先がミノタウロスの神経を圧迫し一時的に握力を奪う。

 石斧はあらぬ方向に飛んでいく。武器は奪った。だが、モンスターはその身体自体が人を殺せる凶器。

 

「ヴォォ!」

「ハッハァ!」

 

 振るわれる拳を避け胸に肘を打ち付ける。モンスターはダンジョンの天井や床、壁から生まれるくせに妙に生物的なのだ。内臓が存在し、生殖能力まで有する。

 心臓も肺もあるなら胸に重い衝撃を受ければ心臓が………

 

「ブアアア!!」

「んが!? ん、んん〜?」

 

 頭を捕まれ壁に叩きつけられた。効いてない。考えてみれば当然だ。レベルが違えばまず勝てないのが常識の冒険者。その冒険者がレベル2にならないとまず勝てないと判断されたモンスター………それも、力と耐久に秀でた。駆け出しの無造作に放った一撃など喰らうわけも無い。

 

「【血に狂え】!」

「ブォ!?」

 

 ガンガンと壁に何度も叩きつけられ流れた血。腕に伝ったそれを、腕を振るう事で飛ばす。飛沫は細かい針となりミノタウロスの目を狙う。慌てて手を離し両手で顔を庇うミノタウロス。絶叫が響く。片目が潰れた。

 

「ハハ。失敗失敗………俺もまだまだこの街に馴染めてねぇみたいだなぁ………」

 

 頭蓋に罅が入ったろう。砕けなかったのは、ミノタウロスが肩に怪我をしていたから。このミノタウロスは本来より凶暴にこそなっていても強力にはなっていない。当たり前だ。

 

「んー。誰だか知らねぇが感謝しねぇとなぁ………おかげで死なずに済んだ。後、楽しめる……」

 

 恐らくこれが万全のミノタウロスだったなら、死んでいたろう。ヴァハはその辺は冷静(クール)に思考する。己の実力を見誤らない。本音を言えば、今だって勝てるかは怪しい。勝率は3∶7と言ったところだろう。勿論自分が3だ。

 

「ハァ────」

 

 で? ()()()()()()()()()()

 ヴァハは例え勝率が0でも、間違いなく戦うだろう。もし、奇跡的に勝てたら、きっと相手は良い表情を浮かべてくれるだろうから。

 人間じゃないのが、心が無いのが悔やまれる。牛の表情など分からない。分かるのは精々悲鳴だけ。うん、それも楽しいな。

 

「クク。本当、今日だけで何度来て良かったと思えたことか……」

 

 血は体外に流れる。それなのに興奮から一部分に流れ固く大きく形を変える。

 

「【血に狂え】」

「───!!」

 

 体表の血が、傷口付近の体内の血が飛び散り先程殺したモンスター達の血と交じる。ヴァハの血が混じった血溜まりが浮き上がり剣や槍となる。ミノタウロスが一気に警戒度を上げる。

 

「逃げるなよ? こんなおもしれぇ殺し合い。今日を逃したら次は何時になるか」

 

 下に潜ればミノタウロスなど幾らでも居るだろう。だが、手負いはいないだろう。なら殺されるだけだ。殺し合いは好きだ。殺されるのも別に良い。だが、死にたい訳じゃない。殺し合いの末に死ぬのは良いが殺されに行く気はない。

 手を汚すベットリとこびり付いだ血を頭に塗りつけるように髪をかき上げる。元々赤い髪の毛はさらに赤く染まり濡れたことにより重くなり、粘度のある血液に絡められ纏められる。

 

「殺し合いを続けるぞ」

「ヴオアアアア!!」

 

 ミノタウロスが突っ込んで来る。その拳をかわし、血の剣を突き刺す。先端が欠けた。レベル1の魔法、それも短文詠唱で付け足すなら量をこれだけ増やしたのだ。まあ、当然だろう。

 なので傷口に突き刺す。

 

「ヴゥゥゥ!!」

 

 恐らく傷を付けたのはレベル3か2。傷自体浅い。筋肉を掻き分け神経を僅かに掻きむしる程度が関の山。だが、十分。

 

「ハハハ!」

 

 筋繊維の隙間に根を張り巡らせる。僅かだが筋繊維を千切る。本当に僅かだ。しかしこれ自体は攻撃でもない。

 

「BANG☆」

「!?」

 

 人差し指と中指を相手に向け親指を立てる。特に意味はない。祖父が教えた動作で気に入っていただけの動き。だが、眩い光が辺りを包む。衝撃がミノタウロスを襲った。全身が熱い。体が痺れる。何が起きた?

 

「ハハァ! 痺れたかぁ?」

 

 ヴァハのスキル。【魔力放出・雷】だ。魔力をそのまま雷に変換して撃ち出す無詠唱魔法と言っても差し支えの無い『レアスキル』。体内に根を張る血の武器から伝い、己を内から焼く雷にミノタウロスは確かにダメージを負った。だが───

 

「ゴアァ!」

「───!! カハ、ハ………ッハハ!」

 

 それでも怪物は動く。豪腕を持って獲物を叩き潰さんと拳を振るう。咄嗟に血の武器を溶かし腕に纏う。赤い生物と非生物の中心の様な鎧。極めて忠実に再現されているのに何処か違和感を生じさせる虫の彫刻のような()()を感じさせる防具を生み出す。罅が入るが、腕が軋むが、抑えきれなかった衝撃が肺を圧迫するが、ミノタウロスの拳からヴァハの物でも溶けた鎧のものでもない血が流れる。

 

「ハァ、ハハハハァ!」

 

 この魔法を手にして一週間。未だ試行錯誤中で全容を知らない。一つ、今解ったことがある。

 身体に近い程より硬く硬化出来る。身体に触れていれば、魔力消費を抑えられる。

 刺々しいフォルムになった血の篭手。拳を振るうと同時に篭手を操り加速させる。

 ミノタウロスの体が震える。皮膚が僅かに裂ける。対して此方は身体に無茶な動きをさせているからか肘関節と肩が軋む。腰が痛い。関係ない。

 

「ハハハヒヒヒャハハハハァ!!」

「ヴァァァァァァァァっ!!」

 

 拳を交わし、殴り合う。ヴァハはミノタウロスよりよっぽど細みのその体格差と対人経験から得た動きの先読みで致命傷になるのを全て避け、或いは力が乗り切る前に迎撃する。

 生まれたばかりのミノタウロス。生まれて16年のヴァハ。ここに来て両者の経験の差が如実に現れる。

 

「ヴォ、オオオオ!!」

 

 本能か、僅かなうちに学習したのか、地面をその蹄にて踏み砕くミノタウロス。腕の数倍の力を持つ足が放った一撃に、まるで3級冒険者の短文詠唱魔法程度の爆発が生まれる。

 吹き飛ばされ、転がる事でダメージを最小限に抑える。ミノタウロスは………両手を、否()()()を地面に付け腰を高く上げる。

 

「───ハハ」

 

 まるで突撃体勢に入った猛牛。だが、その知識は何の意味もなさない。ビリビリと肌を震わす殺気が教えてくれるからだ。これが最大最強の一撃だと。

 とても良い。絶頂しそうだ。

 

「カモォン♡」

 

 操れるだけの血液殆どを左腕に纏める。圧縮され、硬化が施された血の鎧は鋼鉄を超える強度を誇る。

 

「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「アアアアアアアハハハハハハハハハヒャヒャヒャハハハ!!」

 

 両者激突。ミノタウロスと角が、ヴァハの拳にぶつかる。ピシリと両者に亀裂。

 押し負けたのは、ヴァハ。中指と薬指の付け根、前腕の上部が刳り取られる。角の先端が上腕と肩の付け根に突き刺さり、ブチブチと音を立て千切れていく。

 

「ヴォアアアア!!」

「ヒィヒャアァハハハ!」

 

 勝利を確信して咆哮を上げるミノタウロス。その口内に、血の槍が刺さった。

 

「腕取ったぐらいでよぉ! なぁに勝った気になってやがんだぁ? 腕が取れただけだろうがぁ!」

 

 ミノタウロスの目に、恐怖が宿る。理解できないこの生物に、恐れを抱く。が、直ぐに立ち向かう。

 これは殺し合いなのだ。生きてさえいれば勝ち。片腕が失われた所で、それが何だと気付く。才能がある。このミノタウロスには、殺し合いの才能が。

 

「ギャハハハハ!」

 

 だが、ヴァハとは才能も経験も差が開いていた。それが敗因。雷が口内から体内へと落ちる。全身が硬直する。まだ死んでない。だが、それだけ。喉を踏みつけられ口内から無理やり槍を引き抜かれ、枝分かれした先端が口内をズタズタに引き裂く。再び触れられたことにより、槍の強度は増す。今度は大量の血液を圧縮した。が───

 

「フレイム・リフト!」

「…………あ?」

 

 いざ突刺そうとした瞬間、ミノタウロスは炎に飲まれて上半身が消し飛んだ。




フレイム・リフト
一体何処ファミリアのエルフィ・コレットの仕業なんだ


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ディアンケヒト・ファミリア

 エルフィ・コレット。人呼んで『誰とでも仲良くなれる美少女かつ火炎魔法が得意な才媛』(自称)は数人の仲間と上層にてミノタウロスを探していた。

 本来なら首を傾げられるような行為だが、実は先程【ロキ・ファミリア】の遠征組に追い立てられたミノタウロス達が上へと逃げたのだ。

 一応全て倒したと思うが、生き残りが居ては犠牲者が出るからと念の為本拠に待機していた者やミノタウロス討伐に参加しておらず体力に余裕がある者達で残党を探していたのだ。その時、声が聞こえ慌てて走った。冒険者が襲われている!と慌てて魔法を放ったエルフィは冒険者の無事を確認すべく駆け寄る。

 

「あ、あの! 大丈夫でし───ひっ!?」

「んー……」

 

 酷い状態だった。全身傷だらけで後頭部など皮膚が一部剥がれ白い骨が見えている。左腕は千切れ転がっていて、その左腕自体も前腕や指が一部抉れている。

 誰がどう見ても重症だ。だというのに男は地面に転がったミノタウロスの魔石と外皮、エルフィを交互に見てからはぁ、とため息を吐く。

 

「仕方ねぇな。うん、時間かけた俺が悪い。ドロップアイテムと魔石は持ってきな」

 

 ベルトポーチから取り出したポーションを飲み込む男。質があまり高くないのか、傷の治りは遅い。せいぜい血が止まったぐらいだ。

 

「ち……」

「ち?」

「ちりょー!!」

 

 ガシ、と腕を掴み走り出すエルフィ。仲間への連絡?忘れている。

 向かうはディアンケヒト・ファミリアだ。男は突然の事に驚き慌てて薬草などを入れているバッグを足に引っ掛ける。

 エルフィはレベル3。魔法使いタイプの後衛職とはいえ少年の一人二人簡単に運べる。ちなみに重症者を乱暴に扱わないほうがいいと言う知識は彼女にはなかった。傷だらけの男をバッグごと引きずるエルフィ。目立ったのは、言うまでもない。

 

 

 

「誰か! 治癒士の人、空いてますか!?」

 

 【ディアンケヒト・ファミリア】のホームの扉を勢いよく開き中に入るなり叫ぶ。何だ何だと視線が集まる中エルフィは男を前に押し出した。

 

「急患です!」

「「「────!!」」」

 

 その余りに痛々しい傷に目を見開くディアンケヒトの眷属達。直ぐに奥の部屋に通される。団員の一人がアミッド様を呼べ!と叫んだ。どうやら彼は【戦場の聖女(デア・セイント)】の治療を受けられるらしい。

 

「なぁ、俺ぁホームに帰りてぇんだが?」

「喋ってはいけません! 安静に!」

「横になってください! 指は何本に見えますか!?」

「…………」

「くそ、意識が………!」

 

 無反応の男に意識が混濁していると判断する団員達。大声で呼ぶ。と、扉が勢いよく開いた。

 

「急患は!?」

 

 150(セルチ)に届かない小柄な身体。白銀の長髪に、長い睫毛がかかった大きな双眸。精緻な人形を思わせられる美少女、アミッドは直ぐにベッドに寝かされた少年に駆け寄る。

 

「出血が酷い………今から血液型を調べます。該当の血液を追加で持ってきてください」

「は、はい!」

 

 血だらけと聞いて幾つかの血液は持ってきているようだ。その内どれを使っていいか調べる為に血を採取しようとして───

 

「LUCKY☆」

 

 少年が唐突に上体を起こす。当然誰もが驚き硬直する。見た目完全に死にかけなのだから。

 しかし少年は周りの反応など無視して輸血用のパックを手に取る。中身は見えないが匂いで解る。皮を引き裂き中身を大口を開け口に垂らす。

 

「ん、んぐ………ぐご…………はあぁ………」

 

 溢れ、口元を汚す血を拭い一息。血を啜るという悍しい光景に誰もが固まる中、変化が起きた。

 傷が、塞がっていく。机に置かれていた腕を掴み千切れた箇所に近づければ細かく砕けた骨の破片が落ちて、筋肉や血管、神経が蠕き絡み付いていく。腕の距離がある程度近付くと骨も再生していき肉に包まれ皮膚に覆われた。

 

「んん〜………ハハァ」

 

 指を動かし拳を作ったり開いたり。肩をグルグルと回す。支障はない。

 

「な、な………な………え?」

 

 誰もが混乱する中ヴァハは考える。自身が持つ特殊すぎる【血染め(レアスキル)】。その一番の危険性は人として異質な行為を行うことでは無く、経験値補正。

 それさえ隠せば良いだろう。ヴァハとしては、『レアスキル』を巡って争いが起きるのはむしろ望むところ。それでも恩義があるので避ける方向を取る。その辺りの常識は取り敢えずあるのだ。

 

「俺のスキルだよ。『血潮吸収(ブラッドドレイン)』。人だろうとモンスターだろうと血を啜りゃ魔力も体力も傷も治る」

 

 ちなみに己の血は完全に効果がなく、己の血を混ぜ操れるようにした血は効果が薄い。そりゃそうだろう。自前で回復できるはずも無い。

 

「………『レアスキル』ですか」

「ああ、本来ならお前らの世話になる必要は無かったんだがなぁ。【ディアンケヒト・ファミリア】で金使うとダンチョがうるせぇし。まあ、血はご馳走になったからな。その分の金は払うさ……」

「あ、その………それ、【ロキ・ファミリア】が立て替えます」

「んー?」

 

 エルフィの言葉に首を傾げるヴァハ。一応彼女からすれば自分が助けた相手。その上金まで払ってくれるとは。

 

「その………ミノタウロスが上層に居たのは、私達のせいで」

「ハァン………なるほどねぇ」

 

 手負いのミノタウロス。やはり逃げてきた個体だったか。個体というか、群れらしいが。

 

「俺は【ミアハ・ファミリア】のヴァハ・クラネル。主神も心配してるだろうから一旦帰る。話はその後にしてくれ………金の方はよろしく」

「え? あ、は、はい!」

「………ミアハ?」

 

 エルフィは慌てて返事をする。ヴァハは話は終わりだと言わんばかりに歩き出す。金が払わなくて済むなら此処に用は無い。ディアンケヒトの眷属達も血を啜り傷を癒やした不気味な存在に思わず道を開ける。

 

「貴方は………ミアハ様の?」

「ああ。だからここに借り作るわけにゃ行かんかったのよ。ディアンケヒトはミアハにやたら突っかかるんだろ? また助けてやったから借金増やせとか支払い日を早めるとか言われたらたまらねえし」

「…………それは、言いそうですね」

「ところでお前薬を買うと代金として臓器抜き取って素材にするって本当?」

「………エリスイス………!」

 

 ヴァハの言葉に頭痛がするとでも言うように眉間を押さえるアミッド。

 

「そのような事実は存在しません」

「だろうなぁ……まあ、今後とも宜しく。支払い日とかで会うかもなぁ」

「今回のように怪我をしていたら、早死します。どうかお大事に」

「んっんー………そいつぁ無理だなぁ」

「………借金を返す為に、潜るのは必要ですがそれで死んでは元も子もありませんよ……」

「ハハァ。借金なんざ、興味ねぇよ。俺が楽しいから潜るんだ」

 

 ヴァハはそう言い残すと扉を開け【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院から去っていった。




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兄弟

「ふむ、そうか。ではこの薬を飲ませてやりなさい」

「い、良いんですか!? でも、うちにそんなお金は……」

「構わないとも。聞けばその子供は冒険者を目指しているのであろう? では、将来是非うちの店を贔屓にしてくれ」

「は、はい! 必ず、伝えます!」

 

 ふと街中を見ると灰色のローブの青年が女性に薬を渡していた。人とは思えぬほど整った容姿の青年で、事実人ではない。超常存在(デウスデア)という『概念』の形骸化した存在。各々司る何かを持ち、その型に填まり存在するため生まれたその瞬間から姿が変わらぬ不死不滅の生物とは1つか2つは確実に次元そのものが上の存在。つまりは神だ。

 

「うい〜っす、ミアハ様。相変わらず優しいすっねぇ」

「おお、ヴァハ………ヴァハ!? お前、その姿!!」

「ハハァ。心配しなくても傷は全部塞がってますって。俺のスキルは知ってるでしょ?」

「知っているとも。しかしそれが心配しない理由にはならぬ」

「んー。相変わらず良い神ですねぇ。さっきも、母親から言葉を聞いた息子が来るとも限らんのに」

「お前も、やめろと私にいうか?」

「ノンノン。それがアンタという神の在り方なら文句はねぇっすよ。ダンチョに小言は言われるかもっすけど、そのダンチョだって結局最後までは咎めないし」

 

 似た者同士というやつなのだろう。気が合うようで何よりだ。

 

「ダンチョもアンタのそういう所を好ましく思ってんでしょうね」

「お前自身、好ましいとは言わぬのだな?」

「神に嘘はつけませんからねぇ。けど、嫌ってるわけでもない。どーでも良い。さっきの母親が子の亡骸に縋ろうと俺にゃ関係ねぇっすもん」

「人は、誰かと繋がらずには生きては行けぬよ。そのような…………いや、すまぬ。偉そうなことを言った」

 

 別にぃ、と気にしてなさそうなヴァハ。一人と一柱はそのまま揃って本拠(ホーム)である「青の薬舗」に辿り着く。

 

「ナァーザ、戻ったぞ」

「戻りましたよダンチョ。これ、今日の薬草………魔石の換金は、何時来るか解らねぇんで待機で」

 

 普段なら(と言ってもまだ一週間程度だが)薬草などを渡した後ギルドに向かうのだが、今回はそのままドカリと椅子に腰を下ろした。

 言い方からして、誰かを待つようだ。誰だろうか、そう尋ねようとしたタイミングで丁度よく扉が開き備え付けの鈴がカランカランと音を立てる。

 

「うぃーっす、ミアハ………久し振りやな? お前んとこの赤毛の冒険者………お、おったおった」

「ロキ?」

 

 入ってきたのは目を細めた赤い髪の女性。露出度の多い服装だがその凹凸の少ない身体からは色気というものを感じさせないが、やはり顔立ちは非常に整っていた。彼女もまた神だ。

 団員の数、質、ともに上位に食い込む最大派閥の一人【ロキ・ファミリア】の主神ロキ。その後ろに控えているのは小人族(パルゥム)でありながら 第一級冒険者(レベル6)に到達し、団長という立ち位置まで手にした『勇者(ブレイバー)』フィン・ディムナ。後エルフィも居た。

 

「え? ロ、ロキ・ファミリア? ヴァハ、アンタ何したの」

 

 大手ファミリアの主神と団長が零細ファミリアの本拠に訪れるというあり得ない光景に思わずヴァハに振り返るナァーザ。ヴァハはそんな慌てるナァーザを見てニヤニヤと笑う。

 

「あー、ちゃうちゃう。やらかしたんはウチ等の方や」

「………え?」

 

 

 

 まずはフィンが謝罪した。ミノタウロスの群れを上層に逃してしまったこと。その後確認もせずに声が消えたからとホームに戻ってから居残り組に調査を任せたこと。その結果、ヴァハはミノタウロスに襲われ重症を負った。遠征帰りで疲れていたなど、言い訳にもならないとの事だ。

 

「気にすんなよ。俺ぁ楽しめたぜ」

「楽しめたって、死にかけてたのに」

「いいやぁ。あのまま行けゃ俺が勝ってた」

「そんな強がりを………」

 

 エルフィからすればミノタウロスに殺されかかった駆け出し冒険者の言葉。常識的に考えて、有り得ないことを言っているヴァハに呆れるがロキはジッとヴァハを見る。

 

「………嘘は、ついとらんな」

「ハァ……」

 

 ニタァ、と笑うヴァハ。神に嘘は通じない。つまりは事実だということ。己の主神の肯定に、フィン達は目を見開いた。

 

「………それは、彼の中でそうなっていたからではなく?」

「んー…………ないやろ。対面して解る。こいつは自惚れん。冷静に己の力量を把握した上で、己より強い奴に挑めるタイプや」

 

 数多の人間を観察してきたロキは、目の前の少年をそう称する。そんな神の目にさらされてもやはりヴァハは楽しそうに笑っていた。

 

 

 【ロキ・ファミリア】は大手派閥。敵も多い。故に早々頭を下げる訳にも行かない。これは眷属を守る立場としてミアハも同意した。

 とはいえ出来る限りはする。まずは【ディアンケヒト・ファミリア】の治療費。これはそもそも血液数パックでさしたる金にはならなかった。

 なので定期的にここに薬を買いに来るそうだ。大手ファミリアが時おり訪れる店。良い宣伝になる。

 その上で、少しの金。【ロキ・ファミリア】からしたら僅かでも【ミアハ・ファミリア】としては大助かり。

 

「それと、そうだね………良ければウチの団員達とチームを組まないかい? 駆け出しで辛勝とは言えミノタウロスを倒せた相手なら、彼等にも良い刺激になる」

「信じるのか?」

「君については何も知らない。だけど、ロキの目は信じてるからね」

「そぉかい………良いぜ。どのみちチーム組まなきゃ中層には行けねぇだろうしなぁ」

 

 契約は成立。お互いこれで確執は無しで仲良くやっていこう。

 

 

 

 

 

「お、ベルじゃねぇか」

「あ、兄さん!」

 

 その後暫くダンジョンに潜り金を稼ぐ毎日。ダンジョンから戻って街を歩いていると数日ぶりに弟と再会する。

 弟曰く兄さんがいると出会いがなさそうだし、と言われたのでちょうど良いと離れていたのだ。まあ弟が店に来た時などにナァーザやミアハを通してお互いのことは確認し合っていたが。

 

「あ、そうだ! 一緒にご飯食べに行かない!」

「んー? ああ、良いぜ。けど、良いのか? お互いの力でなるべく助け合わない方針で、飯をおごったり奢られたりはなしじゃねぇの?」

「あはは。今のところ、僕の方は生活は安定してるし………割り勘ってことで、良いでしょ?」

「だから良いって言ったろ? んで、その店は?」

「あ、うん。今朝知ってね、案内するよ!」




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豊穣の女主人

ヒロインどうしよう


 ベルの案内の下に来た酒場『豊穣の女主人』

 随分な活気だ。冒険者がチラホラと。その冒険者の中に混ぜても抜きん出て強いのが店員というのは驚きだがまあこんな街だ、冒険者が下手な気を起こさないとも限らないし美人美少女には自衛できるだけの強さが必要な時代でもあったのだろう。オラリオ暗黒期とか………。

 

「……………」

 

 足音がしないのが何人か。気配はしている。ちぐはぐな印象だ。恐らくだが潜入とかはしないタイプの暗殺者が足を洗いでもしたのだろう。

 特に只人の女と黒髪の猫人………店員の中でも特に強い。ベルの知り合いらしい駆け寄ってきた銀髪の女は………良く解らん。取り敢えず只人っぽいけど正体不明な何かだ。

 

「あ、シルさん紹介しますね。この人はヴァハ・クラネル。僕の兄さんです。兄さん、この人はシル・フローヴァさん」

「よろしくー」

「はい。よろしくお願いしますね!」

 

 満面の笑みで接客するシルを無視して店を見回すヴァハ。やはり面白いのが何人かいる。相変わらずの軽薄な笑みを浮かべる程に。

 

「兄さん?」

「いい店に連れてきてくれたな。いい女がゴロゴロいやがる」

「ここはそういう店ではありませんが」

 

 と、不意に責めるような声色を含んだ声が聞こえる。振り返るとそこにはエルフの給仕がいた。

 あ、リューとシルが呟いた事から名はリューと呼ぶのだろう。

 

「ハハ………お前が一番、いい女」

 

 無遠慮な視線に嫌悪感を顕にするリュー。エルフは高潔と聞く。ヴァハのような軽薄な態度が気に食わないのだろう。

 

「強さなら奥の婆さんがトップだが、お前が一番この中で、守りたい存在をはっきりさせてる。ハハァ、その女をお前の前で殺したら、どんな顔をすんだぁ?」

「────貴様」

「んーんっんっ。じょーだんだよ、本気にすんな。俺は殺し合いは好きだが強くもねぇ、不気味なだけの女を殺す趣味はねぇ。殺すのは一度でも敵対した奴…………信条があるのさ」

 

 ヴァハにはルールがある。敵対してない相手は殺してはいけません。何でかって? 社会のルールに反するからです。反したら、社会から弾かれるからです。家族も………。

 祖父は自分達兄弟を英雄にしたいらしい。ヴァハは興味ないがベルはなりたがっている。しょーがないから我慢しましょう。

 だからニコッと今度はやけに爽やかな笑みを浮かべる。店員達は胡散臭そうに睨んだ。

 ここで暴れても、まあボコボコにされて終わるだろう。ミノタウロスとの遊びは楽しかったなぁ。また同じような事が起きればいいが。

 

「空気悪くして悪かったなぁ。詫びに売上に貢献すんぜぇ? この金で食えるだけの飯と飲めるだけの酒」

 

 ガシャンと硬貨が入った袋が音を立てる。店主であろう女性は中身を確認し、はぁとため息を吐いた。

 

「次似たようなことをしたら叩き出す。頼んどいて喰いきれないとか言っても叩き出す」

「こえぇ。肝に銘じなきゃなりやせんねぇ」

 

 肩をすくめるヴァハにふん、と鼻を鳴らす女性。自制はできるようだ………いや、常に冷静だからこそ逆に質が悪いかと首を振る。愛娘達に悪影響を与えなければ良いが。

 

 

 

 ベルと近況を報告し合うと、弟に好きな人ができた事を知る。こいつもそんな年かと思いながら出会いを聞けば彼もまたミノタウロスに襲われたらしい。兄弟揃って不運な事だ。

 

「でも、兄さんは追い詰めたんだ。やっぱり兄さんは凄いなぁ」

「ハハァ。俺はセンスがあるからなぁ………」

 

 キラキラした瞳を向けてくる弟に酒を飲みながら言葉を返すヴァハ。あれだけ頼んだ量もどんどんなくなっている。ベルは気にしていないところを見るに、普段の量なのだろう。

 

「ご予約のお客様、いらっしゃいましたにゃー!」

 

 シルも何やらやってきてベルと話し始めたから食事に集中していると店員の声が聞こえた。ベルがバッと顔を上げる。

 視線を追うと、金髪の女剣士。恐らくあれがかの有名な『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン。ベルの意中の相手。つまりあの集団は【ロキ・ファミリア】。よく見ればロキやフィンも居る。

 

「なるほどー。兄弟ってのは好みも似るのね」

「え?ちょ、そんな………兄さん?」

「ハハァ………」

 

 ヴァハの言葉に慌てるベル。シルは「ヴァハさん、応援します!」とか言ってる。ベルの味方はいないようだ。

 

「そうだ、アイズ! お前あの時の話し聞かせてやれよ!」

 

 と、酔った獣人が声を上げる。しかし一々アイズの名前で体を硬直させる弟はどれだけ初心なのか。祖父から渡された艶本も、表紙だけ、下手すりゃタイトルだけでこんな反応してた記憶が。

 

「あれだって、帰る途中で最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ!? そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎の!」

 

 最後の一匹は隠れて残っていたが、少なくとも彼等が相手した最後の一匹はアイズが倒したのか。そして、その際ベルを助けた。

 

「ミノタウロスって17階層で襲い掛ってきて返り討ちにしたらすぐ集団で逃げていった?」

「それそれ!奇跡みてぇにどんどん上層に上っていきやがってよっ、俺たちが泡食って追いかけていったやつ!こっちは帰りの途中で疲れていたってのによ~」

 

 自分の事だと顔を青くしていくベル。ヴァハはテーブルの上の食器をどけて新たに来た食事を喰らう。

 【ロキ・ファミリア】の話は盛り上がっていき、ベルが血だらけで逃げ出した事を聞き、失笑が漏れる。アイズだけがその笑いの輪に入れていない。一人、ぽっかり取り残された迷子みたいだ。そんな迷子を見つめる母親のような目をしたエルフが獣人を咎めるも獣人は止まらない。

 

「おーおー、流石はエルフ様。誇り高いこって。でもよ、そんな救えねぇヤツを擁護して、何になるってんだ? それはてめえで誤魔化すための、ただの自己満足だろ? ゴミをゴミと言って何が悪いんだ」

 

 流石にロキも咎め始めた。しかし獣人はやはり止まらず、何を思ったのか番にするならどちらが良いかを問い出した。なるほどそう言う。モテる女だ。壊れかけの女はやはり雄を引き寄せるのだろうか?腐りかけの果実が美味いのと同じ?

 アイズはお前だけはゴメンだと断るも、ならトマト野郎に告白されたらどうするかと問われ返答に困る。ベルが更に震える。

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」

 

 ベルは、そこで耐えられなくなった。走り出す。シルが叫ぶ。ヴァハは「………金が」と呟く。

 アイズはベルの顔を見て、慌てて外に駆け出す。顔を覚えていたのだろう。

 

「…………貴方は、彼を追わないのか」

「何で?」

 

 食い逃げを行ったかもしれない少年と同席していたヴァハに必然的に視線が集まる。【ロキ・ファミリア】の方からあっ、と声が消えた。

 

「貴方は、彼の仲間でしょう」

「【ファミリア】は別だ。兄弟だがな…」

「ならばこそ、彼を慰めようとは思わないのですか?」

「あん? 何で? そこの犬っころ、何か間違ったこと言ったか?」

 

 首を傾げるヴァハは何故か吊るされ始めた獣人をジョッキで指す。犬扱いされ獣人があぁん!?と叫ぶが無視。

 

「俺たち兄弟は英雄が好きでねぇ。特に俺はアルゴノゥトが好きだ。あの道化が大好きだ。まさに、今のあいつだからなあ。俺、弟大好きなんだよね………ま、アルゴノゥトと比べりゃまだまだ劣るけど」

「え? 何々、アルゴノゥト好きなの? アタシもー!」

「そりゃどうも………てか、お前アルゴノゥト知ってる?」

「………一応は」

「そりゃ良かった。これでお前が知らなきゃそれこそ俺も道化だ………で、あー………何だったか。そうそうベルがアルゴノゥトの劣化版ってとこだ………だって彼奴、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ヘラヘラと楽しそうに笑う。過去の記憶に思いを馳せられ。

 

「憧れるくせに、成り方を知ってるくせにオラリオに来るまで何もしてこなかった。彼奴の服の下、ヒョロヒョロでモヤシみてぇだ………ハハァ。アルゴノゥトは絶望に向かうだけの世界で笑顔を振りまいてたのになぁ。いや? 今は滑稽さで笑顔を振りまいたか」

「っ………それで、彼の心が傷つき、折れても良いと?」

「彼奴は零細ファミリア………拠点はオラリオの端の端」

 

 急に話題を変えたヴァハに困惑するリュー。ヴァハはそんな態度を気にせず扉の外を見る。

 

「走ってった方向とはまるで逆さ。馬鹿にされ、笑われ、彼奴は真っ先に()()()()()()()()()()………ハハァ。傷つく? 何もしてこなかったくせに傷つきたくねぇなんて虫がいい。折れる? 折れるかよ、あの程度の罵倒で」

「ダンジョンに………? なら、なら尚更何故追わない! 彼が、貴方の弟が死んでしまったらどうする気だ! 彼を追い立てた獣人を憎むか? いいや、彼が何処に向かった知っていながら見殺しにした貴様の────」

「憎む? ハ………ハハ。ハッハッハッハッハッ! 憎まねぇよ、俺は。死ぬ? 嗚呼、死ぬかもなあ。でも、()()()()だろ?」

「────!!」

 

 リューが目を見開き、次の瞬間平手を喰らわせようと腕を振るう。直上的。速いが、読みやすい。体をそらし避けたヴァハは倒れる椅子に身を任せ、片手をつき立ち上がる。その際椅子に足をかけリューに向かって蹴り上げた。

 

「───っ!!」

「ハハァ!」

 

 リューがその椅子を払えばヴァハは倒れる時に何時の間にか取っていたであろうフォークを目に向けて突き出す。

 盆で防いだリューはヴァハの腹に蹴りを放つ。

 

「───っ! か、はは! ハハハハハ!」

「っ! きゃ!?」

 

 バチィ! と、雷光が迸る。とはいえレベル1のスキル。リューには大したダメージはない。それでも一瞬痺れさせるには十分。左足を軸に回転し、曲げていた関節を伸ばしながら蹴りを放つ。技術、身体能力を遺憾なく発揮した蹴り。リューが吹き飛び机に当たる。

 

「んー………」

 

 ()()()()()。これが高レベルの冒険者。ミノタウロスより硬い。触れれば間違いなく女の柔肌を感じられるはずなのに、殴れば岩のように硬い。見た目以上に()()()()()

 

「────!」

「…………ハハァ。やっぱり、お前が一番いい女だ」

 

 睨みつけてくるリューに笑みを深めるヴァハ。と。と──

 

「そこまでにするにゃお客さん」

「リューも、先に手を出すのは良くないよ」

 

 ヴァハの首下にステーキナイフが添えられリューの肩を只人の店員が叩く。ヴァハが振り返れば黒髪の猫人が立っていた。

 

「あっちにゃ劣るがお前もなかなか良い女」

「にゃはは。あと2年若ければみゃーの好みだったんたけどにゃ。まあ、若くてプリプリの尻してても、リューに手出した奴嫌いだけど」

「勘違いするな。出されたんだ」

「……………」

 

 ピリピリと空気が張り詰める。その空気を吹き飛ばすように、長いため息が聞こえた。

 

「その辺にしな、アンタら」

「にゃ!? で、でもミア母ちゃん!」

「リューから手を出したのは本当だからねえ。だから、これで手打ちだ。あんたもそれで良いね?」

「ハハァ。俺は自殺志願者じゃねえしなあ。ここでやめろとあんたに言われちゃ従うまでさ。ご馳走様。美味しかったからまた来るな」

 

 二度とくんにゃー!と叫ぶ猫人達。仲のいいことで。

 店から出たヴァハはどうするか、と頭をかく。ポーションの類は持ってきていない。スキルの恩恵で、傷の治りは並の人間より早いとはいえ血を飲まなければ緩やかだ。

 今帰ってもミアハに見つかったら心配をかけるし………。ベルの帰りでも待つかとバベルに向かって歩きだした。




ちなみに、マジでベルを殺した相手は憎みません。仮にベルが強くなってたらそいつも強いってことで結果的に敵討ちに乗り出すかもしれませんけど

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月夜の邂逅

 ベルを待つ間、片足が折れているので座る事にする。ここまで歩いてきたので骨の位置はズレ、足は赤く腫れている。それでも少しずつ治る。肉の中で骨が動く感覚は常人なら泣き叫んでもおかしくないのにヴァハは特に騒がず欠伸すらする。

 ベルを待つ事にしたが、どれぐらい待つか。今は月が真上。沈むまでには時間がある。

 

「こんばんわ。綺麗な月夜ね………」

「あん?」

 

 ボーと銀色の月を眺め、金色の月じゃねぇのかと適当なことを考えていると万人が振り返るであろう美しい声色が響く。振り返ればそこには美を体現したかのような女がいた。

 なかなか露出が多い服装なのに下品に見えないのは、本人の気品さ故か。

 

「おー月ね。月………俺は死人のように青い月か血に染まったような赤い月のが好きだねぇ」

「へぇ、見たことがあるの?」

「もち☆」

 

 結構レアらしい。一時期祖父の知り合いの男といろんな場所を旅していた時に見た。

 中々楽しい経験だった。初めての人殺しも旅のおかげで経験できたし。

 

「んで? 女がこんな場所に、こんな時間に何してんの? 襲われても知らねえぞ」

「ふふ。心配してくれるの?」

「んー…………」

 

 コキリと指を鳴らす。爪の生え際から、血が流れ、それを目の前の女が認識する前に鎌のように変化し───

 

「───っ………ハハ」

 

 その女の首を裂く前に右肩に長槍(ちょうそう)が突き刺さる。ヴァハの動体視力を持ってして追えたのは流星のような軌跡だけ。

 数M(メドル)は吹き飛ばされ、槍の穂先が路面を抉りながら沈み込んでいく。

 

「ゲスが。女神の御身を、貴様如きが傷つけようなど」

「ぐぇー……」

 

 何時の間にか猫種の獣人が現れ、胸を踏み付けてくる。今の動きからして、恐らく最低でもレベルは5。或いは最強候補の6だろうか? 少なくとも、人の肋など予備動作もなく踏み砕けるに違いない。

 

「アレン、やめなさい」

「しかし……」

「ね、アレン? 良い子だから」

「……………」

 

 女の制止に不満を顕にする男だったが、子供に言い聞かせるような言葉に黙り込み足を退ける。せめてもの嫌がらせか、乱暴に槍を引き抜きヴァハの肩をえぐる。ゴギュイと骨が削れる音が内から響く。

 

「いててぇ……いてぇー。いてぇなおい。謝れよ」

「アレン………」

「………………」

「もう、仕方ない子ね」

 

 ケラケラと謝罪を要求するヴァハを睨みつけ立ち去るアレンと呼ばれた男。そんな様子を見て女は愛おしそうに笑う。

 

「愛の女神が何か?」

「そうね。私は、愛が多いってよく言われるの………貴方、怒らないのね?」

「女神様が血を飲ませてくれるなら怒らな────と」

 

 首スレスレを短剣が通過した。軽口を叩くなと言うことか。

 

「ハハァ。人生楽しそうな奴だな………譲れないものがある。アンタだ。あんたの身体はもちろん、あらゆる要素を傷つけることも否定することも許さねぇって感じだ」

「ええ、可愛い子でしょう? 自慢の子の一人よ」

「うちの弟のが可愛いなあ」

「そうね。でも……貴方も、貴方の弟に負けないぐらい可愛いわよ?」

 

 上体を起こしたヴァハの頬に触れ微笑みかける女に、ヴァハはあー、と呟く。

 

「フレイヤってアンタか………都市最強のファミリアの一つの。あってる?」

「ええ。正解………それにしても、貴方は『魅了』されないのね」

 

 今度は頭を撫で、少し残念そうな顔をする女神フレイヤ。情欲に塗れ求めてくる女は何度か相手したが、これは違うな。もっと別の、それでいて近い何か。神の愛とやらなのだろう。

 

「万人が万人、あんたを確かに美しいと言うだろうさ。俺もあんたは美人だと思うぜ? あんたは、()()()()()()()()()

 

 フレイヤ、美の神。()()()()()()()()()

 そして、美しさとは大衆が定めるもの。或いは神ならば大衆を支配する者でもあるかもしれない。

 

「だが結局は大衆が肯定したものだ。オレが好きなのとは、ちょっと違う。まあつまり、あんたの見た目は好みじゃない」

「あら、残念。でも安心して。私はきちんと中身も見るわ………貴方達兄弟は、二人揃って本当に綺麗な透明………不思議ね、ここまで似てるのに、貴方達の在り方は真逆なのだもの」

「ハハァ。価値観の相違だろ………古代の世界じゃ、ハーフを蔑むのは当然の行為とされていたんだろお? その時代、それを行う者にとっちゃ当たり前すぎて悪意を抱かなかったやつだって少なくねぇんじゃねぇの?」

 

 そもそもが異なるのだ。目が3つが当たり前の世界があったとして、目が2つの神は異形神となる。精神構造が違う。モンスターにさえ通じる美を、あろうことか理解できぬと言い切った。

 いや、違うか。

 彼は理解している。己が他者と何かズレている事を。その上で、理解していない。

 知識としては解っているのだろう。だけど感覚として、何故それを行っていけないのかを解していない。

 

「ここは、条件さえ揃えば人を殺せるわ」

「………」

「人殺しが()にならず、正義()になる事もある灰色の場所。きっと貴方の願いは叶うわ」

「へぇ……」

「今日は楽しかったわ。また会いましょう」

「ばーい♡」

 

 去っていくフレイヤを見送り手を降るヴァハ。足の骨折に加え肩の貫通。再生にだいぶ時間を要しそうだ。ちょうど良い。朝まで待ってみよう。

 

 

 

 

「ごめん、兄さん………」

「ハハ。俺じゃなくて主神に謝ってやるんだなぁ。心配してるぜ、多分。それとお前の分の金は払ってないから」

 

 空も白くなってきた。時刻は朝の5時近く。傷もすっかり治ったヴァハはダンジョンから出て来たベルを背負い歩く。背中から視線を感じる。あの女神に見られている。

 

「怒られるかな」

「だろうなぁ。はは、あの女神もお前が好きみたいだからなあ」

「うん。大切な、家族だよ。兄さんにとっての、エウロペさんみたいな」

「懐かしい名前だなあ。墓参りに行ったのは何時だったか………」

「おじいちゃんが、死んだ事の報告の時かな」

「ああー。そういやジジイの囲いの一人だったな」

 

 思えば知り合いで初めて見た死体はあの女だった。逆にジジイは死体すら見れてない。まあ、多分生きてるんだろうなぁとは思ってる。ベルには内緒だ。

 

「ベルもこっちじゃ順調に囲い作れそうだなあ。その前に、入って欲しい奴がいるみてえだが」

「ハーレムかぁ………出来るかな?」

「ハハァ。俺は顔が良い、お前は性格がいい。できるさ、意外と簡単にな」

 

 そんな会話をする内にベルの現在の拠点、朽ちかけの教会に辿りつく。扉を開けようとするとベルの主神であるロリ巨乳の女神ヘスティアに扉がぶち当たった。

 その後ベルはヘスティアに説教され、まずは休息だとベッドに寝かされる。ヘスティアが一緒に寝ようじゃないかというとあっさり了承したベル。まあ、女として意識してないか疲れて思考力が低下してるかの何方かだろう。

 

「兄さんも、久し振りに寝よ?」

「あん? 何だ、相変わらず甘えん坊な………仕方ねぇなぁ。3時間だけだぞ? 9時からは予定がある」

 

 そうして3人で寝る事になった。ベルが中心。右にヴァハ、左にヘスティアの並び順だ。

 

「そうそう、美の女神にあったぜ。ベルも何時か出会うかもなあ」

「ええー、そんな、恐れ多い……」

「ダメだぞベル君! 美の女神に合うなんて、魅了されてしまう!」

「ハハァ。大丈夫だろ………」

「何を根拠に! ていうか、ヴァハ君は平気なのかい?」

「タイプじゃない………」

 

 それこそ死ぬその瞬間には美しいと間違いなく思えるだろう。だが、相手は不死不滅の神だ。絶望もしないだろう。死なないから、なにかに必死になることもなさそう。痛めつける悦びもない。まあ女として楽しむぐらいなら確かにできるだろうが。

 

「美の神をタイプじゃないって………逆に何を美しいと思うんだい君。彼女達は、美しさそのものの筈だぜ?」

「何を、ねぇ………………そうだなぁ」

 

 例えば命を失ったその瞬間のまま、表情を変えることが出来なくなった女の死体。後は………

 

「旅の途中見つけた、あの光景、それを生み出した奴かなぁ。心が震えた」

 

 旅の仲間はありえないとか言ってたな。まだ早すぎるとかも。

 誰もが怯える中で、ヴァハは片目しかないそいつと目を合わせ、確かに思ったのだ。美しいと。心が震えた。

 誰もが地獄と言うであろう光景の中で永遠にも感じる数秒を見つめ合った。向こうからすれば道端の石ころに目が行った程度で見ていたのも実は周りの誰かだったかもしれないが。

 

「ふーん。光景? パレードの中心人物か何か?」

「んー。まあ、綺麗だったなあ。そん時はベルは隣にいなかったが、むしろ良かった。出来ることなら、あの光景は独り占めしたかったからなぁ」

 

 旅の仲間いわく、再び眠りについたらしい。それでも、いずれ起きる。再会が楽しみだ。



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街中のエンカウント

 アイズ・ヴァレンシュタインは落ち込んでいた。

 遠征帰還の祝宴から2日。あの祝宴で、ベートに馬鹿にされた冒険者がいた。その場に居た。絶対傷つけてしまった。

 鬱だ。アイズの中の幼いアイズも落ち込んでいる。彼の兄らしい男はむしろベートよりの考えだったし多分慰めていないのだろう。

 謝りたいなと思っている事を相談に乗ってくれたリヴェリアに教える。リヴェリアは今は悩めば良いと言ってくれた。

 そして、リヴェリア以外にも彼女を元気付けたい娘達と共に出かける事になった。

 

 

 

 

 

「てめぇ! ふざけてんのか!?」

 

 街中を歩いていると怒号が聞こえた。喧嘩だろうか? オラリオではよくある事とはいえ、少し気になり視線を向ける。

 三十代ぐらいの冒険者風の男達と、赤髪の少年。そして少年の腕に抱かれているポケーとした茶髪の少女。

 

「んん〜? ふざけてるう? 俺があ? はは、心外だ」

「だって、今まで………なのに、突然───!!」

「ハハァ。適正価格払えつってるだけだろ? なぁに、ほんの少しだ」

「ふ、ふざけんな! そんな金払えるかっ!!」

「じゃあこの話は無しだなあ。別の店で買いな」

「買いなー」

 

 ベェ、と舌を突き出し笑みを浮かべる少年。冒険者達の眉間にビキビキ青筋が浮かぶ。

 

「な、何でしょう。ボッタクリ?」

「どうかしら。単に値段を上げただけで騒ぐ奴もいるしねぇ」

「でも、払えないほどなんでしょうか?」

「あれ、あの人あの時の……」

 

 レフィーヤとティオネが話しているとティオナが少年の顔を見て呟く。あの時? と尋ねると2日前の祝宴と伝える。

 アイズも気づく。あの時の白髪の少年の兄だ。腕の子は、誰だろ?

 

「よおし、助けなきゃ!」

「あっちが法外な値段で売ってる悪者かもしれないわよ?」

「ティオネだって前にアミッドに似たことしてたじゃん。それに、あの人アルゴノゥト好きって言ってたし、悪い人じゃないよ!」

「何よその判断基準」

 

 妹の悪人認定に呆れるティオネ。が………

 

「今までただで配ってたろお!? 今回も、何時もみたいにくれよ!」

「やだねえ」

「やだねー」

「クソが! てめぇそれでもミアハ様の眷属かよ!」

「クズ野郎! 主神様の優しさを見習えよ!」

「何時もみたいにただでポーション配ってりゃ良いんだよ!」

「俺はミアハ様じゃねえからな。優しさには期待すんな」

「すんなー」

 

 どうやら本当に冒険者側が悪い様だ。少年も煽りまくりだが。

 

「てめえ、俺らにそんな態度取っていいと思ってんのか! 俺等を誰だと思ってる!? 都市最大構成員数を誇るソーマ・ファミリアだぞ! てめえらみてぇなチンケなファミリア、店ごとぶっ壊せるんだよ!」

「ああん? そりゃ脅してんのか? よしよし、メイナ、ちょっと離れてろ」

「聞いてんのかてめぇ!」

 

 少年が少女を降ろし背中を押してむこうに歩かせていると、一人の冒険者が殴り掛かる。少年は拳をかわし肘と膝を少しずらした位置で上下から伸ばされた腕に叩きつける。

 

「!? ぐぎ、があああ!?」

 

 ゴギンと腕が圧し折れ骨が飛び出す。そのまま冒険者の鼻が裏拳で叩き折られる。

 

「て、てめえ! この、よくも!」

「ハハ! ちょっと金払えばいいだけなのにケチって金払わず、言葉で脅してそれでも無理なら実力行使。よくもはこっちが言っていい台詞だよなあ? ミアハ様が優しいからこそ、俺が汚れ仕事しなきゃいけないんだよなあ。嫌なのに、あー、仕方ねえ………ハハハァ」

「ざけんな!」

 

 向かってきた冒険者の顎を膝で蹴り、足を払い転ばせ頭を踏みつける。

 

「ウチに何かしてみろ。ハハァ………それはつまり殺していいって事だから歓迎するぜ?」

「このイカれ野郎が!」

 

 と、最後の冒険者が剣を抜く。少年は楽しそうな笑みを浮かべ指をゴキリと鳴らした。

 

「ぶち殺してやる!」

「ハハァ! ハァー! やってみろよお!」

 

 流石に止めないとまずい! ロキ・ファミリアの少女達はすぐに掛けだそうとした。だが、彼女達よりも早く動く影があった。

 

「やめて! お兄ちゃんに何するの!」

 

 少女だ。戻ってきたらしい。

 

「るせぇぞクソガキ! アーデ見てるみてえでイライラすんだよ!」

「っ……!!」

 

 冒険者が少女に殴りかかる。少女は思わず立ち止まってしまう。それは不味い。冒険者の身体能力は一般人など簡単に殺せる。

 

「あぐば!?」

 

 と、突如雷鳴が鳴り響き冒険者が焼かれる。

 

「ハハァ。冒険者が一般人殴ろうなんざあ、頭蓋が砕けるとこでも見たかったかぁ? なら見せてやるよ」

「あ、が………ごべ!?」

 

 頭を掴み、地面に叩きつける。何度も何度も。周りの人間が引くぐらい。路面が赤く染まっていく。

 

「ハハハ! そろそろお前が見たがったもんが見れんぞお!」

「お、お兄ちゃん!」

「んー?」

 

 感覚的に次で頭蓋をくだけるな、とワクワクする少年だったが少女の声にピタリと動きを止める。

 

「や、やりすぎだよ………」

「…………んー。そうかあ?」

「そうかも……」

「そうかあ」

 

 震えながら、怯えながらもまっすぐ自分を見つめる少女に、少年はあっそ、と立ち上がると男を蹲っている冒険者達に投げ渡す。

 

「ウチのファミリアに来たけりゃ何時でも歓迎するぜぇ。ハハ、客としてもそうじゃねえとしてもなあ」

「ひっ!」

「す、すいませんでしたぁ!」

 

 しかし仲間を置いて逃げ去った。あれだけ脅しとけば良いだろう。自分より弱い者にしか喚き散らせず、強者にはヘコヘコするだけの男達だ。

 

「怖い思いしたろ? 今日はもう帰るか?」

「………」

 

 プルプルと首を横に振る少女は抱っこして、とでも言うように腕を伸ばしてきた。

 

「…………何で?」

「楽しそうだった。人を傷つけるの………でも、私が殴られそうな時怒ってたような気がした」

「普通、子供に殴りかかるようなやつは怒られる」

「お兄ちゃんは普通じゃない」

「ハハハハハァ」

 

 少女の言葉にやはりケラケラと笑う少年。騒ぎはとりあえず収まった。やりすぎでもあるが、諍いはよく起こるのだ。オラリオの民も日常に戻っていく。

 

「おーい、昨日の人ー!」

「んー?」

「……んー?」

 

 レフィーヤ達も声を掛けていいのか迷っているとティオナはなんの躊躇いもなく声をかけた。

 

「あー、アルゴノゥトが好きな女」

「おんなー」

「覚えてたんだ。そうだよ、英雄譚は基本的に大好きだけどね! あたしティオナ! さっきの見てたよ、凄いね!」

 

 元気溌剌なティオナに少年の腕に抱かれた少女は警戒したように少年の胸に顔を埋める。

 

「凄いかあ? だってあれ雑魚だろ。お前からすりゃ、俺もな」

「すごいよ! なんて言うんだろ? 流れるみたいというか、動きに無駄がないっていうの? うん、とにかく凄い!」

「ハハァ………さては馬鹿だな。語彙力が低い」

「バカだなー」

「馬鹿じゃないよー」

 

 少年どころか少女にも馬鹿扱いされプンプン怒るティオナ。と、少年が片手を差し出してくる。

 

「英雄ではアルゴノゥトが好きだ。弟が好きだ。子供と老人、花が少し好きだ。【ミアハ・ファミリア】所属のヴァハ・クラネル。よろしくなあ………こっちはメイナ。「青の薬舗(ウチ)」の常連の娘だそうだ。母親が寝込んで父親は仕事があるから預かった」

「しょーらいのゆめはぼーけんしゃです」

「ヴァハにメイナちゃんね! 改めて、ティオナ・ヒリュテ! よろしくね!」




メイナ
オリキャラ。青の薬舗の常連の一人娘。冒険者に憧れる勇気ある少女。普段はぼーっとして自分に触れている人の言葉を真似する癖があるが動く時には動ける良い子。可愛らしく大変男子に人気だが最近初恋をしたらしい。


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闇に沈む神酒の眷属

「へぇ、じゃあヴァハのおじいちゃんは本も書いてたりしたんだ」

「ああ、「アルゴノゥトが始まりの英雄と呼ばれる所以はこれじゃあ!」って見せてくれたりな。ドワーフの英雄ガルムーザ、狼帝ユーリス、争姫エルシャナを始めとした時を同じとされる英雄達はもちろん三大詩人の二人を絡めたストーリーを上手く組み立ててたなぁ。自分で書いたくせに「ワシはこいつの大ファンなんじゃ」って………俺はその本があったからアルゴノゥトが好きになったな」

 

 そうとも、怪物とわかり合おうとしたあの男が自分も大好きなのだ。自分は間違いなく「あちら側」。人に理解されず人を理解できぬ側だ。

 だからこそミノタウロスを羨ましく思う。

 別段孤独があるわけでも、疎外感を感じたわけでもない。ただ、時折羨望を抱く。英雄と笑いながら殺しあえた怪物の方に。

 

「いいなぁ、読んでみたいなぁ」

「あー、内容は覚えてるから書き写すまで待て。ただ、あまり人に広めるなよ? ジジイとの約束なんでなあ」

「なんでなー…………お兄さん、それ、私も読んでみたい」

「あー………じゃあ書き写したら3人で読むか」

 

 ぼーっと自分を抱き抱えているヴァハの真似をしていたメイナははっ、とティオナとヴァハの距離が接近している事に気づき慌てて会話に参加する。

 

「メイナちゃんも興味あるんだ?」

「うん。ちゃんと………」

 

 メイナの父親から考えることすら面倒臭がる子だから基本的に手はかからないと聞いたが、案外能動的に動くようだ。

 まあ理由は分かるが。

 

「てか服買いに行くんだろ? 男の俺がついていって良いのかねえ」

「かねえ」

「うーん………どう思う?」

「私は、構わない」

「別に良いんじゃない? 何なら男目線で可愛い服とか買えるかもしれないし」

「み、皆さんが構わないなら私も別に……」

「メイナは?」

「…………女冒険者の日常、興味ある……くふぁ」

「興味あんのに眠そうだな」

「普段のこと……」

 

 そういや始終ぼーっとしてる。眠いからなのか。

 

「血を作れ血を。好き嫌いせず鉄分を取れ」

「?」

 

 不思議そうな顔をされた。祖父には血が足りないと鉄分を取るように言われていたのだが、田舎の療法か?おのれ爺、恥をかいた。

 

 

 

「今日は楽しかったかあ?」

「たのしかった……」

 

 その後服屋を回り、やがて解散。アイズは明らかに何か………おそらくベルのことを聞こうとしていたがタイミングが掴めず話しかけてこなかった。さてはコミュ力0だなあの女。

 

「お兄さんは、これからどうするの?」

「ダンジョンにちょっと潜る………」

「こんな時間に?」

「ハハァ。夜のほうがテンション上がんのさ。吸血鬼なんでな」

「きゅーけつき?」

 

 

 

 

 ダンジョンの8階層。夜遅く、冒険者の数は少ない。キラーアントなど厄介なモンスターに出会したくないのだろう。

 

「んっんー♪ ハハハァ」

「いぎ、あああ! ぐうな、俺を食うなぁぁぁ!」

「たす、たすげでぇぇぇ!!」

 

 キラーアントは死にかけると仲間を呼ぶ。男達は今まさに、自分達で瀕死にしたキラーアントに呼ばれたキラーアント達に喰われている。

 男たちが間抜け、というわけではない。キラーアント一匹ぐらいなら簡単に倒せる。それを、ある人物に投げようとした瞬間腕が落ちたのだ。

 

「ハハァ。俺の魔法、本当に便利だよなあ。剣も槍も糸も自由自在だ……」

 

 赤い細い糸で寄ってくるキラーアントを切り刻みながら笑うのは、彼等がモンスターに殺させようとしたヴァハ。

 

「ほ、ほんのちょっとした、い、悪戯なんだ! 助けてくれ!」

「無理だあ! ハハァ! お前らが、俺の趣味をギルドに報告するとミアハ様がうるせえだろうからなあ。せーとぼうえいつっても、ギルドはともかくあの人にゃ通じねえ」

 

 殺されそうになったから殺しました。ファミリア同士で襲撃など良くあること。ましてや今回の相手はオラリオ屈指の神格者(じんかくしゃ)として知られるミアハの眷属と犯罪まがいな事ばかりする【ソーマ・ファミリア】の構成員。ギルドとしても、ヴァハ側を擁護するだろう。

 だがミアハはやりすぎだと言ってくるだろうし、腹いせにあることないこと吹聴され暮らし難くなるのも面倒だ。

 いっそ殺し合いありの戦争遊戯(ウォーゲーム)でも挑んでくれたら助かるものの、こいつ等は自分の意見を上に届けることも出来ない下っ端。昼間叫んでいた嫌がらせも、本来なら実行に移せなかったろう。

 それに、三人組のうち一人で()()()()()。これは間違いなく犯罪だろう。と、開かれた腹から内臓を喰われている全身の皮膚と目玉がなく神経が焼かれた痕のある死体を見る。

 

「妙な話だよなあ。お前等は俺を殺したい。なのに直接殺すのは気が引ける。だから、こういった手に出る」

 

 ぶっちゃけるならステータス上、この男たちの方がヴァハより僅かばかり強い。それでもヴァハが勝った。ヴァハには躊躇いがないから。

 ルールに守られた人間社会で生きる以上、シミつく人を殺してはならないと言う観念。人を殺すという一線を踏みとどまらせる良識と呼ばれるもの、それが存在しないから。

 ヴァハからすれば不思議でならない。痛めつけて、苦しめて、死を感じさせて恐怖に顔を歪めさせる程度には罪悪感より興奮を感じるくせに最後の一線はなかなか超えられずモンスターに手をくださせるコイツ等が。

 ヴァハのように、社会的弱者になることを面倒臭がってるわけでもないくせに。そんな考えを抱く自分こそがおかしいと理解しつつ、知識で納得しつつ感情が常に自分以外の者たちの感性を疑う。

 まあ、世界は広いし同族はきっといるだろう。ティオネにも、思い出したくない女を何故か思い出すのよね、とか言われたし。

 

「た、助け………誰にも言わ………ひぎゃあああ!!」

 

 喉を食いちぎられとうとう悲鳴すら挙げられなくなる。キラーアント達を押しのけ絶望に染まった表情の顔を首元から千切る。

 

「ハハァ………おもしれぇ顔だなあ」

 

 ずっと見ていられそうだが、どうせその内腐る。持ち続けるわけにも行かない。ポイと蟻の群れの中に放り捨てて帰ることにした。

 

 

 

 

ヴァハ・クラネル。

 Lv.1

力:C607

耐久:B785

器用:A852

敏捷:S901

魔力:B769

 

《魔法》

【レッドカーペット】

・形成固定化魔法

・血液操作

・血液硬化

・詠唱式【血に狂え】

【】

《スキル》

血染め(ブラッド)

血潮吸収(ブラッドドレイン)

・血を啜り魔力、体力の回復。治癒。

・浴びた血により経験値補正。

・血を浴びステータスの一時アップ

・血の持ち主の強さ、血の量に応じて効果向上。

・吸血行為の際最適化の為快楽付与

【魔力放出・雷】

・魔力を雷に変えて打ち出す

 

 

 

「スキルの効果が変質しているな。一体どれだけの血を浴び、スキルに経験値(エクセリア)を与えた?」

 

 スキルが芽生える理由は本人の心や経験値(エクセリア)恩恵(ファルナ)を与えた時点で芽生えていたことから心の在り方により発現し、経験値(エクセリア)により進化したのだろう。珍しいが時折あるらしい。おそらく経験値補正の効果もあるのだろう。

 

「あまり危険なことをするでない。金の心配ならするな。私もナァーザも、そこまで頼りないか?」

「ダンチョはともかくミアハ様は頼りないっすわ。今日もあんたのせいでただで薬やって当然と思う奴らがやってきて、断ったら殴りかかられてなあ」

「なに、それは………すまなんだ」

「ハハァ。反省してくれんならいいっすよお」




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怪物祭

怪物祭(モンスターフィリア)?」

「そ。ヴァハってオラリオに来たばかりでしょ? 誰とでも友達になれるエルフィちゃんが案内してあげるよ?」

 

 ふっふーんと胸を張るエルフィ。聞けばダンジョンのモンスターを地上に運び、調教(テイム)するのを見世物にする【ガネーシャ・ファミリア】主催の祭なのだとか。力の差を解らせ屈服させる。弱い地上のモンスターならともかくダンジョンのモンスターを調教するのは相当な技術が必要だとか。

 

「ふーん、便利そうだな」

「便利?」

「ウチは零細ファミリアだからなあ。サポーターを雇えんのよ。雇えたとしても雑魚じゃあ薬草取るために深くにゃ行けねえしかと言ってレベル2なら金がかかる」

 

 レベル2の時点で冒険者が金稼ぎとしてサポーターの真似事をしているのが殆どで、サポーターとしての腕はあまり期待できないらしいし。遠征も行う大手のファミリアなら話は変わるのだろうがそういったファミリアは身内でパーティーを組む。

 

「だから、モンスターに荷物持ちさせたら金は必要ないしそこそこの強さもあるし便利だなあ、と……」

「なるほど。でもモンスターはダンジョンに戻すとまた凶暴化することも多いし、地上で荷車とかを轢かせるならともかく………サポーターはねえ」

「そうか。どっかに賢いモンスターが居りゃいいんだがなあ………人間に友好的なやつとか」

「いやいや、そんなモンスターいないでしょ」

 

 

 

 

 というわけで弟も連れて待ち合わせ場所に集合。【ロキ・ファミリア】の冒険者と聞いて明らかに緊張するベル。

 普通、こんな反応だよねえ、と物怖じしない彼の兄を見るエルフィ。と、その時………

 

「おーいっ、待つにゃそこの白髪頭!」

 

 と、失礼な呼び方がされる。周りを見る。まあ、ベルの事だろう。周りを見回すと『豊穣の女主人』の店先でキャットピープルの女性が手を振っていた。

 三人は顔を見合わせ、彼女の下による。

 

「おはようございます、ニャ。いきなり呼び止めて、悪かったにゃ」

「あ、いえ、おはようございます………えっと、それで何か僕に?」

「ちょっと面倒ニャこと頼みたいニャ。はい、コレ」

「へっ?」

 

 突然『がま口財布』を渡されシルに渡せと頼まれる。しかしさっぱり意味がわからない。混乱しているベルにリューが祭りに向かったシルが財布を忘れたので届けて欲しいと説明された。

 

「んじゃ、ベルはシルと合流したらデートしな。俺はこのままエルフィとデートする」

「え? え? 兄さんは来ないの? 僕一人で、この広い街で!?」

「おお? デートかぁ、えへへ。照れちゃうな〜………ふふん、ベル君。一人で見つけてあげな。その子もきっとベル君を待ってるからね!」

 

 

 

 

「いいお兄さんだねぇ。弟くんと仲がいいんだ」

「ハハァ。俺は兄ちゃんだからなあ」

「おー。やっぱり兄弟って皆そんな感じなの?」

「さあなぁ………」

 

 流石『誰とでも仲良くなれる美少女かつ火炎魔法が得意な才媛』。あのやり取りでシルという女性がベルに好意を抱いていると解ったようだ。自称の癖に。

 

「まあ良い奴ってんならお前もだろ?」

「ありゃ、もしかして本当の目的バレてた?」

 

 と、照れたように頬を掻くエルフィ。彼女の本来の目的は、確かにヴァハと仲良くなる事だが、それには理由がある。

 いずれ行うであろう【ロキ・ファミリア】とのパーティーの際の、円滑化。知り合いであるエルフィが抜擢されたのだ。

 

「ヴァハは医療系ファミリアで、団員数も二人だけ。薬草とか素材を取りながらってことになるから仕方ないとはいえ移動は遅くなっちゃうからね。団員達にも納得させるためにはやっぱり仲良くならなきゃねえ。その辺はエルフィちゃんが手伝ってあげる!」

 

 【ロキ・ファミリア】は【ディアンケヒト・ファミリア】とも交流が深い。わざわざ零細ファミリアの手伝いなどしたくないと考える団員も居ないとは言えない。

 

「あー、俺とベルを『お前等みたいな雑魚に入られるとファミリアの評判が下がる!』とか言って来た奴みたいにか」

「え、ちょっ………何それ報告しなきゃ」

 

 ヴァハの言葉にエルフィが目を見開く。入団試験こそあれど、入団希望自体は来る者拒まずのはずなのに門前払いしたとなったら大問題だ。しかもレベル1でミノタウロスと互角に渡り合える優良物件。

 

「と、取り敢えず最初は私と二人で組むことになってるよ。で、私が戦いを報告してヴァハに合う相手を団長達が見繕う事になってるよ。いやぁ、幹部にならずに団長と対面できるなんてヴァハのお陰だよ」

「そうかい。ならしっかり感謝しなあ」

 

 ヘラヘラと笑うヴァハにはーい、と返すエルフィ。と………

 

「おや、貴方は……」

「ん? おお、取立女」

「アミッドです………」

 

 と、不意に声をかけられ振り返る。そこには銀色の髪をした美しい女がいた。アミッドだ。以前治療院で見かけた時とは服が違う。私服だろうか?

 

「休みか?」

「ええ、他の団員達に、今日ぐらいは休んでくれと………することも無いので、盛り上がり過ぎてハメを外し、怪我をした者が居ないか探していたのです」

「休みなんだよな?」

「? はい、ですからしたい事を」

「ハハァ。面白い女だな、お前」

「そうでしょうか? 私はあまり、冗談など言いませんが………」

 

 ヴァハの評価に首を傾げるアミッド。きっと彼女の様な者を神々の言う天然と呼ぶのだろう。

 

「面白えよ。休み方がへったくそだ」

「…………では、どのように休めば……」

「ジジイの書いた本によりゃ、馬鹿になりゃ良いらしい。衆目で踊ったりな……祭りなんだから浮かれりゃいいんじゃねーの?」

「踊り………なる程。では───」

「……………」

「? 踊るのでは?」

 

 手を差し出してくるアミッド。やはり天然だ。本当に面白い女。

 

「踊り方は?」

「それなりに知っています」

「んじゃ……」

 

 と手を取ろうとした瞬間………

 

「モンスターだあああああああ!!」

 

 喧騒を突き破るその叫び声に、周囲の人間誰もが凍り付く。そして、直ぐに悲鳴が響く。恐怖に、支配される。

 

「へぇ………」

「わわ!?」

「きゃっ!」

 

 ニィ、と笑みを浮かべるヴァハ。人混みを避ける為に壁を登り屋根の上に移動する。アミッド達を担いで。

 

「怪我人が出るかもな。喜べ」

「いえ、別に怪我人が出て欲しい訳ではありません! ですが、怪我人に関しては任せてください」

「そりゃそうかあ。エルフィ、丁度いいから俺の戦いを見てろ」

「う、うん! 危なくなったら手伝うね!」

 

 

 

 屋根の上を走っているとモンスターが見えてくる。大型の虎のようなモンスター。ライガーファングだ。

 だが、何か妙だ。

 屋台などを踏み潰しながら、周りの人間すら無視して走る。モンスターが、人間を襲っていない。時折何かを探すような動作をして走り出す。

 

「うわぁ、人が多くて、民家も近い…………ごめん、私今回役立たずかも」

「幸い、重症者は出ていないようです。あのモンスター、何かを探している?」

 

 こんな街中では火炎魔法も使えず戦力外通告をするエルフィ。街を見下ろし大怪我をした者が居ない事に安堵するアミッド。

 

「【血に狂え】」

 

 ヴァハは詠唱を唱え己の血を操る。肌を突き破り外界に出た血液が蠢き輪の一つ一つに一対二本の棘が生えた鎖へと姿を変える。

 

「ハハハァ!」

「グルアァ!?」

 

 

 屋根から飛び降り背中に飛び乗る。鎖を首へと巻き付ける。棘がライガーファングの首に食い込みその痛みから暴れまわる。

 体重移動を器用に行い、ライガーファングを誘導する。

 

「ゴアアア!」

「とと……」

 

 振り落とすのを諦めたのかひっくり返り押し潰そうとする。無防備に弱点の腹を晒す事になるが背中に乗り続けられるよりはマシなのだろう。

 

「グルルルルルゥ!!」

 

 低い唸り声を上げ、自身の背に乗っていた不届き者を睨み付けるライガーファング。どうやら広場に移動させられたらしい。

 そんな威嚇を無視して、鎖にしていた血液とライガーファングから流れ出た血液を操り槍を作るヴァハは片手をライガーファングに向け指をクイクイと動かす。

 

「カモォン」

「ゴアアアアアッ!!」




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VSライガーファング

 獣は生まれながらにして武器を持つ。爪と牙だ。

 対する人間は生まれたあと、武器を手にする。

 その中でも槍は人類の長い歴史の中で特に使用されていた事だろう。理由? リーチだ。

 敵の攻撃圏外から一方的に攻撃できる利点は大きい。人はこれで地上の王となった。

 しかし、相手はモンスター。地上の王者たる人類を古代絶滅に追いやった天敵。

 

「シィッ!」

「グロァアアア!!」

 

 槍は的確に心臓を狙えないなら振るうべきだ。点によるダメージは少ないし、深く刺さったら抜けない。しかし己と敵の血を武器へと変えるヴァハにはその理屈は通じない。

 突き刺し、枝分かれさせ引き抜き肉を抉る。革と、肉を少し。深くに差し込めない。ミノタウロス程ではないが、硬い。

 

「んー…………」

 

 とはいえこちらの武器は、その形は自由自在。先端が円錐状になり、螺旋を描くように溝を刻む。

 槍の形成に集中し立ち止まっていたヴァハに振り下ろされる爪を避ける。屋台が切り裂かれ石の地面がひび割れる。

 

「クハハ!」

 

 当たれば重症、下手すれば死ぬその一撃にしかしヴァハは楽しそうに笑い穂先を回転させる。祖父の言葉を借りるなら、男の浪漫らしい本来の目的は掘削の道具、ドリルだ。

 片足を振り上げ背を反らし、直ぐに地面を踏みしめ腰を曲げ振り絞った腕を振り抜く。全身の力を完全に伝えた投擲。

 高速で飛来する槍は空を引き裂く音を奏で、避けようとしたライガーファングの右肩に深々と刺さる。

 

「グゥウ!?」

 

 が、それだけ。やがて槍の穂がカランと落ちる。ライガーファングの中に入った部分は殆ど消えている。

 

(やっぱなあ………イキモンの体内は魔力が邪魔して操り難い)

 

 直接血に触れていたり体表近くなら兎も角、体内深くはモンスター自身が持つ魔力のせいで操作が利かない。

 内側から壊せれば楽なのだが、レベルが上がればレベル下の奴に行えるようになるだろうか? レベル上げしたくなってきた。

 

「グルアアア!!」

 

 仕留められなかったのは愚策だ。突貫してくるライガーファング。手元に武器はない。直ぐに近くの血から生み出す血の短剣はライガーファングの巨体からして致命傷には至らない。

 爪を防ぐ。ピキリと短剣に罅が入り、ライガーファングの長い牙がヴァハの肩を貫いた。

 

「ヴァハ!」

「──っ! 【癒しの──」

 

 エルフィが思わず叫び、アミッドが治癒の詠唱を唱えようとする。だが、それより早くヴァハがライガーファングの首元に噛み付く。

 全ての歯が鋭く尖り、口が大きく裂け、開いた口で牙を突き立てた。剛毛を掻き分け獣皮を貫き血管に到達する。ズルリと血が啜られていく。ミシミシと力が強まっていき、ブチリと肉が食い千切られた。

 

「グルオオオ!?」

 

 激痛から慌ててヴァハを振り払うライガーファング。ヴァハは肉片を吐き捨て口に残った血を飲み込む。直ぐに傷が癒えていく。

 治癒師泣かせな回復力だ。何方が怪物か解ったもんではない。口元の血を拭い笑みを浮かべる。ヴァハの姿は完全に捕食者のそれ。人類が、モンスターを喰っている。本人が聞けば何を今更と笑う事だろう。散々ダンジョンから魔石やドロップアイテムを搾取しているのだから。

 

「ハハハハ!」

 

 格上の血を浴びたことでステータスにブーストが掛かったヴァハは血の爪を造る。【レッドカーペット】は最初の詠唱から今まで発動状態。加速度的に魔力を消費しているが、まだ戦える。

 ライガーファングの頬を切り裂き、痛みに顔を逸らした横っ面に膝を叩き込む。傷口から溢れるライガーファングの血には血の爪から溶け出たヴァハの血が混じり、ヴァハの支配下になる。

 

「ハッハァ!」

「グルア!」

 

 その血を操り大剣を造る。圧縮し、硬化し、振るう。

 ライガーファングの身体に赤い線が走る。ライガーファングも負けじと爪を振るう。ヴァハの身体に3本の線が走る。ふらつくヴァハに、ライガーファングが最大の武器たる牙を突き立てるために大口を開ける。

 

「ハッ───!」

 

 ヴァハはしかし、絶命の武器を前に笑う。血の大剣がうねり、槍を造り、体を起こし前に倒すように重心を移動させる。

 先程の投擲と同じような動き。しかし投擲せず握ったまま、首の近く。肩甲骨の隙間を縫って、体内に侵入した槍の穂先は突き進む。

 

「ゴ、ルアアアッ!!」

「──!?」

 

 ライガーファングはしかし己の死期を悟ったのか最期の力を振り絞り美しい女神のお願いを邪魔した男の命を奪わんと食い付いた。

 再び牙がヴァハの身体を貫く。喰いちぎろうと顎の筋肉に力を込め………

 パキン、と無慈悲な音が響きライガーファングの体が灰へと還る。

 

「………………あー」

 

 崩れ落ちた灰から何かを探すように歪に枝分かれした槍が姿を表し灰の上に割れた魔石が落ちる。

 槍がドロリと溶けると傷口から血が吹き出す。

 

「死ぬ、これは死ぬ……血が足りねぇ。だりぃ」

 

 【レッドカーペット】で体内の血液を操り傷ついても失血しないように調整していたが魔力より先に集中力が尽きた。

 

「何をしているのですか貴方は……」

 

 と、地面を赤く染めていくヴァハに責めるような声がかけられる。顔を上げるとアミッドが人形のように端正な顔立ちながら怒りを感じさせる表情をしていた。

 

「治るからと、そのような戦い方を。早死しますよ?」

「あー、かもなぁ…………ハハ。楽しかったわ」

「楽しい? 死ぬかもしれなかったのに? ふざけないでください、私はそのように、命を蔑ろにする者が大嫌いです」

「馬鹿言うな。命は大事さ。ガキでも解る道理だ」

「なら、何故………」

「だって俺には、それしか()()()()()()()()()()。負けて、地面に這いつくばろうと、悔しいとも思えねえ俺は、ただ負けたくないとも思えねえ………なら、命しか賭けるもんが残ってねえだろ? ハハァ。単なる消去法さ……」

 

 口から血を吐きながらも、それでも楽しそうに笑う。

 

「お前も解るだろお? 聖女なんて大層な二つ名貰ってんだ。沢山救ってきたんだろうなあ……お前を()()させるまで、救えない命もあった筈だ。失った物があったはずだ。失わなかった時、救えた時、楽しかったろお? 俺はそれが他人に対して思えねえから、自分でやるのさ」

 

 だからこそ、この楽しいゲームを続けるために命を大事にしている。むしろそこらの奴より余程己の命を大切にしているぜ?

 そう笑うヴァハに、アミッドは柳眉をひそめる。

 

「…………やはり、私には理解できません」

「知ってんよ。それより、そろそろマジで意識が遠のいてきた」

「あ、すいません! 【癒しの雫、光の───」

「───」

 

 ピクリとヴァハは体を震わす。

 駆け寄ってくるエルフィは気付かない。

 腰を落とすアミッドも気付かない。

 地面に伏せていたヴァハだけが、気づいた。

 

「アミッド! 跳べ!」

「え……?」

 

 突然の言葉に動揺するアミッド。ヴァハは身体を起こし、足に力を込める。急激な運動に血が一気に吹き出すも気にせずアミッドの身体を押す。

 次の瞬間、地面を突き破り何かが現れる。

 蛇の様な長い体躯。しかし頭部が()()()()()。極彩色の花だ。その中央には牙が並んでおり、その牙がヴァハの脇腹を喰い千切った。




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治癒師の誇り

 鮮血が舞う。

 赤い赤い、ルビーの様な、彼の髪と同じ色。

 放り出された人形のように、転がる身体からは内臓が溢れ出る。

 医術の心得が無くとも、誰だって一目見れば確信する致命傷。命にまで到達する傷。

 このままでは間違いなく死ぬ。

 アミッド・テアサナーレはそれを許さない。

 誰かが傷つき、死ぬなどと言うことを絶対に認めない。

 

「【癒しの雫、光の涙】───!!」

 

 すぐさま癒やしの祝詞を刻む。人喰花はヴァハに向かって追撃を仕掛けていた。だが、アミッドの魔法が唱え終わる方が速い!

 ヴァハはレベル1とは思えぬほどの戦闘力を有している。まだ距離があるこの状況、回復さえ出来れば対処出来るはずだと確信があった。故に、食人花の突然の動きに対処が遅れた。

 

「オオオオオオオオッ!!」

 

 食人花が振り返る。モンスターが、傷ついた近くの人間を無視して魔法を発動しようとした人間を狙う。

 ありえない。直ぐに『魔力』に反応したのだろうと結論づけるも、遅い。食人花はアミッドを認識した。

 地面の下を何かが突き進み、石畳を砕いて地上に姿を表した、その瞬間───

 

「───っ!?」

「オア!?」

 

 ドォン! と爆音が響き渡る。ゴロゴロと雷鳴が聞こえる。

 雷光に目が眩む前、アミッドの視界で食人花の動きが一瞬止まるのが見えた。すぐに爆音と眩い光に何もわからなくなるが何かに引っ張られる。

 

「【血に狂え】………」

 

 ヒュンと風切り音が聞こえ、続いて何かが倒れる音と砕ける音が聞こえた。

 

「う、っ………な、何が」

「あうう、目がチカチカするぅ」

 

 何が起きてるか解らず混乱するアミッド。まだ耳鳴りがするが何とかエルフィの声が聞こえた。割と近くに。

 

「静かにしろ」

「この声、ヴァハ!? 大丈夫!?」

「だから黙れ」

 

 エルフィが声を荒らげるが続いてモゴモゴとくぐもった声が聞こえてきた。恐らく口を抑えられたのだろう。

 だんだんと視界が戻ってきた。どうやら屋台の影に隠れたようだ。向こう側、つまり広場から音が聞こえる。そっと覗くと無数の街灯が倒れており、魔石灯から魔石が落ちており、食人花はそれを食べているようだ。

 

「ハハァ……彼奴、お前が魔法を使おうとした瞬間地面の中移動する速度を上げやがった。魔力に反応してんだろうよお」

 

 なる程、だからヴァハを回復させようとした瞬間振り返り、雷の魔法に反応し止まったのだろう。

 

「っ! ヴァハ、貴方怪我は……!」

 

 そんな事よりも、アミッドにとっては怪我人が居ることの方が重要だ。慌てて振り返りヴァハを見る。横では「あー、視界が戻ってきた」とエルフィが気の抜ける事を言うが、そんな事など気にならない。

 

「魔法は使うなよ? せっかく止血したんだ……」

 

 体中に火傷を負い、傷口も焼かれ血が止まっている。先程の雷はこのためなのだろう。無茶が過ぎる。

 

「まあ、街灯切るのに少し使っちまったがなあ………見立てでは何分持つよ」

「喋らないでください。命を縮めます………持って、10分。なぜ平然としているのですか貴方は………」

「んっんー…………人より頑丈だからなあ。んで、どうするよ」

 

 死にかけの状態でヘラヘラと笑うヴァハ。命を失うかもしれないこの状況を楽しんでいるのだろう。怪我人でなければひっぱたいてやりたい。

 

「ど、どうするって?」

 

 と、エルフィが恐る恐る尋ねる。

 どうするも何も何もしない方がいいのではないかと言うのが彼女の見解だ。

 

「奴には目も鼻もねえ。んじゃ、どうやって獲物を見つけるでしょーか」

「それらの感覚器を持たぬモンスターで多く見られる代替機能は、体に生えた微細な毛です。空気の流れを感知して…それもあるのかもしれませんが、散らばった魔石に反応するなら」

「…………魔力?」

「だろうなあ……」

 

 となれば魔石を喰い終えれば、魔道士であるエルフィや都市最高の治癒師であるアミッドはきっとすぐに見つかるだろう。何気に長時間魔法を維持できるヴァハだって恩恵を刻んだ際には見えない元々の強さ、隠しステータスとしての魔力はきっと相当高い。極上の餌だ。

 ならば今のうちに逃げるかと言われれば、動きを感知され向かってくる可能性も捨てきれない。

 

「食事が終わるまでに冒険者が来るか、終わって見つかるかの2つに1つだなあ。ハハァ………それが嫌なら、戦うしかねえ」

「た、戦うたって………」

 

 エルフィは遠征に出たこともある。しかしあんなモンスター見たことがない。新種か、さらに深層のモンスターだろう。少なくとも平行詠唱も使えぬ後衛のエルフィと治癒師のアミッド、レベル1の駆け出しヴァハの敵う相手では無い。

 

「いいねえ。命が散るかもってこの瞬間、失いたくないものができた瞬間こそ生きてるって感じがする………ほれ、食事もそう時間がかからんぞ? 早く決めろ」

「楽しそうに……死にかけなのに。やはり貴方は、理解できません」

「ハハァ………」

「……何故、私を助けたのですか?」

 

 アミッドはそう尋ねる。自分だって誰かの命を助ける為なら一人でも下層に向かいかねない女傑は偽りは許さぬとばかりにヴァハを見つめる。

 

「お前が生きてりゃ俺の怪我が治る。ある程度治すだけでも、俺は死なねえからなあ」

「戦ったとして、あのモンスターに勝てますか?」

「無理だな」

「そ、即答………」

 

 エルフィが呆れる。アミッドも………しかし理由は異なる。

 

(やはり冷静………)

 

 実力を良く理解して、正確な判断を下す。恩恵得たて、あるいはランクアップしたてには良くあることなのだが己の実力を履き違えて無謀な突貫をする事がある。ヴァハは、しない。なのに死地には喜んで飛び込んでいくだろうと短い付き合いなのに確信してしまう。

 

「私、少し貴方に腹が立ちます」

「へぇ、ダンチョが言ってたとおりだなあ。嫉妬による偏見があると思ってたんだが」

「私だって、人間ですから………」

 

 きっと何と説得しようと彼は止まらないだろう。アミッドが良く使う、死んでしまえばそれで終わりという言葉も意味をなさない。彼は己の命を掛け金にようやく生きられるのだから。そんな闘争の中でしか、命の危険の中でしか生きられぬ存在がいる事に、救い方が解らぬ存在に、救えぬ己自身に、腹が立つ。

 

「だから貴方を生かします。貴方がどれだけその命を差し出しても構わないと思う闘争をしようと、私は貴方を死なせない」

 

 彼は間違いなく闘争に、死地に向かい続ける。止められない。ならば()()()()()()()()()()()

 

「作戦を。私は治癒師(ヒーラー)、エルフィさんは後衛………この場において、戦いのプロはあなただけです」

「で、でもアミッドさん。ヴァハの傷は………」

 

 今この状況でアミッドクラスが魔法を使えば間違いなく見つかる。エルフィの言葉に、アミッドは簡単ですと呟き己の体を漁る。

 

「何方か、刃物は持っていませんか?」

「んー……」

「ご、ごめんなさい。お祭りだったから……」

 

 ヴァハは肩をすくめる。エルフィは申し訳なさそう。アミッドはそうですかと返し、己の手首を噛みちぎった。

 

「な!? ア、アミッドさん、何を!?」

「エルフィさん、お静かに……ヴァハ……これで足りますか?」

 

 ドクドクと体内から溢れる血を掌に流れるように傾けヴァハに見せるアミッド。同時に、ゴリガリと聞こえていた咀嚼音が消える。

 

「お前も大概、おかしな奴だな……」

 

 ヴァハはアミッドの手首を掴み、口元に引き寄せた。

 

「ああ、その前に作戦を言うぞ? エルフィ、お前の役目が重要だ────」

 

 作戦を伝えたヴァハはアミッドの掌という杯に溜まった血を呷る。

 エルフィの目にそれは、泉の精が聖水を英雄に与えるようにも、騎士が姫に忠誠を誓うような神聖なものに見えると同時に、悪魔が女の手から命を吸い取り食らうようにも見えた。

 

 

 

 

 食事を終えた食人花は、続いて魔力を内包した生物を見やる。影に隠れているようだが魔力の流れで分かる。

 動く様子はない。なら慌てる必要もない。口を大きく開け近付き───

 

「ハハ!」

 

 ドゴォ! と蹴りつけられる。大して痛くない。だが、大気に溶け込む魔力そのものを感じ振り返る。

 

「うめえ! ちょーうめえ! それに、レベル2だからか? 治癒師だからか? 傷に良く効くなぁ! 代わりに魔力の回復は普通だけど」

 

 先端が切られた街灯の上に立ち楽しそうに笑うヴァハ。その身体からバチバチと紫電が迸る。その魔力に、惹かれる。

 

「オオオオオオッ!!」

「ハハハハ! 第2ラウンドと行こうぜ、クソ花ぁ!」




アミッド。モンスターを除いてヴァハが初めて直接血を啜った相手。血は絶品(ヴァハ談)。味は酸味と甘みが混じった味(ヴァハ談)。

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火炎魔術師の覚悟

 バチバチと大気を焼く雷。その魔力に向かって無数の触手を伸ばす食人花。ヴァハは体内に雷を流し、無理やり己を加速させる。

 

「オオオオオオッ!!」

「ハハァ……」

 

 最早レベル2に匹敵する敏捷性。それでもまだ食人花の方が速いはずなのに、ヴァハは全て紙一重で避ける。

 初動が違う。目が良い。動きをしっかり見て、未来予知に近い予測でかわしていく。少しでも読み間違えれば一撃で死ぬ。それだけの実力差。

 故にミノタウロスとの戦闘で『あ、死んだ』と思った時同様興奮し、しかし頭は冷静。訓練による賜物などでは決して無く、ただただ並外れた才能(センス)によるもの。

 ヴァハは弟と違い、英雄へと至ることの出来る才能があった。祖父はそう称していた。しかし弟にはある気概がない。

 ある程度、常人と喜びを共に出来る感性はあれど、心の底から退屈を消せない。故に世に退屈し、死に恐怖する人間を悦び、やがては殺し合いに楽しさを見出した彼の在り方は英雄とは真反対を行く。それでも良識を理解している故に無闇矢鱈に暴れ回らないのが救いだと。

 逆に言えばヴァハは普段やりたいことをやれていない。それをストレスと感じなくても退屈は感じる。だから、とても楽しそうだ。

 アミッドはやはり、ヴァハの在り方が理解出来ない。そして、腹立たしい。

 祭りの時、踊ればいいとからかう様に言ったときや、普段浮かべている軽薄な笑みとは異なる本当の笑み。

 それがどうしようもなく彼を()()()()()と認識させる。治癒を施した後の急患が浮かべる、生を実感し喜んでいる顔に重なる。

 アミッドは治癒術師。人の死を忌避し怪我を嫌悪し、命を尊ぶ。そんな彼女をして、今のヴァハに、危険に飛び込むヴァハに生を感じてしまう。治癒術師の本能か、アミッド個人の気質か、あの顔を見ていたいと思ってしまう。

 

「オアアアアアアアッ!!」

「ハハ! ハハハハ!!」

 

 無数の蔓が殺到し、かわしきれなかった一本が頬を切る。血が流れ、しかしヴァハは楽しそう。バチリと紫電が手を覆い、振り下ろせば雷が落ちる。

 空気が熱せられ爆ぜる。振動し音を奏でる。それでも、モンスターは健在。むしろ魔力に反応し勢いを増す。

 

「【癒しの雫】──」

「────?」

 

 そしてヴァハが魔力を潜め、アミッドが魔力を放った事により食人花の感知機能が混乱を起こす。恐らく一瞬ヴァハが消えたかのように感じた事だろう。

 そして、直ぐに高い魔力を放つアミッドの方向に向き直る。

 

「───っ!!」

 

 しかしアミッドもレベル2。十分距離があれば、なんとかかわせる。振るわれる蔓の鞭を回避しかける。追おうとする食人花だったが───

 

「【血に狂え】」

 

 再び別の魔力を感じて動きを止める。無数の赤い短剣が突き刺さる。

 

「オオオオオッ!?」

 

 深くはない。浅い。だが、刺さった短剣が内部で枝分かれして、溶けて消えた。

 

「んんー………予め命令は出来る、と。ハハァ……()()()は手に入れたばっかだが、使いやすくて良い」

 

 食人花に刺さらず地面に刺さったナイフでも同様の変化が起きていた。こちらは石を貫けず地面の上で広がるだけだが。

 次は圧縮してみる。地面に広がっていたライガーファングの血を操り生み出した球体を口内に放つ。魔法を解けば、圧縮された血が元の体積に戻ろうと膨らみ大気を押しのけ爆発する。

 

「─────!?」

「クハっ! 頑丈だなぁ、壊しがいがある!」

 

 しかし砕けない。やはり頑丈。ライガーファングはもちろん、ミノタウロスよりも。

 と、食人花が迫る。血液の圧縮には集中力が思いの外かかる。この距離では動きを止める程の圧縮を行うことは不可能と判断し距離を取ろうとするも追いかけて来る。

 再びアミッドの祝詞(うた)が響く。すぐさま振り返る食人花。

 

(………単純だ。いや、むしろ単純すぎる)

 

 モンスターは獣よりは知能がある。獣だって学習する。なのに、食人花は魔力に襲いかかるばかり。

 妙だ。それこそまるで、魔力を集めるためだけに存在しているような………。

 

(魔力………魔石? 強化種か?)

 

 モンスターは同族たるモンスターの胸に埋まる魔石を食う事で力を増す。そして、その味を覚えたモンスターはモンスターを襲う。

 一瞬目の前のモンスターもその類かと思ったが、何か違う気がする。

 と、アミッドとヴァハに翻弄されていた食人花が不意に動きを止め一方向を見る。

 

「気付かれたか」

「っ! エルフィさん!」

 

 食人花が顔を向けた方向。そこには詠唱を唱えるエルフィの姿が。詠唱は完成に近づいたのか誘導するために魔力を出したり抑えたりしていた二人より、濃密な魔力。その気配に誘われ食人花は唾液を垂らしながらエルフィへと向かう。

 

 

 

───エルフィ、お前の役目が重要だ

 

 そう言われ、戸惑いはなかった。ヴァハはレベル1だし、アミッドはレベル2とはいえ治癒術師。明らかな下層、深層クラスのモンスターに対する決定打はない。唯一魔道士であるエルフィだけが、魔法という起死回生の可能性があった。

 頼られて嬉しい。嬉しいが、気が引ける。

 だって自分は未だ中堅止まり。レベル3など【ロキ・ファミリア】からすれば遠征に参加出来る()()でしかない。

 

(荷が重いよぉ…………でも!)

 

───頼りにしてるぜ? お前がしくじりゃ、他の冒険者が間に合わなかったら死ぬだけだからな

 

 何度でも言う。頼られて嬉しいと。

 しかもヴァハだ。レベル1でミノタウロスとやり合えるような、今もレベル1とは思えぬ動きをする、絶対にすぐに追い抜かれてしまう存在だと、彼なら第一級冒険者になるんだろうという確信が持ててしまう相手から頼りにされたのだ。

 そうだ、何を呆けていた。自分は今、彼より上だろう。いや、今はじゃない。それはつまり、追い抜かれる事を、負けることを受け入れるということ。そんなのはごめんだ!

 私だって、冒険者なんだ!

 

「オオオオオオオオッ!!」

 

 詠唱はやめない。魔力は流れ続ける。食人花が迫り、しかし無警戒になった背後から追いついたヴァハが拳を叩きつける。雷が空気を熱し、爆発を引き起こす。

 

「ゴア!」

 

 地面に叩きつけられた食人花。文字通り触れるほど近くの魔力に反応し蔓を伸ばすが、僅かに遅い。ヴァハが飛び退く。

 

「【ファム・リヴィエール】!!」

 

 詠唱の完成。ヴァハが離れたことによりエルフィへと狙いを変えた食人花に向かい、正面から炎の奔流が襲いかかる。エルフィが持つ魔法の中で、最強の魔法。レベル4のモンスターであろうと当たればただでは済まない。

 

「──────!!?」

 

 炎に包まれのたうち回る食人花。やった、だろうか?

 

「オオオオオオオ!!」

「っ!!」

 

 最期の意地か、或いは闇雲に暴れた結果か、燃え盛る食人花がエルフィに向かってくる。口の中に魔石を見つけたが、だからといってどうする事も出来ない。

 

「残念だったなあ………今回は、俺らの勝ちだあ」

 

 と、馬鹿にするような声が聞こえた。ヴァハがエルフィの前に現れ、左手を突き出す。食人花はその腕を食いちぎろうと噛みつき、後頭部から雷が飛び出した。

 

「─────」

 

 ボロリと食人花の体が灰となって崩れる。大火傷を負った左腕は、アミッドの血を飲み得た治癒力も無くなってきたのか再生が遅い。それでも、モンスターは灰となった。生き返らない。

 

「…………お、終わっ………た?」

「みたいだな………」

「……………ほへ」

 

 気が抜け腰を落とすエルフィ。ヴァハはその場にぶっ倒れた。

 

「ヴァハ!?」

「大丈夫ですか!?」

 

 エルフィが慌てて抱え上げ、アミッドが駆け寄る。寝息が聞こえた。

 

「…………ね、寝てる?」

「全身を内から焼かれ、左腕に関しては丸ごと焼け、左肩は千切れかかっているのに……」

 

 スウスウ寝息を立てるヴァハにエルフィが戸惑いアミッドは触診し呆れたようにため息を吐く。

 

 

 

 

 その光景を見つめる者がいる。美の体現と言っても差し支えない美女は、その光景に微笑を浮かべる。

 

「今日はあの子だけで我慢しようと思ったのに、思いがけず良いものが見れたわ」

「…………」

 

 その言葉に彼女の側に控える大男は無言で倒れているヴァハを見る。

 

「貴方から見て、彼はどうかしら?」

「才能は十分でしょう。しかし心持ちが異質にすぎる。それに、アレンを挑発するためだけに貴方を傷つけようとしたと言うあの者を個人的には気に入りません」

「そう言わないの。そういうところも、可愛いじゃない」

「…………」

「ふふ。同じファミリアになったら仲良くするのよ」




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仮面の襲撃者

「…………知らない天井だ」

 

 ヴァハが目を覚ますと見覚えのない天井が見えた。周囲を見回す。どうやら病室のようだ。輸血パックを見つけ、腕に刺さった針を抜くとパックに穴を開け中身を飲み干す。

 先ほど絶品の血を味わったばかり故に物足りなく感じるが体力は回復したし傷も癒えた。魔力も万全とは言わないがある程度回復した。便利なスキルだ。

 恩恵を得たとはいえ代償もなしに得られるスキルとしては破格にすぎる。

 まあ、そもそも()()()()()()()()()()()()()に与えられるのは普通かもしれないが。

 

「さて、と………ああ、ここか」

 

 窓から外に出ると見覚えがある景色。【ディアンケヒト・ファミリア】の近所が見えた。ここは【ディアンケヒト・ファミリア】のホームだったか。

 場所がわかったので、窓から外に出る。それなりの高さはあったが十分だ。

 しかし今日は楽しかった。2度も楽しめた。

 ()()との殺し合いほどではないが、命を繋ぐ為に衰えた体には丁度いい。

 

「極東には2度あることは3度あるとか言う諺があったなあ………」

 

 路上を歩き、目的の場所に来る。周辺の街灯が倒れ、闇が広がる広場。砕けていたり、焼け焦げていたりする。ヴァハとライガーファング、食人花などの戦闘のあとだ。

 

「お、あったあった………」

 

 拾ったのは魔石。中を覗きこめば、何やら紫紺一色のはずの魔石でありながら極彩色の彩りが見える。

 ダンジョンが生んだモンスター………ではない。ダンジョンの力を使って、()()()産んだのだろう。

 

「普通の魔石じゃ、ねえよなあ…………」

 

 そもそもあのモンスターは何処から来たのか。あの打たれ強さに対してあの見た目、調教には無駄に時間がかかるから、恐らく【ガネーシャ・ファミリア】のショーの為に連れてこられた訳ではない。時間がかかるショーならそれこそ龍種など見栄えも迫力もあるモンスターにするべきだ。

 

(ギルドの目を盗んで? あのサイズを? ダンジョン内で子供として生まれるわけねえし、魔石があるし、あの強さ。ダンジョンの外で繁殖した個体じゃねえ)

 

 となると、【ガネーシャ・ファミリア】か『ギルド』が黒幕?

 いや、そんな単純なやり方を()()()()がするとは思えない。

 

「────あ?」

 

 と、不意に背中から衝撃が走り吹き飛ばされる。ギロリと背後を振り向くと男女とも解らぬ紫の外套(フーデッドローブ)姿の、不気味な紋様の仮面を被った何者か。

 

「何すんだテメェ……」

 

 一撃で()()()()()()()。しかし先程吸血したばかりだ。即座に治癒し、着地する。

 

『───!?』

 

 明らかに背骨が砕ける感触があった。腰もあらぬ方向に曲がっていた。なのに空中で腰の位置が戻り、何事もないかのように立ち上がったヴァハに驚愕し固まる外套(フーデッドローブ)の人物。そんな隙をヴァハが見逃す道理はない。

 

「【血に狂え】」

 

 血の短剣を生み出し斬りかかる。外套(フーデッドローブ)の人物は、驚愕していたくせに直ぐに反応して禍々しい短剣を取り出し受け止めた。

 

『貴様、マサカ私ト同ジ…………イヤ、ダトシタラ貧弱スギル。スキルカ……』

 

 様々な肉声が合わさったような不気味な声色。男か女か判断が付かない。正体を徹底的に隠しているようだ。

 

『魔石ヲ渡セ、死ニタクハナイダロウ』

「魔石を渡せば殺しませーんってかあ? ハハァ、嘘付けえ。目撃者の俺を生かしまーすなんて言葉、だぁれが信じるかよバーカ」

 

 べぇ、と舌を突き出しケタケタ笑うヴァハ。襲撃者はすぐさま動く。地面が砕けるほどの踏み込み。体を横にずらし回避する。

 すぐに裏拳が飛んでくるが地面に伏せ、立ち上がると同時に跳ね、血の短剣を投げる。上空からの一撃。重力に引かれ多少速度が上がったような気もするが、さしたる違いは無い。片腕を凪いだだけで弾かれる。

 

『鈍ラダナ………』

「あー、やっぱりい? こんなんただの剣の形した固まりだしなあ」

 

 地を蹴り向かってくる襲撃者。空中では踏み込めない。力も出せない。故に、()()()()()()()

 内側から慣性を無視して加わる力に違和感を覚える。関節が妙な音を立てたが気にせず蹴りを首に向かって放つ。

 

『───!!』

 

 予想外の攻撃だったのだろう。まともに入る。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()

 足を掴まれ、その足に指が食い込む。引き寄せられ、放たれる抜き手。狙いは頭蓋。レベル差から考えて頭に穴が空く威力。

 

「────!!」

 

 かわそうにも捕まっている状態。首だけなんとか動かせば指先は口に入り左頬肉を抉る。その手が引き寄せられる前に伸ばした牙を突き立てた。

 

『───くっ!?』

 

 刺さったのは僅か。肌を薄く傷つけるのみ。本来の耐久によほど自身があるのか、着ている外套(フーデッドローブ)はただの布のようだ。

 慌てたように足から手を離し噛みつかれた腕を振るう。その際ヴァハの蹴りが当たるがやはり効かない。

 ヴァハは片付け前の屋台にぶつかり屋台を破壊した。

 

「ハハ! その潔癖さ、さてはエルフだなてめえ! 後、柔らかかったな。女だな! ハハハ! これだけ解ってだから何だって話だがなあ!」

 

 破片が体を貫きかなりの重症を負いつつ楽しそうに笑うヴァハに、襲撃者……女は思わず後退る。

 

「逃げんなよ! 魔石(これ)が欲しいんだろお? ならもっと付き合え!」

 

 魔石を見せびらかし、口に含むヴァハ。ゴクリと喉を鳴らしブェアと口を開く。魔石は無かった。

 

「ほら、欲しけりゃ俺の腹を抉ってみろよ、なあ!」

『…………狂ッテイル』

「いきなり人を殺そうとする奴に言われたかねーよ。世間一般じゃあてめえもイカれてる扱いなんだろ?」

『……………』

「あん? ああ、てめえ、他人と違うと言われるのが嫌なのかあ。ハハァ、手を見ろよ。真っ赤に染まってんだろ?」

『…………』

 

 その言葉にビクリと震えヴァハの血に染まった己の手袋を見て慌てて血を振り払う。

 

「何を気にしてやがる。たかが殺しただけだろ。ああ、それとも、本当は殺したくなかったか? でも、殺した。んー、一人二人じゃねえなあ……」

 

 反応を見て、推測し、ケラケラと楽しそうに笑うヴァハ。女の体が小刻みに震え、殺気が、怒気が肌を刺すほど感じる。

 

「…………いいねえ………いぃい殺気だあ! 惚れちまいそうだよ! もっと、もっとだ! 殺す気で来い! 俺に生を実感させろ!」

『ッ!惚レルナドト、下ラン戯レゴトヲ!』

「何だあ? 人と違うと言われるのは嫌、好かれるのも嫌………いんやあ、好かれるのは……怖いのか? ハハ! 可愛らしいなあ! ますます好きになれそうだ!」

『黙レ!』

 

 先程とは比べ物にならないほど速く、そして()()動き。怒りに任せ、人としての道理を捨て獣と変わらぬ力任せの動き。単調で、読みやすい。でも当たる。

 ヴァハの並外れた未来予測による初動を持ってしても間に合わぬほど速いから。

 

『何モ知ラヌクセニ、巫山戯タ事ヲ抜カスナ! 私ヲ愛セルノハ、コノ汚レタ体ヲ受ケ入レテクダサルノハアノ方ダケダ!』

 

 無数の拳が叩き付けられる。皮膚が裂け、肉が千切れ、赤い結晶が飛び出す。それはヴァハが硬化した血管内の血液。鋼鉄クラスの耐久値を得たヴァハに、確実なダメージを与える女は怒りのままにヴァハの腹を貫く。

 

「ご、あ………」

 

 ゴボリと口から大量の血を吐き出すヴァハ。引き抜こうとしたのか、女の腕を掴む。

 

「カ、ハハ………恋に生きる女か。ますます愛らしいねえ……」

『貴様───!』

「知るかよてめえの事情なんか。重要なのは、てめえが俺を殺しに来て、その顔も知らねえ雄の願いを叶えず死ぬことを怯えるって事だ……」

『───!!』

 

 いや、違う。()()()()

 ヴァハはギシリと指に、腹に力を込める。無理に引き抜こうとしてもヴァハごと付いてくる。

 

『コノ───!』

「今回はここまでだ。また殺し合い(デート)しよーぜ」

 

 頭を砕く為に拳を振り上げる。次の瞬間、全身を焼く光が降り注ぐ。

 

『──!?』

 

 体が痺れる。人外たるその身の桁外れの回復力と耐久力で致命傷には至らぬものの、耳鳴りがして目が眩む。

 今の爆音だ、異変に気づいた者達が飛んでくる。()()()ままでは厄介な相手もこの都市にはいる。手探りで壁を探し、その場から離れることにした。

 

『聞コエテイルカハ知ランガ、覚エテイロ。貴様ハ必ズ私ガ殺ス!』

 

 そして、紫の外套(フーデッドローブ)を着た女は路地裏へと消えていった。変わるように足音が響く。

 

 

 

 

 

「それで、勝手に病室から抜け出した挙げ句再び死にかけるなんて、何か言い訳はありますか」

 

 アミッド・テアサナーレは激怒した。必ずやこの命を命と思わぬクソ野郎を矯正してみせると。

 

「あ、あの………起きたのなら、事情聴取をさせてもらいたいのだが」

「はい……?」

「ひっ!?」

 

 【ガネーシャ・ファミリア】の団長は、自分より背が低く、レベルも下の、人形のように無表情な少女に割とマジで恐怖した。

 

「………それで? どうせ、楽しかったと言うのでしょうが、どうでした?」

「死ぬかと思った。いやあ、楽しかったわあ……」

「…………生きてて、良かったですね。そのまま一生余韻に浸れれば良いのに」

「そんな奴らばっかなら、冒険者はとっくに消えてるだろうよお」

「彼等には彼等なりの憧れや、生きる目的がある。貴方と一緒にしないでください」

「言うねえ」

 

 ケラケラと楽しそうに笑う。そう、きっとこういう会話にだって彼は楽しいと思うのだろう。それでも、殺し合いのほうが好きなのだ。

 

「…………普通に生きていて、自分が生きていると感じられないものなんて、案外居ると思います」

 

 そもそも一々日常の最中自分の生を実感する者など居ないだろう。それでも、彼等は死を忌避する。死を前にせずとも、生を実感できる。

 

「何故あなたは、そうなってしまったのですか………」

「ねえよ理由なんて。生まれ付きだ」

「………そうですか」

 

 ヴァハの答えに、アミッドは目を伏せた。

 

「ミアハ様達にはこちらから連絡しておきました。明日の昼には、退院できるでしょう」

「血を飲めりゃ直ぐなんだがな」

 

 因みに現在ヴァハは輸血パックに手が届かないように両手両足を手錠のようなもので拘束されていたりする。

 

「少量ですが飲ませましたよ。気絶している間に………私の血は、余程貴方に()()ようです」

「味は俺にとってはポーションみてぇだが、めっちゃ美味い。怪我がなくても飲みてえぐらいにはな………ああ、くそ、気絶したのが悔やまれるぜ」

「血は、材料費も製薬工程もありません。貴方が仕方なく強敵と接敵し重症を負った場合には、そちらの方が早いので与えますがわざと攻撃を食らうようなら二度と与えません」

 

 まあ、殺し合いを楽しみたいこの男が敢えて死にかけるなんてことはしないと思うが。




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騒動の後に

 翌日の昼。ミアハとナァーザが迎えに来た。ディアンケヒトはニヤニヤと笑っている。

 

「ぬっふっふ。ミ〜ア〜ハ〜、お前の眷属をワシの眷属が救った! ならば、解るな?」

「ああ、もちろんだ。金であろう? 我が眷属()を救ってもらったのだ。出し惜しみはせぬよ」

「………………」

 

 勝ち誇ったような笑みを浮かべたディアンケヒトに対してミアハは柔らかな笑みを浮かべる。女を何人も落とした笑みだ。

 なんだろうか、この光景。親にすごいんだぞぉ! と自慢してる子供がすごいねー、と軽く流されたように感じる対応をされ悔しがってる時に似てる。見た目の年齢は逆だが。

 

「お代なら【ガネーシャ・ファミリア】から既に渡されました」

「なにい!?」

「なんと………いや、しかしそれは……ヴァハは私の眷属であって」

「昨日のモンスターの脱走、手引した者が居るのは明らか。夜間の警戒をしていて不審者を見つけられなかった責任は取る、と………それに、ヴァハはスキルのおかけで治療費はさしてかかりませんし」

「…………スキル?」

 

 と、ナァーザが反応した。その視線はヴァハに向き、ヴァハは笑いながら肩を竦めた。後で殴ってやろうかコイツ。

 

「そうか………ヴァハのあのスキルは、忌避する者も多く居るであろう。知ったのがそなたで良かった」

「い、いえ……私は、そのように言われるほどの事は」

「優等生ぶるな人形女」

「ッ! エリスイス!」

 

 何となくこの場の人間関係が分かってきた。ナァーザがやたら悪く言うのも、女故か。予想してたけど。

 

「ぬう、しかしな………」

【ガネーシャ・ファミリア】(かれら)にもメンツがあります。ここは、彼等を立てる為に素直に受け取るべきかと」

「………うむ、そうまで言われるなら。というわけだ、ディアンよ………もちろん、お前が【ガネーシャ・ファミリア】から受け取らぬと言うなら私から出すが」

 

 と、あくまでも自分で出したいという姿勢を崩さぬミアハにナァーザとアミッドは何処か呆れた様子だ。

 

「ぬぬぬぬ………ええい! 金が払われておるなら良いわ! ミアハよ、覚えておれぇぇぇぇぇ!」

「ん? ああ、うむ………」

 

 三下台詞を吐き捨て立ち去るディアンケヒト。あれだ、毛嫌いしているくせに居ないと探す面倒くさいタイプだ。まああの性格なら【ミアハ・ファミリア】の借金の利権を誰かに渡すなんてことはしないだろう。

 

「アミッドよ、今回も世話になった。改めて礼を言わせてくれ。ヴァハ、お前からも何か」

「Thank you」

「天界で流行った言葉だな。懐かしい………一応、礼を言っている」

「大丈夫です。彼からまともな感謝は期待していませんから」

「オ〜〜〜ゥ」

 

 アミッドの言葉にわざとらしく困ったような顔をするヴァハ。アミッドは、初めて人を殴りたいと思った。

 

 

 

「つまりお前は、犯人について何も知らぬと?」

「ええ、おそらくは女、としか」

 

 【ガネーシャ・ファミリア】ホーム『アイアム・ガネーシャ』の中でシャクティと言う女性の質問に答える。彼を知る者が見たら誰だお前!? と思わず叫ぶであろう爽やかな笑みを浮かべるヴァハ。

 

「狙いはわかるか?」

「何かを探していたようです。それ以上は………」

「そうか、感謝する」

「いえ、善良な市民として当然の事です」

「フッ。ならば夜は出歩かぬ事だな」

 

 

 

 

 さて、取り調べからようやく開放されたヴァハ。ミアハに3日間休息………つまりダンジョン探索禁止を言い渡されたヴァハ。することが無い。

 どうしたもんかなぁ、と適当に街を歩く。カジノにでも行くか。娯楽都市(サントリオ・ベガ)で祖父の知り合いのコネで手に入れたプラチナカード。これがあれば礼服だって向こうが用意してくれるのだ。

 

 

 

「ハハァ。あのデブ、ぜってぇ娯楽都市(サントリオ・ベガ)の人間じゃねぇなあ。恥知らずがすぎる」

 

 勝ちまくって、金をむしれるだけむしったあと、貴賓室に誘われた。なので『勝ってる間に切り上げるのが吉なんだなあ。また来るから俺の金をキチンと用意しとけよお?』と挨拶して立ち去った。

 結果放たれた刺客。冒険者崩れのレベル2の護衛だろう。オーナーの近くを守っていた二人は来なかった。

 

「こ、こんな事してただで済むと思うな! 俺は単なる雑魚だが、彼処にはあの『黒拳』と『黒猫』がいる!」

「……………誰それ?」

「………う、裏社会でも名のしれた殺し屋だ!」

「おー、殺し屋が名を知られるって三流の証だなあ」

 

 背中を踏み付けていた男が何やら叫ぶがヴァハはケラケラと笑う。どうやら裏社会で名の知れた暗殺者の仲間がいると言えば逃してもらえるとでも思ったのかギャーギャー喧しい。

 なのでたっぷり説得してオーナーの正体を話してもらおうとしたが何も知らないらしい。

 

「んー、殺し合いは望むとこだが、搦手で来られると迷惑かかるかあ………」

 

 ふと、ダイダロス通りが見える。ふむ、と顎に手を当てる。

 

 

 

「ハハァ、受け取れ受け取れ……」

 

 その日ダイダロス通りの彼方此方に無数の金貨が降り注いだ。それはもう大騒ぎ。噂ではカジノの職員達もやってきて必死に回収しようとしたとか。

 

 

 

「良いことしたな〜………」

 

 金の奪い合い。殴り合い。罵り合いを背にダイダロス通りの光景を見つめるヴァハは孤児院を見つけ、そっと金を茂みに隠し、残った金で何か食うかと記憶に残る程度には味が気に入った店に向かう。

 

「やってる〜?」

「あ、ベルさんのお兄さん。こんばんは」

 

 『豊穣の女主人』に入ると銀髪の店員が真っ先に反応した。どうやら彼女のなかではヴァハはベルのついでの扱いらしい。

 

「昨日は大変でしたね。ベルさんは、あれから大丈夫でしたか?」

「ん? ベル?」

「はい。シルバーバックに襲われたらしくて」

「ハハァ。彼奴も襲われたのか、兄弟揃ってついてねー。まあいいか、酒だ。とりあえず酒よこせ」

 

 そう言って席に座るヴァハに、エルフの店員が近付いてきた。

 

「それだけですか。彼は駆け出しだ。大怪我を負ったかもしれないと、心配にならないのですか」

「お前等が落ち着いてる以上それはねーよ」

「貴方は彼の家族でしょう……」

「知ってるか? エルフってのは、森以外には3種類いる」

「………?」

 

 突然話題を変えられ眉間にシワを寄せる店員。突然なんだ。3種類? 通常、ハーフ、ダークと言うことだろうか?

 

「はじめから森の外で生まれた奴と、森の外に憧れた奴。んで、高慢な同族を見て自分は違うんだー、と森を飛び出す奴」

「っ!」

「ハハァ。やっぱりなぁ………家族を捨てて飛び出しておいて、高慢な在り方を変えれなかった奴が他人の家族間の問題に口挟むなよ」

「───っ!!」

 

 エルフの店員が目を見開き腕を振り上げる。ヴァハがニヤニヤと笑いながら迎え撃とうとするも、しかしエルフから怒気が消える。

 

「…………貴方の言うとおりだ。昔の友人にも言われた。結局、直せなかった」

「……………」

 

 怒気も殺気も消え失せ哀愁のみを漂わせるエルフに、ヴァハは目を細め腰を下ろした。人を怒らせ、殺しにこさせるのは確かに好きだ。だが敵でもない傷付いた迷子の子供を追い込む程、ヴァハは常識知らずではない。先程語ったベルへの思いも本心だ。

 

「失う時は、我々が想像しているより簡単にやってきてしまう。だから、どうか、きちんと考えて欲しい。見て欲しい。あの時こうしていればと、後悔しないように………」

「飯食ってからなあ」

 

 

 

 

 

「あ、兄さん!」

 

 ダンジョンの入り口で待っていると弟がかけてくる。傍から見れば仲睦まじい兄弟。

 

「昨日は大変だったらしいじゃねーか。もうダンジョン行って平気なのか?」

「うん! 新しい武器の調子を、確かめたくって! 兄さんは?」

「昨日死にかけて、ミアハ様が暫くダンジョンに潜るなとよー」

「えっ………だ、大丈夫なの!?」

 

 死にかけたと聞き慌てて兄の体を弄る。くすぐってえと額を小突かれた。周りの女神の何名かが鼻息を荒くしていた。

 

───大怪我を負ったかもしれないと、心配にならないのですか

 

「………やっぱ、ならねーな」

「? 何が?」

「別にぃ」

 

 戦闘行為を見ずとも、こうして側で観察するだけで解る。強くなっている。普通の冒険者ではありえぬ速度で。おそらくヴァハのように、ヴァハより真っ当な成長スキル。

 その存在を今日初めて知った。ベルの強さも身内びいきせず判断しているつもりだ。少なくともシルバーバックに勝てるのはありえないと話を聞きながら思っていた。仮に勝てても五体満足とは行かない実力差がある筈だったとヴァハは推測していた。

 その上で、こうして五体満足で元気にダンジョンに挑む姿を見ても安心するなんてことは無い。

 

「あ、そうだ兄さん。ご飯食べた? まだなら、一緒に食べに行こうよ」

「…………あー、喰ってなかったなあ。奢りかあ?」

「じ、自腹で………ごめん、今度お金が溜まったら」

「ハハァ。俺より稼げたらなあ」




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地下水路

「食人花について何も載ってねえなあ……」

 

 モンスターの脱走、様々な憶測こそあれど、明らかな下層級以上のモンスターであり、重傷人を出した食人花についても、その魔石を探していたであろう不審者についても書かれていない。

 ギルドにもみ消されたか?

 

「どう思うよアミッド……」

「なぜ私に聞くのですか」

「お前だって襲われたろ」

 

 ヴァハは現在【ディアンケヒト・ファミリア】に来ていた。かんたんな調合しかできないヴァハは製薬時少ししか手伝いをしない。ダンジョンに潜らぬ以上素材も増えない。要するに仕事がなくて暇なのだ。

 

「私としては貴方を襲った何者かについて記述されていない事に疑問を懐きますが」

「混乱を広げたくないんだろ。闇派閥(イヴィルス)が生きてるかもしれないとか、何処ぞのファミリアが悪巧みしてるとか妙な考察を広げられちゃかなわねえ」

 

 確かにそうだ。暗黒期は終わったとはいえ、まだほんの数年前。訪れたばかりの平和を崩すなど、簡単なことだろう。

 

「だがモンスターに関しては別だ。【ロキ・ファミリア】んとこのレベル5も4匹相手したんだろ?」

「うん。ティオナさんとティオネさん、後アイズさんにレベル5じゃないけどレフィーヤも」

 

 と、ヴァハと同じく【ディアンケヒト・ファミリア】に訪れていたエルフィが肯定する。

 

「それなら、むしろ秘匿は当然なのでは? レベル5でも苦戦するモンスターが地上に現れた、などそれこそ混乱を招きます」

「もう終わってるのにか?」

「【ガネーシャ・ファミリア】が連れてきたモンスターではないとの事ですし、把握しきれていないだけでまだ居ると警戒しているのかと」

「違うな。ギルドが警戒してんのは()()()()()()()()()()()()()()()()事だ」

「…………え?」

 

 何でもないことのようにとんでもない事を言ってのけたヴァハにアミッドとエルフィが固まる。ヴァハは気にせず新聞をめくる。

 

「ダンジョンの入り口は一つだけ。だが、そこは常にギルドの監視の目がある。1匹2匹ならともかく数匹持ってくるなんて不可能だ」

「ですが、早計なのでは?」

「どっちも地下から現れてるらしいからなあ。下水道あたりが怪しい。早計なのは認めるが、隠そうと俺を襲う奴もいるぐらいだ。少なくとも普通のモンスターじゃねえんだろうなあ……」

 

 魔力に対する反応から見て、下に行くならともかく上に向かうとは考えにくい。となればやはり誰かに連れてこられたと考えるべきだ。だとするとギルドの監視をくぐる必要がある。

 

「普通に正面から、どうにか隠して連れてくるならリスクを考えて一匹で十分だ。強さ自体申し分ないしな」

 

 それが5匹。あまりに過剰だ。モンスターの脱走さえなければ【ロキ・ファミリア】の対応が遅れ確実に死人が数人出た事だろう。

 

「あ、そっか。大事に至った人がいないって安心してたけど、あのモンスターが【ガネーシャ・ファミリア】のとこじゃないのが本当ならアイズさん達の対応も遅れてたのか」

「そう考えるなら、確かに違和感を覚えますね。5体も運ぶリスクに対してリターンが過剰すぎる。逆に、オラリオで大量の死者を出したいのだとしたら5体は少ない。遅れながらも上級冒険者に対処されてしまう」

 

 ヴァハの言葉になる程と納得する二人。オラリオは冒険者の街。その強さは世界有数。オラリオの外と中では同じ恩恵持ちでも天と地との差がある。それこそ、毎度懲りずに攻めてくるラキアに対して商人達が「客が減るから殺すな」と言って、その要望が通る程に。

 そんなオラリオで、如何に強いと言っても斬撃に弱く魔法でも死ぬ対打撃特化のモンスターなど数人も殺せばすぐに殺される。であるなら5匹は確かに少ない。しかも内4匹は同じ場所に現れた。

 

「混乱だけが目的ならやはり5匹は割に合わない。だから、正規の入り口以外があると?」

「俺はそう思ってんよ。つー訳で探しに行くぞエルフィ」

「ほえ? わ、私も?」

「俺じゃあ今の決定打にかけるからなあ」

「待ちなさい。ミアハ様から忠告されている筈ですし、自ら危険な場所に向かうなど治癒術師として感化できませんよ」

「ダンジョンに潜るわけじゃないし、危険じゃなぁい。危険かも知れないだけだ」

 

 屁理屈だ。完全に。しかし文句を言おうにもヴァハはさっさと歩き出す。エルフィは迷ったあと、ヴァハは一人でも行くつもりだと判断しついていくことにした。

 誰とでも仲良くなれるを自称する彼女にとってはヴァハはもう友達なのだ。アミッドに頭を下げ、危なくなったら首根っこを掴んでも連れて帰りますから、と苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

「そういや昨日、ステイタス更新はしたか?」

「あ、うん。あんな戦いの後だからね。結構上がってたよ? ヴァハは?」

「ん……」

 

 と、ヴァハはスキルや魔法の部分を切り取ったステイタスが書かれた羊皮紙を渡す。

 

『力:B782

耐久:S960

器用:S908

敏捷:S981

魔力:A852』

 

「…………駆け出しだよね?」

「駆け出しだけど?」

「…………あ、そっかぁ」

 

 エルフィは考えるのを止めた。

 

「というかこれ、もうランクアップできるんじゃ」

「出来ねぇよ。溜まったところで、壁をこえちゃいねえからな」

「昨日のあれは壁じゃないんだ………所で、どこに向かってるの?」

「下……下水道を調べんぞ」

「危なくなったら撤退ね?」

「わかってんよ。俺は楽しめるならいいけど、お前は別だろ? 昨日の仲間使った殺し合いも楽しいが俺以外の命がかかってんなら仕方ねえから優先するさ」

 

 逆に言えば、自分の命だけならさして優先しないのだろう。いや、殺し合いをまた楽しむために生きようとはするのかもしれない。

 

「〜〜〜〜〜♪」

 

 絶対に危険があることを承知している。それでも他人を連れて行くあたり、確かに死ぬ気はないのだろう。死んでしまえば終わり。楽しめない。死にたくない。だから、殺し合いが楽しい。そういう趣向らしいし。

 

「う〜ん、わかんないや………」

「あん?」

「ヴァハが何考えてるか」

「は、何を今更………」

 

 

 

 カツンカツンと水路を歩く。意外と臭くない。エルフィ曰く魔石製品の一つである浄水柱の効果らしい。

 そんな綺麗な水だからか、モンスターも住んでいるらしく水流から飛び跳ねてきた『レイダーフィッシュ』を掴み血を啜るヴァハ。魔石はない。古代地上に『進出』したモンスターの子孫なのだろう。水の出口である汽水湖から遡ってきたか。

 

「血って美味しいの?」

「スキルのおかげかね、美味く感じる。このスキルについてはおまえんとこのダンチョに喋って良いぞ」

「あ、うん。エルフの人とかかは、嫌厭しそうだもんね、そのスキル」

 

 一応【ロキ・ファミリア】とパーティーを組む予定。ダンジョン内での戦い方はまだ見ていないがそれも終わればフィン達が彼の戦闘スタイルにあった相手を見繕うだろう。

 そこに自分が居るとは限らない。折角友達になったのだ。今のうちに彼の事を知っておこう。そう思えるあたり、『誰とでも仲良くなれる』は自称でもないのかもしれない。

 

「…………エルフィ、詠唱しろ」

「ほえ?」

「全力のは使うなよ? 崩落する」

「え? えっと、何でいきなり……」

葡萄酒(ワイン)の匂いだ。誰か居る………【血に狂え】」

 

 ヌル、と爪と肉の隙間から血が流れる。まだ形を定めていない。

 エルフィは詠唱を唱え、立ち止まる。並行詠唱はできないからだ。ヴァハは先を歩く。見つめる先には、曲がり角。敵か、それとも自分達と同じように昨日の件を調査している何者かか………分からぬ以上、迂闊に………

 

「って、え!?」

 

 冷や汗を流しながら警戒していたエルフィ。が、ヴァハが飛び出した。

 

「───ッ!!」

 

 ギィン! と音を立てて血の短剣と短杖(ワンド)がぶつかり合う。受け止めたのは、黒髪に紅宝石(ルベライト)の瞳のエルフの少女。

 端正な顔立ちを驚愕に歪め、彼女の後ろで金髪の貴公子然とした男性が目を見開いている。

 

「貴様は───っ!!」

「どっかで会ったかあ? 会ったような気もするなあ、昨日の奴と体格とか匂いが少し似てる。けど彼奴より圧倒的に弱い、同郷の修行仲間か、姉妹? それとも本人で、弱いふりか? なら、後ろの殺せば本気になるかあ?」

 

 ニヤニヤ笑みを浮かべるヴァハに、エルフの少女は怒りを顕に腹を蹴りつける。ヴァハの体が浮き上がり後ろに飛ばされるが堪えた様子もなく着地し鉄板仕込の靴裏が石の床を削り音を立てる。鉄を叩くような感触。ヴァハが体内の血液を硬化させたのだ。

 

「やっぱり、弱ぇ………かと言って手加減してるようにも見えねえ…………すまん、人違いだったわ」

「ふざけるな!」

「んっんー♪ ハッハ………ギャハハハ!」

 

 怒りに燃え駆け出すエルフに、そのエルフの殺気に興奮しブルリと体を震わせたヴァハ。二人の獲物が再びぶつかった。




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酒神と道化と医神の眷属

 エルフは左手に短杖(ワンド)を、右手に短剣(ソード)を構える。短杖(ワンド)は木製のようだが先程の金属音、相当硬い。ただの木ではないだのう。

 

「………おーう」

 

 ヴァハは己の剣を見る。罅割れていた。やはり造りがイマイチだ。

 

「ふっ!」

「はっはぁ!」

 

 が、問題ない。振るわれる短杖(ワンド)に対して斜めに構え受け流し、喉を狙って放たれた突きは血の短剣の形を変え手首を狙うことで回避させる。

 距離が出来た瞬間、何かを口ずさもうとしたエルフ。しかしヴァハの後ろで状況を把握できていないエルフィを見て固まり、その隙を逃さずヴァハが横っ腹を蹴る。

 

「──っ!」

 

 体内の血液を操り底上げされた力と速度。ミシリと嫌な音が足から伝わってくる。しかし相手も近接戦に慣れているのかとっさに飛んで勢いを幾らか殺し、水路を挟んだ向かいの通路に着地する。ここからなら、狙える!

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】」

「ハハッ!」

 

 エルフが詠唱を唱える。ヴァハの右手で紫電が弾ける。

 

「【ディオ・テュルソス】!」

「BANG」

 

 白き雷と黄金の雷光がぶつかり合う。超短文詠唱の魔法と魔力そのものを雷に変化するスキルのぶつかり合い。威力は、互角。

 

「───!?」

 

 魔法は詠唱が長いほど威力を増す。逆に言えば、超短文詠唱は魔法の中でも威力は下だ。それでもかなりの威力はあるのは確か。なにせエルフだ。それに、込める魔力で多少威力は変動する。

 が、今回はすぐさま決着をつけるために発動速度を重視し魔力は最小限。対するヴァハは魔力を込めるだけ威力が制限なく増すスキル。バチバチと中で弾け、浄水柱を幾つも焼き焦がす。

 雷光に目が焼かれそうになる中ヴァハはエルフのもとに向かって飛び出す。血のナイフを振るえば鞭のようにしなりながら伸び、エルフに迫る。しゃがみかわすもエルフの真上で斬撃が止まり、ヴァハは縄を使う軽業師のようにエルフに迫り蹴りを放つ。

 

(………やっぱり、すごい)

 

 単純に強いのもあるが、戦い方が()()()。多分あのエルフはエルフィより強い。だけど互角に戦っている。

 全てかわして、かわせそうに無い蹴りが放たれそうになったら膝を踏んだりしてそもそも放たせない。

 互角の戦いに見えるのはエルフがヴァハよりレベルが高いからだ。実際はヴァハばかりが攻撃を当てている。エルフの白い肌に少しずつ傷が刻まれて行く。と───

 

「────そこまでだ」

「「「───ッ!!」」」

 

 空間を支配する威圧感。エルフが、エルフィが、ヴァハが思わず動きを止める。本能に訴えかける『畏怖』。その気になればこの地上一帯を片手間に滅ぼせる全能者たる一端を開放した『神』に、ヴァハは紫水晶(アメジスト)色の瞳を向ける。

 

「先程の言葉から察するに、君はフィルヴィスを何者かと勘違いして襲ったのだろう? なら、これで終わりにしよう。フィルヴィスも、良いね?」

「し、しかしディオニュソス様!」

「…………」

「っ! も、申し訳ありません……」

 

 フィルヴィスと呼ばれたエルフは食い下がるもディオニュソスと呼ばれた男が困ったような顔をすると慌てて頭を下げる。

ディオニュソスとやらはニコリと微笑んだ。思わずエルフィも赤くなる笑みだ。

 

「君も、それでいいかな?」

「ん〜………ハハァ。別に良いぜ。代わりに、話をしようぜ。美味い酒でも飲みながら」

「私も葡萄酒(ワイン)は好きだが、流石に、昼から飲むのはどうかと思うな」

 

 

 

 

 

「俺はヴァハ・クラネル。お前はあ?」

「……………」

「ハハァ。無視かあ」

 

 あの後さて情報を交換しようとした所、ロキとその眷属【凶狼】(ヴァナルガンド)ベート・ローガと出会い、彼等もあの地下水路に訪れたらしく地下の残り香の正体だと言われ、神々同士で会話するため場所を移した。残された眷属達は互いの主神に情報交換するように言われたが空気は最悪。

 ベートは勝手な行動していたエルフィに雑魚が出張ってんじゃねえと罵倒し、エルフは喋らない。剣呑な空気にヴァハは何時誰が手を出し始めるのかワクワクしている。因みに遠くから見る神々の何人かも似たような顔をしている。

 

「………で、雑魚が雑魚連れてあんなところで何してやがった」

「昨日の怪物祭(モンスター・フィリア)で起きた騒動の調査だよ。食人花は、【ガネーシャ・ファミリア】が連れてきてねーとか言ってたからなあ。俺のとこもあんたらんとこの剣姫のところでも地下から出たんだろ? つー訳で地下を調べてた」

「ハッ。雑魚がくだらねえことすんな。大人しく巣穴に引っ込んでろ、てめえ等如きに出来る事なんざありゃしねえよ」

「なるほどなるほど。お前は優しいねえ………心配するな。俺はまともじゃねえ自覚はあるが律儀だって自負してる。エルフィだけでも無事に返したさ」

「ああ?」

「弱え奴が死ぬのがいやなんだろ? 雑魚が無意味に死ぬのがムカつくんだ、お前は」

「…………………」

 

 ケラケラ全てを見透かしたように笑うヴァハの姿に、ベートは神の姿を幻視する。ムカつくやつだ。

 

「ああ、そうそう。俺の弟な、やっぱり立ったぞ」

「……………あ?」

「あの後予想通りホームにも戻らずダンジョンに向かった。ハハァ防具もつけねえでなあ」

「…………ハッ。だから何だ。雑魚でいたくねえなら、当然の事だ」

 

 ヴァハの言葉に鼻を鳴らすベート。ヴァハはやはりニヤニヤ笑う。

 

「んじゃ改めて情報共有しようぜえ」

 

 

 

 ベート曰くロキに連れられ地下水路を調査し、旧水路の貯水槽を見つけたらしい。そこには昨日の食人花が大量にいたらしい。素直に向かっていたら死んでた。

 

「………我々もそこに辿り着いた。すぐに引き返したが」

「はん。そっちの陰険エルフは身の程を弁えているみてえだな。てめえ等も見習え」

「だとよ、エルフィ」

「え? 私?」

「てめえにも言ってんだよクソヒューマン!」

「だとよヒューマン」

「さっきからおちょくってんのかてめえ!」

「今更気づいたのか?」

「ぶっ殺す!」

「べ、ベートさんストップ! ヴァハも煽らない!」

 

 ヴァハに掴みかかろうとするベートを慌てて抑えようとするエルフィ。ヴァハはゲラゲラ笑う。

 

「なんや、仲良うなったんか?」

 

 と、そのタイミングで主神が戻ってきた。ベートは舌打ちして歩き出す。エルフィもロキがおいでー、と手招きしたのでじゃあね、と手を降って立ち去る。

 

「…………さて、情報共有は出来たかな?」

「そのエルフ、口下手過ぎて出来てねえ」

「……………」

「そうかい……なら、場所を変えようか。改めて、君の考え、君の得た情報を教えてくれ」

 

 葡萄酒(ワイン)でも飲みながら、ねと微笑む神に、ヴァハは同意した。

 

 

 

「お前に染み付いている酒とは違う匂いだな」

「そうかい? 行きつけと言えば、ここなのだが………」

「ま、これはこれでうまいから良いさ。まあ、昨日味わった奴に比べりゃ劣るが」

「ほう、それは私も気になるな、どんな酒かな?」

「酒じゃねーよ」

 

 ディオニュソス一押しという酒場。個室がありそこで酒を飲みかわす一柱の神と一人の人間。酒も飲まずディオニュソスの後ろで控える妖精はおかしな事をすれば殺すとでも言いたげな目でヴァハを睨んでいた。

 

「しかし、なる程………他の入り口、か。君は、ギルドは白だと?」

「仮にギルドが黒だとしても、あのサイズのモンスターを数匹運ぶのは不可能だろ。俺はむしろ、ダンジョンの入り口が一つという絶対性を疑うね。港町(メレン)と違い塞がれていないのか、人が掘ったのかは知らんが」

「人が掘る、は現実的ではない気がするが……オラリオには地下水路が多く存在する。ダンジョンに被らぬようにね。逆に言えば、ダンジョン一階層でもそれなりの深さがある。そう簡単に横穴は作れないよ」

「そうか? 闇派閥(イヴィルス)が存在してた頃に掘られたかもしれねえぞ? 恩恵がありゃ、スキルにもよるが思いもよらねえ速度で掘れる」

「ふむ………」

「もしくは………いや、流石にこれは現実的じゃねえか」

 

 顎に手を当て考えるヴァハに首を傾げるディオニュソス。聞かせてくれるかい? と問えば笑うなよ、と返す。

 

「何世代に渡って、ダンジョンを掘る奴らが居る可能性………恩恵を刻まなくても時間を掛けて………つっても、闇派閥(イヴィルス)存命時代に隠れ家を地下に造ったって考えたほうが自然だ」

「そうだね。一、ニ世代ならともかく、何世代となると現実的じゃない…………」

「まあ、居たらいたで面白れえがなあ」

 

 仮に祖先の大望を果たそうとする子孫がいたとして、今もなお掘り続けているとしよう。その一族を全員殺す。

 大望を果たせず、迫りくる死に顔を歪める。

 

「ハハァ。その表情のまま首を切り落とせば、きっと楽しいだろうなあ」

「…………君は、なんというか………趣味が悪いな」

「自覚してるう。でも好きなんだ、痛みと恐怖で歪む顔が。まあこのご時世、最後まで楽しむには相手が悪人じゃねえといけねえがな」

「生きにくそうだね。少し前なら、闇派閥(イヴィルス)が君の獲物になったろうに………」

「仕方ねえさ。まあ、それが一番好きってだけだ。退屈な人生、長く感じちまうがモンスター相手でも殺し合い(ゲーム)は出来る。今はそっちを楽しんでるよ」

 

 そう言い残すと席を立つ。エルフはやはり最後まで睨んで居た。

 

 

 

 

「あ、お兄さん!」

「ん〜?」

 

 ホームに帰ろうとしていると不意に声をかけられる。振り返るとメイナが駆け寄ってきた。

 

「昨日、大丈夫だった?」

「死にかけた」

「ええ!?」

「ハハァ………」

 

 ヴァハの言葉に目を見開き驚愕するメイナに、ヴァハはニヤニヤ笑う。からかわれたと思ったのかメイナはプク、と頬を膨らませた。

 

「心配した。悪い冗談はやめて」

「お前が心配したところで俺の安否が変わるわけじゃねーけどなあ」

「………解ってる。強くなりたい。でも、冒険者になるのは10歳からってお母さん………後、3年」

「あー………なら、修行つけてもらえ。ステイタス刻む前にある程度鍛えるだけでも、ちげえから」

 

 そう言ってヴァハは『豊穣の女主人』を見つめた。




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豊穣の女神

 銀花夏梅(シルバイン)

 迷宮のマタタビと呼ばれる下層で取れる植物で、それで作るマタタビ酒は絶品とのこと。

 

「そしてこれがその銀花夏梅で造ったマタタビ酒だ。欲しいかあ?」

「欲しい! 欲しいニャー!」

「ニャニャ〜ん♡」

 

 酒の入った瓶をチャポチャポ揺らすと二人の猫人(キャットピープル)が駆け寄ってきた。アーニャとクロエだ。

 

「んじゃ、ちょっと俺の願いを聞いてもらおうか?」

「にゃ、お前の!?」

「ぜってえ怪しいニャ! お断りにゃ!」

「じゃあ俺が飲むか…………うはは! にっが! マズ!」

「ニャニャ!?」

「うにゃー!」

 

 マタタビ酒の好みはかなり別れる。ヴァハは苦手な部類だったらしいが猫娘達の反応を見て、それを肴に楽しそうに笑いながら飲んでいく。

 

「わ、わかったにゃ! 何でもするニャ!」

「にゃにをすればいいにゃ!?」

「まあ俺が頼み事したいのは黒猫の方だがな………」

 

 茶髪のキャットピープルが床に付した。

 

 

 

「それで、これはどういう事にゃ?」

「よ、よろしく……あ、お願いします」

 

 朝。ミアにはヴァハから交渉したらしく用が終わったら買い出しする事を条件に午前の休みを貰い、外壁の上にやってきたキャットピープルのクロエは目の前でお辞儀する少女を見つめる。

 

「鍛えろ。それがお前の仕事だ」

「ニャンで?」

「3年後、10歳になったらファミリアに入る予定なんでな。それまでに基礎を鍛えてくれ」

「なんでミャーが」

「あの中で、学んできたのはお前だけだろ? 他は実践で覚えた動きだ。お前は()()()()()()()()()()()。簡単だろ?」

「……………」

 

 クロエが目を見開き固まる。ヴァハはそんな態度に気づかないのか、気付いて無視しているのか座禅したまま動かない。

 

「ジジイのパシリと旅してた時、何度かお前と同じような足運びの連中に襲われたな。彼奴はファミリア所属の暗殺者とか言ってたな。主神の名は………」

「黙れ───」

 

 冷たい声が響き、ヴァハの喉にナイフが添えられる。張り詰めた空気にメイナはビクリと震え涙目になる。クロエは翡翠(ジェイダイト)の目を細めヴァハの紫水晶(アメジスト)の瞳を見つめる。

 

「冗談さ。怒るなよ、お前からする血の匂いはだいぶ渇いている。辞めて長いな? それに、そういう目をする奴は決まって()()()()()()()自分が嫌いな奴だ。命を奪うことを忌避できんなら、お前は良い奴なんだろうな」

 

 「俺はどうとも思わないけどな」と笑うヴァハにクロエはハァ、とため息を吐いてナイフをしまう。

 

「ごめんねメイナちゃん。怖がらせちゃったにゃ?」

「え、あ………えっと………」

「お詫びに、お姉さんが知る限りでいいにゃら、戦う技術を教えてあげるにゃん」

 

 基本的な動作はモンスター相手にしろ人相手にしろ変わらない。それは知ってる。体の作り方も教えることは、確かに出来る。とはいえ、一般人の、それもこんな幼い少女の前で久方ぶりに殺気を漏らしてしまった。暗殺者が殺気を漏らす時点で三流だし、子供を怯えさせるなんて以ての外だ。怖がられるのも仕方ないと、心の中で苦笑する。

 

「わ、私………強く、なりたいです。お兄さんの、足を引っ張らないように………だから、お願いします、先生」

 

 

 

 ヴァハはその光景を黙って見つめる。クロエに渡されたナイフをクロエの言うとおりに振ろうとして上手く行かず、クロエに改めてコツを聞いているメイナを見ながら聞き耳を立てる。後で実践してみるかと考えながら。

 では今は何をしているか? 簡単だ。血液を操っている。

 ヴァハの持つ魔法【レッドカーペット】は血液操作の魔法。主な使い方は体外に出し武器へと変化させ、硬化し武器として扱う。

 ヴァハが新たに考案した使い方は体内で硬化させ耐久値の底上げと、体内で操作し身体能力の底上げに使うこと。

 そして、フィルヴィス戦や謎の仮面戦でこれを使ったがこの際体内の血管が破けた。すぐに治癒したが、一々内出血を起こしていてはその内治癒力のストックが先に切れる。なので、血管を破らぬように操作しなくてはならない。

 イメージとしては体内の中にある液体を動かそうとしたから駄目なのだ。血管の中にある液を、血管の何処かが破けぬように均等に力を加えるように操作する。そのため現在魔法で血管内の血液を流している。魔力を流した血液の位置は詳しく解る。とてつもなく細かく、枝分かれした血管の把握、時間が掛かりそうだ。

 

「あ、やべ。心臓あたりの血管が切れた」

 

 

 

 

 

 正午。ミアハから『お主さては何か予定を与えておかないと危険な場所に率先して向かうな?』と神推理をされ、予定を入れられた。

 何でも貧乏ファミリアである【ミアハ・ファミリア】やとある極東の武神が収めるファミリアに時折野菜などを持ってきてくれる心優しい女神が居るから、彼女の治めるファミリアの手伝いをして来いとの事だ。

 

「こんにちは。あなたがヴァハちゃんね? ミアハから聞いているわ。今日はよろしくね?」

 

 ここでなら危険な事なんてないわよ、と微笑む蜂蜜色の髪をした美しい女神。あんまり主神(おや)を困らせちゃ駄目よ? と鼻をつついてくる彼女の態度に、並の男なら心奪われる事だろう。ヴァハは近所のおばちゃんみてぇだ、と割と失礼なことを考えていた。

 後はまあ、おっとり繋がりで祖父の愛人の一人エウロペにも似てるかも。

 

「レベルは1だったわね? 力仕事は、難しいかしら? それとも、これも修行にしちゃう?」

「あー、つってもB行ってるし………いや、どうせならA目指すんでお願いします」

「ええ、解ったわ」

 

 土の匂いがする。冬を越し、命が今まさに芽吹こうとしている春の土と、見渡す限りを黄金色に染めた豊穣の大地の匂いが合わさったような、そんな匂い。

 嗅いでいて、フワフワする匂いだ。血の匂いは好きだ。興奮する。この匂いも、それなりに好きだ。心地良いとでも言うのか、眠くなる。

 後、彼女の匂いに混じり別の匂いもする。ごく最近嗅いだことがあるような匂い、何処だろうか?

