魔法科高校の事なかれ主義の規格外(イレギュラー) (嫉妬憤怒強欲)
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入学編『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず ―― 福沢諭吉』
第一話 人は皆平等であるか?


 人は皆平等であるか?

 否、人は不平等なもの、存在であり、平等な人間など存在しない。

 

 かつて過去の偉人が、天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず、という言葉を世に生み出した。だがこれは皆平等だと訴えているわけではない。

 

 この有名すぎる一説には続きがあるのを知っているだろうか。

 その続きはこうだ。生まれた時は皆平等だけれど、仕事や身分に違いが出るのはどうしてだろうか、と問うている。そしてその続きには、こうも書かれている。

 

 差が生まれるのは、学問に励んだのか励まなかったのか。

 そこに違いが生じてくる、と綴ってある。それが有名すぎる『学問のすゝめ』だ。

 

 とにもかくにも、人間は考えることのできる生き物だ。平等という言葉は噓偽りだが、不平等もまた受け入れがたい事実であるということだ。

 

 そして、その教えは少なくとも20年続いた第三次世界大戦が終結してから35年が経つ2095年を迎えた現代においても何一つ事実として変わっていない。

 もっとも、事態はより複雑かつ深刻化しているが……

 

 

 

 

 

 魔法。

 それまでは単なる伝説やおとぎ話の産物だったそれは、21世紀初頭に現実の技術として体系化された。

2030年前後より始まった急激な寒冷化に伴い食糧事情は悪化。エネルギー資源をめぐる争いが頻発し、2045年、20年にも及ぶ第三次世界大戦が勃発。人口は30億人まで激減した。この戦争が熱核戦争にならなかったのは、ひとえに、魔法を使いこなせる人材、魔法技能師――通称『魔法師』の世界的な団結によるものだった。

そして21世紀末、不安定な情勢下で、各国は魔法師の育成に競って取り組んでいた。

 

 

 

 西暦2095年4月3日。東京都・八王子。

 

 入学式。

 この時期は世間一般では、『出会いと別れの季節』という共通認識として認知されているだろう。

 出会いとは、新しく出会う人を意味する。

 別れとは、その逆……別れる人を意味するそうだ。

 これまでの人生、そのような言葉とは無縁な道を歩いてきたオレこと有崎シンヤは、期待に胸を膨らませていた。

 白を基調とした制服に身を包み、今日から通う事となる国立魔法大学付属第一高校の校門前をくぐり抜ける。

 

 国立魔法大学付属第一高校。

 毎年、国立魔法大学へ最も多くの卒業生を送り込んでいる高等魔法教育機関。

 それは同時に、優秀な魔法師を最も多く輩出しているエリート校ということでもある。

 だが魔法教育に、教育機会の均等などという建前は存在しない。

 この国にそんな余裕は無い。

 それ以上に、使える者と使えない者の間に存在する歴然とした差が、甘ったれた理想論の介在を許さない。

 

 その証拠に…オレはすれ違う幾人もの生徒から侮蔑の目を向けられていた。

 

 その原因は、制服の左胸と肩の辺りにあしらわれた“空白”にあった。

 

 すべての魔法科高校で採用されているわけではないが、第一高校では入学試験の結果により“一科生”と“二科生”に分けられる。

 

 そもそも魔法科高校には一年間で輩出する魔法師の数にノルマが課されているのだが、いくら魔法の技術が確立されたからといって入学者全員に教師による授業を行えるだけの余裕は無い。かといってノルマぎりぎりの人数に抑えてしまうと、万一事故が起こって再起不能になってしまったときに都合が悪い。

 

 そこで第一高校が採用したのがこの制度である。普段教師による授業を受けられるのは一科生のみ。そして万一一科生から再起不能者が現れたときは、二科生の生徒を穴埋めとして補充するのである。

 

 そして一科生と二科生を区別するために、前者の制服には八枚花弁のエンブレムが制服に刺繍され、二科生の制服にはそれが無かった。それによって生徒達の間では、一科生のことを“花冠”、二科生のことを“雑草”と呼んで蔑む風潮が密かに生まれていた。

 

 徹底した才能主義。

 残酷なまでの実力主義。

 それが、魔法の世界。

 

 この学校に入学を許されたということ自体がエリートということであり、入学の時点から既に優等生と劣等生が存在する。

 

 同じ新入生であっても、平等ではない。

 

……ま、事なかれ主義者である俺にはどうでもいい話か。思うところが無いといえば嘘になる。だが、それを承知で入学したのは自分だ。

 

 向けられる視線を気にも留めず、オレは入学式の開場までどうやって時間を潰すかを考えながら大きな校舎を見上げるのだった。

 

 

♢♦♢

 

 

 妹、司波深雪から「総代を代わってほしい」「何故お兄様が補欠なのか」というどうしようもない案件を上手くかわしたその兄、司波達也は携帯端末に表示した構内図と見比べながら歩き回ること五分、視界を遮らない程度に配置された並木の向こう側に、ベンチの置かれた中庭を発見した。

 

 茶髪をセンターで分けた髪型をしていて、顔の整っているが、どこか影が薄い一人の少年が座っていたため、他にベンチがないか周囲を見渡すも、ベンチは中庭に一つしかなかった。

 

「すまないが、隣いいか?」

 

 話しかけると、「あぁ…いいぞ」と抑揚のない口調で言うその少年はやはり極々平凡に見えるが、達也には底知れない何かを感じた。

 ただそれが何かは見当はつかなかった。

 

 とりあえず友好的なのは達也にもありがたかったため、少年の右側へと腰かけた。

 

 次に見たのは、少年の肩。

 そこには何もなく、自分と同じ二科生だということを示している。

 

 そして、丁度達也の前を通りすぎて行った在校生二人組の胸へと視線をやると、その左胸や肩には一様に八枚花弁のエンブレム、彼らが一科生であることを示している。

 

 そして、その通りすぎて行った背中から、悪意が漏れた。

 

――あの子達、ウィードじゃない?

 

――こんなに早くから……補欠なのに、張り切っちゃって。

 

――所詮、スペアなのにな。

 

 聞きたくもない会話が達也の耳へと入ってくる。

 ふと、隣の少年に目をやった達也は、首をかしげる。

 普通は不快感を露にするところなのだが、その少年の表情に変化がなかったのだ。

 その視線に気づいたのか、少年はこちらを見つめ返してきた。

 

「?どうした?」

「……あ、あぁ。特に嫌そうな表情をしないんだな、と」

「あぁ。事なかれ主義の俺としては、ブルームだウィードだとつまらない肩書で優越感に浸ったり劣等感におぼれたりすることに興味がないからな。これからここで学生生活を送るならそういうのは気にしないようにしたほうがいいだろう」

「……成程。同感だな」

 

 達也は思った。

 事なかれ主義を主張する彼は、見た目によらずかなりサバサバした性格をしている。

 

「俺は司波 達也だ。達也でいい」

「……有崎シンヤだ。これからよろしく頼む」

 

 そこからは互いに会話も無く、二人ともそれぞれの端末に目を落としていた。

 気が付くと時間も丁度良くなり、端末を閉じて立ち上がろうとした時に目の前にふと影が落ちた。 

 

「新入生ですね?開場の時間ですよ」

 

 シンヤと達也は不意に声をかけられたため会話を中断して顔を向けると、やや小柄でフワフワとした巻き毛黒髪ロングの女子生徒が目に入った。

 

 まず二人の目に入ったのが左腕に巻かれたCAD――術式補助演算機(デバイス、アシスタンス、法機と呼ばれたりもする)――で、現代の魔法師にとっては必須のツールだ。

 

 生徒が校内でCADの携帯を認められているのは、生徒会役員と特定の委員会のみ。

 そして、当然ながら左胸には八枚花弁のエンブレムがあった。

 

「ありがとうございます。すぐいきます」

 

 達也は礼儀正しく腰を曲げお礼を言い、それに倣ってシンヤも腰を曲げてお礼し、端末をしまおうとしたとき、再びその女子生徒が声をかけてきた。

 

「感心ですね。スクリーン型ですか」

 

 シンヤの端末を指差してしきりに頷く女子。

 

「当校では仮想型ディスプレイ端末の持込を認めていません。それでも仮想型端末を利用する生徒は大勢います。ですが貴方達は入学前からスクリーン型を利用してるんですね。感心します」

「仮想型は読書には不向きですから」

「……入学早々校則違反はマズいので」

 

 別に読書派が希少って訳でも無いのだが、如何やらこの上級生は人懐っこいのだろうなと二人は思い始めた。口調が砕けてきたり、徐々に近づいて来ているのから見てもきっとそうなのだろう。

 

「……あ、私は生徒会長を務めさせていただいています。七草真由美です。『ななくさ』と書いてさえぐさと読みます。よろしくね」

 

 何だか蠱惑的な雰囲気を醸し出していて、入学したての普通の男子高校生なら勘違いしそうだが、達也はそんな事とは別の事が気になっていた。

 

「(数字付き……しかも「七草」か)」  

 

 数字付き。

 苗字に数字が含まれている家系を指す隠語。

 十師族及び師補十八家の苗字に一から十の数字。

 百家と呼ばれる家系の中でも本流とされる家系の苗字には十一以上の数字が入っている。

 

 二十八家と百家の間には差が見られるが、数値の大小が実力に直結するわけではなく、苗字に数字が入っている場合、魔法師の血筋が濃く、魔法師の力量を推測するひとつの目安となる。

 

 中でも、七草と四葉はこの国最有力の家系であり、真由美がエリート中のエリートだということがわかる。

 

「俺……いえ、自分は司波達也です」

「有崎シンヤです」

 

 達也は目の上の人に対し、俺と言おうとしたところを訂正し自己紹介し返す。シンヤも簡潔に自己紹介すると、目を丸くして驚いたあと、何やら意味ありげに頷く真由美。

 

 何か言う雰囲気があったため、真由美の言葉を待つことを選び、沈黙する。

 

「司波 達也君に有崎 シンヤ君。そうあなた達が教師陣の中でも噂の……」 

 

 とても引っ掛かる言葉が返ってきた。

 二人ともどういう噂になっているのかがわからないのだ。

 

「達也君は入学試験、七教科平均、百点満点中九十六点。特に圧巻だったのは魔法理論と魔法工学。合格者の平均点が七十点に満たないのに、両教科とも小論文を含めて文句なしの満点。前代未聞の高得点だって」

「達也……お前実はすごい奴なのか」

「何いってるのよ有崎君。貴方もある意味十分すごいわよ。入学試験で全科目がどれも平均の七十点ぴったり。あまり点数自体は高くなかったけど司波君でも解けなかった問題が正解率3パーセントにも拘わらず間の証明式も含め完璧だって」

「……偶然って怖いスね」

「え~?本当に偶然かしら?」

「故意にそんなことしたって得しませんよ」

 

 

 達也は驚く。

 つまりシンヤは正解率の高い方をわざと外したという事だ。狙ってやったことだとするなら何故そんな訳の分からないことをしたのか分からなかった。

 

(注意した方がいいのかもしれないな)

 

と警戒心を抱く達也。

 

「会長~~!!何してるんですか?」

 

 そこにオレンジ色の髪をした小柄な女子生徒が現れ、真由美を呼ぶ。どうやら生徒会役員のようだ。

 

「……ではそろそろ移動しなければならないので、失礼します」

 

 これをチャンスとばかりに、達也はそう告げて逃げるようにその場を去る。シンヤは達也に追随するように、軽く一礼して達也の元へと向かった。

 

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 生徒会長からなんとか逃げることができたオレは、達也と講堂に入った時には既に半分の席は埋まっていた。

 特に座席の指定は無いのだから、最前列だろうが最後列だろうが、端だろうが真ん中だろうが自由に座れるのだが、座っている生徒を見てため息を吐きたくなった。

 前半分が一科生で後ろ半分が二科生に分かれているのだ。同じ新入生でありながら前と後ろで綺麗に分かれているのを見て、感心と呆れを感じたのだ。

 

「ここまでくると逆に清々しいな」

「そうだな。確かにここまで綺麗に分かれていると感心するな」

 

 達也が半ば呆れる感じでそう言う。

 

 だがこうやって見ると最も差別意識があるのは差別を受けてる者かも知れないな。

 

 その流れにあえて逆らうつもりもないオレ達は後ろで隣に並んで座れそうなところ適当に見繕って座った。

 

 入学式はあまり好きになれない。

 殆どの一年生は校長先生や在校生である先輩方のありがたい話を煩わらしく思ったり、式中の立ちっぱなしに不快感を覚えたりするはずだ。

 けれど誰しもが、心の中では面倒臭さを感じつつも表面上では真剣な表情で顔を塗り固め、少しでも誠実さをアピールする。

 何故か。

 答えは簡単で、入学式とはオレたちにとっては最初の試練なのだ。

 

 けど、オレが言いたいのはそういう事だけじゃない。

 

 小、中、高校の入学式は、子供たちにとって一つの試練のスタートを意味する。

 学校生活を満喫するために必要不可欠な友達作りができるかどうか、この日から数日にかかっている。これに失敗すれば悲惨な3年間が待っていると言えるだろう。

 

 事なかれ主義のオレとしては、それなりの人間関係を築きたいと思っている。

 

 できれば、一科生とか二科生とかに拘らない人間がいいが……

 

「あの、お隣は空いていますか?」

 

 突如、達也の方から声が掛かり、そちらを見る。今時珍しい眼鏡をかけた女子生徒が初対面の男子ということもあってか、とても緊張した面持ちで立っていた。

 

「俺は別に構わないぞ」 

「そうか。どうぞ」

 

 オレが了承したため、達也も愛想よく頷く。

 少女は安心したように「ありがとうございます」と控えめに頭を下げた。

 

「やったー! 一緒に座れるね美月!」

「ひゃぁ!」

 

 そして後ろからいきなり抱きついてきた少女に、美月と呼ばれた眼鏡の少女は驚きのあまり変な声をあげていた。

 

 その少女は美月と対照的にとても活発で、明るい栗色の髪とスレンダーな体つきが目に留まる、まさに“美少女”と呼んで差し支えない外見だった。どこか日本人離れした容姿に見えることから、ひょっとしたら彼女に外国の血が混ざっているのかもしれない。

 

「ええと、そちらの方は?」

「そういえば自己紹介がまだでしたね。私は柴田美月っていいます、よろしくお願いします」

「司波達也です。こちらこそよろしく」

「あたしは千葉エリカ。よろしくね !そっちの人は司波君の友達?」

 

 千葉が俺を見てそう言う。達也とはついさっき知り合ったばかりなので友達に入るのかわからないがここは話を合わせることにし自己紹介する。

 

「オレは有崎シンヤだ。よろしく」

「うん、こちらこそよろしく……それにしても、面白い偶然って感じかな?」

 

 如何やら千葉は活発な女の子らしい、オレはそう思いながら聞き返す。

 

「面白いって、何がだ?」

「だってさ、『チバ』に『シバ』に『シバタ』に『シンヤ』でしょ?何だか語呂合わせみたいじゃない。ちょっと違うけどさ」

「…オレだけ苗字じゃないな」

「まあいいじゃんいいじゃん。そういう細かいことは」

 

 確かに少しだけ違うが、千葉の言いたいこともわからなくはなかった。

 

「ところで、4人は同じ中学なのか?」

 

 残り2人の自己紹介が終わった所で、達也が疑問に思っていた事を尋ねた。入学早々友達が出来たと言う訳でも無いだろうし、それ以外に4人で行動を共にしている理由が思いつかなかったようだ。

 

「違うよ。全員さっきが初対面だよ」

「初対面?」

「案内板の前でにらめっこしてたら美月が声を掛けてくれたんだ」

「案内版? にらめっこ?」

 

 千葉の表現が独特すぎて、達也にはちょっと理解するのが難しかったようだ。

 

「いや~講堂の場所が分からなくてさ~」

「……端末は如何したんだ? 地図くらいならそれで分かるだろ」 

 

 入学式のデータは会場の場所を含め全て、入学者全員に配信されている。それがあれば端末に標準装備されたLPSを使えば、仮に式の案内を読んでなくても、何も覚えてなくとも迷うはずはないのだ。

 

「あたしたち3人とも、端末持ってなくて…」

「だって仮想型は禁止だって入学案内に書いてあったし」

「せっかく滑り込んだのに、入学早々目をつけられたくなかったし」

「あたしは単純に持ってくるのを忘れたんだけどね……」

 

 成程。本当は納得した訳では無い。自分の入学式なのだから、会場の場所ぐらい把握しておけよと言うのがオレの偽らざる本音なのだが、そんな事を口にはしなかった。

 無闇に波風を立てる必要も無いだろう。特に同じ二科生同士、これから色々とあるだろうから。

 

『静粛に、只今より、国立魔法大学付属第一高校入学式を始めます』

 

 会場にアナウンスが鳴り響いた。オレたちは揃って前を向き、それが合図だったかのように入学式は始まる。

 第一高校の校長が壇上に上がって長々と挨拶し、一般の生徒にとっては初めて聞くことの多い来賓者紹介(場合によっては挨拶も含む)が続く。

 いくら時代が変わったとはいえ、入学式のような儀礼的なものは100年前とさほど変化は無いそれは非常に退屈なものであり、適当に聞き流すことにする。

 

 そして、来賓者紹介が終わった頃、

 

『続きまして、新入生答辞。――新入生代表、司波深雪』

 

 アナウンスと共に壇上に現れた少女の姿に、会場のあちこちから溜息のような声が漏れた。

 

 その少女は、一言で表せば“非常に美人”だった。背中に届くほどに長く艶のある黒髪、透き通るような白い肌をした可憐な容姿をしている。”完璧な美少女”といっても過言ではあるまい。講堂内の新入生たちは男女問わず少女に釘付け状態となっている。

 多くの羨望と陶酔の眼差しに晒されたその少女は、それでも表情1つ変えることなく答辞を読み上げ始めた。

 

『この晴れの日に歓迎のお言葉を頂きまして感謝いたします。私は、新入生を代表し、第一高校の一員としての誇りを持ち、皆等しく! 勉学に励み、魔法以外でも共に学びこの学び舎で成長する事を誓います』

 

……ん?何言ってんだ?

 

 一見すると何の変哲も無い答辞のように思えるが、選民主義の強い一科生が聞いたら文句の1つでも言われるかもしれない発言をさらりと混ぜ込んできた。

 

 主席が入学早々一科生達に喧嘩を売るなんて相当勇気があるな。

 

 だが少女の艶姿に魅入られている新入生はそんな些細な事に気付けるだけの余裕を持ち合わせていなかったようだ。それを知った達也は安心したようにホッと胸を撫で下ろしている。

 

 そういえば達也の苗字も司波だったな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 入学式も滞りなく終わると、IDカードを受け取る為に窓口へと向かった。受け取ると言っても、予め個人別のカードが作成されている訳では無く、個人認証を行ってその場で学内用カードにデータを書き込む仕組みなので、何処の窓口でも作る事が可能なのだが、やはり此処でも一科生と二科生とで綺麗に分かれている。

 

「あたしE組なんだけど、みんなは?」

「俺もだな」

「オレもだ」

「私もです。良かった、クラスで1人ぼっちになる事は無さそうです」

 

 すごい偶然だな。まさか入学式で自己紹介した同じ新入生、達也、柴田、千葉とそのまま同じクラスになるとは……

 

「私はG組だ」

「あたしはF組~」

 

 残る2人は別のクラスのようだが、彼女たちは別にガッカリしてる様子は無い。一学年八クラス、一クラスの人数は25人。この辺りは平等だ。彼女たちはまだ見ぬクラスメイトに思いを馳せているのかも知れないな。

 友達探しに行ったのか如何かは分からないが、彼女たちはホームルームへ向かうと言ってこの場から移動していった。

 

「そういえば、この後のホームルームはどうします? 自由参加みたいですけど」

「あっ! だったらさ、この後みんなで喫茶店でも行かない? アイネブリーゼっていう、何だか雰囲気の良さそうな店を近くで見つけたんだよね」

「それいいですね!」

 

 千葉の提案に柴田が乗り気になっていると、達也が申し訳なさそうな表情で軽く右手を挙げた。

 

「あ、悪い。俺は妹と待ち合わせしてるんだ」

「妹って、ひょっとして司波深雪さんですか?」

「えっ? それって、さっき新入生代表で答辞をしてた子よね? ってことは双子?」

「いや、俺は4月で、深雪は3月の早生まれだから同じ学年なんだ。――それにしても柴田さん、よく俺と深雪が兄妹だって分かったね。全然似てないのに」

「いえ、それは……、お二人とも苗字が一緒でしたし。それに何より……、“オーラ”が似ていましたから……」

「……柴田さんは、随分と“眼が良い”んだね」

 

 達也のこの発言に、柴田の顔が青ざめ、千葉の顔は疑問で染まった。

 

「目が良いって、美月は眼鏡を掛けてるよ?」

「そう言う意味じゃ無いよ」

「?」

 

……成程。柴田は霊子放射光過敏症の持ち主か。

 

 霊子放射光過敏症とは、意図せずに霊子放射光が見える、意識して霊子放射光を見えなくする事が出来ない、一種の知覚制御不全症だ。とは言っても病気でもなければ障害でも無い。感覚が鋭すぎるだけなのだ。

 霊子放射光は、それを見ている者の情動に影響を及ぼす。その為に霊子放射光過敏症者は精神の均衡を崩しやすい傾向にある。

 これを予防するもっとも簡単な手段が特殊加工されたレンズを使った眼鏡を掛ける事なのだ。

 

……柴田の前では注意した方が良いかもしれないな。

 

 オレがそんなことを考えていた、そのとき、講堂の隅っこで話していた達也の背後からついさっき聞き慣れた声がかかった。

 

「お兄様、お待たせしました!」

「早かった……ね?」

 

 お兄様と言うからには兄妹がいる達也宛でしかなく、また、お兄様と言う相手がいるのも達也しかいないため、また声でも判別出来る達也が「早かったね」と答えたつもりなのだが、イントネーションが疑問系となってしまっていた。 

 

 それは、ある同行者がいたからだ。

 

「こんにちは、司波君、有崎君。またお会いしましたね」

「はぁ、どうも……」

「……どうも」

 

 面倒なことになった……

 

 新入生総代に生徒会長が接触してても、なんらおかしく無いのだが、オレとしてはこの再会はあまり嬉しいものではなかった。

 小声でいって頭を下げるという愛想に乏しい応対をしてしまったのに、相変わらずの人懐っこそうな笑みを浮かべている生徒会長、七草 真由美のそれはポーカーフェイスなのか、それとも彼女の地なのか、会ったばかりで判断がつかない。入学式前の対面以来、オレは妙に彼女に苦手意識を持ってしまったようだ。

 

 それに生徒会長は童顔ながらも達也の妹にも引けを取らない美少女である。非常に目立っており、男子生徒達からオレ達は羨望・嫉妬・怨嗟の視線を向けられていた。あと会長の後ろに控えている、恐らく生徒会のメンバーだろうと思しき男子生徒からも。

 

「深雪。どうして会長たちと――」

「お兄様?」

 

 そんな彼女となぜ一緒にいるのか尋ねようとした達也だったが、それは妹によって遮られた。

 彼女の視線は、達也の後ろにいるオレ達、主に柴田と千葉に注がれている。 

 

「そちらの方たちは?」

「ああ。こちらが柴田美月さん、そしてこちらが千葉エリカさん、そしてこちらが有崎シンヤ。同じクラスなんだ」

「そうですか……早速、クラスメイトとダブルデートですか?」

 

 なんでそうなる?

 達也の妹は可愛らしく小首を傾げ、含むところは何もありませんよ、という表情で問いを重ねるも、その目は笑っていない。柴田でもないのに、彼女の背後で吹雪が巻き起こっているかのようなオーラが見えたような気がした。柴田と千葉も同じような印象を受けたようで、2人共顔を引き攣らせて固まっている。

 

「深雪、お前を待っている間、話をしていただけだって。そういう言い方は三人に対して失礼だよ?」

 

 子供を叱るような口調で窘める達也に、妹はシュンと顔を俯かせた。

 

「……申し訳ございません、柴田さん、千葉さん、有崎さん。司波深雪です、お兄様同様、よろしくお願い致します」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「よろしくね! ――ねぇねぇ、あたしはエリカで良いから、深雪って呼んで良い?」

「ええ、苗字だとお兄様と区別がつかなくなってしまいますからね。私も貴女の事をエリカって呼んでも良いかしら?」

「もちろん! 深雪って結構気さくなのね」

「そう言うエリカは見た目通りなのね」

「私も深雪さんって呼んでも良いですか?」

「もちろんよ美月」

 

 楽しげに話す彼女達を横目に、達也は会長の方をチラリと見た。俺も彼女を見やると、ニコニコと笑みを携えて彼女達を眺めるのみで、特に口を挟もうとはしない。

 

「深雪。生徒会の方々との用があるんじゃないのか?」

 

 達也が気を利かせてそう言ったが、会長は手を横に振って、

 

「大丈夫ですよ、今日は挨拶だけですから。先にご予定があるんですもの、また日を改めますわ」

「会長! それでは、こちらの予定が――」

 

 会長の発言に驚いたような男子生徒は納得出来ないのか会長に食い下がった。

 

「予め約束してた訳ではありませんし、彼女の予定を優先するのは当然だと思いますよ」

「それは……」

 

 会長の言っている事が正しいと、その男子生徒も理解したのだろう。ただ彼の心情は周りの一科生と同じで、二科生に負けたのが悔しかっただけだろう。

 

「それでは深雪さん、また後日改めて。司波君も有崎君も今度ゆっくりと話しましょうね」

 

 会長はそう言い残して、その場を去っていった。

 できれば遠慮したい。

 何故ゆっくりと話したがるのか理解に苦しむ。

 

 一瞬反応の遅れた男子生徒も慌てて彼女を追い掛け、この場にはオレ達1年生だけが残される結果となった。

 

 

 

「すいませんお兄様……私のせいで……」

「お前が謝ることじゃないさ」

 

達也は首を横に振ると、ポン、と表情を曇らせる妹の肩に手を置いた。そのまま髪をすくように撫でると、沈んでいた妹の表情がみるみる内に赤みを帯びる。

 

「お兄様……」

 

そのまま見つめ合う二人。

傍から見ていると少々いや、大分危ない兄妹にしか見えないのだが……当の司波兄妹は自覚がないのか二人だけの空間を作っていた。

 

甘すぎて胸焼けおこしそうだ。

 

 

 はぁ……なんとも先行き不安な高校生活になりそうだ。

 

 

 




オリ主設定一部公開

名前:有崎シンヤ Shinya Yuki

性別:男性

年齢:15歳

誕生日:10月20日

国籍:日本

外見:
『ようこそ実力至上主義の教室へ』の主人公綾小路清隆をリスペクト

性格:
 やる気がなく、抑揚のないしゃべり方をする。何事にも動じず、常に冷静に物事を見極めながら、場の空気に合わせて多数派の中に溶け込む。

 一見すると無気力で特徴のない人間のようだが……




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第二話 一科生とのひと悶着

 入学式を終えた次の日、4月4日の早朝。

 

 男子一人女子三人の連絡先を交換し、美味しいケーキがある店に一緒に食べに行く(司波兄妹の甘々空間により苦いコーヒーをおかわりした)ことができたオレは、1-Eの教室を目指した。

 

 

 一応前日……というか昨夜は脳内で様々な状況をシミュレーションしている。

 

 ──明るく元気に教室に飛び込もうかな? とか。

 

 ──手当り次第に声を掛けてみようかな? とか。

 

 特にオレの場合、今までと大きく環境が違う完全なアウェー状態。

 

 ……いや、ここはあえてプラスに考えよう。

 

 インターネットで調べて知ったのだが、世の中には『イメチェン』と呼ばれる言葉があるらしい。ボッチだった奴がリア充になれる可能性も捨て切れない。この世界は可能性に満ち溢れているのだ。

 つまり結局はオレの努力しだい。

 幸い、昨日知り合った達也や柴田、千葉がいる。孤立無援ではない。

 オレは勝つ! 食うか食われるかの弱肉強食の世界に踏み出し、座席表を確認する。

 割り当てられた座席は窓側の真ん中の一つ後ろ。

 なんてことだ……これでは困る。欲を言うと真ん中あたりが良かったのだが……。

 『有崎(ユウキ)シンヤ』で『ゆ』だから仕方ない。

 いや待て早まるな。

 そういった先入観は捨てた方が賢明かもしれない。そうに決まっている……! 

 嘆息してから教室内をぐるりと見回し、オレは自分のネームプレートが置かれた席へと向かい、端末にIDカードをセットしてインフォメーションのチェックをする。

 登校している生徒は現在半分ちょっとくらいか。大体は席について、一人でボーっとしたりしているが、一部は前からの知り合いなのか、それともすでに仲良くなったのか世間話をしている様子。

 さてどうしたもんか。受講登録をし終え、この空いた時間で行動を起こして、誰かと親しくなってみるか?

 丁度隣の方の、全体的にスラリと細い体をして右目の辺りにほくろがある少年は一人寂しそう(勝手な想像)に机に突っ伏していた。

 誰か僕とお話しして友達になってよ!というオーラを出している(勝手な想像)。

 しかし……いきなり話しかけたら相手も困るだろうしな。

 彼は実は孤高のソロプレイヤーで、俺は独りが好きなんだ! とか言われるかも……。そうなったら泣きそうだ。

 機が熟すのを待つか?いや、気づいた時には敵に囲まれ、孤立させられている可能性は大いにある。やはりここは自分から……。待て待て早まるな。迂闊に見知らぬ生徒の懐に飛び込んだら、返り討ちにあう危険性だってあるじゃないか。

 

 あかん、負のスパイラルや……。

 結局誰にも話しかけられずにいる。

 

 そもそも友達って何なんだっけ?一体どこからが友達なんだ?入学式に自己紹介したら?一緒に飯を食うようになったら? 一緒に遊べば友達なのか? 夕焼けをバックに喧嘩でもしたら友達なのか? 定期テストで一緒に赤点を取れば友達なのか? 

 考えれば考えるほど、友達って何だろう。とか深い?部分を探り出す。

 

 

 そんな深い謎に頭を悩ませてから、オレはとうとうある結論に達した。

 ────友達って作るの面倒臭いな。そもそもの話、狙って作るようなものでもない気がする。昨日の四人の時みたいに、友達って自然な流れで構築されていくんじゃないの? 

 

 モヤモヤしているうちに、教室はどんどん生徒が登校し密集していく。その中に千葉と柴田もいた。

 

「あ、有崎君おはよー」

「おはようございます」

「……おはよう」

 

 二人ともオレに気づいて笑顔で挨拶してきたため、オレも軽く挨拶を返す。

 

「……なぁ千葉に柴田」 

「ん?なに~?」

「なんでしょうか?」

「友達の定義ってなんなんだろうな……」

「「えっ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、初対面の生徒に話しかけるのを諦めたオレは話しかけられたら返す受け身モードを選ぶことにする。二つ右隣から再び挨拶が聞こえ、挨拶を返した声の主を見るために振り返ってみると、案の定、達也が登校してきていた。

 

「おはようシンヤ」

「あぁ、おはよう達也」

「……お前とはもう友達だと思ってるよ」

 

 ちょっと待て。開口一番に言ってんだコイツ。

 まさかあの二人、さっきのことを達也に話したのか?

 二人の方に向けると、柴田は苦笑い、千葉は……そっぽ向きながら口笛噴いてる。

 

……はぁ。ま、いっか。

 

 達也に気を遣わせてしまったようで申し訳ない。

 

「別に気にしなくても良い。オレもお前のことを友達だと思ってる」

「わかった。ありがとう」

 

 達也はそう言って自分の席に座り、端末にIDを差し込んだ。

 

「ん?司波君、何してるの?」

「受講登録を済ませておこうと思ってね」

 

 そう言ってもの凄い速さでキーボードオンリーで受講登録をしている達也を、エリカも美月もあんぐりと口を開けて見ていた。

 

「スゲー!」

「ん?」

「あ!」

 

 達也の操作方法に感心してたのは何も二人だけではなかったようだ。

 

「おっとすまねぇな。今時キーボードオンリーなんて珍しいからな……窓際にも一人いたなそういえば」

 

 達也とその男子生徒が会話していると、ふと男子生徒が考え込むしぐさをしてオレの方を一瞥する。

 

「……見てたのか?」

「さっきも言ったように、珍しいからな。おっと、自己紹介がまだだったな。西城レオンハルトだ。親父がハーフ、お袋がクォーターな所為で、外見は純日本風だが名前は洋風、得意な術式は収束系の硬化魔法だ。志望コースは身体を動かす系、警察の機動隊とか山岳警備隊とかだな。レオで良いぜ」

「司波達也だ。俺のことも達也でいい」

「オレは有崎シンヤだ。有崎かシンヤ好きな方で呼んでくれ」

「よろしくな、達也にシンヤ。それで、二人とも得意魔法何よ?」

 

……ここで聞くか。

 

「オレは魔法が苦手だからな……一応どんなのが得意かときかれたら光学系だな」

「なるほどな。達也は?」

「俺も実技は苦手でな。魔工技師を目指してる」

「なーる……頭良さそうだもんな、お前」

「え、なになに?司波くんは魔工師志望なの?」

「達也、コイツ、誰?」

 

 まるでスクープを耳にしたようなハイテンションで首を突っ込んできた千葉を、やや引き気味に指差して尋ねるレオ。

 

「うわ、いきなりコイツ呼ばわり?しかも指差し?失礼なヤツ!モテない男はこれだから」

「な?失礼なのはテメーだろうがよ!少しツラが良いからって調子こいて……」

「ルックスは大事なのよ?アンタみたいなむさ男にはわからないかもしれないけど」

 

 それから行われたレオと千葉の言い合いが始まったが、達也と柴田に諌められて二人は渋々席に着いたのだった。

 

 

 オリエンテーション開始直前、ドアが開き女性が入ってきた。

 彼女は保健室勤務の教師といった具合で、黄色いセーターの上に白衣を身に纏っていた。ただ柴田に負けないぐらいの大きすぎる胸は、思春期男子にとっては毒そのものだった。

 身長は160cmくらい、歳は20代後半に届いているかいないか。茶髪がかった長髪をロングテールにしている。

 誰が見ても、と言うほどではないにしろ、それなりに美人で、そしてそれ以上に愛嬌の感じられる若い女性だ。

 この学校の関係者であることは間違いない。

 ただ、二科生に担任は居ないのに、この女性は何をしにきたのだろうか……そんな疑念を抱いてる中、女性が話し始めた。

 

「皆さん入学おめでとうございます。当校の総合カウンセラーを務めています、小野遥です」

 

 随分と明るい女性だが、何か裏がありそうな雰囲気だ。

 簡単に彼女を信じるのは危険かもしれない。

 

「それでは皆さんの端末にガイダンスを送るので、その後で履修登録をしてください。既に終わっている生徒は退出しても構いませんが、ガイダンス開始後の退出は認められませんので、希望者は今のうちに退出してください」

 

 そう言われて、オレは外にでて一息入れようかとも思ったが、あんまり目立つ事はしたく無いのでその場に止まる事にした。

 すると、同時に隣の席に立ちあがる音が聞こえた。

 

……やっぱり目立つな。

 

 見られてる事を気にもせず出て行った男子生徒を、オレはぼんやりと眺めていた。

 

 そしてそんなオレと達也を、ジッと見ている人間が居るのだった……

 

 見られてる……終わってるのに出て行かないからか?

 

 カウンセラーの小野遥に見られているのに気付いたオレは、彼女の意図を測りかねていた。まさか新入生に色目を使ってる訳では無いだろうし、彼女は何をしたかったのだろうと、オレは終了時間まで考えていたのだった。

 

 

 

 

 

「工房見学、楽しかったですね」

「ああ、実に有意義だった」

「俺にあんな細かい作業ができるかな……?」

「あんたには無理よ、決まってんでしょ」

「何だと、エリカ!」

 

 オリエンテーションのあと工房見学を終えたオレたちは、食堂で昼食を摂っていた。

 国が総力を挙げて育成に力を入れている魔法師の教育機関だからか、第一高校の食堂は他の学校と比べても広い類に入る。しかし新入生が一度は学食のメニューなどを確認しにやって来るためか、この時期の学食はかなり混雑することが多く席が空いていないことも珍しくない。

 しかしオレたちの場合は、二科生ということで基本放置されていることを逆手に取り、授業の見学を早めに切り上げて食堂にやって来たため、簡単に6人掛けのテーブル席を確保することができた。現在はほぼ満席の状態であるため、正しい判断だったといえるだろう。

 

「意外と美味いな、此処の学食」 

「アンタは口に入れば全部同じなんでしょうけどね」

 

 料理の感想を言ったレオに、千葉が憎まれ口を叩く。その結果再び口論になるのだが、最早これがこの2人の当たり前になりつつある。

 

 2人には当たり前になりつつも、柴田には当たり前とは思えないようで……

 

「だから如何して言い争うんですか! エリカちゃんもレオ君も仲良くして下さい!」

 

 このように毎回注意する柴田を、達也は苦笑いを堪えながら見ているのだ。助けようとしない時点で、達也もオレも2人と同類なのかもしれないが。

 

「お兄様!」

 

 達也の背後から、嬉しそうな事が聞こえてきた。

 

「お兄様って誰だ?」

 

 達也はもちろん、千葉も柴田もその声の主が誰だか分かったのだが、レオだけは深雪が声を掛けて来た理由が分からないのも仕方ない。オレはまた千葉と口論になるのも面倒なため、レオに端的に説明する。

 

「達也の妹だ」

「へぇ……達也、妹居たんだな……」

「ハイ深雪、待ってたわよ」

「こんにちは、深雪さん」

 

 気さくに挨拶を交わす千葉と柴田、その2人に達也の妹の後ろから嫉妬の篭った視線を向ける一科生女子が何人か居た。

 というか達也の妹……ハーメルンの笛吹き男みたいに一科生達を引き連れてるな。いや、こいつらが勝手について来てるだけか。

 

 マズいな。このままだと面倒ごとが――

 

「君たち、この席を譲ってくれ。今から、司波さんと僕達がここの席を使うんだ」

 

 

「「「「「はあ?」」」」」

 

………起きちゃったか。

 

 達也の妹の取り巻き(本人非公認)の1人である少年がとんでもないことを俺達に向けて言ってきた。 

 

「あの、森崎さん……。私はこれからお兄様達と一緒に――」

「司波さん、あなたは新入生総代、いわば我々一科生の見本となる存在なんですよ? 見たところ、彼らはただの“二科生”ではないですか? あんな奴らに“一科生”が連んでいるなんて、示しがつかないではありませんか」

「何だと、おい!」

「如何してアンタみたいなヤツの言う事を聞かないといけないのよ!」

「そうですよ! 私たちはまだ使ってるんですよ!」

 

 森崎という名の少年の言い分に、レオは思わず声を荒らげて立ち上がった。あまりにも身勝手な主張には、千葉も柴田も表情を歪ませている。

 

「二科が何を言う。ここは魔法科高校だ。実力が全ての世界で、補欠如きが粋がるな!」

「そうだ! 身の程を弁えろよ、ウィード!」

「俺達の邪魔をするな!」

 

 しかし他の一科生はそれを窘めるどころか、むしろ彼の主張に同調するように口々にそんなことを叫んでいた。

 

……めんどくさいなこいつら。たかだか入試の優劣ごときで人を見下すなんて本当におめでたい連中だ。

 

「良いかい、君達? ウィードは所詮、僕らブルームの“スペア”でしかないんだ。授業でも食堂でも、一科生が使いたいといえば譲るのが常識だろう? 本当ならば実力で黙らせてやっても良いんだが、あいにくCADの使用が禁じられているからな。分かってくれるかい?」

「……森崎さん、あなた――」

 

 とうとう我慢の限界に達した達也の妹が森崎に向き直ろうとしたそのとき、わざと大きな音をたてて達也が席から立ち上がった。その場にいる全員が、彼に注目する。

 

「深雪、俺はもう行くよ」

「え、はい……」

 

 これ以上は騒ぎが大きくなりすぎると判断したのか達也は、食事を途中で切り上げるようだ。

 

「おい達也!」

「感じ悪い! 私ももう行く!」

「エリカちゃん!」

 

 達也に続くように、レオ、エリカ、美月、オレの順に席を立ち食堂から去る。

 

「司波君! 何であっさり席を譲っちゃったのよ!」

「そうだぜ達也! あんなやつらぶっ飛ばせばよかったじゃねぇか!」

「喧嘩は駄目ですよ!」

 

 好戦的な2人を諌めながらも、柴田も達也があっさりと席を譲った事が気に入らないようだった。

 

「あれ以上口論してたら、周りに迷惑だろうからな。それに、あいつらでは深雪の相手は務まらないさ」

 

ん? 

 

「……どういう意味だ?」

「さぁね」

 

 誤魔化すように歩くスピードを上げた達也に、オレたちはついていった。この時の達也のセリフが理解出来たのは、放課後になってからだった。

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減にしてください! 深雪さんはお兄さんと一緒に帰ると言ってるじゃないですか!」

 

 先程から続く口論に業を煮やして啖呵を切ったのは、意外な事にこの中では一番大人しい性格と誰もが思っていた柴田だった。

 

 ここに至るまでの経緯は、実に想像の付きやすい単純なものだ。達也の妹が校門にやって来るのを待っていたオレたち二科生に対し、後ろをゾロゾロとついてきた一科生の面々が難癖をつけてきた、というものだ。ちなみにその一科生の矢面に立っているのは先程も食堂で真っ先に口を出してきた森崎だというのも、これまた想像しやすいことであろう。

 

「大体、貴方たちに深雪さんとお兄さんを引き裂く権利があるんですか!」

「ちょっと美月…そんな、引き裂くだなんて」

「どうした深雪?顔を赤くして」

「いえ!なんでもありません!!美月ったら何を勘違いしているのでしょうね?」

「深雪……なぜお前が焦る?」

「えっ?いえ、焦ってなどおりませんよ?」

「そして何故に疑問系?」

 

……こっちのブラコンシスコン兄妹はそっとしておこう。

 

 

 最初は思わぬ人物からの反撃にたじろぐ森崎だったが、落ち着きを取り戻したのか、あるいはますますヒートアップしたのか、これ見よがしに大きく溜息を吐いてから反論を始めた。

 

「良いかい、君達? ここ第一高校は、完全なる実力主義だ。そして君達二科生は試験によって、僕ら一科生よりも実力が劣ると判断された。それはつまり、君達の存在自体が僕らより劣るということに他ならない。少しは身の程を弁えたらどうだい?」

「俺達は司波さんと、二科生には理解できないレベルの話がしたいんだ!」

「そうよ! 少し時間を貸していただくだけなんだから、二科生は大人しくすっこんでなさい!」

 

 内容の是非はともかくとして、どうやら他の一科生達も森崎の話す内容に異論は無いようだ。自分達の優位性をまったく疑っていないらしく、このままの勢いで押し切ろうという作戦らしい。

 

「ハッ! そういうのは、自治活動中にやれよ! ちゃんと時間取ってあるだろうが!」

「『時間を貸していただく』ですって? そういうのは、あらかじめ本人の同意を得てからやるもんでしょうが! 一科生の皆さんは、一般的な社会のルールも知らないのかしら?」

 

 レオが彼らの主張を威勢良く笑い飛ばし、エリカも皮肉をたっぷり込めた言葉で返した。食堂では言い争いをしていたというのに、こういうときには息がピッタリだ。

 

 しかしそれでも尚、森崎は自分達の非を認めようとはしなかった。

 

「まったく、どうして君達“ウィード”はそう楯突くんだ? 所詮は単なる“スペア”で実力も何もかも劣っているというのに、僕達“ブルーム”に刃向かってどうするんだい?」

 

 そんな森崎の言葉に真っ先にキレたのは、またしても柴田だった。

 

「――何ですか、さっきから“実力”って! 私達は同じ新入生です! 今の時点で、あなた達のどこが優れてるって言うんですか!」

 

 

……今のはマズイな。

 

 売り言葉に買い言葉でとうとう頭に血が上った森崎が動き出した。

 

「そんなに見たいなら見せてやる! 才能の差ってヤツをな!」

 

 森崎がそう叫びながら取り出したのは、術式補助演算機(通称CAD)と呼ばれるもので、魔法師にとって所謂“杖”の役割を果たす機械である。拳銃のような形をしたそれをホルスターから抜く彼の動作は、さながら早撃ち勝負をするガンマンのようだ。

 そして森崎はあっという間に、二科生のグループの1人にその銃口を向けた。

 

 オレだった。

 

「は?マジかよ」

 

 なぜそこでオレを狙う。全然シャレになってない。あれどう見ても攻撃力重視の特化型だ。そんなの怪我だけじゃすまないぞ。

 だがその心配も杞憂に終わる。

 

「この間合いなら私の方が速いのよねぇ?一科生さん?」

「なっ!?」

 

 千葉が既にどこからか取り出した警棒で森崎のCADを弾き飛ばしていた。

 それを見ていた他の一科生達もCADを構えだす。

 

「ブルームがウィードに劣るなどありえるかぁぁぁぁ!!!!」

「なめないで!」

 

 その中で、ヒートアップし過ぎている一科生を止めようと1人の女子が動いたのをオレは気がついたのだが、他のメンバーはまた攻撃魔法を使われると思って慌てだした。

 

 しかし魔法は発動前に霧散した。何者かに起動式を打ち抜かれた為に、魔法を発動出来なかったのだ。

 

「止めなさい! 自衛目的以外での魔法攻撃は、校則違反以前に犯罪ですよ!」

 

 聞き覚えのある声に、声のした方に振り向いた。そこに居たのは生徒会長の七草真由美と、もう1人は見覚えの無い女子生徒が居た。ショートボブの黒髪にスレンダーな体型をした、まさに“男装の麗人”といった表現がよく似合う一科生の女子生徒で、右腕には、太陽の光に照らされた“風紀委員”の腕章が燦然と輝いている。

 

「風紀委員長の渡辺摩利だ。君たちは1-Aと1-Eの生徒だな。事情を聞きますのでついてきなさい」

 

……最悪だな。入学して二日で生徒会長だけじゃなく風紀委員長にまで目を着けられるとは。

 ここで変に口答えすれば、下手をすれば退学になってもおかしくない。

 

 大人しくついていくべきか考えていた矢先、唐突に達也がスッと前に出た。

 

「すみません、悪ふざけが過ぎました」

「悪ふざけ?」

「ええ、森崎一門のクイックドロウは有名ですので、後学の為に見せてもらったのですが、自分が狙われてつい反撃をしてしまったのです」

 

 どうやら達也は一件そのものをなかったことにするつもりのようだ。 

 達也の言い訳に一番驚いたのは森崎本人だった。まさか自分が知られているとは思って無かったのだろう。 

 

「ではあの女子は? 攻撃性の魔法を発動させようとしてたのでは?」

「あれはただの閃光魔法です。威力も抑えてありましたし、失明の危険性もありませんでした。周りを落ち着かせる為に注目を集めようとしたのでしょう」

「ほぅ」

 

 達也の言い分に興味深そうな声を漏らす風紀委員長。

 

「君は、面白い眼をしてるんだな」

「実技は苦手ですが、分析は得意ですので」

 

 どうやらオレはとんでもない奴と友達になったようだ。

 

 魔法師は、魔法式についてはどのような効果を持つのか直感的に理解することができる。

 だが起動式は別である。

 起動式は簡単にいえばデータの塊だ。それを読み取ることができるなど数百万と呼ばれるデータを全部記憶しているようなものだ。

 魔法を使うには起動式が必要である。だが、使う前から読み取るなど、普通の人間には不可能だ。

 

 

「君は誤魔化すのが得意なんだな」

 

 風紀委員長は真っ直ぐに達也を睨み付ける。するとそこに兄を庇うように妹が前に出る。

 

「兄が申した通り、本当に、ちょっとした行き違いだったのです。先輩方のお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 そして深々と頭を下げた。まさにその姿は兄妹ではなく、互いを庇い合う夫婦にしか見えない。するとその様子に毒気を抜かれたのか風紀委員長は目を逸らし、生徒会長に視線を向けた。

 

「もういいじゃない、摩利。達也君、ただの見学だったのよね?」

「はい」

 

 そして生徒会長の視線が次にオレへと向かう。

 

「じゃああともう一人だけ最後の確認。シンヤ君……本当にただの見学だったのよね?」

 

 ここでオレは司波兄妹をチラリと見る。二人はなにも言わずこっちをジッと見ていた。続いて友人達に目を向ける。友人達もこっちをジッと見ていた。

 

 ここは空気を読んで話を合わせるとしよう。

 

「はい。まったく無駄な動きがなくてとても勉強になりました」

「……そう」

 

 昨日までは苗字で呼ばれていたような気がしてたのが、いきなり名前呼びに変わってるのは気になるが今はそういう空気ではないため聞かないでおくことにする。

 

「確かに魔法を教え合うこと自体は悪くないですが、魔法の発動には細かな制限があります。それを習うまで魔法の自習活動は控えるといいでしょうね」

「会長がそう言うのなら、この場は不問とします。以後気をつけるように」

 

 風紀委員長も会長の意向を汲んでこの場から去っていく。一科生も二科生も無言でお辞儀をしていたら、ふと風紀委員長が振り返った気配を達也は掴んだ。 

 

「君、名前は?」

「1-E司波達也です」

「覚えておこう」

 

 そして生徒会長が小さく手を振りながら、風紀委員長が少し一瞥しつつこちらを見ながら、校舎へと去っていった。

 

 二人が居なくなった後、森崎は達也に認めない発言をし、他の一科生の面々とその場を去る。

 

 

 入学早々こんな騒動に巻き込まれるなんて、本当にツイてないな。

 

 

 

 

「お兄様、もう帰りませんか?」

「そうだな。シンヤ、レオ、千葉さん、柴田さん、帰ろう」

「うん、そうだね」 

 

 一科生がいなくなったことによりこの場にとどまる必要もなくなったオレ達は、達也の妹の意見に皆頷いて司波兄妹を先頭に帰路についた。

 

 が、その行く手を遮るように達也の妹のクラスメイトの女子生徒が立ち塞がった。

 先ほど閃光魔法を放とうとしていた女子生徒である。そばにはもう一人感情が乏しそうな女子生徒がいる。

 

 しかし、もうこれ以上は関わりたくないのか、達也は妹に目配せをし、そのまま通りすぎようとする。

 その達也の意を汲んで、また明日、と挨拶をしようとした妹だが、それよりも先にその女子生徒が口を開いた。

 

「光井 ほのかです。さっきは失礼なことを言ってすみませんでした。大事にならなかったのは、お兄さんのおかげです」

「……どういたしまして。でも、お兄さんはやめてくれ。これでも同じ一年生だ」 

「分かりました。では、何とお呼びすれば……」

「達也、でいいから」

「……分かりました。それで、その……」

「……なんでしょうか?」

「……駅までご一緒してもいいですか?」

 

 

 

♢♦♢

 

 

 ほのかのこの一言で、大所帯での帰宅になってしまった。

 駅まで向かう途中、メンバーは達也、美月、エリカ、レオ、シンヤのE組五人と、深雪、ほのか、ほのかの友達で同じくA組の北山 雫という名の女子生徒の三人、計八人。 

 

 達也の隣には深雪、そしてその反対側には何故かほのかが陣取っている。

 

「……じゃあ、深雪さんのアシスタンスを調整しているのは達也さんなんですか?」

「ええ。お兄様にお任せするのが、一番安心ですから」 

 

 ほのかの質問に対して、我が事のように得意げに、深雪が答える。

 

「少しアレンジしているだけなんだけどね。深雪は処理能力が高いから、CADのメンテに手が掛からない」

「それだって、デバイスのOSを理解できるだけの知識が無いとできませんよね」

 

 深雪の隣からのぞき込むように顔を出して、美月が会話に参加した。

 

「CADの基礎システムにアクセスできるスキルもないとな。大したもんだ」

「達也くん、あたしのホウキも見てもらえない?」

 

 振り返りながら、レオ、エリカ。

 

 エリカの呼び掛けが『司波くん』から『達也くん』になっているのは、「光井さんに名前で呼ばせてるんだからいいでしょ」というもので、自分のことも名前で呼んで良いという交換条件により成立。

 

 当然、美月も同じ取引を主張し、何故かシンヤも流れでエリカと美月を名前呼びすることになった。

 

「無理。あんな特殊な形状のCADをいじる自信はないよ」

「あはっ、やっぱりすごいね、達也くんは」

「何が?」

「私のこれ、達也くんからは一瞬しか見えてないはずなのにホウキだってわかっちゃうんだもんね」

 

 達也の返事は本気なのか謙遜なのか分かりにくいものだったが、エリカのは素直な賞賛だった。

 エリカが取り出したのは、先程取り出した警棒みたいなものだ。

 

「…………」

 

 シンヤはその警棒の持ち手の下のところに何か刻印のようなものが入ってることに気付く。

 

「それ、刻印型の術式か?」

「おっ、シンヤ君正解。刻印型の術式で強度を上げてるのよ」

「刻印術式っていや、術式を幾何学紋様化してサイオンを注入して発動させるってアレだろ?そもそも刻印型の術式は、燃費が悪くて今じゃあんまり使われていないはずだぜ」

「お、さすが得意分野。でも残念、あと一歩ね。強度が必要なのは、振り出しと打ち込みの瞬間だけ。その刹那にサイオンを流せばそんなに消耗しないわ。兜割りの原理と同じよ。……って皆どうしたの?」

 

 レオの言葉にエリカは普通に返すが、全員エリカに呆れたような感心したような視線を向けていた。

 

「エリカ……兜割りって、それこそ秘伝とか奥義とかに分類される技術だと思うのだけれど。サイオン量が多いよりよっぽどすごいわよ?」

 

 全員を代表して深雪が伝える。エリカは少し焦っているようだった。

 

「達也さんや、深雪さんもすごいけど、エリカちゃんもすごい人だったのね……。もしかしてうちの高校って一般人の方が珍しいのかな?」

 

「魔法科高校に一般人はいないと思う」

 

 美月の天然で素朴な疑問に、雫の的確すぎるツッコミが炸裂し、全員つい納得してしまった。

 

 

 

 

 そんな中、達也の視線は森崎にCADを向けられてもまったく表情を崩さなかったシンヤの方に向いていたのだった。

 

 

 

 





(お、お兄様が有崎くんのを見て深刻そうになっている…!! もしや、そういう―――いいえ、ありえないわ!!! け、けれどそうだとしたら、ああ!! どうしたらば―――)

 帰宅後、達也は深雪に根掘り葉掘り聞かれ、誤解を解くのに時間を弄したとかなんとか。


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第三話 面倒ごとの予兆

イメージOP『Rising Hope/(魔法科高校の劣等生)』
イメージED『Beautiful Soldier/(ようこそ実力至上主義の教室へ)』

…………なんつって



 入学式から三日目。

 普段無気力なオレは、朝からため息をついていた。

 

 なぜなら……

 

「シンヤくぅ~ん!シ・ン・ヤくぅ~ん!」

 

 駅から出て学校までの通学路の途中、後ろから大きな声で手を振りながら声をかけてくる生徒会長に遭遇したのだから。

 

 なんで朝っぱらから、生徒会長なんかに遭遇するんだ……

 昨日の今日で此処まで変わるものだろうか。昨日の借りはあるのだが、それを楯に脅してくるような人間だとも思えない。

 

「おはようシンヤくん!後ろ髪ちょっと寝癖できてるわよ」

「…………おはようございます」

「もう元気ないわよ?こんなに天気もいいのに」

「……逆に生徒会長さんは朝から元気ですね」

「それはそうよ。将来有望そうな子がいっぱいいて……これから楽しくなりそうなんですもの」

「………はぁ、そうですか」

「それに、その中で一名はかなりの曲者のようですしね」

「……確かに魔法の起動式を一瞬で見抜けるなんて達也はすごいですね」

「あら?私は別に達也くんのこととは一言も言ってないけど?」

 

 そう言って会長は意味ありげな視線をオレへと向ける。

 どうやら会長は入学式からまだオレのことを疑ってるようだ。

 

「……この前も言いましたが、入試試験の点数の一致は偶然ですよ」

 

 そう、偶然だ。

 オレは偶然そのような点数を取っただけに過ぎない。

 

「…………じゃあそういうことで」

 

 魔法科高校の生徒会長、しかも十師族の家系の人間にこれ以上関わるのは目立つため、足早に去ろうとする。

 だが……

 

「え~?一緒に学校に行きましょうよ~?」(ガシッ)

 

 逃がさないとばかりに生徒会長がオレの左腕に抱きついてきた。

 マジでなんなんだこの女。

 

「あの……離してくれませんか」

「ん~?なにか言ったかしら~?」

「いや、だから周りからの視線が痛いんでやめてください」

 

 登校中ということは、当然周りにも生徒は存在する。さっきから行き交う男子生徒達から羨望・嫉妬・怨嗟の視線を向けられていた。

 

『おい、会長に抱きつかれてる男子生徒誰だ?』

『おいあれウィードじゃねえか?』

『おのれ……補欠が会長に抱きつかれるなんて……羨ま、けしからん!』

『ていうか同じ一科生だろうと許さん!』

『お、おい!こいつ、息してないぞ!AED!AED!』

 

……正直居心地が悪い。突き刺さる視線と左腕から伝わる柔らかな感触でどんどんオレのヒットポイントが削られていくのを感じる。

 

「ふふふ…まるで私たちカップルみたいね」

 

 全然思わない。この状況でなに言ってんだ。

 しかしそれを言ったところでこの女には効果がないだろう。

 何というか……自分の世界に入っている気がする。

 

 誰かいないのか……この絶望的状況をなんとかしてくれる奴は……

 

「……いた」

「え?」

 

 前方に見知った面子の後ろ姿があった。

 

「あ、あれ達也君と深雪さんじゃない?」

「みたいですね」

 

 達也君ねぇ…

 オレは会長に腕を引っ張られながら歩く。さらに会長は大きな声をあげた。大きく手を振るおまけ付きで。

 

「達也くーん。た・つ・やくぅ~ん!!」

 

 達也達はオレと会長が腕を組んでいることに一瞬驚くものの挨拶をかわした。

 

「「「「「お、おはようございます」」」」」

 

 そしてレオとエリカが話しかける。

 

「ど、どうしたんですか会長!?」

「っていうか下の名前で呼んで!?しかもシンヤ君と腕組んでるし!?え!?二人ってそういう関係!?」

「いや、ついさっきそこで捕まってしまった。悪いが助けてくれ」

 

「「ごめん。無理」」

 

 この薄情者ども。

 

「もしかして昨日のことですか!?」

 

 レオとエリカがビクビクしながら何やら構えつつ会長に質問をする。奇しくも二人とも同じファイティングポーズであった。

この二人……相性は良いのかもしれない。

 

「いえ、そうじゃなくてね……司波達也君と司波深雪さんを生徒会室でのランチに招待しようかと思って。勿論シンヤ君も」

「遠慮しときます」

 

 オレは即座に断る。だが会長の目がキラリと光った。

 

「…私……悲しいわ………昨日はあんなに熱く語り合った仲じゃない」

「?校門前で11.754秒くらいしか話してないではずですが」 

「(結構細かいわね)…その数秒の間でも運命を感じなかったの?」

 

 そんな上目遣いで見つめられてもな…………

 

「いや、生憎オレは運命なんてもの信じてないので」

「そっか……」 

 

 オレの答えに残念そうに絡み付いていた腕を解いて、俯く会長。そして……

 

「チッ」

 

 オレ達にしか聞こえないレベルの音が、会長の口元から聞こえてきた。この下品とも言える音は、舌打ちだったのだ。

 

 

「まったく……騒がしいと思ったらいったい何やってるんだ真由美」

「あっ、摩利」

 

 背後からの凛とした声に振り返ると、そこには呆れた表情を浮かべた渡辺風紀委員長がいた。 

 

「君は確か昨日の騒動の……名前を教えてくれないか?」

「……一年E組の有崎シンヤです」

「有崎……そうか、君が真由美が話していた例の……」

「言っときますけど点数の一致は偶然ですよ」

「……ふむ。そういうことにしておくか」

 

 そういうことってどういうことだよ。

 

「すまないな。真由美は気に入ったヤツにしか本性を見せないからな。それ以外の相手にはネコ被ってるし」

「えへへ」

「……オレは気に入られるようなことをした覚えはありませんが……」

 

 この様子だと風紀委員長は会長の暴走を止める役目にあるようだ。

 

「………苦労してるんですね」

「わかってくれるか」

「なんで摩利はシンヤくんの台詞に突っ込まないの!?」

 

 会長が頬を膨らましているが完全に自業自得だ。

 

「それで、真由美は司波兄妹とそこの彼をランチに誘おうとしていたのか?」

「えぇ、そうなの。あ、貴方達も良かったら一緒にどう?ランチボックスでよければ、自配機がありますし」

 

 さらっとレオ達も昼食に誘おうとする会長。

 社交的な申し出ではあったが、それを意外な人物が断った。

 

「せっかくですけど、あたしたちはご遠慮します」

 

 断ったのはエリカだった。普段の彼女なら悪のりでもして誘いを受けるのだが、今日の彼女はいつもとは雰囲気が違うように感じた。

遠慮というよりは拒絶とも受け取れるその態度に、レオ達は意外そうな表情を浮かべ、渡辺委員長はどこか気まずそうに視線を逸らし、七草会長は特に顔色を変えずに「そうですか」と言った。

 

「………じゃあ、深雪さんたちだけでも」

「あの……話というのは?」

「あ、別に取って食おうってワケじゃないのよ?ただより良い学園を作るために貴方の力を少し貸してほしいなって思って。貴方もこの学園には思うところがあるでしょ?」

「……分かりました。では兄と一緒にお邪魔させていただきます」

「よかった。じゃあ、詳しいお話はその時に。お昼に生徒会室でお待ちしてますね。それで、やっぱりシンヤくんも一緒に――」

「真由美いいかげんにしろ」

「あうっ!」

 

 風紀委員長が不意に会長の頭に拳を置く。拳骨まではいかなくとも、小気味の良い音が鳴り、ちょっとだけ風紀委員長に感謝する。 

 

「ほら、用が済んだならさっさと生徒会室に行くぞ」

「ちぇっ、わかったわよー。それじゃあねシンヤくんっ」

 

 会長は風紀委員長と連れ立って、校舎内へと立ち去っていった。

 

「なんだか、台風みたいな人ですね」

「あれは台風より厄介だろ」

 

 なんだろうな。登校したばかりなのにすごく疲れた気がする。

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 一高においての一科生と二科生の違いは、教師がいるかいないかだろう。

 そして、二科生のE組も例外ではなく教師はいない。

 

 教師はいないため、課題の提出が履修の目安になる。

 よって、二科生の授業は、出された課題をやるということだ。

 

 お昼休みが終わったE組は現在、実習授業を行っていた。 

 

 課題は、据置型の教育用CADを操作して三十センチほどの小さな台車をレールの端から端まで連続で三往復させる、というものだった。

 

 言うまでもなく、台車には手を触れずに、である。

 

 とはいっても、目的は授業に使うこの機械の操作を習得することにあり、壁面モニターには使い方が表示されている。

 

「それで達也、生徒会室での話しは如何だったんだ?」

 

 CADの順番待ちの列で、達也の後ろにいたレオが聞いた。

 オレたちは食堂でお昼を済ませたが、達也は妹の深雪とともに生徒会室でお昼をとったのだ。

 

 レオのその質問は、単に興味があったからだ。

 

「奇妙な話になった……」

「奇妙、って?」

 

 達也の前に並んでいたエリカがクルリと振り返って首を傾げた。

 

「風紀委員になれ、だと。いきなり何なんだろうな、あれは」

 

 確かに、それは「何なんだろう」としか言いようがないものだろう。

 

「確かにそりゃ、いきなりだな」

 

 レオも唐突に感じたようだ。

 

「でも、すごいじゃないですか、生徒会からスカウトされるなんて」

 

 ちょうど、そこで先に実習をしていた美月が課題を終え、再チャレンジ――失敗したわけではない――するために最後尾へ戻る足を止めて、感じ入った目を達也に向けていた。

 

「風紀委員って問題を起こした生徒を取り締まるんでしょ? 達也君ならぴったりじゃん」

 

「……なあ、風紀委員って具体的にはなにするんだ?やっぱり一般の学校みたいに生徒の服装や遅刻を注意したりするのか?」

「いや、そんなベタなものじゃない。風紀委員の主な任務は魔法に関する校則違反者の摘発、魔法を使用した争乱行為の取り締まりをやることみたいだ」

 

 ようするに喧嘩の仲裁か。

 

「………それって大丈夫なのか?」

「?どういう意味ですかシンヤさん」

 

 四人の視線が最前列にいたオレへと集まる。

 

「もし達也が風紀委員に入った場合、妹と一緒にいる時間ができるメリットがあるが、一科生からの反感がありそうだなと思ってな。生徒会が認めたとしても他の一科生が納得するわけじゃないだろうし」

「……確かに。昨日その一科生にいきなり認めない宣言されたしな」

 

 悪しき風習というのはそう簡単に消せるものじゃない。人間は理屈よりも感情で動く生き物だ。今まで散々見下していた相手が急に取り締まる側につくとなるとどんな暴挙に出るか分かったもんじゃない。

 

 その場合、この学校に氷河期が訪れて廃校なんて言う結末しか想像できない。

 

「…おいシンヤ。今失礼なこと考えていなかったか」

 

 そんなバカな。なぜばれた。

 

「いいや別に何も………それで、放課後も生徒会室に行くのか?」

「ああ。呼ばれてるからな」

「シンヤ君が言ってたのもあるし断っちゃえば?」

「さっきピッタリとか言ってたくせに、断れって何だよ」

「アンタには言ってないでしょ」

「何だと!」

「何よ!」

「だから二人共喧嘩は駄目ですよ!」

 

 また始まったか。

 丁度オレの番が来たため、口喧嘩している二人をよそに、CADの前へとつく。

 

 この実習は、レールの中央地点まで台車を加速し、そこからレールの端まで減速して停止、逆向きに加速・減速……を三往復行うというものである。

 CADに登録されている起動式は加速・減速を六セット実行する魔法式の設計図だ。

 加速度に設定はないため、そこは生徒の力量に反映されることになる。

 

 オレは据え置き型のCADの前に立ち、サイドワゴン大の筐体の上面全体を占める白い半透明のパネルに掌を押し当て、必要最低限の想子(サイオン)を流し込んだ。

 そして返ってきた起動式を脳内で読み込み、それを元にして、無意識領域内に在る魔法演算領域で魔法式を構築して、発動する。

 

 今日の実技はあくまでもCADに慣れることが目的であり、ただ往復させればいい。

 つまり、本気を出さなくていいということ。

 

 まず初めに"静止摩擦力を上回る力積が加えられた"という事象が上書きされ、ゆっくりとだが台車は動き出した。

 

 そのままサイオンを流し込みながらCADを操作する。

 重ねて二連の魔法陣が浮き上がって台車へと干渉。一度目は加速度を軽減する魔法。二度目はマイナス方向への加速を加える魔法である。

 

 それを繰り返し、二往復した辺りから微調整を始めた。二往復半のところでさらに調整し、三往復したところで加減を留める。

 

「……ダメだ調整が難しいな」

 

 そう言ってパネルから掌を離して列の最後尾、美月の後ろへと並んだ。

 

 

♢♦♢

 

 

ペダルスイッチでCADを支える脚の高さを調節し、パネルに掌を当てる達也は、台車を動かしながらさっきのシンヤを思い出していた。

 

 

――サイオンの使い方に無駄がなさすぎる。

 

――だがそれでいて起動式の方に無駄がありすぎだ。

 

 シンヤのサイオンの流れ、それを視た達也には分かった。

 

――入試試験のことといい、シンヤは間違いなく手を抜いている。

 

 二科生は魔法の実技が乏しい人が多く、いきなり魔法を上手く使おうとしても、上手く使えないことの方が多い。

 シンヤがやったのは、必要最低限のサイオンをコントロールして、余分な力を使わずに台車を動かすということ。

 CADの使い方を覚えたら、次はサイオンのコントロールを覚えなければ安定して魔法を成功させることができない。

 コントロール出来れば、その分力を集中しやすい。

 初歩的なことだが、とても重要なことだ。

 

 しかし……と、自分の台車のスピードをみながら思う。 

 

――遅すぎる。

 

 サイオンを正確にコントロール出来ている自分が、E組二十五人の中でも後ろから数えた方が早いぐらいには遅いスピードで動かしているのは、どうなのだろうか。

 

 今更だ、と割りきってはいる。

 だが、結果を投げているわけではない。

 達也自身、ため息をつきたくなる結果をしっかりと自覚していた。

 

 

♢♦♢

 

 

 四日目。

 

「おっ達也、早速風紀委員か?」

 

 終業のチャイムと同時に達也が立ち上がったのを見て、レオが面白がってるのを隠しきれてない顔で達也に尋ねた。

 

 あの後、結局達也は風紀委員になったようだ。

 どうしてそうなったのかはわからないが、生徒会副会長、服部 刑部(入学式で七草会長と一緒にいた男子生徒)と模擬戦を行って勝利、その場の流れで生徒会全員承認の生徒会推薦枠としてなったらしい。

 

「今日からクラブ活動勧誘期間だからな」

「それと風紀委員になんの関係があるんだ?」

「新入生の取り合いで毎年殴り合いや魔法の打ち合いのトラブルが絶えないらしい」

「大変だな。それじゃあ達也、頑張ってくれよな! ちなみに俺は山岳部に行くぜ」

 

 そうしてレオと達也は教室を出る。

 

 部活動か。今思い返せば……オレは部活を経験したことはなかったな。

 これを機にやってみるのもありかもしれないが……。

 

 適当に見て回ろうと教室から立ち去ろうとするとエリカが話しかけてきた。

 

「ねえシンヤ君」

「エリカ?何か用か?」

「シンヤ君、クラブ決めた?」

「いや、ただ、見て回りたいとは思ってる」

「私も決まってないの。よかったら一緒に回らない?」

「……良いのか?てっきり美月と回るかと思ってたが」

「美月はもう美術部に決めてるんだって、似合ってるわよね」

「そうだな」

「それでどうする?どうせ一人で行ってもつまんないし」

「……是非同行させて下さい」

 

 断っておくが、下心は無い。

 ただ、一人で行ったら浮くだろうからな……。変に悪目立ちはしたくない。

 

 外に出てみると、そこは校庭を埋め尽くす勧誘のテントと喧騒でお祭り騒ぎとなっていた。

 

「……この学校って部活動は盛んだな」

「そりゃあ九校戦で優秀な成績を修めたクラブには、クラブの予算からそこに所属する生徒個人の評価に至るまで、いろんな便宜が与えられるからね。皆優秀な新入部員の確保するのに必死なんでしょう。ま、それが激化して毎年魔法の撃ち合いに発展してるみたいだけど」

 

 なにそれこわい……

 

「まあ、そういうクラブが狙うのは大体一科生だろうからな。オレたち二科生には関係ない話だ」

「あはは、確かに」

 

 

 

 

 だが、その認識は甘かったと数分後後悔した。

 これなら風紀委員が必要なのも納得だ。

 

「ちょっと離してよ!」

 

 とあるテントとテントの隙間に、人垣が築かれている。その人垣の向こうでは、脱出不能となったエリカが大勢に囲われていた。

 

 非魔法系クラブで、エリカの事をマスコット的なポジションで欲しがるクラブがエリカの事を取り合っているのだ。

 

 オレは面倒事を自分で引き受けたのかもな…………

 

 エリカと一緒に行動すると言う事を、オレは甘く見ていた。エリカは達也の妹とは違ったタイプの“かなりの美少女”であり、玉砕覚悟で交際を申し込まれるタイプなのだ。

 

 そのエリカを広告として使いたがる非魔法系クラブがあったとしてもおかしく無いと何故約束をする前に気付けなかったのだろうとため息を吐いた。

 

「彼女に先に声を掛けたのは、我々テニス部だぞ!」

「いい加減に手を離しなさい! 私達バレー部が先よ!」

「あの……もう離してください!チョッ、どこ触ってるのっ?やっ、やめ……!」

「…………そろそろマズイか」

 

 次々と群がっていく上級生達。

 エリカの争奪戦は思ったよりも過激化してきているのだ。

 

「シンヤ、あの人垣は?」

 

 そこで、後ろから聞きなれた声が聞こえた。

 

「達也か。あそこにエリカがいるんだが、なんとかできるか?」

 

 いたのは、風紀委員の腕章をつけた達也。両腕にはそれぞれブレスレット型のCADがついていた。

 

「……わかった。俺が隙をつくるからその間にお前はエリカを連れてここから離れろ」

 

 達也は左腕にはめたCADを操作し、達也の足元に、青白い光で魔法式が展開される。

 達也はエリカが囲まれている人垣を見据えながら、ほんの少しだけ右脚を上げ、地面を蹴りつけた。するとその振動が魔法式で増幅され、方向性を与えられる。

 蹴りつけた振動を魔法で増幅され、人垣の下の地面が揺れる。

 その結果、エリカに群がっていた生徒達は平衡感覚を失い尻餅をつく者が続出した。

 

「今だ。シンヤ、行け!」

「――あぁ」

 

 その呼び掛けに即座に反応したオレは平衡感覚がおかしくなった人の間を縫うように進み、その中心にいたエリカの手を取り短く告げた。

 

「走るぞ」

「え?ちょ、ちょっと!?」

 

 そしてオレにそのまま体を引っ張られて一瞬焦りの表情を浮かべる彼女だったが、すぐさま意図を理解したのかすぐに自分の足で駆けてオレの後に続く。当然それを止めようとする生徒達だったが、オレたちの殿を務める達也が牽制することで防がれた。

 

 

 やがてオレ、エリカは人通りの無い建物裏まで逃げ込み、そこでようやく足を止めた。

 

「此処まで来れば大丈夫だろう」

「…………はぁ、はぁ、ありがとう。助かったわ」

「いや、礼は達也に言え」

「………はぁ、それにしても、シンヤ君走るの速かったね。なにか運動してたの?」

「いや、何も。自慢じゃないが、体育以外、運動はしたことないな…………それよりエリカの方はだいじょう……」

 

 エリカの方に向き直ったところで思わず固まってしまった。

  

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 エリカの服装が大変なことになっていたからだ。

 髪は乱れ、ブレザーは片側に大きくずれ、制服にはあちこちに皺があった。

 そして制服の胸元が細くはだけていた。

 少し日焼けしたのか白さを残している胸元、スッキリした鎖骨のライン、下着のカップを縁取るレース飾りのベージュ色まで……しっかりと見えている。

 

「見るな!」

 

 エリカの声とほぼ同時にオレは回れ右をして視線を逸らした。いくら不慮の事故とは言え、クラスメイトの胸元をジロジロと見る趣味はない。

 

「見た?」

「………いや、あの」

「見・た?」

 

 布が肌を擦る音が聞こえなくなったと言う事は、エリカは服を調え終えたのだろうと考えたオレは、謝る為にもう一度エリカの方に向き直った。これで未だ終わってなかったら目も当てられない状況になってただろうが、エリカはキチンとネクタイを締め、ボタンを上まで止めていた。

 

「………見たんでしょ?」

「…………あの」

「見・た・ん・で・しょ・?」

「…………」

「…………」

「…………見てしまいました。すみません。反省してるんで太ももを蹴らないで下さい」

「馬鹿!馬鹿!!」

 

 ガスッ! ガスッ! ガスッ!

 

 女の子とは到底考えられない力強さだ。

 冗談でも嘘でもなく、とても痛い。

 人間、怒るとこんなにも力が増大するんだな……。

 

 

 

「………二人ともいったい何やってるんだ」

 

 そろそろ脚の感覚がおかしくなりそうなときに達也が呆れ顔で駆け寄ってきて、仲裁に入った。

 

「落ち着けエリカ、シンヤに悪気があったわけじゃないんだ」

「う~~分かったわよ。いい?今見たことは忘れること。わかった?」

「…はい」

 

 

 

 

 

 とりあえず機嫌の直ったエリカと達也と共に、オレは第二体育館、通称”闘技場”に来ていた。

 

 屋内で活動するクラブがデモンストレーションを行う場合は、限りあるスペースを平等に使えるように、一定時間ごとに使用できるクラブを変えるというスタイルを取っている。オレたちがやってきたときはちょうど剣道部の順番だった。

 

 レギュラークラスの女子が綺麗に一本を決めていたのを見て、達也は感嘆の息を吐く。鮮やかに決まったかに見えたのだが、エリカの方はどこかつまらなさそうにしていた。

 

「不満そうだな」

「……だって、つまらないじゃない。見栄えを意識した立ち回りで予定通りの一本なんて。試合じゃなくて殺陣だよ、これじゃ」

「いくら真剣勝負だと言っても、仕方ないんじゃないか?」

 

 達也も会話に入り、どこか淡々と告げる。

 

「本当の意味での真剣勝負は、要するに殺し合いだからな。そんなものを学校で見せる訳には行かないだろ」

「……確かに。今やってるのはあくまで宣伝の為の演武だ。見栄えを意識するのも当然か」

「……二人とも大人なんだね」

「思い入れの違いだと思うが」

 

 達也はどうかは知らないが、オレは自分が大人だと思った事は無い。子供だとも思っては無いが、少なくとも自分が大人だと勘違いした事は一度も無い。

 

 なぜならオレ自身、有崎シンヤという人格はまだ生まれたばかりの状態なのだから――

 

 

「─────!」

「─────!!」

 

 突然、勧誘とは別のざわめきが、観戦ゾーンの下にある、先程剣道部員が試合をしていた広間から聞こえてきた。

 

「ん?トラブルか?」

 

 達也が呟く。

 周囲の喧騒と重なり話の内容を聞き取ることはできなかったが、何事かを言い争っている事は分かった。

 ふと前にいるエリカを見る、背後からでも好奇心でウズウズしているのがわかる。

 

「かなり面白そうな展開ね! 近くで見ましょう!」

 

……やっぱりそうなるか。

 

 

「こりゃ、なかなかの好カードね」

 

 最前列まで来たオレは、興味深そうに中心に居る二人を見ているエリカに質問した。

 

「知ってるのか?」

「直接の面識は無いけどね。女子の方はさっき話したように全国女子剣道大会準優勝の壬生紗耶香で、男子の方は桐原武明、コッチは正真正銘関東大会のチャンピオンよ」

「全国大会には出てないのか?」

「剣術大会で全国戦があるのは高校からなの。だから関東チャンピオンでも十分凄いんだよ」

「なるほど」

 

 そう言えばエリカは入学後の一科生とのイザコザで警棒を出してたな。今の興味の持ち方とあわせて考えると、エリカは剣術の心得があるのかもしれない

 

 

「剣術部の順番まで、まだ一時間以上あるわよ、桐原君!どうしてそれまで待てないのっ?」

「心外だな、壬生。あんな未熟者相手じゃ、実力が披露できないだろうから、協力してやろうって言ってんだぜ?」

「無理矢理勝負を吹っ掛けておいて!協力が聞いて呆れる!」

「先に手を出してきたのはそっちじゃないか」

「桐原君が挑発したからじゃない!」

 

 あからさまに挑発してるな。

 

「…達也、風紀委員としては止めた方がいいんじゃないか?」

「あくまで、まだこれは喧嘩の領域だ。コレで収まるなら手出しはいらないだろう。ただ、これ以上悪化するなら」 

 

 達也は最後まで言わなかったが、充分伝わった。

 つまりは、まだこの程度なら許せるが、これ以上悪くなるなら力ずくで止めるということだ。

 

「心配するなよ、壬生。剣道のデモだ。魔法は使わないでおいてやるよ」

「剣技だけであたしに敵うと思っているの?魔法に頼りきった剣術部の桐原君が、ただ剣技のみに磨きをかける剣道部の、このあたしに」

「剣技のみに磨きをかけた……ね。大きく出たな、壬生。だったら見せてやるよ。身体能力の限界を超えた次元で競い合う、剣術の剣技をな!」

 

 それが開始の合図となった。

 桐原は壬生との距離を一気に詰め、怒濤の攻撃を彼女に浴びせた。しかし壬生は見事な竹刀捌きで、力の差があるであろう桐原の攻撃をいなしていた。

 両者共にむき出しの頭部目掛けて、竹刀を振り下ろす。

 互いの竹刀が激しく打ち鳴らされる。

 バシバシと闘技場に響き渡る竹刀を打ち合う音に、ギャラリーは息を呑んで見守っていた。

 

「女子の剣道って、かなりレベルが高いんだな」

「違う、中学時代に見た彼女とはまるで別人。この2年で、あんなにレベルを上げるなんて……」

 

 エリカは困惑の言葉を口にしているものの、目の前の強者を前に今にも跳び掛かりそうな好戦的な目をしていた。武道を嗜む者は強者と戦いたい欲求が根底にあるのだろうか。

 

「ねぇねぇ達也くん、どっちが勝つと思う?」

「壬生先輩が有利だろう。桐原先輩は防具無しの相手に面を打つのを躊躇っている。初手の上段は、おそらくブラフだろう」

「そうね。技を制限して勝てるほど、2人の実力差は無いみたいだし」

 

 エリカと達也がそう話している間にも、桐原の顔はどんどん険しくなっていく。対する壬生は、未だに平然とした表情でしっかりと桐原を見据えている。

 

 やがて痺れを切らしたのか、桐原が大振りに竹刀を振り上げ、壬生へと全速力で迫っていった。しかし彼女は、それでも表情を崩さずに彼を迎え撃つ。

 

 一際大きな音が響き渡り、2人の動きが同時に止まった。

 壬生の竹刀は、完全に桐原の右肩を捉えていた。対する桐原の竹刀も彼女の腕に触れていたが、その角度は浅い。

 

 完全に相打ちのタイミングだったが、桐原は途中で剣先を変えた。最初から面を打つ気は無かったようだ。

 ならどういうつもりで吹っ掛けてきた?

 

「諦めなさい、桐原君。真剣なら致命傷よ」

 

 負けを認めるように壬生が言うと、桐原は不敵に笑い出した。

 

「真剣だったら? そうか壬生、お前は真剣勝負をお望みか」

 

 だったら、と桐原は小手の形をしたCADに触れると、起動式を展開した。

 その瞬間、魔法特有のサイオンの光が彼の持つ竹刀を覆い、それと同時にガラスを引っ掻いたような甲高い音が辺りに鳴り響いた。ガラスを引っ搔いたような不快な騒音と、竹刀なのにあの切れ味………振動系・近接戦闘用魔法『高周波ブレード』か。

 

「だったらお望み通り、真剣で勝負してやるよ!」

 

 そう叫んで迫ってくる桐原を、壬生は先程と同じように竹刀を構えて迎え撃とうとした。しかし直前で何かを察したのか、大きく後ろへ跳んで彼の竹刀を回避した。

 だが着地した瞬間、彼女の着ていた胴衣が胸の辺りで横一文字に切れ、はらりと下に垂れた。

 

「如何だ壬生、これが真剣だ! そしてこれが、剣道と剣術の差だ!」

 

 そして休む間も無く桐原がもう一撃喰らわせる為に振りかぶった。

 

「あ、あぶな……」

 

 エリカが叫ぼうとしたのと同時に、隣に立っていた達也がもの凄いスピードで二人の間に割って入った。そして次の瞬間には、桐原の使用していた魔法が突如解除される。

 

そして……

 

「ぐわっ!?」

 

 達也が桐原の左手首を掴み、肩口で膝を抑え込み、拘束していた。

 

「此方第二小体育館。逮捕者一名、負傷してますので念の為担架をお願いします」

「何で桐原だけなんだよ! 剣道部の壬生も同罪だろ!」

 

 達也が二科生である事と、喧嘩両成敗と言う悪しき風習が交ざって、納得の出来ない剣術部が文句を言う。

 

「桐原先輩には、魔法の不適正使用の為に同行してもらいますが、壬生先輩は魔法を使用してませんので」

「……何だぁ、その言い方は!」

 

 結果的に彼らの神経を逆撫でしてしまった達也の返事に、「悪気は無いんだろうけどなぁ……」とエリカが呆れたように呟いた。

 

「ふざけんじゃねぇぞ、補欠の分際で!」

 

 すると淡々と答える達也が気に入らなかったのか、剣術部の男子が達也に殴りかかった。だが達也は反撃もせず全ての攻撃をかわしていく。終いには同士討ちになって剣術部の男子はそろって床に倒れこんだ。

 

「クソ!」

 

 その光景を見て頭にきたのか、残りの剣術部の生徒も達也に襲い掛かった。

 その数は、10人といったところか。

 

「危ない、たつ――」

 

 さすがの達也も10人相手では分が悪いと思い、エリカが助太刀に駆けつけようとしたがオレは彼女の肩を掴んで止める。

 

「ちょっとシンヤ君――!」

「よく見ろ」

「え?」

 

 結果から言えば助太刀する必要はまったく無かった。

 いくら武道を嗜んでいるとはいえ、あくまでそれは剣と魔法を用いたものであり、徒手格闘は彼らの専門ではない。しかも逆上しているせいもあって動きが雑であり、力任せに腕を大きく振り下ろすだけの単純なものだった。

 

 達也はまるで闘牛士のようにヒラリと彼らの拳を避け続けてる。軽やかなステップで距離を取り、クルリと体を回転させて相手との位置取りを変化させ、逆に不意に相手との距離を詰めることで怯ませる。

 

「こうなったら…!」

 

 打撃戦で駄目なら魔法を使うと言う安易な発想から、剣術部の生徒はCADを操作する。

 だが起動式が構築されたところで、発動する事無く起動式は霧散していった。

 

 そして気がついたときには、10人ほどいた剣術部員全員が、床に倒れ伏したまま息も絶え絶えになっていた。そしてそれを見下ろす達也は、息が上がるどころか汗1つ掻いていなかった。

 

 そんな光景を目の当たりにして再び唖然とするギャラリー。

 

 

 

 

 だがそんな中、闘技場の入口で先程の騒動を眺めていた一人の剣道部の男子生徒が、眼鏡を指で上げながら不敵な笑みを浮かべていたのをオレは見逃さなかった。

 

 

 



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第四話 不穏な影

「――以上が、剣道部の新歓演舞中に剣術部が乱入した事件の顛末です」

 

 闘技場での捕り物騒ぎから2時間ほど後。達也の姿は、部活連の本部として使われている広い部屋にあった。数十人は座れるようにテーブルや椅子が用意されているが、達也が立つ部屋の中央は椅子もテーブルも取り払われており、妙にだだっ広く感じるのが正直な印象だった。

 

 そんな達也の報告を聞くのは、3人の生徒。

 

 生徒会長である七草真由美、風紀委員長である渡辺摩利。

 

 そして、全クラブ活動の統括組織、部活連の会頭である十文字克人だった。分厚い胸板に広い肩幅、制服越しでも分かる隆起した筋肉は、肉体だけでなく彼を構成するすべての要素が桁外れに濃い存在感を放つ、まるで巌のような人物である。

 

 生徒自治の象徴である生徒会・風紀委員・部活連の長であるこの3人は、第一高校で最も有名な生徒であると同時に校内随一の実力者ということで、他の生徒達から“三巨頭”と呼ばれている。

 

「仲裁に入らなかったのは、両者が主張している問題の現場を見てなかったからです。それに、怪我程度で済めば自己責任だと判断したからです」

「なるほど……適切な処置だな。それで、十文字。風紀委員としては桐原を追訴するつもりは無いが、お前は如何だ?」

 

 摩利はそう言って、隣にいる克人に話を振った。

 そして克人はゆっくりとした動きで彼女へ顔を向け、口を開いた。

 

「寛大な決定に感謝する。殺傷ランクBの魔法をあんな所で使ったのだ、本来ならば停学処分もやむを得ないところだった。それは本人も分かっているだろう。今回のことを教訓とするよう、よく言い聞かせておく」

「頼んだぞ」

「でも剣道部はそれでいいの?」

「挑発に乗って喧嘩を買った時点で同罪だ。文句をつけられる筋合いじゃない」

 

 真由美の懸念を摩利がバッサリと切り捨てた。

 

「まぁ、誰もこれといったケガはないから、お咎め等は特にない。これからは十分に気をつけてくれ」

「……はい」

 

 そして摩利は最後に質問した。

 

「……最後に一つだけ確認だ。魔法を使用したのは桐原だけか?」

「そうです」

 

 正確には魔法を発動出来たのが桐原のみなのだが、達也は余計な事は口にしなかった。

 

「分かった。ご苦労だったな。もう下がってもいいぞ」

「失礼します」

 

 摩利からの命令に了解の返事をする。そうして達也は部屋を出ていき、残ったのは最上級生3人だけとなった。

 

「今回の件、具体的にはどうするつもりなんだ?」

「部活連会頭として剣術部に“指導”を行い、再発防止策を検討する。しかしそれよりもまずは、桐原本人と剣術部部長、そして剣道部部長と壬生を同席させて謝罪の場を作ることだな」

「大丈夫なのか? 今の剣道部と言えば――」

「今回の件に関しては、全面的にこちら側に非がある。その件とは切り離して考えるべきだ」

「……確かに、その通りだな」

 

 納得したように何度も頷く摩利だが、唐突に「それにしても」と話題を切り替えた。

 

「殺傷ランクBの魔法をいとも簡単にあしらうとはな」

「何か対処法でもあるのかしら?」

「私は知らん……十文字は如何だ?」

「俺も知らんな。現場を見ていた生徒に聞いてみたら如何だ?」

「それが、高周波ブレードの不快な音の後に、それ以上の何かが聞こえてきて気持ち悪くなったとしか……」

「そういえばちょうど同じ時間帯に体育館近くにいた狩猟部の生徒たちが気分を悪くして保健室に運ばれたって報告があったな――――」

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

「こんな時間まで待たせて悪かったな。お詫びもかねてここは俺の奢りだ。遠慮なく食べてくれ」

「じゃあ遠慮なく!」

「「いただきます!」」

 

 昇降口の傍で達也の事を待っていたオレたちは、達也と合流後、昨日とは別のカフェで軽い食事をしながら今日起きた出来事についての体験談について話していた。

 

 その中で最も話の関心をひいたのは第二体育館での乱闘騒ぎだった。

 

「そう言えば達也、剣術部の相手は殺傷ランクBの魔法を使ってきたんだろ? 良く無事だったな」

「『高周波ブレード』は有効範囲の狭い魔法だからな。触らなければ如何とでも対処出来るさ。刃に触れられないだけでそれ以外は真剣相手と変わらないからな」

「良く切れる刀と対処は変わらないさ」

「でもそれって、真剣を振り回す人を素手で止めようとするのと同じってことでしょう?危なくなかったんですか?」

 

 レオがお菓子をつまみながら達也に質問する。達也はなんでもないように答えるが、美月はやや心配げな視線を向けていた。

 

 ちなみにレオが言った殺傷性ランクとは、警察省が定めている魔法の危険度分類で、

 

 殺傷性ランクA

 一度に多人数を殺害し得る魔法

 

 殺傷性ランクB

 致死性のある魔法

 

 殺傷性ランクC

 傷害性はあるが致死性は無い、または小さい魔法

 

と、いった感じで別れている。

 

「……達也さんの技量を疑うわけじゃないんだけど、高周波ブレードは単なる刀剣と違って、超音波を放っているんでしょう?」

「そういや、俺も聞いたことがあるな。超音波酔いを防止するために耳栓を使う術者もいるそうじゃねぇか。まっ、そういうのは最初から計算ずくなんだろうけど」

「そうじゃないのよ。お兄様はただ体術が優れているだけじゃないの」

 

 美月とレオの懸念に応える達也の妹の表情は、失笑を堪えているようだった。

 

「魔法式の無効化は、お兄様の十八番なの」 

 

 達也の妹の言葉にエリカがすかさず食いついた。

 

「魔法式の無効化?情報強化でも領域干渉でもなくて?」

「ええ」

 

 得意気に頷く妹と「仕方ないなぁ」という顔で笑っている達也。

 そこで、オレは自分の中で考えうる一つの答えを呟いた。

 

「キャストジャミングか……」

「良くわかったな、シンヤ。その通りだ」

 

 達也が飛び出した後、僅かに乗り物酔いみたいな感覚に襲われた。オレはそこまで酷くなかったが、あの時周りには気持ち悪くて立ってられない生徒も居た。

 

「キャスト・ジャミングってあれでしょ?確か魔法の妨害電波の事よね?」

「電波じゃねぇけどな」

「ものの例えよ! でも確か特殊な石が必要なのよね。えっと……アンティ何とか」

「アンティナイトよ、エリカちゃん」

 

 名前が出てこなくてテキトーに誤魔化したエリカを、美月がフォローした。

 

「そうそれ!アンティナイト」

「達也さん、アンティナイトを持ってるんですか? あれってかなり高価なものだったと思うのですが……」

 

 アンティナイト……四系統八種全ての魔法を妨害することのできる想子ノイズを発生させることができる鉱石。産出量が少ないために宝石よりもかなり高価であり、国家指定の稀少軍事物資として厳重に管理されている代物だ。とても一個人で持てるようなものではない。

 

 キャスト・ジャミングを使うにはアンティナイトが不可欠、この事は常識だと思っていた美月は、達也がアンティナイトを所持してるものだと思いこんでいたが……

 

「いや、持ってないよ。価格以前にあれは軍事物資だからね。一般人が持てるものじゃないさ」

「でも、キャスト・ジャミングを使ったんでしょ?」

 

 今度はエリカの質問に、達也は身を乗り出して答えた。

 

「これはオフレコで頼みたいんだが、俺が使ったのはキャスト・ジャミングの理論を応用した、特定魔法のジャミングなんだ」

 

 達也の発言を聞いて、レオもエリカも、美月でさえも言葉が出ない様子だった。その三人を、妹の方は面白そうに見ているのを見て、達也は思わず苦笑いを浮かべた。

 

「えっと……そんな魔法あったか?」

「無かった……と思いますけど」

「それってつまり、新しい魔法を理論的に編み出したって事じゃない?」

 

 漸く反応を示した三人に、達也は再び苦笑いを浮かべながら否定した。

 

「編み出したと言うよりは、偶然発見したって言った方が確かなんだけどな…………ちなみにだが、シンヤはどうやったのかわかるか?」

「………」

 

 最近達也はオレに話を振ってくる回数が多い。本人はオレが人と話すのが苦手なようだから気遣ってるつもりなのかあるいは…………

 

「さあ、あのとき俺には達也が両腕につけてたCADを同時に使ったようにしか見えなかったが……」

 

 ここは適当に誤魔化すことにする。

 

「そこまで見えてたとはな……二つのCADを同時に使おうとすると、サイオン波が干渉して殆どの場合で魔法が発動しないのは知ってるよな?」

「ああ、知ってるぜ。前に試した事がある」

「うわっ、身の程知らずね」

「なんだと!」

「エリカちゃん、レオ君も今は達也さんの説明の続きを聞きましょ?」

「俺としては此処で終わらせても良いんだが。 それで、このキャスト・ジャミングもどきは、その干渉波を利用して使うんだ。一方のCADで妨害する魔法の起動式を展開し、もう一方のCADでそれとは逆方向の起動式を展開、その二つの起動式を魔法式に変換せず起動式を複写増幅し、そのサイオン信号波を無系統魔法として放つことで、各々のCADで展開した起動式が本来構築すべき二種類の魔法式と同種類の魔法式による魔法発動をある程度妨害出来るんだ」

 

 達也の長々とした説明を、三人はポカンと口を開けながら聞いていた。

 

「おおよその理屈は理解できたぜ。だがよ何でこんなスゲェ事をオフレコにしたがるんだ? 特許を取れば儲かりそうなんだがな」

 

「オフレコの理由は二つ。ひとつはこの技術がまだ未完成だということ。二つ目には、アンティナイトを使わずに魔法を妨害できる仕組みそのものが問題なんだ」

 

 アンティナイト自体古代文明の遺産であり、産出量が極めて少ないことから現実的な脅威になっていない。だが、達也がやった方法が技術化されれば魔法師の社会基盤そのものが揺らぎかねない、と説明した。

 

「そんな事まで考えてるなんて……」

「新しい魔法を生み出したんだぜ? 俺だったら目先の利益に飛びついちまうだろうがな」

「達也さんはしっかりと先を見据えてるんですね」

 

 三人が感想を言った後、今まで黙っていた達也の妹が笑いを堪えているような感じで言う。

 

「お兄様は少し考えすぎです。そもそも、相手が展開中の起動式を読み取るだなんて、誰にでもできることではありませんし。ですが、それでこそお兄様です」

「それは暗に、俺が優柔不断のヘタレだと言ってるのか?」

「お兄様は優柔不断でも、ヘタレでもありません! そんな事を言うなんて、例えお兄様本人でも許しませんよ!」

「冗談に本気で返されるとな。本当にそう思われてるんじゃないかと疑ってしまうぞ?」

「ですから、お兄様はそんなんじゃありません! これは深雪がはっきりと断言してさしあげます!」

 

 また始まったか…………このブラコンシスコン兄妹が作り出す雰囲気は甘すぎて胸焼けおこしやすい。

 即席キャスト・ジャミング説明を聞いたオレは、ブラックのコーヒーを啜りながら今後のことを考えていた。

 

 

♢♦♢

 

 

 新入生勧誘期間、最終日の事だった。

 

 エリカを連れて走った時の姿を見られ、オレは多少陸上部とかから勧誘は受けたが部活も正直したことがないから、勝手も分からないといことで断り、猛ダッシュで逃げた。

 結局あんなものは一過性のもので、いつまでも続くような熱じゃない。陸上部の連中ももうオレのことは話題にもしていないだろう。山岳部に入部したレオやテニス部に入部(幽霊部員として)したエリカからも『勿体ない』と言われたが、足が速くても部活に興味がなければ意味が無いわけだ。

 

 というわけで、どのクラブにも所属せず帰宅部となったオレは、その日特に予定がなかったため、達也と色々と回っていた。

 

「それにしても疲れてる様子だな、達也」

「あぁ、誤爆のふりをした魔法攻撃が何度もあって大変だ」

「人気者は辛いな」

 

 新人勧誘週間も終わりに差し掛かってるにも関わらず、相変わらず達也は風紀委員の仕事で奔走していた。

 

 闘技場での一件により、達也の存在が学校中に知れ渡ることとなった。一科生を10人近く相手にしながら一切怪我を負うことなく無力化したその実力が、公に認められた証拠と言えるだろう。

 だがその所為で一科生から目の敵にされ、度々嫌がらせを受けてるとのことだ。

 二科生相手にムキになってる時点で負けを認めてるって分からないのか?

