笑わない提督 (オマエモ)
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笑わない提督

艦娘の前で全く笑わない提督。そのルーツとは?


かつてはこの私も可愛い艦娘に囲まれたハーレム鎮守府なるものに憧れた。

 

 

そう憧れただけだ。

 

鎮守府の運用が上手く、戦果を上げている提督は艦娘や妖精さんから非常にモテるというプロパガンダを素直に受け取っていた若い頃の話だ。

 

 

地元の学校で高等教育を終了した私はこの「提督」という職業に憧れて海軍の養成施設に入り、1年程の訓練過程を終えて軍人となった。

一応大本営所属の末端軍人として各地の鎮守府と大本営を行ったり来たりして地道に働いて7年、各地の鎮守府とも顔見知りができた。

そこで見せつけられたのは国を護る誇り高き艦娘たちと提督たち現場軍人。

 

海域開放に向け艦娘たちと力を合わせて努力する提督たちの姿は男である私から見ても格好良いものだったのだ。

激しい戦闘で見るに耐えない傷を負った艦娘を見て自ら海の上に立てない自分に憤ったりした。

 

ハーレムなんて言葉はその辺りで私の頭からはなくなっていた。

まぁ、提督と艦娘たちの絆や信頼の強さからいうとあながち間違いではないかも知れないが。

 

 

 

ある日、私が大本営で新たな海域開放へ向けての各鎮守府の動向をまとめているとき、上司である波羅田元帥から呼び出しを受けた。

元帥の執務室に通され、元帥の秘書艦である鳳翔さんから茶を貰い一服した後、元帥が言った。

 

「斧田くん、君、来月から提督やってよ」

 

 

 

なんでも戦力増強の為に鎮守府を新しくいくつか建てるらしく、そこの一つに私が提督として抜擢されたらしい、少佐の階級を与えられた。

かつてこの職業に進んだ動機は恥ずかしいものだった。

だがこの時は軍人として現場で艦娘たちと協力してこの国を護れるのだとアツく、嬉しい気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

 

そして提督としての第一歩、時瑛古布(じぇいこぶ)鎮守府へ着任日のことである。

黒塗りの車から降りた私は鎮守府の門を見上げた。

 

「ここが私の新たなる職場、じぇいこぶ鎮守府か…胸がアツくなるな…!」

 

 

思わず新米の頃、横須賀鎮守府で面倒を見てもらった某戦艦のような口調で独り言を呟いてしまった。

 

 

「お待ちしておりました。斧田…、斧田提督ですね。」

 

「!、はい!新しく提督着任の辞令を受け、参りました、斧田誠一郎です」

 

「自分はじぇいこぶ鎮守府担当の憲兵、絵口信二であります。」

 

 

門前へやってきた憲兵に声をかけられハッとした私が返事をして互いに自己紹介した。

絵口さんは高い身長に整った顔をしたイケメンだった。

ちなみに私は身長は低く割と不細工な造りの顔だったので素直に羨ましく思った。

 

 

「絵口さん、と呼ばせて頂きますね、これから国の為尽力していく所存です。一緒に協力して頑張っていきましょう」

 

そう言ってよろしくと手を差し出した私を絵口さんは軽く睨んだ様子で言った。

 

「分かっているとは思うが、国から賜りし艦娘への不当な扱いを確認した場合は容赦なくしょっぴく」

 

「……」

 

 

提督にもあまり良くない噂を聞く者がたびたびでるらしい。艦娘を不当に扱う提督は信頼を結べず戦果が乏しくなるという。そんな提督を取り締まるのが彼ら憲兵の仕事だ。

戦力と軍の風紀を維持する為に彼ら憲兵がいる。

着任初日からその憲兵に睨みを利かされた私は、仕事に忠実な絵口さんに好感を覚えた。

イケメンのメンチはそこそこ怖かったが。

 

「…心得てます。……では」

 

切り上げて門をくぐり、正面玄関へと進む。後ろに絵口さんのアツい視線を感じながら。

玄関口には駆逐艦の娘が立っていた。こちらに気づき敬礼をして迎えてくれた。

 

「は、はじめまして司令官、特Ⅲ型駆逐艦の電なのです。」

 

私の初期艦はこの娘らしい。目の前の艦娘こそ見た目は可愛いらしいが軍艦の力を秘めた存在なのだ。

先人たちの時代に国を護り、この時代も国を護る為に顕現した敬意を払うべき守護神だ。

 

 

…そう、敬意とか畏怖とかそういう神聖なものなのだ!

なのに…これは…この感情は…

 

カワイイッ!!

 

他の鎮守府で見かけたことはあるが今ほど胸がアツくなったことはなかった。

誰かに伝えて回りたい!この気持ち!

皆さん、ウチの娘が、可愛いんですよ!!

 

ある鎮守府の提督が言っていた、自分の部下だと認識すると愛しさや大事にしようって気持ちが強くなる、と。

 

こんなに愛しい存在に不当な扱いをするような提督がいるなんて考えられないよ。、と。

 

提督と部下の艦娘は特殊な絆や信頼で結ばれ強くなっていく。

もしかしたら、今この瞬間、私と目の前の電との間で絆や信頼が構築されているのかも知れない。

 

目の前の電はどうやら緊張しているらしい。少し震えている。早くできるだけニッコリ返事を返して緊張を解いてもらおう。

 

 

「じぇいこぶ鎮守府に提督として着任した、斧田だ。よろしくな、電」ーーーーニチャア(会心の笑み)

 

 

 

「ーーーーッヒィ!」(膝から崩れ落ちる電)

 

 

 

「っ!ーーーー検挙-っ!」(仕事にアツき絵口)

 

 

 

 

 

 

 

 

この日を境に私は艦娘の前で笑顔になるのをやめた。

 

 

 

 




二次小説は割と読みますが作るのははじめてでした。誰かの暇潰しになれば幸いです。


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笑わない提督(別視点)

艦娘の前で全く笑わない提督。彼の周辺人物からみた視点。

※このお話も艦娘はちょこっとしか出てきません


海軍養成施設のとある元士官候補生

 

 

え、斧田誠一郎くんについて?

彼は勉学も体術も非常に熱心に取り組んでいた優秀な士官候補生だったよ。

 

最初の頃はあのユニークな見た目で話しかけるのに戸惑ってたけど、日頃の鍛練を人一倍真面目にやる彼を見ていて皆、感心しはじめていったんだ。

女性士官候補生からは避けられることが多かった、いわゆるモテなかったし本人もそれをネタにしてる節があったっけ。んで提督なったらハーレムだーって(笑)

 

でも同期のやつらは皆、彼を頼りになる男だと慕っていったのさ。

もちろん僕もその一人だよ。

 

 

そんな彼をことを聞き付けた波羅田大将(現元帥)がわざわざ養成施設まで通って、直々に、指導していたよ。

その後でどんな指導を受けたのか気になっていた僕たちにも教えてくれていたんだ。

 

そして彼は修了まで3年かかるカリキュラムを1年で終わらせて波羅田大将の部下として士官になった。

 

そうだな、彼はエリートだよあの顔で(笑)

でも絶対ビッグな男になる。そんな気がするよ。

 

 

 

 

波羅田元帥

 

 

斧田くんかい?

彼との出会いについて?

 

あれは確か、養成所の視察に赴いた時だな。

授業の様子を見ていた時、隣にいた香取から彼のことを聞いた。

どんなヤツだろうと教室を見回して一目で分かったよ。

あぁ、こいつかなって。

フレッシュな少年、少女の中に一人、まるで薄いほn…ごほんごほん、ぱっと見悪人面の彼が居た。

 

その時の俺は彼を見た目で判断してしまっていた。

こいつは提督になっちゃいかんヤツだと、

もしなってしまえば部下の艦娘に不当を働く、提督と艦娘と海軍の名を汚す輩になる、と。

 

だから俺自ら彼に無理難題な課題を与えて落第させようと考えた。

 

詰み将棋から過去の海域開放シミュレーション、俺の部下の報告書、始末書の作成、整理。

俺が次に来る1週間でやれ。って感じでね。

え、最後の…?…はははジョークだよ、鳳翔…ツ。

 

でも彼はやり遂げた。そこから週に1日は養成所に行って彼に課題を与え続けて終いにゃ香取に

 

「彼に養成施設で教えられることはありません、人手不足に備えて早く現場にまわってもらいましょう」

 

って言われたなぁ。だからとりあえず俺の手元に置いて目を光らせておこうとした。

本営の下っ端に所属させて初めは横須賀で俺の執務を手伝わせてた。

 

そういや、ウチのゴリさん(長門)にすごくなついてたな。

ゴリさんは気難しいところがあるけどアツくて良いヤツなんだ、

彼女に認められるとなると不貞を働くヤツはよっぽど無理だろうしな。

その頃になるとうすうす気づいていたよ。彼は普通に仕事ができる有能なヤツだって。

 

本営での会議の後の飲み会でうっかり同期のやつらに彼のことを話してしまってね、みんなウチに貸し出せって…。

研修の名目で彼は各鎮守府と本営を行ったり来たりしてたよ。

彼のサポートのおかげでなぜか俺の株もだいぶ上がってねぇ、気づいたら元帥のイスに座っていた訳よ。

 

んで若いっていってもさすがにしんどそうだと思ってたところに新鎮守府の話が立ち上がったから

彼を提督に推薦したんだ。

 

正直にいうと、俺の使えるこm…ごほんごほん部下として執務の肩代わ…手伝いを続けてもらいたかったがね。

………ちょ、ほ、鳳翔…ッ!ジョ、ジョークだって

ーーーーアッ!!

 

 

 

 

絵口信二憲兵

 

 

俺は今日、このじぇいこぶ鎮守府に派遣された。

憲兵となって初めての鎮守府着任だ。

憲兵が鎮守府に着任するというか鎮守府の担当になったというか。

 

俺には歳の離れた腹違いの妹がいる。妹は艦娘が大好きらしい。

そんな妹が言っていた。

 

「艦娘を大事にしないクソ提督ってのがいるらしいわ! ねぇクソ兄貴、あんたが憲兵になってそんなクソ提督から艦娘たちを守りなさいったら!」

 

口調が美しくないぞ妹よ、しかし分かった。お前の望みは俺の望み。

だから俺は憲兵になった。

鎮守府を綺麗にしてやる。

まぁ、このじぇいこぶ鎮守府は新しく建てられたとのことで非常に綺麗だ、俺の詰所も新築で綺麗だ。

うん、好ましい。

綺麗なのは良いことだ、身の回りを綺麗にしておくことで清廉な精神は育まれる。

 

このように美しい鎮守府の担当になれて運が良かった。

まぁ美しくなければ、俺が綺麗にするだけだが。

この美しさを保っていくのも俺の仕事だろう。

 

 

これからの仕事に思いを馳せていると門前に白い提督服を着た小柄な男が立っていた。

おそらく彼がこの美しい鎮守府の長となる斧田誠一郎なる人物だろう。

聞けば士官候補生時代に現海軍元帥の一人に引き抜かれた逸材らしい。

まずは声を掛けておかねば、

 

「お待ちしておりました。」

 

そこで彼の顔を初めてはっきりとみた。

 

「斧田…、斧田提督ですね。」

 

太めに薄くつながった眉、三白眼に濃いくま、四角い鼻に分厚い唇、ヒゲ、ケツアゴ。

それぞれの顔のパーツの組み合わせが美しくない!

 

「!、はい!新しく提督着任の辞令を受け、参りました。斧田誠一郎です」

 

不細工な外見とは裏腹に良い声と美しい所作だなぁ。

人は見かけで判断するなと妹も言っていたし。

まぁ憲兵としてこの男の素行はしっかり見極めねば、な。

 

「自分はじぇいこぶ鎮守府担当の憲兵、絵口信二であります。」

 

無難に自己紹介を済ませると斧田提督はこう続けた。

 

「絵口さん、と呼ばせて頂きますね、これから国の為尽力していく所存です。一緒に協力して頑張っていきましょう」

 

薄気味悪い笑みを浮かべながら、斧田提督は手を差し出してきた。

これは、…もしや、

 

「おれたちゃアミーゴだ!おれの国としてこの鎮守府は好き勝手するから、手ぇ組まねえか?アミーゴォウ!」

 

ということなのか、やはりこの男、斧田はクロだ!

そしてこの男を引き抜いたとされる元帥は芋づる式にクロ!

なんてことだ、海軍の腐敗の根は深いところまであるってのか!!

そして俺一人でこの巨悪に立ち向かえるのか?

くっ、弱気になるな!こんなとこで挫けてしまえば、また妹に俺の尻を蹴り上げられてしまう。

できるだけ腹に力を込めて俺は声を絞り出した。

 

「分かっているとは思うが、国から賜りし艦娘への不当な扱いを確認した場合は容赦なくしょっぴく」

 

「……」

 

男らしい啖呵を切る俺、美しい。

 

「……心得てます。…では。」

 

そう言って斧田は玄関口へと向かって行った。

俺は負けない、艦娘は必ず守る、守ってみせる。

そうだろ、妹よ。

アツい決意を瞳に宿して斧田の背中を見送った。

 

玄関口にはいつのまにか立っていた小さな艦娘が斧田に敬礼をしていた。

彼女が斧田の初期艦か、見た感じ妹と変わらない年頃の女の子みたいだな。

そう思うと一層、クソ提督の魔の手から守ってやらねばという想いが強くなる。

 

 

その直後だった。斧田の前に立っていた小さな艦娘が膝から崩れ落ちた。

 

ーーーー本性を現したかっ!?

 

俺は全力で駆け出した。

 

 

 

「っ!ーーーー検挙-っ!」

 

 

 

 

 

 

 




登場人物


斧田誠一郎(26)
おのだ せいいちろう 男
初めはその容姿のコンプレックスから鎮守府ハーレムに希望を見出だし一途に己を高めて提督を目指した。
波羅田の計らいで鎮守府現場の提督と艦娘たちの働きを目の当たりし真っ当な提督を目指すようになる。
見た目に反し超純情。精神中学生(中二病ニ非ズ)


絵口信二(25)
えぐち しんじ 男
背の高いイケメン憲兵。実家はかなりの金持ち。
ある日父親が腹違いの妹だと言って連れてきた妹を溺愛している。
潔癖症、シスコンノ疑ヒ有リ。


波羅田太平(40)
はらだ たいへい 男
横須賀鎮守府の提督。本人は勘違いでと思っているが実際斧田を真っ当な提督道へと導いた。
普段はゆるゆるな昼行灯。配下の艦娘たちからの信頼は厚く、戦果もトップクラス。斧田のおかげで株が上がったとか言ってるけど大将クラスと斧田はその確かな実力を知っている。
鳳翔とケッコンカッコカリしている。



艦娘視点も書いてみたいです。


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香取教官の日記

笑わない提督にちょこっとだけ出てきた艦娘たちの視点



何人か書こうと思ったけど今回は香取教官の視点だけです。


 

 

 

 

○月○日

今日は新しく士官候補生を迎えた。今年の新人で私の受け持つ香取組には十名ほどだった。

その中でも気になる候補生が二人ほどいた。

 

まずは矢間田(やまだ)候補生、どこか見たことのあるような娘だと思ったらどうやら私と同じく艦娘あがりの娘らしい。

現場を経験している分、将来的には提督として私たち艦娘を上手く運用してくれる士官になってくれると嬉しい。

そう思うと教練に熱が入りそうだ。

 

 

もう一人は斧田候補生…なんというか、ごめんなさい。

見た目が強烈だったために印象に残っただけ。

 

いや、私たちが見た目だけで判断するのは愚かよね。

駆逐艦のように幼い見た目でも大人びた娘や巡洋艦、戦艦以上の実力を持つ娘もいるもの。

どんな見た目の候補生だろうと私は教練を通して海軍魂を伝授するだけよ。

 

 

 

 

○月◎日

 

各艦ごとの長所や短所を伝えた上で、敵戦力を軽巡一、駆逐三とした時等の近海のみを想定した場合の艦隊を組む教練。

 

「戦艦だけで良いじゃん」

「空母でも良くね」

「先の資材を考えて…」

「なるほど…」

 

候補生たちは良く話し合い励んでいた。

ただ、斧田候補生はその見た目で敬遠されて上手く馴染めていないようだった。

矢間田候補生も初歩中の初歩だからと積極的にはなっていない。

後者は仕方ないかも知れないけど、斧田候補生については考えなければいけないわね。

 

 

 

 

○月☆日

 

それとなく矢間田候補生に斧田候補生と他の子たちとの橋渡しになってもらえないか頼んでみた。

彼女は二つ返事で引き受けてくれた。

 

 

 

 

△月△日

 

新人たちの教練を開始してもうひと月ほどたったのか。

皆一人も脱落することなく良く励んでいる。

初めに心配していた斧田候補生もいまや皆に馴染めているようだ。良かった。

そこは矢間田候補生のおかげか。

士官同士の連携が普段からしっかりできていれば合同作戦時の連携に役に立つはずだ。

 

 

 

 

□月○日

 

ここ二ヶ月間での斧田候補生の成績の伸びが凄い。

矢間田候補生に彼の様子を尋ねてみると、

 

「彼は教練がない時も自主的に勉強したり、鍛練したりしているみたいだよ。見た目はアレ(笑)だけど彼のような真面目な人が海軍を志してくれるのは、誇らしいね」

 

って。

普段の教練でも予習している子はいるが、その上鍛練も重ねているという。

見た目に反して今時珍しい好青年だと思った。

 

 

 

 

◎月△日

 

最近、香取組の子たちの成績が良いと褒められた。

嬉しいことだが私の教え方だけの力じゃない。

なんと斧田候補生を見習い、矢間田候補生をはじめとして他の子たちも自主的に訓練をやっているらしい。

誇らしいことだが私の普段の教練では物足りないのだろうか。

 

 

今週末に横須賀から波羅田大将が視察にいらっしゃるらしい。

そこで案内役を任せられた。失礼のないように気をつけよう。

 

 

 

 

◎月◎日

 

波羅田大将が視察にいらっしゃった。

思ったより若い方だったので驚いたが、護衛艦だろうか、側に仕える鳳翔さんを見て納得した。

非常に高い錬度と絆を持つ艦娘特有のオーラのようなものを感じた。さすがはこの国トップレベルの鎮守府だ。

少し手合わせしてみたいと昔の血が騒ぐ。

 

 

この自尊心のような気持ちを振り払いたくて思わず香取組の自慢話をしてしまった。失礼のないようにと思っていたのに、恥ずかしい。

 

 

 

 

●月○日

 

最近、週に一度ほど斧田候補生に面会者が訪れるようになった。

波羅田大将だ。

私が視察の案内中、斧田候補生のことを話した際に興味を持たれたらしい。

大将自らの課題を彼に課しているようだ。

 

 

やはり私の教練だけじゃ…。

そう矢間田候補生に相談したら

 

「いや、今の香取先生の教練は充分高レベルだから。むやみにレベル上げないでね。イヤ、マジで」

「自主練は別腹というか、皆斧田くんみたいに毎日やってるわけじゃないから」

 

とフォローしてもらった。

己の指導力を棚にあげるみたいだが、やはり斧田候補生は今まで見てきた候補生とは違うのかも知れない。

 

 

 

 

◆月○日

 

斧田候補生にどうしてそこまで頑張っているのか尋ねてみた。

すると、

 

「提督になりたいからです、私は……提督になりたい!」

 

とアツい決意の籠った瞳で強く答えてくれた。

普段仲間内で彼が「ハーレム」だとか言って「その顔でかい?(笑)」とジョークを飛ばし合ってヘラヘラしているところは見たことがある。

しかし、この時のように真剣で真っ直ぐな瞳の彼を見たのは初めてだった。

 

 

私は彼の一途な想いを知ってしまった。

彼の志を叶えあげたい。

彼の真剣な気持ちを受けてより一層教練に力を入れようと思った。

 

 

 

 

◆月★日

 

最近、斧田候補生の話しばかりだよね、と妹の鹿島に言われた。

確かにそう言われればそうだ。

なぜか少し恥ずかしくなった。

 

「斧田くんは、逸材なのよ」

 

「ふーん、姉さんがそこまで言うって珍しいよね」

 

「きっと素晴らしい提督になるわ」

 

そう、斧田くんは必ず立派な提督になる。

私が提督にしてみせる。

 

 

 

 

 

◆月◆日

 

最近、鹿島を斧田くんの周りでちらほら見かけるようになった。

私が彼の話ばかりするから気になったのだろうか。

 

 

 

 

 

★月◆日

 

珍しく鹿島から斧田くんの話が出た。

 

「斧田候補生、ものすごい努力家なんだね。見た目は怖いけど、話し掛けてみると真っ直ぐ!って感じで。ウフフ、可愛い!」

 

どうやら鹿島も斧田くんの人となりを認めたようだ。

彼の見た目に惑わされることなく彼の志のアツさが認められるのは良いことだ。

なのに、

 

「………そう、ね」

 

「あんなに真面目で努力家な子が提督になったら艦娘を大事に運用してくれそう」

 

 

鹿島が嬉しそうに彼のことを話すのを見てなぜかモヤモヤした。

いやいや、そうだ、斧田くんはいずれ立派な提督になる。

斧田くんなら艦娘たちを上手く、大事に運用してくれるに違いない。

 

 

 

斧田くんの、……艦娘…?

 

 

 

その時、私は閃いた、

圧倒的、閃き。

 

今は退役して養成施設の教官をやっているが、申請すれば復役も可能かも知れない。

なにせ、戦果トップの一角、元呉鎮の私だ。

復役するとなると錬度は少し落ちるかも知れないが、戦力にはなる。

 

 

彼が提督となった暁には復役して、

「彼の艦娘」

になるのはどうだろう。

 

私は彼を立派な提督にすると心に決めている。

それならこの養成施設で指導するだけじゃなく、彼の艦娘として彼の側で指導していけばよいではないか。

 

 

 

 

★月★日

 

斧田提督がこの養成施設に来てもうすぐ一年が経とうとしている。

 

なんだか最近、鹿島が斧田提督を不埒な目で見ている気がしてならない。

 

いや、私は何をおかしなことを、不埒って。

自分でも嫉妬じみた話だと思うが彼の志の高さを知っている分、鹿島には彼に近づいて欲しくない。

 

彼は私の教え子であり私の提督なのだ。

 

 

 

彼を立派な提督にできるのはワタシダケ…。

 

 

 

いやいや、何をおこがましいことを考えているのだ私は。

しかし、ふとありえないことでも考えてしまうのだ、鹿島が、斧田提督を…。

 

 

 

 

 

斧田提督カラ鹿島ヲ引キ離サナイト!!

 

 

 

いっそのこと、斧田提督を飛び級で修了させるのもありじゃないか。

実際彼はもう現場で補佐官としてでも通用するレベルだ。

 

斧田提督のことだきっとすぐに頭角を表し、提督となってくれることだろう。

そして彼が提督になれば、私はーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー待ッテイテクダサイ、斧田提督。

 

 

 

 

 

 

 

 






登場人物

香取教官(?)
カトリーヌ・ヤンデル 女

見た目の良くない斧田を嫌悪するも、対してその一途さを評価し陰ながら見守る恩師、というキャラにしたかったのにどうしてかこうなった。コワレハジメタ。
タグを増やさなきゃ。


矢間田時雨(?)
やまだ しぐれ 女

候補生時代の斧田の同期生。
艦娘が退役した艦娘あがり。
候補生時代、斧田の一番近くで長く一緒にいた。
あれ、もしかしてこいつ前話に…?





艦娘あがりという設定について

艦娘が試験を受けて合格すると戸籍を与えられ退役することができる。
身体を改造されて艤装が出せない、とかはなく普通に出せる。(緊急時以外は出してはいけない)

いざというとき提督も戦えたら…
というコンセプトの元、艦娘あがりの提督もいたりする。

艦娘あがりの違反を取り締まる
艦娘あがり憲兵もいるお。




他の艦娘の話も書いてみたいです。


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笑わない提督2

艦娘の前で全く笑わない提督。始まります。


「お、斧田、キサマっ!!出会って3秒で…?も…申し開きはあるか!?」

 

絵口さんに取り押さえられながら、私は深く後悔した。

私が、私の笑顔が電を失神させてしまった。

 

「……申し開きは、ありません。後悔はしています。」

 

「い、潔いのか、開き直りか…?」

 

「ままま、待って!憲兵さん待ってくださーいっ!」

「え、ちょっ、大淀、何の騒ぎ?」

 

 

騒ぎを聞きつけて大本営からの派遣である大淀と明石が駆けつけてきた。

 

「これは、一体…?」

 

失神している電、憲兵に取り押さえられた提督。

 

提督は艦娘にとって尊敬されるべき行動と態度を示し、艦娘を安心させる存在であるべきだと私は考えている。

こんな提督の姿を見た艦娘はショックを受けてしまうのではないか?

反省しなければ。

いや、その前に私には混乱しているであろう彼女たちへの説明責任があるだろう。

 

「私だ、私の笑顔が電を失神させてしまった。

…かつて友人にメキシカンマフィアみたいだと例えられた私の笑顔だ。…電にとってはさぞかし恐ろしく映ったのだろう。

かわいそうなことをしてしまったな。」

 

自分で言ってて泣きそうになった。

もう後は口を閉ざしておこう。

 

「…あ、これ、笑うとこ?」

「あ、明石っ!(普通に笑えないでしょ!!)」

 

「…斧田提督はこの子に何かしたわけではないのか?」

 

「申し遅れました、私は大本営からじぇいこぶ鎮守府へ派遣されてきた任務案内艦の大淀です。こちらは同じく派遣の工廠サポート艦の明石です」

 

「どもでーす」

 

「斧田提督とは大本営の頃より付き合いがあります。斧田提督は艦娘に手をあげたりするような方ではありません。…電ちゃんが目を覚まして、事情が聴けるまで待っていただけませんか?」

 

お、大淀さんっ!?

あ、明石の方は面識はなかったが、この大淀は大本営でちょくちょく顔を合わせていたあの大淀さんだったのか。

大淀さんは私のようなものでもフォローしてくれた、以前も、今も。

 

「貴女たちは艦娘か。…艦娘である貴女が言うのであれば、これは俺の早とちり…のようだな」

 

そう言って絵口さんは私の拘束を解いてくれた。

 

「しかし、一応その子にも話を聴いておきたい、目を覚ましたら連絡が欲しい。私は詰所におりますので」

 

「分かりました、電ちゃんが目覚めたら一報します。提督、大丈夫ですか?ひとまず中へ入りましょう。明石は電ちゃんをお願い」

 

「りょーかい」

 

その場は大淀さんが締めてくれて私は中へ通された。

さすがは大淀さん、仕事のできる方だ、頼りになる。

鎮守府の中に入るまでにこんな一悶着あるとは思わなかった。

いや、私が浮かれることなく注意していればこんなことにはならなかったし、電を怖がらせることもなかったのだ。

気を引き締め直せ、私はこの鎮守府の提督なのだから。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「知らない天井なのです…」

 

「あ、起きた-?」

 

「はわわ、明石さん!?」

 

気がつくと電は食堂のような場所の座敷の上で横になっていました。

電は確か、玄関で司令官に挨拶をして…

それで、司令官の…挨拶を…司令官の…

 

「ッヒィ!!」

 

「だ、大丈夫!?」

 

思い出したのです。思い出すとヒッ!ってなるけど、電はなんて失礼なことを、はわわわわ…!

あんなに失礼なこと、あの怖い顔の司令官に解体させられてもおかしくありません。

 

そう思うと涙が出てきました。

 

「グス…ヒック…」

 

「え、えぇ…?と、とりあえず、大淀に連絡して、と…」

 

明石さんが大淀さんを呼んでいるようです。

もしかして、目が覚めたら即解体なのです!?

 

「あ、あぁ電ちゃん?大丈夫だから落ち着いてね?」

 

「グス、電は、解体処分なのですか?」

 

「へぁ!?いや、何で?」

 

食堂の入り口に大淀さんがやってきたのが見えました。

電の姿を確認してゆっくり近づいてきます。

 

「電ちゃん、身体は大丈夫?」

 

「電は大丈夫なのです、でも司令官にとても失礼をことを…まだやりたいことはいっぱいあったけど…覚悟は…できているのです!」

 

「はい?」

 

最後に司令官に直接会って謝りたかったけど、ここにいないということは相当頭にきてて電の顔すら見たくないってことなのかもしれません。

司令官、ごめんなさい。

あと、暁ちゃんに響ちゃん、雷ちゃんに会ってみたかった…。

 

「あの、電ちゃん? 覚悟って…なんか顔つきが武士のそれっぽい感じだけど?」

 

「…司令官に無礼をはたらいた電は解体じゃないのです?」

 

 

 

「あぁ、えぇっと電ちゃん、提督は別に無礼だとか思ってないわよ」

 

「え?」

 

「逆に電ちゃんにトラウマを植えつけてしまったんじゃないかって、斧田提督、顔はあんなだけど中身は優しい人だから。ここに来てないのも電を怖がらせてしまうからだって言ってたわ」

 

 

「…これ、笑うとこ?」

「明石っ!」

 

「そ、そんな…」

 

そして、電が気を失ったあとのことを大淀さんに教えてもらいました。

憲兵さんまで出てきて司令官にあらぬ疑いを掛けさせてしまうなんて、電、初期艦なのに…。

 

 

……そうなのです!電は初期艦なのです!

初期艦である電は司令官を支えていかなければならないのです!

確かに顔は怖いけど、大淀さんの言葉を信じるならば失礼をはたらいた電を気遣ってくれる優しい人なのです。

会わなければ、直接会って謝らなければいけない。

直接謝って、そしてもう一度挨拶をやり直させてほしい。

 

電は大淀さんと明石さんのお話を聞き終えると執務室へ駆け出しました。

 

 

 

 

 

執務室のドアの前で一度深呼吸します。

司令官は優しいクリーチャー、司令官は優しいクリーチャー…

気持ちを落ち着かせ、ドアをノックしました。

 

「うん、大淀さん?どうぞ」

 

司令官の声が聞こえました。今さらながらバリトンボイスのいい声だと気づきました。

 

「電なのです!失礼しますなのです!」

 

「 」

 

司令官は無表情でこちらを見ていました。

心なしかびっくりしているような気がします。

 

「司令官、さっきはご挨拶の途中で失礼なことをしてしまって……ごめんなさいなのです!」

 

「(天使か…)」

 

「え?」

 

「あ、いや、こちらこそ怖がらせてしまって、すまなかったな電、悪気はなかった。…その、身体に影響はないか?」

 

「大丈夫なのです!」

 

「そ、そうか、…これから仲間は増えていくと思うがウチは現状、お前だけが頼りだ。どうか国防のためにこの鎮守府の支えとなってほしい、これからよろしく頼む」

 

そう言って司令官は立ち上がり、こちらに頭を下げました。

電はその一連の所作が綺麗だと感じました。

そして司令官の誠実さも伝わってきたような気がします。

 

 

「今後の指示だが、大淀に伝えておく、後で大淀に聞け、出撃や任務の報告も大淀にするといい」

 

司令官は続けてそう言いました。

きっと司令官は己の顔を見せないようにと電に配慮しようとしているつもりかもしれません。

でも、

 

「大丈夫なのです!」

 

「え、何が?」

 

「電は初期艦なのです!

初めは司令官のマジヤバクリーチャー顔にびっくりしたけど、頑張って慣れるのです!

だから、指示も報告も司令官に!」

 

「お、…おぅふ…!そ、そうか、分かった」

 

「…あと…挨拶のやり直しをさせてください」

 

「…(やっぱり天使か)、いいだろう。始めろ」

 

「改めまして、特Ⅲ型駆逐艦、電です、よろしくお願いいたします!」

 

「じぇいこぶ鎮守府、提督の斧田誠一郎だ。…よろしくな電」

 

 

 

今度は司令官の笑顔はありませんでした。

トラウマになりかけたはずなのに少し残念な気がします。

執務室を出たあとは憲兵さんにお話しして司令官の疑いを解消してもらいました。

 

 

 

 

 

 

『これから仲間は増えていくと思うが、ウチは現状お前だけが頼りだ』

『鎮守府の支えとなってほしい』

 

『ウチは現状お前だけが頼りだ』

『支えとなってほしい』

 

『お前だけが頼りだ』

『支えとなってほしい』

 

 

 

 

 

 

もちろん、電が初期艦なのです。

頼りにしてください司令官。

電が、あなたを支えるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




登場人物


いなずま

じぇいこぶ鎮守府の電は口が悪いわけではなく、わりとストレートな性格をしている。
優しく、素直な艦娘。


大淀さん
おおよどさん

大本営で斧田と面識があった艦娘。
じぇいこぶ鎮守府に派遣されたのは偶然か必然か。
頼りになる娘。


明石
あかし

大本営でも基本工廠にこもるかたまに売店にいるくらいなので、斧田とは面識がなかった。
若干空気が読めない娘。





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笑わない提督3

艦娘の前で全く笑わない提督。





今回は大淀さんメイン回です。


「ここはこの配置で…」

 

「こちらの一式はどうされますか?」

 

「そこの棚にお願いします」

 

 

電と平和的和解ができた日の翌日

私は電を鎮守府近海の哨戒へ送りだしたあと、執務室の模様替えを始めていた。

あらかじめ送っておいた私の仕事道具を荷ほどきして執務室に配置していく。

途中から大淀さんが手伝いに来てくれた。

 

執務机の上には小さなカレンダーとワープロとペン立て。

大きな引き出しにはファイルを分けて収納できるように衝立を並べ、小さな鍵付きの引き出しには各印と朱肉。

執務机の左斜め後ろに本棚、本棚には参考資料などを並べた。

 

そこそこな広さの執務室にはソファと長机がはじめから置いてあった。

小休憩のときはリラックスできそうだ。

 

 

「あとは、この執務机のイスをどうしようか?」

 

「イス?」

 

「あ、や、この執務机とセットであろうイスはシンプルかつ、そこそこオシャンなデザインだとは思うんですけど…」

 

「何かこだわりがあるんですか?」

 

「…強いて言うなら、あのコロコロの、…キャスター付きの事務イスがいいなと、座り慣れてるし、机から本棚までくらいなら座ったまま移動できますから、」

 

こだわりといえばこだわりですかね、と続けようとして大淀さんの方を見ると、

 

 

 

 

 

 

 

「!!ングフゥ!…ヒッ!…ホッ!…コロコロって…!」

 

 

 

 

 

 

 

なんかめっちゃツボってる!!!?

 

 

 

 

「ホッ!…机と本棚を…ヒッ!…ヒッ!」

 

分からない、分からないよ大淀さん!

今の何がツボだったのか分からないよ!!

 

 

 

 

 

 

イスはセットのイスにした。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

私は大淀、艦隊旗艦に特化設計された新鋭軽巡。

 

 

確かに連合艦隊を率いていたから、指揮に携わり戦術を考える能力は艦娘の中では長けていると思っている。

慢心している訳ではないが相手艦隊や個々の能力を情報として処理する、というのは他の娘たちにはなかなかできることではないのかもしれない。

 

情報を処理する能力、それが求められるのは海の上だけではない。

今世では提督の補佐として、時に代理として、私はその能力を重宝されている。

提督の横で、大本営で私の力は必要とされている。

 

だけど、こんな言い方をすれば悪いのかもしれないが、

ーーーーいわゆる裏方だ。

 

 

私だって海に出たい、私にはその力が、最前線で戦う力があるのだ!

連合艦隊の旗艦だって務めたことのある武勲艦だぞ!

今世だって海の上で武勲をあげたい。

戦わせろ、私を戦いに出してくれ!!

