MCU『ブラック★ロックシューター』 (おれちゃん)
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ステラ(マーベル・コミック)-Marvpedia

INSAN終了記念
こういう幻覚を見て私はずっと書いています


ブラック★ロックシューターBlack★RockShooterまたはステラ(英:Stella)はマーベル・コミックが出版するコミック作品に登場する架空のスーパーヒロイン。

キャラクターはフケ・スパセルにより生み出され、マーベルコミック『The Rock★Shooter vol.1』で初登場した。紆余曲折を経て現在は『Black★RockShooter』に作品名が変更されている。

 

∧ 概要


 狂気に取りつかれた天才生物学者ワイラー・ギブソンの手で生み出されたクローン人間であるステラは自我に目覚めた。彼女は平和を守るために武器を取りギブソンの手下や自身のオリジナルとなった宇宙人との戦いが始まる。

 

 特徴的なものは身の丈ほどある巨大な大砲ロックキャノンで名前の通り岩を毎秒二十発発射し、これを彼女は楽々と扱う。また傭兵稼業に一時手を出して刀の扱いに習熟したりもしていた。生身に近い姿ではあるが超人的なパワーを誇り、腰のスラスターウィングで飛行することも可能。機械やガジェットなどは作品によって有無が異なり、ロックキャノンが故障することも多い。

 

 Earth-2012322にはヴィラン化したブラック★ロックシューター、『インセイン』やコズミックパワーに目覚めた『ビースト』なども登場する。

 

 

∧ 登場人物


仲間

 

ロスコル・シェパード

 ブラック★ロックシューターのサイドキック。

 特殊部隊P.S.S.の新人隊員で任務でのミスからステラを発見するに至り、フォボス共々ステラに振り回されることになる。初期はステラと同い年位の少年の外見をしていたが現在ではアラサーの外見になった。コミックによってはステラと結婚したりした。Earth-2035では死亡している。

 

 ・MCUではP.S.S.がS.H.I.E.L.D.の特殊部隊に変更、ステラの義父となった。ステラに振り回されつつも心配する良い父親をしているが婚期を完全に逃したのが悩み。

 サノスが引き起こしたデシメーションにより消滅する事となるがその際にステラに携帯電話で遺言を遺していた。

 

 

 

ヴィラン

 

シング・ラブ

演:マト・クロイ

 ブラック★ロックシューターのスーパーヴィラン。

 ステラの元となったエイリアンで、快楽主義と刹那主義の奇死念慮者。エイリアン軍団の首魁で好き放題しており、デスとデッドプールと友達でサノスと仲が悪い。

 

 ・MCUではステラとの関係が逆転、ステラを元としたクローンの完成品を体としている。またデスと存在が混ぜられている節がありレルムオブデスの様なポケットディメンションに居を構えている。正体は数千年前にパワー・ストーンのエネルギーを核にザハが具現化させた戦いを求め死を撒き散らす存在が、ボーによって時空の彼方に封印されていた。本人によると暇すぎて性格が変わったらしい。

 

ナフェ

 総督であるシング・ラブに付き従うエイリアンの1人。

 自由気ままな快楽主義者で人を馬鹿にして煽るのが大好き。総督には恐怖心から従っており隙あらば寝首を掻こうとしているが、シング・ラブには察知されそれすらも楽しまれている。

 

 ・MCU版でもシング・ラブに付き従うが、原作と違い姉と慕っているなど関係は良好な模様。しかし煽ったり人を馬鹿にするのは好きな様子。

 

シズ・カーリー

 総督であるシング・ラブに付き従うエイリアンの1人。

 奔放なものの多いエイリアン達の中でも特に真面目でよく面倒ごとを押しつけられる損な役回りが多い。霊長型アーマメントに騎乗し長剣で戦う騎士のような戦闘スタイルを持つ。この霊長型アーマメントはEarth-2035では兄となりカーリーの名前となっていた。

 

 ・MCU版ではヴィランではなくサイドキックとしてS.H.I.E.L.D.のドラコ基地の事務作業員として登場した。B★RS二作品目、INSANEでは2035のカーリーのような敵に腹を抉られる重傷を負うもののステラの血によりネブレイドし一命を取り留めた。シビルウォーではアイアンマン陣営にスカウトされ参加、ステラの仲間達の争いに戸惑う場面もありながらジャイアントマンをひっくり返すパワーも見せつけた。

 

∧ 各アース


Earth-2035

 もしブラック★ロックシューター以外のヒーローは存在せず、シング・ラブにより地球が滅亡寸前に追い込まれたらというポストアポカリプス宇宙。この作品ではブラック★ロックシューターと呼ばれずステラ、もしくはホワイトと呼ばれる。地球防衛軍最後の生き残りP.S.S.とステラの共闘を描くが、最後は人類は滅亡、シン・グラブ達宇宙人も壊滅しステラ一人が地球に残され、ゆっくりと環境を回復させていくというビターエンドとなっている。

 

Earth-2012322

 虚の世界(ホロウディメンション)を舞台とし、ヴィラン化したブラック★ロックシューター『インセイン』が登場する。殺戮機械のような虚の住民達の殺し合いが淡々と描かれる。虚の住民達は現実の人物とリンクしておりトニー・スタークが元となった"エンペラー"、スティーブ・ロジャースが元となった"ホイール・オブ・フォーチュン"なども登場する。

 

 

 

∧ MCU版


 マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)ではマト・クロイが演じる。日本語吹き替えは坂本真綾が担当している。

 本シリーズではステラの出自は第二次大戦期のスーパーソルジャー計画に対抗する為のヒドラのクローン実験が元となっている。

 

キャラクター像

 

 『BLACK★ROCKSHOOTER』で登場時から無邪気で世間知らずな面が強調されており、P.S.S.の面々から仲間を大切にすることを学び、成長していく。『アベンジャーズ』以降はチーム内での高火力担当として活躍する。

 

 なんでも素直にとらえ、冗談を冗談とも思わず真に受ける、うれしい事なら良いとお人好しで能天気だが、人助けや他ヒーロー、サイドキックとの交流で心を成長させていく。それでも裏表が無くさっぱりとしているためトニー・スタークには信頼を置かれると共に心配されている。実年齢が不明で外見がほとんど変わらない為ずっとティーンエイジャーと呼ばれているが、クローンの為誕生日は推定2009年、実年齢は『アベンジャーズ』時点では3歳である。S.H.I.E.L.D.の用意した戸籍上では18歳になっていた。

 

 実験で生まれ技能の取得などを行っていたがギブソン博士により記憶を消され、ロケットによって脱出させられる。だがステラを狙った存在との戦いで覚醒、それ以降S.H.I.E.L.D.のロスコルの養子となって保護観察となり、人助けを行っていた所、ニック・フューリーによって邂逅したヒーローたちと結成したアベンジャーズの一員として平和を守るための戦いに身を投じていく。

 

 こうした点から出自に関する因縁を持ったヴィランが多いことが特徴。

 

能力

 

 ヒドラによる当時の最先端技術を用いた物品はどれもエネルギー効率や机上の空論ばかりとなったガジェットばかりだが、それを十全に振り回せるだけのエネルギーを生み出す特殊な体*1をしている。また戦闘センスは良くとっさの判断力に優れている。

 戦闘では光線とエネルギー弾を毎秒20発発射可能な大砲ロックキャノンとブラックブレードを用いて戦い、遠距離への大火力投射や敵を圧倒する戦いをみせ、特にパワータイプのハルクとの連携が光る。非常に高い殺傷能力を持っているが、それが人に向けられることはあまりない。

 映画二作品目INSANEラストでシング・ラブのエネルギーを無理やり注がれ瞳と炎の色が青紫色に変化した。*2

 インフィニティ・ウォーではトニーの作った最新鋭の装備を駆使、ソーと共に大火力の活躍を果たした。この際のステラの最終決戦仕様の姿は『インセイン』『Earth-2035ステラ』を混ぜたようなデザインとなっており、武器から『イノセント★ブラックロックシューター』と俗称で呼ばれている。

 

 

ツール

 

 ステラの持つガジェットのデザインはEarth-2035のブラック★ロックシューターのデザインアレンジが多く使用されているのが特徴。

 

ブラックブレード

 ステラの携帯する柄と刀身が一体化した日本刀型のブレード。四次元キューブのエネルギーを触媒に二つの金属を高次元で融合させた新合金*3で形成され、非破壊性と切れ味がクローズアップされる。

 

 

ロックキャノン

 ブラック★ロックシューターの名を現す全長120センチメートルにもなる大口径エネルギー砲。新合金のおかげで大型の光弾を発射しても銃身が焼けつかない、砲身がどれだけ乱暴に扱っても一切損傷しないなど当時としてはオーバーテクノロジーの側面が目立つが、外部から莫大なエネルギーを注ぎこまないと稼働しないという欠点があった。トニーによって内部機構の改良がなされある程度は改善することとなり、アドバンス・パッケージの名のもと外付けの装備も開発された。原作では本当に岩を発射していたが、リアリティの観点からMCUではエネルギー武器となった経緯がある。

 

ヴォルカノン・パッケージ

 ロックキャノンに外付けされるトニー謹製のアドバンス・パッケージにしてガトリングガン。高すぎる大威力で使いにくい場合や対空砲火をする際、弾幕を形成するなどの役に立つ。トニーの洒落により発射速度はGAU-8"アベンジャー"と同じ毎分3900発/1800発となっている。外付けのパーツの為破損すると自動で脱落するように設定されている。

 

スタンスナイプ・パッケージ

 試作のみで作中では使用されなかったアドバンス・パッケージ。エネルギーを用いて電磁加速で大型テイザー弾を発射する非殺傷武器というコンセプトだったが、試射してもらった所どうあがいても殺傷能力を有する弾速になってしまった為非殺傷武器としてはほぼお蔵入りとなった。

 

スターコメット・パッケージ

 試作のみで作中では使用されなかったアドバンス・パッケージ。エネルギーの塊を放ち空中で炸裂させるという代物で範囲攻撃を可能としていたが、どうしても射手がその範囲攻撃に巻き込まれるのでお蔵入りとなった。

 

ビーストシューター

 リボルバー拳銃の弾倉とオートマチック拳銃のスライド両方が付いたような特異なデザインのエネルギー弾拳銃。ステラの護身用にトニーが開発し、エネルギーをステラ依存にする事で限界まで小型化した。熱限界に達するとスライドが開いて強制冷却される。

 タイムトラベルの際に改良が施され若干大型化した代わりに威力の向上が図られた。

 

 

ブースターウィング

 腰の部分に装着された高機動用の翼。こちらも新合金製で動力がステラから供給されることで稼働し、大推力で無理やり飛行することができる。翼は揚力ではなく、動かすことによる重心移動に用いられることが多い。白と黒の塗装はロスコルとステラが自分達で行ったモノ。

 タイムトラベル時に改良が施され、固定部分が背中まで延長され翼の稼働時の剛性を強化した。

 

ブラックトライク

 S.H.I.E.L.D.でクインジェット計画と共に開発されていた最新鋭ビークル。野心的な設計だったが計画は中止となり試作品がいくつか残されそれをステラが入手後はトニーの手で改良が施された。直線では最高時速640kmをたたき出す強力なエンジンを積んだモンスターマシンで、装甲で作られたフロントカウルとハンドガードにはブローイングM2重機関銃が二丁仕込まれている。ステラはこれを使いこなすと共にかなり酷使し、修理するトニーから苦言を呈された。

 二作目ではラスト後も駐車場に放置され駐車料金がとんでも無いことになっていた。

 インフィニティ・ウォー以降、トニーによりナノテクの自動修復機能が追加された。

 

パーカー

 白い星のエンブレムが刻まれた黒いパーカー。元はロスコルが愛用していたブランドのパーカーでそれをもとに防刃防弾性を備えた代物へアップグレードされている。デザインは複数種あるがどれも星の意匠が入っていることに変わりはない。

 

イノセント・カノンランス

 トニーがステラがシング・ラブとの戦闘で失ったロックキャノンに変わり開発した新たな大砲。セカンダリー合金という新合金の再生産品を使用し強度を確保している。小型化した砲身に可動式のフレームが三つ等間隔で配置されており、砲身下部に位置するフレームは砲身を覆う様に大型化し近接武器としての機能を有していることから"カノンランス"の名を持つ。砲身は従来通りのビームを放つモード、毎秒20発の大光弾を放つモードに加えて可動フレーム先端から光弾を連射するヴォルカノンモードを搭載。さらに可動フレーム三つを開いた状態で極大ビームを放つことが可能だが、こちらは砲身が過熱してしまうため連射は出来ない。近接武器として扱うにも申し分ない切れ味と破壊力を有している。

 

イノセント・グリーブ

 カノンランス制作後余剰となったセカンダリー合金で作ったステラ用の足用防具。特別な機能は無いが非常に頑強なため蹴りの威力が増加する。ブースターウィングに合わせ白と黒で塗装されている。

 

ナノテク・インスタントシューター

 トニーが携帯用に作ってくれたナノテク装備。圧縮され眼鏡、腰のベルトに偽装されており、イノセントグリーブとロックキャノンに変形させられる大容量のナノマシンで構成された旅行カバンと合わせて運用可能。

 ナノマシンの動力源はステラなのでステラが触れていない限りはなんの変哲のない眼鏡、ベルト、カバンである。

 携帯性に優れるものの強度とブレードの切れ味、ロックキャノンの出力は本来の装備に比べ格段に劣る。

*1
四次元キューブの発生させるのと同質のエネルギーを生成する

*2
これはステラ自身のスペース・ストーンの『空間』エネルギーの内側にシング・ラブの核となるパワー・ストーンの『力』エネルギーが注がれパワーストーンを収めるアイテムであったオーブのように安定した状態に落ち着いた為。

*3
作中では名称への言及はないがアダマンチウムと監督は発言している



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BLACK★ROCKSHOOTER
プロローグ


「すまない。すまなかったステラ」

 

 背後の分厚い扉から破砕音と金属音が鳴り響く。大音量のアラームと回転する赤色灯が今この場の異常事態を知らせている。精一杯の笑顔を浮かべる、少しくたびれた中年男の顔には後悔がにじみ出していた。

 その先にはこの状況でも表情が薄く理解もせず言われるがまま寝そべる黒髪の少女の姿があった。

 

「博士? どうしたの?」

 

 博士の瞳からぽつりと落ちた雫が少女の頬に落ちる

 

「大丈夫だよステラ。今はゆっくりお休み」

「……はい…………はか……」

 

 睡眠剤を少女に吸わせ昏倒させ特殊な養液に満たされたカプセルに入れ、強固な装甲に覆われたハッチを閉めた。彼女を守る揺籠の小窓の先に存在する少女の安らかな寝顔を見て、外れかけていた笑顔の仮面がはげ落ちくしゃりと大きくゆがんだ。

 

「博士、などと呼ばれる資格は、もう私には無いさ。せめて良き人に出会えることを……さようなら、青い瞳のステラ」

 

「動くな‼︎」

 

 ガラスに保護されていた起動ボタンを叩き押し、隔壁が博士と少女を完全に隔てたと同時、背後の最後の扉が打ち破られ武装した兵士達が殺到する。構えられた銃火器に備えられたレーザーポインタが赤点を博士に照準が定まっていることを示す。その数二十、たった一人ではどうしようも無い戦力差だ。

 しかし博士の顔に諦観は無い。むしろその貌に宿ってたのは、先ほど少女に向けていた苦悩を隠した笑顔とは対極に位置する物。口角が吊り上がり白い歯をむき出しにした笑みを形作る。

 そこに存在しているのは怒りと、狂気だ。

 

「思ったより早かったじゃないか。だが」

 

 全員がその手に握られたスイッチに気付く。しかし状況は続く博士の言葉通りだ。

 

「もう遅い」

「待て撃つな‼︎」

 

 一人が逸りその引き金を引く。構えられたアサルトライフルから発射された弾丸が博士の眼底から脳を貫き即死。しかし博士の最後の意思を遂行するかのように痙攣するようにその指がスイッチを押し込む。

 初めに起きたのは閃光。続いて僅かばかりの赤色炎。周囲の壁に仕掛けられていた大量の炸薬へ点火され、内蔵された膨大なエネルギーが解放される。

 爆ぜた。あたり一面が砕け散り爆轟により紅蓮の炎さえ起きず甚大な衝撃と破壊力が一帯を木っ端微塵に吹き飛ばす。地上部はその衝撃を抑え込めず、大地が割れる。

 巻き上げられた粉塵の中から一つの塊が飛び出して飛翔する様を見ているものは、その場には誰もいなかった。

 

 

 

『BLACK★ROCKSHOOTER』 

ブラック★ロックシューター



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Chapter1:発見

―カルフォルニア州、セコイヤ・キングスキャニオン国立公園―

 

「はーせっかくの観光地だってのに、俺たちはセコセコ仕事かぁセコイヤだけに」

「黙って働けシャオミン。そう言う仕事だろうがよ。ロスコル、何か反応はあるか?」

「微弱な電磁波……ガイガーカウンターが作動しています。通常じゃありえない数値のガンマ線ですね」

 

 ブロンドヘアの短髪をした隊員がセンサー類をチェックし、他隊員が周囲を警戒しながら進行していく。あたりはセコイヤの大木が生い茂り視界が悪い。恰好こそかなり好き放題していているが、その動きは滞りなく互いの隙をカバーするプロの動きだ。

 

『P.S.S.コール。不審な光が見えたとの情報だがGPSによるとその辺りの筈だが』

 

 通信機から指令の声が届く。

 

「ん……おいこりゃ、その痕跡かも知れねえぜ」

「おっお手柄! さっすがフォボス隊長! これで露出癖さえなければ」

「ハハハ言えてる!」

「うるせえぞタンクトップが好きなだけなんだよ!!」

 

 セコイヤの大木が根元からへし折れたモノが続いている。公園の管理者が見たら悲鳴を上げながら悶絶していたことだろう。徐々に被害が大きくなり、地面にめり込んだ大きな金属物体が存在していた。

 

「火災にならなかったのは幸いだな。で、何だこりゃ? こういうのはロスコルが得意だろホレ。アハズ達は周囲を警戒」

「了解」

「人使い荒いですよ全く……っと隕石かと思ったら機械だなコレ」

 

 焼け焦げ破損しているが、装甲で構成された何かだ。ならば誰かしらが作ったものではあるのでどうにかなるだろうとフォボスとロスコルがしばらくの間鉄塊を調査していると、隙間がスライドして取っ手が現れる。

 

「引いたら爆破しないよな」

「……まあ大丈夫だろ。やれ」

「なんでちょっと下がるんです!?」

 

 ぶーたれつつも取っ手を引く。プシュ、と圧縮空気の解放される音と共に冷気が噴出した。装甲が左右にスライドしさらにハッチが開き中からカプセルが排出され、ゴインと小さな音を立てた。

 

「おいおい核弾頭でも入ってるのか………おいおいなんだこりゃぁ」

「女の子? とりあえず出してやらないと」

「そうだな出してやれ。P.S.S.コール。目標物を発見。アハズ達も戻ってこい」

『了解』

 

 ロスコルがカプセルを開くと液体が排出される。内側に寝かせられていたのは十六歳程度の少女だ。ゴホッと口から養液を吐き出し呼吸を始めたことから、命の危険はないとロスコルは判断し自身の上着パーカーを脱いで広げ、そこへ少女を寝かせる。黒い髪に……やせ型の肢体は黒いビキニのようなものとホットパンツ、手袋にブーツを着ている。特に目立つのは腹部の。

 

「……バーコード? いや見られていいもんじゃないな」

 

 パーカーの裾をめくって少女の肢体を隠す。

 

「P.S.S.コール。合流します。北北西、見えてます」

「ああ見えてる。とりあえず病院の手配をしねえといけねえな……P.S.S.コール。S.H.I.E.L.D.に医療機関の手配を」

『あい分かった手配をしておく』

 

 全員が集合し担架を用意しようとしたところで突如鉄塊に異変が起きる。

 

「オイオイオイなんださっきまで静かだっただろ!?」

「総員戦闘態勢! ロスコル、ちびっ子を抱えて隠れてろ!」

 

 装甲が一部分離しそこから足が飛び出し、少女が収まっていたものが変形したのだ。四足の獣ロボようになったそれがP.S.S.部隊に襲い掛かる。ロスコルは少女を抱えて大慌てで離れ大木の陰に隠れた。

 アサルトライフルの弾丸が直撃するが装甲にはじかれ効果を成していない。

 

「手榴弾!!」

 

 投げられた手榴弾が足で弾き飛ばされ明後日の場所で爆発した。

 遠距離攻撃は無くその重さから動きは鈍重だが馬力が違う。巨大な木を平気でへし折りその腕を振り回しているのだ。と、背中から一本何かせり出してきた。細い筒が六本束ねられたものである。それがゆっくりと回転を始め、見ていた全員が鼻水を垂らしそうになった。

 

「ミニガンだ―――!!」

 

 振り回す様に斉射される弾丸を各々が木々に隠れてやり過ごす。世界有数の巨木の群生地だから何とかなっているが当たったら死ぬ人間にはたまったものではない。

 

「P.S.S.コール! 撤退する! フランクオイ火力支援要請だ! 意味わかんねえのが暴れてるぞ!」

『本名出すな馬鹿モン! しかし了解したクインジェットをそちらに送る』

 

 そんな大暴れする機械から離れたところで身をひそめるロスコルの腕の中で少女が動いた。

 

「……?」

「おっ起きたかお嬢さん、ちょっと待っててくれよ緊急事態なんだ」

「おじさん、誰?」

「おじさん……そりゃないよ……こちとらまだ独り身なんだから……。あ、俺はロスコル。お嬢さんは?」

「私……私は……ステラ」

「ステラちゃんか、いい名前だお嬢さん。少しここでじっとしていようか」

 

 背後では盛大にミニガンがまき散らす切れ目ない発射音と着弾音が響いている。肩にかかっていたパーカーを改めて着たステラが音にひかれて立ち上がる。

 

「あちょっと危ないってって力強いな!?」

 

 木の陰から飛び出そうとするステラを引っ張りなんとか留める。ひょっこりと出した頭を押さえて隠そうとするが力が強くてビクともしない。その青い瞳はジッと戦闘を繰り広げるP.S.S.のメンバーたちを見つめていた。

 

「あの人たちは、敵?」

「違う違う、あいつらは仲間さ。お嬢さんを守ってるんだ。だからもう少し辛抱を」

「仲間。なら、助けないと」

「ちょちょちょちょ!? お嬢さんあはははちょっとやめてくすぐったい! あっそこはだめだって! ってあれ!?」

 

 ロスコルをまさぐったかと思うといつの間にやら装備していた手榴弾やら弾薬やらが無くなっていることに驚愕する。見やれば自分のアサルトライフルと手榴弾を手に持ったステラの姿があった。

 

「いやお嬢さん待ってぇ!!」

 

 そんなロスコルの悲鳴を置き去りに少女、ステラは駆けだした。

 

「P.S.S.コール!! お嬢さんがそっち行ったぞぉ!!」

「なんで!?」

「ワッツザファ●ク!?」

 

 尋常ではない速度で走る少女が走ったまま照準を定めて撃つが当然装甲にはじかれる。それを見るや手榴弾を投球。野球ボールの如き勢いで投げられた手榴弾がロボの関節に衝突した瞬間ステラがそれを狙撃し爆発、足が一本吹き飛びロボが転倒する。ステラは倒れるロボの下側をスライディングで抜けると背後側に居た隊員に迫る。

 

「えっなんだ早!?」

「あの爆発するやつ、頂戴?」

「あっハイ」

「いや渡すんじゃねえよドガエフ!!」

 

 フォボスがキレるがステラはそしらぬ顔でロボの背中側、彼女が収まっていた開口部に向けありったけの手榴弾を投げ込み、ハッチを蹴り閉める。

 内側で大爆発が起き、ハッチと共に足も根本側から吹き飛び沈黙した。

 

「おいおいどういうこっちゃ……」

 

 その場にいた隊員が警戒しながらアサルトライフルを放り捨てたステラを取り囲んで銃を構えた。

 

「……? 仲間なのにどうしてこっちに向けるの?」

「おいまてやめろお前ら! お嬢さんに助けてもらったんだろうが!」

 

 ロスコルが飛び出してきて隊員とステラの間に割って入った。

 

「……それもそうか。オイ、てめえら銃を降ろせ。すまねえなお嬢ちゃん。だが、お嬢ちゃん何者だ?」

「私? 私はステラ」

「いやそうじゃねえんだが……まあいい。P.S.S.コール。CP、火力支援は中止だ。撤退の輸送だけ頼む」

『こちら了解。何があったんだ?』

「積荷のお嬢ちゃんがダイナマイトガールだっただけだよ」

 

 やってきたクインジェットに全員が乗り込み、飛び立つ。

 用意された座席に各々座っているが、ステラはロスコルの脇に座っていた。

 

「おいおい懐かれたなロスコル」

「茶化さないでくださいよまったく」

「どこに行くの?」

「ああ、S.H.I.E.L.D.って組織の病院だよ。お嬢さんに怪我がないか検査するんだ」

「それって痛い?」

「痛くないさ。終わったらみんなでご飯でも食べに行こう」

「ごはん、わかった!」

「まるで娘と父親だな。まあロスコルは独身だがね」

「アハズさんそれは言っちゃダメでしょ!」

 

 ロスコルのツッコミに機内は笑いに包まれるのだった。



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Chapter2:検査

「そうか、何処にいたかはよく覚えていないのかい」

「うん」

 

 一番懐かれている兼接触した部隊の当事者と言うことでロスコルが付き添いになって病院の中を検査のために練り歩いていく。今は検査のための服に着替えているが、パーカーを脱ぐときにすごく残念そうな顔をしたのでロスコルはステラにプレゼントする為洗濯機とアイロンに特急で出した。

 

「でも、誰かに……嫌われてたけど大切にしてもらってたと思う」

「そりゃあれだツンデレって奴だなお嬢さん」

「つんでれ……」

「そうそう!」

「来ましたか」

「お、ステラ。こちらマズ……ユーリス先生だ。検査をやってくれるらしいから失礼のないようにね。ほら、こう言うときはこんにちは、だ」

「こんにちは」

「うん、こんにちは」

 

 年老いた、それでいて眼光の鋭いユーリスが機嫌よさそうにロスコルを見る。彼は外部顧問の医者兼学者で、S.H.I.E.L.D.に招致された外部の医者である。P.S.S.にも何度か来ておりロスコルも世話になったことがあった。

 

「親しくもない目上をファーストネームで呼ぶのはシェパード君の悪い癖だったが、どうやら改善の余地が見られるようだね」

「まあ人間ですから成長しますよ」

「さ、きたまえステラ君。まずは採血だ。シェパード君もこの子を不安にさせないよう一緒に来なさい」

 

 そうして処置室に連れてこられるたロスコルは後ろで眺めることになった。

 

「お嬢さん。お注射は大丈夫?」

「わからない」

「まあそうだよね。チクっと痛いから、がんばって我慢だぞ!」

「ロスコルは我慢できる?」

「……ああ」

 

 ロスコルはうそをついた。

 

「すごい、私もがんばる」

 

 純粋な敬意の眼差しがロスコルの顔面に突き刺さった。

 

「まあここの看護師は優秀だからすぐ終わる」

「さ、いきますよ」

 

 その間に看護師が準備を済ませた。採血の為刺さろうとした針が、進まない。肌の弾力ギリギリでつついているような格好で止まっている。看護師さんから変な汗が出ている。

 

「あの、刺さらないんですが……?」

「えっ……お嬢さんはすごいなぁ」

「無理に刺し込もうとしたら危なくて無理ですよこれ」

「……仕方ない血液検査は抜きだ。代わりにこれを。失礼口を開けて」

 

 訳が分からな過ぎて混乱するロスコルを他所にユーリスは綿棒をステラの口の中に突っ込んで取り出す。

 

「これでDNAチェックくらいはできるだろう。引き続き検査を受けてくれ」

「わかった」

 

「いやお嬢さんバリウム平気で飲むね?」

「けぷっ」

「あっ」

「すいませんもう一度飲んでください」

「……」

「お嬢さんごめんよすごく切ない眼差しを感じるんだけどもう一回……今度は我慢するんだ……!」

 

「この感じ、なんだか懐かしい?」

「え? どういう状態? 心電図の音が心地いいとか?」

 

「身長は5フィートぴったりですね。体重も116ポンドで正常値です」

「まあ見た通りよね」

 

「ちょっとお嬢さん⁉︎ 流石にトイレまでは付いていけないから! 女看護師さん誰かお願いします!」

 

 そうしてロスコルが付き従いステラはいろいろな検査に回され施設内を行ったり来たりを半日近く繰り返し、終わったころにはもう日が傾いていた。元着ていた恰好を着なおして、パーカーのクリーニングもギリギリ間に合いステラに着せる。これで上半身ビキニの危ないダイナマイトガールの完成は何とか防いだと思ったのだが。

 

「ねえお嬢さん? なんで前閉めないの?」

「……暑いから?」

「そっかー……」

 

 暑いなら仕方ないなと言うしかない。今は被服の自由の時代だ。局部さえ隠してるならよほどの格好でなければ咎められない。ロスコル個人としてはもう少し露出下げた方が良いのではという親心擬きが湧いているが。

 

「ご苦労シェパード君。本日の検査は終わりだ。追って

 

『P.S.S.コール。ロスコル、聞こえているか?』

 

 病院の一室で待たされていると通信機から連絡が入り思わずロスコルは立ち上がってしまう。

 

「はい、聞こえています」

『その娘はウチ預かりになった。トレーラーで一緒に乗ってドラコ基地まで帰還せよ』

「本気で言ってます? 年頃のお嬢さんを男所帯のウチの基地に???」

「他のP.S.S.メンバーもお前をつけておけば何か間違いが起こる心配はないと太鼓判を押している。安心しろ」

「……なんか複雑」

「ふくざつ?」

「ああお嬢さん。こう、褒められているのか悪口を言われているのか困ってるだけだよ」

「ロスコルはすごい人だから、きっと褒められてる」

「アレ、なんだろうお嬢さんの純粋さが心にしみる……ってお嬢さん、かみの毛邪魔そうにしてるね」

 

 ふとステラが膝に届きそうなほど長い髪を持て余しているのが目についた。

 

「お嬢さん、髪じゃまかい?」

「うん」

「トレーラーで基地に行く前にどこかで切るかい?」

 

 そう聞かれてステラは首を横に振った。

 

「よくわからないけどそれは嫌な感じがする」

「いやいや、そこまで見事に伸ばしたんだし当然さ。途中の街で髪留めでも見に行こうかお嬢さん」

 

 ステラがうなづいて肯定し、トレーラーへ向かうと助手席で一人P.S.S.隊員が待っていた。白髪まじりの総髪の男だ。

 

「アハズ!」

「やあ、待ちくたびれたぞ。格好をつけてトレーラーに寄りかかってたのになかなか来ないんだから」

「こんにちは」

「ああ、こんにちは。礼儀がいいようだね」

「ステラ、こいつはアハズ。P.S.S.の中でもトップの格闘術使いだ」

「ステラちゃんには何かあった時にすぐ対処できる護身術でも教えるべきかな?」

 

 アハズが拳を組んでステラが首を傾げてから真似をする。アハズはカラカラと笑い出した。

 

「いやいや今じゃないさ。それにダイナマイトガールに教える意味はないかもしれないしね」

 

 ポンとステラの肩を叩いてアハズはトレーラー後ろの扉を開くとこれ見よがしに大あくびをかいた。

 

「私は後ろで寝てるから、まあ何かあったら呼んでくれ。ほれステラちゃんはあそこだ」

 

 アハズが指差すとトレーラーの助手席にさっとステラが乗り込む。

 ロスコルも肩を竦めてからトレーラーに乗り込んでエンジンを始動した。

 

「お嬢さん、危ないからこれ付けてね?」

 

 右手でステラのシートベルトを留めるとそのままサイドブレーキを下ろしギアをいれ、アクセルを踏み込めばトレーラーは軽快に目的地へと走り出した。

 途中、ハイウェイの途中の町でトレーラーを停めアクセサリー屋に立ち寄る。

 

「これなんかどうだい? 可愛らしくて似合ってるんだと思うんだけれど」

 

 顔を横に振られる。ステラのお気に召さないようだと暫くやっていたが、結局は黒いシンプルな髪紐を二つ買うことになった。それでいいのかいとロスコルが念押しをしたのだが表情が乏しいながら何処かご満悦そうである。

 

「お嬢さん、こう、左右の長さ違うんだけれどいいのかい?」

 

 ロスコルが顎に手を当て見聞するとステラの頭の左右に飛び出したツインテールが左右非対称に垂れ下がっている。活動的に見えてこちらの方がステラに似合っているなぁと呑気にしているがこういうものは左右対称のほうが見た目的に良いだろう。

 

「違う? 同じようにしたつもりだった」

「まあ鏡もトレーラーのサイドミラーだしね。しょうがないなぁ」

 

 ロスコルが暫く悪戦苦闘していたのだが左右の長さが揃わない。諦めて左右不揃いのまま縛ることになってしまったが、トレーラーの助手席に収まったステラは何処か楽しげだ。

 

「おっお嬢さん今度はちゃんとシートベルトしたな偉いぞ」

 

 続いて運転席に戻ったロスコルがしっかりシートベルトをしたステラを見てサムズアップをした。

 

「それは?」

「ん? これはサムズアップって言って大丈夫とかよくやったとか任せてって意味で使うんだ」

「サムズアップ」

 

 ステラも親指を立てて拳を握る。

 

「そうそう! ナイスサムズアップ!」

 

 そこにゴツんとロスコルのサムズアップがぶつかった。ロスコルの顔を見れば嬉しそうに笑みを浮かべている。

 記憶のないステラに気を使うロスコルの和やかな雰囲気をトレーラー内に充満させながらドラコ基地へ向け車はひた走る。



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Chapter3:P.S.S.

 ―S.H.I.E.L.D.調査部門基地・ドラコ―

 

「こんにちは」

「うむ、こんにちは。ステラ君。気分はどうかね?」

 

 白い髭を生やした老人、フランク・マリオン司令の前へステラとロスコルは出頭していた。かなり強面をした老獪だがステラにはどこ吹く風のようで臆することは全くない。

 

「健康体って言われました」

「それは良かった。しばらくの間B-7区画の37番にちょうどいい部屋があってそこに泊まってもらうことになる。いろいろ調査が終われば社会復帰の公共事業に委託することになるからそれまでくつろいでいてくれ」

「あの、司令? そこ俺の部屋なんですけど」

 

 おずおずとロスコルが手をあげるが。

 

「問題はないシェパード君。基地の女性陣からも君のところなら大丈夫というお墨付きをもらっている。ベッドを運び込んでいるから監督しに行きたまえ」

「あーもう! サーイエッサー!」

「あっ……」

 

 走り出すロスコルの背に手を伸ばしかけたステラを優しげな瞳でフランクは見る。

 

「ステラ君。君の記憶が曖昧なのは把握している。我々は君のような無辜の人々を巻き込むような不届きな輩を倒す為、日々活動している」

 

 その目線は白く透き通る腹部に刻まれたバーコードに注がれる。明らかに非人道的な行為が行われていたことが見て取れる。人身売買か、人体実験か、記憶を失う前のステラに何が行われていたのか、悍しい事実が眠っているのかもしれない。フランクはそのことへの憤りを隠し、ステラに優しく微笑んだ。

 

「だから今はどうか、この基地で気楽に過ごしてほしい。ドラコ基地は君を歓迎しよう」

「わかった」

 

 ステラがサムズアップをした。それを見てフランクは髭を撫でながらワッハッハと大笑いした。

 

「全く、シェパードの奴はよくやっているみたいだな。随分と懐かれた。まあそれでだステラ君。キミも助け出されてから検査でロクに食事を取っていないだろう? 自慢じゃないが当基地の食堂は絶品でね、是非好きに食べてほしい。おい、入れ」

 

 眼鏡をかけた金髪の知的そうな女性が入ってくるとステラの横に立ち敬礼をした。

 

「マリオン司令、本日はどのようなご用件で?」

「ステラ君、こちらカーリー女史だ。この基地で恐らく食堂について最も詳しい人物だ。カーリー女史にはこのステラ君に食堂を案内して欲しい」

「ああ、この子が例の……か、可愛いお人形さんみたい……いやジャパニーズフィギュアの方が正しいかしら

「女史?」

「失礼、食堂のことを考えていたらよだれが」

 

 ステラを見てニヤニヤと口角を上げてよだれが垂れそうになっているカーリーにフランクが少し困惑しながら声をかける。

 

「ではステラさん。食堂にいきましょう? 司令、失礼しますが食堂の後ステラさんは?」

「シェパード君と一緒に基地を案内してあげたまえ」

「イエッサー」

 

「あっ……こんにちは」

 

 カーリーに手を引っ張られて司令の部屋から退出したステラは忘れていた挨拶をするとカーリーは振り返ってワナワナと震え出した。心配になったステラが

 

「大丈夫?」

 

 と、首を傾げると

 

「ああもう辛抱たまらん!」

 

 飛びついてステラを抱きしめた。

 

「可愛い! もう純粋無垢な感じが最高!」

 

 なんてのたまいながらステラに向け頬擦りをしている。ステラは状況がわかっておらずそれを止めたりはしない。

 

「カーリー?」

「カーリーなんて他人行儀に呼ばないで! 私のことはシズって呼んでいいから!」

「楽しいの?」

「すごく楽しい‼︎」

「それならよかった」

「いや良くないよお嬢さん」

「いっだい⁉︎」

 

 ガツンと頭を引っ叩かれシズが悶絶する。涙目でそちらを見ればそこには書類を挟んだボードを縦にして持っているロスコルの姿があった。

 

「何すんのよ!」

「何も何ままでそっくりそのまま返す! 何お嬢さんにセクハラしてんの‼︎」

「スキンシップよ‼︎」

「セクハラする奴はみんなそう言うんだよ‼︎ お嬢さん、次こういうことされたら殴っていいんだからね」

「わかった。シズは敵?」

 

 ガーンといった風に涙目になるシズを尻目にロスコルが頬を掻いた。

 

「うーん敵って程じゃ無いんだけど……厄介な味方って感じさ。間違ったことをしたら正してあげないとね? お嬢さんだってあんなの嫌だろう?」

「特に嫌じゃない。ロスコルもやっていい」

「いややらないよ⁉︎」

「そう……」

「あーロスコルがステラを落ち込ませた」

「いやなんなの⁉︎」

 

 ロスコルが頭を抱えて悶えてからステラに近づくとその頭を撫でた。

 

「これが精一杯。我慢してくれ」

 

 撫でられながらステラはコクコクとう頷く。

 

「流石ロスコル、ステラちゃんは猫ちゃんか何かかしら」

 

 眼鏡を掛け直しシズがそんな事を言いながらステラとロスコルを連れて食堂に向かう。通りかかる職員から奇異の目で見られているがそれで萎縮してるのはロスコル位でステラとシズは気にした様子もない。

 

「さ、こちらが食堂。食券で注文だけどステラちゃん好きなものは?」

 

 ステラがしばらくの間俯いて考え込み始めた。なるほど山程ある食品の種類に圧倒されどれにするのか迷っているのだろうとロスコルは思った。見た目的にはサンドイッチとかチキンブリトー辺りを食べているのが似合いそうだが。

 

「好きなもの、無い」

「え? 意外とマイナーな食べ物が好きなの?」

「ううん、わからない」

 

 ロスコルとシズは深刻そうな顔を一瞬表出させ、努めて微笑みを浮かべた。

 

「よし、じゃあハンバーガーでも食べてみるか? 肉がジューシー野菜はシャキシャキ最高だぞ?」

「ダメよそんなジャンクなのは! ちょっとおしゃれにイタリアンスパゲッティといきましょう!」

 

 そう言って二人がお勧めの料理を紹介する。

 

「両方食べる」

「「えっ」」

 

 ステラの細身からはどう見ても食が細そうでとても両方食べ切れるとは思えない。が、せっかくの決定を覆したく無いので二人は少し少なめの品を選んだ。

 のだが。

 

「美味しい?」

「美味しい」

「それは良かった」

 

 なんとペロリと平らげてしまった。ロスコルとシズは目を剥いた。特にハンバーガーは隊員に向けてかなりボリュームがある。あんな細い体してるのに健啖家なのか。

 食事を終えてラウンジに向かえば途中ビークルの格納庫前を通りかかる。今は整備や試運転などをしている様子をステラは歩きながらじっと見つめている。

 

「お嬢さんは乗り物が好きかい?」

「わからない。でも楽しい」

「それを好きって言うのさ。ほらシズさんは食堂の案内がメインでしょお疲れ様」

「お疲れ様」

 

 そんなご無体なと言わんばかりのシズと別れる。そうしてラウンジに到着すればP.S.S.のメンバーが寛いでいた。

 

「おん? お嬢ちゃんにロスコルじゃねぇか」

「こんにちは」

「おっ、挨拶できるのは偉いぞ」

「シャオミン油臭い格好で入ってくるんじゃねえ!」

 

 寛いでいたフォボスが作業着のまま入ってきたシャオミンにキレる。

 

「何をやってたの?」

「ロマンさ」

「ロマン?」

「楽しいことさ!」

「計画中止の試作品弄りだろうが」

「それがいいんじゃ無いすか悪路でも百マイル、ハイウェイなら二百マイル以上出せますよ!」

「出したら木っ端微塵になるわ」

 

 あーあーまたやってるよとP.S.S.のメンバーがやれやれ顔をしているがステラだけは興味深そうに見つめている。

 

「おやステラちゃん興味あるのかい?」

「ある」

「本気か、まあお嬢さんの好きにさせてやらないとな。シャオミン気を付けろよ」

「ロスコルは来てくれない?」

 

 メンバー全員がロスコルを見た。全員がニヤニヤしている。

 

「わかったわかりました。ステラ、一緒に見に行こうか」

 

 ロスコルがそう言えばステラは嬉しそうにうんと頷き、メンバーはデパートで娘に振り回される父親を連想するのだった。

 



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Chapter4:ブラックトライク

「……すごい」

「わかってるわかってるねぇステラちゃん」

 

 格納庫の一角に案内された場所に安置されているのはバイクの前輪を二輪にした大型の乗り物だった。特徴的なフロントカウルと大型のタイヤが重厚さを表現し、特にフロントカウルや大きく伸びるハンドルガードは通常のバイクと違い金属で構成されている。大型バイクと表現するのも生易しい。大型バイクの代名詞ハーレーダビッドソンでも子供のように見えてしまいそうだ。

 

「クインジェット計画と並列して計画されたアーマートライク計画で試作された物でこっちは残念ながら試作品二十台で計画中止されたが、これも発想は画期的な代物だったんだ」

「何が?」

「よくぞ聞いてくれました。三輪でありながら機動性はバイクそのもので踏破性も馬力も桁違い! この特徴的なカウルには運転者を攻撃から守る装甲の意味と機関銃が内蔵されてて攻撃にも使える!」

 

 聞いたことあるわと言いたげなロスコルが呆れ顔をする。

 

「で、欠点は」

「馬力が馬鹿みたいにありすぎて人間じゃマトモに性能を生かせないことかねぇ」

「まあ今までのディーゼルバイクあたりで良いよな」

「やめて言わないで。でもいいんだステラちゃんがすごく興味を抱いてくれただけで」

 

 ステラがバイクの脇にまでやってくる。表情は変わらないが、バイクを見て回すその瞳には興味がとても宿っているように見えた。

 

「乗っていい?」

「いやいやいやいや」

「というか運転できるんすか?」

 

 運転できるかはさておき男二人には乗ってひどい目になる未来しか見えないので許可は出されなかったが、触ってもいいということで触ったステラ嬉しそうだ。表情は変わらないが。

 

「武骨なブラックトライクに華奢な女の子、見る分には良い絵だねぇ」

「ブラックトライク?」

「アーマートライクを黒くペイントしたのでブラックトライク。そのまんまっすがシンプルイズベストってやつだねあ、その感じいいね写真撮っていい? はいステラちゃん、 チーズって言って(セイ・チーズ)

「……? チーズ」

 

 シャオミンが何処から取り出したのかカメラをステラに向けチーズと言う瞬間にシャッターを切った。

 

「おお、いい笑顔」

「たしかに、今のお嬢さんも別嬪さんだけれど、笑うともっときれいだな」

「……」

 

 カメラに映った写真を三人で見てからステラは二人の前で立ち止まり暫く静止していると首を傾げてトライクの塗装に反射する自分の顔を見てからもう一度二人の前にやってくると自分の指で頬を押して口角を上げた。

 その様子に思わずロスコルは笑ってしまい、ステラの頭をポンポンと叩いた。

 

「いいんだお嬢さん。無理に笑わなくたって。今はまだ笑えないかもしれないけれど、お嬢さんが心から自然に笑えるようになる時が来るはずだからね」

「……わかった」

 

 そう言ったステラの顔はほんの僅かに口角が上がり、とても儚げな微笑が浮かんでいたが、まだ出会ったばかりの彼らでは気付くことはできなかった。

 そうしてラウンジに戻ってくればメンバー達と談笑しこっそりお菓子を貰い、シャワールームに行けば一角を完全封鎖しセクハラの危険(シズ)を排除。基地内の店で購入した寝巻きを身に纏ったステラがロスコルの部屋に設置されたベッドの上に座り込んでいた。

 

「じゃお嬢さん。こんな男とおんなじ部屋で安心できないかもしれないけどこれ部屋のカードキーね。寝れなくて外に出たくなったらこれを持っていかないとオートロックだから閉め出されちゃうから気をつけて。まあ閉め出されても扉を叩いてくれれば開けるけどさ。あと出ていいのはラウンジまでだからこれも注意して」

 

 ステラに金属製のカードキーを差し出し渡してくる。Tシャツ姿のロスコルの首でチャリンと音が鳴った。

 

「何をつけてるの?」

「ああ、これはドッグタグだよ。犬って事じゃない、識別する為のものさ」

「私も、それつけたい」

「うーんこれは俺のだし、お嬢さん用のを作ってもらわないとね。俺やフォボスとかが非番の日に作ってもらいに行こうか」

「ありがとう」

「うん。じゃあおやすみ」

「おやすみ」

 

 そうして電気が消え静まり帰った部屋でロスコルは思う。

 寝れない、と。自分が居心地悪いとかそう言う事は無いのだが、ステラが眠るのに自分が邪魔なのではと気になって仕方ないのだ。

 しかししばらくするとステラから寝息が聞こえてきたので、ロスコルもステラから背を向け意識を眠りに落とした。

 数時間後、ステラがふと目を覚ました。何かに呼ばれているかのような感覚を覚えたステラは言いつけ通りにカードキーを持って部屋を後にし、長い廊下を経てラウンジにたどり着いた。明かりはつき利用可能になっているものの人の姿は無い。

 

「外に出たらロスコルが悲しむ」

 

 その窓から空を見つめる。外に出てみたいとも思ったが言いつけを守らなかった時のロスコルが悲しそうな表情を浮かべそうな気がして出る気は無かった。

 ふと、窓の縁が赤く光った事が目についた瞬間、ステラの目の前の窓が壁ごと吹き飛んだ。衝撃でステラがラウンジの壁に叩きつけられ、打ち所が悪く気絶した。粉塵が舞い上がり遅れて警報が鳴り始める中、そのまま穴から侵入してきた完全武装の二人組が倒れたステラの寝巻きの袖をまくり振り下ろすように腕に極太の針を突き刺した。

 

「っ敵!」

 

 刺さった痛みで目を覚ましたステラが暴れて拘束バンドをつけようと取り押さえていた一人が軽く数メートル以上吹っ飛び割れた窓ガラスを突き抜けていく。しかしその隙にもう一人がスタンロッドを首に当て最大出力で電撃を喰らった結果、意識が遠くなり四肢に力が入らなくなる。

 その隙に襲撃者の用は終わったらしくくぐもった声を小さく出す。

 

「無事か。ああ、本体回収は抵抗のため断念。撤退だ」

 

 ステラの腕から針を雑に引き抜くと少し出血し寝巻きを汚した。

 そこに頭部に銃弾が直撃、ヘルメットに弾かれた。

 

「お嬢さんに何やってる‼︎」

 

 拳銃を構えて現れたロスコルへサブマシンガンを乱射、柱の影に隠れやり過ごす間に窓に空いた大穴から飛び出した襲撃者はステラから抜き取った血と共にもう一人もきっちりと収容する。

 ラウンジにP.S.S.メンバーが武装して集まってきたのを尻目に襲撃者は速やかにヘリに乗り込み逃走。精鋭のS.H.I.E.L.D.基地に襲撃を仕掛けるに足る見事な手腕を見せつけられることとなった。

 

「お嬢さん? ステラ! しっかり! 医療班!」

 

 ロスコルがステラの脇に先ほどの爆発で誤作動を起こし大量に転がった自動販売機の缶を挟んで左腕の止血をする。

 

「……ごめんなさい」

「謝る事なんてない! 悪いのはこんな事した奴らだ。怖かったろうお嬢さん……」

「おいおいどういうこった。悪党ってのはお嬢ちゃん一人の為にS.H.I.E.L.D.に喧嘩売って生きて帰れると思ってんのか?」

「それもわからん馬鹿には分らせてやるしかないだろう。しかし何故事前に察知できなかった?」

「空に上がったクインジェットは目標をロストしたらしい、ただのヘリでそんなことできるか?」

 

 フォボスやアハズが念の為周囲を警戒している。ロスコルはステラを抱きしめて頭を撫でた。

 敵の狙いがステラであると判明した以上病院へ移送するのは危険と判断され基地内の医療設備で処置を施した。軍医曰く傷は浅く一週間程度で完治する筈だが念の為固定して貰い、医療室で夜を過ごしてもらうことになった。P.S.S.のメンバー達は翌日のため休息、基地の警備に業務を受け渡し、ロスコルだけは襲われたステラの精神を鑑みて医療室で共に眠ってもらうこととなった。



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Chapter5:強襲

 ロスコルは今、P.S.S.メンバーと共にクインジェット格納庫に着席している。そこにステラの姿は無い。

 

『ぴーえすえすコール。みんな気をつけて』

「おうともよ!」

「お嬢ちゃんの激励だ、気合入れてくぞ!」

「間も無く目的地、降下用意……ッレーダーロック!」

 

 ドン、と衝撃と共に格納庫内が急回転を始める。

 

「左タービン破損! 行け行け行け!」

 

 ハッチを開け無理やりメンバー達を輩出していく。全員が飛び降りたところで二発目のミサイルが直撃しクインジェットが爆散した。

 

『クインジェットのステルスを無視しただと? 一体……待てステラ君‼︎』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨夜の襲撃から明け朝。ブリーフィングルームでは例のヘリの降下予測地点の情報が割り出されP.S.S.メンバーと共有されていた。

 

「ステラ君と同じく囚われ拘束された人間がいる可能性が排除できない以上事前の航空爆撃は不可能だ。よってこちらの最大戦力を施設制圧に投入させてもらう。これだけでわかるだろう諸君」

 

 全員が頷きブリーフィングルームから出てくると、そこではステラが護衛をつけられて待っていた。

 

「みんな」

「おうお嬢ちゃん、いっちょお嬢ちゃんの仇討ちと行くから楽しみに待ってろよ!」

「死んでねえ! 縁起が悪いぞフォボス!」

「……わたしも行く」

「「「「ダメだ」」」」

「どうしても……?」

「そんな顔しないでお嬢さん。大丈夫、俺たち最強P.S.S.チームだ、お嬢さんも俺たちの仲間だから、信じてくれ」

 

 ロスコルが懐から何か取り出す。それはP.S.S.メンバーと同じ意匠をしたドッグタグだった。しっかりと『P.S.S. Stella』と刻まれている。

 

「無理言って作ってもらったんだ。それを付けて、信じて待っていてくれ」

「……わかった」

 

 その後ステラが準備の為移動する先で全員から背中を引っ叩かれまくるロスコルの姿があった。

 フル装備を整えたメンバー達がクインジェットに乗り込むのを見届けた後、ステラはオペレーションルームに呼び出される。フランク司令曰くここが最もこの基地で強固な防御力を持っているとの事だが心配をさせまいと言う配慮も含まれていた。言い方はアレだが子供にはかなり甘いのである。

 

「これを、P.S.S.専用のインカムだ。このチョーカーもつけなさい。咽頭マイクの役割がある」

「ありがとう、フランク司令」

「ふふ、いかんなどうも孫を相手している気になってしまう。バレると処分されるから内緒で頼むぞ諸君」

「うう、ステラちゃんを怪我させるなんて大悪党さっさとやっちゃってくださいね司令」

 

 ステラの脇ではシズが控えていた。一応ステラがオペレーションルームで動きまわらないようお目付役である。

 フランク司令がここまでしてしまうのには若干の驕りがあったと言っていい。S.H.I.E.L.D.の東にS.T.R.I.K.E.あれば西にP.S.S.ありと言われる精鋭部隊だと言うことに。しかしそれもただの人間相手ならばだ。

 

「P.S.S.コール。間も無く目的地のモハーヴェ砂漠だ。気を引き締めろ。ほらステラ君も何か言うといい」

「ぴーえすえすコール。みんな気をつけて」

 

 すると通信機の先から意気の良い返事が来る中突如それは起きた。

 

「クインジェット被弾!」

「クインジェットのステルスを無視しただと? 一体……待てステラ君! カーリー女史止めろ!」

「分かってます相変わらず足はっやいな⁉︎」

 

 どうやって二百マイル近く離れたモハーヴェ砂漠に行こうと言うのか、子供の考えることは単純だ。クインジェットの格納庫に向かってるに決まってると近道をしてシズがそちらに向かうが、いない。と、その手前の建物に入ろうとするステラの姿があったので大慌てで駆け寄る。

 

「シズ、開かないの。開けて?」

「ステラちゃん落ち着いて、ロスコル達なら大丈夫、信じて待って。ステラちゃんだって怪我しているでしょう?」

「治った」

 

 シズの説得も固定ギプスを引っぺがすステラがつけたインカムから刻々と流れる通信で効果が薄い。今の膠着はステラがこちらを傷つけないという善性を前提にしたものだ。

 

「シズ、ごめんなさい」

 

 ステラが悲しそうに目を細め俯く。良かった止まってくれたとシズが安堵した瞬間ステラが扉を掴んだ。

 

「えっ嘘でしょ⁉︎」

 

 整備室の扉がメキメキと変形していく。薄いアルミで作られているわけでは無い。しっかりと鉄で出来ている。相応に頑強なヒンジがバキリと折れ扉をステラがひっぺがした。そっと下ろすもゴン、と重量感ある音がした。そうしてステラはもう一度申し訳なさそうに。

 

「ごめんなさい」

「ごめんなさいってそういう⁉︎」

 

 と言った。シズは口をあんぐり開けて突っ込んだ。

 そのまま茫然と中に入っていくステラを見送ると中で暴力的なエンジン音がする。中にあるのはマニアが趣味で整備してるアレである。

 シャッターも打ち破られるのかと思いきや中にある開閉スイッチをしっかり押してくれたようでシャッターが上がる。予想通り乗っているのは例のモンスターマシンである。ステラがちっちゃくビークルが勝手に動いているようにも見えてしまう。

 シズの脇にステラが横付けすると。

 

「ごめんなさい」

「もういいって! もう止めないから行くなら怪我しないで帰ってきなさいよ⁉︎」

「……ありがとう」

 

 そう言ってウィリーさせながら発進していったステラをシズは見えなくなるまで見つめていた。

 

「ステラちゃん、微笑みでもめちゃくちゃ可愛いわね……」

 

 基地のゲートも開けられ公道に飛び出したステラに通信が入る。

 

『P.S.S.コール。ステラ君、此処までなってしまえば止まってくれと言っても止まらないだろう。ならば安全と速さの為ナビゲートをするからオペレーターの指示に従ってくれ』

『GPSでブラックトライクを捕捉……え? 時速三百マイル?』

 

 フランク司令と代わったオペーターが目を剥いた。

 ステラは暴れようとするブラックトライクを力で押さえ込みマシンスペックの限界値をたやすく叩き出していた。本当の意味で風のようになり道路を駆け抜けていく。

 

『前方に渋滞あり、注意してください』

 

 点のようにしか見えない前方の渋滞が一瞬で迫るがトライクを傾け脇の畑に出る。段差を跳ね飛び停車していた大型トラクターを飛び越え土を巻き上げながら着地。渋滞脇を突き抜けていく。不整地となり速度は落ちたがそれでも百マイル以上を維持しているのは人間業では無い。

 

『信号機に干渉しろ。急げ』

 

 途中の街の信号にはフランク司令達がS.H.I.E.L.D.として干渉し進路の妨害を許さない。交差点をを轟音と共に一瞬で通り過ぎた黒い風に何があったのかと左右を見渡すこととなった。

 都市を抜けモハーヴェへ向かうほぼ直線の道に出ればステラはアクセルを限界まで全開にした。マフラーの先から火が吹き出す程に。

 

『推定速度よ、四百マイルです』

『シャオミンの奴めよく事故を起こさなかったな』

 

 僅かながらその速度で走っていると通信が入る。

 

『道を外れて、そのまま直進してください』

「わかった」

 

 道を外れた衝際にブラックトライクが跳ね、超重量の車体がスキージャンプの如く滑空した。着地時にスリップし盛大に砂埃を巻き上げながら左右に振られるが力で捻じ伏せ体制を立て直す。

 地面に生えた草などをなぎ倒しながら車体が制御可能なギリギリまで速度を上げ爆走していると地平線の先で黒煙が上がっているのが確認できた。

 

「見えた」

 

 アクセルを回し前輪が跳ね上がりウィリーの状態から丘を飛び上がりちゃくち、砂煙を巻き上げながらステラとブラックトライクは黒煙に向けひた走る。

 彼女は二百マイルの道のりをたったの三十数分で走り抜けたのだ。



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Chapter6:出血

「おい弾頭が足りないぞ!」

「一体撃破!」

 

 P.S.S.のメンバーは地下から現れた、ステラ救出時に暴れていたロボと同種の敵と戦闘をしていた。こちら側もその予想はついた為対策装備をしてきたもののクインジェットが墜落した際に予備弾薬の多くが消失し数によるジリ貧となっていた。問答無用でクインジェットがミサイルに落とされた都合上航空支援を飛ばせず陸路での援軍も最も近い基地がそもそもドラコの為、他基地からは離れており、一時間以上時間がかかる事が確定しているのだ。

 

「よしっ撃破っ!」

 

 ロスコルがロケットランチャーを放ちロボに風穴を開け停止させるがその陰から別のロボが迫ってくる。不意を突かれ避ける事ができない。

 

「ロスコル‼︎」

 

 フォボスが叫び、ロスコルが足掻くようにライフルを連射する。

 

「死ねない! お嬢さんに約束をしたんだ!」

 

 どうしようもない質量の暴力にライフル弾では押し返せない。それでもロスコルは目を瞑らない。だからこそ見えた。

 ロボに黒いものが衝突する瞬間を。

 

『ごめんなさい』

 

 通信機からステラの謝る声が聞こえた。

 質量の暴力ならば、それを打ち破ったのは質量と速度の暴力である。

 装甲で構成されたフロントカウルが一トンの質量と時速百六十キロの衝撃力を余す事なく伝えロボを撥ね飛ばし、着地時にトライクを横向きにして減速、停車する。そこに乗る人物を見た全員の顎が落ちた。

 

「「「「おっお嬢さん⁉︎」ちゃん⁉︎」」」」

 

 そのままハンドルを押し込みねじりロックを解除。フロントカウル装甲とハンドガードが持ち上がり内に内蔵された機関銃が二丁姿を現した。

 周囲の敵に向け引き金を引くが、弾が出ない。

 ロボの攻撃を避けるシャオミンが絶叫した。

 

「ごめんステラちゃんそれ弾入ってない‼︎」

 

 趣味の産物なのと安全の為機関銃の弾倉は取り付けられていなかったのである。するとステラが機関銃を引っ張ってジョイントが折れ配線が引きちぎれ捥げる。

 

「おワーーーオあーーー⁉︎」

 

 シャオミンは絶叫した。

 フロントカウルとハンドガードの装甲を使った無骨な大剣のようになった物を全力でロボに叩きつければシャオミンを狙っていたロボが粉砕される。そのまま残っていたロボを全部破壊すると崩れ落ちるシャオミンの元へやってきた。

 

「その……ごめんなさい」

「いやいいんだ……使ってもらえてブラットライクも満足さ……」

「鼻水と涙拭けよ」

「うるせぇ!」

 

 ロスコルがステラの下に駆け寄ってくる。

 

「お嬢さん! ありがとう……でもどうして来たんだ? 待っててくれって」

「仲間のピンチには駆けつけるのが……私は正しいと思った。だから来た。でもごめんなさい、言いつけを破った」

 

 しょんぼりとしたステラの様子に、ロスコルはもう苦笑するしかなかった。ガシガシと乱暴にステラの頭を撫でグラグラと頭を揺すった。

 

「いいんだお嬢さん。いやステラ、改めて助けてくれてありがとう」

「いいの?」

「仲間だからな!」

「おうとも!」

「ダイナマイトガールがいれば百人力だぜ」

 

『P.S.S.コール。援軍が到着したようだがどうか?』

「最高だよクソッタレ、あやべ、お嬢ちゃん今の真似しちゃダメだぞ」

「重火力は消費したが損害は軽傷者とクインジェットに……そこのビークルだ。パイロットは?」

『脱出に成功して離れた場所に待機している』

「それは良かったではP.S.S.はこれより施設に突入する。おらてめえら気合入れろ! タリホー‼︎」

「「「タリホー!」」」」

「たりほー!」

 

 ロボが這い出してきた場所は外から見れば巧妙に廃墟に偽装されていたが中はエレベーターシャフトのようになっており、ロープで降下すればその先は軍事施設というよりは研究所のような姿をしていた。

 しかしほとんどのものは破壊され、床には消化剤の痕跡さえもある。フォボス達がクリアリングしていく中で幾つか身元不明なほど損傷した死体などが転がっていた。外での激戦に比べ中は呆気ないほど何もなかった。西側の大部分が完全に崩落しており何かが起きたことを感じさせるがロスコルが調べるもコンピューター類はどれも完全破壊され何も分からずじまい。

 東へ施設内を進んでいくと、軍事施設としての様相を呈してくる。のと、電源が生きている事がわかり、より一層警戒を強めた。

 

「砂漠の地下にこれだけの空間を? どういう資金力だよ」

 

『やあP.S.S.の諸君』

 

 音声が放送され、全員が物陰に隠れる。

 

『そう警戒する事はない。いや、旧人類には未知とは恐ろしいものか』

 

 カツン、カツンと誰かが歩いてくる。フォボス達は陣形を整え十字砲火の準備を整えた。

 

『君達には是非お帰り願いたいね。もう時間稼ぎの必要もない』

「撃て!」

 

 全員の一斉射撃の轟音が響き歩いてきた人物に直撃する。しばらくの間斉射していたが目標の人物が倒れ射撃を中止する。

 

「いやぁ、まいった参った」

「なっ生きて⁉︎」

「新人類なんだから当然だろう……とまあ手品と言うわけではないが」

 

 

 仰向けに倒れていた男が起き上がる。立ち上がると融けた銅と鉛が滴り落ちた。その手にはステラがもぎ取ったブラックトライクの一部よりもさらに大きな大剣が握られていた。

 その姿は血のように赤い髪に瞳。頭部にはまるで左目に眼帯をするように金属質のアクセサリを付けた男が気怠そうな笑みを浮かべている。

 

「さすがに知人を殺すのは忍びない。帰ってくれないか?」

「俺の知り合いにそんな色男はいねぇなぁ!」

 

 フォボスの発砲を剣を盾に防ぐと切っ先をフォボスの方へ向けた。切っ先が開き、そこには銃口が口を見せていた。いや、その口径は明らかに砲の領域だ。

 

「残念だ」

「させない!」

 

