八幡に天の鎖もどき持たせて、シンフォギアに放り込んでみた (シャルルヤ·ハプティズム)
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プロローグ
ep1






 2035年、北海道山間部。

 

 

 

 

 3月になっても雪が解けない北海道の山々。普通なら到底踏み入ることも躊躇われる場所に、その施設はあった。銀世界にとけ込まないその施設は、日本政府が極秘裏に建造したものである。しかし今、その建造物は黒煙を纏っていた。

 

 

 

 

 バチ、バチ、と音を立てながら火の粉が撒き散らされる。天井は瓦礫と化して崩落し、天井だった所からは断線したケーブルが垂れ下がっていた。

 

 そんな、凡そ人のいるべき場所ではない所に、少年────比企谷(ひきがや)八幡(はちまん)はいた。下半身を瓦礫に挟まれ、今にも一酸化炭素中毒で命を手放しそうな彼は、目の前から聞こえた爆音で手放しかけた意識を取り戻した。

 

 少年の左目に、『彼』は映った。

 

 

 長い翠の髪をたなびかせ、この場所に似つかわしくない白き衣。柔らかな笑みを浮かべる、美しい翠の人。彼が現れた瞬間、周囲を取り巻く炎が退いた。少なくとも、八幡はそう認識していた。天使か救世主かにさえ見えた。

 彼は八幡の側まで歩み寄ると、薄い唇を開いた。

 

 

 

「君に、生きる意志はあるかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  第一話「ウツシヨに楔あり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2038年、東京。

 

 

 

 

「ノイズを確認しました。指示をお願いします」

 

 

 13歳の少年、比企谷八幡はライフルのスコープから、ソレを視認した。

 

 

 ノイズ。国連指定の認定特異災害。どこからともなく現れる、蛍光色でチープな見た目、大きさも形も多種多様なバケモノ。しかし、ノイズが特異災害である由縁は、神出鬼没さでも大きさでも形でもない。

 

 ノイズは、人間を()()()()()()

 もっと具体的に言うと、ノイズと接触した人間は肉体を、服ごと炭素に変化させられるのである。組成分子が丸ごと炭素に変化したという、脅威的な論文まである。

 この現象によって、ノイズは認定特異災害にせしめられたのである。

 

 

『了解した。八幡、狙撃しろ!』

 

「はい」

 

 八幡は、20体近くいるノイズの中の一体に照準を合わせ、引き金を引いた。

 

 

 ノイズには既存の兵器がその威力を発揮しないという特徴もあった。一部の機関で『位相差障壁』と呼ばれるそれは、銃弾や爆弾などの威力を大幅に減少させる。それは日本に留まらず、ノイズを研究する各国でほぼ同じ結論が出ている。

 アメリカでは、ノイズが大量に出現した折に完全消滅させるのに核兵器まで投入したほどである。

 

 だが、八幡のライフルから放たれた閃光──ビームは、直撃したノイズをいとも容易く炭素の塵に変えた。

 

「位相差障壁の無効化を確認。司令!」

 

 八幡に指示を送る赤シャツの偉丈夫、風鳴(かざなり)弦十郎(げんじゅうろう)は、激を飛ばす。

 

『了解した。翼!』

 

『はい!』

 

 インカムから翼と呼ばれた少女の返事が聞こえると同時、空から降り注ぐ無数の短刀がノイズの一群を瞬く間に撃滅した。

 

 

『ノイズの反応、消滅しました』

 

『よし。回収班を送るから、八幡と翼は帰投してくれ』

 

『「分かりました」』

 

 オペレーターの一人、友里あおいは、コンソールからノイズの反応がなくなったことを報告する。その旨を受けて、弦十郎は撤収命令を出した。

 

「司令からは、どう見えたんですか?」

 

『上々だな、()()()()()()は。まだまだ改良の余地はあれど、これなら政府も正式に認めざるを得ないだろうよ』

 

 

 

 ここは特異災害対策機動部二課。位相差障壁や炭素化を無効化する、『シンフォギア』という対ノイズに特化した試作兵器を運用・研究する政府直轄の特殊部隊である。

 

 

 

 ────────────────────────

 

 

 

「2人ともお疲れ様〜。シンフォギア、どうだった?」

 

 二課の本部に帰投した年少の戦闘員を迎えた女性、櫻井了子(りょうこ)は開幕から本題に入った。彼女が、シンフォギアの開発者であり最高責任者である。

 

 八幡の後ろから控えめに顔覗かせる八幡の一つ歳下の少女、風鳴翼は、自身の人見知りに耐えながら答えた。翼は、了子の明るさとおしゃべりに圧倒されるため、少しばかり了子が苦手だった。

 

「い、いい感じでした······。前よりも動き易かったです。()も自然に歌えて······」

 

「位相差障壁問題なさそうだし、翼の攻撃も、前より火力が増強されてたと思いますよ。了子さん」

 

 風鳴翼。彼女は、この組織で唯一のシンフォギアを担うに足るとされた人間である。先程のノイズを一掃した攻撃も、この少女によるものだった。

 また、司令である風鳴弦十郎の姪でもあり、この組織では、幼くして弦十郎や了子に次ぐ重要人物である。

 

「うんうん。これなら制式配備も問題なさそうね。じゃ、2人ともメディカルチェック行くわよ〜」

 

「「えぇ······」」

 

「なーに言ってるのよ。帰投後のチェックは義務だって毎回言ってるじゃないの」

 

 翼と八幡の返答に満面の笑みを浮かべた了子は、メディカルチェックを嫌がる2人を、医務室に強引に引っ張っていた。

 

 

 

 

 

「······そういや、聞いたか。調査部が『イチイバル』見付けたって話」

 

 チェックが終わり、後は帰るだけになった八幡はおもむろに切り出した。

 

「······おじ様が就任する直前の、あれ?」

 

 同じく手持ち無沙汰だった翼の疑問に頷く八幡は更に続ける。

 

「そうそう。クソジジイの失態で盗まれたあれ。裏ルートで転売繰り返されてたんだと」

 

 八幡の言う『イチイバル』とは、翼の操るそれとは別で研究されていたシンフォギアのコアに当たるものである。4年前に何者かの手で盗難に合い、責任を追求された前司令が更迭されている。

 

「俺がイチイバル使えればなぁ······」

 

「八幡は『ガングニール』の起動に貢献したし、エンキドゥもあって十分じゃないの?」

 

 『ガングニール』もまた、二課が保有するシンフォギアのコアに当たるものだ。

 

「使えなきゃ意味ないだろ······」

 

 溜息を吐く八幡に、翼は不満げな視線を送るだけだった。

 

 

 八幡は、『エンキドゥ』というものを有している。それは3年前の研究所事故の際に起動し、幾度ものゴタゴタの末に八幡の保有が決まった、シンフォギアとは別の······対ノイズに効果ありと目される二課が研究している兵器である。しかし、エンキドゥは実戦投入を可能にする量のエネルギーを維持出来ず、投入が見送られていた。『ガングニール』のシンフォギアも同様である。

 

 その代わりに八幡は、ビームを打てるライフルを片手に、シンフォギアを操る翼の支援を担当することが決定している。翼がシンフォギアで位相差障壁を無効化し、2人でノイズを殲滅する。聞こえはいいが、裏を返せばノイズの位相差障壁の無効化は翼にしか行えない、というのがこの組織の実情だった。

 

 

 そうやって、喋りながら2人で帰路につこうとした矢先、慌てた様子で了子が呼び止めた。八幡と翼は、了子の表情にただならぬものを見た。

 

「2人とも、来て!」

 

 

 

 

 

 

 司令室に駆け込んだ3人を待ちわびたかのように、弦十郎が話し出す。司令室には、既にオペレーターや諜報員、回収班の班長などが集合していた。

 

 

「全員揃ったので説明を始める。30分前、ノイズの大量発生が確認された。場所は長野県皆神山。確認された数は······100体を超えた」

 

「100体!?」

 

 100を超えるバケモノの出現。弦十郎の発言は司令室をどよめきで満たすには十分だった。ノイズの出現率は、決して高いわけではない。世間では、通り魔に合う方が現実的、と言われるほどだ。先の戦闘では20体近く現れたが、それでも多い方である。それが、100体。観測が始まってから、ノイズが3桁を超す大量出現は、3度しか確認されていない。そして、それは全て日本国外の話である。

 

 皆神山は皆神神社を初めとした観光地であり、例年多くの観光客が訪れている。そして、今日は土曜日。時刻は午前9時。梅雨はとっくに明けている。山頂まで車で登れる山だ。雨が降っていてもほとんどの観光客は引き返さない。

 

「政府は、この事態を重く受け止めシンフォギアによる介入を決定した」

 

「待って弦十郎君! 2人のメディカルチェックはさっき終わったばっかなのよ! それに、シンフォギアはまだ実戦投入出来ないはずじゃ······」

 

 了子の発言に、弦十郎は首を横に振った。

 

「政府は、なんとしてもシンフォギアを投入したいらしい。広木防衛大臣からの通達だ。なにしろ、今さっきシンフォギアの実戦投入が国会で決定したからな。かなり強行的だったらしいが」

 

「なっ······」

 

 この場にいる誰もが、裏があることに気付いた。試作兵器シンフォギアの開発には巨額の税金が投入されている。金食い虫とバカにされてきたこの兵器の配備賛成派は、今回の対処を手土産に反対派を黙らせたいのだ。

 

「これが、俺達二課の初任務になる。各自思うところは多いだろうが······本番だ! お前達、気を引き締めてかかれ!」

 

『はいッ!』

 

 異口同音。予定外の形になってしまったが、組織はずっとこの日のために備えてきた。各々が持ち場につくべく蜘蛛の子を散らすかのようにばっと走り出す。

 そんな隊員達を見送りながら、弦十郎は八幡と翼に問いかけた。

 

「翼、八幡······連戦になるが、行けるな」

 

 緊張感で体を強ばらせながらも、未成年の隊員達は弦十郎に向き直った。

 

「問題ないです」

 

「行きます、おじ様!」

 

 2人は、揃って迷いなく告げる。年少の返答に、弦十郎も司令として覚悟を決め直した。

 そして、己と彼らへの鼓舞をすべく叫んだ。

 

「頼んだぞ、お前達ッ!!」

 

 「「はいッ!」」

 

 

 

 これが、八幡と翼の長きに渡る戦いの連鎖の始まりだった。

 

 

 





 作者のカルデアにはギルもエルキドゥもいないことをここに報告しますorz


 あと、感想くだせぇ。

 
 9/9 加筆修正しました。


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ep2 ゴクラク浄土


 早速感想頂きましたありがとうございます。現時点では奏加入前ですね。

 UAがもう1200行ったんですよこの作品。本当にありがたい。シンフォギアはXVで完結しました(続編ありそう)けど、今週末の生放送とかもあるし、まだまだ熱が続きそうですね。


 

 

 認定特異災害、ノイズ。人を炭素の塊に変えるバケモノ。

 かつて中国でこれを研究していたある学者は、ノイズはあらゆる生命体の中でも人間を優先的に狙うのではないか、という仮説を立てた。というのも、かつて中国でノイズが大量発生した際、発生地点から付近にあったペットショップの動物にほとんど被害が無かったからである。

 これには映像の証拠があり、ショップのスタッフが炭に変えられた後、ノイズが箱の中の小動物を狙わずに、店外にいた歩行者を狙った姿が監視カメラに捉えられたからである。

 この映像と仮説は、マスコミに取り上げられ瞬く間に中国内外に広まった。

 

 

 

 

 

 長野県長野市、皆神山。

 

 そこは今、静かな地獄と化していた。土曜日の行楽地。本来なら人が溢れるそこは、黒い塵で溢れていた。塵が巻き上げられ、風が黒く染まる。周辺を、どこかの店から流れてくる流行りの曲が流れていた。