 その日はお土産に野菜を貰い、【ミアハ・ファミリア】の夕食は少し豪華になった。



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最強

「シッ!」

 

 白んで来た空の端から顔を出した日が、2本のナイフを照らす。相対する男は高速で放たれる無数の攻撃を、全て対処する。

 ナイフを振るう女は目を細め、速度を上げる。まだまだ本気ではなかったらしい。

 相対する男はニヤニヤと馬鹿にするように笑っていた。その喉にナイフが迫り、ガギィン! と金属音を立て弾かれた。

 

「んっんー……身体強化は上々。切り替えも、今の所問題ねえ。後は硬化したまま動けるのが理想だな」

 

 ヴァハは首をコキコキ鳴らしながら己の体を確かめる。毛細血管が数か所切れたがこの程度なら問題ない。実践で使うぶんには十分極められた。3日で。

 今日からダンジョンで使おう。

 

「3日で慣れるって、早すぎニャイ?」

「ハハァ。俺は才能(センス)があるからなあ。お前も心当たりはあるだろう? 周りの同期が出来ないのに、自分には出来る。それで褒められたことは」

 

 コイツは自分にはないものを持っているな、そんな風に感じるなどよくある事だ。その逆もまた然り。こいつは、俺が持ってるものを持ってないと感じることもある。それが数回も続けば、そいつが劣っているのではなく自分が優れている事を自覚しければならない。

 だって、そうしないと本物の凡人が可愛そうじゃないか。だからヴァハはベルの心意気こそ認めていたが、才能に関しては見下していた。最近その才能も手に出来たようで何よりだが。

 

「それでも、現状、ベルが俺に勝てる姿は想像できねえがなあ。彼奴は今、心に影がある。その影を払拭しねえことには前に進めねえ」

 

 野菜サンドを食いながらヴァハは『自分で自分を天才って言う奴は早死するにゃ』と言ってきたクロエに対して己の自論を語った。クロエ自身、才能云々に思うところがあったのか黙って野菜サンドを食った。

 

「あ、美味しい」

「俺は食事担当だったからなあ」

 

 ベルと祖父は畑だ。雷雲のような匂いを発する祖父は老人とは思えぬ速度で土を耕していた。まあ、老()ではそもそもなかったが。

 

「おミャーは良い嫁になるにゃ」

「俺は男だ」

「じゃあ婿にゃ!」

 

 

 

 

 

 「俺と結婚する奴は相当変人だろうな」と笑うヴァハは、ショタコンのクロエから見てもまあイケメンだった。朝日が似合う。多分、月の光のほうがもっと似合う。ちょっと見てみたい。そう思うほどには整った顔立ちをしていた。

 第一印象は最悪だけど。なにせリューと睨み合っていたのだ。もちろん、リューにセクハラでもしたなら良くあることだし、リューが過剰反応する事も多々ある事。でもあの時は違った。明らかにリューと殺し合いをしようとしていた。

 次は、まあ普通に客としてきた。リューと何か話していて、また剣呑な雰囲気になったがその時は何も起きなかった。

 そして、いい匂いのする酒を持ってきたかと思えば言うことを聞けという。どんな願い事かと警戒すれば子供に修行を付けることと、今回みたいなたまに鍛錬だ。正直、子供は飲み込みが早いしヴァハはかなり動けるから自分も運動になるし、楽しい。

 けど、意外だ。この男が他人の子供のために頼み事をするなど。

 

「はっ! まさか、おミャーはミャーと同じ!?」

「子供は好きだがてめえみてえに性的な目で見てねえよ」

「えー、本当かにゃ〜? おミャーが子供好きってかなり怪しいニャア。裏があるに決まってるにゃあ! ミギャ!?」

 

 ヴァハは失礼な物言いをするクロエに笑みを浮かべたままデコピンを食らわせる。

 

 

 

 

 

 銀髪の女神はその光景を眺める。弟とよく似た透明の魂。価値観の違い故に弟より残虐でありながら同じ性質を持つ兄と、純真無垢な弟。そんな兄弟を欲しいと思っている彼女は兄の方と最近仲の良い女に目を向ける。

 

「……………」

 

 クルクルと髪を指に絡め、トントンと机を指で叩く。その動作に気づき、自分が意外と嫉妬深いことに気付いた。

 彼女が、ヴァハの魂をより輝かせるなら後数日は許容できたかもしれない。

 

「…………けど、下手に手を出してもねえ」

 

 彼なら喜んでそのまま殺し合いをしそうだ。敵対は、しない方向でいきたい。少し脅すぐらいはしておこう、と、方針を決める。2つとも手入れたい。それこそ、死んだら天に帰ってでも。だが片方だけが死んでは、片方しか手に出来ない。全能なる神ではあるが世界とはなんともままならぬものだ。

 

「オッタル」

「はっ……」

 

 

 

 その翌日、早朝の組手も終わり、んーと伸びをするクロエは本物の猫みたいだ。茶髪の方と異なりスラリとした体は猫っぽい。どこがとは言わないが。

 

「ん、この匂い……」

「にゃ? どうしたニャン? ミャーの魅力的な匂いに興奮しちゃったニャ?」

 

 ニヤニヤと笑うクロエを無視して鼻をスンスン鳴らすヴァハ。すると、曲がり角から貴公子然とした男神が姿を表す。

 

「よお、やっぱりお前か。この前の葡萄酒(ワイン)の匂いがより濃いな。飲んできたのか? 店は………ダイダロス通りか」

 

 見つけるの大変そうだな、と芳香な葡萄酒(ワイン)の香りを漂わせるディオニュソスが出て来た路地の向こうを見て呟くヴァハ。クロエはニャ? とディオニュソスを見つめ、たまに店に来ることもある神だと思い出した。

 

「なんにゃなんにゃ? 美味い酒でも知ってるのにゃ? ミャー達にも教えるにゃー」

 

 ここ数日でヴァハは鼻がよく、酒好きであることを知ったクロエ。そんなヴァハが飲みたがる酒と聞いて興味を示しディオニュソスに詰寄ろうとするもフィルヴィスが割って入ってきた。宝物を取られまいとする猫と奪おうとする猫みたいだな、とその光景を見て思った。

 

「ふむ、いや、すまない………今日は知神(ちじん)に会いに行っただけなんだ。ペニアという……まあ、あまり良い神とは言えないが悪神でもないよ……彼女が飲んでいた葡萄酒(ワイン)かもしれないが、だとしたら店を探すのは難しいと思うな」

 

 聞けばダイダロス通りに住む多くの者達に捧げ物をされる女神なのだとか。ケチ臭く、仮に酒の出処を聞いても渡した奴に聞きな! とでも叫ばれ唾を吐かれる可能性もあるそうだ。

 

「とはいえ、広大なダイダロスを彼女ほど知る者も居ないだろう。君の言う、道を探していてね」

「ああ……」

 

 ダンジョンのもう一つの出入口、それを探していたのか。嘘は、ついていない。ヒトたる身で神の神意など覗ききれないだろうが少なくともそう見える。

 

「しかし、君もすみに置けないな。こんな朝早く、美しい女性を連れているなんて………ミアを怒らせないようにするんだよ?」

「ああ、違う違う。ちょっくら修行に付き合ってもらってただけだ………ミアハ様にも危険な所に行こうとしたこと怒られたし、強くなっとけば自由が増えるだろうなあ、って」

「そうか。頑張ると良い………」

 

 と、ディオニュソスが応援する。途中まで一緒にどうだい? と誘われ共に歩こうとした瞬間、ヴァハがクロエを抱き寄せる。クロエが目を見開き、何かを叫ぼうとした瞬間ヴァハの背中を高速で駆け抜けた何かが抉った。

 

「────っ! ってえな」

「そんな女をかばうからだろう。不愉快だ、あの方の寵愛を受け入れられる身でありながら、その寵愛を汚そうとするなどと……」

 

 身長160(セルチ)程の小柄なキャットピープルの青年が、槍についた血を払いながら忌々しげにヴァハを睨む。その声には怒りと、女性に対する軽視………否、蔑視が含まれていた。

 

「何だ何だ、アレンじゃねえかあ」

 

 懐から取り出した赤い液体が入った小瓶。中身を飲み干すとあっと言う間に傷が癒える。

 傷を癒やしたヴァハはすぐに立ち上がり、親しげに話しかける。

 

「貴様、何者だ!?」

「───っ!!」

 

 フィルヴィスとクロエが己の得物を構え青年を睨むが、青年は煩わしそうに耳を動かしたあとふん、と鼻を鳴らす。顔の上半分を隠す金属のバイザーのせいで表情は解らないが不機嫌そうだ。

 

「なんだよ、俺と遊んでくれんのか?」

 

 対してヴァハはやはりニヤニヤ笑う。

 

「てめえを痛めつけてえのは同意だが、俺はそこの女………ついでに増えたそいつも邪魔しねえように来ただけだ。てめえは後ろのデカブツを相手してろ」

 

 後ろ、と言われアレンを警戒しつつ振り返る一同。そして、固まる。

 デカブツと呼ばれるのがなるほど、納得の大男。鍛え抜かれた身体は巌のよう。

 そして何より、存在感が違う。ヴァハが知る限り最強クラスの人類だったフィンをも凌駕する圧。殺気はない。それでも、生物としての本能が目の前の存在から逃げろと訴えかけてくる。フィルヴィスやクロエも目を見開き冷や汗を流す。

 

「………お、【猛者(おうじゃ)】オッタル……」

 

 その名を知らぬ者は、オラリオには居ないだろう。オラリオにて冒険者を目指す者なら誰しも必ず耳にする名前。最強にして唯一のLv7。【フレイヤ・ファミリア】所属、オッタル。

 

「…………神ディオニュソスよ、神威による妨害は、遠慮して頂きたい。手が滑るかもしれぬ」

 

 この場を諌めるために地上の子を萎縮させる神威を放とうとしたディオニュソスだったが、オッタルが見咎める。こいつは恐らく、()()()。フレイヤ以外の神威を無視できる、神に手を出せるタイプの人類だ。

 ヴァハは()()()()()()()()()()()()()を見て目を細める。

 

「ヴァハ・クラネル。手合わせ願おう」

「んー……」

 

 加減されている。慢心、ではない。単純に実力が遥か高みにある事を自覚している故の譲歩だ。

 

「上等、死ね」

 

 勝ち目は無し。だが、戦わぬ理由も無い。ヴァハは全身からバチリと雷を迸らせた。



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一方的な戦い

 ヴァハ・クラネルにとって殺し合いとは趣味であり、他人に押し付けるものではない。故にこそ己の命を狙う輩以外は基本的には痛めつけない。

 そんな彼ではあるが、殺した数は数十はくだらない。理由は、とある男との旅路。時に戦場に訪れ、時に盗賊と戦った。戦って、勝ってきた。

 戦場に剣が落ちていれば剣を使い、槍を持てば槍を使う。

 鎖鎌や分銅など扱いが難しい武器も、一度それを持てばどう使えば相手に勝てるかが理解できた。

 武芸百般全て一流。才能に恵まれ、しかし慢心することのないヴァハは目の前の男を前にどうするか、と策を考える。

 

(勝ち筋が全く見えねえ。ここんとこ、そんなんばかりだ……)

 

 例えばフィン・ディムナ。例えばアイズ・ヴァレンシュタイン、ヒリュテ姉妹。アレンもそうか。

 だけど、まあ殺し合いを始めた最初の頃は割とあった事だ。それでも生き残ってきた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。気が楽だ。

 

「ヒャハハ!」

 

 地面を蹴り駆け抜ける。その速度はもはやLv2に匹敵するだろう。

 

「【血に狂え】」

 

 ズルリと体外へと溢れた血が蠢き、槍を形作る。狙いは心臓。弾かれる。

 眼球、弾かれる。

 肺、動脈、気道、骨の隙間。全て正確に放たれる槍の雨。体内の血液を使い直接身体を操作する。

 

「ほう……」

 

 目の前の男は遥か格上。長く続ければ不利になるのは自分だ。故に覚えたばかりで威力が安定しない()()な身体強化はしない。体内で幾つもの血管が切れる。結果、ヴァハの攻撃速度はレベル3でも中位に位置するレベルとなっていた。

 だが───

 

「温い」

「………おお」

 

 全て弾かれる。弾かれただけで腕が痺れた。というか血の槍が砕けた。数度打ち合いしただけでこれだ。飛び散った血を操り2つの剣を生み出し斬りかかる。

 

 

 

 大した武芸だ。オッタルは目の前の男を素直に称賛する。方法は不明だが身体能力の底上げはまるでランクアップ。代償が大きいのか内出血が見て取れる。それは先程アレンから受けた傷を癒やしたのと同様に、すぐに塞がっていくようだが。

 先程飲んだ液体は、ただのポーションではないのか? 効果が持続するのか、特殊スキルを発動させるキーだったのか。それは不明だ。だが、どうでも良い。

 真に彼を強者たらしめるのはやはり武芸。様々な武器に切り替え、それを十全に使いこなせる才能。同じ身体能力の者を集めれば彼に勝てる者は殆ど居ないだろう。つまり実質レベル3にさえ勝てる実力を持っている。

 

「ハハ! 当たらねえ! 全然当たんねえ!」

 

 だが、()()()()()()()()()()。ランクアップ出来ない。何故なら、こいつは()()()()()()()()。殺し合いを行うその瞬間にしか目を向けていない。その時のみ勝つ気で、負けた後、次こそ勝てるようになどと考えない。

 敗北に悔しさを覚えない。敗北に傷つく誇りがない。敗北が命を失う事だとしても、敗北を忌避しない。

 

「お前は、強くはなれない。なれはしない」

「────!?」

 

 オッタルの大剣がヴァハを切り裂く。肋は砕かれ、内臓が溢れる。

 咄嗟に硬化させた体内の血液。鋼鉄に匹敵するその強度は、まるで意味をなさなかった。

 

 

 

 

「ヴァハ!」

「チッ、オッタルの野郎、どうせ殺すなら俺にやらせろってんだ」

 

 赤い血を撒き散らし倒れるヴァハを見て叫ぶクロエ。アレンはやりたくても主神命令で出来なかった事をやったオッタルに嫉妬と主神の名に背いた怒りを滲ませながら舌打ちする。

 

「この男は聖女と関わりが深いらしい。死にさえしなければ、助かるだろう」

「ふん。傷を癒せるだけの女か……あんな女の、何が良いのか」

「てめえ等! ぶっ殺してやるニャ!」

 

 もう終わったとばかりに会話するオッタルとアレン。クロエは怒りに顔を歪めながらアレンに迫る。体の無意識なリミッターが怒りによって外れたのか、その速度はかなりのもの。だが、アレンは「オラリオ最速」の冒険者。

 確かに速いが、アレンより遅い。顎を蹴られる。浮き上がった腹を蹴られる。背中から壁にぶつかり肺の中の空気を吐き出す。

 

「【一掃せ───!?」

「遅え」

 

 超短文詠唱。『魔導』の発展アビリティを持つ故に威力が増し、速さの代わりに失った威力を補う『魔法剣士』であるフィルヴィスは近接もこなせる。だが、相手が悪い。詠唱は完成することなく途切れる。頭を掴まれ、地面に叩きつけられた。

 意識が飛びかける。

 

「フィルヴィス! っ!!」

 

 己の眷属までやられ、思わず神威をとき放とうとするディオニュソス。しかしそれより先にアレンの持つ槍の穂先が喉元に添えられた。

 

「余計なことはするな、お前はさっさと、あの男をディアンケヒト・ファミリアに連れていけ」

「───っ!」

 

 神は全能である。しかし地上に於いては『神の力(アルカナム)』を封印し、人間と変わらぬ。何も出来ない。歯噛みするディオニュソスにアレンは鼻を鳴らし去っていった。

 

 

 

 

 

 激痛で気絶するなど久し振りだ。そう思いながら目を覚まし周囲を見回すヴァハ。ベッドに眠るクロエとフィルヴィスの姿を見つける。

 怪我はないようだ。

 改めて部屋を見回す。

 

「やあ、起きたようだね」

 

 と、椅子に座ったディオニュソスが声をかけてくる。

 

「巻き込んじまったみてえだなあ」

 

 アレンの発言を聞く限り本来の狙いはヴァハ。次点でクロエ。フィルヴィス達は完全な巻き込まれだ。

 

「気にしないで欲しい。運がなかっただけさ、あの女神に目をつけられた君自身もね」

「…………ここは、【ディアンケヒト・ファミリア】か」

 

 見覚えのある部屋だ。本当に、世話になる。

 

「治療費は私から出しておこう」

「俺、ここの使用料自腹で払う日来るのかねえ?」

 

 基本的に奢られている気がする。

 

「しかし、すごい効果だな」

「ん?」

「アミッド・テアサナーレが君に赤い薬品を飲ませたらあっという間に治った。彼女は、君のスキルのキーに過ぎないと言っていたが」

「バラしたことには謝罪しません。月も跨がぬ内に何度も死にかける罰だと思ってください」

 

 と、アミッドが入ってくる。ジト目で睨んだあと、ヴァハの顔色を見てはぁ、とため息を吐いた。

 

「今回は俺のせいじゃねえよ」

「聞いています。ですが、背中を負傷したようですね。人の命を助けようとしたのは、美徳だと思いますが」

「俺は傷がすぐ治る。なら、俺が盾になりゃ戦力を失わずにすむだろ?」

「合理的ですね。本心なのでしょうが………」

 

 「ですが彼女は貴方が傷ついた姿を見て、憤ったようです」とアミッドは寝ているクロエを見る。ディオニュソスも頷いた。彼からアミッドに伝えたのだろう。

 

「貴方が傷つく事で、心に傷を負う人も居ます。それは、私では癒せない。ご自愛ください、自分の為ではなく、()()()()()()()()()………」

「だが断る」

 

 レベル2(アミッド)の拳がレベル1(ヴァハ)の顔面にめり込んだ。

 

「ぶっちゃけ誰が傷つこうと俺にゃ関係ねーしなあ」

「…………」

「ま、これからもお前がその身を差し出してくれんなら、心の内にはとどめておくさ」

 

 そう言うとベッドから立ち上がり窓に向かうヴァハ。ディオニュソスが止める間もなく飛び降りた。

 

「…………なんと言えばいいか」

「構いません。たった数日で、慣らされました……それに、私の願いを彼は無下にはできないでしょう」

「ああ、【ミアハ・ファミリア】には借金があるんだったか……」

「それは、関係ありません。彼が短期で万全に回復するには私が必要なのと、彼自身、身内には甘いようですから」

「………………」

 

 ディオニュソスは先程のヴァハの行動を思い出す。

 目を覚まし、傷の具合も場所の確認もせず、まず最初にクロエとフィルヴィスを探した。

 

「良い子、何だろうね。きっと、彼は己のズレを理解し、周りを理解してやり、その上で理解される気がない」

「ええ、本当に………不器用な人です」

 

 

 

 

 

「フレイヤちゃ〜ん、あ〜そ〜ぼ!」

 

 都市最強のファミリアの一つ【フレイヤ・ファミリア】。そのホーム『戦いの野(フォールファング)』。ヴァハが巫山戯た挨拶をすると無数の団員が武器を構え取り囲んだ。



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戦乙女の本拠

「………何しに来やがった」

「逆に聞くが何しに来たと思うよ」

 

 殺気混じりのアレンの言葉にニヤニヤと笑いながら巫山戯た回答を返すヴァハ。アレンがチッと舌打ちした。

 

「報復か? 思っていたより阿呆みてえだな」

「ハハァ。それもそれで面白そうだがちげえよ、常識的に考えてそこらの雑魚数人殺せるだけでお前とかそこの4人に殺されることぐらい分かるっての。さては馬鹿だな?」

「その通り」「走ってばかりで頭が悪い」「所詮足が自慢の猫」「鈴でも付ければチリチリ喧しくなる」

 

 ヴァハの言葉に苛立ち小人族(パルゥム)四人組の言葉にさらに苛立つアレン。短気な奴だ。

 

「まあアレンと遊びたいのは山々だが、今回はフレイヤちゃ────何だ、全員短気か」

「様を付けろクソ野郎」

 

 無数の殺気に当てられ、ちびりそう、などと嘯くヴァハ。と、そこに美しい声が投げかけられた………

 

「思ったより早かったのね」

「「「────」」」

 

 【フレイヤ・ファミリア】の全員が跪く。

 ヴァハは声のした方向へと視線を向け、その神物(じんぶつ)を素通りして隣に立つ男を見る。

 

「よおオッタルさっきぶり」

「…………………」

「遊びに来たのよね? カードで良いかしら?」

「OK♪」

 

 

 

 

 

「ツーペア」

「ストレート」

 

 また負けた。神は嘘を見抜けるが嘘でなければ見抜けないはずなのに、此方の手札が解っているかのように勝負に乗ってこない。

 

「やめだやめ。勝てねえ」

「ふふ。ごめんなさいね………喉は乾いたかしら?」

「あー、酒なら持ってきてる」

 

 そう言って酒瓶を取り出すヴァハは部屋にいる唯一の団員である少女にグラスを用意させ、注ぐ。黄金色の酒は独特の匂いを醸し出す。

 

「私も頂いていいかしら?」

「どーぞ……」

 

 少女がグラスを持ってくると、酒瓶をヴァハから受け取りフレイヤの持つグラスに注ぐ。匂いを嗅ぎ首を傾げてから一口飲むフレイヤ。眉根を寄せる。

 

「不思議な味ね………不味くは、ないのだけど」

「因みにお前が覗いてた修行の相手である女もこの酒が好きだ」

「……………」

 

 フレイヤはム、と眉根を寄せ酒を飲み込む。やはり、進んで飲みたい味ではない。健康に良いと言われれば飲む者も増えるだろうが。

 

「まあ俺は好きじゃねえけどな。おい、ヘルンとか言ったか? 新しい酒用意してくれ」

「………貴方って、意地悪だわ」

 

 むう、と拗ねた子供用に頬を膨らませるフレイヤ。そんな仕草一つ一つですら、愛らしい。それこそが至高の美とされるフレイアという女神なのだ。

 

「お、この酒美味いな。ん〜? この匂い、いや、あれは葡萄酒(ワイン)だしちげえか………」

「ソーマよ、気に入ってくれたかしら?」

「ああ、気に入った………」

「でもこれ、未完成品なのよ。貴方が完成品を飲みたいと言うなら、とってくるのもやぶさかではないけれど」

「ハハァ。いい女が目の前にいりゃ安い酒でも美味くなる。ましてやお前ほどの美人ならその本物とやらよりも美味くなるだろうよ」

「ついこの前、好みじゃないと言われた気がするけど………いいわ。素直に受け止めてあげる」

 

 悪い気はしないもの、と微笑むフレイヤ。ヘルンと呼ばれた少女はそんなフレイアの笑みを見て顔を赤く染めている。

 

「それで、要件は何かしら?」

「俺と関わってるってだけで知り合いの女に手を出すな………このままじゃ娼館にもいけねえ」

「あら、そういう事がしたいなら私が相手になるわよ?」

「んっんー。女神を抱ける機会なんざそう無いだろうが遠慮しとく。お前を抱いてお前の眷属にならなかったら問答無用に殺しにかかるだろ、お前の眷属」

 

 死んでもいいが死にたい訳ではないヴァハからすれば向こうから迫ってきたならともかく此方から確実な死地に飛び込む気は、あんまり無い。

 

「そう、残念。けど、娼館はイシュタルの子達ばかりなのよね…………ああ、そうだわ。ヘルンを抱いてみない?」

「───!?」

 

 唐突に己の名が出されギョッとするヘルン。ヴァハはヘルンを見つめ、ヘルンが主神の命なら、イヤだけど、顔だけなら良いし、でもやっぱりと葛藤していると「好みじゃない」と切り捨てられた。

 

「そう、まあ仕方ないわ。代わりに、貴方は何をしてくれるの?」

「たまにこうして話に来てやる。後、お前がベルにするであろう試練だの褒美を手伝ってやる」

「試練…………そうね、試練。与えるでしょうね………貴方にも与えた方が良いんでしょうけど、どんな試練なら貴方を輝かせられるのか、残念だけど私も解らないわ」

 

 強くなれないとオッタルは言った。フレイヤも同じ意見だ。ランクアップに必要な、特別な経験値(エクセリア)。ヴァハのそれは、数多の英傑を揃える美の女神を持ってしても解らない。

 

「まあ、良いわ。ええ、貴方の条件を飲みましょう。女性関係も、仕方ないわね。男の子だもの。でも、私しか見えないようにしてあげる」

「楽しみにしてる………」

「ヘルン、案内をしてあげなさい」

「はい……」

 

 

 

「あ……」

 

 扉を出るとオッタルが居た。護衛なのだろう。

 

「よおオッタル、俺って強くなれねーの」

「今のままではな。お前自身、強くなる気がない。お前が好きな殺し合いをするのに必要なそれを、欲するまでもなく手に出来てしまっていたからだ」

 

 その状態が、長く続いた。そして、都市の外では負け知らず。虐殺のみが続いたヴァハは己自身が強くなることより強い敵を欲した。勝敗になど興味はなく、むしろ己の強さを邪魔にすら思うようになっていた。

 ここ最近負け続き。だが、負けることは別に良いと考えるヴァハでは、壁を超えられないとオッタルは言う。

 

「マジかー………」

「ああ。何か目的でもあれば、変わるのだろうが」

 

 【フレイヤ・ファミリア】にとってはフレイヤの寵愛。弟のベルなら英雄の資格といった感じか。生憎ヴァハにそんなたいそうな物はない。

 

「お前は、壁を超えられない」

「いうね。ならもし俺がランクアップしたら美味い酒奢れ」

「良いだろう」

 

 

 

 

 この後「青の薬舗」に帰ったらナァーザに滅茶苦茶怒られた。「豊穣の女主人」に行けば「心配かけるにゃー!」とクロエが引っ掻いてきてミアがバベルをひと睨みしたあと「アンタも大変だね」と少し高めの酒をくれた。




おまけ

「因みに女や子供には効果が薄いが、成人したオスにはマタタビはまじで効くらしいぜえ」

「へえ、今度アレン達に使ってあげようかしら」




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即席チーム

「じゃあ、今日はよろしくね! 何処まで行っちゃう?」

 

 朝。エルフィとバベル前で合流する。まちに待った(エルフィ談)合同迷宮探査だ。エルフィがヴァハのダンジョン内での戦い方を見て、団長であるフィン達に報告し、相性が良さそうな団員と組ませる。

 故にヴァハが本気を出す必要があり、かつエルフィが余裕を持って見られる深度が望ましい。

 

「10階層以降だな」

「え……あの、後衛のエルフィちゃんには『大型』にも囲まれる可能性がある場所は、ちょーっと危ないかなあ」

 

 もちろんエルフィとてレベル3の第二級冒険者。早々やられる気はないが、後衛なのだ。ヴァハの戦いをキチンと観察する余裕があるかどうか………。せめて前衛があと一人ぐらいエルフィを守ってくれたなら、と思う。

 

「なるほど、良い事を聞かせてもらった」

 

 と、不意にそんな声が聞こえた。振り返ると一柱の神。でも知らない神だ。誰だろう?

 

「ディオニュソスか。昨日はあのまま帰れたのか?」

「ああ、取り敢えずね」

 

 困惑と警戒をしているとヴァハが声をかけた。どうやら知り合いらしい。

 

「んで、良い事ってのは?」

「早速、君に恩が売れそうだ」

「恩? 俺みてえな駆け出しに?」

 

 と、ヴァハが訝しんでいるとディオニュソスと呼ばれた神はヴァハの耳に口を近付けた。

 

「駆け出しだからこそ、だよ。私の眷属達(子供達)が殺された以上『敵』は私のファミリアを警戒している可能性が高い。ロキも大手、警戒されているだろう。そこで君だ………零細で、商業系、そこに所属の駆け出し冒険者………警戒する者はまずいない」

「よーするに、自分達では動けなさそうな案件を任せれる人材が欲しいと?」

「そういう事になるね」

 

 まあ、危険は少ない案件を選ぶよ、と微笑むディオニュソス。ヴァハとしては危険も万々歳だがディオニュソスとしては申し訳ない気分になっているようだ。何せ殺された眷属はレベル3。敵は最低でもレベル4上位か5ということになる。それでも、眷属(子供)の仇を放置する気はない。

 

「だからこそ、こちらも最大限の誠意を見せよう」

 

 そう言うとヴァハから離れ、ニコリと微笑む。貴公子然としたイケメンの笑みにエルフィ思わずドキリ。

 

「前衛が必要なのだろう? フィルヴィス、彼等を守ってやってくれ」

「なっ!? ディオニュソス様!」

 

 フィルヴィスと言うらしい白衣に黒髪のエルフが叫ぶ。綺麗な人だな〜、と眺めていたエルフィもハッとする。

 

「んー、なる程。まあコイツならエルフィの一人や二人守れるか」

「私は一人だけだよ?」

 

 と、エルフィ場違いのツッコミ。さて、エルフさんはどんな反応をしたかな〜、と視線を向けるも聞いていなかったようだ。

 

「ディオニュソス様! それでは、貴方の護衛はどうするのですか!」

「フィルヴィス、私は彼の不死性を良い事に、危険と知りながら協力させようとしている。ならば、手を貸せる範囲で彼の力になってやりたい……」

 

 反発するフィルヴィスに対してディオニュソスはヴァハの時と同じように耳打ちする。

 何話してるんだろう? とエルフィがヴァハに尋ねるとさあ、と首を傾げられた。

 まあ、ヴァハは大体予想しているが。デュオニュソスめ、一体どんな危険な仕事をさせる気なのか。まあ、楽しみだけど。

 とはいえ、ヴァハが()()()()()()()()()()()()()()事にも気付いている筈。その上でこの提案、信頼を勝ち取りたい可能性もある。

 

「俺にそんな価値があるとは思えないがねえ」

 

 あの事を知ってるわけでもあるまいし。

 

「ん? 何か言った?」

「エルフィは今日も可愛いなあ」

「ふふん、でしょう?」

 

 エルフィは今日もほんと馬鹿。馬鹿な子ほど可愛いと祖父が良く言っていたな。

 

「フィルヴィス。どうか、頼む」

「……わかりました」

 

 ディオニュソスの切望に、フィルヴィスが応える。

 

 

「ていうか今更だけど、駆け出し半月程度の冒険者が5階層超えっておかしくない? どう思うフィルヴィスさん」

「……………」

「あれ、おーい、もしも〜し!」

 

 ダンジョンへと続く螺旋階段。そこを降りる3人の人影のうち一つがしきりに話しかける。エルフィだ。

 フィルヴィスは無視を貫く。と前方から4人程の冒険者の一団が歩いてくる。少し脇にそれる。冒険者達は第三級なのか、お世辞にも上等と呼べる装備ではないが駆け出しにしか見えないヴァハを見た時点で通路を譲ろうとはしていなかった。が───

 

「っ!!」

 

 勝ち誇ったような顔も一変。一点を見つめ慌てて壁の端による。視線の先には、フィルヴィス。

 

「ば、『死妖精(バンシー)』………何でチームを」

「アイツ等終わったな」

「っち、おい貴様等、同胞の名を汚すな……まったく、忌々しい」

「おいやめとけ、死を撒き散らされるぞ」

「………………」

 

 フィルヴィスに対して恐怖の目を向けるヒュームと獣人の3人。そして、嫌悪の視線を向けるのはエルフだ。

 『死()()』。なる程、己の種族こそ至高と考え時には神すら見下す妖精(エルフ)にとっては、存在しているだけで不愉快なのだろう。フィルヴィスから距離を取ろうとするかのように早足で去っていく。

 

「バンシー? フィルヴィスさんの二つ名?」

「バンシーってのは死期が近い者のもとに現れ叫び声で知らせる、妖精の伝承だ。二つ名ってより、蔑称だな………モンスターや闇派閥(イヴィルス)を殺しまくった、って反応じゃねえなありゃ」

 

 エルフィがコテンと首を傾げるとヴァハが補足する。死期を伝える妖精? なんとも物騒な。エルフィが慌てて謝ろうとする。

 

「謝罪なら不要だ。その通りだからな………目的地が10階層なら、余裕もある。昔話をしてやろう」

 

 そうすれば、お前達も私と組む気はなくなるさ。

 そう笑うフィルヴィスの姿は、とても悲しそうに見えた。

 ヴァハは思う。そういった人間がいる事は理解できるが、やはり感情は理解できないと。

 先程の通り名、フィルヴィスの態度と、冒険者を続けている立場。不幸を招くとか、そんな話だろう。

 それを、そんな()()でもするような、どうか私を受け入れないでと言うような顔で話す人の感情を、ヴァハ・クラネルは知識でしか、祖父に無理やり叩き込まれた女心を察するための人心把握の知識でしか理解出来ず、どうでも良さそうにあくびを一つした。




ヴァハは女の子にモテるよ。顔が良くて祖父からナンパ術を叩き込まれていて経験も豊富だから。ただし大人びた雰囲気を持つため年下好きはヴァハがその気にならないと口説けない


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仮面の神

 『27階層の悪夢』。

 闇派閥(イヴィルス)と言う秩序の敵、混沌の使徒が起こした最悪の事件の一つ。

 役割演技(ロールプレイング)をしている神や、人類(子供達)が欲のまま行動する姿を愛する神、真っ当に生きられない子供達に手を差し伸べる神、理由は多々あれど人類側から見れば迷惑極まりない邪神達(かみがみ)に恩恵を刻まれた集団。

 恩恵持ち故に一般人では歯が立たず、迷宮都市(オラリオ)に住む以上彼等も第一級冒険者に匹敵する戦力を保有していた。

 とはいえ、戦いは数と知恵。フィン・ディムナ(勇者)を始めロキ(トリックスター)フレイヤ(戦の女神)などに率いられた正規派閥に押されていく。そして、闇派閥(イヴィルス)は対抗か、ヤケになったか、ある作戦を実行した。

 ダンジョン内で不審な動きがあるわざと漏洩(リーク)し冒険者達を集め、自らが囮になってモンスター達を引き連れた。

 果には階層主さえ巻き込んだ大乱戦。多くの死者が出たらしい。そこまでは、少し調べれば分かること。

 フィルヴィスは今もなお『悪夢』として語り継がれる事件の数少ない生き残り。そして、その事件以降彼女とチームを組んだパーティーは遅かれ早かれ彼女を残して全滅した。

 

「皆、気の良い奴等だった。私を憐れみ、手を差し伸べてくれた。そのせいで、死んだんだ……」

「それは、でも………フィルヴィスさんのせいじゃ………」

 

 想像よりも遥かに重く、辛い過去に、エルフィは言葉に詰まる。貴方のせいじゃない、そう言いたいけど、言葉が上手く出てこない。

 

「どうする? ここで別れるか? 私はお前達も殺すかもしれんぞ?」

 

 自嘲するように力なく笑うフィルヴィスに、ヴァハは無表情で視線を向ける。

 

「コレット、少し話しただけでも解る。お前は優しい奴だ、私とクラネルの仲を何とかしようとしていたのだろう?クラネルも、デュオニュソス様から聞いたぞ? 私達を、自分より心配してくれたと………お前達は、私なんかとは比べ物にならないほど綺麗だ」

 

 「私は汚れている」。己の手を見ながら呟くフィルヴィスに、彼女の顔に何も言えなくなるエルフィ。それに対して、ようやくヴァハが口を開いた。

 

「だがお前は美しい」

「っ! 話を聞いていたのか、ふざけるな!」

「聞いていたさ。言葉が足りなかったな。嘆くお前の姿は、美しい。愛おしく思える程にな」

「ちょっ、ヴ、ヴァハ!?」

「嘆き、苦しみ、誇り高くあろうとして、結果余計苦しむ憐れさが()()()()()()()()()

「────っ!」

 

 ヴァハの言葉に固まるフィルヴィス。その頬にヴァハが触れ優しく撫でる。

 

「理解できないか? 仲間を失うのは辛いらしいなあ、俺にゃさっぱりだが………」

「触れるな、私は、お前を穢したくは………」

「俺を汚すう? ハハァ、面白い事言うなあ」

 

 力なくヴァハの手を払おうとするフィルヴィスは、しかし何かを思い出し、怯えるように震える。

 

「世間じゃ誰かを殺して喜ぶ人間が汚らわしくて、後悔する奴は精神面やり直せるんだとよ。爺の書いた英雄譚にゃ良く出てた………」

「私が、やり直せるわけが」

「だろうなあ…………俺もそう思う」

 

 壁から生まれてきたモンスターの四肢を切り落とし腹を踏みつけるヴァハ。

 

「だが、楽しんでねえなら俺よりマシだろうよ。殺し程度なら俺も散々やってるしなあ」

 

 人を殺した事をケラケラと語るヴァハに、フィルヴィス達は何も言えなくなる。

 

「だからお前が俺に言うことは決まってる」

「………触るな、私が、汚れる」

 

 再びフィルヴィスに触れようとしたヴァハの手を、フィルヴィスは弱々しく払う。

 

「面倒くせえ奴」

 

 他人を穢れているもの扱いして、己が言えたことかと苦しそうな顔をするフィルヴィスにヴァハは面倒くさい奴と呟いてどうでも良さそうに欠伸をした。

 

「…………すまない」

「ハハァ、しっかり感謝して俺の代わりにエルフィを守るんだぞお」

 

 

 

「本当にレベル1なのかな?」

「近接戦だけでもレベル3(わたし)と渡り合えるからな………」

 

 キラーアントの群を切り刻んでいくヴァハを見ながら呟くエルフィの問に、エルフィに迫るキラーアントを対処するフィルヴィスが応える。少しだけ、話しやすくなった。フィルヴィスはヴァハを時折恐れるよな視線を向けていたが。

 

「次で10階層………もう少し下まで進めるかもな」

「油断はするな。過信して命を落とす冒険者も多い」

「それはそれで………」

「ふざけるな」

「ヴァハ〜、フィルヴィスさんの前でそれは無いよ〜」

 

 楽しそうだ、と続けようとしたヴァハをフィルヴィスが睨みエルフィもジトっとした視線を向ける。ヴァハは反省の色を見せずにヘラヘラと笑い肩をすくめた。

 10階層は霧が立ち込めている。更には枯れ木なども生えており、これらはモンスターが持つと武器になるそうだ。『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』と呼ばれるダンジョンの特性の一つ。更に潜れば花の盾などを装備したリザードマンが居るとか。

 

「……………妙だ」

「ヴァハ?」

「一向にモンスターの気配が無い。同業者の気配も………それに、不自然なまでに匂いがしない」

 

 目を細め周囲を見回すヴァハの言葉にフィルヴィス達も周囲を見回す。ヴァハは暫く周りを見た後エルフィとフィルヴィスの二人を見て頭をかく。

 

異常事態(イレギュラー)だ、引くぞ……」

「え? あ、うん………」

「迷惑をかけるな」

 

 困惑するエルフィと気を使われたことを察したフィルヴィス。

 

『───何故引き下がる。この先にお前の待つ物があるのに』

「「───!?」」

「………………」

 

 突如聞こえてきた声に3人は足を止め振り返る。そこには、仮面を被った何者かが居た。

 全身を覆い隠す紫根の(ローブ)と、その上に漆黒の上着(ケープ)に複数の仮面が飾られていた。

 人、ではない。自分達より次元が上であると否応なく理解させる存在感。神だ。

 

『そのような者など放っておけ。危険を避け、お前の望む殺し合いなど巡り会えるものか』

 

 特殊な加工でもされているのか、声がくぐもって男女の判別が出来ない。匂いも不自然に消されている。

 謎の神物はゆっくりと歩み寄ってくる。

 

『それとも、共に連れて行くのも良いかもしれない。お前の望む恐怖に歪む顔が、絶望が奏でる絶叫が待っているぞ』

「……………」

『私の下に来い。逃げ惑い、泣き叫び、壊れていく人類を………極上の葡萄酒(ぶどうしゅ)にも勝る『狂乱(オルギア)』を味わわせてやろう』

 

 この手を取れと言うように手を差し出してくる仮面の神物。

 

「へえ、それは面白そうだなあ……」

「ヴァハ!?」

「……………」

 

 ニヤニヤ笑うヴァハにエルフィが叫びフィルヴィスが苦々しげな顔をする。

 

「だが断る」

『…………何故だ?』

「ハハァ。お前、闇派閥(イヴィルス)の残党か? しぶとく生き延びて、こうして姿を表したってことは準備が整ったか? それを台無しにしてやった方が、楽しそうだからなあ」

 

 バチリと紫電を迸らせるヴァハ。ここでこの神を天に還せばかの神の眷属、闇派閥(イヴィルス)の恩恵を封印できる。

 

『そうか、残念だ。君なら私と共に、酒を酌み交わせると思ったのだが』

「残念だったなあ─────!」

 

 ヘラヘラと笑うヴァハだったが、不意に目を見開く。振り返り、エルフィの肩を掴み押しのける。

 

「────っ!!」

 

 赤黒い剣が振るわれ、ヴァハの左腕が切り飛ばされる。鮮血が薄暗いダンジョン内で飛ぶ。

 

「【血に狂え】」

『───っ!』

 

 飛び散った血は無数の針となり剣を振った人物を貫こうとするもかわされた。

 

「クハハ、てめえかあ………また会えたなあ、嬉しいぜ」

 

 紫の外套(フーデッドローブ)の、不気味な紋様の仮面を被った何者か。ヴァハは一瞬だけフィルヴィスを見た後、言葉通り嬉しそうに笑う。

 

「俺を殺しに来たか? 約束を守ってくれて嬉しいぜ」

『…………』

「人違いは許してくれ。惚れた女を見間違えてた……」

 

 ケラケラと軽口を叩きながら血の紐を造り宙を舞っていた左腕を引き寄せ切り口を合わせる。が、首を傾げる。

 

『……………』

 

 仮面の人物は何も応えず、駆け出す。狙いは───フィルヴィス

 

「っ!?」

 

 咄嗟のことに反応できず目を見開くフィルヴィス。すぐに短剣を構えるが、遅い。禍々しく輝く赤黒い剣が振るわれる。

 

「────っ!!」

「────な」

 

 しかしその剣はフィルヴィスを傷つけることは無かった。切り裂いたのは、ヴァハ。左肩から右脇腹に向かって切り進む剣はしかし止まる。仮面の人物が僅かに動揺した瞬間傷口から溢れた血が剣に絡み付きながら仮面の人物に迫る。

 剣から手を離し再び距離を取る仮面の人物。ヴァハは剣を抜き、その剣を眺める。

 

「【忌まわしき歌を奏でる喉を喰い千切れ】」

「!? も、もう一人!?」

「チッ……」

 

 仮面を付けた体型と声からして男が飛び出してくる。狙いはエルフィ。ヴァハは舌打ちして血の槍を放つ。

 

「───っ!! ご、が……【サイレンス・ダート】」

 

 詠唱が完成する。腐肉のような赤黒い泥のようなものが這い出て3人を包み込み、一瞬喉が焼けるような痛みが襲う。

 

「!? 何だ、クソ………」

「がっ!!」

 

 男は体内で枝分かれした血の槍に内蔵をズタズタに掻き回され息を引き取る。その死体から血を奪い鎌を造り神を狙うも、仮面の人物に弾かれる。

 

『では、死ね。怪物に喰われ、私に悲鳴を届けておくれ』

 

 豊作の稲穂を思わせる黄金色(こがねいろ)の光が神威と共に放たれる。

 途端に、迷宮が震える。呻くように、唸るように、怒るように鳴動し、何処からともなく崩落の音が聞こえる。

 ビキリッ、と。迷宮の天井に亀裂が生まれた。砕けた天井が降り注ぎ、卵の殻を破るように『それ』が姿を表す。

 

「…………黒い、竜?」

 

 インファント・ドラゴンを除き、上層では生まれるはずの無いモンスターの頂点たる『竜種』が生まれる。

 神と仮面の人物は何時の間にか霧の奥へと姿を消していた。

 

異常事態(イレギュラー)だと!? 【───】? !?」

「【────】!………? !?」

 

 短杖(ワンド)を向け、詠唱(うた)を紡ごうとするフィルヴィスとエルフィ。しかし声が出ず、パクパクと口を動かすのみ。

 

「………詠唱が、なんで………声は出るのに」

「『呪詛(カース)』だ………詠唱を、封じられた!」




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漆黒の翼竜

 後衛職であるエルフィと、中衛職のフィルヴィスが魔法を封じられた。

 恐らくは『呪詛(カース)』。通常の魔法とは異なる「呪い」と分類される力で、精神的に、肉体的にデメリットを与える力。強力なぶん、術者にもデメリットがあるはずだが死してなお継続しているという事は寿命に関する何かだったのかもしれない。

 

「と、とにかく逃げなきゃ」

「無理だろ。さっきの崩落音、出入り口が塞がれたはずだ。絶対に逃さず殺すって感じかあ? ハハァ、()()()()()()()()()()()()ってのはジジイから聞いてたが、相当だなあ」

 

 おそらく先程の神の気配に反応したのだろう。そして、神を殺すために尖兵を送り込んだ。

 ダンジョンは神を殺せるのか? それとも、追い出したいだけか。何方にせよ、明確な使命を与えられたモンスター。通常のモンスターより強さは上だろう。

 ガラガラと落ちる瓦礫の雨。黒い竜………前足がそのまま翼となっている中層に現れる竜種、ワイヴァーンがその身を完全に母なるダンジョンから切り離す。

 重力に従い落ちていく体は翼を広げ大気を掴み浮き上がる。

 

「──オオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「「───っ!!」」

 

 広間中の霧が揺らめく。大きく開いた口から、煌々と輝く火が見えた。

 

「まずい!」

 

 フィルヴィスが息を呑む。エルフィが慌ててワイヴァーンに背を向け走り出す。フィルヴィスも直ぐ様エルフィの後を追う。

 

「────────ッ!!」

 

 炎の息吹が放たれ、地面に当たると土砂を巻き上げながら津波となり広間(ルーム)全体に広がっていく。

 逃げ場を探すも火除になりそうな大きな岩は見つかったが遠い、間に合わない。エルフィが耐えられるか不明な熱量に包まれる覚悟をした瞬間、何かに掴まれ浮遊感に襲われた。

 

「へ? わ!?」

 

 目が炎に焼かれぬように閉じていた目を見開けば霧が焼き尽くされ燃え盛る草原と枯れ木の広がる光景が見えた。自分は、どうやら宙に居るらしい。自分だけではない、フィルヴィスもだ。

 

「お前等重いなあ………」

「え? これ、ヴァハ!?」

「お前、何故魔法を……」

 

 上から聞こえた台詞に顔を上げると赤い紐が絡みついた左腕を上に向け、同じように赤い紐が絡みついた右腕を下に向けるヴァハの姿があった。

 左腕の紐は天井に植物の根のように枝分かれして張り付き右腕の紐はフィルヴィスとエルフィに絡み付いていた。

 紐の正体は、恐らくヴァハの魔法だろう。しかし何故………

 

「詠唱封じだ。発動した魔法自体は防げねえんだろうな。落とすぞ……腕が取れる」

 

 そう言って血の紐を解く。フィルヴィスは危うげなく着地しエルフィはバランスを崩しながらも何とか着地する。ワイヴァーンは何かを探すように首を振り、忌々しげに唸るとギョロリと赤い双眸を獲物たる3匹に向けた。

 

 

 

 

 この光景を、知っている。

 燃え盛る大地に、宙を舞う漆黒の竜。

 知っている。覚えている。あの時とよく似た光景。

 

「さて………」

 

 状況を整理する。恐らく出入り口は使用不能。撤去しようにも魔法が使えなくなった魔道士と魔法剣士。ヴァハの【魔力放出・雷】なら可能性はあるが大人しく出口まで向かわせてくれるとも、たどり着けても壊すのに必要な溜めを行えるとも思えない。

 仮にも神を殺す尖兵だ、その強さは通常のワイヴァーンとは比較にならないだろう。対してこちらは魔法の使えぬ後衛と中衛。発動していた魔法は継続中だが火力にかける血液操作。

 さて、どう殺すかな。

 

「グオオオオオオオオッ!!」

 

 ヴァハの思考を遮るように吼える。ヴァハはその威嚇に対し、笑みを浮かべた。

 先程の襲撃者の死体から抜き取った血液を足に纏い人の構造とは異なる足を作成、体内の血液を操作し身体能力を上げ駆け出す。

 

「!!」

「──っ!」

 

 血の槍は竜鱗にあっさりと弾かれ、ワイヴァーンの爪がヴァハの喉を目掛けて振るわれる。身体をのけぞらせ避けると片脚で地面を蹴り回転しながら蹴りを放つ。その際足に纏っていた血で刃を造る。

 

「グッ!?」

 

 ギャイン! と金属音を響かせワイヴァーンの横っ腹の鱗に小さな傷が付く。それを確認した瞬間には血の槍が傷口向けて伸ばされた。

 

「ガアアアア!?」

 

 穂先が肉に到達し血が吹き出す。ヴァハは槍を膝で蹴りつつ右手で下に押し込み梃子の原理を利用して傷口を抉る。バキバキ鱗が内から弾け、大量の血が吹き出しヴァハを赤く染め上げた。が、ワイヴァーンもただではやられず身体を回転させ槍を引き抜くとそのまま金棒の様な尾でヴァハを弾き飛ばす。両翼から発生した風が周囲に火の粉を巻き上げた。

 

「ヴァハ!」

「クラネル! くっ、コレット、ワイヴァーンは私が引きつける。ポーションを頼む!」

 

 ワイヴァーンが口内に炎を溜めるの見てフィルヴィスは駆け出しエルフィに指示を出す。

 フィルヴィスの接近に気づいたワイヴァーンが血のように赤い眼球をギョロリと向ける。

 

「オオオッ!!」

「くっ!」

 

 放たれる火炎球。横に飛び避けたフィルヴィスは追撃を与えるべく再びワイヴァーンに向かって走りだそうとして、固まる。再び火炎球が迫っていた。連射速度が通常種のそれとは違い過ぎる。

 腕を交差させ衝撃に備える。一級品とは言わなくともそれなりの防御力もある服だ。ある程度ダメージは軽減できる筈。

 

「くあ!!」

 

 火炎球が爆発し吹き飛ばされる。連射だからか、威力は先程より劣る。それでも袖が焼け、露出した肌が痛々しい火傷を負っていた。ワイヴァーンは何時の間にか宙へと舞い戻りフィルヴィスにその爪を向ける。下降と同時に爪で引き裂く気なのだろう。

 避けようと考えるも今の爆発で脳が揺らされ、足に力が行き渡らない。防御も間に合わない。と────

 

「カ───ッ!!」

 

 眩い光がワイヴァーンを包む。雷だ。すぐに熱せられた空気の爆音と、雷が空気を引き裂いた独特の匂いがする。

 鱗と違い脆い被膜が焦げ、穴が空いた。これで少なくとも飛べない。

 

「ハハァ! 続きと行こうぜ」

「ゴアアアアアっ!!」

 

 バサバサと惨めに空を切る翼を動かしていたワイヴァーンの背にヴァハが現れる。ワイヴァーンは翼を失えどモンスターの王たる竜の誇りか、直ぐ様反撃に出た。その顔は明らかに怒りに満ちている。

 

「アアアアアアアッ!!」

「ハハハハハハ!!」

 

 巨体に似合わぬ俊敏な動き。両翼についた爪と尾を巧みに使いヴァハに振るう。攻撃は、喰らわない。全て硬い鱗が防ぐ故に防御しない。

 

「赤星」

「────!?」

 

 ワイヴァーンの瞳に勝利の確信が宿った慢心のその瞬間を待っていたかのように、ヴァハが左手人差し指を向ける。

 左掌の中には小さな円錐があり、球体は点から線へと変わる。

 円錐の正体は圧縮された血液だ。圧縮した血液の一部を硬化、一方向に開放することで放つ音速の一撃は頑強な竜の鱗を貫き肉を裂き、骨を砕く。体内に入った硬化された血液もまた圧縮されており、ワイヴァーンの体内の魔力により制御が解かれ元の大きさへと膨張する。

 

「アアアアアアアアッ!?」

 

 ボゴンと肩あたりが内部から膨れ上が内臓に傷ついたのか血を吐き出したワイヴァーンは我武者羅に暴れまわる。

 体長5M(メドル)の巨体だ。それだけで驚異となる。

 

「大人しくしとけやトカゲ」

 

 バチィ! とヴァハが雷をワイヴァーンに落とす。筋肉を硬直させる雷に逆らい、ワイヴァーンが体を回す。再び尾の一撃。後ろに飛び射程外に離れるヴァハだったがフィルヴィスの真横に何かが落ちる。

 

「これは………腕?」

 

 ヴァハの左腕だ。先程の一撃でちぎれたのだろうか? いや、違う。

 

「フィルヴィスさん!」

 

 エルフィが走ってきた。フィルヴィスの視線はしかし紫電を纏うヴァハに向けられていた。

 

「どうしよう、ヴァハの傷、ポーション使っても治らないの!」

 

 飛んできた左腕の断面は綺麗すぎる。千切れたのではない、仮面の襲撃者に()()()()()()()()()()()

 

「魔力を使い過ぎるなクラネル! 死ぬぞ!」

 

 恐らく不治の呪い。あの剣、恐らく『呪詛(カース)』の詰まった『特殊武装(スペリオルズ)』、『呪道具(カースウェポン)』。

 規格外の自己治癒能力を持つヴァハにとって天敵とも言える呪いに付けられた傷は塞がったわけでは無かったのだ。魔法で体内の血を操りくっつけたり、止血していただけ。

 魔法………つまり、魔力が尽きればその瞬間、ヴァハは再び出血を始める。致命傷である傷が開く。

 

「────っ!!」

 

 だというのにヴァハは楽しそうにワイヴァーンと戦っている。フィルヴィスが何としても止めようと走り出そうとした時、縦横無尽に駆け回るヴァハを捕らえられずにいたワイヴァーンの口内に炎が揺らめくのが見えた。またブレスかと思ったが、炎に込められた魔力で尋常ではない。狙いは、地面。

 

「コレット!」

 

 ヴァハも気付き血の盾を生み出し、フィルヴィスは咄嗟にコレットを守るように立ち塞がる。次の瞬間、炎が地面に放たれ、大爆発を引き起こした。

 全方位に広がる炎の津波。最初の炎の濁流など比べ物にならず、3人を飲み込んだ。




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ヴァハの情景

 火炎球を直接当てず、地面にぶつけ暴発させたため、威力は直接喰らうよりだいぶマシだったが、それでもエルフィのローブは殆ど焼け、体にも火傷を負った。エルフィを咄嗟に守ったフィルヴィスに至っては美しい黒髪も半分以上が焼け、交差していた腕の一部は炭化している。

 

「フィ、フィルヴィスさん!」

「っ………私は、大丈夫だ………この程度なら、それよりクラネルは」

 

 慌てるエルフィを諌め取り出したハイポーションを飲むフィルヴィス。傷は直ぐに癒えていく。万全とは言えないが戦闘はまだ行えるだろう。視線を彷徨わせると炎に焼かれ崩れかけた血の盾が形を崩していく姿が見えた。

 

「コレット、クラネルに必要なのはマナポーションだ。血を操る魔法で止血していただけで、その魔法が切れれば今の私達に血を止める手段はない」

 

 現状で止血を行えるのはヴァハの操血魔法のみ。しかし詠唱を封じられた今、魔法が途切れた後再び止血する手段は消える。フィルヴィスの言葉から察したエルフィも慌ててヴァハの下に走る。

 

「グウウウウウウウ」

 

 竜の鱗は火にも強いらしい。ヴァハの雷による熱でも火傷を負っていたのは鱗に覆われていない被膜だけ。しかし口内はそうではないのか焼けだだれた歯茎からズルリと牙が何本か落ちる。しかしその目から未だ戦意は衰えず。フィルヴィスは短剣を構え、足元に落ちていた石を投げつける。

 投石により獲物が生きている事に気づいたワイヴァーンは最も憎き、濃い血の匂いのする雄から生意気な雌へと標的を変えた。空は飛べぬ。牙も使えぬ。しかし爪と尾、強靭な鱗は第二級冒険者には十分驚異のままだ。

 

「オオオオオオオオオオッ!!」

 

 疎らに牙が生える口を開けフィルヴィスへと迫るワイヴァーン。バチン! と口が閉じれば噛み合わぬ牙が己の口を貫く。それでも気にせず爪を振るう。

 

「くっ………ぐう!?」

 

 捌こうとするフィルヴィスだったが武器は通じず、切り札たる魔法も使えない。そう簡単にやられる気はないが、勝てると断言できない。むしろ、負ける可能性の方が高い。

 

「─────」

 

 自身の死のイメージが流れてくる。ギリッ、と顎に力が加わり歯が音を立てる。死にたくないとでも言うつもりか、あれだけ死を振りまいておきながら。

 『死妖精(バンシー)』………まるで否定できないではないか。

 

「くそ、忌々しい男だ!」

 

 そんな私を、美しいと言うな。()()()()などと抜かすな!

 ()()()()()()()()()。だから本心からの言葉であると解ってしまった。

 何も知らぬくせに、あの方と同じ事を言うな!

 本当にあの者と同じなら、ここで死んだ方が世のためだろう。下界だろうと天界だろうと存在するだけで悍しく他者を傷つけずには居られないということなのだから。だというのに………

 

(何故私を庇った、コレットを庇った……!)

 

 だというのに、その在り方はあまりに高潔に見えた。己のみの危険を顧みずに他者を守る姿は、フィルヴィスには眩しすぎた、煩わしく思えるほどに。それでも今のフィルヴィスは焦がれてしまう。

 フィルヴィスはごく最近の出来事を思い出す。殺し合いを心底楽しんでいた彼が、悍しいはずの彼が、自分と同じく汚れているはずの彼が、怪我を負い、気を失い、なのに目覚めて真っ先に他者を心配したと聞き自分とは違い綺麗なのだと思った。

 自らを殺そうとした仮面の女に惚れただの会いたかっただのと嘯く彼の姿にやはり狂っているのだと思った。

 

(解らない。解らない………お前は、あの方と同じなのか?)

 

 邪悪なのか、善良なのか。

 ふと、己の主神の笑顔が浮かぶ。優しく、慈悲深く笑う彼と全てを馬鹿にしたように普段からヘラヘラと口元を歪めるだけのヴァハは似ても似つかぬというのに。

 

「オアアアアアアッ!!」

「っ! しま───!」

 

 短剣とワイヴァーンの爪がぶつかり合う。何度も熱せられた短剣は硬く、故に脆くなっており、砕ける。

 飛び散る破片が周囲の火に彩られる。キラキラと輝く破片の奥で、ワイヴァーンが嘲笑ったような気がした。その顔もすぐに視界の端に消える。ワイヴァーンが体を横に回転させたのだ。

 世界がゆっくりに見える。迫ってくる尾が見える。衝撃に備えようにも、思考に体の反応が追いつかない。

 

(───まず、回避……間に合わ)

 

 と、そこでフィルヴィスの視界がブレた。同時に襲う浮遊感。ブン! とワイヴァーンの尾が空を凪いだ。

 

「ハハァ………間一髪だなあ………」

「クラネル………っ! は、放せ!」

 

 ワイヴァーンの尾からフィルヴィスを救ったのはまたしてもヴァハだ。エルフィは間に合ったらしい。

 安堵し、直ぐにヴァハの腕の中にいることに気付き押し退ける。ヴァハはケラケラと笑いながらワイヴァーンへと向き直った。

 

「赤星」

「───っ!? ゴアアアアア!!」

 

 ヴァハがワイヴァーンに指を向け赤星を放つ。翼の付け根たる肩へと飛んだ一撃は見事に骨の隙間に入り込み、炸裂し右の翼の根本を破壊する。引きちぎる程の威力は出なかったが機動力はだいぶ減った事だろう。

 

「オオ───オオオオオオオオ!!!」

 

 竜として、強者として生まれたワイヴァーンは人間に傷つけられた事実を許せずヴァハに迫る。

 

「赤星」

「ルアアアア!!」

 

 再び放たれた赤星を十分警戒するワイヴァーン。出来る限りその巨体を傾けかわす。上空からも獲物を捉えるその視力を持ってして、敵の攻撃の前には必ず血が集まるのを捉えていた。連発は出来ない。

 

()()

「───!?」

 

 だから、その判断が覆され思わず硬直する。言葉は解せぬ、されどその鳴き声が攻撃の合図だと学んだ。血は集まってない。何故!?

 

「ハハァ。やっぱ、それなりに頭良いなあお前」

 

 ヴァハはその硬直を見逃さずワイヴァーンに接近する。振るわれようとしているのは、赤黒い大剣。

 赤………こいつの振るう赤い武器は自分を大して傷つけられない。腕で振るう分にはほぼ鈍器と変わらず、自分にはなんの意味もない。このまま、押し殺す!

 無事な翼の爪を振るうワイヴァーン。これまでと同じように一方的に傷を刻む。

 

 

 

その筈だった。

 

 

「─────!?」

 

 翼が切り裂かれる。かろうじて被膜でくっついただけの無様を晒す。混乱するワイヴァーンに、翼を切り裂いた勢いそのまま回転したヴァハの剣が迫り慌てて炎を吐き出すワイヴァーン。ヴァハは直ぐ様距離を取り、ワイヴァーンは近付けてなるものかと特大の火炎球を吐き出す。

 

「ハハッ!」

 

 ヴァハが雷を打ち出し相殺した。それだけにとどまらず、ワイヴァーンに到達した。とはいえ、中層クラスのモンスターであり、さらに亜種たる漆黒のワイヴァーンの一撃を打ち消すには魔力を相当消費したのか帯電する己の手を見るヴァハ。

 

「クラネル、私のマナポーションを───」

「いや、それじゃ足りねえなあ」

「クラネ……? っ!?」

 

 困惑するフィルヴィスの肩を掴み後頭部に手を添えると首を傾けさせ、その首に食らいつくヴァハ。犬歯が鋭く伸び皮膚を貫き血管に到達する。

 

「っ! な………く、ぁ………」

 

 抵抗しようとして、傷口から広がる甘い快楽に力が抜ける。ジュルジュルと血を啜る音が聞こえる。数秒ほどでヴァハはフィルヴィスの首から口を離し舌なめずりをした。

 

「オオオオオオ!!」

 

 痺れから回復したワイヴァーンが再び炎を放とうとして雷が落ちる。

 

「ハハァ。妖精(エルフ)の血も美味えなあ………魔力の回復は、『魔導』を覚えてるからかぁ? エルフィと同じぐらいで、アミッドより上か………ま、どの道今は回復力より魔力だ……」

 

 バチバチと帯電するヴァハは再びワイヴァーンに落雷を落とす。レベル1とは思えない威力。これを詠唱なしのスキルとして使うなど、()()()()()

 しかしこうして現実に起きている。一体、何なんだこいつは?

 

「グ、オ………オオオオオオオ!!」

「てめえ等はただの()()()だ。さっさと死ね………」

 

 

 

 

 時を少し遡る。全方位に放たれた炎の爆発に押し飛ばされたヴァハは消えかける意識の中冷静に己の血を操り失血死を防いでいた。とは言え所詮死の先延ばし。だからか、走馬灯を見た。過去の記憶が蘇った。

 物心ついた頃から共に過ごしていた祖父に弟。祖父と共に会いに行った祖父の愛人の顔。祖父のパシリと旅した記憶。

 旅…………そう、そこで自分は運命にあった。

 漆黒の鱗を持つ、片目に傷を持つ隻眼の黒竜。祖父のパシリ曰くまだ目覚めているはずが無い、破壊の化身。

 ああ、殺し合ってみたいな。

 破壊の化身と謳われるその身を殺し、血を啜りたい。あの力で以て、矮小なこの身を壊されてみたい。血と血が地面で混ざり合い、境界が崩れ去るまで互いを破壊したい。それはきっと、とても甘美なひと時となるだろう。

 だが、今の自分が挑んだ所でただ一方的に殺されるのが関の山。力がいる。隻眼の黒竜と殺し合える力が…………力?

 

──お前は、強くはなれない。なれはしない

 

──お前自身、強くなる気がない。お前が好きな殺し合いをするのに必要なそれを、欲するまでもなく手に出来てしまっていたからだ

 

 ああ、そうだ。忘れていた。驕っていた。

 欲する必要があった。欲する理由を思い出した。再びまみえ、殺し合うために。そのために、あの程度に躓くわけにはいかない。

 

「ヴァハ!」

 

 エルフィが駆け寄ってきた。ポーチから取り出したマナポーションを飲まされる。魔力が回復し、血が操りやすくなる。

 

「ヴァハ、フィルヴィスさんが………どうしよう、今の私じゃ……でも、ヴァハなら………」

 

 混乱しているのだろう。恐らくフィルヴィスがワイヴァーンを引きつけてくれている。だが、詠唱が封じられた今第二級冒険者で近接が主体ではないフィルヴィス達には勝ち目がない。可能性があるとすれば詠唱を必要としない特異なスキルを持つヴァハ。

 

「魔力が足りない……」

「そんな、でも………マナポーションはもう………あ」

 

 と、そこでエルフィは思い出す。あの怪物祭(モンスター・フィリア)の一件で、ヴァハが言っていた言葉を。

 

──治癒師だからか? 傷に良く効くなぁ! 代わりに魔力の回復は普通だけど

 

 アミッドの血を飲んで、そう言っていた。それはつまり、血を飲めば魔力が回復するということ。刃物は、駄目だ。無い。だが、確かヴァハは歯を牙に変えライガーファングの肉を食いちぎっていた。

 

「ヴァハ、私の血を上げる。それで、魔力の回復出来るでしょ?」

 

 

 

 

 エルフィの血もフィルヴィスの血もアミッドに劣らぬ美味だった。気分が良い。かつての情景も思い出せた。

 

「カモォン」

 

 言葉は解さぬ。それでも、馬鹿にされていることを理解したのか最大最強の一撃を放とうとするワイヴァーン。その口内に、剣が突き刺さる。

 

「────!?」

 

 攻撃準備の硬直時間。それでも十分距離はあったはず。だが、ヴァハはあろう事かワイヴァーンに唯一通じる武器をあっさり手放した。

 

「死ね」

「────!!」

 

 最大火力の雷撃が剣に向かって落ちる。柄に落ち、刀身を通りワイヴァーンを内から焼き滅ぼした。

 

「クラネル………お前、お前の、その力は………クラネル? お、おい!」

 

 脅威が去り、フィルヴィスがヴァハへ問いかけ用とした瞬間ヴァハが倒れる。慌てて駆け寄る。抱えあげると、ヌルリと生温かい感触。

 血だ。

 ヴァハの操血魔法が、途切れた。よりによって、今。

 

「おい! しっかりしろ!」

「ちょ、ヴァハ! 大丈夫!?」




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ランクアップ

 ヴァハが目を覚ますと見知った天井が見える。

 

「ようやく起きた」

「ダンチョ……」

「何なのかな、ヴァハは定期的に死にかけないと死んじゃう病気?」

 

 ジトーとした瞳を向けるナァーザにヴァハはこれからも死にかけると笑うと拳骨を落とされる。呆れたように去っていくナァーザだったが疲労回復のポーションを置いていった。

 

「起きたようだな、ヴァハ……」

 

 入れ替わるようにミアハが訪れる。空になった瓶を見てニコリと微笑む。それだけで多くの女が色めき立つことだろう。

 

「体に異変はないか? 聞けば、呪いを受けたとか。こんな時ばかりは、神の力が使えぬことを煩わしく思う」

「あ〜………」

 

 そういや傷が一向に癒えなかった。あれ、呪いだったのか。

 

「アミッドに感謝しておけ。その呪いは、彼女が消した」

「あの剣は?」

「アミッドが解析している」

 

 ヴァハの身体を切り裂き、癒えぬ傷を与えた剣。ヴァハは己の命を蝕んでいたその剣を忌避なく使用した。ワイヴァーンの堅牢な鱗を切り裂いたのは一級品と比べても遜色ないあの剣のおかげなのだ。

 

「それと、【ロキ・ファミリア】にもな」

「?」

「ちょうどダンジョンに潜っていたらしい。『勇者(ブレイバー)』を筆頭にエルフとアマゾネスのチームでな、そのアマゾネスがお前を運んでくれたのだ」

 

 遠征ではないだろう。そういう噂は聞かない。恐らく資金集めの帰りか。下層について聞けば装備を溶かす芋虫がどうのとエルフィが言ってたし、決して壊れぬ『不壊属性(デュランダル)』を欲しているのかもしれない。

 

「武器ねえ…………造り方、学んだ方が良いな。本格的に」

 

 これまでの経験を踏まえるなら2、3日で基礎は覚える。後は己で発展させていくのがヴァハのやり方だ。

 まあ、ものづくりに関しては素人。今回は漸く自分の才能にはない事かもしれないが。

 

「あまり心配をかけるなと言って、聞くお前ではないな」

「イエース」

「では、私にせめて出来る助力をさせておくれ」

 

 その言葉にヴァハは起き上がり服を脱ぐ。ミアハはその背に指を当て、血を付ける。ステイタスの更新だ。神が己の眷属()にしてやれる最大限の助力。

 

「……………む、これは」

「どーしたんすか?」

「おめでとう、ランクアップだ」

 

 所要期間、約3週間。モンスター討伐記録(スコア)4058体。

 Lv.2到達記録を大幅に塗り替えた世界最速(レコードホルダー)の誕生である。因みに【ロキ・ファミリア】の『剣姫』もLv.6へとランクアップした。

 

 

 

 

「ランクアップおめでとう! やっぱり兄さんはすごいや!」

「ハハァ。お前も、魔法を覚えたそうじゃねえか」

「うっ! あ、あはは………」

 

 ランクアップを祝して『豊穣の女主人』にて小さいながら宴を開く。発表されるのは後日。ヴァハが駆け出しとは知らない周りの冒険者達は嫉妬する者、まだレベル2だと馬鹿にする者、先輩面する者、感心する者様々だ。

 素直に称賛してくるベルに魔法を覚えたとマナポーションを売ったナァーザから聞いていたヴァハが祝福すると引きつった笑みを浮かべた。

 

「ベルさん、お店にあった忘れ物の本を読んだんです。それがどうも魔導書(グリモア)だったらしくて………」

「ふーん。まあ忘れるほうが悪いだろ」

 

 シルの説明を聞きふと、とある美の女神が頭によぎるヴァハ。ベルはシルさんが貸したんじゃないですか〜、と情けない声を出す。そう言えば彼女、なんか似てるな。

 

「ふっふっふ………」

「? どうしたあクロエ、とうとう完全に脳が腐ったか」

 

 と、何やらニヤつきづらのクロエがやってきた。もともと頭が空っぽなのを知っていたヴァハはとうとう本当に脳にまで影響が出たかと憐れむ。

 

「ヴァハがランクアップしたという事は、より下に行けると言うことにゃ! そこにミャーもついていけば銀花夏梅(シルバイン)も取ってこれるのにゃ!」

「店の仕事があんだろ。それに、そういう事なら結局報酬はもらうぜえ?」

「にゃに!?」

 

 どうやら自分で取りに行けばただでマタタビ酒が手に入ると浅い考えをしたらしく、ガンとショックを受けるクロエ。

 

「あ、そうだ兄さん、【ソーマ・ファミリア】って知ってる?」

「ん? ああ、ソーマね。知ってんよ」

 

 何故そんな事をと尋ねれば、どうやら弟はサポーターを雇ったらしい。そのサポーターが所属しているのが【ソーマ・ファミリア】で、そんなサポーターの少女を嵌めないかと勧めてきた輩もいるらしい。

 

「少し調べりゃ簡単にわかる事だが、彼処はソーマを信仰してんだよ。神ではなく、その神が造った神酒(ソーマ)をな……」

「お酒を?」

「市場に出回ってんのは全部失敗作らしいが、それでもお前のその装備より高い。非売品の完成品はすげえ美味いらしいぜえ? 団員達は自分でその酒を買うために日夜身を粉にして働くわけだ。あまりの美味さに、それこそ手段を選ばなくなっちまう程になあ」

「…………………」

「全く、酒で人を支配しようなんてひでえ話だなあ。酒は飲んで楽しむもんだろうに」

「まあ、酒ごときで言うことを聞く方も聞く方にゃー」

「うん、そうだよね。お酒なんかで………あれ?」

 

 何で店員達がお前が言うなとでも言うような視線を二人に向けているのだろう?

 

 

 

 

 

 その翌日、まずは【ロキ・ファミリア】に向かったが、殆どの冒険者は出払っていると言われた。

 

「例の地下水路の捜索や。ちゅーか自分、昨日死にかけたと違うん?」

「ああ、それで?」

「それでって…………まあ、取り敢えず礼はいらん。医療費は今回ばかりは払えんがなあ」

「いいさ。あの程度ならすぐに稼げる」

「はは。駆け出しとは思えんなあ」

 

 ヴァハの言葉に苦笑するロキ。これで嘘を言っていないのだから大したものだ。と、その時……

 

「ロキ様、お客様が」

「ああん? 誰や、ウチは誰も呼んどらんぞ」

「その、神です。ディオニュソスと………」

 

 

 

 

 

「昨日の今日でまた来おったか」

「気になる情報を仕入れたんだ。情報とは一日で増えるものだよ」

 

 うんざりした表情ながら一応通したロキに、ディオニュソスは爽やかな笑みを浮かべる。

 

「昨日? お前達は、昨日も共にいたのか?」

 

 フードを被ってやってきたフィルヴィスを見て、昨日のワイヴァーンによる攻撃で髪が焼かれたからと察したヴァハはハサミを借りフィルヴィスの髪を切り揃えてやりながら首を傾げた。

 

「…………気を悪くしないで欲しいが、君の力を借りたいと同時に、私は君を疑っていたからね」

「つまりフィルヴィスは俺の監視かあ……俺がエルフィに何かしねえか見張ってたのか?」

「私も、後になって聞かされた」

 

 ショキショキと静かな音を奏でていたハサミを置き、フィルヴィスに巻いていた布を取ると髪を解かすヴァハ。エルフが、それも女のエルフが髪を触らせている光景にロキは感心しディオニュソスは微笑んでいた。

 

「ロキの眷属に何かをするというより、何かを出来ないように常に監視をつけるつもりだったさ。ところが、君は身を呈して少女を二人も守ったそうじゃないか………まあ、何もしなかったというわけでは無いが」

「───っ!!」

 

 ディオニュソスの言葉にフィルヴィスは包帯が巻かれた首を片手で抑える。昨日の、文字通り唾液がつくほどの接近はもちろん血を吸われるという行為で感じた快楽、その快楽に身を委ね血を啜らせていた事実に顔が赤くなる。

 

「おおせや、ウチの子にも文字通り傷つけおったらしいなあ………」

「そういうスキルなんでね」

 

 一応ロキの眷属も控えている。スキルの詳細を知られるようなことはどちらも隠してくれるようだ。故にヴァハも明確な言葉にはしない。

 

「取り敢えず、昨日はお前達は共にいたというとで良いのか?」

「ああ……時間は、ちょうど君達が潜って、一、二時間といったところかな?」

「そうか……」

 

 となると、あの謎の神物は彼等ではないことになる。読みが外れたか?

 

「終わったぞフィルヴィス」

「ああ、すまない」

「ふむ………似合っているぞ、フィルヴィス………」

「あ、ありがとうございます」

 

 ロングからセミロングへと変わったフィルヴィスを見て微笑むディオニュソス。フィルヴィスは顔を真っ赤にして照れる。

 

「それでは本題に入ろうか、ロキ………」

 

 

 

 ディオニュソスがロキに持ってきた情報は、24階層で起きている異変だった。何でも、モンスターが大量発生しているらしい。

 同様の事件が30階層でも起きていたらしいがこちらは下層のためあまり人に知られなかった。ギルドはこの情報を制限している。そして、今回も。

 ギルドの長であるウラヌスは事件そのものをもみ消す気ではないかとディオニュソスは勘ぐっているようだ。

 

「…………中層ねえ」

「まさか、向かう気か? レベル1には危険すぎるぞ」

「ああ、レベルなら昨日2になった」

「「「………………は?」」」

 

 ヴァハの言葉に、ヴァハが正真正銘の駆け出しであることを知っているロキ、ディオニュソス、フィルヴィスが固まる。

 

「な、なな………なんや……………なんや?」

 

 思わず叫びそうになったロキだったが、その頭にポトンと羊皮紙の巻物が落ちた。上空には、一羽の梟。中身を見て、嘆くように天を仰いで手のひらを額に叩きつけた。

 

「アイズが24階層に行きおった……」

 

 

 

 

 

「よお、久し振りだなベート・ローガ」

「またてめえ等か」

「よ、よろしくお願いします」

「……………」

 

 ヴァハがベートに声をかけると不服そうな顔でフィルヴィスとヴァハを睨むベート。エルフの少女、レフィーヤが自己紹介するもフィルヴィスは無言のまま。

 

「足を引っ張るようなら蹴り飛ばすからな。くたばる前に失せろよ」

「……抜かせ、狼人(ウェアウルフ)

「くたばるようなら置いてけば良いだろお?」

「う、うぅ〜」

 

 アイズを追うために急遽組まれた即席チーム。空気は最悪。レフィーヤは、涙目になった。




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リヴィラの街

 すれ違いざまにミノタウロスの首を切り落とす。単純に硬いだけの血の剣も、ランクアップの影響かそれなりの武器として使えるようになった。

 

「ん、ん〜………」

 

 九尾の猫鞭を生み出したヴァハは迫ってくるモンスターに向かって振るう。複数の瘤が皮膚や肉を薄く削ぎ、先端の鉤爪が肉を抉る。

 ヴァハの旅先で得た拷問器具の知識のうち一つはモンスターにも有効のようで絶叫が響き渡った。

 

「遊ぶなクラネル、さっさと済ませろ」

「別に意味なくやったわけじゃねーよ……」

 

 モンスターは魔石を抜取れば灰へとかえるが、普段はまるで本物の生物と同じだ。生きていれば脈が動き血が流れ、故に傷が付けば流れ出る。体内の血は魔力が邪魔だ。流れ出たなら、ヴァハの支配下。

 圧縮された無数の赤星。流星群のようにモンスターへと降り注いだ。

 

「ふん、ちったあやるな」

「す、すごい……あれでレベル2?」

 

 ベートは鼻を鳴らしレフィーヤは目を見開き驚く。駆け出しと聞いていた。それがレベル2だから何を馬鹿なと思っていたが、あの場の神々は否定しなかった。

 そして、今の戦闘を見ると別の意味でレベル2なのか疑わしい。

 

「おい、後ろ」

「………へ?」

 

 むむむ、と唸っていると唐突にヴァハがレフィーヤに声をかける。後ろに振り返れば、壁から出てきたミノタウロスが拳を振り上げていた。

 

「──っ!?」

 

 慌てて後ろに飛びのこうとするも、遅い。回避が間に合わない!

 が、ミノタウロスは拳を振るうことなくその首を切り落とされた。切り落としたのはフィルヴィスだ。

 

「フィルヴィスさん、あり……」

「………」

 

 礼を言おうとしたが、フィルヴィスはさっさと歩きだしてしまった。関わる気がないとでも言うように。

 

「無視は可愛そうだろ、相手してやれよ」

「うるさいぞクラネル…………何を食っている」

 

 ヴァハの言葉に鼻を鳴らすフィルヴィス。と、ヴァハがモンスターの腕を咥えているのを見て固まる。

 

「食ってんじゃねえよ、飲んでんだ。レベルが上がったから、この程度じゃ前回に比べて物足りねえが」

 

 ポイ、とモンスターの腕を捨てると口元を拭うヴァハ。口元の血を拭う。

 

「それは、あまり人前でやるな。ましてやエルフの前などで」

 

 モンスターの血を啜ったヴァハに、レフィーヤは何とも言えない表情を浮かべていた。少し顔が青い。

 

「ハハァ。お前も飲むかあ?」

「───!!」

「やめろ、クラネル」

 

 ぶんぶん首を横に振るレフィーヤを見てケラケラと笑うヴァハをフィルヴィスが諌める。ヴァハはやはり笑い続けていたが。

 

「………しかし、大したものだな。近接戦ならお前の方が上かもしれん」

「魔法ありならなあ」

 

 ランクアップしたことによりステイタスは全てレベル1と比べ、上昇した。魔力や器用も。故に【レッドカーペット】による身体強化を内出血なく万全に行えるようになった。

 

「そういえば、ランクアップしたという事は何か発展アビリティを手にしたのか? いや、ステイタスの詮索はすべきではないな。すまない」

「別に問題ないぜえ? 確かに珍しいアビリティだがなあ」

 

 そう言ってヴァハは落ちていた石を適当に拾い血を塗りつける。丁度よく現れたモンスターの群に投げ込むと、爆音と共に閃光が周囲を包む。

 

「────!」

「発展アビリティ、『加護』。俺の血を与えたものは雷の性質を纏う。剣に塗りゃお手軽魔剣の完成だ」

 

 因みに『青の薬舗』で『雷の雫(ボルト・ドロップ)』という商品名で売る予定だ。他の薬品などと混ぜて血と解らないようにしてだが。

 

「一応俺の意思で『加護』を与えるか決められるが、バカが俺の血を延々と取り続けるなんてアホな発想しないとも限らねえしなあ………まあ、俺自身使い方は魔力消費を抑えるか爆弾にするかしかねえが」

 

 【魔力放出・雷】という規格外のスキルを持つヴァハからすれば雷属性の付与などあまり魅力的とは言えない。こんなことからもう一つ候補としてあった『幸運』でも手にしておけば良かった。

 

「ああ、あと新しい魔法も覚えた」

「そうか。そちらは、今は見せる必要はない。魔力はなるべく取っておけ。性質は?」

「短文詠唱の火炎系だ」

「そうか……」

 

 火炎系、レベル1の時点で、というかステイタスを最初に目覚めたらしいスキルを考えるに資質は雷系統のはず。なのに炎、イメージが、心が、強く望んだ結果だろう。エルフィの影響だろうか? とフィルヴィスはヴァハを【ディアンケヒト・ファミリア】に預けたあと、迫られ結局名で呼ぶことになった少女の顔を思い出す。

 

「……いや、違うか」

 

 恐らくだがワイヴァーンの方だ。コイツはそういう奴だ。

 

「……………」

「なんだあ?」

「お前は、モンスターをどう思う?」

「肉にならねえ動物。ま、ダンジョンの外なら普通の動物と同じように繁殖して、魔石がないぶんキチンと食えるが」

「……………食うのか」

「食うぞ?」

 

 

 

 

 

 時を少し遡る。

 ベート達が探している人物であるアイズは現在【ヘルメス・ファミリア】の一団と共に24階層を目指していた。

 正体不明の謎の人物に出された冒険者依頼(クエスト)により、モンスター大量発生の調査、及び鎮圧を依頼されたのだ。【ヘルメス・ファミリア】も同じ依頼を受けたらしい。

 15人の団員と団長であるアスフィ・アル・アンドロメダとアイズを含めた17人の即席チーム。

 お調子者のキークスが巨大な茸を見つけモンスターじゃないか賭け事をしようとしたり、ドワーフのエリリーがアイズのスタイルに嫉妬したりという出来事があったりするが空気は比較的に良好。何処かの即席チームも見習ってほしいものである。

 【ヘルメス・ファミリア】の連携は、大したものだ。【ロキ・ファミリア】の中堅達と比べても勝るとも劣らない。支持通りに動ける彼等もだが、的確な指示を出せるアスフィも凄い。

 

「あの、ところでアスフィさん…………」

「はい、何でしょう?」

 

 アイズに呼ばれ水色(アクアブルー)の滑らかな髪に近い瞳を向けるアスフィ。アイズはずっと気になっていた事を尋ねる。

 

「その、背中の剣は使わないんですか?」

「ああ、これですか……」

 

 アスフィの戦い方は短剣(ソード)を使った戦い方。しかし中層なら大型も多く、深くまで斬れる剣を使わない理由が解らない。故に背中の布に巻かれた剣が気になる。魔剣なのだろうか? だとしても、使うべき瞬間は何度かあった。

 

「預かりものなんですよ。しかしヘルメス様にどうせならあの人と再会した時の為に肌身放さず持っておけ、と。まあ、魔剣のようなものですから、いざという時は使わせてもらいますが」

「魔剣なのに、良いんですか?」

「彼も了承してくれました………」

 

 と、不意にアスフィは柳眉を釣り上げた。渡された時の事を思い出したのだ。

 

──好きに使えよ、お前は弱っちいからなあ

 

「ふ、ふふふ……今や私はレベル4。もう『足手まといだからその辺に捨てねえ?』などと言われていた頃の私ではないのです……」

 

 何やら怒りのオーラを滲ませるアスフィ。団員とアイズは、ちょっと引いた。

 それにしてもあの剣、何だろう? 何か、懐かしいような、恐ろしいような、そんな気配を感じる。

 

 

 

 

 

「…………ん〜?」

「どうした、クラネル」

「この感覚、あの剣…………ハハァ。あのお姫様、もっと下に潜れるぐらい強くなってたかあ。俺より強いかもなあ」

「……………?」

 

 情報収集のためリヴィラの街に向かう4人。不意にヴァハが立ち止まり、地面………いや、おそらく下の階層を見て何やら楽しそうに笑う。

 

「…………………」

 

 レフィーヤは、いたたまれない。ベートは口を開けば罵倒ばかりだしフィルヴィスはヴァハ以外とは何も喋らない。ヴァハはヴァハでモンスターの血を啜るわ拷問するわでなんか話しかけづらい。

 この三人の中で、比較的に話しかけやすいのは、フィルヴィスだろう。足が止まるため魔法が使えないレフィーヤを何度かさり気なく助けてくれる優しい人だし、エルフは仲間意識が強い!

 私ならできる! と、話しかける事にした。

 

「フィルヴィスさん! 先ほどはありがとうございました! ミノタウロスを受け持ってくれて……実は私あのモンスターが苦手で」

「……………」

「フィルヴィスさんは前衛職なんですか? 短剣(けん)の他にも杖も持ってらっしゃいますけど」

「…………」

「ひょっとして魔法剣士だったり? だ、だったら私、尊敬しちゃいます!」

「……………」

「あ、あはははは……しゅっ趣味はなんですか?」

 

 一向に返事をくれないフィルヴィス。苦し紛れに放った質問も、当たり前のように返ってなかった。

 ベートが耳障りだと鬱陶しそうに言えばレフィーヤもうう、と黙るしかない。

 同胞(エルフ)である自分は無視されているのに、何故只人(ヒューム)の貴方は無視されないんですか、と少し恨めしく思いヴァハを睨んでしまう。

 と、フィルヴィスはリヴィラに向かう道からそれ下層に向かおうとする。それをベートが間抜けと呆れ止めようと手を伸ばし───

 

「────私に触れるな!」

「………ああ?」

 

 フィルヴィスが身を翻し剣を抜く。ベートは危うげなく弾くが、その顔に怒りが滲む。

 

「べ、ベートさんっ、待ってください!」

 

 一種即発の空気にレフィーヤが慌てて割って入る。両手を広げてフィルヴィスを背に庇い弁明を行う。

 

同胞(エルフ)には他種族との肌の接触を許さないという風習があってっ、だからその、反射的に……!?」

「だからって抜剣が許されるとは思えねえがなあ」

 

 貴方はフィルヴィスさんの味方をしなさいよ! とケラケラ笑うヴァハを睨むレフィーヤ。何だこの男、即席とはいえチームの中を取り繕う気0か!?

 

「それにしたって過剰だろ、どうかしてんじゃねーか」

 

 必死に弁明する後輩の姿に毒気を抜かれたのか、ベートは引き下がってくれた。空気は、さっきよりも最悪だ。

 

 

 

「【剣姫】? あぁ見たよ。フード被った変な連中とつるんでたよ。結構な大所帯だったね」

 

「【剣姫】と一緒にいた奴らの顔? んー、ちょっとわかんねえなぁ。きな臭い連中ならごまんといるし探ろうとも思わなかったからなあ」

 

「モンスターの湧く場所なんてわからねぇよ。24階層の正規ルートに溢れかえってて、出処も辿れねえ有様だから」

「そうですか………」

 

 情報収集は、著しくない。アイズが24階層の何処に向かった不明だし、ならばモンスターの出処を知ることが出来れば合流できるかと思ってもそもそも分からない。と──

 

「【剣姫】を探してるって、あんたら【ロキ・ファミリア】か?」

 

 酒を飲んでいた一人の男性冒険者が話しかけてきた。感じる、微かな敵意にヴァハは目を細める。

 

「何今頃のこのこやって来てんだ? 下は酷えもんだぞ、そこら中モンスターだらけで……オレの仲間も殆ど死んだ! オレの目の前で食い殺されたんだ!」

 

 ガン! とジョッキを机に叩きつけて叫ぶ男性冒険者は片手を机に乗せ椅子を引きずりながら身体を向けてくる。

 

「オレも……見ろ! この体でこれからどうすりゃいいんだよ!?」

 

 男は両足を失っていた。モンスターにでも食われたのだろう。

 

「やっとレベル3になれたっていうのに、ちくしょう……ちくしょお……」

 

 涙を流しながら呻く男の空気が、店全体へと広がっていく。

 

「都市最強派閥だの偉そうにふんぞり返って、いざという時クソの役にも立たねえ! お前等それが解ってんのかよ!?」

「そ、そうだ!」

「てめーらが地上でちんたらしてるからこんな事になったんだ!」

「責任取れ責任!!」

「この後に及んで人探しだ? ふざけんな!」「俺等ばかり苦しい思いさせやがって!」「弱者甚振って楽しいか!?」

「いつもいつも好き勝手やりやがって!」「とっとと何とかして来いよ!!」

 

 その男を皮切りに、次々と罵声が広がる。レフィーヤが思わず後退っていると、足を失った男が床を這いながら迫ってくる。

 

「なあ……どう償ってくれるんだ……?」

「────っ!!」

 

 その男を見て、フィルヴィスは今ではない何かを見て顔を青ざめさせレフィーヤが慌てて駆け寄る。

 

「────!!」「───!」「────!?」

「──!───!?」 「───!」

 

 数多の罵声が響く中、ヴァハがレフィーヤ達の前に進み出る。そして──

 

「ん〜〜〜?」

 

 わざとらしく耳に手を当てニヤニヤと笑い首を傾げる。

 

「何かピャーピャー鳴いてるなあ? ハハァ。なんて言いたいのかさっぱり解らねえやあ」

 

 その言葉に冒険者の一人が立ち上がり殴りかかる。動きからして、レベル3。レフィーヤが思わず短い悲鳴を上げるが次の瞬間その冒険者は血の糸に縛られる。

 

「【血は炎】」

「!? ぎゃああああ!!」

「ハハハハア!」

 

 詠唱を唱えるとヴァハの指から伸びていた糸から火が走り冒険者の体に紐が絡みついた跡を火傷として残す。

 

「て、てめえ! やりやがったな!」「ふざけやがって! そんなに俺等を苦しめるのが面白いかよ!?」

「んん〜〜〜? ピャーピャー鳴かず俺にもわかる言葉で話せよお……責任? 償いぃ? なんでえ?」

「ひ、非常事態に、てめえらが役に立たねえから!」

「ハハァ。そうかそうか、そうだなあ。冒険者だもんなあ………迷宮の異変はなんとかしなきゃなあ」

「お、おい、クラネル?」

「クラネルさん………?」

「よし、行こうぜ皆。大丈夫さ、さっきみたいにピーチクパーチク鳴いてモンスターを引きつけてくれりゃ、その間に俺等がなんとかしてみるさ。俺は有言実行する男だぜえ? お前らの死は無駄にしねえ」

「「「……………は?」」」

「何、安心しろ。俺がキチンと目立つ場所に置いてやるからな」

 

 先程までとは異なる作り物のような爽やかな笑みを浮かべ、足を失った冒険者の肩をポンポン叩くヴァハ。

 

「な、何を言って……」

「責任、取るんだろお? 何、命を懸けたお前らを誰も責めやしないさ」

「ふ、ふざけんな! 責任とんのは、お前等【ロキ・ファミリア】だろうが!」

「ん〜〜〜? 俺は【ミアハ・ファミリア】だけどお? だとしても【ロキ・ファミリア】が責任取る理由がわからねえなあ。だって、お前等冒険者じゃね…………えのか。すまんすまん」

 

 爽やかな笑みのまま男から離れるヴァハは、次の瞬間には何時ものようにニヤニヤと笑う。

 

「だってお前等、嫌なことは全部他人のせい。自分の弱さには一切の責任持たないもんなあ………そんなお前等が冒険者ぁ? 嘘は良くねえなあ」

「なんっ───ふざ、ふざけんなイカれやろうが!」

「ぎゃっはっはっは! なぁに解りきったことほざいてやがる! ここはダンジョン、無限に湧き出るモンスターの巣窟! 命があっさりと散る地獄だ、そこに潜る連中がまともな訳ねぇだろうが!」

「────っ!」

「みぃんな、命より大事な何かのために潜ってる。夢だの使命だの約束だの正義だのくっだらねえ理由を付けて、己の欲望を叶えるためだけに、連れ合いが次の瞬間には死ぬかもしれねえ場所に平然と連れてきて………イカれてねえって? ハハァ。ならてめえ等は、はなから冒険者じゃねえよ。己の命を含めて何も失いたくねえなら、地上で一人寂しく自分(てめえ)が大成して女に囲まれる妄想でもしてシコってろ!」

 

 ゲラゲラ笑うヴァハの言葉に冒険者達はなにも言えずに俯向くばかり。

 

「危ないとこにはぁ、強い人達が行ってくだちゃいってえ? レベル3になれたあ? やっとお? ハハァ、良かったなあ。どうせその先にゃ、てめえじゃ絶対にいけねえ。ダンジョンに潜るのをやめる言い訳できたじゃん。それでも冒険者になりてえなら、俺がお前を仲間のために命を捨てた勇敢な冒険者として3日ぐらい語ってやるよ」

「─────っ!!」

 

 顔を青くする冒険者に、さあ行こうぜえと血の鎖と首輪を付けるヴァハ。鎖を持つ手を、フィルヴィスが掴む。

 

「やりすぎだクラネル」

「………そだな。からかい過ぎた」

「嘘をつけ」

 

 本心から言っていたろう、と目で伝えてくるフィルヴィス。ヴァハはケラケラ笑いながら店の出入り口に向かって歩き出し、フィルヴィスとレフィーヤも続く。

 

「そうだよ……オレ達は一山当てることしか頭になかった愚かもんだよ……でもな! お前等が、【ロキ・ファミリア】(おまえら)みたいのがいるから! 夢を見ちまうんだろ!」

「だから俺は【ミアハ・ファミリア】だっての…………それに、他人の通った道なら安全なんて思い込んで夢見るなら、てめえ等はやっぱり冒険者なんかにゃなれねえよ。精々モンスターの餌になるんだなあ。仇ぐらいは何時の間にか、お前等がだぁい好きな本物の冒険者に討ってもらえるかもしれないぜえ?」

 

 店から出るとベートが居た。

 

「何か情報は集まったかよ」

「全然。そっちは?」

「…………デカブツのところに行くぞ。この街で偉そうにふんぞり返ってる眼帯のデカブツだ」

「ハハァ。なんの情報も得られませんでしたってわけかあ」

「………………チッ」




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情報収集

 ベートと合流し、リヴィラのボスであるボールスの下に向かう。

 

「おい」

「ん?」

「あんな雑魚共、騒いだところで囮にもなりゃしねえよ。使えねえ荷物を持ってこようとすんな。うざってえ」

 

 微かな敵意を滲ませるベートに、レフィーヤは意外だと思った。自分より弱い者を弱者と罵り罵倒する彼は、てっきりあの場の冒険者達を煽っていたヴァハと気が合うのかと思っていた。

 

「ん〜、でも撒き餌ぐらいにはなるぜえ? 血肉(トラップアイテム)もそこそこする。だったら彼奴等バラして撒いときゃモンスター共を避けられるかもなあ」

「アホか、中層のモンスターなんざ蹴散らしゃ良いだろうが。てめーみてえな雑魚には出来なくても、俺は出来るからなあ」

「何か苛ついてるのかあ? ハハァ。彼奴等のためか? お優しいこって。だがなあ、冒険者を冒険者として死なせてやるのも俺なりの善意だぜ?」

「彼奴等のため? 寝言は寝て言え。そもそも、てめーに言わせんなら彼奴等は冒険者じゃねえんだろうが」

「おお、それは盲点だった」

 

 頭いいなー、と笑うヴァハにベートはチッと舌打ちした。どうもこの二人は相性が悪い。ついでに言うと、ベートとフィルヴィスも相変わらず空気が最悪。あれ、このパーティ、フィルヴィスとヴァハの二人しか話してない? レフィーヤは同じファミリアであるベートをチラリと伺う。うん、無理。

 かと言ってヴァハもヴァハで、モンスターの血は啜るわ怪我をした冒険者をモンスターの餌にしようとするわで、あんまり関わりたくない。こうなったらやはりフィルヴィスさんしか…………

 

 

 

 

「おう【剣姫】なら俺様のところにも来たぜ。盾を預かってくださいってな、くれぐれもなくさないようになんて珍しく釘を刺してきた」

「盾?」

 

 リヴィラの街はダンジョンの中間地点。荷物がかさばる予備の武器などを街に蔵置する倉庫がある。リヴィラのトップであるボールスも所有しており、アイズはその客として来たようだ。

 

「おう、これだ」

 

 アイズは盾など持っていたかと首を傾げているとボールスが緑玉石(エメラルド)の光沢を帯びたプロテクターを持ってきた。

 綺麗だが、一級冒険者の品ではない。性能が低すぎる。これは、下級冒険者が使う装備だろう。

 

「あれ、それベルのじゃねえか」

「え?」

「俺の弟の装備だよ。ここの傷、間違いねえ………何でヴァレンシュタインがこれを預けた?」

 

 思いがけぬ弟の装備に不思議そうな顔をするヴァハ。まあ、これが弟のものである証拠はなく、アイズがいない以上受け取れもしないから放置でいいだろう。ともすれば弟が想い人に会える口実になるかもしれない。

 レフィーヤが他にアイズの情報はないかと尋ねればボールスは金の音を聞けば思い出すかもなどと情報料を催促するが、ベートに脅され断念。素直にアイズ達が購入していたアイテムを教え、そこからアイズ達の目的は食料庫(パントリー)であることが解った。

 ダンジョンの各階層に2つ3つ存在する巨大な石英(クオーツ)のある大空洞で、石英(クオーツ)からは透明な液体が染み出して、ダンジョン生まれのモンスター達の主な栄養源となっている。

 必要なことは聞いたと小屋の外に待機していたフィルヴィスが歩き出し、ベートもボールスに背を向ける。ボールスはベートに悪態を吐き、フィルヴィスに気付くと『死妖精(バンシー)』の名を出した。

 

 

 

 

 

 フィルヴィスの過去を聞き、仲間を見捨てておめおめ生き残った、何故まだ冒険者などやっているのかと罵倒するベートは自傷と自嘲の笑みを浮かべるフィルヴィスに達観している奴が一番ムカつくと吐き捨て、レフィーヤはフィルヴィスは汚れてなどいないとその手を取る。

 ヴァハは、そんなやり取りを見てどうでも良さそうに欠伸をした。取り敢えず思った事といえばベルが現在絶賛片思い中のアイズ・ヴァレンシュタインより、このエルフの娘の方が相性的には良いだろうなあ、という感想だけだ。

 

 

 

 

「………………っ!!」

 

 食料庫(パントリー)を目指す途中で、道を塞ぐように現れた緑の巨壁。突破れば中の通路は天井、壁、床まで緑の肉に包まれておりまるで巨大な生物の体内に入ったかのようなだった。

 そんな不気味な場所でも意を決して進むことにすれば食人花の群れに襲われ、かと思えば柱が降ってきてアイズと分断された。アスフィは明らかな人為的現象に冷や汗を流しながらも襲ってくる食人花達をどうにか退治していく。

 だが、数が多い。

 

「仕方ありません………全員、下がってください!」

 

 そう叫び背中の剣に手を伸ばす。無数の蔓が伸びてきて、キークスがアスフィを庇おうとしたが邪魔ですと押し退け剣を振るう。

 

「焼き尽くしなさい、『雷霆の剣』よ!」

 

 巻かれていた布が一瞬で焼き尽くされ、眩い雷光が周囲一帯を照らす。光に遅れて轟音が響き渡り大気が震える。食人花達は、魔石も残さず消し飛んだ。

 

「………う、うそ〜」

 

 魔剣としてもあまりに桁違いな威力にルルネが顔を引きつらせる。普段軽口を叩くポック、ポット姉弟も言葉を失っていた。

 

「す、すっげえっすねアスフィさーん! もしかしてそれ、伝説のクロッゾの魔剣ってやつですか!?」

 

 クロッゾの魔剣とはクロッゾ一族が打てる魔剣で、その魔剣はオリジナルの魔法を超えると言われる威力を持つらしい。少なくともアスフィが放った一撃は並の魔剣では説明がつかぬ威力。キークスが流石アスフィさんと褒める中、ふと異変に気付く。

 

「────っ!!」

「ア、アスフィさん!? その腕!」

 

 アスフィの腕は、焼けただれていた。一部が炭化している。

 

「問題ありません…………しかし、予想以上ですね」

 

 震える手でハイポーションを取り出し傷口にかけるアスフィ。傷はみるみる塞がっていく。

 

(レベル4の私でもこれ。なのに、平然と振っていたのですか、彼は………いえ、そもそも彼は正当な持ち主でしたね)

 

 脳裏に一人の少年がよぎる。この剣の本来の持ち主。彼は、今どうしているのだろうか?

 

 

 

 

「な、何でしょう今の爆音………」

「雷だな」

「ここはダンジョンだぞ」

 

 突如響いた爆音に困惑するレフィーヤ。爆音に驚き足をもつれさせ転びそうになったレフィーヤを支えたフィルヴィスがヴァハの言葉に呆れたように言う。

 

「魔法だろ」

「私とて雷撃系の魔法だが、あのレベルの爆音がなることなど………ああ、いや、お前は普通に鳴らしていたな」

「まあ、これ俺がお姫様に貸した剣なんだがなあ」

「何?」

「俺とあの剣はちっと特殊な繋がり方しててな、何処にあるかわかるんだ。『雷霆の剣』ってな、俺達兄弟が大好きな英雄の持ってた武器だ」

「おい、つまりてめえはアイズと一緒にいた連中がどこに向かったか、解ったってことか?」

 

 パリパリと雷を纏うとその雷が何かに引かれるように一方向に伸びるのを見て、ベートが問う。

 

「あのお姫様がヴァレンシュタインと一緒とは限らなかったからなあ………それより、あれは結構強力だがその分俺以外にゃ反動が来る。それを伝えてた上で、使ったってなると」

「なにか異常事態が起きたってことか? チッ、どこの雑魚か知らねえがアイズの足を引っ張りやがって、急ぐぞ!」

「は、はい!」

「お〜……」

「クラネル、真面目にやれ」




因みに24階層編は漫画基準です。

相違点
アスフィが魔剣(?)を持っている

使用したことによりベート達が向かう速度を上げたため到着速度はます

ヴァハが剣を辿れるため到着速度はさらに増す



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食料庫

 24階層の食料庫(パントリー)では異様な光景が広がっていた。

 これまでの道のり同様緑の肉に包まれた広大な空間は、まだ良い。ただ、そこから大きさの異なる蕾が至るところに垂れ下がっており、大主柱には()()()()()()()()()()()()()()()

 毒々しい極彩色の花頭の数は三輪。3匹のモンスターと言う事だろう。このモンスターの触手や根は緑の肉壁にそのまま繋がっている。今回の異変の元凶は、間違いなくアレだ。

 そして、その場に集まる謎の集団。上半身を隠す大型のローブに、口元まで覆う頭巾、額当て。種族も所属も解らぬ者達はアスフィ達を指さし大声で警戒を呼びかけ合う。

 その中で、ルルネだけは別の物を見る。巨大花が巻き付いた柱の根本に存在する球体。その中には女である事を主張するように髪が生えた胎児が蹲っていた。彼女はそれを知っている。つい最近、18階層で起きた殺人事件の犯人である女が狙っていた物で、モンスターに寄生し変異させる力を持つ。あれがあるなら、今回の件も前回と何か関係があるのか?

 

 

 

 

「ここまで来たか、食人花(ヴィオラス)だけでは不足のようだな」

 

 不気味な一団の中で一人だけ異なる衣装の者がいた。全身白ずくめの衣装に、くすんだ白髪。顔を隠すように被るのはモンスターの白骨(ドロップアイテム)から作られた鎧兜。

 侵入者を骨の眼窩の奥から睨みつけ、ローブの一団のリーダー格であろう色の異なるローブの男に声をかける。

 

「仕事をしろ、闇派閥(イヴィルス)の残党共。『彼女』を守る礎となれ」

「っ! 言われなくとも」

 

 宝玉の胎児を見ながら瞳を歪め踵を返す男は、部下であろうローブの者達に向き直る。

 

「同志よ! 我等が悲願のため刃を抜き放て! 愚かな侵入者共に死を!」

「死を!」「死を!」「死を!」「死を!!」

 

 

 

 

「おい! 彼奴等やる気満々だぞ!」

「応戦します」

 

 大空洞全体に響き渡るほどの声量で叫ぶ一団を見てルルネが冷や汗を流し、アスフィは冷静に観察する。

 アスフィの目線の先には食人花の入った檻。地上にも現れたらしい食人花の運搬ルートは未だ不明。そもそも食人花自体見つかったばかりの新種で、それが正に生み出されている光景。彼等には聞きたいことが幾つもある。

 

「前衛は食人花に警戒しながら前進、距離を詰めたら中衛の後ろに下がりなさい。中衛は接敵後前に出て交戦。可能であれば敵一人捕縛しなさい。後衛は合図するまで魔法・魔剣は禁止。回復薬の準備を」

「アスフィ、中衛の指揮は俺に任せてくれないか?」

 

 それぞれに指揮を出す中、声を掛けてきたのはエルフのセインだ。エルフらしく神にも劣らぬ美貌だが、どこか軽薄さを感じされる態度は高潔なエルフらしくない。

 

「アスフィはうちの要だ。何かあったらヘルメス様に合わせる顔がない。相手は謎だらけ、指揮官は全体を見据えるべきだろ?」

「……解りました。頼みます………ところでその格好の声マネ止めませんか?」

 

 自らの主神に対する親愛と尊敬をその行動で示すエルフに対し、アスフィは疲れたように抗議する。口元に僅か笑みを浮かべ息を吸う。

 

「かかりなさい!」

「殺せえ!」

 

 奇しくも両方の指揮官が、十分士気が高まったと判断したのはほぼ同時。【ヘルメス・ファミリア】と闇派閥(イヴィルス)の残党は同時に飛び出す。

 タンカーのドワーフのエリリーと獣人のファルガーが大盾で飛んでくる矢を防ぎ、彼等を足場に只人(ヒューマン)のキークス、獣人のタバサが飛び出す。タバサは鞭を、キークスは投石で先頭の1名を残した先頭の集団を攻撃し、進みすぎた1名を仲間と合流できないように割り込みセインだけがその1名の前に降り立つ。

 

「悪いけど君を逃がすつもりはないぜ?」

「このっ!」

 

 挑発とも取れるその態度に激高しナイフを振るう。セインはそれを避け、腕と首元を掴むと男を投げる。

 彼の主神がさる武神を怒らせ食らった技だ。あちらは相手の力も利用した見事なもので、これは見様見真似、冒険者の膂力に言わせた形だけ。

 

「だけど結構効くだろ?」

 

 動きからしてレベル1程度。つまり少なくとも恩恵を受けている。セインはルルネに『解錠薬(ステイタス・シーフ)』という神の血から作られた秘匿されたステイタスを閲覧する薬を持って来させる。まずは何処の【ファミリア】に所属しているか確かめる気だ。

 セイン達はレベル3。捕まった彼に逃れる手段はない。男は諦めたように目を瞑る。

 

「神代、盟約に沿って捧げます」

「何?」

 

 頭巾越しに聞こえたくぐもった神への言葉に訝しむセインは、しかし直ぐに異変に気づく。服の下に何かを仕込んでいる。そのうえで、懺悔するような捧げるという言葉。

 

「ルルネ! 離れろ!」

 

 今まさに瓶の蓋を開けたルルネを押し退ける。まさにその瞬間、男は何かを抜きながら叫ぶ。

 

「この命、イリスのもとにぃ───!!」

 

 次の瞬間、男は爆砕した。巻き起こった大爆発により発生した熱風と欠片の雨がルルネに襲うも、セインがとっさに押してくれたから何とか無事ですんだ。だが──

 

「じ、自爆…した!?セイン……? セイン!!」

 

 ルルネを助けるために手を伸ばしたセインは爆発をもろに浴び倒れていた。

 

「爆発!?」

「ちょっ……! お前等正気か!? そんなもん体に巻きつけるなんて……!!」

 

 彼等が体に巻きつけていたのは『火炎石』と呼ばれる深層のモンスター『フレイムロック』から入手できるドロップアイテム。強い発火性と爆殺性を持つそれは売れば高く値がつくであろう大型で、それを数珠のようにいくつも繋げて巻き付けていた。

 

「こっ……こいつ等、こいつ等()()だ!」

 

 情報漏洩を防ぐために己の命を文字通り吹き飛ばす事を厭わぬ者達。全員が目に狂気を宿し、ステイタスで遥かに上回る【ヘルメス・ファミリア】に向かっていく。

 

「愚かなるこの身に祝福をぉぉぉっ!!」

 

 そう叫び走ってきた男はそのまま爆発した。キークス達がうろたえる中煙を突き破り新たに現れる。彼らもまた、発火装置に手を添えている。

 

「咎を許したまえソフィア!」

「レイナ、どうこの精算をもってええ!」

「あぁ、ユリウス!!」

 

 男も女も関係ない。何者かの名を叫びその命を文字通り散らす。

 

「同志よ! 死を恐れるな!! 死を迎えたその先が我々の悲願だ!」

 

 色違いのローブを守った男は血走った目で叫ぶ。ローブの一団は咆哮を以て返答し、次々に自爆していく。

 

「ありったけのポーションです! これでセインの回復を!」

「はい!」

「ドドン! メリルを連れてポーションが切れた団員に治療魔法を!」

 

 ネリー、メリル、ドドンに指示を飛ばすアスフィ。己の命を次々と捨てる集団との戦闘経験はない。取り敢えず指揮を出したが、どうするべきか。撤退も容易ではない。と、視界のスミで白装束の男が腕を動かすのが見えた。次の瞬間、食人花の群が現れた。

 

「───っ!」

 

 一匹二匹ではない。複数体。敵も味方もなく襲いかかりローブを咥えたと思えばローブはそのまま【ヘルメス・ファミリア】の方へ食人花を誘導し自爆した。

 戦線が乱れる。アスフィは冷や汗を流しながらも冷静に周囲を把握する。冷静でなくてはならない。自分がこの場の仲間の命を背負っているのだからだ。

 

(『雷霆の剣』を………いえ、まとめて消し飛ばせなければ意味がない)

 

 何せ使えば確実に数秒の隙を晒すことになるのだ。その数秒で回復を行えなければ確実に足手まといになる。

 指揮官を潰して相手側にも混乱をもたらすしか無い。死兵を指揮する色違いのローブに、合図と同時に食人花を出現させた調教師(テイマー)と思わしき男。

 まずは道を作るためにローブの集団に手製の爆薬を投げつける。

 

「ファルガー、指揮を! 全員をかき集めて持ちこたえなさい!」

 

 実力、指揮能力共にナンバー2のファルガーに指揮を任せ駆け出すアスフィ。その後にキークスが続く。

 

「アスフィさん! 援護します! させてください!」

「……頼みます、キークス」

 

 チラリと一瞬だけ視線を向け、許可を出す。キークスは嬉しそうに破顔した。

 かけてくるアスフィに対し、やはり死兵であっても進んで死にたくないのかナイフで応戦しようとするローブ達だったがキークスの投石が正確に頭部を狙う。

 

「怯むな! 所詮は投擲武器、数に限りが──!」

 

 ある、と言い切る前に近衛が全員やられる。意識はあるがふらつき、アスフィに対して反応できない。

 

「ここはダンジョンだぜ? 投げる石がなくなるかよ、バーカ」

 

 キークスがニヤリと笑う。彼が作った道を駆け抜けたアスフィが色違いローブの男の首をナイフで切る。すぐさま白ずくめに向かうと食人花が襲いかかる。

 多頭竜(ヒュドラ)のように複数の口でありながら一匹の生命のように襲いかかる食人花。更には蔓の鞭まで追加され、逃げ場を失う。

 

「【タラリア】」

 

 だが、まだ()が残っている。アスフィの靴から2対4枚の翼が生えアスフィの体が浮かび上がる。

 これこそアスフィが作り出した傑作の魔道具(マジックアイテム)飛翔靴(タラリア)』。装備者に飛行能力を与える彼女の作品の中でも天外の能力を誇る作品だ。

 

飛翔靴(これ)まで使わせたんです。完璧に仕留めさせてもらいます」

 

 そう言ってアスフィが大量の瓶を投げ落とす。キークスは慌ててしゃがみ込み、次の瞬間大爆発。炎と暴風が食人花を焼き尽くす。白ずくめの男もモンスターを操り盾にしていたがそのモンスターも絶命した。アスフィは急降下し、地面スレスレを滑空しながら男に迫る。

 男が気づいたが、遅い。避けられる距離ではなく、事実避けられなかった。

 

「なっ…!?」

 

 男は()()()()()()()()()()()()。指の皮膚以上に、短剣の刃が食い込まない。レベル4の力を持ってして、短剣はびくともしない。

 アスフィはすぐさま距離を取ろうとするが敵はそれを許さない。

 

「ぬんッ!」

「ぐあっ!?」

 

 胸ぐらを捕まれ、地面に叩きつけられる。とんでもない怪力だ。痛む体に鞭打って立ち上がり距離を取ろうとするも、男の姿がない。

 

「忘れ物だ」

「───づっ!?」

 

 後ろから声が聞こえ、腹にズンと鈍い痛みが走る。そこにはアスフィのナイフが生えていた。衣服を血化粧で染めていく。

 アスフィが視線を後ろに向ければ男はそこにいた。

 

「冒険者のしぶとさは身に沁みている。この程度では簡単に治るだろうな……」

「あっ……! ああぁぁぁあああ!!」

 

 ゆっくりと持ち上げられるナイフがブチブチと不吉な音をアスフィの内から奏でる。あまりの痛みに叫ぶアスフィに【ヘルメス・ファミリア】に動揺が走る。

 

「これでそうそう全快はすまい。だがまだ死ねんだろう」

「アスフィさんに!」

 

 苦しむアスフィに嘲笑を浮かべる男だったが、その男に向かって叫ぶ男が居た。キークスだ。

 

「汚ねぇ手で触んじゃねえ!!」

 

 薬品の入った瓶を投げつけると男の手に当たり、跳ね返り男の被る骨の兜にぶつかり割れる。中の液体はすぐさま気化して煙に変わる。

 

「くっ…目くらましか!? 無意味な事を!」

 

 煙はすぐに散らされ男は足元に倒れるアスフィを見る。何かを叫ぶキークスを見て嗤うと足を振り上げアスフィに振り降ろそうとして、二条の雷鳴が大空洞に響き渡った。

 男が振り返ると暴れ回る狼人(ウェアウルフ)と、杖を構える二人のエルフが現れていた。そして──

 

「ハハァ。何だお姫様、こんなところに来て死にかけてやがる」

 

 下の方から聞こえた声に男は慌てて距離を取る。新たな侵入者達に意識を割いたその瞬間に接近したであろう少年がアスフィを見つめるようにしゃがんでいた。

 

「だから言ったろお? 弱っちい奴を連れてくのは嫌だって。おいほら、あの時言ってた台詞言ってみろよ『私は、ずっと外の世界に憧れていた。そのための準備もしていました』って、ホレホレ………」

 

 重症人であるアスフィを煽りケラケラ笑いながら頬をつつく少年。アスフィが首だけ動かしその指に噛みつこうとするもあっさりかわされる。

 

「お、おいてめえ! なにもんだ!? 俺のアスフィさんから離れやがれ!」

「お〜……あれお前の男お?」

「仲間、です……」

「そうかそうか。んじゃほれ、さっさと回復させろ」

 

 ポイとアスフィをキークスに投げ渡す少年。立ち上がり白ずくめの男を見据える。

 

「ウチの弟と同じ白髪かぁ。彼奴もこんな変なお面つけるようになっちまうのかねえ………」

「……………やれ、食人花(ヴィスクム)

 

 突然現れた少年に警戒し、食人花をけしかける男。

 

「ヴァハ!」

「ああ、そうだ()()()()………『それ』返せ」

 

 アスフィが少年の名を叫び、少年が思い出したかのようにアスフィに手を向ける。と、アスフィの背負っていた剣がまるで磁石に引かれるように少年の下に向かって飛びその手に収まる。

 バチリと紫電が迸る。少年から何かを吸い上げるように柄の方から雷光を帯びていく剣。雷光が剣全体を覆うと少年──ヴァハの体も雷に包まれる。

 

「ハッハァ!」

 

 獰猛な笑みを浮かべ、『雷霆の剣』を振るう。極光が大空洞を包み込み内臓を揺さぶるような爆音が響く。

 食人花の群は、消し飛んでいた。地面すらも大きく抉れていた。

 

「な、なな…………なぁ!?」

 

 アスフィが使った時も規格外だったが、今回は更に上を行く威力。魔剣として有り得ない性能にキークスがあんぐり口を開ける。正式魔法(オリジナル)を凌駕し長文詠唱に匹敵する威力。

 魔法に対して高い適性を持つエルフ達もあり得ざる光景に固まっていて。

 

「んっん〜、流石俺の剣。良く()()()…………」

「気を付けてください。幾らその剣の()()()()()()とは言え、引き出し過ぎれば貴方の体が持たない」

 

 ハイポーションを飲み回復したアスフィが息を整えながら忠告する。ヴァハはアスフィと異なり特にダメージを負った様子はないが、己の腕を見てへいへい、と嘆息する。

 

「まぁ、それができる相手ならなあ」

「………どういう」

「くくく……」

 

 アスフィが訝しむ中、煙の向こうで声が聞こえた。白ずくめの男の声だ。

 

「モンスターを盾にして、逃げたか。壁は数秒しか持ってなかったが、逃げ足は速えなあ」

 

 ヴァハの馬鹿にしたような言葉に、しかし男は反応せずただ笑う。

 

「今の雷………そうか、お前か」

「あん?」

「先日、彼女が見つけた気配! 新たに彼女が会いたいと願った相手! 貴様が『ミノス』だな!?」

「違うが? 違うが………てめえ、その名を何処で知った」




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闘乱

 まさかここで『ミノス』の名が出るとは予想外だった。そもそもあれは()()()()()を気に入った神が生み出したかの英雄の宿敵の名を与えられた存在。彼が再び己の分身を手にすることを願い、しかし永い時の中埋もれてしまったある存在の名前で、この時代で知っているのはヴァハと祖父、祖父の使いパシリぐらいのはずだ。

 自分が彼の気配を放つ理由は解るが、その自分を知る『彼女』とは何者だ?

 

「付いてきてもらおうか。何、断っても良い。死体のまま連れて行くだけだ」

「んっん〜………レベル6ってとこかあ? カマォン」

 

 チョイチョイと指を動かし挑発するが、乗ってこない。そうとう自分に自信があるようだ。ヴァハの挑発など弱者のさえずりにしか見えていないのだろう。と──

 

『─────────ァァァっ!!』

「あん?」

 

 不意に響き渡る叫喚。ヴァハが視線を向けると石英(クオーツ)に何やら寄生していた。宝玉に収まった胎児だ。

 胎児は宝玉の中で藻掻きヴァハを見つめていた。

 何だあれ?

 

「アイズさんの時と同じ………?」

 

 と、レフィーヤが思わずと言った風に呟く。アイズ………【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの時も同じ反応したのか。彼女と自分との共通点など1つしかない。その上でもう一度考える。何だ、あれは?

 反応している理由があっているならそれを感じ取れる存在という事になる。ダンジョンはいまだ謎が多いし、アイズも自分も通常の人類に比べ()()()()()()()()()()()()。神がいる程度では目をつけず、神の神威にようやく反応する意外と鈍いダンジョンが目をつけるか?

 それに、『ミノス』と言う名を知っているとなると…………

 

「あー、そういう感じい? 面倒くせえ事になってんなあ」

 

 突拍子もない可能性だ。だがこの下界には神の常識の埒外の出来事も起こる。なら、『その可能性』も十分ありえる。

 

「てめえ等の関係なんざどうでもいい。アイズは何処だ」

「【凶狼(ヴァナルガンド)】……そうか【ロキ・ファミリア】! 【剣姫】を追ってきたか!」

「さっさと答えやがれ!」

「私の同志が相───」

「ヴァレンシュタインならあっちだ。誰かと戦ってる見てえだな」

 

 男が何やら口元を歪めながら言いかけたがヴァハが唐突にある方向を指差す。

 

「この距離なら解るさ。俺と彼奴は、あの変な胎児が求める共通点があるからなあ。つー訳でそっち行けよ、彼奴は俺が目当てらしいしなあ」

「…………」

 

 ヴァハの言葉にベートは男を見て、周囲の【ヘルメス・ファミリア】を見る。忌々しそうに舌打ちして視線を男に戻した。

 

「アイズは負けやしねえよ。それより、俺はあの男の目が気に食わねえ」

「おやさしいこって。だがあれは俺の獲物だ」

 

 ベートがこの場に残ろうとする真意を察したヴァハは己の獲物である男を剣で指すがベートはふん、と鼻を鳴らす。

 

「雑魚は雑魚らしく周りの雑魚を殺してろ」

「ハハァ。俺は指名されてんだよ。あんま雑魚雑魚他人に言うなよ、弱く見えるぞ」

「あぁ?」

「ちょっ! な、なんで味方同士で険悪になってるんですか!」

 

 ベートがヴァハを睨みつけるとレフィーヤが慌てて止めようとする。その光景を見て、男はフンと笑う。

 

「二人同時でも構わんぞ? どのみち、私には勝てまい」

「おっお〜♪」

「あぁ?」

 

 自信満々の男にベートが青筋を浮かべヴァハがニヤニヤと笑う。二人はほぼ同時に駆け出した。

 先に男の下に到達したのは、ヴァハ。

 

「ぬう!?」

「………あ?」

 

 鮮血が舞った。ヴァハが男の肩を切り裂いたのだ。

 

「え、嘘………速、()()()()!?」

 

 ベートのレベルは5。第一級冒険者で、その総力は魔法を使ったアイズには瞬間的には劣るが【ロキ・ファミリア】1。そのベートが、先を越された。

 有り得ない事態にレフィーヤ達は目を見開き、男も己の肩に刻まれたら赤い線を見て呻く。

 

「チッ、浅い………」

「があ!」

「と……」

 

 浅い傷を見て舌打ちするヴァハに男が接近する。腕を振り下ろせば地面が砕ける。とんでもない膂力である。

 

「てめぇ等、俺を無視してんじゃねえ!」

 

 ヴァハが雷を纏った剣で細かい傷をつけていく中痺れを切らしたベートも参戦する。双剣と蹴りによる連続攻撃。

 速度と手数に物を言わせた猛撃(ラッシュ)に対して、男も互角でやり合う。

 

(コイツ、硬え!)

 

 レベル3のレフィーヤでは照準できぬ程度には早いが速度はベートが上。マトモに攻撃が当てているのはベートだ。しかしまるで堪えた様子がない。異様な打たれ強さ。それに対し………

 

「どけ! ベート!」

 

 高速移動するヴァハが移動速度を乗せた突きを放つ。雷を纏い放たれた突きに対して男は身を捩り何とか躱すも胸の肉が抉れる。

 

「っ! 食人花(ヴィオラス)!!」

 

 男が叫ぶと都合4匹ずつ食人花が襲い掛かってくる。ヴァハは男に向かって雷を放つが、男の真横を通り抜けた。

 

「ふん、どこを狙っている」

「犬っころ」

「何?」

 

 雷の纏を失い速度が落ちたヴァハは素のステータスで食人花達と対処するも、先程迄の圧倒的速度は出せていない。再び雷を纏い始めるが一度放つと速度が落ちるようだ。

 そんな一撃を外したヴァハに嘲るような笑みを浮かべる男だったがヴァハもまた、嘲笑うかのような笑みを返す。訝しむ男だったが、答えはすぐに返ってきて。

 後方より響く雷鳴。振り返ればベートは足に雷を纏い、食人花を焼き滅ぼしていた。

 

「なっ!? 『ミノス』の雷を!?」

「チッ、雑魚の手を借りるなんてなあ!」

「────っ!!」

 

 驚愕する男にベートが接近する。

 

「フィルヴィス、続け」

「ああ、【一掃せよ破邪の聖杖(いかずち)】!」

 

 回避行動を取ろうとする男だったが、遅い。ヴァハが雷を落とす。それでも先程の威力に比べれば弱く、硬直は一瞬。だが一瞬あれば十分。

 

「【ディオ・テュルソス】!」

 

 男はすぐに片手を突き出し受け止めようとするが、異変が起きる。男の周りで帯電していた雷がフィルヴィスの放った白き雷霆に吸収され、その威力を増した。

 

「ぐお!?」

「上出来だ。死ね───」

 

 感電し、動きが一時的に不可能になる。硬直した男に、ベートは全力の蹴りを放つ。

 レベル5の蹴撃と異質な威力を誇るヴァハのスキル。2つが合わさった一撃を、ガードすることも出来ずにまともに食らった男はそのまま吹き飛ばされ巨大花が寄生する大主柱(はしら)に激突し、その場に溜まっていたモンスターの死骸(はい)を巻き上げた。

 

「───っ………? クラネル、お前の雷は、いったい」

 

 同じ標的に放った同属性の魔法なら解る。しかし同属性ながら既に帯電しているだけだった雷が意思を持ったかのようにフィルヴィスの魔法に向かい、しかも有り得ないほど威力を底上げしたのを見て困惑するフィルヴィス。

 

「や、やった……?」

 

 と、レフィーヤが呟いた言葉を聞いてハッと男が吹き飛ばされた場所を見る。異常な耐久性を誇るようだが今の一撃、ただでは済まないはず。

 

「…………化け物ですか」

 

 だというのに土煙の向こうに立っている人影。アスフィが苦虫をかみ潰したような表情を浮かべる。

 

「惜しかったが」

 

 体中に大きな損傷を受けても尚、健在な男は笑う。腹や胸が焼け焦げている事などまるで気にしていない。

 

「『彼女』に愛された体がこの程度で朽ちるわけがない」

「「「────っ!!」」」

 

 次の瞬間誰もが息を呑む。男の傷が異様な速度で塞がり始めたからだ。フィルヴィスは一瞬ヴァハを見るがヴァハも目を細めていた。

 回復魔法も使用せず傷を癒やした男は口角を吊り上げて、俯いていた顔を上げる。その顔に、フィルヴィスが息を呑む。

 

「どーしたフィルヴィス? ……アスフィもか」

 

 隣にいたフィルヴィスだけでなく後ろにいたアスフィもまた目を見開いているのを見てヴァハは改めて男を見る。病的なほど白い肌の男。フィルヴィス達はどうやら正体を知っているようだが………。

 

「オリヴァス・アクト……!」

「オリヴァス・アクトって、【白髪鬼(ヴェンデッタ)】か!? 嘘だろう!? だって、そいつはもう……!」

 

 男に向けられた名を聞いてルルネが信じられないと言うように叫ぶ。

 

「馬鹿な! 何故ここに死者が居る!?」

 

 フィルヴィスも叫ぶ。何故なら、目の前の男は生きているはずがない存在だから。

 彼は『27階層の悪夢』の首謀者にして、自らもモンスターに食われ下半身のみが見つかり死亡とされた元闇派閥(イヴィルス)の残党。死んだ筈の人間なのだ。

 

「生きていたのですか」

「いや、死んだ。だが死の淵から私は蘇ったのだ」

 

 どこか誇らしげなオリヴァス。だんだんと癒えていく己の体を、己の体に働く力の大本であろう何かを思い起こしたのか恍惚した表情を浮かべをた。

 不意に、誰かが気づく。衣服が壊れ剥き出しになった下半身。それは、食人花達のように黄緑色に染まっていた。

 そして、血肉が吹き飛び剥き出しになった胸元に、極彩色の結晶を見つけた。

 

「私は2つ目の命を授かったのだ! 他ならない『彼女』に!」

 

 『魔石』を見せつけるかのように両腕を広げるオリヴァス。誰もが絶句する中、ヴァハは誰にも聞こえぬ声で呟く。

 

「『加護』か? モンスターと融合して、また随分と歪んだ形になったな………だが、あれなら」




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混戦

「極彩色の、魔石………」

 

 人の身には有り得ぬ魔石を持ったオリヴァスの胸を見て、目を見開き声を漏らすレフィーヤ。

 

「貴方は、一体何なんですか!?」

 

 人なのか、あるいは人を象ったモンスターなのか。人とモンスター、どちらの要素も持つ異質な存在に吐き気が込み上げ、アスフィが思わず叫ぶ

 

「人とモンスター、2つの力を備えた至上の存在だ」

 

 口角を吊り上げ、己が上故に目の前の冒険者達が下とでも言うように見下した視線を向けてくる。

 

「───っ!」

 

 人とモンスターの『異種混成(ハイブリッド)』。

 人が持つ知性の能力(ステイタス)怪物(モンスター)の怪力と回復力。妄言めいた言葉に信憑性をもたせるには十分な戦闘を先程から見せていた。今も、剥き出しになった魔石。埋まるように胸の傷も癒えていっている。

 

「……ざけんな……ふざけんなよっ!! 闇派閥(イヴィルス)の残党が今度は半分モンスターになって調教師(テイマー)のマネごとか!? てめーらのせいで一体何人の冒険者が死んだと……!」

 

 死んだ筈の人間が生きており、それがモンスターを操り嘗てのように冒険者達に害をなす。そんなふざけた出来事にルルネが叫ぶとオリヴァスは闇派閥(イヴィルス)の残党に目を向け、同胞ではなくヴァハ達に向けるのと同じく見下した笑みを浮かべた。

 

「私をあのような残りカス、神に踊らされる人形と一緒にされるとは心外だな。ましてや調教(テイム)などという児戯と同列に扱われるとは」

 

 男はそう言うと未だ灰に還らぬ魔石の残った食人花の頭を拾い、掲げる。

 

食人花(ヴィオラス)も、私も、全て『彼女』という起原を同じくする同胞(モノ)! 『彼女』の代行者として私の意思にモンスター共は従う! これこそその苗床(プラント)! 食料庫(パントリー)に寄生させ食人花(ヴィオラス)を生産させる、深層のモンスターを浅い階層で増殖させ地上に運び出すための中継点だ!」

 

 モンスターがモンスターを生むという事実に目を見開く一同。モンスターはダンジョンが生む。これに例外はない。

 地上で繁殖したモンスターは、もはやダンジョン産のモンスターとは別物なのだ。食人花のように魔石を持つモンスターをモンスターが産むなどありえない。

 

「ふーん、でぇ? そのダンジョン相手に腰振ってガキを拵えてるビッチの目的はなんだ?」

「……………」

 

 ケラケラ小馬鹿にしたように口を歪めるヴァハの言葉にオリヴァスはもちろんそのあまりの喩えに潔癖なエルフ達も顔を顰める。もちろん、ヴァハが気にするはずがない。

 

「知れた事を………この軍勢を率い、迷宮都市(オラリオ)を滅ぼすのだ」

 

 その言葉に、誰もが愕然と立ち竦む。今、この男はオラリオを滅ぼすと言った。このダンジョンの上に存在する、街を。

 

「……じ、自分が何を言っているのかわかってるのかよ」

 

 尻尾をたれさせながら身を震わせ、ルルネが呟く。

 オラリオは蓋だ。『巨塔(バベル)』というダンジョンの入り口を塞ぐ蓋と、街の中にいくつも存在する嘗て()()()()()()()()()()()()に、モンスターを狩る冒険者達。それら全てを内包した街を破壊するということは、即ち千年続いた平和の終焉。人類と怪物(モンスター)の戦乱の世の幕開け。さる道化が始めた『英雄神話』の否定。

 

「理解しているとも。お前達には聞こえないのか、『彼女』の声が!?」

 

 戸惑うルルネ達に向かって、彼は背後を示した。広げる片腕の先には宝玉の胎児。

 

「『彼女』は空を見たいと言っている! 『彼女』は空に焦がれている! 『彼女』が望んでいるのだ、ならば私はその願いに殉じてみせよう!」

 

 吐き出される言葉は『彼女』に対する妄執、信仰、忠誠を超えた、悍しい何か。

 

「邪魔な都市を滅ぼし愚かな人類と無能な神々に代わって『彼女』こそが地上に君臨すべきなのだ! 私が! 『彼女』に選ばれた私だけが『彼女』の願いを成就できる!」

 

 レフィーヤが顔を青くする。レフィーヤだけではない、何人も。それこそ闇派閥(イヴィルス)の残党さえも竦んでいた。ただ──

 

「『彼女』こそが私の全てだ!」

「御託はいい」

「お前気持ち悪ぃなあ……」

 

 ヴァハと、ベートを除いて、だが。

 

「とにかくてめえは大人しくくたばれ。回復の時間稼ぎにベラベラ喋りやがって。どうせもう碌に動けやしねえんだろ」

「おー、気づかなかったぜ流石第一級冒険者ぁ。なら回復の間を与えず殺しに行けよ」

「てめえも黙れ!」

 

 ベートの指摘にオリヴァスは一瞬だけ真顔になり、しかしすぐに笑みを浮かべる。

 

「見抜いていたとは恐れ入る……私を生かそうとしてくださる『彼女』の加護は未だにこの身には過ぎた代物……貴様の言うとおり今の私は碌に動けん」

 

 その言葉を肯定するように、オリヴァスの足は微かに震えていた。

 

「───()()()

 

 だが、不敵に笑う。

 

「やれ──巨大花(ヴィスクム)

 

 その言葉と同時に、大主柱(はしら)に巻き付いていたモンスターの一体が動き出す。

 階層主を優に超える巨体を持ったモンスターは、手足を持たない。持つ必要がない。ただその身を叩きつければいいのだから。

 

「散れ!」

 

 ベートの叫びにすぐさま散開する一同。ヴァハは放心するフィルヴィスを見つけ、抱え上げかけだす。

 

「……………」

 

 仇敵が生きていた、というだけじゃねえな。何かに裏切られた? これはそういう顔だ。オリヴァス・アクトの死は、フィルヴィスにとって信用できる相手からもたらされた情報ということか? いや、公式発表では下半身が見つかったからのはず。そして今のオリヴァス・アクトは人の足をしていない。

 

「………………」

「フィルヴィス、ボーッとするな。戦え……このままじゃ、レフィーヤが死ぬぞ」

 

 ヴァハの言葉にハッと正気に戻るフィルヴィス。同胞(エルフ)から公然と『恥晒し』と呼ばれた自分を綺麗だと言ってくれた、初めての同胞。

 ディオニュソスやヴァハのように、自分を綺麗だと、美しく、優しいと言ってくれた少女。

 

「すまない、もう大丈夫だ」

 

 本当に美しいのは、優しいのは彼女の方だ。だから、絶対に死なせはしない!

 飛び出したフィルヴィスを見送り、ヴァハは巨大花を見つめる。でかすぎてベートの攻撃を食らってもピンピンしている。決定打となるには、それこそ魔法クラスの力が必要だろう。

 ヴァハは雷霆の剣を構え、しかしその場から飛のく。

 

「貴様の相手は私だ、『ミノス』!」

「だから、ちげえつってんだろ」

 

 ベートは巨大花を相手している。他の連中では、残念ながら足を引っ張られるだけ。単身で相手するしかない。

 

「後でアミッドにまぁた小言言われるかもなぁ………【我を呪え清浄なる血脈】」

「っ! させん!」

 

 詠唱を唱えたヴァハを見て、オリヴァスが魔法を阻止しようと接近する。

 

「【我こそ異端の使徒。神の定めし英雄譚を血で汚す者】」

「────!?」

 

 しかし、止まらない。オリヴァスが無数の拳を叩きつけようとするも全て回避、或いは弾き、オリヴァスが懐に飛び込まないよう後退していく。

 

「【神の分身に手にかけし血に染まりし怪物よ、峡谷を閉ざせ。哀れな兵を閉じ込めよ。兜を壊し、悍しき(アギト)を晒せ】」

 

 攻撃、防御、回避、移動、詠唱。その全てをこなすそれは、平行詠唱と呼ばれる高等技術。しかも長文詠唱。そんなことが可能な者は、オラリオでも数人しかいないはず。

 

「【その身を血で汚せ。支配者(おう)より賜りし鎧を赤く染めよ。代行者たる我が名は雷公(ミノス)。雷の化身、雷の将軍(しょう)。我が敵こそ我が後継者。雷纏し雷公(らいこう)の英雄】」

「【アルゴノゥト】」

「───っ!!」

 

 バヂィ! と食人花の群を一層した時に匹敵する雷光が輝き、オリヴァスの体に無数の裂傷が刻まれる。

 ヴァハの速度に慣れてきたつもりだった。なのに、更に跳ね上がった。傷も、万全ならともかく今は浅いとは言えない。

 

「貴様……! っ!? ……………貴様、何だ、その姿は………」

 

 ヴァハは雷を纏っていた。そこまで文にするなら、先程までと同じ。だが、先程までとは明らかに違う。

 髪は白く染まり、瞳は血のように赤く染まっていた。

 

「教えるわけねえじゃん。常識考えな」

 

 ニヤニヤと笑うヴァハ。と、その時、大空洞の一角が爆発した。

 壁を突き破り幾筋もの煙を絡めて飛んできたのは赤髪の女。地面を削りながら、なんとか立ち上がる。

 

「口だけかレヴィス、情けない」

 

 恐らくオリヴァスの仲間なのだろう。が、オリヴァスは女に対して嘲笑を浮かべ、新たに開いた穴の入り口に立つ少女、アイズを睨む。

 

「『ミノス』に続いて『アリア』………どちらも逃がすわけにはいかんな。いいだろう、『彼女』が望むと言うなら!」

「やめろ!」

 

 レヴィスと呼ばれた女性の制止も聞かず、オリヴァスはアイズに手を向ける。

 

「やれ、巨大花(ヴィスクム)! 『剣姫』を殺せ!」

 

 その言葉に先程迄冒険者を相手していた巨大花がアイズに襲いかかる。

 

「………馬鹿だなぁ」

「──馬鹿が」

 

 おそらくこの世界で誰よりもアイズの力を感じ取れるヴァハはオリヴァスの行動を嘲り、レヴィスが舌打ちした。

 

「……行くよ」

 

 迫りくる巨大花に対して、アイズは剣を構え、詠唱を唱えた。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 呼び起こされた風の大渦が周囲の空気を押しのけた。愛剣(デスペレート)を中心に生まれた竜巻は、アイズが一閃すると同時に巨大花の首を両断した。

 

 

 

 

「…………違うな。ありゃ、精霊の加護じゃねえ。精霊の力、そのものだ」

 

 例外なく誰もが固まる中、ヴァハだけがアイズを見て目を細める。

 てっきりこの時代に珍しい、精霊との契約者かと思っていた。だが、違う。想像以上に、()()()()。だが安定しすぎている。

 

「つまり、ジジイが言ってた、奇跡の子か………寝ぼけてんのかと思ってた」




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モンスター・パーティー

 アイズの圧倒的な力にエルフであり、都市最強の魔道士であるリヴェリアから師事を受けているレフィーヤは震える体を止められずにいた。

 オリヴァスもあまりの出来事に頬を引つらせていた。

 

「ぐお!?」

「カハハ。隙ありだぜ、間抜け」

 

 そのオリヴァスを、ヴァハが蹴り飛ばす。髪の色と瞳の色が兎を連想させる色になったヴァハにアイズが一瞬目を奪われ、首を傾げる。誰かに見間違えたのだろうか?

