ヤンデレネタ箱 (かにすけ)
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不細工月英は逃げられない(朱里)

恋姫無双の世界。

目が覚めるとそこにいた。

 

すぐには分からないであろう、その事について理解することが出来たのには簡単な理由がある。

まず1つ目。

この自分がいる土地が以前やっていたゲーム「三国志」や「三國無双」でも聞き馴染みのある呼び名で呼ばれていたことである。

この時点では未だピンと来ておらず、個人的には「あー、なんか変な名前の土地だなー、聞き覚えあるような気もするけど日本にあったのかなー?」くらいの感覚であった。

三国志の時代に来たとはまるで考えていない。

 

そしてそれから数日がたちとある出来事が判明して事態が進む。

自分が黄夫人、言い換えるならば月英と呼ばれている諸葛孔明の妻として語り継がれている人物になってしまっていると気づいたためだ。

理由は語るに長い話であるために割愛させていただくが、何はともあれ月英となってしまった事に変わりはない。

この時点ではまだ三国志の時代へとタイムスリップしてしまったのでは無いだろうかとも思った。

男である自分が月英となってしまっている時点で怪しいし、どちらにしろ意味は分からない話であるが。

 

そして最後、自分が月英だと判明してからは周りの状況が分かる噂話などを集め始めた。

三国志の世界ならば噂によって時代がわかる。

「魏呉蜀」という3大勢力があるという情報は集まらず、「黄巾党」や「董卓軍」などの情報も出ない時点で大分昔なのではないかという予測を必死に立てていたのだがとある言葉が流れてきたおかげで一瞬でこの世界が三国志でも三國無双でもない恋姫無双の世界だということが判明する。

その言葉は「天の御遣い」という主人公である北郷一刀を象徴する言葉だった。

 

実の所恋姫無双のキャラクターを把握している訳では無い。

それどころかオタク系友人に三国志って面白いなと一言言ったら、すごい勢いで語られてしまったので色々と覚えたのだが顔などは全く分からない。

そこが怖いが、天の御遣いという単語にしっかりと反応して恋姫無双の世界だと理解することができた時点でしっかり理解していると言ってもいいだろう。

 

………月英には美形説も出ていたはずだが全くそんなことなかったのは余談だろう。

しっかりと前世の不細工だった顔つきそのまんまで転生していた。

体型もスリムのスの字もなく、余計に悲壮感が増している。

転生するのならそこも変えて欲しいような気はしたがそこまで人生優しくないということだろう。戦争バリバリで美形しかいないようなこの世界に戦闘知識など0でそれでいてデブ不細工で放り投げられたのを見るに運勢は最悪だろうと思わず鼻で笑ってしまうほどだ。

 

 

 

 

月英ということは諸葛孔明と夫婦になるということだが、恋姫無双の世界ということはそんなことも無いだろうと数ヶ月普通に暮らしていた。

まぁ前世の知識をフル活用して自分の暮らしを良くしようと毎日必死こいて働いていた面はある。

そのせいかとある噂話が世の中に出回り始めた。

 

月英という顔は奇妙だが知恵はある、そんな男がいるらしいと。

もちろんそんな噂気にするほどヤワな性格で不細工生きていけない。

元々友人などからにも「お前顔めちゃくちゃ不細工だけど根っからの陽キャなの怖いな」と褒めら、褒められてないような気もするが言葉を貰っているほどであり、誰とでもつるめるような人間だ。

デブで不細工なんだからそのくらいのメンタルでいないと自殺してしまう。

 

少し話はそれてしまったが、結局そんな悪口のような褒め言葉のような微妙な噂話など気にしてはいなかったのだが父親から会って欲しい人間がいるとこの家の中でも自分は出入りすることがない客間と呼ばれる部屋にいるとなんだか落ち着かない。

発想も変な方向に飛んでしまうだろう。

 

 

「おい、入るぞ?」

 

「はい」

 

 

この世界に来てから敬語で喋る癖がついてしまった、これが所謂孔明の罠か……?

そんなこの世界では1度は言ってみたいくだらないことを考えていたら父親が扉を開く。

そこにいたのは見覚えのない少女だった。

ショートカットで帽子に着いている大きなリボンとモジモジした雰囲気がなんとも不釣り合いだが、可憐な少女である。

 

 

「そちらの方は?」

 

「は、はいぃ……」

 

「怯えてるだろう、ゆっくり聞いてあげてくれ」

 

 

そう言い父は部屋から出ていき少女と二人きりになる。

二人きりにされてしまった。

初対面で少女と2人きりにするのも頭がおかしいとしか考えられないが、彼女が訪ねてきた理由を知るには彼女から聞き出すしかあるまいと取り敢えず彼女を落ち着かせることにする。

 

 

「と、取り敢えずおかけになって」

 

「そ、そうですね……失礼します………」

 

 

ブサイクで太った男と、可憐で無垢そうな少女が同じ部屋に二人きりでいると考えると中々奇妙な絵面だし、性犯罪者のようでいたたまれない。

机を挟んで向かいに座布団が敷いてあるのでそこに座ってもらい話を聞く、出来るだけ威圧をしないように………。

 

 

「私は皆からは月英と呼ばれています。貴女の名前は?」

 

「はっ、はい!私は諸葛亮。諸葛孔明です……」

 

「……………………へっ」

 

「す、すみません。知りませんよね、普段は水鏡塾に通ってお勉強をしているのですが、貴方の出回ってる噂を聞いて………」

 

 

諸葛亮?

この子が?

友人から聞いた話だと………ショートカットで金髪ではわわとか言うロリっ子軍師……………。

はわわと言う、という部分は分からないがそれ以外は大体当てはまっているような気がする。

 

 

「そう、ですか…………」

 

「知ってくれてましたか…?」

 

「あ、あぁ…はい、お噂はかねがね…」

 

「そうですか……安心しました」

 

「それでどうして諸葛亮さんがこんな所に?」

 

「単刀直入に言います、貴方の知識を私に教えて頂けませんか?」

 

 

オドオドとした雰囲気が一転、目自体は合わせていないがハキハキと言われてしまうと断りずらい。

了承の返事を言うと、嬉しそうに少し微笑む彼女の姿に思わず自分の顔もほころびそうになった。

笑ったら本当に犯罪になりそうで急いで止めたが。

 

 

 

 

 

それからは前世の知識を活用しながら彼女が欲しそうにしている知識を出来るだけ事細かに教えるという日々がこれまた数ヶ月ほど続いた。

初めは男性である自分に緊張した様子がどうしても否めなかったが、数ヶ月もすればある程度親しくなれて、自分の顔について聞いてみると苦笑いしながら「こ、こせいてきですよね?」と軽口を叩いてくれるくらいにはなった。

男性に慣れているわけではなく、それでいて元々塾に通っているのならばこんな男にさらに教えをこう必要なんて無かったんじゃないかと、一番最初に、それこそあの初会合の時にしなくてはいけないような質問をしてみたら彼女からは、自分の殻を破きたかったのと貴方が私がどうしても学ぶことが出来ない知識を多く持っているように感じたからです。という返答が返ってきた。

彼女自身も悩んだ末、しかも一歩踏み出すのには勇気のいる決断だっただろうにと彼女の頭をグワーッと撫でて褒めると嬉しそうにしていたのが印象深い。

見た目や過ごしてきた時間により、彼女のことをもしも妹がいたらこんな感じなのかなというように感じられてきた。

彼女の方からもそういう風に考えてくれているといいのだが、あわよくばもっと頼って貰えるような兄という風に。

 

そんな毎日を過ごしていた頃、黄巾党という謎の軍に関する噂が立ち始めていた頃、彼女からとある相談を受けた。

もちろん前世の知識があるので黄巾党の正体くらいは分かっているのだが、そんなことを口に出すほど偉い人間ではない。

 

 

「以前、水鏡塾で私に色々なことを教えてくださる、水鏡先生という方がおられるという話はしましたよね?」

 

「あー、覚えてますよ。彼女の方が私に随分と警戒された様子だったので」

 

「それは、本当に申し訳なかったのですが…」

 

「いえいえ、自分のようなものが朱里さんのお近くにいたらそれは皆さん警戒なさりますよ」

 

「そんなこと……」

 

「それで、あの美人な先生がどうかしたのですか?」

 

 

そう聞くと途端に彼女は不機嫌になる。

なにか変なことでも言ってしまっただろうか。

 

 

「黄玉(おうぎょく)さんも水鏡先生のような女性がやはり好きなのですか……?」

 

 

ジト目でそう聞かれると謎の罪悪感がすごい。

黄玉というのは自分の真名であり、お互い呼ぶことを約束した。

トパーズの和名を付けられているのはなんだか不釣り合いだが、親がつけてくれた大切な名前だし気に入っている。

 

 

「いえいえ、私がそのような目で見るのは不躾ですので…事実を客観的に申しただけです」

 

「そうですか……それじゃあ話の続きなのですが」

 

「はい」

 

「その、先生のところにとある方達が訪ねてきたみたいで」

 

「どなたでしょう」

 

「その方たちは最近街を騒がしている黄巾党と呼ばれる軍を倒すために立ち上がった連合軍の人達のようでして」

 

「はい」

 

 

劉備達が彼女たちを仲間にするために訪ねてきたのだろうか。

水鏡塾には彼女の親しい友人でこちらも才女と呼ばれる龐統が在籍しているという話は何度か聞いている。

前世の記憶がある北郷という少年からしたら二人は喉から手が出るほどに欲しい人材だろう。

 

 

「天の御遣い様もいらっしゃるようですし、時代を正しく導くには丁度いいタイミングだと思うのです!」

 

「そうですね」

 

「なので、私はあの方たちと一緒に行こうと思うので黄玉さんにも着いてきて貰えたらな…と」

 

「はい、行ってらっしゃい……え?」

 

 

私にも着いてこいと?

全然今の流れだと「時代を変えるためについて行こうと思うので教えをこうのは終わりで………」という流れなのかと思ってしまっていた。

 

 

「行ってらっしゃい、ということは着いてきてはくれないのですか………?」

 

「い、いや…そういう訳ではなく。着いてきてと言われるとは思ってもいなかったもので」

 

「そうですか?………それじゃあ返事の程は?」

 

「私が着いていくことは相手方には?」

 

「断られるかもしれないとは言いましたが、了承はとりました」

 

「それならばもちろん、朱里さんが嫌でなければお供させていただきますよ」

 

「ほんとですか!!嬉しいです!」

 

 

着いてきてくれないか聞くということはそれだけ頼りにされているということだと考えてもいいだろう。

ホッとしている彼女がだいぶ、心を開いてくれていることに嬉しさを感じた。

 

 

 

 

 

劉備軍に合流したまでは良かったのだがやはりこの顔では受け付けづらいようだ。

前の時代では慣れれば軽く話のネタになる程度ではあったものの、この時代では敵のスパイが身内に潜んでるかもしれない恐怖というものと常に隣り合わせにいるようなものであり基本的に多くの人間から敵意を向けられている。

実際に北郷くんには「月英が美形だと言う噂が現代にはあったのですが嘘だったんですね」と仲良くなってからだが言われた程である。一応自分はいいがそれ以外には血気盛んな人間も多いので言わないようにと釘は刺したが楽しく話すネタにもなる。

その話の流れでさりげなく聞いてみたが彼ですらしっかりと会話をするまでは自分のことを怪しんでいたらしい。その後に必死にフォローはしてくれたが気にしてないと言っておいた。

 

劉備殿や北郷くんなどの人に分け隔てなく接することが出来る人や張飛殿のように何も考えていないような脳天気な子とはそれなりに仲良くさせていただいていたのだが、どうしても朱里さんという抜けたところがある可憐な少女が連れてきた醜男ということで警戒が解かれることはなかった。

それでも個人的にはどうでも良かったは良かったのだが、やはり軍に警戒を走らせる人間などを置いておくのは愚の骨頂であるし、朱里さんにも申し訳が立たない。

というわけで自分なりにとある目標を作り、その目標が達成されたら元いた家に帰りゆっくりと生活しようと決めた。

 

その目標というのは考えてみたが朱里さんが北郷くんという自分以外の男性に心を開き、劉備軍に居場所が出来たらという事でいいだろう。

前世の記憶を彼女に分け与えていたために慕われているのならば北郷くんの知識だって自分に引けを取ることはない。

さすがに北郷くんと会話するときに自分を間に挟むのだと天才軍師としての格好がつかない。

妹分の幸せを祈って、これが達成されたらこの軍を去ろうと黄巾の乱と呼ばれる戦いの直前には考えついた。

 

そこからは案外早かった。

色々な罠を作成、北郷くんに提案、朱里さんにお願いし作戦に組み込んでもらう。そんな作業をしている間に虎牢関の戦いなどの何個かの有名な戦いを乗り越えた。

木牛を作りものを運ぶ方法を簡単にしてから、その技術を上手く応用してイメージにある虎戦車を作り炎を吐くギミックまで搭載させることが出来たことには思わず朱里さんと抱きしめ合うほどに感極まった。

そんな一時ですらさらに警戒される要因となってしまった感は否めないが。

 

それでも一応軍にいる間は…と周りに気を使い、ガラではないが少し顔を隠せないか模索し深く帽子を被り始めて見たものの、余計に怪しさが増してしまったのかある程度自分のことを知ってくれた古参の武将の方からは何も言われることは無かったが新参の武将からは悪態を多くつかれてしまう。

傍から見れば可憐な少女を言いなりにして怪しい道具を戦いで使ってる醜悪な男という評価にもなるだろうし妥当だろう。

 

もう、朱里さんにも立派な軍師という姿が(取り乱したりすると相変わらず「はわわ」などの不思議な言葉は言うものの)板に付いてきたように感じる。

北郷くんにも最近は自分を経由しなくても意見を言ったり会話をしたりする姿が最近はよく見かけている。

これは目標クリアと考えて良いと思う。

 

 

「というわけです…劉備殿」

 

「そう、ですか……」

 

 

軍を抜ける旨を劉備殿へとお話すると悲しそうな顔をされる。

勿論、悪態をつかれるというのは抜きにして説明はした。そんな部分は彼女が知るべき軍ではないし、自分が居なくなれば必然的におさまりを見せるだろう。

話をしたのは朱里さんは自分が居なくても平気だろうし、自分の醜さが民に受け入れられないだろうという話だけにした。

 

 

「月英さんだってずっと一緒に戦っていた仲間ですし、容姿なんて誰も気にしてないのに………」

 

「だからこそです、しっかりと初めからの仲間だろうが抜けさせる時は抜けさせれる。そんなしっかりとした軍にして行かなくてはいけません。容姿を気にする人間も民には多くいるでしょう、貴方は何万といる民の前に立たなくてはいけません、その道に私は影を差してしまいます。」

 

「でも………………」

 

「抜けたからとはいえ、貴女方との繋がりが切れる訳ではありません。軍という形の中にいたら私は邪魔になってしまうのでそこから出てひっそりと支えさせていただくという形になるだけです」

 

「……………わ、かりました。」

 

「では、そのように」

 

「最後にひとついいですか!」

 

 

こんな自分を少しでも引き留めようとしてくれるのは流石は仁の心を持つ方だと感心をする。

民から疎まれる原因になる一人を置いておく理由はない、それは理解しているのだろうが、こちらの屁理屈を返される要因はいくらでもあった。

それでもしつこく追求しないのはやはりこの方のいい所だろう。

呼び止められ、部屋を出る直前で振り返る。

 

 

「なんでしょう」

 

「このこと、朱里ちゃんには……?」

 

「もちろん」

 

「なら、それは良かったです。軍を抜けても頼りにさせては貰いますからね!!」

 

「はい、お力を尽くさせていただきます」

 

 

勿論言ってない。

彼女は何だかんだ優しくて、さらに頭がいいのでこんな適当な屁理屈ではすぐ様論破されてしまい軍から出ることを良しとしないだろう。

一応与えられていた部屋へと戻り、それっぽいことを書いた書き置きを記す。

それじゃあこれからは出来るだけ遠く離れた場所から見守っ「なんですか、これ」

 

書き置きを机の上に起き、夜中のうちに出るために色々と準備を整えているとそんな聞き覚えのある可愛い声が聞こえる。

 

 

「『とある事情より軍を抜けることに決めました。自分勝手ですが、どうぞお許しください。私は貴女のそばに居るには容姿は悪く、そしてもうそろそろ知識も足りなくなってくるでしょう。貴女の周りには北郷くんを始め他にも龐統殿や劉備殿などの知識や心そして武、全てに長けた素晴らしい方たちが大勢いらっしゃいます。私のようなものがいなかろうと貴女は充分やって行けるとそう判断しました。勿論私が軍を抜ける理由は貴女のことが理由だとそういう訳ではありません。一身上の都合といえばよろしいでしょうか、もうそろそろ年齢もいい歳なので親から縁談が進められております。武芸に秀でてない身でありますのでそちらの道を考えているだけです。私が居なくても貴女は十二分にやっていけますよ、免許皆伝です。貴女の元師匠 黄玉より』…ですか」

 

 

底冷えのする声で手紙を読まれる。

振り向くことすら出来ない。

彼女に、こんな声を出すことが出来るのか…?

別人だと言ってくれた方が、まだ理解出来たような気がする。

だがここ何年かで何回も何千回も何万回も聞いてきた声だ、間違えるはずもない。

 

 

「なんで元が付いてるんでしょうか、なんで荷造りをしているのでしょうか、なんで帰ろうとしてるのでしょうか、なんで私の前から居なくなろうとしているのでしょうか」

 

「………しゅ、りさん……?」

 

「はい、そうですよ?貴女の朱里です」

 

「なぜ、ここに?眠りに入ったのでは…?」

 

 

振り返ってみると目が格段に濁って、ハイライトというものがないと表現すれば良いだろうか、そんな彼女がそこに立っている。

もう、夜中も夜中。

しかも彼女が寝に入ったのはしっかりと確認してから行動まで起こしている。

私に気付かれずに部屋に入って書物を見るという行為は出来ないだろう。

 

 

「そんなの、簡単ですよ」

 

 

そういいながら彼女は愛用している羽扇を軽く仰ぐ。

すると彼女と同じ姿をした少女が突然現れて自分の部屋にあるベッドで寝始めた。

まぁ諸葛孔明はビームが出たりなど日常茶飯事らしい。

朱里さんは分身が使える、ということだろう。何ができてもおかしくはない。

 

 

「黄玉さんの質問に答えたので今度は私からの質問ですね?なにをしてたのですか?」

 

 

濁った眼差しを向けられる。

手紙を読まれた以上誤魔化すの無理だろう。

 

 

「身支度ですね」

 

「なんの?」

 

「この軍を出る身支度です」

 

 

そう答えると彼女の顔が苦痛に歪む。

珍しい表情だ、恥ずかしそうにしていたり緊張していたり笑っていたりする彼女のこんな顔を拝むことなんてなかなかなさそうだ。

 

 

「貴方に来た実家からの縁談の話は私がキャンセルしたのに……あなたの字であなたの口調であなたの書き方の癖で、私と結婚するので縁談に関しては問題ありませんとしっかりとお返事を出したのに……」

 

「あ、あの、朱里さん」

 

「………なんですか?」

 

「そういうことですので…もう私はこの軍には……」

 

「は?」

 

「いやですね、この軍にはもういることが出来な」

 

「許されると、お思いですか?そんなことが」

 

「ですが、貴女のこれからの旅路に私は必要ないです。私には分かります。」

 

「私にもわかりました」

 

 

優しい彼女はやはり引き止めてきたが理解も早いようだ。

それはそうだろう、彼女が一番自分の人生において私という人間がこれから先必要無いことをわかっているだろう。

それでも優しさから引き止めてくれるのは素晴らしいとおもう。

一声かけて扉へと手をかける。

 

 

「分かってくださいましたか、それでは」

 

 

一礼して外に出ようとすると見えない壁に阻まれてしまう。

 

 

「はい、貴方を外に出していた私が馬鹿でした」

 

「なっ、ど、どういうことですか!?朱里さん!理解してくれたのでは…!?」

 

「理解しましたよ、貴方が私の元から居なくなるということですよね?そんなこと、許されるわけないじゃないですか」

 

 

徐々に近づいてくる彼女から思わず後ずさるが後ろには見えない壁。

直ぐに動くことが出来なくなってしまう。

 

 

「黄玉さんに、教えこんであげますね……?」

 

「だめです、じぶん、なんかが…朱里さんのそばにいては……」

 

「それを決めるのは黄玉さんじゃありません、私です」

 

 

そういい、朱里さんが私の体に羽扇をかざす。

するとどういう理由か分からないが徐々に意識を奪われてしまう。

最後に見えたのは彼女の妖しく笑う姿だった。

 

