マブラヴ オルタネイティヴ episode HAGAKURE (不屈闘志)
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プロローグ その一 46文書

生まれてはじめて投稿致します。
両方共に大好きな作品なので、両方のファンが楽しめるように頑張ります。


 

一九四四年亡月亡日 帝国軍哈爾(ハルピン)収容所

通称血涙島

 

「陛下が講和条約を受け入れる方針で意思を固めただと!あり得ぬっ!後、ほんの少しで我が研究は完成し、日本帝国は米英撃滅を果たすどころか、世界を支配できるのだ!日本民族こそ、他の民族を優越せる民族。牽いては世界を支配すべく運命を有す!それを何ゆえっ。」

 

一人の痩せた中年の将校が、悪鬼のような目をさらに血走らせ、短いナマズ髭を生やした口で無線機に必死で叫ぶ。

 

「せめて後三ヶ月は待てぬのか!研究内容だと?それは何度も言ったように超軍事機密故に明かすことはできぬ!それにこの回線は、傍受されている可能性が非常に高い。他国に研究内容を一片たりとも知られてはならぬのだ。おいっ。聞こえているのか?くそっ!」

 

悪鬼の目を持った将校は無線器を勢いよく叩きつけた。

 

「本国のすくたれどもめ!この譜代武家の筆頭である葉隠家が当主、葉隠四郎の研究を信じられぬのかっ!」

 

通信を一方的に切られて数分後、葉隠四郎と名乗る将校は余程怒髪にきているのか、平常時にも絶対に立てぬ足音をカツカツと、わざと響かせるように廊下を歩き、実験室に急いでいた。

 

「後少しだったのだ。先の三つの研究が完成し、最後にあれを着装できさえすれば、戦術神風を米国で炸裂させ、戦況は一気に日本帝国に傾いたものを。この譜代武家の当主である四郎がわざわざこの研究のために材料が手に入りやすい哈爾に三年も出向いたというのに!」

 

吐き捨てるように叫びながら薄暗い長い廊下を抜け、自らの研究室の扉を勢いよく開けると、そこはまさに地獄であった。

最新の機器に囲まれた実験室、そこにはすべての尊厳を奪われ、手術台に縛られている血涙を流す虚ろな目をした大量の人間達、彼らを番号で呼び地獄の鬼が如く生きたまま解剖している白衣の研究者達の姿があった。

これら実験に使われているのは、すべて捕虜となった他国籍の軍人達である。

この哈爾捕虜収容所は、収容所とは名ばかりの日本帝国も知らぬ葉隠四郎だけの極秘兵器実験施設なのだ。

総責任者である葉隠四郎が入室し研究者達は敬礼する。

 

「傾聴せよ!これより、最重要事項を申し付ける!」

 

葉隠四郎は、先程の本国からの無線の内容を隊員達に伝えた。

それは日本帝国は講和条約を受諾し敗北を受け入れること、すべての日本人は満州をはじめとした中国大陸から引き上げること、そしてこの研究は打ち切られることである。

 

「我が陸軍葉隠瞬殺無音部隊は、研究成果をすべて収容した後に実験施設に火を放ち証拠を焼却し、本国に帰還する。

誇り高き帝国の歴史に生体実験の事実は無用である!

そして、諸君!敗北と言ってもうちひしがれるなかれ。なぁに、武家は解体されずにそのまま残るのだ。

四郎の予想ならば大戦はまた近年に起こりうる。そのときまで暫しの辛抱なり。皆のもの、早急にとりかか…ぐわっ!!」

 

喋り終わらないうちに爆発音が響き、地下の研究室が大きく揺れた。

それは間違いなく上空からの爆撃であった。

 

(おかしい。先程の通信、傍受されていたとしてもこれ程早くの爆撃はあり得ぬ。ま、まさか)

 

四郎は研究機器をつかみ体を支えながら、何かに気付いた顔で憎々しげに呟いた。

 

「まさか…先日、この血涙島から唯一逃走できた余命二時間の虫けら、あの実験材料208号が生きて他国の軍にたどり着き、この捕虜収容所の内幕を伝えたのか…」

 

爆撃が一時収まったその瞬間に周りの兵士、研究者達に激を飛ばす。

 

「不肖葉隠四郎、どんな虫けらにも五分の魂という言葉を忘れていたわ!瞬殺無音部隊、迎撃準備にかかれぇい!」

 

 

 

 

その後、連合軍主観の戦闘記録によれば、血涙島は連合軍と葉隠瞬殺無音部隊の戦闘により地獄の戦場と化した。

当初は謎の格闘術を駆使し連合軍の人海戦術を意に介さず有利に立っていた瞬殺無音部隊だが、昼夜を問わない空からの爆撃には対抗手段を持たず、体を粉々にされ、徐々に数を減らしていった。

一週間後、連合軍は予想を大きく越えた五倍の被害を出しながらも葉隠四郎以外、すべての隊員を殲滅、四郎を生きたまま捕虜とすることに成功する。

 

そして、戦後の連合国主導の弾劾裁判では、葉隠四郎の悪行は唯一実験から免れた実験材料208号の証言と爆撃からわずかに免れた人道から外れた実験をされていたことが解る数千体の遺体、それらが決定的な証拠となり証明された。

葉隠四郎は、亜細亜最凶の悪鬼と評され、葉隠の家名とともに他国や日本帝国からも忌み嫌われながら、A級戦犯として刑を下されこの世を去った。

 

しかし、ある重大な謎が残った。

それは、葉隠四郎が何を研究し、瞬殺無音部隊は何のために存在していたのかである。実験材料208号も、周りの兵士や自分が、実験台として材木同然に切り刻まれたことは理解出来たのだが、何のための実験なのかは、知るべくもなかったのだ。

 

米国は葉隠四郎に対して、裁判にかけるまでにあらゆる拷問を与え、研究内容をすべて渡せば、無罪とする裏取引を何度も持ちかけた。

しかし、悪鬼は薄ら笑いを浮かべながら「貴様ら、劣等民族に私の研究が使われること、死んでも私の魂が承知せぬ。捕虜達はあくまでも帝国のため丁重に有意義に使用したまでのこと」と宣うのみで、 膨大な人体実験を行って何を研究していたのか最後まで、口を割ることはなかった。

 

さらに謎を迷宮入りさせた要因は、肝心の研究施設に対して、念入りの爆撃を繰り返したゆえに実験機器とともにすべての瞬殺無音部隊の死体も原型を留めぬほど残らず破損、書類も一片にわたって灰と化し、運良く爆撃を逃れたのは実験材料の死体のみだったこと。

本国にも極秘にしていた研究ゆえに、内容を知っているものは、軍の上層部や同じ武家である五摂家から外様に至るまで皆無であったこと。

さらに誇り高い侍の魂を持つ譜代武家である葉隠一族は、将軍から取り潰しの命が下る前に当主の悪行を恥じ、栄えある葉隠の家名が残酷な悪鬼の一族として泥にまみれたことに絶望し、ほとんどの者が自ら切腹、または服毒自殺したことである。

 

そして、生き残った者も葉隠という家名を捨て、連関して取り潰しになった葉隠家に代々仕える兵藤家をはじめとした御三家とともに野に下ってしまった。

 

その後、特に研究結果を我が物としたい米国、ソ連、中国は、他の武家や一般市民から忌み嫌われながらも、父親の罪を背負うため一人葉隠を名乗る四郎の息子を国連の名のもとに拉致しきつく尋問した。

さらに米軍は、帝国に残存する葉隠家に関する書類をすべて暗号化も考慮にいれ、血眼になり調べあげた。

だが、これだけ調査したのにも関わらず、判明したのは「未知の技術であるこの四つの研究が完成すれば、日本は世界を支配できる」といった表面的なことのみであった。

 

 

数年が経ち、四郎の研究内容を探していた世界各国だが、一国足りとも手がかりさえ手に入れられず、捜索を打ち切った。それゆえに四郎の研究は、近いうちに世界から風化するはずだった。

しかし、亜細亜最凶の悪鬼の悪名の高さから、その謎は忘れ去られることは許されず、やがて世界中で独り歩きし始めた。

それは人々に伝わるにつれて「葉隠四郎は、血涙島陥落前に自分の研究内容をすべて記した文書を作成し、日本のどこかに隠した。未知の技術を記すそれが発見されればどんな小国でも世界を支配できる」という都市伝説と化す。

存在自体疑わしい秘文書は、誰ともなく四郎の名前から、46(ヨンロク)文書といわれるようになった。

 

 

そして、時は流れ46文書も古いオカルト雑誌の隅に記載される程度に収まった。

皮肉にも、平和になったからではなく、人類は一九六七年のサクロボスコ事件から始まったBETAとの月面戦争により、地球上のあらゆる情報は、BETA関連で持ちきりとなったからである。

 

戦いは長引き、人類は一九七三年に中国新疆ウイグル自治区喀什(カシュガル)にBETAの着陸ユニット落下を許してしまう。

ついに地球上で人類とBETAの戦争が始まったのだ。

人類は戦術機を始め、あらゆる戦闘技術を開発し、BETAに対抗した。

だが、人類はそれでも一丸となることができず徐々に戦況は悪化の一途を辿っていった。

この頃からである、沈静化した46文書という都市伝説が復活し、主に世界中の軍の間で細々と、語り継がれるようになったのは。

 

「もしかしたら、どんな小国でも世界を支配できる技術が記された46文書が見つかれば、BETAを倒せる足掛かりとなるのではないか?」と…

 

しかし、国連の尋問から開放された葉隠四郎の息子も、子供が生まれるとともに行方不明となったうえ、そんな眉唾物を調べる人的、物的そして何より心的余裕がもはや人類にはなかった。

 

 

 

 

二〇〇一年、BETAとの戦争が始まり三十年以上が経過した。

悪しき血涙島もユーラシア大陸がBETAの支配下となり消滅し、世界人口も十億となってしまった世界。

46文書は日本を含めた世界各国の軍の上層部においては、未だに根強く信じている者も多数存在した。

しかし、武家や政府に連なる者以外の一般市民からは、葉隠の名はほぼ忘れ去られていた。

 

 

そして、その人類自体が十年以内に地球からBETAによって消え去ろうとしていたその時、因果の果てから二人の少年がこの絶望の世界に降り立とうとしていた。

一人は、何度でも絶望する世界に抗う為に戦う、果てしない愛と勇気を持った少年、白銀武。

もう一人は、牙なき人の剣となり戦う、悪鬼から受け継いだ人殺しの技を極めた少年、葉隠覚悟。

 

この二人から生じる因果の螺旋は、様々な人物、戦闘、そして人類救済の手段であるオルタナティブⅣ、00ユニット、46文書をも巻き込み、絶望する世界に希望の光を与えることになる。

 




これを書くのに5日ほどかかっているので、仕事の関係上、次の投稿は1ヶ月後くらいになるかもです。
気長に待ってください。


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プロローグ その二 覚悟のこれまでの死合い

召喚前の覚悟の前日譚が予想より、長くなりそうなので二話に分けて、先に一話を載せちゃいます。
マブラヴ要素一切無しの9割覚悟のススメ、1割エクゾスカル零でお送りします。


20世紀の最後に全世界を襲った地球規模の地殻変動は、三年にも及び多くの生命と秩序を破壊した。

 

 

 

一九九七年 亡月亡日

北海道網走

 

装甲軍鬼『霞』 と鋼我一体を成し遂げ、現人鬼となった覚悟の実兄である散(ハララ)は、人類抹殺を宣言した。

父親である朧は、 塹壕鉄人『雹』を着装し、それを阻まんとするが、逆に返り討ちにあい死亡する。散は、父の死を目の当たりにした覚悟と三千人の英霊が宿る強化外骨格『零』に実力差をまざまざと見せつけ、覚悟をわざと生かし笑いながら逐電した。

 

その後、覚悟は全国の学校を廻り転校を繰り返しながら、零と共に兄の行方を追うこととなる。

 

二〇〇一年

新東京

三年にも及ぶ地震で廃墟とかしたかつての帝都である新東京は、様々な区域に別れている。新エネルギーが暴走し汚染された死の大地である番外地。電子機器を狂わす巨大蛾が舞い、いかなる生命も補食する巨大ゴキブリが這う13番区。その中でも住所不定群盗が何千といる04番区の逆十字学園に転校した覚悟は、ついに散の手がかりを見つける。

散は四年の間に、圧倒的カリスマで自分を殺しに来た者でさえ仲間にし、人類抹殺に同調する不退転戦鬼軍団を組織していたのだ。それを知った覚悟は、その目的を阻まんと散率いる不退転戦鬼軍団と激突した。

 

何度も死の淵に追いやられた覚悟であったが、その度に父の教えや級友の助け、さらに散の人体実験により廃棄された元人間である肉虫の力を借り、一人また一人と強大な不退転戦鬼を倒し、ついに親玉である散と対決する。

 

二〇〇一年

中国哈爾元捕虜収容所 通称血涙島

 

決戦の舞台を血涙島に移し、圧倒的実力差で覚悟を責める散だが、余命僅かとなった覚悟の一撃必生の拳を受け霞とともに散開。霞に宿る怨霊犬飼冥とその息子玉太郎も、覚悟の愛する堀江罪子の胸に抱かれ昇天した。

 

その直後、戦闘終了の隙を突き乱入した世界征服を企む覚悟の曾祖父、海底工兵『霆』を着装した葉隠四郎に人類完殺の切り札である移動菩薩G・ガラン(ジャイアントガラン)を乗っ取られる。

しかし、覚悟に宿る肉虫の最後の力と最後の不退転戦鬼である知久の大忠義により蘇った覚悟と散に逆襲され、G・ガランの操縦権を取り返した散のG・螺旋(ジャイアント・らせん)によって悪鬼は最微塵(クォーク)と化した。

 

二〇〇一年

新東京 新東京湾

 

散は、覚悟の中に人類の可能性を見いだし、二人は和解。

そして、環境浄化の益虫 『極楽蝶』を使い、地殻変動により荒れ果てた世界中の環境を建て直すため、G・ガランに乗り旅に出た。

 

 

 

 

二〇〇一年十二月二十四日

北海道網走の山奥

 

激闘から半年後、冬休みに入った覚悟は、兄からもらった自立型AI搭載二輪、機械化軍用犬月狼(モーントヴォルフ)を逆十字寮に残し、徐々に復興が進む新東京を後に、北海道網走の実家に帰省していた。

それは、父の霊に堀江罪子と恋人同士になったことを報告し、交際を認めてもらうためであった。

父に自分の思いを吐露し、ついに交際を認めてもらった覚悟は、罪子からもらったお守り雫を見つめながら聖夜に眠りにつく。

その瞬間、かつて葉隠四郎に実験台にされた零式密猟者(ぜろしきハンター)、実験材料208号が急襲、応戦する覚悟だが、余命幾ばくもない208号の本懐を遂げさせるためにあえてその刃を受けた。

 

 

 

ボロボロの百歳を越える老人が持つ斬超鋼剣が、装甲越しに覚悟の腹から背中までも貫ぬく。

 

「と、殺ったぞ!絶やしたぞ!悪鬼葉隠!悲願達成!嗚呼!思い出したぞ!俺の!俺の!俺の!名前…」

本懐を遂げた実験材料208号は、自分の名を思い出し、舞い散る雪に埋葬されながら満足して眠りについた。

 

覚悟は、自らの血にまみれながらも敬礼し老戦士を見送った後、同じく血まみれの雫をみた。

(やはり、俺には愛は似合わぬらしい。俺に触れれば美しいものは、みんな汚れてしまう。了解!遥けき彼方より君の幸福を見守らん。)

覚悟は、愛しい人を思いながら徐々に膝をつく。

『か、覚悟』

零が、信じられないようなものを見る声を出す。

(メリークリスマス)

覚悟は、雫を握りながら眠りについた。




あらすじだけなので簡単かと思ったら、めちゃ大変でした。
次は、ある意味自分が勝手に妄想していた覚悟のススメからエクゾスカル零に移る間の覚悟に何があったかを書きます。
次で前日譚は、終了ですのでマブラヴファンは、もうちょっと我慢してください。
頭の中では、超脱水鱗粉をふりかけのごとくBETAに浴びせている零がいるのです。
頭の中の描写を文章化するって大変(*_*)

後、感想をくれたら嬉しくなって執筆が早くなるかもです。


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プロローグ その三 予期せぬ報告

すいません。また、覚悟onlyです。



二〇〇一年十二月三〇日

移動菩薩G・ガラン内の医務室

 

人間サイズのカプセルがいくつも並ぶ中、1つだけ治療液で満たされたカプセル。その中にいるのは、五日前に実験材料208号に致命傷を負わされた覚悟であった。

 

そこに容姿が怪しく整った若い男が入室し、カプセル横の機器を操作する。するとカプセルの治療液が抜けはじめ、すべて抜けきると同時に覚悟は目を覚ました。そして、目の前の人物を見て覚悟は五日間睡眠していた者とは思えない程、目を見開いて叫んだ。

 

「兄上!」

 

「久方ぶりだな覚悟」

 

そこにいたのは半年前に激闘繰り広げながらも和解し、世界に旅立ったはずの実の兄、散であった。

 

覚悟は、208号に貫かれた筈の自分の腹部を触りながら問う。

 

「ここは?私は何故生きている?」

 

散は、怪しい唇で薄く笑った。

 

「覚悟よ。危ないところであったぞ。私がかわいい弟への誕生日プレゼントを持参し、今さら会いたくもない父上のいる実家に帰省したら、貴様は土手っ腹に穴を空け、雪に埋葬されかけているではないか。だが、G・ガランの設備、そして散の医術なら、それくらいの傷わけはない。もう一人は年齢的に無理であったゆえにねんごろに埋葬しておいた、安心せい。」

 

「そうですか…お心遣い感謝致します。」

 

覚悟は、実験材料208号の成仏を改めて深く祈った後、ようやく自分が年を重ねたことに気づいた。

(そうか、忘れていた。クリスマスは、キリストの生誕した日であるとともに、私の誕生日でもあったのだ。 )

 

散は、覚悟に衣服を与え、かつて堀江罪子と食事をした部屋へと案内する。

 

広い豪華な室内に入ると、中央の机に真っ赤なリボンに巻かれた白い包装紙に包まれた箱があった。中央に進んだ散は、それを覚悟に投げて寄越した。

 

「兄上ありがとうございます。慎んで拝領致しまする。」

 

お礼を言いながら上手く受けとる覚悟。

 

「覚悟よ、堅苦しい礼は後だ。送り手が一番見たいものは、相手の驚く顔よ。」

 

覚悟は、その真面目な性格を象徴するがごとく、包装紙もリボンも傷つけずに器用に開けてゆく。包装をすべてはがし、最後に蓋を開けると中身は、二冊の分厚い文書と二個のメモリーチップであった。

 

「これは?」

 

散は、机に座りながら、上半身を反り役者のように片手を大袈裟に挙げながら覚悟に答えた。

 

「それは、血涙島で発掘した陸軍葉隠瞬殺無音部隊のすべての研究が収まった文書。もうひとつは、G・ガラン、挺身結晶、転送刻印、極楽蝶など、それらの作成の手引きを記した文書なり。」

 

「兄上、これを私に渡してどうしろと?」

 

散は、覚悟を正面から見つめ真剣な顔で答える。

「覚悟よ。釈迦曰く、闇を知るものにしか光の経は読めぬという。その光で牙なき人の明日を照らすため、葉隠の深い闇を私たちは、忘れてはならぬ。

もう一冊は、散が居なくなったときのための文書だ。散が発明した数々、人類にはちと早いがいずれは理解できるものが現れるだろう。」

 

そういうと、また散は、表情を崩した。

 

「そのため、趣味の彫刻しかできぬ貴様のために、わざわざパソコンに打ち込んで編冊したのだ。弟への無限大の愛、深く推し量るべし!」

 

葉隠の暗部を痛ましいほど、熟知しているのは、この世で二人のみでよい。しかし、平和な時が経ち二人がいずれは寿命でこの世を去り、零や雹も破壊、封印されればどんなに口伝で葉隠家が語り継ごうともいずれは、風化してしまうだろう。

そして、鬼の血が流れる葉隠家は、また四郎と同じ過ちを繰り返す者が出るかもしれない。それを防ぐために散は、戒めとして書物と情報端末を残したのだ。

 

「最初の文書の意図は理解できます。しかし、兄上が寿命以外でいなくなることは考えられませぬ」

 

散は、また笑いながら言った。

 

「あはは、忘れたか?散は、これでも二回死んだ身だ。それゆえの念のためよ。」

 

 

それから、覚悟は散と食事をしながら、新東京湾で別れた後の半年間のことを話した、学校、級友、初めての飲酒のこと。

 

話題が尽きたその時、覚悟は先程話していた時と表情を変え真剣な顔で、散にあることを伝えた。

それは、先日から打診されていた、かろうじて荒れた日本を統治している政府の管理局からの提案である。

 

その提案とは、

「これからの日本は復興に力をいれ、十年以内には新東京全域が、四十年以内には日本全体が、地殻変動が起こる前のような平和な時代に戻れるだろう。

世界各国のどんな独裁国家も今では、戦いよりも復興に予算を注ぎ込んでいるゆえに、かつてのような世界大戦は、半世紀程は起こらないと断言できる。

荒れ果てた時代は、人の心を荒ませ、それゆえ人の皮を被った鬼が出現するが、平和な世には、葉隠四郎のようなものは現れない。それに四郎の意思を継いだ帝国再建を目論む者達も雷電の着装者の黒須京馬という者が殲滅した。

それでも犯罪が起こるのは確実だが、そのレベルなら警察や『衛府』で処理できる。

しかし、また百年後、二百年後には、我々でも対処できない何かが起こるかもしれない。その時代の牙を持たぬ人達を守るために我々が開発した冷凍睡眠装置に入り、来るべく戦いに備えてくれないか?」である。

 

散は、整った顎をしゃくりながら、覚悟にいう。

 

「ふむ、要約すれば平和な時代には、強化外骨格や零式防衛術は存在するだけで戦乱のもとになり、何より反乱でも起こされたらもっとやっかいだ。故に、役目が済んだ刃は鞘に収めるべしということか。」

 

そう言いきった散は、冷徹に笑った。

 

「ははは!人を物扱いどころか、危険物扱いか。覚悟よ、貴様はそれでよいのか。冷凍睡眠に入れば心を繋いだ学友や、何より愛する堀江とも永遠に会えなくなるぞ。」

 

覚悟は、嘘偽りのない声と表情で答えた。

 

「最初は、その提案飲む気などあり得ませんでした。しかし、三ヶ月前の悶十郎、五日前の208号、そして、何より平和になった時の零と零式防衛術は、どう扱われるか考えました。それらをすべて、考慮してその話を了承しようと思います。兄上、私は彼らを心より、愛しているがゆえに眠りにつくのです。」

 

散は、笑うのを止め、愛する弟の悲しき心情を一瞬で読み取った。

 

平和な世では、一瞬でその平和を破壊可能な武装の宝庫である強化外骨格は、人々にとって戦乱の象徴となる。

そして、戦いを知らない極端な平和主義者やテロリズムを持つものなら、それを排除、または奪取すべく襲いかかるかも知れない。零式防衛術を極めた覚悟なら、どんな刺客であろうとも意に返さないだろう。

 

だが、刺客が自分より強大な標的を倒すためにまず狙うのは、標的その物ではない。

常に最初に狙われるのは、標的の弱点となる標的の命より大切にしている者達なのだ。

 

「そうか、それならばこの散、もう止めはせぬ。しかし、堀江にはこのことしかと伝えておけ。何も告げずに逐電すれば、あやつは貴様を探すため火星まで出向くであろう。それは、死ぬよりも不憫じゃ。」

 

覚悟は、敬礼して答える。

 

「了解です。」

 

 

 

二〇〇一年十二月三十一日

新東京04番区 仮設住宅区域

 

プルルル!

 

一週間連絡がない覚悟を待ち続ける堀江に、一通の電話の音が響いた。

 

「はい、堀江です。」

 

「覚悟です。堀江さん明日、家に来て下さい。話したいことがあるのです。」

 

 

 

二〇〇二年一月一日

新東京逆十字寮

 

堀江罪子は、トレードマークのリボンをピョコピョコ弾ませながら、一週間連絡のなかった愛する人のもとへと急いでいた。

 

(葉隠君たら、ずっと連絡寄越さないで、私、心配したんですから!大切な話って、お父さんが交際、許してくれたのかな?それとも愛の逃避行?けど普通に初詣の誘いですよね!)

 

そんなことを思いながら罪子は、葉隠覚悟のナンバープレートがかかった部屋につき、インターホンを押す。

 

(葉隠君好きよ)

 

ポンピーン

 

「はーい」

 

ドカッ!

 

罪子は、半年前と同じく勢いよく開けられたドアに吹き飛ばされ、三階から落ちるギリギリで柵に捕まった。

 

「あれ、誰もいねぇ。」

 

「ここよ…。」

 

 

 

 

「どべの堀江がやっと到着したぜ。」

 

勝手知ったる他人の家と言わんばかりに、部屋の中に案内する学帽をかぶり常に歯ブラシを咥えている長身の男、堀江とは三才からの幼なじみである覇岡。

 

「覇岡さ~ん。俺らは同じ寮なんだから早いのは当たり前ですよ~。」

 

覇岡の舎弟の一人でネギを生やしたよ

うな独特な髪型をしているぴょん助。

 

「そうですよ。僕も三十秒で着けるし。」

 

同じく舎弟である、よく覚悟や零の絵を描いてくれるロン毛のポン太。

 

「私も住んでるとこ近いしね~。」

 

罪子の女友達で顔に包帯を常に巻いている青木の四名が先についていた。

この四人は、覚悟が学校で特に親しくしている級友達である。

 

皆を急かすように覇岡が言う。

 

「そんなことはもういいじゃねぇか、早く初詣行こうぜ。なぁ覚悟。」

 

その声を止める覚悟の落ち着いた声が響く。

 

「みんな、話がある。」

 

「なんだよ!わかった。零を御神体代わりにして、皆で拝まして賽銭とるきだろ?」

 

覇岡の冗談を無視し、さらに覚悟は宣言する。

 

「私は、9日後この地から去る。」

 

その爆弾発言に罪子を除く四名から次々と質問が浴びせられる。

 

「嘘だろ?葉隠?」

 

「本当ですか?葉隠さん!卒業まで後2ヶ月ですよ?お兄さんがもう見つかったからずっと逆十字にいるっていってたじゃないですか?」

 

「時期がおかしいよ!」

 

「いったい次は何処に転校するの?近いところよね?もしかして、実家の北海道?」

 

「違う。皆とは、もう永遠に会えない。」

 

その一言でその場が水を打ったように静まり返る。

 

その中で震える声で、罪子が呟く。

 

「覚悟君、詳しく教えて。」

 

 

 

覚悟は、散と話した次なる戦いのために冷凍睡眠装置に入ることを皆に包み隠さず伝え、さらに政府と逆十字学園の校長にもそれを了解したことを伝えた。

 

その言葉を聞いて五名は、何も言えずに顔を一斉に伏せる。

 

しかし、青木がいいことを思い付いたように顔を挙げ覚悟に自分の考えを述べた。

 

「葉隠君がいない間に、前みたいに戦術鬼?の生き残りの悶十郎みたいなやつが来るかも?あんなの警察じゃ無理だよ。葉隠君がいなくちゃ。」

 

顔を伏せたままの罪子以外の皆が、そうだと言わんばかりに頷く。

 

すると予想していた質問というように、覚悟が淀みなく答えた。

 

「兄上が、かつて血髑髏が使用していた戦術鬼レーダーで調べてくれた。

戦術鬼は、もう一匹足りとも残っていない。」

 

血髑髏とは、散がかつて率いた不退転戦鬼軍団の幹部の一人であり、戦術鬼総支配の役職を持ち、覚悟を追い詰めた者の一人である。

 

一呼吸おいて続けて覚悟は言う。

 

「それに奴は、私を狙っていた。私がいなければ、覇岡も皆も負傷しなかったはず。私という存在は、平和な世には不用なのだ。」

 

覇岡は、それを聞くと悲哀から憤怒の顔になり、覚悟に詰め寄った。

 

「それ、マジでいってるのかよ」

 

覚悟は真剣な顔でうなずいた。

 

バキッ!

 

その瞬間、覇岡は覚悟を殴った。

 

「バカ野郎、俺はてめぇのその身勝手なところが大嫌ぇなんだ。9日後とか言わず今すぐ氷付けになりやがれ。畜生!」

 

覇岡は、そう叫ぶと勢いよく玄関から飛び出した。

 

「「待ってください覇岡さん!」」

 

ぴょん助とポン太も覇岡の後を追いかけ玄関から出る。

 

級友が三人減った部屋で青木が覚悟ではなく、先程からずっと顔を伏せた罪子に気まずそうに問う。

 

「堀江は…それでいいの?」

 

罪子は、伏せていた顔を挙げた。

 

その顔は覚悟の予想に反して朗らかだった。そして、その表情を崩さずに覚悟にこう言った。

 

「覚悟君自身が悩んで決めたことだから仕方ないわ!大丈夫よ。私たちは、もう覚悟君なしでも生きていける。これからも覚悟君に頼りっぱなしだと、覚悟君が疲れちゃうわ。私のことは、気にしないで覚悟君。未来の私達の子孫によろしくね!それじゃあ、もう私行くね。」

と早口で捲し立てた後、玄関から出ていく。

 

「待って堀江!」

 

そんな堀江を追いかけるべく、青木も出て行った。

 

しかし、青木が玄関から出た十数秒後、罪子の悲痛な泣き声が寮全体に響き、それは罪子が寮から出るまで聞こえた。

 

泣き声が聞こえなくなり、床の間に鎮座している零が、覚悟に慰めるように話しかける。

 

『覚悟よ、きっと堀江達もいつか分かってくれる日が来るだろう。』

 

覚悟は、罪子のその悲鳴にも見た泣き声、自分を思うゆえの覇岡の怒りに零の慰めの言葉も聞こえず、虚ろな表情で一人正座を崩さずに心の中でいつまでも謝り続けた。

 

(すまぬ。すまぬ。すまぬ。すま…)

 




次で本当に覚悟の前日譚は、終了です。
この話で少し他の山口貴由先生の作品のネタを混ぜたのですが、お読みいただいた方はいくつ解ったでしょうか?
マブラヴファンの方は、次は、できるだけ早く挙げますので許してください。


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プロローグ その四 卒業式

覚悟達なら、こんなこと喋るだろうなって思ったらすっかり長くなり、一つにまとめる話が二つになってしまいました。すいません。
今回は、少しだけどマブラヴ成分もあります。


皆と別れた日から、月狼、零式鉄球入魂回転機銃、散からのプレゼントなど、その他諸々の兵器を送り、そして、残るは覚悟自身と零のみとなった。

 

二〇〇二年一月十日

新東京04番地逆十字寮

 

早朝、誰にも気付かれず逆十字寮を音もなく出た覚悟は、一年と住まなかったが思い出深い寮を零と共に振り返え見る。

 

『感慨深いな、覚悟。』

 

零は名残惜しそうに呟いた。

 

(楽しい思い出を提供してくれた我が家に敬礼!)

 

覚悟は寮に感謝の念を込めて敬礼をし、覚悟を睡眠装置へ送るために政府が派遣する送迎車と落ち合う空き地へと急いだ。

 

 

二〇〇二年一月十日

新東京03番区の空き地

 

覚悟は予定の時間少し前に、誰もいない空き地に降り立った。

 

「十秒ほど早かったな、零」

 

『気にするな、遅刻するよりまし?!』

 

ヴヴヴヴヴヴ!

 

零が何かを感じ震え始める。

 

『50m先から、正体不明の機械こちらに接近、全長約60m!』

 

 

 

 

零が警告を発して数秒後、謎の長くて黒い乗り物が目の前に止まり、覚悟は思わず零式防衛術の構えを取る。

 

「こ、これはいかなる機械だ!零!」

 

いつの間に震えが止まった零が答える。

 

『落ち着け覚悟、これは恐らくリムジンという乗り物だ!』

 

「理武神とは?」

 

『もとは国家元首級の要人が用いる乗り物。襲撃者からの防御のために、特別な防御装備を施されており、主にその豪華な様式美より、乗客の命を守るに長けた車だ。しかし、こんなに長いものは初めて見る!』

 

零が喋り終るとともに、この時代には珍しい執事のような服を着た髪を少し伸ばした若い男が、リムジンの運転席から降り、覚悟に挨拶する。

 

「お前が葉隠覚悟だな。俺は管理局からお前を冷凍睡眠装置の施設へ送るのを仰せつかった、一文字鷹嘴だ。」

 

『珍しい名だな!この男。』

 

(零、名字ならともかく人の名前を珍しいというのは失礼に当たる。それにこの男の目、自分と違う種類の戦いを何度も繰り返している目だ)

 

そう感じながら鷹嘴の挨拶に覚悟は、構えを解き、敬礼して答える。

 

「葉隠覚悟です。一文字さん、本日はよろしくお願いします!」

 

「短い間だが、気にせず鷹嘴(たかはし)と呼んでくれ、関係が近い者からはそう呼ばれている。じゃあ葉隠、早速乗ってくれ。」

 

鷹嘴はドアを開き、覚悟をリムジンに乗せると、冷凍睡眠装置の場所へと発車した。

 

「いきなりだが、飛ばすぞ。お前を送る運転手に俺が選ばれたのは、俺の腕なら、どんな乗り物でも追い付けないからだ。それに俺の車は、どんな発信器の電波も見逃さず、襲撃者が待ち構えていたとしても対戦車ミサイルまでなら、持ちこたえ逃げ切ることができる。正義を行う者の眠る場は、万が一にも漏れては行けない。」

 

急発進したリムジンは、広い道に出るため、手前の曲がり角を直角に曲がるとさらにスピードを上げた。

 

零が珍しく戦闘以外で興奮気味に叫ぶ。

 

『見たか?覚悟!このような長い車でどうやってあの狭い直角のカーブを!』

 

「零よ、何か四次元的なコツがあるのだろう。」

 

『………………』

 

 

 

車の中で一息着いた覚悟は、九日前の友達の一件を思い出していた。あれきり皆とは一度も会っていない、同じ寮にいる覇岡達でさえもだ。

 

(本当にあれで良かったのか?あれだけ感情を共有した友との別れは、ああいう悲しいものなのか?)

 

 

そう考えると覚悟は、友と過ごした思い出と連想して、皆で泣き、笑い、苦しみ、戦いあったかけがいのない逆十字学園を思いだした。

 

もう二度と登校することができない聖域に、せめて最後に敬礼をして、感謝を述べたい。この十日の間、自ら封じてきた思いが、自然と口から漏れ出し鷹嘴に告げる。

 

「鷹嘴さん。学校に忘れ物をした。今から04番区の逆十字学園に向かってほしい。」

 

「何を忘れた?学校の宿題だったら、諦めろ。安眠の地は、最大級の秘匿事項だ。早く着いても、遅れても駄目なんだ。」

 

『覚悟よどうした。例え行ったとしても冬休みの早朝ゆえ生徒も、恐らくは教師も誰もいないぞ。』

 

零と鷹嘴の問いに覚悟は、真剣な声で再度告げる。

 

「私の魂の欠片(けっぺん)です。十秒で済みます。」

 

『覚悟……』

 

「・・・・五秒だ。」

 

「了解。」

 

 

二〇〇二年一日十日

新東京04番区逆十字学園校門前

 

学園の前にいやに長いリムジンが、現れ校門に車を寄せる。

そして、間髪入れずに覚悟が素早くドアを開けて、校門の前に立つ。

 

『やはり、誰もいないな』

 

翌日に新学期を迎える逆十字学園は、零が予想した通り静まり返っていた。

 

初めてここに登校してからの約半年間の思い出が、覚悟の頭の中で走馬灯のように駆け巡った。それが終わるとともにもう二度と目にできない限りない思い出が詰まった逆十字学園に今までで最高の敬礼をする。

 

(逆十字学園!俺が何千年眠りに着いたとしても、この思い出だけは忘れはせぬ、本当にありが?!)

 

その時であった、暗く静まり返った学校に明かりが灯り、屋上から風船が上がり、窓という窓に文字が書いた垂れ幕が下がる。

 

『今までありがとう葉隠君!』

『僕たちは忘れない』

『未来でも元気でね』

『蛮勇たれ、戦士よ』

『君は、最強で優しい男だ』

 

「こ、これは?」

 

『どう言うことだ。』

 

覚悟と零が、驚き呟くと同時に。

 

わぁぁぁぁぁぁ!

 

半年前に覚悟と罪子が、散との闘いから帰って来た時のように、校門の覚悟目掛けて、逆十字学園の全生徒達が一斉に校舎から飛び出した。

 

その中には、校長、担任の銭形、武装風紀、途中で学園に転校した不良二人、覚悟のクラスメイト、9日前に喧嘩別れした覇岡、ぴょん助、ポン太、青木、そして、覚悟の愛する堀江罪子がいた。

 

戦闘でも狼狽えたことがない覚悟が、理解が及ばない声で叫ぶ。

 

「みんな!これは一体?」

 

逆十字学園の皆が、覚悟の前に立ち覚悟の問いに次々と答える。

 

覇岡、

「やっぱり来たな、葉隠!。くそ真面目なお前が、挨拶もなしに学校からいなくなるなんて有り得ねぇからな!大変だったんだぜ!正月から、みんなに連絡網回して、全生徒集めるのはよー。」

 

ぴょん助、

「あんな別れ方、嫌ですよー。」

 

ポン太、

「だから、俺達でどうやって葉隠さんを元気に見送れるか、ずっと考えてたら覇岡さんが、卒業式やるぞっていい始めて。」

 

青木、

「私達もそれしか思い付かなかったから、必死で垂れ幕とか、用意したんだから!」

 

不良二人、

「「寂しいぜー葉隠ー。」」

 

武装風紀の星野、

「葉隠よ、水臭いではないか。一人で行くとわ。」

 

担任の銭形、

「未来でも最終学歴が中学だと、就職苦労するぜー」

 

校長、

「葉隠君、君は戦士である前に学徒だ。卒業式をせずに学校を出ることは、許されないよ。」

 

そして、罪子、

「葉隠くん、みんな葉隠くんが学校からいなくなるって聞いて、お正月から学校に来て準備してくれたんですよ。けど、時間ありますか?」

 

その問いに覚悟は、運転席の鷹嘴を見る。運転席に乗った鷹嘴は、少し微笑見ながら

 

「時間なら少しはある。気がすむまで忘れ物を受けとれ。」

 

と言い、政府に支給されたであろうパソコンを開き、何かを打ち込み始めた。

 

「有り難う、鷹嘴さん。」

 

 

 

 

校庭に、全生徒が規律正しく並び、覚悟と校長を見ている。

 

そして、校長が神妙な顔で卒業証書を渡すべく、覚悟の前に一歩踏み出し、言葉を述べる。

 

 

「卒業証書授与、三年一組葉隠覚悟、君は…………

 

 

校長の覚悟への送りの言葉が、校庭に流れると生徒の中にすすり泣く声が聞こえ始める。すすり泣いているのは、主に覚悟のクラスメイト達だ。

 

そして、長い送りの言葉が終盤を迎える。

 

……二ヶ月早い卒業おめでとう!」

 

 

わぁぁぁぁぁ! パチパチパチパチ!