 

「ぐっ! ちょこまかと………レヴィス! 『ミノス』だ! 『剣姫』は捕らえられずとも、せめてコイツだけでも!」

「『ミノス』だと? そいつが?」

 

 レヴィスがヴァハに視線を向け、見失う。

 

「───っ! チィ!」

「おお……」

 

 無造作に振るった腕がヴァハの剣を弾く。ヴァハの動きを先読みしたのだ。戦闘技術に関してはオリヴァスより遥かに上だ。

 

「よし、逃げるか」

 

 速さはこちらが遥かに上。ヴァハは背を向け走り出した。

 

「っ! おのれ、食人花(ヴァオラス)! 【剣姫】を足止めしろ! 巨大花(ヴィスクム)、冒険者達を潰せ!」

 

 『アリア』は強さで、『ミノス』は速さで確保が不可能と判断したのかせめてこの場に侵入した冒険者だけでも殺そうとするオリヴァス。食人花の群がアイズに殺到し巨大花がレフィーヤ達に襲いかかる。

 

 

「みんな! 『魔石』があるのはやっぱり頭の方だ! 花の部分を狙え!」

 

 と、不意に声が響く。見ればルルネがアイズが斬り殺した巨大花の死骸から魔石を探し出したらしい。

 とはいえ魔力に反応して決定打を与えられるであろう魔道士に優先的に襲いかかる蔦の鞭が無数に存在するモンスター。先程ヴァハがやったような戦いながら詠唱など早々誰もが出来るわけではないのだ。

 

「ベート、穴を開けろ!」

「ちっ、指図すんじゃねえ!」

 

 ヴァハの言葉に文句をつけながらもベートは巨大花の体躯を駆け抜け頭部を蹴りつける。皮膚が吹き飛び肉が丸出しになったそこに、ヴァハは片手を突き出す。

 

「【血に狂え】」

「あぁ!?」

 

 ベートも目を疑う威力を持っていた魔剣ではなく、短文詠唱を行うヴァハにベートが思わず叫ぶ。しかし、ヴァハは気にせず血の長槍を生み出し傷口に向かって放つ。突き刺さり潜り込んでいく槍の柄を、空に蹴りつけ加速させる。

 

『──────!?』

「おい、効いてねえぞ!」

「いーんだよ、殺す気ねえから」

 

 暴れまわるモンスターにしがみつきながら文句を言うベートに、ヴァハはケラケラと笑う。

 

「ぶっ殺せ、クソ花」

「何!?」

 

 ヴァハの言葉と同時に巨大花は突如転身してレヴィスへと襲いかかる。格好からして彼女もバリバリの近接戦特化。巨大モンスターを一撃で葬る手段はあるまい。

 

「ハハァ………」

「お前、何をし───」

 

 巨大花から飛び降り笑うヴァハに、ベートが問いかけるも不意に止まる。妙な音が聞こえた。ピシリと、何かがひび割れるような音。ヴァハの方から聞こえたが、鎧も剣も特にひび割れた様子がない。

 

「貴様! 何をした!?」

「…………調教(テイム)

 

 と、オリヴァスが向かってきた。動揺と激昂、混乱を宿す瞳でヴァハを睨み殴りかかってくるが、万全ではないオリヴァスなどヴァハでも十分相手できる。

 

「ベート、お前はお姫様達を頼む」

「あ? 何また命令してんだてめえ!」

「こいつは俺の獲物だ。地上に戻ったらドッグフード奢ってやるからあっち行ってろ」

「…………地上に戻ったらその腐った性根叩き直してやる」

 

 ベートはそう吐き捨てると僅かに残る闇派閥(イヴィルス)と食人花の群を討ちに行った。

 

「何故だ! 何故、『彼女』の使徒が操られる!?」

「その女も、俺も、性質は違えど本質は同じだからなあ。そいつに出来て俺に出来ねえなんて事は結構少ねえぜ? まあ、お前が崇めてんのはその程度の存在ってことさ」

「っ! 貴様!」

 

 べえ、と舌を突き出したヴァハにオリヴァスが迫る。疲労してもなおミノタウロスさえも粉砕するであろう剛力の拳。しかし怒りに染まり単純になった攻撃など、ヴァハには通用しない。

 速度だけではなく攻撃力、魔法の威力も跳ね上がったヴァハに一方的に傷を付けられていくオリヴァス。それでも、まだ回復力と力任せに互角に持ち込む。

 しかし、均衡とは何れ傾くもの。ピシリと音がなる。ピキピキ罅が広がるような音が、静かに、だが確かに響く。

 

「─────」

 

 オリヴァスの大振りを避けるべく後ろに飛び退いたヴァハ。近場の岩に着地した瞬間、()()()()()()()()()()()

 

「……………はは!」

 

 何が起きたか解らず一瞬固まるオリヴァスだったが、血を吐き体を曲げるヴァハを見て即座に笑みを浮かべ貫手を放つ。

 

「ご、がは………!」

「は、はは………ははは! このまま死ね!」

「なんつって………」

 

 ヴァハの胸を貫き狂笑するオリヴァスだが、やはり彼ではヴァハの笑みを崩すことは出来ない。

 

「【血は炎】」

 

 詠唱と同時に、舌を噛み千切るヴァハ。頬を膨らませ、開くと同時に大量の血液が口から溢れ落ちようとして渦巻き表面が燃え上がり光り輝く。

 

「─────っ!?」

 

 轟音が響き渡りヴァハとオリヴァスが炎に飲まれる。闇派閥(イヴィルス)達の自爆特攻にも勝る大爆発に誰もが身を竦ませる。

 

「っ! ヴァハ!」

「クラネル!?」

 

 爆発の発生源がヴァハのいた所と気づいたアスフィとフィルヴィスが慌てて叫ぶと、その隙を逃さんとばかりに数える程になった闇派閥(イヴィルス)が二人に迫り自爆しようとする。ただでさえ、未だ一人も殺せていないのだ。やけにもなる。

 

「しま───っ! なに?」

「ユミル! 許し、グハ!」

 

 その胸を赤い杭がついた鎖が貫く。ご丁寧に、枝分かれした紐が着火装置と手に絡みつき起動できないようにしている。

 

「うわ、うっ………ああああ!!」

 

 鎖に引き寄せられ未だ煙が燻ぶる爆心地に引きずられる闇派閥(イヴィルス)。人間大の物が通過しておきた風で煙が左右に分かれる。

 

「ぎあ!?」

 

 そして、闇派閥(イヴィルス)がくぐもった悲鳴を上げる。首元に何かが噛み付いた。体の表面を炭化させ、頬が吹き飛び歯茎が剥き出しになった異形。牙をつきたて血を啜ると、炭化した部位がパラパラ落ちて炭を押しのける肉が一瞬だけ姿を現し直ぐに皮膚に包まれる。

 

「ぷはぁ〜………レベル1かよ………ちょっとしか回復出来ねえの。まあ、数が居るか」

 

 重傷をある程度直したヴァハは再び血の鎖を周囲に放った。捕らえられた闇派閥(イヴィルス)は、即座に全身の血を吸い付くされる。

 

「ば、化け物………」

 

 そう呟いたのは、敵か味方か。しかし敵の士気は明らかに下がっていく。誰かが、後退り逃げ出した。途端に残りが逃げていく。

 

「クラネル! 後ろだ!」

 

 と、フィルヴィスが叫ぶ。ヴァハはすぐさまその場から飛び退くと所々炭化したオリヴァスが拳を振り下ろした。

 

「とと、あぶねえあぶねえ……あー、防具が殆ど溶けちまった」

「その程度なのか…………っ。お前、その体はどうした?」

「過ぎたる力に身が崩れかけた………」

 

 ヴァハの全身に広がる亀裂を見て目を見開くフィルヴィスにヴァハは軽く笑う。が、ふらつく。

 

「く、くく………私の、勝だ」

「あ? もう勝負ついてるだろお前」

「何? ───っ!?」

 

 ヴァハの言葉に訝しむより先に怒りが沸いたのか眉間にシワを寄せ踏み出そうとした瞬間、足が崩れ落ちた。

 

「な、あ………? が、ぐあああああ!?」

 

 片足を失った事により地面に倒れ伏したオリヴァスの体が陸に上がった魚のように跳ねる。爪が剥がれるほど地面をかきむしり、その指も灰となって崩れていく。

 

「な、何をした………」

「魔石に小さくない傷を付けた。魔石はモンスターの核。身体の元素をあの形に構築する重要器官。砕ければ死に、失っても死に、砕けずとも傷つけば、ああなる」

 

 そう言って、ヴァハはニヤニヤ笑いながらオリヴァスを見た。

 

「ぎぐ、ぎあああ! おのれ、おのれぇぇぇ! 『ミノス』……『ミノズゥゥゥゥ』! 許さぬ、許さんぞおおおぼおおああああ! ぐぃあああ!!」

 

 痛みにのたうち回りながら血反吐を吐き灰へと還っていくオリヴァス。その悍しい死にゆく姿に、フィルヴィスは顔を青くする。と、オリヴァスの横に誰かが降り立つ。

 

「………レ、レヴィス………助け、助けてくれ…………ま、魔石を、魔石さえあれば」

「…………ふん」

 

 グシャリと音が響いた。オリヴァスの脳漿が飛び散る。

 レヴィスはヌチャリと赤い糸を引く足をどけオリヴァスの胸から罅が入った魔石を取り出す。

 

『─────!!』

 

 そんなレヴィスにヴァハに操られた巨大花が迫り、その巨体が蹴り返された。

 

「…………な」

「────っ!!」

 

 ヴァハの隣でフィルヴィスが目を見開く。おそらく誰よりもレヴィスの実力を知るであろうアイズも息を呑む。つまり、アイズの知る強さを超えたのだろう。

 

「仲間を食うにゃんて酷えやつだなぁ」

「くだらん。私も、こいつも、彼奴も、所詮アレの触手に過ぎん」

 

 ヴァハの言葉にそう吐き捨てたレヴィスは地面に手を当てる。と、身をのけぞらされた巨大花が再びレヴィスへと襲い掛かり───切り裂かれた。

 緑肉の地面から抜き放たれた紅の大剣で、巨大花の頭を切り裂き、魔石を砕いたのだ。

 灰へと還る巨大花。砕かれた魔石の欠片の間で紫電が一瞬だけ走った。

 

「……『アリア』よりは弱そうだが、この場に於いて面倒そうなのはお前だな………その雷、オリヴァスの言葉………お前が『ミノス』か」

「だから違うっての」

 

 はぁ、とため息を吐くヴァハ。その身に纏う雷が衰えていき、新雪のように白かった髪も赤に戻っていく。体の亀裂は、むしろ広がる。

 

「? 何だ、その罅は? いや、良い。捕らえて、しまいだ…………っ!」

「くっ!」

 

 ヴァハへ歩みだそうとしたレヴィス。しかしそのレヴィスにアイズが斬りかかり、攻撃を弾かれた。明らかに強さが跳ね上がっている。

 この場に現れたばかりのアイズはオリヴァスが何だったのかを知らない。それでも、灰へと還った体に、その胸から取り出された結晶。それを飲み込む事で強さが増したレヴィス。この情報で一つの単語が頭に浮かぶ。

 

───強化種!?

 

 邪魔されたことに何を感じたのかは分からないがレヴィスは標的をアイズへと切り替える。ヴァハはその場で膝を突き、息を荒くする。

 

「クラネル!? おい、どうした! と、とにかく………わ、私の血を飲め!」

「肉体つー概念が壊れかけてる。血を飲んだ所で、気休めにしかならねえよ」

 

 袖をめぐり肌を顕にするフィルヴィスだったがヴァハは腕をパタパタふる。

 

「それよりアレだ。今回の騒動の種、持って帰んぞ。念の為触れときてぇ、支えろ」

「あ、ああ………」

 

 ヴァハが宝玉の胎児を指差し立ち上がろうとしたのでフィルヴィスが肩を貸す。

 ヴァハはあれが何なのか気付いているようだが……と、不意にヴァハがフィルヴィスを押しのけた雷霆の剣を背後に振るう。

 

『!』

 

 紫の外套(フーデッドローブ)に、不気味な紋様の仮面。新たなる襲撃者が銀のメタルグローブを振るい、雷霆の剣とぶつかり合う。ヴァハの腕の罅が広がる。

 

『………何故ダ』

「あ? ぐぅ!」

 

 不気味な声が、問い掛けてくる。襲撃者はヴァハの首を掴むと地面に叩きつける。全身の亀裂が広がり血が吹き出す。

 

『見テイタ………血ヲ啜リ、傷ヲ癒ヤスオ前ヲ…………ナノニ、何故オ前ハ恥ズカシゲモナク地上ヲ歩ケル! オ前ノヨウナ化物ガ何故………何故何故何故何故何故何故!!?』

 

 問いかけているが答えを聞く気はないのかヴァハの首を抑え力を抜かない仮面の襲撃者に、ヴァハは笑みを浮かべる。

 

「光を浴びる事を否定したのは、お前自身だろぉ? なぁに自分は我慢しなくちゃいけないのに、みたいな寝言吐いてんだあ? 相変わらず面白い女だ」

『っ! 黙レ!』

「あぁ………っ…そ、いやお前、あいつ等の仲間なら魔石持ってんのか?」

『黙レ……!』

「良いなぁ、それ。どうやってなりゃ良い?」

『…………何?』

 

 ヴァハの言葉に思わず腕の力が緩む。

 

「どうせなら魔石を食って取り込みたい奴がいるからなあ。その体、羨ましいぜ」

『フザ、フザケルナ!!』

「────!!」

 

 ミシミシと腕に力が入っていく。罅が更に広がり片目にも亀裂が伸びる。と──

 

「ヴァハから離れなさい!」

 

 アスフィが短剣を振るう。首を狙ったその一撃に、襲撃者はヴァハの上から跳び退いた。

 

「女性だそうですね、ヴァハを押し倒すなど、こんな状況であろうと許しませんよ!」

 

 そう言うとヴァハをその腕に抱き寄せ『飛翔靴(タラリア)』の効果で宙に逃げるアスフィ。仮面の女は片手を突き出す。

 

「【い──】」

「させん!」

 

 魔力の流れからして魔法を放とうとしたのだろう。だが、フィルヴィスが邪魔をする。

 

「………こーしてみると、戦い方こそ似てるがやっぱフィルヴィスの方が圧倒的に弱いな」

 

 アスフィの腕の中で戦いを観戦するヴァハはそう呟くと、その口にアスフィが試験管を突っ込む。

 

「んぐ!? げほ、気管に少し入った………」

「私が手を加えたハイ・ポーションです。気休めにはなりましたか?」

「ああ………まあ、彼奴が俺を逃してくれる気があるならな」

 

 ヴァハはそう言ってフィルヴィスと戦いながらも此方にずっと殺気を向けてくる仮面の女を見下ろした。

 

「エニュオに届けろ! 完全に育ったとは言い難いが十分だ! それがお前の仕事だろう!」

『────!』

 

 レヴィスの言葉に動きが止まる仮面の女。仮面越しにヴァハを一瞥すると宝玉の胎児を握り締め駆け出す。

 

「逃してはなりません! 最悪、宝玉を破壊しなさい!」

 

 あれが恐らくオラリオを滅ぼす計画に必要なもの。叶うなら確保したいが不可能ならこの場で破壊する。アスフィの言葉に【ヘルメス・ファミリア】が後を追おうとする。

 

巨大花(ヴィスクム)!」

 

 だが、そこでレヴィスが叫ぶ。アイズを吹き飛ばし、最後の巨大花に命を飛ばす。

 

()()()()()! 枯れ果てるまで力を絞り尽くせ!!」

 

 瞬間、大空洞が鳴動する。巨大花が震えたのだ。巻き付いている大主柱(はしら)を震わせ、石英(クオーツ)から養分を吸い上げ、大空洞全域の蕾が一斉に()()した。

 1匹、2匹ではない。文字通り全ての、まだ産まれるまで時間があったであろう未成熟な食人花も目覚め産声を上げ、数多の産声が反響し悍しい合唱を奏でる。

 

「これは、まさか………」

 

 生まれ続けるモンスターに、アスフィの腕が震えヴァハに動揺を伝える。

 

───怪物の宴(モンスター・パーティー)………時に上級冒険者さえ死に追いやるダンジョンの罠が発動した。




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起死回生の一手

「くっ!」

 

 天井から地に向かって落ちながらも大口を開け獲物を食らわんと迫る食人花にアスフィはすぐに仲間達と合流する。

 

「密集陣形! ネリー、彼を頼みます」

「は、はい!」

 

 魔剣使いである只人(ヒューマン)のサポーターであるネリーにヴァハを預けると陣形に加わる。四方八方から迫る食人花に飲まれぬように互いに背中をカバーし合う。

 しかし、それはあくまで耐えるだけ。打開策が思いつかない。

 

 

 

 

「────っ!!」

 

 無尽蔵に襲いかかってくる食人花とレヴィスの猛攻にアイズの対処が遅れていく。ここに来るまでに慣らしたはずの感覚が、強化されたレヴィス達の動き全てに対処しきれない。

 一瞬の隙をつかれ剣が弾き飛ばされた。

 直ぐに取り戻したいがレヴィスが許すはずは当然なく、苦手ではないが剣技に比べると拙い格闘術で相手せざるを得なくなる。

 

 

 

 

「ウィリディス! 何処だ!?」

「フィルヴィスさん、私はここに! ………きゃっ!」

 

 自分の安否を確認しようと叫ぶフィルヴィスに返事し、合流しようとしたレフィーヤだったが食人花の群がそれをさせない。慌てて岩陰の隙間に隠れるが、自分が情けなくなってくる。

 仮にフィルヴィスと合流して、この混戦の中何が出来るというのだろうが。平行詠唱も出来ぬ自分が。

 アイズを助けるために送られたのにやっている事は足を引っ張ることだけ。得意の魔法も使えなければ、自分はこんなにも脆い。

 

──魔法が取り柄だと抜かしているうちは、てめーは一生お荷物だ

 

 不意に道中ベートに言われた言葉を思い出す。あの時はフィルヴィスが庇ってくれた。しかし、どうだ。今の現状、どこに否定できる要素がある。

 とうとう岩が破壊され食人花が覗き込んでくる。無数の口が哀れな妖精を噛み殺さんと此方を伺う。が──

 

『───!?』

 

 食人花達は炎の脚を持つ人狼に焼き尽くされる。恐らく手持ちの魔剣を使ったのであろうベートは《フロスヴィルト》から炎が消えたのを見て小さく舌打ちをする。

 先程ヴァハの雷を吸収したのもそうだが、彼の白銀の長靴は魔法を吸収する。魔法が消えるのは、取り込んだ魔法が消えた証拠。一つ無駄にした。

 

「おいっ!」

 

 そのまま呆然とするレフィーヤに近づくと胸倉を掴み上げる。

 

「俺はアイズのところに行く! ()()()()()()()()()()()()!!」

「…………へ?」

 

 その言葉を理解するのに数秒要した。言葉を理解して、意味が分からなかった。

 

「あの……え? ええ!? でも、私は………」

「テメーは『雑魚』だ! だがそのアホみてえな『魔力』だけは認めてやる! 追いつきたいだの雑魚の常套句(きまりもんく)なんて抜かしてんな! 俺達に吠え面かかせてみろ!」

 

 混乱するレフィーヤなど気にせず、ベートはそう言う。

 

あのクソババア(リヴェリア・リヨス・アールヴ)を超えてみせろ!」

「─────!!」

 

 そう、言い切る。

 誰もが認める都市最強を超えろと。アイズも、ティオナ達も、レフィーヤと親しい誰もが言わないその無理難題を、誰もが考えもしない事柄をやってみせろと何時も何時も誰かを見下すベート・ローガが言う。

 それだけ言い残すと返事を聞かず走り出したベートの言葉にレフィーヤは涙が流れる。

 

──いまはまけたままで(いつか)……、勝つのはムリでも(おいつきたい)……お前はそれでいいのか

 

(悔しい!)

 

 再び襲いかかってくる食人花の蔦をかわしながら地面を転がり泥で体を汚すレフィーヤ。

 悔しくて仕方がない。そんなふうに問い掛けるだけの権利を持てるベートの強さが、情景(アイズ)を助けに行動できる強さが。

 何より、弱さを嘆くだけの自分が………!

 

「フィルヴィスさん!」

「ウィリディス、無事か!?」

「私を……」

 

 心配して問いかけてくるフィルヴィスには悪いと思いつつも、レフィーヤは彼女に頼み込む。

 

「私を、【ヘルメス・ファミリア】の人達のところへ!」

 

 

 

 

「ちくしょおお! なああんた、さっきみたいに雷でなんとかならないのかよ!?」

「オー、出来るぜえ。代わりに俺が死ぬから絶対やらねえがなあ」

 

 ルルネの懇願に対してヘラヘラと笑うヴァハを見てルルネはいっそう怒りが募る。地上に戻ったら絶対この腐った性根を叩き直してやると心に誓う。

 と、食人花の一部が魔法によって吹き飛んだ。それによりほんの少し息を整える余裕ができる。  

 

「助かったぜ……」

「今のは誰の……?」

 

 ポックとポットが呟く中、レフィーヤがその場に現れる。

 

「……お願いします、私を守ってください!」

「ま、守るってどーすんだよ!? 幾らお前の魔法が強いって言ってもこの数じゃ……」

 

 レフィーヤの言葉にルルネが言う。当然だ、戦う者と背を預け合うのと、動けぬ者を守り続けるのでは勝手が違う。ただでさえ、今はヴァハを守っているというのに。

 

「わ、私を信じて………」

 

 喉が震える。今から彼等の命を自分が背負わなくてはならないと思うと、押し潰されそうになる。けど、この場にリヴェリアは居ない。いるのは自分だ。

 【千の妖精(サウザンド・エルフ)】レフィーヤ・ウィリディスだ!!

 

「私は魔導師です! 私を守る貴方達を、救ってみせる!」

 

 もう出来ないことを嘆くな。自分に出来ることを、自分にしかできない事をしろ!! してみせろ!

 

「全員【千の妖精(サウザンド・エルフ)】の下に! 彼女に全てを委ねます!」

 

 その覚悟を感じ取ったアスフィは直ぐに新たな指示を出す。

 

「方円陣形!」

 

 レフィーヤと、動けないヴァハとヴァハを守るためのネリーを中心に円形に並ぶ。ネリーも陣の中から攻撃できるように片手でヴァハを抱き片手に魔剣を構えた。

 

「5分! いえ、3分持たせてください!」

 

 レフィーヤの言葉に、一同はどう思ったのか。いや、きっと誰もが長いと思った。ヴァハはチラリと己を抱き寄せ微かに震えるネリーを見る。

 この瞬間この役目を押し付けられるということは、前線向きではないのだろう。温存すべき魔剣を使っているし、本来はサポーター。今この場に於いてヴァハを守る以外にあまり役目がない少女の細く白い首を目にして、ヴァハは笑みを浮かべ唇の隙間から牙を覗かせた。

 

「ったく、やになるわね【ロキ・ファミリア】って、誰も彼もスタイルいい美人。私へのあってつけ?」

 

 エリリーがはぁ、とため息を吐きながら言う。

 

「そりゃあんたと比べれば誰だって」

「しっ、それ以上は可愛そうでしょ?」

 

 と、そんなエリリーをからかうようにポットとポックが言う。

 

「某はありがたいね。守るんなら美女に限る」

「こんな時にも軽口が叩けるお前等が頼もしいよ」

「空元気の気休めかもよ?」

「オイオイ、そういう事は解ってても言うもんじゃないぜ」

 

 【ヘルメス・ファミリア】の団員達は絶望的な状況の中で笑ってみせる。それは確かに、空元気なのだろう。だが………

 

「空元気結構! 我々に残された唯一の活路です! 3分間!! 絶対に【千の妖精(サウザンド・エルフ)】を守り抜きますよ!!」

「「「おうっ!!」」」




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決戦

『【ウィーシェの名のもとに願う】』

 

 レフィーヤが詠唱を始めると、早速食人花達の動きが活発化する。()()()()()為に少しでも魔石を成長させるという本能の下、高い魔力に惹かれるのだ。

 

『【森の先人よ。誇り高き同胞よ】』

 

「倒そうと思わないで! 近づけない事だけを考えなさい!!」

 

 アスフィが叫ぶ。この数だ、一体一体を倒そうとすればすぐに呑み込まれる。【千の妖精(サウザンド・エルフ)】の噂は聞いている。彼女の魔法なら、確かにこの場を切り抜けられるかもしれない。

 

『【我が声に応じ草原へと来たれ】』

 

 フィルヴィスも【ヘルメス・ファミリア】に交ざりながらレフィーヤを心配そうに見つめた。少しでも食人花の注意を向けられるよう魔法を使いながら戦う。

 

『【繋ぐ絆。楽園の契り】』

 

 ここは場所がいい。大岩に囲まれながらも広い空間。警戒すべき集中した一点突破が行えず、包囲されても敵はある程度分散している。

 

『【円環を廻し舞い踊れ】』

 

 3分。決して不可能な数字ではない!

 と、僅かに安堵をうかべたアスフィだったが、次の瞬間ホセが右腕を食人花の牙に貫かれる。

 

「!! ホセを救しゅ───!」

 

 獲物を独り占めさせまいと他の食人花達にも殺到されるホセ。直ぐに助けを送ろうとするアスフィだったが、それを拒否したのは他でもない、ホセ自身だった。

 首を横に激しくふるホセに言葉が詰まる。

 

『【至れ、妖精の輪】』

 

「ホセ!!」

「全員持ち場を離れないで!」

 

 助けに駆け出そうとした団員達をアスフィが止める。陣形を崩せば、食人花の群れにあっという間に飲まれ、レフィーヤは詠唱中断を余儀なくされる。そうなれば、勝ち目はない。全滅だ。

 ホセもそれが解っているのかアスフィの判断に笑みを浮かべ………救出された。

 

『【どうか──力を貸して欲しい】』

 

「ぐあああ!?」

 

 ホセの右腕が切られる。肩から先を失ったホセはしかし食人花の拘束から逃れ、赤い紐に捕まっていた。紐の先にいるのは、赤い何か。

 

「ハハァ。油断するなよ、死んじまうぜえ?」

 

 ケタケタ楽しそうに笑うその声は、ヴァハの声だった。襲い掛かってくる食人花に対して、体から赤い刀を無数に生やし、回転して切り裂く。

 形を変え、赤い? まさか、血か?

 

「ネリー!?」

「……………」

 

 ネリーは2つの小さな傷から血を流し倒れていた。血を吸われたのだろう。いや、だとしても何故動ける? あの状態で無理に動けば体が崩壊するはず。

 いや、全身に纏うあの赤い鎧………

 

「まさか、貴方動けない体を血で纏って無理矢理!?」

「【血は炎】」

 

 アスフィの問に答えず、ヴァハは炎で食人花を焼き払い【ヘルメス・ファミリア】の下に戻る。

 

「んん〜……中々美味い血だったなあ。もうちょい頑張れそうだ」

「何を………貴方の体は、既に限界……」

「ほれ、来るぞお?」

 

 ヴァハが参戦しようとし難色を示すアスフィだったがヴァハは気にせず笑った。死にかけているのに、楽しそうに。

 

 

 

「っ!」

 

 アイズが回転蹴りを放つもレヴィスは難なく弾く。

 

「剣技に比べれば拙いものだな」

 

 続けざまに放たれる追撃をかわすも追い詰められていく。剣があればまだ戦えるだろうが、アイズの剣は先程弾かれた。

 

「いい加減、終われ!」

 

 

 

『【──間もなく火は放たれる】』

 

 不意に、よく知るエルフの少女の歌が聞こえた。彼女もまた、戦っているのだろう。そして、もう一人、この場に来ていたファミリアの仲間である灰色の狼が駆け抜けて来た。

 

「よこせアイズ!」

 

 言葉はそれだけ。しかし十分。すれ違いざまに『風』を白銀の長靴に喰わせ、アイズは剣を取りに行く。怪物の相手は、獰猛な狼が受け持った。

 

「おとなしくしてろ化物女!」

 

 風を纏ったベートの蹴りに目を見開くレヴィス。『アリア』の風を扱う狼人(ウェアウルフ)に苛立ったような視線を向ける。

 

「邪魔だ、どけ狼人(ウェアウルフ)!!」

 

 紅の剣が振るわれる。防御や攻撃にも使え、走力の底上げも行ってくれる風を纒いなおレヴィスはベートを圧倒する。

 

『【忍び寄る戦火。免れえぬ破滅】』

 

 しかし聞こえてくる声はベートが弱者と見放す妖精の少女の声。最強の魔道士を超えて見せろと叱咤してきた、己より弱い雑魚が、抗っている声。

 

「てめえがくたばれ!」

 

 押し返す。敵わなかろうが、そんな事は関係ない。弱者に対し文句があるなら言ってみろと、弱い相手にしか噛みつけないならすっこんでいろと吠えるベートは、自分が行わぬ事を他人に強制する小物ではないのだ。

 

 

 

 

『【開戦の角笛は高らかに鳴り響き】』

 

 食料庫(パントリー)外からも魔力に惹かれた食人花の増援が来る。円陣を組む【ヘルメス・ファミリア】に対して赤い獣は戦場を好き勝手駆け回りモンスターの血を啜り、無数の刃と大量の炎で命を蹂躙していく。

 

「────」

 

 が、口元から血が流れ血の鎧が一瞬揺らぐ。全身が文字通り砕けていく。無茶が過ぎたか、身に余る力の代償が騒ぎ立てる。

 

『【暴虐なる戦乱が全てを包み込む。至れ、紅蓮の炎】』

 

「おい、化物! あれ使え!」

 

 と、不意に聞こえてきた声に振り返ると小人族(パルゥム)の男が何かを指差し、女の方が別の場所を指していた。見ると火炎石が残っている闇派閥(イヴィルス)の死体と、大岩が見える。

 

「ああ、なるほど〜」

 

 誰もが生きるために必死だ。小人族(パルゥム)の男も生き残るために必死で策を考えたのだろう。早くしろと叫ぶ中ヴァハはやはりこんな状況でありながら笑い、血の鎖で死体を掴み、大岩の真下に放り投げる。

 再び血で何かを生み出す。それは、弓矢だ。

 

『【無慈悲の猛火。汝は業火の化身なり】』

 

「【血は炎】」

 

 生憎と雷は使えない。故に矢に炎を纏わせ放つ。

 爆音が響き渡り、男と大岩が倒れる。後方が塞がれ、全員前方に移動する。

 

「前方中央敵が密集!」

 

 本能か、偶然か、食人花達がひと塊になって突っ込んでくる。

 

「……ムリだよ、こんなの……」

 

 ルルネが絶望したような力なく言う。

 

「固まって突っ込んでくるぞ!」

「っ!」

 

 フィルヴィスは動けないレフィーヤを見て直ぐに駆け出す。

 

「【盾となれ破邪の聖杯(さかずき)】!!」

 

 それはフィルヴィスの2つ目の魔法。

 

「【ディオ・グレイル】!!」

 

 それは白く輝く円形障壁。聖なる壁が悪しきモンスター達の進撃を阻む。

 

『【ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】』

 

「ぐ、う……っ!!」

 

 なるほど強力な盾だ。だからこそ、食人花達の勢いもます。盾の隙間から漏れた敵を【ヘルメス・ファミリア】とヴァハが対処する。

 

「───っ!」

 

 だが、抜けた数匹が地面を通りレフィーヤへとその蔦を伸ばす。盾を構えるフィルヴィスは動けずアスフィとルルネが駆け出すも間に合わない。

 レフィーヤも、溜めた魔力が多すぎて動けない。

 

「おらぁ、行ってこいチビ共!」

「へっ? きゃあ!」

「っ!? く、くっそおおお!!」

 

 そしてヴァハは体重の軽い小人族(パルゥム)の双子を血の鎖で縛ってぶん投げた。

 

「やってやらああ! くたばれ糞花!」

「はああああ!!」

 

 メイスとハンマーを振るい蔦を叩き落とす。打撃に強い食人花。弾かれるだけで、健在の蔦が再びレフィーヤを狙うが僅かな隙を無駄にするヴァハではない。仲間を放り投げるという予想外の行動に固まっていた【ヘルメス・ファミリア】と違い実行犯のヴァハは追い付き血の刃を振るう。

 

『【焼きつくせ、スルトの剣───我が名はアールヴ!】』

 

 そして、魔法が完成した。最強の魔道士にのみしか許されぬ筈の魔法がこの場に召喚される。

 

『【レア・ラーヴァティン】!!』

 

 魔法円(マジックサークル)から巨炎が放たれ、放射状に広がる火炎の極柱。ベート達を避けて天井まで昇る業火は食人花を飲み込み、焼き付けし、絶叫まで溶かす。

 

 

 

「なんだと!?」

 

 炎の光が横顔を焼き、レヴィスは目を見開く。それでもベートが放った蹴りを受け止める。

 

「貴様如きが「風」を纏おうと…!!」

「雑魚共が足掻いてみせたんだ!」

 

 白銀の長靴に夥しい亀裂が走る。皮膚が、肉が血を吹き出し骨が圧砕する。

 

「テメーごとき抑えねぇで……」

 

 しかし琥珀の瞳に宿る光は苦痛に歪まない。寧ろ、力強く輝く。

 弱者の少女(レフィーヤ・ウィルディス)はモンスター達を殲滅した。格下ばかりの集団(【ヘルメス・ファミリア】)はレフィーヤを守りきった。だというのに、強者(ベート)がなんの成果も挙げられず……

 

「どの面晒そうってんだぁああああ!!」

「───!?」

「が──っ!!」

 

 雷がベート達に落ちる。白銀の長靴にまとわりつき、渦巻く風に雷が混ざる。

 嵐を携えた白銀の長靴が、紅の大剣を弾いた。

 

「………っ!」

 

 ベートごと雷を浴びせてきたヴァハをギロリと睨みつけるベート。ヴァハは罅だらけの顔でニヤニヤ笑っていたが、ベートに向けられた右腕が文字通り砕ける。

 

「やっちまえ」

 

 絶対に、何が何でも地上に戻った暁にはぶん殴る。そう決めたベートは自分の真上を通過する金の影を見て、一旦怒りを収める。今は一人の少女に檄を飛ばすことにする。

 

「アイズ」

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

 再び剣を手にし、風を纒い迫るアイズ。レヴィスは体勢が崩れたまま、防御が行えない。

 

「───あああああああっ!!」

 

 渾身の一撃! 紅の大剣を切り裂き、レヴィスの胸に到達する。剣身の気流が叫び声を上げながら暴れまわり、レヴィスを吹き飛ばす。魔石のある胸の中央には届かなかったが、それでもアイズが競り勝った。

 

「……今のお前には勝てないようだ」

 

 傷を修復しながら、レヴィスは起き上がる。赤い大主柱(はしら)まで吹き飛ばされる程の威力、相当なダメージを負ったはずだが、その顔に焦りはない。

 

「この大主柱(はしら)……これは食料庫(パントリー)中枢(きも)だ………これが壊れるとどうなるか、知っているか?」

「っ!?」

 

 ──まさか!?

 慌てて止めようと駆け出すアイズだったが遅く、レヴィスの拳が大主柱(はしら)に叩き付けられ、砕く。

 それに連動するように、天井が崩れ始めた。

 

「逃げねば埋まるぞ? 特に、助けが必要なお前の仲間はな」

 

 レヴィスの言葉を肯定するように、慌てる冒険者達の声が聞こえてくる。

 

「怪我人には手を! 荷物は捨て置きなさい、脱出が最優先です!」

「情けねえ犬人(いぬ)とは違うんだ!助けなんかいるか!|」

「あーっ面倒くさい! これだから狼人(ウェアウルフ)は嫌なんだ!」

「ウィリディス!?」

 

 アスフィが撤退命令を出し、ベートが助けなど居るかとルルネに罵倒を浴びせる。

 フィルヴィスは精神枯渇(マインドダウン)を起こしたレフィーヤを助けようと手を伸ばし、固まる。汚れた己の手で美しい同族に触れることを躊躇したのだ。だが、その手をレフィーヤが掴んだ。

 

「慎重に運べ〜、今の俺は割れ物だからなぁ。ハハハ」

「死にかけのくせに元気だなこいつ。頭おかしいんじゃねえの? 置いてっちまおうぜ!」

「駄目よ。地上に戻ったあと、やった事どころか生きてることを後悔させるほどお仕置きするんだから」

 

 小人族(パルゥム)の姉弟に運ばれるヴァハはケラケラとこんな状況で笑っていた。

 仲間達の様子を見て、アイズもまた撤退を決める。そんなアイズに、レヴィスが声をかけた。

 

「『アリア』…59階層に行け。ちょうど面白い事になっている。お前の知りたいものがわかるぞ」

「……どういう意味ですか?」

「薄々感づいているだろう? お前の話が本当だとしても体に流れる血が教えているはずだ。お前自ら行けば手間も省ける……詳しいことは『ミノス』にでも聞け。ヤツは、ある程度、お前より感づいているようだ」

 

 アイズの問に、要領を得ぬ言葉を返すレヴィスはヴァハを見て、続いて崩れゆく天井を、否、地上を睨む。

 

「地上の連中は私達を利用しようとしている……精々こちらも利用してやるさ」

 

 地上……彼女の仲間が、地上にもいるのか。

 

「おい【剣姫】!」

「アイズ、急げ!」

 

 まだまだ聞きたいことは山ほどある。しかし、彼女と戦っていては逃げることも不可能になる。何より、きっとベート達も残ろうとする。アイズは仲間達の下に駆け出した。

 

 

 

 

 

「何をどうしたら、こんな体になるのですか」

「強いて言うなら、呪い?」

 

 罅割れ、砕けかけるという大凡あり得ぬ状態のヴァハを見てアミッドは呟く。それに対してヴァハは呪いだと笑う。

 しかし呪詛(カース)の類は感知されない。かと言って、確かにそれ以外の要因も想像ができない。

 

「これが呪いだと言うなら、貴方は一体()()()()()()のですか?」

「勘がいーな。教えねーけど」

「………何故ですか? それでは、適切な治療は───」

「知った所で、たかがレベル2。世界最高で、回復に於いては最高の魔道士すら超える君でも処置は不可能さ」

 

 と、その時軽薄な声が聞こえた。振り向くと面会謝絶の筈の病室の扉が開かれ、一人の男が扉の縁に背を預けていた。

 

「何者ですか? 現在ヴァハは、原因不明の重体で面会はお断りしているの、です………が」

 

 勝手に入ってきた相手に対し若干怒りを滲ませるアミッドだったが、その正体に気づき目を見開く。

 

「何者? そうだね、種族こそ異なれど、俺はその全身罅だらけの彼の友達さ」

「爺のパシリだ。つまり俺のパシリ………」

「あれえ?」

 

 気障ったらしく微笑む美青年に対し、ヴァハはそう返す。パシリ扱いされた人物………否、神物は苦笑する。

 

「久し振りだな、()()()()

「ああ、久し振りだねヴァハ・クラネル。輝かしき表の英雄譚とは無縁でありながら常に英雄と共にその時代を生きる多くの者の心を動かし、歴史を華やかに彩る我等が愛しき影の英雄(ダークヒーロー)よ」




その頃のロキ・ファミリア

アイズ「59階層に行きたい」 

団長「解った。良いだろう」

ママ「お前達の報告にあった女が言っていたらしいな」

アイズ「うん。詳しいことは、ミノスに聞けって」

ヒゲ「ミノス? 誰じゃ、それは」

アイズ「………………えっと……………誰だろ?」



アイズはヴァハをヴァハとして覚えている。この後フィンがベート達に聞きに行くまで解らなかった



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パシリの神

「ダーク、ヒーロー?」

 

 聞き慣れぬ言葉にアミッドは首を傾げる。ヒーロー………は英雄だろう。ダークは………ダークファンガスとかのダークだろうか?

 闇の英雄? 何だそれは。

 

「こちらの話さ。そうそう、ヴァハ君。血液吸収(ブラッドドレイン)による治癒能力を得たんだって? まあ、君の力を得た偉業を考えれば当然だ。と言う訳で、これは役に立つと思うよ」

 

 そう言ってヘルメスがヴァハに投げ渡したのは、赤い液体が入った小瓶だ。話の流れからして、恐らく血液。

 

「それは、誰の血液ですか?」

「大丈夫大丈夫。変な病気とかないから……」

「ま───」

 

 現在ヴァハを診ている者として、何者かも解らぬ血を飲ませるのは気が引ける。しかしヘルメスはヘラヘラと笑い、ヴァハはあっさり飲み込む。そして、うぇ、と顔をしかめた。

 

「…………ああ、なるほど」

「………あれ?」

 

 特に変わった様子はない。てっきりこれで治るかと思ったヘルメスは不思議そうに首を傾げる。ヴァハは納得したように頷く。

 

「大丈夫ですか? 体に、異変は……───え?」

 

 ヘルメスが持ってきた辺り、本来なら何らかの効果が現れる類なのだろう。ひょっとしたら『人魚の生き血』かもしれないが、今のヴァハにどんな薬がどんな反応を及ぼすか分からない。故に薬も使えずに居たのだ。

 体調に変化がないか診察するために近づき、のばした手が掴まれ引き寄せられる。

 

「───!?」

 

 首筋に、ヴァハの牙が二本突き刺さる。

 ビクリとアミッドの体が震える。皮膚が貫かれ、痛みが確かに走ったが次に来たのは快感だった。

 蜂の中には新鮮な獲物を喰らうために虫を麻痺させる種類もいると聞くが、それに似たようなものなのかもしれない。

 獲物を逃さぬ為に、逃げる気力を奪うために与えられる思考を麻痺させる快楽に咄嗟に押しのけようとした腕から力が抜ける。体が熱を持ち、その熱を逃がすように熱い吐息が漏れる。

 

「ヴァ、ハ………? あ、っ………う、くぁ………」

 

 ふと、つい最近の出来事を思い出す。異常事態(イレギュラー)による中層の怪物(ワイヴァーン)と戦闘したというエルフィには、火傷とは違う傷があった。

 聞けばヴァハに噛まれたらしい。当然ヴァハに抗議しようとしに行ったアミッドだったが、エルフィ本人に止められた。

 

──その、あの状況じゃ仕方なかったし………えっと、あの………気持ち、良かったし

 

「っ………ふ、うぅ………」

 

 その時は一体何をと思っていたが、今この瞬間嫌というほど理解した。確かにこれは、噛まれたことに怒りなど沸かない。

 

「…………ぷは」

「はぅ………〜〜〜〜〜っ!!」

 

 漸く満足したのかヴァハが首から牙を抜く。しばし快楽の余韻でぽーっとしていたアミッドだったが直ぐに正気に戻り首を抑えて距離を取る。その顔は、真っ赤に染まっていた。

 

「な、何を!! 私の血は、既に試したでしょう!?」

「呪いが解ける前にな………」

「…………!」

 

 と、ヴァハが腕を見せる。どれだけ血を与えても癒えなかった体の亀裂が白煙を上げ、消えていった。失った片腕も生えてくる。

 

「…………一体、なんの血を」

「俺の力の大元。そりゃ、力使い過ぎた代償を精算するにはこれ以上無い血だったわな。んじゃな………」

 

 そう言って病室から出ようとするヴァハの腕をアミッドが掴んだ。

 

「経過観察をします。ベッドへ戻りなさい」

「いやいや、アミッドちゃん? ヴァハ君ならもう大丈夫だと思うけどな………」

「ヘルメス様。先程、貴方の言葉には確信がなかった。それはつまり、ヴァハがああなるのは初めてだったのでは?」

「それは、まあ………」

「で、あるなら完治したかどうかはわからぬはず。あれを見て、完治した確信もなく退院させるわけには行きません」

「いや〜、でもさ………」

「神であろうと、なんであろうと、この治療院では私がルールです」

「……………は、はい」

「使えねえパシリ………」

 

 ヴァハとしてはアミッドの気を損ねて美味い血を分けて貰えなくなるのは避けたい。口が達者なヘルメスならなんとかするかと思ったがアミッドに気圧されてそそくさ逃げていった。その際ヴァハに何かを手渡す。

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん!」

「ヴァハ! 大丈夫〜?」

 

 ヘルメスが帰ったあと、面会謝絶が解除され早速見舞いに来た人物は、ティオナと、メイナだった。

 ベッドに飛び込んでくるティオナと駆け寄ってくるメイナ。どちらも心配しているというのが表情からわかる。

 

「って、ヴァハ? 治療院でタバコ吸っちゃだめでしょ? しかもメイナちゃんまでいるのに」

「タバコ、臭い………」

 

 因みにヴァハは煙草を吸っていた。ヘルメスから受け取ったのだ。オラリオには無い銘柄で、ヴァハは基本的にこれしか吸わない。

 

「ほらほら、煙草の火を消して」

 

 レベル5の素早い動きでヴァハから煙草を奪ったティオナは灰皿に先端を押し付け火を消す。まだだいぶ長さがあったのに、勿体無い。

 

「でも意外、ヴァハって煙草吸うんだね。初めてみた」

「びっくり……」

「俺の故郷の近くの、精霊の祠近くで群生していた葉から造られた特注品だ。俺は基本的にこれしか吸わねえ」

「精霊の祠!? ヴァハの故郷って、近くに精霊の祠あるの!? お伽噺みたいな!?」

「絵本みたい……」

 

 精霊の祠の情報を聞き目をキラキラさせるおとぎ話や英雄譚が大好きな少女二人。話して話してと目で訴えかけてくる。

 

「喧しいやつだった。まあ、もう死んだがな」

「え? せ、精霊が? なんで、だって、精霊の寿命は」

「凄く、長いはず」

「そりゃそうだ。精霊は、基本的に寿命で死ぬなんてまれだ」

「じゃあ、どうして」

「そんなもん、外的要因による死亡………誰かに殺されたに決まってんだろ?」

 

 ヴァハはそう言ってケラケラ笑う。

 

「ま、どうでもいいじゃねえか。しかし、ちょうどいいな。何時だったか約束してた、『アルゴノゥトの真実』を話してやるよ」

「いいの!?」

「楽しみ」

 

 そうして、ヴァハは語り始めた。人に騙され王に騙され、なし崩し的に怪物に攫われた姫を助ける事になった道化の物語を。

 道化のまま、英雄達を導いた始まりの英雄の物語を。




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因みにヴァハの血が美味いランキング

1位アミッド

2位フィルヴィス

3位エルフィ


ワースト3位

3位チンピラ

2位飲んだくれ

1位ヘルメスが持ってきた何者かの血


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勇者と狂人

「『俺はクロッゾ、ただのクロッゾ。しがない鍛冶師だ』」

「ええ!? クロッゾ!? クロッゾって、クロッゾ!? ひょっとして初代!? アルゴノゥトと同期だったんだ!」

「もう魔剣は打てるの?」

 

 きゃーきゃーと盛り上がるティオナと無表情ながら目をキラキラさせるメイナ。と、その時扉がコンコンとノックされる。

 

「ヴァハ、面会が出来るようになったと聞いてな。大事ないか?」

「ミアハ様、少し前まで面会謝絶だった時点で大事かと……」

 

 入ってきたとはミアハとナァーザだ。突然の神の登場にメイナは固まりティオナは普通にこんにちはー、と返す。

 

「こんにちは。ヴァハの見舞いに来てくれてありがとう。良ければこれを………」

「え、ポーション? 良いんですか?」

「ああ。二人とも、とても愛らしい顔をしておるからな。その顔に、傷など残らぬようにせよ」

「え〜? えへへ、ヴァハ。アタシ愛らしいって〜」

「………………」

 

 ミアハの言葉に照れたように笑いながらヴァハにも同じことを言って欲しそうなティオナ。またサラリと口説き文句を行ったミアハをナァーザが睨んでいた。

 メイナはメイナでミアハに言われたことをヴァハにも言ってほしそうだ。とても期待した目で見てくる。

 

「そうだな。首輪を付けて、媚びるような笑みを浮かべさせたら面白そうだ」

「こび………?」

「子供の前で、変なこと言わない」

「く、首輪………」

 

 媚びるの意味が分からず首を傾げるティオナと呆れたようにため息を吐くナァーザ。耳年増なのかメイナは顔を赤くしていた。

 

「これこれヴァハ。彼女は動物ではないのだ。確かに、どこか小動物を想像させる愛らしさはあるが、そのような事を言ってはいけない」

 

 ミアハは、相変わらずだった。

 

「ええ〜、あたし小動物みたい? えへへ、なんか嬉しいなあ」

 

 猛獣扱いされる事が多いティオナには十分褒め言葉だったようだ。

 

「ヴァハよ、こうしてお前を慕う者がいる。彼女達は、お前が死ねば傷つく。それでも、そうやって、命を危険に晒し続ける気か?」

「ああ。殺し合いのない人生なんてつまらねえからなあ」

 

 ケラケラ笑いながらベッドに上半身を乗せてきたティオナの頭を撫でるヴァハ。その言葉に嘘が無いことを理解したミアハはため息を吐く。

 

「止めたいが、止まらぬのだろうな。いっそ、何処かのファミリアに改宗(コンバート)するか? 私の下ではお主も何かと小煩く感じてしまうだろう」

「ミアハ様、それは────!」

「え!? ヴァハ改宗(コンバート)するの? なら【ロキ・ファミリア】(うち)においでよ〜」

 

 ファミリア唯一の迷宮探索者にして筆頭稼ぎ頭をあっさり手放そうとするミアハにナァーザが叫びティオナが反応する。

 

「だ、駄目。ティオナお姉ちゃんの所は、駄目!」

 

 ヴァハの腰に抱きつきながら腹に額をグリグリ擦り付けるティオナを見てメイナが反論する。

 

「ま、俺も移る気はねーよ。ぶっちゃけダンジョンに潜れるのが俺だけだからこそ、ここまで自由に出来んだ。【ロキ・ファミリア】に入ろうもんなら、それこそ動きが制限される」

「ああ〜」

 

 ティオナは思い当たりがあるのか誰かを思い出すように虚空を見つめた。と、その時──

 

「それは残念だな………君のような優秀な団員なら、大歓迎なんだけど」

 

 扉が開きそんな言葉がかけられる。見ればフィン・ディムナ、リヴェリア・リヨス・アールヴ、ロキの2人と一柱が立っていた。

 

「やあ、今回の件について色々聴きたいことがあってね、少し、いいかい?」

「……………ダンチョ、ティオナ、メイナ。3人とも部屋を出ろ」

「え!? お話の続きは!? オルナとアルゴノゥトは王国から逃げられたの!? フィーネはどうなっちゃったの!?」

「アリアドネ姫は…………?」

 

 ヴァハが退室を命じるとティオナとメイナは話の続きが聞きたいと迫る。また今度話してやると言うと渋々部屋から出ていったが。

 

「…………どうして、私も?」

「俺や、ダンジョンであった事だけについてじゃなさそうだからなぁ」

 

 ヴァハの秘密は、ミアハ同様知っている。団長という立場から聞かされた。もちろん、ダンジョンでヴァハが見た事も。フィンの話したい内容はその何れかの筈だ。自分を外す理由が分からなかったナァーザだがヴァハの言葉に大人しく出て行く。

 

「悪いね、人払いをさせてしまって」

「気にするな。で、聞きたいことってえ?」

「さっきの会話から察するに、気付いていると思うけど?」

「ぜぇんぜん解らねえなあ」

「嘘やな………」

 

 ヴァハの言葉にロキが言葉を被せる。ニヤニヤ笑うヴァハを見て、始めからこうなる事が解っていったということが解る。

 

「聞きたいことはちゃんと自分で聞こうぜえ?」

「うっわ。なんつー態度のでかいガキや」

「………まあ、けど一理あるね。じゃあ、改めて教えてほしい。59階層に、何がある?」

「何故それを俺に聞く?」

「アイズが、27階層であった怪人(クリーチャー)から「詳しいことは『ミノス』に聞け」と言われたらしくてね、ベートとレフィーヤの話によると、怪物(クリーチャー)は君の事をそう呼んでいたそうだね」

 

 クリーチャー……、恐らくレヴィスやオリヴァス達魔石を持った人間………人間とモンスターの混生種達の名前だろう。

 

「俺は何度もミノスじゃねえと教えてやったのになあ」

「っ…………嘘や、ない」

「…………それでも、何かを知っているのは確かだろう? レフィーヤ達が覚えている限りの会話を話してくれた。それから察するに、お前は奴等の言う『彼女』とやらの正体に確信を持っている」

 

 ヴァハがミノスという存在で、それ故に何かを知っていると思っていたのかロキは僅かに狼狽える。リヴェリアが補足するが、ヴァハは無視してそんな反応したロキにニヤリと笑う。

 

「何を驚いてんだ、神ロキ………あんな物を側に置いてる癖に、俺が『ミノスの子』で、だから彼奴が『アリア』と勘違いされたような事が起きたとは、考えなかったのかぁ?」

「……………っ」

「ハハァ。まあ、確かにどんだけ少ない可能性って話だからなあ。いや、そもそもありえねえ。これも下界の未知とやらか? 神々(お前等)、本当にそう言うの好きだな」

「ウチが、アイズたんを物珍しさで眷属にしたって言いたいんか!」

「基本的に美男美女は稀だ。だから重宝される訳だしなあ。容姿で眷属勧誘したりする奴が物珍しさで集めてないとは笑わせるぜえ。やーい、面食い」

「なんやとお!」

「ロキ、相手に乗せられるな」

 

 リヴェリアが窘めると大人しくなるロキ。ヴァハはケラケラ楽しそうに笑う。

 

「神をからかうとか嫌な人間()やなぁ、コイツ」

「良くいわれる。長所だと思っている」

「む? そうだったのか。だから中々直らなかったのだな………ヴァハよ、それは長所ではないぞ。嫌な奴のままでは、人は離れていく一方だ」

「お前は黙っとけぃ! ミアハ!」

 

 天然炸裂するミアハに叫ぶロキ。神をからかう子に、神も呆れる天然。この部屋、凄く疲れる。

 

「まあ、59階層に何があるかは、本当に知らん。ある程度予想は出来るがなあ」

「そうか、なら…………」

「当然、ただじゃ教えねえがなあ」

「……………彼等の目的が、オラリオの崩壊でも?」

「お前も危険なんだからただで手を貸せって? お断りだなあ。それに………」

「…………?」

 

 仮に予想が当たっていたとしても、()()を使う理由が分からない。地下でせっせと育てていれば良いものを、何故わざわざ最強候補の派閥に見せる?

 色々不明な点が多すぎる。故にヴァハも確信に至っていない。妙な感覚だ。それこそ、シミュレートするための盤上が気付けば別のゲームの盤上にされているような、そんな相手と先の読み合いをしているかのような違和感。

 

「それに、ただで教えるなんて勿体無い」

「…………何を払えばいいんだい?」

「アイズ・ヴァレンシュタインのじょーほー」

「…………何?」

 

 ヴァハの言葉に、リヴェリアがピクリと肩を震わせる。ヴァハはそんな様子を気にせず煙草を取り出し火を付ける。

 

「ベートにウィリディスは、あの様子からして知らねえんだろうな。でもお前等は知ってるだろ? それはアイズ・ヴァレンシュタインからの、信頼の証。はは、そりゃあんな存在受け入れてくれるか不安だ。だぁれにも知られたくないだろうからなあ。それを、お前等の口から話せ」

「………貴様は、アイズがどういった血を引いているか、知っているのではないのか?」

「そうとも。俺が知ってる情報を、お前らが改めて詳しく説明するだけ。損がほとんどない、良心的な取引だ」

「では何故、私達の口からそれを言わせようとする!」

 

 激高したように叫ぶリヴェリアに、ヴァハはやはり笑う。

 

「俺は嫌な人間なんだ。アイズ・ヴァレンシュタインが大好きなお前等が、彼女の人に知られるのを嫌がる秘密をその口で言う。その事実が欲しいんだよ………」

「…………お前は、本当に嫌な性格をしている」

「言ったろ? 長所だと思っている。どうだ? 嫌な奴と分かったから、次からは耐えられるだろ?」

「………君に、得があるとは思えないけどね」

「アイズ・ヴァレンシュタインが己の秘密を知られたくないように、俺にも知られたくない過去はあんだよ。今回の件は、それに触れる。だから教えなーい」

 

 この件は終わりだ、そういうようにベッドに寝転ぶヴァハ。リヴェリアは何か言いたそうだが、フィンはジッとヴァハを見つめる。

 

「強制しないんだね」

「あん?」

「君は、随分と口が達者だ。何なら、59階層にある何かを、それこそアイズの秘密を話してでもその情報を得なくてはならないと思わせる事も出来たろうに」

「んはは。出来るなぁ………だが、その場合俺も過去を話す必要があるだろ?」

「そうだね………それでも、君は子供がいる間は煙草を再び吸おうとはしなかった」

「……………」

「嫌な奴、という評価は否定する気はないよ。でも、不器用だとは思う」

「………………ふーん」

 

 フィンの評価にヴァハは興味無さそうに欠伸した。

 

「一つ教えてやるよ」

「?」

「俺の予想がただしけりゃ、今のお前等は59階層にいるのと戦って、全滅、良くて幹部が数匹階層から脱出して上の階層で待機してた中堅組と合流、動揺して結局地上に戻れず全滅の2通りだ」

「なんやとお!? うちの子なめとんのか!!」

「嫌ならせいぜい59階層に潜るまで頑張るんだなあ。もしくは折れないために必要な何かを見つけるこった」

「…………ありがとう。その忠告、受け取らせてもらう」

「おー………」

 

 片手をヒラヒラと振るヴァハ。そんな失礼な態度に苦笑するフィン。リヴェリアとロキと共に三人が立ち去ると、息を吸い込み煙草を短くする。

 

「実際のところ、心配などしていないのであろう?」

「マーナ、あいつ等強ぇし」

「それは嘘だな。死ぬか生きるか、それに興味ないから心配していないだけだ…………そんな生き方は、寒くないのか?」

「……………()()()はあったけぇんだろうなあ。だがなあ、ミアハ様。俺は、一度だってそこに行きたいとは思ったことがねーんよ」

「…………のようだな」

 

 ヴァハの言葉に嘘がないのを見抜きミアハは悲しそうな顔をして、ヴァハの頭を撫でる。

 

「ステイタスの更新をしようか」

「おう、頼んますねえ」

 

 そう言ってヴァハは服を脱ぎだす。

 

「ヴァハ、体調はどうですか? ………と、すいませ…………っ?」

 

 と、恐らくフィン達が帰ったのを見て誰もいなくなったと思ったのだろう。ちょうどタイミング良く入ってきたアミッドだったが、固まる。

 

「なんですか、その痣………」

「痣?」

「………これは」

 

 背中を見て目を見開くアミッド達。ヴァハは鏡を使い己の背中を見ると、木の蔦のような枝分かれしながら背中に絡みつく痣が浮かび上がっていた。

 

「雷系統の魔法を浴びた人に出る傷跡に似ていますが…………痛みは、感じますか?」

「いんや?」

 

 アミッドが白魚のような白い指で触れる。特に痛みは感じない。肌の感触も、盛り上がっているわけでもない。本当に、単なる痣だ。

 

「……………雷に、打たれたねえ」

 

 と、ヴァハは片手に雷を纏う。その腕に背中の痣のような焼け跡が刻まれる。

 

「な、何を!」

「完治しきってなかったみてぇだな。もうすこし血を貰っときゃ良かった」

「完治?」

 

 突然の自傷行為に目を見開くアミッドが腕を掴みやめさせる。ヴァハは己を冷静に分析していた。

 恐らくランクアップの影響で、ヘルメスの完治想定していたより力を発揮することになったため、ヘルメスが持ってきたぶんでは代償を消し去るに至らなかったのだろう。

 

「………治るのですか?」

「感覚的に、2、3日ってとこっすねえ」

「そうか。では3日間、ダンジョン探索を禁じる」

「………………りょ」

 

 ミアハの言葉にヴァハははぁ、とため息を吐き渋々納得した。

 

「ではその間ランクアップの申請もしてくると良い」

「………………」

 

 ミアハの言葉にヴァハはギルドの担当職員である赤髪の狼人(ウェアウルフ)を思い出す。親しい者の死に耐えられないから冒険者と距離を置く典型的なギルド職員。裏を返せば、死地に何度も飛び込みまくるヴァハとは相性が悪い相手だ。ランクアップに関しては、それまでの主な戦闘記録も言わなくてはならないらしい。何度も死にかけた事を………きっと怒られるんだろうなあ。

 面倒くせぇなあ、とヴァハが思っていると扉がノックされる。

 

「はい、どちら様でしょうか?」

 

 と、アミッドがトトトと扉に向かって走り、開けると大男が居た。150(セルチ)に満たないアミッドが更に小さく見える。

 

「お、【猛者(おうじゃ)】!?」

 

 やってきた人物は、オッタルであった。本の少し前彼がヴァハを殺しかけた事を知っているアミッドは警戒するように片腕を横に伸ばし部屋に入れない意思表示をする。

 

「邪魔だ。どけ、聖女」

「どきません。貴方は、以前彼を殺しかけている………どうかお引取りを」

「………………」

「────っ!!」

 

 都市最強の男の視線に、アミッドの全身が強張る。機嫌を損ねれば自分など簡単に殺せる相手なのだ。何の目的があって自分が殺しかけた相手の下に来たのか分からないが、平和な事であるなどと楽観的な想像などできない。

 足が震え、息が詰まる。足から力が抜け、倒れそうになると────

 

「よおオッタル、何か用か?」

 

 ヴァハが倒れかけたアミッドの肩を抱き支える。

 

「…………ランクアップしたようだな」

「ああ」

「約束の酒だ」

「…………は?」

 

 オッタルはヴァハに酒瓶を渡すと去っていった。

 

「あ、あの………ヴァハ、その………手を」

 

 と、腕の中から声が聞こえる。見れば赤くなったアミッドが覗き込んでいた。

 治療の際に男の肌に触れたことなど数え切れないほどあるアミッドだが、腕の中に抱きしめられた事などない。ましてやヴァハはステータス更新のために上の服を脱いでいた。

 

「ああ、悪いな」

「い、いえ………庇ってくれてありがとうございます」

 

 そう言って離れるアミッドを見て、ミアハはふむ、と、顎に手を当てああ、と納得したような顔をする。そして改めて二人を見てうんうん、と頷くのだった。




今回のイベントでローズさんのキャラデザ初めて知った。可愛くない?


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担当受付嬢

 無事治療院から退院したヴァハはギルドにやってくる。前回は担当アドバイザーが休みだったため、そのまま帰り後は何かと理由をつけて換金以外に使用してこなかったが主神命令では仕方ない。

 

「よおエイナ。ローズ居るかあ?」

「あ、ヴァハ・クラネル氏………ローズですか? えっと、はい。そろそろ休憩時間から戻ってくると思います………あ」

 

 と、タイミング良く赤毛の狼人(ウェアウルフ)の女性が現れた。

 

 

 

 

 

「………お久しぶりですクラネル氏。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

 個室(ボックス)で対面するのはヴァハと赤毛の狼人(ウェアウルフ)の女性、ローズ。

 どちらも同じ髪の色。しかし血を連想させるヴァハと異なり、ローズの髪は何処か業火を連想させる。それは、跳ねた癖っ毛という以上に、その表情が明らかに怒りに染まっているからだろう。

 

「何怒ってんだあ?」

「何度も忠告を無視して、死にかけているようですから」

「ハハァ。おかげで今は生きてるって感じがするなあ」

「何度でも言いますが、ダンジョンは自殺スポットでありません。登録された冒険者がダンジョン内でお亡くなりになれば、それを他の冒険者達が恐れ、魔石の収集に支障が出るかもしれません」

「他人の死に怯えるかよ。ましてや俺は無名だぜ?」

 

 フィンやオッタル、名があまり知られずとも【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】の団員が一気に死んだのなら、なるほど冒険者達は恐れてダンジョンに潜らなくなるだろうがLv.1のヴァハが死んだ所で情けねえ冒険者だ、そんな奴等がいるから俺達の名が下がる、ぎゃははー、となるに決まっている。

 

「あ、でもLv.2になったから無名じゃなくなるのか」

「そうですね。そんなやり方ですランクアップされた日には、箝口令が敷か────あんた今なんつった?」

 

 聞き逃してはならない言葉を聞き逃しかけたが、耳聡く反応し目を見開く。思わず敬語を忘れてしまうほどに。

 

「ランクアップしたぜ。申請しに来た」

「…………何時?」

「一週間ぐらい前」

「あんた、冒険者になってどれぐらいの年月が経った?」

「4週間だな………」

「…………………」

 

 ローズは浮かしていた腰を落とし、ふぅ、と息を吐いた。この後何が起きるか察したヴァハは耳を塞ぐ。

 

「3週間で、ランクアップ〜〜〜〜!?」

 

 個室の外にも響くであろう大声。ヴァハはくふぁ、と欠伸をしたのだった。

 

 

 

 

「ごめんなさい………」

 

 ローズの大声で何事かと入ってきた職員を追い返した後、己の声が外にまで響いてしまった事を謝罪するローズ。冒険者のステータスを吐露してしまうなどギルド職員にあるまじき失態だ。だが彼女は知らない、数週間後同僚が似たような失態を犯すことを。

 

「…………それで、本当なんですか?」

「嘘をつく意味あんのか? どーせ直ぐに真偽がバレる」

「それは…………そうですが。一週間ほど前と言う事は、もしやワイヴァーンとの戦いで?」

「まーな。んで、俺の成長模範(モデル)は公開すんのかぁ?」

「できるわけ無いじゃない」

 

 ライガーファングとの戦いで死にかけながら単独で勝利したあと続けざまにLv.3〜4相当のモンスターをLv.3、Lv.2、Lv.1のパーティで撃破。【猛者(おうじゃ)】オッタルとの戦闘を経験し、中層に居る筈の竜種(ワイヴァーン)の3人チームでの撃破。

 『死ね』と言うようなものだ。お蔵入り決定。こんな事、きっと二度と起こるまいとローズは呆れる。まあ、目の前の男の弟もランクアップまでの軌跡を公開されることはないのだが。

 

「ま、今回はランクアップしなかったがなあ。それでも、Lv.6相当の相手との殺し合いはいい経験になったなあ。次は、ランクアップできるかもしんねえが」

「はあ、やだやだ。冒険者は、何時もそれだ。強くなって、潜って、有名になって………そればっかり」

 

 ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らすローズ。

 

「恋人を作って、愛を囁いても、有名になるためにダンジョンに潜って、帰ってこない。どうせ女よりモンスターの方が恋しんでしょ?」

「当たり前じゃねえか。俺でなくてもそうだろ」

 

 基本的に冒険者相手にこんな愚痴を言ったりしないローズは、しかし思いの外動いてしまった口に内心悪態をついているとヴァハが思いがけず肯定した。

 普通、冒険者だったら、それも男だったらそんなこと無いなどと言ってくるのに。

 

「冒険者ってのは、何か譲れねえ目的がある奴とかるーく考えてる奴だけだからなあ」

 

 そう言うと【ヘルメス・ファミリア】のマークが入った煙草を取り出し紫電を纏い火を付けるヴァハ。僅かに火傷を負った手を見てそうだった、というようにため息を吐いた。

 

「譲れない?」

「ああ。何かを成し得るために必要な………力だったり、名声だったりを得る手段としてダンジョンに潜る。所詮手段だから、目的が達成するまでは潜り続ける。たとえ死ぬことになってもなあ」

「じゃあ、なんでそんな、死に急ぎの馬鹿達が、好きだの愛してるだの都合の良い言葉をわざわざ言うのよ」

「それは大半がかるーく考えてる奴等だなあ。ダンジョンに潜りゃ金や女、名誉が手に入ると身勝手に思って大成できない己の無能をサポーターなんかに当たる雑魚共…………どうせ自分は死なねえと思ってるから女を作るくせにその女のそばに居続けねえ」

 

 その言葉に何処か納得するローズ。確かに、自分に付き合ってくれと言ってきた冒険者達はやたら自慢話が多かった。彼等より偉業を成し遂げて、今もなお生きている冒険者達は、淡々と報告するだけなのに。

 今や人気の殆どはエイナに移ったとはいえ時折告白されることが未だあるローズからすれば納得の答えだ。

 

「…………大半?」

「ま、中にゃ本気で愛した奴も居んだろ。それが、死地に向かわねえ理由になる程強くなかったってだけでな」

「何よ、それ………そんなの、愛してないと同じじゃない」

「逆に聞くが、お前は愛してたのかよ?」

 

 基本的に鼻のいい獣人はあまり煙草を好まないがヴァハの煙草は中々良い匂いをしているため興味を持ったのか耳がピクピク動いているローズにヴァハがん、と煙草の箱を向けてくる。受け取ったローズはどういう意味よ、と睨む。

 

「愛していんならそれこそ何が何でも止めりゃ良かった。1回2回じゃねえんだろ? 泣きついてでも、毒を飲ませて半身不随にさせてでも、相手の夢を壊してでも、自分の側に居て欲しいって言やぁ良かった。それをしてないくせに愛していた、好きだったなんて、それこそ都合が良い」

「………………」

「惚れた女の懇願より己を優先すんなら、所詮それだけの愛ってことだなあ」

 

 ケラケラ笑うヴァハにローズは何も言い返せなくなった。渡された煙草を加え、火種が無いことに気づき二重の意味で顔を歪める。と、ヴァハがローズの顎に手を添える。

 

「────!?」

 

 そのまま自身の咥えている煙草の先端をローズが咥える煙草の先端に押し付け火を移す。

 

「だから俺は愛するのも愛されんのもゴメンだなあ。愛せばそれこそ世界そのものがピンチにならねえ限り力を手にしようともせず生きる為に殺し合いもできねえし、愛されれば生かすために付きまとわれる…………まあ、愛にも色んな形があるからなあ。殺し合いをする俺の姿が好きって奇特な女なら愛してもいいかもなあ」

 

 そういう意味では今の所とある美の女神が該当するわけだが。そう考えながらヴァハは顔を離す。

 

「それと、髪の色が似てようと俺はお前の弟か兄じゃねえんだ、過保護すぎると嫌っちまうぜえ」

 

 生まれてこの方誰かを嫌ったことなどない男は、相も変わらず人を小馬鹿にしたようにケラケラ笑いながら個室(ボックス)から去っていった。

 

「…………ほんと、やな奴」

 

 残された女性は舌打ちして煙草を吸う。匂いもいいし、やはり美味かった。が、その煙を吸うと何故か顔が熱くなった。

 

 

 

 

「さて、暇だなあ。森で今晩の肉でも狩るかぁ」

 

 

 

「なんやリヴェリア、弓矢なんか手入れして、珍しいなあ」

「久し振りに、セオロの森まで狩りに出ようと思ってな」

「へーっ! リヴェリア、狩りなんてするんだ」

「数少ない趣味の一つだ。森にいた頃、良く嗜んでいた」




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森での狩

 セオロの森にはモンスターも生息している。邪魔されないようにそれらを退治し、漸く狩の準備に入るヴァハ。

 

「【血に狂え】」

 

 魔法で弓矢を生み出し、構える。まず最初に発見した獲物は、兎。森の土に紛れるような、茶色い毛色。

 引絞り、狙いを定め、力を溜め、矢を放つ。たったそれだけ。空を切り裂く矢は兎の首を掠め、喉元をえぐる。

 

「───? ───!?」

 

 噴水の様に血を吹き出した兎はピクピク痙攣して息絶えた。ヴァハは駆け寄り足を掴むと木に吊るす。血抜きはまだ血液がサラサラの間にしておかなくては後で肉が臭くなってしまう。

 しかし、流石にこれでは足りない。鹿か猪でも探すか。と、ヴァハが移動しようとして、気配を感じる。

 

 

 

「すごーい! 一発で仕留めちゃった」

「お見事やなーっ! ゴクッ………ぷは〜、風流や〜! こりゃ酒が進むわ!」

「久し振りだが、弓の腕もそこまで鈍っていないようだ」

 

 リヴェリアが空いた時間に、久方ぶりの狩をするために弓の手入れをしているのをロキとティオナが見つけ、3人でセオロの森に来ていた。ロキとティオナは静かにしていると約束したがロキは何故か酒を飲んでいた。

 

「ねえねえ、リヴェリア! あたしもやってみていい?」

「ティオナが?」

「うん、1回やってみたいの!」

 

 と、不意にティオナが身を乗りだす。好奇心旺盛な幼子をそのまま成長させたようなティオナだ。リヴェリアがやっているのを見て興味が湧いたのだろう。

 

「解った。良いだろう」

「やったー! ありがと!」

 

 そんな彼女の素直さを好ましく思っているリヴェリアは、微笑み彼女に弓矢を渡す。が…………

 

「えいっ!」

 

 ヒュン!

 

 矢は獲物から離れた茂みを揺らし、獲物はその音に驚き逃げていく。

 

「ああ………逃げられたぁ。矢も変なとこ、飛んでちゃったし〜」

「力みすぎだ。全て力で解決出来るわけではない」

「うーん………弓って難しいね」

「な〜、ティオナ下手やなあ。全然酒が美味ないわ!」

「しょーがないじゃん。慣れてないんだから!」

「そうかあ? 俺は初めて弓矢を持った日から暴れ猪を狩ったけどなあ?」

「そーなの? ヴァハ凄いねえ……………ん? あれ?」

 

 上手く当てられなかったティオナが弓矢の難しさにため息を吐いているとヴァハが自分は初めから出来たとカミングアウトする。感心したティオナは、あれ? と首を傾げた。

 

「ヴァハ!?」

「っ!」

「げえ、生意気坊主!」

 

 ティオナが漸くこの場にヴァハが現れたことに気付き、パァと花が開くような満面の笑みを浮かべ、リヴェリアが先日のやり取りからヴァハを警戒しロキは神をからかい笑う子供の登場に顔をしかめる。

 

「ええ〜、どうしてここに!?」

「狩だ」

 

 抱きつこうとしてくるティオナを避け、ヴァハは血で創った弓を見せる。基礎の部分はきちんとしている弓を見て、ほぅ、と目を見張るリヴェリア。

 あれは恐らく、血液操作魔法で創ったのだろう。弓を再現できると言う事は、きちんと弓を理解し、扱えるということ。

 

「因みにこれが今回の獲物だ」

「わ、兎だ!」

 

 ヴァハは首元が赤黒く染まった兎を取り出す。傷口から察するに、刃物ではなく刺突。他に目立った外傷がないことから、一撃で喉元を射貫いたのだろう。

 

「ねえねえ、ヴァハが弓使う所もみせて!」

「私も興味あるな」

「ええ〜、どうせなら可愛子ちゃんがやってるとこを見たいんやけどなあ」

 

 ティオナがヴァハに弓を射るところを見せてほしいとせがみ、リヴェリアが興味を示し、ロキはどうせ見るなら可愛い子が良いと文句を言い出す。

 ヴァハからすれば、弓の腕を見られた程度でこの先不便になるとも思えないし、別にいいかと了承する。

 

「ババアエルフ、その弓借りるぞ」

「……………リヴェリア・リヨス・アールヴだ」

「んじゃリヴェリア、借りるぞ」

「…………ああ」

 

 ヴァハはティオナが持っていたリヴェリアの弓を受け取ると矢を構えずに弦を弾く。弓のしなりや強度、重さを確認し今度は矢を見てから構える。

 

「………ブフ、バフ」

「あ、ヴァハ! あれなんかいいんじゃない!」

「…………………」

「ティオナ、声を荒らげるな」

 

 ちょうど猪が見え、ティオナが指差す。ヴァハはタイミングを伺いリヴェリアがヴァハの邪魔をせぬようにティオナを諌める。

 

「………っ」

 

 地面に鼻をこすりつけ、何かを見つけたのか意識が完全に地面の下に向く猪。瞬間、ヴァハが矢を放つ。

 それなりの距離、僅かに下がって行くが、それもきちんと計算に入れている。

 

「ピギぃぃ!?」

 

 矢は見事猪後ろ足に突き刺さる。己が攻撃を受けたことに気付いた猪は逃げ出そうとするも足に力が入らず後ろ足がザリザリ地面を擦る。

 

「なんやぁ、一発で仕留められんのお?」

「いや、その弓は私が昔使っていたものだ。Lv.1でも使える程度の強さ。当然速度もそのぶん遅くなる、あの距離で猪相手ならむしろ脚などを射ち逃げられぬ様にしてから止めを刺す」

「そゆこと」

 

 続いて2射目を放つ。ヒュン! と風切り音を鳴らした矢は猪の額に突き刺さる。猪は一鳴きして、ドゥ! と地面に倒れた。

 

「さて、血抜き血抜き」

 

 ヴァハは猪の下に駆け寄ると縄で吊るし喉をナイフで切り裂く。ダクダクと流れる血を見て、飲んでみる。そこらのチンピラより美味い。

 

「すごいすご〜い! ヴァハ、何でもできるんだね!」

「まあ基本的に使えなかった武器はねえなあ」

 

 要らないものは森で捨てるつもりなのかスパスパと素早く解体していくヴァハ。ダンジョンのある街で普通の毛皮はそこまで需要がない、埋めておく。骨……出汁を取るか、持って帰る。

 

「ガアァァ………」

 

 と、血の匂いに誘われたのか獣の気配がする。ヴァハが再び弓を構える。が………

 

「よーし、あたしだって……!」

「まて、大双刃(ウルガ)を持ち出してどうする気だ………」

 

 ティオナが愛武器大双刃(ウルガ)を持ち上げ獣の声がした方向へ走る。リヴェリアが声をかけるが止まる気はなさそうだ。

 

「決まってるじゃん。狙いを定めて、豪快にぶった斬る! 行っくよー!」

 

 ドカーン!

 

「グアァァァァァッ!!」

 

 ドサァ

 

「へへ〜、どんなもんだー!」

「ガアァァ」

「あ、もう一匹居た………待て〜!」

 

 仲間がやられたのを見て尻尾がたれている獣を見てティオナがかけていく。あっと言う間に、倒した。モンスター用の武器で切られるなど、運がない獣だ。

 

「ええで〜ティオナ! これはこれでおもろい! 酒が進むわ! やれやれ〜!」

「おりゃ〜、どんどん狩ってやる〜!」

「……………これは、狩とは言わん」

「エルフの狩は優雅に過ぎる。肉が取れりゃそれも狩だろ………まあ、確かにどっちかつーと虐殺だな」

 

 ロキに煽られ森の中で暴れまわるティオナを見て、疲れたようなリヴェリアの言葉にヴァハがケラケラ笑いながら腹を抱える。

 リヴェリアは仕方ない、とヴァハを見る。

 

「お前とティオナは、仲が良かったな。ティオナを見張っておいてやってはくれないか?」

「……………ただでえ?」

「…………獲物を幾つか譲ろう」

「契約成立だな。解体は俺がしてやるよ、王族様が血に塗れたなんて事になりゃぁ……………それはそれで面白そうだなあ」

「……………ふっ。そうか」

 

 王族扱いを嫌うもエルフ達には敬われ、その他の種族からも最強の魔道士という立場から一歩引かれるリヴェリアはヴァハの態度が何処か新鮮で思わず微笑む。

 

「では、行ってくる。ああ、そうだ………」

「あん?」

「お前の弟、あの店の子なのだが…………元気か?」

「おう。この前膝枕されて思わず逃げちまったんだとよ」

「……………ぷっ………ふ、くふ……ふはっ……ははは。そうか、あの子だけでなく、その子も落ち込んでいたのか。ああ、だがなるほど。後悔してくれるということは悪く思われてはないらしい。今夜、あの子にも教えてやらぬとな」

「リヴェリア?」

 

 リヴェリアが声を出して笑うなど珍しい。いや、確か数日前、アイズが落ち込んで帰ってきた時も笑っていたような? 確か、あの後アイズに落ち込んだ理由を聞いたら可愛いウサギに逃げられたのだとか。

 

「いや、しかし何だ………子供達のそういった出来事には、お互い苦労させられるな」

「俺は16って事になってっからベルとは親子ほど離れてねーよ。エルフのアンタなら子供どころか孫の年齢まで離れてる奴がいるかもだが」

「私はエルフの中でもだいぶ若い方だ」

「え、マジで?」

「おいロキ、何故貴様が驚く」

 

 

 

 

 そういや爺の古くからの知り合いのエルフ達はもう少しこう、匂いが腐葉土…………熟成………うん。匂いが違ったなぁ、とヴァハはドカンドカンと狩(?)をするティオナを見ながら思い出す。

 アマゾネスらしく元気な事だ。そういえば初めての相手はアマゾネスだった。爺の知り合いで、鍛錬中に相手してやるとか言うからボコったのだったか。流石にその日はヴァハも骨折してたので後日日を改めたが。

 

「その辺考えると、あまりアマゾネスらしくない、のか?」

「てやあぁぁ! ええい! えへへ、ヴァハ、見てる〜?」

 

 いや、ガキっぽすぎるだけだな。下手したらキャベツの説を信じてるかもしれない。因みにヴァハは爺のせいで物心付く頃から知ってる。ベル? 2年前まで桃を割ると子供が出てくると信じてたよ。

 

「ふう、この辺も獲物いなくなっちゃったなあ」

「そりゃなあ」

 

 あんな爆音立ててりゃ動物は逃げる。ティオナはよーし、あっちに行こっ! とリヴェリアが向かった方向に駆け出した。

 

 

 

「リヴェリアー、あたしもこっちで狩っていい? 向こうは獲物がいなくなっちゃった」

「なに? ティオナ、何故こっちに………いや、待て。悪いが場所を移してくれ」

「え〜? 良いじゃん別に」

 

 ヴァハが見ているはずのティオナがやってきた事に驚くリヴェリア。取り敢えずさっきみたいにドカンドカン音を立てられては困るリヴェリアは当然拒否するが、その時兎が現れた。

 

「あ、いたいたー♪」

 

 ドカーン!

 

「………………」

「へへ〜、これで20匹目〜!」

「………………」

「ここや! 胸もんだる〜!」

 

 呆然と突っ立っているリヴェリアに、ロキが襲いかかる。実は先程も弓を構え獲物を見据えるリヴェリアの胸を揉もうとしたのだが、失敗した。それでも諦めていなかったようだ。

 当然リヴェリアの平手に吹っ飛ばされたが。

 

「ぐわ…っ! いたた〜、またあかんかったか〜」

「………………」

「あっ、そこどいて〜!」

 

 ドオォォォォン!!

 

「………もう我慢できるか! いい加減にしろ、お前達!」

 

 セクハラ主神と暴れアマゾネスに、エルフママが切れた。ゲンコツをそれぞれの頭に落とす。

 

「あたっ!」

「あたたた………リヴェリア、ちょい、今のゲンコツはきついわぁ……」

「邪魔をしないと約束しただろう………?」

 

 静かな狩を好むリヴェリアが何故騒がしい二人を連れてきたのかと思いきや、そんな約束をしていたらしい。ヴァハ視点から見ても邪魔ばかりだったが。

 

「んなこと言われても、なぁ……?」

「うん………静かにって、なんか性に合わないしね〜」

「…………ほう?」

「あ、あれ………ひょっとして……リヴェリア、怒っちゃって………る?」

 

 と、リヴェリアから魔力が溢れ出す。

 

「ちょちょっ! これ…………」

「リ、リヴェリア落ち着いて!」

「【閉ざされる光、凍てつく大地……】」

「ええ──っ!?」

「そ、それ、洒落にならんてー!」

「まて、リヴェリア、肉を持ってくっから………」

 

 詠唱を唱えだしたリヴェリアに大慌てのティオナ達。ヴァハは保存を利かせるために血を抜いて居た肉を一箇所に置いていく。

 

「【吹雪け……三度の厳冬……】」

「それ、あかんやつやーっ!」

「【我が名はアールヴ】!」

「ごめーんってばー!」

「かんにんやーっ!」

「おお、流石Lv.6………詠唱がはええ」

 

 

 

 

 

「いやぁ、これで数日は持つなぁ」

「…………複雑な気分だ」

 

 仮にも己の攻撃魔法を肉の保存に使われ何とも言えない顔をするリヴェリア。しかし、遠征の時はどうしても保存の利く食料に限定される、これ、ありなのでは? と考える自分も居る。

 

「さささささ、さっぶぅ!」

「ふえっくし!」

 

 身体に霜が張ったティオナ達が少し遅れてついてくる。リヴェリアとて仕置ではなった魔法だ。直撃したわけではないので元気そうだ。

 

「解体、助かった。少しは軽くなった……」

「…まあティオナが狩り過ぎたみてぇだがなあ」

「うむ、今夜は肉料理が多くなりそうだ………」

「はは。皆のママは大変だねえ」

「お前までそれを言うか…………あまり、嬉しくないのだが」

「あん? なんで俺がお前が嬉しいと思うこと言わなきゃならねえの…?」

「………なるほど、お前もまた、癖のある子供だ」

 

 リヴェリアはそう言って微笑む。

 

「時に、あの子は逃げられた事を今でも気にしていてな。兄として、その子が逃げ出さぬように何か手を打ってはくれないか?」

「いいぜ。ベルが慌てふためく姿は、俺も笑えるからなあ」

「趣味が悪い。が、あの子が他人に避けられた事を一々落ち込む姿は、確かに面白い………」

 

 

 翌日。

 

「なんかベルがアイズと早朝訓練してたぜえ」

「…………仲良くなるの早いな」

「どーっすかねえ」

「見守れ。そして、報告しろ」

「イエス、マム。今回はアイズがベルの事を臆病呼ばわりしてたな。ま、ベルも自覚してたみたいだが………くく、しかし彼奴も面白い。好いた女に「立てる?」と問われただけで意地でも立つ」

「男の子だな…………うちの若い連中も、それぐらい根性があればいいんだが…………明日も頼む」

 

 その日からリヴェリアが若い男を連れ店に行く姿が頻繁に確認されたと【ロキ・ファミリア】で話題になった。




肉は【ミアハ・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】、【タケミカヅチ・ファミリア】で美味しく頂かれました


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近付く試練

 オラリオに幾つもある外壁の上。ヴァハは迫りくるナイフをかわす。

 

「にゃ〜っ! この、避けんにゃ!」

「やだね」

 

 速度はクロエの方が上。しかしヴァハの先読みは寧ろ強い人間相手にほど発揮する。クロエが攻撃を開始した時点では既に回避行動を取り、裏拳を鼻に当てる。

 

「みぎゃ!?」

「ハハァ………」

 

 Lv差2つで手加減もされているとは言え、鼻は少し痛いし目の前に掌が迫れば体が反射的に固まる。訓練によりそれは常人より短くとも僅かな隙を、ヴァハが見逃すはずもなく足を絡ませられ、肩を掴まれ体が浮き上がる。そのままひっくり返し後頭部を踏み付け地面に顔面を激突させるヴァハ。起き上がろうとしたクロエの尻尾を握る。

 

「ひにゃああああ!?」

 

 因みに獣人は尻尾や耳を触られると、特に感じぬ者痛がる者、気持ち良くなる者など様々だが、ヴァハは力一杯握るので当然痛い。痛がるクロエを見てゲラゲラ笑う。

 

「ぶっ殺してやるにゃー!」

「カモォン……」

 

 

 

 

 

「流石Lv.4。身体強化なしならきついなぁ」

「きついで済むのが可笑しいのにゃ………」

「ハハ。拗ねるな拗ねるな」

 

 毒使えれば楽勝だったのに、とふてくされるクロエの頭を撫でてやるヴァハ。ナデナデ、ではなくグシャグシャという擬音だが。クロエがペシ、と手を叩く。

 

「にゃ〜、どうせ膝枕なら美少年がいいにゃ。お前何歳にゃ」

「16って事にしてる」

「してるってなんにゃ…………16。まあ、ギリギリ」

「つまりお前は16をガキと思える年齢、と」

「うるせえにゃー!」

 

 ヴァハの言葉にムキーと怒るクロエ。現在クロエはヴァハに膝枕されていた。空もまだ暗い。早朝どころか日を跨いだばかりの時間帯。ふにゃあ、と欠伸をしたクロエはそのままスウスウと寝息を立て始めた。

 

「お、来た来た」

 

 ヴァハは別の外壁の上に現れた影を見つける。ベルとアイズだ。アイズがベルをボコボコにしている。ベルは、防御が下手だ。回避が上手いから、ではない。攻撃が当たることを恐れているからだ。

 

「……っと」

 

 ベルが不意に周囲をキョロキョロ見回し始める。アイズもそんなベルに倣い周囲を警戒し始めたので気配を殺し外壁頂上の塀の陰に隠れる。ゴン! という音とギニャ!? という悲鳴が聞こえたが起き上がらないように足で首を捉え床に押し付ける。

 

「静かにしろよ、見つかるだろ?」

「だ、だったらもう少し優しく降ろすにゃ」

「え? やだ………じゃなくて、あー………無理だ。ベルは普段からある女に視姦されてて視線に敏感だからなぁ」

「おい、今やだつったにゃ?」

 

 

 

 

 

「んで、アイズは気絶したベルに膝枕をしてたな。しかも、気絶させりゃ逃げられないと思ったのかその後何度も気絶させては膝枕。ああ、後頭を撫でてた」

「くっ…! ふっ、ふふ…………くくくく………」

 

 ヴァハの報告に肩を震わせ笑うリヴェリア。腹を抑え、目尻に涙を溜め吹き出すのを堪えるその姿は王族(ハイエルフ)を称えるエルフ達が見れば目を見開くこと請け合いだ。

 

「は、ははは! 私の台詞を鵜呑みにしたのか、あの子は」

 

 とうとう堪え切れず吹き出したリヴェリア。どうやらアイズに『膝枕されて喜ばない男はいない』『逃げられたのはアイズのやり方が悪かったのでは?』などと言ったらしく、アイズはそれを本気にしてリベンジしたのだろう、との事だ。

 

「っ………いや、笑い事ではなかったな。お前の弟に、すまない。私から言って───」

「耐久がつくなら別に良いんじゃねーの?」

「いや、しかし………」

「むしろ惚れた女に遠慮させんのは、ベルが落ち込むだろうからなあ」

 

 何せベルは元々アイズに時間を割かせることを後ろめたく思っている。だから初日、エルフから全力で逃げた訳だし。そういえばあのエルフ、目の前のハイエルフの弟子だ。教えた方がいいのだろうか?

 

(まあ、面白いし放置しとくか。しかしある意味やらかして、追われる。ベルの奴も変わらねぇなあ)

 

 昔を思い出し空を見つめるヴァハ。子供になろうと大人になろうと、空は何時までも変わらないものだ。

 

「? 空に何か?」

「随分遠くまで来たと思っても、空を見るとそんなこたぁねぇんだなぁってな………」

「……………そうだな。ここから見える空も、故郷の森で見た空も、変わらん。場所も、時も関係なくな」

「ババくせえ」

「なっ!? お、お前こそ16の分際で年寄りみたいな事を………!」

 

 確かに長命故にエルフとしては若くとも、他の種族から見れば年寄と言われることの多いのがエルフだ。それでも女性、年寄り扱いされればムキにもなる。

 

「俺はいーんだよ」

「どういう理屈だ!」

「ほら、人類って基本的に自分がやられて嫌なことを他人にするじゃん? 俺は別に爺扱いされても本物の長生き過ぎる爺知ってっから若いぜぇと思えるから気にしねえけど」

「その理屈で言うなら、私も平気だな。お祖父様達に比べれば私もまだまだ子供だ」

「やーい、ガキィ」

「それでもお前より年上だ………」

 

 王族としてエルフに敬われ、最強の魔道士として冒険者に敬われ、軽く扱ってくるのなどセクハラしてくるロキか、同じファミリアのフィン達ぐらいなリヴェリアにとって他所のファミリアでありながらこのような接し方をしてくるのは新鮮なのだが、思ったより疲れる。

 だが、まあ、悪くない。アイナの土産話にはなるだろう。

 

 

 

 

 ダンジョン中層でモンスターを狩るヴァハ。

 やはり調子が良い。ステータスが上がったのもあるが、それ以上に24階層であの力を使ったからか。

 

「ヴオオオォォォォォッ!!」

「お、ミノタウロス」

 

 振り下ろされた石斧を躱して首を蹴り飛ばす。倒れた死体から魔石を抜き取る。

 

「……………ミノタウロスねぇ、ベルのトラウマは間違いなくコイツだし、いっそブツケてみるか?」

 

 しかしよりによって、他でもないベルがミノタウロスにトラウマって…………アルゴノゥトみたいになるんじゃなかったのか…………と考えていると、ヴァハの鼓膜を僅かな金属音が揺する。

 

「? 何だ、この音………」

 

 力任せに叩きつけるような音。中層に来られるような冒険者が? いや、それだけなら珍しくはないが、叩きつけてる()()は………剣だな。剣で剣を叩いている。実力差は圧倒的。なのに鳴り続ける、決着がついてない。

 

「………ふーん」

 

 興味が出たので行ってみることにした。

 

 

 

「ふむ………やはり、モンスター相手に教えるのは中々骨が折れる」

 

 オッタルは大剣を持ったミノタウロスを前に呟く。何せ言葉も解せぬ獣相手に、手解きの方法など文字通り体で覚えさせるしかない。そう、オッタルはミノタウロスを鍛えていた。

 理由は、とある冒険者にけしかけるため。嫌がらせ? 殺すため? 否だ。敬愛する女神が欲する相手を殺そうなどと考えない。ただ、ふさわしくなって貰いたいだけ。故に試練を与える。

 

「まあ、多少はマシになってきている。まだ時間もある、続け…………」

「ヴォ?」

 

 と、近付いてくる気配を感じるオッタル。遠巻きに此方を観察している視線には何度か気づいたが、とうとう近付いてくる気配が現れた。

 

「よお、オッタル………何してんだ?」

「……………お前か」

「お? ミノタウロスか…………ふーん、いいなそれ。ベルにぶつけるから寄越せ」

「もとよりそのつもりだ」

「あ、そう………ああ、フレイヤの試練って奴か。ん?」

 

 と、ヴァハはミノタウロスを見て首を傾げる。

 

「どうした?」

「……………お前、本気でこのミノタウロスを、ベルにぶつける気か?」

「…………邪魔をする気か?」

 

 それならば叩き伏せると言わんばかりに威圧するオッタル。ミノタウロスが思わず後退る………かと思いきや、足音は下がった音ではなく前に進んだ音。

 

「くは! ははははは! ぎゃはははははははは!! オッタルぅ、お前最高だなあ! よりによって、そのミノタウロスをベルに宛行うか! 良いな、それは良い! その戦い、是非とも俺も観戦させてもらうぞ!」

「……………邪魔をしないなら、それでいい」

「しないさ。するものか………寝物語に聞かされた、数千年来の戦いだ。それの決着が見れる。あー、どうにか戦いの光景を写して爺にみせてえ」

 

 心底楽しそうに笑うヴァハ。その笑みを、オッタルは何処かで見たことがある気がする。そう、フレイヤとロキのファミリアが最強と詠われる以前、最強の名を手にしていたファミリア…………その主神が浮かべていた笑み。困難を自ら切り開く者を見て、絶対を覆す者を見ては楽しそうに笑っていた彼の大神の浮かべていた笑みだ。

 

「よし、じゃあ俺はベルの方を少し鍛えてくるぜ。こりゃ楽しくなってきちまったなぁ……ベルにぶつける日は教えろよお? あ、つってもお前地上に出るわけにゃいかねえか、逃げられると困るし」

 

 と、ヴァハは顎に手を当てる。

 

「フレイヤの方にも言っとくわ。彼奴が多分、使いを届けてくれんだろうよ」

 

 そう言って、ヴァハは笑みを浮かべながら地上にいる弟の下へ歩きだした。




ヴァハ、祖父が聞いたらワシも見たーいと言うであろう戦いが近い事を知りテンションアップ


感想お待ちしております


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臆病な弟

 今日も今日とてベルを気絶させ膝枕するアイズ。癖のあるモフモフの髪を堪能する。けどさっきはともかく、今回はベルが勝手に倒れた。少し心配だ。あと少ししても起きなかったら、どうしよう?

 

「う、あ………」

「あ、起きた……?」

「…………アイズ、さん? 普通の、アイズさんですか?」

「? …………んっと、そうだと思うよ」

 

 普通の、というのが解らないが自分は自分だ。だから、取り敢えず肯定する。そのアイズを見て何時ものアイズであると判断するベル。そして、自分が膝枕されている事に気付き飛び起きる。

 

「ひ、膝枕!? また………!?」

「いきなり起きたら危ないよ?」

「あ、す、すいません……」

 

 修行で気絶し、膝枕されるのがすっかり習慣になってしまった。と、アイズが咄嗟に己の手を背中に隠したのが見えた。

 

「あの………もしかして、僕の頭とか撫でてました?」

「っ!」

「アイズさん………?」

「そ、んなこと……ない、よ」

 

 目を逸らしながら応えるアイズに、撫でていたんだなぁと理解するベル。だからあんな夢を見たのだろうか?

 そうだと思いたいけど、と唸るベルを見てアイズが首を傾げた。

 

「どうしたの?」

「あぁ、いや………なんでもないですアイズお姉ちゃん!」

「アイズ………お姉ちゃん?」

「アバババババッ!! ち、違います! 何でもありません! 間違えました!!」

「…………アイズお姉ちゃん」

 

 慌てて弁明するベルに気づかずアイズはベルの言葉を復唱する。

 

「ア、アイズさん…………?」

「…………………」

「あ、あの───」

「ねえ」

「は、はい!」

「もう一回、お姉ちゃんって呼んで………」

「へあ!?」

 

 アイズの発言にベルが思わず吹き出した。

 

「お姉ちゃんって、呼んで……」

「な、何言ってるですか!?」

「後一回だけでいいから」

「出来ないです無理です死んじゃいますぅ!」

「ねえ………」

「ちょっ! 近い、近いです!!」

「さん、はい………」

「勘弁してくださーーい!」

「……………何やってるにゃお前等」

 

 と、そんな呆れた声が聞こえた。ビクぅ! と震えた二人が振り返ると声と同じく呆れた様子の黒髪の猫人(キャットピープル)が此方を見下ろしていた。

 のこぎり型狭間の上に立つ彼女の隣の凸には、赤髪の少年が腹を抱えて震えていた。

 

「ククククッ。お姉ちゃん? お姉ちゃんと来たか。寝ぼけてたにしても最高だなベル………」

「お、お兄ちゃ………兄さん!?」

 

 と、そこで漸くベルは己がアイズに迫られた体勢であることを思い出し慌てて抜け出る。そのまま逃げようとするがクロエに捕まった。

 

「逃げるにゃ少年。逃げると尻を揉みしだくにゃん!」

「ええ!? なんでお尻!? に、兄さん助け…………」

「あわ、あわわわ………」

「おー、おもしれえコイツ」

 

 身の危険を感じ兄に助けを求めるも、ヴァハはバレたらリヴェリア達に怒られる。というか人の弟をボコボコにしてた事をまず怒られるかもと混乱の極みにより固まっているアイズの頭を掴みグリグリ揺らしながら遊んでいた。普通に触れる。羨ましい。

 

「あ、あの……ごめんなさい…………その、ベルを、別にいじめた訳では」

「ああ、良いって良いって。ベルは痛いの好きだから」

「好きじゃないよ!?」

 

 何弟の性的嗜好を盛ってるんだこの人は!

 

「まあそれは冗談として、最初から知ってたからなあ」

「この事は、リヴェリア達には………」

「あ、リヴェリアにだけは伝えてる」

「………………」

 

 アイズの戦い方は【ロキ・ファミリア】で培った財産だ。それを他所のファミリアに教えたとなれば、怒られる! と顔を青くするアイズ。ヴァハはもちろんリヴェリアが怒っていないことなど教えない。

 

「どーだベル? もう少し下に、潜れそうか?」

「下?」

「んー、そうだなぁ…………ミノタウロスからは、今度こそ逃げられるかぁ?」

「───っ!!」

 

 ビクリと肩が震える。肩だけではなく、全身が小刻みに震える。アイズが心配そうにベルの肩に手をおいた。

 

「ハハァ。まあ、別にいーんじゃねえの? また、誰かが助けてくれるさ。どーせ何時かは勝てるだろうし、それまでは可愛い剣士様に守ってもらえよ」

 

 ニヤニヤ笑うヴァハの言葉にベルは拳を握りしめ俯く。アイズがムッとヴァハを睨むが当然ヴァハは気にしない。

 

「んじゃ、どれぐらい強くなったか見てやるよ…………久々に、きょーだい仲良く遊ぼーぜえ」

 

 カモォン、と手をクイクイ動かすヴァハに、ベルはえ? と声を上げる。

 

「む、無理だよ。僕なんか、兄さんに傷一つつけられる訳ないって」

「何言ってんだ。当たり前だろ? お前が俺に傷ぅ? はは、恩恵貰う前から俺に勝てた事もねぇのに、恩恵を得てレベル差ができた俺になんでお前が傷つけられるよ」

「むぅ………そんなこと、無いよ。ベルはそのへんのLv.2にだって、善戦出来ると思う」

「そりゃそうだ。そうじゃなくちゃなあ…………いや、寧ろ互角程度じゃ困る。普通より強いミノタウロスにも勝てるぐらいじゃねえと」

「む、無理だって! そもそもミノタウロスにだって、勝てる筈────っ!?」

 

 ドゴッ! と腹に衝撃が走る。吹き飛ばされたベルは街壁の堀を転がりゲホゲホ咳き込む。

 

「な、何を…!」

「おおっと、こっから先は通さないにゃん」

「っ! どいて……」

「…………ねえねえ、逃げていい?」

 

 突然の事で反応が遅れたアイズだが直ぐにベルを助けようとして、クロエが止める。ギロリと睨むとクロエが思わず後退った。

 

「別にいいぜぇ? そしたら、お前が陰でやってる護衛依頼を、どんな相手から依頼受けたかまでリューとミア母ちゃんに教えるがなあ」

「ぐぬ、ぬぬぬ………そ~言う訳で通さねえにゃん! 言っとくけど、お前よりかーちゃんの方が怖いにゃ!」

 

 

 

 

 鈍い痛みが腹からズクズクと広がる。重い何かをずっと乗せられているような感覚。と、足音が聞こえる。

 

「ほら、立てよベル……」

「───っ!」

 

 ゴッ! と顎を蹴られ無理やり体を起こされる。そのまま後ろに倒れそうになるも踏み留まり、放たれた蹴りを受け止める。交差した腕に衝撃が走り、靴底を削りながら何とか倒れずに踏みとどまる。

 顔を上げ、映るのは笑みを浮かべながら迫るヴァハ。

 

「ひっ!!」

 

 振るわれた拳をかわす。頬を掠り、引っ張られた皮膚がプツンと切れる。刺すような痛みが走り、再び迫る拳を見て慌ててヴァハから距離を取ろうとして、ベルの斜め前に現れたヴァハが片足を引っ掛けてくる。

 

「わっ! と…………」

「ハハァ!」

「っぐが、あああ!?」

 

 慌てて体勢を戻そうとするも遅く、ガードも間に合わず、無数の殴打を受ける。殴打が止んだと思えばヴァハがギャリリと鉄板仕込みの靴裏から火花を散らし回転するのが見え、慌てて回し蹴りから逃れようと後ろに飛ぼうとして、しかし間に合わず蹴り飛ばされる。

 空が見えた。それと、下には街並み。壁の外まで吹っ飛ばされたのだと気付き、あ、死んだと何処か他人事のような感想が出てくる。

 

「って、うわああああああ!!」

「はぁ」

「ああ………あぎゅ!?」

 

 迫りくる地面。吹き荒れる風。それは死を実感させるには十分だった。が、何かに足を掴まれ落下が止まる。その際舌を噛んだ。

 

「怯え過ぎた馬鹿が」

「に、兄さん………」

 

 赤い紐を街壁ののこぎり型狭間に絡め付け、それを伸ばし壁に垂直に立ったヴァハが呆れたように言う。街壁の向こうから、空が見える。後、心配そうに覗き込んでくるアイズも。

 

 

 

 

「あれは、やりすぎだった。ベル、大丈夫?」

 

 アイズはベルの頭を撫でながらヴァハを睨む。ヴァハはどうでも良さそうに首をコキコキ鳴らす。

 

「やりすぎ? 俺は防げる攻撃しかしてねえぞ? ベルが喰らいまくったのは、ビビって避けようとするからだ」

 

 ここ最近のベルは頑張って前に出ていた。それは、惚れた女に臆病と言われ、情けない姿を見せたくない故に。言ってしまえばアイズの前でしか出来ない行為だ。それでは意味がない。

 

「実際加減はしてやったんだ。てめえがビビらず、防御しようとすりゃ守れる程度にはな………」

「……もしかして、ベルを昔から、虐めてる?」

 

 もしやベルが怯える『何か』とはヴァハなのではないかとアイズが何処か剣呑な気配を醸し出す。それに気づいたヴァハは、当然笑みを浮かべる。

 

「まっ、待ってください! 違うんです! 兄さんにいじめられた事なんて、一度も……! それに、僕は兄さんを怖いと思った事は一度しかないです!」

「…………一度は、あるんだ」

「一度はあったのか」

「…………あ」

 

 しまった、というように口を押さえるベル。申し訳なさそうにヴァハを見つめる瞳には、恐怖はない。イジメられてないというのは、本当なのだろう。

 

「まずベル。お前臆病だ。村にいた頃よりさらに臆病だ。何なら巣に帰れひ弱兎って悪口を子供に言わせたいぐらい臆病になってやがる」

 

 ここで言われるではなく言わせるがヴァハクオリティ。しかしベルは何も言えなくなってしまう。

 

「臆病なぶん避けるのは上手くなったが、それを一度でも崩されて痛みを思い出せば途端に体の動きがぎこちなくなる。たりめえだ、痛いかもってビビんのと痛かったからでビビんのは訳が違う」

「じゃ、じゃあどうすれば」

「笑え」

「…………え?」

「怖いなら寧ろ笑え。全然余裕だ、お前なんか怖くないと笑え。とにかく笑え」

「え、それ………単なる強がりじゃ」

「ああ。ガキの強がり。でもぷるぷる産まれたての小兎みてぇに震えるよりはマシだろ?」

「兎も、生まれたてはプルプルしてるんだ………」

 

 アイズはまた一つ賢くなれたとでも言うように頷いた。

 

「でも、もうベルを虐めちゃ駄目」

「…………ま、良いさ」

 

 文字通り好きな子の前でボコボコにしてやったんだ。ベルも男の子なら、少しはやる気を上げるだろう。後はそれに賭ける。

 

「と、そうだ………『神の鏡』の使用許可貰わねえと。ついでだし、爺の分も貰ってやるか」

 

 確かパシリに現在の祖父の居場所は聞いていた。そこに『神の鏡』が出現するように現オラリオにおいてトップクラスの神格を持つ神のもとに向かう。

 

 

 

 

「こ、困ります! ここから先は、ギルド職員であろうと有事の際以外は」

「…………ん?」

 

 休憩中、煙草を吹かしていたローズはそんな声に反応する。五感が優れた獣人は音に敏感なのだ。

 

「はぁ、面倒くせえなあ。ええっと、ああ………アムピュトリオンの関係者が来たっていやあ話が通じるはずだ」

「!?」

 

 だからこそ、聞こえてきたその声に思わず目を見開く。休憩室から飛び出るとギルド職員に止められるヴァハの姿が。

 

「ちょっ!? あんた、何して………!」

「ローズ! 丁度いい、お前の担当だろ、なんとかしろ!」

 

 先輩職員がこちらに向かって叫ぶ。何とかしろと言われても、そもそもどういう状況だ? とりあえず、普通に関係者以外立入禁止の廊下まで入ってきてるのは確かに問題だが。と、その時ドスドスと重い足音が聞こえてきた。ローズは思わずうげ、と言いたそうな顔をする。

 

「こ、これは何の騒ぎだ! おい、そこのお前ここが何処だか解っているのか! 所属ファミリアと名前、担当の職員を名乗れ!」

 

 現れたのは他の職員に比べ遥かに品質の良いスーツを着込んだエルフ。しかし、そのスーツははち切れそうな程盛り上がり、一般的なエルフ像とはかけ離れたシルエットをしている。

 

「おぉ〜、言葉を話すオークたぁ珍しいなあ」

 

 彼こそギルドの最高権力者であり、豪遊に溺れ醜く肥太りエルフから「ギルドの豚」と唾棄され、リヴェリアにさえ「一族の恥」扱いされるロイマン・マルディールである。

 

「所属は【ミアハ・ファミリア】………ヴァハ・クラネルだ。よろしくなぁ、豚人。担当受付嬢はそこのローズだ」

「うげ………」

「っ! お前か、一体こいつにどんな教育を───」

『ロイマン……』

 

 と、その時廊下の奥から声が聞こえる。ロイマンも含め、誰もが動きを止めるほどの厳威が込められていた。

 

『名も知らぬ少年よ、アムピュトリオンと言ったか? ヘルメスの知り合いか?』

 

 何故此処でヘルメスの名が出るのか、と困惑するギルド職員をよそにヴァハは話が早くて助かると笑う。

 

「俺はヘラクレス。そういや、お前にも意味が解るだろ?」

『─────っ。なるほど、通せ』

「なっ!? ウ、ウラノス!?」

『良いと言っている。お前達は下がれ』

 

 呻くロイマンはしかし押し黙りヴァハを一睨みすると去っていく。他の職員達も困惑しながら持ち場に戻る。ただ一人、ローズはまだ動けないでいた。

 

「あんた、一体…………」

「それは秘密だ。にしても……お前、煙草始めたのか?」

「え、あ………」

 

 ローズは自分が喫煙可能な休憩室から煙草を持ったまま飛び出したのに気付き慌てて火を消そうとするも、ここに灰皿は無い。ヴァハは煙草奪うとそれを咥える。

 

「獣人が吸うだけあって匂いが気にならねえな。これもこれで良い…………所で、祭壇って禁煙?」

「いや、どうだろ。そういう話は、聞かないけど」

「なら、こいつは貰ってくな」

 

 ヴァハはそう言うと廊下の奥へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 天界の神々は悠久の時を生きる。何せ死なないのだから。いや、厳密には神を殺す方法はある。あるがどうせ1万年ほど経てば新しく生まれ変わる。記憶も、何もかも失いつつ確かにその神として。

 ならば年齢に差などないのかと問われればそうでは無い。生まれ変わる以前の問題で、神とはその概念が存在した時にこそ生まれる。

 その中でも特に古参の神がいる。原初の天界を統べていた強大なる神の王。その名を、天空神ウラノス。

 殺し合いを行おうと最期のその時まで笑うのが神という異常者だとある神が実感するほどに暇つぶしという名の殺し合いが起きていた天界に於いても()()()()()()()()()()()()神の一柱だ。

 

「お前が、ゼウスの残した次代の英雄か」

「いんやぁ、俺は違う。それはベルに宿った。才能も、記憶も、何もかも受け継がず、それでも確かな英雄としての心意気が買われたのか、強い俺じゃなく弱いベルになった。そういう意味じゃ、俺はヘラクレスじゃねーんだよなあ。騙して悪いな」

 

 ケラケラと笑うヴァハを見て、老神ウラノスは顔色一つ変えない。老神と言っても2M(メドル)を超す逞しい体を持ったその神を老いぼれと罵れるものなどそうはいない。

 

「改めて名乗らせてもらおうか。俺はヴァハ・クラネル。ゼウスの、まあ()()さな…………」

「そうか。それで、如何なる用でここに来た」

「後でここにヘルメス送るから『神の鏡』の使用許可を出してくれ」

「……………何?」

 

 その謎の要求にウラノスは訝しむ。『神の鏡』………下界の催しを覗くための神の目。何故それを?

 そういえばとある美の神も『神の鏡』を使おうと色々と裏で手を回しているようだが、それと関係あるのだらうか?

 

「オラリオ内で開くわけじゃねえよ。ヘルメスにゃ、別に見せなくていいし。爺に見せたいんだ」

「何をだ」

「冒険者とミノタウロスの戦い」

 

 そんなものに何の意味が、と思うウラノス。冒険者とミノタウロスの戦いなど、最早何の価値もない。ミノタウロスが強大な怪物だったのは世界初のランクアップが成される前だ。

 

「色々と、事情があんだよ。しっかしダンジョンはおもしれえなあ。まさかモンスターも人間と同じように転生してやがるとは」

「………………っ」

「…………あ?」

 

 僅かに身を震わせるウラノス。それは悪手だ。ヴァハの前では、如何なるヒントも出してはならない。

 

「……………記憶の引き継ぎ………」

 

 全てのモンスターに行われるわけではないだろう。それなら、モンスター達はもっと厄介な存在として冒険者を苦しめる。何が条件だ? 例えば、忘れたくない記憶。つまり、感情

 

「………そういや怪物祭(モンスター・フィリア)はギルドが…………ああ、そういう。友愛(フィリア)の目的は………なるほどなるほど。合点がいった」

「それを知り、どうする気だ」

「別に? ただ、ヘルメスにはよろしくなぁ」

 

 ヴァハはそういうと残った煙草のフィルターを雷で焼き尽くし、背を向けて歩き出す。ウラノスは、その背中を黙って見送った。




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道化英雄

「つー訳でベルが寝ぼけてアイズをアイズお姉ちゃんって呼んで、アイズがもう一度呼んでもらおうと迫ってた」

「そうか………あの子も、誰かを可愛がりたい年か」

 

 少し前まで可愛がられる側だったのにな、と微笑むリヴェリア。ここでババ臭いと言ったら確実に怒るのだろうな、まあヴァハは気にせず言って微妙な顔をさせるが。

 

「お前は、もう少し女性の扱い方を覚えたらどうだ?」

「あん? 女の扱い方ぐらい知ってるぞ? お前にはしないだけだ」

「……………それは私に女としての魅力がないと言いたいのか?」

「んっんー………むしろ、どうでもいい女こそ女として扱うなあ俺は」

「?」

「だってよぉ、ようするに気に入られようと己を偽って相手に見せるんだろお? じゃあ何かい? 好きな相手に本当の自分を見せないまま、墓に入るのか? そりゃ道理が合わねえ」

 

 ヴァハからすれば女を口説くなど朝飯前だ。ヘルメスとの旅路で、娼婦でない女と関係も持ったことはある。ヘルメスが女の扱いを教えてやるぜ、などと張り切っていたので情報収集には役立つかと学び、自身の容姿、性格、印象を理解した上で最適化した。

 だが基本的には使わない。本音を見せる必要もない、どうでもいい女相手にやるものだと認識している。若しくはからかう時。

 

「とは言え潔癖なエルフは面倒くさい。一度肌を重ねればそれだけで婚約だなんだと言うからなぁ」

「…………おいまて、お前エルフと寝たのか」

「おお」

「………………そ、そう………か。いや、その者達から求めたなら、私がとやかく言う資格はないが」

 

 ここ数日の付き合いでヴァハが花や団子より血肉(殺戮)を求める奴だと言うのは解った。多分本当に、彼本人は邪な気など一切ないのだろう。求めてきたから抱いた、たったそれだけしか認識していない。

 

「まあ俺の女関係なんてどーでも良いだろ。ベルとアイズの方だ。このままどんな仲に発展してくかねえ」

「ベートやレフィーヤ辺りが筆頭に騒ぎそうだな………」

「あぁ…………まぁたお姉さまぁ、ってか?」

「? 過去に、レフィーヤのような知り合いがいたのか?」

「覚えてるだけだ。知り合いでも、何でもねえよ」

 

 と、心底どうでも良さそうなヴァハ。覚えていると言うならそれなりに思い入れがあったのでは、とは思うがその態度からして、それも無さそうだ。

 

「あ………そういやティオナは今暇か?」

「ん? まあ、アイズがLv.6になったから、みな修行に精を出してはいるがあの子ならお前が呼べば来ると思うぞ」

「そいつぁ何より。んじゃ、俺が呼んでるって言っといてくんねえ?」

 

 

 

 

「『私は今より『英雄達の船』となろう。! だから、どうか! どうか私の後に続いてくれ、勇者達よ!』」

「おお、おお〜!?」

「かっこ、いい……」

 

 『アルゴノゥト』の演説を語るヴァハの言葉にティオナとメイナは目をキラキラさせる。ヴァハは、演じるのが上手い。まるでその場に居るかのように、その景色が、その言葉を発する人物が目に浮かぶような気がする。

 物語は進む。民衆を味方につけたアルゴノゥトは王の力が届かぬように王都を出て、王は王でアルゴノゥトを始末するために他の英雄候補達を使う。

 狼人の独白は格好良かった。

 ミノタウロスとの戦いで、吹き飛ばされた。

 王国最強の暗殺者は、何故だがティオナの心に響いた。

 そして、それでも、オルナの想いを聞き届け、道化は姫のもとに辿り着く。

 その英雄譚の終わりを綴るべく、姫を救い大団円を迎えるために獰猛なるミノタウロスと精霊の加護と友の魔剣を携えた英雄が最後の戦いを行う。

 

「『先程までは悲壮ぶっていたのがいけなかった! 姫を心配するあまり、私らしさを忘れていた! 愉快に、滑稽に笑おう! そして腹を抱えて笑われよう! さぁ、ミノタウロス、君も笑え! これが私達の最後の『喜劇』(たたかい)だ!』」

 

 その言葉に、心が無いはずの魔物は笑ったそうだ。

 道化(英雄)はさらには天の神々にまで叫ぶ。この戦いを見ろと。地下で行われる戦いを、大地に邪魔されていようと無理やり見ろと。

 精霊達の力を借り、極上の物語を綴るために。

 それこそがアルゴノゥトの英雄神話。今や恐怖の対象でもなんでもない、雄牛を一匹倒すだけの、それだけの物語。

 しかし悲しいかな。男はやはり、英雄になり得る器ではない。支配に逆らい、たった一人の道化を倒すために吠える雄牛に対し、視力を失い、負けてしまいそうな道化を、姫が助けようとする。姫が、だ。英雄に救われるべき存在さえ、彼を救おうとする。だけど、ああ、それはなんとも彼らしい。

 

「『すまないミノタウロス。やはり私は私らしい。こんな『喜劇』にしかならなかった。ここでお前を討つ! 私一人ではなく、姫と二人で! 本当に申し訳なく思う! だから───また会おう、我が敵よ』」

 

 道化は、言う。怪物相手に約束をする。

 

「『生まれ変わり、次にまた巡り会った時、今度は一対一で! 私達の決闘を! 約束だ、『好敵手』よ!』」

 

 そうして、アルゴノゥトの英雄譚は終わる。雄牛を倒しただけの、後の世に広まる英雄譚からすればあまり大した偉業ではないが、それでもそこから始まった。英雄達が歩みだす、英雄神話が。

 

「……………ティオナお姉ちゃん? 泣いてるの?」

「え? あれ………あれ?」

 

 と、メイナが指摘するとティオナは己の目から涙が流れているのに気付く。

 

「あれ、おかしいな…………なんだろ、なんで………」

「…………………」

 

 何故か止まらぬ涙を何度も拭うティオナにメイナは無表情ながらオロオロと心配そうに見つめる。そんな光景を見てヴァハは普通に帰ろうとして、メイナがどうにかしてと言うように腰に抱きついてきて見上げてくる。

 

「…………ティオナ」

「え? あ、ご、ごめん。すごく、いい話だったよ。ワクワクしたし、ドキドキしたけど………その、えっと………」

「………………」

 

 ヴァハはティオナの頬に触れ涙を拭ってやる。

 

「笑っていてくれ、()は…………()()に笑っていてほしい」

 

 普段のヴァハからは想像もできない優しい声色。その声に、ティオナの涙が止まる。そして、今度は顔が赤く染まっていく。

 

「…………泣き止んだかぁ?」

「な、なな………泣き止んら! だいじょうび!」

 

 Lv.5のステータスを存分に活かしギュバッ! と距離を取るティオナ。自分の顔が何故赤くなっているのか解らず困惑した顔で去っていった。

 

 

 

 

「やあヴァハ君。急にどうしたんだい?」

「今日はちょっと気分がわりいから、てめぇをサンドバッグにしにきた」

「理不尽だな!?」

「あ? そもそもてめぇが原因だろうが」




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始まる試練

 ヘルメスをボコボコにしてから数日。今日もダンジョンに潜ろうかとバベルに向かって歩くヴァハは、不意に歩みを止める。

 

「終わったかぁ?」

「はい。オッタル様は、仕上がったと………故に、お迎えに上がりました」

 

 ヴァハが呟いた言葉に返すのは、戦乙女のエンブレムをつけた少女。たしか、ヘルンとかいう名だったな、とヴァハは己の記憶を探る。

 

「楽しみだな。ああ、あの時の約束が今果たされる訳だ」

「? 約束、ですか?」

「てめえにゃ関係ねえよ。知るのは俺と爺と、ティオナ………まあ次点でメイナぐらいで良い」

 

 そういう意味ではヘルメスも知ってるんだよなぁ。記憶を失うまで殴ろうかな? いや、爺が散々自慢話で聞かせたからだけど。

 

「…………クラネル?」

「あん?」

 

 ヘルンと共に歩いていると聞き覚えのある声が聞こえる。振り返ると、フィルヴィスがディオニュソスと共に歩いていた。

 

「よお、あの事件以来だなあ」

「ああ。体は、もう大丈夫なのか?」

「おう、もう完治した………」

 

 そう言って腕を見せるヴァハ。全身に広がっていた亀裂はもはや少しも残っていない。

 

「それは良かった。ところで、そちらの女性は…………っ!?」

 

 と、ヘルンに視線を向けたフィルヴィスは【フレイヤ・ファミリア】のエンブレムを見つけ目を見開く。

 

「貴様等は、またクラネルの下に、今度は何をする気だ!?」

 

 以前オッタルがヴァハを殺しかけたのを思い出し同じ所属のヘルンを警戒するフィルヴィスに、ヘルンは顔をしかめる。オッタルがヴァハに行ったことは知っている。その後なぜかヴァハが普通にオッタルに酒を奢らせる約束をしたこともオッタルが律儀に酒を用意したことも。

 とはいえ目の前の少女からすれば自分はヴァハ・クラネルを襲撃したファミリアの一員。素直に通してはくれないだろう。残念ながらヘルンは治癒師(ヒーラー)で、Lv.3のフィルヴィスが本気で止めに来たら、どうしようもない。

 

「ダンジョンデートだ、邪魔するな」

「何………?」

「へ?」

 

 ヘルンが困っているとヴァハが助け舟を出す。なるほど、男女が共に出かけていてデートと聞かされれば早々邪魔できないだろう。片方が片方を殺しかけた奴と同じ組織所属じゃなければ!

 というか嘘を見抜く神もいるのに、とディオニュソスを見るとディオニュソスは何やらにやりと笑う。

 

「どうやら私達は邪魔なようだ。行こうか、フィルヴィス」

「え、ディ……ディオニュソス様?」

 

 嘘を見抜けるはずの神がヴァハの言葉を否定しなかった。己の主神の言葉故にフィルヴィスも困惑する。

 

「で、ですがクラネルが騙されているやも………この女は、以前クラネルを襲った【ファミリア】の………」

「では、フィルヴィス。お前が守ってやってはどうだ?」

「「…………はい?」」

 

 フィルヴィス、ヘルン、仲良く首を傾げる。

 

「ヴァハ、デート中であるとは重々承知だが、フィルヴィスは君を心配しているみたいでね。どうか、連れて行ってやってはくれまいか?」

「危険な目に遭うかもしんねーのに?」

「その時は、君がフィルヴィスを守ってくれるだろう?」

「まあ、それは別に良いけどよぉ」

 

 何考えてんだこの神、とヴァハはディオニュソスを見据える。正直言ってフィルヴィスを守る守らぬは良いとして、フィルヴィスが、潔白なエルフが弱者を守ろうとする可能性がある以上あまり連れて行きたくはないのだが。

 

「ディオニュソス様! しかし、私には貴方の護衛が……!」

「しかし、ヴァハも心配なのだろう? 彼はどうも、女にだらしない。騙されている可能性もある」

「そ、それは………」

「あの、我々は急いでいるのでここで………」

「おう、じゃあなフィルヴィス」

 

 ヘルンが歩き出したのでヴァハもそれに続く。それを見てフィルヴィスはあ、と声を漏らす。

 

「〜〜っ! 申し訳ありません、ディオニュソス様!」

「ああ、行ってきなさい」

 

 ヴァハ・クラネルには借りがある。そして、ヴァハが当たり前のように何度も死にかけているのを目にしているフィルヴィスは気が気ではなくヴァハの後を追いかける。

 

「ふふ。同族の少女以外にも、心が開けてきているようだな、フィルヴィス」

 

 そんなフィルヴィスを、たいへん愛らしく思う。同時に祈る。何度も死にかけているらしいヴァハが、今度こそ死にかけないように。

 フィルヴィスの心は、弱い。本当は寂しがり屋で、だからこそ本心から受け入れてくれる者達に心を開き、支えにしてしまう。その支えを、失ってしまうと思うと………

 

「嗚呼、フィルヴィス………そしたらお前はきっと、泣いてしまうのだろうな」

 

 だからどうか、死なないでくれヴァハ・クラネルよ。

 葡萄酒の匂いを漂わせるディオニュソスは、心の底からそう願った。

 

 

 

 

「結局ついてくんのなあ」

「お前は警戒心がなさすぎる!」

 

 ダンジョンの中をヘルンの先導のもと駆け抜けるヴァハとフィルヴィス。フィルヴィスとしては何度も死にかけるヴァハを怪しい輩と一緒にはしておけなかった。というか、思い返せばヴァハなら騙される以前に自分から危険に飛び込むだろうし。

 

「………フィルヴィス様は、ヴァハ様の恋人なのですか?」

「なっ!?ち、違う!」

「そうですか。それは良かった……」

 

 何せヴァハの愛はさる美神に捧げられるべきものなのだ。とはいえそれを知らぬフィルヴィスから見ればまさかデートというのは本当に? という気分になる。と、その時、複数の気配を前方から感じる。

 

「っ! 【フレイヤ・ファミリア】!?」

 

 複数のアマゾネス達だ。ヘルンを見て、驚愕ししかしすぐに敵意をにじませ、先頭のヘルン目掛けて突っ込んでくる。動きからして、Lv.3……いや、4か? 何で光ってんだ?

 

「───っ!?」

 

 突然の奇襲に固まるヘルン。しかし放たれた蹴りは、空を切る。ヴァハがヘルンを抱き抱えかわしたからだ。

 

「【血に狂え】」

 

 彼女達が何者かなどヴァハは興味がない。敵対してきた以上、殺しても文句は言われないことは確かだ。体内の血を操り、血液の流れを速め、身体機能を大幅に強化する。

 

「ちぃ!」

 

 短髪のアマゾネス。ランクはLv.3程度だろう。ヴァハはそのアマゾネスの拳を受け止め別のアマゾネスに向かって叩きつける。が、耐久が高いのか呻きながらもまだまだ戦えそうだ。さすがアマゾネス。何度殴っても喜ぶ奴等が多かっただけはある。

 

「もう少し遊んでやりてえが───」

 

 バチリ、とヴァハの脚から紫電が迸る。

 

「───急いでんだ。邪魔すんな」

 

 そして、ヴァハの姿が消えた。困惑するアマゾネス達は、次の瞬間鮮血を吹き出す。斬られていた。Lv.4の光っているアマゾネスはギリギリ回避したがそれでも他のアマゾネスより軽症なだけ。

 

「っ! てめぇ!」

「なんだよ、やるか?」

 

 睨んでくるアマゾネスにヴァハがニィ、と笑みを浮かべる。何だったら四肢を切り落として血の匂いに誘われたモンスターの餌にしてやりたいとヴァハの中の残虐性が顔を覗かせる。と───

 

「素敵、素敵ね!」

 

 とても明るい声が聞こえてきた。ヴァハが目を見開き血の大剣を生み出すと双剣とぶつかり合う。腹を切り裂かれた女が、熱に浮かされたような顔でかヴァハを見つめる。

 

「貴方、すごく速いのね? サミラの攻撃も止めてたし、力も強いのかしら?」

「────!」

 

 この女、力が強い。ヴァハの動きに反応できなかったくせに、パワーに物を言わせた戦闘スタイルか?

 

「【男喰い(サンタテレサ)】ユノ!?」

「何、彼奴が? まずい、クラネル! その女から離れろ!」

「あ?」

「あん!」

 

 取り敢えず腹の切り口に爪先をねじ込みながら蹴り飛ばすと恍惚とした声が帰ってくる。

 

「その女は自分を倒した相手に惚れて付きまとい、付きまとわれた男は行方不明になるんだ!」

「……………へえ」

 

 しまった、とフィルヴィスは後悔した。ヴァハが、興味を持った。

 

「とはいえ俺は忙しい。てめぇ等も怪我人の治療してぇだろ? 今日はここで手打ちにしようぜ」

「アタシ等を追ってきたんじゃないのかい?」

「んな暇あるかボケ。勝手に勘違いして襲ってきて返り討ちに遭う雑魚なんざに興味ねえんだよ」

「…………退くよ、お前等」

 

 代表らしきアマゾネスの言葉に比較的傷が浅いアマゾネスが傷の深いアマゾネスに肩を貸し歩き出す。ユノは、フラフラと起き上がり血を吐きながらニッコリと微笑む。

 

「クラネル、だったかしら? 私はユノ………今度、ぜひ指名してね」

「おう、またなあ」

 

 手を振り別れる2人。フィルヴィスは絶対に関わるなと言いたかったが、絶対に関わろうとする事はこの数週間の付き合いで想像に難くなかった。

 そして再びヘルンの案内のもとダンジョンの中を進むと、9階層であり得ざる光景を見つける。

 中層にいるはずのミノタウロスがいたのだ。しかも、白髪の、明らかに駆け出しの冒険者が襲われている。

 すぐに助けに行こうとするフィルヴィスだったが、その前に金色の影がミノタウロスと少年の前に割り込む。アイズだ。

 オラリオで有名な彼女の登場にフィルヴィスは安堵する。彼女ならミノタウロスに遅れを取るまい。そう、彼女なら。

 

「……ないんだっ」

 

 少年は、アイズの左手を掴み己の背後へと押しやる。

 

「アイズ・ヴァレンシュタインに、もう助けられるわけにはいかないんだっ!!」

 

 ヘルンは主が少年に興味を持った理由の一端を知る。

 フィルヴィスは、その少年の行為が理解できず固まる。

 ヴァハは、楽しそうに笑っていた。




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英雄譚の幕開け

 始まりは、兄だった。次に祖父。

 今も昔も変わらぬ祖父と兄は、ゴブリンが出ようとレッドアルマジロが出ようとリザードマンが出ようとたった二人でボコボコにして、その日は鍋になった。

 祖父が死んで、兄と共にオラリオに来て、新たな憧れが生まれた。いや、それはもはや恋だった。

 身の程知らずにも程がある恋。それすら自覚せずに、同じ街に住んでいるのだから何時か出会い、仲良くなり、そして──

 そんな夢に心躍らせ、それだけで幸せになっていた。

 

──雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ

 

 そうとも。その通りだった。言いかえせるものか。それでも一瞬、助けを求め兄を見てしまい、こちらに視線を合わせない兄が、その言葉に何を思っているのか理解して飛び出した。

 アイズ・ヴァレンシュタインに認められていないのは当たり前だ。彼女からすれば知り合いですらない。兄にも認められていなかった。悔しかった。

 それが当然である事を誰よりも理解していたから。

 モンスターや獣を退治して戻ってくる兄や祖父に話を強請り、瞳を輝かせ、自分は何をしてきた。

 してこなかった。

 何時かとか、夢見るとか、何かを期待して待っているだけの自分が、許せない、

 何もかもすべきだったのに、何もかもしなければあの人達と並ぶことなど出来ないのに。

 だから、出来ることはやった。ダンジョンに潜り経験を積み、エイナからモンスターの倒し方を学び、体を鍛え、リリの手助けで金を稼ぎナァーザ達からポーションを買い、更に潜り。

 だけど自分が憧れた人達は、やっぱり遠かった。兄は世界記録(ワールドレコード)を塗り替えた。アイズはLv.6と、オラリオの最高クラスのランクへと踏み込んだ。

 追いつきたい人達は、ほんの少しでも近づけてきたと思った人達は、あっさりと遠のく。

 『同じ冒険者』なんかじゃない。アイズに言われた言葉も、兄から振るわれた暴力も、事実だ。未だ影に怯え、下に向かえない自分は冒険なんかしていない。

 今もこうして、ミノタウロスを前に動けなくなり、あの時のように憧れに助けられる。

 何も変わらず、弱いまま。

 

「……大丈夫? ……頑張ったね」

 

 頑張った? 誰が? 僕が?

 頑張ったか? 本当に? ああなるほど、リリを逃がすために頑張ったかもしれない。労りの言葉に、心臓が早鐘を打つ。

 

「今、助けるから」

 

 助け、られる? またこの人に、助けられる?

 

「ッッッっ!!」

 

 立て

 立て!

 立てよ!

 格好悪い自分はもう嫌なんだ! 強くなるって決めたんだ!

 憧れた人がいるんだ。ここで、今ここで立ち上がらなくちゃ、高みに手を伸ばさなきゃ、いつ届くって言うんだよ!?

 

 

 

 

 背後から、地面を踏みしめる音がなった。アイズのすぐ後にいるのは、たった一人。その人物は、だんっ、と。地面を蹴り飛ばす音を鳴らした。

 振り返ったアイズの金色の双眸に、立ち上がった少年が映る。キズだらけで、しかしその瞳を燃やし。

 

「………ないんだっ」

 

 アイズの左手を握りしめ、背後へと押しやる。少年は一歩、前に出る。

 

「アイズ・ヴァレンシュタインに、もう助けられるわけにはいかないんだっ!!」

 

 どうして、立ち上がれる?

 アイズは知っている。少年は『器』ではない事を。

 平和な場所で、家族と過ごすべきただの少年である事を。

 勝てない相手に武器を取る。それはまるでかつての、今も尚変わらぬ自分のよう。黒い炎に身を焦がす、復讐を誓ったアイズ・ヴァレンシュタイン(復讐姫)のよう。

 それなのに、少年の目は何処までも真っ直ぐで、真っ白で、アイズは固まる。その目を、その綺麗な目を失わせたくなくて、アイズは慌てで少年の背に手を伸ばし、しかし固まる。

 

──そこにいなさい、アイズ

 

 漆黒の渦に突き進んだ父親の背中と、紅き猛牛に歩みだす少年の背中が重なる。今度こそ止めたかったはずなのに、今度こそ隣に立ちたかった筈なのに、アイズはその場に立ち尽くす。

 一人の少年が歩み出した『英雄』への一歩を目にして、アイズの体は動かなくなる。

 

 

 ああ、カッコつけといて、何だが、怖いなぁ。凄く怖い。自分よりずっとデカい相手。己にトラウマを刻んだ相手。そういえば、兄が何か言っていたな………

 

──怖いなら寧ろ笑え。全然余裕だ、お前なんか怖くないと笑え。とにかく笑え

 

「………は、はは…………ははははは」

「ヴ、ォ?」

「あはははははははは!!」

 

 突然笑い出したベルにミノタウロスは困惑するように呻く。アイズに追いついたティオナ達も。ベートは気が触れたかぁ? と弱者を何時ものように嘲笑する。

 

「全っ然、怖くない! お前なんか、少しも怖くないぞ!」

 

 誰がどう見ても、単なる強がり。失笑を買うべき愚行。だが……誰も笑えなかった。『本当の冒険』を行おうとする者を笑える、『冒険をする気もない』愚か者は、ここには一人も居なかった。

 

「……………ヴ、ァ…………」

 

 ()()ミノタウロスは生まれて間もない。最初の記憶は、己に向かってきた人間。恐怖に顔を歪めながらやたらめったら剣を振り回すだけの取るに足らない、敵でもない獲物を殺し、次に出逢ったのはまた敵ではなかった。己が、彼の敵たりえなかった。

 彼に剣を渡され、彼に向かって振るい続けた。時折浅く反撃され、少しずつ、少しずつ剣の使い方を学んだ。

 だから()()()()()()()()()()。思い出す程の時間がないミノタウロスにとって、あり得ざる過去の記憶。

 

──愉快に、滑稽に笑おう! そして腹を抱えて笑われよう! さぁ、ミノタウロス、君も笑え!

 

 此処ではない何処か。人工的に作られた地下迷宮。

 恐れ逃げ惑う人間達。無意味に散り、己の糧となる同胞達ばかりを相手していた中、初めて現れた『敵』。己の『好敵手』!

 目の前の少年とよく似た白い髪に赤い瞳の少年。

 口角が、吊り上がる。それは紛れもない笑み。モンスターが笑みを浮かべた。だが、それは、きっと嘲笑ではない。

 

「ヴゥオオオオオオオオオッ!!」

 

 放たれる咆哮。大気を揺らし、砂塵を巻き上げる怪物の恐嚇(うた)。Lv.6すらやってきたというのに、誰もが固まる。恐怖、ではない。もっと、別の何か。

 

「…………おい、ベル」

「…………兄さん?」

 

 そんなLv.6すら止める咆哮をものともせず歩き出そうとしたベルを、ヴァハが呼び止める。

 

「負けるなよ」

「…………うん!」

 

 怪物と少年の戦い。そう聞けば冒険譚のようで。

 ミノタウロスとLv.1。そう聞けば愚かな身の程知らずの喜劇のようで。

 だけど、確かな英雄譚が、かつて誰もが夢見た戦いが、始まろうとしていた。




オリジナル小説も書いてみました。そちらのよろしければお願いします

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少年の英雄譚

 ぶつかり合うミノタウロスとベル。ミノタウロスは遥かなる強者から学んだ剣を振るい、ベルは憧れの強者から学んだ駆け引きを行う。

 アイズは、その光景を黙って見つめる。と──

 

「どけアイズ! 俺がやる!」

 

 なんの心変わりか弱者を蔑視するベートがミノタウロスを倒そうと動く。その声にヴァハが反応し、意識が朦朧としている小人族(パルゥム)の少女に目を向ける。

 彼女の懇願を、弱者の願いを踏み付けるのは強者の特権ではあるがいたぶる奴になる気はないのだろう。とはいえ邪魔されては困るとヴァハが動こうとして、ベートの動きが止まる。その視線は、ミノタウロスと少年の攻防に釘付けになる。

 

「僕の記憶が正しければ、一ヶ月前あの少年は()()()()()()()()に見えたんじゃなかったのかい?」

 

 その通りだ。戦いの何たるかを一切知らない、逃げ惑うしかできていなかった愚かな雑魚。後にその兄と思いがけぬ共闘をする事になりこのアホは弟に何を教えてたんだと内心毒づいたものだ。

 なのに、今目の前で起きてる光景は、何だ?

 Lv.2でも苦戦する、場合によってはLv.3ですらやられる事があるミノタウロス。それも、冒険者の武器を扱い、しかも十全に使いこなす限りなくLv.3に匹敵するモンスター相手に、駆け出しの筈の少年が戦っている。

 誰一人として、動けなくなる。瞬きすら惜しいと思え、まるで時が止まったかのように立ち尽くす。

 この中の、誰か一人でも加勢すれば終わる戦いを、しかし決して邪魔させてはならぬと本能が訴えかける。

 

「………………」

 

 フィンは冷静に分析する。大凡Lv.1とは思えぬ身体能力。やもすれば身体系のステイタスが軒並みAかSという、1ヶ月ではありえぬ値にまで成長したのかと思うほど。

 それでも、それだけではミノタウロスに勝てるはずがない。ミノタウロスはLv.2なのだから。

 それでも少年が互角の勝負を繰り広げられるのは………

 

「勇気………」

 

 臆せば死ぬ極限状態の中、己の全てを全霊でぶつける事のできる勇気。それが速度では勝る少年の判断速度をさらに上げている。

 知らず知らずに拳を握る。【勇者(ブレイバー)】であるフィン・ディムナが、他者の勇気に感服させられている。

 

「………いいね。彼は…………すごく良い」

「っ……!?」

 

 笑みを浮かべるフィンの側で、ベートは己の毛が逆立ち、体が疼くのを感じる。

 魅入っていた、この光景に。こんな、程度の低いはずの戦いに。

 

(クソが……っ! 何なんだ、彼奴は!)

 

 その悪態は、果たして本当に少年のものに向けられたのか、あるいは少年を認めてしまう………

 

「………アルゴノゥト」

 

 ティオナはヴァハから聞かされた、もう一つの道化であり英雄の少年の物語を思い出す。

 誰かを笑顔にするためにあえて騙されて、涙を封じ、無力な己に絶望しながらも、英雄を鼓舞できれば良いと言いつつも、誰よりも英雄に憧れていた少年の物語を。

 

「…………バーチェ」

 

 ティオナが昔から知っていた方のアルゴノゥトを語り聞かせてくれた女の名を思わず口にする。ティオナが知る中で、とっても強くて、だけど何時も何かに怯えていた彼女に、こんな光景を見せたい。こんな光景を見られる喜びを、分かち合いたい。

 

「……………………」

 

 誰もがその光景に見惚れ、忘れかけていた白い何かを胸の奥底で灯す中、一人だけ、その胸にどす黒い闇を落とす者がいた。

 己の全てを賭して、誰にも汚せない誇りを胸に、怪物に挑む。

 なんと高尚な姿だろうか。

 なんと眩い光景だろうか。

 なんと誇り高い戦いだろうか。

 自分だって、ああなってみたかった。己の死を前に、己を貫き通せる、そんな者達が仲間だったのなら、自分は()()()()()()()()()()()()()!! いっそ理不尽な迄に嫉妬が溢れ、憎悪へと変ずる。あの荒々しくも神々しい戦い───否、決闘を汚してやりたい。

 ゆっくりと持ち上がる腕。しかしその手首を別の手が抑える。

 その手の持ち主が今まさに決闘している少年の兄であることに気付き身が強張る。

 

「なれやしねーよ…………」

「………え」

「どれだけ憧れても、望んでも、てめぇが()()()()()になれるかよ。俺とおなじさぁ、光り輝く英雄譚に、俺もお前も立てやしねえ………今は黙ってみてようぜ?」

「………………」

 

 お前は彼の兄だろう。あんな戦いができる男を、オラリオに来るまで支えていた家族の一人だろう。

 そんなお前が、なぜなれないなどと嘯ける。そう叫びたいが、声は出なかった。

 手首に添えられた手には力なんて入ってなく、指も絡まっていない。簡単に振り解ける。もしも彼が同胞のあの少女であったなら、己などに触れさせてしまった事に後悔し、その手を振り払った事だろう。汚してしまうから。

 だが、その手は別段振り払う気にもなれなかった。手が繋がったまま、再びその景色へと視線を向ける。己には眩しすぎて、目も、心も焼いてしまいそうなその光景を、その男と共に見つめる。

 

 

 

 何だろう。この感覚は。

 凄く、怖い。勝てなきゃ、殺される。なのに、何だか、凄く………楽しい!

 ずっと待ちわびていた何かを、ようやく行えたようなそんな高揚感が胸を襲う。同時に思う。倒したいではなく、勝ちたいと!

 

 

 怪物は、それを理解しない。()()()の子である人類を滅ぼすように作られた怪物がおおよそ持ちえぬ物を、理解出来ない。

 ただ1つ解ることがあるとすれば、決着を!

 

 

 トラウマの筈なのに、怖いはずなのに、もっと長く、この戦いを続けたい! だけど、終わらせたい。たった一つの形で……

 

 

 今まさに己の命を奪おうとしている相手との戦いを、少しでも長引かせたいのに、全霊を以て叩き潰したい! 叩き潰す。それが意味する事は、殺すという事ではない。

 

 

 一人と一匹、2つの戦士が思うことは、たった一つ。

 

「うおおおおおおおお!!」

「グオオオオオオオオ!!」

 

 コイツに、勝ちたい!!

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 紅の雷。否、雷の形をした炎がミノタウロスに当たり爆発する。

 

「速い! 超短文詠唱!?」

「ていうか詠唱してた、今!?」

 

 してない。する必要がない。これはそういう魔法だ。本来ならあり得ない無詠唱の速攻魔法。詠唱がない故に超短文詠唱にすら劣る攻撃魔法としては最弱の筈の魔法。

 ミノタウロスには、通じない。

 硬い筋肉の鎧に覆われたミノタウロスにはベルの持つナイフや魔法では威力が足りたない。ベルがもつ漆黒のナイフ、《ヘスティア・ナイフ》ならダメージを与えられるが、ミノタウロスはその瞬間防御をかなかなぐり捨てて襲い掛かるだろう。リーチの短いナイフでは深く差し込むために隙を生む。肉を切られても、骨には達さない。

 

「ヴァアアアアア!!」

「───っ!!」

 

 バキィンと音を立てベルが持つ短剣がへし折られる。ベルには、ミノタウロスに通じる武器がない。

 いや───

 

(()()なら、ここにあるだろう!!)

