迷宮にて謳うは血狂、現世にて咲くは死桜。 (C-tan)
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必死に生きてこそ、その生涯は光を放つ。

織田信長


人斬り──

 

 

それは現世(うつしよ)にて跳梁跋扈する数多なる(かたき)を斬り捨てる使命を授かりて兇刃を握り、『天誅』の名の元常闇に息を潜めては命の灯火を消す者なり。

 

それは戦場を、野を、都を変幻自在に暗躍し、数多の屍を踏み進み、孤高にして、志高き傑物に飼われし牙狼なり。

 

それは殺人術の頂きに鎮座せし、万物の変化を死闘により研ぎ澄まされた眼で捉え、見抜き、感じ、武として活用せんとする一騎当千の凶人なり。

 

仕えし君主の為、理想の為、夢幻の為に犠牲となった幾星霜の屍の上に立つ、血濡れたその姿は正しく『悪』そのもの。

 

今から数百年もの安寧の歴史の裏に積み重ね、示されし、『絶対的必要悪』なり。

 

その刃、伏せた亡骸の血と脂で紅に染まり。

 

その技、正に神速かつ必殺の一刀故に、防げる術無し。

 

その理、主の思想を辿り叶える為のみに在り。

 

見方を変えれば我儘の権化とも言える存在は、極東の地の産物なり。

 

称される事無く、(くらがり)に紛れよ。

 

無情に徹し、掟を破る事無かれ。

 

影に生き、影にて死にたまえ。

 

 

 

これは、様々な夢や野望が集う迷宮都市オラリオにて語り紡がれし、“人斬りファミリア”の物語。

かつて常世にて父に首を斬られた一柱の焔女神とその眷属が記した、“人の業と死の物語”なり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョン内部第七階層。

 

新米殺しの異名を取る堅甲の蟻、『キラーアント』や漆黒の十字影『ウォー・シャドウ』等が主に出現し、その固い顎と鋭利な鉤爪を武器に命知らずの冒険者へと襲い掛かる。

 

また他にも物陰や岩裏からは毒の鱗粉を撒き散らす『パープル・モス』や兎型のモンスターである『ニードル・ラビット』が油断した愚か者の足元をすくわんとばかりに身を潜め、狙撃手の如く機会を伺っていた。

 

青く、仄暗い空間は正しく洞窟。

 

ダンジョンにおける登竜門とも言える此処は強さ人数関係無く多くの冒険者が行き来する地点だ。

 

とは言え今の時刻は丑三つ時。

大抵の冒険者は地上に上がるか、更に階層を下った十八階層にある『リヴィラの街』に宿泊するか、のどちらか。

 

つまり、ダンジョン内に今人が居るという事は少々()()()()()()に値する。

 

しかし、そこには夜中の迷宮内を疾走する三人の男があった。

 

名はそれぞれホップ、ライク、メビスと言う。

 

頑健な鎧を身に纏うその姿からして、冒険者だろうか。右から順に直剣、戦斧、弓と装備し、うち禿げ頭のドワーフことライクは背中に巨大なバックを背負っていた。

 

「……ハァ……ハァ、ったくッ、なんでこんな事になっちまったんだよ!」

 

リーダー格の男であるヒュームのホップは、握った直剣で亀裂より産まれたモンスターを倒しながら愚痴を漏らす。

 

表情は険しく、また後方の二人も同様な表情を浮かべていた。

 

「どうすんだよホップ!()()()()、もうすぐそこまできちまってるぞ」

 

「わかってるよンなこたぁ!クソッ!」

 

赤毛の短髪と背負った木弓が特徴的な小人族(パルゥム)の男メビスの()と言う言葉を耳にした途端に、ホップは焦りからか汗腺から更なる脂汗が溢れでた。

 

彼等は中堅ファミリアである、【ソーマ・ファミリア】に所属する冒険者だった。

 

団員の構成人数だけならば都市最多とも言われる【ソーマ・ファミリア】の存在を、最も明白に言葉で言い表すならば『質の悪い連中』だろう。

 

と、言うのも、彼等は皆主神であるソーマが生成する神酒(ソーマ)と呼ばれる酒を求め、ダンジョンに潜り金を稼ごうとする。が、その大半は恐喝や強盗、暴力等の犯罪紛いの行為に手を染めた狂的な団員がファミリアの大半を占めているらしく、中には殺人を犯してまで金をむしり取ろうとする輩も少なからずいる模様。

その粗暴な振る舞いと危険性故にギルドや他のファミリアからは嫌悪されていた。

 

しかし、だ。

一体何が彼等をそんな暴漢連中へと変貌させるのか。

 

それは神酒(ソーマ)の特性にあった。

神の酒と名付けられる程、他の酒とは比にならない幸福感。意識はまるで雲の様に軽くなり、四肢の先に至るまで満たされる快楽は正に至極。

そんなあらゆる幸せを体現したかの様な一口はファミリアの団員を魅了した。

 

ホップ達三人も同様、冒険者依頼(クエスト)達成の報酬に味わった神酒(ソーマ)の味が忘れられなくなり、ダンジョンに死に者狂いで潜り、稼いでいた。

しかしその至極の一杯までへの道程は長く、幸福を得るには大金を要求される。

当然Lv.2に成り立ての冒険者が稼げる額なんぞその一口に比べれば微々たる物で、あの脳に焼き付いて離れない神酒(ソーマ)を飲むには到底足りないのだ。

 

飲みたい。呑みたい。ノミタイ。

 

この世の物とは思えない程気持ちよくて。美味くて。幸せで。

考えるだけでも唾液で口内が洪水が起きる。

 

脳内はあの酒の事で埋め尽くされていた。

 

もう普通の酒では物足りず、渇いて渇いて仕方がなかったある日の事。

 

ダンジョンから出てきた彼等の元にある男から商談を持ちかけられたのだ。

 

内容は都内での麻薬の密売。

 

当然オラリオでは麻薬を医療目的以外で使用する事を固く禁じており、最低でも冒険者資格の剥奪や禁固刑は免れないほど、厳しく取り締まわられている。

 