 

 

そんな感じで大本営勤めでストレスがマックスだった頃、私は斧田提督に出会った。

 

 

ーーーー

 

 

「大淀、この海域の情報と有効そうな編成、あとできれば使えそうな装備あったらまとめておいてくれ!」

 

「了解しました!ニコッ。(ふざけんな、海域情報ならまだしも、あとのは提督の仕事だろ!)」

 

「大淀、今度の作戦の現場側の提案事項なんだか……」

 

「そこに置いておいてください!ニコッ。(私が現場にいれば…!)」

 

「大淀!通信設備確保の件はどうした!?」

 

「今、問い合わせ中です。ニコッ。(あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ")」

 

マジでリミットブレイク5秒前。

 

 

 

「あのぉ、大淀さんですよね?、通信設備の件なら私の知り合いの鎮守府にコネがあるので任せてもらえませんか?」

 

「はい、どうぞぉおお!。ニコッ。……………え?」

 

「では引き受けますね。後、海域情報のまとめができたら見せてもらえませんか?自分なりに編成や装備について考えてみたいので……」

 

「…あ、はい。…了解しました。」

 

ぇ、誰怖い。

 

 

プルル…プルル…ピッ、

「あ、矢間田?私、私、え、ハンサムじゃないよ!!斧田だよっ!!ちょっと、お宅の夕張にぃ……」

 

ーーーー20分後ーーーー

 

「大淀さん、通信設備確保できました。明日には証文来ます」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「あ、これが海域情報ですね。これは、うぅむ…ーーーー」

 

あれぇ、私疲れているのかしら、海軍の本拠地に不審者が…。

 

「ーーーーとこんな感じでどうですか?……大淀さん?」

 

「っ!あ、は、はい、拝見いたします。」

 

「…………」

 

「これは、…良いと思います。これは最適解だと思います!これなら戦力を温存しつつ中枢も叩けて!何よりこちらの被害も最小限に!」

 

「ッょし!!……それでは失礼しました」

 

いや、本当にいい編成ですね。

まるで大将クラスの提督のような考案力。この不審人物はもしかして士官?

あぁ、いやいや、やはり疲れているらしい。

もしかしてじゃなく元々軍人しかいないでしょ、ここには。

 

でもあんな士官は私がここに配属されて以降見かけたことがなかったが…まさか…!

 

 

 

まさか、妖精さん!?

 

 

 

「!!ヒグ!…ホッ!…ホッ!…あ、あの見た目でぇ?…ヒッ!…ヒッ!…」

(((大淀…?どうした…?)))

 

 

 

いけない、いけない、ツボにはまってしまった。

とりあえず、鬱陶しい追加の仕事が減ったから自分の業務に集中できるわね。

 

 

ーーーー

 

はぁー、休憩、休憩!!飲み物買いに行こうっと。

いやぁ、妖精カッコカリのおかげで業務がはかどったなぁ。

 

げ、自販機前にいつも仕事押し付ける奴らがいる。

 

 

「なぁ斧田っていうヤツ知ってるか?」

「ん…あぁ、波羅田元帥の虎の子だっけか」

「虎の子?」

「なんでも波羅田元帥自ら直々に養成所から引っ張りあげたらしい」

「あと波羅田元帥とつながりのある鎮守府と大本営を行ったり来たりしてるらしいから、見たことない奴もいるんじゃないか?」

「将来提督として期待されてるエリートだとよ」

「…へぇ、すげぇなー」

「ワイロ贈りそうな顔してるのにな」

「……」

「いや、まさかな」

「本当にエリートなら仕事ができるってことだよな?」

「…………」

 

 

あの妖精カッコカリがもしかしたら斧田って人?

その妖精カッコカリの話をしているみたいね。

とりあえず違う自販機行こうっと。

 

 

ーーーー

 

「斧田くん、この海域とこの海域、情報をまとめておいてくれないか」

「斧田くん、この海域での任務案を募集しているんだが…」

「斧田くん、対潜装備の確保を…」

 

「はい、了解です」

 

 

なんだか最近、私に仕事を押し付けられることがなくなった。

私自身の負担はだいぶ軽くなったが、代わりにあの妖精カッコカリ、斧田さんへの仕事の押し付けが見られるようになった。

…あの無能共め、自分たちで処理できないのか、全く!

 

しかし、仕事を押し付けられている彼は彼で文句のひとつも言わず全ての仕事をこなしている。

彼の目の下にひどいくまができているのを私は見逃さなかった。

私でもひぃひぃだった仕事量をこなしているのだ。

確かに彼は優秀な士官だ。提督を期待されているという話も聞いた。

そんな未来ある士官だからこそ、こんなところで壊れてしまってはいけない!

 

私はこっそりと彼のサポートをすることにした。

 

「斧田さん、この海域とこの海域、過去の資料で役に立ちそうなものを見つけました」

 

「うわ!わざわざありがとうございます」

 

「この海域を担当している各鎮守府の戦力と戦果情報です、任務案を考えるのに使って下さい」

 

「わわ!」

 

 

私のひそかなサポートのおかげか彼は身体を壊すことなく業務を続けていた。

 

 

ーーーー

 

休憩、休憩~!自販機、自販機っと、

あ、そうだついでに斧田さんに缶コーヒーでも差し入れしよっと、

む…また自販機の前に無能共がたむろしている。

 

 

「…斧田ってさマジで優秀なんだな」

「面倒な業務押し付けてんのに文句も言わずに…」

「……目の下のくまとかたまにすごいよな」

「……俺、あいつになんでそんなに頑張るのかついつい聞いちゃったんだけどさ…」

「やめとけ、立派な提督になりたい、とかそんなだろ?」

「やっぱエリートってのはデケー夢語ったりするんだろ?パンピーな俺らは聞くだけでしんどいっての」

「……前線で戦う艦娘のためだってさ、少しでも前線で戦う艦娘たちに安心して戦ってほしいから、できれば少しでも沈む危険を無くして帰還してほしいからとも言ってた。」

「………」

「海の上で戦うことはできないけど、艦娘たちのために戦うなら自分にはこれだけだから…ってさ」

「………そうか、俺たちも…」

「…俺たちの戦いがあるってことか…」

 

 

斧田さんは提督たるにふさわしい精神を持っているようだ。

彼の下に就く艦娘はきっと精強になるだろう。

彼はそれだけ仕事ができる。そういう戦いができる。

………でもそういうのも戦いなのだということが私の中では上手く咀嚼できないでいた。

咀嚼して飲み込んでしまったら私が海の上に出ることはなくなるような気がした。

…私はまた別の自販機に行くことにした。

 

 

 

 

 

 

「斧田さん、差し入れの缶コーヒーです。どうぞ」

 

「ありがとうございます!…グビグビ…ウンマーイ!」

 

 

 

「!!ンフフゥ!…フッ!…ヒッ!…ビ、ビールかよ…ヒッ!…ヒッ!…」

 

「(え、大淀さん!?)」

 

 

 

ーーーー

 

夢を見た、私が旗艦を任され海の上を走り、砲撃を撃ち込み、随伴艦に指示を出して戦う夢だ。

敵艦隊を撃退して帰港した私たちを提督が迎えてくれた。

 

『よくやってくれたお前たち!…今回のMVPは大淀だ!!』

 

『え、私の武勲が一番?あら、意外なこと。でも、何だか誇らしいですね、うふふっ。』

 

ーーーー

 

 

 

「斧田さんは提督を目指しているらしいですね」

 

「えぇ、海の上で戦う艦娘たちを前線で支えたいんです」

 

「………私は、以前まで今の業務が嫌いでした。

私の性能がよく活きる業務だとは思っていましたけど

 

……本当はずっと海の上で戦いたかった。

艦の力を持った艦娘として生まれたんです、本当はこの力で提督となる方の力になりたい。

そう思ってました…。

でも、私の頭脳を使って提督の側で提督の支えになるのも私にしかできない戦い方なのかなって

…思うように、最近なりました。」

 

「……それでも、今でも大淀さんは海の上に立ちたいんじゃないですか?」

 

「…立ちたいです!」

 

「大淀型一番艦軽巡洋艦、大淀、かつての大戦ではレイテ沖海戦、礼、北号作戦で成功を収めた。

大戦末期、かつての帝国海軍最後の連合艦隊旗艦。

呉軍港空襲で大破横転するまで戦い抜いた猛者」

 

「…!!」

 

「そんな大英雄のような艦が海の上で武を誇る様を見てみたい提督は絶対いますよ!」

 

「斧田さんは見てみたいですか?」

 

「もちろんです」

 

 

「ーーだったら、」

「斧田くん!波羅田元帥がお呼びだ。執務室へ行くように」

 

「はい!分かりました。」

 

あ…、

 

「すみません、波羅田元帥に呼ばれたので失礼しますね」

 

「えぇ、では」

 

 

 

ーーーーだったら、私を斧田提督の艦娘にしてください。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

てっきり、顔に似合わず家具にこだわりを持つ男アピールしてくるのかと思ったら、コロコロの付いたイスがいいとのたまうなんて…!!

 

ちょいちょいこの人は私のツボにはまってしまう。

思えばストレスガンギマリな時、私を笑わせてくれていたのはこの人だった。

 

そんな私をドン引いた目で見ているこの人が私の提督になってほしい人である。

 

 

 

 

 

 

今はまだ、大淀『さん』呼びだけど

いつかは大淀とお呼びください、提督。

 

この大淀、帝国海軍最後の連合艦隊旗艦に恥じない戦果をあなたに手向けてみせます。

 

 

 

 

 

 




登場人物

大淀さん
おおよどさん

戦闘意欲が高め。
帝国海軍最後の、ってまるでラスボスみたい。
ツボに入ると笑い方が気持ち悪いと評判。


斧田誠一郎
おのだせいいちろう

真っ当な提督を目指して一途に勉強中。
波羅田直々の指導でハイスペックイケメンムーヴ。
だがイケメンでもフツメンでもなくどちらかといえばグロメン…。




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笑わない提督4

艦娘の前で全く笑わない提督。ドロップ艦に遭う。




ある日、私は周囲が真っ暗な場所で目を醒ました。

辺りが真っ暗だなぁとぼんやりしていると頭上にほんのりと柔らかい光が見えた。

なんとなく、そこへ向かうのだというのが分かっていた。

次第に私の周囲が白く染まりはじめて、気づいたら海の上。

目の前にはうっすらと涙を浮かべた女の子。

 

この娘は同胞、電だと瞬時に理解した。

電に抱きしめられた私はゆっくり、しっかりと抱きしめ返した。

 

「イッチバーン!」

 

「白露ちゃん!!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

私がじぇいこぶ鎮守府に着任して、3ヶ月経過した。

まだまだ新米ということで我が鎮守府は大きな作戦に参加はできていないが、近海の哨戒は続けている。

 

この3ヶ月で頼もしい仲間が増えた。

 

この執務室のソファに座って2時間くらい茶をしばき続けている彼女もその一人だ。

 

「……」

 

「………扶桑…」

 

「!、出撃かしら!?」

 

「……いや、分かっているのだろ?ウチにはお前を充分に出撃させてやれる備蓄はない、と」

 

「はぁ。……空はあんなに青いのに」

 

「……このやり取りもう何回目だ…」

「289回目です」

 

え、すごないキミ、もしかして今まで数えてたの?

 

「提督ー、買い出し行ってきたクマ」

「ただいま、っと!」

 

今日の晩御飯の買い出しに行かせていた球磨と北上が帰ってきた。

 

「よくやったお前たち、あと扶桑、晩御飯をよろしく頼む」

 

「えぇ、仕方ないわね…」

 

「扶桑は、また提督の邪魔してたクマ?」

 

「いやぁね、私が提督の邪魔なんてするわけないでしょう?」

 

「どうせまた出撃させろとごねてただけクマ。あんまりやりすぎるのも提督の負担になるクマ。自重しろ」

 

「……そうよね…」

 

「まあまあ、充分に出撃させてやれないのは確かだ。それに扶桑は2時間くらい静かに茶を飲んでいただけだったよ。その辺にしといてやれ」

 

「て、提督…!」

 

「…もー、まったく提督はゴツい顔の割に甘いクマ!」

 

「愛だねぇ」

 

「いいから、ほらお前たち、晩御飯頼んだぞ!」

 

「はいよ~っと」

 

この鎮守府も少しずつ賑やかになってきたものだ。

それも電や大淀さん、明石のおかげだな。

特に電は初期艦として出撃に新入りの面倒にと良くやってくれている。

新入りと私の顔合わせも電がよくフォローに回ってくれて、フォローに…、

 

ーーーー

 

「そんなガチガチにならなくても大丈夫なのです

司令官はマヤク(マジヤバクリーチャーの略)顔だけど、殺ってないのです」

 

「…マヤク…ヤラナイ…ゥゥ」(顔を伏せて静かに震える大淀)

 

「大丈夫なのです、大丈夫なのです!!」

「じぇいこぶ鎮守府提督の斧田誠一郎だ、よろしく頼む」

「大丈夫なのです!!」

「えと、陽炎よ…よろしく…」

「ゥッ…ウッッ!」

 

ーーーー

 

 

 

フォローシテクレテマシタ。

 

 

 

 

 

 

 

っと、そろそろ電が帰ってくる時間だ。

通信を確認するか。

 

 

 

ピー……、《司令官(バーン!)、電なのです……あの…(ッチバーン!)白露ちゃん、拾いました。》

 

 

 

 

 

 

 

 

え、なんだって?

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

私は今、とても困惑している。

私だけではない、執務室で立ち会ってもらっている大淀さんも同様だ。

 

ーーーー同様に動揺しているっ!!ーーーー

そんなことを考えてしまいそうになった。

 

 

目の前には電と電が拾ってきたという白露。

てっきり私は迷子になり帰投困難になった娘を曳航してきたものだと思っていた。

 

拾ってきた娘にお家はどこですかと聞いて元の鎮守府に帰す。

5分前の私はそれだけだと思っていたのだが。

 

「イッチバーン!イッチバーン!」

 

「本当に、この娘は白露なのか?」

 

「えと、白露ちゃんなのです」

 

「イッチバーン!」

確かに、白露型の制服に亜麻色の髪。白露っぽい格好だけど、

 

 

 

 

 

ーーサイズ小さくない?

 

 

 

 

 

妖精さんサイズほどではないが、大きめのぬいぐるみくらいのサイズだ。

っていうか、イッチバーンしか喋ってないけど、それ、鳴き声かい?

 

「イッチバーン!イッチバーン!」

 

「…お、大淀さんこの娘は…?」

 

「えぇと、確かに白露ちゃんで間違いないですね……艦の記憶みたいなものが同胞の白露だと認識しています」

 

「……だ、誰か、手の空いている者を呼んでみるか」

 

 

 

 

ーーーー5分後ーーーー

 

 

「イッチバーン!イッチバーン!」

 

「こいつは白露だクマ」

 

「そうかありがとう球磨」

 

「これ?白露でしょ?」

 

「陽炎助かる、次、夕立」

 

「んー、白露っぽい!」

 

「そうだ!!そうだよな夕立!」

 

「うん、白露っぽい!」

 

「白露っぽいんだよな!」

 

「白露っぽい!」

 

良かった、やっぱこの娘は白露っぽい娘なんや……

 

 

「司令官、白露ちゃんはウチの娘でいいのですか?」

 

そ、そうだ、この白露はよその娘でちゃんと帰してやらないといけないのであったな。

 

「電、この白露は他の鎮守府の艦娘なのだろう?ちゃんと帰してあげないと…」

 

喋れないみたいだし、大淀さんに他の鎮守府から捜索願みたいなものが出てないか調べてもらわないとな。

 

「違うのです!電が拾ったのです!」

 

「いや、拾ったというのは発見したということなんだろう?」

 

「違うのです、敵艦を撃退したあと海面が光って、手を伸ばしたら目の前に…」

 

「イッチバーン!イッチバーン!」

 

敵艦を撃退して海面が光って……?

どこかで聞いたような…

頭を捻っていると大淀さんが言った。

 

「提督、この娘はドロップ艦だと思われます」

 

「!!…ドロップ艦…!」

 

 

 

そうだ、ドロップ艦!確か……

深海棲艦との戦いの最初期、人間に味方した艦娘はわずかだったが敵艦を撃退し海面が光ると新たな艦娘が出現し、こちらの勢力が増えていった。

という記録が残っている。

この敵艦を撃退したあとの光る海面から出現した艦娘をドロップ艦と呼んだという記録も共にあったが、まさか…

 

 

 

「電、とりあえず後で今回の哨戒記録を提出してくれ」

 

「あの、白露ちゃんは…」

 

「白露は…おそらくドロップ艦だ。しかし裏付けが足りない。他の鎮守府に捜索願に類するものが出ていないか確かめなければ…」

 

「裏付けが取れれば、ウチの娘なのです?」

 

「……本当にドロップ艦なら、大本営に聞いてみないことには……何せ最後のドロップ艦は二十年以上前だったと記憶している」

 

「…白露ちゃんはウチの娘なのです!司令官がそう言ってくれれば白露ちゃんはもうウチの娘なのです!」

 

 

 

参ったな、電にはこんなわがままな面があったのか。

 

「確かに電たちみたいな感じではないけど、こんなにチンチクリンだけど、白露ちゃんは白露ちゃんなのです」

 

「…イ、イッチバーン……」

 

 

 

あぁ…………

 

 

 

「よその白露ちゃんがどんな感じなのかなんて電は知りません、でもウチの鎮守府の白露ちゃんは白露ちゃんなのです!!」

 

 

 

そういうことだったか。

もしかしてユニークな姿をした艦娘だから、私が敬遠していると思ったのか。

そんなことはない。決してないぞ。

 

 

本当か?

私は私が知る白露とは違うこの白露が本当に白露なのか疑った。

 

 

艦娘たちは私の外見ではなく私という人間を見て提督と呼んでくれている。

艦娘たちはいつも本質を見ている。

そんな艦娘がこの白露を白露と言った。

ならばこのユニークな姿をした艦娘は疑いようのない白露だったのだ。

 

白露がゲシュタルト崩壊しそうだが、つまり、ユニークな姿をしていようと白露は白露だということだ。

例えマジヤバクリーチャー顔だろうと提督は提督であるように…!

 

「イッチバーン!イッチバーン!イッチバーン!」

 

 

なんだか白露と私は似ているような気がする。

そう思った時、私は自然と口を開いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…白露はウチの娘だ!……誰がなんと言おうと白露はもうウチの娘だっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「て、提督…!」」」」

「「「「提督~~~っ!」」」」(提督の元に皆駆け出し胴上げ)

 

 

 

 

 

「イッチバ~ン!イッチバ~ン!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁにこれ?クマ」

 

 

 

 

 

こうしてまたこの鎮守府に新たな仲間が加わることになったのであった。

 

 




登場人物

扶桑
ふそう

斧田の初建造で出現した艦娘。
執務室で茶をしばくのが日課。


球磨
くま

姉御肌、球磨型長女。
ツッコミに回りやすい。


北上
きたかみ

掴みどころはないけど
お姉ちゃんの言うことはきく。


陽炎
かげろう

提督の顔のインパクトと電の「アツくなれよ!」で提督の名前が頭に入ってこなかったのはナイショだよ。


夕立
ゆうだち

お姉ちゃんがきた!


大淀さん
おおよどさん

電の「アツくなれよ!」でも笑う。


白露
しらつゆ

二十年以上なかったとされるドロップ艦として出現。
大きめのぬいぐるみサイズ。
イッチバーンと鳴く。



いなずま

オカン犬拾ったんやけど…


斧田誠一郎
おのだせいいちろう

アカン元のとこ返しとき!





………しゃあないな、ちゃんと世話するんやで



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笑わない提督5

艦娘の前で全く笑わない提督。ドロップ艦に悩む彼に助け舟を出したのは?


大本営への報告書に白露がドロップ艦として出現したことを書いて提出した。

 

おそらく白露を連れて出頭せよというような指示がくるのではないかと思う。白露を大本営へ預けろという命令もあるかもしれないが、そこは断固として拒否だ。

なぜなら白露はもうウチの娘だし、私も含め皆がとても可愛がっている白露を取り上げられたとなれば士気の低下につながる。

 

いざとなれば、知り合いの鎮守府たちを味方に付けての抗議も辞さないつもりだ。

 

当の白露だが、電と夕立、北上、扶桑に連れられて近海の哨戒へと出ている。

電、夕立、北上は改へと改装してあるし、扶桑にも出てもらったので、よほど安全だろう。

 

私は大本営と悶着する場合のことを考えて、一番信頼ができて尚且つ力を持った知り合いに相談することにした。

波羅田元帥である。

昨日私が電話でウチのとある駆逐艦について相談したいことがあると話したところ、今日の今に我が鎮守府に訪れてくれた。

 

 

 

「元帥、この度は相談に乗っていただきありがとうございます。……でもわざわざこちらまで足を運んで頂けるとは…なんなら迎えも出しましたのに」

 

「駆逐艦のことで君が相談があるってことをゴリさん(長門)が聞いていてね、なにがなんでもすぐ行くんだって引っ張り出されたって訳、あと固っ苦しいから普通にしてくれ斧田少佐(笑)」

 

若干疲れた様子の波羅田さんだがいつも通りゆるい感じであった。

いつもゆるい感じだがいざというときは誰よりも頼りになるアツい人だというのを私は間近で見て、提督というものの本当の姿を学んできた。

艦娘からの信頼も厚く、私が理想とする提督なのである。

 

その波羅田さんの横にはいつもケッコン艦である鳳翔さんがいるのだが今日はいない。

代わりに横に立っていたのは長門さんだった。

 

「私が、キタゾ!」

 

「ゴリさんが行くって聞かないもんだから。俺も一度弟子の様子を見に行きたかったのもあるし、俺の代理は鳳翔がしてくれるっていうからね。急だったけどサプライズはどうだったかな?」

 

「普通にびっくりしましたよ、でもありがたいです。こんなにすぐなんて…」

 

「誠一郎、私と君の仲じゃないか。すぐに駆けつけるさ、同胞よ」

 

長門さんが私の肩に手を置いてアツい眼差しを向けた。

長門さんは私が新米の頃の世話役だった。

冷静でアツく、クールな彼女は鎮守府内においての信頼は高く、皆のまとめ役になることの多かった。

そんな彼女と時にぶつかり合い、夢を語り合い、アツい友情を結んだのだ。

 

「お久しぶりです、長門さん、とても心強いです!」

 

 

 

二人を連れて鎮守府内を軽く旅行したのち、執務室へ招き入れた。

 

「きちんと運営できてるようで安心したよ。休暇中の娘たちは好きにのんびりしてるようだし。あとやっぱり、新築の鎮守府は綺麗だなぁ」

 

「ウチは基本的に作戦に参加していない時は哨戒以外はオフにしてます。トレーニングや演習を指揮できる娘がくれば追々考えていこうと思ってますが」

 

今現在、ウチに在籍している艦娘は近海とはいえ実戦で錬度をあげている。

もう少し戦力に余裕がでるか練巡のような娘がきてくれれば演習や艦隊行動の訓練に手をつけることができるのだが…

 

「まぁ、戦力不足に備えてって配備された鎮守府だけど現在は相手勢力による侵攻はだいぶ落ち着いている。

それにここは本土の守りを固める目的が主だから今はそんなに焦んなくても大丈夫さ」

 

「ふ、君や皆が良いならこの長門が演習を見てやってもよいのだがな」

 

「本当ですか?それはかなりありがたいですが…」

 

「ゴリさん、提督である俺の許しも得ようね。…あと鳳翔の許しも」

 

「む、そうだったな」

 

波羅田さんの言葉を聞いて思わずほっこりした。

部下の艦娘には分け隔てなく接する波羅田さんだがケッコン艦である鳳翔さんは特に大事にしているようだ。鳳翔さんも波羅田さんが大好きだし、お似合いのコンビだ。

 

「しかし綾波型も良いものだな、私達に手を振ってくれて。フフフ」

 

中庭でキャッチボールをしていた朧と潮、磯波のことを言っているのだろうか、長門さんは表情を緩めていた。

磯波は吹雪型だが。

 

長門さんは可愛いものに目がない。

普段は艦隊のリーダーとして威厳を保つべく、クールな表情を維持していた。海に出れば波羅田さんがゴリさんと呼ぶ所以の超バ火力で敵艦隊を蹴散らし、たまに被弾しても怯みもしない頼れる存在。

一見気難しい武人気質に見えるが、艦隊の皆、特に駆逐艦に優しく丁寧に指導する態度からは彼女の本性がにじみ出ていた。

 

「ところで駆逐艦のことについて相談というのはなんだい?」

 

「そ、そうだった!その相談とやら、是非聞かせてほしい。件の駆逐艦とはさっき見て回った中の誰かか?」

 

執務室で一息ついたところで波羅田さんから本題について聞いてきてくれた。

まずどこから話そうか、電の哨戒任務から話すか…

 

「今、海に出ていてここにはいないのですが、先日電が…」

「電か!!胸がアツいなっ!!」

 

「ゴリさん、落ち着け!」

「長門さん、落ち着いてください」

 

 

 

電が鎮守府近海を哨戒中、単騎のはぐれらしきハ級と邂逅。

戦闘しこれを撃沈したのち、海面が光り、そこに白露が出現。

各鎮守府に捜索願等ないか確認したところ、どこも出しておらず。

白露はドロップ艦だと思われる。

電が白露を我が鎮守府に所属させたいと強く希望。

私も電に同意し、白露に加わってもらった。

 

 

 

「いなじゅま×しらちゅゆ尊い!!」

「ゴリさん、ちょっと黙ろうか。……なるほど、ドロップ艦ね~、確かに大本営もびっくりだろうね」

 

「私は…、私たちじぇいこぶ鎮守府は、白露を仲間だと受け入れました。仲間は家族同様。もし、大本営が引き渡せと言ってきた場合に…」

 

「なるほどなるほど、俺に擁護してほしいって訳か」

 

「はい、知り合いの鎮守府にもお願いするつもりですが、はじめに最も力のある波羅田さんにお願いしたいと思って…」

 

「……ふふ、良いんじゃないか、自分に使える手を最大限に使って自分の艦娘を守ろうとする提督。そんな提督に弟子がなってくれていて俺は嬉しいよ」

 

「は、はい!ありがとうございます、なら…」

 

「いいだろう、本当にもしも、万が一、大本営と悶着があれば俺は君の味方につくよ」

 

ーー本当に、もしも、万が一………?

ん、何か違和感があるような…

 

「ーーただ、ドロップ艦は非常に珍しく、資料としてはわずかしか残ってないけど、今でも前線じゃ実は極々稀にあるんだ、その際の扱いは敵艦を撃破した艦隊の鎮守府に所属することになっている」

 

「えぇ!なんですって!?」

 

あれれ、つまりはーーーー

 

「だから白露は間違いなく君の鎮守府の娘になるはずだよ」

 

私の独り相撲だったという訳か……

 

「わっはっはっは、君の心配は杞憂だった訳だなぁ」

 

「え、えぇ、わざわざ来て相談に乗っていただいて、お手数をおかけしました」

 

 

 

 

 

 

久しぶりに自分の勉強不足を実感してしまった。まだまだ理想とする提督には道が遠い。

自分にはまだまだ学ぶべきことがあるのだ、精進しよう。自分の艦娘たちが自分たちの提督を誇れるような、そんな提督になるために。

 

 

私の目下最大の心配がなくなり、執務室で茶を飲みながら朗らかに談笑してしばらくすると、電から通信が入った。もうすぐ皆無事に帰投するらしい。

白露の初哨戒任務、無事に成功してくれて良かった。

ウチの娘が初任務の場合、私は港で送り迎えをすることにしている。もう港に着くらしいので少し急いで向かわなければ。

 

「私はこれから港で帰投する娘たちを迎えてきます」

 

「お、提督らしいな、俺もついてっていい?」

 

「かまいませんよ、ではいきましょう」

 

「おい待て、私を置いていくな、私もいなじゅまのお迎えをするぞ!」

 

 

 

 

港湾の小さな影が5つ、シルエットはだんだん近づいて大きくなり、私たちの前に姿を表した。

 

「イッチバーン!」

 

「司令官さん、ただいまなのです!」

 

「夕立、ただいま戻ったっぽい!」

 

「おーおー、元気だねぇ駆逐艦は、北上も戻ったよ」

 

「扶桑、ただいま戻りました、提督」

 

「よく戻ったな、お前たち。ご苦労だった。今日はもうゆっくり休め」

 

任務を終えて疲れた彼女たちに長々と話すのは厳しいだろう、短く労いの言葉をかけてゆっくり休んでもらおう。

あ、いかん、波羅田さんたちを紹介するのを忘れていた。

 

「イッチバーン!イッチバーン!」

 

「…………」

「…………」

 

二人とも白露を見て固まっているようだ。

 

「司令官さん、こちらの方たちは…?」

 

「こちらは私の恩師でもあられる、横須賀鎮守府の波羅田元帥である。横にいるのは横須賀鎮守府の長門さんだ」

 

「え、えぇ!!?」

 

電たちは急いで直立し敬礼した。

白露もしっかり敬礼している。白露は見た目と言葉は独特だがこちらの話は分かるし言うことも聞く。

電たちの敬礼で波羅田さんは我にかえった。

 

 

 

「諸君、任務ご苦労であった。楽にしたまえ。今日は知り合いで新米提督である斧田少佐の様子を見にきただけ…「きゃ、キャワイイィィ!!!!」インターセプトォ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

波羅田さんの挨拶を奇声を発して断ち切ったケモノが一人

 

 

 

 

 

 

「ムハァッ!キャワイイ!イイにほい!!しらちゅゆちゃんペロペロ!!ふ、ふおォォぉおお!!!」

 

 

 

 

 

 

 

ウチの白露を抱えあげ大興奮するビッグセブン、長門だった。

 

 




登場人物


波羅田太平
はらだ たいへい

横須賀鎮守府の提督。階級は元帥。
鳳翔の影に怯えてるって?
バカ野郎、いつも鳳翔を側に感じてるんだよ。


長門さん
ながとさん

にほんがほこるだいせんかんのだいめいし。
ちょうつよい。



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笑わない提督6

艦娘の前で全く笑わない提督。


暴走した長門を救え。



「それで、このおかしな格好のおかしな女は何者なんだ…?」

 

あのあと、白露の悲鳴にも似た声を聞いた絵口さんが秒で駆けつけ、呆然とする私たちをよそに長門さんを目にも留まらぬ早業で地に押さえつけた。

陸上とはいえ、横須賀の最強格の艦娘をこうも容易く無力化するとは…。

なんというワザマエ。是非今度ご教授願いたい。

 

「く、憲兵だと…!待て、私はただ任務を終えたしらちゅゆを労っていただけだっ!!」

 

「イ、イッチバ~ン…」

「だ、大丈夫ですか、白露ちゃん」

 

白露は電の後ろに避難し、長門の様子を窺っている。

 

「は、はぅあー!いなじゅまとしらちゅゆちゃんがこっち見てる!アー浄化されるぅ!」

 

「う、動くんじゃない!おい、斧田提督!ちょ、手伝ってくれ…!この女、力つよい…!!」

 

絵口さんに助力を求められて我にかえった私は長門さんに呼びかけた。

 

「と、とりあえず、長門さん!落ち着いてください。これ以上は白露に怖がられますよ?」

 

「な、なんだと…、それはイヤだ!」

 

「…長門さんのような巨大戦艦に急接近されたら駆逐艦は戦慄しますよ」

 

私の言葉が刺さったのか長門さんは動くのをやめ大人しくなった。

 

「うぅ、私はただ、しらちゅゆちゃんを可愛がりたいだけなんだ…!」

 

思った以上のダメージを負ってしまったようだ。もうちょっとオブラートに包んで言った方がよかったかもしれない。

ちょっとかわいそうになってきた。

憲兵に取り押さえられめそめそし始めた大戦艦を見ていたたまれなくなったのか電と白露が長門さんに近づいて、

 

「…イ、イッチバーン」

「かあいそかあいそなのです」

 

と長門さんの頭を撫でた。

 

「ファッ!?ーー」(嬉しさの余り失神)

 

 

 

「ーーっは!ご、ゴリさん!?」

 

ここでやっと波羅田さんが我にかえる。

 

「な、なんてこと……!」

 

部下である長門さんがよその鎮守府で憲兵沙汰。

波羅田さんもさすがにまずいと思ったのか顔が青くなっている。

 

「なんてこと…!ーー鳳翔に怒られるっ!?」

 

うん、波羅田さんもまだ混乱しているみたいだな。

 

「斧田提督、そちらは誰だ?」

 

「え、えぇ、こちらは横須賀鎮守府の提督であられる波羅田太平元帥です」

 

「!?じょ、状況を説明してもらおうか?」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

現在、執務室のソファに私、電、長門さんと白露、波羅田さんが横並びに座り、対面に絵口さんが座って事情聴取のようなものが行われていた。

白露は長門さんの膝の上に座っている。

長門さんは事情聴取される側とは思えないような緩んだ表情だった。

 

「ーーーそれで白露のかわいさのあまり大げさに労ってしまった。と…」

 

「そ、そうだこんな小さな身体なのに一所懸命に任務をやり遂げてきたんだぞ!ついつい大げさに労ってしまったんだ!よく頑張ったなぁ、白露!」

 

「イッチバーン!」

 

「そうなのです、ちょっとびっくりしたけど、長門さんは悪い方ではないのです」

 

いつの間にか白露は長門さんになついていたようだ。

あれでも、長門さんは皆に憧れられ慕われた大戦艦だ。

白露もその例に漏れず長門さんに対しての印象は元々良かったのかもしれない。

しかし、僅かとはいえ怖い思いをさせられた相手に自ら手を差しのべることができるなんて……ウチの娘はなんと優しい娘なんだろう、まさに天使。

そういえば電だってそうだった。

初見で怖い思いをさせてしまった私にも電は自ら近寄って、私の、この鎮守府の支えとなってくれている。

 

「ふむ、ということは今回も俺の先走りか…」

 

「いや、そのなんだ、騒ぎをおこしてしまったのは事実だ。この長門、謝罪しよう。絵口殿、誠一郎、すまなかった」

 

「…受け取りました」

 

「ではこれで聴取を終了する、今回も俺の早とちりだったな。上に報告することも特にないし俺の出る幕ではなかったな」

 

絵口さんがそう締めて執務室をあとにした。俺の出る幕ではなかった、と言っていたがこういった小さなトラブルを収めてまとめてくれるのはありがたい。

というか、絵口さんの介入のおかげでウチの娘たちと長門さんの距離感がより縮まったような気がする。

あえて厳しく目を光らせる。私が実践しようと思えばただ怖がられるだけで良い結果は導けそうにない。

だが彼は良い結果へと導いた。

私にはない力を持った彼の株がまた私の中で上がったのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「電、白露と一緒に長門さんの相手をしててくれ」

 

「はいなのです!」

 

「ゴリさん、まぁ、ゆっくりしてきな」

 

「では行くか!電、白露、鎮守府内を観光させてもらおう!」

 

緩んだ表情のまま白露を抱っこし、電に連れられて執務室をあとにした長門さんを見送る。もう長門さんの暴走の心配はなさそうだ。今回も丸く収まって良かったなぁ。

 

「うすうす気づいていたけど、ゴリさんも、皆のリーダーたれと知らないうちに自分を追いつめちゃってたのかもなぁ」

 

ソファで茶を飲んでいた波羅田さんが呟いた。確かに、ウチに来たときからテンションが少しおかしかった気がする。

 

「彼女が、なにがなんでもここに来たがったのは、なんとなく君に会いたかったからかなと思ってたんだ。…ほら君たち仲良かっただろ?だから息抜きになればと思って同行を許可したんだ」

 

 

 

長門さんが私の世話役になった当初はそうでもなかった。

むしろはじめは気難しそうな感じが苦手だったのだ。

ある日偶然長門さんが可愛いものに目がないと知り普段はわざわざ気難しそうに振る舞っていることを知った。それから周りに私だけの時は、長門さんはその素で接していった。

私は次第に

「初雪ちゃんを思い切り甘やかしてみたい」だとか、「響を肩車したい」だとか、「陸奥が幼くなる薬とかできないかなぁ」だとかのたまう彼女が微笑ましく感じるようになっていったのだった。

 

友人とのバカ話でもするような感覚、それは居心地の良さを与える。私は彼女にとって居心地の良い、友人となれたのだとその時思ったのだ。

 

 

 

「君が良ければだけど、ゴリさんが、演習をみてやるだとか言ってたの許可してやろうかなぁ、ホント、たまにって感じになるけど」

 

おそらく、演習をみるというのは建て前で、ウチで息抜きさせるってことだろう。

よその鎮守府だからリーダーとして振る舞う必要はないし、今日の一件で長門さんがどんなキャラかは今いるウチの娘たちは知っているから長門さんも素でいられるはずだ。

 

「もちろん、お願いしたいですね。ウチの白露がなついてしまったみたいですし面倒みてもらえたらと」

 

「はっはっは、そうかい。…それじゃあそろそろ帰らなきゃな、鳳翔が待ってる!」

 

 

 

窓から見える中庭に長門さんが白露に引っ張られながら出てきたのが見えた。その顔はだらしない顔をしていたが、私は友として彼女のそんな顔が見れるのが嬉しく思った。

 

 

 

「いやぁ、はっはっは!それはそれとして今回のことは他言無用で頼むよ、斧田くん。問題にならなかったとはいえ元帥ともあろうものがよその鎮守府でトラブルをおこしてしまったとなれば鳳翔に怒られてしまうからね、鳳翔怒らせると、アレだから、頼むよ」

 

 

窓際で長門さんたちのいる中庭から視線を上げると青い空と白い雲、そして彩雲。

キレイなコントラストはもうすぐ夏だと私たちに告げていた。

 

 

 





登場人物


長門さん
ながとさん

かつて斧田にぬいぐるみに話しかけているところを目撃される。恥ずかしさの余り斧田に泣ギレかますが当時の斧田が語った可愛いもの(者)に囲まれた鎮守府にしたいという夢を聞き同士認定。


絵口信二
えぐちしんじ

妹の言いつけを守り、全力で艦娘を護る。
体術の技量がすんごい。
知らないうちに斧田の中で株が上がり続ける。


波羅田太平
はらだ たいへい

帰りにお土産を買って帰ったおかげで急死に一生を得たらしい。


白露
しらつゆ

長門さんホイホイ



いなずま

梨花ちゃん?誰ですかそれは


斧田誠一郎
おのだ せいいちろう

友の笑顔と青空、そして彩雲に心がほっこり



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笑わない提督7

艦娘の前で全く笑わない提督。取材を受ける。




その日、とある場所に各鎮守府の青葉が集められた。

集合を掛けたのは舞鶴鎮守府の青葉。

「るついま」と書かれた腕章を付けた彼女が大々的にこう宣言した。

 

「大本営から公式に取材してほしいと頼まれました!」

 

普段から各鎮守府で艦娘たちに話題を提供するべく青葉たちはそれぞれ個人的趣味で青葉新聞なるものを発行していた。

鎮守府に住み着いた猫のほっこりする話から提督の嫁艦争奪戦の状況に至るまで、様々なネタで鎮守府のお茶の間を沸かしてきた(青葉談)彼女たちの頑張りが大本営の目にとまり今回の話が出たという。

 

「それで何の取材なのでしょうか!?」

 

集められた青葉の一人が舞鶴の青葉に質問した。

今回、大本営から各鎮守府の提督特集ページを担当してほしいと依頼があったとのこと。

各鎮守府の提督の情報を共有することで横の連携を強化することが目的らしい。

その話がまず呉、佐世保、横須賀、舞鶴、大湊の青葉に通達され、この青葉会の会長である舞鶴の青葉が各鎮守府の青葉に集合を掛けたのであった。

 

その日の青葉会の解散時、それぞれの青葉は自分たちの敬愛する司令官を存分にアピールするのだと奮起して各鎮守府へ帰っていった。

じぇいこぶ鎮守府の青葉もその中の一人だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ある日、私の元に青葉がやって来て取材したいと言って私の写真を撮りにきた。

青葉は鎮守府内で個人的に新聞を発行している。

この取材したいというのもネタ探しの一環なのだろう。

国防のために頑張っている艦娘たちの趣味に付き合うのも提督としての務めだ、私は青葉の取材ごっこに応じた。

まずはセッティングだといって身だしなみを整えさせられたり、ポーズを取らされたり、はじめは少し緊張したが、まるでグラビア写真家のようにこちらのテンションをあげつつ写真を撮り続ける青葉に触発され私のテンションもおかしなことになっていた。

写真を撮り終わったあとの青葉は満足して帰っていった様子だったのできっと良かったのだろう。

青葉はもちろんだが、艦娘たちの息抜きとなるなら喜んで付き合う所存だ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

青葉です、先日舞鶴の青葉から大本営公式で各自司令官の取材をせよと通達があったと発表されました。

おのおの、この取材で自分の司令官を自慢できるとやる気いっぱいです。

私も司令官を精一杯アピールしていきたいと思います。

 

私の所属するじぇいこぶ鎮守府の斧田誠一郎司令官は見た目は良くないですが、私たちに無理をさせることなく運用してくれています。電さんをはじめとする古参の方たちからの信頼は特に高いようで立派な方だというのは間違いありません。

実は私は、あまりお話ししたことはありませんが、この機会に司令官のことを知りたいと思います。

 

 

 

それではいってみましょう。執務室のドアをノックします。

 

「開いている。入りたまえ」

 

司令官のバリトンボイスが聞こえました。

緊張します。

失礼します、青葉です。

 

「よくきたな青葉、何か用事か?」

 

執務中でしょうか、書類の乗った机でワープロを打っていた司令官が顔を上げました。

薄くつながった太い眉、三白眼に濃いくま、四角い鼻、ヒゲ、割れた顎。

そして無表情です。ちょっと威圧感があります。

正直、ナ級より怖いです。

しかし、司令官は青葉によくきたなと言ってくれました。

勇気を出して取材を持ちかけましょう。

 

「ふむ、取材か、いいだろう。その前に何か飲むか?コーヒーとお茶どちらがいい?」

 

なんと二つ返事でオーケーが出ました。

しかも飲み物まで出していただけるとは恐縮です。

コーヒーでお願いします。

 

「青葉が艦娘たちに向けて鎮守府内で独自にエンターテイメントとして新聞を提供してくれているのは知っている。鎮守府を盛り上げてくれていて感謝する」

 

ありがたいお言葉です!