 

 シンフォギアを纏った蒼い髪の少女、風鳴翼は、血が出るほど唇を噛み締め、生存者を探していた。

 

「誰かいませんか! 助けに来ました! 返事をしてください!」

 

 初任務だと言うのに、己を奮い立たせて地獄を歩く少女は、これまでに既に40を数えるノイズを切り伏せていた。彼女の纏う衣と、握る日本刀が、それを可能にした。

 

 翼は、自分以外の生命反応が存在しない黒い世界で、気が狂いそうだった。誰でもいい。ノイズでもいいから出て来て欲しいと思えるほどだった。

 そんな時だった。

 

『翼ちゃん! 生命反応を確認! 2つ!』

 

 オペレーター、友里あおいの叫びだった。翼は救われたような気さえした。

 

「どこなの!」

 

 待ちわびた報せに、翼は焦ると同時に気分を取り戻した。

 

『翼ちゃんの所から、2km南西! ·······あっ!?』

 

 友里の吐息に、走り出した翼はすぐに立ち止まった。

 

『今の生命反応の350m南にノイズの反応確認! 数4!』

 

「急がなきゃ······!」

 

『八幡君も向かってる! 連携して!』

 

「はい!」

 

 緊急事態ではあるものの、同じく戦闘員で歳も近い八幡と合流出来ることで、翼は少しだけ余裕を取り戻せた。

 

 

 絶対に助ける。彼女の初任務は、誰も意図しない程に重いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

『八幡君は、北東1.5kmの要救助者を! 多分、翼ちゃんより先に着く!』

 

 八幡はインカムに届く新人オペレーター、藤尭朔也の声を脳に叩き込みながら、走っていた。

 

 翼とは逆側に配置された八幡は、翼と同じ世界を見た。それでも、八幡は翼より落ち着いていた。歳下の女の子に負けてはいられない、という小さなプライドの賜物だ。

 しかし、その一方で翼以上に強い焦りも覚えていた。生存者の南にノイズが確認された以上、八幡は直進しているとノイズと鉢合わせする可能性が高かった。八幡はシンフォギアを持っていない。つまり、翼ナシではノイズの位相差障壁を突破出来ない。

 

 

 八幡の持つライフルは、Assault Device Weaponという櫻井了子が開発した、シンフォギアが稼働時に放出するエネルギーを蓄積し、放出する機構を持つ兵器である。ノイズには通常兵器よりも効果があることは運用試験で実証されたが、シンフォギアとの連携を前提としたものだった。

 余談だが、ライフルだけでなく拳銃タイプもある。

 

 

「藤尭さん、生存者2人は動いてますか? ノイズを迂回したい」

 

『生存者は北に動いてる。ただ、あまり早くない。登山道から外れてて映像がないんだけど、怪我人か子どもなのかも·······』

 

 藤尭は自分の推測を口にしていくウチに、語尾が弱くなっていった。八幡は多少の頼りなさを覚えたが、口には出さなかった。

 

『藤尭! 悲観的になるな!』

 

『は、はい!』

 

 弦十郎の怒鳴り声と、藤尭の裏声が八幡の耳に突き刺さった。キーンという音を堪えて、八幡は捲し立てた。

 

「ノイズが追い付くまでの時間と俺追い付くまでの時間、出せますか?」

 

 計算能力に長けた人材として司令の弦十郎がどこかから拾ってきた新人オペレーターは、慌てて自分の能力を発揮する。

 

『えぇっと······前が278セコンド、登山道から外れてるのも考慮すると、八幡君が追い付くのは251セコンド! 迂回ルートも転送完了!』

 

「ギリギリじゃないすか!」

 

 八幡はギリギリの時間と自分の足を恨んだが、そんなことを考える余裕も無くしそうだった。だが、余裕が無くなりそうなのは藤尭も同じだ。

 

『八幡君の足なら追い付く! 急いで!』

 

「分かりましたよ全く!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女───天羽奏は、不慣れな山道をよろよろと歩いていた。考古学者の親を持つ彼女は、妹共々親の仕事現場の見学に来ていた。今日は、一般人も参加出来る大学主催のイベントがあったのだ。その準備を手伝う代わりに自分と妹を、母にねだって参加者に捩じ込ませた奏は、あの日に戻りたいと半泣きで考えていた。

 

 妹は、泣くことも忘れたのか、無表情のまま自分に手を引かれている。黒い砂の前にへたり込む妹の手を引いて逃げ出したものの、逃げる途中で足を挫いて、走ることも出来ずにふらふらと歩いていた。

 

 奏は、ノイズの大軍がじわりじわりと押し寄せる様を一瞬だけだが見てしまった。泣きたかった。それでも、自分はお姉ちゃんだから、と言い聞かせて、歯を食いしばって、それだけを考えて足を動かした。

 

 

「いつまで、逃げれば────」

 

 いいんだろ······。そうボヤきそうになった瞬間、奏は、唐突に無重力感に包まれた。

 

「え」

 

 次に襲いかかるのは、重力。妹の手を握るのに集中しすぎて、足下が見えていなかった奏は、足を滑らせて滑落した。

 

「あ、ぎっ、」

 

 突発的に体を覆う痛みで呻くこと以外何も出来ず、数秒転がり続けた奏は、全身の痛みに耐えながら、目を開けた。

 

 

    ノイズ(バケモノ)がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 余裕もなく指示されたルートから逸れないように必死に走り続けた八幡は、遠目にノイズを視認した。

 

(予想より速い······!)

 

 単独で仕掛けるべきではない。そう分かっていながらも、ライフルを握る手に力が入った。焦る気持ちを押さえて迂回しようとした八幡は、ノイズの進行方向に女の子が倒れていることに気付いた。

 

「わぁぁああああ!」

 

 次を考える前に、八幡は叫びながらノイズに向かってライフルを撃っていた。ビームは、位相差障壁によってノイズの体をすり抜け、女の子の頭上を通り抜けて、どこかへ飛んでいった。だが、八幡に気付いたノイズは方向を変えた。

 

「今ぁッ!」

 

 八幡は全速力でノイズの脇を通り抜け、女の子を抱えてそのまま離脱した。

 

「翼と合流します!」

 

『いや!』

 

 次の瞬間、蒼い斬撃が宙を走りながら、3体のノイズを両断した。斬撃は、そのまま数本の木を切り倒して消滅した。

 

「────っ! 翼か!」

 

 八幡は、目の前に降り立った歳下の少女がとても頼もしく思えた。少しだけ、眩しさを覚えたほどだ。

 

「翼、助かった······」

 

「遅くなってごめんなさい······ひっ!?」

 

 だが、そんな八幡と対象的に、翼は振り向くと同時に悲鳴を上げて後ずさった。

 

「なんだよ······?」

 

「そ、それ······」

 

 八幡が翼の豹変を訝しむと、翼は手を震えさせて、八幡の抱える、失神した少女を指差した。

 

「この子が────」

 

 八幡は、少女を見下ろして、そして固まった。

 

 

 

 

 少女·······天羽奏は、気絶してもなお妹の手を握っていた。握り締めていた。

 

 

 

 

 手首から先は、なかった。

 



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ep3 鳥籠のナカで

 

 

 八幡と翼が保護した少女、天羽奏。彼女は、二課本部内の医務室に搬送された。理由は、彼女や衣服に大量に付着していた黒いモノ──ノイズの接触により炭素化した人間である──は、彼女が握っていた手首と関連性が深いと判断され、回収が決まった。

 

 

 あまり知られていないが、炭素化した人間を回収する際には様々な取り決めがある。体の一部や身分の証明に繋がる可能性のあるものが炭素化せずに残った場合や、炭素が人間一人分として判断された場合は、個別に回収しなければならない。

 大半は個人の特定のために研究機関に回されるが、身分証などがそのまま残った場合は、研究機関に回さずに炭素を骨壺に納めて遺族に届けられる場合もある。

 30年前の改正ノイズ対策基本法で明文化されたこのルールは、ノイズ被害者遺族の粘り強い運動の賜物だった。

 

 

 

 八幡は、帰還の車の中で、ぼうっとそんなことを考えていた。天羽奏を抱えていた八幡の体や衣服に付着していた炭素も可能な限り丁重に回収された。地面に落ちていた塵の山を専用の箱に詰める作業に八幡も参加したが、八幡は、回収班がなぜ発狂しないのか不思議で仕方なかった。

 それとも、既に発狂した後なのか······。そこまで考えて、八幡は思考を切り替えた。

 

 

 生存者、天羽奏。今回被害を受けた者の中で、たった11人の生存者の一人。

 八幡は、彼女に会ったことがあった。記憶に残っているのは、3年前の母の告別式に参列していた光景である。父によれば、母親同士がはとこだったはず。

 

 彼女は······、俺の母親姉妹しか親族がいなかったと思うが、どうなるんだろうか。伯母は母の葬儀にも出ないしここ5年は音信不通。叔母は経済基盤こそあれど、未婚だし。だが、下手に親族と一緒にいるより施設に入って環境を一新する方が、辛いことを思い出さなくていいかもしれない。

 

 八幡はそこまで考えて、二課が特機部二と揶揄される理由に、そんなことを仕事にしてる連中だと思われてるのかもしれない、とぼんやりと考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 顔を上げるのが、怖い。目の前に、あの光景が目に浮かぶ。体中から寒気が止まらない。

 

 黒い風、黒い地面、人間の手首。元がなんだったか、どうだったか考えるのが、怖い。

 

 風鳴翼は、二課の仮眠室の隅で縮こまっていた。自分は、国を守護する防人として今日まで厳しい訓練を耐えてきた。だと言うのに、その成果を活かすのが怖い。怖かった。

 

 

「翼ちゃん」

 

 名前を呼ぶ声がして、翼は顔を上げた。自分を呼んだのは、二課のエージェントであり弦十郎の右腕の、緒川慎次。彼は、21世紀まで代々続く忍の家系の出であり、自分が2歳の頃からの付き合いだった。

 去年大学を卒業したばかりだが、忍として培った技術を活かして職務を全うする彼は、既に超一流のエージェントだ。翼の戦闘員としての師匠でもある。

 

「慎次くん······」

 

 緒川は、何も言わずに翼の隣に座った。そのまま、一分か2分ほど無音が続いた。やがて、緒川は呟くように話し出した。

 

「······僕は、翼ちゃんに戦闘技術を叩き込んできたつもりだけど」

 

 緒川は、そこで一度言い淀んで、深呼吸してまた言葉を放った。

 

「無理にそれを使おうだなんて、考えなくていいんだよ」

 

 翼は、鈍器で殴られたような衝撃を覚えた。

 

「え······? 私は、必要ない、の?」

 

 翼の、防人として······刃を研いできた自分のアイデンティティを否定されたようなものだった。緒川は、こうなることも予想出来ていたが迷った末に話すことにした。

 

「こんな······人に自慢出来ないことをしている僕が言うのもなんだけど。僕達はね、戦わないという選択を取ることも出来るんだよ」

 

「じゃあ、私はどうすればいいの!? 私はっ、防人として、今日まで······っ」

 

 言葉尻が弱まっていく。緒川は、子どもに暴力を振るっている感覚さえ覚えたが、ここで辞めるわけにもいかなかった。

 八幡もそうだが、翼も、戦うことに頭を囚われすぎだ。緒川は、翼がシンフォギアを纏った日からずっとそう考えていた。そうしたのは、自分達大人であるという考えが頭から離れず、惨めったらしくて仕方なかった。

 

「この組織として見たら、翼ちゃんには戦って貰わないと困るんだ。シンフォギアに適合した時から翼ちゃんの配属は決まってたからね。でもね······」

 

 翼は、緒川の顔を見上げた。彼は、僅かに悔しさを滲ませていた。小さな翼に、その表情の奥にあるものを読み取れるだけの感受性はまだ育っていなかった。

 