しかしその分見返りも大きく、一、二回成功するだけで多額の報酬金が手に入るのだ。

 

三人は思わず喉を鳴らした。

 

余りにもハイリスクハイリターンな話。まるで甘い餌を前にした虫になったかの様だ。

 

駄目だと、分かっていた。

 

戻れなくなると、知っていた。

 

堕ちてしまうと、感じていた。

 

でも、それでもあの酒の存在はそんな理性の壁をも簡単に破壊させてしまった。

彼等は悪魔と契約したのだった。

 

そこからは天国の様な日々が続いた。待ち合わせ場所のダンジョン七階層に足を運び、紙袋に包まれた麻薬をサポーター用の大型バックに詰め込み、都市の裏に形成されたルートを使用し指定された売り手へと売る。

 

当然街中を通る為、それなりのリスクはあるものの、好都合な事にメビスが小人族(パルゥム)である為、彼にみすぼらしい格好をさせておけば、非力なサポーターに十分に見えた。

 

その為彼等は三人で協力し、何度も何度も麻薬を運び、対象に売って作った金を全て神酒(ソーマ)へと当てると言う、もはや冒険者と名乗るには相応しく無い、堕落しきった生活を送っていた。

 

欠いた心。

 

例え誰が自分達の運んだ麻薬で薬物中毒になり苦しもうが、神酒(ソーマ)を手に出来るだけの金が入るのであれば全部どうだっていい。

 

そんな良心も理性も欠如した彼等は、今宵もまた麻薬を仕入れるべく意気揚々と第七階層へ足を運んだ。

 

この商談を受ける前までは重くて仕方がなかった足取りも今は、まるで羽を授かった様に軽い。

 

ああ、早く金が欲しい。

 

思わず下衆な笑みが漏れた。

 

そして到着。岩壁に囲まれた小洞窟。他の領域よりも薄暗い此処が彼等の待ち合わせ場所になっていた。

 

「よぉ~旦那ぁ!いつものヤツ受け取りにきたぜぇ」

 

喜色満面の笑みのまま、その場に居るであろう死の商人に声を掛ける。

 

しかし、ホップの声が反響するだけで返事は一つとして帰ってこない。

 

「旦那ぁ、居るんだろ?返事してくれよ、なぁおい」

 

そう叫ぶもやはり返事はおろか、物音一つ返ってこないのだ。

 

「おいホップ、どうなってんだよ?」

 

顔をしかめた、心配性のライクが弱々しげなトーンで二人に声を掛ける。

 

「ったく、わかんねぇよ。いつもなら旦那って言やぁ出てくンのによぉ……」

 

「全くだぜ。一体どういうつもりなんだよ。こんな現場を【ガネーシャ・ファミリア】や()にでも見つかりでもしたらサイアクだぞ」

 

「んなこたぁ理解してんだよ、早くして欲しいんだからよ……なぁ居るんだろ旦那ぁ、おーい!返事ぐらい寄越せっての!おーいってば!おーい!」

 

変わらない沈黙に、一抹の不安が脳内を錯綜する。

 

もしかしてこの取引がばれたか?いや、取引相手はこの道に通じたプロの人間。そんなへまをしでかすとは到底思えない。

 

それに加え男は護衛用にLv.4相当の冒険者崩れの用心棒を三人も雇っていた。例え【ガネーシャ・ファミリア】の団員を相手にしたとしても、そう簡単に殺られたり捕まったりはしない筈。

 

なら、一体この洞穴内で何が起きているのか。

 

いつもは何気無く潜っていた洞窟の入り口に対し、今だけは狂暴な獣があんぐりと漆黒の顎を開いているかの様な、得体の知れない感覚的恐怖心が全身をよぎった。

 

 

 

 

「………………ぁ……な、なあ二人とも、あれ」

 

その時だった。

 

ライクが指した指先には、奥から何者かがゆっくりと歩いて来ていた。

 

ゆっくり、ゆっくり。

 

一歩、一歩。

 

そのシルエットは覚束ない足取りでひたひたとこちらへ近付いてくるではないか。

 

やがてその正体は、三人にとって今一番会いたかった人物である麻薬密売の男だった。

 

「あ、なんだよ。おい旦那ぁ、一体何やって──「ホップ」」

 

ホップの話を遮った男は入り口の少し中にて立ち止まり、静かに顔を上げた。

 

上げて、たった一言。こう言った。

 

 

 

 

 

 

──助けてくれ。

 

 

刹那、男の胸を白銀の刀身が穿った。

 

「おおぁぁあぁハァああッッ!ぁ痛いぃ!いだぁあぁッ!!」

 

心臓を貫かれる、という想像を絶する痛みから来た、耳を塞ぎたくなるような男の絶叫。

 

大量の血飛沫が繰り返し飛散し、辺りを己の血で汚す。

 

その刀身は返り血で徐々に赤色に染まる。

 

服を破き、肉を切り、骨を断った刀身は、男の体内を今なお傷つけ続け、肺や肋骨はもちろんの事刀身が脂で滑り更に下へと下ることで、一文字に裂けた傷口の間からはだらりと男の臓腑が垂れた。

 

鮮やかなピンク色をしたそれを見た三人の顔からは思わず血の気が引き、絶句する。

 

「があぁぁ………ぇぁ……」

 

白目を剥き、血の混じった泡を口から吐き続ける男。

 

しばらく痙攣で体を不規則に跳ねさせるも、数秒後に男はその場で絶命した。

 

緩慢な動きで引き抜かれる刀身。

 

支えを失った男の肉体はその場に崩れ、口を半開きにさせたまま二度と動く事は無かった。

 

「あ、あぁ」

 

モンスターに喰い殺された冒険者の死体は見たことがあった。しかし目の前で、それも人が苦しみ、喘ぎ、泣きじゃくりながら激痛に苛まれ惨殺される。トラウマ必須の光景は三人を恐怖させた。

 

 

 

「全く、だらしない。所詮は豚畜生同然、か」

 

 

 