 ま、明日にはデバイス携帯制限も復活するだろうから学内ではもうそんなこともできなくなるか。

 

「……はい、分かりました、すぐ向かいます。悪い、仕事だ」

「分かった。それじゃあ達也、逝って来い」

「……なんか字が違う気がするんだが」

「気のせいだ」

 

 達也は無線からの知らせに返事をして、その場から移動する。

 オレもやることがあるため、その場をあとにするのだった。

 

 

♢♦♢

 

 

 巡回してる場所の近くで乱闘騒ぎが勃発したと連絡を聞いた達也は、現場まで向かってる途中、木の陰から魔法発動の気配を感じ取った。

 

「(サイオン光、狙いは俺を転ばせる為に地面を陥没か……陰湿さが増してるな)」

 

 嫌がらせも初めの方は直接攻撃だったのに、最近ではこうやって周りのものを使って攻撃してきたりするようになっていた。 

 

「ッ!?」

 

 キャスト・ジャミングもどきで相手の魔法を無効化し、達也は術者の方に向かう。それに気付いたのか、術者が木陰から猛スピードで逃げ出したのだ。 

 

「自己加速術式、この場での追跡は難しいか……」

 

 達也の技術なら追えない事も無いが、敵意剥き出しの観察者の他にも、三人ほど自分の事を見てるのに気付いている達也は、おいそれと自分の力を見せる訳にはいかなかったのだ。

 

「(キャスト・ジャミングもどきは兎も角、本来の魔法を使ったらもどきどころの騒ぎじゃなくなるからな……最悪学校を辞めなければならなくなる)」

 

 達也本人としては、そこまで学校に執着してる訳では無いのだが、深雪が通ってるのに自分が辞めるなんて事になったら暴走するかも知れないのだ。

 

 兄としても妹が暴走する原因をなるべくなら取り除きたいので、達也は今回の追跡を諦めたのだった。 

 

 だが、襲撃者の腕に巻かれていた、赤、青、白で彩られたリストバンドを、達也はしっかりと見ていた。

 

 

 

 

 

「これなら部活が決まってるって分かるだろうしね」

「うん、それに制服だと汚れちゃうし」

「汚れるのは一緒だと思うよ……」

 

 達也が襲われる少し前、屋上から達也を観察している三人の少女が居た。

 

「ターゲットは……おっ、発見!」

「達也さん忙しそうだね」

「うん……」

 

 二人はSSボード・バイアスロン部のユニフォームで、もう一人は乗馬スタイルと言った不思議な格好をしていた。

 

「なんか、私たちお兄さんのストーカーみたいだね」

「す、ストーカー!?」

「違うよエイミィ!? 私たちは達也さんが襲われないか監視してるだけで、決して付き纏ってるとかじゃないからね!?」

「う、うん……分かってるけど、何で二人はそんなに慌ててるの?」

 

 自分で言っておきながら、エイミィと呼ばれた乗馬スタイルの小柄な赤毛の少女はそれほど自分たちがストーカーだとは思っていなかったのだが、バイアスロン部のユニフォームを着たほのかと雫が過剰に反応した為に、「あっ、これストーカーだと思われても仕方ないかな」と思い始めたのだった。

 

 彼女たち三人はこの数日、部活動勧誘に紛れて行われているとある行動について調査していた。すなわち風紀委員、司波達也に対する暴行未遂行為についての証拠集めだ。

 

 部活動勧誘週間が始まって早々、なかなかに強引な勧誘をOGから受けた雫とほのかはSSボード部への入部を決めた。同じく狩猟部へと入部を決めていたB組のエイミィ(アメリア=英美=明智=ゴールディ)とも知り合い、平穏ではないもののそれなりに充実した学校生活をスタートさせていたのだが、少々ならず見過ごせない事態を目撃してしまったのがきっかけ。

 

 ほのかの愛慕する深雪の兄である達也。

 

 二科生でありながら風紀委員となった彼は、活動初日から二年生でもトップクラスの剣術部のエースを倒したり、並み居る一科生たちを圧倒したりと大活躍をみせた。

 

 例年であれば、風紀を取り締まる職務の風紀委員は腕っ節に優れている必要があることから一科生のみが努めていた。つまり一科生が一科生を、もしくは二科生を取り締まる権限を持っていたのに対して、二科生が一科生を取り締まる権限を持っていなかった。勿論必要であれば一科生の風紀委員も一科生を取り締まっていたのだが、変に差別意識を有しているとそれは一方的に二科生が冷遇されているとも、一科生としての特権としても見ることができた。

 

 つまり二科生でありながら風紀委員に任じられ、力でもって一科生を圧倒することのできる達也は変な選民意識の根付いた一科生にとって明確に目障りだったのだ。

 

 結果、達也は職務中に魔法の暴発に見せた意図的な流れ弾を向けられまくった。

 雫やほのかが目撃したのは、そんな“不幸な”流れ弾を達也が事も無げに躱している場面だった。

 すぐに事情を察することができ、回避の様子からも達也がとても強いということはわかったのだが、万一でも達也が傷つくことがあれば深雪が悲しむということで、ほのかが心配し、エイミィが提案する形で始めたのが少女探偵団もどき。

 すなわち達也が意図的に職務を妨害されて魔法攻撃を受けている証拠を確保して生徒会ないし風紀委員会に通報するというものだった。

 

「! サイオン光!」

「場所は……あ、あれ?」

 

 達也の周りにサイオン光が現れたと思った次の瞬間、その光は霧散した。

 

「居た! あそこの木陰!」

「駄目だ、間に合わない……」

「でも、顔はバッチリ見えたよ!」 

 

 襲撃者を捕らえる事は無理だったが、顔を見れたのは大きな収穫だった。

 

「それにしても、さっきのはキャスト・ジャミングだったよね?」

「うん、雫の家で見せてもらったのと同じだった。でも、達也さんがアンティナイトを持ってるようには見えないんだよね……」

 

 先日達也のクラスメイトには説明した技術を、ほのかも雫も知らないのでこの疑問は当然だった。キャスト・ジャミングを使うにはアンティナイトを持ってなければいけないと言うのは常識だからだ。

 

「それにしてもあの襲撃者、何処かで見たような気がするんだよね」

「でも、何処でだっけ……」

「生徒会なら分かるかも」

「思い出した! 剣道部の主将だ!」

「それじゃあ生徒会で確認すればいいんだね」

 

 生徒会室に居る深雪に手伝ってもらえれば、すぐにでも達也を襲った犯人を確定する事が出来る。出来るのだが……

 

「その事を如何やって深雪に伝えればいいの?」

「もし達也さんが襲われたって素直に言ったら、特定した時点でその人の身が危なくなるよね……」

「でも、自業自得だよ?」

「でも、達也さんはそんな事望んでないと思うの!」

「司波さんって、そんなに危険なの?」

「普段はそうでも無いけど、達也さんの悪口とか言われると……まえにそれで教室が氷漬けになったことがあった」

「深雪は感情が制御出来なくなると魔法をCAD無しで発動しちゃうって言ってたね」

「え?」

 

 雫とほのかの雰囲気から、冗談では無く本気で深雪は犯人を氷漬けにしてしまうのだろうと察したエイミィは、他の手段を提案する。

 

「それなら、他の部活動も気になるから、何か資料を見たいって言うのは如何かな?」

「それなら疑われ無さそうだけど……」

「もう私たちはクラブ決めちゃったって深雪に話しちゃったし」

「OGの問題行動に巻き込まれたんでしょ? 現部長が問題無いか気になったとか言えば大丈夫だよ、きっと」

「そんな無責任な……」

「でも、他に方法は無さそう」

 

 エイミィの無責任な発言に呆れ気味のほのかと、意外と乗り気の雫を見て、エイミィは無邪気に言い放つ。

 

「ほのか、女は度胸だよ!」

「分かったよ……」

 

 良く分からない説得に負け、ほのかは生徒会室に行く事を決めたのだった。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 新入生勧誘期間も終わり、狂乱とも呼べた熱気も収まってようやく普段の日常が戻ってきた。

 

「達也、今日も委員会か?」

「いや、今日は非番だ。新入生の勧誘期間も終わったし、久し振りにゆっくりできそうだよ」

 

 ここ1週間は授業が終わるやすぐさま教室を飛び出していた達也も、今日は授業が終わった後も教室に留まり、落ち着いた動きで帰り支度の準備をしている。

 

「いまや有名だもんな、魔法も使わずに上級生をなぎ倒す謎の一年風紀委員って」

「何だよ、その『謎の』ってのは」

「一説によると、達也くんは魔法否定派に送り込まれた刺客みたいだよ?」

「2人共、他人事だと思って……」

 

 ニヤニヤと面白そうに軽口を叩くエリカとそれに悪ノリするレオに、達也はうんざりしたように溜息をついた。この2人ほんとに息ピッタリだな。

 

「…さてと」

「あれ?達也君何処か行くの?」

「深雪の所だよ、俺は非番でも深雪は生徒会の仕事があるからな」

 

 そういい達也は教室を出ていった。

 

 

 暇を見ていくつものメールを確認した後、オレも帰り支度の準備をする。 

 そしてそのタイミングでメール着信を告げる音が鳴った。 

 

「誰だ?……学園のマーク、教師からか?」

 

 誰が何の用だかは知らないが、学園のマークがある以上無視する訳にはいかない。オレは諦めてメールを開くと、そこには今すぐカウンセラー室に来てほしいと書かれていた。

 

 

 

 

 

「失礼します」

「どうぞ」

 

 保健室の主であるカウンセラーの女性・小野遥はニッコリと柔らかい笑みを浮かべていた。

 現在の彼女の姿はオリエンテーションの時とは違い、スーツのボタンが胸元まで開けられて意外にも豊満な胸の谷間がよく見え、しかもスカートは膝上までのかなり短いものなのでストッキングに覆われたスラリと長い脚が惜しげも無く披露されている。さらに彼女はその長い脚を組み、少し屈めばスカートの中が覗けるのでは、と思わず妄想を掻き立てられる姿勢で椅子に腰掛けている。

 こう言ってはなんだが、思春期の男子を誘惑する保健室の先生を体現しているな……。

 オレはひたすらに心を無にする。嗚呼……世界は今日も平和だ……。

 

「如何かしたの?」

「己との戦いに没頭していました」

「?」

 

 凝視していたらまた、己との戦いに臨むことになりそうだったので、ひたすらに心を落ち着かせることに専念する。

 

「それで、どうしてオレが呼ばれたんですか?」

「有崎君には私たちの業務を手伝ってもらおうと思いまして」

「業務?」

「ええ…カウンセリング部の業務です。生徒のみんなの精神的傾向は、毎年変化しているわ。例えば3年前の佐渡侵攻事件での勝利以降、一人称に“自分”を使う生徒が増えたようにね。そうやって社会情勢の変化が生徒のメンタリティにも影響を及ぼすから、毎年度新入生の生徒の中から1割くらい無作為に選んで、カウンセリングを受けてもらってるの」

 

 つまりオレは、色んな生徒の中の1人として選ばれたわけか。もっともすぎて逆に胡散臭いな。

 

「それで、データを取るためだけにどれくらい聞くんですか?」

「カウンセリングでは他人のプライベートに深く関わることもあるんだけど、勿論答えたくないことには答えなくていいわ。ただもし悩みとかがあるんだったらできるかぎり力になるわよ」

「………はぁ」

 

 今のオレの悩みは今目の前で先生の格好が刺激的すぎて困ってることなんだが……

 

 そんな遣り取りを交わした後、カウンセリングが始まった。当たり障りの無い質問から少し踏み込んだ質問まで、答えようか迷う素振りなどは見せずオレは適当に答えた。

 

「はい、それじゃ質問は以上です。こんな時間まで付き合ってくれて、ありがとうね」

 

 やっと終わったか。正直話してる最中に脚を組み替えたりとかしてくるのは目に毒だった。

 

「そうそう、コレとは別に聞きたい事があるんだけど」

「何です?」

「生徒会長の七草さんと付き合ってるってホント?」

「何処からそんなデマが……」

 

 急に嬉々とし始めた小野先生を見て、オレは盛大にため息を吐いた。いくら教師とは言え女なんだな。

 

「デマなの?けどこの前の朝、二人が腕を組んで登校したって話を聞いたのだけれど」

「あれは会長の悪ふざけですよ。あの人は普段猫かぶって――あいたっ!?」

 

 突然、後頭部に衝撃が走った。何かで後頭部を殴られた感覚だが、そのような物体は一切見られない。

 

「?どうしたの?」

「いえ、なにも」

 

 まさかな……

 

「とにかく彼女はオレが入試試験で意図的に点数を揃えたんじゃないかって疑ってるみたいで」

「その話は職員室でも少し話題になってけど……違うの?」

 

 どうやら目の前のこの女も疑ってるようだな。

 

「偶然ですよ…………それはそうと先生に少し質問してもいいでしょうか?」

「ん?なにかしら?」

 

「実は新入生勧誘週間の間いくつかのクラブを回ってみたのですが、いくつかの非魔法系クラブの部員の多くが腕に変なリストバンドをつけてるのを見かけたんですが、この学校、部活連以外になにかグループがあるのですか?」

 

 何気なく聞いたオレの質問に、小野先生の肩がピクリと跳ねた。

 

「さ、さあ…そう言った話は聞いたことないわね。それに三色のリストバンドをつけてる生徒がいるなんて全然気づかなかったわ」

「…そうですか。それじゃあ失礼します」

「あ、うん…それじゃあお疲れ様」

 

 これ以上有益な情報は聞きだせないだろうと思い、オレは一礼してカウンセラー室を退出した。

 

 

 

 

 

 

 

「まさか”彼ら”の存在に気付くなんて……、これはちょっと注意が必要かしら……」

 

 

 

 




ごめんなさい。ネタバレ防止とはいえ話の流れが雑になってしまいました。


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第五話 尾行の先で

「報告します。司波達也に魔法を放ちましたが、例のキャスト・ジャミングもどきは見られませんでした。壬生紗耶香も司波達也に接触していますが、良い返事は貰えていないと・・・」

 

 ビルの中、事務室のような場所に2人の男がいた。

 両方とも眼鏡をかけており、1人は第一高校の制服を着ている。

 

「そうか、まぁ良い。司波達也は魔法による差別の撤廃を目指す我等にとって、喉から手が出るほどの逸材だ。必ず彼をこちら側に引き込め。進歩があったら、連絡しろ」

「わかりました、義兄さん」

 

 

 

♢♦♢

 

 

 生徒会室でランチを取っていた達也と深雪。他にも生徒会長:七草真由美、風紀委員長:渡辺摩利、書記:中条あずさの三名がいた。

 

「ところで達也君、昨日剣道部の壬生をカフェで言葉責めにしてたと言うのは本当かい?」

「「「言葉責め!?」」」

 

 ニヤニヤしながら口火を切った摩利の言葉に目を輝かせる真由美、困惑するあずさ、目が細くなる深雪、呆れる達也。

 

 その反応は様々である。

 

「濡れ衣です。それに下品な言葉は妹の教育上良くないのでやめてください」

「おや、そうかい?壬生が顔を真っ赤にして恥じらっているところを目撃した者がいるんだがあれはどういう……」

 

 そのとき生徒会室の温度が急に下がった。

 

「お兄様……一体何を?」 

 

 深雪の一段階下がった声音と共に生徒会室の備品が次々と凍っていく。

 

「CADを使わずに冷気を!?」

 

 突然のことにビクリと震えるあずさ。その様子はさながら怯える小動物のようであった。

 

「深雪さんって事象干渉力がよっぽど強いのね」

「すまん。からかいすぎた……」

 

 このような状況でも冷静に状況を分析する真由美に、冷や汗をかきながら謝る摩利。 

 

「落ち着け深雪。ちゃんと説明するから」

 

 そして深雪をなだめる達也。

 

「申し訳ありません……」

 

 生徒会室の温度が元に戻り、凍っていた備品も元に戻った。

 深雪は感情が高ぶるとこうして冷気を振り撒いてしまうことがタマにある。魔法師は魔法を使用するとき、常に冷静でなければならない。なぜなら能力が暴走して暴発してしまうことがあるからだ。先程の深雪がいい例だ。まぁ、それだけ彼女の能力が強力だということなのだが。

 

 そして達也は気を取り直して話を戻す。

 

「では何があったのか、俺の方からご説明します」

 

 達也の話によれば、壬生紗耶香から道場であった騒動についてのお礼を言われた。

 だが彼女は別の目的で達也に近付いてきた。

それが【非魔法系クラブの同盟への勧誘】であった。

 壬生自身、二科生であることに強いコンプレックスを抱いている。そして一科生と二科生で比較されることにも嫌悪感を抱いている。

 

 壬生は言った。

 

『風紀委員の点数稼ぎのために今回の騒動で多くの部員達が風紀委員に取り締まられた』と。

 

 壬生は風紀委員にも『点数稼ぎのために、取り締まっている』とあまり良い印象を持っていなかった。

 

 

 

 

 

「それは、勘違いだ。風紀委員に点数システムなどない。内申点などまったくないに等しい名誉職だ。成績や内申には影響されない」

 

 摩利は反論する。

 

「ただ、風紀委員は学内での影響力は非常に高い役職ではあるわ。少なからず反感は出るのは仕方がない事よ」

 

 真由美は風紀委員の立場についてからの見解を言う。

 

「何者かが印象操作を行っている可能性があります」

 

 達也はそこで、本来言いたかった趣旨を言う。

 

「そのようなデマを流してるヤツらに心当たりは?」

「ううん、噂の出所なんて探しようが無いでしょ」

「あれば注意してるさ」

 

 真由美はその意見に対し、言いにくそうに答える。何かを誤魔化そうとしている二人を見て、達也はこの二人は真相を知っていて隠そうとしてるんだと確信した。さっきから深雪が達也の袖を引っ張り、「踏み込みすぎでは?」と言う視線を向けているが、今の達也は踏みとどまろうとはしなかった。

 

 

「俺が聞いてるのは末端である事無い事吹き込んでるヤツらでは無く、その背後の連中の事です。恐らくですが、『ブランシュ』が絡んでいると思われます」

 

 この発言に、真由美と摩利は驚愕の表情を浮かべ、あずさと深雪は困惑の表情を浮かべた。前者の二人は何故達也がこの事を知ってるのかと驚き、後者二人はその組織の名前を知らなかったのだ。

 

 反魔法国際政治団体『ブランシュ』。

 魔法を持つものと持たざる者の政治的格差を改善するべく現代の行政システムに反対する政治集団である。魔法その物を否定するのではなく魔法を持つものと持たない者の収入格差の点から優遇されているという主張の元、差別撤廃を理念として掲げた組織だが、中身はほぼほぼテロリストだ。

 

 この名前は秘匿情報扱いで、国が情報を完全にシャットアウトしているはずなのに、一介の高校生である達也が何故この名前を知ってるのか三人は気になったのだ。

 

「秘匿情報と言っても噂の出所を全て塞ぐ事は無理でしょう。こう言った事はむしろ全て公開しておくべきだと思います。会長を批判するつもりはありませんが、この件に関する政府のやり方は拙劣としか言えません」

「……達也君の言うとおりよ。魔法師を敵視している集団がいるのは事実なんだから、彼らが如何に理不尽な存在であるのか、そこまで含めて正しい情報を行き渡らせることに努める方が、その存在をまるごと隠してしまうのより効果的な対策がとれるのに……私たちは彼らと正面から対決することを避けて――いえ、逃げてしまっている」

 

 達也が言った事を自分でも思っていた真由美は、落ち込んだようにそんな事を言う。

 

「仕方ないですよ」

「え?」

 

 だから達也からの慰めの言葉があるとは思って無かったのだろう。仕方ないと言われ真由美は顔を上げた。

 

「この学校は国立の施設ですからね。会長の立場ならば国の方針に縛られるのは仕方ない事です」

「慰めてくれているの?」

 

 達也がぶっきら棒に言い放った言葉に、真由美の表情が晴れていく。

 

「で、でも、追い込んだのも司波君では?」

 

 あずさの発言に、摩利が便乗するように言葉を続ける。

 

「自分で追い込んで慰めるか、凄腕ジゴロだな」

 

 この発言で、生徒会室に猛烈な雪が吹き荒れるのだが、達也の説得でなんとか深雪を落ち着かせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

「あれから音沙汰なしかぁ……せっかく頑張って写真撮ったのにね」

「やっぱ匿名じゃ信用なかったのかなぁ」

「それもある」

 

 達也が襲われた瞬間の証拠を撮り、学校内のシステム経由で生徒会に匿名で提出したほのかたちではあったが、あれから特に変わったこともなく、達也の苦労は変わらずだ。

 それに溜め息をついていたほのかとエイミィだが、何か含みのある言い方をした雫に対してエイミィは疑問を浮かべる。

 

「それも?」

「そもそも魔法は写真に写らない」

「あっ……」

 

 そう、魔法は写真に写らない。

 もし写るのなら非魔法師に魔法が見えない道理がない。

 

「しかも発動の瞬間じゃなかった」

「ああああ……」

「もっと言うと、後ろからだった」

「何やってるんだろうね、私たち……」

「うん……」

 

 完全なまでの蛇足にほのかとエイミィが再び溜め息をつく。

 

「やっぱり私たちだけじゃ無理だったのかなあ」

「でも卑怯なことがあったのは事実だし」

「襲った相手からなーんか嫌な感じがしたからそのまんまにはしたくないんだよね…………あっ」

「えっ、何?」

「あそこ、ホラ。剣道部の主将だよ」

 

 エイミィの視線の先には剣道部主将の司甲がおり、校門へ向けて歩いているところだった。

 

「えっ、あの写真の?……あれ?今日は剣道部休みじゃないって聞いたけど……」

「そうなの!?…なんかあやしい」

 

 新入部員勧誘週間中に達也を襲った襲撃者を調べてみると二科生の司甲であることが分かったのだが、このことに三人は疑問を抱いた。一年生、それも二科生の達也に取り締まられるのを面白くないと思っているのが一科生なのは分かるが、同じ二科生が達也を襲撃することに違和感を覚えたのである。

 

 しかし、同じ二科生で風紀委員をやっているのを気に入らないと思う人が少なからずいるかもしれない。だからと言って、一科生と二科生の間に溝が出来ているにも拘らず、それを棚上げにして手を組むと考えられなかった。

 結局その後、有力な情報も得られずに有耶無耶になってしまった。

 だが、その司甲が奇妙な行動をしていた。何かあるのではないかと彼女達は奇妙に感じたのである。

 

「ちょっとつけてみようか?」

「そうだね、気になるし」

「私も異論はないよ」

 

 三人は司甲を追跡することを決意するが、それと同時に一抹の不安を覚えた。

 しかし魔法を使えば、どうにかなると思っており三人はあることを失念していた。

 自分達は魔法師の卵であると同時にまだ未熟な高校生であるということに。

 

 

 

 

 

 

 その日の授業が終わり、オレは一人パソコン工房に来ていた。下校途中に発見したこの店は一般的に普及している最新型の情報端末機やネットで注文できない品などなんでも揃えている。最近たまに寄っていくことがあった為、平日の夕方の時間帯は客足が少なくなることは分かっていた。

 

 店に置かれてるPCにフラッシュドライブを繋ぎ、中にあったファイルを開いて状況を確認する。

 

「なるほどな……」

 

 これで大体の状況は把握できた。

 必要ならこれから2、3仕掛ける必要があると思っていたが、1だけで充分のようだ。

 上々の首尾に納得したオレはPCからフラッシュドライブを抜き、帰路に就くことを決める。

 

「有崎君?」

 

 駅へ通ずる道すがら、達也の妹に遭遇した。そういえば達也の妹と二人だけで会うの初めてだな。

 

「司波妹か」

「もう、お兄様のことは名前で呼んでいるのにどうして私の方は呼ばないのですか?」

 

 勘弁してほしい。もし学校で名前で呼んだりしてしまえば殆どの男子生徒を敵に回す恐れがある。悪いがオレには真正面から立ち向かうまでの覚悟はない。 

 

「それより、達也の話だと今日も生徒会の筈だがこんな所で何してる?」

「それよりって……はぁ、ちょっと生徒会のお使いに。有崎君は今お帰りですか?」

「ああ、今日はちょっと寄るところがあったからな」

 

 『司波深雪』は誰が如何見ても美少女と評される容姿をしている。上流階級のお嬢様のようなその佇まいだけで、街にいる人の目をくぎ付けにしていた。

 

『今の子凄く綺麗だったわね』

『芸能人かな?』

『でも、あんな綺麗な人、芸能界に居たかな?』

『あの格好って魔法科高校の制服じゃない?』

 

 このように女子同士の会話のネタになったり、恋人と一緒に居るのに他の女に見とれてたと彼女に制裁を加えられたりするなど、彼氏側から見れば多大な被害を被ったりしてる。

 

 買い物ひとつするだけでもここまで注目を浴びるとは……美少女も色々と大変だなと思っていると、

 

「あら?」

「?どうした?」

「あの…あそこにいるのって」

 

 司波妹の見ている場所に目を向けると、見たことのある面子がいた。 

 北山に光井、それに名前は知らないがルビーのような光沢の髪をした小柄な女子生徒(多分一年生)がこそこそと移動している。

 物陰に隠れて誰かを尾行しているようにも見えた。

 

「何やってるんだ……」

 

 市街地での魔法の使用は原則禁止だ。しかし、バレなければ特に問題はない。

 右目を閉じて左手につけていた腕輪型のCADを操作し、光学系遠視魔法【アキュレイト・スコープ】を発動する。

 その瞬間、まるで鷹が市街地を真上から見ているかのような光景が、右目のまぶたの裏に広がる。

 

 三人の視線を追ってみると、その先にいたのは、痩せ型ながら注視すればよく鍛え上げられていることがよく分かる体つきをした、眼鏡を掛けた男子生徒だった。

 

「……これはマズいな」

「え?ちょ――」

 

 司波妹に脇目も振らず、オレは地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私、ほのか、雫の3人ではじまった美少女探偵団(自称)は、ある人物を尾行中だった。その人物とは剣道部主将の司甲と言う3年生だ。 

 

「何処まで行くんだろうね、そろそろ学校の監視システムの外に出るよ」

 

 私の言葉にほのかも雫も頷いていた。だんだんと人が少ない通りになっていくのを二人もは気付いてるようだ。

 

「ちょっとだけ不安かも」

 

 暗い表情を浮かべるほのか。

 

「実は私も」

「えっ、エイミィも!?」

「完全に不安がないってわけじゃないけど、私たち三人なら大丈夫」

 

 不安はあったが三人ならできると信じて尾行していく。

 

「あ!逃げた!!」

「追おう!」

 

 途中で司甲が電話をし出したかと思うと、いきなり走り出した。突然の行動に反応が遅れた私達はそれを追い曲がり角を曲がったが、行き止まりには誰もいなかった。

 

 

「確かにこっちに曲がったのに!」

「逃げられた……」

「仕方ない、一旦もど……」

 

「もどろう」と私の言葉は続かなかった。ヘルメットをして顔を隠した数人が、バイクに乗って私達の周りを囲んだのだ。 

 

「なんですか!貴方達は!?」

 

 ほのかは叫ぶが、相手はお構いなしに近づいてくる。どうやら話は通じないらしい。

 

「(雫、ほのか!!CADを!)」

 

 2人が頷く、どうやら伝わったようだ。「合図をしたら走って!」とアイコンタクトで伝えあう。

 

「私達をかぎまわるネズミどもが...」

「悪いが生きては帰さんぞ」

 

 ヘルメットをした男達がさっきよりも距離を詰めてきた。

 

「今っ!」

 

 雫の掛け声で三人は走り出した。

 走り出した私達に相手は驚いたようだった。彼らは女子高生が大人相手にどうこうできると思っていなかったようだ。

 

「ただの女子高生だと思って……」

 

 その隙を狙い、私は目の前の男達に向けて手をかざす。

 

「舐めないでよね!」

 

 私の移動魔法によって男達は吹っ飛ばされ、道が開いた。

 

「エイミィ!流石にやりすぎじゃ」

「自衛的先制攻撃ってやつだよ!」

「~~~~!!!仕方ない。なら私も!」

 

 ほのかも目くらましの閃光魔法を発動して男達の視界を潰す。

 すべての男達を無力化したことで私達は全速力で走った。

 

 これで「逃げ切れる!」と思った時だった…………

 

「くそ、化け物め………これでも喰らえ」

 

 倒れていた一人の男の手から不可聴のノイズが発せられた。

 そのノイズに当てられた私達の頭に痛みが走る。それにより、私達は身体に力を入れられずに倒れる。

 

「(っ!これって!?)」

「何これ、頭が痛い」

「ほのか……」

 

 このノイズに苦しんでいるほのかを雫は見ていることしか出来なかった。

 

「はは、苦しいか魔法師。司様からお借りしたアンティナイトによるこのキャスト・ジャミングがある限り、お前達は一切魔法は使えない」

 

 アンティナイト……。どうしてそんなものを……。

 アンティナイトは一般市民が手に入れられるような代物ではない。

 そんなものをどうして持っているのか考えようとするが、キャスト・ジャミングによるノイズが気分を悪化させ、思考を鈍らせる。

 

「手間をとらせやがって」

「では、指示通り」

「了解した」

 

 相手は私達にナイフを向ける。目的はおそらく、私達の口封じだろう。逃げたいが、身体が動かない。

 

「誰、か……」

 

 雫が振り絞るような弱い声で助けを呼ぶ。

 

 

 意味もなく、理由も分からずに殺される。

 ただ、友達の為に何かしてあげたい。そんな気持ちでやっていただけなのにどうしてこうなってしまったのだろう。

 

 

「我々の計画を邪魔する者は消えてもらう」 

 

 男の無慈悲な言葉を苦しんでいる雫達は聞きとることが出来ない。

 

「この世界に魔法は必要ない!」

 

 相手はナイフを振り上げる。その痛みを想像し私は目をつむった。その時だった。

 

 

 

 

「──あんたら、何やっているんだ」

 

 不意に投げられた男の声。

 ライダースーツの男達のものでもない。

 ──じゃあ誰が……?

 

 困惑し、瞼を開ける。

 結論を告げるのならば、私たちの誰も死んでいなかった。

 

 ナイフが私の顔に直撃するその直前で、ライダースーツの男の手首が摑まれたからだ。

 

「だ、誰……?」

 

 割って入っていたのは同じ第一高校の制服を着た見知らぬ男子生徒だった。花冠の紋章がついていないことから二科生なのがわかる。

 

「え?……あ、有崎君?」

「どうしてここに……?」

 

 ほのかと雫は彼のことを知ってるようだ。

 

 

「いつの間に!?」

「なんだ貴様は!?その制服…このバケモノの仲間か!?」

 

 男達も突然の登場に驚いてるようだ。

 

「魔法が使えるだけで人をバケモノ呼ばわりとか……失礼な連中だな」

「あ、っ、つ!い、痛い痛い!」

 

 有崎君という男子生徒に腕を掴まれていたライダースーツの様子が明らかにおかしい。

 持っていたナイフを落とし、悲鳴を上げながら左手で必死に彼の腕をつかみ剥がそうとしている。

 

 相当強い握力で握りしめられてるのか。いやそれ以前に……

 

「ば、馬鹿な!? このアンティナイトは高純度の特注品だぞ!? このキャスト・ジャミングの影響下で動けるわけが」

 

 目の前の状況を飲み込めず、男達は混乱している。

 

「おい、もっと出力を上げろ!」

 

 ノイズの強度は増してくる。だが彼の表情からは苦悶が一切見えない。

 

「悪いな。生まれつきそういうのに鈍くてな。アンタら程度のキャスト・ジャミングじゃオレには全く効かない」

「ハッタリだ。キャスト・ジャミングの影響下で魔法師がピンピンしてる筈が無い!」

 

 狼狽える男に彼は溜息をつく。

 

「ほんとの事なんだがな……ま、アンタら三流に説明したところで理解できないか」

「ぐぼおっ!?」

 

 そう言って彼は空いた手で掴んでいた男の鳩尾に膝蹴りを叩きこんだ。そして強烈な一撃を喰らった男が一瞬にして動かなくなるのを確認し、ゆっくりと歩き出す。

 

「く、くそぉぉっ!」

 

 男達のうちの一人が彼に向かって走り出し、手に持ったナイフを突き出す。刃の先端が彼の腹に届くか届かぬかというところで、彼はナイフを握る男の手を払い、同時に身を軽くよじった。ナイフは空を斬り、彼の脇へと素通りする。そして次の瞬間には男の頭に強烈なアッパーカットが叩き込まれた。

 

「……流石にメット越しは痛いな」

 

 彼はそんな軽い一言を言ってるが、たった一撃で男は軽く吹っ飛び、横の壁に激突して気絶した。

 

「ば、化け物が……!やっちまえ!」

 

 男たちは次々と襲い掛かる。一対複数で狭い空間……普通なら凶器を持ってる男たちに分があるだろう。

 

 だが……彼に男達の攻撃は一切当たらない。

 

 一人目の頭部をメットごと蹴って壁に打ち付けて気絶させる。

 二人目の鳩尾を肘で突いて卒倒させる。

 三人目はすばやく投げ飛ばし、四人目は裏拳でメットごと殴りつけ、壁に強打させる。

 

 その動きに全く無駄がなく、まるで一昔前に流行っていたアクション映画の様に的確に男たちの意識を奪っていく。

 

「これで、チェックメイトだ」

「ガハッ」

 

 そして最後の一人が回し蹴りを叩き込まれ、崩れ落ちる。

 すでに彼以外立ってる人間はいなく、路地裏は静寂に包まれた。

 

 

 

 

 

 

「……流石にやり過ぎたか」

 

 不審者全員を倒したあと、オレはため息を吐きそうになっていた。

 同じ学校の同級生の前で少し暴れた上に『チェックメイト』とか中二臭いことを思わず言ってしまった。なんか超恥ずかしい。もし学校でこの話が広まれば即登校拒否する自信がある。

 

 終わったな。オレの穏やかな学校生活。

 いや待て。諦めるのはまだ早い。

 すぐにでもあいつらには今見たことは忘れてもらえば万事解決だ。

 ああだが北山たちとは直接話したことがないからオレの言うことを聞くかどうかわからない。

 ほんとにどうしようか悩みながら、よろめきながらも立ちあがる三人に声をかける。

 

「あー……お前ら大丈夫か?」

「……えっ、あっ、う、うん。大丈夫」

「ようやく頭痛が治まった…ありがとう。危ないところだった」

「北山と光井は無事の様だな。そっちのお前はどうだ?」

「……」

 

 赤毛の女子生徒に声をかけるが、ジッとオレを見て固まったままで、返事が返ってくる気配がない。

 

「どうしたの?エイミィ」

「えっ」

 

 固まったまま動かない女子生徒を心配した光井が声をかけた。それで魔法が解けたように動き出し、さっきまで弱ってたのが嘘かのように背筋をピンと伸ばした。

 

「だだだだ大丈夫!べ、べべべ別にどこも怪我はしてないよ!?」

 

 大丈夫って言ってる割にはなんか挙動不審なんだが…そしてなぜ最後は疑問形?

 

「エイミィ大丈夫?なんかすごい挙動不審なんだけど」

「何でもない何でもない何でもない何でもない!」

 

 首を横にブンブン振りながら四回言った。顔も少し赤いし本当に大丈夫か?

 まだキャスト・ジャミングの影響が残ってるか心配になってると、後ろから声をかけられる。

 

「皆……大丈夫!?」

 

 振り返ると、手にCADを持ちながら魔法を起動状態で待機している司波妹がいた。

 

「え、深雪!?なんでこんなところに」

「私は生徒会の先輩が発注を間違えて、買えていないものを買いに来たところ、みんなの姿が見えて…その後有崎君が突然走り出してすぐノイズのようなものを感じてもしかしてと思って……どうしてこんなことに?」

「それが、剣道部主将を尾行していたら――――」

 

 三人がついてきていた司波妹と話している間、オレは後処理をしていた。と言っても、男達が逃げ出さないように縛り上げる程度である。連中を縛り上げるにはそれ相応の代物が必要であるのだが、襲撃者達の着ているものはすべてライダースーツだ。そうなると縛れるものは身に付けているものだけと言う訳で、完全に身動きが取れないようにするには彼らには下着一丁になってもらう必要があるのだが、そんなものを年頃の少女に見せるわけにもいかないため、靴紐で両手と両足を後ろ手に縛る程度にする。それも結び目は蝶々結びではなく、もがけばもがくほどきつくなっていくタイプのものだ。

 男達を縛り上げている途中、念には念を入れて、携帯端末と指に付けていたアンティナイトを回収する。下っ端にまでこんな高価なものを支給してるとはな……。

 全員縛り上げた後、司波妹が話しかけてきた。

 

「それにしても驚きました。有崎君お強いのですね。ほのかたちの話だと全員を素手で倒したようですが、中学になにか習ってましたか?」

「言っておくが武術は何も修めてないぞ。ピアノと茶道、あとは書道をやってたけどな」

「えっ」

 

 嘘ではない。実際のところ、オレは本当にピアノと書道、そして茶道をやっていた。ここにピアノがあれば……そうだな、ヴェートーベンの交響曲第九番を弾いても良い。

 

「まぁ、できればこのことは他言無用にしてほしい。オレは不用意に目立つことはしたくない」

「……わかりました」

 

 司波妹の返事と共に、他の三人も了承する。

 

「それで、この人たちはいずれ監視システムに発見されるけど警察に通報したほうがいいかな?」

「私は少し、大事にしたくない事情があるのだけれど。被害者のみんなが訴えたいなら止めはしないわ」

「ううん、必要ない。監視カメラにもとられてないし、有崎君のおかげでなにもなかったから」

「それでしたらこの男たちの処遇は私に任せておいていただけませんか?」

 

 男達の処遇に悩んでいると、司波妹がそんなことを言い出す。

 

「なにか警察の伝手でもあるのか?」

「え、ええ」

 

 ……成程。そっち関係か。連中がこの後どんな目に遭おうとオレの知ったことじゃないか。

 

「そうか。俺はあまりこの件には手を突っ込むのも面倒だし、何か手があるなら任せる。光井たちはどうする?」

「わ、私たちも深雪にお任せする。どうしようもないし」

「同じく」

「私も」

「分かりました。では有崎君は三人を駅まで送って貰えませんか?」

「……えっ」

「え?」

「あっ、いや……わかった」

 

 

 

♢♦♢

 

 

「これでよし…と」

 

 シンヤたちが襲われた現場から少し離れたところで、サイオンシールドと音波遮断を発動した深雪は電話をかける。聞かれないようにした状態での電話の先は、兄の達也の体術の師匠である忍の九重八雲だった。

 

『おや、深雪君が電話をくれるなんて珍しいね。どうしたんだい?』

「いきなりこのようなことを申し上げるのは誠に不躾かと存じますが、先生に御助力いただきたい件がございまして」

『いいよ。僕にできることなら』

 

 頼みを快く引き受けてくれることに深雪は安堵する。

 

「ありがとうございます。実はつい先ほど学校のすぐ近くでクラスメイトが暴漢に襲われまして」

『一高の近くで? それはまた大胆だね』

「その者達はアンティナイトを持っていました」

『へぇ、ただのごろつきではないのか。それにしてもさすがは深雪君だね。キャスト・ジャミングをものともしないとは』

「いえ、それは私ではなくお兄様の友人が……私は直接は見てませんがクラスメイトの話だと武術だけで倒したようです」

『ふむふむ、なるほどなるほど』

 

 電話越しではわからないが、この時八雲の目付きが少し変わっていた。

 

『それで、アンティナイトを持っていたけしからん輩は今どこに?』

「その友人が倒した状態で放置しています」

『つまり、僕が警察や仲間より先にその暴漢の身柄を確保すればいいのかな?』

「先生は何もかもお見通しなのですね。それともうひとつお願いが…」

『その達也君の友人がどのような人物か、かい?』

「!…はい。その通りです」

『わかった。その友人の名前を教えてくれるかい?』

「有崎シンヤ、という名前です」

『わかった。そちらも調べておこう』

「ありがとうございます。それでは、失礼します」

 

 電話が終わると、先ほどまでの深刻な表情はなく、いつも通りの司波深雪がそこにいた。

 

 

 

 ふと彼女は空を見上げる。赤く染まった空には月が昇り始めようとしていた。

 

 

 

 




おまけ

シンヤに駅まで送り届けられた後の三人

「ボ~……ハッ!しまった!」
「?どうしたの?エイミィ」
「今日はいつもより変」

「あの人の名前聞くの忘れてた!」



「…ねえ雫、もしかして」
「うん、もしかするかも」


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第六話 蜂起

 ──この世界は、平等ではない。

 

 

 以前、国語辞典で『平等』の意味を調べてみたのだが、そこには『差別や偏りなくみな一様に等しいこと』と書かれていた。

 しかしオレは腑に落ちなかった。次の疑問が湧いたからだ。

 ──そもそもの話、どこでひとは『平等』であると判断するのだろう。

 大学進学したら平等であるのか。

 異性と結婚し、子どもを産み、最期の瞬間は大勢の人たちが見守る中で逝くのが平等であるのか。

 あるいは、この世に生を授かるだけで平等であるのか。

 いや、違うかもしれない。

『平等』なんて言葉がある時点で、ひとは決して『平等』ではないのだ。

 嘗ての偉人は『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』という立派な言葉を混沌とした世の中に生み出した。けれどなにも、その偉人は皆が平等であると明記したわけではない。

 有名すぎるこの言葉の次にはまだ、まるで自らの論説を裏切るかのようなフレーズが記されているのだから。

 その続きは訳すとこうだ。

 産まれた時は皆平等だけれど、将来、仕事や身分で違いが出てくるのはどうしてかと訴えている。

 さらには、こうも続いている。

 差が生まれるのは学問に励んだのか励まなかったか否か。それで生まれると。

 それが、有名すぎる『学問のすゝめ』の著者、福沢諭吉が語った言葉だ。

 つまり彼は、スタートラインはあくまでも同じであり、様々な可能性をその手で摑めるか否かは自分の手に掛かっており、他人や環境には左右されないと言ったのだ。

 

 その例として学問を述べたにすぎない。

 また彼の他にも、似たような言葉を放っている偉人がいる。

 そのひとはこう言った。

 人間の運命は人間の手中にある、と。フランスの哲学者サルトルは奇しくも福沢諭吉とほぼ同じように考えたのだ。

 兎にも角にも、人間はこの地球上、唯一の意思ある生物だ。

 考えることが出来る人間は必ず気付く。

 

 ──嗚呼、人は決して平等ではない。

 

 だからこそひとはその現実を受け入れるわけにはいかず、様々な問題を自分で生み出していくのだ。

 環境問題しかり、戦争しかり。

 醜い欲望は際限なく湧き、やがてじわじわと世界に浸透していく。けれど不思議なことに、その欲望が同時に世界を前へ前へと進出していくのだから皮肉なものだ。

『平等』ではないからと、人は過ちを繰り返す。 

 

 ただ──『平等』を目指すために。

 

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 4月21日。

 

『全校生徒の皆さん!僕達は、学内の差別撤廃を目指す有志同盟です!』

 

 シンヤが暴漢たちを撃退し、ほのかたちを無事に駅に送って三日が経った。嵐の前の静けさというが、今は嵐が過ぎ去った後だ。今の状況は嵐の後には静けさが訪れる、と表現するのが正しいだろう。

 だが平穏な学校生活は、その日放課後の突然の騒音とともに破られた。

 

『魔法教育は実力主義、それを否定するつもりは僕達にもありません! しかし校内の差別は、魔法実習以外にも及んでいます! 僕達は魔法師を目指して魔法を学ぶ者ですが、それと同時に高校生でもあります! 魔法だけが僕達の全てではありません!僕達は生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します! この要求が受け入れられるまで、僕達は放送室から出るつもりはありません!』

 

 音量調整に失敗して音割れした大音声がスピーカーを通して校舎全体に響き渡ったそんな台詞とともに告げられたのは、有志同盟を名乗る一団による放送室の占拠と学校における差別撤廃を目指すことの宣言であった。

 当然風紀委員と生徒会にとっては彼らが起こした今回の騒ぎを容認することはできない。これを許してしまっては、自分達の主張を通すためにルールを無視した強引な手段を取ることが横行してしまう。よって風紀委員は彼らを取り押さえようとしたのだが、あろう事か生徒会長である真由美がそれを止めてしまったのである。

 彼女は学校側と話し合い、今回の騒動に対する措置を生徒会に委ねることを了承してもらった。結局彼らは見逃され、真由美との交渉に息巻く姿を風紀委員達が見送ることでその場はお開きとなった。

 

 

♢♦♢

 

 

 4月22日。

 

 昼休みになったばかりの図書館は意外な穴場だったりする。館内での食事を禁止されているため、昼食場所としては利用できないからだ。当然利用者は数名しかおらず、用事をスムーズに終えることのできたオレは食堂に続く廊下を歩いていた。

 

 すると前から見知った顔がやってくる。

 

「あ……」

「あら……シンヤ君?」

「……」

 

 オレに気付いた七草生徒会長が笑顔で駆け寄ってくる。

 

「こんにちはシンヤ君。今から昼食なの?」

「どうも。今日は先に図書館に行く用があったので……」

「あら?シンヤ君も図書館を利用するのね」

 

 会長の中でオレのイメージどうなってるんだ?

 

「たまたま調べ物があそこにあったので……それより結局昨日の騒ぎはどうなったんですか?」

「やっぱりシンヤ君も気になるのね……彼らの要求は『一科生と二科生の平等な待遇』。でも何をどうしたいのか具体的なビジョンは全く持ってないみたい。むしろ具体的な案は生徒会で考えろって感じだったわ」

「放送室を不法占拠した割にはいい加減な連中ですね」

「まあね。それで結局、押し問答みたいになってね?明日の放課後、公開討論会をすることになったの」

「公開討論会?」

「体育館で彼らとディベートをするの。生徒会からは私が出るわ」

「随分と急ですね」

 

 だが賢い選択だな。時間がほとんど無い状況で下手に打合せなどすれば、少々の意見の食い違いから揚げ足を取られることになる。

 

「善は急げってね!相手の考えを聞くには良い機会だし、単純な論争なら負けないもんね」

 

 あれ?なんか遊ぶのを心待ちにしているみたいだ。

 

「……会長。もしかして楽しんでませんか?」

「そうね。もしあの子たちが私を言い負かすだけのしっかりとした根拠を持ってるのなら、これからの学校運営に役立てるじゃない?」

「……成程」

 

 まるで言い負かされるのを期待しているような感じだが、それは本気でこの学校をより良くしたいという一心からくるものか。

 

 普段猫を被った小悪魔だが、その本質は他者を想うことができる善人のようだ。……オレとは大違いだな。オレはそんな風に『出来た』人間ではない。

 

 オレはこの時、七草真由美という人間に対して、尊敬の念を覚えた。

 

「……オレは会長がこの学校の生徒会長で本当に良かったと思っています」

「え?」

「明日の討論会頑張って下さい」

「あっ、ちょっと…………」 

 

 オレは会長にそれだけ伝え、食堂の方へと歩くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今のって…………激励してくれたのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 今日の放課後の廊下はいつもの風景と打って変わって勧誘期間並の喧騒を醸し出していた。

 

「頑張ってるな。有志同盟のやつら」

 

 廊下では明日の討論会前に少しでも仲間を増やそうと有志の生徒たちが、他の二科生を対象にして有志同盟への参加を呼びかけや差別撤廃についての演説を行っていた。

 

「明日までに賛同者を出来るだけ多く確保しようとするのは当然のことだからな」

「達也君と一緒に行動してて正解だったわね」

 

 課題を終わらせて帰路につこうとしたシンヤはそんな面倒な勧誘を避けるため、エリカと共に取り締まる側である達也の傍にいた。既に勧誘期間の間に達也の活躍は学校中に知れ渡ってるため、有志同盟はシンヤとエリカに声をかけづらい状態だ。

 

「それにしてもかなりの人数が同盟に参加しているな」

 

 シンヤがポツリと呟く。

 人数的に裏でかなりの規模まで膨らんでいたようだ。見た顔も何人か有志として呼び掛けをしている。

 どうやら元々その“差別撤廃のための有志同盟”とやらは一高内に水面下でかなりの勢力を伸ばしていたらしい。

 

「差別撤廃ね~、二人は明日の討論会について如何思う?」 

 

 エリカの何気ない質問に、有志の生徒たちには聞こえないように小声でシンヤと達也は答える。

 

「正直な話、やる価値もないな」

「同じく」

「お、即答だね。ちなみにその心は?」

「文句なら生徒会にじゃなく、実力主義を掲げながら評価基準が杜撰すぎるこの学校に言えばいい話だが……そんなに評価されたいのなら実績を示すのが先だ。そうじゃないのなら連中の言う『平等な待遇』はそんな惨めな自分を誤魔化すための単なる逃げだ」

「…確かにな。本当の意味で目指してるのなら、こんな行動はとらないだろ。共感してもらえる理想では無いからこうやって同士を集めてるんだろうな」

「……二人とも相変わらず考え方が大人ね」

「「そうか?」」

「アタシたちから見れば、二人の考え方は大人なのよ。高校生ではそんな考え方は出来ないからね」

 

 聞き方によっては、達也とシンヤが高校生では無いと言ってるように聞こえるのだが、決してエリカにそのような意思は無い。達也とシンヤもその事が分かってるので深くは追求しなかった。

 

「で結局のところ、シンヤ君だったら学校内の差別をなくせると思うの?」

「そうだな。例えば――」

「おい達也!」

 

 エリカの質問にシンヤが応えようとしたところで、レオが声をかけてきて中断される。

 

「レオ、如何かしたのか?」

「いやな、廊下で美月が上級生に話しかけられてるんだが、助けた方が良いのかと思って」

「馬鹿ね、自分で助ければ良いじゃない」

「達也なら風紀委員だからある程度穏便に済ませられるかもしれねぇかと思ったんだよ!」

「……そうね、アンタじゃ短絡思考ですぐ暴力に走りそうだしね」

「ぁんだと!」

「なによ!」

 

 また始まった言い争いにため息を吐いた達也だったが、美月の事が気になったのでこの場は放置を決め込む事にした。

 

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 有志同盟の生徒達は一様に青と赤で縁取られた白いリストバンドをつけており、それは魔法能力による社会差別を根絶することを目的に活動する反魔法国際政治団体――ブランシュの下部組織であるエガリテの証であった。

 

 彼らの多くがその意味を知っていて隠す気がないのか、はたまたそのシンボルの意味を知らずにつけているのかは分からない。 

 

 だが確実に平穏な学校生活は破綻しており、本来それを望んでいた俺は、その日の夕食後、妹の深雪を連れ、自宅から少し離れた所にある鬱蒼と生い茂る森の中、そこに隠れるようにしてひっそりとある寺院を訪れていた

 

「やぁ。こんばんは、達也君。深雪君」

 

 二人を出迎えたのは墨染の衣を着た禿頭の男性。この九重寺の和尚、九重八雲だ。

 

「それで、今日は一体何の用かな?」 

「実は、師匠のお力で調べていただきたいことがありまして…………」

 

 そして俺の師匠――宗教の、ではなく体術の師匠でもある。

 

 忍術使い九重八雲。彼自身に言わせると由緒正しい“忍び”だ。

 

 魔術がフィクションや空想の産物ではなく実在すると確認され、魔法へと下ったのと時を同じくして、単なる体術や諜報技術のプロフェッショナルというだけではなく忍術もまた、魔法の一種であることが明らかになった。

 

 無論、空想上の忍術そのままというわけではないが、九重八雲は古式魔法の一分類とされる忍術を今に受け継ぐ“忍び”ではある。

 

「第一高校三年の司甲という生徒について何か知っていらっしゃいませんか?」

「風間大佐経由で藤林のお嬢さんに頼んだ方が早いんじゃないのかい?」

「叔母がいい顔をしませんので」

「なるほど。君たちも大変だね」

 

 俺は師匠に司甲について説明する。

 新入部員勧誘週間に一度だけ俺を襲撃し、クラスメイトである美月を胡散臭いサークルの仲間に引き込もうとした司甲がエガリテのメンバーであることも気付いており、ブランシュにも繋がっていると睨んでいる俺は、ブランシュがどのようなことを目論んでいるのか知る必要があると考えていた。勿論、師匠より的確に情報を提供している人物に心当たりがあるが、諸事情によってそれを使うことは出来ない。

 

 それを理解した師匠は二人を縁側に座るよう勧め、話を始めた。

 

「司甲。旧姓、鴨野甲。両親、祖父母いずれも魔法的な因子の発言は見られず。いわゆる普通の家庭だけど、実は陰陽道の大家、賀茂氏の傍系に当たる家だ」

「俺が司甲の調査を依頼することが分かっていたんですか?」

 

 調査を依頼する為に来ていたのだが、まさか来てすぐに話をするとは思っていなかったが、俺も深雪も然程驚いてはいない。師匠と付き合っていくならばこの程度でいちいち驚いてはキリがないのである。

 

「いや、君の依頼とは関係なく、彼のことは知っていたよ。僕は坊主だけど、同時に、いや、それ以前に忍びだ。縁が結ばれた場所で問題になりそうな曰くを持つ人物のことは、一通り調べておくことにしている」

「俺達のこともですか?」

 

 俺の質問に師匠は楽しげに笑った。

 

「調べようとしたけどね、その時は分からなかった。君達に関する情報操作は完璧だ。さすが、と言うべきだろうね」

 

 俺が師匠を睨み、俺達二人の間に何やら不穏な空気が流れる。

 それを見ていた深雪が慌てて口を挿んだ。 

 

「それで先生、司先輩とブランシュの関係については?」

 

 深雪の雰囲気に、俺達は同時に頬を緩めた。 

 

「甲君の母親の再婚相手の連れ子、つまり甲君の義理のお兄さんが、ブランシュの日本支部のリーダーを務めている。その司一と言う男は表向きの代表だけじゃなくて非合法活動を始めとする裏の仕事の方も仕切っている本物のリーダーだ。一昨日深雪君のクラスメイトたちを襲った暴漢たちは彼の手下で間違いないよ」

 

 師匠の答えはかなり穏やかなものではなかった。

 

 そうするとエガリテのリーダーは弟の甲だろう。だが司兄弟が何を企んでいるのかまでは、師匠も分かっていないらしい。これ以上司について知ることはできないと判断した俺は別件へと話題を変える。

 

「司とは別口でお聞きしたいことがありまして……」

「有崎シンヤ君の事かい?」

 

 これもまた予想していたのか、俺が全て言い終える前にそう言い当てて見せた。だからだろう。師匠ならあいつについて何か知っているかもしれない。俺と深雪はそう期待したのだ。

 

「残念だが、彼についてはパーソナルデータ以上の事は知らないよ」

 

 しかし八雲の口から出た言葉は二人の期待に反するものだった。

 

「…どういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ。彼のPDを調べたんだけどね、彼が存在したであろう痕跡が半月より前に殆ど存在しないんだ。しかも、消された跡もない。唯一残ってるのは小学生ぐらいの時に全国音楽コンクールで優勝したことがあるくらいだ……義務教育を受けてる普通の学生ならもっと残るものだけどね」

「あ、あはは……ほんとにピアノをやっていたんですね」

 

 深雪に話していたことは嘘じゃなかったのか。

 ピアノをやっていたことについて本当だとわかったが、今のシンヤの感じからまったくイメージできないのか深雪は苦笑いを浮かべてる。

 正直俺もイメージできない。

 

「あと親族についても調べようとしたんだけどね………両親はなにかの魔法研究所の研究者まではわかったけどそれ以上のことはなにも掴めなかった。今彼が住んでるアパートも半年前から自分の名義で住んでいて、家賃も毎月欠かさず払ってるよ」

「……」

 

 あの九重八雲が手に入れられない情報。第一級レベルの超高度な、それこそ各国で隠蔽されている戦略魔法師レベルの情報だ。本当は敵国のスパイか、それとも何処かの組織の者か。どちらにしろ現時点では危険な存在。

 

 俺は師匠からもたらされた情報にシンヤと彼の両親が一体何者なのか深い考えに入るが、師匠からのある一言で突如現実に戻される。

 

「まあこれは僕一個人としての意見なんだけどね、彼そんなに悪い人間じゃないと思うよ。深雪君のクラスメイトたちを助けたくらいだし」

「「…………」」

「彼が何者なのか、この僕を以てしても分からない。何しろ情報がないからね。だからあとは君たちの目で彼の人となりを把握しておくことだ」

 

 そして師匠は立ち上がり踵を返す。

 

「とりあえず僕から言えることはここまでだ。今日はもう遅い。二人とも気をつけて帰るんだよ」

「……はい。どうもありがとうございました、師匠」

「……ありがとうございました、先生」

「いいよいいよ」

 

 師匠に辞宜をし、俺達は九重寺を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 そして俺達兄妹は家へと帰る。

 

「お兄様…有崎君は一体……」 

「心配するな深雪。何があってもお前だけは俺が必ず守る」

 

 俺達は不安を払拭するように手を繋いで帰っていった。

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 同時刻、とある廃工場ではブランシュ日本支部のリーダーである司一と第一高校で活動している同盟のメンバーが集まっていた。

 

 その中にも当然、壬生もいた。

 

「さて諸君、明日は予定通り作戦を開始する。討論会が行われている間に偽装したトラックに乗せた実行部隊が突入。君達は手筈通りに動いてくればいい」

 

 司一がここにいる全員に明日の作戦について説明していた。

 

「明日に討論会を開くことになったことを知った時、私は君達の勇気に心動かされたよ。君達のように自身の理想のために積極的に動くその意志が、この間違った世の中を変えることになるだろう」 

 

 しかし、彼が話しているのは作戦の表面上でしかない。そのことに気が付いている者はここにはいなかった。所詮、ここにいる者は全員、司一の傀儡でしかないのである。

 

 作戦の核心を知らずとも、ここにいる一部の者は薄々気づいてはいるのだろう。

 自分達は利用されていることを。

 等しく優遇された世界など、完全な平等など不可能であることを。

 だが、彼らはその現実を直視しようとしない。

 魔法師を目指すために努力してきたのに、それが評価されないことに彼らは耐えられなかった。

 それ故に平等と言う耳当たりの良い理想に縋りつこうとする彼らに今更退くことなど出来ないのであった。

 

 

♢♦♢

 

 

「それで、結局昨日は何を言おうとしてたの?」

「……いきなり何の話だ?」

 

 討論会当日、講堂で討論が行われるなか、シンヤとレオ、エリカの三人で実技棟にて練習していたとき、エリカが壁に寄りかかって休憩しているシンヤに話しかけた。

 

「ほら、昨日の放課後にアタシがどうやって学校内の差別をなくせるか聞いたじゃん。まあ、途中でどっかの誰かさんがタイミング悪く話しかけてきたおかげで聞けずじまいだったけど」

「悪かったなオイ」

 

 レオは集中しており、シンヤとエリカの会話に参加することはしなかったが、若干意識はそちらに向けていた。

 

「ああ、あれか……正直オレの話が参考になるかわからないがそんなに聞きたいのか?」

「う~ん。軽いおしゃべり程度かな。このまま実技の練習をするだけじゃ退屈だからさ」

 

 エリカの言葉にシンヤは少し考え込むが、「…まぁ、いいか」という軽い感じで口を開く。

 

「この学校の差別の本質は一科生二科生の区別を差別に置き換える意識そのものだ。ならどうやってその意識をなくすか。簡単な話、この学校のルールが一科生二科生問わず平等に適応されてるように見えるよう変えればいいだけの話だ」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、講堂で討論会が開かれていたのだが、始まって五分と経たずに、いつの間にか真由美の演説会へと変わっていた。

 

 

 これには達也も感心していた。

 今の彼女は蠱惑的な小悪魔スマイルではなく、凛々しい表情と堂々とした態度で熱弁をふるう姿はまさしく全校生徒を束ねる生徒会長に相応しいものだった。

 

 最初は発言をしていた同盟だったが内容が感情論に傾いていたこともあって、そんな真由美に反論することは出来なくなり、討論会は真由美の演説会へと変わり始めた。

 

『生徒の間に、同盟の皆さんが指摘したような差別の意識が存在するのは否定しません。ブルームとウィード、学校も生徒会も風紀委員も禁止している言葉ですが、残念ながら、多くの生徒がこの言葉を使用しています』

 

 真由美の言葉に会場中がざわついた。

 

 生徒会長である真由美が禁止用語を口にしたことに達也は驚きを隠せなかった。深雪や摩利でさえ唖然としている。

 

 しかし、会場中がざわついても真由美は臆することなく話し続けた。

 

『しかし、一科生だけでなく、二科生の間にもウィードと蔑み、あきらめとともに受容する。そんな悲しむべき風潮が確かに存在します』

 

 数名の二科生が野次を飛ばすが、表立った反論は無かった。

 

『この意識の壁こそが問題なのです』

 

 真由美の演説は終わらない。

 一科と二科の区別が全国的な教員不足を反映したものであること。

 半数の生徒に十分な指導を与えることを第一高校では採用していること。

 カリキュラムの内容など、講義や実習に一科と二科に違いはないこと。

 課外活動も可能な限り施設の利用は平等になるように割り振っていること。

 つまり指導教員以外の問題については合理的な根拠に基づくものであることを真由美はここにいるすべての生徒に向けて説明した。

 

『私は当校の生徒会長として、この意識の壁を何とか解消したいと考えてきました。ですがそれは、新たな差別を作り出すことによる解決であってはならないのです。一科生も二科生も、一人一人が当校の生徒であり、当校の生徒である期間はその生徒にとって唯一無二の三年間なのですから』

 

 真由美が言い終わると会場中で拍手が湧いた。満場とは言わずとも、拍手をしている者に一科生と二科生の区別は無かった。

 

『丁度よい機会ですから、皆さんに私の希望を聞いてもらいたいと思います。生徒会には一科生とニ科生を差別する制度が、一つ残っています。現在の制度では、生徒会長以外の役員は一科生生徒から指名しなければなりません。この規則は、生徒会長改選時に開催される生徒総会においてのみ、改定可能です』

 

 そして真由美は一際大きな声で言った。

 

『私はこの規則を退任時の総会で撤廃することを生徒会長としての最後の仕事とするつもりです。人の心を力づくで変えることは出来ないし、してはならない以上、それ以外の事で出来るだけの改善策を取り組んでいくつもりです』

 そう締め括ったあと、会場には満場の拍手が起こった。

 真由美が訴えた差別意識の克服は、一科生だけでなく二科生にも支持していたのは明らかであった。そして、この討論会によって学内差別を無くしていく方向へ足を踏み出す良い切っ掛けとなるのであった。

 これで綺麗に終わると思われた瞬間、突如、第一高校全体を轟音が鳴り響いた。

 

♢♦♢

 

 

ドゴオオオオオオオオオン!

 

「うおっ!?なんだ!?」

「何が起こったの!?」

 

 その瞬間、実技棟が大きな揺れで震えた。突然の爆音と振動にレオとエリカは驚き、窓から外の様子を確認する。

 

「おいおいマジかよ」 

「……これちょっとまずいんじゃないかな」

 

 外では、実技棟近くで火の手が上がっていた。だがそれだけではない。

 爆発に便乗するかのように学校の敷地内に大きなトラックが侵入しており、荷台から拳銃やロケットランチャーなどを武装した男たちが降りてきて、戦闘体制を取っていた。

 

 

♢♦♢

 

 

 

 轟音が鳴り響くのと同時に大きな爆発音と揺れが発生する。

 校舎の窓ガラスは割れ、黒煙が立ちのぼる。

 体育館が生徒達のどよめきに包まれる中、遂にエガリテの構成員と思わしきメンバー達が動き出した。それと同時に講堂の扉が開かれ、ガスマスクを装着しマシンガンを持った男達が突撃してきたのだ。

 

 それに気付いた摩利が通信端末で監視していた者達に命令する。

 

「風紀委員は直ちにマークしていたものを取り押さえろ!」 

 

 部下に指示を出しながら、摩利は進入してきた男共のマスクの中の酸素を奪った。毒ガス対策だったのかは分からないが、マスクの中の空気を奪われた男共はあえ無く酸欠状態に陥り、その場に崩れ落ちた。

 

(MIDフィールド……ガスマスク内の密閉空間を窒素で満たしたのか。汎用性の高い魔法だな)

「これで終わりか?」

「いえ、もう一つ来るようです」 

 

 窓を見ながら達也は淡々と話す。達也が言った通りに体育館の窓が割れ、何かが投げ入れられる。それは地面に転がり白い煙を吹き出し始めた。

 

「ガス弾か!」

 

 誰かがそう叫んだそのとき、最初に動き出したのは生徒会副会長の服部だった。

 

「煙を吸い込まないように!」

 

 彼がガス弾に向けて腕を伸ばすと、撒き散らされていた煙は魔法によってガス弾の周りに集まっていき、やがてガス弾は白い塊のようになった。服部は慎重に操作しながら、それを割れた窓ガラスから放り出した。

 

「よし!」

 

(気体の収束と移動の魔法か。あの一瞬で煙ごとガス弾を隔離するとは。流石だな)

 

 達也は一瞬でそれらを看破し、服部へと視線を向ける。その視線を受けた服部は照れくさいのかそっぽを向いていた。

ちなみにその後ろでは真由美が苦笑いでその様子を見ていたりする。

 

 そのとき摩利に一本の通信が入る。

 

「なに!?そっちにも侵入者だと!?」

 

 他の場所にも大量の侵入者が入り込んでおり、既に教師や生徒達との攻防が始まっていた。

通信先からはロケットランチャーの爆発音も聞こえる。

 

「達也君、実技棟の方で不審者が目撃されている。私はこの場を落ち着かせてから向かうから、君は先に行ってくれ」

「分かりました」

「お兄様、お供します!」

 

 摩利に指示される事も無く、達也は実技棟に向かうつもりだったのだ。だが此処は上司の命令に従う形の方が後々楽になるので、達也は言われた通り実技棟に向かう事にしたのだった。

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 

(……始まったか)

 

 エリカやレオが突然のテロリスト襲撃に状況を把握しきれてない中、シンヤは二人の後ろで端末を操作し始める。

 

(悪いがお前たちは仕掛けてきた時点で、もう詰んでるんだよ)

 



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第七話 始まってすぐ終わる

 講堂内に入り込んだテロリストを制圧し、外に出た摩利たち――風紀委員と生徒会一同の携帯端末が一斉に震えだし、メールの着信を知らせた。

 

「なんだこれは?」

「誰だ?……学園のマーク、教師からか?」

 

 学園のマークがあることから何の疑いもなく一同はメールを開く。

 するとメール内に添付されていたファイルが自動的に開き、学校敷地内のマップと、その上を動くいくつもの赤い斑点が画面上に映し出された。

 

「これって学校の敷地図か?……じゃあ、この赤い点は?」

「待って摩利。下になにか書いてあるわ」

「なに?」

 

 真由美の言葉を聞いて、摩利は画面を下にスライドし、文面を読み上げる。

 

「”赤い点は敵の現在の位置情報です。これを活用するかどうかはあなた達次第です”…………だと?」

 

 襲撃の次に送られてきた謎のメッセージに面々は戸惑いを見せる。 

 

 まるでメールの差出人はすべてを把握したうえで自分たちに対処をさせるつもりのようだ。だが一体誰が?どう考えても学校の教師からのものじゃない。敵の攪乱工作の一環か?

 

 そんな疑問を頭に巡らせている摩利の肩に、真由美がポンと手を置いた。

 

「真由美?」

「今私の魔法で確認してみたわ。どうやらその情報は信用に足るみたいよ」

 

 真由美は、遠隔精密魔法の分野で十年に一人の英才と言われているが、その実力には彼女の一つの魔法が関係していた。

 知覚系魔法【マルチスコープ】。

 非物質体や情報体を見るものではなく、実体物を様々な方向で知覚する視覚的な多元レーダーの様なもの。

 かなりレアな先天性スキルで周囲の状況把握にも使えるものだ。

 現在真由美はそれを使って一高の様子を確認していた。

 

「なに?じゃあこの位置情報は敵の?」

「えぇ、間違いないわ。どこの誰かさんかは知らないけど、親切にも私達に攻勢に出るチャンスを与えてくれたみたいね」

「正気か!?敵の罠の可能性だってあるんだぞ!」

「勿論それも否定できないわ。だけど私たちが最優先とするべきは生徒たちの安全である以上、他に頼る手はないわ」

「だが……まあいい」

 

 考えていても仕方ない。

 摩利は足を前に出して進み始める。

 

「確かに風紀委員のアタシ達がこれぐらいのハンデを使ってもばちは当たらないだろう。お前たち!敵にメールのことがばれないよう気を配りながら各自対処に当たれ!当校で好き勝手暴れてくれたんだ。一人もここから逃がすな!」

「「へい!姐さん!!」」

「姐さん呼ぶな!」 

「あらあら…………まあ、気持ちはわかるわ。正直私もテロリストたちには怒ってるのよね」

 

 その後摩利と真由美の的確な指示により、風紀委員と生徒会一同の迎撃が始まった。

 

 

♢♦♢

 

 

「こっちは乱戦状態だな……」

 

 講堂内での騒動が即鎮圧され、達也と深雪は摩利の声に送り出され、最初に轟音が鳴った実技棟付近へと到着していた。

 校内では講堂を始め、いたる所で第一校の生徒と教師が武装したブランジュの工作員たちと交戦しており、実技棟付近では両方がやったりやられたりの混戦状況にあった。

 

 その中で、数人のテロリストを相手にCAD無しで戦うレオとシンヤの姿があった。

 レオの戦い方はがっしりとした肉体を駆使した猪突猛進の荒々しい肉弾戦に対して、シンヤの方は、無表情でクルリと体を回転させて躱したり、ナイフで襲い掛かってくる敵の腕を取り足を払って、地面に叩きつけたりと技術を駆使した格闘戦の形をとっている。

 

(レオはなんとなく肉弾戦に強いと分かっていた。シンヤの方は深雪から話を聞いてた以上だな………だがあの動きは)

 

 達也と深雪は倒れているテロリストたちには目もくれず、戦っている友人たちに加勢する事にした。

 

「お兄様、此処は私が!」

「頼んだ」

 

 深雪が一瞬で魔法式を展開し、加重魔法で数人を一度に拘束してそのまま地面に叩きつけて意識を奪う。

 深雪としてはこの程度の相手に達也の手を煩わせるのを嫌ったからこその行動だったのだが、テロリストたちからして見ればどっちにしろ痛い目を見る事には変わりは無かったのだ。

 

「達也、それに司波さん」

「………来たか」

「二人共無事の様だな」

「達也…何の騒ぎだ?こりゃ」

「テロリストが学内に侵入した」

「物騒だな、おい」

「…………今のだけで納得したのか」

 

 レオも混戦状況のなか戦っていた一人だったが、何があったのかわからないまま戦っていたので達也に聞くと、達也はレオの性格を知っているのか、詳細を全て省いた簡潔な説明をし、レオもそれで納得した。

 

「シンヤ君!レオ!……っと、援軍が到着してたか」

 

 ちょうどそのとき、事務室方向からCADを持ったエリカが姿を見せた。初めは走っていたのだが、達也の姿をみると、走っているその足を緩めて近づいてきた。

 

「はいシンヤ君。CADよ」

「ああ、悪いな」

 

 持ってきたシンヤの腕輪型CADを手渡し(レオの方は投げて渡し、レオから投げるな!との抗議を無視)し、足元に転がっている侵入者の姿を目に写しながらエリカは達也に聞いた。

 

「これ、達也くん?それとも深雪?」

「深雪だ。俺ではこうも手際よくは不可能だ」

「この程度の雑魚にお兄様の手を煩わせるわけにはいかないわ」

「あはは……相変わらずね」

「それに殆ど西城君と有崎君が倒してくれたおかげで楽にすんだわ」

「へえ~レオはなんとなくわかってたけどシンヤ君も結構やるんだ」

「………たまたまだ」

 

 エリカの視線がシンヤの方に向くが、シンヤは相変わらずの無表情で誤魔化す。達也も気になるところだが今は目の前のことに集中する。

 

「それで、実技棟の方は如何なったんだ?」

「あっちは先生たちが鎮圧済みよ」

「随分と数が少ないようだが、こっちは陽動か?」

「彼らの狙いは図書館よ」

「小野先生?」

 

 声の主の方へ向くと、いつもの装いとは違い、踵の低い靴にパンツスーツ、ジャケットにその下は光沢あるセーターと行動性重視の服装を身に纏う一高カウンセラー小野遥の姿があった

 

「遥ちゃん!? 何で此処に?」

 

 緊迫した雰囲気に似つかわしくない呼び方で遥を呼んだレオに、エリカの鉄拳制裁が下された。

 

「アンタ、仮にも先生をちゃん付けって如何なのよ」

「男子全員が呼んでるぜ。遥ちゃんもそれで良いって」

 

 そんなコントじみた事をしている友人を前に、深雪はまったく違う事を考えていた。

 

(この身のこなし、これは八雲先生の流派…小野先生はいったい……)

 

「向こうの主力はすでに館内に侵入しています。壬生さんも既にそっちにいるわ」

「……念の為聞きますが、先程届いたメールは小野先生が?」

「メール?なんのこと?」

「いえ、お気になさらず。後ほどお話を聞かせてもらってもよろしいですか」

「却下します……と言いたいところだけど、そんな雰囲気じゃないわね。その代わりと言う訳では無いけど司波君、カウンセラーとしてお願いがあるのだけれど、壬生さんに機会をあげてほしいのよ! 彼女、剣道の成績と魔法の成績のギャップで悩んでて、それで……」

「甘いですね。そして、何より頼む相手を間違えています。いくぞ、深雪」

「はい」

 

 遥の職業倫理から出た言葉も、達也はバッサリと切り捨てて図書館へと足を向けた。その達也に黙って付き従ったのは深雪だけで、レオもエリカも不満げだ。

 

「お、おい。達也」

「少しくらいは聞いてあげても……」

「余計な情けで怪我をするのは自分だけじゃない」

 

 走り出した達也の背中は、これ以上は時間が惜しいと、そう語っているようにみえたのだった。

 二人が走り出すのにつられる形でレオ、エリカ、シンヤも駆け出す。

 

 

「…シンヤ。別に俺達のペースに合わせ走らなくてもいいんだぞ」

「オレは切り込み隊長なんて柄じゃない。それにもう目の前まで来てるぞ」

「あぁ……だが」

 

 図書館の近くまで来たが、そこでも既に乱戦が繰り広げられていた。教師陣が何とか食い止めてるように見えるが、しっかりと見れば食い止められてるのは教師陣の方だった。

 

 そこにレオが『装甲(パンツァー)』と大声を上げて割り込む。

 

 肘まで覆うグローブ型のCADを左手に装着したレオが、それを振りかぶりながら突っ込んでいく。

 どうやら音声認識型CADらしい。起動式の展開と魔法式の構築が同時に進行する。相手を殴り、棍棒をへし折り、また殴る。相手がテロリストでなければ加減をしろと言っていたかもしれない。

 

「あんだけ乱暴に扱ってて、よく壊れないわよね」

「CAD自体に硬化魔法をかけているんだろう。余程のことがない限り、壊れることはない」

「全身を硬化してるんですか?」

「あれなら刺されても問題なさそうだな」

 

 武器を持っている相手に臆することなく立ち向かっている姿は上級生に引けを取らない。

 レオは自分が得意とする硬化魔法を身に付けている物に掛けることにより、彼は全身を覆うプレートアーマーを着ているのと同じ状態となっていた。

 

「……ってあれ?」

 

 エリカ、達也、深雪が走りながらレオの戦闘に対してそれぞれ感想を言い合ってると、シンヤが突如方向を変え、彼も乱闘の中へ向けて走り出した。

 

「ちょっ、シンヤ君!?」

「図書館の方は三人に任せる。必要ないと思うが、念の為オレもこっちに加勢する」

 

 それだけ告げ、CADを操作する。すると、シンヤの輪郭がグニャリと歪み出し、やがて風景に溶け込むように姿が見えなくなる。

 

「あれ?…消えちゃった?」

「恐らく光学迷彩と同じ原理で自身の周囲の光を操作して透明化してるんだろう。奇襲にはもってこいの手だな」

 

 よく目を凝らせば、空間の一部が人のような形に歪んでおり、それは透明なガラス瓶から、向こうの風景を眺めているようであった。そしてその歪みが襲撃者達の横を通り過ぎた直後、襲撃者達は次々と倒れていった。

 

 その場で戦っていた教師たちは、いきなり倒れていくテロリストたちに一瞬硬直するも、さすがは魔法科高校の教師というべきか、倒れたテロリストを次々と拘束していく。

 

(柄じゃないと言っておきながら十分切り込み隊長をやってるな)

「ありゃりゃ~これじゃあどんな戦いをしてるのか見えないわね」

「そんなことよりもエリカ。すぐに図書館の中に入るぞ」

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

「クソッ、いったいなにがどうなってる!何故他のメンバーと連絡がつかないんだ!」

「まさかもうやられたのか!?」

「だとしてもこっちに連中が来る前に急いでデータを手に入れるぞ!」

 

 図書館の特別閲覧室で壬生紗耶香と共に突入したブランシュのメンバーが、魔法大学の非公開文献を閲覧するためハッキングを仕掛けている。

 

 差別を無くすために動いていたはずなのに、壬生は今の自分の状況に疑問しか抱けない。秘匿文献を公開する事が差別撤廃に繋がると聞いたときはもの凄くやる気になったのだが、仲間たちがしている事は如何見ても窃盗行為にしか見えなかったのだ。

 

(そもそも、差別撤廃に繋がるような秘匿情報ってなんなの? 魔法を使えない人たちに魔法に関係する情報を公開する事で差別が撤廃されるのなら、今まで誰もその事を指摘しなかったのは何故? そして何であの人たちはあそこまで必死なんだろう……)

 

 必死になってるのは悪い事では無いのだろうが、明らかに別の理由が見え隠れしている表情で必死にアクセスブロックを解除しようとしてるのを見ると、如何しても悪い方に思考が行ってしまうのだ。 

 

(いいえ、私が分からないだけできっと何か意味があるんだろう。大きな意味があるのよ……。きっと魔法を使えない人達にも応用できる技術が、あの中に隠されているのよ……)

 

 そして壬生はそのような疑問を抱く度に、こうして自分に言い聞かせるように自分を納得させていた。それはまるで、今の自分の行動に対して疑問を抱かないよう誰かに誘導されているかのようだったが、彼女自身がそれに気がつくことは無い。

 

「よし、開いたぞ!」

「これで非公開文献にアクセスできる」

「すぐに記憶キューブに保存しろ……!」

 

 リーダーと思われる男の呼び掛けに、他のメンバーも喜色満面の笑みを浮かべる。その笑顔は、例えば慈善事業に熱中しているときのような晴れやかな達成感に満ちたそれではなく、自身にもたらされる様々な利益を皮算用しているときのような、ハッキリ分かりやすく言えば“欲”に充ち満ちた笑顔だった。

 

 

 だがその笑顔も、モニター画面を見た途端に一瞬で崩れ去った。

 

「は?なんだこれは?」

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず………?」

 

 ハッキングでようやく開けたデータの中にあったのは魔法大学の非公開文献なんかではなく、福沢諭吉の著書のひとつであり代表作である『学問のすゝめ』の名言に関するレポートデータであった。

 

「ど、どういうことだ?この中に入ってるのは魔法大学の研究データじゃなかったのか!?」

「俺が知るかよ!」

(いったいなにがどうなって……?)

 

 ガコン

 

「えっ!?」

 

 まったく状況がつかめない中、突然特別閲覧室の扉が破壊される。

 

「扉が!?」

「何!?」

「あの装甲をこんな静かに破壊出来るもんか!」

「だが明らかに壊れてるだろが!」

 

 ゆっくりと内側に倒れてくる装甲が完全に倒れた向こう側、つまり壊した側に立っていたのは、自分と同じ二科生の後輩とその妹だと壬生は気付かされた。

 

「お前たちの企みもそこまでだ」

「司波君……」

「うわぁ!?」 

 

 壬生が達也を見て言葉を失ってると、仲間の一人が悲鳴のような声を上げた。何事かと見ると、さっきまでそこにあった記録用キューブが部品一つ一つに分解されていたのだ。

 

「くそ! 見られたからには生かしてはおけん!」

「駄目!」 

 

 仲間の一人が隠し持っていた拳銃を取り出したのを見て、壬生は悲鳴にも似た声でそう叫んだ。だがその銃は発砲される事は無かった。

 

「ぐわぁ!?」

「愚かな真似は止めなさい。私がお兄様に向けられた殺意に気付かないとでも思いましたか」

 

 テロリストからして見れば、深雪の事情など分かりっこないのだが、何となく普段の仲の良すぎる二人を知ってる紗耶香はその発言に立ち竦んだ。

 

「壬生先輩、これが現実です」

「え……」

 

 竦んでいた紗耶香の耳に、低く重い達也の声が響いた。まるで自分が信じたく無かった事を容赦無く言われる気がして、壬生は反射的に耳を塞ぎたくなったが、達也の視線の鋭さで、まるで金縛りにあったかのように壬生の身体は動かなかった。

 

「能力も何もかもを無視した平等など、それは等しく冷遇された世界。貴女が追い求めていた平等なんてものは、理想の中か耳障りの良い嘘の中にしか存在しませんよ。貴女はただ、利用されただけなんです」

「で、でも! この学園にも差別はあるじゃない! それを無くそうとしたのがいけないの!」

 

(私はただ、差別が無い世界が欲しくて、虐げられない世界が欲しくて、そんな現実から逃げないで済む世界が欲しかっただけなのに!)

 

 達也の言葉の刃で切り裂かれた心で、何とか反撃に打って出ようとした壬生だったが、彼女は決して言ってはいけない事を言ってしまった。

 

「誰もがお兄様を侮辱した? それこそが侮辱です!」

「ッ!」

「私はお兄様が世界中の有象無象に侮辱されようと、変わらぬ敬愛を捧げます。それにお兄様のお力を認めてくださってる人は大勢居ます。壬生先輩、貴女にはそう言った人は居なかったのですか? 貴女の事を最も侮辱してるのは、貴女を雑草だと蔑んでいるのは、壬生先輩、貴女自身です!」

 

「私…自身が……」

 

 達也に砕かれた心に追い討ちをかけるように畳み掛ける深雪の言葉に、壬生は棒立ちをして動けなくなっていた。

 

「何をしている! 壬生、指輪を使え!」

「!」 

 

 既に心は離れている味方の言葉に反射的に身体が動いた壬生は、右手の指につけた指輪から吹き荒れるサイオンのノイズを放つ。達也の使う疑似的なものとは違う本物のキャストジャミングだ。本来キャストジャミングはアンティナイトと言う軍事物資にサイオンを流し込むことで発生するノイズが魔法の発生を阻害することを利用した技術である。このジャミング波は概ねの魔法を発動阻害出来るため魔法師をただの木偶の坊に出来る魔法師の天敵のようなものである。

 

「よし、撤収だ!」

「これでも喰らえ!」

 

 榴弾型の煙玉のようなものを使って目晦ましをしたテロリスト達だったが、達也には視界など必要無かったのだった。

 

「グェ!?」

「グボッ!?」

「ウグゥ……」

「ガハッ!?」

 

 一人一発、腹部を抉るような拳撃にテロリスト四人は床に沈んだ。キャスト・ジャミングが納まったのを確認して、深雪が煙を収束して窓の外に移動させた。

 

「壬生先輩が居ませんね?」

「あぁ。さっき通り抜けてくのを感じた」

「拘束しなくてもよろしかったのですか?」

「その必要は無いよ。今の壬生先輩に逃走ルートを考えるほどの余裕は無い。だとすると一直線に出口を目指すだろう。そこにはエリカが居る」

 

 

 

♢♦♢

 

 

(おかしい。来るのがあまりにも遅い)

 

 一方、誰もいない校門前にてエガリテのリーダーである司甲が一人佇んでいた。

 テロリストたちを手引きし、不意打ちの形で学校の襲撃に加担した彼は壬生から『例の物を回収した。メールだと送れない量だから直接渡す』というメールが届き、すぐに逃げれるよう校門前で待機していたのだがいつまで経っても壬生達が来ない。携帯端末で呼びかけてみても応答がなかった。

 念の為、ブランシュのリーダーである義兄の司一に連絡を取るが『回収するまでそのまま校門前で待機しろ』という返事が帰ってきたため、未だに待ち続けることとなった。

 

 そこへ、風紀委員の腕章をつけた強面の男子生徒――辰巳鋼太郎が近づいてくる。

 

「よう司、今日はもう帰るのか?」

「辰巳……この騒ぎだ、部活は休みだろ? だから早めに帰ろうと思ってな」

「そうかい。悪いんだが今しまった携帯の履歴を見せてくれるか?」 

「何で……」

 

 あまり親しくは無いが同学年の相手の事くらいは司も知っている。それも学年でも有数のスピードファイターである辰巳の事なら尚更だ。

 

「いやなに、ウチのボスは感心しない特技があってな。それでお前が侵入者を手引きした事を自白させてるんだよ」

「ッ!」

「ネタは上がってんだ!お前が連中を手引きしたってことをよ!」

 

 自分の身が危険に晒されていると理解した司は、自己加速で辰巳から距離を取ろうとした。だが……

 

「司先輩!ご同行願います!」

「二年の沢木! 風紀委員でも指折りの実力者が如何して図書室に向かってない!?」

 

 前方には魔法近接格闘術部のエースの沢木碧(男子生徒)、後方には三年の中でも屈指のスピードファイターである辰巳、司は隠し持っていたアンティナイトを取り出してキャスト・ジャミングを発動し沢木を振り切ろうとした。

 

 魔法ありきの沢木なら、魔法を封じれば勝てると思ったのだ。だが……

 

「グフゥ!?」

「司、お前勘違いしてるぜ。沢木は魔法無しでもハンパねぇんだよ。そもそも魔法無しで出来ないヤツが、魔法ってものを上乗せして動ける訳ねぇんだよ」

 

 薄れていく意識の中で、司は辰巳の言っている事を理解した。

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 襲撃部隊は無事鎮圧し、図書館にいたメンバーも全員拘束完了。特別閲覧室からの情報漏洩は阻止された。司甲については風紀委員が取り押さえ、壬生はエリカの手によって鎮圧された。

 

 その後、保健室にて達也と深雪、シンヤ、レオにエリカの1年組、生徒会長の真由美、部活連会頭の克人、風紀委員長の摩利の面々がベッドで上半身だけ起き上がった壬生と対面した。

 

 壬生が誰に聞かれたわけでもなく事の経緯を語り始める。壬生がエガリテに勧誘されたのは入学してすぐのこと。渡辺に稽古をそっけなく断られた事がひどくショックだったようだ。そこで渡辺が待ったをかける。

 

「入学式の後で見た渡辺先輩の剣技に魅了され、手合わせを申し出たのに素気無く断られた事に付け込まれてしまって……今思えば私が浮かれていたんですよね」

「摩利、そんな事したの?」

「いや、覚えていない……」

「傷つけた側が覚えて無いのは良くある事ですよ」

 

 エリカの辛辣なツッコミに、摩利の顔が歪む。

 

「エリカ、今は何も言うな」

「何?それじゃあシンヤ君は渡辺先輩の味方なの?」

「別にそういうわけじゃない。ただ、そういうのは話を全部聞いてからにしろ」

 

 シンヤに静かに宥められたエリカは、不貞腐れたように黙った。

 

「確かあたしはこう言った筈だ。壬生の技量にあたしは敵わないから、もっと腕が良い相手と稽古をしてくれと」 

 

 壬生は自身の中で記憶に混乱が生じているのか、「そういえば」「だけど」と繰り返している。

 

「じゃあ私は逆恨みで、ただ時間を無駄にしたってこと……」

「無駄では無かったと思いますよ。確かに悲しい理由で一年間を過ごしてしまったかもしれません。ですがこの一年間で先輩は必死に努力して大きく成長したのです。エリカが言ってました、二年前とは比べ物にならないほど強くなってると。その努力を否定してしまったら、本当にその一年間は無駄になってしまいますよ」

 

 壬生の呟きに達也がそう声にする。その言葉に今まで張りつめていたものが弛んだのか、壬生は達也の胸に顔をうずめ嗚咽をもらした。

 

「さて問題は、敵のアジトがどこにあるのか、ということですが」

「ちょっと待て。君は敵地に乗り込むつもりか?」

 

 渡辺の問いに対して、達也は頷きで返す。

 

「学生の分を越える行為は控えるべきだ! 後は警察に任せておけ!」

 

 渡辺の言っている事は正しい。この手の問題は学生がしゃしゃり出るべきではない。 

 

「壬生先輩を家裁送りにするおつもりですか?」

「司波の言う通りだな。警察の介入は好ましくない」

「ちょっと十文字君!?」

「正気か!?」

 

 克人も同じように考えているらしい。

 

「だがな司波、相手はテロリストだ。俺や七草は生徒に命を賭けろとは言わない」

「そうでしょうね。初めから学園の力は借りようとは思ってませんよ」

「……一人で行くつもりか」

「本当ならそうしたいのですが……」

「お兄様、お供します!」

 

達也が言い終わる前に深雪が同行を申し出る。いや、決定事項のように言った。

 

「もちろんアタシも行くわよ!」

「俺もだ!」

「周りが一人にはしてくれませんので」

 

 エリカとレオも同行を言い出し、苦笑いを浮かべながら克人に向き合う達也。

 

「司波君。もし私の為なら止めて頂戴。私は裁かれるだけの事をしたのだから」

「壬生先輩の為ではありませんよ。ヤツらは俺と深雪の生活空間に忍び込んできた。既に俺は当事者です。そして俺は俺と深雪の今の日常を犯す輩を全力で排除します」

 

 達也の目には業火と言うにも生温い程の炎が燃え盛っている。それなのに達也からは熱は感じられず、冷たい鋼のような感覚が送られてくるのだ。

 

「だが司波、敵がどこにいるか分からなければ乗り込む以前の問題だ」

「敵の拠点を知っていそうな人物が、1人います」

 

 そう言いながら、達也は保健室入口の戸を引く。そこには実技棟前で見た女教師が立っていた。

 

「やっぱり九重先生の秘蔵のお弟子さんを騙し切るのは無理だったみたいね…」 

 

 見破られていたことに遥が恥ずかしそうな口調で呟く。

 

「しょうがないわね……地図を出して頂戴」

 

 無言で端末を取り出し、遥から送られてきた地図データを見た達也は、その場所がブランシュが隠れるには適していると即座に理解した。

 

「此処って!」

「学園のすぐ側じゃねぇか!」

「舐められたものだな」

 

 遥からはブランシュの連中が隠れ蓑にしているアジトの情報が齎された。その場所は廃棄された化学工場の跡地。昔環境テロリストの隠れ蓑として問題視され、夜逃げ同然で廃棄された経緯がある曰く付きだった。第一高校からそう遠くない場所であり、驚きを見せる面々もいた。

 

「お兄様、如何やって此処まで行きます? 歩いていきますか?」

「いや、どっちにしても気配でバレるだろうから車の方が良いだろう」

「なら車は俺が用意しよう」

「え? 十文字君も行くの?」 

 

 まさかの克人の参戦に驚く真由美。

 

「一高生徒として、部活連会頭として見過ごせんからな」

「なら私も……」

「駄目だ! テロリストが残ってるかもしれない今の状況で、生徒会長の七草が学園から抜けるのは好ましくない」

「わ、分かったわ……それじゃあ摩利も残って。風紀委員長に抜けられると統制が取れなくなるわ」

「仕方ない……」

 

 本心では参加したかったであろう摩利も、真由美の言う様に抜け出すに抜け出せない立場なのだ。

 

「それで司波、すぐに行くのか? このままでは夜間戦闘になるが」

「そんなに時間は掛けません。すぐに片付けます」

「そうか」

 

 それだけ言うと、克人は先に保健室から出て行った。恐らく車の手配に行ったのだろうと達也たちは思ったのだ。

 

 

「さて、あとはシンヤから行くかどうかまだ答えは聞いてないんだが…………その前にお前に少し話がある。小野先生、すみませんが少しカウンセラー室を使わせてもらいますがよろしいでしょうか?」

「え?え、えぇ…構わないわよ」

「ありがとうございます。シンヤ、ついてきてくれ」 

「…………わかった」

 

 怪訝な視線を送る面々を気にせず、シンヤは達也の後をついていく。

 達也はカウンセラー室の扉を解錠し、シンヤを中にと促した。

 そしてシンヤがカウンセラー室に入ったところで、扉が閉まる音が響き、施錠される音が響く。

 

 どうやら会話を聞かれたくないらしい。

 

「……あのタイミングでオレを呼び出したのには、何か理由があるのか?」

「今回の襲撃の際、少し妙なことが起こった」

「妙?」

 

 

「あぁ。さっき会長や渡辺委員長に確認したんだが、実技棟が襲撃されてすぐ俺だけでなく風紀委員と生徒会に学校のマークがついたメールが送られてきたようだ。そのメールには襲撃に加担した生徒たちとブランシュのメンバーの位置情報が随時送られる類のものだった。おかげで司主将を含んだ連中を効率よく確保することができたと二人は安心してたよ」

「……随分と親切な奴がいたんだな。敵の情報がこっちに筒抜けになってたってことは裏切り者でもいたのか?それともかなり連中に詳しい小野先生が気まぐれで送ってきたのか?」

「いや、そのどっちでもないよ。俺の知り合いに解析を得意する人がいてな…………襲撃者の携帯端末を少し調べてみると、なんと全員のにLPS機能が自動的に学校のシステムを通して生徒会と風紀委員の端末に自動送信されるように設定を書き換えるウィルスプログラムに感染していた。連携が取れないように通信を不能にするオマケつきでな」

「………それこそ連中の中に裏切り者がいるかもしれないだろ。メンバー全員の端末にウィルスを感染させるにせよ誰が関わってるか把握してないとできない芸当だ」

「フッ、そうだな。確かに全員を把握してるのは連中を手引きしたリーダーの司主将くらいだ。ウィルスの出処を探ると司主将の端末からだった」

「じゃあ裏切り者はその司だろ」

「残念ながらそれも違う。確かに司主将の端末から送られてることになっていたが、その司主将の端末もウィルスに感染していた。司主将は襲撃の際にブランシュのリーダーである義兄からメールが届いて校門前で待機していたんだが、基地局を調べるとそのメールは学校の外からじゃなく学校の中から送られてきたらしい。どう考えても第三者がこの件に関わってる。図書館の文献を予めすり替えるぐらい周到に」

 

「………何が言いたい?」

 

 

「前置きが少し長くなったが単刀直入に聞こう。

 

 

 

シンヤ──お前襲撃が起こることを知っていたな」

 

 




次で入学編が終わりです


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第八話 あっさりと事件解決し……【一部修正】

 夕暮れとなる時間帯……

 数名の一高生達を乗せたオフローダーが山道を駆け抜ける。

 その車内では、普段から覇気のないシンヤは誰にも聞かれないように、こっそりと溜息を吐いた。

 

(なんでこんなことに…………)

 

 

♢♦♢

 

 

 時間は数分前にさかのぼる。

 

 

 

「単刀直入に聞こう。シンヤ──お前襲撃が起こることを知っていたな」

 

 不可視の刃ともいえる達也の鋭い視線は、オレの体に深く刺し込んだ。

 

「何を言っているか分からないな」

「あくまでも白を切るつもりか」

「白を切るもなにも、オレはテロリストの手下が学校に潜んでたなんて今日まで知らなかったんだぞ」

「それが本当なら、何故お前はレオに加勢する振りをして真っ先に司主将のところまで行った?」

 

……なに?

 

「……いったい何の話だ」

「とぼけても無駄だ。実は俺の”眼”は魔法の起動式を読み解く以外に特殊でな、一定距離なら遮蔽物を越えて魔法を使う人間の存在を認識できる。図書館での対処をしてる間もお前の動きはしっかり把握してたぞ」

 

 ハッタリ……ではなさそうだな。まさか光を歪めて姿を見えなくしたくらいの誤魔化す方法はこいつには効かなかったとは……

 

「あのとき送られてきた位置情報を把握していたのは、学校側では風紀委員と生徒会のみだった。なのにお前はリーダーの司主将の下に迷わず向かった。それだけでお前が情報を流した張本人だと考えるのが自然だろう。無論状況証拠だから憶測の域は超えないな。それは認めよう。だが俺は確信している。お前が暗躍したとな。どうだ、違うか?」

「…………」

 

 前々から達也がオレを警戒してるような感じはしていた。今言い逃れしたところでこいつは必ず事実を追求するだろう。

 ならここは正直に話した方がいいと判断し、オレは静かに首を縦に振る。

 

「……やけにあっさりと認めるな」

「言い逃れは時間の無駄だからな」

 

 拍子抜けたように達也が軽く目を見張る。どうやら、オレがこんなにも早く認めるとは想定していなかったようだ。

 

 時間も差し迫ってるため、オレはこの数週間の行動を思い返しながら、達也に説明を開始した。

 

 

 

 

 

 

 オレが本格的に動き出したのは、アイネブリーゼで達也から疑似キャストジャミングのことを聞いた翌日からだ。

 オレは新入部員勧誘週間の一日目に、剣道部主将の司が達也を見たまま不敵な笑みを浮かべていたのがずっと気になっていた。もし司が疑似キャストジャミングの存在に気づいたのなら、あの笑みはなにかよからぬことを考えてるときのものだろう。だが確証がないため、勧誘期間中は奴の周囲を【アキュレイト・スコープ】を使って”観察”することにしていた。

 

 おかげで勧誘期間中にゆっくりとクラブを見回ることはできなかったが、それなりに成果があった。調査の過程で非魔法系のクラブ、主に剣道部の部員が赤白青のリストバンドをつけているのを発見したり、奴が達也を襲ったり、”差別撤廃”のために副主将の壬生を使って達也を自分たち側に引き込もうと計画していることを掴んだ。

 

 あまりのきな臭さを覚えたオレは集めた情報からある程度の仮説を立てた後、その裏付けのために剣道部がデモンストレーションに参加している合間を狙って部室のロッカーに侵入。司の端末と自分の端末をペアリング、遠隔操作してここ数週間の送受信されるメールや着信の内容を確認した。その結果、奴が反魔法団体(自称)の手先だという仮説が実証され、更には研究資料を盗むために学校を襲撃する計画を知ることとなった。

 

 連中の目的がわかったあとは簡単だった。討論会の前日の昼休みに図書館の特別閲覧室に保管された魔法大学の機密文献を別に保管されてた一般大学の文学レポートとすり替えたり、空いた時間に司の端末の名簿に記された襲撃者達全員に司と偽ってウィルスメールを送ったりして討論会当日までに下準備を済ませた。

 

 

 生徒会も風紀委員もオレが送ったメールを頼りにするかどうかは正直五分五分だったが、うまく活用してくれた。もしそうじゃなかったら、最悪あの桐原とかいう男子生徒に壬生の居場所を流したりと別のプランを実行していたがその必要もなくなった。

 

 メールを送る先に教師陣と部活連を選ばなかったのには理由がある。

 部活連の方は十文字会頭以外の戦力や練度を把握できておらず、実戦に対応できるかどうか不安があったため。 

 教師陣の方は部活連と同じだが、1人だけ信用できない人間がいたために即刻除外した。

 

 勿論、生徒会と風紀委員にだけ流して完全に鎮圧できる保障はなかった。

 そのため、偽メール(壬生と義兄に成りすました)で司を校門前で足止めさせて、いざという時の手段のために近くで様子を窺ってた。

 

 もっとも、風紀委員の二人の働きでそんなことをする必要が無くなったが…………

 

 

 

 

 

「――――とまぁこんなところだ。一応義兄の方にもウィルスメールを送ってたから奴の現在地も把握してる。小野先生の情報通り例の廃工場に今もいるよ。正直連中は思ってたよりあまり賢くないな。秘密の回線やセキュリティ対策がザルだ」

 

 最後までオレの言葉を聞き届けた達也は終始無表情だった。

 

「この数週間でそこまで計画していたとは…………お前は俺が予想してたのよりとんでもない奴だったな」

「これで満足出来たか」

「あぁ……と言いたいところだが、まだ一つだけ説明されていないぞ。何故普段から事なかれ主義を主張してるお前が動くことにしたんだ?」

 

 達也はいつもの無機質な表情、そして冷たい瞳でオレを見つめた。

 何故、ね。愚問だな。

 

「そうだな。簡単な話……お前と似たようなもんだ。オレはただ平穏な学校生活を送りたい。それを邪魔しようとするならそいつらには容赦しない。それだけだ」

 

 自分の家にゴキブリなんかの害虫が潜んでいることに気づいたら即刻排除しようとするのと同じ理屈だ。

 

「もしそのそいつらに俺や深雪が含まれていたらどうする?」

 

 こいつらが相手か。以前のオレだったらやっていただろうな。だが…………

 

「……どうだろうな。正直そんなことにならないことを願ってる」

「…………そうか、それは何よりだ。──おっと、話し込んでしまったな。十文字会頭の準備がもう終わってるだろうからすぐに行くぞ」

 

 どうやらひとまずは納得してくれたようだ。

 わざとらしくその言葉を言い、達也は廊下に通じる扉を解錠した。

 

「やっぱりオレも行くことになるのか」

「当然だろ。俺の目の届く範囲にいないとまたなにかしでかしそうだからな」

「しでかすは酷い言い草だな」

「いや違ったな。企むだ」

「もっと悪いだろそれ」

「一応聞くが特別閲覧室にあった本物の文献データはどこにやった?」

「文学系の欄のデータバンクに隠してある」 

「成程。データを隠すならデータの中か」

 

 そんなやり取りを交わしながら扉を開けると、聞き耳を立てようとしていたのかエリカ達が「あっ」と声を上げている。だが残念ながらこのカウンセラー室は守秘義務のために廊下側には声が届かない造りになっていたために今の会話は聞こえていなかったようだ。

 

 

 

 エリカに達也と何を話していたのか質問攻めを受けながらも『一緒に来るよう説得されてた』と適当にごまかし、駐車場へと向かう。

 十文字会頭の用意した大型車の中には、思いがけない人物が待機していた。

 

「よう、司波兄」

「どうも」

「あんまり驚かねぇんだな」

「いえ、十分驚いてますよ」 

 

 主に呼び方にだが、達也はその事は言わなかった。

 

「知ってると思うが二年の桐原だ。訳あって同行する事になった」

「会頭が決めたのでしたら俺からは何も言いません」

 

 達也には十文字会頭が言う『訳』の中身にも大体見当が付いているようで、深くは聞く事はしなかった。オレにはさっぱり分からなかったが…………。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 そして現在、オフローダーで移動してすぐ、ブランシュがアジトにしている廃工場が見えてきた。

 

「司波、お前が考えた作戦だ、お前が決めろ」

「はい」

 

 達也の風紀委員での実績を認めてか十文字会頭は問題ないと判断したのだろう。言われた通り達也は指示を出す。

 

「俺と深雪は正面からそのまま踏み込みます。会頭と先輩は裏口からお願いします」

「分かった。任せておけ」

「おう」

「レオ、お前は退路の確保。エリカはレオのアシストと、逃げ出そうとする奴の始末」

「捕まえなくていいの?」

「相手はテロリストだ。余計なリスクを負う必要は無い。安全確実に始末しろ」

 

 始末しろ、か。あっさりと言うもんだな。

 

「…それで、オレは何をすればいい?」

「シンヤはエリカ達と残れ。お前の遠隔視のスキルで二人のサポートをしろ」

「オレのはそんな大層なものじゃないけどな。強度も高くないし」

 

 オレが司の観測に使っていた魔法【アキュレイト・スコープ】は光操作による遠隔視により、指定座標の観測地点が発する光を曲げて、術者の視覚に届ける仕掛けだ。対象指定魔法ではなく座標指定魔法のため、一旦観測対象を見失うと再捕捉が非常に困難になる。

 それに観測地点が発する光が、いかなる曲げ方をしても決して届かない状況…例えば真っ暗闇の中や、完全に光を遮断された建物の内側等の遠隔視は不可能だ。おまけにこの魔法を誤魔化す対抗魔法も多い。

 ならば別の手を打つしかない。

 

「そろそろ日も暮れるからあまり期待しないでくれよ」

「わかってる。ダメだったらエリカとレオのアシストに回れ」

 

 それは相手を殺せってことか。

 

「わかった。オレにできるかどうかは分からないがな」

「くれぐれも持ち場を離れるなよ」

「わかってる」

 

 そして、跡地のゲートが見えてきた。ゲートとの相対距離とレオの魔法発動速度を計算に入れた上で達也が言葉を発する。

 

「レオ、今だ!」

「パンツァ―――!!」

 

 達也の合図で硬化魔法を発動する。レオがCADを装着している側からCADの一部として車を認識し、車全体が魔法で強化された。そして、車は易々と鋼鉄製のゲートをぶち破り、車は無傷で敷地内に突入することができたのだった。

 

「車の装甲を硬化したのか」

「その所為でヘロヘロだけどね」

「うるせぇ、平気だっての……」

 

 なお、普段の倍以上の面積をカバーする魔法発動だったために、レオがへばっていたことをエリカが弄っていたのは言うまでもなかった。

 

 車が停車し、達也たちは薄暗い工場の中へ進んでいく。

 

……さて、オレもやることやるか。

 車から降りたオレは、工場の外に剥き出しになってたボックスを開け、中の配電盤にポケットから出した接続ケーブルを繋げて、携帯端末から工場のシステムにアクセスする。

 

「あれ?シンヤ君なにやってるの?」

「ん?あぁ、オレの魔法はこの時間帯だと強度が弱くなるからな。敵が出てくるのが分かるようちょっと工場の監視システムを乗っ取って中の様子を確認する」

「え?お前ハッキングとかできるのかよ」 

「プログラム構造を把握できてればまぁなんとかな」

「あ、あはは……シンヤ君って達也君と同じで敵に回しちゃいけないタイプね」

「まったくだな」

 

 そう言うエリカとレオが若干引き気味であった。解せぬ。

 

「…外に出てこようとする奴がいたら知らせる。それまでゆっくりしていいぞ」

「お、おう」

「じゃあお言葉に甘えるわね」

 

 それから数分の間、オレは端末画面に表示された工場内の監視映像を眺めていた。

 

 裏口側は、十文字会頭の魔法障壁による『防御』と、桐原という男子生徒の俊足と剣術による『攻撃』でマシンガンを使ってるテロリストたちを押していた。

 正面から入っていった達也達の方は、達也が工場内を逃げているブランシュのリーダーを追いかけており、妹の方は冷却魔法でテロリストたちを氷漬けにしていた。

 これならすぐに終わるな。

 そう考えてると、エリカが近づいてくる。

 

「……シンヤ君」

「なんだ」

「シンヤ君は、達也君の言葉をどう思った」

 

 達也の言葉。それはおそらく逃げ出そうとする相手を捕まえるのではなく、始末しろと言ったことだ。

 

「適切な判断だと思ったな。連中はオレたちを容赦なく殺す。必要以上の情けをかける必要ないだろ」

 

 ある程度、予想していた答えだったのだろう。

 エリカの表情に特に変化はない。普段の立ち振る舞いを見ても、エリカはかなりできる人間だ。その彼女であれば相手を捕まえることが、ただ殺すことに比べて圧倒的に難しい事ぐらい理解しているだろう。

 

「勿論分かってるわよ。このご時世、魔法師なんてやってれば一つや二つ、人に言いづらい事があって当然だよ」

 

 エリカの言う通り、どの時代、どの世界でも、特別な力を持つ者は他人から、意思に関係なくその力を利用される。

 オレ自身、あの男にその力を与えられ、都合よく使われてたからな。

 

「ならどうしてそんな浮かない顔をしてる」

「……シンヤ君が即答したから。その時私、シンヤ君も達也君と同じ場所に立ってるんだって感じた」

「……買いかぶりすぎだ」

 

 オレとあいつは違う。おそらく司波達也という人物は人間にとって大事なところが壊れていて、自身のことなどどうでもよい。ただ己の優先すべきこと、それさえ守られるのなら、自らの命すら犠牲にする。

 だがオレにはあいつみたいに守りたいものなんかない。あくまでも自分の平穏を守るために動いてるだけだ。我ながら自分の性に嫌気がさす。

 

「あっ、だからってこれから距離を置こうと思ってるわけじゃないよ。むしろシンヤ君たちといればいろいろと退屈しなさそうだし」

 

 少しシリアスになったかと思えば、いつもの様にどこか鋭さを残した笑顔を見せるエリカ。このさっぱりした部分が実に彼女らしい。

 こういった感性を持ち合わせる友人ができたことは、オレにとっても達也にとっても幸運なことなのかもしれない。

 

「あー……まぁ、その、なんだ。こんなオレと友達になってくれて、ありがとうな」

「ん~~?おやおやぁ?もしかして珍しくシンヤ君照れてるのぉ?」

 

 エリカが物珍しそうな顔をした次の瞬間、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらオレをいじってくる。やっぱり言うんじゃなかったか。

 

「からかわないでくれ。そういうのはレオに…………ってそういえばレオはどうした?さっきから姿が見えないが」

「ああ、あいつならほら」

 

 車の近くで、気を失ったレオがうつ伏せに倒れていた。

 

「これは?」

「疲れてた様だから休んでもらった」

 

 休んでもらったって、休ませたの間違いだろう。

 真っ先に味方1人ノックダウンさせるってどういうこと?