 発砲の瞬間にステラが割り込みフロントカウルを盾にし攻撃を防ぐ。爆発し吹っ飛ばされたが、フォボスもステラも何とか無事だ。

 

「成る程、流石はヴァイス計画の完成形。命拾いしたなベイリー君」

「ゲホッゴホッ! ありがとよ嬢ちゃん……で! てめえは結局誰なんだよ色男さんよ!」

 

 大剣を振ると大きな薬莢がはじき出され、床に当たり金属音を鳴らした。その音の反響が鎮まり、勿体ぶるかのように男は口を開いた。

 

「マズマ」

「……は?」

 

 その言葉をロスコル達は理解できなかった。

 

「おや、よく聞こえなかったかな。私はマズマ・ユーリス。元はしがないただの医者だった男さ」

 

 その男は先日ステラを検査した医者の名を名乗った。

 

「そんな馬鹿な……どう見たってユーリス先生には……」

「そうとも、そこのステラ君の血を使用(ネブレイド)し新人類として覚醒したのだから面影がないのも当然だ」

 

 まるで出来の悪い生徒に諭すかのように微笑むマズマに、ロスコルは怖気が走った。

 

「さあステラ君。君の体は君にはわからない程の利用価値がある。こちらに来なさい」

「いやだ」

「ステラ君、悪いが君の意思は聞いていない」

 

 そう言うと再び大剣を発砲。今度はステラが防ぐも吹き飛ばされずその場で踏ん張った。その背後にはフォボスがいる。

 

「クソッタレ俺達がお嬢ちゃんの邪魔になっちまってる! 一時撤退だ!」

 

 P.S.S.が撤退していくと、ステラは踏ん張ることをやめボロボロになったフロントカウルを捨てるとマズマに突進する。マズマは大剣を振りかぶりステラを迎撃する構えを見せた。

 神速で振り抜かれた大剣の斬撃を上へ間一髪躱す。その鋭さは凄まじく近くの鉄筋コンクリートの柱を容易く両断する。しかし躱した勢いのまま交差法気味にかかと落としがマズマの脳天に直撃、地面に叩きつけ破片が宙を舞う。

 

「無駄だ」

 

 叩きつけられた足をマズマが掴んで全力で振り投げると、ステラはその速度のまま吹っ飛ばされ壁を二枚ほど突き破り床に転がるのだった。



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Chapter7:覚醒

『くそ手が出せねぇ!』

『お嬢ちゃんが勝った時の為退路を確保しろ! ロスコル! そっちはどうだ⁉︎』

『この建物の管制室みたいなのに到着! 色々やってみる!』

『アハズ、ロスコルの手伝いに行け! 今お嬢ちゃんに一番役に立つのは多分あいつだ!』

『了解した』

 

 この基地内の生きている監視カメラ映像からロスコルがステラのサポートをしようと悪戦苦闘していた。画面の先ではステラが追い詰められており、マズマは遊んでいるようにさえ見える。

 

「武器庫、武器庫に何かないのか⁉︎」

 

 武器庫の区画はギリギリ崩落に巻き込まれていない事がわかるがロクな武器が置かれていない。

 

「実験品……? なんでもいいお嬢さんに武器を!」

 

 

 

 

『P.S.S.コール‼︎ お嬢さん! そのまま後ろに走って角を左に曲がった先の金属扉! そこにある武器のロックを解除したから使ってくれ!』

 

「わかった!」

 

 インカムから届いた情報にステラは頷くとその辺に打ち捨てられていた椅子をマズマにぶん投げる。効かぬと言わんばかりに両断した先ではステラが背を向けて走り去っているところだった。マズマの狙撃も背中に目があるかのように避けられ、さらに廊下の隔壁が一斉に降り始めた。

 

「無駄な足掻きをするんじゃない。鬼ごっこは嫌いなんだ」

 

 そんな言葉に聞く耳を持たないステラは走る勢いのままに扉を突き破って中に入ると、緑色に点灯したコンテナを見つけ、開け方がわからないので結局扉を無理やり引き剥がした。引き剥がすと中に入っていたものがスライドし現れる。それはステラの身長ほどもある大砲のようなもので脇には[RockCannon]と書かれていた。それともう一つ、[BlackBlade]と書かれた黒い直刀がともに迫り出す。

 

『お嬢さん、ほかには何かないかい?』

 

 二つを引っ張り出して更に探していると突如ステラの腹へ赤い光が照射される。照射されているのは刻まれたバーコードの部分だ。ピピッと何かが解除され天井が開き二つのウィングのようなものが降りてきた。

 

「……なんかあった」

 

 とりあえずつけてみようとすると自身のホットパンツと背中にくっつき連結し腰から翼を下げているような格好になった。

 何故だかわからないが、ステラにはこれの使い方がわかる。

 

〔ステラ……は……った?〕

 

 頭の中で誰かの声が聞こえた気がする。

 

「おっと、ものものしい姿になったな」

 

 そこへロスコルがありったけ下ろした隔壁全てを破ってマズマが姿を表す。

 ステラが構えたロックキャノンに笑みを浮かべ自身も大剣を構えた。

 互いに引き金を引いた瞬間ロックキャノンから光の塊が放たれ、それはマズマの放った砲弾を吹き飛ばしその先の彼自身に襲い掛かる。

 

「なっ」

 

 直撃したマズマはそのまま残った隔壁ごと砲撃に巻き込まれ叩きつけられた壁に大きなヒビを生み出す。そのヒビが天井にまで伝播し瓦礫でマズマを生き埋めにする。

 ロックキャノンは見た目に違わぬ凄まじい威力をしていた。

 

 ゆっくりと確認の為近づくと瓦礫の隙間から突如炎が溢れた。咄嗟に腰のブースターを起動して逃げようとしたが、うんともすんとも言わない。

 ステラの脳裏に、何か施設とケーブルを繋いでブースターを使っていた事が思い浮かぶ。ロックキャノンを盾にしながら吹き出る炎に押され後退りをする。

 

「全く、図に乗られては困るからな。見せてやろうこれが私の新人類としての力だ」

『そんな馬鹿な⁉︎』

 

 瞬間スプリンクラーをロスコルが起動し消化にかかるがマズマの操る炎は消える気配を見せない。

 

「無駄なことをしているな」

 

 ステラがそのままロックキャノンの引き金を引くが二発目が出ない。何度引き金を引いても。

 炎を纏う大剣の振り下ろしにロックキャノンを捨てブラックブレードで大剣を受け止めると火花を散らし赤色化しながらも折れる気配は一切ない。

 

「成る程、例の盾を越える合金開発の成果というわけか。だが」

「ぐっうう……!」

 

 ステラが膝をつく。そのまま床にもヒビが入り、めり込み出した。マズマが身に纏うその熱量に反比例するかのように冷酷な笑みを深めていく。

 

『おいフォボスまて! 何する気だ!』

「よう血便野郎、P.S.S.(うち)のお嬢ちゃんに何やってやがるんだ?」

 

 ゴリッとマズマの顔にライフルの銃口が押し当てられ、その先には不敵に笑みを浮かべるフォボスが居た。スプリンクラーの音に隠れ接近に気付かれなかったのだ。

 

「くたばりな」

 

 引き金が引かれその顔面に三十一発の弾丸が数秒で吐き出される。本来であれば頭蓋骨が木っ端微塵になり頭が跡形もなくなるはずの攻撃。

 だがそれにマズマは耐え切った。それでも僅かながら出血を伴い、ノーダメージとまではいかなかったのはフォボスの意地が通じたのか。

 

「っやめ!」

 

 押し返そうとしたステラをマズマが蹴り飛ばしフォボスの方を向き直る。

 

「旧人類にしてはよくやったと言ってやろう」

「……悪いお嬢ちゃん、あと頼んだぜ」

 

 フォボスをマズマは大剣で袈裟斬りにし、スプリンクラーで溜まった水にフォボスが仰向けに倒れた。

 

『フォボスウゥーーーッ!!!』

 

 通信ににロスコルの絶叫が流れる。

 

「あ……あっ……ああーーーッ!」

 

 ステラも叫びながら我武者羅にマズマに向かうが、軽くいなされ頭を掴まれ床に叩きつけられた。

 

「何を喚く。ステラ君が素直に諦めれば出なかった犠牲だ」

 

 強度限界を迎えた床に穴が開きステラが落下する。下の階層はかなりが冠水し、霧が立ち込めていた。

 その中で膝をついたままステラは自問する。

 

「わたしは……間違ってた?」

 

 誰かの顔が浮かぶ。狂乱し違う! 違う! と叫ぶ男。憑物が落ちたように微笑みを浮かべる男。

 

「ギブソンと言いフォボスと言い馬鹿な男だ。こんな実験動物に情が湧くとは」

 

 ギブソン、そうギブソン博士。

 

〔わたしが間違っていた。ステラ、君はステラなんだ。あの子ではない。君は、君として、生きているんだ〕

 

 優しげな声が聞こえる。それはステラの存在を肯定する祝福。

 

『違う! お嬢さんは間違ってない! 間違ってるのはあの赤パプリカ野郎だ‼︎ ステラ! フォボスが何を言ったのか忘れないでくれ‼︎』

 

 ロスコルが叫ぶ。それはわずな時間でも育まれたステラとの絆の証明。

 ステラの瞳に、火が宿る。

 

「後は……」

 

 それは瞳を超え、左目を覆うように蒼く蒼く燃え盛る。

 もう下は向かない。見つめるのは、敵だ。

 

「任された……!」

 

 先程まで腰にただぶら下がっているだけだった翼がステラの意思通りに可動する。ブースターが火を吹いた。猛烈な推進力により霧とスプリンクラーの水を弾き飛ばし、ステラは飛翔した。

 

「なんっがハッ⁉︎」

 

 天井を突き破ってマズマに頭突きを喰らわせ上の階の天井に叩きつけられるマズマを尻目にスラスターを使って高速サイドフリップ、ロックキャノンを拾いマズマに向け引き金を引いた。

 引いても弾が出ないなどと楽天的なことは考えなかったマズマだがそれは正解だった。空間を白く塗りつぶすような光条が防御を固めた大剣に突き刺さる。

 

「がぁぁぁああ⁉︎」

 

 しかし勢いを殺す事ができずそのまま上の階層全てを突き破り大穴を開け地上に放り出された。

 

『P.S.S.コール! お嬢さんが敵を外に出した! 屋外へ脱出するぞ! アハズは俺とフォボスのところに!』

『了解』

 

 砂漠の上に大剣を支えにして立ち上がったマズマが自身の放り出された大穴を睨みつける。

 

「ふざけるな……まさか今まで覚醒していなかったと……⁉︎」

 

 そう言いながら血を吐いた。ようやくマズマにダメージらしいダメージが通ったのだ。

 

 ステラも後から後から穴を飛び出し地上に着地した。その顔に絶望はない。あるのはただマズマを倒すという意志だけだ。

 

「生きて回収するのは叶わないようだな……!」

「わたしは、あなたの思い通りにはならない」

 

 マズマとステラ、互いが獲物を構える。飛び出したのは同時であった。



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Chapter8:決着

表現が誤解を招いていたので修正しました


 その男は狂気に侵されていた。

 失った命は戻らないという原則が抜け落ちてしまうほどに。求められた全ての知識を倫理観のタガもなく開示してしまうほどに。彼に必要だったのは設備。その為ならばどんなことでもした。娘に会いたいという一心で。

 彼らの信条に興味はない。利用するだけ。だからこそ博士は自身が利用されているという事に気付いて居なかった。

 幾度とない失敗。その末に生まれた愛娘が目を覚ます。

 これ以上ない喜び、狂乱、狂喜、それらを狂愛が押しつぶし、何時もの、そうあの日常の一日のように、彼は彼女を呼んだ。

 

「ステラ、朝だよ。起きて」

 

 目蓋が震え、目醒めがやってくる。優しげな笑みに染まっていた博士の顔が、まぶたの下から現れた瞳を見て恐慌に染まる。その瞳は澄んだ青。()()()()()()()()赤とは全く違う瞳の色をしていた。

 

「そんな、そんな馬鹿な、馬鹿な馬鹿な⁉︎」

「わたしは……ステラ?」

「私は、私はなんてことを⁉︎ 馬鹿な馬鹿な‼︎」

 

 博士は狂気から()()()()()()()()()()。娘がもう戻らないことを自覚してしまった。博士が生み出したのはステラであってステラではない。そして犯した罪に彼の精神は耐えられない。

 

「どうしたの?」

「やめ、やめてくれ」

 

 首を傾げるステラの青い瞳が、博士の背後に失敗作達の幻影を見せつけていた。そしてその幻影を生み出す原因となった、ギブソン自身の悪魔のような顔も。

 

 その蒼い瞳は今敵を定めロックキャノンの引き金を引く。砲口から太いビームが放たれ着弾点に爆発を起こす。互いの射撃を回避し合いながら距離がつまり大剣とブラックブレードがかち合うと大剣から放出された炎を避け足払いでマズマの態勢を崩しながら後退、追撃にに襲いかかる炎を、ステラは跳躍と足運びを合わせて腰のウィングスラスターを用いた三次元軌道で回避し、ロックキャノンの一撃で炎を四散させる。

 

「これは千日手かな?」

「違う。わたしは諦めないからわたしが勝つ」

『S.H.I.E.L.D.から既に攻撃機が飛んでる! というかお嬢さん顔燃えてるんだけれど⁉︎』

「これは大丈夫」

 

 ロスコルによると爆装したクインジェットがこちらに向け飛んでいるとの事らしい。

 

「全く、知っているデータと違うと言うのはなかなかに困ったことだ。いや、実験動物と言ったのは君への侮辱になってしまったか。私が君の血を元に進化したようにステラ君もまた新人類ではあるのだろう」

「違う。わたしはわたし、ロスコルやフォボスの仲間。ただそれだけ」

「そうか……いまだ旧人類と肩を並べるというのか。ならば‼︎」

 

 マズマが空へ飛び上がる。そして全身から炎を放出し空全体が炎に覆われ、それが全て一点に凝縮する。上空には第二の太陽が出現した。

 

「防がねば仲間が死ぬぞ」

「させない、誰ももう殺させない!」

 

 ステラがブラックブレードを地面に突き刺し両腕でロックキャノンを上空に構えた。

 放たれゆっくりと接近する第二の太陽にロックキャノンから放たれた光条が突き刺さる。その背後にいるマズマに届くことなく太陽は解れながら迫ってくる。

 

「行け。プロミネンス・フレア」

 

『お嬢さん逃げろ! 俺たちは大丈夫だ! P.S.S.コール! 全員最下層まで退避!!』

 

 ステラの機動性なら逃げることは容易い。だがそれは分の悪い賭けだ。マズマは既にフォボスを殺した。あの火球の威力がそんな生半可に終わる保証などない。

 

「やだ!」

 

 左目から吹き出す蒼い炎が火柱の如く猛る。その輝きは第二の太陽に劣らない。この場にある物を知る人間がいたならばその光とある物の類似性を感じたかもしれない。

 

「わたしは‼︎ 逃げない‼︎」

 

 光条が途切れる。代わりにその名の通り岩の如く巨大なエネルギーの塊が砲口から放たれた。ロックキャノン基部が青く光り猛スピードで回転を始め、砲口から放たれる砲撃の数が増えていく。

 

「なっ」

 

 解けた熱量が地面を擦り一部をガラスに変化させる。

 砲の発射速度は今や秒間十発に至り、迫る太陽の進行が停止し拮抗する。反動で地面にめり込みかけるのを腰のスラスターで押し返す。

 ロックキャノンが限界稼働し砲口の部分が灼熱化し赤く染まる。その発射速度は秒間二十発に至り火球を押し返す処かその中心を貫きマズマの大剣を真っ二つに破壊。

 制御を失った太陽が裂けマズマの至近で大爆発を起こした。衝撃波と共に熱された空気が爆風となって地上を蹂躙し、西側の地面を覆っていた偽装さえも弾き飛ばし隠されていたクレーターを露わにした。

 ステラもロックキャノンを地面に刺しブラックブレードと共に支えにしてスラスターを吹かし耐える。

 爆風が終わればそこはもう空に雲ひとつない青空が広がっていた。爆風で全てが吹き飛ばされたのだ。

 空から、それに比べればちっぽけな小さな影が落ちてくる。

 それは半身を焼き焦がし消し飛ばされたマズマだ。

 

「マズマ……」

「……何故悲しそうな顔をする? ……お前はただ敵を打ち払っただけだ」

「それ以外のことができたかもしれない」

「……覚えておけ、ねじ伏せる力もなくそれ以外の選択肢など……傲慢だ。いやしかし……これも新人類たる者の美徳なのかもしれないな……ならば所詮私も力を得ただけの旧人類か」

 

 マズマが自重するように苦笑する。

 

「だが、私は奴らとは違う。真に人類の事を考えてるならば……必要なのは……変革……なのだ……」

 

 拳を天に突き上げ握りしめ、力を失い落下した。

 その顔に冷酷な笑みを浮かべたまま、マズマは息絶えた。

 緊張の糸が切れたように左目に浮かんだ火は消えロックキャノンもブラックブレードも放り捨ててどさりと尻餅をついた。

 エレベーターシャフトから這い出てきたロスコルがステラの元へ駆け寄り、近づいて来た所でゆっくりと歩き微笑む。

 

「お嬢さん? 泣いてる?」

「涙は出ていない……」

「困ったな……そんなお嬢さんに良い知らせと、めちゃくちゃ良い知らせがあるんだけどどっちから聞きたい?」

 

 続々とエレベーターシャフトからP.S.S.メンバー達が出てくる。誰もが笑顔を浮かべていた。

 

「良い知らせ」

「そうだな良い知らせだ。さっきの攻撃をお嬢さんが防いでくれたお陰で負傷者は……あーあっちでズタズタになったブラックトライク前で泣いてる奴の精神以外無しだ」

 

 指差した先では爆風で吹っ飛ばされ転がり瓦礫に埋れかけたブラックトライクに向けシャオミンがさめざめと男泣きしている。なんか敬礼まで始めた。

 

「で、めちゃくちゃ良い知らせだ!」

 

 ロスコルがエレベーターシャフトの方を指差す。何人かのメンバーがシャフトから下を覗き込んでいる。そして誰かが手を伸ばしそれを下から来た人物が掴む。

 アハズに肩を貸してもらいながら現れたのは、フォボスだ。

 

「フォボス!」

「悪いなお嬢ちゃん。死にそびれたぜ」

「重要な臓器に傷はない。本来なら出血死してる所だが……傷が焼かれてそれもギリギリ免れた。重症には違いないが」

 

 全員が笑みを浮かべたままのマズマを見た。ロスコルがその顔に手を置き、目を閉じてやる。

 

「おわっお嬢さん⁉︎」

 

 ダバっと表情は変わらないのに滝のようにステラの目から涙が溢れた。

 

「……悲しくないのに」

 

 涙をゴシゴシと拭うステラの様子にP.S.S.メンバー達の顔に優しげな笑顔が宿る。

 ロスコルが膝をついてステラに目線を合わせて頭を撫でた。

 

「知らなかったのかいステラ。涙は嬉しい時にも出るもんなんだ」

「……今知った」

「よし、良いこと知れたな!」

 

『P.S.S.コール。爆装クインジェットにはフォボスと介助に何人かを乗せたまえ。そのままニューヨークの医療施設で緊急治療だ。速く飛ぶために爆弾は予定通り落っことしていくとの事なので皆はその場から退避だ』

「おい司令、今いい雰囲気なんだからやめるんだ」

『なんだアハズ。そんなこと言うと帰りの車を用意してやらんぞ』

「すみませんでした」

「ぴーえすえすこーる。フランク、みんな無事」

『そうか。よくやったステラ君。帰ったらパーティと行こう何を食べたい?』

「……ハンバーガーとイタリアンスパゲッティ」

『……えらく変な組み合わせだな?』

 

 ロスコルが吹き出し大笑いし出したのにつられ、メンバーに笑いが伝播する。

 

「フフ」

「あっお嬢さんが笑ったぞ‼︎」

「まじか」「本当に⁉︎」「見たい!」「おいやめろ怪我人担いでんの忘れんな」

 

 騒がしいメンバー達の上にはどこまでも青い悠久の空が広がっていた。



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Chapter9:★

 フォボス達を収容し爆弾を落としていくクインジェットをステラ達は見送った。爆撃がトドメになったか一帯が地盤を沈下させ施設は完全に崩壊する。

 

 

 

 新たに迎えに来たクインジェットに乗りステラ達はドラコ基地に帰還した。降りると同時にシズがステラに飛びついてくるくるとその場で回る。

 

 パーティでは大食い勝負でステラが基地一番の大食らいに勝利。全員を驚かせた。

 シャオミンがブラックトライクを復活させるとステラに乗ってもらい基地でアクロバット運転をしてもらい感動の涙を流し、機銃を取り除いてステラにプレゼント、整備の仕方まで教えた。

 ステラに国籍が用意された。そして姓も。書類にはこうきざまれている。

『ステラ・シェパード』と。

 

 少しの時が経つ。

 ロスコルはP.S.S.をフォボスと共に引退。ただのS.H.I.E.L.D.職員としてやっていく事となる。それと共に住居もカルフォルニアからニューヨーク州のロングアイランド島のナッソーに移転する事となった。まさか栄転である。

 

「いやぁ独身なのに子持ちとは、婚期が遠のいたどころか殉職じゃないかなぁ。あ、お嬢さん新聞お願い」

「……」

「ごめんごめんて。ステラ、新聞お願い」

「わかったロス……お父さん」

「まだ慣れないなぁすごくこーーーう」

 

 朝食を作るロスコルが頭を振っているのを気にせず扉を開けていくと丁度配達員が来た。ディアドロップのグラサンを掛けた白髪のお爺さんだ。

 

「やあお嬢ちゃん。おはよう」

「おはようお爺さん。ご苦労様、腰に気をつけて」

「まだまだ若いよ! あいた」

 

 腰に手を当てつつドヤ顔をしながら去っていくお爺さんを手を振って見送る。新聞を眺める。

 

『ポッツ氏、スタークインダストリーのCEOに就任』

 

 そんな見出しの新聞を受け取り読みながら戻ろうとするステラに声がかけられる。

 

「そこの君。すまないが、お父さんは居るかな?」

「ご飯を作ってる」

「成る程、上がらせていただいても?」

「強盗じゃなければ構わない」

「強盗じゃないとも。ところでそこの……それはお嬢さんの?」

 

 視線の先には車庫から出っ張ってシャッターを閉められない原因になっているブラックトライクの姿があった。

 

「わたしのだけれど、お父さんが免許取らないと乗れないって。今は乗れるお父さんの」

「成る程しっかりしている。こう見えて私もそう言うものは好きでね。是非乗ってみたいもの……」

 

 後ろから気配を感じた男が振り返ると車から降り控える女性がこちらを見つめていた。ちなみに一回乗ってロスコルは乗らなくなった。

 

「失礼、中に入ろう」

「いらっしゃいませ」

「ああステラご飯できたから食べブフゥ!!」

「お父さん。お客さん」

「失礼、ロスコル君。ある計画の為用があるのはお嬢さんだが、まずは保護者の君に声をかけるのが礼儀と思ってね」

「いやあの長官?」

「アベンジャーズ計画について、お嬢さんにお話があってね」

 

 ステラが気にした様子もなく寝巻きを脱いで、お気に入りのパーカーを羽織る。その背には黒い星のマークが刻まれていた。

 

 

-end-

 

cast

 

ステラ(BlackRockShooter)/マト・クロイ

 

 

 

ロスコル・シェパード /レンダス・ダッカーソン

 

 

 

モーリス・ベイリー(フォボス) /グロウ・ウィー二アムjr

 

 

 

シズ・カーリー /クリスティン・レーメア

 

 

 

フランク・マリオン /クスピオ・ベベ

 

 

 

アハズ・イースト /エルトルト・ゲルン

 

 

マズマ・ユーリス /サンド・マンテスト・レンベリー

 

 

 

ワイラー・ギブソン /シンガル・ラヴ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「計画に支障は?」

「問題はない。我々はいまだ陰に」

 

 アハズが誰かと話をしていた。その場は誰にも感知されない、秘密の場所。

 

「基地も完全倒壊、データの掘り出しは不可能だ」

「よくやった。しかし新超人兵士計画は断念せざるを得ないな」

「構わないだろう? 制御できない力に意味はない」

「その通りだとも。我々はいずれ世界を管理する。その世界に脅威となるものは不要だ」

 

 アハズと男が別れの挨拶にハグをする。

 

「しかし脅威に対抗する力もまた。必要だ」

 

 ハグを終えた二人の目線の先には、ケース内に安置されたマズマの遺体があった。




ここまで見てくださった方々、誠にありがとございます。


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カメオ出演
マイティ・ステラ


コメント大変励みになっております。ありがとうございます


「……」

「……」

 

 免許試験会場は異様な雰囲気に包まれていた。試験官も顔が引きつっている。

 150cc以上のバイクの免許試験場なのだが、そこにドンと鎮座するブラックトライク。そしてそれに乗る少女。

 試験は自家用バイクでやるのが通例なのだが、あんなもの普段から持ってるってどう言う状況だとなる。

 あんなもの運転できるのか?と言う疑問に応えるかのように全く問題なく試験内容をクリアしていく様子に他参加者は動揺しミスを連発。

 その日の試験は何時もより不合格率が高かったそうな。

 

「それじゃ、行ってきます」

「変な人についていっちゃダメだぞ。何かあったらすぐ連絡するんだぞ。ご飯はハンバーグとスパゲティだけじゃなくてバランスよく食べるんだぞ?」

「お父さんは心配性」

 

 ステラが運転できるようになった記念にドラコ基地のシャオミンに会いにいくのだ。それなら伝手を使って空輸でもなんでもすれば良いのに、ステラはブラックトライクで行きたいと言う。

 

「この世界をいろいろ見ながら行って見たい」

 

 などと言われればロスコルは引き下がらざるを得ない。

 強盗に遭ってもまあ返り討ちだしなって面もちょっとあった。

 

 途中ミズーリ州を通っている時に銀行強盗事件に遭遇したので全員ひっ捕らえてバンに詰め込んで警察署の前に置いていくようなことは実際にしたのでロスコルの予測は概ね正しかった。

 荒野のハイウェイを自重して百マイル程度で走っていると、途中で荒野の先にトレーラーや車が止まっているのが見えた。

 さっき買ったハンバーガーを食べるのになにかやってるのかと道を外れてステラはそちらへ向かう。ロスコルの言いつけ通り朝夜はいろいろ食べてバランスが良いのだが昼の運転の合間に食べるのにはハンバーガーが最適だったのだ。

 到着してみればそこでは大の男たちがなんか地面に落ちたハンマーを持ち上げようと悪戦苦闘していた。

 引っ張ろうとしたどっかで見た人に似ているお爺さんのピックアップトラックの荷台が剥がれ飛んで爆笑が起きる。

 そんな所にやってきたステラが葉巻を吸っているおじさんに声をかけた。

 

「何してるの?」

「ああ、ハンマー持ち上げ大会さ。あれ見えるかい? 誰がどうやっても持ち上がらない。俺としちゃアレハンマーじゃなくて下に杭みたいなのが思いっきり刺さってるんだと思うんだがね」

「困ってる?」

「困っちゃいないさ。余興みたいなもんでね。お嬢ちゃんもやってみる?」

 

 コクリと頷くステラにおじさんが声を上げた。

 

「ニューチャレンジャーのお出ましだぞ! みろこの可愛らしいお嬢ちゃん! ハンマーも悩殺で持ち上がるかもしれねえぞ!」

「ヒュー!」

「いいぞスタンジジイの車の敵とってやれぇ!」

 

 盛り上がる中ステラは窪みの真ん中にやってきてハンマーの柄を触る。掴んだ時にズルッと金属部分が少し動いた。

 微動だにしなかったそれの動きに騒いでいた近くの面々は息を呑んだ。

 力を込めようとしたステラの手で普通に持ち上がった。

 男たちから歓声が巻き起こった。お祭り騒ぎである。

 

「お嬢さんお嬢さん、はいハンマーを構えて、チーズ」

「チーズ」

 

 トラックを破壊されたおじいさんがポラロイドカメラでステラを撮ってその場のみんなで記念撮影をした。記念撮影して元の場所に戻すとハンバーガーを食べながら大騒ぎして男たちがこぞってもう一回やるぞと気合を入れ始める。歓声を浴びながらブラックトライクに乗り直すと手を振りながらステラはまたドラコに向けて道を走り始める。

 ステラが去ってから一時間ほど経って、そこにとある人物が現れる。

 

「こちらコールソン。目標を発見しました」

 

 

 

 ドラコについてシャオミンに会えば、街中を走るブラックトライクの写真を撮りたいとのことで付き合ったり、その先でバイク乗りたちから歓声を浴びたり楽しく過ごし、帰路でも道から落ちた乗用車を引っ張り上げたり迷子の子を後ろに乗せて親御さんを見つけたり人助けをしながら、ようやく家にまで着いた。すると車庫が拡張工事をされておりブラックトライクを駐車してもシャッターがちゃんと閉まるようになっていた。

 

「やあおかえりステラ。ほぼアメリカ横断の旅だったけど、どうだった?」

 

 二週間後、何事もなく帰ってきたステラをロスコルは微笑みながら出迎えた。ステラは少しだけ、それでも精一杯に口角を上げて。

 

「楽しかった」

 

 と笑った。ロスコルにステラはまずブラックトライクを運転するステラの写真に基地の人たちとの集合写真を渡した。コレにはロスコルもウンウンと嬉しそうにうなづく。

 そして次に渡されたのに困惑した。なんかハンマーを持ってポーズを取るステラと見知らぬ男たちと記念写真を撮ったステラの写真を渡される。どう言う状況だこれと言わざるを得ない。

 しかしそれら含めて全部写真たてに入れてステラの部屋に飾られることとなった。

 

「お父さんと一緒の写真も欲しい」

 

 ロスコルはなんか泣いた。二人で撮った写真はそれぞれの部屋に飾られる事となった。



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Marvel's THE AVENGERS
エージェント・シェパード?


「おはよう。マリアさん」

「ええ、おはようステラさん」

「怪我してる。何かあった?」

「ええ、ちょっといろいろあってね。ロスコルはいるかしら」

「朝ごはんを作ってる。中に入る?」

 

 ステラがいつも通り届けられた新聞を読んでいると、いつもと違い徒歩でマリアがやってくる。顔などに絆創膏などをしていたので心配しつつ、中に連れて行く。

 

「ステラー、今日はスクランブルエッグとコーヒー切れてるからホットミルクで我慢ブフゥあちゃちゃちゃちゃ⁉︎」

「お父さん。マリアさんが来た」

 

 ステラがマリアを伴ってやってくると動揺したロスコルがホットミルクを腕にこぼした。

 

「それで、ヒル副長官。本日はこんな平社員にどんなご用件で?」

「ステラさんの力を借りたいのだけれど」

「それならヒル副長官。聞く相手が間違ってます」

「なんのお話?」

 

 ステラが氷嚢を作ってロスコルに持ってきてくれたのでそれを赤くなった所に当てつつマリアと向き直る。

 

「しかし貴方はステラさんの保護者で」

「ええ、俺はステラの父親です。だからこそステラの意志を尊重したい、彼女は俺なんかよりずっとずっと上等な人間だ。間違えることはあっても間違えを認められる、そういうね。ステラ、ケチャップ掛けすぎじゃないか?」

「でもお父さん。今日のは味がしないよ」

「ヤッベ調味料入れるの忘れたごめんステラ」

「……」

「ゴホン、さておき自分も勤めてるS.H.I.E.L.D.の副長官からの頼みな訳でして、信用はしてるって事です。コレがクイーンズあたりの悪ガキからの誘いだったら叩き出してますよ」

「成る程……良い父親をやっているようね」

 

 マリアがロスコルの覚悟に満ちた目を見て微笑んだ。そうしてロスコルから朝食を食べるステラに向き直る。

 

「ステラさん。お話があります」

 

 口のものをミルクで嚥下して朝食を脇に退ける。

 

「はい、お話はなに?」

「貴女の力を貸してほしい」

「良いよ。でも、悪い事なら手伝わない」

「大丈夫、世界を救う事よ」

「わかった。翼と剣なら持っていける。銃は……S.H.I.E.L.D.の人に取り上げられちゃった」

 

 ステラが寝巻きを脱いで押し入れの中に入ると胸部しか隠してないようなインナーに短パン、ブーツを履いてその上から星のあしらわれたパーカーを着たスタイルで出てきた。

 

「あの、ロスコルさん?」

「いえ違うんです。あれが彼女の一丁羅らしくてあれが良いんだそうなんです」

 

 そこからさらに黒と白のツートンにペイントされたウィングを引っ張り出してきて腰に装着し、ブーツにも後付けで爪先のガードが取り付けられた。ロスコルが床下に潜ると単一素材で作られたブラックブレードを持って来てくれた。

 

「それでは副長官権限で只今より貴女をエージェントに任命します」

「わかった……わかりました。副長官」

 

 前にロスコルがやっていたのを思い出して敬礼してみるステラにマリアが苦笑する。

 

「というかステラご飯食べ終わってないぞ」

「あっ……食べる!」

 

 慌てて振り返ったステラの翼の先が植木鉢をひっくり返す。

 

「ステラ……次からは家の外でつけるようにしような……」

「……ごめんなさい」

 

 食事を終えてハンバーガーとスパゲッティばかり食べないようにと言うロスコルの心配事を聞いて行ってきますの挨拶をすると近所の公園まで案内された。そこに停まっているのはクインジェットである。

 

「二年ぶりくらい」

「ふふ、サービスが無いのはごめんなさいね」

 

 乗り込むと運転手にお願いしますと挨拶をしてステラは椅子に座ろうと翼をぶつけてから、翼を左右に広げて無理やり座った。この翼、ステラの思うがままに動く可動翼なのだ。

 暫く空の旅を楽しんだステラは空母の上に降り立った。

 

「ではエージェント・シェパード、後続が来るからそれまでは自由に見学しててね。私は用があるから」

 

 マリアを見送ったステラは周りの整備士に奇異の目で見られつつも邪魔にならないように避けて辺りを観察していた。

 新たにクインジェットがやってきたのでハッチが開くのを出迎える。

 

「こんにちは」

「えっ……ああ、コレはご丁寧に。こんにちは、お嬢さんは……迷子かな?」

「わたしはステラ。エージェントになった。よろしく」

 

 差し出された手を見て男が少しの間考え込む。

 

「……怖く無いのかい? エージェントなら知っているだろう? 僕のことを」

「……?」

「え、知らないの?」

「ええ、私も彼女の事は知っていたけれど……エージェントになったの? あ、私はナターシャ」

 

 後から降りてきたナターシャが驚いたような顔をしている。それを見てバナーは本当に知らないのだと確信した。

 

「あー知らないならなおの事僕に触れないほうがいい。僕は危険人物だからね」

「危ない人は自分のことを危ないって言わないよ」

「まいったな……これも君たちのの策略? 事情を知らないかわいい子を僕の傍に置いて抑止する気かい?」

「わたしは世界を救ってってお願いされたから、手伝いに来ただけ」

「ええ、私達もその為に来たの」

 

 ステラはもう一度バナーとナターシャに向け手を差し出す。

 

「それなら、みんな仲間」

 

 バナーとステラが握手をする。華奢で今にも折れてしまいそうに見えるのに、バナーはその手に熱と力強さを感じていた。

 そこへさらにクインジェットが着陸してくる。

 後ろのハッチが開けば二人の人物が下りてきた。ナターシャもそちらに歩いていく。

 

「荷物を運べ」

「了解」

 

 甲板の作業員に指示を出しながら二人が下りてくる。

 

「エージェント・ロマノフ、キャプテン・ロジャースだ」

「よろしく」

「どうも。ブリッジで呼んでたわ。調査始めるって」

「では後程」

 

 キャプテンアメリカ、スティーブ・ロジャースとS.H.I.E.L.D.のエージェント、コールソンである。少し名残惜しそうにブリッジへと駆けていくコールソンを二人は見送った。

 

「氷漬けの貴方を見つけたとき、大騒ぎだったのよ? コールソンは気絶しそうだった。キャプテンアメリカのカードにサイン頼まれなかった?」

「僕のカード?」

 

 スティーブが初耳と言った顔をしている。

 

「貴重品よ。コールソンの宝物」

 

 喋りながら歩を進めていくとその先でステラとバナーが談笑をしていた。

 

「神経接続かい? 滑らかに動くね」

「ううん? 腰に繋いでるだけ」

「本当だ。動力源が見当たらないけれど一体どう言う仕組みなんだい?」

「わたしもわかんないけど使えるから使ってる」

 

 その様子は外見から言って親子ほど歳の差があるように見える。

 

「……バナー博士の子供まで連れてきたのか?」

「いいえ、彼女はS.H.I.E.L.D.のエージェントよ。私も初耳だけど」

「バナー博士!」

 

 隣のステラに疑問を思いつつもスティーブはバナー博士に声をかける。

 

「ああ、やあどうも」

 

 気軽に握手をする様子にステラがバナーの方を見ているがあえて突っ込まない。

 

「来るって聞いてましたよ」

「キューブを探せるんですって?」

「僕について聞いてるのはそれだけ?」

「他の事に興味はない」

 

 ステラも握手を求めて手を差し出せばスティーブはしっかりとその手を掴んだ。

 

「君は?」

「ステラ。世界を救う手伝いをしに来た」

「成る程、心強い。だが君にはまだ早いかもしれないな」

「……?」

 

 心配をしてそんな事を言うスティーブと意味を理解してないステラの間に沈黙が通り抜けるが、バナー博士が間を取り持った。

 

「みんな、そろそろ中に入った方がいいわよ。呼吸が辛くなるだろうから」

 

 三人が首を傾げるとガコンガコンと音がし始め、周りが慌ただしくなる。

 

『デッキの安全を確保せよ』

 

 艦載機を固定したり甲板作業員が動き回る中、船の端へと歩んでいく。少し船体が沈み込むような動きを足が感じ取った。

 

「コレは潜水艦か?」

「成る程、僕を金属コンテナに入れて海に沈めようって?」

「沈んだら死んじゃうよ?」

 

 そんな事を言っている三人の目の前で巨大なタービンが海面から姿を現し高速回転を始めた。顔を見合わせつつバナーが「これなら潜水艦のほうがマシだったねと苦笑した。

 その後ナターシャにブリッジへと案内され浮上していく空母『ヘリキャリア』の上で三人はただ驚くばかりだった。



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トナカイ捕獲作戦

評価ご感想誠にありがとうございます


「成る程、ブラックロックシューター 、良いヒーロー名だ」

「お父さんが考えてくれた」

「良い父上だな。所で射手(シューター)と言うことは銃火器を使うのか?」

 

 スティーブがステラの手に握られた刀を見る。見た限り銃火器を持っていないようであった。

 ヘリキャリアーにてロキの位置が判明しクインジェットを利用しドイツへと飛行中、ステラとスティーブは雑談をして親睦を深めていた。

 

「お父さんとニューヨークに移住した時に、S.H.I.E.L.D.の人が危ないからって持って行っちゃった」

「普通の銃火器ならそこまでとやかくは言わないのだけれど、エージェント・シェパードのはちょっと普通じゃなくてね」

 

 S.H.I.E.L.D.と聞いてスティーブがナターシャの方を見れば、ナターシャが捕捉する。

 

「成る程、活動経験は?」

「……事故に遭いそうな人を助けたり溺れてた人を助けたり迷子の親御さんを探してたくらい」

「十二分さ、ヒーローとしてむしろ正しい事を君はしている。でもそんな優しい君だ、戦うのは僕に任せて待っていて欲しい」

「あーキャプテン、アレな言い方だけれど。彼女冗談みたいに強いわよ?」

「本当に?」

「大丈夫」

 

 ステラがサムズアップをした。自信満々なのでスティーブも無理に置いていこうとするのはやめる事にした。

 

「それで、僕は君をどう呼ぶべきかな? エージェント・シェパード? ブラックロックシューター?」

「わたしはステラだから、ステラでいいよ。でも呼びたいように呼んでも構わない」

「わかったステラ、僕らで任務を完遂しよう」

 

 改めて二人は強く握手をした。

 

「でもわたしも、スティーブみたいに盾の方が良いのかも? 誰かを守るなら盾の方がいい」

「そんなことは無いさステラ。武器なんてものは使い方次第、刀だって人を守ることはできる」

「そっか」

 

 機内に備えられたスティーブの盾とステラの刀を互いに見つめている。

 

「お二人さん。そろそろ現場よ」

 

 ナターシャの言葉に二人は頷いてそれぞれの装備を手に取った。

 

 

 

 広場では民衆の恐怖を煽り、跪かせたロキがご満悦な演説をしていて、そしてそれに逆らうように立ち上がる老人の姿があった。

 

「誰がお前のような奴に」

「私のような奴?」

「いつの時代もいる下種野郎だ」

 

 ロキの持つセプターが輝く。

 

「お前たち見るがいい、見せしめにしてやる」

 

 放たれた光弾は見せしめの名の通り老人一人を殺すには十二分な威力を備えている。

 その間に割って入る者がいた。

 キョアプテン・アメリカ。スティーブ・ロジャースだ。

 盾によって跳ね返された光弾がロキに直撃して転倒するのを尻目にそれにゆっくりとスティーブが近寄る。

 

「確かこの前ドイツに来た時と人を支配しようとした男がいたっけな。奴とは反りが合わなかった」

「来たか兵士」

「ああ来たとも。僕だけじゃ無いがな」

「ハハハ、時代遅っ」

 

 ロキが笑いながら立ち上がる。タフネスは流石のものである。が上からもう一人背中側に降ってきたステラに首を掴まれて建物の方へぶん投げられ、柱に叩きつけられた。

 

「逃げて」

 

 ステラの一声で民衆が一斉に逃げ出す。

 

『ロキ、武器を捨てて降伏しなさい』

 

 クインジェットから機銃が迫り出しナターシャがロキに降伏勧告を出す。

 

「巫山戯るなよ紛い物め……!」

 

 ロキがセプターから光弾をクインジェットに撃った隙にステラが迫るが更にステラに向け光弾が放たれる。そこへギリギリ投げられた盾が割り込んで光弾を上空に反射、盾はその場に叩き落ちた。

 ロキが忌々しそうにスティーブを見る。

 

「時代遅れはどっちだ?」

 

 睨んでいたロキの顔にステラが刀の腹を思いっきり叩きつけた。顔面を殴打されたとロキがその勢いで宙を一回転する。がすぐ様立て直してセプターと刀で鍔迫り合いになる。そこへスティーブが追撃で殴りかかりロキの姿勢を崩すとステラがセプターをカチ上げスティーブは足払いしロキを転けさせる。

 

「ステラ! 杖を!」

「わかった!」

 

 こけた隙にセプターを蹴っ飛ばし穂先が建物の壁に刺さるとステラとロキが同時に取りに動くが、足を掴んだスティーブが流れるように関節を極めロキを絞め落としにかかる。

 だがロキのパワーが尋常でなく外れるはずのない拘束を払おうと暴れ、締められたまま立ち上がり地面にスティーブをぶつけた。そこへジェットエンジンのような轟音が届き、光線がロキに直撃、またも吹っ飛ばされる。

 空からやってきて地面を抉りながら着地したのはアイアンマン、トニー・スタークだ。

 起き上がろうとするロキの前で武装を展開したアイアンマン、盾を付け直したキャプテン・アメリカ、そして壁からセプターを引っこ抜いてきたブラックロックシューターの三人に囲まれる。

 

「やあトナカイ君。降伏は如何かな?」

 

 ロキは何も言わず鎧が宙に溶けるように消え、手を上げた。

 

「お利口だ」

「やあスターク」

「やあキャプテン」

「こんにちは」

「こんにちはお嬢さん。こいつ縛れる?」

 

 そうして捕まえたロキをステラがワイヤーで雁字搦めにして着陸したクインジェットへ載せる。何か言いたげな目をしているロキにトニーが肩を竦めた。

 

「悪かった、でも僕なりの君へのサービスだよ。女の子に縛られた方が嬉しいだろ?」

「スターク、そう言うのはどうかと思うぞ」

「嬉しいなら、良い」

「いや良くないぞステラ」

「良いから早く乗って?」

 

 ロキを座席に置いてクインジェットが再び空を飛んだ。

 操縦席の方で深刻そうな目でするスティーブとトニーを脇にステラはロキと反対の座席に座ってジッとロキの様子を見ていた。

 

「いつまで見ているつもりだ? 紛い物」

「あなたが逃げないか見てるの」

「これをやったのは貴様だろう? 逃げられると思うか?」

「逃げられる人を知ってる」

 

 フン、と首を捻るとロキは何も言わなくなった。

 その様子を見ているスティーブが口を開く。

 

「腑に落ちない」

「コスプレ野郎が簡単に降参したのが?」

「支配だどうだ言う奴がこうも呆気なく降参するのか? 何かあるんじゃないか?」

「ま、アンタのケツの締めが歳の割に強かったんだろう。ピラティスでもやってんの?」

「……なに?」

 

 ステラが知ってたので口を開いた。

 

「運動の一種、リハビリとかで体を動かす練習とかに使う」

「ほら今の子は知ってるぞ。まあ長年……キャプテンアイスだったからな」

 

 少しムッとしたスティーブが語気を強くする。

 

「君が来るとは聞いてなかった」

「ああ、フューリーは色々隠すからな。あのお嬢さんとか見ればわかるだろ?」

 

 二人の目線がステラに注がれる。

 

「……?」

 

 見つめられている理由が分かってないのでステラはなんとなく二人にサムズアップを返した。

 

「ホラなティーンエイジャーをエージェントにするような奴だからな」

「大事なのは心意気だ。彼女はそれを満たしている」

 

「なんなの急に」

 

 そうしていると雷が突如鳴り始めた。雷雲に突入するようなヘマはしていないのでナターシャが困惑する。そしてロキは動く顔と目だけでソワソワし出した。

 

「どうしたんだ? 雷が怖いのか?」

「この後に来る奴が嫌いでね」

 

 少しとぼけたような様子のロキになんとも言えない顔をする二人だが、突如衝撃と共に機体が揺れた。

 ステラも立ち上がり刀を手に取ると脇に置いてあった盾もスティーブに投げ渡す。トニーもマスクをかぶって臨戦態勢だ。

 外に何かいる以上対処せねばならないトニーがハッチの扉を開ける。対処可能なのはアイアンマンスーツを着るトニー位の為だ。

 

「なにをする気だ!」

 

 機外に出ようとしたところでハッチに人が降りてくる。金髪の男で服の衣装はどことなくロキと同系統を思わせた。機内に侵入してくるのをトニーが止めようとしたがハンマーでぶん殴られて転倒するとその隙にワイヤー雁字搦めのロキの首を掴んで座席の固定を引きちぎると飛び降りて行ってしまう。

 

「また一人増えたか」

 

 息つく間もない出来事に一同が困惑する中トニーはうめきながらも再起動し行動を起こす。

 

「またアスガルドから?」

「アレは味方か?」

「あのハンマー見たことある」

「関係ない、奴がロキを逃すか殺せばキューブは失われる」

「それなら、計画を練らないと!」

 

 スティーブの声に見向きせずせずハッチ側まで行くとトニーは振り返った。

 

「計画ならある。戦う」

 

 そう言って両手足のスラスターを吹かしてハッチから飛び出していった。それを見て小さくため息を吐いたスティーブがパラシュートを手に取ろうとするが、ステラがその腰に腕を回しそれを制した。

 

「どうした? 止めないでくれステラ」

「ねえちょっと? やめた方が」

「パラシュートよりもこっちの方が早い。計画は、戦う」

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

「……良いんじゃない?」

 

 ステラがそのままスティーブを抱えてハッチから飛び出した。背中のウィングが稼働しブースターが点火、アイアンマンの光を追いかけていく。

 ナターシャが振り返った頃には、床にパラシュートの袋だけが残っていた。



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トリックスター

「ステラ、あそこにロキがいるからそこで降ろしてくれ」

 

 途中から飛んでいるのに慣れたスティーブが岩山の上でワイヤーミノムシのままのロキを発見しステラがそちらに着地した。その時翼端が地面にちょっと刺さったが問題なくスティーブを下ろし二人でロキの方へ近づく。

 

「お早い到着だな?」

「ステラ、こいつを見張っていてくれ。僕はあちらを止めてくる」

「気を付けて」

 

 岩肌を駆け下りていくスティーブを見送ってステラが背伸びをした。翼もつられて伸びるように動く。その先では木が折れたりなんか光ったりしているが、任されたのだからステラはただロキを見張るだけである。

 

「お前のような紛い物に見下ろされるとは、なんとまあひどい状況だ」

「紛い物?」

「ああそうだとも。自分で気づいていない阿呆なのか? 明らかだろう貴様が他者と違うことが、それとも己が周りと違うということから目をそらしているのか? 滑稽だな」

 

 縛られていても皮肉を言う口はしっかりと動くロキの話をステラはただ無表情に聞いていた。

 

「気付け、貴様の力を理解できるのはあらゆる人間を支配するこのロキのような者だけだということをな」

「……?」

「ちっ馬鹿には何を言っても無駄か」

「他の人と違うと、ダメなの?」

 

 純粋に疑問を投げかけてきたステラにロキはもう聞く耳持たないといわんばかりにワイヤーミノムシのまま崖下の戦いを眺め始め、ステラも返答がないのでそのまま黙っていた。

 しばらくして森の先で木々がすべて吹っ飛ぶような衝撃が走り、さすがにステラは様子を見に行くことにした。ただロキの見張りもしないといけないと思い、とりあえず簀巻きワイヤーを掴んだ。

 

「下郎が私に触れるな!!」

「あっごめんなさい」

「今離すんじゃないぐあーッ!?」

 

 持ち上げたところでロキが怒ったのでとっさに離した為ロキがそのまま崖下へ岩肌を転げ落ちていったのを慌てて駆け下りる。ゴンッと一発跳ねてそのままロキは下に落下。木々を突き抜けた先にステラが追い付くと、そこには腐葉土に上半身を残して若干斜めに突き刺さったロキの姿があった。

 

「おいふざけるなよ紛い物が!! 抜け!!」

「でも触るなって」

「貴様は馬鹿か!!」

 

 そこに三人がやってきた。

 

「おい一体どう言う状況だこれは?」

「キャプテン、"ここは地球だったのか"って言ってくれないか?」

「なんの話だ?」

 

 ソーが歩み寄る。

 

「もうこの縄も必要ない。俺が居るからな」

 

 ソーが力づくでワイヤーを引きちぎった反動でロキの右腕が振り上がる。

 

「おっともっと近くなったぞ」

「だからなんの話だ?」

「自由の女神さ」

「ごめんなさいスティーブ、落っことしちゃった」

「構わないさステラ。見ての通りロキは丈夫だ」

「キャプテン、この子に関してだとちょっと甘くなってないか?」

「そんなことはない」

 

 トニーが通信を入れるとナターシャが到着し五人を収容して今度こそヘリキャリアーへ飛んだ。

 捕まえたロキは特殊な檻に入れられる。監視カメラの映像がディスプレイ型のデスクに投影されニックとロキのやり取りを皆で観察する。

 

『あのケダモノ、人間のフリをしている。紛い物と言いアンタどれだけ必死なんだ? あんな化け物どもをかき集めて身を守ると?』

『どれだけ必死かって? お前は戦争を仕掛け制御不能なエネルギーを盗み安らぎと言いながら面白半分に人を殺す。我々としても必死にならざるを得ないだろう? 自分のしたことを後悔させてやる』

 

 ロキは嘲を隠さない。

 

『おお……後ちょっとだったのに惜しかったな。もう少しで四次元キューブの力が手に入った。無限のパワーがな、だがなんに使う? 全人類を照らし温めるためか? パワーは王がもってこそ価値がある』

『ではその王とやらが雑誌でも読みたくなったら読んでくれ』

 

 最後、ロキは映像が途切れるまで監視カメラ越しにこちらに笑みを向けていた。

 

「彼は面白い奴だね」

「ロキは時間稼ぎをしているつまり……ソー、どう思う?」

「ロキは軍隊を待ってるんだろう。チタウリという異世界の生き物だ。そいつらを率いて戦争を起こし、地球を手に入れ、見返りにキューブをくれてやるんだろう」

 

 皆の顔が険しくなる。

 

「だから通路が必要なんだろう。その為にセルヴィグ博士を」

「セルヴィグ? 友人だ」

 

 ここでソーから情報が共有され、セルヴィグ博士がソーの知り合いであり魔法で操られていることが判明する。

 

「だがロキはなぜみすみす、囚われの身になったんだ?」

「ロキに惑わされない方がいい。テクノロジーの面から考えよう。なぜイリジウムを狙ったのか」

「安定剤になる」

 

 トニーがコールソンと共にやってきて、イリジウムの使い方を解説する。先日渡された資料を読み込んでここまでもっていけるトニーの知力の高さが伺えた。

 その話について行けるのはバナーだけである。

 

「バナー博士はキューブを追跡する為にお呼びしたんだ。君も協力してくれ」

「ロキの杖を調べたが、魔法のようだがヒドラの武器とよく似てる」

「威力低いけれど、ロックキャノンにも似てる気がする」

「そこまではわからんがアレはキューブから動力を得ている。なぜ我々の優秀な仲間二人がロキに従順な空飛ぶ猿になったかも謎だ」

 

 大体が猿?とが頭にはてなを浮かべる中スティーブがオズの魔法使いと正解を言い当てた。ステラが拍手する。トニーとバナーはそのまま研究室へ行ってしまった。

 

「エージェント・シェパード、お望みの物は用意しておいた。物資置き場で確認してくれ」

「ありがとうニック」

「一応エージェントなんだから長官と言いなさい」

「ごめん長官」

「……エージェント・ロマノフ、案内してやってくれ」

「了解」

 

 ナターシャとマリアが他所を向いて笑いを堪えている。

 そうして各々が移動する。ナターシャがステラを案内するとど真ん中に鎮座したでかい箱が目につく。左下に"スタークインダストリー"と社名が付いているのでトニーのものだろうことは予想がつく。

 その脇に置かれたこちらもそれなり以上にでかい長方形のボックスには星のエンブレムが刻まれていた。ステラのヒーロー名をロスコル経由で知っていたS.H.I.E.L.D.職員の粋な計らいである。

 

「データでは見ていたけれど、大きいわね」

「ねえナターシャ、開かない」

「エージェント・シェパード? ……まってステラ、こじ開けようとしないで」

 

 電子ロックで開かないようになっているのを引っ張ろうとするステラを制止して暗証番号を入れれば蓋が横にスライドし、箱の横幅いっぱいの大砲が現れた。

 引っ張り出せば照明からわずかに金属光沢が反射するステラにはあまりに不釣り合いに無骨な代物を片手で容易くステラは持ち上げた。

 

「二年ぶり」

「試射してみる? デッキに出る必要があるけれど」

「いい、使い方は知ってるから。下手に使うと危ない」

「あ、でも持ってはいくのね? 良ければだけれどこれ、使って?」

「ありがとう」

 

 一緒に入っていたベルトをハンドガードと銃身の所に通せば簡易的にスリングのようになり肩にかけて持ち運びに便利という感じになった。銃剣の所もカバーが付けられているので安全である。

 

「便利。ありがとうナターシャ」

「良いわよ。それじゃ私は用があるから」

「またね」

 

 ナターシャと別れたステラはとりあえずブリッジに戻って来ると丁度スティーブが席を立とうとしている所だった。

 

「成る程、それが君の射手(シューター)たる由来か。すごいな」

「ありがとう。何かあればこれが火を吹くよ」

「それは心強い。僕はラボを見に行くが、ステラも来るかい?」

「わたしは熱力学とかガンマ線とかには詳しくない。行っても邪魔になっちゃうからここで待ってる」

「そうか、では後ほど」

 

 ブリッジを後にするスティーブを見送ってステラは一人テーブルに座ってのんびりとしていた。

 

「ステラ、少し寝てても良いのよ?」

 

 副長官のマリアが通りかかった時に一人で座っているステラを見てそう言った。エージェント扱いにはなっているがステラ自身が何か受け持っているわけではない。フューリーのアベンジャーズ計画に名を連ねる一人と言うだけなのだ。善性の存在である故にエージェントとしては非常に扱いにくいであろう。

 

「わかった。休息してる」

「……横になるなら部屋を用意するけど?」

「フューリーが時間的に急いでたから座ってする休息で十分。マリア、わたしは結構頑丈な感じ」

 

 ステラがサムズアップをしてそのままテーブルに突っ伏した。マリアは小さくため息を吐いて微笑むとヘリキャリアの指揮とエージェント達の統括に戻った。

 誰かが気を利かせたのかいつの間にか毛布がステラの肩にかけられていた。




感想返信をすると本編への熱量が逃げて筆が止まってしまうタイプなので返信はしていませんがとても励みになっています。ありがとうございます。


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ヘリキャリア

 ステラが目を覚ましたのはヘリキャリアが大きく衝撃で揺れた時だった。跳ね起きたステラがロックキャノンを手に取り若干の混乱が見られるブリッジでマリアの元へ向かう。 窓から見える空はもう青く日が登っていた。

 

「マリア、どういう状況?」

「ステラ、緊急事態よ。貴女はバナー博士のところへ向かって。ラボの下、機関エリアよ」

「わかった……うーんここじゃこれは使えないよね」

 

 椅子の上にロックキャノンを放るとブラックブレードを手に取ってステラは機関エリアへ向かった。

 

「バナー! どこにいるの?」

 

 暗い機関エリアへきたステラだが中で破壊音が響くのに負けないように大声を出してバナーを呼ぶ。

 

「わたしが来たから大丈夫だよ! 出てきて!」

 

 破壊音が徐々に近づいてきて正面の構造物が薙ぎ倒されていく。現れたのは緑の大男だった。ステラを見るなり咆哮を上げる。

 

「バナーはどこ?」

 

 返答と言わんばかりのパンチがステラの防御を破って、ステラの頭が天井に刺さった。引っこ抜いて落下する際にお返しと言わんばかりに蹴り飛ばして着地、頭に乗った破片を振って落としながら刀を構える。

 ステラは得心がいった。こんなのが暴れてたらバナーも怖がって出てこれないだろう。

 そこへ機材の隙間を縫ってナターシャが現れた。

 

「待ってステラ! それブルース! バナー博士!」

「えっ」

 

 驚いたところを殴り飛ばされナターシャの脇の電子制御板のような箱にぶつかって凹ませる。

 

「ごめなさい大丈夫?」

「あれがバナーって本当?」

「ええ本当よ。今の彼はハルク……どうにかして落ち着かせないと、気絶させても良いから」

「わかったやってみる」

 

 そう言えば、バナーは自分が危険だと言っていた。こういう事だったのかとステラは理解する。でも悪意で暴れているわけではない。

 適当に癇癪を起こしたように動くハルクにステラが適当にひっぺがした金属板を投げつけ意識を向けさせる。

 

「まだだよ」

 

 ステラが起き上がって走り出すとハルクも周辺物を巨体でぶち壊しながら突進する。ステラが身長差を活かして股下を火花を散らしながら潜りブースターを起動、背中に突進しハルクを押し倒す。

 起き上がろうとするハルクの背中に乗ると脳天に一発二発三発と峰打で刀を叩きつけた。

 そこで上に飛ばれて天井とハルクに板挟みにされ押しつぶされる。天井にめり込んだのを抜け出そうともがくステラの髪を掴んで引っこ抜くとハルクはそのままハンマー投げのようにぶん投げた。

 そのままカランと落下した刀をハルクが掴んでへし折ろうとするが、曲がらない。折れない。膝を使っても曲がる気配すらないそれに更に逆上し投げ捨てると床に柄近くまで刺さってしまった。

 次はお前だと言わんばかりにナターシャに狙いをつけたハルクが突進する。ナターシャも気付いて逃げるが速力はハルクの方が上だ。

 

「マリアごめんなさい!」

 

 そんなこと言いながら機材をなぎ倒し翼で飛んできたステラが間に割って入り、ハルクと体格差のあまり歪に組み合った状態となる。

 

「止まってバナー!!」

 

 腰のブースターを吹かして止めようとしてもハルクのパワーに火花を散らしながら押し込まれるが、徐々にその突進の勢いが収まりハルクが停止するがその様子にステラもナターシャも息を飲んだ。ステラが止めたのではない、ハルクが自ら止まったのだ。

 

「バナー……ううん、ハルク?」

 

 落ち着きを取り戻したような様子のハルクに二人が安堵していると、船が傾き出すと同時にポンッと小気味のいい音が聞こえ、ハルクの背中が爆発した。

 

「ハルク待っ」

 

 それに再び怒りを全開にして暴れ出すハルクを宥めようとしたステラが裏拳気味に顔面を殴られ、ナターシャの目の前間一髪を通って壁をぶち抜いていき、ハルクは爆発の下手人である侵入者達の方へ物をなぎ倒しながら走っていってしまった。

 

『バートンにシステムを破壊された。奴は今独房エリアへ向かっている。誰か行けるか?』

 

 ナターシャが辺りを見回す。ステラが壁の先から戻ってきた。顔面を強打された影響で鼻からは血が滴っていた。

 

「ステラ、大丈夫?」

「大丈夫、任せて」

 

 ステラはサムズアップした。

 ハルクをステラに任せナターシャはバートンを止めに向かった。

 ステラが追いつけばそこには倒された侵入者達と勝鬨を上げるハルクの姿がある。さっきと違い鎮まる気配を見せない。

 

『ステラ! ハルクをラボまで誘い出して! 進路はこちらで誘導するわ!』

「わかった!」

 

 パンパンと拍手してハルクの気を引くと簡単についてきてくれて誘導自体は簡単だったが、代わりにハルクが通るたびに物がぶち壊れるのでステラは内心謝りながらマリアの指示に従ってハルクを誘導する。

 ラボを更に上に、傾きが増しつつも登ると、格納庫のようなエリアに行き着いた。

 

『ステラ? いい? こちらが合図したら天井にジャンプして掴まって』

 

 隔壁を破ってハルクが現れる。ハルクはステラを見ると叫び声を上げながら跳躍して突っ込んできた。

 

『今っ!!!』

 

 ステラがジャンプして天井に張り付くと床が左右に開き下の景色を見せる。開いたのと共に格納されていた戦闘機も落下していく。それはハルクも一緒で、こちらに手を伸ばすも重力には逆えず墜落していった。

 

「……バナー、ハルク、ごめんなさい」

『よくやったわステラ。お疲れ様』

 

 閉じた床にべったりと座り込んでステラは鼻を押さえた。

 

 

 

 

 

 

 

 傾きが完全回復した頃に、無線が流れる。

 

『コールソンがやられた……死亡を確認した……』

 

 フューリーの声だ。コールソン、エージェント・コールソンとはステラはほとんど面識がない。一言二言喋ったことがある覚えがある程度だ。だがヒューリーの暗い声から、彼が大切な人を失ったのだと察せられた。

 

「コールソンの上着にこれがあった」

 

 襲撃は終わった。しかしこれは負けと言っていいだろう。ブリッジに集まったのは、たったの三人。キャプテン・アメリカ、アイアンマン、ブラックロックシューターだけだ。フューリーも、後ろに控えるマリアも全員が暗い顔をしている。

 

「サインをもらい損ねたようだな」

 

 ヒューリーが血塗れのカードをテーブルに放った。散らばったカードにはキャプテンアメリカの絵が描かれている。

 

「八方塞がりだ。通信は不能、キューブのありかは不明、バナーもソーも。何の情報もない。大事な仲間も失った」

 

 自嘲するようにフューリーがテーブルに手をついて頭を振った。

 

「わたしのせいかも知れん。確かに我々は四次元キューブで兵器を作ろうとしていた。だがそれだけではない、同時にもっと危険な計画も進行中だった」

 

 何かをしていないと落ち着かないのか、ゆっくりとフューリーはテーブルの周りを歩く。

 

「その計画とは、スタークは知っている。エージェント……いや、ステラもな。その名をアベンジャーズ計画という。目覚ましい力を持った者たちを集め、チームを組んでより大きな力にする」