そんな台詞を吐き、男の骸を踏み現れたのは三白眼の白黒目をした長身の男。後頭部で括られた黒髪は僅かに吹き抜ける風にそよそよと揺れていた。

 

しかしその姿は、一言でいえば少々“奇妙”だった。

 

模様の一切あしらわれていない、闇の如く黒い着流しを身に纏い、その中には極東由来の甲冑である具足を身につけている。

 

腰には白鞘と黒鞘の二振りの太刀を差し、内黒鞘の太刀は抜刀され、黒衣の男の右手に握られていた。反った銀の刀身が特徴的な男の太刀は、まるで『血が啜り足りない』と訴えるかの様に、妖しく、赤く煌めいていた。

 

と、ここまでだと余り違和感は感じず、風変わりな冒険者程度のものでしかない。

 

では一体どこが“奇妙”なのか。

 

それは彼の被る黒い笠だ。

 

冒険者という存在は基本的に顔全体を隠す様な防具や装備品を好まない。最も、その防具が非常に優秀な防御力や特別な何かを有しているなら話は変わるが、理由としては主に二つあり、一つは体、それも首にかかる負担が大きいから、という物。

そしてもう一つは、視界が狭まるという、戦いに身を置く者にとって致命的な欠点があるからだ。視界とは戦闘時に最も多くの情報が入ってくる場所である。その為、視界を邪魔するようなデザインの武具、ましてや男が着用しているような大きな笠は無駄その物なのだ。

 

黒染めの着流し姿に黒い笠。

 

この珍妙な格好を好んで身に纏うなど、このオラリオの中でもただ一つ。

 

【カグツチ・ファミリア】

 

又の名を“人斬り鴉”で知られている、遥か昔に極東より流れ着いた武士(もののふ)のファミリアであった。

 

中でもこの黒笠の男──マガツヒノ・首屠(オビト)はこのファミリアの中における団長もとい筆頭と呼ばれる地位に身を置く人物。

同時に都市最凶の称号を併せ持った彼の性格は冷徹にして残虐。公私問わず一度斬ると決めた相手は決して逃がさないとされ、現に彼に狙われ生き延びた人間は誰一人として居ない。

 

そんな悪魔的実力を持つ彼から一心不乱に逃げ惑い、今に至る。

 

岩陰に三人は隠れ、腰から力が抜け落ちる様にその場に座り込む。体力は限界。必死に逃げ隠れをしたものの、距離を放すどころか、むしろ初めよりも詰められている。おまけに男の立ち回りが絶妙に上手いためか、上層へと続く階段からじわりじわりと遠ざけられ気がつく頃には第七階層の最端へと追い詰められていた。

 

「何だ、もう仕舞いか」

 

抜き身の太刀片手にそう告げる首屠。彼の履く具足が鳴らす、鉄の擦れる音が深夜の洞穴によく響いた。

 

そしてその足はゆっくりではある物の確実にホップ達が身を隠す方へと向かって来ている。カチャリ、カチャリと。三人にとってこの音は正に死神の足音。

死は目前まで迫っていた。

 

「な、なぁ、どうするんだよ。俺まだ死にたくねぇよぉ」

 

ライクは先程の凄惨な光景が忘れられないのか、歯をガチガチと鳴らしながら怯えた表情でホップにすり寄る。

 

「寄るなよ気色わりぃ!俺だって今どうするか考えてんだよ!」

 

怒気を孕んだ声色で叱咤し、乱暴に弾き飛ばすホップ。焦燥に駆られた彼もまた、しっかりとあの光景が焼き付いて離れなかった。

 

自分達も捕まれば、待っているのは確実なる死。

 

心臓を穿たれる。

肺を裂かれる。

腸を破られる。

胃を裂かれる。

骨を断たれる。

 

考えれば考えるだけ、徐々にライク同様震えが止まらなくなった。

 

嫌だ、あんな惨たらしい最期は絶対嫌だ。

 

しかしそんな中、メビスだけは少し違っていた。

 

皆が怯え、自分自身を放すまいと抱き締めていたが、彼は手に弓矢を握っていたのだ。眼には闘志、と言うよりかはむしろ狂気の様な者が宿っていた。

 

「………ェヘ、へへへ、ぇ…」

 

「おいメビス、てめえ何笑って──」

 

立ち上がり、抜刀した弓の弦に矢を引っかける。

 

「殺るぞ、アイツの事」

 

「とち狂ったのか!?無理に決まってんだろうが!相手はあの【カグツチ・ファミリア】の人間、それも筆頭だぞ」

 

「ああそうだ。確かに()()な話だ。たが決して()()じゃねぇ」

 

「あ?どういう事だよ」

 

「奴の格好見てみろ。抜き身の刀二振りしか持っちゃいねぇだろ?飛び道具なんて持ってねぇ訳だ」

 

見れば確かに首屠の携帯している武器はあの腰に差した二振りの太刀のみ。しかし、その太刀こそが今現在に置いて何よりの脅威。

幾ら他の武器を保有していないからと言ってまともに、それも三人が全力で飛びかかっても到底勝てる相手等では無いのだ。

 

「それが一体何だってんだよ」

 

「つまり飛び道具のある俺達の方が有利って訳だよ。安心しろ。作戦はある。いいか………」

 

「…………っ!?成る程な、そう言う作戦か。確かにやってみる価値は大有りだ」

 

「だろ?おいライク、てめぇもドワーフならいつまでもビビってねぇで腹括れこの野郎」

 

「……で、でも。その作戦が失敗したら俺達は──」

 

「ならてめぇは何もせずにただ黙ってくたばるのか?せっかく極上の生活を手に入れたんだぜ?こんな簡単に手放してたまるかよ。それに俺はまだ、死ぬつもりは毛頭ねえしな。お前もそうだろ?な?」

 

「……………チッ、ああ……クソッ!わかったよ。乗るよその話!こちとらずっとリスク背負ってまでやって来た事なんだ……アウトローの意地ぃ見せてやる!」

 

三人は意思を固め、メビスは後方の岩が削れて出来た崖へと全速力で移動し、残る二人は岩陰から飛び出す。ホップは直剣を、ライクは戦斧を汗にまみれ濡れた手で握り込み、戦闘体勢をとった。