 

卒業証書を受けとる覚悟に割れんばかりの歓声、拍手と賛辞の声が包む。その最中、五人が覚悟の前に立つ。その表情は、笑いながらも止めどない涙を流していた。

 

覇岡、

「葉隠、お前が居なくなっても心配するな。逆十字の平和は、俺が守る。だから安心して眠りやがれ。」

 

ぴょん助、

「葉隠さん!零式防衛術は、結局教われなかったけど、葉隠さんの軍人魂、しかと教わりました。」

 

ポン太、

「ぼく、葉隠さんがいなくても、葉隠さんと零の絵をかいて、 こんなすごい人と友達だったんだってお爺ちゃんになっても、子供に自慢します。」

 

青木、

「ご免なさい。葉隠くん。私、最初は恐い人だと思ってた。けど、ずっと私達の代わりに闘って、血を流してくれてたのよね。改めてお礼を言わせてもらうわ。有り難う。」

 

そして罪子、

「覚悟くん、私、一年足らずの生活だったけど、覚悟くんのこと絶対に忘れない。恐いこともあったけど、それ以上に、覚悟くんの傍で寄り添えて嬉しかった。悲しい時、苦しい時、辛い時もすべてが大切な思い出だから。そして、私が力になれなくて、泣いてた時も覚悟くんは私には歌があるって、慰めてくれた。その時、自分は人殺しの術しか知らないって言ってたけど、そんなことはないよ。前にも言ったけど覚悟くんは、優しさの天才です。だから…」

 

罪子は、瞳から再び大粒の涙が流れ、叫ぶ。

 

「だから、お願い!未来でも私達と同じような友達を作って同じように笑って!勘違いされることもあると思うけど、覚悟くんのことを少しでも知れば絶対にこの学校の生徒達と同じように、覚悟くんを好きになってくれるはずです!」

 

そういわれて覚悟は、全校生徒を見る。最初の登校日に向けられた敵意と疑いの目をしているものは一人もなく、みな罪子と同じ優しい目を覚悟に向けている。

 

今まで沢山の殺意と銃口が向けられた体に、慣れない大量の暖かい感情が向けられる。そのすべてが覚悟の心に刺さり、覚悟は初めて怒りや哀しみではない喜びの涙を流した。

 

「『俺』はなんという幸せ者だ。零式防衛術を学び、零と会った日から俺の人生は、友も愛もいらないと思って生きてきた。そんな俺にこんなにも沢山の…沢山の…。」

 

同じ大量の涙を流す堀江が、再度覚悟に近づきあるものを渡す。

 

「これは?」

 

「私の歌が入ったカセットウォークマンです。覚悟くんが一番喜んでくれるのはこれしかないと思って…。ちなみに何回も取り直したのよ。」

 

そのプレゼントに改めて礼を言おうとした時、いつの間にかパソコン操作を止めた鷹嘴が、覚悟の背後から告げる。

 

「すまん葉隠、そろそろ行かなくてはまずい。」

 

「わかりました。」

 

覚悟は涙を振り払い、マイクなしに全校生徒に向けて丹田から発する大きな声で告げる。

 

「皆の思い、不肖葉隠覚悟しかと受け取った!この思いは、例え人類滅びるその時まで絶対に忘れはせぬ。みな、いと健やかに。さらばだ!」

 

月面まで届く声で皆に礼を伝えながら敬礼し、遂に覚悟がエンジンを吹かすリムジンに乗り込もうとしたその時、罪子が呼び止める。

 

「覚悟くん……最後にもう一つ渡すものがあるの」

 

「何ですか堀江さ、ム?!」

 

罪子は、その優しい唇で覚悟の唇を奪った。覚悟は再度、罪子の瞳の中に宇宙を見る。そして、一秒にも満たないキスを終え、堀江は涙もなく凛々しい笑顔で覚悟と同じく敬礼する。

 

「いってらっしゃっい、覚悟くん」

 

「いってきます、罪子」

 

罪子の背後の全生徒が、罪子に習い敬礼をする。

 

覚悟は、その敬礼に涙を拭った真剣な顔で頷き、振り返ることなく鷹嘴がドアを開けるリムジンに乗り込んだ。

 

覚悟がリムジンに乗っても罪子、全生徒立の敬礼は、リムジンが見えなくなるまで続き、覚悟はそれを背後にして逆十字学園を永遠に去った。

 

最後に卒業式の間、ずっと黙っていた零が小さく覚悟へ囁いた。

 

『月並みの言葉だが、いい友達を持ったな覚悟。』

 

 

 

二〇〇二年一月十日

移動菩薩G・ガラン内モニタールーム

 

覚悟の卒業式を散は、ワイングラス片手に監視カメラ越しで最後まで見ていた。

 

「覚悟よ、また強いものを纏ったな。」

 

そう叫び、G・ガランから外の景色を見る。

 

「私も極楽蝶を世界中に届けた後に眠りにつく。貴様の敵は、散の敵じゃ。目覚めた後は、共に闘おうぞ。」

 

散は、決心した顔でここにはいない覚悟に呟き、ワイングラスに残ったワインを一気に飲み干した。

 

 

二〇〇二年一月十日

新東京04番地逆十字学園を過ぎた辺り

生徒達が見えなくなって数秒後、覚悟は卒業式をが終わるまで待っていた鷹嘴に礼を言う。

 

「私のわがままを聞いて下さって、有り難うございます、鷹嘴さん。時間は本当に大丈夫ですか?」

 

「別にいい、こんな時代にあんな物を見せられて、こっちが礼を言いたいくらいだ。例え、あの卒業式でお前の位置がバレたとしても、要は誰にも追い付かせず、遅れなければいいんだ!俺の『送迎最速理論』嘗めるなよっ!」

 

その言葉が言い終わらないうちに急発進のGが覚悟を襲った。

 

しかし、あらゆる訓練を経験している覚悟は、そのGをいに介さず、集中する鷹嘴の邪魔をしないように罪子の歌を聞き始め目を閉じた。

 

零もそんな覚悟に習い、沈黙する。

 

目を閉じ、繰り返し罪子のくじけない歌を聞く覚悟は、いつしか眠りに入った。

 

 

二〇〇二年一月十日

日本のどこか

 

「最短記録だ……起きろ、葉隠!もうすぐ到着する。」

 

覚悟は、その声によって覚醒し、座りながら頭を下げる。

 

「鷹嘴さん。短い間でしたが、有り難うございました。このことは、眠りについたとしても忘れません。」

 

「こちらこそ、忘れるものか。最後だから言うが、最初にお前を見たとき感情がない機械みたいなやつかと思ったよ。けれど、そのお前を慕う沢山の人達を見て、間違いだと気付かされた。」

 

そう言いながら、一見どこにでもあるような施設の前にリムジンを止める。

その施設の前には、覚悟を出迎える複数の白衣を来た人達が見える。

鷹嘴は、自らの手で客室のドアを開けて覚悟に告げる。

 

「葉隠、俺とお前は多分もう会うことはないだろう。けれど幸か不幸か、もし俺が生きている内に目覚めたなら、絶対に俺を呼べ。例え怪獣のねぐらへ向かう道や銃弾やレーザーが飛び交う道だろうが、それが宇宙でも必ずお前を無傷で送り届ける。決して忘れるな。短い別れの言葉だが、次の送迎がある。じゃあな。」

 

覚悟は、そう言って急発進して走り去る鷹嘴のリムジンに無言で敬礼した。

 

『何故であろう? あの者とは、また出会い戦友として共に戦う気がする。』

 

「零もそう感じたか、私も何か重要な時に頼もしい味方となってくれるような感覚がある。」

 

 

 

数分後、覚悟は政府の関係者である白衣の者達に出迎えられ、冷凍睡眠装置の説明を受けた後、その装置の部屋に通された。

 

その装置は、世界や日本に危機が迫った時、政府の者が覚悟を目覚めさせる手筈となっている。その他にも、震度7強の揺れ、屋内の火災等の災害でも目覚めるように設計されている。

しかし、逆にそんなことさえなければ、地球が滅びるまで眠り続ける……

 

部屋には、いつ襲撃されても対応できるように送り届けた諸々の装備が眠っている。機械化軍用犬月狼、斬魔挺身刀、神武挺身刀、父から受け継いだ刀、208号の斬超鋼剣から打ち直した208号丸等、それ以外の細かい武装や散のプレゼントは、月狼や零に納められている。

 

覚悟は、そのカプセルのような装置に横たわり、静かに目を閉じた。やがて、透明な蓋が閉まり非致死性麻酔液と同じ成分のガスが充満し始める。

 

戦士は、もう思い残すことはないかのように心のなかで一言呟き、覚悟を決めた。

 

(みんな、行ってきます。)

 




クロスオーバーで最初に誰を出そうかと悩み、出演したのがこのお方……。だって冥夜編ラストの鷹嘴さん、なんか好きなんですよ。口調とか設定とか違和感ないかな?
次はこの物語の覚悟の人物設定と、零と月狼の搭載兵器設定の説明回になります。
早くBETAとの戦闘を書きたいんですけど、現実の折り合いと戦術機の描写がむずかしいんです。


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設定のススメ

覚悟の人物設定と零の搭載兵器説明回。



葉隠覚悟

一九八三年一二月二五日生まれ

原作より17年程早い生まれ。

 

『趣味』

原作ではしっかりと彫刻と記載してある。本編では、そういう場面は一切ないが、外伝では自分で彫ったと思われる位牌と実際に学校で仏像を掘っている場面がある。

 

『好きな飲食物』

覚悟の世界では、散のG・ガランの食堂室以外ろくな食べ物がなく、給食のパン、放射能で奇形っぽい魚と大ネズミの肉しか確認できない。エクゾスカルの世界に至っては、マブラヴの世界と同じ、本物より劣る合成食料しかない。

それ故か、包丁裁きはすごいが、食べ物に関しては無頓着で戦闘糧食(レーション)でも美味いと感じるらしく、「味覚がポンコツ」と言われたことがある。

唯一、すごく美味しそうにしていたのがコーヒーなので、マブラヴの世界でもコーヒー好きな設定。

 

『考え方』

牙がない人を守ることを理念としている。

表情は無表情な時が多いが、肉虫や零の境遇に涙する時があり、零が着装者と認めるほど感受性は豊か。

人を守るために行動するが、自分が出来ることは、結局は誰かを殺害することだけなので、矛盾を感じることもある。ゆえにいずれは曾祖父の四郎のようになるのではないかと苦悩している。

しかし、今まで戦術鬼などを527体殺害しているが、そのすべてに位牌を作り供養している。

何ごとにも戦闘に結びつけて考える癖があり、他の零式防衛術関連の者からも「考え方が物騒」と言われた。

ちなみに全裸に対する羞恥心がすごく薄く、敵からは「ヘンタイか?」と言われたこともある。

 

『知識』

戦闘や戦闘に赴く時の作法は知識豊富。

しかし、全国の各学校を渡り歩いたわりに、一般常識やシャーペン、野球も知らない世間知らず。

 

『性格』

超生真面目で、冥夜とは違った古風な言葉使いを操る。戦術鬼以外の女性には恋人の罪子でも必ず敬語でしゃべる。

人をモノ扱いしたり、侵略行為が行われた時は、有無をいわさず戦闘を行う。故にその行動、考え方の極地であるBETAという存在は……

肉虫や零など戦闘の犠牲者のために涙を流すことから、罪子からは優しさの天才と言われる。

しかし、覇岡に不良が復讐に来ても見守るだけで、釘バットで尻を殴られ、生尻を露出し悲鳴を挙げるまで、一切手を出さなかった。

普段の一人称は、『私』だが熱血な性格が目覚めるにつれ『俺』になることがある。

 

『その他』

常に零という死霊を纏っているためなのか、体から線香の匂いが消えない。

 

 

強化外骨格『零』

 

三千の英霊が宿る鎧

重量約90㎏

戦士と認めた覚悟に知識、戦闘面でサポートしており、零がいなければ死んでいたことが何度もある。その言葉は、普通の人には聞こえない。

 

『複合装甲展性神武合金』

瞬間的な衝撃には、金属にあるまじき歪みと伸びで吸収する。厚さは7㎜以下だが、マグナムを連続で打たれ続けても意に介さず、ダイヤモンドを砕く衝撃を胸にあえて受けても、胸骨が少し折れるくらい。

反面握り潰されたり、絞め殺されるといった緩やかな圧殺には弱い。ゆえにBETAの噛みつきにも、弱いと思われる。

致死量の放射線も遮断でき、装甲の輝きでレーダーにも感知されない。

 

『対閃光暗視眼』

暗い中、光の中でも視認が可能。敵の平衡感覚を狂わすストロボ点滅も発することができる。たまに覚悟が決め台詞を言うときにギラリと光る。

 

『生命維持装置』

右腰に装着している機械。

これのおかげで、40日間飲食せず生きることができる。

 

『細胞賦活剤 桜』

零の生体細胞から精製できる栄養材。

一回血管に注射すれば、五日は任務遂行が可能だが、代わりに精神が磨耗する。ゆえに覚悟は、孤独に耐えかねて過剰接種した時に拳銃自殺しかけたことがある。

 

『化学兵器調合装置』

左腰に装着している機械。

用途に応じて様々な兵器や薬剤を調合する。それだけではなく、液体の成分分析も可能であり、『御菩薩木 紡』の聖油を只の植物油であるとことを一瞬で看破した。

調合される兵器の威力は絶大で、逆にこちらに矛先が向けば、生身の覚悟では、死を免れない程。

しかし、BETAには……

 

『戦術神風』

零を零足らしめる一国を落とす最強の武装兵器。

無味無臭無透明の神経ガスで、使用すれば東京の全生物を敵味方なく十秒で殺害できる。

 

『戦術神雨』

ベンゼンなどの可燃性物質を調合した液体。

敵に浴びせ着火すれば1300度の炎が包み、雨が降っても40分間は敵を焼き尽くすまで消火不能。酸素も大量消費するため、屋内なら敵を窒息させる。

 

『昇華』

掌から発射できるプラズマ兵器。

分裂や圧縮することができ、人体に直撃すれば、肉体を蒸発させる程の威力。圧縮昇華弾は散戦での切り札として、使われる予定であった。

 

『超脱水鱗粉』

同じく掌から発する、その名の通り敵を限界まで脱水させる兵器。見た目は綺麗な雪のようだが、17mの巨大戦術鬼を断末魔と共に砂へと変えた。

 

『超凍結冷却液 』

左腰から発射する、物体を瞬時に芯まで凍らせる液体。

零の展性を封じる対覚悟用の秘密兵器だったが、皮肉にも逆に覚悟に散を倒すために使われた。

 

『放射火炎』

右の人差し指から出す炎。火葬にしか使用されなかったが、対象を燃やした際の火柱が、天まで届く程の威力がある。

 

『非致死性麻酔液』

左の人差し指から発射する、人を傷つかせず一瞬で眠らせる液体。相手に飲ませれば、三日間は目を覚まさない。

 

『濃硫酸』

右の人差し指から発射する鉄バットも瞬時に溶かす硫酸。

 

『赤熱化』

生物が触れれば一瞬で沸騰するほど全身を熱くさせる。鉄骨も力を入れずバスバス切れる。

月狼にも搭載されている兵器。

 

『超振動』

壁や骨などの固形物を掌で粉砕する振動兵器。

原作では、零を纏わず出来る零式防衛術の技の一つだが、原理がわからないのでここでは零の武装とした。

 

『推進材噴射孔』『爆芯』

足の裏、背中、肘にある推進材を射出する孔。

空を飛んだり、敵の攻撃を跳ね返したり、衝撃吸収に使う。推進材を噴射し敵を地面に押し付け大根おろしの要領で削る加速削減走という技もある。

しかし、真に恐ろしいのはそれらを利用した体全身を使っての加速であり、最高速度で秒速270mを誇り、時速に直すとなんと972㎞の速度を出していることになる。

 

『情報吸引』

原作では名前のない機能。

掌から触手を出し、人の記憶を読む。死人でも読み取ることが可能で、原作ではそれで散の本拠地がバレてしまった。無礼なので使うたび覚悟が止めている。

 

『脳内仮想戦闘』

原作では名前のない機能。

零が独自に脳内で仮想敵と戦い戦略を練る。

原作では一晩で700回、散との戦闘をシミュレーションした。

 

『重量増加』

原作では名前のない機能。

三千人の英霊が、覚悟を投げ飛ばす敵に対して自分達の体重を付加させ持ち応えさせる。

 

 

『レーザー検知器』

原作では使用しなかった武装。

本作では、BETAのレーザーも感知できる設定。

 

 

『太陽熱吸収鉄甲』

原作では使用しなかった武装

本作では、ソーラーパネルで零の栄養を賄っている設定。

 

『正義マフラー』

零を着装した時に首から生える白いマフラー。用途は謎だが、原作では内蔵が零れるのを防ぐために使われた。

 

『瞬脱装甲弾』

覚悟が死に瀕したときに使用される、零の任意で発動することができる最終手段。零が爆発したかのように超スピードで装甲がバラバラになり、その装甲で敵を攻撃する。自動で元に戻ることができるが、バラバラの状態では何の機能も使えない。

他の作品に例えると『戦姫絶唱シンフォギアの雪音クリスのアーマーパージ』、『marvel vs capcomの早乙女ジンのサオトメダイナマイト』を参考にすると解りやすい。

 

『高圧電流』

床の間に飾っている時、常に流れているらしい。

 

 

『性格』

性格は軍人なので基本は真面目だが、日常では、覚悟の恋を応援したり、冷やかしたりと良き相棒。

原作で一回だけ笑い声のシーンがあるが、その笑い方は「ムフフ」。

他国籍の軍人の割りには、〇〇殿と言ったり切腹したり日本の様式に染まりきっている。

最初に罪子を差し置いて覚悟と遊園地に入った相手でもある。その時は覚悟も「三千の英霊と入ることになるとは」と呟いていた。

 

『好きな飲食物』

酒が大好きであり、80年振りの酒に浮かれて飲酒した後、未成年の覚悟にも酒を進めた。しかし、その時に襲撃されたので覚悟共々禁酒を宣言する。ちなみに禁酒宣言したコマをよくみると少し涙を流している。

 

『その他』

原作では、覚悟が老酒を零の故郷の酒と言っていたので、ファンの間では中国人の軍人と言われている。

けれど、零が作られたのが中国のハルピンなので、零が作られた国の酒のことを指していると個人的には思い、様々な国籍の軍人の魂が入っている設定。

 




今回は、これだけです。
覚悟は、何気ないコマにwikiにもない設定(レーザー検知器とか太陽熱吸収鉄甲とか)が書いてあるのでそれをファンの方にも知って欲しくてこんなに書きました。
次はいきなり戦闘か、今までのマブラヴの物語説明回か迷ってます。

設定資料として現在参考にしてるのは、覚悟は言わずもがな新装版漫画からですが、実はマブラヴも現在参考にしているのは、電撃コミックの漫画なんです。
昔ちゃんとゲームはやったんですが、今はps3やvitaも壊れてるし、記憶も曖昧なところもあるので……。
ゆえにどうしても知りたい細かいシーンは、youtubeのマブラヴ、アージュの公式放送見て記憶補完しています。
ファンの方は、許して下さい。


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第一話 始まり

やっと本編が書けました。


1958年、米国の探査衛星ヴァイキング1号が火星で生物を発見し、世界中が驚きとこれからの躍進に満ち溢れた。

その後、この生物が知的生命体である可能性を考え、コミュニケーションを模索するオルタネイティブⅠが発動。

しかし、1967年国際恒久月面基地『プラトー1』の地質探査チームが、火星の生命体と同種の存在を発見し、殺害されるサクロボスコ事件が発生する。

その生物が人類に対して敵意を持つことがわかり、それを駆逐するため、第一次月面戦争が勃発。

そして、人類はその異星起源種をBETA:Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race――『人類に敵対的な地球外起源生命』と命名した。

月面戦争が終わらぬなか、1973年についに地球上の中国新疆ウイグル自治区喀什(カシュガル)にBETAの着陸ユニットが落下した。

それを皮切りに、人類は団結も出来ぬままBETAに敗北を重ね、人口を十数億人に減らし、世界に20以上ものBETAの巣、『ハイヴ』を作られてしまう。

そして2001年、後約十年で人類は滅ぼされるところまで追い詰められた。

 

 

2001年10月22日、平和な日本で幼なじみや同級生に囲まれ、騒がしいながらも、楽しい日々を過ごしていた白銀武は、唐突にこの世界に召喚された。

混乱する武だが、前の世界にも存在した香月夕呼の計らいで、横浜基地衛士訓練学校の第207衛士訓練部隊に入隊する。初めは慣れない軍生活で泣き言ばかりだったが、前の世界と瓜二つなこの世界のヒロイン達と交流を深めるうちに徐々に衛士としての自覚に目覚めていく。

しかし、オルタネイティブⅤという選ばれた10万人が地球を捨て、他の星に移住するという極秘計画が発動してしまう。そして数年後、ついに人類はBETAに滅ぼされてしまう。

 

2001年10月22日、白銀武は人類がBETAに敗北した世界から、再度この時間に数々の戦闘を経験した記憶と身体ごと召喚される。

BETAに滅ぼされた未来を変えるには、香月夕呼が提唱するオルタネイティブⅣを成功させるしかない。そう踏んだ武は、スパイと疑う夕呼に自分の事情をすべて話し、前回と同じ横浜基地衛士訓練学校に再び入隊する。

数々の経験により、順調に軍生活を送る白銀は、前の世界の記憶から11月11日に佐渡島ハイヴから、BETAが新潟に上陸することを夕呼に話す。いまだ半信半疑の夕呼だが、自分の直属の部下達である特殊任務部隊A-01、伊隅ヴァルキリーズを現地に出向させた。

 

 

 

2001年11月11日

新潟県海岸部06時20分

 

オルタネイティブⅣのための特殊任務部隊A-01、伊隅ヴァルキリーズは、直属の上司である国連横浜基地副指令の香月夕呼が命令した、佐渡島監視任務を隠れ蓑にしたある作戦を実行しようとしていた。

それは、BETA捕獲作戦である。

何を考えてどんな行動を取るか人類には謎とされているBETAが、佐渡島ハイヴから本日早朝に新潟へ攻めてくる。そんな夕呼からの指令を拝命した隊員たちは、戦術機に乗りながらもやはり半信半疑だった。

 

海岸が見える岩場に国連所属の最新機種である第三世代型戦術機『不知火』が十数機待機している。

 

その中の一機の操縦席に座る二十歳にもなっていない薄緑のロングの髪型の少女、風間 祷子少尉が訝しげに回線越しに問うた。

 

「大尉……本当に奴らは来るんでしょうか」

 

それに毅然と答えるは、茶髪のショートカットの二十歳前半ながらこのヴァルキリーズの隊長である伊隅みちる大尉。

 

「さあな?だが副司令の言葉だ。我々は信じるしかあるまい。」

 

「そうそう、あたし達は与えられた任務をこなすだけーーーーっと?」

 

隊長に同調するように明るく答えたのは、この隊のムードメーカーでもある二十歳の水色の髪のポニーテールの女性、副隊長の速瀬水月中尉だが、その言葉が言い終わらないうちに

 

ドォォォン!

 

会話を中断するが如く、すぐ近くで銃撃と砲撃の音が聞こえた。海岸からは、一瞬で撃墜されたと思われる戦術機の黒煙が上がり始める。

 

香月副指令が予言したように、本当にこの時、この場所でBETAが攻めてきたのだ。

 

それを確認した伊隅が各隊員に叫ぶ。

 

「ーーーどうやら手ぶらで帰らずに済みそうだ。全機出撃!」

 

 

 

 

 

 

物事のすべてには、ある限界点があり、そこに達した時、あらゆる要素が崩壊へと連鎖する。

 

その世界には怨念が渦巻いていた。

 

人類が他の星の生物に食い殺され続けて約30年、生者が死者の数を数えるのを辞めた時、殺された怨霊が成仏することなく世界中をさ迷っていた。

やがてその怨みの念が地球という枠の臨海点に達したその時、風船が破裂するかのように空間は破れ、他の世界への道が開かれる。

怨霊は、その思いを受信する能力がある鎧とその主人を藁をも掴むように、自分の世界に率いれた。

そして……

 

 

亡年亡月亡日

いつかどこかの国

 

 

ズドォーン!

 

眠れる戦士の部屋に地震と間違えるかのような何かの墜落音が発生し、生ける鎧が目を覚ます。

 

ヴヴヴヴヴヴ!

 

『起きろ覚悟!何者かによる襲撃だ。これは、20m近い何かが直上に墜落した音だ。それに加え、何か巨大な物が疾走している振動もする。これはすごい数だぞ。百は軽く越えている!』

 

頭の中で響く念波でしゃべる鎧の声。

 

いつから冷凍が解かれたのか、戦士にはわからない。体にはそれを確かめるための氷が、一片足りともついてはいないからだ。

しかし、そんなことは気にせず先程の振動で鎧と共に覚醒した戦士は、いつまでも開かない装置の蓋を時間を惜しむべく内側から素手で叩き壊し、地に降り立った。

 

戦士の名は覚悟。

来たるべき戦いのために眠りについていた牙なきものの剣である。

 

「確かに、この振動はただ事ではない!行くぞっ零!瞬着!」

 

その声を発した瞬間、装置横に待機していた二輪車に積まれた鋼鉄の学生鞄が開く。

 

ガバラッ!

 

中から出現した鋼鉄の装甲群と高分子筋繊維が、閃光の中で生き物が如く葉隠覚悟を覆い尽くす。三千の英霊に選ばれし者のみ着装を許されるこの強化服こそ、最強の「矛」と最強の「盾」を同時に併せ持つ強化外骨格『零』と命名された鎧である。

 

「覚悟完了!」

 

 

覚悟に装着している一瞬の間にも零は、直上の様子を感じていた。

 

 

『うっ!、ごぼぉっ!』

 

『あなたの機体が邪魔でベイルアウトできないぃぃっ!早くどいてよぉぉ!戦車級がくるぅぅ!』

 

『モニターが死んで……痛い、暗い……う、腕が折れて……うぁ……』

 

 

『ーーー感じる!。誰かを悲鳴を挙げているっ!一刻の猶予もないぞ覚悟!』

 

「了解!覚醒せよっ月狼!」

 

ブルブルブル!

 

アオォォーーーーン!

 

覚悟の声紋信号を瞬時に確認し、エンジンの震えと共に覚醒したのは機械化軍用犬『月狼』(モーントヴォルフ)、主人の言葉を理解でき比類なき忠誠心を持つ、零と並ぶ覚悟の相棒の一人である。

 

その月狼が起動した瞬間、直上の何者かが方向を変え、進軍している音から部屋の上を掘削し始めるような音に変わった。

 

『気付かれたか……。』

 

「零、廊下へ行くぞ。そこで一旦、落ちてくる何者かを迎え撃つ。」

 

そう言って扉を開ける覚悟だが、

 

「こ、これはいかなることが……?」

 

扉を開けた先は、眠る前に通ったはずの廊下ではなく、ただの土の壁に変わっていた。ここは進めぬというように覚悟は振り返り、今まさに突き破られんとしている天井を確認した。よく見ると天井の裂け目から漏れているのも土であり、まるでこの部屋自体がコンテナ状にされ土に埋められたかのようだった。

しかし、覚悟達にはその謎を考えている暇などない。

急いで、月狼に乗り込み唯一の脱出口を仰ぎ見る。

 

「しからば零、天井が抜けた瞬間、月狼にて外に出る。」

 

『了解、タイミングを逃すなよ。』

 

ドガァァァ!

 

会話が終わると同時に、ついに天井が破壊され、大量の土と砂ぼこりに紛れて全高3m程の何かが大量に落下してくる。

その瞬間、月狼がタイヤに刃のようなスパイクを突出させ、落ちてくるその何かを確認する前に踏み台にし、降り注ぐ土の中上手く地上に飛び出した。

 

装置の部屋から地上に飛び上がりながら、ぐるりと周りを確認する覚悟と零は驚愕した。

 

『な、なんだ』

 

「零、これは一体?!」

 

 

2001年11月11日

新潟県中越07時20分

 

海岸線から後退を始め、中越に戦いの場を移した伊隅ヴァルキリーズは、香月副指令が持たせてくれたすべての酵素を打ち込み、十分な量のBETAを低代謝状態にすることができた。

 

幸いにもこの時までヴァルキリーズは、後退しながらも一人のKIA(戦死者)を出していなかった。

 

そして、すべての隊員の酵素剤の残量がゼロになったのを確認すると満を持したように伊隅大尉がヴァルキリー隊に通達する。

 

「ヴァルキリーズ全機へ。酵素は使い果たした!もう奴らを優しく眠らせる必要はない!まだ起きてるやつを永遠に眠らせろ!」

 

『了解!』

 

伊隅ヴァルキリーズの各機は、武器を87式突撃銃に変えて、残った中戦車以下のBETAに36㎜の弾丸を雨霰の如く浴びせ、わずかの間に全滅させる。

 

伊隅は、確信する。

 

(よし、このまま行けば全員が生きて帰れる!)

 

しかし、国連の通信車から同じく伊隅ヴァルキリーズの一人であるピンクの髪のロング、耳横にお下げが二つある涼宮遥中尉から、その希望を遮る通信が入る。

 

『ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズへ。海岸線から、突出した中隊規模のBETAがこちらに進行中、総数約300、先頭には突撃級30、要擊級150、それ以下が100、要塞級2、光線級は認めず、距離5000m接敵まで3分!繰り返す……』

 

その報告にヴァルキリーズ全員に緊張が走る。

 

(海岸線の帝国軍がいまだ健在ということは、うち漏らした一部がこちらに来ただけということか……)

 

現状を冷静に把握した伊隅は、みなの緊張を網膜ディスプレイのバイタルデータで確認し、それを吹き飛ばすように激を飛ばす。

 

「要塞級が来たということは、敵のしっぽが見えたということだ。光線級はいないし、数も中隊規模、こいつらを倒せば任務終了だ。こんなところで犬死には許さん!わかったな!」

 

その言葉を聞いた各隊員は、気を引き締めて頷く。

 

『了解!』

 

 

数分後

 

 

その後、展開したヴァルキリーズは、遠隔から銃を浴びせ、徐々に敵の集団に迫られるが何とか持ちこたえていた。

 

しかし、要塞級が近づくにつれ戦場は混戦に近くなった。

 

伊隅は、まずは要塞級を先に殲滅すべく、同じ小隊を組むその他の隊員二人とともに、要塞級を三人がかりで後少しで倒せるところまで追い詰めていた。

 

そして、その中の一人が勝利を確信するように、関節の接合部に狙いを定めた。

 

(よし、今だ!)

 

ビー!ビー!ビー!

 

後少しで、継ぎ目に74式近接戦闘長刀を打ち込めそうな瞬間、機体に警告音が響く。それは自分の機体の飛行機能の不備を知らせる音だった。

 

「ジャンプユニットがこんな時に!バランスが!」

 

空中で姿勢を崩す戦術機の肩部に、本来なら避けられるはずの要塞級の衝角腕が激突した。

 

「きゃぁぁぁ!」

 

さらに悪いことにその機体は、すぐ近くを飛ぶ仲間の戦術機に直撃し、二機は切りもみしながらも50m程離れた先に折り重なるように墜落した。

 

 

「嘘でしょ……」

 

要擊級を複数相手していた速瀬を隊長とした小隊だが、その中の一機の戦術機が、先程の二機の惨状に衝撃を受けて一瞬の間硬直してしまう。

 

「止まるなぁ!」

 

隊長である速瀬が叫び、我に返るが、要撃級はそれを見逃さず、固い衝角の腕でその機体を吹き飛ばした。

 

「うぁぁぁっ!」

 

吹き飛ばされた機体は無惨にひしゃげ、地面に伏せるように倒れそのまま動く様子はない。

 

「うぁ、ごぼっ!」

 

中の少女が血を吐きながら悶絶する。

 

吹き飛ばされた三機を見た伊隅は、即座に命令を下す。

 

 

「速瀬!風間!そいつにBETAを近づけさせるな。私は重なってる二機を守る!」

 

 

「「了解!」」

 

小隊の仲間を倒した要擊級を即座に撃ち殺すと、速瀬機と風間機は倒された機体を守るように立ちはだかり銃を打つ。

 

伊隅は、倒れた機体に乗っている三人のバイタルを調べた。全員がまだ辛うじてだが生きている。

 

(ケガを負っているが、まだ生きている!

けれど、早くあの二機を助けなければ間に合わない!)

 

推進材をフルに回して、重なりあった二機に近づこうとする伊隅機。

しかし、それを邪魔するかのように二人を吹き飛ばした要塞級が立ちふさがる。

 

「どけぇぇっ!」

 

36㎜の弾丸を浴びせるが、装甲が厚い要塞級は継ぎ目を狙わなければほぼ無意味だ。

速瀬の小隊は、倒れた仲間を守るため大量の要擊級の相手、他の小隊も残った突撃級やもう一匹の要塞級に苦戦し、駆けつける暇はない。

伊隅の焦る気持ちと裏腹に時間が過ぎてゆく。

 

要塞級の衝角腕に吹き飛ばされた戦術機は、衝角腕から出る溶解液に肩部を溶かされていたが、肩部が仲間の戦術機とぶつかった瞬間に外れ、幸いにも胴体は無事であった。

しかし、ぶつかった衝撃ですべての機能が停止し、モニターの光もなく操縦席は暗闇になっていた。

まだ十代後半の少女の衛士は、他の戦術機にぶつかり墜落する瞬間に本能で右手で体を庇い、無惨にも右腕の指がほとんど折れ、右上腕部も解放骨折していた。その上、頭からも血を流し、残った左手で顔をしかめながら内臓を押さえている、重要臓器のどこかが破裂しているかもしれない。

 

その暗闇の中、下敷きにされた戦術機から、通信機能も失われたこちらの戦術機に対して、外部のスピーカーから同じ若い少女の悲鳴にも似た声が流れる。

 

「あなたの機体が邪魔でベイルアウト(緊急脱出)できないぃぃっ!早くどいてよぉぉ!戦車級がくるぅぅ!」

 

塞いでいる機体に乗る少女はそれに答えることができずに呻くのみ。

 

「モニターが死んで……痛い、暗い……う、腕が折れて……うぁ……」

 

下敷きになった戦術機を駆る同じく十代後半の少女の衛士は、幸いにもケガをしていなかったがパニックを起こしていた。

 

本来なら戦術機が撃墜された時は、89式機械化歩兵装甲を纏い、機体から脱出するのが衛士のセオリーである。

しかし、落下の衝撃で自分の機体が歪み、装甲が纏えずさらに、上に重なる戦術機が脱出口をしっかりと塞いでおり、唯一出来たのがヘルメットを装着したことのみで、その状態で機内に閉じ込められていた。

 

下敷きにされた少女がいる操縦席には、次々と『搭乗員脱出勧告』『敵生体接触勧告』などあらゆる警告を告げるアラームが鳴り響き、自分がいる場所が操縦席からただの棺桶に変わったと確信した。ゆえに何分か後の自分の運命を想像し、パニック状態に陥ったのだ。

 

隊長である伊隅は、普通なら落ち着かせるために遠隔で鎮静剤を打つところだが、要塞級の相手でパニックと分かっていながらも打つ暇がない。

 

ちなみに戦術機の衛士が、BETAとの戦闘で殺害されるパターンは光線級のレーザー照射、突撃級の激突など色々あるが、一番恐れているのが戦車級に生きたまま食い殺されることである。

その恐ろしさは、衛士訓練学校の授業で徹底的に刷り込まされる。

死を覚悟し心技体を鍛えている衛士も、撃墜され強化外骨格も使えず、何の武器もない状態で、戦車級が目の前に来れば、男女関係なく泣き叫び、無駄と知っていながら他の仲間に助けをこう。

例え、中途半端な武器を持っていたとしても、敵を倒すために使わず自殺を選んでしまう程、すべての衛士がこの状態になることを恐れているのだ。

 

そして、BETAが襲う序列で一番高いものは、高性能AIと人を搭載する戦術機である。

例外に漏れず、全高が3m程の人間に似た歯を持つ赤い蜘蛛のような戦車級が、角砂糖にむらがる蟻のごとく、重なっている二機のまだ機能が死んでいない下に位置する戦術機に群がり始めた。

 

自分の乗っている機体が食われる様子を、モニター越しではなく直に音と振動で感じ始めた少女の衛士は、数分前よりさらに錯乱し始めた。ヴァルキリーズの中においても目立つ可憐な顔が、恐怖で醜く歪み、涙と鼻水にまみれ、さらに衛士強化装備の中に排泄物を漏らしている。しかし、そんな普段の自分にあるまじき醜い姿を客観的に見る余裕はなく、操縦席の壁を指が折れる程殴り、気が触れたように叫ぶ。

 

「もうすぐ食い破られるぅ!死にたくない!誰かぁ開けてぇぇ!」

 

外部スピーカーと通信から仲間の悲鳴が聞こえてもどうすることもできない。

 

「くそぉぉぉぉ!」

 

苦しそうに叫ぶ隊長である伊隅と伊隅ヴァルキリーズの面々は、その思いと裏腹にもうあの少女を助けられないことを苦しげに悟った。

 

その最中、撃墜された二機にたかる戦車級以外の二機周辺のBETAがある一点に集中し、何かを地中から掘り出す不可解な行動をし始めていた。しかし、今食われんとする仲間に意識が向き、伊隅ヴァルキリーズや通信車の涼宮遥でさえこのことに気づかない。

 

「痛いぃぃ!助けてぇぇ!隊長ぉぉぉ!お母さぁぁんっ!」

 

やがて、少女は錯乱した悲鳴をあげながら戦車級の手によってついに操縦席から引き剥がされた。断末魔の悲鳴を挙げている少女の体は、戦車級によって、ヴァルキリーズの面々にこれから始まる惨状を見せつけるかのように高く引っ張り掲げられ、後数秒で戦車級同士で争うように腕や、足を引きちぎられる。

 

その時であった。

 

ドガァァァァァァ!

 

少女の無惨な最後を看取るヴァルキリーズの視界を遮るが如く、真っ黒な鱗のようなバイクが地中から飛び出し空に舞い上がった。それに乗車しているのは、生☆七と掘られた鋼鉄のヘルメットを被り、ボンテージと装甲が合体したような黒い服を纏った者。

 

その者は空中に滞空している一瞬でバイクから離れ、背中から戦術機の推進剤のようなものを噴射し、少女を食らおうとしている戦車級目掛けて蹴りの格好で直進した。その速度は、戦術機など比べ物にならない。

 

ドグチャァ!

 

少女を食らおうとしていた数体の戦車級は、超スピードで迫る黒い流星のような蹴りを食らいあっけなくミンチと化す。そして、手足を掴むものはいなくなり、重力に引かれ落ちていく少女をその者は優しくキャッチした。

 

肩の脱臼や、両足の圧迫骨折の痛みを忘れ、腕の中に抱かれる少女は、その者に問うた。

 

「あ、あなたは……」

 

「これは君を守る鎧『零』だ。」

 

その優しい声を聞いた少女は今までの緊張から解放されたかのように、戦闘中にもかかわらず眠るように気絶した。

 

戦場の敵、味方が注目するなか、正義のマフラーがこの世界にもたなびく。

 

オルタネイティブの世界に正義降臨。

 




漫画の新潟防衛戦の記述が少ないです。
光線級まで含めたBETAをどうやってあんなに捕まえられたのだろう?
酵素の打ち込み銃ってあるのかな?
捕獲の様子は、完全に想像で書いてます。
本来なら死ぬ二人と重症の一人は、wikiを見てもデータがないので分かりにくいですがただの少女になりました。
戦術機の戦闘と故障の描写、無理矢理感すごく出てますね。設定を無視しまくりです。
もっと文章が上手くなりたい。


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第二話 戦略決戦人間兵器

2001年11月11日

新潟県中越07時35分

 

『 な、なんだ?』

 

「零、これは一体?!」

 

月狼で地中から勢いよく飛び出した覚悟と零。

彼らは空中を飛びながらも驚愕した。

自分達がいたあの化け物溢れる世界でも見たことのない生物で溢れていたからだ。

戦車級で赤く染まる大地、数十m先にいる複数の要塞級に要擊級、それと戦う数体の戦術機、折り重なるように倒れている二体の戦術機に集る戦車級。

 

最後に目に映ったのは、大口を開けた複数の戦車級に引き千切られかけている一人の少女の助け求める泣き顔。

 

「!?」

 

今まで驚くのみの覚悟だったが、少女の惨状が視界に入るとカッと目を見開き、正義を行う者の思考に切り変わる。同時に激闘による傷染み付いた体が、この惨状を最速で打ち砕く零式防衛術の技に移った。

 

「零!推進剤噴射!」

 

『了解!』

 

零が返事をした瞬間、背中から勢いよく推進剤が噴射され、覚悟の体に秒速270mからなる大量のGがかかる。しかし、普通の人間ならば良くて重症のGの衝撃でも、訓練された覚悟にはそよ風程度に過ぎない。

 

黒い流星と化した覚悟は、少女を食らおうとする数体の戦車級に突撃する。

 

「零式奥技!大義!」

 

ドグチャァ!

 

数々の一流の者を屠った『大義』に戦車級は肉が潰れる鈍い音を響かせ、一瞬でミンチと化した。そして、赤い腕から開放された少女は、重力により地面に落下する。だが、少女は先程の禍々しい赤い腕ではない、安らぎ感じる黒い腕に優しく受け止められた。

 

朦朧とした表情で少女は腕の主に問う。

 

「あ…あなたは?」

 

覚悟は少女を安心させるように優しく答えた。

 

「これは君を守る鎧『零』だ。」

 

少女はその答えを聞くと緊張の糸が切れ、気絶するように暫しの眠りについた。

 

そして、空中の月狼もホバリングしながら遅れて覚悟の近くに着地する。

 

 

その十秒にも満たない展開に伊隅ヴァルキリーズは、一瞬唖然とするが…

 

「戦闘に集中しろ!」

 

と隊長の伊隅にモニター越しに激を飛ばされて、急いで自分達の戦いに意識を戻す。

 

いきなり地面から出現した黒い兵士に色々問いただしたい伊隅だが、要塞級と戦いながらではそれもままならない。ゆえに覚悟に外部のスピーカー機能で叫ぶ。

 

「そこの黒いの!そいつを連れてそのバイクで早く逃げろ!」

 

伊隅の本心では、まだ閉じ込められているもう一人も助けてくれと叫びたい。

しかし、この戦場で戦術機に乗っていない者に対してそのような言葉は、精一杯戦って救助者とともに食われて死ね!と命令するに等しい。

 

(悔しいが一人助かっただけでも十分だ。これ以上の戦闘は、余計な犠牲者を増やす。)

 

伊隅は自分に暗示をかけるように思考に決着をつける。

 

 

一方、覚悟と零は周りの様子と伊隅の言葉で大まかな現状を把握した。

 

「零、どうやらこの怪物達は人間を補食し、あの機体はそれらを殲滅するための道具と見受けられる。」

 

『覚悟よ、まだもう一機の機体から苦しげな声が聞こえる。』

 

「了解、ならばまだ撤退する分けには行かぬ。そして、人を喰らう怪物ならば粛清するより他あるまいっ!」

 

そう言いきった覚悟は、少女を手に抱えたまま襲いかかる戦車級に蹴りを放った。

 

「零式因果直蹴擊!」

 

ドガァ!

 

一匹の戦車級が、硫黄の臭いがする飛沫を上げて吹き飛んだ。その一撃を皮切りに覚悟は、次々と残りの戦車級を蹴りで肉片に変えていく。

 

「直蹴擊(じき)!直蹴擊(じき)!直蹴擊(じきぃ)!」

 

グチャ!ドチャ!グチャ!

 

次々と戦車級の息の根を止めてゆく覚悟。そして、八体目の戦車級を倒す頃に覚悟は、この生物の特性を朧気ながらも理解してきた。

 

(この生物、思考というものが虫より微塵も感じられぬ。ただ、がむしゃらに突っ込んでくるのみ。ゆえに因果が至極決まりやすい。そして、何故か私より後ろの月狼の方を狙っているように見える。ならばその習性、利用させてもらうぞ。)

 

「月狼! 私から2時の方向に走れ! 」

 

アォーーン!

 

月狼は、了解とばかりに嘶くと猛スピードで走り出した。そうすると覚悟の前方のBETAが覚悟を無視し、我先にと追いかけ始める。

 

自分の周りすべてのBETAが月狼に向かうのを確認した覚悟は、腕に抱える少女を戦術機の中の操縦席に優しく横たえさせた。

 

(再度迎えに来る。それまでここに避難してくれ。君にはあの怪物の指一本足りとも触れさせはしない。)

 

数秒後、戦術機から出た覚悟は、再度BETAを見据える。BETAの集団は未だ月狼を追いかけており、その様子は生物に例えると弱点である横腹を見せているに等しかった。

 

それを見逃す覚悟ではない。

 

「零!風向きは大丈夫か!」

 

『追い風、風速10m!ようやく全力が出せるな!覚悟!』

 

零の全力が出せるという言葉を聞くと覚悟は、掌を開けた両腕を大きく振りかぶるようにBETAの集団に向けた。

 

「超脱水鱗粉っ!」

 

覚悟が叫ぶと同時に両手の掌から人工造雪機のように大量の雪が生産され、さらに追い風で半径50mの扇状に広がった。

 

BETAはそれを気にも止めず月狼を追いかけるが、その中の一匹の戦車級がその一粒に触れた瞬間、

 

ジュウウウウウウ!

 

雪に触れた肌の半径1mの半球状が蒸発し、その戦車級は動かなくなった。その一匹を皮切りに、死の雪は次々とBETAの集団に降りそそぎ、それに触れたBETAは例外なく体の一部が砂と化し行動を停止した。

 

月狼を追いかけるすべてのBETAの蒸発を見届けた覚悟は小さく呟く。

 

「風と共に消えゆけ。」

 

 

 

「な、なによあれ、いったい」

 

そう驚くのは、勝ち気そうな風貌をしている、通信車にいる涼宮遥中尉の妹でもある、ピンク色の髪のショートカットにヘアバンドの涼宮茜少尉。

 

「あんな風流な兵器見たことないな。」

 

次に感心するように驚く茶髪で長髪の独特な雰囲気を持つ宗像美冴中尉。

 

「すごーい! 」

 

最後に素直に驚くのは、スポーティーな雰囲気が漂う青い髪の柏木晴子少尉。

 

同じ小隊である三人は、周りの要塞級を倒し、撃墜された二機に向かっている最中だった。まだ謎の兵士が登場してから三分しか経っていない。にもかかわらず、そんなわずかな時間で戦術機でもない一般人?が見たこともない体術と兵器で戦車級を全滅させた。その光景に驚きを隠せない。

 

 

覚悟は、二機周辺のBETAを全滅させた後、伊隅機と現在戦闘中の60mを越える要塞級に目を向けた。近くまで駆けつけたいが、超脱水鱗粉から逃れた一匹の要擊級が近づいてくるのが見える。故に少女が眠る二機から離れることができない。

 

だが、覚悟は冷静に零の問う。

 

「零、この距離でもいけるか?」

 

『安心しろ!100m以内なら威力は、損なわん!』

 

「了解!」

 

覚悟は、両手を前に出し、手の付け根を上下に重ね合わせ掌を要塞級に向ける。

 

『覚悟よ!同士討ちに気を付けよ!』

 

「了解!狙いよし!圧縮昇華弾!」

 

ドウッ!