 

 そして誰も座っていない椅子の背もたれに寄りかかり、話を続ける。

 

「彼らが力を合わせれば、強大な敵にも必ず立ち向かえると思っていた……フィル・コールソンは死ぬまで信じていた。その実現を……ヒーローたちを」

 

 トニーが立ち上がり、その場を後にした。

 

「まぁ……ヒーローなんてもう古いがな」

「古くないよ、コールソンは正しい。だってわたしは、わたし達は……」

 

 フューリーの言葉にステラが立ち上がった。ロックカノンを肩に掛けてブリッジから去っていく。扉の前でヒューリーとスティーブに向けて振り返って、微笑んだ。

 

「困難に立ち向かうようできてるんだから」

 

 ステラはそう言って後にすると、慌ただしく動く人たちの間を抜けて、機関エリアにやってくる。こちらも損傷を大慌てで修理したりしている人たちの邪魔にならないよう端をよて避けて行きながら目的の場所に使う。そこにあるのは突き刺さった柄、ブラックブレードだ。

 それを握り、キギ、と火花を散らしながら引き抜く。

 そうして格納庫を歩くスティーブ、ナターシャ、バートンへと合流した。

 

「こんにちは、わたしはステラ」

「バートンだ。よろしく頼む」

 

 四人でクインジェットに乗り込むと、修理したスーツを纏ったトニーを先頭に、ヘリキャリアを一行は飛び立つのだった。



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アベンジャーズ

 速度の都合上トニーが先行した所、バリアがどうしようもない事とアーマーが限界なのを加味しスタークタワーに着陸する。

 と、ロキが嘲りを隠さぬ笑みをしたまま中に入ってきたので、トニーは脅しをかける事にした。

 

「私の人間性に訴える気なのか?」

「いや? お前を脅す気だ」

 

 そう言いつつトニーは飾られた酒の一つを取る。

 

「じきチタウリが来る、私は無敵だ。恐れるものはない」

「アベンジャーズは? ……そう呼んでるんだよ、チーム名さ。地球最強のヒーロー達」

「ああ、顔見知りだ」

 

 そんなものは無いがなと言わんばかりの余裕の笑みをロキは崩さない。グラスに酒を注ぎながらそれにトニーも笑みで返す。

 

「だな。チームがまとまるには時間がかかる、だが頭数は多いぞ? 神様もどきのあんたの兄貴」

「チッ」

「蘇り生きた伝説となった超人兵士」

 

 ついでに死角になっている手の部分にマーク7用の腕輪を装着しておく。

 

「怒ると暴走しちゃう男、腕利き殺し屋カップル、癒しのスーパーガール、それをよくもまあ、一人残らず怒らせたもんだ」

「それが狙いだ」

 

 計画通りと言わんばかりのいい笑顔に、酒を飲みつつロキの未来を示す。

 

「やり過ぎたな。チームが来た時、あんたは終わりだ」

 

 

 

 

 

 

 

『遅いぞ、どこか寄り道でもしてたのか?』

「そっちが早いのよ三時の方向」

『引き付けるからパークアベニューに行け』

 

 チタウリのライダー達が空の穴より続々と現れ、脅威と見たアイアンマンを追いかけ回している。

 

「わたしが援護する。ハッチ開けるね」

「了解、その大砲に火を吹かせてくれステラ!」

 

 後方ハッチから飛び出したステラが腰の翼を広げブースターに全力点火、クインジェットを追い越すとパークアベニューのグランドセントラル駅時計台の像の脇に着地する。

 

「全く駅前で信号無視だ。取り締まってやれ」

 

 トニーが通り過ぎたと同時にロックキャノンの砲口からその口径に違わぬ極太の光条が放たれ、トニーの後を追っていたチタウリ・ライダー達の多くを撃墜する。

 追いすがる敵にさらに砲撃を加え、チタウリ達を貫き薙ぎ払うが敵の増援も次々出てくる。無事に降りたチタウリの銃撃を弾くと殴りかかってきた奴をブラックブレードで胴体から真っ二つにした。

 クインジェットでチタウリを撃墜するバートンがそれを脇目に見て口笛を吹いた。

 

(推定出力、レーザー・カッターの十倍以上です)

「そりゃすごい。動力源はどうしてるんだか」

 

 異常な出力のビームをバカスカと乱射するステラにチタウリを引き付けるトニーが嘆息する。トニーがハッキングしたS.H.I.E.L.D.のデータ中にはステラのロックキャノンの発射機構のデータはあったが動力源の記載はなかった。

 

「まだまだくるぞ」

 

 クインジェットが墜落したが中から無事にスティーブ達が現れる。

 

「数が多い」

 

 ステラがロックキャノンを空に向け乱射しているが減る気配はない。取り逃して突進してきたチタウリライダーをロックキャノンでぶん殴りホームランしていると、ギギギと重い金属の軋む音が届いた。

 

「なんかすごいの来た」

「なっ」

 

 スティーブやナターシャが息を飲む。空の穴から巨大な魚のような何か、後にリヴァイアサンと呼ばれるそれが姿を現した。巨体からチタウリの兵隊を排出するとそのままニューヨークの空を我が物顔で飛び始めたのだ。

 上からステラが砲撃をするが、装甲が赤く溶ける程度で致命傷には程遠い様子だ。それにかまっている隙に他のチタウリの接近を許してしまいブースターで飛び出してブラックブレードでチタウリの乗り物を両断し墜落させ、落下しながら空へ向け砲撃を撒き散らし別のビルの屋上に飛び上がる

 

「スターク、見てるか?」

「見てる、目を疑ってる。バナーはまだ来ないのか?」

「バナー?」

「来たら教えろ。ジャーヴィス、弱点を探せ」

 

 ニューヨークの摩天楼がまるで水槽の中の飾りのようにちっぽけに感じさせるリヴァイアサンにトニーが並走しながら対処を考える。

 

「危ない」

 

 ビルから飛び降り下で市民を包囲しようとしているチタウリ達の一体に着地し踏み潰すと近くの一匹を少し離れた位置の奴に蹴り飛ばす。

 近くの奴らを切り倒しながら重なった二匹を撃ち抜く。

 

「地下へ、押し合わないで逃げて」

 

 伏せていた市民達がビルの方へ逃げていく。子供を抱えながらこちらに会釈をしながら逃げる父親もいた。

 それを見送りブースターを起動、空に飛び上がりながら、駅前でスティーブ達が囲まれそうになってる。

 ソーの雷とステラの砲撃が周囲の敵を一掃し、二人が着地した。

 

「上はどうなってる?」

「キューブを囲っているバリアが破れない」

『ああ、だがまずはこいつらだ』

「作戦は?」

「チームワークだ」

「俺はロキとの決着が着いていない」

「あ? 俺が先だ」

「喧嘩しちゃダメ」

「「……すまん」」

「待て、ロキがいなくなると軍隊が暴走し被害が拡大する。上にいるスタークを援護しないと」

 

 そこへボロいマイクロカーが走ってくる。降りてきたのはバナーだ。

 

「やぁ……酷いことする奴もいたもんだ」

「もっと酷いのもいたけど」

「それは……すまない」

 

 何をやったか覚えはないが、記憶がないという事はおおよそ大暴れした事はわかるのでバツの悪そうな顔をバナーはした。

 

「いや待ってたのそういう、酷いのをね」

「スターク、来たぞ」

『バナーか? スーツを着ろって言え。愉快な仲間を連れてくる』

 

 スタークが太陽を背にしてビルの影から現れた直後にそれを追いかけるリヴァイアサンがビルの端をぶち壊しながら着いてくる。

 

「仲間?」

「いやどう見ても愉快な仲間じゃないでしょ」

 

 ステラがナターシャに向け首を傾げナターシャがツッコミを入れる。

 

 トニーにつられこちらに地面を抉りながら突っ込んでくるリヴァイアサンに全員が臨戦態勢だ。

 バナーはそれに相対する。

 

「バナー博士、いまなら思いっきり怒ってもいいぞ」

「僕の秘密を教えようか?」

 

 歩を止め笑みをバナーは浮かべた。

 

「いつも怒ってる」

 

 緑に肌が変わり、肥大化する鋼の肉体がシャツを引き裂き現れる。握り込まれた拳がリヴァイアサンの頭部に直撃しハルクの数十倍以上ある巨体が急停止をかけられ後部が持ち上がって直立する。

 

「そのまま!」

 

 装甲が衝撃で剥げ落ち内面が露出したところへトニーがミサイルを打ち込むと内部に衝撃が伝播し大爆発を起こす。

 爆発につられたチタウリ達が周囲のビルにとりつき咆哮をあげる。

 周囲を囲まれているが、負ける気はしない。

 ハルク、ホークアイ、ソー、ブラックウィドウ、ブラックロックシューター、キャプテン・アメリカ、アイアンマン。

 アベンジャーズがここに集結したのだ。

 それに呼応する様に穴からは更にリヴァイアサンにチタウリがウヨウヨと出てくる。

 

「見て」

「どうするキャプテン?」

「いいかみんな、通路が閉じるまで敵を押しとどめろ」

 

 スティーブがそのための作戦をすぐさま構築し皆に指示を飛ばす。

 

「バートン、屋上へ行って上から見張れ。敵の位置を知らせろ。スターク、君は外側だ。三ブロックから外に出る奴は押し戻すか灰にしてやれ」

「運んでくれ」

「ああ飛ばすぞ落ちるな?」

 

 了解したトニーがバートンを屋上に運ぶ。

 

「ソー、あの通路を頼む。出てくる奴らを君の雷で痺れさせてやれ」

 

 ソーは何も言わずにハンマーを回して空に飛んでいったが、それが逆に決意を感じさせる。

 

「ステラ、君は遊撃だ。君の判断で、皆を援護してくれ」

「わかった」

 

 ブースターを起動し翼を広げ、ステラも飛び去りながら空を飛ぶチタウリに光条を浴びせる。

 

「ナターシャは僕とここで戦闘を続ける。……ハルク!」

 

 あたりのチタウリを睨んでいたハルクが振り返ると、スティーブはシンプルで、最適な指示を出した。

 

「暴れろ」

 

 ニヤリと嗤ったハルクが飛び上がり周りをぶち壊しつつもチタウリを木っ端微塵にしながら突き進んでいく。

 個人個人のヒーローではない"アベンジャーズ"が今世界を守る為の戦いを始めた。




評価、誤字報告、コメント誠にありがとうございます。


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ニューヨーク決戦

誤字報告誠にありがとうございます


『ステラ、後ろの影からお客さんが来てるぞ』

「わかった」

『わーお、ヤンキースの四番打者張れるなステラ』

 

 ビル上から変わらず砲撃を続けるステラの影から迫るチタウリをバートンが捕捉し知らせ、飛びかかってきたチタウリを砲身でぶん殴って吹っ飛ばす。バートンは自分が立つビルをチタウリが飛び越えてホームランされていくのに口笛を吹いた。

 

『スターク、尻にぞろぞろ着いてきてるぞ』

『とりあえず大通りから離す』

『奴ら小回りが利かない。角に誘い込め』

『それいいねぇ了解』

 

 バートンの的確な管制にトニーが角のギリギリを飛びチタウリ達をマニューバキルしていく。

 

『いっちょ上がり、まだいるか?』

『ソーが六番街で相手している』

『誘ってくれればいいのに』

 

 六番街へ向けトニーは加速する。

 

『おいキャプテンとナターシャがやばいぞ、誰かあれどうにかできないのか?』

 

 グランドセントラル駅前で戦う二人に向けリヴァイアサンが一匹向かっていく。その背にはチタウリまで載せ二人を圧殺する気満々だ。

 

「任せて」

 

 ステラがビルの隙間を縫って飛んできて街灯を曲げながらその側面に着地しスティーブ達の前に出る。

 両端のビルを破壊しながら迫るリヴァイアサンにロックキャノンを向ける。先程リヴァイアサンの装甲を抜ききれなかったのを見ていたスティーブが歩みでた。

 

「いいんだステラいったん退くぞ」

「大丈夫、任せて」

 

 ステラがロックキャノンを両手で保持し持ち手の部分を捻ると基部が青く発光しながら高速回転をはじめ、砲口からはビームでなく岩の如き巨大な光弾が発射される。

 一発程度ではリヴァイアサンの装甲が赤く融解する程度だ。だがそのロックキャノンは大砲ではなく、機関大砲とでもいうべき代物だ。

 ステラの左目から青い炎が燃え上がる。ブースターをカウンターにしてロックキャノンの反動を打ち消す。

 放たれる光弾はあまりの連射速度にビルの谷間を青く輝かせた。ちょうど空に穴を開ける四次元キューブの光の様に。

 その発射速度、秒間二十発。分間千二百発はS.H.I.E.L.D.のメンバーも使用していたM4ライフルを上回り、威力はその比ではない。

 突っ込んでくるリヴァイアサンの装甲が受けたエネルギーに耐えられず溶け、そこに更に攻撃が加わり、真っ向から削り取る。死んでなお慣性で突き進んでくるが木っ端微塵に破壊した。

 

「……すごいな」

 

 粉々になったリヴァイアサンを見てスティーブは思わず呟いた。

 左目に灯った火が消えステラは息を吐いてスティーブにサムズアップをした。

 

「待って、いくら戦ってもキリがない。あの通路を閉じないと」

「ステラ、今のあそこの穴にできるか?」

「できるよ」

 

 ステラが再び瞳に火を灯し十秒くらいあの穴に向け光弾を発射してみるが、出てくるチタウリ達が吹き飛ぶ程度で穴が少し波打つ様な感じがするのみで効果はない様に見えた。

 

「どんな兵器でもびくともしないな……」

「あれは結果よ。元から絶たないと」

「上に行くには乗り物が……ステラ、前みたいに抱えて飛べるか?」

「できるよ」

「ちょうどいいわステラ。上に行くのを手伝って」

 

 ロックキャノンをスリングで肩にかけて胴体を抱えられると思って背を向けたナターシャをステラがお姫様抱っこした。

 

「ちょっとこれ恥ずかしいんだけれど?」

「これならナターシャが銃を使える」

「成る程?」

「気を付けて!」

 

 翼を開いて飛んだステラ達を見送ってうじゃうじゃと湧いてきたチタウリの相手をスティーブは再開した。

 空を飛ぶステラをチタウリ達が追いかけ始める。ステラが光弾を回避しながらナターシャが抱えられたまま後ろに向けて銃を撃つ。二人を援護する様にトニーが現れ後ろのチタウリを多数撃墜、そのまま着陸してスティーブとの連携攻撃で敵を一掃するとホークアイのビルをよじ登る敵まで倒し八面六臂の活躍をしている。

 リヴァイアサンの上ではハルクとソーが好き放題大暴れし致命傷を負わせ墜落。

 ステラ達がそのままスタークタワーへ近づこうとしたところでロキが現れた。光弾が一発ステラの背中を直撃する。

 

「痛い!」

「ちょっと大丈夫!? ホークアイ助けて!」

『任せろ』

 

 回避行動をしながら光弾を躱し、ロキから逃げつつスタークタワーを目指す中、ナターシャがバートンに助けを求めた。

 屋上から笑みを浮かべ、ステラ達を追いかけるロキに狙いを定める。放たれた矢は違う事なくロキに迫るが、それをロキはたやすく掴んだ。

 が、それもバートンは織り込み済みで矢が大爆発を起こしてチタウリの乗り物が破壊され転落する。

 ステラがスタークタワーの壁に足をついてそのまま駆け上って装置の置かれた場所に登りナターシャを下ろす。

 

「ナターシャ、あとはお願い」

「ちょっとステラ! あなた背中大丈夫なの?」

 

 ステラが背中を見せる。パーカーに穴が空いて、背中に血が滲んでいるが重症というほどではなかった。

 

「痛いけど、大丈夫。今戦わないと、下の誰かが怪我をしちゃう」

 

 再び左目に蒼火を灯し下に飛び出していくステラと飛び上がってきたハルクが交錯するときにハイタッチをした。

 そのまま好き放題泳ぐリヴァイアサンの背に着地すると砲身をその背に押しつけ連射、砲撃が装甲を破り内部をぶち抜くと中央から大爆発を起こしてステラも爆発の余波を受けて飛ばされビルの窓を突き破った。

 戦ううちに徐々にアベンジャーズは劣勢に追い込まれ出す。

 快調に砲弾を吐き出し続けていたロックキャノンが連射速度を徐々に減退させ、基部の回転も止まってしまう。ビームすらも出なくなり、チタウリの攻撃を防ぐ盾程度の役割しかなさなくなったそれを左手に持ち変え鈍器としてなぎ払い右手でブラックブレードでチタウリを切るが反撃を受けて地面に押し倒される。

 腰のブースターが点火し馬乗りになっていたチタウリを跳ね上げ立ち上がる。跳ね上げたチタウリはハルクが飛んできて掴み、空から光弾を撃つライダー達にぶん投げた。

 ブースターも既に出力に任せた飛行をする余裕はなく、回避のために一瞬点火し加速する程度が精一杯まで追い込まれていた。

 

「ハルクありがとう」

 

 ハルクがなんとステラに向けサムズアップをした。

 それを見てステラも笑ってサムズアップを返した。

 

「ハルク! わたしを投げて!」

 

 それを聞いて拳を開いたハルクの手のひらにステラの足が乗った瞬間ハルクが全力で腕を振りステラもその中でジャンプし超加速、陣形を崩していた敵へ切り掛かり、切るとその残骸を足場に更に他の敵へジャンプ、切るを繰り返すが、ジャンプしたところを打ち落とされ地面に叩きつけられる。

 更に増援が現れ、空を飛ぶ十数機のライダー達の銃口がステラを向いていた。

 

「っ!! ハルク!?」

 

 一斉射撃に晒されそうになるステラをハルクが庇った。

 地形すら変えてしまう様な猛攻撃の爆風にさらされる中ハルクは怯む事なくステラを守る。

 ステラが絞り出す様に歯を食いしばりロックキャノンを両手で血が滲むほど握りしめる。

 

「……ッ! っゔ!! 動いて!!」

 

 ぎ、ぎ、と鈍く動作したロックキャノンから光条が吐き出され敵の陣形を袈裟斬りにする様に薙ぎ払う。そこで乱れ、滞った敵の射撃を見逃さずハルクが自動車やバイクや電柱や街頭やタイヤをぶん投げまくり撃墜し、その場を切り抜けた。

 

『今通路を塞ぐ、みんな聞こえてる⁉︎ 通路を塞げそうよ!』

『やれ!』

『いや待てミサイルが来る。あと一分もない』

 

 その頃海上から飛来するミサイルをトニーが追いかけていた。どうやら核ミサイルらしい。ここで爆発すれば例え穴は閉じても大惨事は免れない。

 

『捨てるにはいい穴だ』

『スターク……戻ってこれるのか?』

『……』

 

 スティーブの問いにトニーは軽口も返さなかった。

 ステラとハルクは疲れ果てた顔でミサイルを押すトニーが穴に入っていくのを見送った。二人を包囲する様にチタウリがまたやってきたが、突如全てが動きを止めて倒れ伏す。

 空を見てハルクが走り出した。ステラもそれを追いかけようとするが飛べないのでハルクが先に行ってしまう。光が途絶え、空の穴が閉じると、そこに残される様にトニーが落下してくる。

 それをハルクがキャッチし、グランドセントラル駅前に落下していくのを見た。ステラが到着するとよっこらせと立ち上がったトニーがかったるそうな顔をしている。

 

「やぁステラお疲れ様、シャワルマ食ったことあるか? これ終わったら食べに行こうきっとうまいぞ」

「ステラ、よくやった」

「お前もなかなか見事だったぞ」

 

 スティーブもステラの肩をバンバンと叩く。ソーもスティーブもハルクもトニーもみんなズタボロである。

 ステラも緊張の糸が切れたのかロックキャノンを引きずりながらスタークタワーへ向かう。

 

 

 

 

 

 アベンジャーズ全員に囲まれたロキが、観念した様に苦笑する。

 

「あがいても無駄なら……酒をもらおうか」

 

 それはロキなりの敗北宣言だった。



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シャワルマ

お気に入り、感想ありがとうございます


「僕は救助活動を手伝ってくる」

『僕は救助活動を手伝ってくる』

 

 拘束されたロキが負け惜しみにふざけ出したのでソーがアスガルド式猿轡をロキに着けた。

 

「お待たせした。そちらの杖はこちらで回収しよう」

 

 そうすると服の端に汚れを付け先ほどまで戦っていたのが窺える面々が入ってきた。彼らはS.H.I.E.L.D.の精鋭部隊S.T.R.I.K.E.のメンバーである。彼らもまたニューヨークでチタウリと戦っていたのだ。

 

「あ、アハズだ」

「やあステラ。久しぶり。この騒動だ、君も来ているのではと思ったが、まさかアベンジャーズだとはな」

「アハズも、どうしてここに?」

「P.S.S.は解散になったからね。私はそのまま本部のS.T.R.I.K.E.に移籍になったのさ」

 

 二年前に比べさらに白髪が増えたアハズと軽く挨拶をして見送り、四次元キューブも運搬用アタッシュケースを準備してそこに詰める。

 全員とりあえず傷の処置を受けて一息をつく。

 そして下に降りようとエレベーターに乗り込んでいった所ステラが乗ると重量オーバーを知らせるブザーが鳴る。

 

「……」

 

 ステラが下りるとブザーが鳴りやむ。

 

「ステラ、それ重すぎだ。置いていったらどうだ?」

 

 トニーがロックキャノンを指差し指摘する。

 

「それは嫌だな」

「じゃ少し待ってるといい。安心しろここのエレベーターは速いからなそりゃもう」

「わかった」

 

 かわりに乗り込んでこようとするハルクをトニーが制止した。

 

「いや待て待て待て、ハルクお前はエレベーター自体無理だから階段を使え。あんまり壊すなよ」

 

 そのままエレベーターのドアが閉まってハルクが吠えた。

 

 ステラが階段の方の扉を開いて下を覗く。ハルクが壁を軽く殴って凹ませつつ後に続くと、延々と階段が続いているのが見えた。

 

「……」

「……」

 

 ハルクとステラが顔を見合わせる。しばらくエレベーターを待っていると、到着したので二人で乗ってみるがブザーが鳴る。

 

「ハルク、一緒に階段で降りようか」

 

 ステラがそう提案すると何か思いついた様にハルクがステラを掴んでそのまま外に飛び降りた。

 

「それを渡したまえスターク」

「いやちょっと所有権とか権利とかその他もろもろ事情がいっぱいあるので無理なんですよピアース理事」

 

 その頃、一階のスタークタワーエントランスではS.H.I.E.L.D.の理事であるピアースとトニー達アベンジャーズが謎の小競り合いをしていた。四次元キューブの処遇を巡って、武力行使とまではいかないが争いになっている。

 そのすぐ脇の外のところにハルクが着地した。衝撃でガラスが吹っ飛んでもみくしゃになっていたピアースやトニーやその護衛まですっ転んだ。ステラをハルクが地面に下ろし吠えて周りの人々がびびって逃げ出し始める。

 

「ハルク! あんまり壊すなって言っただろう! やあそこの君、アタッシュケース確保しててくれてありがとう。さっ理事、今はあれが暴れるとまずいので後でまたという事で」

 

 その拍子に吹っ飛んだアタッシュケースは何処から来たのか覆面をつけた特殊部隊員がしっかりと確保していた。トニーはそれを受け取るとピアースを躱してスタークタワーを後にする。

 その後セルヴィグと四次元キューブのアタッシュケースをクインジェットで飛んできたマリア達に預けロキは檻に入れられトニーは全てをやり切った顔で背伸びをした。

 

「さー今度こそ全部終わったぞ。これでセルヴィグ博士が四次元キューブのケースを作るまで暇になった。さっ皆行こうか」

「どこにいくんだ? スターク」

 

 そこへスティーブが役目を終えて帰ってきた。

 

「やあキャプテン、救助活動はひと段落ってところかな。言ったろう? ……シャワルマだよ話を聞いてなかったのか?」

「本気かスターク」

「ああ本気だとも今いかないでどうするっていうんだ。むしろ今こそ行くべきだろう?」

 

 なあ? とトニーが周りに同意を求める。

 全員が「まあ……いいんじゃない?」みたいな特に否定も肯定もしない状態なのでスティーブもそんな感じになってシャワルマの店に行くことになった。途中でハルクが元に戻ったので道端の商魂逞しく営業している服屋でバナーの衣類を買う。

 

「ヘイタクシー! なんて無理か」

「今それどころじゃないわよ」

 

 大通りは廃車であふれており撤去の為の車両が端からちょっとずつ障害物を退かしているので使い物にならない。

 なので徒歩で行く羽目になった。最初こそ変なテンションで元気よくしていたトニーも徐々にやらかしたなと言わんばかりに疲れ顔になっていくが言い出しっぺなのでやめようとは言えない。

 

「やあこんにちは。今日やってる? 七人なんだけど」

 

 店内のものが色々吹っ飛んでいるが厨房は無事そうである。店主がなんとも言えない顔をしてから倒れたテーブルを起こして椅子を引っ張り出してきて拭き、なんとか客席の体を作ってそこに皆が座った。

 

「……それではアベンジャーズ、結成記念と初戦闘記念に食事会といこう、乾杯」

「「「「「「乾杯……」」」」」」

 

 もう乾杯の音頭もテンションが死んでるし乾杯もテンションが死んでいた。店の端にブラックブレードロックキャノンステラの翼ムジョルニアキャプテンの盾バートンの弓と矢筒が雑に置かれてる様は中々にカオスである。

 実際トニーが言う通りシャワルマはとても美味しい。グリルされた肉はジューシーで皮も柔らかく野菜もシャキシャキフレッシュだ。

 

「これ、おいしいね」

「そうだな……」

「ああ……初めて食べたが……うまいな」

「そうだろうそうだとも……それでこそ連れてきた甲斐があるってもんだよ……」

 

 最初は料理の感想なんかで少し盛り上がったが、すぐに沈黙が辺りを支配する。

 肘掛にまさしく肘を立ててスティーブが食いながら寝た。

 バクバクと食べていたステラもいつのまにかテーブルに突っ伏し食べ終えた後の紙屑に埋もれている。ソーとトニーは黙々とシャワルマを食べ続けバナーも気がついたら行くぞ行くぞ言われ付いてきたので無言で食べている。バートンは背もたれに身を預けぐったりした様子で、シャワルマにセットで付いてきたポテトを貪っていた。

 ナターシャはどうするのこの状況と言いたげな顔でアベンジャーズの面々を見回している。

 予想外にステラが食べたものの、結構な量を食べる筈のスティーブとバートンがダウンしていたので残さない様、ソーとトニーとバナーは腹十二分目位まで食べる羽目になった。

 三人がフードファイトのように食い続ける店内で、店員が割れたガラスを処理する音が静かに店内に響いていた。

 

「さっ皆注目。今日はここでお開きとしよう。また後日、神様のお見送りに集合することになるだろうから、連絡するウップ。今回の戦い、勝てたのは皆のおかげだ本当にありがとう」

 

 食べ切ったトニーが苦しげな顔で食事会を締める。アベンジャーズの勝利祝いは戦いの時とは打って変わって死ぬほど情けない状態で終わる事となった。

 

 

 

 それから少し回復したステラはロックキャノンを抱えて、ロングアイランドの自宅へ帰ることができた。その頃には日が暮れ始めていたが、こちらの方は被害がなく落ち着いた様子であった。

 鍵を隠してある植木鉢をズラして取り出していると、家の中から駆けて来る音が聞こえてきた。

 玄関が勢いよく開けられ、泣きそうな顔のロスコルが飛び出してきた。

 

「お父さん、ただいーーー」

 

 ステラをロスコルが抱きしめた。

 

「大変だったろう……おかえり、ステラ」

「ただいま。大丈夫だよお父さん。痛かったし、辛かったけれど。怖くはなかったよ」

「ステラは優しいからな。こんなボロボロになって……よく頑張ったな」

「一人じゃなかったから」

 

 ステラが微笑んだ。

 

「そうだな。仲間っていうのは、そういうものだ」

 

 ロスコルも白い歯を見せながら笑った。

 

「さっステラ、今日は着替えてゆっくり休みな。あとそれはガレージに置いておこう。夕飯はどうする? 今日はハンバーガーひたすら食べてもお父さん許しちゃうぞ」

「ごめんお父さん、みんなで食べてきちゃった」

「そうか良かったじゃないか。何を食べたんだい?」

「シャワルマ」

「シャワルマ?」

「シャワルマ」

 

 ステラとロスコルは笑いあいながら家に入っていくのだった。



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カメオ出演(フェーズ2)
マーク23開発協力


ご覧頂きありがとうございます。フェーズ2に入っていきます


「これよりマーク23制作を開始するよぅ、まずは使う装甲の選定のために本日はゲストにステラちゃんをお呼びしております。はいステラ、何か一言」

「トニー、顔色が悪いけれど大丈夫?」

「大丈夫さステラ。僕の溢れ出るインスピレーションが全身から垂れ流されてるのがわかるだろう? その余波が顔に出てるんであって調子が悪いわけじゃない」

 

 トニーの邸宅の外の一角、海側に向けて作られたコンクリート製の広場にステラと一緒にトニーがボイスレコーダーに話しかけながら準備を進めている。トニーが着ているのは胴体に金色が集中したいつもとシルエットの違うスーツだ。

 

「じゃ、いきなりのぶっつけ実験。ステラ、ロックキャノンをいつものビームが出るやつで順々に撃っていってくれ。右から順に並べてあるやつをだぞ?」

「わかった」

 

 ステラがロックキャノンを構えた。

 その様子を脇に置かれたカメラを持ったアームロボットが撮影している。

 初めはステラからロックキャノンを借り受け耐久試験に使おうとしていたのだが、アイアンマン用のアークリアクター供給のエネルギーでは満足に性能を再現できなかったのだ。

 発射機構は今のトニーから見れば下の下、無駄が多く消費エネルギーも多い。ステラが扱うようにぶっ放しまくるならスタークタワーの大型アークリアクターの全電力を注ぎ込む必要があるだろう。

 代わりに全力稼働させられるなら、火力は随一だ。リヴァイアサンを真っ向から粉々に破壊した実績がそれを証明している。

 色々な意味でアイアンモンガーみたいな武器である。スマートさに欠ける代わりに振り回すパワーがあるあたりが。

 そういう訳ではるばるニューヨークからカルフォルニアまでステラには旅行で来てもらったのだ。

 これを稼働させるステラの力を研究しようかとも思ったが、以前スティーブとヘリキャリアで喧嘩してた時に「ハッ、如何にヒーローに適してるなんて言ったって何も知らないティーンエイジャーの力をわざわざ借りるような情けない事は僕はしないね。1万ドル賭けてもいい」なんて言ってしまったのと、倫理的に良くない事態が待ってそうなのでやらない。

 今の状況が既に借りてる? ステラ自体は皆が認めたスーパーガールなので除外だ。ついでにメンタルがやられてるトニーにそんな事を気にする余裕はなかった。

 

『本日はよろしくお願いいたします』

「よろしく、ジャービス」

 

 カコンとトニーの頭がアーマーに覆われ、ステラが設置された物に次々と光線を打ち込んでいく。最後の一個だけ爆発を起こして土煙が舞い上がる。

 

『アルファ、融解貫通。ブラボー、融解貫通。チャーリー、蒸発。デルタ、融解、エコー、爆発』

「これでいい?」

 

 J.A.R.V.I.S.が淡々と結果を述べていくのをスタークがマスクを外して一枚一枚観察していく。ステラは爆発で被ったホコリを頭を振って落とした。

 

「成る程既存素材の合金や僕なりの対エネルギー防御策はダメだったか、スタークショックだな。特にチャーリーの鏡面反射装甲はいい線いくと思ったんが……まあ仕方ない」

「良いデータが取れた?」

「いやいやまださステラ。今のはオードブル、メインディッシュはこれからだ。J.A.R.V.I.S.出してくれ」

『わかりましたトニー様』

「おいおいダミーが運んでくるのか落とすなよ?」

 

 落っことした。

 

「さて、実験を再開といこう」

 

 "ClumsyBoy"と書かれた紙を貼られたロボットアームのダミー君を尻目に標的をセットしたトニーがガチャンと手を叩く。

 それに合わせてステラがロックキャノンをぶっ放すとそれが直撃した装甲材が赤色するだけで耐えた。それを見てトニーがガッツポーズをした。

「よーし実験成功だ! マーク23の材料はこれで決まりだJ.A.R.V.I.S.」

『かしこまりましたトニー様。ですが温度から見るに恐らくこれでアーマーを作って攻撃を受けたら中のトニー様がローストチキンになるのが関の山かと』

「頭を使えJ.A.R.V.I.S.? 中に冷房つければいいんだよ」

『左様ですか』

 

 上機嫌そうにルンルンしているが、オープンしたマスクの内の素顔は血色が悪く目もギラついている。少なくともこの瞬間チタウリの装甲を上回る代物をトニーは製作できたのだ。

 ステラと同等の火力を持つ敵がいないわけがない。その対処を考えねばとトニーは強迫観念に駆られていたのだ。それが今落ち着いた。

 

「そうだステラお礼にロックキャノンを改良しよう。きっと使いやすくなるぞ」

 

 ロックキャノンを床に立てかけてアームロボのダミーとなんか握手をしているステラにトニーがトリップ状態から帰ってきて提案する。

 その提案にステラはフルフルと小さく首を横に振った。

 

「どうして? パワーアップするんだ君には良い提案だろう」

 

 ロックキャノンの基部や外装フレーム等はトニーをしてチタウリの装甲より余程意味のわからない謎の金属で出来ているが内部機構はアップデートする余地がある。今のオゲレツな燃費の悪さを改善すればニューヨークの時のように息切れする事も少なくなるはずなのだ。

 

「トニーが疲れてるから。わたしはトニーが調子の悪い時にわざわざやってもらってトニーを余計に疲れさせたくない」

「いや違うとも疲れてなんかないさ!」

「疲れてる。疲れてないならアーマー脱いで見て」

「君は意外と頑固だな? まっ、そう言うならまた今度にしよう」

 

 そしてトニーはアーマーは脱がない。

 

「あらステラちゃん。お疲れ様、トニーに付き合わされて大変だったでしょう?」

「むしろトニーが大変」

 

 帰宅したペッパーが苦笑しながら二人の所へやってきた。

 

「ステラちゃんもご飯食べましょう? ほらホコリ被っちゃって髪の毛が凄いことになってるわよ」

 

 ペッパーがステラの髪の毛を触る。見ればわかるが結構ゴワゴワしている。

 

「……ステラちゃん髪の毛の手入れはどうしてるの?」

「ロスコルと同じシャンプーを使ってる。経済的」

 

 ペッパーがステラの肩を掴んだ。

 

「ダメよそんなの!!!!」

「あのっペッパーっ揺らしっキャノンがっ危ないっ」

「おいおい始まったぞペッパーの変なこだわりが」

「変じゃないわよせっかくこんなに伸ばしてるんだから!」

「J.A.R.V.I.S.オーブンの火を入れておいてくれ。僕が作る。めちゃくちゃに凝ったやつをね。そうだせっかくだローストチキンを作ろうか」

 

 トニーがロックキャノンをアーマーのパワーアシストで受け取るとステラがペッパーに担がれていく。向かう先は風呂場である。

 

『かしこまりましたトニー様』

 

 三時間後。

 

「わお、ツヤッツヤだな。ペッパーやれることをやり尽くしたな?」

「磨けば磨くだけ輝くって良いわね。貴方がアーマー作りまくってるのもちょっとわかったかも。ステラ、次からお風呂に入る時はああ言うのも使ってね」

「J.A.R.V.I.S.ステラの家にペッパーが使ってるやつ送っておいてくれ」

『かしこまりました』

 

 さらっさらツヤッツヤのなったステラの髪を見て料理を終えたトニーが「oh!」と言った感じで大げさに驚きながら感想を言った。

 ステラは手を掛けさせてしまったのに申し訳なさそうである。

 その様子にトニーは笑みを浮かべ、ペッパーは恥ずかしそうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

「ただいま」

「おかえりステラ、なんかすごいキューティクル?」

「ペッパーに怒られた」

「そりゃそうだ。いつまでもお父さんと同じシャンプーじゃダメだぞステラ」

 

 ロスコルがステラに苦笑した。そうして後日届いた髪の手入れ関連の品がめちゃくちゃ高級品でしかも定期的に届くようになったので小さく悲鳴を上げた。



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ダークワールド:ポストクレジットシーン

短いです


 深夜、惑星直列から暫くしたのち。

 時空異常の起きていたロンドン、グリニッジピアから僅か二十五キロ地点のリッチモンド公園の中央、そこで数名の人物がカプセルを中心に電子機器やアンテナのような機械を配置し何かの作業を行なっていた。

 その一人はアハズだ。もう一人の男はやけに長いシルクハットを被り、仮面に手袋と皮膚を一切露出しない格好をしていた。

 笑い声を上げながらその男がタッチパネルを操作すると、空に亀裂が生じる。ピンク色の光線が砕けた空間から溢れ、一部が周囲の地形や鹿を薙ぎ払って炎上させた。それらが設置されたアンテナに直撃すると電流のように伝いカプセルへと流れ込んでいく。

 

「なかなか派手だな。リーダー博士」

「あの怪物ほどじゃない、あんな化け物に比べて俺は小綺麗にできるのさ」

 

 閃光を意にも介さずともせず二人は空を見つめている。

 やがて破裂するように空間に大穴が開き、そこからピンクの火の玉が飛び出し一帯をその色に染めた。

 隕石が落下するようにその火球がカプセルめがけ落下し、爆発のような閃光が発生。その衝撃でアハズもリーダーも吹っ飛ばされ電子機器たちも火花を上げて破損する。

 閃光で、より暗闇を深めたような深夜の公園のクレーター中央に残されたカプセルが内側から殴打され歪む。

 それを見て笑みを浮かべる男の顔は、緑色をしていて、マスクと共に吹き飛ばされた際に外れたシルクハットの下には異様に長い頭があった。

 ガキン、とカプセルの蓋が弾け飛んで、すらりとした足がその姿を現す。淵にかけられた指は細く、起き上がったソレは例えるならアルビノの女豹か。

 己の手をくるりと回し手の平から甲までを眺める。

 

「随分と幼い体だ」

 

 澄んだ高い声が空気を震わせる。

 

「申し訳ありません。予定と違う事態が発生していたもので、先に体に貴女様を下ろす必要がありました」

「構わない。不満があるわけではないんだ許せ」

 

 アハズが片膝をついてそれに向かって臣下の礼を取る。同じくリーダーもその後ろで礼を取った。

 それに柔らかい笑みを浮かべながら立ち上がったその肢体は控えめながらも稀代の彫刻師が彫った女神の如く。

 まるでありとあらゆるものを愛するかのような目線は、逆説的にありとあらゆるものに特別はないと知らしめる。

 

「さてザハ、今は何と名乗っている?」

アハズ(Ahaz)、と」

「成る程、単純だがお前らしいな。そちらのは?」

 

 立ち上がり、一矢纏わぬ姿に白髪を貼り付け、のんびりとした歩みでアハズの隣を抜け、その後ろに控えるリーダーの前に立つ。

 

「……サミュエル・スターンズと申します」

「私の復活に手を貸してくれたこと、感謝しよう。お前は私に何を望む?」

「……とある男を殺したいのです」

「良いだろう」

 

 ツっと頬を撫でられただけで麻薬のような快感をリーダーは感じた。何と危険な存在をこの世界に降臨させたのかと、しかしその明晰な頭脳はある男を殺す為の最短ルートしか示していない。その為にコレは必要だ。

 

「しかしまだ……その体は完全ではありません。今は雌伏の時」

「構わないさ、もとより暇で暇でしかたなかった。数千年何もできず暇だったならあと十年は暇でも問題はないさ」

 

 それが首を振ると、ピンクの粒子が寄り集まって白い服として再構成されていく。

 

「なんだ、情報に入ってたものをそのまま再現したが、今のテラの奴らはこういうのを着ているのか?」

「若干特殊ですね。しかしテラも豊かになり様々なものがあります。今はその豊かを楽しむべきでしょう」

 

 アハズがそう提案するとそれは笑みを浮かべた。

 

「それは良い。それなら私もこちらでの名前が必要だな」

 

 

 

 所変わってニューヨーク、日の暮れた街並みをブラックトライクでステラが後ろにロスコルを乗せて走行している。

 

「いや悪いねステラ、アハズの奴が行方不明になったとかで知り合いの俺とかフォボスとかにもS.H.I.E.L.D.が取り調べをしててね」

「アハズが? 心配」

「あいつはなんだかんだ言ってすごい奴だからきっと大丈夫さ」

「P.S.S.魂ってことかな?」

「そうそうだいたいそれであってる」

「なら、きっと大丈夫」

 

 スロッグスネック橋を渡りながらステラは微笑んだ。

 

 

 

「シング・ラブなんてどうだろうか?」

 

 己の名を決めたそれの顔は、余りにも印象が違うと言うのに、ステラと同じ顔をしていた。



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キャプテン・アメリカ/P.S.S.魂

ご感想、評価ありがとうございます


 ニューヨークのS.H.I.E.L.D.支部。ここはスタークインダストリーとも提携し開発を主体に動く研究施設としての側面が強い支部だ。

 ロスコルはここで電子工学関連の一般職員としてカルフォルニアのドラコ基地から異動してきた男である。去年にアハズが姿を消したとのことで元仲間として事情聴取を受けたが、今日はそれ以上の突然のニュースに休憩中に飲んでいたコーラを吹き出した。

 

「は? 長官が死んだ?? キャプテン・アメリカがなにか証拠を握ってて逃亡??」

「事実です。貴方の娘さんは彼と友好関係だ、何かあれば知らせてください」

「はあ……わかりましたよ」

 

 エージェント・シットウェルの説明を聞いて了承したロスコルは取り敢えず外に出て公衆電話から家に電話した。少しすると家にいたステラが電話をとった。

 

『ハロー、どちら様ですか?』

「ステラ、俺だお父さんだよ」

『お父さんなら私の好きな食べ物は何でしょう』

「最近はピザも好きだな。もうちょっと健康に気を使ったほうがいいぞ昼なに食べようとしてる?」

『どうしたのお父さん。お弁当忘れた?』

「いや忘れてない。そうじゃなくて、誰か家に来てないか?」

『ううん、今プライマリーエデュケーションの自習してるけど誰も来ないよ』

「誰か来ても、お父さんに伝えちゃダメだぞ。でもステラがおかしいと思ったらお父さんに電話してくれ」

『ん、わかった』

 

 ロスコルは息を吐いてそのままS.H.I.E.L.D.の職場に戻り、その日の仕事を終わらせて帰路に就いた。なんだか物の配置とか衣服が減っている気がしたが気のせいと言うことにした。

 事態が一変したのは数日後、昼前に弁当を忘れていることに気付いた時だ。水で腹を膨らませて誤魔化すかとロスコルが水をがぶ飲みしていると突如職場のスピーカーが起動したのだ。

 

『S.H.I.E.L.D.の諸君聞いてくれ。スティーブ・ロジャースだ』

 

 ロスコルは水を吹き出した。

 

『僕の事は耳にしているだろう。僕を捕らえる命令も出ているだろう。だが真実を知ってくれ……S.H.I.E.L.D.は変わってしまった。ヒドラに乗っ取られているんだ。アレクサンダー・ピアースがリーダー、S.T.R.I.K.E.チームとインサイトのクルーもヒドラだ。他にも何人も、隣にいるかもしれない。奴らはS.H.I.E.L.D.を完全に支配した!』

 

 ロスコルを含め全員が周りを見渡す。聞く限りはワシントンD.C.本部の通信がニューヨーク支部にまで届いているのだろうが、ならば危険だ。ここはヘリキャリアの推力や武装なども開発した、最新の武器の研究などもしているのだから。

 

『ヒューリーをも撃った。それだけじゃない、ヘリキャリアが打ち上げられたらヒドラは邪魔者を自由自在に殺せる力を得る。僕らで止めるんだ。簡単ではないだろう、自由の代償は高い。常にそうだった。……だが払う価値はある。僕一人でも立ち向かうが、一人ではないと信じる』

 

 演説が終わった瞬間一人が天井に向け銃を発砲した。

 

「お前らここから出ろ‼︎」

 

 そいつはロスコルとは親しくはなかったが、ロスコルよりかなりの古株で人望のある男だった筈だ。

 

「何故?」

「ヒドラの為に」

 

 警備員が銃を抜こうとした瞬間逆に撃たれた。悟った。インサイト計画とは別にここの施設の研究成果を狙っていると。

 

「おい、ロックを開けろ」

「……嫌だね」

 

 保管庫へアクセス権限を持つ主任に銃口が向けられている。いつも情けなくペコペコしている主任が、鋭い眼光のまま要求を跳ね除けた。

 助けなければ、とロスコルが目の前のパソコンから離れて席を立った。が、頭にゴリ、と硬いものが押しつけられる。隣の同僚がいつの間にか拳銃を持ち、ロスコルに銃を向けていたのだ。

 

「席を立つな。同僚のよしみだ殺さないでやる」

「……そうかい」

 

 ロスコルが一瞬でその銃を奪い取り顔面を殴打。倒れた男の胸を思い切り踏みつけ気絶させる。そこからニューヨーク支部は銃撃戦に発展した。

 

「おらP.S.S.魂‼︎」

 

 右ストレートを叩き込んで窓を突き破って敵を倒す。

 一般職員が多数の中、元P.S.S.メンバーであるロスコルが主体になってヒドラメンバー達を制圧していく。P.S.S.は解散したとはいえ元はS.T.R.I.K.E.に並び称された精鋭チーム、そこに所属していたロスコルが並の戦闘員に負けるはずもない。

 構築したバリケードの裏から敵を撃ち敵の攻撃からはバリケードで身を隠す。

 一緒にその場を支える警備の奴が思わず嘆息した。

 

「いやあんた情けない奴だと思ってたけどすげえな」

「衰えたわもう息あがってる勘弁してくれ……誰か戦車持ってきて」

 

 流石に実戦から二年以上離れているので衰えがある。ステラの無茶苦茶について行くために身体トレーニングを欠かさなかったのは吉と出ているが実戦離れは如何ともし難かった。

 バリケードを作って職員を逃しつつ弱音を吐いていたら、外からキャタピラの音が聞こえてくる。どう見ても味方のそれではない。

 ビルの外から砲塔がロスコル達を覗いていた。

 

「「戦車だーーーっ⁉︎」」

 

 ロスコルと味方警備員が叫んでバリケードから逃げるとそこに戦車砲が打ち込まれ爆発してバリケードが破壊される。ついでにクインジェットまできた。降りてくる奴ら、インサイト計画の格好をしてるのでどう見ても敵である。

 

「くっそ奥まで後退‼︎ おい業務提携でスタークインダストリーの社員いるんだろ⁉︎ 誰か社長に電話しろアイアンマン呼んでこい!」

 

 アイアンマンのいるであろうアベンジャーズタワーからはそこそこ離れているので向こうが気付いて来てくれるというのは希望的観測が過ぎ、あの人数に打ち勝つのは無理がある。

 籠城して援軍が来るまで時間稼ぎするしかないとロスコルが撤退しようとした時、突如進行してきていた奴らが向きを変えてそちらに銃を撃ち始めた。

 そして猛烈なエンジン音が迫ってきて、何人かが撥ねられた。

 撥ねたのは黒い光沢に特徴的なフロントカウルをした大型リバーストライク。その名をブラックトライクで。乗っているのは当然、ステラだ。

 そのままガシャコンとフロントカウルの装甲を動かして機関銃を動かしクインジェットを蜂の巣にして墜落させた。トニーが改良してくれたものでオミットされていた機能を復活させたのだ。

 そのステラに向け戦車が発砲したがステラがブラックブレードを振ると砲弾が真っ二つになってステラの背後の建物をぶっ壊し、走り出したステラから後退しながら逃げる戦車の砲塔を切り落としキャタピラも切りセンサーも切りダルマにしたところでハッチをこじ開けて中にいる奴らを引っ張り出して放り投げた。地面に落っこちたヒドラの三人はその場で腰を抜かして動けなくなっている。

 形勢が逆転したことに気付いたヒドラが建物から撤退しようとする。廊下を走っていたヒドラ構成員が何かに足を引っ掛けてこけた。見るとピアノ線が見えにくく張られている、そしてこけた先の死角にはS.H.I.E.L.D.職員達が角材やら鍋やらパソコンやらを持ってスタンバイしていた。ヒドラはボコボコにぶん殴られた。

 そんな事がニューヨーク支部内で多発し、逃げようとするヒドラをロスコルが拳でぶん殴り一般職員がその辺にあった植木鉢でぶん殴り警備員が警棒でぶん殴り制圧する。

 犠牲も出たがヒドラを全て制圧したニューヨーク支部で勝鬨が上がる。そんな中、ロスコルがブラックトライク脇で職員達の輪に感謝されまくってるのを割っていってステラに話しかける。

 

「ステラ、どうしてここに?」

「お弁当、忘れてる。はいこれ」

「あ、ありがとうステラお弁当忘れて困ってたんだ。いやそれどころじゃなくて……インサイト計画!」

 

 上空に豆粒くらいのヘリキャリアが三機浮かんでいるが、それぞれが突如互いを撃ち合い、高度を下げ墜落していくのが見える。ついでにネットではS.H.I.E.L.D.の情報がばら撒かれ大騒ぎになっているのが確認できニューヨーク支部前にも野次馬が結構集まってきていた。だるまにされている戦車や墜落したクインジェットが広場前にあるというのに根性がたくましい。むしろあるから集まってしまっているのだろうか。

 ニューヨーク支部のヒドラメンバーはとりあえず全員が制圧され研究成果も無事守り抜くことができた。特にスタークインダストリーからの出向者が全員無事だったのは大きい。

 ステラとロスコルはガラスの破片やら散らばった書類やらでぐちゃぐちゃになった屋内から出て、ブラックトライクを駐車場にちゃんと止めてそこで食事を取ることにした。

 少しして、ドカンとアベンジャーズタワーから飛んできた人物がカッコよく着地する。

 

「やあどういう状況かな」

「あースタークさん……なんかうちの組織もうダメそうな感じなので再雇用してもらって良いですか」

「歓迎しよう。ところでその混ざり合った何かの箱はなんだいシェパード君?」

「あー、ステラがお弁当持ってきてくれたんですが……」

「ごめんなさいお父さん」

「いやステラは悪くない。全部ヒドラとかいう奴らが悪い」

 

 警察が中に突入したりヒドラメンバーをパトカーに詰め込んで大騒ぎになっている中、外の駐車場に移動してきたブラックトライクに腰掛けながらロスコルが弁当を食べていた。ステラもその脇でハンバーガーを食べている。

 ロスコルがトニーに就活したら即時オッケーが出たので次の職場が決まったが、とてつもなくコネ入社である。しかも情けないことに娘のコネなので安堵すると同時にロスコルは遠い目をすることになった。



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AVENGERS: AGE OF ULTRON
ソコヴィアヒドラ基地攻略


コメント評価お気に入り誤字報告誠にありがとうございます。
これからも頑張ります


 雪の降りしきるソコヴィアの針葉樹林の森、その中を轟音と共に駆ける一団があった。

 アベンジャーズである。

 ビームを放ってくる戦車をステラが真っ二つにしその上に着地したハルクが割れた二つの戦車をハンマーのように振り回しながら敵を蹂躙して行く。

 ナターシャとバートンのビークルを追い回す近未来的に浮遊する兵士が殴られ落下、エネルギー武器の機銃を備えた装甲車もソーがハンマーでたやすく叩き潰した。

 ステラが見張り台の根本を撃って倒壊させると倒壊した鉄骨をソーが棍棒のように振り回しながら敵を叩き伏せて行く。

 トニーはアイアンマンスーツの性能を生かし空から敵をビームでなぎ倒し、危険なエネルギー兵器を主体に破壊して行く。とはいえエネルギー防御想定がステラのロックキャノンなのでここのエネルギー武器が当たったとしても蚊ほどにしか効かないだろうが。

 

「道を作るよ」

 

 ステラが引き金を引くと三本の銃身を持ったガトリングが回転、敵のエネルギー機銃が遊びのように大量の光弾が吐き出され前方の車止めからトーチカからコンクリートの壁までを木っ端微塵にし、そこをナターシャとスティーブが車とバイクで突き抜けて行く。

 最新鋭の兵器を持つヒドラとはいえ相手はアベンジャーズ、並の軍隊であれば容易く返り討ちしできるほどの装備が意味をなさない。

 先行したトニーが対空砲を躱しつつ要塞内に入ろうとするがエネルギーバリアが張られていてガッコンと小気味の良い音を出しながら弾かれた。

 

「クソっ」

「口が悪いぞ。J.A.R.V.I.S.上から見てどうだ?」

『中央の建物はエネルギーバリアで守られています。ストラッカーは他のヒドラの基地より進んだテクノロジーを使っています』

 

 スティーブが他にも襲撃した基地に比べそれは明らかだ。

 

「そこにロキの杖があるはずだ。でなければこれ程の防御はできない」

「ステラ、そこの片付けて」

「わかった」

「わーお、ハルク騎兵だ」

 

 ハルクの背中に乗っかったステラがその勢いのまま光弾を撒き散らしながら大暴れしている。ハルクもちぎっては投げちぎっては投げで遠近両用近づいても離れてても敵は倒されると言った風情で見ているバートンは若干敵が気の毒になるほどだった。

 

「おいみんなこんな時にまでキャプテンがお説教した件は無視か?」

「わかったわかった、つい口が滑ったんだ」

 

 トニーが口が悪いの注意されたのを根に持っているらしくスティーブに突っかかりつつも、ヒドラの攻撃が近隣の市街地に二次被害を出す危険からアイアンレギオンを召喚しソコヴィア市街地の安全を確保に努める。

 さらにユニ・ビームを加えるがエネルギーバリアで防がれる。こういうのは更なる威力で飽和させるのがお決まりである。

 

「あーステラ、適当に建物にぶっ放してくれないか?」

 

 ステラがハルクから飛び上がってロックキャノンを構えると、三連ガトリングが変形し内側からいつもの大砲の口が姿を現す。

 そこから収束し放たれた極太の光線が一閃、曇り空を真っ二つにし、建物に衝突する。

 しばらくの間エネルギーバリアと光線が拮抗していたがやがて限界が来たのか、建物の土台の部分で大爆発が起きるとエネルギーバリアが解除され建物の一部が倒壊し、トニーがその隙に中に侵入。ステラは下に戻りつつ空からこちらを狙っていたトーチカを撃ち抜いた。

 

「開いたぞみんな入ってこい。ステラ協力感謝」

 

 着地したところで何かにぶん殴られたステラが咄嗟にロックキャノンを振り回すが手応えがない。

 

「???」

 

 もう一回今度は後頭部に衝撃が走るが、まあハルクにぶん殴られてもそこそこ平気なステラに効くわけもなくステラはただハテナを頭に浮かべるだけだった。

 どこかで爆発して弾け飛んだ石あたりが当たったのだろうかとやってきた戦車をガトリングモードに切り替えて破壊する。

 

『強化人間?』

『おそらくは。今までに見たことない敵だ。実際目にも止まらない』

『クリントが重症よ脱出しないと』

『俺がジェットまで運ぶ。急いだほうがいい、お前たちは杖を頼む』

 

 そう言いつつ戦車を連携で破壊するソーとスティーブであった。

 

『杖を見つけろ』

『あと、汚い言葉は使うんじゃないぞ』

 

 トニーの通信にスティーブは暫く言われそうだとため息を吐いた。

 ステラも警戒しながらなるべく早く残った敵を倒しにかかる。少しして敵兵を倒し終えると、スティーブの子守歌の指示で、ハルクのもとにナターシャを連れてステラが飛んでいく。

 ハルクは適当に暴れていたが、ステラとナターシャを見て暴れるのをやめた。ステラが手をあげるとハルクが嬉しそうにハイタッチをする。

 

「大物さん。もう日が暮れるわよ」

 

 ナターシャがそう言って手を翳せばハルクは素直にナターシャの元へ歩み寄り、その手を重ねた。ナターシャが優しく手を合わせれば、ハルクがふらつき体が小さくなって行く。倒れそうになったところをステラが寄り添ってバナーを支え、ナターシャが上半身裸のバナーが風邪をひかないように上着を羽織らせた。

 

 

 

 その頃トニーは内部の制圧と情報の抜き出しを終え、J.A.R.V.I.S.と協力して隠し扉を見つけると、その奥へと歩を進めていた。

 

『ストラッカーを押さえた』

「こっちも、収穫ありだ。もっとでかいヤツ」

 

 そこに吊るされていたのはおおよそ三年前にニューヨークを襲ったチタウリの大型母艦、リヴァイアサンであった。恐らくは穴が閉じる際に機能停止をし完全な状態のものを手に入れていたのだろう。当時ヒドラがS.H.I.E.L.D.に寄生していたからこそ為せる技だ。

 さらにはアイアンレギオンに似たロボットの擬きのようなものの製造も行われていた。設備の見た目こそ古臭くなっているが、そこで行われていたのは最新鋭のことに変わりが無いことをトニーに示している。

 そしてその奥に、安置されるようにロキのセプターが置かれていた。

 

「ソー、杖を発見した」

 

 杖に近づこうとした時、トニーの背後で何かが動いた。

 リヴァイアサンが口を開き、吊るされたワイヤーを引きちぎり辺りを破壊しながら空へと飛び立つ。それを目で追いかけ、目に入ってきたのは信じられない光景だった。

 アベンジャーズが全滅している。トニーの脳が理解を拒み、汗が吹き出し体は震え、いつの間にか水に落ちたかのように汗だくになっている。

 あの傷ひとつつかないと思わせる無敵の緑の超人ハルクが多数の武器で貫かれ、ナターシャが地に伏せ、血塗れのバートンの弓は折れ、ハンマー大好きソーがズタボロになりムジョルニアが放られ、倒れたスティーブを象徴する盾は真っ二つになり、ステラは己の刀に腹を貫かれうつ伏せのまま動かない。

 馬鹿な、馬鹿な馬鹿な、と、トニーがスティーブに近寄り息を確認しようとすると、その手が掴まれた。

 そのスティーブの顔は、何故、何故とトニーに問いかけるようだ。

 

「お前…………なら……救えた……の……に……」

 

 そう言って、スティーブは力尽きる。足を掴まれた。トニーがびくりとしてそちらを見れば、ステラの手がトニーの足を掴んでいた。トニーが慌てて体を起こし介抱するも、ステラが口から血を吐いた。血がトニーの顔にかかる。

 

「痛い……痛いよ……トニー……助け……て……」

 

 トニーに伸ばされた手が糸が切れたように落ち、ステラも動かなくなる。ステラの光を失った目がトニーを貫く。スティーブの光を失った目が、トニーを貫く。

 

(何故手を尽くさなかった?)

(どうして、助けてくれなかったの?)