司令官はどうやら見た目に反して紳士的な方のようです。

司令官のお言葉を受けてこの取材に一層力を入れたいと思いました。

それでは早速取材していきたいと思います。

まずは写真をお願いしたいのですが。

 

「写真を撮るのか、…少し緊張してしまうな」

 

まずは一枚目、普通に撮りました。

……やはり残念な見た目をしてらっしゃるので、これでは司令官の魅力は伝わらないでしょう。

 

「まぁ、私が不細工なのは承知している。だが、私の運用を君たちが理解し信頼してくれていて、私は君たちを理解し信頼して信用している。私自身が持て囃されなくとも、それでいいのだ」

 

確かに、司令官の運用自体は私たちにとって無理もないし、鎮守府生活は特に苦もなく送れていますが司令官と積極的に接している方は電さんと扶桑さんだけですかね。

よその鎮守府では嫁争奪戦なるものがあるくらい司令官は持て囃されているようですが。

見た目が見劣りする司令官ですが、少しでも司令官を良く見せたいと私は思いました。

 

司令官の威厳を出した感じで写真を撮りたいです。

とりあえずこのサングラスを掛けて…。

 

「え、グラサン?……どうだ」

 

はい、お似合いですよ司令官!

うーん、強面感が強調されましたが、ないよりは良さそうです。

ひとまず司令官のモチベーションを上げておきましょう。

ここで写真を一枚。

 

さっきより良くなった気がします。もうちょっと雰囲気を出したいですね。

司令官、ひじ掛けに両腕のひじを載せて指を組んでください。足も組みましょう。

 

「……こう、か」

 

あー、いいですね。

もう一押し……司令官、ちょっと失礼します。

提督の上着のボタンを外して、………お、司令官、意外とイイ体シテんねぇ。

 

ちょいワル感……、いや、なんだか映画に出てきそうな大物感が出てきましたよ。

 

「そ、そうか…」

 

タバコを咥えてみてください。

いいですよぉ、司令官!渋い!!

 

「ふ、こんな感じか?」

 

あー、いいですね!!

何かワルっぽい台詞をお願いします。

 

「ヤツの土手っ腹に風穴開けてやれ」

 

もっと、悪い感じのを

 

「きっちり、落とし前つけてもらおうか…!」

 

いや、すごいハマりますねぇ。もっと、……例えば、私たちに向けて、お前らは道具だ。みたいなのを……

 

「……お前たちはオレの大事な道具だ…!」

 

し、司令官…!いいですね!!

も、もっとください!

 

「お前たちはオレが丁寧にこき使ってやる」

 

!!なんだろう、この気持ち、

ゾクゾクしてクセになりそう。

もっと、モットクダサイ!!

 

「手入れも保管も丁寧にしてやる、だからオレの許可なく沈むことは許さん」

 

フゥー↑↑↑痺れますねぇ!

 

 

 

私は司令官のオレサマボイスを聞きながら写真を撮り続けました。

写真を撮ることに夢中で司令官にするはずだった質問を忘れてしまったのは反省しています。

あとは、電さんや扶桑さん、大淀さんたち親交の深い方にお話を聞いておけばいいでしょう。

 

司令官の今までの経緯、得意とする戦術、そして見た目に反して紳士的な司令官の魅力をまとめて記事にし、代表の舞鶴青葉に渡しました。

各鎮守府に私の司令官の魅力が伝わる日が待ちどおしいです。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

とある鎮守府の艦娘軽視気味提督

 

 

各鎮守府の提督特集第1弾…?こんなのやってたか?

青葉が中心になって作った…なるほど。

ウチには青葉いねーから、取材されてないな。

っていうか青葉にこんなのやらせる暇があったら出撃させてるなぁオレなら。

 

ぱらぱらと特集を眺めると一際目に付く写真があった。

なんだ……これ、提督なのか、まるでマフィアの幹部みたいな見た目してやがる。

こんなのが提督してる鎮守府って……ん、

じぇいこぶ鎮守府って、確か近海に進出してきた戦艦棲姫を単独撃破して戦果を上げたあのじぇいこぶ鎮守府か!

この斧田って提督はどんなヤツなんだ……。

 

「お前たちはオレが丁寧にこき使ってやる」

と語る斧田提督。(青葉編集)

 

おっ、オレと考え方が同じタイプか、艦娘は国防のための道具だ、燃料と命令を与えて敵を殲滅するためだけの道具として使っている。

オレと同じ考え方で高い戦果を上げる鎮守府の提督だ、参考になるかもしれん。

 

「お前たちはオレの大事な道具だ」(青葉編集)

ーーーーこの提督、道具だというわりに艦娘を大事に扱っているようだな。

「手入れも保管も丁寧に」(青葉編集)

ーーーーーー!なるほど、確かに道具は専門的な物ほどしっかり手入れしないとその性能は充分に発揮できないよな!

「自分の道具を理解して、道具を信頼する」

(青葉編集)

ーーーーーーーー自分の道具をちゃんと理解して大切に扱う、それがあの戦果をもたらしたということか、オレも自分の道具を大切に扱うことから真似してみるか…

「ヤツの土手っ腹に風穴開けてやれ」

と戦艦棲姫迎撃の命令を下す斧田提督

(青葉捏造)

ーーーーーーーーーーか、カッコいい…!

 

 

 

 

艦娘は道具だと考えて軽視気味な提督たちの下についている艦娘たちの扱いが密かに改善されたという。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……青葉…」

 

「し、司令官、いかがでしたでしょうか?」

 

まさか、あの取材ごっこ、ガチだったとは……

そしてこの提督、誰だよ…私か…?

言いたいことは色々とあったが、キラキラした目で誉められることを期待してるであろう青葉に私は何も言えなかった。

 

 

 

 

「…よくやった、青葉」

 

「えへへ、恐縮ですっ!!」

 

 

 




登場人物


青葉
あおば

取材と称して提督にオレサマボイスを強要。
電と扶桑など一部の艦娘に高い評価を受ける。


斧田誠一郎
おのだ せいいちろう

「提督特集第1弾(あ行)」が各鎮守府に出回り知り合いの提督から生暖かい目で見られることになる。


艦娘軽視気味な提督たち

提督特集第1弾の斧田を見て艦娘の扱いを改める。
おそらくこれから先の出番はない。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※GWが終わり仕事が始まるため投稿が不定期になりますが斧田提督を応援しててくださいね。





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笑わない提督8

艦娘の前で全く笑わない提督。

今回の時系列は青葉取材回の前の時期です。




あれは季節が夏になった頃。

大本営から満を持してのある大きな作戦が発表された。

北方のアリューシャン方面、ハワイ北西のミッドウェー方面の二方面同時に大規模な敵艦隊群の出現を確認、その二方面を同時に叩く、というその大胆な作戦はAL/MI作戦と名付けられほとんどの歴戦の鎮守府が参加し、各方面へと進出していた。

 

 

そんな中、我がじぇいこぶ鎮守府は作戦に参加できるほどの錬度に達していないとの評価により、日本近海の哨戒を命ぜられた。

 

「今頃、長門さんたちはアリューシャンですか」

 

哨戒任務の報告書を受け取りにきた大淀さんが呟いた。

 

「ちょっと羨ましいですね、名誉ある大作戦に参加できるようにこの鎮守府も盛り上げていかないと」

 

あ、私はここの艦娘じゃないんでした。と大淀さんは続けた。

最近、大淀さんは「あ、ここの艦娘じゃなかった」と言うことが多い気がする。これは暗にウチのような弱小鎮守府の担当が恥ずかしい、私はお前たちとは違う、ということなのだろうか。

この鎮守府がそこそこサマになってきている要因の一つは大淀さんがいてくれたからだと思っている。

大淀さんもこの鎮守府の仲間だと私が勝手に思っていただけだったのだろうかと思うとすごく寂しくなった。

いや、こんな感情すら大淀さんには迷惑かもしれない。

私は悟られないように顔を引き締めて返事をした。

 

「確かに、だが、この国の主力が出払っている今、国民の安全を保障するべくなおさら近海のパトロールは重要な任務だと思っている」

 

「……さすがです。提督」

 

その時突然に哨戒に出ていた巡回中の利根から無線が入った。

 

「提督!!敵艦の群れが接近中!30!いや、50はいるぞ!!」

 

「な、なんだと!?」

 

「巡洋、駆逐、多数!空母、戦艦も見られる!」

 

「今すぐ迎えを出す!下がりつつ合流後、警戒を怠らず速やかに退却してくれ」

 

「承知した!」

 

 

 

「まさか、主力が出払っているこの時に侵攻してくるとは…ーーーー」

 

「AL、MIの大規模艦隊群は…陽動!?」

 

まさかの敵勢力による陽動作戦と思われる行動に私と大淀さんは戦慄した。

 

近海にそんな大部隊が接近しているとは。これは間違いなくこの国、そしてこの鎮守府存亡の危機である。

まずは速力があって索敵のある那珂、五十鈴、高雄、鳥海を利根と筑摩の迎えに出さねば。

その間に鎮守府の皆を集めて状況を説明し、大本営にも連絡を入れて応援を要請しよう。

 

だが最悪の場合、この鎮守府と最期をともにする覚悟を固めなければ……。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

現在、食堂に利根と筑摩、迎えに出した4名を除いたこの鎮守府に所属する者全員が集合している。

 

「諸君、この国存亡の危機だ。AL、MIに主力が出払っているこの隙を突いて空母、戦艦含む50隻を超える敵の大部隊が近海に接近中だ」

 

食堂内が少しざわついた。無理もない近海でも空母や戦艦を含む敵艦隊との交戦はあるが大体が3~6隻の艦隊だった。

 

「大本営には既に通達し、応援を要請している。だが大規模作戦中ですぐに動ける鎮守府がないのも事実だ。我々ができるだけ敵を足止めし、本土が守りを固める時間を稼がなければならない」

 

私は軍人として、彼女たちに残酷な命令を下さなければならない。

 

「最悪、この鎮守府と最期をともにする覚悟を固めろ、お前たちが沈むことがあれば、その時は私も一緒だ」

 

私の命令に皆が息を呑んで耳を傾けていたようだった。

 

突然、私は抱きしめられた。

隣にいた大淀さんだった。

 

「提督、この鎮守府も貴方も最期になることはありません。私もこの鎮守府の仲間として戦わせてください!

安心してください、私が、私たちが貴方もこの国も必ず守ります!」

 

 

先ほどは大淀さんを疑うようなことを思った自分を恥じた。

私は大淀さんの言葉に涙が出そうになったがギリギリで踏ん張った。

泣いている暇はない。

なぜなら鋭い殺気を感じられるほど敵が近くまで接近しているのだ。

大淀さんの温かい言葉、寒気すら感じる殺気らしきものの中で私は自分を奮い立たせる。

 

「大淀さん、ぜひ力を貸してほしい。よろしく頼みます」

 

「大淀、とお呼びください提督。お任せください!」

 

大淀さんの心意気に皆も心打たれたのか意気軒昂な声を上げた。

 

 

 

「電は初期艦なのです!!司令官をお守りするのは電なのです!!」

「イッチバーン!」

「私、私もお守りします提督!」

「改装して得た新しい力、試すのが待ち遠しかったわ」

「まあ、この鎮守府が好きだし、失うわけにはいかないよねぇ」

「まだやってない積みゲーあるし」

「別に全部倒してしまっても構わんのだろう?」

「おい、最後のヤツ誰だクマ!!」

 

「お、お前たち……!」

 

「艦娘たちよ、お前たちが海に出ている間の斧田提督の身と鎮守府は俺が護ろう。俺が言うことではないだろうがお前たちは目の前の敵に全力を尽くすといい」

 

「絵口さん…!」

 

「利根、筑摩並びに那珂、五十鈴、高雄、鳥海、今戻ったぞ!」

 

「よく戻った!お前たち、敵の様子はどうだった」

 

「大型の艦はひとまずゆっくりと前進中だが、やはり足の速い軽巡、駆逐が先鋒として先駆けておった。

潜水艦もおったようだが安心せよ、那珂と五十鈴が全部蹴散らしおったわ」

 

「そうか、那珂、五十鈴良くやった!」

 

「フフッ当たり前よ、五十鈴には丸見えなんだから」

「おうちにまで襲撃しちゃうような迷惑なファンにはお仕置きだよ~」

 

 

私はなんと素晴らしい仲間たちに恵まれたのだろう。

彼女たちはこの国を、鎮守府を必ず護ると言ってくれている。

そんな彼女たちのことを信頼しないで何が提督か!

信じよう、彼女たちの力を。

 

「私は信じよう、お前たちの力を。そしてこの危機を皆で打破するのだっ!!」

 

『応!!』

 

 

 

こうして私たちの近海迎撃作戦が始まりを告げた。

 

 




登場人物


大淀さん
おおよどさん

ちょくちょく斧田に配下に置いてほしいアピールをしていたがこの度一時的にだが抱きつきショットガンVをキメた。

利根
とね

筑摩と巡回中に敵大部隊を感知。
いつもカタパルトの調子が悪いらしい。




今回短いですが、作戦導入回となりました。



頭が高いオジギ草さん、狐目の狸さん、orioneさん誤字報告ありがとうございました。

主に高雄を高尾と誤表記するという結構ヒドイ間違いをしてました。
読者の方々から高雄のあの台詞が聞こえてきます。
反省のため高雄にグーで殴られときます。5/14




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笑わない提督9

艦娘の前で全く笑わない提督。
近海迎撃作戦 前編。



現在、我がじぇいこぶ鎮守府下の艦娘は

 

駆逐艦

電、白露、夕立、陽炎、朧、潮、磯波

 

軽巡洋艦

球磨、五十鈴、那珂、北上(雷巡)、大井(雷巡)、大淀

 

重巡洋艦

利根(航巡)、筑摩(航巡)、高雄、鳥海、青葉

 

戦艦

扶桑

 

軽空母、空母、潜水艦

なし

 

である。明石は指揮下にはないが念のためドックで待機してもらおうと思う。

敵艦隊群に広範囲爆撃できる空母や軽空母がいれば……

隠密性の高い潜水艦でアンブッシュや迅速な戦況の共有ができれば……

 

だが、ないものを悔やんだところでどうしようもない。

今いる皆でどうにかしなければ。

 

そこで考えた作戦はこうだ。

艦隊A、Bが白兵戦で敵艦隊を掻き乱し、

後方部隊が戦艦、空母に高火力の砲撃を叩き込む。

 

艦隊を4つ組む必要があるな。

艦隊A、B、後方部隊、遊撃部隊。

各艦隊の編成と作戦内容を決めて皆に通達した。

 

「艦隊A、北上、大井、朧、潮、陽炎。

北上と大井の雷撃の脅威で敵の数を減らしつつヘイトを稼ぎ、敵艦隊を掻き乱せ。朧、潮、陽炎は対空装備で敵艦載機への警戒を重視しろ。

 

艦隊B、球磨、那珂、電、夕立、白露。

那珂と白露が敵艦を引き付け、翻弄させろ。球磨、電、夕立でその隙を突いて敵艦を狩るのだ。

 

後方部隊、扶桑、利根、筑摩、高雄、鳥海、大淀。

扶桑、利根、筑摩、は水偵を飛ばしつつ敵大型艦を叩け、弾着観測射撃は無理かも知れないが水偵を飛ばしておけば敵艦載機の注意は引けるだろう。目標の選定は大淀に任せる。高雄、鳥海は艦隊A、Bを抜け出してきた敵を優先的に討て。

 

遊撃部隊、青葉、五十鈴、磯波。

艦隊A、Bと後方部隊の間で動いてもらう。艦隊A、Bを抜け出した敵を討つのがメインだが、艦隊A、Bで戦闘不能になったものが出た場合はその者を下がらせろ。その場合は五十鈴、磯波のどちらかに交代して入ってもらう。

 

戦闘不能になった者は青葉に曳航してもらってドックまで下がれ。青葉はドックから持ち場に戻る際、弾薬を積んで後方部隊に届けてやれ、下がった者は明石さんに応急修理してもらって再度出撃だ。その際補給は忘れるな。

 

以上が作戦内容だ。

…我が愛しきじぇいこぶ鎮守府の仲間たちよ、お前たちの力を私は信じている!

この国を護るのはお前たちだ!全艦、抜錨っ!!」

 

できれば、誰一人沈むことなく生還してほしい。

私にできることはお前たちを信じることだけ。

 

一人一人名前を告げる度に目を見て作戦を伝えた。

そして皆を出撃ドックから送り出したのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

艦隊A

北上チーム

 

「うひーいるいる。イ、ロ、ハにホ、ヘ級、リ級も居るよ、と」

 

ざっと見た感じ私たちの相手はイ、ロ、ハが10、ホ、ヘが5、リが4、ってところね。

 

「な、なんかその言い方、語呂がいいですね」

 

潮は私の言葉にツッコむあたり余裕はありそう。

奥の方にはヌ級が3、ヲ級が1、ル、タ級が2ずつ。

ヌ級、ヲ級の艦載機にさえ注意しとけばなんとかなりそうだ。

 

「敵艦載機も結構いるから貴方たち頼んだわよ、私も北上さんも回避行動をとって用心するけど、万が一爆撃が直撃するとヤバいから」

 

「はいよ、護衛は任せて」

 

「艦載機墜とすゲームね、目指せハイスコア!」

 

「か、陽炎ちゃん、ゲーム脳……」

 

潮だけじゃなく、朧も陽炎も結構余裕ねー。

とりあえず開幕ブッパ、キメちゃっとこ。

 

「んじゃーとりあえず殺っちゃいますか」

 

「っ喰らえ!私と北上さんの九三式、酸素ラブラブ天驚拳アターック!!」

 

雷跡は見えにくかったが、私と大井っちの放った酸素魚雷が敵艦隊に吸い込まれるような手応えを感じた。こちらに迫りつつあった敵駆逐艦、軽巡洋艦が半数ほど爆発四散、重巡リ級、小中破。

雷撃第一波でこの威力。こんなに強かったっけ?

 

「……すごっ」

 

「まぁ、大井っちと組めば最強よねー」

 

「さぁ、敵の艦載機が来るわよ、次発装填まで護衛なさい」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

艦隊B

球磨チーム

 

敵勢力、駆逐艦14、軽巡6、重巡4、戦艦2、軽空母1、空母1。

まずは那珂と白露が先駆けていた敵水雷戦隊に急接近したクマ。

撹乱射撃しつつ高い機動力と被弾面積の小さな体で敵艦を翻弄する白露。

 

「イッチバーン!」

 

そしてこんな時でもあのテンションで、いや、いつもより高いテンションで敵を引き付けている那珂。

 

「みんな、ありがと~!」

 

軽やかにステップを踏みつつ雷撃をかわし、時折フニャフニャ気持ち悪い動きで砲撃を避けている。

アイツ多分「ジャングルの王者◯ーちゃん」見たなクマ。

 

「那珂ちゃん、動きがキモいけど凄いのです!」

 

「…ちょっと引くっぽい」

 

「………とりあえず、球磨は重巡の方を相手してくるから、その間に電と夕立は白露と那珂に引き付けられているヤツらを仕留めるクマ」

 

「分かったっぽい!」

 

そう言って夕立は那珂の方へと飛び出していった。

電は一度こちらを見て球磨にエールを送ってくれたクマ。

 

「球磨さん、どうかお気をつけて、なのです」

 

「そっちもなクマ~」

 

空母の爆撃は動き回って捕捉されないようにして、戦艦には近づかなければ被弾することはないだろう。

ただ敵の数が数だから、弾薬は節約しないと…

 

お!いいところに手頃なイ級が接近してきたクマ。

 

「クマっ!!」

「!?」(鷲掴みされるイ級)

「お前が魚雷に、なるんだクマ~っ!!」

「ッ!!」(投げ飛ばされるイ級)

ーーリ級に命中、critical!

「ストライークッ!」

 

我ながら見事なスローイングだったクマ。

提督は見ててくれたクマ?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

遊撃部隊

青葉チーム

 

 

ーーーちょ、顔は止めて~、か、顔は……!顔はヤメロォ!!

ーーーな、那珂ーっ!!

 

 

 

「あ、那珂が被弾したようね」

 

「え!那珂さんの被害は?」

 

「中破ってところかな」

 

「なるべく大破する前に交代したほうが良さそうですね……」

 

「じゃあ、五十鈴が那珂と交代するわ!同じ軽巡同士だから」

 

「それでは那珂さんの方へ急ぎましょう」

 

青葉たちは前線部隊と後方部隊の間で撃ち漏らしを撃破する役目がありましたが、敵は今のところ前線部隊を抜け出せていないようでした。

なのでもう1つの役目を果たすことにしましょう。

 

「……あの、青葉さん、その首から提げてるカメラ…」

 

「あぁ、これですか?艦隊新聞に使えそうな写真を撮ろうと思って…」

 

「あなた、一応これは鎮守府の存亡を懸けた戦いだって提督が言ってたでしょ…」

 

「あはは、皆さんのモチベーションの高さについ…」

 

「たく、しょうがないわね…ホント」

 

「…いいなぁ、カメラ…」

 

五十鈴さんにはお小言をもらってしまいましたが、磯波さんはどうやらカメラに興味があるみたいですね。

この作戦が終わったら、カメラ仲間に誘ってみましょうか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

後方部隊

???チーム

 

「なぁ、そう言えばこの部隊の旗艦は誰なんじゃ?」

 

「え?何ですか姉さん?」

 

「この艦隊の旗艦は誰なんじゃと訊いておる」

 

「……姉さんがいいと思います」

 

「………何を言っているのかしら、提督が艦隊メンバーを発表されたときのことを思い出してみなさい。

私が一番初めに呼ばれたでしょう?」

 

「……あの、提督は私に目標の選定をしろと仰っていましたよね?

つまり、私の指示に皆さん従ってもらうということでですね?」

 

「いやいや、でも大淀さんは客員でしょう?」

 

「いやいやいや、この場合は客員とか関係ないと思われるんですけどぉ?」

 

「私は姉さんがいいと思います!」

 

「ぉ、ぉぃ…筑摩…ヤメよ…!」

 

「……あ?」

「……はぁ?」

「…………」

 

「よ、よさぬかお前ら!吾輩が悪かったから…!」

 

「それなら利根さんに決めてもらいましょうか」

 

「え?何で?」

 

「それもそうですね…利根さん……あくしろよ」

 

「えぇ…、じゃ、じゃあ高雄で…」

 

「え!ちょ、私ですか!?」

 

「…チッ」

「…チッ」

 

「と、利根さぁん…」

 

「すまん、高雄…」

 

という流れがあり、この後方部隊の旗艦は高雄姉さんとなりました。

 

ふと思えば、提督が共に沈む覚悟があると仰ってくださった時から、今までにないほどのパワーが私たちの中に湧き上がってきています。

 

弱小鎮守府と評価されているはずの私たちですが、

おそらく、今この戦いで敗けるイメージが湧かないほどのパワーをこの鎮守府の艦娘誰もが身の内に感じていることでしょう。

それこそ戦いの中だというのに誰が旗艦かと割とくだらないことで揉める余裕があるほどに。

 

いや、くだらなくはないかも知れませんね、あれだけ私たちを想ってくださる提督の艦隊旗艦です。

提督により近い存在としてこの先、高雄型が旗艦を任されることになれば、こんなに名誉なことはないでしょう。

 

「高雄姉さん、頑張って!私もこの戦いで全力を尽くして提督の高雄型への覚えが良くなるように頑張るから!」

 

「そ、それもそうね。…皆さん、砲撃戦開始します!大淀さん、目標は?」

 

「くっ、…まずは艦隊A、北上さん側の軽空母からです」

 

「了解、よーく狙ってぇ…撃てぇ!!」

「せめてMVPをっ…!!」

「その艦、…もらったぁっ!!」

 

火を噴く主砲、瞬間、敵の軽空母ヌ級が跡形もなく消し飛んでしまいました。

皆さん、か、火力が信じられないことになってますね……。

 

「今のは私の砲撃よね?」

 

扶桑さんもさすがに驚いているようです。

 

「いや、今のは私のでは?」

「いやいや、今のはさすがに軽巡の砲撃じゃないでしょう」

「いやいやいや、提督との絆からくるアレがですね…」

「今のは私と姉さんの砲撃だと思います!」

「ち、ちくま~っ!!」

 

違った…。

この人たち、今度は誰が敵を討ったかで揉め出した…。

 

「み、皆さん、敵はまだ他にもいますから!」

 

「…チッ、大淀さん、早く!次の目標をっ!!」

「…えぇと次は…」

「あ、目標選べるからってフライングは駄目よ?」

「…チッ」

 

「ーーな、なかよくみんなでうちましょーねー、たかおおねえさんとのやくそくだよぉ」

 

 

 

ーーーーた、高雄姉さん………。

頑張って………。

 

 

 

 




登場人物

斧田誠一郎

本人はシリアスなつもりで艦娘たちを送り出したのだが…

大井

普段はまともだが北上が絡むとおかしな人になる

磯波

カメラ好き

高雄

利根に旗艦(かんたいのおねえさん)にされてしまった

鳥海

高雄姉さんも良いが、たかおおねえさんも意外と好き



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笑わない提督10

艦娘の前で全く笑わない提督。

近海迎撃作戦、後編



那珂が青葉に連れられてドックに帰ってきた。

状態は大破とのことらしい。

現在、明石の応急修理を受けている。

 

海の上は相当な激戦が繰り広げられているのだろう。

ボロボロになって帰ってきた那珂を見た時、目の前がグルグルして立ってられないような感覚だった。

だが私はこの鎮守府を治める者として気張っておかなければ。

 

応急修理を終えた那珂が今また海へ出ようとしている。

 

「那珂、いけるな?」

 

「もちろん。提督の願い、叶えてみせるよ。

それに…私を待ってるファンが海の上にいるから!」

 

「っよし、では行ってこい、私はお前が輝くのをここで祈っておこう!」

 

「那珂ちゃん、現場入りまーす!」

 

私は今まさに光り輝きながら海に出ていく那珂を見送った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

作戦開始前に提督から沈む時は一緒だなんてドラマチックな言葉をもらって、ついついテンションが上がりすぎちゃった、テヘッ!

 

敵を引き付ける役なんて、アイドルの那珂ちゃんにぴったり!…だったはずなのにうっかりたくさん被弾しちゃったテヘペロ!

ファンの子たちってば元気いっぱい!

 

大破して青葉ちゃんに助けられてドックに戻ったら提督が酷い顔してた。

酷いのは元からだったけど、そうじゃなくてとっても苦しそうな哀しい顔をしてたの。

那珂ちゃんのファン第1号でもある提督にそんな顔をさせちゃって、本当にごめんなさい!

ちゃんと提督と鎮守府を守って「この国を護る」って提督の願いを叶えなきゃ。

 

海に戻る時、提督が輝くのを祈ってるって言ってた。

提督がそう望むなら私は輝く存在でなきゃね!

 

そう思うと私の中のアイドルパワーが覚醒したのを感じたの。

今の私なら例え戦艦相手でも負けない!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『たった今艦隊A側最後の戦艦ル級を沈めました』

そう後方部隊の高雄から通信が入った。

 

「こっちもさっき片付いたクマ」

 

みんないつも以上の力を発揮して敵艦隊を撃破したけど、さすがにみんな疲れたクマ。

 

「…イッチバーン」

 

「ぽい~、もうヘトヘト、弾薬もほとんどないっぽい」

 

「こっちの被害は那珂が大破したのと白露以外が小破ってところね」

 

「みんないっぱい頑張ったから司令官さんがきっと褒めてくれるのです」

 

『こちら艦隊B、こっちも終わったよー。魚雷も弾薬もほとんど使い果たしたけど』

「北上と大井も良くやったクマ、お姉ちゃん鼻が高いクマ!」

『エヘヘ』

 

『皆さん、鎮守府に帰るまでがお仕事ですよ、あと皆さんの写真も撮りたいのですが…』

 

みんな大艦隊相手に勝利して少し浮かれた時だった、高雄から驚きの通信が入ったクマ。

 

『え、…!?っ青葉さん、緊急回避してっ!!皆さん、気を引き締めて、姫級の存在を確認!』

 

「なんだと!?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

クソッ!!!

アリューシャンとミッドウェーに敵勢力を集中させたはずなのに、敵の本拠地にはまだこれほどの戦力が残っていようとは!!

 

集めた50を超える配下もほとんどがエリートやフラッグシップだったのにたった19隻相手に沈められるだとォ!?

 

 

だがヤツラはもう充分に戦える状態ではないはずだ。

 

私の配下を沈めた勝利の余韻に浸って油断しているようだな、私自らの手でキサマラを深海へといざなってやるわ!

 

「シズミナサイ…!!」

 

相手は相当な手練れ共だったが、この戦艦棲姫、弾薬もなく疲弊しきっている相手に負けるはずがない!

まずは、補給部隊と思われるヤツらだっ!!

 

私の16inch連装砲の砲撃が火を噴く。

これで敵の艦娘の一隻は大破だ!

 

そのはずだった…

 

硝煙が晴れて姿を表したのは大破するはずだった艦娘の前に立ちはだかる探照灯をマイクのように持った軽巡だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

現場に追いついたと思ったら砲撃が青葉ちゃんに飛んで来てたから慌てちゃった。とっさに弾頭めがけて魚雷を投げたらうまく空中で爆発してくれた。

まさに間一髪ぅ。

 

「ぜぇー、はぁーあお、はぁーばぁーはっ…ちゃ、はぁー、だいじょ、ふー?」

 

「な、那珂さん、あ、ありがとうございますっ!!…那珂さん?制服が……」

 

ちょっと息を整えさせてねぇ。スー、ハー、

爆発の煙が海風で払われてきた。ここでポーズを取って…フー、

 

「みんな、ありがとーっ!!」

 

相手戦艦は青ざめた顔でこっちを見てる!

那珂ちゃんに会えて感激してるのかなぁ?

 

「バ、バカナ…!軽巡ガ私ノ砲撃ヲ…!?」

 

こっちのみんなは疲れきっていて充分に戦えないみたい。それなら、

 

「みんなはしばらく休んでてね!これからセンター那珂ちゃんのソロパートだよ!」

 

那珂ちゃん頑張るぞぃっ!!

 

 

 

「単ナルマグレダ!!ッモウ一度!!」

 

敵の主砲が飛んで来てるけど、

見えてる!那珂ちゃんは蝶のように避けるっ!

 

 

ーー, ーー, ーーー~♪

 

 

 

「っ!?あ、あの動きはっ!!」

 

「知っているのか陽炎?」

 

 

ーーーーーダンスダンスレボリューション!

ーーーーーーーーbutterfly!!

 

 

 

 

 

「クソッ副砲スラ当タラナイッ!…一体、オマエハ何者ナノダ!」

 

相手戦艦が訊いてきたから答えてあげましょう。

 

「清楚な心を持ち激しいダンスによって目醒めた

艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー!」

 

 

 

 

 

しばらく相手戦艦の砲撃を踊りながらかわし続けた。

そして体力が回復してきたみんなが残りの弾薬を全て使って集中攻撃!

 

「グァアッ!?コノ私ガッ!」

 

他の敵戦艦、空母が跡形もなくなった砲撃を受けたにもかかわらず大破に留まり、なお沈まない相手戦艦。

そのタフネスはすごい。

だけどもうこれでおしまい、那珂ちゃんの魚雷全部プレゼントしちゃう!