 

「エリカは少し、レオの扱いが酷すぎないか?」

「そんなことないって。こいつはこれぐらいで丁度いいのよ」

 

 エリカに足蹴にされるレオ。哀れレオ。

 

 

 

 そんなシリアスとはかけ離れた展開の間に、達也達によってあっという間に工場内のブランシュメンバーを殲滅、リーダーで剣道部主将の司甲の義兄、司一の身柄は十文字家が引き受けた。

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 事件は無事収束への方向へと向かった。第一高校の襲撃事件を受けて、横浜に支部を持ち、京都に本部がある日本魔法協会は声明を発表した。

 

 反魔法国際政治団体『ブランシュ』と、その下部組織である『エガリテ』が第一高校の生徒を洗脳して今回の襲撃事件に発展したと説明。その上で彼らのテロ行為に対して“一般市民への被害を最小限に抑えるための治安維持活動”を行ったと声明を発表した。

 

 事件に関わった魔法師の詳細については、一部を除いて『個人情報保護の観点から公表できない』との説明に止められた。

 

 今回の事件処理に関わった七草家と十文字家に対して、生徒に死者を出すことなく迅速に混乱を収拾できたのは生徒会長を務めている七草家令嬢と今回の治安維持活動の陣頭指揮を執った十文字家次期当主の力あってこそ、という形に収まった。

 

 そしてこれに便乗するように、政府側は今まで弱腰な姿勢を取っていたのとは一変。『ブランシュ』を『営利目的で日本の技術を奪う大規模なテロリストグループ』と発表。公安庁と警察組織を動かして日本国内に潜んでいたブランシュの構成員達と彼らに繋がっていた政治家たちを一斉検挙した。

 

 これにより、十師族と日本政府の発言力の均衡を保つこととなった。

 

 

 

 

「……まさかそれもお前の仕業じゃないよな」

 

 通学路でばったり会った達也と妹と一緒に登校している際に、達也からニュースで流れてる政府の動きに対してそんな疑いをかけられた。

 

「何を言い出すかと思えば………」

「だが今まで弱腰だった政府がこうも方針を切り替えるのが早いとなると不自然さを覚えて仕方ない」

「生憎と、オレは政治家とのコネは持ってないぞ」

 

 オレは、である。

 

「どうだか。お前は底が知れないからな」

 

 疑り深いな。オレのことを聞いたのか、妹の方もオレに疑惑の視線を向けてくる。というか会話に参加してこない。

 

「たった一ヶ月未満の付き合いなんだ、むしろ熟知されたら困る。お前もそうだろ?」

「……そうだな。今後も同じクラスで学校生活を共に送ることになるからな」

「来年はどうかわからないがな」

 

 今回の事件で生徒たちがテロに加担したのは学校の杜撰な学科システムがきっかけであったことから、学校側でシステムの見直しを行うことが決まったらしい。第一高校も来年度には新しい一歩を踏み出すことになる。

 

「それに関して言えば、ある意味テロリストたちはいい踏み台になってくれたと考えるべきだろうな」

「お前もの凄く恐ろしいことを平気で言うな…………まぁいい。もし今後ブランシュのような厄介ごとを察知したらすぐに俺と深雪に知らせてくれ」

「あんなのは二度と御免だが…………そういう契約だったからな」

 

 オレがやったハッキング行為は相手がテロリストとはいえ立派な犯罪行為であるため、達也には目をつむってもらう代わりに一種の協力関係を結ぶこととなった。正直そういうのは小野先生あたりに頼んでほしいがツッコまないでおくことにする。

 

 というか友達がするようなやり取りじゃない気がするが…………

 

 

 それからしばらくして学校の校舎が見えだす。

 

「あっ、達也君、シンヤ君、深雪おはよー」

「おっす三人揃って登校なんて珍しいな」

「おはようございます」

 

 校門前でエリカ、レオ、美月がオレたちに気づいて挨拶して来る。

 

 

「シンヤ。正直俺はお前のことを警戒している。だがほのかたちを助けたお前を悪い人間とは思っていない。俺と深雪の平穏を脅かさないのならいつも通り友人として接するつもりだ」

「………安心しろ。オレはお前たちとは友人として接したいと思ってる」

 

 もしこの言葉をあの男が聞いたらどう思うだろうな。

 

 

 

 これからのことはまだよくわからない。

 だがひとまずは今しか経験できないこの日常を楽しむことにしよう。

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 横浜の中華街。

 その一角にある建物の部屋で長髪の男性は誰かと連絡を取っていた。冷静な口調で話す男性に対し、受話器から聞こえる男性の声は少々荒げていた。

 

『―――では、お前は早急に反魔法主義の圧力をかけるべきではないと言いたいのか?』

「然り。ネット上においても、ブランシュが各国で引き起こしているテロ行為が表沙汰になっております。魔法師排除への舵取りは極めて難しいと」

 

 その点においては自分よりも貴方がご理解しているはずだ、とでも言わんばかりの口調を向けていた。この二人に一応の主従関係はある。だが、男性は会話の相手を信用していないし、それは向こうも同様である。あくまでも一つの目的で合致したから手を組む……いわば『ビジネスパートナー』ともいうべき存在ともいえた。

 

 それを理解したのか、相手はフンと鼻息を一つした上で告げる。

 

『まあいい、それはこちらで探りを入れる。お前は引き受けた仕事をこなせ』

「畏まりました。それでは大師ヘイグ。また…………」

 

 長髪の男性は通信を切ってから、「やれやれあのお方には困ったものだ」と独り言ちる。

 

 そうして気分を落ち着かせていると、通信機から着信音が鳴りだす。

 

「はいもしもし――――おや、これはこれは」

 

 受話器を取った男性は、かけてきた相手が誰か確認すると芝居がかかったようなにこやかな笑みを浮かべた。

 

「もうそろそろ連絡がくるとは思ってましたが、まさかこんなにお早いとは」

『それで、奴の方はどうだ?』

「やはり、日本支部を完全に壊滅されてヘイグ氏は相当お冠のご様子です。他の支部を使って報復も考えてるようでしたが、今のところは大っぴらなことはしないよう釘を刺しておきましたよ」

『ふん、予想通りの展開だな』

 

 ヘイグという人物を知っているような口ぶりで、電話の相手は鼻で笑う。

 

「それにしてもあれ程弱腰だった日本政府の体制をああもあっさりと変えるとは…………やはり貴方の手腕は相当なものだ」

『貴様の情報から第一高校が襲撃を受けることは事前に知っていた。政治団体を語る連中が学校に保管されてる機密文献を盗んだという既成事実さえあれば無能な官僚共も方針の変更に反対できまい。もっとも…第一高校の学生連中が日本支部を壊滅させたことはさすがの私も予想できなかったが』

「えぇ、私も驚きましたよ。今まで学校内部にエガリテのメンバーがいることに目を背けていた子供が随分と大胆な手を取るとは………」

 

 電話の相手にとって第一高校がテロリストたちを返り討ちにしようと、あのまま機密文献を奪われて魔法科高校としての立場を失おうとどうでもよかった。だが日本支部襲撃という学生としての立場を超えた行動に疑念を抱いていた。

 

「差し支えなければ私が調べても構いませんが…………」

 

 そう言って男性は机に置いてあったタブレット端末に目を向ける。

 

 その画面にはブランシュ日本支部の襲撃に参加した十文字克人、桐原武明、司波達也、司波深雪、千葉エリカ、有崎シンヤの映像データが表示されていた。

 

『いや、必要ない。貴様はヘイグの動向を逐一私に報告するとともにアレを見つけるよう指示したはずだ』

「そうでしたね。大変失礼しました。ですが残念ながらいまだご子息の所在を見つけることは叶っておりません。もうしばしお待ちを」

『…………ふん、見つけたらすぐに私に報告しろ』

「えぇ、必ず」

 

 それから数分会話は続き、やがて相手が『次のスケジュールがあるから』という理由で会話を切り上げ、電話を切った。

 男性は受話器を置き、机に置いてあったタブレット端末を操作する。

 

 

 

 

「申し訳ありませんが、まだ彼を貴方に渡すわけにはいきませんよ」

 

 そう呟き、男性は選択画面から『データを削除しますか?』を開き、『YES』のボタンを押す。

 

 次の瞬間、有崎シンヤが映っている映像データが削除されていく様子を、男性は1人嗤っていた。

 

 

 

【入学編・これにて閉幕】

 

 




次回から試験勉強を挟んで九校戦編に入ります。


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幕間 勉強会(一部修正)

今回は入学編と九校戦編との間の話となります。



 あれだけ慌ただしかった4月が嘘だったかのように、第一高校は実に穏やかな日常を経て、6月末日、部屋で情報収集していた雫の許に電話が掛かってきた。

 

「ほのかから?もしもしほのか?如何かしたの?」

『ヤッホー雫、試験勉強進んでる?私は全然駄目なんだ~』

「……忘れてた」

 

 ほのかに現実を突きつけられてその場で膝をつく雫、彼女の頭の中は試験では無い事でいっぱいだったのだ。

 

『もしかして雫、九校戦の事が気になってるの?今年は私たちも参加する側だからね』

「うん、本命はウチと三高だと思ってるんだ」

『そうだね、でもテストもちゃんとやらないとね』

「うん……」

 

 既に一週間を切っている日程を自覚して、雫は心なしかテンションが低い。それをほのかが感じ取ったかは分からないが、雫にとってありがたい提案をしてくれた。

 

『それじゃあさ、深雪やエイミィを誘って勉強会しようよ』

「それ良いかも……でも二人の予定も聞かないと」

『そうだね。それじゃあ私がエイミィの予定を聞くから、雫は深雪の予定を聞いておいて。後でまた電話するね』

「ん」

 

 親友との電話で思い出したのだが、九校戦の前には学校の試験があるのだ。雫はパッと見では分からないように慌て、通信端末から深雪の番号を呼び出した。

 

 

 

 翌朝、司波家の朝は達也の呆れた声が聞こえていた。

 

「それで昨日はあんなに遅くまで起きていたのか」

「申し訳ありません、つい盛り上がってしまって……」

「別に責めてる訳では無いんだが、あまり夜更かしはしないほうが良いぞ」

 

 雫からの電話を貰った深雪は、二つ返事で勉強会への参加を決めたのだが、その後雫と九校戦の話で盛り上がってしまい、電話が終わったのは深夜十二時を回ってからだったのだ。

 

「それでお兄様、放課後お兄様も参加していただけないでしょうか?」

「俺も? 二科生である俺に教わるのは如何なんだ?」

「大丈夫です! ほのかも雫もお兄様の事を尊敬してますし、明智さんもそう言った事には拘らない人だそうですから」

「そうか、まぁ委員会も無いし構わないよ。勉強会の事は分かったが、参加者はほのかや雫たちだけかい?」

「エリカや美月、西城君、それと有崎君も誘いたいと言ってましたが……」

「分かった。そっちは後で俺が聞いておく」

「お願いしますね」

 

 その後達也がエリカたちに確認したところ全員OKを貰い、放課後にE組の教室で試験勉強をすることとなった。

 

 

 

 のだが…………

 

 

「う~…どうしよう。なんか緊張してきちゃった」

「もう。エイミィったら試験勉強をするだけなのに緊張してどうするの」

「そういうほのかも達也さんも参加すること聞いてからずっとソワソワしてた」

「ちょっ、雫!?それこのタイミングで言わないでよ!」

 

 勉強会当日、達也たちがいる一年E組の教室の扉の前でエイミィ、ほのか、雫、深雪の一科生の面々が立ち往生していた。(主にエイミィによって)

 

「で、でも…三週間以上もお礼を言えずじまいで勉強会に参加して図々しい奴だって思われないかなっ…!?」

 

 数週間前にほのかたちがブランシュの手下に襲われそうになったところをシンヤが助けた後、エイミィはずっと放心状態が続き、自己紹介と礼を述べるチャンスを失った。その後にチャンスを窺おうとしたが、有志同盟の蜂起やらブランシュ襲撃やらのごたごたのせいで逃してしまい、今日まで礼を言えずじまいになっていた。

 勉強会に彼が参加すると聞いた時はこれはチャンスではと、身嗜みチェックやら声の発声練習やらをして気合を入れてみたのはいいものの、ネガティブ思考が働いてあと一歩のところで踏み出せないでいるエイミィであった。

 

「心配いりませんよ。お兄様によると有崎君はそういうことはあまり気にしないタイプだと聞きますし」

「そ、そうだよ。頑張ってエイミィ!女は度胸だよ!」

「ほのか。それなんか使い方間違ってる気がする」

「そ、そうだよね………うん…ここで逃したらもうあとはないよね」

 

 ほのかたちのエール?により、ネガティブ思考から抜け出せたエイミィはピシャッと自らの頬を叩いて気合を入れ、戸に手をかける。

 

「よし!皆、いくよ!」

「どこに行くんだ?」

「ぎょわあぁぁぁぁぁあぁぁ!!?」

 

 意を決して開けようとした束の間、唐突に後ろかけられた声に驚愕したエイミィは、思わず乙女が出してはいけない奇声を上げてしまった。

 

「びっくりした。急に大きな声を出してどうしたんだ?」

 

 エイミィはまるで油の差してないブリキのおもちゃのような不自然にゆっくりとした動きで振り返る。そこにいたのは茶髪をセンターで分けた髪型をしていて、顔の整っているが、どこか影が薄い男子生徒――――件の人物、有崎シンヤだった。

 

「あら有崎君。教室にいなかったのですか」

「ちょっと手洗いに行っててな。それよりお前らさっきから教室前で何やってるんだ?」

「あ、いや、あの、その、えとぉ…!」

「ほらエイミィ落ち着いて」

「深呼吸。深呼吸」

「実は明智さんが有崎君にこの間のお礼を言いたいと仰ってまして」 

(深雪、ナイスフォロー!)

 

 シンヤの登場にしどろもどろになっていたエイミィをほのかと雫が落ち着かせてる間、深雪が助け舟を出す。

 

「お礼?……あぁ、あのときのか。別に気にしなくていいのに」

「いいえ。女性が礼を述べたいとき黙って聞き入れるべきなのですよ」

「そういうものなのか?」

「えぇ、ほら明智さん。まずは自己紹介を」

「え!?ええっと……い、一年B組のアメリア=英美=明智=ゴールディです!エイミィと呼んでくだひゃい!」

 

(((噛んだ…)))

 

「う~…」

「あー…一年E組の有崎シンヤだ。有崎でもシンヤでも好きに呼んでくれ」

 

(((スルーした!)))

 

「え、えっと…じゃあシンヤ君って呼ぶね。この間危ないところを助けてくれてありがとう。それとお礼言うのが遅くなってごめんなさい」

「さっきも言ったが別に気にしなくていい」

 

 エイミィが最後のところでセリフを噛んだことを華麗にスルーし、普通に自己紹介したシンヤは淡々と告げる。

 

 シンヤはあまり人と会話するのは得意ではないのだろうか。出だしは微妙、言葉のキャッチボールはまずまずである。

 普段とは違ってよそよそしい態度を見せるエイミィを温かい目で見守っていたほのか、雫、深雪の評価はそんなところだった。この三人、実はこの状況を楽しんでる。

 

「えっと、今日はよろしくね」

「あぁ」

 

 

 

♢♦♢

 

 

 オレに促され、一科生四人は教室の扉を開けて中に入る。

 待っていた達也たち二科生は、初対面のエイミィと簡単な挨拶を交わした。

 

「それじゃあ早速勉強する訳だが、分からない箇所を教えあう形で良いんだな?」

「それが一番だと思います。誰かが教えるのなら授業とさほど変りませんし」

「アタシたちは普段から教えあってるしね~。先生が居ないからそう言った事し放題だし」

「……だからって殆どを人に聞いてくるのはダメだろ。美月が困ってたぞ」

「ふぇ!? べ、別に私は困っては無いですよ! ただちょっとエリカちゃんの成績が心配なだけで……」

「だ、大丈夫よ! 本番には強いから、アタシ」

 

 それ一番駄目な奴だぞエリカ…。

 

 美月のフォローになってないフォローにたじろぐエリカを見て、一科生たちは揃って笑みを浮かべたのだがすぐに表情を改めた。

 

「それじゃあとりあえず始めようか。分からない箇所は遠慮無く分かりそうな人に聞く事。分からないままにしておくのが一番駄目だからな」

 

 達也の一声で全員が一斉に勉強を始める。皆そこまで成績が悪い訳でも無く、むしろ成績優秀者の方がこの場には多いのだが……

 

「美月、これって如何やるの~?」

「エリカちゃん、少しは自分で考えようよ」

「達也、此処教えてくれ」

「レオも少しは考えてから聞いたら如何だ?」

 

 二科生でありながらも座学だけなら一科生にも匹敵するであろう達也と美月に、エリカとレオは質問する。そして一科生はと言うと……

 

「お兄様、此処なのですが……」

「達也さん、スミマセン、私も同じところが分かりません」

「ゴメン達也さん、私も……」

 

 殆どが質問するのは達也だった……噂の範囲内で入試成績が流出したようで、達也が筆記試験ぶっちぎりのトップだった事はこの場に居る全員が知っているのだ。

 二科生であるレオやエリカや美月なら兎も角、一科生たちまで達也に質問してくるとは達也自身も思って無かった事だったようだ。

 

 

「……と、言う訳だが、今の説明で分からなかった人は居るか?」

 

 一通りの説明を終え、達也が全員を見渡し聞いたが、全員(オレも加わって)が首を左右に振った。つまり全員理解したと言う事だ。

 

「スゲェな達也、今すぐにでも魔法学の先生になれるんじゃねぇの?」

「そうね。アンタと意見が被るのは気に食わないけど、達也君ならすぐにでも人気教師になれるよ」

「あのな、俺は実技が苦手だから魔法科高校の教師にはなれないぞ」

「ですが!達也さんなら特例でなれそうですよ!」

「うん、ほのかの言う通り達也さんなら実技が苦手だとか関係無く良い先生になれると思う」

「私も、司波君の授業なら理解出来ると思う」

 

 一科生三人にも言われ、達也は少し困ったように頭を掻いた。

 

「なぁ、達也はいつもどんな勉強しているんだ?」

「どんなって、普通の勉強だが?それこそシンヤたちと同じ授業を受けてるんだから」

「達也君、このまま行けば理論のトップも狙えるんじゃないの?」

 

 エリカは冗談めかしているが、この発言に一科生三人が反応した。

 

「確かにお兄様ならトップも狙えるでしょうね。むしろトップを取ると思います!」

「達也さんなら学年トップでも誰も驚かないと思います!」

「でも、一科生男子は怒るかもね」

「いい加減達也さんの事を認めればいいのに……誰だっけ?あの森……森山? とか言う男子も達也さんの事を馬鹿にしてるし」

「ほのか、アイツは森崎だ」

 

 モリサキモリサキ…………あぁ、一年A組のアイツか。授業初日の放課後に達也に向けてお前は認めないぞ宣言したあの。確か達也の話だとアイツも風紀委員に入ったとか。

 というかクラスメイトであるはずの光井に覚えられてないとはさすがに可哀想だと思えてきた。

 

「私はクラス違うから良く知らないけど、話聞く限り最低な男だね」

「あっ、森崎って入学したての頃にあたしたちをウィード呼ばわりしたアイツ?」

「ああ、アイツか! すっかり忘れてたぜ」

 

 お前らもか……。

 かく言うオレもアイツの顔を輪郭までしかはっきりと覚えていなかったが。

 

「えっと、森崎君って誰でしたっけ?」

「「「………」」」

 

…………。

 

「これが美月よね」

「良い感じに止めだな」

「え? あれ? 私変な事言いました?」

「ううん、美月は変な事言ってないわよ」

 

 校門で口論していた美月にまで完全に忘れられていた。

 哀れモリサキ。お前のことは一生忘れない。(その後も覚えていれば)

 

「………話が大分逸れたが、実技は兎も角理論は一科生と二科生に差は無いんだし、そこまで気にしないんじゃないのか?」

「ですがお兄様、一度自分の方が優れてると勘違いした人間は、それが何であろうと負けたくないと思うものなのですよ」

「そんなもんか?そもそも順位など気にしてないヤツの方が多いんじゃないのか?理論よりも実技優先なんだから」

 

 このとき達也がオレを一瞬チラリと見たが、オレはスルーすることにする。

 

「さて何時までもしゃべってないで勉強を再開しよう。時間は有限だぞ」

「ちぇー、せっかく息抜き出来てたのに」

「息抜きって、まだ始まって二時間も経ってないだろ」

「お兄様、エリカはお兄様と違って二時間も集中力が持たないんですよ。もちろん私もほのかたちもそうですけどね」

 

 もうそんなに時間が経ったのか。

 

「仕方ない、お茶でも買ってくる。皆は何が良い?」

 

 達也のおごりと言う事で、エリカとレオは飛びついたが、他の面々は申し訳無さそうに俯いた。

 

「気にするな、息抜きを邪魔したせめてものお詫びだと思ってくれれば良い」

 

 達也のこの言葉に申し訳無さそうにしていた面々も、自分に言い訳をつけて自分自身を納得させた模様。次々に希望を言っていく。

 

「それじゃあレオ、シンヤ、悪いが荷物持ちで付き合ってくれ」

「…まぁ女子ばっかの場所に男一人ってのも気まずいしよ」

「確かにな」

「それじゃあシンヤ君、達也君、レオ、よろしくー」

 

 

♢♦♢

 

 

 エリカが三人を送り出す言葉を言い、三人の背中が見えなくなったところで、彼女の視線がエイミィの方に向く。

 

「ところでエイミィ、シンヤ君とはいったいどういうご関係なのかなぁ~?」

「と、ととととと突然何言いだすかなエリカ!?」

 

 つまりは、女子会でもよく話題に挙がり易い恋バナというものである。

 

「いや~勉強中にシンヤ君のことチラチラ見てたから気になっちゃって~」

「な、なななな何のこと言ってるか私にはさっぱりでござるよ!?」

「エイミィ、最後変な語尾がついてるよ」

 

 ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべるエリカの言葉に、エイミィは動揺してキャラがブレブレになる。

 

「な、何もないよ…ッ! 何もないから!」

「なにもないならシンヤ君の前でだけあんなに緊張しないよねぇ~?」

「うぅ~」

 

 こうなれば、誰かにこの状況を打開してもらうしかない。

 そうなれば――彼女がエリカのクラスメイトである美月へと視線を向ける。その視線に気づいた美月は笑顔を彼女に向けてくる。

 

「もうエリカちゃん。エイミィさんが困ってるよ」

「あはは……ゴメンゴメン」

 

 通じた!これは勝てる!確信に満ち溢れた彼女の前で、美月が一瞬救世主に見えた。

 のだが………。

 

「それでエイミィさん。シンヤさんとはどういった経緯で知り合ったんですか?」

「美月!?」

 

 何故だ!?なぜ裏切った、美月!?

 

「だって、私気になります!」

 

 ミヅキタスお前もか!?

 

 エリカを止めに入った美月が救世主に見えたが一変、実はそう言った方面に興味があった美月はエイミィの味方ではなかった。

 

「まぁまぁエイミィ、あの時のことを説明をすれば二人も納得するよ」

「うぅ…で、でも…他言無用だって言われてたし」 

「それは大丈夫よ。エリカと美月は他人に言いふらさない人間だから。それにきっと有崎君が他言無用と言ったのは学校に潜んでいたテロリストの仲間に気づかれるのを避けるためと思うわ」 

「そうそう。テロリストがいなくなった今約束は消えたも同然」

「し、雫たちまで…………」

 

 もはやエイミィに味方はいなかった。

 そういう意味での他言無用ではなかったのだが。

 

 

 その後エイミィは観念して洗いざらい吐いた。

 ほのかと雫と共に新入部員勧誘週間で達也を襲った司元主将を尾行していた際、ブランシュの手下に襲われたこと。そして危ないところをシンヤに助けてもらったことを。

 

「その時にシンヤ君と会ったのは初めてで、2人が思ってるような関係じゃ…」

「成程。窮地のところを救ってもらったときに芽生えるっていうあれね」

「昔の小説とかである展開ですね」

「って、人の話聞いてた!?」

「わかってるわかってるってここだけの話にするから」

「いや全然わかってないよね!?」

 

 別の方面で盛り上がっているエリカと美月に、顔を赤くしたエイミィがツッコむも、見事にエリカのペースに乗せられていた。

 

「ふふ…もうエリカったら。そのぐらいにしないと明智さんが可哀想よ」

「あはは…ゴメンゴメン。あまりにも反応が面白くてつい」

 

 そこへ深雪の助け舟が入り、エリカのエイミィ弄りが終わる。そして今度はシンヤのことについての話へと移った。

 

「それにしてもシンヤ君って達也君以上に謎よね。一見人畜無害に見えても荒事に強かったり、学校の差別をなくす方法で会長が発表した生徒会役員一科生限定廃止の他に”実力次第で二科生から一科生に進級できるようにする”とか”魔法師以外に魔法工学技師を育成するクラスをつくる”とか、学校のルールの変更を考えついたりするんだからさ」

「え?有崎君がそんなことを?」

「そ。この学校の意識の壁を壊すには、ルールが皆平等に適応されてるように見せればいいって……実は彼相当な切れ者だったりして?」

 

 このエリカの発言に深雪の肩がピクッと動いたが、誰も気付かなかった。

 

 シンヤはブランシュ事件の際、正確にはエガリテが学校を襲撃する数週間前から彼らの存在に気づき、情報操作で司元主将やその義兄(本人たちは気付かぬまま)を操ってみせたのだ。

 達也いわく、もし彼が自分たち兄妹の敵に回った場合どうなるか分からないとのこと。

 

(お兄様をあそこまで言わせる彼は一体?)

 

「――――それで深雪はどう思う?」

「…………え?ごめんなさい。聞いてなかったわ」

 

 深雪が思考にふけっているとエリカが話しかけてきた。

 

「だから、シンヤ君と達也君どっちが強いのかなって」

「そんなの勿論お兄様に決まってるわ」

「うわ即決。まぁ深雪だから当然か」

「エリカ。なにか言いたいことでもあるの?」

「ううん。別になんにも」

 

 笑顔なのにただならぬプレッシャーを放つ深雪に、エリカは戦慄する。千葉の剣士としての勘で、深雪にブラコンを指摘するのは危険だと察し誤魔化すことにした。だがここで深雪が反撃に出る。

 

「それにしてもエリカは有崎君のことを推してるようだけど明智さんのことをとやかく言えないんじゃなくて?」

「ちょっ、み、深雪、何を言い出すの?」

「そういえばエリカちゃん。よくシンヤさんとお話してるよね」

「美月まで!?」

「美月そこのトコロ詳しく」

「雫まで何言うのよ!」

「わ、私もちょっと興味あるかな」

 

 さっきまでエイミィをからかって遊んでいたエリカが、今度は周りからからかわれている。雫は冗談めかした言い方だったが、美月とエイミィは幾分かマジそうで、エリカは何となく居心地の悪さを感じていた。

 エリカをからかって盛り上がってたところに、達也とレオ、シンヤが戻ってくる。

 

「何だ?随分と盛り上がってるじゃねぇか。いったい何の話だ?」

「えぇ西条君。実はエリカが有崎君のことを――」

「達也君とシンヤ君どっちが強いのか話してたのよ!」

 

 深雪が余計なことを言う前にエリカはそう言って誤魔化しに入る。

 

「オレと達也どっちが強いのか?なんでそんな話になったんだ?」

「いやぁ、この前の襲撃事件では素手だけでナイフを持った連中を何人も倒したって言うし」

「そうだな。あの手際は見事なものだった」

 

 エリカの言葉に達也も賛同する。

 

「あんなの動きの先読みと不意打ちでなんとかなったもんだ。それに連中は威勢がよくても動きは全くの素人だったしな」

「またまたご謙遜を~」

 

 女子の面々と達也の視線がシンヤ(とエリカ)に集まるが、シンヤは平然とした表情を一切崩さなかった。

 

「そうは言ってもオレが達也に勝てる自信はないけどな」

「そうか?お前は底が知れないからはっきりとは断言できないぞ」

「あれ?なんか俺だけハブられてる気がするが」

「……確かにどっちが強いのかって話でなんでレオが入ってないんだ?」

「いやだって頭の方はイノシシ並みだし」

「おいこら本人が目の前にいるんだぞ!」

 

 シンヤの疑問を利用して何時もの流れに持っていくエリカ。レオもすぐにエリカの挑発に乗って揉めだす。二人の喧嘩はいつものことであるため、達也とシンヤは女子勢がリクエストした飲み物をそれぞれに手渡していく。

 

「達也さん、エリカちゃんとレオ君は止めなくて良いのでしょうか?」

「あの二人はあれが普通なんだから良いんじゃないのか? 深雪たちは如何思う?」

「私も放っておいて良いと思います」

「私もそう思う。あの二人はあれが普通」

「そうですね。達也さんの言うようにあの二人はあれが普通ですよね」

「私は判断しかねるよ。だってそこまで付き合いが無いんだから」 

 

 結局達也たちが勉強を再開するまでエリカとレオは揉め続けたのだが、美月だけがオロオロと二人を見つめていたのだった。

 

 

♢♦♢

 

 

 魔法科高校において、学ぶ内容は一般教科に魔法理論、魔法実技と国策の教育機関だけあってかなりハイレベルな内容だ。とはいえ、考査自体は魔法理論の記述式テストと魔法実技の2種類というあたりは魔法科高校らしいだろう。

 魔法理論は基本教科である基礎魔法学・魔法工学の2教科、選択科目の魔法幾何学・魔法言語学・魔法薬学・魔法構造学から2教科、魔法史学と魔法系統学から1教科の計5教科の合計得点。

 魔法実技は展開速度・魔法式の規模・干渉強度の3種類の評価で行われることとなる。実技に関しては入試と同じなので、どれほど成長したのかを示す目安みたいなものだ。

 

 

 数日後にそのテストが無事終了し、結果が発表されてすぐ達也が指導室に呼ばれたと聞いて、司波妹を除くオレたち勉強会メンバーは達也を迎えに指導室まで向かった。一科生と二科生が一緒に行動しているのでかなり目立ってるが仕方ない。

 

「失礼しました」

 

 しばらく待ってると、達也が指導室から出てくる。

 

「みんな……、どうしたんだ、こんな所に集まって」

「『どうした』はこっちの台詞だぜ、達也。指導室に呼び出されるなんて、いったい何をしでかしたんだ?」

 

 驚きの表情を浮かべた達也の質問にレオが答える(というより問い返す)と、達也は呆れるような苦笑いのような微妙な表情になって、

 

「期末試験のことで、ちょっと尋問を受けていたんだ」

「尋問? 随分と穏やかじゃないわね」

「それで、如何して達也さんが尋問されなきゃいけなかったんです?」

「簡単に言えば、手を抜いたんじゃないかと疑われた」

「手を抜くって……、そんなことして何の得になるっていうの?」

「でも、先生がそんな気になるのも分かる」

「そうですよ! それだけ達也さんの成績が凄かったってことなんですから!」

 

 美月が拳を握りしめて力説していたが、彼女が興奮するのも無理はなかった。

 

 つい先ほど学内ネットで期末試験結果の順位発表が先程行われた。

 公開された順位には、実技や理論の順位もある。

 

 実技順位

 

一位 司波深雪(1ーA)

二位 光井ほのか(1ーA)

三位 北山雫(1ーA)

 

と、トップ3は入試と同じ顔触れとなった。ちなみに実技の4位はあの森崎だったが、今は特に取り上げることでもないだろう。とにかく、総合成績も実技単独の成績でも、氏名が公表される上位20人はエイミィを含んだ一科生だった。

 しかしこれが、筆記単独になると様子が変わってくる。

 

 理論順位

 

一位 司波達也(1ーE)

二位 司波深雪(1ーA)

三位 吉田幹比古(1ーE)

 

と、トップ3に二科生が2人もいるという前代未聞の事態となった。一位はこのメンバーの予想通り達也だったのだが、その点数が驚きだった。全教科満点のぶっちぎりトップ、二位の自分の妹と平均点で10点以上の差をつけての一位だったのだ。

 

 ちなみに他に顔馴染みを挙げると、五位が光井、十位が北山、十四位がオレ、十七位が美月、十八位にエイミィ、二十位にエリカと、トップ20人に広げても二科生がオレたち五人がいるという異常事態だった。ちなみにレオと森崎はランク外なのだが、今は特に取り上げることでもないだろう。

 

「あらー、レオったらアタシよりも下なのー? おほほほほ」

「だあぁ! わざわざ蒸し返すんじゃねぇよ、エリカ!」

 

 わざとらしく口に手を当てて嘲笑うエリカにレオが怒鳴り声をあげるのは、高校入学後からすっかりお馴染みとなった光景だ。

 

「それで達也さん、誤解は解けたの?」

 

 北山の問い掛けに達也は先程までの遣り取りを思い出したのか若干疲れた様子で首を縦に振った。

 

「まぁ、一応な」

「一応?」

「第四高校に転入を勧められたよ。あそこなら魔法工学に力を入れているからってな」

「て、転校ですか!?」

 

 突拍子もない単語に、光井が大声を上げる。他のメンバーは大声を上げるような事こそしなかったが、驚きか呆れ、もしくは怒りの表情を浮かべている。

 

「断ったよ。善意からの言葉だったのかもしれないが、もしそうだとしても余計なお世話、独善と言うやつだな」

「そもそも前提が間違ってる。四高は確かに技術方面に力を入れているけど、別に実戦魔法を疎かにしてる訳じゃ無い」

「雫さん、良く知ってますね」

「……従兄が通ってるの」

「まぁ、赤点ギリギリとはいえ、何とか合格ラインには届いているんだ。俺が了承しない限り、余所に転校されるということはないだろう」

「まぁ、達也くんみたいなタイプの生徒なんて初めてだろうし、先生も先生で扱いに困ってるのかもねぇ」

 

 エリカが苦笑混じりで口にした考えにはオレも同感だ。特に達也は二科生ということもあり、普段から教師とのコミュニケーションが不足していることも原因の1つだろう。別の学校に籍を移すかどうかは別にしても、確かに学校のカリキュラム自体に何かしらの変化を加えないと対応できないのかもしれない。

 

………寧ろ指導教員がいないのに、理論の成績上位者で二科生が入ってきたことを評価すべきだ。もし実技しかいい点数を取れてないどっかの命知らず(特に一科生)が『ズルをした』などとケチをつければこの学校は巨大な極寒の冷凍施設になってしまうだろう。

 

「………シンヤ。またなにか失礼なこと考えてないか」

 

 だから何故達也に毎回オレの考えがわかる。コイツ実はサイキックか(妹に関して限定の)。

 

「いや。達也が呼び出されたのに妹の姿が見当たらないなと思ってな」

「あっ、確かにお兄様の一大事だってのに、深雪はどこに行ってるのかな?」

 

 オレに便乗するようにエリカがそう言った。言葉上はこの場にいないことを責めるものだったが、ニヤニヤと笑みを浮かべて弾んだような声で言っているため、単なるからかいの域を出ないものだろう。

 

「深雪は九校戦の準備で大忙しだ」

「「あぁ……」」

 

 達也の言葉に、その場にいた全員が思い出したように頷いた。

 全国魔法科高校親善魔法競技大会、通称“九校戦”は、全国に九つある魔法科高校の生徒達がスポーツ系魔法競技で競い合う全国大会である。例年夏休み中に国防軍所有の富士演習場南東エリアで十日間にわたって開催され、観客は十日間で述べ十万人ほど、映像媒体による中継も合わせると百万人は下らない一大イベントとのことだ。

 

「そういえば、ほのかと雫とエイミィも、九校戦には選手として出場するんだよね?」

 

 エリカの問い掛けに、光井と北山とエイミィが揃って頷いた。九校戦は全学年が参加可能な“本戦”と1年生のみが参加できる“新人戦”の2つに分かれており、一科生の中でも好成績を誇る3人が選手に選ばれるのはむしろ必然であった。

 そして当然ながら、紛う事なきトップの成績である司波妹も代表に選ばれている。

 

「ま!この4人が選手として出るんなら、新人戦は一高の優勝で決まったようなものでしょ!」

 

 エリカの言葉に、北山は真剣な表情で首を横に振った。

 

「そんなことはない。今年は三高に、一条の御曹司が入ったから」

「一条って、十師族の一条か?そりゃ確かに強敵っぽいな」

「”クリムゾン・プリンス”こと一条将輝以外にもライバル候補はいる。男子枠では”カーディナル・ジョージ”こと吉祥寺真紅郎、女子枠では”エクレール・アイリ”こと一色愛梨、神道系古式魔法を使う四十九院が出るとか」

 

 十師族・師補十八家・百家の揃い踏みか。出場選手たちにとっては頭の痛くなるであろう面子だ。

 

「随分と詳しいね。ひょっとして、雫って九校戦フリーク?」

「雫は毎年、大会を観に行ってるんだよ。特にモノリス・コードがお気に入りなんだよね」

「今年は観る側じゃなくて競う側ですね」

「うん、頑張る」

 

 北山は無表情ながら拳を握り締めて力強く決意を露わにする。

 

 

 

 

 

 

 

 それにしても神道系の古式魔法師か…………できればあまり関わりたくないな。

 

 

 





次回からの九校戦編は…………

『お主かなり変わっておるの。何者じゃ?』

――――出会ってしまった古式魔法の使い手。


『私のかつての教え子に君と同じ目をした男がいたよ』

――――意味深なことを告げる老人。


『この九校戦……………第一高校には負けてもらう』

――――そして九校戦の裏で暗躍する者たち。





『この世は、勝つことが全てだ』


 九校戦編、乞うご期待!


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九校戦編『他人より優れていることが高貴なのではない。――アーネスト・ヘミングウェイ』
第九話 遅めのファーストコンタクト/達也の代表入り


九校戦に入りました。

前半はシンヤ視点、後半は達也視点となります。

劇場版の『星を呼ぶ少女』観るととても面白く、現在この話も書こうか悩んでおります。





 プルルルルルル――。

 

 達也と深雪の自宅にその電話が掛かってきたのは、ブランシュ事件から数日が経った晩、そろそろ明日に備えてベッドに入ろうかと2人が思っていたときのことだった。

 

「――――!」

「――――!」 

 

 その瞬間、2人の表情が一気に警戒の色に染まった。

 

 現代社会では電話の機能も持った携帯端末がほぼ100パーセントの割合で普及し、ほとんどの人はそれを使って電話をするので、自宅の電話に掛けないどころか自宅に電話が無いことも珍しくない。

 しかも今回の電話は、通常の回線とは別物の“秘匿回線”を用いて掛けられたものだった。通常のそれとはセキュリティが段違いであるそれを使うということは、盗聴の類を仕掛けられると非常に困るような内容を伝えようとしていることを意味する。

 

『夜分遅くにごめんなさい、達也さん、深雪さん』

 

 テレビ画面に映ったのは、ほとんど黒に近い色合いのロングドレスを身に纏い、異性を妖しく惹きつけずにおかない妖艶な魅力と、思春期の少女を連想させるような可愛らしさという相反した印象を同居させた女性だった。

 

「――どのような用件でしょうか、叔母様」

 

 そんな彼女に対し、深雪は緊張感を内に秘めながら問い掛けた。

 その隣に寄り添う達也も、彼女ほど表には出さないものの、画面に映る女性をまっすぐ見据えている。

 

 その女性の名は、四葉真夜。

 名字に“四”が含まれている四葉家の現当主であるが、四葉家は単なる“数字付き”の一員というだけではない“特殊な事情”がある。

 

 一口に“数字付き”と言っても、その全てが平等の立場というわけではない。“二十八家”という頭一つ抜きん出た存在である家系が28存在し、さらにその中から4年に一度行われる会議で選ばれた10の家系を“十師族”と呼ぶ。日本の魔法師達が所属するコミュニティの頂点に君臨する十師族であるが、四葉家は七草家と並んで一度も十師族選定から落ちたことが無く、いわば“日本最強の一族”と表現しても差し支えない。

 

『執事の葉山さんから話は聞いてるわ。入学早々にとんだ騒動に巻き込まれたようね』

 

 騒動とはブランシュ事件の事を指しているのだろう。

 

「………ブランシュのアジトを潰しに行ったのは深雪のガーディアンとして今後の憂いを絶つためにやったことです」

『心配せずとも、それについて別に咎める気はないわ。既に脅威を排除したのなら今後も純粋に学生生活を楽しんでくれたら嬉しいです』

「……お気遣い、感謝致します」

 

 深雪がそう言って頭を下げるのに合わせて、達也も真夜の映像に向けて頭を下げた。しかし2人共、彼女がそれだけの話で電話をしてくる性格でないことは重々承知であり、どのような“本題”をぶつけてくるのか気になって仕方がなかった。

 

『さてと、今回電話したのは実はそれだけじゃないの。報告にあった彼のことについてよ』

「「……ッ!」」

 

 真夜の言葉に、達也、深雪にとっては聞き逃せないものだった。

 日本だけでなく世界でもその名を恐れられている“四葉家”の当主であり、本人も“世界最強の魔法師”の一角に顔を並べている彼女が彼の話をするとなれば、余程のことだ。

 

『とても面白い子ね。自分は直接手を下さずにテロリストたちを誘導して自滅に追い込むなんて………深雪さんたちくらいの歳でそんなことができるのは世界でたった二人しかいないと言っても過言ではないわ』

「……クラスメイトになって一か月以上経ちますが、普段から手を抜いてるような分、奴の力量を測ることがかないません」

『達也さんが警戒するのも無理はないわね。けど心配せずとも別に四葉家に対して不利益な存在というわけではないのよ。むしろ逆と言っても良いわ。もしもその子の身に何か困ったことが起きたとき、できるだけあなた達も力になってほしいと思って、こうして電話を掛けたのよ』

「……力に?」

『そう。まぁ、彼のことだから、一人でなんでもこなしてしまうでしょうが』

 

 真夜の話を聞いていて、達也はますます訳が分からなくなった。彼女の言葉の端々から、彼に対して好印象を持っていることが明らかに伝わってくる。普段は自分の感情を表に出すことのない彼女からしたら、それは非常に珍しいどころの騒ぎではない。

 

『そんな訳で、彼とはこれまで通り仲良くしてちょうだいね』

「かしこまりました……ところで、叔母上は彼のことを存じてるのでしょうか?それに先程おっしゃっていた”二人しかいない”というのはもう一人が誰かも?」

 

 達也の質問に、真夜は口元の笑みをますます深めながら、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

『――――その答えはもうしばらくしたらわかるかもしれないわ』

 

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

「オラオラ、どきやがれ‼︎」

 

 頭部にサポーターをつけ、こぼれ球に向かって猪のように突進するレオ。すぐ近くにエリカがいれば間違いなく爆笑し、本人が聞けば間違いなく顔を顰める、そんな感想を抱きながら、オレは一般科目の一つである体育の授業を受けていた。魔法の授業に関しては教師をつけてもらえない二科生だが、こういった魔法に関係無い授業のときには魔法師でない一般の教師がつけられる。

 

 今行なっているのは、”レッグボール”と言われるフットサルの派生競技だ。大まかなルールはフットサルとほぼ同じだが、フィールドを透明な壁や天井で囲み、反発力を極限まで高めた軽量ボールをそこにぶつけて反射させながらパス回しを行うという点で大きな違いがある。箱の中ということもあり跳ね返ったボールなども駆使してゴールを決めるのもありであった。

 

 ちなみにオレは争いを好まないため、目立たぬよう前線には出ずに後ろで緩やかについて行ってる。

 

「達也!」

 

 見事にボールを拾ったレオがディフェンスの間を縫うように強烈なパスを出した。ボールは誰にも止められることなく、中盤で待ち構えていた達也へと迫る。

 

 シュート性の勢いのあるパスであったが、達也はそれを真上に蹴り上げることで勢いを殺し、天井から跳ね返ってきたところを綺麗に抑えると、味方の中で唯一フリーとなっている前線の選手に向けてさらにパスを出す。

 

 レオほどではないものの、かなりスピードの乗ったパス。やや強すぎると思ったが、前線のその生徒は走りながら自分に向かって飛んでくるボールをチラリと見遣ると、即座に立ち止まって絶妙な足捌きでそれを受け止め、そのままゴールに向かってボールを蹴り飛ばした。キーパーが反応して動こうとするが、1歩目を踏み出す頃には既にボールはゴールネットに吸い込まれていた。

 

 

 あいつは確か隣の席の…………確か理論の成績で三位をとった吉田だったか。

 

 予想外の動きを見せた吉田に素直に感心していると、同じように前線で感心したようにレオと話をしていた達也が、飛んできたボールを上段回し蹴りで相手ゴールに蹴り返していた。

 

……学校の体育の授業で上段回し蹴りとは、なんとも大人気ない。

 

 そして、その後もオレの出番がないまま達也たち三人の攻めによって、対戦相手のF組は一点も取ることが出来ぬままE組の圧勝に終わった。

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

「おお!やるな、あいつ!」

 

 吉田幹比古のゴールでフィールドが喧騒に包まれる中、レオが感心したように声をあげ、達也は無言でそれに同意した。

 一学期も終わりに差し掛かっており、達也もレオもクラスメイトの顔と名前くらいは把握している。だが二人共その相手とは話した事が無かった。

 

 レオは彼の素性を一切知らないのだが、達也はある程度調べていた。

 

――――吉田幹比古。

 

 直近の筆記試験において二科生ながら司波兄妹に次ぐ3位の成績を叩き出した彼は、現代魔法が誕生するよりも前から受け継がれてきた古式魔法、その中でも“精霊魔法”と呼ばれる秘術を伝承する吉田家の直系だ。兄をも凌ぐ才能を持った麒麟児として将来を期待されていた彼がなぜ補欠扱いの二科生となっているのか謎だが、先程の動きを見ても体術においてはその名に恥じぬ技術を備えているようだ。

 

 

(爪を隠した鷹か……。思わぬ所に潜んでいたな。いや、すでに一人いるか)

 

 チラリとシンヤを見やる。その時の達也の目つきが自然と鋭くなっていた。

 

「達也!」

 

 とそこで横からもう一回もの凄い勢いでレオからのパスが来て、達也はそれを上段回し蹴りでゴールに叩き込んだ。

 

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

「お疲れ、吉田」

「ナイスプレーだったぜ、吉田。意外とやるじゃねーか」

 

 試合が終わり見学ゾーンに移動したオレたち三人は、集団からやや離れたところに腰を下ろしていた吉田に労いの意味も込めて声をかけた。

 

 しかし吉田は、若干困ったような笑みを浮かべて、

 

「……ありがと。でも悪い、名字で呼ばれるのは好きじゃないんだ」

 

「分かった。それじゃ、これからは“幹比古”と呼ぶぜ。俺のことも“レオ”で良いからな」

「俺も幹比古と呼ばせてもらって良いか? その代わり俺の事も”達也”で良い」

「……”シンヤ”でいい」

「オーケー、達也、レオ、シンヤ」

 

 オレたちの言葉に気安気な口調で答えた吉田改め幹比古は、少し気恥ずかしそうな表情を見せた。

 

「実を言うと達也、君とは前から話をしてみたいと思っていたんだ」

「……奇遇だな、俺もだ」

 

 理論分野で一位と三位、傍目には筆記試験で優秀な成績を修めた2人が互いを意識していると受け取れるが、本人達の思惑はそれとは少し別のところにあるようだ。

 

「それに、シンヤとレオとも話をしてみたかったさ。なんと言ってもあのエリカにあれだけ根気良く付き合える人間は珍しいからね」

「……なんか釈然としねぇ」

「?オレはアイツとは普通に接してるつもりだが」

 

 

「幹比古は、エリカと知り合いだったのか?」

 

 達也の問いに、幹比古は口を開きかけて、

 

「いわゆる幼馴染?ってやつよ」

「エリカちゃん、なんで疑問形なの?」

 

 その質問に答えたのは、隣のグランドで同じく体育の授業を受けていたエリカだった。その後ろには、美月の姿もある。

 

「知り合ったのが十歳だからね。幼馴染と呼べるかどうか微妙なとこだと思うよ。それにここ半年くらい、学校の外でまったく顔を合わせてなかったし。教室じゃずっと避けられてたしね」

 

 たしかに微妙な立ち位置だな。

 

「…………それでエリカ、なんだその格好は?」

「何って、伝統的な女子用体操服だけど?」

「伝統的?」

 

 キョトンとした表情で小首を傾けて答えるエリカ。

 この学校、運動着は上下共に長袖のジャージなのだが、何故かエリカは下のジャージをはいていないように見える。代わりに現在下に着用している運動着は、股下ぎりぎりまで裾をカットしたものだった。数十年前の大規模な寒冷化の名残で肌を露出したファッションをあまり好まない現代においては珍しいものだ。

 いやそれ以前にエリカの引き締まった太腿、綺麗な素肌が惜しげもなく顕わになっており、思春期真っ只中の青少年には目に毒すぎる。現に一人は顔を真っ赤にしながら陸に上げられた魚の様に口をパクパクとさせ、一人はフリーズ状態、一人は特に反応なしであった。

 

 おっといかんいかん、あまり凝視すぎるのはダメだな。

 

「あれ?どうしたのシンヤ君、目をそらしちゃって」

「いや、あんまり見ないようにとオレなりの配慮だ」

「ふーん……もしかして興奮しちゃった?」

「……………………別に」

「今の間はなにかな?」

 

 ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべるエリカはオレの反応を見て面白がってる。勘弁して欲しい。そこに達也が救いの手?を差し伸べてきた。

 

「エリカ、それはどうしたんだ?変ったデザインのスパッツだとは思うが」

「スパッツじゃないわよ」

「でもアンダースコートって訳じゃないだろ」

「あのね達也君、いくらアタシだってスコート無しでアンダースコートは穿かないわよ。これはねブルマーって言うのよ」

 

 ブルマー?

 

「ブルマー? 箒みたいな名前だな。昔はそんな格好で掃除してたのか?」

 

 達也のボケとも取れる発言にエリカは興奮したように答える。

 

「そんな訳無いじゃん! てか、女子用体操服だって言ったじゃん!」

 

 エリカが怒鳴ったおかげか如何かは分からないが、此処でレオが現実に復帰した。

 

「ブルマーって言うとあれか、昔のモラル崩壊時代に女子中高生が小遣いほしさに親父共に売っていたと言う……」

 

 だが復帰しなかった方が彼の為だったかもしれない。

 

「黙れバカ!!」

 

 顔を真っ赤にしてレオの向こう脛を蹴り飛ばすエリカ。華麗に決まった一撃に脛を抑えて悶絶するレオであったが、その一方、蹴りを入れたエリカの方も片足を抑えてぴょんぴょんと跳ね回っていた。

 

 

「信じられない、アンタの頭の中は如何なってるのよ!」

「前に読んだ雑誌にそんな事が書いてあったんだよ!」

「ふ~ん、何の雑誌を読んだんだか…………動きやすいかなって思って履いてみたんだけど、あんまり効果は無い感じなんだよね。脚をほとんど露出してるから怪我しやすいし、失敗だったかも」

「エリカちゃん……、やっぱり普通のスパッツに戻した方が良いよ」

「うん、美月の言う通りかも。ミキも変な目で見てるし……」

 

 突然話を振られたミキこと幹比古が、真っ赤だった顔をさらに紅くして叫ぶ。

 

「そんな目で見ていない!それに“ミキ”って呼ぶな! 僕の名前は幹比古だ!」

「えぇっ? だってミキヒコって噛みそうなんだもん。だったら“ヒコ”にする?」

「なんでそうなる!普通に呼べば良いじゃないか!」

「だってあんた、名字で呼ばれるの嫌いじゃん」

 

 名字で呼ばれるのを嫌うか、随分と深い理由がありそうだ。

 どこの魔法師の家系もそういった複雑な事情からは逃れられないのか。

 

 取り敢えずオレは助け舟を出すことにした。

 

「なあエリカ、そろそろ戻った方が良いんじゃないか?」

「へ?……ヤバッ!それじゃあシンヤ君、達也君、ミキ、また後で」

「あっエリカちゃん、待ってよ!」

 

 さりげにレオをハブったな。ま、あんなことを口走ったのだから自業自得か。

 慌てて去っていったエリカを追うように美月も慌てて去っていった。

 

「すまない、ありがとうシンヤ」

「気にするな。余計なお世話だったか?」

「そんな事無いよ……それにしてもシンヤと達也は落ち着いてるね」

「「なにがだ?」」

「いや、エリカがあんな格好をしてたのに二人とも顔色一つ変えずにエリカと会話していたのが不思議に思ってね」

「そんなことないぞ。達也はどうかわからないがオレはこれでも動揺してたが」

「あはは……そんな風には見えなかったんだけどね」

「そういやその仏頂面が崩れたところを一度たりとも見たことがねえな」

「確かに普段から感情の起伏が全然見られないな」

 

 達也、それ思いっきりブーメランだからな。あっいや時々小さく愛想笑いを返してるから違うか。

 

「………ま、オレはあまり感情が表に出にくいタイプかもな。そういう達也は自分の妹で慣れてるからあれくらいじゃ動じないんだろうが」

「確かにな。達也の妹はもの凄い美少女だしな」

「ああ、新入生総代の司波深雪さんか。初めて見た時はこんな綺麗な子が存在するのかと思ったよ」

「おい達也、可愛い妹が狙われてるぜ」

「冗談はよしてくれよ!あんな人と付き合えるとしても、緊張しちゃって会話すら出来ないよ」

「まあそうだろうな。それ以前に彼女はかなりのブラコンっぽいし、付き合うには難攻不落のお兄様を倒さなきゃいけないしな」

「……レオ、今度ゆっくりと話し合おう」

「おお怖、俺はまだ死にたくねぇぜ」

 

 こっちはこっちで相変わらずのシスコンだな。

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 幹比古は、古式魔法の名門、『精霊魔法』に分類される系統外魔法を扱う吉田家の直系で、一年前までは神童と呼ばれるほどの実力があった者だ。

 吉田家の中核的術法である喚起魔法にいたっては、次期当主である兄を既に凌いでいると評価されていた。 

 

 それが、一年前に起きたある事件により、力を失ってしまったのだ。

 

 それから彼は『力』を求めた。

 失ってしまった『力』に変わる力を。

 

 この一年間、彼はかつてないほどに勉学に打ち込んだ。

 それまではあまり熱心とは言えなかった武術にも、真剣に取り組んだ。

 

 それでも、喪失感は埋まらない。

 その時、彼は二人の男に興味を持った。

 

 

 それは、司波達也と有崎シンヤという生徒。

 

 司波達也。

 入学したばかりの二科生でありながら、一科の上級生を次々とねじ伏せて見せた力を持っている。

 

 有崎シンヤ。

 エリカとよく会話をする彼は顔立ちは整ってるが存在感が薄く、人畜無害な印象であったため『力』を求める幹比古にはあまり興味がなかったが、ブランシュ襲撃事件でシンヤがテロリストたちと戦ってる姿をたまたま精霊魔法を通して視認したとき、彼は度肝を抜かれた。

 

 

 乱戦と化してる中、彼は敵意も、当然殺意すらもなく、ただただ無表情に機械的にナイフを持った相手に魔法無しで撃退する。汗もかかず息切れもせずに仁王立ちしてる彼の後ろには、一瞬『死神』が見えた。

 

 幹比古はその瞬間には彼の評価を見誤っていたことを理解せざるを得なかった。

 

 

 

 そこから彼は、シンヤにも興味を持った。

 そして、今日の授業。

 

 コミュニケーションがあまり得意ではない幹比古が一人休憩していたときに達也とレオと共に近づいてきたのが、シンヤだった。

 

 実際に対面して話してみるが、彼は感情をまったく表にださない。

普通、人間という生物は様々な箇所から感情が垣間見える。

 表情、声音、筋肉の動き、目の中にも注意深く観察しなくとも、わかる箇所は多数存在する。

だが、どこからも感情をださない。

 感情がないといった方がしっくりくるくらいだ。

 表情はもちろん、声音や目にもまったく変化がない。

 たとえ仏陀のような男であろうと、無意識に出てくる感情は制御できないはずだ。

 

 

 シンヤだけでなく達也の方にも興味を持っている。魔法無しで並み居る上級生を薙ぎ払い、テロリストを撃退するだけの力を如何やって手に入れたのかを知りたい。

 

 だから幹比古は、達也とシンヤ、レオを戦わせてみたかった。そして自分も達也とシンヤと戦ってみたいと思っていた。

 

「幹比古?」

「え?」

 

 そんな事を考えていたので、急に名前を呼ばれて幹比古は身構えてしまった。

 

「おいおい、随分と物騒だな」

「ゴメン……」

 

 達也とレオに苦笑いされ、幹比古は気まずそうに謝ったのだった。

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 達也たちが生徒会や風紀委員に入ってから、生徒会室で昼食を摂ることが習慣となっていた。深雪は生徒会の仕事をするため、達也はそんな彼女の付き添いで来てる。また、真由美や摩利などの上級生を交えながらの談笑は退屈しないため、今のところはその習慣を変える予定は無い。

 

 しかしその日の昼食会は、いつもなら率先して話題を振って雰囲気を良くしてくれる真由美が時折箸を止めては深刻そうに溜息を吐いているため、あまり会話も弾んでいなかった。

 

「随分と悩んでいるようだな、真由美」

「ええ、九校戦のことでね。選手の方は十文字くんの協力もあって何とか決まったけど、問題はエンジニアの方なのよねぇ……」

「まだ決まっていないのか?」

 

 驚いたような口調で摩利が尋ねると、真由美は力無く頷いた。

 

「元々ウチって魔法師の志望ばかりで魔法工学の人材が少ないから、代表エンジニアの選出は毎年悩みの種なのよ。今年はあーちゃんや五十里くんがいるからまだマシだけど、それでも頭数が全然足りない状況なの。私や十文字くんがカバーするとしても限度があるし……」

「おいおい、おまえ達は一高でも主力選手だろ? 他の選手にかまけて自分が疎かになったら元も子もないぞ?」

「本当よねー。せめて摩利が自分でCADの調整ができれば良いんだろうけど……」

「……いやぁ、本当に深刻な問題だな、うむ」

 

 真由美の責めるような視線に、さすがの摩利も気まずそうに顔を逸らした。

 

「ねぇリンちゃん。やっぱりエンジニアやってくれない?」

 

 常に冷静沈着な態度で表情を崩さない、生徒会会計担当、リンちゃんこと市原鈴音に再三要請しているのだが、彼女は首を縦には振らなかった。

 

「無理ですね。私の腕では中条さんたちの足を引っ張るだけです」

「そこを何とか!」

「無理なものは無理です」

「そんなぁ~……」

 

 机に突っ伏した真由美を見て、達也はアイコンタクトで深雪に合図を出した。このまま生徒会室に居ると自分に都合の悪い展開になると分かっていたからだ。そして腰を浮かしかけたところで、達也の勘は的中した。

 

「だったら司波君に頼むのは如何でしょう?」

「ほえ?」

 

 拳を握った後、端末に向かって唸っていたあずさからの提案に、真由美はそんな声を出した。そして達也は浮かせかけた腰を椅子に戻したのだ。この状況では逃げ出せないと諦めたのだ。

 

「司波さんのCADは司波君が調整してるようですし、一度見せてもらいましたが一流メーカーのクラフトマンにも勝るとも劣らない出来でした」

「……そうよ! 盲点だったわ!」

 

 あずさの言葉が徐々に浸透したのか、ゆっくりと立ち上がったのに言葉の勢いはもの凄いものだった。

 

「そう言えば風紀委員の機材も達也君が調整してるんだったな。使ってるのが本人だけだったからすっかり忘れていた」

 

 当の本人を置いてけぼりに事態がみるみる進んでいく光景に、さすがの達也も焦りを隠し切れない様子で口を挟む。

 

「ちょっと待ってください! 1年生のエンジニアは前代未聞では?」

「何事も、最初は初めてよ!」

「その通り! 前例は覆すためにあるんだ!」

 

 おそらく予測してたのだろう、真由美と摩利が即座に息の合ったコンビネーションでそれを否定した。

 しかしそれでも、達也はまだ折れる気は無かった。

 

「CADの調整はユーザー、つまり選手との信頼関係が必要不可欠です。全員が一科生である選手から反感を買うような人選は如何かと思うのですが」

「ダイジョーブだって。風紀委員のお仕事も、何だかんだ言ってちゃんとやってるでしょ。それに昔から言うでしょ。『やらないで後悔するより、やって後悔する方が良い』って!」 

 

 その言葉は相手を説得するには少々不適切では、と達也は思わなくもなかったが、風紀委員という前例を持ち出されると彼としてもなかなか反論しづらい。未だに達也が風紀委員であることへの不満は聞こえるものの、当初と比べればその勢いはほとんど無いようなものだ。強いて挙げるとするならば、未だに同級生の森崎が何かと食って掛かる程度だろう。

 

 さらには、

 

「私はお兄様にCADを調整していただきたいのですが……、駄目でしょうか?」 

 

 深雪からこうして“お願い”されてしまったとあっては、達也としても折れざるを得ない。

 

「……分かりました。エンジニアの件については、謹んでお受け致します」

「はい、了解です! 放課後に九校戦準備会議があるから、サボらないで来てね?」

「…………」

 

 ウインクしながらそう言った真由美に、達也はもはや何も言えなかった。今更何を言ったところで、達也に退路は残されていないのだから。

 

 

 その後の放課後、九校戦の準備会議で達也の代表入りに他の代表選手(一科生)から反対の声が上がったが、CADの完全マニュアル調整を披露し、服部副会長を含んだ一高の重役たちの一押しもあったことで、めでたく達也は九校戦メンバーに選ばれたのだった。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 部活連本部での会合を終え、深雪と帰路についた達也は嬉しそうな深雪の姿を見て少し呆れ気味だった。ついさっき結果が出たばかりだと言うのに、もう深雪に情報が伝わってるのが分かったからだ。

 

「お兄様、今日のお夕食は期待してて下さいね」

「そんなに大げさにする事でも無いだろうが」

「お兄様が九校戦のメンバーに選ばれたのですから、お祝いするのは当然です!」

 

 正確にはエンジニアなのだが、深雪の中では達也は九校戦のメンバーになっているのだ。大まかに言えばエンジニアも確かにメンバーではあるので、あながち間違っていない深雪の解釈を如何したものかと悩みながら家に着いた。

 

「それではお兄様、早速準備しますので少々お待ち下さい」

「別に急がなくても良いぞ」

 

 妹のハシャギっぷりに呆れながらも、それでも優しい笑みを浮かべる達也は、やはりシスコンなのかもしれない。

 

「厄介な事を引き受けてしまったかもしれないな……」

 

 達也としては、あの場面で手を抜く事だって出来たのだが、調整機の前に立つと(座ると?)ついつい手を抜く事など考えられなくなってしまうのだ。彼が普段調整してる相手は深雪なのだから、手を抜くなんてありえないのだから。

 

(まったく………普段から手を抜けるアイツが時折羨ましく感じる)

 

 

 

 

 

 食事を終え、深雪が片付けをしている時に端末に通信を知らせる合図が来た。相手は非通知だが、司波家にとってこれは別に珍しい事でもないので達也は躊躇うことなくそれを取った。

 そうして画面に映し出されたのは、日焼けや火薬焼けによってなめし皮のような顔をした中年の男性だった。画面に映る上半身だけ見てもその体はよく鍛えられ、しかもそれは見る者が見ればスポーツの類で身に付いた筋肉でないことが分かるものだった。

 

「お久しぶりです。……狙ったのですか?」

『何の事だか分からないが……久しぶりだな、特尉』 

「……その呼び方をするということは、秘匿回線ですか? ――風間少佐」

 

 陸軍101旅団・独立魔装大隊隊長である風間玄信の声に、達也の声も自然と低くなる。

 

『簡単では無かったがな。特に特尉の家のセキュリティーは、一般家庭のわりには厳重過ぎる』

「サーバーの深くまでアクセスしようとしなければ、クラッキングシステムは作動しないはずなんですがね」

『ははは、うちの若い奴にも良い薬になっただろう。――それじゃ、事務連絡だ』

 

 

軽い挨拶(と呼ぶにはどうにも薄ら寒いものを感じるが)もそこそこに、風間はさっそく本題に入った。

 

 

 

『本日“サード・アイ”のオーバーホールを行い、部品を幾つか新型に更新した。それに合わせて、ソフトウェアのアップデートと性能テストを行ってほしい』

「分かりました。明朝出頭します」

『別に差し迫った用事でもないのだが?』

「今度の休みには“研究所”に行く予定ですので」

『……私がこう言うのも何だが、高校に入ってますます学生らしくない生活のようだな。――それでは、明朝にいつもの場所へ。本官は立ち会えないが、真田に話を通してある』

「了解しました」

 

 用件が終わったと思い、達也が電話を切ろうと口を開きかけたそのとき、

 

『聞くところによると、今夏の九校戦には特尉も参加するそうだな』 

 

 ――代表入りが決まってまだ数時間しか経っていないんだが……、いったいどこから……?

 

「ええまぁ、成り行きで」

『そうか。――気をつけろよ、“達也”」

 

 自分に対する呼び方が変わったことに、達也の目が僅かに細められた。それは上官ではなく旧知の者としての警告を意味し、それは軍の情報を一介の高校生に与えることを意味している。 

 

『九校戦会場である富士演習エリアに不審な動きがある。国際犯罪シンジケートの構成員らしき東アジア人の目撃情報も出た。時期的に見ても、奴らの狙いは九校戦で間違いないだろう』

 

 九校戦ともなれば、将来有望な魔法師が一堂に会することになるだろう。もしそこでテロ事件でも起きれば、人材的な被害は相当なものになるに違いない。

 

『壬生の報告によると、香港の犯罪シンジケートである“無頭竜”の下部構成員ではないかということだ』

 

 壬生という名字に、達也は表には出さずに反応した。

 

 その人物はおそらく、壬生紗耶香が退院するときに顔を合わせた彼女の父・壬生勇三のことだろう。内閣府情報管理局の外事課長として国際犯罪組織を担当している彼ならば、そのような情報を手に入れたとしてもおかしくない。

 

 そしてそれを風間に話すということは、2人は個人的な繋がりがあるということを意味している。それも、機密情報を遣り取りできるくらいに深い繋がりが。

 

『それと、こちらもここだけの話なんだが…。達也の報告にあったクラスメイトをこちらでも調べてみたんだが、残念ながらプライベートデータ以上のことはなにも出てこなかった』

「なにも……ですか?」

『あぁ、藤林も完全にお手上げ状態だ。まるで幽霊を追いかけているようだとぼやいてたよ』

「幽霊とはまたオカルトな表現を。まあ、魔法はかつてはオカルトの類と言われてたので否定はできませんが」

『フ、確かにな。おっと、長話が過ぎたようだ。部下が焦っているから、そろそろ切らせてもらう。詳しい話は現地でしよう。九重師匠にもよろしくと伝えてくれ。それでは』

 

 至って冷静に、しかし慌ただしい口調で風間がそう言い残し、電話が切られた。もしかしたら、ネットワーク警察にでも回線割り込みの尻尾を掴まれたのかもしれない。

 

 それにしても、先日のブランシュといい、今度は犯罪シンジケートが絡んでくるとは。

 

 風間の最後の言葉は八雲に今の情報を伝えておけと言う事だと理解した達也は、僧籍にある八雲に何処まで話して良いものかと悩むのだった……。

 

 

 

 





 幹比古のミキの発音を変えると夢の国のネズミの名前が浮かんできます。

『ハハ!僕ミ「言わせねえよ!」』


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第十話 到着、九校戦会場

 多くの子どもが『真っ白い部屋』に居た。

 

 皆が皆ヘルメット型のCADを被り、送られてくる大容量の起動式を脳内で読み込み、魔法を発動するためにただひたすらに魔法式を構築する。

 

 無駄なものは一切何もなく、この部屋にあるのは、事象改変を検知するための観測装置と、サイオン測定器と──オレを含む53人の子どもたちだけ。

 難しい式を、彼らは難しい顔で組み立てていく。

 時には頭を抱え、時には苦悶の声を上げ、時にはCADを放り投げる者も居る。

 窓の向こう側には白衣を纏った大人が数名居て、被験者の表情、仕草、サイオン量、はてには心拍数すらも監察している。

 内界と外界は完全に絶たれていて、境界線を超えることが出来る者は一握りの権力者だけ。

 どれだけの時間が経っただろうか。

 やがて、一人……また一人と子どもは減っていく。

 時間の経過が過ぎる程に、被験者の数もまた比例して減っていく。

 

 

 泣き出す者が居た。

 

 怒り出す者が居た。

 

 困惑する者が居た。

 

 絶望する者が居た。

 

 現実を受け止める者が居た。

 

 現実を受け止められない者が居た。

 

 前、後、右、左。

 

 この世界から彼らは音もなく消えていく。まるで、最初からそこには誰も居なかったかのように……真っ白い空間だけが代わりに生まれる。

 

 その中でオレは、ひとり黙々と事象を改変していった。

 

 人が消失していくのは知覚していた。だがオレは、彼らの消失に何も思うところがなかった。否、それは誇張だろう。

 

 ──……ああ、また居なくなったんだな。

 

 頭の片隅でそんなことを思考するが、それも一瞬。感情は通り過ぎ定着はしない。すぐに『無』に帰る。

 いつしか室内に居るのはオレだけになっていた。

 

 ──…………嗚呼、またか。

 

 何度目かの結果に心の中でため息を零す。無論、手は動かし続ける。

 すると机に影が出来る。誰かが内界に侵入してきたのだ。

 

「■■■」

 

 この窮屈な部屋で、オレの名前を呼ぶ者はたった一人だけ。

 だがオレは特に反応を返すことはしなかった。

 何故男がオレを呼んだのか、何を話そうとしているのか。その全てがどうでも良かったからだ。

 無反応を示すオレを見ても、男が機嫌を悪くする気配は感じられなかった。

 むしろオレが顔を上げでもしたら、男はどうするのだろうか。その点については些か興味が湧いたが、浮上した好奇心という名の感情はすぐに沈められる。

 

「■■■、よく覚えておけ」

 

 再度オレの名前を呼んでから、男はそう言った。

 そこでようやくオレは顔を上げ、彼の顔を静かに見つめた。

 声色、息遣いから分かっていたが、その男はオレが知っている男だった。既知の間柄と言えなくもないが、だからといって相手することに特別な喜びは感じられない。

 顔を上げた理由はただ一つ──『命令』だからだ。

 この空白の部屋の中では、男の言うことは絶対的なものであり、何人たりとも逆らうことは赦されない。

 互いに無感情な表情で互いの顔を凝視する。

 やがて、男は言った。

 

「──『力』を持っていながらそれを使わないのは、愚か者のすることだ」

 

 

♢♦♢

 

 

 微睡み。

 僅かな振動によって、オレはおもむろに瞼を開けた。

 脳が働き、意識が急速に冴えていく。

 朧気だったものの輪郭がしっかりとした線になり存在を浮き彫りにしていくまで、そこまでの時間は掛からない。

 

 すると突然肩を揺すられる。

 

「おーい。シンヤくーん、起きろー」

 

 オレはぱちくりと何度か瞬きしてから、声主を視認した。

 タンクトップにホットパンツという健康的な肢体を惜しげもなく晒すファッションに身を包む少女・千葉エリカだ。

 

「起きた?」

「…………ああ、もう着いたのか?」

「そうだよ。美月たちももう降りてるから荷物運ぶの手伝ってー」

「わかった」

 

 乗っていたリニア式小型車両、通称キャビネットから降りる。

 

「…………大きな建物だな」

「そりゃそうだよ。なんてったって明後日ここで九校戦が行われるんだから」

 

 

 そう、オレたちは現在、九校戦の会場となる富士演習場前にいた。

 

 

 経緯を簡単に説明すると、九校戦の発足式を終えてすぐ、エリカからオレたちに『九校戦の間、住み込みのバイトをみんなの応援がてらやらない?』と誘いがきて、すぐに了承した。

 友人となにかをやるということを経験したことがなかったオレは、前日の夜はワクワクしてあまり眠れなかった。

 初の遠足気分を味わったこともあり、皆と一緒にキャビネットに乗り込んで会場に着くまでの間にいつの間にか居眠りしてしまった。

 

 九校戦の会場となる富士演習場には、視察に来た文官や会議のために来日した高級士官などが宿泊するためのホテルがあり、代表選手や関係者はそこに寝泊まりすることになっている。民間の高級なホテルと変わらない外見をしているが一応軍の施設であり、さらに高校生の大会ということもあり、ドアマンや専従のポーターなどといった者はよほどVIPな来賓者でもない限り存在しない。

 現在ホテルの入口前では、遠路はるばるやって来た選手や関係者達が自分達で車から大荷物を降ろし、そして自分達でそれを運ぶ光景が見える。

 

 

「ほら、みんな! 早く来ないと置いてくよ!」

 

 そんな大勢の人で溢れかえる入口前を目指して意気揚々と大股で歩くエリカ。何も持たない身軽な腕をブンブンと大きく振り回し、後ろからついてくるオレたちを鼓舞するように呼び掛ける。

 

「おい、エリカ! 自分の荷物くらい自分で持ちやがれ!」

 

 そんな彼女のすぐ後ろを歩くのは、どう見ても彼の所持品ではない女物のバッグを含んだ大量の荷物を抱えるレオ。両肩と両腕にのし掛かる重さに悪態を吐いているが、さすが鍛えているのか体がよろめくことは無くしっかりと大地を踏み締めて突き進んでいく。

 

「…………ほらレオ、オレも少し持つ」

「お。助かるぜシンヤ」

 

 とはいえちょっとかわいそうなので、レオが抱えてる分のいくつかをオレが代わりに受け持つことにした。

 

「大丈夫ですか、吉田くん……?私も少しくらいは持てますよ?」

「平気だよ、柴田さん。これでも鍛えてるからね、これくらいの荷物は大丈夫さ」

 

 オレ達の後ろから少し離れて歩くのは、美月とつい最近オレたちと連むようになった二科生・吉田幹比古。彼の言葉通り二人分の荷物を運ぶこと自体に苦は無さそうで、体をよろめかせるといった様子も見られない。

 

 ちなみに今の美月はキャミソールのアウターに随分と短いスカートと、露出こそエリカより少ないものの豊満な胸のせいで却って扇情的に見える格好をしていた。念のために聞いてみると彼女にその自覚は無く、エリカに『堅苦しいのは駄目だ』と唆されたようだ。

 

 エリカ、恐ろしい子!

 

「それにしても、よくホテルの部屋が取れたな。ここは関係者以外泊まれないんだろ?」

「そりゃアタシは関係者だもん。何てったって、“千葉家”だからね」

 

…………成程。

 エリカが生まれた千葉家は、十師族を含む28の家柄に次ぐ位を持つ“百家本流”の1つに属する数字付きだ。しかも千葉家は自己加速・加重魔法を用いた白兵戦技の名門であり、警察や陸軍の歩兵部隊に属する魔法師の大半が彼らの指導を受けている。

 つまり実戦部門に関するコネという点では、ある意味十師族以上の権勢を有しているのである。

 

「……しかし意外だな」

「ん?なにが?」

「いや、エリカはそういう実家の後ろ盾とか嫌なのかと思ってたからな」

「アタシが嫌いなのは“千葉家の娘って色眼鏡で見られる”ことだからね、コネは利用するためにあるんだから使わなきゃ損でしょ?」

 

 オレの素直な疑問に、チッチッチッ、と指を横に振ってエリカは答えた。

 成程。そういうやり方もあるんだな。

 

 と、そんな会話を交わしている内に、ホテルの入口を潜り抜けてロビーへと足を踏み入れ、チェックインが済むまでの間一息吐くのだった。

 

「それはそうと住み込みのバイトって具体的には何をするんだ?」

「ん~?それは後のお楽しみ」

 

 え、嫌な予感。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 真由美の家事情による遅刻や、送迎バスにトラックが突っ込んで来たりと、多少?のトラブルに見舞われた一高代表たちではあったものの、無事に宿舎へと到着した。

 九校戦の性質上、そこで活躍した選手が軍関係に進むことは珍しくない。寧ろ多いと言えるほどだ。国防軍としても優秀かつ即戦力になり得る魔法師を一人でも多く確保したいという思惑から、九校戦には全面的に協力している。

 それは会場だけでなく宿舎も同様で、視察の文官や会議のために来日した諸外国の高級士官とその随行員を宿泊させるために使用しているホテルを、生徒と学校関係者の為に貸切の形で提供している。この辺は魔法科高校が国立の教育機関だからこそできる芸当なのだろう。

 とはいえ、軍の関連施設である以上、民間の高級ホテルのような専従のポーターやドアマンはいない。本来は基地の当番兵がそれを担うのだが、高校生の大会ということもあって、荷物の運搬は自分たちですべて行うのが原則となる。

 

 作業車両に積まれた大型機器は降ろさないが、小型の工具やCADは微調整の関係もあるので、台車に乗せて運んでいくことになる。その作業をしている1年の技術スタッフと、それを手伝う女子生徒の姿を服部は視界に収めたが、振り払うように振り返ったところで服部の次に降りてきた桐原から声を掛けられる。

 

「よぉ。何辛気臭い顔してんだ?」

「桐原・・・そんな事はないさ」

「本当か?」

「・・・少し自信をなくしてな」

「おいおい。競技に差し支えるんじゃねーか?」

 

 桐原の言う通り、競技に影響を与えるほどの精神状態はよろしくない。

 桐原は2日目のクラウド・ボールのみだが、服部は1、3日目のバトル・ボードと9、10日目にあるモノリス・コードに出場する。その意味で服部の発言は、総合優勝にも影響しかねないような発言であることは、桐原にも理解できていた。

 

 服部は2年でも指折りの実力者―――3年のトップにいる三人に次ぐ実力者である。魔法力主義による主張や二科生に対する態度は桐原でも弁護できないが、才能だけでなくそれに見合った努力もしてきている。そう簡単に自信を無くすような人間でないことは理解している。

 

「一体何を悩んでるんだ?」

「桐原、俺はあの事故の時何もできなかった」

「ありゃ凄かったな。しかし何もしなくてよかったんじゃねーか?お前まで先輩に怒られるとこだったしな」

「ああ・・・・・・それでも司波さんは正しく対処して見せた」

 

 反対車線を走る一台のオフロード車が一高生を乗せたバスに衝突しそうになった際、三人の生徒が自分達の魔法で事態をどうにかしようと、一斉に車へ向けて魔法を掛けようとしたのだ。

 しかしこれらの行動が、事態をより悪化させた。

 同じ物に対して無秩序に魔法を重ね掛けしてしまうと、それぞれのサイオン波が干渉を起こして魔法による事象改変力を弱めてしまう。いわばキャスト・ジャミングと同じことが起きるのである。

 

 幸い、深雪と会頭の十文字克人の冷静な対処でなんとか衝突は避けることができた。ちなみにこのときどういうわけか無秩序に発動していた魔法式の残骸が綺麗に消失したのだがそれに気づいてるのは一人だけであるがそれは別の話だ。

 

「自分たちのできることをしっかり把握していたからこそ、会頭がもしもの時の抑えに回れてた」

「得意と不得意の違いだと思うがな。司波妹は冷却系が得意と聞いてるし」

 

 服部の言葉に桐原は立ち止まって、冷静な事実分析に基づく発言を投げかける。

 

「―――魔法師としての優劣は、魔法力の強さだけで決まるものではない。魔法の才能だけでなく魔法師の資質まで年下の女の子に負けたとあっては、自信を失わずにいられんよ」

 

 服部は魔法力の優劣によってその人物の魔法師としての能力が決まると思っていた人種だが、それは深雪に咎められ、今尚達也によって証明され続けている。達也で例えるならまずはその眼。あれは危機回避能力を大きく上げる非常に大きい要素であり、アドバンテージになる。例えば判断能力。その眼から与えられた情報を瞬時に理解する理解力、剣術部数人を無傷で抑えた身体能力。

 様々なものがあるが、魔法力が圧倒的に劣っている場合はその他の要素全てを含んだ判断能力が勝敗を分ける。そして今回、その判断能力の差も見せつけられたわけだ。

 

「成程な。でも、そういうのは結局“場数”だからな」

 

 ここにきて服部の悩みを理解しつつ、桐原はハッキリと言い切った。それは桐原自身も経験した4月の一件からして、それを目の前にいる服部と比較する方が酷だと思わざるを得ない。

 

「場数?実戦経験ということか?」

「ま、そんなところだ。あの兄妹はその点で特別だろう……兄貴の方は、ありゃ“殺ってる”な」

「殺ってる?実戦経験があるという事か?」

「ああ。実際に見たわけじゃねえが、雰囲気がな。4月の一件についてはお前も聞いているだろう?」

 

 あの場所にいたのは生徒会メンバーでも深雪だけ。学校に残っていた服部にもその詳細は知らされていない。七草家と十文字家によって学校を襲ったテロリストを掃除した、ぐらいの情報が真由美から伝わっただけである。

 

「俺はあの時現場にいた。司波の兄妹もな」

「本当か!?」

「事実だぜ。司波兄は、ありゃヤバいな。海軍にいた親父の戦友たち―――いや、それ以上の殺気をまるでコートでも着込むかのように纏っていやがった。妹の方は分からんが、あの場所についてくるだけの胆力を持ってるのは事実だろうな」

 

 名立たる実力を持っている桐原がそう断言するほどの恐ろしさをあの兄妹は持っている。あの程度の修羅場など既に通過したようなものだろうと桐原は断言した。

 

「……4月の一件で思い出した。服部、有崎シンヤを知っているよな?ほら、会長と腕組んで一緒に登校してたっていう一年の」

「あ、あれは会長のいつものおふざけだ!…………それで奴がどうした」

「これはマジの話だが、あいつは気を付けろ」

 

 服部が固まった。

 その表情に冗談気はない。

 

「どういうことだ?」

「あいつも一緒にテロリストのアジトに向かってるとき、司波兄の遠回しの”確実に敵を始末しろ”って指示にあいつは真顔で頷きやがった。おそらくなんの抵抗もなく殺れるだろうな」

「……奴も司波と同じなのか?」

「いや、それはよくわかんねぇ」

「わからない?」

「司波兄の殺気はハッキリと感じ取れたんだが、有崎には司波兄みてぇな殺気が感じ取れなかったんだ。それだけじゃねえ、これから死地に行くってのにそんなのなんでもねぇように終始真顔だった。まるで”人形”が目の前にいるかのような感覚だった、と言えば察しはつくか?」

「……有り得るのか、それは?」

 

 そこまで聞いても服部にその実感はない。

 こんな小難しい話から現実に引き戻すため、桐原はからかい半分で服部の言葉を口にした。

 

「しかし、魔法師としての優劣は、魔法力の強さだけで決まるものではない、か」

「何が言いたい?」

「いや、その言葉がお前の口から出たと会長が聞いたら、大喜びするんじゃないか? って思っただけさ」

「っ!?……」

 

 桐原からの爆弾発言に服部は照れていることを誤魔化すように桐原を追い越して歩いていく。その様子にやれやれ、といった感じで彼の後を追うような形で歩いていく。

 

「一科生や二科生だなんて言ってるが、たかが入学前の実技試験の結果じゃないか。現に二科生でもできる奴は少なくない。今年の1年は特にな」

 

 

 

♢♦♢

 

 

 一方、達也と深雪は二人でいた。

 達也はCADのメンテナンス道具や、小型の機器、工具などを部屋に運搬するために準備をしていた。

 手早くそれらを台車に載せて部屋まで押していく。深雪も何も言わず黙って兄の後ろをついていく。

 二人は自然と他の生徒達から離れることに成功した。

 

「やはり先程のあれは、単なる事故ではなかったのですね」

「あぁ。あの自動車の跳び方は不自然だったからな、調べてみたら案の定、魔法の痕跡があった」

 

 達也の言葉に、深雪の表情も自然と引き締まった。たとえ事故を最初から見ていた自分が魔法を知覚しなかったとしても、敬愛して止まない、そして何より彼の“異能”を知る彼女にとって、彼の言うことは絶対にも等しい。

 

「魔法が使われたのは3回。タイヤがパンクしたとき、車体がスピンしたとき、そして車体が壁を越えて飛び上がったときだ。それらは全て、車内から行使されていた」

「……つまり魔法を使ったのは、その運転手自身だと?」

「そうだ。小規模な魔法を最小出力で瞬間的に発動したから、魔法式の残留サイオンすら検出されない。俺だって、あのときには気づかなかったほどだ。専門の訓練を積んだことで非常に高度な技術を身に付けたんだろう、“使い捨て”にするには惜しい腕前だった」

 

「卑劣な……!」

 

 肩を微かに震わせて、深雪は憤りを顕わにした。それは犯人に対するズレた同情ではなく、犯人にそれを命じた首謀者の遣り口への怒りだった。

 

「元よりテロリストの取る手段はそのような非人道的な手段も辞さない。命じた側が命を懸けるなんて事例は稀さ」

 

 達也はそう言って深雪の怒りを鎮める傍ら、首謀者の狙いを考えていた。

 

 優秀な工作員を使い捨ててまで、なぜそいつらは自分達の乗ったバスに攻撃を仕掛けたのか。ターゲットは“バスに乗っていた誰か”なのか、あるいは“第一高校そのもの”なのか。今回の九校戦と何か関係はあるのか――

 

 そこへ横から聞き慣れた声で思考を中断する。

 

「やっほー、二人とも。1週間振りだね」

「エリカ?」

 

 現代のファッションから言うと、エリカの格好はかなり派手で扇情的だった。並の男子高校生だったら直視出来るか如何か微妙なところだろう。現に通り過ぎようとした一高一年の男子が鼻を押さえて駆け抜けていった。

 

 だが、達也はこの例には当てはまらなかった。

 

「深雪、俺は先に行くよ」

「えっ、ちょっと達也君?……行っちゃった」

 

 エリカをチラリと見て、そのまま興味無さげにカートを押してホテルの中へと歩んでいく。一般的な女性への興味が薄い彼にとって、エリカの格好は「随分と場違いなものだ」と思うだけなのだ。

 

「エンジニアの先輩が待ってらっしゃるの。……ところで、どうしてこんな場所にエリカが?」

「何って、もちろん応援だけど?」

 

 九校戦は明後日なのにと疑問に思っていると、エリカの背後から更なる知り合いが駆け寄ってきた。

 

「エリカちゃん、これ部屋のキー……って深雪さん」

「美月……随分と派手ね」

「えっと、そうでしょうか?」

 

 美月の格好はエリカよりは抑え目だが、持ち前の大きい胸と、肉感的な感じが相俟ってエリカのそれよりも更に扇情的だった。その証拠に複数の男子が鼻血が出そうなのを何とかしようと彼女たちの傍から逃げ去るようにしていく。エントランスを通る男子の殆どが駆け足になっているのを、深雪は気付いていた。

 果たしてそれはエリカの所為なのか、それとも美月の所為なのか……もちろん、普通に制服を着ている深雪の所為と言う可能性だってあるのかも知れない……

 兎に角、エリカの格好も美月の格好も、青少年には刺激が強すぎるのだ。

 

「悪い事は言わないからTPOにあった服にした方が良いわよ」

「エリカちゃんに堅苦しいのは良く無いって言われたんですが、やっぱり深雪さんの言う通りかもしれませんね」

「えー、そうかなー?」

 

 ちっとも悪びれもしてないエリカに対し、やっぱり派手だったのかと呟く美月。あまり服装でどうこう言うよりも本題という形で深雪が問いかけた。

 

「ところで、部屋のキーとか言ってたけど、此処に泊まるの? 良く部屋が取れたわね」

「そこはほら、家のコネよ」

「良いの? エリカはそう言うの嫌いだと思ってたけど」

「嫌いなのは『千葉家の娘』って色眼鏡で見られる事よ。コネはむしろ使ってナンボでしょ」

 

 ケラケラと笑いながら言うエリカを見て、深雪は気持ちが晴れやかになってきたのを感じていた。先ほど兄から聞かされた先ほどの事故、運転手の自爆攻撃だと知ったときの怒りはエリカと美月のおかげで大分収まってきたのだ。

 

「けど、試合が始まるのは明後日からよ?」

「今晩、懇親会でしょ?」

「?関係者以外は参加できないわよ」

「ああ、それは大丈夫。あたし達も立派な関係者だから」 

「?」

 

 

 

♢♦♢

 

 

「まさか、懇親会の給仕係のバイトをすることになるとはな…………」

「けど知り合いにこの格好を見られると思うとなんだか恥ずかしいね」

「もう、ミキは気にしすぎなだけだって」

 

 荷物を部屋へ運びいれて滅多に入れない軍のホテルということで、一通り中を探検し終わったオレたちは、懇親会に参加するためにスタッフルームへと向かった。

 探検していたときや、スタッフルームに向かう途中で一高の制服に身を包んでいる生徒を見かけたが、見た所知り合いはいなさそうなのでスルーした。

 スタッフルームにはホテルの従業員らしき人が一人待機しており、今回の仕事内容と服装についての説明を一通りオレたちに終えると、皿洗い係のレオと美月はコック服を、給仕係のオレ、エリカ、幹比古には給仕服が支給され、五分後その服装で食堂に来るように言い残して去っていった。

 

 そして着替えた後、レオと美月は食堂で裏方の仕事を任されたため別れているが、オレと幹比古とエリカは同じ給仕係のため、ホール近くの控え室で立ち話をしていた。

 

「…………ところで、オレのだけなんかおかしくないか?」

「えー、そうかなぁー?結構似合ってると思うけどなぁ」

 

 幹比古の支給された衣装は、白いシャツに黒の蝶ネクタイ、黒のベストといったウェイター服だ。

 だがオレに支給されたのは、燕尾服――いわゆる執事服だった。

 しかも食堂に来た時バイトに来ていた他の人間が着ていたのは全員幹比古のと同じウェイター服だったためとても浮いている。これ一体なんの罰ゲームだよ。

 

「あ、あはは……ついさっき従業員の人に聞いてみたけど、もうウェイター服は無くて、たまたまあったのを一着支給することにしたみたいなんだ」

「…………幹比古、悪いがお前が着ているのと交換して――」

「ごめん。それは勘弁してほしい」

 

 この薄情者。

 

「まあまあ、結構様になってるからいいじゃん」

 

 そう言ってニヤニヤとオレの姿を眺めるエリカは、丈の短いヴィクトリア調ドレス風味の制服、つまりメイドを連想させる服装に身を包んでいた。普段は年相応の溌剌とした印象の彼女だが、場所柄を考えてか随分と大人びたメイクをしており、これだけ近くにいるのにまるで20歳を過ぎた大人の女性に見える。ちなみに『ねねね、どう、似合う?』と感想を聞いて来た際、幹比古がまるでコスプレだと口走り、彼女にキツいお仕置きを喰らった。なので二の舞を踏まないようオレは普通に『似合ってる』と返したが少し不満そうだった。女心はよくわからない。

 

 カシャカシャ

 

「…………エリカ。今何した?」

「なにって、執事姿のシンヤ君を写真に収めたけど?」

「いや何してんだよ」

「だってこういうの撮らないと勿体ないじゃん?」 

 

 オレのツッコミをニヤニヤしながら受け流し、右手に持った携帯端末をこちらに向けるエリカ。

 端末の画面には執事服を着たオレと、ウェイター姿の幹比古の姿があった。

 

「ちょ、エリカ!?なんで僕の写真まで!?今すぐ消して!」

「大丈夫だってミキ。後でグループ全員に一斉送信しておくから」

「それもっとダメだよ!あと僕の名前は幹比古だ!」

「じゃあ美月にだけ送信、と」

「そ、それだけは本当に勘弁してくれ!もしかしてさっきコスプレ呼ばわりしたの根に持ってる!?」

 

 幹比古の奴完全に遊ばれてるな。幹比古が必死にエリカから携帯端末を取り上げようとするが、流石はエリカ。軽い身のこなしでひらりひらりと避けていた。フリルで飾られたスカートが、その度にフワリと浮かび上がる。

 

 ちょっと幹比古が可哀想なので少し助け舟をだすことにする。

 

「なあ、遊んでないでそろそろ行ったほうがいいんじゃないか?」

「おっと、確かにそうだね」

「言っておくが、あとで写真消しておいてくれよ?」

「分かってる分かってるって」

 

 本当に分かってるのだろうか。

 

「ほらミキ、汗だくの状態じゃマズいから一回顔洗いに行っときなさいよ」

「ぜぇ………はぁ………エリカ、覚えてろよ。あと、僕の名前は幹比古だ」 

 

 捨て台詞を吐き、幹比古は近くの手洗い場に向かう。

 

「……何時も忘れちゃうクセに」

「あんまりとやかく言うつもりはないが、もう少し手加減してやったら如何だ?」

「…………そうね。少し八つ当たり気味だったかな。ミキがこう言うの苦手なの知ってるんだけど」

「怒らせたかったのか?」

「如何だろう?ミキが何か妄執してるのを知ってるからね……屈折してるのを見るとイライラするってのもあるけど」

「優しいんだな」 

 

 オレのセリフにエリカは首を振る。

 

「よしてよ。あたしもミキも、今日ここにいるのは自分の意思じゃない。親に無理強いされた結果よ。優しく見えたとしても、それは単に同類が相憐れんでるだけ」

「あー……事情は聞かないほうがいいか?」 

「そうしてくれると助かる。ごめんね。辛気臭い話しちゃって」

「別にいいさ。たまに愚痴を溢しても罰は当たらない」

 

 親に無理強いされた、か。どこの家も同じものなんだな。

 

「………ねえ、シンヤ君」

「何だ?」

「シンヤ君はさ、今回誘われて迷惑じゃなかった?」

「いきなりどうした?」

「ほら、今回誘ったのはあたしの八つ当たりみたいなものなんだし…その、ね」

「いや、別に迷惑だとは思ってない。実を言うとオレはこれまで友人をつくって一緒になにかをやるっていうごく当たり前のことを経験したことがない」

「えっ、それってどういう意味?」

「悪い。あまり深くは聞かないでくれ」

「あっ、うん」

「………まあとにかく、お前がどういうつもりでオレたちを誘ったにしてもオレは気にしてない。むしろ初めてのことを経験できて感謝してる」

 

 だからありがとうとオレが礼を言うと、彼女は「あー!」とか、「うー!」とか顔を両手で覆いながら言った。

 ややして小さな声で「……どういたしまして」と呟いた。それから頬を僅かに朱色に染めて、

 

「し、シンヤ君って、普段人が言わないことをストレートに言うのね」

「どういう意味だ……?」

「そういうのはエイミィとかに言いなさいってこと」

「?なんでそこでアイツの名前が出るんだ?」

「そこは自分で考えなきゃダメよ」

 

 ますます分からん。

 

「けどまあ、なんだか少し気が楽になったかな。ありがと」

「はぁ……どういたしまして?」

「ほら、そろそろミキが戻ってくるだろうから会場に行きましょ」

 

 そう言ってエリカは控室の扉へと向かおうとする。だが途中で『あっ』となにかを思いついたかのような声を上げたかと思うと、オレの右隣に並び、携帯端末を持った手を高く上げる。そしてレンズで捉えるとカシャリと音を鳴らし一枚撮影した。

 

「おい」

「えへへ、せっかくの思い出作りに一枚頂きました。皆に送ったりしないから安心して」

「いや、そういうことじゃなくてだな…………まぁいいか」

 

 

 それで少しは気が晴れるのなら大目に見るか。

 

 

 



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第十一話 懇親会とルーキーたち(一部修正)

祝『魔法科高校の優等生』アニメ化決定!
本編の劣等生と交互に見たらより面白くなりそうで来年が待ちきれません!


追記

『魔法科高校の優等生』で一色愛梨たちが深雪のところに向かうまでの描写を詳しく追加しました。



 夕方、ホテルの最上階の広い宴会場で執り行われた九校戦の懇親会では、300人以上もの出場選手が参加していた。

 東京の第一高校の他に兵庫の第二、石川の第三、静岡の第四、宮城の第五、島根の第六、高知の第七、北海道の第八、熊本の第九といった日本全国にある9つの国立魔法大学付属高校から魔法に関して腕に自信がある生徒たちがスポーツ系魔法競技で競い合うためにここに集っている。

 これから勝敗を競う相手と一同に会する懇親会は、和やかさより緊張感の方が強かった。

 

「すみません。ドリンクのおかわりをお願いします」

「はい。少々お待ち……あっ」

「え?シンヤ君!?」

 

 そんな中で給仕の仕事をしっかりとこなしていたオレは、後ろからドリンクのおかわりを頼まれたため振り返って新しいドリンクを渡そうと声の主の顔を見ると、そこには一高の生徒会長、七草真由美がいた。

 

 会長がいること自体は知っているので、オレは少し固まっただけで済んだが、会長はオレとは違ってかなり驚いていた。

 

「おかわりどうぞ」

「うん、ありがと……じゃなくて!シンヤ君がどうしてここに?」

「会長はエリ……千葉とは会わなかったんですか?」

 

 幹比古はともかく、エリカと会長は顔の面識はある。

 だから、エリカを見かければ少なくともエリカから直接聞いていない限りはオレもエリカたちと同じように参加していると思えるはずだ。

 そして、自分がいたことを知らない時点で、エリカとは会っていないことになるのだが、エリカはかなり広範囲に移動しているため見かけないという可能性は低いはずだ。

 

「ううん、さっきまで摩利やリンちゃん、十文字君、服部君と一緒に他校の生徒会に挨拶していたけど、見かけなかったわよ?」

 

 わざとらしく顎に手をあてて考える仕草をする会長だが、これで納得がいった。

 エリカは、何故か渡辺風紀委員長をあまり好ましく思っていない。

 その彼女と一緒に行動していたなら、確かにエリカは近寄らないはずだ。

 

「千葉さん……なるほど。だからシンヤ君はここにいるのね」

 

 会長は一人で結論に至ったらしく、一人でウンウンと頷いている。

 

「それにしても、シンヤ君が燕尾服ってなんだか新鮮ね」

「そうですか?自分だけこんな格好なので浮いてる気がしますが」

「そんなことないわ。とても似合ってるわよ」

「…………褒め言葉として受け取っておきます。それでは」

 

 これ以上関わればまためんどくさいことになると考え、回れ右して会長から離れようとした。

 

「こーら、どうして逃げるの?」

 

 振り返った瞬間、会長がオレの前に回り込み、立ち塞がった。

 

「……給仕の仕事があるので」

「少しお喋りしても罰は当たらないわよ。シンヤ君に少し大事な話があるの」

 

 突然会長は真剣な顔付きで、そう切り出した。

 オレは戸惑いつつも話を聞く姿勢を取る。

 

「……大事な話ですか?」

「ええ、シンヤ君――――卒業した後ウチで専属執事にならない?」

「…………は?」

 

 何言ってるんだこの人は。

 

「アフタヌーンティの時に”紅茶をもらえるかしら”って私が命令してシンヤ君が執事姿で”かしこまりましたお嬢様”って注いでくれる姿を想像したらおもしろ――――じゃなくてとても絵になると思うわ」

「今おもしろいって言いかけませんでした?」

「うふふ、気のせいよ」

 

 あっ、これ小悪魔モードに入ってる、と気づいた時げんなりする。一度会長にからかわれることになったら逃げだすのが難しくなる。なにか手はないかと考えていると、ちょうど壁のあたりで佇んでいた達也を見つけ、目が合った。すぐにアイコンタクトで救援を求める。だが達也は首を横に振り、ハンドサインで『健闘を祈る』と返してきた。

 

 オレの周りには薄情者が多すぎる。

 

「もう、お姉さんと喋ってるのにどうして目をそらすのかしら?」

 

 一気に詰め寄ってくる会長。しまいには人差し指で「つんつんっ」とオレの頬を突くしまつだ。これで会長の指を咥えてみればこの絡みも終わるだろうが、生徒会会議でオレの名前が挙がり退学処分されてしまう可能性が高いか……。

 

「何やってるんだ、真由美」

「あうっ!」

 

 渡辺風紀委員長が会長の背後に現れ、チョップで会長の頭をしばいた。小気味の良い音が鳴り、ちょっとだけ委員長に感謝する。

 

「いったぁ~もう、何するのよ摩利」

「お前がこんなところで後輩に絡んでいるからだろ。少しは自重しろ。すまない有崎、真由美は出発の時に達也君があまり構ってくれなくて拗ねてるんだ」

「ちょっと摩利、それじゃあ私がかまってちゃんみたいじゃないの」

「実際気に入った相手をオモチャにしてるだろうが」

「失礼ね。私はただスキンシップの一つとしてからかってただけよ」

「なお悪いわ」

 

 そうか。大体予想はしていたが達也も被害者だったか。可哀想に。

 

「ちょっとシンヤ君!?どうして達也君に憐れみの視線向けてるのかしら!?」

「いえ、達也も苦労してるなと」

「それは違うぞ。あの達也君だとまったく相手にしてくれない。むしろ返り討ちになってる」

「摩利!?」

 

 なんだ違うのか。

 

「……それじゃあ自分は仕事があるので失礼します」

「ああ、すまないな「えぇー?もうちょっとお喋りを」真由美は押さえておくから行ってくれ」

「ありがとうございます」

「あぁーん、せめて一緒に記念撮影でもォー!」

 

 会長を押さえてくれている委員長のご厚意に甘えてオレはその場を去った。

 

 

♢♦♢

 

 

「お飲み物は如何ですか?」

「……何をやっているんだ、エリカ?」

「アルバイトよ!」

「関係者ってこういうことだったのね」

「よく潜り込めたな……」

 

 メイド姿で声をかけてきたクラスメイトに、空のグラスを手に壁に背中を預けている達也は苦々しい表情を、深雪はただ純粋に驚きの表情を見せていた。

 

 突然の知り合いの登場に少々面食らったものの、次の瞬間には彼の優秀な頭脳は彼女がここにいる理由を導き出していた。実家のコネを使ってホテルの部屋を確保するのはともかく、懇親会にスタッフとして潜り込むのはコネの使い方としてどうなのだろう、と些かの疑問は残るが。

 

「あっはっはっ、サプライズ成功ってところね。それでどう、達也くん?」

 

 エリカは満足そうに笑いながら、達也の前でクルリと1回転してみせた。フリルで飾られたスカートが、風に乗ってフワリと浮かび上がる。

 服の感想を求めているのか、と達也が口を開きかけるも、深雪が横から口を挟んできた。

 

「お兄様にそんなこと求めても無駄よ。お兄様は表面的なことに囚われたりしないもの」

「そっかー。達也くんはコスプレに興味無いか」

「コスプレ?誰かに言われたの?」

「ミキがね。しっかりお仕置きしてやったけど」

 

 悪い笑みを浮かべているエリカを見て、達也は心の中で幹比古に同情した。

 しかし“ミキ”という単語を初めて聞く深雪は首を傾げ、それに気づいた達也が横から説明する。

 

「俺達と同じクラスの吉田幹比古だ。名前だけは聞き覚えがあるんじゃないか?」

「ああっ、この前のテストで筆記3位だった方ですね」

「そうだ。如何やらエリカの昔なじみだったらしい」

 

 と、そうしている内に、深雪の姿を見つけたらしいほのかと雫が司波兄妹の背後から近づいてきた。

 

「深雪、此処に居たんだ」

「エリカも来てたんだ。でもどうやって?」 

「やっほー二人共、一週間ぶり。そこは親のコネでちょっとね」

「君らは何時も一緒なんだな」

「そうですね」

「友達だし、別行動する理由も無いから」

「そうか」

 

 一週間ぶりに会うエリカとも挨拶を交わす中、達也は別の疑問を口にする。

 

「エリカと幹比古とシンヤがいるってことは、レオと美月もいるのか?」

「うん、そう。アタシとミキとシンヤ君はこっち、2人は裏方でそれぞれ力仕事と皿洗い。あれ?ひょっとして達也君、シンヤ君にはもう会ったの?」

「遠目で見てたくらいだがな」

 

 その際シンヤが真由美に絡まれていて、彼からSOSを求められたが見捨てたことは省略して達也は説明する。

 

「シンヤだけ燕尾服だったのには驚いたな」

「ああ、それ私も驚きました。エイミィなんてびっくりして石みたいに固まってましたよ」

「あら?それじゃあ明智さんは今どこに?」

「あそこ」

 

 雫が指差した事で深雪の視線がそちら側に向く。一高のメンバーがいるその端で、直立不動の状態で顔を真っ赤にして湯気を出しているエイミィの姿があった。彼女の周りでは友人と思しき女子生徒が肩を揺すったり、団扇(うちわ)で仰いだりして慌てている様子に深雪も苦笑いである。

 

「あ、あはは…あれはかなりの重傷ね。会場に入ってからあの調子だったかしら?」

「D組のスバルの話だと例の事故の後、バスの中で端末に彼の寝顔の写真が送られてきたときに一度固まって、しばらくして落ち着いてからまたああなったみたい」

 

 衝突未遂事故(仮)の後にそんなことがあったのかと苦笑いしながら、達也はエイミィに写真を送ったと思しき犯人に視線を向ける。

 

「…エリカ、まさか犯人はお前か」

「あ、アハハ……やだな達也君ったら。犯人だなんて人聞きの悪い…」

「…………エリカ、貴女何やってるの」

 

 呆れた顔をする深雪に、挙動不審なエリカは「うっ」と気まずそうな顔をする。

 

「だ、だってせっかくの寝顔写真をエイミィに見せないのは勿体ないなぁって思って……………まさかあそこまで過剰に反応するとは思わなかったわよ」

「エイミィには刺激が強すぎたかも。新人戦までに回復しきるかわからない」

「あ、あはは…さすがに間に合う…………よね?」

「な、なんかすみませんでした」

 

 雫の指摘にほのかでさえも否定できず、エリカは気まずそうな顔で素直に謝った。

 

「謝る相手は俺達にじゃなく明智さんにだろ…………あと、そろそろ仕事に戻らないといけないんじゃないか?」

「おっとそうだった。それじゃあ皆、パーティーしっかり楽しんでってねぇ」

 

 そう言ってエリカは仕事へと戻っていった。

 

「それじゃあ深雪も皆の所に行っておいで」

「お兄様?」

「後で部屋に来ればいい。俺のルームメイトは機材だからね。ほのかと雫も来て構わないから」

 

 イマイチ納得していなかったが、深雪が達也の言いつけに背くはずも無く大人しくチームメイトの傍に移動した。

 

 

 

 

 

 

 その後真由美に引き連れられて他校の有力選手と会話をしていた深雪の存在はひときわ異彩を放っていた。無論いい意味である。

 深雪に見蕩れる男子生徒は少なくなかった。深雪の傍を男子生徒が通る度に一瞬歩行動作が止まる。果してそれは深雪に見蕩れたのか、それとも真由美に見蕩れたのか……兎に角二人の傍を通った男子生徒で、歩行動作を止めなかったのは既に見慣れている克人くらいだったのだ。

 もちろん傍を通った男子だけでは無く、遠巻きに見ている男子生徒の視線も、深雪か真由美に集中している。

 

「おい見ろよエルフィン・スナイパーの七草真由美だぞ」

「あぁ……妖精姫の名の通り綺麗な人だ」

「おい、七草嬢の隣にいるあの子綺麗だな。どこかの令嬢か?」

「止めとけって、お前じゃ相手にもされないぞ」

「ウルセェ!」

 

 紅蓮色のブレザーに黒のズボン、胸に八芒星のエンブレムが刺繍されている三高一年男子グループもまた、深雪の姿に心奪われていた。

 九校戦では第一高校と優勝を争うほどの実力校であり、今回も優勝候補筆頭の第一高校への対抗馬として期待が寄せられている。

 そんな彼らも、今は見目麗しい彼女をこの目で見られて完全に舞い上がっていた。いくら魔法師としての実力があったとしても、やはり彼らも青春真っ盛りな学生である。

 

「そりゃ俺は無理かもしんないけどさ、一条ならいけるかもしれないぜ? なんせあいつは顔良し腕良し頭良し、そのうえ十師族の跡取りなんておまけ付きなんだからよ」

 

 その生徒はそう言って、ふと深雪から視線を逸らして別の方へと向けた。

 甘いマスクというよりも古風な美男子という形容が当て嵌まるような凛々しい顔つき、広い肩幅に引き締まった体を持つ、いかにも女性が好みそうな外見をした男子生徒がそこにいた。

 そんな男子生徒・一条将輝は、友人達の会話が聞こえる位置にいるにも拘わらず、それに反応することなくボーッと深雪を見つめていた。

 そんな彼に気づいた、モンゴロイドの見た目をした小柄な少年・吉祥寺真紅郎が声を掛ける。

 

「どうしたの、将輝?」

「なぁジョージ、お前あの子の事知ってるか?」

「名前は司波深雪さん。見ての通り一高の生徒で、エントリーしてる競技はアイス・ピラーズ・ブレイクとフェアリー・ダンス。一高一年のエースらしいよ」

「才色兼備ってやつ? 神様ってのは不公平だな」

 

 深雪に見蕩れていた男子も、そこまで行くとそんな感想を漏らした。

 

「司波深雪か……」

「珍しいね。将輝が女の子の事を聞いてくるなんて」

「よせよ。そんなことないさ」

 

 一条将輝と吉祥寺真紅郎との付き合いはかなりなものがあり、その真紅郎の記憶の限りでは将輝が女子に興味を持った事など無いのだ。

 

「コイツの場合は自分から行かなくとも相手が来てくれるもんな」

「贅沢な悩みだよな」

 

 同級生のやっかみも耳に入らないくらい、将輝は深雪のことをただならぬ視線で見つめ続ける。すると、その視界に期せずして燕尾服の給仕が通りすぎる。

 

「あれ?なんであの給仕だけ執事なんだ?」

「さあ?ウェイター服が足りなかったからじゃないか?」

「そういえばあの給仕、七草嬢と仲良さげに話してたぞ」

「なんだと!?うらやましいー!」

 

 大げさに反応する同級生を尻目に、将輝の視線が僅かにその給仕の方に向いた。

 

「どうしたの、将輝?」

「あっ、いや……なんか覚えのある後ろ姿かと思ったが、気のせいか」

 

 その後、将輝は再び視線を深雪に戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃。

 

「あの三高の一色さんですよね。よかったらお話でも――」

「あなた―――十師族?百家?何かの優勝経験は?」

「え?あ、いや、その………」

「誇れるべきものが無い人間と語る舌を私は持たないの。行きましょ沓子、栞―――」

 

 蜂蜜色の豊かな長い金髪にアメジスト色の瞳、周囲の空気を変えてしまうぐらいに整った顔立ちをした美少女に、七高の男子生徒が積極果敢に話しかけるも、彼女の圧に負けあっけなく轟沈。彼女は取り巻きの女子二人と共にその場を離れる。

 

「誰も彼も……。戦いの前だというのにお気楽なものね。懇親会をなにか別のものと勘違いしてるんじゃないかしら?まったく……軽薄で嫌になるわ」

「それだけ気を抜いている者が多いということじゃ」

「沓子はそうやって楽観視するの良くないわ」

 

 鞘当て、という意味で敵の力量を測るブロンドの美少女『一色愛梨』は浮ついた会場の雰囲気に辟易する。ここはこれから約二週間に渡って競い合う敵の姿を確認する場であって、アイドルのライブ会場ではないのだ。これでは選手たちから試合に勝とうとする気概が感じられない。彼らは本当にここへ何をしに来たのか、問い詰めたくなる。

 そんな彼らを見て「楽勝♪」と余裕を見せているのが、三人の中で小柄で顔立ちが幼く、少し古めかしい言葉遣いと腰すらも超える長い髪が印象的な『四十九院沓子』。

 それを諌めているのが、黒のショートヘアで、少し冷めたというかドライな印象を受ける『十七夜栞』。

 いずれも数字付きであり、三高一年女子のエース格である。

 

 彼女たちは「今年こそ三高優勝!」と意気込んでおり、そのための障害となる選手──特に百家に名を連ねる有力選手──を中心に見ていたのである。

 しかし、大半の魔法師が彼女たちの敵ではなく、その上会場全体の雰囲気もなんだか浮ついたものになっており「こんなものなのか」と、意気込んできた割に大したことがないのを実感してがっかりしていた。

 

「さっき話しかけて来た方も、下心丸見えで偵察ですらなかったし、他校にしても勝つ気があるのかしら」

「愛梨はあしらいが厳しいからのぅ。そうやってバッサリ切られるのを聞くとさっきの男たちが可哀想になってくるぞ」

「師補二十八家でも百家でもなく、さらには大した実績もない人と話しても時間の無駄よ」

「やれやれ、一条とはえらい違いじゃ」

「あれ。その一条くんだけど……」

 

 ふと、栞が視線を外して一年男子が密集している方に顔を向けると、三高が誇る最強のエースの一条将輝が誰かに目を奪われているのが見えた。

 しかもその視線、単純に注目しているというよりも並々ならぬ熱が込められているように見える。

 

「一条くんが他校の生徒に夢中になっている……?」

「なんじゃとッ!?親衛隊が荒れるぞっ!」

 

 ただならぬ事が起こったと沓子が声を荒げ、将輝の周囲を見る。

 女性が好みそうな外見をしている彼の周りには、常に彼のファンという名の女子生徒が付いている。周囲からは『親衛隊』と呼ばれる彼女たちは将輝を不埒な女から守る盾であり、将輝に擦り寄ろうとする女を力づくで排除する矛なのである。

 

 三高でそれなりの恐怖を持って伝えられるこの親衛隊が動き出す事になれば、他校であっても難癖付けて(心の)負傷者必至の戦いが起こることは確実。緊迫した雰囲気を感じたいといっても修羅場を見たいわけではない沓子は気が気ではなかった。

 ……だが、蓋を開けてみれば何も起こらない。他校へ殴り込みに行くわけでもなく、親衛隊の面々はその場に立ち竦んで動けないでいた。なにがあったのだろうか。

 

「……?いったいどういうことかしら」

「なんだか、戦う前から負けを認めたみたいな感じだけど……」

「なんか面白そうじゃし、わしらも見に行くか」

 

 あの親衛隊がなにも手出しできないとはどういうことなのか。好奇心に駆られた三人は、熱を帯びる将輝の視線の先を辿る。彼の視線の先にいたのは一高生。今年の九校戦において最も優勝に近い学校であり、三高にとっては最も手強いライバルだ。

 そんなことを思いながら愛梨たちは会場内を少し歩いて将輝の視線の先にあったものを捉える。

 

 彼女たちの目に映ったのは、とてもこの世のものとは思えない、絶世の美少女だった。

 

「おぉ~!これは驚きじゃな。」

「すごい美人…………」

 

 沓子と栞が驚きの声をあげる中で、愛梨もまたその人物に見とれた。

 師補二十八家の一つ『一色』の一人である愛梨は親類縁者含めて男女問わずかなりの美形を目にしてきている。しかし、そんな彼女でも司波深雪の美貌は目にしたことがないものだった。女性の持つ『美しさ』という点では誰にも敵わない、恐らくはテレビに出る女優やモデルでもここまで完成された『美』を持つ人はいないだろう。

 

「あの美貌、凄まじいわね」

「親衛隊が泣いて帰ったのも頷ける」

「う、うむ。三高は血筋からも美形も多いし、目が慣れていると思っておったのじゃったが」

 

 栞たちも自分と同様の感想を抱いたらしい。沓子に至っては恐れ慄いている。ついさっき、その姿を目に収めた時に感じた本能的な恐怖も合わせて「彼女は一体誰なの?」という疑問が湧き上がる。

 もしかして、自分も把握していない『家』の子女なのか。思わぬところで登場したダークホースの出現に愛梨は気を引き締め直す。

 

(これは、声を掛けるべきね)

 

 恐らく手強いライバルになるであろう相手を見据え、愛梨は深雪に声を掛けようと一歩踏み出す。

 

「――ん?」

「どうかした、沓子?」

 

 少女に集中していた沓子が視線を反らしたのを見て、栞がそれを疑問に思い、彼女を見る。すると沓子は、深雪を見たときよりも驚いた表情をしていた。

 

「すまんな。面白い者を見つけたから、ちょっといってくるのじゃ!」

「あっ!沓子!」

 

 そう言って沓子は何処かに駆けていってしまった。

 栞は呆れながら愛梨の方に振り返ると、彼女もまたいつの間にか、深雪へと歩き出していた。

 そんな2人の友人に溜め息を吐きつつ、栞は愛梨の後を追うのだった。

 

 

♢♦♢

 

 

 猫を被った小悪魔からなんとか逃げ切ったオレは、空のグラスを厨房へと運びいれ、新しいドリンクを持ってホール内を歩き回り、給仕の仕事をそつなくこなしていた。時々選手たちの何人かから『なんで執事?』と言った感じで怪訝な視線を向けられたが、声をかけてくる様子もないのでスルーすることにした。

 さすがに給仕の人間に積極的に話しかけてくる奴なんていないだろう。

 

「のう、お主」

「ん?」

 

 一高の近くを歩いていると、後ろから声をかけられる。かけられた声に振り返るとそこには小柄で赤と黒の制服を着た少女が立っていた。

 

 ドリンクが欲しいのかと考え、トレイに乗ったグラスを取ろうとするが…………

 

「あっ、飲み物が今欲しいわけじゃないんじゃ。お主に用があっての」

「オレに?」

「お主かなり変わっておるの。何者じゃ?」

 

 時代劇の様な特徴的な口調でそう言って彼女はオレを興味深げに見てくる。

 

「そういうお前は?」

「おぉ!すまん、自己紹介が遅れたの。ワシは四十九院沓子じゃ!よろしくの!」

「――」

 

 四十九院だと?