 

両掌から巨大な火球が要塞級に向かって放たれた。

 

強化外骨格の最大火力であるプラズマ兵器の圧縮昇華弾だ。

 

ビー!ビー!ビー!

 

圧縮昇華弾が放たれた瞬間、伊隅機のコンピュータが警告を告げる。

 

「これは熱源反応?あいつから出ているのか!くそ。一旦離れる!」

 

急いで伊隅は要塞級から一旦離れた。

 

ジュドッ゙!!!

 

次の瞬間、白く光る火球が要塞級に直撃する。

 

通常の昇華でも人間に当たれば全身蒸発必死だが、それが両掌で圧縮され、約5倍の威力を持つのが圧縮昇華弾である。

 

直径2m程の火球は、要塞級の弱点ではない胴体に当たったが、そのまま胴体を突き破り、上空に向かっていった。数秒後、大きな風穴を開けられた要塞級はゆっくりと地響きとともに倒れた。

 

その一部始終を見ていた伊隅は、あれだけ苦戦した要塞級が死んで喜ぶよりも、覚悟が放った兵器に驚愕する。

 

(あ、あれは、要塞級を一撃で倒す兵器など見たことないぞ。プラズマ兵器?レールガン?帝国で開発されているという新兵器?)

 

一方、覚悟は要塞級が倒れたのを確認すると同時に零が警告をする。

 

『覚悟よ!圧縮昇華弾を使用したゆえ、他の兵器はしばらく使えぬぞ!』

 

「了解!後は、零式防衛術で何とかする。当方に迎撃の用意あり!」

 

覚悟は、自分に勢いよく迫る要擊級に零式防衛術『破邪の構え』を取る。

 

伊隅は、要塞級が沈黙したのを確認すると、次に謎の黒い兵士に機体を向ける。すると画面には最後に残った一匹の要擊級が黒い兵士に近づくのが映った。だが、黒い兵士は先程の兵器を使用する様子はなく、徒手空拳の構えを取っている。

 

(まさか、戦車級ならまだしも、その何倍もある要擊級まで蹴りやパンチで倒そうというのか?無茶だ! 87式機械化歩兵装甲を身に付けても戦車級が限界なんだぞ!)

 

「馬鹿者ぉぉ!どけぇ!後は私がやる!」

 

伊隅の警告がその場に響くなか、要擊級のダイヤモンド並の硬度を誇る衝角が覚悟に襲い掛かる。

 

(兄上ならば、40mの鯨を爆発させる螺旋を放つことができた。だが、私にはせいぜい……)

 

しかし、覚悟は、一瞬で空中に飛び上がり衝角を避ける。そして、空を切る衝角が地面に激突すると同時に要撃級の蠍のような頭に掌を叩き込んだ。

 

「零式螺旋波紋掌打!」

 

すると掌を叩きこまれた要擊級は、電気が走ったようにビクリと痙攣し動きを止めた。

 

((((((!?))))))

 

伊隅機と同じく覚悟に集うA-01の衛士達は、動きを止めた要撃級に注目するが…

 

様子がおかしい要塞級を無視し、覚悟が音もなく地面に着地すると同時だった。

 

もももももも!バァァァン!

 

要塞級は、限界まで空気が入った風船のように内部から破裂した。

 

(30mが限界だ……)

 

 

驚く伊隅機達が、到着した頃にはすべてが終わっていた。

 

数秒後、通信車の涼宮遥から、全隊員が待ち望んでいた通信が入る。

 

『ヴァルキリーマムより、ヴァルキリーズへ、BETAの全滅を確認。』

 

 

2001年11月11日

新潟県中越午前8時20分

 

戦闘が終わり救助した重症の三人を見送った後、ヴァルキリーズ全員は、複数の歩兵に囲まれる覚悟と対面していた。

 

ヴァルキリーズ全員が横一列にならび、その中央から三歩ほど前にいる隊長の伊隅が敬礼し、覚悟にしゃべりかける。

 

「私達は、国連軍横浜基地所属特殊任務部隊A-01、私はその部隊の隊長をしている伊隅みちる大尉だ。先程の戦闘で我が隊のメンバーを助けてくれて感謝する。本当にありがとう。しかし、貴君は、今回の極秘作戦のメンバーには、含まれていないはず。失礼だが貴君の名前、所属、目的を問う。そして、できることなら顔もお見せ願いたい。」

 

伊隅の言葉に覚悟はなにも言わず傾くと、ゆっくりとヘルメットをはずし始めた。

 

プシュー!

 

ヘルメットの空気が抜ける音がし、ついにこの世界で初めて、覚悟の顔が白日の元にさらされた。

 

「「「「「!!!!!」」」」」

 

黒いヘルメットの中から出てきた二十歳にも達していない少年の顔を見て、ヴァルキリーズの隊員達は、軽い驚きに包まれる。あの熟練の動きから推理すると、ヘルメットから出てくるのは経験を積んだ壮年の男性の顔だと思っていたからだ。

 

顔を晒した覚悟は、ヘルメットを小脇に抱え、伊隅に見事な敬礼を返す。

 

「葉隠覚悟と申します。一応は日本の管理局に所属していますが、階級はあなた方よりずっと下になるでしょう。詳しいことは、軍事機密ゆえに申し上げることはできません。故に拘束してもらっても結構です。ですが、できればあなた方に命令を下している上司の方にお目通り願いたい。」

 

そう言って、覚悟は両腕を差し出した。

 

(管理局?軍ではなく政府の者か?けれど、自ら拘束を願い出るとは、少なくとも敵対するつもりはないらしいな。)

 

そう考えた伊隅は、歩兵の一人に命令する。

 

「葉隠というのか……わかった。そこの君、手錠を、なかったら何か縛るものを持ってきてくれ、別に急がなくてもいいぞ。すまんな、仲間の命を救ってくれたやつを、拘束しなければいけないとは。私達の上司に会えるかはわからんが、その代わりできる限り丁重に扱うと約束する」

 

その言葉に敬礼で返す覚悟。

 

「有り難うございます。大尉殿。」

 

伊隅は、敬礼し返す覚悟とBETAを一瞬で殲滅した兵器を搭載している服を見ながら再度覚悟に言う。

 

「葉隠、できればその武装も解除してくれるとありがたい。その武装でBETAを蹴散らすところを何回も見ているのでな。」

 

覚悟は、素直に従う。

 

「了解」

 

伊隅は、覚悟と会話を少し交わしただけで覚悟が、真面目で実直な性格であることが十分に伝わってきた。

しかし、彼女は知らなかった。覚悟の人格は、真面目で実直で信頼できるところは適合しているが、ある重要な感情だけは特に薄いことに。

 

「零、武装解除だ。」

 

『了解』

 

そう呟いた覚悟の強化外骨格が、近くに停車する月狼に積んである鋼鉄の鞄に自動で収納され始める。

 

それに注目する隊員達は、心の中で様々な感想を呟く。

 

(うわぁなんか、気持ち悪……)

(音声機能か。)

(あれ着て戦ってたんだ。)

(暖かそう。)

(生き物みたいね。)

 

彼女達と覚悟のここから起こる不幸の原因は、まず出会ったばかりだが、覚悟の真面目な性格が伝わり、おかしな行動は絶対に取らないと思っていたこと。

ヴァルキリーズは、見たこともないミミズのような高分子筋繊維ばかり目がいき、徐々に肌があらわになる覚悟を観ていなかったこと。

そして、あの黒い服の下には、自分達のような薄い衛士強化装備を着ていると勘違いしていたことである。

 

零の中身がすべて鞄に入り、自動で閉まるのを見送ったヴァルキリーズは、再度覚悟に視線を戻した。

すると彼女達の目には、鋼鉄のブーツだけを残して、裸になった覚悟が写っていた。ブーツだけを残すのが少しマニアックさを感じる。

 

「これでよろしいですか?」

 

ブーツから上は、すべて裸の覚悟は冷静に彼女達に問うた。

 

伊隅隊長含めて、凶悪なBETAと戦い、死の8分を乗り越えた歴戦の衛士である彼女達だが、あまりの光景に頭が追い付かずフリーズしてしまった。

戦地の風呂や更衣室ならまだしも、屋外の厳格な雰囲気の場所故に、心の準備ができていなかった乙女達には、あまりにも刺激が強い光景であった。

故に……

 

「「「キャァァァァァァァァ!!!!!!」」」

 

「ちょっ!なにやってンだお前ぇ!」

 

狼狽えた近くの歩兵が覚悟に銃口を向ける。

 

その瞬間、

 

グルルルル!

 

覚悟に銃口が向けられたと同時に月狼のエンジンが一瞬で入り、唸り声をあげながら狙撃銃を座席から出現させた。

 

「ひぃっ!なんだ」

 

月狼にも銃口を向ける歩兵だが、

 

「納めよ!月狼(モーントヴォルフ)!」

 

キュゥゥゥン……

 

覚悟に一喝された月狼は、怯えた子犬のような声を上げ、銃を閉まった。そして、覚悟は裸でヴァルキリーズ達に深々と頭を下げる。

 

「すまぬ。どうやらあなた方を怯えさせてしまったようだ。改めて拘束を求む。」

 

「いや、それよりも服……」

 

言葉を投げ掛けようとする伊隅と唖然とするヴァルキリーズを尻目に歩兵達に覚悟は、そのまま裸で連れられていった。

 

覚悟が連行された後、柏木が最初に口を開きぼそりと呟いた。

 

「羞恥心鈍化する訓練、受け過ぎたのかな?」

 

「天然じゃない?」

 

それに答える速瀬。

 

「悪い奴ではないと思うがって、貴様ら、どう考えても話題にするのはあのバイク型の兵器だろうが!」

 

最後に伊隅は、あきれながら隊員達に言った。

 

 

 

 

五分後、丁重に扱うと約束されたはずの覚悟は、裸で両手両足を縛られ、さらに目隠し、猿ぐつわ、睡眠薬も打たれて凶悪犯のように横浜基地に更迭された。

 

その運ばれる荷物の中、誰にも聞こえない声で零が血涙を流し悲しそうに呟いた……

 

『我々もいつしか羞恥心が麻痺していた!すまぬ!覚悟ぉ………………』




やっぱり、覚悟の戦闘描写は書いて楽しいですね。
覚悟の原作は、裸描写がめちゃくちゃ多いけれど、結構誰も突っ込まないんですよね。
マブラヴの世界より、羞恥心が鈍化してると思います。

後、感想お待ちしております。


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第三話 尋問

2001年11月11日

国連軍横浜基地

午後12時20分

 

『総員に通達、防衛基準体勢2は解除されました。繰り返します。…………』

 

放送を聞きながら、白銀武は真っ直ぐに執務室へと走った。ノックもそこそこに、セキュリティカードを通して部屋に飛び込む。

 

「先生!」

 

そこにいるのは、その部屋の主である国連軍横浜基地の副指令でありながら、実質トップにいる香月夕呼。

夕呼は、勢いよく入ってきた武を見ると機嫌が悪そうに答えた。

 

「騒がないの。聞こえてるわ」

 

そんな夕呼に気づきながらも武は、頭を下げて大声で礼をいう。

 

「いろいろありがとうございました。」

 

「あなたがお礼を言う必要は無いわ。あたしの興味でやったことなんだから」

 

「それでもいいんです!これで歴史は大きく変わりますよ。」

 

(大量に死んだはずの軍人達が助かっただけでも、桁違いの変化なんだ。それに、俺自身の記憶が証明されたわけで、これからも先も変化が起こせるに違いない!)

 

「はしゃいでるわね……ところで白銀?」

 

武のはしゃぐ様子を少しイラついた顔で見る夕呼は、ある質問を投げ掛けた。

 

「あなたの前の世界では、BETAが佐渡島から来た時に他になんか、変わったことはなかった?変な兵器を持った歩兵とか、ムキムキの全裸の体を女性の衛士に見せつける強化兵とか?そんな変わった話聞かなかった?」

 

そんな突拍子もない質問をなげかけられた武は、夕呼がたまにいう冗談を言っていると思い、自分の気分も相まって陽気に答えた。

 

「そんなのは、聞いたことはないですね。俺、その日は、防衛基準体勢2が解除された瞬間に、緊張が解けて恥ずかしいんですけど、気絶してしまって、ずっと寝てたんですよ。だから、よくわからないんですよね。はははは!」

 

その言葉を聞いた夕呼は、イライラの頂点に達したようで、何も言わず武に殺意に近い目を向けた。

 

「………………………………。」

 

「は、はは…………。それでは失礼します!」

 

やっと夕呼の殺意の目線に気付いた武は、早々と執務室から出ていった。

 

(夕呼先生、機嫌悪かったな。実験上手く行ってないんだろうな。)

 

 

「はぁ~~~~」

 

武が自分の部屋から出ていったのを、厳しい顔で見送ると、深いため息をついた。

 

夕呼は、焦っていた。捕獲作戦自体は、重症者は出たものの見事に完遂できたので、いうことはないのだが、肝心の自分の研究が進んでいないのだ。150億個の並列処理コンピューターを手のひらサイズにするという理論。その完成まで後一歩のところで行き詰まっている。

タイムリミットは、12月下旬。そのときまでに自分が提唱するオルタネイティブⅣを確立しないと、人類全滅の第一歩となるオルタネイティブⅤが発動してしまう。

 

そして、さらに頭を悩ましているのが、本日の捕獲作戦で厄介で興味深い報告が自分の隊から入ったことである。

 

その報告が、BETAを捕まえられなかったや、ヴァルキリーズの半数が死亡してしまったといったものなら、最悪の事態だが想定内で済む。

しかし、所属不明の兵士が一人で、戦術機にも乗らず、要塞級や要擊級、そして一瞬で百体を越える戦車級を倒した。さらに倒すのに使われたのが自分の知らない未知の兵器ときた。早く自分の研究を完成させたいのに、そんな中途半端に無視できない事態が起こったのだ。

 

夕呼は、こんな時でなければ研究者として喜んで調べるのにと心の中で叫び、研究で睡眠不足の体を起こし、ゆっくりと隣の部屋に入る。

 

薄暗く、怪しい光を放つその部屋の中央には、脳と脊髄が浮いている大きい試験管のようなものがあった。これこそ、オルタネイティブの根幹に位置するものである。夕呼は、そこにいつもいる社霞を探すが、どうやら今は武の方にいるようだ。

 

部屋の中央まで進んだ夕呼は、試験管の横にある物に目を移す。そこにはBETA捕獲作戦の時に乱入した謎の男が持っていた兵器が置いてあった。鋼鉄のブーツ、命令を聞き自動で動くバイク、そして、様々な兵器を搭載した強化服が入っているという鋼鉄の学生鞄。

普通なら、整備部か、技術研究の部署に回すところである。しかし、謎の男が活躍した戦闘動画を見ても鮮明に映っていないゆえに直接確認するため、夕呼の権限を使いこちらに先に回してもらったのだ。

一応は、爆発物の有無や構造を調べるためX線にかけたが、放射線を弾くように全く中身が映らず夕呼は、困り果てていた。

 

夕呼は、まず鱗のようなバイクを少し撫でながら、実験が進まないストレスを吐き出すように考えることを声に出し呟いた。

 

「葉隠覚悟だっけ?あからさまに偽名ね。一般人なら珍しい名字で済むけど、武家や政府、軍の上層部がいたら、一発でバレる嘘だわ。葉隠なんて性もってるやつなんて、この世にはもう一人もいないし。多分、オルタネイティブⅣを混乱させるオルタネイティブⅤ派の刺客がおおまかなところかしら?」

 

犬の鳴き声をあげたと証言があるバイクは、現在は、普通のバイクと同じように沈黙している。

 

「ふーん。えらく装甲が厚いバイクね。スピードメーターは、見当たらない……。多分前のコンピューター画面で表示してる?マフラーもないし、給油口もない。電気で動いているのかしら?」

 

次にバイクの後部にある鉄の学生鞄に目をつける。

 

「この中に入っているのは、たしかミミズ状の服らしいわね。BETAを砂状にしたり、要塞級を一撃で倒すプラズマ兵器が内蔵してあるとか本当かしら?」

 

『・・・・・・・・・・』

 

鞄を開けようとするが、溶接してあるかのように開かない。

 

開けるのを諦め、次に鋼鉄のブーツを手に取る。

 

「う、かなり重いわね……へぇー足の指だけで足裏にある推進剤が出るような作りになってるわ。これでジャンプしたりするのね。けど、重さがネックね。本当にこんな重いもの履いてたのかしら?」

 

そして、最後に手に持ったのは、バイクの側面に二本ずつついている刀。

 

一つ一つ順番に抜いて確かめる夕呼。

しかし、機械ならともかく、武具を鑑定する力がない夕呼は、それらの刀を期待した目ではなく、一応は確かめるといった様子で見ている。

 

「この三本は、比較的最近打った刀ね。

二本は、普通の刀?もう一つは、強化セラミックみたいな物質で作られてる。一番切れ味良さそう。」

 

最後に鞘からして、年代物の刀を取り出した。

 

「最後は……結構使いこまれてるわね。持つところが手の形ですり減ってる、色とか汚れとかから推測するに少なくとも50年は前かしら?ふーん。あら?何か文字が?ええと。りく…ぐん……はがくれ…………え?!!!!」

 

寝不足の脳に電撃が走り、夕呼の目が段々と見開いて来る。

 

その刀の柄には、よく目を凝らさないと見えないほど、磨り減っていたが、確かに文字が書いてあった。そこに記してある文字は、『陸軍葉隠瞬殺無音部隊』。かつて都市伝説として世界を席巻した部隊である。

 

 

2001年11月11日

横浜基地地下懲罰房

 

少し前に、睡眠薬を注射された覚悟はゆっくりと目を覚ました。そして、覚醒した瞬間、覚悟は即座に自分の置かれている状況を確認する。

 

自分は、簡易なベッドで腕が使えない死刑囚のような拘束具の格好で眠っている。周りを見渡すとベッドの他には簡易トイレと机しかない。注目すべきは、その部屋には鉄格子がついているというところであろう。部屋というより牢屋。いや、見張っているものが刑務官でも警察官でもない、明らかに軍人である。故にここは、どこかの軍施設の懲罰房だと確信する。

 

(どうやら、ここは窓がないことから地下の施設、懲罰房。そこに私は幽閉されているらしいな。)

 

覚悟は、睡眠薬を打たれる前の出来事を思い返す。

 

(零の外殻を解除してしまったとき、あの恐るべき兵器を見て、彼女達に悲鳴をあげさせてしまった。さらに月狼で銃まで突きつけて……牙なきもの達を自ら怯えさせ悲鳴をあげさせるとは、私は正義失格だな。)

 

覚悟は、まだ少し勘違いをしていた。

 

 

十数分後、覚悟は小さいコンクリートに囲まれた部屋で拘束具をつけたまま、尋問を受けていた。背後には、マシンガンらしき銃を持つ男が立ち、対面に座るのは強力な背後からの光で顔が見えない男。

 

その男は、着席した覚悟に尋ねる。

 

「まず、葉隠覚悟君で合っているね、何でここに捕まっているか解るかね?」

 

「素性怪しい物には、当然の措置かと存じます。」

 

「理解しているじゃないか、じゃあ自称葉隠覚悟君、兵隊の話によると、女性の衛士達の目の前でいきなり裸になったらしいね。この国では、軍人が乱心して女性を襲ったら、どんな階級の者だろうと銃殺刑だ。言い逃れはできないぞ。」

 

「私は、武装解除を命じられたので、その場で命令を実行したのみ。それ以外の考えなどありません。」

 

男は想定内の答えが出たようにニヤリと笑う。

 

「そんな戯言……」

 

覚悟は、その男の言葉を遮るようにさらに続ける。

 

「けれど、本当に私の行為で彼女達の心が深く傷ついたのなら、銃殺刑の罪、潔く受けましょう。」

 

「え?」

 

覚悟は、嘘偽りのない目で男にそう答えた。それは、やっと武装で彼女達を怯えさせたのではなく、自分の行為が原因だったと理解したからである。

そして、自分は牙なきものの剣、正義を行う者と自負している。故にそんな、強姦紛いのことを自覚なしでも未遂でも、実行してしまったなら、どんな刑でも迷うことなく受ける。覚悟は、その考えに一瞬で至ったのだ。

 

逆に困ったのは、男の方である。男が進めたかった筋書きは、女性の強姦容疑による銃殺刑で覚悟を脅し、それをなかったことにする見返りに、素性、目的、そして謎の武装のことを吐かせることであった。

もちろん、伊隅ヴァルキリーズからは、被害届など出してない。逆に勘違いからの銃殺を防ぐために嘆願書まで出されている。

 

(証拠を隠滅するために自ら死ぬつもりか……。じゃあ、何故こちらに新兵器の武器を鹵攫させた?極秘の武器をお披露目して提供するなど狂気の沙汰だ。スパイとして協力する予定だったのか?だったらなんで裸を見せた?そんなことをしなければもっと軍の中枢に入れただろうに。特攻兵のように最初から捕まって銃殺刑が目的か?じゃあ、何で葉隠なんて滅びた名前を使い混乱させる?だから脱いでどうする……)

 

男は混乱する頭を振り切るように覚悟に質問する。

 

「そ、そうか。お前みたいな潔いやつは初めてだ。けれど、こっちにも手続きというのがある。素性も分からない奴を銃殺刑には、出来ないのだよ。もう一回自分の素性を話してくれ。」

 

「私は、葉隠覚悟。日本政府の管理局所属の者です。それ以外は、軍事機密なり。それよりもあのBETAという怪物のことを教えて欲しい。そして、できれば囚人の奉仕活動として戦う手伝いがしたい。」

 

男は、脅すような声で言う。

 

「この日本には、葉隠なんて苗字は一人も存在してないし、BETAを知らないやつもいないんだよ。念のため政府に問い合わせても、存在してないの一点張り。銃殺刑にしてやるから、死ぬ前にすべてを話せ。どこの国のスパイだ?」

 

その後の取り調べも『すべてを話せ』、『軍事機密ゆえ無理だが、戦わせろ』の繰り返しであった。その度に、銃を突き付けられたり、後ろの兵に殴られたが、顔が腫れ、口から血を流すのみで覚悟の考え、表情を変えることはできなかった。

 

その日は、それで独房に戻された。

二日目は、優しそうな女性や、違う男性の取調官に尋問されたが一日目と同じ堂々巡りで終わった。

 

 

2001年11月13日

横浜基地地下懲罰房

 

監禁されて三日目、覚悟は、深い眠りの中、夢を見ていた。その夢の内容は、自分が睡眠装置に入った日のことである。夢の中の覚悟は、涙の卒業式を終えて、鷹嘴のリムジンで施設まで送ってもらい施設に入ったところだ。そして、覚悟は、医務室のような部屋に通され施設の責任者から冷凍睡眠装置の説明を受けている。

 

その責任者である女性は、年は二十代後半辺り、紫色のセミロングの髪型をしており、白衣の下には胸を強調した服を着ていた。彼女は、気だるそうに覚悟に冷凍睡眠装置のことを説明している。

 

「ーーーという訳で覚醒する条件は、これで以上よ。単純に私達、形式上だけど貴方の上司にあたる政府の者が起こすか、地震、火災とか災害で自動で起きるかね。それがない限りあなたは、あたしが開発した装置の中で地球が終わりを迎えるまで永遠に眠り続けるわ。ああそれと思い出した!」

 

彼女は、急に気だるそうな態度を変えて、面白そうに笑みを含んで話し出した。

 

「後、誰かが施設に侵入して、手順を踏まずに無理矢理起こそうとしたら、死ぬように設定してあるから。起こそうとするやつが死ぬんじゃあないわよ。もちろん死ぬのは~~~~~~~」

 

語尾を伸ばしながら、ゆっくりと覚悟を指差す

 

「あ、な、た。正義を行う者自体が軍事機密の塊だからね~。拷問とか洗脳とかされるかもしれないし。殺す方法は、あなたの遺体と零式鉄球だったっけ?それすら残らないような、強力な腐敗ガスでドロドロにしちゃうからね。わかった?」

 

そのようなことを聞かされて、常人なら反射的に怒るか、苦笑いを浮かべるところだろう。

しかし、覚悟はさも当然というように

 

「了解しました。 」

 

と無表情に答えただけであった。

 

覚悟の言葉が自分が想定した答え方、態度ではなかったように彼女は、つまらなそうに軽いため息をついた。

 

「つまらないわね、正義を行うものってみんなそうなの?まぁいいわ。最後に質問とかない?冗談抜きでこれがあなたが死ぬ前に交わす最後の会話かもしれないわよ。」

 

覚悟は、その問いに言い淀むことなく毅然と答える。

 

「私の必要がない世界が永遠に続くなら、それに越したことはありません。」

 

「そう……わかったわ。質問がないなら早速、睡眠装置がある部屋まで行きましょうか。」

 

彼女は、部屋を出て、睡眠装置がある部屋の前の扉まで覚悟を先導した。

 

「この部屋の蓋が空いてるカプセルみたいなものに入れば自動的に催眠ガスが出て、一瞬で眠りにつくわ。」

 

覚悟は、最後の挨拶というばかり仰々しく敬礼をしてお礼を言う。

 

「ご説明の中から感じるお心遣い、真に感謝致します。この優しさ忘れません。」

 

覚悟の最後の挨拶を受けとる白衣の女性は、面倒くさそうに、手をヒラヒラさせて、覚悟に言う。

 

「やめてよね。堅苦しいの苦手なのよ。ああ、そうだ。もし、災害とか起こって自分で起きた場合は、あたしの名前を確認して見て。もうすぐ火華財閥と徳川財団からも支援受ける予定だし、管理局のトップに立つのも近いわ。だから、自叙伝とか書いてたり、歴史の教科書に乗ってるかもよ?一応教えとくわ。あたしの名前は………………」

 

 

ーーーー「おい起きろ!」

 

本日も昨日と同じように、歩兵に呼ばれ尋問が始まる。

 

 

十数分後、尋問室隣の監視室

 

夕呼は、捕まっている噂の男を確認しに、取調室の隣の監視室にいた。そこでマジックミラー越しに一日目と同じように無表情で座る覚悟を見ながら、隣の取調官に今までの覚悟の様子の説明を聞く。

どんなに脅しても殴っても表情を一切変えない強い男。強姦が本当なら、銃殺刑でもいいという潔い男。まるで感情のない機械みたいな男。各取調官が覚悟と会話し、感じたことはおおむねそんな感じであった。

好意的な評価もあるが、何もしゃべらない故に今日喋らなければ、明日から薬物を使用するらしい。

 

夕呼は、覚悟をじっくりと観察しながら昨日のことを思い出す。

 

(結局、あのバイクと鞄の中身はわからなかった。バイクは、解体する要所に分厚い装甲があるし、兵器が入っている鞄は無理矢理解体するとどんなことがあるか分からない。けれど、あの『陸軍葉隠瞬殺無音部隊』と記された刀は、鑑定の結果、作成されたのは確実に50年前とわかった。)

 

後は、その所有者を見極めるのみである。

 

今回の取調官は、覚悟と同じような年齢の少女であった。

 

「どーもー、リラックスしてね。今回は、取り調べじゃなくてお喋りするだけだから。」

 

人懐こい顔をした少女が対面に座った。

 

その様子を隣の部屋で見ている取調官が夕呼に説明する。

 

「香月副指令ならお分かりだと思いますが、あの取調官は、親しみ安さが売りでして。あの喋り方と整った容姿で男は、機密情報をうっかり喋ってしまうんですよ。かなりの腕利きです。」

 

「…………」

 

 

 

「一昨日と昨日は、覚悟君に酷いことしちゃったよね。ごめんなさい。あの男、みんなから嫌われてるの。ああ、これはあいつにいっちゃダメだよ。二人だけの秘密ね。」

 

少女は、覚悟にしか聞こえないように少し近づいて喋った。

 

「了解」

 

その言葉に覚悟は、表情を変えずに答える。

 

少女は、元の自分の席に戻るとまた明るくしゃべる。

 

「そうね、じゃあ今日は逆に覚悟君の質問に何でも私が答えちゃう。先にいうけど彼氏はいないよ。後、私のスリーサイズ以外だったら何でもOK!」

 

 

夕呼は、その言葉を聞いて感心する。

 

(上手いわね、逆に質問させて相手を探ってる……。)

 

 

「お心遣い、感謝致します。では…………」

 

覚悟は、深くお辞儀をした後、彼女に次々と質問を投げ掛けた。質問内容は、現在の西暦、日時から始まり、主に覚悟の世界と照らし合わせるような質問であった。しかし、その質問で大東亜戦争での日本の無条件降伏、世界規模の地殻変動、新東京の新エネルギー暴走事故と聞いたこともないような出来事が飛び出してきた。

 

その単語をマジックミラー越しに聞いた夕呼は、白銀武を思い出す。

 

(あの男が語る第二次世界大戦の顛末、白銀と同じ事を言っているわ。けれど、その後が違う。地殻変動、エネルギー暴走事故、まさか……。)

 

そして、質問がBETAや戦術機に及びそうになったとき、少女は、覚悟の質問にストップを掛けた。

 

「覚悟君、一杯質問してくれてありがとね。けど、ごめん!実は私も仕事上、報告書を書かないといけないの。だから、一つだけ私の質問に答えてお願い。」

 

「答えられる範囲でよければ」

 

「じゃあ、覚悟君のいう管理局の上司って誰?もしその人が実際にいたら、それで疑いが晴れるかも?」

 

「恥ずべきことなのですが、今朝方思い出しました。私の上司は、『香月夕呼』という女性の方です。」

 

 

取調官が夕呼を見ながら、わざわざ問題なさそうに言う。

 

「下手くそな嘘ですな。」

 

夕呼は、当たり前といった顔で取調官を見返した。

 

 

「・・・・・・コホン。じゃあおまけでもう一つ、覚悟君はあの時、何故地面から出てきたの?」

 

「あれは、私にも分からない。眠っていたらいつの間にか、部屋ごとかあそこにいた故、脱出した。」

 

「・・・・・・・・」

 

真実にも関わらず、適当なことを言っていると判断された覚悟に、少女がため息混じりに顔を伏せて呟く。

 

「ふ~~~。これだけ、質問に答えてあげたのに、覚悟君は意地悪だなぁ。」

 

そして、少女は顔を上げた。その表情は、先程の人懐こい笑顔から、一瞬でサディスティックな笑顔になり、覚悟に脅すような口調で迫る。

 

「覚悟くーん、いい加減喋らないと自白剤と拷問のダブルパンチで『嬲り物』にしちゃうよ?私もそんなの悲しいよ~」

 

「嬲り、モノ?」

 

少女の口から漏れでた禁断の言葉を聞いた瞬間、無表情だが穏やかだった覚悟の目付き、雰囲気が先程の少女以上に一瞬で変わる。

 

「え、な、なに?」

 

「貴様!一体?」

 

雰囲気が変わった覚悟に驚く少女と危険を察知してマシンガンのロックを外す兵士。その雰囲気は、マジックミラー越しに見ている夕呼達にもビリビリと伝わってきた。

 

「雰囲気が変わりましたわね?」

 

「今までで一番の反応です……」

 

ガシャン!

 

覚悟は、座っているパイプ椅子を弾くように起立した。それに驚き兵士がロックを外したマシンガンで構えるが……

 

「貴様座れ!座らんと……え?」

 

ビリビリビリビリィィッ!

 

絶対に破れないはずの特殊ゴムとアラミド繊維でできた軍の拘束具が一瞬で破かれた。

 

現実ではあり得ない覚悟の行動を、ポカンとした表情で見る少女と兵士。

 

「誰にも人間をモノ呼ばわりする権利はない。」

 

と覚悟は、少女に向かって射殺すような目を向けながら、怒気に孕んだ静かな声で宣言した。

 

二人は、覚悟の声で呆けた状態から一瞬で我に帰るが…

 

「ヒ、ヒィィィィッ!」

 

「うわぁぁぁぁ!」

 

兵士の方は、恐怖のあまりマシンガンを覚悟に発射した。

 

そんな想像を超えた状況に夕呼と取調官は、急いで指示を出す。

 

「早く!衛生兵を!」

 

『馬鹿者ぉ! 殺す……な……』

 

暴走する兵士の行為を止めるため、マイクで怒鳴る取調官だが、先程の拘束具を破る光景よりもあり得ない光景が目の前に現れ息を飲む。

 

「香月副指令……あ、あれはいったい?」

 

覚悟は、狙いが定まらないマシンガンから、少女を庇うように銃弾を受けきっていた。

しかし、マシンガンによって蜂の巣となるはずの覚悟の体は、皮膚から滲み出るように発生した光輝く金属によって、すべての弾丸は止められ無傷であった。

 

夕呼は、それを見て興奮した笑みを浮かべる。

 

(間違いないわ!あいつは、白銀と違う平行世界から来た、この世界で滅びた悪鬼の一族!そして、未知の兵器やあの鋼鉄の体は、もしかしたら46文書の…………)




夕呼先生がどう動くか考えると、どうしても書くのに時間がかかりますね。
睡眠装置の毒殺システムは、原作通りです。作中で一番要らない機能だと思います。
日本刀の柄に瞬殺部隊の文字が書いてあるのも原作通りです。回想シーンで父親の朧が実際に持っています。
後は、月狼の側面に日本刀を装備できるのは、嘘です。
そこは広い心で許して下さい。


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第四話 解放

狭いコンクリートの尋問室に、マシンガンの連続した銃声が響く。

 

ダダダダダ……!

 

銃撃しているのは、2日間に渡って覚悟を尋問中にことあるごとに殴り、蹴り、脅していた兵士である。そのような行為を受けても怨みの感情を一片足りとも見せない覚悟を表情こそ出さないが、心のそこでは舐めきっていた。どうせ今日も黙秘を続けて、自分に殴られるだけだ思い、数十秒前まで心が緩みきっていたのだ。

しかし、その少年がどんな人類だろうが破けないはずの拘束具を破り、自分に殺気を向けている。

 

その場面展開の落差に心が耐えきれなくなった兵士は、狭い尋問室に覚悟の他に少女がいるのにも関わらず自分の身を守るためだけにマシンガンを撃ったのだ。

考えていることはただ一つ、『ここで殺さなくては自分が殺られる』である。

 

「うわぁぁぁぁ、死ねぇぇぇ!!!」

 

しかし、少年の形をした怪力の化け物は、銃撃を受ける直前に金属の肌を持つ化け物に変身を遂げていた。

 

『零式鉄球・防弾形態』

 

ただのイカれたファッションと思われていた覚悟の体の中に埋め込まれている8つの鉄球。これは、弾丸などといった皮膚が防衛しきれない異物が迫った時、血液の中に溶け、表皮に分泌され一瞬で凝固し体を守る特殊金属でできている。覚悟は、その鉄球によって皮膚の56%を鎧化できるのだ。その防御力は、零に及ばないまでも、0.5秒間に120発の速射銃でも意に介さない。

 

兵士は、あり得ない現実の連続により完全に乱心し、部屋に取調官の少女がいるのにも関わらず、マシンガンを打ち続ける。

 

『撃つなぁぁ!落ち着けぇ!』

 

マイク越しに怒鳴る取調官と笑みを浮かべたままの夕呼の二人だが、乱心した兵が放つマシンガンにより他の兵を率いて迂闊に尋問室に入れない。

 

「止めてぇぇ!もう、撃たないでぇぇ!!!」

 

覚悟は、その乱心した兵士の銃弾から、先程のサディスティックな顔から、年相応に泣きじゃくる顔に変わった少女をかばい続けていた。

 

十秒後、すべての銃弾を打ち終えた兵士が、さらに銃撃を続けるべく予備のカートリッジに手を伸ばした。

 

しかし、その瞬間を見逃さず、覚悟は、防弾形態を解き、一瞬で間合いを詰め、兵士が持つマシンガンを前蹴りで吹き飛ばす。

 

「ひゃぁぁぁ!」

 

兵士が狼狽えている間に有無を言わせず背後に回り込み、零式の技を掛ける。

 

「安息せよ……」

 

『零式防衛術・棺』

 

母の如く穏やかで、殺意すら帯びていない両腕で頸動静脈を絞めることにより、相手の抵抗を受けることなく脳へ供給血液を遮断。意識喪失と痙攣の後、脳細胞を死滅させる。本来ならば、対象を殺害する技だが、今回は一瞬で兵士を気絶させたのみで覚悟は、技を解く。そして、次に覚悟は部屋の隅で怯えている取調官の少女に近寄り始めた。

 

「許してくださいぃぃ!殺さないでぇぇ!」

 

兵士を一瞬で殺害したと勘違いしている少女は、次は自分がターゲットだと思い泣きじゃくりながら、覚悟に許しをこう。

 

しかし、覚悟は、少女のそばにしゃがみ、悲しげな表情で両手を差し出した。

 

「後ろの兵士は、気絶させただけなり。そして、すまない。私の行為で兵を乱心させ、君を怯えさせてしまった。今日は私の質問に答えてくれて本当にありがとう。さぁ、また拘束してくれ。」

 

「え?」

 

その悲しげな声を聞いた少女は、何をいっているのか分からないように硬直した。

 

次の瞬間、隣の監視室への扉が勢いよく開き、取調官と多数の兵士が流れこんだ。兵士達は、容赦なく警棒で顔や体を問わず覚悟を何発も殴る。しかし、暴行を受けている覚悟は殴られても当然とばかりに無抵抗であった。やがて制圧行為というには、有り余る暴行が終り、覚悟は再度拘束をされて、部屋から連れ出された。その数秒後、気絶した兵士も担架で医療班の所に連れ出された。

 

それら一部始終を見た夕呼は、覚悟が連れ出された後、尋問室に入り、一人残された涙をハンカチで拭う少女に近づく。

 

少女は、先程の自分の行為を恥じるように恐る恐る敬礼をする。

 

「お、お見苦しい姿をお見せして、申し訳ありません、副指令!」

 

夕呼は、手をヒラヒラさせながら気にしてなさそうに答える。

 

「いいのよ、あんなの間近で見たら誰だってそうなるわ。それより、あいつと応対したあなたの感想を教えて頂戴。拘束具破いたり、金属出したりを除いてね。」

 

少し落ち着いた、少女はいってもよいものかと恐る恐る答える。

 

「……そうですね。今だから言えることですが、やはり人間だったと再確認でき、安心しました。」

 

「へぇ……」

 

「最初は、私がどれだけ愛想を振り撒こうと、反応しなかったので機械みたいなやつだなと思ったんです。けれど、私の脅しの言葉に反応して怒ったところと、私を庇って悲しそうに謝罪したところを考えると、ああこの人も人間で何か信念を持って行動してると感じました。」

 

「ありがと。率直な意見感謝するわ。」

 

「副指令、あいつの正体っていったい?」

 

「それ以上は、軍事機密よ。けれど、もしかしたら、強力な味方になるかもしれないわ……貴方は、もう仕事に戻りなさい。」

 

「わかりました。失礼します。」

 

尋問室から出る少女を見送った夕呼は、先程聞いた彼女の評価を頭の中で反芻する。

 

(今までの取調官の評価を聞く限り、あいつは、何か信念を持って行動しているわ。それが何なのか聞き出せるのは、この世界で唯一の知り合いであるあたししかいない。けれど、ここでは人の目があって話せない。危険だけど、 隣に社を控えさせて白銀と同じく私の部屋に呼び出しましょう。)

 

夕呼は、早速取調室の責任者へ連絡をとるべく歩きだした。

 

 

 

一時間後、複数の兵士から不必要なほど暴行を受け顔や体が、傷だらけとなった覚悟は先程と同じ、特殊ゴムとアラミド繊維の拘束具の上に、手足に手錠、目隠し、耳栓までかけられたまま車輪つきのベッドにぐるぐる巻きに縛られて、重症患者のごとくどこかに運ばれていた。

 

(懲罰房ではない。他の部屋?いや、一旦外に出ている故、違う建物に運ばれている。)

 

覚悟は、目隠しをされていても廊下を何回も曲がり、エレベーターで上下移動したりと施設の奥に連れていかれていると感じていた。最後にどこかに部屋に入った感覚があり、しばらくすると耳栓を外されてどこかで聞いたような女性の声で囁かれた。

 

「話が進まなくなるから、始めに言っとくわ。貴方が拘束されたのは、兵士への強姦容疑じゃなくて極秘作戦中の戦闘に乱入して、未知の兵器を使ったからよ。強姦の件は、情報を引き出すための嘘。彼女達は、逆に勘違いされないように嘆願書まで提出していたわ。わかった?」

 

覚悟は、心の中にあるつっかえが取れたように答えた。

 

「良かった。彼女達の心が無事で。」

 

(無罪で喜ぶんじゃなくて、伊隅達の心配か……。声の調子で安心したって、かろうじて解るけど、もしスパイなら、感情の表現が下手くそね。無表情過ぎるわ。)

 

「そして、ここからが本題なんだけど、ねぇ、この世界のことを教えて欲しい?条件次第で教えてあげてもいいわよ?」

 

「条件とは?」

 

「あたしが聞く質問に、すべて軍事機密なしで答えること。返事は二つに一つ。イエスかノーか。」

 

「……ノー。その提案、受け入れる訳にはいきません。容疑が晴れたのであれば、自分でここから出ていきます。」

 

「へぇ、この周りはずっと廃墟なのに水は?食料は?」

 

「私は、特別な栄養剤を精製できる機械を所持しています。零と月狼を回収した後、政府の施設に行き、私の上司である香月博士を探します。」

 

「その栄養剤も興味深いけど、これを見ても行くの?」

 

彼女は、ゆっくりと覚悟の目隠しを外した。

 

目の前にいたのは……

 

「貴方は、香月夕呼博士!」

 

覚悟を覗き込むように前にいるのは、自分が眠りにつく前に最後に会話をし、自分を気遣ってくれた人物、『香月夕呼』がそこに立っていた。

やっと出会えた知り合いに珍しく覚悟が目を見開き、ここまでのことを質問しようとするが、それを無視するかのように真剣な顔で夕呼は言う。

 

「今から、貴方の拘束を解くわ。自由にしてあげる。けど、絶対に暴れちゃ駄目よ。」

 

「よろしいのですか?」

 

「この拘束具も貴方にとっては、多分意味をなさないでしょ?それとも、自ら破壊する?」

 

「軍の大切な品をこれ以上破壊する訳には生きません。」

 

(やっぱり、いつでも壊せたのね…………)

 

夕呼は時間をかけて、すべての拘束具を外した。そして、すべての拘束を解かれてダルダルの服を辛うじて着ている覚悟は、ゆっくりとベッドから降りる。解放された覚悟に夕呼は問う。

 

「まず葉隠、あたしを覚えている?覚えているなら、あたしの役職とか言える?」

 

「香月夕呼博士。日本を辛うじて、統一している管理局の一人で、私を眠らせた冷凍睡眠装置の開発者。」

 

「あとは?」

 

「私の眠る前に最後に会話し、永遠に眠るかもしれない私を気遣ってくれた人物。」

 

「あとは?」

 

「いずれは、管理局のトップになりて、教科書に名が乗り、自叙伝も書くと言っておられたではありませんか?」

 

(あっちの私、結構、向上心と顕示欲強いのね……けど、冷凍睡眠装置なんてもの開発するなんてやっぱり天才だわ♪)

 

夕呼は、ほんの少し機嫌が良くなった。

 

「貴方は、その冷凍睡眠装置から目覚めたのね?」

 

「はい。これで疑いは晴れましたか?」

 

「わかったわ。けど、こういってもなんだけど、逆にあたしがどこかの敵組織の偽物かもしれないのに、よく二日前と違って情報を喋る気になったわね。」

 

「私のことを少しでも知っている敵なら、重火器無しで一人で応対し、なおかつ私の拘束など解きませぬ。」

 

「そう。なるほどね。」

 

拘束を外した夕呼は、一仕事終えたかのように自分の椅子に座って覚悟に問う。

 

「まず葉隠、貴方はこの世界どう思った。」

 

「率直に言って、理解が追い付かぬといったところです。あの少女の取調官が嘘をついていないなら、私は約二ヶ月前の過去に飛んだことになります。けれど、私が眠る前の日本とは全く違う。戦術鬼ではない人を食らう怪物。それと戦う巨大な機体。自衛隊とは違う、日本帝国が残存したかのような軍人たち。いや、かつての大戦でも、あのような年端もいかぬ少女を徴兵することは無かった……いったい私が眠った後で何が起こったのですか?」

 

(戦術鬼?あっちでもBETA見たいな生物がいたのかしら?)