 

「……那珂チャンカ、覚エタゾッ!私ハ戦艦棲姫!次会ウトキハ必ズシズメルッ……!」

 

戦艦棲姫ちゃんは沈みながら那珂ちゃんにライバル宣言してた。

次も負けないんだから!

 

……新しい力に慣れていないのと激しいダンスで疲れちゃった。ちょっと動けない、かも。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「戦艦棲姫ガヤラレタヨウネ、ハジメカラ戦果ヲ横取リスルツモリダッタケド、チョウドイイ」

 

戦場からやや離れた場所で艦載機を全て放ち、動けない艦娘たちを一気に葬ろうとした空母棲姫とその少数精鋭の配下。

 

いざ攻撃命令を出そうとした時、艦娘たちのいる方向とは違う方向の空にモヤがかかっていて首をかしげた。

 

「……ナンダ?、アレハ?」

 

そのモヤがだんだん近づいてきてその正体に気付く。

艦娘の艦載機だ、それもなんて数!

空母棲姫はあわてて対空命令を出した。

 

「オ、オマエタチ!アレヲ撃チオトセ!!ハヤクシロォ!!」

 

己の艦載機全てを襲いかかってきた敵の艦載機に差し向けたが逆に撃ち墜とされていく。

何なんだ?何が起きてる?

空母棲姫自身の艦載機だけでも200を超える数だが敵の艦載機の規模はその十倍ほどはあった。

 

大規模な正規空母の機動艦隊?

一体どこに?

 

爆撃、雷撃に曝されて沈んでいきながら空母棲姫は一人の艦娘を確認した。

 

軽空母、鳳翔

 

確かそう呼ばれていた艦娘だった…。

 

 

 

「戦場ではいついかなる時も気を抜いちゃいけませんよ、誠一郎君のところの娘たちもまだまだね」

 

応援要請を受けて横須賀鎮守府から飛び出してきた鳳翔は離れた場所でじぇいこぶ鎮守府の面々が無事なのを確認してひっそりと帰っていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

『提督、近海に接近していた敵の大艦隊の撃破に成功しました!』

 

大淀から作戦成功の通信報告が入った。

 

「被害状況は?みんなは無事なのか!?」

 

作戦成功の報せだけでは落ち着くことができず、疲れているはずの大淀に通信ごしに詰めよってしまった。

 

『ご安心ください、みんな無事です。これより全艦、帰投します』

 

「そうか、……良かった、良くやった」

 

「斧田提督、お疲れ様。艦娘たちは俺や貴方が思うよりだいぶ強く、逞しかったようだな」

 

「本当に良かった…!」

 

私は絵口さんの前だというのに涙が止められなかった。

絵口さんは窓から外を向いていて顔が見えなかったが時折鼻を啜る音が聞こえていた。

 

 

艦娘たちにこんな情けない姿は見せられないと涙を拭い、出迎えのために港へと向かった。

 

夕陽をバックに帰投してきたウチの娘たち。心なしか出撃前よりも逞しくなって帰ってきたような気がして、また涙が出そうになった。

顔を引き締めて、帽子を目深に被り直し、整列している彼女たちの前に立つ。

 

「お前たち、良くやった。私はお前たちを誇りに思う。そして、この国を守ってくれて、無事に帰ってきてくれて、ありがとう…

今日はもうゆっくり休んでくれ、では解散!」

 

伝えたいことは伝えた私は、涙を我慢し必死に引き締めようとする顔を見られないように足早に港を後にした。

 

 

 

作戦成功と引き替えにした資材の消費に違う涙を流したのは次の日のことだった。

それにしても空母はいないのになんでボーキまですっからかんになってたのだろうか?

 

 

 




登場人物

斧田誠一郎

このあと空母狙いで建造しようとして資材がないことを思い出して泣く。


那珂

じぇいこぶ鎮守府で一番早く改二に至る。
ダンレボ上級者。


戦艦棲姫

姫級は海の負の念があればよみがえる。
戦いの時のことを思い出しては那珂ちゃんにまた会いたくなる。


空母棲姫

戦場で鳳翔を見かけたら相手にしないことに決めた。
賢い。


鳳翔さん

艦載機の妖精さんから莫大な信頼を寄せられているため、戦場に出るとよその各鎮守府の艦載機たちが勝手に集まり勝手に戦闘に参加してしまう。消費するボーキはその艦載機たちの各鎮守府のボーキ。勝手に消えるボーキは各鎮守府七不思議のひとつ。



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笑わない提督11

艦娘の前で全く笑わない提督。
遠征に手を出す。



「先の近海迎撃作戦により、我が鎮守府には資材がありません、よってしばらくは近海の哨戒もお休みします」

 

資材がない、そう、現在我が鎮守府には資材がないのだ。

いくら緊急の出撃だったからと言っても資材が枯渇する状況を作ってしまったのは私の普段の運営手腕が良くなかったからだろう。

精進しなければ。

 

「司令官さん、どうして敬語なのですか?」

 

「私の運営手腕の拙さを反省しているためだ。それに比べてお前たち全員はあの状況を見事に覆してくれたな、感謝している。その思いがつい言葉に出てしまったようだな」

 

いかんいかん、未熟な私でもこの鎮守府の長だ。態度には気をつけねば。

 

「電たちがあれだけ頑張れたのは司令官さんが応援しててくれたからなのです。司令官さんがいなければ今ごろここは瓦礫の山でした」

 

「…そう言ってくれて、嬉しいよ。電」

 

電たちの力だけじゃなかったと、私の存在のおかげだったと、そう言ってくれるのか。

やっぱり電は天使やったんやなって……。

 

執務室のソファに座っている電にエンゼルパイを出してやった。

 

 

見よ、「エンゼルパイなのです!」って言って嬉しそうに受け取り、ちょこちょこと食べ始めた電を!

ナデナデしてみたくなるが、その瞬間事案だと絵口さんが飛んで来るかも知れん。

わざわざ絵口さんの仕事を増やす訳にもいくまい。

 

 

「提督はご自身の手腕がと仰られましたが、元々は大本営から支給される資材が少なかった訳ですし、あんな事態を想定してなかったのは大本営ですから」

 

電と同じくソファで茶を飲んでいた大淀さんがそうフォローしてくれた 。

 

「あの、大淀さんがここに居座っているのはどうしてでしょうか?」

 

そして同じく、ソファで茶をしばく扶桑。

確かに今日は長くこちらに滞在しているようだが。

 

「ウフフ!皆さん、軽巡大淀、先の事態を受けてこの度戦列に加わることになりました!」

 

大淀さんは上着のポケットから封筒を取り出して中身をテーブルに広げて見せてくれた。

先の戦いでじぇいこぶ鎮守府への褒賞として大淀さんを所属させるという旨の辞令だった。

 

 

「褒賞ねぇ、どうせなら資材でも大量に寄越してくれれば良かったのに…」

 

扶桑がそう溢した。

そんなこと言うもんじゃない、と注意しようとしたが扶桑は続けて、

 

「元々、大淀さんはウチの一員みたいなものでしょう?…大本営も資材の運営が大変だったりするのかしら」

 

これには心がほっこり。

大淀さんもほんのり頬を染めた。

 

「コホン、提督、艦隊指揮、運営はお任せくださいね」

 

「大淀さん、改めてよろしく頼む。

大本営でも重宝されていた大淀さんの力でじぇいこぶ鎮守府を盛り上げていってほしい」

 

 

大本営といえば、今まで大淀さんがやっていた分の仕事はどうなるんだろう?

扶桑の言うように大本営が心配になるが……。

 

「大本営で私が担当していた分は、私が斧田提督の配下に加わると聞いた方たちが3名で分担して引き受けてくださることになりました」

 

良かった、大本営の方々も優秀な集まりだ。3名がかりならばさすがに大淀さんが空いた分もフォローできるだろう。

 

 

「早速ですが、資材運営の件で案があります」

 

「聞かせてほしい」

 

「遠征をしましょう。海上にはスポットと呼ばれる資材が湧いている場所があります。

先の戦いで見た我が鎮守府の水雷戦隊の実力があれば安全に資材を獲得しにいけるでしょう」

 

資材を獲得する方法に遠征があったのは知っていたが、近海の哨戒よりも航続距離が長く必ずしも安全とはいえないことからやってこなかった。

だが確かに。

 

那珂は被弾してしまったが、あんなに大量の敵に囲まれることがないように警戒しながらならよっぽど大丈夫だと思われる働きをウチの娘たちはしていたようだし。

 

「遠征にも資材は必要だろう?遠征可能になるまでどれだけかかる?」

 

「そうですね、今ある資材でもいけないことはありませんが、今回は2艦隊遠征に出してみましょう。2日ほどお休みして余裕を持って開始するのが良いかと」

 

「そうか、ありがとう大淀さん。球磨、北上、大井を呼んでくれ」

 

「……大淀と呼んでくださって結構ですよ、提督」

 

「う、うむ……」

 

妙に迫力のある真顔で言ってきた大淀から視線を逸らしてエンゼルパイをもぐもぐしている電を眺めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

球磨型の部屋で球磨姉さんと北上さんとでゆっくりしていると呼び出しがかかった。

執務室に行くと遠征を頼まれた。

軽巡装備にして水雷戦隊で資材の回収が目的らしい。

 

「じゃあ、私チームと北上、大井チームで編成するクマ」

 

さすが球磨姉さん、私と北上さんを一緒にしてくれるようだ。

 

「まぁ、大井っちがいるなら駆逐艦の面倒は頼めるしね」

 

き、北上さん!それは将来私と北上さんの間に子供ができても(※できません)私なら世話を頼めるということなのね!?

 

「駆逐艦の部屋に行って声をかけるクマ」

 

私たち三人は駆逐艦の部屋まで行くことにした。

駆逐艦の部屋からは朧ちゃんたちの笑い声が聞こえている。

 

『アッハッハハハ!も、もう一回!』

『す、すごい』

『に、似てるっぽい』

『えぇ、もう一回…?』

『イッチバーン!』

『頼むよぉ、後生だからよぉ、もう一回!』

 

「いつも元気だねぇ、駆逐艦どもはーーー」

 

そういいながら、北上さんは駆逐艦の部屋のドアを開けた。

 

 

 

 

「北上さん、」キリッ!

「か~ら~の?」

「マンジ」キリリッ!

「ワハハハハッ!」

 

磯波ちゃんが北上さんのポーズを真似してた……。

その後アレンジまで。

北上さんと目が合う磯波ちゃん、それに気づいた駆逐艦の娘たち……。

 

「アッ……」

「」

 

「どうした、続けろ?」

 

「」

 

 

無表情の北上さんもステキッ!!ハァハァ…

……あと北上さんの物真似する磯波ちゃんもわるくないじゃない、怯えたようなカオもハアハア。

 

 

 

ここはとりあえず磯波ちゃんのクオリティに免じて許してあげるわ。

 

 

 

 




登場人物

斧田誠一郎
執務室にエンゼルパイを置いていることが発覚する。


エンゼルパイなのです!

大淀さん
斧田の戦列に正式に加わる。

扶桑
資材が少ないから出撃できない。→執務室に入り浸る。

球磨
北上、大井のコンビを信頼している。

北上
駆逐艦からは以外と人気なおさげ髪。

大井
この後自分の艦隊に磯波を要求した。


磯波に北上の物真似をさせた。

磯波
わりとノリノリで北上物真似を披露しちゃうおさげ髪。



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笑わない提督12

艦娘の前で全く笑わない提督。実質陽炎回。



その日、陽炎がわざわざ執務室まで来て私に直談判してきた。

 

「ほう、装備を改修したい、と…」

 

「そうなの司令官、…あ、エンゼルパイちょうだい!」

 

装備の改修とエンゼルパイを要求してきた。

とりあえず私はエンゼルパイとお茶を陽炎に提供する。

 

「改修なら明石に言えば良いのでは?」

 

「改修に必要な資材とかあるから、まずは司令官に許可をと思って」

 

「…陽炎、偉いなぁ」

 

他の者たちは明石に頼んで、その後明石からの資材の要求が私のところにくるものだが、わざわざ陽炎は私に話を通して、と考えてくれたらしい。

 

「あと、司令官のところ行けばエンゼルパイ貰えるって電が言ってたから…」

 

「そ、そうか……」

 

それにしても、陽炎はどんな感じの装備を望んでいるのだろうか?

 

「…で、改修はオッケーなの?」

 

「もちろんだ、お前の使い易いようにカスタムしてもらうといい。…ところでどんな感じの装備にしたいんだ?」

 

執務も一段落したところだ、陽炎とのコミュニケーションでも取るか、と私は陽炎に問いかけた。

陽炎はエンゼルパイをもぐもぐしながら答えた。

 

「シカゴチョッパー!」

 

「え?」

 

「シカゴチョッパーだよ、司令官!」

 

シカゴ…チョッパー……?

なんだろう、刃物系か?確かによその天龍や木曾が刀のような艤装を装備していたのを見たことがあるが……。

 

「あー、えーと、ザクマシンガンみたいなヤツでぇ、連射力に優れていてフリーカーの大群相手にも凄く強いサブマシンガンなの!」

 

「ザクマシンガンにフリーカーとやらがどんなものかは分からないが、非常に優秀な装備なのだな?」

 

「そうそう、単装砲をどうにかしてシカゴチョッパーみたいにしたいなって…」

 

「ふむ、改修というより開発になりそうだな。

いいだろう、優秀な装備ができればお前たちの安全にもつながり、国防のためにもなる」

 

「やったぁ、早速明石さんに相談しに行くね!」

 

そう言って陽炎は執務室を出ていった。

あのはしゃぎようは見た目相応の子供が欲しいオモチャを買って貰える時のそれに見えるが、優秀な装備案を思いついて気分が高揚しているのだろう。

 

連射力のあるサブマシンガンのような武器は制圧力があり、相手が多勢の場合は非常に有効だ。連射力という点では連装機銃があるが、主砲レベルで使えるようなモノはない。

明石と陽炎がどんな装備に仕上げるのか、見ものだな。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

潮です。今日は五十鈴さんと陽炎ちゃんと私で哨戒任務があります。

今は五十鈴さんと一緒に出撃ドックで陽炎ちゃんを待ってます。

 

「陽炎のヤツ、遅いわね…」

 

出撃予定時間の10分前ですがまだ陽炎ちゃんはやって来ません。

 

「そういえば、今日は明石さんから新しい装備を貰えるって言ってたから、工廠に寄ってるのかもです」

 

「もう、そんなの出撃時間に間に合わせなさいよね!」

 

「で、ですよね……」

 

ホントは30分くらい私より早く出たはずなのに、陽炎ちゃんどうしたんだろう…?

 

「ごめーん!二人とも!」

 

ギリギリになって陽炎ちゃんがきた。

 

「明石さん、ギリギリまで新装備の調整してくれててさ、もしかして、私、遅刻?」

 

「遅刻じゃないけど、ギリギリよ。たく、仕方ないわね…」

 

「ごめんて、まぁ敵艦と戦闘になったら頑張るから」

 

「あの、もう出撃しないと……」

 

「それもそうね…五十鈴、出撃します。続いて!」

 

「よーし、両舷全速!陽炎、出撃しまーす!」

 

「潮、まいります」

 

 

 

 

近海に出てしばらくすると敵艦を発見しました。

イ級3、ヘ級1の水雷戦隊です。

 

向こうもこちらに気づいたようです。イ級が高速で接近してきました。

 

「約束通り、ここは私に任せて!」

 

「無理は駄目よ、陽炎」

 

陽炎ちゃんが満を持してといった感じで前に出ました。

新装備を見せてくれるようです。

 

「…こいつはいい武器だ」

 

陽炎ちゃんがうっとりしながらドラム式のマガジンがついた単装砲を出しました。

うーん、なんかイヤな予感がするよ…

 

「くらいやがれっ!」

ドパパパパパパパパパパパパパーーー!!

 

陽炎ちゃんの単装砲があり得ないくらい連射されました!!

こちらに突撃していたイ級が瞬時にハチノスになり、爆発しました!!

 

「へっ、汚ねぇ花火だぜ!」

 

「やだ、すごいじゃない!陽炎!!」

 

イ級の無惨な散り様を見たヘ級はすぐさま反転して撤退していきました。

 

「あっ、待ちやがれ!スキッゾ!逃がさねぇぞ!!」

 

「か、陽炎ちゃん!深追いはしなくていいよぉ!」

 

「アイアンマイク!…てめえの言い分は分かるがスキッゾを生かしておくといつかこのキャンプを危機に晒すことになるぞ…」

 

「」

 

陽炎ちゃん、なんか口調がおかしいよぉ…

アイアンマイクって私のこと?スキッゾって誰?キャンプってなに?

 

「まぁまぁ、その新装備が凄いってのは分かったから」

 

「リッキー、分かってくれたか」

 

「イヤ、誰よ、リッキー…」

 

「…そろそろ帰ろうよ」

 

「そうね、今回は哨戒だけに新装備の紹介って感じだったわね」

 

五十鈴さん?

とりあえず、哨戒を終わらせて帰投することになりました。

 

「じゃあ帰って、ブーザーに報告しとくか」

 

ブーザーって誰!?もうさっきから陽炎ちゃんがおかしいよぉ。

 

 

 

 

陽炎ちゃんはハマッたゲームに影響を受けておかしくなることが度々あるというのを、この時の私はまだ知りませんでした。

 

 




登場人物

斧田誠一郎
しばらく陽炎からブーザーと呼ばれる。
スキンヘッドではない。

陽炎
ここしばらくデイズゴーンにハマッているゲーム脳。
明石にトンプソンマシンガンのような主砲を作って欲しいと無茶な要求をする。
自称、陽炎セントジョン。

明石
しばらく陽炎からアルカイと呼ばれる。
単装砲の砲身を強化し、ドラム式マガジンで陽炎の要望になんとか応える。


この後、陽炎のデイズゴーン生実況プレイを見る。

五十鈴
陽炎が何言ってるかは分からないけど、任務に支障はないし陽炎が楽しそうならいいんじゃない?ってスタンス。


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笑わない提督13

艦娘の前で全く笑わない提督。扶桑回。



清々しい朝の執務室に似合わない、どんよりした空気を纏わせている娘が一人。

 

扶桑だ。

先日に外出の申請があって許可を出し、今日がその外出日だったはずだが……

 

「…扶桑、どうしたんだ?今日は出かけるのではなかったのか?」

 

「…えぇ、今日は街のデパートに行くつもりだったのですが……」

 

「何か不都合でもあったのか、私にできることがあれば協力しよう」

 

「……行きたいと思っていた物産展、先週までだったんですって…」

 

「………そうか……」

 

じゃあ私にできることはないね、とは言えなかった。

資材に余裕が出てきたとはいえ、備蓄のことを考えて他の娘たちよりも出撃する回数を減らしてもらっている扶桑だが、出撃しない日はだいたい執務室にいる。

たまに買い出しを頼むが、外にはめったに出ない娘だ。

あまり鎮守府にこもって私の顔が見える近くに居ても精神的に良くないはずだ。

かといって私が外出するように命令するのも……

 

今回の外出でリフレッシュして貰えればと思っていたのだが……

そう思っていると、高雄が執務室にやってきた。

 

「失礼します提督。外出許可証を貰いに来ました」

 

「お、そういえば高雄も外出日だったな。いいだろう…」

 

…そうだ、高雄に扶桑を連れ出して貰えないだろうか?

いや、高雄のプライベートに水を差すことになってしまうか…?

 

「あれ?扶桑さん、どうしたんですか?」

 

お……?

 

「…今日は外出するつもりだったけど、もういいの…」

 

「扶桑が行きたかった物産展が実は先週までだったらしくてな」

 

「あらあら…」

 

「…空はあんなに青いのに…」

 

落ち込んでいる扶桑に声をかけた高雄が少し考えて、

 

「…あの、扶桑さん、もし良かったら私の買い物に付き合っていただけませんか?」

 

キタ!高雄が扶桑を誘ってくれたぞ!

 

「実はデパートでコスメを見て回ろうと思ってたんですが、せっかくなので扶桑さんのオススメとか教えてもらえたらなぁって……!」

 

高雄が少し恥ずかしそうに言った。

これには私も心がほっこり。

なんだろう、女の子って感じで可愛らしいな。

扶桑はというと高雄に頼られて満更でもなさそうだ。

私は無言で外出許可証を2つ取り出し、テーブルの上に置いた。

 

 

「そうね、せっかくだし高雄とお出かけするのも面白そうね」

 

扶桑はほんのり頬を染めながら高雄に笑顔で応えた。

 

あらやだ、ウチの娘たちホント可愛い。

今日の晩御飯、私が当番だし、美味しいものでもこさえるとしよう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

困ったことになったわ。

街にはあまり出ないから人の多さに戸惑っているうちに高雄とはぐれてしまった。

デパート……は、こっちの方だったかしら…?

 

少し街をさまよっていると公園が見えてきた。

日差しが強くなってきたし、少し休もう。

自動販売機で冷たいお茶を買い、屋根とテーブルとイスのある場所で休憩。

 

「はあ…」

 

物産展はダメだったし、せっかく高雄に連れ出してもらったけど迷子になるし、ツイてないわね。

艤装を展開できれば高雄がいる場所も分かるのだけど……ネガティブな思考に陥りそうになり、テーブルに突っ伏す。

……ふと隣のテーブルに人の気配がした。

顔を上げて視線で確認すると、イヤホンをつけた外国人らしき黒人男性が頭を少し揺らしながらリズムを取っていた。

 

「~~~~」

 

かと思ったら歌い出したわね。

 

「~~~~~~~~!」

 

しかも小声でじゃなくガチで歌い出したわ!なんなのこの人!?

この暑さでやられた人なのかしら?

幸い、周りにはあまり人はいないけど、他の人もポカーンとしてるわ。

と、隣にいるのが、は、恥ずかしい…!

それでも黒人男性はノリノリで歌い続ける

 

「~~~~~~~~」

 

なんかどこかで聞いたことある曲だなぁ。

 

「ま、まさか…!」

「……ボンジョ◯おじさん!?」

「え?…ウソ、本物?」

 

周りの数人が驚いている感じね、有名人なのかしら?

黒人男性は歌い続け、またサビのようなところまできた。

 

「「「~~!~~~~!」」」

 

えぇ!?さっきの驚いてた人たちも歌い出したわ!!

なんなの、これぇ…

 

「…そこのお姉さん、…あんただよ!」

「あんたも一緒に」

「さあ!」

 

「え、えぇと」

 

「~~~~~~~~~~」

 

「「「「~~!~~~~!」」」」

 

……あれ、なんだろう…

 

「~~~~~~~~~~」

 

『~~!~~~~!』

 

なんか気持ちいい…それに心なしか一緒に歌う人が増えてるような……

 

『「~~~~~~~~~」』

 

『『~~!~~~~!』』

 

気づけば公園にいる人のほとんどが一緒に歌ってた!

黒人男性も皆の声の大きさにびっくりして、イヤホンを取って驚いた様子で周りを見回してたわ。

皆で歌っていたのに気がついて照れたように片手を上げて挨拶したあと、そそくさと去って行ってしまった。

 

「す、スゲーな…あれ、本物かな」

「本物の◯ンジョビおじさんだろ、俺は詳しいんだ」

「てかこの国に来てたの!?」

「感動した!」

 

周りの人たちも徐々に解散していったわね。

なんだか夢みたいな体験だったわね。

そこでふと私服のポケットが振動してるのに気づいた。

あ!そういえば、スマホがあるじゃない、きっと高雄からね!

 

「もしもし」

 

『あ!扶桑さん!?良かったぁ、今どちらですか?』

 

「高雄?ごめんなさいね、迷子になってしまって、今は公園にいるみたいなんだけど…」

 

『あ、スマホのGPSがあるんでした!今そちらまで行きますから待っててくださいね』

 

「ありがとう、待ってるわね」

 

良かった、高雄が迎えに来てくれるらしい。

物産展はダメだったし、迷子になってしまったけど、公園で大勢の人と一緒に歌ったのはちょっと楽しかったわね。

高雄が来たらこのことを話してあげましょう。

 

 

 

「え!ウソ!ボン◯ョビおじさん、いたんですか!?ホントに!?」

 

「えぇと、…ボン◯ョビおじさんかは分からないけど、公園で歌ってたのよ、そしたら皆で『うぉーお!りびおなぷれぃあ!』っていつの間にか合唱になってたわ」

 

「う、うぅ…」

 

「高雄…?」

 

「羨ましい!!ボ◯ジョビおじさん、私も会いたかったです!!」

 

ボ◯ジョビおじさん、私は知らなかったけど、やっぱり有名人だったのかしら。

鎮守府に帰ったら皆に聞いてみようかしらねぇ。

 

 




登場人物

斧田誠一郎
出不精気味の扶桑が外出してくれた嬉しさで作った晩御飯はハンバーグカレー。

扶桑
他人から見ると凄くラッキーな出来事に遭遇することがあるが本人に自覚はない。

高雄
扶桑さんが迷子にならないように帰りはお手て繋いで帰りました。




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戦艦棲姫、上京

艦娘の前で全く笑わない提督。


今回は斧田くんの出番はありません。


私は戦艦棲姫。

先日の作戦では中間棲姫とほっぽさんに協力してもらったにもかかわらず、わずか少数の相手に敗走するという屈辱を味わった。

 

敵の本拠地目前で沈められたあと、深海基地にある棺桶のようなポッドで目が醒めた。

ポッドから出ると同じくらいのタイミングで隣のポッドから親友の空母棲姫が出てきた。

 

「……、オイ空母棲姫、オ前モドコゾデ沈メラレタノカ?」

 

「……アタシハアンタノ獲物横取リシヨウトコッソリツイテッタンダケド、」

 

「オイ、横取リッテ……コノ、正直者メッ!

ナルホド、ソレデオ前モ那珂チャンニヤラレタカ」

 

「…イヤ、那珂チャンッテ誰ダヨ、

アタシヲヤッタノハ鳳翔ッテ艦娘ヨ。バカミタイナ数ノ艦載機ノ飽和攻撃喰ラッチャッテ…」

 

横取りなんてズルするもんじゃなかった!めっちゃ怖かった!と続ける空母棲姫に私は、でもそんなお前も嫌いじゃねぇよ、うぇへヘへといつもやっているやり取りを交わす。

 

それにしても、相手艦隊に空母が全く見当たらないと思っていたが空母棲姫が結果的に引き付けてくれていたということだったのか。

あの戦力に空母もいるとなると、正面からやり合うのは得策ではないだろう。

ここはひとつ、人型に近い誰かが少数、もしくは単独で潜入し敵の手の内を調べる必要があるな。

 

それならば作戦失敗の汚名を返上するためにも私自らがスパイとして敵本拠地に乗り込んでみるか…。

あの那珂チャンの強さの秘密も分かるかも知れない。

その強さの秘密をこちらが利用できれば、あの敗走の屈辱を晴らせるはずだ。

 

そう考えて、早速準備したら出ると空母棲姫に伝えると

 

「アンタ、復活シタバッカナノニ元気ネェ、アタシハ離島チャンノトコ行ッテユックリシトコ…」

 

今回はさすがについてくることはなさそうだった。

べ、別に寂しくなんかないんだからね!

 

 

 

念の為艤装を最小限に展開して海上を進み、先日沈められたポイントを通過して更に進むと敵本拠地と思わしき陸地が見えてきた。

海に面したあの建物は防衛基地か、恐らく前回の相手はあそこから出撃したのだろう。

 

夕方になり防衛基地から少し離れた場所から陸に上がる。

艤装をしまい、港湾さんから渡された物資(メッセンジャーバッグ、かわいらしいタコヤキ艦載機のイラスト付き)を開けると、人間の服と人間が使っているらしい通貨の札束、陸地で活用できる知識の書かれたメモ、そしてお弁当と思わしきデカいおにぎりが入っていた。

 

人間の服に着替えて、ひとまずおにぎりを食べる。

ウマイ、そして食べごたえがある。

陸に行ってスパイをすると聞いたらしい港湾さんが色々と準備をしてくれた。ありがたい。

 

メモを読むと驚いた、陸地での拠点として寝泊まりできる場所まで記してあったのだ。

さすが港湾さんだ、まさか陸地に進出済みで拠点まで作っていたとは……どうりで人間界に詳しかった訳だ。

 

幸い、拠点はかなり近い場所にあるらしい。

まずはあの那珂チャンがいるであろう防衛基地を外から少し観察してから拠点に向かうとするか。

 

 

 

人間の通行人のふりをして防衛基地の前を歩きながら正面出入口らしき場所を確認。

 

「ココガ、アノオンナノハウスネ…!」

 

南方棲戦姫がこう言うのが様式美だと言っていた。

 

「時瑛古布鎮守府」と門の表札にあった。

うん、読めないな。

そして微かに漂うカレーの匂い、今晩はどこかがカレーのようだ。何でか夕方に嗅ぐ人ん家のカレーの匂いは妙にノスタルジックな気持ちにさせる。私だけだろうか?

とりあえず今はここに動きはないようなので拠点を目指して歩きだした。

 

「かすみ荘」

ここが、今回のスパイ活動の拠点となる場所のようだ。

二階建てのアパートと呼ばれる建物らしい。

一階と二階に四部屋ずつあるが、まずはメモに従い、一階の奥の部屋に向かう。

港湾さんが「オオヤサン」という者にアイサツしろと言っていた。

 

メモに記された手順通り部屋の扉の横にあるボタンを押してベルを鳴らす。

 

「はーい、今行くわ!」

 

中から返事が聞こえてきた。恐らく「オオヤサン」だろう。あの港湾さんがアイサツしろと言っていた相手だ、少し緊張してきた。

ガチャリと扉が開く、中から出てきたのは駆逐艦と思わしき艦娘だった。

突然のことに接敵かと身構えようとしたが、

 

「あら、アンタが港湾棲姫が言ってた戦艦棲姫ね。いいわ上がりなさいな」

 

どうやらこちら側の内通者か……。

思っていたよりもこちらの陸地進出は進んでいたらしいな。港湾さん、さすがだな。

港湾さんの厚意を無駄にしない為にも私は絶対に那珂チャンの強さの秘密を手に入れるのだ!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

退役して艦娘あがりとなった私はアパートを建てて大家になった。

退役した理由は私の中での戦う理由がなくなり、やりたいことが見つかったからだ。

 

 

 

 

 

建造された当初こそ、この国を守る為に戦うと誓い、敵である深海棲艦との戦いに身を投じていた。

戦いの日々の中で私は、いや私だけじゃなく他の娘たちも次第に提督のために戦うようになっていった。

 

その提督がやがて他の娘とケッコンして、私は選ばれなかったかぁ、と少し落ち込んだが、その気持ちを振り切ろうとして戦いにより一層身を入れた。

 

 

敵を見つけたら、戦闘し、敵がいないなら索敵し。

やがて、私は深海棲艦を見かけたら本能のままに戦うようになった。

 

そんな時、私の前に現れたのが港湾水鬼だった。

お互いがお互いに本能のままに戦う。

何度も港湾水鬼の圧力に潰されそうになりながらも攻撃を掻い潜り私の拳をぶつけていった。

戦いは熾烈を極め、最終的に私の気合いを纏った右拳が港湾水鬼の左胸をブチ抜き、勝利に至った。

 

最高の瞬間だと思った。だがそれ以来私は更なる強者を敵に求め続けるようになった。

 

 

ある日、提督が私に休暇命令を出した。

その時の私は戦うこと以外にやりたいと思うことがなかった。

艤装の展開が制限される街に出され行く当てもなくぶらぶらしていると、偶然にも移動式のクレープ屋台の前でオロオロしている港湾棲姫を発見した。

むこうもこちらに気づいて

「ア、アナタハ…!?」と一瞬闘気が膨れ上がった。

 

私も本能のままに艤装を展開しそうになったが、

 

「あ、お嬢ちゃん、このお姉さんの知り合い?クレープ代払って貰いたいんだけど…」

 

屋台のお兄さんの声で街中だと思い出し展開を踏みとどまった。

少し冷静になった頭で状況を整理する。

深海棲艦が屋台でクレープ片手にオロオロしている。

おそらく、お金を払うということが分かってないのかも知れない。

どうしてこんなところに姫級がいるのか?

この国を脅かす存在が目の前にいるとなると周囲が大混乱に陥るかも知れない。

当時、闘争本能の固まりのような私だったが、護国の志は忘れてはいなかった。

混乱を防ぐため、周囲に姫級が目の前にいるということを気づかれないようにこの場は取り繕った方が良さそうだと、私は内心警戒しながら屋台に近づいた。

 

同じく私を警戒している様子の港湾棲姫の横に立ち、屋台のお兄さんにお金を払うことにする。

 

「いくら?」

 

「1200円」

 

「高っ!?」

 

港湾棲姫の手元を見ると、なるほど、なかなか立派なクレープじゃないの…!

 

「はい」

 

「どうも、まいどー!」

 

「ほら、アンタ、行くわよ!」

 

手元のクレープと私を交互に見る港湾棲姫を連れてなるべく人のいない場所ヘ……

 

クレープ屋台から少し歩くと浜辺に着いた。

シーズンではないため、人は全然いない。

 

浜辺で私と港湾棲姫は向かい合って立った。

 

「さて、どうして姫級がこんなところにいるのかしら?」

 

「…アナタハ、アノ時ノ駆逐艦カ?」

 

「はぁ?………!、アンタもしかしてあの時の港湾水鬼!?」

 

「ッソウヨ!!マサカコノ私ガ駆逐艦ニヤラレルトハオモワナカッタワ!」

 

「ど、どうして…確かに沈めた…」

 

「フフン、姫級ハ何度モ復活デキルノヨ、知ラナカッタ?」

 

「マ!?…それマ!?」

 

めちゃくちゃ重要な情報が手に入ってしまった。

もう少し話を聞くのも有益かも知れない。

 

 

「陸地ニ潜入シテアナタノ強サノ秘密ヲ手ニ入レヨウト思ッテイタノニマサカ遭遇スルトハ……」

 

「強さの秘密ぅ?アンタ、この国に奇襲するつもりだったんじゃないの…?」

 

「コノ国ヲ奇襲…?ナンデ…?」

 

「アンタたち深海棲艦にこの国を落とさせはしないわよ!!」

 

「……別ニ私タチ、国ヲ落トス気ハナイケド…?」

 

「アンタたちはこの国の敵でしょ!?だから私達艦娘とアンタたちは戦ってるんじゃない!」

 

「…私ハ戦イノ本能ノ赴クママニ艦娘ト戦ッテイルケド、他ノ姫モオンナジ感ジヨ?」

 

国防のために戦っていたつもりが相手には国を攻めるつもりはなく、ただ艦娘と戦うのが深海棲艦の目的……

 

「ソレニ…アナタ達ダッテ別ニ私達ノ世界ヲ侵略スルツモリハナインデショウ?」

 

確かに、その言葉に衝撃を受けたのだ。

艦娘にも色々いる、護国のためと信じて戦う者、敬愛する提督の栄誉のため忠義のため戦う者、私は……

私は、その当時、目の前の深海棲艦と同じだったと思った。

戦いのために戦う。より強い敵と戦うために。

思えばこの時、私は目の前の深海棲艦に親近感のようなものが芽生え始めていたのかも知れない。

 

深海棲艦が滅ぶことはないし、別に相手にその気がないから国の心配をする必要がないと分かってしまったからか、私の中の闘争本能は徐々に萎んでいった。

 

(私の闘争本能は護国の思いからだったのか)

 

ならば別に戦う必要はないし、戦う理由もなくなってしまった。

 

この港湾棲姫は人間に手を出すことはなかった。

護るべき人間は文字通り深海棲艦の敵ではなかったからだ。

 

本能は理性で抑えることもできる。

人間と艦娘と深海棲艦がお互いに理解しあえば、不要な戦いをなくすことができるのではないか?