 

諸葛亮には黄夫人とよばれる才女が彼を生涯支え続けたらしい。

だが、黄夫人の姿はとある時期を境に誰も見ることは出来ず存在を知っているのは諸葛亮本人だけだったと言われる。

 

 



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永遠に私の世界で(ウタ)



ネタバレしかないので注意









『エレジア』

 

音楽の都と呼ばれ栄え、偉大なる航路(グランドライン)の前半に位置する人口2~300人ほどの島である。

 

エレジアにてやたらと声が良い国王の息子として生まれた自分は、王子として何ら不自由のない日々を過ごしていた。

 

母親は自分を産んで直ぐに亡くなってしまい、使用人は居ると言っても男手ひとつで国をまとめながら自分の面倒を見てくれる父親には多大な感謝と尊敬の念を抱いている。

そのため将来的には少しでも父親への力になりたいなと子供心に感じながら、この音楽の都であるエレジアの王子として恥をかくことが無いようにピアノの練習や帝王学の勉強に囲まれた生活をしていた。

 

………まぁ、帝王学というには心優しく信念の強い国王なので、民のことや音楽のことを最優先に考える癖があるため帝王という言葉が似合わなすぎるがそれは置いておく。

 

あれよあれよという間に、10歳になっていた私はいつも通り勉強に囲まれた生活を送っていた。

だがこの世界のいつも通りの生活というのは、少し過激である。

 

というのも私が生を受けて物心も付き始めた頃、とある海賊の処刑が行われた。

それにより始まった多くの人間が海賊に憧れる、そんな大海賊時代では海賊による多くの町や村での略奪などの噂が後を絶たない。

将来的にはこのエレジアが標的にされる可能性も十分に秘めているように感じるが、どうやら私含めたエレジアの人間に武術の心得がある人材はいないようだ。

これでは来てしまったら一溜りもなさそうである。

 

音楽の都のため楽器や楽譜、技術としては何者にも変え難いようなものが多く存在しているものの、金銀財宝のような財宝が無いのが幸いしているようで、現在までエレジアが海賊の標的になったことは無い。

それに関してはとてもいい事でもあり悪いことでもあり、島民は海賊達への悪いイメージを抱いていない節がある。

その証拠にとある海賊がつい数日前に土地を訪れた際にはとてつもなく歓迎ムードで迎え入れた。

 

その海賊というのも赤髪のシャンクス率いる赤髪海賊団。

世の中では数億ベリーもの懸賞金がかかるほどの海賊らしいのだが、エレジアの民特有の世間知らずで呑気な音楽を愛する性質と赤髪海賊団の気さくで楽しそうな雰囲気がバッチリと合ったからか打ち解けるまでが猛スピードだった。

かく言う私は、国王の息子ということで訪ねてきた彼らが父親と会話する席に同席しながら言い知れぬ違和感のようなものを感じていた。

 

彼らのようにただのドラ息子である自分にも対等に扱い、強く気高い精神性などを感じている自らとしては心から気を許しているはずなのだが、頭の奥底で警鐘を鳴らす声が聞こえる。

喪失感のような、不安感のような、そのような言い知れぬ違和感を感じながら話を進めていく父親。

本題として、海賊団である彼らが財宝の無いこのエレジアを訪ねてきたのか。

その目的を聞いた際に違和感が確信に変わった。

 

曰く、赤髪のシャンクスには娘がいる。

曰く、娘は赤髪海賊団の音楽家を目指している。

曰く、彼女のために皆は音楽の都へと訪れた。

 

曰く、娘は、ウタと言うらしい。

 

名前を聞いた瞬間に、経験していないはずの記憶が頭を駆け巡る。

 

エレジアの城にある、島でも一番大きい音楽ホールで歌うウタと呼ばれる少女の姿。

エレジアを巨大なピエロ、のようなものが蹂躙する光景。

国王と少女を残し、島は滅亡。

そして少女は成長し、世界の歌姫としてエレジアにてライブを、、、

 

思い出した。

 

思い出したのはとある物語。

荒唐無稽な話だが、このエレジアが舞台となる映画。

エレジアが無くなるだけでなく、ウタとよばれる少女も息絶えてしまう救いのない結末。

そしてその映画には登場することの無い己。

 

それを思い出した所で脳みそがキャパシティをオーバーしたのか、驚くようなシャンクスと焦った表情をしている父親である国王ゴードンの顔を最後に目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると見覚えのある天井だった。

城の中にある自分自身の部屋で、眠っていたようだ。

目を覚ますと、使用人が驚いたような表情を向ける。

ゆっくりと体を置きあげると彼女がそのまま声をかけてくる。

 

 

「大丈夫でしたか、坊っちゃま」

 

「何故、ここに?」

 

「お話の途中で気絶してしまったようです、ここの所根を詰めていた様でしたし」

 

「そう、でしたか」

 

「お話されていた海賊の方々も心配されていましたよ、もちろんお父上も」

 

「申し訳ない」

 

「いえ、今日はゆっくりしろとの事です。もう夜も更けるところなので、おやすみなさい」

 

「ありがとうございます」

 

「いえ、失礼します」

 

 

そう声をかけると部屋から退室する彼女。

固い口調は父親のものが少し移ってしまった。

扉が閉まったと同時に深いため息が自分の口から漏れ出る。

 

取り敢えず頭にある情報をまとめよう。

 

まず、この国にあるトットムジカと呼ばれる曲をウタウタの実の能力者である人間が歌うと魔王が出てきてしまうという。

ここまではエレジアで生活していると噂で聞くこともあるおとぎ話の一種である。

 

映画では先程のウタという少女が、不幸にもエレジアに封印されていたトットムジカを歌ってしまい怪物が出現。

赤髪海賊団が応戦するも島は崩壊し、島民はゴードンを残して全員亡くなってしまう。

シャンクスはウタの将来を案じて赤髪海賊団のせいにしろと国王であるゴードンへ言伝を残し、ウタを置いて島を出てしまう。

ウタは赤髪海賊団に利用されていたという嘘を信じて海賊嫌いになり笑うことすら出来なくなりながらも、ゴードンに歌を教わり子供ながらに気を使いながらも生活をしていく。

 

10数年立ち、映像電伝虫によって世界中に彼女は歌を発信すると世界の歌姫として名を馳せるようになる。

ゴードンの世話や世界中のファンとの交流によって傷も癒えてきた頃に、拾った映像電伝虫によって島の崩壊が自らのせいだと知ってしまい海賊嫌いという歌姫としての自分と赤髪海賊団のことが好きな自分の板挟みになってしまい心の崩壊が近づいてしまう。

 

そしてエレジアでライブを行うことによってウタウタの実の能力でウタワールドと呼ばれる仮想世界に、歌を聴いた人間の魂を閉じ込める。

ウタワールドでは争いのない世界を作り出すという目的を、そしてシャンクスが再び自分に会いに来てくれることを望んで新時代を作る計画だった。

だがウタワールドはウタが寝てしまうと皆が解放されてしまうため、寝ずにそのまま命を絶つことで精神だけをウタワールドに閉じ込めるという悪魔のような手法を考えつく。

 

自らが死ぬことによって達成される計画を、ウタを死なせないために幼なじみであるルフィと父親であるシャンクスは阻止。

だがタイムリミットに間に合わずウタワールドに多くの人が取り残されてしまう。

ウタは最後の力を振りしぼり、歌の力によって助け出す。

だがその際に体力を使い切ってしまい、本人は亡くなってしまう。

 

 

「何度思い出しても救いのない物語だな……」

 

 

ある程度は映画の内容を思い出すことが出来た段階で独りごちる。

誰も防ぐことが出来ない、誰も悪くない物語。

ケジメをつけるためとはいえ、幼なじみや娘がなくなってしまった登場人物の喪失感は想像に変え難い。

そして何より……

 

 

「やっぱルウタなんだよなぁ……」

 

 

ルウタ。

主人公であるルフィとウタのカップリングである。

幼なじみであり、映画では12年振りの再開となった2人にも関わらず一目見てわかるほどの絆がある2人。

恋人としてでは無いかもしれないがお互い確実に強い想いで結ばれており、もしもこの事件が起きなかったらと少し考えてしまう。

そしてウタ自身が好きなタイプとして挙げた、ルフィを連想させる『ふだんは子どもっぽいけどいざというとき頼りになる人』というのも妄想をかきたてられてめちゃくちゃ良い。

めちゃくちゃルフィのことを意識しそうなウタと、恋愛に関して何も考えていなそうでしっかりウタのことが好きそうなルフィみたいなカップリングが正義過ぎる。

 

……映画に登場するはずのない自分がなぜこの場にいるのか。

それは分からないが、たとえ自分が今見ているのが夢でも、この惨劇を何とか回避してルウタをこの目で見ることが私の今ここにいる理由なのではないだろうか。

今日はゆっくり寝て明日からの惨劇回避に全力を注ごう。

 

考えもまとまり、再びベッドに体を横たわらせ目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

起床。

 

赤髪海賊団と父親には顔を見せに行くと心配そうな父親と、海賊団の頭領であるシャンクスだけしかいなかった。

船員の方達は昨日の夜に行っていただろう宴に参加し、終わったばかりなので今は眠っているのかもしれない。

ここに来るまでにも宴をした残骸のようなものが多々見受けられた。

父親は視界に入った瞬間に俺の元に駆け寄ってくる。

 

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「はい、心配させました」

 

「父親なんだから、心配くらいさせてくれ」

 

「よぉ、坊主。調子はどうだ?」

 

「すこぶる快調です、ありがとうございます」

 

「お前のような子供に敬語を使われるのはむず痒いな」

 

「癖なので」

 

「ガキは騒ぐのが仕事なんだが、まぁ大事なくて良かったな」

 

「ありがとうございます」

 

 

お礼の言葉を伝えると苦笑いをうかべ、俺の頭へ軽く手をポンポンと落とす。

子供らしくないのは重々承知しているつもりだが、どうしようも無い。

人前と1人だと性格が変わるのかと思うくらい口調が変わるのはだいぶ悪癖だが変えられるほど柔軟な性格をしていない。

 

 

「そうだ、紹介しておこう」

 

「はい?………!」

 

 

そう言うと彼の後ろから自分よりも年下の少女が後ろから顔を出す。

顔に見覚えがあり、少し驚いたが彼女が……。

 

 

「こんにちは!ウタだよー!!」

 

 

そう元気に挨拶して私の手を取る。

ちぎれるんじゃないかと言うほど握手した手をブンブンと振る。

右側が鮮やかなポピーレッド、左側は淡いピンクホワイトの髪色でツインテールをうさぎの耳のような形にとめているというなんとも特徴的な髪型の彼女がウタ。

初対面で年下である自分にも手を取って挨拶する辺り、無邪気で純粋な性格が伺える。

 

 

「ウタですね、こんにちは、ジェームズです」

 

「ジェームズ!よろしくね!」

 

「はい、よろし、いたいいたいいたい」

 

「あっ、ごめんごめん」

 

 

めちゃくちゃ我慢していたが、どんどん腕を振るスピードが上がったのでちぎれるのでは無いかと疑うほどだった。

腕が何個もあるように見えるほどのスピードだった、と腕を軽く動かしてちぎれていないことを確認する。

 

 

「それじゃあウタ、坊主に案内してもらえ」

 

「分かった!」

 

「えっ??」

 

「なんだその顔、嫌なのか?」

 

「いや、父上が案内するものだと思っていたので」

 

「それでもいいんだが、まぁ歳が近い方が楽だろう」

 

「そう、ですかね?」

 

「じゃあ、頼むぞ。ウタも、こいつのこと見てやってくれ」

 

「任せて!」

 

 

そう言うと父とシャンクスは部屋を出ていってしまった。

丸投げするって適当というか、度量があるというか。

倒れてしまったため、自分の面倒を見るようにウタへと頼んだ説もある。

 

だがこれに関してはめちゃくちゃ好都合じゃないか?

ウタに近づいてくるトットムジカの楽譜を防げば、災厄が起きなくてすむため何も無く彼らはフーシャ村というルフィの住んでる村へと帰ることが出来る。

そしたらウタが海賊嫌いになる要因もなくなり、心を閉ざし壊してしまうことも無くなるだろう。

そして私は風の便りで幼馴染とのイチャイチャでも聞けばいいという訳だ。

なんて完璧な計画なん「ジェームズ、早く行こーよ!」

 

「あ、あぁ、分かりました」

 

「ジェームズって長いね……ジムって呼ぶから!」

 

「呼びやすい呼び方でよろしいですよ」

 

「……ねぇ、なんで私にも敬語なの?もしかして年下?」

 

「なんというか癖なんですよね、10歳なので多分年上かと」

 

「なーんだ私の方がお姉さんかと思って期待したのになー」

 

 

いや、ちょ、推してるカップリングの片割れに年下といってもタメ口聞くのは恐れ多すぎる。

まぁ別に人で選んでいる訳ではなく、みんなに敬語だが。

 

取り敢えず楽譜からの警護のつもりで島を案内することにしよう。

 

 

「それでウタは赤髪海賊団の音楽家になるんでしたよね?」

 

「そう!私の歌でみんなを幸せにするの!」

 

「歌、なら楽器よりも歌を専門としてる方たちの元に行きましょうか」

 

「そんな人もいるの!?すごい!」

 

「伊達に音楽の都と呼ばれてる訳じゃないってことです」

 

「だてに?」

 

「あー、まぁ、格好つけてる訳じゃないみたいな意味です」

 

「へぇー!あっ、あっちには何があるの??」

 

「あっちには、ってもう走り出してる!?」

 

 

表情と髪型がコロコロと変わるので可愛らしいなと思っていたら、中々手の付けられない暴れん坊なのかもしれない。

頭を抱えながら、ウタの後ろを急いで追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

島の端から端までを走り尽くすのではないかと言うほど色々なものに興味津々なウタを押えながら案内するのは大変だった。

勝気で純粋、物事に興味を示したら止まらない。

原作では疲れ果てて眠るような様子も多く見受けられたが、この性格が原因だろう。

 

紙束のような物が彼女の近くにあるのを見つけたら直ぐに内容を確認をしてみたが、トットムジカの楽譜は見当たらない。

何をしているのかと笑われたので、紙のファンなのだというと露骨に引いた表情をしていて笑ってしまった。

映画では多くの人が彼女に楽譜を渡した際に、たまたま近くのソファーに落ちていた楽譜を拾い歌っていたはずなので今日の夜にパーティで彼女が行うホールでのコンサートが一番の鍵になりそうである。

 

それにしてもウタの歌唱力はやはり異次元レベルだとつくづく実感させられる。

行く先々で様々な歌を覚え歌う彼女だったが、元々楽譜を持っていた人間を驚愕させるほどの歌唱力で彼女の歌う先では必ずギャラリーが現れるようなレベルである。

花歌を歌っただけで動物が集まり始めたのには笑ってしまった。

 

実際ウタが今日だけではなくエレジアヘ訪れたてから数日間、様々なところで歌を歌った影響か、少ない島民ほとんど全員が彼女の存在を認知している。

私よりも人気かもしれないなと思い、少し笑ってしまった。

歌唱力だけではなく、カリスマ性のようなものまで発揮されているのが彼女の大きな特徴なのかもしれない。

 

案内を終わらせ、再びシャンクスとゴードンの元へ戻った際にはテンション高くウタの歌唱力に関して己も含めて多くの島民がベタ惚れしたことを話してしまった。

実際、その後ゴードンの前でも歌っていたが逸材を見つけたことに関していきいきとした表情を浮かべていたのが印象に残っていた。

 

今は夜も更け始めたので、今日の夜に行われるホールでのコンサートパーティの設営があるため少し休んでいてくれと海賊の方たちには伝えてせっせと準備していた。

私はその設営には駆り出されなかったため、自分の部屋に戻っていたのだがなんだかソワソワとして落ち着かないため廊下で涼んでいた。

これからのことに関して、私のやりたい事を考えていると廊下の曲がり角からウタの姿が見えた。

手を振るとこちらに近づいてくる。

 

 

「ジム!」

 

「ウタ、どうしました?」

 

「みんな忙しそうだから、暇そうなジムの面倒でも見てあげようかなーって」

 

「そうなんですね、それじゃあパーティーが始まるまでお話に付き合って貰えませんか?」

 

「する!私が今まで行った航海の話でもいい?」

 

「是非。私はエレジアから出たことがないので」

 

「えーっ、つまんないね」

 

「そうでも無いですよ、それで何処に行かれたんですか?」

 

 

そこからは色々と楽しそうに話すウタをニコニコと見つめていた。

如何に赤髪海賊団のことが好きか、如何に色んな場所に行っていたのか、深い絆で結ばれているのかを力説してくれる。

身振り手振りを交えながら話してくれるので臨場感もたっぷりだと褒めると嬉しそうに軽く照れているのが印象的だった。

 

 

「それで、今はフーシャ村ってとこに居てね」

 

「フーシャ村」

 

「そう!私の幼なじみで弟みたいな子もそこに居てね」

 

「そうなんですね」

 

「よく勝負をするんだけど、私がぜーんぶ勝ってるの!」

 

「ウタは強いんですね」

 

 

やはりルフィとは出会ってる。

彼女をどうにかしてフーシャ村へと送り届けなくてはいけない。

そんな気持ちが顔に少し出てたのか心配そうな顔で覗き込む彼女。

 

 

「大丈夫?ジム、なんか辛そうだよ?」

 

「大丈夫です、ありがとう」

 

「フーシャ村の話嫌だった?」

 

「いえ、行ってみたいんですけど大変そうだなと」

 

「んー、それじゃあ私が連れてってあげる!」

 

「楽しみにしてます」

 

「うん!!」

 

「それにしてもよく気づきましたね、私あんまり表情変わらないって言われるんですけど」

 

「えーっ、全然違うのにね。私ジムのことなら何でも分かっちゃうのかも!」

 

 

冗談を言い、ケラケラ笑いながら話す彼女。

感受性が豊かなのだろうか。

あんまり表情筋が動かないので誤解されがちな自分の表情変化がわかるのは素直にすごいと思う。

 

やはり、こんな良い子を死なせる訳にはいかない。

 

 

「お二人、話しているとこ申し訳ない」

 

「父上、如何なさいましたか?」

 

「パーティの準備にジェームズも行けないか?」

 

「分かりました」

 

「えーっ、まだ冒険の話全然終わってないのに!」

 

「続き、楽しみにしてますね」

 

「しょうがないなー、楽しみにしてて!」

 

 

そう返事すると跳ねるように用意された部屋へと戻ったウタ。

背中を見送りながら、父上に尋ねる。

 

 

「父上」

 

「どうした」

 

「シャンクスさんに、ウタを残すことが出来ないかと話しましたか?」

 

「話したが、何故それをジェームズが?」

 

「いえ、彼女の才は惜しいと感じましたので」

 

「やはり、お前も思ったか」

 

 

ウタがシャンクスの元へ戻ったということは、シャンクスがウタに船を降りてここに留まっても良い旨を伝えたものの、ウタは「自分は赤髪海賊団の音楽家だ」と降船を拒否するというシーンが今現在進行形で行われているのだろう。

めちゃくちゃ見に行きたいが、パーティ会場の設営を行えばトットムジカの楽譜を今のうちに回収できる可能性もわずかだが考えられる。

 

そんな淡い期待に胸を膨らませながら設営の手伝いをしたがそれらしきものは見当たらないままパーティは開始してしまった。

食事もそこそこに、ウタのライブが始まった。

昼間のウタがあちこちでリサイタルを行っていた評判を聞きつけた人達が歌って欲しい楽譜を持ち、和のようにして歌を囲んでいるのをかき分けながら、ウタへと近づく。

 

 

「ウタ、大人気ですね」

 

「あっ、ジム!いい所に」

 

「?」

 

「歌うための伴奏とかお願いしていい?ピアノ出来るって聞いて」

 

「もちろん」

 

 

伴奏者としてウタの近くにいれば、楽譜の同行も確認することが出来るだろうか。

二つ返事で了承してピアノの前に座る。

 

そこからはウタのためだけのステージだった。

昼にも歌唱力を披露したと思っていたが、本気で歌うと疲れ果てて眠ってしまう性質からか無意識に手加減していたのかもしれない。

昼に聞いた歌声とはまるで声から変わったかのように綺麗な歌声へと変化してホールどころか島全体に聞こえる歌声を奏でている。

 

ウタウタの実の能力を使用する際に利用するマイクも現在出ていないということは持ち前の歌唱力でこの美声。

惚れ惚れするという言葉ではチープに感じさせるほど、心からのめり込んでしまうような歌声だった。

 

ピアノの演奏も何とかついて行くが、ウタが渡される楽譜の数はどんどん増えていくと共に私の前にも大量の楽譜が積まれていく。

初めはウタも次にどの曲を歌うのか、などをこちらにアピールしてくれていたが、彼女は歌と次々に来る楽譜へ心から楽しみ、のめり込んで少しずつこちらに目線を向けることが少なくなっていた。

彼女が歌い始めたのを聞いてから、曲を理解し伴奏を開始するので精一杯だったのだがまるで知らない曲がウタの口から奏でられる。

 

この国の歌で私の知らない歌などはひとつもないはずなので、彼女のオリジナルだろうかと考えたもののウタの持つ古ぼけた楽譜を見て顔が蒼白に染まる。

 

 

「ウタ!!!」

 

 

 

 

 

目が覚める。

気絶してばかりだなと、呑気なことを考えたものの気絶する直前の出来事を思い出す。

彼女の手に握られていたトットムジカ。

止めることも出来ず魔王は降臨してしまった。

彼女の出した化け物に近づこうとしたところ、ゴードンに首根っこを掴まれて部屋から急いで逃げだした。

 

ゴードンに連れられトットムジカが封印されていたはずの地下へ逃げた私だったが、そこで瓦礫の崩壊に巻き込まれてしまったのだ。

 

………それでは何故、生きている?