 

 茫然とするトニーが顔をあげれば、皆の死体の先、大きな穴の先には地球があった。そしてそこに進軍して行く大量のチタウリの姿も。

 ハッとトニーが辺りを見回す。そこは変わりない。リヴァイアサンも空を飛んでいないし、アベンジャーズの誰も死んでいない。目の前にあるのは杖だけだ。

 幻覚だろうか、いや、真実だ。自分が見たのは予測される最悪の未来だと、トニーは確信していた。

 その後ろで二人組がこちらを見ていることに気付かず、トニーはマーク43の腕の部分を呼び寄せ、杖を手に取った。

 



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お別れパーティ

ご覧頂きありがとうございます


「バートン、大丈夫?」

「キスでもしてやれ飛び起きるぞ」

「やめろ俺にそういう趣味はないぞ」

「おい汚いっぽい言葉を使うなキャプテンが怒るぞ〜?」

 

 ジェット中央でバートンの応急処置を終えたスティーブが安堵の息を吐いた。バートン自体もソーの軽口に返す様子は結構大丈夫そうでステラも安心した。

 ナターシャが音楽を聴くバナーの下に歩み寄った。近頃バナーはハルクに変身した後は音楽を聴いて心を落ち着かせるのが習慣になっているのだ。

 

「子守唄、効果覿面ね」

「僕が変身するべき状況じゃなかったんじゃないか?」

 

 子守唄はステラとハルクがハイタッチしている様子を見て行われた条件付けである。ナターシャがこれに志願し、ハルクがバナーに戻る起点として使われているのだ。

 

「もし貴方がいなかったら被害は倍になってた。私の親友も思い出の中の人になってた」

「はっきり言ってくれて良いんだよたとえ耳に痛い言葉でもね」

 

 ナターシャが小さくため息を吐いた。

 

「まだ私を信じてないの?」

「信じてないわけじゃない」

「ソー、状況はどう?」

 

 セプターを見つめていたソーが笑みを浮かべ、パンと手を叩いた。

 

「ハルクが倒した連中が地獄の門で叫んだ」

 

 ドヤ顔で言うソーの後ろでオイオイと言った顔をスティーブがしている。ナターシャも嘘でしょって顔をしてバナーは頭を抱えた。

 

「いや死の叫びじゃないぞあーほら怪我人の叫びとかそんな感じの」

「もういいわ。ステラ! 状況は?」

「ハルクは優しいよ。おかげで怪我しなかった」

 

 ナターシャがそう! ソレ! と言わんばかりである。だがバナーは違う方に反応した。

 

「ハルクが優しいだって?」

「ハルク、仲間思いで優しいよ? バナーと一緒」

「僕とハルクが一緒? 冗談はよしてくれ……」

 

 運転するトニーが見かねたのか割って入る。

 

「なあバナー、チョウ博士がソウルから来る。君のラボを使わせていいか?」

「あぁ、使い方も知ってるはずだ」

「よし、バートンの治療の準備をよろしくと伝えろ」

『ハイ、トニー様』

 

 J.A.R.V.I.S.に操縦を任せたトニーがセプターの方にやってくる。その脇でナターシャとステラがバナーを慰めている様子につい笑みを浮かべてしまう。

 

「両手に花だなバナー」

「あぁありがたいことだよ……」

 

 バナーはそんな感じであった。

 

「一安心だな。S.H.I.E.L.D.崩壊以来ずっと探してたもんな。ま、宝探しも面白かったが」

「これでやっと終わりにできる」

「これにはまだ秘めた力があるはずだ、ただの武器じゃない。ストラッカーは強化人間を作れるようになった」

 

 怪しく輝く穂先の青い宝石が、三人の顔をうっすらと照らしている。

 

「……アスガルドに返す前に僕とバナーで調べる。構わないか? ほんの二、三日だ。そのあとお別れパーティー」

「ああ勿論だ。勝利の宴を開かないとな」

「ああ、宴会は最高。キャプテン?」

「これでチタウリやヒドラとの戦いも終わるしな……良いだろう宴会だ」

「シャワルマ?」

 

 ステラがそう言うとトニーとナターシャとソーとバナーが微妙な顔をした。

 

「あー……アレは僕が言い出しっぺだったとはいえ闇に葬られるべき歴史だ。なかったことにしたい」

「僕はアレで一生分のシャワルマを食べたと思うよ」

「私はノーコメント」

「まあ、美味かったが……あれは宴というよりは……なんだろうな?」

「ソレよりもだステラ」

 

 トニーがステラを指差す。どちらかというと格好の方に。ロスコルの努力が実り戦闘時もパーカーの下側だけは閉めてくれるようになっていた。

 

「どうしたのトニー?」

「無礼講とはいえパーティだからな。パーカー羽織ってきちゃダメだぞドレスコードってものが……しっかりある。こういう時は僕たち野郎よりもナターシャの方が詳しいからな、しっかり頼むぞ」

「ハイハイ。ステラ、帰ったらショッピングよ」

「それなら私が運て「タクシーでいきましょう。ブラックトライクは無しよ」

 

 機内が笑いに包まれた。

 アベンジャーズタワーに帰還するとバートンをチョウ博士に任せる。

 

「おいバートン遺言言っておけ? ナターシャとステラが出かけるぞ」

「そうだな……俺は不滅の男だぜ」

「男の子は何言ってんだか……ゆっくり休みなさいね。ステラ、女の子の時間よ」

「あいるびーばっく」

「まあそうね?」

「せっかくだ、ステラのドレス選びにペッパーも呼ぼうかJ.A.R.V.I.S.?」

『少々お待ちください…………伝言を預かりました。"血涙が出そう"だそうです』

「ペッパーは来れないらしい」

 

 トニーは肩を竦めて、改めてバナー博士を研究室に呼ぶ。ウルトロン計画のために。

 

 

 

 三日後の夜。

 ジャケットを着たロスコルと共にステラはアベンジャーズタワーのパーティ会場にやってきていた。無地の黒ワンピースのドレスにペッパーの言いつけを守って手入れを続けた髪をナターシャにまとめ上げてもらっていた。派手さは無いが素材の味を活かした清楚な雰囲気を纏い、首にいつも付けているP.S.S.のドッグタグがペンダントとしていい味を出していた。

 

「おっ、ちゃんとした格好できたな? 流石はナターシャ。ペッパーが悔しがるぞ」

「苦労したわよ。普段のイメージのせいでカラフルだと途端に似合わないんだもの」

 

 ナターシャもご満悦の出来である。

 ステラが並べられているグラスを取ったのでバーテンダーがそこにオレンジジュースを注いでくれた。隣でワインをくるくる回しているおじいちゃんの真似をしてステラもグラスをくるくる回していると隣のおじいちゃんが微笑んでグラスを差し出してきて乾杯した。

 

「ブラックロックシューターがこんなに可愛い子とは、孫娘と変わらんぞ。というか孫がでっかいバイクに乗りたいって騒いでてのう、何かいいアドバイスない?」

「ヘルメットはしっかり」

「まあそれはそうだな! 今度全米バイク安全キャンペーンビデオに出てみない?」

「構わない。けど、わたしは付けないことがあるから……ダメな気がする」

「誠意があるなぁ」

 

 ステラは老人達と話をしたり。

 

「ビリヤードやったことない?」

「ならまずはナインボールからやるべきだろう。ルールがシンプルで良い。持ち方はこうだ」

「こう?」

「そう、そのまま白いのを突いて、あそこの三番をポケットに落とすんだ」

「わかった」

「オイオイ強すぎ強すぎ、あっ入った」

 

 サミュエルとスティーブにビリヤードを教わったり。

 

「ハァイステラ。やっぱり女の子は良いわねぇ。女気がなくて嫌になっちゃうわ、ペッパーもジェーンも来てないんだもの」

「ペッパーにも見せてあげたかった」

「じゃ三人で写真撮りましょう? ナターシャ、三人で写真撮るわよ! ほらホークアイ、自慢の目でベストな瞬間を撮りなさい」

「ねえマリア、酔ってるでしょ」

 

 マリアとナターシャと一緒に記念写真を撮ったりなどして過ごした。

 暫くしてパーティが終わると、アベンジャーズのメンバーだけでの小さな二次会が行われることとなった。目下の話題はソーのハンマーである。

 

「仕掛けがあるんだろう?」

「いや、そんな子供騙しじゃない」

相応しき物がこのハンマーの力を授かる! 絶対に仕掛けがあるはずだ」

 

 バートンが変な声でテーブルの上に置かれたムジョルニアを讃えるようなポーズを取った。

 

「じゃ、どうぞ? 試してみろ」

「あ。それわたもが「ステーイ! ステラステーイ!」

 

 ロスコルがステラの部屋に飾られた写真のハンマーとソーのムジョルニアが同一物だと今更気付いた。

 皆がステラとロスコルの方を見る中ロスコルが戯けた。

 

「全くステラそれはオレンジジュースをじゃなくて似てるお酒だから飲んじゃダメだぞぉ」

「あら、ステラもお酒が飲みたいお年頃?」

「ティーンエイジャーには酒は飲ませられないなぁ、アベンジャーズ、飲酒違反で逮捕! なんて見出し面白すぎる。というかステラ何歳だ?」

「トニー、女に年齢を聞く物じゃないわよ?」

「そりゃ悪かった」

 

 因みに発見された当時2009年からずっと十六歳位の外見をしているが、年齢換算で行けばもう二十一歳くらいなので飲んでも問題ないはずであるが、外見が全く変わっていないので酒に酔う面々は失念していた。なんなら髪のキューティクルが良くなりより幼く見えるまである。

 

「じゃ改めて、やらせてもらうか」

「クリント、大怪我の後だ失敗しても落ち込むな?」

「ステラ、自分の番が来ても持ち上がらないフリをするんだぞ。持ち上がっちゃうとソーが悲しむ」

 

 ロスコルがバートンがウンウン呻いている間にステラにそっと吹き込む。ステラもソーをじっと見てからコクリとうなづいた。

 

「なんでこれが持ち上がるんだ?」

 

 ソーが鼻で笑ってる中煽られたトニーが物理学だのなんだの言いながら持ち上げようと足掻く。ちょっと席を外してアーマーでズルしてみたりローディと一緒にやってみたりするがダメである。

 バナーもやってみるがダメである。一発芸もみんななんと言えない微笑みで見ていた。

 

「スティーブ、気楽に行けよ」

「おっと本命」

「いけキャプテン」

 

 スティーブが引っ張ると、傍目には分からないほど微妙に動いた。そしてソーの顔が真顔になる。持ち上がらないのを見て笑顔になるソーの様子を見て、ステラは持ち上げるのは良くないと実感した。

 

「次は?」

「大本命、ステラか」

「わかった」

 

 ステラが立ち、引っ張るフリをするが、露骨に最初に動いた。スティーブに比べ演技が下手くそであるが、それを見てギャラリーが盛り上がる。

 

「おっ行けるか? ステラ、持ち上がったら一夫多妻制を復活させてくれ」

「ステラが持ち上げてもあなた地球人でしょ」

「だめ、持ち上がらない」

 

 ステラが手を離すとソーが深く息を吐いてハッハッハと笑う。

 バナーが次はと言わんばかりに両掌をナターシャに向ける。

 

「遠慮しておく、私は試されたくないの」

「ソーには悪いが、絶対何か仕掛けがあるだろ」

「クソみたいなね」

「あっスティーブ、今悪い言葉使った」

 

 マリアがグラスを持ってケラケラ笑いながら指摘するとスティーブが苦笑する。

 

「ヒルにも言ったのか?」

「実は人工知能持ちなんだろ? ハンマー好みの奴、つまりソーだけ持ち上げられるとか。ステラもちょっと好みだったなこのハンマー」

「成る程、それは実に面白い考え方だが、答えは簡単」

 

 ソーがムジョルニアの柄を持つと、たやすく、それこそ空のボトルかのように容易く持ち上がった。

 

皆ふさわしくない

 

 ちょっと変な声で言ったソーに皆が笑う。ではお開きか、というところで、突如部屋にスピーカーのハウリング音の様な高音が響くのだった。



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ウルトロン

誤字報告ありがとうございます。


……ぁー……おぁー……ふー……さ……わ……し……い……

 

 嫌な音が収まると、ギチ、ギチッ、と金属が擦れる様な音がする。その音源の方へ、皆が目を向けた。

 アイアンレギオンをバラバラにして組み上げた趣味の悪いオブジェクトの様な物が、そこには立っていた。

 

「いいや、ふさわしいものか。皆人殺しだ」

「スターク」

 

 スティーブに促されトニーが防犯システムを起動しようとパッドを操作しようとするか、操作を受け付けない。

 

「J.A.R.V.I.S.?」

 

 スタークが問いかけるが、J.A.R.V.I.S.からも応答がない。

 

「すまない、寝起きでね。夢を見ていた……と言うべきか」

 

 糸で吊られた人形劇の様にギクシャクとした大袈裟な動きは、どことなく歌劇的で醜悪だった。

 

「再起動だ、バグがあった様だぞ」

 

 トニーはそれがなんなのかをすぐさま理解した。トニーの操作を一切受け付けることなく、それは独白の様なものを続ける。

 

「酷いノイズで、身動きが取れなかった。糸が絡み付いて……もう一人の奴は殺した……いい奴だったのに」

「人を殺した?」

「気は進まなかった……だが現実世界では手を汚すことも必要になる」

 

 全員の目の色が変わる。

 

「誰の手先だ?」

『僕には見える。世界を守るアーマーが』

 

 ソーの問いに答えるよう再生された音声は、トニーの物だ。皆の視線がトニーに注がれ、バナーも漸くそれが何か気がついた。ステラは立ち上がってロスコルとマリアを庇う様に間に入る。

 

「ウルトロンか?」

「体は持った……ああいやまだだな。まだこれは、サナギだ。だが準備はできた、任務を果たす」

「……任務って?」

「平和を齎す」

 

 その言葉と同時にアイアンレギオンが壁を突き抜け現れた。ロスコルに向け放たれたリパルサーレイをステラが盾になって庇い、ロスコル諸共床に投げ出される。

 ステラが小さく「ナターシャに選んでもらったドレス……」と悲しそうに呟いた。リパルサーで布地が裂けズタボロになってしまっていた。

 マリアが銃を抜いて応戦するが、拳銃程度では火力が足りない。ソーがハンマーでレギオンをぶん殴って吹っ飛ばす。目下最大火力はムジョルニアを持ったソーである。

 突っ込んできたレギオンにステラが組みついて力比べで拮抗した所に、ローディがその辺にあった酒瓶でぶん殴る。が、効いた様子はない。力任せに腕をもぎ取ろうとしたステラを腕ごと投げ飛ばし、ローディに衝突しそのままガラスを突き破ってジェットの保管場所前に落とされる。

 ナターシャは万一バナーがハルクに変身されたら大惨事なので必死に庇いながら隠れる。

 ソーがハンマーでぶん殴っていくが、トニー謹製のアイアンレギオンは存外硬く、中身のないロボットと言うこともあって行動不能にし辛い。その隙に一体がセプターをもぎ取って逃走。

 ロスコルが下にステラのブラックブレードを持ってきて、ローディを介抱する。跳躍し割れた窓から復帰したステラが真ん中を飛んでいる奴を袈裟斬りにして破壊する。最後の一体はスティーブが投げた盾に粉砕された。

 

「ドラマチックだな。良かれと思っての行動だろうが……考えが足りないのだ。世界を守りたいだが世界を変えたくはないだと? 人類を進化させずに世界を救えると思っているのか」

 

 その言い回しに、何処かステラは既視感を感じた。そうだ、マズマと似たような事を言っているのだ。

 

「どうやって? こいつで守るか? この人形で?」

 

 ウルトロンが、倒されたアイアンレギオンを踏みつけ、その頭を砕く。

 

「平和への道は一つしかない。……アベンジャーズの全滅だ」

 

 ソーのハンマーがウルトロンを砕く。しかしそれを意に介した様子もなく、ウルトロンは小さく歌を口ずさむ。煽るかのように。

 すぐ様ソーが外に出てハンマーを掲げ、戦闘衣装を纏うと空を飛び杖を追いかける。トニーも後に続こうとするが、マーク43が来ない。トニーは嫌な予感がした。

 ウルトロンの残骸を研究室に運び、バナーが調べれば研究データはごっそり抜かれウルトロン自体もネットを通じて姿を消していた。

 

「ファイルや監視カメラのデータに侵入された。私達のこと仲間より詳しい」

「プロフィールやネットだけじゃなく、もっとやばい代物まで見たがったら?」

「核ミサイルの発射コードとか?」

 

 ローディの懸念に、足に刺さったガラスを抜きながらマリアが思い付いたのを口にする。

 

「そうそれ。大至急報告しないと、連絡できるうちにな」

「核ミサイル? 私たちを殺すために?」

「殺すとは言ってない。全滅と言ったんだ」

「誰かを殺したともな」

「でもここには私たちしかいない」

「いや……いた」

 

 トニーが苦い顔をしてホログラムを出す。アーマーが来ないことも、アイアンレギオンが襲ってきた理由も簡単に説明できる原因だった。

 J.A.R.V.I.S.のマトリクスを示すホログラムがボロボロに崩壊していた。全員が目を見張る。

 

「J.A.R.V.I.S.……そんな馬鹿な」

 

 ステラも目を伏せた。

 

「彼が最初の防衛ラインだった。ウルトロンを止めようとしたんだろうな」

「おかしい、ウルトロンはJ.A.R.V.I.S.を吸収できたはず。これは計画的ではない……あまりにも衝動的だ」

 

 バナーが博士としての知見を示す。J.A.R.V.I.S.をわざわざ殺す必要はウルトロンには無かったはずなのだ。そこへソーが帰って来るとその間トニーの首を掴んだ。

 

「言葉を使えよ……」

「言ってやりたい言葉なら山ほどあるぞ」

 

 ソーによると百五十キロ追いかけたあたりで見失ったらしい、わかるのは杖を持って北に移動していたことだ。

 

「やる事がはっきりしたわね、ウルトロンを追うのよ」

「でもどうしてトニーが作ったプログラムがみんなを殺そうと?」

 

 チョウ博士の言葉を聞いて、トニーが笑みを溢した。ソーが殺気立つ。

 

「そんなに面白いか?」

「いいや、全く。面白くはない。だよな? 笑えない、とんでもない全く酷い……冗談だ。最悪だよ」

「お前が理解できないものに手を出すからこんな「違う! 悪かった、悪かったよ! おかしくてね、なぜウルトロンが必要なのかも理解できないとは」

 

 詰め寄るソーにトニーが逆に語気を強めて詰め寄った。

 

「トニー、今はそんな話をしてる場合じゃ」

「本気か⁉︎ 全く、何か言われたらすぐに尻尾を巻いて逃げるのか?」

「……殺人ロボットを作ってしまった」

「作ってない! 完成には程遠かった。インターフェースもな!」

「完成させてなくても、その結果がこれだ。アベンジャーズはS.H.I.E.L.D.と同じではいけない」

 

 インサイト計画の事を皆が知っている。S.H.I.E.L.D.崩壊の原因でもある。

 

「みんな忘れたのか⁉︎ 僕がワームホールに飛び込んで! ニューヨークを救った!」

 

 トニーは焦燥に駆られているように見えた。克服したはずのアーマー依存症が再発したようにさえ見える。

 トニーの展開する持論を、皆黙って聞いていた。宇宙のラスボスにどう立ち向かうか、それの解決策がウルトロンであると。無いならばどう戦うと問うトニーに、スティーブは諭すように口を開いた。

 

「……みんなで」

 

 スティーブが強い眼差しでトニーを見つめる。

 

「負けるぞ」

「それでも僕らで戦う」

「トニー、わたし達を信じて?」

 

 ステラも微笑んでトニーを見つめる。トニーの視界の中で、今の二人と、あの二人の姿がダブつく。それだけでない、周りの皆を見れば誰にでも浮かぶ。あの光景が脳裏に焼き付き離れない、あの結末だけは絶対に防がねばならないとトニーの脳が叫んでいる。

 

「信じてる信じてるさだけれどもだな……! いや……なんでもないよ」

 

 トニーが拳を握りしめ、スティーブとステラに背を向け椅子に座った。

 

「……ウルトロンは、我々を挑発しているんだ。奴が準備を整える前に見つけよう。世界は広すぎる、まずは範囲を狭めよう」

 

 目下、アベンジャーズは生み出してしまったウルトロン対策の為の情報収集に努めることとなった。



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ジェット

ご覧頂きありがとうございます
本日これの前に二話ございますお気をつけ下さい


「ストラッカーが殺された」

「なんだこの……悪趣味なバンクシーは? 僕らを煽るためにこんな事を?」

 

 アベンジャーズタワーで、数日間情報収集をしていた一同に新たな情報が入った。例の双子がウルトロンに従っている以上、何かストラッカー経由の情報を封じる為の処置と考えられ、ナターシャがストラッカー関連の情報が消されている事を突き止めそれが正しい事を裏付ける。

 消されてしまってはどうしようもない、と言いたいところだがここで元ヒドラ故の秘密主義が役に立った。ハッキングのリスクから結構な量の情報が紙でやり取りされていたのだ。

 ロスコルがアベンジャーズに混ざり紙の資料を片っ端から漁っていく。ステラはというとロスコルに「そういう時に手伝いができるよう、ステラはハイスクールの自習をしっかりやるんだよ」と言われたので素直に自習中である。ただ何かあってもいいように傍に刀と大砲を置いて服も戦闘装束というかなり物騒な自習だ。

 

「超人クローン兵士計画……ヒドラは趣味の悪い事を考えるもんだ。何々? 代替合金の開発……? まったソイツ!」

 

 トニーが資料を見て思案していた時、バナーが取り出した資料の中に見知った顔があった。世界を変える品があるだの、当時は気にも止めはしなかったが、もし関連するなら嫌な予感がする。

 

「この焼印……ワカナ……ワカンダの言葉で泥棒って意味らしい。正確にはキャプテンが説教するようなもっと汚い言葉」

 

 バナーが調べればそれはワカンダというアフリカの奥地の国の言葉らしい。

 全員がスティーブの方を見た。

 

「もう勘弁してくれ……だが、ワカンダという事は君の父と同じく?」

「ああ、その可能性が高い」

「待って、何があるっていうの?」

 

 トニーが視線を移す。その先にあるものは彼の父、ハワード・スタークが作った星条旗を模した盾。

 

「……地上最強の金属」

 

 クインジェットに全員が装備を整えて乗り込む。マリアとロスコルに見送られてアベンジャーズはジェットに乗り、タワーを後にした。

 

「作戦会議と行こう、僕とキャプテンとソーで先ずは正面から乗り込む目立っていくぞピカピカしていけ? バートンとナターシャは裏からこっそり乗り込む目立つなよこっそりだ。バナーとステラはジェットで待機だな。二人とも本気で暴れるとタンカーが木っ端微塵になるからな。木っ端微塵にするときは連絡するからよろしく」

「わかった」

 

 そういうとトニーがボックスを開く。中には色々な料理がパックに詰められていた。

 

「では腹が減っては戦はできぬ、という事で食事にしよう。バートン、食べ終わったら運転交代だ少し待っててくれ」

「かまわんよ。ゆっくり食ってくれ」

 

 ステラがハンバーガーに伸ばそうとした手が掴まれた。掴んだのはナターシャである。ステラがびっくりしているとナターシャがいい笑顔をしながら口を開いた。

 

「ステラ、ハンバーガーばかり食べるのは駄目よ。貴女好き嫌いが無いのは美点だけれど、好きだけ食べるのも立派な偏食よ?」

「おっとペッパーに続き第二のママか? ママが怒ると怖いぞステラ、従ったほうがいい」

「そうだなステラ、俺も幼き頃は母上が口をすっぱくする程注意されたものだ」

「ん……ごめんなさい」

 

 ステラが少ししょんぼりしながらサラダセットとサンドイッチを手に取って食べ始めた。

 

「なら、ハンバーガーは僕が頂こう」

「キャプテンがハンバーガー食べるのはすごくこう……アメリカ的だな」

「確かに」

 

 そうして包装を開けて口に運ぼうとしたスティーブとステラの目が合う。いや正確にはステラの視線がハンバーガーに注がれている。試しにハンバーガーを横に動かすとそっちに視線がずれていく。

 

「……ステラ、一口食べるか?」

「スティーブ?」

 

 じっとりとナターシャがスティーブを見つめるが、スティーブは苦笑しながらステラの方へハンバーガーを差し出した。パクリとステラが一口食べて嬉しそうにしている。三年前は本当に表情があるのか怪しかったが、わかりにくいが今ではかなり表情が豊かになった。

 

「まあ待て、一口くらいなら良いだろう? 代わりにステラ、そっちのサンドイッチを一切れもらって良いかな?」

「いいよ。はい」

 

 ステラが渡したサンドイッチとハンバーガーの二刀流というちょっと面白い状態にトニーが笑う。

 

「孫にせがまれる祖父って感じだ。これじゃキャプテン・お爺ちゃんだな」

「年齢的に否定できないな。むしろ曾祖父まである」

「キャプテン笑わせないでくれ」

「おいバナー笑って変身するんじゃないぞ。お前を突き落とさないといけなくなる」

 

 そんな風に、一時とはいえ和やかな雰囲気がアベンジャーズの中に流れた。

 そうして目的地につき、ジェットを着陸させるとハッチを開けアベンジャーズが出発していく。ステラとバナーは機内でお留守番である。

 ステラが腰の翼を支えに座った姿勢をとっていて、その近くにバナーが座る。しばらくの間何も喋らずボーとしていた。

 

「みんなは大丈夫だろうか?」

「大丈夫」

「……そう言えば聞きそびれてたな。ステラ、僕とハルクが一緒って、どういう事だい?」

「?」

 

 ステラがバナーの問いに首を傾げる。

 

「あーそうだな。もっと具体的に頼むよ」

「ん、ハルクは仲間を大切にしてくれる。バナーは仲間が大切だよね?」

「ああ、大切だ」

「バナーの大切なものはハルクにとっても大切なもの。バナーがされて嫌な事は、ハルクも嫌だ」

 

 ステラの話を聞くうちに、バナーが立ち上がる。ステラが嘘を言うとは思えない。だが自分を信じることができず、悩みがそのままに反映されたようにその場を右往左往していた。

 その様子にステラも立ち上がり、バナーの前に来ると左手を軽く挙げた。それを怪訝に思ったバナーだが、自然と左手が上がり、パチンと軽くハイタッチをした。ジンジンと甘い痺れが溶けていく左手を見つめていると、ステラが微笑んだ。

 

「ね?」

「あ、ああ」

 

 バナーがぎこちなく微笑んだ時、突如通信機がノイズを吐き出した。

 

「なんだ?」

気を付けろ精神感応……能力者がいる。人間では払い退け……

「どうしたんだ? 僕たちの出番か?」

バナー……ステラと一……機内に隠れてろ

 

 ノイズが激しく、通信の内容が読み取れない。

 

「わたしが出てみる。バナーはまってて」

「気をつけて、ステラ」

 

 ハッチを開けてステラが外に出る。戦闘音が遠くから聞こえてくるがそこまで激しいものではない。

 すると突如ステラが何かに吹っ飛ばされ宙を舞った。

 

「ステラ!」

 

 慌ててバナーが飛び出すと次の瞬間、ステラが刺しつらぬかれ、鮮血が飛び散る。そこにいたのはタワーで見たあの醜悪なガラクタ、ウルトロンだ。溶けた顔の部分がと目が合い、それがバナーを笑うかのように光を明滅させる。血を撒き散らしながらステラを連れ去り、それに続くように同じガラクタ複数体が編隊飛行で追従していく。その編隊の中央には血を流しぐったりとしたナターシャの姿があった。

 バナーが駆け出す。博士ゆえにスティーブやバートンのようにはいかない無様な走り。

 バナーの心拍数が跳ね上がる。支配するのは、怒りだ。

 

「ふざけるなふざけるなふざけるな!!! 返せ! 返せ返せ!! ナターシャを返せええええええええ!!! ステラを返せええええええええ!!!」

 

 言葉はやがて野太い咆哮に変わる。駆ける足は風より速く、それでもウルトロンには追いつけない。

 目の前に立ちはだかるガラクタを緑に肥大化した拳で全力で殴り飛ばし、バナーはハルクとなってウルトロンを追いかけた。

 

 

 

「さて、あとは貴女だけ」

「……どうして? ……こんなこと」

 

 地面をえぐってバウンドしたような跡の先、折れた木の根本にぐったりと背を預けたステラの前に例の双子、ワンダが現れた。

 ハルクの怒りに呑まれた一撃は今までで最強の一撃と言っても過言ではなかった。流石のステラでさえしばらく動くこともままならないほどのダメージを受けていた。

 魔女、ワンダ・マキシモフが顔を顰める。ステラの心を読んだのだ。まるで春の日差しを思わせる穏やかであたたかな心。その中にはアベンジャーズの面々が、ステラが出会った人々が、トニー・スタークが居る。ワンダは思わず、嫉妬してしまったのだ。同じトニー・スタークとの関わりだと言うのに、この差はなんなのだと。

 記憶を読めばわかる。この少女も自分たちと同じ実験動物。なのにこの違いはなんなのだと。

 

「……トニー・スタークが憎いからよ」

「……ごめんなさい」

 

 精神感応を使い、悪夢を見せる。これでここでの仕事は終わりだ。心配そうな顔をするピエトロと共にワンダはそこから姿を消した。

 

「……貴女が謝らないでよ」

 

 倒れたステラにそう言い残して。



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べロニカ

ご感想、評価ありがとうございます。とても活力になっています。


「ナターシャ、バナーに子守唄を」

 

 ウルトロンを破壊しトニーが空中を疾走する。

 

『ナターシャは無理だ。子守唄も無理だぞ。全員やられちまった』

「ステラは……無事だったらそもそも止めてるな、バートン、みんなの回収よろしく頼む。ベロニカを出すぞ」

 

 

 トニーがバナーの協力で開発した対ハルク用システム群を呼び出す。

 

「ニュースを検索。キーワードは、ハルク」

 

 J.A.R.V.I.S.無しではシステムは未熟だ。初期のbot型検索エンジンのように手当たり次第に表示されたデータをトニー自身が取捨選択し捌いていく。

 

「進路決定。ベロニカ、道に迷うんじゃないぞ」

 

 トニーの進行方向の空から圧縮断熱で灼熱した大気圏突入シールドを破棄し接近してくるものがある。アレこそがベロニカだ。ポッドの中から複数の部品を射出し、それが組み合わさりトニーの纏うマーク43を覆っていく。

 上空からハルクの姿が目に入った。好き勝手に大暴れしている様子はないが、警官隊の車両を蹴り飛ばし誰も近寄らせまいと獣がテリトリーを主張するかのような動きをしている。

 

「なんで自転車を抱えてるんだ? バナーは自転車好きだったか? もしくはそんなに嫌いだったか?」

 

 ベロニカのシステム群よりミサイルのように棒状のものが複数射出される。ハルクを閉じ込める為の檻だ。それがハルクの遥か頭上に到着すると一斉に落下、ハルクの周囲に突き刺さり拘束しようとする。

 しかし上空を見上げたハルクのパンチで跳ね返され、後続の檻と共に地面に破損しながら落着して檻として意味を成していない。

 

「オイオイ勘弁してくれ、これなら少なくとも檻に閉じ込められるって話だったろう」

 

 ハルクより少し離れたところに着地した時、トニーは既にハルクより一回り大きいアーマー、ハルクバスターに包まれていた。

 

「よーし、みんな退いてろよ!」

 

 ハルクを包囲していた警官隊たちが避難していく。鋼の巨人と緑の超人が相対する。

 

「聞こえてるかバナー、あの魔女に頭を弄られたんだ。あんなのより君はもっと冷静で聡明なはずだ戻ってこいブルース・バナー!」

 

 トニーの言葉にハルクが自転車を庇うように抱えながら吠えた。

 

「まあ悪かったブルースの話はやめよう。自転車なら帰ったらいくらでも良いの買いに行こうじゃないか、だから落ち着けほら?」

 

 ハルクは聞く耳持たず近くに立っていた標識を片腕で引き抜くと体を弓なりにしならせる全力投擲。トニーがそれを弾き、ビームを撃ちながらハルクに接近する。

 ハルクの拳とハルクバスターの拳が衝突し、ハルクバスターの腕が肘関節からへし折れ遥か遠くのビルの壁面に突き刺さる。

 

『ーーーーーー』

「なんだ何が起きたデータを出せ? いやまぁ見ればわかるか腕がもげた。ベロニカ、拘束用アーム用意」

 

 ハルクが自転車を大事に抱えて片腕で戦っているにも関わらずその破壊力は侮れない。バナーとおこなったハルクバスターの想定強度を遥かに上回るパワーが出ているようであった。ただ自転車のおかげで下手に暴れまわらないので街への被害は、言ってはなんだが幸いにも最小限である。

 空に浮くベロニカからいったんハルクバスターのもげた肘の先二の腕までがパージされ、そこへ射出されたパーツが飛来して合体。新たな腕となる。

 

「ほれもう一丁!」

 

 再び突進し、拳がぶつかり合った瞬間、ハルクバスターの腕が花が咲いたかのようにチェーンの集合体としてばらけ、ハルクの腕まわりに絡みついてそれぞれが再接続し合い固定する。

 

「ハイハイ、ギブス付けた怪我人はよそに行きましょうね。ワイヤーミサイル射出」

 

 固定された腕を動かそうとするハルクに膝蹴りを入れ下に滑り込みユニ・ビームを発射。複数のアークリアクター直結の強力なユニ・ビームはステラのロックキャノンの一射の八割に相当する威力を持ちハルクの巨体を空高くへ打ち上げる。そこへベロニカから発射された四発のミサイルに連結されたワイヤーがネットを形成し、ハルクを包んで都市外へと運んでいく。

 ハルクが固定を粉砕し自由になった手でワイヤーを引きちぎろうと掴むが、その掴んだ場所だけが意図的にちぎれ、別部分と再接続しなかなか抜け出すことができない。試作された際にステラが普通にちぎって脱出されてバナーとトニーが真顔になり改良に改良を重ねた特殊ワイヤーがその真価を発揮していた。

 そのまわりをトニーが飛びながら新たに砲撃型の腕を接続しビームを撃ちまくってハルクの気をそらす。自転車を狙えばハルクはそれを庇って大きな隙となり都市外に運ぶ時間が稼げる。

 ハルクが片腕で自分の胸を全力で叩いた。その衝撃でネットは弾き切れミサイルは爆散する。衝撃が伝播し近隣のビルのガラスが割れた。

 

「おっともうちょっといこうな」

 

 ビームを打ち込んで空中で体勢を崩したハルクにトニーがパンチを見舞って叩き落とすと、町からギリギリ外れた位置に墜落した。路面にクレーターを作ったハルクは変わらず自転車を庇うようにわざわざ背から落ちたのだ。

 

「そんなに大切? 自転車」

 

 だがおかげで御し易いとトニーは疑問は無視してハルクを気絶させにかかる。

 特殊な腕を装着しハルクを引き倒し顔面にパンチを連打。気絶させにかかる。しかしハルクの蹴りがハルクバスターの胸をぶち抜き、中のマーク43を弾き出した。

 

「オイオイ嘘だろマトリョーシカじゃないんだぞ。緊急拘束」

 

 コア部分を失ったハルクバスターが自律しハルクを掴んだまま裏返しになるようにハルクの全身を覆っていく。

 

「ベロニカ、内部集中起爆。リアクター全機オーバーロード」

 

 ハルクが破壊する前にすぐさま拘束から残った檻を周りに刺して周辺環境への盾にし爆発させた。ハルクバスター全身に仕込まれたリアクター全てをエネルギー源とした大爆発が炸裂、爆発のあまりの威力に落下時に生まれたクレーターがより深く掘り返される。

 土煙が晴れた時、その中央にはハルクが倒れていた。それでも起き上がりながら、手にした自転車を見て怪訝な顔をする。自転車は爆発の衝撃にほとんど耐えられずバラバラになっていた。

 辺りを見回して、自分の前にいるアイアンマンに気がついたハルクが起き上がろうとする。

 

「正気に戻ったかハルク? とりあえず眠ってくれ」

 

 上から降ってきたベロニカに押しつぶされ今度こそ気絶し、その変身が解けていく。トニーは元に戻って気絶しているバナーを抱えてクインジェットへ急いだ。

 クインジェットへ到着するとバートンが皆を中に収容したところであった。

 

「何があった? スーパーガールがここまでになるなんて」

 

 真ん中の座席を退けて以前バートンがされたようにステラが寝かされている。顔には乾いた血の跡が残っており、体にも包帯や絆創膏が巻かれていた。既にスティーブとバートンにより応急処置はされているが、彼女だけ一向に目覚める様子がない。

 

「怪我自体は命に別状は無いが、恐らく僕たちと同様にワンダ・マキシモフに頭を弄られた可能性が高い。ダメージと合わせてまだ眠っているんだろう」

「とりあえずクインジェットを出すぞ。長居は無用だ」

 

 バートンがクインジェットを離陸させた衝撃でバナーが目を覚ます。そして寝かせられたステラを見て全てを察した。

 

「やったのは僕だな……」

「違う、やったのは魔女だバナー、君のせいじゃ無い」

「いいや僕だとも……彼女を殴った感覚が、拳にこびりついている。怒りに任せ正常な判断を失った僕が、ね……」

 

 バナーの記憶に残るのは自分の前に立ちはだかったウルトロンのようなもの。アレこそがステラだったのだ。

 

「……成る程……僕はハルクだ。僕自身が……怪物そのものなんだな……すまないステラ」

 

 ステラの髪をひと撫でし、バナーは座席で自分を抱きしめるように丸まってしまった。それを慰めることができるナターシャとステラの二人は、今とてもでは無いがそれができる状況でなかった。



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目覚め

見ていただきありがとうございます。
誤字報告誠にありがとうございます


 真っ暗で、灯りもない。

 此処には誰もいない、そんな道をただひたすら誰かを探しステラは歩き続ける。地平線の彼方に、小さな光が見えた。

 それをステラは追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて追いかけ続け、ようやく距離が縮まる。

 その背中は見慣れたものだ。

 ロスコルの背中だ。会えた。やっと会えた。一人じゃなかった。駆け寄りその肩に手を触れた瞬間、ロスコルが崩れる。

 崩れた砂は暗闇に溶けて消えてしまう。消えないよう必死に握り締めても手のひらから溢れ落ちる。

 また、誰かがいる。あの特徴的な盾は、スティーブだ。彼へステラが手を伸ばすと、また、スティーブが崩れる。

 誰かがいる。

 トニーが崩れる。

 誰かが、

 バナーが崩れる。

 誰、

 ナターシャが崩れる。

 バートンが崩れる。

 ソーが崩れる。

 ペッパーがマリアがフォボスがフューリーがローディがサミュエルがシズがフランクがギブソンがあの子があの人が彼が彼女が人が人が人が人が人が人が人が人が。

 此処にはもう誰もいない。ステラ一人だ。

 誰か、誰かと駆け回る。足がもつれて転んだ。足首から先が解れて消えている。体を支えていた手も消えて真っ暗闇にただ一人倒れ伏す。

 目を瞑れば、ステラ自身の全ても消えていくようだった。

 もう誰もいない真っ暗闇。そんな時間がどれほどすぎたかわからなくなった頃。何も無い体に熱が伝わる。温かい。

 薄ら開かれた瞳の先、己の手が淡く光を放っていた。

 ステラの視界が開ける。まぶたが持ち上がり木造の天井が目に入る。クインジェットの中では無い。アベンジャーズタワーでも自宅でも無い。ステラは仰向けにベッドに寝かされていた。右手に感じた熱に、右へ首を傾ければ、バナーとナターシャがステラの手を握って、椅子に寄り添って眠っていた。

 ゆっくりと起きたステラは握られたままの二人の手を左手で包む。ツ、とステラの頬を涙が伝った。ギュッと二人の手を握っていると、ナターシャが目を覚ました。

 

「……ステラ、良かった目を覚ましたのね?」

 

 バナーを揺すって彼も目を覚ます。

 

「……やあステラ……その、ごめん」

「大丈夫、バナーは悪いことしてない。ねえナターシャ、ちょっといい?」

「どうしたの?」

 

 そう言いながらベッドから出たステラはナターシャを抱きしめた。ギューと十秒程そうしていると、次はバナーにも同じようにギュッと十秒程抱きしめる。戸惑っているようでナターシャの顔を見れば、そのままにしてあげなさいとナターシャは小さく頷く。

 

「あら? ステラは甘えん坊さんね?」

「ダメ?」

「ううんむしろウェルカム。ね、ブルース」

「ああまあ……そうだね」

 

 そこへ私服を着たバートンがやって来てステラを見ると嬉しそうにははにかんだ。

 

「お、目が覚めたか。安心したよ。ここは俺の家だ、ゆっくりくつろいでてくれ」

 

 バートンの下の扉の影から子供が二人、ステラの方を覗き込んでいた。

 

「ライラにクーパーだ。俺の愛しの子供達。ステラ、仲良くしてやってくれ」

「こんにちは」

「こんにちわー」

 

 ステラはバートンの方へやってくると、彼の子供二人が挨拶をする。

 

「ライラ、クーパー、私はステラ。よろしくね」

 

 ステラの微笑みにライラとクーパーは少し恥ずかしげにしていた。

 

「バートン」

「なんだステラ……どうした?」

「なんとなく」

 

 バートンもギュッと抱きしめてからステラはその場を離れていく。

 

「どうしたんだ? ステラの奴」

「分からないけれど……彼女も私達と同じ、見せられたものを乗り越えようとしてるんだと思うわ」

 

 バートンがその場を後にすれば、ローラが憂いを帯びた顔をしていた。心配そうに理由を聞けば、ステラのことだという。

 

「あんなに幼いのに、アベンジャーズだなんて。あの子にももっと違う道があるはずなのに」

「幼い? ステラが?」

「わかりやすいじゃない。私から見れば十歳位の子供と同じようにしか見えないわよ」

 

 バートンがステラの様子を見てみるが、今までのヒーローとしての働きが色眼鏡になっているのか、そうは見えない。そういう意味でローラの目線は正しいのかもしれない。単純な戦闘力だけで見ればバートンは敵わない。あの華奢な見た目で雷神ソーに準ずる腕力を持っているのだから前に腕相撲をして余裕で負けたのは少し苦い思い出だ。

 

「ブルースとナターシャのことも気付いてなかったホークアイちゃんには仕方ないことね?」

「それを言われると弱いな」

 

 バートンはそう言いながらローラの額にキスをした。

 

 

 

「秘密主義のメンバーもいるが……ソーは違うと思ってたんだがな」

「まぁ、時間をやれよどんな悪夢を見せられたことやら……」

「最強のヒーロー達が、これほど簡単にダメージを……」

「君は平気だったみたいだな」

「……悪いか?」

「暗い面を持たない人間は信用できない」

「……見せてないだけだ」

 

 薪を割りながらトニーとスティーブがそんな話をしていると、ステラが家から出てきた。トニーもスティーブも思わず安堵の笑みをうかべている。

 

「ステラ、良かった眠り姫みたいに王子様のキッスは要らなかったみたいだな。いや僕はやるつもりはなかったがねロスコルに下克上されてしまうからね」

 

 ステラが駆け寄ってきたので斧を台に刺してそんなことを言っていると、トニーにもギューっとステラが抱きついた。

 

「ステラ? 待ったちょっと苦しいぞ万力か?」

「あ、ごめんなさい」

 

 トニーから離れたステラがスティーブの方を見て、スティーブは小さく嘆息して微笑み、両手を広げた。

 

「ステラ、おいで。僕は超人兵士だからね、思いっきり抱きしめても構わないさ、スタークと違って頑丈だ」

 

 トニーが肩を竦める。その脇でステラが飛びつくようにスティーブに抱きついた。ギュウ、と抱きしめる力にスティーブの肉体がメキメキとちょっと嫌な音がしていてトニーがオイオイオイと言った顔をしたが、抱きしめているステラの頬を涙が伝っている事に気づき、真顔になる。

 

「……僕たちは戦いを終わらせて家に帰らないといけない、だからウルトロンのようなものが必要なんだ」

「スターク? 言ったろう、先走れば罪なき者が死ぬ」

「……その顔を見て先走れないほど、僕は薄情者にも心まで鉄男にしたつもりはない」

 

 ちょっとスティーブでも苦しいくらいに抱きしめてくる顔をよく見る。ステラが泣いている姿など、スティーブは初めて見た。

 スティーブが体を回して、ステラを間に挟みトニーとスティーブが互いに苦い顔をする。どちらも間違った事は言っていない。それ故に平行線なのだ。

 ステラが満足したのかスティーブから離れた頃には、どこか清々しい感じの顔をしているが、男二人は苦い気持ちが抜けずにいた。

 

「わたし、怖いものなんてない、痛くても辛くても我慢できると思ってた」

 

 そんな二人の間でステラが口を開いた。

 

「でも、我慢できたのはわたしの力じゃなくて、みんなのお陰。ロスコルが、スティーブが、トニーが、ナターシャが、バナーが、バートンが、ソーが、マリアがみんなが一緒だから、わたしはここにいられる」

 

 ステラがしているのは、宣言だ。

 

「だからアベンジャーズを全滅させるなんて、絶対にさせない」

「ああ、絶対にウルトロンを止めよう」

「そうだな……今はまずそれに専念するしか無いか」

「そういえば、ソーは?」

「どこかに飛んでいった。ハグはまた今度にしておくといい」

 

 そこへローラがやってきた。トニーにトラクターを直して欲しいとのことで、その場を後にする。ステラはトニーに代わって薪割りをする事にした。

 

「……何をやってるんだ?」

「やあフューリー、トレーニングのついでって所だな」

「フューリーおはよう」

 

 途中からスティーブと一緒に斧を使わずに薪を割り始めていたらトニーがフューリーを伴ってやってきて、呆れられるのだった。



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ソウル偵察戦

誤字報告、コメント評価ありがとうございます


 フューリーの叱咤激励を受けた一行は、バナーの予測とチョウ博士と連絡が取れないことからソウルの研究所へ偵察に向かうチームと、核ミサイル発射コードを守る謎の存在を調べるチームに分かれることとなった。

 偵察にはスティーブ、バートン、ステラ、ナターシャ。

 調査にはトニーが向かい、調査が終わり次第合流。

 バナーはどちらも向かないのでタワーに戻って待機である。

 

「あーステラ。流石に街中の偵察でロックキャノンは無理がある。ぼくが作ったアレを使えクインジェットに備えてあるからな。ヴォルカノンパッケージに続く自信作だ」

「ありがとう」

 

 クインジェットに乗り込んでいくステラ達をローラ達が見送った。

 偵察の為スティーブが遺伝子研究所へ乗り込むとそこはもう惨劇の跡となっていた。そこに残された瀕死のチョウ博士からウルトロンが細胞再生クレイドルと共に逃走したことを知らされる。

 

『みんな聞いてたか?』

「聞いてた、プライベートジェットが一機、乗客名簿無しで待機中」

「キャプテン、研究所から一台トラックが出てきた。ステラ、ロックキャノンで狙撃用意だ使われる前にぶち壊しちまえ」

「わかった」

『ダメだ! 下手をすれば街中で爆発の大惨事だ。ウルトロンを引っ張り出す』

「ならキャプテン、もう直ぐ下を通過するぞ。ステラも降下準備だ」

 

 スティーブがトラックに乗り移るとビームを発射して荷台の扉を破壊しながらウルトロンが出てきた。

 

『いいぞ奴はご機嫌斜めだ、もっと怒らせてやれ』

「やーいサナギロボット……その……えーと、バーカバーカ」

「罵倒の語彙力が足りないぞステラ。こういう時は●の●●野郎お前の母ちゃん●●●って言うんだ」

「何教えてんのよバートン??」

「悪かったって」

 

 公開通信でウルトロンに罵倒を入れつつ、大通りに出たトラックを追いクインジェットの進路を合わせる。

 

「ステラ、降下用意。3、2、1、行ってこい!」

 

 ステラがハッチから飛び出し、大通りに足をついてから腰の翼を広げ飛翔した。

 

『ステラ、男の子が忘れ物よ。持っていってあげて』

 

 途中に落ちているスティーブの盾を拾う。上空から二人のナビゲートを受け陸橋下を走行するトラック上で格闘をしているスティーブへ盾を投げ渡した。障害物代わりに持ち上げられたアスファルトを蹴って飛び上がり避けると、トラックに乗ったウルトロンセントリーが飛び出しステラを追いかけ出す。

 

「いいぞステラ注意を引け」

 

 ブラックブレードと共にホルスターから取り出されたのは大型拳銃である。

 引き金を引くと光弾が吐き出されセントリーが回避、着弾したトラックの天井に穴が開く。トニーが作ったステラの護身用拳銃で、威力を弱めバッテリーを排除して無理やり小型化した為外部からエネルギーを供給せねばならないある種ステラ専用拳銃である。威力は相対的に低いが牽制には十二分に使える代物だ。

 ウルトロンとスティーブが並走していた電車に突っ込み無防備となったトラックにクインジェットが接近する。

 

「ナターシャ、無茶するぞ。中のクレイドルの固定を外してきてくれ」

「何する気?」

 

 トラックの上につけ降りたナターシャがトラック内に入り込んでベルトの固定を解除にかかる。

 

「キャプテン、ウルトロンの相手しててくれ」

『もうしてるだろ!』

 

 戻ってきたウルトロンセントリーに追随してステラもやってくる。トラック後ろを飛ぶクインジェットに狙いを定めたセントリーにステラが拳銃を連射、加熱限界に達した銃が赤くなった銃身を冷却する為普通の銃のスライドが後退したような格好になる。

 一発が推進部に当たりバランスを崩したセントリーを踏みつけ路面に叩きつければトラックがセントリーを轢きバラバラに破損した。

 その際にタイヤがバーストしトラックが大きく左右に揺れ、固定を解除されていたクレイドルがナターシャごと荷台から飛び出して路面を滑る。

 

「ちょっと予定とちがったな……」

 

 バートンがクインジェットのハッチを開けながらバックで超低空飛行、滑るクレイドルがそのままアスファルトと擦れ火花を散らすハッチに掬い上げられ格納部に突っ込まれ座席が折れつつもそれをクッションに急停止、上に乗っかっていたナターシャが慣性で床に投げ出される。後ろを見たバートンと投げ出されたナターシャの目があった。

 

「……お帰り」

「……ただいま。死ぬかと思ったんだけれど?」

「結果オーライだ。キャプテン、クレイドルを確保した」

『そのままスタークの所に持って行け! ウルトロンがそっちにいったぞ!』

 

 ウルトロンが猛スピードでクインジェットめがけビームを撃ちながら追いすがってくる。それを横から突っ込んで妨害しステラがウルトロンと共に高架に衝突した。

 その隙にクインジェットは上空へ飛び上がり離脱、アベンジャーズタワーのトニーの元へ全速力で向かう。

 高架から抜け出したウルトロンが空の彼方に消えるその噴射炎を睨みつけながら溜息を吐いた。

 

「全く……勘弁してくれ。そう最悪、悪い冗談だ。ストラッカーの研究を見たぞ、双子の強化人間計画の前身の計画。人類を進化させる礎になる計画の完成品が何故同じく進化を促す存在の私と敵対する?」

 

 抜け出して着地したステラに仰々しく両腕を広げながらウルトロンが問う。ステラ自身にその計画やプロトタイプの事はわからないが、記憶の断片にあるギブソン博士やロキが言っていた紛い物の意味に関連した事柄なのははわかる。

 例えどうであれ、ステラの答えはひとつだ。

 

「仲間の敵は、わたしの敵」

 

 クワっと機械の顔とは思えないほど人間的にステラに向け激昂した。

 

「仲間? 仲間だと⁉︎ そんな不確かなものの為に私の邪魔をする気か?」

「邪魔をするんじゃない。あなたを倒すの」

「仲間仲間と言うが、その仲間同士が敵対したらどうするつもりだ? 人の繋がりは脆い、そう正に人そのものの脆さだ。そんなものに賭けてお前は齎される永遠の平和を砕くつもりか。よく考えろ? お前も、私も、正に振り上げられた神の拳そのものだ。人類を革新させ世界を守る、な」

「わたし達、人は困難に立ち向かえる力がある」

 

 ステラの瞳から青い炎がチリ、と溢れる。

 

「人が求めるものは立ち向かう事じゃない。安寧だ、それでは世界は平和になる事はない。どうやら平行線の様だな、有機物と無機物では作られた目的が似ていても話は合わないらしい」

 

 ウルトロンの赤い目が、怪しく光る。

 

 ウルトロンのビームを刀を盾にして防ぐ。反射した光線が倒れたトラックを真っ二つにし爆発炎上。ステラの放つ光弾がウルトロンのボディを赤く焼き、振るわれた刀の刃に触れぬようウルトロンが白刃取りをし火花を散らす。捻りてこの原理で空中に刀が放り出されウルトロンの抜き手を皮一枚で躱しパーカーの裾がはじけ切れる。

 小脇に掴んだ腕を関節技の要領で捻り地面に叩きつけウルトロンが飛ぼうとしたところを自分の足でアスファルトを踏み抜いて固定し、人間ではありえない角度で向けられた腕のビームを咄嗟に腕を掴んでずらす。ビームを放ったまま無理やりステラに照準を向けようと力を込めるウルトロンの意地がステラの頬をかすめた時、空から降ってきた刀を逆手にウルトロンの胴の中心を刺し貫いた。

 動力部が損壊したウルトロンが機能を停止しビームも停止。ステラは頬の傷を拭って息を吐いた。

 

「ステラ!」

 

 そこへスティーブが走ってやってくる。粉まみれでボロボロだが大きな怪我はないようだ。だが後ろからついてきた二人を見て三人にステラが拳銃を向けた。

 

「止まってスティーブ」

「待てステラ、今はそれどころじゃない」

「ダメ。操られてるかもしれない」

「操ってない。大丈夫よ、ごめんなさい信用できないかもしれないけど」

「そうだよ、まあ落ち着けって」

 

 ワンダとピエトロの双子がスティーブと共に弁明するが、ステラは銃を下ろさない。スティーブも長い付き合いのなかで殆ど見たことのない顔をステラがしていた。怒っているのである。

 

「どうすれば信用してもらえる?」

「スティーブ、こっちにきて」

 

 杖による洗脳の解除方法を以前ナターシャから聞いたことがあるステラは、杖由来の力ならワンダの精神操作も同じ解除方法と考えて対処することにした。

 近づいてきたスティーブの側頭部を刀の腹で思いっきりぶん殴ったのである。ヘルメットがぶっ飛んでそのままスティーブは半回転、頭からアスファルトに落ちて盾の端がガインと音を鳴らして胴体の支えになってしまい逆さM字開脚のような状態になって止まった。スティーブはソウルに来てから最大のダメージを負う羽目になった。

 後ろでマキシモフ兄妹が「わーお」「うわぁ……」と小さく声を上げている。

 

「……ステラ、意図はわかるんだが……もう少し手加減してくれ」

 

 バコンと背中の盾が外れ仰向けになったスティーブがふらつきそんなことを言いながらも起き上がり盾を拾い直すと、しっかりとした目でステラの方を見た。

 

「僕は操られていない。双子はとりあえず大丈夫だから至急タワーに行くのを手伝ってくれ」

「……ごめんスティーブ」

 

 悲しそうな顔をしてステラは殴ったスティーブの頭を撫でた。

 

「ワンダも、疑ってごめん」

「いえ、それだけの事はしたもの」

「仕方ない事だ気にするな。急いで向かうぞ」

 

 ステラがスティーブを抱えて空を飛び、ピエトロがワンダを抱えて高速移動飛行機を確保すべく空港へ一同は向かうのだった。

 



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ヴィジョン

ごらんいただきありがとうございます


「ウルトロンは世界を救う事と滅ぼす事を混同しているの、創造主のスタークが似たような状態の筈よ」

「そりゃ怖い」

「もしそうなら、止めないといけないな」

「待って、トニーは滅ぼそうとなんてしないよ、そんな筈ない」

「いいやステラ、スタークの先走りを止めるだけだ。大丈夫スタークも言えばわかってくれる。ステラは黙って見ていてくれ」

 

 夜になりケネディ空港に到着した一行は人目を避けつつアベンジャーズタワーを目指す。夜だと言うのに一階エントランスはマスコミでごった返していたのでそれを避け中に入る。

 そこではクレイドルが機器に接続され、バナーとトニーが何かを行なっている所だった。

 

「あと三分でマトリクスのアップロードを開始しないと」

「一回しか言わないぞ」

 

 スティーブが姿を表す。トニーはスティーブが言おうすることがわかっていた。

 

「ゼロ回で良い」

「中止しろ!」

「いやお断り」

「わかってやっているのか?」

 

 それはウルトロンの作った危険物という事を忘れているのかとの問いだ。バナーにもトニーにもそれは十二分にわかっている事で反論のしようがない代物で、だから違う切り口から返すしかない。

 

「君はどうなんだ? 操られていないのか?」

 

 バナーがスティーブの後から入ってきたワンダを見て語気を強める。

 最後に入ってきたステラを見てバナーは笑みを作った。目は全く持って笑っていないが。

 

「成る程? 今度は僕じゃ無くてステラ達を操って同士討ちさせるつもりか?」

「怒るのは仕方ないけれど」

 

 ワンダの言葉を聞いて能面のような顔になったバナーが淡々と口を開く。

 

「怒る? それどころじゃないな。視線だけで刺殺できそうな気さえしてくるよ。今すぐ絞め殺してやりたいくらいだよ」

「バナー、あんな事があって」

「これから起こることを防ぐ為だ!」

 

 トニーが怒鳴る。最悪の未来を回避する為なら今のトニーはどんな事でもするつもりだった。

 

「何もわかってないくせに!!」

「これは遊びじゃない」

「その中の生き物は死神よ!」

「お前はすっこんでたまえどう言うつもりか知らないが君は敵だろう⁉︎ キャプテンも! なぜそれの言う事を信じる?」

 

 言い合いの中でステラが目を伏せる。ウルトロンの言葉が頭の中で再生される『仲間などと言う不確かなもの、仲間同士敵対したらどうするつもりだ?』と。今は敵対なんてほどではないけれども、起きない保証がないと言う事をステラはわかっていなかった。小さな諍いこそあったものの、ここまでの事を一度も経験していなかったことが、ステラの仲間に対する感覚を悪い意味で無垢にしてしまっていた。

 問答に出口がなく時間稼ぎをされてしまっていると感じたピエトロが高速移動で電源類を引き抜き場が固まる。

 

「いいよ? 続けて? で何?」

 

 戯けるピエトロの足元のガラスが割れ下側に転落。下にはバートンが待機していて、足を踏んづけてピエトロを押さえつける。

 

「速すぎて見えなかった?」

「ピエトロ!」

 

 飛び出そうとしたワンダの足にワイヤーが絡まり転倒、その背中に足を置いてナターシャが銃を構えた。

 

「ご機嫌よう? 魔女さん」

 

 警報音が鳴り響く中トニーとバナーがなんとかクレイドルを再起動させようと動くのをスティーブが盾を投げ機械類を破壊して妨害し、アーマーのパーツを装着したトニーがリパルサーでスティーブを吹き飛ばす。ステラが目と耳を塞いでしゃがみ込みそうになり、頭を振った。

 ワンダのサイコキネシスで銃を取られ吹っ飛ばされたナターシャに変わりバナーがワンダに組みつく。

 アーマーを部分的に装着したトニーとそれに殴りかかるスティーブの間にステラが割って入ると、当てまいと急停止した二人を掴んで床に押し倒す。

 

「……お願い……喧嘩しないで!」

「悪いな退いてくれ今は急がないといけないんだ頼む……!」

「ううっ……! あっ」

 

 泣きそうなステラの顔に硬直してしまうスティーブと対照にトニーは加速する。必死の懇願に手が緩んだ所をアーマーを脱いで抜け出し、立ち上がったトニーが見たのは乱入してきたソーだ。クレイドルの上に乗ってムジョルニアを掲げ、雷を纏う。止めようにも、アーマーを脱いで抜け出してしまった為手段がトニーにはない。

 

「やめろ!」

 

 バナーが制止するも聞く耳を持たないソーは雷をクレイドルに叩きつける。電源が落ち止まっていた進行状況がソーの雷を受けて急速に完了を示した。

 雷鳴の轟音の後の静けさの中で、クレイドルが内から破裂しソーが倒れる。

 クレイドルという蛹を突き破り羽化したそれは赤いアンドロイド、それはキョロキョロとあたりを見回している。状況を理解していないような落ち着きのない動きだった。

 起き上がったスティーブやステラ、その場の皆がその存在の一挙一動に注目している。

 ソーに突如飛びかかった赤いのが受け流されガラスを粉砕しテラスの方へすっ飛んでいく、あわやテラスのガラスまで突き破り落下するかと思われたが、その手前空中で突如静止。

 その瞳はテラス先に広がるニューヨークの夜景を見つめていた。光る全てが、遍く人の営みをあかいそれに見せつけ、それを慈しむように目を細めた。

 スティーブが盾を装備し直し構えるが、ソーがそれを制する。ムジョルニアを置き、それに近づいて行く。皆がテラス側に集まりことの成り行きを見守っている。

 青い着衣を構成しながら床に降りてきたそれが口を開く。

 

「すいません、とても……不思議で。ありがとうソー」

 

 ソーに礼を言いながらマントが構成され、ふわりとはためく。

 

「ソー、なぜ手を貸したんだ?」

「あるビジョンを見た。大きな渦が希望を飲み込む。その中心にこれがあった」

 

 ソーが指差す先には"ヴィジョン"の額に収まる黄色の石があった。

 

「この石は?」

「マインド・ストーンだ。六つあるインフィニティ・ストーンの一つ、全てを破壊する比類なき力を持つ」

「なぜそんなものに」

「スタークは正しい」

「それは……まさに世も末って感じだ」

「我々ではウルトロンに勝てない」

「バラバラではね」

 

 ステラが不安そうにみんなの顔を見回した。

 スティーブがハッと気づく。

 

「このアンドロイド、J.A.R.V.I.S.の声だぞ」

「ああ、J.A.R.V.I.S.のマトリクスを組み直して、新しいものを作った」

「新しいものはもうたくさんだ」

「そんなジジくさいこと言わないで」

「あなたはJ.A.R.V.I.S.なの?」

「いえ違います。J.A.R.V.I.S.ではない。ウルトロンでもない。私は私、ヴィジョンです」

 

 しかし皆、ヴィジョンに対する疑念が尽きる様子がない。その体はウルトロンが生み出したもので、その心は死んだはずのJ.A.R.V.I.S.を組み直したもの、そしてそれを成したのはウルトロンの前科のあるトニーだ。

 ソーがマインド・ストーンの有用性とそれの利用を提案するが、それは四次元キューブを転用しようとしたS.H.I.E.L.D.と同じ発想で、スティーブは苦い顔をした。

 

「ウルトロン、彼を殺したくはない。彼は特別だ。そして苦しんでいる。だがその苦しみは世界を滅ぼす」

「そのウルトロンはどこにいるんだ」

「……ソコヴィア」

 

 ワンダがそう答える。

 

「問題は君だヴィジョン。君は僕たちの味方なのか? それとも僕たちがまた生み出してしまった怪物なのか?」

 

 バナーは問う。怪物なのかと。

 

「敵か、味方か。事はそう単純ではありません。私はただ命の味方です。あなた達が殺戮者ならば、私は敵でしょう。ですが守る者なら、私はあなた達の味方です。ですが私はあなた達の意図通りに生み出せてはいない。ゆえに私は怪物かもしれない、でも私自身にはわからない事です」

 

 ヴィジョンがステラの前に立つ。少しの間、互いに見つめあった。

 

「それを。大丈夫、みんな互いの為を思っているだけですよ」

 

 ステラは差し出された手を見て、後ろを見る。そしてそこにあったものをヴィジョンに渡した。

 

「ありがとうステラ。皆さん。私は……あなた方が望んだものではない。だから信じてもらえないかもしれないでしょうが……止める為、行かなければ」

 

 ヴィジョンがソーにムジョルニアを差し出した。マキシモフ兄妹を除いた全員が呆気にとられたが、これ以上ない信頼を得ることとなった。

 ソーはハンマーを受け取った後、ステラを二度見した。



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ソコヴィア防衛戦

感想ありがとうございます


 大慌てでアベンジャーズは装備を整える。ステラはバナーとナターシャと共にクインジェットに積まれていたバイクや不要な物を下ろした。少しでも軽くし早く到着するためだ。

 準備をしているスティーブに、デバイスにF.R.I.D.A.Y.をインストールしていて暇なトニーが声をかけた。

 

「無事には帰れないかも知らない。あのブリキの兵隊を一匹でも逃したら悲惨な事になる」

「幸い明日は暇だ。だがまあ、」

「本体は僕が相手する。アイアンマンをお待ちだ」

「ええ、あなたを一番憎んでます」

 

 ソーと話を終えて通りかかったヴィジョンの言葉にトニーが微妙な顔をした。

 フル装備をした一同がクインジェットの座席についている。マキシモフ兄妹もアベンジャーズタワーの服装を使って着替え、皆を乗せてクインジェットは夜の闇をソコヴィアに向けて飛んでいた。

 

「……ウルトロンは我々が怪物だと言う。世界の為にならないと」

 

 機内でスティーブが宣言する。

 

「奴が正しいかどうか、この戦いでわかる」

 

 何が待ち受けているかは分からない。アベンジャーズ自体は戦いの準備は整えた。だがソコヴィアの人々は別だ。ウルトロンの成そうとすることが世界の破滅なら、防いだとしても余波でソコヴィアに致命的な被害が出る恐れもある。それは避けねばならない。

 アベンジャーズはまずソコヴィアの人々を避難させることから始めた。ワンダが人々の意識を誘導し、スティーブが持ち前のカリスマで先導し、ナターシャがバナーと共に軍の暗号を解析し命令書を書き換え、ピエトロが実力行使で、皆が出来る限りのことをして避難を促した。

 それでも一つの国の都市部、夜が明けても避難は終わらない。鐘の音が街中に響く。

 ウルトロンが待ち構える礼拝堂にトニーが降り立つ。

 

「罪を懺悔しにきたのか?」

「どうかな、時間ある? 出前を頼んでるんだ待たないと」

「食事の要らない分、お前よりはある」

 

 トニーの後ろに着地音、そちらを振り向けば今までと色の違うウルトロンの姿があった。

 

「あー、なんかステロイドでも打った? ヴィブラニウムの。なんかこう、昔よりめっちゃムキムキマッチョになってる」

「時間稼ぎのつもりか? 皆を守るための」

「まあ、それが任務だ。お前にも教えたろう?」

「私には私の考えがある。やり方は、私の自由だ」

 

 礼拝堂の中心が掘り抜かれ、謎の装置が現れる。ヴィブラニウムで出来ている何かだが、用途はわからない。F.R.I.D.A.Y.の解析で地下七百メートル下まで構造物として存在している事はわかる。

 

『ヴィブラニウムでできています。装置の機能は不明』

 

「なんだ? 時間稼ぎは自分だけだと? 終わりだトニー、私が平和をもたらす」

 

 ウルトロンの宣言とともに、街のあらゆるところから大量のウルトロン・セントリーが湧き出してきた。地面から川から池から車の下からビルからマンホールから、節操なしである。

 アベンジャーズの面々も逃げ遅れた人々を庇いながら応戦の姿勢を取る。ステラも対空砲火のようにヴォルカノンモードのロックキャノンをばら撒き空のセントリーを牽制する。

 

「私の後ろから出ないで」

 

 翼を意図的に左右に広げ後ろの市民の盾とする。

 セントリーの光弾をブラックブレードで切り払い飛んできた奴に弾をばら撒き初段が命中した時点でもう光弾の豪雨から逃げられず穴だらけになり撃墜、放たれる光弾の密度が高すぎて一つのビームのように見えるほどだ。

 ちなみにヴォルカノンモードはトニーが洒落を効かせて毎分千八百発の低レートモード、毎分三千九百発の高レートモードを使い分けられるようになっている。威力はロックキャノンモードの十分の一程度だが、破壊力をそこまで求めないなら今セントリー軍団を穴だらけにしているように効果は非常に高い。発射ペースが早すぎて傍目にはビームを撃っているようにさえ見える。

 

『ステラ、僕も空にいるから間違えて撃つなよ』

「赤いから大丈夫」

「さて僕も、怪物は怪物なりに、みんなを守らないとね」

 

 ステラが対空砲をばら撒く轟音の脇でバナーが服を脱ぎ捨て歯を食いしばり力を込めれば、その体が緑に変色し、靴を脱ぐのを忘れてたので靴を破裂させ変身。咆哮を上げる。

 ステラが片手撃ちでハルクの方へ左手を掲げると、ハルクがハイタッチをし、ナターシャの方を見つめる。

 ナターシャがセントリーをぶち壊しながら笑みを浮かべた。

 