この時私の中で一つのビジョンが浮かんだ。

争いのない平和で優しい世界。

 

そう考えると、先ほどまでの闘争本能とは逆に屋台の前でお金の払い方が分からずオロオロしていた港湾棲姫が何だか可愛いらしく思えてきた。

 

「アンタ、私の強さの秘密が知りたいって言ってたわね」

 

「ソウヨ、アナタトノ戦イハ至高ダッタノ、デモ負ケタノママハ悔シイカラ私ハモット強クナリタイノ」

 

「……ふ、ふーん。教えてあげてもいいわよ」

 

「…エェ!?イイノ!?」

 

「ただ、…そうね、一ヶ月くらいしたらまたここに来なさいな。その時に手ほどきしてあげるわ」

 

「一ヶ月後?……ホントニ教エテクレルノ?私ガ強クナッタラ、マズハアナタヲ沈メルワヨ?」

 

「あは、今のアンタじゃ私の敵じゃないわ」

 

「言ッテクレルワネ、……ソレジャ一ヶ月後、約束ヨ」

 

「はいはい、約束約束」

 

「…………」

 

港湾棲姫はクレープを食べ終えてから帰っていった。

もう私が艦娘として戦う理由はない。

鎮守府に帰ったらあのクズに退役するって伝えないと。

 

 

 

私がやりたいことがあるからと退役したい旨を伝えると、あのクズはすんごく動揺してた。でも鳳翔さんに一喝されて襟を正して提督の顔になったあと、

 

「承知したよ、書類一式すぐに手配する。戦い以外でやりたいこと見つかったんだな、良かった。

応援している、これからも頑張ってくれ。

鳳翔と共に君には本当に世話になったな、お疲れ様でした。霞」

 

なんて言うもんだから不覚にもうるっときたじゃない。

 

 

 

退役してアパートの大家になって、港湾棲姫に人間社会の勉強をさせて。

それから、ちょくちょくウチのアパートには港湾棲姫や北方棲姫が来るようになった。

他の住民は艦娘あがりばかりだから最初顔を合わせると警戒したり白目剥いて倒れたりする娘もいたけど今じゃ、あぁまた来たのって感じになってる。

 

まぁトラブルがない訳じゃないけど、お互いの命を削り合うような戦いになる訳じゃない。

今はこのアパートの中だけだが、戦いのない平和で優しい世界への一歩になればいい。

 

 

 

朝早く、電話が鳴る。

港湾棲姫だった。

 

「もしもし、おはよー」

 

『あ、おはよう。突然で申し訳ないんだけど、そっちにウチの若い娘が来ると思うからお願いできる?』

 

「アンタんとこの若い娘?」

 

『そうそう、戦艦棲姫って娘で、強くなりたいとかスパイ活動だとか言ってるんだけど、何だか心配で…』

 

「…どっかの誰かさんに似てるわね、承知したわ」

 

『お願いね』

 

 

…さて空いてるのは103号室ね、お掃除しとこ。

 

 




登場人物

戦艦棲姫
深海世界の若手、同期に空母棲姫、南方凄戦姫がいる。
自分を沈めた那珂チャンにリベンジするため人間界という未知へと踏み出す!

空母棲姫
戦艦棲姫と同期で割と仲良し、離島棲姫を可愛いがっている。後悔はするが反省しない。

港湾さん
母性溢れる深海世界の重鎮、物知り。色々とデカい。

大家さん
艦娘あがり。戦艦棲姫がお世話になるアパートの大家さん。
かつて所属していたのはどこの鳳翔さん提督の鎮守府なのか…。



capybaraさん、誤字報告ありがとうございます。助かりました。
各深海棲艦の「棲」を「凄」と誤表記しておりました。
彼女達をどんだけ凄いと思ってたのかって突っ込んでください。

罰として利根姉さんのカタパルト整備しときます。キリッ!5/24


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笑わない提督14

艦娘の前で全く笑わない提督。艦娘たちの肝だめし回。




「肝だめしがしたい、だと…?」

 

「そうそう、ヒトナツの思い出といえば肝だめしでしょ!」

 

執務室にやってきた陽炎が唐突にそう提案してきた。

確かに夏の風物詩といえば肝だめしはその一つだろう。

ウチの娘たちは日頃国防の任に精を出していることだし、ここらで慰労の一つとしてそういった催しを開いてみても良いかも知れないな。

 

「うむ、いいだろう」

 

「やったぁ!」

 

「だが……」

 

しかし、肝だめしといっても私は富士急◯イランドの戦慄てきな病院のヤツしか経験がない。

しかも私が入った時は何故か脅かし役と思われるお化けに全く遭遇しなかった。

まぁ、雰囲気だけでもホラーな感じは楽しめたのだが。

それゆえそういった経験がほぼないに等しく、ウチの娘たちに楽しんでもらえる肝だめしを提供できるか不安がある。

 

とそんな感じのことを陽炎に正直に打ち明けると、

 

「大丈夫だよ司令官、私に任せてよ。明石さんと妖精さんに頼んで上手くセッティングしてみるからさ!」

 

「ほう、そこまで自信があるのなら任せてみよう。よし、陽炎、明石と妖精さんたちと共に鎮守府肝だめしを開催せよ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

アタシ、綾波型駆逐艦の朧!

夕食のあと、提督がみんなに向かって肝だめしを開催するって言った。

陽炎が企画して提督と明石さんと妖精さんの協力の下、鎮守府をお化け屋敷にするらしい。

参加希望者フタマルマルマルにグラウンドに集合だって、こりゃ行くッきゃない、多分!

 

「楽しみだなぁ、潮も参加するでしょ?」

 

「え、えと私怖いのは……」

 

「大丈夫だって、私たちは普段から提督の顔見てるからホラー耐性ついてるって、多分」「…オ…オゥフ…!」

 

「朧ちゃん声大きいよ、ほら提督、なんか落ち込んでない?」

 

あ、まずい、聞こえてたかな…食堂の提督の席でゲンドウポーズの提督。哀愁を漂わせていた。

あと、隣の席の大淀さんが俯いてぷるぷる震えている。

 

「あ、…えへへ、ほ、ほら怖くなったら提督の顔を思い出せば勇気もらえるってことだよぉ!」

 

「もう朧ちゃんてば……」

 

 

 

その後潮を説得するのに成功してグラウンドに向かった。

参加希望者はほぼ全員みたいね。

今グラウンドにいないのは陽炎、青葉さん、扶桑さん、提督。

 

時刻になると、集まったみんなの前に提督と明石さんが現れた。

 

「あー、皆さん、日頃の任務ご苦労様です。今日は陽炎さん企画の肝だめしです。不肖この明石、今回、皆さんの慰労をとのことで張り切りました」

 

こちらをご覧下さい。と明石さんがナゾのボタンを押すと目の前の鎮守府が和風の大きな廃屋に姿を変えた。

 

「妖精さんとの協力でホログラフィックと3Dサウンドによって鎮守府を擬似的に変化させました」

 

す、凄い…。みんなも雰囲気が出てるとか、どうなってんの?とか言って驚いてる。

確かに雰囲気が凄い、彼岸花に囲まれた廃れた和風の御屋敷はめちゃくちゃミステリアスだった。

 

「当然、中のお化けもほぼホログラフィックなので安心してください、…フフフ、オタノシミニ……」

 

ほぼって何!?どういうことなの?

意味深な明石さんの発言に息を呑む面々。

 

「皆、日頃の国防の任、大変よくやってくれている。今日はその慰労の一環として肝だめしはどうか、と陽炎から提案があった。どうか無理せず楽しんでもらいたい」

 

 

陽炎は開催者側かぁ。となると、ここにいない青葉さん、扶桑さん辺りも開催者側なのかな。

陽炎は企画者らしいし、青葉さんはみんなのビビり顔を激写する係で…扶桑さんは……もしかしてお化け役かな多分。

 

「まずは今回のルールを説明しよう。2~3名で組になり、廃屋を探索しゴール地点を目指してもらう」

 

「た、探索…?フツーにゴール地点を目指しちゃダメなんですか?」

 

「ゴールするためにはゴール地点の祭壇に勾玉を納める必要があるのだ。勾玉は廃屋内のどこかに置いておいた。探索して勾玉を取得しゴール地点の祭壇に納めることでゴールの扉が開く」

 

提督のルール説明を聞いてもう一度鎮守府の方を見る。

古い御屋敷の探検と考えると、何だか冒険心がくすぐられてきた。

これは面白そうだ。

みんなも心なしかワクワクしている様子でチームを組み始めている。

 

「潮、磯波!一緒に行こうよ!」

 

「う、うん思ったより怖くなさそうだし、大丈夫だよね」

 

「…探検、ちょっと楽しそう」

 

アタシは潮と磯波とでチームを組んだ。

他のみんなは利根さん筑摩さんのトネチクチーム、高雄さん鳥海さんのお姉さんチーム、那珂ちゃん五十鈴さん大淀さんのナカチャンチーム、球磨さん北上さん大井さんの球磨家チーム、電ちゃん白露ちゃん夕立ちゃんの電チームになったようだ。

 

「うむ、皆早速チームを組んだか、では順番を決めようか」

 

「あの、司令官さんは参加しないのです?」

 

ふと電ちゃんが提督に聞いた。

 

「私はリタイアしたチームを出口まで誘導する係だ」

 

「リ、リタイア…?」

 

「私も陽炎とゴールまでテストプレイをしてみたが……なかなか怖いぞ、お前たちは途中でリタイアしても構わないからな」

 

提督、アタシたちを怖がらせようとしてくれてるのかな多分。リタイアしてもいいって言ってたけどアタシたちはきっと大丈夫だよ。逆に楽しく探検してゴールしよう。

 

「あ、もしリタイアして提督が急に出てきたらそれが一番ホラーかもね!」

 

「お、朧ちゃん…!」

 

「う、うむ…なるべく怖がられないよう善処しよう……」

 

アタシの発言にみんなが苦笑いしてた。

 

順番はトネチクチーム、球磨家チーム、ナカチャンチーム、電チーム、お姉さんチーム、朧チームになった。

うーん、最後かぁ、ネタバレにならないように皆が帰って来てもどんな様子かは聞かないようにしなきゃ……。

 

「ワクワクするなぁ、探検すごく楽しみ!」

 

 

この時の私は知らなかった。

冒険心なんて吹き飛ぶほどの恐怖をこのあと味わうことになるなんて。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ゴール部屋となる執務室で私はモニターを見つめる。

鎮守府(屋敷)内のあちこちに能面を設置しカメラを仕掛けモニタリングしている。

とあるホラゲーをプレイしその怖さに戦慄した私はこの恐怖体験をみんなにも味わってもらいたいと思い、提督に肝だめしを提案したのだ。

明石さんに協力を求めると快くOKしてくれた。どうやら明石さんもプレイしたことがあるらしく私の提案にだいぶ乗り気だった。

提案した次の日には鎮守府を屋敷に変装させる装置が完成し、みんなが遠征や哨戒で出払っている間に私と提督、オフの青葉さんと扶桑さんでテストプレイしてみたがその完成度の高さに感動した。

◯廊だ…薄暗い長い廊下にどこかから不意に聞こえる鈴の音、走り回るドタドタ音、女のすすり泣く声。

ゲームをプレイしていた時の手が汗ばむ感じを思い出す。

鎮守府内はゲームの屋敷ほど広くはないのでクリアに必要な勾玉も1個でいいだろう。

私と提督は無事にゴールできたが、青葉さんと扶桑さんは途中でリタイアした。

二人ともあれから寝込んでいるようだ。

 

「あ、一組目は利根さんと筑摩さんのようね。

ふっふっふ、私が味わった恐怖をみんなも味わうといいわ」

 

ヒィッヒィッヒ、みんなの恐怖に歪む顔が目に浮かぶわい。とてもいい顔をしているヨォ、キット。

 

 

利根さんが不意に走り回るドタドタ音を聞いたらしい、筑摩さんに抱きついた。筑摩さんは恍惚とした表情をして利根さんを抱きしめ返していた。

走り回るドタドタ音が大きくなり、全身真っ黒で沢山の手足が付いた姿で大きな能面を付けた音の主が二人の前に現れた。『ぢ、ぢぐま゛ぁ~っ!!』『 』『き、気絶しておるっ!?リ、リタイア!リタイア~!!』

筑摩さんが気絶したのは恐怖からか、それとも……

 

「走り回る音の正体に気づいた時…その造形のグロテスクさに戦慄する……クックックッ」

 

二組目球磨家チーム、北上さんの腕をがっしりホールドした大井さん、その北上さんは球磨さんの腕をがっしりホールドしている。仲良いな球磨家。

球磨さんが「懐中電灯」を発見し、点灯するが灯りが明滅している。…近くに居るなこりゃ、十二単を纏い能面を付け鈴を鳴らしながら屋敷内を徘徊する鈴の徘徊者『シャン…シャン…』

辺りを懐中電灯で照らす球磨さん、灯りが廊下の角を照らした時、ちょうど鈴の徘徊者とバッティング。『シャンシャンシャンシャン!』『グマ゛ァー!!』『わぁあぁあぁ!?(北上)』『ヴぉ゛お゛ォ゛!?(大井)』

球磨家リタイア。

 

「ふへへ、心臓に悪い出会い方ねぇ…」

 

三組目那珂ちゃん、五十鈴さん、大淀さん。

屋敷内の薄暗さにドン引きしている。すすり泣く声が聞こえたようだ。不意に五十鈴さんが手を挙げる、次いで大淀さんが手を挙げた、那珂ちゃんが青い顔しながら最後に手を挙げると二人が同時にどうぞどうぞと、那珂ちゃんがぎこちないスマイルを貼りつけながら泣き声の主に近づく、五十鈴さんと大淀さんにアイドルだから元気付けてあげなよ的なことでも言われたのだろうか?

『ナカチャンダヨー』『ドコ?ドコニイルノ?』『ヒェッ!』泣き声の主が警戒モードに入った。

『ナ、ナカチャンダ!!ヨォォ!?』那珂ちゃんの声を発した瞬間、能面を付けた泣き声の主は侵入者を捕捉し、襲いかかった。『うわぁぁああ!!』『っっっぅ!?』

那珂ちゃんチーム、リタイア。

 

「那珂ちゃん……」

 

四組目、電、白露、夕立チームも意気揚々と屋敷に乗り込むが薄暗い長い廊下に一瞬で顔色が悪くなった。

『ポ、ポーイ…』『イッチバーン…』『ナノデス…』『…ポーイ』

なんか言葉を話さなくなった。『ポ、ポーイッ!!』『イ、イッチバーン!!』『ナ、ナノデス!?』急に走り出した夕立と白露、その後を追うように電も走り出す。『シャンシャンシャンシャン!』走った足音に反応して鈴の徘徊者が三人を捕捉。

『ナノデスッ!!』迫ってきた鈴の音から走って逃げるが、運悪く前方の曲がり角から走り回る徘徊者出現!!

『 ッポ!!』『 イッ!』『deathッ !』三人とも倒れてリタイア。

 

「あちゃー、挟み撃ちだね」

 

五組目、高雄さんと鳥海さん。

二人は冷静に慎重に屋敷内を探索し、泣き声の主のいる部屋の前で中の様子を窺っている。

勾玉が泣き声の主の近くの机に置いてあるのを発見してどうやって手に入れるか作戦を立てているところらしい。

どうやら、屋敷内で見つけたアイテム「爆竹」で泣き声の主の気を逸らしてその隙に勾玉を取る作戦に出たようだ。

作戦が上手くいき、勾玉を手に取る二人。その瞬間この世のモノとは思えないおぞましい叫び声を聞く。

『fooooo↑↑』『な、何!?』『ア゛ァ゛ァ゛ァ゛,ア゛ァア゛ァア゛ァ!!』『ヒィッ!』

急いで部屋を出て「コンパス」の示すゴール、執務室を目指そうとするが前方から死装束を纏った長い髪の爛れた顔の女、憎悪を振り撒く影が迫ってきた。その姿を見て腰を抜かす二人、ゴール目前でリタイア。

 

「フゥハハハハ!誰も突破できんとは!恐ろしかろう!これが影◯の恐ろしさよ!!…次が最後の組ね…」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「変だね、誰も帰って来ないね…」

 

肝だめしが始まって1時間くらい経った。

待ち時間の間はグラウンドで花火をしてたけど、気づいたらアタシたちのチームだけになってた。

 

「きっと、みんなゴールで待ってるんじゃないかな」

 

「帰ってきたときの様子でネタバレしちゃうかもだしね」

 

そこで明石さんからアタシたちのチームがお呼ばれした。

 

「はーい、お待たせ、朧チームの番だよ!」

 

「よーし、やっときたね、行こう二人とも!」

 

アタシたちは明石さんの案内で御屋敷の入り口に立つ。

入り口の扉がひとりでにゆっくりと開いた。

中の様子は照明がロウソクだけで思ったより薄暗い。

 

「うわぁ…」

 

「それじゃ、頑張ってね!」

 

 

 

薄暗い廊下を三人で固まって歩く。

なんとなく無言だった。

外からじゃ想像がつかなかったけどロウソクの灯りだけの薄暗い屋敷の中は不気味すぎる。

 

………タッタッタッタッ!

 

誰かが走っているような音が聞こえた。

 

「っ!何かが近づいてくるよ」

 

音は段々大きくなってくる。

 

「か、隠れよう!そこの部屋っ」

 

「う、うん」

 

小部屋に入り扉を閉める。

タッタッタッタッ!タッタッタッタッ!…………

 

「と、遠ざかった…!」

 

「う、うぅぅ…怖いよ」

 

「あ、ここの棚にコンパスと鍵があるよ」

 

磯波がアイテムを見つけたようだ。説明書のようなものも一緒に置いてあった。

 

「このコンパスの赤い針が示す方角にゴールが…?」

 

「で、でも私たち勾玉持ってないよ」

 

「そうだった」

 

このお化けの徘徊する不気味な屋敷を探索して勾玉を探さなければならない。

そう考えると冒険心でワクワクしていた自分を殴りたくなった。いや、あれは仕方ない、だってこんなに怖いとは思わなかったんだもの。

 

「みんなちゃんとゴールできたのかな?」

 

「……リタイアする…?」

 

リタイアか、その手があったか。

でも、ゴールできなかったのがアタシたちだけだったら恥ずかしいし……

 

「こ、怖いけど…私はもうちょっと頑張ろうかなって…」

 

「潮ちゃん……そうだね、リタイアしたのが私たちだけだったらちょっと恥ずかしいもんね!」

 

磯波もアタシと同じこと考えてたらしい。

いつも怖がりな潮だってああ言ってるし、私ももうちょっと頑張ろう!

 

「よし、こうなったらサクッと勾玉ゲットしてササッとゴールしちゃおうか!」

 

やるぞ、勾玉見つけるぞ、絶対ゴールしてやるんだ。

 

 

小部屋を出て暗がりを進む。

シャンシャンと鈴の音が聞こえては近くの小部屋に隠れ、すすり泣く声が聞こえたら静かにゆっくりと避け、ドタドタ走り回る音に終始ビビりながら進んで行くと

鍵の掛かった扉を見つけた。

 

「鍵…さっき見つけたヤツ…!」

 

「…開けるよ…!」

 

鍵穴に金色の小さな鍵を挿し込み回す。

カチャリと音がなり解錠すると鍵は崩れてなくなってしまった。

 

「あ、開いた…!」

 

「鍵、壊れちゃったけど」

 

扉を開けて中を窺うと机の上に緑色の小さな光がみえた。

あれはなんだろう、三人で恐る恐る近づくとその正体に気づいた。

 

「ま、勾玉だ!」

 

「…やった!」

 

「キレイ…」

 

しばらく勾玉を三人で眺めていると、走り回るドタドタ音が聞こえた。そうだ、勾玉を見つけたんだ!アタシたちはコンパスも持ってるし、あとはゴールに向かうだけ、早くこの不気味な空間から抜け出していつもの日常に戻ろう!

 

「「朧ちゃん」」

 

「…うん」

 

アタシは勾玉を掴んだ。

 

『foooooooooo↑↑』

 

「ヒィッ!?」

「こ、今度はなに!?」

「こっっっわ!!」

 

勾玉を掴んだ瞬間、遠くからおぞましい叫び声にも似た悲鳴が聞こえた。

同時に聞こえていた鈴の音やドタドタ音が消えて、辺りからは何の気配も感じなくなった。

 

「も、もしかして勾玉ゲットしたからお化けが成仏したのかな」

 

「……やったか?」

 

「は、ははは、磯波、今それは洒落にならないから」

 

「ごめん」

 

「と、とりあえずゴールを目指そうよ、コンパスコンパス!」

 

「よ、よーしみんな!ゴールまでダッシュだぁ」

 

コンパスの赤い針が示す方角にダッシュ。入り組んだ廊下を右に次を左に…。

やっと、やっとゴールできるぞ!

…ァァァ、ァ゛ァァ゛ァァ゛ァ…

 

「っ!?」

 

かなりイヤな予感が多分三人ともしたんだと思う。

アタシたちは急停止した。

 

「おいおいおいおい」

「何か聞こえたぁ…」

「絶対いるよ、この先に」

 

長い廊下の先、曲がり角がほんのり赤みを帯びてくる。

同時に女の叫び声みたいなのも大きく、

 

『ァ"ァ"ァ"ア、ア"アアアアア!アア゛アア゛アア゛!!ア゛アアア゛アア!!』

 

うるさ、うるさいっ!!何これ、めっちゃうるさいんだけどォ!?

大音量の叫び声に凄まじい嫌悪感を受けていると曲がり角からその叫び声の主が姿を表した。

長い黒髪に白い死に装束、顔は腐敗して爛れているようで分からないが顔の両端まで裂けた大きな口で、この世のありとあらゆるモノを憎悪するかのような叫び声をあげてこっちに迫ってくるソレはあまりにもグロテスクだった。

 

「に、逃げなきゃ!」

 

「ゴールはもうすぐだってのに!」

 

「ヤバいヤバいヤバいヤバい、ヤバいヤバいヤバいヤバい」

 

来た道を引き返し、一目散に駆け出すアタシたち。

叫び声の主はものすごいスピードで迫ってくる。

 

これだけ入り組んだ御屋敷だ、違う道からでもゴールに行けるはず、そう信じてアタシたちはでたらめに走り回った。

叫び声は後ろから聞こえてくる。このままゴールを目指すしかない。

 

コンパスをちらりと見るといつの間にかアタシたちの進行方向に赤い針が向いている。

 

「二人とも頑張れ、このまままっすぐ行けばゴールかも知れない!」

 

「「ヒィッ、ヒィッ、ヒィッ…」」

 

「……あ、あぁ!?祭壇だ!きっとゴールだ!」

 

ゴール地点と思わしき祭壇まで目測で20メートルくらい。

うるさい叫び声もすぐ後ろにまで迫ってきていた。

 

「ヒィッ、ヒィッ、ヒッ!」ズササー!!

 

「う、潮ぉ!?」

 

潮がゴール目前で転んでしまった。

『アア゛ァアアアア、ア゛アアアアア!!』

 

「ヒィッ、二人とも、私のことはいいから!早く…!!」

 

 

 

「I・SO・NA・MIフラッシュ!!!」パシャン!

 

 

 

『foooooooooo↑↑』

 

「き、効いた…!?」

 

磯波がどこからともなく取り出したカメラのフラッシュが焚かれると叫び声の主は追跡を止め、顔を手で覆ってうずくまった。

 

「今のうちに!」

「ありがとう!二人とも!」

 

潮を抱き起こし、祭壇のある部屋へ飛び込んだ。

『foooooooooo↑↑』

 

「まだくるの!?」

「…しつこい!!」

「朧ちゃん、早く勾玉!」

 

祭壇の中央に勾玉がちょうどはまりそうなくぼみが!

アタシは勾玉をくぼみに嵌め込む。

目の前にまで迫ってきていた叫び声の主は一瞬でフッと消えた。

アタシたちの後ろから扉の開く音がした。

三人ともビックリして振り向く。まだ何かあるの!?

 

「……」

 

「……」

 

「………もしかして、ゴール?」

 

恐る恐る扉を抜けると………

 

 

 

 

 

 

 

「クリアーおめでとー!!」

 

そこは見覚えのある執務室だった。

 

「いや、すごいすごい三人とも!他のみんなはギブアップしたのにまさかクリアできちゃうなんて!

でもでもすんごく怖かったでしょ?私こと陽炎企画の肝だめし!みんなのことはここからモニタリングしてたんだけど、もうリアクションが最高だったわ!!企画した甲斐があったってもんよ!

実は今回の肝だめしは私がプレイしたホラゲーから思いついたっていうかパクったっていうか、でも楽しかったでしょ?そのホラゲーをみんなにもプレイしてもらいたい、あの恐怖を味わってもらいたいって思って。

みんなは肝だめしを楽しめてハッピー、私は間接的にみんなにホラゲーをプレイしてもらえてハッピー!

まさにWIN-WINってね!実はそのホラゲーなんだけどーーーーーーーー………………」

 

 

 

執務室の陽炎は興奮しながら訳の分からないことをしゃべくり散らかしている。

ただ一つ分かることはこのリアルホラゲーだとかいうクソ企画を企てた張本人、それが陽炎だということ…。

 

 

ホラゲーはゲームだからいいのであって、肝だめしだってもっとみんなが楽しめるレベルなら全然良かったのに…。

 

 

 

 

 

「他のみんなはどうかは分からないが」

「今ここにいる私たち三人は」

「陽炎を次の演習でボコボコにすることに」

「「「決めた!!絶対だっ!!」」」

 

「ヒェッ!?何でぇ!?」

 

 

 




登場人物

斧田誠一郎
肝だめしのあとで特に鎮守府内演習でヤル気いっぱいの艦娘たちを見て、肝だめしの慰労のおかげだと陽炎に感謝した。

陽炎
陽炎の◯廊。今回もやらかした。


「多分」はあんまりあてにならない。


後日、陽炎のシャドーコリドー生実況プレイを見る。

磯波
趣味で持ち歩いているカメラが役に立った。



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笑わない提督15

艦娘の前で全く笑わない提督。ラブコメ風味。



電です、今日の演習には横須賀の長門さんが監督に来てくれたのです。

艦隊運動と模擬弾を使った回避行動をやったあと、チームを組んで模擬戦をしました。

 

「みんな、とてもいい動きをするようになったな、お姉ちゃん嬉しいゾ!」

 

ふざけた感じで演習の総括をする長門さんですが、指導はしっかりしてくれるし、時にはお手本を示してくれたりするのでとても身になります。

 

「陽炎は被弾がだいぶ目立っていたな、どうやら頻繁に狙われていたようだが戦場ではそういった場面に出くわすことも無いわけじゃない。今日の訓練をしっかり心に留めておいてタフな艦娘になれるように頑張っていこうな!」

 

長門さんは鼻息を荒くしながら陽炎ちゃんの頭をナデナデしながら言っていました。

模擬弾なので身体へのダメージは少ないですが、ボロボロの制服から見ると陽炎ちゃんは大破相当の被弾率でした。

きっと、この前のリアルホラゲークソ企画の黒幕だったのでみんなから制裁を受けたのです!

陽炎ちゃんは全てを受け入れたような悟りを開いた表情をしていました。

 

「よし、陽炎は長門お姉ちゃんがお姫様抱っこで入渠ドックまで運んでやるぞぉフヘヘ!」

 

そう言って長門さんは陽炎ちゃんを抱き上げました。

 

「あ~、陽炎ちゃんずるいっぽい!」

 

「イ、イッチバーン!」

 

「フハハハハ、抱っこくらいいつでもやってやるから、あとでな!」

 

長門さんはすごく強くて優しいので私たちにとっては頼りになるお姉さんみたいな存在なのです。

 

その時ちょうど哨戒に出ていた五十鈴さん、那珂ちゃん、大淀さんが帰ってきました。

 

「あ、五十鈴さんたち、お帰りなさいなのです!」

 

「あら、今日は長門さん来てたんだ」

「みんな、ただいま~!」

「皆さんも演習お疲れ様です」

 

みんなでドックに帰りました。今日も目立った変化は見られず近海は平和だったようです。

 

「ねぇ電、相談があるんだけど…」

 

五十鈴さんが電にそう言いました。

 

「電に、なのです?」

 

「うん、まぁこの鎮守府じゃ電が最古参だから…」

 

「えへへ、電にもっと頼っていいのですよ!」

 

長門さんから聞いた雷ちゃんの口グセを真似た訳ではありませんが、五十鈴さんに頼られて嬉しいのです。

…雷ちゃんかぁ、会ってみたいなあ。

 

「ここじゃなんだから食堂で」

 

「了解なのです」

 

 

 

 

 

艤装のお手入れをしてみんなで食堂に向かうと壁に掛けられたボードに

「諸君、暑い中お疲れ様、冷凍庫にアイスクリームをたくさん入れておいたので食べてください 斧田」

と書かれていました。

これにはみんなニッコリ。

アイスクリーム、大好きです!司令官ありがとうございます。

 

「いやぁ、演習のあとのこのおやつタイムは最高だなぁ」

「うふふ、冷たい!」

「…うん、おいしい」

「姉さん、食べさせてあげます」

「うむ、あーん」

「…き、北上さん…!」

「大井っち、はいあーん」

「北上さぁーんっ!」

「大淀はどうしたクマ?」

「大淀ちゃんは扶桑さんと執務室まで提督と長門さんに持って行ったよ」

「最近、お腹周りが……でも……!」

「高雄姉さん?」

 

時間はちょうどおやつ時でみんなゆっくりしてます。

五十鈴さんは電の隣に座りました。

 

「五十鈴さん、それで相談っていうのは?」

 

「……電、その、なんていうか…」

 

五十鈴さんは少し恥ずかしそうにしています。

 

「…私、私には、その…」

 

……モジモジする五十鈴さんの様子からみると、もしかして…

 

「私には、笑わせたい人がいるんだけど…」

 

笑わせたい人……って、そう言われて心当たりがあるのは一人しかいません。私たちの前で笑顔を見せないあの人…。

 

「…笑わせたい……なのです?」

 

「そ、そうなの、最近ふとそう思いだしちゃって、寝ても覚めてもそのことばかり考えちゃって…」

 

そ、それはつまり、私たちの前で笑顔を見せないあの人のことを考えると、寝ても覚めてもドキがムネムネしちゃう感じなのです!?

 

「この鎮守府が稼働し始めた時からその人の近くにいた電に聞けば、笑わせられるヒント、というかツボみたいなのが分かるかなって…」

 

…ん?あれ?これはただ単に笑わせたい、ウケを取りたいってことなのです?いや、そういうところから始まっちゃうLOVEもあるかもしれないのです。

 

「……あの人を笑わせたい…そうなるとライバルとなる方たちがもしかしたらいるかもしれないのです」

 

「!そう、ね、この鎮守府の娘たちはわりと個性的だしね。でもライバル…っていうか…」

 

「電がもしその中の一人だったらどうしますか?」

 

「ええ!電もそうだったの!?」

 

「……電だってあの人を笑顔にしてあげたいと思っているのです!きっと私だけじゃなく、扶桑さんも」

 

あと怪しいのは大淀さん、大淀さんもあの人のこと……。

あの人は、司令官は、マジヤバクリーチャー顔グロメンでも、優しくて気づかいができて男らしさのある素敵な方に違いはありません。

周りのみんなももしかしたらそのことに気づき始めている?現に五十鈴さんも司令官に興味を持ち出し始めているのです。

 

「扶桑さんも!?なんかめっちゃ意外!」

 

「…ライバルと言っても、おんなじ気持ちを持つ仲間がいてちょっとは嬉しいのです、でもやっぱり負けたくないっていうか……」

 

「……そうかも、確かに笑わせることにおいてはそれくらいの気持ちがないとね」

 

五十鈴さんってひた向きで真っ直ぐでなんていうか、ストイックだなぁ。

とりあえずまずは笑わせたい、今はまだそれだけを考えているみたいです。でも何故笑わせたいかを考え始めた時、きっと内なるLOVEに五十鈴さんは気づくはずなのです!

 

「別にライバルだからという訳じゃありませんが、私からアドバイスできることは恥ずかしながらないのです…」

 

「うーん、そっかぁ、こういうのってわりと、てさぐり感があるのよね。まぁ色々試してみないと分かんないかも」

 

「た、試すって……ま、まぁ五十鈴さんの気持ちが聞けて電は嬉しかったのです。電も頑張ろうって気持ちになりました」

 

「そ、そう…?」

 

「お互い頑張りましょう!司令官の攻略!」

 

 

 

 

「………は?」

 

 

電がそう言って手を差し出すと五十鈴さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になりました。

こう、口が半開きで鼻の穴と目がクワッて感じで開いています。

 

「て、提督の…攻略…?」

 

あれれ、なんか様子がおかしいのです……

 

「笑わせたい人…って、司令官じゃないのです?」

 

「ち、違うわよ!私の笑わせたい相手は…大淀よ」

 

その言葉を聞いて電は自分の顔が真っ赤になったのを感じたのです!

勘違いで結果的に司令官が気になっていることを暴露してしまったのです!ハ、ハズカシイィイ!

 

あれ、でも五十鈴さんが笑わせたくて気になっている相手は…、五十鈴さんが内なるLOVEを抱いている相手は…!?

 

「…電が司令官のこと好きってのは分かったけど」

 

「い、五十鈴さんは違ったのです!?」

 

「だ、だから私は大淀についての話をーー」

 

「五十鈴さんは大淀さんが好きなのですっ!?」

 

「ち、違う~!大淀のあの気持ち悪い笑い方がなんかクセになっちゃってふと自分がその笑い方を引き出したいと思っただけだから!」

 

ガチャンーーッ!

 

その時、食堂の扉の音がしました。

みんな静まり返り、扉の方を見ると

 

「おい、今大淀が来たと思ったらすぐに引き返して走って行ったぞ」

 

利根さんが呆然とした声を出しました。

電は知っています。こういう時は

 

 

「五十鈴さん!追いかけて!早くっ!!」

 

「え、えぇ!?なんで!?」

 

その場の空気と電の勢いに圧されたのか五十鈴さんは走って大淀さんのあとを追いました。

 

「やれやれだぜ、なのです」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ハァ…、ハァ…!」

 

何故かあの場の空気と電の勢いに圧されて大淀を追いかけるハメになったんだけど……しんどい!

あー、ダメだ、アイスクリーム食ったばかりでいきなり走っちゃったからお腹つりそう。

 

「ヒィ…、ヒィ…お、大淀~!…待って~!!」

 

私の先を走っていた大淀は私の声に気づいたようで、グラウンドの木陰で止まった。

少しして私も追いつき、大淀のいる木陰に入った。

 

「ゼー、ハァ…、ハァ、大淀、あんた…、長良型の私が追いつけないなんて、なかなか、やるじゃないのぉ…」

 

「…………」

 

大淀は木陰でうつむいて震えている。

こ、これは、もしかして……!

 

「お、大淀…?」

 

「フ…!ヒィ…!ッホ…!」

 

で、でたぁー!!大淀名物気持ち悪い笑い方じゃあー!!

 

「ッホ…!ご、ごめんなさいね…プフ…!食堂に近づいたら電ちゃんと五十鈴さんの話を聞いて…ングッ…!すれ違いが……ゥウッ…!」

 

「!、あー、…大淀のことが好きかって聞かれて、違うって言ったけど、仲間としてって意味なら好きなんだからね…」

 

「ッホグ…!ツ、ツンデレ…!フヒッ…!」

 

 

な、なんだろう…?もしかして、私、ウケてる…?

 

「あと、私は普通にイケメンが好きだから…!」

 

「ッ!…ヒィッ…!て、提督…ゥウッ!」

 

「イケメンが………好きだから!!」

 

「なんで…っ!…へヒヒッ!…二回も…フグッ!」

 

 

 

 

私はそうやってしばらく大淀の気持ち悪い笑い方を堪能した。

大淀のこの気持ち悪い笑い声を私だけがこの瞬間に独り占めしている。

ふと、そんなことを思って、今までに感じたことのない満足感や充実感にも似た何かを感じた。

 

「フフッ…!ヒィ…!…ッホッ…!ゥウッ!」

 

 

 

 

 

私は、五十鈴は、大淀のこの気持ち悪い笑い方が………

 

ーーーー好きだ。

 

 

 

 

 





登場人物


マジヤバクリーチャー顔グロメン斧田の初期艦。
ラブコメマンガに最近はまっている。

長門さん
私もいなじゅまに「お帰りなさい」って言われたいんだが!?