 

「ほぉ……向かってくるか」

 

てっきり命乞いをしてくるものだとばかり思っていた首屠は少々拍子抜けな様子を見せる。

しかし変わらずその白黒目で二人に据えた視線を送り、威圧した。

覇気、そう呼ぶにはあまりにもおぞましく、そして禍々しい雰囲気を纏い放つ彼は両足を前後に小さくずらし、正眼の構えをとる。喉元へ真っ直ぐ向いた太刀の切先は周囲のぼやけた光を受け、深い鈍色に輝いていた。

 

「うっ……」

 

気圧され、固めていた表情に亀裂が入るライク。

 

「びびんじゃねぇライク、俺らはちょっとばかし耐えればいいんだからよ。そうすりゃ後はメビスが一撃きめてくれる。あとはタコ殴りにすりゃあ……!」

 

 

俺達の勝ちだ。

 

 

口を三日月状に曲げ、自分自身を鼓舞し、より強い力で剣の柄を握るホップ。

 

一方首屠は動き一つ見せず、ただじっと殺気を滲ませながらこちら側を見据えたままだ。

 

白黒目が鋭く刺さる。

 

思わずたじろぐが、決して退こうとはしなかった。一太刀、そう一太刀さえかわすか防ぐ、もしくは首屠の意識を逸らすかさえすれば。その振り切った直後にメビスの弓が彼の何処かしらを狙い射つ。

幾ら相手が規格外な存在だとしても人である事には代わり無い。なら、当然多少なりとも痛みに動きを止める筈。その隙に、彼等は無茶苦茶でも構わないから攻撃を加えて仕留める。

 

それがメビスが考案した作戦だった。

 

メビスはLv.2だが、父親が狩人だった影響もあり、幼い頃から弓矢の知識や扱いには長けていた。おまけに彼が唯一持つスキルである【狙撃(スナイプ)】は狙撃命中精度、ストッピングパワーを底上げする、と言う弓使いにもこの作戦にももってこいの代物だった為、二人は彼の立案を受け入れたのだ。

 

「頼むぜメビス……こいつの成功の鍵はお前にかかって──」

 

そして、メビスが弓矢を引き絞っているであろう小さな崖の上を見た、その時だった。

 

「あ、あれ?」

 

突然戦闘そっちのけに、辺りを見回すホップ。

 

「お、おいホップ、どうしたんだよ。今は作戦に集中するべきだぞ」

 

「……居ねぇ」

 

「………………は?」

 

「メビスが、居ねぇ」

 

言葉を喪失し、立ち尽くすホップ。初めは彼の言葉を疑っていたが、その姿はやはり見えず、あったのは虚無のみだった。

 

「おい、どいゆうことだよ。ええ?なぁ、おいメビスぅ!早く殺れよおい!」

 

「そうだぜメビス!早く出てこいって!どうせもうスタンバってんだろ、冗談なんて今はいらねぇぞ!」

 

心臓が締め付けられ、冷たい感覚が全身を撫でる。

 

 

消えたメビス。

 

 

 

 

『絶望』

 

 

 

 

刹那、この二文字だけが脳内に浮かび、それ以外の一切を打ち払った。

 

「糞がァァァァァァァァッッ!!あの糞小人族(パルゥム)がぁ!糞ッ!糞ッッ!糞ォォォォッッ!」

 

怨嗟の怒号を上げ、二人を置き見捨てて逃げ去った小人族(パルゥム)の仲間にありったけの罵倒を浴びせた。ライクに至っては放心状態になり、ひたすら「嫌だ、死にたくない」と繰り返し繰り返し唱えている。

 

「ククク……、無様だな豚畜生共」

 

構えを崩し、二人へと抜刀したまま歩み寄る。

 

「ああ!?だれが無様だと?」

 

激昂し、ホップは首屠の方へと勢い良く振り替える。そんな彼に一切の同様を見せること無く、余裕を見せながら嘲笑した。

 

「貴様以外に誰がいる?裏切られ、地に伏せ嘆く姿は実に無様だ。良く似合っているぞ。豚畜生」

 

「うるせぇぇぇあああ!!」

 

目を血走らせ、声を裏返しながら、抜き身の直剣で切りかかる。自暴自棄になり乱れたその太刀筋を、頭の上へと振り上げた直後。

銀の一閃が走ったかと思えば、首屠の後方へと抜けて行ったホップの姿は既に手遅れ。赤い線が出来た首は、空中に血飛沫を撒き散らしながら大きな弧を描き、やがて固い地面へと転がった。

斬られた事にすら気づかなかったのか、切りかかって来た時とさほど変わらない表情で転がり、数メートル先の壁を軽く叩く。

 

重い頭を支える軸と言うだけあり、数十にも渡り重なる筋肉に加え、頑強な脛椎を有している首をたった一刀、それも両者とも動きながら断頭するその行為は誰しもが簡単に出来る技では無い。正しく神業と呼ぶに値するその技術は【カグツチ・ファミリア】の頂に席を置く冒険者──否()()()だからこその芸当なのだ。

 

その一連の光景を見たライクの股間の辺りは湿り、腰が抜けたのか四つん這いになりながら声にならない悲鳴を上げていた。

 

目が合う。

 

足先がこちらを向く。

 

「嫌だ、嫌だァ!………た、た、助けてくれよ、なあ、金ならやるよ。ほら、神酒(ソーマ)だってやるさ。なんなら女だって、し、紹介してやる!懺悔だってする!毎日ま、麻薬に犠牲になった家族とかに、あ、謝りにいくから、土下座するからぁ!なぁお願いだぁ………た、助けてくれ。いや助けて下さ──────ぁ」

 

飛ぶ生首。

 

地に吸い込まれる体。

 

首屠は太刀に付着した血を払い、鞘に納刀した。

 

その後物言わぬ骸になった二人が首から下げていたドッグタグを引きちぎり、懐に仕舞うと、変わりに煙草とジッポライターを手に取る。

 

火をつけ、肺を煙で満たす。

 