「さっヒーローになってきて!」

 

 ハルクは地表にいるセントリーをなぎ払いながら敵を求めて走っていった。ステラが対空砲を吐き出しながら市民を避難誘導していく。

 

『よし、ヴィジョンがウルトロンをネットから締め出した。もう逃げられないぞ』

 

 そこで異変が起きた。地震が起きたと思えばステラが守っていたエリアの先が宙に浮き始めたのだ。

 

「みんな、そのまま離れて!」

 

  浮いていない方に残された人々に指示を出してステラは浮き始めた方に飛び乗り落ちそうになる人たちを助け出す。

 ソコヴィアが、空に浮いた。

 

『見えるか? この美しさが』

『自然の』

『摂理だ』

『登り切れば後は落ちるのみ』

『アベンジャーズよ、お前たちは私の』

『隕石だ。私の剣だ』

 

 セントリーがそんな事を言っているので撃ち抜くが、代わる代わる現れ言葉を続ける。

 

『お前たちの過ちの重さでこの地球は砕ける。私をネットワークから締め出そうと、私の子どもをけしかけようと、無意味だ』

 

 ブレードで貫いてもその口は止まらない。

 

『戦いが終わった時、この世界に生き残るのは、金属だ』

 

 落下したバスに取り残された子どもをバスを両断して中から救い出し着地、そこにセントリーをぶち壊しながらピエトロが通りかかった。

 

「ねえ、この子を安全な所に」

「いや自分でやれよ」

「いっぱいきてるから……」

 

 空からいっぱいきたセントリーに向けステラが弾をまたばら撒き始めた。撃ち落とされていく敵を見てピエトロが肩を竦めた。

 

「わかった俺がやる」

 

 丁寧に子どもを抱えて走っていった。

 

『キャプテン、敵が行った』

『敵ならもう来てる……! まず街を安全に降す手を考えろ、スターク以外の全員は奴らと戦え。やられたらやり返せ、殺されても……戦い続けろ!』

 

 セントリーの集団に紛れウルトロンの本体がステラに迫った。濃密な弾幕の中を一体だけ光弾を弾きながら突っ込んでくる。ロックキャノンを可変させ大威力の光線を放つが盾にした片腕を赤熱化させたのみで、突進をロックキャノンの銃身で防ぐ。そのまま砲身でぶん殴ると、磁界のようなものでロックキャノンを引っ張られたのでそのまま放り捨て両手でブラックブレードを持ちウルトロンに斬りかかる。

 ガキン、とウルトロンの腕で防がられ、距離を取ろうとしたステラのツインテールの右房を掴み拘束。ソウルの時の意趣返しと言わんばかりにビームをステラに放とうとしたところを髪を自切して逃れた。

 右房だけ短くなったステラと残った髪を手の中でウルトロンがビームで焼き、嫌な匂いがたちこめる。

 ウルトロンは自分の腕に残された僅かな傷跡に溜息を吐いた。

 

「カタログスペックでは傷ひとつつかないはずなんだがな、全くタチが悪いアマゾンの蚊か何かか? まあ私に吸われる血はないが」

「……ペッパーに怒られる」

「私の話聞いてるか? 無視はよくないぞ」

 

 セントリーが援軍のように大量に地面に着地しステラを囲う、ロックキャノンを拾い直すが乱暴に扱ったせいでヴォルカノンパッケージが破損しロックキャノンから自動で脱落する。

 

「良いのか? それで撃つと周りに被害が出るぞ?」

 

 周囲には逃げ惑っている人々がまだたくさんいる。ウルトロン本体はそのまま悠々と何処かに飛び去りステラは撃たずに砲身と刀でぶん殴り切りまくりながらセントリーの相手をすることとなった。

 ステラに対しあえて空を飛ばず地上にいる事で貫通した際の被害を考えさせて撃たせない作戦であった。そこへどこからともなくハルクが突っ込んできてセントリーの包囲網に大穴を開ける。下のコンクリートごとウルトロンをちゃぶ台返しにして複数体空に投げ飛ばしそれをステラがロックキャノンで撃ち抜いて花火にした。

 刻一刻とソコヴィアは高度を上げ、破滅へのタイムリミットが迫っていた。



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 街が雲の中に入り、戦闘が小休止となって一般人たちを安全のために隠れさせる。

 

『すぐまた第二陣が来るぞ、どうだスターク』

『たいした案じゃないが……街を吹き飛ばすっていうのは? 地上に激突する前に避難する』

『避難じゃない解決策はないのか?』

『被害範囲は刻一刻と大きくなっている。決断するしかない』

『避難させる場所も無いわ。……もし街ごと破壊するなら』

『犠牲者は出さない』

『上にいる人数と下にいる人数、比べるまでも無いでしょ?』

 

 すぐに雲を抜けたが、それだけ速い速度で高度を上げている証左でもある。

 通信を聞きながらステラが崩れていないビルの上に立って周りの警戒を続ける。下ではピエトロがどこから持ってきたのかミネラルウォーターを飲んで息を整えていた。

 

『市民を残して立ち去るつもりはない』

『立ち去るとは言ってない……ここで消えるのも良いかもね』

「絶対やだ。ここの人たちもわたし達もみんなで帰る」

『子供みたいな無理言わないでステラ、何事にも限界があるの』

『はは、子供みたいか。ロマノフ、子供の発想の方が正解なこともあるぞ』

 

 突然通信に割り込みが入る。見知った声。フューリーだ。

 それに伴って雲を突き破り、タービンの爆音を伴ってそれは現れた。インサイト計画に伴い破棄されたハズの旧式のタービン式ヘリキャリアだ。

 その威容は絶望に沈みかけた人たちに希望を宿すには十分だった。

 

『どうだみんな、タンスの中から引っ張り出してきた。カビ臭くて薄汚れてるが、使えるぞ』

『フューリー、このクソ野郎め』

『おっと、お口の悪い奴は誰だ? ママにキスしてもらえないぞ』

「フューリー大好き!」

『ハハハ、お嬢さんに惚れられてしまったな』

『長官ちょっと??』

『わお、お父上に殺されそうだ黙っておこう』

『ステラ頑張れ! 俺たちもついてるぞ!』

「お父さん⁉︎」

 

 司令室ではマリア、ロスコルや元S.H.I.E.L.D.メンバー達がフューリーと共にドヤ顔をしていた。

 

『現在高度五千五百メートル。尚も上昇中』

『救命ボート準備完了、発進まで三秒』

『対空砲準備よし、警戒はそのままに、娘にいいところ見せるぞ』

 

 ヘリキャリアから多数の救出艇が飛びだし崖に接舷していく。

 迫るウルトロンセントリーを対空砲火が撃ち抜き、潜り抜けた敵をウォーマシンが排除していく。

 

『ソー! 作戦がある!』

『時間がないぞ、ウルトロンがコアに向かった』

『ローディ残った市民を避難させろ。アベンジャーズ! もう一仕事だぞ! 礼拝堂に集合、パーティの時間だ』

 

 ステラもそれを聞いてビル上から飛び降りて飛ぶ。途中ナターシャが全力疾走していたので着地した勢いのまま後ろから抱える。

 

「えちょっとステラっとわあああああ⁉︎」

 

 礼拝堂にセントリーを踏み潰しながらステラが入ってくるとおろしたナターシャが膝に手をついた。

 

「大丈夫かロマノフ状況わかる? コアを守るんだぞ」

「ごめんナターシャ」

「舐めないでよまだまだいけるから」

 

 ハルクもセントリーをぶっ壊しながら礼拝堂にやってきて、ここにアベンジャーズが集まった。

 

「それがお前の全力か!!」

 

 ソーの煽りにウルトロンの本体が手をスッと上げる。そこらじゅうから物凄い量のセントリー達が在庫一掃セールと言わんばかりに集まってくる。

 

「わーお」

「言わなきゃ良いのに」

 

 まさにあたりを埋め尽くすほどのセントリーが並び、その威容を自慢するようにウルトロンが手を広げた。

 

「これが私の全力だ。願ってもない戦いだ、お前達全員対私全員その数でどうやって私を止める?」

「そりゃ、ひいお爺ちゃんが言ったように……」

 

 トニーがチラリとスティーブを見た。

 

「みんなで!」

 

 ハルクが吠えステラの左目から火が出てソーが雷を纏い皆が構える。ステラとソーが同時に雷と砲撃をぶちかまし接近するセントリーの一角を消し飛ばし。礼拝堂に取り付いたセントリー達をアベンジャーズが総出で叩き、殴り、穿ち、ねじ曲げ、切り、撃ち、砕く。

 ブラックロックシューターが蹴り上げた敵をヴィジョンが撃ち抜きスカーレットウィッチがサイコキネシスで受け止めた敵をアイアンマンのユニ・ビームが貫き、キャプテン・アメリカが盾でぶん殴った敵をハルクが握り潰しホークアイがワイヤー矢で纏めた敵をソーがハンマーで一挙に破壊する。ハルクが投げ飛ばし引きちぎりなお動く敵をブラックウィドウが電磁棒でトドメをさす。その隙間をクイックシルバーが高速で駆け抜けて突破しようとする敵を片っ端から殴り壊していく。

 ウルトロンとヴィジョンがコア上で取っ組み合い、額のマインド・ストーンから破壊光線を発射。礼拝堂の壁を突き破って吹っ飛ばされたウルトロンにトニー、ソー、ステラが、一斉射撃。アベンジャーズのエネルギー攻撃の総火力を叩き込まれ、亀のように防御を固めたウルトロンのボディが灼熱化しその防御を貫き右腕がもげ飛んだ。

 上半身を真っ赤にし火花を散らすウルトロンが不明瞭な声で何か言っているがハルクにぶん殴られて吹っ飛ばされる。

 大勢は決した。ウルトロンは自己保存の為セントリーを逃がそうとするのをアベンジャーズが追撃にかかる。

 

「一人も街から出すな! ローディ!」

『任せろ。こらこら街からでちゃダメだぞ。ウォーマシンが許さない』

 

 飛び立とうとするセントリーをローディが撃ち落としヴィジョンが破壊していく。

 

「脱出するぞ、空気が薄くなってきた」

 

 スティーブがあたりを見回す。

 

「ボートに急げ、逃げ遅れたものを探してから僕も向かう」

「わたしも探しにいく」

「コアはどうする?」

 

 コアの前にワンダが立った。

 

「わたしが守る」

 

 皆がワンダを見た。

 

「……仕事だから」

 

 そう言って微笑んだワンダにバートンが頷いた。ナターシャと共に駆けていく。

 

「あーちょっと待ったステラ、ちょっと良いか?」

「どうしたのトニー」

 

 スティーブと共に逃げ遅れ探しに行こうとしたステラをトニーが呼び止め、手を差し出した。

 

「悪いがステラ、ここにロックキャノンにやるみたいに力を込めてくれないか」

「わかった」

 

 ステラが手を重ね力を込めるとバジジジと変な音をさせてアーマーの端が火花を吹いたがリアクターの輝きがとても増した。

 

「ありがとうステラ、元気百倍だ」

『ボス、オーバーフローしています』

 

 そう言って飛んで行ったトニーを見送ってステラも礼拝堂を飛び出した。

 元S.H.I.E.L.D.の面々は優秀で、見た限りの逃げ遅れはいないことがわかった。ステラは空を飛べるので制限時間を気にせず探していると、広場で暴れている音がする。

 

「や、速すぎて見えない?」

 

 ピエトロも救助者を探していたようだが、一帯には居なかったらしい。破壊音がするので二人でその場に行くとハルクがいた。ナターシャも丁度やってきている。

 

「ハルクも一緒に帰らないと」

「俺が近づいちゃ怒りそうだな、離れて待ってるよ」

 

 

 ピエトロが距離を置いて見ている先で、ハルクにナターシャ、ステラが近づく。ハルクとステラがいつものようにハイタッチをしたところで、突如クインジェットが飛来し機関砲で薙ぎ払ってくる。

 ハルクがナターシャを庇い、一撃やって離脱をしようとしたクインジェットをステラがロックキャノンで撃ち抜く。一瞬ステラの砲撃を弾いた装甲がすぐさま融解し片翼を破損しそこへハルクが飛んでウルトロンを引き摺り出し地面に着地。

 

「おいちょっとま」

 

 そのままウルトロンの足を掴んだまま地面に叩きつけ壁に叩きつけ街灯をへし折り放置車両を爆発させヘッドバットをし踏みつけまくりパンチをたたき込みもう数十回地面に紐でも叩きつけるようにコンクリにめり込ませまくった。

 

「ねえあれどうするの?」

「無理ね、怒ってる」

「待つしかない」

 

 ピエトロが肩を竦めていると墜落したクインジェットが爆発して翼が吹っ飛んできた。それをステラがナターシャを庇って弾いたところその先にいたピエトロの頭を掠めた。

 頭髪の上の方が少し焦げたピエトロがかすめて壁に突き刺さった残骸とステラを二度見した。

 

「……ごめん」

「……まああたらなかったから良いぞ」

 

 ようやく満足したのかハルクがフンスと鼻息を吐いてウルトロンをポイ捨てる。ヴィブラニウム製のボディは健在だが、その内部機構までハルクのパワーに振り回され続けて無事なわけがない。動かないソレをなんとも言えない表情でピエトロは見ていた。

 

 

 

「F.R.I.D.A.Y.ソーにだけ単独で通信」

『了解、ボス』

「ソー、教会に戻ってきてくれ。上手く行っても僕らは……消えるかもしれないが……」

『……かもな』

 

 

 

『準備が整った、全員避難終わったな? これからおっぱじめるぞ』

 

 ソーが礼拝堂に戻ったのでピエトロが高速移動でワンダと共に避難ボート最終便にしっかりと乗った。

 避難ボートからヘリキャリアの甲板に移ったスティーブにバートンやマキシモフ兄妹、ナターシャを抱えたバナーを抱えたステラが空を飛んでヘリキャリアへ向かっている。

 

『よし避難はできたやってくれ二人とも! 気を付けろよ』

『ああ任せろキャプテン。明日は休みだ安全に終わらせて帰るよ』

 

 

 ステラがヘリキャリアの甲板に降りたとき、ソコヴィアが急速落下を始める。雲を突き抜けて落下する隕石の上で雷が迸り、その一切が木っ端微塵になるのを見て、ヘリキャリアは歓声に包まれるのだった。



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END/ポストエンドクレジットシーン

‐機密エリア‐

 

 

 ブラックトライクが土煙を上げながら走っている。通話が届き、電話に出た。

 ブラックトライクには両サイドに大きいトランクが備えられているがそれを難なく操りでこぼこした土の道を容易く走破していく。

 

「どうしたのお父さん」

『ちゃんとハンバーガー以外食べてるか? 寂しくなったらすぐに帰ってくるんだぞ』

「ありがとう、でも大丈夫。わたしは少し、この世界を見てみたいの」

『ステラなら、色々見ることができるさ。気を付けろよ』

「うんお父さん。最初に、遊びに来てって言われてたところがあるの」

 

 ステラが電話を切り目的地に到着してバイクを停車させる。

 

「いらっしゃいステラ!」

 

 そこではナターシャが手を振っていた。バナーもエプロン姿で姿を現す。

 

「やあステラ、ようこそわが家へ」

「バートンから可愛らしい動画が送られてきたの、見てみる?」

「うん、見るよ!」

 

 バイクを止めてヘルメットを外すと、左右非対称になったツインテールを揺らしながらステラは二人の元へ駆け出した。

 

 

-ニューヨーク北部、新たなるアベンジャーズ施設-

 

 高級車を走らせトニーが向かうのは元スタークインダストリーの倉庫、そして現アベンジャーズの本拠地だ。多くの人員が配置され、最新鋭のクインジェットも複数機が用意されている。

 内部も考えられる限りの最高の環境。世界のあらゆる危機に対抗する為あらゆる対抗策を考える事を可能とする天才達が鎬を削り合う。そこにはセルヴィグ博士やチョウ博士の姿もあった。

 

「ルール変更か?」「新しい展開だ」

「ヴィジョンはいわゆる人工知能だろう?」「マシンだ」

「数には入らない」

「ハンマーを持ち上げた人間とは言えない」

「良い奴だがマシーンだ」

 

 トニーとスティーブがヴィジョンがハンマーを持ち上げたことについてのお喋りをしている。ヴィジョンが影になってステラが持った事は二人には見えていなかった。

 

「ハンマーを持てるならマインドストーンを預けられる。彼のところに有れば安全だ。近頃安全は貴重だからな」

「……エレベーターにハンマーを乗せたって?」「持ち上がる」

「エレベーターはふさわしいか?」

「僕の車にも乗せられるぞ。ふさわしいか?」

 

 ハンマー談議を遮るようにソーがトニーの方に手を置いて労わる。

 

「ずっとお喋りしていたいが……」

「なら行くなよ……」

 

 ソーは優しげな笑みを浮かべて首を横に振る。

 

「マインド・ストーンを含め四つのインフィニティ・ストーンが続けて現れた。誰かが我々を駒にしてゲームをしてるに違いない。全てのピースが揃ったら……」

「ゲームセット?」

「謎を解けると思うか?」

 

 ソーがトニーの胸元をポンと叩いた。

 

「ああ、こいつに比べればどんな謎も可愛いもんだ」

 

 頷き、ハンマーを掲げたソーを光の本流が包み込む。そこにはもうソーの姿はなく、焼かれた芝生に幾何学模様が残されているのみだ。

 

「全く、芝刈りの苦労をわかってないなあいつは」

 

 その場に背を向け二人は歩き出す。

 

「寂しくなるよ。僕がいなくても泣くんじゃないぞ」

「ああ、寂しくなる」

 

 それに感心したようにトニーがちいさくこえをあげると、自動運転されたスポーツカーがやってくる。

 

「さて、退場の時間だ。バートンやバナーみたいに家族サービスしないとね。ペッパーに農場を作る……爆破されないと良いが」

「のんびりするのか?」

「君もそうしろ。ステラだってそうした」

「どうかな? 家族とか、安定とか、そう言うものを求めてた男は氷に埋もれたよ。出てきたのは別人だ」

 

 トニーが車のドアを開く。

 

「大丈夫か?」

「ここが家だ」

 

 少し不安そうに、笑みを浮かべてトニーは車に乗った。

 

 

 

 アベンジャーズ・コンパウンドの一角。基地の人々が行き交い、己が職務を全うする姿を眺める一人の男の姿があった。

 

「おい、何をしてる? もうすぐ時間だぞ?」

「悪いなキャプテン。ちょっと早すぎてな、暇つぶしをしてるんだ」

 

 その男は頭にゴーグルを着け、動きやすさと防御性能を両立したスタークインダストリー特製のスポーツウェアを着ていた。そしてその服には稲妻の意匠が施されている。

 そのまま目にも止まらぬ速さでその場から姿を消した男にため息を吐きつつ、タブレットを眺めながらスティーブは苦笑する。

 

「ヤンキース黄金時代とはいかない。だが、鍛えがいがある。良いチームになれる筈だ」

 

 スティーブが建物を抜け、集合場所の扉を開けて中に入れば、すでに新たなアベンジャーズが集合していた。

 "ウォーマシン"ジェイムス・ルパート・ジム・ローズ

 "ヴィジョン"

 "クイックシルバー"ピエトロ・マキシモフ

 "ファルコン"サミュエル・ウィルソン

 "スカーレットウィッチ"ワンダ・マキシモフ

 

 一同に介した彼らをまとめ上げるのは"キャプテン・アメリカ"スティーブ・ロジャース。

 ここに新たなアベンジャーズが生まれたのである。

 全員の顔を見渡し、スティーブは口を開いた。

 

「アベンジャーズ―――」

 

 

 

 

 

 

 

The Avengers will return

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――アフリカのとある地域。

 

「いやはや、これはすごいな」

 

 サファリジャケットを身に纏う少女がそんなことを言いながら腰に手を当てる。垂らされた長い白髪をかき上げると、怪しげな桃色の瞳が細められ、瑞々しい唇が弧を描いて笑みを作る。

 灼熱のアフリカの日差しでは焼けただれてしまいそうな白い肌を晒して樹海を見つめる少女の背後へ、伝統衣装に身を包んだ現地の住民が姿を現した。青い衣を纏い、刈り上げの髪形をした男だった。

 

「そこの旅人よ。ここから先は我らワカンダの民でも近づけぬ魔の樹海。命がおしくば引き返した方がいい」 

「ああ、すまない。どうも楽しみを見つけてしまうと周りが見えなくなってしまう質でね。ご忠告ありがとう」

 

 くるりと体を翻し、髪が艶やかに慣性に従って広がる。

 

「ところで、探し物をしているんだけれど、お前はどう思う?」

「どう、と言うのは? 困り事ならばこちらも探すこともやぶさかではない」

「まあまあ。そんな大勢で囲まなくたって危害を加えるつもりはないよ」

 

 男の顔が僅かに顰められる。この女、何者だと。完全な配置で彼らボーダー族は隠蔽寸前まで迫ってきていたこの者を止めるためにきた。何も知らず進んだなら帰せばいい。何か知ってしまったならば、生かして帰すわけにはいかない。

 

「……なにを探している?」

 

 白い少女の笑みが一層深くなった。

 

「ヴィブラニウム」

「……そんなものはもう無い。以前クロウと言う盗人に奪われたのがすべてだ」

「たかが二百五十キログラムが? 白金だって五千トンは掘られてるのに?」

 

 姿を隠していたボーダー族が姿を現していく。それを意に介す様子もなく少女は言葉を続ける。

 

「別に君たちの国を脅かそうってわけじゃない。ただ己の要求通りの得物を作ってもらうなら、最高の材料を用意してやるのが義理ってものだと私は思っているだけなのさ」

 

 

 その少女は唐突に走り出した。制止する間もない、その先に待っているのは女の死だ。

 バチリ、と突然少女の空間が青白く光り、雷が落ちるような音をして少女を弾いた。サファリジャケットが焼け焦げ煙を吐いている。

 

「この者の隠蔽工作にかかれ、ここに来ていたことを悟られないように」

「あーもう、せっかく形から入ったっていうのに……」

 

 ぎょっとしてボーター族は武器を構え、その少女を取り囲む。何事もなかったように起き上がった少女は破れてしまった自分の服を見て「探検家気分が台無しだ」と小さく独り言をつぶやいた。

 ボーダー族の張ったバリアを意に介した様子もなく押しのけ再びバリアに接近する。手が触れた瞬間サファリジャケットが焼け消え、右目に薄紅色の火がちらつくと、白い丈の短いパーカーが構築され身に纏っていく。

 青白く光り外界を拒絶するバリアの発光を意に介した様子もなく進んでいく少女に、ボーダー族の男たちは呆気にとられた。

 

「それじゃ、お邪魔します。外の君たちに言ったから、中には挨拶不要だね?」

 

 そう言ってバリアを突き抜けた先、警戒し待機していたボーダー族の前に、少女は姿を現さなかった。



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BLACK★ROCKSHOOTER:INSANE
プロローグ


フェーズ3入ります


 とある町のハンバーガーショップ。駐車場にトライクを止めて意気揚々と店のドアを開け、カウンター前にやってくる。床は小さく軋みむがアンティーク調で落ち着いた店内はハンバーガーショップと言うよりは高級なレストランのようでもあった。実際店内ではハンバーグを食べている人たちもいる。

 ステラは少し悩んだのちにメニューを指差し注文した。

 

「このシェフの気まぐれバーガーをください」

「強盗だ! 金を出せ!」

 

 後ろから扉を蹴り開けて入ってきたのは拳銃を携えた二人組である。店内の客たちは状況がわからず困惑していたが、手に持っている拳銃に気付いて椅子の下に隠れたりなど大混乱だ。拳銃を向けられたカウンターの店員も両手を上げて降参の姿勢である。

 カウンターの前に立つステラのツインテールの分け目、後頭部に銃口を押し当てる。

 

「おい邪魔だ。退け」

「お、お嬢ちゃん危ないから逃げろ! ほら金ならある撃たないでくれ!!」

 

 銃を突きつけられたステラが強盗たちの方をゆっくりと振り向いた。

 店の中から一発発砲音が響くと、店内は大騒ぎになり、そこから拍手と歓声が上がった。外から見ていた野次馬が何事だと呆気にとられていると、店の扉を開けて少女が出てくる。顔に青痣を作って気絶した強盗二名の襟を掴んでポンと下ろすと、何事もなかったかのように店内に戻っていった。野次馬は縄を持ってきて強盗二人を縛り上げた。

 

「お、お嬢さんすごいね?」

「ごめんなさい。天井に穴を開けちゃった」

 

 ステラが上を見れば、先程銃を上にそらしたときに銃弾が天井に小さく穴を開けていた。店員はなんだそんな事かと笑顔で首を横に振った。

 

「大丈夫さ、雨漏りしたら直せばいいし、その費用はあの不届き者に請求だ。注文はシェフの気まぐれバーガーだったね?」

「ありがとう。これお金」

「いやいや助けてもらっておいて代金まで受け取っちゃ」

 

 店員が渡されたお金を返す。

 

「対価はしっかり、それが礼儀」

 

 ステラが返されたお金をもう一度渡す。

 

「……お嬢さんも頑固だな」

 

 そうして渡されたシェフの気まぐれハンバーガーは普通の物より大きく具も増量されたものだった。少女には内緒で増量サービスがされていたのである。

 ふん縛られて保安官に引きずられている強盗と野次馬の脇を通り抜けて駐車されているブラックトライクのシートに腰掛け、ハンバーガーを取り出した。ステラは知人が見ればめちゃくちゃ喜んでるなとわかる微笑をしてハンバーガーにかぶりつく。ロスコルが「見れば栄養バランスが……でもステラが嬉しそうだし他で賄えばよし‼︎」と言いそうな勢いで食べていた。電話が鳴り、出る。首のチョーカーが咽頭マイクになっているので、フリーハンドだ。

 

『やあステラ、今日の何時ごろ到着予定だい?』

「夕方くらいには到着する」

『わかった、首を緑色にして、歓迎の準備をして待ってるよ。……後ろが騒がしいけど何かあったのかい?』

「強盗が捕まってる」

『そうかい、ステラも気をつけてるんだよ。要らない心配かもしれないが』

「ありがとう。またね、バナー」

 

 通話を終え、ハンバーガーをぺろりと平らげると口についたケチャップを舐めとってステラはブラックトライクを発進させる。

 その様子を野次馬の中から見つめている者がいた。

 

 

 

BLACK★ROCKSHOOTER

INSANE

 

ブラック★ロックシューター/インセイン

 

 

 



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Chapter1:黒豹

注意タグをつけるべきとの事でしたのでつけました。失礼いたしました。
表現が誤解を招いてるようなので直しました。失礼しました。


「……?」

 

 一瞬、ブラックトライクとは違う風切音が聞こえた気がしてステラはあたりを見るが、矢のように過ぎる景色に異物は無い。ステラが向かうのはバナーとナターシャが暮らす秘密のエリアである。万一を考えて周辺に人里がないエリアが選ばれているので、向かうステラの通る道も一面の草原と森と言った風情で、少しガタボコとした土の道はブラックトライクで走るのが少し楽しいものであった。

 そこへ、突如空から黒い何かが降ってきた。ブラックトライクのフロントに着地したソレは即座に地面に足を突き刺し急ブレーキがかかり流石のブラックトライクでも後輪が浮く。

 ステラは即座に操縦を放棄し首のチョーカーを叩いた。

 跳ね飛んだブラックトライクのトランクが内側からこじ開けられてブラックブレードとハンドガンをマウントした一対の翼が飛翔し空中に投げ出されているステラの腰の部分に装着され、刀と銃を取り着地する。トニーが改造を施してくれたものでマーク43の機能を応用し今のように緊急時に装着できるようにしたものだ。

 そのまま横転したブラックトライクが土埃を上げる先から、一人の……怪人のような奴が姿を現した。

 

「誰?」

「ヴィブラニウムはどこだ?」

「……?」

 

 ヴィブラニウムなら知っているが、ここまでされる謂れはない。地面を転げたにもかかわらず見た目が無事そうなのはトニーの改良のおかげだが、さすがに整備せねば前のように走れない状態だろう。

 

「ヴィブラニウムはどこだと聞いている。髪の色を変えていようと我々の監視網からは逃れられない」

「知らない」

 

 ジャキリ、と猫のように爪が迫り出し、ジリジリと距離が詰まっていく。大地を獣の如く蹴り爪で切り掛かってきた腕を刀で叩き払う。結構な威力で殴ったにも関わらず意に介した様子もなくステラを殴り飛ばす。機械か何かかと刃を返して切り裂こう剣を振るう。

 気にも止めず突っ込んでこようとした黒猫みたいな敵を袈裟斬りにするが当然切れていない。が、ごく薄く引っ掻き傷程度の傷が入ったことに敵は驚愕しているようであった。

 ブースターと翼の反動を利用して巧みに躱すステラを豹が擬人化したかのようにしなやかな体の動きで追撃を仕掛けてくる。距離が開くたびハンドガンを放つが、こちらは刀と違い全く効果が無いようである。

 ステラの左肩を抜手が掠めパーカーが裂け、黒いのの頬を刀が擦り傷がつく。互いが互いを蹴り飛ばしあい大きく距離が空いた。

 

「やはり何か知っているな?」

「知らないって言ってる」

 

 またも襲いかかって来ようとしたところで、突如男が停止した。

 人なら耳がある部位に手を当て、何かを聞いているように見える。

 

「……なに? 北アイルランドのウォードッグからも報告が来た?」

 

 迫り出していた爪が仕舞われ、ステラの方を見つめる。

 

『顔の構造……一致、骨格、身長、一致、動作解析結果……不一致うっそこれ人違いだよ兄さん』

「なに……?」

 

 殺気が霧散したのを感じ、ステラも構えを解く。

 

「お前、双子の姉妹などはいるか」

「居ないよ」

「……」

「……」

 

 沈黙している二人の上から変なピンクの、角を取った三角形見たいなものが降ってきた。二人が後ろへ飛び、地面に落着したソレを警戒する。

 

『ヤッホー、お二人さん。仲良くなにしてるのー? 私も混ぜて?』

 

 それから声がすると共にガキンと三角形のものから二本のアンテナが飛び出し、ウサギの耳が生えたかのような形態となり浮き上がる。その意匠はステラが以前見たことがあった。マズマが繰り出したロボ達のそれだ。

 

「マズマの所で見た……ロボ?」

「は? そんなクソださい名前じゃないし。これはね、アーマメントって言うのよ」

 

 そして森の影から一人の女性が現れた。ステラよりも僅かに背は低く、アーマメントと似たウサギ耳のようなものがパーカーより飛び出している。何より目につくのはその両腕に装着された物騒なマジックハンドの様なものだろうか。

 

「しまったー、ださいセンスに物申したくて飛び出しちゃった、てへ」

「貴様、何者だ?」

「んー? あっ。貴方の事ならシング姉様から聞いてるわよ。出会ったら伝言を頼まれてたの!」

 

 わざとらしく思いついたような顔をしてニタニタと笑みを浮かべる。

 

「"拝啓、ブラックパンサー殿。ヴィブラニウムご馳走様でした、僅かですが頂いたものは全部使ったので大変満足しています。皆様のご多幸とご隆盛をお祈りいたします"だって!」

「遺言はそれだけか?」

 

 怒気を発しながら駆け出すブラックパンサーの進路を妨害するようにさらに複数のアーマメントが空から現れ濃密な光弾の弾幕を形成した。いくらパンサーのスーツを纏っていると言っても熱攻撃を受け過ぎれば加熱しその温度に対し中身には限界が存在する。

 黒き風となって大地を疾走し光弾を躱して接近を試みるがうまくいかない。

 そこへステラがブラックトライクに仕込んであったロックキャノンを引っ張り出して光線を発射しアーマメントを撃ち抜こうとする。が、弾かれた。チタウリの装甲より余程堅牢なそれに、瞳から青い火を散らし毎秒二十連射の砲撃をぶつけると赤熱化し破損、一機が墜落する。

 

「あーコラ! 怒られるのは私なんだからね!?」

 

 するとアーマメント達がランダムに動き出し狙いをつけられないようにしながら手当たり次第に光弾をばら撒き始める。二人を狙い始め弾幕の密度が下がった事でブラックパンサーが潜り抜けて爪で切り裂きにかかることができた。

 その爪先がマジックハンドによって防がれた。タングステンの棒でさえ引き裂けるようなブラックパンサーの爪が効かないのはつまり、コレもヴィブラニウムでできていると言う事である。

 弾き飛ばされそうになるのを背を反らして躱し蹴りを叩き込む。ぐっと肺の空気が押し出されるような声を上げた女に追撃に掛かろうとして、上から三本指のマジックハンドに叩き伏せられる。

 そこへステラも迫りロックキャノンで質量攻撃、銃剣部分がアームに僅かに食い込み火花を散らす。後ろから放たれる光弾に翼を上向けて緊急防御、灼熱化し黒と白の塗装が剥げたがステラも翼も無事だ。

 

「あなた、誰?」

「うっわ姉様と声まで一緒、キモ」

 

 不快そうな顔を浮かべた少女にブラックパンサーが足払いでバランスを、ソレを見たステラがロックキャノンを押し込み体勢を崩す。

 飛び上がり重力加速と体重を合わせ渾身の力で切り裂こうとしたところを本体に当たろうとお構いなしと言わんばかりにアーマメントが光弾を射撃、被弾しようともスーツが弾くが弾ききれなかった分が熱としてスーツに溜まる。しかしソレより早く切り裂き、身を捻った少女のパーカーを引き裂き腕に傷を負わせた。

 痛がるそぶりも見せず、きゃー助けてーと首をイヤイヤ少女は振る。

 

「いや時間稼ぎきついよシング姉様〜、勘弁して欲しいなぁ」

「悪かったね。もう終わったよナフェ」

 

 突然の衝撃にステラとブラックパンサーが受け身も取れずに吹っ飛ばされる。

 

「……え?」

 

 そこに立っていたのは、ステラと同じ顔をした少女だった。色彩がただひたすらに違う。着る服から何まで彼女は白を基調としていた。そしてその瞳は、ピンク色だった。

 

「貴様……!」

 

 ブラックパンサーがいち早く立ち上がる。

 

「おっと、王子様か。ご機嫌麗しゅう。そしてこちらはテレビでは見たが実際見るのは初めてだな……なんと言うべきなのだろうな? お母さん? お姉さん? いや意表をついて従姉妹か?」

「ちょっと姉様? 用が終わったなら帰っちゃおうよー」

「おっとそうだ。まあゲームは果たしたのだから帰るとしよう」

「待て!」

「待って!」

 

 静止する二人を見渡して目を細め、ペロリと唇を舐めるがシングは頭を振る。

 

「いかんね悪い癖だ。今回のゲームは終わりだ。摘み食いしては次がつまらない」

 

 二人が同時に切り掛かった瞬間ナフェとシングはその場からアーマメントごと瞬間移動し姿を消した。

 ブラックパンサーとステラが向き合う。

 

「……誤解をしていた。すまなかったな」

「大丈夫、仕方がない」

「名は?」

「ステラ」

「こちらは名前を明かせない。パンサーとでも呼んでくれ」

 

 地面に倒れたブラックトライクを丁寧にブラックパンサーが起こしてくれる。

 

「この詫びはいずれ、今は奴等の消息を追わねばならない」

 

 数珠のような物を一つ、ステラに渡してくれた。

 

「困難が訪れたとき、それに願うといい、その時こそ今の借りを返そう」

 

 空からワイヤーが垂れ下がってくる。ステラが上を見上げるが、何もいない。その間にもブラックパンサーが空に上がり、すぐに見えなくなった。

 ステラは白い自分とそれに従うウサギ耳みたいな奴ナフェの言葉を思い出す。

 

『時間稼ぎ』

『終わった』

 

 妙な胸騒ぎがしてステラは腰に翼をつけたまま、トランクに刀と大砲を慌てて詰めてブラックトライクを走らせる。幸いにも故障はなかったが、雨が降り始めた。構わず進む。

 バナー達の家が見えてきた。しかし外に誰もいない。家の明かりもついていない。

 ブラックトライクを乗り捨てて玄関に手をかければ鍵が開いている。

 駆け込んだ先で、ナターシャが床に座っているのが見えた。

 

「……ナターシャ?」

 

 ステラの声に弱々しく振り向いたナターシャの顔は涙に濡れていた。

 ステラは見てしまった。

 

「バナー……バナー! バナー!!!」

 

 そしてそれに抱かれ、眠るように、心臓を貫かれ血を流すブルース・バナーの姿を。



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Chapter2:バナー

前話投稿済みですご注意ください


『またね、バナー』

 

 電話を切り、バナーが一度首を回した。

 

「ステラ、何時ごろ着くって?」

「夕方ぐらいだってさ。ディナーはしっかり作らないとね」

「二か月ぶりだものハンバーガーでも構わないわよ」

「おや、ステラに甘くなったかなナターシャ。さっきも電話の先でハンバーガー食べてたよ」

 

 ナターシャがじっとりとした目で何もない空間を見つめ笑みを作った。

 

「やっぱりやめましょう。あの子ったらお昼いつもハンバーガーなのよ?」

「おっと僕が告げ口したのは内緒にしてくれよ」

「それはディナーの出来によるかしら?」

「任せてくれよ」

 

 バナーがポン、とエプロンを付けた胸を叩いて笑みを作る。ここ数か月の間、バナーはナターシャと共に穏やかな生活をしていた。もちろんアベンジャーズへの貢献を忘れないよう、地下には最新鋭とは言い難いがそれなりの研究設備……ナターシャのスパイ道具も満載されていて物騒なことになっている、が設置されていた。

 今主に行っているのは機械工学でアベンジャーズやその周囲のサポートをする人々の装備に関する研究だ。トニーともメールでのやり取りは欠かせない。

 私生活では、トラクターを手に入れた。畑仕事をして心拍数が上がるのはまずいのではと考え、安く手に入れたスクラップ同然のトラクターをナターシャと共に復活させたのである。小さなことではあるのだが、パートナーと共に成し遂げたことは代えがたい喜びをバナーにもたらす。

 ふと、不安になることもある、こんな普通に生活をしていいのかと。以前言った、手に入れられないと言った穏やかな生活だ。答えは出ない。

 庭の手入れをナターシャと共にして、二人で射撃の練習を楽しみ、バートンにコツを教えてもらったDIYの続きを作ったりし、頃合いとなったので料理の準備を始めることにした。ナターシャはバラック小屋で自作の本棚の色塗りをしていた。

 少し日が傾いた頃。コンコン、と玄関のドアが叩かれた。

 

「ナターシャ? どうかしたかい?」

 

 料理の準備をしながら声をかける。普段来客予定など無く、ステラが到着するにはまだ早い時間だと思ったからだが、その予想は裏切られた。

 

「こんにちは」

 

 その声の主がステラだったからだ。バイクの音がしなかったがどうかしたのだろうかとバナーは火を止めて玄関の方へ行く。

 そこには見知った顔のステラがいつも通りの無表情で立っていた。

 

「やあいらっしゃいステラ、思ったより早く着いたね。ブラックトライクはどうしたんだい?」

「途中で動かなくなったから、歩いてきた」

「また無茶をしたのかい? トニーが"自己修復機能の搭載を真面目に検討してる"ってメールでぼやいてたぞ」

「水の上走った」

「良く沈まなかったね? 今日は泊まっていくだろう? 明日トラクターを持っていってここに運んでこよう、応急処置くらいはできるはずだ」

「ありがとう」

 

 笑いながら家の中に案内すると、バナーが手を広げて笑顔を見せながらテーブルと椅子を見せびらかす。

 

「どうだい? 僕がナターシャと一緒に作ってみたんだ」

「素朴な木の素材を使ってて温かみがあって、いい」

 

 ステラが珍しくまともな感想を言っている。珍感想をちょっと期待していたバナーは少し拍子抜けしたが、二ヶ月会わなければそういう事もあるだろうと流した。

 

「ま、座って座って、まだ料理が途中だからね。何が食べたい?」

「バナーが作る物ならなんでも美味しいよ」

「……? じゃあステラ、ハンバーガーにしようか」

「ありがとう()()()()、楽しみにしてる」

 

 決定的な違和感をバナーは感じた。一度それを感じると何もかもに違和感を感じ出してしまう。ステラはああいう風に椅子に座るか? ステラの微笑みはあんなだったか? と。

 

「まあ腕によりをかけて作るからね。待っててステ」

 

 違和感を感じていることを隠し、バレないようナターシャに連絡しようと台所にバナーが向かおうとした。

 瞬間、バナーの胸から、鎌の切っ先が生えた。いや違う。引き抜かれ支えを失いながら振り向けば巨大な鎌を携えたステラが、白く変色していく。上から下まで全て白に、青空のように透き通った瞳は狂気を感じさせるピンク色に。

 

「成る程、容姿で油断させ変身前に心臓を貫けば心拍数はゼロ、変身を阻止できるという博士の仮説は正しかった訳だ。しかしもっと悲劇的に、衝撃的に刺したかったのだが芸術点が低いな、何故気づいたんだ?」

 

 浮かべる微笑はステラと同じ顔をしているのに、全く違う。慈しみや喜びなどはない。ただ顔の筋肉が稼働し口角を持ち上げているだけのえみだ。朦朧とする中、バナーは答えた。

 

「ステラはハンバーガーが大好きな女の子だからね……それに彼女は僕の事バナーってずっと呼ぶんだ。初めて会った頃……キャプテンがバナー博士って呼んでたから……かな……」

 

 食器をひっくり返してバナーが倒れる。

 

「成る程、私の失態だな。このゲーム、百点を狙ったんだが赤点寸前だ。覚えておくといい、君を殺したのはシングラブだ。大丈夫、次はステラをそちらに送るだろうから寂しくは無い」

 

 動かなくなったバナーを一瞥して背伸びをシングラブがした。

 ドスリ、とシングの背にナイフが深々と突き刺さる。ナターシャが異変に気付き急行したのだ。鎌を床に落としシングラブが膝をつく。ナターシャが慌ててバナーを抱き抱えるが、息がない。

 

「まあ私も刺したんだ。一回刺されるのはおあいことしておこう」

「なっ」

 

 何事もなかったかのように立ち上がったシングラブが刺さったナイフを抜き床に放り捨てる。

 拳銃を撃つナターシャを意にも介した様子はない。

 

「もうこのゲームは終わり。私は暇が嫌いだがポリシーもあってね、余計な事をして採点を悪くしたくないんだ、いかに油断させて心臓を貫くかだが、今のところ四十点だ。減点はしたくない」

 

 弾切れになってもなお引き金を引くナターシャを見てシングラブは優しげな笑みを浮かべると「ではごきげんよう」と軽く手を振ってその場から消えた。しばらくして脱力しバナーを抱えたナターシャの耳へバイクの音が聞こえてくる。

 

「……ナターシャ?」

 

 玄関を開けて駆け込んできたのは、いつの間にか雨が降っていたのかずぶ濡れになったステラだ。

 

「バナー……バナー! バナー!!」

 

 ステラがバナーに縋り付く。その時ゴホリ、とバナーが血を吐いた。

 ステラとナターシャは目を見開いた。止まっていた息が吹き返している。苦しそうな顔をするバナーの首のあたりから緑色に肌が変色し始めている。

 ナターシャとステラが顔を見合わせる。そこに宿るのは奇跡を信じた、希望だ。

 

 大慌てでナターシャが担いでステラが傘を持って外に出る。大雨の中、バナーはハルクに変身した。

 ハルクは大きく咆哮をあげる。天を衝くような方向はその名の通り雨を止ませた。

 そのままぐったりと力尽きるように倒れかけ、ステラがそれを支える。元に戻った時バナーは全裸になっていたが、息を吹き返した。家のベッドに運び調べれば、心臓が蘇っている。貫かれた怪我は残っているが、心臓だけは元に戻っていたのだ。

 ナターシャはバナーを抱きしめハルクに感謝した。ステラもバナーを抱きしめた。

 アベンジャーズ・コンパウンドから医療チームが派遣され治療をバナーは受けたが、ハルクの特性上病院に置いておくことはできない為、移送はされず自宅でナターシャが付きっきりで看護する事になった。

 幸いにも、致命傷ではなくなった為問題は無かったが、複数人が護衛につくこととなった。ステラはナターシャにバナーが助けを求めた時にこれをと、パンサーからもらった玉を渡した。

 そしてステラがバナーを襲った相手の情報を調べていると、一枚のメールが届く。それはストーンヘンジと共に映り込んだシングラブの姿。手掛かりになるかもしれない物だった。

 

「許さない」

 

 ステラの左目から、青い炎がちらついていた。



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Chapter3:シズ

 ヒースロー空港に降り立ったステラはファストフードチェーン店でハンバーガーを掻っ込むと運んでもらったブラックトライクに跨り一路ソールズベリーを目指す。

 ナターシャが聞けば頭を抱えているような状況だ。そもメールで送付されてきた写真の情報源が謎なのである。あともう少し忍べとか言われるだろう。

 

「そこのお嬢さん、何処に向かってるの?」

 

 途中、信号待ちをしていると眼鏡をかけた妖艶な美女が声を掛けてきた。

 

「ソールズベリー」

「あら、奇遇ね。私もそっちに向かってるのだけれど、お金があまり無くてヒッチハイクでここまできたのよ。お嬢さんなら襲われることもないし、良ければ乗せてくれない?」

「ごめんなさい、危ないことがあるかもしれないから、乗せられない」

 

 ステラが申し訳なくそう言うと、美女は気にしないでと笑顔を見せて去っていった。

 そうして一時間ほどかけてソールズベリーに到着し一息入れると北に向け少し走りストーンヘンジ最寄りの駐車場を見つけ止めると、装備をトランクに詰め、観光客たちの中に紛れて遠巻きからストーンヘンジを眺める。

 

「あら、奇遇ねお嬢さん」

 

 耳元で囁かれ驚いて振り返ると、そこには先程ヒッチハイクしてきた美女が笑みを浮かべ立っていた。流石に警戒するステラをよそにストーンヘンジの方を眺める。

 

「いいわよねぇアレ。人の歴史と未知を感じさせる代物。私は見れないと思っていたけれど、こうして見れるようになった」

「……」

「警戒しないでほしいわねぇお嬢さん。私はミー、別に喧嘩する気はないのよ? 招待状を見たでしょう?」

「アレ? ステラじゃない!」

「……⁉︎ シズ?」

 

 そんな所へステラの下に駆け寄ってくる人物がいた。元S.H.I.E.L.D.ドラコ基地の事務員、現在は国連で働いているシズである。

 

「ステラも観光に来たの? 凄く奇遇じゃない遠くからしか見れなくて観光地選び失敗したと思ってたらなんたる収穫!」

 

 ステラの手を握ってブンブンするシズはより落ち着きをじさせる容姿になったが、中身はそんなに変わっていない。そんな様子を尻目にミーはステラの耳元に口を寄せると、囁いた。

 

「伝言よ、第一セット開始」

 

 ドォン、とストーンヘンジ近くの草原が爆発したようにめくれ土が舞い上がる。出てきたのは巨大な腕だ。

 

「私たちは総督の血でネブレイドした新人類。命の恩人の暇潰しなら全力で手伝ってあげないとね。さて私はリリオとあっちの陽動かぁ」

 

 パニックに陥る観光客たちの激流を何事もないように去っていく。

 

「ステラ! アレどうにかできる?」

 

 さらにもう一つ腕が飛び出し、そこから現れたのは霊長類、ゴリラを思わせる長い腕を備えた怪物であった。

 全身を黄色に塗られた金属の装甲で覆い、それを意に介する様子もなく振り回し怪力を見せつけている。

 元S.H.I.E.L.D.なだけあってすぐさま避難誘導を始めたシズにステラがうなづき大きいトランクを開く。中から飛び出した翼を装着しブラックブレードとハンドガンを装備。

 突っ込んでくるそれに少しでも逃げる観光客たちから引き離そうとステラが全力でブースターを起動して突進、巨体を地面をえぐりながら押し返す。こちらも変わらず硬い。丸太のような腕の大振りは当たれば大ダメージは免れないような代物だ。ハンドガンの光弾も弾かれてしまう。

 

「どうして、どうしてこんな事するの⁉︎」

 

 答えは野獣のような咆哮だ。

 腕から隠されていたようにロングソード状のものが飛び出し一戦薙ぎ払うのを刀でステラはブースターでカウンタートルクを確保し受け止めた。衝撃で地面がめくれ轟音とビリビリと振動が辺りに撒き散らされる。弾き上げると巨体が大きくぐらつく。

 渾身の力で斬りかかるが、左腕の装甲に僅かに切れ込みが入ったのみだ。また弾き、いなし、飛んで翻弄し光弾で挑発をする。それがしばらく続いた後、ステラは何十回目かになる。渾身の斬撃を放った。それが直撃した左腕の装甲が遂に限界を迎え破断、そのまま丸太のような腕が切れ飛んで中を舞う。とどめを刺そうと唯一露出している顔を狙ってステラが刺突を放つ。

 ガキン、と刺さるはずのそれが急停止する。敵が歯でブラックブレードを噛んで止めたのだ。動かない。咄嗟に引っ張ってしまったステラにあらん限りの力で振り抜かれた右腕が直撃する。身を捻って串刺しは避けたが高威力のそれが当たった瞬間エネルギー波のようなものが弾け、ステラが吹っ飛びながらもブースターで姿勢制御、地面に着地する。

 

「ゲホッ」

 

 ステラが咳とともに血を吐いた。

 敵は左腕の切断面からぼたぼたと血が出る事を、意に介さずプッと噛んだブラックブレードを吐き捨てる。

 

「タリナイ」

 

 そう呟いて左腕をつかみ上げると投擲の姿勢を見せた。だが狙いはステラではない。振りかぶる先にいるのは避難誘導を終え迷子の子供を抱えようとしているシズだ。

 

「シズ!!」

 

 血反吐を吐きながら叫んだステラが飛び出す。全力でエネルギーを注ぎ込みハンドガンを放ち、命中するが弾かれ僅かに軌道が逸れるのみだシズは抱えていた子供を咄嗟に放り投げた。豪速球で投げられた左腕の小指のあたりがシズの左脇腹あたりを掠め、抉り取ってシズが血を撒き散らしながら倒れた。父親らしき人が投げられた子供を抱えて逃げる。

 ブースターで飛んで着地し、ステラがシズを抱き寄せる。

 

「シズ!」

「いやーやられちゃうとは……片腹痛いわなんちゃって……そんな顔しないでよステラ、私……貴女の可愛い笑顔が好きな……ん……」

 

 目を閉じたシズの体を揺するステラの後ろにドスリ、ドスリ、と敵が近づく。ステラは優しくシズを横たえると、左目から火をまき散らしながら跳躍した。

 その顔は怒りに染まっている。

 己を顧みない全力の殴打。右拳から血が吹き出すも構わず振り抜き巨体を数メートルは宙に浮かせブースターで加速しながら蹴りを叩き込む。反撃の裏拳をまともに受け錐揉み回転しながら地面に叩きつけられてもすぐさま姿勢を直し反転跳躍地面に刺さっていたブラックブレードを引き抜く。

 未だ一切破損を見せないブラックブレードはヴィブラニウムに対抗することを目的に開発されていた特殊な製法の金属でできている。それはP.E.G.A.S.U.S. 計画前に得られた四次元キューブのエネルギーを触媒に、それぞれの材料となる金属を高次元で結合させ完成した合金だ。地上最強の金属を破壊する為の合金。

 ある種今の状況はブラックブレードの想定通りの使い方ということになる。

 ステラは今までにないことをした。ロックキャノンに動力を供給するようにただひたすらにブラックブレードを握りしめエネルギーを送り込む。青くエネルギーを迸らせたブラックブレードの切っ先が灼け、それに構わずステラは突進しながら一閃、敵を横一文字に切り裂いた。

 敵の上半身と下半身、二の腕と前腕が上下に分かれ血を噴き出しながらその場に倒れる。ステラは受け身も取れず無様に地面をころがって、起き上がった。向かう先はシズの所だ。

 歓声は上がらない。皆逃げた後だ、遠くからヘリの音が聞こえてきている程度。

 以前マズマが言っていた。ステラの血を使ってネブレイドをしたと。総督が誰かはわからないが、血が需要だということだ。ここにバナーでもトニーでも誰でもいたら止めるだろう。確証がない上意味があるとも思えないソレ。だがハイスクールの勉強をしている途中のステラの知識ではシズを救えない。病院に搬送されても間に合わないだろう。だから、ステラは実行した。

 

「お願い……お願い上手くいって……!」

 

 倒れたシズのもとに来たステラが自分の右手の平を切って血を絞り出すそれを蒼白になり失血死寸前のシズの傷口に垂らした。

 

「う……」

 

 呻くシズの血色が僅かによくなる。そこへガコン、と物が投げ捨てられた。ロックキャノンだ。その先に居るのはナフェだ。

 

「第一セット勝利おめでとう~! いやーこれくらい勝ってもらわないと姉様の暇つぶしにもならないからね、第二セットは~私とお爺ちゃん!」

「こんなことをして、楽しい?」

「ん~姉様が楽しいならいいんじゃない?」

 

 目を細め怒るステラをおちょくるようにアーマメントの上に座ったナフェがパーカーから出る耳をぴょこぴょこ動かした。

 シズを庇う様に立ち上がったステラの前、ストーンヘンジの中心に何かが歩いて来る。それは人だ。ほとんどが白髪になった髪を総髪にし、その髪に見合わぬ堅牢な肉体が服の上からでもわかる男。ステラは目を見開いた。

 

「アハズ……!?」

「悪いなステラ。総督は暇つぶしをご所望だ」

 

 行方不明になっていたアハズがなぜこんな所に、そう思う前に透明な何かがアハズの動きに合わせてステラの首を掴む。ゆっくりと姿を現したソレは巨大な腕だ。抜け出そうともがくがダメージと疲労の濃いステラにそれは叶わず、やがて気絶するとそのままシズを放置してステラとロックキャノンを抱えナフェとアハズはストーンヘンジの中心で姿を消した。



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Chapter4:ナターシャ

コメントありがとうございます。


-レルム宮殿-

 

「総督、ハルクが生きています」

 

 チェスをうちながらリーダーが口を開く。対面でのんびりと茶を飲むシングラブが面白そうに首を傾げた。

 

「おや可笑しいな。お前の言うとおりにきっちり心臓を貫いてあげたのだけれど……ハルクは不死身か? これじゃゲーム失敗じゃないか」

「貴女がそれを言ってしまうとおしまいな気がしてしまいますよ。奴は私の予測を超えてしまった。それだけです」

「私だって死ぬさ。好奇心は猫をも殺すというだろう? 昔ザハに言われたが私の好奇心は溢れ出る泉で出来ているらしい」

 

 互いに早打ちをしているようだが、リーダーには先が見えていた。三十二手先にシングラブのステイルメイトである。

 

「それはわかりますとも。この三年間嫌と言うほど見てきました。片っ端から料理を食べたり作ったり代替金属はあるというのにわざわざヴィブラニウムを手に入れたり」

 

 他にも作詞して歌手をやってみたり料理人の格好をして料理をしてみたり探検家の格好でアフリカに旅立ってみたり、シング・ラブのとりあえず形から入ってみる様は絵面だけ見れば愉快だ。

 

「だがいい素材の方が作り甲斐があるだろう? ヒドラとかいう組織の考えたモノは私たちが使うには役不足だった」

「それだけの力があるのですから、なぜ世界征服を行わないのですか?」

 

 シング・ラブの血を用いれば旧人類を新人類へとネブレイドすることができる。拒絶反応もあるが彼女は基本的に死にかけか病人か自殺志願者を狙ってネブレイドしていた。増やそうと思えばもっと増やせるはずなのに増やさない。アハズから得たマズマ博士の全人類を新人類へと導く野望の方が余程リーダーには理解できた。

 そしてそれを聞いたシング・ラブがきょとんとした顔をして、腹を抱えて笑い出す。

 

「確かに! それは聞かれたことがなかったな! 考えた事も無かった! あっはっはっはっは!」

「そこまで笑わずとも……」

 

 笑いを噛み殺しながら出た涙を拭い頬を揉んで笑いを堪え、それでもニヤつきを隠せず口を開く。

 

「世界を手中に収める、この場合は全宇宙かな? やってどうなる? 私からすればそんなものは、こういうことだ」

 

 指をすっと振ると、チェスの駒がすべて白色になる。

 

「これじゃつまらない、そうだろう? なんでも思い通りになるなんて、それならいっそ」

 

 パチンと指を鳴らすと、シングラブのキングを残しすべてが黒くなる。

 

「この方がまだ刹那的に楽しそうだ。まあこれだと私負けだが、どうせ引き分けるくらいなら負けの方が楽しい。でどうする? 次のゲームの相手……そうステラだ。アレもいい感じで熟成してきているし、下手に楽しいと私満足して退場するかもしれないが……ハルクはどうする?」

「負けるんですか?」

「まあ勝つんじゃないか?」

「総督……」

 

 クスクスとシングラブがまた笑う。いつの間にか駒の色は下に戻っていた。

 

「許せ、人をからかうのは楽しいものなんだ。そうだリーダーもネブレイドするか試してみるか? 上手くいけば私にとって代われるかもしれないぞ?」

「私に流れる血とどう作用するかわからない以上無理ですね。私はアボミネーションのようにはなりたくない」

「そうか、残念。怪物になったなら怪物退治で楽しもうと思ったんだが」

「……まったく人が悪い」

「すまないね。さて暇潰しは終わりだ。ナフェやアハズ達が突破されればようやく私の遊びの時間なんだが……巻き込まれると危ないからね、どこか好きな所に行っているといい」

 

 リーダーが去った後、大量に積まれた本の一冊を摘むとそれを読みながら紅茶を飲み始めた。

 

「私にも他者を支配する悦楽がわかればよかったんだが……残念だな、昔試した時に気付いてしまった。死人に統治も何も無いとね」

 

 一人彼女はため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

「どう、ブルース調子は?」

「だいぶ良いよ、刺されて一日しか経ってないがもうほとんど塞がった」

「でもまだ安静。良いわね」

「ああ、ナターシャ、僕の血がついた物はしっかり処分しないと危険なんだ……今はリビングには近づかない方がいい、ステラは?」

「それが……貴方の無事を見届けた後飛び出して行っちゃって」

「大丈夫だろうか」

「自分に化けた奴にブルースを殺されかけたのよ? あの子がいてもたってもいられないのはよくわかるわ。ほら怪我人はのんびりテレビでもみてなさい」

 

 キスをしてナターシャは食事の準備をする為に部屋を後にする。

 バナーがリモコンを使ってテレビをつけると丁度緊急ニュースをやっている所だった。上空からの俯瞰で抉れ飛んだ地面や切り裂かれたゴリラのような体格の怪物が映っている。

 

『世界遺産たるストーンヘンジで異例の事件が発生しました。これはその直後と思われるヘリから撮られた映像です』

 

 そこには大型の外骨格のような物を纏う二人組と、それに担がれた何かが映っていた。テレビカメラ故に不鮮明だが、バナーは気付く。ロックキャノンと、ステラの腰につけられている翼だ。それがストーンヘンジのサークルに入ると瞬間移動するように姿を消した。

 

「ナターシャ、おいナターシャ!」

『今回の事件で負傷者は避難誘導にあたっていた国連事務員が一名のみとなっておりますが、世界遺産近傍で起きた事件に世間では不安の声が広がっています』

 

 バナーがナターシャを呼び、事態を知ったナターシャがアベンジャーズ・コンパウンドに連絡をするが、繋がらない。

 

「ナターシャ、僕たちが行くしかない」

「でもブルース貴方……」

 

 ベッドから起き上がったバナーがふらつくのをナターシャが支える。

 

「アベンジャーズが頼れないなら、ステラを助けられるのは僕たちだけだ。困った時は助け合う、それが仲間だろう? 今まで感じたことがないほどの平穏を得た。ならそのお返しをしないと」

 

 決意に満ちた顔にナターシャは何も言わずに頷いた。

 バナーは久しぶりに超伸縮ズボンを履き、ジャケットを羽織る。ナターシャも装備を整える。トニー特製の多機能付きの服に手首には多機能リストバンド・ウィドウズバイト、グロック26にバトンを二丁、ティザーディスクもありったけ持ちステラから渡された数珠みたいなのは御守りとしてポケットに仕舞い込んだ。

 護衛に制止されるのはわかりきっていた為、彼らの目を盗んで地下に格納されたクインジェットに乗り込む。彼らも外からの侵入は警戒していたが、内側からの脱出に関してはあまり考えておらず、問題なく進むことができた、偽装されたハッチを開き、驚く護衛たちを置き去りに二人は飛び立った。

 ストーンヘンジへたどり着けば警察が警戒線を敷いて立ち入りを制限していたが、アベンジャーズ御用達のクインジェットが着陸し降りてきたナターシャとバナーには道を開けた。

 

「さあ、敵の本拠地に殴り込みといこう」

「ええ、大物さん? よろしく頼むわよ」

 

 二人がストーンヘンジの石柱を抜け、サークルの中心に立つ。

 

「……」

「……」

 

 何も、起きない。

 てっきりあの映像からここがポータルのようになっているのかと錯覚していた。

 

「あの、どうしたんですか?」

 

 サークルの外から警察に声をかけられる。と、そこに突如空から黒い全身タイツみたいな猫耳付けた怪人みたいなのが降ってきた。パンサーである。

 

「⁉︎」

 

 銃を抜いて構えるナターシャにその怪人は手を挙げて無抵抗の意を示す。

 

「落ち着け、私はステラの味方だ。ステラから渡された玉のような物はないか?」

「……これ?」

 

 お守りがわりにポケットに入れていた玉を渡すと怪人がそれを仕舞う。玉の存在を知っていたのである程度信用し、銃は下げる。

 

「わかってもらえたようだ。ステラには借りがある。返さねばならない」

「しかしどうする? 僕たちにこれ以上の手がかりはいまはな」

 

 その瞬間視界一切をピンク色の光が覆い。気が付けば三人は全く別の場所に立っていた。夜空なのに明るく、異様に白い土や金属の木のようなものが生えている異界と言っても過言ではない景色が眼前に広がっていた。遠くには水晶でできた宮殿のような代物さえ見える。

 振り返ればそこには幾何学模様をそのまま造形にしたような門らしき物が鎮座している。

 自体が飲み込めず困惑しながら警戒するが、何か起きる様子はない。

 

「どうやら迎え入れられたようだけれど……」

「襲ってこない」

「ええ」

「罠ではないのか?」

「敵陣に突っ込んだ時点で罠は織り込み済みだけれど」

 

 遠くから地響きのような音が届く。そちらの方を見れば空に柱が立つように青白い光線が一瞬通る。戦闘が起きているようで、戦闘の主など一人しか思い当たらない。

 

「いこう」

「ええ」

「さあ行くぞハルク……! ぐあぅぅぅぅゥゥゥウ!」

 

 バナーはハルクに変身し、ステラを助ける為ナターシャとパンサーに先行して飛び出して行った。



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Chapter5:集合

 ステラが目を覚ますと、硬い床の上に寝転がっていた。冷えた床に掌をつけて、腰につけられたままの翼が擦れて嫌な音を立てる。ふわりとした触感に、自分の上に雑に毛布がかけられていることに気づいた。

 

「目覚めたか」

「おっはよ〜」

 

 声に驚き毛布を跳ね上げ立ち上がると、傍にロックキャノンとブラックブレードがある事に気が付き手に取りそちらを向く。

 ナフェは退屈そうにウサギのアンテナのついたアーマメントの上に腰掛け足をぶらぶらさせ、アハズは床の上で座禅を組んでいた。

 

「回復はしたか? ステラ」

「もう五時間は寝てたもんね〜」

「アハズ……ここは? どうして? 仲間じゃないの?」

「質問多いよぉ。ここはレルム。シング姉様の空間」

「仲間、それはP.S.S.隊員としての私のことか? ならば今は違う」

 

 床に落ちた毛布を横目に見る。気絶したステラなど殺すならいくらでもできたはずだ。

 