 

と考えながら咳払いをして覚悟に確かめる。

 

「さっきの会話、覚えてる?この世界のことを話す替わりに、貴方も軍事機密なしで話すって話。」

 

「すべてを話すことは無理ですが、できるだけの情報を開示し、嘘はつかないと約束致します。」

 

「わかった。今はそれでいいわ。じゃあ、あたしから少し話す。まず最初に理解をして欲しいのは、ここは貴方のいた世界とは違う、いわゆる平行世界ね。」

 

「平行世界?」

 

「聞いたことないかしら?まぁ、簡単にいえば貴方は、自分の世界と似ているけど、全く違う異世界に召喚されたってことね。そして、あたしも貴方の知っている香月夕呼とは違う香月夕呼よ。だとしても、今さら情報交換しないなんて言わないでね。このことが理解できるのは、この世には、あたしと貴方、あと二人の四人だけなんだから。ここまで納得しなきゃ話は続けられないわよ。わかった?」

 

覚悟は、数秒程沈黙した後

 

「………………了……解……」

 

と辛うじて答えた。

 

覚悟は、大抵のことであれば、その証拠を提示せよと迫るところだが、自分が二日前に体験したことを考えると、何も言うことが出来なかった。

 

「物わかりがいいのね。助かるわ。」

 

夕呼は、どれだけ殴られ脅しても、無表情だった覚悟の表情に、僅かだが驚き、困惑した顔を見つける。自分の話でその変化を作り出せたことに満足し、いつもの妖しい笑顔に代わり、白銀武と同じような接し方で喋り始めた。

 

「基本的なこの世界のことは、わかったわね。じゃあ、あたしがこの世界のすべてを教えるのは効率が悪いから、まずは貴方の世界の、主に日本の歴史を教えて。そこからあたしが、この世界だけに起こったことを貴方に教えるわ。理解できた?」

 

「日本の歴史ですね、了解。」

 

夕呼は、久し振りに興奮していた。今までも白銀武から自分と違う世界の話を聞き、自分の探求心、知識欲を満たすのは楽しくて仕方なかったからだ。そして、行き詰まった退屈なレポートを眺めるよりも何倍も研究意欲をそそられるのだ。

 

夕呼は、胸を高鳴らせ覚悟の語る異世界の話を待つ。

 

覚悟は、口を開きゆっくりと語り始めた。

 

「まず神代の時代、伊邪那岐命・伊邪那美命の二柱の神が、国作りを命じられ、天の沼矛を授けられ……」

 

ピキッ、イラッ……

 

「それは、もう少し後で聞くわ。できれば…………1800年代後半からお願い。」

 

「失礼しました。では…………」




やはり、キャラクターがどう動き、喋るのかを考えると時間がかかりますね。


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第五話 互いの歴史

覚悟が口を開き日本建国の神話を話し始めると夕呼は、笑顔で表情が固まった。

 

(しまった。日本の歴史の話をしてって質問したら普通なら、古くても邪馬台国くらいから話すのに、まさか国産み神話から話すとは計算外だったわ。こいつの性格上、歴史詳しそうだし、このままだと全部話が終わるまでに明日の朝になる。時間があれば、コーヒー飲みながら合いの手くらいいれながら聞くけど、一番知りたいのは、謎の兵器とか、46文書のことなのよね。曖昧な質問した自分に腹立つ。あ、なんか雄弁と語るこいつにも腹が立ってきたわ。)

 

ピキッ、イラッ……。

 

夕呼は一瞬でご機嫌な状態から、イライラした状態に変わる。しかし、覚悟に自分の心中を悟られぬように表情を崩さず、青筋を髪で隠しながら、笑顔のまま話の修正を測る。

 

「それは、もう少し後で聞くわ。できれば…………1800年代後半からお願い。」

 

「失礼しました。では黒船来航をご存知ですか?知っておられたらその辺りからお話したいのですが?」

 

「知ってるから、そこからお願い。」

 

 

そこから覚悟が話す歴史は、軍事関係の情報が多かったが、白銀武がかつて話した歴史とほぼ一緒であった。

 

しかし、夕呼が監視室でわずかに聞いたある事件から歴史の流れが変わり始め、それに伴い夕呼の顔が生き生きとし、機嫌が直り始めた。

 

「へぇー、1980年に政府が新エネルギー開発に失敗して、東京の一区画が汚染大気と放射能で死の大地になったのね。すぐに除染作業に取りかかるも、ダメ押しするように、三年にも渡る世界規模の震度7強の大地震が発生して連鎖的に世界中の核施設も暴走かぁ。あんたも人類もよく生きてたわね。」

 

普通の者なら、このような災害を語る者の心中を察し気の毒そうに喋るものだが、夕呼は自分を偽らず興味信心で楽しそうに喋る。

 

それを気にせず、覚悟は続ける。

 

「私の出身は、北海道の網走の山奥なので被害は少なかったのです。たまに核汚染異能熊が出没すらくらいでした。核施設から離れた自然豊かな地域程、被害は少なかったと記憶しています。」

 

「その異能熊って普通の熊とどう違うの?」

 

「浴びればケロイドと化す強酸の血液を持ち、太古の恐竜並みの戦闘力を誇る熊です。」

 

「放射能でそんな生物が出来るなんて、興味深いわね。ちなみに日本以外の世界はどうなったの?戦争とかなかったの?」

 

「どこも被害は日本と同じようなものでしたが、中国は特に酷く、地震で地下の核施設が暴走し、ほぼ全土が汚染大気により人の住めない土地と化してしまいました。ちなみに戦争ですが、どの国家も荒れた自国の統治に力をいれており、他の国々に戦争を仕掛ける余力はありませんでした。」

 

(なんかこの世界と大分似てるわね。もしかして、白銀の世界よりもこの世界に近いのかしら?)

 

「ですが、新世紀に入り、ある偉大な科学者が汚染大気除去を目的とした有益な生物を作り出し、全世界で復興が始まります。私が眠ったのはこの辺りです。」

 

覚悟は、あえて自分の出自と散との戦いの話を避けた。自分の世界と違いこの世界は、軍が存在している。ゆえに零の兵器が侵略行為に利用されるのを避けるため、そして夕呼のことをまだ100%信用していなかったためである。

 

(その有益な生物もすごく気になるわね。もし、その生物がいたらAL弾による環境破壊は、少しは押さえられるかもしれない。その生物だけで米国に対する取引に使えるけど、今は…………)

 

「有り難う。じゃあ今度は、こっちの今さら人に聞けない世界史を教えてあげるわ。これを知らないなんて言ったら、即バカ扱いの常識と……」

 

夕呼が再度、妖しげに微笑んだ。

 

「それと、一般人が知らないレベルの話。念のため言っておくけど……他言無用よ?」

 

夕呼は、覚悟があえて自分に隠している歴史があることに薄々気付いていた。それが覚悟が持つ兵器と人を喰らうと言う戦術鬼という言葉に関係があると感づいていたからである。

しかし、夕呼は覚悟に対し、すべて話せと問い詰めはしなかった。会話をしてまだ一時間も経過していないが、自分が考える覚悟の性格からして、この世界のことを知れば絶対に話さざるを得ないと確信を持ったのだ。

 

「まず貴方の世界とこの世界と比べて違うところは……」

 

夕呼は、まず日本の首都がかつて京都であったことから歴史を語り始めた。次に第二次世界大戦で日本は、条件付き降伏を受け入れて1944年に戦争が終わったこと。変わりにまだ戦争を続けていたドイツに原爆が落とされたこと。日本は、甘んじて米国の属国になり国力回復に努めたことなどを話した。

 

ここまで聞いた覚悟は、多少目を見開いたのみで、まだ冷静で無表情であった。

 

その無表情な顔を見た夕呼は、次の歴史を話す前に世間話をするかの如く覚悟に問うた。

 

「葉隠、貴方が二日前に戦闘行為をした怪物、BETAって名前なんだけど、あの生物の出自ってなんだと思う?」

 

「あのような生物は、私が知る限りは地球上に存在しておりませぬ。故に世界征服を企む悪の組織か、末法思想を持つカルト宗教団体などが既存の生物を改造して人類を襲わせていると見受けられます。」

 

「ふぅん。もしかしたら、あいつらは宇宙人で地球を征服する為に攻めて来たかもしれないわよぉ?」

 

「あり得ませぬ、そんな夢物語。私の世界では未だ地球以外の生物は、発見されていませんし、存在する確率も天文学的に低かったと記憶しております。」

 

そんな覚悟の主張を覆すかのように、 夕呼は告げる。

 

「それは残念ね。ここはその夢物語で天文学的な確率を引いた大当たりの世界だわ。」

 

「!?」

 

その言葉を聞いた覚悟は、この部屋に入ってから一番の驚愕した表情になる。

 

「BETAの正式名称はね、Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human raceていうの。これは、日本語に訳すと『人類に敵対的な地球外起源生命』て意味よ。」

 

そう言い終わると夕呼は、端末のキーボードを叩きモニターに火星の映像を映した。

 

「ここからは、貴方の言う夢物語の世界になると思うけど、黙って聞きなさい。すべて本当の話だから。」

 

夕呼は、改めて順を追って話し始めた。

 

1958年米国の探査衛星ヴァイキング1号が火星で生物を発見した事件。

1967年国際恒久月面基地『プラトー1』の地質探査チームが、火星の生命体と同種の存在に殺害されるサクロボスコ事件。そこから始まった月面戦争。

1973年中国の喀什(カシュガル)にBETAの着陸ユニットが落下、そこから世界にハイブが次々と作られたこと。

1999年に日本の半分が領土侵略されたこと。

最後に横浜ハイブにG弾という新型爆弾が落とされたところで話は終わった。

 

ここまで驚愕した顔で話を聞いていた覚悟は、話が終わると同時に遂に我慢できずに夕呼に叫んだ。

 

「有り得ぬ!虫や小動物ならまだしも、あのような巨大生物、各国の軍が残存しているなら、あらゆる兵器を用いれば初期に殲滅できたはず。ここまで人類が、追い詰められるはずは……」

 

覚悟の言葉を途中で遮り、夕呼が喋る。

 

「飛行機による爆撃は最初は有効だったのよ。けれど、約19日でBETAからレーザーを放つ新種が現れた。奴等は、空を飛ぶものを瞬時に打ち落とす。それが音速で迫るミサイルでもね。制空権がモノを言う時代は30年以上も前に終わりを告げたわ。」

 

夕呼の言葉に負けじと覚悟は、地雷、艦砲射撃、毒ガスとあらゆる殲滅手段を叫んだ。しかし、夕呼に効かない、または効果はあるが殲滅までには至らないとあっさりと返答される。

 

自分が唱えるすべての殲滅手段を否定された覚悟は、これで最後とばかりに夕呼に問う。

 

「では、この世界の正義を行う者はどこに行ったのですか?人類の勇将たるライやボルト、黒須京馬はいないのですか?」

 

「その勇将達?は、いるかどうか知らないけど、いたらいたで多分死んでるわね。今までの話を聞いてたら解ると思うけど、BETAに対しては、個人レベルの兵器では、もうどうこうできるレベルじゃないのよ。貴方も例外じゃないわ、葉隠。貴方は100体以上のBETAを倒したらしいけど、それはこの地球上のBETAの総数からしたら、一万分の一にも満たないわ。」

 

かつて、四千匹の戦術鬼に必死になっていた覚悟に取っては、絶望的な情報であった。だが、それよりも覚悟はあることに気が付いた。

 

「この世界に正義を行う者がいないなら、葉隠一族自体どこに…………いや、そうすると『俺』自身はどこに?」

 

(こいつ、地の性格が出ると口調が俺になるのね。)

 

困惑の表情を浮かべる覚悟に対して、夕呼は、笑みを消し真剣な顔で覚悟に問うた。

 

「葉隠、最後の交換条件よ。貴方の隠していることを全部話して。あのバイク、武装、その鉄球の情報、そして、貴方自身のこと。」

 

夕呼の問いに現実に引き戻された覚悟は、再度無表情に戻り逆に夕呼に質問する。

 

「香月博士が提示する、それに見合うだけの条件はなんですか?」

 

「あの巨大な機体、戦術機に乗る衛士として訓練を施してBETAと戦わせてあげるわ。」

 

「私には零、BETAと戦闘していた時に武装していた鎧があります。あのような巨大な機体に乗ることなく戦えます。」

 

「そうね、貴方の武装も単体相手なら60mの要塞級よりも強いと思うし、赤い蜘蛛みたいな戦車級なら、結構な数を殺せるでしょうね。けれど、さっきも言った通りBETAの驚異は数なのよ。一番数が多い巨大さそりの要擊級相手なら、正直言って貴方が戦うよりも戦術機の87式突撃銃による36mm弾の方が素早く多く殺せる。それに貴方の武装はこの世界では修理も交換も効かないわよ。」

 

覚悟は、押し黙った。

昇華は、どんな生物でも蒸発せしめる威力があるが連射が効かず、再充電には時間が掛かる。

超脱水鱗粉は、高度、風向き、天候、遮蔽物などが弱点となる。あの時に100体の戦車級を倒せたのはそれが揃っていたからだ。

零式防衛術も戦術鬼レベルの戦車級なら零なしでも100匹は倒せるが、毒魔愚朗級の要擊級が相手なら、零を着装していても連戦して100体は難しい。

さらに零や月狼は、軽い破損なら直せるが、散と戦闘した時並の破損をすれば何のバックアップもない覚悟にはどうすることもできない。それに曳月や残月の銃弾補給も、この世界では絶望的である。

 

「別にあの武装は、必要が無いわけではないわ。戦術機が破壊された時、普通の衛士なら、高い確率で死ぬだけだけど、あれならBETAに囲まれていても生き残ることができるしね。」

 

そう答えた夕呼は、真剣な顔からまた妖しい笑顔に戻る。

 

「それにどうせ行くところないんでしょ?そんな行く当てもないあなたに、居場所を作ってあげようって言ってるんだけど?」

 

覚悟は、深く考えるかのように目を閉じた。そして、約十秒後に開眼し神妙な表情でゆっくりと夕呼に答えた。

 

「わかりました。衛士の件よろしくお願いします。けれど、約束して下さい。私の武装兵器を決して侵略行為に使わぬと。」

 

「侵略何てしないわ。侵略された物を取り戻すために使うだけよ。それに人類も食料や難民の受け入れ先とか細かいいざこざはあるけど、国をあげて、同じ人類相手に戦争をしている馬鹿な国はもういないわ。」

 

(本当は、表だった行動はしていないだけで、水面下で各国は色々やってるんだけどね。特にオルタネイティブⅤは、米国の地球覇権の計画でもあるし。)

 

「では、すべてお話しします。しかし、すべてを理解するには、まず最初に私の曾祖父である『葉隠四郎』、そして、四郎が指揮した『瞬殺無音部隊』のことから話さねばなりません。」

 

その二つの単語を聞き、夕呼の心臓が興奮で跳ね上がった。

 

(驚きだわ。悪鬼の一族どころじゃなくて、まさか悪鬼の直系の血筋、曾孫だったなんてね。それだけじゃない、かつて世界を席巻し、今は都市伝説扱いの46文書の謎が、この世界で私だけに開示される。)

 

夕呼は、平静を装うのに必死になった。

 

そんな夕呼に気付くことなく覚悟は、話し始めた。

 

「1944年、私の世界で日本がまだ帝国と名乗っていた時代。葉隠四郎率いる瞬殺無音部隊は、人間そのものを強力な兵器と化す四つの研究をしていました。一つ目は人類の潜在能力を極限まで引き出し、一触必殺を可能にする最終格闘技『零式防衛術』。二つ目は人間の皮膚を鉄と化し、弾丸を跳ね返す特殊金属『零式鉄球』。三つ目は改造手術により悪しき認識を持つ人間の戦闘能力を高めた生物兵器『戦術鬼』。そして、最後にあらゆる兵器を内蔵した耐熱防弾防毒鎧、着装すれば一体で一国を堕とすことができる戦略兵器、『強化外骨格』です。ここまではよろしいですか?」

 

夕呼は、確認するように答えた。

 

「一つ目の零式防衛術は、貴方がBETAを倒した時に使った格闘術。二つ目の零式鉄球は、尋問室でマシンガンを防いだあの鉄の皮膚でいい?」

 

「間違っておりません。」

 

「三つ目の戦術鬼っていう改造人間は、どういうものなの?」

 

「こちらの世界で例えれば、人間を改造し、戦闘能力を戦車級や要擊級まで引き上げる技術です。」

 

「すごいじゃない。」

 

「しかし、成功するのは先程言った通り、悪しき認識を持つ人間のみで、その他の人間は肉虫と言う地を這うだけの生物になります。その上成功しても正気をほとんど失い、主食は生きた人間の骨髄液となってしまいます。」

 

「前言撤回……使えないわね。人間が餌で、悪人しか改造が成功しない生物兵器なんて。BETAじゃ相手にならないし、心で決まるなんてそんなの改造しなきゃわからないじゃない。まぁとにかく私みたい奴は失敗して肉虫になってしまうってことね。怖いわね。葉隠?」

 

「…………」

 

(こいつっ!!)

 

覚悟は、いくら頭で否定しようとも何故か、戦術鬼夕呼を容易く想像できてしまった。

 

夕呼は、上がった血圧を下げるように思考を切り替える。

 

(まあ、とにかく50年前にこれだけの研究を成功させてたなんて、葉隠四郎は間違いなく天才だったのは確かだったようね。けれど、人間相手の戦争なら、かなりの戦果は挙げられそうだけどBETAに対してはほぼ無力だわ。まぁ、さすがの悪鬼も20年後に宇宙人が攻めてくる何て思いも寄らなかったでしょうし。やっぱり本命は四つ目ね。話を聞くと根本的にこの世界の87式機械化歩兵装甲とは違うらしいし。)

 

46文書の全容を改めて考え、いくらか冷静になった夕呼は、今の現実に照らし合わせて評価した。

 

「色々言いたいことはあるけど、続けて頂戴。」

 

覚悟は、その後自分の生涯を語った。

 

生まれてすぐ、零式防衛術の訓練の毎日だったこと。零を着装したその日に兄に父を殺されたこと。兄を探し四年間全国を回ってやっと新東京で兄を見つけたこと。兄率いる不退転戦鬼軍団と激闘を繰り広げ、兄と和解したこと。管理局に従い友と永遠に別れ冷凍睡眠装置に入ったこと。

 

「…………そして私は、BETAの地響きと共に地下で目覚めました。後は知っての通りです。」

 

夕呼は、最初は笑みを浮かべて興味深そうに覚悟の人生を聞いていたが最後の方は、軽く絶句していた。

 

「なんか…色々と規格外な話が多いわね。霊が宿る鎧に全長何㎞もあるG・ガラン、極め付きは、葉隠四郎がまだ生きていたか…………貴方、二十歳にもなっていないのに随分波瀾万丈の人生送ってきたのね。そりゃ、今みたいな性格も納得だわ。」

 

「お心遣い。痛み入ります。」

 

覚悟は、軽く頭を下げた。

 

そんな頭を下げる覚悟を見る夕呼の目に、憐憫の情が浮かぶ。

 

(本人は、気づいてないけど生まれたときからの環境のせいなのか、中々狂った性格してるわね。普通に貴方の年だったら戦いを終わらせて、恋愛したいとか平和に暮らしたいとかいう願望を持つものなのに。自分のやるべきことは、牙なき人を守ることって、手段が目的になってるわ。その目的のために友も恋人も平和な日常まで捨てて、目覚めるかわからない眠りにつくなんてほぼ狂人の類いね。)

 

夕呼は、お辞儀が終わるのを見届けるとゆっくりと立ち上がり、覚悟に告げる。

 

「やっぱり実物を見たいわね。その三千の英霊が宿る『零』と機械化軍用犬『月狼』が起動するところを見せて頂戴。貴方の持ち物は、隣の部屋にあるし、紹介したい奴もいるしね。」




キャラクターの会話は、考えさせられますね。
早く覚悟を207小隊と合流させたいです。
後、覚悟は宇宙人と驚いてますが、覚悟のススメと同じ世界である『開花のススメ』の最終回では、異星侵略者(ビジター)という「地球人も高が知れる」とか喋る、結構知能が高い宇宙人が攻めてきます。
覚悟のファンの方はよかったら、そちらも読んで下さいね。
結構面白いですよ。


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第六話 異世界の兵器達

夕呼が覚悟を連れて入ったその部屋は 、薄暗かったが、中央の光るシリンダーで辛うじて全体が見渡せた。

その薄暗い灯りの中で覚悟は、シリンダーの横に停めてある月狼と零を確認し安心する。

しかし、すぐに二日ぶりに再会した相棒から、二つのものに目を移した。それは光るシリンダーの中に浮かぶ脳と脊髄、そして、その近くに佇むうさみみのリボンを着けたどう見ても日本人ではない白髪の少女。

 

「君は?」

 

覚悟は、そういいながらゆっくりと近づく。しかし、少女は覚悟から逃げるようにシリンダーの後ろに隠れ、数秒後こちらの様子を窺うようにひょっこりと顔だけを出した。

 

それを見た覚悟は、こちらの世界に来てまた人を怯えさせてしまったと勘違いしてしまった。

 

(また、私は同じ過ちを繰り返したのか。着替える暇がないとはいえ、こんなだらしない服のうえ、傷だらけでやつれた顔や体、せめて頬や唇に紅をさすべきであった。)

 

そう覚悟が考えた時、その少女は首をかしげて、不思議そうな顔をした。

 

「安心して、怯えているわけではないわ。霞、隠れてないで挨拶なさい。」

 

そう夕呼から声をかけられた少女は、とてとてと夕呼の隣に立つと、無表情な顔で覚悟に名乗った。

 

「……霞です」

 

その名前を聞いた覚悟は、かつて同じ名を持つ鎧と激闘を繰り広げたことが頭によぎるがそれをすぐに頭から振り払った。

 

「霞さんというのですか?」

 

「そうよ、彼女の名前は社霞。一応は、あんたより先に軍に入っているけど、仰々しい敬語は使わないであげてね。」

 

「了解。社さん、葉隠覚悟と申します。本日からよろしく御願い致します。」

 

「霞でいいです。」

 

霞と名乗る少女は無表情なまま答えた。

 

覚悟は、心の奥底を除かれているような感覚を味わいながら、霞の年齢の低さに驚いていた。

 

(このような女児も徴兵されているのか。む?)

 

覚悟は、この世界の厳しさを確認すると同時にAlternative Ⅳと書かれたマークを見つける。

 

「香月博士、霞さんの肩に書いてあるオルタネイティブⅣとは何ですか?」

 

質問された夕呼は、キッパリと答える。

 

「これは、衛士になる前のあんたには教えることができないわ。意地悪してるわけじゃあないのよ。階級ごとに開示される情報のレベルが違うのは、あんたでも理解できるでしょ?まぁ、簡単に言えばBETAを殲滅させる作戦の一つで、霞もその作戦の中で重要な役職に就いている。それと、さっき話した平行世界のことを知る四人の内の一人だから、何も隠さなくても大丈夫よ。」

 

「了解しました。もう一つご質問よろしいですか?」

 

「何よ、早くして。」

 

覚悟は、シリンダーの中に浮かぶ脳と脊髄を見ながら言う。

 

「この脳と脊髄の標本も、その計画に関係あるのですか?」

 

「これも同じく詳しくは、まだ言えないわ。今言えることは、オルタネイティブⅣの内の一つと言うことだけよ。」

 

「了解。献体してくれた人物に敬礼!」

 

覚悟は、シリンダーに浮かぶ脳と脊髄に見事な敬礼をした。

 

この時の覚悟は、シリンダーに浮かぶ脳と脊髄は生前に契約書を書き、医学発展の為に献体してくれた人物のものと考えていた。そして、その勘違いを理解した夕呼もそれ以上は、説明をしなかった。もし、この脳と脊髄を説明すれば、覚悟は階級など関係なく、夕呼に説明せよと詰めよることが容易に想像できたからである。それと同じく社霞の出自も今は説明をしない。

 

(今まで見聞きしたこいつの性格、死生観を考慮すると人体実験は絶対にタブーだわ。少なくとも今は、説明ができない。話すとしたら、強化外骨格の武装と自立型AIの情報をすべて引き出してからね。その時が来ても悪く思わないでね。)

 

そう企む夕呼は、違う話題に素早く移すように覚悟に言う。

 

「いちいち敬礼はやめて。そうしたら葉隠、まずはその零を起動させてくれないかしら?」

 

「了解。」

 

夕呼の命令に返事をした覚悟は、床に置いてある鋼鉄の学生鞄に近づいて声をかけた。

 

「起きてくれ、零。」

 

覚悟の声に、数秒間をおいた後生ける鎧が二日振りに目を覚ます。

 

カタカタカタカタ……

 

『……少し見ないうちに随分男前になったな、覚悟。』

 

覚悟の声に鋼鉄の学生鞄に収納されている零が応えた瞬間、霞は驚いた顔になり、夕呼の後ろに隠れ、ブルブル震え始めた。

 

「どうしたの?霞?」

 

「驚いた。霞さん、貴女は零の声が聞こえるのか。私の世界では、私以外に零の声を聞ける者は数える程しかいなかった。」

 

覚悟は、しゃがみ鋼鉄の学生鞄を撫でながら夕呼に答える。

 

「この鞄に入っているのは、零という強化外骨格。瞬殺無音部隊に殺害された三千人の軍人の英霊が宿った鎧です。」

 

それを聞いた霞は、さらに震え出した。

 

「幽霊の声……」

 

夕呼の後ろで震える社に覚悟は優しげに言う。

 

「安心してくれ、霞さん。確かに零は、侵略行為を怨む怨霊だが、人間を怨んだことは一度もない。」

 

『女児よ、怯えなくてもいい。我々は、覚悟とともに数えきれないほど牙なきもの達を守って来た。もちろん、我々の存在をかけて女児のことも守る。』

 

「ほんと?」

 

『強化外骨格に嘘を操る機能はない!』

 

零にそう宣言され、霞は夕呼の背中から全身を出し、ゆっくりと零に近づき、しゃがんで恐る恐る鋼鉄の学生鞄を撫でた。

 

「霞です。よろしく。」

 

『この世界の霞は随分可憐だな!こちらこそ、よろしく頼む。』

 

霞が零を撫でるのが終わるのと同時に夕呼が叫ぶ。

 

「ちょっと!私だけ置いてけぼりなんだけど!葉隠、本当にこの中に英霊が宿る強化外骨格が入っているの?私には何にも聞こえないから、少し動かしてみせてよ。」

 

この場で一人だけ零の言葉が聞こえない夕呼は、早く幽霊という自分が研究する物理学と正反対の存在を確認したく、覚悟に零の起動をせがんだ。

 

「了解。零、今までのことを口で説明するのは時間がかかるゆえ、私の記憶を今すぐに読んでくれ。それが零に宿る英霊の証明にもなる。」

 

『了解だ。覚悟。』

 

次の瞬間。

 

ガバラッ!

 

鞄が自動で開き、中から数本のミミズのような高分子筋繊維が、現れ覚悟の頭にその先端が取り付く。

 

「「!!!!!」」

 

夕呼と霞は、その様子を見て目を見開き驚いたが、夕呼の方は、すぐさま研究者らしく零を観察し始める

 

(よく見ると鞄の中の鉄甲にミミズのような筋繊維が、取りついてる。生きている鎧って霊が取り付いているだけかと思ったけど、生物的な意味合いも含んでいるのね。多分、あれは着装者のショック吸収的な役割があって衛士強化装備の特殊保護皮膜みたいなものなのかも。)

 

夕呼と霞が注目するなか、零は覚悟の記憶から、覚悟の三日間の監禁生活と先程夕呼から説明されたことを読み取り始める。この世界の歴史、日本の現状、そして零が何よりも憎み怨んでいる侵略行為を地球上のすべてに行っているBETAという地球外起源種。数秒後、すべての記憶を読み込んだ零は、激しく震え始めた。

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!!!!

 

「ひっ」

 

「な、なに?」

 

その震えに再度驚く夕呼と霞。

 

『絶対に許せぬ!!今だかつてない地球のすべてを標的とした侵略行為!覚悟よ。今すぐに甲21号ハイブに進軍し、戦術神風を炸裂させるぞ!!』

 

「落ち着け零!お前らしくないぞ!香月博士が仰られたことを思い出せ!我々の武装の多くはBETAに対して、有効なものとそうでないものにはっきり別れる!恐らくは、点滅ストロボ、非致死性麻酔液、さらに戦術神風は、全く効果がないだろう!特に戦術神風が効かぬのであれば、巨大戦術鬼級のBETAが何万と占めるハイブに進軍すれば討ち死に必死だ!」

 

覚悟の叫びに零は、震えるのをやめ、いつもの冷静な口調に戻った。

 

『そうだな……見苦しいところを見せた。すまぬ覚悟。』

 

その様子を見ていた夕呼が覚悟に問う。

 

「その触手で人の考えが読めるなら、何で色々言って私に対して使用しなかったの?」

 

覚悟は、夕呼の問いに嘘偽りなく答える。

 

「この能力は、人の心に対する侵略行為にあたります。故にどんな敵にも使用してはならぬと零に言い聞かせております。」

 

その答えに夕呼は、覚悟の内面を少し理解した。

 

(こいつは荒廃した世界から来たけど白銀と同じく、心の中にこの世界では通用しない甘さがある。最前線でBETAと戦う兵士としては、優秀かもしれないけど、政治関連の駆け引きができないタイプだわ。)

 

夕呼は、その考えが悟られまいと次の質問に移る。

 

「ねぇ葉隠?怨霊が存在しているってことは、この世界なんかそこら辺にウヨウヨ怨霊がいるってことじゃない?特にここ横浜基地も、G弾が落とされて何千人と兵士が死んだところだからさ。」

 

その言葉で再度、携帯のバイブ機能が作動したかように霞が震え始める。

 

「いえ、零は一時期成仏しかけた時、霊のほとんどは死亡すれば、余程の思いがない限り、光輝く暖かい違う別次元に行くのが解ったらしいのです。そして、怨霊も石碑などがあれば、そこに眠っています。私自身、聞こえるのは零の声のみなので不確定なことしか言えません。どうだ零?」

 

『ここ横浜基地には、おそらく怨霊は一人もいない。怨霊は、多分石碑などに眠っているか、怨みの根元である米軍基地かハイブのところにいるのであろう。』

 

覚悟は、零の言葉を夕呼に伝える。

 

その言葉を聞くと霞の震えは止まった。

 

「そうしたら、その幽霊から情報を得ることできないの?ハイブの構造が解れば、人類に取って有利になるわ。」

 

『霊になれば、生きていた時のように意識鮮明とはいかぬ。我々や朧も鎧の細胞維持装置に取り付くことによって鮮明な意識を保っていた。故に他の霊と会話は不可能だ。念のためにいうが、取り殺すこともできぬぞ。我々でさえ鎧から離れれば、大滅霊『犬飼冥』や武鬼『白田玄兵衛』クラスでもない限り、人に危害を与えるどころか、石ころ一つ動かせぬ。』

 

覚悟は、再度零が言ったことを夕呼に伝える。

 

「そう、残念。まぁ死んで無にならないって解っただけでもいいか。」

 

(まぁ、怨霊が祟り殺すことが可能なら、BETAなんてこんなに増えてないでしょうし。けれど……ほんの少し、救いのある情報だわ。)

 

そう考えた夕呼は、何か感慨に更けるかのように一瞬憂いを帯びた目になった。

 

「!」

 

(今まで私の命令で死んでいったやつらも、安らかなところにいる可能性があるってことだし。)

 

夕呼がそんな表情をしたのは、ほんの僅かな時間だった。しかし覚悟は、それを見逃さず、夕呼が誰か自分以外の者のことを思ったのが解った。

 

(この人は、四郎とは違う。少し似た面もあるが、自分のためじゃなく誰かの為に研究をしている。)

 

覚悟は、そう確信した。

 

「零のことは、概ね確認できたわ。次はこの機械化軍用犬モーントヴォルフだっけ、起動させて頂戴。」

 

「了解。覚醒せよ。月狼!」

 

ブルブルブルブル!

 

アォーーーン!

 

覚悟の声紋を認識した月狼は、三日ぶりに覚醒した。そして、覚醒の雄叫びを上げた後、月狼は覚悟にすり寄って、バイク先端部を覚悟の胸に押し付け甘える声を出し始めた。

 

キュゥゥゥン。

 

「驚いたわ。本当に自動で動いてる。」

 

「心配をかけたな月狼。自爆命令はもう解除せよ。」

 

自爆という物騒な単語が覚悟の口から飛び出し、夕呼は覚悟に問う。

 

「……葉隠?自爆とか、物騒な単語が聞こえたけど?どういうこと?」

 

「私が一週間起動しなければ、私が死亡したと判断し、軍事機密を守るため、敵を巻き込んで自爆せよと別れる前に命令を下していました。」

 

「もし私達があんたを解放しなかったら、どういうつもりだったの?」

 

「自爆する二日前には、警告をするつもりでしたので、安心して下さい。」

 

「もう一つ聞くけど、その爆発ってどれくらい?」

 

「一施設を吹き飛ばすくらいは。」

 

(もし、白銀じゃなくてこいつが先にこの世界に来ていたら、あの時の私の性格上、多分平行世界から来たって解らずに、信用せず拷問や自白剤で一週間は監禁していた。そうなると、もしかしたら、あたしや霞の命も多分なかったかも。それどころか、この部屋が破壊されたら、オルタネイティブⅣは頓挫し人類自体も危なかった……。)

 

顔には出さなかったが、夕呼は久しぶりに背中に冷や汗をかいた。

 

「月狼、この人達は味方だ。声紋登録せよ。霞さん、何か声を出してくれ。」

 

「霞です。よろ…しく。」

 

クゥン……

 

甘える声を出した月狼は、犬が飼い主に甘えるようにバイクの先端部を霞の小さな胸に優しくこすり付けた。霞は、最初は目を見開いたが、すぐに慣れ優しく月狼の前部を撫でる。

 

「よしよし」

 

「へぇ~本当の犬見たいね。あたしは、香月夕呼よ。よろしくね。」

 

夕呼も霞に習い月狼を撫でようとしたが……

 

・・・・・

 

月狼は、なにも叫ばずにゆっくりとバックでその手を避けて夕呼から離れた。そして、夕呼の手が届かない位置で再び霞にグイグイと頭を押し付けまた甘え始めた。

 

「わぁ……」

 

「このポンコツ……」

 

ピキ……

 

夕呼は、この日また血管を浮かび上がらせた。

 

その様子を見た覚悟は、フォローするように夕呼に言う。

 

「香月博士。どうか、お気を悪くしないで下さい。月狼の性格は、兄上の遊び心がふんだんに散りばめられているブラックボックスなのです。半年以上暮らして性格関連で解ったことは、年若く優しげな声を発する女性に特に甘える傾向があるということです。故に香月博士自体が嫌いなわけでは……」

 

『馬鹿者っ覚悟!』

 

ビキビキッ!

 

「フォローしてるつもりでも、あたしはあんたの言葉でよりお気を悪くしたわよ……悪かったわねぇ。年増で怖い声で」

 

クゥーん……

 

夕呼の言葉を裏付けるように、月狼は怯えた声を出し、霞の後ろに隠れた。

 

その月狼の行動を目に映した夕呼は、表情は笑いながらも、さらに目が血走り始めた。そんな夕呼を見た覚悟は、この場の打開策を急いで零に問う。

 

(零!このような時、私はどうしたら!)

 

『任せておけ!覚悟よ、次は香月女史にこう言え×××××と!この言葉で香月女史の心の器のひびは塞がる!』

 

(了解!)

 

無表情なまま覚悟は、怒りで目が血走り始めた夕呼に向かい、言い淀むことなく零が考え付いた慰めの言葉をかけた。

 

「香月博士、月狼は確かに香月博士より、霞さんになついていますが、零の方は声や年齢だけではなく、容姿その他も香月博士の方が断然好みだと言っております。故にどうか怒りをお納めください。」

 

カタカタカタカタ……

 

その覚悟の言葉に呼応するかのごとく、学生鞄が軽く震える。

 

夕呼は覚悟の言葉と零の反応で、確かに怒りは消えさった。しかし、代わりに先程の怒り以上の虚しさが胸に去来する。

 

(自立型AIの行動にムカついて、それを怨霊に慰められるあたしって一体……)

 

そんな夕呼に気付かず覚悟は続ける。

 

「それに月狼は人物の好みはあれど、味方と声紋登録したからには、例え戦う相手が要塞級であろうとも、己の存在すべてをかけて貴女方を全力でお守りいたします。」

 

ガウガウ!

 

月狼もその通りと言わんばかりに、吠える。

 

「はぁ~~!もういいわ。武装も見せてもらったし、さっさと私が考えたこの世界の誰も怪しまない零と月狼の設定を伝えるわ。」




月狼が自決を命じられたら、絶対に自爆するだろうなと思い自爆機能を追加しました。それと少しネタバレですが、月狼は横浜基地防衛戦まで戦闘しません。
マブラヴファンの方は、この文章だけで展開が読めるかも。
年末に連れて忙しくなり、投稿が遅れてしまいました。
三月まで月一投稿になると思います。


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第七話 エクゾスカル計画

ため息を思い切りついた夕呼は、これ以上考えるのは時間の無駄とばかりに、早口で覚悟にこれからのことを説明し始めた。

 

「あの強化服は、表向きは優しいあたしが戦術機が破壊された時の衛士の生存率の低さに嘆いて以前から計画、作成していた……ということにしておくわ。 そのプロジェクトの名前は、どうしようかしら?『新強化外骨格計画』はありきたりで、何かつまらないし、 87式や89式とは違う新しい概念を持った強化外骨格だから……そうだわ!少し英語読みして『エクゾスカル計画』にしましょう。そして、その強化服は量産される前の試作品、プロトタイプだから、今日から『エクゾスカルゼロ』。元の名前も零だし、丁度いいわ。零式防衛術はあんたの曾祖父が考案した独自の格闘術、零式鉄球も私が考案した。その設定でこれから過ごしてもらうけど、いいわよね?」

 

「私は、それで問題ありませんが……それで良いか零?」

 

覚悟は、相棒に了解を得るように問う。

 

『プロトタイプや試作品という言葉は少し癪に触るが、エクゾスカルという名称は気に入った!』

 

「気に入ったようです。」

 

「良かったわ。」

 

夕呼は、次に霞の隣に立つ月狼を見てさらに続ける。

 

「月狼は、一応基地内では、只のバイクの振りをして過ごしてもらう。けれど、もし自動で動いてるのが誰かにばれたら、あたしが製作した基地や市街に入り込まれたときに戦車級以下のBETAを自動で対処する兵器ってことでいい?ああ、そういえば、これ何のエネルギーで動いてるの?」

 

「月狼は、ソーラーシステムで動いています。日が当たらぬ曇り時に、全力で走行すれば三日で行動不能に陥りますが、今回の時と同じくスリープモードなら、1ヶ月は意識を保っていられます。故に日当たりが良い場所に停めておく必要があります。」

 

「解ったわ。駐車場所は後で考えとく。じゃあ確認よ。オルタネイティブⅣと同時に進行していた『エクゾスカル計画』、その最終段階は、BETAと直接戦闘して戦果を挙げること。元々は、極秘ゆえに山中に逃げた数体のBETAを人知れず、撃破することが目的だった。けれど、待機場所の真上で戦闘が始まってしまい、最初は極秘実験ゆえに静観していたけれど、衛士が殺されかけるのを目の前にして、命令違反を覚悟で飛び出したってことにしといて。実際あんたでもそうするでしょ?もし、捕まえられて拷問や薬射たれても、作戦前にあたしが助けに来るまで絶対に喋るなって命令されていたから、この時まで拘束されていた。わかった?」

 

その言葉に覚悟は、頭を下げる。

 

「お気遣い感謝致します。」

 

「よし!そうと決まれば……」

 

しかし、早速次の行動に移ろうとする夕呼に覚悟は、ストップをかける。

 

「すいません。最後に御質問よろしいでしょうか?」

 

出鼻を挫かれた夕呼は、少し不機嫌そうに、覚悟に問う。

 

「もう、何?」

 

「先程、この世界のことを御説明戴きましたが、一つ疑問が浮かびました。単刀直入にお聞きしますが、葉隠一族は存在しているのですか?存在しているのでしたら、今はいずこに?」

 

その覚悟の質問に夕呼は、しょうがないと言った表情で答える。

 

「まぁ、あんたのこれからの兵士生活に取って、余計なイザコザを無くすのに今話すのがベストタイミングかしらね?」

 

そう言うと夕呼は、真剣な顔に変わり、覚悟に向かって喋り始めた。

 

「結論から言うと葉隠一族は、この世界にも存在していたわ。」

 

(存在しているのではなく、していた?)