「犠牲者はお前の平謝りなんぞ端からこれっぽっちも欲しておらん。一貫して欲するのは、お前達の『絶望した間抜け面』。ただそれだけ、だ」

 

煙草を血の海へ投げ捨て、足で踏み消し、そう言葉を吐露した首屠は無惨に散った屍へ漆黒の背を向ける。

そして既に上の層で待機していた仲間の兇刃によって仕留められているであろう裏切り者(メビス)の元へと、まるで彷徨い歩く幽鬼の如き黒衣姿を影に溶かし、もと来た道を戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

人は業にて生き、欲にて動く。

 

次第に心の深淵には必然なる『罪』が産まれる。

 

やがて業と欲を糧に肥えた『罪』は歪な暴獣(けだもの)と化し、心を縛る理性の鎖を引きちぎる。

 

そうなればもはや、それは人の形をした獣に成り下がる。

 

 

それを斬る。

故に人斬り(われ)有り。

 

 

時代を生かす。

故に人斬り(われ)有り。

 

 

そう、故に人斬り(われ)有り。

 

 

 




はい、こんな感じの作風で行きますので、批評して頂ければ幸いです!


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お気に入り二十件以上って、やべぇよやべぇよ(歓喜)

コメントをして下さった方、批評・お気に入りして下さった方。心より感謝申し上げます!

相変わらずグダグダではありますがこれからも宜しくお願いさしすせそ。








最期の勝ちを得るにはどうしたら良いかを考えよ。

黒田官兵衛



翌朝。

 

爛々と輝く天球が、現世に残る宵闇と入れ替わり、優しくこの世を飲み込む頃。

 

神殿造(パンテオン)が特徴的なオラリオの中枢組織であるギルドの面談室の一室にて、二人の男が対面していた。

 

一人は壮年のヒュームの男性。

名はハロルトと言い、此処ギルドに置ける、ロイマンに次いだ権力者の一人だ。基本的に気を荒立てる事の無い穏和な性格と培ってきたキャリアを持つ彼は、職員内の中でも信頼された立場にいた。

その為、重要な外務交渉や取引等の仕事を任される程のギルドにとっての重鎮であった。

 

そして、そんな彼の前に居るのは【カグツチ・ファミリア】の筆頭ことマガツヒノ・首屠。

黒染めの笠を深めに被り、着流しの袖縁から黒鉄製の籠手を覗かせながら腕を組んで座るその姿は正に歴戦の武士(もののふ)たる威厳に満ちていた。

 

「今回の分だ。ハロルト」

 

二人に挟まれる形で設置されたローテーブルの上に首屠は懐から取り出した計三つのドッグタグをチャリと置く。鈍色のそれは赤く染まっており、なぜそうなっているのかは想像に固くない。

 

「えぇと、ホップ・ラスクスにライク・ハートルマン、メビス・ショー…………良し、全て揃っていますね。では首屠殿、任務お疲れ様でした。以上の事は次回の会議の際に、上へと報告しておきます」

 

ハロルトはドッグタグを回収し、変わりに錠前のついた上等な木箱を取り出す。かけられていた鍵を施錠し、蓋を開けると中には煌々と黄金に輝く金貨が、気前の良い光を放ち、規則正しく詰められていた。

 

「こちらが今回の報酬、合計して百万ヴァリスになります。後は、いつも通りこちらから拠点へと輸送しておきます故、ご安心を」

 

「………偽りは無いな?」

 

恐ろしく低い声色。

まるで、氷を骨に直接押し当てられたかの様な感覚がハロルトの背中を通過する。

 

「無論、滅相もございません。生憎と私には可愛い孫が居ます故、その様な命知らずな真似は決して致しません」

 

「ふん、なら良い。前に貴様の代理として担当した若造は、運搬の際に報酬金の内幾らかをくすねて行きよったからな」

 

命知らずな若者が居たものだな。と密かに思案し、言葉を更に繋げる。

 

「それで、どうなさったのですか?」

 

「聞いてどうする」

 

「まぁ、興味本意で聞いたまでです」

 

「構わず手首を斬り落としてやっただけだ」

 

「はは……それは………まぁ、笑えませんな」

 

本当に笑えない。

 

つい最近、二十そこらのギルド職員が血だらけの手首を抱えたまま治療院に駆け込んで来た、と言う話を耳にしていたハロルト。

普段担当している彼だからこそ感じていた、もしかしたらと言う思考と出来事が合致し、思わず血の気が引いた顔つきになった彼。そんな顔を首屠は軽く笑うと、笠をおもむろに被り直した。

 

「それはそうと、だ。ハロルト」

 

「は、はい。なんでしょうか」

 

「俺が斬った輩以外にも、麻薬密売に手を染めていた連中がいたが……」

 

「ええ、残りの残党もリーダー格の男を残し、そちらのファミリア方の手により、あらかたは終息しました。現に、貴方が来る少し前に同じファミリアの方々がお目見えになられていましたので、恐らくはそのご報告をなされていたのかと」

 

「そうか、なら良い」

 

羊皮紙に書かれた三人の名前は、巷を騒がせていた麻薬密売の手を引いていた冒険者だった。

 

彼等の捌いていた麻薬は、他の麻薬を凌駕する程の中毒性や快楽成分を有しており、使用した者は一時的ではあるものの、天にも昇る程の快楽を得ることが出来る。が、次第に異常な発熱を体内で起こすようになり、二、三週間もすれば目は腐り、筋肉は溶け、皮膚は爛れ最期には例外無く悲惨な末路を辿っていた。

酷い物になれば、肉体が粥の様に溶解した状態で発見された遺体もあったそうだ。

 

しかし、だ。

何故今まで彼等が捕縛されなかったのか。

 