「シンフォギアを、この組織にいることを、大人の言うことに従うことを、戦う理由にしてはいけないよ」

 

「どういう、こと······?」

 

 緒川は、翼の小さな手を自分の両手で包んだ。翼の手は、普通の小学生では有り得ないほど固く、マメだらけだ。

 

「人を助けるために、この組織に居続けることは素晴らしいことだと思う。ただ、翼ちゃんも考えなくちゃいけないんだ」

 

「考える?」

 

「そう。翼ちゃんは防人になるために、今日まで訓練を積んできた。でも、それは翼ちゃんが自分で選んだ道なのかな」

 

「そんなこと······」

 

 翼は、否定出来なかった。小さい頃から、そう言われ続けたのは事実だ。

 

 

 そもそも、風鳴とは国防において強い影響力を持つ一族であった。また、政治家も多く排出している。その風鳴の宗家に生まれた翼、それと弦十郎は、生まれながらにして国防か政治に携わることが決定していた。そういう意味では、忍の家系出身の緒川慎次も似たようなものだったが、だからこそ緒川は翼を諭さなければならなかった。

 

 

「正直言えば、翼ちゃんにはそういう道を歩んで欲しくはないかな。この道は、辛いことだらけだ。今日みたいな日も、この先いっぱい出てくる。組織は秘密にされなくちゃいけないから、感謝を受けることもほとんどない」

 

 改めて想像するだけでも、辛い世界だった。何故子どもがここにいるのか考えたくないというのが、本音だった。

 

 そんな中、俯いたまま翼は呟いた。

 

「慎次、くん。私ね、最近お父様と、あまりお話出来てないんだ······」

 

「······うん」

 

「だから、防人として、頑張ったらまたお父様褒めてくれるんじゃないかなって······。間違いなのかな、これ······」

 

 翼の複雑な家庭環境を頭に浮かべて、次に何を言うべきか緒川は必死に考えた。

 

「······それが、翼ちゃんの戦う理由?」

 

 だが出てきたのは余りにも当たり障りのない言葉。翼は、その質問にはこくんと頷いた。

 緒川は、等身大の女の子の姿を見て、大きな安堵を感じた。等身大で、それでいて強い子だった。緒川は、その強さに気付いて安堵感をかき消されたが、それを表情に出すのをぐっと堪えた。

 

「うん。翼ちゃんの戦う理由は、間違ってないよ。お父さんに褒められたいって思うのは、誰だって当然のことだよ」

 

「慎次くんも······?」

 

 

 顔を上げた翼に、もちろん、と緒川は答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪かったな、慎次」

 

 翼と話し終え、帰るのを見送った緒川に、弦十郎は声をかけた。仮眠室のドアが開いていて、全てではないが通りがかった弦十郎に、2人の会話を聞こえてていた。それが緒川が意図したことかは弦十郎には分からない。

 

「翼ちゃんは······今日はなんとか立ち直りましたが」

 

 端的に言えば、緒川は翼が何を拠り所にしているかを翼に自覚させるために会話していた。カウンセリングの自信はなかったが、なんとかなったと思っている。今回は。

 

「この先も、また同じようなことがあるはずです。無理に奮い起てとは言いませんが、今の翼ちゃんには逃げ道がないんです。司令は······弦十郎さんは、どう考えていますか?」

 

 緒川の問いかけに、弦十郎は言葉を詰まらせた。おそらく父親よりも翼の傍にいた緒川。戦闘技術を教え込むという明確な理由はあったが、それ以上に妹のように可愛がってきた翼を案じていたのも事実だった。

 

「俺は─────」

 

 

 

 結局、緒川が満足出来るだけの答えを、弦十郎は述べられなかった。本心では、弦十郎も翼と同じで、翼には、翼だけでなく八幡にも戦いに身を投じて欲しくはない。だが、そう出来るだけの力を、弦十郎は持ち得なかった。

 

 そう嘆く弦十郎に、一つの報せが届いた。

 

 

 

 先の作戦で救助された少女、天羽奏には、シンフォギアとの適正があった。

 

 

 





 昔から防人防人言われてただろうけど、持て余してた時期くらいあるんじゃないかなっていう妄想。



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ep4 地にアシがつかない

 

 改めて思うけど、ノイズって全国規模で見るとそこそこ出るんだな。

 

 八幡は、日本刀型の武器を片手に一騎当千する翼を援護をしながら、そう考えた。

 天羽奏の救出から6日が経った。散発的に発生するノイズを狩りながら過ごす特異災害対策機動部は、シンフォギアを駆使して迅速な対応を取る。だが、実戦投入可能なシンフォギアは一機しかない。

 

 八幡は、年下の背中を見る自分に、複雑な思いを抱えている。この3年間、ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シンフォギア・ガングニール、起動実験開始します』

 

 

 一年前、八幡は、北欧神話の主神の手により猛威を示したという彼の槍、その破片と対峙していた。

 

 シンフォギアのコアとなるもの。それは、古来より神話や伝承、民話などで伝えられる無双の一振り。或いは、人々に恐怖や死を振り撒いた魔の結集体。はたまた大蛇や怪鳥、竜のような怪物退治の逸話にてそれらの血肉を啜ったもの。それらを総称して、現代では『聖遺物』と呼ぶ。

 特殊な波動を当てると爆発的にエネルギーを放出するそれらが、シンフォギアという兵器のジェネレーターである。このエネルギーが、ノイズの接触から装着者を保護する防御壁や、ノイズの位相差障壁を無効化する機能の実現を可能にする。

 

 ここにあるガングニールは欠片······つまり、何らかの要因で破損した、槍の一部であったが、それでも兵器の機関として採用されるには十分だった。聖遺物とは、そういう代物なのである。もちろん、それは机上の話だ。

 

 

『八幡、今までのように、自由に()()()()()くれ』

 

「やってみます」

 

 弦十郎の指示の下、八幡はガングニールのシンフォギアを手に取った。聖遺物を起動させる特殊な波動、それは『歌』である。誰でもいいというわけでもないが、聖遺物には歌を歌うことが起動に必要である、とされている。

 

 そして、八幡はガングニールの起動を可能にする人間として、組織に参加していた。参加に当たって様々な思惑に絡みつかれてはいたものの、ガングニールが八幡の組織内での存在意義と言っても過言ではなかった。

 

 

「─────♪」

 

 声変わりが始まったばかりのハスキーボイスが、実験室に満ちる。別室から指示を出す弦十郎やオペレーター、モニターに徹する翼が、その光景を遠隔で観察した。

 

『フォニックゲイン、起動予想値の70%に到達。71、72······』

 

 聖遺物が放出するエネルギーを、フォニックゲインと言う。名前は近年に付けられたため、聖遺物製造当時のこのエネルギーの名前は定かではない。

 

『78%に到達。司令、増幅が止まりました』

 

『モニターを続けろ。八幡、もう暫く歌い続けてくれ』

 

 画面の中の八幡は、歌を中断することなく首だけ動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「了子さん。ガングニールの実戦投入、やっぱ出来ないんですか?」

 

 起動は出来たでしょ。翼のシンフォギアのメンテナンスを行う了子に、八幡は不満げに呟いた。

 

 シンフォギアの投入が国会に承認されてからというもの、了子はシンフォギアにかかりっきりだ。もう一週間は家に帰れていない。

 

「無理だって言ってるでしょ? 八幡じゃフォニックゲインの放出量、戦闘レベルを維持出来ないんだから」

 

「それは何度も言われましたけど······」

 

 シンフォギアのコア、ガングニールの起動を成功させた八幡は、稼働実験の際、ガングニールでノイズ戦による試験にも参加した。しかし、戦闘を開始して間もなく、フォニックゲインの放出量が急激に低下、翼に殿を任せて撤退という不甲斐ない結果に終わっている。

 

「対策、というか、別の形で使えないかは考えてるわ。起動出来た以上遊ばせておくのはもったいないもの」

 

 パソコンから八幡に目を移した了子は、不満さを隠し切れない子どもを見た。

 

「······気持ちは分かるけど。フォニックゲインの放出量があの程度じゃあ、八幡じゃガングニールを扱いきれないわよ。適材適所って言葉、知ってるでしょ?」

 

 了子が口調を強めて言うと、八幡は押し黙った。正論を言われればそうなるしかない。

 

「そりゃ、そうですけど······」

 

 了子は、八幡の性格が戦闘向きではないとしみじみ感じたが、その感覚を押し殺した。

 

「私達は神様でもなんでもないんだから、出来ることを探すしかないのよ」

 

 了子はパソコンに向き直った。翼のシンフォギアは想定より

15%ほど装着者への負荷が大きい。OSを見直さないと、と集中力を全開にする了子を見て、渋々と八幡は整備室を出た。

 

 

 

 

 

 

「出来ること、ね······」

 

 八幡は、普段から携帯しているAD兵器の拳銃を懐から引き抜いた。整備班から返却されたそれを見て、八幡はため息をこぼした。

 

(こんなおもちゃみたいなやつで、何が出来るんだか)

 

 自分の目的の達成には余りにも物足りない。シンフォギアでも全く足りない。エンキドゥが万全に使えるようになっても足りなそうだ。そういう予感がしていた。

 

 ストレスを少しでも吐き出そうと射撃場に向かおうとして、後ろから僅かに気配を感じて振り返った。

 

「緒川さん」

 

 八幡に感じ取れるギリギリの気配で、緒川は立っていた。こういう曲芸地味たことが出来ることで、八幡は畏敬の念を抱かずにはいられなかった。

 

「比企谷八幡君」

 

 そんな緒川が自分のフルネームを呼ぶのは久しぶりだ。緒川が自分のフルネームを口にする時は、誰かに聞かれたくない時だ。

 

「お疲れ様です」

 

「緒川さんも。お帰りですか」

 

「はい」

 

「じゃ、また明日」

 

「えぇ。また明日」

 

 

 二課の本部から離れた路地裏まで移動した八幡は、()()()()()()握っていたメモ紙を開いた。

 

「スカウト、ねぇ······」

 

 何で緒川が、これをそんなたいそうに隠そうとしたのか八幡は分からなかった。もしかしたらシンフォギア配備反対派に悟られたくないのかもしれない。

 

 八幡は、コンビニで買ったライターでメモ紙に火を着ける。メモ紙が9割がた燃えたところで踏み消して、八幡は路地裏を出た。

 

 



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ep5 損得カンジョウ

 

 

 皆神山の事件の数少ない生存者、天羽(あもう)(かなで)。彼女は、東京の大学附属病院にいた。一週間以上眠り続けたのだと聞いている。

 

 事件から2週間。八幡と翼は、彼女のお見舞いに行くことになっていた。

 

 

「······お見舞いって言っても、私、会ったことないよ?」

 

「それは、俺の親戚とか言っとけって話じゃなかったか。実際間違っちゃいないし。ですよね? 緒川さん」

 

 八幡は、ハンドルを握る緒川慎次に問いかけた。

 

「······司令さんによればね」

 

 緒川の手に少し力が入る。八幡は、妙に緒川が緊張していることが気になった。八幡は知らないが、辛うじて立ち直ったばかりの翼を生存者に会わせることに、緒川は強い抵抗があった。それでも翼を連れて来たのは、弦十郎の命令だったからだ。

 

 

 2日前。特異災害対策機動部二課は、天羽奏が目を覚ましたという報せを受けた。彼女は、検査によってシンフォギアへの適正があることが明らかになっている。

 要するに、3人で勧誘してこい。弦十郎の命令を翻訳するとそういうことになる。シンフォギアを強引に可決させたせいで国会がゴタゴタしている内に、囲い込んでこい、そういう話だ。弦十郎にも強い圧力がかかっているというのを、緒川は調査部の上司から耳にしている。

 

 

「父さんには話が行ってんのか······?」

 