五十鈴
大淀の笑い方がクセになっちゃった娘。
大淀のウケを頻繁に得る斧田をライバル視するようになる。

大淀
※大淀名物気持ち悪い笑い方じゃあー!!
は全ての大淀さんがやる訳ではありません。


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笑わない提督16

艦娘の前で全く笑わない提督。
じぇいこぶ鎮守府に新しい仲間が増えます。




朝早く目覚めて顔を洗い、運動着に着替えてグラウンドを軽く走り、トレーニングルームに向かう。

トレーニングルーム内に設置された武道場で稽古着袴に着替えて修練する。

 

これが私の毎朝の日課だ。

その日はランニングを終えて武道場に向かうと先客がいた。絵口さんだった。

以前はトレーニングルームでは度々会う程度だったが、あの近海迎撃作戦以降は毎朝顔を会わせるようになった。

何でも、あの日、護国の為に力を奮ってくれた艦娘たちに感化されたとのことだった。

 

前に長門さんを瞬時に無力化した実力を見せてくれた絵口さんだ、私は度々体術の手解きを受けさせてもらっている。

高身長イケメンでありながら、実直で体術にも明るく強い。

その漢前さに男の私でも憧れのような感情を抱く。

彼のような漢に学べる機会のある私は恵まれているだろう。

 

稽古着を着て右足を前に、左足の踵は少し浮かせて、両足の幅は拳一つ分ほど、綺麗に背筋を伸ばし、肩の力を抜いて、少し顎を引いた姿勢で竹刀を振り上げ、振り下ろす。

なるほど、どうやら絵口さんの今日の修練は剣道のようだ。私はどうしようか。

 

素振り中の絵口さんがこちらに気づき声を掛けてくれた。

 

「おはよう、斧田提督。剣道は相手がいてこそ良い稽古ができる、どうだ、やらないか?」

 

「おはようございます、絵口さん、ありがたいお誘いです、ぜひ」

 

私は急いで着替えて自分の防具を準備した。

絵口さんも素振りを終えたのか、自前の防具を前にして正座していた。

 

「お前はランニング等の準備運動してきたのだろ?早速面を着けよう」

 

私と絵口さんはお互いに馴れ合うことを推奨されない立場にあるだろうから、この唯一の交流の場である朝の修練の時間が私にとっては有意義であり楽しみでもあった。

急かすように言った絵口さんもそう思ってくれているとしたらとても嬉しいことだ。

 

正座して武道場の神棚に礼をし、お互いに礼。

頭に綿タオルを巻き、面を被り面紐を結ぶ。

紐を締める瞬間、同時に気を引き締められるような感じがする。

面を着けるとお互いに立ち合い、礼をした。

 

「さて、まずは切り返しして軽く打ち込みをしてから技の確認をして立ち合いでもやるか」

 

「分かりました。まずは私から行きますね」

 

 

切り返し、打ち込み、私の技の確認では私の得意とする出小手を誘ってからの相小手面の連続技、それほど得意ではないが身長低めの私が磨いておいて有効的であろう抜き胴をやった。

絵口さんは小手返し面、両手突き、片手突きを技の確認でやった。

 

「ふぅ~~、よし、立ち合いをやろうか!」

 

「ふぅ、…やりましょう」

 

立ち合いとは◯本先取というような勝敗のある試合形式ではなく、何分間かでお互いに試合をやる気持ちで打ち合う稽古だ。お互いに一本取った取られたは分かるので、その場で自分の動きや思考の改善点を洗い出してすぐに実践することができる。

 

互いに礼をして3歩進み蹲踞、立ち上がって互いに気合いを声に出す。

竹刀で互いに中心を取り合いながら少しずつ己の間合いまでじりじりと詰めるーーーはずだったが!

 

絵口さんの遠間からの跳躍!竹刀の切っ先が真っ直ぐ面に向かって伸びてくる!なんて身体の伸びと左足のバネだ!!

幸い、中心を取れていた私の竹刀で絵口さんの竹刀を摺り上げて反らすことができた。

そのままつばぜり合いになる。

お互いに体幹を崩そうと押し引きを数度。

絵口さんがこちらの肩に竹刀を掛けながら徐々に間合いを開けていく。

私も引き技に警戒しながら竹刀で中心を維持し間合いを開ける。

 

間合いが開き切る寸前で今度は私が飛び込み面ーーに見せかけると絵口さんは咄嗟に出小手を放つ!

この瞬間、この一瞬だけ本当に視界がスローモーションになる、絵口さんの出小手の手元をこちらの相小手で抑え、打ち込んだ竹刀の先は反動で軽く浮き上がり、そのまま絵口さんの面まで最短距離を走る!

 

パ、パン!!

「っめぇーん!!」

 

残身をし一本だと示す。

絵口さんが構えを解いて宙を仰いだ。

 

「~んあー!、やられた!まんまと誘われた!最初の面、見事な反応速度でかわしたな!もう一本だ!」

 

「はい!お願いします!」

 

 

そのあと数十分打ち合いを続け、互いに修練に励んだ。

今日も朝から気持ちの良い汗をかけた。

執務もきっとはかどるだろう。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

不知火は、先日このじぇいこぶ鎮守府にて羽黒さん、最上さんと共に建造されました。

初めて司令にお会いした時は心臓が止まるかと思いました。その、司令のお顔があまりにもインパクトが強すぎて。

なんとか動揺が顔に出ないように努めました。隣に立っていた羽黒さんがあからさまに顔色を悪くして怯えたようにしていたのを見て少しだけ余裕を取り戻すことができました。

最上さんは怯えた様子もなくのほほんとしていたように見えました。

 

それでもヤバい司令の下に生まれてしまったのではないかと不安になりましたが、懸命にヤバい司令官ではないという電の訴えと、不安がってガチガチになっていた羽黒さんや不知火、のほほんとした最上さんにまでエンゼルパイを振る舞ってくださった司令を見て、ヤバくない司令だというのはなんとなく理解したのです。

 

さらに、この鎮守府では陽炎姉さんに会えました。

姉妹だからだと鎮守府を案内してくれた陽炎姉さんが非常にイキイキしていたのを見て、ここがヤバいところではないと確信することができました。

 

 

突然に始まった新生活になかなか寝つけなかったのか、朝早くに目覚めてしまいました。

起床予定時刻はマルロクサンマル。現在時刻はマルゴーマルマルです。

少し散歩でもしてみましょうか。

 

この時刻でも空はだいぶ明るく、少しだけひんやりした空気で清々しい。

しばらく歩くとトレーニングルームだと案内された方角から人の気配がしました。

誰だろうかと近づいてみると、なんと、トレーニングルームの入り口を覗き込む怪しげな同僚を発見しました。

 

「おはようございます」

 

「!わ、お、おはようございます」

「!ひ、おはようございます」

 

「鳥海さんに羽黒さん、こんなに朝早く、どうされたのですか?」

 

「あなたは、不知火ちゃんね」

「えっと、何だか私は目が冴えちゃって…」

 

「羽黒さんもでしたか、実は不知火もなんです。せっかくなので散歩でもしてみようかと…

それで、鳥海さんは?」

 

「シー、静かに。偶然羽黒ちゃんと一緒になったから連れてきたけど、不知火ちゃんも、ほら、中を見てごらん」

 

トレーニングルームを二人と一緒に覗き込みます。

あれは…、運動着の司令と稽古着の憲兵さんですね、朝早くから鍛練とは感心します。

 

『やらないか』

 

憲兵さんが司令に向き直り、そう言いました。

 

 

 

 

 

 

 

「……………ね!?」

 

鳥海さんがドヤ顔で目配せしました。

何?何が、…ね!?なんでしょうか?ねぇ、羽黒さん。

 

「ほぉ…」

 

 

 

 

え、羽黒さん、ちょっとどうしたんですか、そんな趣深いカオして……

 

それはさておき、中のお二方は互いに防具を着けて稽古を始めました。

面のおかげで司令の顔が見えないせいか、美しい姿勢、良い声、洗練された動作に目が奪われそうになるほど格好良く見えます。

 

 

 

 

「フヘヘ…普段は馴れ合うことの許されない二人の…」

「秘密の…逢瀬…!」

「お互いにぶつかり合い分かり合い…」

「育まれる…」

「「男同士のアツいイキ過ぎた友情」」

 

 

 

 

こちらのお二人はなにやらぼそぼそと話し合っています。

 

少し稽古を覗いていると、中のお二方は試合形式のような稽古に入りました。

 

『っめぇーん!!』

 

『~んあー!』

 

パ、パンと小気味良く技らしきものを司令が決めました!!

か、格好良いですね。ちょっとドキドキしてきました。

 

 

 

「ほほぅ、司令が…攻め…?」

「それは、…どうかな!」

「ここは譲れません」

「…やめましょう、解釈違いによる争いなんて…」

「…そうね」

 

 

 

 

……なんだか分かりませんが、鳥海さんは加賀さんに謝ったほうが良いと思います。この鎮守府にはいないけど。

 

そこからもう少しだけ中のお二方の稽古を見て、不知火たちは覗きを切り上げることにしました。

 

 

 

 

 

 

「フヒッ、お互いにお互いの棒をブツケ合う……今日はイイもん見れたわね」

「イケメンと野獣って組み合わせも王道っていうか…」

「わかりみが深い…」

「鳥海さんもイケるクチなんですねぇ」

 

寮舎への帰路、お二人はまだ難しいことをお話ししているようです。重巡のお姉さんともなるとよほどレベルの高いお話なのでしょう。

不知火は司令と憲兵さんの朝の鍛練を覗き見して、特にいけないことをした訳でもないのにまだドキドキしていました。

司令の剣道、格好良かったなぁ。

 

「ねぇ!不知火ちゃんはどうだった!?」

 

不意に鳥海さんが不知火に話を振ってくれました。

重巡のお姉さんたちのお話はよく分かりませんが、

 

「ド、ドキドキしました。今も、まだ…」

 

不知火は胸を抑えてそう言いました。

それを見た鳥海さん、羽黒さんは、

 

「…それはね、その感情を人は、尊い、というのよ!」

「もしくは、てぇてぇ、ですね!」

 

満足げに鼻を鳴らしながらそう言いました。

この感情が、尊い、てぇてぇ……。

 

不知火はこの言葉を胸に刻みました。

新しい身体に新しい生活、少しの不安とわくわくするような未知との出会い、その一つ一つを胸に刻み護国の為にこれから頑張っていこうと思いました。

 

 

 

 

 

「…不知火ちゃん、素質がある娘ねぇ、ウフフ…」

 

 

 

 

 





登場人物

斧田誠一郎
軍人として鍛練を怠らない精神の持ち主。
ノンケ。

絵口信二
高身長イケメン憲兵。
ノンケ。

不知火
じぇいこぶ鎮守府の新人。
ピュア。

鳥海
高雄姉妹は妙高姉妹と仲良し。
大好物。

羽黒
じぇいこぶ鎮守府の新人。
大好物。


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笑わない提督17

艦娘の前で全く笑わない提督。合同演習の誘いを受ける。



『そっちで合同演習をしないか』

 

と電話口でそう提案してきたのは海軍養成施設で共に候補生時代を過ごした同期の友人、矢間田だった。

 

候補生時代は、ただ単に提督になってハーレムを作りたい一心でひたすら勉強し、鍛練に励んだ。

今、客観的に省みるとなんという俗物だったのだろうかと恥ずかしく思う一方、そのおかげで飛び級で施設を卒業して士官になれたことに対するなんとも複雑な思いがある。

 

わずか一年ほどだったがその候補生時代に何かとツルむことが多かった同期生がいた。

矢間田時雨。

訓練や講義でタッグを組む際はだいたい一緒で、休日のバイトも遊ぶ時も一緒だった。

 

 

 

男とは思えないようなキレイな顔立ちのくせに、体力がありスポーツ万能、休日のバイト先の喫茶店では私は厨房で裏方だったが、そいつはその甘いマスクで接客を任されていた。

 

顔立ちが良く、成績も良い人気者の素質を持っていた彼。

訓練や講義では密かにヤツを参考にしていたものだ。

 

そんな王子様感のある矢間田だったが、当時私がハーレムの夢を語った際、彼が語ったのは

 

「白露型ハーレムを作りたい、キャワイイよね、あぁ、白露型…!」

 

という夢だった。今思えば、人のことを言えないが少々残念なところのあるヤツだった。

完璧なヤツなどいない、どこかそういう残念なところがあるほうが親しみが湧きやすい。

ましてや、私と似たような目標を持ったそいつに私は好感を覚えたものだった。

 

私が養成施設を卒業して2、3年くらい経ち、まだ各鎮守府、大本営で下積みをして本物の提督像を学んでいた頃にヤツは持ち前の優秀さで新しく建てられた鎮守府の提督として抜擢された。サポートとしてヤツの鎮守府に赴いたこともある。

いわば、ヤツは提督としては先輩だった。

 

 

 

 

『ーーそれで、どうだろうか?合同演習』

 

「あぁ、ありがたい申し出だな、是非やろう」

 

提督として、鎮守府として後輩であるこちらからしたらかなりありがたい。

ウチの娘たちもよその鎮守府の娘に学べるところがあるだろう。

 

「ウチとしては対空の演習を取り入れてもらえるとありがたい、ウチにはまだ空母がいないから充分な訓練ができてないんだ」

 

『いいよ、僕のところには飛龍、蒼龍、瑞鳳、祥鳳がいるから』

 

「羨ましい戦力だな」

 

『ふふ、僕からとしてはお互い水雷戦隊での模擬戦をお願いしたいかな。聞いてるよ、戦艦棲姫を撃破したって。ククッ、さすがじゃないかこのニヒルなマフィア提督め!』

 

「ぐ、そのネタでいじるのはヤメロ、それは私に効く!

いいだろう。ウチの娘たちの力を存分に見せてくれる!」

 

こいつめ、いつまであの提督特集での私をいじるつもりだ…。

 

「日取りはいつが良いだろうか、こちらは基本的にいつでもかまわないが…」

 

『こちらの連れて行く娘たちを厳選して、出撃スケジュールを調整して、そうだね1週間後でいいかな?』

 

「1週間後だな、分かった、こちらも歓迎の準備をしておこう」

 

『ふふ、じゃあよろしくね。会えるのが楽しみだよ、誠一郎』

 

「…あぁ、じゃあまたな」

 

…何が、会えるのが楽しみだよ、だ、お前はカヲル君か。

イケメンキャラの台詞もヤツが言うと違和感がないな。

1週間後か、まずはウチの娘たちに知らせて、誰に参加させるか考えて、当日の任務スケジュールを調整しなければな。

 

「いつもより声色がよろしいような………電話、どなたからですか……?」

 

「あぁ、扶桑、私の士官候補生時代の同期生でな。

鎖武尊(さむそん)鎮守府の提督、矢間田時雨少佐だ」

 

「(やまだ……しぐれ…?)…その……女、ですか…?」

 

「いや、男だ。

1週間後にウチで合同演習をすることになった」

 

「………へぇ…」

 

久しぶりの友人と再会できることに心を躍らせながら、私は執務を再開した。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ご主人様?どうしたんですか、妙に機嫌が良さそうですね」

 

僕の機嫌の良さを察したのか、秘書艦の漣が私に尋ねた。

 

「ふふ、士官候補生時代の同期だった旧友のところで合同演習の約束を取りつけてね」

 

「……オトコか…!」

 

「ふふふ、そうさ、僕の、イイオトコさ…!」

 

「ほーん」

 

「………」

 

…あれ…?漣のことだからもっとこの話題に食い付いてくるかと思ったけど…。

 

「…まぁ、貴女は艦娘として今まで頑張ってきたんだし、艦娘あがりの今ならそういうものの一つや二つくらいあったって良いと思いますよ!」

 

「さ、漣……!」

 

……いや、イイオトコってのは分かり易い冗談なんだけど…。

いつもはお調子者のような態度の漣だけど、今みたいに背中を押してくれるようなことを言ったり、こちらに親身になってくれたりすることがたまにある。

提督になった時から支えてきてくれた頼もしい初期艦だった。

 

「それで、そのイイオトコってのはもしかして漣の知ってる人?」

 

「そうそう、僕が提督になったばかりの頃に執務のサポートで3ヶ月くらい一緒だった斧田誠一郎だよ」

 

あの時は3年ぶりの再会だったな、候補生時代に比べて随分提督という存在に対して真摯になってたけど顔は相変わらず残念なままで絶大な安心感があったよ。

 

「……あぁ~、ハハ、そりゃイイオトコだ、草」

 

漣にさっきの冗談が伝わったらしい。

艦娘あがりだからといっても、僕は軍人として海軍に戻ってきた。男女のイイ仲なんてものに現を抜かしてはいられないだろう?

誠一郎はただの

 

 

 

大事な友人さ。

 

 

 

さっきはたまにしかないキレイな漣を見せてもらったけど、これは期待を裏切ってしまったかな。

 

「…んで、ご主人様が留守の間は漣がこの鎮守府の主として君臨できるわけですね」

 

「いや、別に鎮守府の主の座は渡さないけど、話が早くて助かるよ。1週間後にじぇいこぶ鎮守府に行ってくるからその間お留守番お願いするね」

 

「はいはい、りょーかいしましたよ~」

 

 

さて留守の間は漣に任せるとして、誰を連れていこうか、誠一郎は空母をと言っていたね。

二航戦は主力だから残っておいてもらいたいし、祥鳳は漣を心酔していて離れたがらないだろうから瑞鳳に頼むしかないな。

 

あとはウチの水雷戦隊か……。

空母のいない誠一郎のじぇいこぶ鎮守府は水雷戦隊が主力なのだろうから相当な手練れ揃いだろう。

こちらが胸を借りるつもりで、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誠一郎の胸を借りるつもりで、

 

 

 

 

 

 

 

 

せ、誠一郎の胸板を!…クンカ、クンカ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

っはぁ!!?な、何を考えているんだ僕は!誠一郎は大事な友人だ!!

友人でそんな妄想なんて、いかんですよ!とりあえず合同演習のメンツを考えろ!

えぇーと………ーーー。

 

 

 

 

合同演習が終われば、空いた時間でまた昔みたいに一緒に街を回ったり、抱きついて一緒にプリクラ撮ったり、一緒にご飯食べたりできるはずだ。

 

 

 

 

……トモダチなんだ!それくらいフツーだろう?

 

 

 

 

 

ポケットから取り出した手帳に貼られた古いプリクラシール(ズッ友、はぁと。)に心の中で語りかける。

そんな僕の様子を漣は何故か残念なものを見る目で見つめていた。

 

 




登場人物

斧田誠一郎
矢間田は女顔の小柄イケメンだと思っている。

矢間田時雨
さむそん鎮守府の提督。斧田とはトモダチ。


自分の提督が見た目が残念な男に男だと思われているのを察している。


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笑わない提督18

艦娘の前で全く笑わない提督。
友人と初の合同演習。



合同演習日、はるばるさむそん鎮守府から我が鎮守府に矢間田率いる艦娘たちがやってきた。

 

朝早く、鎮守府正門で私と大淀、扶桑で出迎える。

矢間田たちを乗せているであろうバスが、鎮守府前に停止し次々とさむそんの面々が降りてきて整列している。

うむ、キビキビした良い動きだ。

最後に白い提督服に帽子を被ったの矢間田が降りてきた。

肩に届きそうなロン毛になってる以外は相変わらず爽やか王子って感じだなぁ。

 

私と矢間田が向かい合う。

 

「今日はよろしく頼むよ」

 

「うむこちらこそ世話になる、ようこそ当鎮守府へ。

来てもらって早速だが演習に入ってもらいたい、今日は君たちさむそん鎮守府の力を貸してほしい。

演習が終わったらささやかだが夕食を振る舞わせてもらおう」

 

「了解した」

 

「扶桑、大淀、さむそんの艦娘たちをドックまで」

 

 

扶桑と大淀の案内でドックへ向かうさむそんの一行を見送り、私と矢間田も港に向かう。

 

 

「へぇ、思っていたより提督って感じだね?」

 

「まぁな、こんな私でも彼女たちが誇れるような提督になれるように努めているつもりだ。そう見えているんなら、良かった」

 

「ふふ、ウチの娘たちは誠一郎の姿が見えたとたんキビキビしだしておかしかったよ」

 

「普段は違うのか?そういえば、私とは面識のない娘たちばかりだったな、怖がらせてしまったか…」

 

「………、一応僕の友人だとは言ってきたけど厳格な提督に見えたのかもね。まぁ久しぶりに会えて僕は嬉しいよ」

 

「私もだ、矢間田、良くきてくれた。ありがとう。

それにしても髪、随分伸びたなぁ」

 

「あぁ、へ、変かな?」

 

「良いんじゃないか、似合ってるし。私がやるとどうなるだろうか?」

 

「君は止めときなよ」

 

友人との久しぶりの会話を楽しみながら、港に泊めてあるボートに乗り込む。

このボートから合同演習の様子を見たり監督したりするのだ。

 

準備を終え、演習に参加する娘たちがボートに近寄って整列し始める。

 

「あー、そんなに生真面目に固くならなくても良い、まずは対空演習からいこうか、あいにくウチには空母がいなくてな。さむそんの皆からウチの娘たちに手解きをしてもらいたいのだ」

 

ボートの近くに集まった娘たちに告げた。

ウチから対空演習に参加する娘は、磯波、潮、朧、五十鈴、鳥海、最上。

 

「瑞鳳、秋月」

 

矢間田が呼ぶと二人が前に出てきた。

やはり私のようなメキシカンマフィア顔の前に立たされたせいか、硬くなっている気がする。

 

「君が瑞鳳か、今日は来てくれて本当にありがとう」

 

「あ、は、はい頑張ります!」

 

「こっちの秋月は防空に秀でた娘でね、お手本になればと思って連れてきたよ」

 

「秋月、そうか、期待している。よろしく頼む」

 

「お、おぉ、お任せください!」

 

「さむそんからはあと、…春雨、五月雨、山風。君たちも参加だよ」

 

矢間田が連れてきたのはまだ錬度の低い新人もいるらしく、今回で経験値を稼がせたいようだった。

 

 

 

瑞鳳やウチの利根、筑摩が放つ艦載機のダミーを秋月の指導の下に撃ち墜とし、動き回る艦娘たち。

とても有意義な演習になっているように見える。

合同演習を提案してくれた矢間田にさむそんの瑞鳳、秋月には感謝だな。

 

パシャリ、パシャリ……パシャシャシャシャシャシャシャ!

 

「……矢間田、何をしているんだ?」

 

「え?ウチの娘たちの頑張っている姿を撮っているのさ。あぁ~、山風、五月雨、春雨ぇ…いいヨォ…」

 

「あ、相変わらず白露型に熱を入れているのだな…」

 

確かに庇護欲を掻き立てられそうなほど可愛いらしい娘たちだし、提督として自分の艦娘に対してだと特別大切な存在と認識するようになるが……。

 

「いいのか?機密だとかあるんじゃ……」

 

「僕の大切な物を秘密裏に保管するスキルを甘くみないほうがいい、君がバラさなきゃ問題ないさ!」

 

「お、う、うん………」

 

なんだか、横須賀の長門さんを彷彿させるなぁ。

この後の矢間田からリクエストされた水雷戦隊の模擬戦ではウチの白露と夕立を出すつもりだが、こいつはどんな反応を見せてくれるだろうか?

 

じぇいこぶ鎮守府にとって非常に有意義な対空演習が終了し、昼休憩を挟んで補給した後、私と矢間田のお互い水雷戦隊同士での模擬戦となった。

じぇいこぶチームのメンバーは

旗艦を球磨とし、那珂、電、白露、夕立、陽炎。

さむそんチームは

旗艦、長良、以下那珂、春雨、五月雨、山風、秋月

とのことだ。ほう、さむそんチームにも那珂がいるな。

 

「まぁ、今回は胸を借りるつもりでウチの新人たちの経験にさせてもらうよ」

 

矢間田はそう言いながらカメラを構えた。

ドックからそれぞれの艦隊が海上に繰り出し、配置につく。

 

 

 

「イッチバーン!」

「ぽーい!」

「こらこら、一応よそさまの提督の前だから真面目にやるクマ!」

 

 

 

「!!、!!、!?…!!、…!!」

 

「うぉ!ど、どうしたっ!?矢間田…?」

 

突然、私の顔を見たと思えばじぇいこぶチームを凝視し、また私の顔を見てそのまま空を仰ぎ膝をつき眉間にもんのすごいシワを寄せて顔を伏せた矢間田。

 

先ほどウチの白露と夕立を見せたらどんな反応をするかと考えたが予想外の矢間田の奇行に私は面食らった。

 

「誠一郎……僕たちトモダチだよね?」

 

「!あ、あぁそうだが…?」

 

「おくれ」

 

「は?」

 

「白露と夕立、おくれよ」

 

何言ってんだコイツ……!?

 

「…いや、やらんが?」

 

「なるほど!!この模擬戦で勝利した方が白露と夕立の提督ってことだね!!」

 

何言ってんだコイツ……!?(二回目)

 

 

 

 

 

模擬戦は姉妹艦がいたからか、いつもよりテンションの高い白露と夕立の大車輪の活躍でフツーに勝利した。

 

 

 

 

 




登場人物

斧田誠一郎
合同演習が恙無く終了しホッとした。

矢間田時雨
白露型これくしょん。


雀怜さん、誤字報告ありがとうございました。
主にドックをドッグと誤表記しておりました。

反省して明日は艦これアーケードで時津風が出るまで建造回してきます。(出来るのか?) ←6/5


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笑わない提督19

艦娘の前で全く笑わない提督。
合同演習後の夕食会の様子。


演習が終了し、場所は食堂、これから夕食会が始まる。

テーブルにはカレーに親子丼、ペペロンチーノ、大根サラダにポテトサラダが並べてある。

演習に参加した娘たちが入渠している間に私と扶桑、高雄、青葉でカレー、親子丼、ペペロンチーノを作り、途中で今日の哨戒組だった北上、大井、不知火が入渠あがりにサラダ類を作ってくれた。

 

「えー諸君、演習よく頑張ってくれた。さむそん鎮守府の皆さんも今日は本当にありがとう。ささやかだが夕食を用意させてもらった、扶桑をはじめウチの娘の料理の味は確かだ、遠慮なくたくさん食べるように。

では、いただきます!」

 

『いたぁだきます!!』

 

 

 

みんな好きに食事を摂りだした。

さむそんの艦娘たちの口にあったようで皆モリモリ食べてくれている。

私は器にカレーを大盛りし、隣の席の矢間田の前に置いた。

矢間田は白露型の娘たちが固まって座っている席をガン見している。

 

「ほら、カレーだ、好きだろう?大盛にしといた」

 

「あぁ、どうしてあそこに僕の席がないんだ。いいなぁ、そうだ、僕だって時雨だ。交じってきてもいいんじゃないかな……」

 

なにやら、ぶつぶつと言っている。

時雨って名前でもお前は矢間田だろうが。

 

「私の隣でもいいじゃないか」

 

「せ、誠一郎…しゅき……!」

 

「お、おう…とりあえずカレー食べろよ」

 

「うん!……あ、誠一郎が食べさせてよ!トモダチだろ?ほら、あーん」

 

「よしなさい!艦娘たちの前で…」

 

一応艦娘たちの前だ、提督の威厳は保たなければいけないだろうに。

それにこいつ、相変わらず距離感が近いな?

いや、この距離感の近さがこいつだったか…。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

あの矢間田時雨とかいう提督、髪は短いし、胸もぺったんこだけど………。

 

 

間違いない、白露型の時雨ね。

 

艦娘のはずである時雨がなぜ提督に?

そして…………

 

なぜあんなに私たちの提督にベタベタしているのかしら?

 

 

「ねぇ、大淀…?」

 

「はい、扶桑さん」

 

「さむそんの矢間田提督って……」

 

「時雨ちゃんですね、艦娘あがりのようですが」

 

聞けば艦娘あがりとは試験に合格して艦娘を退役して戸籍を得た娘のことらしい。

矢間田提督は時雨が退役して、提督として軍に戻ってきたということになるのね。

 

ということは……矢間田提督は……正真正銘、女ということになる。

でも、提督は時雨を男だと言っていたけど、どういうことなのかしら?

というか時雨、よその女が……提督のそばで、ベタベタと……。

 

「扶桑さん、落ち着いてください!スプーンが愉快なオブジェになっているじゃないですか…」

 

「大淀こそ、湯呑みが粉々になっているわよ…」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「はぁーっ!!」

 

食事中に鳥海さんが突然気合いを入れだしました。

まるで内なる何かと戦っているかのように。

 

「ど、どうしたんですか?鳥海さん…?」

 

「は、羽黒ちゃん、私を、私を殴ってくれ…」

 

「え、えぇ…?」

 

鳥海さんはまるで大罪を犯してしまったかのように懺悔しだしました。

 

「あの矢間田とかいう提督……」

 

「……時雨ちゃんですね、びっくりしました。艦娘でも提督になれるんですね」

 

「確かに…ってそうじゃなくて、彼女、髪が短いし胸がなくてボーイッシュでしょ?」

 

ボーイッシュ、その言葉を聞いて私は提督の横にいるであろう矢間田提督に視線を向けました。

なんだかやけに二人の距離感が近い感じがします。

ご、ごくり……!

鳥海さん、あなたまさか……。

 

「彼女がもしショタボーイだったら……、ショタボーイ攻めの野獣受けだったら……、そんな妄想をしてしまったのよ…」

 

「!!」

 

カワイイ系男子×野獣……っ!!

圧倒的…!破壊力…!!

ハァハァ、こんな場面でソレを見つけてしまうとは、鳥海さん、あなた流石だよ!!

い、いやそれでも鳥海さんは何をそんなに後悔している様子なんだろう?

……カワイイ系男子…?…ハッ!

否っ!!矢間田提督は女の子であって、男の娘ではない!!

それに提督には憲兵さんっていう立派な嫁(※羽黒の独断と偏見)がいるじゃない!

駄目ですよ!提督、誘惑に負けないで!

 

「……鳥海さん、きっと提督もあそこで誘惑と戦っています。だから、私達は信じましょう。

私達の提督を…!」

 

「は、羽黒ちゃん…!そ、そうよね、確かにショタボーイは魅力的だけど、提督ならきっと…!」

 

「あなたたち、さっきから何言ってるの?大丈夫?

鳥海もだけど羽黒ちゃんも大切な妹みたいなものだから、お姉ちゃん心配になるわ…」

 

高雄さんが鳥海さんと私を困った感じで見つめていました。

お姉ちゃんとして接してくれる高雄お姉さんに少し萌えました。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

今日は私の妹たちに会えてとっても幸せ。

見た目はなぜかみんなよりちんちくりんな私だけど、演習ではいっぱい活躍したから1番艦としてちゃんとお姉ちゃんらしいところを見せられたかな。

 

「白露姉さん、すっごく強かった!」

 

「こっちの砲雷撃が全然当たらないなんて…」

 

「こんなに……ちっちゃいのに……」

 

「イッチバーン!」

 

ふっふっふ、春雨と五月雨は私を尊敬した目で見ているようね。

山風?お姉ちゃんは自分でご飯食べられるからとりあえず膝から降ろしなさい。

 

「…スンスン」ギュゥ

 

降ろしてください…。

 

「ちょっと!夕立も頑張ったっぽい!」

 

春雨に五月雨に山風ももちろんだが夕立だって可愛い妹だ。イチバンは私だとしても夕立もかなりいい動きをしてた。

砲撃による弾幕と私の動きで春雨たちを誘導して、その先で魚雷で仕留めてMVPを取ったのが夕立だった。

 

「イッチバーン!」

 

「白露が褒めてくれてるっぽい」

 

「私達も精進しないと」

 

「ウチの村雨もかなり強いよ!」

 

「白露と…いい勝負……」

 

へぇ、今日はいないようだけどさむそんには村雨もいるんだ。会ってみたかったなぁ。

そういえば、なんで時雨はこっちじゃなくて提督の隣に座ってるんだろう。

 

「時雨は戦わないっぽい?」

 

「時雨姉さんは艦娘を退役して提督になったらしいです」

 

「一応艤装は出せるらしいけど、見たことはないかな」

 

「私達を大事にしてくれてる…」

 

ふーん、よく分かんないけど、提督になれちゃうなんてさすが私の妹ね!

後で撫でてあげるわ!

 

「そっちの司令官は…」

 

「その、なんていうか、すごく怖そうだなって」

 

「……大丈夫なの…?」

 

私の提督が怖そう?そうかしら?全然そんなことないと思うけど。ねぇ夕立。

 

「提督さんは優しいっぽい!全然怒らないし」

 

「そ、そうなの?」

 

「国防だとか堅いところがあるけど、夕立たちを大事にしてくれてるし、頼りにしてくれてる」

 

「へぇ」

 

「男らしいところもあってカッコいいっぽい!」

 

「か、カッコいいですか…?」

 

夕立はよく分かっているじゃない!そういえば一応私より先にここに着任してたもんね。

 

「時雨姉も……すごくなついてるみたい…」

 

提督のほうを見てみると、相変わらず無表情だがいつもより優しい目をしている気がする。

時雨はニコニコしているし。

姉妹艦に優しくしてくれる提督に笑顔の妹。

そんな光景を見れて私はすごく嬉しい。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

夕食会を始めてしばらくすると、厨房のほうから瑞鳳がひょっこり出てきた。

手には玉子焼きの載った皿。

それを持って私と矢間田の席へ寄ってきた。

 

「あ、あの、よ、よろしければどうぞ…!」

 

「ウチの瑞鳳の玉子焼き、美味しいよ!夕食までお世話になってるし、是非食べてみてよ」

 

「ほう、瑞鳳が作ったのか」

 

「あ、す、すいません!勝手に厨房をお借りしました!」

 

「いや、かまわない。…どれ、一ついただこう」

 

皿の上の玉子焼きを一切れ摘まむ。

……っ!!

 

圧倒的…!フワッフワッ……!!

卵の優しい風味と優しい口当たり、そして何よりこの……フワッフワッ感!

まるで職人の奥義を垣間見たかのようだった。

 

「どうだい?」

 

「こいつは、美味い!……ありがとう、瑞鳳!」

 

「は、い、いえ、お口にあって何よりです!」

 

「……瑞鳳、そんなに緊張しなくてもいいんだよ、誠一郎は顔は怖いけど全然怒ったりするようなヤツじゃないから」

 

う、うむ、やはり私の顔が怖がらせてしまっていたか、かといって笑顔で接しようとすれば電の二の舞になりかねんしな……。

 

「え、えへへ、他の皆さんにも玉子焼き持っていきますね!」

 

瑞鳳は照れたようにそそくさと離れていった。

いいなぁ、戦力にもなって演習でも頼りになって飯も上手い、……空母、ウチにも来ないかなぁ。

 

「……誠一郎、今日はずっとどうしたんだい?」

 

「何がだ?」

 

「君、全く笑わないじゃないか、そんなんだから怖がられてしまうんじゃないか?」

 

「………うむ、威厳を保つのは提督としての務めだからな」

 

い、言えない!以前に私の笑顔が電のトラウマになりかけたことなど、同じ提督としてライバルとして恥ずかしい!とりあえず提督の威厳のためと弁明しておこう、嘘ではないしな!

 

「ふーん…僕と会うのが実は嬉しくないのかと思ったよ…」

 

「そんなことはない、正直ホッとしたまである」

 

普段周りは艦娘たちしかいないし、気心の知れた同性の友人との再会でだいぶリフレッシュできた気がする。

 

「せ、誠一郎……」トゥンク

 

矢間田よ、お前が友情に厚いのは知っているが、頬を染めるんじゃない!