 

 砕けた短剣を投げつける。銀の矢となって己の目に迫る剣だった残骸を小賢しいとばかりに片角で弾き飛ばすミノタウロスに、ベルは()()迫っていた。

 

「───!?」

 

 ミノタウロスは神のナイフを防ぐべく防御の構えを取る。しかし、それは悪手。刺突を放つために捻っていた体に隠れていたのは折れた短剣。ナイフは、左手。

 それはミノタウロスの手首に突き刺さる。

 

「ヴオオオオオ!?」

「ああああああ!!」

 

 突き刺したナイフを捻る。余りの激痛にミノタウロスが腕を振り上げ、しかし握力が消えてしまい大剣は宙を舞い、離れた場所に突き刺さる。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 咄嗟に剣に視線を送ったミノタウロスに炎雷が襲いかかる。大したダメージにはならないものの、視界が煙で塞がれ、煙が晴れると大剣を持ち咆哮を上げるベルの姿が見えた。

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

 まともな一撃が入る。それでも満足せずに、再び大剣を振るう。何度も何度も。下手くそだが、休まることなく斬撃の渦がミノタウロスに傷を与えていく。

 

「ヴオオオオオオオオ!!」

 

 しかしミノタウロスも負けじと拳を振るう。ただでさえ絶ちにくい筋肉鎧を力強く纒め鋼鉄の如き強度を得た拳で大剣を迎え打つ。

 

「んのおおおおおっ!!」

 

 加速していく一撃一撃。ベルが僅かに勝り脇腹からミノタウロスの腹を切る。しかし強靭な筋肉に止められる。が、力任せに押し切りミノタウロスを吹き飛ばす。

 

「ブフ────ッ! フゥ、ブフウウウウウ!!」

 

 ミノタウロスが拳を地面に叩きつけた。

 ()()()を踏みしめ、角はベルに向けられる。まるで猛牛の突撃体勢のように臀部が持ち上がる。まるで、ではない。事実、突撃するのだ。進行上にある全てを粉砕して突き進むミノタウロスの奥の手。

 前へ、前へと進むだけの技。避けようと思えば、あるいはベルのステイタスなら可能だろう。だが──

 

「あああああああああ!!」

「ヴアアアアアアアアアア!!」

 

 ベルもまた前に飛び出す。

 

「若い!」

「馬鹿が!」

 

 リヴェリアが真っ向勝負を挑んだベルを見て目を細める。青い矜持にベートが吐き捨てる。

 ぶつかり合う、大剣と角。果たして勝ったのは───ミノタウロスの角だ。

 摩耗した大剣は砕け散り結果としてベルは衝撃により吹き飛ばされる事はなくミノタウロスと互いに脇をすり抜ける。ミノタウロスが己の勝利を確信し、勝利を求め獰猛に、豪快に笑う。

 

(本、命は───!)

 

 ベルに向かって最後の拳を振り下ろそうとする。勝利を確信しつつも油断はしない。出来る相手ではない!

 

「──【ファイアボルト】ォ!!」

「ブヌァ!!」

 

(──こっちだ!)

 

 ヘスティア・ナイフがミノタウロスに突き刺さり、ベルが砲声した。体内で何かが爆発したかのように、膨らむ。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 傷口から火炎の息吹が溢れ出し、口から血と共に火の粉を吐き出すミノタウロス、

 

「ヴァハッ! ガハッ! …………ンブヌアアアアアア!!!」

 

 それでも、ベルに攻撃すべく、腕を振り上げた。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 再び体内が火炎で焼かれる。それでもミノタウロスは、止まらない。ベルもまた、攻撃の気配を感じつつも決して離れない。

 その光景は、冒険者なら誰もが一度は夢見た戦い(すがた)

 忘れて

 失って

 それでも胸の奥にくすぶり続ける───

 

「ファイアボルトォォォォォォォッ!!」

 

 真っ白な情熱(ほのお)

 ミノタウロスの体がまるで風船のように膨らみ、あと一秒で振り下ろされる一撃は間に合わず、ミノタウロスの体が爆散。

 

 体内に押し込められていた炎が噴火のように吹き出しダンジョンの天井を焼く。血と肉の雨が焼け焦げながら落ちてくる。

 巨大な魔石と、角が地面に落ちた。

 

 

 

「勝ち、やがった………おい小人族(パルゥム)、あのガキは一体!?」

「ベル様………ベル様ぁ!」

 

 ベートは己がミノタウロスを一人で倒せるようになったのは何時だったかと、どれだけ時間を有したかと思い出しかけ苛立ちと羞恥から叫び声を上げリリへと声をかければ、リリは覚束ない足取りでベルへと駆け寄る。

 

「リヴェリアッ、彼奴の【ステイタス】を教えろ!」

 

 先の先頭でボロボロになったベルの服は、背中を顕にしていて。それを見てベートが叫ぶとリヴェリアが顔をしかめる。

 

「………私に盗み見をしろというのか、お前は」

「あんな堂々と晒しておいて盗み見になるかよ! あれをこのまま放置しておけば、お前が見なくたって他の奴らが目にするだろうぜ!」

 

 その暴論に呆れながらもリヴェリアもまた興味があるのかベルの背中へと視線を走らせる。

 

「おい、まだかよっ」

「待て、もうすぐ読み終わ──」

 

 せめてもの謝意としてあくまでも覗いている部分だけ見ていた翡翠色の瞳が見開かれ、言葉を区切る。

 

「………くっ、ふふ、はははっ」

「何なんだよ、オイっ!? ったくっ、アイズ、お前もちっとは【神聖文字(ヒエログリフ)】が読めんだろ! 何かわからないのかよ!」

 

 心底おかしそうに肩を震わせるリヴェリアに悪態をつき今度はアイズに向かって叫ぶ。アイズは、少年以外何も見えて居ないかのように視線をその背に注いだいた。

 

「………S」

「……はっ?」

「全アビリティ、オールS」

「「「オールS!?」」」

 

 驚愕するベート達に、リヴェリアはこれは隠したほうが良さそうだと一つのアビリティを見つめる。

 999(限界値)を突破したアビリティ。興味が尽きない。

 

「名前は?」

 

 と、フィンが尋ねる。

 

「彼の名前は?」

「し、知らねぇ………聞いていない………」

「リヴェリア。何時までも笑っていないでくれ」

「ふふっ………ああ、すまない。それで、何だっか?」

「彼の【ステイタス】を読み取ってくれ。彼の真名を、だ」

「……………ベル」

 

 リヴェリアがステイタスに刻まれる決して偽れざる真名を読み取ろうとした時、アイズが呟く。

 

「ベル・クラネル……」

 

 その名前を、アイズはもう、忘れない。

 だけど…………まだ、気になる事がある。アイズは気絶しているベルの下へと近づいていく。

 限界を超えた【ステイタス】。あり得ない速度の成長。その秘密は、やはりスキルだろうか?

 泥と血にまみれた布の奥を知ろうと、手を伸ばすアイズ。だが…………

 

「それ以上は道理に合わねえなあ」

 

 横から現れたヴァハがアイズの手首を掴む。突然のヴァハの出現に、誰もが驚く。

 

「………ごめん、なさい」

 

 申し訳なさそうに言うアイズにヴァハは興味なさそうに目を逸らす。

 

「………お前も、見ていたのか?」

 

 と、リヴェリアが尋ねる。ヴァハはああ、と肯定した。

 

「………助けようと、しなかったのか?」

「助けるべきだったと思うか?」

「……………失言だ。忘れてくれ」

 

 そうリヴェリアが言うとヴァハはベルを抱えようとして、アイズが待って、と声をかける。

 

「………私に、運ばせて」

「………………まあ、その方がベルも喜ぶか」

 

 ヴァハはそう言うと代わりにリリを抱え上げる。

 

「ベルの戦いを邪魔しなかった礼に、一つ教えてやるよ。59階層にいんのは、恐らく尖兵だ。そいつに遅れを取ってるようじゃ、オラリオを守るなんて夢のまた夢…………俺の弟は限界を超えたぞ。お前等も、都市最強派閥を自称すんならやってみろ」

 

 

 ギルドへのイレギュラーの報告もある為に、リヴェリアも付いていき地上に戻る。

 再びダンジョンへと潜ろうとするリヴェリアとアイズだったが、不意にヴァハがアイズを呼び止めた。

 

「………アイズ、お前はそのまま進み続けろ。そうすりゃベルも強くなれる。お前は、何時だって彼奴の道標(アリアドネ)だからなあ」




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揺るがぬ姿勢

「よお、今月の金持ってきたぜえ」

「………できません」

「なぁ、そこをなんとか頼むよ。最近、金欠でさあ」

 

 【ディアンケヒト・ファミリア】のホームに行くと、アミッドが客らしき男と話していた。どうやら男が値引き交渉をしようとしているらしい。

 

「私どもの薬品は、命を繋ぐものと自負しております。その理由では、値引きなど以ての他です」

 

 そりゃそうだ。命は金に換えられないなんて言葉は、よく聞く。まあ金で買える命は割とあるが。

 それでも、男はなかなか食い下る。僅かに声色に苛立ちが交じる。

 

「なあ、何時もここで買ってんだろ? たまにはマケてくれたって、罰は当たんねえよなあ?」

「お客様がいらしたのは、今回で3度目だと記憶しています。以前の2回もお買い上げはございませんでしたが」

 

 彼奴、客の顔全部記憶してんの? と尋ねるようにアミッドを指差しながら他の店員に視線を送るとコクリと頷かれた。

 

「はあ!?」

「あちらの高級回復薬(ハイ・ポーション)万能薬(エリクサー)を手に取り、値札を見て、置いて帰られたかと」

 

 まあ、高いものなあ。普通の冒険者じゃ手に入らない代物だ。何なら小規模派閥が念を入れて一つ買い、リーダーに使用の判断を任せるだろう。ロキやフレイヤのところのような大手が異常なのだ。

 

「くっ、この………!?」

 

 男は図星を突かれたようで、男は明らかに狼狽える。

 さあて、どうなるかなぁ、とワクワク見ているとふいに肩を叩かれる。振り返るとエルフの女性団員がコソコソ話しかけてきた。

 

「アミッド様が困ってるわ。今がいいところを見せるチャンスよ」

「…………はあ?」

「アミッド様と仲良いでしょ? 知ってるのよ、アミッド様が、よく身だしなみを気にしてるし」

 

 それはミアハが来るからなんだが。

 

「た、ただの記憶違いだろーが!? 客の顔を全部覚えてるわけ……!」

「縁あって薬舗においで頂いたからには、顔に限らず全ての方々の症状や必要な薬を覚えておくことが必須だと思っています」

「うぐっ……!」

 

 男の顔が、益々怒りに満ちていく。そして、商品棚に向かって腕を振るう。当然薬品が床に落ちてガラスが砕ける音が響く。

 

「あ〜あ、あんたがあまりに強情だからせっかくの商品が壊れちまったなあ?」

「………………」

「お、何だその目? やるってのか?」

 

 アミッドがLv.2とはいえ治癒師(ヒーラー)である事を知ってか、男は睨んでくるアミッドに対してニヤニヤと笑う。

 

「その薬一本で、一つの命が繋げたかもしれません。その自覚はお有りで?」

「ああ!? 知るかんなことぁ!」

「脅しですか? 残念ながらそんなものに屈しません」

「いいからテメェは、薬を寄越しゃあいいんだ! 迷惑料ってことで収めてやっからよ!」

「迷惑料かぁ、いいこと言うなあ。なら俺もこれで手を打ってやるぜえ」

「ああ!? んだてめ………っ!? そ、それは俺の財布!!」

「…………ヴァハ?」

 

 突然声をかけてきたヴァハに男が叫ぶがヴァハが自分の財布を持っているのを見て慌てて腰に手を当てる。

 

「テメェのせいで買い物ができなあい。けど迷惑料を払ったからなあ、もう少し続けていいぜえ? あ、アミッド。この金で買えるやっすーいポーションくれ」

「………そのお金を、その方に返しなさい」

「いいのかあ? 床に散らばった商品分ぐらいは取り返さねえとぉ、頑張って調合した薬師達に申しわけねえだろ?」

「……………………そうですね」

 

 あまり納得がいった顔ではないが、それでも薬師達の腕に金を払う価値があると言われればアミッドは黙り込む。当然、無視された男は額に青筋を浮かべる。

 

「テメェ等、調子乗ってんじゃねえ!」

「────っ!?」

 

 ここで財布を盗ったヴァハではなく、女のアミッドに殴りかかる辺りこの男の器が知れる。

 手首を掴まれ、拳が止まる。少しも動かせない。

 

「く、くそ! こんな事して、【ガネーシャ・ファミリア】に通報してやる!」

「お前が薬品落とした事も罪だがなあ。その慰謝料としてとったつえば、どっちに味方するかわかるよなあ? 俺は解るつもりだが、お前はどうだあ? 貢献度の高いファミリアと、Lv.2になりたての俺にも勝てねえ、迷惑かけるだけのオラリオに必要ない冒険者、どっちの味方になるかなあ?」

「─────っ!! お、覚えてやがれ!」

「やだねぇ」

 

 ヴァハが握る力を弱くするとバッ、と振り払い三下台詞を吐き捨てながら去っていく男にヴァハはべぇ、と舌を突き出す。

 夜道で襲うような馬鹿だったら、遊べるなぁ、と暫く夜が楽しみになった。

 

「申し訳ありません。助かりました………あのままでは、床に散った薬を無価値にしたまま追い返すところでした。まあ、元が取れたわけではありませんが」

 

 と、財布の中身を見て呟くアミッド。片付けをしますから、後でと床にしゃがみ込み大きめの破片を拾っていく。

 

「あ、アミッド様! 片付けならば自分達が……!」

「そうですね、では箒とチリトリを持ってきてください。お客様に怪我をさせてはいけないので、なるべく早めに」

 

 団員が慌てて駆け寄ってくるのでそちらに頼み、改めてヴァハに向き直る。

 

「お待たせしました。今月のお支払いでしたね」

「おー。あ、後ポーション頼む。ダンチョにゃ悪いが、こっちのが効果高いからなあ」

「ポーション、貴方が、ですか?」

 

 桁外れの再生能力、最早修復能力と言っても過言ではないスキルを持つヴァハには正直必要ないと思うのだが………。

 

「弟が昨日ミノタウロスと戦ってなあ。勝てたご褒美に買ってやろうかなあ、と」

「そうですか…………え? ミノタウロス? 勝った? あの、貴方の弟って、貴方と共にオラリオに来たのですよね? 1ヶ月半前に…………ああ、いや、そういえば貴方の弟でしたね」

 

 そういえば目の前の男は3週間でランクアップしたのだった。それの弟、何もおかしな所は……

 

「いえ、やはりおかしいでしょう」

「だよなぁ。俺と違って、強い奴の血をひいてるわけじゃねーのに」

「………? ご兄弟なのでは?」

「父親が違う。俺もベルも母親似だから、顔はそっくりだがなあ」

「……すいません」

「気にすんな。だいたい全部ヘルメスが悪い……」

「…………ですが、おめでとうございます」

「あん?」

「弟さんの、ランクアップです……」

 

 ランクアップは、どれだけ時間をかけようとも褒められるべき偉業だ。身内がなしたと言うなら、称賛を贈ろう。

 それに対しヴァハはあー、と返す。

 

「ベルも喜ぶと思うぜ。彼奴、可愛い女にはすぐ顔を赤くするからなあ」

「それは、私が可愛いということでしょうか?」

 

 と、天然な返しをするアミッドに周りの団員達がヴァハを見る。

 

「ああ、可愛いだろ?」

 

 良く言った! とばかりに盛り上がる団員達。ヴァハの躊躇いない称賛に、流石のアミッドも少し赤くなる。

 

「し、しかしランクアップと言うことは、近日行われる神会(デナトゥス)で二つ名を与えられますね」

 

 誤魔化すように話題を逸らすと、ヴァハは何処か嫌そうな顔をした。アミッドは興味ないが、普通の冒険者は喜ぶところではないのだろうか?

 

「俺、二つ名系統苦手なんだよなあ…………やはりヘルメスを今の内に殺しとくか?」

「何故、ヘルメス様に殺意が高いんですか貴方は………その、パシリなのでは?」

「ハハァ。そりゃ、あいつがやったこと考えりゃあパシリで済ませてやってるだけでも温情だからなあ………まあ、別段彼奴がやったこと自体は、どうでも良いがなあ」

「………………?」

 

 良くわからないというように首を傾げるアミッド。小さな身長も相まって子供のようだ。

 

「殺意云々に関しちゃ、さっきの男もまるで親の敵でも見てるみてぇだったなあ。夜道にゃ、気を付けろよお」

「ばかー!!」

「!?」

「あん?」

 

 ヴァハがケラケラ笑いながら脅すような忠告をするとエルフの女性が叫ぶ。

 

「そこは、『夜道は危険だから俺が守ってやるよ』って言うところでしょうが!!」

「……………ああ?」

「そうだそうだ! なかなか休まないアミッド様と一緒にいられる時間を少しでも伸ばそうと考えないのか!」

 

 アミッドは知る由もないが、危険な行為を平然と行い、死地には自分から飛び込むヴァハの行動を気にして、運び込まれれば誰より早く向かい、その後忠告として説教を行う行動は傍から見て、気にかけているようにしか見えない。特に説教については誰も知らないからアミッドが怪我をしたヴァハの部屋に入ってはなにやら長い時間出てこないように映る。

 それに、彼女がヴァハと祭りを回っていたという目撃証言もある。とどのつまり、勘違いした彼等は男の影が微塵もなく、仕事ばかりでプライベートも何時の間にか仕事関連になり結婚どころか恋人すらできなさそうなアミッドに漸く来たかもしれない春を全力で応援する気なのだ。

 当然アミッドは気づかずヴァハは気づいて面白がる。その辺の感性は神に近い。それに、仮にあの男が来れば合法的にぶち殺せる。

 

「いいぜ。しばらく俺が護衛してや…………んっんー…………」

「……………?」

「約束する。俺がお前を、誰にも傷つけさせねえ」

 

 無駄に真面目な顔で、無駄に真面目な声色を放つヴァハ。周りの女性団員達はキャアキャアと黄色い声を上げ、アミッドは…………

 

「…………すいません。貴方がそのようなことをすると、失礼とは承知していますが気持ちわ…………いえ、違和感が」

「まじウける」




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聖女の休日

 アミッド・テアサナーレの休日の過ごし方と言えば、何故か休息なのに治療院にいるか、書店巡りだ。

 書店巡りでは新しい調合法や、ダンジョンの無い都市の外の薬学なんかが載っている本を求めて様々な書店に足を運ぶ。基本的には、一人で。

 

「………申し訳ありません。日中は不要と言ったのですが」

「ハハァ。気にすんな、報酬ももらってるからなあ。ダンチョはあんまり乗り気じゃねえが、それでも心配はしてたしなあ」

 

 が、今回はヴァハが隣を歩く。本は持たない。女の荷物を持ってやれ? 面倒くさいことはやらない。というか護衛だし手が塞がるのは普通に悪手だし。

 

「しっかしなんで調合用の服なんて着てんだ?」

 

 アミッドの現在の服装は、何時もと異なる。白いマントに、薄桃色のドレス。髪も後ろで束ね、何ならアミッドを知るものからすればめかし込んでいるようにしか見えない。

 現に見惚れるような視線や、隣に歩くヴァハへ嫉妬の視線が集まっている。が、ヴァハは生地の質からそれが薬剤調合のための服とあたりをつける。実際マントは埃が滑り落ちるように、中の服は水を弾くように出来ている。

 しかし作業服とは思えぬ程華やかだ。アミッドの物静かで、どこか神聖な雰囲気に合わせた控えめな装飾。まあ、作業服と言うには華美かもしれないが理由はある。衣服屋が、独断で付け足した。

 かの【戦場の聖女(デア・セイント)】にみすぼらしい格好はさせたくないという思いから生まれたのだ。

 

「男性と二人きりで出掛ける場合、最低限華やかな方がいいと………とはいえ、私は冒険用、店舗用、調合用の3つしか持っておらず、ならばせめてこれを、と勧められまして………」

「ああ〜」

「良く解らないのですが、そうなのでしょうか?」

「まあ隣に歩く女が周りの目を引きつけるほど綺麗なら悪い気はしねえなあ………」

「そうですか…………」

「ああ、けど………なるほどなあ」

「?」

 

 だからなんかいきなり金を渡され『アミッド様に私服をプレゼントしろ』なんて言われたのか。面倒臭ぇなあ。とはいえ生真面目なアミッドはヴァハの言葉に「やはりこれではいけなかったでしょうか」と己の服を見る。彼女からしたら、最低限の華やかさもなにも、調合用の服だから。

 

「じゃあ服買いにいこーぜ」

「そうですね。私は、服装などを意識したことがないので良ければ見繕ってください」

「店員に頼め」

 

 

 

 

 と、ヴァハの言葉に素直に従うアミッド。店は適当。だが、アミッドは有名人。そんな彼女を好きに着せ替えられると知って店員達は大盛り上がり。

 

「ほらほら、これなんか似合いません!?」

「おー、似合うなあ」

 

 白のゴシックロリーター。身長が低いから似合う。

 ただ、装飾が多くアミッドは(他人には分からない程度に)微妙な顔をしている。薬品調合には絶対向かないだろう。

 

「これもありだと思いませんか!」

「おー、似合うなあ」

 

 神が持ってきた衣服の文化、『ナース服』なる格好をしたアミッド。医療系らしいし、薄い桃色は先程の服と同じ色でアミッドにはよくあっている。

 ただ、ミニスカだしスリットが入っていて健康的な太ももがさらされアミッドは恥ずかしそうにスカートの裾を押さえる。

 

「あえて裏をかいてパンクに!」

「おー、似合うなあ」

 

 右肩を露出させ肩にかかったスポブラの一部を見せる。更にゴテゴテとした金属の装飾品をバランス良く散りばめる。

 足はホットパンツと短めだが、長めのストッキングを履いているので露出は少ない。

 

「…………あの、さっきから似合ってるしか言ってませんが、本当ですか? 毎回趣向が異なるのですが」

「まあ着てる奴がいいからなあ。個人的には今の服が一番好きだが、聖女ってイメージ考えると……」

 

 そう言うとヴァハは衣料店の服を物色しだした。

 

 

 

「「「おお〜」」」

 

 客、店員、男女問わず感嘆の吐息が溢れる。白の長衣と単純なものだが控え目な装飾はアミッドからしても好感が持てる。更にはヴァハが髪を編み込みシニヨンにして、深紅のゼラニウム髪飾りが添えられている。

 

「似合っていますか?」

「似合うと思ったから着せた訳だしな」

「………ありがとうございます」

「じゃ、これ買うわ。値段は?」

「いえ、お金なら私が」

「お前んとこの団員に頼まれたんだよ。金も貰ってる」

 

 そう言うとさっさと払ってアミッドがごねる間に腕を引き店から出す。本を買ったから手持ちでは足りない。少なくとも今の状況では後で払いますとしか言えないだろう。

 

「…………あの、本当によろしいのですか?」

「構わねえよお? 女が、俺の選んだ服を着てんだ、そりゃなかなか楽しいのさあ」

「そういう、ものですか………」

 

 とは言え奢らせたことに不満な様子のアミッド。と、その時だった………

 

「あの、ちょいとすいません」

「あん?」

 

 不意に声をかけられ振り向くと柄の悪そうな男が3人ほど立っていた。

 

「あんたじゃねえ、用があんのはそっちのお嬢さんだよ」

「アミッドに?」

「おおー! やっぱりアミッドさんですかー!?」

「貴方がたは……以前私どもの治療院で………」

 

 どうやらもとアミッドの客らしい。アミッドを街で見かけ、声をかけたのだろう。

 アミッドに覚えていてもらい、とても嬉しそうだ。遅効性の毒に侵されていたらしくアミッドに癒された。アミッド曰く、肌の色なんかで解るらしい。冒険者達は休日に働かせてしまった事を申し訳なく思い治療費を払おうとしたがアミッドに止められた。

 休日だから、勝手にやったとの事だ。

 

 

 

 

 

 冒険者達と別れ、数分。帰路についたアミッド達は何やら騒がしくなってきたことに気づく。何かあったのだろうか?

 

「おい! 早く応援を呼んできてくれ!」

「はいっ! すぐに!」

 

 命令する男とそれに応える女の声が聞こえた。女の方には、聞き覚えがある。

 

「よお、ベルの担当受付嬢じゃねーか」

「え……ベル君のお兄さ………クラネル氏? と、テアサナーレ氏!?」

 

 慌てた様子で走ってきたのはベルの担当受付嬢エイナ・チュールだった。アミッドを見て、目を見開く。

 

「あー、この流れは………」

 

 

 

 

 

「ぐあああああ!!」

「すぐ痛みは収まります! 動かないでください!」

 

 痛みに暴れる冒険者を抑えながら叫ぶアミッド。魔法を唱え、傷を癒やす。

 

「……ふぁ」

 

 痛みが引いた冒険者は叫び疲れたのかそのまま気を失った。

 

「すいませんクラネル氏。お休みのところを引っ張り出して………」

 

 何でもダンジョンで異常事態(イレギュラー)で重症者が出て、ギルドと契約している治癒師(ヒーラー)では足りなくなったらしい。

 エイナは申し訳なさそうにしてるが、多分アミッドはまだ休日のままのつもりなのだろうな。

 

「腕が! 腕がぁぁぁ!」

 

 と、腕を失った冒険者が叫ぶ。まあ、【ディアンケヒト・ファミリア】には銀の腕(アガートラム)があるし大丈夫だろう。

 ヴァハは壁際に椅子を持ってくると座りくぁ、と欠伸をする。と、その時………

 

「ほ、本当なんだ! モンスターが喋ったんだよ! 『コロス、冒険者ヲ殺ス』って!」

 

 不意に聞こえたその声に、ヴァハは反応する。周りの連中は混乱しただけと思っているが、ヴァハだけは違う。直接見たわけではない。肯定されたわけでもない。あくまで予測で、しかし確信している存在を思い出し………そしてどうでも良いかと欠伸をする。

 

「…………ん?」

 

 不意に、アミッドの方で何やら患者が騒いでいるのが見える。騒いでいる奴等は幾らでもいるが、あれは、治療を拒否している?

 

「や、やめ………っ! 触んじゃねえ…………!?」

 

 何処かで見た顔だ。と、考え思い出す。あれは以前アミッドの店で商品を故意に床に落とした迷惑なクレーマーだ。

 アミッドがそれを忘れている筈ないのに、直ぐに治療を施した。

 

「うぐ……」

「もう大丈夫です。血も止まりましたので」

「な、なんで、テメェ…………っ! そ、そうか。無理やり治療して法外な料金を………!」

「お代は戴いておりません」

「はぁ!? テメェ、何が目的だ………!?」

 

 自分が素直に治療されないような事をした自覚はあったらしい。あるいは最後まで値引きをしなかったアミッドを金にがめつい事にしてあの時の自分を正当化したいのか………そんな男に対してアミッドは己の本心を応える。

 

「今日は休日を頂いておりますので。これはただの私的な行為………好きでやっている事です」

「なっ!?」

「おっお〜♪」

 

 男が驚愕し、ヴァハはおかしいとでも言うように笑う。

 

「ですが……もし、これを機に私どもの薬や技術に興味を持って頂けてもらえたのなら…………また、お店にいらしてください。助けを求める方々に、我が派閥(ファミリア)の門戸は常に開かれておりますので」

「あ………」

「ぐああああああ!!」

 

 と、新しい怪我人が運ばれてきてアミッドは直ぐにそちらに向かった。

 

「おいそこのお前! お前も何か手伝え!」

「あ〜? おーい、アミッドぉ。俺なんか手伝うことあるう?」

「ありません。邪魔にならないように角で小さくなっててください」

 

 

 

 

「…………申し訳ありません。せっかく買っていただいた服を」

「別に、俺の金じゃねーしなあ」

「しかし、選んでいただいたのに………」

 

 服を着たまま買い、そのままあの現場に向かったためアミッドの服は怪我人達の血で染まっていた。白だから、余計に目立つ。

 

「男が女に贈る服なんて、結局似合う以前に自分の理想の形にしてぇからだ」

「……………?」

「だけどなあ、俺は理想通りに動く女より、己を貫く女の方が好きだぜ………おかげでいいもん見れた」

「…………貴方も、自分に素直ですものね」

「そりゃなあ………」

 

 ケラケラと楽しそうに笑うヴァハを見て、アミッドも微笑む。そうだ、彼は基本的にしたいことしかしない。ならば今日、つき合わせてしまったと思ったが、彼なりにあの場にいてもいいと思ったのだろう。

 

「…………」

 

 だが、待て。それってつまり、彼は己を貫き通したアミッドを見ているのが、嫌ではなかった? と言うか、それを良いものとして認識していた?

 そんな思考になり、アミッドの顔が赤く染まる。夕日のせいだけでは断じてない。

 

「………も、もう夕方ですね。遅くなってしまいました」

「ああ、だなあ。腹減った」

「……………では、食事に行きましょうか。おすすめのお店があります」

「へえ、いいな。じゃあ今夜はそれにするか」

「とても体にいい薬膳料理を出してくれるお店なんです」

「……………味じゃねえのかあ」

 

 

 

 

 

 ダンジョンの中層あたりで、2匹のモンスターが対峙する。

 片方は白い毛並みを持った3M(メドル)程の、今まで一度も確認されたことのないモンスター。特に頭部の毛は長く、まるで長い髪を持つ女のようだ。

 しかしその体型は身長に対しては細身な方だががっしりと筋肉質なのが毛並みの外からでも分かる。二本の角を持った、異形の白いモンスターは両手に一本ずつ異常に長く発達した爪を剣のように振るう。その様子はまるで剣術の心得のある冒険者のそれだ。

 

「っ! ヌゥン!」

 

 ダンジョンの壁や天井を切り裂きながら迫る斬撃を回避しながら頬を殴りつけるのは漆黒の猛牛。

 白の怪物の頭部は硬質化した皮膚に覆われており、打撃は効きにくいようだが桁外れの力に白い怪物の体が大きく仰け反る。

 

「……………コ、殺ス! ミノタウロス風情ガ、ゴロズアアアアアア!!」

「自分は、まだ殺される気はない!」

 

 どちらの怪物からも、人の介する言葉が発せられた。

 彼等はダンジョンに於ける最大の異常(イレギュラー)。通常の、冒険者達にとってのそれは冒険者達を苦しめるためのものだが、彼等は違う。ある種、人間にとって益になるかもしれない存在だ。

 憧憬を持つ、人に近い怪物達。

 太陽に憧れる者。人の温もりを欲する者。野山を駆け回りたい者。歌いたい者。様々な願い持つ。

 黒い猛牛はとある存在と()()に渡る決闘を望み、故にこの場で死ぬ気はない。

 白い怪物は忌々しい赤毛の冒険者を殺す為に力を欲し、上質な魔石を持つ黒い猛牛を狙う。

 

「ふん!」

 

 と、黒い猛牛が白い怪物の腕を掴み、投げ飛ばす。そのまま壁を殴るとひび割れていき通路が崩れる。

 両者の戦いは互角。黒い猛牛には、戦闘狂とも言える性質がある。しかし彼が求める闘争は、たった一人の人間とだけ。故に、白い怪物が這い出てくる前にその場をあとにした。




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二つ名

このたび魔法少女()様の作品である『魔銃使いは異界の夢を見る』とコラボしました。ありがとうございました。


「ん、あ………」

「ぷは……」

 

 歓楽街の一端。耳を澄ませば建物の中から甘い声が聞こえる、そんな歓楽街の、風に乗り流される蕩けるような声。発生源は外だ。羞恥心のないアマゾネスが発情して道端でおっぱじめたわけではない。いや、アマゾネス達が始めたことというのは変わらないが。

 

「さっすがLv.3で、戦闘種族ぅ。健康に良さそうな味がすんなあ」

 

 口元を己のものではない血で汚し、全身を返り血で真っ赤に染めたヴァハは血を啜っていた女をポイと捨てる。サラミだかミサラだかそんな名前だったが気にしない。

 体に付いた血をペロリとなめながら周囲を見回す。巨大な爪痕や、深い斬撃、打撃の痕から引きちぎられたような傷など様々な方法で痛めつけられたアマゾネス達が転がっていた。それでも、ヴァハはキチンと加減して全員死なないようにしている。

 

「たく、俺は女を買いに来ただけなんだがなあ」

「ふ、ふざけやがって………あたし等に何したか、忘れたってのかい………」

「俺が何したあ? 【猛者(おうじゃ)】を襲った帰りのアマゾネスなんて、()()()()()()()()()?」

 

 ダンジョン内での闇討ちはよくある事だが、本来なら罰則ものだ。しかし【イシュタル・ファミリア】はとある理由からギルドも手出しがしにくく、結果としてなかった事にするという無理やりな手段をとった。

 つまり、ヴァハが闇討ちをした帰りに出くわしたアマゾネスなんて居なかった事になる。

 

「本当はユノを買いに来たんだが、テメェ等と遊ぶのに夢中で巻き込んじまったかあ…………あ、そういや──」

 

 と、リーダー格のアマゾネスをチラリと見てヴァハは笑う。

 

狐人(ルナール)の美女がいるんだってなあ? 希少種じゃん。テンション上がるぜ」

「っ………!?」

「まあ噂によると、すぐに気絶しちまうんだってなあ。それでも良いって奴は、飛んできたアマゾネスにぶっ飛ばされるんだっけ? おお、なんてこった。今日はアマゾネス共が大量に床に転がっている! これはチャンスだ」

「ふ、ふざけんじゃ───ぐう!?」

「ほら、頑張れ頑張れ」

 

 怒りに身を震わせ立ち上がろうとしたアマゾネスの後頭部を踏みつけ、顔を地面に押し付けてグリグリと力を込める。

 

「ハハァ。ほら、もっと力を込めろよ、頭が潰れちまうぜ………それとも、先に狐を犯したほうがやる気が出るかあ?」

 

 ケタケタと楽しそうに笑うヴァハ。と、その時だった…………

 

「あ………?」

 

 何かに腕を片足を掴まれ、振り返る。

 

「パ…………パァ…………」

 

 それは赤子だ。本当に、赤い。まるで血のように。空っぽの眼孔が、此方を見据えていた。

 

「あ、そぼ………あそぼ………」

「……………やだ」

 

 バチリと、紫電が走る。

 

 

 

 

「と言うことが昨日あってなあ。歓楽街にゃ気を付けろよお」

「何言ってるんですかお義兄様! ベル様は歓楽街などに行きません! ええ、いかせませんとも!」

 

 神々の会合、神会(デナトゥス)が行われる中、訪れたベルのところで昨夜歓楽街で起きた出来事を話し、リリが威嚇する猫のようにシャー! と反応する。

 

「それを決めるのはベルだ。想いを口に出さずただ何時か、なんて考える小汚えちびっ子共にゃ決める権利はねえ」

「「うぐっ!?」」

 

 ベルにもダメージが入った。というか、ベルにもダメージを入れた。その方が面白いから。ちなみにここにベルの主神がいれば彼女もダメージを負ってたことだろう。

 

「ていうか【イシュタル・ファミリア】ってLv.5も居たような」

「ああ、途中から喋るモンスターが来たなあ。ありゃ多分Lv.5相当の深層モンスターだろ。それに赤子の群れを押し付けて、取りあえず逃げた」

「…………え、群れ?」

「踏み潰したら増えた………」

 

 まるで魚卵のように泡立ちから生まれた赤子の頭が此方を見つめ、紅葉のような手で足に絡みついてきた時は流石に気持ち悪かった。なのでその赤子達をカエル型モンスターに投げつければモンスターを覆うような形で増殖しモンスターの足止めになった。

 

「なんですかその赤ん坊………」

「歓楽街だからなあ…………産む事より色に狂った女が邪魔だから捨てた胎児とか、産んだけど育てられなかった赤子の霊じゃねーの」

「ひ、非科学的ですありえません! た、魂は死後天界に帰るんですから!」

 

 リリが顔を真っ青にして叫ぶ。ベルの顔色も悪い。語って良かった。

 

「そ、それよりさ………僕達、どんな二つ名がつくんだろうね」

「さあなあ………」

 

 ベルが話をそらしたので乗ってやる。神々の連中は頭がおかしいから、どうせ変な名前をつけるのだろう。何故か人間はそれを深いとか、かっこいいとか感じるらしいし。ヴァハは寧ろ痛々しくて背中が痒くなる。因みにヴァハは他人に名付けるなら容赦なく、痛々しくて仰々しい名前を付けまくる。

 

 

 

 

 

 神の会合、神会(デナトゥス)

 ロキ、ヘルメス、ディオニュソスは件の極彩色のモンスターについて神々に探りを入れるが、尻尾らしい尻尾を掴むことは出来なかった。

 なので話は変わり、命名式。ランクアップした眷属(子供)がいないファミリアにとって一番の娯楽であり、ランクアップした眷属(子供)がいる派閥の主神にとって、処刑タイム。

 

「ほい、冒険者エリカ・ローゼリア。称号は【美尾爛手(ビオランテ)】、と………」

「いやあああああああああああああ!?」

「ヤマト・命ちゃんの二つ名終わりかー? ないんなら締め切るでー?」

「まだだ、俺の称号候補(カルマ)が火を噴くぜ! 【絶対少女黙示録(エンジェリックコード)】!!」

【極東神風】(ジャンヌ・オブ・ヤマト)!」

【聖忍】(セイント・テール)!」

「ばかやろう、【天使】(テ・シーオ)一択だろ!!」

「やめろぉ、やめてくれええええええええ!?」

 

 ヘスティアは神友の叫びに力が足りぬ己を呪った。そんな痛々しい名前が決められる中、一人の神がディオニュソスに声をかけた。珍しく参加したのだから、名付けをしろと。

 タケミカヅチはディオニュソスに無難な二つ名を付けてくれと願い………

 

「そうだな【絶†影】、なんてどうかな?」

「ディオニュソスゥゥ、テメエエエエエエエエエエ!!」

 

 ヤマト・命の二つ名、【絶†影】に決定。

 残る二人はミアハとヘスティアの眷属、クラネル兄弟だ。

 ロキが当然絡んだ。有り得ないとは思いつつも魔石を持ち魔石を食らい力を増す『強化種』の可能性も視野に入れつつ探る。

 まあ、ヘスティアもミアハも善神だ。可能性としては考えつつもほぼ100%ありえない。それでも尋ねるのは、まあ嫉妬だ。一年という自慢のアイズの記録を抜かれたことに対する。神の力を使ったのか問いつつ十中八九未発見のスキルに目覚めたのだろうと予測している。と、フレイヤも絡んできた。

 とある理由でフレイヤがある男達に出すらしいちょっかいを邪魔出来なくなっているロキはしぶしぶ引き下がった。

 

「じゃあこの二人の命名式や。なんかええ案あるやつおる?」

「ふむ。では私が───」

「あ、ミアハはなしやで?」

 

 無難な二つ名を付けられても面白くないし。

 

「はいはーい! アマゾネスの集団と喧嘩して狩ったらしいので【アンチイシュタル】! イシュタル様が凄い目で見てるうううう!?」

「おいおいおい、死んだわ彼奴。【赤髪の死神(ブラッドリーパー)】!!」

「【紅炎(こうえん)の剣士】!」「【真紅の黙示録(ブラッディ・バイブル)】!!」

 

 好き好きに名前を付けていく神々。ミアハはうむむ、と唸る。と、その時………

 

「はいは〜い、次は私〜」

「お、アルティオ」

 

 ほんわりした空気を放つ女神が立候補する。ミアハは助かったというような顔をする。彼女はミアハと同じケルト圏の神。付き合いも長い。

 きっと無難な二つ名にしてくれるだろう。

 

「皆さん覚えてますか〜? ミアハ君を信仰してた『古代』の街の、魔剣を〜………」

「古代?」

「は〜い。魔剣が()()()()()()()と呼ばれる以前の魔剣ですよ〜」

「あ〜、あれね。覚えてる覚えてる。なんだっけ?」

「ほら、あれだよあれ」「あー、だいたい理解した」

「わかってない(笑)」

 

 ミアハは記憶を探る。自分を信仰していた地域の、古代の魔剣と呼ばれていた剣? 何だったか。

 

「『何者もこの剣から逃れることはできず、一度鞘から抜かれればこれを耐える者はいなかった』そんな伝承を語られていた、敵を斬るまでは決して鞘に収まらない魔剣ですよ〜」

「…………あー、あー! 思い出した思い出した!」

「あれ、でもあの剣名前あたっけ?」

「ヌァザってやつが使ってなかった?」

「情報それだけ。名前今の団長に似てるし【ヌァザの剣】は?」

「それでいこう! それがいい!」

「インパクトにかけるなあ」

「私は〜、街の名前をつけてはどうかと思ってますよ〜」

「おっし! なら当て字はウチにまかせい! リヴェリアとも珍しく仲ええみたいやしなあ!」

 

 

 

 

「それで、これが俺の二つ名ねえ………まあ【深紅血狂(クリムゾン)】なんかに比べりゃ、マシかぁ」

 

 ヴァハはそう言って、二つ名の書かれた紙を見る。

 

狂剣(フィンディアス)】。

 狂った剣。狂剣。転じて狂犬。当て字はロキがしたらしい。【凶狼(ヴァナルガンド)】を保有するファミリアの主神が。




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ランクアップのお祝い

『Lv.2

力:A804

耐久:S981

器用:S902

敏捷:S955

魔力:A890

加護∶G 

 

《魔法》

【レッドカーペット】

・形成固定化魔法

・血液操作

・血液硬化

・魔法名詠唱不要

・詠唱式【血に狂え】

【  】

・名称無し

・血液発火

・詠唱式【血は炎】

 

《スキル》

 

血染め(ブラッド)

血潮吸収(ブラッドドレイン)

・血を啜り魔力、体力の回復。治癒。

・浴びた血により経験値補正。

・血を浴びステータスの一時アップ

・血の持ち主の強さ、血の量に応じて効果向上。

・吸血行為の際最適化の為快楽付与

【魔力放出・雷】

・魔力を雷に変えて打ち出す』

 

 

「…………ふむ」

 

 オリヴァス・アクトとの一戦もあり、やはりステータスの成長幅が大きい。アマゾネスの集団と争った時も大量にLv.3級の血をたっぷり浴びたし。

 

「ランクアップ………そろそろか」

「うん。おかしいから………」

 

 ヴァハの呟きにナァーザが呆れたように言う。2ヶ月も経たない内にLv.2とはどういう事だ。しかもアビリティの最低値がA。経験値に補正があるとしても尋常ではない。

 というか何時の間にか魔法名唱える必要なくなってるしもう片方は名称すらないしどうなってんのこいつ?

 普段から眠そうに半眼の瞳をさらに細めて己の同僚を見るナァーザ。

 

「ま、良いか。それよりベルのとこに行ってあげなよ。二つ名も決まって、改めてお祝いするんでしょ?」

 

 派閥内におけるお祝いはとっくにやった。ベルには、少し後ろめたい事があるナァーザは守銭奴にしては珍しくお祝い用の食費を多く持たせる。お兄ちゃんなんだから奢ってあげなよ、と見送り、ヴァハが置いていった羊皮紙を見てため息を吐くのだった。

 

 

 

 

「【狂剣(フィンディアス)】かあ………いいなあ、兄さんは格好良くて。僕なんて【未完の少年(リトル・ルーキー)】だよ………」

「無難で良かったじゃねえか………俺なんて狂人扱いされてるぜ?」

 

 豊穣の女主人の席の一つ。座るのはクラネル兄弟にベル、ベルと交流の深いシルにヴァハと早朝訓練を行うクロエ。冒険者としてアドバイスするなら彼女と判断されたのかリュー。

 マタタビ酒を狙っていたのかアーニャも交ざろうとしたがルノアに引きずられていった。

 

『おい、あの赤毛…………』

『【ミアハ・ファミリア】の【竜殺し】(ドラゴンスレイヤー)…』

『つってもLv.3の【ロキ・ファミリア】もいたんだろ? しかも女』

『もう一人の女もLv.3らしいぜ? 女の後ろに隠れながらいいとこ取りしたんだろ』

『はは。なんだそりゃ、恥ずかしくねえのかよ』

 

 などと陰でコソコソ言われるがヴァハは気にせず酒を煽る。嫉妬や羨望を抱くだけで、何もしてこない相手に何かを思う事など無い。

 

「………………」

 

 尤も、目の前の弟は聞こえてきた声に不満げだが。

 

「気にすることないにゃ少年。ヴァハは文句言うだけで何もしてこない奴等なんか、いちいち相手にするまでもなく強いにゃ」

 

 と、クロエがマタタビ酒を飲みながらケラケラ笑う。その言葉に何人かが反応するもクロエが翡翠色の瞳を細めて薄く笑うとビクリと震え腰を落とす。実力差を理解する程度には、身の程を弁えているらしい。

 忌々しそうに舌打ちして、また女に守られてやがるぜと精一杯罵倒を吐き捨てる。

 

「クロエの言うとおりだ。彼奴等が闇討ちしてくんなら、それはそれで有り難いしなあ。ほれ、ご褒美に焼き魚をやろう」

 

 焼き魚の尻尾を持ってクロエに差し出すとクロエもあーと口を開けかぶりつく。

 

「にゃふふ。おみゃーがランクアップ出来たのはみゃーのおかげでもあるニャ? 今日はたあっぷりご褒美をよこすにゃ〜」

 

 酔いで頬を赤く染めたクロエはゴロリと体をヴァハの膝に預ける。ヴァハが喉を撫でてやるとゴロゴロ気持ち良さそうに身をよじらせる。

 

「ほれよ、銀花夏梅(シルバイン)………お前が好きに使え」

 

 と、ダンジョンで取れる植物を渡すとクロエはにゃああ、と嬉しそうに鳴いた。

 そんな彼女は生粋のショタコンである。ヴァハも若いと言えば若いが長身で、鍛えられ引き締まった肉体をしておりクロエの好みとは掛け離れているとは言わずとも違っているのは確かなのに懐きっぷりが凄い。

 クロエとしては、己の正体を知りながらも普通に接してくれる相手など店の同僚だけだったから甘えが出てしまっているのだ。大好きだった人が死んだから、暗殺者ファミリアを抜けようとする程度には、クロエは甘えたがりだから。

 

「にゃ〜、まさかマタタビ酒だけじゃなくてこれまでくれるにゃんて〜。さてはおみゃー、みゃーに気があるにゃ? これを毎日くれるなら考えてやってもいいにゃ〜」

「ハハァ。絶対いやだねぇ」

 

 ケラケラ笑うヴァハにクロエはちえ、と舌打ちする。とはいえやはり銀花夏梅(シルバイン)を貰ったのは嬉しかったのかヴァハの膝にゴシゴシと後頭部を擦り付け匂いを付ける。

 

「それで、ランクアップしたという事はクラネルさ……………ベルさんは、中層に向かうのですか?」

 

 と、元冒険者であるリューが尋ねる。

 中層と上層は、もはや別物だ。ひとりでは処理しきれなくなる。故にリューはパーティーを推奨する。

 

「まあ、その点で言えば人数は問題なさそうですが」

「あ、俺は断るぜ」

「え?」

 

 ヴァハを見て三人一組(スリーマンセル)………冒険者が潜る基本的な人数に達せていると判断したリューだったが、ヴァハは断る。

 

「え、な、なんで!?」

「俺ソロで18まで潜れるからなあ……」

 

 それに、ベルは自分が居ないほうが成長できるだろうし。と、兄心も1割ぐらいある。

 

「つー訳でパーティーは他の奴を選びな」

「う、うん……頑張るよ」

 

 まあベルは一躍有名人だ。彼と組みたいと考える者はそこそこ居るだろう。ありえない速度のランクアップの秘密を求めて………。後は、ベルの周りには女が集まるしそれ目当ても来るかもしれない。

 

「はっはっ、パーティーの事でお困りかあっ、【リトル・ルーキー】!?」

 

 と、そこへ声がかけられる。どうやら一人の冒険者が仲間らしき二人を連れて此方に声をかけてきたようだ。

 額や頬に傷がある男を見て、才能もなくポーションも買えねえ金無しか無駄遣いする典型的な停滞冒険者かと興味を失う。ガタイだけはでかいが、それだけだ。卑怯な手でも使わなければランクアップしたてのベルにも勝てないだろう。

 

「話は聞かせてもらったぜ。仲間が欲しいんだってなぁ? なんなら、俺達のパーティーにてめえを入れてやろうか?」

「えっ!? ど、どういうことですか?」

「どうもこうも、善意だよ、善意。同業者が困っているんだ、広ぇ〜心を持って手を差し伸べてやってるんだよ。ひひっ、こんなナリじゃ似合わねえかぁ?」

 

 酒臭い息を吐きながら、話題のベルならパーティーに入れてやってもいいと上から目線で笑う。が、何か条件があるようだ。ベルはなんとなく嫌な予感がした。

 

「この嬢ちゃん達を貸してくれよ!? こんのえれぇー別嬪のエルフ様達をよ!」

 

 ベルはうわぁ、と言いたげな顔をした。

 

「俺もエルフに酌を受けてみてぇんだよ、なぁわかるだろ? お前さんがいくら払ったかは知らねえけどよぉ、仲間なら助け合いが基本だ! そうだろう!?」

「ぎゃははは! 金を払う? ベルが女を買えるかよ!? 金じゃなくて、精神的に無理だ! そもそもてめぇ等じゃねえんだ、女誘うのに金が必要な顔に見えるかぁ? 鏡持ってきててめぇの顔と見比べろよ!」

 

 ヴァハはゲラゲラと笑う。膝が揺れ落ちそうになったクロエがにゃにゃ!? と慌てて起き上がる。

 

「コイツ等がブ男なのは解るけど、みゃーが寝てるのに暴れるんじゃないニャ!」

 

 と、抗議するクロエ。ブ男と言われた男達はピクピクと頬を引つらせる。

 

「こ、このガキ! 俺はLv.2だぞ! それも、てめぇ等みてぇな駆け出しとはちげえんだ!」

「つまりい、駆け出しの俺等にあっという間に追い付かれたんだろお?」

 

 ニヤニヤと馬鹿にするように笑うヴァハ。ベルはオロオロしだす。何気に都市のLv.2全てに喧嘩売ってるようなものだ。

 

「はん、女の後ろに隠れながら、いいとこ取りだけしてる奴の台詞はちげえなあ? 俺なら恥ずかしくて自慢できねえぜ、なあ!?」

 

 同意を求めるように酒場中に広がる大声で叫ぶ男。ヴァハはふむ、とニヤニヤ笑みを浮かべる周りの客達を見る。そして、唐突にクロエを引き寄せ膝の上に乗せ後ろから腰に手を回した。

 

「あー、怖え怖え〜……………女の後ろに隠れるってのはこんな感じかあ? 確かにテメエ等じゃ、金払わねえと出来ねえもんなあ」

「にゃ、にゃあぁん……」

 

 耳の付け根あたりを撫でてやるとクロエが甘い声を出す。男の額に、ビキビキと青筋が浮かぶ。そして、拳を振り上げ殴りかかってきた。

 

「…………カカ」

 

 しかしその拳はヴァハに触れることなく手首を掴まれ止められる。

 

「先に手ぇ出したのは、てめぇだあ………【血に狂え】」

 

 血の爪を生み出し笑うヴァハ。仲間の男達が殴りかかってくるが、その動きは余りに遅い。彼等視点で、まるで消えたかのような速度で動くヴァハ。

 

「もう少し、顔を小さくしたらモテるかもなあ?」

 

 男達の後ろに移動したヴァハがべぇ、と舌を突き出すと男達の両頬の肉がずるりと捲れた。

 

「が、ごあ!?」

「うごあああ!?」

「───!?」

「ギャッハッハッ! まだ繋がってんなあ、失敗失敗。今度こそきちんと落としてやるよ」

 

 男たちの頬は全員歯茎がぎりぎり見えない程度に斬られ、体から剥がれず捲れているだけ。明らかにそう狙わなければ出来ないそれを失敗と嘯き血の爪を見せ付けるヴァハに、男達の顔から血の気が引く。それでも真っ赤だが。

 

「ひ、ひいいい!」

「ま、待て! おいてくなぁ!?」

「あ、あああ!!」

 

 恐怖に顔を引つらせながら逃げていく男達にポーション使えば治るぞぉ、と助言してやるヴァハは何時の間にか手に握られていた財布をミアに向かって投げる。

 

「きちんと迷惑料を置いてってくれる律儀な奴らだ、後を追わないでやってくれ。とはいえ多い金は一番迷惑をかけられた俺の酒代に換えてくれ」

「………あんま、うちの店でこういう事を起こしてほしくないんだけどね」

「絡んでくるのは向こうだ。女にモテねえからってモテるやつに当たったところで、結局もてねえのになあ」

「………次は殴る蹴る程度にしときな」

「そうだなあ………向こうが弱けりゃなあ」

 

 ほら、俺駆け出しだから、と強い奴には手加減できないと嘯くヴァハを睨みつけるミア。

 数秒睨み、はぁ、とため息を吐いた。

 

「仮にもうちの娘と仲良くしてんだ………やりすぎるようなら、埋めるかんね」

「おお〜、そりゃ怖い」

 

 ヴァハはやはりケラケラ笑った。

 

「まあああいう輩も多い。仲間にすんなら、一度俺の所に連れてきなぁ。お前も何気に人の悪意にゃ敏感なくせして、自分の身に向けられてると気づかねえからなあ」

「う、うん。ありがとう、兄さん」

 

 

 

 

 ベル達と別れ、帰路につくヴァハは不意に地面の下。地の奥のダンジョンを見据える。数日程前感じ取った気配。

 59階層とやらに配置されているらしい『あれ』が目覚めたのだろう。その後すぐに消えたことから、【ロキ・ファミリア】は勝ったか。

 

「予想外だが………多分黒幕からすりゃどっちでも良かったんだろうなあ」

 

 とはいえ、『あれ』と戦ったのなら【ゼウス・ファミリア】に追い付いたと言うこと。それだけで遠征自体は成功で、『あれ』との戦闘のあと余力も少ないだろうし上に上がって来てるだろう。

 

「クラネル……」

「あん?」

 

 不意に声をかけられ振り返るとフィルヴィスが居た。

 

「………二つ名が決まったようだな、おめでとう」

「あー。さんきゅ。んで、用件は?」

「時期的に、レフィーヤもそろそろ上がる頃だと思う。叶うことなら、無事を確認したいのだが………ディオニュソス様にその際はパーティーを組めと言われてな………いや、私は一人でもいいのだが…………」

 

 Lv.3のフィルヴィスだ。確かに少し潜る程度なら問題はないだろう。ディオニュソスなりの心配か? ほとんどボッチだもんなぁ、と憐れむような視線を向ける。

 

「とはいえ、私とパーティーを組むものなど居ないからな…………良ければ、その時は組んでくれないか?」

「…………ま、いいぜ。【ロキ・ファミリア】は恐らく18階層で一旦休憩するだろうからなあ、すぐに噂になるだろ。そん時に改めて声かけろ………」

「あ、ああ………ありがとう」

 

 と、顔を綻ばせるフィルヴィスに、ヴァハはそういや、と思い出したように呟く。

 

「俺の弟もパーティーメンバー探してんだ。何なら、組むかぁ?」

「…………あの時の少年か。やめておく………彼は、お前の弟とは思えぬ程に、眩しい。あれは、私などが触れてはいけない」

「そうかもなあ」

「…………ふふ。やはり、おまえと話すのは楽でいい。レフィーヤだったら、そんな事ありませんなどと反論してきたろうな」

「てか、何時の間にか名前で呼ぶようになったんだな」

「え、あ、ああ………」

 

 と、少し恥ずかしそうな頬を染め俯くフィルヴィス。恋する乙女かこいつは。

 

「俺も弟がいて紛らわしいしなあ、名前で呼んでくれや」

「……………む、無理だ!」

「じゃ、いいや」

「……へ?」

「無理なんだろお? なら、二つ名のほうで呼べばいいさ」

 

 そう言ってあっさり引き下がるヴァハは話は終わりだとばかりに歩き出す。フィルヴィスはその背中に手を伸ばし、しかし引っ込める。

 

「………潜る時は、よろしく頼む…………ヴ、ヴァハ

「おう、またなあ……」




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即席パーティー

 市街の上。クラネル兄弟はそこで鍛錬をしていた。

 連携の訓練だ。ベルが手数に物を言わせた猛攻(ラッシュ)を繰り出すもヴァハが血で生み出した先端が鎌のように孤を描き、鋭い刃を持つ赤い触手一本に全て対処される。

 

「【ファイアボルト】!」

「んっん〜」

 

 放たれた炎の雷を黄金の雷で相殺するヴァハ。眩い輝きに身を隠しながら姿勢を低くして接近したベルに鎌を振り下ろそうとすると小さな矢が飛んでくる。そちらを叩き落とし、その隙にベルがナイフを振り上げ────

 

「あめえ」

「知ってる!」

 

 ──なかった。振り上げられた掌の中には小さな袋。小石を投げつけ袋を破壊すると黒っぽい粉が撒き散らされる。

 胡椒だ。目潰しのつもりなのだろう。実際、ヴァハは目を守るために瞼を閉じた。

 ベルは居場所を伝えるだけの叫び声を完全に止め、大きめの石を投げ別の方向から音を立てる。

 反射的にヴァハの意識が向いたのを確認して、滑るように背後に移動し、ナイフを振るう。

 

「が───っ!?」

 

 瞬間、蹴り飛ばされた。後ろ回し蹴りで浮き上がったベルの体は市街の外に放り出され またぁ!? と内心で叫ぶベルの耳に「ベル様ぁ!?」とリリの叫び声が聞こえてきた。

 

「っ! 【ファイア、ボルト】、【ファイアボルト】ぉ!」

 

 ボボン! と火炎が2度飛び出す。その勢いで壁際に寄ったベルは体を回転させながら足裏を壁に接触させ《ヘスティア・ナイフ》を壁に突き立てる。

 ザリリリリリッ! と靴裏から嫌な音と感触が伝わってくる。地面が近づいてきた、タイミングを見計らい曲げていた足を勢いよく伸ばし壁を蹴る。体にかかる力のベクトルが変わり、地面を転がりながら勢いをなんとか殺しすぐに立ち上がる。

 

「ベル様ぁぁぁぁ! 大丈夫ですかああああ!?」

「大丈夫だよおおお!」

 

 Lv.2になったから耐えられた。ランクアップしてなければ耐えられなかった。そんなことを思いながら、ベルは市壁の表面を見る。

 意外と、ゴツゴツしている。

 ヴァハとは鍛錬の意味も含めて競争していた。手加減してベルより後に出たヴァハに、直ぐに追いつかれたが階段は狭く登った時点で勝ちだと思ったら既に上に居た。

 

「そこで待ってて、今行く!」

 

 少し距離を取る。息を大きく吸って、駆け出す。

 勢い良くはね、石と石の隙間に爪先を差し込み、体を上に蹴り上げる。僅かな出っ張りに指をかける。思い切り体を持ち上げる。

 これを繰り返し、頂上まで到達した。

 

「おめでとう。明日はもう少し本気出しても良さそうだなあ」

 

 驚いた様子のリリと驚いた様子もなく笑うヴァハ。日はまだ昇っていない。時間はある。ベルは再びナイフを構えた。

 

「どうして、解ったの?」

「目を頼っていいのは一対一(サシ)の時だけだ。敵が複数居りゃ、死角から攻撃もされる………だから、目で見ねえで敵の動きを把握できるようになれりゃ簡単だ………教えてやろーか? まずは目を閉じろ」

 

 閉じろと言いつつ突如ベルの眼前を赤い何かが覆い、直ぐに目に張り付く。視界を奪われ混乱するベルに蹴りが放たれる。本日二度目の、落下を味わった。

 

 

 

「やりすぎですおかしいです! お義兄様はベル様を殺したいのですか!?」

「Lv.2が市壁の上から落ちた程度で死ぬかよ」

 

 いや、普通死ぬ。

 開店前の豊穣の女主人の店員は開店準備をしながらも内心で突っ込んだ。

 現在豊穣の女主人に居るのは店員と、シャワーを浴びるために来たクラネル兄弟とリリ。そしてメイナが居る。

 

「んで、メイナの方はどうだ?」

「ん〜、才能としては、普通? でもきちんと続けていけば恩恵を刻む日には十分な強さを手に入れてると思うにゃん」

 

 クロエはメイナをそう評する。特別目立った才能はないが、学んだことをきちんとやろうとする真面目な性格。現状なら大成は出来ないかもしれないがかと言って冒険者として挫折することもないだろう。

 

「あ、そうだ兄さん。パーティー組んでくれそうな人、見つかったんだけど」

 

 

 

 

 

 と言うわけで会うこととなった。話を聞けばミノタウロス戦で砕けた鎧の代わりを探し、どうせなら同じ作者の物を探していた際に偶々出会った作者本人らしい。大した偶然もあったもんだ。我が弟ながら『幸運』に恵まれている。

 その作者は『鍛冶』の発展アビリティを欲しているが派閥内で孤立しているのか、共にダンジョンに潜る仲間がいなかったらしい。ついでに、ベルの専属になったそうだ。名前を聞こうとしたが本人が会う時に名乗る、と言ったそうだ。

 

「お〜い、兄さ〜ん」

 

 と、ベルの声が聞こえてきた。隣に立つ男が、ベルの専属鍛冶師志望兼パーティーメンバーだろうと赤毛の男を見る。

 

「………クロッゾ?」

「……………っ」

 

 その人物を見てヴァハがその名を零すと赤毛の男はピクリと柳眉を吊り上げる。

 

「あれ、兄さん知ってるの?」

「確かに俺はクロッゾだ。で、それが何だってんだ?」

 

 と、どこか敵意をにじませる男にベルがオロオロしだす。ヴァハはほー、と無遠慮にクロッゾと呼んだ男を見る。

 

「…………魔剣打てるか?」

「あんたもそれか。悪いが打つ気はねーよ」

「つまり打てると……………くっ、くく…………ははははははは!」

 

 と、ヴァハが腹を抱え笑い出す。突然の行動にベルも男もキョトンと呆ける中、ヴァハは本当に楽しそうだ。

 

「くく、そうかそうか。クロッゾ………ベルの専属鍛冶師が、クロッゾか!」

「…………あんた、何がおかしいんだ」

「さて、ね…………血は争えないって事かもなあ…………まあ、良いさ。弟を宜しく頼むぜクロッゾ。噂はかねがね聞いちゃいるが、俺はお前がお前の意地の為にやれることもやらずベルを見殺しにしても、文句は言わねえから安心しな」

 

 ヴァハはケラケラ笑うとその場から去っていった。

 

 

 

 

毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)………?」

「強力な毒を持つモンスターだ。下層で大量発生したらしい。【ロキ・ファミリア】も、被害にあったと………」

 

 『耐異常』アビリティを持っていてもG以下ならばまともに動けなくなる規格外の毒を持つ最悪のモンスターが、よりによって大量に生まれたらしい。

 遠征帰りの【ロキ・ファミリア】も被害に遭い、18階層で足止めを食らっているとか。

 

「レフィーヤが心配だ。すぐに潜りたい」

「あー………」

「だ、駄目か? いや、私とて急な願いであることは承知しているが」

 

 何なら今から一人で飛び出しかねないフィルヴィスに、違う違うと肩をすくめるヴァハ。

 

「実は弟が『怪物進展(パス・パレード)』食らってダンジョンから帰ってこなくてな、主神命令で捜索に行かなきゃならねえんだよ。だからダンジョン潜るのは反対じゃねえが、複数人つくことになるぜえ?」

 

 怪物進展………神々の間ではモンスタートレインとも呼ばれる行為だ。トレインって何だ?

 簡単に言えば複数のモンスターに囲まれ撤退を選ぶもモンスターから逃げ切れない奴等がすれ違った冒険者にモンスターを押し付ける行為である。

 

「それは………いや、大丈夫だ。ディオニュソス様からパーティーを組めと言われ、お前は私と組んでくれた。その恩を無下にする気はない………」

「ついでに言うとエルフが交じると思うから仲良くなあ」

「え? は………? い、いや待て! 同胞(エルフ)!? む、無理だ!」

「大丈夫だろ、向こうも犯罪者だし同胞に軽々しく触れるわけにはとか考えてそうだからなあ。むしろそういう面白い光景みれねえと行く意味あんまねえし」

「……………お、弟なんだろ? 無事かどうか、保証もないのに」

「Lv.1でミノタウロス倒す奴が中層で行方不明になった程度で死ぬかよ。俺の弟だぜ?」

「……………………」




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捜索隊

 【タケミカヅチ・ファミリア】による『怪物進展(パス・パレード)』を受け、ダンジョン内で行方不明になったベル・クラネル、リリルカ・アーデ、ヴェルフ・クロッゾの3名を捜索、救出する為の即席パーティーが組まれた。

 【タケミカヅチ・ファミリア】からはカシマ・桜花、ヤマト・命、ヒタチ・千草。

 【ヘスティア・ファミリア】からはヘスティア本人。

 【ヘルメス・ファミリア】からはアスフィ・アル・アンドロメダとヘルメス。ヘルメスが連れてきた謎の覆面エルフ。

 【ヘファイストス・ファミリア】からは残念ながら増援はなかった。戦える団員が軒並み【ロキ・ファミリア】の遠征についていったからだ。そして最後に………

 

「遅い! 何をやってるんだヴァハ君は!」

 

 【ミアハ・ファミリア】から来る筈だったヴァハ・クラネルが時間になっても来ない。準備してくるとか言っておいて、寝てるんじゃないだろうな彼奴。

 むむむ、と唸るヘスティア。そして、【タケミカヅチ・ファミリア】は何とも微妙な顔をしていた。

 彼らは孤児で、タケミカヅチ達に育てられた。共に育った彼等は自分達の絆は家族にも負けないと思いつつ、やはり家族を持つものを羨む程度には、血の繋がりに憧れというか、神聖さを持っていた。

 なのに、弟がダンジョンで行方不明になったと聞かされ、その元凶達が頭を下げる中ヴァハがとった行動は、笑う事だった。

 抜けてる奴だと膝を叩き、だらしがないと鼻で笑う。さらには助けに向かおうと言ったヘスティアの言葉に面倒臭そうな顔をした。

 なまじ家族というものに憧れたこともある彼等からすれば、それは何とも受け入れがたい行為であった。

 

「ヘスティア様、もう俺らだけで行ってしまいましょう。あんな奴が居なくても………」

「いやいや、それは駄目だぜ桜花君。彼は、単純に強い。この中で純粋なステータスならアスフィや彼女に分があるだろうがいざ戦いとなったら勝負はわからない、それぐらいには強い」

「そうだね。強いのは確かだ。それに、ベル君の行動を把握してくれるだろうし………」

 

 さっさと行こうとする桜花だったが神二柱に止められどこか不服そうだ。

 戦闘力評価に関して、アスフィは納得しているようだったが覆面のエルフは少し首を傾げていた。何せ彼はLv.2なりたて。同僚から「絶対嘘にゃあ、彼奴Lv.を偽ってるにゃん」とは聞いていたが………。

 

「よお、お待たせ。悪ぃなあ………捜索隊のメンバー増えたぜぇ」

「おお! 来てくれたかヴァハ君! 増えた?」

 

 と、ヘルメスが振り返ると白衣に見を包んだエルフと、小柄な銀髪の女性がヴァハの後に続いていた。

 

「おや、君はディオニュソスの所の………それに、アミッドちゃん?」

 

 フィルヴィスとアミッドだ。フィルヴィスまでは解るが、何故アミッドまで?

 

「アミッドは18階層の【ロキ・ファミリア】の治療だとよお………毒妖蛆(ポイズン・ウィルミス)が下層で大量発生したんだとよお」

「違いますよ、ヴァハ。それはディアンケヒト様から止められてしまいましたから。とはいえ、個人的な友人とダンジョンに潜るだけなら一々報告することもないですね」

「つーわけだ」

 

 認識阻害の魔道具(マジック・アイテム)である眼鏡をかけて、今はプライベートですからと嘯くアミッド。個人的と言いつつそれが嘘であることは神には解った。

 

「【ロキ・ファミリア】の皆様なら、18階層まで上がれば問題ないでしょう。私が手を貸すまでもありません………私はただ、やたら危険なことに縁がある友人が毒を受けに行くかもと心配しているだけです」

 

 【ロキ・ファミリア】が問題ないというのは本当だ。手を貸さないというのは嘘。その後の下りは、本当。彼女の中でヴァハは都市最大派閥をも苦しめる毒虫の群れに平気で突っ込むような奴らしい。

 

「つー訳で行くぞ、目的地、18階層【ロキ・ファミリア】野営地だ」

「なぜ、そこにあなたの弟が居ると?」

「不測の事態。日帰りの装備しか持ってなかった彼奴等にダンジョン内で助けを待つ選択肢はねえからなあ………死んでない以上ダンジョン内で動くだろうし戻ってこれないなら道がわからねえんだろ。なら向かうのは18階層だ。入り口がとてもわかりやすいからなあ」

「………本当に実行するのか、そんな事。まともな神経じゃない」

「俺の弟だからなあ」

「「「ああ……」」」

 

 アスフィ、アミッド、フィルヴィスは納得したように声を出した。

 

「それよりてめぇ等、ベルにきちんと感謝しろよ」

「か、感謝ですか? 謝罪ではなく?」

 

 と、命が困惑したように尋ねると、ヴァハはケラケラと笑う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……………なら、まずは感謝だろ?」

「「「────っ!!」」」

 

 ヴァハの言葉は、完全に【タケミカヅチ・ファミリア】を侮辱したものであった。弟を危険な目に遭わせた後ろめたさもあってヴァハの言動を咎めずにいた桜花は、思わず掴みかかりその腕を流され腹に膝を叩きつけられた。

 

「っ!? ぐ、か──!」

「お、桜花ぁ!」

「勘違いすんなよ? 助けに行くう? 力になる? 笑わせんなよおい。足を引っ張るお前等が、せめて形だけでもしたい謝罪に付き合ってやってんだぜこっちはよお」

 

 そのへんわかってるか? と腹を抑えてうずくまる桜花に尋ねるヴァハ。睨みつけてくる桜花だが言い返せない。

 

「わかったみてぇだな。んじゃ、縦穴使ってサクサク進むぞ」

「ベル君が登ってくるとは思わないのかい?」

「それに、【ロキ・ファミリア】の野営地に居るという説明がまだです」

 

 それにランダムに出現する縦穴を使いすぎると現在地がわからなくなるのでは? とヘルメスとアスフィが尋ねてくる。

 

「リヴィラはボッタクリの街。今回の遠征のために魔剣、不壊属性(デュランダル)を複数購入して、【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師(スミス)にリヴィラの街に泊まる余裕はねえ。数も数だしな……彼処の団長、副団長、アイズは倒れているベルを見捨てはしねえだろう」

 

 縦穴に関しちゃ開けながら進む、と腰に挿している剣の()()の柄に手を置く。現在ヴァハは腰に左右3本、計6本の剣に、背中のひとふりという合計7本の剣を有していた。

 

「……………後」

 

 ヴァハはチラリとエルフ二人を見る。

 

「その出で立ち、貴方が『白巫女(マイナデス)』ですか……」

「私の事を知っていたか、同胞よ。不快な思いをさせるのは済まないと思う。だが、どうか今回だけでも我慢してほしい」

「不快など、そのような!? むしろ、私こそ申し訳ない。このような身で、同胞と共に迷宮に潜れることを少しばかり喜んでしまっていた」

「喜ぶなど、それが偽りであってもありがたい」

「偽りなどではありません。貴方は、私と違った。私のように汚れなかった」

「そんな事はない、この身はとうに汚れきって───」

 

 その光景を見てゲラゲラと笑い出す。予想通りだが、やはり直接見ると面白い。とはいえ、何時までも笑っては居られないのでダンジョンに向かった。

 

 

 

 

「それで、縦穴はどうするのですか?」

「こーする」

 

 中層に入ったあと、ヴァハは腰に挿していた剣を1つ抜くと掌に押し付け、皮膚と肉を切り裂き血を塗りつける。

 千草がひっ、と悲鳴を上げる中剣はバチバチと音を立て放電した。

 

「耳塞いで口開けろ」

 

 忠告は、たったそれだけ。慌てて耳を抑える一同の行動など見ずに剣を振り下ろす。轟音、閃光。

 目を閉じていた桜花達が恐る恐る目を開けると、ヴァハの目の前に直径3M(メドル)程の穴が空いていた。

 

「2階層分だけかあ………下に下がる程、頑丈になるそうだがまあ、ぎりぎり持つだろ」

 

 ヴァハが抜いた剣は、膨大な魔力に内から焼かれボロボロと崩れていった。




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合流

 さて、ベル・クラネルの現状だがヴァハの想像通り、18階層にて【ロキ・ファミリア】に保護されていた。

 アイズ達一部の人間はあの時の、ミノタウロスとの戦い…………否、決闘でランクアップしたのだろうと予想を立てる。そうでなければ、流石にリヴィラの街へは降りてこられないだろう。信じ難い事だが、信じるしかあるまい。

 彼の兄が3週間でランクアップした事を考えれば、彼はまだ普通…………いや、やっぱりおかしいが。

 まあ、そんなおかしな速度で成長する兄弟の片割れに、興味津々あとモフモフの頭を撫で回したいアイズは宴の時もベルのそばに居た。

 普段なら突っかかるレフィーヤも、Lv.1でミノタウロスを倒したと聞かされうむむ、と唸っている。本当にそんな事が可能なのだろうか? 自分は、絶対出来ない。一体何者なのだろうか、ベル・クラネル………………クラネル?

 

「って、ああー!」

 

 はっ、と叫んだレフィーヤになんだなんだと視線が集まる。レフィーヤはビシッとベルを指差す。

 

「貴方まさか、ヴァハ・クラネルさんの弟!?」

「え? あ、はい。そうですけど…………」

 

 ランクアップが公表されたのは【ロキ・ファミリア】が遠征に潜った後。故にヴァハについて知る者は少ないが、逆に言えば知ってる者は知っている。

 というかレフィーヤ、酒場での件を忘れているのだろうか?

 

「あ、あの………何か?」

「兄弟揃って2ヶ月もかけずにランクアップ!?」

「え、あ…………えっと、そうなりますね……」

 

 レフィーヤの脳裏に人を食ったような笑みばかり浮かべるヴァハ・クラネルが浮かぶ。一瞬あんな奴の弟に近づくなんて、という考えが出てきたが性格に難はありまくれど助けられたのも事実で、家族を出汁に人を侮辱するなど潔癖なエルフの性が許さずパクパクと口を開くだけ。ベルが首を傾げる。と、その時だった────

 

ビシャアアアアアアンッ!! 

 

 と、落雷が落ちたかのような爆音が聞こえた。何事かと慌てふためく団員達。音の発生源はどうやら上からのようだ。

 

「………誰かが階層主(ゴライアス)と戦ったのかな?」

「しかし、だとしても何者だ? 音からして雷系統の魔法。それで、ここまでの音を出せる者など……」

 

 表向きには、居ない。ならば表でない場所なら?

 とはいえ、だとしたらこんな目立つ行為をするとは思えない。しかし、だ。【ロキ・ファミリア】が現在疲弊状態にある事を知っているのなら、可能性はなくも無い。

 僅かに警戒する上位陣。と……

 

「…………兄さん?」

 

 不意にベルが呟きを漏らす。数秒後、見張りをしていた【ロキ・ファミリア】と共に現れたのは、ヴァハであった。

 

「とーちゃく。よおベル………無事みてえだなあ」

「兄さん!?」

「あ、ヴァハだー! え、何でここにいるのー!?」

 

 ベルが駆け寄るよりも早くティオナが両手を前に突き出しヴァハに向かって飛び出す。抱きつく気マンマンのティオナをヒョイと避けたヴァハはケラケラと笑う。

 

「元気だなあ、お前等。何か良いことでもあったかあ?」

「レフィーヤ、無事か!?」

「フィ、フィルヴィスさん!?」

 

 突然の来客に誰もが困惑していると一団の中からエルフがレフィーヤの名を叫びながら飛び出してきた。

 ベルは彼女の事を知らないが、よくよく見ると彼の後ろには数人の男女がいる。その中に………

 

「ベルくぅん!」

「神様!?」

 

 何故かダンジョンに入ってはいけない筈の神であるヘスティアまで居た。

 

「ど、どうしてここに?」

「君が心配だったに決まってるじゃないか! 無事で良かったよおお!」

 

 感動の再会をするヘスティア達をしりめにヴァハはあくびを一つ。本来なら拠点の部屋で寝ている時間だ。ヴァハは趣味が殺し合いのため、地上にいる間は飯か女か睡眠のどれかなのである。

 

「おーい、ベル。こいつ等がお前に言いたいことがあるってよお」

 

 兄の言葉に振り返る弟。そこには見知らぬ男女の三人組が…………いや、何処かで見たことがあるような?

 

「夜分遅くに申し訳ありません。病人はどこでしょうか?」

「アミッド? お前は、これなかったのでは?」

「…………偶々、無茶ばかりする友人にダンジョンに誘われましてね。貴方達を目にしてそんな依頼があったことを思い出したのです。なので、これは私用です」

「…………ふっ。なるほど………その友人とやらに感謝しなくてはな」

 

 アミッドがチラリとヴァハを見たのでリヴェリアもヴァハを見つめ、微笑を浮かべる。ヴァハはエルフィに膝枕をさせて寝息を立て始めていた。

 一瞬どうすべきかと思ったがエルフィも満更ではなさそうだ。彼は寝てしまったし、改めて彼の一団に声をかけに行こう。

 

「すまない、少しいいだろうか」

「おっと、何だい? ベル君を保護した件についてなら、もちろん出来うる限りの礼はさせてもらうぜ?」

「いや、こちらが勝手にやった事だ。むしろ、アミッドを連れてきたことに、こちら側から礼をしたい」

「うーん、彼女はヴァハ君が連れてきたからなあ………お礼なら彼に言ってくれ」

 

 ヘスティアがそう言ってヴァハを見るとティオナが「あたしも膝枕するー!」とエルフィからヴァハを奪おうとして、ヴァハが五月蠅そうに目を開けていた。

 起きたのなら丁度いいだろう。ティオナも止めなくてはならないしとリヴェリアが近付いていくとエルフィが慌ててヴァハの体を起こそうとする。が、ヴァハは断固として起き上がろうとしない。

 

「そのままで構わんよ。ヴァハ・クラネル………久し振りだな。アミッドを連れてきてくれて、助かった。礼を言わせてくれ」

「…………礼、ねえ」

「ああ、我々にできることなら………」

 

 その言葉にヴァハはふむ、少し離れたフィルヴィスと膝枕をしているエルフィを見る。そして最後にリヴェリアを見る。正確には、彼女の首元。

 

「都市最高の魔道士?」

「ああ、そう呼ばれているな」

「じゃあ、ち───」

「何を要求しているんだ貴様は!」

 

 と、離れていたフィルヴィスがやってきてヴァハの口を抑えた。

 

「ヴァハ! 自重しよう!? 流石にリヴェリア様にその要求はまずいって! わ、私なら後で幾らでも!」

「コレット!?」

「お〜、ならまあ、味が分かんねえ奴よりはお前がいいか」

 

 我慢してやるよ、と言うヴァハに自重しろ! と叫ぶフィルヴィス。エルフィにも己を大事にしろと叫んでいるあたり、悪いやつではないのだろう。ヴァハが何を要求する気だったのか少し気になるが………。

 

「っ! も、申し訳……ありませんリヴェリア、様………」

 

 と、フィルヴィスはリヴェリアから距離を取る。

 

「お会いできて、光栄です。お目汚しを………失礼します」

 

 そう言うとフィルヴィスはその場から逃げるように立ち去る。

 

「………追わぬのか?」

「それは俺の役目じゃねえからなあ…………慰めんのは彼処のエルフ、俺は彼奴を肯定してやれるだけさあ」

 

 リヴェリアがその背中を見てヴァハに問いかけるとヴァハはフィルヴィスを追う別のエルフの背中を見て笑う。

 

「そうか………」

「そういや、ベルの姿はお前らの鼓舞に使えたかあ?」

「…………何故そう思う?」

「限界超えなきゃお前等はここに居ないだろ? 目の前で超えたやつ見りゃ、負けず嫌いなガキ共は簡単にやる気になるからなあ」

「……ふっ。確かに、お前の弟の姿は、ベートやアイズ達を奮い立たせたよ」

 

 リヴェリアの言葉にヴァハはそいつは良かったと笑う。

 

「…………59階層で見たもの。私達は、あれについて聞きたい。お前が先程何を要求しようとしたのか知らないが、話してくれるというのなら私個人で用意してやっても良い」

「……………へえ」

 

 では、私はこれで、と立ち去るリヴェリア。幹部を交えてヘルメスと何やら話すようだ。

 

「ヴァハ? 変なこと考えちゃ駄目だよ? 絶対だからね?」

「……………喉が渇いた」

「……………っ」

 

 

 

 

 リーネがその場を目撃したのは、偶然だ。

 森の中に入っていく赤い髪の少年を見て、そういえばレフィーヤがベートさんと組んだ時の話に居たなあ、と思い、レフィーヤ曰くベートと相性がいいらしいからベートと仲良くなる方法を教えてもらえないかなあ、と後をつけた。

 

「…………エルフィ?」

 

 暗かったかわかりづらいが、よくよく見れば彼の少し前にエルフィが歩いている。二人きり、夜の森の奥。そこまで考え、リーネがゴクリと唾を飲む。興味本位でつい、木の陰に隠れて様子をうかがう。

 と、ヴァハがエルフィを木に寄りかからせ、その身体を抱きしめる。そのまま首元に顔を埋める。

 

「あ、あわわ………!」

 

 首元のキスは、執着。つまり、彼はエルフィに執着しているということ!? と目を手で隠しながらもしっかり指を開くリーネは顔を赤くしながらその光景をまじまじ見つめる。頭の中で、ベートと自分に置き換えながら。

 

「ん、ふぁ………っ、くぅ………」

 

 と、エルフィから甘い声が漏れる。何だか見てはいけないものを見ているような気がして、しかしもっと見ていたいような気がして少し身を乗り出すと、エルフィが上気した顔でこちらに気付く。

 

「……………!?」

 

 エルフィとしては大丈夫だよ、と言う意味で浮かべた笑みだが、ヴァハの吸血により与えられる甘い快楽に蕩けた顔で浮かべた笑みは同性のリーネすら赤くなるような色っぽい笑み。リーネはその場から去るように立ち去った。

 

 

 

 

「……リーネに気付いてたでしょ」

「目を見りゃ人となりもわかる。彼奴はてめぇの不利になるようなことは言わねえだろお?」

 

 服を整えながら責めるように睨んでくるエルフィに、ヴァハはケラケラと笑うのだった。

 

 

 

 白い毛並みを持つモンスターは、ガリガリと魔石を噛み砕いていた顎を止め、顔を上に持ち上げる。

 

「イ、居ダア! ──ス! ─ノ! 殺スウウウ!」

 

 憎くて憎くて仕方のない、己の死にゆく姿を嘲笑った赤髪の男の気配を感じ取り、吠える。

 殺意と憎悪を持つ白い怪物が、一人の人間を殺すために蓄えた力を解き放とうとしていた。



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情報開示

 首の傷をポーションで癒やしたエルフィと別れ、ヴァハはとある天幕に来ていた。天幕に見張りはいない。聞かれたら困るのと、必要がそもそもないから。

 何せこの天幕の中にいる人物達は【ロキ・ファミリア】のトップ3。

 フィン、リヴェリア、ガレスの三人だ。ランクアップしたてのヴァハなど相手になるまいと、そう判断されたのだ。

 

「それで、59階層で見た『あれ』が何か教えてくれるんだね?」

「しかし前回は断ったと聞いておったが、どういった心境の変化じゃ?」

「リヴェリアからある程度の願いなら叶えて貰えるらしいからなあ」

 

 ヴァハの言葉にリヴェリアを見る2人。リヴェリアは叶えられる範囲ならな、と肩をすくめる。

 

「とはいえ、具体的には彼女に何を求めるんだい? 仲間として、彼女の聞いておきたいんだけどね?」

「血」

「………血?」

「俺が血液吸収(ブラッドドレイン)のスキルを持ってんのは知ってんだろ? これまでの経験則から、珍しいスキルや魔法持ち、高ランク程美味えみてえでなあ……」

 

 魔法を9つ使えたり、同胞(エルフ)を強化したり、王族であったりするだけでなくLv.6のリヴェリアは、彼の言うとおりであればなるほど一番の美味となるだろう。

 とはいえ血を啜るという行為。普通の感性を持っていればまず忌避する。潔癖なエルフの、それも王族となれば尚更だろう。

 

「いいだろう。ただし、お前が知っている情報を全て話せ。私の血は高く付くぞ?」

「……………へえ」

 

 ヴァハとしても渋られると思っていたのか、即答したリヴェリアに一瞬ほうけて、笑う。

 

「契約成立だな。んで、まずはお前等、あれをどの程度まで理解している?」

「………アイズは、あれを精霊と呼んでいた。そしてあれは、君も知っている『宝玉の胎児』に寄生されたモンスターだ。あれに寄生されると、モンスターは変質する。それが魔石を喰らい、進化した姿」

「そして、それを援護した者は更に深い階層にいる。あれ自体は、尖兵に過ぎない」

「だろうな…………お前等が見たそれは、精霊の一部で間違いねーよ。神の分身………絶対的存在の、切り離された一部。故に本来なら増えるなんざ不可能なんだが、ダンジョンの性質と見事に最悪な結び付きをしたわけだ」

 

 ヴァハはそう言って笑う。

 

「どこの誰とも知らねえが、ダンジョンの奥深くでモンスターに喰われたんだろ。そのモンスターが『古代』の性質を持っていたのか、深い階層ではそういう機能があるのかは知らねえがな」

「……『古代』? そういう機能?」

 

 ヴァハの言葉にリヴェリアが反応する。古代とは何のことだ? 機能と言っていたが、ダンジョンについて何か知っているのか?

 

「………ダンジョンが生み出した力ある『古代』のモンスター……それは神の権能が通じない。なにせ、神を殺したくて殺したくて仕方ないから作ったわけだからな。前例はねえが、恐らく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()………」

 

 何せ神が己の意思で帰るにしろ、ルールを破り送還されるにしろそこには明確な『神の力』が必要となる。力ある『古代』のモンスターの中に取り込まれれば、天界との繋がりが絶たれる。

 

「それが、どう関係する?」

「神は天界に住まう。で、死んだ人間も天界に還る………神の世界にだ。その流れに『神の力』が関わっていないはずがねえ………」

「っ………つまり、君はこう言いたいんだね? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と……」

「言うね。だから死した精霊もその魂を天に返すこと無くダンジョンの転生に組み込まれ、モンスターとして生まれたか己を喰ったモンスターと融合したんだろ」

 

 その言葉に、3人は言葉を失う。何せダンジョンの奥に潜れば、自分もそうなるかも知れないと言われたのだから。いや、或いは自分が殺してきたモンスターの中には、既に混じっているのかもしれない。

 

「まあモンスターの融合の方になるよう祈っとけよ。何せダンジョンで死んだから、なら何度でも蘇るが、モンスターと融合してるならそのモンスターごと殺せば終わり。その魂がどうなるかはしらねえがな」

「………因みに、極彩色のモンスターや怪人(クリーチャー)………あれがどういったものか解るかい?」

「ああ、ありゃ精霊の加護を与えられた存在だな」

「精霊の加護?」

「物語に出てくるだろ? 炎操ったり氷操ったり………その手の武器になったりする。そこにダンジョンの性質が加わり魔石という解りやすい加護の形が生まれたわけだ」

 

 通常、人を守るために送られた精霊は英雄に加護を与える。ならば、反転した『汚れた精霊』は? 当然モンスターに与える。あるいは、その加護を受けた人間をモンスターに変質させる。

 

「恐らくは27階層の悪夢の生き残りに怪人(クリーチャー)がいたんだろ。そいつが己の主神に話し、その主神が『汚れた精霊』の地上進出を手伝っている……」

「何故、27階層の悪夢だと思うんだい?」

「オリヴァス・アクトが加護持ちになってたからなあ。彼奴、悪夢の際死んだことになってたんだろ?」

 

 『汚れた精霊』が目覚めたのはここ数年の間だろうから、己の手足となるものを探すのは当然その数年の間の筈だ。目覚めた理由は、だいたい予想がつく。

 

「というわけでこれいるか?」

 

 と、ヴァハは赤い液体が入った小瓶を取り出す。

 

「とある精霊の血を混ぜた特別薬だ。『汚れた精霊』の支配下にあるモンスターに取り込ませれば支配系統を混線させる事ができるぜ。お値段一瓶70万ヴァリス」

「……………お金に余裕が出来たらね」

 

 

 

「本当に良いのか? 私の血を、飲みたかったのだろう?」

「またの機会にするさ。お前、なかなか面白い女だからなあ………」

 

 ヴァハを来客用の天幕まで送るリヴェリアは、先程ヴァハが血は今度で良いと言った真意を量りかねていた。そもそもリヴェリアの血を飲みたいからこその情報提示だったはず。

 

「気が引けるってんならそうだな…………」

 

 と、ヴァハは周囲を不意に見回す。何を思ったのか、ニィと笑う。

 

「地上に戻ったらデートしてくれや。この街に来て2ヶ月も経ってねえからなあ、ダンジョン潜ってばっかだし、少しは地形を把握しておきてえんだ」

「ああ、それぐらいなら良いだろう」

「「「ちょっと待ったああああ!!!」」」

 

 と、【ロキ・ファミリア】のエルフ達が叫ぶ。ヴァハはケラケラ笑いながら、対処は任せたとリヴェリアに丸投げした。

 リヴェリアは面倒な、とこめかみを抑えるのだった。

 

 

 

 

 リヴェリアとエルフで遊んだヴァハは見知った顔を見つけた。何やら褐色の女に引っ張られている。一瞬アマゾネスかと思ったがどうやらハーフドワーフのようだ。

 

「よおクロッゾ。そのハーフドワーフは彼女か?」

「げ、あんたは…………家名で呼ばないでくれ」

「そう言われてもなあ。俺にとっちゃこっちのが馴染み深い呼び方だからなあ」

 

 家名で呼ばれて嫌そうな顔をするヴェルフ・クロッゾの反応にケラケラ笑うヴァハ。ヴェルフを連れていた褐色の女はふむ、とヴァハを見る。

 

「…………お主が二つ名に剣の名を与えられた男か。して、その5本の鞘は何だ? 何故剣がない」

「砕けて消えた」

「………魔剣使いかよ………いでで!?」

 

 ふん、と鼻を鳴らすヴェルフを女が締め上げる。

 

「ではお主等が来る前に聞こえた音は魔剣か? 一度しか聞こえなかったが、階層主(ゴライアス)を倒したのか?」

「あー。魔石ごと消し飛んだ………」

「ほう! それは、その魔剣は全て同じ威力を持つのか? であるなら、背中のそれか腰のそれが残った魔剣という事になるのであろうか?」

「デカブツふっ飛ばしたのはこっちだなあ」

 

 そう言ってヴァハは腰に挿していた剣を鞘ごとを投げ渡す。鍛冶師として階層主(ゴライアス)を一撃で倒した魔剣に興味があるのだろう。早速鞘から抜く。

 

「……………む?」

「どうした?」

「………いや、この剣…………魔剣、ではあるのだろうが………剣としての出来がいまいちでな」

 

 ヴェルフが訝しんできたのでほれ、と見せてやる。ヴェルフも確かに、と呟いた。

 魔剣を作るには『鍛冶』のアビリティが必須で、威力が高い魔剣を作りたいなら『鍛冶』のランクも高いはずだ。ならばそれだけ鉄を打ったという事なのにこの魔剣は剣としての出来がそれこそ駆け出しの中でもそれなり、レベルだ。

 

「そのほうが安いからなあ……俺はそれを魔剣にするスキルがあんだよ………まあ、結果として数回で砕けちまうがなあ」

「ほう? では不壊属性(デュランダル)ならどうだ?」

「うちは零細ファミリアだから知らん。てか、その天幕になにか用があったんじゃねえの?」

 

 ヴァハの言葉にそうであったな、とヴェルフを引っ張る女。面白そうだからついていく。

 

「………何で連れてこられたんだ俺は」

「俺が予想するに59階層で見た奴がアイズの事を『アリア』と呼んだからだと思うぞ? 成り立ちは違えけどお前も精霊に連なる者だからな」

「っ!? な、なぜ貴方が59階層の事を知っているのですか!?」

 

 ヴァハの言葉に一人のエルフが叫ぶ。そのエルフだけでなく、天幕の中にいる者達、ヴェルフとティオナを除いた全員がヴァハを見ていた。

 

「お前等の団長に気をつけるように忠告してやったのは俺だぜえ? 何で知ってるかってのは、気配を感じていたからなあ。それがどういう状態かはお前等の団長に聞いた」

「団長が? 口外しないように、命令を出したのに?」

「気になんなら聞いてこいよ……」

 

 ヴァハの言葉に、すぐに確かめられる事なら嘘はないだろうと判断して一同は落ち着く。

 

「それで、その方が精霊に連なる者とはどういう事ですか?」




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精霊伝承

 エルフの問にヴェルフは応えたくないとでも言うように顔をしかめた。

 代わりに、ハーフドワーフの女が応えた。

 

「こやつの名は、ヴェルフ・クロッゾ」

「………クロッゾ?」

「ああ、ヴァハの話にも出てきた、精霊助けて魔剣作れるようになった鍛冶師だ!」

 

 レフィーヤが首を傾げティオナが元気に叫ぶ。ヴァハが覚えてたか、と言うと覚えてたよ〜、と近寄ってきたので頭を撫でてやる。

 

「それは、本当なのですか!?」

 

 直後であった。

 レフィーヤ達が肩をはねさせるほどの怒声が響き渡る。

 

「クロッゾの一族……同胞の里を焼いた元凶! どれだけのエルフの氏族が帰る森を失ったことか!!」

「ア、アリシアさん……」

 

 叫んだのはエルフだ。どうやらアリシアと言うらしい。同族意識が高いエルフの事だ。数々の同胞をその里ごと飲み込んだ魔剣を生み出した一族を前に怒りが抑えられるのだろう。一方のヴェルフは、眉をひそめるだけ。一触即発の空気に………ヴァハが肩を震わせていた。

 

「ぷ、くく…………くふっ!」

「っ! 何がおかしいと言うのですか!?」

「何がおかしい? そうだなあ、まずはその髪型と年齢のくせに妙に大人ぶろうとしている態度だろ? あと才能はそこのレフィーヤより無いくせにレフィーヤの姉っぽくあろうとしてるところとか、弱っちいくせに年下ってだけでティオナ達もしっかり導かなきゃとか思ってるところだなあ」

「…………………は?」

 

 全く関係ない事ばかりを言われ、しかもその全てが悪口というヴァハの言葉に当然呆けるアリシア。が……

 

「まあ今回に関しちゃその態度が面白くておかしくて仕方ねえ。お菓子食べるかぁ?」

「いりません!」

「わーい、食べる〜!」

 

 ティオナが釣れた。単純な実妹を見てティオネが呆れる。

 

「おかしいとはどういう事ですか、彼は、我々の同胞の故郷を幾つも滅ぼしたクロッゾの………」

「実は俺の御先祖様、まだ人類が一致団結できてない時にエルフの森に迷い込んで夫殺されたらしいんだよなあ。だからお前等ぶち殺していーい?」

「は…? ────っ!?」

 

 ゾワリと肌を紙ヤスリで撫でられたようにざらついた空気が場を支配する。ヴァハの殺気だ。反射的に、前衛のティオネ、ティオナが拳を振るいアキが後衛を守るように移動しハーフドワーフの女が手刀を繰り出す。

 

「そうそう、理不尽だよなあ?」

 

 が、雷光が輝き視界を奪われた一瞬でヴァハは整理された荷物の上に腰掛けていた。

 

「………なんのつもりよ」

「そこのエルフの真似してるつもりだよ」

「っ! それとこれとは、彼はクロッゾの血筋なのですよ!!」

「だからなんだよ。てめー等エルフは同族を大事にすんだろ? 俺はしねーけどな」

 

 ケラケラ笑うヴァハをアリシアが睨みつけるが、彼女程度がヴァハを震え上がらせるなど出来る筈もない。

 

「魔剣なんざ所詮ただの武器だろうが。お前は包丁でエルフが刺されりゃ包丁職人をぶち殺すのか?」

「っ! それは………ですが、彼の祖先が魔剣を造らなければ………!」

「鍛冶師が剣を打って何が悪い」

「うむ。その言葉には手前(てまえ)も同意する。そもそも鉄を打ち武器を造るのが我等が本懐。それがどう使われるかなど、知らん………もちろん、大物を狩ったとも聞けば誇らしくはあるがな」

「第一、お前等エルフは口だけだしなあ」

「なんですって!?」

「ラキアが健在なのがその証拠だろ? 憎けりゃ滅ぼせ。お前等の故郷がそうされたように、奴等の住まう場所を魔法で焼払え………それもしねぇで、いざ対面すりゃ貴方が憎いんですう、なんざ笑い話にしかなりゃしねえ」

「─────っ!」

 

 ラキアは神の恩恵を得た国家系ファミリア。だが、オラリオのエルフ達が総出で攻め落とせば簡単に陥落出来る。それをしないくせにいざ目の前にクロッゾが現れたら許せない存在であるなど都合が良いにもほどがある。

 その言葉に言い返せないアリシア。場の空気が重い物になる。

 

「え、えっと………それで、この人が精霊に連なる者っていうのは?」

「さっきティオナが言ってたろ? 精霊助けて瀕死になって、その血を与えられたんだよ。精霊の名は『ウルス』………炎を司る精霊。以来クロッゾの扱う炎には魔力が宿り、その剣を規格外の魔剣へと変えた」

「「「そうだったのか」」」

「…………なんでてめえが知らねえんだよ」

 

 ハーフドワーフの女、ヴェルフ、ティオナがへーと感心する中ヴァハはヴェルフに呆れたような視線を送った。

 

「う、うるせえな………俺はこの力が嫌いなんだ。仕方ねえだろ」

「その結果がこれだがなあ。せめて魔剣の一本でもありゃベルだけを戦わせるなんてことにならなかったのに」

「……………っ!」

「持って生まれた折角の才能を使わずに、全力も出さず本気でやって、それで成果が伴うかよ」

「うむうむ。言ってやれ言ってやれ…………」

「……………ところでこの胸も背も態度も声もデケェハーフドワーフは誰だ? 鍛冶師みてえだが、お前の先輩?」

 

 と、漸くヴァハがハーフドワーフに付いて尋ねた。ハーフドワーフはむ? と首を傾げた。

 

「ほう、手前(てまえ)の事は知らぬのにハーフドワーフや鍛冶師である事は見抜けるのか」

「土と鉄と火の匂いがするしなあ………種族に関しちゃ、俺はちと特別でな」

手前(てまえ)は椿・コルブランド……【ヘファイストス・ファミリア】の団長だ」

「あっそ…………ん?」

 

 正体がわかった以上、どうでも良いかと興味をなくすヴァハ。と、ティオナがヴァハの服の裾を引っ張ってきた。

 

「ヴァハも、おっきいおっぱいあったほうが良いの?」

「…………でけえ胸は、まあ『魔女の蜘蛛』が使いやすそうだな、ぐらいしか」

「魔女の蜘蛛?」

 

 拷問道具である。あいにくその知識を持つ者はこの場に居なかったので全員首を傾げるのみだ。

 

「それより、俺が呼ばれた理由はなんだよ? 精霊に関しちゃ俺は何も言えねえぞ」

「初代は精霊の炎を使い、精霊の居場所すら探知できたのになあ」

「うるせえ。俺は俺だ……てか、言い伝えも何も残ってねえ初代の事をなんであんたが知ってんだ」

「知ってるからだ」

 

 ケラケラ笑うヴァハにヴェルフは弟と全然性格が似てないのか、と頭をかいた。寧ろ似なくて良かった。

 

「だったら精霊についてあんたが話してやれよ」

「面倒くせえなあ………」

「そう言わず頼む。手前(てまえ)が剣でも打ってやろうか?」

「……………ハーフのLv.5か…………剣よりむしろ…………いや、良いか。話してやるよ、対価は不壊属性(デュランダル)…………で、何が聞きたい?」

 

 ヴァハの言葉に一同顔を見合わせる。そして、代表として口を開いたのはティオナだった。

 

「精霊『アリア』って、誰かに血を分け与えたりした?」

「したぞ」

「本当!?」

「てか、『アリア』が負けたのはそれが理由だと俺は思ってるがな。神に最も近い種族が、神のルールに背いたんだ。下界は神の予想を超えるというが、それがいい結果だけもたらすとは限らねえしなあ」

 

 ケラケラ笑うヴァハ。この場にアイズは居ない。居たとしても、きっと同じことを平気で言うのがヴァハ・クラネルという人間だが。

 

「普通の生き物は肉体を持って、新しい肉体を生み出してそこに魂を入れる。だが精霊の肉体は普通じゃねえ。不変の神から切り離された不変の一部。これを100だとすると『ウルス』がクロッゾに10か20ぐらい分け与えた…………他にも己自身を武器にして0から100を好きに使わせるのが精霊の武器だな。この場合精霊の強さによっては使用者はリバウンドを喰らうが………普通、大精霊がやって良い事じゃねーんだよなあ」

 

 と、何かを思い出すように虚空を見つめるヴァハ。ティオナはヴァハが語る『アルゴノゥト』を知っていたので一人納得した。

 

「えっと、それがルール違反なんですか?」

「いや、『アリア』はガキ作った。『アルバート』とな………自分の体を切り離して、『アルバート』の子種と融合させた。狙ったかどうか知らんが奇跡といえば奇跡なんだろうな………力をどれほど失う事になったか知らんが」

 

 少なくとも『ウルス』の比であるまい。

 

「アルバートに子供いたんだあ………」

「これはベルも知らねえ、俺と爺とほんの数人しか知らねえ事実だ。教えてやる俺ってば優しいなあ、剣は気合入れて作れよなあ」

「弟くんも知らないの?」

「ガキがいることは知ってるが相手は知らねえだろうよ。あんな性格だし、相手が誰とかとも考えてねだろうな」

「うーん、でも詳しいね。もしかして、迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)の原典!?」

「原典というか……」

 

 原作者というか、その時代をまさにその目で見ていた観測者というか………。

 

「ところでアルバートの仲間の女の人って誰がいたっけ? 弟君も、そのうちの誰かの子供とは思ってるかもよ?」

「ほんの少し前までガキはキャベツ畑から生まれると信じてた彼奴がぁ? ないない。でもそうだな、その可能性ならアマゾネスの女帝イヴェルダか、ハイエルフの王女ソルディア───」

「──何を言っているのですか、貴方はぁ!? セルディア様はエルフの間で語り継がれる穢を知らない永遠の聖女! 使命に駆られ里を出て、世界の危機を救った我々の誇りです!! 異種族との間に子をもうけただなんて考えるだけでも不敬です!」

「高貴な方々はセルディア様の妹リシャーナ様の血筋なんです! あのリヴェリア様だってそうなんですよ!?」

 

 歴史に名を残す王族(ハイエルフ)の名が上がった途端、エルフ達が叫ぶ。ヴァハは、彼女達を指差しながら腹を抱えて笑い出す。

 

「な、何がおかしいんですか!?」

「エルフはあいも変わらず傲慢不遜だなあ。異種族だらけの派閥に属し、よくエルフをこそ至高の種族だなどと曰える」

「そ、そんなこと言っておりません!」

「ならなんで、異種族と子をもうけるのが叫ばれなきゃならねえ程の不敬になるう? 異種族も対等なら誰と子を残そうが関係ねえのに。答え、エルフがいっちゃん優れてると思ってるからあ」

 

 ケラケラと笑うヴァハに、エルフ達は反論できなかった。言われてみれば其の通りで、エルフの王族はエルフと結ばれるべきだと言う考えが彼女達の中にある。

 

「ましてや処女である事を穢を知らないときた。交尾して穢れんなら一人自分を慰め続けて緩やかに絶滅すりゃ良いのによ」

「な、な、ななななななな!? し、失礼です、失礼すぎますわ貴方!」

「ああ? リシャーナを穢れてるとかほざくエルフが何を吠えてやがる」

「な!? ち、違───っ! わたくしは、そのようなつもりで言ったわけでは…………!」

「ん〜? 雄を知るのが穢なんだろお? ならガキこさらえたリシャーナは当然穢れたわけになるよなあ?」

「─────っ!!」

「その辺にしておけ………」

 

 と、その時凛とした声が響き渡る。

 

「リヴェリア様! なんなんですか、この下品で失礼な男は!」

「…………あまり、うちの子をいじめないでくれ」

「………あー。ほら、あれだ………よく言うじゃん? 好きな子ほど虐めたくなるって。愛情表現だよ愛情表現…………こう言うと学校でいじめが黙認されちまう忌まわしき魔法の言葉だって爺が言ってた」

「ここは学校ではないので黙認しない」

「そうか」

 

 じゃ、帰る。と立ち上がるヴァハ。去り際にアリシアへと振り返り、アリシアがむっと、警戒する。

 

「また遊ぼうなあ」

「………私と、ではなく………私()?」

「それ以外にどういう意味が?」

「お断りですわ!」

 

 

 

「に、兄さんどうしよう!? 明日、アイズさんとリヴィラの街に行くことになっちゃった!?」

「そうか。リヴィラの宿は壁が薄い。貸し切れるように金を出してやろう」

 

 

 

 

「おーいリヴェリア〜、地上での予行練習だ。リヴィラの街でデートしようぜぇ。2人っきりで」

「リヴィラの? まあ、良いだろう。わか………」

「2人っきりなど許すはずがないでしょう!」

「そうですそうです! 私達もついていきますからね! …………あれ? 何か忘れているような?」

「リヴェリア様とデートだとお!? 許せん、身の程を知れヒューマン! リヴェリア様、私達も是非!」

「……………お前達……」

「良いって良いって。狙い通りだし………とはいえ数が多いなあ。フィルヴィスはリヴェリアがいっから来ねえだろうし、昨日の二人、来いよ」

 

 その後アイズがベルとリヴィラの街に行ったことを思い出したレフィーヤは落ち込むのだった。




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この作品における精霊の力の譲渡設定

クロッゾ『ウルス』10〜20%

ヴェルフ『ウルス』8~15%

アイズ『アリア』???%

ヴァハ『ミノス』100%


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26階層

 アイズ達が水浴びしに行くと、ヘルメスがベルを誘って何処かに行った。大方覗きでもさせるのだろうと判断したヴァハはまあ良いかと昼寝する。数秒後、ベルの謝罪の叫び声が聞こえてきた。

 恐らく慌てて引き返そうとして水浴び場に落ちてしまったのだろう。その後エルフの少女の叫び声も聞こえてきた。気にせず昼寝をすることにしたヴァハ。

 数分経つとベルが関係者全員に謝罪してヘルメスが関係者にボコられていた。ヴァハは昼寝をした。

 【ロキ・ファミリア】の面々は憤慨している。桜花とヴェルフは感心している。ヴァハは昼寝をしている。

 

 

 

「ヴァハ………ヴァハ、起きてください」

 

 寝ているヴァハを遠慮がちに揺すりながら、声をかけるものがいる。綺麗な声で、余計寝ていたくなるがふぁ、と欠伸をしたヴァハが起き上がる。

 

「おはよござーまーふ」

 

 欠伸をしながら体をゴキゴキ鳴らす。

 起こしたのはアミッドだ。ここはヴァハのテント。アミッドがここにいる理由は、別に夜這いではない。

 

「んじゃ、行くかぁ」

「ええ、本来の目的を果たすとしましょう………」

 

 周りに悟られぬように小さな声で話す二人は、そのまま拠点から離れ、夜の闇に消えていった。

 

 

 

 

 

 ダンジョン26階層。現在毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)が大量発生している『下層』。そこに稲光が輝く。

 

「んっん〜、モンスターだけなら大したことねえなあ。『下層』つっても所詮入口近くかあ」

 

 血を纏い赤く染まった手で紫色の芋虫を掴むヴァハが襲ってきたモンスターを丸焼きにして笑う。アミッドは『そう言えるLv.2は貴方ぐらいでしょうね』と言いながら瓶を差し出してきたので芋虫から汁を搾り取る。

 

毒妖蛆の体液(ドロップアイテム)はまあまあ集まったか?」

「はい。少なくとも、解毒薬を暴騰させる心配ないでしょう。では、次です」

「りょーかい。雇い主様のおーせのままにい」

 

 ヴァハ達がこの場にいる理由は、アミッドがヴァハに冒険者依頼(クエスト)を申し出たからだ。

 「私を守ってください」。内容はそれだけ。

 何せただでさえ厄介な毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の大量発生。収まるまでどれだけかかるか。そして、その間にどれだけ被害が出るか………。

 その間、間違いなく解毒薬は高騰するから彼女の主神ならむしろギリギリまで粘るだろう。あくまでギリギリだ。仮にも医療の神。人が苦しめば己が儲けられるからと言って、人に苦しんで欲しいわけではない。そうだったらアミッドはとっくに抜けている。

 だが、それでもこれだけは合わないのだろう。

 アミッドは苦しむ人間を放っておけない。まだ死者が出ていないとか、死者が出るようになるまで少しあるとか、そんなのは一切関係ない。

 故に店にヴァハが来た時、彼に頼んだのだ。即座に対価を支払ってまで。

 

「お前って意外と激情家だよなあ……」

 

 血の鎖を使い蜘蛛のように天井や壁を移動するヴァハ。地面を見れば毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の数が少しずつ増えていく。騒ぎの中心は近い。

 

「付き合わせてしまい申し訳ありません。【ロキ・ファミリア】の皆様は遠征帰りですし………貴方ならば、と」

「ん〜、対価は先払いと後払いで、先払いは既に味わっちまったからなあ。返品できるものでもねーし」

 

 そう言って、唇をなめるヴァハ。唇を開いたことにより僅かに覗いた白い牙を見て、ヴァハの背中にくっついていたアミッドは赤くなった顔を隠すように肩に顔を押し付けた。ケラケラ笑うヴァハが憎たらしくって、少しだけ手に力を込めた。

 

「お、あれか?」

 

 と、ヴァハの言葉に現実に引き戻される。地面を見れば、大群という言葉では片付けられないほどの毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)が蠢いていた。

 

「通常の数倍の数が集まっていますね。おそらく、あれが…………」

「元凶ってわけか……」

 

 ヴァハはそう言うと腰に挿していた剣を抜く。今はアミッドを背負っているので、18階層に向かう際背負っていた魔剣も腰に挿してある。

 今抜いたのは階層主(ゴライアス)撃破に使った物だ。

 

「らぁ!」

「!? キィィィィィィッ!?」

 

 バチバチと紫電を迸らせる剣を毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の塊の中央に投げつける。毒妖蛆女王(クイーン・ウェルミス)という、毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)を集めるフェロモンを出すレアモンスターの一匹を貫き、稲妻が地面を走り全ての蛆虫を焼き尽くした。

 

「……………」

 

 アミッドがこれまで見たあの剣の効果は落雷を落とすといったもの。あのような使い方では、なかった。

 魔剣は使い方を変えられない。なにせ形が定まった『魔法』が刻まれているのだから。

 

「これが、貴方のレアアビリティ『加護』の効力ですか…………」

「まあ今ので駄目になったがな」

 

 ヴァハはそう言うと砕けていく剣を見据える。アミッドをおんぶしたまま地面に降りる。全部纏めて焼き払ったので、毒の心配はない。

 

「ありがとうございました。では、皆さんにバレないうちに戻りましょう」

「………………」

「………ヴァハ?」

 

 早く帰ろうとしたアミッドだったが、ヴァハは目を細め最後の剣を抜く。並の剣では耐えられぬ雷を耐えることの出来る『雷霆の剣』を。

 そして───

 

ギィィィン!

 

 耳障りな金属音と、火花が散る。アミッドが目を見開く中、ヴァハの剣とぶつかりあったメタルグローブを装着した襲撃者、紫紺のローブの仮面の怪人(クリーチャー)はヴァハ達の上を飛び越え地面を削りながら着地し、対面する。

 

「よお、会いたかったぜ愛しい女(マイ・フェア・レディ)………」

『減ラズ口ヲ………! ソノ軽口モ、最早今日マデダ!』

 

 怪人(クリーチャー)が振るう金属の爪を、ヴァハは雷霆の剣を以てして受け流す。金属同士がぶつかり合い、削れる音が響く。間合いだけならヴァハが有利だが相手もかなりの手練。一瞬の隙を狙い、懐に飛び込んでくる。

 

「【血に狂え】」

 

 ならば手数も増そう。最早使い慣れたもので体内の血による身体強化はお手の物。それに加え血の剣を生み出し振るう。

 

『───ッ! 小賢、シイ!』

 

 対する怪人(クリーチャー)はその人外の膂力を以て押し返す。地面を踏み込み、亀裂が走る。僅かに揺らいだヴァハの胸を殴りつけると肋をへし折る感触がメタルグローブ越しに伝わる。

 

「────!!」

 

 血を吐き出しながら吹き飛ぶヴァハ。事前にアミッドの血を飲んでいなければ危なかったな、と空中で身を翻しながら傷を癒やす。バチリと紫電が走るヴァハに、怪人(クリーチャー)が向かってくる。

 

「ヒャハ!」

『効クカ!』

 

 血の大剣が槍へと変化し、放たれる。それを即座に弾こうと腕を振るう怪人(クリーチャー)。が、槍は唐突に溶け崩れ怪人(クリーチャー)の身体を血が汚す。

 

『───ッ!』

「【血は炎】」

 

 血液が、炎に変わる。込められた魔力が熱を生み出す。可燃性の液体をぶっかけられて燃やされたようなものだ。外套や服に染み込んだ血液が全て炎になるまで火は消えない。なので、無視する事にした。

 

『ガアア!』

「ぐっ!」

 

 炎に包まれたまま接近しメタルグローブを振るう。むしろさっきまでより厄介になったかもなどと思いながらも猛攻に対応するヴァハは足に紫電を迸らせ、その場から消えた──

 

『ッ!』

 

 背後に移動したヴァハが剣を振るう。ギリギリの所でかわしきれなかった怪人(クリーチャー)の腕の布が、赤黒く染まる。

 

『────オノレ』

「ハハァ……そんなに忌々しそう(愛おしそう)に見つめるな。ますます殺したくなって(好きになって)くる」

 

 剣についた血をベロリと舐めうま、と目を見開くヴァハ。今すぐにでも押し倒してしまおうか、などと邪なことを考える。歯は既に全てが牙へと形を変えていた。

 怪人(クリーチャー)はヴァハを見据える。ヴァハも肌を刺すような殺気に笑みを浮かべる。アミッドが介入できる隙は、存在しない。誰にも邪魔されない…………はずだった

 

「ヴワアアアアアアアアアアアアンッ!!」

「『───!?』」

 

 突如現れた巨大な影。怪人(クリーチャー)とヴァハがその場から飛び退くと、異様なほど大きく、それでいて手のひらに握り込める部分もある異常な形に発達した爪が二振り振り下ろされ、地面を切り裂く。

 

「…………何だこいつ?」

『───シルバーバックノ亜種カ?』

 

 それは白い毛並みを持つ人型にモンスター。顔に毛は無く、皮膚は分厚く、硬質に発達しておりまるで剥き出しの骨のよう。

 頭部の毛は長く、髪を伸ばしているようにも見える。そして、前頭に2本の角。オーガ系統にも見えるが、見たことがないタイプだ。新種か?

 

「…………ミミミミミ、ミツ、ミツケタ………見ヅケダゾオオオオ!! 殺ス、貴様ヲ、殺シテヤル!!」




本日の出来事

アミッドと『下層』にデート

仮面の女がデートの邪魔をする

ヴァハが現在絶賛片思い(殺意)中の仮面の女と両思いになれたかも

白いモンスター………仮名白鬼(ホワイトオーガ)が仮面の女とのデートの邪魔をする


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白鬼

 新種の、或いはユニークモンスター、白鬼(ホワイトオーガ)は窪んだ眼孔の奥にある濁った緑色の瞳をヴァハへと向ける。

 

「モ、モンスターが、喋った?」

 

 アミッドは目を見開き困惑する。モンスターは知性なき獣。その筈だ………なのに、このモンスターは明らかに人の言語を発していた。ヴァハへと向けられた殺意からして、間違いなく意味を理解して。

 

「アッ、アアア! シ、シシ、死ネエアアアアアア!!」

「っ!!」

 

 モンスターは己の爪を振るう。腕力任せの、技術が殆ど伴っていない動き。だが、おそらく基礎性能(スペック)だけならLv.6相当。力は、それも上回るかもしれない。

 

『チィ、邪魔ヲスルナ! ソイツハ、私ガ殺ス!』

 

 怪人(クリーチャー)は己の獲物を横取りされたのが気に食わないのか、メタルグローブを振るう。鋭い爪がモンスター肩口を抉るが浅い。

 本来なら対人用の武装、何よりあの怪人(クリーチャー)赤髪の怪人(レヴィス)より弱く、決定打にかける。

 Lv.はおそらくランクアップ間近の3か、4の成りたて。人外だけあり膂力は大したものだが向こうもまた人外。さらに───

 

「ヴ、ヌウウ……」

 

 グチュリ、と湿った音が聞こえる。怪人(クリーチャー)が付けた傷の断面、赤い肉が蠕き傷が塞がる。

 

「おおう、まるで怪人(テメェ等)だなあ?」

『黙レ』

 

 声をかけた途端、忌々しげな言葉とともにメタルグローブが振るわれる。鋼鉄の拳を剣の腹で受け流し、掌から血の杭が突き出した掌底を放つ。

 仮面を狙ったその攻撃を顔をそらすことで回避するもパキッと音を立て小さな傷が生まれる。続け様に追撃を喰らわせようとしたヴァハだが、モンスターが咆哮を上げ突っ込んできた。

 

「ルアアアアアアアアッ!!」

「ぐう!?」

 

 ガードした腕がミシミシ音を立てる。嵐に晒された虫けらの様に吹き飛び地面を何度もバウンドして壁に激突する。

 お腹の中がチャプチャプ鳴る。盛大に潰れたな、と判断したヴァハは穴を開け血を外に出す。

 

「ヴァハ!」

 

 すぐさまアミッドが駆け寄ってくる。詠唱は、唱えている暇がない。袖をまくりあげればヴァハはすぐさま噛み付く。

 

「───っ!」

 

 アミッドが牙から伝わる快楽に飲まれそうになる誘惑を振り払い、ヴァハは牙を抜く。傷は癒えた。モンスターは、怪人(クリーチャー)と戦っていた。

 

「邪魔ズルナアアアアア!」

『アレハ私ノモノダ! 私ガ殺ス、私ガ終ワラセル! 誰ニモ渡スモノカ! 誰ニモ、アノ女ニモ!』

「殺ス! ──ノスヲ、奴ヲ、殺ス! ガノジニ捧ゲルウ!」

 

 随分と熱烈に求められているみたいだが、あのモンスターは何だろうか? いや、先のミノタウロスの一件で、予想はつくのだがあそこまで殺意を覚えられるとなると、どれだ? 心当たりは、まあいっぱいある。

 

「チャンスですヴァハ、彼等が争っている間に、18階層に戻りましょう」

「いやだねえ……」

「………は?」

 

 ヴァハはケラケラと笑いながらアミッドの提案を断る。そして、剣を拾いモンスターと怪人(クリーチャー)の下に向かう。

 が、アミッドがヴァハの服を掴む。

 

「さっきまで、死にかけていたでしょう。何を考えているのですか!?」

「そりゃお前、殺し合いがしたいって考えてるに決まってんだろお?」

「…………今この場には、私もいます。貴方が死ねば、私も死ぬでしょう。それでも、行く気ですか?」

「………………」

 

 返答を聞くのが、怖い。

 もし、ここで行くと言われたら、それはつまりヴァハは己の欲求に比べればアミッドの命など軽いと言われるのと同義だ。

 

「ああ、行くねえ………一人で帰ってくれ」

「────」

 

 ヘラヘラと、笑いながら、己の欲望を優先したヴァハに、アミッドは息を呑む。

 

「…………そう、ですか」

 

 知人の命よりも、自分が死ぬかもしれない、そんな場所に飛び込むことを優先する。それがヴァハ・クラネルという人間だ。

 己の命も、他人の命も、まるで大事にしていない。いや、基本的に守ろうとする。けれど、優先度が異なるのだ。

 

「……………行かないでください」

「無理だな」

 

 アミッドの手を振り払い、歩みを再開するヴァハ。

 彼が、他者の命を省みない存在であるなど、出会って一ヶ月と少しのアミッドには─────()()()()()()()()()()

 

「………貴方は死なない」

「………あ?」

 

 アミッドの凛とした声に、ヴァハが思わず足を止め振り返る。

 

「言ったはずです。貴方を生かします。貴方がどれだけその命を差し出しても構わないと思う闘争をしようと、私は貴方を死なせない」

「…………あ〜」

 

 そういえば、そんな事も言われた。確か初めて食人花と戦った時。

 つまりアミッド、この場においてヴァハを援護すると言ったのだ。26階層、Lv.2の治癒師(ヒーラー)など一人では帰ることもできない、この場所で他人のために戦うと言ったのだ。

 

「好きにしな」

「? 何を言っているんですか?」

「あ?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…………言われずとも、好きにやります」

「ハハァ。その通りだなあ………」

 

 

 

 

 怪人(クリーチャー)とモンスターの戦い。それは、モンスターの方が僅かに押していた。何故異形の爪を持つかと思えば、それは極めて合理的な理由だった。再生するからだ。

 かけた程度、罅割れた程度。その程度では先程与えた傷と同じく瞬時に治癒する。天然武器(ネイチャーウェポン)ではこうはいかなかっただろう。

 

退()ゲエエエ! 私ハ、殺ス! アノオドゴヲ、殺スウアアア!」

『黙レ! 彼奴ハ、私ガ殺ス! 目玉ヲ焼キ、四肢ヲ千切リ、コノ世ニ生マレ落チタ事ヲ、ノウノウト日ノ光ノ中ヲ生キ続ケタ事ヲ、後悔サセル!』

 

 怪人(クリーチャー)はヴァハ・クラネルを認めない。認められない。

 他者の血を啜り傷を癒やし、命を奪い合う殺し合いをこそ己の生きる世界とでも言わんばかりに死地にて笑うあの男が、まるで普通の人間の様に日の光を浴び生きている事が、誰かと平然と歩く事が許せない。

 それは嫉妬だ。それは憎悪だ。

 間違っているのだろう。理不尽で、本来ヴァハに向けても何の意味もない感情。()()()()()()()()()()()。この想い(憎悪)は、間違っていない!

 だから、誰にも渡さない。渡してなるものか!

 

「ルッ、アアアアアアア」

『─────ッ!!』

 

 モンスターの猛攻に、段々と押されていく、再生能力は互角。膂力、速度は向こうが上。技術のみ、こちらが上だがここに来て押し返され始めた。と───

 

「ぎゃはははは! 待たせたなあ、化物、マイハニー!」

「───!?」

『ぐっ!?』

 

 落雷が落ちる。ヴァハだ。傷が癒えている、また血を飲んだのだろう。モンスターは目の前の敵など完全に忘れ、ヴァハのみに意識を向ける。剣のような爪を振るい、ヴァハの雷霆の剣とぶつかり合う。

 

『───ッ! 伏セロ、化物!』

 

 その化物がどちらを指しているのか、簡単に察せた。故にヴァハは剣を斜めにして爪を受け流すとしゃがみ込み、頭上を漆黒の雷霆が通過しモンスターを吹き飛ばす。壁にぶち当たり、土煙が舞う。かなりの威力だ。『魔導』のアビリティを持っているのだろう。

 

「【我を呪え清浄なる血脈。我こそ異端の使徒。神の定めし英雄譚を血で汚す者】」

「グル、アアアアアアア!!」

 

 ヴァハが詠唱を唱えると同時に、砂煙が咆哮によって吹き飛ばされる。()が砕かれたモンスターは、細胞が焼けたのか爪を含め炭化した部分の治癒は始まっていなかった。

 

『頑丈ナ奴メ………』

 

 怪人(クリーチャー)が忌々しげに吐き捨てる中、モンスターが突っ込んでくる。武器を失うも己の肉体こそが武器だとでも言うように、太い指を鉤爪に見立てて襲ってくる。

 少しでも触れれば肉を抉る攻撃をヴァハのみに向け豪雨のように攻撃を放つ。

 

「────?」

 

 ふと、既視感が襲う。以前にも、似たような事があったような?

 

「【神の分身に手にかけし血に染まりし怪物よ、峡谷を閉ざせ。哀れな兵を閉じ込めよ。兜を壊し、悍しき(アギト)を晒せ】」

 

 詠唱を唱えながら回避していたヴァハが顔面に向かって蹴りを放つ。と、再び放たれた暗黒の雷がヴァハの足を消し飛ばす。モンスターの鼻先を少し焼く。

 

「グルアアアアア!?」

「っ! ────【その身を血で汚せ。支配者(おう)より賜りし鎧を赤く染めよ。代行者たる我が名は雷公(ミノス)。雷の化身、雷の将軍(しょう)。我が敵こそ我が後継者。雷纏し雷公(らいこう)の英雄】」

 

 おそらく、狙いはヴァハの足とモンスターの頭。モンスターはさっさと殺して、ヴァハは楽には殺さず甚振りたいのだろう。

 

「【ディア・フラーテル】!」

 

 焼け焦げた細胞の治りは遅い。が、そこに聖女の魔法(祝福)が加わる。焼け焦げた箇所が治療され、スキルも合わさり即座に新しい足が生えてきたヴァハは危うげなく着地し、己の魔法を完成させる。

 

「【アルゴノゥト】」

 

 ヴァハの髪が白に染まり、紫水晶(アメジスト)の瞳が紅玉色(ルベライト)に変わる。

 魔法が完成した事により溢れ出した魔力が雷となり周囲に放たれモンスターと怪人(クリーチャー)を吹き飛ばした。

 

「アアアアアアアアアアアアッ!!」

『───! ヤッテクレルナ!』

 

 が、どちらも無事。ヴァハは、先にモンスターを殺す事にした。ヴァハの姿が消える。少なくともアミッドにはそう見えた。が────

 

「ヌアアア!!」

「ぐっ!?」

 

 なんとモンスターは反応してみせた。それどころか、反撃した。振るわれた拳に打ち上げられたヴァハを、モンスターの回し蹴りが襲う。

 

「モ、モウ見タ! モウ、効カヌ! ココ、ココデ死ネ、()()()()()()()()!!!」

「………ああ、なるほど…………くく、くははははは!」

 

 モンスターの叫びに、ヴァハは楽しそうに笑った。

 

「何でお前がそこに居る!? いいや、理由なんてどうでも良い! また俺を殺しに来たか! また俺に殺されに来たか! 嬉しいねえ!!」

 

 本当に、嬉しそうに笑みを浮かべ、歓迎するように両手を広げた。

 

「なあ、()()()()()()()()!!」




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産まれ落ちる者

「…………オリヴァス・アクト?」

『アレガ、『白髪鬼(ヴェンデッタ)』ダト!?』

 

 ヴァハの言葉に、驚愕する二人。白いモンスター………オリヴァスは窪んだ眼窩の奥で目を細める。

 

「ありえません、白髪鬼(ヴェンデッタ)は、27階層で、死んだはず…………貴方と、顔見知りである筈が………何より、モンスターではなく人間だったはず」

「そういや箝口令敷かれてたなあ。生きてたぞ、オリヴァス。胸に魔石持ってたから、灰にしてやったんだがなあ…」

 

 まあこうして知った訳だし、いいかと超機密事項を平然とバラすヴァハ。モンスターの正体がオリヴァスと言われた途端、怪人(クリーチャー)の敵意の殆どがオリヴァスに向く。

 『悪夢』の生き残りか?