 八幡は、自分と妹のために必死に働く父を思い浮かべた。八幡は、天羽奏との面識はあれど詳しいことは報告された書面でしか知らない。八幡だってコミュニケーションに秀でているわけでもないのに、勧誘しろと言われても自信を持てるワケもなく。

 父に、彼女のことを聞く時間を作ってもらうべきだったと顔に出さないよう後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ、勧誘は失敗だな。天羽奏の病室に入った瞬間、八幡はそう感じた。彼女を見るまでもなく八幡は理解した。

 

 

「何の用だよ、あんたら」

 

 右腕にギプスを嵌め、左足もギプスを着けられて天井から吊り下げられた彼女は、鋭い眼光をめいっぱい使って来訪者を迎えた。

 

「······ど、どうも」

 

 こんなにキツい雰囲気の女だっただろうかと八幡は困惑した。と、奏は八幡の後ろにいた緒川と翼を睨んだ。

 

「あぁ。お前、比企谷さんちの。八幡くん、だっけ。後ろの2人は初対面だよな」

 

 八幡は彼女が自分の顔を覚えていたことに驚いたが、天羽奏の警戒心がほんの少しなりだけ潜めたのを見て安堵した。

 

「あ、か、風鳴翼です」

 

「初めまして。緒川慎次といいます」

 

「あ、この2人は俺の親戚で······」

 

「······あっそ」

 

 

 奏はそれだけ言って、八幡から視線を外した。関心を無くされたわけではないが、警戒心は強かった。そのムードの中、なんとか当たり障りのないことを2つ3つ話題に挙げたが、すぐに話のネタは尽きた。

 

 見舞いという名の勧誘に来たわけだが、八幡自身が歓迎されているわけではない。なんて切り出せばいいかてんで分からない。そんな時、緒川が八幡の肩を叩いた。

 

「八幡くん、天羽さんも疲れているんだろうから、今日はこの辺で」

 

 緒川が奏に聞こえないよう囁くと、八幡は、渋々頷いた。下手に何か言うと、彼女の機嫌を損ねる。話術にも長けた緒川が言うのだから、と八幡は判断した。

 

「あ······じゃあ、今日は俺達、行くね。思ったより元気そうで良かった」

 

 翼と緒川が会釈して出るのに続いて、八幡も後を追った。最後にちらりと見ると、奏は、ぼんやりと外を眺めていた。奏が何を考えているか感じることは出来なかった。

 

 

 

 

「すいません、何か、あんま上手く会話出来なくて」

 

 フロアの休憩室で、ジュースで一服して八幡は謝った。

 

「天羽さんも妹さんが亡くなったと聞かされたばかりで、辛い心境のはず。本来なら、こんな早期に勧誘に来なければいけないのもおかしいのだけどね」

 

 既に、奏の妹があの黒い塵に変えられていたことは、判明していた。遺族にも当然話は言っているはずだ。奏の両親が行方不明な以上、最初に話に行くのは目を覚ましたばかりの奏である。八幡に仲介させようという意図も緒川には好ましくなかった。

 

 唯一良かったところは、弦十郎が猶予をもぎ取っていたことだ。天羽奏が精神的にある程度の落ち着きが得られてからでも勧誘は遅くない。子ども2人には言わなかったが、緒川はそう判断して八幡に引き延ばさせずに引き上げた。

 

 翼が無言で飲み物に口を付けるだけの空間にいたたまれなくなり出した頃、緒川は立ち上がった。

 

「さ、帰ろうか。2人とも家まで送るよ」

 

「あ、今日は、比企谷さんの方にお邪魔するって、おじ様に···」

 

「分かった。僕の方から伝えておくね」

 

「あ、緒川さん悪いんですけどスーパー寄ってください。今日夕食の当番俺なの忘れてた」

 

 

 

 

 

 

「あれ、小町」

 

 八幡は、家の前で小学校から帰ってきた妹、小町と鉢合わせた。自分の2つ下で、自分とは似ても似つかない可愛さの妹は、理解出来てるかどうかは別として、民間人ではあるが八幡の秘密を知っている一人だ。

 

「お兄ちゃんおかえり。意外と早かったんだね」

 

「おうただいま」

 

 小学校帰りの小町は、買い物袋で両手が塞がった八幡の代わりに鍵を開けると、翼に飛びついた。

 

「翼ちゃんもおかえり! 緒川さんも! 上がって上がって!」

 

 八幡にドアを開けさせて翼と緒川を家に押し込んだ小町は、八幡もついでとばかりに家に押し込んだ。

 

 

 

 

 

 ストローを入れたオレンジジュースを吸いながら、小町は八幡を見た。

 

「お兄ちゃん、今日お仕事だったんでしょ? 中学サボったんだし。今日ノイズ出てないけどなんの?」

 

 妹が意外と聡いことを思い出しながら、八幡は答えた。

 

「スカウトだよ。詳しいことは言えないけどな」

 

「スカウトぉ? 友達いない、話しは下手、なお兄ちゃんが?」

 

「うぐっ······」

 

 小町の頭の中を、はてなマークが踊った。だが、八幡が緒川や翼と一緒に帰ってきたことから連想しても、これ以上の推理は出来ない。と、小町は諦めた。

 

「お兄ちゃんヒント」

 

「無茶言うな」

 

 八幡がそう言うと、小町は、ちらりと緒川を盗み見た。八幡が妹に甘いのを緒川は知っている。知っていることを小町も知っている。

 

「ごめんごめん。小町翼ちゃんと上でゲームしてるね〜。翼ちゃん、行こ!」

 

「あ、待って小町!」

 

 慌てる翼を引っ張って小町がリビングから出ていくと、緒川はキッチンで包丁を持つ八幡が見える場所まで移動した。

 

「緒川さんも飯食ってきます?」

 

「夜二課に呼ばれてるんだ。今日は遠慮しようかな」

 

「残念です」

 

 緒川は、コップのお茶を飲み干すとじーじーと五月蝿い外を眺めた。日は高いが、あと一時間もすれば傾き出す。

 

「······八幡君は、天羽奏と会ったことがあるんだよね」

 

「まぁ······。でも、最後に会ったのは母さんの葬式ん時ですよ。母親同士は仲良かったらしいですけど······。ほら、俺と母さんがあんなんだったから、面識はある程度で。妹の方なんて話したこともなかったし」

 

 八幡は、こちらを見ない。ただ、野菜を切る音が心なしか強くなったように聞こえた。

 

「······なるほど。報告はしない方がいいかい?」

 

 それを見た緒川の気遣いに、八幡は首を横に振った。

 

「······いや。天羽さんの親族って、ウチだけ·······らしいんで、出来るんなら俺がやりたいです。母さんにも······申し訳ないし」

 

「了解。僕の方から何とかしておくよ」

 

「······ありがとうございます」

 

 

 

 夜まで仕事の緒川に尊敬の念を覚えつつ、3人でカレーをがっついてゲームに興じれば、気付けば夜の10時だった。翼は小町の部屋で寝るため、八幡は一人で、自分の部屋のベッドに寝転がっていた。

 

 

 

「どうするかな······。緒川さんにはああ言ったけど、俺、天羽さんのこと知らねえしな······」

 

 八幡は、口下手な自分を後悔した。切り込めそうなところがまるで分からない。スカウトの任務は、正直自信はなかった。向こうは、妹を亡くしたばかりで、慣れるまでに相応の時間が必要だ。仇を取れるとでも言えばいいのだろうか。

 

 ───2人目の俺が生まれるだけだな、そりゃ。

 

 八幡は、赤くて空洞の、水晶のような形のペンダントを手の中で転がした。母の、遺品だ。ヒントかなにか教えてくれる気がして、引き出しから引っ張り出したが、うんともすんとも言ってくれない。

 自分と距離を取っていた母は、科学者だった。妹への劣等感を抜きにしても、優秀な人だった。シンフォギアの開発にも参加していたような人だった。

 

「これが小町だったら、違ったのか?母さん······」

 

 

 どれだけ考えても、ペンダントは答えてくれなかった。

 

 

 

 



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ep6 天女降臨


 閲覧ありがとうね!(天才並感)




 

 

 2038年、7月。

 

 

 ドン。ドン。ドン。

 

 

 八幡は、朝早くから二課の射撃場でライフルのスコープを覗き込んでいた。フォニックゲインは二課の貯蓄に余裕がないため、ライフルは実銃でAD兵器はおやすみだ。

 

「ふぅ······」

 

 一息ついて銃を降ろせば、おつかれだねと声が聞こえて横を見た。

 

「エンキドゥ」

 

 振り向けば、八幡の手にも乗りそうな小さな人形のような人影が、八幡の目線の高さをふよふよと浮いていた。

 

 エンキドゥ。彼または彼女は、一言で言うと自意識を持つ聖遺物である。ギルガメシュ叙事詩に出てくる同名の存在と同一だとされているが、それは割愛。日本政府が確認している中で、唯一自己の確立が確認されている聖遺物だ。

 彼の本体は八幡の体内にあるが、時折、こうして八幡が目視出来る場所に仮初の体を作って出てくるのだ。

 

「君、今日もサボりかい? 」

 

「うるさい。学校行くよりかは有意義だろ」

 

 ライフルのスコープを覗き直した八幡は、ぶっきらぼうに呟いた。

 

「もったいないなぁ」

 

 家庭柄や、こういった他人においそれと言えない組織に参加している八幡は、学校を割と頻繁に休む。そのうえコミュニケーションが得意でもなく周囲から孤立している八幡は、更にサボりを重ねて出席日数はカツカツだ。二課にいれば、暇を持て余した食堂のスタッフや了子などが勉強を教えてくれるため、尚更行きたくない。

 

 尤も、エンキドゥからすれば、現代日本社会の最たる魅力は教育機関だとさえ思えるため、八幡が自分から不利益を被りに行っているように見えるのだが。とはいえ、八幡の抱える多くのコンプレックスも理解している以上、同情もする。

 

「全く······可哀想な子どもだ」

 

「誰がっ!」

 

 八幡がライフルごと振り向けば、既にそこにエンキドゥはいなかった。仮初の体を構成するフォニックゲインごと、八幡の体内に戻ったのだ。

 

 

「クソッ!」

 

 ドン、という音が響いた。

 

 

 苛立ちを隠せない八幡の銃弾は、的に掠りもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 2038年、8月。

 

 

 リハビリも完了間近になる天羽奏は、病院のロビーの端で、ぼうっとテレビを眺めていた。昨日の今頃は、見舞いに来ていた学校の友人がいたが、今日は迎え盆である。友人は軒並み、親と一緒に里帰りだ。見舞いなどいようはずもない。

 

「皆帰省してんのに、あたしは何やってんだろうなぁ······」

 

 奏は、もう少しで退院のところまで回復していたが、自分の家に帰る気も起きなかった。いくら妹だったからって、骨壷と一緒に里帰りなんて願い下げだ。発狂しろと言っているようなものだ。

 

 

 そんな日だった。

 

「天羽奏さん、であってるだろうか」

 

 奏を訪ねた男がいた。まるで知らない人のはずなのに、何故か待ちわびていたような錯覚をした。

 

 病院の窓には夕日が差し込んでいて、空には紫色が顔を覗かせていた。

 

 

 

 喉が乾いた。

 

 

 

 

 

 

 2038年、9月4日。

 

 

「紹介しよう。天羽奏君。第3号聖遺物、ガングニールの装者候補者だ」

 

「天羽奏です、よろしくお願いします」

 

 

 奏が頭を下げれば、周りから拍手が起きる。緒川は、複雑な思いで周りに同調していた。一緒に拍手している同僚達も、自分と同じような思いを抱えているだろう。

 ────戦闘員が歳下、それも未成年ばかりのこの現状。複雑なシステムで稼働するはずのシンフォギアが、それを十全に理解出来ないであろう年頃の子どもにしか扱えない。

 緒川は、思考を切り替えた。どのみち、天羽奏の戦闘指南役は弦十郎の指示により自分になるだろう。権力に逆らえない以上、生き残る術を可能な限り叩き込む以外の方法が、思い浮かばなかった。