 

「あっちの部屋で話したことは、主にBETAがキモだったからあえて触れなかったけど、あんたのこれからのために今から詳しく説明するわ。まずね、この世界の日本は、あんたの世界と違って明治以前から続いている武家が現在も強い権力を持っていて軍部の要所に就いているのよ。その武家は、代々将軍を輩出する煌武院・斑鳩・斉御司・九條・崇宰の五摂家を筆頭にそれに近い有力武家、そして、譜代、一般、外様と続いている。その中でも葉隠家は、譜代武家の筆頭格だった。けれど、二次大戦中に貴方の曾祖父、葉隠家当主である葉隠四郎が指揮した瞬殺無音部隊が、この世界でも敵国の兵相手に人体実験をしていたわ。」

 

四郎の名を聞き、覚悟がわずかに居たたまれない顔になる。

 

「この世界でも四郎が……」

 

「あんたの世界と違うところは、瞬殺無音部隊は、連合国の集中爆撃で血涙島の研究施設もろとも全員消し炭、葉隠四郎も捕縛されて、戦犯として確実に処刑されてるってところね。」

 

「そうですか、それは不幸中の幸いです。」

 

「はぁ~~。けれど、その後が問題なのよね。」

 

覚悟の安心したような言葉を聞いて、夕呼は溜め息混じりに続ける。

 

「瞬殺部隊の人体実験を知った連合国は戦後、葉隠家だけじゃなく日本帝国自体を槍玉に挙げ非難したのよ。まず間違いなく、戦後の連合国主導に寄る日本に対する弾劾裁判、敗戦国への扱いは、この部隊さえいなかったらもっと待遇が良かったはずよ。当時の日本人も一部隊が秘密裏で勝手にやったことなのに、日本人自体が残酷集団みたいな扱いを受けて、日本の品位を汚したって相当怨んだらしいわ。特にプライドが高く、体裁を重んじる武家からの怨み辛みは、想像を絶するほどだったと言われているし。」

 

「そう……ですか……」

 

「それで日本含めた世界から非難された当の葉隠一族は、当時の将軍殿下から御家解体の勅礼が出される前にほとんどが自殺したわ。自殺した原因は、他の武家からも悪鬼の一族って言われて相当な扱いをされて、耐えられなくなったことと譜代武家の筆頭って意識が相当高かったから。男子や年配の者は、一死大罪を謝すという言葉とともに服毒や切腹して、死んでいった。残った人達は、葉隠の苗字を捨てて野に下ったわ。けれど、四郎の実子だけは、何故か野に下っても葉隠の名を捨てずに国力回復に努めた。『他の一族は、皆誇り高い自決を遂げているのに何故、実子であるお前が生きているんだ』ってかんじで国民の怨みを一身に受けながらね。そして、一向に治まらない葉隠に対する扱いに耐えていたものの、子供が生まれると同時に遂に逐電した。おそらく、子供の安全を第一に考えたんでしようね。その後、葉隠はこの世界からすべて消え去って恨みの対象がいなくなり、おまけにBETAっていう四郎よりもヤバい生物も来襲して、葉隠の名は、人々から忘れ去られた。今でも一般人で知っているやつは、極度の歴史好きくらいね。良かったわね。え?!」

 

夕呼は驚いた声を挙げた。何故なら、今までどれだけ痛め付けても表情を変えなかった覚悟の顔から流れる一筋の涙を見たからである。

 

覚悟は、名も知らない自分の祖父に気持ちを重ねていた。

 

(俺は零式防衛術や零式鉄球、強化外骨格など人類に貢献できる物を最初から持っている。しかし、この世界の祖父は、それを持ってはいなかった。それなのに同じ日本人に恨まれながらも自決を選ばず、人のために尽くす道を選んだ。それがどれだけ辛く苦しいものであったか想像もつかない。父の贖罪のためか、家名回復のためか、俺にはわからない。けれど、どちらにしても俺はそれを誇りに思う。)

 

その涙を見た夕呼は、訝しげに覚悟に問う。

 

「あんたどうしたの?そんなに一族が嫌われているのが悲しかった?」

 

覚悟は涙を拭いながら、夕呼に答える。

 

「いえ、ただ目にゴミが入っただけなり、ちなみに香月博士は、何故葉隠一族にこんなにお詳しいのですか?」

 

「私は、四郎がどんな研究していたか一時興味があったのよ。曲がりなりにもあいつも私と同じ研究職だし。まぁ後詳しいのは、武家の一族、政府と軍の上層部くらいね。そうそう、あんたはこう見えて幸運なのよ。もしあんたを捕えたのが、国連軍じゃなくて斯衛軍だったら、悪鬼の曾孫と名乗った時点で例え人命を救助していても一日目から、自白剤と拷問の嵐だわ。武家、軍、政府の中で今も結構怨んでるのが武家だからね。たまに戦争中に起こった狂気の代表として教えてるらしいし。」

 

「斯衛軍とは?この世界の日本軍とは違うのですか?」

 

「斯衛軍は、同じ日本の軍だけど帝国軍とは少し違うわ。将軍家と帝都守護の任を命じられた主に武家で構成された軍よ。」

 

(つまり、この世界の『衛府』ということか……。)

 

『衛府』とは、覚悟の世界に存在した組織。元来帝直属の近衛兵団であったが、新たな時代を迎え国難発生の折りには、神獣や神器を用いて牙なき民の明日を守る特務機関である。

 

「ここから、私からの提案なんだけど、入校したら、偽名を名乗らない?私の部隊であるA-01は、みな葉隠一族のことを知らなかったけど、横浜基地には斯衛軍が数名いるし、今は総合評価演習でいないけど同じ訓練生で確実に知っていると思われるのが四名程いる。そうだ、いっそ死んだ市民の戸籍を使わない?あなたが来ることを見越して少し調べたけど、ここ最近BETAに殺されたと思われる成り代わっても怪しまれない市民の、えーとこの三人、『岩本源之助』、『由比正雪』と『神風零』、これらの戸籍だったら今すぐにでも用意できるわよ。」

 

そう言いながら覚悟によく似た顔が映る三枚の書類を見せる夕呼。それに覚悟は、間髪いれずに答える。

 

「いえ、変える気はありません。」

 

「あら、どうして?」

 

「私が葉隠一族の一人だからです。この世界で私の祖父が葉隠として怨まれながらも人に尽力したのなら、私はそれを受け継ぎたい。」

 

夕呼が呆れたよう覚悟に問う。

 

「家名が回復したって、100%武家には戻れないし、葉隠一族は、あなた以外もう一人もいないのよ。」

 

「だからこそです。私が他の名前に変えれば、葉隠の名は永遠に悪鬼の一族として、定着してしまう。それでは死んでいった者達が浮かばれない。どうか、お願い致します。」

 

覚悟は、頭を大きく下げて夕呼に懇願した。

 

それを見た夕呼は、今日幾度とついた溜め息をもう一度つき、覚悟に答える。

 

「しょうがないわね。わかったわ。けれど、その葉隠の名のせいでオルタネイティブⅣに不利益が生じたり、私の部隊の作戦遂行の邪魔になったりしたら、例えあなたが衛士になったとしても戦術機に乗る権利を容赦なく剥奪するからね。もし、そうなったらどうしようかしら?そうだ!私専属のボディガードにでもなってもらうわ。私って実は日本帝国にあんまり好かれてないのよ。変なあだ名もついてるし。」

 

夕呼は、覚悟の顔に指を突きつけた。

 

「じゃあ、葉隠四郎の直系のあんたは、葉隠の悪名故に祖父の代から山奥に政府から隠れ住んでいて戸籍がないから、どこの軍にも行けなかった。そんなあんたをあたしが偶然拾って、陸軍予備校に一年通わせて、16から、エクゾスカル計画の為だけに徴兵を免除され、独自に訓練された兵士よ。これ以上は譲らないわ。」

 

その夕呼の言葉に敬礼で答える覚悟。

 

「了解。私の我が儘を聞いてくださり、有り難うございます。」

 

敬礼する覚悟に夕呼は、告げる。

 

「お礼を言うのはまだ早いわ。葉隠、あんたを戦術機を駆る衛士にするとは言ったけど、はい明日からって訳にはいかない。衛士になるには、この世界の普通の志願兵なら、しっかりとしたカリキュラムに沿った授業を受けて、一週間に渡る総合実戦闘技術評価習に合格してやっと搭乗する資格を得るのよ。しかもチャンスは二回のみで、一回不合格になれば再試験は半年後になる。衛士は、死亡率が高い危険な仕事で常に人手不足よ。けれど、BETAをより多く殺せるから、男女関係なく衛士を希望する者が後を絶たない。それでも数が少ないのは、この戦時下の人口のせいでもあるけど、演習や適正試験がとても厳しいからなのよ。」

 

「では、私がその演習を受けるのはカリキュラムをこなした半年後ということですか?」

 

その問いに夕呼は、半笑いで呆れたようにように両手をオーバーに広げ答える。

 

「何甘いこと言ってるの?今日を入れて七日後よ。今日が11月13日だから、11月19日ね。この国連軍の訓練学校には、同じく衛士を目指す207訓練B分隊が所属していているわ。タイミングがいいのか悪いのか、その隊は、今日から無人島でその演習を受けてる真っ最中なの。その連中が帰るのが七日後だから、それまでにあんたは、六日で演習が受けれるレベルのスキルを身に付けて、私が用意した総合実技演習より、難関な試験を受けてもらうわ。時間がないからしょうがないわよね。もちろん、その試験までにスキルが身に付かなかったり、試験に落ちたら、その時点で私の専属のボディガード決定よ。理解した?」

 

ガタガタガタガタ……

 

『覚悟よ、この条件は厳しすぎる!断れ!せめてボディガードではなく、歩兵にせよと頼め。』

 

「それは間違いなり零!私には香月博士のお心遣いが解る。私が早く戦場に出て牙なき者の剣となって戦いたいという気持ちを汲んで無理して早急な予定を組んで下さったのだ。ボディガードになれということは、恐らく私が最終試験に受かることを信じて発破をかけている。その期待に応えなければ、衛士にはなれぬ!」

 

零は、あきれながらも叫ぶ。

 

『少しは味方も疑え!覚悟!』

 

「よし、決まったようね。それじゃあ、あんたを指導する予定の伊隅みちる大尉を呼ぶわ。本当は、正式な指導教官が一番なんだけど、さっきも言った207小隊の演習について行ってるから、臨時の教官として指導させる。けれど、あっちもいきなりだから、指導要領を作成しなければならないし、本格的な指導は、明日からね。だから、今日はこの施設の案内とあんたの健康診断と懲罰房で受けた傷の治療。まぁ四時間もあれば終わるでしょう。それが終わったら再度あたしのところに来なさい。実際に月狼と強化外骨格零、もといエクゾスカルゼロの兵器の起動するところを直接見せてもらうわ。」

 

そう言いながら、夕呼は、館内用の電話機に手を伸ばすが、思い出したように手を止めた。

 

「ああ、それと忘れてた。これからの軍生活で注意することを教えておくわ。」

 

「注意ですか? 」

 

「ひとつ、自分が別世界の人間だとは口が裂けても言わないこと。ふたつ、今後私みたいな前の世界の知り合いを見つけても、相手はあなたのことを知らないから、初対面のふりをすること。みっつ、ややこしくなるから、私と霞以外の人の前では、零としゃべらないこと。最後に誰に聞かれても、今、あたしと話したことを漏らしてはならないこと。」

 

「それは今から来られる伊隅大尉にもですか?」

 

「私の部隊だけには、私が考えたあなたの生い立ちとエクゾスカル計画、零式鉄球と零式防御術、月狼は話していいわ。けど、平行世界関連のことは駄目よ。後、オルタネイティブⅣも自分から質問しては駄目。わかった?」

 

「了解。」

 

「後、あんたにはあたしに近いレベルのセキュリティパスを与えるわ。そのパスさえあれば、たいていの場所には行けるようになる。この部屋にもね。じゃないとあんたをこれから内緒で呼ぶとき、困るでしょ?もっとも厨房と女子トイレは別だけど。あ、機密の閲覧権は低いから期待しないでね。」

 

「ご配慮感謝致します」

 

「最後に、この世界の私の立ち位置は博士ではないわ。そう呼ばれることもあるけど。正確な役職名は、国連軍太平洋方面第十一軍横浜基地副指令。形式上の基地指令がいるけど、私がここの実質的最高責任者。だから、これからは、人前では博士ではなく、香月副指令と呼びなさい。わかった?」

 

「了解!」

 

話終わると夕呼は、先程の電話機で連絡を取り始める。

 

「もしもし?ピアティフ?伊隅はどこにいるか調べて、え、今は会議室で新しい小隊編成を考えてるの?丁度良いわ。ああ、呼び出しはいいわ。私が直接出向くから。」

 

夕呼は、電話を切り覚悟に問う、

 

「葉隠、着替えは持ってるの?」

 

「月狼の荷物入れに私の服も収納されています。」

 

「だったら、一時間以内に伊隅大尉を連れて隣の執務室に戻るから、それまでに着替えて待っていて頂戴。ちなみに、私の書類に触れば、その時点でスパイとして銃殺刑だから、よろしくね。」

 

「了解!」

 

生死に関わることをあっさりと覚悟に伝え、夕呼は部屋から出て伊隅みちるがいる会議室に向かった。

 

それを敬礼で見送った覚悟は、素早く霞から見えないように、脳と脊椎が浮かぶシリンダーの裏で着替え始めた。覚悟が装着しているのは、元いた世界でも常に着こなしていた旧日本軍の海軍の服にも似た白ランである。最後に爆芯付きのブーツを履き、覚悟の着替えは終わった。

 

その姿を見て零は嬉しそうに呟く。

 

『やはり、覚悟の服装はこうでなくてはな。』

 

そして、着替え終わった覚悟は月狼の荷物入れから、おもむろに化粧セットを取出し、急いで自分の顔に化粧を施し始めた。

 

(まだ、時間があるが急がねば)

 

その様子を驚いた顔で見つめる霞と狼狽える零。

 

『な、何をしている覚悟?』

 

霞も我慢できずに覚悟に問う。

 

「なんで……男の人なのに化粧をするのですか?」

覚悟は、霞の尤もな疑問に化粧する動きを止め真剣な顔で霞に答える。

 

「霞さん、古来から戦士と化粧には切っても切れない縁があるのです。昔の侍は、戦地に赴くかんとする前に、自らの首を取られたとき、その首が土気色では、首を取った相手に申し訳ないとし、顔に化粧をしたと言います。今は、戦場に赴くときではありませんが、これから私のために嘆願書まで書き、なおかつ本日から、御指導を頂く上官が来られます。普通でしたら、こちらから足を運ぶのが常識なのですが、それを曲げてあちらからご足労頂くのです。そんな相手に対して、こんな傷だらけで痩せこけた顔では、申し訳ない上に失礼に当たる。故に少しでもそれを隠すために、男であろうと頬や唇に紅を指すのです。」

 

霞は、その覚悟の心の底からの嘘偽りない言葉を聞き衝撃を受けたようにさらに目を見開いた。

 

「……そうなんですね。」

 

『霞よ、真似してはいかんぞ……』

 

やがて、覚悟の化粧をする動きが止まる。覚悟の顔は、口紅に塗られた赤い唇、やつれた顔や傷を隠した白粉で彩られていた。最後に対閃光用の眼鏡をかけて覚悟の化粧は終了した。

そして、覚悟はまだ覚悟をじっと見ている霞に声をかける。

 

「霞さんにお願いがあります。」

 

「?」

 

霞が不思議そうに覚悟を見る。

 

その視線を背に覚悟は、月狼の後部座席の荷物入れから、ある冊子とメモリーチップを取り出し霞に渡す。

 

「……これは?」

 

「これは、私の曾祖父が率いていた瞬殺無音部隊の研究のすべてが記されている冊子とメモリーチップなり。平行世界の資料ゆえ、伊隅大尉の前では渡しにくい。故に霞さんから、渡してくれませんか?」

 

「……わかりました。」

 

(私が直接話すよりも、このデータを見ていただければ零や零式鉄球のことをより理解して下さるであろう。無論、瞬殺無音部隊の血塗られた実験も……だが、G・ガランの核融合エンジン、月狼の人工AI、物体転送装置などが記された兄上の文書を渡すのは、オルタネイティブⅣというものの全貌が明らかになってからだ。故に観察眼が鋭い香月副指令の目の前で瞬殺無音部隊の文書と兄上の文書が共に入った荷物入れを開ける分けにはいかなかった。)

 

そう考えた覚悟を、霞は文書とメモリーチップを受け取りながら再度、心の中を見透かすような目で見ていた。

 

 

十数分後、オルタネイティブⅣ直属部隊であるA-01部隊の隊長伊隅みちる大尉は、夕呼に連れられて執務室に向かっていた。

 

「ごめんなさいね。伊隅、面倒臭いことを頼んじゃって。」

 

「いえ、お気になさらず、副指令の命令であれば。しかし、驚きました。あの少年が私達とはまた違う副指令直属の極秘計画のメンバーの一人だとは思いませんでした。」

 

「オルタネイティブⅣ程の規模じゃないけど、エクゾスカル計画も極秘で進めていた計画だったから。ちなみにあいつ、葉隠覚悟は兵士としての戦闘力は、申し分ないけど、特殊な環境と独特な訓練に身を置き過ぎて、知識と常識が妙な方向に偏ってるから厳しく指導して頂戴。特に一昨日みたいなことのないように。」

 

その言葉を聞き、みちるは一昨日の覚悟の例の行為を思い出し少し顔を赤くする。

 

(確かに……初めて応対した時、性格は真面目そうな印象を受けたが、まさかあのような時、場所であんな行為に及ぶとは、思わなかった。勘違いからの銃殺刑に、及ばぬように嘆願書を作成したが、二度とあのようなことがないように厳しく指導せねば。)

 

「了解しました。」

 

そんな会話を交わしながら、二人はやがて執務室前に着いた。

 

「葉隠訓練兵!あなたの教官を連れてきたわよ。」

 

そう叫び、夕呼は扉を開ける。

 

ガチャリ!

 

部屋の中央には、敬礼をする覚悟。

 

「大尉殿、先日は誠に失礼致しました!そして、本日からご指導ご鞭撻の方、よろしくお願い致します!」

 

そんな覚悟の挨拶に嬉しそうに敬礼して返すみちるだが……

 

「ああ。こちらこそ先日は、感謝する。だが、それとは関係なく…本日から…しっかりと……しっかりと……」

 

二日前覚悟と初めて出会った日のごとく、再度頭がフリーズした。

 

「は、は、は…………」

 

それを見た夕呼は、目を閉じ指先を額にあてて首をふる。

 

「どうしました?大尉殿?」

 

「葉隠訓練兵ぃぃぃ!何故、この様なときに化粧をしているぅぅぅ!」

 

執務室から、廊下に漏れるほどのみちるの怒声が響きわたった。

 

その反応に零と夕呼が心の中で同時に呟く。

 

『「これは、前途多難だわ(だな)。」』

 

 

11月13日

覚悟が夕呼と出会う数時間前

日本帝国領南島の海岸線

 

武達、第207衞士訓練分隊は、眼鏡を掛けた少女の指示にしたがって砂浜を突き進み、時間通りに集合ポイントへと到着した。重装備を外し、軽装に着替えたものの、武達は照りつける太陽と南島独特の多湿により全員汗だくであった。

 

「よし、時間通りに到着できたな。」

 

そこには、その207小隊の指導教官である神宮寺まりもがいた。

 

その姿を見た武だけが、不思議そうな表情を見せる。

 

(あれ、おかしいな?前の世界では確か、夕呼先生が際どいビキニを着てトロピカルドリンク片手に命令書を手渡すはずなのに。)

 

そんな武の表情に気付かないまりもは、武達に任務を言い渡す。

 

「早速、演習を始める!これが今回の貴様らの任務だ。これは副指令、自ら御考案下さったものだから、有り難く受けりなさい。」

 

分隊の隊長である眼鏡の少女が、任務内容が記された書類を受けとる。

 

「いざという時は、荷物の中の通信機を使いなさい。だけど、それを使用する時は当然、試験は失敗よ。だから、使うのは各々の判断に任せる。」

 

「「「「「「了解!」」」」」」

 

(もしかして、先日のBETA侵攻の後処理か?それとも、研究が進んでいるから、息抜きする暇がなくなったのか?どっちにしろ俺には良い方向に未来が変わっていると信じるしかない。とにかく、今は全員でこの試験を突破することが先決だ。幸い任務内容自体は、前の世界と同じく夕呼先生が考えたものと変わらないんだし。けど、貴重なビキニ姿の夕呼先生を拝めないのは、残念だったな……。)

 

「何を変な顔をしているのだ?タケル?早く支給されている装備を受けとるがよい。」

 

そんな、邪な考えを抱いている武にサムライポニーの古風なしゃべり方をする少女が、不思議そうに声を掛けた。

 

とにもかくにも白銀武、葉隠覚悟、異世界に召喚された二人の最初の試練の一週間が始まった。




マブラヴオルタネイティブのアニメ化が決まりました!一年後ですがとても嬉しいです。
けれど、衛府の七忍の連載が終了してしまいました。
とても悲しいです。世の中上手くできてますね。
感想欄の方は、いつも楽しく読ませて頂いています。短い文章の感想欄だけ、返事がないのは、すべての感想に返信したら、この物語を読んでくれている読者様が気を使って気軽に感想を書き込めないのではないかと思って返信してないだけです。短い文でも、充分に励まされて元気をもらっています。


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第八話 入校初日

2001年11月19日

午前10時03分

国連軍横浜基地演習場

 

「♪♪♪♪♪♪♪♪ーーー!!!」

 

朽ちたビルの三階から空中に飛び出した覚悟は、口から衝撃波のような大音量の美声を防爆服を着た五人の兵士に放った。

 

『零式防衛術・桜歌七生擊』

 

『桜歌七生擊』とは、特殊な吸力にて大気力を体内に取り込み、それを一気に放出することで一定範囲のすべてを対象とした音声を発する攻技。元は密閉空間で使用するのが正攻な為、破壊力が低く静物破壊には向かないが、屋内であれば人体殺傷には十二分な威力を持つ。

 

その手に持つゴム弾を放つマシンガンより早い覚悟の特殊な美声を浴びた兵士達は、ゆっくりと倒れた。

 

もし覚悟が『桜歌七生擊』を屋内で生身の兵士に使用していれば、兵士は容赦ない振動波のような美声で全身の穴から血を吹き出し、即死だっただろう。しかし、広い屋外の演習場の上、音をあまり通さない防爆服に身を包んでいたゆえに鼓膜が破裂する程度の大音量で済み、全員気絶に収まった。

 

夕呼は、気絶した兵士達のバイタルデータを調べ、鼓膜破裂以外の外傷がないことを確認し笑みを浮かべる。

 

(ふふ、やるわね。確か、あんたがくれた46文書にそんな零式の技も載っていたものね。兵士達も鼓膜形成手術をすればその日の内に通常の任務に戻れるし、骨折や打撲させるよりも理想的な制圧の仕方だわ。)

 

カチッ

 

夕呼は、通信機をのスイッチを入れる。

 

「第一関門突破よ。葉隠訓練兵、次の演習場に向かいなさい。」

 

「了解!」

 

覚悟は、夕呼の指示を聞き、次の演習場に向かった。

 

第一関門を余計な時間を消費せず、その上無傷で突破した覚悟を、 何故か夕呼のとなりで不安げに見守るみちる。

 

(葉隠、あれがこの総合演習の山場ではないんだ。決して油断するな。多分、お前は私が担当した最初で最後の…たった一人の教え子なんだ。こんなことを演習中の訓練兵に願うのは間違っているかもしれんが、落第してもいい。せめて死なないでくれ……。)

 

時は、一週間前に遡る。

 

 

2001年11月13日

午前11時05分

国連軍横浜基地

夕呼の執務室近くの男子トイレ

 

ジャァァァー

 

数分前、みちるからきついご指導を頂いた覚悟は、最初に案内する予定であった医療室に行く前に、化粧を落とすべく男子トイレに案内され顔を洗っていた。

 

「まだか葉隠、早く化粧を落として治療を受けに行くぞ。」

 

みちるはトイレの外から、覚悟を急かす。

 

「了解。今、参ります。」

 

数秒後、化粧をすべて落とした覚悟は顔を手拭いで拭き、背後からみちるに声をかける。

 

「お待たせして申し訳ありません。伊隅大尉。」

 

「よし、では…………行くぞ。」

 

振り向いて化粧を落とした覚悟の顔を見たみちるは、わずかに返事が遅れた。化粧を落とした故に、数分前には解らなかった覚悟の顔に残る生々しい傷痕を見たからである。

 

そして、トイレを後にし、覚悟を連れて長い廊下を進むみちるは、何気なく覚悟に告げる。

 

「足を止めずに聞け、葉隠。先程、私に挨拶をした時、傷だらけの顔で応対するのは失礼だと考慮し、痕を隠すために化粧をしたと言ったが、そんな傷程度で私は失礼な奴だとは微塵も思わない。だから、これからはどんな時であろうと化粧は禁止だ。後は、この一週間の間だけだが私のことは大尉ではなく、教官と呼べ。わかったな。」

 

「了解、お心遣い感謝致します。伊隅教官。」

 

みちるは、その無表情ながらも素直な覚悟の返事に笑みをわずかに浮かべた。

 

「よし、わかったならさっさと医務室に向かうぞ。しかし、貴様は普段からどんな訓練をしているのか知らないが、その重たそうな鉄のブーツを履いているくせに足音を一切立てずに歩くことができるのだな。先日のBETAとの一戦を見る限り戦闘面や、体力面は期待できそうだ。」

 

「お褒めに預かり光栄です。幼き時より訓練を重ねて参りましたので……。」

 

そう会話を交わす二人は、一つしかない足音を響かせながら、医務室へと向かっていった。

 

 

同時刻

 

夕呼は、覚悟とみちるを見送った後、一仕事終わったかのように勢いよく椅子に座りこんだ。そして顔を天井に向け、目を閉じてゆっくりと覚悟と過ごした数時間を振り返る。

 

(悪鬼の末裔、葉隠覚悟か……またとんでもないやつが平行世界から来たものね。本人は常識がないくせにくそ真面目だから、白銀よりも扱い方が難しいわ。それに白銀の未来の記憶と違って、葉隠の記憶にはあまり価値がないし。けれど、あの零の武装と月狼の自立型AIはこれからの戦闘にきっと役に立つはず。それに46文書の真実は、米国のあの兵器を楽に取り寄せる交渉カードに使えるし、何としてでもあの兵器達の作成方法を……あら?)

 

閉眼してこれからのことを考えていた夕呼は、袖を引っ張られている感覚で目を開けた。そこにはいつの間にか霞が立っており、その腕のなかには、夕呼が知らない分厚い冊子とメモリーチップがあった。

 

「霞?その手に持っているものは何?」

 

「葉隠さんから渡すように頼まれました……」

 

「ああ、あいつからか。随分分厚いわね……何かしら?」

 

そう呟きながら、夕呼は、霞から冊子を受け取り表題を読む。

 

「どうせ、葉隠一族の家系図とか心得とかが書いて……!『瞬殺無音部隊のすべて』ってこれは?!それと編冊者by葉隠散?」

 

急いで冊子の中を確かめる夕呼。

 

ペラペラと素早く内容を確認するとその中身は、瞬殺無音部隊の人体実験。強化外骨格、零式鉄球、戦術鬼の作成方法。零式防衛術の習得方法であった。

 

(すごい……これこそ、真の46文書だわ。本当はじっくりとあいつの口から聞き取りを行う予定だったけれど、これが手に入ったなら、もうその必要はない。けれど……)

 

夕呼は、冊子から顔を挙げ霞に問う。

 

「霞、あいつがこの部屋に入室してから嘘をついたり、隠していることはなかった?」

 

霞は、無表情でその問いに答える。

 

「葉隠さんが今まで言ったことに嘘はありません。けれど、隠していることはあります。」

 

「もしかして、あの月狼の自動AIとか、話に出てきたG・ガランとか言うデカ仏を動かす核融合エンジンの作成方法が記載されている文書も所持しているのね?」

 

「……はい。その他にもイメージの中でワープ装置や空気を綺麗にする蝶々の映像も見えました。」

 

(私が見込んだ通りね。月狼を始めて起動したときから確信していたわ。あんな複雑な機械だもの、簡単な修理ならあいつもマスターしてると思うけど、私があいつの兄なら、万が一の時に備えて一から組み立て直すための設計図を持たせるはず。それに睡眠装置で目覚めた未来では発達し過ぎた科学で環境が汚染されている可能性や、喪失した技術もあると考えてそれに対処する技術が記載されてるものも持たせる。多分、蝶はあいつの話にあった環境浄化の益虫『極楽蝶』ね。)

 

夕呼は、瞬殺部隊の文書の散の名を見て、すぐにその考えに至った。

 

「その冊子は、どこにあるの?」

 

霞は、月狼と零のいる隣の部屋を指差して言う。

 

「あの子の荷物入れの中……オルタネイティブⅣのすべてを教えてくれるまで渡せないと考えてました。」

 

その霞の言葉で夕呼は考える。

 

(いっそ、今すべてを話して、味方につけようかしら……いや、あの性格、考え方では怒って逆に邪魔をしてくる可能性がまだ高い。もう少し、様子を見ましょう。この世界の絶望たる状況を思う存分解らせてからの方がいい。 だから、今だけは……)

 

「霞、私は今からこの文書とメモリーチップをチェックするわ。だから、それに没頭して、多分声をかけても無駄だから葉隠が来たら知らせてね。」

 

「……解りました。」

 

夕呼は、並外れた知識欲を満足させるべく、46文書を貪るように読み始めた。その様子を、もし武が見ていたなら、前の世界の南島で気分転換しているよりも遥かに楽しそうでリラックスしている風に見えたことであろう。

 

 

数時間後、

 

医療室に行き、治療と身体検査を終えた覚悟とそれに付き添っていたみちるは、互いに昼食を取ってないことが解り、共に昼食を取るべく案内も兼ねて食堂に来ていた。

 

食堂に向かう道すがら、みちるは数分前の医務室の覚悟の言動に意見を述べる。

 

「葉隠…この大馬鹿者。いくら、エクゾスカル計画は極秘と言えども、身体検査の時『この鉄球は死んだ父上からの形見ゆえ、肌身離さず所持する為に肉体に直接打ち込んで頂きました』という理由は、流石に苦しかったと思うぞ。大切なお守りや形見は肌身離さず持つものだが、刺青で名前を掘るのと違い体に直接大切な物を埋め込む奴は、中々いないことを覚えておけ。」

 

「申し訳ありません、伊隅教官。私の頭では、ああ誤魔化すのが限界でした。」

 

そう話し合いながら、やがて二人は食堂に着く。

 

「まぁ、いい。その辺りも私がこの一週間で矯正してやる。今はさっさと昼食を取るぞ。ここの食堂は旨いんだ。知っていると思うがここでは、食堂のことをポストエクスチェンジ、略してPXという、覚えておけ。」

 

みちるは、食堂の受け取り口から、割烹着を来た中年の女性に声をかける。

 

「すいませーん、京塚曹長。」

 

「ぁぁ、はいはい、あら伊隅大尉。今日は随分おそい昼食だねぇ。それと隣の子はもしかして、新兵?」

 

「はい。本日付で入校致しました葉隠覚悟訓練兵であります。どうぞ、よろしくお願い致します。」

 

「ああ、いいのよ。そんな畏まらなくても、新人さんなら大盛サービスしてあげるよ。」

 

「葉隠訓練兵、この人は貴様より位が上の曹長だが、民間から雇われた職員でもある。故に京塚曹長は敬語を使われるのを好ましく思われていない。だからあまり畏まるな。」

 

「そうそう、気軽に京塚のおばちゃんでいいわよ。」

 

「了解。京塚のおばちゃん殿。お心遣い感謝致します。」

 

「何か、呼び方に違和感があるけど、ほら二人前持っていきな。」

 

ゴクリ……

 

覚悟は、合成サバミソ定食を見て生唾を飲み込んだ。覚悟がこの世界に来て食したのは、懲罰房で出された薄いスープのみであり、元の世界でも、主食は奇形の魚と大ネズミゆえに合成食料で作ったサバミソ定食でもまさにご馳走であった。

 

(我が胸高鳴りたり、腹腔熱を帯びたり、息の限り芳香を吸い込みたり……)

 

ジーーー!

 

「もう昼を過ぎているから、結構空いているな、あそこの端に座るぞ。聞いてるか?葉隠……」

 

「了解……」

 

机の端に向かい合って席に着き、二人は、さっそく食事を始める。

 

(この世界に来て初めて食する固形物なり、噛むべし、存分に噛むべし。旨し、合成食料ながらもサバミソ定食旨し。)

 

ハムッハムッ!

 

ゆっくりと味わいながらも夢中になって食べる覚悟に対して、その様子を少し驚きの目で見るみちると遠くでニコニコと笑顔で見守る京塚曹長。

 

(てっきり、どんな食べ物でも無表情でつまらなそうに黙々と食べる奴かと思ったら、無表情ながらも本当に旨そうに食べるな。前の施設ではろくなものを食べていなかったのか?)

 

十数分後、先に食べ終わったみちるは未だに味わって食べる覚悟に告げる。

 

「食べながらでいいから聞け葉隠、私は明日から貴様をしごく為の指導要領を作成しなければいかん。ゆえにもうPXを先に出る。 貴様は、食べ終わったならすぐに副指令のところへ迎え。そして、副指令の用事が済めば、明日に備えて今日だけはゆっくり休め、わかったな。」

 

「了解。」

 

 

二十分後

 

夕呼の執務室

 

夕呼は、三時間以上の感動大作映画を観た後のように目を閉じて天井を仰ぎ余韻に浸っていた。

 

(すごい……捕虜の体を殺傷しながら練り上げた零式防衛術、高射砲で肉体をわざと破壊し、特殊金属を癒着させ弾丸を弾く肉体にする零式鉄球、敵、味方関係なく改造を施し化け物に変える戦術鬼。そして、それすべてを比べても余りある強化外骨格の武装の数々。プロトタイプに零を作り、頂点に霞を置いて、戦術神風を陸海空で炸裂させるために雹、霆、霄を作成、極めつけは零改を大量生産。よし、もう一回、読み……)

 

チョイ、チョイ。

 

夕呼は、本日二回目の袖を引っ張られる感覚で現実に戻る。

 

「ん、何?霞?」

 

「葉隠さんが呼んでます。」

 

コンコンコン!

 

「……令!……副指令!おられないのですか!」

 

「え、もうこんな時間?葉隠!そのまま入ってきなさい!」

 

夕呼の返事で覚悟は、扉をゆっくりと開け、夕呼の机の前に行き敬礼する。

 

「葉隠訓練兵、傷の治療及び身体検査を終えて参りました。」

 

「もう敬礼は、いいって。それとありがとね。こんな大切なもの見せてもらっちゃって。今すぐにじゃないけど、この技術で救われる命も少なからず出てくるわ。」

 

「そうですか、それは長畳です。しかし、副指令、戦術鬼の転用だけは……」

 

「解ってるわよ。それに前にも言ったけどあんなのはこの戦争じゃあ全く使えないし、私の頭の中だけ留めておくわ。」

 

(本当に留めておかないと、国の威信を背負ってるどっかの国にバレたら、絶対に実験するのは目に見えてるしね。)

 

「そうしたら、さっさと零と月狼を連れて演習場に行くわよ。」

 

 

十分後

 

横浜基地演習場

 

高性能カメラを置いて、スタンバイが終わった夕呼は、覚悟に声をかける。

 

「まずは、葉隠、月狼の武装を見せて。」

 

覚悟は、バイクの振りをした月狼に命令する。

 

「了解!月狼、しゃべって良し!」

 

アウォーン!

 

二十分後

 

「ふぅん。月狼の武装は、後部に対戦車裂薬弾、タイヤの尖刃スパイク、両側面に4本の日本刀を装備、座席から狙撃銃、そして、最大の武器は30㎜の零式徹甲弾を一分で200発を自動で打ち出す零式連装機銃『残月』か。」

 

「他にも、本体がレーダーを狂わすほど赤熱化し、その鉄をも溶かす熱量を保ったまま敵に突進することもできます。月狼のデザインも突進を考えて作られているので恐らくは戦術機や要撃級なら、胴体を貫けるでしょう。」

 

(月狼は、量産して戦車級以下のBETAと戦闘させれば、戦術機のサポートとして戦車級の取り付きによる損傷率も下がるかもしれない。例え撃墜されても、機体に取り付く戦車級を撃ち殺しながら、バイクに乗って逃げることも可能だわ。)

 

「じゃあ、次、エクゾスカルゼロ!早速武装を展開して頂戴。」

 

「了解!瞬着!」

 

まばゆい光と共に高分子筋繊維が、体に取りつき、戦士でなければ骨折必死な力で覚悟を締め上げる。だれにも貫き通せない盾と何事も貫き通す矛を持つ奇跡の回答である鎧が出現した。

 

「へぇーこれが零なのね、葉隠四郎は、文書を読む限り、人間性は皆無だけどデザイン性は、悪くはなかったようね。じゃあ最初は、指先から出す放射火炎から……」

 

覚悟は、次々と戦術神風以外の武装を展開し、夕呼は月狼と同じくビデオ撮影しながら分析していく。

 

放射火炎で火柱を作り、超凍結冷却液射でそれを消火、超振動で朽ちたビルの壁を粉砕し、分裂昇華弾でビルごと崩す、偶然水が溜まっている大きな水溜まりに超脱水燐粉を放つ。そして、最後に戦術神雨の可燃性の液体、非致死性麻酔液、零の細胞の塊である筋繊維の欠片を回収し実験は終了した。

 

「葉隠、後出してない武装はない?」

 

「零本来の武器ではないのですが、これがあります。」

 

覚悟は、零の腰から零式防衛術正式拳銃 『曳月』を取り出し夕呼に見せる。

 

「え、これって陸軍の十四年式拳銃じゃない。あんたこんなレトロな銃使ってるの?。」

 

「レトロなのは、外装だけなり。中をお調べ頂いたら、解りますが、内部は多様な薬剤を選択し弾頭に着装する精密兵器です。通常弾の他には、打撃変わりに使用致す零式徹甲弾、肉体のなかで破裂する炸裂弾、対巨獣青酸カリ弾があります。」

 

「あんた……青酸カリまで持ってたのね。流石にこの弾だけは物騒すぎるから没収させてもらうわ。」

 

「了解。」

 

その後夕呼は、カメラを回収し、撤収作業を終えた。

「ご苦労様、葉隠。月狼は、兵士に命令して駐車場の端の目立たない位置に置いておく。零は、あなたの部屋に持っていっていいわ。けれど、授業には持っていっては駄目よ。ふぅ~今日はこれでおしまい。戻ったら、霞があなたの部屋に案内するわ。」

 

「了解。お疲れさまです。香月副指令。」

 

最後に夕呼は、覚悟に向かって妖しく微笑む。

 

「葉隠、最終演習は、少しも手を抜くつもりはないけど、明日から頑張んなさいよ。期待してるわ。」

 

「了解、暫しの別れだ、月狼。」

 

キュゥゥン……

 

 

五分後

 

霞に案内されて、覚悟は白銀武の隣の部屋に着いた。部屋の中には、恐らくはあらかじめ夕呼が手配したであろう教科書や制服、迷彩柄のズボンや黒タンクトップ、日用品が置いてあった。

 

それを確認し、霞にお礼を言う覚悟。

 

「霞さん、本日はどうもありがとう。また、香月副指令に呼ばれた時はよろしくお願いいたします。」

 

『霞よ、有り難う』

 

霞は、無表情でコクりと頷くと、

 

「バイバイ」

 

と手を振って夕呼の所に戻っていった。

 

その後、PXで夕食を済ませ、シャワーを浴びた覚悟は、部屋に戻り窓を少し開けもう暗くなった外を見ていた。

 

『覚悟、今更ながら未来どころか異世界に行き宇宙人と対決するとは、散でさえ思いも寄らなかっただろうな。』

 

「私もそう思う。しかし、零。我らの取るべく道は一つ。」

 

『ああ!』

 

『「牙なき者を守ること……」』

 

「明日も早いもう寝るとしよう。お休み零。」

 

『また明日……覚悟……』

 

 

同時刻

夕呼の執務室

 

覚悟が寝静まった時間、夕呼は眼を爛々と輝かせて、今日の兵器実験の映像を見ていた。

 

(やはり、戦術機に転用できるのは、展性神武合金、昇華弾、超脱水燐粉、超振動。特に戦場で一番活躍できるのはやはり『昇華弾』でしょうね。多分、ゼロの武装で連発が出来ないのは、プラズマの超高熱ゆえに全身で冷却をしなければ、駆動系が焼き切れるんだわ。けれど、あの当時の科学力なら、そうだったかもしれないけど、今は戦術機でも持てるくらいの冷却装置さえあればクリアできる。あれなら大量生産してBETAの集団の先鋒である突撃級の外殻をも貫け倒せる。

 

『超脱水燐粉』は、戦術機に搭載するのではなくal弾と共に直上で炸裂させる。光線級のレーザーをまともに受ければ流石に消し炭になると思うけど、初期照射で耐えれるくらいの殻で包み、それを受けたら自動で破裂するようにすれば、光線級を倒すことができる。あの細かい雪のような燐粉なら流石に認識されないと思うし。失敗して、戦術機に降り注いでも、平気っていうのも利点ね。

 

『超振動』は、長刀や短刀でBETAと近接戦闘するとき任意に発動させれば切れ味を何倍にも増すことができる。けれど、振動は戦術機自体にも有害だから時間がかかりそう。

 

そして、『展性神武合金』、46文書のデータによれば、突撃級の突撃でフレームが歪んでもその驚異の展性で元に戻ることができる。何よりも凄いのが致死量の放射能を一切通さないことね。この金属だけでも、政府は喜ぶでしょうね。

 

とにかく、展性神武合金と昇華弾は早く技術研に送って研究させ実用化させないと……

 

ああ、後はあいつの戸籍どうしましょう?捕まえたときに政府に確認を取ってるから、変な誤魔化しは効かないし。はぁ~、ここは政府のオルタナティブⅣ派に合金と昇華弾の作成方法を送って、裏で戸籍を作ってもらおうかしら?それも上手くやらないと確認の為に鎧衣が明日にでも来そう。ああ……こんなことで頭を使いたくない。やっぱり他人の戸籍を使わせるべきだったわ……)

 

夕呼の夜はこれからであった……




『桜歌七生撃』は、開花のススメのラスボスである巴御前が使用した、一応一般人でも使えるとされるれっきとした零式の技です。その技が炸裂したシーンは、敵ながらもすごくかっこいいんで、興味がある人は画像や文字でググって下さい。それにしても、なんで開花のススメは、Wikipediaに載っていないのでしょうね?
後はエクゾスカルの武装の戦術機への転用は、かなり素人考えなので大目に見てください。


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第九話 死神と戦乙女

2001年11月14日

午前9時00分

横浜基地訓練校の教場

 

本来の使用者がいない207小隊の教場で、たった一人の生徒の為にBETAに対する基本的な座学が開かれていた。

 

教壇で教鞭を振りながら教えているのはみちる、真面目にペンを走らせているのは覚悟だ。

 

覚悟は昨日、夕呼から話のあらましを聞いていたので座学の内容がよく理解できた。もし、昨日何も教えられずに座学に挑んでいたら、昨日のように激昂していたかもしれない。授業の中の繰り返されるBETAと人類の闘争の歴史は、それほどまでに悲惨で壮絶なものであったからだ。微妙に夕呼が話してくれた内容と違うが、そこは恐らくは機密事項なのだろうと覚悟は、理解した。

 

そして、一時間半の座学が終わり、みちるが覚悟に告げる。

 

「葉隠、次は近接戦闘訓練だ。エクゾスカル計画を担う貴様の実力を見せてもらうぞ。着替えてグラウンドに向かえ」

 

「了解!」

 

 

覚悟は、素早く着替えてグラウンドに向かっていると、先にグラウンドに到着している集団がいた。

 

そこには、ヴァルキリーズの隊員達が揃っていた。その中で速瀬水月中尉が覚悟を見つけ声をかける。

 

「あ!来た、お~い。葉隠訓練兵。こっちこっち。」

 

覚悟は、それを見て急いで水月の前に立つ。

 

「何故、A-01の皆様がここに?」

 

「この頃、戦術機に乗る訓練ばっかりしていたから、葉隠の訓練も兼ねて、少し体を動かせって隊長からの命令なのよ。」

 

「了解。」

 

「ああ、それと。」

 

水月は、急に真面目な顔になり背筋を伸ばし覚悟に告げる。

 