嫌な予感に苛まれながら、何とか今いる場所から這い出ようとすると、自分に乗っかっている物から呻き声が聞こえる。

物、ではない。

感触としてはヒト、である。

それはもしかして、自らを瓦礫から守った父親ではないか?

急いで抜け出して父親の腕を引っ張り助け出そうとするものの、力が足りず上手くいかない。

 

まずいまずいまずいまずい。

彼は映画の中でも重要なキャラクター、そして何より私の育ての親だ。

そんな彼が私を庇って死んでしまったら、わたしは。

 

 

「ジェームズ」

 

「しゃ、喋らないで下さい!!血が……」

 

「いや、いい。もう」

 

「諦め、られません…!」

 

 

少しの希望でもあるのならば諦められない。

ここで妥協してしまったら、私は死んでも死にきれない。

この夢のような生は、欲望のままに生きるのだ。

彼女を救い、ルフィとくっつくのを見守るだけでなく、家族一人も死なせてたまるものか。

 

 

「よく聞け、最後の言葉だ」

 

「聞きたくありません!!」

 

「聞くんだ!ジェームズ!」

 

 

へなへな、と座り込んでしまう。

覚悟の決まっている父親の顔を見る。

手が、震える。

 

 

「音楽の都、エレジアは崩壊してしまうかもしれない!だが、お前だけは助かって欲しい!これは島民の総意だ」

 

「……。」

 

「だから生きてくれ。使命など考えるな。お前が、幸せに生きてくれ」

 

「分かりました。誓います、必ず、かならず」

 

「それならば、走れ。私の情けない姿を見るのでは無い」

 

「情けなくなど、ありません………父上。」

 

「あぁ」

 

「ありがとうございました。」

 

 

そう震える腕をつき、座礼を行う。

そして顔を見ないようにして、振り返り地下へと走り出した。

顔を見たら、私は、父を抱きしめて一緒にここで命を絶つかもしれないと直感で感じてしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

上での揺れが収まったのを感じた。

急いで地上へと向かう。

辺り一面は建物が崩れ火の海となってしまっている。

かつて人であったであろうモノが辺りに散乱しているが、もう人間だったとは分からないほどに原型を留めていない。

 

一人でも生存者が居ないだろうかとさまよっていると、赤髪海賊団であろう集団がいた。

私の姿を見ると驚いたように近づいてくる。

 

 

「ウタは、ウタは大丈夫でしたか?」

 

「あぁ、眠ってしまったから城においてきた」

 

「そうなんですね、良かった」

 

 

惨劇は彼女が疲れ果てて眠ってしまうことで終わったようだ。

赤髪海賊団の方々も満身創痍と言った感じで、無事では無さそうだ。

 

 

「だがすまん、お前以外生き残ってるやつはいないようだ」

 

「いえ、ありがとうございました。エレジアのために……」

 

「父親はどうした?」

 

「私を庇って……」

 

「そうか」

 

 

これで本当に私以外に生存者が居ないのが確定してしまった。

辛い気持ちを抑えて言葉を紡ぐ。

海の向こうに海軍の船が見えている。

赤髪海賊団の方はすぐにでも島を出ないと捕まってしまうだろう、簡単に捕まる彼らではないだろうが。

 

 

「すみません、この件は私のせいだと報告させていただきます。あなた方は急いで逃げてください」

 

「……いや、ウタはここに置いていく」

 

「何故ですか!?」

 

 

これでは原作と同じ流れになってしまう。

どうにか説得して連れて帰ってもらいたい。

 

 

「ウタにこの事実を伝えるのは酷だろう」

 

「それでも、あなた方と別れるよりは」

 

「あいつの歌は宝だ、海賊である俺たちが独り占めしていいものではないだろう」

 

「そんなことありません!彼女はあなた方のために歌うからこそ輝いていたのです」

 

「……それにお前を一人にする訳にはいかない、まだ子供だろう」

 

「私はどうとでも、なります。いえ、してみせます」

 

「お前のような餓鬼が、何を言う」

 

「ですが……」

 

「この惨状は赤髪海賊団の仕業だと伝えてくれ」

 

「それこそ、できるわけ!!」

 

「俺の意思は変わらない、お前がなんと言おうとウタはここに置いていく」

 

 

目を合わせてそう言われる。

覚悟を決めた目だ。

海賊団の他の方々に視線を向けても、みな同じ表情をしている。

彼らだって娘であるウタと別れることは苦渋の決断だろう。

私のことなんぞまで考えてくれる彼らの優しく強い決断を、覆すだけの言葉を言えるのか?

そんなことを悩む間にも海軍の船がどんどん近づいている。

 

それならば、今取れる最前の策を打つ。

 

 

「それならば、一つ条件をお願いしても良いですか?」

 

「あぁ」

 

「彼女が20歳になる誕生日、再びエレジアに訪れてください。それまでに世界一の歌姫になった彼女には真実を伝え、貴方の元へ戻るように説得してみせます」

 

「どうしてそこまでするんだ?」

 

「私は先程父親を失い、この子にも同じ思いをして欲しくないと心から感じました。ウタの心が強くなればまた貴方達家族の元に戻れるでしょう?」

 

「……分かった」

 

「ありがとうございます」

 

「だが、こちらも条件を付けさせてもらおう」

 

「なんでもやってみせます」

 

「ウタを、頼んだ」

 

 

一言、そういうと彼らが自らの船へと戻ろうとする。

その後ろ姿に向かって私は叫ぶ。

 

 

「はい!!貴方達が再び会う彼女は世界一の歌姫として名を馳せた姿であることを誓います!!!」

 

 

誰一人として振り返らない。

その後ろ姿は、先程の私の姿と重なるような気がして少し心が傷んだ。

 

原作開始前に、ウタに真実を伝えることによって海賊嫌いの歌姫である彼女と、海賊に憧れていた純新無垢な少女であった2つの精神に板挟みになる必要も無い。

受け入れるのは厳しいかもしれないが、少しでも彼女の生き残る可能性を増やすためだ。

 

赤髪海賊団の船が出航していくのを見送っていると、ウタの目が覚めたようで周りの状況に不安がりながら私に声をかけてきた。

 

 

「ジム、これ……」

 

「ウタ、赤髪海賊団があなたが眠った後に……島を攻撃して財宝を……」

 

 

そう話して、彼らの船へ指を指す。

演技が上手くは無いので、騙し切れるか自信が無い。

だが彼らを貶しウタを騙すという、やりたくない事のオンパレードを口に出していることで声が震え信ぴょう性が増しているように感じる。

ウタも既に出航した船が視界に入ったのか、走って船を追いかけ始めた。

後ろを走って追いかけ、なんとか止める。

このままだと泳げないのに海に飛び込んでしまいそうな勢いだ。

 

 

「嘘!シャンクス!私も!!私も連れてってよ!!」

 

「落ち着いてください!ウタ!シャンクスは、君を利用していたんです!!」

 

「!!!」

 

「君を口実にエレジアへ来たのだと……笑いながら去る彼らが話していました」

 

「嘘嘘嘘嘘!!!そんなの嘘!!ねぇ!!!」

 

 

そこから泣きながら暴れる彼女を必死に抑えるのに精一杯で、疲れ果てて動けなくなってしまうまでなんとか彼女を抱きしめながら慰めていた。

このような結末が見えていたものの、いざ目の当たりにすると自らの力不足のせいでこのような現状になってしまったのをまざまざと見せつけられているような気がして恨みたいほどだった。

 

彼女をおぶって、城へと戻る。

うわ言のように、赤髪海賊団のメンバーの名前を呟く彼女の声に出来るだけ反応しないようにゆっくりと歩き出した。

 

すごく悪役になった気分だ。

 

 

 

 

 

 

 

そこからは忙しかった。

ウタワールドにて亡くなった人間も多かったようだがそちらはウタが認識しなければ遺体は消えてしまう。だが現実世界での遺体はそんな簡単に消えるものじゃない。

毎日ウタに音楽の勉強として自らの知識を教えたり、息抜きに遊んだり美味しいご飯を食べたりと昼間は彼女に付きっきりで過ごして、夜はそういったあの惨劇の後始末を行う。

建物は直せないが、自然の軽い復旧や遺体などの処理は1年かけて何とか元に戻すことが出来た。

年月が経てば建物の劣化は進むかもしれないが、動物や植物などの生態系は元通りに近づくだろう。

 

トットムジカの楽譜は捨てなかった。

もちろん廃棄や焼却することに関して考えなかった訳では無い。

だが、もしも自分の力が足りず彼女が映画の計画を遂行した際、トットムジカが無ければウタワールドからの脱出は見込めない。

ゴードンのような音楽好きの理由では無いが、デメリットが大きく、もしかしたらウタの力になってくれる可能性もあるので保留した。

 

お金に関しては、城の地下に無事なものが多く残っていたので生活に不自由することはなかった。

だが彼女をあまり他人と関わらせない方がいいのかもしれないと感じ行商の人間とのやり取りを夜中に行うようにしていた。

もう少し心が回復したら、多くの人と関わってもらってもいいだろう。

それと新聞だけは取る事によって、今は何月何日かという事と世界ではどのような出来事が起きているのかを把握するようにしていた。

 

ウタは外の出来事に興味が無いのか新聞を読むのを面倒がっているのかは分からないが、新聞を読んでいても近づいてくることがなかったし、私が行商の人間と関わっているのも知っていて何も言わなかったようだ。

原作でも余り世界情勢は知らなかったようだし、子供なので余り新聞のように文字の多いものを読みたくないのは道理である。

 

それから彼女は事態を受けいれたかのように明るく振舞っていたものの、目に見えて痩せ我慢だとわかった。

夜になると彼女の部屋からは寂しそうな歌が聞こえてきるのを聴きながら、やらなきゃ行けないことを片付けるのが日課になりつつもある。

 

それから私たちは1度だけ喧嘩をした。

エレジアの崩壊から数年あったある日、大喧嘩が起きた。

数年も忙しさに来るような生活を送っていたからか強がっているウタを見るのがあまりに苦しく、辛いのに平気なフリをするなということを彼女に言ってしまったことがある。

映画でのゴードンは12年もの間彼女に対し献身的な愛を捧げてきたのが衝撃的で、自分には耐えられなかった。

 

その言葉を受けて彼女も私に言いたいことがあったようで、泣いている彼女が私を責めた。

腫れ物を扱うような態度をとるジムも悪いとか、どこか距離を感じるとか、そっちこそ子供の癖に父親面しないでくれと。

色々な事を言われて申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 

確かに、気を使いすぎた節はある。

ゴードンは歳も取っていたし、子供の扱いになれていたから映画ではウタと適切な距離感を保てて居たのかもしれないが自分は歳も近いし下手に気を使うと見栄を張っているように見えただろう。

彼女の目には自分の事が痛々しく映っていたに違いない。

 

泣いているウタを抱き締めながら、背中をさすり謝る。

彼女のことを託されたあまり、本当の彼女を見ることをしていなかったのかもしれない。

2人の少年少女がお互いを抱きしめながら涙を流す光景は、もし第三者がいたら異様な光景に映っていたことだろう。

 

ある程度お互い言いたいことを言えたあと、ギスギスするどころか距離感がさらに近づいたのは不幸中の幸いだったのだろうか。

多分彼女は距離を中途半端にとる私に不安感を抱いていたのだろう。

また居場所がなくなってしまったらどうしようか、などと感じていたのかもしれない。

 

それでいて私は赤髪海賊団の元にウタが戻れるのだと考えていたからおざなりになっていたのかもしれない。

彼女の第2の故郷として感じて貰えるように家族として振る舞えるようになりたいと、私の心も変わっていった気がする。

当初の目的であるルウタを遠くから見るというのは変わらないが。

 

昼間に私の音楽授業を受けた後に、彼女は今まで行っていなかった島探索までを日課にし始めた。

私とほとんど一緒にいたのが嘘みたいに、離れて行動することが多くなったのが嬉しくもあり寂しくもあった。

 

次第に目の光も輝きを失っていたのが回復し始めた。

夜は自然と2人で今日あった出来事を話すようになった。

そのため私の仕事も昼間に行うようになり、夜は共に眠る。

なんだかんだ彼女も夜は心細かったのかもしれない。

あの出来事も夜に起きているため、当然と言えば当然だが。

 

私よりも遅く寝て、私より早く寝る彼女の寝顔を見たことないのは少し違和感を感じるが大して気にすることでもないだろう。

こんな毎日を私は、何者にも変え難い時間だと認識していた。

願わくばこんな日々が続けばいいなと思い、眠りにつく。そんな生活が続いていた。

 

 

「ねぇ、ジム」

 

「どうしました?」

 

「ジムはいなくなっちゃダメだよ?」

 

「……どうしたんですか?いきなり」

 

「……ううん、なんでもない。おやすみ」

 

「おやすみなさい」

 

「…………」

 

「大丈夫。私はウタが嫌って言うまでは傍にいますよ」

 

「…………ありがとう」

 

 

そう言って彼女の頭に手を置き、軽くポンポンと撫でて目を閉じる。

きっと大人になって真実を知ったら、私の元から離れるだろう。

私はウタを10数年にかけて騙すことになるのだから。

幻滅して、シャンクスたちの元へ戻り幸せに暮らしてくれる。

それが彼女たちにとっての最善である。

そう信じてる、心の奥が少し痛くなったが気にしないように直ぐに眠りについた。

 

 

「私ジムのことなら何でも分かっちゃうんだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

ウタが18歳になった。

歌姫として相応しいほどの腕前になったため、人と関わる事も増やすべきかもしれない。

いや、何年も前から歌姫としてふさわしい歌だった。

だが活動の開始と共に真実を伝える想定なら、若い彼女には耐えられないだろう。

ひよってしまった自分の落ち度である。

 

デビューのために何匹か調達してお世話をしていた、映像を録画することの出来る映像電伝虫をウタに誕生日プレゼントとして送る予定だ。

だが、映画ででてきた新種のプロジェクターのような電伝虫は見つけることが出来なかった。

あれがあれば生のライブを多くの人間に見せることが出来る。

少し残念に思いながら、誕生日のお祝いをする準備を進める

 

だが、お祝いした後に水を差してしまうかもしれないが彼女には真実を伝えるべきだろう。

このまま行くと映画と同じ顛末を辿ってしまう。

彼女が海賊嫌いの歌姫として名を馳せる前に海賊嫌いな点を少しでも減らしておけばあのような計画を企てることも無くなる。

 

エレジアでのライブは「海賊に苦しめられているファンを助ける」「シャンクスと再会する」という2つの目的を叶えるためのものだ。

忙しい彼らが本当にエレジアへと来れるかは分からないが再会は20歳に約束を取り付けた。

海賊へのネガティブイメージを少しでも減らせれば未来も変わるかもしれない。

 

 

「ジムー、ケーキそろそろ焼けるよ!」

 

「なら、飾り付けの準備しましょうか」

 

「うん!〜♫」

 

 

鼻歌を歌いながらケーキの準備をするウタ。

もう原作と遜色ない姿になったのに距離感が彼女に、1歳差の自分としてはドキドキすることもあるが家族として接しているのでそんなものなのだろうと毎回心を落ち着かせる。

彼女は人との関わりというのが私とのものしかなかったから、異性という認識がないのだろう。

 

ルウタをこの目で見るのが目的なので、自分が彼女を異性として見るのはちょっと解釈違いがすぎるんだが?

でも、こんな可愛い子がこの距離感で接してくるのは健全な19歳の男性としてキツすぎる……。

 

そんなことを考えているとニヤニヤしたウタがこっちを見ている

 

 

「どうかしましたか、ウタ?」

 

「べっつにー?」

 

「……なんか、含みのある顔ですね」

 

「なーんか、面白いこと考えてそうな顔だなーって」

 

「そうですか?」

 

 

近くにある鏡を使って自らの顔を確認する。

……いつも通りのポーカーフェイスだ。

少し笑ってみたが、鏡の中の表情は変わらない。

横から少しジト目のウタが声をかけてくる。

 

 

「何鏡を見ながらニヤニヤ笑ってるの?」

 

「いえ、表情が昔より変わらなくなってしまったなと」

 

「ふふん、でも私はジムのことならなんでも分かるからね!」

 

「流石ですね」

 

 

最近の口癖のようにそう言うウタ。

ルフィにもよく「負け惜しみー」と言っていたように、気に入ったフレーズは何度も繰り返すのが好きなのだろう。

 

 

「後でブレゼントと、少し話があります」

 

「……トットムジカの話?」

 

 

楽しそうな雰囲気が一転、神妙な顔で返事をする彼女。

……何故、トットムジカを彼女が知っている?

頭が真っ白になる。

 

 

「なんで知ってるの?って顔だね」

 

「そりゃあまぁ……」

 

「ご飯食べたら教えてあげる」

 

 

そう言って再び鼻歌を歌いながら、料理を始める彼女。

何も話しかけることが出来ない自分を他所に、彼女は元に戻ったように話しかけてきたので心の強さを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、これが私からのプレゼントです」

 

「ありがとう!なにこれ?開けていいの?」

 

「はい」

 

「んー、あっ、これって」

 

「電伝虫です、やはり世界中の方達へウタの素晴らしい歌声を披露したいかなと思い用意しました」

 

「ほんと!?やったー!!」

 

 

彼女の部屋でプレゼントを渡す。

嬉しそうに笑う彼女に私も顔が綻ぶ。

相も変わらず表情は変わっていないのだろうが。

 

 

「これで、ウタが多くの人に知られるのは誇らしくもあり少し寂しいですね」

 

「もしかして、やきもち?」

 

「そうかもしれません」

 

「大丈夫!私はジムの傍から居なくなったりしないから」

 

「それは難しいんじゃないですか?」

 

「……なんで?」

 

 

少し、暗い雰囲気が彼女を包む。

なにかおかしい事でも言っただろうか?