 

 

 

 

 八幡は、天羽奏を見て、あまりにもギラついたその目にすくんでいた。自分が最後に見舞いに行ったのは10日ほど前だが、その時はもっと諦観に支配されていた。厭世的、とも感じていた。それが今や野生の獣もかくや、というほどだ。人の皮を被った肉食獣か何かだとさえ思えた。

 

「───ここが食堂で······」

 

 新人である奏へ、二課施設内の案内を任されてしまったが、奏に苦手意識を持ってしまった八幡は、すぐにでもこの場から逃げ出したかった。せめて翼がいれば、と思ったが引っ込み思案であまり戦力にならなそうだ。

 

「ここが開発室。隣が整備室で、シンフォギアの管理も───」

 

「······へぇ」

 

 奏が、小さく呟いた。相槌ではない。明らかに関心の向き方が違う。

 八幡は、今まで相槌を打つだけだった奏が、一瞬だけ生の反応を見せたため、息が詰まった。率直に言って、帰りたい。

 

「なぁ、ここ入れないのか?」

 

「え。······えっと」

 

 奏が開発室の扉を指差した。覗くぐらいなら良さそうとも思ったが、許可は取っていない。そんな時、開発室の中から了子が顔を出した。

 

「貴女が天羽奏ちゃんね?」

 

「そうだけど」

 

「中、見学してく?」

 

「ホントか?」

 

 騒がないでねと了子が言えば、しめたという顔をして奏は中に入って言った。

 

「はぁぁー······」

 

 扉が閉まると、八幡は盛大なため息を吐いた。

 

「おつかれさま。疲れたでしょ」

 

「······まぁ、それなりに」

 

 一応の強がりを見せてはみるが、11年来の了子にはバレバレだ。付き合いの長さでいえば緒川や弦十郎以上なのだから、当然なのだが。

 

 ───慣れないことはするべきじゃないな。

 

「あの人、あんな目してなかったでしょ」

 

「私は今日会ったばっかりなんだから知らないわよ。あの子が退院する少し前に、弦十郎君が会いに行ったらしいけど······」

 

「司令が?」

 

「らしいわ」

 

 スカウトを自分達に任せておいて、結局直接説得したのかと勘ぐった。それは実際当たりで、弦十郎は、一人で奏に面会しに行っている。

 ダラダラやっていた自分達に業を煮やしたのかもしれないが、器量と寛容さで二課を引っ張っているあの男がやることとも思いにくかったが。

 

「それと、データ採取用の2()()()あるじゃない? あれを奏ちゃん用にチューンしろって上から言われたらしいのよ。役人って、ホントに現場のこと考えないのよね······」

 

「じゃあ俺のやつが試験用になるんすか」

 

 八幡がそう訊けば、了子は首を横に振った。

 

「そういうわけでもないみたい」

 

 了子は、八幡の耳に顔を近付けて呟いた。件の仔細は、シンフォギアの開発主任である了子の知るところでもなかった。

 

「それと、ここだけの話、奏ちゃん、適合係数が低いのよね。ギリギリなのよ」

 

 適合係数とは、シンフォギアのコア······つまり聖遺物の相性である。これが足りないと、シンフォギアを戦闘レベルに足るだけのフォニックゲインを生成(或いは維持)出来ないのだ。

 ただし、八幡がガングニールの戦闘レベルを維持出来ないのは適合係数が理由ではない。

 

「それが?」

 

「『LiNKER』って覚えてる? あれの研究を再開しろって命令まで出たらしいわ」

 

「マジですか。てか、被検体どっから引っ張ってくる気なんです?」

 

「······弦十郎君、教えてくれなかったわ」

 

 

 了子の顔に、僅かな寂しさが射し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことを思い出しながら、八幡は眼下の光景を見ていた。

 

「これだ、この力だ! ノイズを駆逐する絶対の力! ようやく手に入れた、あたしの力!」

 

 強化ガラス越しに吼える天羽奏。彼女は、シンフォギア・ガングニールを装着(モノに)した。

 

 

 

 2039年6月。

 

 天羽奏は、妹の一周忌を目前にして屍が降り積もる地獄に身を投じた。

 

 

 

 



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現時点の設定


 明らかに出来る設定をざっくり纏めました。興味なかったら飛ばしてください。



 

 ・比企谷八幡(ひきがやはちまん)

 

 13歳/2025年8月8日生まれ(ep6終了時点)

 身長161cm(同上)

 

 所属:特異災害対策機動部二課

 

 主人公。現時点では、明かせる情報が少ない子。

 所有する聖遺物は、エンキドゥ、シンフォギア・ガングニール(実戦投入不可)。

 実際の戦闘では、シンフォギアとの連携を前提に開発されたAssault Device Weapon(略称AD兵器、後述)による支援を担当。

 諸々の戦闘技術は緒川さんに薫陶を受けている。

 

 中学2年は原作だと色々あったが、どこまで描写するかは未定。

 

 原作と違い、母親が故人。そういう点も含めて、原作よりもだいぶ早い段階で目が腐った。ただ、二課が普通とは違う環境のせいか、あまり気にされない。

 

 ちなみに、ガングニールの戦闘レベルを維持出来ないのは、エンキドゥとガングニールが反発するから(というガバ設定。原作の、完全聖遺物同士は対消滅を起こす、なる2期以降影も形もない設定から発展させたもの)。なお、八幡の体内にエンキドゥがなければ、理論上は併用が可能だったとされる。

 

 

 AD兵器について。

 

 知る人ぞ知るゲーム、シンフォギアXDUに登場する架空の兵器。

 本作だと、櫻井了子に開発されたことに。フォニックゲインをコンデンサーに圧縮して蓄積、放出する機構を持つ兵器を総称して呼ぶ。劇中で八幡が使っているライフルは、グリップ部分が丸ごとコンデンサーであり、コンデンサーが空になると外して交換する必要がある。

 ただ、現状は正式な装者が翼一人なため、八幡の使う分のフォニックゲインを供給するだけでギリギリ。本体の量産は出来てもエネルギーが供給出来ないとかいうクソみたいな欠陥を抱えているよ(装者が増えれば、一応の解決にはなる)。

 どうやって予算通したんだろうね(白目)。

 

 XDUでは人間のライフエナジーなるものをエネルギー源とする説明があったが、ライフエナジーとはなんなのか。

 XDUとは設定がだいぶ違う点は、読者様方への理解を求めます。

 

 

 

 

 

 ・風鳴翼(かざなりつばさ)

 

 13歳/2026年5月25日生まれ(ep6終了時点)

 身長132cm(同上)

 

 所属:特異災害対策機動部二課

 

 組織最年少の戦闘員。最年少というかep6の途中まで小学生だった。二課唯一のシンフォギア装者。八幡がエンキドゥとシンフォギアを実戦で使えないため、事実上ノイズと接近戦が出来るのは翼のみ。

 八幡同様、緒川さんの弟子。ただし、弟子期間は翼の方が2年長い。

 中学に上がるにあたり、引っ込み思案を頑張って矯正中。最近身長が伸び始めてワクワクしている。

 第四次演歌ブームが絶賛到来中だが、話を合わせられる人が周囲にいないことを不満に思っている。

 

 なぜか天羽々斬の名前だけ未だに出ていないが、特に理由はない。

 

 

 

 

 ・天羽奏(あもうかなで)

 

 14歳/2024年7月28日生まれ(ep6終了時点)

 身長157cm(同上)

 

 所属:民間→特異災害対策機動部二課

 

 ノイズ絶許ウーマン。ep6でシンフォギア・ガングニール(2号機)の装着に成功。スカウトの説明に二つ返事で了承して二課に来た。

 八幡のヒロインの予定だが、どうなるかは今後次第。

 

 原作と違い、両親は行方不明者のまま(皆神山で、奏の両親の傍にいた生存者はいなく死亡した証拠もないため、断定出来ない)。だからって、蘇って敵対する展開とかにはしません。

 

 LiNKERの説明は次か次の次の回になる予定。

 本編で既にかなり惨い仕打ちを受けているが、これでも作者は装者の中では奏推し。作中でとぅーみの歌を歌わせたいが、どうすべきか迷っている(ので感想で意見ください)。

 

 

 

 

 

 ・緒川慎次(おがわしんじ)

 

 23歳/2017年生まれ(ep6終了時点)

 

 所属:特異災害対策機動部二課

 

 二課調査部所属のエージェント。若手なのにベテラン感を身に纏い、実戦投入される子どもを案ずる良きOTONA。年齢は、原作で明らかにされていないため捏造。いくら通信制でも、大学行きながらエージェントやるのは流石にきつかったらしい。

 翼、八幡の戦闘での師匠。八幡の料理の師匠も兼ねる。

 奏の戦闘訓練を受け持つだろうなと思っていたが、実際そうなった。

 

 翼と一緒にいる時間が一番長いという捏造裏設定があるが、原作でもおそらくそう変わらないと思われる。

 

 

 

 

 

 ・風鳴弦十郎(かざなりげんじゅうろう)

 

 所属:特異災害対策機動部二課

 

 ご存知二課二代目司令。飯食って映画観て寝るだけで強くなれる異能生命体。公式設定で元公安所属だったが、二課に引っこ抜かれて司令に就任するあたり、公安時代からそうとう優秀だったと思われる。

 

 年齢の設定はしていないが、ep6時点だとおそらく30過ぎ。

 

 

 

 

 

 ・櫻井了子(さくらいりょうこ)

 

 所属:特異災害対策機動部二課

 

 シンフォギア及びAD兵器の開発主任。自他共に認める出来るオンナ。科学、数学、考古学など、超がつくほど幅広い分野のスペシャリスト。全然興味はない、が、流石に結婚が頭にチラつき出した30歳。

 

 

 今後も暫く触れる機会はないが、八幡の(母方の)叔母に捏造された。

 

 あまりに優秀すぎたため、姉(八幡の母)とは確執があったらしい。そのことを八幡に悟らせない演技派でもある。そのためか、八幡とは2日に一回以上のペースで会うにも関わらず、八幡の家にほとんど寄り付かないらしい。

 

 

 

 



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戦姫絶唱シンフォギアORB
ep7 比企谷八幡①



 章機能使うの初めてなんですけど、なんか不味いだろこれ、とか思ったことあると、言っていただけると嬉しいです。



 

 

「司令、避難状況は?」

 

『順調に進んでいる! 3人は、ノイズを駆除しつつ逃げ遅れた市民の捜索と保護だ!』

 

「了解」

 

『『了解!』』

 

 

 

 2039年11月。寒さが本気を出し始めた頃。

 

 特異災害対策機動部二課は、相も変わらずノイズ処理に精を出していた。一つ変わったことと言えば、ガングニールのシンフォギア······それを装着する天羽奏が実戦投入されるようになったこと。

 

 

 そんな中、八幡は新たな任務を課されていた。

 

(パッと見、弦十郎さんの言うことには素直に見えるが······)

 

 スコープから目を離せば、八幡の視力は遠くにいる奏の戦闘による爆発を捉えた。

 八幡は、奏の監督───監視とも言うべき───という任務の真っ只中だ。

 

 そんな八幡から見て、奏の戦闘は一言で言えば、粗暴だ。ノイズを倒すために、周囲にも大きな被害を出している。側のコンビニなど、店内まで戦闘の余波でズタズタだ。予算引っ張ってくるのだって簡単じゃない、と以前起きた似たような惨状を見た誰かがボヤいていたのを八幡は思い出した。

 