「葉隠訓練兵。伊隅大尉も言われていたが、副隊長の私とヴァルキリーズ全員から改めて礼を言わせてくれ。先日は、軍規を破ってまで私達の仲間の命を救ってくれて本当に感謝する。貴様がいなかったら、あの二人は激痛の中、苦しみぬいて死んでいただろう。本日は、わずかな時間だが、貴様の五日後の総戦技演習合格の手助けがしたい。」

 

水月は、そう言って頭を下げ、後ろに整列しているヴァルキリーズの隊員達も水月に習い全員頭を下げる。

 

「皆様、顔を挙げてください。こちらこそ、先日は私の勘違いから、不快な物を見せてしまい申し訳ありませんでした。そんな素性の知れない私のために強姦容疑で銃殺刑に処されないよう、嘆願書をお書きになられたと聞いております。お礼を言うのはこちらです。本当に有り難うございました。」

 

覚悟もそう言って深く頭を下げる。

 

「そう?じゃあお互いに貸し借りなしでいい?」

 

表情が柔らかくなる水月。

 

「中尉がよろしいのであれば。」

 

「よし、じゃあ私達は今からお互いにお礼も謝罪もいいっこなし。今日は私達も訓練の内だと考えるから、手加減しないからね。」

 

「了解!」

 

そして、お互いの敬礼が終わると同時に、覚悟の背後からみちるが現れた。

 

「敬礼!」

 

水月の声でヴァルキリーズと覚悟は、現れたみちるに対して敬礼をとる。

 

「貴様ら、挨拶は終わったか?」

 

「申し訳ありません。隊長。お礼を伝えましたが、各隊員の自己紹介は、終わっていません。」

 

「解った。時間がないから手短に私がしてやる。この押しの強そうなのが、B小隊を指揮している速瀬水月中尉。貴様の三期上だ。後ろに並んでいる左から、二期上のC小隊を担当している宗像美冴中尉。一期上の風間祷子少尉。貴様の同期になるかもしれない柏木晴子少尉、涼宮茜少尉、築地多恵少尉……」

 

名前を呼ばれた衛士は、次々と敬礼していく。

 

「そして、少し離れて立っているのがCP将校をしている涼宮茜少尉の姉である涼宮遥中尉だ。今回の訓練には参加しないが礼を言うためだけに来てくれたのだ、感謝しろよ。次はお前だ、葉隠挨拶しろ。」

 

「了解!葉隠覚悟と申します。皆様、本日はよろしくお願いいたします。」

 

覚悟の挨拶が終わると同時に、みちるはこれで挨拶の時間は終了というように手を叩く。

 

「よし、葉隠、早速私にお前の曾祖父が開発したという零式防衛術とやらを少し見せてみろ。その為に私の部隊の隊員達を呼んだのだからな。」

 

そう言って、覚悟にゴムナイフを渡すみちる。

 

「解りました。」

 

すると覚悟は、渡されたゴムナイフをしまい、人差し指だけを立てた。

 

それを見たみちるは不思議そうに覚悟に問う。

 

「葉隠。それは何の儀式だ?」

 

「零式防衛術をお見せするのであれば、この指先にてお相手つかまつります。」

 

覚悟の行動と言葉でヴァルキリーズの隊員達は、ざわめき始める。

 

その中で涼宮茜だけが、ヴァルキリーズの中から一歩進み、覚悟の前に立ちふさがった。そして、静かだが怒気に満ちた声で覚悟に問う。

 

「君、私達を舐めてるの?」

 

覚悟は、剣呑な雰囲気を放つ茜に対して、何も感じないように無表情に答える。

 

「戦術機においては、私など涼宮少尉含めて皆さま方の足元にも及ばないでしょう。しかし、格闘技においては、当方に一日の長があります。それに零式防衛術は、一撃必滅ゆえ手加減が出来ぬ技がほとんどです。どうか、ご容赦を。」

 

(この人達は、BETAさえ来なければ軍人ではなく一般人として生活していた牙なきもの達だ。ゆえに絶対に傷つけるわけにはいかない。)

 

「へぇ~そうなんだぁ~。優しいんだね葉隠訓練兵。君には感謝してるけど、貸し借りなしってことだから、私は本気でいくからね。怪我して、総合演習受けられなくなっても後悔しないでよ。」

 

そう言ってゴムナイフを構える茜。

 

「了解。全力の胸をお貸し下さること感謝致します。しかし……」

 

覚悟は、そんな茜から目を外し、そばで控えているヴァルキリーズの面々を見渡し、最後にみちるへ不思議そうに質問する。

 

「伊隅教官、私の御相手は全員同時ではなくお一人ずつですか?」

 

その言葉で自分が敬愛して止まない伊隅ヴァルキリーズを愚弄したと感じた茜は、遂に怒りの頂点に達した。

 

「衛士を……伊隅ヴァルキリーズを無礼るなぁっっーーーー!!!」

 

そう叫びながら、ゴムナイフで覚悟の胸を突き刺すように体ごと突進する。

 

その瞬間……

 

トン。

 

「因果!」

 

「きゃぁっーーーー!!」

 

覚悟に指先で肩を押さえられた茜は、三メートル程吹き飛んだ。

 

「「「「「「涼宮!」」」」」」

 

ヴァルキリーズの隊員達は、すぐに吹き飛んだ涼宮に駆け寄り声をかける。

 

「大丈夫か!?」

 

茜は、痛そうにゆっくりと上体をゆっくり起こすが…

 

「ううっ……あれ、あんまり痛くない?」

 

何事も無かったかのようにすぐに立ち上がり、あまり痛みを感じていない自分の体を不思議そうに確認する。

 

「え? あれだけ吹き飛んだのに?」

 

茜を取り囲む隊員たちもすぐに立ち上がった茜を驚きの表情で見る。

 

そんな不思議そうな彼女達に、覚悟は驚きもせず平然と声をかけた。

 

「今吹き飛んだのは、涼宮少尉自身の力なり。私は攻めの枕を押さえたのみ。もし、指先でなく私の全力の拳なら、体をも貫いていたでしょう。」

 

その言葉と因果の一撃で覚悟が並みの兵士、いや人間でないことが一瞬でヴァルキリーズ全員に伝わった。

 

一連の様子を見ていたみちるも一人ずつでは相手にならないと感じ、全隊員に告げる。

 

「解った。ならば葉隠の注文通り全員でかかれ。ただし、訓練兵だと思わず、兵士級や闘士級を仕留めるつもりでやれ。わかったな!」

 

「「「「「「了解!」」」」」

 

みちるの言葉で十人以上の歴戦の衛士達が回復した茜と共に覚悟をゆっくりと取り囲み始める。

 

「…………」

 

当の覚悟は、真剣な表情で自分を取り囲む彼女達を確認もせず、相変わらずの無表情で前を向いたまま少しも動かない。

 

やがて覚悟を何処からも襲撃できる位置に隊員達は着いた。

 

「じゃあ葉隠…遠慮なく行くよっ!」

 

そして、覚悟の真後ろにいる水月の掛け声を皮切りに全ての隊員達が同時に覚悟に襲いかかる。

 

しかし…

 

トン……トン……トン……

 

「ぐぁっ!?」「きゃぁ!?」「くそっ!?」

 

襲いくるすべての隊員達は、覚悟の掌や指先を使った因果により、次々と吹き飛ばされていった。

 

「負けるかぁぁっっ!」

 

吹き飛ばされても、大したダメージはないゆえに、茜を筆頭に再び向かうヴァルキリーズの隊員達。

 

その凄まじい覚悟の動きを見たみちるは、覚悟を見くびっていたことに気付く。

 

(この前の戦いで見せた強さは、ゼロを纏っていたからではないのか。副指令に近接戦闘では、素手で戦車級を倒せる程鍛えてあると聞いていたが、冗談ではなく、まさかこれ程とは。)

 

 

十分後

 

「う、嘘」

 

遥は目の前の光景に青ざめる。ダメージがないとはいえ、度重なる因果にヴァルキリーズの隊員達は、一人残らず息も絶え絶えで空を仰いでいたからだ。

 

そんな死屍累累な彼女達の中で呼吸を乱さず、一人静かに立つ覚悟。その光景は、例えるなら可憐な戦乙女達を無情にも虐殺した死神の如く。

 

「伊隅教官、近接格闘訓練は終了ですか?」

 

「いや、まだだ。」

 

「しかし…」

 

覚悟は、やや困った顔で地に伏せている隊員達を見る。

 

だが、そんな覚悟の前にみちるがずいと一歩前に出て口を開いた。

 

「今度は私が一人で相手になる。」

 

「……了解」

 

覚悟は、一瞬だけ沈黙したが無表情のまま了解した。

 

(私も隊長の矜持があり、逃げるわけには行かない。お前の言動を矯正するためにも。そして、あの因果という技には攻略法がある。)

 

覚悟とみちるの意を汲み、疲労困憊の体にむち打ち、ヴァルキリーズは、二人の邪魔にならないように移動する。 

 

そして、みちるはゆっくりと覚悟の五m先に立った。

 

……………………みちるは動かない。

 

「貴様の因果という技は、相手の力を利用して打つ。だから、それを封じさせてもらうぞ。葉隠、貴様からかかってこい!」

 

「了解、積極っ!」

 

ドンっ!

 

覚悟は、五m離れたみちるに対して文字通りひとっ飛びで間合いを詰め空中から零式の技を放つ。

 

(こいつ、なんという跳躍力だ!)

 

「零式千手撹乱撃!!」

 

(((((腕が、無数に別れた!!!)))))

 

『零式防衛術・千手撹乱撃』

 

千手撹乱撃とは、目で追いきれないほどのフェイントの拳で相手を翻弄し、真の一撃を見舞う零式の戦技。螺旋など他の技と複合しやすい攻めの技であり、カウンターを得意とする覚悟と違い、先制攻撃を得意とした散がよく使用した技でもある。

 

「くそっ、てゃぁぁっ!!」

 

みちるはそんな覚悟の無数の腕に目もくれず、覚悟の胸目掛けてゴムナイフを逆手に持つ拳を突き出す。

 

(傷つけてはいけない。守らねば、この人達は牙なきもの達なのだ。)

 

覚悟は、みちるの体を傷つけずゴムナイフだけを破壊し、『棺』で怪我なく制圧するつもりであった。

 

しかし、今まで因果を撃つためヴァルキリーズの体裁きしか見ていなかった覚悟は、攻めに転じて初めて相手の眼、つまりみちるの瞳を見た。

 

(な、なにっ?!)

 

その瞬間、覚悟に電撃が走る。

 

(この瞳の輝き、どこかで見たことがある、そうだ父上の瞳だ。)

 

覚悟は死んでなお、敬愛して止まない父である葉隠朧を思い出す。

 

『覚悟……』

 

そんな父と同じ瞳をしたみちるに射竦められたように覚悟の体は、硬直した。硬直した時間は、対戦相手のみちるやヴァルキリーズ隊員達にもわからない程のわずかな時間であった。しかし、その刹那の瞬間、つまり因果のタイミングで偶然にもみちるの拳が覚悟の拳より先に覚悟の胸骨に炸裂した。

 

「ぐぁぁっ!!」

 

因果が決まり、覚悟の力がそのまま覚悟自身に跳ね返り、その体は8m程後方に吹き飛んだ。

 

それは最後の戦乙女が持つ聖なる剣によって、残酷の限りを尽くした死神が討たれた瞬間であった。

 

「え?」

 

それに一番驚いたのが、拳を打った本人のみちるである。みちるは、覚悟が八m先に倒れると同時に急いで覚悟に駆け寄る。

 

「葉隠ぇぇぇっ!」

 

予想外に吹き飛んだ覚悟に驚いたヴァルキリーズの隊員達も、急いで駆け寄る。

 

「どこも怪我をしてないか?」

 

「あんた、一番吹き飛んだわよ。頭打ってない。」

 

ヴァルキリーズ全員が取り囲み、覚悟を心配そうに見下ろしている。

 

その複数の瞳は、すべてみちると同じ輝きを放っていた。

 

(そうか、『俺』の眼は節穴だった。俺は心の底で彼女達を勝手に牙なき者と扱い、庇護対象として見ていたのか。この人達も俺と同じく命を掛けて牙なきものを守るために戦っている戦士なのに。)

 

覚悟は、青空を仰ぎながらこの世界に召喚されて初めて笑みを浮かべた。

 

「ふふ、初めて因果を受けた胸と心が妙に熱いぜ!」

 

それは、自分の考えを改めるのと同時に自分と同じ志を持つ多くの先輩、師を得て久しぶりに興奮した覚悟の本来の熱血な性格が表に出た瞬間であった。

 

((((((!!!!!!!!))))))

 

しかし、その覚悟の年相応の少年のような笑顔、言動で逆にヴァルキリーズに動揺が走った。

 

「やっぱりあんた頭打ったのね。動いちゃダメよ!」

 

「は、早く医療室に!」

 

「馬鹿者!だから、頭を動かすな!」

 

そんなあわてふためく彼女達を見た覚悟は、深呼吸をして元の無表情に戻り、上体を起こし落ち着かせるため何事もないように告げる。

 

「御安心してください。受け身をとりましたゆえ、頭も体も安泰です。」

 

「本当か、ならばこの指は何本だ。」

 

「三本です。教官殿。」

 

「よし、だったら立てるか、葉隠?」

 

みちるの手を借りて立つ覚悟は、再度みちるの瞳を見た。

 

やはり、伊隅教官は、俺以上に辛い経験を何度も繰り返している瞳をしている。ゆえに預けよう、この人に私の運命を。

 

「伊隅教官の拳、私の体のみならず心にまで響きました。どうも有り難うございます!」

 

覚悟は、自分の間違いに気付かせてくれたみちるに全力の敬礼を返す。

 

「そうか、これで貴様も身に染みただろう。実力があるのは解ったが、これからは尊大な言動は慎むことだ。」

 

「了解!」

 

そして、頭のどこにも出血がないことを確認したみちるは、覚悟と隊員達に向けて叫ぶ。

 

「よし、訓練兵に負けて貴様らは、悔しいだろう。ゆえにリベンジマッチを組んでやる。次はどちらが早く、10km走れるか勝負だ。ただし、葉隠は完全装備で走れ。葉隠に負けた奴はさらに5km走ってもらう。だが、途中でどこか痛み出したら遠慮せずに申し出て、すぐに医療室に向かえ!」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

覚悟は、今まで軍の上下関係ゆえに尊敬心なく従っていたが、この瞬間から、彼女達を心から尊敬するがゆえに従うようになる。

 

だが、ヴァルキリーズの全隊員は、皮肉にも覚悟に同じ戦士と認められたゆえに本気を出され、20kgの完全装備のハンデがありながらも敗北してしまう。彼女達は、10kmを走ったのにも関わらず息も乱れない覚悟に見守られながら追加の5kmを走らされた。

 

その中で一番後ろに走っていたのは以外にも涼宮茜であった。茜は覚悟に一番多く飛びかかり、体力を限界まで消費していたからだ。

 

「涼宮っ!貴様が一番ドベだぞっ!」

 

そんな茜にみちるの撃が飛ぶ。

 

「はぁはぁ…あいつが、衛士になってヴァルキリーズに入隊したら、先任少尉として、はぁはぁ……戦術機の訓練でしごきまくってやる……」

 

 

そして近接格闘訓練の授業が終わり昼休憩の時間になり、素早く着替えた覚悟は、PXで一人で食事を取っていた。そこにヴァルキリーズの面々が現れる。

 

「お~す。葉隠訓練兵~そこら辺、座っていい?ああ、敬礼はしないで、しないで。」

 

水月が明るい口調で声をかける。

 

敬礼を止められた覚悟は、無表情で答える。

 

「構いません。中尉殿。どうぞ、お好きなところに。」

 

そして、葉隠を取り囲むようにヴァルキリーズ全員が座った。

 

それに気にせず、覚悟は相変わらず旨し旨しと食事を頬張る。

 

そんな覚悟の隣に座った水月は、一時間前の訓練のことが気にならないかのように楽しそうに覚悟に絡む。

 

「さっきはやられたよ~葉隠~。私もあの因果って覚えたら、戦術機が撃墜されても生き残れるかも。いつから、あんた訓練してたの」

 

「解りませぬ。物心ついた時から訓練をしていましたゆえ。」

 

「生まれた時からなんてすごいわね。けれど私も水泳なら、負けないよ。授業ではすごかったんだから。」

 

「そうですか……」

 

会話が一瞬で途切れた。

 

そんな覚悟の言動に我慢できず、向かいに座る茜が叫ぶ。

 

「葉隠、君、総戦技演習落ちても受かっても、軍を辞めない限りどっかの隊に配属されるんだから。そんな態度続けてたら、上の方から目をつけられるよ。遠回しで全員かかってこいとか一日の長ありとか言わないで、少しは隊の先輩を立てる言動や行動をした方が身のためだよ。」

 

そんな涼宮の言動に覚悟は、少し食事を止め、何か考えているように答える。

 

「涼宮少尉の仰る通りですね。常識知らずの田舎育ち故、今までお気を悪くしたのでしたら申し訳ありません。」

 

(本当にその通りだ。私も衛士になるために成長しなくてはいけない。)

 

「ふんっ……。」

 

「ちょっと、涼宮~。」

 

怒る茜を嗜める晴子。

 

いつもの覚悟であれば、謝罪した後で、何事もなかったかのように再度、黙々と食事を続けていただろう。しかし、そんなプリプリ怒る茜に対して、先刻、尊敬心の上に協調心も生まれた覚悟は先程の茜の言葉を真摯に受け止めて、精一杯考えた台詞を告げる。

 

「しかし、そんな無骨物の私故に気づけることもあります。今回行った格闘訓練では、伊隅大尉の次に涼宮少尉が一番太刀筋がお見事でした。一直線のあの刺突は、私の反応が百分の一秒遅れていたら伊隅大尉と対戦したように無様に私の方が空を仰いでいたでしょう。涼宮少尉は、格闘技の才能がおありです。」

 

初めて他人を誉める覚悟の言葉で、驚きと共に少しだけ気を良くする茜。

 

「え!そ、そうなの!」

 

そこに合いの手を入れる晴子。

 

「そうだよ、涼宮は訓練兵の時、成績も良かったし、207小隊A分隊の分隊長もしていたからね。」

 

同じく合いの手を入れる同期の築地多恵。

 

「そうそう、演習が受かったのも茜ちゃんのお陰なんだしね。」

 

「なるほど、道理で……。」

 

(ふふん、中々見る眼あるじゃない。やっぱり、ヴァルキリーズに入隊したら特別に目を掛けてやろうかな?)

 

ヴァルキリーズの隊員達の周りが、やっと本来の穏やかな雰囲気に包まれる。

 

しかし、次の瞬間、その雰囲気を一瞬で打ち砕く言葉が覚悟から発せられる。

 

「涼宮少尉、先程の私の一連の言葉はどうでしたか。私は、先程少尉の仰られた通りにできましたか?」

 

「「「「「「ぶっ!」」」」」

 

ヴァルキリーズのほとんどの隊員が口に含んでいたものを吹き出した。

 

(((((え!!!さっきの一連の台詞、本心じゃなくて涼宮をわざとヨイショするために言ったの?!!!)))))

 

案の定……

 

ピキッ!

 

「零点だよ……。バ覚悟訓練兵……。」

 

「零点、辛いですね……ならば、これからもご指導、御指摘よろしくお願いいたします。」

 

そんな覚悟に影のある笑顔で茜は、励ましのエールを送る。

 

「葉隠、君、絶対、総戦技演習受かって衛士になりなさいよ……ヴァルキリーズに配属されたら、誰よりも私が先任少尉として鍛えてあげる……。」

 

(こいつ、やっぱりいつか、戦術機でボコボコにしてやる。)

 

「涼宮少尉、励ましの言葉、誠に感謝致します。後四日間ですがその言葉を糧とし精進致します。」

 

覚悟は、少し頭を下げ無表情ながらも、弾んだ声でお礼を言った。

 

そんな一連の出来事を食堂の遠くで見つめるみちる。

 

(やっぱり、クソ真面目で実力もあるが、それを帳消しにするほど天然だ。それにしてもまずい。葉隠なら、既存の総戦技演習であれば力業で一人でも合格できるだろう。けれど、気まぐれな副指令ならどんな試験を出すのか、私には解りかねる。もし、総戦技演習が常識を問われる筆記試験なら、100%落ちる…………。)




今回の話を読んだヴァルキリーズのファンの方は、許して下さい。覚悟の言動が不快に感じないようにしていますが、そう感じた方も許して下さい。
後、参考文献の漫画を見ると茜達の初出撃は、12.5事件からでした。解っていてあえて、突っ込まないでいてくれた方は有り難うございます。


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第十話 総戦技演習開始

みちるは、あの食堂の一件から、覚悟に常識を身に付けさせるべく、授業で積極的にヴァルキリーズ達に関わらせた。

 

彼女達は、たまに出る覚悟の常識知らずな面に驚きはすれど、整備や射撃、救急演習など一通りのことを覚悟に分かりやすく教示した。意外にも覚悟は、武に及ばないまでも並の訓練兵より優秀であった。これは朧と零から訓練を受けていたためである。

 

覚悟も、彼女達を心の底から感謝、尊敬をしているため素直に命令に従い、たまに茜を怒らしはすれど、関係は良好であった。

 

しかし、束の間の穏やかな時を謳歌する覚悟に、自ら招いた危機が迫っていた。

 

それは、たまに夕呼が自分の知識欲を満たすべく、平行世界のことを覚悟に話させていた時だった。

 

「……ふぅん。その英吉っていう戦術鬼の攻撃方法ってすごく興味深いわね。一回見てみたいわ。ああ、そういえば、葉隠。零や月狼って、あんたが確実に死ぬのを確認したらどうなるの?自爆するんだったら、その機能停止しときなさいよね、大迷惑だから。」

 

「零は、何も変わりません。再び己が選ぶ着装者を待つのみです。月狼は、私の死亡を確認すれば、すべての機能が停止いたします。」

 

その覚悟の言葉を聞いたとき、夕呼の胸の内から暗い考えが湧き上がった。

 

「ねぇ、それって月狼が可哀想じゃない?前の世界では、闘える人はあんた以外いなかったけど、今は仲間がいるんだし、あんたの道連れにしちゃ駄目よ。」

 

普段の夕呼からは、考えられない優しい言葉が飛び出した。その不自然さに気付かない覚悟は、少し考えるように沈黙した後、夕呼の問いに答えた。

 

「なるほど、確かに。では私が死んだ後は、操縦権を香月副指令と霞さんに移るように致します。」

 

「そうして頂戴。」

 

その後、夕呼との平行世界の話は終わり、覚悟は自分の部屋に戻った。

 

 

夕呼は、覚悟が部屋から出たのを確認すると感情を殺した顔になり、コンピューター画面を開いた。

 

(あいつは、こういった軍事関係のことは、隠しはするけど嘘はつかないはずだわ。ということは、あいつが死ねば、月狼の操縦権と未知の技術が記されたデータが、すぐに私のものになる。環境浄化の技術や、未だに机上の空論である核融合エンジンは米国垂涎の技術……。正直言って46文書だけなら、嫌がらせなく『XG-70』を全機取り寄せるのが限界だわ。 そのデータが手に入れば、12月後半になってもオルタネイティブⅣが完成しない場合、オルタネイティブV発動を先伸ばす取引材料となる。)

 

夕呼は、覚悟の為に考案した少し厳しいが安全な総戦技演習のぺージをすべて削除し、新しい総戦技演習を作成し始める。

 

(葉隠、あんたが本当に正義を行う者ならこれを乗り越えて、白銀と同じく使える駒であることを私に証明しなさい。そうでなければ、この世界のために死んで頂戴。)

 

そして、時は過ぎていった。

 

 

2001年11月18日

12時35分

夕呼の執務室につながる廊下

 

みちるは、覚悟が総戦技演習を受けるに値する兵士か否かの報告をするために、夕呼がいる執務室に向かっていた。

 

(初めて教官の役割を与えられ、もう六日か……。)

 

歩きながら、みちるは覚悟に指導した一週間を振り返る。

 

______________

 

「葉隠、副指令が至急来るようにと仰せだ。できるだけ急いで執務室に向かえ。」

 

「了解!」

 

覚悟はいつものように敬礼して答えるが、

 

(至急という命令ならば、急がねば。)

 

執務室に向かう最短ルートのはずである階段には向かわずに、ゆっくりと換気の為に空いてある窓へと近づいた。

 

「葉隠?まだ、施設の中が解らないのか?」

 

不思議そうに目を向けるみちるを背に、覚悟は空いている窓から顔を出し、下に人がいないのを確認すると、いきなり三階から飛び降りた。

 

「え……」

 

一連の覚悟の行為を見送ったみちるは、一秒程フリーズした後、

 

「葉隠ぇぇぇぇぇっっっ!!!!!」

 

と悲痛な声を挙げながら急いで窓に近づく。窓から顔を出しながら、最悪の事態を想像するも、覚悟の怪我が骨折程度で済んでいることを願い落下地点を確認する。

しかし、落下地点には、覚悟の姿自体見当たらない。みちるは急いで周囲を探すと10m先に、怪我など微塵も考えられない速歩きで急ぐ覚悟の姿を見つけた。みちるは、安心すると共に覚悟に対して初日と同じく人目を憚らず、大音量で怒鳴る。

 

「葉隠ぇぇぇっっ!!!後で私の元に来いぃぃぃっっ!!!」

 

覚悟は振り返り、何事もなかったようにみちるに敬礼する。

 

「了解!!」

 

_______________

 

(ふふ、あの時は急いでいても三階から飛び降りるな、階段を使えと、30分は指導したな。そういえば他にもこういったこともあったな……)

_______________

 

射撃演習が終了し、少しだけ授業の時間が余ったみちるは、ヴァルキリーズに片付けを、覚悟にはグラウンドを走るように命令した。その時、覚悟はある提案をした。

 

「伊隅教官、グラウンドを周回している時、歌を歌ってもよろしいでしょうか?」

 

「……………………理由を述べろ、葉隠。ふざけて言っているのであれば、許さんぞ。」

 

「私の零式防衛術には、声で相手を制す技があります。故に普段から、声帯も鍛練せねばなりません。そして、零式防衛術ではなくとも丹田からの正しい気合いを発すれば、相手が人間ならそれだけで相手を倒すことが可能になります。」

 

軍や警察の学校なら、集団で走る訓練であれば掛け声を挙げながら走るのが普通である。しかし、覚悟はヴァルキリーズと走ることはあったが、みちるの指示で競争するのみで、その機会がなかったのだ。

 

「いわゆる、ミリタリーケイデンスというわけか。わかった。では、出来るだけ大声で我が訓練校の校歌を歌え、完全装備でスピードと音声を苦しくても落とすな。わかったな。」

 

「了解!」

 

みちるから了承を得た覚悟は、素早く完全装備の姿になり、開始地点に急ぐ。

 

ジーーーーー!

 

ヴァルキリーズは、覚悟がどんな風に歌を歌うのか興味があり、自分達の銃を片付けながらも開始位置に急ぐ覚悟に注目した。

 

やがて覚悟は開始位置に着く。そして……大きく息を吸い込んだ。

 

((((あ……なんか嫌な予感……))))

 

次の瞬間……

 

「♪♪♪♪♪♪♪♪♪ッッッ!!!!!!!!!」

 

横浜基地にズドンと腹にくる大音量が響き渡った。

 

思わず、耳をふさぐみちるとヴァルキリーズ。

 

零から月面まで届くとお墨付きをもらい、武鬼の白田玄兵衛を呼び寄せるほどの覚悟の声は、手加減をしているものの、横浜基地中のガラスを震わすのに十分であった。そして、次々と基地の窓から軍人達が、何事かとグラウンドに注目する。

 

その様子を見たみちるは、このままでは、横浜基地の業務に支障をきたすと感じ、急いで覚悟にトーンダウンを指示する。

 

「葉隠ぇ!もっと声量を落とせぇ!」

 

しかし、大音量を発している大元の覚悟には、生半可な声は聞こえない。次は、ヴァルキリーズ全員で声をかける。

 

「「「「声量を落とせぇぇぇ!」」」」

 

聞こえない。

 

この時覚悟は、歌いながら中学生の時に通った有機学園を思い出していた。

 

(確か、あの時もこうやって剣道部の先輩方と発生練習をしたな。む?)

 

今度は、ヴァルキリー全員、両手を思い切り振りながら、覚悟の元に走る。

 

その様子にやっと気付いた覚悟。

 

「♪♪……どうしました?皆……」

 

「「「「「声をっっ落とせぇぇぇぇぇっっっっ!!!!!」」」」」

 

今度は、横浜基地中にヴァルキリーズの怒声が響いた。

______________________________________

 

(あの時は、副指令に大笑いされ、各部署に謝罪するのが大変だった。それにあいつの厄介なところは、罰でどれだけ腕立てやランニングさせても嫌な顔せず簡単にこなすところだな。今考えれば、最初から何かミスをしたら連帯責任で……涼宮の妹あたりに同じペナルティを課していたら、責任を感じて、少しは殊勝になっていたかもしれないな。)

 

 

--同時刻

 

ゾクリ!

 

茜は、背中に何か違和感を感じ、周囲を見渡した。

 

その様子を見た同期の多恵が、不思議そうに問う。

 

「茜ちゃん、どうしたの?早くPX行こ!」

 

「あ、うん!」

 

(今のゾクリとした感覚は、何だろ?また葉隠がなんかして、私に実害が起こりかけたような。)

 

 

頭の中で大変だったと思いながらも、みちるは、優しい笑みを浮かべていた。しかし、その表情が段々と曇っていく。

 

(しかし、先程の授業で言っていたことは、本当なのか?)

_________________________________

 

「覚悟、これで私の教官としての授業は終了だ。昼休憩の時間になれば、副指令に貴様の総戦技演習の報告をしてくる。合格か否かは、昼休憩後、ここで心して待っていろ。終了の挨拶はその時聴いてやる。」

 

「了解!」

 

「まだ、時間があるな……。少し話そうか、葉隠。今日までの演習、まぁほとんどが及第点以上だったが、その中でも特に近接格闘訓練の零式防衛術というやつは、目を見張るものがあったな。私の部隊の精鋭達が、手も足も出なかったとは。」

 

「有り難うございます。幼き頃より訓練して参りましたので。」

 

「前にもその台詞は聞いたが、一体いつから訓練していたのだ?」

 

「自意識というものが形成される頃には、もう訓練していたと思います。」

 

「成る程、しかし幼年部や初等部に通いながらの訓練とは、同級生は驚いたんじゃないか?」

 

「お恥ずかしい話ですが、私が学校に通い始めたのは、中等部の三年生からなのです。それまで兄と父の三人で山中で暮らし、毎日訓練の日々でした。私は、その間、家族以外の人物と出会ったこともありません。」

 

「え…………」

 

「ですが、父上はその自意識が生まれた幼き時から、私によく葉隠一族の心条を言い聞かせてくれました。『覚悟よ!人の世に安らぎもたらさんと思わば、おまへは進んで弾丸雨飛の真っ只中に身を置くべし。善い事とは苦痛を堪えることである。腕一本目一つとなろうと問題なし!我ら葉隠一族は七度生まれ変わるなり!』と。」

 

ゾクッ……

 

みちるは、その言葉で覚悟の人格形成の一端を見た気がした。

 

兵士達のほとんどは恋人、家族、国、仲間を守るため、己を捨てる覚悟で戦っている。けれど、その精神はある程度人生を経験し、他人と関わり、心と体が成長をしてから培われるものだ。覚悟のように自意識を持ったときから、その境地に至っているのは、はっきり言って異常である。

 

(こんなに純粋な捨身成仁の心を持ったやつは初めてだと思ったが、それは人格形成の大事な時期に家族以外の他人と一切関わらず、戦闘の訓練だけをしていたからだったのか……。)

 

「ちなみに……どんな訓練をしていたんだ。」

 

みちるは、心の中と裏腹に何気なくといった様子で、覚悟に問う。

 

「心身を鍛えるため、雪が降り積もるなか、周りの積雪が肩に達するまで、格闘訓練をしたり、熊を相手に戦闘をしたりといったところです。」

 

(一週間程過ごしているから解る。こいつは、こんな時に嘘をつかない。だったら……)

 

平静を装い、みちるはさらに覚悟に問う。

 

「その訓練の中……嬉しかった思い出はあったか?」

 

「十三才のころ、零式防衛術のすべてを納め、初めて父上の笑顔を見て、愛の言葉を聞いたときです。その後、父上と兄上はすぐにいなくなりましたが、あれが訓練の中で一番最良の日でした。」

 

覚悟は、相変わらず無表情であったが声の調子でみちるに、本当に嬉しかったという感情が、ありありと伝わってきた。

 

その嬉しい声に反して、みちるはまた背筋がゾクリとした。

 

(やはり異常だ。十三年間も家族以外誰にも会わずに父親の愛の言葉、ましてや笑顔を見たことがない父子関係など聞いたこともない。)

 

みちるは、最後に覚悟に問う。

 

「葉隠、貴様が戦う理由はなんだ?」

 

覚悟は、みちるの目をじっと見据えて

 

「我が葉隠一族が戦う理由はただ一つ、『牙なきものを守ること』です。」

 

と答えた。

 

(昔の私のような、建前で言っている綺麗事ではない。こいつは、間違いなく心の底から言っている……。)

_________________________________

 

(葉隠は、なんであんな生い立ちなんだ?それにあの時、度々出た単語『葉隠一族』とは一体?)

 

そんな疑問を抱きながら、みちるは夕呼の執務室の扉を叩いた。

 

 

--数分後

 

「…………………………故に私は、葉隠訓練兵は衛士に相応しいと考え、総戦技演習を受けるに値すると判断致します。」

 

「わかったわ。貴方がそう言うなら、明日、葉隠訓練兵の為の総戦技演習を実施する。そして、これがあいつが受ける総戦技演習の内容よ。明日、A-01の皆にも手伝ってもらうから、今軽く目を通して。」

 

みちるは、夕呼から演習の内容が記載してある紙を少し訝しげな顔で受け取り、パラパラと読んでいく。

 

(A-01部隊が必要な総戦技演習の内容とは一体?機関銃の設置か?)

 

あれこれと予想するみちるだが、読み進めていくうちに表情が段々と青ざめていく。そして、すべてに目を通したあとに我慢しきれず夕呼に対して叫んだ。

 

「こ、これは正気ですか?副指令!この演習の内容では、葉隠が100%死んでしまいます!」

 

「本気よ。あいつが背負うエクゾスカル計画はね。強化外骨格だけではない、戦術機にも転用できる技術もある大切なものなの。だから、生半可な試験では合格にできない。それに伊隅も一週間過ごしてわかったでしょ。あんな常識がないくせに妙な方向に優秀な奴は、戦場で場を乱しかねない、それは敵よりも危険で厄介な存在になってしまうわ。」

 

言葉を一旦区切り、コーヒーをすすった後、夕呼はさらに続ける。

 

「そんな奴をエクゾスカル計画に選んだのは、葉隠は戦術機が撃墜されて、どんなBETAに囲まれても生き残り、また無限に戦場に復帰できるような衛士になると見込んだからよ。この演習はあいつのデメリットを帳消しにするくらいの力があるかを見極めるための最終テストでもあるわ。それに安心して、あたしも落第イコール死亡とかそんな極端な結果にならないように安全策を何重にする。」

 

副指令である夕呼の言葉でも素直に納得できないみちるは、覚悟の衛士の資質を心の中で再確認する。

 

(あいつは、突拍子もない行動で私達を何度も混乱させたことがある。確かにそれは戦場であれば、味方を巻き込み死亡させかねない。けれど、性格の天然さは一週間も過ごせば慣れるくらいのものだ。現にA-01の隊員達も覚悟の扱いに慣れ始めている。それに、あいつにはあの比類なき戦闘力と無表情の裏にだれよりも熱い感情がある。 けれど……)

 

「副指令、葉隠に関してお聞きしたいことが……」

 

 

--同時刻

 

覚悟が、PXで食事を取ろうとしたとき、聞きなれた声が聞こえた。

 

「葉隠訓練兵~!こっち来て一緒に食べよう~。」

 

ヴァルキリーズの水月が覚悟を呼ぶ。彼女達はこの頃、覚悟と偶然的にも食事の時間が合い、よく食事を共にしていた。

 

「今日の昼でしょ?隊長が葉隠の総戦技演習、受けられるか否かの報告をするのは?隊長も焦らせるわねぇ。その結果を本人より先に副指令に報告するのが先だって言うんだから。」

 

「構いません。ハムッ…重要な事項は、まず下の者より上に報告をしなければいけないのは承知のうえです。私もこの一週間、全力を尽くしたのみであり、どのような結果であろうと潔く受け止めます。ハムッ…」

 

緊張と無縁そうな食欲を見せつけながら、覚悟は水月の問いに答えた。

 

茜は、その覚悟のマイペースぶりにあきれた様子で、いつものように毒づく。

 

「君、少しは緊張しなさいよ……本当に淡々として、いつも通りだね……」

 

晴子も茜に同調する。

 

「確かに、葉隠は緊張とか無縁そうな感じだよね。」

そんな隊員達の言葉を、遥が優しくなだめる。

 

「まぁまぁ、緊張してご飯が喉を通らないよりかましよ。」

 

「ふん。君、いつもマイペース過ぎるから、恋とかしてドキドキしたことないんじゃない。」

 

「恋ですか……ハムッ、深いところまで付き合い、今だ想い続けている女性はいますが。」

 

((((え!!!!!!!!))))

 

覚悟の何気なく言った言葉でヴァルキリーズに衝撃が走り、数秒間、その場は覚悟のカチャカチャとしたスプーンの音だけが支配する。

 

だがすぐに、嵐のようなヴァルキリーズからの質問が覚悟を襲った。その内容は『どこで会った?』『告白の台詞は?』『関係はどこまでいってるの?』等である。

 

彼女達は興奮していた。男子の兵士が貴重な日本帝国では、色恋沙汰の話は少ない。ましてや彼女達は、誰かが死んだ話より、誰かが恋してるといった話が好きな年齢であり、さらにそれが恋とは程遠いイメージな覚悟の口から出たからだ。

 

ヴァルキリーズの意外な反応に覚悟は、心の中で後悔する。

 

(父上が昔、仰っていたのは、こういうことでもあったのか。)

 

「皆さま方、申し訳ありません。暴力はなるべく避けるもの、恋は極力秘めるものと亡き父上からの教えゆえ、ご容赦を。」

 

覚悟の言葉でも彼女達は、食い下がらない。

 

そのなかで水月が、覚悟に率先して質問した。

 

「もう固いわね!じゃあ、質問を三つだけにしとくから!答えて、これは上官命令よ!」

 

「了解……。三つだけならば、お答え致します。」

 

「じゃあ、まず一つ目!告白したのはどっち?葉隠からなら、どんな台詞?」

 

「私からです。もしも願いがかなうなら、俺は君の歌になりたいと告白しました。歌うのが上手く大好きな人だったので。」

 

覚悟は、いつもの真面目な目付きではなく、どこか懐かしむ寂しいような目付きでそう言った。

 

浮かれているヴァルキリーズの中で、茜だけがその目に違和感を覚える。

 

(あれ、あの瞳、昔どこかで見たような?それに片想いならともかく、もう付き合っているのに想い続けているって少しおかしい表現だよね。まさか……。)

 

「葉隠って見た目?と違って以外と詩的で情熱的ね。」

 

「じゃあ次、私ね、彼女とキスしたことある?あったら最初にキスした場所は?」

 

「廃墟になった遊園地です。」

 

(なんか、寂しいところでしたのね。けど、なまじ人がいるロマンチックなとこより、情緒とか雰囲気あるし、何より葉隠らしいわね。それに二人だけの空間でイチャイチャしてゆっくりできそう。)

 

「じゃあ、最後の質問。彼女からプレゼントもらったことある。」

 

「それでしたら、誕生日にもらったこれが。」

 

覚悟は、制服の胸のポケットの裏に縫い付けてある誕生日にもらったお守り『雫』を取り出した。

 

「キャーー!手作りじゃない!スキって書いてある。しかも、肌身離さず持ってるし。」

 

喧騒が頂点に達したとき、茜が冷静に四つ目の質問を覚悟に問いかけた。

 

「ねぇ、葉隠。深く付き合っていたのは、わかるけど、今だ想い続けているってどういう意味?」

 

「彼女はもうこの世界にはいませんゆえ。」

 

「え……それって軍を除隊したってこと?」

 

「いえ、軍事機密故に詳しくは言えないのですが、生きている限りはもう二度と会えないところにいます。」

 

ヴァルキリーズに数分前と違った重苦しい沈黙が走る。

 

先程、見せた縫いぐるみは、間違いなく、一週間前に見たエクゾスカル零を模した物だ。だとすると、死の原因を軍事機密で隠さなければいけない葉隠の彼女は、エクゾスカル計画の一員だったが、何かの事故で死んでしまったと考えるのが妥当である。

 

優秀なヴァルキリーズの面々は、一瞬でそう悟った。

 

その沈黙の中、最初に浮かれて質問をした水月が、申し訳なさそうに覚悟に謝罪する。

 

「葉隠、浮かれて辛いことを何度も聞いてしまった。本当にすまない。許してくれ。」

 

しかし、真摯に謝罪する水月に対して覚悟は、不思議そうに答える。

 

「速瀬中尉、何を謝ることがあるのです?彼女との思い出は、辛い過去ではありません。今だ私の胸の中で宝石の如く輝いております。それに私もいつか命果つる時、必ずまた会えると信じております故。どうぞ、お気になさらず。」

 

その言葉を聞き、遥は覚悟を優しそうな目で見ながら言う。

 

「そうよね。好きな人との思い出は少しも辛い思い出なんかじゃない。この世からいなくなったとしても、永遠に会えなくなったわけじゃないよね。」

 

数分後、覚悟は食事を終え、彼女達に一礼するとPXから立ち去った。

 

覚悟の後ろ姿を見つめながら、水月は、遥に喋りかける。

 

「私、なんか葉隠のこと今まで大分勘違いしてたかも。心の底では実力はあるけどただの無愛想な天然で常識知らずって思ってた。実際そんな面もあるけど、本当は私達と同じような感情もあって、普段はそれをわざと殺して過ごしてるような気がするわ。」

 

水月の言葉に遥も、懐かしそうに答える。

 

「水月。今日、訓練が終わったら私の部屋に来て少し昔のこと話さない。なんか、葉隠訓練兵の話を聞いてたらそういう気分になってきちゃった。」

 

昔を懐かしむように話す二人を複雑そうに見ていた茜は、あることに気がついた。

 

(ああ、そうか……。さっきのあいつの彼女を語る時の目って、どこかでよく見たと思ったら、お姉ちゃんと水月先輩が、死んだあの人をまだ想っている時の目とそっくりなんだ……。)

 

 

覚悟は、食堂を後にして、廊下を歩いていた。

 

茜達が察したことは、おおむね間違ってはいない。しかし、決定的に違うところがあった。それは、平行世界ゆえに死んだとしても、堀江罪子に会えるかわからないこと。そして、死亡すれば零に取り込まれる覚悟は、成仏を否定した英霊達と共にこの世を永遠にさ迷わなければいけないことである。

 

(俺は軍人だ。例え、死んで会えないとしても、逆十字学園の皆は、俺の胸の内で燃え続ける。この世に安らぎをもたらすまで……)

 

 

 

「悪鬼の一族、その末裔ですか?」

 

「そうよ。訓練兵を教えるにあたって、変な先入観を持って欲しくなかったから、貴方には、あえて最初に話さなかったの。けれど、葉隠には自分の判断で話していい許可を出してたわ。まぁ、あいつの性格上、ペラペラと自分の生い立ちを聞かれてもいないのに全部話すわけないからね。大方、貴方が子供のころどんな生活をしていたっていう感じの、何気ない質問を端的に答えて、疑問を持ったっていうところかしら?」

 

夕呼は、みちるに平行世界関係以外の覚悟のことを話した。それは、葉隠家は元譜代武家だったこと。曾祖父である葉隠四郎と、彼が率いていた瞬殺無音部隊のこと。その件で一族のほとんどが自殺し、生き残った祖父が、日本国民から差別されて逐電したこと。覚悟は十三年以上、家族以外の人と関わらず、零式防衛術と人を救う教えを受けていたこと。父と兄が病で死に、山を降りたところで保護され、夕呼に偶然拾われたこと。人が少ない中等部に半年だけ通い、その後、葉隠家の汚名を灌ぐため、エクゾスカル計画に二年以上、孤独に協力していたことである。

 

(まさか、葉隠が御家解体された武家で、人目を避け山中に隠れ住んでいたとは…あいつがあんなに純粋で常識知らずなのはそういった理由があったのか…)

 

「どうする……これを聞いても総戦技演習受けさせる?判断するのは貴方だし、私はそれに従うわ。けれど、忘れないでね。教官は、軍に必要じゃないやつや不利益をもたらすやつ、戦場に出しても死ぬだけのやつを排除する役目も持っていることを。」

 

夕呼の言葉を聞き、目を閉じたみちるは、かつて訓練兵時代のことに思い出す。そして数秒後、開眼して夕呼の目を真っ直ぐ見つめ告げる。

 

「あいつの過去は、関係ありません。葉隠は、衛士の資質があります。明日の総戦技演習よろしくお願いいたします。葉隠が安全に演習が受けられるようA-01の私達もお手伝い致します。」

 

 

そして、覚悟はその日の午後、みちるから明日の総戦技演習実施を告げられたのだった。

 

 

2001年11月19日

午前9時00分

演習場

 

「今回の総戦技演習は、時間もそうかからない単純なものゆえに、口頭で説明する。」

 

みちるから、説明された演習の内容はこうである。敵地のど真ん中で戦術機が撃墜され、エクゾスカルも使用できない。その状態で指定する道順を通り、味方陣営に無事に帰還すること。しかし、その通り道で三つの障害が順番にあり、それをすべて排除すること。そして、三つ目の障害以外は、機密情報である零式鉄球は絶対に使用してはいけないということである。

 

「了解。」

 

覚悟は、敬礼して命令を拝命した。

 

そして、演習の説明を終えたみちるは、厳しい命令口調を和らげ、若干心配するような口調に変わる。

 

「葉隠、今回の総戦技演習は、通常の訓練兵なら下手をすれば、命を落とすくらい過酷なものとなっている。故に危険を感じたら遠慮なく、通信機でギブアップを告げろ。副指令には内緒だが、もし落第しても、私が地面に頭を擦り付けて、強化兵部隊や一般兵部隊に入隊させてやる。だから、無駄死には絶対に許さない。これは教官ではなく上官としての命令だ。」

 

みちるの言葉にヴァルキリーズの隊員達は、少し驚いていた。これでは、遠回しにすぐ棄権しろと言っているようなものだからだ。彼女達は、かつて自分達が経験した総戦技演習なら、覚悟なら難なく受かると考えていた。その覚悟にギブアップを進める程の演習は、一体どれだけ危険なのか。

 

しかし、みちるの心配を余所に覚悟は、いつも通り無表情で答える。

 

「それでもA-01の皆様が経験したどんな戦場より安全です。問題ありません。」

 

覚悟のいつもと変わらないマイペースさにみちる以外の隊員達は、幾分安心した。そして、彼女達は『頑張れ』『お前ならいける』といった激励の言葉をかけ、茜も覚悟に声を掛ける。

 

「葉隠、この前はあたしに気を使って太鼓持ちみたいなこと言ってたけど、やっぱり君は嘘が下手くそだから、そのまんまの方がいいわよ。」

 

「嘘?いつの話ですか?」

 

「忘れたの?ほら、近接戦闘訓練の後のPXでみんなと食事したときだよ。」

 

「涼宮少尉をお褒めしたときですか?あれは、嘘ではなく真実でしたが?」

 

「え……?」

 

「零式防衛術には、虚偽を操る戦技はありません。私は、今まで戦闘に関しては、同じ仲間がいなかったゆえ、誉める機会はありませんでした。必死に褒め方を考えて言葉を述べたのですが、嘘の如く聞こえたのであれば、謝罪いたします。申し訳ありませんでした。」

 

(じゃあ、あの時私に言った言葉や態度も本当のことだったんだ。う……なんか今さら恥ずかしくなってきた。)

 

段々と顔が赤くなる茜。

 

「では、改めて言わせて頂きます。涼宮少尉は、格闘技の才能がおありです。あの時の刺突は、気迫、速さ共に目を見張るものであり……」

 

「も、もういい!わかったよ!」

 

嘘をつかないと宣言された相手から誉められ続けて、茜は顔が真っ赤になっていた。

 

そして、全員の激励の言葉が終わったの見計らい、みちるは覚悟に告げる。

 

「葉隠、まだ時間はあるが、余裕を持ってそろそろ開始地点へ行け。」

 

「了解!では、皆様行って参ります!」

 

覚悟は、ヴァルキリーズに笑顔で敬礼した。それは五日前の近接格闘訓練で見せた少年のような笑みではなく、人を安心させるような優しい笑顔。 だが、その笑顔は、かつてライと決闘に向かう前にクラスメイトに向けた笑顔そのものだった。

 

((((((!!!!!!!!!!!)))))