 

「……ソウダ。私ハ、貴様ニ殺サレタ………」

 

 名は意味を持つ、名はその存在を縛るとは、極東の言い伝えだったか。名を呼ばれたオリヴァスは、憎悪の気配こそ消えぬものの言葉を解する獣から、知性を宿した獣へと在り方を変えたように落ち着きを得る。

 

「ダガ、私ハ再ビ生ヲ得タ………第三ノ命! 嗚呼、嗚呼! コレコソ『彼女』ノ愛! 慈愛! 聖愛! 寵愛! 返サナクテハ、応エナクテハ! 嗚呼、ナノニ…………ナノニナノニナノニナノニナノニナノニ!!」

 

 盲目的なまでの信仰。ヴァハは死んでも馬鹿は治らねえか、と呆れる中オリヴァスは頭を抱え叫ぶ。

 

「『彼女』ノ声ガ聞コエナイ! 『彼女』ノ存在ヲ感ジトレナイ! 側ニアッタハズナノニ! 私ニ愛ヲ向ケテイテクレタノニ! ………………アァ、ダガ、見ツケタ。見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタァァァァァァ!! オ前ダ、ミノス! 貴様ヲ見ツケタ! 貴様ヲ殺シ、『彼女』ニ捧ゲル! ソレガ私ガ『彼女』ニ証明スル愛! 『彼女』ニ返ス愛ダ! 敬愛ヲ! 親愛ヲ! 我ガ愛ヲ示シ、『彼女』ト再ビ繋ガル糧トナレエエエエ!」

 

 大気を震わせオリヴァスが叫ぶ。明確な意志を持ったからか、感じる威圧感が増す。だが───

 

「感情で強くなれるほど、この世界は甘くねえんだよお!」

 

 突っ込んでくるオリヴァスの攻撃を回避して逆に切り裂いてやる。傷口を電熱で焼き、再生を遅らせる。と───

 

『再ビ死ネ! オリヴァス・アクトォ!』

 

 怪人(クリーチャー)もまた、オリヴァスを狙う。雷撃により動きが鈍ったオリヴァスに拳を叩きつける。

 人外の耐久力を持つモンスターでも、人外の膂力を持つ怪人(クリーチャー)の攻撃はそれなりに通じるようだ。このまま行けば、確実に殺せる。

 だが───

 

「ルゥ、アアアアアアアッ!!」

 

 オリヴァスが咆哮を上げると同時に魔力が溢れ出る。モンスターの中には炎を吐いたり人を魅了する歌を歌ったりと、理外の現象を起こす。それらは人類同様、魔力を用いた魔法だ。

 モンスターと成り果てたオリヴァスも使えるようだ。

 

『サセルカ!』

 

 魔法を扱うだけあり、魔力の流れを感知したのか怪人(クリーチャー)が暗黒の雷霆を放つ。

 轟音と共に砂煙が舞うが、恐らくは無事だろう。ヴァハも雷を放とうとして、止まる。

 

『────ッ!!』

 

 怪人(クリーチャー)もまた、土煙の向こうから感じた気配に動きを止める。

 

「ヴオオオオオオッ!!」

『───速イ!?』

 

 土煙の中から飛び出して来たオリヴァスは、新たな傷を負っておらず、先程までよりも格段に速い動きで迫る。舌打ちしたヴァハは、しかし何が起きるか見るために加減して雷を放つ。

 

「無駄、ダア!」

 

 と、オリヴァスが立ち止まり叫ぶ。雷は………()()()()()()

 

「っ! 魔法吸収(マジックドレイン)!? ヴァハ、駄目です! 魔力を使ってはッ!?」

「オオアアアアアア!!」

 

 魔法を喰らった白き怪物は、取り込んだ魔力を糧に()()()()()()()()。何時か『彼女』に己すらも捧げられるように目覚めた、そんな能力。

 親和性の高い、魔物の特性を持つ魔力と少量とはいえ魔力としての質が高い精霊の雷を吸い込んだオリヴァスは、それこそ複数の魔石を喰らったかのように進化する。

 一瞬でヴァハの目の前に移動し、拳を振るう。雷霆の剣で受け止めるがギィ、と軋むような嫌な音が聞こえ、ヴァハの足元が罅割れ、踏み留まれなくなる。

 

「ぐお!?」

「ガアアアア!!」

 

 吹き飛ばされたヴァハに追いついたオリヴァスは両手を合わせ、鈍器の様に振り下ろしヴァハを地面へと叩きつける。

 ステータスが大幅に上がったはずのヴァハをなおも圧倒する基礎能力(スペック)

 

『ソノ男ハ、私ガ殺スト言ッタハズダ!』

「………ハハァ。熱烈だなぁ…………じゃあまだ死ぬ訳には行かねえなあ!」

 

 だが、それでヴァハ・クラネルが絶望に染まることなどありえない。相手が自分より強い? だから何だ。

 殺し合いをしているのだ。わざわざ死地に向かうのだ。そんなことは当たり前だ。

 

「おいハニー、俺が動きを止めるから全力で殴れ」

『巫山戯タ呼ビ方ヲスルナ!』

「おお〜う。じゃあなんて呼べば良い?」

『……………エインダ』

「んじゃエイン、頼んだぞ………」

 

 バチリ、と紫電が迸り、ヴァハの持つ雷霆の剣が輝く。

 

「消し飛びやがれ!」

「愚カ者ガ!」

 

 放たれた雷を見て、魔法が通じぬどころか己の糧にしかならない様を見せられてなお魔法を使うヴァハを愚物と蔑み叫ぶオリヴァス。光から目を守るように腕を交差させ、すぐ真横を雷が通り過ぎた。

 熱せられた大気に押されるも、その程度。僅かにゆれる肉体。しかし思考は異なる。目的が理解できず、次の瞬間首を傾げる………()()()()()()()で。

 

「────カ───ッ!?」

 

 ヴァハの雷を警戒し、周りへの警戒が疎かになったオリヴァスの懐に飛び込んだ仮面の女、エインが顎先に拳をかすめる。

 魔法吸収(マジックドレイン)は永続的には行われない。そうであったなら、エインの黒雷もヴァハの雷も効くはずがないのだから。おそらく魔力を練り、意識を集中させる必要がある。だからヴァハの雷を吸収する時動きを止めたのだ。

 故にエインの接近に気づけず脳を揺さぶられたオリヴァスは倒れそうになるも、それをエインが許さない。

 倒れそうになる身体を拳で無理やり起こす。

 

「ゴ、オ………ガッ! ア、アアアア!」

 

 防がねば、避けねばと思考は理解しているのに体が動かない。少しずつダメージが蓄積されていく。

 思考も、薄れていく。意識が遠のいていくオリヴァスを、現実に戻したのは愛する『彼女』の気配。

 

「───っ! ア、アアアアア!!」

『グッ!?』

 

 虹彩がまぶたの裏に隠れかけたが、その気配を感じ取りギョロリとエインを睨み付け、太い指でその体を押し倒す。そのまま反対の手でローブを引き裂いた。

 

『ッ! 貴様!?』

「────ア、ッタ」

 

 その太い指に摘まれているものを見て、オリヴァスは感極まったように呟く。モンスターに姿を変えたとはいえオリヴァスに押し倒される事が我慢ならぬのかエインの声色に怒気と殺意が増していく。

 

『【終わる幻想、還る魂──引き裂けぬ貴方(きずな)】』

 

 唱えられたのは詠唱。

 

『【エインセル】』

 

 何処からか光の粒子が飛んでくる。エインにその穢なき白い光が吸い込まれていく。閃光が散り、獰猛な魔力の風が吹き荒れる。

 エインは己を押さえつける()()()()()()()()()()()()()()。腕を動かしただけで、オリヴァスの指がブチブチと音を立てる。

 

「オアアアアア!?」

 

 そのままオリヴァスを蹴りつければ、明らかにエインの膂力が上がりオリヴァスの体はいとも容易く吹き飛んだ。

 

「────っ!?」

 

 アミッドは目を見開く。その圧倒的な力もそうだが、何よりもエインの体に起きた変化に。

 破かれたローブの隙間から覗く病的なまでに青白い肌を薄紅色の『根』の様なものが蹂躙する。

 

「へえ………なかなかどうして、美しいなあ」

「─────ぁ」

「………あ?」

 

 ヴァハが、何かに蝕まれる女の体を美しいと称すると、エインは頭を抑える。

 

『………何故、コノヨウナ………アノ方ニ、何ト………セメテ彼奴ダケデモ殺シ───!? ダガ、命令ニ無イ! 違ウ、誤魔化スナ、私ハ、オ前ハ───!?』

 

 己の思考に混乱するように叫ぶエイン。が、唐突に感じた悍しい気配に振り返る。

 

『フフ…………ウフフ、アハハハハハハ…………』

『馬鹿ナ、早スギル………』

 

 エインがあり得ないというように呟く中、ヴァハは声の主を視界に捉える。オリヴァスの背中が隆起し、裂け目が生まれる。そこからヌルリと指が出てきて、羽化するように何かが飛び出してくる。

 

「嗚呼………嗚呼。ドウゾ、我ガ身ヲ、魂ヲ………全テ捧ゲマショウ。ドウカ、私ノ愛ヲ………」

 

 本来なら灰色の大地が生まれるほどに、魔石を喰らわねば生まれぬ筈の『それ』は、オリヴァス・アクトという強化種を核とし、オリヴァス・アクトの持つ特異な魔力吸収能力を使いダンジョンから魔力を奪い、挙げ句の果てにはオリヴァス・アクトの魂すら飲み込み強制的に羽化する。

 オリヴァス・アクトの体が痩せ細っていく。白い毛が伸び、地面に根を張る。己の身が『彼女』の使い捨ての分身の一部になる現状に、オリヴァスはただただ歓喜しその魂を完全に消滅させた。

 

『────ッ!』

 

 エインは撤退する。『あれ』を恐れている訳では無さそうだが、だからといって『あれ』が危険でないと言うわけではない。

 完全に姿を現したそれは、とても美しい『女』の姿をしていた。オリヴァスの骨の様な顔と、痩せ細った白い体も相まり死体から上半身だけをはやした天女が如き美しき女は、ヴァハがフィンから聞いていた容姿に比べだいぶ幼い容姿で、愛くるしい笑みを浮かべヴァハを見つめる。

 

『ミノス───ミノス! 会イタカッタ、会イタカッタ!』

 

 そのままキョロキョロと周囲を見回す。

 

『『アリア』ハ、居ナイノ? デモ、イイワ………ミノス、貴方カラ………貴方モ、一緒ニナリマショウ? 貴方ヲ食ベサセテ?』

 

 ダンジョンでモンスターに喰われ、その魂を捉えられ、意識を保ったまま、しかし本能の部分を、他者を喰らい、滅ぼすモンスターのものに反転させた『穢れた精霊』。その力の一部、『精霊の分身(デミ・スピリット)』は、ヴァハを見て愛おしそうに呟くのだった。




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精霊の分身

 『精霊の分身(デミ・スピリット)』、死体に寄生したかのような悍ましき美少女はヴァハへと手を向ける。瞬間、オリヴァスだった死体の毛が蠢き、生き物のように襲いかかってくる。

 

「ちぃ!」

「きゃっ!?」

 

 アミッドを抱え走り出すヴァハ。ダンジョンの地面に根を張る剛毛だ。Lv.2の人間達など簡単に貫くだろう事は地面を破壊しながら進む毛の触手を見て想像に難くない。

 恐らくは強制的な進化。フィン達が相手した個体に比べ、強さは劣るだろう。それでも、確実に深層の魔物達よりは、余程強いだろうが。

 

「よしアミッド、ここに隠れてなあ。それと、俺を馴染ませた短剣に石………使うタイミングは任せた」

 

 岩の陰に避難したヴァハは、アミッドを下ろすとさっさと『精霊の分身(デミ・スピリット)』の下に向かおうとする。

 

「…………どうせ止まらないでしょうから、1つだけ尋ねます。あれと戦えるのなら、死んでも良いと考えていますか?」

「………死んでもいいとは思っちゃいるが、考えてはねえなあ。お前が俺を死なせてくれないらしいからなあ」

「当然です」

 

 アミッドの即答にくくっ、と喉を鳴らしたヴァハは岩の陰から飛び出す。

 

『アハ、ハハハ! ミノス、ミノス! 遊ビマショウ!?』

 

 無数の白い触手が襲いかかってくる。ヴァハは血の杭を無数に生み出す。

 

「【血は炎】」

 

 触手に打ち込んだ短剣が着弾と同時に燃え上がる。だが、その炎の勢いは直に衰える。

 

『キャハッ! ゴチソウサマ!』

「────っ!?」

 

 楽しそうに笑いながら、触手を加速させる。オリヴァスの魔法吸収(マジックドレイン)は顕在らしい。しかも、攻撃しながら使える。

 とはいえ、オリヴァスの時の様に進化した様子はない。あくまでも吸収し、一時的に身体能力を増加させているだけ。取り込み進化するのではなく、取り込み力に変える。溜めているのならば当然限界はあるはず。

 

『【火ヨ来タレ】───』

「まあ、そうくるよなあ!」

 

 ため込める魔力に限界があるなら使うに限る。なにせ相手は精霊。この世界において最強の魔法種族(マジックユーザー)。魔法に関しては、都市最強、つまり世界最強の魔道士であるリヴェリアも超えるだろう。

 

「シャラァ!」

 

 だが、ヴァハとて最速の精霊である雷精霊の力を持つ者。詠唱を唱えるために魔力を練った一瞬の隙を突き、本体を狙う。

 

『──ッ! 【燃エ広ガル炎燃エ盛ル世界燃エ尽キル命】』

 

 バジジィ! と弾けた紫電が『精霊の分身(デミ・スピリット)』の肩を焼く。本体は魔法吸収(マジックドレイン)を持たぬらしい。あくまで、オリヴァスの部分だけが持つ特徴のようだ。

 肩を焼かれ、痛みに顔を歪めるも唱える(歌う)のはやめない。

 

『【煉獄二焼カレシ魂ヨ叫ベソノ悲鳴(コエ)ヲ高ラカニ示セ我ガ愛シキ英雄(カレ)ヲ汝ラガ欲スル英雄(エイユウ)ヲ呼ブタメニ現レシ英雄ノ剣全テヲ焦土ヘトカエル炎ノ暴虐代行者ノ名ニオイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ火精霊(サラマンダー)炎ノ化身炎ノ女王(オウ)】』

「───ッ!! アミッド、俺を全力で癒せ!」

 

 触れれば並の冒険者など肉塊に変える腕を振るいヴァハの攻撃に応戦しながら詠唱を唱え続けた『精霊の分身(デミ・スピリット)』。近接戦が出来るなど聞いていないが考えてみれば、接近したのはアイズ一人だけだったという。

 彼女とヴァハなら当然同じ条件だなどと言えない。詠唱の完成が近付くと同時に無数の触手が勢いを増し、距離を取らざるを得なくなった。

 魔法が放たれる前に、アミッドの隠れる岩の前に移動する。回復役であるアミッドなくして、ヴァハの勝利はありえないからだ。

 

『【フレイムランス】』

 

 ダンジョンの通路を覆い尽くす炎の津波が放たれる。

 

「っ──あああああああああ!!」

 

 両腕に雷を宿し、放つ。炎の本流と雷の暴乱がぶつかり合い、互いに互いを焼き滅ぼそうとのた打つ。

 押し勝ったのは、炎。ヴァハの纏う雷を焼き、紅蓮の光がヴァハに触れる。岩を溶かすほどの炎が皮膚を焼き肉を焼き、骨を剥き出しにする。

 

「【ディア・フラーテル!】」

 

 アミッドが魔法を発動する。世界最強の魔道士すら敵わぬと称賛する規格外の治癒魔法がヴァハの傷を癒やす。炎はなおもヴァハの肉体を破壊しようとするも、回復の方が僅かに上を行く。

 

「────っ!!」

 

 問題は、術より先に本人達に限界が来る事だ。ヴァハの身体がとうとう吹き飛ばされる。

 火風が収まると、腕が完全に焼滅したヴァハと余波だけで傷だらけになったアミッドが転がっていた。辺りには、まだ火が燻る。

 

「───っ! くぅ………」

 

 しかし、アミッドは立ち上がった。傷は、まだ浅い。ヴァハから受け取った袋から取り出した小石を、壁に向かって投げつける。

 雷の爆発が壁を崩し、『精霊の分身(デミ・スピリット)』とヴァハ達の間に壁を作る。

 

「ヴァハ、無事………では、ありませんね。私の……血は、飲めそうですか?」

「………………」

 

 フラフラと、ふらつきながらもヴァハの元にたどり着いたアミッドは唇も焼けているヴァハの顔に、僅かに切った腕を近づけるが無反応。口の中に血を垂らすも反応がない。

 

「……………」

 

 アミッドはヴァハを背負うと再び歩き出す。

 

「死なせません…………絶対に」

 

 ヴァハだけなら、逃げられる可能性はあった。全方位では無く、前方のみの魔法。ヴァハならあの距離でなら、『精霊の分身(デミ・スピリット)』の背後に移動できたはず。でもしなかった。

 戦い続けるつもりだったのだろう。だからアミッドをかばった。それだけ………それだけだが、だからこそアミッドはヴァハを救う。

 ヴァハの行動は即ちアミッドさえ無事なら自分は戦い続けられると、死なないと、アミッドを信じてくれたというとなのだから。

 

『アハ……』

「───!」

 

 瓦礫の壁が、吹き飛ぶ。砂煙の向こうで笑う少女の声。次の瞬間、アミッドの足を白い毛が貫いた。

 

「〜〜っ!?」

 

 皮膚を裂き肉を千切り骨を砕き、貫通した白毛は地面に刺さりアミッドの体を地面に固定する。

 

『キャハハハハ!』

 

 楽しそうに笑う耳障りな笑い声。

 治癒師(ヒーラー)であるアミッドが体験したこともない痛みを与える『精霊の分身(デミ・スピリット)』は、声にならない悲鳴を上げる獲物を見て幼子のように笑う。

 

『ウフフ。モウ、オ終イ…………アア、『ミノス』……直ニ『アリア』モ連レテ来ルワ。ソシテ、3人デ他ノ皆モ探シマショウ?』

「あぐっ!?」

 

 ズルリと白毛の束が抜かれ、代わりにヴァハへと伸びていく。振り返れば蕩けるような笑みを浮かべる少女の姿。伸ばされた白毛が向かうはヴァハ。

 アミッドは、それを雷を纏う短剣で切り裂く。

 

「………彼は、『ミノス』ではありません…………」

『……………』

 

 己の邪魔をしたアミッドに、『精霊の分身(デミ・スピリット)』は目を細め、虫でも払うかのように腕を動かす。

 

「────かぁ!!」

 

 白毛の束が鞭のようにうねりアミッドを吹き飛ばす。地面を何度も転がったアミッドに一瞥もくれず、再びヴァハへと白毛を伸ばすが、今度は雷が本体に向かって降り注ぐ。

 口から血を流すアミッドが短剣を向けていた。

 

『遊ンデホシイノ?』

 

 その決死の覚悟を、児戯と断じ笑う。次の瞬間無数の白毛の束が、触手を持つモンスターが複数現れたと錯覚する程の量出現し、振り下ろされる。

 

 

 

 痛い。

 痛い。

 いたい。

 痛みを知っている。苦しみを知っている。それが恐ろしいものであることも。だから、大切な誰かがそれに晒される事が、辛くてたまらない。

 だからアミッドは、全てを癒やす力を欲した。その心が本物である証拠は、彼女に発現した魔法により証明される。

 アミッド・テアサナーレは、救えぬ事を認めない。その手に届く範囲だけでも、必ず救うと心に誓う。

 だから、骨が折れ、内臓が傷ついてもなおたどり着いて見せた。

 

「………………っ! ぐ、ごほ…………」

 

 詠唱を唱える力は残っていない。だが、幸いな事に口から血が溢れる。アミッドは己の唇をヴァハの唇に押し付け、血を流し込む。溢れぬようにしっかり口を塞がれ、血液が喉の奥に消えていく。

 

『? 何ヲ、シテルノ?』

 

 その光景を不思議そうに見つめる『精霊の分身(デミ・スピリット)』は、まあ良いかと動かなくなった玩具を潰そうと太く束ねた白毛を振るう。

 階層が揺れ、土煙が舞った。

 

『ア、『ミノス』! 潰レチャッタ?』

 

 その玩具が『ミノス』に覆い被さっていたのを思い出し慌てて砂煙を払う。だが、そこには陥没する地面があるだけ。後は、僅かな血痕。

 

『………?』

「懐かしい夢を見た」

 

 首を傾げる『精霊の分身(デミ・スピリット)』の耳に、その声が届く。

 

「俺のもんじゃねえ、俺の記憶。山吹色の半端者の妹に、常に必死な狼人、フケ顔のドワーフ、調子のいいエルフ…………走馬灯って奴だろうなあ。俺の記憶じゃねーけど………まあ、けど、確かに俺の記憶も思い出した。ミノスの野郎が出てきたなあ、記憶の中でまでうるせえ奴だ」

『『ミノス』………ソコニイタノ』

「ミノスじゃねえっての………」

 

 呆れたように頭をかくのは、ヴァハ。腕に抱えていたアミッドを下ろし、アミッドの荷物から薬を探す。殆ど【ロキ・ファミリア】に渡したためこの傷では、応急処置にしかならない程度の効果の低い薬だが気休めにはなるだろとアミッドの体にかける。

 

「俺はヴァハ・クラネル。大精霊ミノスは、俺が殺した。英雄に与えられる力も、恩人に与えられるべき血も、強大な魔力を生み出す心臓も、殺して奪った。俺が食った………」

 

 テメェも喰い殺してやろうか? ヴァハは、そう言って目を細め三日月の笑みを浮かべた。




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雷の精霊

 ヴァハ・クラネルは、ある偉業を成した。

 しかし偉大なる功績かと問われれば首を傾げる者も居るだろう。何せヴァハ・クラネルが行った偉業というのは、人類の味方であるはずの精霊を殺すと言うものなのだから。

 それはそれは激しい戦いだった。その精霊すら超える怪物を殺すことが目的であるヴァハからすれば、通過点にしか過ぎぬ戦い。しかしその戦いで()()()()()()()()

 それでも勝った。友とも言える精霊だった。良く話をしたし、酒も飲んだ。

 殺したことに後悔は無い。憎悪も禍根もなく、互いに殺し合った。ヴァハは恩恵を超える古の力を欲して、精霊は人間が未だなし得ぬ未知を、その身を以て体験するために。全力で殺し合い、勝者であるヴァハは敗者であるミノスを食った。見た目、筋肉質な老人と言う祖父と良く似た相手だったが躊躇いなく心臓を抉り、血を啜った。

 躊躇いはなかったが、問題はあった。

 大精霊という巨大な力に人間如き(ヴァハ•クラネル)の器が耐えられなかった。

 故にヴァハはその力の殆どをある一本の剣に移し、その剣を『雷霆の剣』と名付けた。

 

 

 

「さて、いきがったものはいいが……」

『アハハハ! 待ッテ、『ミノス』! ネェ!』

 

 迫りくる白毛の束の触手を回避しながらアミッドから離れていくヴァハ。とはいえ、あまり距離を取れない。ヴァハが居なくなれば唯一近くの生命であるアミッドが狙われるだろうし、アミッドもあまり時間が残されていない。

 

「勝率ほぼ0。負ければ死ぬ…………どうせ死ぬなら俺は、勝って死にてえなあ………」

 

 故に、ヴァハは『雷霆の剣』を()()()()()()()()()()

 

 

 

『…………エ?』

 

 突然の自害に困惑したのは、もちろん『精霊の分身(デミ・スピリット)』。意味が分からない。もう少しこの追いかけっ子を続けるのかと思っていたのに。と、困惑していた『精霊の分身(デミ・スピリット)』だったがその淀みがかった金色の瞳を見開く。

 死する者は例外なくその気配を小さくしていく。なのに、目の前の『ミノス』の気配が、増大していく。

 『アリア』も『ミノス』も『自分』が知る力には遠く及ばないほど、衰えていたのに、『ミノス』の力が、ほぼ全知全能である雷の大神から、武人の性質を与えられた特別な精霊の力が、戻っていく。

 

「ゲホ…………あ〜、ハハハハァ。体が砕けそうだ……」

 

 内から溢れてくる力に、肉体が細胞レベルで軋む。

 人の身には過ぎたる力を、人を加護する精霊を殺し奪った力を使う人を、その力が滅ぼそうと暴れる。

 

『────!』

 

 『精霊の分身(デミ・スピリット)』はここに来て初めて笑みを消した。始終笑みを崩さぬヴァハに感じた感情を理解するまもなく、その体は目の前の『脅威』を排除するために動く。

 

『アア───!!』

 

 無数の白毛の束が槍となりヴァハに迫る。心臓から剣を引き抜いたヴァハは、その全てを切り裂いた。

 

『ッ───!』

「…………」

 

 ゴボリと口から血が溢れ出す。視界が赤く染まり、目の下から頬にかけて生温い液体が流れる感触がする。

 

「……クク。ハハ………ハハハハハ!」

 

 文字通り体が砕けそうな激痛の中、湧き出る力を振るう。放たれる雷が迷宮の床を、壁を、天井を破壊し、雷光に目が眩んだ『精霊の分身(デミ・スピリット)』に接近する。

 

『イヤア!』

 

 接近に対して『精霊の分身(デミ・スピリット)』は白毛を更に束ね、『雷霆の剣』を弾く。舌打ちしたヴァハが追撃を放とうとすれば先程よりも大量の白毛の槍が迫り仕方なく離れる。

 

『【吹キ荒レロ雪原ノ刃代行者タル我ガ名ハ氷精霊(ニクス)氷ノ化身氷ノ女王(オウ)──』

「【突き進め雷鳴の槍代行者たる我が名は雷公(ミノス)(いかずち)の化身(いかずち)将軍(しょう)──」

 

 2つの短文詠唱が紡がれる。濃密な魔力が、互いの体から吹き出た。

 

『【アイシクル・エッジ】』

「【サンダー・レイ】」

 

 放たれるは雷の槍と蒼氷の刃。高純度の魔力で編まれた魔法がぶつかり合い、弾ける。

 飛び散る魔力を白毛で回収する『精霊の分身(デミ・スピリット)』。ヴァハの体からピシリと音が聞こえた。

 

「ガアアア!!」

 

 獣のような咆哮を上げ、ヴァハが高速で駆け抜ける。精霊種の中で最速の種類。その大精霊。精霊の記憶が知る本来の強さに比べ見劣りするも、不完全な『精霊の分身(デミ・スピリット)』とて当然の事ながら本体に遠く及ばない。

 故に拮抗しているが、ヴァハの力は少しずつ増していく。否、本来の『ミノス』に近付いていく。

 

『ウ、アアアアアアアア!』

 

 己の身を護る最低限の白毛を残し、残り全てを再びダンジョンの床に突き刺す。多大な魔力を強制的に吸収し、白毛が鼓動を奏でるように明滅し、ダンジョンが悲鳴を上げるように震える。

 

『【光ヨ有レ煌ケ輝ケ導ケ民ガ縋ル光英雄ヲ導ク星闇ノ中ニ姿ヲ現シ人々ノ心ニ安寧ヲモタラセ】』

 

 させるものかと突っ込もうとすればダンジョンから魔力を奪う役目を終えた白毛の束の群が床を破壊し襲いかかってくる。

 

『【輝ヤケル栄光ヲ手ニ駆ケ抜ケルハ英雄闇ヲ斬リ払イ魔ヲ滅シ悪ハ打倒サレル民ヨソノ姿ヲ記憶セヨ新タナル担イ手(エイユウ)ニナルタメニソノ(アト)進メ嘗テ己ガ救ワレタヨウニ力ナキ者ヲマモリ導ク光トナレ】』

 

 それら全てを回避し、魔法が完成した事により慢心か、安心からか一秒にも満たない隙を見逃さず、ヴァハは駆け出す。だが……

 

「────」

 

 パキン、と『雷霆の剣』が砕ける。精霊を討って十年来精霊の力を浴び続けていた剣は限界が来ていた。精霊の力により剣の形を保てていたが、それを失い、完全に崩壊した。

 それは詰まり『精霊の力』が全てヴァハに還元されたにほかならない。

 バキッ! と音を立てヴァハの全身に亀裂が走る。

 

『【ライト・オブ・グローリー】』

 

 迫りくる極光。標的は、既に限界を超えた力により崩壊寸前のヴァハ───

 

「ヒヒ! ハハハハハハ! だからぁ、どうしたあ!?」

 

 限界が来た? それで諦める理由になるなら、そもそも精霊殺しなどなし得なかった。

 ましてや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ならば()()()()()()()()もやってみせろ。限界を超えたその先に───

 

『アハッ!』

 

 極光がヴァハを飲み込む。触れたあらゆるものを消し飛ばす破壊の奔流。光に飲まれ消えていく影に『精霊の分身(デミ・スピリット)』は勝利を確信する。

 限界を越えた先にも、いずれ限界が訪れる。

 『精霊の分身(デミ・スピリット)』は、一つの壁を越えた程度で倒せる敵ではなかった。

 ならば──

 

「───────ッ!!」

『────!?』

 

 限界を超えたその先の限界を、乗り越えた壁のそのまた先の壁を、超えろ!

 

「【(すさ)べ天の怒りよ】」

 

 ()()()()で『精霊の分身(デミ・スピリット)』を見据え、獰猛に笑うヴァハ。

 簡単なことだ。人の身で耐えられぬ力なら、人など捨ててしまえばいい。

 

「【カエルム・ヴェール】」

 

 魔力放出の雷とは比べ物にならないほどの濃密で膨大な雷を纏い突き進むヴァハ。白毛の槍を放つが雷に焼かれる。

 魔法吸収(マジックドレイン)の毛の、吸収が間に合わない。吸収する前に焼かれる。

 

【放電】(ディステル)

 

 ヴァハの蹴りが『精霊の分身(デミ・スピリット)』とオリヴァスの死体の繋ぎ目にめり込む。雷が爆発し、『精霊の分身(デミ・スピリット)』の体が、女の上半身が雷に焼かれながら吹き飛んだ。

 魔石が移った女の体を失ったオリヴァス・アクトの死体が白い毛を数割残して灰へと還る。

 『精霊の分身(デミ・スピリット)』の体は地面を転がり、足で受け取られ止まった。

 

「ハハァ。俺の勝ちだなあ………」

『…………『ミノス』ハ、ヤッパリ強イワネ………『アリア』モ、弱クナッテタケド強カッタ』

「あ〜、『アリア』なぁ。まあ仕方ねえさ………つか、記憶共有してるのかお前等。それとも死んで本体に情報を送んのか? まあ、丁度いい」

『………………?』

「テメェがダンジョンの何処で喰われたかは知らねえが、散々やられて分霊一匹殺すだけなんざ割に合わねえ………必ずお前を殺しに行く。首洗って待ってろ」

 

 そう言うと『精霊の分身(デミ・スピリット)』の体を蹴り転がし、胸に手を突っ込むヴァハ。

 

『……私二、会イニ来テクレルノ? 嬉シイ………待ッテルワ、『ミノス』………約束ヨ? 必ズ、私ヲ殺シニ(私ニ会イニ)来テ……』

 

 魔石が抜き取られる。『精霊の分身(デミ・スピリット)』は不完全な成熟体ゆえの幼い容姿で何処か寂しそうな、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべながら灰と成って崩れる。

 ヴァハは一瞥もせずに立ち去りその魔石を噛み砕き、飲み込んだ。向かう先には、アミッド。

 

「………っ、さて………」

 

 と、ヴァハの身体がふらつく。限界を超え、さらには己の肉体を作り変え、それでも本来のチカラが使えるはずないのに無理に引き出した反動だ。あとどれだけ意識を保っていられるか……。

 

「初の試みだ。うまく行かなくても、バケて出るなよ?」

 

 

 

 

 

「……………う………ん」

 

 アミッドは重いまぶたを持ち上げ目を覚ます。まず目に映ったのは、岩の天井に、壁。ダンジョンの中だ。だが、なぜ?

 ぼんやりとした頭が、だんだんとはっきりしていく。気絶する前の事を思い出し、慌てて飛び起きる。

 

「! ………………? これは、傷が………」

 

 あの女性型は居ない。それに安堵すると同時に、自分が瀕死どころか致死の重症だったことを思い出し、しかしこうして動ける程度には回復している事実に首を傾げるアミッド。

 

「ッ! そうだ、ヴァハは!?」

 

 医療に携わる者として興味深いが後回しだ。あの女性型に異常なほど執着されていたヴァハの安否確認の方を優先する。

 ヴァハはすぐに見つかった。すぐ近くに倒れていた。微かに感じる首の痛み。触れれば、血が手に付着する。恐らくヴァハの吸血だろう。ヴァハも目立った外傷に、深いものはない。勝った、のだろうか? 彼の事だ、勝ったのだろう。

 

「……………」

 

 胸をなでおろす暇はない。今は戦闘の余波で破壊されたダンジョンがモンスターを生むのをやめているがそれはこの階層だけ。それに、何時まで持つか。

 

「ヴァハ、起きて…………いえ、やはり良いです」

 

 仮面の人物、エインの襲撃の際一度ヴァハから離れた時に置いておいた毒妖蛆の体液(ドロップアイテム)を取りに行く。どうやら無事らしい。

 アイテムの詰まったバックパックを背負い、ヴァハの腕を己の肩に絡め歩き出すアミッド。

 このまま何事も起きなければいいのだがと祈るも、それが叶うならダンジョンで死者など現れない。

 ピシリと壁に亀裂が走り、モンスターが生まれる。

 リザードマン。生まれたて故に武装してないが、それでもアミッドにとっては十分脅威な相手。それが

アミッドを見据える。

 

「────え?」

 

 だが、そのモンスターは一瞬にして叩き潰された。圧倒的な膂力を持つそれに、アミッドは呆然と目を向ける。

 

「…………その御仁は、あの戦いを見て、戦いたそうにしていた」

「………………え?」

「だが、見守ってくれた。手を出さないでくれた。自分は、その恩を返したい……送ろう。少し上に、人の住まう街があったな?」




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帰還

 18階層はモンスターの生まれない安全地帯(セーフティーゾーン)である。とはいえ、モンスターが存在しないわけではない。他の階層から降りてきたり登ってきたモンスターが豊かな実りの森に引き寄せられ、住み着き、独自の生態系を構築している。故に野営するなら見張りは必須だ。

 

「ふにゃあ………」 

 

 丁度見張りをしていたエルフィはあくびを一つ。後衛ではあるがこの階層なら1匹2匹程度のモンスター相手に出来る。

 必要な事とはわかっているが、眠いものは眠い。と──茂みがガサガサ揺れる。

 

「────!」

 

 モンスターかもしれないが迷い込んだ冒険者の可能性もある。警戒しながら伺っていると、見えたのは人影だった。

 

「………コレットさん」

「え、アミッドさん………? って、え!? その傷……………ヴァハ!?」

 

 現れたのは来客用の天幕で休んでいた筈のアミッドだった。しかも、服もボロボロ、肌や髪は血や泥でベッタリと汚れている。

 彼女が背負っているヴァハなど服の殆どがなくなっており、意識がないようだ。

 

「ど、どど! どうし、何が!?」

「騒ぎたい気持ちは分かりますが、すいません………地上に戻ってから…………」

 

 それだけ言い残すとアミッドもバタリと倒れた。

 

「ア、アミッドさ〜〜ん!?」

 

 エルフィの悲鳴に、直ぐに他の団員が飛んできた。

 

 

 

 ベルも飛んできて兄の心配をしたが、その日は二人とも目を覚まさなかった。せめて何があったか推測しようと幹部達が集まり、話し合う。【ロキ・ファミリア】の上位陣やヘルメス、フィルヴィスも居る。

 

「おそらくは毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の大量発生を諌めに行ったのだろう。可能性としては考えていたが、我々ではなくヴァハに頼るとは………」

 

 と、リヴェリア。

 アミッドが物静かな印象に対して激情家なのは知っていた。主神に内緒で治療に来るぐらいだし、事態の収拾にも向かうつもりだったのだろう。てっきり、こちらに来るかと………。

 

「多分、気を使ってくれたんだろうね」

「それは解る。解るからこそ、少しショックなんだ。多少疲れた程度で、我々が協力しないはずなどないのに」

 

 フィンの言葉にはぁ、とため息を吐くリヴェリア。フィンもそうだね、と苦笑する。

 

「けど、ヴァハ何にあんなにやられたんだろ?」

「? 下層のモンスターじゃないんですか?」

 

 ティオナがうーん、と唸っているとラウルが首を傾げる。正直Lv.2がたった二人で下層に向かい、生きて帰ってきただけでも十分すごい事なのだが。

 

「ヴァハは26階層程度なららくしょーだよ!」

「それは………え、マジっすか?」

 

 ラウルは恋は盲目という言葉が脳裏によぎるも、反論する者が周りにいない事に気づく。

 

「ああ、いや………ティオナを疑うわけではないけど、僕も彼の実力は知らないからね。その上で、毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)とは別の異常事態(イレギュラー)が発生したと思っている」

 

 何せアミッドが居たわけだしね、と付け足す。

 他者の命を気遣う彼女が、己だけならともかく同行者がいる中無茶をするとは思えない。予期せぬ何かが起きたと考えるのが妥当だろう。と、何やら考え込んでいるアイズにふと気づく。

 

「どうしたんだい、アイズ………?」

「あ、えっと…………その、ヴァハから、精霊の力を感じる」

「精霊? ああ、そういえば怪人(クリーチャー)達も彼を『ミノス』と呼称し狙っていたね……」

 

 アイズを『アリア』と呼び狙う以上、それもまた精霊の名なのだろうと予想はできるが、ならば普通のことでは?

 

「前までは、雷を使う時とかに少し感じてた。けど、気絶している今も、少し離れていても分かるぐらいには、精霊の気配がする。力が、強まってる?」

 

 アイズ自身、ヴァハの体に起きている変化を上手く理解できずにウンウン唸る。と、治癒師(ヒーラー)のリーネがオズオズと天幕の中に入ってきた。

 

「あ、あの………アミッドさんが目を覚ましました………」

 

 

 

 

 

「………………」

「フィルヴィスさん、ヴァハさんのお見舞いはいいんですか?」

「っ!?」

 

 アミッドから今回の出来事、仮面の人物、エインに襲われ、ヴァハがオリヴァス・アクトと呼んだモンスターにも襲われ、そのモンスターも人の言葉を持って己がオリヴァスである事を肯定したこと。

 そして、『精霊の分身』(デミ・スピリット)と戦った事を聞かされる。

 聞かされたフィルヴィスは、ヴァハの寝かされている天幕を暫く見て、引き返そうとしたフィルヴィスだったが不意にレフィーヤに声をかけられる。

 

「レ、レフィーヤ!」

「はい………えっと、ヴァハさんは体に問題は、もうないみたいです。アミッドさんがいたわけですからね……」

「…………そうか」

 

 それだけいうと、フィルヴィスは今度こそ立ち去ろうとする。

 

「あ、あの、せめて様子を見ていかなくて良いんですか?」

「っ………合わせられるわけ無いだろう。奴にも伝えておいてくれ、全て私のせいだ。もう私に、関わるなと」

 

 苦しそうな声だった。だから、レフィーヤは思わずフィルヴィスの手を掴む。

 

「ヴァハさんに会いに行きましょう……」

「な、何を………」

「フィルヴィスさんのせいじゃありませんから!」

「────っ!!」

「フィルヴィスさんに関わったからとか、そんな理由じゃありません! 知ってるでしょ? あの人は、危険な所には自分から飛び込むような人なんです。フィルヴィスさんが呪われてるとか、穢れているとか、そんな理由じゃありません!」

 

 今回フィルヴィスはヴァハとアミッドに同行していなかった。それなのに責任を感じるのは、また自分が呪われているからと考えたからだろう。

 そんな事はない。ヴァハも聞けばんな訳あるかと笑うだろうとレフィーヤはますますヴァハに会わせようとする。

 

「違う………違うんだ、レフィーヤ………そうじゃない、そうじゃないんだ…………私は、もう、ヴァハに、クラネルに会うわけには………」

「………そんな事…………あ、ヴァハさん!?」

「………レフィーヤ、流石に古典的すぎ────っ!?」

 

 レフィーヤがフィルヴィスの背後を指差し叫び、そんな古典的な手に引っかかるかと呆れるフィルヴィス。が、首に痛みが走る。

 痛みはすぐに抗い難い快楽に変わり、ジュルジュルと血を啜る音が聞こえる。

 

「ごちそうさん………やっぱ、味が似てんなあ」

 

 フィルヴィスの首から口を離し礼を言うのはヴァハだ。思ったよりピンピンしてる。

 

「い、いきなり何をする!?」

「俺を襲った奴の血の味が誰かに似てたからなあ…………まあ向こうのが絶望とか怒りとか嫉妬とか、そう言った味がドロッドロに濃かったがなあ」

「あ、味で感情とか解るんですか?」

「わかるぜえ。これは偽りようがねえ、と思う。手にしたばかりのスキルだから確証はねえがなあ」

 

 まあでも、いきなり味がここまで変化する事は無いだろう。

 

「っ………す、すまないヴァハ……私は、お前に………私なんかが、関わったから………」

「あん? ああ、お前に関わると死ぬとかいうやつ? 気にすんな。んな馬鹿なこと起きるはずねえし、仮にお前のせいだってんなら感謝しかねーから」

 

 あっけからんと言い放ちケラケラ笑うヴァハ・クラネル。一応予想していたレフィーヤも思わず固まる。

 

「お前と関わって彼奴とまた出会うってんなら、ああなるほど。喜ばしいねえ………俺はまた愛しのエインに出会えるってわけだ」

「っ…………愛お、しいだと?」

「エイン?」

「仮面の女だよ………」

「…………そいつは、怪人(クリーチャー)で、胸に魔石を持っていて、今回も、前回だって、お前が死にかける理由に、なったのに? お前を、殺そうとしているのにか?」

「それがどうした? むしろ、だからこそ気に入ってんだよ。俺は基本男に穴狙われねー限りは命だろうと狙われんのは嬉しいぜ……」

 

 だからまた俺にエインを会わせてくれよ、とフィルヴィスの頭を撫でるヴァハ。しばし呆然としていたフィルヴィスは、不器用に笑う。

 

「…………お前は、おかしな奴だ。その女は、お前に好かれても、ゴメンだと思うが………」

「恋仲になりてえ訳じゃねーんだ。殺し合いをしたいだけ。嫌われるぶんにゃ、問題ねーよ」

 

 

 

 

 早朝。ヴァハはベルをボコボコにしていた。

 別段いじめをしているわけではない。修行だ。と言うよりは、ヴァハ個人の調整。

 

「んっん〜、こんなもんかあ………ほれほれどうしたベル? このままじゃ俺は今の身体能力に慣れちまうぜえ? せっかく喋って居場所教えてんだ、もっと頑張れ」

 

 ヴァハとベルは互いに目隠しして組手をしている。どうせヘルメス辺りがやらかしそうだから、対応策を教えてやっているのだ。

 

「せあ!」

「………と」

 

 ベルがヴァハの蹴りに反応し、かわして反撃した。ニヤリと笑ったヴァハは無数の蹴りを放つ。感覚を掴み加減もできるようになったとはいえLv.2の中堅に匹敵するであろう速度で放たれる無数の蹴りを、数回くらいつつも回避するベル。 

 

「感覚掴んだみてーだな。じゃ、速度上げるぞお」

「……へ?」

 

 ベルの身体が宙を舞った。

 

 

 

「んじゃ、俺等は先方隊と先に帰るわ……」

「地上に戻り、一刻も早く解毒薬を作らねばなりませんからね。在庫がなくなってますし」

 

 ヴァハは【ロキ・ファミリア】の先方隊と共に地上を目指すようだ。元々ベル救助は必要ないと乗り気でなく、無事が確認出来た以上はもう一つの依頼であるアミッドの護衛を優先する事にしたようだ。

 

「じゃあなベル、ボコボコにしてやれよお」

「? えっと、うん。よく分からないけど、ボコボコにすれば良いんだね!」




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Lv.3へのランクアップ

 ギルドの受付嬢。冒険者のやる気向上のため、種族問わず美人がその役職に振り分けられる。

 故に彼女達と恋人関係になりたいと思う者は多い。いっそ、そういう関係になれることも冒険者としては別の、男してのステイタスとも言える。そんな受付嬢の中で、一番人気なのは………

 

「はあ〜、今日もエイナちゃん可愛いなあ〜。またランクアップして褒められて〜」

「お前じゃ無理だって………はぁ、ランクアップ出来る奴等は羨ましいよなあ……」

 

 エイナ・チュールだ。

 基本的に冒険者とは仕事の関係でいようと距離を取る受付嬢が多い中、親身になるエイナは非常に人気が高い。胸もデカイし。

 そして、最近人気が上がり始めたのが………

 

「ローズさんも綺麗だよなあ」

「ここ最近、なんかますます綺麗になったよなあ………」

 

 ローズと言う狼人(ウェアウルフ)である。

 赤い長髪に、狼人(ウェアウルフ)らしくどこか狩人を思わせる鋭い瞳。

 氣怠げにも見える対応に興奮する男は後を立たない。そんな彼女が、時折ダンジョンを見つめ物憂げにため息を吐く。その姿はどこか儚げで、神々の言葉を借りるならギャップ萌で落ちたものも数人。

 

「俺、この前食事に誘ったんだ。断られたけど」

「俺も………」

 

 と、ローズを眺めている冒険者達。不意にローズに近付く冒険者が現れる。ローズと同じく赤い髪をした冒険者だ。

 

「…………聞いたよ、また死にかけたんだってね」

「まあなあ。いやあ、楽しかったぜ」

「…………ほんと、何時か死ぬわよ」

 

 死にかけた事をケラケラと楽しそうに笑う男をジト目で睨むローズ。男が気にした様子も見せないとはぁ、とため息を吐き、ふと気づく。

 

「………あれ、あんたの目………色、変わってない?」

「ん? ああ、気にするな。スキルだ」

「冒険者ってとりあえずそう言えば何とかなると思ってない?」

「こう言や深い詮索はできねーだろ?」

「…………ま、良いけど。それで、本日はどのようなご用件で?」

「ランクアップ申請」

「はいはい承りま…………………は?」

 

 

 

 

『Lv.3

力:I0

耐久:I0

器用∶I0

敏捷:I0

魔力:I0

加護∶E

幸運∶I

 

《魔法》

【レッドカーペット】

・形成固定化魔法

・血液操作

・血液硬化

・魔法名詠唱不要

・詠唱式【血に狂え】

【  】

・名称無し

・血液発火

・詠唱式【血は炎】

 

《スキル》

【血染め】

・血潮吸収。

・血を啜り魔力、体力の回復。治癒。

・浴びた血により経験値補正。

・血を浴びステータスの一時アップ

・血の持ち主の強さ、血の量に応じて効果向上。

・吸血行為の際最適化の為快楽付与

【魔力放出・雷(真)】

・魔力を雷に変えて打ち出す

亜精霊(デミ・スピリット)

・雷属性の攻撃強化

・雷耐性の強化

・魔力にステイタス外補正

・精霊の血

・肉体の調整

・精霊の加護【対象∶アミッド•テアサナーレ】』

 

「とまあ、これが俺の今のステイタス…………お前が聞きてえのは、ここだろ?」

 

 そう言ってヴァハは羊皮紙に刻まれた【ステイタス】、そこに書かれたアミッドの名を指す。

 

「とりあえずランクアップおめでとう」

「ええ、ありがとうございます………」

 

『Lv.3

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

神秘∶C

治療∶I

魔法

【ディア・フラーテル】

・回復魔法

・範囲指定

・全癒

・傷、病症、毒、状態異常の回復

・解呪

スキル

【聖女の血脈】(ブラッド・オブ・テアサナーレ)

・治癒魔法効果超補正

・魔力にステイタス外補正

雷精霊加護(ミノス・ボルト)

・魔力放出・雷(微)の会得

・雷属性耐性会得

【吸血鬼の贄】(ヴァンパイア・ブライド)

・吸血による対象の魔力回復、治癒力超向上』

 

 アミッドのステイタスを見たヴァハはふむ、と顎に手を当てる。

 

「まあ死にかけのお前に血をやったからなあ」

「血を?」

「あんときゃ反転したとは言え精霊の力を喰ったからなあ、一時的に俺の精霊としての力が濃くなった。表面化したというべきか? んで、その血をお前に与えた。初代クロッゾが『ウルス』にやられたようにな」

「…………まるで、あなたが精霊であるかのような言葉ですね」

「まあ精霊化しつつあるなあ」

 

 ケラケラととんでもない事を言うヴァハに、アミッドが目を見開き固まる。

 

「元々精霊の力は高純度の魔力だ。本人が望む形に、その魔力の在り方を多少は変える………『ウルス』が炎の精霊じゃなくてもクロッゾは鍛冶師である以上魔剣は生まれたろうな。伝承に残るほど規格外にゃならなかったろうが………」

「本人の………だから、私の場合は治癒魔法の補正という事ですか…………それで、こちらは?」

 

 アミッドが指差したのは【吸血鬼の贄】(ヴァンパイア・ブライド)。吸血による対象の治癒力、魔力回復の向上と書かれているが、それはつまり前提として対象が血を吸うことで治癒し、魔力が回復すると言うこと。どう考えてもヴァハ専用のスキルだ。

 

「それに関しちゃ俺は知らねーけど? 単純にお前の心と経験が生み出したスキルだ」

「…………………へ?」

 

 アミッドは凍りついた。

 

 

 

 

 そのまま凍りついたアミッドを放置して帰る途中、オッタルが『さらなる高みに近づいた事、ここに讃えよう』とか『お前も来るが良い、高みへ』とか言い残して酒だけ渡して去っていった。彼奴まさかランクアップする度に酒をおごる気ではなかろうか。

 まあ美味いから良いけど。

 

「つー訳で俺に勝てたらその美味い酒少し飲ませてやるよ」

 

 ヴァハはケラケラと笑いながら街壁の屋上に横たわるクロエに対して挑発する。Lv.3とLv.4と、普通に考えればヴァハが不利な戦い。しかし勝ったのはヴァハだ。

 

「ど、どーなってるにゃ」

 

 ぜーはー、と薄い胸を上下させるクロエ。ランクアップしたヴァハと初めての模擬戦。結果は、ご覧のとおり。負けた。

 

「じゃ、マタタビ酒はなしなあ」

「にゃっ!? ちょっと待つにゃ! 勝たなきゃ駄目なんて聞いてないニャー!」

「模擬戦が俺のためになるから報酬やってんだ。お前が俺より弱かったらためにならねえ、なのになんで報酬やらなきゃならねえんだよ」

「ぬ!? そ、そうにゃ! ニョルズ様にゃ!」

 

 明日から来なくて良いぞーと言いたげなヴァハに銀花夏梅(シルバイン)のマタタビ酒が手に入る唯一の伝を失いそうになったクロエは唸る。そして、はっと何かに気付いたかのように叫ぶ。

 

「ミャーはもうだいぶ【ステイタス】の更新を行ってないニャン。だいぶ溜まってるはずだから、更新すればまだまだ戦えるニャ!」

「ふーん」

「信じてねーニャこいつ!? う、嘘だと思うにゃら一緒にメレンにくるにゃ! 目の前でステイタス更新行ってやるニャ!」

「神月祭が終わってからなあ」

 

 こうしてヴァハはクロエと海まで旅行する事になった。




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神月祭

 鉄を叩く音が響く。熱せられた鉄が叩かれ形を変え、火花を散らす。

 冷めてくれば固くなる。再び火に焚べ、取り出し叩く。この作業をひたすら繰り返す。

 平べったく広がれば叩きながら折り曲げ、伸ばし、畳む、伸ばし、畳む。

 焼入れをして、冷やす。この時冷やす水が冷たすぎれば固く脆く、温すぎれば柔い鈍らへと成り下がる。

 

「…………ふむ、こんな物か?」

 

 炉の火に曝され汗で褐色の肌を濡らした椿は出来上がった剣を見て、そう呟いた。

 

 

 

「全然駄目だな………」

 

 数度雷を纏わせ、見ただけでは分からぬ程度に芯が歪んだ剣を見てヴァハはオラリオ最高の鍛冶師の打った剣をぞんざいに放り捨てる。

 

「むう、駄目か?」

「駄目だな。普通の武器としては使えるが、数回の付与(エンチャント)で駄目になる………」

「ううむ、魔法を通しやすいミスリル(素材)を使ったのだが………」

「前提がちげえ、そもそも()()の本気にゃ人間如きが施した不懐属性(デュランダル)なんて意味ねえからなあ………前までの俺ならともかく」

 

 よくよく見ると不懐属性(デュランダル)が付与されたはずの剣には亀裂が走っていた。

 

「俺達とな?」

「アイズだ………力の純度としちゃ俺のが上だが、神の恩恵による底上げと、復讐者が良く目覚めるつースキルを合わせりゃ全力の風にあの程度の武器じゃ耐えれねえ」

「ヴェル吉といい、つくづく型破りなのだな精霊の力と言うのは…………」

「伊達に神に近い種族じゃねえってことさ……ん、精霊の力か………」

 

 

 

 ベートの扱う《フロスヴィルト》のように魔法を吸収する武装は存在するが、それは特殊武装(スペリオルズ)。効果を与える代わりに武器としての性能が下がる。

 ベートのように防具ならある程度問題ないが剣ともなれば話は別だ。が………

 

「うん、いい感じだなあ」

 

 鉄も木も石も全て斬り捨てたヴァハ。ヴァハの剣を扱う腕も確かにあるが、剣がいい。最後に『これ切れたら何でもただ』と【ヘファイストス・ファミリア】の団員が悪ふざけで置いておいた超硬金属(アダマンタイト)の鎧を見据える。

 バチチチィッ! と剣を紫電が包み、すぐに雷光を帯び…………鎧を()()()()()

 赤く発光した断面を晒した鎧の上部がゴトリと地面に落ちた。

 

「問題なし………」

「それは何よりだ……………で?」

「あん?」

 

 剣の出来に満足するヴァハ。相手の満足行く結果を残せうむうむと頷く椿は、そのままガシリとヴァハの肩を掴む。

 

「手前が渡されたあの布、お主の言うとおり炉に焚べたらこの剣が作れた。あの布についてた血はなんだ!?」

「お〜う」

 

 子どものようにキラキラ輝く瞳を向けてくる椿に、ヴァハが肩をすくめる。

 ヴァハの剣を作るにあたって、精霊の力に耐えられる剣がどうしても必要だった。しかしアイズより純度の高い精霊の力──再調整されたため26階層程では無いとはいえ──人間の作る武器では耐えられない。

 椿としても顧客の願いを叶えられぬのは鍛冶師として戴けない。そんな悩める椿にヴァハが血の染み込んだ布を渡したのだ。何の血か説明せずに炉に焚べろと渡されたそれを炉に放り込んでみると炉の中でバチバチと紫電が弾け、その火で鉄を熱すれば今回の剣が完成した。

 あの炎、上手く使えば魔剣では勝ち目なしと諦めていたヴェルフに迫れるかもしれない。

 

「自分の力だけで迫ろうとは、思わねえよなあ……」

「む? 当然であろう。才能、血筋、環境はもちろんコネだろうのなんだろうと、使えるものは全て使うまでよ。そもそも剣を作る時点で鉄という素材選びから入るのだ。単純に腕だけでどうこう言う奴は二流さな………で、あれは何の血だ? モンスターか?」

「俺の血だよん」

「そうか、では早速お主の血をくれ。なぁに、ただでとは言わん。あれ程の燃料が手に入るのならば手前直々に専属鍛冶師(スミス)になってやろう」

 

 躊躇いもなく血を寄越せと要求する椿に、ヴァハはふむ、と顎に手を当てる。ぶっちゃけ血で武器を作れるヴァハは本来鍛冶師要らず。己の力を通すための剣は壊れぬ一本があれば十分。

 

「………いや、お前も血を寄越せ。そしたら俺も血をやる」

「む? 手前の血か? 構わぬが、良いのか? 手前など単なるハーフドワーフ、特別な血統でも何でもないが………」

「俺ぁ血を飲むスキルがあるからなあ」

「ああ、血液吸収(ブラッドドレイン)と言うやつか。珍しいのだろう? 手前も話にしか聞いた事がなかったが、なるほど………よし、飲め」

 

 そう言って、あっさりと褐色の腕を差し出してくる椿。牙を伸ばし、突き立てる。

 ハーフとはいえドワーフとは思えぬスラリと伸びた腕は、槌を振るっている割に女性らしくきめ細かい肌に覆われ、触れると女性特有の柔らかさがあった。

 まあヴァハからすれば硬くなくて良かった程度の感想だが。

 

「───っ! な、んだ……この、むぅ………」

 

 ヴァハの吸血から与えられる快楽に、酒に酔った時のような感覚を覚える椿。ヴァハ自身この快楽付与は痛みを緩和させる為のものではなく獲物を逃げぬようにする為の物と判断している。

 実際ここに反応の違いがある。椿など本当に酒でも飲んだかのようだ。

 ある程度飲んだ後口を離す。少し名残惜しそうな椿を無視して瓶を持ってこさせると手首を切り裂き血を垂らす。

 

「手前の血は美味かったか?」

「おお〜。流石Lv.5で、ハーフだなあ。まあアミッドやエインにゃ負けるが美味かったぜえ」

 

 アミッドは何気にあのスキルに目覚めてから血の味が更に美味く感じるようになった。まさしく、ヴァハにとって最高の贄と言うわけだ。

 

「ふふふ。この血があれば良い魔剣が打てそうだ………まあ、祭り故主神様から休みを言い渡されておるがな」

 

 主神なりの気遣いだろう。上が休まねば下も休まない者が出るかもしれないし。

 

「お主は弟と?」

「いんや? 女とだ………お前も来るかあ?」

「………逢引ではないのか?」

「ねえなあ」

 

 

 

 神月祭。『古代』、モンスターの脅威に曝されていた人類は、特に夜を恐れた。暗闇の向こうから聞こえる何かの息遣い。

 葉擦れの音さえ、何かが迫ってくるような恐怖を感じる。だからこそ夜の闇を祓う月を神に見立てた。その習慣は、今でも続いている。

 

「モンスターの魔の手から無事を祈る訳だし、冒険者らしいつえばらしいが神が腐るほど居るオラリオじゃ変な感じだなあ」

「まあ神様って自分達が楽しければそれで良い、って感じだしね〜」

「確かに、ロキとかも普通にお祭り楽しんでたもんね〜」

 

 月を神と見立て祀る祭りに、神々も普通に参加して何ならデカい月の模型にお辞儀したりする光景を見てヴァハが呟くとエルフィとティオナがオラリオでの神の在り方を口にする。

 

「まあ神の在り方など気にしていても仕方がないわ。それよりも折角の祭りだ、楽しもうではないか!」

 

 と、綿菓子やイカ焼き、フランクフルトなどを両手いっぱいに抱えた椿が笑う。ちなみに全部酒の肴にするつもりで、酒瓶も持っている。

 

「そういえばさ、ロキは普通に祭り楽しんでるけどヴァハのところのミアハ様はどうしてるの?」

「ジャガ丸くん売ってる」

 

 サイクロンクッキングとやらで高速じゃが丸くんづくりが可能らしい。『折角の祭りだ。お前たちは楽しんで来なさい。ただしヴァハ、殺し合いをしてはいけないよ』とは送り出す時のミアハの言葉だ。

 

「神様が、バイト………」

「まあウチは零細だからなあ。祭りの日にゃ医療系ファミリアに大して客もこねえし、別の仕事したほうが金になるわなあ」

「医療系ファミリアって言えば、アミッドの所とかもかな?」

 

 と、ティオナが何気なくアミッドの名を出すと、噂をすれば影というやつか、ヴァハがピクリと己の与えた加護の気配を感じる。

 

「……………こんばんわ」

「あ、アミッドだ! こんばんは〜」

「アミッドさん、こんばんは」

「おお、こんばんは」

 

 現れたのはやはりアミッド。白の長衣を来たアミッドはヴァハ達の方に寄ってくる。

 

「仕事は休み?」

「はい………このような祭りでは、食べすぎにより胃薬などが売れるので店番をしようと思ったのですが皆に送り出されてしまいま………」

「その服、似合ってるね」

「あ、ありがとうございます………あの、ヴァハ…………」

 

 と、不意にアミッドがヴァハに声をかける。

 

「髪を、結ってくれませんか? 私では、あの時の髪型に出来なくて」

「OK」

 

 二つ返事で了承したヴァハはアミッドの髪を編んでいく。その光景を見つめるティオナとエルフィは己の短く切り揃えられた髪を見る。

 

「髪型よりヴァハよ、まずは聖女の服を褒めてやってはどうだ? 手前の知る限り女性がいつもと違う服着てたら褒めるものらしいが……」

「あん? この服選んだの俺だぞ。んな自慢みてえなことするかよ」

「「…………え」」

 

 と、ティオナとエルフィが反応する。まさにその時だった………

 

『さぁさぁお立ち会い! 遠き者は音に聞け! 近き者は目にも見よ! そして、腕に覚えがある冒険者ならば名乗りを上げろ! さあ、この槍を引き抜く英雄は誰だ〜!?』

 

 と、男の声が聞こえてきた。

 

「……………この声、ヘルメスか?」

 

 また今度は何を始めやがった、と目を細めるヴァハ。

 

『これは選ばれた者にしか抜けない伝説の槍。手にした者には貞潔たる女神の祝福が約束されるだろう。さらに! さらに! 抜いた者は豪華世界観光旅行にご招待! すでにギルドの許可済みだぁ!』

「ほう、伝説の槍とな! 何をしておるヴァハ、行くぞ!」

 

 と、椿がヴァハの腕を掴んで声のした方向に走り出した。




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神月祭

 伝説の槍と聞き鍛冶師の血が騒いだ椿に連れられヘルメスの声がした方向に赴く。

 簡易的に作られたステージの上には長い柄と、先端を覆い隠すような結晶が見えた。あれが伝説の槍とやらなのだろう。

 

「ふむ………使われておる金属………何だ? 分からぬ。槍としては、ふむ、なかなかの出来。全容が見えぬから定かではないが投擲用だな………伝説というのもなるほど頷ける」

 

 とは椿の言葉。上級鍛冶師(ハイスミス)の彼女が言うなら確かな品なのだろう。何処かで見たことがあるような大男が抜こうとするが槍はピクリとも動かない。

 

「あ、レフィーヤだ!」

 

 次の挑戦者はレフィーヤだった。ステージに上がると、早速槍を掴む。

 

「あぅ、駄目ぇ。ピクリとも動きません」

『おおっと、レフィーヤちゃん。早い! 早すぎるぞ〜』

 

 が、速攻で諦めた。

 

「よし、では次は手前だ!」

 

 と、椿がステージに駆け上った。

 

『おっと、次の挑戦者は椿ちゃんかあ』

「抜けたらこの槍は手前がもらっても良いのか?」

『もちろん、その槍は抜けたものの物だとも』

「うむ、では……………ぬん!」

 

 と、椿が力を込める。Lv.5で、ハーフとはいえドワーフの椿の力はオラリオでも上位に位置する。その証拠にミシリとステージが軋む。が…………

 

「うむ、無理だな!」

 

 軋むのはステージのみで、椿は諦めた。

 

「よーし、次はあたしぃ!」

 

 元気よく飛び出すティオナ。

 

「駄目だった〜!」

 

 無理だった。

 【大切断(アマゾン)】のティオナが抜けなかったのを見て、殆どの見物客は諦める。と、一人の少女がステージに上がると周りが反応する。

 

『おおっと、これは【剣姫】ことアイズ・ヴァレンシュタインの登場だ〜!』

 

 アイズだった。ステージから降りてくティオナが頑張れ〜、と応援してから降りる。

 

『さあ力が入る〜!』

「頑張ってください、アイズさ〜ん!」

 

 と、レフィーヤが声援を送る中アイズは更に力を込め、手を離す。

 

「…………駄目…………抜けない」

「そんな〜……」

「よし、次はお前だヴァハ! 行ってこい!」

「面倒くせえなあ………」

 

 椿に背中を押され仕方なくステージに上がるヴァハ。伝説の槍とやらを眺める。

 

「抜けたら是非手前に見せてくれ! 礼に好きなだけ吸わせてやるぞ〜!」

「すっ!?」

「すわ──!?」

 

 椿が彼女なりの声援を送る。その言葉に周りの男達の視線が椿の肩より僅かにしたの、立派な部位に向けられる。

 ティオナは己の胸をペタペタ触り、アミッドとエルフィは無意識に首筋に手を当てた。

 

「……………あん?」

 

 と、ヴァハは伸ばしていた手を止める。周りが困惑する中、じっと槍を見つめ、かと思えば空を見上げる。

 

「……………やめだ。ベル、後は任せるぜえ」

 

 そう言ってステージから降りるヴァハ。ベルはえ? と困惑する。

 

『ふむ、では指名のあったベル君。上がってきてくれ!』

「え、あ………は、はい」

 

 と、慌ててステージに駆け上がっていくベル。槍に触れ力を込めた瞬間、何かに気づいた様に目を見開き、次の瞬間結晶が砕けた。

 

「…………面倒なことになってきてんなあ。まあ頑張れや始原の英雄様」

 

 驚き尻もちをついたベルを見てヴァハはどうでも良さそうに欠伸をし、その場から立ち去ろうと歩き出す。

 何処からか現れたのか、間違いなく先程まで存在すらしなかった青髪の女神がヴァハの横を通り過ぎ駆け寄ってきたヘスティアを無視してベルに抱きつくのを確認すると空を見上げる。神月祭の名に相応しく、嫌になるほど月が綺麗だ。

 

 

 

 

 

「なぁ〜、どうして抜かなかったのだ? 手前の血はそんなに不服か?」

 

 少し夜風が冷えてきた中、人肌の温もりが欲しいとヴァハに抱きついてきた椿が不満そうに質問してくる。

 ハーフドワーフのくせに背が高く、顎をヴァハの肩にのせながら少しグリグリしてくる。ウザい。

 

「あれがこっちにあるってだけで面倒ごとの予感しかしねえんだよ。それに、あの女神………おそらくは………むしろ俺が抜くとやべえだろうな。仮にも領地の近い爺の気配を持ってる。羽虫を追い払うのと蜂を追い払うのじゃ、労力は似たようなもんでもやる気がちげえ…………」

「「「………?」」」

 

 一同は良くわからないと言うように首を傾げた。ヴァハはこっちはこっちで忙しくなりそうだなぁ、と頭を掻き、ふと花屋を見つける。

 

「おい、少し良いか?」

「はい。何でしょう?」

 

 と、店員の少女が振り返る。何気なく声をかけた少女は、女神とも張り合えそうなほど美しい少女だった。ティオナやエルフィが思わずわぁ、と感嘆の吐息を漏らす。

 

「マーガレットの花を貰いたい。束で………」

「マーガレットですね。かしこまりました。少々お待ちを───」

 

 と、店員の少女がマーガレットの花のある場所に向かおうとしたまさにその時だった。

 

「お、アンナちゃんはっけーん! 出張店に居たのか〜」

「なに!? アンナちゃんだと! 俺だ、結婚してくれ!」

「おおアンナ。今宵の君も美しいね………どうだろう、そこの美少年と共に私の寝所に来ないかい」

「アンナちゃ〜ん! 俺と一緒に祭り回ろう!」

 

 と、男神達が店員の少女、アンナと言う名らしい少女に向かって殺到した。

 

「あ、あの、困ります神様方! 私、今仕事中で………」

「え〜、いいじゃん仕事ぐらい」

「そーそー、アンナちゃんかわいいし少しサボっても文句言われないよ」

「仕事というのはそこの少年だろ? 何、二人で私と一夜過ごせば問題はないさ」

「ていうか花屋やめて俺のところに永久就職しようぜ? 三食首輪付きだ!」

「で、ですからあ………………」

 

 人類(こども)の意見なぞなんのその、自分達の欲求に忠実な神々に涙目になるアンナ。神であるために無礼はできない。けど、仕事を放り出す気はない。

 どうしよう、と困惑してると、神々に雷が落ちる。物理的に…………

 

「「「あばばばばばばばばばばっ!!?」」」

 

 プシューと煙を出す焦げた神々をごみ捨て場に運んだヴァハは改めてアンナに向き直る。

 

「マーガレットの花束、さっさと寄越せ………」

「あ、はい………あ、ありがとうございます………その、大丈夫なんですか? あんな事しちゃって………」

 

 と、気絶している神々を見つめるアンナ。神に手を上げるなんて重罪では、と心配の色が瞳に宿っている。

 

「神だろうが何だろうが迷惑かけんならぶちのめす」

 

 他人に迷惑かける分なら良いが自分にかけられるのはいただけないヴァハであったが、アンナは何か勘違いしたのか再びありがとうございますとお礼を言いながら花束を渡してくる。

 

「ん? お前何勘違…………いや、そうだな………」

 

 そういえば冒険者の血はLv.が高かったりレアスキルを持ってたりにより味が変わるが、一般人の味は何で決まるのだろうか?

 

「…………?」

 

 本当の意味で男も知らなさそうな、それでいて健康的な女。ふむ、と眺めるヴァハ。

 

「礼をしたいなら暇な時で良い。二人きりで会えねえ?」

「ふ、2人きりですか?」

「え………」

「…………」

 

 2人きりという言葉にティオナが反応し、アミッドやエルフィも何となく首を抑える。

 アンナとしても助けてくれたヴァハに礼をしたい。ヴァハの目は、求愛してくる神々とは異なり、安心感もある。しかし2人きりというのは恥ずかしい………だけどお礼はした方が良いし、と迷っていると不意にひっ! と短い悲鳴を上げ屋台の奥に引っ込む。

 その視線はヴァハ達の背後。ヴァハが振り返ると無表情の黒髪のエルフが立っていた。

 

「よおフィルヴィス、お前も祭りに来てたのか」

「…………ああ。ディオニュソス様も祭を楽しまれるようだから、私など邪魔だろうと一人で回っていたところだ。そうしたら、女を侍らせ女を口説くお前を見つけた……」

「ついでに言うなら女に渡す花も買ってるなあ」

 

 ケラケラ笑うヴァハにフィルヴィスがジトッとした瞳を向けるも、やはりと言うかヴァハは堪えない。

 

「いや、そうだな………お前が女に求めることなど、()()()()()事ではないんだろう………だが、それは一般人に求めるな」

「りょーかい。まあアミッドとかのが、多分美味えだろうしなあ」

「────っ!」

 

 アミッドは己のスキルを思い出し、恥ずかしそうに俯いた。

 

 

 

 祭りも終わり、深夜。その日の内に片付ける者や、後日に回し他の屋台と残った食材を交換する者、帰路に就くものなど様々だ。

 ()()()()は眷属達を後者に、自分は前者においている。当然眷属達は自分達も働くと言ったが彼女は良いから良いからと眷属達を帰した。

 

「よお……」

 

 そんな彼女に話しかける人影。振り返った彼女はあら、と顔を綻ばせる。

 

「久し振りねヴァハちゃん。聞いてるわよ、Lv.3になったのよね?」

 

 ホワホワとした空気を纏う女神に、おー、と返すのはヴァハだ。

 

「何かお祝いしてあげたいけど、ごめんなさいね、今は何もなくて。あ、明日うちのホームに来てくれたら、特製のパイを作ってあげるわ」

「んー、そうしたら今日来た意味がなくなっちまうなあ」

「…………?」

 

 首を傾げる彼女に、ヴァハが近づいていく。

 

「うちの主神様といい、お前も結構働き者だからなあ。町中じゃ買い出しで人の居るところしか通らねえ、畑じゃ常に仕事仲間の眷属が近くにいる。けど、今夜なら先に眷属を帰して、1人きりになるだろうってなあ」

「あら、なんか照れちゃうわね………そんな言い方したら、私と二人っきりになりたかったって言ってると思われちゃうわよ?」

「そう言ってるしなあ、あんたにゃ聞きたいことがあるんだよ」

 

 あと一歩近づけば触れ合う距離で止まったヴァハは、耳元に口を近づける。

 

「なあ、何で10階層で俺達に漆黒のモンスターを差し向けたんだ?」

「─────っ!?」

 

 ビクリと身を震わせる女神の姿に、ヴァハは笑う。

 

「なあ、教えてくれよデメテル」




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黒拳

 ヴァハの言葉に顔を青くして後退るデメテル。

 その目に映るのは恐怖。だが、ヴァハに向けられたものではない。まあ予想の範囲だ。

 

「…………なんの事かしら?」

「………ほほう」

 

 が、すぐに表情を改める。本当に、何を聞いているのか分からない、そんなふうな声色に、表情。普段のほんわりした雰囲気。疑う者は、まず居ないだろう。

 

「ま、知らないつーなら仕方ねえか。明日、あんたの部下の首を一つ手土産に持ってくからそん時改めて教えてくれ」

「え…………あ…………えっ!?」

 

 明日菓子折りを持ってくるとでも言うようにあまりに自然に、その言葉を紡ぎ立ち去ろうとするヴァハに一瞬呆けるデメテルだったが、その言葉を理解して目を見開く。

 

「ま、待って! どうして、そんな……私は、何も」

「だから、話はまた後日聞くって。明日で駄目ならその次の日に………安心しろ。最後の一人まで、きちんと持っていってやる」

「な、なんで………どうして、私が……あの子達が………お願い、お願いだから…………やめて、やめてください………」

 

 神威の解放もせずに涙を浮かべ、人間に縋りつく女神にヴァハは笑う。

 

「じゃあ話せ」

「それは………だけど、そしたら…………」

「何、簡単なことだ。俺だってあんたが黒幕とは思っていない。事情は察してやれる。その上で、()()()()()()()()()()()だけだ……」

「っ………う、あ…………」

 

 顔を青くして、カチカチ歯を鳴らすデメテル。と、その時、ヴァハがその場から跳び退く。

 次の瞬間、地面が破砕した。たった一人の人間の、拳によって。

 

「てめぇ、デメテル様に何してやがる! 死ぬか、ああ!?」

 

 粗野な叫び声は、しかし女のそれ。ヴァハは目を細める。

 

「お前…………ああ………お前も一度、やりあってみたかったんだよな」

「何を言って………っ、てめぇ………ヴァハ・クラネル? なんのつもりでデメテル様に………」

「さてな。お前、そういうのを手っ取り早く聞く手段持ってねえの?」

「…………持ってるよ。とりあえず、殴り飛ばしてから聞くだけだ!」

 

 そう言って、地を蹴り迫るのは『豊穣の女主人』が店員の一人ルノア・ファウスト。先程の一撃を見るに物理特化。

 攻撃力だけならLv.5にも通用するだろう。

 

「はは、カモォン」

 

 挑発するヴァハに向かって振るわれる拳。まともに受けるのは危険そうだ。故に、逸らす。あるいは威力が乗る前に拳を当て防ぐ。

 

「っ! クロエから話には聞いてたけど、あんた本当にLv.3かよ!」

「何なら更新する時間待ってやろーか?」

 

 『豊穣の女主人』の中でも正面からの()()()特化の自分と平然とやり合うヴァハに舌打ちするルノア。

 ケラケラと笑うヴァハは拳の連撃に交ぜ放たれた蹴りを踏みつける事で抑え、かつバランスを崩させる。

 そのまま喉を狙って放たれる抜き手に、ルノアは吠える。

 

「なめんじゃねえ!」

「───!?」

 

 頭を振り下ろし額の骨でヴァハの指を砕く。そのまま体を起こす勢いを拳に伝え腹を殴りつける。

 

「ぐ、ごぼ!!」

 

 内臓が破裂しゴボリと喉の奥から血が溢れ出す。背骨が軋み、ヴァハの身体が吹き飛び屋台の一つを墓石瓦礫にうまる。が………

 

「【血は炎】」

「───くあ!?」

「ルノア!?」

 

 近距離で返り血を浴びたルノアの身体が火に包まれる。

 

「俺の魔法はクロエ経由で伝わってねえのかよ」

 

 瓦礫を押しのけたヴァハはケラケラと笑う。確かに全治一ヶ月は軽くないダメージを負わせたはずのヴァハは無傷だ。火を払ったルノアは再び舌打ちする。話には聞いていたが、理不尽すぎる回復速度。いや……

 

「てめぇ、わざと私の攻撃食らったな」

「へぇ、解るかぁ」

 

 隙をついたつもりだっだが、あの時ヴァハの目は確かにルノアの拳を見ていた。彼の反応速度なら避けられたろう。なのにあえて受けた。ルノアを燃やす為だけに。それが決定打になるからではない。火に包まれた自分と、それを見て慌てるデメテルを見たかったからだろう。聞いてたとおり、性格が悪い。

 

「……………と、【ガネーシャ・ファミリア】も動き出したか」

 

 不意に聞こえてきた足音。ヴァハは軽やかな動きで建物の屋根に登る。

 

「デメテル様、このまま保護されましょう」

 

 デメテルは善神の代表格の一人。【ガネーシャ・ファミリア】も事情聴取だけで済ませてくれるだろう。そんな確信を持ってルノアはこの場にとどまることを提案するも、気付く。デメテルの顔が青い。

 

「だ、駄目………お願いルノア、私を連れて逃げて! 駄目なの、この事が、彼奴にバレたら、疑われた事を知られたら………!」

「デメテル様?」

「おーい……」

 

 ルノアがデメテルの反応に困惑していると、ヴァハが屋根の上から声をかける。

 

「そいつに免じて少しはお前の頼みを聞いてやるよ。まずは逃げるぞ? こっちが人気がない」

「…………失礼します」

 

 ルノアはデメテルを抱えると壁の僅かな突起を足場に屋根まで駆け上り、走り出したヴァハに付いていく。

 

 

 

「んで、結局どういう事よ。あんま、信じられないけどデメテル様がギルドや【ガネーシャ・ファミリア】に知られたくない事をやってるってのは、解ったけどさ」

 

 流石に治安維持の【ガネーシャ・ファミリア】を恐れた時点で、ヴァハに非があるわけではないと判断する程度には知能があったらしい。クロエの評価はゴリラだったが多分チンパンジー程度にはモノを考えられるだろうと見つめるとムッと顔をしかめた。

 

「………なんか失礼なこと考えてない」

「あん? ああ、チンパンジー程度の知能はあんだなと」

「ぶっ殺すぞてめぇ!!」

 

 ケラケラ笑うヴァハの胸ぐらを掴むルノア。が、未だ青ざめているデメテルを思い出し手を離すとデメテルに近付く。

 

「デメテル様、どうしたんですか? その、彼奴の言うとおり、私はあんまり頭よくないけど、悩みを聞くぐらいなら………」

「…………駄目よ、ルノア………駄目なの。お願い、詮索しないで」

「俺はなんとなーく予想つくけどなあ………」

「それは…………」

「駄目!」

 

 何だ、と聞こうとしたルノアをデメテルが止める。

 

「お願い、お願いだから。忘れて………何時ものように、何も無かったように過ごして。私も、そうするから……………」

「デメテル様…………」

「俺は、そうだなあ………条件飲んでくれんならいいぜえ」

「…………条件?」

「お前の血、定期的に飲ませてくれ」

「ざけんな!」

 

 そう叫んだのはルノアだ。ヴァハが血を飲むと言う話は聞いていたがそれを大好きなデメテルにまで及ぼすと言うなら捨てては置けない。

 

「じゃあてめぇが代わりに血を寄越せ。あと、今日みたいに遊べ…………それがデメテルから血を貰わねえ対価にしてやるよ」

「…………っ! ま、待って! ルノアにも、酷いことをしないで」

 

 血という物騒な言葉にデメテルが反応する。なるほどルノアが命をかけるわけだ。甘すぎる性格。だからこそ、なのだろう。

 大方予想通り。彼女の後にいる何者かが黒幕だろう。彼女の従わせ方は人質。反応からして既に何人か殺している。

 故に過敏になっている。いっそ目の前でルノアの血を啜れば、いい声で鳴くのだろう。

 

「別に痛くしねえよ、むしろ気持ちいいらしいぜ」

「クロエは、そのへん教えてくれなかったな」

「彼奴の血も何時か吸いてえな」

「……………デメテル様。私は大丈夫…………今夜は何もなかった、それで行こうよ」

「別段都市がヤバそうになったらバラす、なんてこたぁしねえよ。俺はそもそも、今回の黒幕をここぞという時にぶっ殺せりゃそれでいい。その間に死者が出ようと街が滅ぼうと関係ねえ」

「─────っ!!」

 

 死者が出る、街が滅ぶ。その言葉にデメテルは固まる。己が片棒を担がされているそれを、改めて自覚する。

 

「何、お前は何一つ悪くないさ。守りたいものを守ろうとする、それの何処が悪だってんだあ? 仕方ないさ、お前は弱いんだから」

 

 そんなデメテルを慰めるふりをしてボロクソ言うヴァハ。ルノアが肘を打ち付ける。

 

「それじゃあ、私はこれで。今度、()()()()に会いに行きます」

「どうせならお前もステイタス更新しとけよ」

 

 ヴァハとルノアは立ち去る。残されたデメテルは、1人月を見上げる。

 

「…………ペルセフォネ。みんな、どうか、どうか無事でいて………」

 

 無力な自分を恥じ、呪い、爪が食い込むほど拳を強く握る。

 そして、深く息を吐いて目を閉じ、開く。

 そこにはいつもの柔和な笑みを浮かべる女神が一人。月だけが、そんな哀れな女神を見つめていた。




ルノア、『豊穣の女主人』初の吸血対象。

デメテル、吸血対象ならず


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アマゾン、女の子に憧れる

 空が微かに白みを帯びてきた早朝の時間。ベル達はヘルメスの揃えた服に着替え、オラリオの街壁の上に来ていた。

 移動手段は空路。【ガネーシャ・ファミリア】が卵の頃から調教した飛竜を使うそうだ。数は3匹。ベル達は3人と3柱。

 いざ出発しようとした時、不意にアルテミスとベルが振り返る。

 

「よっと………」

 

 そして、階段も梯子もないはずのその場所から飛び出してきたのは赤髪金眼の少年。

 

「兄さん!」

 

 何者かと警戒するアルテミスだったがベルが嬉しそうに駆け寄るのを見て警戒を解く。次はこの者は誰か、と不思議そうに見つめた。

 

「あ、アルテミス様。紹介しますね、この人はヴァハ・クラネル。僕の兄です」

「オリオンの………そうか。貴方も、今回の旅に同行を?」

「ハハァ。悪いが俺は不参加ですねえ………俺の存在は、色々と不都合があるんで………落ち込むなベル」

 

 同行という言葉に嬉しそうな顔をしたベルはしかしヴァハがすぐに否定したため落ち込む。解りやすいやつである。

 

「俺はただ見送りに来ただけだ。麗しき月の女神様をなあ」

「私か?」

 

 と、アルテミスはキョトンと首を傾げる。弟のベルならともかく知り合いですらない自分の見送りは、どういった意図があるのか量りかねているのだ。

 

「ああ、哀れな女神様の最後の旅路が、せめてその魂に刻まれるように切に願おうとな」

 

 そう言って、マーガレットの花束を渡す。アルテミスは、ヴァハの言葉にヴァハの瞳を見つめる。

 憐れみなど微塵もなく、かと言って蔑みもない。発言からしてこちらの事情を知っているようだが、ヘルメスを見ると慌てて首を振っていた。

 

「……そうか。すまないな、貴方の弟をこんな事に巻き込んで」

「ま、ステイタス稼ぎにゃなるんで別に…………溜まってりゃランクアップも出来たかもだが」

「え? そんな、僕この前Lv.2になったばかりだよ」

「俺は今Lv.3だけどな………」

「…………………あ、あはは」

「ま、種が違うし、母さんは普通の人だったがそれでも兄弟なんだ、お前も才能とかそのへんのがあんだろ」

 

 ケラケラ笑いながらベルの頭を撫でるヴァハ。なんか今とんでもない事実をサラッと言っていたような、と周りのヘスティア達が二人を見る。

 

「んじゃ、初めての旅、楽しめよ」

 

 それだけ言い残すとヴァハは街壁から飛び降りた。結構な高さだが、誰も心配しなかったという。

 

 

 

 

 

 さて、ヘルメスがあんな移動手段を用意しつつも、祭りに合わせて選定していた以上、恐らくは10日ほどの猶予があるだろう。

 準備期間としては短いが、まずはダンジョンの様子を見てくるかとヴァハはダンジョンに潜る。

 今のところ、目立った反応は見せていない。あちらもあちらで手にした力を使いこなせていないのだろう。

 

「アルテミス関係の『古代』のモンスター、何だったか? ああ、アンタレスだ」

 

 6体の精霊に滅ぼされた『ニーズホッグ』に比べ特に『耐久』が優れたモンスター。厳密には周囲の命を吸い取り直ぐに傷を癒やしてしまうのだ。故に封印するしかなかった存在。

 それが今や、不滅の力を手にした訳だ。面倒なことになった。と、その時だった───

 

「うおおお! 逃げろぉ! 【大切断(アマゾン)】が苦戦するモンスターだあ!」

「…………あん?」

 

 一人の冒険者が物凄い勢いで走ってきた。その後ろには、見覚えのあるアマゾネス。と、大して強くなさそうなモンスター。

 

「ちょっとぉ! なんで逃げるの!? あたしのこと助けてよ〜!」

「ふざけんな! お前が勝てないモンスターに俺等が勝てるわけねえだろ! こっちくんな!?」

「ちょっ………それひどくない!?」

 

 何やってんだろう彼奴は。取り敢えずそこそこの量がいるモンスターの群に飛び込むヴァハ。ティオナがあ、と呟く中、剣を一閃。モンスター達が上下真っ二つに切り裂かれる。

 

「【血に狂え】」

「ヴォ!?」

「ガァ!」

 

 今のヴァハには、血を操るのに己の血を混ぜる必要は皆無。飛び散ったモンスター達の血を操り無数の剣を生み出し、放つ。

 モンスターを貫いた杭は枝分かれし、モンスターの体を派手に破壊する。そうなれば当然血が吹き出し、後は繰り返し。

 あっという間に血に染まる通路。モンスター達は血肉を撒き散らし屍を晒す。

 魔石を回収すると直に全て灰へと還るが。

 

「ヴァ〜ハ!」

「………………」

 

 後から抱きつこうとしてきたティオナをひょいとかわす。

 

「何やってんだ、あの程度のモンスターに………」

「えへへ〜、助けてくれてありがと〜」

 

 聞いちゃいない。抱きついてきて胸に頬をスリスリ擦りつけてくる。ランクアップ前のステイタスがオールSのため数値には表れないぶんもそれなりのヴァハだが流石にティオナの力からは逃げられない。

 

「どうどう、今のあたししおらしかった?」

「…………は?」

「女の子らしかった?」

 

 なるほどだいたい理解した。そういうことか。

 多分だが、女の子らしくないと誰かに言われ、こいつの周りで女の子らしい存在に女の子らしさを聞いてしおらしいとか、大人しくていじらしいとかが女の子みたいとか言われたのだろう。

 

「アホらしいなあ」

「ええ!? ひっど〜い!」

「ハハァ。力緩めろ、背骨が折れる」

 

 むぅ〜、と頬を膨らませ腕に力を込める姿は傍から見れば可愛らしいが当事者としては普通に死ねるレベルである。

 

「あ、ご、ごめん!」

「たくよお、なぁにが女の子らしかったぁだあ………ダンジョンに潜る女に女らしさなんて求めるやつぁアホだアホ。戦えねえ、震える女が居たって非常食にしかなりゃしねえ」

「非常食?」

「少なくとも治癒師(ヒーラー)か魔道士になりゃギリギリだなあ。前衛の女が女らしさなんて欲しがんな」

「うぅ〜………」

 

 すっかり不貞腐れたティオナにヴァハはケラケラ笑う。その頭をワシャワシャと撫でると歩き出す。

 

「ここであったのも何かの縁だ。黄昏の館までエスコートしてやんよ。女の子を一人で返すのも気が引けるからなあ」

「っ! うん!」

 

 その言葉にティオナはヴァハの腕に抱きついた。

 

 

 

 

 

 

 

「………そうか、迷惑をかけたな」

 

 ティオナが中層で怪物進展(パス・パレード)をおこしかけたと聞き、リヴェリアは頭痛がするとでも言うように頭を抑えながら謝罪する。

 

「俺としては楽しめたがなあ………」

「とはいえ、【ロキ・ファミリア】の上級冒険者が苦戦する異常事態(イレギュラー)が起きたという事になったのは、それなりに面倒だ………」

 

 【ロキ・ファミリア】は強い。団員の質も高く、名が知れ渡り、影響力もある。故に敵もいるのだ。

 特に厄介なのが強い奴に敢えて逆らい自分の眷属がボコボコにされるさまを見て喜ぶ神や、名のしれた奴が落ちぶれるのが見たいという理由だけで行動する神など人類には理解不能な動機を持つ神々。動機が理解出来ぬ分動きも予想しづらい。先手を打たせぬようにするしかないのだ。

 

「ならいい情報くれてやるよ。近々ダンジョンで異常事態(イレギュラー)が起きる。それを収めりゃ、名声も揺らがねえだろ。そもそも今回の一件だって、噂にしかならねーだろうしな」

異常事態(イレギュラー)が起きるだと?」

 

 本来異常事態(イレギュラー)は察知できるものではない。故に異常事態なのだから。だからこそ第一級冒険者でも命を落とす事があるのだから。

 【ロキ・ファミリア】もつい最近被害を被ったばかりだ。死者こそ出ていないものの、痛手には違いない。そんな大手派閥でさえ予期できぬ事を起こると何故断言できるのか。

 

「理由は言えねえが本当だぜ? 何ならロキ呼ぶか?」

「………いや、信じよう。神の前で嘘をつくことは出来ぬのだからな………」

 

 その上で神を呼んでもいいと言うなら、おそらく本当なのだろう。

 

「とはいえ、今丁度フィンが出掛けていてな。戻ってくるのは、夜になるか………」

「そうか、じゃあ丁度いいか…」

「?」

「あん時の約束だ。デートしようぜ」

 

 ヴァハの言葉に、部屋の外で聞き耳を立てていたシフォン、アリシア、カロスなど【ロキ・ファミリア】のエルフ達がガタタ! と音を立てる。

 リヴェリアは彼奴等は、と呆れたようにため息を吐いた。

 

「………ああ、そうだな。約束を果たそう。着替えるから、少し待っていてくれ。後、お前達は後で説教だ」




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ハイエルフとのデート

 その女性が歩けば、そこがまるで森の中になったかのように清涼な空気に変わったように錯覚する。

 老若男女問わずに思わず目を奪われる。

 美男美女の多い神々でさえ嫉妬する美貌は、それこそ美の神とも張り合えるだろう。

 美の神達のような露出はむしろほとんど無い。体に自信がある美の神は惜しげもなくその肌を晒すが彼女は逆に肌を隠す。それはつまり、その顔だけで周りの視線を集めているという事。

 

「目立つなぁ、お前…」

「第一級冒険者だからな」

 

 いや完全にお前の美貌だろう、と返したヴァハはクレープにかぶりつく。

 イチゴで出来た赤いソースが唇を汚し、すぐに舌で舐めとる。

 リヴェリアは一口一口が小さいが、おかげで口元が汚れることはない。

 

「ついたぞ。冒険者として、そこそこ重要なのはここだな」

「リサイクルショップ?」

「ダンジョン内での紛失物は拾った者に所有権が移る。ポーションなどは使われるがそうでないものは拾い主が使うか、手に合わず売るかの二択だ。ここは良く、紛失物が売られる………ダンジョン内で無くしものをしたら取り敢えずここに来てみろ」

 

 壁に立て掛けられている武器はなるほど確かに中古品だ。だが、手入れが行き届いている。十分使用できるだろう。

 

「店主のドワーフが元冒険者でな。気を利かせて整備してくれているんだ」

 

 リヴェリアの言葉にチラリとカウンターに座る偏屈そうなドワーフの店主を見る。今も短剣を磨いていた。

 

「まあ俺は基本武器持ってかねえし、鎧は何故か壊れて使い物にならなくなるがなあ」

「毎度毎度率先して死地に飛び込めば、鎧など簡単に砕けるさ………」

 

 と、呆れたようにため息を吐くリヴェリア。まるでLv.1で『インファント・ドラゴン』に挑みボロボロになって帰ってきたのにすぐにダンジョンに向かうかつてのアイズのよう。いや、アイズのように力を求めているのではなく、殺し合いを求めている訳だから万倍質が悪い。

 

「お前はもう少し命を大事にしろ。神ミアハも【医神の忠犬(ミーヤル・ハウンド)】も、お前の弟だって悲しむぞ」

「それが? 別にあいつ等に会えなくなったところで、俺ぁ悲しくねーしなあ」

 

 この男がもし【ロキ・ファミリア】だったら、きっと鎖で繋いででも止めたろう。だが、残念ながら他派閥。自分にそこまでして止める権利はない。

 

「死ねば人間それまで。死後再び巡り合うやつも居るらしいが、俺の場合女神のストーカーが数人いるから転生もできねえだろうしなあ………お、これ美味そう」

 

 と、露天で串焼きを買うヴァハ。2本買い、一つをリヴェリアに渡す。

 

「…………数人?」

「数人」

「…………そうか」

 

 リヴェリアはそれだけ応えると肉にかぶりつく。ジュワリと広がる肉の油。とても美味しい。

 しかし歩き食いなど、初めての経験だ。見慣れた町並みではあるが、何かを味わいながら歩くというのはなかなかどうして新鮮である。

 

「女神云々はおいておくとして、会えなくなったら辛いという人間はいないのか?」

「居ねえなあ」

「なら作れ。それだけで生存率はだいぶ変わる」

「あんたは居るのかあ? 浮いた話なんて出ようもんなら即座に噂になっちまう王族様に、そんな相手」

「私なら、アイナだな………」

 

 と、何処か誇らしげにも見えるリヴェリアの微笑み。恐らくは親友なのだろう。

 

「お前は性格はともかく、見た目はエルフの私から見ても中々いないと思う。恋人も作ろうと思えば作れるのではないか?」

「以前ローズの奴にも言ったが、ゴメンだね。愛された結果楽しみを奪われんのも愛した結果楽しみを我慢すんのも俺はしたくねえ………俺はこういう人間だ、だから俺を愛すると言うなら、その上で受け止めろって話だ」

「…………酷い男だ」

 

 愛する者と居るより、死ぬかもしれない殺し合いの方が優先度が高いけど、それでも良いなら付き合ってやるなどと良くもまあ言えたものだ。

 それは、絶対愛していない。

 

「まあ変な女にゃひっつかれるが」

「変な女?」

「自分を穢れてるとか言う根暗とか、他人の命を己の命より重く見る女とか、ショタコンの癖に誰かに甘えたがってる猫とか、死を司る女神とか、国より己の願望を優先する王女とか………」

「………最後のは私のことか?」

「いんや。アスフィ………てか、あんたも王族だったな………エルフの王族が森の外に出るなんてなあ」

 

 口ではエルフ至上主義の考えをおかしいと言いつつも、実際他種族を目にして嫌悪感を感じるエルフは多い。王族ともなれば更に。それが森の外に出ているのだ、セルディアのように世界を救うという使命もなく。それはかなりの異端だ。

 

「そうだな、初めの頃は大変だった。私を女として見る視線など、エルフからも少なくはあったが存在したというのにそれが他種族になったというだけで、途轍もなく悍しく思えてしまった」

 

 まあそれでも、王族(ハイエルフ)であるリヴェリアは、エルフの里では女として見られるよりはそれこそ芸術品でも見るかのような視線にさらされた回数のほうが多いが。

 

「実際、フィンやガレスとも出会った当初は最悪だった」

「そんな潔癖症の王族様がなんでまた旅に出た? お前の立場に憧れる里で蔑まれるハーフなんかも多いだろうに」

「いじめてくれるな…………先程、それは私か? と聞いたろ? 己の願望を優先した。ああ、その通りだ。私はずっと旅がしたかった。外の世界に憧れた………本の中に描かれる世界ではなく、己の目で見た世界を感じたかった………」

 

 そう言って虚空を見つめ笑うリヴェリアは、誰もが息を忘れるほど美しかった。周りの者たちはまるで空気そのものが輝いているように見えたと後に言う。

 

「ふーん、結構お転婆姫だったんだなあんた」

「お、おてんば………?」

 

 そんな事など言われた事がないリヴェリアは、思わず聞き返す。親友のアイナにだって言われたことがない。

 家族にだって汚らわしい他種族のいる世界に向かうなどと窘められたがお転婆などと彼女を呼ぶ者はいなかった。

 

「そうだろ? 外を見たいって理由だけで、王族の責務も捨てちまうんだ。これでお転婆じゃねえならなんだつーんだよ」

 

 ケタケタ笑うヴァハに、リヴェリアは頬を赤くして睨む。

 

「そういうお前はどうなんだ………そんな性格では、お前だって周りに迷惑をかけたんじゃないのか?」

「俺ぇ? 俺はガキん頃は楽しい事が何もねえと世界に退屈してたガキだったぜえ? (さが)を自覚したのは独り立ちできるようになった頃だしなあ」

「? 神ヘルメスからはお前が旅を始めたのは12年前からだと聞いているが?」

「…………………」

 

 4歳の頃ではないのか? と尋ねてくるリヴェリアに、ヴァハは無言で虚空を見つめる。あの槍、やっぱり自分で引っこ抜いてヘルメスに使っておけば良かったかもしれない。

 

「まあ細けえことは良いだろ。お前が森を飛び出したお転婆娘ってのは変わらん」

「お転婆とは、活発以外にも男勝りという意味もあるが? まあ、確かに説教ばかりで、一時期幼いアイズには怯えられたりもするような女だが………」

「まあ、別に今も十分可愛いと思うけどなあ」

「…………は?」

「いちいちムキになったりすんのは、子猫みたいで可愛かったぜぇ」

「────っ!」

 

 綺麗、美しい、凛々しい、可憐などと言われることには慣れているリヴェリアだが、可愛らしいなどと言われるのは初めてだ。思わず言葉に詰まる。

 

「た、旅の話を聞かせてくれないか?」

「あ?」

 

 リヴェリアは、これ以上はなんだかむず痒く感じるので、話をそらすことにした。

 

「私は、外の世界に憧れていると言ったろ? 本当ならオラリオは寄るだけのつもりだった。今でも、旅は続けたい。いずれ、後を任せられるものが出来たら再び旅に出るつもりだ………良ければ、お前が見てきた景色を参考にさせてはくれないか?」

「綺麗な景色とハラハラする景色どっちが聞きてえ?」

「綺麗な景色で頼む、冒険は、オラリオだけで十分だ………」

 

 

 

 

 と言う訳でヴァハが見てきた景色で、一般的に綺麗だと言われる場所を教えてやる。

 雨が降らぬ地でありながら遠くから続く川があり、その終点は滝となっており、一年中虹が見れる湖。

 まるで雪原のように白い景色が広がる砂の大地。

 色とりどりの花が咲き乱れる花畑。

 それら一つ一つの景色をできるだけ細かく話してやるとリヴェリアは興味深そうに耳を傾けた。

 

「………ああ、それときれいな景色がみてぇならこの前ヘルメスが丁度いいもん持ってきたなあ」

 

 そう言うとヴァハは一度ホームに戻り、酒瓶を持ってくる。

 

「……それは?」

「精霊の祠付近で取れた実から作った果実酒………煙草と一緒だ……」

 

 ちなみに煙草の苗はヴァハが周りの植物が影響を受けたのを見て植えてたりする。精霊の魔力、神聖視されるそれを娯楽品のために使うのは、精霊を隣人とするエルフが聞けば卒倒物だろう。

 

「オラリオにも精霊はいるからなあ…………」

 

 水精霊の護符(ウンディーネ・クロス)火精霊の護符(サラマンダー・ウール)など、精霊の加護が与えられる品も多いオラリオには、当然精霊もそれなりにいる。

 

「下位ではあるがなあ。そういう奴等が肉体を失って集まると少々厄介だったりするが…………と、この辺でいいか」

 

 人気のない、街頭も当然存在しない林の中。ヴァハは盃を3つ用意し酒を注いでいく。

 

「そら、来たぞ」

「………これは…………」

 

 星と月以外に光源のなかった林の中に、小さな光が1つ、2つと現れる。間違いなく、精霊だ。意思も持たぬ下位精霊ではあるが集まればかなりの魔力が大気にまじる。

 

「…………綺麗だな」

「普段これだけの密集すんのは、それこそ精霊の森ぐらいなもんだ。酒の匂いを感じ取ったオラリオ中の精霊が集まって漸くこの光景が見れるわけだな」

 

 まるで星空の中に訪れたかのように、周囲に光が集まってきた。盃に頻りに近づいてはフラフラと飛び、別の光と入れ替わる。

 

「んじゃ、お前も飲めよ」

「あ、ああ…………」

 

 盃を渡され、酒を注がれる。光の反射などは関係なく、それ自体が微かに輝く酒。こんな酒、初めてだ。

 精霊の住まう祠の近くが精霊の魔力を帯びるのは知っていたが、そこは聖域。そこに生った実を採ろうと考える者などまず居ない。

 

「っ────んぅ!?」

 

 口の中に流し込み、口元を押さえて涙目になるリヴェリア。口の中で雷でも発生したかのような痺れ。酸味に似た、しかし異なる刺激。吐き出さなかったのはエルフの矜持か女の意地か………思わずヴァハを睨むが、口の中で味が変化していく。

 

「……………甘い」

 

 甘すぎない、上品な甘さが口の中に広がる。最初の刺激も合わさり、引き立てられる。

 

「………最初の刺激はなんだ?」

「雷の、それも大精霊の魔力を浴びてたわけだからなあ………口の中がバチバチ来たろ? 慣れればくせになるぜ」

「…………この酒、並の精神力回復薬(マジックポーション)より魔力を蓄えられる、というか私の上限超えているんだが…………」

「精霊の魔力浴びてるからなあ」

「精霊、すごいな………」

 

 感心しながら酒をチビチビ飲むリヴェリア。流石に一気には飲めない。舌がピリピリするが、その分甘さも引き立つ。先程ほどではないが………。

 

「しかし、夜に酒を飲むことは珍しくもないが、たまにはこうして自然の中で飲むのもいいものだ。そこに精霊といるとなればさらに………」

「なら、たまには飲ませてやろうかぁ? ヘルメスのバカにゃまた運ばせるから、そん時に呼んでやんよ」

「…………ああ、頼む」

 

 そう言ってヴァハに視線を向ければ、ヴァハは月を見上げていた。精霊の光に照らされるその横顔は、何処か神秘的で…………

 

「……………?」

 

 何故か直視し続けられなかったリヴェリアは慌てて目を逸らすのだった。




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異常事態

 リヴェリアとのデートの翌日、ヴァハは【ロキ・ファミリア】の拠点(ホーム)『黄昏の館』に来ていた。

 客室でも談話室でもなく、幹部のみが集まる部屋にて三幹部と主神ロキと対面していた。

 

「さて、我々が君を呼んだ理由は解るかな?」

「リヴェリアとデートしたことか?」

「なんやとぉ!? リヴェリアと、デート!? ま、まさかこのエルフの皆が騒いどったんは!」

「ロキ、話をすり替えられるな」

「せやけどママ! ホンマにデートしたん!?」

「誰がママだ誰が………まあ、交遊のある男女が二人で出かけることをデートと言うならデートをしたな。とはいえ、街の案内程度だが」

 

 騒ぐロキに呆れた様子のリヴェリア。お前もからかうなと言えようにヴァハを睨むと肩をすくめる。

 

「まあ、聞きたいことってのは近々起こると断言した異常事態(イレギュラー)についてだろ? なんせ、ギルドも知ってる。そりゃあ気になるよな………俺がウラヌスの私兵じゃないのか、私兵なら………『穢れた精霊』についても全てを知ってるんじゃないか、ってな………」

 

 かつてアイズに24階層に向かうよう冒険者依頼(クエスト)を出した謎の人物。フィンはそれがギルド、より厳密にはウラヌスの私兵だと推測している。

 そして、つい先日ギルドに外出届を出せば、受理されなかったのだ。それだけなら大手ファミリアである【ロキ・ファミリア】を外に出すのには手続きが必要だとまあ、思える。だがリヴェリアからもたらされたヴァハが予見した異常事態(イレギュラー)が合わされば、ギルドはそれに対応させようとしているとも思えてきた。 

 

「単純に言うと、ダンジョンが近々ブチギレるんだよなあ」

「…………ブチギレる?」

「神が己の中に入っただけで強化種を吐き出す程神嫌い。懐かしく忌々しい神の権能が地上で再び振るわれりゃ、そりゃもうキレる。第1段階ならモンスターの凶暴化及び地上への進軍。2段階目で大量発生。3段階目は強化種も出るだろうなあ。それでもなお続けば、神喰い、或いは神殺しが出現する。

 黒龍クラスは流石にねえと思うが、他の三大クエスト程度にはやべえかもなあ」

「………………は?」

 

 出された茶菓子を食いながらとんでもない事をあっさりと言うヴァハ。勿論一同は固まり、ロキを見る。ロキは首を横に振る。嘘であってほしい事柄が、しかし嘘ではないらしい。

 

「ちょ、待てや! 神の力の、地上行使やと!? 出来る訳あらへんし、誰がやるっちゅーねん!」

「別に帰還覚悟でやりゃオラリオふっとばす程度は出来るだろ? 他の神々が無かったことにするだけで………まあ、これはそのレベルじゃねーけどな。普通に下界が吹っ飛ぶ。早いとこ深層に避難でもするか」

 

 ケラケラとダンジョン深部なら、下界が滅びる程の攻撃にも耐えられると確信を持って言うヴァハに、ロキが薄い瞳を開き睨む。こいつは一体()()()()()()()()

 

「ちなみに行使すんのはアンタレスっつー、アルテミスを喰った『古代』の力あるモンスター」

「『古代』の、モンスターやと? それなら、あるいは………いや、せやけど…………起こりうるんか、そんなん」

「アンタレスは耐久と再生に優れ、周囲の命を喰らう特性を持っている」

 

 その性質が悪い方向に生きた。アルテミスの分身であるアルテミスの精霊を喰うことで封印を解いたアンタレスは、アルテミスの力に対して融和性を高めた。

 

「結果、『神』を取り込んだ『モンスター』という『奇跡』…………ん、いや、『破滅』か? うん、『破滅』を引き起こした」

 

 地上を滅ぼすほどの、最悪の『破滅(イレギュラー)』。下界の、神の思惑すら超える、故に神々を魅了してやまない『未知』が引き起こした災厄。

 

「アルテミスっちゅーことは、『アルテミスの矢』が放たれるんか?」

「だろうなあ。オラリオの神々に防ぐ術はねーな。タケミカヅチが『神の剣』としての力を使えば可能だろうが、そもそも準備中に送還されちまう……」

 

 つまり実質、オラリオに……地上にいる神々に、神格的に防げる者は居ても防ぐ手立ては存在しない。

 

「天界の全ての神々が課した絶対の(ルール)だ、シヴァやゼウス、ポセイドンを始めとした『大神』は勿論ウラヌスやティアマト、アンラ・マンユとスプンタ・マンユみてえな『祖神』にだって破れやしねえ」

「………詳しいなぁ、あんた」

「他でもない神から教わったからなあ」

 

 何処の神だ、面白がってここまで話す神は。いや、誰でも話しそうだな。

 ()()()()()()()()()ヘスティアやヘファイストス、デメテルなんかを除けば、全てをあっさり話す神は少なくないだろう。

 

「まて、ではどうする? 神の力を扱えるモンスターなど、どう対処すれば良い……………?」

「それについちゃ問題ねーよ。アルテミスが権能じゃねー方の、神造武器を地上に召喚した………今はベルが持ってて、その槍を以てアルテミスを()()()終わりだ………」

「……………殺す?」

「ああ。殺す…………送還じゃねーぞ? 神を殺す。向こう1万は復活できねー。その間天界の仕事が増えるな」

「…………なぜ、お前の弟なんだ?」

「魂の相性があんだよ。神の力を振るえる槍を使えなきゃアンタレスには勝てねえ。使えんのは俺かベルのどっちかで、俺がいきゃアンタレスは全力で無くとも本気で俺を殺そうとする。残念ながらそうなったら俺に勝ち目はねえんだよなあ………」

 

 ヴァハ・クラネルは精霊を殺し、喰らって己の中に完全に取り込んだ。神の分身たる精霊、それも大神の分霊たる大精霊をだ。かつて精霊に封じられたアンタレスからすれば直ぐにでも消し去りたい存在だろう。

 ましてやヴァハの中の精霊のもととなった神はアルテミスに滅茶苦茶嫌われてるし。天界にいた頃から浮気性だし下界に降りたあとマジックアイテムでアルテミスに化けて彼女の眷属とふしだらな行為をして、目撃されアルテミスとその眷属の関係を微妙な空気が流れるものにしたと自慢げに語っていたし。

 ちなみにヴァハはその話を聞いて爆笑した。

 

「………アンタレスには、僕たちでも勝てないかい?」

「勝てねえよ。これは絶対………俺達は果報を寝て待つしかすることはねーのさあ。ま、オラリオは寝る暇もねえがなあ」

「……………こん時ほど、嘘を見抜ける力がいらんと思った事はないなあ」

 

 ロキはそう言って背もたれに体を預ける。

 嘘が良かった。嘘だと思えれば良かった。しかし人類(子供達)の言葉の真偽を見通す神であるロキは、その言葉を嘘と思い込むことなど出来なかった。

 

「団員全員に気ぃ引き締めるように伝達………港町(メレン)に行くんは、事が済んでからや…………」

 

 

 

 

 その日、昼間に三日月が現れた。方角も、向きも、時間も何もかもが可笑しい、月。誰もが空を見上げ困惑する中、空無き地下でも異変が起こる。

 

「う、わ…………ああああ!?」

「な、なんでモンスターがこんなに! ひいいい!?」

「逃げろ、逃げろおおお!!」

 

 人間を見れば襲いかかってくるモンスターは、しかし人間が居なければ無意味に暴れる事は少ない。だが、今は違う。

 獲物がいようといまいと関係なく暴れ回る。迷宮の中を走り回り、結果として見つけた獲物を追いかける為冒険者達は何時も以上の数のモンスターを相手する事になる。

 身の丈にあった階層に潜る、『冒険をしない冒険者』からすれば最悪の事態。自分達が危うげなく探索できるはずの階層の危険度は2、3階層差では利かぬ危険度になっているのだから。

 

「い、いやあ! まって、助けて!」

 

 ミノタウロスに捕まったエルフの女冒険者。後衛の彼女を見捨て撤退する冒険者達。

 メキメキと己の腰からなる音に吐き気と絶望を感じながら涙を流す。嗚呼、何でこんな事に。

 横目で見れば同じく後衛の友人が頭から血を流して倒れている。自分を庇って、ミノタウロスの持っていた棍棒が頭を掠めたのだ。

 助けてくれたのに、こんな事になった。ごめんなさいと、謝りたくとも圧迫された状態では呼吸もままならぬ。と、ミノタウロスの腕が突如斬られる。

 

「ヴゥアアアアア!?」

「ははははは。思ったより大惨事だなあ…………まあギルドとしても、事の発端を明かしてダンジョンの出入りを禁止する事はできねえもんなあ」

 

 ケラケラと笑い声が聞こえる。地面に落ちる筈だった彼女を支えるのは、赤髪のヒューマン。ミノタウロスが残った腕で棍棒を振るえば、ヒューマンは腕の中の彼女から片手を離し剣を振るう。

 棍棒もろとも切り裂かれたミノタウロスの鮮血が舞う。

 

「ほれ、さっさとその気絶した女連れて地上に戻れ」

「え、あ…………で、でも……モンスターが………」

「ここに来るまでにだいぶ殺したし、問題ねえ…………」

「え………」

「そこの同胞! モンスターはあらかた始末しました! 我々の仲間が居ますので、今の内に避難を!」

 

 聞こえた声に振り向けば妙齢のエルフが叫んでいた。エルフの女冒険者は気絶した仲間を抱えると少年と妙齢のエルフに頭を下げ地上に向かった。

 

「彼女達が、この階層最後の冒険者です」

「あー、最後の()()()()だなあ………」

 

 ケタケタと笑う少年の言葉に、ここまで来る際に見かけた対処が遅れ死んでしまった冒険者の死体を思い出し顔を顰める妙齢のエルフ。

 

「自分達なら救えたのになんてのぼせ上がんな真面目エルフ。何時から万能になったつもりだ? たかだかLv.4が………」

「………本当に、嫌味な方ですわね。何故貴方と……」

「チームわけの文句はフィンに言え………まあ、俺が奥に向かいすぎるのをきちんと止めようとする真面目ちゃんだからだろうよ」

「…………人命を気にしなくなった今、中層に向かうおつもりで?」

「そっちはフィン達の仕事だからなあ………」

 

 五体満足の人間のエンブレムと、道化師のエンブレムを持つ男女。所属が別らしい彼等はダンジョン内にて落ち着いて話す。

 

「中層は第一級冒険者………俺等は上層の冒険者保護と、散開してモンスター退治………俺も中層行きてえなあ」

「その割に、大人しく従ってくれたのですね」

「リヴェリアに頼まれたからなあ………またデートしてくれるってよお」

「なっ!? リ、リヴェリア様と、また!? ふ、不敬です! 高貴な方々を何だと!」

「お転婆娘」

 

 叫ぶエルフにやはり笑う少年、ヴァハ・クラネル。

 妙齢のエルフ………アリシア・フォレストライトはそんなヴァハに叫ぶが、突如ダンジョンの天井や壁、床にまで亀裂が広がっていく。

 

「フェイズ2だ………遅れを取るなよ」

「誰に物を言ってますの?」

「お前だけどお?」

「……………その返しは予想していませんでしたわ」




なろうの方もよろしくお願いします


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異変

 ダンジョンから次々生まれるモンスターの大群。キラーアント、ウォーシャドウ、コボルト。

 上位種も合わさった群れが無尽蔵に湧き出ていく。

 地上に出現した神の権能、下界を消し飛ばす矢の気配にダンジョンが苛立っているのだ。

 

「ハハァ。良いねえ、狩り放題だ」

 

 殆どの冒険者が泣き出すその光景を、笑うヴァハ。

 椿の打った新たな剣を振るいモンスター達を肉片へと変える。

 魔石を砕かれなかったモンスターは屍を晒し、魔石を砕かれたモンスターは灰をばら撒く。

 

「ふせてください!」

 

 と、アリシアが叫ぶと同時にヴァハがその場で身を低くする。隙だと思ったのか、モンスター達が殺到するも、その前にアリシアの詠唱が完成した。

 

「【カーヴィング・アズール】!!」

 

 大量の水が押し寄せモンスター達を押し流す。中には水流でバラバラにされたものも居る。それでも、減った分は補充と言わんばかりに次々モンスターが生まれ、濡れた地面に接触する。

 

「死ね」

 

 次の瞬間、雷が濡れた地面や壁を駆け巡る。魔法によって生み出された水は魔力により生み出された雷を良く通す。生まれてすぐに、モンスター達の命が尽きた。

 

「いいなあ、お前。中々役に立つ………」

「レベルは、わたくしの方が上ですのに、その言葉を否定できないのが悔しいですね………」

 

 明らかに上から発言するヴァハ。レベルを考えればアリシアの方が上だが、この場において流れを生み出しているのはあきらかにヴァハだ。悔しいが、彼の実力は本物と認めるしかない。

 それよりも、とダンジョンに再び目を向けるアリシア。

 モンスターが生まれるために砕けた箇所が、修復もせずに新たにモンスターを生み出している。『怪物の宴(モンスターパーティー)』が大人しく思える光景だ。

 

「ハハァ。こりゃ暫く豪遊が出来そうだなあ」

「もう先を見ているのですか………頼もしい限りですわ」

 

 大言を吐くだけの実力を、嫌というほど見せられた。それでもやはり血を浴び、啜り、笑う彼にはエルフとして思うところがある。と、その時だった…………

 

「───ッ!? な、なんですか、これは!?」

「あ〜、アンタレスに捕捉されたな…………チッ」

 

 ヴァハは面倒臭そうに舌打ちすると、アリシアをその場から突き飛ばす。

 

「な、何を!? ……な!」

 

 尻もちを付いたアリシアが叫び、その光景を目にして固まる。

 ヴァハの足元が砕けた。モンスターが生まれる前兆ではない、穴が空いたのだ。次の階層に向かうための縦穴が。

 咄嗟に腕を伸ばし、しかしヴァハに触れる前に止まってしまう。それを見たヴァハは馬鹿にするような笑みを浮かべ、瓦礫と共に穴の中に吸い込まれて行く。

 下を覗けば、また穴が見えた。

 この階層だけでは無い。他の階層も、竪穴が開いたのだ。まるでヴァハ・クラネルという人間のみを狙ったかのように。

 

「────っ!」

 

 この深い闇の底に、何が待つのか解らない。それでも、先程の顔を思い出す。

 助けようとして、手が止まってしまった自分に向けられた顔。エルフが他種族に手を差し伸べられるわけ無いだろ? とでも言うような、馬鹿にした顔。

 屈辱だ。己のせいで同胞をコケにされた。何より、それを否定できない行動をとってしまった自分が恥ずかしい。

 というか、何階層まで続くかわからぬ縦穴から落ちて、彼は無事なのか?

 

 

 

 アンタレスは恐れる。己を滅ぼす力を持つ矢を。

 だが、矢の使い手は恐れぬ。脆弱に過ぎる、その存在を恐れる必要がまるでない。

 故にそちらに力を割く必要はない。撫でる程度で勝手に吹き飛ぶ。今はそれより、手にした力を存分に振るおう。

 遥か上空に、力を溜めて、何処に撃とうか、全知の力を以て下界を見渡し、気づく。

 かつてこの身を封じた忌々しき大精霊の同胞の気配。それも、取り込んだこの神の記憶を辿れば大神の分霊。

 嗚呼、恐ろしい。神となったこの身を、再び封じるかもしれぬ。それは嫌だ。それだけは嫌だ。

 標的は決めた。あれを滅ぼす。全力の弓を以て消し去る。力はまだ溜まらぬ。だが、照準は合わせる。何時でも消せるように。その地ごと、滅ぼせるように。

 ダンジョンもまた、その力を感じ取る。己に向けられたその力。否、己の中にある何かに向けられたその力。標的を探す。見つけた。殺す。

 

 

 

「いててて………」

 

 瓦礫に巻き込まれながらもピンピンしていたヴァハは、周囲を見回す。どうやらここは17階層。『嘆きの大壁』のようだ。

 随分と落とされた。と、ビシリと壁に亀裂が走る。

 バキバキ音を立て広がる亀裂。その音はまるで喘ぎ、苦しみ、嘆くような音。

 ガラガラと崩れる壁の奥から、嘆きの声と共にそれは産声を上げる。

 

「オオオオォォォォォッ!!」

 

 ズンッ! と階層を震わせる足音が響く。石の床を、()が砕く。

 そのモンスターはこの階層で唯一生まれる『ゴライアス』に似ていた。だが、その肌は黒く、下半身はまるで馬のよう。

 『ケンタウロス』というモンスターに似ている。

 

「あ?」

 

 そのモンスターは壁に手を突っ込む。引き抜くと、瓦礫と共に巨大な弓が現れる。弓、だ。

 人間の武器。モンスターが振るう鈍器や刃物と異なる、確かな知恵により生み出されたはずの道具。外で振るわれている神の力に対する皮肉だろうか?

 

「さしずめカウス・アウストラリスと言ったところかあ? モンスターだけじゃねえのな、変化してるのは」

 

 ダンジョンもまた変わりつつある。古代、力を大量に使ったダンジョンが、知恵をつけ始めた。存外精霊を食ったのもそれが関係しているのかもしれない。

 

「………まあ、良い。どうでも良い………殺し合おうぜ、俺とお前はモンスターと人類なんだからなあ」

「きゃあ!?」

「…………あ?」

 

 突如後ろから響いた可愛らしい悲鳴。振り返ると、妙齢のエルフがそこに居た。

 

「いたた………ここは、17階層!? それに、あれは!」

「…………なんで居んのお前?」

 

 アリシアの登場に、ヴァハは珍獣でも見るかのような視線を向けるのだった。




アンタレス 精霊がトラウマ。精霊おるやん。そうだ、手に入れた力でこーろそ!

ダンジョン なんか狙われてる? いや、これは中にいるやつのせいだ! 殺そ!

ヴァハ 強いモンスター生まれたなあ。楽しい殺し合いになりそうだ

カウス・アウトラリス君 ゴライアス君の完全亜種。高い機動力を有する遠距離攻撃も可能なモンスター。寿命は漆黒のゴライアスと同じ。
その獲物、漆黒のゴライアスの寿命を一日だけにした奴と兄弟だから仕方ないよ

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弓の魔物

 カウス・アウトラリスと、ヴァハが適当に名付けたモンスター。名の意味は弓。その名の通り弓を携える馬脚の巨人はヴァハを睥睨する。

 忌々しい。気に入らぬ。

 神に対する敵意に代わり、別の本能が植え付けられたモンスター。

 アンタレスに狙われこの地に神の権能を呼び寄せるヴァハ・クラネルと言う亜精霊を滅ぼすべく生み出されたカウス・アウトラリスは息を吸う。

 

「─────オオァッ!」

 

 ビリビリと大気を揺する、それ自体が破壊力を持つかのような咆哮。それは、この階層の王たる身が命じる号令。

 次の瞬間、地面を突き破り無数の漆黒の杭が階層全体に生える。

 ウダイオスと言うモンスターの戦い方を思い出すアリシアだったが、生えた杭はどれもこれも見当違いの方向で、ヴァハ達を傷つけては居ない。そもそも、これは杭ではない。

 

「…………っ。さけろ、アリシア」

「へ?」

 

 ヴァハが走り出すとカウス・アウトラリスは近くの杭を掴み、引き抜く。

 幅15C(セルチ)、長さ3(メドル)程の()()を、弓に番える。

 

「モンスターが、弓矢を!?」

「させるわけゃねぇだろうがあ」

 

 弓は、構え、引き、狙う動作が必要となる。如何なる弓の名手でも、それを無視することは不可能。圧倒的な隙にヴァハは詠唱要らずの魔法が如きスキルによる雷を放つ。

 精霊の力を取り込んだが故に二級冒険者の魔導士の長文魔法にも劣らぬ威力を持つそれは、しかしモンスターに当たることはなかった。

 

「…………あ? っと、ちぃ! 【血に狂え】!」

 

 雷は無数に枝分かれし、地面から生えた矢に引き寄せられ消える。

 避雷針のようだが、あり得ない。精霊の雷が、魔力によっておきた世界の変化が高々物理法則に支配されるわけがない。もしそうなら雷はまっすぐ飛ぶはずがないのだから。

 

「っ! 完全に俺対策か………」

 

 飛んできた矢を血の鎖を生み出し引き寄せることで回避し舌打ちするヴァハ。おそらくこの無数の杭は雷属性の魔法を問答無用で吸い取るのだろう。

 枝分かれし、無数に散ったことから考えて一本一本が吸収できる量と速度には限度がありそうだが、と、ヴァハに影が射す。

 

「速──ぐっ!?」

 

 油断していた訳ではなかった。ほんの一瞬、敵の扱う武器を解析しようと意識を向けた。その僅かな隙に、接近された。

 機動力がこれまであった敵とは比べ物にならない。回避は最早不可能。腕を交差させるも、その巨大な拳で地面に叩きつけられた。

 

「───っかふ!」

 

 肺の中の空気と共に血を吐き出す。カウス・アウトラリスは、追撃しようと蹄で地面を砕きながらかけてくる。

 振りあげられた両前足。体が、体の反応が精神に遅れをとる。脳が揺らされたのか、視界が歪む。

 

「くぅ!」

「───」

 

 ドゴォォン! と爆音を響かせ階層全体が揺れ砂煙が舞う。ゴロゴロと地面を転がりながらも腕の中のヴァハを怪我させぬように包み込んだのは、アリシアだった。

 

「エルフにこんな助けられ方するタァ、長生きしてみるもんだねえ」

「わたくしとて、目の前で死にそうになっている方を見捨てるほど腐ってはおりません。その、そういう同胞の里もあることを知っていますが………というかまだまだお若いでしょう」

 

 軽口を叩くヴァハに呆れたように呟くアリシア。ヴァハは立ち上がると体の調子を確認。片腕がおかしな方向に曲がっている。内臓は、少し潰れた。

 

「チッ……まあ()()()相手にするよりはマシかぁ」

 

 そう言うと赤い液体が入った小瓶を取り出し中身を飲み込む。傷はすぐに癒える。

 

「随分高い効果のポーションですね」

「いや、アミッドの血だ。俺はそういうスキル持ってかっなあ…………いざとなればお前の血も分けてもらうぜ?」

 

 そう言うと、何かを言おうとしたアリシアをおいて駆け出すヴァハ。

 砂煙が晴れ、己がヴァハを踏み潰していないことに気付いたカウス・アウトラリスはすぐさま周囲を見回し、ヴァハに気付くと近くの矢を引き抜き番える。

 だが、狙いをつける前にヴァハの姿が消える。少なくともアリシアにはそう見えた。

 

「オッ──!」

 

 カウス・アウトラリスが矢を放つ。着弾の瞬間、足を止めたヴァハの姿がアリシアの目にも映る。どうやらカウス・アウトラリスにはヴァハの動きが見え、さらに狙いを定めることすら可能らしい。

 再び姿を消したヴァハを目で追っているのか忙しなく眼球や首を動かすカウス・アウトラリスが再び矢を番えるのを見て、アリシアが魔法を放つ。

 

「ヴォ!?」

 

 Lv.4の純粋な『魔導師』の放つ魔法。階層主と言えど、無視できる威力ではなかった。無理やり顔をそらされる。無視はできぬが、その程度。

 アリシアとヴァハのコンビは殲滅戦には向くだろうとフィンが組ませた即席チーム。目的は殲滅戦であって、階層主戦を想定していない。だが───

 

「良くやった」

 

 組む相手が誰であろうと、ヴァハ・クラネルが弱くなる訳ではない。

 見失ったヴァハを探そうと首を動かした瞬間、カウス・アウトラリスの首がゴドンと地面に落ちた。首を失った体が、ゆっくりと倒れ轟音を響かせ───

 

「や、やった────え?」

「っ!」

 

 響かせる、事はなかった。一瞬にして首が再生したカウス・アウトラリスは倒れかけていた体勢から勢いよく立ち上がりヴァハを弾き飛ばすと再生した眼球で睨みつける。

 

「オア───」

「面倒くせえ。さっさと死ね……」

 

 拳を構えるカウス・アウトラリスだが、ヴァハが次の行動に移るほうが早い。首を失えば一瞬とはいえ思考を奪える。もう一度首を落として、再生する前に魔石を───

 

「オ、アアアアアアアアアアアアッ!!!」

「「─────っ!?」」

 

 空間全体が震え上がる程の咆哮。ヴァハの体が、ギシリと錆び付いたように動きを止める。

 『咆哮(ハウル)』。怪物が放つ恐赫(うた)は相手の動きを強制停止(リストレスト)に追い込む雄叫びに、ヴァハは抗う。時間にして一秒、抵抗(レジスト)に成功。

 だが、その一秒は余りに長い。感嘆物の早業で矢を番え放つカウス・アウトラリス。その矢は、先程ヴァハの雷を吸いこんだものの一つ。

 バチリと紫電が弾け、轟音が鳴り響く。

 

「ぐ、が───!」

 

 壁まで吹き飛ばされたヴァハの、片腕から胸にかけて消し飛んだ。即座に再生させるヴァハだが、動き出す前にカウス・アウトラリスが迫る。

 先程と似た状況、しかし今回、アリシアは動けない。怪物の放った悍しき咆哮に、動きを封じられていた。

 本日3度目の、轟音が響き渡った。




カウス・アウトラリス
周囲に雷魔法を吸い込む矢を大量に出現させ、本体も耐性がある雷使いの天敵とも言えるモンスター。
穢れた精霊より弱いが相性的な問題でヴァハを圧倒する。名の由来は射手座の星。


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弓の魔物 決着

 人間の体は水風船みたいなものだ。7割が水分で出来ている。切り取ってみれば全身穴だらけで穴の中を赤い液体が通っている。

 何かの衝撃で潰れればあっさり破裂し周囲を赤く染める。

 

「ヴォ、ヴオ、ヴオオオオオオオオ」

 

 辛うじて人の形を保ち血に沈むヴァハを見てカウス・アウトラリスは勝利の咆哮を上げる。後は、母の中に入り込んだ別の命を殺すだけ。

 

「────っ!!」

 

 ギロリと巨大な瞳がアリシアを睨めつける。体は、まだ動かない。先程の『咆哮(ハウル)』の影響は既に解けている。しかし恐怖に縛られる。

 忘れていたわけではない。ダンジョンとはこういう場所だ。どんな英雄だって、駆け出しだって例外なく突然死ぬ。

 しかし【ロキ・ファミリア】の遠征で、何度も全員無事で帰還する事を数年繰り返すうちに、心の何処かに甘さが出来た。ダンジョンは、そんな甘さを見逃さない。ダンジョンの中で、慢心は命取りだ。

 そしてそれは、死を確認せずに殺したと思い上がったモンスターにも言えることだ──

 

「───!?」

「っ!」

 

 火山のように湧き上がる炎の柱。蛇のように蠢き、カウス・アウトラリスに絡みつく。

 

「グオオオオオオ!?」

「カッ、ハハハハハハハ! なぁに油断してやがる!? 殺し合いしてんだぜ、息の根を止めるまで慢心するんじゃねえよお!」

 

 流した血を魔法により炎に変えたヴァハは金色の瞳を輝かせ、炎の中で笑う。カウス・アウトラリスは雷精霊の気配を感じ取ったダンジョンが生み出した耐雷特化。炎への耐性は少ない。ましてやヴァハは文字通り致死量の血を流したのだ、その炎の量も温度も、これまでとは比べ物にならない。

 

「なああ、アルテミスの気配が消えたなあ。だから俺が死んだと勘違いしたのかあ? 駄目だぜ、きちんと脳を潰して喉を裂いて、心臓を抉れえ。俺みたいに不死身に近いやつはなかなか死なねえからなあ」

 

 ゲホゴホ血を吐きながら笑うヴァハ。流石に重症過ぎる。アミッドの血による治癒力のストックも尽きた。

 とはいえ、一つだけいいニュース。ヴァハをここに落とす原因となった、ヴァハを狙ったアルテミスの矢、精霊を狙ったアンタレスの弓が、消えた。故に勘違いしたのだ、ヴァハが死んだと。

 

「……………あ」

 

 ヴァハはへたり込むアリシアの前に移動すると動けない彼女を見下ろす。

 

「………立てるかあ?」

「っ………」

「はっ。まあ良い、役に立てねえならせめて役立て」

 

 そう言うと、肩を掴み立たせる。そのまま細い首へと噛み付いた。

 

「っ!? あ、くう………!」

 

 ジュルジュルと音を立て、血液が己の中に満ちた何かと共に吸われるような感覚。感じたことのない多幸感が全身に広がる。自分が認めた者以外との肌の接触すら嫌うエルフに対し、粘膜が押し付けられた。だというのに抵抗出来ない。抵抗したくない。

 牙が首から抜ける。名残惜しさを感じヴァハを見上げればヴァハはその金の瞳を細めカウス・アウトラリスを見ていた。

 用事は済んだとばかりにアリシアから興味が失せている。

 

「ヴオオオオオオオ!!」

 

 と、炎に包まれたカウス・アウトラリスが突っ込んでくる。ヴァハはアリシアを抱えるとその場から飛びのく。

 

「戦わねえ嬢ちゃんはそこでじっとしてるんだな」

 

 一瞬にして壁際に移動したヴァハはそれだけ言い残すとカウス・アウトラリスに向かって飛び、頬を殴りつける。炭化した細胞は再生せず、修復の邪魔をしていたが今の一撃で砕ける。

 とはいえ少しずつではあるが内から再生した肉が炭化した部分を治していく。時間の問題だろう。

 

「オオオ、アアアアアアア!!」

 

 ギョロリと水分が沸騰し激痛を与えていた瞳を復活させ、ヴァハを睨みつけるカウス・アウトラリス。

 彼が母より与えられた使命はこの地に神の力が向けられる要因の排除。神の力を扱うアンタレスが討たれ、アルテミスが逝った今彼に残るのは人類を殺すモンスターとしての本能のみ。

 自分は人間を殺す存在だ。人間を超える存在を殺すために生まれた自分が、敗北するなどあるわけが無い!

 

「良いねえ。良い目だ………すぐにえぐり出してぐちゃぐちゃにして捨ててやるよお」

 

 雷霆の剣を構え笑うヴァハ。その姿が霞む。

 

「オオッ!」

 

 関係ないとばかりにカウス・アウトラリスは両前足で地面を踏み砕く。周囲数10メドルで地面がひび割れ破片が中に浮かび上がる。さながら即席の城壁。破片と共に打ち上げられたヴァハは瓦礫を蹴りながら空中を三次元的に移動する。

 学ばぬ奴めと、カウス・アウトラリスはそんなヴァハを嘲笑う。

 

「オオォォアアァァアアアアアアアアア!!」

 

 相手の動きを強制的に止める咆哮が響き渡る。

 先程と同じだ。動きを止めたヴァハを全力で殴りに行く。魔馬の下半身による高速移動、放たれる拳。必殺を確信したカウス・アウトラリスの時間感覚が伸びる。これからひしゃげていくであろうヴァハを、しっかりと見るためとでも言うように。

 そして、引き伸ばされた感覚の中で確かにその光景を見た。

 自身の拳に対して右足を突き出し触れる瞬間に曲げ衝撃を殺しながら、手の甲まで駆け上がるヴァハの姿を。

 

「────!」

 

 時間感覚が戻り手の甲の骨が踏み砕かれる。ヴァハの姿が消え、右腕が肩から切り落とされた。

 

「オオオオ!?」

「ギャーハハハハハ!」

 

 混乱するカウス・アウトラリス。背中から笑い声が聞こえた。

 

「知ってかぁ? 人間の体は電気で動いてんだ。たとえ体の動きを封じられてもお、電気を流して動かしゃ問題ねえんだとよお」

 

 体外に発した電気は矢に飲み込まれる。だが体内の電気は別だ。故に己の中で微弱な電気を流し、動かなくなった身体を無理矢理動かしたヴァハはカウス・アウトラリスの脊椎を切り裂く。

 

「グゥ! ゴアアアアアア!!」

 

 神経を切り裂かれ、しかしすぐに治癒しロデオのように跳ね回るカウス・アウトラリスの背中から飛び降りたヴァハは周囲に乱立する柱のような矢の一本に降りる。

 

「ガアアアアア!」

「ハハァ!」

 

 右腕を再生させたカウス・アウトラリスは拳を振るい、ヴァハはかわしながら剣を振るう。一進一退の攻防。基本性能(スペック)や相性で勝るカウス・アウトラリスに、技術と経験で勝るヴァハ。

 そう、本来なら勝っているのはカウス・アウトラリスだ。なのに、ヴァハは技術と経験と言う積めば誰でも手に入るそれで、圧倒する。

 一撃一撃が甚大なダメージを与えるであろう拳の暴風雨の中に、恐れることなく突っ込む。

 ああ、その姿は見るものが見れば英雄に見えるかもしれない。顔は狂気に染まっているが。

 

(決定打にかける……)

 

 自身の血を塗りたくり炎の剣と化した雷帝の剣を構えるヴァハは、冷静に戦況を見据える。

 ヴァハの火炎魔法は超短文詠唱。『魔導』を持たないヴァハからすれば大した威力のない魔法。血を炎に変える特性上から、血を流すデメリットを無視すればその分高いメリットも返ってくるがアリシアの血だけではそれを行う程の回復は出来ない。かと言って、雷も殆ど矢に飲まれ、仮に届いたとしても雷に耐性を持つカウス・アウトラリスにはほとんど無効化されるだろう。

 アンタレスが滅んだ今、ダンジョンが無理して魔物を生むことはないだろう。あれだけ無理したあとなら今夜一晩ぐらいはもうモンスターを生まないだろうし、自壊覚悟で精霊の力を全開放すれば通じるか?

 通じるだろうが、その場合免疫機構が動くだろう。カウス・アウトラリスを殺せる程の雷撃は、ダンジョンにとっても無視できぬ威力になる。

 

「ぐおおおおおあおお!」

「だからあ、効かねえよお! 学べやバァカ!」

 

 再び『咆哮(ハウル)』を放ったカウス・アウトラリス。しかしヴァハは体内に電気を流し身体を操る。カウス・アウトラリスは動きを止めたヴァハに当てる気だったのか、地面から抜いていた雷を吸い込んだ矢の一本を………()()()()()

 

「────!?」

 

 握りつぶされた矢から雷が迸る。周囲の矢に吸い込まれながらも、その一部がヴァハに当たる。ダメージは、ない。だが、体内の電気信号が乱れ体が硬直する。

 

(こいつ、まさか───)

 

 偶然、ではないだろう。狙ってやった。

 単純に矢を砕き雷を利用する()()があったのか、或いは………人間の体が電気で動くと言った()()()()()()()()()()()()()か。

 体内電気を乱され、動きを止めたヴァハにカウス・アウトラリスが腕を伸ばす。拳ではない。開いた指。捉え、握りつぶす気なのだろう。回避、間に合わない。

 

「グオオオオ!?」

 

 だが、カウス・アウトラリスに大量の水弾が襲いかかりカウス・アウトラリスもまた動きを止めざるを得なくなる。ヴァハが瞳だけを動かすと氷の矢を弓に番えたアリシアの姿があった。

 

「取り消しなさい! 私は、戦わない少女などではありません。私は、冒険者です!」

 

 魔力が高まる。残った魔力のほとんど全てを使ったのであろう矢は、放たれる前から周囲に霜を張っていく。

 

「【グレイス・サギタリウス】!!」

 

 放たれた氷の矢は着弾と同時にカウス・アウトラリスの体を濡らしていた水分を凍りつかせる。それでもなお、氷を砕こうとするカウス・アウトラリス。

 だが、ヴァハが迫る。先程の逆、動けなくなったカウス・アウトラリスに、ヴァハが攻撃を加える。

 

「じゃあな、ダンジョンの輪廻に戻ったら伝えとけ。今回も楽しかったってなあ!」

 

 炎を纏った雷帝の剣が、氷ごとカウス・アウトラリスの体を焼き切っていく。バキリと一際硬い何かを砕く感触と共に、カウス・アウトラリスは蹄と弓矢を残して灰に還った。

 

 

 

 

 

「………すいません、手間をかけさせて」

「構わねえよお。俺は回復できたからなあ」

 

 ヴァハは精神枯渇(マインド・ダウン)で動けなくなったアリシアを背負いながら笑う。あの後再び彼女から血を貰った。いや、貰ってない。奪った。

 嫌がる彼女を押さえつけ首に噛み付いたのだ。その時点で大人しくなったが。

 

「………………」

 

 その事を思い出したのか、首を回した腕に力を込めるアリシアだったが回復しきっていない体ではヴァハにダメージを与えられるはずもなかった。

 

「こういう事は二度としないでください………」

「良いぜ。お前の血よりアミッドやフィルヴィス達のが美味えし」

「………………」

 

 そうこう話している間に、地上に出た。地上では、空から光の粒子が降っていた。

 

「………これは?」

「ああ、神の力(アルカナム)だなあ」

神の力(アルカナム)?」

 

 本来なら地上で顕現するのは帰還時かルール違反を犯した場合のみ。しかしアンタレスにより地上で顕現した術式に込められたその力は、使用者を失ったことにより解けて散っていく。高純度のエネルギーだ、枯れた森も命を吹き返すことだろう。

 

「ま、ようは一件落着って事だ………このままアミッドのところに行くかぁ」

「あ、あの、その前におろしてください………もう歩けるので」

「ガキがいっちょ前に無理すんな」

「私の方が年上ですわ!」

「ああ、そういや俺16って事になってたなあ………ババアが無理すんな」

「バ───っ!?」

 

 ギャイギャイ叫ぶアリシアだが、そのせいで目立つ事に気付いていない。オラリオの中のエルフの中でも、温厚ではあるがやはりエルフらしく他者との接触を嫌い、【純潔の園(エルリーフ)】と名付けられた彼女が男に背負われてそれ自体は嫌がっていないという事実が余計視線を集めている事に、気付かない。




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メレン

 どっかに行ってたリューが戻ってきた事により、漸く休みが取れたクロエ。

 久し振りの己の主神との再会。皆元気にしているだろうか、してるだろうな。と、少し楽しくなってきて鼻歌を歌う。

 待ち合わせの時間も近いしそろそろ向かおうと部屋の扉を開け廊下に出ると鍵を締める。と、がチャリと隣の部屋の扉が開く。ルノアが起きたのだろう。挨拶ぐらいはしてやろう………

 

「………ん、おおクロエか。おはようさん」

「…………にゃ?」

 

 出て来たのは、ヴァハだった。

 

「は、え!? ク、クロエ!? ちょ、ちが………違うからねクロエ!」

 

 ヴァハの言葉にクロエがいる事に気付いた部屋の主であるルノアが慌てて出てくる。寝間着だ。

 

「ほんと、違うから! ただクロエを迎えに来たこいつが、その……!」

「どーしたクロエ〜、宇宙の真理を垣間見てる猫みたいな顔になってっぞ〜」

「いやどんな顔よそれ………はぁ、とにかくあんたから説明しときなさいよ」

「あれだけ声を漏らさねえように我慢してたくせにもう偉そうにしてやがる」

「ぶち殺すぞてめえ!?」

 

 ヴァハはケラケラ笑いながらルノアの拳を躱すと放心状態のクロエを抱え窓の外から飛び出した。

 

 

 

 メレンに着いた頃にはクロエも漸く正気を取り戻した。

 

「血を吸ってた?」

「ああ。ちょっとした取引でなあ。健康的で中々美味いんだ、彼奴」

 

 そういえばそんなスキルがあると言ってた。スキルの影響で味覚まで変化してたのか。

 

「にゃ、まさかミャーの血も!?」

「え、いや。お前幼少期から毒に慣れてるせいで体に悪そうだから良いよ」

 

 いらないいらないとケタケタ笑うヴァハに、クロエの額に青筋が浮かぶ。

 

「味わってもねーのに体に悪いとか言うんじゃねーにゃ!」

「じゃあ味見させろよ」

「バッチコイニャ!」

 

 と、吸血鬼伝説の一般的なイメージからか喉元を晒してくるクロエ。と、その時…

 

「ん? 今の声、クロエちゃんか!? ひさし、ぶり………?」

 

 漁師らしき男が角から顔をのぞかせ、クロエの後ろ姿を見て嬉しそうに叫ぶ。そして男の前で首元とはいえ服をはだけさせる姿を見て、カッ! と目を見開く。

 

「クロエちゃんが男を連れてきたぞおおおおおおお!?」

 

 その声は、メレン中に響き渡ったという。

 

 

 

「おうおうおう! お前がクロエちゃんが連れてきた男か!」

 

 【ニョルズ・ファミリア】ホームにて、ヴァハは暑苦しい男達に囲まれていた。ステイタスがあまり育たぬオラリオの外では、オラリオと異なり見た目が屈強になりやすい。網を引く漁師達らしく立派な上腕二頭筋がピクピク動いている。

 

「そうだなあ。まあここに来たのはクロエに連れられからだなあ」

「ほほう!?」

 

 その言葉に、男達は反応する。そして………

 

「よし! 今夜は宴だ!」

「「「うおおおおおおおお!!」」」

 

 神の言葉に、一斉に吠えた。何だこの連中、暑苦しい。けど面白いとヴァハはケラケラ笑うのだった。

 

 

 

 

「いやぁ、悪いな、結局絡む奴等もたくさんで」

 

 その夜、新鮮な魚が大量に出るというオラリオでは中々行えない宴をして酒を飲んだヴァハ。クロエは顔は良いから人気だったのか泣きながら絡んでくる連中も何人かいた。全員が寝静まったあと、テラスで潮風を浴びているとクロエの主神であるニョルズが話しかけてきた。

 

「クロエは、今は離れ離れだけど俺の大事な娘だからな。オラリオでも元気でやってるってのは手紙とかたまにくるから知ってたけど、うん。やっぱり会いに来てくれて嬉しいよ」

 

 彼奴中々帰ってこないからな〜、と笑うミョルズ。真っ黒な海を見つめ、不意にその笑みを哀愁漂うものへと変える。

 

「彼奴はさ、色々隠してる事もある。過去、人に言えないような事をしてたことも……だけど、良い奴だ。良い奴なんだよ、お調子者で、騒がしくて、でも寂しがりやで…………あの店があって良かったし、あの店の連中も好きだ。だけど、あの店は、まあ、事情がある奴等の集まりで、皆クロエの秘密を知ってる。お前ももし知ってしまっても、クロエの側にずっといってやってほしいんだ!」

 

 ニョルズはそう言うとヴァハに頭を下げてきた。

 

「俺クロエが暗殺者ってのは前から知ってけど」

「え!?」

「ハハァ。まあ別に、面白いから側にいるのは良いけどなあ」

「え、あ………そ、そうか。クロエ、怖くないのか?」

「ぜんぜぇん。警戒心が少し強いくせに餌やりゃ懐く猫みてぇでまあまあ好きだなあ」

 

 ヴァハの言葉に、そうか、とミョルズは嬉しそうに笑う。

 

「んでニョルズ様よお、あんたクロエにどんな弱みを握られたんだあ?」

「………………なんのことだ?」

「酒溢れてんぞ」

 

 酒の入った杯を持つニョルズの手は…………震えていなかった。ヴァハを見ればケラケラ笑っている。

 

「確認しなくても人間からすりゃ嘘は得意だなあ。けどまだまだ甘え………ま、詳しくは聞かねえでいてやるよ」

 

 ヴァハはそう言うと【ニョルズ・ファミリア】の好意で話をつけてくれた宿へと向かう。

 

「なんか用かあ、クロエ」

「にゃ……」

 

 暗闇の中からばつの悪そうな顔でクロエが出てくる。どうやら酔いつぶれていたふりをしたらしい。まあ元暗殺者だ。店ならともかく、ファミリアとはいえ他所では酔いつぶれないようにしてるのだろう。

 

「ほんとに、ニョルズ様が何してるか調べる気はにゃいの?」

「ないね。興味もねえ……だいたい予想できるしなあ」

 

 くぁ、と眠そうに欠伸をするヴァハに、そっか、と道端の小石を蹴るクロエ。

 

「おミャーが強いのは知ってるニャ。性格もくっそ悪いのも………でもミャーはもっと悪人ニャ。敵対したとか関係なく、お金で殺すような奴ニャ…………本当に、怖くない? それ以前に、嫌じゃないニャ?」

 

 ニョルズの言葉も聞いていたのだろう。どこか不安そうに聞いてくるクロエに、ヴァハはやはりケタケタと笑う。

 

「だから何だあ? この世界にゃ殺したいから殺す、弱い物いじめがだぁい好きなクズだっている。暗黒期の全盛期に比べりゃお前なんてまだまだ捻くれただけの子供だな」

「おミャー暗黒期体験してねーにゃ」

「その通り、パシリやリディスから聞いただけ。田舎までわざわざ来てくれてご苦労な連中だったぜ……」

 

 その頃は絶対オラリオに行くなと念を押された。人死にが横行するその時代ならば、きっとヴァハはより強い敵を求めて闇派閥(イヴィルス)側に付くと分かっていたのだろう。

 

「まあ安心しろ。俺は雨に濡れてる猫見ると段ボール蹴飛ばさず傘をおいてくタイプだから」

「なんにゃ、段ボールって………」

「さあ? 神に聞け、俺も詳しく知らん」



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思わぬ出会い

 食人花の目撃情報を聞いたロキは派閥の団員、女性のみを引き連れ港町メレンに来ていた。

 メレンの海にはダンジョンとつながっていたダンジョンの出入り口が存在するのだ。今は封印されているはずだが、闇派閥(イヴィルス)怪人(クリーチャー)達がバベルを経由しない出入り口を持つ以上、少しの可能性でも調査しておきたい。

 ついでに『息抜き』もしようと、人気のない穴場を知り合いである神としてニョルズを訪ねた。

 確かにそこは人の気配は殆どなかった。そう、殆ど。

 

「んあ? なんで【ロキ・ファミリア】が都市の外にいんだあ?」

 

 見たこともないモンスターみたいな不気味な魚を捌いて鍋に入れたり炭で焼いたりしているヴァハがいた。側にはハフハフと焼き烏賊を食べている猫人(キャットピープル)の美女。

 

「何で人がおんねん!? しかも男ぉ! ここは穴場やったんやろうがニョルズぅ!」

「にゃー、ニョルズ様からミャー達もそう聞かされたにゃ」

「くぅ、ウチ等以外にも教えとったんか! まあ、クロエたんの水着が見れたからええとするか。ちゅーか二人ともそういう関係やったん?」

「にゃ!? ち、違うにゃ! ミャーはただ単に最近ランクアップして調子に乗ってるこのクズをボッコボコにするためにステイタス更新に来ただけにゃ!」

 

 その言葉にクロエを知る何人かは驚く。酒場の店員なのに、ステイタスを持ってるのか。都市から離れたニョルズの眷属と言うことは、昔メレンに住んでいただけ?

 

「ほーん、なあなあ、なら昔となぁんか変わった所あらへん?」

「みゃ? んにゃあ…………ニョルズ様も街も、ミャーが知ってる頃となぁんも変わらないにゃ」

「さよか………」

 

 嘘はない、神の目をしてそう見通す。ヴァハは興味ないのか魚を食ってる。というか何だこの魚。ティオナは話のネタにしたいのか、純粋に興味あるのかヴァハに抱きつきながら魚を覗き込む。

 

「わー、変わった魚だねえ」

「深海魚だ。普通の魚じゃ生きてけねえ深い海の底でモンスターの脅威に晒されぬまま独特な進化を続けた、普通の生物。因みにあそこに浮かべてあるあれもモンスターじゃねえよ、モンスター食ったりするけど」

 

 ヴァハが指差した先には6メドルはある烏賊がプカプカ浮いていた。

 

「素潜りしてたら襲ってきやがったからぶち殺したが。臭くて食えやしねえ。後で乾燥させて粉にして撒き餌にでもするさ」

「これも深海に住んでるの?」

「基本的にゃなあ」

「ふーん………あれ?」

 

 ならなんで素潜り中に襲われたんだろう。この男、素潜りでどんだけ深く潜ったんだ?

 

「まあええわ。十分楽しんだやろ? 男がおるとウチの子が水着になれんのや。さあいったいったー!」

「断る。だったら服着て泳ぐんだなあ」

 

 取り付く島も無く、ヴァハは浅瀬で取れた普通の魚も捌いていく。河豚という毒性の強い魚だ。毒のある肝が美味い。

 毒を気にせず鍋にボトボト入れる。ティオナが美味しそ〜と顔を近づけた。

 

「耐異常持ってるなら食っていいぞお」

「やったー! あたし、持ってるよ!」

「え、ていうか毒なんですかそれ……」

 

 喜ぶティオナと毒を食うヴァハ達に対しレフィーヤはちょっと引いた。

 

 

 

 

「はぁぁ、結局こんだけしか着替えんかった……」

 

 その後、希望者のみ水着に着替える事となった。結果、殆どの団員がこれ幸いと拒否。もともと下界の子達に、あまり受けが良いとは言えないのが神が下界に齎した三種の神器『水着』である。残り2つは様々な議論を重ねる。セーラー服とかナース服とかブレザー、スパッツ、つけ獣耳。

 

「せやけどアリシアが着替えるなんて意外やなあ……」

 

 エルフはやはりというか、肌の露出を嫌う中アリシアが意外にも着替えてきた。

 

「別に、深い意味はありませんわ………」

「どうだー! ドロヘドロX〜!」

「ハハァ」

「すごー!」

 

 ティオナは何やら砂で良くわからない顔らしきものが付いた山のような何かを作っていたがヴァハが砂の城(極東風)を作ったのを見て大はしゃぎしている。女性陣の水着にはこれっぽっちも関心がないようだ。アリシアは何故だかため息を吐きたくなった。

 

「せやけどアイズたんは着替えてくれたんやな〜」

「リ………リヴェリアが、泳ぎの練習って………」

「あ〜………」

 

 ロキは憐れむような顔で、アイズを見た。一体過去に何があったのだろう。

 

「ん? てことはウチが渡したどちゃくそエロい水着を着たリヴェリアが」

「着れるか、あんなもの………」

 

 と、ラッシュパーカーを着たリヴェリアが出て来た。上半身の露出はないが日を知らぬかのような純白の脚線は同性といえど思わず息を呑むものがあった。しかし……

 

「なんでや!? ウチが用意したマイクロ水着はどないした!?」

「捨てた………ヴァハが代わりを持ってきてくれたからな。少し、胸のあたりがキツイが………」

「くぅ、まあこれもこれでエロい。せやけどヴァハ! お前何余計なことしてんねん! リヴェリアの肌に興味ないんか!?」

「ないねえ」

 

 ヴァハはケラケラ笑いながらティオナが止めるのを無視して砂の城を蹴り崩していく。リヴェリアは少しムッとした。

 

 

 

 

 そして、ティオナとティオネが海底のダンジョン出入り口の調査に向かい潜っていった。リヴェリアのスパルタ水泳教室にグロッキーになってたアイズは羨ましそうに見つめる。

 

「別に、泳げなくても困らないもん」

「ベルは速く泳げる奴が好きだがなあ」

 

 ピクリと反応するアイズ。ゆっくり顔を上げ、剣と紐に絡められ苦しんでいる兎の像を作っているヴァハを見る。

 

「………それ、本当?」

「おうよ。田舎の川で競争するたんびに、すごーい、はやーいって先頭の奴に尊敬の目を向けてたなあ」

「…………尊敬………」

「アイズ?」

「リヴェリア、私、もう少し頑張る!」

 

 やる気を出したアイズに、リヴェリアはそうか、と微笑む。アリシアがふと気になることを聞いた。

 

「因みに貴方の故郷に、子供は何人いましたの?」

「俺とベルの二人だけだけど?」

 

 弟が兄を尊敬するのって、泳ぎとか別に関係ないんじゃ、と思っていると不意に一隻の船が湖上に入ってきた。

 しかも食人花が巻き付いている。やはり居たのか、とロキがアイズに撃退の命令を下す前に食人花が撃退された。

 撃退したのは、アマゾネスだ。

 

 

 

 湖から上がってきたティオネはすぐ様船が停泊した港に向かう。周りも、ヴァハも後に続く。

 憎悪に顔を歪めたティオネが、何かを吐き出す前に、雷が迸った。

 

「…………え」

 

 ドォン! と落雷が落ちたような音と共に閃光が駆け巡り、思わず目を覆う。目を開けるとヴァハの拳を一人のアマゾネスが受け止めていた。

 砂色の髪をしたアマゾネスはにぃ、と笑みを浮かべる。

 

「良い目だ………お前、こちら側だ」

「はじめまして。死ね」

 

 突如始まる拳の押収。桟橋があっという間にボロボロになる。レベルは、ヴァハはまだLv.3のままだ。それでもステイタスはほぼカンスト。

 それでも相手はLv.6はある。だと言うのに、戦況は互角。殴ったそばからヴァハの傷が癒えるからだ。

 

「え、ちょっ………ここ、ティオネ達の因縁っぽいのが始まる流れやないん!? 何で争っとんねん!?」

 

 ロキ達が困惑する中、向こうの主神は楽しそうに笑っていた。

 

「ハハ! いいな、お前! なかなか壊れない!」

「んっん〜。お前こそ速くて重くて硬いなあ………」

 

 距離を取り、ベロリと己の拳や爪についた相手の血を舐めとるアマゾネスとヴァハ。ヴァハはバチリと雷を迸らせ、右腕に纏う。アマゾネスも楽しそうに笑い、構える。

 

「「────!!」」

 

 二人がいた場所が砕け飛ぶ。それほどの踏み込み。放たれるは必殺の一撃。互いの喉と心臓をそれぞれえぐらんと放たれる抜き手………だが………

 

「そこまでです」

 

 静で、綺麗な、川のせせらぎを思わせる声が聞こえる。ふたりの間に割って入り、二人の手首をあっさりと捉える。

 

「っ! た、タギー……」

「いけませんよアルガナ。見ず知らずの殿方と殺し合いなどと───あら?」

「───」

 

 アルガナと呼んだ女に視線を向ける黒髪のアマゾネス。ヴァハはそんなアマゾネスに対して抜き手を放つ。

 首を傾げ躱したアマゾネスだったが、頬が僅かに割かれ髪が数本落ちる。

 

「まあ………情熱的。ですが、まずは頭を冷やしてくださいな………ポイ」

 

 と、片腕を動かしヴァハを投げる。ぶん投げられたヴァハはガレオン船を有に超える特大の水柱を上げ海に叩きつけられた。




タギー
オリキャラ。
特徴、超強い。ククク、奴はオリキャラの中でも最強


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特別編

アストレア・レコード、最高でしたね。
アルフィア綺麗だった。ザルドとエレボスは格好良かった。


 その少年は生まれてきた弟を母に唆されるまま抱き上げる。小さな体だ。母譲りの白い髪と父譲りの赤い瞳。

 自分とは似ても似つかぬ瞳と髪の色。

 

「可愛いでしょ? 今日から貴方もお兄ちゃんよ」

「ふーん」

 

 赤子と同じく白い雪のようなから髪色の美しい女は儚げに微笑む。ベッドから起き上がれる事など1年の内に数えられる程しかないくせに良くもまあ二人目を生んだものだ。

 よほど愛した男との子が欲しかったのだろう。

 

「よしヴァハ、お前はベルを持て。私はメーテリアを抱える。ちょうど夕焼けがきれいだ、行こう!」

「産後の病弱女を外に連れ出すんじゃねえよおっさん」

「私のことはお父さんと呼びなさい。ダディでも可だけどネ!」

 

 いちいち大袈裟な、道化のように振る舞う赤い瞳の男にヴァハと呼ばれた少年は面倒臭そうな顔を向け、腕の中の赤子を渡す。

 

「外で遊んでくる」

「おう。また獣やモンスター狩りか? 危なくなったら叫ぶと良い。私がスグに飛んでいこう! まあヴァハが助けを求めるような状況で私に出来ることなんて君を抱えて全力で逃げるぐらいだけど。しっかーし! 団長やザルドも呆れ返させ、超怖い義姉からも逃げ延びた私の逃げ足(あし)は子供一人抱えても健在だとも!」

 

 ハハハと笑う男を胡散臭げに見つめたあと、どうでも良くなってきたのでその部屋から去るヴァハ。母も父も冷たい息子の態度に少し落ち込んだ。

 

 

 

 

 

 少年にとって父と呼べる男は、取り敢えずウザいの一言にすぎる。村人達はいちいち仰々しいふるまいを行う彼を見て笑みを浮かべる。

 彼が息子自慢をすれば、可愛い可愛いと褒め、自分達も幸せそうな顔をする。それが少年には何一つ理解出来ない。

 別段美醜の感覚に狂いがある訳ではないと、思う。

 黄金色の稲と夕日の景色を見れば、それが綺麗だという事は知っている。

 (ベル)が笑う姿が、可愛らしいのだと解る。

 ()()()()()()()()

 

──不愉快だ。お前のような者が、あの子の腹から生まれたなどと。与えられた優しさを知りながら理解できず、返す事もできぬ欠落品め。貴様の息遣い、鼓動、足音、その全ての雑音が癪に障る。

 

 愛する妹が可愛がる息子を、愛する妹の前でも不快感を隠しきれずに貶んだ、嫌悪した伯母をふと思い出す。

 思えばあれが始まりだったのかもしれない。肌を刺すような殺気に、初めて死を知覚した。死にたくないと思った。生きていたいと思えた。灰色の世界が色付いた。

 それから少年は命の危機を求めた。あの時の感覚を求め獣を、モンスターを、時には人を殺しに行き、殺されに行く。

 楽しかった。楽しかった。失えば終わりのその行為の先にこそ、終わらぬ明日にこそ価値を見出した。

 己の髪と、父から受け継いだ鮮やかな血の赤(かみ)と受け継ぐことはなかったが母の血の気の引いた白(かみ)が少年の好む色。

 人やモンスターの悲鳴と怒号、恐怖の叫びと怨恨の咆哮は母が窓辺から耳を済ませる川のせせらぎや鳥の鳴き声なんぞより遥かに心地良い音色だった。

 鼻をつく血の匂いは父と呼べる男が母に持ってくる野花よりよほど芳しい。いや、ていうかあの男たまに臭いの持って帰ってくるからなあ。母はそれでも喜ぶが……

 まあ、そんな少年だから当然村人達は畏怖する。一応は自分達の平和を守ってくれているのだろうが、2桁にも及ばぬ子が、自分達では到底手が出せぬそれらを殺すのだ。その力が己達に向けられる事を恐れる。

 

「またボッチしてる」

 

 家の壁によりかかり未だ赤子のベルに腰の引けた剣技を披露する滑稽な道化師(ちちおや)を眺めていると上の方から声がする。顔を上げれば純白の輝きが見える。

 陽光に照らされ僅かに光を反射した母だ。

 

「たまにはお父さん達と遊んできたら?」

「何をして?」

「うーん。お兄ちゃんは強いんだぞぉって、お父さんをボコボコにしちゃうとか?」

「あいつと戦ったところで面白いことも何もねえよ」

 

 向こうは殺す気もにもならないだろうし、仮になったとしても、楽しむ暇もなく終わる。

 

「生意気な子に育っちゃったなあ。は、まさか反抗期!? 反抗期なのね? お母さんどうすれば……」

 

 夫に影響されたのかヨヨヨ、と泣き真似をする母に少年は胡散臭げな瞳を向ける。コホン、とわざとらしく咳をした母はしかしむせたのかゲホゲホ咳き込む。寝てれば良いものを何をしているのかこの馬鹿は。

 

「むぅ、お母さんなのに馬鹿にされている気がします」

「安心しろ。気のせいじゃねぇ。俺はお前らを馬鹿にしてるぜぇ」

「お母さんはともかくお父さんを馬鹿にするのはやめなさい。あの人は、本当はすっごく強いんだから」

「はぁん?」

 

 あの逃げ足だけが取り柄の男が強い?