 奏だって緒川から戦闘訓練を受けてはいるが、八幡や翼のように長期間というわけではないため、素人くささが付き纏う。高いポテンシャルを持っているのは確かだが、それを、足りない技術やノイズへの復讐心で無理やり振り回しているようにも見えた。奏は身の丈程の大槍を振るい戦うため尚更だった。当然、傍で戦闘している翼とも連携出来ていない。翼が一方的にフォローに回っているのが現状だ。

 

 だが、奏が実戦投入レベルまで到達したおかげで良かったことも多くある。使えるシンフォギアが2つに増えたため、単純に考えて戦力は倍近くに跳ね上がった。戦闘を展開出来る範囲も、八幡と翼だけだった時に加えれば、確実に拡大している。

 

 

 更には、それ以外にもある。

 

「エンキドゥ」

 

 八幡が名を呼ぶと、神秘さを宿す鎖がコンクリートの壁から飛び出して、接近してきたノイズを貫いた。ノイズは塵になって風に流されていく。

 

 奏がシンフォギアを纏うようになり、二課は八幡に対して、フォニックゲインの大幅な供給が出来るようになっていた。エンキドゥ単体のフォニックゲイン生成能力では、八幡が戦闘に出られる程のフォニックゲインを確保出来ない。長時間の戦闘は、八幡の肉体がため込めるフォニックゲインの量に限界があるため、AD兵器を手放すわけにもいかないが、いざとなれば八幡が、短時間なら翼と同じラインまで出張ることが可能になった。

 

「友里さん、あとノイズは」

 

『ノイズの反応は今ので最後ね。八幡君、お疲れ様』

 

「いえ······」

 

 オペレーターから帰投OKの合図が出た。だが、八幡は二課本部とは逆方向に歩いていく。

 

『ダメだよ、こんなに周りを破壊しては!』

 

『命令守ってるしノイズは殺せてんだ、それでいいだろ!』

 

『ダメだよ!』

 

 インカムから、こうも喧騒が聞こえてきて無視出来ないくらいには、八幡も人間的な人間だ。なにより翼を放ってはおけなかったのも事実。

 

 八幡は、奏の監視を担うのが自分一人ではないことを、この時ばかりは不幸中の幸いだといるかも分からない神に感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

「八幡君は奏ちゃんのこと、どう思う?」

 

 

 現場から引き上げ、報告も済んだ一頃。休憩室でマッ缶をちびちび煽っていた八幡は、友里に声をかけられた。彼女の隣には、藤尭もいる。

 

「色んな人から聞かれますけど······。正直関わりたくないです」

 

「こら」

 

 友里が揶揄うと、八幡は苦い顔をした。

 

「学生生活だと、気さくで男子にも女子にも人気って報告来てるけど······八幡君は、そういうタイプ苦手かい?」

 

 藤尭のもっともそうな疑問に、八幡は、うっ、と呻いた。藤尭自身そういったタイプが得意というわけではないが、友人にはそういうタイプも普通にいる。

 

「······俺は、ここでの天羽奏しか知らないんで」

 

「なるほど」

 

 八幡には、ノイズに血走った目と殺意を向けて出撃する天羽奏以外を直に目撃したことがない。彼女の入院中、現実を諦めた目を見たことはあったが、同一人物だとも思えなかった。緒川から聞いた話では、奏が退院する直前に、弦十郎が彼女を訪ねたらしい。弦十郎が何を言ったかは分からないが、今の奏になるに十分なことを言われたのだろう。

 

 そんな時、八幡のケータイが鳴った。友里と藤尭のも同様だ。

 

「呼び出し······」

 

 休憩時間は、以外と短かった。

 

 

 

 

 

 

 

「······緊急で集まってもらった理由は他でもない。新しい任務が入った」

 

 会議室では、各部署の長や作戦に関わる人員が席を埋めていた。八幡は一番後ろの席に座ったが、自分が呼ばれて翼や了子がいないことが気にかかった。人数的には、それなりに大規模な作戦のはずだ。もちろん、そんな八幡の憂慮も他所に会議は始まった。

 

「緒川」

 

「はい」

 

 弦十郎の指示で緒川がタブレットを操作すると、大型のスクリーンには地図が映った。名古屋の湾岸部だ。

 

「来月の2日から3日にかけて、聖遺物が密輸入されると、調査部の報告があった」

 

 弦十郎の話によると、東南アジア系のマフィアが日本への進出を狙って、聖遺物を密輸入するというのだ。近年衰退の一途を辿っている指定暴力団は、海外のマフィアに頼ってでも勢力の維持を図りたいのだという。実際、既にその予兆はあり、3年前まで減少傾向だった違法薬物の検挙数が、ここ2年は全国的に右肩上がりに転じた。表向きは明らかになっていないが、裏で銃火器の売買が活発化しているという話もあった。

 

「我々は、警察庁と連携して聖遺物を確保、及び容疑者の一斉検挙を試みる」

 

 スクリーンには、この密輸に関連すると思われる人物がリストアップされた。どう考えても異例尽くしの事態だったが、弦十郎が5年前まで公安警察官だったことを思い出した。

 

「これに際して、調査部から5名、及び戦闘班から2名を選出した臨時の戦闘部隊の設立も決定した。この隊には、作戦時のノイズ出現に備えてもらいたい」

 

 八幡は、漸く自分が呼ばれた合点がいった。同時に、翼や了子がいないことにも納得した。つまりは()()()()()()なのだ。

 

 明後日に、当日の各員の待機場所が改めて指示されることを弦十郎が説明して、会議は終了した。

 

 

 

 

 

 会議後、八幡は一人残り、指令書を見返している弦十郎を訪ねた。

 

()()()()()、いいですか」

 

「どうした」

 

 八幡は、懐のAD兵器を会議机に置いて、弦十郎に尋ねた。

 

「何で俺を呼んだんですか? 別に具体的な話をしなくても、待機命令出すだけで良かったでしょ」

 

 八幡が疑問をぶつけると、弦十郎は八幡の顔······正確には右目を指差した。

 

「八幡、お前今義眼付けてないだろう?」

 

「そうですね」

 

 4年前の事故で右目を摘出した八幡だが、普段は、了子も所属する研究グループが開発した試作型の義眼を右眼孔に嵌め込んでいる。視力機能があるだけでなく、AD兵器のスコープとも連動出来る優れものだ。だが今は、戦闘後の調整と洗浄のために外していた。

 

 八幡は白い眼帯に軽く触れ、そういうことかと納得した。

 

 

「もう一つ聞きたいんですけど、何で天羽奏を? あいつの戦いじゃ市民にまで気付かれかねないと思うんですが」

 

 弦十郎は顎を擦りながら、そうさなと肯定した。

 

「考えはあるさ。お前も、協力してくれるだろ?」

 

 弦十郎の期待に、八幡は場合によりますと返した。

 

 

 

 

 

 

 

  翌々日。

 

 

「なんか、想像してたのと違う······」

 

「映画ぁ?」

 

「俺らしいとは思わないか?」

 

 

 年少の戦闘員3人は、弦十郎の自宅のシアタールームにいた。

 

 

 



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ep8 天羽奏①


 先に申しておきますと、このSSにウルトラマンは出ません(もちろんその登場人物も)。



 

「あの、おじ様、これは······?」

 

 翼は、奏の目を見ないようにしながら弦十郎に問いかけた。目の前には、旧作のDVDの山がある。弦十郎が観るのも集めるのも趣味なのは知っていたが、巻き込まれたのは初めてだ。

 

「奏君が入って、戦闘班は3人になったんだ。ここ最近忙しかったが、ようやく休みを取れてな。親睦会といこうじゃないか」

 

「必要かよ、それ」

 

 朗らかに笑う弦十郎と懐疑的な奏を他所に、翼と八幡は、山のラインナップを見た。弦十郎はアクションモノの映画にやたら造詣が深いが、今回はジャッキー・チェンの映画が多かった。

 親睦会で観るならジブリとかのがよくね。などと言いかけたが、八幡は口を噤んだ。

 

「ま、息抜きだとでも思ってくれればいいさ。それで、何が観たい?」

 

「······じゃあこれで」

 

 弦十郎の突飛さに折れた奏は、山の一番上にあったケースを引っ掴んだ。

 

「『香港警察』か! 中々いいチョイスだと思うぞ」

 

 八幡は、弦十郎の白々しさを見てもう何も言うまいと決めた。香港警察は彼が三指に入れるほど好きな映画である。この男、無駄に抜かりなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった。奏君」

 

「いや·······普通に面白かったけどさ。これが何の役に立つんだよ」

 

 弦十郎に毒気を抜かれた奏は呆れたような目で弦十郎を見つめ返す。

 

「役に······か。俺は映画は好きだが、必ずしも何かの役に立つとは思ってないさ。言っちまえば、所詮は娯楽物だからな。だが、楽しかっただろう?」

 

 八幡は、奏からふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じた。

 

「何が言いたいんだよ、あんた。あんたらと一緒に映画観てさ、あたしにどうしろって? あたしを任務だってって呼び出したのはあんただろ」

 

 奏は、首に掛けたシンフォギアのペンダントを握りしめた。奏が歌えば、それだけでこのシアタールームは戦場に様変わりするだろう。

 

「そうカッカするな。······そうだな、俺が、映画を観るのが今日の任務だと言ったら、お前はどうする?」

 

「あたしに接待しろってか。冗談じゃない。

ノイズを殺す力をやる。その力で、あたしはあんたに協力する。ギブアンドテイクの話だったろ」

 

 爆発寸前の奏を前に弦十郎は首を振った。

 

「······ったくよ。どうしてそう頭が固いんだ」

 

 弦十郎は立ち上がり、奏を見下ろした。頭二つ分近くの身長差があっても、奏の気迫は弦十郎のそれに圧されはしなかった。八幡や翼にはその光景が、狂犬と睨み合っているように見えたが、弦十郎は流石に違った。

 

「着いてこい」

 

 弦十郎が部屋を後にし、奏は殺気立ったままそれに続いた。

 

 

 

 

 

 八幡と翼が扉の隙間から覗き込む中、弦十郎と奏は、弦十郎の道場で向かい合っていた。

 

「この道場はな、俺用に防音設備と耐衝撃を限界まで強化してあってな。おかげで、風通しは悪くなっちまったが······ここなら、邪魔は入らないぞ」

 

「そこまで言うんだ。これ使って構わないよな」

 

「ああ」

 

「······ッ!」

 

 奏は、首に提げたペンダントを引きちぎった。奏は、脅しのつもりで言っただけだが、弦十郎が頷いたことで後に引けなくなり追い詰められるようにシンフォギアをまとった。

 

「本気で来い」

 

 弦十郎のファイティングポーズを取る。奏は、真っ直ぐに弦十郎に突っ込んだ。

 

「······おおアアアッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 奏は二課の寮の、自室に逃げ帰るように駆け込んだ。

 

 

 シンフォギアは、人間がノイズとの戦闘に耐えられるようにする一種のパワードスーツだ。それを使っても、弦十郎には、まるで歯が立たなかった。コテンパンにされて、弦十郎の家から逃げるように飛び出した。

 

 ─────なんなんだよ。全部全部全部全部全部!