それは彼等の組織的構成に問題があったからだ。

大金を餌に釣られたのは、何も冒険者だけでは無かった。

Lv.4.5相当の冒険者崩れ達や金に目が眩んだギルド職員。更に厄介な事に、あの闇派閥(イヴィルス)すらも裏からではあるが一枚噛んでいたのだ。

治安維持派閥の【ガネーシャ・ファミリア】を動かそうにも、闇派閥(イヴィルス)が絡んでいる以上、堂々と表立って動かす事は出来ず、何よりそうする事で「ギルド職員が麻薬密売に荷担していた」と言う事を世間に知らしめてしまい、ギルドの面子を崩壊させる未来に繋がると危惧したロイマンや他のキャリアが居た為なかなか行動に起こせないまま時は過ぎ、結果としてもう【ガネーシャ・ファミリア】の保有する戦力では手の打ちようが無い段階まで被害と密売組織の戦力の拡大を許してしまったのだ。

 

こうなってしまった以上、苦渋の決断ではあるがもう頼る先は彼等はしかいなかったのだ。

 

【カグツチ・ファミリア】

 

対人実績、依頼成功率共に都市最高峰の彼等はギルドと裏で通じていおり、言わば隠密部隊的立ち位置のファミリアだった。

 

しかし、ギルドが【カグツチ・ファミリア】を動かす。つまり、都市トップクラスの力を有する彼等を動かすと言う事実は、裏を返せばそれは都市転覆の危機が迫っていると言う事。

世間に露呈すればいずれにせよギルドに立場は無い。

 

かと言って麻薬密売をこれ以上許せば先に都市が腐ってしまう。天秤に掛けるまでもなく、明白に迫った危機。だからこそ、ロイマン達ギルドは彼等へと依頼したのだ。

 

結果として、麻薬密売の組織はリーダー格の男のみを残し僅か四日で全コミュニティは壊滅。

ギルドが依頼したとの事実も抹消され、表には残らない、闇の活動記録として処理されたのだった。

 

勿論、唐突な事件の終息に懐疑的な意見を持つ連中も居たには居たのだが、ギルドがこの一件に箝口令を敷いた為、不自然な形ではあるが言及も無くなり、やがて完全に姿を消した。

 

「ですが……」

 

ハロルトの表情に影が差す。

 

「どうした」

 

「……この話は貴方が来る少し前に聞いた話なのですが、どうやら【カグツチ・ファミリア】が斬った麻薬密売のコミュニティの中に一人【ロキ・ファミリア】の冒険者が交じっていたらしく──」

 

「ほう……」

 

「なんでも、その捕縛したリーダー格の男が言うには、彼には一人の病弱な妹が居たらしく、その治療費を稼ぐべくしてその密売に手を貸していたのだそうです。

おまけに麻薬密売をしていた事実を主神であるロキを含んだ団員が知っていたかは定かではありませんが、彼に病弱な妹がいた事は認知していたようでして、明日にもなれば、その彼が斬られたと言う事も【ロキ・ファミリア】全体に知れ渡る事でしょう」

 

「成る程な……それは確かに、少々面倒な話だ」

 

 

【カグツチ・ファミリア】の正義。

 

 

その概念に対し、否定的な意見を持つ者も少なく無い。

 

正義や秩序の為とは言え、人の命を奪う訳だから当然斬られた側の人間には【カグツチ・ファミリア】に対し、大なり小なり怒りや悲しみの念が残る。

ましてや今回の一件の様に、訳ありながらも仕方が無く手を貸していた人間が斬られた等と言う事があれば、尚更反感を買い、中には報復を企てる者も出てくるだろう。

 

果たしてその報復を【ロキ・ファミリア】の面々が仕掛けて来るかはわからないが、もしそうなれば最悪、都市全体を巻き込んだ復讐戦争へと発展しかねないのだ。

 

なんせ、両派閥とも実力は全ファミリアの中でも最高峰の領域。

まともに衝突すれば両者ともただでは済まされない。

 

最も、【カグツチ・ファミリア】の掲げる正義の形はハロルト自身理解しているし、何より彼等の活動のお陰で都市内の犯罪件数は年を重ねるに連れ、減少傾向にある。

一部の市民や神からは感謝の言葉さえ貰う程、彼等の恐怖から来る影響力は絶大なのだ。

 

だからこそ、【カグツチ・ファミリア】の担当を長年しているハロルトには辛い物があった。

 

彼等の努力を認めてくれる人が一人でも増えて欲しい。知って欲しい。耳にして欲しい。彼等を否定的な目で見ないで欲しい。

しかし、やはり客観的に見ればやはりそうはならず、悪のレッテルは依然として剥がれる素振りすらも見せなかったのだ。

 

「ですからどうか首屠殿。ここは穏便に済ますべく私からも謝罪をし──」

 

「ハロルト」

 

「は、はい」

 

「団員でも無い貴様が知ったような口ぶりを効いて良い話では無い。黙れ」

 

首屠の白黒目が鋭く尖り、ハロルトの目を穿つ。

 

「ぁ────申し訳ありません。出過ぎた真似を」

 

思わず目を下へと反らし、萎縮した。

 

「例え相手が最強派閥であろうと何であろうと、志す正義がある以上俺達は何一つ躊躇うこと無く刃を振るう。その邪魔は誰にもさせん」

 

側に立て掛けてあった、白鞘と黒鞘の二振りの太刀を腰へと差し直し、その場に立ち上がる。

そして、この客室の入り口と出口に当たる扉のドアノブに手をかけ、開けた。

 

 

「悪は誰であろうと、全て斬る。それが俺達の信じる正義への架け橋だ」

 

 

ギィと悲鳴をあげる扉を閉め、首屠はギルドを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【カグツチ・ファミリア】が拠点もとい屯所を構える場所は、第七区画の最西端にあった。

 

極東ではよく見られる木製の長屋門に、屋根には黒光りする瓦が所狭しと並べられている。

それを中心に左右に広がりを見せる黒と白の塀。付近には灯籠や提灯、そして彼等のファミリアのエンブレムでもある“女の生首”と“炎”が描かれた横断幕が垂れていた。

 

「首屠筆頭、お勤めご苦労様です」

 

門の左右前には黒い和装に身を包み、脇差しと木の長棒を携えた【カグツチ・ファミリア】の団員が首屠の姿をその目で捉えるや否や、労いの言葉を送った後一糸乱れぬ動きでお辞儀をする。