 

自分の笑顔に驚く彼女達を背にし、覚悟は開始地点に走って行く。

 

茜は、覚悟の背を見ながら、動揺する自分達の心の中を代弁するかのように声に出して毒づく。

 

「なんで今、あんな笑顔するんだよ……葉隠。きみはいつも通り、鈍感で…無表情で…淡々としなさいよ。私達を心配させないためって解るけど、あんなの見せられたら逆に……」

 

その茜の呟きを遮るが如く、急にみちるの声が響いた。

 

「集合しろっ、貴様らに説明することがある。」

 

いきなりのみちるの集合の声に、何事かと隊員達が集まる。

 

「副指令の命令で葉隠の総戦技演習を我々も手伝うことになった。これを直前に告げるのは、今まで類を見ない内容の演習ゆえに情報漏洩の可能性があったからだ。」

 

みちるは、覚悟の演習の内容を、素早く隊員達に話しはじめた。彼女達は一つ目と二つ目の演習の内容を静かに聞いていた。しかし、三つ目の障害でざわざわと騒ぎだす。

 

茜も信じられないことを聞き、目を大きく見開く。

 

(嘘…こんなの総戦技演習なんかじゃない!…葉隠っ!!!)

 

 

午前10時00分

一つ目の演習場

 

覚悟が通過しなければいけない道筋に五人の兵士がいた。彼らは、ここにくるはずの訓練兵を15分間、先に通さないようにと夕呼から命令されている横浜基地の兵士である。

 

「ちっ!面倒くせ~。なんで俺たちがこんなことを手伝わなけりゃいけね~んだ。」

 

お互いの通信機で喋り会う防爆服を着た五人。

 

「仕方ないですよ梟さん。副指令、直の命令ですからね。」

 

「せっかく、比較的安全な横浜基地に配属されたってのに、これを達成しなきゃ、他の地域に転属になるって話だからな~。」

 

彼ら五人は、BETAの襲撃が少ない横浜基地の安全さにあぐらをかき、人目なくば、サボりも日常茶飯事という不逞の輩である。夕呼は、そういう輩を炙り出し、条件を突き付け演習に駆り出したのだ。

 

「まぁしかし、闘士級の一撃も吸収するこの特注の防爆服さえあれば、楽勝よ。」

 

やがて、地平の向こうから土煙をあげながら覚悟が走ってやって来た。

 

「随分はぇーな。おい、君たち!目を狙いなさい!対人間様のゴム弾でも目を傷付けて失明しちまえば、こっちのもんよ。」

 

「「「「りょうかーい!」」」」

 

覚悟が射程距離内に入ると、五人はゴム弾のマシンガンを一斉射撃した。

 

ダダダダダダ……!

 

零式鉄球が使えない覚悟だが、持ち前の素早さで弾を避けながら、五人に迫り来る。

 

「あいつ、なんちゅうスピードよ。このままじゃあ、やべーぜ。」

 

しかし、五人にあと10mまで迫った覚悟は、急に近くの廃ビルに身を隠した。

 

覚悟を追って、すぐに廃ビルに入ろうとする兵士をリーダー格の梟という名の兵士が一喝する。

 

「追うんじゃねー!このまま時間切れを待ちぼっくり!」

 

「「「「りょーかい!」」」」

 

 

覚悟ならゴム弾を避けながら、防爆服を着込んでいようと、彼らを骨折や打撲させ、制圧することができた。しかし、同じ基地の同士であることが頭をよぎり、どうやって傷付けずに無力化するか考えるためにここへ逃げ込んだのだ。

 

(殺すは易し、無傷で無力化は難しか……ならばあの技を使用いたす他あるまい。)

 

覚悟は、所持している通信機に向かってしゃべる。

 

「副指令、聞こえていらっしゃいますか?聞こえていらっしゃるのであれば、これから音波攻撃を仕掛けるので、十秒程通信機をお切り下さい。」

 

電源が入ったままの通信機から、夕呼の声がした。

 

『わかったわ。』ブツッ!

 

電源が切られたのを確認した覚悟は、

 

「すぅ~~」

 

と思い切り息を吸いみ始めた。そして、数秒後、肺一杯に空気を溜め終わった覚悟は、三階の窓から五人の兵士の方向に飛び出す。

 

「あ、飛び出してきたぞ!!着地点を狙「♪♪♪♪♪♪♪ッッッ!!!!!!」

 

飛び出した覚悟は、空中で『零式防衛術・桜歌七生擊』 を五人の兵士に放った。

 

闘士級の一撃や至近距離のダイナマイトの爆発さえ耐える防爆服であるが、覚悟の衝撃波のような美声は遮断できずに、兵士達の鼓膜は破裂した。

 

「き、聞いてねーぜ……困難(こんなん)……」

 

梟は、そう呟きながら他の四人と気絶した。

 

 

覚悟の大音量の声は、通信車の夕呼とみちる、遥、そして零が入っている鋼鉄の鞄にも届いた。

 

その声を聞いた夕呼は、遥に気絶した兵士達のバイタルデータを調べさせ、 鼓膜破裂以外の外傷がないことを確認した。

 

(この横浜基地には、あんた達みたいな腑抜けた兵士はいらない。せっかく最後にチャンスをあげたのに、それを生かせないなんてね。あんた達は、大陸の最前線に送ってあげるわ。)

 

そして、夕呼は、通信機のスイッチを入れる。

 

「第一関門突破よ。葉隠訓練兵、次の演習場に向かいなさい。」

 

「了解!」

 

 

カタカタ……

 

『見るまでもない。あれくらいの敵なら、覚悟の圧勝なり。しかし、この胸騒ぎは何だ?油断するなよ!覚悟!』

 

 

--同時刻

三つ目の演習場

 

戦術機に乗り込んだA-01の隊員達は、静かに覚悟を待っていた。

 

その配置は、距離は離れているが、覚悟の為に設けられた障害を取り囲むようだった。まるで覚悟が、三つ目の障害を排除し損ねた時の保険のように。




『梟』
初出は、『悟空道』に出てくる妖魔の一人。基本敵だが、裏切りキャラなので味方になるときもある。「俺は多勢(せいぎ)の味方」という言葉が印象深い。『衛府の七人』にも同じ名前で登場している。
実は、『蛮勇引力』という作品にも名前は出ていないが似たキャラが登場している。

覚悟がちょっと天然すぎてアホの子になっていないか心配です。
そして、今は覚悟がどうしゃべるかより、茜がどう思い、しゃべるか考える時間の方が多いです。キャラクターの口調ってやっぱり難しいですね…


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第十一話 零式無双

覚悟が挑んでいる総戦技演習は、監視カメラが障害のある場の至る所に設置してあり、演習に望む覚悟の様子が通信車の画面で見られるようになっている。

 

覚悟には、音声とバイタルデータを送る機械を装着しており、常に夕呼とみちるに通話が可能だ。

 

故に覚悟は、常に動作と音声、そして感情をすべて監視されているに等しい。

 

2001年11月19日

午前10時10分

二つ目の演習場

 

武装した兵士をわずかな時間で制圧した覚悟は、みちるが提示した二つ目の障害の場所へと着いた。そこは、何の変哲もない一直線の道であり、一つ目の障害と違い、兵士の姿も気配もない。

 

その静けさに覚悟は、数日前に茜が話してくれた総戦技演習の内容の一部を思い出した。

 

(涼宮少尉の話では、かつて207小隊B分隊は、地雷源に入り全滅したという。ならば、この道は地雷が埋まっているやもしれぬ。しかし、地雷ならば、障害を排除せよという命令に矛盾が生じてしまう。)

 

覚悟は、走るのを止めて考えを廻らせるが数分後、意を決したように前を向いた。

 

(ここは、自らの体で試す他あるまい。障害というならば、必ず私の進行に害をなす物が出現するはずなり。)

 

覚悟は、そのまま一本道を全速力で走ることを選び、10m程走り始めたが、

 

キュィィィン……

 

機械音がしたと同時に

 

ダダダダダダタ……!

 

地面を撃ちながら、土煙を上げて弾丸が覚悟に迫ってきた。

 

「くっ……」

 

覚悟は、『零式鉄球・防御形態』をとろうとする。しかし、演習前のみちるの説明で、禁止されていることを思い出す。

覚悟は、身構えるのを即座に止め、代わりに弾丸を高速のバック転で避け、そのまま射程距離外のビルの壁に隠れた。

 

(砲台……動くものに反応する自動制御式か。)

 

覚悟は、ビルの壁から少し顔を出し、十秒ほど辺りを見渡すと50m先のビルの屋上に自分を撃った砲台を見つけた。

 

(あの位置ならば、回り道をすれば標的にならずに、楽に三つ目の演習場にたどり着ける。しかし、私の任務は指定された道順を通り、尚且つ障害の排除なり。ならば!)

 

覚悟は、壁に隠れたまま、道に落ちている石を選別し始めた。

 

夕呼は、それを見て少し不思議そうな顔をする。

 

「あいつ、何やってるのかしら?レドームはそんなところにないわよ?」

 

やがて、覚悟は拳台の砲丸並みに重い石を選ぶ。そして、ビルの壁から全身を姿を現した。

 

キュィィィン……

 

再び、砲身が覚悟を狙う。

 

しかし、覚悟は、慌てずに石を持ちながら、上半身を思い切り捻った。そして、

 

「でゃぁぁ!!!」

 

野球のピッチャーの如く石を砲台に投げた。かつて、我理冷夫(ガリレオ)から、90m戦車包並みと、評された投球力で投げた石は、放物線を描くのではなく、直線上に砲台に向かっていき、

 

グジャ!!

 

と見事に直撃し、二つの砲身をグニャリとへし曲げた。

 

「兄上直伝トルネード螺旋投法……」

 

夕呼は、それを見て感心する。

 

「苦労して特別に設置した砲台がへし曲がったわ。てっきり、コンクリートの壁を切り出して、盾のように進むかと思ったけど、ストレートに攻略してきたわね。まぁいいわ、ここまでは予想通りかしら……」

 

夕呼と対称的にみちるの表情はまだ浮かないままであった。

 

(普通の総戦技演習なら、あの砲台を攻略すれば受かったに等しい。しかし……)

 

覚悟はその後、他の障害を探りながら通るが、砲台以外の障害はどうやらないことに気付く。そして、最後の演習場に向けて走り出した。

 

 

午前10時30分

最後の演習場

 

覚悟は、最後の演習場である二つ目の演習場より広い真っ直ぐな通りに着いた。

 

(ここも二つ目の演習場と同じく何も気配を感じぬ。しかし、砲台も見当たらぬ。やはり、今度こそ地雷源か?)

 

覚悟が、最後の演習場を注意して通り抜けようとした瞬間、

 

ガバッ!

 

足元の地面から、白い人間のような手が表れ、覚悟を掴もうとする。

 

「?!」

 

それにいち早く気づいた覚悟は、手の主に注目しながら、思い切り真後ろに飛び上がった。数瞬後、手の主が地面から全身を現す。

 

(この者、人間でも戦術鬼にもあらず!!)

 

地面から出てきたのは白い人間のような手、人間より二廻りほど大きい頭、黒い目、大きい歯茎。その生物は間違いなく、

 

「BETA!!!!!!」

 

みちるの授業で習った兵士級と言われるBETAであった。

 

兵士級が地面から現れるのを皮切りに、周囲の土も動き始め、次々と小型種のBETAが現れ始めた。それらを確認した覚悟は、空中にいながらも、急いで通信機で副指令に連絡する。

 

「コード991発生!コード991発生! 副指令、指示を与えてください!」

 

しかし、BETAが現れるという緊急事態に対して通信機から、やけに落ち着いた夕呼の声が聞こえてくる。

 

「葉隠、これが最後の障害よ。早めにギブアップを勧めるわ。そうすれば、BETAの体内の爆弾を作動させてすぐにでも助けることができるし。」

 

そう、三つ目の障害とは、先日、A-01部隊が捕獲したBETAの一部を使用した実戦であった。

 

(酵素が切れる時間は計算通りね。けれど、ギリギリだった。覚醒の時間が早まっても、自分達のエネルギー補給のために戦術機を無視して、横浜基地に向かい、葉隠と正面からぶつかるはずと考えていたけど、あいつの障害を突破する時間があまりにも早かったから、少し焦ったわ。まぁ結果的には、タイミングよく葉隠の目の前に現れて良かった。 )

 

夕呼の命令で横浜基地には、緊急事態の警報がでないようにしている。さらにみちるを説得するためにBETAの体内には、夕呼が握るスイッチでいつでも爆発できる遠隔式と演習が終われば自動で爆発する時限式の爆弾、そして逃亡防止の発信器が埋め込まれている。さらにA-01の部隊が取り囲んでいるのは、万が一にも爆弾で仕留めきれない時や作動しない時の為であった。

 

夕呼の通信が終わると同時に、覚悟は地面に着地し、

 

「問題ありません。」

 

と冷静に返信した。

 

夕呼の隣に立つみちるは、表情に出さないが、心の内では覚悟を心配していた。

 

(始まった…。葉隠、一族の名声回復など考えるな。自分の命を第一に考えてくれ。貴様は今、パワードスーツであるエクゾスカルを着ていないことを忘れるな。そもそも人類は、素手でBETAと戦えないんだ。貴様の命の捨て所はここではない!)

 

 

 

A-01の隊員達も戦術機の中のデータリンクにより、夕呼と同じ画面で覚悟に注目していた。

 

茜も複雑そうに覚悟を見ている。

 

(ごめん。葉隠。私達は、BETAから君を守るためにいるんじゃないんだよ。BETAの体内に入っている爆弾が作動しない時の保険でいるだけなんだよ。だから、葉隠、絶対に私達を出動させないで。)

 

周りの人間が様々な思いで見守るなか、地面からいち早く這い出た兵士級が、人間では考えられない速度で着地した覚悟に迫る。その足の速度に驚く覚悟。

 

(この者、やはり通常の人間よりも速い!)

 

兵士級は、速度を保ったまま驚く覚悟の頭部目掛けて歯を突き立てようとする。

 

闘いを見守るみちるとA-01の隊員達は、画面越しの覚悟の窮地に心の中で悲鳴を挙げた。

 

((((((((((葉隠っ!!!!!)))))))))

 

 

しかし、次の瞬間

 

グチャ!

 

ある物体が回転しながら、空を舞った。

 

食いちぎられた覚悟の体の一部ではない。それは、兵士級の上顎から頭の部分。

 

「因果……」

 

覚悟は、噛みつかれる瞬間に自らの拳を兵士級の口内に入れ、そのまま上顎にアッパーカットを繰り出したのだ。例え、人間より素早かろうと、覚悟の因果の最高時速は550km、噛み付かれる瞬間でも、覚悟からは制止しているに等しかった。

 

「その人類に対する容赦ない補食行動、宣戦布告と見なす。当方に迎撃の用意有。」

 

覚悟は、破邪の構えをとった。

 

「覚悟完了!」

 

同時刻、通信車の遥が驚きの声をあげる。

 

「また、バイタルデータが……」

 

遥の驚きの声に夕呼とみちるが何事かと注目する。

 

「どうしたの?涼宮?何か異常でもあったの?」

 

「葉隠訓練兵のバイタルデータが、兵士や砲台の弾丸、BETAを前にしても、ずっと演習前から変わっていません。」

 

「機械の故障なの?」

 

「いえ。走る時などは、若干、上下していますので故障ではありません 。」

 

例え、戦術機や強化外骨格を着装している熟練の衛士や強化兵でも、BETAと対峙すれば、バイタルは跳ね上がる。しかし、覚悟はBETAと対峙し、ましてや小銃一つも所持していない状態でも、演習が始まる前の状態と比べて、バイタルに変化がなかった。

 

「多分、あいつの言い分を借りると覚悟が完了してるってことじゃないかしら?二年間、まぁまぁきつい経験していたから。」

 

みちるも、覚悟のバイタル画面を複雑そうに見る。

 

(覚悟、貴様はいったいどんな経験を得て、この境地にまで至ったのだ?)

 

構える覚悟に、今度は前方の左右から二匹の兵士級が腕を伸ばしながら、大口を開けて襲いかかる。覚悟の体を掴んでから、齧ろうとしているのだ。

 

しかし、掴まれる直前、それぞれ二匹の兵士級の腕の隙間に、覚悟の左右の拳が先に炸裂した。

 

「零式因果双拳!!」

 

グチャチャ!

 

兵士級の頭が二つ、同時にまた吹き飛んだ。

 

(すごい…因果ってあんなに凶悪な技だったんだ)

 

覚悟の手加減なしの因果と崩れ落ちる兵士級を見たA-01の隊員達は、身震いをした。かつて、近接格闘訓練で覚悟が、本気で打てば体を貫くと言ったことが誇張でないことに気が付いたからだ。

 

 

次に迫るBETAを見据える覚悟だが、足元の地面から、再び振動を感じ始める。

 

ドゴォッ!

 

次の瞬間、足元の地面が割れ、兵士級よりも大きい戦車級の腕が覚悟を襲った。

 

だが、覚悟は、それをいち早く察知し、再び上空へ高く飛び上がった。そして、空中で冷静に敵の総数を確認する。

 

(残り戦車級3体、闘士級2体。問題ない、10体までなら無傷で倒せる!)

 

覚悟は、上半身のタンクトップを勢いよく脱ぎ捨て、気合いを込める。

 

「零式鉄球・体内吸引!」

 

ズズズズ……

 

覚悟の八つの零式鉄球が、体の中に吸収しされ始める。八つの零式鉄球は皮膚の56%を超鋼と化す。それはすなわち両手足の完全なる鎧化が可能となるのだ。

 

「特攻形態!」

 

額に七生と刻み、両手足の鎧化を終えた覚悟は、三階の壁面に取り付いた。

 

茜は、覚悟の零式鉄球を吸収する様を見て驚愕する。

 

「あれって、変なファッションじゃ無かったんだ…あれもエクゾスカル計画の一つ?」

 

A-01の隊員達は、覚悟の体に埋まる零式鉄球を独特のファッションだと思い、あえて触れずにいたのだ。

 

三階の壁面に覚悟がとりつくと同時に、戦車級がそれを追いかけるように、覚悟以上のジャンプ力で一気に襲いかかる。

 

戦車級の恐るべきところは、何でも噛る咬合力だけではない、一瞬で戦術機の頭まで飛び上がる跳躍力でもあるのだ。

 

だが、覚悟は戦車級の、跳躍する直前の一瞬の溜めを見切り、すでに零式の技に移っていた。後ろの廃ビルの壁を思い切り蹴り、推進力を得て、蹴りの構えで空中の戦車級に向けて飛び出す。

 

「零式奥技大義っ!」

 

空中で因果のタイミングで戦車級と覚悟が交差する。

 

ズガァァッッ!!!

 

軍配は、覚悟の方に上がった。戦車級は自分自身の恐ろしい跳躍力がそのまま自分に返り、覚悟に体を突き破られた。

 

重力が90kgある零を着装できない今、覚悟の打撃力は著しく落ちている。しかし、零式鉄球を纏い因果を決めれば、戦車級であれどひとたまりもない。

 

一匹目の戦車級を倒し、地面に着地しようとする覚悟に、二匹目の戦車級の手が伸びる。

 

だが、覚悟はその動きも見越したように、空中で逆に戦車級の腕に取り付いた。

 

「撃つ蹴るだけが、零式に非ず!」

 

覚悟は、長い戦車級の腕に全身を使った腕ひしぎ十字固めを掛けると同時に、落下の勢いを殺さず大回転。そして、

 

メリメリメリメリ……ブチィッッ!!!

 

戦車級の巨大な腕を引きちぎった。

 

「零式・零十字っ!!」

 

跳躍式逆関節技『零式防衛術・零十字』

 

技のかけ始めは、只の腕ひしぎにしか見えない。だが、腕の肘関節を折ると共に全身すべてを使った回転で前腕部をねじり切るという手加減不可な凶悪な技である。

 

覚悟は、引きちぎった腕を捨てながら、戦車級に飛び乗り、間髪入れず零式鉄球を纏った拳で、高速の下段付きを放つ。

 

「直突き(じき)!直突き(じき)!直突き(じき)!直突き(じきぃっ)……!」

 

ドドドドドドドド!

 

やがて、覚悟の拳が、戦車級の体を突き破り地面に届く。それと同時に二匹目の戦車級は、動かなくなった。

 

そして、一息つく暇を与えず、戦車級に止めを指した覚悟に俊敏な闘士級が背後から迫り来る。

 

闘士級は、象のような触手で背後から覚悟を狙い、その突きが右肩に炸裂した。しかし、その瞬間、突いた力を利用して、覚悟の体が横に回転した。覚悟は、闘士級の攻撃を見切って、その突きの力を利用したのだ。そして、遠心力に乗って、右足で蹴りを放つ。

 

「零式積極重爆蹴っ!」

 

グリリッ!

 

覚悟の蹴りを頭部に受けた闘士級は、頭部が二回転し、回転断裂葬。

 

(……あいつの強さ、見くびっていたわ。こんなことなら、突撃級や要撃級を用意するべきだった。)

 

BETAを次々と葬る覚悟を見て夕呼は、頭の中で後悔する。しかし、胸の中では心地好い興奮に溢れていた。

 

夕呼は、今まで何十回と、BETAに食われていく衛士の悲鳴や咀嚼音を機械越しに聞いていた。その度に表情には出さないが、恨みや憎しみをBETAに募らせていた。だが今、夕呼の目の前で逆に人間が素手?でBETAを蹂躙する痛快な様が映っている。それ故に頭の中では、覚悟の死を願うも胸の内では、さらなる活躍を願ってしまう。

 

それは、A-01の隊員達も一緒であった。

最初の数分は、覚悟の棄権を望んでいたものの、現在は夕呼と同じく興奮気味に覚悟の活躍を見ている。

 

((((((頑張れ…頑張れ!葉隠!))))))

 

だが、自分を興奮気味に見守る周囲に反して、覚悟は表情に出さないが背中に大量の冷や汗をかいていた。

 

(この者達、十日前の戦闘でも感じたが、類を見ない残虐な働きをしても、殺気が全く感じられぬ!こんな生物がこの世に存在するのか!?直接的な戦闘力自体は、戦術鬼とそう変わらぬが、感情や思考が読めない分、こちらの方が数段手強い!!)

 

そして、二匹の戦車級と一匹の闘士級を倒した覚悟に、最後の戦車級が時速80kmで迫る。

 

(十日前の密集した状態では分かりにくかったが、この戦車級というもの。足の速さは、私より確実に速い!)

 

覚悟は、戦車級の迫る様を見て、右手を下げながら深く前屈みになった。

 

構える覚悟に戦車級が、地面を這うのがまどろっこしいと言わんばかりに跳躍し、大口を開けながら、空中から襲いかかる。

 

覚悟は冷静に、空中で迫る戦車級の大口の下顎辺りに勢いよく掌を押し当てた。

 

「螺旋!」

 

『螺旋』それは大地の威力を十二分に体の中で回転させ、それを相手の体内に放ち、内臓を回転させ爆発させる零式の技。

 

螺旋を受けた戦車級は、空中でビクリと痙攣したと思うと、地面に着地した瞬間、袋を裏返したように、色々な物を噴水の如く空に吐き出し始めた。

 

そして、戦車級の死を確信する覚悟に最後の闘士級が迫り来る。覚悟は戦車級から目を外し、例え最後の一匹であろうとも油断なく闘士級を見据え、迎撃の構えを取り、因果を狙う。

 

しかし、対峙する一人と一匹に螺旋の一撃で吹き上げられた戦車級の内容物が雨のごとく降り注いだ。その中で一際大きいある物体が、迎撃する覚悟の目の前に落下してきた。

 

「?!」

 

迫る闘士級を見据える覚悟の視界を遮ったのは、生きながら食われたであろうヘルメットを被った衛士の上半身であった。死体はもう十日も前ゆえに腐りはてて、ガスで膨らんでいる。それは、腕の長さ、ヘルメットからはみ出ている長髪をみる限り恐らくは、女性の衛士。

 

ドクン!!!

 

「バイタルが!!」

 

遥は、どれだけ動いても穏やかだった覚悟のバイタルがいきなり乱れ驚愕する。

 

覚悟は、感受性の豊かさゆえにその衛士が、死ぬ前に辿った痛みや苦しみを普通の人間よりも感じてしまう。そして、英吉に襲われた武装風紀や覇岡を見た時と同じように怒りに心を曇らせ、バイタルが乱れたのだ。

 

それでも相手が散ではない闘士級故に、覚悟の因果の拳が先に届くはずであった。しかし、落下する衛士の遺体が闘士級を写す覚悟の視界を遮ってしまう。それにより、例え遺体であろうと敬意を払い無下にできない覚悟と、ためらわない闘士級の差が、残酷な結果で表れた。

 

ドム!!!

 

覚悟の拳より先に闘士級の触手が、容赦なく覚悟の顔面を思い切り突き、そして……

 

ドガァァッ!

 

覚悟は、思い切り吹き飛ばされ、近くのビル壁に上半身が仰向けでめり込んだ。

 

その様子は、壁の中で隠れてはいるが、覚悟の頭部が破壊されていることは、想像に難くなかった。

 

A-01の隊員達は、先程の興奮した状態が嘘のように、絶望の表情となった。

 

茜も他の隊員と同じ表情で壁にめり込んだ覚悟を見ている。

 

(う、嘘…葉隠…君、死んだの……)

 




覚悟のススメの覚悟は、後半になると最初と比べて戦術鬼を素手で楽に何体も倒しているので、エクゾスカルの覚悟より、あからさまに強いと思います。
BETAの体内に発信器や爆弾をつける作戦、本当にできるのか疑問を持ちながら書きました。すぐにでも取り除かれるような?
もし、原作で否定されているシーンがあれば、感想欄にお便り下さい。
後半も三月以内に挙げられると思います。


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第一二話 入隊

 

「チッ!」

 

 夕呼はみちるに聞こえないほど小さな舌打ちをした。が、すぐにその不機嫌に舌打ちをした自分の感情に疑問を持つ。

 

(何を舌打ちしてるの、あたしは? これであいつが隠してる『核融合エンジン』や『人工AI』の技術が手に入るんじゃない。むしろ、計画通りで喜ぶべきでしょ。)

 

 一方、夕呼の近くに立つみちるは、夕呼以上に厳しい表情で画面を見ていた。

 

(葉隠が死んだ…私の最初で最後の大切な生徒が…体力、才能、直向きさもかつての私より遥かに溢れていたのに…)

 

 みちるは、ここが自室なら悲しみのあまり泣いていただろう。かつて訓練兵時に見た、自分の教え子を事故で亡くし、自室で隠れて泣いていた元教官である神宮寺まりものように。しかし、みちるは今現在、自らが教官であり、ましてや演習の最中である。故に悲しみを圧し殺すような厳しい顔しかできなかった。

 

 同時刻、A-01の隊員達も、モニター越しに頭が壁にめり込む覚悟を見ていた。彼女達の表情は、悲しみ、怒り、絶望など様々だ。今まで何人もの仲間を見送った彼女達だが、それに慣れることは有りえなかった。

 

 そして、複雑な周囲の人間達の反応をよそに、さらに闘士級は、覚悟の体を解体する為に右腕に触手を伸ばし始めた。

 

 死体に対しても容赦がない闘士級の行動にみちるは厳しい顔のままだが、あくまでも冷静に夕呼へ意見する。

 

「副指令…よろしければ自爆のボタンを。なるべく葉隠の遺体を損傷なく回収させて下さい。」

 

「…………」

 

 夕呼は、みちるの進言に無言で頷き、闘士級の自爆ボタンを押そうと胸元からスイッチを取り出す。

 

(葉隠…貴方の死は事故として処理され、墓も立たないわ。けれど、安心して…貴方の残した技術は、私が人類のために有効活用して…え?)

 

 夕呼は、画面の中の闘士級の様子を見て表情が変わった。

 

「……待って! 伊隅、あれを見て!」

 

「!?」

 

 画面の中の闘士級は、何故か触手を覚悟の右腕に巻き付けたまま動かない。闘士級の象の鼻のような触手は、人間の首を引き抜く程の力があるはずなのにだ。

 

「ま、まさか?」

 

 触手が制止しているのではない。闘士級は覚悟の腕を何故か引きちぎれず、互角の綱引きをしているように体全体を使って踏ん張っているのだ。よく見れば、死んでいるはずの覚悟の指が万力の如く闘士級の触手を握りしめ逆に引っ張り返している。

 

「副司令! これを!」

 

 遥が画面を見てくださいと言わんばかりに夕呼とみちるに叫んだ。

 

 急いで二人は、遥が指定する画面を確認する。

 

「副司令!?」

 

「こ、これは!?」

 

 画面には覚悟のバイタルが映っており、心臓の鼓動が力強く波打っていた。

 

ガラガラッ…

 

 夕呼達が、画面で覚悟のバイタルを確認した数秒後、覚悟の上半身がゆっくりとめり込んだ壁から現れた。壁から出てきた覚悟の頭部は出血など一切見えず、さらに髪の毛も顔のパーツすべても確認できなかった。それは、頭部が壁に激突してぐちゃぐちゃだからではない。首から頭の頂点が、光輝く金属に覆われていたからだ。

 

 それを見た夕呼は、残念そうではなく、興奮した声で呟く。

 

「なるほど…器用なものね。闘士級の一撃が入るわずかな瞬間に避けれないと判断して、零式鉄球を頭まで覆って凌いだのね。」

 

 覚悟は、金属を吸収して元の頭に戻ると闘士級に対して向き直る。

 

「貴様らの戦闘行為、残虐極まりないが、それに反して殺気が全く感じられぬ故に一撃を許した。 だが…もう食らわぬ! でやぁっ!」

 

 そう言い切った覚悟は、掴んでいる右手で闘士級の触手を思い切り引き、ピンと張り積めさせた。それと同時に左腕を振り上げる。

 

「零式鉄球!」

 

 振り上げた左手の表皮から、零式鉄球をナイフの如く尖らせた瞬間…

 

ザシュ!

 

間髪入れずに振り下ろし、闘士級の触手を切断した。

 

 しかし、闘士級は切断に怯まず、人に当たれば粉砕骨折必至の蹴りを放つ。

 

 だが、覚悟は冷静にその蹴りをかがんでかわし、唯一バランスを取っている残りの足に組み付き、零式の関節技を放つ。

 

「零式巨兵殺し!」

 

ベキャ!

 

 覚悟のヒールホールドは、闘士級の足関節を一瞬で粉砕した。

 

グラッ…

 

 闘士級は、まともな足が残り一本となり、バランスを崩す。

 

 倒れかけ、大きな隙を見せた闘士級に覚悟のさらなる零式の技が炸裂する。

 

「零式両手螺旋!」

 

ずぶぶ!!!

 

 覚悟は、空手の抜き手のような技を両手で放ち、闘士級の体を貫いた。普通の生物なら、この時点で命を失うだろう。だが、この時覚悟は忘れていた、地球上の生物とBETAは、根本的に違う構造だと。

 

「なにっ!?」

 

ググググッ…

 

 腹部を両手で貫かれたまま闘士級は、その深手にも関わらず覚悟に迫り来る。

 

「やはりこの生物、全く油断がならぬ!ならば!!」

 

 BETAのしぶとさを再確認した覚悟は、闘士級を貫いたまま、空へ向かって縦に回転しながら跳躍した。

 

「零式超旋回!」

 

 闘士級は、凄まじい回転により発生した遠心力に引っ張られ反撃できない。

 

 覚悟は、回転しながらもさらに叫ぶ。

 

「貴様を倒すのは、『俺』ではないっ!貴様らが何十年も、無抵抗が故に傷付けてきた物言わぬ大地なりっ!」

 

 やがて覚悟と闘士級は、高速回転しながらも、重力に引かれて地面に近づいていく。

 

 戦術機の中で覚悟の様子を見ているA-01の隊員達は、心の中ではなく、声に出して叫ぶ。

 

「「「「「「いっけぇぇっー!葉隠ぇぇ!」」」」」

 

「兄上直伝、星義スープレックスッ!!!!」

 

ドグチャァァッッッ!!!!

 

 覚悟渾身の星義スープレックスにより、闘士級の上半身は、勢いよく地面に衝突しグチャグチャに潰れた。

 

 それは、散々削られ抉られてきた物言わぬ大地が、BETAに対して初めて反逆した瞬間でもあった。

 

 半秒ほどブリッジしたままの覚悟だったが、素早く技を解き、闘士級の生命活動の停止を己の手で実感しながらも、残りの敵がいないか五感すべてを使い辺りを探る。

 

「…………」

 

 BETAは、殺気を出さずに相手を殺すことができるが、もう何も感じられない。今度こそすべて殲滅させたものと確信し警戒を解く。しかし、覚悟は、構えを解きながらも集合地点へと向かわずに、別の方向へと走る。

 

 ((((((?)))))

 

 みちる含む周囲の者達が覚悟の行動を何をするつもりだ?というふうに不思議そうに見守るなか、覚悟が向かった先は、螺旋で戦車級の体内から吐き出された上半身だけの衛士の遺体だった。

 

 そして、遺体の前に付くと右手を素早く上げる。

 

 覚悟がしたのは敬礼だった。

 

(祖国を守るため、戦いの中で散っていった誇り高き戦士よ。暫しの間、無惨な姿白昼に晒すこと許したまへ。願わくは、その魂、御家族の下へご帰還できますよう…)

 

 任務中でも死者に敬意を払う覚悟を見たみちるは、小さく呟く。

 

「馬鹿者…作戦行動中だぞ。減点だな…」

 

言動とは裏腹に、みちるの表情は笑みを浮かべ爽やかだった。

 

 その後、敬礼を終えた覚悟は、すぐに全速力でみちると夕呼の下へと急いだ。

 

 

 数分後、通信車の前、夕呼と戦術機から降りたA-01の隊員達が見守る中、覚悟は、厳しい顔に戻ったみちるから総戦技演習の総評を聞いていた。

 

 その内容は、『最初の銃を持った者達に対しては、もっと気を付けて慎重に行動すること』、『危険な高射砲は直接攻撃するよりも反撃しないレドームをまず探すこと』、『遺体に敬礼するよりも任務を優先すること』といった細かいことであった。

 

 覚悟は、みちるの指摘に真面目な顔で素直に頷く。

 

 A-01の面々は、そのやり取りをみちるの背後から笑顔で見ていた。彼女達は、みちるが本当は、BETAから生き残った覚悟に真っ先に合格だと伝えて、一緒に喜びたいのを我慢し、あえて教官として厳しい態度で接しているのが解っているからだ。

 

 そして…

 

「………ということだが、理解したか葉隠! 今回だけは偶然にも関門を突破出来たが、本番ではこうも容易くいかないことを肝に命じろ!」

 

「了解!」

 

「では、これで総戦技演習を終了する! 故に私の教官としての任もこれまでだ。これからは、教官ではなく大尉と呼ぶように。そして最後に…」

 

 みちるの顔が優しい笑顔に変わった。

 

「合格おめでとう。葉隠訓練兵、よく頑張ったな…」

 

「はっ! これも伊隅教官のがおかげです!」

 

「馬鹿者、教官ではないく大尉と呼べと言っただろう。これから励めよ、葉隠。」

 

 伊隅は、そう最後に告げると、覚悟に踵を返し、夕呼の方へと歩いて戻って行った。

 

 そして、それと同時にみちるの背後にいたA-01の面々は、歓声を上げて覚悟に殺到した。

 

「葉隠っ! 良かったわねえ!」

「頭が壁にめり込んだ時は、死んだかと思ったよ!」

「BETAを素手で倒すなんて凄いわ!」

 

「有難うございます。これも皆様に御指導を頂いたおかげです。」

 

 覚悟は、総戦技演習に出発するに見せた爽やかな笑顔ではなく、相変わらずの無表情で答えた。

 

 その言葉を聞いた茜は、あきれたような顔になり、一週間何度も繰り返したツッコミと小言が混ざった口調を覚悟に浴びせ始める。

 

「いやいや、私達は、あくまで衛士として基本的な事を教えただけだよ。高射砲を石で投球して壊したり、BETAを素手でぶっ殺したりとかハチャメチャなことは、スン…一切教えた覚えはないから。それと…」

 

 しかし、段々とその口調が鼻声になり、瞳が涙で潤んでくるが他の隊員達にも分かった。

 

 そして…

 

「けど…本当に…生きてて良かっ…は!?」

 

 遂に覚悟が生還して本当に嬉しいと言った胸の内が漏れ出てしまう。

 

 だが、その瞬間、自分の潤んだ瞳を周りの隊員達に笑顔で注目されていることに気付き、茜は途中で言葉を区切り覚悟に背を向けた。

 

「ふ、ふん! 君に死なれちゃあ、散々迷惑を掛けられた仕返しが出来ないだけだよ! 前にも言ったけど、衛士になってヴァルキリーズに入隊したら、伊隅隊長以上にシゴイてあげるんだからっ!」

 

 覚悟は、茜の気持ちに気づいているのか、いないのか解らないような、いつもの無表情で敬礼をする。

 

「涼宮少尉の私の未来までの心配り、誠に痛み入ります!」

 

 覚悟の相変わらずの言動に茜は、後ろを振り向いたままボソリと呟いた。

 

「……頑張りなさいよね。」

 

 そんな和やか雰囲気を一新させるようなみちるの声が響く。

 

「コラッ! いつまで浮かれている! 葉隠はともかく貴様らの仕事は、まだ終わってない! 早くBETAの死体と壊れた機関銃の撤去だ! それが終わったらまた訓練だぞ! モタモタするなっ!」

 

「「「「「了解っ!!!」」」」」

 

 みちるの一声に茜を始めとしたA-01の隊員たちは、元の軍人の顔に戻り、覚悟に目も向けずに己の戦術機に向かって走って行った。

 

(伊隅教官…もとい大尉殿、A-01の皆様方。総戦技演習に合格したのも貴方達のおかげです。まことにありがとうございました。)

 

 その場を去るA-01の戦術機に向かって覚悟は、彼女達が見えなくなるまで敬礼を続けた。

 

 

同日

11時30分 

執務室

 

「午後は、好きに過ごせと?」

 

「そ、前にも言ったけど、207小隊がまだ演習で帰ってきてないのよ。だから、今は本当に何にもすることがないの。」

 

 覚悟は、試験の後、夕呼の部屋に呼ばれていた。

 

 夕呼の言うには、覚悟が所属するはずの第207衞士訓練分隊B小隊は、昨日まで離島で試験をしており、帰るのは本日の18時になる予定であること。小隊がいない今現在、覚悟に命令することはなく、17時30分までは自由にして良いことである。

 

「本当によろしいのですか?」

 

 覚悟の再度の念押しに、夕呼は手の平を不機嫌そうに振りながら答える。

 

「良いわよ別に。あたしは、試験受かった直後に次はこれ勉強しとけとか、教官の真似事とかやりたくないし、そんなのは本当の教官に任せるわ。けど、そうね…」

 

 夕呼は顎に指を当て数秒間考える素振りを見せる。

 

「じゃあ、月狼と零を連れてここらへん見て回んなさいな。この基地以外のことは、演習場だけじゃ解らないでしょ?」

 

 ◇

 

14時20分

柊町の商店街跡

 

 覚悟は月狼に乗り、後部座席の零ともに疾走していた。覚悟は、散から貰った月狼に乗るのは、彫刻と同じく数少ない趣味の一つであり、前の世界でもよく罪子と様々なことを語り合いながら走ったのは、胸の内に輝く宝石の一つだ。

 

 しかし、この世界で初めて思う存分疾走している筈の覚悟は零とともに血涙を流していた。

 

 覚悟が通る道に次々と現れる商店街、病院、噴水、駅といった建築物、そのすべてが崩壊していたからだ。かつて覚悟の世界でも崩壊した街は日本中でも見られた。しかし、決定的に違う点がある。

 

 そこら中に残る弾痕、時間が経ちどす黒く変色した血潮、そして、撃墜された戦術機の数々。

 

 それは新エネルギーの開発事故や大地震ではあり得ない戦場の傷跡。

 

 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ…

 

 覚悟と共にすすり泣くように震える学生鞄。

 

 (演習場以上に何処までも続く凄まじい戦禍の傷跡…BETAとの戦いは、こんなにも凄まじいものだったのかっ?)