 

 

「ライブとかもやるでしょうし、ウタが誰かと島から出る可能性だって」

 

「ライブはジムも来るでしょ?ジムを置いて島を出るなんて、そんなの無いから」

 

「無いことも無いでしょうに」

 

「その時は一緒にね?」

 

「いや……」

 

「ね?」

 

「はい」

 

 

有無を言わさない目に頷くしかない。

まぁ、数年後に兄離れもしているだろう。

 

 

「それでプレゼントと話って言ってたよね?」

 

「それなんですけど、ウタはトットムジカを知ってるんですよね?」

 

「まぁね、この電伝虫で映像を見ちゃったんだ」

 

 

彼女が、部屋の棚から1匹の電伝虫を取って私に渡す。

映画でも彼女が電伝虫を拾った描写はあった。

だが歌姫としてデビューしてからだったため、まだ拾うことはないと考えていたが何かが作用して先に拾ってしまったのかもしれない。

……自分が探した時には見当たらなかったのに、彼女がたまたま拾うのはなんらかの作為的なものを感じる。

 

 

「あの日、シャンクスは私を裏切って島を出たんじゃなくて、私が島の人たちを殺したのを自らのせいにして島を出た。違うところはある?」

 

「ウタが殺したなんて……」

 

「ううん、この罪は私が背負わなきゃいけないの」

 

「………」

 

「見てすぐの時はすごいショックだったし、シャンクス達が迎えに来てくれないのも悔しいし、貴方に騙されていたのも悲しかった」

 

「………」

 

「でも、貴方は10年も私のことを第一に考えてたし、シャンクス達も私のことを想っているのが分かった。だから、自分の罪は理解して受け入れたし貴方たちに当たるのも止めた」

 

 

何も言えない。

ただ、想像以上に彼女は受け入れているようだ。

歌姫としての活動をしていないのが功を奏したのだろうか。

心の強さが自らには及ばないほどだなと感嘆した。

 

 

「それで、話ってそれだけ?」

 

「いえ、あともうひとつ」

 

「……?」

 

「今から二年後、赤髪海賊団の方たちが再びエレジアに訪れます」

 

「えっ、シャンクス達が?なんで?」

 

「あの日、20歳になったウタに会いに来るよう約束をして頂きました」

 

「そうなんだ、また会える……」

 

「えぇ、ウタは今まで赤髪海賊団の皆さんを恨んでいたのかもしれないですし、そうでは無いかもしれません。私には分かりませんが、言いたいことはその時にお話されたらいいかと」

 

「うん、ありがと」

 

「赤髪海賊団の音楽家として、戻ることができると良いですね」

 

「うん!その時はジムも船に乗せてもらおうね」

 

「いえ、私は大丈夫ですよ。エレジアに残ります」

 

「え?」

 

 

今日で一番驚いた表情を浮かべている。

いやいや、戦闘能力もない自分が赤髪海賊団の一員になれるはずがないだろうに。

 

 

「私が島を出たらジムも着いてくるってさっき言ったじゃん」

 

「いえ、それは」

 

「シャンクスは私が説得してあげるから!」

 

「ですから」

 

「……嫌って言うまで離れないんじゃないの?」

 

「んぐっ」

 

「嘘ついたんだ」

 

「嘘というか、戦えない私を海賊団の方が受け入れるとは……」

 

「じゃあ分かった」

 

「??」

 

 

そう言うと大きく息を吸い込む彼女。

何をするのかと思ったら歌い始める。

何故こんなに唐突に歌い始めたのかと思ったが、ある程度歌ったら彼女は何かを探しているようだ。

 

 

「ウタ?何してるんですか?」

 

「んー、ロープ探してるー」

 

「ロープ?」

 

「あっ、あったー!」

 

 

あった、と言うが彼女の手には何も握られていない。

無性にある、嫌な予感。

それを他所に彼女はロープを何かに巻いているようだった。

だがロープも何に巻いてるのかも私には見えない。

ここでは何もしてないように見えても、ウタは何かをしているとしたら。

 

 

「今ここって……」

 

「そう、ジムがいるのはウタワールド」

 

「ロープで何を結んでるんですか!?もしかして」

 

「ジムを私の腕と結んだの、こんな感じに」

 

 

そう言うとウタウタの実の能力か、彼女の腕と私の腕が綺麗な紐で結ばれる。

現実でもこうなっているのだろうと思うとつい、紐を結ばれてない方の手でさすってしまう。

 

 

「な、何でそんなこと」

 

「死んでからも一緒にいたいから」

 

「えっ、死ぬ?誰が……」

 

「ジムが私と一緒に居られないなんて変な事言うから」

 

「ですからそれは」

 

「でも大丈夫!!」

 

「?」

 

「ジムがウタワールドにいる時に私が死んだら、ここは私とジムだけの世界になるってことだからね」

 

 

本気の目をしてニコニコしながら私にそう語りかける。

映画の終盤で彼女がみせたくらい瞳。

それを間近で見せられると、とてつもない威圧感を感じる。

 

逃げ出そうにも、ウタワールドで私が彼女から逃げられる気がしない。

映画ではシャンブルズで逃げていたが、特殊な能力のない私には無理だ。

 

……取り敢えず彼女が死ぬのは避けたい。

あと2年のうちに説得を重ねるとして、どうにか自死の方向からは遠ざけなくては。

 

 

「2人ともウタワールドで老いることも無く、幸せに暮らせるんだよ?肉体も結んだからずーっと一緒!」

 

「やめてください!わかりました!!一緒に、これからもずっと一緒にいます。なので死ぬなんて言わないでください!」

 

「ほんと?」

 

「本当です」

 

「でも、駄目!」

 

「……っ!!」

 

「だって、嘘でしょ?私に死んで欲しくないって言うの以外」

 

「なん、なんで」

 

「ずーっと言ってたじゃん!私はジムのことならなーんでも分かっちゃうの!」

 

「待っ」

 

「これからも一生一緒にいようね?」

 

 






幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。




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飄々としたやつほど……(チリ)



後書きがやりたかっただけ




ポケモンと呼ばれる生命体が人間と共に共存している世界。

そんな世界のジョウト地方と呼ばれる場所で生まれた俺ことコハクだったが、一軒隣の家で同じ日に生まれた女の子がいた。

 

その子が、現在パルデア地方で八面六臂の活躍をしているチリという女性の若かりし頃である。

家が隣ということもあり物心がついた瞬間にチリは俺の隣にいたし、彼女からしても全く同じ気持ちだろう。

少し凶暴な野生ポケモンとも遭遇するような2人でのちょっとした冒険、甘味が好きな俺のためにわざわざエンジュシティまで行って和菓子を買ってくれたり、そんなチリのために頑張って勉強してご飯を作ってあげたり。

語り尽くすとキリがないほど、お互いのために行動していたし共に過ごしていた。

失敗して怒られたことも多かったが2人はすくすくと育っていったのだ。

 

楽しい生活を送っていた俺たちだったが、この世界では10歳になったら成人であり、旅に出ることになった。

多くの友達がチャンピオンを目指して町をとび出て行ったが、なれてもエリートトレーナーやジムトレーナーが関の山でありチャンピオンになれるような人間は1人としていなかった。

 

そんな周りの人達を見ていたことやバトルが好きでないことがあり、個人的にはポケモントレーナーとして地方でいちばん強いチャンピオンを目指すよりもブリーダーや育て屋のようにポケモンを成長させる人間へ憧れが強かった。

色々と考えた結果、近くにあったコガネシティ付近の育て屋に弟子入りをしようとする計画を当時、俺は考えていたのだ。

そのことを両親に話したら、息子が旅に出ることに多少は不安感を抱いていたのか歓迎されたので本格的に話が進見始めた最中。

そんな中で一つだけ重大な問題が発生した。

 

チリが何故か旅に出ることにぐずり始めたのだ。

 

彼女は根っからのトレーナー基質であり、二人で通ってたキキョウシティのトレーナーズスクールで生徒同士の大会が行われた際にはぶっちぎりで優勝していたり、お墨付きとして賞状のようなものを貰ってたほどである。

ちなみに俺は一回戦負け。

その試合も相性がいいポケモンで挑んだにも関わらず容赦なくボコボコにされた。

そんな彼女が、「コハクが一緒に行かんならチリちゃんも行かん!」と言ったもんだから彼女の両親は私の両親に相談をしたらしい。

 

結局のところついて行くことにした。

彼女の親から我儘言わない娘が初めて言った我儘だと言われたら断りづらいし、子供心にチリと離れたくないのも個人的な感情だった。

今までも隣にいた人間と一緒にいれないのが寂しかったのだ。

 

俺はトレーナーズスクール近くに迷い込んでしまったのを世話しているうちに懐いて自分から捕まえられに来たメリープを連れて、彼女は親戚がいるというパルデア地方から送られてきた茶色いウパーを相棒として旅に出る。

コガネジムから始まり着々とジム勝負に勝ち上がっていく彼女を尻目に、私は中々ジムバトルに勝てずにいた。

負けて傷ついたレモンと名のつけたメリープをポケモンセンターに運ぶたびに情けない感情でいっぱいになった俺は、なんとかたどり着いた三つ目のジムで彼女と旅路を別れることにした。

 

チリがジムをクリアしてからも、俺がジムをクリアするまでは次のジムに挑むことをしなかったのもとてつもなく申し訳なかったし、自分がジムに挑戦することでレモンやチリへ迷惑をかけているのだと思っていた。

勿論俺に対して責めるような感情を二人とも、いや一人と一匹が考えていないと今になっては思うが子供の自分には辛かったのだ。

負けて悔しそうで申し訳なさそうなレモンの顔と、周りから比較されていることと、無条件に応援してくれる大好きな幼馴染が。

 

決心した私は次の日には荷物をまとめて来た道を引き返していた。

メモ書きにやっぱりブリーダーをめざすということと、コガネシティ近くの育て屋で力を磨くという当初の方法ではなく様々な知識をつけるために別ルートで旅をすることを記しておく。

元の居場所に戻ったらチリまで戻ってきてしまう気がしたし、事実次の日にはポケギアで自宅から着信がありチリちゃんが泣きながら帰ってきたと連絡までされた。

居場所を聞かれても答えず、僕がいなくてもチリなら大丈夫だからという言葉の一点張りでなんとか乗り切りつつ旅は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

レモンがメリープではなくモココに進化した今現在。

とはいってもバトルの苦手な俺はピクニックでカレーやサンドウィッチを作って振舞ったり、体を綺麗に洗ったりブラッシングしたり、落ちていたふしぎなアメを使ったりしてレベルを上げていたので数年は経過していた。

 

最初の数カ月はチリから電話が鳴り止まなかったが、最近はめっきり減ってきた。

彼女も忙しいだろうし、もう何年も会っていないので忘れたのかもしれない。

そんな時ジョウト地方ではなくパルデア地方で、再びチリの姿を目にした。

 

大人っぽくなった彼女だったが、声をかけることができずに少し目を伏せながら横を素通りしてしまった。

なんせ、彼女はパルデアでのジムチャレンジに挑戦してチャンピオンになることはできなかったものの四天王を追い詰めたと評判になっていたと注目の的だった。

 

俺も少し成長したし姿も変わったのでバレないはず。

そして彼女はさらにポケモンバトルの実力が強くなって仲のいい友人に囲まれているだろうと思って、彼女から逃げた卑怯者の俺のことなぞ覚えてもいないはずと適当に考える。

 

 

「でも、元気そうで良かったな……」

 

 

そうボソリと呟いたら、肩を叩かれる。

誰だろうと思いながら振り返るとにこっと笑ったチリの顔が目の前にあった。

 

 

「!?!?!?」

 

「これ、落としたんとちゃいます?」

 

 

彼女の手に握られてるのは財布とポケモンボール。

後ろのポケットに入れていたはずの財布とベルトに着いていたレモンの入ってるボールが確かに無くなっていた。

落とした音も聞こえずにいたのでまるで気づかなかった。

 

 

「ありがとうございます」

 

「いやいや、困った時はお互い様やから」

 

 

そう言って手をヒラヒラと振る彼女。

心做しか機嫌も良さそうな彼女に心から安堵する。

ちなみに俺のしゃべり方は今までカントーやガラル、パルデアにも少し近いカロスなどを旅するうちに標準語を身につけた。

絶え間のない努力、という程では無いがまぁなんとなくである。

 

 

「何かお礼をしたいくらいなんですけど、今お渡しできるものがなくて、お金なら……」

 

「あー、ええよええよそんくらい。いまずーーっと探してたものを見っけて機嫌ええから」

 

「でも……」

 

「ならきみの名前、教えて貰っていい?」

 

「っ、あ」

 

「あ?」

 

「アンバー、です」

 

「アンバーね、覚えとくわ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

ついデタラメを言ってしまった。

嘘を付くつもりは無かったんだが何となくバレたらいけないんじゃないだろうかという気持ちというか、なんというか。

言ってしまったものはしょうがないのでチリの前ではアンバーとして接するようにしなくてはいけない。

一介のブリーダー兼会社員が次期四天王候補と会うこともあまり無いだろうということで……。

 

 

「それじゃあまた、気にするんなら次会ったら飲みもんでも奢ってや〜」

 

「はい…………優しいのは変わってないな」

 

 

ため息が漏れる。

彼女が歩いていくのを見て逆方向へと歩き始める。

緊張したので喉が渇いたし街の外れでピクニックして休もう。

 

 

「行こうか、レモン」

 

 

そう考えてモココをボールから出す。

一匹だけなら連れ歩いても大丈夫のため、一緒に街の外へ歩き始めた。

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

次の日、会社の目の前でチリに会った。

たまたま通りがかったらしい。

少し早く着いて時間が余っていたので会社のすぐ近くにある、よく行く喫茶店でコーヒーを奢ることになった。

苦いコーヒーは飲めないため甘いエネココアを飲んでいたら、チリからの視線がむず痒く少し違和感を感じたが気の所為だろう。

 

さらに次の日、会社のある街を歩いている時にチリに声をかけられた。

よく見るなと思って声をかけてきたのだという。

確かに一度会ってから連続で何日も会うとドキッとする。

「運命かもしれんなー?」と飄々とした態度で言ってきたので、自分みたいなのがと少し卑下した形で否定してしまった。

 

そのまた次の日、自分の住んでいる街と会社のある街の間を歩いている時にたまたま遭遇した。

普段は空を飛ぶタクシーで通っているのだが運悪く寝坊してしまったのでレンタルモトトカゲに乗って通勤していた。

その時道にいたレベルの高いポケモンに見つかってしまい襲われかけたところを助けられてしまった。

またまた恩を受ける出来事があったので頭が上がらない。

今度はコーヒーだけではなくご飯でも奢った方がいいのだろうか……。

 

距離感を縮めるのが上手な彼女の術中にハマってるかのごとく、俺が逃げ出す前の距離感に戻りつつあることに少しの危機感と、安心感を感じている俺がいた。

俺から離れたとは言っても寂しかったのは事実だ。

一人で旅に出てすぐの時にはメリープと共に寝ていたくらい心に穴が空いたような気分を感じながら旅をしていたし、安心感を感じてしまうのも仕方ないのかもしれない。

 

何度も考えているが彼女は次期四天王に最も近い女性であり、こんなことも運が良かっただけの数日だろうと考えていた仕事帰り。

帰りは空を飛ぶタクシーで戻ってきて家まで歩いていたのだが声をかけられた。

振り向くと手を振っているチリの姿。

 

 

「おっ、今朝ぶりやね」

 

「お疲れ様です」

 

「そんな堅苦しくせんと、歳も近そうやからタメ口でええで」

 

「いや……」

 

 

断ろうとすると少し寂しそうな彼女の顔。

表情が変わりやすい彼女だがネガティブな表情変化は些細なので普通だと気づかないくらいの変化だが、今でもわかるものだ。

 

 

「分かった、それでどうしてここに?」

 

「ちょっと用事があってな、終わったからどうしようかなと」

 

「おっ、じゃあご飯でもどう?奢るよ」

 

「ええん?」

 

「今朝のお礼ってことで」

 

「じゃあお言葉に甘えようかな」

 

 

彼女といるとやはり安心するし楽しい。

チリは再開してからも元気そうだし変わり無かったが、俺の方が寂しさを感じていたし大丈夫じゃなかったのかなと心で苦笑いする。

そうでもなきゃ俺からこんなに誘ったりもしないだろう。

 

 

「何処で飯食おうか?」

 

「んー、アンバーご飯作るの美味そうやん」

 

「……作れと?」

 

「厳しいならええんやけど」

 

「別にいいけど、ピクニックにはちょっと暗いし家になっちゃうよ?」

 

「もしかしてめっちゃ汚いとか?」

 

 

そういう事じゃないんだが……。

自分が美人な女の子だという自覚が薄いのだろうか。

数日前に初めて会った男の家にホイホイと着いていくとは。

 

 

「チリには危機感とか無いのか?」

 

「ひどっ、でもアンバーの飯食いたいんよー」

 

「うーん、まぁいいよ」

 

「ほんま?」

 

「あぁ、取り敢えずスーパーに行って何作るか考えないと」

 

 

嬉しそうな彼女に顔がほころぶ。

二人で並んでスーパーまで向かう。

そんな些細なことですら心が踊る気分だった。

 

 

「なんか食いたいもんとかあるか?」

 

「んー、お好み焼きかな」

 

「お好み焼き?」

 

「地元の郷土料理なんやけど、知ってる?」

 

「あぁ、大丈夫」

 

 

そういえば最初に彼女へと料理を振舞った時もお好み焼きだったな。

子供でも作れるし、材料も手に入りやすくて親に教えて貰いながら練習した記憶がある。

チリが口を汚すほど美味しそうに食べていたのが印象的だ。

 

 

「それじゃあ材料、調達しないとな」

 

「うん、楽しみやわ。久しぶりだし」

 

「お好み焼きが?パルデアでも売られてた気がするけど……」

 

「ん?まぁ、そんなとこ」

 

 

買うものさえ決めてしまえば買い物はチャチャッと終わった。

個人的には他にも見て回りたいくらいだが、お客人がいる時に見ることも無いだろうし欲しいものだけをとりあえず調達した。

買い物中に恋人みたいやなとサラッと言うついつい頭を抱えてしまった。

無防備すぎて心配になる。

 

 

「どしたん?」

 

「いや、あっここだ」

 

「おー、鍵空けれるん?荷物持とうか?」

 

「大丈夫、はいどーぞ」

 

「お邪魔します」

 

「ん」

 

 

邪魔するなら帰ってー、みたいに言いたくなる気持ちを抑える。

ジョウト地方出身だということはあまりひけらかしたくない。

取り敢えず冷蔵庫にものをしまったりホットプレートを出したりと準備を始める。

物の位置を把握してるかのごとく準備を手伝ってくれる彼女にたすかりながら和気あいあいとご飯が進んでいく。

 

楽しい雰囲気での食事も終わり、ご飯後のゆっくりとした時間が流れる。

コーヒーでも作ってあげればいいのだろうが私が飲まないのでエネココアになってしまう。

少し笑いながら受け取る彼女。

 

 

「なぁ」

 

「どうした?」

 

「なんでチリちゃんから、離れたん?」

 

「……なんのこと?」

 

「分からん?ほんまに?」

 

「………」

 

「コハク、って呼べばええ?」

 

 

彼女の顔を見ると真剣な表情をしている。

これは嘘をついても意味ないだろう、確信を得ている時の顔だ。

 

 

「はぁ、いつから?」

 

「財布ん時から」

 

「最初からじゃん……」

 

「寂しかったんよ」

 

「ごめんな」

 

「もうチリちゃんから離れん?」

 

 

迂闊に頷いては行けない気がするが、ここまで寂しそうで緊張している彼女も初めて見る。

心苦しさを一瞬感じたと共に無意識にうなづいていた。

 

 

「うん」

 

「ほんま?」

 

「あぁ、約束だ」

 

「なんか安心したら、疲れてきたわ……」

 

「ごめんな?」

 

「ううん、ええよ」

 

 

安心したのだろう。

10歳の子供で仲の良かった友達が何も言わず離れてしまったのだ。

俺が原因だと言うのがやはり心にくらい影を落としている。

 

 

「そろそろ送ってくよ」

 

「え?」

 

「え?」

 

「泊めてくれないん?」

 

「それは、ダメだろ」

 

「でも同じテントで寝てたりしたやん!」

 

「お前いくつだと思ってんだよ」

 

「離れんて言ったやん!!」

 

「でも……」

 

「やっぱりまたチリちゃんのこと見捨てる気なんや……」

 

「あー、分かった!ごめん、全然いつでも泊まりに来ていいから、な?」

 

「ん」

 

 

半泣きになってる彼女を見てられない。

その後一緒に風呂に入ったり、寝ようとする彼女を止めるのに必死になってしまい疲れてしまい俺はすぐに寝てしまった。

結局同じベッドで寝ることにはなってしまったし。

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めたらチリはまだ寝ていた。

寝ぼけながら彼女の頭を撫でる。

 

料理を作るのもめんどくさいし、彼女は起きたらコーヒーを飲むのだと喫茶店で話をした気もする。

近くの屋台で朝ご飯と珈琲でも買おうかと家を出る。

鍵は、まぁチリも居るしかけなくてもいいだろう。

 

10分くらいで買い物も終わって帰ってきた。

チリもまだ寝てるかなとタカをくくっていたが、扉を開けると嫌に静かな雰囲気が漂っている。

彼女の様子を見ると俯きながらベッドに座っていた。

 

 

「チリ?どうしたの?」

 

「どこ行っとったん?」

 

「コーヒー飲むって言ってたし、買いに行こうかなって」

 

「ふーん、それはチリちゃんから離れてまでしなきゃいけないことなん?」

 

「え?」

 

「コハクはチリちゃんから離れないって昨日約束せんかったっけ?」

 

「それは、したけど」

 

 

それにしても高々10分くらい。

この程度離れててもまぁしょうがないだろう。

 

それにこれからある仕事の時にも一緒にいる訳にはいくまいし、限度というものはある。

 

 

「ちょっとくらいしょうがないとか、思ってるん?」

 

「あぁ……」

 

「あまちゃんやな」

 