 

それに対し特に返事をする事無く、彼は本殿へと敷かれた石畳をたどり、中へと入っていった。

 

拠点内は広く、横開きの扉を開け、玄関をくぐれば木造建築特有の木の香りが鼻を撫でる。豪華絢爛とまでは行かないものの、何処か雅で風情のある装飾には品がある。

正面からは虎と龍が互いに睨みあっている様子の屏風が彼を出迎えてくれた。

 

そんな玄関を右手に曲がり、真っ直ぐな廊下を暫く進む。

 

木製の床を叩く、彼の足音だけが閑静な廊下に響き渡る。と言うのも、基本的に屋敷内は幹部以上の階級を持つ者、もしくは特別に許可を貰った者以外の入場は許可していない。

 

理由としては大まかに分けて二つあり、一つは、ここにはファミリアに関する機密文書や禁書等を数多く保管している部屋が存在する為だ。仕事柄、秘匿的事項を多く所有している為、安易に団員を屋敷内に入れては、もしスパイ等が居た場合取り返しのつかない事態に発展するやも知れない。

最悪、ファミリアの破滅だってあり得るのだ。

過去には、【カグツチ・ファミリア】の文書の数々を盗みだし奇襲に活用しようとした他派閥の連中が実際に団員に紛れ混んでいた為この処置は必須とされたのだ。

 

そして二つ目の理由は、この【カグツチ・ファミリア】には幹部の階級を持つ者には、それぞれ『隊』を保有する事を義務づけられるからだ。

『隊』とは、一隊八名の団員で構成された班の事で、それぞれ幹部の一席には一番隊、二席には二番隊、三席には三番隊と言う風に用意される。そして任務や仕事の際には、幹部が隊を率いて事の解決に当たるのだ。

しかし面倒な事に、団員、幹部の間でも仲の良い悪いが存在する。まだいざこざ程度の話で済めば警告のみで済む。しかし、もし下手をして他の隊の団員による内戦が勃発すれば、ファミリア内の法度に則りその隊は解体した後、それ相応と言う形で粛清しなければならなくなってしまう。

それを未然に防ぐべく提案され、取り入れたのだ。

 

他にも、『団を脱するべからず』や『他のファミリアからの改宗者は受け入れるべからず』と、厳しすぎるとも取れる規則の数々。他のファミリアに比べればその異様さは一目瞭然だろう。でも、この規則があるからこそ、団はより固く強靭な組織となり【カグツチ・ファミリア】の最凶神話は語り継がれる物となったのだ。

 

故に今ここにいるのは幹部六名、参謀一名、副頭一名、筆頭一名、神一柱の計十名と屋敷の広さの割には随分少ない。

 

そして、長い廊下を進んだ先に見えたのは他の部屋とは一線を画した雰囲気を放つ一室。

 

金色に縁取られた襖を開け、中へと入る。

ここはこのファミリアの主神である女神カグツチの自室だった。

業物らしき刀や抜き身の薙刀に畳床いっぱいに散らかった巻物。それらはお伽噺や軍記伝と、ジャンルはまばら。中央の床の間には『悪・即・斬』と達筆で書かれた掛け軸が垂れていた。

そんな部屋の丁度真ん中にちょこんと座り、白い布団を顔まで被ってぞもぞと動くそれ。

襖を開く音と共に、こちらの存在に気付くやくるりと小さな顔を首屠の方へ向け、読んでいたであろう絵巻物と被っていた布団を放り出すと、目を輝かせながら真っ直ぐに彼の元へと駆け寄ってきた。

 

「おーおー。よう帰ったな、()()

 

「ええ、只今帰りました。()よ」

 

首屠の事を小僧と呼んだ彼女に対し、被った黒笠を脱ぐとその場に立て膝を着き、頭を軽く垂れる。そして、普段の絶対零度な彼からは想像も出来ない様な、穏やかでそれでいて優しい微笑みをこしらえた。

 

「むふーっ。お前が居らぬとやはりつまらんなぁ、あ、そうだ。犬を飼わぬか?犬は良いぞ?暇潰しにも癒しにもなるからな。丁度先程まで犬の図鑑を見ていたのだ。ワシは柴犬が欲しいぞ?」

 

「解りました。また明日にでも()()()()()()()へと参りましょうか」

 

「やったぁ!楽しみじゃなぁ、えへへぇ」

 

両手を頬に当て、とろけた表情で無邪気に笑う少女。

彼女こそ、生まれながら身に宿す焔の力で母を焼き殺してしまい『親殺し』の罪を背負った後父に斬られ常世を追われたとされる、あの焔神カグツチその神であった。

 

「怪我の方は………まぁ心配要らぬか」

 

きめ細やかな色白い肌に、首屠とは対照的な柔らかく小さい手。

頭部の両端で結わえた毛先が仄かに赤い銀髪と、夕焼けの如き朱の瞳に加え、幼さと大人の色気の両方が入り交じった美しい顔立ちは文字通り絶世の美少女だ。

 

舞い散る紅葉の柄が特徴的な、花魁の衣装を彷彿とさせる暖色系統の色で織られた着物は少しだけており、そこから僅かに覗く丸くこじんまりとした肩と、大きすぎず、かと言って決して小さくもない乳房は道行く全ての者の視線を釘付けにする程魅力的に映る。

 

そして、何より特徴的なのが、首に走った一筋の赤い細線。茨の様に歪な形状をしたそれは、かつて斬られた時に付いた傷なのか、はたまた彼女を縛る何らかの枷を表しているのか。

それは神のみぞ知る、と言う物だろう。

 

「で、今回の任務はどうじゃった?楽しかったか?」

 

「いいえ、最近の冒険者は全くと言って良い程味が歯応えが在りませぬ。全く、体たらくここに極まれり、とでも言いましょうか」

 

「むぅ、ギルドの阿呆共が手を焼いていると聞いていたから、少しは楽しめたかと思ったのじゃが……まぁ貴様の強さであれば仕方あるまいか」

 

首屠の身長が190近くもあるに対し、彼女の身長は150余り。それ故に彼女は彼の肘辺りをぺちぺちと叩き、「どんまい」と言わんばかりの仕草を取った。

 

「にしても、強()()()と言うのもここまで来れば酷な話じゃな。幾らその剣を交えど、貴様の持つ闘争への渇きは到底潤せまい。唯一潤せるとすればぁ…………そうじゃな、もう【猛者(おうじゃ)】ぐらいしか残って居らなさそうだしの?