 恋は盲目というがこの女の場合頭が残念なのもあるのかもしれない。

 

「だってあの人は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「────」

「本当に皆が危ない時は、絶対に逃げない。逃げられる筈の足は、置いてかれた人と一緒に逃げる為に、危険に向かって走る。一緒に逃げて、危険を増やしただけと怒られて、救えて良かったと笑う………貴方のお父さんのように、強いから挑めるんじゃくて、弱くても挑める人なの」

「それが何故尊く思えるのか、俺にはてんで理解できないねぇ」

 

 目を細め夫を見つめる母にヴァハはそう切り捨てた。母もその返答は予想していたのか何も言わない。

 どこか悲しそうに微笑むだけだった。

 

 

 

 

 父と呼べる男が死んだ。弱いくせに、逃げ足だけは誰よりもあったくせに、守るために残り、戦い死んだ。なんとも愚かで無様な最期か。

 父親の死も理解できぬ弟は村の雰囲気を肌で感じ時折泣き出す。泣かぬ自分を村人達は敵のように睨む。

 父の死と同時期に、母も日に日に弱っていく。

 

「ごめんなさい………二人を残していくことになって」

「残されるのは一人だ。俺は、別段悲しくもない。残されたと感じるなんて、あんたの勝手な思い込みだ」

 

 薄情を通り越して無情とも言える息子の言葉に、しかし母は笑い、おいで、と手招きする。もはや上体すら持ち上げられず、震える手を上げるだけで息が乱れる死にかけの女を、人は哀れと思うのだろうかと他人事ように考えていると、ベルの柔らかな髪を撫でていた手がヴァハの頬に添えられる。

 

「大好きよ、二人とも。愛していたわ」

「俺はあんたを、いいや、あんた等を愛していない」

「いいえ、貴方は、私達を愛していたわ」

「………?」

「だって貴方は、自身の喜びを見つけながらも、()()()()()()()()()()。貴方を愛する私達の為に、残ってくれた」

 

 確かに、殺し合いを好む彼が本来向かうべき場所があるとするならそれはオラリオを措いて他にないだろう。モンスターと人のみならず、人と人とが殺し合いを行う暗黒期とやら。なるほど誂向きの場所だろう。

 胡散臭い、少年が生まれる原因となった旅の神を名乗る不審者から念を押されているが無視して向かう事だってできた。理由があるとすればそれは、家族がここに居るから、母はそう考えたのだろう。そう考えたかっただけだろうと、息子は切り捨てる。

 

「向かう方法がないだけだ。ここからあそこに向かう馬車なんてないし、あのクソ神はついてこないよう細心の注意を払う」

「本当に……?」

「本当だよ」

 

 もし向かう方法があったのなら、きっと向かったろう。血生臭いこの世の地獄に足を踏み入れた事だろう。

 

「そう……でも、残っていてくれて、嬉しかったわ。ありがとう。ベルを、守ってあげてね」

 

 頬に添えられていた手が頭を撫でる。力の入らぬその手は、やがて糸が切れたように滑り落ち寝台の縁から垂れ下がる。

 

「………ふぇ…………うわああああああああ」

「とと、泣くなベル。近所迷惑になる」

 

 母の死を感じ取ったのか泣き出したベルをあやしながら、近所への報告と、数日後に引き取りに来るらしい父方の祖父とやらの家に向かう為に引っ越しの準備など、やる事が多い。その間弟の面倒まで………。気が滅入る。

 

「……………………」

 

 腕の中で泣く弟。未だ道理を理解出来ぬ赤子ですら、喪失感に涙を流す。ヴァハの頬を濡らすものは、何一つ無い。

 母の躯を見晴らしのいい、山の開けた場所に埋めてやる。村が見渡せる、母の体調が良い日に父と呼べる男が良く連れてきていた場所だ。ベルが生まれてからは来たことがなかった。

 半分以下しか埋まっていない父の墓と同じ場所だ。

 誰からも愛される人だった母の死に、父の時以上の嗚咽が村を包む。やはり泣けぬ少年に向けれる忌々しげな瞳。中には弟を取り上げようとする者達もいたが一言断るだけで怯えたように逃げていく。

 数日後、祖父を名乗る老人が現れた。なかなかの好々爺であるその老人は村娘の尻を撫でようとしてひっぱたかられたらしい赤く染まった頬を吊り上げニヤリと笑う。

 

「儂がお主等のおじいちゃんじゃ! よろしくの!」

 

 取り敢えず、父と呼べる男によく似た性格だというのは理解できた。懐かしいと思えた。思えたが、欠落している少年はそれに何も感じない。

 ベルは懐いたようだが、これならもう出ていってしまおうか?

 

──貴方を愛する私達の為に、残ってくれた

 

 不意に死の間際の母の言葉が蘇る。

 己には愛があるらしい。故に家族のもとに居続けたのだと。それが真実ならば、それを感じ取れることが出来たのなら、殺し合いを行わずとも、満たされるだろうか?

 

 

 

 

 目を覚ます。朝の光が部屋を純白に染める。

 潮風の臭いが鼻につく。

 

「………朝か、懐かしい夢だ」

「夢を、見ていたのですか? どのような?」

 

 甘い匂いを漂わせる女がヴァハの呟きに反応する。

 一糸まとわぬ裸体を隠すようにシーツを体の前半分にかける女に目を向けたヴァハは、しかしすぐに視線をそらした。気恥ずかしさではなく、見つめていても面白くもないから。

 

「母の夢だ」

「そう、どのような母親だったんですか?」

「さてな。俺の顔を見て当ててみろ」

「…………わかりません」

 

 女は薄く目を開き、残念そうにそう言った。(母を愛していた)なら、幸せそうな雰囲気でも出していたろう。(母を嫌っていた)なら不快そうな気配でも出していたろう。生憎と、そのどちらも感じさせなかった。

 

 

 

 

 自分達の両親はどんな存在かと尋ねられたのは、弟が生まれた4年後。なんと答えたか、もう覚えていない。

 結局、その4年一番己を満たしたのは祖父の村の近くの精霊との殺し合い。答えは得られない。ならば、とどまる理由はとうに失せた。というか、2年目ぐらいで失せていたので旅に出ていたりした。

 旅の神とともにだったり、彼がオラリオに帰る間に一人で帰ったり。様々な出会いがあったし殺し合いもした。

 知人が増えることより己の手により故人が増えることの方が印象深い。旅の神より伯母が死んだと聞かされた。殺してみたかった。母によく似た、灰色の女なら或いは殺せば何かを得られたもしれないが過ぎたことだ。もとより、己の母に関する心情に、正も負(答え)などないのかもしれぬが。



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殺戮の女神と美神

 【ロキ・ファミリア】の目的は、ダンジョンの出入り口の有無の確認。少なくとも海底洞窟は閉ざされていたが食人花が出たと言うことは何らかの形で怪人(クリーチャー)の計画が関わっていると見ていいだろう。

 その調査をする為に、聞き込みをすることにした。

 

 

「うにゃ〜、面倒くさい事やってくれるにゃ」

 

 クロエは爪を噛み苦々しげに呟く。彼女はニョルズが行っている取引を知っている。その相手がろくでもない事を経験から感じ取っている。

 そんな連中とつるんだニョルズ。最悪、邪神認定されるかもしれない。ニョルズにはクロエの方から動くなと言っておいたし、彼の行いの証拠となるものはクロエが処理した。

 問題はじつは繋がっているらしいギルドとボルグの方は別だ。下手な接触は勘付かれるし、ギルドのルバートとか言う男はプライドが高く己の行為に無駄はないとか思ってそうなので下手に干渉したら騒がれる。

 

「ん〜、悪巧みは一人でするもんじゃないにゃ〜。世界一あくどい男にも、手伝ってもらうにゃ」

 

 

 

 

「ヴァハ・クラネルを訪ねるのですか?」

「ああ。彼奴は、何かと勘が良く働く。何かに気づいている可能性があるからな」

 

 リヴェリアの言葉にアリシアは確かに、と頷く。ダンジョンの異常事態(イレギュラー)を察知したりこちらの心境を見抜いて挑発してきたりと、性格はともかく鋭い観察眼を持っているのはのは確かだ。

 

「確か、ここだな」

「んにゃ?」

「む?」

「……あ」

 

 ヴァハが泊まる部屋を目指し、廊下の向こうから歩いてきた人影をてっきり宿に泊まった別の客かと思えば同じ扉の前で止まった。

 黒髪の猫人(キャットピープル)。確か、ヴァハと共にメレンに来たクロエという女性。ともに来たということは、仲がいいのだろうか?

 そのまま3人固まっていると、気配に気付いたのか扉が開く。

 

「おはようございます。いえ、もうこんにちはです?」

 

 少したどたどしい共通語(コイネー)で挨拶してきたのは黒髪褐色肌の美女。ニコリと微笑むその顔は何処か安心感を覚えてしまう、柔らかな笑み。目は伏せられているが弧を描くその形は親しさを感じさせる。

 

「ヴァハに用事ですか? 少々お待ちを」

 

 そう言って部屋の中に戻った女は、ベッドで眠るヴァハを起こす。ヴァハはふぁ、と欠伸しながら起き上がった。

 

「ああ、お前らか。どーしたこんな時間に………いや、俺が寝すぎただけかぁ?」

「フフ。では、私はこれで。素敵な夜でした………あなたのお母様の話、また今度聞かせてください。あなたの事を知りたいの」

「恋してるような顔をするなよ、んな感情(もん)ねえだろお?」

 

 アマゾネスの女、タギーは頬を染め、何処か気品すら感じさせる柔らかな笑みを浮かべヴァハの頬にキスをすると去っていった。

 

「……………何してたにゃ?」

「抱いた」

「き、昨日あったばかりの女性を誘ったのですか!?」

「誘われた。俺はモテるからなぁ」

「断らなかったのか?」

「別段断る理由もなかったしなあ。んで、何かようか?」

 

 

 

 

 

 

 何とか自分を落ち着けた3人とヴァハは、朝飯を取りながら会話をする。彼女たちにとっては昼飯だが。

 クロエはヴァハが余計な事を言わないかじっと観察していた。

 

「この街で怪しいところ、ねえ。んなもん俺が知るかよ。地下水路は?」

「そこはもう調べたが、少なくとも鉄柵は無事だった。食人花は陸路で湖に放たれたと見ていいだろう」

「あのサイズだ、ギルドか街の支配者であるボルグのおっさん、或いはニョルズんとこが関わってんだろ。つっても、眷属達(ガキ共)を危険に晒すようなことに加担するとは思えねえが」

 

 逆に言えば、眷属達の安全の為なら間違いなく何かをする。そう付け足すヴァハの足をクロエが蹴る。余計なことは言うなという意味だ。

 

「食人花を放つなど、危険を増やすだけでは?」

「なら違うんじゃねーの」

 

 ヴァハは今回の件に特に興味はなさそうだ。が、やはり何かに気づいているのか不意に笑う。

 

「もう少し、街の匂いを嗅いでみろ。潮風の匂いだけじゃなくて、醜さ隠そうと必死に化粧する女特有の化粧臭い加齢臭と麝香の匂いがするぜ?」

「麝香?」

 

 香料の匂い? こんな街で?

 いや、まて。アマゾネスに、麝香? まさかあのファミリアが? しかし、何故?

 闘国(テルスキュラ)は戦士の国で、強さというのはしかし国内で自己完結しているはず。そんな彼女達が国を出た理由は……明らかにこちらを下に見ていた彼女達でも認める強者。この世界において、風聞よりもなお解りやすい強さの目安はLv………Lv.6を率いる彼女達が認める強者は……………。

 

「【フレイヤ・ファミリア】………まさか、神イシュタル?」

「フレイヤが内面真っ黒なクソガキだとするとイシュタルは内面外面腐って必死に化粧で誤魔化すクソババアだ。ババアは年下に嫉妬するからなあ」

 

 イシュタル神はフレイヤ神より古い神だ。権能も多く、神格だって高い筈だ。なのに周りが崇めるのはフレイヤばかり。所詮この世は若さが全て。

 

「俺はそういうの大好きだがなあ。争いの火種を生んでくれる女は、ああ、好きだとも」

「誰彼構わず抱くくせに女に好みとかあんのにゃ?」

「少なくともこういう女なら良いと考えたことはあるなあ。向こうは俺の事死ぬほど嫌ってたから、毎日殺し合いが出来る最高の女が」

 

 

 

 

 

 【カーリー・ファミリア】が拠点としている薄暗い地下にて、カーリーは果実を食いながら待ち人を待つ。少し退屈なのか、タギーに目を向けた。

 

「何やら男を知った顔をしておるの」

「はい。素敵な夜を、味わわせていただきました………」

「昨日の戦士か?」

「ええ。だからアルガナ、彼に手を出さないで? あなたって、とっても可愛いからあの人も好きになってしまうかも」

「お前が狙う者に手を出す者などいるものか」

 

 アルガナはチッと舌打ちをした。こいつに狙われたという事は、あの男ももう終わりだろう。全く何時から目をつけていたのやら。

 と、一つしかない扉が開かれた。

 

「──集まっているようだな」

 

 現れたのは美しい女神。戦うことしか知らない闘国(テルスキュラ)のアマゾネス達も見惚れるほどの、『傾国の美女』すら霞む美神。

 殆どの者が魂を抜かれたように呆け、バーチェが眉間にしわを刻み耐えアルガナは興味深そうに見つめタギーはそもそも目を開けてすらいない。

 目に映らぬとも、その存在だけで下界の住民を魅了するはずの美神の登場に全くと言っていいほど心が動かされていない。

 美神、イシュタルはそんなタギーを忌々しげに一睨みした。イシュタル………そう、ヴァハの予想はあたっていた。

 イシュタルはフレイヤを地に落とし、泥を塗り、屈辱を与え天界に送り返すために戦力を求めた。

 カーリーは世界に名を轟かせる【フレイヤ・ファミリア】との闘争を求めた。

 打ち合わせもある程度終わり、ふとカーリーが金とは違う報酬を、先に頂きたいと言い出した。

 

「………言ってみろ」

「【ロキ・ファミリア】と戦いたい」

「ふざけるなっ。フレイヤの眷属共も馬鹿げているが、あそこの連中も大概だ。フレイヤと一戦構える前に大事になるに決まっている」

 

 カーリーの言葉に馬鹿な事を、と柳眉を吊り上げるイシュタルに対し、カーリーはカラカラと笑う。厳密にはアマゾネスの姉妹、ヒリュテ姉妹とアルガナ達を戦わせたいので露払をしたいとのことだ。だとしても同じだと断ろうとしたイシュタルだったが………

 

「ゲゲゲゲゲッ。やらせなよぉ、イシュタル様ぁ」

 

 そう言ったのはこの場にいる美女達と同じアマゾネスとは思えぬ巨女。縦にも横にも伸びた体型で、おかっぱに切り揃えられた髪。

 まるでヒキガエルのようなその風体によく合う嗄れた声で笑ったのはフリュネというLv.5のアマゾネス。

 本来フレイヤが狙いではあるが、【ロキ・ファミリア】と因縁があるのなら、いっそそれが訪れた理由だと誤認させれば襲撃もしやすくなると。

 イシュタルは暫く考え、了承した。と………

 

「それなら、あと一つ」

「…………なんだ」

 

 神と神の契約に割って入ったのはタギー。

 

「ヴァハ・クラネルは私にください。彼は、私が殺すので」

「……………ヴァハを?」

 

 その言葉に反応したのは、【イシュタル・ファミリア】のアマゾネス。ユノだ。

 

「駄目よ、そんなの駄目だわ。あの人を殺すなんて許されない。守らなきゃ、私が。ああ、でもどうすれば? 貴方を殺せば守れるかしら? それとも、ヴァハが戦えないようにする? ええ、そうね。それが良いわ。だってあの人は戦うのが好きだもの。戦えなくすればそれで…………」

 

 ゴッ! とユノが殴られ吹き飛ばされる。壁に激突し瓦礫に埋まるユノにタギーは一瞥することなくイシュタルに向き直る。

 

「許可はいただけるでしょうか…………っ?」

 

 再び問い、ユノを殴った腕に違和感を覚える。

 

「だ、め………」

 

 腕に絡みついた真っ赤な赤子。腕を振るい壁に向かって投げるとビチャッ! と水風船でも破裂したかのように弾ける。

 ツー、としたたり落ち床に広がる血は、明らかに質量を無視して広がり泡立つ。

 

「ぱぱ、いじめる………だめ」「ゆるさない」「だめ」

「ころすの」「ゆるさ」「だめ」「ぱぱ」「いじめる?」「ころさなきゃ」「ぱぱ」「だめ」「だめ」「いじめないで」

 

 ゴボゴボと泡立ち無数の赤子が現れ窪んだ眼窩がタギーを見つめる。タギーはふむ、とその光景を見つめる。

 

「良いでしょう。今回は譲ります………どうせ()があるでしょうから、私はその時に」




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メレンの騒動

 ヴァハは街の新鮮な魚を魔法で焼き魚にしながらブラブラ歩いていると、不意に足を止める。人が人を殴る音。路地裏からした。

 血と人の脂と女の匂い。向かってみれば、数人の男女が倒れておりエルフの少女がアマゾネスに担がれていた。随分とぐったりしている。完全に気絶しているようだ。

 

「ん? おお、お主か」

「カーリー……なんだあ? 戦争でもおっぱじめようってか?」

 

 エルフの少女はレフィーヤだった。【ロキ・ファミリア】の団員に手を出すなど迷宮都市(オラリオ)でやるのは【フレイヤ・ファミリア】ぐらいだろう暴挙を行うアマゾネス達にヴァハは何処か楽しそうに笑う。

 

「いやいや、我等が用があるのはヒリュテのみよ。まあ、邪魔されぬように足止めは頼むがな」

「ああ、イシュタルのババアに押し付けんのか」

「なんじゃ知っておったのか」

「香水くせえ、加齢臭隠したいなら別の使えと伝えとけ………」

 

 ヴァハはそう言いながら額から血を流す【ロキ・ファミリア】の団員達に近付くと血を操り鎖を作り巻き付ける。

 

「止めぬのか?」

「どうしてぇ?」

「………ふ。くく、失言であったな………我が子が世話になった。男を一生知れぬかと思っておったからな、孕んでいたら貴様の子は我等が責任を持って育てよう」

「頼むなぁ……」

 

 アマゾネス達にとって、ヴァハも【ロキ・ファミリア】も同じ所属の存在、そうでなくとも共にある仲間のようなものだと思っていた。だがヴァハはそんな仲間が傷つけられ、攫われそうとしてる状況で楽しそうに笑う。

 理解出来ない。弱い仲間を嘲るなら、アマゾネス達とて理解したろう。だが、嘲るでもなく、ただの日常の1ページ、道端に転がっていたきれいな石の話でもするかの様に主神と会話しているヴァハに、思わず後退る。

 ヴァハ・クラネルは強者だ。アルガナとの戦いを見れば誰でも理解する。アマゾネスにとって、魅力的な雄。

 何なら、彼が現れた時点で攫おうなどと考えていた者もいた。だが、最早それを考える事はできない。

 ただただ、恐ろしい。アマゾネス達はヴァハが去ったあとも、カーリーが声をかけるまで誰一人として、Lv.6のバーチェまでもが動く事が出来なかった。

 

 

 

 

 

「アマゾネスに襲われていた、か………クソ、やってくれるやんあのクソチビ」

 

 大事な眷属(こども)を傷つけられ怒り心頭なロキは、それでもなんとか平静を保とうと息を吐きヴァハに見つけてくれて助かった、と礼を言う。

 

「すまんな、今夜は、騒がしくなる………夜は、出歩かんほうがええ」

「やだねえ、俺も参加するぜえ?」

「…………さよか。なら、頼むわ」

 

 ロキは、彼が単なる私情で、こちらの団員を一切気遣わず参戦すると言っているのを察する。誰かの為に戦うとか、そういうキャラではない。

 とはいえ使えるものは全部使う。

 

 

 

 

 ユノに姓はない。そういった概念のない集落で育った。集落全体が、一つの家族なのだ。

 闘国(テルスキュラ)とはまた違ったアマゾネスのみの集落。森の奥深くに存在し、森を出て近くの村を襲い、戦いに挑んできた者を勇気あるものとして捕らえ種馬にする。そんな一団。家族を取り戻そうと森に足を踏み入れれば最後、女は殺され男は男としての機能を果たせさえすれば良いと言わんばかりの状態にさせられる。

 そんな集落のルール。逃げる肉など食うな、弱くなる。戦う肉だけ食え、強くなる。そんなルール。

 要するに強いやつを食えばその分強くなり、生まれる子も強くなると言う、そんな考え。

 ユノは落ちこぼれだった。同世代が熊や狼を狩る中、蛇や牝鹿などが精々。それも大怪我をして。

 弱い奴しか食わぬから、弱いままなのだと蔑まれる毎日。

 そんなある日、ユノは一人の男に恋をした。

 父を取り返しに来た息子。幼く、弱く、ユノでも倒せるほどの弱さ。涙を流し蹲る。自分に重なり、逃してやった。他の誰かに知られたら種にする価値もない。それでも何度も何度も向かってきた。弱いのに、向かってきた。何時しかユノより強くなって、アマゾネスを憎んでいるはずなのにユノを殺さず森の奥へと向かっていった。

 そして、ユノ以外のアマゾネスに見つかり殺された。

 彼はユノより強かった。ユノは彼を愛していた。獣に食わせてやるなど、ごめんだった。だから、()()()

 だって、強い彼を食べれば、自分も強くなれるはず。子も強くなるのなら、きっと産まれる子供は彼の力を継いでいる。なら、彼の子と言っても良いはずだ。

 だけど、それじゃあ足りない。私の彼の子は、きっと強くなれない。もっと強い子を産みたい。そう思ったユノはその日から、文字通り命がけで戦うようになった。

 狼や熊、大きな牡鹿、虎も狩り、食い尽くす。

 仲間達はそんなユノを見直した。ユノに話しかけるようになり………ユノは向こうから近づいてきてくれる強い仲間達を殺して食べた。

 そして、集落から人が何時の間にか消えるとユノは旅に出た。より強い存在を食べる為に。食べて強い子を生むために。

 殺して殺して殺して食べて食べて食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて殺して食べて

 

 

 

 

 

「…………あぁれぇ? わたしぃ、なんで強い子を産みたかったんだっけぇ?」

 

 潮風が吹く夜の港町(メレン)。建物の屋上で、ユノは愛する男を探しながら不意に自分が強い子供を産みたがる理由を思い出そうとして、思い出せない事に首を傾げる。

 まあ、どうでもいい事だ。ユノは艶めかしい仕草で己の腹に刻まれた傷跡を撫でる。まるで陰部に触れたかのように全身にゾクゾクとした快楽が走り、頬が紅潮する。

 彼との出会いは、今でも覚えている。見向きもせずに斬られ、しかしすぐにこちらを見てくれた。恐怖の視線を向けてきた彼等と違い、真っ直ぐこちらを見てくれたあの瞳に、心を奪われた。

 彼の子を産みたい。彼の血筋を孕みたい。アマゾネスの本能が、歪んだ悪意とも違う欲望となりユノの体を震わせる。

 ところで彼等とは誰の事だったか? まあ、思い出せないならどうでもいい事だろう。

 食人花達の咆哮が響く。破壊の音が各所で鳴る。合図だ。もう、我慢は不要。

 

「ああ、ああ、ヴァハ! 殺し合いましょう! お互いの血と肉が一つになるまで、まぐわいましょう! そして最後に、貴方を食べさせて?」

 

 そしたらきっと、強い貴方の子を産めるから。

 屋根を踏み砕かんばかりの勢いで蹴り、砲弾の如き速度でヴァハに向かうユノ。

 曲線を描く二本の剣がヴァハの持つ赤い剣とぶつかり合った。

 

「【我を殺すは我を愛せし英雄。嘆くなアキレスこの身は汝の子を孕む】」

「────!」

 

 ユノがヴァハに迫り、攻撃を弾かれた数瞬。二人は互いに互いを傷つけあい両者から血が流れる。

 

「【我は戦士の王】──【イーリオス・アマゾーン】」

 

 両者の血が泡立つ。無数の赤子の姿を取る。ヴァハは、群がる赤子を切り捨てながら、笑った。女の傷から流れる血が、あまりに美味そうな匂いを放っていたから。

 

 

 

 

『ユノ Lv.4

所属【イシュタル・ファミリア】

力:I85

耐久:H124

器用:I96

敏捷:H108

魔力:H145

狩人H

耐異常G

魔法

【イーリオス・アマゾーン】

呪詛(カース)

・『愛する者』と己の血を媒介に子を産み出す

・記憶の消費

スキル

弱肉共食(ジャイアントイート)

・『愛する者』との相対時ステイタス高域補正

・愛の強さにより効果向上

吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)

・吸血による対象の魔力回復、治癒力超向上

・最終吸血時に全てを対象に捧げる  』




空白には文字が隠してあります。ユノは覚えてないけど

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血の赤子

 吐き気を催すほどの血の匂いが充満する。

 魚の血ではない。人の血。いや、人の血といってもいいのだろうか。

 

「ハハァ………ギャハハハハハ!」

「「「オギャアアアアアアア!!」」」

 

 刃の付いた血の紐を振るい、赤子を切り裂き、爆ぜさせる。飛び散った赤子の肉片………否、赤子を形成していた血液はボコボコと泡立ち無数の赤子へと姿を変える。中途半端に壊されるとそこから頭が生えてきたりと異形も増えてきた。

 そして、そんな悪夢のような群の中でヴァハとユノは互いの得物をぶつけ合う。

 

「パ、パァ………あそ、ぼぅ……」

 

 と、数体の赤子がヴァハの足にしがみつき、もはや地面一帯に広がった赤子達がほんの一瞬動きを止めたヴァハの足に殺到する。

 無数の血の杭を生やし貫くヴァハ。赤子の手が力無く離れ………口が動く。

 

「【血、にぃ………く、るぇ】」

「────!」

 

 赤子が崩れ、無数の刃になりヴァハの足を貫く。それこそ雲丹のように無数に、不規則に生えた血の刃は足元の赤子達も巻き添えにし、そこから泡立ち増えた赤子達がヴァハの足を覆い、体にまで登ってくる。

 

「「「【ちち血は、ほのぉ】」」」

 

 その赤子達が燃え上がりヴァハが炎に包まれる。ユノは炎に視界を奪われたヴァハに向かって剣を振るう。

 炎が酸素を食らう音により音による把握は出来ず、空気の流れも読めない。しかしそこはヴァハ、刃が接触した瞬間に身体をそらし致命傷を避けると血の鎖を生み出し建物の上に向かって飛ぶ。釣りのように無数に赤子がついてくるが雷に貫かれる。

 

「あ、び………びぇああああああ!!」

「ハハァ。なるほどなぁ………『俺の子』だ」

 

 泣き出しながら雷を纏う赤子を見て嗤うヴァハ。と、持っていた血の鎖がゴボリと泡立ち無数の小さな赤子になりボトボトと屋根の上に落ち地面へと転がっていく。

 

「地上で雷の精霊の真似事かよぉ………殺されても文句言えねぇぞぉ」

 

 兄弟達を足場に登ってこようとする赤子達に天から無数の雷が降り注ぐ。電熱で蒸発していく赤子達の絶叫が重なり悍しい泣き声を港町(メレン)中に響かせる。

 

「と!?」

 

 そんな赤子を見てゲラゲラ笑うヴァハだったが屋根を砕き巨大な赤子の手が現れる。よくよく見れば赤子達がくっつきあって形成されているようで腕に空いた無数の眼窩がヴァハを見据える。

 雷雲の無いこの天候で落とした雷では焼き滅ぼせないな、と判断し傷口から血を放ち炎で焼こうとする。と───

 

「あ、あぁ……」

「あそ、ぼ」

「パパ……」

 

 傷口から流れる血が泡立ち、赤子の姿を取る。次の瞬間には無数の刃を生やしヴァハの腕の、右目を穿いた。

 

「あぎゃあああ!!」

「びええええ!」

 

 赤子の波が動きの止まったヴァハを飲み込んだ瞬間、何処からともなく飛んできた黄金の魔剣に何体か貫かれ、赤子の渦に飲み込まれると内側から発生した雷が赤子を焼いていく。

 

「ああああああ!」

 

 と、再び寄せ集まり巨大化した赤子。いや、巨大化とも言えない。まるで津波だ。建物を超えたヴァハだったが建物がズン! と揺れ窓ガラスが割れる。

 

「なっ!? ヴァ、ヴァハ!?」

「ん? おお、リヴェリア………とアマゾネス?」

「「「────!!」」」

 

 リヴェリアを囲むように武器を持ったアマゾネス達。恐らくティオネ達との戦いを邪魔させぬための足止めだろう。と、建物を貫き指の短い赤子の手が飛び出す。手を覆う無数の頭が笑い、ボトボトと落ちてくる。

 

「!?」

「【血に狂え】」

「がっ!?」

 

 と、ヴァハはアマゾネスの一人の首を掴み持ち上げると詠唱し、魔力の練度を高め魔法を発動する。アマゾネスの体内の血液に浸透した魔力はアマゾネスの生死を無視してアマゾネスの体ごと赤子の群れを貫く無数の杭となって伸びる。

 

「ハハァ、なるほど。あくまで『俺』と『お前』の『子』かぁ」

 

 アマゾネスの血には変化はない。そうなった場合、彼女の求める子ではなくなるからだろう。なら話は早い。

 

「イ、イ・ヴィルー───!」

「【血に狂え】」

 

 何かを言っていたアマゾネス達など無視して、ヴァハが再び詠唱を唱えた瞬間ヴァハに捕まっていたアマゾネスが弾け無数の血の杭を四方に飛び散らせる。

 それらはアマゾネス達を貫いた。ヴァハの魔力を含んだ血液が、彼女達の血液に触れる。

 

「待て、ヴァハ!」

「ヒャハハハ!」

 

 リヴェリアの制止も遅く、アマゾネス達の身体を突き破り血が吹き出す。より集まり巨大な怪物の姿となった血の塊が赤子の塊とぶつかり合う。

 それでも質量は向こうが上。ヴァハはリヴェリアを抱え建物の上に逃げる。

 ドバン! と赤子の津波が地面を赤く染め、無数の眼孔や腕を上に向けると同時に無数の杭に穿かれた。杭はそのまま形を変え赤子の群れを引き裂いていく。赤子の絶叫が響き渡る。

 

「お前、何故………殺す必要は」

「お前だって、殺したろぉ? 仲間を殺されてりゃ、あいつ等の命で償わせたろぉ?」

 

 潔癖で高潔なエルフの本能か、敵対していると解りつつもアマゾネスを虐殺したヴァハを睨んでしまうリヴェリアに、ヴァハは気にした風もなく笑う。

 

「聖人ぶって、高潔ぶって………どいつもこいつも、理解できねえなぁ。そいつの行動で、所属で、生き方で、殺そうとしたり生かそうとしたり………本当は他人の命なんて平等で、興味ないくせに自分の中で差を作りやがって………」

 

 仲間がもし裏切れば、その時点で殺す対象になるだろう。なのに護る命、殺す命を決める在り方を、ヴァハは理解出来ない。弟と誰か、どちらを殺すかと聞かれれば他人を選ぶだろうがそれは弟が自分を殺しに来ないからと言うだけで仮にヴァハが闇派閥(イヴィルス)になればむしろ楽しめるであろうベルを殺しに行く。

 ヴァハ・クラネルというのは、何処までも命に対して平等だ。敵対したならその時点で躊躇なく殺しに行ける。平等性が失われるのは殺せるか殺したいかだけで、今は殺したい相手が居る。ならば殺していい人間の命など好きなだけ利用する。

 

「ハハァ。お前はそうやって、命の価値に差をつけ続けるんだなあ………そうすりゃ、俺みたいにならずに済むぜえ?」

 

 赤子の群が壊した建物から向かってきたユノの剣を受け止めるヴァハ。ユノは何処か悲しそうな顔でヴァハを睨む。

 

「酷い……酷いわ、ヴァハ。私との時間の中で、他の女と話すなんて、他の女の血を私達の子供に混ぜるなんて……」

「仕方ねえだろお? お前が、さっさと俺を独占しないからなぁ………」

 

 膂力を以てユノを吹き飛ばしたヴァハ。キョトンとほうけたユノは、しかし言葉の意味を理解し微笑む。愛しい人の言葉に興奮する娼婦のように頬を赤く染め浮かべる蕩けた雌の顔。彼等と違い、自分の在り方を認めてくれるヴァハに、ますます好意が深まる。

 

「─────!?」

 

 ヴァハの反応速度を超える急接近。見えなかったわけではないが、唐突に敏捷が跳ね上がり反応に遅れ唇を奪われる。

 

「んぐ、む………んぅ………」

「……んぁ……は、ん………」

 

 舌を絡めピチャピチャと水音を響かせる。すぐ真横で行われた濡れ場にリヴェリアが顔を真っ赤に染める。

 

「んぐ!?」

 

 そして、ユノはヴァハの唇を奪う。文字通りの意味で………。

 唇を噛み千切り、舌を引き千切る。ヴァハが雷帝の剣を振るうも距離を取りグチャグチャ咀嚼し飲み込む。

 

「ええ、ええ。そうね、そうだわ………貴方の言う通り。渡さない、誰にも渡したくないの。だから、貴方を食べさせて? 貴方の子を、強い子を産みたいの」

「いいぜぇ………俺を殺せたらなあ」

 

 傷を癒やし、笑うヴァハ。己の懇願を拒否せず肯定してくれたヴァハにユノはますます笑みを深め、興奮の余り股を抑え震えながら血液混じりの唾液を垂らした。




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純愛

久々に投稿。どうも、続き書かないと他の作品に低評価つけてまわると脅された作者です。


 血が舞う。

 剣戟の音に合わせ、まるで踊るように戦う二人を彩る。どちらも楽しそうに笑っている、この殺し合いが、本当にダンスとでも見紛う程に。

 

「素敵、素敵よ! 貴方のつけた傷が、私を彩るの! ねえ、私にも貴方を彩らせて!」

「ハハアハハハハハァ! 楽しいなぁ、ユノ! 好きにしろよ、俺にお前を刻み込んでみろ!」

 

 黄金の剣と血の剣を振るうヴァハと、既に破壊された己の獲物を捨て血の双剣で相対する。

 鉄のように硬くなった血の剣が金属音を奏で火花が散る。

 

「おぎゃあああ!」「あそ、んでぇ!」「あああ!」

「ハハハ! 悪いなガキ共、パパは今ママとまぐわってんだ子供はもう寝な!」

 

 と、背後から襲いかかってくる血の赤子に炎を放つヴァハ。その隙を逃さず刺突を行うユノだったがヴァハは上体を反らし避けると手足を腕に絡みつけ、ユノの右腕を引きちぎる。

 

「──っあぁ!?」

「ん〜……美味えなあ、お前の血。この味、アミッドと違うが、同じようなの持ってんなぁ?」

 

 腕から溢れる血を、ワイングラスでもひっくり返すようにガブガブ飲み込むヴァハ。

 血が泡立ってくると放り捨てる。赤子が生まれ出したが踏み潰して燃やす。

 

「っ、ぐ………ぅ、ふふ……ふふは、あはは! 私が、貴方の中に溶けていくのね。なんだか、とってもいけないことをしているみたい。でも、貴方だけ狡いわ。私だって貴方を食べたいのに!」

 

 赤子の何体かがか腕に絡みつき、欠損部位を補う。そのまま腕を振るえば赤い斬撃が飛んでくる。それを回避したヴァハだが、ユノが迫る。

 速度が上がってきている。

 

「ええ、ええ、そうさせてもらうわ! 無理矢理がお好みなのね? 安心して、私はアマゾネスだもの! 男を組敷くやり方も、組敷かれて喘ぐ方法も知ってるわ!」

「そうか! なら好きなだけ喘げ!」

 

 大量の血の苦無が雨のように飛ぶ。材料は哀れ二人の戦いの余波に巻き込まれたアマゾネス達。悲鳴を上げるまもなくヴァハに斬られ赤子に潰され、蠢いた血の杭に貫かれ命を落とした。二人は、そんな事にも気付かない。

 

「っ!?」

 

 ユノの右手の爪、避けられず咄嗟に防げば触手の様に解けて絡み付いてくる。そのまま左首筋の肉を刳り食われる。

 舌打ちしたヴァハはユノの血の右手を雷帝の剣で切り捨て腹を蹴りつけ吹き飛ばす。狙い通り、不幸なアマゾネスが地面の染みへと変わりその血が無数の針となりユノに突き刺さる。

 

「ぐぶ………ん、んぐ…………ふぁ………はは、うふはは、ふふふ! 貴方が私に入って来たわ! 私の中に溶けていくの! ねえ……ねえ! もっと混ざりましょう! 溶けて、溶かして、お互いの境界が曖昧になるまで切り刻んで一つになりましょう! 安心して、きちんと残さず食べるから。そして、貴方の子を生むの」

 

 内臓にまで達する傷。血を吐きながらも、無理矢理ヴァハの肉片を飲み込むユノは血の針を折りながら起き上がる。

 レベルは自分が上。だけどそれだけだ。それが勝つ理由にはまるでなってない。レベル差を覆す、神の恩恵ありきの今、神時代を否定する存在に、ユノはアマゾネスの本能でへその下を疼かせる。

 これでは足りない。もっと(おもい)を、もっと狂愛(おもい)を、もっと食欲(おもい)を、もっと呪い(おもい)を、もっと恋慕(おもい)を、もっと執着(おもい)を、もっと渇望(おもい)を………全て(記憶)を燃やして、この愛を………!

 ところで、この人の名前何だったかしら?

 

 

 

 

「ふふ、あははは! ねえ、貴方はだあれ愛しい人! 思い出せないの、貴方の事を! でもね、とっても食べたいの。貴方を食べたいの………」

 

 蕩けるような、男ならその顔を見ただけで理性を失い女でも思わず新たな扉を開き押し倒しそうなほど淫靡な笑みを浮かべる

 

「あそぼ」「パパ」「あそんで」「だっこ」「おんぶ」「うええ」「だぁっこぉ……」「おぎゃ」「ぱぱ」「おん、おんぶ」「むぎゅる」「あぶぅ」「あそぶ」

「あば」「ぼえも」「あぞ」「ぶうぅ」

 

 血の赤子の数が爆発的に増えていく。個体個体と力が増えていく。

 呪詛(カース)記憶(対価)を焚べて、燃やして、全てを忘れて。

 自分の名も、己の主神も、仲間の顔も故郷の風景も住んでいた部屋も他愛ない誰かとの会話も、全て全て忘れて消えて。後に残ったたった一つだけの感情に、むしろ名も忘れた女は喜びを覚える。

 助けられたから惚れるなんて、恩着せがましい愛とは違う。

 絆があるからなんて、ならその絆を育んだ相手が別だったらその相手と育むであろう愛とも違う。

 顔の好みも思い出せないから、見た目を愛している訳でもないし、どんな人間が思い出せないから、同族意識でもない。

 ならばこれは純粋な愛。きっと、この世界で誰にも持ち得ない、己だけに許された混じりけの無い完全なる純粋な愛。

 この思いを伝えよう。この想いを伝えよう。

 だから、そう……一つになろう。

 

 

 

 

 迫りくる赤子の群れに対して、ヴァハは精霊としての力を全開に相手する。

 天候が塗り替えられ暗転から振り注ぐ雷の雨。無数の赤子を焼き殺し、たった一人を残す。

 剣戟の音が再び響く。己の名を忘れ、居場所を忘れ、戦う意味も意義も失い、それでも愛した男に愛を囁やき愛して愛する為に向かってくる女。

 狂った女。誰もが忌避し、恐れ、排斥するであろうその女を、ヴァハは己を殺しに来ている、ただそれだけで気に入る。

 嫌悪はない。寧ろ好感を抱く。でも殺す。

 

「────!!」

 

 ヴァハの左手から放たれた雷が血で形成された右手を一瞬で蒸発させる。ヴァハの右腕が閃けば左腕が切り飛ばされる。

 腕の代わりになる赤子は、居ない。ヴァハの牙が喉に突き刺さる。

 

「…………ん、っあ……」

 

 ジュルジュルと血を啜る音が耳に響く。酩酊感に思考がとろけ、快感に力が抜けていく。

 自分という存在が全て彼の中に混じり、溶け、広がっていくのが解る。

 ああ、でも、駄目だ。伝えたい事がある。伝えなくちゃ。なんて? おかしいな、思い出せない。こういう時は、なんと言うんだったか?

 

「…………あ」

 

 ああ、そうだ。思い出した。それだけは思い出せた。それだけ伝えられれば良い。

 女は愛した男の背に手を回す。声はかすれていくも、丁度口元に耳がある。

 

「貴方を………愛しています」

 

 それだけが伝えたかった。それだけを伝えたかった。

 ああ、これで安心だ。溶けていく、彼の中へと、己の命が、意志が。でも、大丈夫。想いは伝えた。

 この想いも、命も、己の存在全てを捧げる。愛さなくても良い。だから、どうかこの愛を受け入れて。

 返答はない。ただ、吸血は止まらない。ユノと呼ばれていた少女は、文字通り己の全てを、血を介して捧げた。

 

 

 

 

 

 バシャリと血の赤子が溶け崩れる。ヴァハとユノの戦闘が終わったのだろうか? リヴェリアが困惑していると大量の血が渦巻き一つの場所に向かっていく。

 質量が急速に減っていく。何かに飲み込まれるかのように。その何かが、姿を現す。ヴァハだ。口元の血を拭う。その腕には幸せそうな顔で事切れるユノの死体。その死体も、まるでガラス細工のように砕け無数の光となり消える。

 

「………ヴァ、ヴァハ・クラネル?」

「おお、リヴェリアか。わりいが俺寝るな。流石に今日は疲れた」

 

 先程までの戦いが嘘のように、日常的な在り方を見せるヴァハ。ふぁ、と欠伸をすると宿に向かっていく。

 

「殺したのか?」

「なんか文句あるのか?」

「いや、そういうわけでは………あの女は、随分幸せそうな顔をしていたな、とは思うが」

「幸せだったんだろうよ、俺に血を、命を吸われるのが」

 

 ケラケラケタケタ、掴み所のない笑みを浮かべヴァハはその場から立ち去った。




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事後処理

 結論から言おう。

 【カーリー・ファミリア】は【ロキ・ファミリア】に負けた。ニョルズの悪事、というかモンスター放流もバレた。

 クロエはLv.3以下の追跡者なら難なく倒せたが【ロキ・ファミリア】の二軍、Lv.4のアナキティ・オータムと戦闘になり、まあおかげでランクアップした。実質『豊穣の女主人』No.2だ。

 【カーリー・ファミリア】は報告を受けやってきた【ロキ・ファミリア】の男達にボッコボコにされて現在発情中。バーチェは同性のティオナにやられたからセーフ。ティオネと戦っていたアルガナは物語の王子様よろしくやってきたフィンに殴り飛ばされ恋の病に落ちた。因みに約3分の1が出血死している。中には【イシュタル・ファミリア】の死体も交じっていた。

 タギーは行方をくらましている。

 

「お前さ、少しは嫁の街を守ろうとか思わないの?」

「クロエは別に俺の嫁じゃねえからなあ」

 

 ニョルズはその言葉にそうなのか!? と目を見開く。中々家に帰ってこない娘が連れてきた男だからてっきり……。

 

「クロエ、お前もそれなりの年なのに一体何時まで独り身なんだ!」

「余計なお世話ニャ!」

 

 この場にいないクロエに言ったつもりだったが主神が心配で実は近くにいたクロエがお盆でパコーンとニョルズの頭を叩いた。

 

「そう言ってやるな、ランクアップはきっかけだけの状態で、初めて自分の意思で誰かの為に戦った結果ランクアップしたぐらい家族が好きなんだろぉ? コイツ等もおんなじだろうからなぁ」

 

 ケラケラ誂うように笑うヴァハの言葉に顔を赤くするクロエ。ヴァハとの早朝訓練の結果、ステイタスはたまり後は精神的、あるいは肉体的な偉業を行う必要があった。クロエの場合、それが家族のために最大派閥すら敵に回すという覚悟だったわけだ。くっそ恥ずかしい。

 ニョルズは涙を流しウンウンと頷く。

 

「つーかミャーが折角隠そうとしたのに、全部言いやがってこの駄ん神!」

「悪かった。でも、ロッドにもバレちまったからな。俺だけならともかく、彼奴にまで嘘をつかせたくない」

 

 食人花はモンスターを喰らう。ニョルズはその特性を利用しロログ湖のモンスターを喰わせていた。眷属達には見た目を誤魔化し、かつ余計な探りを入れられないよう臭いのきつい粉末に食人花が好む魔石を粉末にしたものを混ぜて渡して。

 

「だから、どんな罰でも受けるつもりさ」

「…………ま、私も【ロキ・ファミリア】に喧嘩を売ったわけだしね、仕方ないから馬鹿な主神に少しだけ付き合ってあげるわ」

「急にどうした、気持ち悪い喋り方して」

「にゃあああああ!!」

 

 真面目な話なので気の抜ける猫人(キャットピープル)訛りを捨て『黒猫』時代の喋り方に戻せばこれだ。またお盆でぶん殴る。

 

「あ〜その事なんやけどな? ここにギルドの正式発表がある」

 

 と、胸から手紙を取り出すロキ。やけに胸が膨らんでいると思った。というか手紙を入れただけで膨れて見える胸って。

 

「『この度港町メレンで起きた騒動はす・べ・て辺境より訪れし野蛮なアマゾネス国家【カーリー・ファミリア】の引き起こしたものであると判明した。 バイ、ギルド長ロイマン』。これ損害請求書やって」

「何でじゃー!?」

「なお同時期の食人花出現は偶発的なものである」

「あるかそんな偶然!」

 

 請求書を机に叩きつけ、ヴァハに背中を預けるカーリー。ちなみにかの女神がお座す場所はヴァハの膝の上だ。女神が座っていると言うのに気にせず揚げ物食うヴァハのせいで頭頂部の髪がテカテカしてきてる。

 

「【イシュタル・ファミリア】にはお咎めなしか? 死体も残ってんだろ?」

「二つ名持ちもいるなぁ………せやけど、下手につついてギルドの関わりまでバラされたら敵わんのやろ」

 

 魔石の横領はギルドのメレン支部支部長ルバートが関わっていた。その事を非難されればそれはギルドの中立性、絶対性を損なわせファミリアの介入を許してしまうようになる。

 それは面白いな。やもすれば暗黒時代の再来を行えるかも、と思ったがヴァハは愛しのマイハニーエレンを思い出す。アレの裏にいるであろう神の、長年………いや、行動を思い返すと小心者の小物だから爺達が去ってからの十数年練った計画をグチャグチャにする方が楽しそうだ。あの手の手合は小物の癖にプライドだけはいっちょ前に高く、計画の変更とかはしないだろうし。少なくともイシュタルではない事は解った。あれはまた別方向の小物だ。報告にあった『階位昇華』(レベルブースト)の魔法かスキル、それが切り札。

 だが小物の癖に美貌に関して自信家とはいえ臆病者。必ず勝てると確信しなければ動くまい。パーツが足りない。恐らく、レアスキルを増やす何らかの策もあると見ていいだろう。下界の子らが使う力を増やす、思い付くのはとある石。それだけではオッタルを超えられまい。あとは、『呪詛』(カース)の集団か?

 

「イシュタルっつえばお前恨まれてるかもしれんな」

「あ?」

「いやだって、戦争の準備中にあそこの眷属殺しまくって数減らしたやん」

「逆恨みもここまで来ると面倒くせぇなぁ」

 

 ケラケラ笑うが数十人殺しておいて逆恨みも何も、いや、確かに仕掛けてきたのは向こうか。

 

「その点、お前のところはどうなんだ? 相当数殺されてるだろ?」

 

 と、そう尋ねるニョルズ。カーリーはふん、と花を鳴らす。

 

「どいつもこいつも人生の春を謳歌しとるわ」

 

 アマゾネスは強い男に惹かれる。男を攫い種馬にするだけの闘国(テルスキュラ)。恩恵持ちの彼女達からすれば男とは情けないものに過ぎない。しかし、打倒され自国の男達との違いに萌えた。恋に燃えた。

 と、不意にフィンとティオネが見えた。そちらに向かう影も。

 

「チコクチコク〜」

「………あ?」

 

 その言葉にロキは胡散臭いものでも見る目でそちらを見る。

 その影は、フィンとぶつかる。

 

「おっと、失礼。大丈夫……」

「イタ〜イ」

「「!?」」

 

 と、その人物を見てティオネとフィンは目を見開く。

 

「ア、アルガナ!?」

 

 アルガナだった。何故かセーラー服を着ている。あと、咥えていたのかパンを落としている。

 

「ちょっとあんた、どこ見て歩いてるのよ!? あ………あ〜………」

 

 と、何やら考え出すアルガナはチラリとヴァハを見る。ヴァハは周りに気づかれぬよう片手の人差し指と親指で輪を作り反対の人差し指を輪に突っ込む。アルガナはコクリと頷く。

 

「あんたのせいでショクパン落としちゃったじゃないの!? 責任とって、アタシと子作りしなさいよね」

 

 と、服を脱ぎだすアルガナ。かつて恐怖の対象であり昨日は憎しみの対象であったアルガナの行動にティオネが吐血した。

 

「な……何や、あれ………」

「アマゾネスの性じゃ! アルガナめ、お主の所の団長に負けてその強さに惚れおったわ! しかもメレンで出来た友人から恋愛必勝法などとデタラメを吹き込まれよって───!!」

「ハハァ。気の毒になぁ、ほら、なめろう食え」

「恋しとる連中に悪いが引き離させてもらうで。ウチ等も忙しいんや」

「何人か残してやってもいいんじゃねえの?」

「あん?」

「あること確定なもう一つのダンジョンの入り口。あれ、市街にも伸びてるだろ。恐らくメレンにもな………イシュタルも闇派閥(イヴィルス)も、そっから暗殺者を雇うだろうよ」

「暗殺者?」

「自称神一の美貌のイシュタルは他称一位のフレイヤに嫉妬しまくりのこじらせババァだからなあ。潰したくて仕方ねえだろ。だが、たとえ『位階昇華』(レベルブースト)を増やしたとしてもオッタルにゃ勝てない。Lv.7ってのは、それまでのランクアップとはまるで違う。お前んとこの連中も、オッタルも、あの二人が弱体化してたから勝てた。してなかったら勝てなかったろう?」

 

 こいつ、暗黒時代の事を知ってるのか、とヴァハを睨むロキにヴァハはニヤニヤ馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

 

「Lv.6をLv.7に、魔法でする? 不可能だな。ランクアップしたみてぇに強さは跳ね上がるだろうがLv.7にゃ遠く及ばねえ。あの脳味噌も顔と同じく皺だらけのババァがその辺り理解するほど脳年齢が若いかは不明だが、どのみち最大Lv.6にしかならねぇなら、相手に弱くなってもらう他ねえだろ」

 

 暗殺を生業とする者はその形成、或いは余計な感情を切り落とされた性格や暗殺経験から幻惑系の魔法や相手を弱くする、或いは毒で侵すなんていった『呪詛』(カース)に恵まれやすい。『呪詛(カース)』の発現はモンスターを相手してる場合目覚め難い。ならば、確かに外から雇うほうが効率がいい。

 

「せやな、取り敢えず何名か残してオラリオに繋がる地下水路警戒させるか………後は、どう帰るか」

 

 ロキは男達に詰め寄るアマゾネス達を見てはぁ、とため息を吐く。

 

「何だ、帰るのか? 丁度良い、手を貸すから同伴させろ」

「あん?」

 

 な、パアンと大きめの柏手の音が響く。途端にアルガナ以外のアマゾネス達は顔を青くし固まる。脂汗をかき、目を見開き恐る恐るヴァハを見る。

 

「色恋沙汰はそのあたりで終いだ。そいつ等は帰る、邪魔してやるな」

 

 アマゾネス達は一斉に頷き逃げる様に散っていった。

 

「………何や今の」

「こいつ今妾の眷属達からナマハゲみたいな扱いうけてる」

 

 悪い事すれば血を吸いに来る怪異扱いを受けてる。一部のアマゾネス達はそれでもと夜這いをかけるも夜戦で勝てた者はいない。

 

「これで帰りやすくなったろ? ほれ、とっとと帰ろうぜえ。俺も帰ってアミッドを味わいたいんでな」

 

 

 

 

 その頃の【イシュタル・ファミリア】。団長にしてLv.5、フリュネがたった一人のアマゾネスにボコボコにされていた。

 

「ええ、はい………ですから、私を暫くここに置いてほしいのです」

 

 フリュネよりも華奢な、美しい女。黒髪褐色肌のアマゾネスは目の前の女神に懇願する。否、命令する。それを面白くなさそうに睨むイシュタル。

 

「ふん、なるほど確かに強いな。だが、それだけだ。信用も出来んお前に切り札を使う気もない。Lv.6では、フレイヤの喉元にも届くまい」

「ああ、その点ならご安心を。私、Lv.7ですので」




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太陽神の宴

「【アポロン・ファミリア】」

「うん、兄さんが旅行に行ってる間、そこと少し揉めちゃって……」

 

 メレンからオラリオに帰還すれば弟が他派閥と揉めたという。しかもその理由が相手がヴァハの事を強い女に体を売ってモンスターを倒してもらってると言ったかららしい。

 強い女の例は【死妖精(バンシー)】、【九魔姫(ナインヘル)】、【道化の魔書(ロモワール)】などなど。そいつ、後でエルフに殺されるんじゃなかろうか。

 

「面白いことになりそうだなぁ」

「面倒なことじゃなくて?」

 

 因みに神の宴をその【アポロン・ファミリア】が開くらしい。これまでの神の宴と違って、眷属を2名同伴できるという変わり種。

 これで一人ならベルだけが狙いだったのだろうと思ったが、2名だ。このオラリオで、眷属が2名の【ファミリア】は一つだけ。

 さて、取り敢えずドレスコードを満たせる服を買いに行かないと。

 

 

 

 

「おおベル、見事に服に着られてんなぁ」

「ヴァハ君は見事に着こなしてるなぁ。何も知らなければ上品な貴族に見えるよ」

 

 そして宴当日、ヴァハは見事に服に着られてるベルを見てケラケラ笑い、ヘスティアは何処かの貴公子にも見えるヴァハの本性をほんの少し知ってるため胡散臭気な顔をしていた。

 

「確かに、似合っておるぞヴァハよ。もちろんナァーザも。どちらも私にとって自慢の眷属(子供)だ」

 

 と、ミアハからの素直な称賛に、ナァーザは顔を赤くした。

 その後【タケミカヅチ・ファミリア】がベルに改めて謝罪しに来たりもしもの時は力になると誓ったりしてた。ヘルメスもやって来た。

 後フレイヤも絡んできた。タケミカヅチとミアハが褒めれば彼等の眷属達が嫉妬する。

 

「久し振りねヴァハ。聞いたわよ、メレンでだいぶ暴れたみたいね?」

「ああ、中々良い女達と巡り会えたぜぇ」

「あら、私を前に他の女を褒めるなんて、やっぱり連れない人」

 

 フレイヤを前に他の女の話をするヴァハに従者のオッタルとアレンが顔をしかめる。と言っても、オッタルは本当に僅かで、アレンはとても解りやすいが。

 

「フフ、でも良いわ。貴方って、そういう人だものね?」

 

 そう言ってヴァハの頬を撫でると今度はベルに目を向ける。

 

「貴方のお兄さんに、振られてしまったわ。代わりに、今夜貴方が夢を見させてくれないかしら?」

「見せるかぁ!」

 

 美神と竈の神が絡みだしたのでヴァハはとっととその場から離れることにした。

 

 

 

 質は悪くとも規模はそれなり。金回りもいいのだろう、それなりに高い酒や料理を食うヴァハはディオニュソスに気付き、連れているエルフがフィルヴィスでないことに気づきすぐにどうでも良くなる。

 バルコニーから広間の光景を眺める。と……

 

「お、おかわりは如何です、か?」

 

 と、女の声が聞こえる。振り向けば前髪を伸ばし目を隠した女が居た。メカクレというやつだろう。以前祖父がベルの髪型を『嗜好の領域に近い、もう少し伸ばすべきだ』と良く言っていた男とメカクレは髪を掬いその目を見る瞬間にこそ意味があると言いながら殴り合ってたのを思い出す。

 

「あ、あの………」

「ああ、ワインね、貰おう」

 

 と、グラスを差し出すと少女がワインを注ぐ。それを飲み月を眺めるヴァハ。そういえば、今回の主催者は月の女神の弟だったか。

 

「……え、あ………」

「どうかしたかぁ?」

「あ、その………」

 

 と、何やら困惑した様子の少女にヴァハはケラケラとからかうように詰め寄る。

 

「生憎とこの程度の毒じゃ俺は殺せねぇなあ。もうちょい精霊由来の毒持ってきなぁ」

「な、なん、なんの、ここ、事ですか? わた、わ私は何も………」

「ふーん………じゃ、そのワインアポロンにでも飲ませてやるよ。俺が注ぎゃ飲むだろ」

「まっ!」

 

 少女は慌ててヴァハの服を掴む。

 

「ち、ちが………ちがくて、悪いのは、だって………私、わ、私じゃない。貴方が、貴方達が………わ、悪いんです。アアアポロン様を、とと盗るか、から、誘惑するから………」

 

 ボロボロと怯えた子供のように泣き出す少女にヴァハはやはり自分も狙われていたのかとケラケラと笑う。

 

「泣くな泣くな、せっかくの綺麗な顔が台無しだぞぉ」

「───っ!」

 

 面白いことを教えてくれた礼に涙を拭いてやろうとすると髪を掬う。驚きで目を見開いた表情が見える。

 その目は、キラキラと輝いている。アースアイだったろうか、まるで花のような瞳をしている。

 

「へえ、綺麗な目だなぁ」

 

 まあ、この男はその奥にある、ドロドロした感情を感じさせる光にしか興味無いのだが。それでも、その言葉に女は固まる。

 

「………そ、そう……そうですよ、アポロン様も、ほ、ほほ、褒めてくれた。褒めてくれたんです。ど、どうかその瞳に私を映し続けてくれって、なな、なのに………アポロン様は、見てくれなくて、そ、その目を向けるなって」

「そりゃヒデェ事を言うなぁ。こぉんなに綺麗な目をしてるのになぁ」

 

 美醜は解る、そこに価値を見い出せないが。だがそこにある感情にはそれなりに反応するヴァハからすれば、一歩道を踏み外せば堕ちていくであろう狂気に染まりかけた瞳は好ましい。

 

「え、えへへ………ありがとうございます。ああ、あな、貴方は、い、良い人ですね」

「お前ちょっとチョロ過ぎない?」

 

 そのまま去っていく少女。将来が心配だ、などと言葉だけで言い、毒入りワインを煽る。ワインとしてはかなり美味い。というかこの味、毒の違和感よりもまた飲みたくなるように神酒(ソーマ)が混ぜてある。【アポロン・ファミリア】が神酒(ソーマ)………。18階層でのベルの活躍が口の軽い奴に漏らされた場合、リリの生存も【ソーマ・ファミリア】に知られる可能性は高い。ああ、本当に楽しくなってきた。などと考えていると見知った人物がやってくる。

 

「ヴァハ、こんな所にいたのか」

「ああ、リヴェリアか」

 

 どうやらロキの連れの片方はリヴェリアだったらしい。やはり王族なだけあり、ドレスに身を包めば気品もあり女神よりも神秘的だ。

 

「……今のは、【陽光蒙昧(ヘリオトロープ)】か」

「知ってんのかあ?」

「まあ、それなりに有名人だ。本名はクリュティエ・オケアノス。アポロンに見初められ国を捨てた王族でな。【ファミリア】内で同じくアポロンに見初められた者達に虚言を吐き殺し合いをさせアポロンからの愛を失った女だ」

「ふーん………」

 

 それであの行動か、これ以上アポロンが愛する者を増やすのが嫌だったのだろう。一途、というわけではない。寧ろフィルヴィスに近い。レフィーヤやヴァハに案外簡単に絆される、拠り所を求めているだけの少女だ。

 

「ソレより、あれを見ろ」

「んん〜?」

 

 その言葉にリヴェリアが指差す方向を見ればベルがアイズの前で固まっていた。アイズは、何処か期待した目でベルを見る。

 

「手本を見せるぞ」

「良いのかぁ、相手が俺で」

「…………メレンでの行いは、確かに褒められたことではないのだろう。だが、それでも責めることでもない、そう思っている」

 

 あっそ、と笑いヴァハとリヴェリアはベル達の方へと歩いていく。知り合いの接近に、ベルとアイズの視線が二人に向く。

 

「私と一曲踊っていただけますか、淑女(レディ)?」

 

 手を差し伸べ恭しく頭を垂れるヴァハ。リヴェリアは笑みを浮かべ手を重ねる。

 

「喜んで」

 

 手を握り合い、ダンスホールへ向かう二人。リヴェリアが振り返りアイズにせいぜい愉しめと視線を送り、ベルに頼んだ、とでも言うような眼差しを向ける。

 ベルはアイズに向き直り、すぐに新しいペアがダンスホールに加わった。

 

 

 

 

 ダンスが一先ず終わり、ヴァハは今度は来ていたアミッドと踊る。彼女と繋がりを持とうと詰め寄っていた冒険者や神々が居たが無視してダンスホールへ引っ張ってきた。

 

「助かりました」

「おお、精々感謝しなぁ………しっかしうちの弟も大変だねぇ」

 

 ふと見ればアイズとベルが踊っていた事に怒ったそれぞれの主神に詰め寄られていた。

 

「………貴方も、リヴェリア様と踊ってましたけど。後でエルフの皆さんが騒ぎますよ」

「俺は誘われたんだがなぁ。ま、その辺り関係ねえか。誘われようと断るべきだとか言うんだろうなエルフ共は」

 

 ケラケラと気にした風もなく笑うヴァハ。リヴェリアと踊れたのが、エルフ達に絡まれるデメリットが気にならないほど嬉しかったのだろうか、と邪推するアミッド。

 

「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません。どうせなら、最後までリヴェリア様と踊りたかったでしょう?」

「煩わせる? 別に、俺はお前とも踊りたかったが?」

 

 その言葉に足をもつれさせるアミッド。ヴァハの方に倒れる。

 

「あ、あの………すい───」

 

 

 

「諸君、宴は楽しんでいるかな?」

 

 と、主催者のアポロンがそのタイミングで現れた。




クリュティエ・オケアノス

王族の子。それなりに大国であり異母兄弟や従兄弟達が沢山いるが、その中で不気味な目をしている事から疎まれていたが目を褒めてくれたアポロンについていくために国を抜け出した。ヴァハはフィルヴィスと似た性質と思っている。

【アポロン・ファミリア】今回の被害……間違えた加害者


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アポロン・ファミリア

 私が主役だと言わんばかりに現れたアポロン。

 その視線がネットリと質量を持ったかのようにクラネル兄弟に絡み付く。

 

「遅くなったが………ヘスティア。先日は私の眷属が世話になった」

「………ああ、ボクの方こそ」

 

 皮肉たっぷりなその態度に、ヘスティアが苦々しげな顔を浮かべる。

 

「私の子は君の子に重傷を負わされた。代償をもらい受けたい」

「………重傷?」

 

 その言葉に首を傾げるヘスティア。確かにベルは小人(パルゥム)の冒険者を蹴ったが、重傷を負わせるほどだとは聞いてない。

 

「どういうことだい、ベル君だって怪我をして帰ってきたんだ!」

 

 なのに一方的に代償を払えなどと、横暴が過ぎる。

 

「そんな言い訳は通じないよ」

 

 と、アポロンが誰かを指差す。そちらに向けば全身を包帯で巻いた小人(パルゥム)が居た。

 

「いてぇ〜、いてぇ〜よぉ」

「ああ、私の可愛いルアン! 可哀想に!」

 

 わざとらしく泣き真似をするアポロン。ヘスティアはここまでやったの? と、兄が兄だけに若干疑ってしまうがベルはしてません! と叫ぶ。

 

「先に手を出したのはそちらだと聞いている。証人もいる、言い逃れは出来ない」

 

 と、数人の男達が立つ。【アポロン・ファミリア】だけではない、別派閥の冒険者も。彼らの主神であろう神々がニヤニヤと様子を見ている。協力者だろう。

 

「冗談じゃない! こんな茶番に付き合ってられるか、僕は帰らせてもらう! 行くぞ、ベル君!」

 

 ヘスティアはそう叫び帰ろうとする。

 

「ほぉ〜、どうやっても罪を認めないつもりか、ヘスティアぁ」

「くっ!」

「ならば仕方ない! 【アポロン・ファミリア】は、君に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を申し込む!」

 

 その言葉に、周囲が騒ぎ出す。

 

『待ってました〜!』『アポロン容赦ねえなあ!』『逆に見てみた〜い!』

 

 娯楽好きの神らしく、楽しそうに騒ぐ神々は、どうやら流れとしてはアポロンの味方らしい。弱いものいじめを見るのも楽しむものから昨今有名な【リトル・ルーキー】の新たな伝説誕生を見たがっているものまで様々だが。

 

「ああ、もちろん【ヘスティア・ファミリア】だけでは可愛そうだからね、【ミアハ・ファミリア】のヴァハ・クラネル。ベル君の兄を参加させても構わないとも。いや、むしろ参戦させたまえ」

「………些か、横暴がすぎるぞ? アポロン」

 

 ミアハが怒気を滲ませアポロンを睨む。仮にも太陽神、それなりの神格を持つも下界にてすっかり堕落した神たる同胞を睨むミアハにアポロンはヒッ、と後退る。温厚な性格故に忘れられていたが、ミアハはその気になれば下界の命を全て不死に出来る365種類の薬草を生み出せる程に桁外れな神格を持った神なのだ。ちなみに本来父的な存在に当たるディアンケヒトよりも凄い。それがディアンケヒトがミアハに絡む理由の一つだったりする。

 

「ふ、ふん! 聞けばベル君は物心ついた頃から兄と祖父しかいなかったそうじゃないか! であるなら、育てた彼にも責任の一端はあるだろう!?」

 

 と、その言葉にベルがカッ! と顔を赤くする。すぐに叫びたそうとするがヘスティアが止める。ここで下手に騒ぐのは不味い。

 

『………え、【狂剣(フィンディアス)】も参加させんの?』『おいおいおい』『死ぬわ、彼奴』『ほう、【狂剣(フィンディアス)】ですか。大した勇気ですね………死ぬわ彼奴』

 

 歓楽街に良く通う男神は、たまたま歓楽街で【イシュタル・ファミリア】相手に暴れまわるヴァハを目撃した事がある。その中にはLv.3は複数いたが誰一人としてヴァハの足元にも及ばなかったのを覚えている。

 そんな彼等の言葉に気付かぬアポロン。

 

「我々が勝ったら、クラネル兄弟を渡してもらおう」

 

 

 

 

 その日は受けないと言い切り帰った。

 とはいえ、アポロンが引くとも思えない。リヴェリアは念の為フィンに報告しておいた。何気に、【ロキ・ファミリア】ともそれなりの交流があるし。ついこの間なんかモンスター狂乱事件の際の礼にとアリシアと食事に行ってたし。

 そして翌日の早朝。爆音が響く。場所は2箇所。 しかし、住人達は慌ただしく避難したりはするものの混乱というほど動揺することはなかった。

 なにせここはオラリオ、世界で最も熱い街と称される程の場所で、冒険者が山ほど居る地だ。血気盛んな冒険者達が大人数いる関係上、戦闘など最早日常とさえ言えた。またか、それくらいの感覚で彼等は再び屋内へと戻っていく。

 

「まさかアポロンのところが! クソ!」

「待てリヴェリア、何処に行く気だい?」

「フィン……」

 

 飛び出そうとしたリヴェリアを、フィンが止める。

 

「君が他派閥の誰かに入れ込むなんて、少し意外だね。嬉しくも思うよ、けどその行動は目に余る……」

「…………」

「どうしても彼を助けたいというのなら、せめて彼をうちに誘うぐらいは」

「違う! そうじゃない、危険なのはヴァハではなくヴァハだ! ああ、いや、違う………そう、危険なのはオラリオの住人だ!」

「? 確かに【アポロン・ファミリア】も派手に暴れているけど、彼等も馬鹿じゃない。住人に危害は及ばないようにすると思うけど?」

「お前はヴァハを解ってない。彼奴は、暴れないんじゃない、暴れる理由がないだけだ………それを、【アポロン・ファミリア】が作った………作ってしまった」

 

 眠った獅子を起こす、なんて諺があるらしい。だが、今回の相手は獅子などではない。檻の中で楽しいことがないか待っている怪物の檻に全身にソース塗ったくって檻の中に飛び込むようなものだ。人を怪物扱いするのは正直気が引けるがそうとしか表現できない。

 

 

 

 

 ヴァハは殺し合いが大好きだ。

 怖がられたいわけではない。だから、相手が自分に憎悪を抱くと良い。ユノみたいに憎悪などなく殺しに来るのは、尚良い。

 だけど【アポロン・ファミリア】の連中は雑魚ばかりで、臆病者ばかり。弱いものいじめは出来ても相手が強いと解れば及び腰になるのが殆だろう。ではどうするか? 決まっている。許せないだけの憎悪を作ればいい。どうやって? アポロンの眷属達でアポロンに忠義を誓うのはケツの緩い男か股の緩い女だ。そんな彼等彼女等をアポロンが気に居る理由は、顔。それに限る。

 ()()()()()()()

 

「いぎあああああ!?」

「暴れるなよぉ、うっかり目を潰しちまうだろお?」

 

 ベリベリと何かを引き剥がす音が聞こえる。

 剥がそうとする『それ』と『そこ』を繋ぐ脂肪の層を刃物で斬りながら剥がしていく。

 興味本位で覗きに来たオラリオの住人がその場で気絶したり、吐いたりしている。

 

「んっん〜。取り敢えず10枚ってところか………あ」

 

 と、そのうち1名のエルフに気付く。確かリヴェリアがどうこう言ってた奴だ。エルフと言うのは自分達種族を至高と思う連中が多い。中には神より優れているなんて宣う集落もあったりする。旅の際たまたま近くを通っただけで魔法を放ってきた集落の連中にやってやったことを思い出す。醜い種族が、なんて言ってきたから自慢のお綺麗な顔を引っぺがし、エルフの象徴とも言える耳を外してやったっけ。皮を剥がせば、案外かんたんに軟骨から取れる。

 オラリオに、また新しい悲鳴が響き渡った。




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ソーマ・ファミリア

 倉庫で眠っていた水で薄めたポーションを掛けてやる。直ぐに血は止まり歪なまま顔が治る。

 皮は腐らぬようにアルコールに漬けておく。因みにショック死しないように止まった心臓は電気で再度動かした。

 

「さて、と。ベルのとこ行くか」

 

 通常襲われた際逃げるのなら中立のギルドに向かうべきだろう。しかし相手は罰作(ペナルティ)を恐れず堂々と市民の目の中でも襲ってくるような連中。ギルドは流石に攻撃せずとも、虎視眈々と出て来るのを待つだろう。そして、中立のギルドはベルを匿い続ける事はしない。

 ならば取れる手段は一つ。大本をぶっ潰しに行くこと。一先ずはミアハ達と合流する。そこからだ。

 

 

 

 

 

「よおベル」

「兄さん!?」

 

 案の定、【アポロン・ファミリア】のホームにベルとヘスティアが居た。ベルはヴァハが何故ここに、と困惑し、しかし直ぐに昨夜の事を思い出し巻き込んでしまったのだろうかと暗い顔をする。

 

「もとより向こうは俺も狙ってんだよ。勘違いするな……ハハァ。それに、向こうから襲ってくるってんなら責められる謂れはねぇからなぁ」

 

 その言葉に、ベルは少しだけ暗い顔をする。兄の言葉が何を意味するのか悟ったからだ。

 

「んじゃさっさと今回の騒動の落としどころをつけてこようぜぇ。なあ、ミアハ様」

「うむ、住人に怪我はないとはいえ、彼等が住まう家々は多少の被害があった。何より、安心して暮らせぬだろうからな」

 

 ミアハとしても、アポロンは少し動きすぎた。如何に温厚とはいえ怒りが無いわけではないのだ。

 

「時にヴァハよ、今更なのだが、先程の赤子達は何だ?」

「ん? 俺の子ですけどぉ?」

「ほう、それはめでたい」

「いや、おかしいでしょ………」

 

 兄さんに子供? 居たのか? まあ兄さんモテるし。

 と、複数人の【アポロン・ファミリア】の連中が追ってきている筈なのにやけに静かなのに気づく。ヴァハに、未だ乾ききらぬ血がついているのも。

 そのまま正門に向かえば門兵が槍を向けてくる。神々が制止するより早く、ヴァハがその首を浅く斬る。

 殺しはしていない。ただ、声は奪った。喉を抑えコヒュコヒュ音を漏らす門兵達にベルがビクッと震える。

 

「や、やりすぎじゃないかい?」

「そう思うかぁ? ここまでの事をしておいて」

 

 100を有に超える人数で、10にも満たぬ者達を追いかけ回す。それもどれだけ怪我をしようと関係なく、捕まえれればいいとばかりに、主神を送還することになっても仕方ないとばかりに。

 

「殺意はねぇのかもなあ。だが人は尊厳を失った時に死ぬとか言ってる奴もいたしなぁ。うん、だから彼奴等も人殺しって事でいいんじゃねぇのお?」

 

 その言葉に、神々は悪意を見い出せない。ただ傷つける理由を探して、思い付いて、口にしただけ。馬鹿にしたわけでも無ければ怒っている訳でも無い。

 そんな神々の視線など気にせずホームへと入るヴァハの後を慌てて追えば、【アポロン・ファミリア】構成員達がすぐに武器を構えて出迎える。

 

「やぁ、ヘスティア、ミアハ。こんなところまで乗り込んできて、どうしたというのかな?」

 

 ニヤニヤと笑うアポロンを睨みつける二柱の神。ヴァハは懐からすっと手袋を取り出す。

 

「ハハァ」

「お、気が利くね。てい!」

 

 重さも確認せずに手袋をぶん投げるヘスティア。余裕の表情を浮かべていたアポロンの鼻が、ゴシャ! と潰れた。

 

「…………ふえ?」

 

 ゴン、と硬い音を立てて落ちる手袋。思っきり石が入ってた。

 

「「「アポロン様ぁぁぁぁ!?」」」

 

 すぐに騒ぎ出す眷属達だったが、アポロンが片手を上げ制する。鼻血が出ていた。

 

「ふ、ふふ………これは、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を受けるということで良いのかな?」

「あ、うん……なんか、ごめん」

 

 決め顔でヒクヒクこめかみを震わせるアポロン。鼻血が出ている。ヘスティアもちょっと気まずけに目を逸らす。

 

「ミアハも、かまわないね?」

「うむ。ポーションだ、使いなさい」

 

 ミアハはアポロンにポーションを渡してやる。

 

「そ、それでは神々の同意がなった! 諸君、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』だ!」

 

 と、アポロンが宣言すると茂みや建物の中、果には噴水の中から神々が現れる。ロキはリヴェリアに『猛獣を街に放つ行為を見逃そうなどと』とリヴェリアに説教されているのでこの場にはいない。

 

「日数は、3日後でどうかな?」

「いや、一週間だ」

「おいおいヘスティア、あまり時間をかけるのはねぇ。こっちにはなんのメリットもないだろう?」

 

 ヘスティアの言葉にアポロンがそう返す。交渉材料がなく、ぬぐっ、と唸るヘスティア。明日からの会議、仮病使って時間を稼ごうか、と思った時ヴァハが前に出る。

 

「なら、一週間待てば勝った時これ返してやるよ」

 

 何やらベロンとした皮だ。何だ? と神々が不思議そうに見つめる中、ヴァハはそれを開く。アポロンの眷族、その場の神々の何名かがヒッ、と震える。

 

「お前の眷属の顔の皮膚。在庫に残ってた水で薄めたポーションで、もう治療しちまったからなぁ。古傷扱い、治せねぇぜぇ。でもこれがありゃ、もう一度顔面の薄皮剥がしてはっつけてから万能薬(エクリサー)かけりゃ元通り。な? 返して欲しいだろぉ?」

 

 アポロンは、頷くことしか出来なかった。

 

 

 

 

「んでぇ、俺になんの用だよベル」

 

 【ソーマ・ファミリア】ホーム。調子に乗って、大義名分の無い【ミアハ・ファミリア】のヴァハに手を出した構成員の存在を利用され滅ぼされかけた【ファミリア】。血の匂いが充満する中、ベルはヴァハに向き合っていた。

 

「この人達も、参加するの?」

「おお。アポロンと手を組んで、俺に手を出したからなぁ。お前んとこだけなら、眷属が誘拐された〜、なんて言い訳ですむのに酒に溺れたエルフは見るに堪えねぇなあ」

 

 ケラケラ笑うヴァハ。死人はいない。動けなくなった彼等を煽るように酒を浴びるように飲む。ちょっと溢れた酒を少しでも飲もうと藻掻くソーマの眷属を蹴り飛ばした。

 

「美味いか、ヴァハ・クラネル」

「んん〜、俺はもっと美味いの飲んでるからなぁ」

 

 その頃何処かの治癒師がクシャミしたとか。

 

「そうか、残念だ……」

「ぐっ、く………ソ、ソーマ様! これは、明らかに敵対行為です! ギルドを通し、抗議を……!」

「酒に溺れた愚かな子供が先に手を出したのだろう? 彼の言葉に嘘はない」

 

 眼鏡を割られた眷属の一人が言うが、ソーマは取り合う気はないようだ。

 

「いやぁ、しかし出るわ出るわ不正がたぁくさん。これ全部ギルドに届けてやろうかね?」

 

 神酒(ソーマ)にありつけない団員の何名かに別の快楽を与えてやり手にした真っ黒な情報が纏められた紙を見せるヴァハ。これを公開されたくなければ『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に参加しろと脅す。

 

「兄さん」

「おっと、無視して悪いな。で、何だぁ? お前は少しでも己を鍛えて来いよ。弱っちいんだから」

「人を、殺すの?」

「ああ」

 

 あっさりと肯定する兄に、そっか、と俯くベル。しかし直ぐに顔を上げ、ヴァハを真っ直ぐ睨む。

 

「兄さん、僕と戦って」

「…………ほう?」

「僕が勝ったら、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』で誰も殺さないで欲しい」

「……………へぇ」

 

 ゾワリ、と空気がカサつく。怒ったわけではなく、楽しんでいるというのは、残念ながら解ってしまう。

 

「Lv.差があるんだ、傷一つ付ければ勝ちでいいぜぇ? なぁに、たとえ当日動けなくなっても、俺が全滅させといてやるから安心しなぁ」

 

 雷霆の剣を構えるヴァハと、ヘスティア・ナイフを構えるベル。かくして兄弟喧嘩が始まる。他人のホームで。

 

「え、あれ? リ、リリは………?」

「リリルカ・アーデ、ここは危険だ。離れなさい」

「あ、はい。なんかソーマ様が優しい………え、こわ」

 

 ヴァハが来たあと、ソーマの酒を飲んで、こんなものと叫んだ筈なのに何故かソーマの当たりが優しくなった。というかベル、自分を助けに来てくれたわけではないのか。ちょっとショックを受けながらホームから出ると【ソーマ・ファミリア】ホームが炎雷と雷で吹き飛んだ。

 

「ハハハハァ! 元気だなぁベル、何か良いことでもあったかぁ!?」

「【ファイアボルト】!!」

 

 崩れゆくホームから飛び出したベルとヴァハが放つ赤い雷と金色の雷がぶつかり合う。構成員達は一応全員恩恵を持ってるし、完全に崩れたわけではないから多分無事だろう。うん、リリは何も気にしません!




因みに、ベルは一度ロキ・ファミリアのホームに訪れたけどすぐに兄の居そうな場所に向かった。
窓からベルを見たアイズは頼られる気まんまんでティオネに伝えてスタンバったけどベルは来なかった。


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兄と弟

 ヘスティア・ナイフと雷霆の剣がぶつかり合い火花が散る。

 Lv.2とLv.3、何方も常人離れした身体能力で建物の壁を駆け上がりながら得物を振るう。ヴァハは楽しげに、ベルは必死に喰らいつく。

 Lv.差など無くとも、ヴァハの戦闘センスはかなり高い。ベルも覚えた事を学び、戦いの中で成長できるが、戦闘経験の差はどうしたって今更埋める事は出来ない。それに──

 

「そんなに下が気になるのかぁ?」

「がっ!?」

 

 あまり派手に壊すと下で動けない【ソーマ・ファミリア】の団員が、と僅かに意識が削がれたベルに、ヴァハの蹴りが放たれる。

 吹き飛ばされ路面を転がるベル。ここでもまだ他人を気にするだろう。顔を掴むと、駆け出す。屋根の上に駆け上がり屋根から屋根へとつたい、大きな建物を見つけると壁を登り中に入る。中央には天井はなかった。

 場所は闘技場。【ガネーシャ・ファミリア】の私有地だが、まあ街で暴れない為とでも言えば初犯だし『戦争遊戯(ウォーゲーム)』も控えているし罰則は甘く済むだろう。

 

「カマァン」

 

 クイクイと指を動かすヴァハに、立ち上がったベルは駆け出しナイフを振るうが回避され腹に肘を打ち込まれる。倒れそうになるも耐え体を起こしながらの振り上げは身をそらし回避され、そのまま後転してベルの顎を蹴り上げる。

 体が浮き上がるほどの威力。意識が飛びかけるも、着地するために態勢を整えようとしたベルの腹にヴァハの手が添えられ、爆ぜる。

 

「────!?」

 

 そう錯覚する程の衝撃。地面を何度も転がるほど吹き飛び、ゲホゲホと咳き込みながら胃の中のものを吐き出す。その頭をヴァハが蹴りつける。

 

「っ!!」

「ど〜したベル。もう終わりかぁ?」

 

 今度は立ち上がるまで待ってくれた。

 立ち上がりナイフを構えるベルに、ヴァハは笑う。遊ばれている。ヴァハの癖だ。殺しに来ない敵に、本気は出さない。殺意無き相手は殺さないと言うわけではないが、少なくとも明確な敵対行動にならない限り、己が罪に問われる可能性がある場合、ギリギリのラインで遊ぶ。

 どれだけ故意だろうと両主神が事故死に責任を問わぬと契約してしまうゆえに罪に問えない『戦争遊戯(ウォーゲーム)』なら、確実に死者を出す。自分を殺しに来させるほどの憎悪を態々植え付けているぐらいだし、それは間違いない。

 

「まだ、終わりじゃない!」

 

 立ち上がるベル。闘気は衰えず。ならば良しと迫るヴァハ。狙いは、足!

 

「へぇ……」

 

 よく見ろ! とベルはヴァハの動きを注視する。誰よりも長く側にいて、誰よりも真っ先に憧れていた存在。

 英雄になった自分を妄想する時、自分は誰の動きを真似してきた!!

 

「そういやアイズに鍛えられてたんだったか? それにしても、良く避ける」

「ずっと、見てきたから………!」

「そうかい、嬉しいねえ」

 

 だが、多少動きを先読みする程度で埋まるほど、彼我の差は浅くない。ヴァハがベルの反応できない速度で足を踏みつけすぐ離す。反射的に踏まれた足を持ち上げバランスを崩したベルに叩き込まれる無数の拳。さらに雷霆の剣が左腕の腱を切り裂く。

 

「───っ!!」

「ハハハ! これから戦争するってのに、片腕切られた程度で止まってんじゃねぇよぉ! 切り落とされた訳でもねえんだ!」

 

 硬直したベルの首を掴み、観客席のすぐ下まで投げ飛ばすヴァハ。ドゴォン! と土煙が上がり闘技場の一角がひび割れる。

 

「お〜い、生きてるかぁ?」

「……………何とかね」

 

 瓦礫を押しのけ立ち上がるベル。やはり、折れていない。ヴァハは笑みを深める。やはりベルは面白い。だが、一つ理解できないこともある。

 

「わっからねぇなあ、何でアポロンとこの奴等を庇うんだ、お前?」

 

 祖父を失ったベルが、悲しんでいたのは知ってるし、同調しやすい彼が他の人間に同じような思いをして欲しくないと考えているのも理解している。

 だがそれはそれ、これはこれだ。ましてや【アポロン・ファミリア】は今回の大胆な行動を考えれば、眷属を手に入れる為にベルが嫌うその感情を誰かに与えていた可能性すらある。

 

「あれは英雄が殺さなきゃならねえ悪だぜぇ?」

 

 物語の英雄は、何時だって悪人を殺してきた。孤独に狂った娼婦を殺した。悲しみに泣き叫ぶ騎士を殺した。モンスターにしか愛を与えられなかった少女を殺した。

 英雄とはそういうものだ。万人が定めし悪を討つための装置だ。

 

「お前の憧れのアイズも、そのファミリアも、暗黒期には多くの人間を殺してる」

「…………そう、かも。でも……僕は、アイズさんに憧れて、背中を追いかけて、隣に立ちたいって思って、あの人みたいになりたいって思ってるし、物語の英雄に憧れている………けど、兄さんが言うような、悪を倒すなんて………僕は()()()()()()()()()()()()

「……………」

「僕は、英雄が悪を滅ぼすから憧れたんじゃない、英雄が、誰かを笑顔にするから、憧れたんだ!」

 

 ヒキ、とヴァハが弧を描く口から、息を零す。楽しそうに笑っている。ベルの夢を笑った訳でもない、ただ、自分の言葉に揺らがず、かと言ってムキになって決意を固めた訳でもなく、それでも尚強く見つめ返すベルが面白いからだ。

 

「殺さなきゃいけない人は、居るのかもしれない。でも、そうやって命に価値を決めたら、僕はこの先も、仕方ないって割り切る。悪人、善人関係なく、笑顔に出来なかった言い訳をつくる………」

「だろうなぁ。お前は意地は通すが意志を通しきれるかは微妙だもんなぁ」

 

 言い訳が無ければ貫けるだろうが、言い訳が出来てしまえば、それてしまう。それを己でも解っているベルは、意地でも言い訳には縋らない。言い訳を見つけていないふりをする。

 だけど、ベルはそれだけで【アポロン・ファミリア】を庇う訳ではない。

 

「……………」

 

 思い出すのは、オラリオに来る前に同行させてもらった商隊。モンスターに襲われた所を、ヴァハが助けた。文字通り、モンスターをグチャグチャにして。

 その時の商人や護衛達の目を、覚えている。

 

「兄さんはさ、僕がオラリオの人達に嫌われたら、どう思う?」

「まあそういう事もあるだろ」

「だよねぇ………」

 

 彼にこんな質問しても意味なかった。というか、そもそも解り合う必要は、ないんだ。自分は説得しに来た正義の味方なんかではないのだから。

 ゴォン、ゴォンと鐘の音が響く。ベルの右腕に光が溜まっていく。

 

「ハハァ………良い目だ、ベル」

 

 ナイフをしまい、左腕が動かない故に多少歪な構えで拳を握りしめるベル。

 

「そうだなぁ! 英雄になりたいってほざくなら、力を示せ! 力なき言葉はなんの意味もねぇ、己の理想を押し付ける力を、示してみせろ!」

「示すよ。だけど、これは理想のためじゃない………」

 

 未だ、兄はベルを敵と見ていない。弟だからではなく、弱いから。

 

「だとしてもぉ!」

 

 駆け出すベルに、敢えてのってやったのか、ヴァハも拳を振るう。ぶつかり合う拳。弾かれたのは、ベル。

 

「……あ?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 鐘の音は、止まらない。何時の間にか拳の光は、左足に。

 

「う、おおおおおお!!」

 

 明らかに砕けた手の骨と折れた腕の骨。とんでもなく痛い、転げ回りたいほどに。その痛みに耐え、弾かれた勢いを利用し体を回転させ蹴りを放つベル。

 

「っ!!」

 

 今度はヴァハが吹き飛ばされた。観客席まで吹き飛び、席を複数破壊する。それでも警戒を解かずに土煙の奥を睨めばヴァハが土煙の中から楽しそうに笑っているのが見えた。が───

 

「そこまでだ! 両者とも、動くな!」

 

 そんな声が聞こえた。どうやら【ガネーシャ・ファミリア】がやってきたらしい。ベルはその場で気絶した。

 

 

 

 

「………………」

 

 気絶したベルを見下ろしながら、ヴァハは己の腕を見る。とっさに血液を硬化させたが、怪我自体は負っている。戦闘続行は可能。このまま戦えば自分が勝つ。だが、一撃入れられたのは事実で、そういうルールにしたのも自分。

 弱く見積もったつもりはない。ベルの実力はきちんと測って、その上で傷1つつけられるつもりはなかった。その予想を超えてきた。

 やはり、面白いな我が弟ながら。




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祭りに向けて①

電波の入が悪くて見れなかった最終話もとうとう見れた。いやぁ、熱かった。


 あまり進んで入りたくない構造の『アイアム・ガネーシャ』に通されたクラネル兄弟。

 団長であるシャクティは、言い分を聞いて頭を抑える。

 

「つまり、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に向けて鍛錬する場所を求めて、闘技場に侵入したと?」

「えっと、はい……その、ごめんなさい」

「悪かったなぁ」

 

 シュンと落ち込む弟の方はまだ良い。なんかこう、庇護欲がくすぐられるがシャクティはその辺りの公私はしっかり分けられる。兄の方は反省した様子もなくヘラヘラと笑っている。

 

「『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に向けて特訓、か………つまり、ガネーシャか!!」

「いえ、僕はベル・クラネルです」

「おいこいつ何言ってんの?」

 

 ガネーシャの言葉に改めて自己紹介するベルとガネーシャの奇行が何なのかシャクティに尋ねるヴァハ。シャクティは無視してくれ、と頭を抑えた。

 

「まあ、事前に申請さえしてくれれば貸し出すような場所だ。何より、朝の騒動の際本来諌めるべき我々の挙動が遅れた負い目もある。初犯だし見逃そう」

「あ、ありがとうございます!!」

「ただヴァハ・クラネル。お前は市民から色々と苦情が来ている」

「ハハァ。冒険者つうモンスターと変わらねえ強さを持った連中がドンパチやってるところに来るんだ、むしろ巻き込まれて死んだり、人が死ぬところを見なかっただけで喜ぶべきだろぉ? それともぉ『冒険者同士が争っていたら市民は避難しましょ〜って公文が守られた事はここ数年ありませんでしたぁ。その結果残虐行為を見ることになりましたが冒険者が悪いです』なんて発表するかぁ? 無理だよなぁ」

 

 そうなれば都市の守護を行うガネーシャ達が様々な派閥から敵意を買う。

 あくまで市民を守る彼等が、避難出来なかった市民を保護するならともかく避難()()()()()市民の文句を聞いて冒険者を責めることは出来ないのだ。ヴァハはトラウマを植え付けても直接手を出したりはしていないのだから。

 

「お前は、性格が悪いな」

「よく言われる。長所だと思っている。良かったなぁ、これから俺に嫌なことされても、嫌な奴と知ってる相手から嫌な事をされるのと、嫌な奴だと知らない相手から嫌な事されるのはストレスが段違いだ」

「…………」

 

 ビキ、とシャクティの額に青筋が浮かぶ。

 

「ま、まぁまぁ落ち着けシャクティ! 彼の言うとおりだ、本来なら避難すべき状況でありながら避難せず、喧嘩を覗こうとした市民に落ち度がある。やりすぎではあるかもしれないがそもそもアポロンが先にやりすぎている。彼を非難出来ない………は! ガネーシャ、今面白いこと言っ──!!」

 

 ドゴォ! とガネーシャの机が圧し折れた。

 

「すまん、気が立っていた」

「はい、すいませんでした」

 

 シュンとテンションが下がったガネーシャであった。

 

 

 

「お疲れ様です」

「あ、アミッドさん」

「よおアミッド……丁度いいベル、礼を言っとけ。お前の腕治したのこいつだ」

 

 『アイアム・ガネーシャ』の股間(出入り口)から出て敷地の外に出るとアミッドが居た。アミッドはジトッとした目をヴァハに向けている。

 

「弟相手に、些かやりすぎでは?」

「ハンデはくれてやったさ。手加減は、こいつ自身が望まなかったろうからなぁ」

「あ、うん。えっと、だからアミッドさんも兄さんを怒らないであげてください」

 

 反省の様子なしのヴァハと、むしろ被害者であるのに申し訳なさそうなベル。そんな兄弟を見て、アミッドはため息を吐く。

 

「時に、【ソーマ・ファミリア】でも何やら事件があったようですが」

「主神のソーマがその件に関しちゃ『戦争遊戯(ウォーゲーム)』でけりをつけるって決めたんだ。主神の言葉がある以上、眷属がどれだけ喚こうとギルドもガネーシャも動かねえよ」

 

 あの眷属にすら興味がないと噂のソーマをどう説得したのだろう。彼の事だから、まともな方法ではないのだろうが。

 

「で? 用件はそれだけか?」

「………これより『戦争遊戯(ウォーゲーム)』まで、我々【ディアンケヒト・ファミリア】は【ヘスティア・ファミリア】と【ミアハ・ファミリア】を支援します」

「え?」

「はぁ? あの爺がそんなこと許すのか?」

「私が、個人資産とディアンケヒト様がファミリアに内緒で売上から横領していたヘソクリを賭けたので。取り返す為には、貴方達に勝ってもらわないといけなくなりました」

「へぇ、思い切ったことすんな、やっぱ」

 

 護衛がいるとはいえ26階層に潜ったりと、やっぱりいざという時の行動力が高いアミッドにヴァハはケラケラと笑う。

 

「んじゃ、ベルを頼むぜ」

「え? あ………その、私は……えっと、あのスキルの関係上貴方の側にいた方が良いのでは?」

 

 ベルの背を押しその場から去ろうとするヴァハにアミッドが慌てて声をかけるが、ヴァハは歩き出す。

 

「悪いが少し一人で行きたいところがあるんでな。まあ、俺のスキルならそもそも修行程度じゃ死にかけはしねぇよ」

「いえ、説得力ありません。貴方、自分がどれだけ巻き込まれ体質が自覚して………あ!!」

 

 ヴァハはそのまま屋根の上に飛び乗りあっという間にかけていった。Lv.3とはいえ非戦闘員。バリバリの前衛であるヴァハに、追いつけるわけがない。

 

「あ、あの………なんか、兄がすいません」

「気にしないでください、彼が此方と歩幅を合わせる事なんて、それこそ可能性の低い話でした………そんなに、私と居たくないのでしょうか?」

「え?」

「何でもありません」

 

 

 

 その翌日の昼頃、ダンジョン内でドゴっと殴打音が響く。倒れるのは、金色の髪を伸ばし前髪で目を隠した少女。

 

「くそ、くそぉ! 私が、この私がお前なんかと!」

 

 彼女を殴ったのは、顔に包帯を巻いた男だ。他にも何名かいるが、少女以外皆顔に包帯を巻いている。誰一人少女を助けようともせず、むしろ忌々しげに睨んでいる。

 少女を殴った男は、本来あるはずの耳の膨らみが無かった。

 

「っ、や、やめてください………わわ、私、あ、貴方達にはなに、何もして……うぐ!?」

 

 腹を蹴られ地面を転がる少女。包帯の男女はしかしそれでも溜飲が下がらないのか少女を何度も蹴りつける。

 

「………行くぞ。こんな醜い女でも、Lv.3だ。この階層のモンスターには遅れはとるまい」

 

 と、その男が言えば特に反対意見が上がることなく包帯の男女は頭を抱え震える少女を睨んだ後、その場からさる。

 

「なんで、私……あ、貴方達には何も………何もし、してないのに。ア、アポロン様の愛をう、失った、同じなか、まなのに………」

「お、いたいた」

「ひぅ!?」

 

 と、不意に聞こえた声にビクリと震える。まだ暴力が振るい足りなかったのか、と恐る恐る顔を上げる。

 

「酷い怪我だな、大丈夫か?」

「…………あ」

 

 顔についた泥を、優しく拭き取られる。顔を上げたその先に居たのは、赤い髪の少年。

 

「よおクリュティエ、相変わらず綺麗な目だなぁ」




カサンドラが見た夢

 傷ついた兎、太陽から放たれる炎に打たれボロボロになっていく兎は、しかし突然反撃し、炎を噛み潰し、太陽を飲み込む。

もう一つ

 カサンドラは一人草むらに立っていた。そこには月桂樹が一つだけ育っており、カサンドラはそれに水をやろうとする。落雷が落ちて、月桂樹を焼いた。
 カサンドラが泣いて縋ると月桂樹は元の姿を取り戻すが、また落雷が落ちる。カサンドラに治せる範囲で焼き、カサンドラが燃えてしまわぬように治しても、雷は何度も何度も月桂樹に落ちる。


さらにもう一つ

 そこは数多の躯が転がっていた。
 いいや、躯ではない。皆まだ、生きていた。カサンドラが治癒しようとすると、一人の頭が()()()。黄色い花びら、抹茶色な中央。
 此方に向くその花は、向日葵。まるで大きな目を持った花がじっと見つめてきてるかのようで、カサンドラは思わず後退るが誰かにぶつかる。後ろに倒れていた男が立ち上がっていた。
 その男の顔も、咲いていた。
 あちら此方で、向日葵が咲く。
 人の顔を溶かして、向日葵が咲く。人の体を持った向日葵畑。カサンドラはそこで目が覚めた。



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素直な気持ち

──ヘリオトロープって、向日葵だっけ?

 

 と、宴での事をベルに話すと、ベルはヴァハが出会ったと言う少女の二つ名を聞いて、そんなことを呟いた。

 まあそれは勘違いなのだが。ヘリオトロープは紫の花だし、そもそも向日葵は………

 なんてことを説明したのを思い出しながら目の前の少女を見下ろす。現在敵対しているはずのヴァハが現れ、優しくされ、混乱しているクリュティエを。

 

「え、あ………ヴァハ……クラネル、さん? な、何で………」

 

 敵対派閥だ。本来ならその手を振り払うべきだろう、しかし最早触れられるどころか目も合わせてくれなくなったアポロン以来の、優しく撫でられる感触にそんな考えも溶けていく。

 

「あ、あの………どうして、ここに?」

「冒険者がダンジョンに潜るのが不思議か? 別に、【アポロン・ファミリア】が闇討ちしてきてもモンスターの餌にする自信あるしな」

 

 クリュティエの顔についた泥や血を拭き終え、取り出したのはポーション。『調合』を持たぬヴァハが作ったものだから効力は多少下がるも十分傷を癒せる。

 

「あ、ありがとう、ご、こご……ございます」

 

 優しくされるなど、本当に久しぶりでガチガチに緊張するクリュティエ。

 お礼言ったけど、これで良かったのだろうか? 服を脱いで手を煩わせたことを謝罪するのが先では? などと卑屈極まりない事を考えるクリュティエの腕を掴み、ヴァハが立たせる。

 

「まあ、何だ。せっかく会えたんだし少し話でもしようぜ。リヴィラで酒でも飲むか?」

「あ、は、はい………」

 

 押しに弱い。ましてやここ数年来の自分に悪意を向けてこない相手。差し出された手を掴み、立たされる。何故か上機嫌なヴァハに連れられ混乱したままリヴィラに向かう。

 集合時間は、明日だし。大丈夫といえば大丈夫だけど。

 

 

 

 

「あ、あの………何で、私をさ、誘ったんですか?」

「暇だったから」

 

 もうすぐ『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を行う筈なのに、暇? 種目が決まってないとはいえ、修行はしなくていいのだろうか? 普通、酒場で酒を飲んでいる場合じゃない気がする。

 

「良いんだよ。あいつ等つまらねえからなぁ………」

 

 どうせ結果は変わらないしな、と言い切るヴァハ。敢えて【ソーマ・ファミリア】を追加したりと、【アポロン・ファミリア】が優位になるようにしているように見えて、実際は少しも優位になってるなどと思っていないのだろう。

 【アポロン・ファミリア】の顔を剥がれた10人や彼等と仲が良かった団員、あるいは顔を剥がれた彼等から興味を失ったアポロンを見て自分達はああはなるまいとする団員などは、あわよくば事故に見せかけて彼を殺そうなどと考えている。

 裏切り、策謀、殺し合い、因縁、私怨、それら全てを愉しみたい神々により『戦争遊戯(ウォーゲーム)』で起こったあらゆる不祥事は罪に問われないというルールがある。それを解った上で殺意を煽るのは、その方が楽しいから。理解できるものなどそれこそカーリー辺りの殺戮や闘争を好む神々ぐらいだろう。

 

「その点お前は面白そうだなぁ」

「わ、私、がですか?」

「ああ、いい目をしてるしなぁ」

 

 さらりと前髪をすくうヴァハ。単色ではない、特徴的な瞳が顕になる。

 

──君には失望した。二度とその目を私に向けるな

 

「─────!!」

 

 だが、最愛の太陽に言われた言葉を思い出し思わず目を逸らす。また拒絶されるのではないか、この好意も一時的なものではないのか、そんな風に考え、目の前の彼を見られない。

 

「そ、そんな、そんな目で、見ないでく………ください………私、な、なんて。そんな、どうせ……失望されて、き、嫌われ………」

「俺は誰かを嫌いになった事はあまりねぇよ」

 

 あまりではないが少しはあるのだろうか?

 金糸のような髪を撫でながらケラケラ笑うヴァハに、本当に嫌われないのだろうかと少し期待を込めた目で見るクリュティエ。

 

「………………」

「あん?」

 

 ふと周りを見るとこれみよがしにイチャイチャしやがってと言いたげな視線が集まっていた。あまり目立ってクリュティエが敵と繋がっているなんて言われて『戦争遊戯(ウォーゲーム)』中に拘束でもされていたら面倒だ。場所を変えるか。

 幸い人が全くいないヴィリーの宿を見つけた。二人だけだが貸し切り状態だ。

 

「昔ばなしでもしようぜ、お互いの」

 

 ヴァハは話す。祖父と弟だけで育ってきた事。途中旅に出たこと、この手で殺したかった女に先に死なれた事、弟と再会ししばらくしてから祖父が死んだと聞かされオラリオに来たと言う事。

 

「お前は?」

「わ、わ、私は、アポロン様に、さ、誘われて……」

 

 クリュティエ・オケアノスは王族。

 王位継承権を持つ上の兄姉達や、継承権を持たない中程の兄姉、弟妹達が居た。その中で、何時も虐められていた。

 気持ち悪い目だと蔑まれ、家庭教師達から虐めにあい、まともに勉学も受けられぬ故に年下にまで無能と嘲られていた。自分に価値を見いだせず、引きこもろうとも引きずり出され、消えてしまいたいと何度も思った。そんな中、美男美女を探しに来たと現れたアポロンが手を差し伸べたくれたのだ。

 もちろんどれだけ見下されようと王族の血がある彼女は政略結婚の道具になる。拒否された。だから、城から抜け出す為に、兄弟達の真似をした。言ってもないことを言ったと言い、やってもない事をやったと教え、それを各派閥の貴族や騎士にもやって、アポロンが滞在する2週間最後の日に、乱心だなんだとあちら此方から悲鳴が響く城から脱出して彼の下に辿り着いた。

 

「だ、だから……アポロン様は、私をすす、救ってくれて………でも、アポロン様を見つめても、アポロン様は他の男ば、ばかり………」

 

 寂しくて、苦しくて、だから、ほんの些細な嘘を教えた。皆、皆、アポロンの愛を欲しがっていたから、アポロンの愛を受け取る者に嫉妬していたから。ほんの些細な嘘で、殺し合った。数が減った。

 自分より新しいのがいなくなって、自分が一番新しくなって、だからまた見てもらえる、そう思ったのに。

 

「な、何がいけなかったんでしょう………そ、それに、迷惑かけてないみ、皆さんまで私を嫌って………」

 

 彼女にとって嘘は身を守る鎧で、嘘の情報で疑い殺し合うなんて王族なら偶にあること、その程度の認識なのだろう。ヴァハが過去立ち寄った王国でも赤子が生まれたという理由だけで反逆罪の罪を着せられ処刑された側室居たし。

 

「さてねぇ、なんでだろうなぁ」

 

 ケラケラ笑い、ヴァハはクリュティエの頬を撫でる。

 

「でもまあ、【アポロン・ファミリア】(あのなか)じゃやっぱりお前が一番いいなぁ。グニャグニャにネジ曲がってて、グチャグチャに混ざってる」

「? え、えへへ………」

 

 良く解らないが気に入られているらしいので、へニャリと笑うクリュティエ。ヴァハも胡散臭いほどニコリと笑うとベッドに横になる。

 

「お前はもうちょい素直に生きろよ」

「…………す、素直に?」

 

 そう言われても、よくわからない。本心を曝け出した結果が今なのだ。

 

「アポロンを見ろよ、好き勝手に生きてるだろぉ? なのにお前だけしちゃいけないなんてあんまりじゃねえか」

「で、でも、ダフネちゃんとかも、我慢して……」

「ああ、()()か………あれもあれで、まぁまぁ遊べそうな奴だよなぁ」

 

 ベルから聞いた特徴と、アポロンのホームを襲撃した際に見かけた女を思い出しケラケラと笑うヴァハ。

 

「や、やっぱり、ほほ、他の女の話を………」

「するに決まってんだろぉ? 俺は別に、お前に愛を囁いているわけじゃねえんだぜぇ」

「そ、それ、それは………そう、ですけど……」

「文句があるなら言えよ。私の前で他の女の話をしないでぇってなあ。それでキレたりしねぇよ。俺は素直に生きてる奴がだぁい好きだからなぁ。ガキとかティオナとかベルとか爺とか。ただしヘルメスは駄目だけどなぁ」

 

 文句があるなら言う。それも、素直になれということなのだろう。素直、己の本心に従うこと。自分は、何をどうしたい。何がどうなって欲しい。そうなった結果、自分は、どうなってしまう?

 

「どうなろうと俺はお前を肯定してやるよ。言ったろお? 俺は素直に生きてる奴が好きなんだ」




因みに後にヴィリーの宿にはアミッドやアスフィが泊まりに来て(アプリイベント)ヴィリーがうっかり『最近名を上げてるヴァハ・クラネルも女と泊まった』と言ったとか言わなかったとか


素直な気持ちを伝えるって大切だよね。うん。


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祭りに向けて②

 翌日、クリュティエと別れ下層のモンスターを捕らえ血を啜るヴァハ。期限はまだあるし、後は水をやった種がどう芽吹くか見ものだ。

 

「んでぇ、何時まで後つけてくるんだよ」

 

 ヴァハの言葉に物陰から人影が現れる。フィルヴィスだ。

 

「す、すまん。その、ディオニュソス様も今回の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を気にしていてな。お前のことだ、万が一は無いと思うが、お前の他に【アポロン・ファミリア】の何名かもダンジョンに入ったと聞いて……」

 

 嘘ではない。【ロキ・ファミリア】や【ヘルメス・ファミリア】に比べれば規模こそ小さいものの、戦力として申し分ない『怪人(クリーチャー)』や極彩色のモンスターに関わりがあるヴァハが、大丈夫だとは思うが【アポロン・ファミリア】に負けた場合取り込まれてしまうのは見過ごせないとディオニュソスが判断したのだ。

 そこで、出来うる限り手伝ってやるように言われたのだが………。

 

「俺が【アポロン・ファミリア】の人間と同じ宿から出てくるのが見えて、混乱してたと」

「あ、ああ………お前のことだし、弟と敢えて敵対するの楽しみそうだし」

「それはもうやったがなぁ」

「………は?」

 

 ついでに言えばルール付きとはいえ負けた。想像以上の成長を見せたベルが当日にはどれだけ育つか、それを楽しむために会わぬように潜っていたりする。

 

「弟は無事なのか?」

「どうせ折れないだろうが折るつもりで思っきりボコボコにしてやったぁ。ま、最後の最後で一撃もらったがなぁ」

 

 やる時はやる、あの男の血を引いてるだけはある。血に才能は宿らぬなどとは、その出生故にとても言えぬがあの才能とも異なる素質はきっと血筋関係なくベルに宿ったことだろう。

 

「あの男の血? お前は、引かないのか?」

「俺の父親はもっとクズだぜ」

「お、お前がクズ扱いだと?」

 

 と、若干失礼な反応をするフィルヴィスに気にした風もなくケラケラと笑うヴァハ。

 

「クズもクズだ。馬鹿に唆されるまま最強の才能を持った女に手を出そうとして一蹴されて、腹いせにその妹に手を出したのさぁ。んでぶち殺された……その結果生まれたのが俺なんでな、あの【ファミリア】にゃ俺を嫌う連中と受け入れる連中で見事に分かれたもんさ」

 

 母のとりなしが無ければ生まれる前に腹から掻き出されていた事だろう。皆母が大好きだった。なのに生まれたのはこんなの、故に、特に母の姉の殺意が増した。

 

「なのにあの馬鹿、反省もせず腹の中にいる子供にまで手を出すんだから困ったもんさぁ。ま、その代わりに俺のパシリに使ってる訳だが」

 

 彼のパシリ? 誰だろうか、あいにくと付き合いが限定的で、知らない。

 アミッドだったらとある神が思いつくだろうがフィルヴィスはそれを知らないのだ。ヴァハもそれが誰なのか聞かれない限りはいちいち言う手間をかけたりしない。

 

「まあとにかく、俺は【アポロン・ファミリア】も【ソーマ・ファミリア】も等しく滅ぼす。徹底的に壊す。全力で抗わなきゃ、命をかけなきゃ全てが終わると思うぐらいには徹底的になぁ………」

 

 そして、全てを賭して抗い、向かってくるのを、全力で殺しに来る敵を前に満足げに笑うのだろう。笑って、嘲笑って、愉しんで楽しんだ後に結局滅ぼす。きっとこの男はそういう奴だ。

 

「…………それで、これからどうする? 『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の準備はするんだろう? それとも何もせず向こうが備えるのを待つだけか?」

 

 こいつならどっちもあり得る。前者なら手伝うし後者なら前科ありまくりの【アポロン・ファミリア】やギルドに目をつけられても調査に動かれぬ程度にやるのが得意な【ソーマ・ファミリア】が来ても手助けできるように守る。そういう指示を受けている。

 

「下に向かうぞ。モンスターの血をためておきたいからなぁ」

「………私の血では、駄目なのか?」

「量が量なんでなぁ。お前の血は、地上に戻ったあと口直しに貰う」

「あ、ああ!」

 

 行くぞぉ、と19階層に続く道を向かうヴァハの後を追うフィルヴィス。祭りは近付く。ヴァハは地下で、その時を待つ。




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皆様良いお年を


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戦争遊戯開始

 ダンジョンの中、ジュルジュルと液体を啜る音が響く。それに混じった、押し殺したような嬌声も。

 音の発生源であるヴァハはフィルヴィスから牙を抜く。

 

「ごちそうさん、美味かったぜぇ」

「あ、ああ………」

 

 トロンととろけた表情で応えるフィルヴィス。やはり彼女の血も美味いが、アミッドやユノには劣るな、などと考えながら地上に戻る。

 

「あ、兄さん!」

「よおベル、なんか多いなぁ」

 

 ベルの現在の拠点である宿に向かうと、ヴェルフや命、リューが居た。聞けばヴェルフと命はこれを機に『改宗(コンバージョン)』してくれて、リューは都市外ファミリアからの援軍らしい。ヘルメスが言葉巧みに入れたらしい。

 

「ま、そういうわけでよろしくな」

「一年ほどの移転ですが、決して恥じぬ戦いをすると約束します……」

「……………」

「あそっ………んじゃ、どんなゲームになったか教えてくれ」

 

 ゲーム内容は《攻城戦》。なんとも運のないことだ。ヴァハはケラケラ笑うと笑い事じゃありません! とリリが睨んでくる。

 

「まあ、作戦はありますが……」

「ああ、それ必要ねぇよぉ。てか、潜入はやめとけ」

「えっ………?」

「俺は殺せねぇけどなぁ。だが、死ぬぞ、お前……」

 

 ヴァハはもう、それは楽しそうに目を細めた。

 

 

 

 【アポロン•ファミリア】は防衛側。一足先に会場に到着し、布陣や役割分担を決める。

 そして、城壁の中にある通路奥の、使われていない物置でカタカタと震える女性が一人。

 

「カサンドラ、あんたこんな所で何やってるのよ」

「っ………あ、ダフ……ネちゃん……」

「………っ」

 

 顔を上げたカサンドラは、酷い顔をしていた。目の下に濃い隈があり、ここ最近まともに食事を食べていないから痩せ、まるで幽鬼のよう。

 

「そろそろ『戦争遊戯(ウォーゲーム)』なのよ、あんたも配置に就きなさい」

 

 因みに治癒師(ヒーラー)である彼女の配置は必要ないと思うが団長であるヒュアキントスの側だ。

 

「い、いや!」

「嫌って、あんたねえ」

「お、お願いダフネちゃん………彼処は、嫌なの………こ、ここに………ここに居よう? ここなら………」

 

 何かに怯えるように震えるカサンドラ。その様子は、どうせまた夢でしょなどと切り捨ててしまえば壊れてしまいそうで………。

 夢で未来を見るなんて信じられないが、怯えるカサンドラを無理やり動かす必要はないだろう。それだけの戦力差はあるのだ。

 

 

 

 

 ガラガラと馬車が古城に向かう。かつて盗賊が根城にしていた城。近付くにつれ、ベルの表情が強張っていく。

 

 

「…………む」

 

 微かに感じた世界の揺らぎ。神の権能が限定顕現したのだろう。今この瞬間からオラリオ中の人間が、このゲームに注目している。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)! 開始です!』

 

 その声に、ヴァハは笑うとヴェルフがリューに渡そうとしていた剣を奪う。

 

「お、おい………」

「開戦の狼煙だろぉ? ハハァ………派手に行こうぜ」

 

 刃に手を押し付け、引く。血が滲み剣に付着し、バチバチと紫電を上げながら火の粉を纏う。

 

「落ちろ、焔雷」

 

 ピシピキと亀裂が走っていく魔剣を空高く投げ飛ばすヴァハ。一際強く輝いた瞬間砕け散り、雷が降り注ぐ。燃えるものなど無くとも、炎が発生した。

 

「んな!?」

「に、兄さん!?」

「別に殺しちゃいねぇよ………焼き加減はレアだ」

 

 ケラケラ笑いながら歩き出すヴァハ。どれだけポーションを準備していようと、あの数では顔が爛れて治らない者も多く出たろう。ああ、本当………愉快だ。

 

「来るぞ……」

 

 城壁が穴だらけにされ、一度に何人もやられ、必死になったのか【アポロン・ファミリア】や【ソーマ・ファミリア】の連中が突っ込んでくる。

 

「ヒュアキントスはお前がやれ。俺は、雑魚を殺さねえ程度に痛めつける」

 

 そう言うと、駆け出すヴァハ。ベルも古城に向かい走り出した。



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戦争遊戯①

 ベルとヴァハが駆ける。止めようとする【アポロン・ファミリア】と【ソーマ・ファミリア】。城壁は壊れ、狙ったかのように食料庫や一部ポーション置き場なども破壊されており、重傷者を死なせぬ為にはすぐに終わらせるしかないのだ。

 

「躊躇うなよぉ、ベル。殺さねぇなら狙いは……」

「うん、わかってる!」

 

 何方も己の得物を構え、狙うべき場所を見定める。

 

「手足!」

「顔ぉ!!」

「………えっ!?」

 

 正確に、無駄なく手足の腱を素早く切り裂くベルに対して、ヴァハは不必要なまでに【アポロン・ファミリア】の顔を切り裂き【ソーマ・ファミリア】の鼻や舌を削ぎ落とす。

 

「え? いや、えっ!?」

「ぎゃははは! もう酒を味わえねぇなぁ? アポロンに愛されないなぁ? ほらどうした、来いよ!」

「え、いや………に、兄さん? ええ!?」

 

 ヴァハの凶行にアワアワと困惑するベル。隙だらけだが、敵は殆ど及び腰になり残った者もヘイトをヴァハに向けている。

 

「ここは俺が引き受ける! 今のうちに行け、ベル!」

「なんかいい雰囲気出してるけど完全に私情だよね!?」

 

 流石に付き合いの長いベル。ヴァハの事は尊敬しているがその目は曇ってない。ヴァハはケラケラと笑う。

 

「殺しゃしねぇよ。お前が遅けりゃ、出血死する奴は出るかもだがなぁ」

「っ! ああ、もう!」

 

 この兄はこういう男だった。殺さないで、だなんて契約は甘い。しかし傷つけないでなんて言えるわけがない。

 ようは、このゲームを終わらせれば良い。そして、ヴァハはベルが勝利すると一日もかからず信じてくれているのだろう。それを超えたら死者が出る。逆に言えば、死者が出る前に、ベルなら勝てると信頼されてる。

 

「…………判断早くなったなぁ………てか、あの動き………ああ………ステータス上げまくりゃ互角程度と思ったが……」

 

 さらなる高みに至ったようだ。あれではヒュアキントスは一方的にボコボコにされるだろう。

 

「死ねぇ!」

「このクソ野郎が!」

 

 叫びながら迫る攻撃を回避しながら相手の顔を切り刻んでいくヴァハ。雷霆の剣をしまい、飛び出した血を手に纏い爪を作り顔の肉を抉っていく。

 

「ひ、ひぎぃ!?」

「う、うわああ!?」

「ヒハ! ヒヒャハハハハハアアハハハハ!! ビビってんじゃねぇよ! ソーマをまた味わいたいんだろう? アポロンのアポロンをまたケツに受け入れたいんだろう! だったらぁ、舌と顔も失わないように気張れ! ギャハハハ!」

 

 顔だけで無く、冒険者として必要な手足を切り落としていくヴァハ。大量の血が飛び交う。ズルリと、血が蠢きヴァハに集まっていく。

 

「…………私達、必要だったのでしょうか」

「………一応、俺は魔剣使われたけど」

 

 

 

 

「くっ! 何が起きたってのよ!?」

 

 カサンドラと物置に隠れていたら、突如雷鳴が響き渡ったと思えば崩落音が響き、あちらこちらで怒号や悲鳴が聞こえる。

 

「ごめん、カサンドラ………行ってくる」

「ま、待って……待ってダフネちゃん! 駄目、駄目だよ……落雷に近付いたら……」

 

 飛び出そうとしたダフネの腕を掴み首を振るカサンドラ。しかし明らかに指揮系統が混乱している今、指揮官である自分が行かないわけには行かない。

 

「あんたはここで待ってなさい……」

 

 と、外に飛び出すダフネ。悲鳴が断続的に聞こえてくる。

 

「…………え?」

『ああ?』

 

 そこに居たのは、巨大な化け物。爪も牙も、全てが赤いその怪物は、明らかに人の言葉を発した。

 

「うおおっ!!」

「くたばれぇ!」

 

 と、何名かが果敢に突っ込み斬りつける。僅かについた傷も、すぐに癒えた。

 

『効くかよぉぉ!』

 

 バグりと食らいつく化け物。咥えられた者は肌が青白くなっていき、意識を失うと吐き出される。

 

「ひ、ひぃ………」

『ああん? ザニスじゃねぇかあ……どうした? Lv.2の団長なんだから率先して戦わなきゃ駄目だろう?』

 

 ゲラゲラと楽しそうに笑う化け物がザニスにその顔を近づける。ザニスは糞尿を漏らし気絶した。

 

「しっ!」

 

 と、ダフネが化け物の首筋を短刃(ダガー)で切り裂くがやはり直ぐに塞がる。だが、接近して感じた鉄臭い匂い。

 

「………血、か………」

 

 おそらくは、血を操る魔法で操作した血を全身に纏っているのだろう。

 

「ひ、ひ………」

「あ……」

 

 その見た目は十分な威嚇行為になる。殆どの奴等が、怯えている。

 

「狼狽えるな! 結局は見た目だけだ! 血の鎧から引きずりだすのよ!」

「ダ、ダフネ………!」

「く、くそ! やってやらぁ!」

 

 ダフネの号令に【アポロン・ファミリア】の冒険者達が各々の得物を構える。

 

「誰か、クリティエを呼んできなさい! 彼奴の兵をぶつけて魔力を使い切らせるの!」

『その前にぶち殺しちまえば良いだけだろぉ!』

 

 赤い爪を振るうヴァハ。派手に吹き飛ばされる冒険者達だが、全員手足や顔を斬られているのに内臓や喉には不自然な程傷がない。遊ばれている。

 何人かが食われ、すぐに吐き出される。少しだが大きさが増していく。

 

「見つけたぞ!!」

「死ねええ!」

『んん〜?』

 

 と、包帯の集団が襲いかかってくる。剣を叩きつけようとするも、体表が波紋を上げ、血の底から顔が現れる。

 

「っ!?」

『ひははは! どうしたぁ? 折角のチャンスなのによぉ?』

「…………貴様!」

 

 それは人の顔の皮だった。よくよく見れば、吐き出された者達の顔の皮が剥がれている。

 

『いやだ』『殺さないで』『傷つけないで』『アポロン様に捨てられるぅぅぅううひひひひははははは!!』

 

 眼窩の奥の瞳も、口の中の歯も舌も真っ赤。骨格を硬質化した血で再現しているのだろう。声は、口の中の血を振動させているのだろう。

 

「知ったことか!」

 

 と、エルフなのか魔法力の強い包帯の男が魔法を放つ。

 

『ぎゃあああ!』『痛い痛い!』『やめてくれぇぇ!』

「───っ!!」

 

 ダフネは思わず息を呑む。吐き気がする。なんて悍ましい手を平然と使ってくる。

 

「てめぇ! 良くも俺の顔をぉ!」

 

 と、顔を失ったばかりの男が血を吹き出しながら迫ってくる。仲間割れする【アポロン・ファミリア】に怪物はゲラゲラ笑うを

 

『笑わせてくれた礼だ、止血してやるよ………【血は炎】』

 

 ゴボ、と喉が膨らみ、口内が輝く。

 

「っ! 退避!」

 

 カサンドラが叫ぶが、包帯エルフや怪我人は間に合わない。炎が地面に向かって吐き出され津波のように炎が広がる。

 あちらこちらから悲鳴が上がる。火力を調整したのか、確かに恩恵を持つ者なら死なない程度の火力で、皮膚が焼かれ止血する。あれでは余程高級なポーションを使わねば傷跡が残るだろう。

 

「この、化け物がぁぁ!」

「死ね、死ねよぉぉお!!」

「無闇に近づくな! 血を吸われて餌にされるだけよ! 距離を取って、魔法や魔剣を撃ち続けな!」

『───!!』

 

 炎や稲光が上がる。雨のように降り注ぐ魔法に、ヴァハの動きが抑えられる。指揮官であるダフネを潰そうと、ダフネを睨み魔法の雨に突っ込んでくるヴァハ。

 単調な動き、隣の団員から魔剣を取り上げると爪を回避し、その背に魔剣を突き立てる。

 

「爆ぜろ!」

『─────!!』

 

 内側から風の刃に切り刻まれ爆ぜるヴァハ。辺りに大量の血が撒き散らされる。

 

「やったか!?」

「やったろ! ザマァを見やがれ!」

「本当にやったのか!?」

「だからやったって! 見ろよ、跡形もねぇ!」

「本当の本当に?」

「何だお前、しつけえ…………え?」

「ん〜? どうしたぁ?」

 

 ヘラヘラと首を傾げるその男に、誰もが言葉を失う。そこに居たのは、【アポロン・ファミリア】の制服を着こなしたヴァハ。

 

「な、なんで………だって、声………」

『馬鹿だなぁ、こんなもんちっとばかし血を震わせれば何処からでも出せるぜぇ?』

 

 と、飛び散った血の一部を振動させ口を動かさず、別の方向から声を出すヴァハ。

 

「ぼーっとすんな! また血を纏われる前に、今が最後のチャンスと思え!」

「ハハァ………判断がはえぇなあ」

 

 直ぐに斧を振り下ろしてきた男を蹴り飛ばし、迫りくる冒険者達を前に笑うヴァハ。

 

「起きろガキ共、遊びの時間だ」

 

 一人の冒険者が、何かに足を取られそうになる。剣を振り上げた腕を何かが掴む。

 

『……あそぼ』『あそんで』『パパいじめちゃだめ』『あ、あ……』『うにゅ〜』『あそび』『おもちゃ』『こわ、さない』『あそべ』

 

 ボコボコと飛び散った血痕が泡立つ。それは、無数の赤子の姿をとった。




【吸血鬼の花嫁】
・吸血による対象の魔力回復、治癒力超向上
・【最終吸血時に全てを対象に捧げる】

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戦争遊戯②

 開始早々、鏡に映されたのは『只今映像が乱れております』という文だった。

 

「…………ロキ、これはなんだ?」

 

 【ロキ・ファミリア】、黄昏の館のとある一室。幹部や二軍が集まり、そんな彼等の代表であるフィンが神の鏡について知る神であるロキに尋ねる。

 

「あ〜、こりゃ規制やな」

「規制?」

「昔なぁ、戦争遊戯(ウォーゲーム)で相手ミンチにした奴がおったんやけど、当然グロいやろ? なれとらん一般人にゃきつ過ぎる〜、ってギルドに苦情が寄せられたんよ」

 

 その結果、神々だけが見るバベルはともかく、それ以外の場所ではあまりにグロいと判断された場合、こうして規制が入るのだ。

 

「お、映った」

「? ベルだけ?」

「別れたようだな。こちらは問題ないらしい………まあ、オラリオ中に映せないようなことを嬉々としてやるのは、ヴァハだけだろう」

 

 リヴェリアが呆れたように言う。まあ、ルール的にはベルかヒュアキントスがやられたら終わりなのだ。最悪、そこだけ切り抜けばまあ問題ないと言える。

 

「とはいえ、気になる………映せないのか?」

「まあ神ならチャンネル操作出来るけど………ちょい待ってな、今規制緩める」

 

 と、鏡に手を向けるロキ。ザザ、と鏡に映る映像が歪み………

 

『きゃはは』『あ、あは』『ひひ』『あ、とれた』『ふふははは』『くきき』『ちょーだい』『だめぇ』『はんぶこする』『きれた!』『あみゅぅ〜』『ははは』『まるい! しろい! あおい』『きれ〜』『こっちは、ちゃいろ!』『おお!』

 

 眼球のない、窪んだ眼窩の真っ赤な赤子達が【アポロン・ファミリア】の団員達()遊んでいた。ケラケラと楽しそうに、無邪気な笑い声が響く。本当に、遊んでいるように笑う。例えば誰かの目を己の眼孔に収めた赤子を見て、別の赤子が手を叩いて笑っている。

 

「……………きゅう〜」

「レ、レフィーヤ!?」

 

 レフィーヤは気絶した。ラウルも顔を真っ青にして失神した。殆どの団員が顔を青くする中、その赤子に見覚えがあるリヴェリアは目を見開く。ありえない、だって、あの魔法の使い手はもう死んだ筈なのだ。

 

 

 

 

「な、何なんだよ、こいつ等!」「来るな! 来るなぁ!」「やべろおお! 目を、返せぇ!」「指、俺の指がぁ」

「あはははは! 殺すなよぉ、お前等。殺さなきゃ好きにしていいがなぁ」

 

 手頃な瓦礫に腰掛けケラケラと楽しそうに笑うヴァハ。その地獄絵図に、ダフネや一部団員達は息を呑む。これはヴァハの魔法。ならば、ヴァハを討てば消える筈。なのに、近付けない。恐怖で足が動かないのだ。所詮はLv.2。

 だが、正義に熱いLv.4のエルフは別だ。

 

「今すぐあの赤子を消しなさい」

「あん?」

 

 首に添えられた木剣を振り返るヴァハ。見れば覆面のエルフ、リューがヴァハを睨んでいた。

 

「いくらなんでもやりすぎです。あれは最早、己の居場所を守るための戦いですらない」

「俺が悪だとでも? 正義の女神の眷属は、なんとも高潔なこって」

「っ! 貴様!」

「だがあれは悪だ。悪がやられてるだけだから、ほっとけ」

「確かに、彼等は町中でも暴れた………しかし───」

「ああ、違う違う」

 

 と、ヴァハはリューの言葉を遮りニヤニヤと笑う。

 

「ギルドの目のないオラリオの外で気に入った子供を手に入れるために、そいつの職場や家族を、恩恵持たぬ唯の人類を恩恵持ちが痛めつけてるんだぜ? 娘を連れてかないでぇ、って縋った爺を蹴り飛ばして、腰の骨折って一生歩けなくした事もあるそうだ。そんな奴等を、きひひ………助けるのも正義かぁ?」

 

 ケラケラと楽しそうに笑うヴァハ。因みにコレって比較的に優しい事例だぜ? と笑う。

 【アポロン・ファミリア】は悪だ。無理矢理、そうせざるを得ないほど追い詰め眷属にした者も居る。何なら婚約者と引き離され、自殺した奴だっているかもしれない、それほどまでに真っ黒な連中だ。なにせ主神の命令なら神を()()()()()()()()()()事も躊躇わない奴等だ。

 

「くそ! ベル・クラネルだ! 彼奴を倒せば、そもそもゲームが終わる! てかクリティエはまだなの!?」

 

 と、ダフネが叫び我に返った団員達がベルの後を追おうとする。その集団の先頭に立っていた男をヴァハが踏みつける。仙骨あたりがバキリと砕ける。

 

「ハハァ。ざぁんねぇん、行かせねぇよ? てめぇ等は俺のガキ共に遊んでもらう」

「う、うわああ!!」

 

 恐怖に駆られた一人の男が突っ込むが鼻の骨が圧し折れるほどの力で殴り飛ばされ赤子達の海に落ちる。新しい玩具に集まる赤子。肉食系獣人特有の鋭い歯を見てから己の口を見て、早速皆で分ける事にした。くぐもった悲鳴が聞こえてくる。

 

「くっ!」

『あうう!』『うええ!?』『びいい!』

 

 と、リューが赤子達に攻撃するが本物の赤子のような泣き声に思わず体が硬直し、その間に赤子達は数を増やす。

 リューは遊んでいいと言われた玩具ではないので放置する。というかいじめられるから近付かない。

 

「おっと」

 

 その様子を見てニヤニヤ笑っているヴァハに殴りかかろうとするもヴァハが背中にひっついていた赤子を槍に変え投げつける。

 

「この……!」

「ハハァ………お前、ダフネだっけ? 無理やり仲間にされたんだってなあ?」

「それが、何よ……」

 

 嫌な事を思い出させるなどでも言うように睨んでくるダフネに、ヴァハは嘲る様な笑みを浮かべる。

 

「うちの弟に色々言ったらしいなぁ。ご愁傷様とか、ウチ等も無理やり入れられた被害者なんですぅ〜とか」

「何よ、何が言いたいわけ!?」

「でもよぉ……お前の指揮、見事だよなぁ? 他の連中も、お前の号令にきっちり従うし、我に返る!」

「グチグチと、言いたい事があるならハッキリ言え!」

「私ぃ、被害者なんですぅ〜なんて嘘を吐くなよ。俺の弟は純粋だから信じちまうだろぉ?」

「……は?」

 

 弟を気づかうふりをしながら、それはダフネに対する嘲りだった。

 

「お前初めてじゃねぇだろ、追いかけっこ。これまで何人、アポロン様ぁに無理矢理さらってきた可愛そうな本物の被害者捧げてきたぁ?」

「………私達は、被害者じゃないって言いたいの?」

「さっきからそう言ってんだがなぁ………もうちょいはっきり言ってやんねぇとわかんねぇ?」

 

 ヴァハがヘラヘラ笑うと子供達もパパが笑っているからなんだか知らないがキャッキャッと笑う。

 

「てめぇもてめぇを追い回して街から、国から追い出した奴等となぁんも変わんねえよぉ! ベルに言ったんだってなぁ、仲間になる子を傷つけたくないから素直に捕まれってぇ! 笑わせんなよ! 本当は、それでベルが、追いかけ回されてる誰かが逃げ切っちまったら惨めな思いをするからだろう!? 私は親友のカサンドラの事も思って捕まりました、だって逃げるなんて無理だもん、なんて言い訳が使えなくなっちまうもんなぁ? 自分は捕まりたくなかった、でも他人には捕まって、地にはいつくばって自分より惨めになってほしい。情けない女だ! ぎゃははははははは!!」

「────!!」

 

 腹を抱えて笑うヴァハの顔面に向かって短刃(ダガー)を振るうがその手首を掴み、腹に膝を叩き込む。

 

「こ、この!」

「放しやがれ!」

 

 指揮官が居なくなるのを恐れ向かってくる団員。ヴァハがキシ、と笑う。

 

「ハハァ!!」

「っ!? がっ!」

「かは!」

 

 しかし振り上げた剣を止めざるを得なくなる。

 

「こ、この……」

「どうしたぁ? 受け止めろよぉ」

 

 今の衝撃で関節が外れたのか、腕がおかしな方向に曲がっているダフネ。彼らが剣を引いたのは、止めなければこちらに向かって振るわれたダフネを斬ってしまうためだ。

 

「お、お前! 女を武器に、恥ずかしいと思わねぇのか!?」

「そういうお前はアポロンの気に入ったガキを攫うために女を人質取ったことある奴だろぉ? 色々調べたんだよね俺。いまさら、常識人ぶるなよ!」

 

 ダフネを腕から足に持ち替え振るう。Lv.3の膂力で振り回される、文字通りの人間大の武器。

 しかも下手に防ごう物なら殺してしまう。一方的に吹き飛ばされていく【アポロン・ファミリア】にヴァハはゲラゲラ笑う。

 

「この、やめなさい!」

「邪魔すんなよ正義の味方ぁ!」

「ぐっ!?」

 

 ヴァハを止めようとしたリューだったが振り下ろされる木剣に対しダフネを振られれば傷つけられず、攻撃から回避に切り替えられず吹き飛ばされる。

 

「あ、う………」

「………あ? やべ、死ぬかも」

 

 と、ボロボロになったダフネを見てそんな事をつぶやくヴァハ。ポーションを取り出そうとする中、青い光がダフネを包み傷を癒やす。

 

「…………………」

「…………あ」

 

 魔力の発生源、息を切らしたカサンドラを見るヴァハ。それを隙と思い襲いかかってくる【アポロン・ファミリア】団員をダフネで殴る。

 

「う、ぎぃあ!?」

 

 ミシリと背骨が軋む。普通の人間なら死ぬ威力も、恩恵がある故に耐えられる。耐えられてしまう。

 

「や、やめ………やめて……お願い………」

 

 カサンドラの呟きは、不思議とよく通る。しかし当然ヴァハは聞き入れない。

 

「あ、うう………お願い、お願いします………許して!」

 

 ダフネを振るう。傷つくダフネを、死なせるわけにはいかないカサンドラが癒やして、それでも傷つける。

 やめてやめてと泣いても、何度癒やしても、雷の力を持つ暴君は、ダフネを傷つける手を緩めない。

 

「う、うう………おね、お願い、お願いします、から………」

 

 頭が地面につくほど下げるカサンドラを見て、ヴァハの中の雀の涙ぐらいはあるかもしれない良心が少し迷う。迷った結果まあ許してやっても良いかと判断し、一発ぐらいは大丈夫そうなのでカサンドラを見る。と………

 

「オオオオオオ!!」

「…………あ?」

 

 棍棒を振り下ろしてくる()()に、ヴァハは一瞬だけ固まり、殴り飛ばされる。赤子の海に落ち、血で出来た赤子の一体を食い回復すると襲撃者を睨む。

 

「ミノタウロス………」

 

 それはモンスターだった。しかし、ヴァハはそれ自体は別にどうでもいい。それだけなら反応できた。

 

「…………なんで花生やしてんだお前()

 

 そのミノタウロスには、肩の皮膚を突き破り向日葵の花が咲き誇っていた。と、不意に城が崩れた。どうやらベルの方も決着が近いらしい。

 ミノタウロス以外にも花を生やした複数のモンスターの群。そろそろ終わりそうだが、まあ時間いっぱい楽しもう。




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聖棍棒? いいえ指揮棒です


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戦争遊戯 結

今回で戦争遊戯は終わりです


 襲いかかってくる、身体の何処かしらから向日葵を咲かせるモンスターの群。ただのモンスターではない。いや、花が咲いてる時点でそうなのだが身体能力が明らかに通常個体より高い。強化種、とは違う気がする。

 

「よっと……」

「オオアアアア!!」

「ガルァ!」

 

 ミノタウロスの体に幾つもの切り傷を刻むが気にした風もなく突っ込んでくる。拳をかわし肩を足場に飛び上がり俯瞰しようとすればがワイバーンが襲ってきたので首を切り落とす。

 

「おっと……」

 

 お返しとばかりに爪を振るうワイバーン。首は確かに切り落としたのに、死んでいない。いや、そもそも死んでいるのかもしれない。

 

「ふっ!」

 

 と、追撃を仕掛けてきた首無しワイバーンをリューが叩く。

 

「サンクス〜」

「モンスター相手であれば、やりすぎても問題ないので」

 

 あくまで凶行を止めたかっただけらしい。相手が人間でなければ、良いということか。喋れるモンスター出たらこいつの『正義』は果たしてどうなるのだろう。潔癖なエルフなら拒絶感が強かろう。

 まあそれは喋れるモンスターが存在してたらの話か。

 

「オオオオオ!」

「ガアアアア!!」

 

 迫りくるモンスターの群。痛みを感じず、首を切っても死なないモンスター。魔石を狙おうにも、上層種でもオークやシルバーバックなど大型のモンスターというラインナップ。狙い難い。

 なら動きを封じる………

 

「はぁ!」

「しっ……」

 

 リューがワイバーンの翼の骨を砕き、ヴァハがミノタウロスやオークの足を斬る。確実に折れたし、確実に切った。だが………

 

「これは、根!?」

「お〜」

 

 傷口から飛び出した根が断面を繋げたり、折れた骨を補強する。やはり魔石を砕かないと駄目みたいだ。

 

「【血は炎】」

 

 炎で燃やすが、普通の花ではないのか中々燃えない。大型の血袋も、表面は燃えるが中までには至らない。

 

「『赤星』」

 

 と、血液を圧縮させた珠を生み出す。このまま放つ、のでは一匹が限界だろう。

 

「【血は炎】………『獄炎』」

 

 超高温の炎が大型モンスター達を骨も残さず焼き尽くす。沸騰した血液が水蒸気爆発を起こし、原型を保っていない。

 

「【ルミナス・ウィンド】!!」

 

 リューの魔法も、モンスター達を一瞬ですり潰していく。風の魔法が燃え広がる炎を飲み込み、あっという間にモンスターと城の一部を溶かす。

 

「しかしキリがねぇなぁ。ガキ共、新しいおもちゃだ。あっちは壊していいぞぉ」

 

 と、赤子達に声をかけるヴァハ。赤子達は千切った指とか鼻とか耳とかを捨て、新しい玩具に向かって飛びかかる。

 

「後はベルか………」

 

 まあ、()()()()ならヒュアキントス如きに遅れは取らないだろう。問題は、未だ姿を見せぬクリティエか。

 

 

 

 

 

 時間を少し遡る。ヒュアキントスは荒れていた。必要ないとは思うが、そばに控えさせるつもりだった治癒師(ヒーラー)のカサンドラはこず、それでも余裕で勝てると思いきや突如響いた落雷と悲鳴。

 そして、聞こえてくる絶叫。痛みに叫ぶというよりは、恐怖に叫んでいるかのような悲鳴。アポロン様の眷属ともあろうものが情けない。

 

「…………クリティエ、さっさと準備をしろ」

「は、はい……」

 

 そばに控えさせていたクリティエを呼ぶ。仲間を傷つけアポロンの寵愛を失った女だが、使えるものは使う。

 

「【空を掛ける太陽、追う私。どうかどうか置いていかないで】」

 

 詠唱(うた)が響く。気に入らないが、綺麗な声だった。

 

「【何時しか膝は折れ、地に根を張る。動けぬ私は涙を流す。涙を吸い、凍えた露が私を癒やす。それでも癒えぬ孤独、振り返らぬ貴方。ああ、それでも──私は貴方を、見つめている】」

 

 詠唱が完成する。クリティエは、その魔法名を呟く。

 

「【ヘリオース・フィリア】」

 

 光の粒子が舞う。モンスターを操り、人にも微弱な影響を及ぼす魔法の花粉。過去に【アポロン・ファミリア】の団員を操ろうとした事もあったが、それは不可能だった。

 鎮痛効果に、興奮状態による身体能力と精神力の増加。これで負ける可能性は微塵もなくなった。と、その時だった

 

「っ!?」

 

 床を突き抜け、炎のように赤い雷が天へと昇った。亀裂が広がっていき、城を破壊する。

 

 

 

「無詠唱!?」「呪文唱えてないのにあの威力とかー!」「あのヒューマン欲しいいいいいい!!」「でも兄貴はいらん!」「俺は欲しい!」「私は飼われたい!」

 

 年齢規制のない、真の戦争遊戯(ウォーゲーム)を見る神々のテンションがMAXになった。

 

「いや〜………なんか、ヴァハ君すごいね」

「うむ……誰も殺していない、いないが………」

 

 

 

 

 瓦礫の中から出てくるヒュアキントス。すでにボロボロだ。未来予知でもできるものが居れば或いは傷つかなかったかもしれないが、残念ながら彼のそばには居なかった。

 

「何だ、何が起こった!?」

 

 控えていた仲間達は瓦礫の下だろう。腕や上半身が見える。魔法の効果は続いているから、恐らくクリティエは生きている。仮にもLv.3と言うことか。

 

「くっ!」

 

 戦意を感じ取り、ギリギリで波状剣(フランベルジェ)を構えるが、弾き飛ばされる。

 

「………誰だお前は」

 

 その少年は、7日前、散々打ちのめしてやった筈の少年。それだけの差があったはずの、取るに足らない相手だった少年。

 

「しい!」

「ぐうっ!?」

 

 激しく打ち合う長剣と短剣。一撃一撃仰け反りそうになる身体。遅れる対応。

 力が、速さが、全てが自分の上を行く。傷ついたから、などと言い訳出来ぬほど確実に。

 

「誰だ!?」

 

 ありえない、ありえない。成長、なんて言葉では追いつかない。飛躍だ。だが、ありえない。そんな、つい最近Lv.2になったばかりの筈!