 

その一言と同時にベッドへと押し倒される。

くっそほど美人な彼女の顔が目の前にありドキドキしながら、言葉を待つ。

 

 

「チリちゃんがあん時どんな気持ちだったか分かるん?」

 

「……いや」

 

「ほんまに、目の前が真っ暗になったんよ」

 

「……」

 

「手紙を見るまで買い物かと思ってずーっと待っててん、手紙を見て愕然として何も手につかなくて実家に帰るんにも1日くらいかかったんよ。それくらい……」

 

 

彼女の手に握られてるのは手紙、だろうか。

多分あの日に俺が置いていった手紙だと思う。

くしゃくしゃになってしまっているから、持ち歩いていたのかもしれない。

 

 

「でもチリとずっと一緒ってのはムリだ、仕事とかもあるし」

 

「辞めようや」

 

「えっ?なにを……?」

 

「仕事を」

 

「それは、俺も暮らして行けなくなっちゃうし」

 

「チリちゃんのお家に住んで、チリちゃんにお金もらって暮らせばええやん?」

 

「それは、ヒモじゃないんだから」

 

「ヒモでもええよ?」

 

 

そんな一直線に見られると困る。

俺の言っていることが間違えてるのかと錯覚しそうだ。

 

 

「それとも、無理やりがいい?」

 

 

すぐさまキスをされる。

驚きとともに目を見開くが、その一瞬の隙をとられ舌が俺の口の中を蹂躙していく。

口の中から何か液体が流れ込んでくる、ヨダレだ、ろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「寝てくれた」

 

 

昨日調達したキノコのほうしを少し使った睡眠薬を彼の口に流し込んだ。

ポケモンバトル中に一瞬で眠るだけはある、彼もすぐに寝てくれた。

後は、家に運ぶだけなのでドオーを出して背中に乗せる。

 

 

「それにしても、やっと……」

 

 

やっと彼を見つけることが出来た。

あの時街ですれ違った時も目を伏せながら通る彼にもすぐに気づいた。

どうにかして話したかったが、また逃げられてしまったら今度こそ自分がどうなってしまうのかわからなかったので知らないフリをする。

でも関わりは持ちたかったので横を通った時に財布とポケモンボールを拝借して話しかける口実にしたし、ちらっと住所や仕事場を財布の中のカードから見せてもらった。

 

その後もずっと彼のことを見ていたかったが、さりげなく会うことを重視するように近づいていくのも苦労した。

少しずつ会う場所を彼の家の近くにすることで家に上がれないかと考えていたが、こんなにはやく機会が来るとは思わなかった。

1日1回だけと決めていたのに、今日は2回会いに来てしまったし。

 

だが目の前にご馳走があるのに手を出すなと言われてるような気分だったから少しよくばっても仕方ないだろう。

 

 

「それにしても、おっきくなったなぁ……」

 

 

彼を撫でながら独りごちる。

ドオーがウパーだった時には背中に乗せるどころか彼が抱っこすることも多かったのに。

運んでいるドオーも久々のコハクとの触れ合いに嬉しそうだ。

 

空を飛ぶタクシーも利用してチリちゃんの家まで何とかたどり着いた。

理由を聞かれた時には飲んでて夫が倒れてしまったと話しておいたが、彼のことを夫だと言った際に少し顔が赤くなってしまった。

チリちゃんらしくない失態や……とポツリ声が漏れる。

 

家のベッドに寝かせて一緒に寝ることにした。

もう彼の温もりを手放す訳にはいかない。

 

 

「これでずーっと一緒やな、コハク?」

 

 






「チリちゃんっていつも大きいサイズのワイシャツ着てますよね!!」

「あー、似合ってる?」

「はい!ポピーもシャツの似合うかっこいい大人になりたいのです!!」

「ポピーは、可愛いからなぁ。絶対似合うんちゃう?」

「チリちゃんも可愛いですよ?」

「ん、ありがとうな?」


「……コハクのシャツやしな、そりゃおっきいか」



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ぼろ負けする悪役ってそれマジ!?(月村忍・すずか)

 

 

月村安次郎

 

それはとらいあんぐるハート3というゲームに出てくる人物であり、ゲーム内ではヒロインである月村忍と遺産相続に関してゴタゴタがあった人物である。

魔法少女リリカルなのはの二次創作にもよく登場しており【月村すずか】【アリサ・バニングス】の2人が主人公のハーレム要因になるために多く使用される大人気(?)キャラの1人である。

実際はリリカルなのは本編との関係はほとんどなく。出演作であるとらいあんぐるハート3での性格から魔法少女リリカルなのはでも嫌な性格で書かれていることが多い。

 

俺はそんな月村安次郎になってしまったらしい。

車で轢かれたとか、神に会って転生したとかそんな不思議な出来事は一切と言っていいほどなかったので本当に突然の出来事で頭が追いつかない。

ただ目が覚めると見覚えのない場所で、家を徘徊して何とかたどり着いた洗面所の鏡を見ると顔が変わっていることに気づいた。

何度か顔を洗って確認してみたものの、剥がれる気配はなく、いわゆる転生だか憑依だかの餌食になってしまったということだ。

 

自分が何者だか分からなかったので急いで目覚めた部屋へと戻り、机に置いてあった書類やノートを漁り調べてみると自身が20歳になってすぐの月村安次郎という人間だということがわかった。

元々とらいあんぐるハートはプレイしていないが、魔法少女リリカルなのははアニメで見ていた。

そこから二次創作も多く見るようになり、月村安次郎という人物がリリカルなのはの元ゲームであるとらいあんぐるハートに出ていることは知っていた。

 

とらいあんぐるハートでの容姿は紫髪のオールバックに悪そうな顔をして眼鏡をかけており、体格もデブで典型的な悪役風貌の中年男性である。

だが現在は比較的若いからか長身で筋肉もついており眼鏡の似合うクール青年のような容姿だったので、そんな要因もありすぐさま気づくことが出来なかった。

 

月村安次郎という人物については知らないことの方が多かったため、すぐに気づくことが出来てよかったとは思う。

顔を見ただけで気づくことが出来れば良かったものの先程の通り若すぎる。

自分は劇中の年齢を知らないために判断が遅れてしまったが共通点はこの頃からメガネというだけで他は似ても似つかない。

 

月村家というボンボンの家に生まれた割にはマンションの一室のような部屋に住んでいるので不思議に思い、再び書類の多く乗っている机をバタバタと漁っていたら、日記帳がでてきた。

分家とはいっても家を出るにはまだまだ時間があるのではないだろうか。

もちろん地方の大学に通うのならば当然だろうが通うのは都内の大学で実家からも1時間ほどのようだ。

開いた日記帳には『大学の間は社会勉強として一時的に豪邸からマンションに引っ越して一人で生きていけるための演習をしておく』と記されていた。

日記帳は綺麗で、机の書類の置き方といい真面目な人柄がうかがえる。

とてつもない悪人というイメージでしかないため、遺産問題は本当に人を変えてしまうのだと背筋が凍る思いだ。

 

しっかりと二次創作での主な立ち位置を思い出して、日記に記しておこうとペンをとる。

まず大体の小説やストーリーで彼は自動人形であるイレインという女形の武装したアンドロイドを作り出しそれを操ってもっぱら主人公たちを驚異におとしいれる。

最終的には自我を持ったイレインに襲われたり本気を出した主人公たちにボコボコにされてしまったりということがあったりするので何とも言えない不幸な人物なのだが、そんな人間に自分がなると考えると中々嬉しい気持ちはあまり湧いては来ない。

 

……だが関係ないところから人のハーレムを見るというのは中々楽しいし、適当に介入した後自分の思い通りに動いたら物語を作り出しているようで楽しそうだ。

もしかしたら鮮明に意識のある夢である可能性も否定できない訳なので、自分としては少し羽目を外したい。

転生主人公君がいるかどうかは分からないものの、居た場合は彼がハーレムを作る要因になるイベントを起こし何とか生き残ったあと彼らの恋愛事情を見ながら酒でも飲もうと奮起する。

 

その頃には原作の月村安次郎の容姿から推測すると大体40から50歳くらいの年齢になっているはずだ。

この体も悪くは無い、どうせ元の世界に戻る目処も着いてないし娯楽のような感覚でそんなことを考えた。

元の人格自体もこういう未知の出来事に好意的なのか楽しんでいるふしがあり、思想が体に引っ張られているようだ。

 

まずは自動人形の作成から始めよう。

感情とか付ければ最終的に自分とかに襲いかかって来たりするのか…?そこら辺は色々と改良をしつつ考えればいいだろうか。

そんなことを考えていた矢先、玄関のチャイムが鳴る。

まだ調べたいことが多いが、もしかしたら通販か何かで頼んでいたものが来たのかもしれない。

 

 

「はーい、どちらさまで……すか」

 

「おじさん、おはよう」

 

 

ドアを開けると、そこに立っていたのは紫色の髪の毛をした小学生くらいの幼い少女だった。

見ていたアニメの月村すずかに似ながらも、彼女のようにホンワカした雰囲気ではなく少しキリッとした雰囲気を纏っている。

それにアタッシュケースも持っており何やら大荷物だ。

どこかへ行くのだろうか?

 

 

「月村忍……か?」

 

「そうですよ?寝ぼけちゃってるんですか?」

 

「い、いや」

 

「それにフルネームで呼ぶなんて可笑しいですよ、いつも忍ちゃんって呼んでくれるじゃないですか」

 

 

そう言うと小学生くらいの彼女が部屋へと入ってくる。

何気なく普通に入ってくるものだから通してしまった。

仕方が無いので、適当に紅茶でも淹れてなんでこんな所に来たのか理由を聞こう。

原作では2人は険悪な雰囲気だったが、現状では友好的な関係を築いているのだろうか。

 

 

「それにしても、その、忍ちゃんがどうしてここに?」

 

「おじさんが一人暮らしを初めて初めての夏休みじゃないですか」

 

「まぁ、そうだな」

 

 

大学は夏休みなのか、新しい情報に内心喜ぶ。

あまりにも色々なことがあって飲み込むのに時間がかかりそうだと思っていたが、夏休みなら時間も長い。

情報を整理したり、イレインの開発に対する時間も多く割くことが出来るだろう。

 

 

「だからお泊まりしに来ました」

 

「………は?」

 

「おじさまに最近お会いできてなかったですし、お父様やお母様もどうせ一人暮らしを初めて自堕落な生活をお送りになられてるだろうから行ってこいと」

 

 

前言撤回。

友好的な関係どころか面倒くさすぎる。

よくこの交友関係から殺し合いまで発展したな、とゲームの月村安次郎に尊敬の念を抱いた。

………それにしても想像よりも月村忍の年齢と自分自身の年齢が原作と比較すると異様なまでに近いような気がしたが、違和感も直ぐに家の中で文句を言い始めたお姫様のご機嫌取りに気を取られてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

大学も卒業して家業に就き数年。

仕事にも慣れ始め、自分の手で多額の金が動いていくことや周りの人間がヘコヘコすることに関しての優越で仕事も楽しさを多く感じている。

こんな生活を続けていたら、あんな自分勝手な性格になっても仕方が無いと思う。

大学で学んだことも意外と生きているので仕事に苦は全く無い。

唯一の懸念点は月村忍との関係性であり、彼女が高校に入学してからも大した変化はない。それどころか仕事の手伝いまでさせてしまっているほどだ。

高校三年生では高町恭也と出会うのでどうにか距離を取らないと、とは考えている。

 

イレインという自動人形に関しては、作成について色々と考えていたらとある倉庫に厳重に保管されていた素体を発見。

自我の確立を目的として作成されたために作動させると危険ということで隠されていたようだ。

こんな機械に殺されたくはないので従順な自動人形へと改造しても良かったのだが、この自我の確立というのは月村すずかが転生者に惚れる要因になるための重要なファクターになる可能性が高い。

出来るだけ二次創作あるあるを詰め込みつつ、原作準拠で進めないと何が起こるかわからないし、そっちの方が個人的にロマンがあるのでこのままにした。

男には例え自らの命の危機が近づいても張らなきゃいけない意地っていうのがあるんだよな。まぁ自分のせいで起きる命の危険なんだけども。

既に自分の記憶には創作内の記憶が無くなっているので、メモをしたノートを見ながら計画を進めているが内容が充実していないこともあって普通に困る。忘れているところや間違えてるところも多いだろうが仕方がない。

 

セッティングを行い起動させてから、俺の仕事や武装により脅威を撃退する術を叩き込んだ。

確か後にすずかのメイドになる二次創作もあった気がするので上手く行けば月村忍で言うノエルのように、月村すずかの仕事を手伝う良い右腕のような存在になると思う。

 

月村すずかといえばこないだ生まれたのを確認した。

可愛らしい赤ちゃんで遊んであげるときゃっきゃと喜んでいるのを見ているだけで嬉しくなるほど可愛がっていた。

現在はすくすくと成長して幼稚園生にまで成長している。

夜の一族という吸血鬼としての血を強く引いている彼女だが、基本的に大人しい子なので稀に強い力で引っ張られて驚く程度で実害はほとんど被っていない。

 

今日は月村家の本家である彼女達の両親と仕事の話があり家へ伺い、話も終わったので帰ろうとしたら食事に誘われてしまった。

車で来ているのでお酒は飲まないでいようと考えていたものの、泊まっていけば良いじゃないかということでお酒もご馳走になってしまった。

 

 

「おじさまとおとまり!」

 

 

嬉しそうにそういうのは月村すずか。

可愛がっていたら随分と懐かれてしまった。

でも実際に可愛いから仕方がない。

産まれてからも愛らしかったのに、喋れるようになってからも「おじさまー」と言いながらとてとて着いてくるのでついつい甘やかしてしまう。

これは主人公君に惚れる前にしっかりと主人公君の性格まで吟味しなくてはいけない。

大体二次創作の主人公は誠実でみんなのことを考えてハーレムにも消極的みたいなやつが多いが、稀に存在するクズなやつやすずかの可愛さにしか興味が無いようなやつにだけは渡す訳にはいかない。

会食も終わったので月村家のご主人が口を開く。

 

 

「それじゃあ安次郎君の部屋を用意させ……」

 

「待って、お父様」

 

「どうした忍」

 

「私の部屋に泊まってもらいましょう?」

 

「!?」

 

 

何を言ってるんだこの小娘は。

お前の子煩悩お父様がそんなこと許すわけ……。

 

 

「そうだな……だがベッドが」

 

「えっ」

 

「それもそうね、じゃあ……」

 

 

普通に了承したので驚いていたら凄まじいスピードで話が進み入る暇もない。

二人で俺に聞かれないようにしながら会話している。

何を言っているのか分からないし抵抗しても無駄なのが今までの人生でもう分かっているので、すずかと遊びながら待っていると内緒話も終わったようだ。

 

 

「分かった、それじゃあ安次郎君、部屋を用意してる間に私と風呂にでも行くか」

 

「は、はい?」

 

「いやぁ、裸の付き合いも大事だろう?」

 

「はぁ……」

 

「よし!家の風呂は広いぞ」

 

 

お金持ちでありながらこんなにも親しみやすいのはありがたい。

肩を組まれて有無を言わさず引っ張られてしまった。

なぜ忍と同じ部屋なのだ、もう高校生だろう。

仮にも仕事を教える上司のような存在なのだから忌避するのが普通だろう。

すずかが少し不機嫌そうに、忍が少し機嫌良くしているのが大広間から出る時に見えた。

 

風呂では「忍を嫁にでも……」と月見酒を楽しんでいる時に爆弾発言をされたので笑って誤魔化しておいた。

それは高校三年生の時にきっと運命の出会いでもあるだろうから、それまで楽しみにしていた方がいいと思う。

引き笑いしている自分に何かを感じたのか「すずかでもいいぞ、あの子もお前のことを良く好いている」ととち狂ったことを言い始めたので、それだけは無いと断言して風呂から上がった。

すずかはまだ幼稚園児だ。そんな彼女の結婚の話だなんて頭を抱えたくなる。

それにそれに相応しいやつはきっと小学生で出会うだろう。

 

原作の月村忍はノエルという彼女のお付きのメイドである自動人形を修復したことによって機械いじりが趣味となってしまい、両親に嫌われてしまう。

どうしてそのような理由で嫌うのかもあまり分からないが、それはまぁ人それぞれだろう。

そんな両親は原作開始時点では亡くなっているが、現在は亡くなる気配も無く忍との関係も良好のようだ。

かといってノエルがいないのかと言うと否だ。

普通にいる。両親はなんなら歓迎している節さえあったし、自分の原作知識を何とか詰め込んだあのノートに書いてある情報も意外と当てにならなそうだ。

そんな感じで原作との乖離に少し違和感を覚えるが、自分というイレギュラーが存在しているからかもしれないと無理やり納得する。

それ以上深く考えることなく、着替えも終わり脱衣所から出るとイレインがそこにいた。

何も言わずに佇んでいたので少し驚いたが、それを表に出さないよう声をかける。

理由はない、ただの意地だけだ。

 

 

「どうした、イレイン」

 

「お部屋のご用意が出来ました、ご案内致します。」

 

「頼む」

 

 

案内を始めるイレインをお供に屋敷を進む。

流石に広いので自分一人だと何度か訪れているものの迷ってしまいそうだ。

 

歩いていると、とある部屋の前にすずかが立っている。

以前案内された時の記憶を掻き出してすずかの寝室であることを思い出す。

もう夜も更けている、幼稚園児なのだしもうすぐに寝ないとと考えながら近づくとこちらに気づいたのか嬉しそうに近づいてきた。

しゃがんで目線を合わせると、おずおずとだが飛び込んでくるので抱きしめて持ち上げる。

 

 

「おじさま、お風呂から上がったのですね」

 

「あぁ、いいお湯だったよ」

 

「そ、それでなんですけど……」

 

 

恥ずかしそうにモジモジしながら何かを言いたげに私を見つめる。

どうしたのだろう。何かを要求したいようだが、ピンと来ない。

寝る前に少しおしゃべりでもしようと待っていたのだろうか?

 

 

「ほらほら、もう夜も遅い。今日は寝よう」

 

「は、はい、その前に」

 

「どうした?」

 

「お、お休みのキスを……」

 

 

恥ずかしそうにしていたのはそれか。

さすがにそんなの出来るわけが……。

 

 

「だめ、ですか?」

 

「仕方ないな、おでこ出して」

 

「は、はい!」

 

 

可愛すぎる。

悲しそうにしょげた顔すらも可愛いのは犯罪ではないだろうか?

思わず断ろうとしていたのに、了承してしまった。

緊張しているのかプルプルと震えるすずかの額に口付けをおとす。

その瞬間「にへへー」と少しだらしなく笑う。

甘やかしすぎかもしれないが、個人的には足りないくらいだ。

 

 

「はい、ベッドまで運ぶからもう寝なさい」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「それじゃあおやすみ」

 

「おやすみなさい」

 

 

ベッドまで運んで布団をかけてあげる。

眠そうな彼女にお休みと声をかけると嬉しそうにはにかむ。

音を立てないようにゆっくりと部屋を出た。

部屋を出るとイレインが案内を再開する。

会話という会話はない、自動人形だからかとも思うがノエルは明るい性格をしている。寡黙なイレインとは真逆だから人間同様に性格があるのに違和感を感じる、前任者の趣味だろうか?