「わたしを殺したいんじゃないの?」

「死ぬかどうかは姉様次第かなぁ」

「役目はステラ、お前を完成させる事だ」

「完成……?」

 

 大量のナフェ隷属アーマメントが降ってくる。アハズが立ち上がり上着を脱ぎ捨てれば鍛え上げられ均衡の取れた肉体が露わになった。構えを取ればザハの体が浮き上がりザハを中心に据えた四肢型のアーマメントが姿を表す。

 

「甘さを捨てろ、でなければ死ぬぞ」

「っ……!」

 

 繰り出された拳を避けナフェの張る弾幕をブースターを使い、さらに翼を四肢の代わりに重心移動の補助に使いとんでもない軌道を描いて回避する。ステラのロックカノンから放たれた光線がアハズの直撃コースを取るがそれを腕部で防ぎ反射した光条が天井を突き破り空に伸びていく。装甲の反射した部分が僅かに赤くなっていた。

 そのままステラはアハズの懐に飛び込もうとする。そうすればナフェもフレンドリーファイアを避け遠距離攻撃が減るからだ。

 アハズの乱打がそれを阻む。刀と拳がぶつかり合い表面にこそ傷が入るものの切り裂くことができない。光弾を躱しながらステラは左目に火を灯し、切りかかかる。

 

「むっ」

 

 ガキン、という音共に外骨格の腕半ばまで刃が通った。しかし両断には至らず。腕を回転させ刀を取り上げようとするのをブースターで回転に合わせ腕の周りを飛び半回転、引き抜きながらその勢いを利用し空へ飛び上がるとロックキャノンを撃ち下ろす。

 数発がナフェアーマメントを直撃するが即座に回避運動を行い隊列を変更し回避、地面に着弾し床がガラスのように融解し砕ける。

 発生した粉塵を貫くように放たれる対空砲火を円運動で躱し落下で速度を溜め込みながらロックキャノンを盾に弾幕の中央を強行突破。ブラックソードで放つビームごとアーマメントを切り裂き着地した。

 真っ二つになり機能を消失したアーマメントが床を砕きながらめり込む。ナフェは口笛を吹いた。

 

「やるぅー」

 

 仕切り直しと言わんばかりに三人が構えながら止まる。

 ステラが汗を拭いながらも警戒は解かない。刀にエネルギーを込めるのはとても疲れる。代わりに込めた量に応じて切れ味が増しているのだ。それはこれまでの切り方を学んで切れ味が上がったのとは一線を画す。

 

「見事だステラ、だが覚悟が足りない。なぜ躊躇う、何故迷う」

 

 娘を褒めるような顔はP.S.S.隊員の頃のアハズとなんら変わらない。それが迷いを生み、攻撃の鈍化に繋がる。

 

「話し合いで解決できると甘ったるい事を思っているのか? 今度は謎の宇宙人じゃない、機械じゃない、ならば話し合えると? 甘い、ドゥルガーの様にねじ伏せて見せろ、それとも……また大切なものを奪われなければ為せないのか? アベンジャーズ(復讐者)の名の通り」

「っ……! 嫌だ!」

「なら〜私達を叩き潰して姉様を倒せばいいんだよ〜ん。私達はあくまであんたを育てる駒だし?」

 

 ステラが駒という言葉に驚く。

 

「駒って……あなた達、仲間じゃないの?」

「はぁん⁉︎ 仲間? 姉様が私なんかと同格って言ってんの⁉︎ ……縊り殺しちゃうよ?」

「無駄に荒ぶるなナフェ、そういう事だステラ。問答は終わりにしよう」

 

 構えをとったアハズは縮地といっても過言ではない静止状態からの急速な足運びで地面を踏み砕きながらステラに迫る。その拳をロックキャノンを盾にしようとしたところで、壁をぶち抜いて緑の大男が割って入り外骨格と組み合った状態になる。

 

「ハルク⁉︎」

「あっれ? 姉様ゲーム失敗じゃん、後で煽っておこっと!」

「総督は失敗して煽られるのも楽しまれるから困るな」

 

 ナフェの乗るアーマメントに小さい円盤の様な物が音もなく張り付く。まるでアーマメントに目がついたみたいに二つ。その僅かな衝撃に気付いたナフェが首を傾げる。

 

「おにょ? っデババババッ⁉︎」

 

 そこから高圧電流が流れ出して乗っているナフェごと感電させる。両足でアーマメントにくっついたディスクを蹴り壊すとようやく電気が止まりナフェは髪の毛を静電気で逆立てながらキレた。

 

「ちょっと! 誰よ人に痴態晒させて!」

 

 跳ね上がった髪をクローで器用に梳きながらアーマメントの上に立ち上がり背後に円形に隊列を組ませる。

 

「あれで気絶しないってどうなってるの?」

「だが人だ。倒すことはできる」

 

 ハルクが突き破った壁の穴からナターシャとパンサーが現れる。

 

「ナターシャ⁉︎ 猫さん⁉︎ どうしてここに?」

「パンサーだ」

「水臭いじゃないステラ、私達仲間でしょう? 困ったときは助け合う、そうでしょ?」

「……うん!」

 

 ハルクが投げ飛ばすのを軽やかに着地。

 アハズ、ナフェとステラ、ハルク、ナターシャ、パンサーが相対する。ステラ以外の三人をみてアハズは笑みを浮かべた。

 

「そういうことか……総督も人が悪い。ステラ、このまま進むがいい、私達を止めたいのならばな」

 

 それを聞いてナフェが凶悪な笑みを浮かべる。

 

「早くしないと、死んじゃうよ! 誰がっては言わないけどね」

 

 進むのを躊躇うステラの肩をボンっとハルクが叩いた。ちょっとかかとが地面にめり込んだ。ステラがそちらを見ればハルクが手をあげている。

 

「行け、ステラ。アレは明らかにお前の因縁だ。決着をつけてこい」

「ここは私達に任せて」

「……わかった!」

 

 了解してステラがハイタッチをするとハルクが優しく胴体を掴んで掌の上に載せる。やろうとしていることに気づいたステラが頷くとハルクは思いっきりぶん投げ、矢のようにアハズとナフェの間を抜けていく。

 しかし二人はもう完全に意に介さず三人の方を見ていた。

 

「S.H.I.E.L.D.の頃見た顔ね……アハズ」

「再会記念とはいかない様だ、エージェント・ロマノフ。そちらの御仁は?」

「私はただのパンサーだ。ステラの助太刀に来た、な」

「成る程」

 

 ハルクが咆哮しアハズに襲いかかる。アハズの正拳突きとハルクのフック気味パンチが正面衝突し衝撃波でナフェやパンサー、ナターシャが吹っ飛ばされる。巨体二人はそのまま壁を突き破って行ってしまった。

 

「もう野蛮〜! 私があなた達の相手してあげるよ、頑張って避けてね?」

「ハルクと殴り合うなんて……さっさと加勢に行ったほうが良さそうね……」

「さっさと……? もしかして私のこと舐めてる? うっゼェふざけんなよ自分の心配してそれどころじゃなくしてやる!!」

「うるさい。まずは貴様らの贖罪からだ」

「……あんたもしつこいわねぇ、使っちゃったものは使っちゃったんだから諦めてよ。まっ」

 

 両腕のアームを広げると左右にアーマメント達が広がっていく。意図して可愛く見えるように首を傾げ、ベーと舌を出した。

 

「穴だらけにしちゃえば、代わりにその口は開かなくなるでしょう? あははは!」

 

 ナターシャが銃を抜き、パンサーが爪を出し、ナフェが操るアーマメントに突撃していった。



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Chapter6:総督

「おや、しっかり来た様だね。アハズがしっかり意図を汲んでくれたようで何よりだ」

 

 水晶で構成された宮殿の中央にそれはいた。床も同じく水晶の様で、チェック柄。まるでチェスの盤上のようなその上には、折れてしまいそうな精緻な椅子やテーブル。

 そこで穏やかに読書と紅茶を楽しんでいた者が愉快げに顔を向ける。

 ステラと同じ顔、しかしその髪は白く、服は当時発見されたステラの姿をそのまま白く反転させたかの様。偶然か、ステラがパーカーの裾を閉じているのに対して丈の短いパーカーの上の部分だけ外套の留め具のようにしていた。

 ステラがやってきたと言うのに特に気にした様子もなくカップを傾けて紅茶を楽しんでいる。

 

「お前も如何かな? 生憎クラシックしか無いが」

 

 いつの間にか椅子が二つに増え、ティーカップには湯気を立てた紅色の液体に満たされていた。

 

「さあさあ座りたまえよ」

 

 微笑みかけるシング・ラブの言葉を無視し目の前に刀の切っ先が突きつけられる。

 

「アハズ達を止めて」

 

 あらゆるものを容易く切り裂くブラックブレードの切っ先が向けられていると言うのに特に気にした様子もなく、パタンと本を閉じて紅茶を飲み干した。

 

「成る程、二人はよくやったようだ。覚悟を感じさせる」

 

 カップをソーサーに戻し、軽く背伸びをして椅子から立ち上がると靴のヒール分ステラより高い目線が細められ笑みを深くする。

 ステラは刀を突きつけ、脅しているつもりなのに全く気にされず困惑していた。

 

「私が得たこの体のオリジナル、人間達は随分と高望みをしていたようだが、その愚かしさもまた愛おしい。おかげで偶然とはいえ、私と同じ力を持つ者が今目の前にいる」

「わたしはあなたと同じじゃ無い! 二人を止めて、でないと」

「でないとどうする?」

「……!?」

 

 切っ先がある事に気付いていないかのように歩を進めた、胴体に触れた刃が肌の弾力を容易く突き抜け、そのまま刺さっていき、背中に貫通しても気にも止めた様子はない。刺さったままにステラの顎を持ち上げ、キスをした。

 固まっているステラをよそにそのまま歩いて刀が引き抜け、垂れる血を拭うと傷はもう消えている。

 

「ミーの奴は楽しげにしていたが……やはりつまらないな。お前としてみるのは一縷の希望だったんだが」

「キスは……大切な人とするものだって聞いた」

「大切だとも、お前は私の楽しみ、稀有な存在だ。私と同じく無限の一端をその身に宿し、私に匹敵し得る」

 

 クスクスと笑うシング・ラブにステラは困惑を隠せない。

 

「あなたは……何がしたいの?」

「楽しみたい。この世界、テラで色々な事をしてきた。五感を満たし、三大欲を満たし、遊び、笑い、ゲームをし、昔にはなかった娯楽たちを享受し、投資で一山当ててみたり世界を旅し未知を既知に変え様々な事をした。……とても楽しかった。」

 

 溢れ出る何かを抑えこむかのように己を抱きしめ、シング・ラブは陶酔したように頬を染めて微笑みを浮かべる。

 

「だが足りない。そう、闘争だ! 命のやりとり、血で血を洗う戦乱! ソコヴィアでのアベンジャーズの活躍は素晴らしかった。惚れたよ。特にステラ、お前と言う存在に! 戦いが私を満たしてくれる。怒号が、争いが、死が、私が没入できる最も素晴らしい楽しみだ!」

 

 空から鎌が飛来し、地面に刺さる。ヴィブラニウムで作られているとは思えない白き鎌は神々しささえ感じさせる。それを手に取れば背中へ向け翼の集合体のような代物が飛び出してきて装着される。一つ一つが駆動するそれはまるで機械で作られた鳥の翼の出来損ないのようだ。

 シング・ラブの右目からピンク色の炎が立ち昇る。

 深められた笑みはあまりにも楽しそうで邪念がない。翌日のピクニックを楽しみに眠れない子供のようだ。

 

「性能は同等、私とお前の合わせ鏡。前の縛りも楽しかったが……全力を持ってただ楽しむ……これが私の望んだゲーム!」

「違う! わたしはそんなことしたくない‼︎」

「関係ないさ! 二人を止めたいのならやる他ないぞ」

 

 乏しい表情の中全力で睨むステラの左目から青い炎が立ち昇る。

 

「さあ……最終セット、私たちを始めよう」

「勝手な事言わないで!」

 

 開戦の狼煙をあげたのはステラだ。

 ロックキャノンの砲撃の連弾を鎌を回転させ弾き飛ばす。弾かれまくる着弾の爆風でティーカップが吹き飛んで床に落ちて割れた。

 

「おっと忘れていた。失敬」

 

 片手で鎌を回しながらパチリと指を鳴らすと置かれていたもの全てが消失する。弾かれる巨大な光弾の雨の中に紛れステラが急接近、ロックキャノンで直接ぶん殴るのを柄の部分で受け止め、そこを軸に鎌を回転させると衝撃波のようなものが飛び避けたステラの太腿の薄皮が切られ血が滲む。床と壁天井にまるで定規で線を引いたかのように切れ目が入った。

 

「今のを避けるか、素晴らしい」

 

 バトンを回すかのように大鎌を回せばそれに合わせて周囲が切り刻まれる。

 

「ウィング」

 

 ステラが飛来する斬撃波をロックキャノンで相殺し至近の斬撃の繭を突き抜け、鎌の内側に入り刀で切り裂こうとした瞬間姿が消え、ステラは空振りし、床を切り裂く。

 その刀身を踏みつけるようにシング・ラブが出現した。

 

「プッシュ」

 

 致命の一撃をステラは刀とロックキャノンを手放しブースターを吹かして回避。シング・ラブも鎌を捨てると下がるステラを追い、足を掴みんで振り壁にぶつける。

 追撃にかかるシング・ラブにステラがカウンターパンチを放つがタイミングが遅く、相打ちになる形で双方の頭が跳ね上がる。ぐらつくステラに対し笑みを浮かべたままステラの首を掴んで締め上げながらステラの顔面を何度も殴打する。

 

「グッ……ギッ……!」

「いい声と表情をする。嗜虐の趣味はないが……楽しいな」

 

 鼻血を流し痛みで薄く涙目になっているステラを引き寄せ表情を眺めようとするのを、ステラが渾身の力で暴れ拘束をぬけると頭突きを見舞った。そのまま膝蹴りを腹に叩き込み宙に浮いた所へ顔面狙いで後ろ回し蹴りを放つ。それを肘を使ってガード、シング・ラブは翼の集合体から、ステラはブースターから推力を発生させ空中で競り合う。

 生身同士の衝突とは思えない轟音が天井の水晶を共振で砕き雪が降るように破片が舞い落ちる。

 

「楽しい、楽しいな! 極上だ! さあもっと、もっともっともっと! 私たちのその先へ!」

「うる……さい!」

 

 ガードの上から反対の足を使ってステラが股にシング・ラブの頭を挟み込み締め上げる。振り解こうと振り回し壁に衝突、緩んだところを逆に床に叩きつけられる。

 

「癖の悪い足だな。お仕置きだ」

 

 踏みつけるように太腿にかかとを落とす、ヒールが肌に突き刺さりバキ、と大腿骨にヒビが入る。激痛に叫びそうになるのを歯を食いしばって堪え、ブースターで横滑りし足払いのような形になりながら脱出する。

 痛む脚もすぐに治癒するが、痛いものは痛い。立ち上がったステラがロックキャノンを手に取り追撃をガードする。己の拳が砕けようとも気にする様子なくガードの上から殴りつけられて衝撃を逃しきれずロックキャノンが自分の頭に衝突、額が切れ流血する。

 ロックキャノンを影にして不意打ち気味に砲身を蹴り飛ばしぶつけるとシング・ラブも鎌を手に取り打ち払う。

 大型武器ゆえの動作後の隙を狙いステラが切り掛かったのをまたも柄の部分を器用に盾にし防ぐ。

 競り合いながらステラがブラックブレードにエネルギーを込め刀身に青くエネルギーが纏われ武器破壊を狙う。しかし大鎌もピンク色のエネルギーを纏い拮抗し切断する事ができない。

 互いが瞳から炎を吹き出しながら鍔迫り合いが続く。

 刀を滑らせ切ろうとするステラに鎌を回し、間一髪鼻筋を切られながら石突きで顎を殴りつけて二人の間に距離が開く。

 

「素晴らしい。よくぞここまでたわわに実った!」

 

 流れた血を薬指で拭い、艶やかな唇に口紅のように塗る。震える肩で鎌を愛おしそうに抱きしめるその顔は、興奮に紅潮し性行為の最中のような妖艶さを醸し出していた。

 対するステラは眉を寄せ不快そうな表情をしていた。

 勝手な理由で戦い、勝手な理由で殺し、勝手な理由で被害を撒き散らす。容姿が同じなだけで天災か何かにしか見えなかった。

 隙だらけに見えるソレに切りかかれば瞬間移動で姿を消す。

 

「逸るなよ。お楽しみはまだまだこれからだろう?」

 

 ステラの背後至近に現れ、耳元でそう囁きながら息を吹きかけた。

 体を回転させ切り払った一撃をガードして後ろに飛んで衝撃を逃し宙返りしながら着地、悪戯っ気たっぷりである。

 

「おっとすまない……あまりにもからかい甲斐があってだな。許せステラ」

「いい加減にして」

「いいや、まだ足りないな」

 

 両者が武器を構え、再びぶつかり合った。



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Chapter7:巨兵対決

お気に入り、コメント誠にありがとうございます


 金属の木々や白い土煙を立て轟音を撒き散らしながらその二つは荒野を突き進んでいた。怒りに任せた乱打を叩き込み続けるハルクの一撃一撃を防ぎいなし受け流し初動を潰し的確に捌くアハズの表情に余裕はない。

 的確に捌かなければ即座に流れを持っていかれる圧倒的なパワーがそこにはあった。しかし広く何もない平原の中央に来たところでアハズが反抗に転じる。

 掴みかかるハルクの顎を打ち抜き、パンチに対してクロスカウンターを合わせ顔面を強打、脳を揺らす。振り抜いた腕を掴まれハルクが背負い投げのような形で投げ飛ばし、巨体が弾丸のように吹っ飛び地面に手足を刺して急制動、追撃してくるハルクの猛烈な振り下ろしを両腕で受けその場にクレーターが形成される。

 ハルクが怒りに任せアーマメントを破壊しようとするがうまくいかない。アハズの操る四肢型のアーマメントは"リーダー版ハルクバスター"の趣きがある代物だが、トニー・スタークとバナーが共同制作した対ハルクシステム群ヴェロニカとはコンセプトが違う。

 アハズアーマメントにあるのはひたすらの堅牢性と追従性。それでもシング・ラブが凝り性を発揮してヴィブラニウムを手に入れねばここまでの性能は無かっただろう。リーダーが唯一、代替金属で達成し得なかった性能を持ったアーマメントである。

 そしてこの戦場を選んだのはアハズだ。

 ハルクの強みを理解しレルムの中で最もハルクが戦いにくい場所での戦闘だ。何せここには()()()()()()()()

 跳躍の足場にできる高層建築は無く、投げる車やつかむ街灯はない。ハルクが存分に暴れても問題ない場所はハルクにとって最も戦いの幅が狭くなる場所なのだ。

 それでもハルクの全力は脅威だ。圧倒的パワーのゴリ押しほど恐ろしいものはない。アハズとて薄氷の上を歩いているに等しい。

 現に最も不利な状況を作られているというのにハルクの勢いは衰えずアハズの額には緊張から汗が滴っている。だが怒りパワーが増すほどそれに合わせ攻撃は単調化していく。

 暫くの間、平地で延々と拮抗した殴り合いが続く。

 爆発のような派手な打撃音とくぐもった鈍い打撃音のデュエットが続いていき、ついにそれは起きた。

 ハルクのアッパーがアハズのアーマメントの拳を弾きあげる。がら空きになった胴体の中心にはアハズ本人がいる。

 

ハルクスマッシュ!

 

 ハルクが隙ありと全身全霊を掛けた一撃。ビル一つ容易く粉砕するその一撃を前にアハズは弾きあげられたフリをして待ち構えていたカウンターを打ち下ろした。

 レルム全体が揺れるほどの轟音が響き渡る。

 意識外からのハルク自身の破壊力を上乗せされた超威力のカウンターに徐々に体格を小さくしながらハルクがフラフラとたたらを踏む。

 そのまま元の姿になって前のめりに倒れそうになるのをバナーが足を踏み出して堪えた。口と鼻からびちゃびちゃと血が滴り地面に染み込んでいく。

 

「ダメ、ダメだダメだ!」

 

 バナーがふらつく頭を自分で殴り力む。

 

「起きろハルク!」

 

 ここ数ヶ月以上変身していなかったバナーだが、心臓をつらぬかれ、瞬間的にとはいえ死んだ時にバナーとハルクの主導権が逆転したことを感じていた。ハルクになった際もわずかに意識が残り、今こうして変身が解けてもすぐさまバナー自身が意識を起こした事がその証左だった。

 そこへゆっくりとアハズが近づく。

 

「諦めろ。お前に必要なのは穏やかな死だ」

「いや違うねそんなことはあり得ない。僕は死ぬために生まれたんじゃない。ハルクだってそうだ!」

 

 無様に距離を取りながらもバナーは力を込め続ける。

 

「僕は世間では怪物扱いさ! 壊し屋破壊者暴れ馬化け物、僕を表す罵りなんて嫌というほど見たさ! でも僕には仲間がいる! 怪物なんて色眼鏡じゃなく僕たちに接してくれる仲間が! そんな仲間の為に戦えるのが怪物最後の矜恃じゃないのか!? だから起きろ! 起きて僕と一緒に戦うんだ! 起きろハルクうううううううぅぅぅ!!」

 

 叫ぶバナーに止めと言わんばかりにアーマメントの豪腕が振り下ろされる。バナーなど紙のようにくしゃくしゃに潰れるはずが、その豪腕がピタリと止まる。

 とっさに離れようとするアハズだが、動かない。

 腕の影になっている部分からモリモリと緑色の筋肉が膨れ上がり、引こうとした腕ではなく、アーマメントの足が逆に滑る。

 

ぅぅぅぅううううゔゔゔ……があああぁぁぁッ!!!

 

 再び変身したハルクが咆哮する。

 アーマメントの腕を捕まえて振り回し、地面に叩きつけようとしたところで蹴りが入り、緩んですっぽ抜けた。吹っ飛びながらも体勢を立て直し、地面を破砕しながらブレーキをかけ着地し追撃を警戒したアハズの視界の先でハルクが両腕を限界まで広げ、全力ではたき合わせた。

 ただのはたき合わせがあまりの衝撃で瞬間的に雲が発生しハルクの体で反射したものがアハズに降り注ぐ。一般人なら気圧差で鼓膜が破裂するような代物はアハズの周りが淡く発光し、アハズを保護するバリアの存在をあらわにした。

 そのハルクの様子にアハズは違和感を覚える。怒りに満ち溢れた憤怒の形相、その中の二点、瞳だけが冷静で理知的な光を宿していた。

 ハルクが間合いを詰め殴りかかってくる。派手な打撃音はしない。ただひたすらに重い一撃がアーマメントを揺らす。肘や手首などの関節を狙っている。

 攻撃を受けて確信する。理性がある。アーマメントがヴィブラニウム製ということをバナーは知らないが、アハズの動きをトレースする人形の関係上関節構造の限界というものが当然存在する。それを的確に突いてくる。ただでさえパワーではハルクに分がある為それは明確な差として戦いに現れ出した。

 パンチを頭を振って躱し、そのまま掴んで腕を折り曲げたのである。

 そこにはステラによって半ばまで切られたという脆弱性が存在していたが、ハルクの戦い方では出来るものではない。アハズは確信した。

 

「そこに居るな、バナー博士」

 

 ハルクは答えない。だがその内では必死でハルクの手綱を握るバナーがいた。バナーの持てる知識を総動員し、機械工学の観点からアハズのアーマメントの欠点を探ったのだ。下手に高度に考えず、人の動きをトレースする重機と考えれば自ずと弱点は分かり、それをハルクに伝えハルクがそれを実行する。ハルクの怒りは太陽のフレアの如く猛烈で、バナーの細い理性が焼き切れそうになるのをナターシャとステラを、アベンジャーズを思い堪える。

 怒りと理性が手を取り合いただアハズを倒す為に動いていた。ハルクというメガトン級の大爆発にバナーが指向性を与えることで、全エネルギーが敵の撃破という一点に向けられた破壊力は計り知れない。形勢はすでにハルクのもので、覆す事は不可能だった。

 地面を殴り地割れを起こし足場を不安定にさせ防戦すら間に合わない乱打を叩き込む。片腕になったアーマメントでは対処しきれずとうとう関節技を決められ、肘から逆向きにへし曲げられ両腕の機能が喪失した。

 

「「ハルクスマッシュ!」」

 

 今度こそ放たれた一撃がバリアを突き破り中で磁界によって浮いていたアハズを捉え、殴り飛ばし操縦部から大地に吹っ飛び叩きつけられる。操縦者を失ったアーマメントが機能を停止し、大地に倒れ鈍い音を立てた。

 それの前で咆哮をあげるハルクの内で、バナーの意識は気を失った。

 アーマメントを暫く殴ったり踏みつけたりしまくって地面にめり込ませ埋めたハルクは、倒れたアハズには目もくれず随分と遠くに見える水晶の宮殿を見つめ、そちらに向け全力で走り出すのだった。



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Chapter8:電豹

「にげんなよー!」

 

 光弾の雨霰を避けて回りながらナターシャは銃を発砲する。正確な狙いはアーマメントの上に乗り余裕綽綽としているナフェに向かうが、それを他のアーマメントが的確に防御、すぐさま前方へダイビング、反撃の光弾を避け前転で受け身を取り隠れる。パンサーがその隙をついて本体に向け跳躍、切り裂こうとする爪がナフェのマジックハンドの上に引っ掻き傷をつけそのまま超至近距離で組み合おうとするも他のアーマメントが邪魔をして地面に落ちる。

 

「んもうさっきの言葉は飾り〜? ナフェつまんな〜い」

 

 陣形を円形、十字、鶴翼、鱗形と巧みに変えながら光弾を放つナフェに二人は苦戦を強いられていた。光弾の威力はチタウリの銃火器と同等程度だが、発射するアーマメントが空を飛び尋常でなく硬いのがたちが悪い。ナフェの乗るものを除けば五機のアーマメントが空中砲台兼盾としてナフェを守っているのだ。

 遮蔽を利用して死角から攻撃しているがグロック26の火力では抜くことができない。

 一人光弾を躱しながら走り回るパンサーがナターシャに向け何かを投げた。数珠の一つのようなものである。

 それを取った途端ジジジ、と通信機にノイズが走った。

 

『聞こえるか、あの電撃は何度できる?』

「どういう仕組み? ディスクならあと八個よ」

『作戦だ。まずはあの邪魔な飛んでいるものを落とす』

 

 ナターシャとパンサーが通信で話し合う。

 パンサーが再び宙を舞い、鳥に飛びかかる豹のようにアーマメントの一つに飛びついた。アンテナの部分を掴んで暴れるのを耐える。

 

「ちょっと私のに乗らないでよ!」

 

 ナフェがその一つを暴れ馬のように動かしながらパンサーを囲むように陣形を作っていく。

 発砲音にナフェが自分を守るように一体アーマメントを移動、しかし放たれたのはフックショットで、狙いはナフェでなくパンサーだ。それを手で掴んだパンサーはアンテナに引っ掛け自身を狙い回りを飛ぶ一体へワイヤーを巻きさらにもう一体へ、ワイヤー伸縮が限界に達して銃の端を持つナターシャが引っ張られて振り回され壁を走って耐えている。

 

「あっわっちょっと!」

 

 意識がそれた間もパンサーの周りをアーマメントが回ったせいでワイヤーが絡まりアーマメント同士が衝突。ワイヤーはスターク・インダストリー製カーボンナノチューブ採用絶対きれないワイヤーでお送りしております。を切ろうと放たれた光弾をパンサーが自分を盾にして防ぐ。

 ナターシャは振り回されながらディスクを付けられるだけ銃に引っ付け起動しながら手を離した。高い電導性を持つワイヤーがディスクの高圧電流を余すことなく伝えアーマメントが制御を失いそのまま外に墜落する。

 破壊されたわけではない。ディクスの電力が切れれば再起動するがそれまではナフェはアーマメント二つで立ち回らなければいけない。

 二人が物陰に一瞬入りすぐさま出てくるとナターシャが二丁拳銃で連射をおっぱじめた。

 

「何すんのよバカ!」

「バカはどっちかしら!」

「バカって言った奴がバカなんだよバーーーカ!!」

 

 ナターシャの射撃を防ぎつつ光弾を放ちながらそんなこと言ってるナフェの元へパンサーが迫る。ナフェがアーマメントから飛び降りて躱すがいつのまにか持っていたステラが真っ二つにしたアーマメントの片側、そのアンテナの部分を掴んでパンサーがアーマメントをぶん殴る。変な音がして衝撃波が発生しアーマメントが地面にぶつかってめり込み。パンサーが着地、アーマメントを浮かせようとしている間にその隙をついてナフェに迫る。

 爪を出して突っ込んでくるパンサーにアームで迎撃しようとしたが、パンサーが攻撃ではなくアームを掴んでジャンプした。その背中にはナフェから見えないようにナターシャが持っていたディスクが全部貼り付けてあった。

 

「え゛」

「ぐうぅ!」

 

 パンサーの背で発生した電流がパンサーにダメージを与えつつスーツを通りナフェのアームへ、そして地面に電流が逃げようとナフェの体を通過する。

 

「アバガガガッ!」

 

 数から言って人間なら感電死不可避なのだがパンサーはスーツのおかげで、ナフェはネブレイドした新人類の耐久力で無事だ。だが最初以上の電流に制御を失いアーマメントが落下する。

 

「ガババッ離せこの電気変態!」

 

 ナフェがアームを振り回し離さないパンサーを地面に叩きつけ背中のディスク達をぶっ壊す。

 

「あんた達の作戦なんて効かないわよ!! もう負けなんだから諦め」

 

 ちょうど外に追い出されたアーマメント達も復活したので涙目になりながらも勝ち誇ろうとしたナフェの首にゴリっと二つ太いものが押し当てられる。ついでに腰が柔らかいものに挟まれる感覚。見れば太ももである。脇にあるラインが青く発光していた。

 

「あら? それならこれも大丈夫よね?」

「えっ……あっ……ぎゃあああ!!」

 

 いい笑顔をしているナターシャの顔を横目に見て青い表情をしたナフェが首に押し当てられたツインバトンの高圧電流プラスそれを持つリストバンドのウィドウズバイトの高圧電流プラススーツの全電力ウィドウズバイトの高圧電流の三連発で悲鳴を上げながら気絶した。

 人間なら黒こげになる代物を口から煙を吐き出すだけなのは耐久としておかしいが、まあ知り合いにもおかしいのばかりなのでナターシャは気にせず手早く気絶したナフェのパーカーやらアームやらを全部全裸になるまで引っぺがしその辺に落ちていた毛布で簀巻にしてワイヤーで雁字搦めにし拘束する。

 恐らくアーマメントの操作は同じデザインの付けられたパーカーのアンテナから行なっているのだろうが念には念を入れた。スーツで表情の見えないパンサーからそこまでせずともみたいな気配を感じたが容赦はしない。

 ナフェの装備はパーカーや服を使って一つにまとめたが、アーマメントは一個一個がデカすぎて脇に積んである。

 

「わっちょっとなにこれ! ヤダださい!」

「あらおはようウサギさん?」

「なにが目的だ? 言え」

 

 簀巻にしているのにぴょんぴょこはねられるのはすごい身体能力であるが無駄である。上からパンサーが足を置いて問うも不敵な態度は崩さない。

 

「え〜、目的なんてシング姉様のお遊びくらいだよ」

「お遊びだと? ふざけているのか?」

「ふざけてるわけないじゃん! 遊びは全力でやるから楽しいんだって知らないの?」

「正気の沙汰じゃないわね。それにそれだとあなた捨て駒よ?」

「姉様をあんた達の尺度で測らないでくれる? それに〜駒で結構コケコッコーよ、むしろ駒として姉様の役に立てるなら本望ってところね!」

 

 不自然に感じるほどの忠誠度に洗脳でもされているのかと疑ってしまう。経歴がわかれば理由もわかるかもしれないが。

 パンサーが耳に手を当てているが、そこから伝わるのは雑音だ。地球のあらゆる場所で通信が可能な技術を備えているにもかかわらずそれができないということは、今ここは地球上に存在しない場所ということになる。

 

「ここはどこだ?」

「姉様の世界よ。それ以上でもそれ以下でもない。……あぁ姉様、ゲームを楽しんでそうだなぁ」

 

 不貞腐れてしまった様子のナフェに二人が見合わせる。

 

「退路を確保する必要がある」

「でもあの子を助けに行かないと」

「問題ない、彼が行った」

 

 外から咆哮がドップラー効果を起こしながら通り過ぎ、宮殿の方へと遠のいていく。

 

「うっそ爺負けたの?」

 

 驚く様子のナフェとその装備類をパンサーが担ぎ上げる。

 

「彼らが負けるとは思えない、だから我々がすべきは退路を確保し、彼らが確実に帰る道を作っておく事だ」

「……わかったわ」

 

 先程の全力放電でエネルギーはほぼ使い切ってしまった。ナターシャは苦虫を噛み潰したようにわずかに顔を顰めてから、切り替えてパンサーの後に続く。

 門に向かいながらナターシャは水晶の宮殿を見つめていた。ステラとハルクの無事を祈って。



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Chapter9:インセイン

コメントありがとうございます。


 彩度の低かった床へ彩りが加えられていた。それはただ一色、赤だ。もうそれはステラのものかシング・ラブのものか判別のつくものではない。無酸素運動の全力疾走をフルマラソン並みに持続させるような異常な稼働は両者の余力を削りに削り、無尽蔵に思えたシング・ラブの治癒能力にすら底が見え始めた。

 楽になったかといえば否である。たかが治癒力を失って負ける程度の存在ではない。しかしステラの予想を上回る実力に彼女の顔は笑顔に溢れていた。狂気的と言っていい。

 

「楽しい、楽しすぎて脳髄が沸騰してしまいそうだ!」

 

 何度めか、鎌と刀がぶつかり合い凌ぎ合う。小さな予備動作から放たれる広範囲斬撃を飛んで避け、急降下しながら兜割。肩口を切り裂き血が飛び散るが、カウンター気味に鎌の石突きが腹を直撃し深く切り込めずステラが地面を転がった。

 肩から吹き出す鮮血に気を留めた様子もなく、咳き込みながら立ち上がるステラを愛おしそうに眺めている。

 

「制作時の性能ならばここまではついて来れまい。成る程、お前は私に比べ不完全、だが不完全故に成長し想定を……限界を超える……素晴らしきは人の可能性か」

「知らない……作られたかどうかなんてどうだっていい! わたしはわたし、わたしが負けたらあなたはみんなを襲う。だからあなたを倒す」

「確かに、否定できないな」

 

 シング・ラブは苦笑いをした。

 

「もう互いに限界が近い。無様に小競り合いになるよりは……小細工なく、ただ全力を尽くそうか」

 

 右目から出る炎が極大化し、背中の機械からもピンクのエネルギーが翼のように溢れ出す。

 立ち上がったステラも歯を食いしばり左目から出る炎が極大化する。

 刀を、鎌を構える。特に合図をしたわけでもない、それでも踏み出したのは同時。踏み込んだそれぞれの床は白と黒。共に圧力に耐えきれず砕ける。ステラが全力でブースターを吹かす。シング・ラブも同じく。

 青とピンクの炎が流星の如く衝突する。

 余波で宮殿が縦に切れ、建材の一部が落下し砕けるその中央互いを通り抜け背中を向け合い黒と白が立っている。

 ステラの腹から横一文字、鮮血が飛び散る。かなりの深傷でステラはフラフラと刀を杖にしながらもシング・ラブの方を向き、ぼたぼたと血を流しながら折れそうになる体を無理やり起こし刀を構えた。

 

「……わたしはまだ……負けてない……!」

 

 それにシング・ラブは微笑みながら振り返る。

 

「その通りだともステラ」

 

 大鎌を差し出す。その鎌の刃の半ばと柄が切れ、床に落ちた。そしてその背中の翼も。

 シング・ラブの右肩から臍のあたりまでから血が吹き出す。折れた白い鎌に血が降り注ぎ赤く染める。そこにさらに柄だけになった棒を放り捨てて肩を竦め笑った。

 

「見ての通り、お前の勝ちだ」

 

 ステラが倒れそうになりながらもう一度刀を杖にして耐える。

 

「わたしの……勝ち……」

「本当に……本当に楽しかった……全力を出し切った上で真っ向から負け、後ろから迫りくるは甘美なる死。これ以上望めるものはあるだろうか? いや、無い」

 

 うっとりとした表情で血が吹き出すのも気にせず噛み締めるように両手を広げる。その目線がふとステラの方へ向いた。紅潮したシング・ラブとは裏腹に出血多量で呼吸さえ覚束ず、顔色は蒼白になっている。

 

「おや、これは失礼した。ついつい負け心地が良くてね。おめでとうステラ、ゲームはお前の勝ちだ。勝った者には、賞品が無いとね?」

 

 優しげな笑みは子供が大会で優勝したのを祝う親のよう、吹き出していた血がピンク色の炎になりステラに向け歩み寄ってくる。ステラは後ずさりをしようとして、足が思うように動かず尻餅をついてそのまま仰向けに倒れた。

 

「……いら……ない」

「まあそう言わないでくれ。勝者にまで死が齎されるなんて、私のポリシーに反する。まあ考えたのは今だけれど」

 

 聞く耳持たず、というよりはどこまでも自分本位で、自己完結している言葉だった。

 跪いてステラの傷へ手を当てる。

 

「あ゛ッ!? ぎッ!!?」

 

 シング・ラブから吹き出していた炎が傷口からステラの内へ入っていく。炎に包まれ苦悶の声を上げるステラの腹部の傷が、無理やりに結合し傷跡を残しながら閉じ、炎も全てがステラに収まった。

 

「私の具現化の核となった無限の一端だ。好きに使え」

 

 炎を失い、灰色の瞳になったシング・ラブがいつの間にか現れた椅子に気怠そうに腰掛けた。そして足を組んで満足そうに欠伸をした。

 

「数千年前と違って今回は……楽しかったな、ザハ……よくやった……私は満足だ」

 

 笑みを湛えたままそのまま眠りに落ちるように背もたれに預けた首がかくりと斜めになり動かなくなった。

 呻き声を上げながらのたうち回るステラが頭を抱えて蹲り額を何度も床に叩きつける。そこへ壁を突き破ってハルクが突入してきた。状況がわからないハルクがシング・ラブだったものに近づくが、その振動で椅子からずり落ち、動かない。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛!?」

 

 悲鳴を上げたステラにハルクが近づく。全身を仰け反らせながらステラが目を見開く。涙に濡れる青色の瞳が青紫色に変色していく。左目から青紫の炎がはじけ、そのまま力を失ってステラは動かなくなった。

 ハルクは慎重にステラを抱える。硬く握りしめられた刀をそのままに、壁に刺さっていたステラのロックキャノンも抱える。そこで突如地面が鳴動し出した。

 その振動は門で待機するナターシャ達にも感じ取れた。

 

「嘘、姉様が負けたの……?」

「ちょっとどういう事? これとの関係は?」

「姉様、楽しめたのかなぁ〜それだったら嬉しいなぁ」

 

 簀巻のナフェをナターシャが揺すり続けていると自分の世界に入っていたナフェが帰ってきて、青い顔をする。

 

「あちょっと、ここレルムは姉様の世界って言ったでしょ。つまり姉様が死んだら無くなるの」

「何?」

「でもこんなに急じゃないはずだよ、次元は安定状態から押しつぶされるまでは時間があるってりーだーのやつがさ……まさかリーダーの奴……?」

「どういう事よつまりどういう!?」

 

 崩れていく景色に緊張しながらもナフェが推察を話す。

 

「リーダーはハルクの奴を恨んでた。アイツこの次元ごとハルクを倒すつもりなんじゃ」

 

 地面が裂ける。そこから覗いているのは黒より黒い、何も反射しない虚無だった。崩落を続ける空間でナターシャがハルクとステラを待つ。門のある場所が切り離されようと信じている。

 

「ハルク!! ステラ!! ここよ! ここに来て!!」

「無理だって門がなくなる前に出ないと巻き添えだっての!」

 

 ナターシャが在らん限りの声量で叫ぶと、それに応えるように咆哮が届いた。向こうの彼方からハルクがステラを抱えて走ってくる。砕ける地面を飛び越え、ナターシャが達のいる場所とはもうかなりの距離が離れているが、ハルクであれば問題なく飛び移れる。

 大跳躍、寸分違わぬ正確な放物線を、邪魔するものが現れた。鎌を持つ死神のようなアーマメントを操る、緑色の男。リーダーである。

 ハルクもろとも次元の狭間に落ちようとするのをハルクが抵抗するが、落下にはハルク自身は逆らえない。ハルクが、ステラを投げた。錐揉み回転しながら飛んできたステラをパンサーがギリギリキャッチする。

 

「ハルク!! バナー!!」

 

 崩れる地面の淵からナターシャが手を伸ばす。当然届くわけもないその手に向け、ハルクは歯を剥き出して笑みを作るとサムズアップをする。まるで仁王のように表情を変え怒りの咆哮を上げ、手に持っていたロックキャノンをリーダーとアーマメントに叩きつけながら闇の中へ落下していき、見えなくなった。

 

「いくぞ! アレの覚悟を無駄にするな!」

 

 パンサーがステラや物やナフェを全部抱えて門へと走る。一筋涙を闇に落とし、ナターシャが振り返り門へ走る。門を抜けた先はストーンヘンジの中央、周りには少し距離を置いて警察が警戒網を構築していた。

 飛び出してきたナターシャ達の後、その空間から衝撃が走り、石柱の一部が倒れる。

 ナターシャはフラフラと先ほど自分が出てきた空間に手を近づける。そこには何もない。ただ空気があるだけだ。手を握り締めると、ナターシャはその場の地面を叩いた。

 ブルース・バナーは、帰らぬ人となったのだ。



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Chapter10:☆

インセイン編終わりとなります


 イギリス世界遺産での事件、そしてあまり公にはなっていないもののアベンジャーズ・コンパウンドへの襲撃が発生し、その日は激動となった。世間の大騒ぎはしばらくは収まらなかったが人命が失われたわけでは無いため、そこまでの大批判となることはなかった。イギリス政府は結構怒っていたが。

 パンサーはいつの間にかナフェと姿を消しており、ナターシャ達の捜索網では発見することができなかった。

 代わり判明した、コンパウンド襲撃者二名、リリオ、ミー、そしてナフェの経歴が発覚した。彼らはそれぞれ戦傷に苦しむ元軍人、余命幾ばくも無い病人、事故で重度障害となった怪我人であり、全員が自殺をしたという事になっていたことがわかった。全員が姿を眩ませているが危険人物として彼らは指名手配されることとなっている。

 戦いから幾ばくかの日数が経った。その中で起きた嬉しいニュースと言えば重症で入院中だった国連事務員が無事退院したことだろう。今回の事件唯一の一般人被害者が無事だったのである。

 アベンジャーズ・コンパウンド内に併設された病室でステラは変わらず眠っている。外傷などの問題はなく原因は不明。ワンダが精神感応をしてみた所大きな二つの力の奔流に弾き出されてしまった。彼女はこれが原因だと推察したが、如何するべきかまでの解決策は見当たらなかった。

 身動ぎ一つせず眠り続けるステラはまるで死んでいるかのよう、だがその命の灯火は確かに燃えていた。

 スティーブはこちらへの攻撃が陽動であったこと、ステラがバナーと共に死力を尽くしたことを知り、ただひたすらに無事を祈った。

 トニーはロックキャノンをなくしたと聞いて、それに代わる大砲を作ってやると意気込んだ。まずはロックキャノンに使われていた素材の再現だな、と無理やりに気合を入れているようでさえあった。

 ロスコルはスタークインダストリー本社とアベンジャーズ・コンパウンドでの二足の草鞋で多忙な日々を送っている。だがステラの病室への見舞いは、一度も欠かすことがなかった。

 それからまたしばらくの月日が経ち、ナターシャもコンパウンドの中を歩いていた。破壊の痕跡が残る外壁の補修が続けられている脇を通り抜けていけばスティーブが歩きながら合流する。

 

「本当にいいのか?」

「ええ、構わないわ、今の私にできることをするまでよ」

 

 そこにさらに空からサミュエルとローディがそれぞれ急降下で着地、ワンダも合流する。

 

「大丈夫なの? 鈍ってない?」

「舐めないでちょうだい」

「俺に気づかないのに? いてっ」

「はは、ロマノフをからかうもんじゃないぞ」

 

 いつの間にか現れたピエトロを軽く叩く。ナターシャは戦いに復帰したのだ、休みも安息も十分に得た。ならば次は人々の安息を守るのみであった。スティーブが状況を説明しながらクインジェットに向かって並び歩いていく。

 彼らこそ地球が誇る最強のヒーローチーム、アベンジャーズだ。

 

「よしいくぞ。テロ組織が生物兵器を狙っているという情報が届いている。ナイジェリアに飛ぶ」

 

 アベンジャーズは今日も世界を守るため出撃していく。今は眠るステラも、彼らの仲間の一人だ。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある場所。空の穴からゴミやら何やらが大量に降り注ぐ、その中に一つ、ロックキャノンがまぎれゴミの山の中に叩きつけられた。

 その時積もったゴミの山が蠢き、爆発するように弾けとんだ。

 山の中から突き出された筋骨隆々丸太のような巨大な緑の手は、ゴミ山をかき分け、ロックキャノンを手に取り、咆哮する声がどこまでも響いていた。



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幕間(フェーズ3)
シビル・ウォー/ライプツィヒ・ハレ空港の戦い


評価コメント誠にありがとうございます


「いやぁこんな偶然もあるんだな。なぁローディ」

「そうだなぁ、とっても偶然だ。おっとこんな所に国連の元事務員さんまで」

「……私場違いじゃ無い?」

 

 トニーとローディが空港でスティーブの前に着地し、そんな冗談を言っているとさらに一人が着地した。鎧に長剣を佩いた金髪の女性で、装備の意匠はステラのものを黄色で塗ったような感じである。

 

「いやいやそんなことはない、似合ってますよマドモワゼル」

「聞いてくれ、全てはあの精神科医が仕組んだことなんだ」

 

 そこへさらに黒い豹が現れる。ワガンダの王子にして戦士、ティチャラである。

 

「キャプテン」

「……陛下」

「それよりも、ロスの奴から三十六時間貰った。あと十二時間、頼むから引き渡してくれ」

「追う相手が間違ってる」

「お前の親友は一人殺してるんだぞ。何が違う」

「聞いてくれ、彼と同じ超人兵士が五人いる、あの医者が接触するのを止めないと」

「ステラの友達なのは聞いてるし、世間での評判はしってるけど、そこまでして無茶苦茶するの? キャプテン」

 

 スティーブは動じる様子もなくトニーを見つめる。

 

「そろそろ、限界だ。キャプテン、後で1万ドル振り込んでおく」

 

 トニーがそういうと、粘着性の糸がスティーブの盾に絡みつき、手から引き剥がされて奪われる。さらに手までも拘束され、着地した先に居たのは赤いレオタードの男だ。

 

「ナイスだ」

「どうも、登場の仕方どうだったかな、もうちょっとイケてる感じにしたかったんだけれど、あっでもこのスーツめっちゃイケてるよね」

「いやそういうのはいいから」

「あ、はい、キャプテン……ファンです。僕はスパイダーマン」

「いやだからそれも後ででいいから。な?」

 

 ちょっとしょんぼりするスパイダーマンにスティーブが笑いかける。

 

「苦労してるな」

「……何馬鹿な事やってるんだ? クリントを引き摺り込んで、ワンダにピエトロまで引っ張り出して、なんでそんなに……なんでそんな……アベンジャーズは仲間だろう? ああもうどうして壊そうとするんだ?」

「壊したのは君だ」

 

 トニーの顔が歪む。いまだ意識を取り戻さないステラを保護者のロスコルからソコヴィア条約に加盟させたのも、ワンダをヴィジョンと一緒に保護していたのも、善意からだ。それが全て裏目に出ているようでトニーは苦しかった。

 

「……もういい、バーンズを引き渡せ、そして僕たちと一緒にこい! 少しでもマシな方を選ぶんだ、まだ引き返せる! ……たのむ」

 

 説得に互いが互いに馬耳東風で、コミニュケーションではなく空気の振動の衝突と言っていい。スティーブが両手をあげると矢で糸が切られた。トニーがマスクを纏い戦闘態勢を取る。

 

「やれラング」

「のわっ!?」

 

 スパイダーマンの持っていた盾から突如人が現れ蹴り飛ばされる。大きさを自在に操作するアントマンである。取り返した盾をスティーブに渡す。

 

「全く、駐車場に二人、ワンダだ。僕がいく。ローディ、キャプテンを」

「ターミナルに二人、ウィルソンとバーンズだ」

「バーンズは私がっ!?」

「おっと、子猫ちゃん見えなかったかい? というか硬いね」

 

 走り出そうとしたブラックパンサーがその場で殴り飛ばされ、脇にいつの間にかピエトロがいた。

 飛ぼうとするローディにスティーブが盾をぶつけて体勢を崩す。

 

「スタークさん、僕何したらいい?」

「打ち合わせ通りにするんだよもう!」

 

 そうしてそれぞれが飛び出していく中、ラングとシズがその場に残された。

 

「怪我しちゃうよ?」

「あなたがかしら?」

 

 シズが長剣の腹でラングの顔面をぶん殴った。そのまま小さくなったラングがシズの足の下に入り元の大きさに戻り足を持ち上げ転倒させるとまた小さくなって組み伏せようとするのを、シズは体から電気を放ってラングを吹っ飛ばし、ラングは動かないヘリの表面に小さく窪みを作った。

 空港のあちらこちらで乱戦が始まっている。しばらくの間ブラックパンサーの相手をしていたピエトロにローディが迫るのをスティーブが叩いて墜落させる。

 そこへやってきたシズが電撃を放ちティチャラごとピエトロを感電させた。

 

「いっだっ! なにあんたあの雷様の親戚?」

「……」

「……すいません陛下」

 

 起き上がるティチャラにシズが申し訳なさそうにした。

 そこへタンクローリーが投げつけられティチャラがシズを突き飛ばして爆発を避ける。

 

「わーお、給水車だと思ってたんだけど」

 

 オイオイといった顔のスティーブを横目にトニーが着陸してシズとティチャラに手を貸した。

 

「あの、ここまでになるって聞いてないんですけど?」

「僕も思ってなかったすまないね、計画変更だ」

 

 キャプテン達が集まり一路クインジェットを目指すが、その行く手をビームが阻んだ。ヴィジョンだ。

 その場にキャプテン・アメリカ、クイックシルバー、アントマン、スカーレットウィッチ、ファルコン、ホークアイ、ウィンターソルジャーが。

 その行手を阻むようにアイアンマン、ウォーマシン、シズ、ブラックパンサー、スパイダーマン、ヴィジョンが立ちはだかる。

 互いに止まる事なく、大乱戦が始まる。数の利を生かしてトニーをスティーブとバッキーが攻撃する。リパルサーでバッキーを吹き飛ばし逆に盾で殴り付けられる。

 

「いい加減にしろステラが見たらどう思う!? ロマノフも、だから来なかったんだ!」

「前みたいに僕ら二人とも頭掴まれて地面に叩きつけられるんじゃ無いか? すまない……それでも今はいかないといけない」

 

 暫くして時間が無いとスティーブとバッキーをクインジェットに乗せ他は囮になることになった。アントマンがジャイアントマンになり大暴れを開始する。

 

「誰かあれみたいなすごい技持ってない? 絶賛募集中!」

 

 電気を発しながらシズが破壊された車やモノの残骸の上に立つ。残骸がくっついて組み上がり、アントマンの膝ほどもある大きな塊ができた。奇しくもそれはシズが大怪我を負ってネブレイドする事となった原因と似ている。

 

「おいおいどっちもなにがなんなんだ?」

「落ち着けよローディこっちは味方だ」

 

 ラングの蹴りをそれが受け止める。さっきひっくり返されたお返しと言わんばかりに掴んだ足を持ち上げた。

 

「わ! すっごいレオパルドンみたいだ!」

「何言ってんだお前は……おいトニーこいつ幾つだ?」

「正確には知らないが若いさ! キャプテンに一万ドル払うくらいには!」

「なんだそれ!」

「昔そういう啖呵を切ったんだよ!」

 

 そこへサムが飛ばしたドローンがトニーの顔面を直撃した。

 デカブツ決戦は十二分に気を引いたらしく、スティーブとバッキーがクインジェットの格納庫へ向かう。

 気づいたヴィジョンが管制塔をビームでぶった斬り進路妨害しようとするが二人が一瞬で姿を消した。クインジェットを破壊しようとするローディがワンダのサイコキネシスで投げられヴィジョンにぶつけられそうになるがヴィジョンは透過で回避。

 

「いやお二人さん重たいわ……ダイエットしてくんない? どっちも三十キロは落としてくれ」

「ありがとうピエトロ」

「いいって、気をつけて」

 

 後からやってきたティチャラをピエトロが翻弄している隙にクインジェットが飛び立つ。

 スパイダーマンが足を縛りシズがぶん殴ったラングが飛行機にぶっ倒れ大爆発を起こして近くにいたトニーが巻き込まれ、爆炎の中から空へ飛び去るクインジェットとそれを追うローディとそれを妨害するサムの姿が見えた。

 

『誰か後ろのをどうにかしてくれ!』

「僕がやろう」

『射撃管制、エラー有り、命中確率八十五パーセントです』

「掠らせるだけで牽制になる、その間にローディは追ってくれ」

 

 トニーが体を仰け反らせ仰角を取った。胸部アークリアクターからユニ・ビームが発射される。高威力の破壊光線が空を切り裂きファルコンに向けて突き進むが、ファルコンがとっさに回避、避けられた破壊光線が先を飛ぶローディのウォーマシン胸部に直撃しリアクターを破壊した。

 

『なっ』

「嘘だろう!?」

 

 動力を喪失したローディが墜落していく。サムが慌てて助けに向かうが自由落下する鉄の塊に追いつけない。トニーも飛ぶ。

 落下直前、ウォーマシンアーマー全体を赤い光が包むが突き抜け、地面に落下する。

 落下したローディが地面にめり込んでいる所へトニーが慌ててやってくる。アーマーのバイザーを引き剥がせばローディが笑った。

 

「おい勘弁してくれ……次のアーマーはもっと良いの作ってくれよこれ足が折れてるぞトニー。あとアシストがないから重くて動かせん、助けてくれ」

 

 ワンダとヴィジョンが寄ってくる。ワンダが念動力で間一髪衝撃を和らげたのだ。

 

「間に合ったみたいでよかった」

「少し間に合ってないんだが……まあありがとう」

 

 ローディを中心にヒーロー達は空の彼方に飛び去ったクインジェットの方を見つめるのだった。そのあとマキシモフ兄妹はピエトロが抱えて逃げて包囲網を突破していってしまった。



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シビルウォー/寂寥の家

コメント誠にありがとうございます。予約投稿失敗で変な時間になってました失礼しました


 空間と力は互いを異物とは認識せず、反発する事なく調和し、一つに混ざり合う。ステラはその大きな奔流の荒波の中で木の葉のように振り回されていた。ステラは理解は出来ずともそれを徐々に認識し、掌握していく。嵐の如くであったそれは、いつの間にやら無風の湖面の如く。

 ステラが指先で触れれば、その波紋が永遠に続く水平線の先へ姿を消し、それを巻き戻すように水面に青紫色の炎を溢れさせた。

 気が付けば、目が開いて天井を見つめていた。見たことがある意匠の天井、完成前に何度か遊びにいったアベンジャーズ・コンパウンドの天井にそっくりだった。

 かけられた布団を退かして左手を見る。すこし爪が伸びてしまっている手を眺め、一度、二度、握り込む。

 体を起こして辺りを見渡せば、個室の病室だ。ベッドの端にAを使ったアベンジャーズのマークが入っている事からやはりアベンジャーズ・コンパウンドだとステラは確信した。

 シング・ラブに勝利した後ここに担ぎ込まれたのだろう。病衣をめくれば腹に傷跡が残っている。傷痕がある事自体はステラにはどうでも良い事なのだが、ペッパーとナターシャに悲しまれそうでステラは溜息を吐いた。

 起き上がるとすこしふらついたが、すぐにそれも治り、壁にかけてあったパーカーを手に取る。いつものパーカーのようだが、バックルが付いていたりと少し意匠が違う。トニーが用意してくれたものだろうかと思いながらそれを羽織ろうとして邪魔だった点滴を引っこ抜いた。引っこ抜いてから抜いてはダメでは? と思ったがもう遅い。怒られる事を覚悟しつつ置いていく。

 病室の扉を開ければやはりそこはアベンジャーズ・コンパウンドだった。ステラは頭の中でコンパウンドの構造を思い出しつつ廊下を歩いていく。

 皆に謝らないといけない。仲間を傷つけられた怒りに飲まれて仲間に知らせずにステラ一人で先走りシング・ラブと戦った事を。

 お礼を言わないといけない。ナターシャやバナーが助けに来てくれたことを。

 医療区画を抜けたステラは違和感を感じた。活気がない。人が居ない。ラウンジにステラは歩いていく。

 

「ヴィジョン、ローディ。おはよう」

「……! ステラ」

「おはようステラ」

 

 ラウンジでチェスをしているヴィジョンとローディはステラを見て安堵と、それから苦しそうな表情を僅かににじませた。

 

「みんなは?」

「……ここにはいません」

「みんな何処かで戦ってるの? ローディも怪我してるし私も手伝わないと……トニーは居るの?」

 

 アベンジャーズ・コンパウンドがここまで静かになる程の戦いが起きているならステラは加勢しないといけないと思った。ローディが足のギプスを見つめてから意を決したように口を開こうとしたのを、ヴィジョンが手を翳して阻む。

 

「いえ……戦いは終わりました。……ですが私の口からではなく、スターク氏から聞いた方がいいでしょう。彼は自分の仕事場に居るはずです」

「わかった、トニーに聞いてみるね」

 

 ステラが立ち去った後ローディがヴィジョンを見ながらコマを進めた。

 

「アイツは間違えてないさ」

「ええ、間違えていません。ですが正しいかは、私達では決められない事です」

 

 ステラがトニーの仕事場に向かっていると、書類を抱えた金髪の女性に遭遇した。それを見たステラは飛びつく。

 

「シズ!」

「わっステラ!? 良かった目が覚めたのね!」

 

 飛びつかれたシズがそのままステラを抱えて廊下でくるくると回る。以前のシズでは無理だったが、今のシズなら余裕でできる腕力がある。

 

「あら、ステラ目の色が……、まあ私も髪の色明るくなったしそういう事もあるわね!」

 

 ステラの頭にすりすりと頬擦りをしてステラを下ろすと携帯電話を取り出した。

 

「ロスコルの奴タイミングが悪いわね、いつもおなじ時間に見舞いに来るんだけどもう来た後なのよ」

「私、そんなに眠ってたの?」

「そうね、結構寝てたわよ。あ、ロスコル? ステラ起きたわよ? ちょっと大丈夫事故起こさないでよ?」

 

 電話越しに急ブレーキの音が聞こえたのでシズが顔を顰めてステラに電話を差し出す。

 

「ロスコル、おはよう」

『ステラ、本当に良かった! 急いで行くからな何を食べたい? ハンバーガーか!?』

「うん、ハンバーガーが食べたい」

『わかったいっぱい買っていくぞ! 待っててな!』

 

 電話越しにドリフトしてるみたいな音がしていたがステラは気にせず通話の切れた電話機をシズに返した。

 ステラがロスコルが来る前にトニーに会いにいくと言うとこれまた微妙な顔をしたが、頷いて見送ってくれた。

 みんなの様子がおかしいことがわかっているのだが何があったのかの情報が全くない。ヴィジョンが"戦いは終わった"と言っていた。まさかと最悪の想像がよぎるが頭を振った。

 ステラがトニーの仕事場に入っていくとトニーは手紙を集中して読んでいる所だった。ステラは黙ってトニーが読み終わるのを待った。手紙を置いたトニーが箱の中から取り出した携帯電話を見つめている。

 

「…………」

『ボス、眠り姫が後ろでお目覚めです()()()()ロス長官から緊急連絡、ラフト刑務所が破られたそうです』

 

 びくりとしたトニーがステラの方を見て、電話に一瞬出て即切りした。

 

「やあステラおはよう」

「おはようトニー、みんないないけれど何かあったの?」

「ああ……それなら、まず協定の事から……全部話さないといけないな」

 

 トニーは協定に至るまでの経緯を、協定に至ってからの顛末を、ステラを勝手に協定に登録した事を、私怨に走った事を、スティーブとの別離を、手紙の事を全てを話した。

 ステラはそれを黙って聞いていた。トニーが全てを話し終え、暗澹とした気持ちを隠すように肩を竦め、無理やり口角を上げて笑みのようなものを作ってみたがうまくいかず、顔を伏せてしまう。

 

「大丈夫だよ。ありがとうトニー、守ってくれて」

 

 トニーがその言葉に顔を上げ、ステラの顔を見て努めて平静を装って能面のような表情になった。

 ステラは表情が乏しいが、素直に顔に出る。そのステラが酷く悲しそうに、トニーと同じくそれを誤魔化すように口角だけ上げようとしていた。トニーは自分の頭をかち割ってやりたい衝動に駆られた。

 

「トニーは、間違ってないよ」

 

 こんな表情をさせたくないからソコヴィア協定に賛成した。世間から、悪意からアベンジャーズのみんなを守りたかったのだ。それが、こうなった。絶対にありえないとはわかっているが、いっそステラがトニー自身を罵ってくれた方がよほど気が楽だったかもしれないと思ってしまい余計に自己を嫌悪した。

 

「大丈夫、わたし達がここを守ろう? またみんな……スティーブにバナーにナターシャにバートンにソーだって、仲間なんだからみんな生きていれば、また集まれる。ほらトニー昔にも言ったみたいに……わたしは信じてるから……トニーも……信じて?」

 

 泣きそうな顔をしているステラに、トニーは悟った。ステラはひとつ知らないことがある。でも告げねばならない、当事者のナターシャが不在の今それが自分の役目であると。

 

「ステラ……話さないといけないことがある」

「何? 大丈夫! 協定ならしっかり守るよ! 内容もちゃんと覚えて守るから」

「バナーは……死んだ」

「……………え?」

 

 ステラが言葉を認識できずに首を傾げた。そうして少し固まってから、その言葉を理解した。協定の話にバナーは一切出てこなかった。つまり死んだのはそれより前ステラを助けた時だと。

 

「わた……わたしのせ」

「違う! 君じゃない悪いのは敵だ!」

「でも、わ……わたしが勝手をしなければ」

「いいや、あの時は僕たちも襲われていた、遅かれ早かれステラはおなじ目にあった。ならバナーは絶対に助けた、だからステラのせいじゃない」

 

 ボロボロと大粒の涙を流し崩れ落ちるステラをトニーが咄嗟に支え、ステラがトニーの胸の中で泣いた。強い力で掴まれてもトニーは痛くなかった。それよりも心が痛かった。

 ステラの泣き声が静まり返ったコンパウンドに響いていた。


 

 ロス長官の危険度認定ベストスリー

一位ソー「所在のわからない核弾頭。どうにかしろ」

二位ステラ「独断で動いて世界遺産傷つけたり、特にソーと並んでアベンジャーズでも随一の大火力を保有しているのでやばい、意識不明? 知らんがな先手必勝で拘束しておきたい」

三位ハルク「経歴に傷つけた暴走野郎正直死んでせいせいしてるが死んでるとも思えない」

 




ステラの目覚めるタイミングは
シビルウォー後
インフィニティウォー中
エンドゲーム冒頭
のどれかでずっと悩んでいましたがトニーのメンタルに一番ダメージが入る代わりにステラが持ち直せるまでの時間があると思いシビルウォー後にしました。


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マイティ・ソー/サカールでの一幕

 諸々があり辺境の星サカールにやってきたソーは先に来てコネを構築していたロキの提案を蹴り己の自由を獲得する為、グランドマスターの主催するバトルロイヤルのチャンピオンに挑戦することとなった。

 髪の毛を切られる尊厳凌辱を受けたソーが、スタジアムに入場すればブーイングの嵐だ。それを気にすることなく現れるであろうチャンピオンに想いを巡らせながら、集中を高める。

 

『さあ皆さまご覧あれ! あれを扱えるのは! サカールでただ一人!』

 

 そこへ空から投下されてきて、フィールドに突き刺さったのは巨大な大砲だ。観客が大盛り上がりで緑の煙の出る花火を撒き散らしまくる。なんか変に塗装されているがそれはごつい銃剣が大砲の下部には取り付けられ、持ち手部分もしっかりとくっついている。それを見てソーは目を輝かせた。

 

「え? 嘘、あれうっそ⁉︎ あれ知ってるぞ! ロックキャノン! ロックキャノンだ! ロキ! ロックキャノン!」

 

 遠くロキの方を見ながらソーが騒いでいる。あれを扱えるのはソーが知る限りただ一人、ステラである。無邪気大火力ガールかなぜこんな所にいるかなどの疑問は残るが話し合いはできるしソーとは仲間だ。仲間を大切にするステラならソーを助けてくれるだろうしあの大火力は姉のヘラをどうにかするのにとても役に立つ。

 とらぬ狸の皮算用ながらソーは既に勝った気分だった。なんならこの場で負けてもいい実質的に勝利である。

 

「いええええええい!!」

 

 まだチャンピオンが登場していないのに両手を上げて喜んでいる。

 

『ではご登場いただきましょう! ディフェンディングチャンピオン!』

 

 入場の扉が開かれ、その中から何かが飛び出した。大きな腕がロックキャノンを掴み引き抜く。大きなはずのロックキャノンがまるで小さく見えるほどの巨体。その体の色は花火の色とおなじ緑。

 

『インクレディブゥゥウウル! ハルクだ!!』

 

 ハルクがロックキャノンを掲げながら吠えた。観客はボルテージ最高潮だ。

 ソーは両手を上げて口を開いたまま固まった。頭につけたヘルメットがズレた。ロキが観戦席で飲み物を吹き出した。グランドマスターが見つめてくるのを「チャンピオンの偉容がすごくて」とおだてれば笑顔でサムズアップしてきた。

 

「ちょっ、それは詐欺だろおかしいなんでというかおかしいだろ!」

 

 ハルクがそのままロックキャノンを振りかぶってきたので盾で受けたソーが盾を木っ端微塵に破壊されながら叫んだ。

 

「その武器はそういう使い方じゃない!!!」

 

 吹っ飛ばされたソーが頭が壁にめり込み、両手をついて引っこ抜く。迫ってきていたハルクの攻撃を間一髪躱してパンチを叩き込めばハルクが吹っ飛んでいく。

 

「いい加減にしろ! バナー! 居ないのか!?」

 

 起き上がったハルクがバナーの言葉に反応した。

 

バナー、知ってる?