どうじゃ?退屈しのぎに今度遠征がてら七十階層あたりまで進出してみてはどうじゃ?まだ見ぬ強敵との戦い………うむ、昔読んだ童話のようじゃ」

 

「その気持ちは有難い限りですが、生憎私を含め団員はそのような事に余り興味が在りませぬ。もしダンジョン優先に考える様な人間であれば、このファミリアに籍を置きはしないでしょう。

それに加え、我々のファミリアにとって第一に考えるべきはダンジョンの新階層進出などでは無く──」

 

「『悪・即・斬』、であろう?私が組織したファミリアだ。それぐらいは当然心得ておるわい。全く、冗談を根っこからまともに受け取るあたり、昔と何も変わって居らぬなぁ」

 

「申し訳ありません」

 

「何、そちらの方が可愛げがあると言う物。お前らしくて結構じゃ」

 

今だけは、あの冷徹で無慈悲な人斬りである首屠の影は無く、代わりに、まるで母親を前にした子の様な、そんな健やかな顔がそこにはあった。

 

「では、この後七時から今回の任務の報告会が有ります故。そろそろ我々も向かいましょうか」

 

懐から取り出した懐中時計を見て、そう告げて背を向けた矢先、首屠の臀部辺りに強い衝撃が走った。

腰に回された白く細い腕。へその下辺りで互いに握りあった小さな掌。

 

「嫌じゃ」

 

「────は?」

 

「は?では無い。報告会なんぞ他の幹部やら何やらに任せておけば良い。小僧は今からワシと一緒に犬の図鑑を見るんじゃ」

 

「……………」

 

始まってしまった。

 

神と言う生き物の大半は基本的に非常に我儘で奔放な性格をしている物であり、故に一度思い立ったら最後、満足するまで決して手を止めようとはしない。

 

その話はカグツチとて例外では無く、彼女のそれには幹部が揃って唸り声を上げる程の難題だった。

 

見た目で言えば十五、六の目麗しい少女が、あざとい態度かつ上目遣いと言う、そこらの男神なら一撃で轟沈させかねないほどの甘美な誘惑をこれでもかと言わんばかりに押し付けてくるではないか。

これを断れば当然彼女は駄々をこねた挙げ句、「どうせワシなんか要らないんじゃろ」等と言う、年齢不釣り合いな稚拙極まりない台詞を吐き捨て、拗ねるのだ。

 

以前、彼女に新しい絵巻物を買って欲しいとせがまれた幹部がそれを断り、それに対し逆上した彼女が三日の間失踪した。と言う、前代未聞の珍事件が発生したのだ。

あの泣く子も黙る人斬りファミリアが、汗を額に血眼になりながら都市内を右往左往している姿はさぞ滑稽だっただろう。

結局彼女の友神である鍛冶女神こと【ヘファイストス・ファミリア】の拠点で世話になっていた事が発覚し、【カグツチ・ファミリア】全団員で謝罪と感謝の礼をしに行った事は、今でも記憶に新しい。

 

この事件以来、ファミリア内には暗黙の掟として、「主神の我儘を断るべからず」と、苦笑しか漏れない代物が密かに敷かれたのだ。

 

しかし、この異常に我儘と言う点を覗けば、立派な神格者である彼女。でなければ、誰もが忌み嫌う人斬り役なんぞ引き受けたりは絶対にしないだろう。

 

悪とは人の本質にして根元である以上、たった一度でもその悪に堕ちた者を救う事は、非常に困難だ。そして、大衆が思い描く綺麗事の正義なんぞ、真なる悪を前にすれば何の役にも立ちはしない。

だからこそ悪には悪を。それも『必要悪』と呼ばれる、“もう一つの正義”を以て死と言う救済を与えるのだ。

 

が、その正義は血濡れそのもの。

人を斬り、罪を背負い、命を奪ったと言う事実を受け入れる。皆が皆こなせる程、楽で簡単な代物では無い。

 

そんな、誰もが嫌がり、避け、煙たがる。だが絶対に必要な役割を彼女は引き受け、この【カグツチ・ファミリア】を組織したのだ。

『悪・即・斬』など、他の派閥に属する団員や一般市民からすれば物騒な言葉でしかない。しかしこのファミリアに置いてその言葉こそが、心底に携えた不動の心理であり、正義であり、規範その物だ。

 

故に、汚してはならない。否汚させはしない。

 

誰からも理解されない尊き理念を汚すこと。

それは同時に女神カグツチがその小さな白い手を血に穢しながらも背負った揺ぎ無き正義を崩壊する事と同義だからだ。

 

今だ犬が描かれた絵巻物片手に膨れっ面でごねる彼女を見る。

 

それならこの駄々も、彼女が背負う業故の反動からくるものなのか。

 

「……ほら、行きますよ」

 

「だから嫌じゃと言って……」

 

「全て終わったら、ゆっくり読みましょう。約束です」

 

小指を差し出し、ぴんとたてる。

 

「………………………はぁ、まぁ、一時間ぐらいは我慢してやるか。全く、ワシは何故か小僧の指切りげんまんだけには弱いわい。あぁナマイキじゃ。ほっんとに好かんわ」

 

不満げな表情を浮かべつつも、首屠の小指に自身の小指を絡め、しっかりと結ぶ。

 

古より伝わる、簡易にして単純な儀式。

 

指切りげんまん。

 

しかし旧友の仲であり、主と子でもある二人にとってそれは、より特別な意味をもち、またその儀式は破ることの許されない重厚な契りとなるのだ。

 

我儘な女神と冷徹な人斬り。

二人はそのまま手を繋ぎ、散らかった部屋を後にするのだった。

 

 




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