リミッターが外れる前は基本的に好きとか嫌いなどの感情は無いのに自動人形も個体によって性格が変化すると考えるとなんだか面白い。

 

 

「どうかなさいましたか?」

 

「いや……大した事じゃない」

 

「そうでしたか、考え事をしていたようですので……私に不満などがあれば何なりとお申し付けください」

 

「そんなことあるわけが無いだろう。お前はこの俺の従者であり1番の所有物だぞ、完璧だ」

 

「差し出がましい質問でした、こちらのお部屋です」

 

「ありがとう、ゆっくり休んでくれ」

 

「はい」

 

 

そう言うとイレインはこの場から下がった。

心做しか後ろ姿が嬉しそうな気もするが、そんなに大変な仕事だっただろうか。

休んでくれ、と起動して最初に言った時は「私は人形です」と頑なに引かなかったが今では大人しく下がるようになったのはありがたい。

自動人形とはいえ感情が無い以外は人間と遜色ない。

あまり働かせすぎるとこちらの良心が痛むので、主人である自分の命令には大人しく従っておいてほしい。

 

かといって優しくしすぎても自我を得た時に反発されない危険性もある。

だから出来るだけ高圧的な態度で堂々と物のように扱うようにしている。

多少無茶な命令を支持することもあれば、とある命令を無視した時には機械だろうと関係なく捲し立てて叱りつけてやった。

自分が逆らうことの出来ない人間から高圧的な態度でやることに口を出されるのは何にも変え難い苦痛だろうし、どう考えても嫌われる要因である。

自分の目的が着々と進んでいることに内心ほくそえみながら扉を開ける。

 

部屋に入ると月村忍が眠そうにベッドに座っていた。

以前忍の部屋へと訪れた時の部屋と違ったので、先程の話はさすがに冗談で部屋にはいないだろうと考え油断していたので、少し驚いた。

彼女と父親が話をしていたのは別部屋を用意する、ということだろうか。

 

 

「寝てなかったのか」

 

「おじさまと少しお話してから寝ようかと思って」

 

「……確認だが、自分の部屋に戻って寝るんだよな?」

 

「勿論のことながら、こちらで一緒に寝ます」

 

「……まぁいい」

 

「あら、止めないの?」

 

「お前が融通の聞く奴じゃないのはもう分かってる、夜も遅いからあまり長くは話せないぞ」

 

 

そう返事すると嬉しそうに学校であったことや、ノエルのことを話し始めた。

機械いじりが趣味なこともあり、ノエルのことやイレインの事で話も合う。こういうなにげない話をしている姿を見ると年相応に感じる

仕事を手伝わせたりすることで少し大人っぽい雰囲気を感じることの方が多かったので安心した。

 

 

「ねぇ、聞いてる?」

 

「あ、あぁ……?すまん」

 

「もうっ、聞いててよ」

 

「で、なんの話しだったか?」

 

「ノエルとイレインにそろそろ武装をつけようかって話」

 

「あー……まぁ、そうだな」

 

「イレインにはいくつか積んでるんだっけ?」

 

「仕事柄、守るものが何も無いと不安なのでな」

 

「それで、ノエルにも付けたいんだけど」

 

「夜の一族であるお前のことを欲しがるやつも多くなるだろうから、良いんじゃないか?」

 

「でしょ?それで案をいくつか考えてたんだけど、イレインのをそのままでもいいけど」

 

 

すずかももうすぐ幼稚園だ。

何度も思考しているが、彼女が小学生になったら原作が開始してしまう。

忍も本格的にゴタゴタに巻き込まれ始めたら、ノエルにも武装を付けておかないと彼女の身に危険が及ぶだろう。

俺の仕事の中に忍やすずかの身柄を狙う人間を追い払うというボディガード的な仕事もあるため、既にイレインにはいくつか武器を装備させている。

まぁ、自分にその武装を用いた攻撃来るかもしれないと思うと躊躇いはしたがそんな事で原作が下手に動いても嫌だったのでしょうがなく搭載した。

因みに仕事はもちろんこいつらの両親から、取引を辞められたくなければ……という脅迫をされたことが始まる要因である。

さすが吸血鬼、やりくちが汚い。

 

 

「いやイレインとノエルで武装は分けよう」

 

「なんで?一緒の方が彼女達の整備も楽じゃない?」

 

「違う方がそれぞれ強みとして分けれるだろう」

 

「んー、まぁそういうならそれでもいいけど」

 

「それにせっかく考えてきたのに無駄にしたくもないだろ?」

 

 

まぁ嘘だが。

イレインには申し訳ないが、ノエルに対して少し不利になる位の装備にさせてもらおう。

すずか救出イベントには大体2パターンある。

そのうちの一つは転生者である主人公君だけが登場して無双して月村安次郎を撃退、イレインの暴走状態を止めてかっこよくすずかとアリサのことを助けるというシナリオ。

もう一つは月村忍・高町恭也の2人に救援を求めて、主人公君を合わせた3人で月村安次郎をボコボコにするというシナリオ。

月村安次郎の目的は『月村家の遺産』や『月村忍と月村すずかの体目当て』のため、被害者である月村忍と高町恭也の2人へと協力まで漕ぎ着けるのは容易い。

後者の時に死にはしないけど絶妙に苦戦して負ける、という状況を作っておくためにはこういう細かい状況作りが大切なのだ。

あまりに大差で負けると舐められるし、主人公君の成長イベントには物足りなくなってしまう。それでいて勝ってしまうと本末転倒である。

 

 

「それで、最近学校の方はどうだ?」

 

「んー、イマイチかな。帰って何しようかってことばっかり考えちゃってる」

 

「2年生になったんだっけ?」

 

「うん、華の女子高生ですよ?」

 

「ははっ」

 

「そんな鼻で笑う事あります?ねぇ?」

 

 

高校2年生か……。

この状況は中々不味いのではないか?

高校3年生の時まで俺の仕事を手伝わせていたらもしかしたらそちらに没頭してしまうかもしれない。

彼女は俺の手伝いに力を入れすぎて高校一年生の授業出席数が足りず留年しかけているほど熱中している。

ここらが潮時なのかもしれない。

 

 

「も、もう学校の話はいいじゃないですか、それで例えばこのガトリングとか……」

 

 

楽しそうな彼女に言い出すのは忍びない。

機を見て、学業に専念するように言い聞かせるとしよう。

その後も夜が深くなるまで仕事の話や人形の話で盛り上がり、ノエルが来て怒られるまで話は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

月村忍は大学生になり、月村すずかは小学校へと入学した。

原作開始が月村すずかが小学三年生の時なのでその時期に合わして計画を進めている。

月村忍には高校二年生の夏頃に大学進学のための勉強と、せっかくの高校生活の数少ない青春の機会を棒に振ることになってしまうと説得して仕事の手伝いを一旦辞めさせた。

まぁ説得したと言っても諦めの悪い彼女に、最後は一方的に縁を切ることになってしまったが仕方の無い犠牲だろう。

どうせ恨まれるようなことをするので今更ここいらでのマイナスポイントなど気にしていられない。

最初の数週間程度は家にも押しかけてくるわ、電話は鳴り止まないわで困り果てたが今は諦めたのかそんなことは無い。

 

彼女に会わないのに月村すずかにだけ会うというのも何だか気持ちが悪いので2人のことをここ数年は避けて生活している。

彼女達の両親と会う度に「会っていかないか?」と聞かれるものの、何らかの予定を入れたりしてやんわりと回避している。

避けるのが露骨すぎたのか最近は聞かれてもいないが。

余りにも凹んでいたようで聞くにも申し訳なるような有様だったが、両親たちが言うには新しく何かに没頭しているらしく忙しく動いてるという。

何をしているのかは分からないが、まぁ自分には対して関係の無いことだろう。

 

そして現在は月村すずかの通う私立聖祥大附属小学校の様子を見に来ている。

別にロリコンだからとかショタコンだからという訳ではなく、かといって月村すずかの様子を見に来た訳でも無い。

いや全く無い訳でもないが、1番の目的は別にある。

以前から危険視していた、この世界の主人公である高町なのはに原作では存在しない男の幼なじみが存在しているのかを確認しに来たのである。

まぁとある出来事があったため存在はほとんど確定しているのだが。

もしも原作に関係ない少しイレギュラーな友人だった場合は、強化イベントである誘拐事件を行わなくてもすむ。

まぁ主人公君がハーレムを築くのを見れないというマイナスはあるが、それを差し引いても今の生活は楽しい、そう断言出来る自分がいる。

その時は今と同じ生活を続けながらお見合いでもして結婚でもしようか、流石と言うべきかこの世界には顔面偏差値の高い女性も多いし振り向いてくれる物好きもいるかもしれないのではないか?などとふわふわ考える。

 

現在は午後3時。

仕事で近くまで来たためなんとか寄ることができたので、そこまで時間は使えない。

取り敢えず授業も終わる時間だろうし月村すずかの教室を探す。

高町なのはとアリサ・バニングス、そして月村すずかは現段階で同じクラスのはずだ。

それは彼女の両親との会話で調査済みだ。

仲のいいクラスメイトがが出来て、3人もの友人を屋敷に連れてきたと嬉々として語られたら否が応でも記憶に残る。

3人と聞いた時点で原作との乖離をまざまざと実感し、イレギュラーが発生していることが確定したのだが。

どちらにしてもそのイレギュラーの性格は重要だ。

もしも月村すずかを傷つけるようなやつなら仲良くしているのも看過できない。

……まぁ、自分は彼女のことを誘拐するかもしれないのだが。

 

小学校の中を見れるベストポジションを見つけることが出来たので、そこでしゃがみこんで月村すずかのいる教室を探す。

双眼鏡を持ってきて良かった、中に入れないため微妙に遠い現在の距離だとクラスの中などは見えない。

凄まじくキモイ変態ストーカーにしか見えないが、悪役というのはこういう細かな努力によって成り立っているのだ。多分。

 

いた。

月村すずかのいる教室を発見したので見やす居場所へと移動して双眼鏡を構える。

真面目に授業を受けている。

偉いぞー!と心の父性が喚き散らすが何とか鎮めて目標の男を探す。

高町なのはの横の少年。

眼鏡をかけて黒髪で顔が整っているというそんな彼、授業に真面目に取り組む様子がみてとれる。

彼がターゲットだろう。

発見して早速帰りのホームルームが終わったようだ。

……小学生の頃はホームルームなどという固い言い方はしないで、違う優しい呼び方だったか、、、覚えていない。

 

無闇矢鱈に騒ぐわけでもなく、それでいてクラスで孤立してるわけでも全くないようだ。それどころかクラスの中心人物らしい。

帰りの会が終わって周りに人が集まっている。

あのぐらいの年なら五月蝿いぐらいが歳相応でいいと思うのだが、まぁ妙な落ち着きからも件の転生者だと考えて良いだろう。

少しホッとした。

金髪で顔はカッコイイものの俺様系で周りの人間を自分よりも下だと潜在的に感じているようなタイプだったら、本当にどうしようかと思っていたが真面目そうじゃないか。

 

うんうん、これなら及第点だろう。

双眼鏡から目を外しながら一人頷く。

細かい調査は下々にやらせるにしても、一度実物を見ておくに越したことはない。

まぁ月村忍から「あなたは人のことを疑わなすぎです。どう考えても怪しい人間を簡単に信じますし……人から向けられる感情にも鈍感ですし……」との有難いお言葉を貰ったことのある自分だが、人を見る目は人一倍あると思う。

イレインや月村忍という人間を育てたのは俺のはずなのに、と少しナーバスな方に考えがいき始めたので頭を振って今は少年のことに集中する。

 

性格面の吟味は終わったが、まだ特殊能力とかがない普通の少年の可能性もある。

その場合は誘拐事件に巻き込んでしまうと、彼がヒロインたちを助ける方法がなくどうしようも無いかもしれない。

主人公であるとなれば何らかの能力はあるだろうが、ひけらかすものでは無いので今すぐの確認は難しいだろう。

また調査を続ける必要がありそうだ。

 

要チェックだな、と心にメモを取りその場を後にしようとする。

……最後に月村すずかの様子でも見よう。

学校生活は楽しく遅れているだろうか。

双眼鏡を再び覗いて月村すずかの姿を探す。

 

 

「?」

 

 

クラス内には居ない。

もう帰ってしまったのだろうか。

月村すずかの友人である、二人の少女は教室に残り話をしている。

低レベル読唇術でも使って解読を試みる。

 

 

『すずか……いそ……どこに……』

 

『まど………みて……』

 

『………………なに』

 

 

全然わからん。

とりあえず、窓を見て何処かに行ったようだ。

今日何か用事でもあったのだろうか?

仕方が無いから今日は切り上げようかとため息をつく。

すると双眼鏡に蓋がされたのかいきなり前が見えなくなる。

自分しかこの場にはおらず、場所も人にバレない様に地上ではなく、すぐ近くにあったちょうどいい高さの建物の屋上である。

動物が蓋を閉めたのだろうかと思い、双眼鏡から視線を外すと目の前に月村すずかの顔が。

 

 

「!?!?!?!?」

 

「こんにちは、おじさん」

 

「あ、あぁ…こんにちは?」

 

 

尻もちをつきそうになったがなんとか耐えきった。

いや、低いとは言っても仮にも屋上で階段なども考慮すると学校から5分はかかるはずなのに1分くらい前には学校にいた月村すずかが目の前にいるなどとはかんがえもしまい。

心臓のバクバクを落ち着かせながら何とか平静を保ち返事をできた、と思う。

 

 

「それでおじさまはどうしてここにいるんですか?」

 

「仕事でたまたま近くによってね」

 

「それで……私の様子をこんなところからみてたんですか」

 

「いや、最近ちょっと顔を合わせづらくてね」

 

「なんでですか?」

 

 

うわめっちゃ笑顔で質問してくるが威圧感がすごい。

笑顔は威嚇からとはよく言ったものだが、そんな稚拙な表現では表せないほどに寒気を感じる。

 

 

「忍とも会ってないし、そもそも家自体に伺ってない「嘘ですね」から」

 

「おじさまが来た日はお母様もお父様も申し訳なさそうにしてるのでわかりやすいんですよね」

 

「んぐっ」

 

 

優しい人たちだからな……彼らも。

申し訳なさがふつふつと湧き上がってくる。

そんな自分の顔を見てか、月村すずかも全く……という困った顔をしているが先程までの圧は引っ込んだ。

少しほっとした。

負ける、と思わされてしまうほどの圧を体験したのは初めてだったがそれをまさか小学生にやられるとは。

 

 

「……まぁいいです、それで」

 

「?」

 

「次はいつ逢いに来てくれるんですか?」

 

「えっ」

 

「まさか、また会いにこないつもりじゃ」

 

「いや、まぁ……月に1度くらいは顔を見せるよ」

 

「ふーん、あっそれと」

 

「それと?」

 

「お姉ちゃんがこないだまで死にそうな顔してたのに、最近はイキイキしてるんですけど」

 

「いい事じゃないか」

 

「おじ様にも会ってないようですし、何か知ってるかなーと」

 

「いや、全く。忍にも本当に会っていないし」

 

「ならいいんです、また来てくださいね!」

 

 

そういうと月村すずかは可憐な動きで屋上から飛び降りて友人たちの元へ向かったようだ。

普通に飛び降りるのが怖くて下を見てみたが、着地して歩いているのに安心とともにちょっとした畏怖の気持ちも湧く。

会いに来る約束はさせられたが言っても誘拐事件を起こす方が早いだろう。

 

幻滅もされるだろうし、約束は果たせそうにない。

 

それにしても気になるのは月村忍だ。

最近はとてもイキイキしているようで安心した。

原作の開始に伴って、高町恭也とも付き合うことができたのではないかと考えられる。

少し強引だったかなと思っていたが、彼女は彼女が辿るべき運命へと進むことが出来ているようだ。

 

取り敢えず今日したい事は終わった。

腕時計を見ると意外と時間が経っている。

イレインに怒られるので急いで仕事場に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

その後も調査を続けていた。

黒髪の少年は織斑(おりむら) 修二(しゅうじ)というらしい。

特殊能力は分からないが、どでかい岩をただのカッターナイフで切断するのを目撃したとの報告も上がっているので全く無いわけでは無さそうだ。なんでそんなの目撃された?

まぁ、細かいことが分からない以上、最大限の対策を立てておかないと不味い。

しかも切断系の能力ならなおさらだ。

首と体がサヨナラした瞬間に、俺のこれからの人生はおしまいだ。

流石にそれは勘弁していただきたい。

 

計画を進めているうちにすぐ、決行日は訪れてしまった。

計画を進めるのにイレインにはだいぶ手伝ってもらった。

……まぁリミッターを外した時に俺を攻撃すると思うと佇んでいるだけでも少し緊張しているが。

決行する廃ビルにて、部下が月村すずかとアリサ・バニングスを連れてくるまでは特に何もせず待機なので片手間で潰せそうな案件だけ軽く片していると今回の立役者であるイレインが声をかけてくる。情報の仕入れは彼女に一任したため今回の功労者であり、俺という人間から解放されるため1番メリットの多い人間だろう。

 

 

「安次郎様」

 

「どうした、イレイン」

 

「今日のすずか様の誘拐ですが」

 

「あぁ」

 

「目的は何のためなのでしょうか」

 

 

痛いところを突いてくる。

最初は遺産問題で進めることが出来るかと思ったが、彼女達の両親はどちらも死んでいない。

つまりは遺産問題がまだ発生していないのである。

金なんて仕事を趣味にしている自分からしたら、好きなことをしていたら増えていくので今更欲しいともそこまで思わない。

となると、二次創作で次に多い誘拐事件の理由としたら……。

 

 

「月村忍の身柄、だな」

 

「……と、言いますと?」

 

「あいつの体目当てってこと「嘘ですね」……随分否定が早いな」

 

 

そう言えば月村すずかに会った時も嘘がバレた。

そんなに分かりやすいだろうか、2人とも言葉をかぶせてくるので少し困惑が強くなる。

自我が無いとか言う割には、自分に対して意見も行ってくるし堂々としている部分が強い。

確実に自我を獲得しているようにしか感じられないが、違和感を感じても普段のメディカルチェックではなんの以上もない。

まぁ命令には1つも背かないし、大丈夫だろう。

 

 

「出過ぎた真似でしたか」

 

「いや、事実だ。対して理由に関してはお前の言う通り重要ではない」

 

「では何のために」

 

「すずかのボーイフレンドがいるだろう」

 

「はい、お噂はかねがね」

 

「彼がすずかに相応しいかをテストしようかと思ってな」

 

「その為だけに……」

 

「まぁ、言いたくなる気持ちも分かるがそう言うな。確かにお前には苦労をかけるな」

 

「私は苦労を感じることはありません、がすずか様の為と聞くと……」

 

「?」

 

「なんだか形容しがたい思考に陥ってしまうので、なんらかの不具合でしょうか」

 

「あぁ……今日のが終わったら、確認しよう」

 

 

まぁ確認するのは俺じゃないが。

今日で多分彼女は俺から離れるだろうし、もしも彼女が五体満足で生き残ったとしてもその後のメンテナンスは月村忍や月村すずかに引き継がれるだろう。

下の階がドタバタと音をたてている。

彼女達の誘拐も済んだようだ。

軽く自分の顔を叩いて気合を入れると椅子から立ち上がり下の階へと向かう。

 

自分の思い通りに物語が進んでいくこの感覚にゾクゾクと震える気持ちを落ち着かせ、部屋の扉を開く。

誘拐されているのは3人。

月村すずか、アリサ・バニングス、織斑修二の3人で月村すずかは自分がこの部屋に入ってきたことによって驚いているようだ。

 

 

「おじさま!」

 

「やぁ、すずか。こないだぶりだ」

 

「なんなのよ!あんた!」

 

「すずか、知り合いか?」

 

「うん、私の叔父さん。」

 

「………それで、どうしてこいつがここに?」

 

「そうだ!おじさま、助けに来てくれたの!?」

 

「そんなわけないでしょ、すずか。どう考えてもこいつが元凶じゃない」

 

「えっ……」

 

 

なかなかに鋭い。

月村すずかも鋭い方だと思っていたが、どうしてかピンと来ていないようだ。

不思議そうな顔でこっちに向く月村すずかと、敵意むき出しの2人。

 

 

「あぁ、俺が君たちをここに連れてきた張本人だ」

 

「!?」

 

「やっぱり……何が目的なの?すずかと私の家にあるお金?」

 

「それとも他にも何かあるのか?」

 

 

俺が張本人だと白状した瞬間に驚いた顔とともに停止してしまったすずかをよそに、2人は俺に詰め寄る。

 

 

「そんなもんじゃない」

 

「だったら……」

 

「すずかの姉である月村忍の身柄だ」

 

「なっ!?」

 

「すずかの、お姉さんって前家に行った時に会ったあの……?」

 

「美人なすずかのお姉さんね」

 

「おっ、2人とも面識があるのか」

 

「ま、まぁ……」

 

 

何故か顔を赤くしている。

もしかして………

 

 

「少年、月村忍に惚れてるな?」

 

「なっ、ば、馬鹿言うな!」

 

「まぁ気持ちは分かる。あの美貌にスタイル、性格も悪くない。」

 

 

ダウト。

美人でスタイルがいいのは事実だが、性格が悪くないと言うにはちょっとキツすぎるような気もする。

恋人にするにはちょっと、まぁ、自分には関係ないだろう。

 

まさか月村忍が少年のお眼鏡にかなっているとは……。

これはますます彼の力や性格をしっかりとこれで試すしかない。

でも忍には高町恭也という恋人がいるのを理解してて惚れるとは、どんだけ魅力的なんだ。

 

 

「良い女だよな、俺はあいつが欲しい」

 

「話は聞かせて貰ったわ!!」

 

 

窓を突き破って黒い固まりが俺に向かって突撃してくる。

ギリギリのところで何とか躱して体制を整え、そっちを見る。

少年少女を窓の近くに座らせておかなくてよかった、破片が当たったら不味い。

誘拐はしたものの傷をつけるのは俺からしたらマイナスだ。

煙も晴れて姿を表したのは、話題の人物月村忍だった。凄まじいスピードでおれの手を握る。

 

 

「は?」

 

 

月村忍?