 

「クソが······ッ!」

 

 どれだけ叫ぼうが泣き喚こうが、自分の声がただただ室内に響くだけだった。

 

 

 

 

 

 

「弦十郎さん、今日のなんだったんですか」

 

 奏が帰ってその後。八幡は、こっそり弦十郎に、今日の突飛な行動を聞きに行った。弦十郎は、奏が走り去った方向を見たままボソリと言った。

 

「······八幡。お前は、彼女を見てどう思った」

 

 何度も聞かれた問いかけ。だが八幡には、今までとは少しだけ違う感触があった。

 

「なんて言うんですかね······。他にぶつける場所がないっていうか······。てかこれも、弦十郎さんの考え通りか?」

 

「ハッハッハ、どうだかな」

 

 弦十郎は、笑うだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 12月。夜も戌の刻を跨いだ頃。奏は、八幡や調査部の幾人かと一緒に、名古屋のホテルの一室で命令を待っていた。と言っても、ノイズ対策で待機している人間など待ちぼうけ食らっているだけな方がいいに決まっているのだが。

 

「公安の連中、上手くやれてますかね······」

 

 呟いたのは、調査部で緒川の次に若い女の調査官。

 

「奴らだってプロだろ。ウチの調査部からも選りすぐりを出してるしな。上手くやってくれるさ」

 

 そう言ったのは、調査部のNo.2であり今回の臨時部隊の長も務める男だった。彼は八幡を呼んだ。

 

「比企谷君。天羽さん、大丈夫なんだろうね?」

 

 彼が小声で呟くと、八幡は頷いた。

 

「司令から、周囲を気にして戦えって命令が出てるんですよ。司令の言うことは割と素直に聞いてるんで、多分」

 

「了解だ。こっちも兜の緒を締めていこう」

 

「はい」

 

 この部屋では、展開している公安警察官やそれに混じる二課の調査部の様子を知ることは出来ない。ノイズが出てこない限りは文字通りの待ちぼうけなのだ。それでも、税金で動いている彼らは億が一を考慮するのが常だった。

 

 

 

 

 

 

 交代ごうたいで命令用の通信機に齧り付いては僅かに仮眠を取ってを繰り返しての深夜3時。

 通信機が鳴った。

 

「ノイズが来た······」

 

「おい!」

 

 奏は歌い、シンフォギアを纏ったかと思えば、窓を開けて飛び出していってしまった。

 

「比企谷君は彼女を止めろ! 他はノイズを見張れ!」

 

 リーダーの指示が飛ぶと同時に、八幡も窓から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

(あっちはどうなった! 天羽は、結局勝手に動くし!)

 

 八幡は、全速力で奏を追う。今回の任務にあたり、シンフォギアは暗闇に紛れるようにカラーリングを暗色に変更してはいるが、シンフォギア自体夜闇に紛れて戦うというタイプのものではない。

 

 八幡が奏の背中を視界に収めると同時、十字路でノイズと鉢合わせした。

 

(こんなとこに!)

 

 AD兵器を引き抜くが、位相差障壁の無効化の効力が弱いためか、ビームは僅かに形を崩しただけで、ノイズは八幡に向かってきた。

 

「チ······!」

 

 八幡がエンキドゥを出そうとしたその瞬間。

 

「こんな所にぃっ!」

 

 ノイズが真っ二つになった。やったのは奏だ。肩には、ガングニールのメインウェポンでもある大槍を掛けている。

 奏の背後を見れば、ノイズだったと思しき砂の山が幾つか出来ていた。ただし、周辺には目立った損傷はない。

 

「え······」

 

 八幡が目の前の光景に驚いていれば、奏が八幡に話し掛けた。

 

「あのおっさ······司令に聞いたけど。お前、普段してる義眼今日は付けてないんだろ。そんなんでノイズ戦に出るのかよ」

 

「そりゃ、任務だし······」

 

 八幡がそう言えば、奏は悲しい目をして黒一色の海を見た。

 

「······そうかい」

 

 奏はポツリと呟いて、歩き出した。

 

「あ······」

 

 八幡が伸ばしかけた手は、何処にも届かなかった。

 

 

 

 奏の戦いの甲斐もあってか、公安と二課の共同という異例の任務は、聖遺物の押収と関連人物全員の逮捕が実現した。

 

 

 

 



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ep9 天羽奏②


 UAが一万超えました。ありがとうございます!



 

 

 11月も終わりに差し掛かったある日。奏は、弦十郎に呼び出されていた。

 

 

「······なんだよ」

 

 弦十郎の家に呼び出されたあの日から、奏はイマイチ調子が良くなかった。エンジンの調子が上がらない。

 

「奏君。君が調子が出ない理由、そろそろわかっただろう」

 

 傍から見る誰もがそれに気付いていたが、誰も口に出しはしなかった。

 

「映画一つ、言葉一つでメンタル崩されたあたしを、笑ってんのか?」

 

 自分の中から湧き上がる、ノイズへの殺意。あの日から、それが鈍くなった。日を追うごとに、それは顕著になりつつある。

 

「そういうつもりじゃあないさ」

 

 弦十郎が奏の目を見れば、奏は弦十郎から目を逸らした。

 

「······あんたは。いや、任務行ってるウチにあたしは、自分が情けなくて怖くなった」

 

 両手をぎりりと握りしめて、歯噛みした。歳下にフォローされる自分。歳下に諌められる自分。ちょっと頭が冴れば、そういうものを客観的に見渡せるようになる。

 ノイズ憎しで戦っていた奏だが、人間の感情は、元来長続きするようなものではない。風船のように突然膨らんだり破裂したりもするが、反対に萎みもする。長期間同じ感情を維持し続けられる体力を持っている人間などほとんどいない。奏は、その極一部には入れなかった。

 

 最近だと、それがシンフォギアに出力にまで影響を出し初めている。仔細を理解しようとは思わなかったが、了子曰く、シンフォギアの出力には感情も影響するらしい。

 

「あたしが戦ったあと、荒れてるだろ」

 

 弦十郎は、奏の戦闘を思い浮かべた。周囲の被害を考えない戦いは、ノイズ以上に周囲を攻撃したことも、何度もある。弦十郎は、人的被害が出ない限りは奏が自分で気付くまで待つつもりだったが、奏は、誰かに入れ知恵されて初めて気付いたのだと気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は更に遡って11月半ばのこと。

 

 この日も衝動のままに戦っていた奏は、何度目かも分からない、翼と衝突した。

 

「あの、天羽、さん。今みたいな戦いは······」

 

「······何だよ」

 

 マトモに言い返す気力も出ない奏は、翼を睨み返した。

 

 この日、4日ぶりの出撃の翼。一方の奏は、タイミングのズレで皆で映画を観た日以来の出撃だった。奏の通っている学校は翼の学校と違い二課の本部から遠いし、八幡のように頻繁にサボっているわけでもないため、昼間の招聘は2人よりも時間がかかるためだ。

 

 翼は覚悟を決めて、どもりながらも自分の意見を叩き付けた。

 

「······あの、妹さんを失って辛い、のは分かる、けど」

 

「お前に何が分かるんだ!」

 

「分からない!」

 

「あぁ!?」

 

 奏は、自分の気分を逆立たせる翼の物言いに、殺意さえ沸いた。が、翼は今まで以上に怯まなかった。

 

「分からない、けど······」

 

「だったらぁッ!」

 

「けど! そんな感情で戦っても、自分を見失うだけだよ······!」

 

 翼の言葉は、今の奏にはあまりに強烈すぎた。

 

「見失うって、なんだよ。じゃあ、あたしは、なんなんだよ······。あたしは、もう、これしか······!」

 

 座り込む奏に、翼はそれ以上何も言えなかった。翼は、奏と似たような境遇の人間を知っていたが、そちらにも何も言えていなかった。所詮普通の13歳、今の奏へ何かを語る力は持ちえなかった。

 

 それでも、翼の言葉は、奏を大いに揺すぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたは······あたしは、どうしたらいいんだよ。あたしは破壊するような戦いしか出来ない。わっかんねぇよ!」

 

 ぽろぽろと涙を零す奏の背を、弦十郎はたださすり続けた。弦十郎は、大人として、泣くことの大切さを忘れないよう自分自身へ誓った。

 

(今は、泣け。涙が自分を守ってくれる)

 

 奏が泣き疲れて、死ぬように眠り込むまで、弦十郎は隣にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 12月も下旬に差し掛かった頃。八幡と奏は、2週間前の任務で押収された聖遺物の一部を、公安から引き取るため派遣された調査部の護衛に付いていた。調査部の面子は、前回の任務の時と同じだった。だが、今回は、別室で待機しているのは八幡と奏の2人だけだ。

 

 八幡は、家族以外の女子、それも同年代となんて2人きりになったこともなく、気まずさでいっぱいいっぱいだったが、奏はそんな八幡に気付くこともなく、話し掛けた。

 

 

「あの、さ······」

 

「え、あぁ······」

 

 奏は、言いづらそうに口ごもったが、意を決して話した。

 

「昨日、あの人······風鳴弦十郎に、聞いたんだ。あんたの母親が、シンフォギアの実験中に、事故死した、こと」

 

「······あぁ」

 

 八幡は、弦十郎がそれを奏に話したことには驚かなかったが、それを自分に白状したことは予想外だった。

 

「お前、あたしが憎くないのか? お前から母親を奪ったのは、シンフォギアなんだろ。シンフォギアをありがたがるあたしが、憎くないのか」

 

「俺は、正直言って······憎いとか、思ったことないな。開発した了子さんが母さんの妹だってのもあるけど。けど、俺が生きてるのも、母さんが命賭けたからだし······。えと、天羽さんとは、あんまり、その、状況が違うっていうか······」

 

 八幡は、奏の自分を見る目にいたたまれなくて、視線を逸らした。全てを言ったわけではないが、意味は伝わった、と思いたい。八幡が再び奏を見れば、彼女はなんというか、安心したような表情をしているように見えた。

 

「そう、か。なんか、悪いこと聞いたな」

 

「別に、気にしない、ですけど」

 

「······じゃあ、もう一つ聞いていいか」

 

 奏は、思い詰めたような表情こそ見せなかったが、さっきの表情よりは少し引き締めていた。

 

「······比企谷八幡は、何を思って戦ってる?」

 

「何を思って······。作戦とかそういうことではなく?」

 

 八幡は、奏の言いたいことがフワフワしているように感じたが、奏が首を縦に振ったため、もっと、別のことを聞きたいのだと察した。

 

「俺は······。歌ってるのが、見たいんだと思う」

 

「歌ってる?」

 

「翼が。昔から、翼が、歌ってるのを見てたから······。出来れば、戦いに関係ない所なら、いいけど、流石にそんなことは言ってられない、ですし······」

 

 奏は、小柄の、蒼い髪の少女を思い馳せた。勘がいいというか、人一倍感情に敏感というか、そんな少女だ。シンフォギアをまとっている姿以外で歌っているのを見たことはなかったが、自分が知らないだけかもしれなかった。

 

「そっか······。ありがとな、話してくれて」

 

「いや、別にいいですけど······」

 

 そんな時、通信機が鳴った。回線を開けば、引き上げの命令が送られてきた。

 

「俺達も、撤収しましょう」

 

「だな」

 

 

 2人で機材の片付けを始めた時、奏が声を掛けた。

 

「なぁ、折角腹割って話せたんだしさ、敬語使うの、やめないか?」

 

「いや、それは······」

 

「いーよ。あたしは気にしないからさ」

 

 八幡は、俺が気にするんだよ、と思ったが、奏の機嫌が良かったため、その言葉を呑み込んだ。

 

「え、じゃあ、天羽さん、よろしく······?」

 

「あぁ、よろしくな、比企谷。あーいや案外、八幡、のが良かったりするか?」

 

「え、いやそれは流石に」

 

 八幡は急に名前で呼ばれてドキッとした。妹が時々悪口に名前を混ぜてきたりするが、それとは全然違った。

 

「お? なんだよ初心なやつだな。あたしのことも気楽に奏でいいからさ、仲間なんだしお互いのこと少し知れたんだしさ。もっとフレンドリーに行こうや」

 

 奏は八幡の肩に手を回した。八幡は、奏の素が分かったような気がした。勘違いじゃなければ、だが。

 

「いや急に言われても」

 

「ま、無理にとは言わないさ。これからよろしくな」

 

 奏は、心做しか体が軽くなったように感じた。憎しみを捨てることは出来ないが、それでも何か楽になった気がした。

 

 

 

 ちゃかちゃか歩き出す奏を、八幡は追いかけた。

 

 

 