 

 

 

 

「何をしている、ヒュアキントス!?」

「やるなぁ、ベル君」

 

 押される己の最強の眷属に叫ぶアポロンに、笑うヘルメス。きっとLv.1の頃から相当基礎能力(アビリティ)に貯金があったのだろう。

 

「そうだけど、違うよ」

「? どういう事だい?」

「………今のベル君は、Lv.3だ」

 

 

 

 大した事ない。7日前、自分を倒した男。その後戦った兄の方が、ずっと強い。

 兄と、目の前の男と同じ位階に立った。だからこそ余計に分かる、彼と兄の差。最初にあの人に憧れた。何時か、隣に立って、一緒に戦いたいと夢見た。だから……

 

「貴方程度に、遅れるわけには行かないんだ!」

 

 ベルの拳がヒュアキントスの顔にめり込む。吹き飛ばされるヒュアキントスは、頬を抑えギリッ、と歯を食いしばる。

 散々斬られてもまるで痛みなど感じぬかのように襲いかかってきたヒュアキントスが、初めて止まった。

 

「…………貴様………貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様ぁぁぁぁぁ!!」

 

 怒りの咆哮。憤怒と憎悪を宿した瞳がベルを射抜く。

 

「よくも、私の顔を! アポロン様の寵愛を受ける、顔に、傷をつけたなァァァ!!」

 

 力の限りベルを弾き飛ばすヒュアキントス。全力で潰すべく、彼我の間が出来た今詠唱を唱える。

 

「【我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ】!」

 

 並行詠唱はできないのだろう。ベルはかけながら白い光を纏い、鈴の音を奏でる。

 

「【我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ。放つ火輪の一投、来たれ西方の風】!」

 

 重心は低く、左腕を下に、右腕を腕を高く上げられた体勢は、円盤投げ!

 

「【アロ・ゼフュロス】!!」

 

 太陽光の如く輝く大円盤。高速回転する日輪に、ベルは片手を向ける。

 

「【ファイアボルト】!!」

「───な」

 

 ヒュアキントスの魔法はもう一つの特性を発揮する暇もなく、貫かれる。その威力は減衰する事なく、ヒュアキントスを吹き飛ばした。

 

「がは!?」

 

 それでも、立ち上がる。痛みなど無い。ならば何度でも。

 

「………? う、あ………?」

 

 だが、ふらつく。立ち上がっても、立っていられない。

 

「………兄さんが言ってました」

 

 不思議がるヒュアキントスに、ベルは言う。

 

「興奮して痛みを感じなくなった人間には、強い攻撃はあまり意味がないって。寧ろ、隙を生むって………だから関節を殴るとか、切り傷を何度も作るとかすれば、痛みを感じなくても体を動けなくさせられるって」

「────!!」

 

 動けなくさせる。それはつまり、殺さないやり方だ。殺さないというのは、つまり手加減したやり方だ。それを、やられた? この私が!?

 怒りにどれだけ頭に血が上ろうとしても、足りない。ガクリと膝をつく。

 

「く………認めるものか、貴様などに……クリティエぇ! 何処だ、何処にいる!?」

「………よ、呼びましたか?」

 

 と、その叫び声にクリティエが姿を現す。ベルが警戒する中、ヒュアキントスはクリティエに向かって叫ぶ。

 

「もっと私に魔法をかけろ! 身体の限界など、知ったことか! 私は、アポロン様に勝利を捧げねばならない!」

「……………」

「聞いているのか!?」

「………ふ、ふへ………えへへ………」

 

 ヒュアキントスの叫びに、クリティエが返したのは嘲笑。

 

「貴様、何を笑っている」

「だ、団長様が、さ、叫んでも………怖、怖くないです。怖く、なんか………」

 

 とは言いつつも目をそらし杖を握る両手の指をモジモジと合わせるクリティエ。

 

「あ、あの、ですね……話、私は、嘘を、つ、ついてたんです………」

「こんな時に何を言っている!?」

「こ、この魔法………ひ、人にもちゃんと、効くんですよ? じ、時間がかかるし………わた、私が弱くて、皆さんが強くて………だ、だから、効果を完全に発揮出来なくて」

 

 でも、と笑い、長く伸びた金糸のような前髪を耳にかけるクリティエ。アポロンが二度と見せるなと言った向日葵の花のような、日輪のようなアースアイが顕になる。

 

「もう、我慢しません。素直になります………私の方が、強いから」

「何を───」

「え、えへへ………あ、あの人も来てるんです。だ、だから………お礼、言いたくて。わ、私今、とっても楽しい!」

 

 ゾワリと、言いしれぬ悪寒がベルの背を撫でる。危険だ、彼女は。止めなくては!

 

「【開花(アンシシ)】」

「あぶぅ……」

 

 ヒュアキントスの頭部が歪に膨らみ、爆ぜる。頭蓋を砕き、脳漿を撒き散らし咲き誇るは黄色い向日葵。

 目を見開き思考が固まるベルを蹴り飛ばす影。【アポロン・ファミリア】の団員だ。だが、右側頭部が弾け向日葵が咲いている。

 別の団員が襲いかかってくる。下顎が残り、その上に向日葵。

 

「ふへ、うへへ………あははははは!! やった、あは、やっちゃった! これでこれでこれでこれでこれでぇ、アポロン様が愛した顔は、どこにもない! あは、あははは!」

 

 歯が、カチカチと鳴る。冷や汗が止まらない。凍えるほど寒いのに、汗が流れる。

 

「………あ」

 

 と、クリティエはベルを見る。

 

「まだ、の、残ってた………で、でも………あの人の、弟ですもんね。に、逃してあげても…………あれ?」

 

 そして、今度は別の方向を見た。

 

「ダ、ダフネちゃんと……カサンドラ、ちゃん………す、吸ってなかった? お、おかしいな………で、でも。もう一回、やや、やれ、やればいっか………」

「っ!!」

 

 止めなくては!

 そうしなければまた被害者が出る、と駆け出したベル。その短剣が、波状剣(フランベルジェ)に弾かれる。

 失血が酷く動けなくなっていた筈のヒュアキントスが、動いていた。頭部の代わりの向日葵が、まるで睨むようにベルを見つめた。




嘘はついてないよ。嘘は

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向日葵(ヘリオトロープ)

 気絶させる為に放った一撃は防がれ、キョトンとするクリティエと目が合う。彼女の意思で動かした訳ではない、のだろうか?

 

「な、なんですかいきなり……戦争遊戯(ウォーゲーム)の、つつ、続きなら後で……」

 

 話が、噛み合わない。そんな風に思った。

 

「つ、続きって………出来る訳ないじゃないですか!? ヒュアキントスさんを、他の人達を殺して!」

 

 そう、殺した。間違いなく彼女は今、人を殺したのだ。発言からして、カサンドラとダフネ以外の【アポロン・ファミリア】を。

 

「? し、死んでませんよ………」

「っ………何を!」

「だ、だって……心臓も、う、動いて……恩恵もの、残って……」

 

 そう、だから死んでない。そう言い切るクリティエ。言葉が通じるのに、話が通じない。だけど、ここで止めないと。

 

「い、いかせません」

「…………そう、ですか」

 

 目を細めるクリティエ。邪魔なものを見る目だ。Lv.3。ベルとヒュアキントスと同じレベル。しかし、先の発言を信じるならヒュアキントスよりも、最低でも魔力の値が強いはず。

 

「ふ、ふひ……えへへ………いき、いきますよ………」

 

 その言葉と共に、向日葵の死体が襲いかかってくる。

 

 

「これは、一体何が!?」

「嗚呼………嗚呼、そんな、そんな…………咲いてしまった、咲いちゃった! クリティエちゃんが、全部陵辱するまで、止まらない!」

 

 倒れていた団員達の顔が突如膨れ上がったと思ったら、爆ぜて向日葵の花が一面に咲いた。リューが訳のわからぬ現象に叫ぶ中、ヴァハはヘラヘラと綺麗な花畑だなぁ、と鼻歌を歌いながら切り刻んでいく。

 

「んっん〜………人間だからモンスターと違って魔石を砕けばはい終わり、みたにゃいかねぇよなあ。まあ狙いはあの二人みたいだし、俺等はこのまま休んでても良くねぇ?」

 

 モンスターならば灰に還せば残るのは向日葵と根だけだが、人の体は灰にならない。切り刻んでもぶち抜いても根が補修する不死身の軍団。殺しきれなくはないがこの数だ、面倒くさい。カサンドラとダフネしか狙ってないし別に良くね? と瓦礫に腰掛けるヴァハ。

 

「私は、力なきものを見捨てる気などない」

「正義を振りかざすのも結構だが、人間は不変の神じゃねえ。腐りやすくて救い難い生き物だぜぇ? 今日救った命が明日誰かを不幸にするとか考えねぇの? ま、そいつ等は既に何人も自分とおんなじ不幸を味わわせてるみてぇだがなぁ!」

 

 ゲラゲラと笑うヴァハの言葉に、リューは覆面の下で唇を噛みしめる。

 笑っているが、嘲笑われていない。リューの正義を馬鹿にしているわけでなく、ただの事実を言って、揺らぐ揺らがないどうでもよく、ヘラヘラと小馬鹿にした()()笑う。内面がこれっぽっちも読めない、かつての『絶対悪』を思い出させる。

 

「だと、しても…………私が救った誰かが、別の誰かを救うかもしれない。正義を繋ぐかもしれない………なら、私は」

「へえ、じゃあその正義って…………」

「【フツノミタマ】!!」

 

 と、向日葵の死体達が押し潰される。立ち上がろうと藻掻くが、それは叶わない。

 

「お二人とも、ご無事ですか!?」

「お、らぁ!」

 

 やってきたのは命とヴェルフだ。ヴェルフは『クロッゾの魔剣』で向日葵の死体を焼いていく。

 

「ん〜………あっちの方が面白そうだなぁ」

 

 というかこっちがつまらなくなった。そう判断したヴァハは状況説明を求めるヴェルフ達を無視して崩れた城に向かう。

 

 

 

「くっ!!」

 

 ベルはヒュアキントスに押されていた。死ぬ前より、強い。いや、強さ自体は変わらないのだろう。だが、痛みを完全に気にしない戦い方に失血や関節を打たれたことによる身体能力の低下が起こらないというのを付け足される。

 これみよがしな花を切り裂いてみても、再生した。一時的に動きは止まるようだがそれだけだ。

 

(いや、だけど一瞬もあれば………)

 

 自分の敏捷なら、クリティエに迫れる。

 なら、もう一度ヒュアキントスを一時的に無力化するまで!

 アビリティで最も優れた敏捷による駆け抜けるベル。大振りな攻撃を放つヒュアキントスの攻撃を避け、死角たる背後に回る。実際には目がないので死角かは不明だが振り抜いた体勢ではすぐに振り返れぬ筈。向日葵を切り落とし、その背を蹴りクリティエに迫る!

 そう実行しようとしたベル。しかし

 

「…………え」

 

 ズン、と腹に衝撃が走る。見れば、剣が生えていた。いや、刺さっていた。だが、ここはヒュアキントスの死角。ならば、どうやって?

 

「………じ、自分ごと?」

 

 ヒュアキントスは己の腹を貫きベルを刺したのだ。それ故に浅く済んだが、内臓には達した。腹を押さえ倒れるベル。

 

「こ、これで……お、終わりですね………」

 

 そう言って、歩き出すクリティエ。死体達も彼女に付き従う。

 

「ま…………」

『クリティエ! いい加減にしろ!』

 

 と、その時声が響く。アポロンの声だ。

 上空を見れば、鏡。それを利用して声を飛ばしたのだろう。だが

 

「なんだぁ、ベル………こっちもこっちで面白い事になってるなぁ」

「………あ」

「っ………兄さん」

 

 ケラケラ笑いながらヴァハが現れ、クリティエが嬉しそうな声を漏らす。

 

『聞いているのか! おい! ゲームは終わりだ! この後の処分を、今なら──』

「え、えへへ……き、来たんですね。わた、私……貴方に、お礼したくて。その、ど、どんな事をしたらよ、喜んでくれますか?」

「んん〜? 俺が好きなことかぁ。そりゃまあ、殺し合いだなぁ」

『お前たち! 話を、私の話を聞け!』

 

 殺し合いと聞いて、クリティエは目を泳がせる。

 

「こ、殺し、合い………そ、そんなの駄目ですよ。い、命は大事に……でで、で、でも………それで、貴方が喜んでくれる、なら………」

 

 ニヘラ、と卑屈に笑い、同時に死体が飛び出してくる。死体に雷を浴びせ動きを止め、切り刻むヴァハ。

 

「う、うう………う、ふふ…………なら、これ、ならぁ!?」

《【突き進む風】──》

 

 ピッと向日葵の一体の筒状花が横に避ける。ゆっくりと開き、覗くのは真っ白な歯と赤い舌。

 

《【吹き抜ける風。日の温もりを運び、冷たき影を払え】》

《【ライト・ウィンド】!!》

 

 緑に光る風がヴァハに襲いかかる。雷霆の剣で切り捨てれば左右に分かれた風は瓦礫を燃やす。

 

《キシ》《アハハ》《アポロン様に勝利を》《殺し合いを》《あの人の願い》《叶える》《ふふ、あはは》

 

 何時の間にかゾロゾロと集まる向日葵。その筒状花全てに口が生まれ、キィキィと虫の鳴き声のような、あるいは金属を軋ませるかの様な不快な声が発せられる。

 

「う、ぐぅ………」

 

 吐き気がこみ上げる。この不気味な光景から目をそらす為に、目を刳りたくなる。この声を聞かない為に、耳の奥に棒を突っ込みたくなってくる。

 

「落ち着け、ベル」

「…………兄さん」

 

 肩に手を当てられ、なんとか正気に戻るベル。兄は、楽しそうに笑っていた。

 

「お前にゃこの光景はきついだろ、下がってろ」

「……………うん」

 

 言外に、役に立てないと言われた。兄にそんなつもりはないのかもしれないが、ベルはそう捉えた。

 

『────!!』

 

 アポロンが、まだ何かを叫んでいる。

 

──ヘリオトロープって、向日葵だっけ?

 

──ああ? そりゃ勘違いだ

 

 ふと、兄との会話を思い出す。

 

──向日葵は蕾の間しか太陽を追わねえよ

 

 向日葵は、太陽に当たらぬ方の茎を早く成長させる。その結果、傾きが生まれまるで太陽を追っているように見えるのだ。だが、成長しきった茎はもう伸びない、咲いた頃など、動きもしないのだと博識な兄は教えてくれた。

 開花した向日葵は太陽など追わない、ただただ一点を、一途に見つめる。




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向日葵畑

 血の鞭で死体を切り裂く。炎で燃やす。

 Lv.1の死体ならともなく、Lv.2ともなると炎でも内部まで焼けず、痛みを感じぬ故に突き進んでくるが血の爪で切り刻む。

 直ぐに断面から生えた根で繋ぎあわさろうとするが肉片を蹴りつけバラバラに蹴り飛ばす。

 

「ハハァ。どうしたぁ、ただ死なねぇだけならまるで足りねぇぞぉ」

《楽しそう》《た、楽しそう》《でも足りない》《殺さなきゃ》《殺す気で》《言ってた》《言ってた言ってた》

 

 向日葵達がキイキイ喚く。特殊な魔力など宿っていない声。しかし人を不快にさせ、狂わせる声の中ヴァハは寧ろ楽しそうに笑う。

 

「へへ、えへへ………た、楽しそうで、嬉しい………です……でも、だ、駄目駄目ですよね、私…………ここ、殺し合いがしたいのに、殺し合いをさせてあげたいのに、弱弱で………」

 

 両手の指を合わせながらモジモジ俯くクリティエ。

 どうやら殺し合いがしたいヴァハに中途半端な強さしか用意できない自分を恥じているらしい。

 

「そ、そうですよね………数ばっかで、皆弱いし…………ヴァハさん、つ、強すぎるし…………これじゃ、全然足りない」

 

 と、バラバラにされた死体がビクビク動き出す。自身のパーツを探す、なんてことはしない。近場の死体同士で根を絡め合い、茎を伸ばし葉を重ねる。

 

「………ほお〜」

《■■■■■■■■!!》

 

 複数の声が混ざり合いもはや何と言っているのか理解できぬ程の『音』を放つ怪物が人の腕が指となった巨大な拳が感心していたヴァハを殴り飛ばす。

 

「うお、ヴァハ!?」

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 ヴェルフ達の居る所まで吹き飛ばされたヴァハは立ち上がり土埃を払う。気絶したダフネを抱きしめていたカサンドラが震える中、ベルは瓦礫を押しのけ現れるそれを見つけた。

 

「な、あ………」

「ひっ!? な、なんですかあれ!?」

 

 リリも思わず叫ぶ。現れたそれは人のパーツを無理やり繋ぎ合わせた異形。大きな口には歯の代わりに膝や握り拳、頭部などが並んでいて彼方此方に葉や花が茂っている。

 見ているだけで気分が悪い。

 

《■■■■■■■■》

「ぎっ!?」

「んだよ、この音!?」

 

 体中に咲いた向日葵が口を開き声を出す。複数の声が混じり合いヴェルフ達が耳を抑える中、ヴァハやリューは魔力の流れを感じ取る。花一つ一つが、詠唱を行っているのだ。

 

「おいヴェルフ、仕事………は、無理そうだなぁ」

 

 この音の中まともに魔法を発動できそうにない。如何に短文詠唱と言えど魔力制御を誤り自爆するだろう。

 

《■■■■■!!》

 

 放たれる水、風、炎、氷、土に対してヴァハは血の赤子で壁を作る。

 

『いたいぃぃ!』『はじけた!』『とれた』『つぶれたぁ』『うでどこぉ?』

 

 此方も此方で見てるだけで精神が削れそうな壁。ベルは顔を青くしている。

 

「ベ〜ル〜。そいつ等に死んで欲しくねぇんだろ? 邪魔だから、さっさともってけ」

 

 思いやり? いいや、ただの事実を告げてるだけだ。散々痛めつけたダフネも心を追い詰めたカサンドラも最早眼中にない。

 

『あれきらい』『おおきい』『おおい?』『こえうるさい』『つぶされる』

「仕方ねえガキ共だ。おら、集まれ集まれ」

 

 文句を言う子供達にため息を吐いたヴァハは両手の人差し指を立てクン、と胸の前で交差させると赤ん坊達が集まり巨大な赤子になり、3()()()()を開く。

 

『『『あはははははは!!』』』

《■■■■■■■■!!》

 

 血の赤子と死体の塊がぶつかり合う。真っ赤な歯が覗く口で噛み付き、腕の力で死体の塊の腕を引きちぎると顔の上にある2つの口でブチブチと食いちぎって行く。

 

《■■■■■■》

《■■■■!》

《■■■■■■?》

 

 が、所詮は十数人分がくっついた死体の塊。【アポロン・ファミリア】は100を超える軍勢。

 

「もっと、もっと大きく………えへへ………」

 

 階層主(ゴライアス)撃破の偉業持つ【ファミリア】の成れの果てが死体を継ぎ合わせた巨人とは中々皮肉が効いているなどと思いながらヴァハは全身から雷を溢れ出させる。

 

「いいぃぃねぇぇぇ!!」

 

 殴り飛ばしても表面しか削げぬほどの巨体。赤子が父の手伝いをすべく更に集まり巨大化する。その掌や腕にも口が開き舌で絡め取り噛み付いていく。食いちぎられ飲み込まれた肉は再生しない。代わりに茎が生えて塞いでいく。

 

《【我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ】》

 

 と、全ての口が()()詠唱を口にする。

 

「はっはぁ!」

《【我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ】》

 

 ヴァハが斬りかかるが防御や回避、攻撃を詠唱と同時に行う。ヒュアキントスが生前ついぞものにできなかった『並行詠唱』を行えるらしい。

 

《【放つ火輪の一投、来たれ西方の風】》

《【アロ・ゼフュロス】!!》

 

 高速回転する円盤が赤子を切り刻んでいく。ボトボトと落ちた一部が別の赤子になって増える。

 

《【赤華(ルベレ)】》

 

 円盤が爆発し赤子をバラバラに吹き飛ばす。巨大な手を伸ばしてヴァハを叩き潰した。




ヴァハはとても喜んで、クリティエもヴァハに喜んでもらって嬉しい。平和だなぁ(なお、ベル達やこれを見ている神々や一部の【ファミリア】の精神は考えないものとする


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見つめ合い

「………あ、あれ?」

 

 潰しちゃったが、死んだのだろうか?

 別に殺すつもりはなかった。ただ、殺し合いが楽しいと言ってたから、喜んでほしくて殺そうとしただけで死んで欲しかったわけじゃない。

 あれ? でもここで死んでたら、もしかして彼の最期の記憶は自分だけが独占した事になるんだろうか?

 なら確実に殺しておかないと、と思った時、足元を何かが這う。

 

「あ、赤ちゃん………?」

 

 ヴァハの操っていた血の赤子だ。クリティエの視線に気づくと顔を上げ、しかし直ぐにヨチヨチと歩いていく。向かった先は、向日葵巨人の手の下。ゾルゾルと赤子が集まり、溶けていく。真っ赤な血が隙間に流れる。

 …………血?

 と、巨大な血の杭が巨人の腕を穿つ。枝分かれし、神経や筋肉の代わりとなった根に複雑に絡み合い動きを阻害する。

 

「え? え? あ……、ば、バラけろ!」

 

 慌てて死体の巨人の死体の群れに戻すが貫かれた死体は捕らえられたまま藻掻く。

 

「【血は炎】」

《オオオオオオオ!!》

 

 ごぅ! と血が全て炎に代わり死体を焼いていく。骨すら残らず灰になった炎の中で、ヴァハが起き上がる。骨が折れ内臓にたっし、血を吐き出すがその顔は笑みだ。

 

「あ〜…………ははぁ……死ぬかと思ったなぁ。お前、なかなかいいぞ」

 

 その傷を再生させながら楽しそうに笑うヴァハ。普通に考えれば恐怖を覚えるような状況だが、クリティエはそんなヴァハの態度に照れたように顔を赤くする。

 

「………お前感性がおかしいなぁ」

「ふぇ!?」

 

 殺そうとした相手が、それに喜んでいる事を嬉しそうに感じるなんて人として何処かしら狂ってんじゃないだろうか。まあユノもそんな感じだったし、そういう相手に好かれるのだろう。

 類は友を呼ぶと言うし。

 

「ご、ごめん、なさい……よ、喜んでくれて、うう、嬉しくて調子乗っちゃいま、した……」

「別に怒ってねぇよぉ………ほれほれ、続きだ。もっと俺を楽しませろ。ユノより楽しませたら頭撫でて褒めてやる」

「……………ユノ?」

 

 コテン、よりゴキンと言う擬音が聞こえなそうなほど首を傾けるクリティエ。

 

「そ…それって、女の人の………なな、名前ですよね? 何で、どうして………い、今あなたの前にいい、いるの、わた、私なのに………私が、貴方を楽しませているのに!」

「ん?」

「どうして、アポロン様も! 貴方も! 私の、わ、私の目を好きって言ってくれたのに、私がみても、見つめ返してくれないぃぃ…………!」

 

 クリティエの感情に反応してか、向日葵の口がカチカチ音を鳴らす。それはクリティエの魔法故に彼女の怒りを受け取ったのか、或いは彼女の怒りに恐怖しているのか。

 

「…………あ、そうだ───」

 

 と、唐突に平静を取り戻すクリティエ。

 

「【開花(アンシシ)】」

「─────!!」

 

 と、ヴァハの全身を激痛が襲う。血管が浮き出るように皮膚の一部が膨らみ、肌を突き破り葉が生え、首を突き破り花が咲いた。指先まで文字通り根を張った根が体の動きを阻害する。

 

「だ、駄目ですよ? へ、変なものを………拾い食いしたら」

 

 ヴァハはここに来るまで、多くの【アポロン・ファミリア】構成員の血を吸った。クリティエの魔法を仕込むための、魔力の花粉が含まれた血を。

 

「こ、こうすれば…………もう、誰もみ、見れません………よね?」

 

 眼球を動かす為に目にも神経が向かって来る。視神経が押しつぶされ、ちぎられ、視界が真っ黒に染まる。そんな知識のないクリティエがヴァハの頬に手を添えようとした瞬間───

 

「つ!?」

 

 赤い剣閃。咄嗟に回避し、()()を見つける。

 

「誰ですか、あなた………」

 

 一瞬血の赤子かと思った。しかし違う。巨大化しようと全体的に丸い赤子とは異なる、色気を帯びた丸みを持った、女の腕。血で出来た女の腕が血の剣を持っていた。腕の付け根、ヴァハの背後から一瞬だけ覗く女の顔は、クリティエを見ていない。腕が、愛おしそうにヴァハの胸を撫でる。

 

「だ、誰だお前! 離れろ!」

 

 操ろうにも液体の体。根が血の中で動くだけで、操れない。苛立つクリティエは叩き潰そうと再び集めた死体の巨人に殴らせる。

 何度も何度も。形が残らないほどに殴らせる。

 

「…はぁ、はぁ…………あ? あぁ………つ、潰し、ちゃった? ど、どうしよ………ち、ちが、そんなつもりじゃ…………っ!?」

 

 慌てて巨人の手を退けようとした瞬間、雷が天へと伸びる。

 

「どんなつもりかしらねぇが安心しろ。別に死んでねぇよ………」

「あ……よか、った………まだ、形残ってる」

 

 人の形を保っているヴァハを見てニヘラと笑うクリティエ。良かった、まだ使える。

 体内の根も、種となる花粉も全て焼き払われたらしい。

 今度は、もっと深くに。焼き払おうとしたら生命が維持できぬ程深くにまで根を張れば、同じ手段を取れないはず。

 死体の巨人の右手から大量の根が生え、槍のような形を形成する。

 深く深く、相手の命を縛り付ける構えに対し、ヴァハは再生に回していた吸血した血のストックを魔力変換に回し、身に宿る雷精霊としての力に還元する。

 

 

 

 

「っ!?」

 

 轟音と閃光が響く。雷が近くに落ちたかのように、耳がキーンと痛む。決着が、ついたのだろうか? 誰かが何かを言っていても、生憎と聞き取れない。

 漸く音が戻って来ると、足音が聞こえた。

 

「兄さん!」

「よお………」

 

 少女を肩に抱えた兄が全身血だらけでやってくる。回復するだけの力も残っていないのか、その場で倒れる。

 

「ちゃぁンと、俺は誰も殺さなかったぜぇ」

「……………」

「んでぇ? 優しいベルは、その女もまだ生かせって言うのかぁ?」

 

 100人を超える命を一瞬で奪った女。それは、下界の、人の尺度で測れば途轍もない悪だろう。

 

「僕のためじゃないでしょ、兄さんだもん」

「そうだなぁ。俺の為だ………苦悩するお前が見たかったんだがなぁ」

「……………何も、言えないかな。その人に、僕が大切な人を殺された訳じゃないから。知ったような言葉で、死ねなんて言えないよ」

「あっそ………」

 

 じゃあいいや、と少女を投げ捨てその場で横になるヴァハ。そんな兄に、弟は苦笑する。

 別段兄の在り方に理解が示せる訳でもないし、兄も誰かの共感など望んでいない。それが昔からの関係、故に、これで終わり。

 誰かに死んで欲しくないと言う願望もあるが、半分以上は兄が人を殺して、オラリオから孤立してほしくなかったと願う弟の願いは、まあ果たされた。

 おそらく殆どの情報が伏せられた状態でこの死者多数の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』は記録されるだろう。

 

 

 

 

 

「あ〜、その…………アポロン?」

「………何だ、ヘスティア」

「その、ね………『戦争遊戯(ウォーゲーム)』は、その…………ルール上、僕の勝ちで………あ、いや。君は可愛そうだとは思うんだよ?」

 

 と、気まずげに呟くヘスティアにアポロンはギリ、と歯軋りする。

 

「これ以上、私から何を奪う気だ! 眷属もたった3人残して殺された私から、何を!」

「それはそれ、これはこれだ………」

 

 ピシャリと、冷たい声でヘスティアは言う。

 

「間違うな、アポロン。何が切っ掛けになったにせよ、誰のどんな意志が絡んだにせよ、()()()()()………」

「な、な……っ!?」

「『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を望んだのは君だ。そこに悪意が絡みつく要素があった」

「っ! そもそも、君とミアハが初めから大人しくクラネル兄弟を差し出していれば!」

「それと、彼女の狂気を掬い上げたのは…………まあ、おいておいて。植え付けたのが誰にせよ、育てたのは君だ」

「私が? ふざけるな、あいつは私の愛する眷属を………!」

「何時まで一方的に愛させるつもりだったんだ君は!?」

 

 ヘスティアの叫びに、アポロンはビクッと震える。

 

人類(子供達)は神じゃない。不変じゃない、常に移りゆくんだ。愛し合って、なのに片方は別の愛に走って、残らせた者が尚も変わらぬ愛を捧げ続けるわけ無いだろう? そんなの神でも無理だ。それでも、彼女は君を愛そうとし続けたんだ。それを君が拒絶した」

「……………」

「…………アポロン。僕の要求は一つだ。オラリオから立ちされ。私財も、何もかも全て捨てて、残された眷属達を解放しろ………下界を、人を、今度こそちゃんと見つめるんだ」

 

 それはやり直しの機会を与えるということ。彼女なりの、慈悲。それを活かせるかは、アポロン次第だ。

 

「と、僕ばかりごめん。ミアハはどうだい? 金を搾り取るっていうんなら、分けるけど……」

「いや、元々私はヴァハの要求を伝えるだけで良いと思っていたのでね」

「ヴァハ君が? まさか、このタイミングで天界に帰れって言えと言われた、なんて」

「ヴァハならやりそうだが今回は違う………眷属を一人寄越せ、との事だ。私も思うところがないわけではないが、此方も大切な眷属を奪われそうになった身。容赦はしない………まあ、ヘスティアの発言からして、要求とは言えぬが」

 

 

 

 

 後日談。【アポロン・ファミリア】は3名を除き()()()()()。という事になった。どんな理由があろうとも、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』は策謀、裏切り、殺し、拷問、何であれ罪に問えないと定めた以上、あれだけの狂気を見せたクリティエを捕らえることは出来ないからだ。そんな危険な人間が野放しになると知ればギルドにも非難が及ぶ可能性があるので真実は隠蔽された。

 一部、己の主神に年齢制限解除させていた連中は大半が無数の赤子の時点で気絶し、気絶しなかった猛者達は吹聴するような者ではない。

 とはいえ、ギルドとしては、ロイマンとしては何時かバレるのではと胃痛に悩まされる日が続く事になる。結果やせるが伸び切った肌は戻らずダルダルのシワシワになるのはまだ先の話。

 そんな、ギルドの豚を胃痛で悩ませる原因のクリティエはと言うと。

 

「あ、あの………ふふ、副団長様これ受け取ってください」

 

 【ミアハ・ファミリア】で商品棚を整理していたが、ダンジョンに向かおうとするヴァハに何かを手渡す。布に包まれているが、感触は瓶だ。何らかのマジックアイテムなのだろう、魔力を感じる。

 

「そ、その瓶なら割れる事がないって………」

「そうか」

 

 つまり重要なのは中身。

 

「ゲームの時は、ご、ごめんなさいでした………か、勝手な事を。あ、貴方は私を見てくれたけど、目を、好きとい、いい言ってくれたけど…………見てくれとも、見ているとも言ってないのに……だ、だから、それ……その気になったら、見てください。そしたら、私も貴方を見つめられますから………え、えへ……ずっと、一緒。な、なんちゃって………」

 

 卑屈に笑う彼女の頭を撫でてやり、ダンジョンへと向かうヴァハはふと袋からそれを取り出す。周りをたまたま歩いていた通行人がビクリと震える。

 

「………んん〜………やっぱ綺麗だなぁ」




【アポロン・ファミリア】編、終了!
なお、クリティエは髪を切り揃えて目を晒すようにはなったけど片目だけだよ。何でだろうね?(すっとぼけ


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精霊の誘い

 精霊。

 神々が無限の己を切り分け生み出した有限なる存在。最も神に近い存在であり、子を残さぬ、現象に近い存在。

 そんな精霊とともにあるのが、エルフ。美しく、永い時を生き、高い魔力を持つ精霊の隣人。

 

「あ? んな訳ねえじゃん………」

 

 たまたま迷い込んだという少年にそんな話をすれば、ケラケラ笑われる。誇り高きエルフの一人が少年に掴みかかり、後に少年の旅の連れが少年を見つけた時には一つの集落から多くの命が消えていた。

 

 

 

 

 

「…………古代エルフ文字? 懐かしいなぁ、初めて読むぜ」

 

 張り出された冒険者依頼(クエスト)を見て顎に手を当てるヴァハ。彼の他にも何名かのエルフが見ており、中には蛮族に読める訳がないと鼻で笑う者もいた。

 

「『聖樹の逸話を語らんとする者、求む』ねえ………聖樹、聖樹………ああ、あれかぁ」

 

 が、あっさり読んだ。そのまま報酬を見てケラケラ笑う。

 

「エルフの、矜持ねえ………種族限定されてねえし、面白そうだ」

 

 なにせ、誇り高き森の妖精どもだ。ただのヒューマンがその矜持とやらを依頼者に渡されたらどんな反応をするか。

 因みに受付のエルフは何やらエルフ限定とか言ってきたがそんなもの記載しなかった依頼者(クライアント)のミスだと言えば、何やらつっかかってきたので依頼者はリヴェリアだと解った。なので依頼内容を無視してそっちから探す事にした。

 

 

 

 

 リヴェリアの気配を探り人払のされた酒場に向かう。

 

「……ヴァハ?」

「よお……何だ、店員もいねえのか」

「…………酒は好きにとって良いそうだ」

「お、そうか。なら遠慮なく……」

 

 酒場にはやはりリヴェリアがおり、困惑しながら酒の置かれた棚を見る。ヴァハはそうか、と言うと酒を取る。果実酒が多い。いっそ違和感をおぼえる程の清潔感と、多くの観葉植物。エルフ専用の店と言うことだろう。

 

「妙な依頼だったなぁ。報酬もお前にしちゃ形の無いものなんてありえねぇし………何処ぞの豚に無理やり出されたかぁ?」

「………あれが、読めたのか?」

「博学なんだよ、俺は……もう一つ当ててやろうか? あれはある程度学のある奴を集める依頼書だ。んで、冒険者である以上は多少は戦闘にも役立つだろうよ。お前、どっかエルフにとって神聖だったりする場所に行くんだろ? その外聞の為に護衛を無理やりつけようってわけだ」

「………どうかな。私が気まぐれに始めたのかもしれんぞ? なにせ、私はお転婆なのだろう?」

 

 からかうように笑うリヴェリアに、ヴァハはそんな事も言ったなぁ、と酒瓶を開ける。

 

「まあそれはそれで可愛らしい一面が見れたとして良しとするさ」

「な、かわ……っ!?」

「子供っぽいとも言うなぁ」

「………………」

 

 ムッと眉間に皺を寄せ睨むもヴァハは堪えた様子もなくニヤニヤ笑っている。

 

「なんだぁ? 酒でも欲しいかあ? 子供にゃはええよ」

「……………」

 

 無言で酒の入ったグラスを奪い取り、飲む。ちょっとした仕返しだ。

 

「あ、間接キス」

「ぶほ! げほ、ごほ!」

「まあ俺一口も飲んでねえけどな」

「っ! お、お前………!」

 

 ギロっと睨めばヴァハは何処からともなく酒瓶を取り出す。

 

「飲むか? あん時の酒だ」

「…………頂こう」

 

 舌に痺れる刺激が特徴的な、あの酒だろう。グラスを一度空にして、ヴァハに差し出す。 やはり美味い。

 

「ソーマから貰った神酒(ソーマ)で割るとまた違った味も楽しめるぜえ?」

「それは…大丈夫なのか?」

「原液じゃねえから大丈夫だろ………」

 

 

 

 

 

「失礼します」

「ん?」

「っ!? 貴方は!?」

 

 酔い潰れたリヴェリアを寝かせクリュティエの血を混ぜた雷精霊酒を飲んでいると覆面をしたエルフがやって来た。ヴァハの姿を確認するなり警戒心を顕にするもリヴェリアを見て困惑する。

 

「リヴェリア様?」

「おー、よく眠ってるぜぇ。酔い潰れたとも言うなぁ」

 

 膝の上に乗ったリヴェリアの頭を撫でながら時折耳に触れるヴァハ。王族(ハイエルフ)へのその対応に視線を鋭くするも下手に暴れる事出来ず睨むだけ。

 

「………酔い潰したと言いましたね。何が目的ですか」

「エルフじゃねえと友人と酒も飲んじゃならねえってか? 王族のエルフも大変だねえ」

「………友人? 貴方が?」

 

 正直言って、言動と軽く平然とどころか楽しみながら人の命を奪えるヴァハとリヴェリアが交友関係があるなど信じられないし信じたくない。まあ、それを口に出した瞬間ヴァハは間違いなくエルフの誇りとやらを笑うのだろうが。

 

「お前が気にしてる事なら酔う前のリヴェリアに言われたよ。まあ、この後他のエルフも来るとなると面倒くさそうだから後は頼む……」

 

 そう言ってリヴェリアの頭を膝から下ろす。温もりが消えたリヴェリアが腕を彷徨わせるがクッションを渡すと寝ぼけながら顔を埋めた。

 

「……貴方は、あの依頼を解いたのか?」

「記載してねぇから受けたのにエルフじゃねえと駄目なんだとよぉ。伝達ミスで金でも貰おうかと来ただけさ。それに、コイツが寝てる間にちょっと面白そうな誘いを受けた」

 

 そう言うとヴァハは店から出る。と………

 

「ピッ」

「レフィーヤ!?」

 

 ちょうど店に入ろうとした二人組み。レフィーヤがヴァハを見た瞬間顔を青くして気絶する。何やら赤ん坊が、などと魘されているが、無視してギルドに向かった。オラリオの外に出る申請の為だ。まあ、出なくても勝手に行っただろうが。

 

 

 

 

「んじゃ、案内よろしくなぁ」

 

 歓楽街により、例の如く向かってきたアマゾネス達を殺さない程度に痛めつけ奪った血で作った巨大な血の鳥に乗り、ヴァハは呟く。それに答えるのは光の粒達。精霊だ………

 

「精霊を崇める祭りねぇ………きちんと楽しめるんだろうな?」

 

 その問いに応えるようにキラキラ光る精霊達。ヴァハは暇つぶしにはなるだろうと笑う。

 

「しかし『精霊郷』ねえ………初めていくが、どれだけ変わってるかね。あの時のガキは、流石に代替わりしてるだろうが」

 

 何やら楽しそうなヴァハにつられ精霊達も楽しそうに揺らめく。

 

「しかしこの酒まっず………」

 

 とある場所から見つけた葡萄酒ベースの神酒(ソーマ)を空から捨てながらヴァハは口直しに雷精霊酒を飲み込んだ。




ヴァハは大精霊と融合してるからね。精霊からしたらヴァハ>エルフ


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精霊郷

「……………」

「だ、大丈夫ですかリヴェリア様。休まれた方が………」

 

 酒を飲みすぎた影響で、まだ少しフラフラしているリヴェリアを心配するレフィーヤ。

 今この場にはレフィーヤやリヴェリアの他にもリューとフィルヴィスも居る。

 元々リヴェリアは三十年に一度行われる、神秘の森に集まる精霊との宴に顔を出すつもりだったのだ。しかし、その宴には多くの地位の高いエルフが集まる。そんなところに王族(ハイエルフ)のリヴェリアを一人で送ったとなればオラリオの品格が疑われる。エルフにとって王族とは崇拝の対象なのだ。故にロイマンが依頼を出し有志を募るように言ってきた。

 リヴェリアは断るつもりだったがレフィーヤ達も行きたいと言い出せば、しかたなく同行を許した。

 因みに、今の彼女達の着衣は魔力を帯びた穢れを寄せ付けない加護が施されている。

 

「お尋ねする機会がなかったのですが、リヴェリア様はどうしてその儀式に?」

「儀式の後の『宴』において、精霊達との友愛の証として幻の霊薬実(タプアハ)が実る」

「幻の霊薬実(タプアハ)……お伽噺の中で、悪しき者達に狙われた秘中の霊薬……」

「強欲な少女が、独り占めしようとした実でもあるな」

 

 因みに子供の教育の為の寝物語にその伝承がある。何処ぞの皺だらけのでっぷりしたエルフは最近の若いエルフ達の事情など知らなかった様だが。

 

「……大聖樹……幻の霊薬実(タプアハ)………それって、恋が成就するっていう実のことですよね?」

「え?」

「確か、お伽噺の最後は精霊と同胞達が協力し、燃えてしまった大聖樹を復活させる、だったか?」

「はい。それで改心した少女と幼馴染の少年は、大聖樹に成った『赤い実』を二人で食べて結ばれる……霊薬実(タプアハ)は、恋が成就する実でもあったっ

て!」

 

 ヴァハが聞けば大笑いするだろう。我儘で欲張りな少女がたった一ついいことをして、しかも一人では何も出来ず大勢の手を借りたくせに赦され恋を叶えるなど都合のいい話だと。そして絶対にエルフ達は他種族にされた嫌な事はしつこく覚えて子孫にまで突っかかるくせにエルフってだけで簡単に赦すのか、などと煽るに違いない。フィルヴィスはそんな事を思いながら空を見上げる。

 

「儀式が無事に済めば、参加者には霊薬実(タプアハ)が配られるはずだ。それより、郷まで長い。少し急ぐぞ」

 

 

「……あの~、皆さん」

 

 少し早足になるリヴェリア。距離が僅かに開き、レフィーヤが恐る恐る二人に話しかける。

 

「なんだ、あらたまって?」

「ひょっとしたら、なんですけど……リヴェリア様、実は意中の相手がいるんじゃないかと……」

「……!? 何を言っているのですか、突然!」

 

 リューが反応するが、レフィーヤにも一応言い分はある。リヴェリアは王族として扱われるのを嫌う。しかしエルフはほぼ確実にリヴェリアを王族として扱う。フレイヤを敬愛するエルフの二人組さえも、リヴェリアには敬意を持って接するあまり片方は上がる程だ。

 だからこそ彼女は同胞が集まる場所にはそれこそ余程の事がないと向かわないはずだ。

 

「………その余程の事と言うのが」

「恋の成就のため! 幻の霊薬実(タプアハ)が欲しいがために、普段は距離を置いているエルフの郷に行くんです!」

「レフィーヤ、それは考えすぎでは」

「それだけじゃありません! 以前、リヴェリア様がギルドの職員に手紙を渡しているのを!」

「それぐらいは別に……」

「いえ、通常の書簡であればギルドではなくファミリアの人員に渡す筈です。それ。人目を憚るように外部の方に渡すなんてあれは恋文に違いありません!」

 

 レフィーヤの声が少しずつ弾んでいく。年頃の少女として、やはりこういった恋話に興味があるのだろう。

 

「っ! その相手に心当たりは?」

「いえ、それが全く見当が……」

「馬鹿な、リヴェリア様に相応しい男など! 居るわけがない!」

「……それは暴論でしょう。世界は、広い。捜せば居るに違いない」

 

 と言うか、いなければリヴェリアは一生独身ということになる。まあ、聖女セルディアを穢れを知らないなどと崇めるエルフからしたらセルディアの再来と呼ばれるリヴェリアは一生清らかな身でいて欲しいのかもしれないがそうなると既存のエルフは穢れた行為の果てから生まれた………あれ、そうなるとリヴェリアは? なんてヴァハがヘラヘラしながら語る姿を幻視し、眉根を寄せるフィルヴィス。

 

「リヴェリア様に相応しい方………頭脳明晰で容姿も申し分なく、優れた品性と度量を持ち男らしく家事も料理もこなし、記念日を決して忘れない殿方くらい」

 

 因みに品性さえ除けば該当する人間が結構身近にいる事を彼女たちは知らない。

 

「幻想だ、そんな男は!」

「なにより重要なのが、リヴェリア様よりお強い方………この要素を満たさなければ世界中のエルフが許しはしない」

「…………リヴェリア様の意思を無視してな」

 

 と、口では言いつつもフィルヴィスも同じような事を思ってしまう。

 

「そうですね……リヴェリア様がお心を寄せているのであれば、我々は祝福すべきです」

「禁忌の恋路であろうと、リヴェリア様を真に思うなら支持すべき」

「しかし、誰だと言うのだリヴェリア様が気にかけている男というのは……?」

 

 その言葉に、リューはふと先日の光景を思い出す。

 

「………ヴァハ・クラネル」

「…………は?」

「ほえ?」

 

 その言葉に反応する二人。リューはしまったとばかりに口を抑える。

 

「え? いや、えっ………あ、ありえませんよ。だって、あのヴァハ・クラネルですよね? アイズさんを誑かすベル・クラネルの兄で人の命をなんとも思ってなくて色んな女の人に手を出して歓楽街では血を貪ると噂のあの」

「あ、いえ……ですがその………実はあの酒場で、私が来た時にはリヴェリア様が酔い潰れていて、あの男の膝に頭を………随分と、気を許していたような」

「それはありえないあっていいはずがないありえてはならない!」

 

 と、過剰に反応を示すのはフィルヴィス。思わずギョッとなるリューとレフィーヤ。

 

「だって、そうだろう。リヴェリア様のような高貴な方が彼奴に! 彼奴に相応しいのは、それこそもっと卑賤で、穢らわしい、私のような……いやそうではなく! そ、そもそもリヴェリア様は彼奴の好みでもないわけだし!」

「そうなのですか? それはそれで、無礼な気も」

「あ、彼奴は自分を殺そうとした女………顔も知らぬ仮面の女に、エインに………惚れ込んでいるらしい」

 

 歯切れ悪く言うフィルヴィス。何だか複雑そうな顔をしている。

 

「お前達、先程から何を騒いでいる」

 

 と、流石に放っておけなかったのかリヴェリアが戻ってきた。そろそろ精霊の住まう郷も近い。精霊は騒がしいのを嫌うから、気を落ち着かせろとの事だ。

 やがて森が見えてきた。その奥に、精霊郷がある。

 

「おお、天然物の精霊酒じゃねえか。猿あたりが木の実を隠して忘れたかぁ?」

「…………ん?」

 

 聞き覚えのある声に振り返ると、木の窪みに溜まった濃厚な匂いのする液体を水筒に注ぐ見知った人物。ヴァハ・クラネルがいた。

 

「………ヴァ、ヴァハ?」

「あん? リヴェリアにフィルヴィスと………リュー・リオンか。後ウィリディス。何やってんだ、こんな所で?」

「…………それは此方の台詞なのだが」

「ああ、精霊郷に誘われてな。どうせ暇だし、足を運んだ……」

「誘われた? ヒューマンのお前が?」

「あん? お前、何か勘違いを…………あ、いや。いいか、このままの方が面白い」

 

 何やら楽しそうにヘラヘラ笑うヴァハ。せっかくだし一緒に行こうぜと歩き出す。

 

「そういやフィルヴィス、その服装も新鮮だな。似合ってるぜえ」

「そ、そうか? ありがとう……」

「んで、そっちのガキはなんで気絶してんだ?」

「うきゅ〜」

「レ、レフィーヤ!?」

 

 レフィーヤはフィルヴィスが抱えて郷に向かう事にした。暫く歩くと、開けた場所に出る。木々に溶け込むように家が見える。自然と一体、その言葉がしっくり来る、エルフの里だ。空気が済んでおり、精霊の魔力に満ちた大気が日の光を美しくばら撒く。

 

「………私も初めて足を運んだが、なるほど、『精霊郷』とはよく言ったものだ」

 

 はぁ、と見惚れるリューとフィルヴィス。リヴェリアも感心した様に言う。と、そんな一同に郷のエルフ達が近づいて来る。

 

「貴方達、どうやってここに……っ!? ヒューマン!!」

「「「───!?」」」

 

 と、その言葉に周囲が騒がしくなり、敵意や殺意が溢れる。一人のエルフが警告もなしに矢を放つ。頭を狙った、しかし冒険者ならば簡単に避けれるそれをヴァハは敢えて喰らう。

 

「野蛮な蛮族めが! どうやってこの地に訪れた! その罪、その貧小な命を以て償え!」

「ヴァハ! っ、お前、まさかと思うがやり返す気か!?」

 

 とはいえ強く言えない。強いから殺されないだろう、だから殺されそうになっても受け入れろなんて道理に反することをリヴェリアが言うはずも無い。

 

「安心しろよ。俺はなぁんもしねぇぜ。俺はな……」

 

 ケラケラ笑いながら頭に刺さった矢を抜くヴァハ。その姿に驚くも直ぐに弓を構え直すエルフ。中には魔法を唱えようとする者まで。

 

「貴様等! 下劣なヒューマンを連れてくるなどなんのつも───がは!?」

 

 リヴェリア達にも敵意を向け叫ぶエルフが、突如風の塊に吹き飛ばされる。それを切欠に突如服が燃える者、地面に沈み始めるもの、肌が凍りついていく者達が現れる。

 

「がぁ!? き、貴様何をした!」

「俺は何もしてねえよ。お前等、やめろ」

 

 ヴァハがパンパン手を叩くと謎の現象はピタリと止まる。やはり貴様かと睨むも先の発言だと仲間がいる事になる。後ろの同胞達ではないだろう、困惑している。ならば誰がと周囲を警戒する中、叫び声が聞こえてきた。

 

「お前達! 何をした、精霊達が怒り狂っておるぞ!」

 

 幼い容姿のエルフが叫びながら走ってくる。

 

「ちょ、長老! 申し訳ありません、この蛮族めを侵入させてしまったばっかりに………!」

 

 と、エルフの言葉に少女はヴァハを見て、目を見開く。

 

「直ぐに始末を──!」

「止めぬか、馬鹿者共!!」

「は、え?」

「その男に手を出すな! その男への敵意が、精霊達の怒りの理由じゃ!」

「え、ど……どういう…………」

「その男に手を出せば、この郷の精霊達が我等を赦さぬと言っておるのじゃ!」

 

 その言葉にヴァハを見るエルフ達。ヴァハの周りに、何時の間に集まったのか無数の精霊達が漂いエルフ達へと威圧感のある魔力を放っている。威嚇しているのだ。

 

「おお何だぁお前等。俺の為に、そこな森猿共を追っ払ってくれるってぇ? 優しいねえ」

「な、は? ば、馬鹿を言うな! 我等はエルフ、精霊が我等を見限るはずがない!」

「…………」

 

 ヴァハがパチンと指を鳴らすと精霊がエルフの女を襲う。

 

「しかたねぇなあ。嫌われてるからなぁ……仕方ねぇ、行こうぜぇ」

 

 ヴァハが背を向け歩き出すと精霊達が付いていく。それはつまり精霊がエルフを見限っているという事。

 

「ま、待って! 精霊達がいなくなったら、我々は」

「あ〜ん? なんか言ってるかぁ? 悪いなぁ、蛮族なもんで高貴なエルフ様の言葉は解らねぇなあ。上から物を言われている気がするがんなわけねぇよなあ? 身の程を知れねえ馬鹿じゃ高貴な種族を名乗れるわけねぇもんなあ」

「ま、待ってくれヴァハ! 私としても、ここで霊薬実(タプアハ)が実らないのは困る………」

「………………」

 

 と、リヴェリアの言葉に足を止め振り返るヴァハ。エルフ達を見回し、胡散臭い爽やかな笑みを浮かべた。

 

「全員土下座。そのキレイな服のまま、顔に土擦り付ける程下げたら今回の件は不問にしてやるよ」

 

 その笑みを一瞬だけ安堵したエルフ達を絶望に突き落とすヴァハ。この程度で絶望するのだから、楽しい種族だ。

 

「…………ん?」

「むっ……」

 

 と、不意にヴァハはエルフの少女に目を向ける。

 

「その杖……あ〜お前が今代の精霊との架け橋かぁ? ぎゃはは! 相変わらずお前の一族はちっちぇえなあ。飯食ってるか? 飯ぃ!」

 

 ヒョイと持ち上げケラケラ笑うヴァハ。まるで彼女の一族について知ってるかのような口振り。

 

「な、なんじゃあ!? お、降ろさぬか! こら、小僧!」

「ほら見てみろよフィルヴィス、こいつこの形でお前らより歳上なんだぜ?」

 

 もしや機嫌が治ったのだろうか、と恐る恐るヴァハを見るエルフ達。

 

「? 何してんだ? さっさと土下座しろよ……」




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エルフの矜持を嘲笑う者

 普通のエルフとは雰囲気の異なる、王族に近い高貴な筈のエルフ達は、蛮族と見下す他種族の、それも特に秀でた特徴の無いヒューマンに頭を下げる。屈辱に唇を噛む者達を眺めながら、そのヒューマンはケラケラ笑う。

 

「と、父様? 母様? 何故、ヒューマンなどに頭を下げるのです!? 奴等は野蛮で浅慮な、下等な存在だと貴方達が教えたのではないですか!」

「ギャハハ。子供にそんな教育してるのかぁ……そりゃあいきなり頭狙う野蛮種族に育つわけだなぁ。そうとも、お前等はなぁんも悪くない。時代が、環境が、種族が悪かっただけさぁ。そうだろ? 頭上げて良いぜぇ」

 

 エルフの教えを、歴史を、在り方を否定するなら顔を上げろと言外に語るヴァハ。

 ヒューマンに頭を下げ続けるなど屈辱で、しかし己が種族が築いた歴史を、教えを否定できる筈もない。

 

「……お前、やはり性格が悪いな」

「おおそうとも。俺が性格悪い前提で接すりゃ、嫌な事されても印象はちげぇだろ?」

 

 呆れたようなリヴェリアの言葉にケラケラ返すヴァハ。リヴェリアとしても、他種族を問答無用で見下すエルフの教えが生んだ先程の光景を見て何も言えない。ヴァハの遊び心があるから大事になったが、発端はエルフの反応なのだ。

 

「貴様! 良くも父様と母様を!」

「俺は全員土下座つったんだがなぁ……まあ良いさ。ガキをいたぶってもなぁ。俺はガキは好きだからなぁ」

 

 つっかかってくる子供を無視して土下座しているエルフ達を見る。そういえば、何気に極東文化を知ってるのか。

 

「もう頭上げて良いぜぇ。精霊達も、てめぇ等が他種族ってだけで問答無用で攻撃する凶暴な猿って解ったがこれまでの経緯で自分達には安全だと解ったってよお」

「なっ! 我等が野蛮だと!?」

 

 その言葉にヴァハはわざとらしく驚いた表情をして、エルフの子供たちに目を向ける。

 

「なあなあ餓鬼共、質問だ。獣人の集落に、獣人とやって来たヒューマンが現れた。なぁんの話も聞かず矢を射って殺す。これってどっちが野蛮だぁ?」

「? 貴様等はどちらも野蛮な種族だ!」

「じゃあどっちの方がより野蛮か聞いてんだよ」

「………それは、獣人だろう」

「同胞と共に来ているのに、話を聞かぬなど……」

「それをてめぇ等の親父共がやったのさぁ」

 

 その言葉に動揺し、しかしすぐに怒りに顔を染めるエルフの子供達。すぐに叫ぼうとし

 

「エルフだけは特別かぁ? 何を以て、そう決める」

「え……」

 

 しかしその言葉は止められる。

 

「いきなり攻撃してくる野蛮な性質は同じだろう? 何が違う、話に聞いてた蛮族と」

「そ、れは………我々は、エルフで………」

「他種族達も同じこと思ってるかもなぁ。我々は我々だから他種族をいきなり攻撃しても許されるって」

「だから野蛮だというのだ貴様等は!」

「あんた等は黙ってろよ。俺はガキどもに聞いてんだ」

 

 ヴァハがそう言って指を向けるとバチリと音がして、顔を上げていたエルフが強制的に土下座を再開する。

 

「エルフがして良くて他の種族がしちゃならねえ理由はなんだ? エルフは何故そんなに偉い? 世界救った英雄がいるからかぁ? んなもん、他種族にだっている。なのに何でエルフだけぇ? ほら言ってみ言ってみ」

 

 ケラケラケタケタ語るヴァハの言葉に何も言い返せないエルフの子供達。大人達を見る目に疑念が宿ったのを見て満足したように笑う。

 

「お前等はあんな大人になっちゃ駄目だぜぇ」

 

 そう言うとエルフの大人達に視線を向ける。

 

「ほれ、さっさと顔を上げろよ。俺は優しいからなぁ。野蛮なお前等を許してやるぜえ」

 

 ヴァハの言葉に屈辱に震えながらも立ち上がる。内一人が、忌々しげに睨みながら呟く。

 

「精霊の威をかる蛮族めが」

「ああん? 自分達は精霊と心通わせてると思い上がった蛮人がなんか言ったかぁ?」

 

 しかし堪えた様子もなくヴァハは楽しそうに笑う。

 

「んじゃロリ、今の郷案内しろ」

「誰がロリじゃ誰が! わらわにはリロと言うながあるんじゃ小僧!」

「そいつぁ悪かったなぁ。どうでもいいから案内しろ案内。精霊共もお前なら信用できるってよぉ」

 

 ヴァハはそう言うとリロを米俵のように抱えて歩き出した。

 

「全く彼奴は………すまんな、同胞達。彼奴に悪気は…………悪気しかないが、悪い奴では、いや……………不用意に手を出さない限り、危険な奴ではない」

「何を勝手な事、を………待て。あ、いやお待ちを! 貴方は、もしやリヴェリア様では!?」

 

 と、リヴェリア達にも敵意を向けていたエルフ達だったか一人がリヴェリアに気付き敵意が霧散する。

 

「嗚呼、リヴェリア様! お会いできるなんて光栄です! 今日という日に感謝を! それもこれも、精霊達の御加護のおかげ!」

「………その精霊達に見限られていたがな」

「フィルヴィス殿、それは言わないほうが」

「すまん。私は、あまり精霊に対して信心深いわけではないのでな……」

 

 と、フィルヴィスとリューがコソコソ話す。

 

「冒険者などという蛮族共の都にあって、リヴェリア様の華々しいご活躍は我々も耳にするところ!」

「貴方様こそ一族の誇り! セルディア様のご再来の言葉は正しかった!」

「………………」

 

 その王族扱いに辟易した表情になるリヴェリア。さらにエルフ達は余計な一言を発する。

 

「もしや先程のヒューマンも貴方様の連れ? ソレは、申し訳ないことを。精霊達が怒るのも当然です」

「……………奴個人ではなく、私の連れであるから、奴を認める……か」

「リヴェリア様?」

 

 明らかに不機嫌な様子のリヴェリアに動揺するエルフ達は、王族の連れというだけで態度をあっさり変えた大人達に向けてくる子供達の視線に気づかない。このままでは子供達と大人達に大きな溝が生まれる事だろう。

 

「世辞はいい。祭事を取り仕切る長老………は、ヴァハが連れて行ったか」

 

 仕方ないと、後を追おうとするリヴェリア。お供しますというエルフ達の言葉を拒否し森の奥へと向かう。

 

 

 

 

「お主何者じゃ」

「ヒューマン様だよ」

 

 何時の間にか肩車になったリロとヴァハ。

 リロはヴァハに問いかけるがヴァハはケラケラと適当に返す。

 

「案内しろなどと言いながら、大まかにこの郷を知っておるな?」

「知ってるだけだ。来たことはねえ」

「この郷のことが外部のヒューマンに漏れるとは思えんが」

「まあ大体全部ヘルメスが悪い」

「誰じゃそれは………まあこの際良いわい。お主が共に来たあの女、アルヴのお転婆姫じゃな? 里を飛び出した放浪娘が何しにこの郷に来た」

「儀式への参加だ。この時期に来るのは、それぐらいしか理由はない」

 

 と、その言葉に振り返るとリヴェリアが居た。

 

「ふん、儀式への参加じゃとお? 王族の責務も果たさぬ愚か者がエルフの祭事にだけは参加したいなどと図々しい」

「貴様! リヴェリア様になんて事を!」

「ひぅ!?」

 

 付いてきたフィルヴィスの叫びにリロは肩車を止めヴァハの背に隠れる。

 

「ふ、ふん! わらわに何かできるならしてみると良い! よく知らんがこの男には気に入られておる! そしてこの郷の精霊達はこの男を気に入っておる。何かしようもんなら精霊達がほうっておかんぞ!」

「………………」

 

 兄の背に隠れる妹みたいだ、とリューは思った。

 

「そいつぁ困るな。参加できないと困るつーからエルフ共を許してやったんだぜぇ? リヴェリアが参加できねぇなら。彼奴等許す意味もねぇなあ」

「んぐ! 解ったのじゃ。なら、少し雑用はしてもらうぞ。王族の責務を果たさぬのなら郷の為に少しは働け」

「俺って王族の責務は税金もらったり王族の権限利用するから果すべきだと思うんだよ。税金受け取ってねえ、王族扱いは嫌い、そんなリヴェリアにゃ別に義務は発生しねえんじゃねえ? 世界にエルフの凄さを振りまいているわけだし」

「ムッ………それは、ほら………それじゃから」

 

 ヴァハは上手く言葉に出来ぬリロにケラケラ笑うとリロはヴァハの耳を引っ張る。初対面の筈なのに随分と仲がいい、とリヴェリアが目を細める。

 

「それで、働けとはどういう?」

「ふん。ここは神聖な場所じゃが周囲には不浄なモンスター共が彷徨いておる。儀式の邪魔にならぬよう追っ払ってまいれ!」

「リヴェリア様に従僕のようなことをさせるなど!」

「黙れ! ここではわらわが法なのじゃ! ヌハハハハ!」

「ふっ。王族扱いより、この方が遥かに気楽だ。喜んで協力させてもらおう」

 

 元よりモンスター退治は冒険者の得意とするところ。モンスター退治に向かう途中、目覚めたレフィーヤと共に周囲のモンスターを一掃した。

 

 

 

「でも、話に聞いても信じられません。リヴェリア様に反発するエルフが居るなんて」

「なに、エルフでは珍しいことだが神々や他種族ではよくある」

 

 レフィーヤの言葉にリヴェリアは気にした様子もなく笑う。その言葉にそんな光景見たことがないと首を傾げるレフィーヤ。

 

(はっ! まさか、リヴェリア様の恋は……絶望的な片思い!? ほ、ほ、ほ、本当にあのヒューマンが相手!?)

 

 思い返せば彼はリヴェリアになかなか無礼な態度で接するし、フィルヴィス曰く絶賛別の相手に恋してるらしい。

 

(リヴェリア様にこのような穏やかな表情をさせるとは!)

(いがみ合ってからの他種族婚はエルフの定番だとシルが読んでた恋愛小説で!)

 

 などとエルフの少女達が戦慄する。

 

「フィンもガレスも、最初は私のことを鼻持ちならない奴だと思っていただろうしな」

「あ、そういう事でしたか〜」

「? 何の話だと思っていた」

「い、いえっ、別に下衆な勘ぐりなどしていたわけでは……」

「コホン! 仮にですが、このまま儀式に参加させてもらえなかったら、どうするのですか?」

 

 と、リューが話題を変えるべく話をふる。

 

霊薬実(タプアハ)を譲ってもらえるなら有り難いが………気が引けるな。ヴァハの奴なら、どうだろうか。彼奴は目的があったわけでもなく、精霊達に誘われたそうだが」

「俺? やだよ」

「何じゃ終わったのか。ならさっさと報告にこんか」

 

 と、噂をすれば影。ヴァハとそのリロがやって来た。

 

「ヴァハ……やだとは。その、お前も誰かに渡すのか?」

「ん? ああ、アミッドに半分やる」

「アミッド………【戦場の聖女(デア・セイント)】に!? エ、エインは………?」

「何いってんだ。秘薬の原料だぞ。アミッドの土産にゃ丁度いいだろ」

「あ、ああ………そうだな。そうだった………霊薬実(タプアハ)は薬になるんだったな」

「あ〜ん? 何じゃぁ? お主この男に惚れておるのか? かー! やぁらしいのぉ〜!」

「んな!? そ、そんなわけあるか! それよりも、これでリヴェリア様の参加を認めてくれるんだろうな!」

「そんな事言ってないも〜ん」

 

 と、リロはプイと顔を逸らす。見た目通りの子供のような仕草だ。

 

「貴様………最初から認める気はなかったのか!? リヴェリア様を馬車馬のように働かせたかっただけか!」

「うわー! 出たー! エルフに有りがちな偏屈かつ攻撃的な自己妄想!」

 

 サッとヴァハの後ろに隠れべー、と舌を出すリロ。

 

「綺麗な顔してお主、全くモテんじゃろ? そうじゃろうそうじゃろう!?」

「こ、こいつ……!」

「はぁヤダヤダ、これだから若いもんは〜。一族の行く末が、わらわちょうしんぱーい」

「わ、私のことはどうでもいい! 質問に答えろ!」

「ふーんなのじゃ! モンスターを追っ払えたら許可するとは言っとらん! まあこの男の顔に免じて、きちんと仕事すれば参加させてやる」

 

 ヴァハの背中に隠れながら偉そうなリロ。漸く気絶しなくなったレフィーヤは文句を言えず、リューはヴァハの背に隠れるリロに複雑な表情を浮かべ、フィルヴィスが不機嫌になるのは多分リヴェリア関係だけではないだろう。

 

「まったく……話が進まん………ん?」

 

 と、言い合いを続けるエルフ達を尻目にリヴェリアは気配を感じてそちらに歩いて行く。

 

「では、どうすれば認めて頂けるか教えてもらえないでしょうか?」

「そうだ! これ以上、お前の我儘にリヴェリア様を付き合わせるわけにはいかん!」

「ふーむ……そうじゃのぉ。この辺りには、精霊の訪れとともに多くのユニコーン達が足を運んでくる。かの者たちは、滅多に人目に触れず、穢れなき処女としか接触を許さぬ貴重な存在じゃ。儀式に参加したいなら、ユニコーンを探し出すぐらいしてもらわねば! まあ、無理だとは………なんじゃ?」

 

 得意げなリロの肩を揺さぶり、ヴァハはある方向を指差す。

 

「ふふっ、なんだ? 腹が空いているのか?」

「ブルル」

「そんなに纏わりつくな。ヨシヨシ」

「んなああ!?」

「リヴェリア様の周りに、ユニコーンの群れが!?」

 

 ヴァハの指差した方向には、ユニコーンの群れと戯れるリヴェリアの姿があった。因みにユニコーンはダンジョンから地上に進出したれっきとしたモンスターなのだが、比較的におとなしく調教(テイム)が容易い。なのに【ガネーシャ・ファミリア】に否定的なエルフが多く、ヴァハの笑いどころになっている。

 

「美しい……最早神々しい域………」

「それより、ユニコーンの扱いに慣れているような……まさか、ダンジョンで調教(テイム)の経験がおありで?」

「馬鹿を言え。王族(ハイエルフ)の森でも飼っていただけだ。コツさえ掴めば誰でも出来るぞ」

「因みに爺の愛人の飼ってたユニコーンは毎回毎回来るたんびに爺を蹴り飛ばしてたぞ」

 

 と、何時の間に移動したのかヴァハがユニコーンの横腹を撫でながら応えた。何気に彼もユニコーンの扱いに慣れている。

 

「わ、わらわでさえもちかづくことしか出来んのにぃぃ〜!」

「さ、流石はリヴェリア様! これで先程の言質も!あっ……!」

 

 と、フィルヴィスが近付いた瞬間ユニコーン達が一斉に森の奥に走り出した。

 

「ユニコーン達が物凄い勢いで逃げた!?」

「………やはり、私は汚れて…………」

「そ、そんなことありません! ユニコーン達は、ちょっと用事を思い出しただけです!」

(それは苦しい……)

「良いんだ。気など遣わなくても………」

「気なんて! だって、フィルヴィスさんも、汚れなき純潔の乙女じゃないですか!」

「ほぁ!? なっ、なっ、何を言ってるんだ、お前は!?」

「えっ!? 違うんですか!?」

「ち、ちが………ちがく………あぁぁぁぁぁっ!? なんて事を口にするんだァァァ!?」

 

 そんなやり取りを見てヴァハはニヤニヤ笑いリヴェリアは呆れたように肩をすくめた。

 

「まあ、その辺にしとけリロ。ガキみてぇにムキになってもなぁ。ここの馬鹿どもがリヴェリアの血筋を勝手に遡ってセルディアの侮辱に当たる〜とか言い出すぞ」

「む、むぅ……わかったのじゃ。むうぅぅ……」

 

 膨れっ面で拗ねるリロ。幼い見た目も相まって、なんだか虐めてるような気分になる。

 

「何だか悪いことしちゃったみたいです。私達が来たばっかりに………」

「流石はリヴェリア様の従者殿。お優しい心をお持ちなのですね」

「えっ………」

「やはり素晴らしき方々だ。リヴェリア様のお伴だけのことはあります、ははは!」

「あ、あはは……なんか……う〜……」

 

 レフィーヤは少しだけリヴェリアの気持ちが解った。

 

「ほら見ろよ。ああやって、相手なんて見ずに立場だけを見てどんなのか判断する。そんな大人達の教えが、お前等ほんとに正しいと思ってんのかぁ?」

 

 大人達がレフィーヤ達を褒める中、ヴァハは子供たちの相手をしていた。




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招かれざる来客

「これより精霊とエルフの友愛の義を始める!」

 

 リロの言葉と共に、精霊達が集まってきた。

 

「わぁぁ………」

 

 エルフ達の笑い声が響く。高貴なエルフ達が輪になり踊り、はしゃいでいる。ヴァハはヒューマンなので大人エルフ達は肌を触れる事を許さず子供達と踊ってる。

 

「……………」

「貴方は行かないのか?」

「子供は………苦手だ」

 

 リューの言葉にヴァハの輪を見ていたフィルヴィスに問うがフィルヴィスはそう返す。

 子供達の周りには精霊達が多く集まっていた。

 

「………何かあの人、あっという間に子供達に懐かれてますね。あんなに怖い人なのに」

「子供には、何気に優しいからな彼奴は」

 

 自我の薄い精霊達を楽しませる為には心から、子供のように楽しむ必要がある。とはいえやはりリヴェリアの連れ立ったとはいえ種族を気にしてチラチラとヒューマンを伺うようでは、純粋に楽しむ子供達の方に精霊達が集まるのも道理だ。

 

「う、うふふふ〜……」

「ぎこち無いかと」

「あははは〜」

「不自然かと」

 

 何とか楽しもうとするレフィーヤだったが、リューに思っきり駄目だしされた。

 

「うう、あの人でも出来るのに」

「どうでしょうか。あの場の精霊達………子供達に近い精霊達は楽しんでいるようですが、彼の周りの精霊はむしろ付き従っているように見えます。精霊に誘われるようですし、精霊に関係する何かがあるのでしょう。それこそ、隣人であるエルフより優先されるような」

 

 

 

 

「精霊は別にエルフを隣人とは思ってねえぞ」

 

 と、何故アナタはヒューマンなのにエルフよりも精霊と仲がいいのですかと聞いてきた子供にそう返す。

 

「そりゃなぁ、精霊は神が人類の助けに送った存在だ。だけど人類ってのはエルフもヒューマンも獣人もドワーフも一括。高位の精霊なら好みの差はあるだろうが精霊からすりゃ『何かの人類種族』程度の認識だろうよ」

「で、ですが我々エルフは古来から……」

「そりゃ魔力が多いし精霊の好む環境に住むからなぁ。だが別にエルフだけじゃねえぞ? 特に極東なんかじゃ巫女だかイタコそんな名前の奴等がいたしなぁ。こっちの大陸にだって別に居たし、何なら力を借りるどころか契約したヒューマンや血を分け与えられたヒューマンが同じ時代にいた。エルフは自分の種族の事しか伝えてかねぇから知らねぇだろうがなぁ」

 

 もう一つの理由としては単純に寿命の差だ。エルフは他の種族と比べて精霊と永く契約出来る。別れを悲しむ感情のある高位の精霊がエルフと親しいのはそれが理由で、エルフとヒューマン戦争になったらどちらを助けると問われれば住処が荒らされぬ限りどちらの味方にもなるまい。

 

「そもそもクロッゾの魔剣ですら破壊するだけで一族にも国にもなぁんにもしてねぇだろぉ? そもそも動いたのはエルフの里が焼かれたからじゃなくて精霊の住処が焼かれてからだしなぁ」

 

 エルフはクロッゾの一族を、魔剣を、幾つもの同胞達の里を焼いたと憎んでいる。幾つも、つまり幾つか焼かれるまで精霊達は放置していたということ。 

 

「精霊はエルフの隣人なんかじゃねえ。人類の隣人だ。それを思い上がって自分達の隣人にして『神に最も近い種族』と共にいる自分達を高位に位置する生物なんて言い張るために使うんだからお笑い草だなぁ。そのくせ時には神すら下に見るんだから笑いどころに困らねえ歴史だよなぁ」

 

 ケラケラケタケタと子供達が習ってきた価値観を嘲笑うヴァハに、不満そうな顔を浮かべるが口に出す者は居なかった。何せ事実だ。

 ましてや、リヴェリアの連れだからと認めるような態度をとって置きながらヴァハ達の居ないところで子供達に『奴の醜悪な顔を見たか。内面の醜さが出ている。我々とは違うのだ』などと笑みを浮かべる大人達の後に聞けば思うところもあろう。

 

「まあだからって俺が正しいと思うなよ?」

「…………え」

「大人から教わった事に疑問を持った。だからその考えを否定した人の教えが正しい、なんてのは今までとなぁんも変わんねえ。これからは自分で考えるんだなぁ」

「…………はい」

 

 その言葉にヴァハはやはり軽薄に笑うと、不意に目を細める。まるで能面を貼り付けたかのような笑みに変わると子供に向かって飛んできた矢を受け止め圧し折る。

 

「え、な!?」

「【我が名は、アールヴ】!」

「祭事中だぜ? 空気読め」

 

 ヴァハと時を同じくして異変を感じ取ったリヴェリアの詠唱の完成と、ヴァハが魔力を練ると同時に咆哮が響く。

 

「な、なんじゃあ!?」

「【ヴェール・ブレス】!」

 

 防護魔法に魔法が当たり、弾ける。ヴァハが地面に手を差し込むと同時に無数の赤い杭が生え、夜闇に隠れていた男達を貫いた。

 

「ぐあ!?」

「がはぁ!?」

「くっ! どうしてバレた!?」

 

 盗賊らしい。本当に存在したエルフの隠れ里。不意打ちを決めたつもりが防がれ反撃され、指揮が乱れている。

 

「くそ! エルフどもは殺っちまっても構わねえ! 連中が抱えてるお宝を探せぇ!」

「おおおおお!」

 

 しかしすぐに指揮が戻るのを見るに、なかなか統率の取れた集団だ。素人ではないし、偶然見つけた訳でもないのだろう。

 

「まさか、貴様か!?」

 

 とエルフの誰かが叫ぶの無視して盗賊達の下まで一足で接近するヴァハ。

 

「っ!? ヒューマン!?」

「構わねぇ! ぶっ殺───!」

 

 バチン! と紫電が輝き指揮官らしき男が一瞬で黒焦げになる。

 

「…………は?」

「ついてねぇなぁ。お前等………本当についてねえ」

 

 血の杭を無数の剣に変え、一回転。ズルリと盗賊達の身体がずれる。

 

「ひ、ひぃ!?」

「あ、相手は一人だ! エルフ共を人質………」

 

 グサリと杭に貫かれ、枝分かれした杭に内臓をずたずたにされる。ヴァハを避けエルフ達に向かう者達は、人質でも取りたかったのだろう。だが……

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】! 【ディオ・テュルソス】!」

「ぐはあ!」

「ふっ!」

「なにぃ!?」

 

 そこには残念なことにオラリオの冒険者達が居る。何名か指揮権限を持つ奴が居るようだが、全員殺してしまえば烏合の衆に成り果てる。

 

「………ん?」

 

 と、上空から軋んだ金属のような不快な咆哮が聞こえてくる。見上げれば、ワイヴァーンの群が郷目掛けて飛んでくる。

 

「ワイヴァーンの群……? どうしてこんな時に!?」

「万が一の手だったが……用意しておくもんだなぁ!」

「彼奴等!」

 

 郷へと降り立ったワイヴァーン達はエルフ達に襲いかかる。獣の本能か、戦う力のない弱い子供達を睨み大口を開けるワイヴァーン。

 

「とかげ………」「はね」「ちょーだい」

 

 が、真っ赤な赤子達に一瞬でバラバラにされた。

 

「数が多いなぁ。おい足手まといども、せめてガキ連れて逃げろ!」

「な、何だと貴様! 何故我らがお前の命令など! リヴェリア様の連れだからと、ヒューマン風情が図にのべ!?」

 

 パン、と裏拳がエルフの鼻っ面を文字通りへし折る。

 

「現状を見ろよ役立たずども。戦いもしねぇなら戦いの邪魔にならねえようにしろ」

 

 後ろから迫ってきたワイヴァーンを見向きもせず燃やすヴァハを見て顔を青くするエルフ達。

 

「ガアアアアア!」

「あっ………!? ワイヴァーンが大聖樹に向かって!」

 

 ピシャアアン! と音が響き大聖樹に向かったワイヴァーンが落雷に焼かれる。

 

「よ、よかった……」

「安心している暇はありません」

「レフィーヤ、詠唱に集中しろ。前衛は委ねる」

「お任せを。妨げになる物は、全て私が切り払います」

 

 リューが地上のワイヴァーン達を切り捨て、上空のワイヴァーンはヴァハが撃ち落とす。

 

「今のうちにお宝をうびゃ!!」

 

 その隙に抜こうとした者達は落雷に焼かれた。しかし数が多い。森への被害を考慮していると少し漏れる。

 

「ヴァハ、寄越せ!」

「ほらよ」

 

 ヴァハがフィルヴィスに手を向ければフィルヴィスの杖へ雷が纏わり付き、放たれる魔法の威力を底上げする。

 

「あやつらは………どうしてここまでして、精霊郷の…大聖樹のために………」

 

 盗賊達は一先ず追い払う。後はワイヴァーン。

 ヴァハは無数の血のワイヤーをワイヴァーンに向かって放つ。

 

「「「グギャアアアア!?」」」

 

 ワイヤーを通して流れた電流に焼かれるワイヴァーン達。即死しなかったワイヴァーンは地面でもがきながら、体に刺さったワイヤーの先端の鏃から血を吸われていく。

 

「弱体化してるたぁ言え竜種か。まぁまぁな味だなぁ」

 

 ワイヤーの一本を咥えながら笑うヴァハ。その光景に、遠巻きに見ていた盗賊達が青ざめている。

 

「あ、あいつら………ワイヴァーンまでやりやがった!」

「ちくしょう、やっぱりそうだ! オラリオの冒険者ども! 俺達が敵う相手じゃない!」

「チッ………こうなったら……『アレ』を出せ!!」

「で、でも、アレは……」

「うるせえっ! もう引き下がれるか!」

 

 

 

 

「………貴方に、だいぶ助けられました」

「意外だなぁ。お前が俺に礼を言うとは」

「…………恩には報います。それに、これは確かな殺し合いですから」

 

 と、口では言いつつも不満が隠しきれていないリューにヴァハはやはりケラケラ笑う。

 

「でも、これで終わりましたね!」

 

 そうレフィーヤが嬉しそうに笑った時だ。これまでにない程の咆哮が響き、ズゥンと地面が揺れる。

 

「グオオオオオオオ!!」

「ド、ドラゴン!? しかもあの威圧感……図抜けてる! どうしてあんなモンスターが!」

「はははははは! そいつはあの『竜の谷』からやって来たはぐれ竜だ。捕獲する時、派閥(ファミリア)の連中を何十人もヤッた化物だ! 捕まえた後、アイテムでずっと眠らしていたが………もう知らねえ! もう知らねえよぉ!! ひゃはははははは!?」

 

 自棄になった男の狂笑が響き渡る。

 ドラゴンは口から火の粉を零し、広範囲に炎を吐き出した。




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霊薬実

「森一面に……! 大聖樹が!」

 

 夜闇が消える。強い炎の禍々しい明かりが周囲を照らす。精霊達が慌てふためきエルフ達の叫び声が森に響いた。

 

「グオオオオオ!!」

「ハハハハ! こんな妖精共の郷、全部燃えちまえ! 燃えちまえぇぇ!」

「嬉しそうだなぁ。何かいい事でもあったのかぁ?」

 

 高笑いする盗賊の背を蹴りつけると燃えている木に顔を押し付け、そのまま後頭部を踏みつける。

 

「あがあああ!? あづいあついあぢゅあづああああ!」

 

 暫くすると動かなくなったのを見て、暴れ回るドラゴンに視線を戻す。眠らされ、起きれば知らない場所。混乱と苛立ち………そして、はぐれ竜という特性から竜の谷を追われた個体であるだろうからか、ここを棲家にしようとする欲も見えた。

 

「あぁ、あぁぁぁぁ………!? 森が、燃えてしまう! 神聖なる森が、大聖樹がああぁっ!!」

 

 リロの叫びが聞こえる。精霊達の叫びは聞こえないが、魔力の激流となり更に周囲を破壊していた。

 

「くうううう!? いけない! 私達だけじゃあ、竜と火の手、精霊の全てを抑えられません!」

「ヴァハ! 精霊達だけでも落ち着かせられないか!?」

 

 精霊から誘われるほど精霊にちかしいヴァハなら、精霊達だけでも落ち着けられないか聞くフィルヴィスにヴァハは動かなくなった男を炎の中に蹴り入れながら応える。

 

「無理だなぁ。逆に聞くが、一人で火事に騒ぐガキ共全員を止められるかぁ?」

 

 つまりそういうことだ。精霊にも意思がある以上、一人で抑える事など不可能に近い。

 

「あぁ………もう駄目よ。森を焼いた挙げ句、精霊達からも怒りを買ってしまった……」

「潰えてしまう。受け継がれてきた郷が、伝説の精霊郷が! 我々の誇りが!」

「なんて無力なのだ、我々は………」

「大聖樹が……」

「それにほら。世界を救った偉大なるセルディア様とやらの同族達はぁ、無力を言い訳に項垂れるだけだしなぁ。ここが彼奴等の郷である以上、でしゃばったマネすんのもなぁ……」

 

 脅威に立ち向かうこともせず、現状に絶望し足を止める者達。心の何処かで、自分達を立たせてくれるのを待つだけの、英雄譚の端役程度の存在を目にヴァハはケラケラ笑う。ここで立ち上がれないくせに他種族の英雄を見下すのだからお笑い草だ。

 

「もう、お終いじゃ………わらわは………守れなかった………」

「…………………」

 

 そんな彼等を、リヴェリアは無言で見つめ、ヴァハがリヴェリアに気づき面白そうに目を細める。

 

「───嘆くだけか?」

「えっ……?」

「嘆き、膝を突き、無様を晒すだけかと聞いている」

「なっ!?」

 

 何処か突き放すような、蔑むような言葉にリロが目を見開く。

 

「先に白状しておこう。私はお前達、エルフが嫌いだ。種族としての品位を疑わず、血筋を尊び、自分達の高慢さにも気付かない。その挙げ句、この醜態………反吐が出る」

「おー。いいぞいいぞ〜」

 

 と、リヴェリアの言葉にヴァハが野次を飛ばす。

 

「リ、リヴェリア様と言えどそのような侮辱は……!」

「ギャッハハ! 事実言われてキレんじゃねぇよ。実際高慢だろう? 俺が同じ事言っても聞きやしねえくせによぉ!」

「だろうな。私が言って、漸く耳を傾ける。そいつを見ろ。他種族の、それも警告もなく矢を射ってきたエルフの里を襲ったワイヴァーンを、盗賊を討った。対しお前達は腐るのみ。一体どの口で、奴を蔑んでいた」

 

 どうやらリヴェリアは郷の大人達がヴァハに陰口を言っていたのを知っていたらしい。彼等のことだ、案外善意でリヴェリアに忠告でもしてたのかもしれない。

 

「「「……っ!?」」」

「お前達の言う『誇り』ほど脆いものはない。

 お前達の語る『誇り』ほど、儚いものはない」

「………………」

「だが…………お前達の『誇り』が、何よりも気高いことを私は知っている!」

「「「!!」」」

 

 その言葉に、俯いていたエルフ達が顔を上げる。

 

「お前たちは立ち上がらなくてはならない! 慣習を手放せないというのなら! 誇りを守ると言うのなら! 精霊達との友情が偽りでないと言うのなら、気高き意志を示さなくてはならない!」

 

 そこで言葉を区切り、目を閉じるリヴェリア。

 

「……フィン、借りるぞ」

 

 ヴァハはそのへんの岩に座り成り行きを見守る事にした。変化に気づいた比較的に勇敢な精霊達がヴァハの周りに集まりヴァハ同様成り行きを見守る。

 

「お前達に『誇り』を問おう。その目には何が見えている? 恐怖か? 絶望か? 破滅か? そんなものなど端からありはしない。己の弱さに屈するな。導きはない。だが光なら幾らでも照らしてやろう。

 ──聖女セルディアの名に誓って、お前達に勝利を約束する。立ち上がれ、同胞達。エルフの真の強さとは─誇りを胸に何度だろうと立ち上がる事だ!」

「…………空気が変わったな。爺の言う、英雄の威光って奴か」

 

 かつてとある道化が民衆に行った虚像の希望と同じ。ましてや今回はれっきとした力持つ者の言葉。効きが違う。

 

「………おおぉ……おおおおぉ! ここで立ち上がらずして、何がエルフか!!」

「偉大なる方にここまで言わせて、立ち上がれない我等など!! 誓いを果たすのだ! この魂の故郷を、精霊達を救うのだ!」

「誇りを! 気高き意志を!」

 

 エルフ達が立ち上がる。消火を始めるが、火の回りのほうが速い。

 

「お?」

 

 どうなることやら、と見守っているとリヴェリアの足元から魔法円(マジックサークル)が広がり、エルフ達の魔力を強化していく。そういうスキルだろう。まさにエルフの王族。

 

「風よ!」

「水よ!」

「………精霊共、少し落ち着け」

 

 と、ヴァハの言葉に精霊達がピタリと止まる。落ち着かせた訳ではない、脅しただけだ。少しばかり火の手も弱まってきたから行えた。

 

「棲家を変えるだけなら簡単だ。だがほれ、お前達の隣人とやらが頑張ってるぜぇ。少しは一緒に住んでやってたんだ。手を貸してやれ」

 

 その言葉に精霊達も消火にあたっていく。残るのはドラゴン。リヴェリアの膨大な魔力に反応し、低く唸る。

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け】」

「ゴアアアアアア!!」

 

 大気を揺する方向。口内にチロチロ火の粉が上がる。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の厳冬──我が名はアールヴ】!」

 

 炎が吐き出される。濁流のような炎の暴乱。リヴェリアは慌てることなく、魔法の名を告げる。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】」

 

 音が消える。色が消える。

 時すら凍てつかせる吹雪を前に、真っ白な氷像と成り果てるドラゴン。ヴァハは氷像の上に移動すると、そのまま蹴り砕く。

 

「───!!」

 

 風の精霊、水の精霊の力も借りたのだろう。冷気が森全体へと駆け抜け残りの火の手も消し尽くす。

 

「終われば存外呆気なかったな。んじゃ俺は、生き残りからどうやってこの郷の場所知ったか聞いてくる」

 

 血で様々な拷問器具を作りながら、ヴァハは逃げ出した盗賊団の生き残りを追うために森の奥に消えた。

 

「………本当に、面倒な奴だ。わざわざ見ていて楽しかった訳でもないだろうに」

 

 むしろこれからが楽しみだと言わんばかりの笑みだった。まあ、だが。確かに終わった。

 

 

 

 

「あの調子なら大聖樹はすぐに復活するだろうな。まあんなこたぁ俺にゃ関係ねえ。んでぇ? お前等に精霊郷の場所教えたの誰だぁ?」

 

 4本のフック、魔女の蜘蛛に吊るされた男がガチガチ歯を鳴らし痛みを耐える。

 

「し、知らない! 俺は、何も……!」

「ん〜。そうかぁ、お前は?」

 

 と、赤い輪っかを各所に付けた男に尋ねる。

 

「し、らな………ぎゃああ!」

 

 メキメキ音を立て、輪が閉まる。血流を堰き止め肉を潰し骨を圧する。

 

「お前は?」

 

 別の男に聞く。悲鳴が聞こえる。

 

「お前なら?」

 

 別の男に聞く。悲鳴が聞こえる。

 

「お前はどうだ?」

「し、知らねえつってんだろ!? 主神が面白い情報があるって聞いたんだ! つーか、お前本当は、俺等が知ってようが知らなかろうがどっちでも良いだろ!?」

「あ、バレた?」

 

 

 

 

「よお、ただいま。お、霊薬実(タプアハ)実ってんじゃん」

 

 ヴァハが戻ると、焼けた大聖樹は復活し、精霊達がヴァハの周りによって来た。完全に落ち着きを取り戻したらしい。

 

「お前の分だ」

「お、サンキュ。今夜はこのまま泊まるのか? 俺ヒューマンだけど泊めてくれる宿あるか」

「先の騒動の功労者を種族で差別する程恩知らずではない………とは思いたいが。何なら、私の部屋に泊まるか?」

 

 と、リヴェリアがからかう様に言えば周りのエルフ達がバッと振り返る。

 

「リ、リヴェリア様! そのような事は冗談でもおっしゃられては! 男を、ましてやヒューマンを同室に泊めるなど!」

「そうです! 御身が汚れてしまいます!」

「…………そのような言い方はないのではありませんか?」

 

 不意に、エルフの子供が不機嫌そうに言う。

 

「男だから、なら解ります。冗談で言ってるようでしたが、男を誘うのを咎めるのならまだわかります。ですが、種族を理由にするのは何故です?」

「逃げ惑う貴方達と違い、まっさきにこの郷の為に戦ってくれた方々の一人である彼を、発破をかけられるまで何もしなかった我等が貶めていい理由になどなりはしません!」

「戦えたのは野蛮だからと言うのであればそれは世界の為に戦った偉大なる先人の英傑達に対する侮辱です!」

 

 何やら子供たちが騒ぎ始めた。ヴァハは楽しそうにケラケラと笑っていた。

 

 

 

 

 その夜、ヴァハは精霊達と酒を飲んでいた。どうせならこのまま夜ふかしでもしてしまおうと考えたのだ。

 

「ヴァハ、少し良いか?」

 

 月を眺めているとフィルヴィスがやって来た。夜闇に溶け込む黒い髪。月明かりに僅かに輝く白い肌は、同胞でも認めれるだろう。まあ相手はヴァハだが。

 

「眠れねえのかぁ? 子守唄でも歌ってやろうか」

「目が冴えてしまってな。お前は今晩起きていると言っていたし、少し話でもと思ったんだ………しかし、お前、歌が歌えるのか?」

「おう。何ならお前に合わせてエルフ語や古代エルフ語で歌ってやろうか?」

「なんでお前が知ってるんだそんな歌………」

「まあ別に隠してるわけじゃねえが。そうだな、俺の出生について教えてやるよ」

 

 

 夜目が覚めた。

 なれない環境だからだろうか? すっかり冴えてしまったリヴェリアは夜風にでも当たろうと外に出る。そう言えばヴァハは今日はずっと起きていると言っていた。酒にでも怒りを。

 

「と、すまない」

 

 そんなふうに考えていると誰かにぶつかる。リロだった。顔がとても青い。

 

「? どうし………」

「う、ぷ………うえええ!!」

「っ!? だ、大丈夫か!?」

 

 心配し声をかけたが、その前にリロはその場で吐き出す。慌てて背中を撫でてやる。

 

「一体何が……気分が優れないのなら」

「し、心配ない。そういう類いではない………少しばかり、悍ましい話を聞いてしまっただけだ」

「? 悍ましい?」

「……………すまぬ。わらわの口からは、語りたくない」

「………………」

 

 青い顔で震えるリロを放っておけず、結局その日は彼女を連れて戻った。

 

 

 

 

「よおアミッド、いるかあ?」

 

 オラリオに戻り、ヴァハは早速アミッドの元にやってくる。

 

「ほら、これやるよ」

「………? これは?」

 

 見たことが無い果実、しかも何故か半分のそれに首を傾げるアミッド。尋ねるもヴァハはソーマの所に行ってくると去っていった。

 

「…………それ、まさか霊薬実(タプアハ)じゃ!」

「知っているのですか?」

 

 と、エルフの店員に尋ねる。

 

「はい。エルフのお伽噺に出てくる、恋の成就の実。二人で分け合って食べると結ばれるという実です!」

「……………え?」

「お、何じゃアミッド。それは霊薬実(タプアハ)か? でかした! それは万能薬の原料になるんじゃ!」

「…………そっちですか」




残りの半分はソーマが酒にしました


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○○の作り方

 英雄の作り方。

 まずはとある道化にして英雄を自慢する神を用意します。次に、その英雄を俺も一目見たいと叫ぶ神を用意します。

 その神が、今の時代に心意気だけでは英雄には成れないと思ったら準備完了です。

 その神は強い器を作る為に、強い眷属達の恋を応援するふりをして、誘導し、交配させ、品種改良を始めます。あくまで誘導、結婚まで行くのは本人の意思なので神々は文句を言えません。恋の相談を邪魔したくないと思う程度には、彼等も子供達が好きだからです。

 もうそろそろかの道化が死に千年。その魂は、再び地上に住まう人類に巡る頃合い。神は最高傑作と、天然物の天才を結ばせようとしましたが、神の最高傑作は天然の天才のお眼鏡にかないませんでした。なまじ強く、他者を見下し嘲笑う彼を好きになる女など居ませんから。

 腹が立った最高傑作はあろう事か天然の天才の妹に手を出しました。病弱で、神はその心根ぐらいにしか見所がないと思っていた女です。怒った天然の天才は最高傑作を殺してしまいました。彼等の神々にもこっぴどく叱られ、二度とこんな事をしないよう約束を取り付けられました。

 だけど! なんと最高傑作の子種は少女を妊娠させていました。チャンスは今しかありません。神は、とある老いた魔術師に頼みました。老い先短いその命、時代の英雄を生む礎にしないか? そう尋ねられ、乗ってしまった魔術師は『英雄日誌』という題名の本に宿った思念を腹の中の赤子に上書きします。 魂は思いに引かれるでしょうか? 魂は来なくとも、かの英雄と同じ思想の英雄が産まれるはずです。神はワクワクが止まりません。ですが

 

「人の頭ん中絵の具でグチャグチャにしやがって………これじゃあどれが俺の感情(いろ)かわかんねぇだろうが」

 

 まだ首も据わっていないのに流暢に言葉を喋った我が子を天才だわ! と高い高いする母は姉に叱られ、そんな様子を興味なさそうに欠伸をする赤子に神は固まってしまいました。

 人にまるで興味を持ってません。人を救おうとする気概も、英雄を目指す願望も何もありません。

 『英雄日誌』に残された思念は何もかの英雄だけではありません。彼を愛していた姫や占い師、尊敬していた妹や詩人。その在り方に憧れた獣人やドワーフ、英雄の親友だった鍛冶師など、かの英雄に強い思い入れがあった彼の隣人に加え、その英雄日誌を手にし心動かされた者達………老いた身を奮い立たせたパルゥム、ヒューマンに負けてられぬと森を出たエルフ、俺もこんなふうにと戦いに身を投じた年若い獣人。その英雄に憧れ、幼馴染とついでに聖霊の住まう森を救った者まで居ます。

 そんな数多の思念を生まれる前から植え付けられた赤子は常に考えます。自分とは果たして誰なのか。

 

「どれが()感情(いろ)だ。()はどうやって()()()と認識すれば良い」

 

 もし何か楽しい事があってもそれが自分のものなのか、自分の中の誰かのものなのか赤子には皆目見当も付きません。だって産まれてきた時から自分を構成する記憶は自分だけではないのです。自身の年齢すら理解出来ず、最早この世に居ない者達の記憶を持つ自分は、果たして生者と言えるのか………赤子から幼児になった彼はそんな事を考えていました。

 

「不愉快だ。お前のような者が、あの子の腹から生まれたなどと。与えられた優しさを知りながら理解できず、返す事もできぬ欠落品め。貴様の息遣い、鼓動、足音、その全ての雑音が癪に障る」

 

 だから、驚いた。誰もが憐れむじぶん(誰でもない誰か)をただ嫌う相手が居た事に。自分が、こんな狂った生まれのくせに死にたくないと思える事が。正直に言おう、幼児は実の叔母に恋をした。だけど嫌いながらも憐れむ彼女の目がなんだかとても癪に障る。憐れまれているのは自分ではないからだ。

 だから命をぞんざいに扱った。死に近いと生を感じ取れるし、彼女の目から憐れみが消えるからだ。

 それに、繰り返している内に殺し合い以外にも楽しい事が増えた。弱い奴にあたってしまい残念がった時だ。恐怖に震える顔が面白かった。子供だと舐めてかかり、涙と血で汚れた顔で謝る落差が好きだった。

 だって、自分の中の誰もこんな気持ちになった事はない。これは、そう………

 

「これは()だけの感情(いろ)か……」

 

 彼女のおかげで色付いた世界が、煌めいて見える。生まれてよかった、生きてて良かった。この世界は隅から隅まで、自分を楽しませる為に出来ている。

 失敗だ、そう嘆息した神は幼児を影の英雄と名付けました。心根は失敗作でもとても強く、人を引き付ける才があるからです。『英雄日誌』の著者、彼に関わり感化された者、本だけで彼を知り彼に倣い己の道を歩みだした者達………そんな眩い光が産んだ影から這い出た闇よりもなお黒い最初から()()なっている透明な魂。

 幼児は少年となり、嘗て己が生まれた地に戻ってきました。自分だけの楽しみを求めて。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 ヴァハはジッと犬を見つめていた。ワンワン喧しく吠えていたかと思えば、ヴァハが怯まないのを見て尻尾を垂れ下げ、キュウン……と声を漏らし逃げ出した。

 

「んで………お嬢ちゃんは彼奴等が探してた奴でいいのか?」

 

 血に染まった雷霆の剣をしまいながら、ヴァハは犬に吠えられていた少女に話しかける。

 

「あ、う………うぅ………」

 

 何やら怖がっている少女に、そういや特徴がなさすぎるのが特徴的な首を持ってきたままなのを思い出し雷で焼き尽くす。

 

「ほら消えたぁ。もう怖くねえだろお?」

 

 何時ものように軽薄に笑うヴァハだが少女から怯えが消えない。一度その場から離れ、じゃが丸君を持って戻ってきた。ホカホカのじゃが丸くんを見て、キュゥ〜とお腹を鳴らす少女。

 ヴァハが一口喰い、湯気の昇る断面を見せつけると少女は少しずつ、少しずつ近付いてくる。パッとじゃが丸くんを奪うと距離を取り勢い良く食べ始めた。

 

「んじゃあなぁ………人通りの多いとこ向かえよ」

 

 ヴァハはそう言ってその場から立ち去る。

 

 

 

 

「…………………」

 

 とてとてとて。

 

「……………」

 

 とてとて……ピタ。サッ!

 

「………………………」

 

 ヴァハはさっきからつけてくる少女に気付いていたが無視した。段々楽しくなってきたので曲がり角を曲がり建物の上まで跳ぶ。

 タッタッタッ、と小さな足音が聞こえる。

 

「あ、あれ………あれ? お、お兄ちゃん………?」

 

 もうしばらくこの鬼ごっこを続けても良いが、この後ベルの所の入団希望者を一緒に見てくれと言われているのでそろそろ向かいたい。

 

「子供には優しくしなきゃなぁ」

 

 そう言うとヴァハは屋根から飛び降りる。

 

「あ……」

「んじゃ行くぞお」

「へ?」

 

 ヒョイと少女を米俵のように担ぐヴァハ。そのまま血の鎖を使い何処かの世界の赤いタイツのような動きで【ヘスティア・ファミリア】の新拠点に向かうのだった。




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借金ファミリア

「ほら何時までも目ぇつぶってねえで目を開けろ」

「………………」

 

 ヴァハの言葉に恐る恐る目を開ける少女。眼下に広がる町並みに、わぁ、とため息を漏らす。

 

「見ろよ、人がゴミのようだ」

「ご……み? ゴミの、よー?」

 

 たどたどしい言葉でヴァハの台詞を復唱する少女に、ヴァハは教育って楽しいなぁ、とケタケタ笑う。

 

「ゴミ……ひとは、ちーさくみえると、ゴミのよー?」

「人間等しくゴミ同然だなぁ。そこに価値を見出すのは知性を得た奴だけだからなぁ」

 

 ケラケラ笑うヴァハに、よく分からないのかう〜、と頭を押さえる少女。

 

「ひとは……ひとの、つながりとかいのちとか……とう、とい? とーとい、とおもうよ?」

「じゃあ豚は?」

「ぶた?」

「飯にするから粗雑に扱ってねえって? 粗雑じゃなきゃ良いって問題でもねぇだろ。結局は人間様が優れてると思った末の価値観なのさぁ。エルフはそれをかなり重度に発症してる」

「むずかしーはなし、わかんない……」

「そりゃそうだ、ガキにゃ物語でも聞かせたほうが為になる……まあ要するに、だ。命に価値なんてねぇんだから、お前は好きにその力を振るって気に入らねえ奴等をぶち殺しても良いって話だ」

「ちから………?」

 

 コテンと首を傾げる少女に、ヴァハはやはりその疑問に答えることなくケラケラと笑うのだった。

 

 

 

「着いた着いた。お、集まってんなぁ」

 

 元【アポロン・ファミリア】の本拠(ホーム)にして、現【ヘスティア・ファミリア】新居となった館に大勢の亜人(デミ・ヒューマン)やヒューマンが集まっていた。

 今一番勢いの乗ってるファミリアに入れば自分も強くなれると思っているのだろう。

 

「ふわぁ………おみみ、ピコピコ………」

 

 少女は猫人(キャットピープル)の耳を見て目をキラキラ輝かせ紅葉のような両手を彷徨わせる。ヴァハは気にせず少女を抱えたまま進む。

 

「…………ん?」

「ひう!?」

「カサンドラ? どうし………ヒュッ」

 

 不意に、見知った顔を見つけた。カサンドラとダフネだ。ヴァハと目があったカサンドラは顔を青くして固まり、ダフネは腰を抜かしてへたり込む。

 

「な、なんで……ああ、あんたが………此処に」

「弟のファミリアだぜぇ? 顔も出すさ」

 

 カチカチ歯を鳴らすダフネ達に特に興味もなさそうなヴァハ。ヴァハの存在に気づいた冒険者志望達は一斉に道を空ける。

 

「あ、兄さん!」

「よお、来てやったぜぇ。人気みたいだな……」

「うん。でも、兄さんの方には来なかったの?」

「俺の戦闘シーンは全国放送されてねぇからなあ……」

 

 だから傍目にはベルが活躍しまくったようにしか思われていないだろう。と、ヴァハの腕の中の少女がベルの頭をじっと見つめる。

 

「おゆき………まっしろ」

「ん? ああ、ベルの髪は雪みてえだな」

「? 兄さん、その子は?」

「迷子だ。拾った」

「兄さんが?」

「そんなに不思議か?迷子だ。子供には普通優しくしなきゃだろう?」

「え、でも兄さんは普通じゃないし……」

 

 ベルの言葉にヴァハはヘラヘラと楽しそうに笑った。

 

「んじゃま、とっとと選別始めな。主神の意見はあまり聞かなくて良いぞ」

「え、なんで?」

「眷属の夢の応援より言葉にもしてねえ己の願望を優先する雌の言葉に価値なんざねえからなあ」

 

 そうヴァハが笑った時だった………

 

「へ、ヘスティア様ぁー!」

 

 館から勢いよく命が飛び出してくる。なにやら慌てているが、右手に何かを持っていた。

 

「に、に、荷物の中から………借金2()()()()()()の契約書がぁー!!」

 

 結論、【ヘスティア・ファミリア】の入団希望者は姿を消した。

 

 

 

「ね、ねえダフネちゃん………良いの?」

「良いのよ、借金まみれのファミリアに入るなんて、巻き添え食うなんてごめんだもの」

 

 名残惜しそうなカサンドラと違い、ダフネは次は何処を候補にするかと考える。彼女達の容姿やレベルならどのファミリアでも受け入れてくれるだろうが……。

 

「まあそう言うな。借金ファミリアも中々面白えぜぇ」

「おもしれー………?」

「………え」

 

 不意に聞こえた声に、顔を青くする二人。何時の間にかヴァハが二人と肩を組んでいた。頭の上に顎をちょこんと乗せた少女は二人をじっと観察するように見る。

 カサンドラはともかく、ダフネなら突然肩を組まれたら反撃の一つ二つはする筈だ、相手がヴァハでなければ。

 顔を青くしカタカタ震えるダフネ達を見てヴァハはケラケラ笑い腕を離す。その場にへたり込む2人にヴァハは世間話でもするかのように切り出す。

 

「入団希望者こそ増えなかったけどよお、名が知れて客は増えてんだ。対して増えた団員は一人だけでなぁ。俺も仕事に駆り出されること多くて多くて………そんなん訳でどうだ? ウチで働かねえ?」

「あ……あんた、アタシ等に何をしたか忘れた訳……?」

 

 睨んでいるつもりなのだろう。顔を青くし、涙が滲んた目で、それでもヴァハを真っ直ぐ見つめるダフネ。気丈な女だ。対して……

 

「ご、ごめんなさい………ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。あ、謝りますから、もう、許して………ダフネちゃんだけでも、ひ、酷いことしないでください……」

 

 カサンドラの心は完全に折れている。ダフネの方とて、ギリギリを張り詰めているだけだ。

 

「おかしな事を言うなぁ。先に手を出してきたのはお前等だ。俺は弟思いの良い兄貴だからなぁ、ベルの為にやりすぎたがもう敵対してないだろお?」

 

 弟思いなどと嘯くヴァハに、なんの反応も返せない2人。

 

「………そういや知ってるかぁ? 怒りも喜びも……恐怖だって、魂は知らんが肉体が感じてんのは脳が発してる電気信号でしかねえんだ」

 

 ヴァハは二人の頭をぽんと手を置く。バチリと紫電が走った…………

 

「…………? あ、にゃんにゃん!」

 

 何が起きてるのかさっぱり解らない少女は野良猫と戯れていた。



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ノエル

 ヴァハは少女を連れて【ガネーシャ・ファミリア】のホームまでやって来た。相変わらずあまり入りたくない形をしている。

 

「おはな、ながい………」

「そうだな〜………圧し折ったら面白そうだな」

 

 巨大なガネーシャ像、もとい住居アイアム・ガネーシャを見ながらお〜、と口を開ける少女に対しヴァハはそんな物騒なことを言う。

 

「やめてくれ。あんなのでも建築費が支払われているんだ………あんなのでも」

 

 と、疲れた様子でやって来たのは女性冒険者。ヴァハはその人物を知っている。

 

「よおシャクティ。迷子だ、保護しろ」

「…………?」

「いきなりだな。なんの説明もなしか……」

 

 抱っこしていた少女をシャクティに向かって差し出す。何が起きてるか解らない少女はコテンと首を傾げた。

 

「しかしお前、迷子の保護なんてするのか」

「普通、子供にゃ優しくしなきゃだろぉ?」

「ああ。だがお前は普通ではないし」

「……………」

 

 シャクティはそう言いながらヴァハに脇を抱えられた少女に視線を合わせる。

 

「こんにちは………名前は、言えるか? お父さんとお母さんは……」

「な、まえ……? なに、なまえ………」

「……ふむ?」

「おかーさん、おとーさん………なに、それ?」

 

 本当に分からないと言うように首を反対に傾げる少女にシャクティは困ったような視線をヴァハに向ける。

 

「お父さんってのはあれだ。母親を無理やり犯してその姉にぶち殺される」

「どんな家庭環境だお前は………そうだな。頼りになる……そばにいて安心する男の人だ」

「…………ヴァハ」

「ん?」

「ハァン?」

「おとーさんは、ヴァハ………」

 

 シャクティは無言でヴァハを見る。ヴァハは心当たりを探る。

 

「ん〜……この年齢のガキが生まれる相手にゃ心当たりはねえなあ」

「年齢が関係ないならあるのか、心当たり」

 

 呆れたように言うシャクティにヴァハはケラケラと楽しそうに笑う。

 

「まあどうせ保護しかできねえよ。親探しは諦めて預かってりゃそのうち良いことあるかもなあ」

「親探しが出来ないと? ここ最近の行方不明となにか関係あるのか? いや、それでも片親は見つかるはずだな」

 

 シャクティによるとここ最近行方不明者が相次いでいるらしい。美少女、美女と評判の女がある日突然仕事場に来なくなったり……。

 

「まあこちらは目星がついている。後はどう証拠を持ち出せるかと言ったところだ。問題は………」

 

 娼館での行方不明事件。こちらは前者に比べ発生したばかりであるものの、そのたった数日で多くの人間が姿を消している。

 

「お前はよく娼館に行って【イシュタル・ファミリア】と騒ぎを起こしてるが、なにか知らないか?」

「さあなあ。アマゾネス共は死なねえ程度に痛めつけたらその後は普通に娼館利用するか、そのアマゾネスを組み敷いて鳴かせるぐらいしかしてねえから………ああ、そういやここ数日、一度抱いた女見ねぇなぁ」

 

 その事件に関わってるかもなぁ、と笑うヴァハ。

 

「まあんなことより俺は迷子を届けに来たんだ。ほらよ………」

 

 そう言って少女を放そうとするヴァハだが少女はキュ、とヴァハの服を掴む。

 

「……………」

「……………」

 

 どうする? と視線で尋ねてくるシャクティに、ヴァハは少女に目を向ける。

 

「………まあ良いか」

「預かるのか?」

「血は繋がってねえが近いしなぁ。暇つぶしぐらいにゃなんだろ………つー訳で今からお前の名前はノエルな」

「ノ、エル……?」

「降臨祭で出るケーキか。何故その名を?」

「その日は良く雪が降るから」

 

 それがこの少女となんの関係があるのか、それが聞きたかったのだがヴァハは少女改めノエルを肩車して去っていった。

 

 

 

 

「おとーさん、おとーさん……」

「ん〜?」

「わたし、は?」

「ノエル」

「うん! ノエル! わたし、ノエル! えへへ〜………」

 

 ポヤポヤという擬音が聞こえてきそうな笑みを浮かべる少女の姿を周りはほっこり。何人かがありえないものでも見てしまったかのような顔をしてるのは、たぶん戦争遊戯(ウォーゲーム)で年齢制限を付けなかった者達だろう。

 

「おとーさんおとーさん」

「なんだ〜?」

「あのひと、すごくこっちみてる」

 

 その声に振り返ると、目をまんまるに見開いて固まるローズがいた。非番なのだろう、狼人(ウェアウルフ)らしくなかなか攻撃的な服装は後ろで束ねた今の髪型によく似合う。

 

「…………あんた、子供いたんだ」

「迷子を拾ったんだよ。記憶喪失でな、俺がお父さんの条件に一致すんだとよお」

「迷子?」

「子供にゃ優しくしねえとなあ」

「………まあ、普通はそうだけどあんたは普通じゃないし」

「ベルといい、シャクティといい、流行ってんのかその流れ」

 

 ケラケラと笑うヴァハ。ふと思いついたように言う。

 

「昼飯まだなら、今から一緒に食わねえ?」

「え?」

「奢るぜ」

「あ、うん。行く………え、あ………良い、の?」

「わたしは、だいじょーぶ」

「だとよ」

 

 そして3人で豊穣の女主人までやってくる。

 

「──じゃあ何かい、アンナを売ったっていうのかい!?」

 

 中から聞こえてきた怒声に眉根を寄せるローズ。なんとも聞いていて面白くない話が聞こえてきた。

 

「売ったんじゃねえ……取られたんだ」

「同じことじゃないか! このっ、駄目男! だから賭博なんて止めろって何時も言っていたのに! 実の娘を質に入れる親が、どこにいるのさぁ!」

 

 おいおい泣き出す女性には悪いが、ローズは店を変えたくなった。

 

「なに見てやがる! 見世物じゃねえぞっ! てめぇ等は不味い飯でも食ってろ!」

「ひう!」

 

 周りの視線に気づき椅子を蹴飛ばし立ち上がりツバを飛ばす男にノエルが震えヴァハの背に隠れる。

 

「ちょっと、止めなよ!」

 

 女性の制止も聞かずに男はグラスを鷲掴み、今まさに娘を連れているのが癪に障ったのかヴァハに向かって投げつけた。

 

「ハッ」

 

 ヴァハがそれを投げ返すと中の水が凍りついており、男の足に突き刺さった。

 

「…………なんで凍ってんの」

「俺じゃねえよ」

「い、いでええ!?」

 

 足を抑えバタバタ転がる男を無視して先に座ろうとするヴァハだったが、ローズはますます店を変えたくなった。と、先に座ろうとしたヴァハはふと思い出したように男と女性に振り返る。

 

「なあ、アンナってひょっとして花屋の店員か?」

「し、知ってるのかい!?」

「ああ、神月祭であってな。何があった? 話を聞かせてくれねえか?」

 

 ローズは意外なものを見た目をしたが、まあ迷子を保護するぐらいだし、と仕方なく同席することにした。

 女性はカレン、男性はヒューイというらしいこの夫婦は魔石製品造業で生計を立てており、しかし、ヒューイには賭博癖があり冒険者と賭け事をしたらしい。

 最初は単なる遊びだった。だが負けてくると冒険者達は雰囲気を変えこのまま額を返せないなら家まで押しかけると脅し、最後の大勝負で負け娘も家も担保として取られたらしい。

 

「あんた、ヴァハ・クラネルだろう!? 最速のランクアップの! 頼むよ、アンナを………あの子を助けてやってくれ!」

 

 涙で濡らした顔を伏せ、頼み込むカレンに対してヴァハは笑顔で肩に手を置き告げる。

 

「断るに決まってんだろ何言ってんだお前」




ヴァハ・クラネルの追加情報

ヘルメスが生み出そうとした最高の才能を持つ品種改良した神公英雄のなり損ない。主にゼウスやヘラの眷属が使用されていたため立場が上の妻ヘラの威光という意味でヘラクレス計画とヘルメスは名付けていた。
バレては居たがあくまで雰囲気を出したりなどで、無理やり惚れさせたりなどはしてないので見逃されていたがある一件の際禁止された。ヴァハはその最後の個体がなんの才能も持ってない母体に孕ませた子供であり、才覚は父を凌ぐもののその性格からヘルメスは失敗作とした。
道化であり英雄の記憶を含めた複数の種族、年齢の記憶を持つ。そのせいか、人を見ただけで培ってきた年月がわかるのでどれほど若作りしていても年齢を当てられる。
ヘルメスが望んでいた英雄の魂がゼウス・ファミリアの落ちこぼれの血を引く弟に宿ったの知った時は中々皮肉が聞いていると爆笑した。
 元ゼウスの眷属であり命の泉の主とか竜の谷の上位個体とか中位精霊とか黒い砂漠に居た奴とか狩って位階を上げまくるも何を思ったのか最上級精霊の力をまるごと取り込み体が爆発しそうになり恩恵を対価に封印処理を施し大本を剣に切り分け恩恵無しに。
 その後精霊の力を再び復活させるも完全開放には至っておらず、精霊の力を振るえるのは時間制限付き。

次のヒロインタギーの情報。
そろそろ出てくるネジの外れたヒロイン。出会ったその日にヴァハと一夜を過ごした。ヴァハを自分と同じ本来なら人の輪に入れない外れた存在としてみており仲間意識がある。なので………うん、まあ。
クリュティエ並に迷惑かけてくる神話生物のような存在


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弱者とは権利がない奴の事

 一筋の光が見えた気がした。突然娘が連れて行かれ、家から追い出され、冒険者相手に何か出来るはずもない、そんな自分達の元に現れた娘の知り合いが何があったか尋ねてくれたのだ。

 助けを求めた。どうか娘を救ってくれと……なのにその光は、あっさり幻想であった事を思い知らされる。

 

「………な、なんで………」

「だって相手冒険者なんだろお? しかも複数。怪我したらどうすんだ、娘もいんのに」

「……?」

 

 呆然と目を見開くカレンから離れ席に戻ったヴァハはノエルを膝に乗せ頭を撫でる。今しがた娘が奪われたと嘆いた者達の前で。

 

「まあ娘が居るから気持ちもわかる。そっちのおっさんに手助けぐらいはしてやるぜ」

「ほ、ほんとうか!」

「おう………ほれ」

 

 そう言ってヴァハが差し出したのは、一般の短剣。

 ヴァハの血を染み込ませた布を炉に入れると属性は限定されるものの魔剣の質が上がる事を知った椿が他の部位はどうかと聞いてきたので再生するからとくれてやった肋骨から作られた魔剣だ。

 

「え……?」

「材料はなにか言えねえがあまり硬いもんじゃねえんだ。けど魔剣としちゃ破格な威力、冒険者もLv.3程度なら瀕死にできる。これをやるから、その冒険者達のもとに行ってこい」

「何言ってんだい!? この人に、冒険者達相手にしてこいってのかい!?」

「だってそいつが原因なんだろ? 大丈夫大丈夫、冒険者と一般人が争ったら基本的に一般人有利な判決だから」

「それはそもそも一般人が一方的にやられているからなんだけど……」

 

 ローズが呆れたように言うなかヴァハはへー、と興味なさそうにノエルに飯を食わせていく。

 

「……あの、私はギルド職員なのですがよろしければ詳しく話を聞かせていただけますか? 冒険者が一般人を賭け事に誘い恫喝となると、禁則行為ですし力になれるかもしれません」

「まあ冒険者と一般人の賭け事なんて、うるせえ金なんざ払えるかって叫べばそれまでだもんなぁ」

「あむ………かけごとって、なぁに?」

「あげたくないものを欲しいと言われた時にする勝負みてえなもん」

 

 ヴァハはノエルの質問に答えながらこれうま、と新しいメニューに舌鼓を打つ。

 

「その冒険者達のギルドはわかりますか?」

「い、いや………【ファミリア】は、バラバラで……」

「っ! それは………」

「厳重注意しかできねぇなあ。【ファミリア】規模で人身売買なら検挙できるが、団員達の暴走なら暫く活動制限が関の山。単独【ファミリア】なら主神がどれだけ言おうと取りあえずは押し通せるかもだが」

「………彼の言うとおりです」

 

 苦々しい顔をするローズに対してヴァハは興味なさげに飯を食ってる。そんなヴァハに、ヒューイが縋り付く。

 

「なあ! 頼む、俺からも頼む! あの子を助けてくれ!」

「だから魔剣くれてやったろ。つか揺らすな、ノエルが怖がる」

 

 ヴァハは面倒くさそうにヒューイを足で引き剥がす。

 

「だ、だけど俺じゃあ………魔剣もらったって。でも、あんたならできるだろ!? すげえ強いって、有名じゃねえか!!」

「……………はぁ?」

 

 呆れたように、小馬鹿にする用にヴァハはヒューイを見る。その目にビクリと肩を震わせるヒューイ。

 

「強いんだから自分達を助けてくれってかぁ? 強者は無償で弱者を救えってかぁ? 俺は何時からオメェ等の奴隷になったんだよ」

「そ、そんなつもりじゃ………俺は、ただ………」

「まあ俺は鬼でも悪魔でもねぇしなあ。そこまで言われたら助けてやらなくもねえ」

「ほ、本当か!?」

「ただし対価はもらうがなあ。ローズ、これ冒険者依頼(クエスト)として受理してくれ。そしたらギルド公認でさっさと金払えよって言えるしなぁ」

「は? いや、まあ確かにそしたらこの人達には報酬を支払う義務が生じるけど………」

 

 わざわざやるか普通、と言いたげな目を向けたローズだったがそういやこいつ普通じゃないか、と納得した顔になる。

 

「そうだな。表向きには娘の行方探しだとしても複数の【ファミリア】相手にすんだし……160万ヴァリスで手を打とうじゃねえか」

「…………は?」

「そ、そんなに!?」

「何がそんなになんだ? てめぇ等は俺に危険をおかせって言ってんのに、自分の生活が保障されると本気で思ってんのか?」

「きけん、おかす? おとーさん、あぶないことするの?」

「おー、こいつ等にしろって言われてなぁ」

「あぶないことは、だめ……だよ?」

「ん〜、じゃあ断ろうかなあ」

 

 心配そうに見てくるノエル。なかなかグッと来そうな光景だがヴァハはどうでも良さそうにいう。金の支払いなど、本当はどうでも良かったのだろう。

 

「てめぇ! さっきから下手に出りゃなめやがって! そんなに俺等が苦しんでる様がみてぇのかよ!」

 

 これだから冒険者ってのは! と毒づくヒューイにヴァハは腹を抱えて笑い出す。

 

「次はどんな文句を言うかと思えば、まるで俺やその冒険者共が悪人みてぇなこと言うんだなあ!」

「ああ!? そう言ってんだよ!」

「我が身可愛さに娘売っといて、どの口でほざいてんだ人の屑」

「っ! だけど、それは………最初は遊びだって向こうも。負けだしたら………家に押しかけてくるって」

「だからなんだよ。その娘より、家に押しかけてくることの方がお前にとって大事だったんだろ? 娘を差し出すかもしれないゲームに乗ってもいいって思う程度にしか、娘を思ってなかったんだろ?」

「そ、そんなこと!」

「殴られるか蹴られるか、んな事を考えたら娘を差し出しても良いかと思ったんだろ? その程度しか大切じゃねえなら、誰かに頼るなよ。あ、ばーさんはどうする? 魔剣貸してやろうか?」

 

 俯き顔を挙げないヒューイから魔剣を返してもらい今度はカレンに魔剣の柄を差し出す。え、と固まったカレンにあっそ、と興味を失ったように魔剣をしまう。

 

「実際んとこ、ギルドとしてはどうなんだこの手の事件」

「似たような届け出ばっかり。すぐには、動けないよ」

「………【アストレア・ファミリア】がいてくれたら」

 

 その言葉に聞き耳を立てていたエルフが反応したのをヴァハと彼女の親友だけが気付く。

 

「おい、やめろよ、もう無くなった【ファミリア】を出すのは」

「でもっ、アストレア様がいてくれたら、きっと私達にも手を差し伸べてくれたはずさ! どうして優しい【ファミリア】ばっかりいなくなっちまうんだ!」

「これ遠回しに俺の事を非道って言ってねえ?」

「実際あんた優しくはないじゃん」

「おとーさんはやさしいよ? わたし、たすけてもらった!」

「…………幼女趣味?」

「馬鹿いえ。小人族(パルゥム)とか挿入れんのめっちゃ面倒くせえんだぞ。俺やベルだったらほぐすところからはじめねえとなんねぇのに、マジモンのガキとか使えるわけねえだろ」

 

 判断基準はそこなのか、とローズはゴミでも見るような目をヴァハに向けた。というか今の言葉からしてクラネル兄弟は………

 

「つかアストレアって……あのババアか。苦手なんだよなぁ、母さんに似てるつーか………」

「…………知ってんの?」

「あった事ある。眷属自慢を聞かされたな。天真爛漫だけど本質をよく見てる団長とか、卑屈だけど頑張り屋のチビとか、たまに下品なこと言う極東美人とか。名前は内緒よ、とか言われたけど」

 

 眷属自慢とやらを思い出したのか疲れたような顔をするヴァハ。向けられた視線に気づきつつも無視した。

 

「だがああ、なるほど。お前等はつまりあれだな………『助けてくれる人は居るんだから他の奴等もその人を見習って自分たち可哀想な人を助けるべきだ。弱者は守られるのは当然の権利!』って言いたい訳だ。んで散々頼るくせにいざ助けられねえとなんで何もしねえんだ役立たずとか言いながら石投げる、そういうあれだ」

「な!?」

「弱者のフリしてえなら権利振りかざすな。力にしろ権力にしろ、何かを振りかざして人を支配しようとした時点でてめぇ等から弱者を名乗る権利は失われる。弱者ってのは、なんの権利も持てなかった何も出来ねえ奴の事なんだよ」

 

 

 

 

 

 

 その夜、リューは一人路地裏を歩く。ガラの悪い連中が増えてきて、エルフのリューを物珍しげに見つめる者もいた。

 見ず知らずの人間を助ける、そんなもの今の自分にする権利のない偽善だとは解っている。それでも、手を差し伸べずには居られなかった。たとえそれが、助けられて当然と考える者を生むことになったとしても、助けてもらえず嘆く者を生むよりは、マシなはず。

 事前に聞いておいた酒場に入る為の地下へと続く階段を歩み………

 

「…………?」

 

 決して厚くない扉の前なのに、酒場の喧噪が聞こえないことに気づき疑問に思いながらも扉を開ける。

 鉄の匂いがした。否、それは濃密な血の匂い。

 

「────っ!?」

 

 凄惨な光景が広がっていた。暗黒期でもそうは見なかった光景。天井から複数のフックが組み合わさった器具で吊るされた女達は、乳房や臀部、腿など男をひきつけてやまなかったであろう部分をずたずたにされており、床には無数の小さな穴、致命傷にならないほど小さく、しかし確実に人体を貫通しているであろう穴を開けられた者達が数人転がっている。中には水風船のように足が破裂した者、鞭で叩かれた痕の周囲を鋲か何かで抉られたであろう者、足裏の皮を剥がされ度数の強い酒を掛けられたものなど様々な拷問後の見本市のような場所になっていた。

 そして、誰一人として死んでいない。ポーションの空瓶が幾つも転がっていた。

 

「………………」

 

 そして一人、筋骨隆々の男だけが傷一つなくすみでガタガタ震えていた。

 

「もし……何があったのですか?」

「ひ、ひぃ!?」

 

 なるべく落ち着かせようと静かに声をかけるも男はビクリと震える。

 

「やめろ! やめてくれぇ! 交易所だ、娘は交易所だって何度も言ったじゃねえか!!」

「交易所?」

 

 それは、その娘とはアンナ・クレーズの事なのだろうか。そう聞きたくても聞ける様子ではない。

 

「こんな、こんな事になるなら………しなきゃ良かった。もうしないから………人身売買も、賭け事も、もうしないから許してくれよぉ!」

 

 涙でグチャグチャになった血に汚れた顔で叫ぶ男。リューに駆け寄ろうとし、血で足を滑らせる。その背に、血で文字が書かれていた。

 

『また一人悪事から足を洗わせてしまった。自分の正義感が恐ろしいぜ』

 

 完全におちょくってるとかしか、それも自分に向けて煽ってきているとしか思えないその文字に、リューはしかし下手人が去った場で怒りを抱えるしか出来なかった。




その後悪人達は無事日常生活が送れるレベルで回復したけど二度と悪事は行わなくなったよ。良かったね


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100話記念 あるいはこんな可能性

「私は君を傷付けたりしないよ? さぁ、こっちへ」

「何やってんだ馬鹿かてめぇ」

 

 闇派閥(イヴィルス)の衣装に身を包んだ少女を保護しようとしたアーディの横を通り抜け、幼い少年が少女を他の闇派閥(イヴィルス)の下へと蹴りつける。

 

「ヴァハ君!? 何を───っ!?」

 

 アーディが叫ぶが、その叫び声は爆音に掻き消される。

 

「チッ。惜しかったな………つーか、ひでえ正義の味方も居たもんだ。あんな小さな子供を保護せず蹴り飛ばすなんて」

「自爆兵なんざ知るかよ」

「……じ、自爆兵?」

「ヒャハハハハハハハハハ!!! その通り! まあ、なんの役にも立たねえまま死んだがなあ!」

「っ! なんて、なんてことを!」

 

 珍しく怒りに顔を歪めるアーディに対して、高笑いするヴァレッタは笑みを崩さない。

 

「怒るのは後にしろよ。要するに、制圧から殲滅に変えりゃ済む話だろ」

「ヒャッハハハハハ! やっぱりてめぇはこっち側だあ! なあ、正義の味方の友達なんてやめてうちに来いよ」

「……………」

 

 その言葉にヴァハは子供だった肉の塊の破片を見る。

 

「やだねバァカ。てめぇみてえな奴の方が痛めつけたらいい声で泣いて良い顔をするって相場が決まっている」

 

 

 

 

 

「…………この、鐘の音は」

 

 都市の各所に火の手が上がる中、ヴァハは不意に顔を上げる。

 

「………お前、か? お前だな! お前が……来ているのか、アルフィアァァァ!」

 

 歓喜の咆哮を上げ、周囲の状況など全て無視して駆け出すヴァハ。都市の惨状など、仮にも同盟を組んでいたファミリア達の行動も、最早眼中に無い。

 

「私の音に惹かれて、やはり来たか、小僧」

「……………ああ?」

 

 だというのに、その女の反応にヴァハは不快感に顔を歪ませる。たかだか十二の小僧が最強の女を前に恐怖でもなく怒りを覚える。

 

「あいも変わらず、恐怖を知らぬ愚者か。早々にいね、貴様の様な輩に用はない」

 

 ヴァハは、目の前の美女だけを見ている。倒れているエルフにもドワーフにも目をくれず、その女だけを見ている。なのにその女の目は……

 

「ふざけてんのか、何だその目は。俺が憎いんだろ? あの女の腹を使って生まれた俺を、お前は憎んでたはずだ! なのに、何処を見てやがる!? 俺を見ろ、アルフィアぁ!」

「………これから行わねばならぬ間引きにおいて、お前は些事だ。英雄にもなれないお前に、今更意識を割いてやる価値はない」

 

 

 

 

 

 アルフィアから受けた傷を回復してもらったヴァハはアルフィアを探して都市を回る。途中出くわすのは雑兵ばかり。

 死兵などに興味は無く、彼にしては珍しく早々にケリをつけその場から去る。その道中、石を投げられている正義の眷属達を見つけた。

 

「………また馬鹿な連中が現れたもんだなあ」

「ああ!? ナンダてめえ、このガキ! 何か文句でもあるのかよ!」

 

 そう叫んできた男に、ヴァハは丁度持ってた闇派閥(イヴィルス)の死体を幾つか投げつける。

 

「ひ、ひぃ!?」

「文句あるなら()()使っててめぇでてめぇの大事なもん守れ。力がねぇのを言い訳に何もしねえくせに力がある奴に文句を言うなら………力やるからてめぇでやれ。命を失っても守ろうとし続けた奴がいるんだ。そいつ等を責めるんだ、簡単だろう?」

「ふ、ふざけないで! 貴方達のせいで、あの子は! まだあんなに小さかったのに、あの子はぁ!」

「………元気だなぁ、あんた。子供が死んだのは爆発か? 剣か? 近くにいた筈なのに、ピンピンしてやがる。助かりたくて逃げ出したくせに吠えるなよ」

 

 責める口調ではない。たまたま目に入った光景が、たまたま耳に入った雑音が五月蝿かったから黙れと言うだけの、煩わしそうなヴァハの態度に住民達は怒りを増していく。

 

「文句があるならうちに来いよ。主神に頼んで恩恵を刻んでやる。力がねぇから守ってもらいたい。でも守ってくれる奴は駄目駄目だつーなら、お前等で力を手にして戦えよ、キャンキャン吠えやがって鬱陶しい………あいつは静かなとこが好きなんだよ。出て来なかったらどうすんだ」

 

 傷ついた住民などまるで眼中にないと言うその態度に、住民達の怒りはヴァハに向く。ヴァハからすれば闇派閥(イヴィルス)相手に復讐しに行く勇気もないくせに反撃されない相手にキャンキャン吠える民衆など価値はなく、むしろ彼女を遠ざける可能性があるなら邪魔でしかない。ゴキリと指を鳴らし……

 

「はいはいそこまで。言い過ぎだよ、ヴァハ君」

 

 後ろからアーディに抱き寄せられ口を塞がれ黙り込む。この女もこの女でアストレアと同じく母に似た雰囲気を持っており、苦手としている。ヴァハは仕方なくその場から立ち去った。

 

 

 

 時間と場所が変わればまたもっと早く助けろと叫ぶ住人の非難が聞こえる。ヴァハはしかし無視して次の爆音が聞こえ場所に向かう。都市の存亡も、どうでも良いから。

 

 

 

 

「なるほどなるほど。アルフィアの言っていた、英雄のなりそこない。ヘルメスの作った神造英雄計画の果てはお前か………正義には見えないが一応聞いておこう。『正義』とは?」

「種を存続させる為に同種を守る獣の本能を知性があるからと特別視する為の名称」

「…………つまらんガキだな」

 

 

 

「アルフィア! そこの邪神を守りに来たか!? なら戦え。俺と殺し合え!」

「喧しいやつだ。何度も言わせるな、貴様など私にとって、もはや些事だと」

「…………些事、ね。ああ、その目にゃ俺なんざ殆んど映ってねぇみてぇだな。だがんな事知るか。煩わしいなら殺せ。しつこいと呆れたなら殺せ。お前はそれだけの強さがあるだろうが!」

「……そうだとも。殺し合いにすら、ならん」

 

 

 

 

「今の英雄の在り方は、偽りだらけだ。かつて恩恵無くモンスターを打ち倒した英雄に比べ、神に縋る英雄のなんと惰弱な事か………だというのに、その歪みを歪みに歪め生まれた憐れな子供がそれだ」

 

 燃え盛る18階層、集まった正義の眷属と道化の眷属2名に、ヴァハ・クラネル。

 それらを前になお余裕を崩さぬアルフィアはヴァハを見て、今この時代の間違いの象徴こそがヴァハであると告げる。

 

「血を選び、才を選び、誰かの記憶を書き写されるつもりが誰か達の記憶を押し付けられ誰もが持ち得なかった感情でしか己を自覚できぬ、哀れで愚かな……我が半身の子。そんなものを生み出した神が作ったこの時代に、どうして期待などできようか」

「また………その目か。その目をやめろ! 誰でもない誰かにされた憐れなガキを見る目で俺を見るんじゃねえよ!」

 

 これが他の誰かならヴァハ・クラネルは気にしない。だがアルフィアは別だ。彼女にだけは、そんな目を向けられたくない。

 憎悪と殺意。ヴァハ・クラネルに生きたいと思わせた、ヴァハ・クラネルを始めてくれたあの感情以外を向けられたくない。

 

 

 

 

 

 

 炎が未だ湧き出す大穴に向かって歩き出すアルフィアの足を、ヴァハが掴む。満身創痍、一番レベルが低いくせに一番最前で戦いなおも生きているのは、奇跡と言ってもいいだろう。

 

「ふざ、けんな……死体を灰にしてほしいなら、俺がする。だから、まだ死ぬな………また、俺と殺し合え! その他大勢の一人じゃなくて、俺と………!」

「何処までも、我儘な奴だ………強情なところはあの子に似なくて良いだろうに」

 

 呆れたように、優しく笑う。母を連想させるその笑みを目の前の相手が浮かべるのは、ヴァハにとってはこれ以上ない絶望と知りながら。

 

「………お前は私を忘れるよ。お前が私より強くなれば、私がこのまま、お前より弱くなれば………お前の中の私は小さくなり、消えていく」

 

 ヴァハ・クラネルとはそういう男だ、たとえアルフィアが自分に生を実感させてくれた存在だろうと、殺し合いに身を投じる生き方において、弱者は薄れていく。付き合いが長くなれば多少愛着くらいは湧くだろうが、殺し合いの標的として選んだアルフィアに限りそれはありえない。殺せるようになった瞬間から、興味は失せていく。

 

「お前はそうして、殺せなかった私を一人想い続けろ。それが、あの子を愛そうとしなかったお前に対する、私の復讐だ」




時間がないので普通にミノスと契約しただけの精霊契約者。精霊の生き血を啜った過去が無いため血液吸収(ブラッドドレイン)に目覚めていない。因みに所属ファミリアは【ゴブニュ】。主に拷問器具を自作している。
初恋拗らせて一生童貞。


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サントリオ・ベガ

「ミアかーちゃん、明日クロエとルノア貸してくれ」

 

 いきなりやって来ていきなり要求だけしたヴァハに、ミアは胡乱げな瞳を向ける。

 

「ここはそういう店じゃないんだけどねえ」

「知ってるぜえ。俺だってそっちの目的で借りる訳じゃねえよ。間に合ってる」

「………あの子達に何させるつもりだい」

 

 彼女達の過去を知るゆえに、彼女達の過去を知っているであろうヴァハに警戒するミア。ヴァハはそんな威圧感などどこに吹く風。

 

「来るかどうかは彼奴等の判断に任せるさ。ま、ちょっとカジノに誘おうと思ってなあ」

「………昨日の? 助けないんじゃなかったのかい?」

「だって金払ってくれるらしいし……」

 

 別に一括じゃなくても良いし、と笑うヴァハ。家も、娘も取られて、それでもあの夫婦は金を払うことを選択したようだ。ならきっと、彼は助けるのだろう。依頼通り、連れて帰るのだろう。どんな方法であれ。

 

「それにあの子達が必要なのかい? あんたなら、一人で出来るだろう」

「あー………じゃあ一人で出来るからって一人でするのは違うわって昔ババアに言われた事を思い出したからって事で」

「言われたのかい?」

「言われてねえけど?」

 

 こいつの言葉本当に軽いなと睨むミアだったがヴァハはやはり受け流す。

 

「まあちょっと面白いことが起こりそうなんだよ。事情話せば、あの二人も喜んでついてくるだろ」

「事情?」

「カジノのオーナーの護衛にゃ、あの『黒猫』と『黒拳』が居るんだってよ」

 

 

 

 

「つー訳で、ここが目的のカジノだ」

「おしろみたい………」

 

 オラリオではない、諸外国が投資した2つの娯楽施設の一つの大賭博場(カジノ)。その中でも娯楽都市(サントリオ・ベガ)と言う国により投資された最大級賭博場(グラン・カジノ)『エルドラド・リゾート』を見てヴァハの買ったドレスを着たノエルは目をキラキラさせる。

 

「オラリオ敵に回しかねねえ行為やってる時点でトップはニセもんだろうが証拠なきゃ話にならねえ。昨日みたいな手は流石に使えねえし、取りあえず向こうが接触してくるまで稼ぐぞ」

 

 そう言ってたったワンコインだけ購入したヴァハはルーレットの一点(ストレート)数字賭けで36枚に増やしそのまま再び全額かける。これも的中、1296枚に………。

 

「ほれノエル。この400枚がお前の小遣いだ。お前等は200枚ずつな」

「贔屓にゃ!」

「増額を要求する〜!」

 

 ブーブー、とブーイング飛ばすのはノエルと同じくヴァハにドレスを買ってもらったクロエとルノアだ。元々顔立ちの整っている彼女達が着飾れば、なかなかどうして人目を引く。

 

「なら帰れ。勘違いしてるようだが俺がお前等を誘ったのは向こうに対してちょっとした嫌がらせがしたいからだ。名を騙るって事は本物より弱い可能性が高い。なら、別に俺一人で十分だろうしな」

 

 ヴァハは彼女達に助力を請うた訳ではない。ただ、オラリオ暗黒期において恐怖の代名詞にもなった『黒拳』と『黒猫』を名乗る連中がいると教えただけ。彼女達では入れない最大賭博場(グラン・カジノ)への入場権を自分は持っていると言っただけ。ついて行きたいと言ったのは彼女達。

 

「別に俺は海パン男神や牛乳女神がそんな連中を抱え込んでいて、そいつ等が懲りず悪事を行っていたって噂が流れても良いんだぜ?」

 

 それが彼女達が偽物をぶちのめしに来た理由。罪を押し付けられる可能性があり、それが恩神達に迷惑がかかる可能性に繋がるから、こうして参加したのだ。

 

「まあこの小瓶をあっちこっちに置いてくんなら資金も必要だろうし貸してやっても良いがなあ」

 

 そう言ってヴァハは指先サイズの小さな小瓶を幾つか取り出す。中身は赤い液体。この大きさなら机の下や観葉植物の影にでも置いておけばまあバレないだろう。

 

「やる」

「やるにゃ」

「ほらよ」

 

 クロエとルノアにも追加で200枚ずつ。計1200枚がヴァハの手元から消える。

 

「うっし! 稼ぎまくるにゃ!」

「ま、私は程々にね……」

 

 軍資金を手に入れ早速ゲームしに行く2人。ノエルはその場に残りジッとヴァハを見つめる。

 

「………楽しんでこいよ」

「……えっと………えっとね、わたし……おとーさんがたのしかったら、たのしいよ」

 

 周りの大人達がホッコリする中、ヴァハは流石に娘連れだと動きが制限されるなぁ、とむしろ面倒臭がっていた。それに……

 

「………………」

 

 ノエルを見つめる複数の目。攫ってくれりゃ拷問して情報吐かせる大義名分が出来たが、警戒しているのか近づいてきそうにない。

 

「まあ良いか。取りあえず、そのコインでジュースとか買えるから先にそっち行くぞ」

「うん!」

 

 炭酸の果汁系を頼んだら元々ついていたアイスの上にさらにアイスが追加されていた。チョコチップで目や口があり雪だるまのよう。ノエルはサービスしてくれた店員にお礼を言ってゲームの為に席に座ったヴァハの元に駆け寄りゲームを眺める。

 ヴァハが稼ぐ。時にあえて負けてやり、しかし確実に稼いでいく。それを惜しみなくノエルのお菓子代に消費していった。

 

「ニャー、負けたニャ。追加の軍資金ちょーだいニャ」

「私はそれなりに稼がせてもらったよ。ありがと」

 

 涙目で抱きつきながらコインを強請るクロエとコインの格を上げ運びやすくしたルノア。美女二人が戻って来たヴァハに集まる視線の量が増す。

 

「つか、あんた進行役(ディーラー)と対決するのばっかりやってんのね」

「その方がカジノから奪えるからなぁ」

 

 金を落としに来た客より、カジノから直接金を奪うやり方をするヴァハ。客が湯水のように落とす金に比べれば微々たる額だが目に見えて金が流れていくのはカジノとしても面白くあるまい。ましてや、稼ぎまくっていたから暗殺者を送った筈の男が平然とまた稼いでいては。

 

「お久しぶりですなあクラネル殿。今回も随分と稼いだようで」

 

 そう言ってやって来たのはオーナーのテリー。ヴァハの連れている美女美少女3()()を舐め回すような目で見る。

 

「よおオーナー。今日も俺のための金、蓄えてるか?」

「はははは。確かにこのままでは当カジノの金も底をついてしまうかもしれませんなあ」

 

 内心ではてめぇ如きに有り金奪われるわけねぇだろと思ってそうだが、表に出さずにこやかを笑う。

 

「そこで提案なのですが、もっと稼げるゲームに興味ありませんか? 前回は断られてしまいましたが、今回はお連れの方々もいらっしゃいますし」

「いいぜ」

「おお! 本当ですか」

「噂のお前の集めた美姫達にも興味あるからな」

「これはこれは………クラネル殿もなかなか好きな方だ」

「いや、単純に此奴等より美人なのかなあって思ってなあ。だって、お前に惚れ込むんだろ?」

 

 テリーの顔が一瞬引き攣る。美人扱いされたクロエとルノアは悪い気はしないがなんとなく居心地悪そうに身をよじった。

 

「はは、ははは………確かに、クラネル殿のお連れの方々もお美しい。し、しかし私も彼女達をかけがえのない美女達だと思ってますよ」

「何十人も居んのに? 因みに俺は代わりのいない最高の美人だと思ってんのは一人だけだ」

 

 ノエルの頭を撫でながら言うものだから、テリーはノエルの母、ヴァハの妻だろうと思う。確かに娘でこれなら母も相当………しかし愛人を連れている場に居ないということはカジノが嫌いか愛人との仲が良くないか、なのだろう。

 

「私等愛人って思われてない」

「多分そう思うように言ってるんだニャ。向こうが奪いたくなるように」

 

 ヒソヒソ話す二人の声はテリーには聞こえていない。

 

「では、こちらへ。貴賓室(VIPルーム)へ案内します……」

 

 

 

 

 そこは表側に比べると静かで、社交室(サロン)の様な印象を受ける。オラリオの外で見ればなかなかの手練が揃う中、格が違うのが二人。黒髪の猫人(キャットピープル)に、大柄なヒューマンの男。

 

「………彼奴等か?」

「あの無駄に自信有りげで、特別視されてそうな態度。間違いないニャン」

「……………」

 

 扉が閉まる直前、ヴァハは眼帯をしたエルフが入ってくるのを見つける。隣の美しい貴婦人がその視線に気付いたのか一瞬驚いた顔をして、困ったような顔で手を振ってくる。エルフがそれに気づきヴァハに視線を向ける前に扉が閉められた。



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ビップルーム

「さあ、こちらのテーブルへ……」

 

 テリーに案内され一つのテーブルに向かう。獣人の老人、ヒューマンの中年二人、小人族の青年が既にいた。

 

「今夜も楽しませてもらってますよ、オーナー」

「ところでそちらの方は?」

「紹介します。僅か数人でアポロン様の派閥を壊滅させた派閥の一つ、【ミアハ・ファミリア】のヴァハ・クラネル殿です」

「おお、あなたが噂の」

「一方的すぎて面白みがないと弟殿の方にスポットが当たってしまったとか」

 

 本当はヴァハの戦い方が残虐すぎるからなのだが、一部ではそういう噂になった。

 

「ハハァ。そんな事もあったなぁ………改めて、ヴァハ・クラネルだ。紳士的な振る舞いなどまるで知らぬ無頼漢故に無礼をどうか許してほしい」

 

 雰囲気が変わる。優雅を感じさせる礼をとったヴァハはまるで何処かの貴族の家で所作でも学んだかのように場の空気の格を上げる。接客している美姫達も思わずほぅ、と感嘆の吐息を漏らす。

 

「顔だけは良いよね、彼奴」

「ただし性格がド屑ニャン。いやまあ、ニョルズ様の秘密とか金払わにゃくてもきちんと守ってくれてるけど……」

 

 後で何か悪戯でもしてやろうかと思いながらヴァハはノエルの手を引きながら席に座る。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

 

 美姫の一人がカクテルとノエルの為のジュースを差し出す。感情のない瞳に、首輪のようなチョーカー。彼女もまた無理やり連れてこられた女のだろう。心を殺して、この環境に耐えているのだ。クソどうでも良いが。

 

「どうです、彼女達も貴方のお連れに劣らず美しいでしょう」

「ん? ああ………失礼ながらクロエとルノアの方が俺にとっては美人だと思います」

 

 ぜってえ嘘だな、とルノアは照れながらも思った。ぜってえどんぐりの背比べと思ってるニャンとクロエは照れながらも思った。

 

「は、はは……そうですか」

「しかし、それでもなるほど噂通り随分恋の多いお方のようだ」

「よく言われます。しかし彼女達もそんな多情な男である私めの求愛に真摯に応えてくれました。そんな心根も美しい美姫達を私一人で独り占めしようものなら美の女神から小言が飛んでくることでしょう。

 そこで僭越ながら皆様の目を潤す一役になっていだければとこうして酌に協力してもらっている訳ですよ」

「なるほど……見初めた者を他の男の目に晒すなど私にはわかりかねますが、オーナーは懐が深い方のようだ」

「いやぁ、本当に羨ましい! 私も一晩相手にしてもらいたいものだ」

 

 そう言って美姫の手を取る小太りのヒューマン。恐らくは、()()()()()()()()

 その男の言葉に周りが放った僅かな愉悦の気配は、自分達はこんな美姫を抱いた事があると言う事だろう。全員グルか。

 

(あの真面目なエルフなら、目の前の豚にばかり集中して見逃しそうだなあ。しっかし正義の為に乗り込んだはいいが、俺みたいなのに全部持ってかれたらどんな反応をするのかねえ)

 

 正義の味方が動かなくても、人なんて勝手に救われる。正義の味方が動いても、人なんて勝手に苦しむ。なのに正義はあると、正義の眷属達なら人を救ったはずだと意気込む元正義の使者より先に人を救えば、なかなか良い顔をしそうだ。

 

「そういえば、ここに来る途中オーナーは傾国の美女を手に入れたと耳にしました」

「おお! 私も聞きましたぞ、何でも遠い異邦の地から娶ったとか!」

「どうか我々にも見せていただきたい!」

 

 美姫を手に入れたと事を羨む声に気を良くしたテリーは傲慢に笑う。

 

「皆さんも耳が早い! ええ、おっしゃる通り新しい愛人を迎えたのです! 折角ですので紹介しましょう!」

 

 手を叩き従業員に命令する。元々見せつける気だったのだろう、扉を開ければそこに既に新たな美姫とやらがいた。

 その容姿に男達は欲情の視線を向け、何処か悲しそうな彼女にノエルは首を傾げた。

 

「初め……まして。アンナともうします……」

 

 オドオドと微かに怯えた姿は中々どうして男の劣情を煽る。

 

「………!」

 

 と、アンナがヴァハと目が合う。ヴァハの事を覚えていたのだろう、ヴァハが笑みを浮かべて手を振ってやると僅かに手が上がりかけ、しかし知り合いとバレるわけには行かないからか慌てて手を下げるものの、テリーはそれに気づく。

 

「クラネル殿、彼女の顔になにかついていますか?」

「いえ、似た顔を見たことがあるので」

「知り合いですかな?」

 

 ピクリと反応するテリー。考えてみればアンナもヴァハも共にオラリオに住まう者。自慢したかったのだろうが下手を打った。

 

「花屋の娘で、祭りで知り合ったのです……そういえば父親が、娘が攫われたって嘆いていて。知り合いなら助けてくれって頼まれまして………まあ、本当に異邦から来たなら他人の空似なのでしょうが」

 

 馬鹿にするような視線は全部知ってるぞ、とでも言いたげな顔にテリーの顔に苛立ちが浮かぶ。その剣呑な表情に取り巻きの富豪達が狼狽える。

 

「どうせなら賭け事でもしませんか」

「ほ、ほう………と言いますと?」

「勝者が敗者に好きな要求を出来るというのでどうですか?」

「ははは。なるほど、クラネル殿は随分アンナにご執心なようですね」

 

 ヴァハは一言もアンナ一人を貰うとは言ってないな、とルノアが気付く。クロエは飽きてきたのかふぁ、と欠伸をしていた。

 

「いいでしょう。どうせなら、ゲームには最高額のチップをかけましょう」

 

 そう言ってヴァハ達が稼いだ額を遥かに超える額のチップを持ってくる。先程の意趣返しも含まれているのだろうが、ヴァハはふーん、と笑う。

 

「どうせならノエル、お前がやってみるか?」

「? やりかた、わかんないよ……」

「簡単だ。数字やマークを揃えるだけ」

「ん、と………やってみる!」

 

 そう言ってヴァハの膝の上でフンス、と意気込むノエル。ルノアは大丈夫か、と思ったがルノアがシルと同じような顔してるから大丈夫だろと呆れたように言った。

 

「ははは、そうですか。ああ、そうだ。私の頼みごとなのですが、お連れの方々に一晩酌をさせてもらってもよろしいでしょうか」

「彼女達は中々ジャジャ馬で、おすすめはしませんが」

「では、娘さんも貸していただけませんか?流石に幼子の前で失態を晒したりはしないでしょう」

 

 ノエルを人質にでもして言うことを聞かせたいのだろうか、愚かな事だ。

 

「この場の女の中で一番怒らせたらヤバいのは他でもないこの子なんですけどね」

「ははは。確かに、子供を持つ親にとって逆らえぬ存在ですからな。お恥ずかしい話、私はこの年で未だ娘がおらず少し羨ましい限りですよ」

 

 その目を見て、やっぱりそっちの目でも見てんのか、と呆れるヴァハ。いっそここで手を出させたら面白い事になるかも。

 

「ところで、なるべく早く終わらせたいので勝負を降りた場合も金を払う……参加料(アンディ)の3倍払うのはどうでしょう」

 

 降りた場合の参加料が増えようと勝てば問題はないか、とテリーは判断する。

 

「…………まあ良いでしょう」

「? 何の話?」

「ノエルが勝てばなんの問題もない話だ」

 

 ヴァハはそう言ってノエルの頭をクシクシ撫でる。うにゅぅ、と気持ち良さそうに目を細めるノエル。

 

「さあ、馬鹿で遊ぼう(ゲームを始めましょう)

 

 ゲームはドローポーカーにした。ノエルは早速己の手札を確認する。

 

「パパ、これは?」

「ああ、役5位(フルハウス)だな。上から5番目」

「じゃあ、さんかします!」

「「「────!?」」」

 

 ザワッ、と動揺が走る。手札を明かすというありえない行動。だが……

 

(くだらん騙欺(ブラフ)だ。その程度で騙されるわけが無い!)