 北山が言っていた神道系の古式魔法師の人間か。出くわさないよう三高のところはある程度避けてたのに、よりにもよって向こうから話しかけてくるとは…………

 

「ん?どうしたんじゃ急に黙り込んで」

「あー……そういうことを言われたのは初めてでな。ちなみにオレのどこが変わってるか教えてくれるか?」

 

 ここはある程度適当に話して、『仕事があるから』とか言って逃げるか。

 

「んーそうじゃのぅ。しいて言うならサイオンがまっさらすぎるな」

「…………」

「魔法師は精神に合わせてそれぞれ特有の輝きを持ってるんじゃ。じゃがお主からは輝きがはっきりと感じられない。まるで色がなにも塗られてないキャンバスじゃな」

「そんなに珍しいのか?」

「ああ、赤ん坊ならまだしも十代後半でそれはあり得ない」

 

 中々に踏み込むな。

 

「オレは大きな赤ん坊か」

「ククク、面白い例えじゃな――――改めて聞こう。お主、いったい何者じゃ?」

 

 四十九院の目が細まる。オレを面白がって見る目ではなく、品定めをするような目へと変わった。

 

 ”自分がいったい何者か”か。

 

 今のオレにはうまく答えることのできない質問だな。

 

「あー……悪い。それに関してあまり話せないんだ」

「むっ、そうか。スマンのう、いきなりで」

「別に気にしていない………じゃ、仕事があるので」

 

 そう言ってオレは四十九院に背を向け、振り返らずに一高がいるところへと移動する。

 

「って、なんでついて来る?」

「ん?”たまたま”じゃ。”たまたま”お主が行こうとしているところに、”たまたま”ワシの友人が挨拶に行っておるんでの」

 

 ”たまたま”言うの多いな。だが嘘を言ってるようには見えない。

 一高の辺りを見回すと、四十九院の友人と思しき三高の女子二人が司波妹に話しかけようとしてるのが見えた。

 

「あの二人がそうか?」

「そうじゃよ。せっかくじゃし、ワシと二人の分のドリンクをくれないかの?」

「さっきいらないって言ってなかったか」

「ちょうど喉が渇いたんじゃよ。そろそろあの二人もそうじゃろうし、いいかの?」

 

 計算高いのかマイペースなのかよくわからないな。とはいえ相手の要望は受け答えなければならない。

 

「……ま、それが仕事だからな」

 

 そう答えると、四十九院は先程よりも笑みを深めてオレを見る。

 だがその笑みには品定めの意識はなく、ただの無邪気な子供がするそれだった。

 

「じゃあ、一緒に行くかのー」

「行くのはいいが手を掴む必要あるか?」

「細かいことはいいじゃろー」

 

 四十九院に腕を掴まれ引っ張られていく。

 こいつ、小柄なのに力がすごい。振り払うことができないわけじゃないが、トレイに乗ったグラスを落としてしまうリスクがあるためそれはできない。

 

「おーい、愛梨、栞、戻ったぞー」

「あっ、沓子。いつの間にか消えたと思ったら、いったいどこにいたの」

「いやぁスマンスマン、ちょうど面白い者を見つけてのぅ」

「面白い人ってその人?なんで燕尾服?しかも手を繋いだりして」

「………残りの服がこれしかなかったんで。あと訂正するとこれは繋いでいるんじゃなくて掴まれてるんだ」

「そこは嘘でもラブラブですと言うところじゃろ」

「そんな嘘いう勇気オレにはない」

「冗談が通じんのぉ」

「……はぁ、あとそろそろ手を離してくれ」

「まったく仕方ないのぅ」

「そのやれやれみたいな感じはなんだ」

 

 どうにか手を離してもらい、ため息を吐きつつもオレは四十九院と二人の三高生徒にグラスを渡す。

 

「ふーん……初対面なのにもう打ち解け合ってるのね」

 

 これのどこが?

 クールな印象の短髪の少女とブロンドの少女が、じ~とオレを見る。正直居心地が悪い。

 

「あら有崎君。給仕のお仕事お疲れ様です」

 

 司波妹、労いの言葉はいいから助けてくれ。

 

「おぉ。やはりお主一高の生徒じゃったか」

「やはり?なにかそう思う根拠があったのか?」

「いいや。しいて言うならただの勘じゃ」

「勘……か」

 

 成程。そういう魔法か。

 

「まあそういうことより、そっちの挨拶はもう済んだかの?」

「いいえまだよ――――では改めまして、私は第三高校一年、一色愛梨。そして同じく十七夜栞と四十九院沓子よ」

 

 一色愛梨というブロンドの女子の紹介に二人も司波妹に向けて頭を下げる。

 どうやらこの三人はライバルとなる司波妹に挨拶に来ていたようだ。

 

「第一高校一年、司波深雪です。そしてこちらが同学年の有崎シンヤ君です」

「シバ……?ユウキ……?」

 

 司波妹も礼儀正しく自己紹介(オレの紹介も)する。

 すると、そんな司波妹の挨拶に一色は笑う。

 

「……あらぁ、一般の方でしたか。名のあるお方かと思ってお声掛けしましたの。勘違いでお騒がせしてごめんなさい」

 

 一色の言葉に、近くにいた光井は思わず憤慨しそうになる。

 師補十八家一色家に百家の十七夜家と四十九院家。

 交友関係を見ても、どうやら一色愛梨という女性は名前や地位をひどく気にする、典型的なお嬢様タイプらしい。

 

「余計なことだが、そういう態度はあまりよくないんじゃないか?」

 

 オレの言葉に、三人の意識は司波妹からオレに集中する。

 赤の他人なら無視を決め込むところだが、達也との契約上それは得策ではないと判断した。

 達也は自身よりも妹のことを優先する。妹が侮辱されればあのシスコンが黙ってはいない。

 なので面倒が起こる前に予防的処置をすることにした。

 

「………あら、なにか文句がありまして?」

「文句も何も………彼女はウチの学校の新入生総代を務めてた上に新人戦のエースだ。アンタの言うように司波は名家の出じゃないかもしれないがそれ相応の実力がある。まだなにも始まっていない時点から相手を嘲ってると逆に自分の価値を下げてしまうぞ」

「………っ、一般の方は口の利き方も知りませんのね」

 

 オレの言葉に近くにいた光井が『そうだーそうだー』と言い、司波妹は意外そうな顔で固まり、十七夜は無表情、四十九院はニヤニヤと面白そうに静観したりと反応は三者三様だ。

 

「ま、アンタがそれ相応の実力を既に示してるのならとやかく言わないんだがな」

「あら?一般人の貴方は知りませんの?私は幾つもの大会で優勝をおさめ、二つ名も持ってるんですのよ」

 

 いきなり自慢話か。

 

「ああ、なんか凄い名前だったな」

「フッ、さすがの貴方も知っていましたか」

 

 たまたま北山から聞いた話だけどな。

 

「確か名前は…………」

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

 あれ?なんだっけ?

 

「「え?」」

「まさか……忘れたのですか?」

「あ、いやちょっと待ってくれ。もう少しで出てくるから。確かフランス語だったよな?エク…………エク…………」

「そ、そうですわよ!最初の二文字あってますわ」

「そうか」

 

 あっ、思い出した。

 

「エク………レ………ア。”エクレア・アイリ”だったか?」

 

 

『『『ぶっ!』』』

 

 次の瞬間、笑いを堪えようとしたのが間に合わずに吹き出した音がいくつかした。同時にぴきっ!と空間に亀裂が入ったように感じる。

 あ、あれ?なんか間違えたか?

 

「だ、だっ…………誰がフランスのシュー菓子よ!」

 

 一色は赤い顔で怒りを顕わにし、詰め寄ろうとする。だが四十九院と十七夜がいち早く動き、憤慨する一色を止めにかかる。

 

 プルプルと身体を震わせ口元を押さえながら………

 

「落ち着いて愛梨!彼は何も間違ってない。確かに読みは違うけどフランス語発音だと同じものだから…………ぶっ!」

「そうじゃぞ。むしろ稲妻よりも親しみやすくていいではないか…………ぶふぅ!!ああもうダメじゃ腹が痛い!」

「あなた達も思いっきり笑ってるじゃないのッ!」

 

…失敗した。場を収めるつもりだったが逆に事態を悪化させてしまった。

 

「あなたは!!人をどれだけバカにすれば気が済みますの!?」

「そんなつもりはなかったんだが……なんかスマン」

「~~~~~~ッ!!!」

 

 少しずつ距離が縮まり、一色の手がオレに届きそうなる一歩手前で、後ろから現れた三高の女子生徒に襟首をつかまれ、一色は後ろに引っ張られる。

 

「あ〜、はいはいそこまで」

「み、水尾先輩!」

「まったく、なんか少し騒がしいと思って来てみれば何やってんのアンタは」

「止めないでください先輩!この男を殺せません!」

「こらこら、お嬢様が物騒なこと言うんじゃないの。彼も悪気があったわけじゃなし」

「………お騒がせして本当にすみません」

 

 こうなったのはオレのせいであるため、三高の先輩にも素直に謝罪する。

 

「いいのいいの。もとはと言えばこの子が発端みたいだし御免なさいね。ほら一色、戻るわよ」

 

 その三高の先輩は、オレを親の仇を見るような顔つきで「覚えておきなさいよー!」と叫ぶ一色に有無を聞かず、彼女の襟首をつかんで引っ張っていき、十七夜と四十九院もその後に続いていった。

 

 四人が三高の集まる一角に戻っていったのを確認した後、思わずオレはため息が出てしまう。

 

 司波妹から感謝と謝罪の言葉、光井やエイミィから『スカッとした』と賛辞の言葉を貰ったが、めんどくさい相手を敵に回してしまったことで正直気が気でなかった。

 

 

 

 




優等生でのキャラクター登場。でも懇親会のあれで少しムカついたのでこんな感じになりました。
この後いったいどうなるのやら……


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第十二話 老師の登場/大会にむけての意気込み

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。



 ちょっとした騒動の後、真由美と摩利は三高の生徒会長と話をしていた。

 

 カチューシャで止めた前髪が特徴的な第三高校生徒会長、水のエレメンツの末裔・水尾佐保。

 水のエレメンツは、水流移動系の魔法を得意とする家系だ。

 今回の九校戦もバトル・ボードとミラージ・バットの水場が用意される二種目にエントリーしている。

 

「いやぁ、うちの一年が申し訳ない」

「気にしないで、水尾さん。毎年多かれ少なかれ起こる事よ。それにうちの一年の方も騒がせちゃったみたいでごめんなさい」

「あはは…いいっていいって。ここはお互い痛み分けってことで手を打ちましょう」

「いや痛み分けって言ってもな…………」

 

 摩利の視線の先、三高一年の集まる一角では…………

 

「あの執事何者だ!?」

「あの一色とタメで張り合えるなんて………」

「まさか一高にあんな奴がいたとは…」

「俺達は新たな時代の幕開けを目撃したかもしれない」

「……お前ら何言ってんの?」

 

 ザワザワザワザワ……と先程の騒動を話題にしており、その一角から少し離れている一色愛梨は顔を伏せたままプルプルと肩を震わせている状態だった。なお十七夜栞(抑え笑い)は彼女が暴れないよう抑え、四十九院沓子(爆笑)はその横で笑い過ぎて「ひーひー…」と息ができないでいた。

 

「あれ、今後の競技に支障をきたしたりしないだろうか」

「あはは…ウチの新人にそんな柔なのはいないから大丈夫だって…………多分」

「そ、そこは断言しないと可哀そうよ」

 

 一高の真由美と摩利、三高の水尾は苦笑いするしかなかった。

 

「そういえばあの執事服の彼、一高の子?」

「ええ、彼はウチの一年生よ」

「実力はそれなりにあるようだが、風紀委員にと何度もスカウトをしてもまったく首を縦に振ってくれないんだ」

「へぇー、渡辺さんがスカウトする程とは恐れ入ったよ――で、彼とは実際どういうご関係で七草さんや?」

「ふぇ?」

 

 ニヤリと笑う水尾に話を振られ、真由美は一瞬間抜けな声が出た。

 

「水尾さん、なにを言い出すのかしら?私と彼はただの先輩後輩で――――」

「いやぁ、ただの先輩後輩にしては先程は彼と妙に距離が近かったなぁと思いましてですね」

「み、見てたの?」

「チラッと。で、そこんトコロはどうなってるんでしょうか?」

「え、えっと……どうって………その」

(ん?真由美どうしたんだ?)

 

 いつもは猫を被ってるはずの真由美の様子がおかしいことに摩利は疑念を抱く。

 そこで会場にアナウンスが入った。

 

『開催に当たって、九島烈様からご挨拶があります』

「ほ、ほら!老師のお言葉があるからその話はまた今度にしましょ!」

(誤魔化した………)

(誤魔化したな)

 

 

 

 九島烈、日本魔法師会の長老的存在であり、魔法師としても世界でも指折りの実力者である。また、「トリック・スター」の異名を持つ十師族九島家の前当主である。今だ強い影響力を誇示している人物だ。

 最強の名を保持したまま第一線を退き、以来、ほとんど人前に出てくることのない

この老人は、何故かこの九校戦にだけは毎年顔を出すことで知られている。

 

 直に見たことは無い。映像で知っているだけだ。

歴史上の人物を直接目にするに等しい興奮を、この会場に集まった全ての魔法科高校生は自分の中に見出していた。

 

 固唾を呑んで九島老師の登壇を待つ。

 だが、その凍りついた雰囲気は、すぐにどよめきの波に変わった。

 

「え?」

 

 眩しさを和らげたライトの下に現れたのは、艶やかなベージュのパーティドレスを纏い髪を金色に染めた女性であり、ここにいる多くの者が知っている老人である九島烈とは全くの別人だったのだから。

 

 

 

♢♦♢

 

 

「あれ? 女性の人?」

「『老師』は男性って聞いてたけど……」

「九島閣下のご挨拶じゃなかったのか?」

 

 唐突の出来事に対し、ざわめきは会場中に広がった。

 

 だがオレの目には、女性の背後に一人の老人が悠然と立っているのが見える。

 ただこの場にいるほとんどの人間が、彼女にばかり目を奪われているせいで気づかないだけだ。

 

 精神干渉魔法か……。

 

 おそらく現在、会場すべてを覆うほどの大規模な魔法が展開されている。

 

 その効果は“目立つものを置いて注意を逸らす”という非常に些細なものだ。事象改変と呼ぶまでもない、状況によっては自然に発生する“現象”に近いものだが、それを会場中の全員に同時に引き起こすその魔法は気づくことが非常に困難なほどに微弱である。

 

 そんな魔法を使うとは…………試してるのか?

 

 オレの視線に気がついたのか。

 女性の背後の老人が、ニヤリと笑った。それも悪戯を成功させた少年のような笑顔で。

 

 随分といたずら好きな狸だな。

 

 老人は女性に耳打ちをすると、女性は舞台袖に去っていく。そして、会場が一気に明るくなると、壇上の中央に老人が姿を見せた。

 ライトが老人を照らし、大きなどよめきが起こる。

 ほとんどの者には、九島老師が突如空中から現れたように見えたことだろう。

 

『まずは、悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する。今のはちょっとした余興だ。魔法というより手品に近いものだがね。奇術師の使うミスディレクションというやつだな。だが、手品のタネに気付いたものは、私の見たところ生徒では五人、給仕に一人だけだった』

 

 バレてたか。

 

『もし私が君たちの鏖殺を目論むテロリストで来賓に紛れて毒ガスなり爆弾なりを仕掛けたとしてもそれを阻むべく行動を起こすことが出来たのはこの六人だけだ、ということだ』

 

 会場が、今までと別種の静寂に覆われる中、その後も九島老師の言葉は続いた。

 

『魔法を学ぶ若人諸君。魔法とは手段であって、それ自体が目的ではない。私が用いた魔法は規模こそ大きいものの、強度は極めて低い。だが、君たちの殆どはその弱い魔法に惑わされ、私を認識できなかった。魔法を磨くことは大切だ。無論、魔法力を向上させるための努力も怠ってはならない。しかし、それだけでは不十分だということを肝に銘じてほしい。使い方を誤った大魔法は、使い方を工夫した小魔法に劣るのだ。魔法を学ぶ若人諸君。明後日からの九校戦では、諸君らの工夫を楽しみにしている』

 

 挨拶が終わると、一斉に、とはいかなかったものの、会場中から拍手が巻き起こった。

 

 魔法ランク至上主義である現在の魔法師社会において、その社会の頂点に君臨する人物がそのことに異議を唱える。魔法はあくまで“道具”であると言ってのけ、そして実際に分かりやすく実践してみせた。

 

 この国には面白い魔法師も居るもんだなと思いながら、オレは他の生徒と同じように老師に拍手を送るのだった。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 懇親会が終わり、愛梨、沓子、栞の三人はいち早く会場を後にしていた。

 

「……まったく、とんだ大恥をかいたわ」

「そういつまでもイライラするでないぞ愛梨。あんなのは時間が経てば笑い話ですむわい」

「さっきまで笑い疲れてた沓子が言うと説得力あるわ」

「そう言う栞も思いっきり笑ってたじゃないの」

 

 愛梨はシンヤに二つ名を間違えられてから、

 

『”エクレア・アイリ”……ぶふっ!』

『おい馬鹿!本人が聞いてたらどうするんだ!』

 

と言った感じで、同じ三高の生徒に話題にされたり気を遣われたり横で沓子に大爆笑されたりして、お嬢様タイプの彼女のプライドに傷がついてかなりご機嫌斜めの状態であった。

 

「そもそも沓子があんな一般人を連れてきたのが発端じゃないの」

 

 愛梨にジロリと睨まれるも、『ワハハ、すまんのう』と当の沓子はいつものようにあっけらかんと返す。

 

「じゃが面白い男じゃったろ?真顔であんなボケをかましてくるとは…思わず笑ってしまったわい」

「私は全然笑えなかったわよ」

「ワハハ……まあ、あ奴が九校戦に出場しないのはちと残念じゃの」

「…彼、そんなに強いの?」

 

 栞が沓子に問い掛ける。

 沓子が男子と話すことはあまりない。初対面なら尚更だ。さらに特殊な”異能”が備わっている彼女がシンヤのことを『面白い者』と言ってのけたため、九島烈の魔法を打ち破った給仕の人間がシンヤの事ではないだろうかという可能性が栞の脳裏に過っていた。

 ちなみに愛梨にそのことを話そうとすると『そんなわけないでしょ!』と物凄い剣幕で否定した。

 

「さぁ?強いかもしれないし、弱いかもしれない…まぁ正直まだわからんわ」

「わからない?」

「沓子にしては珍しい」

 

 沓子は考え込むように顎に手を当て、栞と愛梨に説明する。

 

「うーむ……ワシの直感でじゃが、あ奴から他とは違う”ナニカ”を感じ取ってのぅ。それがどういった力なのかはっきりとは分からなかったのじゃ」

「ナニカってのは何よ?」

「さぁ?ワシもさっぱり、まさに未知との遭遇じゃ!」

「…沓子、なんだか楽しそうね」

 

 栞の指摘に、沓子はニカッと面白そうに笑って返す。

 

「そりゃあそうじゃろ?この九校戦で面白そうな者に出会えたんじゃ。そら興味もそそるわい」

 

 沓子の口から出た言葉に、懇親会でシンヤに対して良い印象を抱いてない愛梨は少しイラッとして肩にかけていたカバンを握る力をギュッと少しばかり強めた。

 

「…興味深々なのは結構だけれど、私達はここに遊びに来たんじゃないのよ」

「わかっておるわい。それはそれ、これはこれじゃ」

「…分かってるのならいいわ。どちらにしろ、お遊び気分で来てる人たちに負けるわけにはいかないわ!!優勝は、我が第三高校が貰います!!」

 

一色愛梨は沓子と栞に決意を述べる。

彼女の決意に当然のように栞も沓子も頷き、三人は決意を新たに部屋へ戻っていった。

 

 

♢♦♢

 

 

 九校戦本番前日、深雪と雫、そしてほのかは、雫とほのかが宿泊している部屋にいた。深雪の場合は一年C組の滝川和実と同室なのだが、和実が体育会系の先輩のところに遊びに行ってしまうため、一人でいるぐらいならと二人の部屋に遊びに来ていた。

 深雪としては達也のところに行きたかったが、技術スタッフの一員としての作業があるということで邪魔をしてはいけないと思い、自ずと二人の部屋に遊びに来ていた。

 

「いよいよ明日から九校戦かあ……緊張するな」

「ほのか、私たちの出番は4日目以降よ。雫、明日のお勧めは?」

「七草会長のスピード・シューティングは必見。優勝は間違いないだろうけど、高校最後の年に『エルフィン・スナイパー』がどういうプレイを見せるのか楽しみ」

 

 ほのかの言葉に少し笑みを漏らしつつ深雪が雫に尋ねると、端末を持った雫がそう答えた。

 三人がしている話題はやはりというか九校戦のことだった。

 女の子の話と言えど、話題はオシャレや恋愛話だけではない。

 三人が話していると、扉をノックする音が聞こえた。

 

「あっ、私が出るよ」

 

 ノックの音に反応したほのかは、扉を開ける。

 

「こんばんは~」

「あれっ、エイミィ。他のみんなもどうしたの?」

 

 開けたドアの先にいたのは、懇親会でずっと放心状態になっていたエイミィだった。そして後ろをよく見ると、四人の同級生がいた。つまり、一高新人戦女子のメンバーがほぼそろっていることになる。

 

「うん、あのね、温泉に行かない?」 

 

その突拍子もないエイミィのセリフに、三人は顔を見合わせる。

そんな中、雫が代表してエイミィに質問する。

 

「入れるの?ここ、軍の施設だけど」

「ためしに頼んでみたら、許可くれたよ。十一時までならいいって」

「そうなの?じゃあ、ご一緒させてもらおうかしら。着替えを取ってくるから先に行っておいて」

 

 別に断る理由もないので深雪はそう答える。そんな深雪の答えに、エイミィは嬉しそうに頷いた。

 

「オーケー、急がなくて大丈夫だからね」

 

 そんなエイミィの言葉に深雪は軽く手を挙げて、チームメイトと別れた。

 

 

 

 現在、夜の10時。

 ホテル地下にある大浴場は一高一年女子の貸切だった。

 ここはホテル(軍の施設)内にある医療目的の療養施設であり、レクリエーション施設として作られた場所ではない。なので大浴場と名前が付いているものの、十人程度しか収容することが出来ず、また入るときは湯着を着用するルールが定められている。

 

「ハァ~~~極楽極楽……」

「なんだかオヤジ臭いよエイミィ………」

 

 苦笑したほのかの声が聞こえたがエイミィは気にしない。

 

「にしても、ほのかってほんとうスタイル良いよね~」

 

 エイミィの視線がほのかの方へと釘付けになる。具体的にはほのかが持っているメロン(二玉)にである。

 

「ねぇほのか」

「なっ、なに!?」

 

 チームメイトから漂ってくる不穏な雰囲気に、ほのかは悲鳴に近い声を上げる。湯着の胸元を引き寄せて、身を守るように後退するが、エイミィの進軍は止まらない。

 

「剥いていい?」

「いいわけないでしょ!?」

 

 そして漏れた欲望に反射的にほのかが叫ぶ。助けを求めてほのかが浴室を見渡す。チームメイトは全員湯船に使っているか、浴槽の縁に腰を下ろし、足を湯につけている。そして一人を除いて彼女たち全員はエイミィと同じような目で笑っていた。

 

 つまり、救いの手はないということである。

 

「雫っ、助けてっ!」

「…………エイミィ」

 

 ほのかは唯一の例外だった雫に助けを求める。地獄に落ちる一本の蜘蛛の糸にすがる思いだ。雫はおもむろに立ち上がってエイミィに静止の言葉をかける。

 

「GO」

「ラジャー!」

「なんでぇっ!?」

 

 そして、そのまま野獣の手綱を手放した。完全におっさん化したエイミィは両手をワキワキさせながらほのかが逃げられないよう立ってにじり寄る。

 

 親友までもが自分を見捨てるとは思って無かったほのかは、野獣の手に掛かる前に雫の方を向いて悲痛な叫びを放つ。

 

「どうしてなの雫!?どうしてぇ!?」

「……ほのか、胸大きいから」

 

 平原のごとく凹凸のない体を哀しそうな目で見下ろして、雫は個室サウナへ姿を消した。彼女がサウナ室の座席に腰掛けたと同時に、ほのかの悲鳴が浴室に聞こえてきた。

 

 

 

【しばらくお待ちください】ピンポンパンポ~ン♪

 

 

 

 

「ううう……酷いよぅ……」

「あはは…ごめんごめん」

「………次やったら、本当に怒るからね」

 

 雫にも見捨てられた彼女はかなりショックだったようで、少し涙目だ。

 

「みんなどうしたの?なんだか騒がしいようだけど」

 

 と、ここでシャワーブースから戻ってきた深雪の声が聞こえてきた。長い髪をアップに纏め、湯着を着直した彼女に視線が集まる。

 その完璧な姿に同性であるにも関わらず全員が息を呑んだ。

 以前から深雪が度を超えた美少女であることは学年を超えて学校全体の共通認識だった。しかし、裸に最も近い姿で改めて彼女のことを見てみると、その美しさを再認識させられる。

 薄地の湯着は、シャワーを浴びた後の肌に残る水気と浴槽から立ち上る湯気で体に張り付き、深雪の女の子らしいラインを、張りのある胸の双丘も含めてくっきりと浮かび上がらせている。

 前袷からのぞく、ほんのり上気した桜色の胸元。短い裾からすんなり伸びた、まばゆい程の白さの、非の打ち所のない脚線美。

 艶めかしい。

 その上露出の少ない湯着姿が、より美貌を際立たせ、同性ですら惹きつけてやまない鮮烈な色香を醸し出していた。

 

「えっ……と。何かしら?」

 

 思わず足を止めてたずねるも、深雪の問いに答えるものはいない。

 注がれる視線の数も減らない。

 皆、互いに同性であることを忘れてしまう程に衝撃的な、言うなれば天然の絵画を見たときのようなショックを受けていた。

 

「……………ハッ。ダ、ダメよみんな!深雪はノーマルなんだからっ」

 

 自然の美がもたらした不自然な沈黙は、ほのかの声で破られる。その声が呼び声となったのか、全員の意識が正常化していく。

 

「いやー危なかった。思わず見惚れてしまっていたよ」

「深雪の白い肌……。うん。危険だね」

 

 うんうん。と互いに頷き合って「同性でも構わない」と少しでも過ぎった自分を自制する。

 

「もう!からかうのもいい加減にして」

 

 チームメイトがどういう視線で自分を見ていたのか、それを察した上で深雪は勇敢にも彼女たちと同じ浴槽に足を踏み入れる。淑やかに膝を折って、湯船に身を沈めるだけだというのに、それだけの仕草でまたチームメイトの心を鷲掴みにする。

 横入りになって首まで浸かると、襟がお湯の流れに揺れて、刹那、深雪のうなじが大きく露になる。それだけで、誰かがため息をついた。

 

「はぁー深雪も美人でスタイル良いし。一高は来年競争率高いよ?きっと…」

「それは言い過ぎじゃないかしらエイミィ。私より貴女の方が可愛らしいと思うわよ?」

「はは……謙遜しすぎだよ深雪。ボクは深雪に夢中にならない男はいないと思うよ?」

 

 美少年に間違われそうな容姿に、赤い眼鏡をしている一年D組の里美スバルの言葉に他の女子勢も同感だった。

 

「あ!そう言えば、三高の一条の御曹子!彼も深雪に熱い視線向けてたよ!」

 

 大体の女子はオシャレや恋愛話といった話題に敏感だ。特にそれが身内であれば、盛り上がり方も尋常ではない。

 

「一目惚れしたんじゃない?」

「そりゃあ深雪だもの」

「むしろ昔から深雪の事好きだったりして」

 

 スバル達は勝手な妄想をする。深雪は彼女達の妄想に歯止めを掛ける。

 

「真面目な話、一条君とは一度たりとも会った事は無いわ。会場に来ていたのも気づかなかったし」

 

 冷たいというよりは、さして興味が無いといった感じだ。これは流石に一条に同情を禁じえない。盛り上がっていた彼女達も、冷や水を浴びせられたような反応だ。

 

「それよりも、私はエイミィと有崎君との関係が気になるのだけれど?」

 

 

 

「………え?」

 

 突然話を振られたことでエイミィは一瞬固まってしまった。

 

「な、なにを言い出すかな深雪?」

「ひょっとしてさっきの懇親会で給仕をしていた執事服の彼かい?」

「ええ、そうよ。お兄様とクラスメイトの有崎シンヤ君。どうしてわかったのスバル?」

「いやぁ、宿舎についた後にエイミィの様子がおかしくなってね。元凶と思われる携帯端末をチラッと見たら彼の寝顔写真が映ってたよ」

「ちょっスバル!?勝手に見たの!?」

「それに彼が三高の女子に腕を引っ張られてる姿をエイミィは不機嫌そうに見てたよ」

「スバルゥッ!?」

「あっ、そういえば最近のエイミィ、身だしなみとかに滅茶苦茶力入れてたわね」

「ほう、それはそれは………」

「興味深い話ですな」

 

 エイミィと同じB組の女子の言葉に、大浴場にいる女生徒全員の目がキラーンと光り、視線がエイミィに向けられる。

 

「わ、私………もう上がるね!」

 

 捕食者たちに狙いをつけられたような感覚に身の危険を感じ、エイミィは湯船を出ようとしたところで両腕を掴まれた。

 ギギギ、とまるで壊れかけの人形みたいにぎこちない動作で首を動かして後ろを振り返る。

 

「えっと、放してほしいな~ほのか、スバル?」

 

 腕を掴んでいる2人におそるおそる声をかけたが、返ってきたものは無慈悲な言葉だった。

 

「いやいや、ここは洗いざらいに話して楽になろうよ。ねぇエイミィ?」

「さっきのことは全部水に流すから、詳しく話してくれないかな?」

 

 

 

【しばらくお待ちください】ピンポンパンポ~ン♪

 

 

 

 それから数分後。

 エイミィのお話(尋問)が終わり、脱衣場に戻る頃にはエイミィの顔はゆで上がっていた。

 

「うぅ……」

 

 顔を真っ赤にしたエイミィは、手で顔を覆っている。

 

「流石にやり過ぎたかな?」

「あ、あはは…ごめんねエイミィ」

 

 スバルとほのかは苦笑してエイミィを見ていた。

 エイミィには、かなり恥ずかしいことを根掘り葉掘り聞いていたから、こうなるのも仕方ない。

 お風呂場で大きいという理由で胸を揉みしだかれたほのかとしても、これはやり過ぎだったという罪悪感がフツフツと沸いた。

 

「大丈夫?エイミィ…」

「うぅ……無理……もうシンヤ君と顔合わせられないよぉ…///」

((か、可愛い…))

 

 雫の言葉に恥ずかしそうな声で返したエイミィは、耳元まで顔を赤くし、目元が潤んでしおらしくなったりと。普段は滅多に見せない女の子の顔をしていた。

 

「ま、まさかあのエイミィがこうも初々しくなるとは………恐ろしいな彼は」

「でもエイミィの想い人大丈夫かな?三高の選手となんか揉めちゃったみたいだけど」

 

 「お、想い人じゃないよ!」とエイミィが否定の言葉を出すが女子たちの耳には届かない。

 

「三高の選手って一色愛梨さんのこと?」

「そうそう、あの”エクレア・アイリ”…………プッ」

「だ、大丈夫だよ。あんなの深雪にボコボコにされるに決まってるんだから!」

「ほ、ほのか………その言い方だと私が暴力的な女に聞こえるわよ」

 

 ほのかは深雪がバカにされたことが余程頭に来ていたようで、手をブンブンと振ってそう力説した。

 

「でも、あの人はかなりの実力者だよ」

 

 雫がスクリーン型の端末を見ながらそう言うと、ほのかたちは「嘘でしょ!?」と叫びながら雫に詰め寄る。一同が雫のスクリーン型の端末の画面を覗き込むと、雫はスクリーン型の端末を見ながら説明し始めた。

 

「一色愛梨、師補十八家『一色』家の令嬢で得意種目はリーブル・エペー、中学時代から数々の大会で優勝をおさめ、その移動魔法を使った剣捌きの鋭さから”エクレール”と称されるようになったみたいだよ。一年生ながら今大会ミラージ・パッドの本戦に出ることで注目を集めてる」

「一年生なのに上級生を押しのけて……!?」

 

 雫が次々と一色愛梨の実力と実績を説明し、さらに残りの二人もかなり実力者だと知ってしまったほのかたちに緊張が走る。

 

「そんな………そんな人にエイミィの想い人が喧嘩を売ってしまうなんて」

「いやそこじゃないでしょスバル。まあそこもだけど…………私達新人戦でこの三人と対決することになるかもしれないんだよ」

「うっ………そうだった」

「大丈夫かな?」

 

 九校戦に初出場することになった彼女たちに不安が募る中、深雪が真剣な表情で口を開いた。

 

「私達はこの日まで一生懸命練習したわ。あとはそれぞれが全力を尽くすことだけを考えればいいわ」

「深雪…………」

「それに私達にはお兄様がついてるもの」

「そ、そうだよ!達也さんがいれば勝ったも同然だよ!」

「「「「あ、あはは…」」」」

 

 深雪のブラコンっぷりとほのかののろけっぷりに女子たちは苦笑いである。

 

「ふ………確かに。あれだけ練習したのにこんなところで挫けていたら先輩たちに立つ瀬が無いな」

「うん!」

「そうだね!」

「ええ」

「皆!相手が名家だろうが有名人だろうが関係ない。今年の新人戦、絶対勝ちに行くぞー!!」

「「「おー!!」」」

 

 そうして彼女たちは自分の握りこぶしを高く掲げた。

 

「ついでにエイミィと彼がくっつけるようみんなで策を練るぞー!!」

「「「うおおー!!」」」

「えっ、ちょっ、まっ、ええっ…ええええええぇぇぇっ…!?」

 

 後のスバルの言葉に、先程よりも大きな掛け声をあげる女子たち。当のエイミィは反応が遅れ、後から掛け声に負けないほどの絶叫を上げた。

 これにほのかと深雪は苦笑い。雫はこんなので本当に大丈夫だろうか?と言おうと思ったが、面白くなりそうなので黙って見守っていた。

 

 

 後日、エイミィが顔を赤くしてシンヤと話すのを、1年女子達が微笑ましく見ていたのは余談である。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 ここはある場所……

 

 赤と金の色彩豊かな内装がされた部屋の中央には円卓が鎮座しており、そこに十数人の男達が顔を見合わせていた。

 

「先程、部下から連絡があった」

 

 彼らの内の1人が口にしたのは、英語だった。とはいえ、それはネイティブのものではなく、どことなく東アジア系のイントネーションが混じっている。

 

「魔法師たちが宿泊しているホテルへと送り込んだ我々の工作員との連絡が取れなくなったようだ」

「なんだと?まさか日本の国防軍に捕縛されたか?」

「わからん。だが連中には今回の指令以上のことはなにも知らせていない。捕縛されたところで我々がこれからやることは誰にも気づかれない」

「そうだな。それでも失敗するようなことがあれば我々全員が粛正対象となる。被る損失によっては、ボスが直々に手を下すこともあり得る」

 

 男の1人が、空中でうねり渦を巻く竜が金糸で刺繍された掛け軸を見上げた。まるで今にも動き出しそうな迫力のそれであるが、その竜は胴体だけで首から先が綺麗に切り取られている。

 

 その竜の姿に自分達の未来を暗示されたようで、彼はブルリと体を震わせた。

 

「――死ぬだけなら、まだ良いが」

 

 ポツリと呟かれたその声は、震えていた。しばらくの間、彼らのいる部屋を沈黙が包み込む。

 

 やがて彼らの内の1人が、意を決したように口を開いた。

 

 

「では我々のために手筈通り――――」

 

 

 

 

――――この九校戦……………第一高校には負けてもらう

 

 

 




一方のシンヤは…

「ガァー、グオー」

(…眠れない)

同室のレオのいびきで寝れないでいた。


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第十三話 九校戦開幕

 2095年八月三日、九校戦は開幕した。

 

 九校戦は、十日かけて本戦、新人戦と行われる。

 種目は、男女共通で『スピード・シューティング』、『クラウド・ボール』、『バトル・ボード』、『アイス・ピラーズ・ブレイク』

 

 男子のみの競技として、『モノリス・コード』

 女子のみの競技として、『ミラージ・バット』

 以上の計六種目。

 

 富士の麓という交通の便の悪い場所で行われるにも拘わらず、直接観覧するギャラリーは1日平均1万人、有線放送での中継の視聴者はその100倍を優に超えるとのことだ。

 

「1日目は本戦のスピード・シューティングとバトル・ボードか。七草会長と渡辺先輩とは、いきなり真打ち登場だな」

「そうですね! 新人戦では私達が出る競技だし、見逃せません!」

 

 達也の言葉に、光井はグッと拳を握りしめた。

 

 華やかさよりも規律を印象付ける開会式が終わり、現在は選手や観客がそれぞれ目当ての会場へと移動している最中だ。

 初日は本戦スピード・シューティングの予選から決勝、本戦バトル・ボードの予選が行われる。

 開会式に参加していた司波兄妹と光井、北山、エイミィに合流したオレ達二科生組は、スピード・シューティングの観戦に来ていた。

 正しくは、スピード・シューティングに出場する七草真由美生徒会長の試合を観ることだった。

 

「しっかし、一回戦から優勝候補を出すって大会側は後のこと考えてるのかしら?」

「エリカちゃん?後のことって…」

「あれよあれ…」

 

 エリカが呆れた顔で指を指した方、観客席の最前列には人が殺到していた。

 

「…あんなに最初から集めたら、後の試合は席がガラガラに空いちゃうんじゃないの?」

「スゲェ人だな…」

「バカな男が多いってだけでしょ」

「青少年だけではないようだが?」

 

 達也の言う通り、最前列には男性が多いが女性の人数も少なくない。

 長い髪の上からつけたヘッドセット、透明なゴーグル、ストレッチパンツの上から着る、ミニワンピースと見紛うほどにウエストを絞った襟付きジャケットと、可愛らしさと凛々しさが絶妙に合わさった近未来映画のヒロインのような格好をした七草会長がシンプルな形をした小銃形態のCADを持って射撃位置に立った時『素敵ですお姉様〜』と黄色い歓声を上げていた。

 

「お姉さまーって、全く馬鹿らしい」

「でも、会長をモデルに同人誌を作ってる人もいますし、あれくらいは普通だと思いますよ」

「美月……貴女、それを如何言う経緯で知ったのかしら?」

「美月がそう言う趣味なら、アタシも付き合い方変えるわよ」

「ち、違いますよ!?」

 

 美月にとって何気無い発言のつもりだったようだが、周りに与える衝撃はそれで済ませるレベルでは無かった。

 

「そろそろ始まるぞ」

 

 慌てふためいた美月だったが、達也の決して大きくはない、だがよく響いた言葉に冷静さを取り戻した。

 

 それに合わせるかのように、競技開始のため静粛にとの表示と開始の合図を知らせるブザー音が鳴り、観客らは殆ど静まり返っていた。

 

 『スピード・シューティング』の名前の由来はいかに『素早く』正確に魔法を『発射』できるかを競う、いわゆる魔法を使ったクレー射撃競技だ。制限時間内に三十メートル先の空中にランダムに投射されるクレーの標的を魔法でより多く撃ち落とした選手の勝利で、最初は1人ずつフィールドに立つ形式、準々決勝からは相手選手と一緒に立って指定された色のクレーのみを狙う対戦形式に変わるのが特徴だ。

 

 複数の赤のシグナルがカウントを刻み、緑のシグナルが点いた途端にクレーが2つ射出された。

 クレーは綺麗な放物線を描いて、有効エリアへと迫っていく。

 そして有効エリアにクレーが完全に入った、その瞬間、

 

『『『『『おおっ!』』』』』

 

 観客たちが感嘆の声を漏らすほどに一瞬で、2つのクレーが同時に破壊された。

 七草会長の目の前で小さな白い粒が寄り集まって塊が形成され、クレーが有効エリアに入った途端にそれが射出される。

 大気中の二酸化炭素からドライアイスを生成して、それを亜音速で飛ばしているようだ。

 ドライアイスの白い塊は寸分違わずクレーのど真ん中を射抜き、ランダムに射出されるクレーをただの1つも取りこぼすことはない。

 

 会長の勝ちだな。

 最後の一つを打ち落とし、終了のブザーが鳴り響き、観客席から拍手喝采が起こった。

 

『九校戦本戦、予選 第一高校三年七草真由美  結果:パーフェクト』

 

「流石だな」

 

 達也は称賛の言葉を口にしていた。

 

「お兄様、今の魔法はドライアイスの亜音速弾ですよね?」

「そうだな。驚くべきはその精度だ。知覚系魔法を併用し、情報処理しながらも100%の命中率」

「会長さん、クレーを打つ魔法の他に知覚系魔法まで併用してたんですか?」

 

 驚きの声を上げた美月と、同じような表情をしている周りへの、達也の説明が始まった。

 

「遠隔視系の知覚魔法『マルチスコープ』。非物質体や情報体を見るものではなく、実体物をマルチアングルで知覚する、視覚的な多元レーダーのようなものだ。会長は普段からこの魔法を多用しているぞ?」

 

 え?

 

「普段から使ってるのか?」

「ああ、普段から」

 

 マジかよ。それじゃあ悪口も唇読まれたらアウトだな。

 

「全校集会の時なんか、この魔法で隅から隅まで見張っていたんだけどな。レアなスキルではあるが……肉眼だけであの射撃は無理だと思わないか?」

「確かに肉眼であの射撃は無理」

 

 北山の言う通り、動体視力だけで百発すべて見ぬくのは常人ではほぼ不可能だ。

 

「エルフィン・スナイパーという二つ名は伊達ではないですね」

「本人はその称号を嫌ってるようだがな」

 

 妖精の狙撃手か……容姿だけならピッタリなのであるが、性格を知っているオレからしてみれば、あまり相応しいとは思えなかった。 

 性格も含めれば、妖精って言うより小悪魔だよな。リトルデビル……は言いにくいな。悪戯好きの妖精ならピクシー・スナイパーといったところか。

 流石にこれを口にすれば、制裁を喰らうのは間違いないので本人の前でそれを口にする勇気は流石のオレも持ち合わせていなかった。

 

 なのだが、ステージから下りた七草会長がゴーグルを外して笑顔でこちら側に手を振りだした。観客たちにではなく個人に向けてるようだ。

 

 会長の浮かべた笑みが優しい笑みではなく、彼女の本来の性格が見えたような何かを企んでいる笑顔に見えたのはきっと気のせいだ。

 

「シンヤ、あれはお前に手を振ってるんじゃないか?」

「何言ってるんだ達也、この場合普通は交流の多いお前に向けるだろ」

「そうか?そういうお前は懇親会のときも会長と親し気に話してたようだが?」

「へぇ~?シンヤ君やるわね~」

 

 達也に便乗するようにエリカが意地の悪そうな笑みを浮かべながら言い放った。

 このシスコンめ、今その話を持ち出すのかってイタイタイタイ

 

「……エイミィ、なんで抓るんだ?」

「…べっつにぃ」

 

 オレの右隣の席でオレの脇腹を抓るエイミィはそっぽを向きながら、唇を少し尖らせ、少々不機嫌そうな表情をしていた。

 

 いったいどうしたんだ?

 

 

 

♢♦♢

 

 

 観客席にて真由美の勇姿を見届けた達也達一行はバトル・ボードの会場へと移動していた。本戦では摩利が、新人戦ではほのかが出場する競技だ。

 

 バトル・ボードは人工の水路を全長165センチ、幅51センチの紡錘型ボードを使って走破する競技だ。ボード自体に動力はついていないため、魔法で動かすこととなる。他の選手やボードに対する攻撃は禁止されているが、水面に魔法で干渉して間接的に妨害するのはルールの範囲内である。

 

 元々海軍の魔法師訓練用に考案されたもので、水路自体に統一された規格は存在しない。魔法使用が前提のため、一般に普及しないと考えられているためだ。九校戦用のコースは全長3キロの人工水路を3周走ることになる。直線やカーブ、上り坂やスロープといった変化があり、純粋なスピードだけではなく巧みなペース配分やバランス感覚が求められている。

 予選は1レース4人の6試合で1位のみが勝ち上がり。準決勝は1レース3人で行われ、決勝は準決勝の1位同士、三位決定戦は準決勝の2位同士で行われることになる。

 

 バトル・ボードの最高速度は約60km。ボードに乗っているだけの選手に風除けはない。向かい風を受けるだけでも体力はかなり消費するだろう。

 

 こちらも会場は超満員となっており、前の方に観客が詰め掛けている。しかしこちらは先程とは違って、圧倒的に女性の方が多いように見受けられる。

 

 「ほのか。体調管理は大丈夫か?」

 「大丈夫です。達也さんのアドバイスしていただいた通りにしていますから」

 「お兄様、ほのかも随分と筋肉が付いてきたんですよ?」

 「ちょ、やめてよ深雪。私マッチョになるつもりはないよ」

 

 達也は真剣にほのかに聞いていたつもりが、口をはさんできた深雪とほのかの会話に思わず吹き出してしまう。

 

 ほのかは達也の反応を見るとますます顔を赤くする。

 

「深雪〜。達也さんに笑われちゃったじゃない」

「今のは、ほのかの言い方がおかしかっただけだと思う」

「し、雫まで・・・いいわよ別に。2人と違って私は達也さんに全部見てもらえないもん」

 

 落ち込むほのかに達也がフォローを入れる。

 

 「ほのか。ミラージ・バットは俺が調整してあげるだろ。練習にも付き合ったじゃないか」

 

 だがそれは逆効果のようだったらしく、ほのかはますます落ち込んでしまう。

 達也はやってしまったと思ったが既に手遅れ。ちよっと気の毒な気分になる。

 すると今度は美月が話に入ってくる。

 

「……お兄様」

「達也さん、ほのかさんはそういう事を言っているのではないと思いますよ?」

「達也君の意外な弱点発見〜」

「朴念仁」

「なっ!」

 

 美月、深雪、エリカ、雫の集中砲火を浴びせられた達也は言葉が詰まって何も言えなくなってしまう。レオ、幹比古、シンヤは巻き込まれまいと目をそらす。

 だが、こんな理不尽な状況でも達也はめげないようにシンヤへ視線を向けつつ言い放った。

 

「シンヤもある意味同じだからな」

「?どういう意味――」

「ほ、ほらっ皆!渡辺先輩の番だよ!」

 

 シンヤの言葉を遮るようにエイミィが大きな声を上げる。

 

 「ほんとだ……む、相変わらず偉そうな女」

 

 達也とシンヤから視線を戻したエリカは選手の中に摩利を見つけるとなぜか悪態を吐く。

 

 摩利は既にコースの上に待機している。他の3人がしゃがんでいるか片膝をついているのに対し、摩利は腕を組んでまるで女王のように立っていた。

 今4人がいるのは水の上。魔法を使っていないので、ボードの上に待機する時に大抵の選手が片膝をつく。しかし摩利は自信たっぷりな顔でボードの上に立っている。これは摩利のバランスを維持する能力が高い事を表している。

 

 アナウンスが選手の紹介を始める。

 

 摩利の名前が呼ばれると観客席が真由美の時同様他の選手よりも応援の声が大きい。

 摩利は観客席に手を振ると一高だけでなく他校の女子生徒までが黄色い声を上げた。

 

 「渡辺先輩は女子にも人気なんだな」

 「先輩はカッコイイですもの。当たり前です」

 「ふん。どうせ作ってるのよ」

 

 摩利の人気に達也達はそれぞれ感想を言っているが、それをよそに試合が始まろうとしていた。

 

『用意』

 

 スピーカーから流れる声に選手が一斉に構え、空砲と共にレースがスタートした。

 

 そしてその直後、四高の選手が後方の水面を爆破した。おそらく大きな波を作り、自身の推進力にすると同時に他選手の妨害も兼ねようとしたのだろう。

 

 もっとも、自分もバランスを崩してしまっては意味が無い。

 

 だが摩利は何事もなかったかのようにスタートダッシュを決め、あっという間に独走状態に入っていた。直線でもカーブでも滝のような段差でも、一切バランスを崩すことなくコースを走破していく。水面を滑らかに進む摩利は、まるで足とボードが一体となっているかのような安定感でコースを疾走していた。

 

「……硬化魔法と移動魔法の併用か」

「ん?どういう事だ?」

 

 硬化魔法と呟いた達也に真っ先に反応したのはレオだった。

 

「硬化魔法は物を硬くする効果もあるが、本来は“パーツの相対位置を固定する”ものだ。今回はボードと術者の相対位置を固定するのに使っている。そうして自分とボードを1つの“もの”と定義したうえで、移動魔法を掛けているんだ。しかもコースの変化に合わせて、持続時間を細かく設定している。面白い使い方だ」

「成程、つまりレオの使い方は正確には間違っていたってことね」

「うっ……事実なだけに言い返せねぇっ!」

 

 いつも通りのエリカの容赦ない指摘に、レオのメンタルにグサリときた。

 

「いや、魔法はそれだけじゃないな。上り坂では加速魔法も使われているし、波の抵抗を弱くするために振動魔法も併用されている。一度に3種類や4種類のマルチキャストを展開しているのか」

「そんなにたくさんの魔法を使って、よく頭がついていくな」

 

 感心したように呟くシンヤの言葉に、達也も心の中で同意した。

 

「面白い使い方だな……確かに硬化魔法の対象は、単一構造物のパーツである必要はない。これなら……」

「お兄様?」

 

 技術者の性か、物思いに耽りかけた達也を、深雪の声が引き戻した。

 摩利の姿は、スタンドの陰に入って見えなくなってしまっている。

 達也は「何でもない」とお茶を濁し大型ディスプレイに視線を戻す。

 

 真由美は芸術的なまでに磨き上げられた魔法で他を圧倒し、摩利は臨機応変に多種多様な魔法をコントロールして最大限の力を発揮する。たった1試合観ただけだが、それでも他の選手との差は歴然であることが容易に分かる。

 

――いや、これは既に高校生のレベルを超えているな……。

 

 余裕のトップでゴールインした摩利に拍手を贈りながら、達也はそんなことを思っていた。

 

 

 

 

 

 

 バトル・ボードは体力の消耗が激しいため何日にも分けて行われるが、スピード・シューティングはそうでないため1日で全ての試合を執り行う。準々決勝からは午後に行われるため、観客達は一旦会場の外に出て敷地内のレストランか屋台で昼食を摂り、再び会場に戻ってくることになる。

 

 昼食休憩が終わった直後辺りの頃、一旦皆と別れた達也が向かったのは、ホテルにある高級士官用の客室だった。

 その一室、普通の高校生なら近付いただけで追い返されるような雰囲気が中から漂ってきているのだが、達也は気にせずドアの前に立っている若者(とは言っても達也よりは年上だ)に声を掛けた。

 

「お待ちしておりました。どうぞ」 

 

 声を掛けなくとも同じ反応をしたのだろうが、達也は自分の方が年下で、恐らく中に居る人間に任されたんだろうと理解していたので声を掛けたのだ。

 

「風間少佐、お客様です」

 

 客などと言った身分では無いんじゃないのか?と達也は思ったが、あえて指摘はしない。余計な口を叩けるほど、自分はこの場所で発言権は無いと思ったのだろう。

 

「入れ」

 

 中から許可が出たので、立ち番の若者がドアを開ける。

 達也を出迎えたのは、数日前にテレビ電話で会話を交わした風間玄信少佐だった。本来この部屋は大佐以上でなければ使えないのだが、彼が率いる“独立魔装大隊”の特殊性、そして過去の職歴が評価され、軍内では階級以上の待遇を受けている。

 部屋の中央には円卓が置かれ、そこに風間以外に4人の男女が座っている。

 

「来たか、まあ掛けろ」

「いえ、自分はこのままで」

 

 風間に掛けろと言われて「では失礼して」と言える間柄では無い。達也もその事を弁えているからこそその場で休めの体勢を取ったのだ。

 

「達也君、私たちは君を『戦略級魔法師・大黒竜也特尉』としてでは無く、我々の友人『司波達也君』として呼んだんだ。立ったままだと我々の友人関係にまで上下が存在するみたいじゃないか」

「それに、君が立ったままだと話し難いしな」

 

 円卓のテーブルに座っている他の人間も頷き達也に着席を促す。独立魔装大隊のティータイムは円卓と決められているのだ。

 

「真田大尉、柳大尉……分かりました。失礼します」

 

 部下、または仲間では無く、この場では友人だと風間と同じくテーブルを囲んでいた二人の仕官にも着席を促され、達也は一礼して席に腰を下ろすと、達也たちを出迎えた5人の中でも紅一点、レディーススーツを着こなし、まるで大企業の若手秘書の雰囲気を漂わせる女性――藤林響子少尉がティーカップを達也の前に置いた。

 

「まずは久し振りですね。ティーカップでは様になりませんが、乾杯といきましょ」

「藤林少尉。ありがとうございます」

「この場は藤林君の顔を立てて、再会の祝杯だ」

「ありがとうございます。山中少佐」

 

 藤林少尉の言葉に賛同したのは、一級の治癒魔法師でもある山中軍医少佐だった。

 

「山中先生の場合、カップにブランデーを注ぎ足す口実が欲しいのでは?」

「めでたい席に酒精はつきもの」

「……まったく、“医者の不養生”という言葉はもっと別の意味合いだったと思うんだが」

 

 そんな遣り取りの後、6人はそれぞれティーカップを軽く掲げて乾杯した。

 

 久し振りとはいっても、長くて半年、短くて1ヶ月ほどなので、特に積もる話があったわけでもない。互いに近況を世間話レベルで語り合った後は、自然と話題は九校戦を狙う謎の組織へと移っていく。

 

「……やはり昨夜の侵入者は『無頭竜』の一員だったんですね」

「ああ、だが目的など詳しいことはまだ調査中だ」

 

 実は昨晩、武装した怪しげな三人組が軍の施設に強襲しようとしている所を達也と幹比古が遭遇し、これを阻止している。

 

「達也君、お手柄だったね。もしかして警戒してたの?」

「いえ、散歩していたら偶々気配を掴んだだけですよ」

「お散歩?あんな遅い時間に?」

「試合用のCADのチェックをしていたんですよ。その後で少しブラブラとしてただけです」

 

 藤林の疑問に達也が答える。

 

「それにしても、天下の“シルバー殿”が高校生の大会でエンジニアかぁ。レベルが違いすぎてイカサマのような気もするな」

「もう、真田大尉。彼だって、れっきとした高校生なんですからね?」

 

 真田を窘める藤林だったが、そんな彼女も苦笑いを抑えることができなかった。

 そしてそれをごまかすように、彼女が達也へと視線を向ける。

 

「ところで、達也くんは選手として出場はしないの? 結構良い線行くと思うんだけど」

「藤林。たかが高校生の競技会だ、“戦略級魔法師”の出る幕じゃないだろ」

「私だって、そこまで大規模な魔法の出番があるとは思ってませんよ。でも去年だって、十師族の十文字家や七草家がAランク魔法を使用した例があるじゃないですか」

「それとこれとは事情が違う。彼の魔法は“軍事機密指定”だ、衆人環視の競技会で使うべきではない。――達也、分かっていると思うが、もし選手として出場するようなことがあれば――」

 

 秘匿している以上は表に出せない。というか、今ばれると後々で拙いのはよく理解している。それを抜きにしても、三高には「クリムゾン・プリンス」と「カーディナル・ジョージ」、「エクレール・アイリ」の存在がいるので、これぐらいの反則は許してほしいと思わなくもない。

 

「分かっていますよ。そのような魔法を使わなければならない状況に追い込まれれば、潔く負け犬に甘んじます。――もっとも、自分が選手として出場する事態になるとは思えませんが」

「心掛けの問題だ、ということだ。解っているのなら、それでいい」

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 達也と別れ昼食を済ませたオレ達は、スピード・シューティングの会場を訪れていた。

 会場内はすでに満員状態。

 七草会長が出場するからという理由以外、これほど混み合う理由はないだろう。

 対戦相手が気の毒だな……

 

「吉田君、大丈夫ですか?」

 

 美月の一言で幹比古に視線が集中する。誰が見ても大丈夫かと心配するような顔を浮かべている。

 

「ちょっと熱気にやられてね。気にしないでくれ」

 

 抑揚のない声で言われても納得する者などいないだろう。それどころか、その言葉は何とか休ませようと美月を躍起にさせた。 

 

「体調が悪い時はちゃんと休まないとダメですよ!」

 

 美月が幹比古にぐっと近づいて説得し始める。幹比古の体調さえ良ければエリカが茶々を入れそうな距離だが、この時ばかりは誰も余計な事を言わなかった。

 

「ミキ、観念しなさい。それにあんたが倒れたら、それこそ皆に迷惑がかかるじゃない」

「……わかったよ」

 

 それが止めとなったのか、ようやく幹比古は白旗を上げた。

 このまま一人で行かせるのもあれなので、オレが同伴を申し出ることにした。

 

「じゃあオレが部屋まで送る」

「いいのかいシンヤ?七草先輩の試合を見なくて」

「予選で一度見ているからな、別に構わない」

 

 幹比古に肩を貸し、そのまま会場を後にする。

 

「具合が悪かったのなら、昼食を食べた後そのまま休んでおけばよかったんじゃないか?」

「ごめん……十師族の一人である会長の試合だから、どうしても生で見たくてね」

「まだ初日だ。七草会長以外にも十師族は十文字に一条も残っている。観戦したいなら自身の体調にも気を配った方がいいぞ」

「ははは……確かにシンヤの言う通りだ」

 

 弱々しく答える幹比古。

 エリカが言ってた通り、こいつが無理をして会場に足を運んだのには家の事情があるのだろうが、オレがそれを口に出すことはない。

 

 ホテルのロビーに入り、幹比古の部屋があるフロアまでエレベーターで昇る。

 

「聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」

「何だ?」

 

 別れを告げようとしたオレより先に幹比古が口を開いた。

 

「シンヤはさ、七草会長たちみたいに強くなりたいって思ったことあるかい?」

「……随分と急な質問だな」

「詳しくは話せないけど、僕は去年ある儀式に失敗した影響で魔法力が著しく落ちてしまってね……それから座学や武術の鍛錬に精を出してたんだけど、いつまで経っても前みたいに上手く魔法が使えないんだ」

 

 成程。いつも感じていた焦りのようなものはそこから来てたのか。

 だが妙だな。コイツの魔法力はそんなに低くないと思うが。

 

 それとも本人がそう錯覚してるのか?

 

「その上達也から僕の強さの基準は間違っているって指摘されてね」

「達也が?」

「うん。はっきりそう言われたわけじゃ無いけど……正直へこんじゃって、ハハ」

 

 あいつスランプ気味の相手に容赦ないな。

 

「それで、もう一つの質問なんだけど、シンヤにとって強さって何だと思う?」

 

 何故オレに尋ねるかは、この際どうでも良い事にしよう。

 

「そうだな……先に二つ目から答えるがこれはオレにもはっきりとは分からない。オレの持論だが、人の強さなんてそう簡単に杓子定規で測れるものじゃない。一科生のほとんどは魔法力の優劣でその”格”を測りたがる。確かに目安にはなるだろう。だが魔法師の戦いでは生来の力に頼りきった強さなどたかが知れてる」

 

 どれほど魔法力に優れようと、当たらなければ意味がない。どれほど処理能力が高かろうが、どれほどキャパシティが高かろうが、干渉力が高かろうが、生き残った者が勝者だ。

 

 過程は関係ない。

 この世は、勝つことがすべてだ。

 

「そして一つ目の質問の答えだが、オレは会長たち程の強さを求めてない。今の世界の情勢下でそれ以上の力を手にしたところでろくなことにならないのは目に見えている」

 

 特に十師族(面子問題)やら、国防軍(兵器として利用)やら、敵国(お前危険だからぶっ殺すネ的な感じ)やら。

 

「どうせ望むなら、平穏な日々を過ごすのに支障をきたさないぐらいの強さがオレには丁度いい」

「……シンヤってあんまり欲がないんだね」

「そうか?」

 

 オレにとってはこれでも十分贅沢な願いだと思うが……。

 

「……ま、そういうわけだからあまり焦り過ぎないように気をつけろよ」

「え、あ、うん……わかった」

 

 その言葉を聞き、オレは幹比古に背を向け歩き始める。幹比古はそれ以上何も尋ねてこなかった。

 

 

 

 

 皆のもとに戻った時には、既に決勝が始まろうとしていた。

 

「あっ、お疲れさまー遅かったね」

「会場に入るのに少し手間取ってな」 

 

 エイミィの隣の席に座る。エイミィの話によるとオレ達が去った後、入れ替わるように達也が来たらしい。

 

「幹比古は?」

「ホテルに着いた頃には大分落ち着いていた。少し休めば大丈夫だろう」

 

 体調の事かは分からないが、達也も幹比古を気に掛けていたらしい。会場が静まり返りカウントが始まる。シグナルが赤から青に変わると同時に複数のクレーが射出された。

 

 七草会長はスピードと精密射撃で相手を圧倒している。準決勝からは対戦型という事もあり早撃ちの要素が強くなっている。差が広がっていく事に焦りを感じてか、相手のミスが目立つようになってきている。七草会長の優勢は誰の目から見ても明らかだった。

 

 七草会長のスコアが百となり、試合終了のブザーが鳴る。

 

 

 九校戦初日。一校が男女スピード・シューティング本選を制したのであった。

 

 

 

 

 

 




ちなみにエイミィはシンヤが隣の席にいる間、

(あ、あわわわわわ……!シンヤ君の隣に座っちゃった!どうしようどうしよう!?こ、ここは顔に出さないよう表情筋に力を!)

思考回路がパンク寸前に陥りながらも必死に耐えたりと忙しいのであった。


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第十四話 試作デバイス/事故

 8月4日九校戦2日目。

 

 さっそく、達也にとって想定外の事態が発生した。

 昨日、摩利と平行して男子のバトル・ボードも行われたのだが、その結果が思っていたよりも芳しくなかった。試合自体は勝ち進んだものの摩利のような圧勝劇ではなく、特に出場選手の1人である服部は本調子でないのかギリギリの内容だった。これを重く見た作戦スタッフの鈴音は、担当エンジニアと付きっきりで調整させることにした。

 

 しかしそうなると、そのエンジニアが担当するはずだった女子クラウド・ボールの代役を立てなければならない。クラウド・ボールは1日の試合数が多く副担当がいないと厳しいが、かといって男子のサブを女子にも回すというのは負担が大きすぎる。

 

 明日と明後日の両方ともオフであり、突然の事態にも対応できる優秀な人物。

 そんなわけで、達也に白羽の矢が立ったのである。

 

 技術スタッフ用の校章入りブルゾンに袖を通し、昨日の夜に急遽渡された出場選手のサイオン特性データ内蔵の記録デバイスを持った達也が、エリア内に設けられた第一高校用の天幕へと足を踏み入れた。特設のテントだけあって簡易的な造りだが、CADを調整する機材は一通り揃えられているし、試合の様子をここからモニターで確認することもできる。

 

 そんな天幕にやって来た達也を真っ先に出迎えたのは、彼をここに呼んだ張本人である生徒会長七草真由美だった。

 

「あの会長……もしかして、そのウェアで試合をするんですか?」

「え、そうだけど……。もしかして、似合わない?」

「……いえ、とてもお似合いです」

 

 彼女が着ていたのは、テニスウェアとしか形容できないポロシャツにスコート姿、しかも競技用ではなくファッション用だった。ちょっと体を傾けただけでアンダースコートが見えてしまうであろうその格好は、ボールを追い掛けてコート中を走り回るクラウド・ボールにはどう考えても相応しくない。

 

(こんな手足をむき出しでやる競技じゃなかったはずなんだが……この人なら何でもありなんだろうな)

 

 真由美の圧倒的な魔法力があれば、格好など関係無いのだろうと自分を納得させ、達也は一つ頷いた。

 

「達也君、何だか馬鹿にされてるような気がするんだけど?」

「気のせいでは? ところでラケットは使わないのですか?

 

 真由美の疑問を事務的に流し、達也は競技の話題を振る。

 

「私は何時もこのスタイルよ」

「CADは何を?」

「これよ」

 

 真由美が取り出したのはショートタイプの拳銃型CAD。達也のCADと比べて銃身の短い拳銃型のそれは、1系統の魔法しか使えない代わりに発動までの時間を高速化した特化型だ。

 

「会長は確か、普段は汎用型でしたよね?」

「まぁね。この試合では1種類しか使わないし」

「移動か、それとも逆加速ですか?」

「正解。“ダブル・バウンド”よ」

「運動ベクトルの倍速反転、ですか。低反発性のボールでは、相手コートまで戻らないことがあるのでは?」

「去年は他の加速系魔法も入れてたんだけど、結局は使わなかったのよね」

 

 真由美から受け取ったCADを軽く眺めながら、達也は彼女の言葉に内心舌を巻いた。本人は事も無げに言っているが、相当の力量差が無ければできないことだ。

 

 そんな達也をよそに真由美はコートにぺたりと座り込み、大きく脚を広げた。「ちょっと手を貸してもらえるかしら」という彼女の言葉に、達也は了承して彼女の背中を斜めに押してやる。ほとんど抵抗も無く彼女の胸は脚につき、左右4回ずつそれを繰り返したところで「もういいわ」と声が掛かったためその手を離した。

 

 と、両脚を揃えた真由美が悪戯っぽい目つきと共に彼へと手を差し出した。達也は最初彼女の意図が分からず首を傾げていたが、彼女が少し不満げに頬を膨らませるのを見て察したのか、彼女の正面に回り込んでその手を握って軽く引っ張り上げた。膝を揃えたまま器用に立ち上がった彼女の顔は満足げだ。

 

「もし私に弟がいたとしたら、達也くんみたいな感じなのかしらねぇ」

「そんなに慣れ慣れしくしているつもりはありませんが……」

「そういう意味じゃなくって、達也くんは変に構えたりオドオドしないじゃない? 敬語は使うけど遠慮はしないし、冷たいのかと思ったらこうして我が儘を聞いてくれたりするし」

「オドオドしないという意味でなら、シンヤもそれに該当すると思うのですが」

「シンヤ君はねぇ……。オドオドしないのはいいけどどこか融通が効かないところがあるのよね~少し手間のかかる末っ子って言ったところかしら?その点、達也くんなら安心ね」

 

 真由美を見て、「こんな姉が居たら疲れるだろうな」と思った達也だが、口にしたのは別の事、自爆をするような可愛い性格では無いのだ。

 

「達也くんは、シンヤ君とプライベートな話をすることってあるの?」

「プライベートな話、というと?」

「うーん、そうねぇ……。たとえば今までどこに住んでいたのかとか?」

「いえ、そういった話はしないですね」

 

 本当は以前に質問したのだが、当のシンヤは適当に答えるだけで取り付く島がなかった。

 真由美もそんなことを聞いてくるのは単に個人的な興味なのか。

 

――――或いは日本の魔法界に君臨する“十師族”の人間としての警戒か。

 

 ふと湧いた彼の疑問は、真由美の試合の時間がやって来たことで一旦保留となった。

 

 

 クラウド・ボールはテニスに似た競技だが、サーブという制度は無い。圧縮空気によって低反発ボールがコート内に射出され、それを相手コートに打ち込んで1回バウンドするごとに1ポイント、転がったり止まっているボールに対しては0.5秒ごとに1ポイント加算される。コート全体は透明な壁に覆われており、20秒ごとにボールが追加射出、最終的には9個のボールを1セット3分間休み無く追い掛け続けることとなる。インターバルを3分ずつ挟んで、合計3セット(男子は5セット)行われる。

 

 そう。普通ならば、ボールを追い掛け続けるはずなのである。

 

 ――さすが会長、もはや勝負にすらなっていない。

 

 

 

 達也の目の前で繰り広げられているのは、試合などではなく一方的な“蹂躙”だった。

 

 相手も代表に選ばれるだけあって、かなりの手練れだ。移動魔法を使ってボールが飛び込んでくる場所に先回りし、両手で持つ拳銃型のCADをボールに向けて打ち返していく。

 

 しかしボールがネットを超えた瞬間、それが倍のスピードになって返ってくるのである。相手はそれを打ち返すために、再び移動魔法でそのボールを追い掛けていく羽目になる。

 

 一方真由美は、ただ立っているだけだった。祈るように小銃型のCADを握りしめているだけで、ネットよりもこちら側に来たボールが自動的に返されていく。一歩も動いていないのだから、達也が試合前に心配していた短いスコートが微塵も揺れることはない。

 

 真由美の魔法はただ来たボールを跳ね返しているだけなので、ボールが1個の内は相手も頑張って返していた。しかしそれが2個、3個と増えていくごとに相手のミスが比例して増えていき、最終的に9個になったときにはもはや手の施しようが無くなっていた。

 

 第1セット終了のブザーが鳴る頃には、相手選手は膝から崩れ落ちるほどに疲労していた。

 結果は85対0。どちらが0かは、書くまでもないだろう。

 

 小さく息を吐いてコート脇に戻ってくる真由美を、達也はタオルを彼女に手渡して出迎えた。もっとも、1滴も汗を掻いていないので無意味かもしれないが。

 

「お疲れ様でした、会長」

「もう達也くん、まだ第1セットが終わったばかりよ。気を抜いちゃ駄目」

「いえ、おそらく相手は棄権しますよ。ペース配分を誤ったせいで、サイオンが枯渇してるので」

 

 なぜそれが分かるのか真由美が聞き返そうとした次の瞬間、審判団による相手選手の棄権が告げられた。戸惑う彼女を尻目に「次の試合に備えてCADの調整をしましょう」と言い残して天幕へと戻っていく達也に、彼女は慌ててその後を追い掛けていった。

 

 

 その後、元々の天性の才能に加え、達也のエンジニアとしてのサポートも受ける真由美に付け入る隙があるはずもなく、真由美はその後も1つの失点すら許さないパーフェクトゲームで優勝を飾った。

 

 

 

 

 

 

 その後のアイス・ピラーズ・ブレイクに出場する一高二年の千代田花音も順調に勝ち進み、前人未到の3連覇に向けて上々といったところ――と普通ならばそう考えるだろう。

 だが午後に行われた男子クラウド・ボール。桐原先輩を含む3人が出場したのだが、いずれも1回戦敗退、2回戦敗退、3回戦敗退という結果に終わってしまった。

 

 二日目を終えた段階で、一位を第一高校が押さえているが、まだ大会は二日目を消化しただけでポイントは二位の第三高校とそこまで離れているわけではなく、三日目からの勝敗次第で二位に落ちる可能性があった。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 その日のバイトを終え、制服に着替えたオレ達はエイミィと北山、司波妹、光井と合流し、達也の部屋を訪ねた。

 

「お兄様、入ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わないよ」

「「お邪魔します」」

 

 達也にあてがわれた部屋がいくらツインとはいえ、CAD調整用の機材もある程度置いてあるのでこの人数では部屋が狭く感じられる。その中で、一つだけ奇妙なものを見つける。

 

「?達也、それはなんだ?」

 

 机の上に置いてあったそれは、刃がついてなく、長方形みたいに平べったい片手剣に見える。斬るというよりも叩き潰すことを目的としていると思われる。

 

「達也君、これって模擬刀? 刀じゃないけど」

「いや」

「じゃあ鉄鞭?」

「今時鉄鞭なんて好んで使う武芸者なんていないと思うぞ」

「武芸者って……」 

 

 達也の言い回しが古いと感じたエリカは、若干苦笑い気味の表情を浮かべる。

 

「じゃあ何? ……もしかしてホウキ?」

「正解。より正確には武装一体型CAD、武装デバイスとも言うな。完全に単一の魔法に特化したCADと、その魔法を利用した白兵戦用の武器を纏め上げたものだよ」

「ふ~ん。これって達也君が作ったの?」

「ああ。昨日の渡辺先輩の試合を見て思いついたんだ」

「ちょっと待って!」

「ん?」

 

 今まで興味を示してなかった幹比古が、急に話しに割り込んできた。

 

「渡辺先輩の試合は昨日だよ? それでもう出来てるっておかしく無いか? ありあわせのものには見えないし、達也だって作業してる暇なんて無かっただろ?」

「俺は設計図を引いただけだ。時間があれば自分でやったが、知り合いの工房の自動加工機で作ってもらった…」

 

 マジか。たった一日で完成させるなんていったいどういう人脈持ってるんだコイツは。

 

「…レオ!」 

 

 幹比古への説明を終え、達也は武装型CADを入れたトランクをレオに投げつけた。

 

「おっと! 危ねぇじゃねぇか達也!」

 

「えっ、俺が?」

「さっき言ったように、その武装デバイスは硬化魔法に特化したものだ。お前向きだと思うぞ」

「そうか……如何したもんかね」

「やりたいのバレバレ」

 

 北山の感想に、部屋に居る全員が頷く。

 

「試したくないか?」

 

 メフィストフェレスのようにささやく達也に、レオは不承不承と言わんばかりに頷く。

 

「しょうがねぇな、実験台になってやるぜ」

「顔、にやけてるぞ」

 

 態度では兎も角、表情は誤魔化せていなかった。

 エリカも「わかりやす!」と言いたげな顔をしていた。

 レオは決してバカではない(多分)が、ポーカーフェイスは得意じゃないのかもしれない。

 

「あっ、そうだ。シンヤ、良かったらお前も少し試してみないか?」

 

 え?

 

 

 

 

 

 

 

 巻き込まれる形でレオと共に即興の講義を受けた後、デバイスのチェックの為に宿舎裏にある屋外格闘戦用の訓練場に来ていた。遅い時間なのに、演習場が使えたのは、エリカのコネのおかげだ。

 

「なあ達也、本当にあんな事が出来るのか?」

「それを確かめる為に演習場に来たんだろ?」

「そりゃそうだ」

 

 マニュアルで見た事が本当に出来るかどうか疑問のようだったが、レオはとりあえずスイッチを入れて魔法を発動させる。

 

「おっ?」

 

 カチッと音がしたのと同時に、刃の中間付近が分離して剣先部分がフワリと宙に浮き上がった。

 

「ホントに浮いてら、おもしれぇ」

「3…2…1…」

「おっと」

 

 達也のカウントに合わせて、レオは剣の動きを停止させる。

 

「0」

 

 カウントが終わると、空中に浮いていた剣の先端が再びカチッと音を鳴らし柄に収まった。

 

 レオが今やって見せたのは”硬化魔法”の応用だ。

 硬化魔法のそもそもの定義は、“パーツの相対位置を固定する魔法”だ。物質の形を保持するという効果を得られるため結果的に物質が硬くなったように見え、だから“硬化魔法”という名前が付けられた。

 今回武装一体型CAD“小通連”では、分離した刃の剣先部分と根元部分の相対位置を硬化魔法で固定することで、疑似的に刃渡りを”伸ばす”仕組みになっている。その距離は術者で調整可能であり、2つの間に遮蔽物があっても問題無く魔法は機能するとのことだ。

 

「…よくこんな武器を思いついたな」

 

 思わず溢したオレの言葉に、達也は苦笑いを浮かべる。

 

「相手を驚かす程度しか取り得は無い玩具だがな」

「そうなのか?」

「色々と問題はあるが、まあこうやって楽しむ分にはこれ以上調整は必要ないだろ。ところでレオ、次は如何する? 的でも出して試し斬りするか?」

「おっ、面白そうじゃねえか」

 

 レオが乗り気になったので、達也はリモコンで的を起動させる。

 出てきた的は藁人形、魔法が確立されている現代では滅多にお目にかからないものだった。

 

「古いな……」

「誰の趣味だこりゃ……」

「まあこれでも十分機能するんだが……」

「藁人形に機能もクソもねぇぞ」

「まあ文句言っても変わらないし、始めるぞ?」

「おうよ!」

 

 藁人形を起動させ、レオに向かって動かす。その藁人形にレオも突っ込んで行き、刀身を飛ばしてを振り下ろす。すると藁人形は衝撃を受けて倒れ込む。

 

 そういえばモノリス・コードのルールでは直接攻撃は禁止されてるが、魔法で物体を飛ばして攻撃する事は許されているんだった。もし小通連が競技で使用されていたらかなりの活躍をしていただろう。

……ま、新人戦に出る連中が達也の発明品を使いたがるとは思わないだろうが。

 

「ストップだレオ」

 

 藁人形が残り半分になったところで達也からストップが入った。

 

「ここからはシンヤに使わせてくれ」

 

 オレの出番か。

 レオから小通連を受け取る。

 

「それで、オレには何をしてほしいんだ?」

「ハナシが速い。襲撃事件のときお前が魔法で自身の姿を消して見せたことがあったろ?あれを今度は刃先だけにかけてみてくれないか?」 

「…一応聞くがもしかしてその起動式も入ってるのか?」

「ああ、スイッチは柄の縁の部分にある。言ってなかったか?」

「……まあ、誰だってうっかりミスがあるから仕方ない。とりあえずやってみる」

 

 やって欲しいことが大体わかったため、言われた通り、まず初めに柄の縁に隠れていたスイッチを押し、不可視魔法を発動させる。

 そして、刃先部分の空間が歪み、視覚的に見えなくなったのを確認した後、硬化魔法を発動して刃先を残った藁人形へと飛ばした。

 

 不可視の刃なだけに、視覚では刃先がどこにあるのかまったく分からず、藁人形が勝手に吹き飛んだようにしか見えなかった。

 

「うへぇ、全然見えねぇな」

「飛ばした部位がどこにあるのか相手に見えない分、戦いでは有利になるからな。試しにと思って一緒に組み込んでみたが、改めて相手側の立場を考えると恐ろしいやり方だな」

 

 いや、そんな方法を思いついたお前の方が恐ろしいぞ。レオもオレと同じ感想の様で、達也に若干引いていた。 

 まぁ、有効的な活用法を考えてしまうのは、達也が根っからの研究者だからなのだろう。

 

「それにしてもシンヤ、動きは遅めだが剣を振る時の型が様になってるな」

「それっぽく見せてるだけだ…………済んだぞ」

 

 いくつか藁人形を切り伏せた後、特に問題がないことを確認したオレは小通連をレオに返して、二人の様子を観察する。

 利用時間ギリギリまでデバイスのチェックをしていた二人は、何処か楽しそうだった。

 

 

♢♦♢

 

 

 8月5日九校戦三日目。

 バトル・ボードの準決勝は一レース三人の二レース。このレースの一番手が決勝に、二番手が三位決定戦に進む事になる。

 

 現在はスタート直前の最終調整を行っているところであり、相手の三高と七高の選手が緊張で顔を強張らせているのに対し、渡辺委員長は不敵な笑みを浮かべてボードの前で仁王立ちをしている。そんな彼女の堂々とした振る舞いに、ますます観客の女性陣が『キャー摩利様ーっ』と熱狂的な歓声をあげていた。

 

「相変わらずすごい声援………いや、初日より増えているか?」

「この準決勝は『海の七高』と謳われる七高の有力選手がいて注目のカードなんだよ」

 

 オレの独り言に、この中では一番の九校戦フリークである北山が答えた。

 

「たしか、渡辺先輩は二年連続で優勝していたわよね?」

「そうよ。気に入らないけど実力はたしかだから」

 

 司波妹の疑問にエリカがふてくされながら肯定する。その様子に苦笑していると、開始の合図がかかった。

 3人の選手が一斉にスタートするが、先頭に躍り出たのは渡辺委員長だった。

 しかしさすが準決勝、そのまま一方的な試合展開にはならず、七高の選手がピッタリと彼女の後ろにつけている。

 

「『海の七高』か、昨年同様あの2人の争いになりそうだな。」

 

 達也の言葉を聞きながら、俺は委員長や七高選手に注目していた。

 2人の間にある水面は、互いに魔法を撃ち合っていることで大きく波立っている。普通ならば前を走る渡辺委員長が引き波の相乗効果で優位に立つのだが、七高の選手は巧みなボード捌きでそれを補っていた。

 

 成程。『海の七高』と呼ばれるほどはある。

 

 観客席前の長い蛇行ゾーンを通り過ぎても、2人の差はほとんど変わらない。ここを過ぎると、最初の難関である鋭角カーブに差し掛かる。ここからは観客席からコースが見えなくなるので、観客は一斉にモニターへと顔を向けた。

 

 オレも他の観客と同じように、大きなモニターに映し出された鋭角カーブの映像に目を向ける。

 

「ん?」

 

 スタンド前の蛇行ゾーンを抜けた先にある最初のコーナーに差し掛かった瞬間、そこにわずかな違和感のようなものを感じた。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 時間は少し遡り、三高の観客席にて……

 観客たちのほとんどが摩利と七高選手目当てで観戦しに来てることに、三高の生徒達は不満を抱いていた。

 

「何よ……これじゃ水尾先輩がおまけみたいじゃない」

「七高はともかくとして、一高は七草真由美や十文字克人を始めとして反則なんだよな」

「組み合わせに悪意を感じるぜ」

 

 このレースには第三高校の三年生、水尾佐保も出場している。しかしながら、去年の決勝カードである一高と七高の注目度が高すぎて、水尾は全く注目されていないようで三高のメンバーは不満を漏らしていた。

 

 そのような耳障りな不満に顔を顰めながら、師補十八家が一つ、一色家の令嬢にして第三高校一年の一色愛梨は、スタート地点を見つめていた。

 

「実際のところどう思う、愛梨?」

 そう聞いて来たのは、愛梨と同じ三高の一年生で物静かな少女、十七夜栞。

「……七高は水上競技においては右に出る者はいないとされているし、一高の渡辺摩利は十師族にもひけを取らない実力者。水尾先輩は厳しい試合になるでしょうね」

 

 現実的な意見としては、三高ほぼ全員が決勝に進むのは厳しいという見解で一致している。試合前には、一高が現地入りする前に事故に遭った事を聞いて棄権すれば良かったのに、と相手の不幸を願う悪口を叩く者さえいたほど、彼女たちの実力は並外れている。

 

「じゃが、水尾先輩とてここまで上がって来たのだ。厳しかろうが、決して勝てないわけでもあるまい」

 

 陽気な調子で重い空気を斬り捨てたのは、小柄で腰よりも長い髪が特徴の四十九院沓子。

 

「ええ。水尾先輩ならば勝てるわ」

「どんなレースになるか、見物じゃわい」

「…始まる」

 

 用意を意味する一回目のブザーが鳴る。

 観客が静まり返り。

 次のブザーがスタートの合図となった。

 

「…やはり速い」

「先頭は一高。それに七高がぴったりくっついとるな」

「でも、水尾先輩も付いて行ってるわ」

 

 先頭を行く二人が魔法を撃ち合い、水面は激しく波打つ。

 佐保は荒れる水上を巧みなボードさばきでクリアしながら、二人をどう追いつき、どう抜いて行くかを探っている状況だ。

 

 三者の距離は変わる事なく、鋭角コーナーへと差し掛かる。

 バトル・ボードは全長三キロメートルの人工水路を三周する。それも今は序盤なので、ここで佐保は焦る必要はない。

 

「! いかん!」

 

 突然沓子が声を上げる。

 そしてすぐに愛梨と栞も、さらに観客も目に見えて異変に気付いた。

 

「七高がオーバースピード!?」

 

 コーナーへ入る時は一度減速しなければならないところで、減速するどころかそのスピードは一切落ちないまま滑るというあり得ない事が起こっていた。

 

 このまま行けば、七高の選手はフェンス激突は免れない。

 しかしここで、コーナーへ入って減速を終えて次の加速に入っていた摩利が機転を利かせた。

 

「おお! 水平加速に切り替えて上手い事身体を反転させおったぞ!」

「でもどうするつもりかしら?」

 

 摩利は暴走する七高選手を受け止めるべく、新たに二つの魔法をマルチキャストする。

 

「! 移動魔法でボードを弾き飛ばした!」

「まさか、七高の選手を助けようとしてるの?」

「でなければわざわざ反転する意味がないからそうなのじゃろう」

 

 本来なら勝手に自爆する他校に配慮する必要などないが、アクシデントによる事故で魔法が使えなくなる事を好ましくなく、同じ魔法師として捨て置けないと思ったのだろうか。渡辺摩利という選手の行動を見て、愛梨たちはそう感じた。

 

 摩利は七高の選手を受け止めて自分が飛ばされなように加重系・慣性中和魔法を使用。

 これで事故は防げるはずだったが、さらなるアクシデントが、今度は摩利を襲った。

 

「! バランスを崩した!?」

 

 突如水面が不自然に沈み込み、浮力を失って体勢を崩した摩利の魔法にズレが生じる。

 その結果。

 魔法が発動する前に七高の選手が摩利と衝突し、もつれ合うように二人はフェンスへ飛ばされた。

 観客からは悲鳴が上がり、レース中断の旗が振られる。

 

「何て事…」

「ううむ……自分の出る競技でこのような場面に遭遇するとはな…」

「…水尾先輩が巻き込まれないで良かったけど、喜ぶべきではないわね」

 

 栞と沓子が話す視線の先では、一高の男子生徒が摩利を真っ先に引き上げて大会の救護班と何やら話をして、状態を確認した後で応急処置を施していた。

 

 その隣で、事故現場を目の当たりにして立ちつくす先輩の姿を、愛梨が複雑そうな表情で見ていた。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 あの後、病院に運ばれた渡辺委員長は肋骨が折れる重傷を負ったが命に別状はなく、ただし一週間は激しい運動はしない方が良いとドクターストップを掛けられ、出場するはずだったミラージ・バットも棄権する事になったという知らせを耳にした。

 問題のバトル・ボードのレースでは、七高は失格となり、決勝は三高と九高。三位決定戦は一高と二高となり、別の選手が出場する事になるのだろう。

 

 

 

 その日の夜、オレとレオの部屋に、達也と司波妹が訪ねてきた。

 

「どうした?」

「渡辺先輩の事故について、少し話がある」

 

 達也がそう言うと、オレは自然と部屋の中へ視線を向ける。

 ルームメイトのレオは外を散歩中で、今ここにはいない。

 立ち話させるのも何なので、オレは二人とも部屋に上がらせた。

 

「それで?何が聞きたい?」

 

 オレがそう聞くと、司波妹が部屋に遮音の魔法を使用した。 

 

「七高の選手のCADに、どんな細工がされたのか知らないか?」 

「……その口ぶりからして、どうやらお前たちもあれは事故じゃないと考えてるようだな」

「あぁ、結論から言うと、第三者の介入があったとみて間違いない」

 

 やはり達也も気づいたか。

 渡辺委員長が爆走した七高選手を受け止めようとした瞬間、ほんのわずかだが水面が不自然に陥没した。素人目には渡辺委員長が独りでにバランスを崩したように見えただろうが、あれは間違いなく第三者による悪意が働いたのだろう。

 

「通常、外部から水面に向かって魔法を掛けたら間違いなく監視装置に引っ掛かるだろう。あらかじめコースに魔法を仕掛けておく、というのも考えづらい。魔法式の情報自体はコース上に存在しているから、コースを点検しているスタッフが気付かないはずが無い」

「そうなると水中に何者かが潜んでいて、タイミングを狙って魔法を発動させたことになるが、あの大勢の観客の誰かが見ていてもおかしくないはずだ」

 

 生身の魔法師が水路の中に隠れていたと言うのは荒唐無稽な話だ。完璧に姿を隠す魔法など、現代魔法にも古式魔法にもない。

 そうなると残された可能性は、人間以外のものが潜んでいたと言うことだ。

 

「そこのところは達也はどう考えてるんだ?」

「俺は第三者が精霊魔法を利用したと考えてる」

 

――――やはりか。それなら魔法師たちが気付かないのも無理はない。

 

 霊子(プシオン)を核とする精霊はサイオンと違って認識できる魔法師は限られてる。

 美月のような霊子を”視る”眼を持った人間は最も珍しいのだ。

 もしかしたら彼女はなにか見たのかもしれないと考えるだろうが、競技中彼女はずっと眼鏡をかけていたから何も見ていないのだろう。

 

「幹比古には精霊魔法について聞いたか?」

「ああ、渡辺先輩のレースの開始時間を第1の条件、水面上を誰かが接近することを第2の条件にすれば、後は術者が任意のタイミングで精霊に命令すれば魔法は発動できる。式神でも可能だろう。ただ、そんな術の掛け方では、ほとんど意味のある威力は出せないんだと。精霊は術者の思念の強さに応じて力を出してくれるものだから、そんなに時間を掛けてたらせいぜい水面の選手を驚かせる程度の猫騙しレベルにしかならないということだ」

「だがあの状況ではそのレベルが丁度よかったんじゃないか?」

「……お前もそう思うか」

 

 そう。事故の直前に起きた七高選手のオーバースピードも仕組まれたものだ。

 本来ならスピードを落とさなければいけないカーブの直前であろう事か更に加速をした。

 

 九校戦に出場するほどの選手がそんな初歩的なミスをする可能性は低い。

 

 恐らくその選手のCADに細工がされたんだろう。

 減速の起動式と加速の起動式を入れ替えれば、間違いなく曲がりコーナーで事故を起こせる。第三者が優勝候補2人がもつれ合ってる状況を狙えば一気に脱落させられる、と考えても不思議じゃない。

 

 犯行がどのようにして行われたか仮説としては十分な情報だった。だがまだ足りない。いつCADに細工がされたかわからない。

 

「ああ、そうだ。もしCADを調整した後に手を加えられるとすれば、一か所だけ可能な場所があるぞ。競技用のCADは調整後、必ず一度大会委員に引き渡され、レギュレーションチェックを受ける」

 

……成程。そう言うことか。

 

 九校戦でエンジニアの立場にある達也の言葉で、オレの考えはまとまった。

 

「つまり達也はこう言いたいのか?大会委員の中に一高に負けてほしい奴がいると」

「ああ……だがその手口が分からない。そこで改めて聞くがシンヤ、七高の選手のCADに、どんな細工がされたのか知らないか?」

 

 達也の疑問に、オレは正直に答える。

 

「悪いな達也。オレは知らない」

「そうか……」

 

 その質問の解答には期待していなかったのか、達也からそれ以上の追求はなかった。

 

「ちなみにこの話を知ってるのは幹比古以外にいるのか?」

「俺と深雪と幹比古以外に、美月と同じエンジニアの五十里先輩と先輩のフィアンセの千代田先輩だけだ。俺が至った結論は推測の域は出ないが、それだけでも選手やスタッフの耳に入ったら大混乱を招くから内密にしている。だからシンヤも今話したことは誰にも言わないでくれると助かる」

「……わかった」

 

 話は終わりとばかり、二人は部屋から出る。

 

 あんな話をしたということは、可能ならオレに裏で動いてほしいという意思表示なのだろう。

 

 

……さて、そうなると明日からどうしようか。

 

 

 






美少女探偵団一号「ハッ!誰かが私を差し置いて探偵になってる!?」
美少女探偵団二号「突然何を言い出すのエイミィ?」
美少女探偵団三号「明日から新人戦だから早く寝ようよ」


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第十五話 新人戦開幕

更新遅れてしまい申し訳ありません。
急性虫垂炎にかかってしまいしばらく入院してました。



 第一高校の三日目の成績は、男女ピラーズ・ブレイクで優勝、男子バトル・ボード二位、女子バトル・ボード三位。

 第三高校が男女ピラーズ・ブレイクで二位、男女バトル・ボードで優勝と言う結果なので、前日よりは両校のポイントは接近していた。

 

 シンヤと別れた後、達也は深雪と共に一高幹部が揃っているミーティングルームへ来ていた。

 怪我で療養中の摩利の姿もある。今は鈴音から、呼び出された説明を受けている所だ。

 

「今日の成績は二人も知っていると思います。アクシデントもありましたが、当校の今日のポイントはプラスマイナスでほぼ計算どおりです。しかし、三高が予想以上にポイントを伸ばしている為、当初の見込みより差が詰まっています」

 

 達也と深雪は、理解した標しに頷く。

 

「本戦ミラージ・バットの成績次第では逆転を許してしまう可能性もあります。本戦のポイントは新人戦の二倍。そこで、私たち作戦スタッフは、新人戦をある程度犠牲にしても本戦のミラージ・バットに戦力を注ぎ込むべきだという結論に達しました」

 

(新人戦を犠牲にしても? まさか!?)

 

「ええ、そうよ、達也くん」

 

 達也の僅かな表情の変化を鋭く読み取って、真由美が質問を先取りする。

 

「深雪さん。貴女には、摩利の代役として本戦のミラージ・バットに出場してもらいます。達也くんは引き続き、深雪さんの担当エンジニアとして九日目も会場入りしてもらうことになります」

 

本人の発言に反して、真由美の台詞は相談ではなかった。

決定事項の通達だった。

 

「しかし、先輩方の中にも一種目にしかエントリーされていない方々がいらっしゃいます。何故わたしが新人戦をキャンセルしてまで代役に選ばれるのでしょうか?」

 

「ミラージ・バットには補欠を用意していなかった。それが最大の理由だな」

 

 説得――だろう――の言葉を重ねたのは、本来の選手だった、摩利。

 

「空中を飛び回るミラージ・バットにぶっつけ本番で出場しろというのはいくら本校の代表選手でも酷な話だ。それより、一年生であっても、事前に練習を積んでいる選手の方が見込みがある。それに――」

 

 言葉を切ったのは、意図的な「間」だろう。摩利は意外と芝居気のある少女だ。

 

「達也くん。君の妹なら、本戦であっても優勝できるだろう?」

 

 些かあざとい論法のような気もするが、達也に謙遜する理由は無い。

 

「可能です」

「お兄様……」

「そのように評価して下さってのことなら、俺もエンジニアとして全力を尽くしましょう。深雪、やれるな?」

「ハ、ハイ!」

 

 ただでさえ美しい背筋を更にピンと伸ばし、深雪は上ずった声で達也に答えた。

それは、代役を引き受ける返事でもあった。

 

 

♢♦♢

 

 

 深雪の代役が決まったころ、三高は食事の時間で、摩利と七高選手の棄権により予選通過となった結果予選を通過し、見事優勝して見せた水尾を祝っていた。

 

「水尾先輩、バトル・ボード優勝おめでとうございます!」

「やりましたね、会長」

「みんな、どうもありがとう……」

 

 しかし、みんなから賛辞を受ける水尾はどこか元気のない様子だ。そんな水尾をよそに周りが浮かれ始める。

 

「バトル・ボードで事故にあった渡辺はミラージ・バットの花形選手でもあったし、棄権になったのは天啓というべきじゃないか」

「あまり他人の怪我を喜ぶものではないがこれはツイているぞ」

「今年は新人も総合も我が三高の優勝だな!」

「この意気で一高を逆転するぞ!」

 

 明日から始まる新人戦に向けて三高全体が追い上げムードになっていた。それも仕方のない事だろう。今年は一年に『二十八家』から二人、『十師族』からは一人の精鋭が加わったのだ。それに加え、優勝候補の一高の主力選手が怪我でリタイア。これを逃す手はない。

 周りの後輩達が醸し出す雰囲気にいまいち乗り切れていない水尾に愛梨が声をかける。

 

「先輩、浮かない顔ですね」

「一色……いやー、優勝できたのは良かったんだけど、あんなことがあってからの勝利だと正直心からは喜べなくてね」

「相手が怪我をされたから……ですか?」

「うん、できれば高校最後の舞台でちゃんと競い合いたかったよ」

「先輩……」

 

 しみじみと語る水尾に、愛梨はどう声をかけたらいいか迷っていると、不意に三高が食事をとっている部屋の、巨大モニターに電源が入る。

 

『ただ今、第一高校から選手登録の変更が申告されました。本戦ミラージ・バットに出場予定だった、三年生の渡辺選手に変わりまして、一年生の司波深雪選手が、新人戦ミラージ・バットをキャンセルし、本戦に出場します』

「一年生を本戦に!?」

「一色さんと一緒じゃないか!!」

「そんな選手が一高にもいるのか!?」

 

 突然の発表に、一同が驚いている。

 

「司波深雪って………懇親会の時の……!」

「おっ、アイツか」

「やっぱり、ただ者じゃなかったのね、いきなり本戦に抜擢されるなんて」

 

 愛梨の漏らした呟きに、沓子と栞がそれぞれ感想を述べる。

 

「一色」

 

 懇親会の際に彼女の姿を目に収めた時に感じた本能的な恐怖が本物だったのではないかと戸惑ってる愛梨に、水尾がさっきまでと違う、力強い声で話しかける。

 

「渡辺の交代選手だから……っていうんじゃないけど、一色にはあの選手に勝って必ず優勝してほしい。そのためなら私は全力でサポートするよ。一色は三高の誇りだからね!」

(先輩……自身も一高を打倒して真の優勝を掴むチャンスだというのに……なんてお人好しなんですか!)

 

 愛梨が水尾の手を取って、力強い目で水尾の瞳を覗き込む。

 

「いえ水尾先輩、手伝いなんて言わず、本戦ミラージ・バットは私達で三高のワンツーフィニッシュで飾りましょう!」

 

 そう訴える愛梨が本気なのを感じ取り、水尾もしっかりと頷く

 

(素直に優勝を喜べなかった先輩の気持ちも、司波深雪に畏怖を感じてしまった私の怯懦な精神も、あんな覇気のない男の言葉にムキになったあの時の自分もまとめて吹き飛ばしてみせるわ。三高の圧倒的な勝利でね!!)

 

 ライバルとの決戦を前に新たに決意を固める愛梨であった。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 九校戦4日目。

 本戦はミラージ・バットとモノリス・コードを残した形で一旦の区切りとなり、今日から5日間、1年生のみで勝敗を競う新人戦が行われる。

新人戦のポイントは本戦の二分の一ではあるが、新人戦優勝は出場する一年生の栄誉となるため、気合いの入り方は本戦にも劣らない。

 

 新人戦と一口に言っても、その人気は本戦と何ら変わりない。むしろ現地に足を運ぶほどの九校戦ファンの中には、既に知られたスターよりも未来のスター候補を誰よりも早く見つけることに躍起になる者もいるくらいだ。

 

 競技順は本戦と変わらず、初日は『スピード・シューティング』の予選と決勝、『バトル・ボード』の予選が行われる。

 

 だが、開会式があって午前中に余裕がなかった本戦とは違い、新人戦は午前中を女子、午後を男子と分けて一気に決勝まで行う形式をとっている。

『スピード・シューティング』に限らず、試合中にCADを調整することはできないが、選手の希望を聞いて試合の合間に細かな調整を行うのは、エンジニアの重要な仕事だ。

 

 よって、この期間中は達也は選手に付き添わなければいけないため、一緒に観戦することができない。

 達也が担当する競技は、男子からの反発が強かったこと、そして、何より深雪の担当エンジニアに達也を外せないことから、『女子ピラーズ・ブレイク』、『女子スピード・シューティング』、『女子ミラージ・バット』になった。

 

 彼の実力を認めている面々の中で代表選手に選ばれた三人、エイミィと雫は『スピード・シューティング』と『アイス・ピラーズ・ブレイク』、ほのかは『バトル・ボード』と『ミラージ・バット』、そして深雪は『アイス・ピラーズ・ブレイク』と本戦『ミラージ・バット』に出場することになっている。

 そのため、他の友人たちは彼女たちの活躍と達也の手掛けた魔法を心待ちにしていた。

 

「隣空いてる?」

「あら、深雪。空いてるわよ。どうぞどうぞ」

 

 深雪はエリカに対してそんなやりとりをしているが、実際のところは深雪とほのか、エイミィの座る場所取りをしていただけである。

 

 態々両端にレオと幹比古がいるにも拘らず、そんなことも露知らずに下心見え見えの連中が訊ねて来たので、事あるごとに殺気込の視線プラス嘘八百でエリカが追い払って確保していた席だ。

 

「今日からいよいよ新人戦ね!雫もほのかもエイミィも、どんな活躍を見せるのか楽しみだわ!」

「エ、エリカ! 緊張してるんだから、あんまりプレッシャー掛けないで……!」

「もう、ほのかはもう少し肩の力を抜くべきだよ。私なんてこの前夜遅くまでスバルたちと大富豪してたんだから」

「……エイミィ、それはそれでどうかと思うけど」

「アハハ…」

 

 見るからに緊張しているのがバレバレであったほのかの様子を見て深雪がほのかに視線を向けつつも落ち着くように諌めた。

 

「ほのか、今から緊張してて身体はもつの? 少しリラックスしたらどう?」

「そうね……すー……はー……よし! 落ち着いた」

 

 深雪のアドバイスで平常心を取り戻したほのかは、漸く周りを落ち着いて見る事が出来るようになったようだ。

 

「何処も必死ですね」

「半分とはいえ、新人戦の結果が総合優勝を左右する結果になる事だってあるからね」

「特に、ウチは渡辺先輩の怪我で影響が出てるから」

「そうだよね……私たちが頑張らなきゃ……」

「また緊張してる」

 

 エリカと深雪の言葉に、再び身体を強張らせるほのかを、傍に居る二人が呆れながら見ていると、美月が止めを刺した。

 

「頑張って下さいね!新人戦はウチにとって重要になってますから」

「う、うん……」

「あれ?」

「まあ、これが美月よね……」

「そうね……これが美月よね」

「あ、あの……如何言う意味でしょう?」

 

 自分が余計なプレッシャーをかけた事に気付いていない美月は、エリカと深雪がつぶやいた言葉に意味が分からず、しきりに首を傾げていた。

 

「ほのか、今から緊張していたら試合までもたないわよ?」

「うっ……分かってはいるんだけれど」

「大丈夫よ、ほのかなら。お兄様も仰っていたでしょう? あんまり考えすぎないようにってこちらの応援に来たのだから、今は雫の応援をしましょう」

 

 ほのかに対する気遣いは達也の考えと深雪の考えが一致したものだった。前者は技術スタッフとして、後者は同じクラスメイトとしての視点の違いだが、生真面目で自信がなさすぎるほのかのことを考えれば、気を紛らわせるのがよいと考えたからだ。

 ほのかも一応は納得して席に座った。

 

「…ねえ、ところでシンヤ君はどこにいるの?」

「アイツなら雉撃ちに行ってるぜ」

「え?キジ?」

「あー……あれだよ。女子で言う”お花を摘みに行く”の男バージョンだよ」

「「あー」」

「レオの癖にそんな言葉よく知ってたわね。レオの癖に」

 

 レオの答えに、エイミィは何言ってんだこいつと言った感じの困惑の表情を見せるも、その後の言葉で一同は納得する。

 エリカの一言にレオが『何だとコンニャロ。あとなんで二回言った?』みたいな視線をエリカに向けているが、当然ながら彼女はそれをガン無視だ。

 

「それにしても~エイミィがシンヤ君の居場所を聞いてくるなんてねぇ~?」

「べ、別にちょっと気になっただけだからね」

「あらあら?”気になる”っていったいどういう意味なのかしらぁ?」

「~~~~っ!!」

 

 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべるエリカの言葉に、エイミィは顔を真っ赤にするのだった。

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 もうすぐ北山の予選試合が始まろうかという頃、万全の体調で試合を観戦するためにトイレへと向かっていたオレは、観客席へと続く通路を歩きながら考え込んでいた。

 

 ここまでの総合ポイントは第一高校と第三高校が競っており、その差は70ポイントで第一高校がリードしている。とはいえ、新人戦の成績次第では第三高校に逆転優勝される恐れも出てくる。

 新人戦の得点は本戦の2分の1(小数点以下が出た場合は切り下げ)とはいえ、総合優勝を狙うとするなら新人戦の結果が直結すると考えていいだろう。

 

 だが昨日の事故を仕組んだ第三者の件がある。

 目的はわからないが、その第三者は第一高校の優勝を望んでいないようだ。

 今後の出方次第では、点数操作のために事故に見せかけて妨害してくるだろう。

 大会運営委員会にどれだけ工作員が紛れ込んでいるのかも今の段階では分からない。

 

 ……さて、どう仕掛けようか。

 

 いずれにしても敵はすぐにまた仕掛けることはないだろうから時間はたっぷりある。

 それまでに今後の試合をいくつか観ておくとするかと考えていると、人混みの中でふと視界の右端に誰かが立っていることに気が付いた。

 

「君、少しいいかね?」

 

 ちらりと横を向くと顔ははっきりとしなかったが老齢の男性と思われる人物が立っていた。

 認識阻害系の魔法か?