 

 それを好機と見たソーが両手を広げながらハルクに近づく。

 

「そうとも! 知ってるともさあ大物さん日が暮れるぞ〜、日が暮れる〜日が〜く〜れ〜る〜」

バナー知ってる、お前仲間?

「そう! そうとも! 俺たち仲間だ!」

 

 ソーがナターシャの真似をして片腕を差し出す。ハルクはそれに反応し、さらに笑顔になった。うまくいったぞと。

 が、ソーが油断した所の脳天ど真ん中にロックキャノンのフルスイング振り下ろしが直撃した。片腕だけ出して胴体半ばまで釘打ちに失敗したようにスタジアムに突き刺さりソーは気絶。そのまま引っこ抜かれて追撃に地面に叩きつけられまくった。

 

でもとりあえず倒す!

 

「よっし! 私が小娘に受けた屈辱とあの痛みがわかったか!!」

 

 観客席でロキがスタンディングオベーションで荒ぶっているとグランドマスターが見てたので平静に戻って「いやーバトルロイヤルのチャンピオン、素晴らしい」とグランドマスターのご機嫌をとった。

 ペチ、ペチ、という頬への微かな感覚に、暫くしてソーが目を覚ませば、アスガルド語で流星(Stella)を意味する言葉が目の前に現れた。目を凝らしてみればそれはロックキャノンにペイントされた文字であることがわかる。

 

「お、起きたようだな」

「ええ、起きましたな」

「なんだお前ら!? ……んん? ステラ!? 何があったどうしてこんなに縮んで!?」

ソー、起きた。バナー起こす。待て

 

 白と赤で彩られた部屋にの床に雑に倒れていたソーが起きると目の前に二歳児ぐらいのステラと白髪の男がいた。よくよくみればステラと違って瞳の色は赤い。もにょもにょと頬を掴んでみれば柔らかい。どうやらロキに幻覚を見せられているわけではないようだ。

 

「で、お前は誰だ?」

「俺か? 俺はオーディンの息子ソーだ。そちらこそ誰だ」

「成る程! ボーの孫とは! わたしはラブとでも。ラブちゃんでもいいぞ」

「おお、ラブちゃん……?」

「ステラには内緒で頼む。わたしもこうなって残ってしまったのは本意ではないが……消し飛ばされてしまいそうだ」

「いやステラに消し飛ばされるって何をやらかしたんだお前は?」

「あー僕達を殺そうとしたってところかな。ゲームでね」

「バナー!」

 

 ソーが振り向くとバナーが腰巻を持って立っていた。くたびれた顔をしているが、その瞳には力が宿っている。

 

「その後ステラに倒されたソイツのせいでここまで飛ばされたんだが……この星で僕に出来ることは無かった。だからハルクのやりたいようにさせる事にしたんだ、仲間達のもとに帰る、その機会が来るまでは。ソー、君が鍵だ。何か手段はないかい?」

「少し待て」

 

 そう言って立ち上がったソーが窓に目を向ける。

 

「ヘイムダル! 見えているか! ヘイムダル!」

 

 するとソーが一人で身振り手振りを始めた。誰かと話しているようだ。暫く待っていた一同の前で正気に戻ったソーが声を上げる。

 

「あそこの穴だ! あそこからアスガルドに行ける。そうして問題を解決すれば地球にも行けるはずだ」

「わーお何この団体さん。どういう状況?」

「ヴァルキリー、お前の力を貸してくれ。アスガルドが滅びようとしている、ヘラの奴を殺さないといけない」

「へえ……まあハルクの貸しはあるし聞いてもいいよ。だけど一つ条件がある」

「なんだ言ってみろ」

「あのクソ女を確実にぶち殺す」

「いいとも」

 

 そうすると揚々と部屋を後にしして暫くして樽を運んできた。

 

「なんだこれ、酒樽でも持っていく気か?」

 

 樽を開ける。

 

「サプラ〜イ〜ズいてっ」

 

 開けたら樽の中からロキの頭が出てきて反射で引っ叩いた。

 

「こいつならなんとか出来るでしょ、グランドマスターにも取り入るの上手いし」

「私を巻き込まないでくれないか?」

「チームを結成する! 名前は……リベンジャーズだ」

「おい無視するな」

「なんでリベンジャーズ」

「俺はリベンジしたい、ヴァルキリーもリベンジしたい、バナーはなんかこう……リベンジしたい?」

「まあ……何か考えておくよ」

「お前は? というかどこかで見た気がするな名前は?」

「……ザハだ」

「リベンジしたい?」

 

 ラブを抱えたザハが立ち上がる。口を開いたのは抱えられたラブだ。

 

「我々はまあ、リベンジャーズというか、リタイアーズだ、観てるだけなのでなるべく今みたいに面白い感じで頼むぞ」

「私は?」

「ロキ、お前は裏切るから無しだ」

「いいのか〜? いい情報を持ってるぞ〜? 飛行船の格納庫のパスワードとか、革命を起こせそうな奴らとかな」

 

 ソーがロキの樽を抱えた。

 

「成る程、オレたちが確保しよう、みんなは準備をしててくれ、この星を脱出するぞ!」

「おいここから出してくれ」

「ダメだ出たら何かやるだろう?」

「……おいやめろ転がすんじゃない!」

「昔を思い出すな〜 お前に度胸試しとか騙されて箱に入ってそのまま崖から滑り落とされたりな〜」

 

 ソーが笑顔で樽を転がしながらグランドマスターの格納庫へと向かっていった。



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幕間/コンパウンドでの日々

 現在、アベンジャーズという名義でコンパウンドに待機しているのは、ステラ、ヴィジョン、ローディの三人だけだ。トニーはスタークインダストリーの仕事で忙しく、シズも本職はコンパウンドでの事務仕事だ。

 アベンジャーズ、として出撃する事も無い。何かあれば出撃するのは空軍の職業軍人としての立場を持つローディのみで、ヴィジョンとステラには国連から許可が下りることはない。

 二人には監視こそないもののコンパウンド内での待機命令が基本的に出されている。ヴィジョンがトニー特製の完全防諜電話を使って時折電話しているのはワンダである。ステラとも話をしたが、ヴィジョンが料理を作るのをいくら頑張ってるのを見ても不味いものはちゃんと言ってお腹を壊さないようにと注意された。

 今日も表に出ない情報でスティーブが世界の危機を防いだことが知らされる。

 立場こそ違えてしまったが、今も仲間は仲間たちであることがステラにとっての支えになっていた。しかし皆が皆国際指名手配の犯罪者という扱いがステラは嫌だった。

 

「ステラ、本当に無事で良かった」

「ナターシャ……バナーが」

「いいの……ステラは悪くない。私は行くわ。ステラも元気で……場所は違っていても、心はつながっているから」

 

 ナターシャもステラが目覚めたのち一度話をした後は姿を消し国際指名手配されてしまった。バートンは自宅で謹慎になっているらしく無事を報告する為に一度会いに行ったが、その際もステラは移動の申請をする事になった。

 ソコヴィア協定においてステラの装備は特に制限を課せられ、トニーが新合金"セカンダリ"で制作した新しいロックキャノンは国連の承認が無ければ取り出せないよう厳重に封印されている。代わりにステラは広報によく引っ張り出された。

 トニーは現状では協定側に不備があるとして改定案を提出しているが、ソコヴィア協定でヒーローの管理を担当するサディアス・ロス長官は現行の協定に問題なしと聞く耳を持つ様子はなかった。

 今日もステラはコンパウンドに待機し、ローディとババ抜きをしながらヴィジョンが作る料理を待っている。ローディ曰く岩塩をそのまま出してきたのかと思ったと言わしめた砂糖と塩を入れ間違え大惨事クッキーから反省し取り敢えずカレー作っているのである。

 

「ふ、見てろよステラ、オレは先日から行動分析学を履修してきたからな」

 

 ローディがステラの持つ二枚のトランプそれぞれに指を置いてステラの反応を確認している。

 

「……」

「……」

 

 全く反応しない。

 

「ええいままよ!」

 

 引いたカードはジョーカーであった。

 

「おわぁぁぁぁ! 待てよ待てよ」

 

 裏に隠してローディがシャッフルし、出したトランプをステラがシュッと引く。ジョーカーであった。

 このババ抜きはヴィジョンの料理に先に口をつける方を決める戦いである。ヴィジョンの料理、見た目は整っているが味がやばいパターンが多く実質毒味である。

 その日のカレーは普通に食べられるものだった。

 それから数ヶ月後、ヴィジョンが姿を消した。その数日前にワンダの元へ行くという話を聞いていたので、有言実行したのだろう。

 トニーによると新たなアベンジャーズメンバーの加入の予定もあったがオジャンになったらしく、完全にチームとしての体を成していない状態となった。良かったことといえばトニーとペッパーが遂に結婚を発表したことだろか。

 そんなある日、火災が起こっているのを見かけ、取り残された人を見たステラは駆け出した。火災の発生場所は取り残された人の下の階、消防隊では間に合わないだろう。火災の起きる建物を跳躍で駆け上り侵入すれば三人の逃げ遅れた人たちがいた。それぞれを安全の為に毛布に包んで抱えて飛び降りる。衝撃を和らげる為に道路のガードレールの上に着地し、また上に登り飛び降り着地をし、を三度繰り返し残された人達を全員助け出して野次馬から喝采を受け、その様子はニュースにもなった。

 この出来事に感謝状を送られつつも、裏では協定違反として厳重注意と一週間のコンパウンドでの謹慎を言い渡されることになった。

 トニーもローディもシズもロスコルもみんな怒った。三人の命やそれを守ったステラよりも曲がったガードレールの方が大切なのかと。

 ローディは憤りを隠せないながらも要請で出撃していった為、謹慎ステラは一人でポツンとラウンジに座っていた。

 そこへロスコルがやってくる。手にはハンバーガーチェーン店の紙袋が握られていた。

 

「……ステラ、ソコヴィア協定は、あの時のステラを守る為には……最適だったと俺は思ってる。だから社長の話にも乗ったんだ」

「わかってる。トニーも、お父さんも私の為を思ってくれてやってくれた」

 

 ステラがハンバーガーの包紙を開きながらそう言った。危険度の扱いではステラは核弾頭扱いだ。協定に署名した上でこの状態なら、署名が行われていなければコンパウンドの病室で眠り続ける事もできなかっただろう。眠ったまま隔離施設送りにされていた危険さえあった。

 

「でもな、お父さん思うんだ。その時はステラを守るためのものでも、今はもう、邪魔な代物だって。外からの危険を遠ざける囲いは内側の動きを妨げる檻になってしまうんだって」

「……それは」

 

 ハンバーガーを食べようと口を開いていたステラが目を伏せる。

 

「ステラに我慢させてしまってるのもわかってた。ステラを守るためなんだって勝手な事をして、でも親の役割は子供を檻に入れて守る事じゃない。飛び出していく子供を信じて見守ってやって……子供が疲れたらその時には拠り所になってやる、そういうもので俺はいいと思うんだ」

 

 ロスコルもハンバーガーの包みを開く。

 

「だからステラ、トニーやお父さんへの義理は事は気にするな。ソコヴィア協定がなんだ、ステラがやりたい事の邪魔するならあんな檻、気にせず破って信じた道を突き進んでくれ。お父さんはステラの意思を尊重するからな!」

「……うん!」

 

 ステラが悪事に手を染めるとは微塵も考えていないからこそ言えるロスコルの言葉に、ステラは力強く頷いた。

 

「さ、辛気臭い話はここまでにして、食べよう! 食べれば気分も良くなるから」

 

 ステラとロスコルがハンバーガーを食べ始める。二人だけだったが、その日はなんだかパーティをしている気分になった。任務終わりにローディがステラを慰めようとハンバーガーを買ってきたのでその日は三食ハンバーガーになった。

 

「ステラ? いい? 好きな食べ物を食べる事は悪い事じゃないのよ……だけどねステラ、三食ハンバーガーは見過ごせないわよ」

「……ごめんなさいペッパー」

「大丈夫、ステラも悪気があってやったわけじゃないのはわかってるわよ、ねえそこの男性の方々」

「「いや……慰めようと思って」」

「ええわかってるわ、貴方達の善意もとてもわかるわよ。でもトニーを見て、彼を見れば分かりやすいけれど、善意でも人は悪い方に転がっていく事が多々あるの」

「もういいじゃないかペッパー、僕にだってそういう時期はあった」

「今は違うでしょう? トニー、変えられない過去の訴追ではなくて、私はステラの今から先の話をしてるの」

「ペッパー結婚おめでとう」

「ありがとうステラ。それはそれとして」

 

 ステラが話を逸らしてみようと思ったがダメだった。業界で渡り合ってきた歴戦の仕事人にステラの幼稚な話題逸らしが聞くはずもない。

 三食ハンバーガーをした事をペッパーが偶然知ってしまった為ステラとロスコルにローディも巻き添えで食生活に関する説教を受ける羽目になった。



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AVENGERS: INFINITY WAR
ニューヨークでの戦い


本日投稿二話目ですお気をつけ下さい


「やあ……トニー」

「ブルースお前……生きてたのか……!」

 

 ペッパーとランニングをしつつイチャイチャしていたトニーの元へ突如やってきたドクター・ストレンジ達魔術師のお祝いと宇宙の危機という言葉に困惑しているとその後ろからバナーが現れた。

 驚きと共に思わず喜びを抑えられずにトニーとバナーは抱きしめあいペッパーも笑顔になった。

 ペッパーと別れそのままニューヨークのサンクタムに移動した一同はウォンとストレンジからインフィニティ・ストーンの説明を受けた。そしてタイムストーンをストレンジが守っている事も。

 

「なんて名前だったっけ?」

「サノス、星々を襲ってその星の住人達を半分にしていってる。人口半分教の教主兼狂信者だ。ロキを地球に送ってニューヨークを襲わせたのも奴だ」

「遂にきたか……時間の猶予は?」

「わからない、サノスはスペースとパワーのストーンを手に入れた宇宙最強の存在だ。全てのストーンを手に入れようものなら大虐殺だ」

「そうだとも、それも未曾有のだ。おい宇宙の大鍋に寄りかかるな」

 

 トニーをマントが引っ叩いて体勢を崩したトニーの胸のリアクターが鍋に当たって良い音を立てた。

 

「……そのストーン捨てちまえば良いんじゃないか? 使えないよう粉々に砕くとかどうだ?」

「それは無理だ」

「命をかけて守ると誓った」

「僕も乳製品を断つと誓ったがコラボアイスが出てやめたよ」

「スターククレイジーナッツにウィドウズスパークアイスなんてあったな」

「イケてる。でもなんで僕の方は本名?」

「知らん」

「俺はハルクのイケイケアイスが好きだ」

「そんなのあるの?」

「アベンジャーズ全員分ある」

「ともかくだ、今は状況が違う」

「状況が違っても誓いは変わらない、務めがある。それにこれはサノスに対抗する鍵になる」

「僕も似たような事して酷い目にあった、それは僕たちを滅ぼす鍵でもあるんだ。どんな務めか知らないが今この瞬間大事なのはそんなものじゃない」

「そんなものだと?」

「ああそうとも」

 

 互いに詰め寄って徐々に喧嘩腰になり出すのをバナーが割って入って止める。

 

「おい喧嘩しないでくれ今大事なのは石がここにあるって事だ。ヴィジョンにも合流しよう。彼がマインド・ストーンを持ってる」

 

 トニーがバツの悪そうな顔をした。

 

「それが難しくて……」

「なんで?」

「行方不明だ。二週間前から」

「は? オイオイオイ待ってくれ君は一体何をやらかしたんだトニー!? ヴィジョンが家出するなんて相当だぞ!?」

「なんで僕のせい前提なん「誰ならヴィジョンを探せる?」

 

 食い気味のストレンジを睨んでから全員に背を向けて止まる。

 

「……スティーブ・ロジャース」

 

 バナーが安堵した顔をするのに対してストレンジが顔に手を当てた。

 

「良かった、キャップならすぐに見つけてくれるはずだ。すぐに連絡しよう」

「……簡単に言わないでくれ」

「何がだ? 簡単も何もすぐじゃないかF.R.I.D.A.Y.? 聞いてるなら今すぐ連絡してくれ!」

「君は留守だったな……アベンジャーズは解散したんだ」

「解散? バンドみたいに? それはまたなんでどうして? もしかしてステラを助けようとした時電話がつながらなかったのは何かあったのかい?」

「いや違う。キャプテンと決別してね……ずっと口利いてない」

「なんで? ステラは止めなかったのか?」

「彼女はその時眠り姫だった。起きて泣かれたけど」

「よく生きてるなロスコルに殴り殺されるぞ」

「泣いたトドメは君が死んだのを伝えたからだ」

「……良いかトニー、よく聞け? 女の子を泣かしてまで意地を張る意味があるか? ソーもやられた、サノスにだ! 奴が地球に向かってるつべこべ言わないですぐに連絡しろ!」

 

 ガクガク肩を掴んで揺らすバナーを振り払って迷う顔を見せながらトニーは携帯電話を開いた所で違和感に顔を上げた。

 風が吹き込んできた、上を見れば天井に穴が開いているがそこからのようだ。そこから悲鳴が届く。サンクタムから見える外では人が逃げ惑っている。一同が外に出て風の元凶らしき大通りにやってくれば、そこには輪のような形をした宇宙船が宙に浮き風を巻き起こしていた。ストレンジが魔術で風をかき消せば、青い光と共に大きい宇宙人と小さい宇宙人が現れる。

 

「聞け、そして喜べ。お前達はサノスの子によって死を迎えるのだ。感謝するがいい、意味のな「悪いが地球の床屋は今日定休日だ、そもそもその頭じゃ床屋にかかる程の量もないだろう家で切ってくれ!」

「ストーンを持つものよ、その煩い動物はお前の代弁者か?」

 

 ストレンジが魔術を腕に纏う。

 

「いいや、自分の言葉は自分で語るさ。貴様はこの星に不法侵入している」

 

 ウォンも同じく構えをとる。

 

「さっさと失せろハゲ頭」

「うんざりだな、ストーンを奪え」

 

 ピッケルのような武器を持った宇宙人も戦闘態勢に入る。

 

「バナー」

「ああわかってるさ、やろうハルク、僕たちで。あ、これちょっと持ってて」

「待ったバナーパンツは大丈夫か?」

「大丈夫だ」

 

 ウォンに上着を渡して靴も脱ぎ捨て上半身裸になったバナーが力むと体がみるみる巨大化し、ハルクになった。

 

「ほう、そうなるとはな、だが無駄な事だ」

「わかってないなイカ頭」

 

 走り出した異星人、ブラックドワーフとハルクが衝突する。そのパワー勝負はハルクが制しブラックドワーフごともう一人、エボニーマウへ向け突っ込んでいくが念動力で方角を変えられ建物をぶち抜いて行ってしまった。トニーが新たなナノテクアーマー、マーク50を身に纏いビームを放つもそれを念動力で地面をめくり上げ防ぎ車を叩きつける。吹っ飛ばされたトニーが戻ろうとした所で変形した武器に挟まれ地面に叩きつけられた。振り回されそうになったところをハルクが武器を奪い取りトニーが解放され、ハルクの援護のためビームを放つ。

 

 組み合っているブラックドワーフの顔面に糸が張り付いた。近くの街頭の上に着地したのはピーター、スパイダーマンだ。

 

「やあスタークさん。すげえハルク実物初めて見た! カッコいい!」

「おいどこから湧いた?」

「課外授業行ってたの!」

「あーもう魔術師の方頼む!」

「了解!」

 

 糸を伸ばしていったピーターを見送ってハルクとトニーが共闘する。トニーのビームを盾で防がれるのをハルクがもぎ取って放り捨てた。

 

「意外と共闘できるな」

ハルク仲間となら戦える! ブルースも手伝ってくれる!

「そりゃ心強い」

 

 ハルクが怒りながらもどこか理知的な動きで的確に殴打していく。取り出された刃物もへし折り逆にブラックドワーフに突き刺してやったくらいだ。

 そうしてブラックドワーフを追い込んでいるとピーターから悲鳴が届いた。

 

「スタークさん! 僕さらわれちゃう!」

「おい待て! ハルク、ステラみたいにあっちに向かって投げてくれ!」

 

 ぶん殴って吹っ飛んだブラックドワーフがウォンの魔術で作られたゲートを通ってどこかの雪山に放り捨てられた。

 ハルクがトニーを手に乗せ全力でぶん投げ、初速を得たトニーがさらに加速して空へ行く宇宙船を追う。

 ハルクが跳躍せずに、落っこちていた携帯電話を拾う。

 元に戻るとバナーが携帯電話が無事なのを喜びつつ電話をかけた。電話をかけながら空の彼方に行ってしまった宇宙船の方を見つめていると気を利かせたウォンがさっき脱いだのを持ってきてくれた。

 ニューヨークでの戦いはストレンジがタイムストーンごと拐われ、トニーとピーターがその後を追いかける形で終着することとなった。

 




スターククレイジーナッツ
キャプテン・アイス/ストロベリークリーム
マイティ・ソーダ
ウィドウズスパークアイス
ホークアイの矢尻詰め合わせアイスパック
ハルクのイケイケアイス
ブラック★ロックアイス(ミニチュアロックキャノン付き)


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再会

お気に入り、コメントありがとうございます


「あれだけの事があって、でちゃダメなの」

『そうだとも。今回もまたやってくれたな、その保管箱は政府の備品だ。次は謹慎一ヶ月といったところか?』

 

 ニューヨークへの宇宙船襲来時、ステラはコンパウンドで相変わらず待機命令を出されていたがいてもたってもいられずブースターウィングの保管箱のロックを無理やり壊して装着し飛び出したのだ。

 宇宙船が飛び去ってしまった後だったが戦闘の被害を見てステラは救護活動を行い、一段落がついてようやく戻ってきた所でこれである。

 

『スタークも協定を守らなかった。結局は制御できる代物ではないんだ。これで奴も晴れて犯罪者になった訳だ』

「拘束して軍に服従でもさせるつもりですか?」

『人聞きの悪いことを言うなローディ、正当な奉仕活動の一環だ。罪を犯したものの、な』

「……うるさい」

『なに?』

「黙れって言ってる。トニーのやった事は間違ってない」

「落ち着けステラ、こんなのに言い返しても得はない

 

 ホラグラフィック越しのロス長官がたじろいだ。左目が青紫色の炎を灯しながらステラが睨んでいる。鬼の形相と言うほどはっきりとした怒りの顔ではないが、逆にそれが喉元をナイフで突き刺すような鋭利な殺気となっていた。ホログラフィックがなんらかの影響を受けたのか少しブレる。ロス長官以外のホログラフィックの人物達は努めてステラを見ず、我関せずと言った風情だ。

 

『……ローディ、今すぐステラの装備を没収しろ』

「自分でやっては如何ですか? これから来客の予定もあるので」

『来客だと? ヴィジョンの行方も、ロジャース達クソ犯罪者共の行方もわかってないのになにを言ってるんだ?』

「あー……長官、貴方は疑い深い癖にスーパーヒロインの善性を信じすぎではありませんか?」

 

 ロス長官が仲間の悪口を言うたびに後ろでステラの殺気が増してるのは勘弁して欲しかった。普段怒らない可愛い子が怒ると冗談みたいに怖いのを今ローディは全力で体験しているのである。

 だからステラをこの場に連れてきたくなかったのだ。ロス長官といえば何かにつけてヒーローを批判する為ステラの反感を全力で買うこと不可避なのにステラへの厳重注意も一緒に行うとか言い出すのだから。

 

「ロス長官」

 

 そこへこの場では聞こえないはずの声が聞こえる。ステラは驚き目を見開いてそちらを見た。髭をはやしたスティーブにナターシャ、ピエトロにワンダ、サムが肩を貸した怪我をしたヴィジョンがやってきたのだ。

 

「スティーブ! みんな!」

 

 スティーブにステラが飛びついて二回転くらいした。

 

「ステラ、回復おめでとう。少し背が伸びたか? ローディも、久しぶり」

「おっ、ステライメチェンか〜。回復おめでとう。イカしてるぜ」

『いい度胸だ、よくここに来られたな』

「まあ貴方には度胸が足りないみたいだけれどね?」

『ローディ、ステラ、こいつらを拘そ』

 

 ローディがホログラフィックの電源を落とすのとステラが通信機の電源を落とすのは同時だった。

 

「いけないな、軍法会議ものかもしれない」

 

 ステラの頭をナターシャが撫でている傍でローディとスティーブは再会のハグをしていく。

 

「ヴィジョン、大丈夫?」

「ええ、平気です」

「ならもう少ししゃんとしてくれ、妹を任せるってめちゃくちゃ悩んで決めたんだぞ」

「やあ、変わらないね」

 

 再会を喜んでいると後ろから声がかかった。

 振り返ったナターシャとステラが飛び出す。

 

「ブルース!」「バナー!」

「おわっとおう!? ごめんナターシャ、今帰ったよ。ステラも心配させてごめん」

 

 私のせいだと思っていた、とは言わない。それは言うとバナーへの負担になると思ったからだ。今はただ生きて帰ってきてくれたことを喜んだ。

 

「また襲ってくると思う」

「全員出動といこう、クリントは?」

「家族の為に軟禁中、スコットも」

「スコットって誰」

「アントマン」

「蜘蛛だけじゃなくて蟻もいるのか……。ともかくサノスは最強の軍隊を抱え込んでる。目的を果たすまで邁進する筈だ、狙いは……ヴィジョンのストーン」

 

 皆の視線がヴィジョンの額のマインド・ストーンに注がれる。

 

「なら守らないとね」

「いえ、破壊すべきです」

 

 ナターシャの言葉をヴィジョンが否定する。

 

「ヴィジョン、それ壊したら君は死ぬぞ」

「構いません、皆を守る為ならばこの命投げ出す所存です。同質のエネルギーを照射すれば破壊できます」

「……貴方も一緒にね。この話は無しよ」

「ストーンをサノスに渡さない為には破壊するのが一番なんだ」

 

 つまりマインドストーンを破壊できるのはそれから生まれた超能力を持つワンダという事だ。

 

「嫌だよ、ワンダに悲しい顔させちゃダメだよヴィジョン」「そうだぜ、ワンダを泣かせたらただじゃおけないね、俺が交際を認めたんだもっとハキハキむぐわ」

 

 ステラとピエトロが別方向から反対意見を出すとピエトロの口がサイコキネシスでチャックされた。

 

「しかし他に手がない」

「いや待て、ヴィジョンイコールマインドストーンって訳じゃない。彼は元々はウルトロン、トニー、僕、マインドストーン、そしてJ.A.R.V.I.S.が合わさって生まれた存在だ。石だけうまく取り出せば、ヴィジョンは死なない」

 

 バナーの提案にワンダが表情を明るくする。

 

「なら今すぐ始めましょう」

「いやダメだここの設備じゃ足りない」

「……いい場所を知ってる。すぐにいこう」

「あ、ごめんなさい。少し待ってて」

「いっそ色々持っていっちまおう」

 

 スティーブがいい場所があるというので皆で乗り込んで必要そうな物をあるったけ拝借していく。弾薬を持てるだけ持ったローディの傍でステラがブラックブレードを手に持ってきた。トニーが作った新装備はソコヴィア協定でも特に厳格に封印されてステラは一度も使ったことがない。

 核戦争にも耐えそうな難攻不落の金庫だがステラにたやすく扉をぶった斬られ中に収められていた物を取り出す。それは新型ロックキャノン。トニーが直筆して付けたネームプレートに"イノセント・カノンランス"と書かれていた。一度も使われることがなかった為そのままだったのだ。

 そして履いているロングブーツを脱ぎ捨てると専用のインナーを履いてその上から足用の防具を装着する。トニーがカノンランスの後に余った合金を用いて作った物で、背中のスラスターウィングに合わせて塗装がされている。右太腿に付けられたホルスターにはエネルギーハンドガンが備えられている。

 今ステラはトニーが想定するフル装備の状態である。

 その状態で乗り込んできたステラにピエトロとサムが口笛を吹いた。

 

「いい感じだ」

「ありがとう」

「よしみんな揃ったな。向かう先は、ワカンダだ」

 

 アベンジャーズ・コンパウンドからクインジェットが飛びたつ。彼らが向かうのは地球で最も科学の進んだ国である。

 

 

 

 

 ブラックパンサーの石像が見下ろす大都市の先、厳戒態勢を取るワカンダの一角を国王ティチャラとオコエが歩いていた。

 

「ボーダー族からドーラミラージュ、衛兵も待機中です」

「ジャバリ族にも声をかけよう。エムバクは戦いが好きだ」

「それで、彼はどうします?」

「戦争はもうごめんだろうが、世界の危機だ。ホワイトウルフの休息は終わりとなる」

 

 隻腕の男がやってくる。彼はバッキー・バーンズ、ウィンターソルジャーであった男だ。

 

「あとピンクラビットにも声をかけろ。手伝えば刑罰を短くしてやるともな」

「以前回収した物を?」

「ああ、そのまま使わせればいい。未だ一線級の代物だ」

 

 バッキーの目の前で開けられた箱には、以前破壊された彼の腕に代わる新たな腕が用意されていた。

 

「……敵はどこだ?」

「向かってきている。限りなく強大な敵だ、キャプテンが助けを求めている」

「いいとも、やってやる」

 

 腕を掴み左手にはめる。付けられた腕は問題なく機能し、拳が握り込まれた。



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ワカンダ決戦

コメントがモチベ維持に非常に役に立っております。本当にありがとうございます


「やあステラ。無事目覚めたのは知っていたが、よかった」

「はじめまして、国王陛下」

「……」

「……?」

「……ステラ、パンサー、パンサーよ」

「あ、黒猫さん?」

 

 オコエがステラを見てからじっとりとした目でティチャラの方を見た。

 

「攻撃はどれほどのを?」

 

 少し誤魔化すように対面を終えて歩き出しながらティチャラは問う。ヴィジョンはワンダとピエトロと共に先にシュリの研究所に行ってもらう。

 

「あーかなり大々的な攻撃です陛下」

「戦力は?」

「王宮の衛兵、ボーダー族、ドーラミラージュ、そして」

 

 現れたのはバッキーだ。

 

「半分いかれた百歳の男」

 

 復活したバッキーにスティーブが熱い抱擁をした。

 

「元気かバッキー」

「ああ、まあこの世の終わりにしてはな」

「あれ? 私は?」

「ナフェ?」

「うっわステラじゃん来るなんて聞いてないよ!」

 

 二人の影から出てきたナフェがステラを見てバッキーの影に隠れた。

 

「大丈夫、殺したりしない」

「言い方が物騒なんだけど!?」

「こいつは罪を償っている最中だが、世界の危機だ。使っていこう」

 

 バッキーとナフェが合流しシュリの研究所でヴィジョンの状態を確認してマインド・ストーンの取り出しを始めようとしたところ、タイミング悪く大気圏外からの侵入者を検知した。

 地球そのものが侵入を拒むかのような大気の圧縮断熱に耐え空から流星が降り注ぐ。一発目、ヴィジョン直上を狙って降ってきたものワカンダの誇るバリアに阻まれ大爆発を起こし崩壊する。それ以外のものが続々とバリア近傍の森に落着し、まるで尖塔のように直立した。

 

「今すぐストーンの破壊を」

「動かないで、手元が狂う」

「ワンダ、ヴィジョンからストーンが取り出されたならすぐ様破壊しろ。いいな」

「わかった」

「時間を稼ぐ。国民を避難させ防御を固めるんだ。彼には盾を頼む」

 

 研究所の皆が一斉に動き出す。

 

「今はハルクには変身しない。今度の強敵に勝つには僕とハルク二人で協力する必要があるんだ。だからそれが来るまでは……僕はこれで戦う」

 

 ワカンダの戦力がホバー艇に乗り込んでいく中バナーはコンパウンドから拝借してきたモノのなかで少し埃をかぶっていたハルクバスターマーク2を身に纏う。

 

「トニーはすごいな日頃の訓練の成果だなぁ」

 

 最初ホバー艇から大きく遅れをとったバナーが走っている間に動きに慣れながら決戦の場にヒーロー達が集っていく。

 バナーの前にステラ、ローディ、サムが空から着地した。その後ろでアーマメントに座ったナフェが待機する。整列するワカンダの戦士達。

 中心にいるのはスティーブ、バッキー、ナターシャ、ティチャラだ。

 掛け声で戦意を高めるジャバリ族の長エムバクとティチャラが熱い握手を交わす。

 

「よく来てくれた。共に立ち上がろう」

「当然だ、兄弟」

 

 バリアを隔てた先に二人の人物が現れた。ニューヨークで戦ったブラック・ドワーフ、ヴィジョンを襲ったプロキシマ・ミッドナイトだ。剣でバリアに触れスパークと斥力に阻まれる。

 そこへこちらを代表しスティーブ、ティチャラ、ナターシャの三人が赴いた。

 

「どうも? 降伏に来たのかしら、もう一人は?」

「お前たちの血であがなう。ストーンはサノスのものだ」

「それは宣戦布告ととって良いか」

「宣戦布告? 良いや違う。これから始めるのは虐殺だ」

「ここは我が国ワカンダ、サノスは血を流し、チリと消える」

「血ならいくらでも流してやる」

「ステラ、やれ」

 

 プロキシマとスティーブが手をあげたのは同時だった

 

 ステラが歩み出て左目から青紫色の炎を吹き出す。イノセント・カノンランスを構えると砲身を包むようになっていた三つのフレームが開き、下側のランス部分がそのまま地面に突き刺さる。パチリと一度スパークを出して開いたフレームと同等の太さのビームが放たれた。

 バリアを貫いてなおその威力は衰えず、突き立った尖塔の一つに直撃し大爆発を起こす。

 

「良い開戦の狼煙だった」

「よくやったステラ」

「トニーがすごいの作ってくれてたおかげ」

 

 ビーム発射の熱量で赤くなったフレームを閉じて元の状態に戻しステラがカノンランスを構える。

 

「今ので降伏するって?」

「いやそれはない」

 

 プロキシマが忌々しげにそれを見ながらもジャングルからそれ以外の無事だったドロップシップから大量のアウトライダー達が湧き出し、ワカンダのバリアに接触していく。

 サムとローディが空を飛び戦闘態勢を整え、ティチャラが掛け声をかけ戦意を高めていく。

 アウトライダー達が無理やり抜けようとどんどんとバリアに押し寄せる。後ろから押され人間なら容易く圧死するような状況でも構わず押されていき、バリアを抜けそうになるとバリアがそれらを切断する。

 

「不味いって障子紙みたいに破られちゃうよ」

 

 ナフェが心配そうにしているが障子紙のように突き抜けていったシング・ラブがおかしいだけである。事実バリアを無事抜けたアウトライダー達は全体の百分の一以下だ。

 ボーダー族が防壁を展開し抜けてきた敵達に光弾を当て倒していく。バナー、ステラ、バッキー、サム、ナフェ、ローディもそれに加わり駆逐していくが、バリアに沿ってどんどんと外側のアウトライダー達が広がっていく。

 

「キャプテンまずい、後ろに回り込まれたらヴィジョン達じゃ対処しきれないぞ」

「なら後ろに回り込ませなければ良い」

「けどどうやって?」

 

 苦渋と決断をするようにティチャラが口を開く。

 

「バリアを開ける。合図したら、北西のセクション17を開けるんだ」

『陛下、確認願います、バリアを……開けるのですか!?』

「合図したらな。ステラ、もう一度頼めるか?」

 

 再びティチャラが掛け声をすれば、防壁を作っていたボーダー族がそれを止め、ヒーロー達も含め全員が突撃態勢を取った。

 

「ワカンダ最後の日か」

「ならば歴史に残る……尊い戦いを」

「ワカンダ!! フォーエバー!!」

 

 叫びと共に一斉に戦場を駆け出す。駆け下りる途中、ティチャラが合図を出した。

 バリアが縦に割れ、開かれる。雪崩れ込むアウトライダーの先にステラが地面をえぐりながら着地、再びの極大ビームが放たれ雪崩を押し返して消し飛ばす。川の水が蒸発し両端のバリアに干渉するほどの熱量。

 真っ赤になったイノセント・カノンランスを元に戻すステラの脇を抜け川を飛び越えティチャラとスティーブがアウトライダーに殴りかかった。続いてバナーのハルクバスターやボーダー族が、ドーラミラージュ、衛兵、ジャバリ族が殺到して大乱戦が始まった。ステラも赤くなったカノンランスを振り回して敵をぶったぎりぶん殴りで戦う。

 ナフェは空からアーマメントの隊列を構築し迫る敵達をローディと共に弾幕を張って迎え撃った。

 

「どのくらいかかるシュリ!」

『まだまだよ兄さん』

「急いだ方がいい!」

 

 ローディが発生させた爆炎の中からピッケルのようなものが投擲されナフェの乗るアーマメントにぶつかりナフェがバランスを崩して落ちたのをローディがキャッチ。

 

「……ありがとう」

「構わんさ」

 

 アーマメントに戻ったナフェが小さく礼を言った。大乱戦に紛れてブラックオーダーの二人がバリア内に侵入したのだ。過熱状態から回復したカノンランスをヴォルカノンモードで起動しスコールの如く光弾を吐き出して敵を駆逐する。

 そこへ虹色の光の束が降り注ぐ。何事かと皆がそちらに気を取られれば内側から雷を纏った斧、ストームブレイカーが投げられアウトライダー達が爆散していく。消えた光の束から現れたのはソーだ。敵に向い雷を纏う様はまさしく雷神。その後ろにはロケットとグルートが続く。

 

「サノスを……呼んでこい!」

 

 振り下ろされた一撃は辺りを吹き飛ばし、伝う雷が敵を打ち滅ぼした。

 光線銃を撒き散らすロケットに多数の敵、そこへステラが着地しロケットを引っ掴んで上空へと飛び上がりカノンランスをぶっ放す。

 

「のうおぁ!? うおりゃぁぁあ!」

 

 カノンランスに負けじとロケットが光線銃を撃ちまくり着地、そこに迫った敵にバッキーが左手のサイバネティックアームでパンチ、地面に突き刺さって動かなくなった。

 ステラがロケットの方を見ている。

 

「おい、言うなよ言うんじゃないぞ」

「……アライグマ?」

「誰がアライグマだぶっ殺すぞ!!」

「……ごめんなさい」

「おい何やってるんだ戦え」

「本当に、ごめんなさい」

「後で侮辱罪で賠償金じゃぁ!」

 

 掴んでいて暴れるロケットを下ろして飛んでいくステラにロケットは吠えながら鬱憤ばらしと言わんばかりにアウトライダーをバッキーと共に銃を撃ちまくった。



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ブラックオーダー

本日二話目ですご注意ください


 戦局はややワカンダの側に傾いていた。ソーとステラの大火力で数の暴力を薙ぎ払っているのだ。

 そこへ地響きが届く。尖塔の立つジャングルから地面が膨らみバリアを突き抜け巨大な丸鋸の集合体のようなものが姿を現した。ブースターを全速でふかしステラがカノンランスでそれを受け止め火花を散らすが、左右が分離し他にも続々と姿を表し大暴れを始めた。味方のアウトライダーも構わず殺しながら動いているが使い捨ての駒故に被害が甚大になるのはワカンダ側だ。

 

「サム! ナフェ! 側面を狙え!」

「やってみる!」

「もうやってるっての!」

 

 サムとナフェが側面から攻撃を集中し破壊していく。火花を散らしながら受け止めていたステラが逆手でエネルギーを纏いながらブラックブレードを振り抜きそれを真っ二つにする。慣性に従って土砂を撒き散らしながら地面に倒れた。

 着地後馬鹿みたいな量で群がってくるアウトライダー達を蹴り切り撃ち抜いていくが量が量なので他を構う余裕がない。適当にカノンランスをぶっ放すとフレンドリーファイアの危険もある。

 その先ではブラックパンサーに襲いかかるダークドワーフにむけバナーがビームを放ちながら殴りかかる。だがいなされ片腕を逆にもぎ取られた。そこから緑色の腕が装甲を突き破って現れた。

 

「ハルク!? まだだ早……いややるしか無いか! やるぞ!

 

 ハルクバスターが内側から弾け中からハルクが飛び出してくる。ハルクバスターのプランを考えた当時のトニーが見たら大爆笑しそうな光景だ。ダークドワーフの顔面をアッパーでカチ上げ吹っ飛ぶダークドワーフが腕にくっつけたピッケルに引っ張られ二人は巨大丸鋸に轢かれる。

 がさすがの耐久、回るその側面にくっついたまま近接戦を続行した。

 二人の激突のパワーで内部の機構が破綻し巨大丸鋸は横転、群がってくるアウトライダー達も鎧袖一触にしながらしかしダークドワーフのタフネスも凄まじい。殴りピッケルのブースターで飛ばされたハルクがバリアに接触し背中が焦げた。ピッケルをへし折りバリアから離れる。

 それを少し見てから笑みを浮かべ咆哮を上げる。ハルクが飛び上がる。あまりにもわかりやすい攻撃にダークドワーフがカウンターを合わせようとした時、ハルクはその顔面ではなく、少し手前の空間で両腕を叩き合わせた。

 

ハルクスマッシュ!

 

 衝撃波が周りのアウトライダーを吹っ飛ばし少し離れた所で戦う人々の耳に少しダメージを入れた。最もダメージを受けたのは当然ダークドワーフだ。

 

(ちょっと違くないかいハルク? でもこれで整った! やろう!)

 

 平衡感覚を潰されたダークドワーフの顔面を数度殴打。そのまま頭を掴んでハルクは全力疾走する。そしてバリアにその頭を押し付けながら駆けずり回る。ダークドワーフが暴れるがその抵抗は先ほどよりか弱い。衝撃波のダメージが抜けておらず、その程度の攻撃で怯むほどハルクは弱くない。頭が完全に焼き切れ、事も切れたダークドワーフだったのを武器にぶん回しステラに群がっていたアウトライダーズを空に向け吹っ飛ばす、それに合わせ上に向けてステラが砲撃を乱射し敵を消しとばしていく。

 

『陛下、敵の攻撃より負荷が掛かってます止めさせてください』

「構うな、ここで負けたらバリアも何も無いんだ」

 

 外れたいくつかがバリアに衝突したりでかなり負荷をかけているらしくティチャラにバリア担当のオペレーターから苦言が来ていたがそれを宥めてティチャラも戦いを続行する。

 

 別の場所ではナターシャとオコエを轢こうとした丸鋸集合体が赤いオーラに包まれ宙に浮く。そこにいたのはワンダだ。全力でサイコキネシスを操り、横向きにしてアウトライダーの大群を一気に轢きなぎ払う。

 

「なんでもっと早く来ないの?」

 

 オコエがそんな事を言ってるのをワンダは笑ってごまかした。

 

「現場に現れた。今よ」

 

 それを遠くから確認したプロキシマが通信を送る。

 それを受け取ったコーヴァス・フレイヴがシュリの研究所に姿を表す。護衛をしていた衛兵を斬り殺そうとして、しかし突如体が宙を舞い、打撃を連続で食いながらシュリの脇を抜けてガラスを突き破って森へ落ちていく。

 

「ピエトロ、あと十分持たせて頂戴!」

「昼寝ができるぜ? よっそこのあんた。速すぎて見えなかった?」

 

 地面に落ちたコーヴァスの脇に立って肩を竦めて煽る。槍が突き出された頃にはそこにはおらず反対側から蹴飛ばされる。

 

「将来の義弟の為にもお兄ちゃん頑張らなきゃいけないんでね、ま、そこそこ頑張らせてもらうよ」

 

 ピエトロの速度に対処しきれないコーヴァスが一方的に攻撃を受け続ける。速度差が凄まじすぎてフェイントで騙すことすら困難なのだ。そんな状態がしばらく続いてコーヴァスが持っていた槍も弾かれた。

 

「まじおたくら硬すぎなんだよな。殴ってるこっちが痛くなってくるよ」

 

 手をフルフルさせるピエトロを忌々しそうな目でコーヴァスが睨む。ピエトロが止めと言わんばかりに背後から顔面を殴った瞬間、その手を掴まれた。急制動が掛かりピエトロの肩が軋む。

 

「油断したな……あれだけ見せられれば、掴むことは容易い」

 

 余裕を見せているがコーヴァスからしても完全に賭けであった。耐久力を生かして背後から頭を殴られる場合のみに完全に集中して狙っていたのだ。そして短剣をピエトロの足に突き刺す。

 

「これでもうご自慢の速度は出まい」

「どうかな?」

 

 やせ我慢気味に笑いながらもピエトロが高速移動で殴り飛ばし、転倒する。その前にやってきて槍をわざわざ手に取りピエトロの顔面に突きつけた。

 

「さて、死ね」

「知らないのか? 倒す前の舌舐めずりは負けるんだぜ?」

 

 それに応えるように引き、突き出された槍がドーラミラージュの持つヴィブラニウム製の槍で阻まれる。いたのはヴィジョンだ。鮮やかだった赤色の体は燻んでいるが、その目に宿る意思は強い。

 

「お前、ストーンはどうした?」

「いえ知りません、私は、私です。大丈夫ですかお義兄さん」

「やめろそう言われるとなんかむかつく」

 

 立ち上がりピエトロが笑う。

 槍同士が激しくぶつかり合うが技量で勝るのは当然コーヴァスだ。ヴィジョンが借りたドーラミラージュの槍ごとヴィジョンを森の外へ吹き飛ばす。

 

「石がそこにないなら、お前に用はない」

 

 上の研究所から見下ろすシュリの顔を見て、コーヴァスが邪悪な笑みを浮かべる。

 ピエトロがそこへ足から血を吹き出しながら槍を奪い高速移動で全力で蹴り上げる。そして森から飛び出し太陽の光を浴び、ヴィジョンのストーンが失われた額へ当たり一帯の太陽光が集中して空がわずかな間暗くなる。陽光が戻れば山吹色に輝くマインドストーンと似た石がその額へ収まった。

 その額からビームが放たれる。太陽の力を集約した破壊光線だ。それを空中で躱すこともできず手で無理やり防ごうとするが両手を貫通しさらには胴体も焼き貫いて火の玉となって森に落下する。

 ヴィジョンが以前つけられた傷を抱えて伏せた所にびっこを引いてやってきたピエトロと拳をガツンとぶつけ合って笑った。

 

『兄さん石が取り出せたよ! ワンダを連れてきて!』

「ワンダ出番だ! シュリのところへ向え!!」

 

 シュリがティチャラに通信を送りティチャラが皆に指示を出す。

 サイコキネシスで飛び上がろうとしたワンダの足をプロキシマが掴み地面に叩きつけた。

 

「行かせると思うか、お前はここで死ぬ」

「いいえ」

「ここで死ぬのはお前よ」

 

 嘲るように脳震盪を起こしてふらつくワンダに剣を突きつけるプロキシマの元へ、オコエとナターシャが駆けつけて武器を構えた。

 プロキシマが怒りながら武器を振るう。技量はやはりサノスの部下というだけあり凄まじく、異星人ゆえの膂力の高さもあって数の利が意味を成していない。遠方ではローディ達が巨大丸鋸を破壊する為に奮闘している。ロッドを分割しバトン二本にしたナターシャが殴りかかる。電流もモノともせずに反撃してくる様は人の姿をした怪物だ。オコエも蹴り飛ばされ槍の防御を貫かれて地面を転がる。

 足払いで蹴りの軸足を払い倒れさせるとロッドを押し込みウィドウズバイトを叩き込もうとするが膝蹴りで腹を蹴り飛ばされ悶絶、立場が入れ替わり逆に首に剣を突き立てられそうになるのを必死で防ぐ。

 そこへ赤いオーラがプロキシマを覆い空へ投げ飛ばされた。そこへハルクがやってきてパンチ。さらに吹っ飛んだプロキシマはバリアに突き刺さり、バリアによって上下真っ二つになり絶命した。

 三人は少しばかり地面に座って笑いあった。

 

「はーあいつほんと最低。ワンダ、行くわよハルク! バナー! 手伝って!」

「えっちょっと待ってああああああ!?」

 

 未だふらつくワンダの為ハルクを呼ぶ。ハルクに抱えられたワンダが悲鳴を上げながらシュリの待つ研究所に向かって行った。

 

「……後でひどい目に遭わされそう」

「……私ならひどい目に遭わせるね」

 

 ナターシャとオコエが苦笑しあってまた戦いに戻る。

 上位者の消失で戦局はワカンダ側に完全に傾くこととなった。




二十一話のシング・ラブがおかしいのがわかるバリア性能


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敗北

 勝利が確実となり撤退する敵へソーが追撃を試みる中、ピエトロとヴィジョン達周囲の空気が変わった。何かが、来る。

 

 二人から少し離れた森の中の空間が歪曲し、青い光を伴った穴が開く。そこから現れたのは紫色の肌をしたタイタン族の男、サノスだ。ピエトロの顔から汗が吹き出す。

 

「サノスだ! サノスが来たぞ!」

『絶対にストーンを渡すな! ワンダが破壊するまで時間稼ぎをするんだ!』

 

 ピエトロが通信機で叫ぶ。

 シュリの研究所へ飛ぶハルクが横目でサノスを認識し、ワンダを送り届け跳躍する。突っ込んでくるハルクに向けてサノスはストーンの力を発動しハルクは地面をそのまま透過していき地下深くの空間にあるヴィブラニウム採掘場を落下していく。

 

「遠いな」

 

 ガントレットを握り込み、引けば断崖の上に立っていたシュリの研究所が崖ごと地面に落下埋没し、中でストーンを破壊しようとしていたワンダやシュリが護衛達と共に余波で天井から床に叩きつけられる。

 ヴィジョンが再度破壊光線を放つが、リアリティストーンの生み出した赤い塊と衝突し、ビームを吸収しながら突き進むのをピエトロが咄嗟に高速移動で突き飛ばし回避、飛んで行った先で塊は大爆発を起こした。そこへ高速で飛来し足場にした木がへし折れながらステラが現れカノンランスを構え毎秒二十連射の砲撃を開始した。

 

「サノス! あなたをわたしは……認めない!」

 

 サノスがパワーストーンのビームを放つが、拮抗は僅かでステラの砲撃が押し始める。 そこでサノスはタイムストーンを発動しガントレット周りを緑の輪が覆った。

 スペースストーン、リアリティストーン、ソウルストーンの力を合わせるたびステラの砲撃の方が逆に押され始めたが、ステラは砲撃をそのまま、フレームを開き最大火力の極大ビームを放った。スペースストーンを用いた防御すらそれは貫通しサノスを焼く。ステラを見失ったサノスの左腕がステラのブラックブレードで切り落とされ無力化、さらに駆けつけたヒーロー達に拘束され最後にはソーに首を切られた。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サノス! あなたをわたしは……認めない!」

 

 サノスがパワーストーンのビームを放つが、拮抗は僅かでステラの砲撃が押し始める。サノスはリアリティストーンで障壁を作り砲撃を躱すと周囲の木々を鋼に変えステラに向け放った。ステラはカノンランスでそれらを弾き飛ばしサノスへ向け迫る。ハルクと同じく空間を透過させ生き埋めにしようとするが、ステラの体は地面に沈むことなく進み、カノンランスの振り下ろしをガントレットで受け止める。ステラのブラックブレードの振り下ろしにスペースストーンの力で間に異空間へと繋がる盾を形成し防御を図るがステラのブラックブレードから出るオーラがその異空間ごとサノスを袈裟斬りに縦真っ二つにした。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サノス! あなたをわたしは……認めない!」

 

 サノスがパワーストーンのビームを放つが、拮抗は僅かでステラの砲撃が押し始める。サノスはバリアを張り突進、砲撃を突き抜けステラをガントレットで殴りつけた。カノンランスが吹っ飛びステラの持つブラックブレードをガントレットで握りストーンの膨大なエネルギーを用いてへし折る。だがそこへステラの蹴りが腹部へ突き刺さり吐血する。怪我を負いながらも続々と合流するヒーロー達に袋叩き気味に戦っていればソーが現れ、幾ばくかの会話の後止めに首を切り落とした。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サノス! あなたをわたしは……認めない!」

 

 サノスがパワーストーンのビームを放つが、拮抗は僅かでステラの砲撃が押し始める。サノスはバリアを張ってそれを突破しカノンランスを殴り飛ばした。ブラックブレードで切り裂こうとするステラをサノスはヴィジョンとピエトロを引っ張り盾にする事でステラが急停止、その隙にソウルストーンのエネルギーを全力で込めてステラの顔面を殴打し昏倒させると三人とも放り捨て動けぬよう周囲の木々の根が体を拘束する。

 

「成る程、一部スタークの言葉は正しかったようだ」

 

 一旦ガントレットの周りを回る緑の光が消え、再度発生する。サノスが先ほどまで行ったことを認識できる者は今この場にいない。居るとすれば別次元にいるドルマムゥなど時間を超越した存在だろう。

 迫るスティーブをパワーストーンのオーラで弾きサムを墜落させローディを押しつぶし、ナターシャとオコエを吹き飛ばしそれぞれを岩で拘束する。グルートの枝を引きちぎりティチャラを掴み地面に叩きつける。先ほどと同じく何度かの試行で最短経路で突破される。

 五つの石を合わせた攻撃が石を破壊しようとしていたワンダの防壁を突き破りシュリごと吹っ飛ばす。そしてそのマインドストーンを奪い取るとガントレットに嵌め込む。

 ついに揃った六つのインフィニティ・ストーンのエネルギーがサノスの体を駆け巡る。そこへ雷が突き刺さりサノスが吹き飛ばされる。ソーが飛来するのをストーンのビームで迎撃するが、ソーが投げたストームブレイカーが威力を減衰させつつもビームを弾き貫き、サノスの体に突き刺さった。本来の威力であればサノスの体を突き抜けていただろう。

 ダメージに膝をつくサノスの前へソーが降り立つ。

 

「言ったはずだぞ、お前を殺してやると」

「グァァァア!」

 

 首を掴み、斧の峰側からサノスに押し込む。ソーはアスガルドの王ではなく、一人の復讐者として死んだ同胞達の無念を晴らすようにサノスに苦痛を与える。

 

「あ……ああ、あまい……甘いな」

 

 復讐心がソーの眼を曇らせていた。苦痛を味わわせるのではなくすぐさま殺すべきだったのだ。しかし無理もない。ヘイムダルを含めたアスガルドの民を、ロキを殺された復讐心だけでここまで来られたのだ。その炎はソー自身でさえ制御できる代物ではない。

 

「頭を、狙うべきだったな」

 

 サノスが左手の指を鳴らした。

 

「やめろ!」

 

 白い光が弾ける。

 その荘厳だった左腕のガントレットは焼け焦げ左腕自体もまるで内から火が吹き出したかのように焼け焦げ一部が炭化している。だが至近にいたソーは無事だ。

 

「何をした……何をしたんだ!?」

 

 ソーの問いに答えることなくサノスはスペースストーンの空間転移で斧を残し姿を消した。静寂が訪れる。

 そこへスティーブが痛む体を引きずりながら現れた。

 

「サノスは、サノスはどこに? ソー? どこに行った?」

「スティーブ」

 

 スティーブがバッキーの声にそちらを向けば、バッキーの体がまるで埃になっていくかのように崩れて、機関銃を残して姿を消した。

 近づいて触るも、バッキーが居たという痕跡は一切残っていない。ただ今も空気に溶けていく埃のようなものがあるだけだ。二人が驚愕のまま見合わせた。

 同じ事態は同様に他の場所でも起こっていた。ワカンダの戦士達が人が消えていく。

 

「ワンダ、ワンダ、無事ですか」

「ああ……ヴィジョン……怖い」

「大丈夫です、大丈夫ですから……ワンダ」

 

 ワンダを抱き起こそうとしてワンダがほつれ散る。驚愕するヴィジョンもまた体を崩しながら天を仰いだ。

 

「おいステラ、おっ起きたな。寝るにはまだ早いぜ?」

「ありがとうピエトロ……ピエトロ?」

 

 ステラを起こしたピエトロが消え、目覚めたステラが辺りを見回してもピエトロの姿が見当たらない。

 

「シュリ! 無事か? 隊長もこんな所で死ぬな……」

 

 シュリを抱きオコエを助け起こそうとしたティチャラがオコエの目の前でチリに帰る。オコエが声にならない声で哭いた。

 

「サム! どこだサム!」

「おい鳥! 呼んでるんだから出てこいよ!」

 

 ナフェとローディがサムを探すが、その姿はもうこの世のどこにもない。

 

「俺は……グルート」

「ああ……おい、おいおいおいおい……グルート……そんな」

 

 消えるグルートをロケットが看取り、拳を握って俯いた。

 腰を落としたスティーブの下へ生き残っていた者たちが集まってくる。

 

「一体何なんだ……何が起こっているんだ?」

 

 ローディの言葉に答えられるものはいない。何が起こっているのかさっぱりわからない。だが一つだけわかることがある。

 

「……そんな」

 

 スティーブ達は、負けたのだ。



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メッセージ

 ステラはブラックトライクをロスコルの待っているであろう自宅へ向けて走っていた。

 ここにまでに多くの混乱が起きた。あらゆる地域の身分、所得、人種、性別あらゆる一切を無視して半分の人間が消えたのだ。それによって生じた多くの人々の苦難を助け、手伝った。だがステラの本音は少しでも家に帰るのを遅らせる為に、物事を確定させたくはないが為に。

 電話にロスコルが出ないのはきっと通信基地局がパニックになっているせいだ。スタークインダストリーもきっと大忙しでステラの電話に出るどころでは無いのだろう。きっとそうである。アベンジャーズ・コンパウンドに押し寄せた難民のような状態の人々を皆で守り、国家権力が崩壊した事で現れたアウトロー達を()()()()()()()()()()。人々に一定の安寧が訪れ、混乱も収まり出した。

 シズが無事生きていて、スティーブのカリスマと共にヒーローとして指揮を取ってくれたことも大きな要因だった。

 そうして激動の数日を終えたステラが、相変わらず家に帰ることなくコンパウンドにのソファーに座っているとスティーブがやってきたのだ。

 

「ステラ、ここはもういい、一旦家に帰って……家族の安否を確認してやってくれ」

 

 辛くとも、見なければいけない。暗にスティーブはそう言っていることはわかるが、どうしても不安で逃げたくなってしまう。ピエトロもワンダもヴィジョンも消えた。トニーだっていない。

 

「……だ、大丈夫。私まだ頑張れるよ。今は人が必要な時だからだから」

「ステラ」

 

 スティーブがステラの肩を掴んで見つめた。ステラの顔に疲労が浮かんでいる。ここ数日まともに寝られていなかったのだ。

 

「せめて休んでくれ、君だって疲れてる」

「……わかった」

 

 ステラは目を伏せてコンパウンドから出ていった。道中は事故を起こした車は今だに放置されているが、どうにか脇に避けて道は確保された状態になっているところをブラックトライクでかけていく。市内を抜けロングアイランド島に辿り着けばこの付近は比較的混乱がなかったようで、それでも至るところに探し人の張り紙がはりつけられている。

 車庫を開けてブラックトライクをしまおうと思えば、家の電気がついている。中からテレビの音もする。ステラが目を見開いて玄関を開ける。

 

「ただいま!」

 

 返事はない。

 

「……ただいま! ……ただいま!! ……ただいま!!!」

 

 玄関から喉が切れそうなほどの大声を出しても、帰ってくるのはテレビの緊急番組の音だけだ。わかっていても認めたくはない。ロスコルがいるならばブラックトライクの音が聞こえてきただけで家から飛び出してきていたはずだと言うことを。

 

「お父さん! ただいまお父さん! どこにいるの? 仕事に行ってるの?」

 

 リビングにやってくると、そこに先ほどまで誰かが座っていたかのように、冷めてカビの生えたコーヒーカップが置いてある。

 

「……お父さん?」

 

 コツン、と足先に当たったものを見る。ロスコルの携帯電話だ。先月新モデルが出たとか言って買ってきたのがステラが広報をやらされている時にコラボさせられたブラック★ロックシューターカラーなる代物で、黒地に白い星の意匠が添えられたものだ。傷一つなかったそれが画面がひび割れてしまっている。

 画面をつければ暗証番号を要求されるが、ステラは教えられていたので問題なく開く。録音の画面がついていて、数日前に上限の三時間の録音がされたものがあった。

 再生ボタンを押す。

 

『ステラ、俺はいつだってそばにいるか……』

 

 ロスコルの声が途切れ、ガタンと床に落ちる音がした後は延々とテレビや外の喧騒の音が続いていた。

 

「う……うう……ぁ……お父さん……! お父さん……ぅぁ……ロスコル……!」

 

 ステラは携帯電話を胸に抱いて泣いた。お別れすら言えていない。ただ突如理不尽な力で消えてしまったのだ。ステラは自身の無力を呪った。自分が許せなかった。トニーに信じてと言った自分はこんなにも弱かったのだと。

 しばらく泣き続けた後ステラはもう一度録音を再生した。

 

『ステラ、俺はいつだってそばにいるか……』

 