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ep10 風鳴翼①


 私の考える奏×翼はこう、というのを詰め込んだつもりです。百合のつもりはありません。



 

「うおぉらあぁぁっ!」

 

 奏の大槍が横薙ぎに振るわれれば、ノイズは瞬く間に塵と化す。

 

「順調順調ぉッ!」

 

 ガングニールに竜巻を纏わせると、それを放出。地面に平行する竜巻は、渦を巻きながらノイズを食らい尽くして、尽くした後ぶわっと音を立てて霧消した。

 

 あと少しで殲滅完了というところで、奏の通信機に八幡からの通信が入る。

 

『翼の方のノイズの一部が、群れから離れてシェルターの方に向かってる。俺はそっちに先回りするから、天羽は自力で追いかけてきてくれ』

 

「はい、よ!」

 

 最後の一匹を蹴りぬいた奏は、移動を開始した。

 

 

 周辺の建物には、ほとんど損壊がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 翼は、最近奏の様子が変わってきていることに気が付いた。態度が軟化したというか、以前は常に苛立ちを振りまいていたのが、最近はイライラしていない日があるように、思った。

 

 先日の戦闘では、普段自分がしてばっかりのフォローを、その時は奏が翼にやった。以前とは見違えたようで、周りの被害も考えられるようになってきたらしい。ここまでしていたら、どれだけ鈍い人間でも気付くだろう。

 

 八幡にそれを聞いたが、八幡は口下手な上に屁理屈を捏ねるので、状況を知らない翼は逆に困惑した。八幡が、翼が歌っているのを見るのが好きだとのたまったなどと、当の本人に言えるわけがないとお茶を濁そうとして適当なことを言ったからである。

 そんなこんなを経て、翼は、奏を訪ねようと意を決した。

 

 

 教えてもらった奏の住所に、四苦八苦して辿り着いた翼は、深呼吸してベルを鳴らした。

 

 奏は、二課の職員寮に特例で部屋をもらったと聞く。実家暮らしの自分とは何もかもが違うなと、今開けまーすと聞こえてきたドアを見つめて思った。

 

「お、来たね」

 

「お邪魔、します」

 

 出迎えた奏は、赤いセーターに黒いスキニーで、室内外の気温差にぶるぶる震えながら、入んなよと翼を招き入れた。

 

 

 

「お茶淹れるけど、温かいやつのがいいだろ?」

 

「あ、うん···」

 

「ちょっと待っててな」

 

 暖房がガンガンに効いた部屋でベージュのコートを脱いだ翼は、尖りの欠片もない雰囲気に困惑しつつ、奏の部屋を見渡した。

 奏の部屋は、シンプルにこだわっているのか、あまり女の子らしさがなかった。リビングのテーブルやソファ、その上に一つだけ乗っかっているクッションなどもシックな色で統一されており、年頃らしさがないというか、本人の雰囲気とはどことなくずれたような感覚を覚えた。人は見かけによらないものだ。ただ、掃除が行き届いている点は捨てられない病の翼も見習うべきだと思った。

 

 暫くきょろきょろしていた翼だったが、湯気を昇らせる湯のみを二つお盆に乗せて戻ってきた奏に気付いて、居住まいを正した。

 

「熱いから気をつけな?」

 

「······いただきます」

 

 翼は、熱々のお茶に少しだけ口をつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。特異災害対策機動部二課。

 

 

 

 八幡は、この日も二課に詰めていた。シンフォギアの制式配備に向けた、追加の試験のテスターだからだ。

 

 

『シンフォギア・コンデンサーモード、試験開始』

 

「了解。コンデンサーモード、起動」

 

 掌に乗っかった赤いペンダントが、光とエネルギーを放出しながら槍を形作る。光が収まれば、そこには奏の振るうものと色以外が同じ槍が握られていた。

 

 AD兵器とシンフォギアの運用データからのフィードバック。シンフォギアをコンデンサーに貯めたフォニックゲインだけで動かせるのかというだけの実験だ。兵器である以上、ある程度は使用条件のハードルは下げなくてはならない。

 

「コンデンサーモード起動成功、仮想敵との戦闘開始します」

 

 八幡は、訓練室の各所に置かれたノイズの姿形をしたハリボテを順番に破壊していく。八幡は、奏のように苛烈さをノイズにぶつけることはないが、兵器の試験ともなれば流石に力みもした。

 

 

『試験終了。お疲れ様でした』

 

 八幡が標的を半分ほど破壊した頃、フォニックゲインの貯蔵が尽きて、シンフォギアが解除された。試験はそれで終了した。稼働時間は僅か2分。実戦投入が出来るレベルではなかった。

 

 残ったハリボテを見て、消化不良な八幡は嫌悪感のままに、一つを殴り壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「······天羽さんにね。お話したいことがあるん、だけど」

 

 翼は本題を切り出した。奏は、うん、とだけ言って続きを待った。

 

「最近、天羽さんなんか変わったなぁ、って思うの。明るくなったって言うか······」

 

 湯のみを手の中でくるくると回しながら、翼はそっと奏を見る。

 

「そうか? まぁでも、最近、変わったなって言われるようになったかもな」

 

 うーん? と呟きながら、奏は指で前髪をくるくるといじった。

 

「あの、それでね? 私と友達になって欲しいっていうか」

 

「友達? いいけど」

 

「ほんとに!?」

 

 身を乗り出した翼は、冷めたお茶が残っている湯のみをひっくり返した。

 

「わぁっ!?」

 

「おいおい大丈夫かよ。火傷とか······」

 

 ふきんで翼の服を叩く奏は、あわあわしながらハンカチでお茶を拭く翼がおかしくて、ぷっと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「八幡」

 

「了子さん」

 

 了子は、汗を流すためにシャワールームに向かう八幡を、訓練室の外で待っていた。あとの仕事は、データの整理など自分でなくても出来ることしかない。周りに押し付けたとも言う。

 

「随分と勇んだんじゃない?」

 

 スポドリを飲みながら、八幡は不満げに了子を見る。了子はその視線を意に介さなかった。

 

「······最近、天羽の調子が上がってきたでしょ」

 

 ノイズと白兵戦を繰り広げる翼や奏を、ライフル片手に支援する八幡。男ならとか言うつもりはないが、自分がずっと後ろにいることに我慢出来るような人間ではない。翼は、女で、歳下で······尚更そう思わされた。

 

 そんな奏は、調子が上がってきたのか、翼の打ち漏らしを攻撃するなど、以前には見られなかった余裕を見せるようになった。本人が無理にやっているだけかもしれなかったが、翼の隣でそれをやられると、翼の後ろにいる自分がなおいっそう情けなくなる。

 

 そんな風に愚痴る八幡に、了子は言い放つ。

 

「八幡。周囲の環境が、勝手に味方してくれることなんて無いのよ」

 

 今の二課では、奏の戦闘力の向上と視野の拡大から、大きな期待が寄せられていた。翼と奏を主軸に据えた新しい計画が持ち上がっているという話もある。

 

 八幡には、今の所そういう話はない。コンデンサーモードも、最初は奏をテスター候補にしていたと聞いている。

 

「んなこと、言われなくても分かってますよ······」

 

 八幡は、自分が握っていたガングニールを思い出した。奏の槍が白に金、赤であるのに対して、八幡の槍は、グレーに金、赤のカラーリングだった。それに、金の部分は奏のそれよりもくすんでいるように見えた。

 

「分かってないわよ。コンデンサーモードだろうがシンフォギアがあんな色になるのは、八幡が、分からなくなってるからよ」

 

 八幡のガングニールは、試験にあたってカラーリングの設定が初期化されたばかりだった。シンフォギアは、カラーリングを固定に設定しない限りは、所有者、その感覚や精神状態によって色合いが変化する特性をもつ。

 

「色が何だって言うんすか。あんなの、何色でも同じでしょ」

 

「聖遺物のフォニックゲインの放出量が感情に左右される以上、コアにそれを持つシンフォギアだって無関係じゃないのよ」

 

 項垂れる八幡を見て、了子はそれ以上講釈を宣うのはやめた。八幡に時間がない、ということはよく知っている。

 はぁ、と溜息を吐き、八幡の顔を両手で引っ掴んだ。

 

「一つ言うならね、八幡。環境は勝手に味方してくれないけど。味方にすることは出来るのよ」

 

「······実験に参加し続けろってことですか」

 

 了子は八幡の顔を手放し、開発室に戻る支度を始めた。

 

「そんなの、八幡の自由じゃない。私は、参加してた方がいいと思うけどね? 確実に言えるのは、実戦投入に漕ぎ着けるかはテスターの頑張りも含まれてるってことね」

 

 じゃあ私は戻るわと、了子は言いたいことを言いきったのかスタスタと行ってしまった。八幡は、了子が歩いていく姿を、ただ見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「その、ごめんなさい······」

 

 翼はしずしずと謝った。奏は、そこまでしょんぼりされるていても困るため、どうしようかと考えた。

 

「いいっていいって。それより、どうして友達なんて、改まってすることでもないだろ?」

 

「その、私、友達いないからどうしていいか分からなくて······。最近の天羽さんとならお話とか、出来るかな、って」

 

 翼の友達いない発言に内心驚いて、憐れ比企谷強く生きろ、と思ったが口に出しはしなかった。

 

「意外だな。可愛いし歌好きだっていうし、友達なんていくらでもいると思ってたよ」

 

「かわ······かどうかは置いといて、私が好きなの、演歌だから、周りと合わなくて······」

 

「演歌、演歌かぁ······。演歌はあたしらの年代には奧深すぎるな······」

 

 奏は特別演歌に思い入れがあるわけではない。親もそうだったので、まるで親しみがない。友達もだいたいそうだ。

 

「そうだな······。あたしにさ、演歌、教えてくれよ。友達くらいいくらでもなってやるからさ」

 

 奏は、翼の頭はポンポンしながら、八幡の言葉を思い出した。あいつがそこまで拘る翼の歌というのも、気になってきた。

 

「うん······」

 

 嬉しそうに頷いたのを見た奏は、旺盛な好奇心のままに切り出した。

 

「そだ。あんたの好きな歌、少しでいいから歌ってみてくれよ」

 

「わかった」

 

 すーはーと深呼吸しながら立ち上がりスマホから音楽を流す翼を見て、お、こいつ雰囲気あるなと奏は思った。

 

(お、織田光子か。それならあたしも知ってるな)

 

「舞い、上がる······葉桜に」

 

(え、上手くね?)

 

 中1とは思えないこぶしの効き具合、透き通った歌声、そして何より本当に楽しそうに歌う翼。奏は暫くこの日を忘れられなそうだと、歌声に圧倒されながら思った。

 もちろん、ノリノリで歌っていた翼はそんなこと知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとう、天羽さん」

 

 寮の入口で奏に見送られる翼は、存分に歌ったおかげか、来た時のようにオドオドはしていなかった。むしろスッキリさえしている。

 

「またいつでも来なよ。友達なんだからさ」

 

「うん」

 

 花のような笑みを浮かべて頷く翼が仔犬に見えて、頭をわしゃわしゃ。

 

「わっ! 天羽さん!」

 

「ごめんごめんつい。そうそう、その天羽さんっての止めにしよう。もっと気軽に呼んでくれて構わないからさ」

 

 でも、と言う翼に、奏は笑う。

 

「別に2つしか離れてないんだから。それにあたしも、翼、って呼びたいしさ。大人の方と2人揃って風鳴さん、じゃ区別も出来ないだろ?」

 

 それっぽい理由を述べる奏に、翼は流された。こういうことに知恵を働かせるのは、奏自身嫌いではない。

 

「じゃあ、奏?」

 

「いいね、それでいこう。翼」

 

 

 今度はもっと演歌教えてくれよな。最後にそう言って翼を見送った奏は、軽い足取りで戻っていった。

 

 

 



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