なぜこんな所にいるのだろうか。

こいつの身柄が目的だとは言ったが、全くもって連絡はしていない。

元々誘拐だけしてある程度、織斑少年の力量だけ掴んで良い感じに撃退されてアリサ・バニングスと月村すずかの少年への好感度アップするということだけが目的なので連絡などせずにおいたのだが。

もしかして織斑少年が高町恭也にツテがあり呼んだのかとも思ったが、ぽかんとしているため違うようだ。

 

 

「おじさまの愛の告白受け取ります!」

 

「いや、それは……」

 

「こんな事しなくても正直に言ってくれれば私だって直ぐにOKしたのに……」

 

 

手を離し、頬に手を当ててくねくねと揺れる忍。少し古典的だが、照れているのだろうか??

待て待て待て待て、ちょっと想像が狂いすぎている。

誘拐して、月村忍の身柄が目的だと言い、すずかに害を加え、織斑少年が拘束を突破、戦闘でイレインのリミッター解除、イレインに攻撃されて退場を予定していたのに2個目でつまづいたんだが?

了承をするな、高町恭也はどうすんだおい。

 

 

「イレイン」

 

「はい」

 

「つまみ出せ」

 

「かしこまりました」

 

「えっ、私今告白OKしたんですけど!?」

 

 

作戦変更。

月村忍には取り敢えず退場してもらって、取り敢えずお金目当てだったことに変更しよう。

イレインにひと声かけると、武装を取り出して忍を外に追い出してくれた。

追い出すだけでよかったのだが、結構ガチバトルが始まっていた気がして頭を抱えたくなるが仕方がない。

ノエルまで来たらすぐに負けるだろうからちゃちゃっと話を進めよう。

 

 

「まぁ、冗談はさておいて」

 

「じょ、冗談?」

 

「もちろん、そこのお嬢ちゃんがさっき言った通り俺の目的は2人の身代金だ」

 

「やっぱりね」

 

「月村家とバニングス家はこの国の中でもトップクラスの財閥で資産家だ。少年は巻き込んでしまったが目的のためには仕方の無いことなのだよ」

 

 

唐突な軌道修正にしては上手くいっているのでは無いか?

すずかは相変わらずキョトンとしているし、アリサも警戒はしているが忍とのやり取りを見て少しは信じてくれているようだ。

それにしても少年よ、お前はもうちょいと頑張って欲しい。

事前調べで何らかの特殊能力を持っているのは知ってるため、早く縄抜けしてくれれば戦いに入れるのだが。

 

 

「なんですずかと私の家を狙うのよ」

 

「そりゃあ……」

 

「すずかと私の家にあるお金や美術品、土地とかを狙っているんでしょ」

 

「……あぁ」

 

「さっき言ってた通りその流れですずかのお姉さん……忍さんも狙ってるんじゃないの?」

 

「……」

 

「なに黙ってんのよ!なんとか言いなさい!」

 

「あ、あぁ……その通りだ。」

 

 

めちゃくちゃ有難いくらい話を持ってってくれるな。しかも全て俺にとっていい形に。

逆に心配になるし、全然話させてくれないのもめちゃくちゃ気になるが特に重要な事柄ではないだろう。

今おこなった忍とのやり取りでめちゃくちゃ知り合いだってバレたような気がしたんだが、まだ巻き返せるかもしれない。

 

 

「だが、そうだな。1人で犠牲になると言うならほかの2人は解放してやってもいい」

 

「ふざけないで!」

 

「えっ?えっ?」

 

 

この際ひたすら混乱してるすずかは置いておこう。

アリサとすずかのどちらかでも手に入れようとしたら、少年は俺に立ち向かってくるんじゃないだろうか?

 

 

「私はそんなの要求されなくっても構わないわ。むしろ私を人質にしなさい。私がいれば2人には手は出せないでしょう」

 

「そんなのダメ!おじさんは私が欲しいんだから私が」

 

「いいのよ、すずか。これですずかも狙われずに済むんだし」

 

「そこまでだ」

 

 

そう声が聞こえたと思ったら、少年の縄がパラパラと外れていく。

縄を解いたのではなく、切れたかのような外れ方。いや、あれは縄という物が死んだと表現した方が……。

 

 

「ふぅ、やっと自由になった」

 

「少年、お前なにをした?」

 

「言う必要があるか?」

 

 

そう言うと彼は手に持ったナイフですずかとアリサを縛った縄を切り刻む。

いつの間にかつけていたメガネを外しているようにも見える。能力解禁、ということだろう。

 

 

「縄を切った、というより縄を殺したという表現をした方が良いかな?」

 

「よく分かるな、これが俺の『直死の魔眼』。2人は逃げて助けを呼んでくれ」

 

「直死の魔眼……?」

 

 

少年の蒼い瞳が紅い光を放つ。

みすみすと逃がす訳にはいかない、と呟くが個人的にはいない方がやりやすいので特に抵抗もしない。

それにしてもこの状況で女のコ2人を先に逃がすことの出来る精神力、満点だろう。

 

 

「死にたくなかったら動くな」

 

「それは……出来ない相談だ」

 

「へぇ……」

 

 

次の瞬間、少年の姿が消える。

いや、消えたのではない。

目で追えない程のスピードで移動したのだ。

これはまずい。

咄嵯に腕をクロスさせて防御体制に入るが、あまり意味はなさそうだ。

刃が俺の手に突き刺さる。

 

 

「ぐあっ!?」

 

「点を外した、か」

 

「おいおい、速いな……」

 

「目に負担が多い点や殺すという行為が嫌いだからあまり使いたくは無いんだが、直死の魔眼は線を切る、点を突くだけで死の概念を持つ全てのものを殺すことが出来る。」

 

「具体的にどーも……」

 

 

蹴り飛ばしてナイフから手を離させる。

ナイフを下手に抜くと失血して、気を失ってしまうかもしれないのでそれは何とか避けたい。

戦闘が始まったため発信機で信号を送り、イレインを呼び戻す。

忍とやり合っているためそんなにすぐはこちらに来れないだろう。

と思っていたら、壁に空いた大穴からすっと入ってくるのが見える。

 

 

「遅くなりました」

 

「助かる、忍は?」

 

「動きは止めてます、あまり時間は持たないかと」

 

「ならば、奥の手を使うしかないな」

 

 

煙が上がり、少年が未だ起き上がってないことを確認してイレインの首あたりにあるメンテナンス用の蓋を開ける。

首元にマイクロチップをセットし、蓋を閉じる。

再起動すると苦しそうに頭を抱え始めるイレイン。

リミッター解除することによって、感情を得ることによる思考速度や論理的な思考に囚われないことによる進化を遂げるようになっている。リミッターが外れるため力や能力が格段に上昇するのだが、その解除用のマイクロチップを首に埋め込んだ。今まで無かった感情によって苦しむのも当たり前だろう。

 

 

「や、安次郎、様?な、何を……?」

 

「リミッター解除プログラムをインストールしたんだ。」

 

「ど、どおりで、何か、おかしなエラーが、発生していると」

 

「大丈夫だ、お前は特別だからな。俺の事を守ってくれ」

 

 

そういうと、すごく驚いたように目を見開く。

これでイレインが、俺に対しての不快感を顕にして……。

 

 

「な、なにをしている、イレイン」

 

「申し訳ありません。ですが体が勝手に」

 

 

イレインは不快感を顕にするどころか、俺を横抱きにして持ち上げた。

顔も赤らめて、何か興奮をしているような。

彼女自身も何が起きているか分からない様子だ。

 

 

「脱出します」

 

「えっ、おい!ちょっとま、なに、何してるんだ!イレイン!」

 

「大丈夫です」

 

「大丈夫ってなにが、おい!離せ!!」

 

 

入ってきた穴から俺を横抱きにしたまま飛び出たイレイン。

出る時に見えた少年の驚いた表情を最後に首元に電気が走り抜け、視界が真っ白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

「ご主人様」

 

「ん」

 

「ご主人様、起きてください」

 

「あー、こ、ここは」

 

「屋敷です」

 

「屋敷……」

 

 

イレインの呼ぶ声で目が覚める。

屋敷、に居る。帰ってきたのだろうか。

寝る直前の出来事を思い出して飛び起きる。

 

 

「!?」

 

「大丈夫でしょうか?」

 

「おい!あの件はどうなった!?」

 

「あの件、ですか?」

 

「すずかとその友達を誘拐しただろう!」

 

「はい、皆様何事もなく家に帰られたようです」

 

「ま、ずいぞ……」

 

 

急いで逃げなくては、と思ったがイレイン自体も俺にとっては危険なことを思い出し少し距離をとる。

 

 

「どうしました?安次郎様」

 

「お、まえ……なんか変な所は無いか?」

 

「いえ、安次郎様こそ貧血なのであまり動くと」

 

 

その声を聞いた瞬間に少しふらつく。

手の平はイレインによって処置されているようだった。

彼女が俺の傷を処置してくれたということは悪感情が無いのだろうか?分からない。なぜあの場から連れてこられたかも分からない。

 

 

「俺の事、憎くて殺したいとか……無いのか?」

 

「えぇ、愛しくてたまらないくらいです」

 

「???」

 

 

何が起きてるのか分からない。

あの仕打ちを行っていた俺に愛しくて堪らないだと?

 

 

「どっか打ち付けたか?忍との戦闘時に」

 

「いえ、特には」

 

「そうか……まぁいいとりあえずこの場から逃げ出そう」

 

 

そう言って扉を開けようとするが開かない。

鍵がかかっているのかもしれないと思ったがうちの屋敷の中でも唯一内側からも鍵のかけられる罪人用の扉だ。

この扉は外からでも衝撃で開くことがほとんどなければ、鍵も俺の持っている一本しかない。

ポケットをまさぐるが、鍵は見つからずイレインを見る。

 

 

「お探しのものはこちらでしょうか?」

 

「ああ、返してくれないか?」

 

「何故でしょう?」

 

「すずかを誘拐してしまったんだ、月村家の人間に狙われるに決まっているだろう。逃亡しないと」

 

「私も着いて行きますがよろしいでしょうか?」

 

「いや、お前は残ってすずかの面倒を見てくれ」

 

「それならばお渡しすることはできません」

 

 

何故!?!?

一度も俺の命令に背いたことなど無かったのに、生意気になっているのは感情が出た弊害なのだろうか。

急がないと、捕まってしまう。

イレインが俺に狙いを定めたら有耶無耶にして逃げる予定だったのにこの場に残るのが1番の想定外だ。

イレインが俺の味方なのを逆手にとって迎撃してもいいが、ノエルに対して不利な武装にしているので戦闘能力が常人より少し上くらいの俺と合わせてしまうと夜の一族である忍と従者であるノエルが2人がかりでここに来た場合の対抗策は無い。

なんで俺はあの時、同じ武装を2人に搭載しなかったんだ。それならまだギリギリ可能性があったのに。

少し悩んでいると屋敷内に人の入ってきた音が聞こえた。

 

 

「イレイン、来い」

 

 

そう言ってクローゼットへ2人で入る。

罪人用のため狭く、ギュウギュウに押し込まれるような形になってしまうが現状仕方がない。

 

 

「ノエルと忍様、そして妹様でしょうか?足音が3人分聞こまえすが、生体感知が2人分です」

 

「そうだろうな。捕まえに来たみたいだ」

 

「この部屋は扉も壁も頑丈に作られています。わざわざ隠れる必要はなかったのでは?」

 

「まぁ、万が一のことがあって捕まるのは不味い」

 

「承知しました」

 

 

それにしても近すぎる。

機械だと分かっているから、特に何が感じるわけでも無いが妙に暑くなってきた。やはり可憐な少女と密着してクローゼットに隠れているというシチュエーションに興奮しているのかと思ったが、目に見えてイレインが赤くなって煙を出している。

 

 

「お、おい。イレイン、大丈夫か?」

 

「は、はい。問題、ありません」

 

「なら良いが。お前は俺の物なんだから不備があったらすぐに伝えろよ」

 

「っ!!」

 

「足音などは聞こえるか?」

 

「い、いえ。足音は聞こえませんが……!?!?」

 

「どうした?」

 

 

驚いたような反応をしたイレインの顔に手を当てる。

凄まじく暑くなっていることから処理が遅くなってしまい、同時並行に様々な機能を使うことが出来ないのかもしれない。

 

 

「はふぅ、あの、良いニュースと悪いニュースがあります」

 

「なんでそんな映画みたいな言い回しなんだ」

 

「どちらからがいいですか?」

 

「それなら、良いニュースからで頼む」

 

「はい、足音が止んでいるため彼女たちは私たちのことを探すのを終了したと考えられます」

 

「良いじゃないか、悪いニュースは?」

 

「クローゼットの目の前に生体反応が2つあります」

 

「は?」

 

 

そう言った瞬間に、クローゼットが開かれる。

すずかと忍が満面の笑みを浮かべながらこちらを見ている。

対してこちらは、イレインの顔に手を当ててまるでキス寸前にしか見えない俺と顔を真っ赤にして煙を出しながらされるがままになっているイレイン。

 

 

「べ、弁明の余地は?」

 

「「あるわけないですよね?」」

 

 

その瞬間、目の前が真っ暗になった

 

 



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バカと一途と優等生(木下優子)

 

 

「結婚してください!!!!!」

 

 

今日も彼女がドアを開けた瞬間に手を出す。

ニコッと笑った彼女はそのまま手を掴む……と、見せかけて容赦なく右腕を取り俺の後頭部側に回したと思ったら何が起きたか分からないうちに頸動脈が閉められて呼吸が、困難に。

 

 

「ギブギブギブギブ!!!」

 

「あれ、もう?」

 

「っ、はぁっ、げほっ」

 

 

今俺に技をかけてきた少女は木下優子。

マネークリップという体に密着する関節技のおかげで後頭部に微かなやわらかさといい匂いを堪能できたが、数秒後には呼吸も出来ずすぐさまギブアップしてしまった。

ここ、文月学園では学力によってクラスが振り分けられるのだが、トップである2年Aクラスに入るほどの学力であり、性格は少し高圧的だがその中でも優しさや可愛さが垣間見える美人で、趣味はちょっとおっかないが魅力的な少女である。(俺調べ)

 

 

「大丈夫?翡翠くんも懲りないね」

 

「あ、あぁ。すまん工藤。」

 

「優子のあれは照れ隠しだから、もっと押した方がいいよ!!」

 

「ありがとう」

 

「愛子??あんたが焚き付けてるの??」

 

「やばっ」

 

 

今、俺のことを心配してくれたのは同じクラスの工藤愛子。

ボーイッシュな女の子でありながら、保健体育の実技が得意だと言い男をからかうのが好きな点に関しては趣味が悪いがそれ以外はとても常識的で温厚な良い奴だ。

俺が木下の事を好きだと言うことを話したら色々相談に乗ってくれたりもしている。

ちなみに今日の登校した瞬間に大声でクラス中にも聞かせながら告白をするというのも彼女の発案である。恥ずかしいので数回断ったが押し切られて告白したのだが木下も案の定真っ赤になって怒ってる。

 

懲りないとか今日もとか、そういった言葉を使ったことで薄々勘づいているかもしれないが2年生に進学してから数日が経った今現在このクラスではこの光景が当たり前となっている。

というのも1年生の頃はあまり頭が良くなかった俺は馬鹿な友人たちとつるんでいる事が多かったのだが、その時に見かけた彼女に一目惚れした。

 

とても似ている彼女の弟とは仲が良かったし、奴から姉貴がいると話を聞いたことはあったが実際出会ったら顔が似ている弟とは全く別の魅力を感じてしまいすっかり魅了されてしまった。

それ以来どうにかお近付きになりたいと弟から情報をねだり、教師に頼んで勉強を頑張り、何とかビリっケツではありながらもAクラスへと入ることが出来た。

ただ同じクラスになれただけで行動しないのは勿体ないため、工藤に相談しつつ何とかお近付きになりたいとあのような行動を繰り返しているのだ。

 

ある日は校舎裏、ある日は屋上、ある日は真っ赤なバラを持って、そのまたある日は、、、と言った感じで毎日別の方法で告白をしてる。

話すことは出来るようになってきたがイマイチ男としては意識してもらえていない気がする。

 

そんな2人は追いかけっこを始めてしまったので今日アプローチするのはもう無理だなと思い肩を落としながら、席に座る。

 

 

「城峯」

 

「おっ、代表、おはよー」

 

「ん、今日も頑張るね」

 

「いやー、やっぱり押せ押せじゃないとね」

 

 

俺の席の隣は霧島翔子。

代表と呼んでいるのは彼女がAクラスの中で首席、つまり1番頭がいいためこのクラスの代表としてまとめ役として色々とやってくれてるのだ。

このクラスでビリだった俺の横に彼女がいるので分からないことをすぐに聞けるのでとても有難いし、少しでも学力の均等性を図るため教師の考えがあるのだろう。

 

 

「気持ちは分かる、多分優子も喜んでる」

 

「んー、そうだといいんだけどね。俺はちょっと実感無いかも」

 

「私も雄二にされたら嬉しいから、優子も」

 

 

雄二というのは俺の友人の坂本雄二。

1年生の頃に馬鹿やっていた頃の悪友であり、彼女の想い人である。

このクラスに来た時は代表と雄二が知り合いだということに驚いたものの、幼馴染だということを聞いて納得した。

話してるとなんというか愛が重い瞬間はあるものの、基本的に代表の恋を応援している&雄二の不幸を望む気持ちもあるので焚き付けてる。

その点では工藤も俺も同じ穴のムジナだろう。

 

 

「代表はちょっと例外な気もするけど」

 

「いや、目は同じ」

 

「そう?分かんないなー、俺には」

 

「ほら」

 

「?」

 

 

好きな人にされたらそりゃあ嬉しいだろう、とは思うが俺はまだそれ以前だからなーと少しらしくないことを考えつつ指を指す代表に少し何をしているのだろうと思ってしまう。

何かと思い目を向けるが、木下が机で次の授業の準備をしているようだった。

代表と目が同じとは言うが俺の席からは顔も見えずなのでよく分からない。

分かんねー、と思いながら代表に視線を戻すと少し苦笑いしていた。

彼女が苦笑いするって相当だぞ。でも分からんもんは分からん。

 

 

「城峯も苦労しそう」

 

「確かに苦労してるかも」

 

「そうじゃないけど、そろそろ授業」

 

「おっけー、ありがと代表」

 

「私も今度相談したい」

 

「もちろん」

 

 

そうしてそそくさと授業の準備を始めると先生も入ってきた。

今日も代表に迷惑かけつつ頑張ろう。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、FクラスとDクラスにて試験召喚戦争が始まったようですのでここからは自習でお願いします」

 

 

先生にいきなり電話がかかってきたと思ったら、そう言って教室を後にした。

試験召喚戦争は文月学園特有のクラス対抗戦のようなものであり、まぁ端的に言うと試験の点数を武器にして戦うものである。

実際にやった訳ではないので細かいことは知らないがこの学園では先生の許可の元、召喚獣という自分のデフォルメされたミニキャラみたいなのを操ることができ、それを用いて戦うらしい。

 

 

「代表」

 

「どうしたの?」

 

「ちょっと見てきていい?」

 

「ダメ」

 

「えー、雄二の写真撮ってきてあげる」

 

「試験召喚戦争のスパイをお願い」

 

「あいあいさー」

 

「あれ、代表。城峯は?」

 

「おしごと」

 

「ふーん」

 

 

許可も取れたので窓から抜け出して、Fクラスへ向かう。

後ろで愛しの声が聞こえた気もするが、気の所為だろう。

去年さんざん走り回った学校なので何処に何年何組があるかなぞ把握済みである。

窓の外にある足場を伝って何とかFクラスへたどり着いたので、木下優子そっくりな男に後ろから近づき声をかける。

 

 

「秀吉ー、おひさ」

 

「おぉ!翡翠か」

 

「召喚戦争始めたって聞いてな、早くないか?」

 

「あぁ、実はな」

 

「おい秀吉、何話してんだ。ってなんだ翡翠か」

 

「雄二もFクラスか、お前ならCクラスまでなら行けたんじゃないのか?」

 

「やりたいことがあってな、翡翠こそどうしてここに?Fクラスじゃあ無いよな?」

 

「あぁ、Aクラスだよ。お前の事だから調べてんだろ?」

 

「勿論。嘘つくかと思ったがあっさり言うんだな」

 