 

「ああ、失礼。声をかけたのだからちゃんと顔を見せないとな」

 

 その言葉と共に、男性の顔がハッキリと見えるようになると、オレは思わず啞然としかけた。

 

「オレになにか用でしょうか?」

「なに、少々時間が空いたのでね。先日のことについて直接話す機会に丁度良いと思ったまでだ」

「大会委員はあなたがいなくなって混乱していると思いますよ」

「問題あるまい。少々席を外すと言っておいた。少し遅れても向こうも五月蠅く言わないだろう」

「良いんですか?それにあなたほどのお方がここにいれば目立ってしまいますよ、九島閣下」

 

 なんと目の前にいたのは懇親会でちょっとした悪ふざけを披露した”老師”。世界最強と目されていた九島烈閣下だった。

 

「心配はいらない。先ほどから私に気付いておる者など一人もおらんよ」

 

 確かに目の前のご老体は誰にも気付かれずにここに立っている。本来ならそれはおかしいのだ。魔法に携わる者であれば知らぬ者無しと言われるほどの魔法社会の重鎮である九島烈を目にして何も反応がないというのはおかしな話なのだ。

 

 今使っているのは先日のような特定のモノに意識を向けさせる魔法ではなく、一定の範囲において自分の存在を相手に認識させない精神干渉魔法だろう。

 

 やはりトリック・スターの異名は伊達じゃない、と言うことが理解できる。

 

「……それで、閣下の言う先日のこととはなんのことでしょうか?」

「とぼけなくていい。懇親会での私のちょっとした力試しに、君は気付いていただろ?」

「……やはりあれはオレたちの力量を測ることが目的でしたか」

「ははは……いやあ、確かにあの時に伝えた思いは本心ではあるが、それ以上に今の子供達がどの程度対応できるかを見たい側面が大きかったのもあった。七草や十文字の子らや一条のせがれも予想通り見抜いておったよ」

 

 他にもいたと記憶していたがな。オレの見立てではあとの二人はあいつらだろう。

 

「だが君だけは少し違った」

「?」

「そもそも君は”最初から見失っていなかったのだろ”」

「……なぜそう思うのですか?」

「私のかつての教え子に君と同じ目をした男がいてね。以前も同じような悪ふざけをした際、彼だけはすべてを見通していた。君のその目はまさしくその時の彼と瓜二つだったよ」

 

……まさかな。

 

「―――で、一つ問いたいんだが、彼らと同じく私の魔法を見破れるほどの実力を持った君が何故九校戦に出場していないんだ?」

 

 そんなことをわざわざ聞くために持ち場を離れてきたのか。

 とんだ人物に目を着けられたものだ。

 よし、ここは適当に誤魔化すか。

 

「閣下がオレをどう評価してるかわかりませんが、残念ながらオレみたいな平凡な人間には九校戦に出場する資格がありません」

「君ほどの実力者にしてはいささか謙遜のしすぎではないのかね?」

「いいえ、実力主義を掲げる第一高校においてオレは―」

 

 オレは腕章を見せながらの説明する。

 

「この通りの二科生――補欠止まりです。各校の魔法力の優れた優秀な選手たちが真剣に競い合うこの大会に出ることなんて到底無理な話ですよ」

 

 閣下は「……ふむ」と考え込むように顎に手をやる。

 

「……成程。君にもいろいろと表に出れない事情があるということか。いやはや、実に残念だ」

 

 いや、今のをどう解釈したらそうなるんだ?なんかものすごく残念そうな顔してるし。

 閣下の真意はまだわからないが、あまり関わり過ぎると目立つ。

 試合も始まるしそろそろ切り上げるか。

 

「閣下、時間を割いていただいたところ大変申し訳ありませんが、そろそろ試合が始まるので……」

「ああ、そうだな。では、私はここで失礼するとしよう。今度はゆっくりと話し合いたいものだ」

 

 正直それは勘弁だ。だがそんなことは絶対に口に出せない。

 

「機会がございましたら」

「では、その機会が訪れる事を楽しみにしてるよ」

 

 そう言い残して、生きる伝説はここから去っていく。

 結局、周りの人々は誰一人、彼の存在に気付くことはなく席についているのだった。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 シンヤがエリカたちのいる観客席に座ったのと同時に、北山雫の出番がやって来た。遠視機能のあるゴーグルを掛け、銃身の長いライフルのような形をしたCADを構えている。

 

「いよいよ雫の出番だね」

「ええ」

「雫はお兄様と新しい魔法を随分練習していたけど、それがついにお披露目になるのね。きっと皆さん驚くんじゃないかしら」

 

 やがて雫の前に設置されたランプがすべて灯り、クレーが射出された。

 そして有効エリアに入った途端、そのクレーは粉々に砕け散った。

 矢継ぎ早に、次のクレーが射出される。今度は有効エリアの中心辺りで破壊された。2つ同時に射出された次のクレーは、それぞれエリアの両端で破壊された。

 雫の視線はまっすぐ前を向き、クレーが射出されてもそれがぶれることはない。有効エリア全体を見渡しているようであり、クレーそのものには目を向けていないようにも見える。

 

「うわっ、豪快」

 

 エリカが漏らしたその言葉は、雫の魔法を見た率直な感想だった。

 

「……もしかして有効エリア全域を魔法の作用領域に設定しているんですか?」

「そうですよ。雫は領域内に存在する固形物に振動波を与える魔法で、標的を砕いているんです。内部に疎密波を発生させることで固形物は部分的な膨張と収縮を繰り返して風化します。急加熱と急冷却を繰り返すと硬い岩でも脆くなって崩れてしまうのと同じ理屈ですね」

「より正確には、得点有効エリア内にいくつか震源を設定して固形物に振動波を与える仮想的な波動を発生させているのよ。魔法で直接に標的そのものを振動させるのではなく標的に振動波を与える魔法力の波動を作り出しているの。震源から球形に広がった波動に標的が触れると仮想的な振動波が標的内部で現実の振動波になって、標的を崩壊させるという仕組みよ」

 

 ほのかの説明を引き継ぐ形で、深雪も説明を加える。だが、二人共視線はシューティングレンジに固定したままだ。

 

「なるほど、そう言った仕組みなんですね」

 

 二人から聞かされた丁寧な説明に、美月はしきりに頷いた。

 

 

 

 

 

 少し離れたところの、生徒会プラス風紀委員長の三年生トリオが陣取っている空間で、同じような説明が鈴音によって行われていた。

 

「……と、言う訳ですね」

「なるほど……」 

 

 説明役は、達也から内容を聞かされていた鈴音、摩利も真由美も今の説明を興味深そうに聞いていた。

 

「ご存知の通り、スピード・シューティングの得点有効エリアは、空中に設定された一辺十五メートルの立方体です。司波君の起動式は、この内部に一辺十メートルの立方体を設定して、その各頂点と中心の九つのポイントが震源になるように設定されています。各ポイントは番号で管理されていて、展開された起動式に変数としてその番号を入力すると、震源ポイントから球状に仮想波動が広がります。波動の到達距離は六メートル。つまり一度の魔法発動で震源を中心とする半径六メートルの球状破砕空間が形成される事になります」

「……余計な力を使ってるような気がするが、北山は座標設定が苦手なのか?」

「確かに精度より威力が北山さんの持ち味ですが、この魔法の狙いは精度を補う事では無く、精度を犠牲にする代わりに速度を上げる事にあります」

「つまり、その気になればもっとピンポイントな照準も可能と言う事よね? 如何言うことかしら?」

「この魔法の特徴は、座標が番号で管理されていると言う点です」

 

 鈴音の説明を聞きながら、視線を試技中の雫に戻す。未だ打ち漏らしは無く、説明通りの魔法が、有効エリアに入ったクレーを破砕していく。

 

 スピード・シューティングの有効エリアは、試合開始から終了まで一度も動くことはない。つまり細かい座標を変数として毎回入力する必要は無いということであり、よってあらかじめ大まかなポイントを選択式で設定しておいて、発動時にその番号を入力するだけで事足りる。

 

 さらにこの魔法は、威力や持続時間を考える必要が無い。制御面での操作が必要無いので、魔法の発動そのものに演算領域をフル活用できる。連続発動もマルチキャストも思いのままだ。

 

 鈴音の説明が終わったタイミングで、試合終了のブザーが鳴った。

 撃ち漏らしはゼロ。文句なしのパーフェクトだ。

 

「魔法の固有名称は“能動空中機雷(アクティブ・エアー・マイン)”。司波くんのオリジナルらしいですよ。色々詰め込んでいるために大きな起動式ですから、北山さんのように優秀な処理能力を持っていないと使えませんが」

「……私の魔法とは、まるで発想が逆ね。よくこんな術式を考えつくものだわ」

 

 真由美が感心しながら頷いていると、その横で摩利が興味津々な様子で雫を――正確には彼女が先程まで使っていた魔法を見つめていた。

 

「しかし面白いな……。自分を中心とした円を想定してその円周上に震源を設置すれば、有効なアクティブ・シールドとして使えそうだ。そうなると問題は持続時間だな。短すぎるとタイミングが難しいし、長すぎると自滅しかねない。いや、それこそ術者の腕次第だな。――よし! さっそく今晩にでもあいつを捕まえて、私のCADにインストールしてもらおう!」

「……試合の邪魔にならないようにね」

 

 試合前に1年女子に対して苦言を呈していたのは誰だっけ、と真由美は思いながら、呆れの表情を浮かべてそう言った。

 

 

 

 

 

 雫の試合を観戦した三高の天幕では、泡を食ったように狼狽していた。

 

「どうなってるんだいったい!?」

「あんなの見たこと無いぞ!」

 

 一高幹部でさえ驚愕するほどの雫の魔法とパーフェクトという結果は、他校をも震撼させるほどだった。

 

 同じ天幕内にいた愛梨も動揺こそしたものの、冷静にこの後にこの競技の試合を控えている栞へ尋ねる。

 

「栞、今の戦法はわかった?」

「ええ」

 

 栞の眼は雫の魔法の特性を的確に捉えていた。

 

「おそらく北山選手はフィールドをいくつかに区分して、クレーが飛来したエリアに対して振動魔法を発動させているわね。区分するエリアを細分化せずおおまかにする事で振動魔法の出力のみに集中出来る。機雷のように見えるのはそのプロセスの速さゆえね。見事な戦術だわ」

「そう。さすがいい目をしているわ。貴女と対戦した時、どうなるかしら?」

 

 わざわざ問うまでもない事を、愛梨はあえて問うた。

 

「そうね。おそらくこの戦法からいって北山選手は細かな範囲指定が苦手なタイプのようだから、二種のクレーが飛び交う対戦形式ではそれが致命傷となる。何故ならそこは、私のテリトリー」

 

 栞は控えめながら不敵に、静かに笑みを浮かべた。

 

「私の演算能力を駆使すれば、彼女の魔法など脅威ではない」

 

 

♢♦♢

 

 

「予選突破おめでとう雫!!」

「まだ決まったわけじゃないよ」

「あれだけパーフェクトを出したら予選突破は確実だよ!」

 

 全ての試技を終え、控え室に戻ってきた北山の元に、光井が労いの言葉をかける。観戦していたオレ達は、同じくスピード・シューティングに出場していたエイミィと合流し、祝福ムードが漂っていた。

 

 一同が落ち着いたところで達也が北山とエイミィに声をかけた。

 

「お疲れ様、凄かったよ」

「ありがとう、これもみんな達也さんのお陰だよ」

「そんなことはない。雫の実力だ」

「また達也さんはそう言う」

「それより予選突破は確実だろう。準々決勝からは対戦形式だ。CADの調整は朝のうちに済ませてあるから、落ち着いたら感触を確かめておいてくれ」

「分かった」

「明智さんもだからな」

「おっけ~」

 

 新人戦の予選突破ラインは、例年通りであれば命中率八割程度。北山とエイミィは余裕でクリアしているため予選突破は確実といえる。

 

「俺は滝川さんの所に行ってくる」

 

 滝川とは北山やエイミィと同じく新人戦女子スピード・シューティングに出場している三人目の女子生徒とのことだ。

 彼女はまだ予選の試技が残っており、エンジニアの達也が補佐につくようだ。

 

 達也は新人戦女子スピード・シューティングに出場する三名の選手のエンジニアを務めている。一年生がエンジニアを務めるだけでも異例のようだが、達也はそれをそつなくこなしている様子がうかがえる。

 

 ブラック企業でも生き残れそうだな。いや、流石に無理か。

 

『まもなくスピード・シューティング第二ブロックの予選です』

 

 アナウンスが流れ、今度は本戦のハイライト映像へと切り替わっていた。

 

「第二ブロックの試合見に行ってもいい? 気になる選手がいるから」

「それって三高の?」

「うん。そのうち当たるかもしれないし」

「よしじゃあ行こう!!」

 

 目を輝かせながら光井は北山と手を繋ぎながら部屋を飛び出していった。

 思い出したように美月が「えっと……ほのかさんは午後から試合なんじゃあ……」と呟くが、その声が本人に届くことはなかった。

 ま、本人にはかえって気分転換に良かったのかもしれない。後でどうなるかは知らないが。

 

 

 

 

 

 

『お待たせしました。それではこれよりスピード・シューティング第二ブロック予選を始めさせていただきます。一人目、第三高校十七夜栞選手の登場です!』

 

 その後全員で試合会場に行き、何とか席は確保できたが、北山たちが試技していた時よりも会場の席は埋まっていた。これから試技をするのが三高の選手ということもあるのだろう。

 

『先ほど第一高校の北山雫選手がパーフェクトを記録して会場を大いに沸かせましたが、こちらは優勝候補ナンバーワンと前評判の高い十七夜選手。いったいどんな魔法で我々を沸かせてくれるのでしょうか!!』

 

 十七夜はシューティングレンジで単発小銃のようなCADを構えながら開始の合図を待っている。

 

 会場内のざわめきが収まるとスタート開始のランプが点り、会場の大型スクリーンに『START』の文字が表示された。

 

「おおっ!!」

「これはっ!?」

 

 開始と同時に複数のクレーが射出され、クレーが得点有効エリアに飛び込むと栞はCADの引き金を引いた。

 

「クレーが次々に!?」

 

 一つのクレーが破壊され、その破片によって周りを飛ぶクレーが粉砕されていく。

 

 パズルゲームの連鎖のように、一個のクレーの破片が周りのクレーへ、そしてその破片によって壊されたクレーの破片が、またその周囲のクレーへと飛び散った。

 

 ただの偶然ではないのは火を見るよりも明らか。

 

「一つ目の魔法は振動魔法として、どうして破壊された破片が他のクレーに飛ぶんだろう?」

 

 疑問を口にしたのは、この後別グループで競技を控えているエイミィ。

 

「移動……かな?」

「でも破片の数を把握してそれぞれ移動させるって、可能なのかな?」

「仮に可能だとしても、それってコンマ何秒の世界じゃん! 余程空間把握能力が無ければ難しいよ! それこそスーパーコンピュータでもないと!」

 

 そこまで考えて、北山も光井も、そしてエイミィもハッとした。

 三人の考えを代弁するなら、仮にではなく、あの選手はそれをしっかり把握しているのだ。

 

「ねえシンヤ君、エイミィたちが言ってることって可能なのかな?」

「エリカ、なぜそこでオレに聞く」

「え~?だってシンヤ君実は頭の中にスーパーコンピューターが搭載されてそうだし」

「……オレは○ーミネー○ーかなにかか」

「どっちかというと○カ○○ットかな」

 

 殆ど人類の敵じゃん。レオや達也なんか否定できないといった表情をしている。解せぬ。

 

「……まあ、100パーセント不可能とは言えないな。古式魔法に”数秘術”があるくらいだからな」

「数秘術って…あれ誕生日で運勢を占うやつじゃなかったっけ?」

「一般的なやつはそういう占いの類として広まってるが、本物は既存情報を組み合わせた結果、予想される未来を観測するのが主流だ。現代魔法でそれを再現するとした場合、それを個人で利用するとしたら、おそらく”自分の目に映るあらゆる事象・現象・具象を脳内で数値化・数式化して取得”してるんだろうな」

「じゃあ、十七夜選手は今も頭の中で計算しながら未来を観測してるってこと?」

「人間の脳は一種のスーパーコンピューターだからな。専門の魔法開発研究所で調整でも受けてれば脳内で破片の弾道と角度をビリヤードのように瞬時計算することも理論上可能だろうな」

 

 オレの仮説を聞いていたエリカやエイミィは驚きを隠せずポカンと口を開け、北山は静かに十七夜の試技を見つめていた。

 

「パーフェクトだ!」

「新人戦で二人もパーフェクトを出すなんて今年はいつもと違うぞ!!」

「今年の新人戦はレベルが高いなー!」

 

 観客たちは十七夜の試技に魅了され、満開の拍手の花を咲かせる。

 

「達也さん、今の魔法も『魔法大全』に載ったりするんでしょうか?」

「いや、あの選手が使った魔法は彼女の空間認識能力ありきのものだから、載ることはないだろう。ただ、シンヤの仮説が正しければこの個人特有の能力を突き詰めるやりかた―――恐らく、金沢魔法理学研究所の訓練を受けているだろう」

 

 金沢魔法理学研究所?

 

「なんだその研究所は?金沢の第一研と関係があるのか?」

「金沢魔法理学研究所は閉鎖された魔法技能師開発第一研究所の跡地に作られた施設だ。中身がそのままとは言い難いが、元第一研の息が掛かっているのは間違いないだろう」

 

 地理的に第三高校に近い魔法技能師開発第一研究所、通称第一研の研究テーマは「生体への直接干渉」―――とりわけ人体への干渉をメインに取り扱っていた。魔法師の人体実験は禁止されている(非合法では黙認されている部分も存在する)が、その流れをその研究所が受け継いでいても不思議ではない。

 

「達也さんはそんなことまでわかっちゃうんですか?」

「ああ、少し伝手があってな」

 

 達也の言う伝手がどんなのか少し気になる。

 

 それにしても十師族の一条ならまだしも三高からああいった顔ぶれが出てくるとは……

 

 

 

 

 

 

……面白い。

 

 

 



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第十六話 雫対栞/夏の暑い日はアイスに限る

更新遅くなりまして誠に申し訳ありません。




 さらに精度が上がっているようね栞。やはり私の目に狂いはなかったわ。

 

 三年前、フェンシングに魔法を加えた魔法競技リーブル・エペーの試合で私……一色愛梨は栞と対戦した。

 

『ねえ、さっきのあなたの剣捌き見事だったわ』

『変なお世辞はやめて。私はあなたから1ポイントも取れなかったんだから』

『私はお世辞なんか言わないわ……』

 

 彼女の切っ先の精緻さに驚いた。

 剣のしなりを考慮に入れて二手三手先を読む鋭い感覚、並みの相手ならば彼女の圧勝だったはず。

 

『あなたはもっと上に行ける才能を持ってる。私と同じ景色を見てみたくない?』

 

 そう言って私は栞を金沢魔法理学研究所へ誘い、栞は持ち前の空間把握能力、演算能力に磨きを掛けた。

 

 その結果、彼女は見たもの全てを数式化して魔法に応用する特別な目を手に入れた。

 

 栞にはすべて予測できている。ランダムな要素に見える粒子の軌跡が。

 そう、誰にもまねできない栞だけの魔法……それはスーパーコンピュータをも凌駕する、演算能力を駆使した美しい数式の旋律、【数学的連鎖(アリスマティックチェイン)】

 

 たとえ対戦相手がどれほど魔法力に優れていようと、栞の前では無力も同然よ。

 

 

♢♦♢

 

 一高本部に戻った真由美たちの元にも、新人戦スピード・シューティングの結果が届けられた。

 

「三人共予選突破か……」

「今年の一年女子は特にレベルが高いのか?」

 

 決勝トーナメントに進出するのは、予選二十四名の内八名。その八名の中に、同じ学校からエントリーした三名が共に入ってるというのは、本戦、新人戦を通じて過去にあまり例が無い。だから摩利のつぶやきもある意味ではそう感じられていてもおかしく無い事なのだ。

 

「摩利、分からないフリは止めたら?」

 

 だが、この天幕に集まっている一高幹部には、スピード・シューティングの結果が良いのは、個人技能だけではない事を分かってる人間が集まっているのだ。

 真由美のツッコミに、肩を竦めて降参のポーズを見せた摩利。話を逸らすように別の話題を振った。

 

「バトル・ボードの方はどうなってる?」

「男子は二レース終了していずれも予選落ち、女子は一レースに出場して予選突破です」

 

 真由美の問いかけに答えたのは同じく天幕内にいた鈴音だった。

 

「女子の方では最終レースの光井さんが予選突破確実でしょうから、あーちゃんにはもう少し頑張ってもらわないと」

 

 男子が全滅という結果に摩利は顔をしかめ、真由美はあずさの事を憂いていた。

 

「当校も、もう少し技術者の育成に力を注ぐべきかもしれないな」

 

 一高はエンジニアの数こそ足りているが、それを補助するスタッフが不足している。そのためエンジニアの生徒に負担がかかり、一日に何人もの選手のCADの調整が強いられていた。

 

 摩利と似たように、顔をしかめながら自分の端末を操作していた克人が、苦みを混じった声で応えたのだった。

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

『皆様こんにちは! 新人戦一日目、女子スピード・シューティングは早くも準決勝を迎えます。予選では超高校級の魔法に度肝を抜かれ、準々決勝では熱い戦いが繰り広げられました。そしてその戦いもついにベスト四までが決まりました!』

 

 全国に流れている有線放送の映像が会場内のモニターにも映り、アナウンサーの声が会場を轟かせている。

 

『今年の新人戦女子スピード・シューティングでは一高フィーバーが止まりません! なんと、ベスト四の四選手のうち三名が第一高校の選手。そして第二試合では注目のカードが実現します!』

 

 煽り立てるように、雫と栞が向き合う構図の映像が流れる。

 

『予選では新魔法【能動空中機雷】で会場を興奮の渦に巻き込んだクールビューティー! 準決勝でも圧倒的魔法力で相手を制圧するのか!? 第一高校北山雫選手!!

 対するは今大会全ての演技でパーフェクト。その正確無比な軌道予測に天下無双! 連鎖で奏でる重奏曲【数学的連鎖】は準決勝でも炸裂するのか!? 第三高校十七夜栞選手!!

 早くもこの2人が激突します。両選手の活躍をどうぞお楽しみください!』

 

 第三高校の控え室でこの映像を見ていた栞と参謀の吉祥寺真紅郎はほくそ笑む。

 

「随分注目されているみたいだね」

「吉祥寺君ほどじゃないわ」

「はは、謙遜だね。さて、本題に入ろうか」

 

 真紅郎は、雫が準々決勝で使用した『アクティブ・エアーマイン』が振動魔法と収束魔法の連続発動によるものと分析していた。収束魔法で仮想波動エリア内の自身が破壊するクレーのみを収束し、その反動で対戦相手のクレーを逸らしてしまうという方法。これによって雫の対戦相手の点数が伸びなかったところまで読み切っていた。

 

「一口に反動と言っても、出力規模の違う起動式を最大9つ使い分けているから準々決勝の相手も点数が伸びなかったんだろう。でも、君ならそのすべてに対応できるだろう?」

「―――当然よ」

 

 真紅郎も栞の能力と『アリスマティック・チェイン』への有効な対策は立てていないだろうと推測していた。準々決勝の魔法をそのまま使ってくると想定しての作戦……だが、それが完全に破綻するとは、この時の真紅郎にも栞にも予想できていなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、ありがとう司波君!何か魔法の腕が急に上がった気がするよ!」

「俺がしたのは、あくまで明智さんの手助けだよ。準決勝に進めたのは、間違いなく明智さんの実力だ」

 

 声も体も弾ませて全身で嬉しさをアピールする1年女子・エイミィこと明智英美と、至って平静のまま、しかし微笑みを携えた達也が、選手控え室である第一高校の天幕の中へと入ってきた。

 

 それを出迎えたのは、浮き足立っているように見えるもう1人の出場選手・滝川和美と、こんな状況でも無表情を貫く雫だ。

 

「待たせてすまない、雫。すぐさま調整に入ろう」

 

 達也は天幕に着くや否や、すぐさま雫が次の試合で使うCADの調整に入った。準々決勝までは同じ高校の選手が重ならないように時間が調整されるとはいえ、試合数が少ない分だけ予選よりも試合間隔が短くなる。しかも一高は3人共予選を突破しているので、エンジニアである達也の負担はどうしても大きくなってしまう。

 

「大丈夫、達也さん?」

「心配するな、大丈夫だ」 

 

 達也はそれだけ答えると、調整機のモニターを注視する。画面には様々な計測結果が高速でスクロールされており、普通の人間ならばそれを目で追うことすら困難だろう。

 

 やがて達也は小さく頷くと、そのCADを雫に手渡した。

 

 小銃形態のそれは、ストラップが付いている以外は他の選手が使用する物と大差ないように見える。しかし実弾銃の機関部にあたる箇所が、他の選手のものに比べて随分と厚みを帯びていた。

 

「分かっているとは思うが、予選で使った機種とはまったくの別物だ。時間は無いが、少しでも違和感があったら遠慮無く言ってくれ。可能な限り調整する」

「違和感なんて無いよ。むしろしっくり来すぎて怖いくらい」

 

 CADを構えたりトリガーに指を掛けたり離したりしながらそう答える雫に、達也の表情がほんの微かだが和らいだように見えた。

 

 ふと、雫はCADから視線を外し、横にいるチームメイトへと向ける。

 

「2人共、勝ったんだよね」

 

 その言葉に、エイミィと滝川の2人がニコリと笑って頷く。

 

「大丈夫。いつも通りやれば、雫も勝てる」

「もちろん。――優勝するためのお膳立ては、すべて達也さんがしてくれた。後は、優勝するだけだよ」

 

 雫はそう言って、天幕を後にした。達也はそれを、笑顔で見送る。

 

「……あれ?ひょっとして今のって、私達に対する宣戦布告?」

「いやぁ、本当の敵は一番身近な所にいたんだなぁ」

「そうだな。2人共、準決勝に進んだからといって、油断するんじゃないぞ。ここまで来たからには、優勝を狙っていけ」

「えぇっ!?司波君、目標が厳しすぎるよー」

「そうだそうだー!」

 

 笑みを多分に含んでいるためにまったく説得力の無い2人の抗議を、達也は笑って受け流した。

 第一高校の天幕内は、今まさに競技が行われている最中だとは思えないほどに和やかな空気に包まれていた。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 新人戦女子スピード・シューティング準決勝。その第1試合となる第一高校の北山雫と第三高校の十七夜栞の試合が始まった。

 

 スタートランプが点き、その全てが点灯すると、赤と白のクレーが飛び交う。

 

 北山が破壊すべきは赤。

 十七夜が破壊すべきは白。

 

 赤のクレーが軌道を曲げ、得点有効エリアの中央に集まって衝突するという収束系魔法を北山は使用している。更に準々決勝の時と同じく射出される白のクレーの軌道を逸らしている。一瞬北山の必勝パターンだと考えるだろう。

 だが軌道を逸らされたにも関わらず十七夜による連鎖破壊に狂いは生じず、破壊されたクレーの破片は次に飛んでくる白のクレーに衝突して砕け散っていた。

 

 両者譲らない高度な戦いに会場内の温度がどんどん上がっていく。

 

(………流石に合わせて来たか。まあ、予想通りだな)

 

 恐らく北山のCADには効果範囲や強度を固定した収束魔法の起動式が何種類も格納されている。そのいずれにも対応できる移動魔法を構築するには人並み外れた空間把握力や事象計算力が必要である。

 にも関わらず、十七夜はそれを平然とやってのけてる。彼女の天才的な軌道予測による連鎖破壊『数学的連鎖』は伊達ではないという事か。

 

「雫、大丈夫かな?」

「厳しいでしょうか」

 

 苦い表情を浮かべて、美月が感想を漏らす。

 

 これまでと違って北山は優位ではなく、わずかな差でリードを許し、点差を詰められずにいた。

 予選ではパーフェクト。準々決勝では相手を寄せ付けない圧倒的勝利で勝ち進んできた彼女も、思わぬ強敵とぶつかって苦戦を強いられている。

 まだ序盤だが、必勝パターンが崩されているこの状況が続けば、勝利するのは難しいだろうと誰もが思うだろう。

 

 だがあの達也がなんの対策も考えてないはずがない。

 

 

♢♦♢

 

 

(おかしい…) 

 

 栞は自分の身体に違和感を感じていた。

 体調は万全に整えている。数学的連鎖は確かに大規模な魔法式で消耗が激しいとは言っても、対戦相手の戦法をシミュレートして完璧な調整を施して臨んでいる。

 

 それなのに、今まで感じた事のない疲労感が身体にのしかかっていた。

 予想外の負荷がかかるような原因でもあっただろうか?

 

(……まさか!)

 

 その原因に思い当たった時、それまで続いていた破壊の連鎖が途切れてしまうが、慌てる事無く再び調整してリズムを取り戻す。

 しかし、徐々に栞の計算は狂い始めていた。

 

 

 

 

 

 

「……よし」

 

 予想通りの流れになって来ている事に、達也はわずかに口元を緩めていた。

 三高が雫の戦法を研究した上で作戦を練って来るのは当然として、相手は雫が使用しているCADを特化型だと誤解している事も達也の予想していた通り。

 

 それは当然だ。

 雫は準々決勝では力を抑えていたのだから。

 

 収束系魔法を多種類格納しているが、雫が準々決勝で使用したのは特化型の限界である九種類にも満たない上に、彼女が使用しているのは照準補助装置を付けた汎用型CAD。

 九十九種類も格納出来る汎用型で、特化型に劣らぬ処理速度を実現したあのCADには、効果範囲や強度の異なる収束系魔法が多種類インストールされている。

 

 それらに対処するなど、いくらスーパーコンピュータを凌駕する計算力を持とうが不可能。

 

「雫の勝ちだな」

 

 

♢♦♢

 

 

 そういうことか。

 あれだけの起動式は特化型に収まる数じゃない。

 

 準々決勝で展開された収束魔法の出力規模は限定されていたが……あれはわざとか。

 

 恐らく北山が使ってるのが特化型だと三高に誤認させる作戦だろう。

 

 当然三高は9つの起動式程度なら対応できるようにしか対策を練っていない。

 展開される99の起動式に対応するのは完全にオーバーワークだ。

 

 現に……

 

「ああっ!?」

「十七夜選手が……っ!!」

「ミスしたぞ!!」

 

 さっきから急に十七夜の連鎖が繋がらなくなって点を伸ばせていない。その一方で北山が着々と積んでいる。

 

 十七夜が映っているスクリーンをよく見ると、呼吸が乱れ始めているが一目瞭然だ。

 スーパーコンピューターをも凌駕する演算能力を駆使した旋律。

 人間がスーパーコンピューターを超える力を出すのに、いったいどれだけの負担が身体にのしかかるかわかるだろうか。

 それも、想定していた以上の事象計算が必要となると……。

 

 

 やがてリードされていた点数は並び。

 

 十七夜がまたもやミスをすると、北山の点数が瞬く間に逆転。

 

 試合終了のブザーが鳴る。

 

 結果は96-92……北山の勝利で試合は終わった。

 

 

♢♦♢

 

 

 その後行なわれたエイミィと滝川の試合はエイミィが勝利して決勝へ駒を進め、滝川は三位決定戦で雫と互角に渡り合った栞とぶつかったが、相手がミスを連発したおかげで勝利を収め、雫とエイミィによる決勝は、最初はエイミィも食いついていたが届かず雫が勝利。

 

 この結果。第一高校はトップ三を独占するという快挙を成し遂げた。

 

「凄いじゃない! トップ三を独占するなんて!」

 

 喜ぶあまり、真由美は達也の背中をバシバシ叩いた。

 

「……頑張ったのは俺じゃなくて選手ですよ。褒めるなら選手にしてください。というか会長、痛いです」

「もちろん、北山さんも明智さんも滝川さんも、皆よく頑張ってくれました!」

 

 真由美から満面の笑みで祝福され、三人の少女は照れくさそうに頬を染め、「ありがとうございます」と声をそろえて一礼した。

 

「だが、間違いなく君の功績でもある。それはここにいる全員が認識しているぞ」

 

 上機嫌な様子で摩利も喜びの輪に加わり、摩利の台詞に雫たちは揃って大きく頷いた。

 

「自分がここまで来れるとは思っていませんでした」

「ホント司波君には感謝してるよ!」

 

 興奮したように話すのは、それぞれ2位と3位を取ったエイミィと滝川だった。

 

「みんな、達也さんのおかげで入賞できたと思ってるよ。私だって、達也さんが担当していなかったら優勝できたかどうか分からない」

 

 いつものように淡々と、しかしいつもより饒舌に話すのは、見事優勝に輝いた雫だった。彼女の言葉に他の2人の選手だけでなく、真由美や摩利もうんうんと頷いていた。

 

 反応に困っている様子の達也に、鈴音が「そういえば」と声を掛ける。

 

「ところで司波くん、北山さんが予選で使用した魔法について、大学の方から『インデックス』に正式採用するかもしれないという打診が来ていますが」

「そうですか。では、開発者を聞かれたら北山さんの名前を答えておいてください」

「――だ、駄目!」

 

 あまりにも自然だったのでそのまま流しかけたが、雫はすんでのところでそれを食い止めた。

 鈴音の言った『インデックス』とは『国立魔法大学編纂・魔法大全・固有名称インデックス』の略であり、国立魔法大学が作成する魔法の百科事典に記された魔法の固有名称の一覧表である。ここに採用されるということは、大学が正式に認めた“新種魔法”として独立した見出しがつけられることを意味している。魔法開発に従事する研究者ならば、誰しもが1つの目標として掲げるほどに名誉なことだ。

 

「これは達也さんのオリジナルなのに!」

「開発者の名前に最初の使用者が登録されるのは、割とよくあることだぞ」

「達也くん、謙遜も過ぎると嫌味だぞ?」

 

 摩利の呆れたような言葉に、達也は首を横に振った。

 

「謙遜ではありませんよ。自分の名前が登録された魔法を、当の本人が使えないだなんて恥でしかないでしょう?」 

 

 確かに新種の魔法の開発者として名前が知られると、実演を求められることが多い。それなのに本人が使えないとなったら、最悪他人の手柄を横取りしたと思われかねないだろう。

 

「自分が使えない魔法を、どうやって試したんだ?」

「別に発動できないわけではありませんよ。ですが、俺だと時間が掛かり過ぎるんです。実戦レベルで使えなかったら“使える”とは言わないでしょう?」

「まぁまぁ、本人がこう言ってるんだから良いじゃないの! 達也くん、この調子でどんどん頼むわよー!」

 

 満面の笑みと共にそう言った真由美に、達也は軽く頭を下げて応えた。

 雫も摩利も納得し難い表情だったが、それ以上何も言わなかった。

 

 

 

 

 時は同じく。

 第三高校のミーティングルームは暗い雰囲気に包まれていた。

 

「ここまでの結果だが、予想以上に一高が得点を伸ばしている」

「本戦女子バトルボードで先輩が優勝したのに、新人戦で足を引っ張ってしまっているな」

 

 摩利のアクシデントにより、本戦女子バトル・ボードで優勝したのは第三高校だった。これにより、一高と三高の総得点差は縮まったのだが、新人戦だけの結果を見れば一高に大きく引き離れてている。 

 

「さすがにスピードシューティング女子の一位から三位独占は予想できなかったな」

「ああ、優勝確実なはずの十七夜が四位で敗退したのはデカかった」

「まさか三位決定戦でも負けるとは……」

 

 一年生たちによる嘆きの声。栞を責めているようにも聞こえるが、彼らに栞を気遣う余裕はなかった。

 

 当の本人は明日も別種目に出場予定の試合があるため、体調を考慮して会議を欠席している。

 愛梨は悔し気に空席となっている栞の席に目を落とす。 

 

 新人戦女子スピード・シューティングでは、大会が始まる前から栞が優勝候補と言われていた。しかし、準決勝で雫との再試合の連続で溜まった疲労が抜けきれず、緊張の糸が途切れた栞は、続く三位決定戦では信じられないようなミスを連発。

 

 普段の力を出せば負けるはずのない相手だっただけに、三位決定戦での栞の敗北は三高チームの動揺を誘った。

 

「そこまで実力差があるようには見えなかったのだが……」 

 

 ある生徒の発言に、この場に同席していた一条将輝が口を開いた。

 

「その通りだ」

「将輝?」

「確かに優勝した北山選手って選手の魔法力は卓越していた。だが、二位、三位の選手はそこまで飛びぬけて優れているという印象はなかった。魔法力だけなら表彰台を独占される結果にはならなかったはずだ」

 

 落ち着きながらも淡々と話す将輝。

 

「それにバトルボードは今のところウチが優位だし、一高一年のレベルが特に高いとも思えないよ」

 

 将輝に続いて吉祥寺真紅郎は発言する。 

 

 現在の時点で、三高のバトル・ボードの成績は男子は二名が出場して共に予選突破。女子も二名が出場して一名が予選突破。対して一高は、男子三名が出場して全員が予選敗退。女子は一名が予選突破。この後ほのかのレースが残っているが、スピード・シューティングとは真逆の結果となっている。

 

「ジョージの言うとおりだ。一高の一年のレベルが高いわけではない。という事はつまり選手のレベル以外の要因がある」

 

 将輝の方へその場にいた全員の視線が集まる。

 

「その要因はなんだと思ってるんだ?」

「……エンジニア、だと思う」

「エンジニア?」

 

 答えたのは吉祥寺真紅郎だった。

 

 将輝と真紅郎はスピード・シューティングの試合を見て、お互いの意見が一致していることを確認していた。

 

「僕と将輝はあの試合を見て一つの結論に行きついた」

「ああ。一高の勝利は偶然じゃない。CADの性能を何世代も引き上げる化け物のような技術者がついている」

「一条がそこまで言うのかよ……」

「……いや、アレよりはまだ可愛い方か」

「?どうしたの将輝?」

「あっいや、なんでもないよジョージ。とにかく、奴が担当する種目はこれからも苦戦を強いられるだろう」

「全員のCADを担当できるわけではないけどね」

 

 真紅郎のフォロー虚しく、将輝の言葉は会議室に重苦しい沈黙を招くのだった。

 

 

♢♦♢

 

 午前の部の試合が終わり、昼食休憩の時間。

 司波兄妹と光井を除いた(バトル・ボードの準備云々で)オレ達は、会場外に点在する屋台にいた。

 

「いろんなキッチンカーが出てるんだね」

「ケバブにバーガーにクレープ……各国の料理がありますよ」

「ナインティワンアイスにはこの会場限定のフレーバーがあるからおすすめ」

「さすが毎年来てるだけあるね雫!」

「じゃあ今日のお昼はアイスを食べるってことで!」

 

 エリカの提案に、全員似たような気持ちだったのか反対意見はでなかった。

 一緒にアイスが売ってある屋台に駆け寄るメンバーたち。

 

「よし、俺はコイツにするか」

 

 レオが選んだのは通常規格の3倍あるチョコアイス。そのお値段はなんと通常規格と大差ない。幹比古はカキ氷を、エリカや美月、北山、エイミィの女子勢はナインティワンアイスを選ぶ。

 こんなところにもそれぞれの個性みたいなのが見え隠れしているから面白い。

 

 さて、俺はどれにしようか。種類が多い分選ぶのに悩んでしまう。

 

「お~お主もここに来ておったのか」

「ん?」

 

 後ろからかけられた声で振り返ると、四日前の懇親会で話しかけてきた三高の四十九院がいた。

 

「何しに来た?」

「何しにって…そりゃあアイスを食べに来たに決まっておろう」

「……まあ確かに」

「あ、あの…シンヤさん。そちらの方とはお知り合いですか?」

 

 おそるおそる質問してきた美月。

 

「いや、懇親会で初めて会った」

「そういえば他の者との自己紹介はしてなかったのう。ワシは三高一年の四十九院沓子じゃ!よろしくの!」

「よ、よろしく…」

 

 九校戦の最中、他校の生徒から気さくに挨拶をされ、エリカたちは戸惑いつつもお互い自己紹介をする。

 

 

(あ、あの子は……!)

(ん?どうしたのエイミィ?そんなに驚いて?)

(えっ、いや別に、なんでもないよ)

(なんか怪しいーわね)

(懇親会の時に2人が手を繋いでたのを見てエイミィかなり動揺してたみたい)

(ちょっ、雫!?)

(ほほう?それはそれは)

 

 

 何やらエリカたちがこそこそと話してるがよく聞こえない。女子の会話に乱入するほどの度胸はないため詮索しないでおこう。

 

「ところで、おぬしは今どのアイスにするか迷っておるんじゃろ?あんなにメニュー表を見回しておったらわかるわい」

「正直どんな味かわからないからな」

「それならこれをおすすめするぞい」

 

 四十九院が指さしたのはよくあるスタンダードなソフトクリームだ。ミルクをぐるぐると巻いたやつ。悪くないな。

 

「…そうか。じゃあこれにする」

「それじゃあ儂もこれにするぞい」

 

 ん?

 

「お前もそれにするのか?」

「?せっかくすすめたのを自分も選ぶのは当然じゃろ?なにか問題か?」

「…いや」

 

 まぁ、いっか。

 

 

(あちゃ~その手があったか。ゴメンねエイミィそこまで気が回らなくてー)

(ち、違うよ!私そんなんじゃ)

 

 購入を終えてアイスを受け取ると、全員で集まってコンビニの開いたスペースで食べ始めた。

 

 ソフトクリームを口の中に運ぶととろりと柔らかいミルクが口どけして広がる。

 

「これは……美味しいな……」

 

 癖になりそうな甘さと冷たさが、体内に染み渡る。正直革命だ。アイスクリームがこんなに美味しいものだったなんて。ただ沢山食べると身体には悪そうだが……。

 

「美味しそうに食べるのー。まるで初めて食べたようじゃ」

「そりゃ誰だって美味しいと思うさ……ってどうかしたか……? そんな、意外なようなものを見る目でオレを見て……」

 

 四十九院と何気なく話していると、視線が多く集まっているのに遅まきながら気が付いた。

 

「えっと、その、シンヤくんがそんな顔をするなんて思わなかったから……」

 

 代表してエリカが答える。賛同するレオや美月たち。

 さらには幹比古やエイミィまでもがそういった顔で見てくるのだから何が起こっているのかまったく分からない。

 

 堪らずに困惑してしまう。

 

「そんなにも変な顔をしているのか?」

 

 だったらショックだが……。

 

 オレの雰囲気を敏感に感じ取ってかエイミィが両手をわちゃわちゃと振りながら否定する。

 

「えっと、シンヤくん……無表情とまではいかないけど、感情の起伏が普段から全然見られないから……。だからその、そんな美味しそうに食べるなんて思わなくて…………」

「確かに普段人形みてぇに表情変えないしな」

「時々苦笑とか困惑とかはあったんだけどね……」

「そんなに顔に出てたか?」

「「「「うん(はい)(おう)」」」」

 

 マジか。

 

「おお、それじゃあ儂はその意外な瞬間に立ち会えたという事じゃな」

 

 ソフトクリームをペロペロ舐めながら、四十九院がオレを見てくる。

 居た堪れない空気を払拭するべく、オレはわざとらしく咳払いをする。

 

「ところで四十九院は「沓子でいいぞ」……沓子はここに一人で来たみたいだが他の二人はどうしたんだ?」

「愛梨は作戦テントの方にいて、栞の方は自室に塞ぎ込んでおるの」

「塞ぎ込んでる?」

「うむ。午前の試合での敗北が相当応えたようでの。あっ、別に北山に文句を言っておるわけじゃないぞ」

 

 四十九院改め沓子の言葉に、北山は「気にしてない」と短く返す。

 

「そんな柔な感じには見えなかったがな」

「人は見かけによらないというものじゃ。それにあ奴もいろいろと苦労しておるしの……」

 

 あれだけの実力を持ちながら自信喪失か。

 

……少し勿体ない気がするな。

 

「まあ、アイス・ピラーズ・ブレイクの頃には栞も復活するじゃろうて」

「なんでそう思う?」

「勿論儂の勘じゃ」

 

 勘……か。

 その後、オレの話題から一高と三高の話題へと変わっていき、しばらく和気あいあいとした時間が続いた。

 

「……と、そろそろ次の競技の準備をしなきゃいけない時間じゃ」

「バトル・ボードに出るのか?」

「うむ。こう見えて儂、水上では無敵じゃからの。もし時間があったら儂の出番を見に来るとよいぞ」

 

 ふふんと(無い)胸を張る沓子は、最後にコーンを平らげ、「それじゃぁの」と言い残して足早に立ち去るのだった。

 

 

 

 




魔法科高校の優等生の漫画の続きが電撃大王に載ってたのを知り、とても驚きました。


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第十七話 ほのかの波乗り/栞復活

テレビアニメ『エイティシックス』を見てみたら、主人公の名前が”シン”な上によう実の綾小路ボイスだったのにとても驚きました。




 午後からは男女バトル・ボードの試合の後半部分が執り行われる。

 最終レースに出場する事になっているほのかから、「私のレース観に来てください!」と朝食の時間の時に熱心なお願いをされた達也は、一高の天幕へやって来た。

 

「あ!達也さん!」

 

 高校生とは思えない刺激的なプロポーションをカラフルなウェットスーツに浮かび上がらせたほのかが、真っ先に出迎えて来た。

 

「来てくれたんですね!」

「約束だからな。中条先輩、お疲れ様です」

「お疲れ様です司波君。それにちょうどよかったです」

「? 何がですか?」

「ちょっと他の子の様子を見ておきたいので、しばらく光井さんをお願いしてもいいですか? 試合までには戻りますから」

 

 あずさの提案に、ほのかが明らかな喜色を示した。

 

「…いいですよ。任されました」

「ではお願いします。光井さん、また後で」

 

 動物で例えるならリスを連想させる小動物系女子のあずさは、時々空気を読んでお姉さんぶろうとするところがある。真由美と摩利に弄られてばかりの気の弱い印象が強いだけに、生徒会に顔を出している達也にとっては意外と言えば意外であった。

 

「ほのかの試合まではまだ時間があるな…」

 

 時間を確認すると、ほのかのレースまでまだ一時間以上も時間が空いている。

 ほのかの緊張を解すために談笑する時間に充ててもいいが、達也は有効利用したいと考えた。

 

「ほのか」

「はい、何ですか?」

「予選を突破したら対戦するかもしれないし他の選手の試合を観ておいた方がいいと思うが、どうする?」

「そうですね。私も見ておきたいです!」

 

 弾んだ声で達也の提案に乗り、二人は試合の見やすい場所へ移動すると、ちょうど次のレースが始まろうとしていた。

 

「この競技で一番マークすべき選手は、おそらくはあの選手だろう」

 

 控えめに指し示した達也の指を辿って行きついた先にいたのは、腰よりも長い髪を二つに結っている小柄な少女。

 ウェットスーツの肩には、第三高校の校章。

 

「あ!あの子!」

「…知っているのか?」

「知っているというか……懇親会で一色愛梨って三高の人が深雪に挨拶に来た時に一緒にいたんですよ。そんなに手ごわいんですか?」

「……ちょっと気になることがあってな。彼女は四十九院沓子。神道系古式魔法を受け継ぐ由緒正しい家系で、そのルーツを辿るとかつての神道の大家『白川家』に行きつくそうだ。『白川』の血筋はその名の通り水の魔法を得意としているらしい」

 

 ほのかは達也がどうしてそんな事を知っているかと聞きはしない。

 達也なら知ってても不思議ではないからだ、と納得してる。

 

「どんなレースになるでしょうか?」

「予想だが、おそらく四十九院選手が圧倒するだろうな」

 

 そしてこの予想は当たるだろうと、達也は確信していた。

 

 結論から先に述べさせてもらうと、達也が予想していた通り、沓子は二位以下に圧倒的な差を付けて予選を通過した。

 

 バトル・ボードのルールには、『選手の体やボードに対する、直接的な攻撃は禁止する』とある。

 沓子が圧倒的勝利を収めたのは、まさにこのルールの穴をすり抜けたようなものだった。

 

 では何をしたのかと言えば。

 彼女は水面に魔法を使用して、水面を陥没させたりと、水面を逆流させたりと、そう大がかりな起動式は使っていない。ただ、彼女が使用した魔法によって他の選手はまんまと引っかかって次々とバランスを崩したり、加速しても全然スピードが出なかったりと、大きく後れを取った。

 

 これは見方によっては他の選手を妨害したように見えたかもしれないが、アンフェアな行為があった場合に振られるイエローフラッグも、ルール違反の選手を失格にするレッドフラッグも振られておらず、大会側は彼女の作戦を合法と認めたのだった。

 

「あわわ……」

 

 沓子の圧倒ぶりに、畏縮しているほのかを見て、達也がした事は実に単純。

 

「大丈夫だ。ほのかなら恐れることはない」

「……達也さん」

「確かに強力な選手だったが、ほのかだって決して引けを取っていない。特訓したことを思い出してまずは予選通過に集中しよう」

「……はい!私頑張ります!」

 

 達也からの激励に、ほのかは気合十分な返事をした。

 

 

♢♦♢

 

 

 バトル・ボードの試合時間は、平均して15分。しかしボードの上げ下ろしや水路の点検、損傷した箇所の補修などが試合の合間に行われるため、競技スケジュールは1時間ごとに1レースとなっている。つまり後のレースになるほど選手は長く待たされることとなり、テンションの調整が上手くいかずに不本意な結果に終わる選手が毎年1人か2人はいるらしい。

 

 しかしこの日の最終レースにてようやく出番がやって来た光井は、少なくともモニターからはそのような不調は感じられなかった。彼女は本戦で摩利がしていたようにボードの上で仁王立ちをしているが、彼女の見た目からか摩利のような女王様然とした印象は受けず、気丈に振る舞う様がむしろ微笑ましくすら思える。

 

「さてと達也くん、いったい何を企んでるのかそろそろ話してもらおうかなぁ?」

 

 と、モニターを眺めていたエリカがふいに達也へと視線を向け、ニヤニヤと意味ありげな笑みでそんなことを尋ねていた。

 

 そんな彼女に、達也はうんざりといった表情を浮かべて、

 

「……何を言っているんだ、エリカ?人聞きの悪い」

「いやいや、明らかに何か企んでるだろう?」

「……あんなに自信に満ち溢れたほのかを見るのは初めて」

「もはや何も企んでいないって方がおかしいよ」

 

 他の面々はどうやらエリカの味方なようで、レオが真っ先に達也の言葉を否定すると、エイミィや光井の幼馴染である北山がそれに乗っかって追撃を加える。幹比古・美月といった控えめな性格の者も、口にこそ出していないがウンウンと小さく頷いてそれに同意していた。

 

 そうして先に発言した4人が揃って指差した先、モニターに大きく映し出された光井は現在、サングラスにも見えるほどに濃い色をしたゴーグルが掛けられていた。そしてそれは確かに、彼女の趣味にしては少々無骨なデザインをしている。

 

 時間の経過によって日が大分傾き、直接向き合うと邪魔になる程度には眩しくなっているが、グラス面に付着した水飛沫が視界を遮るのを嫌い、ゴーグルの類を使用する選手はあまりいない。現に光井以外の選手はゴーグルを着用しておらず、彼女を時折不思議そうにチラチラ見遣るほどである。

 

 数時間ほどに達也が光井の元にいたのは皆知っている。

 その場で達也が何かしらのアドバイスをして、その結果が光井の掛けているゴーグルなのだろう、と全員が考えたのである。

 そうして面白半分期待半分の目を一身に受けた達也は、やがて観念したように両手を軽く挙げて口を開いた。

 

「バトル・ボードのルールでは、他の選手に魔法で干渉する事は禁じられている。しかし水面に干渉した結果他の選手の妨害になる事は禁止されていない」

「……えっと、如何言う事でしょう」

「“直接”っていうのが、このルールにおけるポイントだ。つまり直接でない場合、例えば水面に魔法を掛けることは許されている。だから水面に魔法を掛けて結果的に他の選手を妨害した場合は、ルール違反にはならない」

 

 ああ、そういうことか。

 

 

 静かにするようにとのアナウンスが会場中に響いた。スタートが近づいている緊張感に、観客が途端に静まり返る。

 

 やがてブザーが鳴り、本日最終レースの火蓋が切って落とされた。

 その直後、観客はほぼ反射的に、揃って、水路から目を背けた。

 まるでフラッシュでも焚いた様に、スタート地点の水面で強力な光が炸裂したのだ。選手達は反射的に目を覆うが、その中の1人が光をモロに見てしまった影響でバランスを崩し、落水していた。

 突然のアクシデントで他の選手がスタートにもたつく中、ただ1人悠然とスタートダッシュを決めたのは、光井だった。

 その瞬間、会場の誰もが気づいた。犯人は彼女だと。

 

「よし」

「いや、よしじゃねーよ! 何だよ今のは! いくら何でも狡すぎんだろ!」

「何を言ってるんだ。イエローフラッグは振られていない。つまり審判はさっきの魔法を認めたということだ」

「確かにルールには反してないけどさ……」

「水面に干渉するとなると、波を立てたり渦を作ったりとか“水面の挙動”にばかり意識を向けがちだが、許可されているのはあくまでも“水面に魔法で干渉して他の選手の妨害をする”ことだ。スタートと同時に波を起こしたり光を使ったりバトル・ボードでは様々な戦法が試されてきた。最初にリードを奪った方が大幅に利点がある競技だからな」

「でも光の魔法で妨害に成功した選手はいないよ」

「確かに妨害に使えるほど出力の大きな魔法だと移動用の魔法に移行しにくく本末転倒だ。かといって低出力の魔法にすると妨害としては到底機能しない。だが俺が用意した式は最初の魔法と次の魔法をシームレスに組み込むことによってスタートダッシュに支障がないようにした。ほのかでなければこの魔法で大出力の閃光は生み出せない。この魔法はほのかの光魔法に対する特性から生まれたほのかだけの魔法だ」

 

 成程……工夫か。

 

「あっ、そういえばシンヤ君も光魔法が使えたみたいだけど、ほのかが使ったあれもできるの?」

「……いやエリカ、オレが使えるのはあくまでも光を“曲げる”ことであって、光の“発生”じゃない。この間使った不可視魔法も、光学迷彩の向かってくる光を迂回させることで、物体や人を光学的に見えなくする特性を利用しているだけだ。ただ前に調整を間違えた時に副次効果で自分の周囲の気温が下がったことがあったから、あまり頼りすぎるのも考えものだな」

 

 正直あれは死ぬかと思った。

 

「へー、なんか自分の魔法を間違った方法で使い回してたどっかの誰かさんのよりも凄いわね」

「おいこらエリカ、そのどっかの誰かさんっていったい誰のことだ?」

「さぁ~ね~?誰だったかしら~?」

 

 このコンビは相変わらず仲いいな。

 

「……光を曲げるか。これは使えるかもな」

 

 達也がなにかブツブツ呟きだしたぞ。嫌な予感しかしないな。

 

 スタートの遅れ、そして強烈な光を受けたことによる視界不良と精神的動揺、もちろん光井自身の運転技術も相まって、みるみる後続グループとの距離が開いていく。

 そしてそのまま、レースの結果は光井がぶっちぎりで1位となった。

 

「でも達也さん、大丈夫なの? 予選の段階で手の内を見せて。多分これ、1回しか通用しない戦法でしょ?」

「もちろん、その辺りも考えている」

 

 意地の悪い笑みを浮かべる達也に、北山は感心したように頻りに頷いていた。

 

「この目眩ましは予選を勝ち抜くためのものだけでなく、次の試合の布石でもあるんだからな」

 

 こいつだけは絶対に敵に回したくないな。

 

 

♢♦♢

 

 こうして大会4日目、新人戦初日の全日程が終了した。

 その日の夜、第一高校のミーティングルームにて、三巨頭である真由美・克人・摩利、そして作戦スタッフである鈴音がこの日の結果を纏めていた。

 女子のスピード・シューティングは3人が揃って表彰台を独占するという最高の結果に終わり、女子バトル・ボードもほのかを含む2人が見事に予選を突破した。そのレース内容も彼らの納得の行くものであり、明日以降のレースも大いに期待できるだろう。

 この結果に、4人は満面の笑みを浮かべて――いなかった。それどころかむしろ揃って表情を曇らせており、どうしたものかと頭を悩ませているのが見て取れる。

 

「森崎君が準優勝したけど……」

「後はほぼ壊滅か……」

「男子と女子の成績が逆になっちゃったわね……」 

 

 結果を見ながら、真由美と摩利がため息混じりの声を漏らす。

 彼女達が見ていたのは、午後に行われた男子スピード・シューティングの順位表だった。

 先程真由美が呟いたように、森崎が見事に準優勝を果たしたが、他の2選手は予選落ちという不甲斐ない結果に終わってしまった。現在総合成績2位の第三高校の選手が1位と4位を獲得したため、せっかく女子の方で稼いだポイント差を縮められてしまっている。

 

「女子の方で稼いだ貯金がありますから、そこまで悲観的にならなくとも良いと思いますが」

「……そうだな。市原の言う通りあまり悲観的になっても良く無いな」

「だが男子の不振は『早撃ち』だけでは無く『波乗り』もだ。このままズルズルと不振が続くようでは今年は良くとも来年以降に差しさわりが出てくる」

「つまり、負け癖が付くと?」

 

 克人が小さく頷き、更に言葉を続ける。

 

「男子の方には梃入れが必要かも知れんな」

「だけど十文字君、今更如何やって……」

 

 真由美の言うように、新人戦は始まっているので、スタッフや選手の入れ替えは認められていない。まさに「今更」なのだ……

 克人もその事が分かっているので、無言のまま頭を悩ませるのだった……

 

 

♢♦♢

 

 新人戦初日が終わり、夜の遅い時間帯。宿舎の一室に、深雪、ほのか、雫、エイミィ、スバル、春日菜々美といった第一高校の新人戦女子選手の面々が、ラフな格好で集っていた。

 

「えーそれでは、雫の『早撃ち』優勝とほのかの『波乗り』予選通過を祝して」

 

「「「かんぱーい!」」」

 

 ジュースの入った紙コップを掲げ、乾杯の音頭を取るエイミィの一声を共に、女子だけのプチ祝賀パーティーが幕を開けた。

 

 ポップコーンやマカロン、ポッキーと言った甘いスイーツが置かれたテーブルを囲みながら、女子たちは本日の功労者たちを讃えながら、「あっこれおいしーい!」「この一口のために生きてるー♪」とスイーツへと手を伸ばしている。女子の間ではスイーツは別腹である。

 

「雫、ほのかおめでとう」

「ありがとう!まだこれからが本番だけどね……」 

「そうだね。私も気を抜かないようにしないと」

「私は明日休みだけど、みんなは試合だもんね」

 

 明日行われる競技は、男女クラウド・ボールの予選から決勝、並行して男女ピラーズ・ブレイクの予選となっている。

 前者にはスバルと菜々美、後者には深雪、雫、エイミィが出る。

 

「クラウドは三高の一色愛梨が出るんだっけ?」

「うん、油断できない相手だよ」

「心配いらないさ。僕が出るからには一高に華麗な勝利を約束するよ」

「クラウドは私も出るから忘れないでよね☆」

「そうだな。ふたりでワンツーを目指そう!」

 

 口調と身振りに多少芝居っ気が入っているスバルと菜々美のテンションの高さに、深雪たちは苦笑いをする。

 

「あっ、そういえばピラーズは司波君が技術スタッフを担当してるんだっけ?」

「そう、信頼できるよ」

「むぅ~いいなぁ~雫の『能動的空中機雷』、あれ司波君の魔法なんでしょ?」

「私の『フラッシュ』もね」

「あれもなの!?」

 

 ドヤ顔のほのかから告げられた事実に、「あ~ん、クラウドも担当してほしかった~」とぼやきだす菜々美を、「まーまー」とスバルが宥める。

 

「お兄様の体は一つだから同時に二種目の担当は無理よ菜々美」

「菜々美の言いたいことも分かるよ。今のところ担当した競技は負けなしだもんね」

「もっと威張ってもいい戦績なんだが……聞けばインデックスへの登録も辞退したっていうじゃないか。深雪のお兄さんはちょっと謙遜がすぎるんじゃないか?渡辺先輩にも言われていたし……」

 

 スバルからの指摘に、深雪は「そうね。お兄様の悪い癖なの」と綺麗な笑顔のまま、そう返す。

 

 

 

 

(お兄様がインデックス登録を辞退した理由……それは四葉の……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新人戦初日の全種目が終了し、選手たちは明日に備える者と今日を悔しむ者に別れた。

 中には、敗北によって調子を崩すものや立ち直れなくなる選手が出るのだが、それをどう乗り越えるのかが魔法師の成長を促す試練でもあり、九校戦の目的でもある。

 

 一流に成長できる魔法師は決して多くはない。

 そんな語られることのない若き魔法師の苦悩と挫折を、現在1人の少女が味わっていた。

 

「栞、あなたに伝えなければいけないことがあるわ。明日のアイス・ピラーズ・ブレイク、このままのあなたには出場させられない。この大会のために必死に練習したチームメイトの顔に泥を塗るようなものだもの」

 

 部屋の外にいる友人に厳しい言葉をかけられるも、薄暗い部屋で第3高校の十七夜栞という少女は、ただじっと蹲っていた。

 『スピード・シューティング』準決勝で第一高校の北山雫との試合に敗北し、3位入賞すら逃した彼女は、ただ己の弱さを恥じるように、自身にあてがわれた部屋に閉じこもっていた。

電気もつけないままの薄暗い部屋は、彼女の内心をそのまま表している。

 

「だから代役を立てることにしたわ」

「……そう」

「……っ、いい?これが最後よ。もしあなたが出場できるというなら明日の朝6時までに作戦テントに来なさい」

「その必要はないわ。私はもう駄目だもの」

「……失望したわ」

 

 扉の向こうで愛梨が離れるのがわかる。

 

(これでいい……私はもう……

 愛梨が求めていたのは『一色』の家にふさわしい才能ある仲間。だから私の才能を見て声をかけてくれたんだわ。

 他人に寄生することしかできない父や母とは違う。私は私の才能だけで生きていける――――そう思ってた。

 でも今日の試合でそれが間違いだったと思い知らされた。才能の無い私は愛梨にとっても必要のない存在。

 それなら身を引こう。私から……)

 

 そう栞が考えたときに、部屋のドアが開く音がした。

 ハッとして顔をあげると、同室で寝泊まりをしている三年生の水尾志保が立っていた。

 

「そろそろ休んでいいかな」

「水尾先輩、すみませんご迷惑を……」

「なに大丈夫だよ。それよりちょっといいかな」

 

 就寝の準備を始める志保が栞に問う。

 

「なんでしょう先輩」

「一色のことだけど」

 

 その一言で栞は顔を曇らせる。

 

「……もう私とはあまり関係のない人です。私には失望したと」

「……一色とは中学からの付き合いなんだっけ?」

「はい、リーブル・エペーの試合で……」

「思い出すなぁ、あの日『仲間ができた』って一色が随分と喜んで話してくれてね」

「私を見い出して引き上げてくれたのに、この有様で申し訳ないとは思っています」 

「引き上げられたのは一色も一緒だよ」

 

……え?

 

 志保の言葉に栞は思わず固まる。

 

「一色とは家の付き合いで小さい頃からの知り合いでね。一色家としてのプライドと周りからかけ離れた実力のこともあってずっと孤高を貫いていた。だけど十七夜と出会って初めて切磋琢磨できる仲間を得たって喜んでいたんだよ」

「仲間じゃありません……私が、私が一方的に愛梨を頼っていただけです」

 

 志保の手が栞の肩に置かれる。

 

「寂しいことを言わない。十七夜だってわかるだろう?ひとりで努力するのは辛いものさ。仲間と、十七夜と競い合えたことが今の一色を形作っているんだ」

「でも愛梨は私にさっき……」

「一色はね、素直に言えないだけだよ。どれだけ十七夜の心配をしているか。さっさと辞退か、もっと早く代役を立てることもできたのにそうしなかったのはなぜなのか……もう自分でもとっくに気付いてるんだろう?」

「――――」

「一度負けたくらいで諦めるような魔法師は大成しないよ。大事なのは心が負けないことだって私は思ってる。一色は……『一の家系』で一番になれないことで諦めたりしてないだろう?だからきっと彼女は大きくなれる」

「先輩……」

「あたしに言えることはこれだけだ。もう遅いし寝るから、あとは自分で考えて」

 

 そう言って志保は就寝に入った。

 

「……」

 

 どれくらいの時間だっただろう。一瞬か数分....

 結局、彼女は友の想いを無駄にできるほど、非情ではなかった。顔をあげたとき、彼女の表情にあった迷いは消えていた。

 

 

♢♦♢

 

 九校戦は5日目、新人戦2日目を迎えたこの日、朝一から試合があるので達也は(深雪同伴)早めに会場入りしたのだが……

 

「あっおはよう、司波君!深雪もおはよー!」

「ええ、おはよう。もう来てたのねエイミィ」

「いやー目覚まし鳴る前に目が覚めちゃって」

 

 達也よりも先にピラーズ・ブレイク第一試合出場選手、エイミィこと明智英美が居た。

 

 アイス・ピラーズ・ブレイクは高さ四メートルの櫓の上から、一二メートル四方の自陣に立つ一二本の氷柱を守りながら、相手の一二本の氷柱を全て倒す、あるいは破壊するという競技である。だから肉体を動かす必要はなく、使用する魔法は必然的に遠隔魔法のみとなる。

 

 その影響からか、選手個人がそれぞれ選んだ服装(公序良俗に反しないもの)で試合に臨む事も多く、いつしか女子アイス・ピラーズ・ブレイクはファッション・ショーのような様相に呈していた。

 

 今のエイミィの恰好は白のハイネックシャツにライディングジャケット、白い細身のキュロットに黒のロングブーツ、黒のホースキャップという彼女が所属している狩猟部のユニフォームである。

 

「それにしてもエイミィ、随分と早いけど何かあったの?」

「昨日の興奮が抜けなくてね~。今朝も早くに目が覚めちゃったんだよ」

 

 昨日の試合、スピード・シューティングでエイミィは雫に負けはしたが準優勝と言う好成績を収めたのだ。その興奮が残っててもおかしくは無い。

 

「それじゃあ最終チェックをするから確認してくれ」

「了解です!」

 

 ピシッと効果音がつきそうな勢いで敬礼をして、達也からCADを受け取るエイミィ。彼女には少し似合わない全長五十センチのショットガン形態の特化型CADだ。

 

 エイミィはそれを西部劇に出てくるガンマンのごとく指先でクルクルと回し、銃を放つ動作をして見せた。

 

「エイミィ、貴女ってやっぱりイングランド系じゃなくってステイツ系でしょ」

「違うって何度も言ってるでしょ!グラン・マの実家はチューダー朝以来『サー』の称号を許されてるんだから」

 

 女子二人のやり取りを聞きながらも、達也は検査機から視線を逸らさない。

 

「調子は如何だ?」

「ばっちりだよ!」

 

 エイミィがニコニコとしてる中、達也の表情は優れない。

 

「自分じゃ気付かないのか……少し調整するからヘッドセットを付けてくれ」

「えっ、何でですか?」

 

 達也の言葉に驚くエイミィ。彼女としては今のままでも十分実力を発揮出来ると思っていたのに、達也はそうではなかったのに驚いたのだ。

 

「本当は早起きしたんじゃなくって昨日眠れてないんだろ?」

「わっ、分かります!?」

 

 この指摘に気まずそうな表情を浮かべながら達也に問いかけるエイミィ。その問いかけに達也は無言で頷いた。

 

「ウチの親より鋭いかも……」

 

 達也に言われた通りにヘッドセットを装着し、その結果が映し出されているディスプレイを見ながら達也の眉間に皺が寄っていく。それにつられるようにして、エイミィがみるみる身体を縮こまらせていく。

 

「お兄様?」

 

 達也の表情に不安を覚えたのか、深雪が彼に声をかけた。その問いかけで現実に戻ってきたのか、達也は眉間の皺を伸ばして深雪に笑いかけた。

 

「明智さん、君も安眠導入機を使わない人かい?」

「もって、司波君も?」

 

 この問いかけには達也は普段より明るい表情で頷いた。

 

「ワァオ!お仲間!あれって何だか気持ち悪いじゃないですか。妙なウェーブが出てるって言うか……とにかく嫌なんですよね~」

「気持ち悪いのは同感だが、如何しても眠れない時には使用する事。特に翌日に大事な試合が控えてる時には特に」 

「は~い……」

 

 達也に注意され、エイミィはまるで親に怒られたように素直に返事をしたその時だった。

 

ピンポンパンポ~ン

 

『お知らせします。準備中のトラブルにより、本日の試合は予定時刻より2時間後となります。選手、観客の皆様には大変ご迷惑をお掛けします』

 

ピンポンパンポ~ン

 

 突如として流れたアナウンスの内容に、達也は眉根を寄せる。

 風間少佐から警告された例の犯罪組織は、どういうわけか九校戦で一高を勝たせないことが目的で妨害工作を行ってきた。達也の読みでは、CADに細工を仕掛けた刺客が大会運営委員会に紛れ込んでいると考えているため、これもその一つなのではないのかと疑念を抱かずにはいられなかった。

 

「試合の遅れ……なにかあったのでしょうか?」

「……今のところはわからないな。だが予定が遅れても試合はやるようだ……幸いにも仮眠をとる時間ができたな。深雪、『カプセル』を使えるように手配しておいてくれ」

「分かりました」

「う~、試合に勝つためだから仕方ないか」

「一応フィードバックを少し強めにしとくから……少し刺激が強く感じるかもしれないが我慢する事。寝不足で負けたなんて言われたく無いだろ?」

「我慢するからお願いします!そんな事で負けたら皆のオモチャにされちゃうよ……」

 

 言葉だけならその事をネタにからかわれると思うのだが、エイミィはキュロットの上から微妙な辺りを押さえながら顔を赤らめているので、達也はたっぷり一秒固まってしまった。

 

「……疑うような事を言いたくないが深雪、お前たちは部屋で何をしてるんだ?」

「い、嫌ですね~お兄様、深雪は何もしてませんよ」

 

 達也の微妙な視線を受け、若干焦りながらも答える深雪が感覚遮断カプセル(完全防音、防振、遮光の閉鎖型ベッド)の利用申請をしに「失礼しますね」と部屋から出ていく。

 大体検討がついている達也は特に追及はせずに頭を切り替え、無言でCADの微調整を行うのだった。

 

 

 

♢♦♢

 

 

「いやー、昨日と変わらずエイミィも雫も順調に勝ち進んでるわね!」

「ってか、なんで今日は試合始まんのが遅れたんだ?」

「会場の外に救急車が待機してたよ。なんか、原因は単なるスタッフの夏バテっていう説明だったけど……」

「怖いですね。私達はちゃんとこまめに水分を摂りませんと……」

 

 予定開始時刻を大幅に遅れたアイス・ピラーズ・ブレイク女子の予選一回戦第1試合は、狩猟部のユニフォームを着たエイミィが自陣の氷柱を5本残して二回戦進出。続いて一高にとっては2試合目となる一回戦第5試合で、振袖姿の北山が『共振破壊』と『情報強化』を駆使して圧勝した。

 ここまでは予想していた通りか。 

 司波妹、光井、北山、エイミィの四人は、一高の一年の中でも高いポテンシャルを持っている逸材だ。そこに彼女達の力を最大限に引き出す達也のエンジニアの腕が加われば、まさに鬼に金棒だろう。

 

「そういえばミキ、深雪の出番はいつだったっけ?」

「たしか午後の12試合目だったと思うよ。あと僕の名前は幹比古だ」

「じゃあそれまでどうする?」

 

 皆がどう時間潰すか悩んでいると、昨日の昼会ったばかりの沓子の姿が視界に入った。

 ここは気づいていないうちに急いでその場を離れることに……

 

「おーシンではないか!」

 

……駄目だった。

小柄なだけに素早い動きで目の前にやってきた。 

 

「また会うとは奇遇じゃな!そこの光使いの娘も!」

「あっ、うん…」

「あぁ、凄い偶然だな。というかシンってオレのことか?」

「うむ!この呼び方がなんかしっくりくるからのう。いやか?」

「いや……別に」

「ならよいな!」

 

 今まであだ名で呼ばれたことがなかったため正直戸惑った。

 

「あらあら、まだ2回しか会ってないのにもうそこまで女の子と仲良くなるなんて」

「シンヤもやるな」

 

 ニヤニヤと面白そうに軽口を叩くエリカと、それに悪ノリするレオ。

 からかってくる二人には悪いが、沓子は人懐っこい性格の持ち主であるため、オレになにかしらの特別な感情を持っていないだろう。わずか二日でそんなことになるのは達也と光井の例くらいだ。

 

「ところで、見たところおぬしたち暇そうにしておるの?」

「まぁ、暇かと聞かれれば……次の一高選手の試合まで暇だな」

「そうか。よかったらわしと一緒に二人の試合を観戦せんか?」

 

 二人って十七夜と一色のことか。

 そういえば十七夜はアイス・ピラーズ・ブレイク、一色はクラウド・ボールと本戦ミラージ・パッドに出るんだったか。

 

「オレはいいが、皆はどうする?」

「俺は別に構わねえぜ」

「僕もいいよ」

「う、うん……」

「折角ですのでご一緒させてもらいます」

「う~ん、そうね。あの選手が今度はどんな魔法使うか見てみたいし…………それに二人っきりにさせたらエイミィが発狂しそうだしね」

「?最後なにか言ったかエリカ?」

「ううん、別に何も」

 

 まあいいか。

 

 

 エリカたちと共に十七夜が出る試合が行われる会場へと赴く。

 対戦相手は四高の佐埜選手のようだ。

 

『――――続いて登場するのは第三高校十七夜選手。スピード・シューティングは惜しくも準優勝でしたがピラーズではどんな戦いを見せてくれるのでしょうか』

 

 櫓に剣術競技のユニフォームに身を包んだ十七夜が姿を見せる。

 昨日沓子から挫折していたと聞いていたがどうやら吹っ切れたようだ。

 

 試合開始のブザーが鳴る。

 

「えっ」

 

 早くも佐埜選手の氷柱が一つ砕けた。

 

「くっ」

 

 初手をつけられた佐埜選手は防御に転じ、氷が砕けないように情報強化の出力を上げる。

 だがそんなことは無駄だと言わんばかりに、十七夜の魔法がいとも簡単に氷柱を二本砕いた。

 

「高度に情報強化された氷があんなに簡単に!?」

「どうして!?」

「あの魔法は並の情報強化では防げぬよ」

 

 沓子が皆に分かるように十七夜の魔法について説明を始める。

 

「栞の魔法の起点は空中じゃから、魔法の発動は氷の情報強化では防げぬ。それにこの魔法は仮想的な振動波を球状に発生させ、波の合成地点に何倍もの威力を持った振動波を発生させているのじゃ。こうなると魔法の力勝負じゃが、並の情報強化では幾重にも重ねた合成波に敵うわけがないということじゃ」

 

 やり方は達也が以前使った似ているな。

 十七夜の氷柱はまだ一本も破壊されていないのに対して、佐埜選手のは残り五本となる。

 半数以上の柱を失ったことにより、佐埜選手は今度は氷柱自体を移動させる作戦に移った。

 

「面白い。波の合成地点が当たらないようにする作戦じゃな」

「氷自体を移動するなんて大技すぎるような……」

「うむ。この賭けが果たして栞に通用するか否か……」

 

 おそらく佐埜選手は、十七夜の合成波を用いた戦法は氷柱の位置が不変だからこそ、移動する氷柱に対して魔法を再構成するのは困難な筈だと考えているのだろう。ならば再構成に手間取っている隙に一気に反撃に転じようとイチかバチかの賭けに出たようだ。

 

 だがそれははっきり言って悪手だな。

 

 佐埜選手の魔法力では自陣の情報強化と十七夜への断続的な攻撃で精一杯だった。だから氷柱の移動のために情報強化を解いたことになる。防御力を失った脆い氷に幾重もの合成は必要ない。

 その証拠に、フィニッシュと言わんばかりに放たれた十七夜の魔法によって、残りの柱全てが一気に砕け散った。

 

 

「おお!栞完全復活じゃな♪」

 

 十七夜の活躍ぶりに、沓子はわーいと大喜びである。

 

 こうして計算魔法の使い手十七夜栞は、自陣の柱を一本も倒されることなく、初戦を突破したしたのだった。

 

 

 




公式サイトで発表された一色愛梨のキャラボイスが、アニメよう実でのあのキャラと同じなのもさらに驚きです。


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第十八話 愛梨と深雪の実力/和解

魔法科高校の優等生のアニメが始まりましたね!

時系列でまとめると……

魔法科高校の優等生1話
魔法科高校の劣等生1話・魔法科高校の優等生2話(同時進行)
魔法科高校の劣等生2話、3話
魔法科高校の劣等生4話・魔法科高校の優等生3話(同時進行)

 こんな感じでしょうか?


 新人戦女子クラウド・ボール決勝リーグ最終戦。

 今日も朝から大勢の観客が会場に詰め寄せ、白熱した試合をと期待した人々で溢れていた。

 コートにはネットを挟んで、決勝リーグに進出した第一高校1年里美スバルと第三高校1年一色愛梨がそれぞれラケットを構えて向かい合っていた。

 クラウド・ボールの場合、作戦は大きく分けて2つ。機動力を魔法で上げてラケットで打ち返すか、なるべくその場を動かずに魔法でボールを打ち返すか、だ。なので選手が入場した時点でどちらの作戦で来るかある程度予想でき、両選手とも市販されているラケットを片手に持っているので前者だと分かる。

 

 フィールドに立つポールに赤いライトが点灯し、すぐにライトが黄色に変わる。さらに青に変わり、試合開始のブザーが鳴り響いた。

 

 最初に射出されたボールは愛梨のコートへ。

 ネットを越えたと同時に素早く叩き切った愛梨に、即座に反応して力任せに振り切ったスバル。全くコントロールがついていない球にも反応しきった愛梨は万全の態勢でその球を撃ち返す。

 お互いラケットを使うスタイルによる超高速の打ち合いの応酬。互いに一歩も譲らず、コート内を目にも止まらぬ速さで複数の球が飛び交う。

 

 一進一退の攻防は第一セット中盤にさしかかったとき、

 

(おかしい)

 

 スコアは8―9で愛莉が勝っているが、愛梨は違和感に苛まれていた。

 打ち返す際、いない場所を狙っているはずなのに、そこにスバルが現れて打ち返される。

 

(幻影……?いえ、ちゃんとした実体なのに、その気配を感じ取れないなんて)

 

 一方、スバルはクスッと笑みを零す。

 

(さすがだな。この僕の『認識阻害』の影響下にあってもこれだけのスピードとは……。しかしどこまでついてこれるかな)

 

 『認識阻害』は『見えているのに存在を感知できない』というスバルのBS魔法。

 肉眼で見えているはずなのに存在を感知できない。さっきからそこにいるのに本人がアピールするまで他の人間は全くその存在を覚えれない。この魔法は自分からアピールしないと存在を認識されにくい短所があるのだが、その短所はクラウド・ボールでは最大の長所となる。実体はそこにいるのに気配が感じ取れない。愛梨が相手のいない所に打っているつもりでも、実はそこにはスバルがいて対処されている。視覚から入った情報は何より優先的に処理してしまうので、そこに打ったらいけないことが頭では分かっていても、一度伝わった情報は瞬時に身体に伝わってしまう。

 

 視覚で相手を騙しながらポイントを奪う。仮に長期戦になっても体力には自信があり、魔法力を消費しないから相手が疲れたところで勝負を決められる。これが里美スバルの必勝パターンだ。

 

 このままいけば勝てる、とスバルが勝利を確信した、

 次の瞬間、

 

(鬱陶しい。何か特殊な魔法が働いている?でも、その理由を考えている暇はないわ。それに相手を認識できないなら、ボールだけに集中して……いつものスピードで叩き切る!)

 

 スパンッ――!

 

「なっ――――!」

 

 その瞬間、自分の横を高速のボールが通り過ぎていた。

 

「しま……っ」

 

 認識阻害はちゃんと発動しているためまぐれかと思ったが、そうではないことに気が付いた。

 

(スピードが上がっている!)

 

 愛莉がボールを尋常ではない速さで打っていく。

 どれだけの数のボールが飛来しようと、高速で拾い、断続的に叩き込まれる。

 

(駄目だ。取りきれない……!)

 

 自陣に落とされようとしている全てのボールが、スバルのコートへ乱雑に返されていく。スバルは返って来ることは想定していても、ボールのスピードが速すぎた。

 

 対処できなくなっていたスバルに止めと言わんばかりに、愛梨はまるでボールを叩き落とすかのようにラケットを振るった。

 その一連の動作は、まさに『稲妻』と呼べるものだった。

 

 ビ――――――――!

 

 試合終了のブザーが鳴り響く。

 

 ほとんど差が無かった点差は大きく開いていた。

 

 

♢♦♢

 

『一色選手60対20のストレート勝ちで里美選手を下しました!新人戦女子クラウド・ボール優勝は第三高校一色愛梨さん、準優勝は第一高校里美スバルさん――――』

 

「なんだよありゃ。速すぎて見えなかったぞ」

「あたしの自己加速でもあんなに速くは動けないわよ」

 

 モニター越しから二人の試合を観戦していた皆は驚きの表情を浮かべていた。

 

「優勝か!まあ当然じゃの」

「スバルがトリプルスコアでストレート負けするなんて……」

「いや、愛梨相手に二桁得点するとは並の魔法師ではないぞ」

「スバルだって……」

「ん?スバルがなんじゃ?」

「――あっ、い……いや、ごめんごめん!何でも無いから忘れて!」

「なんじゃなんじゃ?気になるのう?」

 

 まさしくキョトンとした表情の沓子に、光井は慌てた様子でバタバタと手を振ってそう答えた。

 たしか里美選手は新人戦ミラージ・パッドにも出場する予定だ。ここで魔法の秘密が漏れて対策を打たれたらこっちの計画にズレが生じる。

 ここは話を逸らすか。

 

「なぁ、それより一色のあの魔法、首にかけてるCADと関係あるのか?」

「ほう?おぬし、あのスクリーンで愛梨のCADが見えたのか?」

 

 よし、食いついた。

 

「いいや、単なる推測だ。魔法競技に出る以上、CADを必ず身体のどこかに携帯する必要がある。だがスクリーンを見ても腕にそんなものはついていなかった。そうなると残る場所はユニフォームで隠れた首元に限られる」

「わしに鎌をかけるとはの……くくく、やはりおぬしは面白い奴じゃなシン」

 

 沓子は不敵そうに笑いながらオレを見上げる。変に興味を持たれてしまったが、今の状況では仕方ないことだ。

 

「ふむ、なら特別に教えてやろう。おぬしの予想通り、愛梨が使っているCADはネックレス型のじゃ。そこには最小限入っていない。愛梨の魔法は知覚した情報を直接精神で認識し、肉体に命じることができる。どんなに優秀な魔法師でもCADを操作する前に見て考えて指を動かすタイムラグは必ず発生するであろう?じゃが愛梨は『見える』前に体が動く。その速さは唯一無二のものじゃ」

「なるほど」

 

 知覚した情報を脳や神経ネットワークを介さず直接精神で認識する魔法と、打ち返す・走るCADを操作する、それらの動きを精神から直接肉体に命じる魔法。すなわち、感覚器の電位差を直接読み取り、運動神経の電位差を直接操作する――――それが一色の魔法の正体。

 

「まじかよ。そんな魔法があるのかよ」

「あの、そんな大事なことを教えてよかったんですか?」

 

 一色の魔法の正体に衝撃を受けた面々の中で、恐る恐る質問してきた美月に、沓子は「問題ない」と答える。

 

「愛梨の実力なら知られたところでハンデにもならん。そもそも対策しようもないしの」

 

 だといいがな。

 確かに対策の打ちようがないかもしれないが、一色が次に出る本戦ミラージ・パッドには司波妹が出る。いったいどこまで通用するだろうか。

 

「さて、そろそろ昼時じゃな。では行こうぞ!」

 

 いや、なんでそこでオレの腕をつかむんだ。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 昼食を済ませたほのかは、シンヤ達(沓子を含む)と別れて一高の天幕へ戻った。

 天幕には試合を終えたばかりの雫やエイミィ、クラウド・ボールに出場していたスバルなどもいて、深雪を除いた一年女子主要メンバーが勢ぞろいしていた。

 

「みんなおつかれー」

「あ、ほのか。お疲れーイエ~イ」

 

 試合に勝利したエイミィは機嫌よくほのかとハイタッチする。

 

(エイミィにさっきのこと言えないなぁ……)

 

 エイミィと雫は今も行われている女子アイス・ピラーズ・ブレイクの一回戦に勝利し、二回戦へと駒を進めている。雫も表情には現れていないが、興奮した様子が見て取れる。

 そんな二人とは対照的に、クラウド・ボールに出場したスバルと菜々美はベンチに座りながら悄然たる姿を見せていた。

 

「二人はどうしたの?」

「あっ、そうそう、ほのかからも言ってやってよ」

 

 ほのかが尋ねるとエイミィが二人には聞こえないように耳元で話し始めた。

 

 スバルと菜々美は、二人ともクラウド・ボールで愛梨に負けたことが原因で落ち込んでいるらしい。菜々美は勝てば決勝リーグ進出がかかった試合で、スバルは決勝戦で愛梨と戦い、完膚なきまで叩きのめされ、自尊心がボロボロになっていた。

 

「そんな……落ち込むことなんてないのに。二人ともすごい成績だよ」

 

 素直な感想に、ピクリと二人の身体が震えた。

 

「スバルなんて準優勝だし、菜々美も六位入賞はかなりの好成績だよ」

「うん。一高が二人同時入賞は控えめに言っても快挙」

「スピード・シューティングに続いて大勝利だって先輩方も大喜びしてたよ」

 

 ほのかの言葉に雫とエイミィも続いた。

 二人の結果に真由美や摩利たちが喜んでいるのは事実だった。

 試合は愛梨の独壇場だったとしても、成績的に見れば稼いだ得点は二十五ポイント。三高は他の選手が早期敗退したため、ポイントを伸ばすことができなかった。対してスバルと菜々美は二人で二十ポイント獲得した。

 一つの競技に各校から最大三人まで出場することが可能だが、三高ではクラウド・ボールに愛梨が出場するため、他の選手は比較的力のない者が選ばれていた。これは優秀な選手たちを同じ競技に出場させて得点効率を下げないための作戦でもある。優秀な選手たちは別競技に出場させて優勝による高得点を狙うのが主流となっている。

 一高では深雪、雫、ほのかの三人も、できるだけ競技は被らないように調整している。

 

 ということで試合に敗れはしたものの、一高的にいえばそこまで痛手を負うことはなかった。それよりも、複数人が入賞したことへの喜びが勝っていた。

 

「まぁ、悪くない成績だよな」

「そうだよね!? 私も一色と当たらなかったらもっと上位に食い込めたかもだし!!」

 

 ほのかたちの慰めによっていつもの調子を取り戻すスバルと菜々美。静かだと不気味に感じるが、元気になるとそれはそれで一気に騒がしくなる二人に、あまりのテンションの差異に顔を引きつらせるほのかたち。

 

「あら、皆ここにいたのね」

「あ、達也さんに深雪」

 

 そんな彼女たちの元に調整を終えた深雪と達也がやってきた。

 この後試合を控える深雪はCADのチェックを受けるために一度天幕へと戻ってきた。競技に参加するためには一度大会委員会のチェックを受ける必要があり、運営本部までCADを持っていくのはエンジニアの仕事となっているが、達也に付き添う形で天幕までついてきたようだ。

 

「ごめんなさいね遅くなって」

「大丈夫だよ。実は皆さっき来たところなんだ。私も昼まで感覚遮断カプセルで寝てたし」

「エイミィは朝一番の試合だったものね」

「試合後ももゆっくり休めたか?」

「うんもうバッチリ!午後の試合は任せて!」

 

 感覚遮断カプセルで休むことを勧めた達也に、エイミィは「YES!」とサムズアップする。

 

「あんなに元気だったのに寝不足だったんだね」

「エイミィは限界まではしゃぐタイプだからな……この前も夜遅くまで大富豪に付き合わされた」

「あはは!」

「「反省しろ!」」

 

 悪びれもせず朗らかに笑うエイミィの頭に、被害者であるスバルと菜々美の軽いチョップが入る。

 そんな三人のやり取りにほのかが苦笑いする中、雫は深雪の正面に立って構えた。

 

「ところで深雪は調整完璧なようだね」

「当然よ。お兄様が調整してくださったんですから、万が一にもミスは無いわ」

 

 言葉の端々から達也への敬いが伝わってくる。それと同時に深雪の気合も伝わってきた。

 

「今大会、深雪の戦いは初めてだからすごく楽しみにしてるよ」

「そう? ではご期待に添えるよう頑張らなくちゃね」

 

 深雪と雫は火花を散らしながら見つめ合う。

 ほのかの眼には、表情を崩さないまでも、静かなる闘志を燃やす親友の姿が映っていた。

 アイス・ピラーズ・ブレイクは出場者二十四名によるトーナメント戦だ。そこから三回戦を突破した三人による決勝リーグでの勝敗で順位が決まる。

 つまり、この場にいる全員が勝ち残れば、雫、エイミィ、深雪の三人がそれぞれ戦うことになる。

 

「私も負けないからねー!」

 

 そこにエイミィも加わった。彼女も本気の戦いをしたいのだろう。

 

 実力からいってこの三人が決勝リーグに勝ち上がる可能性は高く、本人たちも決勝リーグで戦う事を望んでいるようにも見えた。しかしそんな三人を見て、ほのかは複雑な想いを抱いていた。

 

(その時、私は誰を応援すればいいんだろう)

 

 幼い頃からの親友でありライバルの雫。憧れであり想い人の妹でもある深雪。過ごした時間は短くても濃密な時を過ごした友人。

 全員に勝ってほしい、と叶わぬ想いを抱きながら三人を見守っていると、横から復活した菜々美とスバルが深雪に話しかけた。

 

「そういえば深雪はどんな衣装でいくの?」

「僕も気になるね。エイミィと雫は随分と派手だったからなぁ」

 

 アイス・ピラーズ・ブレイクの楽しみの一つでもあるファッションショーに興味がある様子。ここでようやく女子に囲まれて存在を消していた達也が口を開いた。

 

「確かに明智さんの乗馬服はともかく、雫の振袖には驚かされたな」

「そう?普通だよ。着慣れてるし」

「雫は毎年振袖姿で初詣に行っているしね」

「そうなの。私はもっとオーソドックスな服よ。何かは見てのお楽しみ」

「なんだろう~楽しみだな」

「雫の振袖もよかったけど、懇親会で見かけた例の執事君もよかったね~」

「ふっ、そうだな。エイミィが真っ赤になってショートしてしまうぐらいだからな」

「ちょっ!?」

「あんなに似合ってる人は初めて見たよ。あーあ、1回でもいいから”お嬢様”って呼んでもらいたいなー」

「こらこら、そんなこと言ったらエイミィが妬いてしまうだろ」

「ち、違うもん!そんなんじゃないもん!」

「「エイミィかっわいー!」」

「むぅ~~~もー!!」

 

 深雪の試合時間が近づいてきたためこの場は解散し、ほのかたちは深雪の応援のために会場へと向かった。

 

 

 

 

 

 新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイク、深雪の試合は一回戦の最終マッチ。

 昼が過ぎ、男子は既に二回戦が終了していることから、男子と女子の注目度の差が如実に待ち時間に現れている。

 

 本人はCADの調整をしたりチームメイトの試合を観戦したりと、待たされているという感覚は無かったが、会場に向かう前から観客席の盛り上がり具合を肌で感じていた。

 

 控え室には真由美や摩利、花音たちが深雪の応援に駆けつけ、落ち着かない雰囲気の中で達也は神秘的な衣装で身を纏った妹へと声をかける。

 

「深雪、頼もしい応援団だが逆に緊張しすぎるなよ」

 

 兄の言葉に深雪は微笑んだ。 

 

「大丈夫です。雫やエイミィと戦うまでは負けられませんから」

 

 いつもと変わらぬ透き通った声と魅惑的な笑み。

 しかし、深雪の返事を聞いた達也は、妹の心境の変化を感じ取っていた。それは達也にしかわからない微々たるもの。

 

「お兄様?」

「……そうだな。まずは一回戦、行っておいで」

「はいっ!」

 

 これが親離れしていく子を持つ親の気持ちなのかと、妙な胸騒ぎに襲われながらも達也は深雪の背中を見送った。

 

 

  

 

 深雪が櫓から会場に姿を見せると、観客席が大きくどよめいた。

 

「緋色袴!?」

「巫女さんみたい」

「きれ~い」

 

 驚くのも無理はない。深雪の衣装は白の単衣に緋色の女袴。白いリボンで長い黒髪を首の後ろでまとめたスタイルだ。

 緋の袴、紅袴とも呼ばれ、巫女装束として用いられている衣装。

 ただでさえ整いすぎている美貌が、巫女装束と相まって神懸かった雰囲気さえ醸しだしていた。

 

「ブラボー!!」

「美しい……ッッ」

 

 クラウド・ボールは男女ともに決勝戦が終わり、一回戦の最終ゲームということもあって現在、裏で行われている試合はない。男子と違って女子アイス・ピラーズ・ブレイクは注目度が高いということも重なり、新人戦の一回戦にしては異例の満員状態となっていた。

 

「この歓声、完全に観客を味方に付けたわね」

「気の毒に。相手選手が委縮してしまっているよ」

 

 真由美と摩利は関係者観戦席から苦笑いしながら相手選手に同情の目を向ける。

 

「あれはさすがにあたしでも、ちょっと気後れするかもしれん」

 

 雫の振袖姿も大いに客席を湧かせたが、比ではない盛り上がり。深雪の登場で、辺りは静謐な森の中にいるような雰囲気に包まれる。

 

「あそこまでの着こなし、尋常ではないな。ウチの実家のバイトに来てほしいくらいじゃ」

「沓子……」

「んぅ? 愛梨、大丈夫かの?」

「なんでもないわ」

 

 敵情視察も兼ねて客席に座っていた愛梨たちも、深雪の神々しい姿に目を奪われていた。

 

 もはや試合を観戦する空気ではなくなっている。相手選手は気の毒だが、観客の目は深雪の一挙手一投足に釘付けだ。

 それでも試合は待ってくれない。

 

 深雪はいつもより深呼吸した上で気持ちを落ち着けていた。

 自身が感情を昂らせれば、無意識的に魔法を発動させてフライングとなってしまう。そのことを理解しているからこそ、本来の選手なら気持ちを高ぶらせるところを抑え込まなければならない。

 けれども、自分のエンジニアを担当してくれている達也のことを思えば苦にならない。

 ライトが点り、試合が始まった。と、同時に強烈なサイオンの輝きが両陣営関係なくフィールド全体を覆った。

 

 フィールドを分かつ二つの季節。

 極寒の冷気に覆われた深雪の陣地と熱波に陽炎が揺らぐ敵の陣地。

 敵陣の氷柱はその全てが溶け始めていた。

 相手選手は急いで自陣の氷柱に冷却魔法を編みあげているがまるで効果は見られない。

 深雪の陣地は厳冬を越えて凍原の地獄となり、敵陣地は酷暑を越えて焦熱の地獄となっていた。だがそれも過程に過ぎず、ほどなくして敵陣は昇華の蒸気に覆われ始めた。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 度肝を抜かれていた観客席の中で、エリカたちも目を見張って驚いていた。

 

「何なんだよ、ありゃ…」

「自陣の柱を冷気で守って相手の柱は炎で溶かすってこの競技で最も有効的ではあるけど、あんな魔法簡単に扱えないでしょ…!」

 

 言うだけなら簡単。

 だが実際にあんなとてつもない魔法を行使するのは、並みの魔法師ではまず不可能なのはレオもエリカもわかっているようだ。

 

「まさかあれは…『氷炎地獄(インフェルノ)』!?」

「知ってるの、ミキ?」

「僕の名前は幹比古だ。ってそれはとりあえず置いておくけど、あれは『氷炎地獄』に間違いないよ」

 

 相手選手が必死の面持ちで冷却魔法で氷柱を維持しようと試みたが全く効果が無く、炎は容赦なく氷柱を溶かし続けている中、幹比古は説明した。

 

「中規模エリア専用振動系魔法『氷炎地獄』。対象とするエリアを二分し、一方の空間内にある全ての物質の振動エネルギー、運動エネルギーを減速、その余剰エネルギーをもう一方のエリアへ逃がし加熱する事でエネルギー収支の辻褄を合わせる熱エントロピーの逆転魔法なんだ」

 

 ブランシュのアジトで連中を氷漬けにしたあの魔法も似たような部類のものか。

 

「でも時々A級魔法師ライセンス試験のA級受験者用の課題として出題される、魔法の中でも特に難易度が高いと言われている魔法だよ。知っていると思うけど、A級魔法師ライセンスを取るには並大抵の実力ではまず取れない。『氷炎地獄』が出題されて涙を呑んだ受験者が多数いるって聞いた事がある」

「それだけの強力な魔法を、深雪さんは扱っているんですね…」

「改めて思うけど、深雪ってとんでもないわね…」

「絶対敵に回したくねえな…」

 

 『この兄妹を敵にするのは得策では無い』、それがエリカたちの共通の認識になっていた。

 

 フィールドで気温の変化が突然止まる。

 急冷凍で作られた氷柱に含まれた気泡が膨張して、熱で弛んだ氷柱に所々ひびが入っていた。

 司波妹がすかさず次の動きを見せる。

 脆弱化した敵陣の氷柱は、圧縮された空気が解放された事によって全て崩れ落ちた。

 

 勝負にならなかったな。

 

『試合終了!第一高校、司波深雪選手、相手に一切の反撃を与えず完封勝利を上げました』

 

 

 それにしても魔法師ライセンスA級の高難易度魔法を意図も容易く使う少女の親が普通の家系なわけがない。それにブランシュのアジトでのあの兄妹の立ち振る舞いは、監視カメラの映像を通してだが場慣れしているようなものに見えた。

 

 一部の例外を除けば、それこそ十師族で一番魔法力が強そうな家系くらいだ。兄妹が全く違う性質でも、おかしくない家系を。

 

……………いや、これ以上深くは詮索するべきではないか。

 

 

 

♢♦♢

 

 

「いやーええもん見たのう!お茶でも行くか」

 

 司波深雪の試合が終わった後、次の試合まで会場整備が行われているため、私――十七夜栞と愛梨、沓子はアイス・ピラーズ・ブレイク試合会場を後にしていた。

 あの試合を見た後、沓子はいつも通りマイペースなのに対し、愛梨はずっと黙りこんでいる。

 

「そういや栞も愛梨もあの選手と当たるかもしれんのじゃろう。ええのぉ、わしも対戦してみたいものじゃ」

「対戦したい?」

「そりゃそうじゃろ。戦争でもない限りあれくらい高位の魔法師がおもいっきりぶっ放せる機会などそうそうないじゃろ。ここまで整った施設でもし何か事故が起こってもお国の魔法師が全力でサポートしてくれる。こんな環境で相対できることなど多分もう二度とないぞ」

 

 沓子…それは司波深雪を明らかに高位の魔法師として認めているってこと?

 正直なところ私も彼女相手にまともに渡り合えるとは思えない。ピラーズでは二位を狙っていくしかないのかもしれない。しかしそれではあまりにも……………

 

「そうね」

 

 沓子に言う前に愛梨が口を開く。

 

「たしかに司波深雪はとても高い魔法力を持った選手。だからこそ司波深雪に勝利することに大きな意味があるわ」

「!」

 

 愛梨……

 

「ただ闇雲に言っているわけじゃない。これが単なる魔法の力差を比べるものではなくルールに則った魔法競技である限りどんな強い魔法師にも勝つことは可能よ。そのための訓練は積んできた。だから………私たちは絶対に勝てる!」

「おおっ」

「……そうね。その通りね」

「そうじゃぞー!」

 

 愛梨………さっき司波選手の戦いの後、組んだ腕がかすかに震えていたのを見たわ。あなたならどれだけ司波選手の魔法が凄まじいのか私たちより一層強く肌で感じているでしょうに。

 それなのにそんな風に言って私達を鼓舞するなんてあなたは本当に強いわ。

 

 あなたはいつもそう。皆のことを考えて行動する。消極的なことを考えた自分が恥ずかしいわ。

 あなたこそ頂点に立つに相応しい人よ。

 だから、私は私のやれることをしよう。まずは次の対戦、確実に勝利を挙げる。

 

「ん?」

「?どうしたの沓子……あっ」

 

 沓子が視線を反らしたのを見て、それを疑問に思い、沓子の視線の先を見た瞬間、愛梨は一瞬固まった。

 どうしたのだろうか?私もその方向を見てみると、懇親会の時に執事服を着ていた給仕の彼がすぐそばの通路で四人の一高の生徒達と一緒にいるのが見えた。

 

 確か名前は…ユウキシンヤだったかしら。

 

「おおっー!シンー!」

「しん?」

 

 いつの間に愛称で呼ぶほど仲良くなったのか、沓子は年齢に似合わない屈託のない笑顔を浮かべながら彼の方まで駆け寄る。

 

「またまた会ったのー!」

「……そうだな。昨日と今日に続きもの、ものすごい偶然だ」

 

 話の内容から、沓子はこの二日間彼とその友人たちと何回か交流をしていたようだ。四人の一高の生徒たちも沓子に気軽に挨拶している。普通九校戦の間は他校同士ピリピリしているものだけど、彼らにはそういうものがなかったため不思議だ。

 彼も彼で不思議だ。

 一見覇気がない人間に見えるが、整ったその相貌には表情という表情が死滅しており、いかなる感情の欠片すらも読み取れない。懇親会の時、愛梨の態度に文句を言っていた時も声音にまったく感情がこもっていなかった。さらに無駄な身じろぎ一つなく、まるで彫像のように静謐なその佇まいは人形という評価が妥当だ。魔法科高校に通う男子とは、どこか根本的な部分が欠けてるように感じる。

 沓子が彼から感じたというナニカと関係あるのかしら……。

 

「また一人か?」

「いいや、今は栞と愛梨も一緒におるぞい。ほら、あそこに」

「あっ」

 

 彼は私達、正確には愛梨を向いた途端固まった。

 

 

♢♦♢

 

 次の試合まで時間がかなり空いたという事で、美月の案で皆とホテル内にあるスイーツカフェへと向かう道中、沓子と一色、十七夜の三高女子に遭遇した。

 一色と十七夜とはこの大会で一度目の再会になる。特に一色の方とは懇親会でほんの行き違いからあまりいい印象を抱かれていないだろう。

 エリカたちがその面々に驚く中、何を言われるのかと思い、身構えていると、意外な言葉が発せられた。

 

「あなたにお詫び申し上げます。先日の侮蔑をするような発言に関して。一般であるからと蔑むようなことを言ってしまい申し訳ありませんでした」

 

 オレの前に立ち、頭を下げてくる。

 

「少し意外だな。謝罪をするとは思わなかった」

「私の認識が間違っていたことは事実。このことは司波深雪さんにも謝罪したいと考えています」

 

 彼女なりのけじめのつもりか。家柄や成果で人を判断するのは実力を知るためには一番手っ取り早い方法だ。十師族はもちろんのこと、師補十八家、百家も名前を聞けばどんな実力かはわかるだろう。実力者に会いたいだけの人間だったのならこれも頷ける。そして、彼女は自分の過ちに気づけばそれを正そうとするタイプのようだ。

 

「そうか。こっちも悪かったな。その、呼び名を間違えて」

「お気になさらず……その件についてはもう気にしておりません」

 

 そう言う割には眉根を寄せているが…………いかん。話を蒸し返すのはまずかったか。どう返したらいいか悩んでいると、沓子が両手を叩いた。

 

「さて、シンも愛梨も仲直りしたところでこの話はもうおしまいじゃ。というわけで皆とパーッとお茶じゃ!」

「また沓子は……」

「甘いものが食べたいだけね」

 

 一色と十七夜からの指摘に、沓子は『あはは、ばれたか』と朗らかに笑いながらオレたちの方を向く。

 

「さて、場所はホテルで人気のスイーツカフェでどうじゃろ?」

 

 あれ?なんかオレたちも行くのが決まってる前提で話してないか?