 

 

 

「「那珂ちゃん!今日もカワイイ!!」」

 

 

 

余興のつもりか、ウチの那珂とさむそんの那珂が一緒に歌い出した。

さむそんの長良や秋月はウチの五十鈴や球磨型と談笑していて、白露型や電たちと一緒になって那珂の歌を聴いている。

扶桑と大淀、瑞鳳、利根や高雄たちも茶をしばいて皆を見守っているようだ。

そんな様子を青葉が写真に収める。

 

もう少し頑張って鎮守府の規模を大きくしたらこんな風にさらに賑やかな感じになるんだな。

 

 

 

夕食会を終えて、さむそんの面々を私と扶桑が正門で見送る。

 

「それじゃあ、今日はありがとう」

 

「いや、それはこちらこそだ、お前のおかげでどんな鎮守府にしたいか、改めて考えることができた」

 

「…今度はウチに来なよ、もてなすからさ」

 

「ふ、そうさせてもらおう。では気をつけて帰るんだな」

 

私が敬礼すると矢間田も返礼してバスに乗り込んだ。

そしてさむそん鎮守府のバスは走りだし、帰っていったのだった。

 

 

 

 

 

「提督…矢間田提督は……」

 

「どうした……、イケメンだったろ?」

 

「……いえ、なんでもありません」

 

「?」

 

とりあえず、明日からまた頑張っていこう。ウチの娘たちと共に。

 

 

 

 




登場人物

斧田誠一郎
今回も最後まで矢間田が女だとは気づくことはなかった。この翌日空母レシピで建造を回す。出てきた艦娘は……。

矢間田時雨
斧田に対して距離感が近い。トモダチだからね。
シスコン。

扶桑
提督に対して距離感の近い矢間田、それを許す提督にモヤモヤ。今回最後に提督が矢間田を男だと勘違いしていることを察した。

羽黒
高雄お姉さんにも萌えちゃう。腐の使徒。

白露
ぬいぐるみ大サイズの白露。
妹たちに会えてハッピー。

瑞鳳
戦力になり、演習の助けになり、玉子焼きが職人レベルの軽空母。斧田に空母レシピを回そうと決意させた要因。



CBさん、誤字脱字修正ありがとうございました。とても助かりました。
自分ではなかなか気づけないもんだなぁと改めて思いました。

反省する為に週末は禁酒禁煙します。←6/10


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笑わない提督20

艦娘の前で全く笑わない提督。遂に空母が来ました。


「あら、長門。最近よその鎮守府まで、演習の指導に行っているらしいわね」

 

その演習の為の外出許可証をもらいに行く途中で私は同僚の加賀に出会った。

別に秘密にしているわけでも、後ろめたいことがあるわけでもないので私は素直に頷く。

 

「あぁ、そうだが、それがどうかしたのか?」

 

「いえ、別に、ただ小耳に挟んだから気になっただけよ。あなたが自ら赴くほどの逸材がよその鎮守府にいるの?」

 

「ふむ、そうだな、まあ逸材というか……実は誠一郎のじぇいこぶ鎮守府なんだが」

 

「……あぁ、あの青年ね。なるほど、あなたたち仲が良かったものね」

 

「たちあがったばかりで鎮守府全体の錬度はまだまだだからな、手を貸してやっている次第だ」

 

それに……

 

「あと、むこうの駆逐艦たちにだいぶなつかれてしまってなぁ!」

 

いやぁ、しらちゅゆと夕立の甘えっぷりはこの長門といえど参ってしまうなぁ!全く!

しっかり指導して一人前の艦娘にしてやらないといけないからなあ!できればおはようからおやすみまで世話して、いや、指導してあげたいところだ。フフフ…。

 

「そ、そうなの……あの、長門、ほどほどにね」

 

「ちなみに明日はヤツの鎮守府に行く日なんだ。それで今から提督のところへ外出許可証をもらいに行くところだ」

 

「あら、そうだったの。また指導に?」

 

「あぁ、先週、とうとうヤツの鎮守府に空母が来たらしくてな、私は門外漢(艦)だが基礎的な訓練の指導はできるから」

 

「そういえば、彼のところ、今まで空母がいなかったらしいわね。上手く運用できるのかしら?」

 

「ヤツは己の艦娘の話をきちんと聞くヤツだ、最初こそは分からんがきっと大丈夫だろう」

 

「……そうね」

 

加賀も誠一郎とは付き合いがあったし、ヤツの人となりは分かっているのだろう。

 

「それで、彼の待望の空母は誰なのかしら…?」

 

この加賀の問いに答えたことを私は直後に後悔することになる。

 

「確か、誠一郎の話だと、翔鶴型二番か…」

 

「ふぅん……」

 

「あっ…!」

 

そうだった、ウチの加賀は瑞鶴好き好き、瑞鶴フリークなんだった…!

以前エンガノで瑞鶴に良く似た深海棲艦に違う意味で襲いかかり、撃退させたこともあったな。

幸いウチには翔鶴型がいないから問題ないが、いや…いないからこそ、こいつはここまで拗らせてしまったのだろうか?

 

「私が指導について行ければ空母としての訓練もできるのだけど?」

 

「あっ、あー、提督が執務室にいる内に向かわなければだったー」

 

面倒なことになりそうな予感がしたため、会話を無理やり切り上げて執務室に向かうことにする。

 

スタスタスタスタ……

スススススススス……

 

っ!?つ、ついて来ただと!?

 

「私が指導について行ければ空母としての訓練もできるのだけど?」

 

「お、そうだな」

 

スタスタスタスタ……

スススススススス……

 

しまった、執務室の前に着いてしまった。

 

「か、加賀も提督に用事があるのか?」

 

「私が指導について行ければ空母としての訓練もできるのだけど?(ねっとり)」

 

「……………、提督に進言してみる」

 

「ふふ、鎧袖一触ね」

 

こうなったら仕方ない、執務室には鳳翔もいるはずだ。

第2艦隊の主力と第1艦隊の主力が揃って出払うなど鳳翔が許可を出さないだろう。

 

コンコンコン

『ん、入ってどーぞ!』

 

ガチャリ

「長門だ、失礼する」

「加賀です、失礼するわ」

 

「あら、加賀ちゃんも一緒なの?」

 

やはり鳳翔もいてくれたか。おそらく私が許可証をもらう為に来ることは分かっていただろう。だが加賀も同じタイミングで来たことに不思議そうに首をかしげた。

 

「ゴリさん…は、演習監督で外出許可証…だよな。…で加賀はどうしたんだ?」

 

提督が加賀に来訪の旨を尋ねるが

 

「チラ、チラ」

 

露骨にチラチラ私に視線を向ける、というかチラチラと声に出している。

 

「あー、そのだな、誠一郎の鎮守府に空母が来たと話したろ?さすがに私は門外艦だから同じ正規空母の加賀を同行させればと思ってだな…」

 

「あらまあ、加賀ちゃんも?」

 

「なるほどね、えっとスケジュールは………うん、問題なさそうだな」

 

あれ、鳳翔は普通に茶を出し始め、提督はスケジュールを確認して問題なさそうとか言っているんだが…。

 

「いいだろう、許可しよう」

 

「やりました(ペカー!)」

 

あのクールな加賀がガッツポーズだと!?

 

「お、おい、いいのか?さすがに主力が二人も出払うなんて……」

 

「君たちの要望にはできるだけ応えたい、いつも頑張ってくれてるし。それに、主力が二人抜けてもいざとなったら鳳翔いるから」

 

「」

 

「二人とも、大丈夫だとは思うけど問題行動なんて起こしちゃダメよ」

 

「もちろんです鳳翔さん!かわいい後輩に格好悪いところは見せられませんもの」

 

 

 

外出許可証を受け取った私達は執務室を出て寮の方へと向かう。

明日は加賀が随行することになったが鳳翔と提督の許しも出たことだし大丈夫だろう。

加賀は基本的にしっかりした娘だ、いくら瑞鶴フリークだったとしてもよその鎮守府で粗相をすることはさすがにないだろう、ないはずだ。多分。

 

「明日はマルナナマルマルに出発する予定だ」

 

「分かったわ、海路を行くのよね?」

 

「あぁ、ヤツの鎮守府まで2時間ほどで着く」

 

「そう、それじゃ私は準備があるからこれで…」

 

加賀はそう言って空母寮に戻っていった。

クールなイメージをぶち壊す、エビス顔でニヤニヤしながら。

 

あ、誠一郎に加賀も付いてくることを連絡しとこ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「え、本当ですか!それはありがたいですね、是非よろしくお願いします。……はい、それではお待ちしておりますよ」

 

最上ちゃんと一緒に近海のパトロールを終えて提督さんに報告しに行くと提督さんが電話をしていた。

報告するのは今日の旗艦の最上ちゃんだけでいいらしいけど執務室に行くと提督さんからエンゼルパイを貰えるから付いてきちゃった。

鎮守府のみんなにはナイショだよ。

 

「提督、近海の哨戒、行ってきたよ」

 

「うむ、ご苦労だった。ありがとうな」

 

「途中でヌ級2、へ級1、ロ級2と会敵したけど瑞鶴のおかげで凄く楽に撃退できたよ」

 

「ほう、さすが正規空母だな」

 

「ティヒヒ、そんな…私なんてまだまだ錬度が低いから、一生懸命やってるだけだし…」

 

最上ちゃんも提督さんも私みたいな新参者を褒めてくれるのは嬉しいけどちょっぴり照れくさくもある。

 

 

 

私が建造されたのは先週で、つい最近のことだった。

この鎮守府で最初の空母だったらしく、みんな凄く歓迎して優しくしてくれたから戸惑っちゃったよ。

提督さんは歴戦の大提督みたいな見た目だけど、

 

「私もこの鎮守府もまだまだ新米でな、お前がこの鎮守府で初の空母だ。これから苦労をかけるかも知れないが仲間たちと共に是非力を貸して欲しい」

 

って言ってた。提督さんも新米だけど頑張ってるんだよね。私も新米だけど、この鎮守府のみんなの為にも一生懸命頑張ろうって思った。

 

 

 

「そういえば、さっきの電話は?」

 

ソファに座ってエンゼルパイを頬張る私の横で最上ちゃんがニコニコとお茶を出しながら提督さんに尋ねた。

最上ちゃんはぱっと見ボーイッシュだけど、仕草が所々上品な感じで女の子らしくて可愛らしいなぁ。

 

「うむ、ちょうど良かった。先ほどの電話は横須賀の長門さんからでな」

 

「あぁ、明日は長門さんが来てくれるんだったね」

 

横須賀の長門さんってあの戦艦長門のことかな?艦娘としては初対面だ。どんな人なんだろう。

 

「長門さんって戦艦の?」

 

「そうだよ、横須賀鎮守府の長門さんは提督の知り合いらしくてちょくちょくこっちに来て演習の指導や白露たちの遊び相手をしてくれてるんだ」

 

「へぇー、優しそうな人だね」

 

「それで明日なんだが、長門さんが瑞鶴の為に加賀さんを連れて来てくれるらしい」

 

「わぁ!本当!?」

 

加賀さん!空母としても艦娘としても先輩なんだ。

艦娘としてはやっぱり初対面だけど、きっと立派な人なんだろうなぁ!

 

「加賀さんも提督の知り合いなの?」

 

「うむ、厳格な人だが、常に厳しさの中には優しさがある人だ。瑞鶴、演習では加賀さんからハードな要求があるかも知れないがそれは瑞鶴のことを考えてのことだと頭に入れておいてくれ」

 

「へぇ、立派な人なんだね」

 

「私、頑張る!頑張ってみんなを守れるくらい強くなりたいから!」

 

 

 

艦娘として、空母としてみんなを守れる力が欲しい。

私が最後の一人にならなくてもいいように、私がみんなを守りきれる力が。

だから頑張って強くなりたいと思うの。

 

 

 

それに、加賀さんに会うの楽しみだなぁ!

 

 

 

 




登場人物

長門さん
後進であるじぇいこぶの面々を指導し、可愛い駆逐艦にちやほやされるリア充。

加賀さん
普段は人前ではクール。横須賀の主力の一人。深海鶴棲姫を素手で撃退した(ように周りには見えた)ことがある。

深海鶴棲姫
お気に入りのパンツを加賀さんにひん剥かれて退散。

斧田誠一郎
建造時間06:00:00を見てあまりの長さに内心びっくり。出てきた瑞鶴に内心ガッツポーズ。

最上
鎮守府初の空母瑞鶴を甘やかす。可愛い。

瑞鶴
ツインテールで弓を使う。じぇいこぶ鎮守府初の空母。みんなが甘やかしてくるのがちょっぴり照れくさい。


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笑わない提督21

艦娘の前で全く笑わない提督。百合風味。


かつて、私は、私達はまだ充分な錬度ではないあの娘を一人残したまま………。

今度こそ、未熟なままのあの娘を一人になんかしない。

新しいカラダと強い意志がもたらす力で、今度こそ……。

 

 

 

~他鎮守府との合同演習~

 

『加賀さん…!?』

 

『えぇ、あなた、瑞鶴なの?』

 

『……ウチの加賀さんとはやっぱり違う感じがしますね』

 

『あら、そうなの?』

 

『なんだか雰囲気が柔らかいような…』

『五航戦、こんなところで陰口でも叩いてるのかしら?』

『げっ、加賀さん!』

『ほら、こっちにくるのよ。まだまだ教えないとダメなところがあるのだから…!』

『は、はーい!』

 

『……あの瑞鶴にはもう別の私がいるから大丈夫ね』

 

……瑞鶴。

 

 

~別の他鎮守府との合同作戦~

 

『どうだ!加賀さんっ!!』

『今回はたまたまよ。慢心してはダメだといつも教えているでしょう?』

『ぐっ、つ、次もきっと私が…』

『だけど、五航戦にしては良くやったわね。瑞鶴』

『か、加賀さん…!』

 

『あの瑞鶴にも別の私が……』

 

…瑞鶴…瑞鶴。

 

 

~別の他鎮守府との宴会~

『瑞鶴、顔にごはんつぶが付いてるわ』

『え、ウソ!』

『じっとしなさい……ほら、取れたわ』

『う、あ、ありがと。加賀さん』

『全く、五航戦はもう少し行儀良くしなさい』

『う、う~~!』

 

『……………』

 

…瑞鶴、瑞鶴、瑞鶴…。

 

ーーーー『加賀さん!!』ーーーー『五航戦』

ーーーー『加賀さん…!』ーーーー『瑞鶴』

ーーーー『加賀さん!?』ーーーー『…五航戦』

ーーーー『加賀さんっ!』ーーーー『瑞鶴』

ーーーー『かがしゃん!』ーーーー『瑞鶴?』

 

『……………』

 

 

私には…、私の瑞鶴は、どこかしら?

あぁ、瑞鶴。

瑞鶴、瑞鶴、瑞鶴、ずい、ずい、ずいずい、ずいずいずいずいずいずいずいずい………。

 

 

 

~捷号決戦、エンガノ~

 

『ノコノコトキタノ? ハッ、バカ…ネ……。

ワザワザシズミニ……シズムタメニ…キタ『瑞鶴っ!!』エッ!!?』

 

『瑞鶴っ、瑞鶴、瑞鶴ぅ~!!』

 

『か、加賀!?単騎でどうにかなる相手じゃない!!戻れっ!!』

 

この時に起きた現象は忘れることはない。

私以外の全てが止まっている。

いや、完全に止まっているわけではない、ゆったりと動いてはいる。

 

私達空母は多数の艦載機を同時に扱うために非常に高い集中力を身に付けなければならない。

その集中力が極限まで高められると高速で動く物体もスローモーションに見えることがあると聞く。

この時の私に起きた現象はそういったものだったのだろう。

 

瑞鶴への想いが私に極限まで高められた集中力をもたらしたのだった。

 

 

『瑞鶴ぅ!』

 

『シュ、瞬間移動ッ!?』

 

『瑞鶴、瑞鶴!』

 

『ヒエッ!ハ、放セッ!離レロ!!』

 

瑞鶴(?)にしがみつく。離さないわ!今度こそあなたをひとりぼっちにしないから。ハアハア。

瑞鶴(?)の顔が怯えているかのように歪んでいる、なんだか可愛らしいわね。ムラムラ。

…ちょ、ちょっと、瑞鶴(?)落ち着きなさい!暴れないで!

そんな表情でハアハア、抵抗されたら!ハアハア、……容赦しないわよ…!

 

『ヤメ、チョ、ソコハ!!』

 

『ハアハア、ハアハア』

 

『ヒイ、ヤッ、ヤメテヨウ!!ーーアァッ!?』

 

『…やりました』

 

瑞鶴(?)の下着を引き抜いたところでつい気が緩んでしまった。

その隙を突かれ、瑞鶴(?)は全速力で離れていったわ。

いけない、どうやら慢心してしまったようね。

 

『コ、コレデ勝ッタト……思ウナヨォ…!』

 

そう言って瑞鶴(?)は猛スピードで遥か後方へ逃げ去り、見えなくなってしまったわ。

 

『か、加賀……』

 

当時同じ艦隊だった長門が瑞鶴(?)の温かさを残す下着を握りしめた私を見つめていたのだった。

 

 

 

 

あれからも私は瑞鶴を探し続けたわ、きっと一人で待っているだろうから。

そして遂に今日、私は私の瑞鶴に会うことになる。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「航空母艦、加賀です。あなたが瑞鶴ね、それなりに期待しているわ」

 

演習場となる近海に立つ私の前で加賀さんが挨拶してくれた。

青い襷と袴が良く似合っていて、涼しげな表情で薄く笑いかけるとサイドテールがふわりと風に揺れた。

 

加賀さんって、こんなにキレイな艦娘だったの!?

予想以上の加賀さんの美しさに私は思わず見蕩れてしまい、返事が遅れちゃった。

 

「しょ、しょうかくがたこうくうぼかんにばんかん、ずいきゃくでしゅ!」

 

はぅぅ!か、噛んじゃったよぉ、恥ずかしい!

 

「激カワ(ボソッ)」

 

「え、えと、今日はよろしくお願いします!」

 

加賀さんはそんな様子の私を穏やかに見守っているようだった。

 

「あら、緊張しているの?緊張感を持つのは大事だけど、空母は落ち着いて構えていないとね」

 

提督さんからは厳格な艦娘だって聞いてたから苛烈なイメージをしてたけど凄く優しそう。

その美しさも相まってまるで戦女神様みたい!

心なしかキラキラしている気がするし、これがマブシイってことなのかな。

 

 

まずは海上に浮かせたブイを狙って爆撃や雷撃の演習。

加賀さんがまず手本を見せてくれたけど凄かったなあ、長弓を構えて射る動作がキレイだったし、ピンポイントでブイを撃沈していって。

私も私なりに一生懸命頑張った。

 

「爆撃はなかなか良かったわね」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

ティヒヒ、爆撃は少し自信があったから褒められて嬉しいな。

 

「次は制空の訓練よ、戦闘機を発艦してバルーンを撃ち落としなさい」

 

「はい!」

 

加賀さんの零式艦戦21型がバルーンを引きながら上空に飛び立った。

私も弓を引き零式艦戦21型を発艦させる。

 

同じ型の艦載機なら撃ち落とせるはず、なのに加賀さんの零戦に私の零戦は追いつけなかった!

 

しばらくして加賀さんの零戦が加賀さんの甲板に着艦する。

私も零戦を着艦させると加賀さんがゆっくり近づいてきた。

 

「発艦速度は充分速いし、筋はいいのだけれど、まだまだのようね」

 

「うぅ、どうすれば追いつけるようになりますか?」

「へへ、激カワ(ボソッ)」

 

錬度の差なのかも知れないけれど、追いつけないのはちょっぴり悔しい。

 

「焦らなくても大丈夫よ、と言いたいところだけど、そうね、集中力を高められるように修練方法を教えてあげるわ。じぇいこぶ鎮守府には弓道場はあるかしら?」

 

加賀さんが私の頭を撫でながら聞いてきた。

加賀さんの匂いがふわりと私の鼻を擽る。

顔が少し熱い。

 

「あ、ありがとうございます!確か、トレーニングルームの隣にあります」

 

「そう、それじゃあここで一旦休憩にしましょうか、私達二人はお昼から弓道場で稽古しましょう」

 

「はい!」

 

 

 

食堂でお昼ごはん(提督ラーメンしょうゆ味 大盛 ライス付き)を加賀さんと食べる。

 

「このラーメン、美味しいわね」

 

「はい!今日は加賀さんと一緒なのでいつもより…あっ…!」

「激ペロ(ボソッ)」ニッコリ

 

私ったら変なことを、いや別に変じゃないけど口走っちゃった。加賀さんは微笑んでくれたけど、変な娘だって思われてないかな?

恥ずかしくなってライスを掻き込む。

 

「…瑞鶴、頬にごはんつぶが付いてるわ」

 

「え、あ、ヤダ恥ずかしい」

 

「じっとして……ほら取れたわ」

 

加賀さんの指先が私の頬に付いたごはんつぶを取ってくれた。

 

「あ、ありがとう、加賀さん」

「やりました(ボソッ)」

 

……キレイで面倒見が良くて凛々しくて、こんな素敵な人が私の先輩なんだ。

 

 

 

この時、私は自分が幸運の空母なのだとはっきりと自覚したのだった。

 

 





登場人物

加賀さん
今まで数々の加賀×瑞鶴らしき場面を目の当たりにしてきた。クールビューティーの皮を被った瑞鶴スキー。

瑞鶴
クールでビューティーな加賀さんに憧れを抱く。


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笑わない提督22

艦娘の前で全く笑わない提督。弓道場の二人。


お昼ごはんを食べ終えて加賀さんを弓道場まで案内する。

着任したばかりの頃、電ちゃんに鎮守府内を案内してもらったから場所は分かってる。

というのも、私はまだ弓道場を使ったことがなかったので使うのは実は今回が初めてだった。

 

履き物を下駄箱にしまい、加賀さんと弓道場の入り口に立つ。

 

「道場に出入りする時は必ず神棚、もしくは上座に一礼すること」

 

そう言って加賀さんは入り口から見える神棚に一礼して入場した。私も加賀さんの真似をして道場に入る。

へぇ、弓道場ってこんな感じなんだ。

床が板張りで縁側の先に的が置かれた土壁…。

 

「瑞鶴さん」

 

「へぁ!?」

 

私がキョロキョロしていると加賀さんがさん付けで私を呼んだ。

 

「ウフフ、ごめんなさいね、道場では相手を呼ぶ時は敬称を付けるのが基本なのよ」

 

「わ、私は瑞鶴で、呼び捨てでいいです…!」

 

「あらそう、分かったわ、瑞鶴。稽古の前後に軽く掃除をするのだけど、ここは随分綺麗にしてあるわね」

 

「あ、えと、私は初めてだし、使われてなかったから…?」

 

「いえ、使われてなかったとしたら傷んでいる箇所があるはず……矢道の芝も安土もちゃんと手入れされているようね。きっと斧田くんね」

 

そういえば提督さんは待望の空母がきたと喜んで歓迎してくれてた。

きっと、いつか着任するであろう空母の為に毎日手入れをしてくれていたのかも知れない。

私の為に、そう思うとより一層、みんなの為に強くなろうという想いが強くなってきた。

今日、加賀さんに弓道場を使った鍛練を学んで、明日からできるだけ毎日やってみよう!

 

 

床を乾拭きして加賀さんに教わりながら道具を準備し、弓の引き方を手取り足取り教えてもらった。

加賀さんは丁寧に教えてくれてたけど、加賀さんの温かい手が私の体に触れる度にちょっと顔が熱くなっちゃいそうだった。

だって加賀さんのキレイな顔が近くて、いい匂いがしてるんだもん。

…いけない、いけない!ちゃんと集中しなきゃね。

 

射位と呼ばれる立ち位置から、安土の的までの矢道が28メートル。

加賀さんは静かに綺麗な所作で弓を引き的の中心に矢を中てた。

矢を放ったあともまさに静謐だった。

 

「き、きれい…」

 

「弓道の稽古を通して精神を鍛え、戦場で弓を引く時に落ち着いた精神が集中力と冷静な判断力をもたらしてくれるはずよ」

 

加賀さんはそう言って二拍手して安土の的に刺さった矢を引き抜いて戻ってきた。

 

「そうそう、安土まで矢を取りに行く時は二拍手して取りに行きますよと自分の存在を示してから取りに行くの。事故が起きないようにね」

 

「やってみる」

 

気持ちを落ち着けて、弓を引く、的を狙って……。

 

ストン。

 

「あ、当たった……あ、」

 

射ったあとの所作もちゃんとしないと…!

安土まで矢取りに行き、戻る。

 

「瑞鶴……そうね、的を射るのが本質ではないわ。無心で放つ矢の進む先は本当は何も無くて良いの。矢の進む途中に的があるからそこに中たって刺さるだけで……教えるのって難しいわね」

 

私の射を看た加賀さんはそうアドバイスして考え込んでしまった。

でも、加賀さんの言いたいことはなんとなく伝わってきた。

 

「精神を鍛えて集中力を高める稽古、というか訓練だから、無心になることに集中して弓を引いてみましょう」

 

加賀さんの話を聞いてまた弓を引く、的が引き絞った矢の先にあるけど、その先まで、何もないその先まで矢が飛んで行くイメージで、放つ。

 

ストン。

 

的の中心に矢が刺さる。でもイメージの中だと私の矢はいまだにまっすぐに飛び続けている。そして中たったと感動するでもなく、心静かに加賀さんをイメージして残身する。

残身を終えて加賀さんに振り返ると

 

「良いわね」

 

加賀さんが頷いていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

お昼ごはんの時は兼ねてより経験してみたかったシチュエーションのひとつ、

《瑞鶴のおべんとを取ってあげる》

を遂行することができたわ!

 

指先で感じた瑞鶴の頬っぺたのやーらかさしゅごい!尊い!

というか、この瑞鶴、素直過ぎて激カワなんですけど!?

いいのかしら?私、この娘お持ち帰りしてしまってもいいのかしら?

 

私は溢れ出そうになる想いをなんとか封じ込め、頼りになる先輩を演じている。

そうしないと前の瑞鶴(?)みたいにガツガツいくと逃げられてしまうかも知れないから。

私は同じ失敗を繰り返さないようにあの日の戒めとして瑞鶴(?)の下着を肌身離さず持ち歩いている。

今も白い胴着の内側に入れてあるわ。

 

お昼からは弓道場で瑞鶴と二人っきり、文字通り手取り足取りオシエテあげないといけないわね。

指先で触れたやーらかいところよりももっとやーらかいところをこの手で……エヘヘ。

 

 

 

 

瑞鶴は弓道場を使うのが初めてのようだった。

私と初体験ね……ひゃっふー↑↑

……おっと、いけない……、まずは作法から教えていかないと。

 

 

思ったより綺麗にしてあるわね。瑞鶴と一緒に軽く掃除して準備を終えたら、いよいよ手取り足取り教えるわ。

 

オシェイ!!

エーイ!オッシェ~イ!(心の掛け声)

 

瑞鶴に密着するようにして片方の手で瑞鶴の手を握る!

瑞鶴のお手手やーらかい!いい匂い!

このまま、時よ止まれ…!

もう片方の手で、お、ヲシリィ~ズ!!

 

ふぅ、堪能したわ。

名残惜しいけど、やり過ぎるとアブナイからこの辺でヤメときましょう。

 

気持ちの昂りを落ち着かせる為にまず一射。

私の心の矢の飛ぶ先は……瑞鶴のハート!!

………ふぅ。

 

「き、きれい…」

 

お、瑞鶴のハートに中たっちゃったんじゃないのくぉれは?

瑞鶴も射に入った。その姿を後ろから眺める。

瑞鶴のうなじ!うなじ!うなじ!

お、瑞鶴もちゃんと的に中たったようね。正直、瑞鶴のうなじしか見てなかったけど、何か、何かアドバイスっぽいことを言わなきゃ…!

 

 

とりあえずそれっぽいこと言うと瑞鶴はまた射位に立ち射に入った。

あらら~^素直な瑞鶴の性格が表れた良い射ねぇ~^

そして瑞鶴のうなじ、

 

「良いわね」

 

瑞鶴が振り返り照れたようにはにかんだ。カワイイ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

加賀さんと長門さんが帰る時間になった。

朝は演習を指導して、昼からは長門さんは白露や夕立たちの遊び相手をし、加賀さんは瑞鶴と弓道場で射込みを行ってくれていたらしい。

かつて同じ釜の飯を食った誼とはいえここまで私達に手を貸してくれる彼女たちと波羅田さんに本当に感謝だ。

扶桑と電を伴い港で二人を見送る。

 

 

「長門さん、加賀さん、お疲れ様でした。特に今日は加賀さん、わざわざウチの瑞鶴の為にありがとうございました」

 

「いいのよ、後進を育て上げるのも先輩の務めだわ」

 

「不知火も可愛いヤツだったなぁ、陽炎の後ろをちょこちょこ付いて回ってて…」

 

港から海上に立つ二人に礼を言う。

艤装を展開して立つ二人の姿はまさしくこの国の守護神のように輝いて見える。

その強者的で心強く頼もしい存在感、素直に格好良いと思う。

加賀さんのいつでも落ち着いた精神は私も見習っているほどだ。

 

「「「長門さ~ん!また来てねー!」」」

「イッチバ~ン!」

「またドッジボールやるっぽい!」

「長門さ~ん!」

「またご教授お願いします」

 

白露や夕立、朧、潮、磯波、陽炎に不知火。

長門さんの見送りにやってきたようだ。

ウチの駆逐艦に大人気だな、長門さん。

 

「加賀さーん!今日はありがとう!」

 

駆逐艦たちに交じって瑞鶴もやってきた。

瑞鶴はウチで現在唯一の空母。同じ艦種で先輩の加賀さんに指導してもらえたことによほど感激したのだろう。

 

「瑞鶴、また聞きたいことがあれば、いえ、聞きたいことがなくてもいつでも連絡をちょうだい」

 

「ティヒヒ、ありがと、加賀さん」

 

どうやら随分仲が良くなったらしい。お互いの連絡先を交換しているようだった。

艦娘たちの親交が深まるのは良いことだな。

 

 

「心配はご無用でしょうが、帰り道もお気をつけて」

 

「ふふ、ではな誠一郎」

 

「また来てあげるわ」

 

敬礼して二人を送り出す。

二人も敬礼して後ろに向き直り、横須賀に向けて出港していった。

そのマブシイ後ろ姿を目に焼き付ける。

 

みんなもいずれは彼女たちのような立派な存在になって欲しいと願っている。

その為にも私自身が学び成長し、彼女たちを上手く運用できるようにならなければな。

 

 

 




登場人物

瑞鶴
憧れの加賀さんとLIN○交換した。
素直。カワイイ。

加賀さん
懐には深海鶴棲姫の下着、心の内には瑞鶴への下心を忍ばせながらでもクールな表情を崩さず完璧な射込みを行える。
つよい。

斧田誠一郎
艦娘の前で全く笑わないポーカーフェイススキルは実は加賀さんの薫堂を受けているから。
素直。


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笑わない提督23

艦娘の前で全く笑わない提督。有給休暇を取る。その朝。



……有給休暇。

私は今、提督となって初めての有給休暇をどうやって過ごそうかと悩んでいる。

先ほど今日の執務を終えた私に大淀から有給休暇を取るように勧められたのだ。

 

執務については大淀と電が引き受けてくれるらしいし、休みを取らない組織の頭が部下に休みを取れと言っても説得力がなくなるだろうという意見を受け休暇を取ることにしたのだが、どうしたものか…。

 

 

 

「む、斧田提督?難しい顔をして悩んでいるようだがどうかしたのか?」

 

夕食を食べ終えて、グラウンド横の喫煙所で一服しながら考えていると絵口さんが声をかけてきた。

 

「えぇ、先ほど大淀に勧められて明日は非番になったのですが何をしようかと……」

 

「ほぉ、非番の過ごし方か…」

 

特に予定も決めていない。

もったいない休みの取り方だっただろうか。

私の話を聞いて絵口さんは煙草に火を点けて考え込んでいた。

 

「……そういえば、街の駅の方に旨いとんかつの店ができたと妹から聞いたのだが」

 

「へぇ、とんかつですか」

 

どうやら休みの過ごし方を提案してくれたようだ。

とんかつか、サクリと揚がったジューシーな肉厚のとんかつに甘辛いソース、シャキシャキの千切りキャベツと一緒に口に放り込み、喉にビールを流し込む……。

先ほど夕食を食べたばかりだが、想像しただけで旨そうだ。

 

「…たまには外食も良さそうですね!明日、行ってみます」

 

「そうか、情報が役に立ってなによりだ」

 

 

よし、明日は街を適当にぶらついて、昼はそのとんかつの店で昼食を摂り、駅前の洋菓子店で皆に土産でも買って帰るとするか。

吸い込んだ最後の煙をふーっと吹き出すと、煙草を揉み消し吸い殻入れに捨て喫煙所を後にした。

 

とりあえず明日の過ごし方が決まり、少しワクワクしてきた私は風呂に入り、ハーフパンツにタンクトップのラフな寝間着に着替えて眠りについた。

 

 

 

 

 

次の日目を覚ますとマルハチマルマルを過ぎた辺りだった。

非番とはいえ大分寝過ごしたな。

窓を見ると外は良く晴れていて日射しがまぶしい。

セミの鳴き声も聴こえる。

うむ、夏だなぁ。

起き上がって洗面台に向かう。

顔を洗っていると、自室のドアをノックする音が聞こえた。

 

「開いている、入りたまえ」

 

タオルで顔を拭きながら返事をするとガチャリとドアが開く。

入室してきたのは大淀だった。

 

「大淀です。……!、……提督おはようございます!」

 

一瞬、大淀がピクリとした気がする。

そういえば今は寝間着のままだった。提督として格好のつかない姿に見られてしまっただろうか?

いや、格好がどうであれ、提督らしい堂々とした態度を心掛けていれば大丈夫だろう。

 

「うむ、おはよう、大淀。…非番とはいえ少し寝過ぎたな……」

 

「いえ!せっかくのお休みの日くらいはゆっくりなされても誰も文句は言いませんよ」

 

そう言って大淀はニコリと微笑む。

それだけで有給なんていらないくらい癒されるのだが、せっかく大淀が勧めてくれた休日だ。ありがたく堪能するとしよう。

 

「ところで提督、朝ごはんはどうされますか?」

 

「そうだな、今から軽く体を動かしてくるから朝食は後で自分で用意する」

 

「かしこまりました!」

 

高いモチベーションの籠った良い返事だ。

これなら安心して代理を任せられるな。

 

「………」

 

「………」

 

さっそく運動着に着替えようかと思ったが、大淀の前で下着姿になるのはさすがに悪い気がする。

……だが何故か、大淀はこちらにアツい視線を送ったままその場を動かない。

 

 

「……大淀」

 

「はい!」

 

「……今日は一日、代理を引き受けてくれてありがとう。よろしく頼む」

 

「お任せください!」

 

「…うむ」

 

「………」

 

 

……着替えるから出ていけと言うのはなんだか自意識過剰な気がするし、男である私がそのような婦女子みたいな態度をとるのも気持ち悪いだろう。

ここは男らしくさらっと着替え始めれば大淀も退室するはずだ。

 

「さて、着替えなければ……」

 

「………」

 

いきなり着替え始めるのも配慮がないだろうし、一応、声に出して大淀に背を向けタンクトップに手をかける。

 

「………」

 

「……!」ゴクリッ

 

……大淀が部屋を出ていく様子がない。どうしたのだろうか?まだ何か用があったのだろうか、タンクトップを脱いでしまった今、訊ねるのは着替えながらで聞き流しているように思われるかも知れない。

着替え終わってからちゃんと聞くとしよう。

 

 

脱いだタンクトップを洗濯行きのかごに入れてタンスのTシャツを取り出そうとしたところで、

 

「大淀さーん、この書類は……」

 

大淀が開けたままにしていた部屋のドアから、同じく提督代理を頼んだ電がひょっこり顔を出した。

 

「!はっ、はわわ!!」

 

 

私が着替えているのを察した電が驚いた声をあげる。

やはり男といえどさすがに人前で肌をさらすものではなかったな、電をびっくりさせてしまった……。

 

「……ハッ!て、提督!し、失礼しました!!」

 

「はわわ、しっ司令官さんっ!エッr……!!」

「さぁ!電ちゃん行きましょうっ!!今日は頑張りましょうねっ!!?」

 

「はわわわ!!」

 

「………うむ」

 

 

電に呼ばれて大淀は慌てたように反応して、二人はせわしなく部屋を後にしていった。

大淀は何か用があった訳ではなかったのか。

まぁ、大淀と電ならば今日一日の提督代理は恙無くこなしてくれることだろう。

上半身裸のまま軽く首と肩をストレッチして運動着に着替えた私はグラウンドに向かった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

今日は提督の代理として一日執務を行う。

毎日休むことなく執務に励む提督に有給休暇を勧めたのは、たまには提督にも息抜きをしてもらいたかったからだ。

 

電ちゃんと朝の哨戒組の娘たちを送り出し、大本営からきた電報をチェックして書類を作成していく。

ちらりと時計を見ると時刻はマルナナゴーマル。

休暇を取られているとはいえ一応提督を起こしに行った方がいいだろうか。

 

「大淀さん?」

 

「あ、電ちゃん、ごめんなさいね、どうかしましたか?」

 

「最上さんが外出許可証を貰いに来てて」

 

気がつくと最上さんが爽やかなスマイルを浮かべて待っていた。

電ちゃんは外出許可証の管理場所が分からなくて私に訊ねていたようだ。

 

「はい、外出許可証ね、最上さんも今日は非番でしたね」

 

外出許可証を取り出し最上さんに渡す。

 

「ありがとう、えへへ、実は今日、他の鎮守府の姉妹と会う約束してるんだ」

 

最上さんは嬉しそうにそう言った。

 

「最上さんの姉妹艦ですか?どうやって知り合ったんです?」

 

「艦娘SNSで知り合ってね。呉の鈴谷と熊野が提督の用事で一緒にこっちに来てるみたいだから」

 

鎮守府専用ネットワークの艦娘SNS。主に情報交換の場として取り入れられたものだ。

なるほど、そこなら確かに他の鎮守府の姉妹とも連絡が取れる。

 

「いいなぁ、電も雷ちゃんとか響ちゃんとか暁ちゃんに会ってみたいのです」

 

電ちゃんはやっぱり第六駆逐隊の娘たちに会いたいようだった。

大本営にいた頃に他の鎮守府の提督に付いて来ていた第六駆逐隊の娘たちを皆微笑ましく思ったものだ。

 

 

「そういえば、提督も今日は非番なんだね」

 

「はい、提督はお休みですよ」

 

「さすがに起こしに行ったほうが良いんじゃない?提督も何か予定があるかも知れないし」

 

「うーん、そうですね、ゆっくりお休みかも知れませんが一応声をかけてみます」

 

「電がここは見ておくのです。大淀さんお願いできますか?」

 

提督の椅子に座った電ちゃんは動きたくないようだった。

執務はきちんとやってくれているが、小さな娘が提督ごっこをしているようで微笑ましい。

 

「はい、かしこまりました電提督代理」

 

「えへへ!」

 

「それじゃボクはこの辺で」

 

最上さんは自室に帰っていき、私は提督の自室に向かう。

 

 

 

提督の自室のドアをノックすると返事がきた。

 

「開いている、入りたまえ」

 

提督は起きていらっしゃったんですね。

挨拶だけでもしておこう。

 

「大淀です。……っ!?」

 

ドアを開けて目に飛び込んできたのはハーフパンツにタンクトップ姿の提督。

普段白い提督服の上からでもわかる鍛えられたカラダが生地の薄いタンクトップ越しにあった。

 

「……提督、おはようございます!」

 

「うむ、おはよう、大淀。…非番とはいえ少し寝過ぎたな」

 

「いえ!せっかくのお休みの日くらいはゆっくりなされても誰も文句は言いませんよ」

 

ふぁぁ、スッゴイ、肩、腕、胸、腹筋、…バッキバキやないかいっ!!