「ああ君、アルテナワインの三十年物を頼む」

 

 と、獣人の老人が注文する。これは彼等の暗号。上位カードのフルハウスの際の合図。

 

降りる(フォールド)

 

 テリーに続き他の者達も降りていく。この戦いは彼の勝ちだ、と誰もが思った。

 

「どうやらこの老耄と一騎打ちのようですな」

「では上乗せ(レイズ)で」

「………は、はは。強気でいらっしゃる。では、私も」

 

 チップを足し、まずは老人から手札を明かす。クイーン3枚と10、2枚のフルハウス。対して………

 

「えっと、どうぞ」

 

 キング3枚とジャック2枚の上位フルハウス。

 

「………え?」

「ノエル、お前の勝ちだ」

「やった……ジュースたのんでいい?」

「アイス付きのジュースを。あ、アイスは二つな」

「は、はい!」

 

 そして、次のゲーム。

 

「おお、役4位(フォーカード)とは付いてるなあ」

 

 今度こそブラフ、なのか? と疑う。いや、そうそう揃ってたまるか!

 

 

 

 

「……………!」

「♪」

 

 勝つたびに甘いお菓子を買ってもらい満足気なノエルに対して負け続けた富豪達は俯き震える。

 

「あ………」

 

 のべ12回目、初めてヴァハがしまった、とでも言うような声を出し……

 

「ぶふ、フォーカード………」

 

 今度こそ勝つと意気込んだ者達から金を奪う。

 

「ファウストォ!」

「………!」

 

 叫ばれた男はフルフルと首を横に振り不正は無いと告げる。ルノアはあん? と眉根を寄せる。

 

「あははは。ノエル、お前引きが強いなあ。ほらほら、お菓子買っていいぞ。もう一度メニューを持ってきてもらえるか?」

「は、はい」

 

 悔しがる富豪などに目を向けず笑うヴァハ。怒りが募っていく。残りは最早テリー一人。

 

「よんまいいっしょ! これ、ふぉーかーど?」

「もういっそ次は全額かけちまうか」

「ほ、ほう…………っ!」

 

 舐め腐った態度に怒りに震えながらも、しかし次にテリーの顔は喜色に染まる。

 ロイヤルストレートフラッシュ。今回ゲームで最強の手札。

 

全賭札投入(オール・イン)!!」

「同じく」

 

 馬鹿め、やはり最後に勝つのは自分だ!

 

ロイヤルストレートフラッシュ(役2位)!!」

ファイブカード(役1位)

「…………………は?」

 

 なるほど、確かに同じなのは4枚だけ。ただし、唯一違うカードは特別札(ワイルドカード)のジョーカー。

 

「な、あ………は?」

「ふぁいぶ、かあど?」

「最強の組み合わせだよ。お前の勝ちだ」

「やったあ!」

 

 チップ全て失い、ノエルの勝ち。

 

「さて、賭け事は私の勝ちですね」

 

 勝った者の言うことを聞く、そう言ったのは自分。ゲストの手前、逆らえない。だが、アンナを家族の元に戻しては………いや、交易所の人間さえ殺せば自分が関わった証拠はない筈。

 

「……よろしい。彼女には暫く暇を出すとしましょう。思えば異国から来たばかりで疲れてるでしょうからな」

 

 まだ買ったばかりで味わっていないと言うのに、こんなに早く手放す事になるとは。何時自分の番が来るのかと怯えるさまを楽しまず、買ったその日に楽しめばよかったと後悔しつつ何れヴァハを必ず後悔させてやると歯軋りする。

 

「さあ、おいで」

 

 ニコリと微笑んだヴァハにアンナは顔を赤くしながら駆け寄りクロエとルノアは誰あの不気味なの、知らね、とヒソヒソ話す。

 

「…………っ!」

 

 と、アンナは不意に周りの美姫達の視線に気付く。どうしてお前だけが、そんな言葉が聞こえた気がして、ヴァハの服の裾をキュッと掴む。

 

「………何だ、その顔」

 

 とヴァハは美姫達に視線を向ける。上品な口調などをかなぐり捨てた、素の態度に美姫達はビクリと身を強張らせる。

 

「一人だけ助かるのが妬ましいか? 自分達が助からねえ事が、怒りだすほど許せないか? 自分達も助けてもらえる資格があるってか? 傲慢な女共だ」

 

 目を逸らし震える美姫達は、それでもやはり羨ましくて、自分達も助けて欲しいのだろう。

 

「俺は此奴の親父の助けを求める声に応えただけだ」

「金でね」

「金でにゃ」

「そこうるせえ………だいたい、助けなんてこないと諦めておいてそりゃ理不尽だろうがよ。誰かが、誰かになんて怠惰この上ないが、その誰かに向かって叫ばねえのはもっと怠惰だ。正義の味方だって助けを求めない相手を探すのは大変なんだよ。

 助けてほしいならよ、諦めず助けてって叫べよ」

 

 美姫達が無理矢理連れてこられた事前提の言葉にザワザワと騒がしくなる。

 

「……………た、助けて」

 

 と、美姫の一人が声を震わせながら叫ぶ。

 

「私も、助けて!」

 

 涙を流し、懇願する。ずっと言えなかった言葉を、ずっと言いたかった言葉を叫ぶ。一人が叫び、周りも感化され叫び始めた。

 

「もうこんな所、1秒だって居たくない!」

「ウチに帰りたいニャー!」

「助けて、もう一度、お父さん達に会いたいの!」

 

 その懇願に、ヴァハはフッと笑う。誰一人、テリーの下に居たくないというその態度にテリーの顔が怒りに染まっていく。

 

「そうか………じゃ、その声を聞いた正義の味方が現れてくれることを祈ってるぜぇ。ほらほらお前等、帰るぞ」

「「「………………え?」」」




因みにヴァハはごろつき達の酒場にやって来て情報欲しけりゃ賭け事で勝ちなと言われた際

『負けたらどうせやっちまぇ〜って有耶無耶にしようとするのがわかってんのになんで時間を無駄にしなきゃならねえんだ。脳みそ詰まってんのか?』

と煽った。その後襲ってきた奴等を全員返り討ちにした。逃げられないように閂をかけてしまったが故にヴァハが帰るまで誰も出入りできなかった


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偽物と本物

前回のあらすじ!

宇宙侵略を企む悪の帝国イヴィルス帝国へと乗り込んだ若き戦士ベルは敵のボスであるヴァハと対面し、恐るべき真実を開かせれる!

「I am your brother」

「Noo!!」


 誰もが呆然と立ち尽くす。美姫達はもちろん、クロエとルノアもこいつマジかと言いたそうな顔をしているし、ドア前の男達も口を開け固まっていた。

 

「ふ、ふざけるなよ!」

 

 ただ一人、集めた美姫達が逃げたがっている事を暴露されたテリーだけが怒りに震えながら叫んだ。

 

「この俺をここまでコケにして、帰れると思うな!」

 

 テリーが片手を上げれば護衛達が一斉に構える。困惑しているのはただの従業員と富豪達。

 

「まあそう来るよなぁ。仕方ねぇから相手してやるよ。お前等は、勝手に助かれ」

 

 なんかいい話風だがここでオーナーがなんの行動も起こさなかったら、マジで帰ってたな、と胡散臭げに見るクロエとルノア。

 

「戦争遊戯の覇者とて一人で何が出来る! やれぇ!」

 

 テリーの合図に迫りくる男達。ヴァハは最初に接近してきた男の手首を掴み握りしめ握力を奪う。握力を失い開いた指を反対から迫る男の鼻に突き刺し鼻の骨と指の骨を折る。

 

「───!?」

「おお!?」

 

 痛みに悶える男を他の男達に蹴りつけ、床が軋む踏み込みで接近し拳を添え、ドンッと衝撃が発生し纏めて吹き飛んだ。

 

「な、ななぁ………!?」

「雑魚ばっかだなあ。俺の相手にゃならねえよ」

「っ! き、貴様! この俺に逆らって生きていけると思っているのか! ギルドが守ってくれると思ってるのなら大間違いだいだ! 娯楽都市(サントリオ・ベガ)から出向してる俺は───!!」

「いやいや、馬鹿言うな。お前今、冒険者に喧嘩売ってんだぞ? 自分に非がある状態で………ギルドの豚が下手に出るもんだから勘違いしたか? てめぇは本来冒険者を怒らせないために立ち回らなきゃならねえのに、これだ。そもそも、てめぇからは神の血の匂いがすんだよ……」

 

 怒りのままに叫ぶテリーに、ヴァハはヘラヘラと笑う。

 

「てめぇ何処ぞの神の眷属だろう? なあ、テッド」

「───!?」

「ああ、その反応あたりかぁ。あのババアが言ってた、見逃した相手の一人と特徴が似てんだよ。情けなぁく女共に土下座して泣き喚いたんだってなあ。あのババアは、その辺詳しく言わなかったが嘘が下手だからなあ、言葉の濁し方でだいたいわかる」

 

 ケラケラと馬鹿にしたような口調。なぜ自分の本当の名を、と青くなるテリー……否、テッド。

 まて、こいつは直接あったことはない、当てずっぽうだ。

 

「何ならこの『開錠薬(ステイタス・シーフ)』使うかぁ? 今なら許してくださぁいって土下座すりゃボコらねえでやるよ」

 

 何処までも馬鹿にした態度に、テッドのこめかみの血管がぶちりと切れたような気がした。

 

「ファウスト! ロロ! 殺せえ!!」

 

 と、テリーの言葉にこの中でも別格の手練が迫る。拳を振るう大男に、回避や防御の邪魔をしてくる猫人。微かに切られたヴァハは後ろに飛び退き距離を取る。

 

「ファウストとロロは、あの『黒拳』と『黒猫』だ! 貴様のような甘い世代ではない、オラリオ暗黒期の生き残り! お前ごときが勝てると思うな!」

「ふーん」

 

 ヴァハは切り口から出た血でナイフを作ると片手で弄ぶ。

 

「じゃあルノア・()()()()()、クロエ・()()。やれ」

 

 そのナイフを後方のクロエに投げると同時に、ルノアとクロエが駆け出す。

 

「───!?」

 

 女とは思えぬ加速。明らかな神の眷属の動き、それもかなりのレベルの。しかし見覚えがない。

 慌てて拳を振るい迎撃しようとしたファウストの黒い手甲がルノアの拳に砕かれ、拳の骨も、腕の骨もボキバキへし折れる。

 

「勝手に人の名前、使ってんじゃねえよお!」

 

 ドゴゴゴッ! と無数の拳が叩き込まれる。一撃一撃が骨を砕く強力な一撃、ファウストは机を破壊し、椅子を破壊し、それでも止まらず壁に激突し漸く床に落ちた。

 

 クロエが何かを床に投げると狭い範囲ながら濃い煙幕が広がる。人影しか確認できない中、詠唱が聞こえた。 

 

「【戯れろ】【フェレス・クルス】」

「増えた!? いや、短文詠唱なら、全て非実体!」

 

 詠唱は長ければ長いほど効果が増す。逆に言えば、短文詠唱の分身はただの幻影のはずだ。そう判断し、最初の位置に居たクロエを狙うロロ。

 

「残念、こっちが本体にゃ」

 

 人影が増えたことに動揺した一瞬に位置を入れ替えたクロエに手足を切られる。

 

「本当なら毒があればいいんだけど、仕方ないニャン。勝手に人の名を使ったこと、たぁぷり後悔させたあと使用料払ってもらうニャ」

「え、あ………は?」

 

 腕利きの護衛達がやられて呆然とするテリー。ヴァハはゲラゲラ腹を抱えて笑う。

 

「な、なんだ!? 何だ、その女どもは!?」

「さっき名前呼んだろ。ルノア・ファウストにクロエ・ロロ………本物の黒拳と黒猫だよ」

「………なっ」

 

 自分の護衛は偽物だったと? まず、護衛はコイツ等には勝てない。なら……

 

「給仕共! 女達を取り押さえろ! 誰でもいい、人質にしろぉ!」

 

 その言葉に素直に従っていいのか狼狽えながらも美姫達に近づいていく給仕達。先程の発言、自分から逃げたいという心を折ってやりたいと言うのもあるのだろう。ヴァハは助けを求めるような美姫達の視線に、しかしヘラリと笑う。

 

「言ったはずだぜぇ。誰か誰か、なんてのは、怠惰だ。助かりてえんだろ? ここに居たくねぇって、そう叫んだなら、叫べたならもう、出来るだろ?」

 

 なお、この時のヴァハの心境は2、3人ぶち殺したら即座に逃げ出すような奴相手にするの面倒くせえ。何も知らねえ給仕殺すのは後で文句言われそうだし、だった。

 

「わああああ!!」

 

 と、美姫達が抵抗し始め場が更に混沌と化す。ヴァハはそんな様子を眺めながら酒を煽る。

 

「? みんな、けんか? けんかは、だめだよ……」

 

 状況を理解できないノエルはオロオロと慌てる。と、富豪達が悲鳴を上げながら逃げ出す。

 

「も、もう嫌だあああ!」

「そうだ、【ガネーシャ・ファミリア】を呼べええ!」

「早くしろぉ!」

「お、おい! 勝手なことをするな!」

 

 こんな状況では揉み消すどころか、余計な詮索を取られ真実を知られてしまう。

 

「【血は炎】………ってなあ」

 

 

 

 【ガネーシャ•ファミリア】は貴賓室から富豪が飛び出してきたのを見て何があったか駆け込もうとしたが、ホールの各所で火の手が上がりそちらに人手を回さざるを得なくなった。

 

 

 

 

「来い!」

 

 ヴァハが美姫達を押さえつけようとした給仕を蹴り飛ばしているとテッドがアンナの腕を掴み走り出す。そして、1人オロオロしていたノエルも連れて行く。

 

「待ちやがれテッド! 悪い奴は足の生皮剥がしてやるからよぉ!」

 

 ヴァハが追ってくるのを見て給仕達に足止めを命令するテッド。後ろからゴシャ、とかズバ、ブシュっと言う音が聞こえてきた。

 地下へと逃げたテッドは何枚もの扉を抜け、巨大な金属製の扉、金庫の前までやってくると急いで扉を開け、ノエルとアンナを中に放り込む。

 

「ここまでくれば安心だ。この扉を自由に開けられるのは俺だけ。扉や壁はダンジョンの超硬金属(アダマンタイト)が使われている。壊すことも侵入すること不可能! 黒猫と黒拳は未だお尋ね者、加担していたガキもすぐに【ガネーシャ・ファミリア】が捕らえる筈だ」

 

 そして、アンナとノエルにいやらしい目を向ける。

 

「それまでの間、お前達で憂さ晴らしさせてもらうとしよう」

「───っ!!」

 

 アンナはとっさにノエルを庇うように抱き締めるも、その反応にテッドはアンナの前でノエルを傷つけた方が楽しそうだと、判断し無理やり引き剥がす。

 

「あ、や………こ、こな……こないで………」

 

 そう言った知識はなくとも悪意を持って近づいて来ているのは解ったのか、怯えるノエル。

 

小人族(パルゥム)は何度か味わったが、本物の子供は初めてだ。どおれ、大人しくしろ」

「や、やめてください! まだ、子供なのに!」

「お前はあとだ………ほぉれ、おとなしく………」

「い──」

 

 獣欲に染まったテッドの顔。恐怖に染まった、ノエルの顔。

 

「いやああああああ!!」

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 ヴァハは取り押さえようとしてきた給仕達を血の縄で捕えると前方に配置する。次の瞬間通路の奥から流れてきた魔力の吹雪が給仕達を凍らせていく。壁を壊し、天井を貫き、天へと届くその魔力は気象を歪め、オラリオに季節外れの吹雪を訪れさせた。




感想お待ちしてます

因みにヴァハは精霊の力を奪った偽物の精霊ともいえる


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正義はなくても人を救われる

今回はSAN値チェック必要なシーンがありまふ


 空気中の水分が凍りつき、壁や床に付着している。いや、量が多いから魔力が直接氷に変換されているのだろう。ここまでの規模となると『千の妖精(サウザンド・エルフ)』や『九魔姫(ナイン・ヘル)』クラスでないと然う然う行えないだろう。

 人は、誰も死んでないな。瀕死だが、加減は無意識にされたのか距離があっただけか。

 暫く進むと特大の氷柱に貫かれた扉を見つける。剣山のような氷を避け中に入ると気絶したノエルとアンナ。

 

「うっわ、サム……」

 

 中はまるで氷室のよう。テッドは氷の中にいた。

 冷気こそあるものの、ノエルより後ろは比較的に凍っていない。アンナは寒さにやられ青白くなっている。微かに震えているから生きているだろう。

 

「【血は炎】っと」

 

 火をつけてやり温める。テッドの入った氷も血をぶち撒けてから燃やす。氷から出てきたテッドの心音は、止まっていた。

 

「動け」

「パウ!?」

 

 胸を踏みつけ電撃を流せば奇声と共に心臓が動き出す。ひっくり返し、逃げ出そうとするテッドの頭を床に踏みつけ服を引き裂くと『解錠薬(ステイタス・シーフ)』でステイタスを顕にする。

 

「やっぱテッドじゃんお前。うわ、ステイタス低すぎ」

「き、貴様! ふざけやがって、貴様も道連れだ!」

「あぁん?」

「捕まるまでの間、手下共を使って噂をばらまいてやる! 暗黒期の生き残りと、貴様がつるんでいる事をなぁ! 奴等自身、どれだけ懸賞金がかけられているのか知らんだろう!? いいや、お前がアストレアと繋がっていたことも話してやろうか!?」

 

 【アストレア・ファミリア】に恨みを持つ悪党は山ほどいる。【ロキ・ファミリア】のような大派閥ならともかく、少派閥に隣人がいるとなれば腹いせに来る者が現れるのは間違いない。つまりは殺したい放題。

 

「とはいえ、店に来られても困るからなあ」

「ひっ!」

 

 ポン、とテッドの頭に手を置くヴァハ。カタカタと寒さ以外の理由でふるえるテッドに、何時ものように軽薄な笑みを向けた。

 

「走馬灯って知ってっか? 一瞬でこれまでの人生追体験するって奴。あと、死を前にすると時間がゆっくりになったりするよなあ」

「な、何が言いたい!?」

「お前って記憶力高いか?」

「─────」

 

 

 

 

 何処だ、ここは?

 気が付けば真っ暗な空間にいた。自分が立っているのか、浮いているのかわからない。何も見えない、何も聞こえない、何も感じない。

 感覚のない体を動かすなんて出来ず、時間だけが過ぎていく。

 

 

 

 

「なるほどなぁ、五感は加速してねえからこうなるのか」

 

 テッドの思考能力を速めた結果、思考能力に五感からの情報伝達がついてこず恐らく何も聞こえてないし何も見えていない。ここで刺したところでその痛みが届くのは、果たしていつになることやら。

 

「まあ安心しろよ。人間の脳ってのは、案外違和感を調整する機能に優れてる」

 

 例えば上下逆さまになるレンズをつけて生活しても、そのうち脳が勝手に矯正するようになる。現実時間と思考時間の差異もそのうち修正される。それがテッドにとってどれだけの時間かなんて知らねえが。

 ヴァハはノエルとアンナを抱えると歩き出す。ついでに重い何かを腹いっぱい詰めた赤子達がズリズリとお腹を引きずりながらついてきた。

 

 

「………あ、れ………ここ、は?」

「よお、起きたかアンナ」

「え、あ……く、クラネルさん!?」

 

 火事から避難した客たちに紛れ脱出したあたりでアンナが目を覚ます。抱きかかえられているのだから当然顔が近く、ヒェと顔を赤くした。

 

「ポーションを飲ませたが、もう怪我はないか?」

「は、はい………」

「良かった」

 

 怪我云々で金をごねられたら、死体が生まれるところだった。母親の方はともかく父親の方は信頼していない。

 何を勘違いしたのか赤くなるアンナに、ちょろいな此奴と考えるヴァハ。このまま暫く遊ぶのも、彼女のファンの神々を差し向けさせる布石になるだろうか、と思った時だった。

 

「あ、兄さん!?」

「おお、ベルか。お前もこんな所に来るんだなあ」

「あ、あはは………モルドさん達に誘われて」

 

 確かベルに嫉妬して絡んできた冒険者だったか。以前歓楽街にベルを誘おうとしてヘルメス共々ボコボコにされていた。

 

「………ヴァハ・クラネルさん」

「お、いたいた」

 

 と、ベルと一緒にいたのだろう、タキシードのリューとドレス姿のシル。彼女達と合流していたらしいクロエとルノアの姿も。

 

「んじゃリオン、用意してる場所に案内しろ」

「…………はい?」

「もう、ヴァハさん。それじゃ伝わりませんよ? こんばんは、貴方がアンナさん?」

 

 突然の要求にリューが固まり、シルがやれやれ、と肩をすくめアンナに話しかける。

 

「は、はい………」

「良かった。私達は別口で貴方を助けに来たの。カレンさん達………ご両親の下まで向かう馬車を用意してるから、ついてきてくれませんか?」

 

 不安そうにヴァハを見てくるアンナ。ヴァハが頷くとはい、と返した。

 

「…………貴方が助けたのですか?」

「金もらったからなあ。別に、正義の味方じゃなくても人は救える。喜べよ、結果は変わらねえんだから」

「もうヴァハさん? あんまりリューをいじめちゃめ、ですよ?」

「はいはいあざといあざとい」

 

 指をピン、と一本たて注意してくるシルをぞんざいに扱うヴァハ。シルはベルに慰めてくださ〜い、と抱きつく。

 

「ところで、そちらの女の子は?」

 

 アンナを下ろした際おんぶに変えたノエルを見るシル。

 

「………ノエルだ」

「そういう事じゃないんですけど」

「ところでそのドレス似合うな」

「おや? わかりますか? ふふ、ベルさんも見惚れてくれたんですよ!」

「まあベルは爺のせいで女体に目がねえからなあ」

「ちょっ!? に、兄さん!」

 

 ベルが赤くなってアワアワしだす。

 やがて裏で用意されていた馬車に辿り着く。

 

「じゃあな、次からは捕まるなよ?」

 

 そう言ってヴァハが馬車の扉を開けると、アンナは意を決したような顔でヴァハを見る。

 

「あのっ! 貴方には妻子がいるのは解っています!」

 

 子はいるけど妻はいないが、まあ良いだろう。

 

「私なんかより素敵な愛人の方々がいる事も………」

 

 愛人だってにゃ、あんたのことっしょっ、とクロエのルノアがお互いを指差す。

 

「これから言う事は、あなたを困らせてしまう事も………でも、それでも私はあなたの事が!」

 

 ベルは顔を赤くしてええ、と狼狽える。

 

「私は、貴方に恋を──」

「ごめん、俺恩恵ない女に興味ないんだ」

 

 

 

 

「あの振り方は無いんじゃないですか〜?」

「だってなぁ、恩恵持ちと無しじゃ血の味全然違ったし」

 

 判断基準はそこ………ではないのだろうな。ヴァハ・クラネルにとって人間の価値は自分に何かをもたらすか、でしかない。確かにアンナ・クレーズはやっかみを生みヴァハに戦いを運ぶかもしれないが………。

 

「もし何処かの眷属になって来たら、その時はきちんと相手してあげるんですよ?」

「何だお前、彼奴の味方かぁ?」

「恋する女の子は何よりも綺麗なんです。私、美しいものの味方なんですよ?」

 

 ふふ、といたずらっぽく笑うシル。ヴァハとシルの仲良さげな雰囲気にリューはどうしたものか、狼狽えていた。恋、と言うには少し違う。友人? それも、かなり気の合う。

 

「なら美の女神のイシュタルでも崇めてろよ」

「え〜、あの神さま品性が足りないじゃないですか。ていうか、美の神って私にその話題を出すんですか?」

 

 もう、と拗ねたように頬をふくらませるシル。ヴァハはベルに預かってろ、とノエルを預けると歩き出す。

 

「に、兄さん? 何処へ……」

「もう少し遊んでから帰る」

 

 

 

 

 ダイダロス通り、迷宮のようになっている住人さえ迷う事のある入り組んだ区画に、二人の男が居た。

 

「間違いない、あの娘だ。ヴィトー様に報告を……」

「ああ、これで使命を一つはたぺ」

「おい、何をふざけ………な!?」

 

 妙な言葉を放った仲間に咎めるように叫ぼうとすれば、固まる。巨大な鉤爪が4本、男の首に刺さっていた。まるで巨大な蜘蛛に捕まったかのような男は天井からぶら下がる鉤爪が短くなり浮き上がる。自重で皮膚が裂け、肉がみちみち嫌な音を立てる。ゴポゴポと穴と口から泡立った血を出しながら藻掻く仲間を見て固まる男の後方から、声が聞こえた。

 

「なるほどなるほど。これが秘密の通路への入り口か。地下に伸びてんのか? 暗黒期……よりも前か。で、これが鍵と」

「なっ!?」

 

 Dの文字が刻まれた球体を片手で弄ぶ赤髪の男。咄嗟に取り出したナイフはしかし弾かれ、腹を蹴られる。

 

「案内ご苦労。門はそのうち【ロキ・ファミリア】が見つけるだろ。怪しいの後ここだけだろうし」

 

 ルノアとの約束もその時期にするか。行方不明の【デメテル・ファミリア】の団員捜査。未だなんの手掛かりもなしなら、そもそも存在が知られていない場所に隠されていると考えるべきだ。

 

「お、おのれ! こんな所で! 俺は、娘に!」

「娘? 娘かぁ。俺も最近娘できたし? 気持ちはわからなくもないかもしれんな。よし、会わせてやろう」

 

 ヴァハはそう言って男の頭に血の針を複数突き刺す。骨の隙間を縫い、脳に到達した。

 

「いい夢見ろよ〜」

「あば!? べ、ばばば!!」

 

 

 

 

 

 

 男は気付けば、草原に居た。

 ここは何処だ? 何処か、懐かしいような気がする。

 ポツンと建った一軒家。そこで遊ぶ、少女の姿が見えた。

 

「え? あ、そんな………まさか!」

 

 見間違えるはずが無い。ずっと、ずっと会いたかったのだから。

 

「パパ!」

 

 向こうも気づき、駆け寄ってくる。ああ、もしや自分は死んだのだろうか? そして、こうして次の生で巡り合った。あの約束どおりに!

 

「おかえりなさい!」

「…………え?」

 

 だけど、娘は横を通り過ぎ、見知らぬ男に抱きついた。頭を撫でられ、気持ちよさそうに目を細める。

 

「だ、誰だそいつは!?」

 

 叫べば、ビクリと震える。それは、知らない他人に叫ばれた反応。

 

「なんですか貴方は! 娘になんのようですか!?」

 

 怒りを顕に叫ぶ男。違う、お前の娘じゃない! その子は、俺の!

 

「どけ!」

「うっ!」

 

 ズン、となれた感覚がした。これは、人を刺す時の感覚。見れば何時のまにかナイフが握られており、男の腹を突き刺していた。

 

「あ……や、いやぁ! パパ!? パパァ!」

 

 倒れた男に駆け寄る娘の姿に、思わず後ずさる。それでも、懸命に笑い声をかける。

 

「違う………違うだろ? お前のパパは、俺で………俺が」

「違うもん! パパだもん、私のパパは! パパだけだもん! 来ないで、人殺し!」

「…………なん、で………?」

 

 何の為に………()()()()この手を血に染めたと思っている!?

 もう一度、お前に会いたくて、この腕に抱き締めたくて!

 何で忘れる? 自分なら、絶対に忘れない! この愛は本物だから、生まれ変わっても絶対に覚えているのに!

 

「……この子が親として愛しているのは、僕だから」

「っ………」

 

 倒れた男が呟く。死体のように無機質な瞳が此方を向く。

 

「違う違う違う違う違う違う違う違う!! こんな、こんなことがあるものか! なあ、思い出してくれ! 俺だよ! パパだ! もう一度お前に会うために、俺は全部捨てたんだぞ!」

「い、いや! 触らないで! 血に汚れた手で、触らないで! ()()()()()!!」

 

 何で、どうして。自分はお前に会うために。きっと、一人で泣いてるであろうお前を助けるために。なのに、どうして………どうして他の誰かを父と呼ぶ!? そいつがお前の為に何をしたっていうんだ! 俺はお前のためなら何人でも殺す! この命だって惜しくないのに!

 

「……………あ」

「………え」

 

 気づけば、ナイフは娘の胸を貫いていた。目が、合う。憎しみに満ちた目。自分に、多くの一般人や冒険者達が向けてきた、敵を見る目。

 

 

 

 

 

 

「うわあああああああああああAAAAAAAAAAAAaaaaaaa■■■■■■■■■!!」

「あ、起きた」

 

 絶叫と共に飛び起きた男にヴァハは読んでいた本を閉じる。

 

「娘と再会できたかぁ? お前の中の僅かな罪悪感とか忘れてたらどうしようっつー恐怖もすこーし混ぜたが、大半は再会への渇望だから夢の中とはいえ再会出来たとは思うんだが」

「ああ、あああああ!!」

 

 と、男は落ちていたナイフを掴むと、己の胸に突き刺した。何度も何度も、喉や腹、目や頬にも突き刺していく。

 

「ばん、でべぇ………おでば、にゃんのあめに…………」

「自分の胸に聞いてみたらどうだ? 無理か、自分でズタズタにしちまったし」



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迷宮探索

 季節外れの雪景色。

 ヴァハが雪で作った像の出来に満足しているとミアハが店から出て来る。

 

「おはよう、ヴァハ。ほう、随分うまく出来てるな」

「ああ、今から壊しますんで」

「何故だ?」

「本人もそれ望むでしょうねえ。何せ雪だ、まぁっしろだもの」

 

 血で作った剣で雪像を切り捨てグシャグシャと踏み潰す。行動はともかく、その目や表情から恨みがあるようには見えないがヴァハはたまにミアハには理解できない事をやる。

 

「時にヴァハよ、あの二人に何をした?」

「俺への恐怖消し」

「……二度としてはいけないよ。どれほどのトラウマでも、それは本人が乗り越えるべきものだ」

「だからダンチョにはやってねえですよお?」

 

 つまり他人と身内では、扱いが違うという事か。少なくとも今は彼女達を身内と判断しているだろうから安心だが。

 

「んじゃ、俺は迷宮行ってきますんで」

「…………ふむ」

 

 原型がなくなるまで壊しておいて、結局また新しく作り直された女性の雪像。

 雪像を作る際のヴァハの目に宿るのは、未練に殺意、そして僅かな………なんだろうか? 朴念仁にはわからない類のものだとは、自身を朴念仁と思ってないミアハには解らなかった。後隣に作った2つ目の雪像は、最初の雪像と良く似ているがこれは姉妹像なのだろうか?

 

 

 

 共同墓地とは別の場所に作られた墓に雪うさぎを置いておき、ダイダロス通りにやって来たヴァハ。未だ冷気が完全に消えぬ日陰だらけの場所で、【ロキ・ファミリア】の姿がチラホラ見えた。

 さて、どれで遊ぼうか。最大派閥などと言われてるだけありLv.3を多く保有するとはいえ、その期間は間違いなく数年。ソレをあっさり追い抜いたクラネル兄弟に思うところがありまくりな最大派閥の団員達の会話を耳にしながら、適当に暇をつぶす事にした。

 

 

 

「そういえばあの時、ダイダロス通りでモンスターを倒した冒険者が居たって話あったでしょ? あれ、例の【リトル・ルーキー】だって噂知ってる?」

「それで思い出した、無手だったとはいえティオネさんたちが苦戦した食人花、当時Lv.1の【狂剣(フィンディアス)】がエルフィの手伝いがあったと言え倒したらしいぞ……」

「またクラネル兄弟か………」

 

 最近何かと話題に事欠かないルーキー冒険者にしてすでに第3級冒険者のクラネル兄弟。最強派閥などと言われているがその中でも有名でもなんでもない彼等からすれば、思うところがある。

 

「クラネル兄弟の話聞くと思うんだが………いやそら死ぬだろ普通」

「「「わかるわー」」」

「Lv.1でミノタウロス単独撃破とか耳を疑ったわ!」

「支援ありとはいえ呪詛(カース)喰らったままワイヴァーンと戦うか普通!? しかもエルフィ魔法使えなくされてたんだろ!?」

「やめとけ、それは内密にしとけって話だ」

「そーね、マネする阿呆が出たら大変だもんね」

「Lv.2とLv.1の3人で18階層到達とかどうやるんだ!?」

「アミッドさん連れて中層を移動してくるとかどうなってんだよ!?」

「先週のあの戦いだって絶対負けると思ってたのにね」

「なあ、オレLv.3になってそこそこ経つんだけど………クラネル兄弟に勝てる自信がない!」

「「「わかるわー」」」

 

 少なくとも弟の方に関しては単純な強さはこちらが上。兄は、良く解らん。メレンでもレベルが上のアマゾネスを倒してたらしい。倒してたと言うか、殺してるがそこは彼らも知らない。

 3級冒険者や2級冒険者でも名を馳せる者は多くいる。当時最速のランクアップを果たしたアイズはその頃から有名だし、アミッドは今も名を知られている。

 そして新たにクラネル兄弟。

 

「だからかな、Lv.3になったって聞いても納得しちまった」

「団長やアイズさんを見てると感じるよ、この人達は俺達とは違うって」

「世間じゃ【ロキ・ファミリア】だけで凄いみたいに言われてるけど、そうじゃない。その評価にふわさしいのは団長達であって、私達じゃない」

「……………」

 

 悔しそうにうつむき、しかし何も言えない面々。そんな彼等にシャロンが叫ぶ。

 

「もう! 暗いのやめ! それでも私達は【ロキ・ファミリア】でしょ! 迷宮都市(オラリオ)最大派閥! オラリオの冒険者の憧れ! 落ち込むのは立派なホームの中だけにして、外では胸を張って偉そうに──」

「出来るのか?」

「「「───っ!?」」」

 

 この場に自分達以外の気配はなかった。会話をしていたとはいえ、今は闇派閥(イヴィルス)に関わるものを探している最中、だというのに接近を許した。

 警戒し各々の獲物を構えるが、声の方向に姿はない。

 

「周囲を警戒しろよ、相手が一人とは限らねえんだ」

 

 最後尾、声がする。振り返ると赤い髪に金の瞳を持つ少年が立っていた。

 

「極東には噂をすれば影、なんて言葉があるんだとよお。人のことコソコソ話してると噂してる奴が現れるってわけだ。【ロキ・ファミリア】の……誰だっけ?……まあ良いや。探しものは見つかったかぁ?」

 

 嫌味、だろうか? いや、確かに自分達は【ロキ•ファミリア】の二軍、その中でも、有名な方ではないけど。

 

「なんの………用よ」

「そう警戒するな。暇つぶしに雪遊びしてたら俺達の噂が聞こえたもんでなあ。悪口だったらどうしようって思って聞き耳立ててただけだ」

「…………悪口だったらどうしてたってんだ?」

「逆にお前等、俺がお前等の想像通りの行動したとしてお前等に何が出来るってんだ?」

「「「────っ!!」」」

 

 何も言い返せず固まる面々に、ヴァハはケラケラ笑いながらじゃあな、と歩き出した。

 

「え、まさか私達からかいに来ただけ?」

「そういえばエルフィが、悪人ではないけどだいぶ嫌な人って」

「アリシアさんも極悪人ではないけどだいぶ性根がネジ曲がってるって………」

 

 

 

「見つからなーい!」

 

 敵のアジトを探すはずが一向に見つからず、わ~ん、と、叫ぶティオナ。すっかり迷子だ。一度広場に戻ったほうがいいかも知れない。

 

「レフィーヤ! エルフィ!」

「えっ……フィルヴィスさん!」

「あ、フィルヴィスさん!」

 

 引き返す、続ける、と言い争っていると建物の屋根から、一人のエルフが降りてきた。警戒した一同だったがレフィーヤの知り合いとわかると警戒を解く。

 

「どうしてここに?」

「ディオニュソス様の指示だ。お前達に協力してやれと。唐突で驚いただろうが私も同伴していいか?」

「わっ私は大歓迎です! ありがとうございます! 嬉しいです!」

「うんうん! フィルヴィスさんが居れば百人力だよ〜!」

「人手が多いに越したことはないし助かるわ」

 

 と、ティオネが握手しようと手を差し出す。が……

 

「フィルヴィス・シャリアだ。協力はするが馴れ合う気はない」

 

 そう言って横を通り過ぎる。

 

「……レフィーヤ、私……嫌われた?」

「ひ、人見知りなんです………」

 

 そういえば自分も出会った時苦労したなぁ、とレフィーヤ。でもエルフィとは何時知り合ったんだろう?

 

「レフィーヤより前だよ。ヴァハとパーティ組んだとき、フィルヴィスさんも居たの。あの時は大変だったよね〜。私、あれでレベル上がっても良かったんじゃ」

「………すまない」

「別にフィルヴィスさんのせいじゃないでしょ? それにしても、思い出すなあ。ヴァハは今はもう寝ちゃってるのかな?」

 

 と、その時不意にティオナが鼻をフンフン動かす。

 

「あっちからヴァハの匂いがする!」

「あ、ちょっとティオナ!?」

 

 走り出したティオナを慌てて追う一同。匂いって、獣人でもないのに、と思いつつもそういえば姉も団長の匂いをよく嗅ぎ取っていた。

 果たして、ヴァハは居た。

 

「うわぁ、すごい美人」

「? 何処かで、見たような………」

 

 何やらものすごい美人の雪像を作っていた。アイズが小首をかしげ、ティオナが話しかけようとした瞬間だった………

 

「【血は炎】」

 

 ヴァハは何を思ったのか雪像に火を付け溶かした。

 

「ええ!? な、何やってるのすごい出来だったのに!」

「いや、俺が殺す前に死んだからこうして八つ当たりを………」




まだヴァハが小さい頃、叔母は世界を白く包む雪が好きだと言っていたことを母から聞いて居たヴァハは死んだという報告以来、雪が積もると像を作っては壊すようになった。
信じられるか? 眼の前で死なれてたらもっと拗らさてたんだぜ。


因みにヴァハに好意を持ってるからと言ってヴァハを良い人って思うのは今の所ユノとかクリティエとかタギーくらい。


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恋バナ

「で? お前等はこんな所で何してんだ?」

「ヴァハに言われたくないんだけど………」

 

 美しい雪像を作っておいて溶かすなんて意味不明な事をしたヴァハにだけは言われたくない。

 

「私達は……これ言っていいのかな?」

「クラネルは既に何度も交戦済みだ。構わないだろうが」

 

 エルフィの言葉にフィルヴィスが返す。とはいえ、これは【ロキ・ファミリア】がフィンから極秘に行なうように言われたこと。素直に話していいものか、とティオネを見る一同。

 

「駄目に決まってるでしょ。だいたい、私あんたの事あんまり信用できないの」

「そうか。地下へと続く隠し扉を見つけたが、特に話す必要はなさそうだな」

「これからよろしく、仲良くしましょうね」

 

 掌をあっさり返したティオネにロキファミリア一同がずっこけた。

 

 

 

 

「……………」

「何かよそよそしくねえかフィルヴィス」

「そんな事は………いや、あるかもしれないな」

 

 案内しながら歩いているとヴァハはフィルヴィスの何処か話しかけるのを躊躇うような態度に質問を飛ばす。

 

「お前は、あんな過去があるのに何故………」

「そりゃなんとも思ってないからなあ」

「………私は、神という存在が本当に人類にとって救いだったのか、そう思ってしまったよ」

 

 フィルヴィスの言葉に【ロキ・ファミリア】の面々は困惑する。神の存在なくして、今のオラリオ………外界の平和はない。間違いなく、救いである筈だ。

 

「救いなわけねぇだろ。そもそもが神々の目的は暇つぶしだぞ? 面白みがないと外界を見放して後に残ったのは慟哭や絶望、足掻きを楽しむ神ばかり。たった一人の道化が現れるまで人類もせめて緩やかに滅びたいって思ってたんだからまあ当然だが、英雄神話時代になってようやく面白そうだって降りて来た連中だぞ?」

「………いや、それは………そうなんだろうけどさ。神様達がいなくちゃ、バベルだって出来なかったし」

「出来たさ。時代は変わってようと、冒険者のあり方が変わってようと、ダンジョンを閉じる蓋は出来た」

 

 人間はそこまで弱い生き物ではない。むしろ、神が現れる前のほうが、ミノタウロス一体さえ絶望とされていた時代の少し先の方が、今の人類よりよっぽどマシな人間が現れていた。

 まあそれを言ったところで意味はないが。

 

「まあだが、今の人類と数が変わらなくても神がいなけりゃ俺は生まれてなかったかもしれないがな」

「それは、そうだが………」

「??? どゆこと?」

「俺の父方の祖父母とかは第一級冒険者が互いに惹かれ合い婚約してるんだよ」

 

 別段嘘ではない。

 

「へ〜。ん? 何でそれをフィルヴィスが知ってるの?」

「俺の出生を教えてやったからなあ」

「なにそれ! フィルヴィスだけず〜る〜い!」

「ひ、ひっつくな! 馴れ合う気はないと言ってるだろう!」

「良いじゃん、仲良くしようよ〜。あ、好きな人いる?」

「はぁ!? 初対面の相手に何を聞いているんだ!」

 

 突然の話題の転換に顔を真っ赤にして叫ぶフィルヴィス。さすがティオナ、距離感なんてない。大方女子の話題は恋バナとでも誰かに吹き込まれたのだろう。

 

「その相手ってもしかしてディオニュソス様ですか!?」

「レフィーヤ!?」

 

 レフィーヤも似たような事を思ったのか話に参加してきた。

 

「へぇ〜、相手は神様かぁ」

「………ぅ」

 

 素直に感心され呻くフィルヴィス。チラリとヴァハをみれば興味なさそうに欠伸をしていた。恋バナは女子の話題で男性に興味は皆無だ。

 

「そ、そういうお前達はどうなんだ!? ヴァハ、お前も関係ないといった反応をするな!」

「俺? 今はエインが一番興味ある女だな」

「フィルヴィスさん!?」

 

 何故かすっ転んで顔から雪に突っ込むフィルヴィス。レフィーヤとエルフィが慌てて起こす。

 

「………………」

 

 フィルヴィスとエインは同時に存在した。その血の味も、似てるが別物だった。それに、向けてくる感情もまるで異なる。

 まあ、ある程度察しはついているが別段指摘する気もない。ヴァハにとって、その事実の発覚が遅れることでどれだけ人が死ぬかなんて関係ないのだから。

 

「何故、エインなんだ……彼奴は、お前を殺そうと………」

「さっきの雪像、あの女も俺に憎悪と殺意を向けてきた。俺にとってはそっちの方が心地良いんだよ………向こうが殺しに来てくれんなら遠慮なく殺し返せるだろお?」

 

 ケラケラ笑うヴァハに一同は理解できない、といった視線を向ける。

 

「てか俺とフィルヴィスだけじゃなくて………お前等はどうなんだよ?」

「そ、そうだ! どうなんだ!」

「わ、私はいませんよ! 憧れている人ならいますけど……」

「アキさんはラウルさんとか?」

「ないない」

「お前はどうなんだ!?」

 

 と、最後に視線を向けられたのはリーネ。アイズに話題が上がらなかったのは、そんな存在いないと思われているからだろう。

 

「わ、私は………ベ……ベートさんが………」

 

 赤くなりながらも、想いに嘘は吐きたくないという意思が感じられる語り。空気が、固まる。

 

「「「ええええええ!?」」」」

「ベートォ!?」

「嘘でしょ、リーネ!?」

「趣味悪いよ〜」

「考え直したほうが良い」

「フィルヴィスさんまで……」

「ベートさんは格好いいし、本当に優しい人なんですから!」

 

 アイズとヴァハを除いた総否定にムキになったように叫ぶリーネ。

 

「まあどんなに無駄な事でも想うだけならただだからなぁ、応援してやろうぜえ」

「む、むだって………そんな言い方しなくても」

「無駄だろ。だってお前、治癒師(ヒーラー)じゃん」

 

 ヴァハは目を細め笑う。その目を、フィルヴィスは知っている。人の内面に容赦なく踏み入れ汚す、神の如き観察眼を持って嘲笑する者の笑みだ。

 

「魔法は本人の資質と、性格を反映させる。お前は誰かと戦うより誰かを守り、救うあり方を望む。あの臆病者(ヴァナルガンド)が望むのは隣に立てる相手。死なない誰か、失うことに怯えなくていい番。お前じゃ無理だ、どっかで何時のまにか死んでそうなほど弱々しいからなあ」

「てい!」

 

 そんなヴァハをティオナがチョップした。

 

「そんなこと言っちゃ駄目だよ! ヴァハってば本当に本音隠さないなぁ」

「それが俺なんでね」

「まあ、私はそんな所も好きだけどね!」

「………あんたも十分趣味悪いじゃない」

「しっけいな! あたしはリーネみたいにヴァハが実は優しいとか、良い人とか思ってないもん! 平気で人を傷付けるし敵って名分があればとっても酷いことする人だってちゃんと思ってるもん! ……………あれ? なんで好きになったんだろあたし……」

 

 首を傾げ頭を押さえるティオナ。ヴァハは俺が道化英雄の記憶を持ってるからかね、と他人事に考えた。

 

「そういや、話題に上らなかったがお前はどうなんだアイズ・ヴァレンシュタイン」

「私?」

「好きな人、とは言わなくても出会えて良かったと思う相手はいないのか?」

「アイズさんにそんな人居るわけありません!」

「お前は黙ってろ。理解を放棄した奴が他人のあり方に口出しするな」

「な!? わ、私はアイズさんに………!」

「憧れってのは自分の中の理想を押し付ける理解を否定した行為なんだよ。覚えとけエルフにアマゾネス」

「なっ………」

 

 レフィーヤが口をパクパクしてから、アイズを見る。自分はきちんと理解している事を証明してほしいのだろう。

 

「………ベル」

「え」

「え?」

「ゑ」

「エ」

「e」

「……………あれ? 今、私……ベルって、言った?」

「「「ええええええ!?」」」

 

 本日二度目の大絶叫。ダイダロスの住民も迷惑だろう。

 

「どどどど、どういう事ですかアイズさん!? あのヒューマンに何されたんですかしっかりしてください!」

「私、今……なんでベルの名前、言ったんだろ?」

 

 レフィーヤの言葉に、自分でも何故言ったか解らないと言ったように困惑しながらも、決して最後まで否定しないアイズ。レフィーヤの悲鳴が虚しく響いた。

 

「ついたぞ、あそこだ」

 

 と、不意にヴァハが指差した方向に目を向ける。そこには、地下へと続く階段。門と、2つの死体があった。

 

「……あの死体は、お前が?」

「よく見ろ、これ自傷だ」

 

 確かに片方の滅多刺しの死体は手にナイフを握っている。死してなお手放さないほど強く。なら、仲間割れの後の自殺か?

 

「……この門の前にいるということは、鍵を持っているのかもしれない。探してみよう」

「え、この死体に触るの?」

「仕方ないだろう」

 

 うえ〜と呻きながらも探す。鍵らしきものは、結局見つからなかった。




因みにヴァハはエレボスなどとと相性がいいが、タナトスとは反りが合わない。エニュオに関してアゾる

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地下迷宮

「見つかった扉は2つ、か……うち一つは、どうにも誘い込まれたようにしか見えないけどね」

 

 フィンの言葉にヴァハは興味なさそうにふーん、と呟く。

 

「だけど入るしかねえだろ? それとも、両方の入り口に水でも流し込むか? それなら内部を破壊しまくって上の町に被害が、なぁんて事にならねえとは言わねえが、可能性は低い。毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)毒液(たいえき)も混ぜて」

「おい!」

 

 ヴァハのふざけた様な態度にフードを被った女性が叫ぶと、ヴァハは反省した様子もなく冗談だよ、冗談と肩を竦める。

 

「どのみち却下だよ。内部構造がわからないんだ、その毒液がどこに流れるかもわからないし、水だけだとしても地下に居を構えるなら通気設備や排水機能は備えているだろう」

 

 かと言って放置するわけにも行かない。ここに精霊の分身の種があった場合、時間をかければ地上で上級冒険者複数人と渡り合える怪物が数匹現れる可能性がある。

 

「このまま突入する」

「だとよ、良かったな」

「…………君達も、来る気かい?」

「俺は別にどうでもいいんだけど、こいつは知り合いが行方不明でな。街中探してあとはダイダロス通り。こんな怪しい場所があるなら、探してみなきゃだろ?」

 

 フィンはロキに視線を送る。ロキは黙って頷いた。つまり、今の言葉に嘘はない。

 

「君達独自で動くつもりか?」

「俺は別に指揮下に入ってもいいぜえ。勇者殿は扇動……もとい先導が得意と聞くからなあ」

「…………良いの?」

 

 と、女性がヴァハの服の裾を掴みながら耳を寄せる。仲がいいのだろうか、とフィルヴィスがその様子をじっと見つめる。

 

「中身は未知数。今まで見つからなかったのは相当周到に隠し続けたから。それが見つかったってのは、どう考えても準備オッケーになったとしか思えねからなあ。備えたほうが良いだろ。お前は自分なら死んでいいと思ってるかもだが、お前が死んだら俺も辛い…」

「え……」

「ミアかーちゃんにぶち殺される」

「…………あ、そ。勝手に殺されてろよ」

 

 チッ、と忌々しげに舌打ちする女性にヴァハはカラカラ笑う。と、偵察に出ていたベートとクルスが戻ってきて。

 中は、暫く進むと複雑に入り乱れた迷路の様。まるでダンジョンの様な印象を受けたとの事だ。

 

「救いなのは恐らくこれは闇派閥(イヴィルス)も間借りしてるってことだろうなあ。扱えるのはほんの一部のはずだ」

「何故そう思うんだい?」

「有利な陣地を今まで一度も見つからなかったのは本格的に使われなかったから。壊されることを嫌ったんだろ。破滅思想の馬鹿どもらしくねえ……所有者は別。ゼウスやヘラなんか入れた日には壁壊しながら進むだろうし……まあ要するに、【ロキ・ファミリア】(おまえら)ならどうにか出来るってなめられてんだよ。もちろん、向こうになにか手駒が用意できたって可能性もあるがなあ」

 

 サラリと【ロキ・ファミリア】を馬鹿にするヴァハに剣呑な視線がいくつか向けられるものの、納得したくなくとも納得出来る理由だったのか文句は飛んでこない。

 

「なら簡単だ。フィン、雑魚は置いてくぞ。足手纏はいらねぇ、邪魔だ」

「ああ? 別に良いだろ。足手纏いってのは助けようと立ち止まるから足を取られる。無視して進めばそいつ等が死ぬだけで、むしろモンスター放し飼いにされてたら足止めには使えるんじゃねえ?」

「ああ? ふざけてんのか、てめぇ」

「なら志願制にしようぜ? 潜って死ぬのは自己責任にすりゃ、お前が気にすることはなぁんもねえんだからよお」

 

 ベートがグルル、と唸ればヴァハは吸血時のように牙を鋭くさせ笑う。古来より伝説に存在する吸血鬼と狼男は、よく対立で描かれる。

 

「お前だって言ってたろお? 救えねえ奴を擁護しても意味がねえって。ここで志願しといて死ぬって事は、トマト野郎と同じく身の程知らずって事だ。ほら、死んでも冒険者の名を汚す馬鹿が居なくなってくれたって酒でも飲みながら笑ってやろう」

 

 パァン! と柏手の音が響く。振り返るとロキが手を叩いたようだった。

 

「そこまでや。喧嘩は終い」

「はいはい。これから潜る仲間だもんなぁ」

 

 ヴァハは肩をすくめる。ベートも舌打ちして背を向けた。

 

「………参加者は指名制にする。責任は僕にある、ベートもヴァハもそれでも良いかい?」

「勝手にしろ」

「いんじゃね」

「前衛と後衛、そして治療班。僕とガレスが率いて侵攻(アタック)する。リヴェリアは万が一のためにここで待機。この隠し通路の情報を収集しつつ、ロキや他の者と一緒に待っていてくれ」

「わかった」

「各員、ヴァハもかつて受けた呪詛具(カースウェポン)に気をつけてくれ。アミッドが作製した特効薬は限りがあるのでね」

「ああ、この前渡されたやつか」

 

 ヴァハは既に手に入れていたらしい。

 

「お前は、随分と聖女に気に入られているな」

「何だ、レフィーヤとの会話は終わったのか?」

「ああ、彼奴は私が必ず守ると誓った」

「俺は無視か、仲良くなれたと思ったのに悲しいねえ」

「お前は放っておいても死なないだろう?」

「いやぁ、死ぬ時は死ぬさ。別段不死身じゃねえんだし」

 

 ほぼ不死身みたいな反則級自己治癒スキル持ちが何を言ってるのか。

 

「それじゃあ行こう……突入部隊、前進」

 

 フィンの号令に歩き出す一同。ヴァハは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

──責任は僕にある、ベートもヴァハもそれでも良いかい?

 

 そう言ってたからまあ関係ないだろ。まあなるべく手は貸してやるが。

 

 

 

 

 

 三時間後。

 

「あはははは!」

「や、やめ! ぐはぁ!」

「何故こんな!? 裏切るのか!」

「いいや、俺達はあの人に正気に戻してもらった!」

「そう、私達はさっきまで狂っていた! でも、もう大丈夫!」

 

 キラキラした目で笑顔で闇派閥(イヴィルス)に襲いかかる闇派閥(イヴィルス)。その光景を棘だらけの少女を踏みつけながら見下ろすヴァハ。

 

「いやあ、やっぱり愛とか友情とかって素敵だなあ。そう思わねえかあ後輩」

「ぎ、あ………も、やぁ………うぎぁ!?」

 

 涙を流し、這いずろうとする少女の背骨をゴリ、と踏み付けるヴァハ。

 

「ほら見ろよ。愛とか友情とかで正義に目覚めて実行する勇気。王道っていうんだろこう言うの」

「ひら、にゃ………わら、しは………あ、ぐぅ……だ」

 

 舌を貫く針のせいで舌を口の中に戻せずうまく喋れない少女にヴァハはケラケラ笑う。

 

「笑わせるな後輩。お前が悪? そうなるように育てられたお前が? どうせ正義はお前の敵だなぁんて教わって育てられてきたんだろお。いいか? お前がどれだけの悪党の血筋を混ぜられてようと、正義にも悪にも血は関係ない。その行為が善悪か己で判断できない以上、お前は悪じゃねえよ」

 

 と、闇派閥(イヴィルス)が何時の間にか裏切り者だけになり裏切り者達がヴァハを見上げているのに気付く。

 

「さあお前ら! 愛と勇気と友情で目覚めた正義とかなんかその辺の力で、この都市を守る為に【ロキ・ファミリア】のために死んで来い!」

「「「おおおおおおおお!!」」」

 

 歓声を上げ走り去っていく闇派閥(イヴィルス)。ヴァハはケラケラと笑う。

 

「ハハァ。正義の味方なんて面倒くせえだけかと思ったが、正義に導くのはまぁまぁ楽しいなぁ。正義なんて知らねえけど」




何があったのか、次回は時間を遡ります


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致命

 地下迷宮に点在する像。分かり難いが目の部分に魔力を感じる。恐らくは監視されている。

 幾つかの扉を見つけたが閉じられているのは、通路を限定……誘導されていると見ていいだろう。

 

「大丈夫でしょ、いざとなったら壁壊せば良いし」

「そりゃ無理だろ」

 

 と、ヴァハが否定し連れている女に顎で壁を指す。意図を察した女が壁を殴りつけると石版が剥がれ、中から金属の光沢が姿を表した。

 

「これって……もしかしてアダマンタイト!?」

「外見こそ石造りだが通路全体この希少金属(レアメタル)で作られてるって見ていいだろうよ。普通に穴掘って地下に広げてっても、いずれ崩れるだけだしなあ」

「君は、この地下迷路がそれほど深いと思うのかい?」

「隠れ住むだけならともかく、所々に悪意の気配がすんだよ。人を苦しめ、貶め、嘲笑い殺す……だけど俺だったらもっとこう…………うーん、ダンジョンに似せようって言う職人の無駄なプライドの無駄な技術が無駄に無駄なく使われているなあ」

 

 ヴァハはこれを闇派閥(イヴィルス)が間借りしてるだけだといった。製作者は別だと。その者たちはなんの目的があってこんな場所を造ったのか。

 

「ダイダロスの願いなんて俺が知るかよ。ダンジョンスゴーイダンジョンスゴーイって周りから冷ややかな目で見られても気にせず変な街作るような奴だぜ?」

「ダイダロス? 建築家の? …………見知ったように言うんだね?」

「俺の家にはなぁ、ダンジョン・オラトリア原本があるからなあ」

 

 直接見てきた好々爺直筆の。まあヴァハは生まれる前から知ってたが。知ってはいたが、こんな事をしてたのは知らなかった。

 

「この先に階段があります。下へと続いているようです、逆の道も同じです。待ち構えている敵の気配はありません」

「どうするフィン?」

「……二手に分かれる。どの道この大所帯じゃあ襲われたら碌な戦闘もできないからね」

 

 そして、それぞれフィンとガレスが率いるように分かれる。フィンと離れたティオネは涙目になっていた。

 

「君達はどうする?」

「ん〜………俺達も二手に分かれるか。ただし、大声で名前叫ぶなよお?」

「わかってるよ」

 

 彼女は行方不明の友人を探しに来たと言っていた。もし不用意に名前を呼んで人質にされたり、殺されたりするのを避けたいのだろう。

 ヴァハはフィン、女性はガレスについた。

 

「そいつは前衛で、パワーだけなら格上にも通用する。シンプルな奴だからお前等とは組みやすいと思うぜ」

「奇しくも僕が言うまでもなく、殲滅型と機動型に分かれたわけか。いや、君はどっちも出来たね」

「因みにコイツ等は残念ながら偵察に向かねえぜ。俺の言葉を少ししか理解出来ねえ」

 

 血の赤子を出しながら笑うヴァハ。この子供らが偵察に使えたなら、確かに便利だが知能は言葉を理解できるようになった子供程度。見た目通りの赤子ほど、ではないが偵察には向かない。

 

 

 

 

「それにしても、敵もモンスターも全然出てこないッス。なんか、逆に不気味っていうか」

食人花(モンスター)共の匂いはそこかしこから匂ってくるがな。地下水路に奴らを放ったのはここだろう」

 

 現在はダンジョンの一層から二層程度。闇派閥(イヴィルス)の活動を思い返せば24階層まで続いている可能性がある。

 ヴァハの発言を考えるにこれはダイダロスが設計したらしい。しかし、何人居ようと1代で築けるものではない。彼の子孫も造っているのだろうか? 如何に祖先の命題とはいえ、この規模を?

 

「細かい事考えるのは後にしろよ。そろそろ来そうだ」

 

 やがて広大な部屋に出る。ダンジョンの広間(ルーム)を思わせるそこは、左右の門が閉じていた。前方には階段。その上に、気配がある。

 

「フィ〜〜〜〜ン〜〜〜〜!!」

 

 そして、フィンを名指しで叫ぶ。【ロキ・ファミリア】の団長で、ここは闇派閥(イヴィルス)が間借りしたアジト、彼に恨みを持つ誰かだろう。

 

「会いたかったぜぇ! クソすかした勇者様! てめぇは私の事を覚えていたか!? 覚えていたよなあ! 忘れたなんてほざきやがったらぶち殺す!」

 

 だいぶフィンにうらみがあるらしい。さては暗黒期に相当煮え湯を飲まされたのだろう。

 

「腸を引きずり出して、顔を切り刻んで、全身めった刺しにして、二度となめた口利けねえ………よ、う………に?」

 

 現れた女の眼前に、バチバチ紫電を纏った石が落ちてくる。次の瞬間、雷光が一際強く輝き雷鳴と共に爆発した。

 

「よし、とどめさしにいこうぜ」

 

 『雷の雫(ボルト・ドロップ)』を染み込ませた石をぶん投げたヴァハは、爆音や光に目をやられた【ロキ・ファミリア】の面々には目を向けずそう提案した。咄嗟に反応したフィンやベートは何とも言えない顔をしていた。

 

「っ! て、てめぇ〜! このイカレ野郎が! いきなり何しやがる!」

 

 と、通路の奥から先程の女の声が聞こえてきた。どうやら咄嗟に避けたらしい。ただ、目は見えないのか警戒してるのか奥から出てこない。

 

「標的変更だぁ! フィアナ、そのクソガキからぶち殺せえ!」

 

 その言葉と共に左右の扉が開き白装束を纏った闇派閥(イヴィルス)構成員が流れ込んでいくる。全員短剣片手に無謀に迫ってくるのは、自爆兵だからだろうか?

 

「……………んん?」

 

 ヴァハはその中の数人に違和感を覚え、一人首を掴み顔を覆う布を剥がす。

 

「んぐ、うぅ……! んむうぅ!」

 

 口が縫われ喋れなくされた女性の顔。恐らく舌も切り取られている。わざわざこんな手間を仲間入りの儀式に使うとも思えない。つまり

 

「あ、やべ……」

 

 キラリと光る細い糸が見えたヴァハは女性を闇派閥(イヴィルス)の集団に向かって投げつける。絶望に染まる目は、すぐに爆煙の中へと消えた。

 

「【ロキ・ファミリア】! こいつ等、喋れなくされた一般人が紛れてるぞ!」

「な!?」

「でもどうせ無力化しても殺されるしこっちが一々気にしてる余裕もねえし、27階層の時みたいに見殺しにしろ『勇者(ブレイバー)』!!」

 

 ヴァハの言葉に【ロキ・ファミリア】の面々が一瞬固まる。その一瞬、奥から迫る影。

 片方は闇派閥(イヴィルス)の格好をした子供。そのフラフラした走りは、今の発言を聞いた者には一般人と誤認させる動き。ヴァハが速攻で血の矢を放つと回避し幼い体躯に不釣り合いな大きさの片手剣を振るう。

 

「はっ!」

 

 それに対してヴァハも容赦なく首や手首、心臓を狙い剣を振るうが少女も対処する。恐らくはLv.4。その身に刻まれた戦闘経験は、かなり深い。一体どれだけ幼い頃から戦わされてきたのか。

 

「おもしれえなあお前。ヒューマンだな? 見た目通りのガキなのに大した才能じゃあねえの」

「………………」

 

 ヴァハの質問に答えず、少女が袖の下で何かをいじる。途端に床や残った扉が開き食人花や見たこともない極彩色のモンスターが溢れてきた。

 

「っ! 総員迎撃! 人間には、近づくな!」

「なぁに甘ったれた事言ってんだあの大根役者(アクター)………」

 

 かつては多くの共に戦った仲間を見捨てたくせに、一般人相手に目撃者がいないここで風聞を気にするフィンに呆れていると少女が迫る。

 

「『毒蛇(ヒドラ)』」

 

 短く呟かれた超短文詠唱。名の不穏さからヴァハが飛び退くと同時に空間一体を紫の衝撃波が迸る。

 

「ぐ、あ……」

「んぐ、うぶぼ!」

 

 恩恵を持たない一般人が倒れ中には胃の中のものを吐いたのか頬を膨らませ隙間から液体を零すものまで。

 恩恵持ちの闇派閥(イヴィルス)や【ロキ・ファミリア】にも気分が悪そうな者が見える。

 

「……………」

 

 短い詠唱で、強力な魔法。ヴァハの脳裏に過る、灰色の女。

 

「ひゃはははははははははは!! どうだあ私の自慢の(フィアナ)はよぉ!? 血統書付きの殺戮人形だ! その上、正義の味方は一般人を殺せねえ! てめぇ等も終わりだぁ!」

 

 視力が回復したのか女が戻ってきて叫ぶ。

 

「っ! ヴァレッタ!」

 

 フィンが忌々しげに女を睨む。ヴァレッタ、それが彼女の名らしい。

 フィアナは小人族(パルゥム)が信仰していた架空の神性だったか。存在しない女神で、小人族(パルゥム)の希望だった存在。その名をつけるのはフィンへの嫌がらせ。一周回って好きなんじゃなかろうか彼奴。

 

「しっかし血統書付きねえ………なるほど、後輩か」

 

 一人納得したヴァハ。バチリと片手に紫電をまとえば盾のつもりか一般人の後ろに隠れ………たので一般人に雷を当てる。火炎石が爆発しフィアナは慌てて距離を取る。

 

「…………ん〜」

 

 無感情にも見えるフィアナの目に、ヴァハは確かにある感情を読み取る。

 

「お前、いいや。エインは何処だ? 居るんだろ? ここに」

「………………」

 

 ヴァハの質問に答えず、少女はヴァハの足元を一瞬だけ見た。

 

「………お?」

 

 次の瞬間ヴァハの足元が開く。直ぐに血で鎖を作ろうとしたが少女が飛びかかってくる。

 

「『毒蛇(ヒドラ)』『ヒドロビウス』!」

「────!」

 

 先程より規模の小さく、しかし威力の高い衝撃波に吹き飛ばされる。全身を襲う倦怠感。ゴボ、と喉の奥から血が溢れる。序に目や鼻からも血が流れ出た。

 毒の威力がさっきより高い。範囲を狭めると濃度が増すのだろう。

 

「ヴァハ!」

 

 落ちていくヴァハに叫ぶフィン。彼なら何だかんだ生き残りそうだが楽観視も出来ない。仕方ない、一度彼を忘れてまずはヴァレッタを………!

 

「…………っ!!」

 

 咄嗟に反応できたのは、長年の経験と、罠を張るならここだと冷静な部分の警告。襲いかかってくる赤髪の怪人(クリーチャー)レヴィス。

 戦闘力がかつてと比べ別物レベルで跳ね上がっている。

 

(魔法を………!)

 

 使わなければ負ける。だが、『ヘル・フィネガス』は理性を失う技。今この瞬間、指揮官を失わせるのは!

 時間にして一秒にも満たぬ迷いは、しかし致命。

 フィンの体を怪人の振るう凶刃が切り裂く。

 【ロキ・ファミリア】の要。決して倒れず、倒れてはいけない存在が膝をつく。誰もが、レフィーヤや、ベートですら思考を停止させられた『ありえない光景』の中、ラウルだけが動いた。

 

「続けえ!」

 

 とどめに振り下ろされた一撃からフィンを救い出し新種が出てきた穴に飛び込むラウル。何人かはそれに続いた。




オリキャラ
フィアナ
ヴァハが後輩と呼ぶ少女。非常に優れた才能を持つ血統書付きらしい。せっかく見逃されたのに絡んでしまった。ああ哀れ。
好きなタイプは優しいお兄さん。好きな容姿は可愛らしいタイプ。ヒロインではない。


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悪の血統

 英雄に憧れる者は少なくない。このモンスターが蔓延る世界で、その身一つで伝説を作りたい者は山ほどいる。なにせ神の恩恵などという簡単な強さを上げる方法があるのだ。誰もが自分ならとオラリオに飛び込み、現実を知る。

 二つ名持ちにはなれても後に語られる物語の名持ち(ネームド)にもなれない所謂端役(モブキャラ)でしかなかったと。有名な【ロキ・ファミリア】とて同じ事。

 

「心が折れなきゃ良いけどなぁ。名持ち(ネームド)になれるかギリギリの()()()()()共に頼りきりだったツケを、まさか払わされる時が来てるなんて思ってもなさそうだったしなぁ」

 

 知り合いが死んだら悲しいかもしれない。自分は悲しまないが。それより今は……

 

「『毒蛇(ヒドラ)』」

「おっと……」

 

 毒属性を伴った衝撃波を回避し眼の前の少女見る。

 小人族のみが崇めていた架空の神……戦士の女神の名を持つ少女。

 放たれる魔法(どく)は距離を取ればそこまで脅威ではない。衝撃も吹き飛ばされる程度だし毒の濃度も高くない。しかし不用意に近づけば内臓にダメージを与えるレベルの衝撃へと変わり、毒もかなり強力なものとなる。

 

(耐異状とっとくんだったな………いや、これ普通に超えてきそうだな)

 

 魔法というよりは呪詛(カース)に近い。魔法の毒だから血液から不純物を取り除く、なんてことは出来ない。

 内出血はどうにかなるが全身の神経に熱した針を刺したかのような痛みは消えない。我慢できない事はないが毒の魔力だ、無駄に喰らい続けるのは避けたほうがいいだろう。

 

(とはいえ……)

 

 距離を取りながら血の弓を引き絞り、矢を放つ。

 

「『血は炎』」

 

 燃え上がる炎に対して、少女は慌てることなく詠唱を噤む。

 

「『睨め(ネメア)』『アルテルフ』」

 

 魔法の威力が弱まっていき、やがて消える。威圧されたかのような『魔力対抗魔法(アンチ・マジック)』。

 近付けば『毒蛇の牙(ヒドロビウス)』。離れて魔法で攻撃しようにも『獅子の一瞥(アルテルフ)』。

 いっそ理不尽な程の組み合わせは、一人の女を思い出させる。

 

「とはいえまだまだ………」

 

 同レベルまで育てれば全盛期、とは言わなくとも死にかけだったあの頃、7年前ぐらいには迫れるだろう。つまり成長させればオラリオと対抗出来るだけの才能を持っている。

 ただ………恐らくだが早熟系のスキルは持ってないだろう。果たして何年かかるやら。

 

「フィアナ様! 我々もお力に!」

「必要ありません。貴方達は、出入り口を防いでください」

 

 そして、これだ。未だ未成熟で、おまけに折角の死兵の使い方も知らないと来た。なんだかなぁ、惜しいんだよな、このガキ。

 

「……まあ、とはいえ」

 

 楽しむ方法は、まだありそうだ。

 

 

 

 

 

 各所で戦闘が起こる。闇派閥(イヴィルス)に加え、放し飼いのモンスター。さらには彼等が雇ったであろう暗殺者。

 連絡の取れぬ【ロキ・ファミリア】は各々が懸命に己のやる事をなそうとしていた。運良くフィンと共にいた者達も、同じく。

 

「おいおいなんだよフィ~~ン! 仲間に見捨てられちまったかぁ!?」

 

 ゲラゲラと通路に一人残されたフィンを嘲笑するヴァレッタ。そんな挑発に対して、フィンは答えない。

 

「元気だね、ヴァレッタ……」

「そういうお前は元気がねぇなあ。残念だぜ、フィアナの奴に陵辱(おか)させようと思ってんだがなあ」

「………その名を、軽々しくつけるなよ」

「ヒヒッ。存在しねえ女神(ビッチ)の名前つけられたのがそんなに不愉快かぁ? だがまあ喜べよ、お前等の女神様よりかぁ役に立つぜあのガキはよお」

 

 女神(フィアナ)の名を出され怒気を放つフィンにヴァレッタは余裕の笑みを崩さす得意気に話す。

 

「………確かに、あの年で随分才覚に恵まれていたね。見る目がある………どこで攫ったんだい?」

「攫ったなんて人聞きの(わり)ぃ。フィアナ(あいつ)はアタシが腹ぁ痛めて産んだ実子だぜ?」

「─────」

 

 それは、つまり。7年前、もう彼女が生まれていたであろう時から、子供に爆弾を持たせ自爆させるなんて作戦を実行していたのか。

 

「どっかの神が強い眷属を作ろうと血を掛け合わせるなんて事してたらしくてなあ。闇派閥(あたしら)邪神達(かみさまども)もそれに倣う事にしたんだよ。その代最も強いメスに強いオス達が孕ませてなあ………そのガキがまた次の世代を孕ませるか孕むかする。ま、てめぇ等のせいで最後に残ったのは彼奴一人だが」

 

 そうそう、お前は父親の仇なんだぜ? と付け足すヴァレッタの目は、悪意に満ちていた。

 

「その言い方だと、まるで闇派閥(イヴィルス)以外の神が始めたみたいだね」

「そう言ってんだよ! 正義を唱うお前等側の神々がぁ、真っ先に始めたことだ。まぁったく業が深いぜぇ!」

「…………そうか」

 

 と、フィンが話を切るような言葉を発した瞬間、天井から人影が降ってくる。だが……ヴァレッタはあっさり反応し頭を掴み床に叩きつける。

 

「うがっ!?」

「まあそんなオチだろうなぁ。アタシがLv.5だって事を忘れたかぁ?」

「僕がLv.6(かくうえ)だって事を忘れたのかい?」

「はっ?」

 

 そして、次の瞬間ヴァレッタがフィンの拳を腹に叩き込まれる。

 

「がぁ!? お、お前……傷、は………?」

「傷? ああ………君達の仲間が、ヴァハ・クラネルに同じ呪いを与えたろう? 生憎オラリオの聖女様は、その呪いを放って置けるほど怠惰じゃないんだ」

 

 

 

 

 

 

 少女は悪として望まれた。

 生まれて、自我を持ったその頃から、ナイフを渡され人を殺すように言われた。苦しむ人を見て躊躇えば、母は殴る。蹴る。何なら切る。

 大人しく従えば褒められた。殴られなかった。痛くなかった。

 自分には恩恵というのが刻まれているらしく、モンスターと戦わせられた。痛くて、怖くて、でも母はもっと痛い事をしてくる。もっと怖い。

 ただ黙って従えばいい。大人しく、心を殺して……壊して。苦しむ声から目を逸らす。他人の不幸を見て見ぬ振りをする。自分は悪なのだから、他者に向ける心は悪意だけでいいのだから。

 

 

 

 

 

「…………さて」

 

 ヴァハは何時だったか、祖父にされた質問を思い出す。

 

──もし目の前に、恐怖に支配され己の心を押し込めて剣を向けてくる少女が居たらどう救う?

 

 眼の前の少女は、まさに典型的なそれ。悪役(ヒール)でありながら肉便器(ヒロイン)の権利を持つ英雄(ヒーロー)に救われるべき可愛そうな存在。

 

──僕は………えっと、抱きしめる、とか? もう怖がらなくていいんだよって、安心させてあげたい!

 

──そうだとも! なぁに、一発抱いてやればどんな女でもおとなしくなるわい。ムフフ………で、お主はどうするんじゃ?

 

──俺? 俺はなぁ………

 

Q目の前に恐怖に支配された少女が居ます。彼女は剣を向けてきます。貴方ならどう救いますか?

 

A

 

──より強い恐怖で支配する(恐怖を上書きしましょう)




次に貴方は救えって言ってるじゃんと感想に書く


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フィアナ

 剣戟の音が響く。

 ヴァハとフィアナ。二人の神造の天才が地下の闇の中ぶつかり合っていた。

 

「『毒蛇(ヒドラ)』」

 

 毒の衝撃波から距離を取るヴァハ。それを見越して範囲を広げたようだが、その分速度が落ちる。音と同速度じゃないなら、恐れるまでもない。

 

「『毒蛇(ヒドラ)』」

「っ!? がぁ!!」

 

 と、魔法の速度が増す。全方位に広がっていた衝撃波は指向性を持ち、しかし似たような天災級の天才の魔法を知ってる故に回避したヴァハを名の通り蛇の様にうねり壁に叩きつける。

 速度も威力も増している。助骨が折れた。ただでさえ吸血した分のエネルギーは魔力に回しているというのに。

 

「まあ、さいわい餌はあるけどよ」

「え? あ、ぐわぁ!?」

 

 近くの闇派閥(イヴィルス)を血の鎖で捉え引きずり寄せると頚動脈に牙を突き刺し血を啜る。快楽効果は一切なしだ。バタバタ暴れるがLv.差の力で押さえつける。

 

「ぷは……おいおい、何固まってんだよガキ? 獲物を食ってる瞬間はどんな動物でも一番の隙だろうが。お優しいこって…」

 

 失血死した死体から火炎石を取ると死体を蹴り飛ばす。斬るでもなく、魔法で撃ち落とすでもなく回避した。

 

「え………?」

 

 その死体が、ナイフを振るう。ヴァハの追撃を警戒していたフィアナは予想外の攻撃に反応が遅れ頬を切り裂かれる。

 

「神々は何かと技に名前つけたがるよなあ。俺も、思いついた技を覚えたり偽動作(フェイク)に使えるから良く名前つけるんだ。これはそうだな………『ネクロボルト』ってのはどうだ?」

 

 キラリと僅かに光を反射する血の糸。その先端、血の針が死体の首……脊髄に刺さってた。

 

「幸い、人形の準備にゃ事欠かねえ」

「───ッ!!」

「…………………」

 

 その言葉に、フィアナはヴァハへと迫る。剣と魔法、両方で攻める。剣で進路を限定させ……

 

「『ヒド──』」

「おせえよ、ボケ」

 

 しかし詠唱が完了する前にヴァハがフィアナの頭を掴む。

 

「あぎ!?」

 

 全身を駆け巡る激痛。雷に打たれたもの特有の疵が肌に刻まれる。

 

「当たり前っちゃあ当たり前だが、お前の『魔法対抗魔法(アルテルフ)』はエンチャントじゃねえんだな。まあ普通はそうか。彼奴が色々おかしい………しかし惜しいなあ、動揺しすぎた。お優しいこって」

「わた、しが………やさし、い? わたしは、『悪』だ……優しさ、なんて………」

「仲間を切りたくなかったから、俺を急いで倒そうとしたんだろお?」

 

 ケタケタと笑うヴァハに、闇派閥(イヴィルス)達は自分達が悪行なす側ではなかったかと少し疑問に思うも、すぐに駆け出そうとし………。

 

「寝てろ」

 

 広間をいつの間にか駆け巡るように張り巡らされた血の糸から伸びてきた針が頭に刺さり全員倒れる。

 

「いい夢見てろよお………さて、さてさてさて……お次はお前だが」

 

 周りに意識を割きながらも、きっちり踏みつけた首筋に電気を流して麻痺させていたヴァハはフィアナに視線を向ける。

 

「大人しく俺の言うことを何でも聞くなら助けてやるよ。まずは人を助けてみようぜ、【ロキ・ファミリア】とか………なあに、つい最近まで仲間だったやつを殺すだけの簡単な仕事だ」

「お断りします。私は、『悪』です───『ヒド──ギャゥッ!!」

 

 超短文だろうと詠唱が必要な以上無詠唱のベルやスキルで雷を放てるヴァハにとって隙にしかならない。

 

「お前が悪? 笑わせる。仲間を傷つけたくないくせに。本当に悪なら巻き込んで殺せよ。こんなふうに」

「……え」

 

 ヴァハが倒れている一団に向かい火炎石を投げつける。爆炎が彼等の火炎石に引火し爆発する。周囲に肉片が飛び散った。

 

「ああでも彼奴等死ねば願い叶うんだっけえ? しまったなぁ、いい事をしてしまった」

 

 まあ良いか、と笑うヴァハ。いい事をしたならそれはいい事だもなぁ、と嘯く頭上の男を、フィアナは理解出来ない。聞いてた話と違う。正義を騙る冒険者達は、適当な理由付けを考えて己を正当化してからじゃないと人を殺せないが、いざ考えてからは簡単に人を殺す様な奴等だと聞いてはいたが、これは違う。絶対違う。理由付けなんて考えてない。適当にその時思いついた事を言ってるだけ。

 

「俺だって年端もいかねえガキ拷問するのは気が進まねえよお? でもなぁ、殺すのはやっぱり可哀想だし。けど仲間がピンチなんだ。お前みたいに強いのを放っておくのもなあ………だから、言うこと聞くように拷問しよう」

 

 何がだから、なのか。意味が分からない。だが……

 

「無駄です。私に、拷問なんて………」

 

 鞭で打たれた。炎で焼かれた。針で刺された。鋸で切られた。鉄の洋梨を使われた。あらゆる苦痛を体験した。今更どんな拷問だろうと、既に死んだ心を動かすなんて出来るはずが無い。

 

「まぁまぁモノは試しだ。まずは爪を剥ぐ」

「…………あぐ」

 

 血が蠕きフィアナを拘束する。詠唱対策に口が開いた状態で固定され、唾液が垂れる。

 

「よし、まずは爪を剥ごう」

「……………」

 

 爪………母にも剥がされたことがある。人を殺せなかった時だ。一瞬痛みが理解できず指に衝撃が走り、その後焼けるように熱くなる。それだけ………

 

 プツッ

 

「い、あ!?」

 

 だが、予想に反した痛み。ヴァハは血で出来た針を爪と肉の隙間に深く差し込む。

 

「!? な、あ……ふめを、はわすっへ……………!」

「なんだ? ペンチで一気に引っ剥がすと思ったか? 馬鹿言うな、せっかくキレイな爪なんだ。形が残るようにゆっくり剥がすさ……」

 

 指の周りの血が動き、針と繋がりシーソーの支点部のような形になる。

 

「〜〜〜〜!? が、ぼぉ! おお!?」

 

 ヴァハがトントンと針を叩けばミチニチャと湿った音が鳴る。その度に、言い様のない痛みが、熱が、爪から走る。ボタボタと溢れる涎で靴が汚れたヴァハは近くの闇派閥(イヴィルス)の服で拭い、向き直る。

 

「んじゃまずは一枚目だ」

「─────!!」

 

 力を加えられると針の当たる場所を中心にミチミチと音が鳴り、激痛が襲う。爪を剥がれた後とは違う、別の痛み。

 

「あ………」

 

 パキャッと爪が割れ剥がれる。根本の肉も序でに千切れた。

 

「おおああ!? ぼ、おおおお!!」

「針が細すぎたな。一部に力かけ過ぎたら、そりゃ割れるか。刺し難いけど次は板にするぜ」

 

 わざわざ説明しながら目の前で血を整形するヴァハ。今の痛みが……或いはそれ以上の痛みがもう一度? いや、そんなの何度も経験してる。

 

「まずはやり直しだな。ポーション持ってきて良かったぜ。爪なんて結局表皮の変化だしな。簡単に治るんだ、知ってたか?」

 

 知ってる。母にやられたから。でも、母は10枚剥がし終えたらそれまでだったし、こんな剥がし方はしてない。

 

「何、安心しろ。取り敢えずきりのいい50枚剥がしてから次の拷問に移るから」

 

 パキンと何かが割れるような、折れるような音が、聞こえた気がした。



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蜘蛛の糸


Qもしも今のヴァハが最近流行りのベル君みたいに7年前の『大抗争』時代にタイムスリップしたら?

A闇派閥(イヴィルス)の何割かが正義()に目覚めて都市防衛を手伝ってくれるよ。何処その爺達は死に時を失うし正義の派閥は邪魔されないように痛めつけられたあと回復の為に血を吸われて、ヴァハ一人だけ満足の行く死に場所を得てバベルは半壊しながらもオラリオが勝利する。オッタルも他の皆もキチンとレベル上がるし老兵は生き残る。信じた正義をなじられた派閥もいるけど死者は原作より少なくなる。良かったね!




残酷描写有り
SAN値の貯蔵は十分か


それでは、どうぞ!


 爪が剥がれる。これで、50回目。

 漸く、終わった。 そう思った瞬間、また爪が治され板が差し込まれる。

 

「あおお!?」

「いやほら、50枚剥がすつったけど、8枚ほど割れ散ったから。不器用で悪かったなぁ」

 

 母とは、まるで違う。手付きが、優しいのだ。それこそ爪に薬でも塗ってやるかのように優しく触り、しかし固定し爪を剥がす。

 慣れてきたからか8枚はキレイに剥がされる。今度は、治されない。治されてたらまた剥がされると思ったかもしれない。

 

「じゃあ次は足だな」

「──────」

 

 

 

 

 

「はぁ………あ、はぁ………」

 

 足の爪、計54回剥がされる、手足の指や先が燃えるように熱い。

 

「痛いか? 良かったな。痛みや恐怖は血管を収縮させお前を失血死から遠ざける。まあ俺は医神に仕える眷属だからキチンと造血剤も持ってきてるがな」

 

 そう言いながら血で針を作り出すヴァハ。なんの躊躇いもなくズブリと前腕の骨と骨の隙間に突き刺す。

 

「ごお!?」

 

 貫通したから血は殆ど出ない。だけど、中で小さな棘が針の表面に形成されズグズグと痛みを与えてくる。

 

「よし抜けないな」

「〜〜〜〜〜!!」

 

 トントン指で針を叩けば走る鈍痛。痛みに肉が強ばれば、針表面の棘が食い込む。

 

「じゃあ次は指だな」

 

 クッ、と軽く針の先端が爪の剥かれた場所に触れる。鋭い痛みが指から脳に駆け抜ける。ビクビク震える腕は腕の針を食い込ませ、暴れようとすれば肩が痛む。

 

「チクッとするぞ〜」

「おごお!? うぼえ……!」

 

 チクなんて生易しいものではない。鉄球で指の先端が潰されたのではと錯覚するほどの痛み。胃の中身がせり上がり、冷静さを欠いた肉体は上手く吐き出せず喉を詰まらせる。

 

「お〜う」

 

 呼吸が止まり、漏れ出るアンモニア臭に眉をしかめたヴァハは仕方ないとでも言うように胸を叩き呼吸を復活させる。人工呼吸? げろ臭いキスはゴメンだ。いざとなれば操った血を喉奥に突っ込めばいい。

 

「漏らしたかぁ。まだまだ子供だなあ。俺は子ども好きだぜえ………けどお前は敵だからか」

 

 新たに生み出される針の数は、19本。爪が剥がされた指の、残りの数と同じ。

 

 

 

「ぎ、う………ごえ………」

 

 引っ張り出された舌に針を通され引っ込められなくさせられる。針からは血の糸が伸び、床に固定されていた。

 

「下手に逃げようとしたら舌が裂けるから気をつけろ。さて、次は手足だ。それから腹」

 

 一気に差し込まれるのではなく、ズブズブと押し込まれていく針。手足が針だらけになり、腹に刺す時は一度手を当てられる。

 

「医術も学んでてよかったぜ。内臓を下手に傷つけるわけには行かないしなあ」

「がう! ぶ、ぐうう!」

 

 腹に刺し込まれた針は中で先端を丸くして、内臓にグリグリ押し付けられる。再び吐き出す。

 

「いっそ全部吐いたほうが楽かもな………ほら、吐き出せ吐き出せ」

 

 バチチ、と電気が流れ、無理やり動かされた肉が針の棘に食い込み、全身に痛みが走る。

 

「おご、ごお! おごえ! ぐげええ……!」

 

 持ち上げられ体の位置を調整され、ドボドボと胃の中身が床に撒き散らされる。ヴァハは満足そうに頷いた。

 

「……も、あめ………」

「あめ?」

「もう、ひゃめ、へ………ゆうひへ、くらはい………」

「…………」

 

 涙と恐怖が浮かんだ瞳、ヴァハはじっと見る。少なくとも今、ヴァハに逆らう事はしないだろう。

 

「でも駄目だなあ。お前の中には、まだ俺と同じぐらい怖いやつがいる。それじゃあ駄目だ」

 

 針の先端が平になり、そこから小さな刃が複数の円を描くように無数に生え、回転する。皮膚を破り、肉を千切っていき、骨を削る。

 

「ぐぎいいい〜〜!?」

 

 あまりの痛みに口を閉じ、舌に歯が食い込む。舌を口内に戻しそうになればつっかえ棒の針が舌をミチミチと嫌な音を立てながら伸ばしていく。

 

「骨は痛いよなあ。次は目にするか……針程度の傷ならポーションで治るし、何ならアミッドに頼む。それにキチンと片眼で勘弁してやるからよお」

 

 全身の骨を穴だらけにされ、痛みのあまりに血流が止まりかければ雷で無理やり心臓を動かされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛い

 

「お、そろそろ他のメンツも起きそうだなあ」

 

      痛い

 

   「助けでも求めてみるかぁ?」

 

 

 

  いたい

 

 

「ああ駄目だ、耳取り出したぞ彼奴等」

 

          はやく

 

「ああああ! 違う違う違う私が聞きたかった言葉ぁぁぁ!」

 

 

 

     はやく

「おいおいお前ら、落ち着け落ち着け」

 

 

 

 はやく 

          ころして

   だれか

 

 

 

 

「あああ! なんで、なんのために! 私は、私はあああああ!」

「許してくれ! そんな目で見ないでくれ! そんな光景見たくないいいい!!」

「うううう! 私、なのに! 貴方の恋人はああああ!」

「やだ、やだやだやだ! お母さん、僕の名前を呼んでよお!」

 

 ガリガリと耳を抉り取り、爪が剥けても骨が見えるまで掻きむしる女。己の目に掌を当て破裂するまで押しつぶす男。己をそのまま折ってしまいかねない程強く抱きしめる少女。虚空に向かい叫ぶ少年。

 誰も彼もが永遠の別れをしたかの様に涙を流す。その光景を見てヴァハは………

 

「静まれ」

 

 指を唇の前にかざし、一言呟く。ピタリと、悲鳴が止まる。まるで脳に直接その言葉を送り込まれたかのようにスルリと入り込んできた言葉。いやでも、体が止まる。

 

「お前達………そうか、辛い夢を見たんだな。家族に、友に、恋人に否定される悪夢を見たんだな。可哀想に………教えてやろうか? もう一度、彼等に胸を張って合う方法を」

 

 彼が文字通り針の筵にされた少女を椅子代わりにしているのを見ながらも、その言葉に闇派閥(イヴィルス)達は地獄に垂らされた一本の蜘蛛の糸を見たような瞳をヴァハに向ける。

 結局それは、獲物を捕らえ、喰らうための道具でしかないというのに。




Qもしも【タケミカヅチ・ファミリア】が『怪物進呈(パスパレード)』したのがヴァハだったら?

A全員手足の健を切られた挙げ句小さくて怪我で弱ってるから運びやすいという理由で千草が証人として持ってかれる。その後【タケミカヅチ・ファミリア】に慰謝料を請求する。
千草が何を言おうと悪いのは『怪物進呈(パスパレード)』した側だからなあ。でもヴァハなら

「確かに、彼奴等はそこまで悪くないかもなあ。仲間救いたかっただけだし………つまり役立たずの雑魚がヒーラーとしての仕事も果たせねえくせについていきたい、力になりたいなんて身の程を知らなかったせいだなあ。うんうん、彼奴等にゃ悪い事した。役立たずを群れに放り込んで一緒に逃げてりゃ彼奴等は助かったろうし……悪かった、彼奴等の墓に花でも添えといてやるよ。墓は地上で良いのか? それともあの時お前の目の前でおっ死んだ場所かあ?」

って慰める。ん? 慰める?
まあお前の仲間は悪人じゃない、俺が早計だったッて謝ってるから慰めてるよね!


ヴァハはやられたらやり返せ、ではなくやられたらやっても良いと考えてる。


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胸の張れる死

 極東には藁にもすがると言う諺があるらしい。

 溺れる者は、仮令それでは人一人浮かせる事が出来ないとしても、浮かんでいる藁にさえ掴まるという意味だ。

 彼等は今絶望に沈みかけていた。悪をなしてでも取り戻したかった絆を、他でもない相手の方から拒絶されたからだ。ただの夢と、切り捨てるにはあまりに鮮明に記憶通りの声に、姿、匂い、仕草だった。

 それに、拒絶された。故に、その声に縋る。

 

「そう自分達を責めるな。辛い言葉を吐かれたのだろう。だがな、俺はお前達がそこまでの悪党だと思えない」

 

 囁く様に優しく、しかし誰もの耳にも届く力強い声。えてして英雄と呼ばれる者達は人心を集める。ましてや、ヴァハは数多の英雄の演説の記憶に加え、本来ならそんな覇気を持たぬ身で詐称してみせた道化の記憶がある。

 

「お前達は………君達は、自爆を躊躇っていた。家族に、友に、恋人に会いたいと願う君達が今更死を恐れるとは思わない。本当は、気付いていたんじゃないのか。こんな事をしても、彼らに顔向けできないと」

 

 まあそんな事は無いだろうが。死ねば会えるから死ぬのは怖くないと言いつつ、結局死ぬのを躊躇い隙を晒していただけだろう。ならその隙をつくのは、敵なのだから非難される理由はない。

 

「お、俺達は………」

「君達に問おう! 君達が、己の命を捧げてまで会いたいと願う者達は、再会の為に虐殺を望むような者達なのか!?」

「ち、違う! あの子は、そんな子じゃ!」

「そうだ! あいつは、優しくて!」

 

 ヴァハの言葉に反応し否定し、すぐに自己嫌悪からか俯き震える。

 

「そうだろう。そんな者達だからこそ、君達の様に、命をかけてまで再会を願う者達が居る。そんな者達だからこそ、こんなふうな事は、して欲しくなかったはずだ」

 

 なら、どうすれば良い。どうすれば良かった。どうすれば、許される!

 そんな、逆恨みに近い怒りをヴァハに向ければ、ヴァハは優しく微笑む。

 

「君達がしたことは、無かったことにならない。奪った命は返らない………だけど、これからの命を守ることは出来る」

「守るって………そんな、どうやって」

「そうだ。誰も、君達の差し伸べた手を取らないだろう。疑い、怯え、逃げるだろう。それだけの事を、してきたのだから」

「「「───っ!!」」」

 

 再び俯く闇派閥(イヴィルス)達。今更罪悪感を覚えたのだろう。心に付け入る隙きが広がる。そういう奴ほど、人でも神でも扱いやすい。

 

「だけど、今【ロキ・ファミリア】が窮地に立たされている」

「【ロキ・ファミリア】?」

「今ちょうど……」

「彼等は、きっと多くのオラリオを民を救うだろう。いつか、ダンジョンの謎を解き明かし、モンスターの脅威から人を救うだろう」

 

 今の指導者(フィン)じゃあ逆立ちしても無理だけどなぁ、と言う内心は悟らせない。

 

「そんな彼等を、救ってみないか? きっと信じないだろう。何よりあの勇者が、一度悪に堕ちた者の手を取るはずもない。君達の行いはただの乱心として伝えられ、名も記されぬまま忘れられる。英雄にも悪党にもなれない………だけど! 『俺達はあの【ロキ・ファミリア】を助けて死んだんだ!』って……家族に、友に、恋人に…………自慢できるって思わねえ!?」

「…………彼奴に、自慢」

「……お母さんに………」

「そうだとも! まずは、謝らなきゃだろう。間違えた事を、人を殺した事を。君達の大切な人は、本気で謝ったら、それを無下にする人じゃないだろう? だから、本気で悔いて、全力で謝って、仲直りしたら………自慢しようぜ。向こうが覚えてなくてもさ、俺の前世はこうだったって、言ってやろうぜ?」

 

 静寂。だが、ヴァハの言葉は彼等にしっかりと染み込んだ。顔上げ、その瞳に浮かぶ光に、ヴァハは嗤う。

 

「俺はやる! やってやるぞ!」

「わ、私も! もう一度あの子にあって、お姉ちゃんは、こんなことしたんだよって言いたい!」

「僕だって!」

「やってやる! やってやるぞ!」

「チョロ………とと…………その意気だ! これは英雄譚にも語られぬ、7年前の老兵達と同じ、ただの時間稼ぎ! だが、その稼いだ時間こそが【ロキ・ファミリア】を、オラリオを、世界を救うだろう!」

 

 世界を救う、何とも人を酔わせる言葉だ。正義を振りかざす者達に、もはや裏切りの躊躇いなどないだろう。

 

「さあ! 今一度邪神から取り戻した愛と正義を胸に、【ロキ・ファミリア】に反撃の機会を作れ!」

「「「おおおおおおお!!!」」」

 

 敵は来世の再会を質に数多の人間を操る。なら、どうするか。

 答えは簡単。来世での再会が望まぬ形であると誤認させ、望む方法を教えると謀ればいい。

 

「いやあ、やっぱり愛とか友情とかって素敵だなあ。そう思わねえかあ後輩」

 

 フィアナの背骨をゴリゴリ踏みつけながら、合流してきた同士たちを殺す闇派閥(イヴィルス)に目を向けるヴァハ。

 彼等にもう一度号令を掛けてやり、残るはフィアナとヴァハ。

 

「さて自称悪党のガキ。お前、何んでそう俺を睨む? さっきまで怯えてたのになあ。怖い怖い………あ、片目潰しておくか」

「ぎっ!?」

 

 ブチュ、と眼球に血の針が刺さる。ガクガク痛みで震えるフィアナ。彼女が喋れる様に、舌から針を抜いてやる。

 

「どうして、彼らを騙すんですか………」

「別に騙しちゃいねえぜぇ。俺は、確定はしてないからなあ」

 

 ケタケタ笑い、フィアナの避難の視線などどこに吹く風のヴァハ。に、しても……と目を細める。

 

「俺が怖いくせに、誰かのため怒るかぁ。本当に、お前は優しいなぁ………その優しさ、いつまで持つか」

「優しく、なんて………私は、悪──」

「そっか。じゃあ死ね」

「────え」

 

 スッと首元をなにかが通り抜け、首から下の感覚が一切合切消え去る。倒れるのとは違う、けど似たように床が迫る。

 あれ、これ…………死───

 

「おっと。あぶねえあぶねえ………目の棘が脳に刺さったら流石にアウトだよなあ」

「────」

 

 そう思ったのに、意識が途切れない。頭皮に痛み。誰かに髪を掴まれた。だけど、ヴァハの両手が見える。

 

「ああ、自分の状態が知りたいか?」

 

 誰かの手が頬に触れ、くるりと上を向かされる。後頭部を支える手の感覚。視線の先に、伸びる腕は。見覚えのある体から生えていた。

 

「────」

 

 声が、出ない。当然だ。だって、体の感覚がないのは、繋がっていないからだった。

 自分の首を抱える、首なしの自分の体。断面から伸びた赤い糸の束は、血だろう。それで脳に新鮮な血が送られている。

 

「心臓が動いてる限り脳がなくなっても恩恵(ファルナ)が消えないのはクリュティエが実践してくれたからなあ。脳が無いだけなら、電気信号送りゃ動かせるしなあ」

「……………」

「ん、ああ、何でこんな事をってか? 脳から電気信号出てると操りにくいんだよ。特に、魔力の高い奴だと。なら取り敢えず切り離しておこうって思ってな………なあに、俺が生きてる限り死なねえよ」

 

 違う、そうじゃない。何故、生かす。いや、そもそも生かしてるのかこれは。体は切り離され、心臓も肺も外付け。頭に血を送られているだけの状態。

 死んでいないだけの、死体。

 

「────」

 

 死が、永遠に続く。

 

「───────!」

「ん? ああ、悲鳴あげてるつもりか。おいおい壊れるなよ。お前には後で聞きたいことがあるんだ」

 

 恐怖に染まった思考は、ヴァハが紫電をまとった指を当てれば無理やり覚醒させられる。なのに恐怖だけは未だ消えない。

 

「んじゃ行くかあ。お前を閉じ込めれるぐらいの血を得たら、持ち方変えてやるよ。それまでは自分の体に運んで貰え」

 

 無い筈の体が、寒い。カチカチと歯がなる。ヴァハはそんな様子を見て楽しそうに笑っていた。

 

「────」

 

 許してください、という声が出ない。殺してください、という言葉が出ない。

 正気は保たされたままなのに、恐怖が膨らんでいく。母の存在すらも、塗り潰すほどの恐怖がフィアナを飲み込んでいく。




ロキ達がダイダロスを調べると言った際、ヘルメスはイシュタルを調べてたらしい。その際ベルの情報渡してフレイヤと抗争起こさせてた。
今回も似たようなことをしたの。だけどヴァハ君のことは黙ってる。美神とヴァハ君が昔であった結果小国とはいえ国が2つほど滅んだから。



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自慢話と共に

ヘルメスによるヴァハの評価
影の英雄(ダークヒーロー)
・煽動者
・才禍の怪物二代目
・性格破綻者
・超一途
・英雄の失敗作
・ラキアにやべー隊作ったやべー客将
・美神と組み合わせちゃならねー奴
・神が時折地上に力を奮っていた時代に生まれてたら高確率で女神の呪いで化け物にされる奴
・化け物にされたり精神に呪い受けても笑ってそうな奴

なお、そいつ交配で作ったのおめーだから


 分断させられた【ロキ・ファミリア】達はそれぞれ窮地に立たされていた。

 新種の水蜘蛛のような侵入者しか襲わない極彩色のモンスターに加え、自爆兵と外部が雇ったであろうアサシン。さらには迷宮の様々なトラップ。

 フィンが斬られ、動揺している間に分断。指揮系統は乱れ本来の実力も発揮出来ず、追い詰められていく。

 

「はいはい、なるほどねえ。お前等はあっち。それからそこの脚が速いのは向こうだ」

 

 ヴァハは洗脳調き………ではなく説得し正義に目覚めさせた元闇派閥(イヴィルス)から知ってる限りの地図を貰い、感じ取れる範囲の生体電気を基に現状を想像し彼等を送る。

 まあ確実に何人かは死ぬだろうな。とはいえ、死んでオラリオの痛手になる奴は大丈夫だろう。

 

「さて俺も一旦外に出るかな……」

 

 そのためには面倒くさい迷宮攻略からだ。いっそダンジョン側にでも出れれば話は早いのだが。

 

「あまり時間もかけられねえしなあ」

 

 魔法の毒は未だ健在。魔力が尽きれば直ぐに内出血が再開する。場所によっては肺を圧迫し呼吸困難で死に至る。

 

「とは言えせっかくの玩具。壊すのは最後の最後がいいよなあ」

 

 ガン、と真っ赤な車輪付き旅行かばんを蹴りつけるヴァハ。中身は、生物だ。腐る前に持って帰らなくては。

 

 

 

「うわー! もー! しつこーい!」

 

 毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒を退けたと思えば再び現れた水蜘蛛型に闇派閥(イヴィルス)。一体どれだけ居るというのか。良くもまあこんなに都市を滅ぼそうと思える奴等を集められる。一体彼等の何がそこまでさせるのか。

 

「ティ、ティオナさん離れて! 魔法で……!」

「そう、したいけど!」

 

 水蜘蛛型はともかく、考える知能がある奴等が狙うのは後衛と怪我人だ。ティオナが隙を見せればすぐにでも後衛に襲いかかり自爆するだろう。

 そんな状況で、更に敵が増えた。

 

「あ!」

 

 と、一人が抜ける。直ぐに下半身と上半身を切り離したが上半身が何かを投げ捨てるとさっきまでティオナに集中していた水蜘蛛の一部が死にたての肉を狙い、餌を取られた残りの個体が後衛に迫る。

 

「させるかあああ!」

「………え?」

 

 が、突如現れた闇派閥(イヴィルス)が呪いを帯びた短剣をモンスターに突き刺す。

 

「なっ!? き、貴様何を! ぐわ!?」

「ド、どうしたお前等! うぎゃ!」

「………え、なに? 仲間割れ?」

 

 敵の増援かと思った者達は、モンスターや闇派閥(イヴィルス)に襲いかかる。困惑しているティオナに、闇派閥(イヴィルス)が襲いかかる。が──

 

「き、貴様!」

「ごぶ……さぜ、るか!」

 

 別の闇派閥(イヴィルス)が庇い、代わりに刺されながらも相手の首を斬る。

 

「うおおお! 見ててくれ、父さんはあの【ロキ・ファミリア】を助けたぞ!」

「スゴいでしょ! 私達!?」

 

 そんな事を叫びながら、自爆していく。それは相手の火炎石を誘爆さ敵が居なくなる。

 

「な、なんで!? 何でアタシを庇ったの!?」

 

 幾ら敵とは言え、自分を庇った者を放って置けるほどティオナは薄情ではない。倒れた男に声をかけるも、血の流れる量からして、もう助からない………

 

「娘が………生きてたら、お前ぐらいなんだ」

「娘って………」

「もう一度、会いたくてなあ………タナトス様に、死後の再会を約束してもらった……ああ、だけど。沢山、間違った……」

「………うん。あたしも、そう思うよ。そんな事をしても……」

「だけど、気付けたんだ。喜ばないって……気付かせて、貰えた………あや、まりたいんだ……人殺しの、動機なん……かに、して…………でも、最期だけは、俺も……胸、張って………」

 

 死んだ。

 ティオナは無言で、彼の瞼を閉じてやる。

 

「………ティオナさん」

「………この人達も、普通の人だったんだよね」

 

 心配そうに声をかけるエルフィに、ティオナは呟く。

 

「大切な誰かが死んじゃったら、悲しくて、また会いたいって願う、普通の人………それを、その思いを、悲しみを利用した神様が居る……」

 

 グッと拳を強く握るティオナ。

 

「許せないよ。人の思いを、絆を利用するなんて!」

 

 

 

 

 

「クシっ………誰かが俺の噂でもしてんのかぁ? つか、この微かな加齢臭と甘ったるい香の匂い………イシュタルか?」

 

 カラカラ音を立て車輪が回転する旅行かばんを片手に歩くヴァハ。彼の通った道には真っ赤な赤ん坊に遊ばれる血を抜かれた死体が幾つも転がっていた。

 

「ルノアだけでも探した方がいいかね。ミア母ちゃんにぶち殺されちまう」

 

 と、その時だった。

 ヒュウ、と風が吹く。

 

「…………精霊の風………アイズか。馬鹿が、餌の匂い撒き散らしやがって」

 

 ここが敵の拠点である以上、敵の目的が『精霊の分身(デミ・スピリット)』の地上召喚である以上、間違いなく一匹はいるだろう。複数で地上を落とせると自負する戦力が。

 

「まあどのみち合流はしなくちゃなあ」

 

 風に導かれるまま駆けると広大な広間(ルーム)に出る。精霊の気配が染み付いた水槽が()()()7()()。つまり、敵の保有する精霊の分身は最低でも8体以上。

 その場にいるのは【ロキ・ファミリア】に赤髪の怪人(クリーチャー)レヴィス。

 

「………エインは居ねえのか」

「ミノスも来たか………」

 

 アイズだけでなくヴァハも捕らえる気らしいレヴィス。レベルに換算すると、おそらく6の最上位には行きそうな強さになっている。単身で勝てる者は現状の【ロキ・ファミリア】には居ない。

 

「丁度いい。貴様も」

「あ、来た」

「なに……?」

 

 ズン、と床が大きく揺れ、壁に亀裂が走ったと思った瞬間砕け散る。アダマンタイトの壁を突き破り現れたのは、美しい女性の上半身が生えた巨大な雄牛。

 

『アハ……アリア。アリアァァ!』

 

 アイズの風に誘われた『精霊の分身(デミ・スピリット)』。迷宮の悪夢は、まだ終わらない。




因みにヴァハと美神の組み合わせは良くない化学反応が起こる。ヴァハの美神の評価。
・イシュタルの事を加齢臭を香で誤魔化すババアと思ってる。
・フレイヤは自分を愛していて、ベルに恋してると思ってる
・アフロディーテは扱いやすくて面白い玩具だったと思ってる
・全員アルフィアと比べるまでもないと思ってる


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グガランナ

ヴァハと神々の眷属相性

     ヴァハにとって 神にとって 実 際
ミアハ     ○      ○    ○
ロキ      ○      ○    ◎
ヘスティア   △      △    ○
エレボス    ◎      ◎    ◎
デメテル    △      ◎    ○
アストレア   ✕      ◎    △
アルテミス   ○      ✕    ✕
ディオニュソス △      ○    △
マルス     ◎      ✕    ○
タナトス    ✕      ◎    ✕
ソーマ     ○      ○    ○
ニョルズ    ○      ○    ○
ヘルメス    ◎      ✕    △
エニュオ    ◎      ✕    ✕

ヴァハを御せるのはアストレアぐらいだがヴァハをうまく使えるとなるとロキやエレボス


 『精霊の分身(デミ・スピリット)』の襲撃はレヴィスにとっても予想外だったのか、忌々しげな顔をしていた。

 精霊の気配に興奮し、完全に彼女の声が届いていない。

 

「チッ。この様子だと他の『分身』どもも………様子を見てくるか。せいぜい食われるなよアリア、ミノス、回収が面倒だ」

 

 レヴィスもその場から去った。つまり目の前の牛にはさほど執心してない。まあ彼女自身面倒な計画を行っているであろう『エニュオ』とは協力関係なだけの可能性もあるが……。

 

「ここは任せた。俺は先に行く」

「おいこいつ逃げる気だぞ!」

「だって俺関係ねーし。あれ呼んだのお前等んとこのアイズじゃん」

 

 既に広間の出口に向かって走り出したヴァハ。あの巨体を活かせる広間での戦闘は危険だと判断したのか、フィンも駆け出し残りのメンバーも後に続く。

 

「皆さん!?」

「ヴァハ! 無事だったか!」

 

 そして、風を頼りに集まってきたであろうレフィーヤとフィルヴィス達がいた。

 

「レフィーヤ!」

「無事か!?」

「私とフィルヴィスさんは……でも、クレアとエミリアが………つい先程合流したのですが……」

「『呪道具(カースウェポン)』の傷だ。傷が多すぎて、解呪薬が足りなかった」

「シフォン! 応急処置を……せめて止血だけでも!」

 

 と、その時だった。再び超硬金属(アダマンタイト)の壁を破壊し『精霊の分身(デミ・スピリット)』が追ってきた。

 

『アリア! アリアァァ! ……アラ?』

 

 濁った金の瞳がギョロリと自動走行する鮮血の旅行かばんに乗って移動するヴァハに向けられた。元々笑っていた顔が、更に喜色に彩られる。

 

『ヴァハ……ヴァハ! 嬉シイ、会イニ来テクレタノ? 約束ヲ守ッテクレタノネ!』

「名指しされてんぞイカれ野郎!」

「俺が約束してんの本体なんだがなあ」

『フフ、待ッテ!』

 

 追ってくる気満々の『精霊の分身(デミ・スピリット)』に舌打ちし、ヴァハは旅行かばんから降りる。

 

「全く面倒な女だなあ……おいフィルヴィス、血を寄越せ」

「っ………あ、ああ………」

 

 ヴァハはフィルヴィスの首筋に噛み付き血を啜る。消費した魔力を回復すると口元を拭い『精霊の分身(デミ・スピリット)』と対峙する。

 

「手伝おう。君の言う、アイズが呼んだと言うのにも一理あるからね」

「見たところ力が自慢らしいからのお」

「団長! 私も残ります!」

「アタシも!」

「数が残りゃいいってもんじゃねーだろ。ティオナは彼奴等の護衛してやれ」

「えー!」

「それか毒を解毒してからだなあ。肌からの吸収とはいえ、それキツいだろ」

「うっ……」

 

 第一級冒険者さえ苦しめる妖毒蛆(ポイズンウェルミス)の毒から仲間を庇うために手に浴びたティオナ。動けない程ではないが、確かにキツい。

 

「じ、自分も残るッス!」

「お前…………誰だ? 【ロキ・ファミリア】にこんなの居たか?」

 

 声を上げたラウルにヴァハはフィンに尋ねる。フィンは苦笑し、ラウルは涙目になった。更に残ることにしたらしい二人の冒険者が肩を叩いてやる。

 

『オ話、終ワッタ?』

「待っててくれたのか。悪いなあ」

『良イノ……良イノヨ、気ニシテナイ………ダカラ、貴方ヲ食ベサセテ?』

「そいつは何より。あと少し待て」

『エエ』

 

 ゾワリと空気が変わる。ヴァハは体を少し動かすと、笑う。

 

「やる気だね」

「さっきは逃げようとしとったのにのお」

「魔力さえ戻りゃ問題ねえよ。何分毒に侵されてる身でなあ…………楽しめねえのが嫌だったんだ」

 

 ヴァハは殺し合いが好きなのだ。別にハンデを背負うぐらいなら良い。だが相手が強大ならやっぱり万全で戦いたい。そのほうが全力で楽しめる。

 

「ついでに一人追加だ」

 

 ガン、とヴァハが旅行かばんを蹴るとドロリと溶ける。いや、元々ヴァハの血で作られて居たのだろう。中からゴロリと手足と胴と首が転がる。

 

「ひぃ!? バラバラ死体!?」

「バラバラだけど死体じゃねえよ」

 

 ズルリと切断面を繋げる赤い糸が動き、接着していく。状態を起こした少女の頭に触れ、一瞬だけ紫電が首筋を走り赤い首輪が巻かれる。

 

「───ぎっ!?」

 

 そのまま接着面を縫い付けるように血の糸が皮膚を突き破りながら螺旋を描いた。

 

「………い、痛い? ………あ、あは、は………痛い……痛い………痛みが、ある」

「よおフィアナ。仕事だ、手伝え」

「ヒッ!」

 

 ヴァハの声に己の体を抱きしめていたフィアナはビクリと震え後ずさろうとし、しかし体がギチリと固まる。

 

「仮止めなんだ。まだお前の体は俺のもの……俺が死んだらお前もまたバラバラになって、今度こそ死ぬ。死ぬのは嫌だろ? 信号繋げてやるから、何か言え」

「は、はい………はい。い、嫌です。嫌………し、死なせないでくれてありがとうございます。お力になれてこ、光栄……です。だ、だから……や、また………いやぁ」

「え? 生き返った………ええ?」

「てめぇ、まさかタギーと同じ?」

「そもそも殺してねえよ。俺は自爆覚悟ならともかく、生きる意志がある子供にゃ優しいんだ。爆発物持ってきてんなら殺すけどなあ」

 

 困惑するラウルに、何やら忌々しげなティオネ。ラウルと同じく残った平団員は顔を青くしガレスは目を細め、フィンはなんとも言えない顔でフィアナを見る。

 

「そう睨んでやるな。子供は母親を選べない」

「そうかな?」

「そうだよ。んでえ、親は生まれてくるガキを選べない」

 

 全く気にしない例外もいるがな、とケラケラ笑うヴァハ。

 

「んじゃ待たせて悪いな。ところで、お前名前は?」

『……………名前?』

 

 キョトン、と首を傾げる『精霊の分身(デミ・スピリット)』。

 

『私、ノ……名前? ワタ、私……ワタワタ、シワタ………シハ?』

「そういや色々使ってたな。一体じゃねえのか?」

 

 壊れた蓄音機のように言葉をつまらせるのを見て、ヴァハは初めて『精霊の分身(デミ・スピリット)』と戦った時の事を思い出す。

 

「まあ良い。行くぞ。指示をよこせ勇者」

「ああ!」

 

 フィン達が戦闘態勢に入ると混乱していた『精霊の分身(デミ・スピリット)』も直ぐに意識を切り替える。仮にもダンジョンの深層に潜るだけの戦闘経験を積んできたであろう精霊の分身体だ。隙をつくなんてやり方はそううまく出来そうにない。




・ミアハは本作通り
・ロキは気に入ってるし敵対しない限り仲良くしたり悪に落ちてなければ子供にも優しいのは分かってるが死んだら悲しむ事なくスパッと無価値になるあたりをなんとかして欲しいと思ってる。そのせいで仲間との軋轢が広がっとるんやぞ。後ベートがますます嫌われてるからやめなさい
・ヘスティアは偶に『DNA鑑定を……』などと謎の発言をする。ヴァハからすればからかいがいがあるが偶に面倒
・エレボスは作戦立案がとても捗る。ただしお互い方向性が違うのに気付いている。
・デメテルは包容力があり少し苦手。ルノアの件もあるようにグイグイ来ないのは救いだと思ってる
・アストレアはヴァハにとって母親のようにしつこく面倒くさい相手。ストレスから眷属いじめが増える。主な被害者は極東美人、覆面エルフ。団長とは仲がいい
・アルテミスはからかいやすい。が、本来あそこは男子禁制。それを抜きにしてもヴァハとアルテミスは魂の相性はともかく性格は合わない
・ディオニュソスはなぁんか胡散臭いと思ってる。本神はフィルヴィスと仲良くしてくれてありがとうと思ってる
・マルス『もう来ないでくださいお願いしますなんでもします。あ、でも部隊は残してってください』
・タナトスは、子供が悪に落ちた後ならともかく子供を悪に落とすのはNG
・ソーマは酒飲み仲間
・ニョルズは漁師仲間。おいヴァハ、電気ショック漁はやめろ
・ヘルメスは丁度いいパシリ。ヴァハはどうとも思わないけどヘルメスはベル君に試練与えづらいなあ、と思ってる
・エニュオ。出会って2秒で天界送還


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人工迷宮での戦い

「取り敢えず、気を引いてくれ。何なら魔法で攻撃しても構わない」

「あいよ」

 

 フィンの言葉に笑いながら、ヴァハは雷霆の剣を構え、血を足に纏い爪の様なスパイクを生み出す。

 

「【雷鳴よ轟け。宇宙(てん)を焼け】」

 

 詠唱を紡ぎながらヴァハが飛び出す。『精霊の分身(デミ・スピリット)』は嬉しそうに微笑み、突っ込んで来る。

 

『アラ?』

 

 しかし、そこにヴァハの姿はない。

 

「【傲慢なる絶対者。初布に包まれた石を喰らいし愚者(ちち)を殺した(ちち)。我こそ()父神(もの)の代行者】」

 

 血の鎖を生み出し天井へと逃げたヴァハはそのまま詠唱を続ける。

 

『ウフフ。待ッテ、ヴァハ!』

 

 地下空間の天井は低いとはいえ、一足でヴァハのもとまで跳ぶ。

 

「【毒蛇(ヒドラ)】!」

『!?』

 

 が、紫の衝撃波がその巨大を揺らがす。短文詠唱でありながら魔砲の如き魔法。しかしダメージは殆ど無いようだ。それでも身動きの取れぬ空中ではバランスを崩し背中から地面に落下する。

 

「【豊穣と大地の時代は終わりを告げた。さあ(そら)の時代を幕開けよう】!」

「長文詠唱?」

「彼奴幾つ魔法持っとるんじゃ?」

 

 未だ続く詠唱にフィンとガレスが驚異を感じつつも起き上がろうとした『精霊の分身(デミ・スピリット)』に襲いかかる。

 立ち上がれぬように足を狙う。しかし響く鈍い金属音と、手を震わす衝撃。

 

「ぬう、何という硬さ!」

「物理攻撃では決定打にかけるね。幸い、立たせないというのは出来るかもしれないが」

 

 立ち上がろうとする『精霊の分身(デミ・スピリット)』を蹴りつけ立たせないことを徹底するフィン。

 

「ティオネ!」

「はい、団長!」

 

 フィンの言葉にティオネは事前に詠唱を終えていた魔法を発動する。

 光の鞭が巨牛の後ろ脚に絡みつく。

 『拘束魔法』と種別される、ティオネの魔法【リスト・イオルム】。対象を一定確率で強制停止(リストレイト)に追いやるその魔法は、しかし失敗。

 

『私トヴァハノ邪魔シナイデ!』

「っ!? こ、んの!?」

 

 グン、と引き寄せられそうになるティオネ。何とか耐えようとするが、足が浮き上がり壁に叩きつけられる。

 

「【独眼の鍛冶師が生み出した槍を此処に。御身の御業を知らしめよう】」

『【突キ進メ雷鳴ノ槍。代行者タル我ガ名ハ雷精霊(トニトルス)雷ノ化身雷ノ女王(オウ)──】』

 

 と、ヴァハの呪文が完成しヴァハの右腕を焼くほどの雷が迸り、槍を生み出す。『精霊の分身(デミ・スピリット)』も即座に対抗すべく詠唱を唱えた。

 

「【ケラウノス・アンディグラフォ】!」

『【サンダー・レイ】!』

 

 放たれる雷の槍。薄暗い地下迷宮が雷光に照らされ、分離した空気の独特の匂いが周囲を包み、熱せられた大気が膨張し雷鳴が響き渡る。地下迷宮に亀裂が走り、押し負けた『精霊の分身(デミ・スピリット)』が下層に落ちる。

 

「あー、死ぬ。おい誰でもいいから血を寄越せ」

「ポーションならあるよ」

 

 フィンが投げ渡してきたポーションを受け取り飲み込むヴァハ。エリクサーは使い切ったらしい。傷が癒えていき、すぐにその場から飛び退く一同。床を吹き飛ばし多少の火傷を追った『精霊の分身(デミ・スピリット)』が飛び出してきた。

 

『痛イ……痛イヨ、ヴァハ……何デコンナ事ヲスルノ?』

「あ? それは俺が殺し合いが好きだからなぁ」

『……ヴァハハ、コレガ好キ? ソウ………ソウナノ。ジャア、私モヴァハニ痛ミヲアゲル!』

 

 恋する乙女のような顔で、『精霊の分身(デミ・スピリット)』は蕩けるように微笑んだ。



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地下の決着

『アハハハハ!』

 

 笑いながら迫る『精霊の分身(デミ・スピリット)』。ギリギリまでひきつけてかわしたりと壁などにぶつけてみるが、迷宮が壊れて何処かで製作者が発狂するのみ。

 

「【森羅万象天地を統べた支配者よ。石塊を食らいし愚者(ちち)こそ汝の系譜。同じ運命(さだめ)を超えたくば、次代の王を宿す母を飲め】」

 

 新たな詠唱。魔力の流れに反応して『精霊の分身(デミ・スピリット)』も魔法を発動する。

 

『【荒ベ天ノ怒リヨ】【カエルム・ヴェール】』

 

 全身に雷の鎧をまとい、先程よりも速い速度でヴァハへと迫る。ギリギリ回避し、追撃しようとするが踏み砕かれた床の破片が邪魔をする。

 

「はぁ!」

 

 瓦礫の隙間を縫い進みフィンが攻撃するが、やはり効かない。雷をまとった前足がフィンの小柄な体を吹き飛ばすが、僅かな時間の猶予が生まれる。

 

「【飲み下されし(みず)。流転する運命、汝の支配は約束された。戦の女神を産むために、その頭蓋に斧を振り下ろせ】!」

 

 現れたのは雷で形成された巨大な戦斧。

 

「【パラス・ラブリュス】!」

 

 雷を纏った角と黄金の戦斧がぶつかり合う。押し負けたのは、ヴァハ。吹き飛ばされていくヴァハを追おうとした『精霊の分身(デミ・スピリット)』だが邪魔が入る。

 

「【毒蛇(ヒドラ)】!」

 

 放たれる毒蛇が如き紫の衝撃波。さらに片目に突き刺さる短刀。

 

『邪魔、ヲォォ! 【(ディス)─】!?』

 

 と、追加詠唱をする前に、その口に槍が突き刺さる。

 

「どうかな、何分女性の口を塞ぐなんて初めてでね」

「ガッハッハ! 女には困っとらんくせに、妙な誓いで童貞を貫いておるものなあ!」

 

 槍を投げたのはフィンだ。おどけてみせたその台詞にガレスが笑う。

 

『ガ、ア……アアアア!!』

 

 が、それでも深層を凌駕する異常な耐久と力の持ち主。ただ暴れまわるだけで脅威。

 

「くっ!」

「ぬぅ!」

「うげ!?」

 

 直様3本の血の鎖が3人を引き寄せる。天井に張り付いたヴァハは3人を支えながらフィアナの血を吸う。

 

「フィン、ポーション他にあるか? ガキに飲ませてやれ」

「っ!!」

 

 ヴァハに意識を向けられカタカタ震えだすフィアナ。フィンは何をしたんだ、とでも言いたそうな目を向ける。

 

「今は仮止めだからな。脳からの伝達は俺が伝えてやってるが、雷食らったら乱れるし、このままじゃ【アルテルフ】は使えないしな………と!」

 

 床を跳ね、蹄を壁に突き刺しながら迫る『精霊の分身(デミ・スピリット)』。ヴァハはフィン達を投げ捨て自分は逆方向に飛ぶ。ヴァハを追い方向を変えたところを狙い、血に浸した石を投げつけ爆雷で吹き飛ばす。

 

『ア、ア……ヴァ、アアアアア!!』

 

 吹き飛ばされながらも、ギロリとヴァハを見据え壁を蹴り迫る。巨牛の角がヴァハの腹を貫き雷がヴァハを身の内から焼く。だが……

 

「【睨め(ネメア)】【獅子の一瞥(アルテルフ)】!」

『!?』

 

 聞こえてきた詠唱、広がる魔力の波動に『精霊の分身(デミ・スピリット)』の雷の鎧が弱まる。

 

『オ、ア……?』

「おおらぁ!」

 

 困惑している『精霊の分身(デミ・スピリット)』にティオネが迫り、拳を槍の石突に叩き込む。

 

「団長の硬くて太いもん咥えやがって、羨ましいんだよクソがぁ!」

「何言ってんだあの処女ビッチ」

 

 ヴァハが呆れながら言う。槍が完全に貫き抜けなくなった『精霊の分身(デミ・スピリット)』。もはや詠唱は唱えられない。

 

『オオオオオ!!』

 

 それでも暴れようとする『精霊の分身(デミ・スピリット)』だったが、ヴァハが槍に手を添える。

 

「お返しだ!」

『────!?』

 

 体内から走る電撃に体が硬直する『精霊の分身(デミ・スピリット)』。ガレスが戦斧を振り下ろす。

 

「さっさとくたばれ、この不細工がぁ!」

 

 牛の下半身より遥かに脆い女性の上半身。ガレスの一撃に耐えられるはずもなく、胸の魔石が砕かれ灰粉が霧のように舞う。

 

「あ〜、死ぬ。マジで死ぬ………おい勇者様、ポーションは」

「もう、ないよ」

 

 腹と口から血を溢し倒れるヴァハ。フィンも肩で息をしながら嘆息する。

 

「だ、団長……」

 

 弱まったとはいえ精霊の雷を間近で浴びたティオネも動けそうにない。

 

「やれやれだらしない奴らじゃ、ラウル。フィンを頼む」

「は、はいっす」

「よお、お前等結局役に立たなかったな」

「ティ、ティオネさんや団長達にポーション届けてたりはしてたし」

 

 最終的に活躍一つもなかった冒険者達にヴァハがケラケラ笑うと彼等も彼等で仕事していたらしい。ヴァハとティオネはガレスに抱えあげられる。

 

「フィアナ、お前もついてこい。まあ、ママの所に帰りたいってんなら止めねえよ? また調教し直せばいいだけだしな」

「ヒッ! つ、ついていきます。だ、だから、もう酷いこと……しないで、ください」

「………お前さん子供にも容赦ないのう」

「俺は子供がママにまたあうんだ〜とか言いながら自爆してこようとしたら敢えて心臓近くを貫いて何も果たせぬまま死ぬ無力感を味わわせる派なんで」

「7年前を知っているのかい?」

「俺、元【ゼウス・ファミリア】。精霊の力取り込むために恩恵失ったけどな」

「では、君の弟は……」

「彼奴はヘスティアの眷属だよ。ゼウスが誰だったかも知らなきゃ、7年前の悪夢の実行者の一人が自分の身内だとか声がそっくりだとか何一つ知らねえ」

 

 声は関係ないのでは? と思ったフィン。と、ヴァハは周囲の気配を電磁波で探る。

 

(何人か死んだな、こりゃ……ルノアは…………チッ)

 

 ルノアに死なれたら間違いなくヴァハがミアにぶち殺される。救援に来たのであろう気配の中で、一番魔力の高い存在を狙う。

 

「フィン、ガレス、無事か?」

「リヴェリアか……なんとかね」

「ヴァハは………また死にかけてるな。アミッドが来ている、すぐに」

 

 と、ヴァハは残った力で飛び出しリヴェリアに覆いかぶさる。混乱して固まったリヴェリア。露出の少ない彼女の服装で、僅かに素肌を覗かれる噛みつきやすい場所である首に噛みつく。

 

「な、ぐっ!?」

 

 Lv.6のエルフの魔導師。濃密な魔力を含んだ血を啜り、傷を癒やしながら魔力を回復する。

 

「な、なな!? こ、この不敬も──」

 

 付き従ってたエルフが何か言っていたが無視して地下迷宮の奥へと駆け出すヴァハ。目指す場所は、一つ。

 

 

 

「すいません、助けてもらって」

「いいよ、別に」

 

 呪われた武器のせいで血が止まらなく肩を抑えながら歩くルノア。本来の目的は別にあるが、だからといって仲間を助けるために頑張ってる若者を無視できるほど非道ではない。

 

「戦いの音は結構近かった。今は止んでる、決着はついたんだ。急ぐよ」

「は、はい」

 

 何を錯乱したのか闇派閥(イヴィルス)同士で殺し合っていたおかげで窮地を脱せた。死んだ家族に顔向けできる死に方を、なんて言っていたか。その気持ちを、ルノアは少しだけ解る。

 それを利用して笑っていそうなのは………

 

「まあ彼奴等なりに、救われてはいたんだろうけど」

 

 じゃあ良かったね、とは言えない。同情はしないが、厄介な奴に目をつけられたと憐れみはする。と……

 

「おい、お前等、【ロキ・ファミリア】だな?」

 

 血に塗れた女が姿を現す。赤い赤い、悍ましい呪の込められた短剣を持って。

 

「あなたは──」

 

 暗い暗い地の底で、鮮血が、舞った。




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