 

「あっ、奇遇ですね…実は私達もそこに行こうとしていたんです」

 

……美月。

 

「おお!行く方向も一緒だったとは!」

 

 その後は沓子にペースに乗せられるまま、一緒にスイーツカフェに向かう事となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 何故こうなったのだろうか。

 現在オレは三高女子三人と同じテーブル席に座っていた。

 ここのスイーツカフェのテーブル席が最大4人用のしかないということで二つのテーブルを繋げたんだが、エリカ、レオ、美月、幹比古はすぐに一つ目に座ってしまい、出遅れてしまったオレは一色たちが座る二つ目に座ることとなってしまった。

 ちなみに、オレから見て左隣の席にワクワクとカフェのメニュー表を見る沓子、真正面に一色、一色の左側に何故かじ~とオレを見ている十七夜、そして左側テーブル席でエリカ達がその様子を見守るという配置になっている。

 

 九校戦に出場している三人が来ているという事で、後ろで他の客が少し騒いでる。

 エリカたちめ。オレを人身御供にしたな。

 

『おいあれ、今日のクラウド・ボールで優勝したエクレール・アイリじゃねえか!』

『ほんとだ!他の二人の女子も見たことあるぜ!』

『あれ?てか一緒に座ってるの一高の男子生徒じゃね?』

『なぬ!?』

『三人の美少女と一緒の席とかうらやまけしからんだろ!(号泣)』

『夜道、背中に気をつけろやぁああああ――ッ!?(血涙)』

 

 ……ヤバい。オレ今日死ぬかも。 

 

『アハハ……シンヤ君も大変だね』

『……エリカ、同情するならこの状況どうにかしてくれ』

『ごめん。流石の私でも無理だわ』

『……レオ』

『悪い。俺もまだ死にたくねえわ』

『…………幹比古』

『ごめん。それは勘弁してほしい』

『美月……には荷が重いな』

『はい……すみません』

 

 駄目だこりゃ。

 

 




劣等生では九校戦編から登場したエイミィが、優等生で早くも登場!


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第十九話 エイミィ対栞

「うぅ、わかってはいたけど、なんて威力なの深雪」

 

 私、アメリア゠英美゠明智゠ゴールディは試合前にプレッシャーを感じていた。

 

 雫は何故か嬉しそうだったけど、私ともし当たったらと思うと胃がいたくなるよ。

 でも”タスラム”を使って奇襲をかければ―――って駄目ね。あれはあらかじめ術式を込めておくものだから毎回新たに用意するピラーには使えないわ。

 それに私には司波君が考えたあの魔法がある。

 

 私は構造物を移動させる魔法の中でも、大質量の物体を短時間高速移動する通称『砲撃魔法』が得意だ。ピラーのようなかなり大きなものも扱えるし発動速度にも自信ある。

 そこで魔法による直線的な事象改変より物理的にぶつけて壊すほうが効率がいいということで、司波君はその方向で起動式を組み立ててくれた。

 実際に学校の演習林で実践してみた結果は上々だった。

 

「ご機嫌だねエイミィ」

 

 右手をピストルの形にしてあの時に感じた爽快感を思い出してると、深雪の試合を観戦していたほのかがやってきた。

 

「アハハ、恥ずかしいところ見られちゃったわね」

「エイミィはいつも元気だよね。試合前なのに全然プレッシャーとか感じてないみたい」

 

 ほのかにもそんな風に見えるかな。

 

「そんなことないよ。これでもさっきまでかなりビビっちゃってたんだよ」

「そうだったんだ。たしかにエイミィのブロック決勝は強敵が来そうだもんね」

「へ?」

 

 ほのかは今なんて言ったの?

 

「ほら、スピード・シューティングにも出てた十七夜選手だよ。午前に試合を見たけど、波状の魔法の合成であっという間に柱を粉砕してたよ。有崎君の推測通りやっぱり計算の速さが半端じゃないみたい。エイミィの魔法とは真逆の考え方だから戦いにくい相手かも……………」

「なん……だと……」

 

 シンヤ君の推測通りだと!やっぱり彼は凄……じゃなくて!

 しまったぁぁ!

 午前中は試合終わってすぐ寝てたからチェックしてないんだった!

 深雪や雫との対戦の心配をしてる場合じゃないわ…!

 

 

【その後なんとか二回戦突破となったエイミィであった】

 

 

♢♦♢

 

 新人戦二日目も終了し、一高選手、並びに技術スタッフと作戦スタッフが一同に介して食堂で夕食を摂っていた。

 九校戦に出場する選手だけでも360名、作戦スタッフや技術スタッフなどを入れると400名を超える。そうなると、食事も結構なものとなるが、毎日パーティーという訳にもいかない。

 

 朝食は早いもの順のバイキング形式、昼食は基本仕出弁当だが、出店などで買って天幕などで食べることも許されている。夕食は3つの食堂を各1時間三交代で利用する。夕食が学校別なのは、翌日の競技の作戦漏洩を防ぐためのものである。

 

 夕食の時間は、自校のメンバーが一堂に会する1日で一度の機会。その日の戦績で喜びや悔しさを分かち合う時間でもあった。

 

 女子クラウド・ボールは準優勝と入賞(六位以上)一人で「まあまあ」の成績だったが、ピラーズ・ブレイクで出場全選手三回戦進出というスピード・シューティングに続いての好成績に女子選手はお祭り気分に浸っていた。一方で男子の成績は思わしくなく、夕食の席では男子と女子で明暗がくっきりと分かれていた。そして女子の面々の中には、男子から追い出される形となった達也の姿もあった。

 

「深雪、雫、エイミィ予選突破おめでとう~!!」

 

 賑わいを見せる女子の集団の中で、ほのかのご機嫌な声が響く。

 

「いやぁ司波君の組み立ててくれた魔法がよかったからね。自分でも得意魔法をあんな風に使えるなんて思ってなかったし」

 

 達也を称賛するエイミィの言葉に同調して周りの女子生徒たちも達也を褒めだした。

 

「わかる、すごいよね彼」

「私もCAD調整してもらったんだー」

「深雪のアレもすごかったわよね」

「『氷炎地獄』って言うんでしょ? 先輩たちビックリしてたよ。A級魔法師でも中々成功しないのにって」

「あれも司波君のおかげなの?」

 

 一年女子はスピード・シューティングで表彰台を独占。クラウド・ボールでは二人が入賞。アイス・ピラーズ・ブレイクでは三人が三回戦突破と快進撃を続けている。

 想像以上の好成績に、女子メンバーらはお祭り気分に浸りながら、その立役者を褒め称えていた。

 

 それに気を良くしたのが深雪だ。

 

「ええ、もちろんお兄様なくしてはできない魔法だったわ」

 

 九校戦が始まる前までであれば、ただのブラコン発言にしか受け取られなかっただろう。しかし、今は深雪の言葉に耳を傾け、うんうんと頷いていた。

 

「エイミィも結構、決まってたよ」

「乗馬服にガンアクションが格好良かったよね」

「雫もカッコ良かった!振袖、素敵だったし、相手に手も足も出させず追い詰めていく戦い振り。クールだったよ~!」

 

 アイス・ピラーズ・ブレイクに出場している三人は、明日の午前中に行われる各ブロックの決勝戦に勝てば決勝リーグへと駒を進めることができる。

 深雪はともかく第三高校の十七夜栞と戦うエイミィや、優勝を狙う雫は煽てられても気を引き締めた表情だ。

 

「スピード・シューティングに続いてアイス・ピラーズ・ブレイクも表彰台独占なんかしちゃったらすごいことだよ~」

「そういえばスピード・シューティングで雫が使った術式は司波君のオリジナルって聞いたけど本当?」

 

 達也に話しかけてきたのは、達也が担当していない一年生の女子選手。顔と名前は知っていてもそれほど親しい相手では無かった。 

 

「正解」

 

 付き合いがない分怖がらせないようにと考慮したのか、達也の声は普段よりも柔らかかった。だがその気遣いは喧騒を増幅させるだけだった。

 

「やっぱり司波君が起動式をアレンジしたの?」

「ほのかの奇襲作戦も司波君が考えたって聞いてるよ」

「えへへ実はそうなんだ」

 

 兄が周りから認められていく光景を深雪は夢心地で眺めている。

 当の本人は、大会前の腫れ物扱いから、女子の態度が急変したことに戸惑っているようだ。ぎこちない対応で女子たちの質問に答えていく。

 

「いいなぁー、私も司波君に担当してもらえればもっと上位を狙えたかも」

「おいおい」

 

 そんな中、ある一人の女子生徒が不穏な言葉を発した。周囲の一年女子だけではなく、上級生たちにも聞こえただろう。とても聞き流せる発言ではなかった。

 周囲の雰囲気を察した深雪は、角が立たないように柔らかく諭すことに。

 

「ちょっと菜々美、それは駄目よ」

「へ?……はっ」

 

 担当エンジニアに対する批判ともとれる発言。それに気づいた菜々美はあわあわとたじろいだ。

 

「あわわわわわ…そういえば担当してくれた先輩にすっごく失礼かも」

 

 慌てて上級生の中に担当エンジニアの姿を探したが、本人が笑いながら手を振ってるのを見つけてホッとした表情を浮かべ、ピョコンと大きく頭を下げた。

 

「あー焦った」

「なな~自分の未熟をCADのせいにしちゃだめよ?」

「そうだぞ。自分の至らなさを技術のせいにするんじゃない」

「はーい、はんせーい」

 

 頭をポリポリと掻きながら菜々美は照れくさそうな表情を浮かべた。その表情が面白かったのか、女子選手たちは揃って笑い声を上げた。

 

「何だよ~」

「菜々美の言い分はちょっと行き過ぎかなって思ったけど、でも司波君のおかげで何時も以上の力が出せたのも間違いないし」

 

 スピード・シューティングで三位になった滝川がそう言うと、他の女子が大げさに頷いた。

 

「最初は男の子の調整なんて……って思ったけど、、今はホント男子には感謝してるよ。司波君を譲ってくれてありがとうございますってね!」

 

 正確には男子が譲ったわけではないのだが、多大な勘違いをした女子に達也は苦笑いを浮かべるしかなかった。だが、苦笑いで済ませることができない者もいた。

 

「不愉快だ。俺は戻る!」

「おい森崎?」

「どうしたんだ急に」

 

 ガタンッ、と中に入った水を飛び散らかすほど強くグラスをテーブルに置き、早足で食堂の出入口へと向かう森崎の姿が彼らの目に映し出される。

 

「モノリスコードは絶対勝つぞ」

 

 森崎の後を追う数名の男子生徒。

 森崎の表情にはやる気以上に焦りや苛立ちが浮かび上がっていたが、その真意までは誰も気づくことはなかった。

 

 興味がなさそうにポテトをつまみながら一瞥するエイミィとスバル、菜々美。

 

「何?」

「森崎君が出ていったみたい」

「なんか気に障ったのかねぇ」

「しょうがないよ。彼、ガチガチの一科至上主義だから。男子のテーブルから司波君を追い出してたしねぇ」

「ああ、だからさっきからウェイターさんと話してる……の………か」

「?どうしたのエイミィ?」

 

 突然固まりだしたエイミィの様子を不審がり、スバルと菜々美はエイミィの視線の先を見るとすぐに納得した。

 エイミィの視線の先、達也と現在も会話をしているウェイターは、なんと懇親会で執事服を着ていた有崎シンヤであった。

 

「執事君今日はウェイター服だね」

「流石にずっとあの格好は嫌だったんだろう。それより司波君とずっと何を話してるのか気になるな。そう思わないかエイミィ?」

「べ、別にシンヤ君が誰と話してようと勝手だし…そ、それにあんまり人の会話は盗む聞くのもよくないし…」

 

 エイミィは何でもないと言った風に答えたが、少し頬が赤く染まっている姿は見る人がみれば素直になれない少女のように見えなくもない。どうやら、スバル達もその人だったようでさらに笑みが深まった。

 

「では盗み聞かなければいいだけの話だな」

「え?」

「それもそうだね」

「えっ?えっ?」

「よし、では作戦開始だ!」

「ラジャー!」

「え?ちょっ、二人共!?なにを」

 

 眼鏡をクイッと上げるスバルと菜々美(菜々美はエア眼鏡)。二人がエイミィを後ろから押しながら達也達の下に向かう。

 

「おーい司波くーん」

 

 スバルの呼びかけに達也が反応する。

 

「どうしたんだ里美、春日さんと明智さんも」

「いやー僕はほのかと一緒にミラージ・パッドに出るからね。改めてよろしく頼もうと」

「私は司波君と執事君が何を話しているのか気になって☆」

 

 菜々美の言葉に、『それじゃあオレは行く』と離れようとしていたシンヤの脚が止まる。

 

「執事君ってオレのことか?」

「そうだよー私は春日菜々美。エイミィから話は色々聞いてるよ」

「そして僕は里美スバルだ」

「よろしくねー☆」

「有崎シンヤだ。よろしく」

 

 二人の自己紹介を聞いて、シンヤはしばらく考え込み、『あぁ』と思い出す。

 

「…クラウド・ボールに出てた二人か」

「ふっ、流石に僕たちのことは知っていたか」

「一応な(一色と戦って負けた一高選手、というぐらいは)」

 

 シンヤの頭の中では二人はそれぐらいの認識しかなかったことは本人たちの知る由もなかった。

 

「それで執事君は司波君と何を話してたの?」

「………達也にオレのCADも調整してもらえないかなんとなく聞いてみただけだ」

「あーやっぱり執事君も司波君がすごいってわかるか」

「まあな。で、今は選手たちの方の調整に集中したいからまた今度にしてくれと断られた」

「くっ…司波君!そんなに真面目に取り組んでくれるとは僕たちは感激したぞ!」

 

 シンヤの達也の株を上げる発言で、スバルは芝居かかった仕草をとり、次の行動に移す。

 

「そうだ司波君、君のその選手たちへの真摯さを他の皆にも伝えてやろう」

「え?あっ、いや……」

「さあ行くぞ!」

「あっそういえば執事君、エイミィが話あるみたいだよー」

「うえ!?いや、ちょっと!?」

 

 スバルと菜々美のナイスコンビネーション(?)でシンヤは達也から引き離され、代わりに先程までカチコチに固まってたエイミィが傍に残ることとなった。

 

「……」

「……」

(うぅ……気まずい!)

 

 頭の中が真っ白になってるエイミィが元凶の二人にチラリと視線を向けると、二人から清々しいほどのサムズアップが返ってきた。誰かあの二人の親指を折ってくれ!

 

「それで、話ってなんだ?」

「え、えっと…その……し、シンヤ君バイトの方はどう?」

「そうだな。生まれて初めてのアルバイトだったから最初は戸惑ったがもう慣れた」

「へぇーそうなんだ」

 

 頭をフル回転させて出した質問に、シンヤは無表情に淡々と答える。新人戦初日の昼食時に見せたあの表情が一時の幻だったかのようだ。

 

(もう一度見てみたいな……じゃなくて!)

「エイミィの方はどうなんだ?」

「ふぇ!?わ、私?」

「明日の三試合、十七夜と対決するんだろ?」

「……うん、何の問題もないって言えば嘘になるかな」

 

 あ、あははと空笑いするエイミィ。実は意外と繊細なタイプであった。

 

「えっと…シンヤ君は私が十七夜選手に勝てると思う?」

「正直今のままだと難しいな」

「ですよねー」

 

 シンヤからのストレートな物言いでズーンと落ち込む。

 

「そりゃあスピード・シューティングの時は雫に負けて挫折状態だったからで、復活してる今回はさすがに勝てないよね」

「別にオレはお前が勝てないとは一言も言ってないぞ」

「ふぇ?」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまうエイミィ。

 

「確かに十七夜は計算力の高さを活かした戦法を得意とする戦術家だ。既に向こうもエイミィの戦法を研究してるだろう。だがそんな相手ならスピード・シューティングで北山に負けた?」

「え?そりゃあ司波君がその時だけ雫に汎用型を使わせてたから……」

「正確には北山が使っていたCADを特化型だと想定して戦術を練っていたからだ。つまり十七夜は想定外の事態には弱いことになる」

「あぁ、成程」

 

 シンヤの的を射ている説明に、エイミィは納得の意を示す。

 

「でもあの十七夜選手の虚をつく戦法なんてそうそうあるものなのかな?スピード・シューティングで雫に負けた後警戒してるだろうし……やっぱりここは司波君に頼んで方がいいのか……な?」

「……エイミィ、確かに達也の策なら勝てるかもしれない。だがそんなことでお前は自分を誇れるのか?何より──お前だけの力でも十七夜に勝てる」

「えっ……? それって……」

 

 戸惑うエイミィに、シンヤはさらに言葉を畳み掛ける。

 

「もちろん必ず一位になれとは言わないし、上位に入って高得点取れれば負けても誰も文句は言わないから祭り気分で楽しめばいいと思う。けど、相手に”勝ちたい”という気持ちがあればそれを無駄にせず思いきりぶつかってほしい。そうしたら、エイミィは『成長』出来る。そう思う」

「成長……?」

「ああ。考えてみてくれ」

「うん…………」

「じゃあオレは仕事があるから。また明日」

「あっ」

 

――――また明日

 そう小さな声でエイミィは挨拶を返した。

 シンヤは振り返ることなく、片手を挙げることで応えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 食堂の貸し切り時間が終わり、腹を満たした皆は食堂を出た。

 すると食堂の外には三高の生徒たちが待機していた。

 

「三高の?」

 

 どうやら一高の後は三高が夕食の時間のようだ。予備椅子に座りながら『腹減った~』と呟く男子生徒たちが見える。

 

「あら、一高の皆さんこんにちは。ご夕食でしたか?」

 

 ほのかの声を聞きつけ、三高生徒らの中から愛梨と沓子、栞が深雪たちの前にやってきた。

 

「ええ、お先にいただきました。皆様はこれから?」

 

 ライバルの登場に戸惑うほのかと雫だったが、深雪だけは平然とした態度で受け答える。

 

「ええ。そうです。入れ違いで残念でしたわ。でもここでお会いできてよかった。司波深雪さん。あなたにお詫びしたいことがあります。私は以前あなたを侮った発言をしました。しかし、私の認識が間違っていたことをはっきりと悟りました」

 

 明快に話す愛梨。

 

「あなたは私たちの世代でトップクラスの魔法師。だからこそ私はあなたに勝利するために全力を尽くし、この九校戦を第三高校の優勝で飾ってみせるわ」

 

 懇親会の時に愛梨は深雪に対して侮蔑ともとれる発言をしていた。その時の謝罪と覚悟が伝えられる。この九校戦の中で成長していく若人たち。おそらく、三高の中で一番成長したのは一色愛梨だろう。

 

 食堂の扉の向こう側では真由美と摩利が愉快な笑みを浮かべながら彼女たちの会話に聞き耳を立てていた。

 

「どうなるんだこれ?」

 

 三高の生徒たちは愛梨の行動に肝を冷やしながら見守っている。誰も愛梨に口出しはできないようだ。数秒が何十分にも感じられるほど緊迫した空気の中、深雪は軽く口角を上げながら愛梨へと手を差し伸べた。

 

「ええ、そうですね。もちろん私もあなたに負ける気はありませんので、お互い全力を尽くし戦いましょう」

 

 一切の動揺が見られない。逆に愛梨の方が深雪を不気味に感じながら深雪の手を取った。

 

「いい戦いをしましょう」

「ええ」

 

 一高と三高、優勝を争う高校に属するエース同士の握手は、荘重でありながらも周囲の人間の心を揺さぶる神秘的な雰囲気を漂わせていた。

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 九校戦六日目、新人戦三日目。

 午前にアイス・ピラーズ・ブレイクの各ブロック決勝。そして午後からは決勝リーグ三試合が行われる。

 昨日まで一緒に行動していたエリカたちは今はいない。

 同時刻に行われ、光井が出場しているバトル・ボードの予選があるためだ。

 ピラーズの試合を生で観られないのを残念がっていたエリカたちはオレだけでもと何故か強引気味に勧められた。まあ、昨日エイミィにあんなこと言っておいて観戦しに来ないというのは流石に失礼だろうということでオレは一人アイス・ピラーズ・ブレイクの会場に向かったのだが、

 

「やはり年は取りたくないものだな。昔のように体が動かなくなってしまったよ」

「そんなこと仰るならわざわざこのような席で観戦しなくてもよろしいのではないですか?」

「ハハハ、君のその物怖じしない態度嫌いじゃないよ」

「……」

 

 隣に座った老人と成り行き上一緒に観戦することなってしまったが、周りはその老人が誰か気づいていないため、オレも気にせずフィールドの方を見る。

 

 フィールド上では、エイミィは先日に続きトラディショナルな乗馬服の出で立ち。十七夜も昨日同様リーブル・エペーの競技服で向かい合っていた。

 

 開始ブザーの音と共にエイミィがライフル形態のCADを構える。

 

「先手必勝!」

 

 エイミィが自陣の氷柱を倒して、相手の柱にぶつけようとする。それに対し、十七夜が到達前に合成波で砕こうとするが、柱は砕かれず転がり続ける。

 

 先に『柱を転がす』という事象改変がかかってるから、柱を別の物に変化させる改変は受け付けないってわけか。

 

「その程度の攻撃は予想済み!このまま一気に頂くよ!」

 

 情報強化がされた柱も横からの運動エネルギーには勝てず、エイミィの柱が十七夜の一本目を倒し、そのまま勢い止まらず後ろの柱にも襲い掛かる。巨大な柱がまるでボーリングのように薙ぎ倒されていき、縦一列三本倒れたところで止まった。

 魔法と柱自体の重量を利用した合わせ技でエイミィが二本リードしたことに、観客席から歓声が沸く。

 

 だがそんな中で、十七夜は余裕の笑みを浮かべていた。

 

「よし!もう一丁!」

 

 エイミィが再び柱を倒し、栞の陣地へ転がし始め、相手の柱にぶつかる。

 だが十七夜の柱は壊れず、カーリングのようにステージを滑り縦3本の柱が合体する。その現象にエイミィは戸惑った表情を浮かべた。

 

 考えたな。氷の摩擦係数をゼロにするとは……

 まず氷柱が衝突する直前、一、二列目の氷柱の底面の摩擦係数を放出系魔法により極小化。そして滑走する一、二列目の氷柱が三列目に接触した瞬間に三列目の氷柱の摩擦係数を極大化し、続いて一、二列目のも増大させて慣性による移動を停止させた。

 そこに遅れてエイミィのが到着したが、三本が一体化して質量が三倍になったことでエイミィの氷柱がぶつかっても倒れず破壊されなかったわけか。よくできてる。

 エイミィのようなパワー型ではなく制御型の魔法師ならではの戦術だ。この九校戦に出てる選手の中で、制御力の高さは十七夜がトップクラスか。

 

 十七夜は即座に反撃に転じ、が一気に合成波でエイミィの氷柱を砕き始める。

 

「だから……えっと……」

 

 エイミィは狼狽え始め、防戦を強いられる。その結果、6本の氷柱が砕ける。

 どうするエイミィ。このまま何もできず負けるか。それとも……

 

 

♢♦♢

 

 

 先程の防御は成功。もう明智選手に打つ手はないはず。ここから一気に片付けるわ。

 私は一気に合成波で明智選手の氷柱を砕いていく。

 

『十七夜選手、得意の波の合成で一気に明智選手の陣地内を襲います!』

 

 いける。これで愛梨との誓いを果たせる。

 

 恥ずかしい話、私はずっとかつていた『家』に囚われていた。

 家の事なんか忘れたと思っていたのに、『私は両親とは違う』、『あんなダメな人間じゃない』。どこかそれを頑張ってたみたい。

 でも、先の試合で敗北を喫したとき、心の底にしまい込んでいた劣等感が抑えられなくなってしまった。

 私はやっぱりあの家の人間なんだ……そう痛感させられて一歩も動けなくなったわ。

 そんな時、愛梨……あなたが来て教えてくれた。私にはもっと信頼できる大事なものがあるということを。

 ようやく気付いたの。だから私はもう後ろは振り向かない。信頼に報いるためにもただ前だけを見据えて力を尽くすつもりよ。

 

 

♢♦♢

 

『序盤は第一高校明智選手がリードしましたが、第三高校十七夜選手怒涛の追い上げ!現在残りは十七夜選手9本、明智選手6本で十七夜選手が3本リード!明智選手挽回なるか!?』

 

 うぅ……対応しようとしても後手後手に回る。

 ダメだ…このままじゃ。でも何も思いつかない。

 

「明智選手にもう打つ手はないはず。このまま一気に片付けるわ」

 

 十七夜選手が追撃するように私陣営の氷柱をさらに2本へし折る。

 

 これで私のは残り4本。十七夜選手は勝利を確信したのか余裕の表情を浮かべてる。

 どうしよう。わたし……このまま負けちゃうの?

 

 そんな戸惑う私をもう一人の私が耳元で囁く。

 

――――大丈夫。シンヤ君も言ってたでしょ。ここまで頑張ったしみんな許してくれるよ。私も疲れちゃった。

 

 もう一人の私が諦めるように促してくる。

 

――――それにこれ以上勝ったて深雪や雫にはどうせかないっこない。

 

 そうだ。もう頑張る必要なんて……もういいじゃない……でも本当にそれでいいのかな?

 

 

 

 

――――そんなことでお前は自分を誇れるのか?

 

 その時、突然シンヤ君の昨日の言葉が浮かんだ。

 

――――何より、お前だけの力でも十七夜に勝てる。

――――相手に”勝ちたい”という気持ちがあればそれを無駄にせず思いきりぶつかってほしい。そうしたら、エイミィは『成長』出来る。そう思う。

 

 そうだよ。まだ短い付き合いだけど、シンヤ君は気休めであんなことは言わない。私ならできると確信して言ってくれたんだ!

 

 だったら今私がすることはなに?ここで諦めることじゃない!

 私は今目の前にいる十七夜選手に勝ちたい!この気持ちに嘘偽りはない!

 なら――――

 

「思いっきりぶつかるのみよ!」

 

 その時、私に応えるようにサイオンが活性化し、自陣の氷柱がロケットのように十七夜選手の陣地に突っ込む。さっきとは比べ物にならない速度だったため、氷柱を3本砕けた。

 

「なっ……」

 

 突然のことに十七夜選手も驚きを隠せていない。

 

 凄い……私にこんな力があったなんて。

 そういえば昔イングランドのグランマに言われたことがある。

 

――――アメリア。私達魔法師は噓を現実にする。だから嘘には慎重にならなければいけない。噓は無意識に現実を上書きして、真実になってしまう。

 

 あの頃の私にはグランマの言ってることが分からなかったけど、今なら思い当たることがある。

 従兄弟と遊んでいた時も、スバル達と毎日ホテルでトランプ勝負したときも、気づいたらバランス良く私は負けていた。

 いつからか無意識に力を抜いてしまう癖がついていたみたいだ。

 

 だけど!今この時だけでもいい!自分がやれるところまでやりたい!

 

 私はもう一度自陣から氷柱を飛ばす。

 

「させない!さっきは不意を突かれたけど防御に切り替えれば……っ」

 

 情報強化してもこの威力なら砕ける!

 

 ドゴオオオン!

 

『あーっと!またしてもまとめて3本破壊!十七夜選手ピンチです!』

「くっ……」

 

 自陣の氷柱が残り3本になってしまったことに十七夜選手が狼狽える。やっぱり、シンヤ君の言う通り十七夜選手は想定外の事態には弱いんだ。

 なら、怯んでる隙に……

 

「このまま一気に……」

 

 

♢♦♢ 

 

 

『なんという展開でしょう!絶体絶命かと思われた明智選手、驚きの大技で劣勢を一気に覆しました!!残りは2本対3本、明智選手大逆転目前です!』

 

(クッ、こんなに押されるなんて。これほどのパワーを秘めていたと気づかなかったのは不覚だったわ。でも私の見立てでは明智選手はもう……)

 

「このまま一気に……え?」

 

 エイミィの視界がぼやけ、膝をつく。

 

「やっぱり、スタミナが続くわけがないと思ったわ。もう立っているだけでも精一杯でしょう」

 

 栞が冷静に分析し、左手を差し伸べ

 

「安心して早く終わらせてあげるわ」

 

 合成波をエイミィの2本の氷柱に浴びせにかかる。

 エイミィは柱自体を弾として飛ばす砲撃魔法の使い手。つまり残り2本のうち1本でも破壊されれば反撃手段がなくなり、敗北が決定してしまう。

 

「う……」

 

 エイミィが力を振り絞り、移動魔法で自陣の氷柱の位置をずらし、合成の焦点を躱す。

 

(ならば、もう一度座標を変えて放つだけよ)

 

 栞が合成波を浴びせ、エイミィが再びそれを躱す。

 

(意味のない追いかけっこを最後まで続けるつもり?別に付き合っていいけど……こんな無駄な消耗戦を選ぶ選手だったなんて興ざめね)

 

 魔法の攻撃は避けているものの、エイミィの氷柱は衝撃の余波で徐々に表面が削られていた。このまま削り取られて破壊と判定されてしまうか、タイムアウトまで粘るか……いずれにしても3本残る栞の勝利となってしまう。

 

 このまま決着がついてしまうのではないのかと誰もが思ったその時、エイミィは再び砲撃魔法を発動し、自陣の一本を栞の氷柱へと飛ばした。

 

「馬鹿な!」

 

(柱を飛ばす程の力がどこに……!?それに命中してもこちらの柱が破壊できないのは分かってるはず!どうする?この攻撃は無視して残りの1本を破壊して試合を終了させるか……しかし万が一この攻撃でこちらの氷柱が破壊された場合、破壊された氷柱の数によっては最悪敗北もありうる)

 

 栞は自陣の三本を念のために情報強化で強化することを選択する。

 

 

 

 

「これが……これが最後……いっけえぇぇぇぇっ!!」

 

(魔法師にとってイメージは現実。そうだねグランマ。相手の氷を破壊するイメージを何度も何度も脳裏に描いて撃った最後の一撃。お願い届いて!!)

(ありえない!)

 

 残ったサイオンを全て注ぎ込まれたエイミィの氷柱が栞の氷柱にぶつかる。氷の表面に全損レベルの圧力を感じ取った栞は、情報強化に全サイオンを送る。

 その結果、エイミィの氷柱が砕ける。

 

「……そんな…届かなったの…」

 

 栞の3本の氷柱も一緒に砕けた。

 

「……やるわね」

 

 それを見たエイミィが安心した表情でその場に倒れ、栞も疲れ切った表情でその場に倒れた。

 

 

♢♦♢

 

 準決勝第三試合はエイミィの勝利で幕を閉じた。

 オレはすぐにエリカたちにそのことをメールで知らせると、すぐに返事が返ってくる。

 

『こっちはほのかが準決勝突破したわよ!』(エリカ)

『なんかフラッシュ対策に選手全員黒メガネをかけてるところを光波振動系で水路に明暗を作って……えっと悪いなんだっけ?』(レオ)

『ただでさえ濃い色のゴーグルで視界が暗くなっているから、明るい面と暗い面の境目で水路が終わってるように錯覚させる事で、相手選手を暗い面に入れないようにする。つまり相手にコースを狭く使わせる作戦なんだよ』(ミキじゃない幹比古だ!)

『おっ、そうだった』(レオ)

『アンタの脳みそじゃ覚えきれないかwww(笑)』(エリカ)

『なんだとこら!』(レオ)

『ふ、二人とも……』(美月)

 

 この2人はメールの中でも口喧嘩してるな。すぐそばにいるなら直接口で言えばいいのに。

 

「ほう?君にそんな顔ができたとはな……」

 

 横に座っている老人が物珍しそうな表情を浮かべながらオレに話しかけてきた。

 

「どういう意味でしょうか?」

「自分では気づいていないようだな。明智選手が勝ってから君は嬉しそうに笑っていたよ」

「オレが……嬉しそうに?」

 

 自分の口元に手を当てて確認するがわからない。その動作が面白かったのか老人はクククと笑っていた。

 

「さて、彼女が勝ったことで君は私の賭けに勝った。というわけで私は君の策に乗ることにするよ」

「……そうですか。タイミングはこちらに任せて貰えますか?」

「ああ、もちろんだとも……では、私はここで失礼するとしよう」

 

 そう言い残して、老人はここから去っていった。

 

 

 早くても明日、反撃開始だ。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 横浜の中華街。

 そこに軒を連ねる店の1つにて、満漢全席、とまではいかないが、高価な食材がふんだんに使われた中華料理がテーブルの上に並べられ、それを陰鬱で苛立たしげな表情をした男たちが囲んでいた。

 

「新人戦は第三高校が有利ではなかったのか?」

 

 彼らの内の1人が口にしたのは、英語だった。とはいえ、それはネイティブのものではなく、どことなく東アジア系のイントネーションが混じっている。

 

「女子の“早撃ち”と”氷倒し”では一高の選手が1位から3位までを独占してる」

「せっかく本戦の“波乗り”で一高の選手を棄権に追い込んだというのに、このままでは結局第一高校が優勝してしまうぞ」

「それはまずい。本命が優勝してしまっては、我々胴元の大損だ」

「今回の客は大口ばかりだ、配当額は相当なものになる。間違いなく、今期のビジネスに大きな穴を空けることになる」

「そうなればここにいる全員が責任を取らされるだろう」

「粛清されてしまう……」

 

 重苦しい空気に耐えかねた男がテーブルに肘をつく。

 

「損失額によってはボスが直々に手を下すこともあり得る」

 

 重い沈黙。

 

「死ぬだけならまだいいが……」

 

 ポツリと呟かれたその声は恐怖に震えていた。

 やがて彼らの内の1人が、意を決したように口を開いた。

 

「……こうなったら、仕方ない。協力者に繋げろ。明日、もう一度仕掛ける」

 

 

 

 

 



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第二十話 ほのか対沓子/カラクリ

 バトル・ボード会場では女子準決勝の第一レースが始まろうとしており、その中にはほのかの姿もあったが、スタート地点に並ぶ三人の姿を見て、客席では悩ましげに唸っている姿がちらほらと見受けられた。

 

 その理由は、ほのかだけでなく他の二人の選手も濃い色のゴーグルを掛けているから。

 ほのかが予選で使用した眩惑魔法を警戒しての事なのは明白。

 だがこれでは彼女の、と言うよりもあの少年の思うツボだと思ったのは、この後の第二レースに出場する沓子だった。

 

「予選で使用した眩惑魔法は使わんだろうが……はてさて、どんな奇策で来るやら」

 

 他の選手が濃い色のゴーグルを掛けた時点で沓子の中で大よその見当は付いていたが、実際にどうやるのか興味津々にほのかを観察する。

 

 スタートが切られる。

 閃光はなく、ほのかは出遅れていたが、二番手でぴったりくっついていた。

 スタンド前の緩い蛇行を過ぎて、次は鋭角コーナーへと侵入していくところで、ここで早くもレースは動いた。

 

 普通なら大きく減速して内側ギリギリを回るのがセオリーのところを、一番手の選手は大きく減速してコースの中央をターンするという中途半端な事をしたので、その間に内側を取ったほのかが追い抜いて一番手に躍り出た。

 

「……ふむ」

 

 今度は緩いカーブへと差し掛かる。

 ほのかは緩いカーブをセオリー通りに抜けて行ったが、ほのかに抜かれた選手は必要以上に減速してコース中央をカーブして抜ける。その為、ほのかとの差が大きく開いていた。

 

「…ほほう。そういう事か」

 

 コーナーに影が差していたように見えたのは気のせいではなかった。

 おそらくは光波振動系によって作り出した明暗。

 本当はもっと広いコースであるはずなのに、濃い色のゴーグルをしているせいで本来広いはずのコースが狭まって見えてしまうために、必要以上に減速して、必要以上に間を空けて抜けて行かなければならないと錯覚してしまう。

 

 頭ではもっと広いと分かってはいても、視覚情報に咄嗟に逆らうのは困難。

 予選で閃光を使い、この準決勝では閃光を警戒して濃いゴーグルを掛けるように仕向けたのは、この作戦の為だったのだ。

 一度目は半信半疑だったが、二度目でしっかり何が起きているのか沓子ははっきりと見極めていた。

 

「なかなか強かな戦術だねー」

 

 ちょっと陽気な声で沓子の隣に立ったのは、本戦バトル・ボードで優勝を飾った三年生の水尾佐保。

 

「魔法の使い方は極めて単純で、自分すらも失敗しかねない戦術だけど、相当練習したんだろうね。敵ながら感心するわ」

「そうですな。今からあやつと対戦するのが楽しみですわい」

「その為には、沓子も勝たなきゃね」

「お任せくだされ!」

 

 まるで気後れする様子がない沓子を、佐保はとても頼もしく思った。

 

 

♢♦♢

 

 

 エイミィに続き、同じ第一高校の深雪と雫も揃って決勝リーグに進出、同一校で決勝リーグを独占するという前代未聞の快挙を成し遂げた。しかし前戦にて死力を尽くしたことで限界が来ていたエイミィはその場で棄権、深雪と雫による決勝戦が決定した。

 

 女子アイス・ピラーズ・ブレイクの決勝戦で一高同士の対決が始まろうとしていた頃。

 女子バトル・ボードの会場では決勝戦のスタートが切られようとしていた。

 あらゆる意味で存在を見せつけた深雪に注目が集まり過ぎたせいでアイス・ピラーズ・ブレイクに比べたら注目度は目に見えて下がってしまうが、水面に眩惑魔法を仕込むという奇策で勝ち上がったほのかと、高度な水の魔法を操る沓子の一騎打ちは、一般人にとっては十分興味深いカードだった。

 

「……なぁエイミィ、本当に大丈夫か?」

「ぜぇぜぇ……あーうん……もうだいたいオーケーだよ」

 

 ピラーズ・ブレイク決勝は、バトル・ボード決勝の後という事になり、バトル・ボード会場でエリカたちと合流したシンヤの右隣には、肩で息をしているエイミィが、さらにその横にスバル、菜々美が座っていた。先の準決勝試合でエイミィは緻密な制御で翻弄する栞に苦戦するも、何とか勝利を収めたが、サイオンの使い過ぎで倒れてしまった身。現状は座っているでやっとの状態だった。そんな全快とは言えないエイミィに、スバルと菜々美が付き添っている。

 

「……やっぱり寝た方がいいんじゃないか?」

 

 さすがのシンヤも休むよう促すが、エイミィは断固として動こうとしない。

 

「大丈夫だよ。どうせもう出場する競技はないし……」

「それに、ライバルが出てる試合は直で観ておきたいしな」

「ちょっ、なにわけわかんない言い出すのかなスバル!?」

 

 実際弱りつつも気力で意識を保つエイミィの眼には、スタートラインでボードの上で佇む沓子の姿が映っていた。

 

「?あいつとは出る競技が違うはずだろ」

「執事君執事君。エイミィはそういう意味であの選手をライバル視してるんじゃないよ」

「?そういう意味じゃないって、じゃあどういう意味だ?」

「いやいやそこは自分で考えないといけないぞ」

「?」

「う~~だから違うってー!」

 

 まったく意味が解っていないシンヤに、スバルと菜々美は呆れ果てて大きな溜息を吐く。

 

(こりゃあエイミィ苦労しそうだね)

(ほのかも司波君とこんな感じなんだろうな……)

 

 これには後ろの席にいたエリカたちも苦笑いを浮かべていた。

 

「それにしても、決勝の相手はやっぱり四十九院さんになったか」

「ミキと同じ神道系の古式魔法師みたいね」

「僕の名前は幹比古だ!まぁ、四十九院って名前を聞いてもしやとは思ってたけど、どうやら彼女は神道の大家『白川家』の血筋に当たるみたいだ」

「白川家って……確か昔朝廷の祭事を担っていた家でしたっけ?」

「そうだよ柴田さん。白川家は、古代からの神祇官に伝えられた伝統を受け継いだ公家で、皇室の祭祀を司っていた伯家神道の家元だったんだ。でもそこに代々神祇大副(神祇官の次官)を世襲していた僕の祖先にあたる人物が吉田神道を確立して、神祇管領長上を称して全国の寺社に影響力を持ち、白川家との影響力差を逆転させた歴史があるんだ」

「ようするにミキとはある意味因縁のある相手ってわけね」

「ま、まぁ確かにそうだけど……って僕の名前は幹比古だ!」

「つーか、何気に自分の家の自慢話しなかったか?」

「い、いや……僕は別にそんなつもりで説明したわけじゃ……んん!それよりも、水の精霊魔法を得意としている白川家の血を強く引いた彼女にとって水の上は彼女の庭も同然だ」

「……ほのかさん勝てるでしょうか」

 

 全員がコースを見やる。

 

 決勝戦は1対1のガチンコ勝負

 本人のペース配分が勝負を左右する。

 スタート合図の光が灯る

 赤から黄色へ、そして黄色から青へと変わった瞬間、決勝戦のスタートが切られた。

 スタート直後にほのかの魔法が発動し、水面が鏡面反射を起こす。

 

「フラッシュじゃない!?」

「でも水面の状態を魔法で改変したから向こうもすぐに仕掛けれない!」

 

 レオと幹比古の声が響く。

 古式魔法は0コンマ数秒、現代魔法より発動が遅れるという欠点を把握し、領域干渉のような効果で序盤の制圧に成功したほのかは先んじてコースを奔る。

 

「ふん、もちろん古式魔法の初動が遅いことなど織り込み済み。じゃから序盤の水面は捨て狙うのはその先よ」

 

 ほのかの鏡面化魔法が切れたあたりから荒れた水面が容赦なく襲い掛かる。

 

 予選で選手たちは次々とこの沓子の水流を乱れさせて足場を崩す作戦で転倒させられていた。だがそれを見ていたほのかは既に対策済みであり、跳躍魔法でホバークラフトのように飛ぶことでそれらの罠を掻い潜っていた。意図的にショートカットするのは禁止だが、ボードの『縁』だけが水面ギリギリに触れているため水面上の走行と認められた。

 

「なるほどそう来たか。じゃが、仕掛けておるのはそこだけではないぞ」

 

 沓子は再び仕掛けた精霊魔法を発動しようとする。だが、タイミングよくほのかが消波を叩き込むことでそれを無効化した。

 

(精霊が抑え込まれた?じゃがどうやって魔法の場所が……光井という名、そうか。あやつ光のエレメンツ……)

 

 エレメンツとは、数字付きが開発される以前に日本で最初に作られようとした魔法師の呼び名である。2010年代から2020年代にかけて4系統8種の分類・体系化が確立していなかった時代、伝統的な魔法分類である地・水・火・風・光・雷といった元素(エレメント)の属性に基づいて開発が進められた。しかし、4系統8種の体系が確立することにより、伝統的な属性に基づく魔法師の開発は非効率と見做されるようになり、エレメンツの開発は中止され、開発を行っていた研究所のほとんども閉鎖された。

 光井ほのかと水尾佐保はそれぞれ『光』と『水』のエレメンツの末裔となる。

 

「じゃから儂の魔法が”見えた”か。どうりで知ってる気配がすると思ったわい…………くくく、あはははははは!こうでなくてはな!やっぱり九校戦は面白いの!」

 

 順調に先頭を走るほのかは滝の頂上へ上がっていく。

 

(先に魔法の場所が分かっていれば楽勝!頂上がコースで一番高くなるから全体を見渡すには絶好のチャンス!)

 

 だが頂上からコースを一望したとき、ほのかは顔を青ざめることになる。

 

♢♦♢

 

 多すぎるな。

 コースのほぼ全域に魔法が仕掛けられている。全域を一気に消波するのも手だが、それでは光井がスタミナ切れになってしまう。

 いや……よく見るといくつかは小さい波しかたっていない。どうやら沓子は光井が光のエレメンツの末裔であることに気づいてダミーを仕掛けたようだ。

 ダミーがあることには光井も気づいたようで、臆せず順調に進んでいく。

 だが、ループの出口に仕掛けられた大きい渦に油断し、なんとか跳躍魔法で回避するも、バランスを崩した隙をついて沓子が先頭に立った。

 

 

♢♦♢

 

 

「まだまだ勝負はこれからじゃぞ」

「えっ……」

 

 沓子が自らの右手に携帯していたCADを操作し、魔法を発動する。だがそれは古式魔法ではなく――――

 

「現代魔法……!」

 

 移動系魔法で一気に加速する沓子。ほのかとの距離を一気に突き放し、2週目に突入した。

 

 

「まさか古式だけじゃなく現代魔法まで……」

「あれ?ほのかさんの動きが遅くなってません」

「ほんとだ。どうなってるの」

「コースの水面をよく見てみろ」

 

 シンヤの指摘で一同がそちらを確認する。

 

「さっきより水の流れが強い?」

「そうか!光井さんと離れたから、四十九院さんは自分への影響を気にせず好き勝手に水流を動かせるんだ!」

「でも吉田君。沓子さんは今も移動系魔法を使っていますよ」

 

 そのつぶやきに美月が質問すると、幹比古は苦々しげに答えた。

 

「おそらくだけど、彼女にとって水の精霊魔法は自身の手足も同然なんだ。だから片手間で起動しているもう一方で現代魔法に集中できるんだ」

「そんな……!」

 

 幹比古の解説の間にも、沓子はさらに加速してほのかとの差を開く。これにはほのかにも焦りの表情が見えた。

 

 

♢♦♢

 

 どうする?飛び越える?でもどこもこんな状況じゃ同じこと。

 どっちにしろ無駄にスタミナは消耗されるしペースも落ちてる。このままじゃ負けちゃう……。

 挽回は厳しい、もう駄目だと諦めかけた時、達也さんにアドバイスしてもらったことを思い出した。

 

―――ほのか、SSボードの練習を思い出すんだ。光に対する知覚だけじゃなく、これもほのか自身の力。使えるものはなんでも使って勝利を勝ち取れ。

 

 そっか、そうだね達也さん。私にはSSボードで培った力がある!

 そしてそれをアレンジして今回練習した力――――これが私の本当の実力!

 

♢♦♢

 

 

「なんじゃとっ!?」

 

 あやつ、儂が作った波をアクロバットで次々と躱し始めおった。

 急にあれほど動きが良くなるとは……そういえば水尾先輩達エレメンツは依存する相手のために自分でも思ってもみない力を発揮することがあると聞く……まさかそれを利用したのか?

 

『光井選手波を避けながらスピードアップしています!四十九院選手を猛追!』

 

 まだこんなに余力を残しておったとは……じゃがこの大差容易なことでは埋まらんぞ。

 

『なんと先程の大差が徐々に縮まりつつあります。これは勝負が分からなくなってきました!』

 

 なぬっ!もうあんなところに!?

 

「くっ、仕方ない。大技を投入するか」

 

 儂は精霊魔法で嵐の海のような荒れぶりを発生させて光井にぶつける。じゃが、光井はそれをものともせず確実に距離を詰めてきおる。

 そのまま最後のループに入る。ループ内はそれほど技の影響がない。勝負は出口のカーブ!

 念の為儂と光井の間に水の壁を作り、光井をインコースに入らせないようにした。

 これで光井は余計にコースを大回りするしかなくなり、儂はその間にインコースを回ってリードを広げる。

 途中もう一つのカーブでは儂がアウトコースになるので、そこで解除する頃にはすでに大きくリードしているだろうし、そこから逆転するのは困難になる。

 

 後ろを確認してみれば、水の壁越しに光井の姿は映っていない。

 これでリード出来ただろうと思い、儂がアウトコースになるカーブに入る前に一度水の壁を解除した。

 その直後だった。

 

「なっ……」

 

 突然儂の真横から、まるで透明人間が突然現れたように、後ろにいるはずの光井が姿を現した。

 何故じゃ?確かに水の壁越しに遅れていたのを確認したはず。一体どうやって追いついた?

 そう考えていた儂はわずかな間だけ油断していた。

 

「!?」

 

 まもなくカーブに差し掛かるが、一瞬油断したせいか、いつの間にか目の前にアウトコース側のフェンスが迫っている事に気づき、衝突を防ぐために急激に減速した。

 

 その間に光井は儂を抜き去り、”カーブへ侵入していた”。

 

「し、しまった!」

 

 これは光井の罠だとわかった儂は慌てて追いかけて行った。

 

 

♢♦♢

 

 

「何だ?何が起きてんだ?」

 

 三周目に入ってから、レオやエリカたちはほのかが何をしているのかわからなくなっていた。

 

「あれは幻だ」

 

 そこにシンヤから説明が入った。

 

「ループ内で沓子は自身と光井との間に水の壁を作ったつもりだったが、それは光井が作り出した幻……本人はもっと近くまで追いついていた」

「油断させるためにそんなことを……」

「じゃあ、あれは何だったんですか?」

 

 美月が差したのは、沓子が急激に減速した理由についてだ。

 

「さっき言ったのと同様、光の屈折を利用して生み出した幻だ。大気中を進む光の屈折率を事象改変してフェンスが近くにあるように見えるよう錯覚させた。これにより、本当はカーブに入るまでまだ距離があるはずなのに、沓子にはすぐ目の前にフェンスがあるように見えたんだろう」

「影を作って錯覚させたように、光によって錯覚を起こす。光波振動系が得意な光井さんだからこそ出来る戦術というわけか。これも達也が考えていた作戦だろう」

「よくまあ思いつくわよね…」

 

 感心通り過ぎて呆れたようにエリカは言ったが、心情的にはその場の一同も同じようなものだった。

 

 

 

 光系魔法でどうやって戦ったら良いのだろうかとほのかは疑問だったが、達也から教わった作戦のとおりにそのまま使った結果、ここまで勝ち上がってきた。

 光波振動系に掛けては誰にも負けないという自負がある。だが、その使い方の幅はそれほど広かったわけではない。

 達也と知り合って、光系魔法の使い方にはもっと多くの工夫が出来る事を学んで、ほのかはそれまで以上に自信を持てるようになっていた。摩利のあの事故があって一度は不安に駆られはしたが、今はもうそんな不安は欠片もなかった。

 

 後ろから沓子が迫って来ていたが、いかに水に精通した魔法師であっても一度開いた差を埋めるのは困難だ。

 ほのかのボードがゴールラインを超えた瞬間。会場内から歓声が上がった。

 

(やりましたよ、達也さん!)

 

 

♢♦♢

 

 

 水に関する魔法を得意とする古式魔法師との一騎打ちでほのかが勝利を収めた女子バトル・ボードのレース展開はもはや新人戦の枠を超えた激戦として話題となった。

 

 そして、その後の女子アイス・ピラーズ・ブレイクでの深雪と雫の対決も、新人戦とは思えない迫力の熱戦が繰り広げられた。“氷炎地獄”によって攻めと守りを同時に行う深雪に対し、雫は達也から伝授されたCADの複数同時操作を駆使し、自陣を守りつつ熱線化した超音波を射撃する“フォノン・メーザー”という魔法によって、これまで無傷だった深雪の氷柱に初めて穴を空けた。しかし深雪がすかさず“ニブルヘイム”というこれまた高難度な大規模冷却魔法で対抗、液体化した窒素が雫の氷柱にびっしりと付着したタイミングで再び“氷炎地獄”を発動、窒素が急激に気化したことによる膨張で雫の氷柱を根こそぎ破壊し、一気に決着となった。

 

 本日の競技が終了し、ホテルのティーラウンジにて深雪たち一高女子の快挙を祝う小さな宴が挙げられていた。友人たちの祝勝にとバイトを終えたエリカたち、スバルや菜々美といった面々も集い、机を埋め尽くさんばかりに並べられたスイーツにありついていた。夕食後だが女子には別腹である。

 

「深雪、ほのか、優勝おめでとう」

「お兄様……」

「そんな……優勝できたのは達也さんのお陰です!ありがとうございました」

 

 達也からの称賛の言葉に深雪とほのかは頬を赤くする。

 

「俺はあくまでアドバイスしただけだ。雫には悪いことをしたな。勝敗はともかく本来ならもっと拮抗した試合になった筈なんだが、俺の判断が甘かった。たった二週間で”フォノンメーザー”をものにするのは無理があったと思う」

「ううん。達也さんは全然悪くないよ。そもそもあれがなかったら反撃の手段すらなかったんだし、使いこなせていればもっといい試合ができたのに……謝るのは私の方だよ」

 

 決勝戦で深雪に負けた雫、一度はホテルで気落ちしていたが既に立ち直っていた。

 

「深雪にも歯ごたえの無い相手で申し訳なかったと思ってる」

「そんなことないわ。あの時は本当にびっくりしたもの。あんな高等魔法が複数CADの同時操作のおまけつきで出てくるなんて……そういえば」

 

 深雪の視線が達也の方へ向く。

 

「お兄様。あれは本気で私を負かすおつもりでしたね?」

「……俺はふたりのどちらにも最善を尽くしただけだ」

「もう……この人は妹が可愛くないのかしら」

「手を抜いたりしたらそれこそ本気で怒るだろうに」

「~~~!」

 

 学校ではお嬢様のような対応をする深雪が不機嫌そうに頬を膨らませて、達也を僅かばかりに睨む。年相応の少女の様な素振りにほのかと雫は思わず笑う。深雪に睨まれた達也の方は困り、話題を逸らすことにする。

  

「んん!それよりもずっと気になってたんだが……」 

「……奇遇だね達也さん。実は私も気になってた」

 

 そう言って達也と雫がある一角を見やる。

 

「うわーんシンー悔しかったのじゃあぁぁ」

「……なぁ、沓子。そろそろ離してくれると助かるんだが」

「おっ、意外と筋肉が締まっておるの」

「おい」

「ちょっ、沓子!シンヤ君にべたべたしすぎだよ!」

「いけーエイミィー!」

「そうだ!そしてそのまま既成事実をつくってしまえ!」

「いや、さすがに高校生でそれはまずいでしょ……」

 

 どこで嗅ぎつけたのか女子バトル・ボードでほのかと対決した三高女子が乱入し、シンヤに泣きじゃくりながら(ウソ泣き)抱きついているのをエイミィが必死に引きはがそうとし、それを菜々美やスバルが謎の声援をあげている。

 

「あいつはいつの間に四十九院選手とあそこまで仲良くなったんだ?」

「それは謎……新人戦初日のお昼に偶然一緒にアイスを食べたりしたけどそれだけだった。二人は前からの知り合いなのかな?」

「いや、懇親会の後俺も確認したがあの時が初対面らしい」

「あっ、そういえば二日目にはシンって愛称で呼んで、一緒に競技を観戦したりお昼を食べたりしてましたよ」

「この短期間にいったいなにが…」

 

 九校戦に出場しており経緯をあまり把握してない面々は年相応に興味を抱いていた。

 

(白川の古式魔法師は高い直感力を有していると聞く。その血を引く彼女はシンヤから何かを感じ取ったのか?)

 

「……お兄様。深雪を放っておいて有崎君に熱い視線を……やはりお兄様は有崎君のことが――――」

「ふえっ!?そうなんですか達也さん!?」

「待て誤解だ落ち着いて話を聞いてくれ二人とも」

 

 

 

 

 

「ふふん!聞いて驚けエイミィとやら!何を隠そう、儂は昨日シンと一緒に美味しいスイーツを食べたのじゃぞ!」

「なん……だと……」

「いやあの時はエリカたちや一色たちも一緒だったろ。というかなんでエイミィはそんな大袈裟に驚いてるんだ?」

「四十九院選手だけじゃなく一色選手ともだと………」

「……執事君実はとんでもない女たらしなんじゃ」

「待て。とんだ言いがかりだ」

 

 達也がほのかと深雪、シンヤがスバルと菜々美からの誤解を解くのに時間を弄し、後から来た一色に沓子を引き渡して祝勝会は解散となった。

 

 

♢♦♢

 

 九校戦7日目。新人戦4日目。

 この日ほど観客がどちらの競技を観るか悩む日も無いだろう。なぜなら、男子は魔法による迫力満点の戦闘を観られることで九校戦随一の人気を誇る“モノリス・コード”の予選リーグ、そして女子は妖精を彷彿とさせる華やかな衣装で宙を舞う光景が特に男性の心を鷲掴みにする“ミラージ・バット”の予選から決勝まで行われるのだから。

 達也がミラージ・バットで担当するのは、第2試合に出場するほのかと、第3試合に出場するスバルだ。第1試合の開始時間が午前8時ということもあり、3人は朝早くからホテルを出発し、会場内の選手控え室にやって来た。

 控え室へと足を踏み入れた達也を出迎えたのは、既に部屋に入っていた他の学校の選手やエンジニアからの視線だった。さすがに達也が顔を向ければ気まずそうに顔を背けるが、隙あらばチラチラとこちらを盗み見ていることなんて達也には丸分かりだった。

 

「ふふふ、随分と注目されてるね、司波くん」

「やはり男子のエンジニアが女子を担当するのは珍しいんだろうな」

「違うと思うよ、達也さん。多分みんな、達也さんをエンジニアとして注目してるんだと思う」

「……エンジニアとして?」 

 

 ほのかの言葉に首を傾げる達也の姿に、スバルはクスクスと面白そうに笑みを漏らした。

 

「自分のことになると鈍いというのは、どうやら本当のようだね。――だって、当然だろう? 君が担当した2つの競技では、いずれも第一高校が上位を独占。見る人が見れば、エンジニアの技術がそれに大きく貢献したと分かるし、ちょっと調べれば誰が担当したのかすぐに知ることができる。他の高校にとって、司波くんは警戒すべき逸材なんだよ」

「大げさすぎないか」

「大げさじゃありません!達也さんがCADを調整してくれたおかげで、私、何だか負ける気がしません!」

「ほのかがここまで言うんだ。僕もこの恩恵にあやかって予選を突破してこよう」

 

 2人の言葉を聞いた達也は、何とも複雑な表情だった。“司波達也”が表舞台で注目されるのはまだ時期尚早であり、せめて高校を卒業してからでないと準備が整わないと考えていた。

 とはいえ、今の彼には手を抜くなんてことは許されなかった。誰からも期待されていなかった幼い頃ならいざ知らず、今の彼には自分を代表選手として推薦し、迎え入れ、そして応援してくれる存在がいる。そんな彼ら彼女らのためにも、達也は負けるわけにはいかなかった。

 

「強気なのは良いが、油断だけはするなよ」

「分かってるさ。いくらデバイスが良くとも、使う人間が駄目なら意味が無いからな。しっかりと気を引き締めるさ」

 

 スバルに一応の釘を刺して送り出し、達也は会場を見守る。

 

 それから無事にスバルもほのかも予選を突破し、今は各自サウンドスリーパーを使って熟睡中だ。達也もさすがに疲れたのかホテルの自室に戻り仮眠を取る事にした。

 

(今頃はモノリス・コードの予選第二試合ってところか。森崎たちは俺に見に来てほしくないだろうし、相手はここまで最下位の四高だ。さすがに取りこぼす事はしないだろうな)」

 

 そんな事を考えながら、達也は昨日わざわざ自分の事を見に来た三高の二人の事を思い出していた。

 

(同じ高校に『クリムゾン・プリンス』と『カーディナル・ジョージ』が揃ってるのは些か反則じみてるが、これは仕方ない事だしな……森崎たちも可哀想に)

 

 既に社会的地位と名誉のある二人を同時に相手にしなくてはいけない森崎たちに、達也は少し同情した。

 

(最悪準優勝しておけば新人戦の優勝は確実だろうから、せめて三高と当たるまでは負けないように祈っておく事にするか)

 

 達也自身、そもそも結果にはあまり興味が無いのだが、どうせ天幕に行けば真由美や摩利、鈴音が点数計算をしてそれに自分を巻き込んでくるのだから、一応は頭の中で計算をしておくべきなのだろうと、ここ数日で達也が学んだ事だ。

 

 仮眠を済ませて天幕に向かうと、達也が想像してた以上にその場所は騒がしかった。

 

 

「あっ、お兄様!」

「如何した、モノリス・コードで事故か?」

 

 質問の形を途中で変えて、断定口調ながらも尋ねるように達也は深雪に問う。

 

「はい……いえ、あれは事故と言いますか……」

「故意のオーバーアタックだよあれは。明らかにルール違反」

 

 深雪が言い淀んだ言葉を、雫が受け継ぎ、より過激に言い切った。

 

「雫……今の段階であまり過激な事を言うものじゃないわ。まだ四高の故意によるものと決まった訳じゃないのだから」

「そうですよ、北山さん。事故とは考え難いけども、故意だとも断定出来る証拠は無いのですから、むやみに相手を疑うのは良く無いですよ。勝手に決め付けると、その事だけが一人歩きして事実として皆さんに認識されてしまうのですから」

 

 随分と上級生らしい事を言ってるなと、達也が真由美を眺めていると、不意に真由美が達也の方に視線を向けた。

 

「なんでしょうか?」

「今、失礼な事を考えて無かった?」

「いえ何も」

 

 真由美はすぐ否定した達也を追求したかったが、今はそれどころではない。

 

「それで、怪我の具合は如何なんです?」

「……今の会話だけで怪我をしてるって分かっちゃうんだ……重症よ。廃ビルの中に居る時に『破城槌』を受けて瓦礫の下敷きになっちゃって……」

「状況が良く分からないのですが……三人が揃ってビルの中に居たんですか?」

「スタート地点が廃ビルだったのよ」

 

 真由美の説明に納得した達也だったが、新たな疑問が彼の中に生まれた。

 

「スタート地点は相手には伝えられてないはずですよね」

「だから四高の故意だって言える。フライングして気配を探ってたんだ」

「雫、気持ちは分かるが決め付けは駄目だ。意識しないでも気配を探れる人間だって居るんだから、そう言う事情なのかもしれないだろ」

「だけど……」

 

 雫を黙らせて達也は真由美に視線を戻す。

 

「それで森崎たちの具合は?」

「防護服を着ていたとは言え瓦礫の下敷きですので、全治は二週間、魔法治療をしても三日は絶対安静ね」

「そうですか」

 

 となると一高の新人戦優勝は遠のいたなと、達也は別の事を考えていた。それほど親しい訳でもなく、むしろ嫌われている相手の事を心配するほど、達也はお人よしでは無い。

 それから達也は深雪達から詳しい状況を説明してもらい、話を聞いて抱いた大体の疑問は解決できた。あの事故によって競技を中止しろという声も上がったが、モノリス・コードはこのまま試合を続行している。

 現在、克人が今後の方針を大会委員会と相談するとのことだ。

 今回の件の内容によっては代理を立てることも可能かもしれないが、即席メンバーで勝てるほどモノリス・コードは甘くない為、このまま棄権するしか道はないと達也は考えていた。

 

「達也君、ちょっといい?」

 

 大体の話が終わったと思っていたが、どうやらまだ真由美は達也に用があるらしい。本当は断りたいところだが、顔色を見るに随分と深刻な話らしいので渋々達也は頷いた。

 それを見た深雪に睨まれつつも、達也は真由美の後に続くのであった。

 

 

 天幕の奥――と言っても布一枚挟んだだけなのだが、真由美は達也を連れ込み、当然の如く魔法を掛けた。

 

「見事な遮音障壁ですね」

「そ? ありがと」

「それで、相談したい事とは何でしょうか」

「さっきは皆の前だったから言えなかったけど、実は十文字君からの連絡で犯人はもう捕まったらしいの」

「え?」

 

 真由美が何を言ってるのか分からず、達也は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「達也君でもそんな反応するのね」

「……いきなりそんなことを言われれば誰でもそうなりますよ。それで、その犯人と言うのはいったい?」

 

 言葉の裏に早く話を進めろという意味を含めて促す達也。

 

「そうね、ごめんなさい……犯人はビルの外に待機していた大会委員の人間だったわ。私もまだ詳しいことはわからないけど、どうも近くにいた九島閣下の部下がビル崩落直前に『破城槌』を発動した瞬間を現行犯で確保したそうよ」

「九島閣下の部下が……ですか?」

「ええ、九島閣下も摩利の時の事故に違和感を抱いていたようね」

 

(なにがいったいどうなっている。何故ここで九島閣下が出てくる?)

 

 新人戦二日目の夕食会の時にシンヤと居合わせた時、犯人の対応は順調で、これからある人物に協力を仰いでもらうという話は聞いていたが……

 

(まさかあれは九島閣下のことだったのか……!?)

「それでこれまでの事故の原因が大会委員による当校への妨害工作だったとして、理由は何なのかな?遺恨かな?それとも春の事件の復讐かな?壊滅したって言っても何人かは残ってる訳だし、その残った数人で恨みを晴らそうとしてるとか?」

 

 真由美はブランシュの一件を持ち出して何とか自分を納得させようとしていた。犯人の目的が分からないと言う事はそれだけで恐怖心を煽るのだろう。

 達也は真由美の疑問を解決する事が出来るのだが、それはおいそれと話して良い内容では無い。だが目の前で泣きそうになってる真由美を見て、達也は手持ちのカードを一枚切る事にした。

 

「春の一件とは別ですよ」

「え? 何でそう言えるの?」 

 

 真由美は達也が断定口調だったのを受けて、そう言い切れる理由があるのだろうと思い達也に視線を向けた。彼女としては断定出来るだけの理由があってほしいと言う願いもあったのだろう。

 

「開幕前日……いや、日付は変わってたから当日か……兎に角開幕直前の夜中に、この会場に忍び込もうとした賊がいましてね。俺はその賊を捕まえる現場に偶々居合わせたんですよ。それでそいつらの情報も少しくらいなら聞いてます。香港系のマフィアみたいですよ、この大会にちょっかいだしてるのは」

「……初耳だわ」

「口止めされてましたからね」 

「偶然かもしれないけど、あんまり危ない事に身を突っ込まないでね」

「分かってます。それと会長も分かってるかと思いますが、他言は無用でお願いしますよ。いくら会長が十師族とは言え、軍事機密にも匹敵すると脅されてるんですから」

「分かってます。他言はしません」

 

 右手を挙げ宣誓するように言った真由美を見て、達也は苦笑いを浮かべた。

 

「あっ、それと今の話は今日の試合後に正式に発表されるみたいだから、それまでは他のみんなには不安にさせないよう黙っていてね」

「わかりました」

 

 

 その後のミラージ・バット決勝の結果は、ほのかが優勝でスバルが準優勝で、一高のワンツーフィニッシュで幕を下ろした。

 

 

♢♦♢ 

 

 九校戦の事故。その原因が競技終了後、関係者に発表された。原因が大会委員ということで驚きは波紋のように広がり、原因の追及がなされた。大会委員はスパイとして潜入していた委員にすべての責任を押し付け、自分たちは悪くないというスタンスをとろうとしたが、一歩間違えれば魔法科高校の生徒達の魔法師生命を奪いかねない事態だったということで信用は失墜。妨害工作に関わっていた人間の検挙が軍によって行われ、大会委員長はその後、九島烈にこってりと絞られ責任をとることとなった。

 そして今回の不祥事で大会運営だけに任せるのは選手たちを危険に晒しかねないということで軍の人間や防衛大学校から来ていた警備の一部を九校戦に出場する選手のレギュレーションチェックに回すことで学校側もとりあえずは納得し、これからは事故のことを考えずに済むという安心感に身を委ねるのだった。

 

 さらに、新人戦モノリス・コードの第一高校対第四高校の試合は、協議の結果、翌日に再試合という形で決着した。

 

「―――以上の経緯で代理選手の出場を認めてもらえることとなった。予選の残りの試合は明日の午前に延期となる。妨害工作をしていた大会委員の目的は閣下と軍が究明するようだ」

 

 第一高校のミーティングルームとして宛がわれた会議室に呼び出された達也は、克人から直にことの詳細を告げられる。

 会議室には他に真由美、克人、摩利、鈴音、服部、あずさの一高幹部と、桐原と五十里もいる。

 あんなことの後だから喜びを表情に出さないのは理解出来たが、それにしても彼らの表情は硬すぎると達也には思えた。

 

「達也くんの活躍もあって、我が校はこのままでも充分なほどにポイントを獲得できました。新人戦における現在2位の第三高校との点差は80ポイント、仮に我が校が棄権をしても、第三高校がモノリス・コードを優勝しない限りは第一高校の新人戦優勝が決定します」

 

 それについては、達也も充分理解している。理解していることを改めて言われてること、しかもそれが単なる前振りであることに達也もいい加減焦れったくなってきた。

 それを感じ取ったのか、真由美は若干早口で話を続ける。

 

「当初は新人戦で第三高校にポイントを引き離されないことを目標としていました。しかしここまで来た以上、新人戦でも優勝を目指すことにしました」

 

 それを聞いた達也は、ちらりと克人の方へ視線を向けた。克人は達也の視線に気づきながら、それに反応する様子を見せない。

 

 なので達也は仕方なく、自分の方から話を振ることにした。

 

「自分がこうして呼ばれたということは、つまり……」

「ええ。達也君、モノリス・コードに参加してくれないかしら?」

 

 本人抜きで勝手に決められてもと言うのが、達也の偽らざぬ本音なのだが、口に出したのは別の事だ。

 

「何故自分に白羽の矢が立ったのでしょうか?」

「競技なら兎も角、実戦なら君が一年の中でトップだからな」

「モノリス・コードは実戦ではありませんが……それともう一つ、一つの競技にしか参加してない選手が居るのに、何故技術スタッフである自分を選んだのでしょうか?」

「達也君になら任せられると思ったからよ。入学式の後のイザコザでも、達也君は森崎君に負けてなかったし、はんぞー君や桐原君にも勝ってるでしょ?」

「……しかし自分には荷が重すぎですよ。モノリス・コードは実戦ではありません。肉体的な攻撃を禁止した魔法競技です。ルールの裏をかいて格闘を使った選手はいましたが、アレは例外中の例外です」

「魔法のみの戦闘力でも、君は十分ずば抜けていると思うんだがね」

 

 摩利はそれを自身の目で見ており、達也の実力が高いのは既に証明されている。実力がないと言う理由で拒むことは出来ない。

 

「しかし、自分は選手ではありません。代役を立てるなら一競技にしか出場していない選手が何人も残っているはずですが」

 

 だが、達也の口にしたことは反論できない事実であった。

 

「一科生のプライドはこの際、考慮に入れないとしても、代わりの選手がいるのにスタッフから代役を選ぶのは、後々精神的なしこりを残すのではないかと思われますが」

 

 真由美達が最も悩み、指摘されたくない事を達也は情け容赦なく口にした。新入生の育成としてとらえることは新人戦ではよくあることだ。

 しかし今年優勝できたとしても、達也の言うしこりが残れば、今後の九校戦に悪影響が出てしまう。技術スタッフであり二科生である達也が選ばれたとすれば、殆どの一科生のプライドがズタズタに引き裂かれるのは想像に難くない。

 真由美達から反論は無く、達也もこの話も終わりだと判断し、代役を辞退すると言おうとした。

 

「司波、お前は既に代表チームの一員だ。選手であるとかスタッフであるとかに関わりなく、お前は一年生二百人から選ばれた二十二人の内の一人。そして、今回の非常事態に際し、チームリーダーである七草は、お前を代役として選んだ。チームの一員である以上、その務めを受諾した以上、メンバーとしての義務を果たせ」

「しかし……」

 

 それでも達也は、まだ何かを言おうとする。

 

「メンバーである以上、リーダーの決断に逆らうことは許されない。その決断に問題があると判断したなら、リーダーを補佐する立場である我々が止める。我々以外のメンバーに、異議を唱えることは許されない。そう……本人であろうと、当事者であろうと、誰であろうと、だ」

 

 達也は、言いかけたセリフを中断した。

 克人が言っている意味を、理解したのだ。

 克人は、誰が納得しなかったとしても、どのような結果になったとしても、その責任は全て責任者である自分たちが負うと、そう言っているのことに。

 

「逃げるな、司波。例え補欠であろうとも、選ばれた以上、その務めを果たせ」

「………」

 

 正確には九校戦に補欠と言う概念は存在しない。その事は克人にも達也にも分かっている。逃げ腰だった達也を正面から捕らえ、そして真正面からぶつかってきた克人に、達也も白旗を上げた。

 

「分かりました。義務を果たします」

 

 真由美と摩利の顔が安堵の表情になる。

 克人はしっかりと頷いた。

 

「しかし他の二人は如何するんですか?」

「お前が決めろ」

「は?」

 

 克人の一言に達也は理解出来なかった。

 

「残り二名の人選はお前に任せる。時間が必要なら一時間後にまた来てくれ」

 

 同じ内容に補足しただけで、克人はそれ以上のことは言わなかった。決定権を委ねても克人は責任を手放さない。己の保身のために責任を押し付けない度量は天性の物だと言えるだろう。

 そんなことを達也は考えていたが、直ぐに目の前のことに意識を戻した。

 

「いえ、選ぶだけなら時間を頂く必要はありませんが……。相手が了承するかどうか」

「説得には我々も立ち会う」

 

 つまり拒否はさせないつもりらしい。

 

「誰でも良いんですか? チームメンバー以外から選んでも」

 

 克人が強引な性格であるならば、それを利用してやろうと達也は心の中で人の悪い笑みを浮かべる。

 

「えっ?それはちょっと」

「構わん。この件には例外に例外を積み重ねている。あと一つや二つ増えても今更だ」

「十文字君……」

 

 真由美から呆れ顔で非難の目を向けられたが、克人の表情は揺るがなかった。

 

「では、1-Eの吉田幹比古と、同じく1-Eの有崎シンヤを」

「「「なっ!?」」」

 

 後半の名前に、真由美と摩利、桐原、服部が大きく反応する。

 

「……良いだろう。中条」

「は、はいっ!」

 

 過剰な反応を見せたあずさにも、克人は全く気にした様子を見せなかった。

 

 

「吉田幹比古と有崎シンヤをここに呼んでくれ。確かその二人は、応援メンバーとは別口で、このホテルに泊まっていたはずだ」

 

 あずさが出て行くのを見送った摩利が口を開く。

 

「……達也くん。その人選の理由を訊いても構わないかね?」

「無論です。最大の理由は、俺が男子メンバーの練習も試合も殆ど見ていないという事です。俺は彼らの得意魔法も魔法特性も何も知りませんし、今から情報を集めても間に合いません」

「今の二人ならよく知っているという事か?」

「……ええ、吉田と有崎のことは同じクラスというだけでなくある程度知っています」

「一理ある。相手のことがわからなければチームプレイは難しいからな……それで、最大でない理由は何かね?」

 

 

「実力ですよ」

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 夜遅く。レオ達と分かれたオレはホテルにある客室である人物と会っていた。

 

「大会委員に紛れ込んでいた不届き者の確保は順調に進んでいる。君が提供してくれた情報のおかげで明日には一掃できそうだ」

「そうですか。この度は閣下にご無理を言って申し訳ありません」

「いやいや。君が直接私に協力を求められた時は非常に驚いたが、君には感謝しきれないよ」

「感謝されるようなことはなにも……オレは貴方を利用したのです」

 

 

 話は九校戦四日目。新人戦2日目の朝にまで遡る。

 達也からの情報で、CADに細工をした人間が大会委員にいるという情報を掴んだオレは即座に行動を起こした。

 まず最初に九校戦大会委員の人事ファイルにアクセスし、渡辺先輩が大けがした試合の開始前にCADの検査を担当していた人間を見つけた。さらにそこからその人間の端末情報をハッキングし、ここ最近頻繁に連絡を取り合っている相手を洗い出した結果、かなりの人数が妨害工作に関わっていることがわかった。

 

 関わっている人間たちの今後の動きがわかっていたオレは、その連中の何人かを作業中に光系魔法で昏倒させ、病院送りにした。光系魔法といっても、光の屈折率を僅かばかりに事象改変させて会場の空間の熱を大幅に上げ、熱中症を引き起こさせただけだ。

 そして病院に搬送されたのを確認し、オレは夜中に病室にいる連中に連絡を取った。この時に注意したのは、オレが魔法科高校の学生だとバレず、連中の雇い主から遣わされた人間だと信じ込ませることだった。

 

『どういうことだ?お前たちが同時に病院に搬送されるなんて偶然にしてはできすぎだろ?まさか誰かに今回のことがばれたんじゃないんだろうな?』

『そ、そんなわけない!俺は言われた通り検査に乗じて七高の選手のCADに”電子金蚕”を仕掛けただけだ!気づかれる筈がない!』

『本当にそうか?人間は自分では完璧に仕事をこなせていると思っていても、必ずどこかで失敗している。オレはその確認と解決のために雇われている。意味が解るな?』

『……っ、あ、あぁ』

『そんなにビビるな。もしかしたらお前たち以外の誰かがへまをした可能性だってある』

『っ!そ、そうだ!俺たちは関係ない!』

『そうであることを願うよ。念のために聞くが、お前たちの中では誰が一番怪しいと思う?』

 

 言葉で恐怖心を掻き立てるとともに、わざと逃げ道を作って僅かに安心感を持たせる。そうやって相手を信じ込ませ、可能な限り情報を集める。

 

『わかった。念の為他の奴にも確認をとっていく。分かっていると思うが、問題が解決するまではオレのことは一切他言無用にしてくれ。そうしてくれた方が早く済む』

『わ、わかった。他の連中にはアンタのことは話さない』

『絶対に喋るなよ。でないと病院を出るとき全員棺桶の中に入ることになるからな』 

 

 

 意外と簡単に連中を騙せたオレは、作戦を次のステップに移した。

 このステップで重要なのは、集めた情報を誰に、いつ、どうやって活用してもらうのか?

 その鍵を握っている人物との接触。白羽の矢を立てたのは九島烈閣下。

 この国に十師族という序列を確立し、20年ほど前までは世界最強の魔法師の1人と目され、現在も国防軍魔法顧問という役職に就くなど魔法師のコミュニティに多大な影響を与え続ける偉大な魔法師だ。

 オレは新人戦3日目の夕食で達也にある程度の事を報告した後、人気のなくなった廊下で閣下と会っていた。そして計画のすべてを打ち明ける。連中を潰すための戦略。

 

『成程。それで私に矢面に立てと』

『仮にオレがこれを大会委員に提出しても意味がないし、軍や警察だとどうやってその情報を入手したか根掘り葉掘り聞かれることになります。そうなるとどこかでオレのことが”あの男”に漏れてあそこに連れ戻されることになる』

『ふむ……確かに君にとっては問題だな。それで、私に協力を頼むとして、私の方に何かしらのメリットがあると考えているのかね?』

『しいて言えば、閣下の知名度の上昇、ですか』

『ほう?』

『今回の一連の事故の裏に潜んでいた大会委員の不祥事、それを誰よりも早く察知した閣下が密かに調査をし摘発する。そうなれば雇っていた方も流石にあなたには報復しようとは考えません』

『……そこまで考えたうえでの私への接触という事か』

 

 九島閣下の知名度の利用。オレの考えた筋書きなら、九島閣下なら当然ここまでできると誰もが疑わず、尊敬し、僅かばかりに恐れをなす。

 

『くくく……この私を隠れ蓑にしようとは、そんな大胆な策略を考え付いたのは恐らく君が初めてだろう……だが、一つ気になることがある』

『なんです?』

『君の予測だと、新人戦4日目のモノリス・コードに再び妨害工作が行われるようだが、何故君は何故未然に防ごうとしないで不正があったという既成事実に利用しようと思ったのかね?君の学校の一年男子たちが怪我をするのだぞ?』

『理由は二つあります。一つは情報の信憑性を高めるためです。すぐに捕らえて問題が見つかっても嵌められたとかなんだの言い訳をさせる隙を与えてしまいます。ですが、実際に使う瞬間を現行犯で取り押さえた場合、そこでもう言い逃れもできません』

『確かにな……二つ目はなんだね?』

『二つ目は一高選手たちの成長のためです』

『なに?』

『閣下はご存じかもしれませんが、今年の4月に第一高校でテロリストの襲撃を受けました』

『ああ、それは私も聞いている。二科生の学生達を洗脳して犯罪行為に加担させようとしたとか』

『ええ、そしてそんな事態に招いた原因となったのが、一科生と二科生との間の差別問題です。魔法の成績だけで一科生が二科生を雑草と蔑み嘲笑う風習、それが新入生たちにも病原菌のように蔓延してました。この九校戦をきっかけに、女子の方はもう問題ないようですが、男子の方は未だに一科至上主義を手放せないのがいます』

『ふむ、それは確かに嘆かわしいことだな』

『勿論、そんな一科生への仕返しがしたいという幼稚な理由ではありません。実際オレ自身に害は及んでいませんし恨みもありません。4月の事件、この九校戦を経て一高は大きく変化しようとしている。彼らのようにつまらない風習に囚われたままでは彼ら自身成長するのは難しいものです。ならばこれを機に徹底的にプライドを砕いてやればいい』

『だが一歩間違えれば彼らの魔法師生命を絶ってしまうことになりかねないぞ?』

『そうですね』

 

 

 

『ですが魔法師を目指す以上ある程度の惨事にも慣れておかなければいけないものでしょう?この程度で立ち直れないようなら、今諦めさせてやったほうが親切というものですよ』

『……』

 

 閣下は考え込む。これは閣下をある意味共犯者にするということに繋がるのだから。

 

『では一つ賭けをしよう』

『賭け?』

『ああ、明日の女子アイス・ピラーズ・ブレイクの第一試合で私と君それぞれ勝つと思う選手を選ぶ。もし君が選んだ選手が勝てば私は君の計画に乗ろう。逆に私が選んだ選手が勝てば私のやり方でこの件を解決する。分かりやすいだろ?』

 

 突然閣下はそんなことを言い出した。だが協力を仰ぐにはこの賭けに乗るしかなかった。

 

『わかりました。その賭けに乗りましょう』

 

 

 そして翌日の試合でオレは賭けに勝ち、計画を実行することにした。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、森崎たちの容態はどうですか?」

「ああ、先程警護についている私の部下から連絡があって無事意識を取り戻したそうだ。ただし三日間は安静とのことだ」

「……そうですか」

「彼らが心配か?」

「心配、ですか。オレにそれを彼らにする資格があるのでしょうか?」

 

 連中の一掃のためとはいえ、オレはあいつらを犠牲にした。

 他にも色々な方法は思いついたがどれも決定打に欠けるものばかりだった。今でももっといい方法が浮かんだのかもしれないが、現実オレはそうしなかった。事故で死ぬことが無い、森崎たちのためでもあるからと自分に言い聞かせ、遂には閣下に協力を仰ぐためにあの男がオレに言ったのと同じセリフを言ってしまった。

 結局、あそこを出て行ってもオレは未だにあの男に縛られたままということか。いや、オレも奴と同じ穴の狢だったか。

 

「閣下なら森崎たちを巻き込まずにこの事態を収拾できましたか?」

 

 自分でも今さら何言ってるんだかと思う、そんな質問をしたオレを眺めながら、閣下は「ふむ」と少しの間考える素振りをした。

 

「…………そうだな。私なら確かにそんな方法も思いついたかもしれん。だが、それだとより時間がかかってしまうし、その間にもっと多くの怪我人が出たのかもしれん。結局のところなにが最善だったのか今では私にもわからんよ」

「…………そうですか」

「ただ、あの状況では君の立てた計画が一番有効的だったと私も思ってる。綺麗事ばかりではいられないことも時にはあるだろう」

 

 「それに既に私も君の共犯者だからな」とニヤリと笑う閣下。

 

「もしそれでも未だに彼らに負い目を感じているなら、何かの形で報いてやればいいと思う」

「…………具体的には?」

「さあな。時と場合による。もしかしたらそれはすぐかもしれない」

「?それはどういう…………」

 

 その時、オレの携帯端末の呼び出し音が鳴り、話を遮られる。

 

「すみません。少しいいですか?」

「ああ、構わんよ」

 

 閣下から許可を貰って携帯に出る。

 

「どうした?」

『ああ、シンヤ。幹比古なんだけど……その、今から一高の会議室に来れるかい?』

 

 一高の会議室?なにか嫌な予感がする。

 

「……ひょっとして明日の新人戦の代理のことについてか」

『えぇっ!?なんでわかったの!?』

「このタイミングで達也とつながりのある一年が呼ばれるとなるとそれくらいだろ」

 

 そういえば達也には計画についてちゃんと説明していなかったな。

 

『さ、さすがの洞察力だね……』

「ちょっと待ってくれ」

 

 携帯のスピーカーに手をかざし、こちらの声が届かないようにしてから閣下に話を振る。 

 

「……閣下、申し訳ありませんが急ぎの用事ができまして……」

「ああ、構わんよ。明日を楽しみにしているよ」

 

 今の会話に聞き耳を立てていたな。というかオレが出る前提で話してるな。

 ……まあいい。まだ折り合いがつかないが、取りあえずはこの老人の口車に乗っておくことにしよう。

 

「すぐそっちに行く……では失礼します」

 

 そうしてオレは客室を後にしたのだった。

 

 

 

『……ね、ねえシンヤ。さっき電話から聞こえた声、なんか最近聞いたことがあるんだけど「気のせいだ」えっ、いやでも「気のせいだ」……うん、そうだね。そんなわけないよね!あ、あはははははは!』

 

 

 



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第二十一話 モノリス・コード予選

アニメ『魔法科高校の優等生』で三高女子三人が登場!
というかスピンオフなだけに展開が早いですね。



 本日の競技がすべて終了し、殆どの生徒達がホテルに戻っている時間帯。

 

「……なぁ、達也。本気なのか?」

「会長はともかく、会頭がこんな冗談を言うと思っているのか?」

「いや、その『会長はともかく』ってのも僕には分からないんだけど……」

「…………確かにな」

「シンヤはなんで納得してるの!?」

 

 会議室に呼び出されたシンヤと幹比古。そこで待っていた達也と真由美・摩利・克人の三巨頭の口から“決定事項”を伝えられ、その後幹比古は自分の泊まっている部屋に戻ってうろうろとさ迷い、シンヤは部屋の隅で無表情のまま携帯端末の画面をじっと見ていたりと反応がバラバラだった。

 そして隣の部屋から騒ぎを聞きつけてやって来たエリカと美月、レオが見守っている。

 

「ミキ、とりあえず1回座ったら?」

「僕の名前は幹比古だ」

 

 力の入らない声でお馴染みのツッコミを入れ、幹比古はエリカに言われた通り近くの椅子へと腰を下ろした。

 

「……試合は明日なんだろう?CADどころか、着る物すら準備できていないよ?」

「大丈夫だ。CADは俺と五十里先輩とでバッチリ仕上げるし、着る物も中条先輩達が用意してくれる。二人は何も心配する必要は無い……だからもう諦めろ。決まったことを愚痴っても仕方ない」

「……まぁ、決まったことだからやるしかないよね」

「シンヤは?」

「…………はぁ、わかった」

「ん?どうしたシンヤ。いつものお前ならこういうのはもっとごねそうなのにやけに素直だな」

「………別に、オレにあの会頭に反抗する程の度胸がなかっただけだ。傲慢なイカロスと違って太陽に喧嘩を売ったりしないからな」

「太陽って………もしかして十文字会頭のこと言ってるのか?」

「なんかすごいものの例えをだしてきたわよ」

 

 シンヤの普段とはらしくない行動にエリカたちは困惑していた。ちなみにシンヤが裏で立てていた計画について達也は会議室の後に送られてきたメールの文面を見て知っており、『お前がそれしか有効な方法がないと考えたのなら俺は何も言わない』とシンヤに返信した。

 

「…まぁ、お前が素直に承諾してくれるならこっちもやりやすい。というわけで今から明日の試合の作戦を立てるぞ」

「おっさすが達也、急遽指名されたのは自分も同じなのに余裕じゃねぇか」

 

 ニヤリと不敵に笑ってそう言うレオに、しかし達也は苦々しく首を横に振った。

 

「残念ながらそうでもない。作戦らしい作戦を立てる時間も無ければ、練習もできないからぶっつけ本番で試すしかない。こんなのほとんど力ずくだ、本当に不本意だよ」

「悪知恵は達也の専売特許だしな」

「お前にだけは一番言われたくないぞシンヤ」

「なんのことだろうな………それで、具体的には何をすれば良い?モノリス・コードは直接攻撃は禁止だろ?」

「まずシンヤにはこれを使ってもらう」 

 

 そう言って達也がシンヤに渡したのは、この前レオとシンヤが実験役を務めた武装一体型CAD『小通連』だった。

 

「…………成程な。確かにルールにはなにも違反していない」

「え?どういうこと?」

 

 横で見ていたエリカとレオが首を傾げたが、達也が無言でモノリス・コードのルールが書かれた冊子を手渡してきたので、エリカは反射的に受け取り目を通した。

 

「そこに書かれているように、物質を飛ばして相手に攻撃する事は違反ではない」

「物質を飛ばして……そうか!」

「ちょっと待って!達也はこの事を見越してそれを作ったの!?」

「俺だって何時も悪知恵を働かせてる訳では無いし、今回のは本当に偶然だ」

 

 幹比古の穿ちすぎな考えに、達也は苦笑いで否定した。

 

「では、明日の準決勝までのフォーメーションだが…シンヤには”守備”、幹比古には“遊撃”を頼みたい」

「遊撃?」

 

 そう尋ねる幹比古の姿勢が、本人でも無意識の内に前のめりになっていく。

 

「守備と攻撃、両方を側面支援する役目だ。幹比古の得意とする古式魔法の知覚外からの奇襲力と隠密性に期待しての役割だが……、人前で魔法を使うのはマズイか?」

「秘密にしているのは魔法そのものの原理じゃなくて発動過程だから、CADで使えば問題無いよ。――でも、大丈夫なのかい? 前に達也は言ってたじゃないか、僕の……吉田家の術式には無駄が大きいって」

「ああ」

 

 あまりにもハッキリとした物言いに、レオと美月は驚きで目を丸くし、彼の“過去”を知るエリカはあからさまに体を硬直させた。平然とした表情を保っていたのはシンヤくらいだ。

 

「つまり達也は、もっと効率的な術式を教えてくれるのかな?」

「いいや、アレンジするんだ。無駄を削ぎ落とし、より少ない演算量で同じ効果を得られる魔法式を構築できる起動式を組み直す」

 

 幹比古の使う古式魔法には、長い呪文を必要としていた頃の名残で術式固有の弱点を突かれないよう偽装が施されている。しかしCADによって高速化された現代魔法では、術式固有の弱点につけ込むという対抗手段は起動式の段階で魔法の種類を判別できない限り意味が無い。達也の言う“無駄”とは、そのことを指していた言葉だったのである。

 

 だからといって、古式魔法が現代魔法に劣っているということではない。達也が先程言った通り、奇襲力と隠密性においては古式魔法に軍配が上がる。だからこそ達也は、メンバーに幹比古を選んだのだから。

 

「分かった、達也に任せるよ」

 

 達也の事を信じられると判断したのか、幹比古は自分のCADを達也に渡した。

 

「信じてくれたついでにもう一つ聞きたいんだが」

「何?ここで秘密がバレたとしても父さんも文句は言わないと思うから」

「大丈夫だ、他言はしない」

 

 達也の返事に続くように、シンヤ、美月、レオ、エリカもそれに同意した。つまりはこの部屋の中だけの秘密だと……

 

「オッケー、何でも聞いてくれ」

「それじゃあ……『視覚同調』は使えるか?」

「……君は何でも知ってるんだね。答えはYESだ。同時に二つまでなら『感覚同調』は使えるよ」

「視覚だけで構わない。これで少しは作戦に幅が生まれる」

 

 幹比古との話は一段落ついたタイミングで、レオがずっと気になっていたことを尋ねる。

 

「ところで達也、今言ったフォーメーションが準決勝までって……まさか」

「ああ、決勝リーグではシンヤには遊撃に回ってもらうつもりだ」

「……理由を聞いてもいいか?」

「理由は至極単純だシンヤ。お前はいつも俺たちの陰に隠れているが、誰よりも分析力が高く、非常に頭がキレることを俺はわかっている」

「お前に堂々と太鼓判を押されるとはな」

「よっ、影の参謀!」

「茶化さないでくれエリカ……それで、そのフォーメーションは決勝戦で三高とぶつかることを想定してのことか?」

 

 シンヤからの問いに達也は迷いなく「そうだ」と答えを返す。

 

「三高からはエースである一条将輝選手とブレーンである吉祥寺真紅郎選手が出場している」

「悪い。一条のことはだいたいわかるが吉祥寺のことは知らない」

「……簡単に説明するぞ」

 

 吉祥寺真紅郎。仮説上の存在だった、作用を直接定義する魔法式“基本コード”の1つである“加重系統プラスコード”を弱冠13歳で発見した、正真正銘の天才だ。これは世界的にも意義のある快挙であり、魔法師の世界では“カーディナル・ジョージ”という異名で呼ばれている。

 そして一条将輝は、もっと有名だ。日本魔法師界の頂点である十師族の1つ“一条家”の長男で次期当主であるのと同時に、3年前の“佐渡侵攻事件”の際には父親と共に義勇兵として戦列に加わり、数多くの敵を屠った経験を持つ本物の実力者だ。その際に敵と味方の血に塗れながらも勇敢に戦い抜いたことへの敬称として“クリムゾン・プリンス”の異名が付けられている。

 

「それ自分で名乗ったりしてるのか?」

「いやぁ、さすがにそんな勇気は無いんじゃないかな……?」

 

 特に“クリムゾン・プリンス”なんて、もしも自分から名乗ったのであれば割と恥ずかしい部類ではないだろうか、と一同は秘かにそう思った。

 

「……話を戻そう。今までの九校戦でカーディナル・ジョージは参謀役として務め、スピード・シューティングに出場するだけじゃなく選手のCADの調整をして色々と作戦を練っていたようだ。おそらく十七夜選手の担当も彼だったんだろう」

「そして間接的に達也に作戦負けしたと」

「シンヤ、間違っても絶対にそれ本人の前で言っちゃダメだよ。本人滅茶苦茶へこむだろうから」

 

 幹比古からの注意にシンヤは「わかってる」と短く告げるが、懇親会での前科があるため一同は不安だった。

 

「まあ結果的にそっちで勝っていたとしても今度のは直接の対決だ。魔法の発動スピードが遅い俺や幹比古が真正面から相手取るのは分が悪い。一応カーディナル・ジョージ対策のものはこっちに来るが、そっちは明日までに間に合うかどうかわからない。そのため代わりの対抗策としてお前の知略と魔法が必要になる」

「つまりオレにそのカーディナルを相手しろという事か。そしてそのときまでオレの出番は温存させておきたいと」

「そういうことだ。嫌ならプリンスの相手をしてもらうが?」

「カーディナルでいいです…………それにしてもちゃんとそこまで考えてのこの人選か。オレはてっきり自分が参加する羽目になったからオレに同じ苦労を味わわせてやろうとかいう動機だと思っていた」

「無論それもある」

「そこは嘘でも否定しろ……というか、エリカ。笑うんじゃない」

「ぷっくくくっ……いや、だって」

「………はぁ」

 

 シンヤが呆れるようにため息を吐くが、とことん巻き込む気でいる達也は悪びれずに話を進めていく。その様子を見てエリカと美月は思わず顔を見合わせた。

 

「達也君の性格の悪さは何となく知ってたけど、随分と悪知恵だよね……」

「仕方無いと思うけど。だって達也さんが代役を頼まれたのがさっきだし、悪知恵でも働かせないと勝ち目が薄いじゃない」

「……二人共、聞こえてるんだが」

 

 慌てて達也の方に視線を向けた二人が見たのは、ジト目で二人を見ていた達也だった。

 

「でもよ達也、さっきの作戦は俺でも悪知恵だと思うぜ」

「レオも失礼だな。俺が出せる知恵なんてどこかの誰かさんのに比べれば可愛いものだぞ」

「……オレを見ながら言うな」

 

 その後三人は着々と明日の準備を進めていった。

 

 

 

♢♦♢

 

 今後について話し合いが終わった愛梨、栞、沓子の三人は愛梨の泊まっている部屋にいた。

 

「新人戦は明日で終わりなんじゃなぁ。あっという間じゃったが楽しかったのう」

「ええ。でも、まだ終わってないわ」

「栞の言う通りよ。まだ本戦が残っているわ。いくら試合が終わったとしても緩んだ気持ちは周りにも影響を及ぼすわよ」

「愛梨は大袈裟じゃのう。せめて競技が終わった後くらいは大目に見ても罰は当たらんじゃろ。それに新人戦は三高の優勝間違い無しじゃしな」

 

 新人戦ミラージ・バットでも第一高校に、より正確には達也にやられてしまった第三高校は三位と四位という結果に終わったが、それほど悲観しているわけでもなかった。

 新人戦モノリス・コードは将輝と吉祥寺が組んだチームが圧倒的強さを見せつけて予選を軽く突破している。

 第一高校は大会委員の妨害工作により出場選手が大怪我をしたことで棄権の可能性が高く、そうでなくても二人が組んだチームが負ける事は万が一にもあり得ないので、新人戦モノリス・コードと新人戦の優勝は確実に取れると目されていた。それ故に彼女の言い分にも一理あると、愛梨は諦めることにした。

 

「それにしても本当にふざけてるわね」

「…もしかして大会委員の妨害工作の事?」

「ええ。どういうつもりでそんなことしたのか知らないけど許せないわ。それでは実力で勝ったことにはならないもの」

「愛梨……」

 

 愛梨が悔しそうに拳を握りしめる。自分達の勝利を貶されて、愛梨は黙っていられる性格ではない事を知っている二人は愛梨がどれだけ悔しい思いをしているのか理解出来た。

 

「でも九島閣下が摘発してくれたおかげで余計な横やりが入る心配はもうないのは幸いね」

「……そうね。九島閣下には本当に感謝しきれないわ。これで正々堂々と戦えるというものよ」

「むぅ~儂にはそこが少し引っかかるんじゃ」

「沓子?」

「引っかかるってどういうこと?」

 

 腕を組んでむむむ、と考え込む姿勢を見せる沓子に、二人の視線が集中する。

 

「うむ。今回の不届き者どもの摘発、儂には老師以外のナニカの意思が動いているような気がしてならんわ」

 

 白川の血を引く沓子は遺伝的に直感力に秀でている。そんな彼女の言葉を愛梨は無視することが出来なかった。

 

「誰かが閣下を利用したってこと?」

「ちょっと待って、あの方は仮にも世界最強の魔法師の一人と目されていた人物よ。いくら何でも無理があるわ」

 

 一色の反論に沓子は言い返す。

 

「これは儂の勘じゃが、利用すると言ってもあくまで閣下を隠れ蓑にしたようなもんじゃろ。現に誰も疑わずに閣下の知名度は鰻登りじゃ」

「確かにそうだけど、いったい誰が………」

「それにさっき言ってたナニカって懇親会の時に聞いた言葉ね。まさか……」

 

 栞が言いかけたところで、愛梨の携帯端末から呼び出し音が鳴る。

 

「水尾先輩から?はい、どうされました?」

『あっ一色。テレビつけてみて』

「?はい?」

 

 携帯の向こう側にいる三高の生徒会長水尾佐保の指示に従い、愛梨は部屋にあるテレビの電源を点ける。

 

『ここで速報が入って来ました。第一高校は新人戦モノリス・コードでの大会委員の攻撃により棄権するものと思われましたが、今回の不祥事摘発の功労者である九島烈閣下の裁定により、代理チームでの出場が認められる事になりました』

 

 モニターに代役となる選手の名前が映し出され、三人は驚愕する。

 

『司波達也、吉田幹比古、有崎シンヤ、以上の三名となります。いずれも登録外選手ですが、このうち司波達也さんは、今大会の新人戦で担当した女子選手を事実上の無敗に導いた、とても優秀な技術者との事です。選手としての実力は未知数。とても楽しみだと言えましょう』

「これって……」

『いやーなんか最近聞いたことのある名前があるなと思ったけど、もしかして懇親会で会った執事服の子?』

「えっと、はい…」

「まさかシンが出てくるとはの…さすがの儂も予想外じゃったわ」

『しん?何時の間に愛称で呼ぶ仲になったの?』

「それだけじゃないですぞ。一昨日なんか愛梨たちと共に美味しいスイーツを食べに行きましたわい」

『え?和解したどころかもうそこまで仲良くなっちゃったの?……あの子結構やるね』

「ちょっ、なにか勘違いしてませんか先輩!?」

『あはは冗談だって…まぁ交流を持ってるのなら話が早いや。三人から見て彼はどうなの?』

「どう、とは?」

『一高の七草会長や渡辺さんがなんか彼をかなりの曲者みたいに評価してたけど、どれほどの実力を持ってるのかな、と』

「…わかりません。ほんの少し話をした程度ですし……デリカシーがないくらいしか」

「覇気がないうえに何考えてるかわからない変わり者としか」

 

『う、うわぁ…二人の評価かなりシビア……で、沓子はどうなの?』

 

 佐保は沓子に話を振る。

 

「むぅ……そうじゃのぅ。これは儂の勘じゃが…………」

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

「今日が本番、か」

 

 選手控室で、幹比古は自身の緊張を吐露するように呟いた。

 

「幹比古、そう緊張するな。最悪倒れてしまっても後はシンヤに任せればいい」

「おい」

「あ、あはは…」

 

 九校戦8日目。新人戦最終日となるこの日、モノリス・コードの会場は、困惑の空気に包まれていた。

 一高が昨日の第2試合でビル崩落という事故によって怪我をし、本来ならば残り2試合を不戦敗になるところを、急遽代理の選手を立てて第一高校と第四高校の試合は『再試合』、予選を続行という裁定が大会委員会から発表されたからである。

 さらに本来なら今日は決勝のみが行われる予定も大幅に変更され、午前中に残りの予選を行い、午後に決勝を行う形になった。

 予選は各校がそれぞれ4試合行い、勝利数の多い上位4校が決勝トーナメントに進出する。勝利数が同じ場合は、試合時間の少ない方が上位となる。

 

 一高が決勝リーグに進むためには、後となった四高との再試合、八高と二高の3試合に勝つのが一番の方法。だが本来不戦勝で済むはずだったのに、代理での出場が認められたことに対して八高と二高からクレームが入った。

 

 二高と八高に勝つと、決勝トーナメント進出は一高・三高・四高・八高・九高。

 二高に勝って八高に負けた場合も同じ。

 二高に負けて八高に勝つと、決勝トーナメント進出は一高・二高・三高・四高・八高。

 つまり二高にとっては、本来ならば決勝トーナメントに進出できたにも拘わらず、一高に負けると予選敗退となってしまうのである。かといって八高に勝った後に手を抜くと、四高と九高から八百長だと騒がれるだろう。

 

「というわけで、八方丸く収めるためには、一高が2敗して予選敗退が望ましいんだろうな」

「そうか……それで、そうするのか?」

「まさか。やるからには勝ちに行く、というか負けては特例で試合に出させてもらう意味が無い」

 

 シンヤの問い掛けに即座にそう答える達也はある疑念を抱く。

 

「それにしても“森林ステージ”とは随分と相手に有利なフィールドが選ばれたな」

「そうなのか?」

「相手の八高は魔法科高校の中でも特に野外実習に力を入れているからね、森林ステージは彼らにとってホームステージみたいなものなんだよ。乱数発生プログラムによってステージが選ばれているとなってるけど、本来なら決勝トーナメントに上がれるはずだったチームに有利なステージが選ばれた、という作為の介入を疑いたくなる選定だね……」

「………考えすぎだろ」

 

 本当は心当たりのあるシンヤはそれを悟られまいと幹比古が告げた言葉を否定する。

 既に試合開始まで刻一刻と迫り、ステージへ入場する時間となる。

 

「そろそろだな。シンヤ、幹比古、行くぞ」

 

 プロテクション・スーツを身に纏う三人は控え室を後にした。

 

♢♦♢

 

 新人戦モノリス・コード予選第3試合。第一高校と第八高校の試合となる。モノリス・コードの会場の1つ、森林ステージの客席に、第三高校の一条将輝と吉祥寺真紅郎の姿があった。

 

「出てきたね、彼が」

「二丁拳銃に右腕に腕輪型のCAD……同時に三つものCADを使いこなせるのか?」

「彼の事だからハッタリ……って事は無いと思うよ」

「お手並み拝見と行かせてもおう」

 

 担当競技でことごとく上位を独占した、忌々しいスーパーエンジニア司波達也。

 その彼が披露したイレギュラーなスタイルは相手校の警戒を招きこそすれ、それを嘲笑する者はいなかった。

 

 一高の応援席では、一年生女子選手たちの熱狂的な声援と対照的に、一年生男子選手たちの自分達ではなく、二科生が選ばれた事による、嫉妬と怒り等の冷ややかな視線が飛び交っていた。相手チームに対する声援と、その全てを圧する無数の好奇心。

その中で、第八高校との試合が始まった。

 

「………それにしても有崎シンヤっていう選手のあれなんだろうね?」

「さぁ?」

 

 

♢♦♢

 

 

「ねぇ、やっぱり目立ってない?」

「試合に参加する選手が目立つのは当然だと思うが?」

「それにオレたちはスタッフや代表メンバーのリスト外の人間なうえに武装一体型CADを持ち込んでるしな」

「いや、そうじゃなくて……二人とも分かって言ってるだろ」

 

 幹比古が気にしてるのは、シンヤの腰に差してある武装一体型CAD『小通連』…………ではなく、シンヤが頭にかぶっている、顎まで覆いつくす程のサイズはあるバイザーがついた旧式の軍用ヘルメットだ。

 昨日の夜での作戦会議でシンヤが誰かに連絡した後、大会委員から”偶々”予備のヘルメットが一つ足りないという通知が届き、大けがしたメンバーたちのを拝借するというわけにもいかないため、”偶々”軍基地の倉庫奥の棚に埋もれていた古いタイプの物をシンヤが使うことになったのである。

 

「他にないと言われたら仕方ないよな?」

「分かってて言ってたとしても、この好奇の視線がやむ訳じゃないんだ。気にするだけ無駄だぞ」

「それは……」

 

 幹比古は達也やシンヤほど簡単に割り切る事が出来ない。むしろ幹比古の反応の方が普通であり、二人のように簡単に割り切る方がおかしいのかもしれない。

 

「考えても分からない事は一先ず捨て置け。もうじき始まる」

「……分かったよ」

「では打ち合わせ通りに頼む」

「了解、シンヤはフォローしなくていいのかい?」

「こいつなら一人でも大丈夫だろう」

「オレにどれだけ信頼を置いてるかわからないが……まぁ、やるだけやるさ」

 

 試合開始のサイレンが鳴り響き、シンヤは達也と幹比古が森の中に入っていくのを見届けた。

 

♢♦♢

 

「八高相手に森林ステージか…」 

「不利よね…普通なら」

 

 第一高校の天幕に取り付けられている、サイオンの可視化処理が施された大型ディスプレイにはモノリス・コードの映像が流されており、映る森林ステージには一高代理選手、達也、幹比古、シンヤが映っていた。

 その見た目は幹比古は一般的なプロテクション・スーツであるが、達也は二丁拳銃に加えて、ブレスレット型のCADと一般的には考えられないほどのCADをつけている。これは達也のCAD複数操作という能力をいかんなく発揮するためであろう。そしてシンヤは直接打撃禁止のモノリス・コードであるにもかかわらず、腰には剣を下げていた(これが武装一体型のCADであることを見抜けた者は一高内でも少ない)。さらに被っている旧式の軍用ヘルメットのバイザーで顔が全く見えない。このように一高選手は異彩を放っており、モニター前の一高生徒も彼らの戦いぶりが楽しみだといわんばかりにモニターに視線を集中させていた。

 

「……全く顔が見えないわね」

「ああ、おそらくあのバイザーは被った人間の顔がカメラに映らない仕様になってるんだろう。顔を隠すにはもってこいだな」

「結果的に、奴の顔だけはこれを見ている観客達に知られることはないな」

 