なんですかその腹筋、板チョコかっ!!

提督の鍛えられたカラダに思わず頬が緩む。

 

「ところで提督、朝ごはんはどうされますか?」

 

「そうだな、今から軽く体を動かしてくるから朝食は後で自分で用意する」

 

「かしこまりました!」

 

用事は終わったけど、提督のカラダから目が離せない!

特に首から肩にかけての部分!

鎖骨!鎖骨!

 

「……大淀」

 

「はい!」

 

「……今日は一日、代理を引き受けてくれてありがとう。よろしく頼む」

 

「お任せください!」

 

提督はそう言って軽く頷く。

提督に信頼されているのだと思うと嬉しくなり、鼻息が荒くなりそうだ。

 

「さて、着替えなければ……」

 

提督が背を向ける。

って、え、脱ぐ、脱ぐの!?

私の鼻の穴と目がこれでもかと見開く。

ゴクリッ!

 

ほ、ほあ~~~!引き締まった背中が、尻が!

 

提督が着替えのTシャツを取り出そうとして動く度にそのカラダの筋肉達が躍動するのを目に焼き付ける!

さ、触りたい……ハアハア!

 

「大淀さーん、この書類は……!はっ、はわわ!!」

 

「……ハッ!て、提督!し、失礼しました!!」

 

イカン!なに私はナチュラルに提督の生着替えを熟視しているんだ!

 

「はわわ、しっ司令官さんっ!エッr……!!」

「さぁ!電ちゃん行きましょうっ!!今日は頑張りましょうねっ!!?」

 

「はわわわ!!」

 

電ちゃんにはまだこういうのは刺激が強いだろう。

私達は慌てて提督の自室を後にした。

 

 

 

「お、大淀さん、司令官さんの部屋でナニしてたのです?」

 

「え、いや、ただ提督にご挨拶してただけですよ」

 

「ご挨拶してただけで提督の、その、カラダを…」

 

「……電ちゃん、このことは皆には内密にお願いします」

 

「……わ、分かったのです。…でも次は電が起こしに行くのです!」

 

「……い、いいでしょう。でもこれは二人の秘密ですよ」

 

 

 

 

 




登場人物

斧田誠一郎
提督。顔はグロメンだが体は日々のトレーニングでバッキバキ。

絵口信二
憲兵。妹から聞いたとんかつ屋の情報を非番前夜の斧田に提供する。

大淀
普段は白い提督服の斧田がラフな格好で引き締まったイイカラダを晒しているのをガン見。


司令官の背中がとてもイイと思いました。

最上
艦娘に与えられる情報端末で呉の姉妹艦と会う約束をしていた。


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笑わない提督24

艦娘の前で全く笑わない提督。有給休暇後編。



グラウンドを軽く走った後、シャワーを浴びて朝食を摂る。

食堂で朝食のペペロンチーノを作っていると北上と高雄が顔を出した。

二人とも今の時間はオフらしい。

 

「提督~何作ってるの?」

 

「ペペロンチーノだ、二人ともおはよう」

 

「おはようございます提督」

 

「へぇ、美味しそうだね?」

 

「まぁ、簡単にできる割には、な」

 

 

グゥ~……と腹の鳴る音が聞こえた。私ではない。

思わず鍋から目を離すと、高雄が真っ赤な顔をしていた。

 

 

「高雄っち?」

 

「あ…、いや、アハハ…」

 

「どうした高雄、朝はちゃんと食べたのか?」

 

「……えと、実は今…ダイエットを…」

 

「…ふむ、ダイエット、か」

 

 

見た感じ今の高雄にはダイエットの必要がないように思えるが……。

私個人の私見だがウチの他の娘たちよりも高雄は発育の良い体つきをしているし魅力的な容姿をしている。

それが高雄自身にとっては太っていると感じてしまっているのだろうか?

 

彼女達、艦娘は日々海に出て護国のために働いてくれているし、それを抜きにしても、できれば心身共にいつもベストなコンディションでいてもらいたい。

飯はちゃんと食べてほしい。

 

そう伝えたところで本人が納得できなければダイエットをやめたとしても悩みが残ってしまうだろう。

……本人が納得できるような理由を上手くプレゼンしなければ…。

 

「高雄、なにも食べないだけがダイエットではない。

確かに朝食を抜くだけのダイエット法もあるにはあるが…他にもダイエットには栄養素を上手く活用する方法がある。

たんぱく質を多めに摂り、ビタミンB群、ビタミンEをしっかり摂ることで筋肉量を増やして脂肪を燃焼させるやり方とかな…

ビタミンが脂肪の燃焼を手助けしてたんぱく質を筋肉に変えてくれるらしい。

筋肉量が増えれば体脂肪の燃焼率が上がるのは知っているだろう…?

そうだな、魚なんかがいいそうだ、たんぱく質はもちろんだが、フィッシュオイルにはオメガ3脂肪酸というものが多く含まれているらしくてな、この脂肪酸は抗炎症作用があってアンチエイジングにも効果的だそうだ。

さらに女性の胸や尻に付く脂肪もこのオメガ3脂肪酸だと言われている。

つまり魚を食べてオメガ3脂肪酸をたくさん蓄えるとスタイルも良くなるわけだ。

(なんやて!?なあ!ほんまなんか!!?)

あと、体脂肪を落としたいなら腹筋よりも下半身、筋肉のなかで最も大きい大腿四頭筋を鍛えるのが効果的だ、スクワットとかな、腹筋は実は筋肉量はあまり多くないからな。

日々の食事で意識的にたんぱく質を多めに摂り、下半身を鍛える。

あとは……」

 

「ひぇ、提督~、なんかキモい……」

 

「ま、待ってください提督!な、何かメモになるものを……!」

 

「……とりあえず、ペペロンチーノ食べてくか?」

 

「あ、……はい、いただきます」

 

「あ~提督、私も~」

 

良かった。途中で某軽空母の幻聴が聴こえた気がしたがどうやら私のプレゼンは高雄に刺さったらしい。

ダイエットをするにしても無理せず心身共に健康的であってほしい。

 

 

ペペロンチーノを三人前作って私と北上と高雄で食べた。

正直一人で寂しく食べるより誰かと食べたほうが美味しい。

二人とも美味しいと言ってくれた。

 

 

 

 

朝食を食べ終えて、自室に向かい私服に着替え、出かける準備をする。

灰色のイージーパンツ、白いタンクトップの上にワインレッドのシャツ。

そういえば提督になる前に買ったきりだったな。

財布に携帯連絡端末、煙草…よし。

 

自室を出て玄関に向かう途中、青葉に出くわした。

 

「し、司令官……、その格好…」ぶるぶる

 

「青葉か、今日は非番でな、今から駅前でもぶらついてくる」

 

「司令官、これを…!」

 

青葉がグラサンを差し出してきた。

付けろということだろうか?

青葉に渡されたグラサンを掛ける。

 

「し、失礼します」

 

青葉が自然な動作で私のシャツの第一、第二ボタンをぽすぽすと外した。

 

「はい!オッケーです!」

 

何がだ?

…こういう着こなし方が良かったのか。

 

「うむ、ありがとう青葉、では行ってくる」

 

「あぁ!そこはもうちょっと悪い言葉づかいで…」

 

……グラサンを渡してくれたし、青葉の注文に応えてやるか…。

 

 

「いい子で待ってるんだな、お土産を楽しみにしておけ!」

 

「は、はい!行ってらっしゃい!」ゾクゾクッ!

 

 

 

 

鎮守府の門でタクシーを呼び、駅前まで乗せてもらった。

駅前はそこそこ人で賑わっている。

外回りの営業マン、小さい子を連れた主婦たち、路上でギターを弾く若者、クレープ屋台の車、ショッピングを楽しむ買い物客。

 

こんな何気なくも大切な日常を守るために、これからも頑張っていきたいものだ。

 

昼まではまだ時間がある、とりあえず靴でも見て回ろうかな。

あんまり履く機会はなさそうだが、今日は私なりに経済を回す一員となろうではないか!

 

靴屋でスニーカーを見てまわる。

……アディダスの白いスタンスミス、学生時代に見かけてカッコいいと思ったが今見てもカッコいいな。私に似合うかは別として…。

ニューバランスの576のUK、996のUS、渋いじゃないの。

履き心地で選ぶなら私はニューバランスだな。

CT100はデザインは悪くないが、なんか違うな…。

グレーの1400、ほぉ、いいね。

ニューバランスのNロゴがダサイという意見もあるらしいが、ファンである私からしたらそこが「おぉ!」となるポイントであって…ニューバランスだ!って感じがしてイイと思う。

よし、1400買おう。

 

 

 

靴屋を出て少し歩くとなんとなく見覚えのある顔が見えた。

小柄で灰色掛かった髪を右のアップサイドテールにしているあの人は、もしかして……。

 

「…あら?あんた……もしかして斧田…?」

 

その人もこちらに気づいたようで声をかけてきてくれた。

 

「お久しぶりです、霞さん」

 

「わぁ、やっぱり斧田じゃないの!久しぶりね、元気だった?」

 

「ええ、見ての通り元気ですよ。霞さんもお変わりなく…いや、お元気そうで何よりです」

 

「…まぁ、艦娘の体なんだから当たり前でしょ。

あ、ちょうど良かった!あんた!ちょっと付いて来なさいな!」

 

霞さんはそう言って付いて来るように促した。

 

 

 

霞さんは私が横須賀で下積みをしていた初めの頃お世話になった艦娘だ。

見た目は駆逐艦なので小柄なのだが、なんというか年季の入ったオカンみたいなところがあり、波羅田さんをはじめ鳳翔さんや他の皆に頼りにされていた。

私が横須賀に来て3年目くらいの頃、やりたいことができたと言って退役されて以来会ってなかったので大体4年ぶりくらいの再会だったが、私のことを覚えておいてくれたのは嬉しい。

ちなみに私に手料理を教えてくれたのは彼女だ。

 

 

 

「……あんた今、何やってんの?」

 

「…は、今は霞さんに付いてってますけど……」

 

「違うわよ!仕事はどうしてんのってこと!」

 

「あ、あぁ、今は提督をやってます。実は今年からこの近くのじぇいこぶ鎮守府に提督として配属されまして…今日は非番で街をぶらついていたところです」

 

「へぇ!あんた提督になれたのねぇ、良かったじゃない。って、あそこの提督、あんただったんだ!

あたしゃ、さっきあんた見た時、てっきり夢に挫折してヤ◯ザかなんかになったんじゃないかって思ったわよ、何よ!そのグラサンっ!!外しなさいったら!(笑)」

 

霞さんが私のグラサンに手を掛けて取り上げる。

 

「……うん、やっぱり掛けときなさい」スッ…

 

 

なんというか相変わらず霞さんは表裏のない人だなぁ。

 

 

「霞さんは今お仕事は何かなされているんですか?」

 

「あたしはこの街の駅から少し外れたところでアパートの大家さんしているわ、住人は主に艦娘を退役した娘たちだけど」

 

「へぇ!」

 

元艦娘でオカン気質の大家さんのアパートに元艦娘の住人たち、何だか鎮守府みたいで賑やかそうだな。

 

 

 

 

「っと、着いたわよ」

 

「……!」

 

私たちの目の前に現れたのはスーパーだった。

霞さんは買い出しにでもきたのだろう。

…しかし、なんだ、このヒリつく空気、緊張感、そこらじゅうから感じる闘争の気配。

……いったい、何があるんだここには。

私は霞さんに付いて店内に入った。

 

 

 

 

「……もうすぐ、お昼のタイムセールが始まるわ、覚悟は出来てる?あたしは出来てる!」

 

「え…」

 

 

 

その時、スーパーの店員がおもむろにメガホンをどこからともなく取り出した。

 

『アーアー、皆さんお待たせしました!まもなくお昼のタイムセール始まります!青果コーナー3割引き、生鮮食品コーナー3割引き、生活用品コーナーにおいてトイレットペーパー6ロール1セット9割引!飲料水コーナーにおいておいすぃー牛乳1パック9割引!お一人様2個までとなっておりますが売り切れ御免!ご了承ください!』

 

 

「あたしは生活用品コーナー!あんたは牛乳を取りに行きなさい!こっちは二人だから4パック!いいわね!?目標を確保したら次あんたは青果コーナーでおナスとピーマンを頼むわ!状況説明終わりっ!状況が終了して欲しいものがあったら自由に買い物して良いから!」

 

「は、はいっ!」

 

 

『なお、お昼のタイムセールは開始から2時間で終了となりますのでお気をつけください!

それではスタートカウントダウン開始、5、4、3、2、1…スタァートォォ!!』

 

 

闘争の気配が爆発したかのような熱気が起こった!

とりあえず、先ほどの霞さんの指示に従って……

 

「状況開始!ほらっ!ガンガン行くわよっ!!」

 

「う、うおぉぉぉ!!」

 

うおぉぉぉ!!ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

パンパンのレジ袋を提げて二人でスーパーから出る。

戦場、まさしくここは戦場だった。

 

「今回は上々の戦果ね、あんたのおかげよ!」

 

疲れた様子を微塵も見せず霞さんは満足そうにそう言った。

霞さんは海上から退いたとはいえこんなところでも戦い続けていたのだろうか。

 

「まさかこっちのスーパーにウォー、北町の藤原さんに出くわすとは思わなかったわ……」

 

「…それはこちらの台詞よ」

 

「!!」

 

 

唐突な声のした方に振り向く、そこにいたのは優雅ささえ感じる美しい金髪ストレートの美人、手には私たちと同じくパンパンに膨らんだレジ袋を提げている。

 

「ウォ、北町の藤原さん!」

 

「ごきげんよう、南町の霞さん。そちらは随分羨ましい戦果ね」

 

「まぁ、今回こっちは二人だったしね」

 

「やっぱり手伝ってくれる誰かがいたほうが良いのね。で、そちらは旦那さん?」

 

「ち、違うわよっ!昔の知り合い!」

 

「ど、どうも」

 

「フゥン、…あら?あなた、アドミラル?」

 

「え、あ、アドミラル…はい、近くのじぇいこぶ鎮守府で提督をやっております、斧田誠一郎と申します。霞さんとは下積み時代にお世話になりまして……」

 

「わぁ、そうなの!私は元クイーンエリザベスクラス、バトルシップ二番艦のウォースパイトよ、今は日本に帰化して藤原と名乗っているわ、よろしくね」

 

そう言ってウォー、藤原さんは握手を求めた。

私はそれに応じる。白い肌の柔らかい手だった。

 

「こちらこそ」

 

「霞さんの旦那さんでないのなら次回は私の助太刀を頼もうかしら」

 

「ダメダメ、一応提督なんだから忙しいんでしょ?今日はたまたまよね?」

 

「ええ、まぁ、そうですね。今回はたまたま部下に有給休暇を勧められて…」

 

「あら、そうなの…残念」

 

正直、彼女ほどの美人に頼まれれば手伝いなどいくらでもしてあげたくなるが、私もいつも暇というわけではない。

 

 

 

霞さんと藤原さんは和気あいあいと世間話を始め出した。

お野菜の値段がどうだとか、新しいエアコンがどうだとか……

それぞれ鎮守府を離れても彼女達は彼女達の確かな絆があるように思える。

かつて配属していた鎮守府でもきっと自分が自分らしく、相手を尊重してお互いに良い環境で過ごせていたのだろう。

 

 

私もウチの娘たちが居心地が良いと思えるような鎮守府を目指したい。

いつかウチの娘の誰かが鎮守府を離れたとしても、その娘が絆を忘れず、のびのびと生きていけるように。

……なんだか、無性に鎮守府に帰りたくなってきた。

 

絵口さんにとんかつ屋を教えてもらったが、今日はもう帰ろう。

夕食をとんかつにすればいい。

駅前の洋菓子店でお土産を買うのは忘れずに。

 

 

 

「霞さん」

 

「なに?」

 

「今日はそろそろ帰ります」

 

「あらそう、確かにもうお昼過ぎね」

 

「もう帰るの?私と霞さんはカフェで昼食がてらお喋りしていくけど一緒にどう…?」

 

「お誘いはありがたいですが、なんだか鎮守府が恋しくなりまして…」

 

「…良い鎮守府そうね、それともワーカホリック?」

 

「さて、どうでしょう。それでは霞さん、荷物持ちになれなくて申し訳ないですが…」

 

「あ、斧田、ちょっと待ちなさい」

 

霞さんは私を呼び止めてレジ袋を漁る。

私の買い物袋にメモの切れ端と今日の戦果の一部を分けて入れてくれた。

 

「鎮守府のみんなの分には到底足りないだろうけど、今日の手伝いのお礼よ、あとこれはあたしの連絡先」

 

「…ありがたく頂戴します!」

 

「ま、まぁ、さすがに荷物持ちがいなくなるならちょっと重いしね!」

 

「ウフフ」

 

「それでは、これで」

 

「ごきげんよう」

 

「何か相談事があったら連絡しなさい!あとあんたのオフの日とかで暇な時も!こきつかってやるから!」

 

 

 

 

 

二人に手を振り、駅前へと急ぐ。

提督になって初めての有給休暇はとても有意義なものとなったと思った。

 

 

 

 

 

 




登場人物

斧田誠一郎
おのだのしゅふレベルがあがった。

北上
提督のダイエットプレゼンに少しひく。

高雄
提督のダイエットプレゼンに真剣に耳を傾ける。

青葉
提督ボイスはしっかり録音したらしい。

霞さん
オカン。ナスをおナスと言う。
歴戦の猛者。ジーンズに紺色のブラウスを着こなす。

藤原さん
日本に帰化したウォースパイト。霞さんの友人。
ジーンズに白地のTシャツ(禁酒とデカデカと書かれている)を着こなす。


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笑わない提督25

艦娘の前で全く笑わない提督。最上のお茶会。



姉妹艦と会う約束の待ち合わせの場所でペットボトルのお茶を飲む。

今日は良い天気だ、海上程じゃないけど日射しが強い。

同室の筑摩さんが白い麦わら帽子(ストロウハットというらしい)を貸してくれた。

外行きの私服を持ってなかったからジャージで出かけようとしたところ、同じく同室の利根さんもせっかくだからと白くてヒラヒラの可愛いらしいワンピースを贈呈してくれた。

 

貰っといて着ないのは悪いから着てみたけど、大丈夫かな?ヘンじゃないかな?

一応、利根さんたちは可愛いと言ってくれたけど……。

やっぱりボクにはこの格好、お洒落過ぎたんじゃないかと一人でモジモジしてしまう。

 

 

 

 

 

「ねぇキミ、待ち合わせ中か何か?」

 

いきなりフレンドリーな感じで話しかけてきたのは知らない若い男の人だった。

 

「う、うん、妹たちとここで待ち合わせ、してます」

「そうなんだ!…ここじゃ暑いだろうし、どっか涼めるところで時間を潰さない?」

 

普段、海風があるとはいえ海上でもっと強い日射しの中で哨戒任務をしたりするからボクはそこまで苦じゃないけど、確かに今の気温は高い。

この男の人はボクを心配してくれているのかも知れない。

情報端末で時間を確認すると待ち合わせの10分前くらいだった。

 

「多分もうすぐ来ると思うから大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」

「わお、可愛いうえに素直!でもホントに時間通り来るか分かんないよ?一応連絡だけ入れてさ、近くのカフェにでも行こうよ!」

 

見ず知らずのボクを心配してくれるなんて、いい人だなぁ。

でも鈴谷も熊野も艦娘であり軍人だ、オフとはいえ予定時間は守るだろうし……。

 

「ボクは大丈夫だから、妹たちもきっともう来るので」

「あ、じゃあ10分だけ!10分だけ一緒に…」

 

10分じゃあもう妹たちがここに来てるよ、

と返事をしようとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「とぉぉおおぉおぉおぉぉ~う!」

「ぐぼぁっ!!」

 

目の前の男の人に、トーキックをぶちかます妹、熊野が現れた。

 

 

 

 

「わ、わあ!」

「最上お姉さま、ご無事ですか!?」

「も、モガミ~ン!お待たせ~!」

 

熊野に続いて鈴谷がやってきた。

時間を見ると待ち合わせの7分前。やっぱり妹たちは時間を守る良い娘たちだ。

 

 

…って、そうじゃない!男の人は大丈夫なの!?

 

「く、熊野?いきなり知らない人に暴力なんて……」

「あら?……ホントに最上お姉さま?」

 

熊野を諭そうとしたら何故かキョトンとされちゃった…。

 

「熊野、だから最上お姉ちゃんは最上お姉ちゃんでもこの最上お姉ちゃんはモガミンなんだって!」

「………確かに、最上お姉さまなら私が助けずとも『消えろ、毟るぞ』って追い払いそうですわね」

 

え、えぇ!?ボ、ボクはそんなことしないよ!

 

「あとモガミン、今の男は明らかにナンパだったよ!気をつけないと!あぁいうのは下心しかないんだから!」

 

あ…、あの男の人、そうだったのか…。

じゃあ熊野はボクを助けるつもりで……。

 

「そうだったんだ、熊野、ありがとう。鈴谷も。今度から気をつけるよ」

 

「素直っ!!最上お姉さまが素直!新鮮!カワイイッ!」

「ヤダ、ホントにモガミン、ウチの最上お姉ちゃんと同じ最上とは思えないっ!」

 

熊野と鈴谷にお礼を言うとなぜだか凄く感動した様子だった。

最上お姉さまっていうのは鈴谷たちの鎮守府のボクのことなのかな?

 

「と、とりあえず今の熊野のせいでざわついてるから、どっか行こ!早く!」

「え?」

 

「そうですわね。って!私のせいではありませんわ!其処の男が汚らわしくも最上お姉さまにナンパなどという………」

「いいからいいから!」

 

ボクは鈴谷と熊野に手を引かれて待ち合わせ場所を後にした。

熊野に蹴り飛ばされた男の人、大丈夫かな?

 

 

 

 

 

 

 

少し歩いて駅前の洋菓子店に併設されたカフェに入った。

店内には、ほんのりと甘い香りが漂っている。

空調も効いていて中々居心地が良さそうだ。

 

「テキトーに入ってみたけど、なかなか良さそうじゃん」

「本当ですわね、いい匂いがしますわ」

 

ウェイトレスさんに案内されてカドのボックス席に座った。

サーブされた水を一口飲んで鈴谷が口を開いた。

 

「えぇと、改めまして、呉鎮守府所属の鈴谷だよ」

「私が熊野ですわ」

「…ボクはじぇいこぶ鎮守府の最上!って、姉妹艦同士で自己紹介はなんだか照れくさいね」

 

 

 

 

 

 

ドリンクバーとおやつを楽しみながら姉妹とのおしゃべり。

お互いの鎮守府がどんな感じか、提督がどんな人か、仲の良い娘の話とか、鈴谷と熊野は次々にボクに聞いては自分たちのことも話してくれた。

 

呉の鎮守府では提督が野球好きで艦娘達に野球を教えているとか、提督は食堂のおばちゃん(お母さんと呼ばれているらしい)と結婚しているとか、那珂ちゃんが自作の新曲CDを出したとか。

 

そんな話を聞く内にボクが気になっていたことを聞いてみた。

 

「そういえば、そっちのボクってどんな感じなの?」

 

「え…………」

「…………!!」

 

ボクのその質問に鈴谷の笑顔がフリーズする。

熊野は対照的に笑顔をさらに眩しくさせた。

 

「最上お姉さまは、そう!言うなれば『カリスマ』ですわ!」

「『カリスマ』?」

「ウチのモガミン、最上お姉ちゃんはその実力と言動から天龍や摩耶たちの一部の娘たちから圧倒的に崇められてるんだけど……」

「わたくしも最上お姉さまをお慕いしておりますのよ!」

 

「…鈴谷はノーコメントで……」

 

「…………」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

じぇいこぶ鎮守府の最上お姉ちゃん、モガミンからウチの最上お姉ちゃんについて聞かれてしまった。

 

ウチの最上お姉ちゃんは、なんというか言動がガサツなところがあって実は鈴谷は苦手な時があるんだよね…。

 

 

 

~~~『あーっ!!最上お姉ちゃん、鈴谷の洗顔、勝手に使ったでしょ!?』

『あ?アタシが洗顔する時に目の前にあったからそれはもうアタシのもんでしょ?』~~~

 

~~~『おい鈴谷、水上偵察機使ってつまみ食いしようぜ!』

『嫌だよ、お母さんに怒られるよ!?』~~~

 

~~~『うー、さむさむ、おら鈴谷、コタツのそこはアタシの席だ、四の字固めくらいたくなかったら席をあけな?』

『痛い痛い!やめてよ、横の席座れば良いじゃん!』~~~

 

~~~『ウィ~、飲んだ飲んだ、最上お姉さまが帰ってきたぞぉ……クソ眠ぃ、鈴谷ぁ!こっちこい!抱き枕にしてやるぞぉ!』

『わぁ!酒臭い!?放してよぉ!!』~~~

 

 

 

 

でも絶対に嫌いという訳じゃない。

 

トラック沖で双子の深海棲艦と会敵して鈴谷が大破させられちゃった時、最上お姉ちゃんがドックの鈴谷の頭を撫でて、摩耶たちを引き連れて出撃し、敵討ちしてくれた。

 

あと、呉鎮守府選抜野球チームの1軍でエースピッチャーだ。

鈴谷は野球にあんまり興味ないけど、野球が流行ってるウチでエースなのは凄いことだって摩耶たちが言ってた。

 

最上お姉ちゃんは鈴谷を姉妹艦として仲間として大切にしてくれてはいると思う。

野球が上手くて強くて仲間想いでたまに優しい、そんな最上お姉ちゃんはちょっと自慢だ。

 

でもでも、普段の最上お姉ちゃんは素直じゃないし、ぶっちゃけガラが悪いんだよね。

よその最上お姉ちゃんはだいたい優しくて素直でカワイイ。

もちろん今目の前にいるじぇいこぶのモガミンもだ。

こんな風にヒラヒラのワンピースを着せて、白いストロウハットを被せればウチの最上お姉ちゃんも可愛くなるのだろうか?

いや、見た目はほぼ同じだから可愛いことは可愛いだろうけど、言動が台無しにしちゃうだろうし。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「とまぁ、ウチの最上お姉ちゃんはこんな感じかな…」

 

呉のボクについて鈴谷が苦笑いしながら教えてくれた。

苦手なところがあると言いつつも鈴谷の語り口は親しい姉妹ならではのダメ出しみたいな感じで、まだじぇいこぶに姉妹がいないボクは正直羨ましいなと思った。

 

「鈴谷は特に最上お姉さまと仲が良いですわよね」

「まぁ鈴谷はウチの最上型では熊野と三隈姉よりは先に着任したから……」

「三隈も呉にいるんだね、いいな、姉妹揃い踏みだ」

「…あー、そうだね……」

 

「……?」

 

三隈の話を出すと鈴谷は少し言葉を濁したようだった。

何かあったんだろうか?

 

「三隈さんは、最上お姉さまと少しウマが合ってないようでして……」

「何かあったの?」

「最上お姉ちゃんは今言ったとおり、ガラが悪くてなまじっか強いものだからスタンドプレーに走りがちで……まぁ、それを良く思わない娘もいるんだよね……三隈姉もその一人で…」

 

鈴谷も熊野も呉のボクを心配しているようだった。

それを見てボクは少し不謹慎かもだけど、ボクを想ってくれているようで嬉しいとも感じた。

 

 

 

 

 

《ピコーン!》

 

突然、鈴谷の上着のポケットから音がなった。

鈴谷はポケットから携帯端末を取り出して操作する。

 

「あ、提督からじゃん、……あー、もうか……」

 

鈴谷が残念そうにそう呟いた。

おそらく提督の用事が終わり、呼び出しがかかったんだろう。

ボクも情報端末で時間を確認すると、なるほど、カフェに入っていつの間にか二時間程経っていた。

 

「あ、呼び出しでしたのね、もう少しお話ししたかったですわ」

 

「まぁ、またSNSでお話しできるよ」

 

三人でお会計を支払いお店を出る。

今日は利根さんと筑摩さんに服装でお世話になったし、お土産でも買って帰ろうかな。

そんなことを考えていると、不意に誰かがボクたちに声を投げた。

 

「あぁ!み、見つけたぞ!おい、お前ら!こっちだ!!」

 

声のした方を見ると若い男の人が四人こっちを見ていた。

その中の一人は先ほど熊野が蹴り飛ばした男の人だった。

 

「おいおい、お前、こんな可憐な娘にやられたのかよ?」

「ワハハ!」

「う、うるせー!いきなりだったんだよ!」

「まぁまぁ、…で、お嬢ちゃんたち、ちょいと話を聞きたいんだが、オレたちのツレが世話になったようだなぁ?」

 

ああ、やっぱり怒ってる。

そうだよね、あんな往来で寝かせたままなのは良くなかったなぁ。

 

「えぇと、」

「モガミン、大丈夫だから」

「モガミンお姉さま、さぁ、わたくしの後ろへ…」

 

一応、謝ろうとしたら鈴谷と熊野がボクの前に出た。

 

「お世話なんてしてません、お姉さまにまとわりつこうとする虫を払っただけですわ」

 

「んだとぉ!!お嬢ちゃん、ちょっと可愛いからって、オイタが過ぎたようだな……!」

 

「あれぇ?こんなに人の多いところで何かするわけ?」

 

あぁ、鈴谷と熊野、そういう風に煽ったりしたら…

 

「て、てめえ……!」

 

ほらもっと怒っちゃったよ。

男の人の一人が肩をいからせて、一歩前に出る。

その瞬間、今度は後ろから低くて太い声が響いた。

 

「なんだなんだ、シャバ僧ども、ウチの娘に何か用か?」

 

「「「「「「!」」」」」」

 

「え」

 

振り向くと、そこにいたのはサングラスをしたスキンヘッドで色黒の大柄な男の人。

うん、中々良い体つきをしているね。

で、誰?ウチの娘って?

頭の中に疑問が駆け巡ったけど、いち早く反応したのは 鈴谷と熊野だった。

 

「「て、提督!!?」」

 

……どうやら呉の提督らしい。

なるほど、さっき話の中で聞いた野球好きの提督か、良い体つきなわけだ。

 

「ひ、な、なんだ、アンタは?」

 

こっちに近寄りかけていた男の人が震えた声を出す。

なんだか動揺しているようだった。

どうしたのかな?

 

「お、おい、もう違うとこ行こうぜ」

「あ、あぁ!そうだな」

「……ちょっと用事を思い出した」

 

残りの三人は呉の提督を見るや、そそくさとその場を後にしようとしている。

すると、三人の男の人の後ろから、今度は見覚えのある、というか見間違えようのないボクが敬愛している人がゆっくりと近づいてきていた。

 

「あ!提督!おーい!!」

 

ボクは思わず提督に向かって手を挙げた。

鎮守府じゃない場所で提督服じゃない提督が珍しくて、ついはしゃいでしまったんだ。

 

「む?」

 

ボクの周りの視線はボクが手を振る先に集まった。

皆の視線の先には両手に買い物袋を提げ、ワインレッドのシャツを着てサングラスをかけたボクの提督。

胸元は第二ボタンまで開いていて厚い胸板がチラリズム…っと、いけない、そこまで見ているのはこの場ではボクだけだよね。

 

「うひぃ、は、挟まれた!?」

「あれは絶対ヤバそう、た、助けて…!」

「違うんです、僕は通りすがりですっ!!」(バタバタ…!)

 

「お、最上…、やっぱりウチの最上か、奇遇だな…って、あー!!」

 

提督は三人の男の人の横を素通りしてボクたちの前にきた。

そして鈴谷と呉の提督を見て珍しく声を上げたんだ。

呉の提督も提督を見て驚いているようだった。

 

「い、今の内に逃げよう……って、待って、お前ら置いてかないでー!」(バタバタ…)

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

鎮守府のみんなにお土産を買って帰ろうと駅前の洋菓子店へ赴きカスタードケーキを購入した。

そして店を出た時のことだ、なにやら近くが騒がしい。

ふと騒ぎの方を見ると見覚えのある艦娘らしき娘がいた。

 

白いワンピースを着てはいるが、あれはもしかして、最上ではないか?

しかも、なんとなくウチの最上のような気がするんだが……。

そう思って近づいてみると最上らしき娘が私に向かって満面の笑みを浮かべて手を挙げた。

 

「あ!提督!おーい!!」

 

「む?」

 

ほらみろ、あの可憐な格好の可憐な最上はやっぱりウチの娘だ。

皆さん、ウチの娘がカワイイヤッター!!

そういえば、最上も今日は外出するって先日に言っていたな。

同じ街中とはいえ奇遇だなぁ。

 

「お、最上…、やっぱりウチの最上か、奇遇だな…って、あー!!」

 

内心ほっこりしながら最上に近づいて声をかけたところで、最上の周りにいる人物に気がついた。

かつて提督になる前の頃、呉鎮守府でお世話になった懐かしい顔。

 

「え、えぇ!?斧田じゃん!!」

 

呉の最上型重巡の鈴谷と、

 

「おぉ!?なんだ、斧田の小僧ではないか!」

 

波羅田さんの同期で呉鎮守府提督、万津崎隼人(まつざきはやと)大将だった。

 

 

 

 

 




登場人物

最上
いつも優しい笑顔を絶やさない天使。
厳つい顔のタフガイやグロメンにも全く動じない。

鈴谷
呉の最上型で最上の次に着任した。
斧田とは面識がある。

熊野
呉の最上型で最近着任した。
斧田とは面識がない。

斧田誠一郎
有給休暇中に街中で偶然にも天使最上に会った嬉しさのあまり、最上以外見えてなかった。
有給休暇中の格好がヤーサン。

万津崎隼人
呉鎮守府提督で大将。波羅田の同期。
野球好きで鎮守府内で艦娘達に野球を教えている。
呉鎮守府の食堂のおばちゃんと結婚している。
色黒、大柄、スキンヘッドで見た目が厳つい。



またも三隈ちゃんを三熊と誤表記するデカイ間違いを犯してしまいました。
ご指摘していただいた方々ありがとうございました。
頭が高いオジギ草さん、修正助かりました、感謝です。
戒めとしてアズールなレーンのログインを1週間くらい封印します。


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