 

彼がさっきの代表との会話でもでてきた坂本雄二。

そして木下優子に似ている彼は弟である木下秀吉、ゆくゆく俺の義弟になる男でもある。

秀吉は中学の頃から付き合いもあり、出会いは忘れたが俺とは親友と言って差し支えない。

 

雄二に関しては知略家、まぁずる賢いの方が合ってるかな。こいつはそういう男なので勝てない勝負はしない男だ。

試験召喚戦争をおっぱじめるくらいだから他クラスに関して入念に下調べくらいしててもおかしくない。俺のクラスくらい知ってるだろう。

秀吉?ただの馬鹿。まぁ部活馬鹿だから成績悪いだけではあるんだが。おれも去年まではこいつくらいの点数しか取れてないのでおあいこだ。

 

 

「そんなんで嘘ついてどうすんだよ」

 

「わしも姉上から聞いとったしな」

 

「そうなん?因みにどんな話してるとか、、、??」

 

「残念ながら口止めされておってな、まぁ悪くは無い?か?」

 

「なんでそんな疑問形なんだよ」

 

「仮にもお前俺たちの敵なんだから帰った帰った」

 

 

雄二に冷たくあしらわれる。

悲しい。

 

 

「そんな冷たくされると秀吉と雄二がハグしてる写真を代表に渡しちゃうよ、、、」

 

「おい!なんでお前そんなん持ってんだよ!!」

 

「そんで?なんでいきなり戦争おっぱじめたのよ」

 

「無視か!?まぁどうせムッツリーニだろうが!」

 

「いや、これは普通にこないだ遊んでた時にテンション上がってたから撮っといた。なにかに使えっかなと」

 

「まさに打って付けのタイミングってことか」

 

 

ため息をつく雄二を尻目に秀吉に状況を聞いた。

姫路がFクラスにおり、彼女のために施設グレードをアップしたいというのが大まかな目的らしい。

それを提案した奴は馬車馬のように働いてるようで本陣にいるのは大将である雄二と護衛の秀吉、そして古典の竹原先生のみだ。

秀吉の古典は点数がいいためすぐにフィールドを展開できるようにだろう。

 

 

「ふーん、なんか違う考えもありそうだけど」

 

「まぁ否定しないが、それだけ喋ればもう良いだろ?」

 

「あぁ、とりあえず代表に報告しとくよ」

 

「帰れ帰れ、塩巻いとくわ」

 

「あっ、写真だけいい?」

 

「あ?」

 

「代表に撮っとくって言っちゃって、無理ならこれ渡すけど」

 

「とびきりの笑顔で写ってやるよ」

 

 

青筋が立ってはいるが写真も取れたのでお暇。

才女と名高い姫路瑞稀がいるってのは意外だったが、今日の戦争で出回る情報だから俺にもバラしたんだろう。

秀吉が知ってる情報なんて多分今日話された内容と以前までに出てきた内容のみ、つまり今日中に出回る情報だけだろうしな。

じゃあねーと挨拶を済ませつつ、同じルートで戻る。

窓からひょっこり顔を出して中の様子を伺うが何だか静かそうだ。

先生もいなそうなのであんしんして教室に入っていく。

 

 

「代表ー、戻りまし。あれ?」

 

「お疲れ様。なんで固まってるの?」

 

「いや、なんかみんな居ないから」

 

「もうお昼よ。そりゃあ居ないでしょ」

 

「あぁ、木下はなんでまだいるの?」

 

「誰もいなかったら寂しいでしょ?」

 

「優しいねー、じゃあ一緒にお弁当食べようよ」

 

「待たせたんだからジュースくらい奢ってよね」

 

「そりゃあ勿論、ジュースでもデートでも」

 

「デートはあんたがしたいだけでしょ」

 

 

少し初見だと気の強いところとかが目に付くが、彼女のこういう所が1番好きだなと改めて感じながら教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

その後、FクラスはDクラスに勝利した後Bクラスにも勝利した。

Bクラスというと俺たちAクラスより、一つだけランクが低いクラス。

だが勝者特権でなんでも命令できる割に、Bクラスの設備を奪うことがなかったことからAクラスにも勝負を挑む気なのだろう。

AクラスもCクラスとの戦争を難なくこなしたこともあり、Fクラスが策を弄したとしても対して痛手ではない気がする。

全てがこの一週間以内に起こってるのだから流石だろう。

 

 

「俺達Fクラスは、Aクラスに代表同士の一騎打ちを申し込みたい」

 

「一騎打ち?」

 

 

そう言いに来たのは雄二と吉井明久。

明久というのは俺の悪友の1人であるバカの中のバカでありテストでもコロコロ鉛筆で点数を取るような男なので、交渉の場には相応しくない気がする。

俺はまぁ交渉役という柄でもないのでクラスの中で話を聞いてるだけのつもりだったのだが話し合いの場に立つ予定だった木下優子に耳を引っ張られ同席している。

それにしても代表同士の一騎打ち。

 

 

「一騎打ちでもいいが、うちの代表に勝つ算段があるってことか?」

 

「まぁな、そうじゃなきゃ挑まんだろ」

 

「そう言われてホイホイと受けられないわね。面倒な戦争をすぐに終わらせられるっていうのは魅力的だけどね」

 

「Cクラスとの戦争もあっただろうしな、そしてこのままだとBクラスとも立て続けにやり合うことになる」

 

「Bクラスって昨日の………」

 

 

昨日Bクラスの代表である根本という男がAクラスに来たのだ。

あろうことか、フリフリのゴスロリ姿で女装してである。

Aクラスの大半からは悲鳴が、少数からは爆笑の声が上がっていたがあれを思い出すと流石の木下も苦い顔になるだろう。

俺?俺はもちろん爆笑してカメラに収めたね。ムッツリーニが完璧な画像は持ってるだろうが、個人的に持ってればいつか脅迫に使える。

 

 

「Bクラスとは一応和平で解決なんだ。だから直ぐにAクラスへ戦争を仕掛けることは可能だしな」

 

「おーっ、あったまいいねぇ」

 

「おい、ちゃちゃ入れるだけならどいとけよ」

 

「だってよ明久」

 

「なんで僕!?お菓子食べてただけなのに!!」

 

「俺の机のお菓子で腹を満たそうとしてんじゃねぇよ」

 

「はぁ、なんか緊張感の無くなる交渉ね」

 

「で、話を戻すがBクラスとDクラスはどちらも和平で解決なんだ。どちらとも戦争をするのはAクラスとしても避けたいだろう」

 

「確かに、それなら5対5の対抗戦でどう?」

 

「姫路が出る可能性も考慮してってことか?」

 

「そ、代表が負けるとも思えないけど。姫路さんの調子が良くて代表の調子が悪ければもしもってことはあるかもしれないしね」

 

「俺が出る、とは言うが信じては貰えないか」

 

「まぁね」

 

「雄二の提案、受けてもいい」

 

 

俺と木下の座ってるソファの後ろから代表が声を上げる。

少しびっくりして木下の手を取ってしまったので、急いで離す。

 

 

「条件として、負けた方は何でも言う事をひとつ聞く」

 

「問題ない」

 

「じゃあ受ける」

 

「飲んでくれて嬉しいよ」

 

 

落とし所としては妥当だろう。

雄二もはなから1対1に出来ると思ってない節はありそうだし。

頭の良いふたりが話すと結局おなじ話になるのかもな。

 

 

「んじゃ、決まりってことで。何時から開戦にする?」

 

「10時からで」

 

「了解、戻るぞ明久」

 

「なんで僕あんま話に参加してないのに連れてきたの?」

 

「Fクラスの雑魚さを見せつける為だ」

 

「ひどい!!」

 

 

最後まで漫才みたいなやり取りだな。

俺も明久と同じ気持ちだが、菓子を取られたからなんなら俺のがマイナスなんだが?

 

 

「お疲れ、流石の落とし所だな」

 

「はぁ、でもまためんどくさいことになるわね。良かったの?代表」

 

「大丈夫。勝つから」

 

 

ここまで言い切られると安心もする。

その後一応誰がどのタイミングで出るかなどの話し合い自体はされたがFクラス相手ということもあって中々緊張感は無い。

まぁ危険視するとしたら姫路とムッツリーニくらいだろう。

ムッツリーニも悪友の1人だがエロい事に興味津々であり、保健体育のみで化け物みたいな点数をたたきだせる男である。

雄二が自信満々なのは気になるが、こういう時の代表は頼りになるし問題ないだろう。

 

グダグダと時をすごしていると開戦の時刻になった。

FクラスがAクラスへと入ってくる。

Aクラスの机等は片付けたものの、クラス広さに感嘆する声も聞こえる。

1度様子を見に行ったFクラスは普通の教室サイズだったからな、大学の講義室くらいあるらしいうちのクラスは物珍しいだろう。

まぁ空間をもてあましている気もするが。

 

さて先鋒戦。

Aクラスは手を抜かずどの教科でもバランスのいい点数の木下から向かう。

代表は雄二の考えてることもわかるだろうし、俺からの情報もあるので御茶の子さいさいだろう。

 

 

「きのしたー!がんばれー!」

 

 

気の抜けた応援に少し呆れたように視線を向けるが、軽く笑顔を向けてくれる。

えっ?いつもよりサービス精神旺盛じゃない?可愛いなこいつ。

Fクラスの先鋒は島田美波。

数学だけ得意な帰国子女で明久のことが好きな女の子だ。

まぁこいつも美人なんだが、ちょっと暴力的なところが玉に瑕というか……

 

 

「うちは数学ならBクラス並の実力なんだから!」

 

「そう、でも私は勿論Aクラスの実力よ?」

 

『試験召喚!!』

 

 

試験召喚という合図でお互いが同時に召喚獣を出し、鍔迫り合いが始まる。

召喚獣は武装しており点数によって実力が変わるようだ。

Cクラスとの戦争では代表の護衛をしており実際に戦うまでもなく完全勝利を収めたため、実物を見るのは初めてでワクワクしてる。

どちらの召喚獣もランスを装備しているが、少し服装は木下のが豪華な気もする。

 

数回の競り合いはあったものの点数をほとんど減らすことなく木下の勝利で終わる。

俺も出たかったけど役目ないのよなー、暇すぎる。

 

 

「おつかれさん、ゆっくり休んでくれ」

 

「疲れてないわ?でもありがと」

 

「2人はいっつもラブコメの波動みたいなのがあるね」

 

「おい、工藤」

 

「あれっ、違った?」

 

「みたいなじゃなく、俺たちはラブラブだからな」

 

「ちがうわよ」

 

 

そんなやり取りもつかの間、次鋒戦が始まろうとしてる。

Aクラスは佐藤美穂。Fクラスからは吉井明久が出る。

 

 

「さとー、がんばれよー」

 

 

声を掛けると少し恥ずかしそうに手を振り返してくれた。

まぁ明久相手なら心配など1ミリもしなくても……

と思ったのもつかの間、召喚の瞬間に速攻で明久の召喚獣は首を切り取られた。

鎖鎌だからこそできる芸当だが容赦ない。

戻ってきた佐藤にハイタッチする。

 

 

「いぇーい」

 

「い、いぇーい……」

 

 

これも恥ずかしそうではあるが応じてくれるあたり優しさの化身みたいな女の子だ。

そんなことを考えてると、横の木下に耳を引っ張られる。

 

 

「いててっ、なんだよ」

 

「べつに?鼻の下伸ばしてるから」

 

「安心しろって俺が愛してんのはお前だけだよ」

 

「きもい」

 

「それは残念」

 

 

お疲れーと佐藤に声を掛けて、次の中堅戦の応援。

こちらからは工藤。Fクラスはムッツリーニだ。

教科は勿論保健体育。

Fクラスの人間の総合科目くらいの点数をどちらもたたき出している。

あいつほんとにFクラスか?

必殺技を使われ、工藤の敗戦。

まぁ保体のテストで彼に対抗できる人間は居ないので全然した方だろう。

 

 

「あははー、負けちゃった。あとはよろしくね?」

 

「勿論」

 

「おつかれさん、工藤流石だよ。俺からしたらお前も充分すごい」

 

「そう言われると嬉しいけど、彼女さんまたまた睨んでるよ?」

 

「睨んでないし彼女じゃないわ、ほら久保くんの番よ」

 

 

バトンを渡されたのは久保利光。

Aクラスの次席であり、秀才という文字の生き写しのような男だ。

彼はちょっと良い奴なんだが、ちょっと変わってて端的に言うとちょっと苦手。

話してるとさりげなく最近の明久の話になる時があり、それさえ無ければ気のいいやつなんだが。

Fクラスからは姫路瑞稀、秀才でありAクラス首席になる実力すらある女の子である。

 

総合科目での勝負で点数はほぼ互角、姫路が代表並の点数を取っており少しリードしていたこともあり善戦したものの負けてしまった。

今日1番の熱戦と言っても過言ではない。

 

 

「おつかれさん、さすが次席だよ」

 

「負けたのにそんなこと言う?」

 

「慰めなんていらないだろ?」

 

「ふふ、そうかもね。ありがとう翡翠くん」

 

 

彼の背中を軽く叩いて声をかける。

次席でありながら努力を惜しまず、鼻につかないのは美徳だ。

ほんとに明久にさえ惚れてなければな……

 

そして2対2で迎える代表戦。

代表が負けるとは露ほども思えないので安心だ。

 

 

「Fクラス代表坂本雄二だ」

 

「Aクラス代表霧島翔子」

 

「では教科は?」

 

「日本史の限定テスト対決で、内容は小学生レベルの方式は100点満点の上限あり」

 

 

召喚獣での戦いではないとは、何か考えがあるのか?

しかもあの自信。何が目的なんだろうか。

 

 

「それではテストを作成しますので、お2人は別クラスに集まってください」

 

 

そう言われて部屋を後にする2人。

 

 

「坂本ってやつ、何が目的なの?」

 

「さぁ、でも代表が満点取れないってことあるか?」

 

「それはそうだけど」

 

「まぁ気楽に待とう」

 

「翡翠は呑気ね」

 

「まぁここで負けたら負けただしな」

 

「……それもそうね」

 

 

木下とグダグダ雑談しているとテストも終わったようだ。

緩みかかっていた教室内の雰囲気が戻る。まぁピリついた雰囲気という訳でもないんだが。

 

 

「それでは限定テストの点数発表になります」

 

「Aクラス代表、霧島翔子。97点」

 

 

おぉ、代表が100点を取れないとは。

雄二は多分種もわかってるんだろうが、そこを着いたのかもしれん。

Aクラスでは敗北の雰囲気が流れ出す。

佐藤に至っては涙を流していたのでハンカチを貸しといた。

 

 

「Fクラス代表、坂本雄二。53点」

 

 

は?

 

 

 

 

 

 

 

結局唯の勉強不足で敗北した雄二のせいでFクラスの設備は悪化。ちゃぶ台で勉強をしていた現状からみかん箱に格下げしたらしい。

設備も安泰で安心しきったみんなはもう帰ったようだ。

後片付けやら手続きやらを代表がやることになったので軽くお手伝いをしていたのだが気になったことがあり、声をかける。

 

 

「それにしても代表」

 

「なに?」

 

「テスト、わざと間違えたの?」

 

「いや……」

 

「ふーん」

 

「好きな人との思い出は、忘れないだけ」

 

「やっぱロマンチストだねー、代表は」

 

「そう?」

 

「あとはやっとくから、その人貰ってきな」

 

「ありがと、翡翠」

 

 

行ってらっしゃーい、と声をかけて教室から出てく代表を見送る。

雄二から教えてもらった勉強だから間違っててもそのままにしてるのだろう、そこに漬け込む奴も悪い男だが乗っておいて完勝する代表は良い女だ。

Aクラスの設備を落として困るのはクラスのみんなだ、雄二への愛が強いのは確かだが勝てると確信を持っていたため張り続けられたところがあるのは間違いないだろう。

 

クラスも守って、何でも言う事を聞く雄二を手に入れる。

彼女が今回の勝利者なのは間違いなさそうだ。

 

 

「終わった?」

 

「おぅ、木下。待ってたのか?」

 

「そう、待っててあげたのよ」

 

「そりゃあ嬉しい、じゃあ一緒に帰ろうぜ」

 

「その前に、今日の分。」

 

「ん?あぁ」

 

「いつものよ、ほら」

 

 

確かに朝イチからFクラスが乗り込んできたりとバタバタしてて、告白出来てなかった。

愛してるって言ってた?それは呼吸みたいなもんだから。

だが木下からそれを言うとは。

何だかんだこいつも俺をからかって楽しんでるのかもしれん。

まぁ木下の楽しさの一端になれるなら安いもんだが。

 

 

「木下、好きだ。付き合ってくれ!」

 

「ありがと、私も翡翠のこと好きよ?」

 

「ん?え!?まじ!?」

 

「なんで告白した側が驚いてるのよ?」

 

「そりゃあ、木下」

 

「優子」

 

「え?」

 

「優子、って呼んで?」

 

「まじ!?なんで!?そんな素振りなかったじゃん」

 

「んー、でもこんな毎日私のこと好きでいてくれて。悪いところも受け入れてくれるの、翡翠だけよ?」

 

「悪いところなんて」

 

「んふふっ、そう言うと思った。でも私がいちばん分かるの」

 

「俺が好きな人を悪くいうのは優子だろうとダメだ」

 

「好きよ、貴方のそういうとこも」

 

「おい、まじ?夢みたいだ」

 

「ほら、帰りましょ」

 

「あぁ、優子」

 

「ん?」

 

「好きだ」

 

 

そういうとはにかむ彼女。

どっちからともなく手を取って恋人繋ぎにする。

2人でいつも通りの話をしながら、いつもより距離をちかづけ夕日が照りつける校舎を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「姉上、今日はご機嫌じゃな」

 

「そりゃあ、やーっと欲しかったものが手に入ったのよ?ご機嫌にもなるわ」

 

「ん?ということは」

 

「翡翠と付き合い始めたわ」

 

「おー、やっとOKしたんじゃな?」

 

「そうよ、秀吉にも手伝ってもらって悪かったわね」

 

「なんのこれしき、と言いたいところじゃが」

 

「?」

 

「中学の頃に翡翠と接点を作れと言われて頭を抱えたのは今でも忘れられん」

 

「あら、そうだったかしら?」

 

「中学の頃、翡翠に姉上が一目惚れしてワシに偵察させてたんじゃろ?一目惚れしたなら姉上が近づけば良いのに。ワシにナンパまがいのことをさせおって」

 

「まぁいいじゃない、結局仲良くなれたんだし」

 

「そりゃあ親友と気持ちよく呼べる存在になったのはありがたいんじゃが。それにしたってよくOKしたのう」

 

「ん?なんで?」

 

「なんたって、翡翠があんなに告白してたのに全くOKの返事を出してなかったんじゃろ?」

 

「それはそうだけど」

 

「翡翠も何だかんだダメージはおっとったしな」

 

「そうね、秀吉も散々言ってたものね」

 

「それでいきなりOKだしたのは不思議でな」

 

「あいつね、私には一線引いてたの」

 

「そんな風には見えんが」

 

「愛子とか美穂には結構ボディタッチとかもあるのに私には無いのよ?しかも美穂に関してはハイタッチやらハンカチで目元拭ってもらったりとか。私は私からいかないも触れ合うこともないのに」

 

「つまりは、嫉妬か?」

 

「まぁ、そうね」

 

「あっさり認めるんじゃな」

 

「まぁあんた相手に隠しても仕方ないしね。代表とずーっと喋ってて何だかんだ2人きりで話すタイミングとかもないし。実は代表が好きなんじゃないかって疑ったわよ」

 

「お、おぉ」

 

「それに」

 

「ま、まぁとにかく、わしは祝福するぞ」

 

「ありがと」

 

「それにしたって、どうしてこんな回りくどいことしたんじゃ?」

 

「なんで?」

 

「中学の頃から好きで、ワシまで使って射止めたのに告白には頑なに首を縦にふらんかったんじゃろ?」

 

「わたしね、欲しいものは必ず手に入れて離さないの」

 

「あぁ、そうじゃな」

 

「苦労して手に入れて、更に周りからの評価も固めておけば、もう翡翠からは離れられないでしょ?」

 

「あぁ、流石じゃな……執念というかなんというか」

 

「これからも秀吉には働いてもらうからね?」

 

「えっ、これ以上は騙してる感じもして罪悪感が凄いんじゃが……」

 

「働いてもらうからね?」

 

「はい」

 

「んふふっ、大好きよ。翡翠」

 

「翡翠。お主、まずい女に捕まったかもしれんの……」

 

「なに?」

 

「いや……」

 

 






純愛すぎん?



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