 モニターを見つめている面々で、真由美・摩利・克人の三巨頭の視線がシンヤの姿を捉えていた。

 今回の大会委員の不祥事で現在の九校戦を指揮することになった九島閣下は、事態の収拾が完全に済むまで一高選手の安全対策として三人の顔写真は公表されなかった(表向きには急遽代表メンバーのリスト外の学生が選ばれたために写真は入手できなかったということにしている)。そこに”偶々”シンヤの分のヘルメットがなく、”偶々”顔を隠せるタイプのを用意されたことに、三人は都合がよすぎると疑念を抱いていた。とはいえ、他の面々の手前ストレートには口にしなかった。

 

「それにしてもこの布陣………司波は奴のことを高く評価しているようだな。七草、渡辺、お前たちは奴がどんな戦い方をするのか知っているか?」

「いや直接は…ウチの風紀委員の沢木が所属しているサークルの後輩から聞いた話だが、四月の襲撃で素手だけで倒したらしい。だがどんな魔法を使うかまではわからない」

「十文字君は?あの後一緒にアジトに行ったみたいだけど」

「アジトの中には俺と桐原、司波兄妹しか入っていない。奴はその時外で千葉たちと見張り番をしていただけだった」

 

 3人は今回の試合での作戦を、事前に達也から聞いていた。

 

 その際、達也が忍術使いである九重八雲の教えを受けていることを知らされた。そのときは意外なビッグネームに驚きを顕わにした3人だったが、4月の模擬戦のときに魔法を使わず服部の後ろに回り込んだ動きを思い出して納得した。それと同時に、森林ステージのように遮蔽物の多い環境こそ“忍術”の真価が発揮されることに思い至った。

 

 さらにもう1人の代理選手である吉田幹比古は、古式魔法の使い手だ。自身の身を隠しながら魔法を行使できる森の中は、彼にとっても有利に働くだろう。よって達也を攻撃、幹比古を達也のサポート役としたことに関しては、3人から反対意見は出なかった。

 

 問題は、シンヤを自陣でモノリスを守る守備としたことだ。

 

「消去法でディフェンダーにせざるを得ないというのは理解できるが、はたしてどこまでやれるか、だな……」

「それにシンヤ君が腰に差してるアレなんなのかしら?」

 

「あ、あれは司波君が独自に開発、アレンジをした新魔法『小通連』です」

 

 達也の手伝いをした事でその存在を知っていたあずさが、三人に武装一体型CADの説明を始める。近くにいた鈴音も知らなかったのか、あずさに視線を向け、会話に参加する。

 

「なるほど……ですが、司波君の考案にしては杜撰ですね」

「杜撰ですか?」

「広いステージなら使えますが、対象物の多いこのステージではその役割は出来ないのではないでしょうか。本人の腕にも依りますが」

「…………いずれにしても、これからわかることだ」

 

 克人からの言葉で真由美達は見守ることにした。

 

 

♢♦♢

 

 試合開始から5分も経たない内に始まった戦闘は、八高のモノリス付近で行われていた。

 加重系の魔法で目の前のディフェンダーに片膝をつかせた達也は、魔法を使わずに持ち前の脚力で八高のモノリスへと疾走する。それを止めようとディフェンダーがCADを達也の背中へと向けるが、起動式が展開されたその瞬間、まるでサイオンが爆発するかのようにそれが掻き消されてしまった。

 ディフェンダーが驚いて立ち尽くしている間に、達也はモノリスの鍵を開く専用の魔法を放った。八高のモノリスが開き、勝利の鍵である512文字のコードが外界に晒された。このコードを審判席に送信すれば、一高の勝利となる。

 だが達也はコードが現れたことを確認すると、すぐさま森の中へと逃げていった。さすがの彼も、敵の妨害に晒されながらコードを打ち込むのは至難の業だった。

 ディフェンダーは他の一高選手の影を気にしながら、彼を追い掛けて森の中へと入っていった。

 

 

「くそっ! こそこそ隠れてないで出てこい!」

 

 八高選手の二人目はフィールドの両モノリスの途中にある森でさまよっていた。 

 本人は高周波音ばかりに気を取られて気づいていないが、彼は低周波音によって三半規管を狂わされていた。ヘルメットによって視界が制限されている中、右に左に方向転換をさせられてしまったことで、自分が今どちらを向いているのか分からなくなってしまっている。そして迷うはずのない人工的な環境という思い込みが、自分が迷っていることに気づけなくなっている。

 これこそ、幹比古による精霊魔法“木霊迷路”である。

 仮に彼が魔法によって方向感覚を狂わされていることに気づけたとしても、術者がどこにいるのか判別するのは非常に難しいだろう。なぜなら幹比古は精霊という独立情報体を用いて、離れた場所から彼に魔法を仕掛けているからである。

 

(達也・・・後は任せたよ)

 

 幹比古は木々の間から八高選手をこっそり見ながら術を発動しており、作戦通りに事が進んでいるのに満足していた。

 

 

 

 

「――あった、モノリスだ」

 

 三人目の八高選手は、2つのモノリスを結ぶ直線経路から大きく迂回して細心の注意を払いながら森の中を突き進み、一高のモノリスまであと50メートルほどまでやって来ていた。乱立している木々の隙間からモノリスが見えたとき、彼は無意識に安堵の溜息を吐いていた。

 しかし、本番はここからだ。モノリスを開ける“鍵”を発動させるには、半径10メートル以内にまで近づかなければならない。10メートルというのは、物陰に隠れていない限り確実に発見される距離だ。相手のディフェンダーに発見されれば、激しい戦闘になることは容易に想像できる。

 

「それにしても、あの“武器”は何だ……?」

 

 八高選手がそう呟いて視線を向けるのは、モノリスの傍で佇むシンヤが右手に持っている物だった。

 全長70センチ、刃渡り50センチ程度のナックルガード付きの模擬刀のような形状をした、おそらく武装一体型CAD。“模擬刀のような”と形容したのは刃の部分が意図的に潰されているためで、斬るというよりも叩き潰すことを目的としていると思われる。

 だからこそ、八高選手は相手の思惑が分からなかった。この競技では相手への直接攻撃は禁じられており、それは打撃武器で相手を叩くことも含まれる。だからこそこの競技に使われるCADは、拳銃型あるいはブレスレット型が一般的だ。

 

 シンヤがその武器を横に構えているが、そのまま横に薙ぎ払ったとしても、刃渡り50センチでは10メートル先の自分には到底届かない。

 意図がまったく分からないが、距離を詰めれば確実に勝利できる。急遽代理選手を立てていたが、戦うこともなくこのまま快勝できると思った彼はモノリスだけを見てニヤリと笑みを浮かべ、木の陰から1歩足を踏み出した。 

 その瞬間、武器を持つシンヤの右腕が微かにぶれ、同時に横から強い衝撃が走る。

 

「ぐがっ――――!」

 

 短い悲鳴と共に八高選手は思いっきり真横に吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。肺の空気をむりやり全部吐き出させられ、瞬間的な酸欠状態に彼の視界が薄くぼやける。

 酸素を求めて大きく咳き込みながら、八高選手は何とか顔を上げた。

 

 シンヤは模擬刀のような武器を振った場所から1歩も動かず、刃渡りが半分になったそれを上へと向けていた。

 その延長線上、10メートルほど離れた空中に、残りの半分がフワフワと浮いていた。

 

「そ、そんなのありかよ……」

「……ルールには違反してないから問題ないと思うが」

  

 バイザー越しの静謐な声と共にがら空きになった背中に強い衝撃が走り、八高選手は完全に意識を失った。

 

「……やっぱり加減が難しいな」

 

 それから数分後、相手選手を無力化した達也がコードを打ち込み送信、サイレンが鳴り響いて第一高校の勝利で終わった。

 

 

♢♦♢

 

 次の一高vs二高の試合は30分後に指定された。インターバルが少々短すぎる気もするが、そもそも一高の試合自体が急遽組まれたものであり、今日1日で決勝まで終わらせることを考えると致し方ないだろう。

 そのインターバルの時間、場所は第一高校の選手控室。

 

「すごいじゃないのシンヤ君!ああもあっさりと八高選手を倒しちゃうなんて!やっぱり私の予想通り今まで手を抜いていたんでしょ!」

 

 興奮した様子の真由美がシンヤの背中をバシバシ叩いていた。

 

「いえ、思わず反射的に動いただけです。でも出来過ぎですね。火事場の馬鹿力ってヤツが正しいでしょうか」

「もう、そうやってすぐ誤魔化すんだから!」

 

 バシバシバシバシ

 

「…………」

 

 小柄な体格なので力も弱く痛くはないのだが、あまりにしつこい。シンヤは達也と、控室の壁際にあるソファーにひっそりと隠れる幹比古にアイコンタクトで救援を求めるが、二人共一斉に目をそらした。

 

(…オレの周りには薄情者しかいない)

 

 一縷の望みとして、真由美と一緒に入ってきたあずさにアイコンタクトを行うと、あずさは「ふぇ!?」と小動物のようにオドオドしだす。何だこの可愛い生き物。

 

「えっ、えっと会長……その、そろそろ例の話を」

「あ、そうね、ごめんなさい」

(よし、うまくいった)

 

 あずさの呼びかけで、ようやくシンヤを解放した真由美は達也に話しかける。

 

 「達也君。次のステージが決まりました」

 「どこですか?」

 「『市街地』よ」

 「・・・あんな事があったのにですか?」

 「ええ」

 

 昨日の事故(と言っておく)があったにも関わらず、市街地ステージを使うとは本部も大変だと達也が思ってると、あずさがジッと達也を見ていた。

 

「何か?」

「いえ……有崎君のCADは如何するのかなと……」

「如何、とは?」

 

 あずさはさっき鈴音から聞かされた疑念をそのまま達也に言う。もちろん鈴音から聞いたとは一言も言わずに……

 

「なるほど、さすがは市原先輩。見事な観察眼です」

 

 だが達也はあっさりと背後の人物を言い当てた。

 

「ですがご安心を。十メートルの剣として使えないのなら、一メートルの剣として使うだけです」

「…………?」

 

 達也の言葉に、真由美もあずさも首を傾げるだけだった。

 

 

 

 

 一高vs二高の対戦フィールドとして選ばれた“市街地ステージ”。またもや事故が起きるのでは、という危惧を第一高校の幹部の面々が抱いたが、特にそういったアクシデントは発生しなかった。

 双方のモノリスは、五階建ビルの三階室内に設置されている。

 

 第八高校との試合から第二高校はディフェンダーを2人にし、アタッカー1人で第一高校のモノリスを攻める算段なのだろう。だが、今回コードを打ち込む役割は幹比古に任せており、シンヤは武装一体型CADを手にした状態で自陣のモノリスの前に立ち、アキュレイト・スコープで各エリアの様子を監視していた。

 

(来たか……)

 

「がっ!?」

 

 その姿を視認し、出てくるタイミングを狙って廃ビルの中でも使える長さに調整した小通連を横に振るうと、それに呼応するかのように相手選手の悲鳴が入口付近で聞こえた。

 その悲鳴を聞いたところでシンヤは通信機のスイッチを入れた。

 

「相手のアタッカーは倒した」

『了解した。あまり時間は無さそうだ。さっさと始めるぞ』

『わかった』

 

 通信機自体使ってはいけないというルールはない。今回使用しているのは、達也が持って行った幹比古の式神を確実に再活性化させるためのものだ。

 

 シンヤの右目のまぶたの裏には、魔法を使わずにビルからビルへと飛び移る荒業で移動している達也と、目を閉じて意識を集中させている幹比古の姿が映る。

 

『達也、見つけたよ』

(早いな……もう見つけたのか)

 

 精霊を運んで『喚起』魔法で活性化させ、精霊にモノリスを探させて、その座標に従って自分はモノリスの『鍵』を開ける。

 それが今回の達也の役目で、幹比古が精霊から送られてくる視覚情報に従って彼がコードを入力して終了、というのが達也が描いたシナリオ。

 

(それにしてもまさか達也が『喚起』魔法を使えるとはな)

 

 喚起魔法は、そう簡単に成功出来る魔法ではない。専門に扱ってる幹比古なら兎も角、二科生が簡単に使えるはずの無い魔法を意図も簡単に成功させた達也に、シンヤは正直驚いていた。

 

(あれくらいの実力がありながら二科生に…………どうやらオレと同じで訳アリの様だな)

 

 幹比古がモノリスのコードを入力し終えたところで試合終了のサイレンが鳴り響くが、シンヤはフィールドを出るまで警戒を解かなかった。結局何もトラブルはなかったものの、警戒しすぎて損はないと割り切ることにした。

 

 

♢♦♢

 

 第一高校一年生女子が応援席で黄色い声ではしゃいでいた頃。

 

「ジョージ。ここまでどう思った?」

 

 将輝と吉祥寺はここまでの一高の試合を観た総括をしていた。

 

「そうだね……彼は凄く、戦い慣れている気がする。身のこなし、先読み、ポジション取り、さすがの戦闘技術と言った所だね」

「魔法技能はどうだ?」

「八高との試合で相手選手の起動式が破壊されたのは、おそらく“術式解体”だろうね。確かにあれには驚かされた…………けど、それ以外は大した事ないと感じたよ」

「確かに、今の試合で使った想子波の衝撃波も、八高の試合で使った『共鳴』も、相手選手の意識を刈り取るには至らなかった。アイツもしかして高度な魔法は使えない?」

「普段は高性能なデバイスを使っている反動で、スペックの低い競技用のデバイスでは実力を発揮出来ないんだと思う。あれだけのアレンジスキルがあると言っても、実際に使用してそれに慣れるまでに時間が足りなかったんだよ。急な代役だしね。だから彼の魔法自体に関しては“術式解体”以外の魔法はあまり警戒する必要は無いと思うよ。むしろ彼の駆け引きに嵌ってしまうことを警戒するべきだ」

「真正面からの撃ち合いなら恐れるに足りない、か」

「そうだね。どうやって力づくの真っ向勝負に引きずり込むか……それができれば将輝が勝つよ」

 

 草原ステージなら九分九厘こちらの勝ちだ、と最後に吉祥寺が締め括ると、将輝は不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 一方その頃

 

 

「……やるわね」

 

 愛梨がモニター上で第一高校の勝利で幕を閉じた先程の試合を観て素直な感想を口にした。

 

「栞、試合を見てどう思う?」

「それは一高のチーム?それとも彼のこと?」

「………両方よ」

 

 観客席で「おおーさすがシンじゃ!」と吞気に大喜びする沓子の傍らで、愛梨と栞は真剣な表情で会話を交わす。

 

「まず吉祥寺君が警戒してる例のエンジニアについてだけど、観た感じ、敵陣に辿り着くまでに自己加速魔法を使った様子がなかった。あれはおそらく、純粋な身体技能…」

「魔法なしで、自己加速に匹敵する速さで人間が走れるものなの…?」

「あの者が忍術に精通しているとしたら多分可能じゃ。忍びには、古来より素早く任務を完遂するために素早く走る技術があるらしいからのう」

 

 沓子は引き上げていく一人の一高選手の背中を見た。

 

「あやつ、やはり精霊魔法の名門、吉田家の者じゃったか」

「沓子と同じ古式魔法師なの?」

「あやつは国津神を祀る地祇神道系に属する神道系の古式魔法神祇魔法を流派としている吉田家の人間じゃの。吉田家は昔儂の先祖と過去の因縁があるようじゃが、まぁこれに関しては既に決着したことじゃから関係ないが」

「そう――――だったら、彼はどう?」

 

 愛梨の眼には相手選手を小通連でなぎ倒したシンヤの姿が映っていた。バイザーで顔が映らないだけに、今どんな表情をしているかまったくわからない。

 

「おそらく硬化魔法の特性を利用しているんでしょうね。刀身を分割して先端部分を飛翔させ、柄と先端の相対位置を硬化魔法で固定し、先端で対象を打撃して攻撃する仕様……あとは本人の腕次第と言ったところかしら。死角に隠れていた相手選手の存在に気づいたのはなんらかの知覚魔法ね」

「………その本人の腕に関しては?」

「……戦闘が無かったからハッキリとは分からないけど、九校戦に出ていた他校の選手とは比べ物にならないと思うわ」

 

「そう…………」

 

 自身の右隣の席で、シンヤが使っている小通連の特性を的確に分析する栞の言葉に耳を傾けながら、モニターから目を離さない愛梨。リーブル・エペーを嗜んでいる彼女と栞の目にも、シンヤの動きにまったく無駄がなかったことに気づいていた。

 

(なぜあれほどの実力がありながら九校戦に出場しなかったの?それに………)

 

 愛梨の脳裏に昨夜の沓子の言葉が反芻する。

 

 

 

 

――――これは儂の勘じゃが、シンが出てきた時点でこのモノリス・コードの試合、一条は負けるぞ。

 

 

 

 

♢♦♢

 

 第一高校が第四高校との再試合でも難なく勝利をおさめたころ。

 観客席に、1人は見た目からも知性を漂わせる中年男性、もう1人は若手の秘書を思わせるような妙齢の女性、という少し不思議な組み合わせの2人組がいた。どちらも目立たない夏服姿なので周りの観客も特に気に留めていないが、2人の会話に耳を傾けてみるとその内容も更に不思議なものであることが分かる。

 

「結局彼がさっきの試合で使ったのは、“術式解体”に“共鳴”に加重系魔法くらいか……。“分解”を使わないのは良いとして、フラッシュ・キャストも“精霊の眼”も使わないというのは手抜きが過ぎないか?」

「彼がそれらを秘密にする“事情”くらい、山中先生もご存知でしょう?」

「しかし藤林、フラッシュ・キャストはともかく“精霊の眼”は使ったところで傍目には分からないだろう?」

「見えないはずのものが見えている、というのは見る人によっては非常に奇妙に映ります。“精霊の眼”は知覚魔法というよりも異能の類ですからね、下手すると“分解”以上に耳目を集めますよ。――少なくとも、“特別観覧室”の方々は何か感じ取りますよ」

 

 その二人組の正体は、独立魔装大隊の山中軍医少佐と藤林少尉。かなり突っ込んだその内容は知識のある者が聞けば目を丸くするものだったが、観客席は周りの喧騒によって普通の会話程度は掻き消されるし、たとえ聞かれたとしても研究者レベルの知識を有する観客はそうそういない。

 

 2人がここにいるのは、半分趣味で半分仕事だった。純粋に達也たちの試合が気になるというのもあるが、彼らにとって超重要な人物が出場する競技で、万が一機密指定の魔法が衆人環視の下で使われてしまったときに迅速な対応を取るためにここにいるのである。

 

 とはいえ達也は、人目に触れてはならない技術を苦し紛れに披露するほど脆弱な精神をしていない。なので二人は達也に関しては特に心配はしていなかった。

 

「……一方の“彼”はというと、今のところは第1試合から通して主に達也くんお手製の武装一体型CADを使ってますね。他の魔法は知覚系のもの以外一切使った様子はありません」

「例のゴースト少年のことか。四月の事と言い、今回のことと言い、頭のキレはウチのエースよりも上であることは明らかだな」 

「それに達也君の話だと実力を隠すのも上手いとか。まさかモノリス・コードに出場するとは思いもよりませんでしたが、さすがに尻尾を掴ませませんね」

「しかし決勝だとそれも難しいだろうな」

「それに達也くんも、フラッシュ・キャストに関しては使うのもおそらく時間の問題だと思われますよ?普段よりも低スペックのCADでは、さすがに“プリンス”と“カーディナル”の相手は難しいでしょうから」

 

 

♢♦♢

 

 新人戦モノリス・コードの予選順位は、三高が一位で、以下一高、八高、九高となった。規定通りなら、準決勝は三高VS九高、一高VS八高となるのだが、一高と八高は戦ったばかりなので、此方も例外が適用される事になり、三高VS八高、一高VS九高となったのだ。

 

 試合開始は午後からという事で、組み合わせの発表がされてすぐにオレは昼食を摂りに行こうとロビーをブラブラ歩いていた。

 今回閣下にカメラに顔が映らないよう手をまわして貰ったおかげで、ここまで殆どの人間は誰もオレが一高の代理選手だと気づいていない。余計な注目を浴びずに動き回れるわけだ。

 

 喉が乾いたので、ロビーに置かれている自販機で飲料水を購入し、呷っていると叫び声のようなものが耳に入る。

 

「次兄上!」

 

 この声はエリカか。声がした方向にはエリカと“美男子”という形容が似合う細身の男性、そして渡辺風紀委員長がいた。今エリカは物凄い剣幕で男性に詰め寄っている。

 

「兄上はタイへ剣術指南の為にご出張のはずです!何故こんな所に居るのですか!和兄上ならいざ知らず、次兄上がお勤めを投げ出すなど……嘆かわしい」

 

 あれ?エリカってあんなキャラだったか?

 

「エリカ、僕は別に投げ出してきた訳じゃ……ちゃんと許可は取ったし」

「許可を取れば良いと言う問題ではありません! 次兄上がタイの王国から正式に任されたお勤めを投げ出したのは事実じゃないですか!」

「あれは大学のサークル交流みたいなもので……そんな大げさな事じゃ……」

「次兄上!」

「はい!」

「例えサークルの交流であっても、正式に拝命した事です。それを投げ出していい理由などありません!」

「はい、仰る通りです!」 

 

 エリカの剣幕に、相手の男性は思わず背筋を伸ばして敬語になっていた。

 

「まさかと思いますが、次兄上はこの女の為に帰国した訳じゃありませんよね」

「この女って……あたしは一応学校では先輩なんだが?」

 

 渡辺風紀委員長の言葉に一瞬視線を向けたが、すぐにエリカは渡辺風紀委員長から興味を失った。

 

「兄上はこの女と付き合ってから堕落する一方……千葉の麒麟児と言われた姿は今は跡形も無く……」

「エリカ!摩利に失礼だろ!謝りなさい!」

「いいえ、謝りません!次兄上がこの女と付き合ってから堕落してるのは紛れも無い事実です! そう言われたく無いのならもっとしっかりしなさい!」

 

 形勢逆転……に思われたが、結局エリカの勢いと言葉に圧され、そのまま『千葉の麒麟児』はエリカが離れていくのを止める事すら出来なかった。

 

 今のやり取りを見ていたオレに気付き、エリカは駆け寄ってきた。

 

「見てた?」

「悪い、立ち聞きするつもりはなかったんだけどな……」

「そう……シンヤ君、今度奢りね」

「おい…まぁ良いが」

「よし!交渉成立」

 

 とりあえず落ち着かせる為に、カフェラテを購入してエリカに渡す。

 

「全くあの馬鹿兄貴……」

「さっきの男はエリカの兄なのか?」

「そ。名前は千葉修次。『千葉の麒麟児』って聞けば分かるわよね」

「悪い。知らない」

「………シンヤ君って魔法については詳しいのにそういうのは知らないのね」

「あーうん、すまん」

 

 あそこを出てから数字付きとか十師族とか世界情勢についてしか調べてないからな。

 

「簡単に説明すると千葉家の次男で、『千葉の麒麟児(ちばのきりんじ)』や『幻影刀(イリュージョン・ブレード)』の異名で知られている千刃流剣術免許皆伝の天才剣士よ…………なのにあんな女に騙されちゃって」

「まさか渡辺委員長とお前の兄は……」

「お察しの通り恋人関係って奴よ」

 

 つまり渡辺風紀委員長はエリカの義理の姉にあたるな。

 学校でのあの避けようや態度。それに自身の兄に対して丁寧な口調……まさか

 

「エリカはブラザー・コンプレックスなのか?」

「はぁッ!?」

「いや、さっき本人の前では育ちの良いしゃべり方で『兄上』なんて呼んでたのは一種の尊敬の表れで、その尊敬の対象の恋人に嫉妬のような感情をむき出しにしてたからてっきり――――」

 

 ガンッ!

 

「たうわっ!?」

 

 顔を真っ赤にしたエリカの強烈な蹴りがオレの弁慶の泣き所にクリーンヒットし、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「ちょっ、今の滅茶苦茶痛かったぞ。マジだったろ」

「シンヤ君が変なこと言うからでしょうが!だ、誰がどこぞの超絶ブラコン娘と同類ですって!?」

「いや誰もそこまで言ってないから」

 

 というかものすごく痛い。そういえば四月の時もこんな目にあったな。あの時は不可抗力だったが。

 

「わかった。今のはオレが悪かったからその脚を引っ込めてくれ」

「…そんな口上だけの謝罪じゃ気が治まらないわよ」

 

 えぇ。

 その後エリカには高いのを奢る羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 決勝で戦うことになる三高について少しでも情報を得るためにオレたちは“岩場ステージ”の会場に来ていた。

 

「如何かしたのかシンヤ?足なんか引き摺ったりして」

「あぁ……ちょっとな。試合までには回復するから何の問題もない」

 

 レオになんでもない、という風に手を振る背後で何事も無かった様にエリカが腰を下す。

 

「大丈夫ってんならいいけどよ」

「それよりもうそろそろか」

 

 オレたちが注目していたのは、高低差が少なく全体的に視界が広い“岩場ステージ”を悠然と進む、1人の選手だった。

 

 その選手・三高の一条将輝は、その姿をまったく隠すことなく“進軍”していた。当然八高の選手がそれを黙って見ているはずもなく、三高の陣地へと進んでいたオフェンスの選手までも加わって、彼に魔法の集中砲火を浴びせている。

 

 しかしそれでも、一条の足は止まらなかった。移動魔法によって一条へと迫る岩の破片はそれ以上に強力な移動魔法で撃ち落とされ、彼に直接仕掛けられた加重魔法や振動魔法は彼の周囲1メートルに張り巡らされた領域干渉によって無効化される。

 

「“干渉装甲”か……。移動型領域干渉は、十文字家のお家芸だったはずだが」

 

 達也の言葉にも反応出来ないくらい、レオも幹比古も一条の魔法に目を奪われていた。

 

「あれだけ継続的に魔法を使いながら少しも息切れしないのは、単に演算領域の容量が大きいだけではないんだろうな」

 

 達也が一人感心を抱いてる横で、レオも幹比古も、エリカでさえも一条の戦い方を見て口を開けている。

 

 途絶えることのない防御に痺れを切らした八高のオフェンス選手が、攻撃を止めて三高陣地へと走り出した。

 

 だが、それは迂闊だった。がら空きになった背中を一条が見逃すはずもなく、至近距離で生じた爆風によって彼は前のめりに吹き飛ばされた。

 

「今のは“偏倚解放”か?単純に圧縮解放を使えば良いものを、結構派手好きだな」

「いや、殺傷性ランクを下げるために、敢えてどっちつかずの魔法を使ってるんだろ」

「………あの、なんか二人とも当たり前のように話してるけど、へんいかいほうってなんなの?」

「え?」

「えっ」

 

 どうやら幹比古たちは知らないようだ。

 

「つーか、シンヤって俺たちが知らないことは知ってて、俺たちが知ってることを知らないときがあるよな」

「物知りの達也君と違ってシンヤ君は変なところで偏りがあるのよね~」

「うっ……」

 

 エリカめ。さっきのことまだ根に持ってるのか棘のある言い方をする。

 

「……達也。説明頼む」

「あ、あぁ……手間がかかる割りに威力の弱いマイナーな魔法だからな。円筒の一方から空気を詰め込んで蓋をして、もう一方を目標に向けて蓋を外す、というイメージで、普通に圧縮空気を破裂させるよりも威力が出せるのと、爆発に指向性を持たせられるメリットはあるが、威力を高めるだけなら圧縮空気の量を増やせば良いし、指向性を持たせたければ直接ぶつければ良い。おそらくさっきシンヤが言ったように威力を下げるためにやってるんだろう………実力がありすぎるというのも考え物だな」

 

 八高のディフェンス2人が一条へと襲い掛かった。岩が砕かれてその破片が彼を襲い、彼の足元では放出系魔法による鉱物の電子強制放出の影響で火花が散っている。どちらも規模や情報改変難度の点で“上級”と言って差し支えない魔法だ。一高との試合ではあっさり負けてしまった感のある八高だが、もし真正面からやり合えば一高はもっと苦労しただろう。

 

 だが一条は、その魔法を本当に真正面から無効化した。空気塊の槌が2人に襲い掛かり、破裂と同時に2人の戦闘力と意識が消失した。

 

 八高選手全員が戦闘不能になったことで、試合が終了した。三高のモノリスの前に立っていた吉祥寺ともう1人の選手は、この試合結局1歩も動くことがなかった。

 

「達也、あの試合どうだった?」

「参った、としか言えないな」

「予想以上だね、三高の“プリンス”は……」

「ああ、そうだな。……それにしても、今の試合は俺達に対する“挑発”だな」

「えっ?」

 

 達也の言葉に、幹比古は疑問の声をあげて彼を見遣る。

 

「一条家の戦闘スタイルは、中距離からの先制飽和攻撃だ。現に予選でも、遠方からの先制攻撃でディフェンスを無力化してる。――おそらくさっきの俺達の試合を観て、自分達にはあんな小細工は通用しないと主張しているんだろう」

「……それは、さすがに穿ちすぎじゃないかい?」

「もちろん断言はできないが、わざとらしく十文字会頭を想起させる戦法を採ってることから可能性は高い」

「……達也の言う通りなら一条はオレたち、正確には達也を強く意識しているな」

「俺に対抗心を抱いても困るんだがな」

 

 オレの言葉に達也は若干嫌そうな顔をする。

 

「あの防御力を考えると、遠距離からの攻撃は効果が薄い。そうなると危険を承知で真っ向勝負を挑まざるを得ないか……。そうなると、他の選手の手の内が分からないのは痛いな……」

「もう1人の方は分からないが、吉祥寺真紅郎についてはだいたい予想できる。おそらくだが、作用点に直接加重を掛けられる“不可視の弾丸”だろう」

「作用点に直接?対象物の個体情報を改変するのではなく?」

「奴が発見した“基本コード”である加重系統のプラス・コードを用いて、加重という“作用力そのもの”を発生させているんだ」

「……その魔法に欠点があるとすればなんだ?」

「“不可視の弾丸”は作用点を視認しなければいけないというところか。エイドスではなく作用点に直接作用させることにより生まれた欠点だな。“不可視の弾丸”による攻撃は遮蔽物や領域干渉でも防御可能だが、情報強化では防げないから注意しろよ」

「わ、分かった……」

「ああ…………ん?」

 

 ちょっと待てよ。

 

「達也、まさかその魔法の弱点を知っていたからオレを吉祥寺にぶつけようと考えていたのか?」

「ああそうだが…昨日言ってなかったか?」

「はっきりとは言ってなかったぞ」

 

 この時達也はすまないというのとは裏腹に、オレに向けて途轍もなくあくどい笑みを浮かべていた(オレの主観)。

 




ついに次回は決勝戦!


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第二十二話 モノリス・コード決勝戦

最近のアニメで『ドラゴンクエストダイの大冒険』を観てみたら展開が速いうえに結構面白いです。自分の好きな敵キャラはミストバーンですかね……。


 三高に警戒心を強めた達也達は、気を取り直して九高との試合に望んだ。

 九高との試合は『渓谷ステージ』で行われた。『く』の字形に湾曲した人工の谷間には川があり、それぞれのモノリスの近くには大きめな水溜りがある。林もあるのであまり走り回れないが、そこは幹比古の独壇場だった。

 飽和水蒸気量に関係なく空気中の水蒸気を凝結させる古式魔法『結界』によって、フィールド全体が白い霧に包まれ、濃い霧に包まれた九高選手は一高のモノリスに辿り着く事が出来ず。風を起こして霧を払おうと新たに流れて込んでくる空気までが霧に染まり、気温を上げて飽和点を引き上げても、水溜まりからの蒸発を促進して余計に霧を濃くする結果となり、手も足も出なかった。

 その間に、霧が薄くかかっているだけの達也が霧の中に紛れて敵陣へと潜り込んでモノリスの『鍵』を開け、霧の結界を維持している精霊を通して幹比古がコードを入力。

 一度も戦闘が行なわれる事なく、一高は勝利を収めた。

 

♢♦♢

 

 九校戦で賑わっている富士演習場の駐車場に、2人乗りの軽自動車が1台入ってきた。カー・シェアリングの浸透によって自家用車を持つ人がすっかり減ったとはいえ、このような交通の便の悪い場所ならば自分で運転して向かおうと考えるのも分からなくはない。

 

 しかし20代前半の若い女性が1人で運転してきた、というのは珍しいのではないだろうか。 

 

「まったく、みんな揃って人使いが荒いんだから……。私はカウンセラーであって、使い走りじゃないっての……」

 

 運転席から降り立ったその女性・小野遥は、小さくそう独りごちながら後ろに回り込み、座席後方の荷物置場から大きめのスーツケースを取り出した。これから小旅行にでも出掛けるかのような出で立ちだが、彼女の呟きの通り、この荷物を目的の人物に届けるためにここまでやって来たのである。

 

 彼女がなぜここにいるのか。それは達也が自分の師匠である九重八雲に“或る物”を注文し、八雲が彼女にそれを運ぶよう頼んだからだ。

 

 ではなぜ八雲は、彼女にそれを頼んだのか。そもそも、二人はどういう関係なのか。

 

 小野遥は、九重八雲の門下生である。入門の時期は達也よりも遅かったため彼の妹弟子ということになるが、寺で直接顔を合わせたことは無かったので達也がそれを知ったのはつい最近のことだった。

 

 そして彼女は、先天性特異能力者でもあった。BS(Born Specialized)魔法師とも呼ばれるそれは、魔法としての技術化が困難な超能力を持って生まれた魔法師を指す。代償として通常の魔法を使えなくなるが、その能力の高さは目を見張るものがあり、職務と能力が合致すれば相当な脅威となる。

 

 彼女の先天性スキルである“隠形”は、見えているのに見えない状態を作り出す認識阻害の精神干渉魔法と同等のレベルにあり、その気になれば税関をフリーパスで通り抜けることもできる。そんな能力と若気の至りも相まって色々と“悪戯”をやっていたときに警察省公安庁の捜査官に見つかり、それを見逃す代わりとして秘密捜査官の立場で諜報活動を行うようになった。

 ただしカウンセラーの資格は偽装ではなく、第一高校にも元々その仕事で入っていた。公安がその立場を利用して遥にブランシュに関する情報収集を命じていたのだが、解決後もカウンセラーの仕事を辞めることなく、ブランシュに利用されていた生徒達のアフターケアに尽力している。

 

 さて、そんな彼女がスーツケースを転がして駐車場を後にすると、演習場までの道のりの途中で達也の姿が目に入った。遥が気づいたのと同時に達也もこちらへと視線を向け、軽く頭を下げるのと同時に歩み寄ってくる。

 

「ご苦労様です、小野先生」

「目上の人間にご苦労様は……って、分かっててやってるんでしょ……」

 

 注意しようとして、達也が人の悪い笑みを浮かべてるのに気付き、遥はため息を吐き八雲から渡されたものを達也へと手渡す。

 

「私は宅配業者じゃないんですけど?」

「運搬を頼んだのは師匠じゃないですか、文句はそちらにお願いします。それとも、報酬をお支払いした方が宜しいでしょうか?」

「えっ? いやいや、そんなのいいわよ。さすがに生徒からお金をせびろうだなんて――」

「それでしたら、第一高校のカウンセラーとしてではなく、税務申告が必要無い臨時収入でも如何ですか?」

「――――!」

 

 達也の言葉の意味を正確に理解した遥の目が、スッと鋭く細められた。

 

「……何をさせる気?」

「香港系国際犯罪シンジケート“無頭竜”、そのアジトの所在を調べてください」

「――なんであなたがそれを知ってるの!?」

 

 思わず、といった感じで遥が叫んだ。その際に達也の服を掴んで自分の顔に引き寄せるという、事情を知らない者が見れば色々と勘違いを起こしそうな格好になるが、生憎と本人はそれに気づいておらず、達也がそれを指摘したことでようやく顔を紅くして彼から離れた。

 

「あなたが手出しする必要は無いでしょう。何を企んでいるの?」

「今のところは何も。ただ、いざ反撃するとなったときに敵の所在を掴めないのは不安ですので、単なる“保険”みたいなものですよ」

「司波くんに、その報酬が払えるの? 調べさせといて『払えませんでした』じゃ困るんだけど」

「何なら、前金をお支払いしましょうか?」

「……分かったわ、とりあえず1日ちょうだい」

「一日ですか、さすがですね。報酬は内容によって決めますが、それなりには弾むつもりですので」

「……ホントに高校生なの?」

 

 人にものを頼む態度も、またやる気に出させ方もとても高校生に思えなかった遥は、達也に面と向かってそう言った。

 

「高校生ですよ。歳を誤魔化したりは出来ませんから」

「それにしては大人じみてるというか汚れてるというか……」

「年齢では無く経験ですからね、そこら辺は。俺は色々と経験してるだけです」

 

 達也の言葉に首をかしげたが、これ以上は何も答えてくれないだろうと雰囲気で悟った遥は、そのまま会場には入らずに帰っていった。

 

 

♢♦♢

 

 三位決定戦が終わり、決勝戦のステージが”草原ステージ”と発表された。

 それを聞いた両校の反応は対照的だった。三高の天幕では、歓声を上げる者もいた。

 

「お前の言うとおりになったな、ジョージ」

「ついてるね、将輝」

「後はヤツが誘いに乗ってくるかどうかだな、ジョージ」

「彼らは必ず乗ってくるよ。遮蔽物がない『草原ステージ』では、正面からの一対一の撃ち合いに応じる以外、向こうにも勝機が無いからね」

「後は、お前が後衛と遊撃を倒すだけだが……大丈夫か?」

 

 だが、“草原ステージ”でも、彼らには不安要素が一つあった。

 

「『吉田家』の古式魔法は現代魔法とのスピード差でいけるけど、有崎シンヤだけは僕もわからない」

「そうか……」

 

 それはシンヤの存在。

 ここまで武装一体型CADを使った戦法でディフェンスを務めていた彼が決勝戦でオフェンスとして前に出てくる。バイザーで顔が分からないだけでなく、他にどんなバリエーションがあるのかが全くの未知数である。

 

「じゃあ、倒すのが無理だったら持ちこたえてくれ。俺が司波 達也を倒して二人でなら確実にいける。勿論、行けそうだったら頼んだ」

「わかった。新人戦の優勝は残念だったけど、せめて『モノリス・コード』の優勝は勝ち取らないとね」

「ああ、やってやるさ」

 

 真紅郎の言葉に、将輝は強く頷いた。

 

 

 

 一方、第一高校の天幕では

 

「草原ステージか……障害物が無いから厳しい戦いになりそうだね」

 

 幹比古が苦い顔をして激励に来た面々の気持ちを代弁する。

 

「いや、渓谷ステージや市街地ステージに比べたらまだマシだ。贅沢を言ったらキリが無い」

「確かに、水場一帯を爆発させたらオレたちは一巻の終わりだった」

 

 一条家の得意とする“爆裂”は、液体を気体に変化させ、その膨張力を破壊力として利用する魔法だ。一条将輝にとって、渓谷ステージはそこら中に爆薬が仕込まれてるのと同じ事だし、市街地ステージは実際に水が流れている水道管が張り巡らされている。それに比べて草原ステージは爆薬となるものがない。

 

「無論森林ステージや岩場ステージの方が良かったが、渓谷ステージという最悪のフィールドをまぬがれただけでもよしとしなければな」

 

 シンヤと達也のやり取りを聞いて、一年生は納得の表情を浮かべた。だが上級生たちの表情は明るくない。

 

「でも、遮蔽物の無いフィールドで、砲撃戦が得意な魔法師を相手にしなければいけないって事には変わりないわよ。かなり不利だわ」

「司波、何か策でもあるのか?」

 

 普段はあまり話しかけてこない服部が話しかけて来た事に、達也は少し意外感を覚えたが、それで答えが遅れる事も無い。

 

「先程会長の言う通り正面から打ち合えば確かに不利ですけど、一条選手は俺を意識してるようですからね。正面以外からなら何とかなります」

「だが、直接攻撃は禁止されてるぜ?」

「触らなければ良いんですよ。大丈夫、策はあります」

 

 桐原の疑問に、達也は人の悪い笑みで返した。

 

 

♢♦♢

 

 

 遂に始まった新人戦『モノリス・コード』決勝戦。

 歓声を受けて登場した将輝達に対し、達也達が登場すると戸惑いの声が多かった。

 

「なあ達也……やっぱおかしくないか、この格好」

「なんで僕達だけ……」

「使い方は説明した通りだが」

 

 あからさまに方向性が違う回答は、「諦めろ」という勧告だった。

 フィールドに足を踏み入れたシンヤと幹比古は、大会規定の防護服とヘルメットの上から黒いローブとマントを羽織っていた。二人にとって、仮装みたいで恥ずかしい装備である。

 

「……達也だけ着てないのはズルいだろ」

「何言ってるんだ。前衛の俺がそんな走りずらい物を着るわけがないだろう?」

「確かにそうだが……今頃あいつは大笑いしてるんだろうな」

「僕もそう思うよ」

 

 シンヤの推測に幹比古も同意する。その『あいつ』とは観客席にいた。

 

「アーッハハハハハ!何アレ何アレ!」

「え、エリカちゃん……恥ずかしいよ」

「だって……あの格好は笑うわよ。何あれ? 絶対笑いを取りに来たとしか思えないわね」

「気持ちはわからんでもねえが、あまり笑ってやらないほうがいいんじゃねえのか?」

 

 一般の観客席にいるエリカは腹を抱えて笑っていた。これには隣に座っている美月とレオが已む無く窘めることになった。

 爆笑していたエリカに周りからの視線が刺さり、美月は凄く恥ずかしそうに縮こまっている。

 エリカはヒーヒー言いながらなんとか笑いを抑え、ようやく落ち着いた時には周りの生徒もフィールドに視線を戻していた。

 

「ごめんごめん、あー面白かった。いやー、分かっちゃいるんだけどね。達也君のことだから、何かしらの策だとは思うんだけれど」

「エリカちゃんたら…………あ」

「ん?」

「吉田君のローブに精霊がいっぱいまとわりついてる」

 

 美月は眼鏡を外してその様子を観察すると、精霊が幹比古の周囲に群がっていることに気付く。

 SBや精霊と呼ばれる心霊存在とは、「存在」を離れてイデアの海を漂っている、独立した非物質存在となった情報体とされ、「孤立情報体」とも呼ばれる。精霊を介した事象の改変は「世界」からの抵抗を受けにくく、限定された効果ならば現代魔法よりも少ない力で大規模な現象を起こすことができる。ちなみに本戦バトル・ボードで無頭竜が妨害工作に用いた電子金蚕という魔法もこの精霊を利用していた。精霊の本体はプシオンによって構成されており、非活性状態で潜伏している精霊を、美月のような特殊な目を持つ者以外が発見するのは非常に困難である。

 

 精霊を感知できない人間からすれば、決勝になって身に纏ってきたシンヤと幹比古のマントに注目してしまう。それは第三高校の面々にも言えたことだ。

 

「のう栞。あれは何の意味があると見とる?」

「多分だけど、吉祥寺君の“不可視の弾丸”を防ぐためじゃないかしら。布一枚で防げるような攻撃でもないと思うけれど、何らかの仕掛けが施してあるのかもしれない」

「ふむ……向こうには吉田家の者がおるからのう。精霊を貼り付けたのかもしれんな」

「愛梨はどう思う?」

 

 栞は愛梨の意見も伺った。

 

「……そうね。あんなものを着てるからには企んでいるに違いないわ」

 

 ここまでディフェンスを担当していたシンヤが決勝戦でオフェンスに転じたことで、愛梨から彼に対する警戒の色が見える。

 

「はてさて、いったいシンはどんな戦いを見せてくれるのかのう?」

「あはは……沓子は楽しそうだね」

 

 無邪気な子どもの様にワクワクしている沓子を見て、佐保は苦笑いする。

 

 

 

 

 

 対戦相手である三高チームでは、訝しげな雰囲気が漂っていた。ディフェンスがそれを見ながら口を開く。

 

「ただのハッタリじゃないのか?」

 

 その意見を将輝がバッサリ否定し、真紅郎がそれに同調する。

 

「いや、違うだろう。ヤツはジョージのことを知っている……なら、あれは“不可視の弾丸”対策だろう」

「確かに僕のあの魔法は貫通力が無いけど、布一枚で防がれるようなものじゃないし、彼がそんな甘い考えで対策を立ててくるとは思えない」

 

 その言葉にディフェンスが話しかける。

 

「そういう風に思わせる作戦かもしれないぜ?」

「その可能性も無い訳じゃない。だが……」

「……分からないな。まさかこの期に及んで隠し玉を用意していたなんて……」

 

 歯切れの悪い将輝のセリフに、唇を噛み締める真紅郎。

 

「全く無警戒というわけには行かないが、わからないことをあれこれ考えても意味はない。力押しに多少のリスクは付き物だ」

 

 真紅郎の迷いを断ち切る為か、将輝は少し強い語調で言い切った。だからといって、将輝自身に戸惑いが無いというわけではない。一般の人から見た好奇心の対象は、敵対している者にとっては警戒すべきものになるのだ。

 

「ま、二人が組めば勝てないやつはいないしな。だが、吉祥寺、あいつは乗ってくると思うか?」

「乗ってくるよ。もし乗ってこなくても問題はない。どちらに転んだとしてもこちらの勝利は確実だ」

 

 将輝のおかげで、気持ちを切り替えた吉祥寺は自信満々にそう言い切った。

 

 

 第一高校と第三高校の試合開始を告げるサイレンが草原フィールドに鳴り響く。同時に両陣営の間で挨拶代わりの砲撃が交わされた。将輝は機先を制するために特化型CADのスイッチを操作、魔法式を展開し、達也がそれを術式解体で破壊したのだ。

 魔法による遠距離攻撃の応酬という如何にも“魔法師同士の勝負”と呼べる光景に、観客は大喜びで迎え、第一高校の応援席は意外感に言葉を失っていた。

 達也のことを“二科生の新入生”という限られた情報でしか見ていなかった一高の上級生などは、通常の意味で総合的な魔法力が劣っている彼が、相手の攻撃に晒されながら肉眼で見ることも難しい距離を的確に狙えることに驚いていた。その胆力は、間違いなく新人離れしていると言えよう。

 

 両陣地の距離はおよそ六百メートル。

 

 

『森林ステージ』や『渓谷ステージ』に比べれば短い距離だが、実弾銃の有効射程で測れば、突撃銃では厳しい間合いであり、狙撃銃の間合いだ。

 

 それをお互い、外見上は自動拳銃そのもののCADを突きつけ合い撃ち合いながら、相互に歩み寄っている。

 

 達也は予選、準決勝と同じ二丁拳銃スタイル。

 それに対して将輝は、準決勝に使っていた汎用型を特化型に切り替えていた。

 右手のCADで相手の攻撃を撃ち落とし、左手のCADで攻撃を仕掛ける達也に対して、将輝は意識的な防御を捨てて攻撃に専念している。

 

 その結果、ただでさえ大きな攻撃力の差が、ますます広がっていた。 

 

 将輝の魔法が一発一発に決定的な打撃力を秘めているのに対し、達也のは牽制程度、単に攻撃が届いているだけで、特に防御を意識しなくても魔法師が無意識に展開している『情報強化』の防壁で防がれる程度の振動魔法だ。

 

 さらに、一歩進むごとに、達也の牽制すらも数が減っていき、防御に回っている。

 彼をよく知るものが見れば、達也の劣勢は明らかだった。

 

 そして、シンヤは三高陣地では真紅郎が将輝の背中を迂回し、一高陣地へと駆け出しているのを確認した。

 

「……来たな」

「おーけー、それじゃあ頼んだよ」

「ああ」

 

 真紅郎が動き出したことにより、試合は新たな段階へと突入した。

 真紅郎が迂回しながら突っ込んでくるのを迎え撃つ為に走り出すシンヤ。

 将輝の意識が一瞬だけシンヤの方に向いたが、それを見計らって達也が一気に距離を詰めて妨害した。

 

 そして、一高モノリスから百メートル地点で、彼らはぶつかった。

 目の前に立ちはだかったシンヤに向けて『不可視の弾丸』を放とうとした真紅郎は驚愕の表情を浮かべる事となった。

 

「なっ!?」

 

 遮蔽物の無い草原ステージにおいて、将輝同様真紅郎の得意魔法にも有利で、この距離なら外しようが無いと思われていたのに、シンヤがマントを翻し、そのまま自身の正面で大きく広げると、輪郭がグニャリと歪み出し、影を増やす。どれが本物か一瞬で判断出来なかった真紅郎の攻撃は不発に終わった。

 

(幻術……いや、これは光井選手と同じ光の屈折を利用した光系魔法!?)

 

 “不可視の弾丸”は、その性質上相手を視認しなければならないのだ。だが捉えた相手が幻影では意味がない。単純ながらも効果的な対策に驚いてる真紅郎に、横手から自身目掛けて金属片が飛んでくる。

 シンヤの攻撃をかわす為に、真紅郎は空中に逃げる。だが追い討ちをかけるように『小通連』の刃が襲い掛かってきた。

 真紅郎は身体を後ろに移動させる事によって、シンヤの斬撃によるダメージを最小限に抑える。

 相性が悪すぎる、と真紅郎が歯噛みしたそのとき、

 

ドォンッ!

 

 シンヤの真横付近で、まるで爆発のような勢いで空気が膨張した。サイオンが見えない者にとっては何が起こったのかすら分からない状況だろうが、真紅郎はそれが将輝の仕業だと即座に理解した。

 

 

 しかしその空気の爆発は、シンヤに当たらなかった。魔法が発動する直前、まるでそれを予想していたかのように、大きく横に飛んでその場から離れたためである。

 

 なんともないように防護服に着いた土埃を手で払うシンヤを見ていた真紅郎とチームメイトが、揃って舌打ちをした。

 

 

♢♦♢

 

 少し掠ったか。

 ここまでは作戦通りだな。

 達也が一条と戦っている間、オレが吉祥寺を相手する。

 その状況下でオレの光系魔法“蜃気楼(ミラージュ)”が吉祥寺の魔法とは相性が悪すぎると悟れば、一条は達也の相手をしながら吉祥寺の所に援護射撃を仕掛けてくるのはわかっていた。

 その気になればこの程度全部捌くことができるが、後のことを考えるとあまり目立ちすぎるのも良くないため、オレは敢えて攻撃を受けておくことにした。自身に軽めに『情報強化』をかけていたので気絶はしなかったが、向こうも力を加減していたとはいえ……さすがに脇腹が痛むな。

 結果的に一条たちの注意がオレに向いたが、これも作戦の内だ。全部終わった後に問い詰められたとしても全て達也が立てた作戦だったと上手く誤魔化せるだろう。

 

 さて、作戦通りこの戦いに勝つためにもう少し注意を引き付けておくとしようか。

 

♢♦♢

 

 

 シンヤが吉祥寺への攻撃を再開した直後、達也も将輝に対して仕掛けていた。

 今までは慎重な歩みだったその足を疾走へと切り替え、まるで自己加速術式でも使ったかのようなスピードで将輝へとその距離を縮めていく。だが将輝は慌てることなく、圧縮空気弾の魔法を彼へと放ってきている。

 達也は走りながら空気中に生じる事象改変の気配に神経を張り巡らせ、“術式解体”であるサイオンの砲弾をそこにぶつけて将輝の魔法が顕在化する前に潰すということを繰り返しながら、300メートルの距離を一気に駆け抜けようとする。

 と、ここで将輝がシンヤに対しても攻撃を仕掛けてきた。実際にそちらに目を向けなくても、将輝の反応でその成果が芳しくないことは分かった。

 大気中での光の屈折を利用して生み出された複数の虚像を攻撃しても、水面に映る景色の様に波紋が立つだけである。

 

(バトル・ボード決勝戦でほのかが使ったのと同じのをインストールしたが、まさかここまで使いこなすとはな……)

 

 これには達也も内心で秘かに驚嘆を覚えた。

 しかし、シンヤに攻撃の手を割いていることで、こちらへの攻撃が若干緩んだ。当然その隙を突いて、達也は一気にフィールドを駆け抜けて将輝との距離を大きく縮めた。それに気づいた将輝が初めて焦燥の表情を浮かべながら、シンヤへの攻撃を諦めてこちらの対処に集中する。

 それによって、残り50メートルを切った段階で達也はとうとう将輝の攻撃を捌ききれなくなり、襲いかかる砲弾をなんとか避けた。

 

(……やむを得ん)

 

 達也は遂に“精霊の目(エレメンタル・サイト)”を使った。これで死角はなくなったに等しいが、本当にこれを使う事になるとは思っていなかった。それほど将輝が強いのだろう。今、達也の前には分厚い壁が立ちはだかっている。

 

 “精霊の目”を使用したのに気がついたのは深雪とシンヤ、風間や響子達独立魔装大隊の面子、それと九島老師だった。

 

 現在観客席には響子と山中が座っていた。

 

「とうとう誤魔化しきれなくなったな」

「不謹慎ですよ。いくら達也君でも五感だけで一条の跡取りの攻撃をさばくのは無理があります」

「……だな。それにこの状態なら第六感と言い訳がつくか?」

「はい。問題ないと思いますよ」

「だがそこらの有象無象の目は誤魔化せてもあちらの御仁まで誤魔化せるとは思ってないぞ」

 

 山中が視線を向けたのは興味深く試合を観戦している九島老師の姿があった。

 響子はチラッとそちらに視線を向けたが、すぐにフィールドに視線を戻した。

 

(それにしても、例の彼のあの戦い……確かにカーディナル・ジョージが使う“不可視の弾丸”対策としては実体のない幻影は有効的かもしれませんが、それなら光学迷彩で姿を完全に消せば不意をつけるはずなのにどうして……?)

 

 

 

 

 距離を空けてシンヤを迎え撃つ真紅郎が、得意魔法の“不可視の弾丸”を放つ。

 しかし捉えたのは虚像であり、当たった箇所に波紋が立ったのを見て、真紅郎は悔しそうに舌打ちをする。

 

(まさかここまで対策を練ってくるとは……やはり君は一筋縄ではいかない相手なんだね)

 

 自分の得意魔法にこれほどまで対策を練られていた事に素直に感動し、真紅郎は視線を一瞬達也へと向けた。

 しかし、いつまでも悔しがってはいられない。横から自身を目掛けて、突きの構えを取るシンヤの姿が見えたからだ。

 真紅郎は反射的に移動魔法を発動し、大きく後ろへとジャンプすることでそれを避けた。ところがそれも“蜃気楼”が生み出した虚像であり、横から来ると思っていた刃が実は前から来ていた。

 

「ぐっ――!」

 

 刃が真紅郎の鳩尾辺りに激突し、彼は肺から空気を絞り出すような苦痛の声をあげて片膝をついた。いくら防護服を着ているとはいえ、急所に伝わる衝撃とそのダメージはかなりのものだ。

 

 真紅郎が苦悶の表情で正面へと顔を向けると、マントに掛けた魔法を解いて姿を表すシンヤと目が合った(シンヤはバイザー越しだが)。

 

(僕が後ろに飛んで避けることを、読んでいたのか……)

 

 普段から将輝のブレーンを自認し、実際に今回の九校戦でも作戦スタッフの役割もこなしていた自分が、まんまと相手の読みに嵌って攻撃を食らう。

 ただ単に攻撃を受けた以上のショックが真紅郎に襲い掛かるが、それでも彼の思考が止まることは無かった。

 実体を表したシンヤに向けて、今度こそ“不可視の弾丸”を放つために魔法を発動する、まさにその直前、

 

 がこんっ。

 

「――――!」

 

 突然背後から聞こえてきたその音に、真紅郎は顔を引き攣らせてバッと後ろを振り返る。

 三高のモノリスが開き、勝利条件である512文字のコードが晒されていた。

 

「なんで――」

 

 真紅郎は思わず疑問を口にするが、モノリスが開くなど鍵となる専用の無系統魔法を10メートル以内の場所から放つ以外に有り得ない。そして達也が将輝と魔法を撃ち合い、シンヤが今まさに自分と戦っていたのだから、その犯人は残る1人の一高選手以外に有り得ない。

 現にモノリスから10メートルほど離れた場所に、その一高選手・幹比古がいた。そしてディフェンス役を請け負ったチームメイトが、今まさに彼に気づいたような反応で戦闘を仕掛けているのが見えた。

 

(いつの間にあんなところに……まさか!)

 

 将輝を引き付けている達也も、自分と対峙しているシンヤも、全ては幹比古をモノリスに接近させるための囮でしかなかったのだ、と。

 ド派手な魔法の撃ち合いや虚像による攪乱を繰り広げる2人の選手に目を奪われて、おそらくこの場にいるほとんどが一高のモノリス付近にいると思い込んでいたディフェンダーのことなど気にも留めていなかった。目の前の選手に集中していた将輝も自分も、いつの間にか彼の存在が頭から抜け落ちていた。

 それに真紅郎がようやく気づいた時にはすでに遅く、直後に飛んできた刃に対応できずに意識を奪われた。

 

 

 

「モノリスが開かれただと――!」

 

 三高のモノリスが開かれたという事実は、達也を追い詰めていた将輝にも大きな衝撃を伴って伝わった。なぜそんなことになったのか真紅郎ほど細かな分析ができたわけではなかったが、それでも自分達が相手の策にまんまと嵌ってしまったことは理解できた。

 

『おおーと!吉祥寺選手、自陣のモノリスが開いたことに戸惑ってる間に有崎選手の攻撃でダウン!』

「なっ!?」

 

 実況の言葉を聴いて、真紅郎がいる方を向く。そこには地面に力なく倒れ伏した真紅郎と、モノリスの方へと駆けていくシンヤの姿があった。

 

(ジョージがやられただと!?)

 

 将輝はギリッと奥歯が鳴るほど強く食い縛って悔しさを露わにし、CADをシンヤに向ける。

 そんな隙を達也が見逃すはずもない。彼は鍛え抜かれた体術を駆使して、将輝と達也との距離を一気に5メートルほどまでに縮めた。達也の体術ならば一投足の間合い、一投足を必要とする間合いだ。

 

 将輝の表情に紛れも無い恐怖が浮かんだ。実戦経験のある将輝にとって、達也の動きは恐怖以外の何でもない。

 将輝は動揺して魔法を放つ。あまりにとっさのことであったため、加減を忘れ、無数の魔法式がシンヤと達也の周りに展開する。

 敵を排除すべく行使された魔法は、レギュレーションをはるかに超えた圧縮空気弾……。

 

(しまった!)

 

 ルールを逸脱した出力で魔法を発動してしまったと気づいた時には。

 

(殺してしまう!)

 

 もう遅かった。

 

 

 

♢♦♢

 

 まずいな。

 一条の跡取りであるために威力も桁外れ。当たってしまえば、無傷で済まされない。凡人なら最悪死んでしまうリスクもある。

 今から“情報強化”を引き上げたとして間に合わない。それに危険なのは達也の方もだ。

 達也はアクロバティックな動きを見せながら、今までとは比べ物にならないスピードで次々と“術式解体”を放って一条の魔法を無効化していっている。だがそれも時間の問題だ。

 

……仕方ない。あれを使うか……せめて誰にもバレ無い程度で収まれば良いが…。

 

 意を決したオレは空中から発射された圧縮空気弾の雨に向けて、空いた掌を突き出した。

 

♢♦♢

 

 草原ステージに爆音が鳴り響く。爆発の衝撃で砂埃に包まれた達也とシンヤと将輝。

 それを見て将輝は自分の行いを深く後悔する。二人の魔法師人生を奪ってしまったかと思うと悔やんでも悔やみきれない。

 後悔のまま、うつむきそうになるが、後ろから彼の耳元にヌッと差し出された手によって止められた。

 

「えっ?」

 

 か細い声と共に視線を向けると、そこには先程自分の過剰攻撃を食らったと思われていた達也が平然と立ち、こちらに腕を伸ばしていた。その手は親指と人差し指の先端をくっつけ、今にも弾かれようと力を溜め込んでいる状態だった。

 将輝が反射的に足を引いたその瞬間、音響手榴弾に匹敵する破裂音が達也の指から放たれた。鼓膜の破裂と三半規管のダメージによって将輝は意識を刈り取られ、彼はその場に崩れ落ちた。

 

 

 会場は大きくざわめき、混乱する。いったい何が起こったのかがわからない観客たち。

 

 砂埃が徐々に晴れていき、ステージの様子が明らかになっていく。そこに血だらけで倒れ伏すシンヤと達也の姿はなく、地面に倒れ伏したまま動かなくなっている将輝と、彼の傍で膝をつく達也、そして少し離れた場所でボロボロの有様で小通連を杖代わりにしてなんとか立とうとしているシンヤの姿があった。

 

 

 

 

「いまの……なに……」

 

 一高の天幕では、真由美があまり意味の無い呻き声を出していた。誰も答えようのない光景だったのだから、誰かに答えろという方が無茶なのだが。

 

「……指をならして音を増幅させたのだろう」

「そうですね……単純な起動式ですので、魔法の高速発動が苦手な司波君でも出来たのでしょうね」

「そんなの見れば分かるわよ!」

 

 克人や鈴音の答えは、真由美のほしがっていた答えではなかったのだ。

 

「だから何で二人は無事なのよ!達也君の迎撃は……“術式解体”は間に合わなかったはずよ!?少なくとも二発は直撃したはずよ!?それにシンヤ君の方も一条君の過剰攻撃を受けてあの程度で済むのもおかしいわよ!」

「七草、落ち着け」

 

 最初はまだ理解しきれていなかったのだが、疑問点を口に出したら理解が追い付いてきたのか、真由美はだんだんとヒステリックになっていき、それを、どっしりとした声で克人が宥めた。

 

「俺にもそう見えたが、現実に二人は無事で、司波が敵を倒した。こうして見る限り、自分が放った音響攻撃にダメージを受けているだけで、それ以上の怪我はない」

「でも……」

「司波は古流の武術に長けているとか。古流には肉体そのものの強度を高める技や、衝撃を体内で受け流す技もあると聞く。それに有崎の方はさっきまで幻影で相手をかく乱した。おそらくは、その類だろう」

「…………」

 

 克人の言葉に納得した様子ではないが、真由美はとりあえず落ち着きを取り戻したようだ。

 

「……そうねゴメンなさい。それにまだ試合は終わってなかったわね」

 

 真由美は、スクリーンに映し出されている二人を見つめた。

 

 

 

 

(ま、将輝が、負けた…?)

 

 爆音でばんやりながらも意識を取り戻した真紅郎が最初に目にしたのは、彼にとってそれは信じられない光景だった。

 将輝が負けるなど絶対ないと思っていた。決して起こらない出来事だと思っていた。

 だが実際に将輝は地面に倒れ、達也は膝を付いているが、眼には強い光を宿していた。

 

「ぐあっ!」

「――――!」

 

 そんな彼の耳に、チームメイトの悲鳴が届いた。ハッと我に返って自陣のモノリスの方を向くと、三高モノリスを開いた張本人である幹比古の正面で、チームメイトが地面に倒れ伏したまま動かなくなっている光景が飛び込んできた。

 

 一高は全員が生き残り、三高は自分以外全滅になってしまった。三人を相手に勝てる見込みがない。だがそれでも一矢報いようと真紅郎は立ち上がろうとするのと、幹比古がこちらに目を向けるのが同時だった。

 幹比古はCADを操作して一気に五つの魔法を発動させる。古式魔法という事もあって、真紅郎は必要以上に慌てた。彼の頭には草を動かして足に絡ませるなどという魔法は無かったのだ。

 もちろん草を動かしたのでは無く、気流を操作して動かしているのだが、その事が分からない真紅郎は必要以上の力で上空に飛び上がった。そしてそれは、かなり隙だらけだった。

 

「しまっ!?」

 

 幹比古が上空に仕掛けた電撃魔法“雷童子”が発動。

 真紅郎を撃ち落すように雷が落ち、彼は地面へと撃ち落とされた。

 

(ごめん将輝……僕たちの完敗だ……)

 

 

 

 

 

 

 

「……勝ったの?」

「……勝った、と思う」

 

 

 目の前で起こっている出来事であり、実際にこの目で見ているにも拘わらず、ほのかの呟きは疑問形だった。そしてそれに対する雫の答えも、とてもあやふやなものだった。

 

 それが合図だった。誰かが歓声をあげたのを皮切りに、まるで水面に石を放り込んで出来た波紋のように、一高生の間でみるみる歓声が広がっていき、やがてスタンドを揺るがすほどの叫び声となって歓声が爆発した。それはあまりにも無邪気で純粋に自分の気持ちを表すものであり、同時に敗者である三高生を打ちのめす残酷なお祭り騒ぎであった。

 

 

 だがその騒ぎも、1人の生徒によって唐突に終わりを告げる。

 

 応援席の最前列に座り、両手で口を押さえながら無言で嬉し涙をぽろぽろと流す深雪の姿に、周りの生徒達は叫ぶのを止めて彼女を祝うように拍手をした。

 

 その拍手はやがて一高の応援席を超え、敵味方の区別無く、激闘を終えた選手を讃える拍手となって会場中に鳴り響いていった。

 

 

 

 

 

 選手がフィールドを去った後も興奮冷めやらぬ様子で騒がしい観客席の中で、愛梨と栞は表情を強張らせていた。ちなみに沓子が「さすがシンじゃ!」と騒いでおり、隣の佐保は気づいていない。

 

「……栞、さっきの見えた?」

「ええ、一瞬だったけど」

 

 スーパーコンピュータをも凌駕する演算能力と、見た物を瞬時に数式化する「目」を持った栞には爆発の瞬間に何が起きたのか見えていた。

 

「まず結論を言うと一条君の過剰攻撃は二人に当たっていなかった……正確には当たる前に爆発したのが正しいわね。だから二人共無傷とは言えないけど死なずに済んだ」

「……けど、どうして当たる前に爆発したの?」

「……あの時、彼は掌を空気弾に向けて突き出していた。おそらくその時になんらかの強い衝撃波が発生して全て相殺したと思う」

「――――、そう」

 

 栞の言う“彼”が誰を指してるのか愛梨にはわかっており、同時に戦慄していた。

 衝撃波を発生させる魔法は確かに存在する。だがそれを瞬時に発動させ、かつ十師族の一員である将輝の過剰攻撃を全て相殺させるとなると……その魔法師に十師族かそれ以上の魔法力が要求される。

 つまり……

 

(有崎シンヤ……貴方はいったい何者なの?)

 

 

 

 



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第二十三話 ミラージ・バット本戦

 『モノリス・コード』新人戦終了後、メディカル・チェックを受けた達也とシンヤが医務室を出ると、廊下では友人たち一同が待ち構えていた。

 

「お兄様!」

「達也さん!あ、あの――――」

「し、ししししシンヤ君身体は大丈夫なの!?怪我は!?歩いて平気なの!?」

「…落ち着けエイミィ」

 

 一同の中で深雪、ほのか、エイミィが物凄い慌てようで、達也、シンヤにそれぞれ詰め寄る。

 事情を知らない男共が見たら羨ましいがるだろうが、この状態に色めいた感じは一切無かった。

 

「それで二人とも、本当に大丈夫なの?」

「…オレは軽い打撲だったから問題ない」

「俺の方は委員長ほど重症じゃない。鼓膜が破れたくらいだ」

 

 医療用の耳あてを装着した方の耳を指差し、なんてことないといった様子で苦笑いを浮かべる達也に一同はぎょっとした。

 

「しかしよく無事だったな。一条の攻撃は直撃したんじゃないのか?」

「ギリギリでかわしたさ。風圧で吹き飛ばされかけたが、ダメージはそれほどじゃないよ」

「オレのほうは蜃気楼で攻撃箇所をずらしてたから大丈夫だった。いやーあれは本当に危なかった。あと三メートル近かったら死んでた」

 

 もちろん嘘なのだが、二人はいかにも事実っぽく話していく。本当の事情を話す訳にもいかないので、この答えは元から用意されていたものだった。ちなみに幹比古にも同じように説明して信じ込ませた。

 

「心配しました。二人とも大怪我しちゃったんじゃないかって……」

「うん、でも達也さんよくよけられたね。私たちの場所からだと直撃に見えたんだけど」

「それはモニターでも一緒だったわ。明らかに直撃に見えたもの」

「まぁ古流の技なのであまり言えないが、そういった風に見せる技だよ」

「へぇーそんな技あんのか」

 

 これももちろん嘘だ。いくら古流とはいえそんな技は存在しない。他の面々が古流に長けてないのを良い事に万が一の時の為に考えていた嘘の一つを、達也は堂々と言い放ちながら、頭をある疑問が占めていた。

 

(……そうだ。確かにあの時直撃するはずだった。だが残り二発があと寸前で俺に迫ってきたとき、シンヤから発せられた衝撃波が全て相殺した。あれが魔法なら説明がつくが、その際シンヤは俺の精霊の目で見ても起動式を使った様子はなかった。それならシンヤはあの瞬間、起動式の展開が無しに思考だけで魔法式を構築したことになる。あれで全力かどうかはわからないが――――底が知れないな)

 

 とはいえ助けられたことに変わりはないから今は問い詰めないでおこう、と達也はむりやり考えを打ち切った。

 

 

 

 

 一方その頃、第三高校のミーティング・ルームは、暗い雰囲気に包まれていた。

 

 一体誰がこんな結果を予想出来たか。

 特例による第一高校の代理選手たちが決勝まで勝ち上がった事で新人戦の優勝が無くなった事もそうだが、まさか将輝と吉祥寺擁するチームが、もっと言えば彼らも撃破されてモノリス・コードの優勝を逃すなんて、完全な誤算だった。

 

「自分がいながら、あまりにも不甲斐ない結果になってしまい本当に申し訳ありません」

 

 魔法による治療を受けた将輝と吉祥寺は、揃ってチームメンバーに頭を下げていた。ちなみにモノリス・コードでディフェンスを務めた一年生選手はこのミーティングには参加していなかった。

 

「顔上げろ一条。吉祥寺。お前たちはよくやったよ」

「そうだ。まだ終わった訳じゃないんだ。まだ二日残っているんだからな」

 

 上級生から次々と言葉が送られるが、今の将輝と吉祥寺には慰めにもならない。

 

 自分たちの実力に絶対の自信を持っていた。

 百パーセント勝てると思っていた。

 だが彼らは、一高など倒して当たり前だと心のどこかで相手を格下だと見下していた事を、敗北してから自覚した。

 そんな自分たちの驕った精神が許せなかった。

 

「明日の本戦ミラージ・バットの結果次第では、最終日を待たずに第一高校の総合優勝が決まる可能性があるけど」

 

 現状を説明した後で、佐保は愛梨の方を見た。

 

「私と一色でポイントを稼げばまだ可能性はある」

 

 そこに明らかな期待と信頼を寄せられているを感じた愛梨は、それに応えた。

 

「予定外の結果は続いていますが、明日は必ず私たちが勝ちます。総合優勝を私たち三高が掴みましょう」

 

 新人戦で達也がサポートについた競技では軒並み優勝を掻っ攫われている。

 今日のモノリス・コードでもやられ、モノリス・コードの優勝も新人戦優勝も持っていかれた。

 しかし、今更持っていかれたものなど、くれてやればいい。

 

(彼の正体が気になるけど、今そんなことを気にしていられないわ!)

 

 負かされた栞や沓子、将輝や吉祥寺の無念も、第三高校が総合優勝する事で全て吹き飛ばしてみせる。

 愛梨は密かに燃えていた。

 

 

♢♦♢

 

 

 九校戦9日目。新人戦が終了したことで、今まで中断していた本戦が再開する。

 今日の空は昨日までの晴天から一転、今にも雨が降りそうな分厚い雲に覆われた曇天となった。しかし今日行われるミラージ・バットにとっては絶好の試合日和なのだ。

 

「良い天気だな。このまま夜まで続いてくれると良いんだが」

「夕方から晴れるそうですよ」

「星明りも邪魔になるんだが……まぁ雨が降るよりかはましか」

「そうですね……お兄様はまだ何か起こると思ってるのですか?」

「……深雪には隠し事ができないな」

 

 代理選手などという予定外の役割を引き受け、シンヤや幹比古のCADの調整や作戦などで手一杯で気にする暇がなかったが、達也は警戒していた。

 もしも『無頭竜』の狙いが第一高校の優勝阻止だとしたら、今日と明日出場する選手が危ないかもしれない。

 達也はそれを大袈裟だとも、的外れな推測だとも思わなかった。むしろ、仕掛けてきてもおかしくないと思っていたくらいだった。

 

「だが、深雪が心配することじゃない。何があろうとも、深雪は俺が守ってみせる」

「お兄様…」

 

 

 

 

 

 一方シンヤは観戦のためにエリカ達と観客席にいる。その隣にはなぜか三高の沓子が座っていた。

 

「…いいのか?一高の生徒と一緒にいて」

「む?なぜじゃ?儂とお主の仲じゃ。今更気にする必要はあるまい」

「オレとお前ってそこまでの仲になった覚えはないんだが……それになんでこんなにくっつく?」

「そ、そうだよ!そ、そそそういうのは風紀に良くないよ!」

 

 「よいではないか~よいではないか~」とシンヤの左腕にくっついてスリスリと頬擦りする沓子を見て、反対側に座るエイミィが不機嫌になる。 

 エリカたちの反応はというと、

 

「あらあら、シンヤ君両手に華ねぇ~?」

 

と意地の悪い笑みを浮かべながらからかうエリカ。

 

「もてる男は辛いな」

 

と便乗するレオ。

 

「わ、私もあれくらい達也さんに大胆になった方がいいかな?」

「ほのか。さすがにあれは参考にならないよ」

 

ほのかの言葉にツッコミを入れる雫。

幹比古と美月に至っては刺激が強すぎたのか顔を赤くして目をそらしてる。

 

 なんかいろいろ諦めたシンヤは沓子に向けていた視線をステージに向けなおし、ちらちらとむけられる視線を気にしないようにする。

 

 第1試合に出場した小早川は、特に危なげなく早々と決勝進出を決めた。チームの中には当然ながら、小早川に続いて深雪も、という雰囲気が漂っている。

 ミラージ・バットの妖精をイメージしたコスチュームを身に纏った深雪がフィールドに姿を現した途端、観客のボルテージがむりやり引き上げられた。体のラインが丸見えでありながら嫌らしさが微塵も感じられない神秘的な姿に、観客席の青少年は揃って動悸や息切れを起こし、選手にではなく観客に担架が用意されるという自体になりかねない。

 それに釣られたわけではないだろうが、予定時間よりも数秒早く試合開始のブザーが鳴った。

 

 光のホログラムが空中に現れた瞬間、選手達が一斉にそこへと向かって飛び立っていく。

 

 深雪は美しく無駄のない跳躍で圧倒的な魔法力を見せる一方、佐保は巧みに深雪のコースをブロックしつつ跳躍特化魔法で確実に点数を重ねていた。

 

 第一ピリオドを終え、深雪が若干のリードを許す結果になった事にエリカたちは驚きの声を上げていた。

 

「まさか深雪がリードされるなんてね……」

「二人のレベルが高すぎて他の選手に得点する隙が無いね」

「でも仕方ないよですね。深雪さんは一年生、あの三高の選手は三年生だし」

「ムフフ、どうじゃ!さすがは水尾先輩じゃろ!」

「……なぜ沓子が威張る」

「上級生の意地ってやつか? それにしては大差無いが」

「まだ始まったばっかだし、そんな大差がつくわけ無いよ」

「でも、このままで終わるとも思えない」

 

 雫のこぼした言葉に、ほのかが頷いて同意する。

 

「確かに深雪がこのままで終わる訳無いし、これくらいの差で諦めるとも思えない」

 

 

♢♦♢

 

「この世界も広いようで狭いな……」

 

 次に行われた第2ピリオドで、深雪が逆転してトップに立った。しかし2位の三高選手とはほんの僅かしかポイント差がない。深雪もまだまだ余力は残しているが相手もそれは同じようで、第2ピリオドはペースを調整していた節も感じられる。限定された状況下とはいえ、まさか深雪と張り合う魔法師が高校生に存在していたとは思っていなかった達也は、相手が他校の選手であることも忘れて素直に賞賛していた。

 

「お兄様。アレを使わせていただけませんか?」

 

 深雪の目が、声が、達也の袖を掴む指が、「負けたくない」という意志を伝えてきている。

 

「わかった。全てはお前の望むがままに。頑張っておいで深雪」

「はい……!」

 

 本来は決勝戦用の秘密兵器だったが、この意志に応えるべく、一切の計算も打算は捨てた。

 

 

♢♦♢

 

 インターバルが終わり、各選手が出てくると、エリカが目聡くある事に気がつく。

 

「あれ?深雪のCADが変わってる」

「本当だ……でもさっきまでのも持ってるよ」

 

 エリカのつぶやきに幹比古が続いたが、CADが変わった理由には心当たりが無い。他のメンバーも同じようで首を捻ってる中、ほのかだけが羨ましそうに、また妬ましそうに深雪のCADに視線を向けていた。

 

「そう……もうそれを使うのね深雪……」

「ほのか?」

「驚くわよ。此処に居る人全員。達也さんが深雪の為に用意した、深雪だけが使いこなせる魔法……」

「なんじゃ?あれが何か分かるのか?」

 

 沓子の質問には答えず、ほのかはずっと深雪の持つCADに視線を固定していた。

 

 

 最終ピリオドの開始の合図と共に、各選手が跳躍をはじめ光球を目掛けて移動する。

 先行した深雪の行く手を佐保が阻もうとするが、深雪は飛翔速度を上げる事でこれを回避して光球を打ち消した後、身体を反転させて空中で静止した。

 そこから一度足場に着地して、次の光球を取るために構える。というのがミラージ・バットのセオリーで、他の選手は次のターゲットを狙って切り替えていた。

 

 ところが、空中で一旦静止した深雪は足場へ降りず、空のステージを優雅に滑走して次のターゲットを、また次のターゲットを打ち消しに行くと、観客も、選手も、スタッフも、大会関係者も、それを見て絶句した。

 

「おい……、まさか飛行魔法か……?」

「まさかあのCAD、トーラス・シルバーの……?」

「そんな……。あれは先月発表されたばかりだぞ……」

「でもあれは、間違いない……! 飛行魔法だ……!」

 

 驚きの声を上げている観客になど興味を示さずに、深雪は更にポイントを重ねていく。十メートルの高度を移動しなければならない他の選手と、水平に移動するだけでいい深雪とでは勝負にはならなかった。

 

「あれが達也君の秘策……」

「飛行魔法って先月発表されたんだよな?何時覚えたんだ?」

「達也なら何でもありだよ……僕たちはそれを間近で見てたんだから……」

「……少し大人気ない気もするがな」

 

 シンヤの呟きに一同は苦笑いした。

 

 

 

(ダメだ!私の跳躍では届かない!)

 

 深雪が次々とホログラムを打ち消していく姿に佐保は焦っていた。

 

(だけどこのままやられるわけには……!このあとの一色のためにも私は……!)

 

 少しでも点を稼ごうと最後のホログラムに向けて跳躍する。だがそれもむなしく深雪に打ち消され、同時に試合終了のブザーが鳴る。

 

 ミラージ・バット予選第2試合は、深雪の圧倒的勝利に終わった。

 

 

♢♦♢

 

 

 横浜中華街、とあるビルの最上階。

 首から先が切り取られた竜の掛け軸が飾られたその一室は、葬式か何かと思うほどに沈痛な雰囲気に包まれていた。

 

「……まさか飛行魔法まで使ってくるとは」

「このままでは一高が総合優勝してしまうぞ」

「ここまでの損失だ、楽には死ねんぞ?良くて生殺しの“ジェネレーター”、適正が無ければ“ブースター”として死んでなお組織に搾り取られる末路を迎える」

 

 テーブルに着く5人の男が口々に捲し立てるものの、その議論はもはや出口の見えない袋小路に陥っているような状況だった。

 男の1人が、チラリと視線を外した。

 壁一面に作られた防弾ガラスの窓の前に2人、部屋唯一の出入口であるドアの前に2人、そして左右の壁にそれぞれ2人ずつ、がっしりとした体つきでサングラスを掛けた若い男達が身じろぎ1つせずに直立していた。彼らは単純にテーブルの男達の護衛であると同時に、この部屋全体を包み込むように掛けられた障壁魔法を維持する役割も持っている。

 そんな彼らの姿に、男の表情が引き攣った。

 

「くそ!もはや手段を選ぶ必要などないのでは!?」

「そうだな。このままでは我々は粛清されてしまう。そこでだ。十七号を使って観客を襲わせる。そうなれば大会も中止だ。これなら掛け金の払い戻し分だけで済む」

「賛成だ。百人ほど死ねば十分だろう。大会中止になる」

「…実行は十七号だけで大丈夫か?」

「多少腕が立つ程度ならば『ジェネレーター』の敵ではない。残念ながら武器は持ち込めなかったが、十七号は高速型だ。リミッターを外して暴れさせれば、百や二百、素手で屠れる」

「異論は無いな。ではジェネレーターのリミッターを解除、観客の無差別殺害を命じる」

「顧客が騒ぎ出すかもしれんが、そこら辺は知らん顔で押し通せば良いだろ」

「儲けは無いが損もなくなるからな」

 

 円卓を囲む男たちが一様に頷く。

 無頭竜のメンバーたちは、会場に送ったジェネレーターが自分たちの思い描いた結果をもたらしてくれる事になんら心配を抱いていなかった。

 彼らの心配はボスの粛清をいかにのがれるかの一点だけに集中していたからだった。だからこの時には既に九校戦に興味を失い、如何やってノルマを達成するかが話題の焦点になっていた。

 

♢♦♢

 

 発表されたばかりの新技術が九校戦で突如お披露目されたこと、そしてそんな新技術を使いこなす深雪の人間離れした美しさに、観客達がただただ目を奪われ、言葉を失っていた頃。

 ヘッド・マウント・ディスプレイ(HMD)を装着してメッセージを眺める1人の男――――ジェネレーターが会場の入り口から動き出す。その表情は、まさに無表情。無表情というよりも表情が欠落していると表した方がいいのではないのか、と思ってしまうほどだ。ジェネレーターの前を一人の男性が横切る。ジェネレーターがその男性の首を切断するために、男の首目掛けて手刀を放つ。

 だが、男性がその手を背中越しに掴み、ジェネレーターを会場外に放り投げた。

 およそ20mの高さから落ちるとなると、恐怖で身体が動かせなる。しかしジェネレーターはそのような感情は持ち合わせていない。素早く猫みたいに四足で衝撃を受け流しながら着地する。

 ジェネレーターを外に放り投げた男、独立魔装大隊の柳連大尉はポケットに手を突っ込んだままジェネレーターの数m前に着地した。

 

「何者だ・・・いや、どうせ答えられないだろうしな。答えなくてもいい」

「問い掛けたのに答えなくていいなんて、おかしくないかい?」

「質問ではない。ただの独り言だ」

 

 ジェネレーターが柳に気を取られていると、退路を塞ぐかのように同じく独立魔装大隊の真田繁留大尉が後ろに回っていた。

 

 普通ならここで逃げるのが鮮明だろうが、ジェネレーターは組織の命令だけに従う人形。観客の殺戮が指令されたジェネレーターにとって、前後にいる2人は「観客」として殺戮対象に入っている。

 グッと踏ん張り、バネのようにジェネレーターは再び柳に襲いかかった。

 しかし、柳の突き出した手に触れるか触れないかの距離で元の位置に吹き飛ばされ、仰向けに地面へ叩きつけられた。

 その光景に真田が笑みを零す。

 

「しかし、何時見ても見事だね。それも『転(まろぼし)』の応用かい?」

「何時も言ってるように『転(まろぼし)』ではなく『転(てん)』だ。『転(まろぼし)』は表の術式、『転(てん)』は裏の術式。それに応用ともちがう。本当の『転(てん)』なら魔法など必要ない」

「僕たちの存在意義に関わる発言だね。隊長に言いつけるよ」

「……馬鹿な事言ってないでソイツを捉えるのに力を貸せ」

「じゃあそうしようか。と言っても既に藤林くんが『避雷針』で確保済みだけどね」

 

 動こうとしたジェネレーターの身体に、無数の針が突き刺さった。それを見て柳も戦闘体勢を解除した。

 

「……本当にお二方は仲が良いんですね」

 

 何の前触れもなく、気配も音もなく藤林響子が姿を見せた。男は、ビクッ、ビクッ、と身体を痙攣させていた。

 

「…全く。お2人は本当に仲がいいですね」

「藤林、お前、目は良かったはずだが」

「視力よりも感受性に問題があるのかな。良いカウンセラーを紹介しようか?」

「ほら、お二人とも息がピッタリじゃないですか」

 

 響子がさらっと言い返すと、柳と真田は互いの顔を見て顔をしかめたのだった。

 

 

♢♦♢

 

 

 どうやらあっちは片付いたようだな。

 ミラージ・バットを観戦する傍ら、オレはアキュレイト・スコープで会場の周囲を警戒していた。

 三人の男女が押さえたあの男の身体能力、魔法だけではない。強化人間……いや、おそらくジェネレーターか。

 

 ジェネレーターとは、戦闘中に安定して魔法を行使できるよう仕上げられた生体兵器の呼び名だが、その実体は脳外科手術と薬により意思と感情を奪い去り、思考活動を特定方向に統制することによって魔法発動を妨げる様々な精神作用が起こらないように調整された魔法師である。魔法を発生させる道具として扱われる為、魔法発生器=ジェネレーターと呼ばれる。

 そんなのを送り込んできたという事は向こうもなりふり構ってられなくなってるという事か。

 今度はいったいどんな手を使ってくるのやら……。

 

「のうシン」

「――ん?どうした沓子」

「どうしたではない。せっかくの愛梨の活躍なのによそ見するでない」

「……別によそ見はしていないんだが」

 

 第三試合。司波妹同様一年生ながら本戦に選出された一色はホログラムが点灯した瞬間、クラウド・ボールで見せた圧倒的な跳躍スピードで得点。その後も他の選手に隙を与えずに次々と得点していき、一色も本戦決勝戦進出したのは左目でちゃんと見ていた。

 

 これで殆どの予選は終了した。残る決勝戦は夕方に始まる。

 さて、それまでどう時間を潰そうか。

 

「シン、お主今時間空いておるか?」

 

……は?

 

 

 

 

 

「……それで、なんで貴方がここにいるの?」

「……それは沓子に聞いてくれ。ろくな説明もないまま無理矢理ここに連れてこられたんだぞ」

 

 沓子に腕を引っ張られたオレは今、森林の多い演習場所に来ていた。そこには沓子を含めて体操服を着た一色とエンジニアの制服を着た十七夜、懇親会で一度会った水尾という女生徒の四人いる。

 

「……で、なんでオレをここに連れて来た。まさか……オレを脅迫して司波が決勝で勝てないようあいつのCADに細工をさせるつもりなんじゃ」

「いやいやいやいや!そんな卑劣な真似は誰も頼まんぞ!というかよく思いつくな!?」

「なんだ違うのか?」

 

 それなら安心した。もしそんなことになったらオレもこいつらもあのシスコンに消されていた。

 

「…まぁ、一昨日まであんなことがあったんだから一高の人が不信感を抱くのは仕方ないよね」

「それで、沓子はどうして彼を連れてきたの?」

「うむ。決勝まであまり時間がないからの。シンに愛梨の練習の手伝いを頼もうと思ったのじゃ」

 

「「「「……は?」」」」

 

 沓子の言葉に、オレ含むこの場の全員が何言ってんだこいつといった感じになった。

 

「沓子…貴女本気で言ってるの?」

「本気も本気じゃ。見れば愛梨が手に持ってるCADは飛行魔法のようじゃな」

 

 それにはオレも気づいていた。

 大方どこかの校から不正疑惑の抗議が上がり、達也は飛行術式がインストールされてるCADを運営に提出。そしてそのまま他校に意図的にリークしたのだろう。魔法の秘匿性そのものを危うくするルール違反行為を大会委員がやっちゃダメだろうに……閣下が何も言わないところをみるに、脅しの材料にしそうだな。

 そうなると決勝戦は全ての出場校が飛行魔法を使ってくる可能性大だな。

 

「大丈夫なのか?俄仕込みの魔法なんかであれと張り合えるとは思えないが」

「…そうだね。実際に司波選手と実感から言わせてもらうと今からやって間に合うような差じゃない。彼女は既に水を得た魚の様に自然に使えている」

「水尾先輩の言う通りです。でも決勝で全選手が飛行魔法を使うとなると……こちらも使わざるを得ません」

「一色、私の試合のとき跳躍で補えると言っていただろう」

「……ホログラムへの到達時間的には負けないと思いました」

「ならメインは跳躍にすべきだ」

「……正直迷っています」

 

 決勝戦では一色1人が決勝戦に出ることになっている。つまり彼女一人が三高の期待に応えなければならないということか。なりふり構ってられないのは分からなくもないが……

 

「これオレ必要か?」

「さっき言ったじゃろ。あまり時間がないからシンに愛梨の練習の手伝いを頼もうと……」

「それはさっき聞いた。オレが聞きたいのはなんで他校のオレに頼むかだ。CADの調整ならお前たちのところにカーディナル・ジョージがいるだろ」

「そうしたいのはやまやまなんじゃが、昨日決勝でどこかのチームにコテンパンに打ちのめされたのが相当こたえておっての……完全に自信を失って部屋に閉じこもっておるのじゃ」

 

 どこかのチ-ムってオレたちのことだな。

 

「だからって他校のオレに頼むか普通?言っておくがオレはあの飛行術式には一度も触れてないぞ」

「他校とはいえお主は選手じゃないからの。ルール違反にはならんだろう。それにお主ならあの術式を見なくとも飛べそうだしの」

「「「?」」」

「……なぜそう思う?」

「勘じゃ」

「勘かよ」

 

 この口ぶり……オレの能力に薄々気づき始めてる。本当に厄介だな。

 

「……買い被りだな。確か『加重系魔法の技術的三大難問』の内容にそう記してあった気がするが、あの魔法は以前までは超能力者や古式魔法の使い手でもごく少数しか使えない、BS魔法師の固有スキルに近いものだったはずだ。ならBS魔法師でも劣等生のオレにとんだ無茶ぶりだと思うが?」

「……昨日あんな戦いぶりを見せたくせに、よくもそんなこと言えるわね」

「最終的に一条たちを倒したのは他の二人だ。オレは魔法を使って相手を翻弄するので精一杯だったよ」

「……白々しい」

 

 十七夜が他の三人に聞こえるか分からないぐらいにぼそりと小さく呟いた。やはり昨日オレが使ったアレは十七夜には見えていたか。他の有象無象の目は誤魔化せても、こいつ相手には難しかったな。だがしかし、魔法師たちだけの暗黙の了解『他人の魔法を探らない』というものがある以上詮索してはこないだろう。

 

「なんのことやら…………というか、一番の問題として仮にオレが手を貸して上達したとして、本当にそれが一色のためになるのか?」

「…………どういう意味ですか?」

 

 オレの言葉に一色が食いついた。

 

「そのままの意味だ。お前は三高の優勝のためにとこれまで練習したきた技を捨てて飛行魔法にすがろうとしている。だが仮に今から練習したところでさっきそこの先輩が言ったように敵う相手じゃない。他校選手も同じようにやるからと状況に流され、最後に負けてから仕方ないと愚痴を溢すのが目に見えている」

「―――!」

「それに仮に他校のオレが手を貸して勝ったとしても、それじゃお前が勝ったことにはならない」

「それは――でも、だからってどうしたら――――」

「お前が周囲に流されて同じ手を使おうとしてる状態と、お前が自分のやり方を貫いて決勝に挑もうとする状態。三高のため、いやお前自身のためになるのはどっちだ?そんなもの答えるまでもないだろ。今のお前からは二回目に会った時に比べて覇気が殆ど感じられない。あの程度で弱腰になったのなら、お前は他の選手たちと大して変わらなかったと認めるようなものだぞ」

 

 ここまで言えば一色にも理解できるはずだ。ムカつきながらも自覚するはずだ。

 気づいてもらいたかったのは『これから自分が何をすべきか』ということ。

 

「小学生にも分かる明白な答えだろ?お前はお前だけの武器を放棄しようとしている。それも司波と互角に渡り合える最大の武器を」

「私だけの武器……?」

「九島閣下も言ってただろ?『魔法を磨くことは大切だ。無論、魔法力を向上させるための努力も怠ってはならない。しかし、それだけでは不十分だということを肝に銘じてほしい。使い方を誤った大魔法は、使い方を工夫した小魔法に劣るのだ』と」

「それって――――」

「後はお前が考えろ。オレが言ってやれるのはここまでだ」

 

 そう、これ以上は何もない。司波妹に勝つ策を授けることも、凌ぐ方法も教えない。今一色に必要なことは誇りある敗北と再生だ。幸い彼女にはサポートしてくれる仲間がいるのだから問題ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シンヤが練習所から立ち去るのをしばらく呆然と見つめる中、愛梨の呟きが沈黙を破った。

 

「……まったく、好き勝手に言ってくれるじゃない。ホント何様のつもりよ。ああまで言われたら無様に負けるわけにはいかないじゃないの」

「愛梨?」

 

 一同が愛梨の方を向く。彼女の表情にあった迷いは消え、アメジスト色の瞳の奥から闘志が湧き上がってきているのが感じられた。

 

「……栞、飛行魔法と跳躍の両方を組み合わせることはできる?」

「えっ、できなくはないけど消耗が酷くなるのではないかしら」

「それはやってみないとわからないわ。だからお願い」

「……わかったわ」

 

 その後栞がCADを調整し、愛梨がテストする。結果は……

 

「飛行魔法の消耗が少ないせいかほとんど違和感を感じないわ。行けると思う」

「本当!?」

「さすがだね一色」

「さすがは愛梨じゃ」

「これでいってみます。いざというときは使い慣れた武器のほうがいいですから」

「(武器ねぇ)……本当に跳躍一本でなくて大丈夫かい」

「はい。これで勝ってみせます」

 

 練習のために愛梨はもう一度空へと飛翔する。

 

 

「……ねぇ沓子、もしかして愛梨を焚きつけるためにわざと彼を連れてきたの?」

「ん?まぁの。実はこの前明智選手からシンに激励されたおかげであの力を発揮できたと聞いてのう」

「それだけでそう簡単に強くなれるものなの?」

「…まぁ不思議なものでもないよね。私たち魔法師の力は精神状態に左右される。多分あの子の言葉が明智選手に相当プラスに働いたんじゃないかな」

「けどそれならなんであんな回りくどいことを?」

「じゃあ栞はストレートに頼んであ奴が素直に頼みを聞くタイプと思うか?」

「……思わないわね」

「あはは……そうハッキリ言える十七夜って本当ドライだわ」

 

 

 

 空を駆け抜ける時、愛梨は考えていた。

 

(……叔父様たちは一条君が昨日の試合で負けたことで十師族に並ぶ存在として一色家の存在感を示す好機と捉えているとあの後掛かってきた電話でわかった。そういう考え方は好きではないけど……)

 

 正直それは愛梨にはどうでもよかった。

 母国から日本に渡り一色の長子……父と結ばれた母のためにもいい戦いを見せたい。

 

(そしてなにより自分のために誇りが持てるベストな試合にしてみせるわ!)

 

 

♢♦♢

 

 

 決勝戦が始まる頃の天気は雲ひとつない綺麗な夜空。

 正直曇っていてほしいのだが、ここまできてしまったらしょうがない。

 

 「深雪。体調は?」

 「問題ありません。それと決勝なので最初から飛行魔法で挑みたいと思います」

 「わかった。頑張れよ」

 「はい!」

 

 深雪は達也に見送られながら元気よくフィールドに走っていく。

 

「それにしても司波さん、午前中にあれだけ魔法を使ったのによく回復しましたね。『カプセル』を使った形跡はありませんでしたが」

「五時間グッスリと寝かしましたから」

 

 決勝戦進出は、一高が深雪と小早川が進んだ以外は、二高、三高、六高、九高から各一名ずつ。実はあずさが担当していた選手もエントリーしていたが、三高の一色愛梨に負けてしまい、その三高は水尾佐保が深雪に破れ、もう一人の選手も予選落ち。

 三高が一名しか決勝に進めなかった段階で、一高は深雪と小早川のどちらかでも三位以内に入れば総合優勝が決まる。その為、今この場に揃った主立った女子メンバーたちの応援にも力が入っていた。

 

「この試合で司波さんが優勝すれば、我が校の九校戦総合優勝が決まりますね」

「司波君、飛行術式がインストールされてるCADを本部に預けてたそうですね?」

「ええまぁ。不正疑惑で騒がれるのも面倒でしたから」

「でもそれって……」

 

 

 

 

 一方、裏でジェネレーターと呼ばれる生命兵器の襲撃があったことも露知らず、ミラージ・バットの会場ではまもなく始まる決勝戦に観客達が今か今かと待ち構えていた。

 

 頭上には上弦の月、足元には星空を反射する湖面という幻想的な空間に、淡い色のコスチュームを身に纏った少女達が集う様子は、まさしく“妖精のような”という使い古された形容が似合う光景だ。

 観客席に座っているシンヤ達は、柱の上に立つ深雪を観ながら決勝戦について話し合っていた。

 

「なんか深雪上機嫌じゃない?」

「そうだね」

「しっかり休んだんだろうな」

「それだけじゃない気がするけど……ところで~決勝戦、シンヤ君はどう思う?あたしは深雪が少し苦戦するって考えてる」

 

 エリカはシンヤに向けて悪戯っぽい笑みを浮かべ、チラリとフィールドにいる愛梨の方を一瞥した。昼にシンヤがどこで何してたか特に説明してないが、エリカには大体察しが付いていた。

 

「……さあ、どうだろうな。他校の選手たちもなにかしらの対策を練ってくるだろうな」

「あーやっぱりシンヤ君もそう思う?」

「そ、それでも深雪は勝つわよね!雫!」

「うん」

 

 決勝戦ではさすがの深雪でも苦戦すると予想されるが、最終的には優勝すると結論が出る。

 それと同時に試合開始のブザーが鳴った。

 

 そしてその瞬間に6人の選手が一斉に空へと飛び上がり、一高の小早川を除く5人がそのまま足場に下りることなく宙に留まった。

 

「飛行魔法!?他校も!?」

「他校も使用してきたってことは……」

「達也の術式がリークされたってことだね」

「ええっ!?それって魔法師の暗黙の了解に反する行為なんじゃ!?」

「いや柴田さん、トーラス・シルバーが公開した術式を使用したって主張すれば言い訳できるよ」

「そもそも一昨日まで一高に妨害工作をしてきた大会委員にとってはそんなの関係ないと思うよ」

「し、雫……いつになく毒舌だね。やっぱり怒ってる?」

 

 普段は無表情な雫も、この時は眉を吊り上げていた。

 

「それより、なんで小早川先輩は使わないんだろう?」

「使えるようにならなかったから、とか?」

「いや、小早川先輩も相当な実力者だ。他の選手が使えているのに、彼女だけ使えないということはないだろう。きっと何か理由があるはずだ」

「理由か……何だろ……?」

 

 エリカ達が考えている間にも、試合はどんどん進んでいく。空を舞う6人の少女の姿は、綺麗な星空と相まってまさしく“妖精のダンス”と評される美しさを秘めている。観客は1人の例外も無く、その試合に夢中となっていた。

 

 だが幻想的な光景に興奮していた観客達は、徐々に或る事実に気づいていった。

 先程から一高以外誰も得点以外できていないのだ。

 

(……やはり慣れない魔法は使うものじゃないな)

 

 他の選手が初めての飛行魔法を使っているのに対し、深雪の動きは素人目で見ても分かるほどに洗練されていた。素早く優雅に滑らかに身を翻し宙を滑り上昇して下降する、という自由奔放な舞いはまるでプリマバレリーナのようである。

 そして慣れない飛行魔法のせいで挙動に無駄が生じた他の選手は、飛行魔法すら使っていない一高の小早川にすら得点を許してしまっていた。彼女は予選で自分達が使っていた“足場から飛び上がり、綺麗な放物線を描きながら別の足場に着地する”という基本的な動きを忠実に反復し、飛行魔法を使う他の選手よりも早くホログラムへと辿り着いていた。

 この事が彼女達の中に『焦り』を生んだ。

 

 と、選手の1人が空中でグラリと体勢を崩して僅かに高度を下げた。その表情は苦悶に満ち、疲れ切っているのがよく分かる。

 

 まさかサイオンが枯渇したのか、と観客が悲鳴をあげるが、その選手はゆっくりとした動きで徐々に高度を下げ、そのままゆっくりと足場へと下り立った。会場のあちこちからホッと溜息が漏れるのが聞こえる。

 

 公表されている飛行魔法の術式には、術者からのサイオン供給効率が半減すると自動的に10分の1Gの軟着陸モードへと変更される“安全装置”が組み込まれている。新たな術式が開発されると真っ先に気になるのが安全性だが、奇しくも九校戦という実戦の場でそれが実証された形だ。

 しかもこの九校戦は現地でも1万人、中継映像を含めると軽く100万人は超える人々が注目している。特に魔法関係者はほぼ全員が観ていると言って良く、そんな場面で新製品の安全装置が正確に作動した今の映像は、普通にCMをテレビで流す以上の宣伝効果を生むだろう。

 現にフィールドの傍で試合を見守っていた達也は、今まさにグッタリとした様子でゆるゆると足場へと下り立つ別の選手に、心の中で腹黒い笑みを浮かべていた。

 

 しばらくして次々に脱落し、第2ピリオドでは残り四人になってしまった。

 圧倒的にポイントを重ねているのは、司波深雪と小早川。

 それに何とか食らいついているのは、一色愛梨。

 

 深雪の後ろを飛んでいた愛梨の目には焦りがあった。

 

(私はこのまま背中を見ているだけになってしまうの?)

 

 あれほど練習したというのに、愛梨には深雪の背中が遠く感じた。

 飛行術式は”誰にでも使える”術式ではあっても、”誰にでも同じようにこなせる”術式ではない。

 経験を積んでペース配分を把握し、慣れていなければ、どんな強力な魔法師だってすぐに参ってしまう。

 あの少女は練習段階からこれをこなしていたのだろうから、経験の差で愛梨は大きなハンデを背負っていた。

 

(これが練習の差。才能の……いえそんなことはない!そんなことは……みんな期待してくれているのに)

 

 焦りと共に呼吸が荒くなっていく。

 とそこで、愛梨は観客席にいる一人の人物の存在に気づいた。

 

(お母様……!来てくれたの)

 

 自身の母親が観戦に来ていることを認識した愛梨は、CADを操作する。

 

(お母様の前で恥ずかしいところは見せられない……栞が仕上げてくれた私だけの魔法。これが私の本気よ!)

 

 愛梨の魔法が発動した瞬間、稲妻の如き速度で深雪を追い越し、ホログラムめがけてマジックフェンシングのように杖で突きを放っていた。

 

「一色選手の動きが変わった!」

「今のは跳躍魔法?」

「飛行魔法と組み合わせたってことかな」

「よくやったね。三高」

「雫さん?」

「面白くなるのはここからだよ」

 

 ここで第2ピリオドが終了してインターバルに入る。

 得点差で言えば深雪は圧倒的な点差でトップ、序盤から着実に点数を重ねてきた小早川が次点、そして小早川に一点差で愛梨と続いている。一瞬たりとも気が抜けない上、愛梨がポイントを取ったことで深雪の負けず嫌いに火を付けた。

 

 

「おめでとう愛梨。すごかったわ」

「ありがとう。栞のおかげよ」

「ううんそんなこと……愛梨の力よ」

「……ありがとう。言わないでくれて。わかってるのよ。もう逆転できない点数だってことは」

「……愛梨」

「もう勝敗は決している……だからこそ全力を出し切る。それが私の矜持よ」

 

 

 迎えた最終ピリオド。深雪と小早川、そして愛梨との三つ巴となった。

 だが、それよりもさらに速く到達する深雪と愛梨。この決勝戦は最早深雪と愛梨の一騎打ちに近い様相であった。

 深雪はなめらかに、優雅に、身を翻し、宙を滑り、上昇し、下降する。愛梨はキレのある鋭い体さばきと跳躍を合わせてターゲットを破壊する。

 

 片や、自由で可憐な演舞

 片や、磨き上げられた凛々しい剣舞

 

 やがて小早川もサイオン切れで脱落し、深雪と愛梨の一騎打ちになるがポイントに余りにも差があった。おそらくこのまま続けても勝敗はほぼ決まりだろう。

 だが、人々はそれよりも空中を優雅に踊っているような2人の雄姿に見惚れていた。

 

 やがて最後のホログラムが深雪の手によって掻き消され、最終ピリオドの終了を知らせるブザーが鳴り響く。

 

 ミラージ・バット本戦の最終結果は1位が深雪、2位が愛梨、3位が小早川。この結果によって、第一高校の総合優勝は確定する形となった。 

 

 だが足場に両膝を付いて崩れ落ちた愛梨は悔しがるようなそぶりは見せず、ただ満足したかのようにほほ笑んでいた。

 

 

 更に観客席からは、最後まで可憐に舞い続けた深雪にだけでなく、最後まで懸命に闘った愛梨にも惜しみない拍手が送られたのであった。

 

 




次で九校戦編は終わります。
ここまでとても長かったです。(遠い目)


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第二十四話 後夜祭

更新遅れてしまい本当に申し訳ありません!
明けましておめでとうございます。今年も本作共々よろしくお願いします。

達也が無頭竜に報復にいくシーンは特に絡みがないためカットしました。


 最終日を待たず総合優勝を決めた一高だったが、祝賀パーティーは明日以降に繰り延べられた。

 明日は九校戦を締め括る『モノリス・コード』の決勝トーナメントが開催される。

 一高チームは順当に予選一位でトーナメント進出を果たしており、選手もスタッフもパーティどころではなかったのだ。

 

 とは言っても、残り一競技であり、半数以上のメンバーが手空きの状態になっているのも事実。

 そこで、『ミラージ・バット』の優勝により一高の総合優勝を決めた形となった深雪を中心に囲んで、プレ祝賀会な意味合いのお茶会がミーティングルームを借りて開催された。

 

 仕切り役は真由美と鈴音。

 参加者は女性選手やスタッフが中心。

 

 もっとも、男子生徒も明日の試合の準備に駆り出されている二、三年以外、つまり、一年生も部屋の隅で居心地悪そうにではあるが、カップを持っている。

 

 この場にシンヤや幹比古だけでなく、レオやエリカ、美月の姿が見られるのは、真由美の、単なるお祝い以上の意図によるものだろう。ちなみにシンヤはあまり乗り気ではなかったが、真由美の『ちなみにこれ生徒会長命令だから』という念押しに屈した。

 

 だが、その場にこの優勝の立役者とも言える達也の姿は無かった。その事に最初に気がついたのはエリカと雫だ。

 

「ねぇ深雪」

「何かしら?」

「あたし達も参加させてもらったのはいいんだけどさ、達也君はどうしたの?」

「お兄様は部屋でお休みになっているわよ」

「達也さん、もう寝てるの?」

「ええ、さすがに疲れたと仰って」

「無理も無いですよね。ずっと大活躍でしたから」

「そっか……達也さんは寝ちゃってるのか」

「ほのか?」

 

 若干寂しそうにしたほのかに、深雪は不思議そうな視線を向けた。もちろん中身には牽制も含まれているのだが、それを全面に出すほど深雪も嫉妬深くは無い。

 エリカ、深雪、雫、ほのかが達也の話をしているのを遠目に、男子E組メンバーも達也の話をしていた。

 

「さすがの達也も参ったようだな」

「それでも、今回の九校戦の立役者は間違いなく達也だよ」

「……そうだな。担当した競技は全て上位独占。その上本人も『モノリス・コード』で一条を倒して優勝だからな」

 

 再び思い出してみれば、とてつもない戦績である。

 黒星を一つもつけず、担当した選手は全員上位へ、自分自身でも新人戦総合優勝の立役者にして、一高総合優勝に貢献しているのだ。

 

「達也くんには、本当に感謝しているわ」

「ええ、今回の九校戦は彼のおかげで勝てたと言っても過言ではありませんから」

 

 そこへ、本日の主催者二人が話の輪に加わった。

 普段からポーカーフェイスのシンヤはともかく、幹比古やレオにはあんまり面識のない二人なため、若干萎縮している。

 

「二人共ごめんなさいね。無理を言って九校戦に選手として参加させてしまって」

「生徒会長が気にするようなことではないと思いますが……」

「これでも生徒会長だし、今回の大会委員の不祥事が明るみになってすぐのことだったから不安で仕方なかったと思うわ。それでも受けてくれて、しかもモノリス・コード優勝を果たしてくれた貴方たちにも本当に感謝しているわ。ありがとう」

 

 真由美が頭を下げたのに、対し、シンヤと幹比古も頭を軽く下げて答える。

 

「今夜は楽しんでいってね」

「では、失礼します」

 

 真由美と鈴音は幹比古とレオが萎縮しているのに気づいたため、最後に社交辞令的な挨拶を入れて離れていった。

 

「おーい、執事君ー」

 

 二人が離れたのを見計らったかのように後ろから声をかけられるシンヤ。振り返るとそこには菜々美とスバル、エイミィがいた。空気を読んでか、レオと幹比古は断りを入れてから離れる。

 

「少し遅いけどモノリス・コード優勝おめでとー」

「出場すると聞いた時はとても驚いたが、まさか優勝するとは恐れ入ったよ」

「……いや、オレは大した活躍してないぞ。準決勝までほとんど守備だったし、結局カーディナルも一条も幹比古と達也が倒したしな」

「いやいやいや、その二人を翻弄してたのは十分凄かったよ」

「ああ、それに一条選手の攻撃を寸でで避けたのは驚いた。エイミィなんか当たってしまったんじゃないかと慌てて身を乗り出してたが」

「ちょっスバル!なんで今それ言っちゃうの!?言わない約束だったよね!」

「そうだっけ?」

「じゃあ今の無しで」

「もう手遅れなんですけど!」

 

 シンヤの前で暴露され、あわあわと慌てだすエイミィ。

 

「まぁ言っちゃったものは仕方ない。執事君、女の子をここまで心配させたんだ。何か言うことぐらいあるだろ?」

「そうだそうだーちゃんと謝れこのスケコマシー」

「お前ら言いたい放題だな……だがまあそうだな。あー、心配かけたみたいだなエイミィ。すまない」

「え!?えっと、う、うん……心配したんだからね…も、勿論友達として!友達としてだから!」

「あ、ああ……(……なんで友達の部分を強調するんだ?)」

 

 

「ふーむ。まだ素直にならないか」

「それじゃあ計画通り明日に…」

「ああ、僕たちでエイミィの背中を押してやろうじゃないか」

「……なぁ、二人共なにヒソヒソしてるんだ?」

「ん?何でもないよ?」

「ねー」

(この2人絶対なにか企んでる!)