 

二時間後

 

 荒れ果てた廃墟を疾走し続けた覚悟は、ある建物の前に人狼を停車させ、七生と書かれたヘルメットを脱ぐ。そこは撃墜されたであろう戦術機によって半壊した一般家屋の前。現れた覚悟の表情は、やるせなさに満ちていた。

 

(兄上もこうやって荒れ果てた大地を見て、人類を憎んだのか…今の俺なら、兄上の痛みがあの時よりも解る。元来のお優しい心を殺してまで、人類を憎まなければならなかった痛みが…)

 

 零式防衛術は、敵を憎んではならない。憎むのは敵を恐れる己の心。しかし、零式防衛術で殺しても次々と生まれてくるBETAに対する憎しみ、怒り、恨み、そして無慈悲に殺されたであろう人々の悲しみ、嘆き、無念さが覚悟の胸中を嵐のように渦巻く。

 

 やがて覚悟は、我慢しきれなくなったかのように大声で叫んだ。

 

「う…お…おおおおおぁぁぁっっっ……!!!!!!」

 

 『桜歌七生撃』の声量以上の悲しみの声が、廃墟の街に虚しく木霊した。

 

 (俺の新たなる任務。それは残存人類を無常にも虐殺する地球外起源種共の撃滅…)

 

 叫びながら覚悟は、胸に新たなる誓いを立てた。

 

同時刻 

執務室

 

 ピクッ…

 

 突如、霞は何かを感じ振り返る。

 

「どうしたの? 霞?」

 

 それを執務室のデスクで不思議そうに見る夕呼。

 

「いえ…」

 

「そう? それよりも本当にあいつは、盗聴器とか仕掛けずにここを出て行ったの?」

 

「大丈夫です。目の前で鞄も持っていきましたし、声も聞こえません。」

 

「わかったわ。」

 

 夕呼は納得すると、机上の受話器を取っておもむろに話し始めた。

 

「もしもし。ピアティフ? いきなりで悪いけど、米国の……に繋いでくれない? え? 米国は今、深夜? 大丈夫よ、私は気にしないわ…冗談よ。重要なことだし。これを聞いたら飛び起きるわ。」

 

 すぐに夕呼の耳に電話の待合音が響く。それを聞きながら、夕呼は本日の覚悟の総戦技演習を心の中で振り返る。

 

(葉隠が死ななかったのは、やや残念ではあるけど、オルタネイティブⅤ発動の12月までまだ時間がある。それよりも、まずはあの機体を取り寄せる方が先決だわ。この電話を聞かせないために覚悟を基地外に行かせたのは成功したけど、この話し合いはどうなるかしら…)

 

 その考えを遮るかのように電話の聞き取り口から、不機嫌かつ眠たそうな声が聞こえてきた。そんな声に構わず、夕呼は口を開く。

 

「もしもし、夜分申し訳ありません。オルタネイティブⅣ関連ではないのですが、お伝えしたいことが。いえ、あの話でも有りませんわ。単刀直入に申し上げます。あの葉隠四郎の46文書を入手致しました。いえ…冗談ではなく本当です、本当なのです。」

 

 電話先の気怠げな雰囲気が一変し、いきなり興奮した口調になる。

 

「落ち着いて下さい。入手方法はご想像にお任せいたしますわ。そして、肝心の内容ですが、残念ながらあの悪鬼の研究でも、BETAを瞬時に全滅させるほどの物は有りませんでした。しかし、今現在でも考えられない設計の…戦局が確実に有利となる発明品が、多数見つかりました。あとで動画とデータもお送り致します。その変わりに…」

 

 

横浜基地正面ゲート

17時00分

 

 新たなる思いを纏った覚悟は、横浜基地の正面ゲートに付くと同時に月狼から降り立った。顔を見せるためヘルメットを脱いでいると、午前にいた兵とは違う黒人とアジア人の門兵がやってくる。二人は覚悟の前に立つと先に黒人の門兵が口を開いた。

 

「午前ギリギリに外出した者がいるとファイルにあったが、物好きな奴だなぁ。何処までも行っても廃墟だろうに。」

 

 その黒人の人懐こい笑顔に対して、覚悟は敬礼しながら無表情で答える。

 

「恥ずかしながら、ここに入校してから一度も守護るべき地を確認しておりませんでしたので。」

 

 覚悟の言葉を聞いたアジア人の門兵は、寂しげな笑顔でを見せる。

 

「そうか…お前新入りなのか。それにしても真面目な奴だなぁ。じゃあ、許可証と認識票を出してくれ。」

 

 覚悟は、言われた通り許可証と認識票を二人に提示した。

 

 それを本物であると確認した二人は、すぐに門を開く。

 

「OK! 通っていいぜ!」

 

 覚悟は、月狼を再び押しながらゲートを通過し、夕呼の所ではなくまずは月狼を停めるための駐車場へと向かって行った。

 

 その後ろ姿を門兵二人は、興味深そうに見送る。

 

「この前、無理矢理通ろうとした新入りとは何か正反対な感じだな?」

 

「ああ、けどあいつが被ってた自筆で書いたっぽい『なましち?』って漢字の白へる…」

 

 二人は、面白そうに顔を見合わせる。

 

「「ちょーCooolだなっ!」」

 

 数分後、月狼を駐車場に止める覚悟を、今度は30m後方から訓練から帰るA-01のメンバーが見つけた。

 

 早速、いつもの様に水月が気軽に声を掛けようとする。

 

「あ、葉隠だ…おー「止めとけ、水瀬」い?」

 

その水月をみちるが珍しく止めた。

  

「B小隊がもう帰っていると言えば解るだろう?」

 

「ああ、そうですね。上官である私達が引き留めて遅刻させたら悪いですよね。」

 

 やがて覚悟は、後方のA-01の隊員達に気付かないまま、夕呼のいる建物へと入り見えなくなった。

 

 それを無言で見送った隊員達だが、茜がその沈黙を破る。

 

「晴子…あいつ、B小隊でやってけるか心配ね。鎧衣や珠瀬ならすぐに打ち解けそうだけど…」

 

 同調する様に同じ訓練小隊であった晴子が口を開く。

 

「まぁ確かに、マイペースな彩峰はよくわかんないけど、意外と御剣とは仲良くできる気がする。けど、榊とは…」

 

「まぁ、最初の私達みたいに100%、厄介なことになりそうね。」

 

 そんなやや不安気に話す二人の間にみちるが割って入る。

 

「私は大丈夫だと思うぞ。忘れたか? 207小隊の教官は我らを教育したあの神宮寺軍曹だぞ。一時的な教官である私より上手くやるはずだ。一応は、通信で葉隠のことを伝えたが、全力で衛士にすると言っていた。」

 

 みちるの言葉に茜は、納得したような顔になる。

 

「私は伊隅大尉も葉隠をよく指導したと思いますが、そうですね。神宮寺教官…もとい軍曹なら大丈夫でしょう。」

 

「けれど、隊長! 私はもう一つ気になることが有ります。」

 

 安心した茜とみちるの会話に、今度は水月が手を上げながら元気に間に入る。

 

「ん、何か他に心配事か?」

 

「心配事では無いのですが、さっき葉隠が持っていた『七生』と筆で書かれたヘルメット、もしかして自筆で書いたのか少々気になります。」

 

「ああ、あれか。私も少し気になったが…葉隠の性格上、自分で書いたと思うぞ。」

 

 そうみちるが言うとA-01の面々は、覚悟が筆を使って悪戦苦闘する姿やマスクとゴーグルをしてスプレーをかける姿を思い浮かべた。

 

(((((((((戦術機ならともかく、白ヘルメットにあのデザインはちょっとダサい…かな…))))))))

 

 そんな周囲の思いを知らない覚悟は、夕呼の執務室前に付いた。扉の向こうの気配を感じながら、そのまま覚悟はノックをする。

 

 コンコンコン…

 

 するとすぐに扉の向こうから夕呼の声が響いた。

 

「ああ、葉隠ね。入ってらっしゃい。」

 

「失礼します…!?」

 

 覚悟が扉を開けるとそこには、机に座る夕呼ともう一人、短髪で凛々しい表情の覚悟と同じ訓練兵がいた。

 

「すみません。お取り込み中でしたか?」

 

「いいえ、違うわ。あんたが来るのを待ってたのよ。紹介するわ。こいつが以前言っていた平行世界から来たもう一人の…」

 

 すると青年の訓練兵は、覚悟に近付くと笑顔で右手を差し出した。

 

「白銀武だ。葉隠覚悟って言うのか。お前も平行世界から来たんだってな。夕呼先生から大まかなことは聞いてる。呼び方は武でいいぜ。」

 

 青年の名は、『白銀武』。覚悟と同じく平行世界から召喚された男である。夕呼のオルタネイティブⅣと人類滅亡の引き金となるⅤのことを知る数少ない人物でもある。武は、予定よりも早く離島から軍基地に戻ることができ、総戦技演習の合格を伝えるために覚悟よりも早く夕呼の下へと来たのだ。

 

 そこから、夕呼から覚悟のことを説明されるが、武は、最初は覚悟のことを怪しんだ。武の目的は、オルタネイティブⅤの発動を止め、オルタネイティブⅣを成功させることである。故に自分の過去の記憶にない覚悟の出現にオルタネイティブⅣの障害となるのではと考えたのだ。

 しかし、覚悟の能力、武装の数々はオルタネイティブⅤを遅らすことができると聞き、考えを改めた。それに元々武は心の底では、自分と同じような特殊な境遇の者がいることが素直に嬉しかったのだ。

 

「葉隠覚悟だ。こちらも覚悟で構わん。よろしく頼む。」

 

 覚悟は、無表情ながらも快く握手に応じた。

 

 ギュッ…

 

「「………………ッ!?」」

 

 しかし、お互い手を握りあった瞬間、二人は不思議な感覚に包まれた。

 

(なんだこの感覚? 覚悟は、前の、そのまた前の世界にもいなかった筈なのに、まるで昔からの兄弟みたいな感じがしやがる。) 

 

(この武という者、初めて応対したのにも関わらず、強烈なシンパシーを感じる? 何故だ?)

 

 二人は、まるでもう一人の自分にあったかのような不思議な共有感覚を感じていた。それはまるで題名とジャンルは違うが、同じ熱血歌手が主題歌を歌う別のアニメの主人公が、作品を越えて共に手を取り合ったかのような…

 

 暫く無言で握手をし続ける遠い目をした両者に夕呼は、不思議そう顔で声をかける。

 

「どうしたの? あんた達? もしかして二人共そっちの人なの?」

 

 すると二人は、慌てて我に還り、すぐにに手を離した。

 

「へ、変なことを言わないで下さいよ! 先生!」

 

「私としたことが…一瞬我を忘れていた。」

 

 自分から声をかけたのにも関わらず釈明する二人を無視し、夕呼は興味なさそうに手を叩く。

 

「はいはい…まぁ冗談はさておき、白銀は一旦、みんながいる教場に戻りなさい。葉隠は、後でまりもと一緒に行くわ。」

 

「そうですか…じゃあな覚悟! また会おうぜ! 今夜は、お前の世界の話聞かせてくれよ!」

 

「了解だ。武よ。」

 

 武はそう言って勢いよく扉を開けて、他の隊員達が待つ教場へと向かって行った。

 

 (すげえ奴が助っ人に来てくれたもんだぜ。それに総戦技演習も全員合格出来たし。もしかしたら…いや、確実に未来はいい方向に向かって来ている!)

 

 その足取りは、本人の浮かれている気分と相まって非常に軽かった。

 

 

18時00分

第207小隊教場

 

 教場に着いた武は、5人の少女達に覚悟のことを聞かれていた。彼女達は、第207小隊B分隊の隊員たちである。

彼女達は、覚悟の紹介の為だけに教場に集められていた。

 

「武さん、何で新しい隊員さんのことを秘密にするんですかぁ? もう会ったんなら教えて下さいよ。せめて名前だけでも。」

 

「そうだよ、武。先に一人だけ会うなんてずるいよ。ボクなんて帰りの船の中、どんな人が来るかずっと気になってたんだからね。」

 

 武に無邪気に問いかけるのは、ピンク色の髪に二つのお下げをしている猫のような可愛らしい雰囲気の少女『珠瀬壬姫』と一見、男性が女性かわからないようなボーイッシュな短い空色の髪の少女『鎧衣美琴』。

 

「もうよいではないか、二人とも。後、数分で嫌でもわかることだ。」

 

「そうよね…まぁどうせ白銀以上の変な奴はもう来ないと思うし…」

 

 そう二人を宥めるのは、濃い青い髪をサムライポニーのように括っている鋭い目つきをした少女『御剣冥夜』、黒い髪を纏めず無造作に下ろしているやや気怠げな少女『彩峰慧』だ。

 

「へへっ、まぁ俺から言えるのは、俺に似てとても頼りになりそうなやつってだけだ。」

 

 そんなやり取りを見ていた茶色い髪に二つの三つ編みをしている真面目そうな眼鏡をかけた少女『榊 千鶴』は、騒がしい五人を注意する。

 

「貴方達、静かに!もう時間よ!」

 

 その声が終わると同時に教場の前の引き戸がガラリと開き、一人の茶色い長髪の女性が入って来た。指導教官である神宮寺みちるである。

 

 みちるが壇上に立つと分隊長である榊 が声を上げる。

 

「起立! 敬礼! 着席!」

 

 武達は、私語を止め真剣な顔になる。

 

 みちるは壇上で六人をゆっくり見回すと大きく口を開いた。

 

「諸君、総戦技演習ご苦労だった。明日からまたより厳しい訓練が始まるから、早く休めと言いたいところだが、その前に今日の昼に言っていた新しい小隊の隊員を紹介する! おい、入れ!」

 

 そうみちるが引き戸に声をかけると、ガラリと戸が開き、無表情の覚悟が入ってくる。その姿を見て武以外の五人は、思い思いの感想を抱く。

 

(うわぁ、見るからに軍人って人だぁ~)

(武みたいに仲良くできるかな?)

(あの歩き方、何か日本武道を納めている…)

(一見、榊みたいなやつ…もしかしたら苦手かも?)

(真面目そうな雰囲気ね。彩峰みたいなやつじゃなくて助かったわ。)

 

 だが、その思いは十秒後に粉々に吹き飛ぶことになる。

 

 みちるは、自分の隣に立つ覚悟に声をかける。

 

「おい、自己紹介をしろ。」

 

「了解、本日付けでこの第207小隊B分隊に入隊いたします。『葉隠覚悟』と申します!」

 

覚悟は六人に対して見事な敬礼をした。

 

(ふふふ、こいつがBETAを素手でぶっ飛ばせるって知ったら驚く……え!?)

 

 心の中でニヤつく武は、五人をチラリと横目で盗み見ると目を疑った。

 

 五人は、覚悟を自分が入隊した時のような仲間を迎え入れるような目ではなく、目を大きく見開き、信じられない異分子を見るような目で見ていたからだ。

 

 そんな中、覚悟の敬礼が終わる前にいつもなら任務中や授業中、絶対に口を挟まない筈の冥夜が、頭の中の思っていることが溢れ出るように呟いた。

 

「『葉隠』…四郎と同じ…悪鬼の一族…」

 




久しぶりに自分の小説を読んでる途中で、当時の自分の熱に感化されてしまい、気が付いたら続きを書いていました。
後、あの状態じゃ覚悟は、死んだままだし…目覚めが悪くて…
本当は、二年前の時点で二千文字くらい書いていたのですが、色々ありまして…とにかく二年間、開けてすいません。
次もいつ書けるか解らないので気長にお待ち下さい。
こんな私が言うのもなんですが、劇光仮面とマブラヴのアニメ、早く続きが見たいです。


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第十三話 悪鬼の一族

 武以外の五人は、覚悟が名乗った『葉隠』という名字に絶句していた。

 

 彼女達は、周りの者には秘密にしているが、それぞれ武家、軍、政府のトップクラスの家柄であり、この基地に来るまで特別な環境で生きてきた。故に同じ国連軍であるが、一般家庭出のみちるや茜といった者には、知り得ない知識も有している。そして、その知識の中にある葉隠という名字を聞き、彼女達が一瞬で連想した言葉は、もう滅びた武家、亜細亜最悪最凶の軍人、日本帝国の顔に永遠に消えない泥を塗った部隊と様々だが、全員が共通している認識がある。

 

 それは…

 

『人の皮を被った悪鬼の一族』。

 

 一方、武は五人の表情に困惑していた。

 

 (今も前の世界でも初対面の俺に優しくしてくれたお前らが、何でそんな顔をしてるんだ!?)

 

 武は、過去の足手まといの自分と今の訓練兵以上の実力を持つ得体の知れない自分を受け入れてくれた五人が、初対面の真面目そうな印象しか受けない覚悟を異質物を見る目で見ていたことが信じられなかった。

 

 そんな一秒にも満たない異様な雰囲気の中、冥夜がボソリと呟いた。

 

「『葉隠』…四郎と同じ…悪鬼の一族…」

 

 だが、次の瞬間…

 

「御剣ィィッッッ! 貴様ァッ!! 入隊する仲間に対してその言葉は何だぁっ!?」

 

 普段は厳しい顔で檄を飛ばすのみのまりもが、本気の怒った顔で冥夜に向かって怒鳴った。

 

 その言葉に冥夜は自分がとんでもないことを口走ったことに気付き、素早く起立し深く頭を下げた。

 

「す、すまぬ! 私はなんということを口走ったのだ!? どうか、許すがよい! 葉隠っ!」

 

 悲痛な顔で頭を下げる冥夜に、さらなる厳しい言葉を投げようとするまりもだが、その前に覚悟が先に口を開いた。

 

「一向に構いません。君…いや御剣さんの言う通りですから。」

 

「え!?」

 

 予想外の言葉に冥夜が困惑した顔で頭を上げた。

 

「それで良いのか? 葉隠?」

 

 怒りの表情からやや悲しげな顔になったまりもは、葉隠に確かめる。まりもは、覚悟の事情をみちると夕呼から聞いていた。それは覚悟の曽祖父である葉隠四郎の瞬殺無音部隊、戦後の葉隠家への扱い、覚悟の生い立ち等である。それ故にみちるは、自分の教え子達の覚悟への扱いに敏感だった。

 

「私は少しも気にしておりません。ですゆえ、どうか彼女にご容赦を…」

 

 今度は、覚悟がまりもに頭を下げた。自らを卑下した者に対して、頭を下げる覚悟にまりもは軽くため息を付き再び六人に向き直った。

 

「そうか…もういい御剣、席に座れ! 葉隠に感謝しろよ! それと御剣だけではない! 次に誰か、似たような言葉を吐けば、私が厳罰に処す! 分かったか貴様ら!」

 

「「「「「「了解!」」」」」」

 

 みちるは、普段の教官の表情に戻る。

 

「ふぅ…まぁとにかくこうして、小隊がやっと七人揃ったんだ。明日からは気合を入れてゆけ。葉隠、貴様は白銀の後ろの席に座れ。」

 

「了解!」

 

 みちるの指差す白銀の後ろの席に覚悟は向かうが、覚悟が六人の席の間を通った時、今度は武含めた六人が、やや不思議な顔をした。

 

「「「「「「?」」」」」」 

 

 六人の鼻腔に嗅ぎなれない線香の匂いが漂って来たからだ。

 

(さっき会った時は気付かなかったけど、覚悟のヤツ葬式にでも行っていたのかなぁ?)

 

 不思議そうにしている六人にさらなるみちるの声が飛ぶ。

 

「後は、貴様らがこの隊のことを明日までにすべて教えろ。ではこれで解散!」

 

 みちるは、その言葉を最後に教室から出ていった。

 

 その数秒後、冥夜が素早く覚悟の席の前に立ち、他の者たちが注目するなか、覚悟に向かって再度深く頭を下げる。

 

「葉隠。もう一度、先程の無礼な言動を謝罪させて欲しい。本当に済まなかった。」

 

 目の前の申し訳ない顔で頭を下げる冥夜に覚悟は、先程と同じ無表情のまま声をかける。

 

「頭を上げてくれ、御剣さん。先程も申したように私は、御剣さんの言う通り、悪鬼の一族なり。だが、胸の内の心意気は君達と同じだと思っている。むしろ、こんな私を受け入れてくれと願い奉るのは私の方だ。」

 

 そう言いながら、覚悟は席を立ち六人に向かって冥夜以上に頭を深く下げた。

 

 そんな起立正し過ぎる覚悟に冥夜は頭を上げて慌てる。

 

「や、止めてくれ、葉隠! そんな態度を取られると逆に困ってしまう。許して貰うのはこちらの方だ!」

 

「では…」

 

「ああ、受け入れるからもう頭を上げてくれ!」

 

 そんな頭を下げっぱなしの二人のやり取りを見守る武、鎧衣、千鶴、慧、壬姫だったが、武には彼女達の表情が段々と柔らかくなっていくのが分かった。覚悟が自分達がかつて教えられた悪鬼の一族とはまるで違っていたからだ。

 

「ごめんなさい。葉隠さん、私も実はちょっと驚いちゃいました。」

「ボクもだよ。ごめんね変な顔して。」

「私も…ごめん。」

「確かに分隊長にあるまじき態度だったわ。」

 

 そして、彼女達も頭を下げる。その様子を見た白銀は、雰囲気が変わって安心したのか彼女達に明るく声をかける。

 

「おいおい、俺だけ仲間外れかよ〜。そもそも『アッキ』の一族ってどういう意味なんだ。お菓子の名前か? 葉隠って家族で何か昔やってたのか?」 

 

「それは…「言わなくて良いわよ、葉隠」?」

 

 覚悟が武に説明する前に千鶴がその言葉を遮った。

 

 不思議そうに千鶴の方を向く覚悟。

 

「あんなのをワザワザ説明しなくて良いわよ。すご~〜〜く長い歴史のお話なんだから。」

 

「ん、長くなる歴史の話なのか? まぁ、委員長がそう言うなら…別にいいかぁ。」

 

 千鶴は、何も知らない白銀に『悪鬼の一族』を説明すれば、自分達と同じように覚悟を見る目が変わってしまうことを恐れたのだ。

 

(白銀は気にしなさそうどけど…念のため。それにわざわざ、あんな日本帝国の恥部を説明するのも寒気が走るわ。お父さんの話では四郎の直系はもういないらしいし、この覚悟って人は、四郎とは血も繋がってもいない葉隠家の生き残りでしょう…まだいたのはちょっと驚いたけど。)

 

 覚悟も珍しくそんな千鶴の気持ちを汲み取った。

 

「了解した。委員長分隊長。」

 

「違う! 私の名前は委員長じゃないっ! 榊千鶴っ!ていうか、何で長が二つ付くのよっ!?」

 

「「「「「アハハハハハ……!!!!」」」」」

 

 教場に愉快な笑いが木霊した。

 

 

「じゃあ、こっちのチームは俺、彩峰、冥夜、そっちが覚悟、美琴、委員長な。タマは審判頼む。」

 

「わかりましたー!」

 

 その後、自己紹介を済ませた武達は、食堂に行く前に交流も兼ねてグラウンドでバレーをすることにした。普段なら、できるだけラリーを続かせる他愛もないものだが、武の久しぶりに対決したいの一言で本格的なバレーの勝負をすることになったのだ。

 

「初めてのチームプレイだね〜。」

「彩峰には、絶対に勝つわよ。葉隠!」

「了解…」

 

 そして、武チームのサーブからバレーが始まった。

 

「行くぜ覚悟っ!」

 

 武が思い切り打ち込んだボールが弧を描きながら、丁度覚悟の前に来る。しかし、覚悟は棒立ちでボールをわざと見送った。

 

 虚しくテンテンと地面を転がるボール。

 

「「「「「「?」」」」」」

 

 六人が不思議そうな顔をするなか、覚悟の声がその場に響く。

 

「どうした、武! カスリもせぬぞっ!」

 

「「「「「「「え?」」」」」」」

 

 一瞬、覚悟以外の者の時が止まった。

 

 数秒後、静止した時を破るかのように同じチームの美琴が、覚悟の後ろから恐る恐る声をかける。

 

「もしかして葉隠って…バレー初めてなの?」

 

「初心なり…」

 

「じゃあどんな球技だと思ってたの?」

 

「球を互いにぶつけ合い、どちらかが降参するまでそれを継続する勝負なり。」

 

 覚悟の頓珍漢な答えに美琴より先に千鶴が口を開け叫んだ。

 

「そんな根性で勝敗が決まるドッチボール、するわけないでしょうがぁっ!?」

 

「了解…」

 

 その後、すぐに千鶴は美琴とバレーのルールを覚悟に教え始めた。

 

 対戦相手と審判である武達四人は、二人に教えてもらっている覚悟の様子をすぐ近くで見守るが、彼等の表情は疑問点に溢れていた。

 

「あいつの世界…じゃなくて周りは何で遊んでたんだ?」

「うぅむ? もしや、あやつの性格から察するに訓練漬けの毎日だったのではないか?」

「真面目そうな人ですからねぇ。」

「ありえるかも…何か榊とは違った変な生真面目さを感じるし。」

 

 数分後…

 

「了解した。零式の戦技にバレーも追加しておこう。」

「分かったなら、今度は相手の陣地に向かって思い切りボールを打ち返しなさい。(零式?)」

「じゃあもう1回武のサーブからやろう。」

 

 美琴が声をかけると七人は、また試合前の位置に戻り、武がボールを持ち再びサーブの構えを取る。 

 

「行くぜ。うりゃあ!」

 

 武の打ったボールは、先程よりも高く打ち上がり、コートの後ろ側にいる美琴の方へと向かう。

 

 美琴もそれを予測し、迫るボールをレシーブしようと身構えた。

 

「よし! 今度は、ボ…ク…が…」

 

 しかし、構える美琴のボールへの視線を遮るように一体の影が舞い上がった。

 

 覚悟だ。

 

 覚悟は、自分の頭上を二mは超えて通過するであろうボールに助走なしの垂直跳びで一瞬で到達したのだ。

 

 覚悟の凄まじい跳躍力にバレーを忘れて目を見張る六人だが、当の覚悟はそんな彼等に気付かぬように千鶴に言われた通り、思い切り渾身の力を込めてスパイクを撃ち込んだ。そう、思い切り…

 

「因果ぁっ!」

 

 バゴォ゙ォ゙ォ゙ンッッッッ!!!!!!

 

 瞬間、周りに大音響が響いた。

 

 ボールが地面に激突した音ではない。その音は、覚悟の全力の因果にボールが耐えきれなくなり、爆発した音だった。

 

 六人がさらに絶句するなか、覚悟が音も立てずに着地する。

 

 数秒後、武チームの陣地に破れたボールがパサリと落ち、それと同時に審判の壬姫が一言呟いた。

 

「ボールが爆発しちゃった…これは、榊さんチームに一点なの…かな?」

 

「そんなわけ無いでしょぉっ!! 葉隠っ!! この馬鹿ぁっ!」

 

 本日、二度目の千鶴の怒号が辺りに響き渡った。

 

 

 19時00分

 PX

 

「まぁまぁ、委員長。葉隠も反省していることだし、許してやれよ。」

 

「むしろ隊員の失敗は、隊長の責任って自分で言ってなかった?…」

 

 七人は、ボールが破損した後にバレーを切り上げてPXにて食事を取っていた。しかし、その間、覚悟は千鶴から説教に近い小言をずっと聞かされていたのだった。

 

「解っているわよ。けど、明日から戦術機の操縦訓練が始まるし、解らないからって操縦機を壊されても困るわ。」

 

「榊隊長の言うことは尤もなり、是非もっと御指導頂きたい。」

 

 覚悟は千鶴の言うことを少しも嫌な顔をせずすべて聞いていた。元々、無表情だからということもあるが。

 

「ケホン…けれど、葉隠ってすごいよね。ボクは、空中でバレーボールを破壊しろって言われてもできないよ。」

 

 その場の空気を変えようと美琴が違う話題をふる。

 

 美琴の考えが伝わったかのように冥夜と壬姫も彼女に続く。

 

「そうだな、そなたのあの跳躍力やボールへの一撃は目を見張る者があったぞ。」

 

「もっと早くに入隊していたら総戦技演習ですごい活躍していたかもですね〜」

 

 自分を褒める三人に覚悟は、座りながらだが軽く頭を下げる。

 

「ありがとう。私は身体能力を買われてこちらに来たゆえ。」

 

 覚悟の買われたという言葉を聞き、千鶴は少し不思議そうな顔をした。

 

「買われたって…誰に?」

 

「香月副司令なり。」

 

「え、貴方、白銀と同じで特別な理由とかがあるの?」

 

「武のことは知らぬが、こんな力だけの田舎者の私を副司令が拾ってくださったのは事実だ。」

 

「「「「「「へぇ~!!!」」」」」」

 

 武以外の五人は、驚きの声を上げた。

 

「そうなんだ! 葉隠は、すげ〜んだぜ! あの副司令に認められてるんだからな。」

 

 武が自分のことのように自慢気な笑顔になる。

 

 そんな盛り上がった場にやや興奮した声で美琴が、覚悟にさらに質問する。

 

「じゃあ、体にあるその鉄球も何か関係あるの?」

 

 美琴は、そう言いながらタンクトップからはみ出ている零式鉄球をコンコンと指先で突っついた。

 

「ば、馬鹿…止めなさいよ、鎧衣。」

 

 美琴の質問と行動に千鶴含めた五人は、やや焦った顔になる。

 

「え、何で?」

 

 美琴が小首をかしげるなか、千鶴は小言でコショコショと耳打ちする。

 

(あれは、どう見たって治療の後でしょっ)

 

(あ…)

 

 最初の挨拶をした当初から見えていた覚悟の零式鉄球だが、美琴以外の者達は、それを傷跡を治療した後だと思っていたのだ。

 

 その場がやや居た堪れない雰囲気になりかけた時、覚悟が口を開いた。

 

「安心してくれ鎧衣さん、榊分隊長、これは治療跡に非ず。」

 

「「え…」」

 

「これはち…」

 

 覚悟は口から出かけた『父上』という言葉をぐっとこらえた。

 

「……この零式鉄球は司令官から撃ち込んで頂いた物だ。君達へ使用方法を説明する許可は下りていないが…いずれ下りると思われる。」

 

 覚悟の言葉を聞き、六人はやや驚愕した顔になる。それは、夕呼が特別に目をかけた兵士ということを再確認したのではなく、鉄球を撃ち込んだという言葉にだった。

 

 そして、冥夜が六人を代表するかのようにその疑問を覚悟に問う。

 

「う、撃ち込んだと聞こえたが、その鉄球…手術で入れたのではないのか?」

 

「いや、この零式鉄球は、高射砲で直に撃ち込まないと肉と骨に癒着しないゆえ、先程言った通り香月副司令に直に撃ち込んで頂いたのだ。」

 

「痛くなかったんですか!?」

 

 今度は、壬姫が冥夜と同じ表情で覚悟に問う。

 

「無論、一発一発が常人なら死ぬ程の痛みであった。しかし、香月副司令にその痛みについて事前にご教授して頂いていた故、耐えることが出来た。それに葉隠家の信条は、理不尽に決起することではなく、理不尽に忍耐することなり。」

 

 覚悟にそう説明された六人は、覚悟が夕呼に鉄球を撃ち込まれる場面を想像した。

 

 

 何故か、雪が舞い散る日本家屋の庭で鉄棒に鎖で繋がれた褌一枚の覚悟。

 

 そんな状態の覚悟を大砲のような物で狙いをつける夕呼。

 

「じゃあ、今から零式鉄球を貴方に伝授するわよ。ほんのちょっとだけ死ぬ程痛いけど、これに絶えなきゃこれからの実験…じゃなかった、訓練は耐えられないわ。」

 

「お願いします!」

 

「じゃあ、発射♡」

 

 夕呼は満面の笑みで零式鉄球を覚悟へ向かって容赦なく発射した。

 

 鉄球は、凄いスピードで次々と覚悟の体に容赦なく吸い込まれてゆく。

 

 ドムッ!ドムッ!ドムッ!ド……!

 

「ぬぐ! がはっ!」

 

 覚悟の体の左側に痛々しく撃ち込まれる鉄球だが、覚悟はそれを気丈にも耐える。

 

 数秒後、夕呼は八個の鉄球が覚悟の体にめり込みんだのを確認すると、球を発射するのを止めた。

 

「ごめんなさ〜い。全身へ均等に撃ち込もうとしたけどちょっと左側に寄っちゃた。まぁとにかく、よく耐えたわね葉隠。褒めてあげるわ。」

 

 瀕死の覚悟を前に夕呼は相変わらずの満面の笑みで、そんな彼を褒めた。

 

「あ…ありがとうございまし、ばはぁっ!?」

 

 覚悟はお礼を言いながら遂に吐血した。

 

 

 (あの鉄球を入れたのは、本当は夕呼先生じゃあないのは解ってるけど、何か容易く撃ち込んだ場面を想像出来ちまった。ん? 委員長?)

 

 武が心の中で苦笑いをするなか、千鶴がいきなり席を立ち覚悟の方へと近づいてゆく。そして、覚悟の後ろに立つとゆっくりと肩に手を優しく置いた。

 

「葉隠、あんたも苦労してきたのね? 困ったことがあったら、分隊長の私に言いなさい。」

 

 千鶴の顔は、憐れみの表情一色であった。

 

「?…了解。」

 

 いきなり千鶴の自分を見る目が変わり、やや不思議そうにする覚悟だったが、周りを見ると武以外の四人も同じ表情をしていた。

 

「葉隠、私達はもう同じ仲間だ。これからは何でも気軽に話すがよい。」

「そうですよ。葉隠さん! いつでもお話聞きますよ」

「ボクも力になるよ!」

「そうそう、ついでにあともっと実験…じゃなかった、鍛錬の話、聞かせて。」

 

 仲良くなった?六人を見た武は、先程の想像したことを思い出す。

 

(なんか、委員長達も同じ想像をしたっぽいな。けど、平行世界のことを隠すためだとはいえ、夕呼先生の株、ちょっと下がったかも知れないなぁ…)

 

 だが、武の心配を他所に夕呼の株は少しも下がっていなかった。幸か不幸か、夕呼なら自分達が想像したくらいのことは平気でするだろうと五人は前々から認知していたから…

 

 

 十数分後、食事を終えた七人は会話を交わしながら、宿舎へと歩いていた。彼等の雰囲気は穏やかで、特に御剣、鎧衣、榊、彩峰、珠瀬の五人は、普段と変わらない武と無表情の覚悟と比べて、教場の時と違い表情が柔らかくなっていた。

 

「そうか、そちらの演習ではそのようなことが…」

「そうなんだよ! ゴールに着いたと思ったらいきなり、砲撃されてさ!」

「あの時は、タケルが撃たれないか冷や冷やしたよ。」

「それにレドームも遠かった…」

「珠瀬がいなければ、もっと苦労したやも知れぬな」

「あの狙撃が無かったら、確実に一日は遅れてたわね。」

「え〜そんなことないですよぉ」

 

 もし、この世界ではなく武や覚悟の世界の住人がこの七人を見れば、学校帰りの仲の良い高校生が歩いている風にしか見えなかっただろう。

 

 そうこうと和やかに話しながら七人は、いつの間にか宿舎の自分達の部屋の前まで来ていた。

 

 すると武は、会話を止め自分の部屋の扉の前に六人の方を向きながら立つ。

 

「ほんじゃあ、俺も部屋に戻るわ。明日から皆で頑張ろうぜ!」

 

 覚悟は、明日から自分の命を預けるかもしれない仲間に別れの敬礼をした。

 

「武よ、明日からよろしく頼む。」

 

 覚悟の敬礼を見た武は、困ったように微笑む。

 

「おいおい、覚悟、同じ小隊の仲間に敬礼は必要ないぜ。勿論、頭を下げる必要もな。明日からはもっと気軽にいこうぜ。」

 

 そう言って覚悟に親指を立てる武を見て千鶴は、ため息を付く。

 

「白銀、あんたは気軽過ぎよ…」

 

「え〜」

 

 わざとらしく困った顔をする武に対して、今度は覚悟が武と同じく親指を立てた。

 

「了解した、明日から心掛けよう。」

 

「それでいいぜ! 後、積もる話は、やっぱりまた明日な覚悟! おやすみ!」

 

 武は、自分の真似をした覚悟を満足気に微笑むと部屋に入っていった。

 

 武を見送った覚悟も続いて、自分の部屋の扉を開ける。

 

「では皆さん。明日からよろしくお願い致します。」

 

 そう言って覚悟は、自分の部屋へ入った。

 

 覚悟を見送った五人は、また会話をしながら自分の部屋へと歩いていく。

 

「また、白銀と同じく変な奴が来たもんね。」

「最初から変に気安い武とは、まるで正反対だな。」

「軍教育が始まって、男の人からさん付けて呼ばれたなんて初めてだよ。」

「けれど、真面目そうな方で良かったです。」

「真面目だけど変人…」

 

 彼女達が話していたのは、覚悟の変わった性格といった他愛のないことだけであった。だが、実は心情では、悪鬼の一族が何故この基地に来たのか、日本全体で迫害されていた一族がどうやって今まで生き延びたのか、解体された武家にも関わらず信条などと言っていたことなど、話し合いたいことが山程あった。しかし、彼女達も人には言えない秘密を抱えている故にお互いの家柄や過去は、暗黙の了解で不干渉としている。それ故に覚悟も何かしらの理由があると感じて、そういったことを話題に上げる者はいなかった。

 

 武達と別れて十数分後、覚悟は鞄から零を取り出して前の世界の自室みたく鎧のように飾っていた。

 

 飾られながら零は、対閃光暗視眼をギラリと光らせ、覚悟と会話していた。

 

『他の隊員達も信頼足る者達であったか……』

 

「うむ、私と同じ若輩なれど、皆戦士の瞳をしていた。」

 

『そうか、実に喜ばしいが、少々複雑だな。我々の世界でもあのような者達は、もっと他の生き方が選べる筈だったのだが……』

 

「ああ、特に武は何故か私と同じくとても大きな宿命を背負う目をしていた。」

 

『ほう……』

 

 覚悟は、そのまま床に就き零と会話しながら眠りについた。

 

同時刻――

 

帝都のとある某所

 

 赤い格式ある服を着た長く緑がかった髪の二十歳過ぎの女性が、同じく白い格式ある服を来た三人の少女達と話している。

 

「武御雷の搬入準備は済んだか? 神代?」

 

 緑髪の女性が三人の内の神代と呼んだ少女に質問をする。

 

「はい、月詠様。整備も完璧です。明日の午前には横浜基地に搬入できるかと。」

 

「よし、冥夜様にどう思われようと我らは殿下の尊い御意志を尊重するまで。後は、戎、巴、調べていたニ件はどうなった?」

 

 月詠と呼ばれた女性は、次に神代の隣にいる二人の少女に声をかける。

 

「はい、まずはこちらを…」

 

 戎と呼ばれた少女は、数枚の紙を月詠に渡す。

 

 月詠は、暫くその書類を読む内に表情が険しいものに変わり一言呟いた。

 

「死んだ人間だと?」

 

 その呟きに戎は、同じく険しい表情で答える。

 

「この白銀武という男、戸籍上は、ΒETAの横浜侵攻以後一年以上生死不明のまま失踪扱いになっています。それ自体は、当時のあの地域の住民としては珍しいことではありません。ですが…」

 

「何故か、死人が冥夜様のお側にいるということか…」

 

「そのうえ207訓練小隊B分隊に於いて、この男のみがなんの変哲のない一般家庭出身です。表向きあの部隊に配属される理由が存在しません。」

 

 剣呑な雰囲気で会話をする月詠と戎。だが、月詠は、夷の後ろに控える同じく数枚の書類を持った少女を見ると、やや表情を和らげた。

 

「後は、十日前の国連軍から寄せられた電話の件だが…恐らくは何かしらのいたずらであろう。この非常時にあの薄汚れた一族の名を語るとは、とんだ不逞の輩が居たもの……どうした巴?」

 

 表情を和らげた月詠に対して、巴と呼ばれた少女は厳しい顔を変えず書類を渡す。

 

「十日前の件、調べましたところ、驚くべきことが判明いたしました。」

 

「!?」

 

 巴の言葉と表情を見て、只事ではないと感じた月詠は、急いで渡された書類に目を通す。

 

「何だと、まさか…」

 

 数分後、月詠は書類の全てに目を通すとそれをぐしゃりと握りつぶした。その表情は、武の件とは比べ物にならない程の憎しみ、嫌悪、怒りと負の感情で溢れていた。そして、その感情が勢いよく溢れ出るかの如く、大声で叫んだ。

 

「何故、おぞましい『葉隠』の一族がまだ生きているっ!?」




本当は、もっと七人が打ち解けるまで時間を掛けようと思ったのですが、あの五人の性格と背景を考えると嫌う展開は想像できなかったです。ガチで国民に家族ごと嫌われてた彩峰にも優しく普通に接してますし。

けれど初対面の武にもう一回死ぬかって脅した月詠さんなら…


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