 

 何でもないと言わんばかりにニコニコするスバルと菜々美。エイミィには彼女たちの笑みを見ただけで嫌な予感がした。

 

「それはそうと九校戦も明日で終わりかぁ。案外あっという間だったな」

「ほんとだねー試合をやるのも見るのも両方やれて充実してたねー」

「それに他の魔法科高校にあんな強い選手がいたなんて驚いたな」

「それにそれに。エイミィが緊張すると夜更かししてしまうタイプだったのは驚いたよ」

「ちょっナナ!?」

「そうだな。来年もそんな調子じゃ遅くまで大富豪に付き合わされた僕たちもたまったものじゃない。執事君、ここは君がビシッと言ってくれたまえ。あっ、具体的には耳元で『今夜は寝かせないからな』と囁いてやるといい」

「おおー!それなら効果覿面だね!」

「……いや、意味わからん」

「あ、あああ……な、なにをシンヤ君にさせようとしてるのスバル!?その……そういうのってよくないと思う……ほら公序良俗に反するっていうし……だからその……」

 

 狙い通りにわたわたするエイミィを見て、女性陣はにやっと笑う。

 

「「エイミィ、かっわいー」」

 

 ここまで来ると流石にエイミィも自分が引っ掛けられたということを理解し、思わず叫ぶ。

 

「うう……二人のバカぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 一高生たちが祝勝会で盛り上がってるほぼ同じ時間に、ホテルにある高級士官用の客室にて、風間玄信少佐は1人の来客を迎えていた。

 その人物とは、九島烈。まだ“十師族は表立って高位高官にならない”という原則が確立されていなかった頃、国防陸軍で少将の地位まで上り詰めた男であり、つまり風間にとっては退役後だとしても公的な秩序に則って礼儀を見せるべき人物であった。

 

「本日はどのようなご用件でしょうか。藤林でしたら使いに出してこちらにはおりませんが」

「孫に会うのにわざわざ上官を通す必要は感じんな……」 

「ごもっともです」

 

 風間の何処か素っ気ない態度に、九島は軽く苦笑した。

 

「久し振りに顔を合わせたが、十師族嫌いは相変わらずのようだな」

「以前にもそれは誤解だと申し上げましたが」

「誤魔化す必要はないと以前にも言ったはずだが。元々兵器として開発された我々と違って、君たち古式の魔法師は古の知恵を受け継いだだけの人間だ。我々の在り方に嫌悪感を懐くのも無理はない」

 

 人間、という言葉を一音一音区切るようにわざとらしく発音した言い方に、風間は思わず眉をひそめた。

 

「……自らを武器と成す、という考え方は現代も古式も変わりません。私が嫌悪感を抱くとするならば、“自分は人間ではない”という認識を子供や若者に強要するやり口です」

「ふむ、だから“彼”を引き取ったのかね?」

 

 辛辣にも聞こえる風間の言葉に、烈は余裕な態度を崩すことなく切り返す。

 

「……彼、とは?」

「司波達也くんだよ。3年前、君が四葉から引き抜いた深夜の息子だ」

「…………」

 

 風間の沈黙は言葉に詰まったというよりも、“ムッとした”と表現する方が適切だろう。

 

「私が知っていても何の不思議も無かろう? 私は3年前に師族会議議長の席にあり、今なお国防軍魔法顧問の地位にあり、一時期とはいえ四葉深夜と四葉真夜は私の教え子だったのだから」

「…………ならばご存知でしょう。四葉が達也の保有権を放棄していないことを。あいつは今なお四葉のガーディアンであり、ガーディアンとしての務めに支障をきたさない限り司波達也は軍務に服すること。ガーディアンとして以外、四葉は優先権を主張しないこと、以上が我々と四葉との間に交わされた契約です」

「……惜しいとは思わぬか?」

「惜しいとは?」

 

 意味有りげに身を乗り出す老師にすっとぼけた返事を返す風間。しかし老師は気を悪くした様子はなく微かに笑っていた。

 

「彼は一介のボディーガードで終わらせるような魔法師ではない。司波達也君は将来一条将輝と並んでこの国を守れる存在になるだろう」

「閣下は四葉の弱体化を望んでおられるのですか?」

「君だから正直に言うがね」

 

 老師は薄っすらと笑みを浮かべる。

 

「十師族という枠組みには、互いに牽制しあうことで、魔法師の暴走を予防するという意味合いもある。このままでは四葉は強くなりすぎる。十師族の一段上に君臨する存在になってしまうかもしれない」

「戦闘力という面では確かに四葉は十師族のなかでも突出した存在と言えるでしょう」

「それでは困るのだ。四葉は魔法師を、自らを兵器として捉え過ぎている。確かに魔法師は元々兵器として開発された存在だ。しかし、それでは人の世界からはじき出されてしまう」

 

 老師の言葉を聞いて、風間は少し瞼を閉じて、その瞼を開いたのと同時に口を開く。

 

「………閣下。閣下がこちらの事情をご存じであるように、自分も閣下のご事情をある程度存じ上げています。閣下が達也のことを気に掛ける理由についても承知してるつもりです。それから将来では無く、既に達也は我が部隊の貴重な戦力です。こう申しては身内贔屓に聞こえるかもしれませんが、一条将輝は拠点防衛において単体で機甲連隊に匹敵する戦力ならば、達也は単身で戦略誘導ミサイルに匹敵する戦力です。彼の魔法は幾重にもセーフティロックが掛けられていて当然の戦略兵器だ。その管理責任を彼一人に背負わせる方がよほど酷と言うものでしょう」

 

 風間の言葉を面白そうに聞いていた烈だったが、風間が口を閉ざすとその表情は消え去った。

 

「なるほど。彼本来の魔法というのが、どんなものかは知らないが、四葉が所有権を完全に放棄してないとなると面倒だな」

「閣下、自分からもお聞きしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」

「構わん。言ってみたまえ」

「閣下はモノリス・コードに参加した有崎シンヤという学生と親しくされてるようですね」

「ああ、彼か」

 

 話題がシンヤの事になった途端、九島はつい先程までと打って変わる様に、楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

「もう知ってると思うが彼は今回の不祥事を私に知らせてくれた恩人だ。親しくするのも当然だと思うが」

「その有崎シンヤに、自分は少しばかり不審な点がありまして」

「どう言う事かね?」

 

 風間の発言に九島は訝りながら問う。

 

「閣下は彼のことを以前からご存知だったなのですか?」

「何故そう思う?」

「実はこちらで彼の素性について調べましたが、係累や家族構成、PDに関して第一高校に入学する前の痕跡が見つかりませんでした。そんな素性のわからない人物の言葉を閣下が信じ動いたと聞いて、何故かと疑問を抱いた次第です」

「…君は私と彼が裏で繋がってるのではないかと疑ってるのかね?」

「そこまでは申しませんが、そういう風に捉えてしまうのは至極当然でしょう」

「……成程。確かにな」

 

 風間が推測しても、九島は一切表情を変えずに聞いているだけだ。

 九島烈は様々な経験をしており、こんな事で主導権を握れるなんて風間は微塵も思っていない。そうでなければ既に隠居しており、今も国防軍魔法顧問などの地位に付いていないのだから。

 

「そうだ。私は彼のことを以前から知っていた。彼の父親とはちょっとした知り合いでね、昔一度だけ顔を見かけたことがある。懇親会で顔を見かけたときは本当に驚いたよ」

「一度だけ会った人物の顔を覚えていたのですか?」

「彼は父親の教育もあって他とは違う育ち方をしていたのもあるが、目つきが一番印象的だったからな」

「……他とは違う育ち方?彼とその父親はいったい何者なのですか?」

 

 風間から見たシンヤの印象は地味、影が薄い、人畜無害そう、無気力で特徴のないといった感じだが、その反面頭がキレるのに加え、モノリス・コード決勝戦で一条の魔法を無力化したのを見て彼への警戒レベルが上がっていた。

 

「”ホワイトルーム”という言葉を聞いたことは?」

「白い部屋?なんですか?有崎シンヤとなにか関係が?」

「知らないのならいい。今の言葉は忘れてくれ」

「は?」

「まだ軍に身を置きたければこれ以上余計な詮索はしないことだ。最悪手痛いしっぺ返しを喰らうのは君一人ではすまないかもしれんしな」

 

 烈はそう言って、その場から立ち上がった。それが退室の合図だと即座に悟った風間は、スッと立ち上がって自ら見送るためにドアへと歩いていく。忠僕であることをアピールするためではなく、単純に部下を部屋の外へ下がらせているため他に役目を担う者がいなかったからだ。

 

 と、ふいに烈が歩みを止め、風間へと向き直った。

 

「君達にわざわざ忠告するまでもないだろうが、一応警告しておこう。今の話を他の人間に話すことも彼を無理に軍に引き込むこともしないのを勧めるよ。彼は今の日常を大層気に入っている。もしそれを害するようなことになれば、眠れる獅子を起こすことになるだろうからね」

「………肝に銘じておきます」

「なら結構。失礼するよ」

 

 風間が開けたドアを擦り抜けて、烈はその部屋を後にした。

 

 

♢♦♢

 

 

 九校戦10日目。つまり、最終日。

 この日行われる競技は、モノリス・コード本戦の決勝トーナメントのみ。九校戦でもトップクラスの人気を誇る競技であるだけに、会場は文句なしの満員御礼となっていた。残念ながら会場に入ることができなかった観客も、別の会場でライブ中継という形で試合を楽しめるようになっている。

 

 観戦前、オレは閣下が観戦のためにやってきていた来賓室に来ていた。おそらくここにいたであろう大会委員はいなくなっており、この部屋にはオレと閣下の二人きりとなっていた。

 

「一昨日のモノリス・コードは見事だった」

「ありがとうございます。ヘルメットの件は助かりました」

「ハハハ、君はカメラの前で顔を晒すといろいろまずいからな。どうだったね?一条の倅と闘ってみて」

「直接相手はしてませんが、拠点防衛において単体で機甲連隊に匹敵する戦力を持ってるのは肌で感じましたね。最後のオーバーキルも下手したらこっちは死んでました」

「だが君は見事防いだだろ?」

「いったい何の話でしょうか。オレは防いだのではなく避けたのですが」

「おっと、そうだったな」

 

 閣下は思い出したかのような顔をした。明らかに態と言ったのが見え見えだ。

 どうやら閣下にもオレがやったことが見えていたようだ。87歳の高齢だというのに実力はそれほど衰えていないということか。

 

「ところで、あちらの問題は片付きましたか?」

「ああ、昨日軍から黒幕達を全員捕らえた報告が来た。どうやら彼らは九校戦を“賭け事”に利用していたようだ」

「……そうですか」

「あまり驚かないな」

「驚きよりも呆れの方が大きいですね。その話を聞く限り、大方参加者の殆どが第一高校にベットしてしまったので、連中は損失を防ぐために今回の騒動を引き起こしたんでしょう」

「君の予想通りだよ。九校戦は今まで9回行われていて、第一高校は5回、第二高校は1回、第三高校は2回、第九高校は1回優勝、第一高校が連覇していて今年3連覇が懸かっていた。今回の優勝校を予想するとしても、一番可能性の高いのは第一高校だと誰でも思うだろう。だがこのまま第一高校が優勝すれば、元締めとしては堪ったものではないからな」

 

 例のレース妨害事件は、オレから見てもかなりの手間を掛けて行われたものだ。何度も会場に忍び込んでフィールドに細工を施し、出場する第七高校の選手のCADにも細工を施し、選手の過去の戦歴から当日の試合状況を予想して見事なタイミングであの事故を引き起こした。そこまで入念な下準備をして行われたものなのだから、そこまでするだけの大きな理由があると考えていた。

 しかし蓋を開けてみると、賭け事での損失を防ぐためという、こう言っては何だが随分と“みみっちい”理由だというのがオレの正直な感想だった。

 

 ジェネレーターも寄越してきたとなると余程なりふり構ってられなかったようだ。

 金、あるいは自身の命か………まあオレにはどうでもいいことだが。

 

「………というか、そのことを部外者のオレに話していいのですか?」

「何を言っている。今回不正工作に関わった者たちを突き止めた君を誰も部外者とは呼ぶまい」

 

 公式にはすべて閣下のお手柄となっているがな。

 

「ああ、そうだ。これは君にも関係のある話だが…実は昨日魔法師を中心とした国防軍の特殊部隊――独立魔装大隊とやらが君のことを調べているようだ」

「そうですか」

 

 これまでの試合の観戦の間、オレの周りをウロチョロしてる連中がいた。なにか仕掛けようとするわけでもなくただ監視するだけだったため、こっちから仕掛ける必要はなかった。

 

「その隊長は”彼”と繋がりがなかったのが幸運だった。一応これ以上詮索するなと釘は刺しておいたが、おそらく聞かないだろう。それと噂では独立魔装大隊の中に君の友人に似ている若者もいるそうだ。もし彼がその隊員であれば、君を探るような指令を出すかもしれないな」

 

 口外してはいけない筈の部隊名だけでなく、さり気なく達也の名前も出すとは、随分思い切った事をしたものだ。

 大体の予想はしていたが、まさか軍人だったとは。道理で立ち振る舞いが一般人と全然違う訳だ。

 昨日は部屋で休んでいるという話だったが奴がそこまで疲労していたようには見えなかった。ということは連中の確保に向かったということか。もしオレが何も手を打たず妹に危険が及びそうになった場合、春の一校襲撃の際の行動からして、そいつら全員無事じゃすまなかっただろう。最悪この世から消されていたか。

 

 軍人に凄腕エンジニア、シスコン、忍者、その上十師族の一員という要素が含まれている。

 

 初めて対面した時、閣下はオレに一つ嘘をついた。 

 懇親会で九島閣下が披露したあの魔法は七草会長のマルチスコープのような特殊な目を持ってないと見抜けないものだった。

 閣下は自身のイタズラを見抜いたのは『七草や十文字の子らや一条のせがれ』だと言ったがあの場にいた十師族の人間全員が見抜けるはずがない。実際に十文字会頭と一条と対面した時に確認したが持っていないようだった。

 もし持っていたなら一条はオレの蜃気楼に翻弄されるようなことはなかったはずだ。 

 

 モノリス・コード決勝戦で見せたまるで一条がつぎどこを狙ってくるか見えているような動きから達也が目を持っているとはっきりした。

 

 閣下がどういうつもりで嘘をついたかは知らないが、おかげで色々収穫はあった。

 

「本当に迷惑な話ですね。オレはただ今の日常を守りたいだけだというのに」

 

 高校生を軍人にしているようなところに入っても碌なことならない。 

 それにもし少しでもオレに関する情報があの男の息がかかった部隊に渡れば、あの男はすぐにでもオレの居所を突き止め、あそこに連れ戻そうとするだろう。

 

 

 先に手を打っておくか。

 

「閣下、無礼なことは承知の上で閣下にお願いしたいのですが」

「ん?構わん。言ってみたまえ」

 

 オレはある願いと提案を閣下に伝える。

 オレの言葉に閣下は薄っすらと笑みを浮かべる。

 

「くくく……やれやれ、この私にかなり無茶な要求をしてくるとは。全て君の思惑通りにことが運んだということか」

「断りたければ断っても結構ですが」

「いや、いいだろう。君のことはできる限りの力で守ろう」

「これからよろしくお願いします」

「こちらこそ」

 

 差し出された手を握る。様々な思惑が見え隠れしながらも、オレたちは握手を交わした。

 

 

♢♦♢

 

 

「あっ、シンヤ君こっちこっちー」

 

 老師との秘密の会合が終わり、応援席に着いたシンヤは空いている席が無いかをキョロキョロと辺りを見回していると、最前列の席でエリカが手を振っているのが見えた。

 頷き、シンヤはそこまで向かう。

 

「悪いな遅くなって………なんで沓子たちがいるんだ?」

 

 よく見ると達也一行の他に三高の四十九院沓子がいた。そして彼女の友人である一色愛梨と十七夜栞もいる。

 

「いやあ~九校戦も今日で最後じゃからの。今日こそは皆で観戦しようと思ったんじゃ」

「二人の方はいいのか?」

 

 沓子の隣に座る一色愛梨と十七夜栞に他校生と一緒に観戦するのに抵抗があるのか確認するも、向こうは全く気にしてない様子だ。

 

「互いに競い合った選手同士、こういうのも悪くないと思います」

「ユウキ君、愛梨はこう言ってるけど実は貴方の事が結構気になってる」

「ちょっ栞、誤解を招く言い方はしないで!」

「そう言えば愛梨、さっきまで『ユウキさんは?』ってきょろきょろしておったの」

「沓子まで!」

「ほほう?それは気になるわね」

「違いますから!別にそんなんじゃありませんから!」

「何が違うのかなぁ~?」

「むぅ…」

 

 栞と沓子の台詞に、達也一行でニヤニヤと含んだ笑みと膨れっ面を浮かべる面々に、愛梨は必死に誤解を解こうとする。

 

「ねぇシンヤ君。本当のところ昨日一色さんとなにかあった?」

「………エリカが期待してるようなことはなにもなかったぞ」

「なにもなかったわけじゃないでしょ?」

「そうじゃそうじゃ。愛梨が飛行魔法にするか跳躍魔法にするか迷ってた時自分の武器を捨てるなんて愚策だのボロクソ言っておったではないか」

「えっと…………シンヤさん、女の子にはもう少し優しい言葉をかけないとダメですよ」

「そうね。シンヤ君にはもう少しデリカシーってものを学んでほしいわね~」

「………エリカ、もしかして一昨日のことまだ根に持ってるのか?」

 

 沓子の言葉で話の矛先が一色からシンヤへと変わり、美月とエリカから非難を受けたシンヤは元凶であるロリッ子の方を見やる。

 

「む?どうしたのじゃシンよ?ははん、さてはとうとう儂の魅力にメロメロに―――」

「それは絶対に無い」

 

 シンヤの容赦無いツッコミに沓子が「ごはぁ」と撃沈したところで、試合開始のブザーが鳴った。

 

 

 現在“岩場ステージ”で行われているのは、決勝トーナメントの第1試合。対戦カードは一高対九高であり、奇しくも新人戦と同じ組み合わせとなった。その雪辱を狙っているのか、九高の選手は皆闘志を漲らせて対戦相手を睨みつけている。

 

 そんな彼らに対し、対戦相手である一高のメンバーは、いつも通りだった。

 部活連会頭の十文字克人は悠然と構え、風紀委員の辰巳鋼太郎はどこか惚けた雰囲気を漂わせ、生徒会副会長の服部刑部少丞範蔵は生真面目に九高選手の挑発に鋭い視線で応戦している。

 

「………やはり俺達とは安心感が違うな」

「そんなことはありません! 私はお兄様の勝利に不安を覚えたりなどしませんでした!」

「そ、そうです!達也さんたちも立派でした!」

 

 その言葉には深雪とほのかが猛反発した。勝利に不安を感じることは無かったと堂々と口にする。

 

「でもまぁ、即席メンバーでよく勝てたよなってのが素直な感想だな」

「ふふん、儂はシンならば楽勝じゃと確信しておったぞ!」

「いやいや。オレなんか吉祥寺選手相手に足止めだけで精一杯だった」

「またまた~謙遜を~」

「有崎君、達也さんと同じで謙遜が過ぎる」

 

 そんなシンヤの呟きにエリカや雫が突っ込みをいれるが、シンヤは普段通りなんのことだかサッパリと言った感じでとぼける。

 

「……彼っていつもこんな感じなの?」

「そうねぇ、能ある鷹は爪を隠すってやつ?普段は事なかれ主義を自称してるんだけど………なになに?十七夜さんもシンヤ君のことが気になる?」

「そうね。気になるわ」

「「え!?」」

「ぶほぉっ!?ゲホッ!ゲホッ!」

「ちょっ!?エイミィ大丈夫!?」

 

 からかうつもりでいたエリカの質問に栞は無表情を崩すことなく淡々と肯定した。これに一行は驚く。特にエイミィがジュースを飲んでいる途中で思わずむせてしまうほどに。

 

「隠し事が多そうで、彼は他の人とどこか違うところがあるようだから………なにかおかしい?」

「あー…えっと、うん。そう、知的好奇心の方ね」

「………エリカ、からかう相手はちゃんと選べ。オレみたいなつまらない相手に出会って数日で惚れただなんて普通ありえないだろ?そういうのはもっと考えて言うべきだ」

(((いや、お前は気づけよ)))

 

 シンヤの言葉にこの時一同全員の思いが一致した。

 

 

 

♢♦♢

 

 一高が八高との試合に勝利した後………

 

「十文字くん、いる?」

 

 選手控え室のインターホンを鳴らした真由美がドアに呼び掛けると、少しして上半身がタンクトップ、下半身がプロテクトスーツ姿の克人が姿を現した。

 

「すまないな、こんな格好で」

「気にしないで。別に裸ってわけじゃないんだから」

 

 克人の言葉に、真由美はニッコリと笑ってそう返した。仄かに香る制汗剤特有のアルコールの匂いが、彼への印象を好ましくさせる。

 

「決戦のステージが決まったわ。ちょっと良いかしら」

「ああ」

 

 それを伝えるだけならば、その場で言えば済む話だ。しかし真由美がわざわざ場所を移そうとしているということは、その話題が単なる隠れ蓑であることを意味している。克人はそれを即座に理解し、彼女の背中をついていった。

 

 人気の無い場所まで移動したうえで遮音障壁を作り出した真由美が、ようやく口を開いた。

 

「父から暗号メールが来てたわ。師族会議の通達だって」

「ほう?」

「一昨日、一条君が達也君に倒されたでしょう」

「あの試合は遊びで片付けられるレベルでは無かったがな。一歩間違えれば司波と有崎は死んでいた」

「そうだけど………十師族はこの国の魔法師の頂点に立つ存在。例え高校生のお遊びであっても、十師族の力に疑いを残すような結果を放置しておくことは許されない、だそうよ」

「つまり、十師族の強さを誇示するような試合を求めている、ということだな?」

「ホント、馬鹿馬鹿しいったら……」

「他にはなにか書いてなかったか?」

「え?いいえ、それだけよ」

「そうか………とにかく、通達の方は任せておけ」

 

 そう言い残して、克人はその場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 モノリス・コードの決勝は第一高校対第三高校。

 色々な意味で因縁のある、所謂『宿命の対決』というやつだが、試合展開は準決勝よりも一方的なものになった。

 氷の礫を飛ばしたり、崖を砕いた岩を落としたり、沸騰させた水をぶつけたりなど、『渓谷ステージ』の地形を利用した魔法が次々と克人へ向けて繰り出されるが、その全ては克人の展開した障壁によってはね返されていた。

 

 質量体のベクトルを逆転させる。

 電磁波(光を含む)や音波を屈折させる。

 分子の振動数を設定値に合わせる。

 想子の侵入を阻止する。

 あらゆる種類の攻撃が、その為に展開された幾重もの防壁に阻まれる。

 

 この何種類もの防壁を途切れることなく更新し続ける持続力こそが、十文字家の多重防壁魔法『ファランクス』の真価。

 

 左右に狭いフィールドを着実に歩みを進める克人は防壁を維持したまま、一条将輝が八高相手にして見せた、敵陣へ堂々と歩いて渡るスタイルをやり返していた。

 

 三高選手はそれを無視する事も回避する事も出来ず、攻撃を緩めたら即座にやられてしまうのではないかという強迫観念に押し潰されそうになっていた。

 

 両者の間の距離が残り十メートルを切ったところで、克人は歩みを止め、勢いよく地面を蹴って水平に宙を飛んだ。

 対物障壁を張ったまま、自らに加速・移動魔法を掛けて彼らにショルダー・タックルをぶちかました。

 まるでトラックにでも撥ねられたかのような衝撃を受けて、三高選手は次々と吹っ飛ばされ、地面に勢いよく激突して意識を失っていく。

 

 結局克人に1回たりとも有効なダメージが通らないまま、そして克人以外の一高選手を1歩も動かさないまま、一高チームが総合優勝に華を添える完全な勝利を収めた。

 

 観客席からも惜しみない拍手が贈られた。“圧倒的”というよりも“凄まじい”と表現した方が適切な試合を目の当たりにしたせいか、その拍手はどこか夢見心地で曖昧なものだった。

 

「凄い。流石は十文字家の次期当主……」

「『ファランクス』をあそこまで使いこなすのは見事としか言えません」

 

 十七夜や一色は三高の敗北よりも、十文字の実力に舌を巻いていた。

 

「いや、あれは本来の『ファランクス』の使い方では無いように思える」

「そうなのですか?」

「今までに見たことがないから憶測でしかないが、最後の攻撃は『ファランクス』本来の使い方ではないように思える。だとしたら、十文字先輩の力量は相当なものだと言わざるを得ないな」

 

 達也の言葉に深雪が頷く。

 

「でも、辰巳先輩と服部先輩がいたから十文字先輩じゃなくても大丈夫だったんじゃないかな?」

「総合優勝が決まってるとはいえ、やっぱモノリス・コードの優勝もほしいんじゃねぇの?」

「準決勝までは十文字先輩を温存してたからな。決勝くらいは十文字先輩も動きたかったんじゃないのか?それに俺たちと似た戦術で、圧倒的な差を見せ付ける目的もあるのかも知れん」

 

 観客の拍手に右腕を突き上げて応えていた克人がふいにこちらに視線を向けたように見えたので、レオも幹比古も達也の考えに納得した。

 

 その傍らでシンヤの頭の中ではある仮説が浮かんでいた。

 

(……やはり一昨日の新人戦が原因か)

 

 見るものが見れば、この試合は明らかに克人の力を誇示したかのようなものだった。

 戦い方からしても、一条将輝を意識させるものだ。

 

 十師族はこの国の頂点に立つ存在。

 十師族の名を背負う魔法師は、この国の魔法師の中で、最強でなくてはならない。

 だがその十師族の人間である将輝は達也に負けた。

 

 魔法師の頂点に立つ十師族が代理選手、しかも十師族じゃない魔法師に負けたのだ。

 

 大方、たとえ高校生のお遊びであっても、十師族の力に疑いが残るような結果を放置しておけないから、十師族の強さを誇示するような試合を師族会議から要求されたのだろう。

 つまり、この試合は将輝の尻拭いに使われたのだ。

 

(…十師族も大変だな)

「如何したのじゃシン?ずっと黙ったままじゃが」

「いや、プロテクト・スーツを着ているとはいえ直撃喰らったら結構痛そうだなと思ってな」

 

 沓子からの問いに、自分の考えを気付かれないようにシンヤは適当に誤魔化した。

 

 

♢♦♢

 

 八月十二日。

 表彰式と閉会式は午後3時半から行われ、午後5時には終了した。これをもって、競技場での九校戦は幕を下ろした。

 そして午後7時から“後夜祭”とも呼ばれる合同パーティーが懇親会を開いた場所で開かれた。

 当然オレ、レオ、幹比古、エリカ、美月の五人は現在懇親会の時と同様バイトに勤しんでいる。幹比古は今回は厨房へと行っており、オレ、エリカ、美月の三人はホール係担当だ。

 

 ホール中をある程度動き回ったところ、周り懇親会の時の牽制し合うような雰囲気とは違い、ホールには和やかな空気が流れている。

 

 それに加え、10日間に渡る激闘とも言っていい日々から解放された選手達は、その反動からか、他校の生徒と混じって今回の九校戦についてお互いに感想を言ったりと過度にフレンドリーな様子が窺えた。

 会場には高校生だけではなく、大学関係者や魔法協会の関係、大会のスポンサーやはたまたメディアの関係者まで訪れている。単なる取材もいるが、将来有望な若者と面識を持ちたいという思惑を含んだ者もちらほらといる。実際、好成績を叩きだした生徒には声を掛けられている場面が多く見られた。

 圧巻なのは司波妹の所であり、二重、三重と人垣ができている。傍らに市原会計がいて、怜悧な視線で牽制をしつつ、後輩を不躾な者たちからガードしていた。

 

 そしてそんな彼女を壁に寄り掛かって眺めている達也を見つけ、オレは近づいて声を掛ける。

 

「……お前の妹人気者だな」

「お陰様でな。本当はもっとのんびりさせてやりたいところなんだが……」

「あれほどの活躍をしたんだ。それは難しいだろ。そう言うお前には誰か声をかけてきたか?」

「ああ、さっき“ローゼン・マギクラフト”の日本支社社長にな」

「ローゼン?魔法工学業界で世界第2位のドイツの魔法工学機器メーカーのか?」

「意外だな。それは知ってるんだな」

「それはってどういう意味だ」

「いや。お前はいつも俗世間に関してあまり関心がなさそうに感じだったからな」

「……魔法関連のニュースはある程度聞いている」

 

 と言っても興味ないのは殆ど聞き流してるが。

 

「それにしても一年生でそんな大物に声を掛けられるなんて凄いな」

「そういえばその社長がお前について聞いて来たぞ」

「オレに?」

「ああ、なんでも一人だけ顔を隠していたことに興味がわいたと言っていたがどうもキナ臭くてな。適当にごまかしておいた」

「助かる」

 

 ドイツの大手社長がなんでオレのことを詮索するんだ?理由は分からないがこれからはもっと慎重に動いた方がいいな。

 

 周りを見渡すと御偉い方が退出する。それに変わって、楽器を持った正装の大人達が会場の一角に集まり始める。

 管弦の生演奏が流れ始め、交流を深めた男女が真ん中で踊り始めていた。

 

 司波妹の方へ視線を向けると、彼女の周りには先程にも増して大勢の男子生徒の姿があったが、未だ誰1人彼女の手を取れる者はいなかった。

 

「あの様子だと誰もダンスに誘えなさそうだな」

「さっきまで大会主催者とかこの基地の高官に囲まれてたからな。仕方ないと言えば仕方ないさ」

「オレの気のせいか、その中に知っている奴がいるのが見える」

「奇遇だな。俺にも見えた」

 

 達也もよく知るその少年に、達也は人垣へと足を進めた。

 

 

 さて、オレは仕事に戻るか。

 

「おーい、執事君ー」

「シンー」

「ん?」

 

 聞き覚えのある声が左右から聞こえた。

 左を向くと、紙袋を持った春日と里美、あっちへ行ったりこっちへ行ったりを繰り返してかなり挙動不審のエイミィ。

 右を向くと三高の四十九院沓子、一色愛梨、十七夜栞、三高の水尾生徒会長がいた。

 

「か、十七夜選手!?」

「い、一色選手!」

「え、エクレア「は?」じゃ、じゃなかったエクレール・アイリ!」

 

 まさかの面子に、ピラーズで十七夜と闘って勝ったエイミィ、クラウドで一色に負けた里美と春日は揃って驚愕していた。

 その際春日が一色の二つ名を間違えたことで、一瞬で一色は不機嫌になり背後からドス黒いオーラが放たれた気がした。この数日で一気に成長したんじゃないか?

 

「あはは…まあまあ落ち着いて一色」

「……わかっています先輩。失礼しました」

 

 後ろで水尾会長が宥めたおかげで一色から放たれていた圧は霧散し、春日は少々ほっとした様子であった。

 

「春日さん、里美さん。クラウド・ボールの試合以来ですね」

「え?え?」

「ど、どうも……」

 

 顔を合わせた両者が挨拶をする。春日と里美は予想外だったようでたじたじである。

 

「今回は負けたけど、来年は私が勝つわ」

「っ!望むところ。私も負けないよ!」

 

 エイミィと十七夜の方もアイス・ピラーズ・ブレイクでの互いのことを称賛しあっていた。

 ライバル同士のあとわずかの交流を邪魔をしては悪いな。

 オレは静かに去ろうとしたが、

 

「これ、待たんかシン」

「どこに行くの?」

 

 沓子と十七夜に襟をつかまれて止められてしまった。

 

「………何か用か?」

「せっかくじゃからわしと踊ってくれんか?」

「ふええ!?」

 

 沓子からの誘いに反応したのはオレではなくエイミィだった。里美や春日はやっぱりかーというわかりやすい顔をしている。

 

「……普通逆じゃないか?」

「おぬし誰とも踊らんままで終わらせる気じゃったろう」

「ホール係の仕事があるし、そもそもオレと踊りたい相手なんているとは思えないが」

「はぁーやれやれ執事君の目は節穴だねー」

「まったくだな。意外とすぐ近くにいるかも知れないぞ。なーエイミィー?」

「えっ!?え、えっとその…さ、さあ?私にはわからないなーアハハ」

 

 里美の言葉にエイミィの目がさっきよりも激しく泳いでいる。

 

「まあそういうわけじゃ」

「だからどういうわけだ?」

 

 沓子が無邪気な笑顔で見上げて来た。ここまで言ったのだから察しろ。そう訴えているかのようだったがよくわからない。

 

「ユウキ君。沓子が終わったら、私も誘って欲しいわ」

「じゃあその次は私もお願いするよ」

「私もお願いします」

 

 十七夜と三高の会長、一色がそう言いだし…

 

「なら執事君。踊るなら僕とも!」

「なら私も!」

「え、えっと………」

 

 次に里美が真っ先に名乗りを上げ、春日も負けじと立候補する。

 そんな中、ずっと挙動不審だったエイミィが上ずった声を上げる。

 

「…わ、私と踊ってほしいな!」

「「どうぞどうぞ」」

「なんで!?」

 

 まさに掌返しでエイミィにその役目を譲った春日と里美に、エイミィが思わずツッコミを入れた。

 よくわからないコントだったが、最早オレに逃げ道はなかった。

 

「は、謀ったね二人とも~」

「HAHAHAHA!はて、なんのことだか」

「てへぺろ☆」

 

 順番は公平にくじ引きで決め、エイミィ、一色、十七夜、沓子、三高会長、里美、春日の順となった。

 

「あーエイミィ……嫌なら無理しなくていいんだぞ」

 

 オレなんかと踊るのにさすがのエイミィも困ってる。

 

「え!?い、いやべべべ別に嫌なんじゃなくて……その…え、えっと………シンヤ君の方はその、私と踊るの、嫌?」

「………」

 

 不安そうな表情で上目使いでオレを見上げるエイミィ。そうされると嫌だと言える勇気をオレは持っていなかった。

 

「………エイミィ」

「ひゃ、ひゃい!」

「踊らないか?」

 

 作法通りに頭を下げ、手を差し伸べる。

 オレが差し出した手を見て、エイミィは耳元まで顔を真っ赤にしながらしばらく「あー!」とか、「うー!」とか唸ったあと………

 

「……こ、こちらこそよろしくお願いします」

 

 作法通りの一礼を返してエイミィはオレの手を取り、共に中央へと向かう。

 

「ひゃあっ!?」

 

 エイミィの腰に手を回すと素っ頓狂な声があがった。

 

「悪い。やっぱりやめとくか?」

「う、ううん…大丈夫!」

 

 今にも火を吹き出しそうな程に顔を赤くしながらもオレの手を離さない。

 

「…そうか」

 

 伴奏に合わせて演じられる一連の動作のことを指すダンスの様式は極めて多様であるため厳密な定義づけは容易でないが、遊戯的でリズミカルな動きの連続によってコミュニケーションや表現を行う文化をいう。

 流れている演奏は踊りやすいようにゆったりとした曲調がされており、他の生徒たちは音楽に合わせて踊っている。

 その中で一条と司波妹、達也と光井を見かけた。

 

「あ、あのね……シンヤ君」

 

 ダンスが終盤に差し掛かったところでエイミィが口を開く。

 

「どうした?」

「この前はありがとう」

「何の話だ?」

「えっと…その……ピラーズ準決勝の前日の夕食でのこと……十七夜選手に勝てたのはシンヤ君のおかげだよ」

「オレはただ偉そうに説教しただけでなにもしてない。あれは間違いなくエイミィの実力だ」

 

 実際十七夜の緻密な計算力による戦術に、最初は苦戦しながらもエイミィは自身の力で打ち勝った。それが事実だ。

 

「そうだろうけどさ………十七夜選手に追い詰められた時、どうせこれ以上勝ったて深雪や雫にはどうせかないっこないって諦めようとしてたんだ。けどシンヤ君の言葉が自分の中の負けたくないって気持ちを気づかせてくれたんだ。決勝一位にはなれなかったけど、頑張って本当に良かったよ。本当にありがとう」

 

 感謝をされることはしていないがこれ以上否定しても意味がないか。

 

「……気持ちは受け取っておく」

 

 

 

 エイミィとのファーストダンスが終了し、次に一色と踊る。ダンスは慣れたもので蝶のように華やかで優雅なものだ。

 高い魔法力があるだけに比例して容姿も華があり、更に師補十八家という日本の魔法師社会のトップクラスに位置する『一色家』のネームバリューを背負った令嬢は注目の的であるし、狙っている家は多い。そこにぽっと出のオレを一色の令嬢が誘うものだから、野郎の嫉妬の視線が痛い。

 

「踊るの上手いですね」

「ただ周りの動きを真似ているだけだが」

「それにしては動きに全く無駄がありませんよ?」

 

 一色家の令嬢なだけにそこは見抜くか。

 

「ハナシは変わるが昨日のミラージ決勝戦凄かったな。あの短時間であそこまで仕上げるなんて」

「どこかの誰かに自分だけの武器を捨てるなときつく言われたので………今回は完敗でしたが」

 

 そう答えた一色の表情に陰りはなかった。

 

「いいえ、あの時焦っていて肝心なことを忘れていた私が立ち上がるにはユウキさんのあの言葉で十分でした。優勝まではいきませんでしたが、司波さんとの試合でもっともっと限界を越えられることがわかりました。来年は私たち三高が勝ちに行きます」

「……そうか」

 

 一色の瞳からは意志の強さを感じる。

 勝者は大きな自信とプライドを得て「勝ち方」を理解する。対して敗者は「自分に何が足りなかったか」を感得し、具体的な改善点を見出すことが出来る。さらにそこから大きな目標を持って挑戦する気概を得る。

 ミラージでは優勝できなかったが、得るものが多かったようだ。

 

「……”他人より優れていることが高貴なのではない。本当の高貴とは、過去の自分自身より優れていることにある”か」

「なんですか突然?」

「USNAがまだアメリカ合衆国とよばれていた時代の詩人アーネスト・ヘミングウェイの言葉だ。他人と比べて自分は高く貴重だとか、高く価値があるとか思うのではない。過去の自分よりも、高く貴重か、高く価値があるかそれが高貴であるということ。今のお前にぴったりだ。そういう奴は嫌いじゃない」

「……っ!」

 

 途端に一色の顔が真っ赤に染まった。彼女は見せまいと顔を伏せる。

 

「どうした?」

「いえ、なにも……」

 

 オレに褒められて照れたのか、弱々しく言うばかりだった。

 

 

 

 その後十七夜やロリっ子から踊りながら一色に何言ったか根掘り葉掘り聞かれたり、水尾会長から「君なかなかやるね」とよくわからない褒め言葉をもらったり、春日と里美から「やっぱり執事君は女たらしか」と言われる始末。

 

 まあこれでオレの役目も終わって脇に戻ろうとしたとき………

 

「シンヤくん~♪」

 

 楽しそうな声が背後からかかる。

 

「……会長でしたか。どうされました?」

 

 七草会長は普段よりも精彩さが増した顔つきですり寄ってくる。

 

「挨拶回りも終わったからお姉さんの相手をしてくれる人を探してたの」

「そうですか。それでは」

 

 ガシッ

 

 軽く挨拶してその場から離れようとするが、七草会長に腕を掴まれた。

 

「………なんですか会長?」

「相手をしてくれる人を探してたの」

「はぁ……それで?」

「相手をしてくれる人を探してたの」

「いやだから」

「探してたの」

「あの」

「探してたの」

 

 ニッコリと笑みを浮かべながら同じことを繰り返し言うのは流石に怖いな。

 

「………では、一曲お相手していただけますか?」

「もちろんよ!早く踊りましょう!」

 

 ルンルンと軽やかにオレの腕を引っ張って行く七草会長。この後、彼女の独特のダンスに振り回される事を知る由もなかった。

 

 

【数分後】

 

 つ、疲れた…。

 

 曲に対してまったくステップを合わせず、かといって音感が無いわけではない。彼女は“溜め”に対して独特の感性を持っていて、一音一音は微妙に外しながらも全体で見ると実に優雅なダンスだった。

 おかげで互いのリズムと摺り合わせなければならず、ダンスが終わる頃には結構疲れた。

 鼻歌でも口ずさみそうな雰囲気でその場を去っていった七草会長を見たところ、一応彼女を満足させることはできたようだが……結局なにがしたかったんだ?

 

 とにかく一旦休もうと人がいない場所に行くと、グラスを差し出してきた相手が居たのでお礼を言って受け取ろうとして相手を確認したら、かなり意外な人物がそこには居た。

 

「十文字会頭……」 

「疲れてるようだな。試合のようには行かないようだな」

 

 もう片方の手に持っていたノンアルコールビールを一気に飲み干す十文字会頭に合わせて、オレもそれを一気に飲み干す。

 

「こういったのはなにぶん初めてなので。十文字会頭は、まったく苦にしていないようですね」

「まぁ、慣れているからな。――有崎、少し付き合え」

「………わかりました」

 

 拒否権は無いと言わんばかりの真剣な声で言う十文字会頭に従うしかなく、通りかかったウエイトレスに空になったグラスを渡してからホールから出て行く彼の後に続いた。

 

 

 会場から出たオレと会頭は中庭へと場所を移した。

 

「……それで会頭、話とは?」

「有崎、お前は十師族の一員か?」

「なぜその質問を?」

「新人戦のモノリス・コード決勝戦でお前は一条の過剰攻撃を蜃気楼で避けたと言っていたがどうも腑に落ちなくてな」

 

 どうやら会頭はオレがモノリス決勝戦で一条の過剰攻撃を防いだと勘づいたようだ。

 

「いいえ。何を勘違いしてるか知りませんがオレは十師族ではありません」

 

 嘘を吐いていないし、十師族の一員でもない。

 

「そうか」

 

 オレの答えに偽りがあるように思えなかったのか、会頭は納得したように先ほどまでのプレッシャーを消した。

 

「ならば、師族会議において、十文字家代表補佐を務める魔法師として助言する。有崎、お前は十師族になるべきだ。そうだな……七草とかは如何だ?」

「如何だとは、結婚相手にという意味ですか?」

「そうだが?」

「…………」

 

 何言ってるんだこの人は。

 

「……オレは会長や会頭と違い一介の高校生ですので、結婚とかそういうのはまだ」

「そうか………分かった。今回はここまでにしよう」

 

 今回はって次があるのか?

 

「だがな有崎、今回は上手く誤魔化せても余りのんびり構えてはいられないぞ。十師族の次期当主に真正面から勝つというのはお前が考えているよりずっと重い。それを忘れないようにな」

 

 そう言って十文字会頭は去って行った。

 

 

 

 ………はあ、まったく。どうしてこう上手くいかないのだろうか。

 オレはただ自由が欲しいだけなのに。

 

 



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夏休み短編
第二十五話 サマービーチバケーション


長らくお待たせしました。スランプ気味でしたが夏休みに投稿間に合わないました。


イメージOP『Dance in the time(ようこそ実力至上主義の教育へ2nd season)』


 九校戦が終わって約一週間が過ぎ、夏休みも折り返そうとしていた時のこと。いつものように一行メンバーの一人である北山からグループチャットが入った。

 

『ねぇ、海に行かない?』(ノースマウンテン:北山)

『海って、海水浴ってこと?』(エリカ)

『あっ、もしかして?』(ホーリーライト:光井)

『うん』(ノースマウンテン)

『ひょっとしてって?』(スノウウィッチ:司波妹)

『あそっか。ゴメンね皆』(ホーリーライト)

『ウチで保有してる別荘に、皆を招待したいと思ってるんだ』(ノースマウンテン)

『雫の家ってプライベートビーチを持ってるの?』(スノウウィッチ)

『うん。父さんが”お友達をご招待しなさい”って。どうやらみんなに会いたいみたい』(ノースマウンテン)

『ということは、今年は小父様と一緒なんだ』(ホーリーライト)

『大丈夫。仕事が山積みだから、会えるのは最初の数時間くらいだって言ってた』(ノースマウンテン)

『どうしたの、ほのか?もしかして嫌なの?』(スノウウィッチ)

『ううん、そんなこと無いよ! 私にも凄く優しくしてくれるし、とっても良い人だよ。だけどあの人、会う度に結構な額のお小遣いを渡そうとしてくるから、それがちょっと心苦しくて……』(ホーリーライト)

『ああ、そういうことね』(スノウウィッチ)

 

 なんかその時のやり取りが想像できてしまうな。

 

『で、具体的にはいつにするの?』(エリカ)

『決めてない。できるだけみんなの都合に合わせられるようにする』(ノースマウンテン)

『俺は別にいつでも構わねぇぜ?特に何か予定があるってわけじゃねぇしな』(レオ)

『その前に新しい水着買いに行きかないとだね!』(名探偵エイミィ)

 

 レオの返事を皮切りに、エリカ・ミキじゃない幹比古だ・美月・名探偵エイミィも次々と参加を表明したためオレも流れに乗る。エリカや幹比古辺りは家の用事で何かありそうなものだが、わざわざそれを指摘する者は誰もいなかった。

 

『私は、お兄様の都合が良ければ……』(スノウウィッチ)

『俺は…来週の金、土、日は空いてる。それ以降になると少し厳しいけどな』(達也)

『忙しいのか?』(オレ)

『毎年夏休みは野暮用で埋まってるからな』(達也)

 

 いったいどれに関する野暮用なのだろうか気になるが聞かないでおこう。

 

『だったら達也くんの都合もあるし、なるだけ早い方が良いんじゃない?』(エリカ)

『それじゃ、木曜までに準備をして、金、土、日の2泊3日で良いかな?』(ノースマウンテン)

 

 北山の提案に、全員が同時に『いいね』のスタンプを送った。

 

 

 

 そして金曜日。あっという間に約束の日がやってきた。

 今オレたちはコミューターに乗って空港ではなく、葉山のマリーナに向かっている。空路ではなく海路で別荘に向かうからだ。

 葉山のマリーナから別荘がある聟島列島まで約900キロ。北山財閥所有のクルーザーでおよそ6時間の船旅だ。現代では自家用飛行機を使うのが普通なのだが、わざわざ船で行く理由は「これが旅の醍醐味だから」だそうだ。

 

「ふわぁ……」

 

 コミューターが出発してしばらくしてから、エイミィが大きな欠伸をする。

 

「どうしたのエイミィ?欠伸して」

「ひょっとして昨日ちゃんと寝れてないの?」

「うん…今日が楽しみでドキドキしちゃって」

 

 北山と光井からの問いにエイミィは目をこすりながら答える。

 そういえば九校戦の時も緊張でよく眠れなかったって言ってたな。

 

「大丈夫エイミィ?今のうちに仮眠をとったら?」

「うぅ……そうしたいけど眠れるかどうか」

 

 このまま睡眠不足で行っても現地で倒れてしまうなんてこともある。夏休みの旅行がそんな形で終わってしまうのはエイミィも嫌だろう。

 

「うーん……よし!シンヤ君なにか良い考えプリーズ!」

「いや、なにがよしなんだエリカ?」

「いや~シンヤ君は影の参謀様だからなにか知恵を授けてくれると思って~」

「……オレがなんでもかんでも知ってると思ったら大間違いだぞ」

 

 ポケットから端末を取り出し、快眠法を検索する。結構色々な方法が出てきた。エイミィの場合は頭の中の情報で気持ちが落ち着かず、安眠を阻害されているパターンだ。なら頭の中の余計な情報をカットすればいい………あった。

 

「エイミィ、今からオレが口頭で説明するからその通りにやってくれ」

「う、うん。わかった」

 

 まず最初に目を閉じて体全体の力を抜く。

 次にゆっくりと鼻から息を吸いながら頭の中で数字の1を数える。

 ある程度吸ったらゆっくりと吐きながら数字の2を数える。

 またゆっくりと息を吸いながら頭の中で数字の1を数える。

 これの繰り返しだ。

 

 考え事や集中している時、緊張やストレスが続くと人は自然と息が浅くなり回数が増えてしまう。その時は通常の呼吸すら満足にできていない状態、すなわち体に十分な酸素を送れていない状態だ。そうなると、リラックスするための副交感神経が影を潜め、目が冴えてしまう神経が際立ってしまう。

 呼吸カウント法は呼吸に意識をわざと持っていく事で余計な情報を遮断し、気持ちを落ち着かせるためのようだ。

 

 しばらくすると、エイミィから「くか~」と寝息が聞こえてきた。

 

「おお、本当に効いているわね」(小声)

 

 口の端から涎が垂れているが見なかったことにしておこう。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 マリーナに到着した後、クルーザーに乗船したオレたちは操舵手であり宿泊先の別荘でも身の回りの世話も請け負う見た目20代半ばほどの黒沢女史の運転の下、目的地へと出航した。

 

 どこまでも続いている常夏の青い海。広がる青空。澄み切った空気。そよぐ潮風は優しく体を包み込み、真夏の猛暑を感じさせない太平洋。

 

「夏だ!海だ!バカンスだー!」

 

 仮眠をとって人一倍元気になったエイミィが広いデッキの上でワーッと盛り上がった。 

 このクルーザーはとても広いだけでなく、スタビライザーと揺動吸収システムのおかげで船酔いの心配が無い。さらには空気抵抗や過剰な光線をカットするために、甲板全体が流線型の透明なドームで覆われているのでかなり快適だ。

 北山の家負担で乗れているが自費となると何十万とかかるだろう。

 

「そういえば、サスペンスドラマだとこういうクルーズ船旅行で乗客が1人ずつ何者かに殺されるんだよね」

「もし殺されるとしたら、最初に殺されるのは間違いなくレオね」

「勝手に殺すな!」

「ちょっ、二人とも不吉なこと言わないでよ!!そんな物騒なこと言わないでよ。実際に起こったらどうするの!」

「ほのか、その発言もなかなか物騒だと思う」

 

 エイミィとエリカたちが船上の密室殺人談義をしたり飲んだりしている傍ら、オレは遥か遠く燦然と輝く、見渡す限りの広大な大海原を眺め続けていた。

 

「海を見るのは初めてか?」

 

 後ろから達也が話しかけてきた。

 

「…ああ、海の映像は見たことあるが、こうして直で見るとすごい絶景だな」

 

 あの白い部屋にいた時、一度だけ外での実地テストで海を見たことがあったが、あの時はバイザー越しだったために資料の映像を見てるだけの様でつまらなかった。

 

「これが夕方になると、陽が沈むときとかはかなり凄いぞ」

「達也は見たことあるのか?」

「何年か前に家族で沖縄に旅行に行ったときにな」

 

 沖縄か。そういえばあそこは三年前に大亜連合軍からの侵攻を受けていたな。

 

 

 時間はあっという間に過ぎ、特に船上でことなく別荘がある媒島に到着した。

 島に付き早速男女の二グループに分かれ、オレたち男子勢は当てがわれた別荘の部屋に荷物を置き、水着に着替えてからビーチに向かった。

 

「スゲーな、これ丸ごと個人もちかよ」

「さすがに島一つは凄いよね」

「ああ」

 

 レオの素直な感想に、幹比古、珍しく達也も同意見だ。

 

 既に浜辺にはパラソルが数本立っており、シート、ビーチチェア、サマーベットがセッティングされていた。黒沢さんが既に用意をしていたのだろう。手際がいい様だ。

 

「おーいお前ら!!泳がねーのか!?」

「後で行くよ」

「先行ってるぞ!!」

 

 着いて早々準備体操を終えたレオが海に入ったのを他所に、パラソルの下でのんびりしていると、女性陣の声が後ろから聞こえてきた。

 

「うわーっ!海きれーい!」

「凄いわねこのビーチ!あたしたちが独り占めね!」

 

 真っ先に目を惹くのは、派手な原色のワンピースタイプを着たエリカだった。そのシンプルなデザインは、彼女のスレンダーなプロポーションをさらに引き立たせている。

 その隣にいる司波妹は、大きな花のデザインがプリントされたワンピースタイプ。女性らしさを増していくプロポーションを派手な絵柄で視覚的にぼかし、生々しさの無い妖精的な魅力を醸し出している。

 エイミィは花柄の模様がプリントされた白のキュロット付きフレアビキニタイプで、彼女の持ち前の明るさを表現している。

 意外なのが美月で、水玉模様のセパレートタイプはビキニほど露出は少ないものの、大胆に胸元がカットされているせいで豊かな胸が強調され、いつもの大人しいイメージからは想像できない艶めかしさがある。

 そして彼女の隣にいる光井は、同じくセパレートタイプながらワンショルダーにパレオでアシンメトリーに決めている。体のメリハリという観点からしたら、彼女が一番に挙げられるかもしれない。

 北山はそれとは対照的に、フリルを多用した少女らしいワンピースタイプだった。しかし表情に乏しい大人びた顔立ちの彼女がそれを着ると、やけに倒錯的な魅力が生まれるのはなぜだろうか。

 

 凝視していたら己との戦いに臨むことになりそうだったので、ひたすらに心を落ち着かせることに専念する。幹比古なんか美月を見てすぐに顔を真っ赤にして海に向かっていた。

 

「あれ?シンヤ君ラッシュガード着てるんだ」

「男のくせにって思うかもしれないが、人前で肌を晒すのは好きじゃないからな」

 

 隣のパラソルを荷物で占領し、ふとこちらに注目したエリカは、人差し指でピンと立ててオレの上着越しに腹をつついてきた。

 

「結構硬いわね。やっぱり本当は何か運動してた?」

「いや、何も」

「それにしては前腕の発達とか、背中の筋肉とか普通じゃないと思うけど。なんかこう無駄に筋肉をつけてない細身の理想的肉質っていうか」

 

 ツンツンツンと遠慮なく触り、二の腕やら肩やらにまでそのアクションが繰り返される。

 

「両親から恵まれた体を貰っただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。上着の素材か単純にオレの肉が固いんだろうな。日頃の運動不足のせいで」

「ふーん……まあいいや」

 

 エリカは視線をオレの足元に落としていたが、すぐに質問が止んだ。

 

「え、ええええエリカ何やってるの!?シンヤ君の身体をそんな、ま、まさぐって!?」

「エイミィ…どっちかというとつついたの表現が正しいよ」

「えっ?………あ、アハハごめんごめん!」

 

 顔を真っ赤にして声を上ずらせているエイミィからの指摘にエリカはハッと気づいて、少しバツの悪そうな笑顔を向けている。そんなエリカの様子に司波妹や北山、光井が好奇の目で、美月は顔を真っ赤にして見ていた。

 

「あらあら、エリカったら大胆ね」

「な、なに言ってるのかな深雪は?それより海に入らない?」

「ふふふ…そうね。お兄様も一緒に入りましょ」

「あっ、いや俺は荷物の見張りを」

「私たち以外誰もいませんよ。それにせっかく海に来たのに、海に入らないなんて勿体ないです」

「そうですよ、達也さん。パラソルの下にいるだけなんて!」

 

 自分の妹だけでなく光井の指摘に達也が観念したように「そうだな、泳ぐか」と上着として羽織っていた七分袖のヨットパーカーを脱ぎだす。

 パーカーが砂の上に落ちた瞬間、達也を取り巻く空気が変わった。

 

「達也くん、それって……」

 

 エリカが緊張で微かに震えた声をあげ、美月・光井・北山・エイミィが彼女の言う“それ”に釘付けとなる。

 成人ほどのボリュームは無いが、達也の体は鍛え上げられて引き締まっていた。腹筋も胸筋もみっしりと重く固く、まるでルネサンス彫刻のようにはっきりと筋が刻まれている。

 しかし、刻まれているのは筋だけではなかった。

 彼の体には、幾つもの傷痕が刻まれていた。一番多いのが切り傷、それに匹敵するほどに多いのが刺し傷、そして所々に火傷の痕。骨折の痕は見当たらないが、それにしても尋常でない鍛えられ方をしなければこんな肉体にはならないだろう。それこそ、文字通り“血の滲むような”努力をしなければ。

 

 いや、この傷から察するに“血の滲む”程度では済まないだろう。拷問のような鍛錬を乗り越えなければ、ここまでの体にはなり得ない。それを分かってしまったからこそ、エリカ達は思わず表情を強張らせてしまったのだろう。

 

「達也くん……貴方、一体……」

「すまない、見せられて気持ちの良いものじゃないな」

 

 達也はエリカの質問を遮るように答えて、先程脱ぎ捨てたばかりのパーカーを拾おうと手を伸ばす。

 だが、達也が脱いだパーカーは一足早く妹に拾われており、今は大事そうに胸に抱かれている。

 

「大丈夫ですよお兄様。この傷痕の一つ一つは、お兄様が強くあろうとした証である事を、深雪はちゃんと知っています。たとえ世界中の誰もが、お兄様のお身体を見て気持ち悪がっても、深雪はそんな事思いません。お兄様のお身体は立派であり、また誰にも侮辱される事はないと、胸を張って言えます」

 

 妹の言葉に、達也の表情が微かに緩む。

 その直後、空いている右腕に光井が抱きついた。

 

「おおーほのか大胆」

 

 エイミィは賞賛の言葉を、エリカはヒュウ、と純粋な賞賛の意思を込めた口笛を吹く。

 

「わ、私も気にしません!」

 

 若干辿々しく、そして頬を紅く染めながらであるが、光井が力強く司波妹の言葉に賛同する。

 恋人相手ならともかく、恋人でもない異性に、水着でするには大胆な行動だ。

 

 左に妹、右に異性。

 これはまさに――

 

「これってまるで……恋人と妹の板挟みの図ですね」

「こらっ!しっ!そんなこと言っちゃダメでしょ、美月。せっかく面白くなりそうなんだからさ」

 

 美月のセリフは冷やかしでは無く素直な感想で、オレも達也には申し訳ないが全く同じことを考えていた。

 エリカの発言は若干問題なのだが、さっきとは違っていつも通りの声質になっていた。

 エリカは、少しバツの悪そうな笑顔を向けている。

 

「えーっと、ごめんね、達也くん。変な態度とっちゃってさ」

「いや、気にしてない。エリカも気にしないでくれ」

「気にするなって言われてもねぇ……あっ、そうだ!」

 

 良いこと考えた、と言いたげな表情で、エリカがニコッと笑った。

 

「お詫びに、あたしのも見せてあげるから」

 

 そう言いながら、エリカは右手の親指を水着の肩紐の下に差し入れ、ウインク付きで指一本分ほど持ち上げて見せた。

 

 だが、そこでオレの視界は真っ暗になった。

 どうやら後ろから誰かがオレの視界を手で塞いでいるようだ。

 

「し、シンヤ君は見ちゃダメ!」

 

 声からしてエイミィのようだ。

 

「泳ぐか」

「ちょっと!何かコメントしなさいよぉ!」

 

 達也はそれを見事にスルーして、波打ち際へと向かったようだ。

 すごいな。これが幹比古だったら顔を真っ赤にしてしどろもどろな返答をしただろう。レオだったら本気でエリカの頭を心配しただろう。

 

「もういいか?」

「う、うん。ごめんねいきなりで」

「いや、別に気にしていない」

 

 エイミィにオレの目を塞いでいる手を外してもらい、オレも達也たちと泳ぐべく後をつける。

 

 レオと幹比古はいつの間にか、沖の方へ遠泳を敢行しているようで、最早砂浜からは確認できない。

 ということは達也とオレと女性陣しかいないのか。

 

 

 

ドビューーン!!

 

バシューーーン!!

 

ズバババババーーン!!

 

 

 数分後。オレはドザエモンの様に海に漂っていた。

 砂浜の浅瀬で腰まで海につかり、バシャバシャと水を掛け合ってはしゃいでいたのは最初の内だけだった。次第にエスカレートして魔法を使った水の飛ばし合いになっていた。最終的には女子陣5人VSオレと達也の図になり、一方的に水魔法攻撃をその身に受けたのだ。

 

 なんかオレが想像してたのと少し違う気がする。

 

 横を見ると、達也も近くで海の上で仰向けになって体を任せプカプカと浮かせ漂わせていた。 

 

「……なあ達也。水遊びってこんな危険なものだったのか?」

「安心しろシンヤ。これは例外だ」

 

 それにしてもレオと幹比古は随分と遠くまで泳いでるんだな。

 動きたくてウズウズしていたレオと幹比古は、微かに確認出来る程度の距離まで離れていた。レオの体力についていってるあたり、幹比古も並々ならぬ鍛錬を積んでいるんだろうな。

 

 海に浮かびながらそんな事を考えていると、不意に沖の方から悲鳴が聞こえてきた。美月を除く女子陣は今ボートで遊んでいたはずなのだが、如何やらそのボートがひっくり返ったらしい。

 達也は慌てて水の上を疾走する。まるで忍者のようだがこれも魔法だろう。

 女子陣の傍まで来て、達也は魔法を発動するのをやめ、そのまま溺れている光井の腰に手を回し上に引き上げる。

 

「ちょっと、達也さんまって!お願いですからまってください!」

 

 何か慌てるように光井が懇願してきたが、達也はそのまま彼女をボートの上に持ち上げる。それと同時に達也は重力に従い海の中に沈んでいった。その後に光井の悲鳴が。

 なにがあったんだ?

 

 しばらくしてから達也と女子陣が浜辺に戻ってきた。それからも光井は泣きじゃくっている。

 

「うえっ・・・グスッ・・・」

「あのさ………達也君は助けてくれたんだし………」

「ヒック……だから……待ってって……言ったじゃないですかぁ………えぐっ」

「その……すまなかった」

 

 達也は気まずそうに頭を下げて謝罪している。本当になにがあったんだ。

 泣き止まない光井だったが、北山が彼女の耳元に口を寄せてなにかボソボソ告げると、急に泣き止みだした。

 

「あのっ…達也さん…本当に悪かったって思ってますか?」

「噓偽りなく思っている。本当に悪かった」

「じゃあ…………今日一日私の言うことを聞いてください」

「えっ?」

 

 なんでだよ。もっと別の事を要求してくるのかと思っていたが。

 

「ダメですか?」

「いや、それでいいのなら・・・」

「約束ですよ!」

 

 言う事を聞けという要求に達也が頷くと、光井は満面の笑みでスクッと立って達也の手を握った。

 その時一瞬冷たい空気が流れたが、冷気の発生源を見ると司波妹が「しょうがないですね」と苦笑していた。

 

 

 ハプニングはあったが、一同散々遊び倒した。

 達也は光井が一日独占し、司波妹は部屋に戻って、残ったメンバーで男女混合のビーチバレーを行うことになった。その際、相手コートにいた美月があわあわしながらトスを上げる際、オレ陣地の幹比古が何度も一瞬停止して点を取られる形になった。オレもあの瞬間にぶるんと揺れるあれを見た際、相手コートにいるエイミィから絶対零度の視線を向けられ、南極にいると錯覚してしまった。

 

 

 その日の夕食はバルコニーでバーベキューだった。

 肉には綺麗にサシの入った霜降りだけでなく低温熟成された赤身、野菜も有機栽培で育てられたこだわりの一品、さらには新鮮な海鮮類やパンなどの食材が揃っており、それらを取り揃えた世話役としてお馴染みの黒沢女史が10人分の肉や野菜を手際よく焼き上げていく。

 

「お待たせしました」

「……頂きます」

 

 串焼きを載せた皿を渡してくれた黒沢女史に感謝しながら、串焼きを手にとって齧りつく。

 おぉ……!これは美味い。学食とは一線を駕す味だ。

 

「シンヤ君美味しそうに食べてるね」

 

 黙々と食べているとエイミィから声をかけられる。

 

「そりゃ誰だって美味しいと思うさ……ってまた顔に出てたか?」

「うん」

「ご満足いただけたようでなによりです。おかわりはまだありますよ」

 

 美味しそうに食べるオレを見て、黒沢女史が微笑みながらそう告げて追加の肉を焼き始める。

 

「ミキ、男なら根性見せなさいよね」

「僕の名前は幹比古だ!」

「レオ君、苦しくないの?」

「余裕だぜ。この倍くらいは食えるな」

 

 レオと幹比古はひたすら食べていた。昼の遠泳に続き勝負をするらしいのだが、既に幹比古は苦しそうだった。せめて味わって食べろよ。

 達也の方もオレと同じく自分のペースで食べていた。その隣には妹と光井がピッタリとくっついている。

 エイミィと北山もゆっくり食べながら談笑している。

 

 無論、はっきりとしたグループ分けがされているわけではないがどうも入りづらかったため、オレは水平線の向こうを見ながら黙々と料理を食べていく。

 

 日が沈みだしており青かった空がオレンジ色に輝いていた。

 こんな景色はあそこにずっといれば絶対に見れなかっただろう。

 

 

 

 食後のまったりとした空気の中でオレたちは各々無人島でのバカンスを楽しんでいた。

 達也と幹比古は顔を突き合わせて将棋を指し、レオは「ちょっと散歩してくる」と言い残してフラッといなくなり、そして女性陣6人とオレはカードゲームに興じていた。ちなみに最初にやったダウトだとオレが圧勝だったため、即ババ抜きに変更になった。

 

 その空気が変わったのは、そのカードゲームが美月の敗北で終わったときのこと。

 北山が立ち上がって、司波妹の傍まで歩み寄る。

 

「深雪、少し外に出ない?」

「……良いわよ」

 

 戸惑いを見せたのはほんの一瞬だけで、司波妹はニコリと笑うと椅子から立ち上がった。それを見て美月が「散歩だったら私も――」と言いかけるが、エリカが即座に「美月は罰ゲームがあるから駄目よ」とそれを阻む。

 

 そうして2人がいなくなってから、数分後。

 達也が10手詰めで幹比古を下したのを見計らったかのように、光井が達也の近くまで駆け寄った。

 

「あ、あの!達也さん、一緒にお散歩しませんか?」

「……あぁ、良いよ」

 

 達也は特に困惑を見せず、微笑を浮かべて了承した。そのまま2人が散歩に出掛けたため、黒沢さんを入れて11人いたのが半分にまで減ったことになる。

 

「……むむ、この状況……事件の予感がする!」

「もし殺されるとしたら、被害者は間違いなくレオね。それでこの場にいない4人が容疑者として疑われる、と」

「いやいや、分からないよエリカ。実はここにいる5人もそれぞれ席を立った時間があって、そのタイミングなら西城くんを殺害することが可能だと判明するんだよ」

「いやいやエイミィ、実はアタシ達以外にも島に誰かいるという線も――――」

 

 レオが殺される前提で物騒な話し始めたぞこの2人。船でも似たような話してたな。

 

「それにしても、いくら無人島とはいえこんな夜遅くに散歩は危なくないかな? それにこんな暗いと、せっかくの綺麗な景色が見られないよね?」

「何言ってんの、美月。レオはともかく、他の4人は本当に散歩が目的なわけないでしょ」

「えっ、そうなの?」

「そうよ。大方、ほのかが達也くんに告白したいって雫に相談して、だから雫が深雪をどこかに連れ出して邪魔しないように見張ってるってところね」

 

 したり顔で自身の推理を披露するエリカに、美月は若干頬を紅く染めて感心したように頷き、幹比古はどう反応したものか困ったように視線を逸らした。

 

 

「すごいな。そんなことまでわかるとは」

 

 オレには全然わからなかった。

 

「へっへーん、アタシならこれくらいのことは少し見ればすぐに分かるわよ」

 

 身内が同じ学校の先輩と付き合っている様子を見て学んだのだろうか。 

 

 ガンッ!

 

「……なぜ蹴るんだエリカ」

「いやなんかシンヤ君が失礼なことを考えていると思って」

 

 いつの間に読心術を会得したんだ。

 

「…お前の気のせいだ」

「どうだか…………あっ、ところでシンヤ君はどうなの?」

「どうって……何がだ?」

「またまた、とぼけちゃって~」

 

 このこの~と、エリカがニヤニヤしながらオレの脇腹を肘で突く。

 

「もちろん、九校戦で会った三高のお三方のことよ」

「……お前が望んでいるようなことは何もないぞ」

「またまた~、ご冗談を!ダンスパーティーで一緒に踊ったりしてさ~」

「何でそれを……って、見てたのか」

「一色さんとかは有名人な上に師補十八家の令嬢だからかなり注目されてたわよ。あそこにいた男子の多くがシンヤ君に嫉妬してたし」 

 

 そういえば踊ってるとき、いろんなところから降り注ぐ視線に僅かに身の危険を感じたな。  視線なら七草会長と踊った時もそうだったが、振り回されて疲れてたから気にならなかった。

 

「エイミィなんかそのことをずっと気にしてて、食べようとしていたケーキポロポロこぼしてたんだから」

「わあ!それは言わない約束だったはずだよ、エリカ!」

「そうだっけ」

 

 デジャブを感じる。

 

「この前も言ったが、オレとあいつらはそういう関係じゃないぞ」

「予想通りの返答ね。照れ隠しとかじゃなくて?」

「ああ、どうして沓子がオレに懐いてるのかも皆目見当つかない」

「犬みたいな扱いね」

 

 沓子はオレのなにかに興味深々なだけだろう。他の二人もなんとなく気づいてるようだし。

 

「えっと…………確認だけど、シンヤは誰かと付き合ったこととかあるの?」

 

 幹比古から変な質問された。

 基本的に彼女がいないイコール情けない、が通説の男子としては悲しい限りだ。あまり気持ち良く答えられるわけじゃないが、美月やエイミィ、エリカの視線が熱く注がれる。美月とエイミィはともかくエリカは完全に遊んでいるとしか思えないような態度だ。

 

「逆に問うが幹比古はあるのか?」

「………えっと…………ごめん」

 

 なんかものすごく気まずくなった。

 

「つまりシンヤ君はミキ同様彼女ができたことはないと?」

「………悲しいことにな」

「僕の名前は幹比古だ!」

 

 幹比古のツッコみを「はいはい。知ってるから」とエリカは適当にあしらい、オレに次の質問をしてきた。

 

「それじゃあシンヤ君は誰かと恋人になりたいとかの願望はあるの?」

「なんでその質問は?」

「いやーシンヤ君欲とかなさそうだからなんとなく気になってねぇ?」 

 

 随分と踏み込んだ質問だが、エリカのやつ完全に遊んでるな。正直に答えないと散々弄られそうだ。

 

「……そうだな。多分あると思う。オレが誰かを好きになって、その誰かもオレのことを好きだったら…………可能性は低いが」

 

 好きになってみたい、と思ったことはある。その機会が訪れていないだけだ。

 

――――あるいは。

 

 オレの心には『恋心』なんてものは、最初から存在しないのかも知れないが。

 男だとか女だとか、生物学的な違いは理解していても、その先が真っ暗だ。あの場所において、それが常識だったように。

 結局オレは、あそこを出てもなお、やはりあの中にいるのだろう。

 

「どうしたのシンヤ君?急に黙り込んじゃって…」

「ん?いや、改めて口にすると恥ずかしくなってな」

「せめて恥ずかしがってる素振り見せてよ。弄りがいがない」

「え、エリカちゃん!」

「冗談だって……それにしても、ふーん、そっかそっか」

 

 ニヤニヤとなにか企んでるような笑みを浮かべるエリカ。これ以上ここにいたら弄り倒されそうだ。

 

「眠くなってきたからもう部屋に戻る」

「あっ、うん、おやすみ」

「おやすみなさい」

「また明日ねぇー」

「おやすみ」

 

 その場を離れてオレは寝室へと向かった。

 

 

♢♦♢

 

 次の日、何故か朝から熱い熱い闘いが繰り広げられていた。

 

「お兄様、お背中を。日焼け止めを塗りますので」

「達也さん、ジュース、飲みませんか?」

 

 刺すような日差しが照り返す白い砂浜で、達也の両脇にピッタリと張りつく光井と司波妹がおり、燦々と輝く真夏の太陽にも負けない熱い戦いを繰り広げていた。

 

「雫がジェットスキーを貸してくれるそうです。乗せていただけませんか?」

「少し沖に出るとダイビングスポットがあるそうですよ?」

 

 そんな3人の様子を、他の面々も若干の呆れを含む顔で遠巻きに眺めていた。美少女2人に囲まれる達也の姿に普通ならば嫉妬の1つでも沸き上がりそうなものだが、オレもレオも幹比古もむしろ達也に同情する気持ちの方が強かった。

 

「エリカ、これは告白が成功したってことなのか?」

「ううん。告白自体は駄目だったけど、達也くんが他の誰かを好きになるまでは自分も好きなままでいるんだってさ」

「健気だな」

 

 話の内容からして、まるで達也はどうも誰かを好きになったことがないようだ。

 オレと同じってことなのか?

 

「あ、あの……シンヤ君」

 

 横からエイミィが躊躇いがちに声を掛けてきた。

 

「どうした?」

「え、えっとね…………来週とか、暇?」

「特に予定とかないな」

 

 

 

「だったら…………その、今度どこかに一緒に遊びに行かない?」

 

 





アニメの綾小路激ヤバですね。


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第二十六話 不思議の国の迷宮(Labyrinth in Wonderland)

 西暦2095年8月中旬。

 島でのビーチから戻って数日、オレは待ち合わせ場所に着き、時刻を確認する。

 あと20分ほどで約束の時間か。

 そう思い顔を上げると、こちらに向かって歩いてくるエイミィがいた。オレを探しているのか、どこか落ち着かない様子で辺りを見回している。

 

「お、おはよシンヤ君!」

 

 程なくしてオレと目が合うと、小走りに距離を詰めてくるエイミィ。ミリタリー調のジャケットにミニスカートを身に纏い、ルビーのように鮮やかな紅の長髪を風になびかせる。

 

「早かったな」

「シンヤ君だって……も、もしかして待たせちゃった?」

「いや、ついさっき着いたところだ」

 

 べたなセリフだが事実なのでそのまま伝える。

 予定の時刻までは数分あったが、早めに行動する分には問題ないだろう。

 すぐに行動するかと思ったが、何故かエイミィは再びきょろきょろと辺りを見回し始めた。動き出す様子がないので声を掛ける。

 

「行かないのか?」

「え、えっと…実はたまたま、たまたま私のクラスメイトもこっちに来るってメールが来て、それでよかったら一緒にまわらないかって誘われて………えっと、ごめんね。すぐに伝えなくて」

「いや、問題ない。オレだけと一緒に行っても楽しくなんかないだろ」

「そ、そんなことない!シンヤ君と一緒だと……その、楽しいよ!」

「そ、そうか…………」

 

 突然大きな声を詰め寄るエイミィ。だがすぐに顔をボンっと真っ赤にしてオレから離れる。

 

「あ、あの……その、い、今のはと、友達としてだから……」

「わかった。わかったから落ち着け」

「おーいエイミィ!」

 

 あわあわとテンパっているエイミィを宥めていると、遠くから呼び掛けられる声にエイミィはハッと我に返り、そちらへと振り向いた。

 

「やあ執事君、久しぶりだね」

「九校戦以来だな里美………その呼び方続いてるのか?」

 

 オレの知り合いだった。

 九校戦に参加したメンバーで第一高校の女子生徒――里美スバル。サマースーツに眼鏡姿と相変わらずの美少年と思わせるような外見をしている。もう一人ゴスロリ風のワンピースを着た少女がいるが、オレの知らない奴だ。

 

「ねえスバル、この人と知り合い?」

「ああサクラ、紹介するよ。彼は執事君だ」

「適当な紹介するな。オレは第一高校一年E組の有崎シンヤだ」

「あっ…えっと、エイミィのクラスメイトの桜小路紅葉です」

 

 桜小路は少々緊張気味な様子で自己紹介する。二科生に対する差別意識は無いだろう。

 

「ん?有崎……って、ひょっとして九校戦モノリス・コードに出てたあの?」

「ああ、彼は黒いマスクで顔を隠し、剣を振るって相手選手をことごとく切り伏せたあの、だ」

「えぇっ!?噓っ!?」

 

 凄い驚きようだ。

 

「なんかイメージしてたのと全然違う。てっきり人斬りの殺し屋みたいな感じだと思ってた」

 

 そんなのが学校にいたら気づくだろ。

 

「ははは、確かに執事君は人畜無害に見えるからね」

「で、なんでスバルは有崎君を執事君って呼んでるの?」

「九校戦の時、なりゆきで給仕のバイトをすることになった。そのとき執事服を着てたからな」

「まんまじゃん」

「だよな。私服の時呼ばれても他の奴はわからないだろ」

「ははは、確かにそうだね。だけど呼び方をかえるつもりはないよ!」

 

 なんでだよ。

 芝居がかった口調で里美はオレの呼び方の変更を拒否する。

 

「ねねね。ところでさ」

「なんだ?」

「有崎君とエイミィっていつから付き合ってるの?」 

 

 そんな質問が突如、目をキラキラさせた桜小路から飛んできた。

 

「ええっ!?べ、別に私たち…つ、付き合ってなんか…な、ないよ!?ね、ねえシンヤ君っ!?」

 

 慌てるエイミィの視線に、オレも小さく頷いて見せる。

 だが桜小路が怪しむような目を向けた。

 

「でも夏休みにデートしてるんだし、どう見ても付き合ってるように見えるわよ。スバルもそう思うよね?」

「ふむ……そうだね。ボクの知る限り二人はそんな関係じゃないね………今のところは。二人が否定するなら違うんだろうけど、他の人からは付き合ってるように見えているかもしれないね」

 

 里美は里美で楽しんでるな。

 

「それは、その………私がシンヤ君遊びに誘っただけでさ……」

「他にも誘ってみたが皆予定が入ってたみたいでな、二人だけで行くことになった」

 

 異性二人が共に遊びに行けば第三者からデートしてるんだと勘違いされるのは必然のため、変な噂が立たないよう説明する。

 

「……ねえスバル。ひょっとして有崎君って」

「ああ、サクラの想像通りのニブチンだ。何人かライバルがいるみたいだけど、エイミィもエイミィでいまだ素直になれないでいる」

「…ええ」

 

 なんか里美と桜小路がヒソヒソと小声で話している。あまり女子の会話に聞き耳を立てるべきではないため聞かない。エイミィの方を見ると顔をゆでだこのように真っ赤にしている。

 

「悪いなエイミィ。クラスメイトに勘違いさせたみたいで」

「えっ!?い、いや…その、別にシンヤ君が悪いわけじゃなくて………そ、そう言うシンヤ君はよかったの?私なんかと遊んで」

「嫌なら断ってる」

「そ、そっか……へへへ」

 

 照れくさそうにエイミィが頬を搔く。

 

「ほら、あんな感じだ」

「満更でもなさそうね」

「ああ、だからエイミィに同伴を頼まれたからには今日は思い出に残る一日にしないとねフフフ」

「ほほう?私も一枚噛ませてもらおうじゃないの?」

 

 里美と桜小路からなにか黒いオーラのようなものが見えた気がしたが、

 話が終わりこっちを向いた二人は愛想よくニッコリと笑っていた。

 

「いやあ待たせたね。それじゃあ先に進もうか」

「せっかくのデートなんだから楽しまないとね!」

「だ、だからデートじゃなくて……その、えっと……」

 

 里美、桜小路という面子が加わり、オレたちは『不思議の国(ワンダーランド)』の中へと向かった。

 ワンダーランドはマジックをテーマにしたアミューズメントパークで、敷地全体にわたり、生け垣やアトラクション施設が迷路を構成するよう配置されており、それぞれのアトラクションがある種のカラクリ屋敷となっていた。

 今日は夏休みということで、テーマパーク内は家族連れやカップルが多かった。

 ちなみに桜小路によると、ここに来るファンは入園することを「迷い込む」と言うらしい。

 

 そしてアトラクションを三つ目を回った頃。

 

「ちょっ……!本当に、ここどこなの!?」

 

 オレとエイミィは文字通り迷子になっていた。

 きっかけは、不思議なお茶会のアトラクションを体験した後のこと。

 次の目的地は既に決まっていたので、三人を先に行かせてトイレへと立ち寄った。少々入り組んだ場所にあったトイレで用を済ませたは良いものの、待ってくれていたエイミィと共にパンフレットを眺めながら目的地へと歩いたつもりが到着したのはまったく別の場所。そこからあちこち歩き回るも目的地に辿り着けず、終いには今どこにいるのかさえ分からなくなってしまったのだ。

 

「LPS(Local Positioning System)はともかく、GPSまで使えないってどういうこと!?」

『不思議の国に現代文明は無粋ってヤツじゃないかな?』

「遊園地に思いっきり現代文明使ってるのに!? 仮にそうだとしても、ビーコンまで阻害するなんてやりすぎでしょ!」

『まぁまぁ、落ち着いて。近くに案内板も無いの?』

「さっきから探してるんだけど、ガイドの姿すら見えないのよ!」

 

 高校生にもなって迷子になったことを友人に打ち明けなければいけない気恥ずかしさも相まって、エイミィの苛立ちはどんどん募るばかりであった。それでも里美は文句も言わず彼女を宥める辺り、実に女の子の扱いを心得ていると言えよう。

 

『いざとなったら花火でも打ち上げてくれれば、ボクの魔法で迎えに行ってあげるよ』

『駄目よ、スバル。そんなことしたら補導されちゃう』

 

 里美の提案は、電話口に割り込んできた桜小路によって却下された。魔法の使用は法令で厳しく制限されており、迷子の友人を見つける程度の理由では確かに認められないだろう。

 

『仕方ない。エイミィ、そこから賢者の塔は見える?』

「……うん、辛うじて」

『じゃあとりあえずそこで落ち合おう』

「うん、分かった」

『あっ、執事君と二人っきりでイチャイチャしたいなら急がなくてもいいからな』

「あほか!」

 

 電話が切れ、エイミィは大きく溜息を吐いた。

 

「大丈夫か?」

「あっ、うん。ごめんねイラついちゃって」

「気にするな。それより高い塔に向かって行けばいいんだな?」

 

 普通なら無事に目的地に辿り着けるだろう。普通なら。

 

 

♢♦♢

 

「……うーん、どうにも気になるなぁ」

 

 スバルは携帯端末を見つめながら思案顔になる。

 

「どうしたの?」

「二人共なんでボクたちとはぐれちゃったのかなって」

「二人とも方向音痴だからってわけじゃないの?」

「それはないよ。執事君はどうかわからないが、エイミィは狩猟部に所属してて、そこで1年生ながらかなりの実力者だって評価を貰っている。野山で鳥や動物を追い掛けるハンティングは、方向音痴には務まらないよ。それにいくら迷路を演出してるからってはぐれた子が案内板も見つけられないっていうのはおかしいよ。子供も遊びに来るテーマパークなんだから」

「…………言われてみれば」

 

 二人は深刻な表情で互いを見合いながら、これといった答えを出すことができなかった。

 スバルの「とりあえず行こうか」という言葉をきっかけに、二人はそこから歩き出した。

 

 

♢♦♢

 

 やはりこの迷路はおかしい。

 オレたちは『賢者の塔』との距離を縮められずにいた。

 目的地に向かおうとしても進んだ道でバラの生垣でできた壁が立ちふさがる。回れ右をして別の道を通っても同じで、それどころかずっと同じ場所をグルグル回っていた。

 見えていながら近づけず、分かっていながら抜け出せない。

 

 まるで迷宮ラビュリントスのようだ。

 ギリシア伝説ではクレタ島の王ミノスの妻パシファエが雄牛と交ったことで牛頭人身の怪物ミノタウロスを生み、ミノス王は妻が生んだこの怪物を世間から隠すため、名工ダイダロスに命じて一度中に入ると容易に出られない迷宮を造らせた。

 怪物を退治した英雄テセウスは、アリアドネの導きでラビュリントスから脱出したが、あいにく現実ではそんな都合のいいものは転がっていない。そもそもテーマパークのアトラクションに一度中に入ると容易に出られない迷宮を造るなんてことはまずありえない。

 それにこの違和感――――なるほど。

 

「もぉ~アッタマきた!」

 

 しゃがんで生垣の根元を確認していると、何度目になるか数えるのも面倒臭くなってきた茨の壁に突き当たり、エイミィの苛立ちは限界点を突破したようだ。

 ミニスカートのポケット(を模した穴)から太腿に巻いたホルスターに手を伸ばし、携帯端末形態のCADを取り出した。

 

「こうなったら、跡形も残さず薙ぎ払ってやる……!」

「ちょ、落ち着――――」

 

 起動式を展開しようとCADを操作するエイミィの手を止めようと手を伸ばした時

 

「ちょっと待った!」

「――――!」

 

 後ろから突如呼び掛けられ、エイミィの手が止まった。起動式の構築が中止され、効果を発動すること無く霧散する。

 後ろを振り返ると、白黒縞々模様の入った背広を身に纏ってシルクハットの帽子を被り、いかにも道化師のような格好の男性スタッフだった。顔は仮面でわからないが、外ハネの黒髪に体躯からオレたちと歳は変わらないかもしれない。

 

「ダメだよ明智さん。魔法の無断使用で捕まっちゃうよ」

「え?そ、その声は………十三束君!?」

 

 顔を隠していた仮面を外し、「おう、十三束君だ」と答えてまた被るスタッフ。 

 

「エイミィの知り合いか?」

「うん、私のクラスメイトなんだ」

 

 そういえば総合成績優秀者の順位に名前があった気がする。

 

「初めまして。僕は1年B組の十三束鋼」

「オレは――」

「1年E組の有崎シンヤ君、だよね?」

「……ああ、そうだが」

 

 こいつと面識はないはずだが……。

 

「実を言うと四月の時から君のことを知って……ほら、テロリストに襲撃された事件の時、あの時僕は君の近くにいたんだ」

「ん?………あー………そういえばいたような気が…………すまん。よく覚えていない」

「気にしなくていいよ。あの時の状況じゃ覚えてないのが普通だし」

「それを言うならお前が影が薄いオレのことを覚えているのは普通じゃない気がするが…」

 

 影が薄いと自覚しているからこそ、それについては疑問だ。

 

「まあそれはあとで説明するよ。明智さんとのデートを邪魔しちゃ悪いし」

「で、ででででデートじゃないし!!」

 

 もの凄い大声で否定するエイミィ。それほどオレと彼氏彼女と勘違いされるのが嫌なようだ。

 

「そ、それよりどうして十三束君がここにいるの?それにその格好……ここってコスプレしていいんだっけ?」

「バイトだよ」

「バイト?十三束君ならもっと条件のところだってあるのに」

「ここ実家の関係なんだよ」

「運営会社かどこかに出資してるのか?」

「そんなところ。園内で魔法絡みのトラブルがあったら僕が対処することになってるんだけど…………まさか明智さんが不法に魔法を使う現場に居合わせるとは…………」

「み、未遂だし見逃してよ!それはそうとこれはいくら何でもやりすぎじゃないの!?」

「やりすぎって、何が?」

 

 エイミィがビシッ!と擬態語が付きそうな勢いで茨の生け垣を指差した。

 

「演出かなにか知らないけど、障害物を動かして通せんぼするのはひどいんじゃない!?おかげで私たち、さっきから同じ所をずっとグルグル回されてるんだけど!」

「え?ちょっと待って。ワンダーランドにはそんなギミックないよ」

「でも、現にここにこうして――」

「だいたいここはまだ工事中で勝手に入っちゃいけないんだエリアなんだけど。表に看板があったはずだけど、どこから来たの?」

「どこからって……、あっちからよ」

 

 エイミィが指差した先には、今まさに吹き飛ばそうとしていた茨の生垣がそびえていた。

 

「はっ?そっちは行き止まりだよ」

「今はそうだけど、さっきまでこんなの無かったの!言っとくけど地理感覚には自信あるから、勘違いとかじゃないからね!」

「オレもこの迷路はなにかおかしいと思う。確認したいんだが十三束、ここには本当に壁が移動するギミックはないんだよな」

「うん。そもそもこのエリアはまだ電気が通っていなくて機械を動かすことはできないんだ」

「そうか。それじゃあもう一つ質問だが、ここのバラの品種は棘がないのを使っているか?」

「うん。お客さんが怪我しないよう配慮してね。それがどうしたの?」

「あの生垣だけ棘のある品種が使われてるぞ」

「え?」

 

 オレの発言を聞いて、十三束は生垣に近づいて観察する。「確かに変だ」と呟き、数秒考え込むようなしぐさをした後、

 

「…………明智さん僕が許可する。さっきの続きをやって。この生垣はここに存在していないはずのものだから」

「………ふ~ん、じゃあ遠慮なく、責任は十三束君がとってよ!」

 

 十三束の許可を貰い、エイミィは実に嬉しそうに先程不発に終わった起動式を最後まで構築し、魔法を発動した。

 

 移動系魔法【エクスプローダー】か。

 有効範囲内の物体が“着弾点”から等距離、つまり球状に高速移動する魔法であり、瓦礫など多数の物体が一塊になっているものを吹き飛ばすのに役立つ。

 野バラの葉っぱ1枚1枚をオブジェクトと認識し有効範囲を広く設定したようで、生け垣の真ん中で爆発を起こしたように葉っぱが蔓を巻き込むように引き千切られ、生け垣の中央に人が余裕で通れるほどの大穴が空いた。

 

「よしっ大成功!さっさとここから出よう!」

「待て」

「ひゃあ!?ど、どうしたのシンヤ君!?」

「十三束、確認してくれ」

「うん」

 

 穴をくぐろうと歩き出すエイミィの肩を掴んで止め、十三束に生垣の確認を頼む。

 

「……やっぱり」

「なに?どうしたの?」

「この生垣、根がついていない。蔓を支える格子棚もない。普通野バラは何か支えが無かったらここまで育たない。つまり……この壁は魔法で支えられている」

 

 十三束が穴に手を突っ込んだ途端、まるで蛇のように蔓が独りでに蠢き出し、十三束を襲いだす。

 

「甘い!」

 

 だが蔓が十三束の腕に触れた瞬間、まるで暴風に吹き飛ばされたかのように飛び散り、壁となっていた生垣がなくなった。

 

「………何今の?サイオン波が放出されたように見えたけど、サイオン波で実体のある物を吹き飛ばすなんてできないはず」

「何って単なる加速魔法だけど?サイオン波を接触浸透させて、壁を支えていた静止魔法を吹き飛ばしてから外向きの加速度を与えたんだ」

「静止魔法の術式を吹き飛ばして……か。達也がモノリス・コードで使っていた術式解体と同じ原理だな」

「ええ!?十三束君そんなことができるなんて!」

「いや残念なことに…………身体的な接触がないと使えないんだ。体質的にサイオン波を遠くに放つことができないんだ」

 

 なるほど。だから外へ流れるはずのサイオンが十三束から離れようとしないのか。

 そのせいで他の魔法師みたいに遠隔魔法を上手く使うことができない。それがコンプレックスになっているのか、仮面の下の顔はどこか影を落としているようだった。

 

「…………まあ僕のことはともかく、お客さんだよ」

「そのようだな」

 

 十三束がこの場にやって来た方向を振り返ると、そこにいたのは黒服・黒眼鏡・黒帽子というメン・イン・ブラックのような装いの男数人だった。

 オレたちと適度に距離を空けて通路いっぱいに広がることで、奴らと茨の壁、そして周りの建物に囲まれてしまう。

 

【ミス・ゴールディ】

 

 黒服の1人が英語で話し掛けてきた。しかもイギリス訛りだ。

 

【あなたに危害を加えるつもりはありません。ただ、お譲りいただきたいものがあるのです。対価として、あなたが今後必要とされるものをご用立て致しましょう】

【仰っている趣旨が分かりませんが】

 

 黒服が英語で話し掛けてきたのに合わせて、エイミィも同じく英語で返した。普段使う日本語よりも格式張っており、名門貴族の一員に相応しい上品な言葉遣いに思える。

 

【これは失礼、では回りくどい言い方は止めに致しましょう。――ミス・ゴールディ、我らに“魔弾タスラム”の術式をお教えいただきたい。その対価として、我々が今後あなたに向けて放たれる刺客を退いて差し上げます】

【あの魔法はゴールディ家の秘術です。本家の人間として認められた者のみに伝授される術式を、本家から遠く離れ日本人として暮らす私が教わっていると思うのですか?】

【思うのではありません、存じ上げているのです。ミセス・ゴールディがあなたに“魔弾タスラム”の術式を伝授していることは、さる筋から承っております】

 

 話の内容から察するに、エイミィのお家騒動に巻き込まれたって話か。あの男が送り込んだ追手じゃないのはいいが、これもこれで面倒そうだな。

 

【なぜそこまでして、あの魔法の術式を欲しがるのですか? まぁ、答えは分かっていますけど】

「…………」

【あの術式は、ゴールディ本家の証。元々は古式魔法を伝承する一族でありながら現代魔法の勃興と同時にそれを修め、イングランドにおける現代魔法の権威の一角を占める本家の、まさに切り札とも言える存在】

「…………」

【たとえ本家に生まれても、あの術式を使えなければ本家の一員とは認められない。――当然、相続権も得られない】

「――――」

 

 その瞬間、黒服達から一瞬だけ殺気が漏れた。あまりにも分かりやすい。

 

【……ご協力いただけないのですか?】

【お断りします】

【…………残念だ。ミス・ゴールディを確保しろ。多少怪我をさせても構わん。他は始末しろ】

 

 おそらくリーダー格であろう黒服の指図と共に、他の黒服達の袖口から一斉に細身のダガーナイフが飛び出し、その手に握られた。重心が先端に寄った投擲用の物であり、その一糸乱れぬ動きから黒服達がかなり訓練を積んでいることが分かる。

 

 これで正当防衛が成立したな。

 

【ぐあっ!】

 

 既に黒服の1人に近くにいたオレは拳を振るって意識を奪った。

 

【な…………いつの間に!?】

 

 エイミィの側にいたはずなのに目にも留まらぬ速さで間合いを詰めたように見えただろうが、実際はエイミィが会話している最中に【蜃気楼】で虚像を作りだして欺いただけだ。

 十三束の方も会話の最中に気配を消して懐に飛び込んでいた。黒服に接触した途端、接触魔法の直接攻撃を受け、吹っ飛んでいく。他の黒服たちが動揺している隙にもう1人の腕に手刀を振るい、骨を折って無力化させた。

 十三束はマーシャル・マジック・アーツの使い手か。

 魔法発動までの一瞬の隙が一対多では致命的だが、座標入力を省略できる接触魔法は隙がない。

 

「お客様。こちらのエリアはまだ営業しておりません。申し訳ありませんが本日はお引き取りください。それとも私がご案内しましょうか?交番まで」

 

 キザだな。

 

【なめるなよガキどもっ!】

 

 いつまでも驚いたままでいるはずも無く、無事だった黒服達が投擲用ダガーを順手に構え、二分に分かれて次々と襲い掛かってきた。その狙いは頭部や心臓といった避けられやすい急所ではなく、胴体の中心である鳩尾辺りだ。

 

 だが【蜃気楼】で自身の像をあやふやにしているオレに狙いが上手く定まっていない。どれだけ鍛えようと視覚に頼っている分こっちが有利だ。

 

 突いてきた相手の側面に入り、向きを180度変えて、相手と同じ方向を向いて首の付け根に手をかけ、相手を自分の前に落とす。そして落とした相手の首にかけている手の力を少し緩め、相手が起きてきたところを相手の頭をオレの肩口につけ、後ろ足を一歩出してから投げる。合気道の技の一つである『入り身投げ』の要領で、さっき地面に散らばった棘付きの蔓の上に力一杯叩きつけたことで、背中からグサグサと棘が刺さった相手は悲鳴を上げる。

 痛みに苦しんでいる間に真横から来た別の相手には、『小手返し』の要領で、側面に入ったところをナイフを持った腕の上に手を乗せ、小手をとって受けを導くために片足を引いて向きを転換する。そして小手を返し、もう一方の手を受けの手に当て、両手で背中の痛みに耐えながら起き上がろうとしていた黒服の上に投げつける。

 

 両者が痛みで苦しんでいる隙をついてオレは二人の首を蹴り上げて意識を刈り取った。

 

【うっ………】

【な、なんてえげつない……】

 

 いや、秘術欲しさに寄ってたかって未成年を殺そうとしている連中に言われたくないが、とツッコミを口にはせずにオレは倒れた黒服の腰からベルトを奪い、鞭の要領で振るって他の黒服たちを牽制していく。反撃しようにも、どこにいるかはっきりせず身動きが取れていないタイミングを狙ってもう一つ魔法を起動させた。

 

【うわっ!?な、なんだ!?】

【足元が沈んでるっ!?】

 

 黒服たちの足元の地面が沈みだし、黒服たちの両脚を吞み込んでいく。

 

【く、くそっ!抜けないぞ!】

 

 突然のことに混乱しながらそこから抜け出そうにも、もがけばもがくほど身体が地面へと沈んでいく。

 

【ま、まさかこれは…流砂!?】

 

 自然現象の中に流砂というのがある。水分を含んだもろい地盤、またはそこに重みや圧力がかかって崩壊する現象だ。

 オレが使った水分操作の魔法は、地面に含まれる水分を、砂・泥・粘土などの粒子と飽和状態になるよう操作し、意図的に流砂を発生させた。

 流砂の比重はかなり高く人間が浮くことができるのが通常である。通常、水の比重よりもかなり高い。水分を多量に含んだ流砂であっても、水の比重を下回ることはない。つまり、立っている限りは、多くの映画の場面で見られるような、流砂に呑み込まれて死んでしまうことは少ない。また、多くの流砂が深さ1m程度だから、立っている限りは、完全に表面下に沈んでしまうことも少ない。さらに深い場合でも、ある程度の上に押し上げる力があるため慎重に動けば脱出することが可能である。

 だが振動を加えると流動性が増す。すなわち、もがけばもがくほど沈み込んでいくという事実は符合する。

 その事実に仮に気づいたとしても、流砂にはまった時点でオレの攻撃を避けるなんて選択肢は消えたも同然、詰み(チェックメイト)だ。

 

【ぎっ!】

【がっ!】

【ぐあっ!】

 

 魔法を使う隙も与えず、オレは流砂に嵌った黒服たちの意識を刈り取った。

 ちらっと十三束の方を見たが、ダンスをするように避けてカウンターを放っている。問題なさそうだ。エイミィの方を見ると、ミリタリー調のジャケットの至る所にあるポケットから何かを取り出す。それは携帯端末型のCADではなく、扇形に開かれたトランプで、彼女の両手にあった。

 そして彼女はそれを、無造作に左右に振った。

 両手から放たれたトランプが、まるでそれ自体が意思を持ったかのように宙を舞い、或るトランプはまっすぐ、或るトランプは回転しながら弧を描いて、オレたちに夢中な黒服達の体目掛けて飛んでいって身体を切りつけていく。

 

【【ぎゃあああああ!】】

 

 急所は外しているようで、黒服たちは血を流しながら、リーダー格の男以外全員倒れて気を失った。

 

「どう、満足した?これが貴方の言っていた魔弾タスラムよ。もっとも見ただけじゃわかんないでしょうけどね」

【バカな……カードだと…?小型の球形砲弾(シェル)を使うはずでは………】

「えっ、その程度も知らなかったの?こりゃあ余計なこと言っちゃったか」

 

 どうしようかと両手を組んで唸るエイミィ。どう誤魔化そうか悩んでいるな。

 

「……まあ知られちゃったならしょうがないか!」

 

 開き直った。

 

「え~っとそれ違うから。何を弾にして使うかは術者ごとに得意なスタイルがあるの…………ところで、シェルを使うのは確か一昨年お亡くなりになった大叔父上よね?あの人私より二つ年上のお孫さんがいたっけ?会ったこともない再従兄殿だけど。私の推理によると……彼が貴方達の雇い主ね!」

 

 まるで推理小説に出てくる探偵のごとく、右腕を真っ直ぐ伸ばし、人差し指をビシッとリーダー格の男に向けて結論を述べるエイミィ。

 だがリーダー格の男からは何の反応もない。

 

「…エイミィ。そいつ気を失ってるぞ」

「えぇ!?」

 

 立ったまま気絶するなんてどこのバトル漫画のキャラクターだよ。

 

 

♢♦♢

 

 気絶した黒服たちは十三束に任せ(もとい押しつけ)、オレたちは無事に迷路から脱出できたのだが、エイミィは表情を曇らせ、大きな溜息が零した。

 

「どうしたエイミィ?」

「あの………ごめんシンヤ君。私が誘わなければ、お家騒動に巻き込むこともなかったのに……」

 

 なんだそのことか。

 

「エイミィが気にする必要はない。エイミィは立派な誘拐未遂被害者で、悪いのはくだらない理由で喧嘩を吹っかけてきた向こうだ。それにオレはエイミィと一緒にここに来たことを後悔していない」

「えっ!?え、えっと……そ、そうなんだ」

 

 エイミィに正直な気持ちを伝える。

 初めてテーマパークというところに来たが、本当にいろいろと新鮮だった。あそこにずっといたら絶対に来る機会なんてなかっただろう。

 それに珍しいものをいろいろ見ることができた。十三束の体質と戦闘スタイルもだが、エイミィが放った魔弾タスラム………弾になるものにあらかじめ条件発動型の術式をかけておき、手で投げるだけで移動魔法を発動する射撃魔法。敵を前にしてCADを操作する必要も、魔法式を構築する必要もなく、単発も連発も散弾も思いのままだ。あんなのを誰もが使えてしまえば秩序は乱れる。秘術とするのは正しい判断だ。

 

「それはそうとエイミィ、一つお願いがあるんだが……」

「ん?」

「今回の事…あいつらと一戦交えた時のことを誰にも言わないでくれるか?」

「え…?」 

「前にも言ったが、オレは不用意に目立つようなことはしたくないんだ。それに、さっきのことを里美たちが知ったら心配するからな」

「えっと…………ひょっとしてシンヤ君、私の秘術について黙ってくれるってこと?」

「オレは”あいつらと一戦交えた時のことを言わないでくれ”と頼んでるだけだが…」

 

 回りくどい言い方だが、ストレートに伝えるよりもその方が上手く回るときもある。

 

「…………うん、わかった。シンヤ君がそういうなら」

「助かるよ」

「じゃあ、このことは二人だけの秘密だね」

 

 十三束のことを忘れてる気がするが………

 お互い約束した後、エイミィはなぜだか嬉しそうにしながら横を歩く。

 歩いて数分してから里美たちと合流を果たした。

 

「エイミィ!有崎君!」

「良かった。二人共無事だったんだね」

「大丈夫?なにか変なことに巻き込まれなかった?」

「え、えっと……迷子になってたけど親切なピエロに案内してもらったんだ!ね?シンヤ君」

「ああ、変なダンスをしながら動き回るピエロだった」

「ふーん?そんな変なのが園内にいるんだ」

「それにしてはエイミィの方はなんだか顔がにやけているような気がするけど?」

「や、やだなスバル。な、なにもなかったって………」

「まさか…二人共隠れて大人の階段を上ったのか?」

「ち、ちちちがうわいっ!?な、なななななんてことを言うのスバルは!?わ、私とシンヤ君が、お、おと、おとなの…って……」

「あまりからかうな里美、エイミィが困ってるだろ」

「おっと、すまないやり過ぎたよ」

 

 なぜこうも里美はオレとエイミィをくっつけたがるのだろうか?

 

 その後桜小路の提案でゴタゴタのせいで食べそびれた昼食代わりのクレープを食べ、再びトラブルに見舞われることもなく残り全てのアトラクションをゆっくりと体験したのだった。

 

 



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