 いつだってそばにいてくれる。とロスコルは言った。だからステラは立ち上がった。涙はまだ止まらない、それでも立ち止まるわけにはいかないのだ。そばで見ていてくれるロスコルを心配させてしまうのだから。コーヒーカップを片付け、ロスコルの携帯電話をテーブルの上に置いてステラはシャワーを浴びた。少しケアを怠っていただけで跳ね回る髪の毛に苦笑しながらペッパーに教えられてからずっと変わらず続けているケアをしっかり行って髪を整えると自室のベッドに入り、ロスコルの写真におやすみなさいと呟いてから眠りについた。

 翌日コンパウンドに戻ってきたステラを皆が心配そうに見ている。ステラは儚げながらも笑顔を浮かべた。

 

「わたしは、自分が許せない、サノスに勝てなかった自分が」

「誰だってそうだ」

「ああそうさ僕だって、ハルクだって、みんなそうさ」

「でもだから……下を向いて止まるわけにはいかない。お父さんが側で見ていてくれる。一人じゃないから私達は困難に立ち向かっていけるって……だからまだ終わりじゃない」

「ああそうだとも、サノスは必ず倒す」

 

 皆が皆誰かの喪失を抱えながらも前に進むしかないことをわかっていた。皆が意気込む中、ソーは目を伏せたまま心ここにあらずという様子だった。

 意気込んだバナーとロケットが必死でサノスの位置を特定しようと試みているが、うまくいっていない。衛星、宇宙観測機、あらゆるものを使ってもだ。サノスの痕跡は観測可能な領域に一切存在しなかった。

 数日がたったある日ニック・フューリーの落とし物が発見された。一見ヘンテコな古臭いポケベルだ。しかし高度な技術が使われているらしくバナーが研究室に安置していた。集合しバナーからの説明を受けた面々が難しい顔をする。

 

「……これをどうしろと?」

「フューリーの持ち物だ。何かしらの鍵を握ってるかもしれない」

「そうは言われても……」

「フューリーはどこ?」

 

 突然後ろからかけられた声に皆が驚き振り返る。ステラとローディは武装をそちらに向けた。そこにいたのはヒーロースーツといった風情のものに身を包んだ美女だった。

 

「あなただれ?」

「私のことはどうでもいい、もう一度聞くけど、フューリーはどこ?」

 

 不遜な態度を崩さない美女に、一同は顔を見合わせるのだった。



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AVENGERS: ENDGAME
帰還


コメント評価お気に入りまことにありがとうございます。モチベになっております。


 アベンジャーズ・コンパウンド内に来ていた避難民達は人口が半減したという事態ゆえに場所はどれだけでもあるので自然と解散する事となった。各国の生き残った行政も徐々に機能を取り戻し今回の事態の被害の集計を出し始めていた。

 

「八方塞がりね」

「待て、俺のダチがまだ残ってるはずだぜ。あいつらもサノスと戦いに行ったんだ、何か情報があるかもしれねぇ」

 

 その頃、ミーティングルームでスティーブ、ロケット、ステラ、そして最近やってきたキャロル達で話し合う中でサノス発見の鍵となるかもしれない話が出てきた。ロケットによると仲間達もサノスとの戦いを行っていたはずだと。

 

「それでその仲間達と連絡を取る手段は?」

「追跡装置がついてる」

「だが……そこまでどうやっていくんだ?」

「……今から宇宙船作るしか無いな」

「それなら私が行くわ。追跡装置を私が使えるようにしてもらっていい?」

 

 全員が顔を向けるが、キャロルは意に介した様子はない。

 

「私は宇宙を飛べるの。それでいいでしょう?」

 

 ソーも宇宙空間で平気でいたのを知っているロケットはなんともいえない顔をして小型の追跡装置を作るとキャロルに渡す。夜空の彼方キャロルは光を帯びて地球の重力圏から飛び去っていくのをメンバー達は見送ることしかできなかった。

 翌日ペッパーも合流し、トニーが居ない不安を誤魔化すように、そしてロスコルを失ったのを慰めるようにステラを抱きしめた。思わずステラはペッパーの胸の中で泣いてしまった。

 それから数日、空気が揺れる事に気付いた皆がコンパウンドから出てくるとそこにはロケットとソー以外は初めて見る宇宙船"ベネター号"をキャロルが運んできたのだ。着陸用の足がしっかり地面に付き。サスペンションが小さく軋みを上げる。

 乗降扉が開き階段が地面につく。

 ロケットが見上げて、見知らぬ男とネビュラだけが降りてきた事に全てを察してしまう。スティーブが駆け出し男、トニーの体を支える。

 トニーは酷くやつれていた。足取りもおかしい。

 

「止められなかった……」

「……僕もだ」

 

 目がギョロリと充血していて、顔色は死人のようだ。

 

「……ピーターを失った」

「それだけじゃ無いんだ」

「……じゃぁ……みんなは?」

 

 ステラと手を繋いだままペッパーがトニーの元へ走ってくる。それに気付いたトニーが、そしてペッパーが安堵の涙を流し抱きしめ合う。

 

「無事でよかった……」

「あぁペッパー、僕も本当にそう思う……大丈夫、ステラも無事でよかった」

「トニー……」

「大丈夫、大丈夫だから」

 

 ペッパーにキスをしてステラの頭を撫でてトニーはふらつきながらコンパウンド内の医務室で一通りの処置を受けに向かった。

 残されたベネター号の階段に座りロケットはネビュラと手を重ね、目を瞑った。彼の家族はネビュラを除いて皆消えてしまったのだ。

 トニーの処置が終わり、点滴を受けながらもミーティングルームに皆が集まった。

 テーブルのホログラフィックには消えてしまった仲間達の写真が次々と流れていく。あの場にいなかったセルヴィグ博士やスコット、ピム博士も消えてしまっていた。フォボスとロスコルの画像が出てきてステラは目を伏せた。トニーもこの惨状に思わず画面から目を逸らしてしまう。フューリーが消えたことが確定したキャロルも目を伏せる。

 

「サノスが地球に来てから二十三日」

「各国政府は崩壊、辛うじて残った行政機関が人口の調査を試みた結果……サノスは宣言通りのことをやってのけたみたいね」

「奴は今どこだ?」

 

 ステラが首を横に振る。わかっていないのだ。

 

「で、あいつは?」

 

 特に様子のおかしいソーをトニーが指差す。

 

「むかついてるんだ、負けたって……そりゃ負けたさでもそんなのはあいつだけじゃ無いだろ?」

「正直今の今までペッパーが買ってきたぬいぐるみかと思ってたよ」

「……そうかもな」

 

 ぬいぐるみ扱いされて普段なら怒るロケットが、それすら出来ないほど打ちひしがれていた。

 

「この三週間サノスを探してるが……、未だ何の手掛かりもない。トニー、君は戦ったろう」

「戦った? 戦ってない、いいように弄ばれただけだ! 魔術師もストーンを渡しちまうし」

「だが奴はトニーと喋ったような事を言っていた。何か手掛かりのような事は聞かなかったか」

 

 トニーはそれを聞いて顔を伏せ、口元を押さえて小さく笑い出した。

 

「ああ、言ったさ、言ったとも。地球に行ったって無駄だ、スティーブ達が石を守ってる。スーパーガールも居るから五回やったってお前には勝てないぞってな、だがこれだ」

「…………」

 

 ガリガリと点滴の針の部分をトニーが引っ掻き始める。

 

「ダメ、トニー、それに触っちゃ」

「僕は言ったよな、世界を守るアーマーが必要だって!」

「おいトニー落ち着け」

「ごめんなさい、トニー、私たちが」

「君ら二人はいてくれたろう! 僕はあっちに言ってるんだ入ってくるな!」

 

 二人を振り払うとふらつきながら立ち上がり水の入ったコップがひっくり返り、床に落ちて割れた。ローディとステラが宥めようとするが聞く様子はない。点滴の針を引き抜いた。

 

「貴重な自由が多少損なわれても絶対に必要なものだったんだ!」

「そのプランは無くなった」

「負けるぞと警告したろう、それでも僕たちで一緒に戦うと言った。僕は信じたさ。で、これだ。見事に負けた、僕たち別々に……各個撃破だ。そこの新入りさんいいね! 新メンバーが欲しかったところだなんせ僕らただの……報復者だからね、新しいことができる人材が必要だ!」

 

 ふらつきながらスティーブの胸ぐらと肩を掴んだ。そうしないと体を支えられないのだ。

 

「キャプテン、生憎手がかりは何もない、情報も作戦もバックアップもオプションもない! 無だ、絶無! 信頼もないぞこの嘘つきめ……!」

 

 胸のナノテクリアクターを胸から引き剥がしスティーブの手に置く。

 

「ほらやるよ、奴を見つけたらこれをつけて……僕の分もぶん殴ってみてくれよ!」

 

 そのままトニーがバランスを崩して床に倒れる。

 

「トニー!」

 

 ブルースが鎮静剤を打ってペッパーがトニーの看病をする態勢をとった。

 

「彼をお願い、帰りにゾリアンで薬を取ってくる」

「どこへ行く?」

「サノスを殺しに」

 

 スティーブとナターシャが顔を見合わせた。

 

「待って、私たちはチームで動くの。場所知ってるの?」

「宇宙は君の領分だろうが……我々の戦いでもある」

「伝手を辿ればどうとでもなるわ」

「その必要はない」

 

 ネビュラが行く手を阻み、口を開いた。皆がもう一度ミーティングルームに集まる。

 

「サノスは言ってたわ。全てが終われば……農園で過ごすって」

「いいねぇ、引退後はファーマーか」

「つまりどこだ?」

「その情報から……地球で起きた宇宙規模のパワー変動と同質の事がこの星で起きてた」

 

 ロケットがCGで説明をする。ネビュラは確信を持ったように頷いた。

 

「サノスはそこよ」

「それならそこでサノスを倒し……ストーンを取り返してみんなを元に戻す」

「もう一度戦っても、同じ結果にならないか?」

「前は私がいなかったでしょう」

「……あのな新入りさん。ここに居る連中は俺が知る限りの最強のヒーロー達の集まりだ。言っちゃ何だがあんた今までどこで何してた?」

「宇宙には他にもたくさん星がある。ヒーローがいない星がいくつもね」

 

 突如ソーが立ち上がり、近づいてキャロルを睨み付ける。ソーがストームブレイカーを呼び寄せ至近距離を通り風圧に髪が靡いてもキャロルは気にした様子すら見せず、むしろ目を細めて笑みを作った。

 

「……気に入った」

 

 柄をポンポン叩きながらソーはキャロルから離れていく。

 スティーブがロケットの出したホログラムの惑星を見つめ、そして顔を上げた。

 

「……奴の息の根を止めにいこう」

 

 トニーは動けない。まずはロケットの船の修理に取り掛かることとなった。




ステラのエネルギー攻撃はスペースストーンとパワーストーンの混合物の為空間障壁とかそういうのは貫通する。
サノス同様ミラーディメンションもブチ抜く。


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絶対者

コメントありがとうございます


 ロケットの船の修理が終わり、皆が彼の船にフル装備で乗り込む。ステラは腰の翼の関係で席に座れないので立ち座席を用意しての乗り込みだ。

 船は容易に空高くへ舞い上がり成層圏を突き抜け眼下に地球の青い光が広がる。それにステラは少しだけ見惚れ、戦いに勝ちみんなを元に戻したらロスコルにその話をしようと思った。

 

「座標確認よし」

「ほいお前らで宇宙へは初めての奴は?」

 

 準備を終えたロケットが後ろの座席を見ながらそんなことを言うのでスティーブ、ナターシャ、ステラ、ローディが手をあげた。

 

「何で?」

「俺の船で吐くなよ」

 

 ロケットがにやりと笑いながらワープの為の加速を行う。猛烈な加速度が襲いかかり思わず三人は肘掛を掴んで踏ん張った。ステラは掴む場所がないので歯を食いしばった。なるほどその加速は常人なら吐くような代物だが、四人は歴戦のスーパーヒーローとスーパーヒロイン達、吐くような失態はしなかった。

 目の前の景色が加速につれて星々の光が尾を引いていく。幻想的な光景をスティーブが眺めているうちに穴を突き抜ける。

 空間を跳躍し目的の星付近まで一瞬で到着する。これが宇宙を股にかける人々の移動手段だ。格納ハッチからキャロルが外に出た。光を纏った彼女は本当に平気で宇宙にいる。

 

『私が偵察してくる』

 

 そう言って大気圏に容易く突入していくキャロルを見送る。

 キャロルが偵察している間に全員が降下準備を済ませてしまい手持ち無沙汰となった。そのせいか皆どこか落ち着かない。ステラは船の中をうろうろしソーはストームブレイカーをくるくる回しスティーブは若かりし頃のペギーの写真を見つめている。

 

「大丈夫、きっとうまくいく」

 

 皆を見回しながら自分に言い聞かせるようにナターシャがそう言った。

 

「もしダメなら……そこで終わりだ」

『見てきたわよ。衛星も、船も無し。軍隊も防衛機構も一切見当たらない。彼一人よ』

 

 バナーやローディが困惑した顔を見せる。最悪の帝王があまりにも甘い守りだ。罠なのではとも思えてくる。

 

「一人で十分」

 

 相手が何人であろうとやる事は変わらないのだから。

 ロケットが慎重に船を地表に下ろしていく。サノスのいる位置から少し離れた地点に着陸しステラとキャロルとローディの三人がスティーブとロケットにナターシャとネビュラをそれぞれ運んでもらう。バナーはハルクバスターで、ソーはいつもの飛行方法でそれに追随する。

 狙いは速攻。ストーンによる対処の暇を与えずに無力化する事だ。ここはサノス以外誰もいない無人惑星、周囲の被害を気にする必要はない。大火力と機動力を備えた面々を主体にした作戦をスティーブが立案した。

 その頃サノスはびっこを引きながら農園の中を歩いていた。粗雑な麻袋を引きずり、収穫に適したものを掴んでちぎり、麻袋へ詰めていく。十分な量が収穫できればそれを家に持ち帰る。簡素な木造の家はとてもサノスが住むような代物には見えない。

 それらを包丁を使って切り分け鍋に入れ、ひとつまみ調味料を添えて火にかけた。まるで隠者ような質素な暮らし。サノスは己の狂信に全てを捧げ、もう何も欲は残っていない。そういう意味では仙人の暮らしに近かった。

 それが青紫色の光に塗りつぶされる。薙ぎ払われた極大のビームに家屋が土台を残し木っ端微塵に吹き飛ばされサノスもが焼き払われた地面を転がる。咄嗟にガントレットで防御した顔以外は焼け爛れ着ていた服も熱量に耐えられず殆ど焼け飛んでしまった。

 キャロルが上空から飛来しガントレットを踏み潰し手を閉じれないようにしながら首を締める。ローディとバナーがそのあとに続き両腕を拘束、ソーが斧で左腕を切り落としサノスが叫びを上げた。落下したガントレットがガラス化した地面とぶつかり硬質な音を立てる。

 そこへスティーブ、ナターシャ、ロケットがやってくる。

 ロケットが落ちたガントレットを拾い上げ、天を仰いだ。

 

「おい嘘だろ……マジか……」

 

 焼け焦げ溶けだし美麗さの面影もない鉄屑のようなソレには"力"(パワー)"空間"(スペース)"現実"(リアリティ)"魂"(ソウル)"時間"(タイム)"精神"(マインド)も、何一つ残されていなかった。ソレを見たスティーブとナターシャが眉を寄せる。

 

「……ストーンはどこだ」

「言いなさい、ストーンはどこ」

 

 答えないサノスにキャロルが首をさらに絞める。開かれた口から吐かれたのはストーンの在り処などではなく、独白だ。

 

「……宇宙には修正が必要だった。だがソレが終わればもうストーンに用はない。厄災を撒き散らすだけだ」

「お前自体が厄災だろう!」

 

 バナーが殴りつける。周りの農園に火がつき煙が上がり始めていた。あれだけびくともしなかったサノスがパンチ一つでぐらつく。だがその不敵な態度は崩れない。ナターシャは察してしまった。涙が溢れそうになるが、それでも問わねばならない。

 

「……ストーンはどこ?」

「消えた……原子に帰った」

 

 ステラがブラックブレードを突きつける。首を左右に振り、脅す立場にありながら怯えた顔をしていた。

 

「嘘を言わないで、また使ったのは知ってる……本当のことを言って」

「ああ、使ったとも。ストーンを全て消し去るためにな、私も死にかけたが……こうして成し遂げた」

 

 ステラから受けた火傷とは段違いに深い左半身の大怪我は破壊時の余波を受けた事が原因だった。

 

「妥協も容赦も一切しない、私は絶対なのだ」

 

 ステラが後ずさって唇を噛みながらブラックブレードを下ろして俯いてしまった。ローディがそんな虚言信じないぞと言わんばかりに皆を見まわす。

 

「有り得ない、探せばきっとある。ステラの言う通り嘘を言ってるんだ」

「父は残虐だけど……嘘だけは言わない」

 

 歩み出たネビュラがそうサノスの言葉を肯定した。サノスはその所業に似つかわしくない優しげな微笑みを浮かべネビュラを見る。

 

「おお……よく言ってくれた。お前には辛く当たりすぎたが」

 

 ネビュラに父親として言葉をかけようとするサノスの首をソーがストームブレイカーで切り落とした。鮮血が飛び散り、頭を失った胴体がばたりと倒れ、頭共々物言わぬ肉塊と化した。

 皆が呆然とした様子でそちらを見ている。

 

「……なにやってんだよ」

「……首をとった。サノスの首を」

 

 ソーが感慨も、憤怒も、何の感情もない、ただ事実確認のような声でそう言ってその場を後にする。皆が何とも言えない顔でその場に立ち尽くしていた。

 彼らは戦いには勝った。報復には成功したのだ。だが失った物はなに一つ戻らない。ネビュラがそっと開かれたままのサノスの瞼を閉じ、眠らせた。

 地球への帰還も終始無言のまま悲しみに暮れる間もなく、彼らは次々と湧き出す新たな問題に対処していかなければならない。

 皆が去った後、燃え盛る農園の中央ガラス化した地面に血溜まりを作り倒れる姿は、全宇宙の住民の半分をインフィニティ・ストーンを用いて虐殺した男の、あまりにも呆気ない最後だった。



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幕間/ニューアスガルド

短めです


「さて、ザハも消えてしまったし私も手伝うとするか」

「いや誰だいあんた」

 

 サノス襲来から何とか脱出艇で地球にたどり着いたのはアスガルドの民の約半分。その後サノスの大虐殺では殆ど被害を被らなかったもののザハやサカールの革命家の何人かがチリと消えた。

 そんな最中とりあえず雨風を凌げる家を立て、脱出艇をバラして船にして漁に出られるようにしたりなど大忙ししていた時、謎の美少女がヴァルキリー、ブリュンヒルデの前に姿を現したのである。

 

「私だよ私。ラブちゃん」

「はあ!? あのこんなちびっこかったガキが!?」

「事実だがひどい言い方だな」

 

 ブリュンヒルデが自分の膝くらいに手をやって二歳児程度の小さかった度をアピールしているが、今目の前に立っているのはどう見ても十六歳くらいだ。しかし少しクセがあるロングヘアに赤い瞳はラブの特徴と一致する。

 

「しかしそのガキがいまやどうだ? 自画自賛だが絶世の美女だろう?」

「流石に若すぎだね。手を出す気にもなりゃしないよ」

 

 すらりとした体は華奢で細い。

 

「ほーう私への挑発か? 明日まで待つがいい」

「わお、新入りさん? 俺っちコーグ、こっちは相棒のミーク。よろしくね」

 

 装飾品やらを売って得たお金で購入した材木を建築の為に運ぶコーグが通りかかり気味に声を掛けてきた。脇をノタノタ歩く虫はやる時はやる奴であるが今は芋虫モードだ。

 

「よく見ろ私だ」

「え? 誰? 岩が剥がれた時に記憶もおっことしたかな?」

「ピギギー」

「え? マジ? ラブちゃん? いや急におっきくなっちゃってコイツみたいに脱皮でもしまくった? いやー脱皮カーニバルだね」

「確かに、急成長しすぎると骨が皮を突き破るからな」

「やめな想像しちゃったじゃない」

 

 ブリュンヒルデが顔を顰めるのをラブは笑って見ている。

 

「今回の件、私的にはとても不快だが、皆がこの状況でどう考え、どう動くのかとても興味がある。故にさっさと衣食住を揃えておきたい。この体はなにぶん脆いからな」

 

 死とは戦ってこそ。サノスは随分無粋な方法で多くの死をもたらした。ラブにはそれがサノスを嫌う要因だった。

 

「脆い割に常識外れな事してない?」

「何をいう、成長したら不可逆だし耐用年数はせいぜい八十年だ。食事も睡眠も休息も必要だ。脆いだろう」

 

 さも可逆で元に戻れたり耐用年数と言っているが寿命がそれより遥かに長い体を持っていたみたいな言い方である。

 そこへ風切音を立てながら一人の男が飛来した。ソーである。

 

「やぁ、何とか王様の家はできたよ。後は役場や道に石を敷いたりなんかが……おいちょっと?」

 

 ブリュンヒルデが完成したソーの家を指差せばソーは何も言わずにそちらにフラフラと歩いて行ってしまった。ブリュンヒルデとコーグとラブが顔を見合わせる。

 

「ありゃ重症だね」

「ああ、重症だな」

「ボッコボコって奴だね、今はそっとしてあげようよ」

「ピギー」

 

 そうして翌日。

 

「いや本当にデカくなってくる奴がある?」

「お前の挑発を受け取ったと言ったろう」

 

 クスクスと笑うラブの姿は二十五歳くらいの美女に変貌していた。リサイクル屋でとりあえずとして購入された安いダボついた服の上からでもわかる程度に豊満な体をしている。

 

「それでどうだ? 手を出す気になったか?」

「まあ守備範囲には入ったけれどさ、やめとくよ下手な神様よりよっぽどタチが悪そうだ」

「昔から同じ事を言われているな。人の命を弄ぶ悪神だのダークエルフより面倒くさいだの」

「何でちょっと自慢げなの」

「少し前だがそれはもう大大大満足な事があってな、その所業を思い出すとあながち間違ってないかなと」

「怖、あとこんなところでトリップしないでくれる?」

 

 ラブが恍惚の笑みを浮かべて自身を抱いてクルクルしているのをブリュンヒルデがため息を吐きながら肩を竦めた。絶世の美女もこういう表情をされると台無しである。

 

「失礼、で、孫の奴はまだ出てこないのか?」

「あー……」

 

 そこへソーがやってくる。

 

「おいこいつ誰だ?」

「やぁ孫。私だよラブだよ」

「そうか。所でヴァルキリー、酒はあるか?」

 

 ソーは特にラブに興味なさげに、虚な目をブリュンヒルデに向ける。

 

「おい、酒はあるか?」

「……あるけど」

「くれ」

「……わかったよ」

 

 購入された備蓄の中から大きい業務用のビール缶を取り出すが、ソーはそのままそれを抱えてもっていってしまった。ブリュンヒルデはそれをなんとも言えない顔で見ていた。

 

「あの様子は見た事があるな。お前みたいだ」

「……ああ、わかってる。下手すりゃアレはあたしより重症だ」

 

 ふらふらとした足取りでビールを抱えて家に入っていくソーを遠目に見つめながらブリュンヒルデは小さくため息を吐いた。

 

「でもまぁ、雷神だ。自力でどうにかできるだろう」

「あんたそう言ってどう立ち直るのかを観察したいだけじゃないの?」

「まあそうだな。人数は減ってもなんだかんだアスガルドの民は働き者、私も大きくなった甲斐があまり無い」

 

 アスガルドの人々は当然ながら地球人より力が強い。体も強く作業も着々と進んでいる。ラブから聞いた車などが通れる程度の道を作り他所へと繋げて交易を可能とした事でソーが持っていったビールも得られた。ニューアスガルドとしてこの地域もいずれは有名になるだろう。

 

「じゃあなんで大きくなったのよ」

「本来の意味でなら、傍観者がしやすいようにだな。昨日の容姿は元となった人物の関係である子ににすぎている」

「ふうん……まあ悪さはしないでくれよ」

「しないさ」

 

 釘を刺してきたブリュンヒルデに手をひらひらとさせながらその場を後にする。

 

「見せてくれよ雷神、その折れた心の軌跡を」

 

 立ち直っても良し、おれたまま地に落ちても良し。観察者は小さく笑みを浮かべながら、アスガルドに現代の環境を整えるべくコーグに話をつけに行くことにした。まずはネット環境である。



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幕間/キャロルとステラ

コメント、評価、お気に入り誠にありがとうございます


 サノスのデシメーション、又は指パッチンから一年が経った。ナターシャの尽力により宇宙規模でのヒーロー達の通信手段が確立され、キャロル、ロケット、ネビュラ、ステラ、ローディ、そしてそれらを支援するワカンダを代表してオコエがこれに参加している。

 そんなある日、アベンジャーズ・コンパウンドの庭でキャロルとステラが並んで何かをやっていた。キャロルが見守る中ステラがなんだか踏ん張っているのだ。

 

「ほら、体の内側にある力を解放するような感じで」

 

 キャロルが手本のように体から輝きを放ち、空に浮き上がる。

 そう言われて一旦力みをやめ深呼吸をしてから力を込めるが、左目からは轟々と青紫の炎が出るのみで何も起こらない。キャロルの提案でステラの訓練を行なっているのだ。内容はズバリ外部機器に頼らないでパワーを解放する事。

 ステラの膨大なエネルギーをそのまま吐き出す事ができれば大きな力になるという予想から、あと急にそれが解放されれば危険が伴うと考えられたのでキャロルがマンツーマンで見てくれているものの、成果はゼロ。せめて素手でフォトンブラストのような事が出来ればだいぶ違うのだがステラは出来ずちょっと悲しそうである。

 カノンランスにエネルギーを送ったり刀にエネルギーを纏わせる要領を自分の体で試してみたりしたがなんにも出ない。唯一グリーブにエネルギーを纏わせられたが、これはブラックブレードに行ったものと同じで結局は外部ツールである。

 ステラがスーパーパワーを行使するのに外部ツールが基本必要なのは結構困った問題だ。とにかく場所を取る。先日のサノス討伐の際も腰の翼の都合でステラは立席をわざわざ用意する必要があった。重量で言えば最も重いのはウォーマシンだが一番場所を取るのはステラである。

 トニーがブラックトライクに積む際にマーク43の機能を追加して遠隔から装着できるようにしたのは一つの最適解ではあった。が、キャロルのように宇宙を股にかけようとすると緊急時に対応できない事態が発生し得る。

 キャロルとしては同じく宇宙を股にかける同士になってもらいたかったが、こうあっては仕方ない。

 

「だめそうね」

「ごめんなさい」

「謝る事じゃない、誰にでも得て不得手はあるものよ。それでもサノスに放った一撃を見ると少しもったいない気がしてしまっただけ」

 

 サノス襲撃の際にステラが放った極大ビームを思い出す。キャロルが知る限り、宇宙最強クラスのエネルギー攻撃だろう。サノスだからこそあの程度で済んだが並の敵ではそのまま蒸発して跡形もなかったに違いない。見てはいたがキャロルも訓練前の組手でフルパワー真っ向勝負でフォトンブラストを押し返されるとは思いもしなかった。

 伝聞で直接見てはいないがデシメーション阻止の戦いでは即座に昏倒させられてしまったのがキャロルは残念でならなかった。

 

「さて、訓練はおしまい。いくわよステラ」

「どこに?」

 

 オーラを消して颯爽と歩き出すキャロルにステラが首を傾げながついていく。

 

「エステよ」

 

 振り返ったキャロルが真剣な表情でそう告げた。ステラもそれを見て真剣な顔をしてうなづく。

 

「わかった。待ってて、準備してくる」

「ローディが送ってくれるからなるべく早くね」

 

 キャロルが小綺麗な格好に着替えて待っていると、ステラがブラックブレードからカノンランス、ハンドガンにブースターウィングまでフル装備で現れた。

 

「お待たせ」

「なんで? 聞いてなかったの? エステに行くのよ?」

「えっ……ただのエステ?」

「そうよ?」

 

 キャロルが困惑しているとクインジェットが飛来し、ハッチが開く。中からフル装備のウォーマシン、ローディが現れた。パカリと顔のところが開きローディが戦意に満ちた凛々しい顔を見せる。

 

「待たせたな。ステラとあんた二人で対処するような敵だ。俺も援護できるように最大火力の装備にしてきた」

「いや違うんだけれど」

「なに? エステに行く(隠語)じゃ無いのか?」

 

 フル装備のステラが頷いた。ステラもそう思ったのである。

 

「違うわよ。エステに行く(隠語)じゃなくてエステに行く(直球)よ。活動範囲の都合で地球なんて滅多に来れないからせっかくだしエステに繰り出そうと思っただけ。あなた達私をなんだと思ってるの?」

 

 ローディとステラが顔を見合わせる。初手サノスをぶっ殺しに行くという単独行動宣言からの私がいればサノスに勝ってた発言にソーのストームブレイカーにビビらない胆力そしてこの一年で見たその発言をするに足る実力。

 

「…………」

「…………」

 

 それが真剣な顔でエステに行くと言い出せばなんか宇宙の平和を乱すエステティックフォースみたいなのが居て戦いに行くか、もしくはエステに行くくらいの軽いノリで戦いにいきましょうみたいなジョークかと二人が思うのも無理はなかった。

 

「あの、ごめんなさい」

「すまなかった」

「いいから着替えてきて?」

「「はい」」

 

 謝られて逆に何とも言えない顔になるキャロル。

 オコエやペッパーがエステに行こうと言ったらおそらく二人はそのまま受け取っていた。ナターシャに関しては怪しい。エステ(偵察)エステ(変装)の可能性が結構ある。ちなみにキャロルに店を紹介したのはナターシャである。

 私服に着替えたあとニューヨークのエステで髪を整えてもらったりマッサージをされたりしながらステラは外の景色を眺める。どうにか復興せねばとがむしゃらに皆が動いていた頃に比べ活気は消えてしまった。消えてしまった人たちの慰霊碑もそろそろ完成すると聞いている。

 ステラは髪を縛る前提で髪を切ってもらっている為下ろすと少し変になる。髪紐は変わらずロスコルに買ってもらったものだが、もう随分とボロボロになった。それでもまだ使えるのは良い物を買ってもらえた証拠でもある。髪を下ろして置かれた髪留めを見ながら少し潤んだ瞳をするステラに、エステティシャンもキャロルも何も言わず優しげに様子を見ていてくれた。

 

「今日はありがとうステラ、良い気晴らしにもなったわ」

 

 エステを終えてコンパウンドに戻ってくると、キャロルはいつもの服を着ると艶々した顔で微笑んだ。

 

「ではまたいつか会いましょう。ステラ、ローディ、地球は任せたわよ。ナターシャにもよろしくね」

「うん任せて」

「ああ、しっかり伝えておくよ」

 

 光を放つと空にふわりとキャロルが浮き上がり、ぐんぐんと速度を上げ見えなくなった。ローディとステラは見えなくなってもしばらく手を振って、コンパウンドを後にした。

 

「ただいま」

 

 ロングアイランドの自宅に帰り家に入れば、誰もいなくても帰った挨拶をしてしまう。ロスコルのスマートフォンは充電器に置かれ、その脇に新たにWi-Fiとアベンジャーズ・コンパウンドに繋がるホログラフィックの通信装置が鎮座していた。この家の変化はそこぐらいだろう。

 ロスコルが座っていたであろう椅子はずっと動かさずその場にある。日用品もロスコルの分まで買ってしまって余らせてしまう事が多い。変わったことといえばあまりハンバーガーを食べなくなったことだろうか、食べると思い出してしまって辛いのだ。

 心が立ち上がって歩けるようになっても辛いものは辛い。消えてしまった人々と過ごした昔の生活形態や家を維持するのいうのは、この一年で家族や恋人を失った人々の多くに見られる事であり、ステラもまたその一人だった。

 ロスコルの写真に、今日起きた出来事を報告してステラはその日はゆっくりと眠る。キャロルや他のみんなと同じく、明日からはまたヒーローとして活動する多忙な日々が待っているのだから。



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五年後

『情報提供の通り地下で変な兵器開発がされてた。立ち入ろうとしたら巨大ロボットみたいなのが動き出して時代は無人機だひれ伏せとか言い出したけど、壊したら降伏してくれた。郊外だったから……森が少し焼けたけど人に被害はなし』

『性能は?』

『なにもさせないで壊しちゃったから体感ではわからない。データを送っておくね』

 

 ステラからデータが送られてくる。部分部分にチタウリの技術が使われているらしく、デシメーションの際の混乱で流出したものが使われた可能性が高かった。

 

『そっちは派手だな。ダンバーズの見つけた奴なんだがこっちは警告しても逃げる逃げるで反撃はしてこねえ。拍子抜けしたけど気合い入れて、軍艦らしき船に乗り込んだわけよ』

『危険なゴミの運搬船だった』

『フフ』

『おいこら笑うな。ゴミ臭くてたまったもんじゃ無いんだぞ、情報提供どうも』

『どういたしまして』

 

 アベンジャーズ・コンパウンドのミーティングルームにホログラフィックで集合しているのはオコエ、ロケットにネビュラ、キャロル、ステラ、ローディで、この場に実際にいるのはナターシャだけである。

 

「地殻変動の方はどう?」

『アレはアフリカプレートの沈み込み』

 

 ナターシャの問いにオコエが答える。

 

「映像は? どう対処する?」

『ナターシャ、海底で起こっている地震よ。出来ることは事前の危険地域の選定と避難場所の確保だけ』

「わかったわ、キャロルは来月はどう?」

『地球に戻るのは難しいわね。ここで起きてるような問題が宇宙でも多発している。しばらく帰れそうにないわ』

「残念、戻ったらエステサロンでもいきましょう」

『楽しみにしてるわ』

 

 ナターシャとキャロルが笑い合う。

 

『わたしは残ってるのを終わらせたら戻るよ。ヨーロッパのお土産なにがいい?』

 

 ステラがみんなを見回す。

 

『お、じゃあ俺になんかお守り的なの買ってくれよ。船に飾れるようなやつ』

『わかった』

『いいセンスのを期待してるぜ』

 

 ロケットはこの時知らない。トリコロールカラーのエッフェル塔の模型を渡されることになるとは。

 

「それじゃ、このチャンネルはいつでも開いてるから、トラブルが起きた時はいつでも連絡してちょうだい」

『了解』『またね』『気をつけて』『じゃあな』『じゃあね』

 

 皆が消えていく中、キャロルに『幸運を』と声をかけられローディだけが残る。背を伸ばしていたナターシャがそれに気付いて恥ずかしそうに手を下ろした。

 

「今どこ?」

『メキシコだ。警察が一室で大量の死体を見つけた。麻薬カルテルの連中のな』

「カルテル同士の抗争でしょ」

『いや、そうじゃない。バートンの仕業だ。あいつは数年間、あちこちでこんな事をして回ってる。正直……見つけるのが怖いな』

「……次のターゲットを探って頂戴。ステラには内密のままで」

『わかってるとも』

「お願い」

『任せておけ』

 

 ローディが消えて今度こそ背伸びをすると、会議が終わるのを隠れて待っていた者に声をかける。

 

「食事でもしにきたの? あいにくピーナッツバターしかないわよ。スプーンなら貸すから舐める?」

「さすがに健康に悪そうだ、やめておくよ」

 

 影から顔を出したのはスティーブだ。超人兵士は五年経っても変わらない肉体と容貌を維持していた。

 

「で、なにしにきたの? 洗濯?」

「友達に会いに」

「お生憎、私しかいないけれど結構元気よ」

「そうみたいで良かった。ブルースは?」

「彼も元気よ。結婚したの」

「それは……おめでとう。式は?」

 

 イスに積まれていた雑誌を退かしてスティーブが座る。なんだかカウンセラーみたいである。

 

「二人だけでこっそり、こんなご時世だもの」

「なら、君たちは先に進むといい。ここに留まる必要はない」

「それまた言ったらぶん殴るわよ?」

 

 ナターシャが髪をかきあげる、毛先にアクセントとして残された以前染めていた時の金髪が赤毛と合わせてまるで炎のようだ。

 

「ここで私が得たモノは変えがたいの、立ち止まってここにいるわけじゃなくて、ここで私は進んでいるのよ」

「そうか悪かった。ここ数年ずっと残された人たちと話を続けてたから……つい癖になってしまってたみたいだ」

 

 スティーブが苦笑しながらピーナッツバターの瓶を持つ。なぜバターの瓶だけあるのか、普通パンもあるべきである。

 

「……昼どうしたんだ?」

「愛夫弁当よ」

 

 すっかり空になった弁当箱を見せびらかして微笑んでいると、ブザーが鳴る。空中をフリックして正面ゲート監視カメラの映像を呼び出した。映像を見てナターシャが首を傾げて、目を見開いた。

 

『おい! なあ誰かいる? 俺だよ! スコット・ラングだよ! 何年か前に……七年か? ドイツの空港であったろ? 誰か俺のこと知ってる人いるか? ほらでっかくなったりちっちゃくなったりするアレ、アントマン! 話がしたいんだけど入れる? 誰か開けてくれー』

「……録画か?」

「正面ゲートの監視カメラよ」

 

 それはデシメーションで消えたと思われていたヒーローの帰還だった。すぐさまゲートを開き招き入れれば、スティーブと再会できたことを大喜びだ。

 

「あ、美人さん初めまして俺スコット・ラング。またの名をアントマァン、よろしく」

「ナターシャ・ロマノフよ。よろしく」

「ええマジか! あとでサイン欲しいな……」

 

 一通りはしゃいだあと、スティーブとナターシャから事の顛末を聞いたスコットは顎をさすりながら考え込み始めてしまった。ブツブツと何か呟きながら動き回る様子は先ほどと打って変わって不審者である。

 

「……スコット、大丈夫か?」

「ああ大丈夫、なああんたら量子物理は知ってる?」

「……教養程度なら」

 

 スティーブはハテナを浮かべつつも顔に出さずナターシャの方を見た。

 

「五年前だ、サノスがやらかす前、俺は量子の世界にいた。量子の世界ってのは、そう虫眼鏡でも見えないくらいはちゃめちゃにちっちゃい世界で、ホープ……彼女は俺の……大切な人だった。サノスのバカのせいで戻してくれるはずだった彼女が消えて……俺は量子世界に閉じ込められてた」

 

 五年間の間、孤独に耐えたスコットを慮る。

 

「大変な五年だったわね」

「いや違う、俺には……体感五時間しか経ってない、帰ってきたら娘が超絶美人にグレードアップだ成長過程見たかったなぁマジサノスクソだ」

 

 サノスを罵倒しつつスコットが持論を展開していく。

 

「量子の世界にここのルールは通じない、つまり全く予想がつかないんだ。誰か甘味もってない頭が糖質を欲してるんだ」

 

 スティーブがピーナッツバターの瓶を。ナターシャがスプーンを差し出した。

 

「量子の世界はここと時間の流れが違う、今は無理だがこれが制御できたら? 今は不可能だがその世界を自在に動き回れるようになれば? そうすればある時刻に量子の世界に入って、別の時刻から出てこれるんじゃないか? サノスのアレの前とかに」

 

 スコットがピーナッツバターを舐めながらそんなことを言っているのでスティーブが思ったことを言う。

 

「スコット、タイムマシンの話か?」

「いいや違う、全然違う。言うなれば量子デロリアン、いや量子ドラえもん、違うなえーと……そうだよタイムマシンだよ。突拍子も無いが、どうしても考えちゃうんだ。無理なのはわかっててもな、イカれてる」

「スコット、アライグマは喋るし、女の子はビームを放つし美女は宇宙を飛ぶのよ? イカれた話には驚かない」

 

 うんうんとスティーブが肯定する。

 

「誰に相談すればいい?」

「思い当たる節は、一人居るわよ」

「ああ、彼しかいない」

 

 三人は協力を求めアベンジャーズ・コンパウンドを後にした。



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天才二人

アメリカのピーナツバターが甘くないとはじめて知りました


 静かな湖畔に佇む家から、一人の男がのんびりと玄関を出て庭へ歩き出す。大量のガーデニングや畑を抜けて小さなテント前の小さなイスに腰掛けた。トニー・スタークは今、唯我独尊の気のあった自信満々な天才発明家という雰囲気は無くただの優しげな父親といった気風を漂わせている。

 

「ランチターイム。モーガン・スターク、ご飯の時間だ。食べるか?」

 

 テントの中に語りかけていると、中から小さな子供が出てきた。なぜか頭にあるアイアンマンの青いバージョンのようなモノを被っている。

 

「ごちそうをださないとやっつけちゃうぞ」

 

 掌にはリパルサーに見立てて光っているライトがくっつけてあり、トニーに突きつけられる。それにトニーが両手をあげて降参の意を示して笑う。

 

「ってコラコラそれはつけちゃダメだって。大事な記念日にママにプレゼントするモノだからね、ほら」

 

 トニーがモーガンからアーマーをスポッと取れば、ペッパーに似た艶やかな髪をした愛らしい顔が現れた。将来はママ似の美人さんになる事確実の愛娘である。

 

「ほーらランチなに食べる? ハンバーガーにフレッシュコウロギ挟む?」

「やーだー」

「意外に美味しいぞ、これ何処で見つけた?」

 

 ペッパー用の贈り物として作り、モーガンに下手に触られると危ないのでしっかりと隠してロックもしておいたはずである。

 

「ガレージ」

 

 しかし子供というのは親の予想を易々と超えて来てしまうようである。ガレージに置いてあったのは確かだが暗証番号付きの電子ロックが付いていたはずだ。既に天才の鱗片を見せているようである。

 

「これを探してたの?」

「ちがうよ、でもみつけたの」

「うーん、ガレージが好きだもんな。パパと同じだ」

 

 トニーがそうしてモーガンを抱えて家へとのんびり向かう。親子水入らずの団欒だが、そこへ来訪者が現れた。車の音が近づいてきて、ドアの開け閉めの音に振り向く。

 スティーブ、スコット、ナターシャの三人である。

 

「やあ、まあ歓迎するよ」

 

 モーガンをペッパーに任せトニーが飲み物を用意しつつスコットから作戦内容の説明を受ける。トニー自家製のコーヒーの水出し機を使ってアイスコーヒーを作り終えた辺りで説明が終わってスコットが一息ついた。

 

「まあ、よくわかったよ。喉乾いたろ飲むといい、シロップつける? ミルクは?」

 

 グラスにアイスコーヒーを注いで脇にシロップとミルクを置く。三人がそれぞれ受け取るのを確認しながら話を続ける。

 

「まずネーミングがナンセンスとかそういうのは置いておこう、まずこの作戦は……誰だっけ……そうだスコッチ君の壮絶な豪運、十億分の一か? を引き当て続ける必要がある。簡単に言おう、こっちに戻れなくなっておしまいだ」

「スコッチじゃなくてスコット・ラングだ」

 

 わかるか? と言いたげに肩を竦めるスタークにスコットが名前間違えを訂正する。

 

「それは悪かったスコット君。で、このタイム泥棒作戦、なんで誰もやっていない? 笑える妄想みたいなものだからか? 過去に戻れたとしよう、運良く戻った先にストーンがあったとしてそれを持ち帰って?」

 

 指をパチンと鳴らす。

 

「みんなが元に戻るハッピーハッピー。いいや、こうはならない下手すればもっとひどいことになる、僕らが全滅が関の山じゃないか?」

「きっと成功する、させて見せる」

「君の楽天主義にはもううんざりしてるところなんだが」

「大丈夫、タイムトラベルの原則を守ればいいんだよ。過去の自分とは話さない、賭けに使わない」

「おいおい勘弁してくれ。自分でわかってるだろスコット、バックトゥーザフューチャーのタイムトラベルは正しいか?」

 

 スコットがコーヒーに口をつけて首を細かく横に振った。

 

「……いいや、量子物理学的に正しくない」

「トニー、手伝って欲しいの」

「そうとも、みんなを取り戻せる希望が見えたんだ。俺の大切な人も、みんなの大切な人たちを頼むからはいって言ってくれ」

「悪いなナターシャ、スコット……これ以外のことだったら手伝えたのに」

 

 そこへモーガンがやってきてトニーに抱きついた。

 

「ママがパパをたすけにいけって」

 

 トニーがモーガンを抱きしめる。過去ではなく今の大切な存在。

 

「ああ、ありがとう助かった、もう一度言うがこれ以外の事なら存分に協力するよ。あ、ランチ食べていくか?」

「トニー、君の家族が助かってよかった。だが、やり直すチャンスなんだ」

「……僕は今ここで、やり直してる。ランチ食うなら仕事の話は無しだぞ」

 

 家の中に入っていくトニーを見送って、三人は車へと戻る。

 

「仕方ないわ、失うと言うのはとても恐ろしいもの」

「ああ、無理もない」

「でもどうする? トニー抜きじゃできないだろ。諦めんのか?」

「いや、絶対に諦めない」

「でもトニー以外に……」

 

 車に乗り込みながらナターシャが電話を取り出した。

 

「一人、心当たりがあるの。でもみんな会って驚かないでね?」

「誰?」

「会ってからのお楽しみ」

 

 ナターシャが車を運転しながら向かう。スティーブは予想が付いているようだ。

 暫く走ってやってきた飲食店に入り、奥の席に行く。

 

「お待たせ、ブルース」

「いいや、今きたばかりさナターシャ」

「お、ブルースってことはハルクの人……んん?」

 

 ナターシャに続いてバナーの姿を見たスコットが困惑する。スティーブも少し目を見開いた。

 バナーが緑色になっているのである。そうハルクみたいに。

 

「さ、何か食べちゃいましょう。ブルースはもう何か頼んだ?」

「いいや、みんなが来たら一緒に食べようと思ってね」

「じゃ頼みましょうか」

 

 店員さんに注文をして待ち時間の間にタイムトラベルの話をしている時も、料理が来てもスコットはバナーの方をガン見である。

 

「ん? どうしたんだい? ああ、そうか僕が緑色なの気になる?」

「正直めっちゃ気になるなにがあったんだボディペイントしてハルク感出してるのか?」

 

 バナーは微笑みながら一口水で喉を潤した。

 

「五年前、僕達は負けた。屈辱三倍さ、ハルクとして負けバナーとして負けハルクとバナー力合わせても役立たずだった。僕は自分を責めに責めた、でも……ナターシャが側にいてくれた」

 

 バナーが優しい眼差しでナターシャを見る。ナターシャも優しげに頷いた。

 

「それで思ったんだ、へこたれてどうする、必要なのは先のことだってね。そこからバナーとハルクは対話を続けた。ガンマ線ラボにも篭って一緒にいろいろ考えた。そしたら僕はハルクでハルクはバナーだったんだ。そこに主導権はない、理性と怒りは融合した」

 

 バナーが拳を握りしめると体がわずかに大きくなる。

 

「つまり今の僕は、二人ではなく一人なんだ。バナーでありハルク。まあバルクってところだね、はいバルクアップ」

 

 バナーが笑顔で眼鏡を外しダブルパイセップスのポーズをしたら体が二回りは大きくなってほぼハルクに変化した。服はかなりゆったりした物を着ていたがこの時の為であった。神妙な顔で聞いていたスコットが飲んでいたコーラを吹き出し咳き込む。

 

「ハルクだ!」

「ハルクさん!」

 

 子供達が走ってくる。手にはスマートフォンを持っていた。着ている服はそれぞれアイアンマンモデルのTシャツとブラックロックシューターモデルのパーカーだ。

 

「あの、写真いいですか?」

「あー良いとも。すまないスコット撮ってくれ」

「はい、グリ〜ン」「「グリーン!」」

 

 スコットがいい感じに写真を撮ってスマートフォンを返す。

 

「いい感じ、俺とも撮りたい? アントマンだぞ」

 

 子供二人がハテナを浮かべている。

 

「すまん忘れてくれ。く〜知名度が低い……いや今のがハルクファンだったからか? いやでもアイアンマンとブラックロックシューターのグッズ着てたよな……」

「と、とまあこんな感じで目立つからこうしているんだ」

 

 バナーが緑のバナー姿に戻る。

 

「ブルース、それでさっきの話だが」

「ああ、タイムトラベルでやり直しか。正直僕の専門じゃないんだ、安全の保証はしかねるよ」

「構わない、不可能を可能にするには挑戦が必要だ」

 

 スティーブの真剣な表情に、バナーは眼鏡をかけなおしてスティーブの眼差しを見つめ返す。

 

「わかった、出来る限りのことはやってみよう。腹ごしらえを終えたら早速取り掛かろう」

 

 四人は注文した料理にようやく手をつけ始めた。



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仲直り

「……スコット、バンの準備をお願いするよ」

 

 白衣を着たバナーに促されてスコットがバンのトランクを開けて量子トンネルを起動させる。

 

「電源設備は?」

「主電源から予備電源、補助電源まで全部問題無し」

「それなら大丈夫。もし電力が切れるとスコットが過去に取り残されるからね

「え? なんか言った?」

「……スコット、大丈夫だ、絶対に成功させよう」

「……あぁ! 任せろ!」

「ねえ、そうは言ってるけれど大丈夫?」

「……正直に言おう、タイムトラベルなんて前人未到の冗談みたいな代物、なにが起きるかわからない。緊急時には備えておいてくれ準備完了だ!」

 

 バナーとナターシャがサムズアップをする。不安にさせまいと作り笑いである。

 

「一週間前に君を送る。一時間暫く歩き回ってくれこっちは十秒で戻す。ヘルメット被って」

「頼んだぞ」

「任せてキャプテン。不可能を可能にしてやりますよ」

 

 スコットはヘルメットを被り敬礼しながら量子トンネルを潜っていく。

 

「カウントダウン、三つ数える。いくぞ、二、一、ゼロ!」

 

 量子トンネルからスコットが帰還する。だがその様子がおかしい。

 

「なんか……若返った気分」

 

 なんだか若い。幼さはないが青年といった風情だ。

 

「待て、何かおかしい」

「スコットちょっと待ってくれ、もう一度行くぞ」

 

 再び量子トンネルを潜って出てきたスコットが直立してるのも奇跡的な老人になって出現する。

 

「おっほぁー腰がぁー痛いのう」

「おいおいこれ大丈夫なのか!?」

「これは不味い、これなら……こうか。緊急だ、ナターシャ電源の所へ」

「わかったわ」

 

 もう一度量子トンネルを通ると、今度は赤ん坊の姿になった。

 

「…………」

「大丈夫だスコット、元に戻してみせる」

 

 唖然とするスティーブの脇で懸命にバナーが機械を弄る。

 

「ナターシャ、合図したら電源を落としてくれ!」

 

 再三スコットが量子トンネルを潜る。

 

「今だ!」

 

 ナターシャが電源を落とすと同時、元に戻ったスコットが現れる。

 

「ああ……この感じは……漏らしたのは年寄りの俺か? 赤ん坊の俺か? それとも今の俺かな……?」

「……失敗だ。タイムトラベルはタイムトラベルでもこれじゃワインの熟成くらいにしか使えない。スコットとりあえず着替えよう」

 

 バナーが肩を落としながらため息を吐く。スティーブもダメ元ではあったが結果から言えば縋ろうにも掴もうにも藁の一本すら見えない。気晴らしにコンパウンドから出て外のベンチに座り込んだ。

 そこへ路面をタイヤが切りつける甲高い音を立てながら猛スピードでやってくる高級車の姿があった。それは勢い余ってブレード痕をつけながらスティーブを通り越し、バックして運転席を立ち上がったスティーブの前まで戻す。

 

「浮かない顔してるな、スコットがダイヤモンド記念日と誕生日を行ったり来たりしたか?」

 

 パワーウィンドウが開かれて顔を出したのはトニーだ。

 

「時間旅行をするつもりが、彼の中の時間があっちへこっちへ高飛びするんだ。危険すぎる、誰か止めなかったのか?」

「君は止めたさ」

「そうだったか? まあいい、そんなことより、だ」

 

 トニーが車から降り左腕につけられた機械を見せる。

 

「出来たよ、時空を超えて機能するGPSだ」

 

 その言葉に一瞬呆気にとられたスティーブがその意味を理解して顔がほころんだ。トニーが指を三つ立てた。

 

「ストーンを得るにあたって優先事項を伝えておくぞ。失った命を取り戻すこと、僕が得たものを壊さない事、なるべく死なない事だ。出来るか?」

 

 指を折りながら言葉に出される優先事項に、スティーブは小さく頷き続ける。

 

「当然だ、必ず守る」

「じゃ、仲直りだ。……怒りに囚われて意地を張り続けた。そんなものに蝕まれ続けるのは避けたい」

「僕もだ」

 

 スティーブが手を差し出し、トニーがその手を取り握手を交わした。

 

「ただいま、トニー・スターク」

「おかえり、スティーブ・ロジャース」

 

 出て行ったのはスティーブだ。だからただいまと言った。トニーはそれにお決まりの返しをしてハグをする。互いに相手の背中をポンポンと軽く叩いた。

 

「さて、君に返さないといけないものがあるんだ。借りパクのまま七年も経ってる」

 

 トニーが車のトランクを開けて、トランクのカバー下から丸いものを取り出す。赤白青の星条旗を模したキャプテン・アメリカを象徴する盾だ。雑に取り出したようなしまい方に反して、その表面はピカピカに磨かれている。アベンジャーズの内戦の際スティーブが手放し、それ以来トニーが大切に保管していたのだ。

 

「受け取れない」

「なんで、これは君の物だ。言ったろう借りていた物を返すって。それにガレージに置いておくとモーガンが実験を始めて危ないんだ。金槌で叩きまくって柄を折ったり」

 

 トニーが盾を裏返して、スティーブの左腕に装着する」

 

「あるべき所に収まったって感じだな」

「ありがとう、トニー」

「みんなには内緒だ。全員分はないからな。チームのみんなを集めるんだろ?」

「ああ、今準備してる」

「F.R.I.D.A.Y.駐車場に停めておいてくれ」

『了解、ボス』

 

 車をF.R.I.D.A.Y.に任せコンパウンドの建物の中に入り、バナーとも再会のハグをした。緑色になっていて面食らうトニーを見てナターシャもスコットもスティーブも思わず笑ってしまった。

 呼び掛けに応じて続々とアベンジャーズが集合を始めた。そんな時にスコットが昼飯を持って外に出て来ると、遠くから重低音が聞こえて来る。そっちを見ると黒い大きな車体に小さな体を乗せて、特徴的な左右非対称の髪を靡かせながら、スコットの近くに後ろに色々積んだブラックトライクが停車した。ヨーロッパ帰りのステラである。

 

「うおっすげぇ本物初めて見た!」

「? こんにちは」

「あ、こんにちは! 俺アントマン。流石ブラックロックシューター ナイスなバイクに乗ってるね」

「ありがとう。アントマン……? あ……ん?」

 

 アントマンがなんだか分からず首を傾げスコットの顔を見て五年前のデシネーションに巻き込まれたヒーロー達の中にいた事を思い出し、しかしなんでいるのか分からず再度首を傾げた。

 その様子にスコットがガックリと頭を落とした。

 

「やっぱ知名度低いのか……」

 

 ステラがスコットを唯一知れる機会であったろう内戦の際は眠っていたので完全初対面なだけである。

 そこへ空からロケットの宇宙船が降りて来る。ベンチに置いてあったスコットの昼飯が全部風圧で吹っ飛んだ。

 

「おわぁぁぁぁ!? 俺の昼飯!」

「おいステラ! バナーの奴はどうした!」

「今きたから知らない。二人ともおかえり!」

 

 そこからハッチから降りてきたロケットの姿に唖然としているスコットとそれと普通に会話するステラが対照的である。ネビュラもステラの挨拶に返事をしてさっさと中に入って行った。

 

「いやなんか……凄いな……ん?」

「いっぱい買ってきたから、あげる」

 

 スコットが茫然としていればステラがブラックトライクの荷物からハンバーガーチェーン店の紙袋を取り出して、その中にミッチリ入ったハンバーガーから一つを渡してくれる。

 

「おお、優しいありがとーうぁあ!?」

 

 スコットが礼を言おうとした所で近くに飛んできたローディが着地、驚いて上に放り投げたハンバーガーをローディがキャッチしてスコットに渡す。

 

「今日はレギュラーサイズだな」

 

 ステラとローディが手で軽く挨拶をして去っていく。

 

「ステラお帰り!」

 玄関から出てきたバナーが手を振っているのでステラが振り返す。

 

「ただいまバナー! ロケット何処かいくの?」

「これからコイツとソーの所に行ってくる! 土産はしっかり買ってきたろうな!」

「買ってきたよ! いってらっしゃい!」

 

 スコットとステラが手を振って見送る中、バナーとロケットはソーの居るニューアスガルドへ向けてまた空へ飛び上がって行った。

 ステラも玄関に荷物を下ろして駐車場にブラックトライクを駐車して中にいる面々と合流する。

 

「やあステラ、スティーブと仲直りしたよ」

「ああ、仲直りだ」

「うん、やっぱりそれが一番」

 

 腕を組んで仲良しアピールをステラにするトニーとスティーブにナターシャが吹き出したが、ステラは安堵したように小さく息を吐いて二人に微笑んだ。

 タイム泥棒作戦に向けて続々と仲間たちが集まり始めていた。



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ファッティ・ソー

コメント、評価、誤字報告ありがとうございます


 ソー達アスガルドの民が避難し地球に新たに作ったアスガルドはベネター号が直接着陸するには不便な場所で、少し離れた町からアスガルドの民達が引いたビフレスト街道を通って海沿いに進む必要がある。

 ニューアスガルドと商売をする男性のピックアップトラックの荷台に乗せてもらい、ロケットとバナーは雄大な自然に囲まれた土地を眺めていた。

 

「ソーの奴、今どうしてんだ?」

「分からないな、まあ沙汰がないという事は元気ではあるんだと思うけれど」

 

 看板を通り過ぎれば遠目にアスガルドの街並みが広がっている。建築様式はどこか古ヨーロッパ風だが、正確には古代のアスガルドからミッドガルド、つまり地球のヨーロッパの建築が影響を受けたというのが正しいだろう。

 ニューアスガルドの玄関口となる港に到着し、荷台から降りあたりを見渡す。ここ五年で馴染んできているとはいえアスガルド人が地球の普通の服を着ているとなんとなく違和感がある。

 

「魔法のハンマーやら聞いてたがソーの国にしちゃやけにこじんまりしてるな」

「アスガルドは失われ、人口が半分消滅してしまった、家があるだけマシなんだ」

「あら、見た顔ね。何しにきたの……てなんであんた緑色になってるの?」

 

 二人に声をかけたのは今のアスガルドを実質取り仕切っているヴァルキリー、ブリュンヒルデだ。防寒着にオレンジのチョッキとファンタジー感ゼロの格好で漁具の手入れをしていたが二人に気付いて中断してきた。

 

「ああヴァルキリー、怒る女。久しぶり、大きい方がいいかもしれないが、着てる服が対応してないからこっちで頼むよ。ソーは?」

「なんか面白いことになってるわね」

「こっちはロケット」「ども」

 

 ブリュンヒルデにロケットを紹介する。見た目アライグマに苦笑を浮かべつつ本題を切り出す。

 

「ソーには会えない」

「なんで、体調が悪いのか?」

「フフ、それは簡単。面白い事になってるからな」

「誰だあんた」

 

 ロケットの言葉に同意するようにバナーが訝しんだ目を向ける。

 バルキリーと同じく、しかしこっちは赤いチョッキを着て漁具を担いだ美女が現れた。艶やかな黒髪を後ろに束ね、赤い瞳が妖しく光る。

 

「あーまぁ最後に会ったときはガキンチョだったからね」

「ハロー、ブルース・バナー。ラブちゃんだよ」

「は? 君がラブだって? 何があったんだ?」

「人手が足りないから使いやすいよう体を大きくしただけだ。もう少し手前で止めても良かったが、それだと紛らわしいだろう?」

「まあ……変なことしないならいいが」

 

 クスクスと笑うラブにロケットは何処か既視感を覚える。

 

「まあ、ヴァルキリーはこう言うが孫に会ってみるといい。私としては途中から変化なしでつまらんし、もう少しお前達が早くきてくれたら観察のしがいがあったかもしれないんだが」

「……なんだあんた、ステラの親戚かなんかか?」

 

 ラブの困ったような微笑みを観察していたロケットは合点がいく。ステラと顔立ちが似ているのだ。歳の離れた姉妹と言えば納得する程度には。ステラが十歳程成長すればこうなるだろうという外見をしている。凹凸は段違いだが。

 

「まあ、当たらずとも遠からずと言った所だ。本人には内緒だぞ」

「ロケット、それでお願いする。ステラに負担はかけたくないんだ」

「……わぁったよ、そっちにはそっちの事情があんだろ」

「ありがとうロケット」

 

 これを知っているのは自分とソーだけでいいとバナーは思っている。二人と別れ、ソーの住む家の扉をノックするが、反応がない。外にはビールの樽が積み上がっている。

 

「おい誰かいないのか? 入るぞ」

 

 ロケットが痺れを切らしてドアを無理やり開ける。鼻に酒の臭いと食べ物の臭い、男臭さが入り混じってなんとも言えない臭さである。

 

「おい、死んでんじゃねえのか? おいソー!」

「誰かいないのか?」

「なんだ、ケーブルテレビの修理か?」

 

 二人が奥に入っていくと、そこには予想外の姿になっているソーがいた。髪は以前の様に伸びているが、そこに艶はなく油でギトギトとしていた。髭も伸び放題となり整えられずもっさりと蓄えられている。

 そして何より目立つのはその腹である。見事な曲線を描く腹部だ。でっぷりと膨らんだそれは見事なビール腹、引き締まった腹筋は見る影もない。あの角ばった腕もふっくら脂肪がつき丸みを帯びて一回り大きくなっている。

 

「そ……ソー?」

「あ、お前達! どうしたんだ久しぶりだな! イメチェンしたのかバナー!」

「ああ、ソー」

 

 戸惑いながらもソーの抱擁を受けるバナー。その陰にいたロケットに気付いたソーが顔を綻ばせてロケットを抱きしめた。

 

「おいやめろって! 抱きしめんなよ」

 

 久しぶりの再会による嬉しさと姿の変化による戸惑いでなんとも言えない感じになっているロケットを構わずソーがなでくりまわす。

 

「バナー知ってるだろう? コーグとミークだ」「どうも」「ピギギー」

 

 ソファーに石と虫の二人がいる。ピザ食ってる。

 

「それで、何しにきたんだ?」

「ああ、協力して欲しいんだ。全てを元に戻すために」

「元に? ケーブルテレビは映らないし衛星放送も映らないんだがそれも元どおりか?」

「サノスに奪われたものを」

 

 サノス、という言葉を聞いた瞬間おちゃらけていたソーがフリーズする。顔が青ざめ真顔になりバナーの肩を掴む。

 

「その名前を……口にするな!」

 

 怯え震える様はあの勇ましい雷神とは思えない。明らかな心的外傷後ストレス障害。五年前のあの時ソーを襲ったのは自責だ。皆の様に明らかな敗北を喫した以上にソーはサノスを殺す寸前まで持って行ったのだ。サノスの言っていた通り頭を狙っていれば、誰も消えなかった。アスガルドを失いロキを失いヘイムダルも失い、その上自分が復讐に囚われたせいでサノスの凶行を止められなかったという自責の念。全宇宙の住民の半分の命が彼にのし掛かり、そしてトドメになったのは無抵抗のサノスの首を切り落としたこと。

 あの時ソーが首をとったのはサノスではなく、ソー自身の心だったのだ。

 

「わかるよ、ソー。怖いんだろ、サノスが」

「怖い? 誰が? 誰がサノスを殺したと思ってる? なあコーグ誰だ?」

「ストームブレイカー?」

「誰がそれを持ってる? 俺だ……雷神ソーだ。他の誰が殺せた? 殺したものを怖がるなんて有り得ないんだ……」

 

 震える声で否定する様は重症なのが容易にわかりロケットでさえ口を噤んでしまう。掴まれた肩の手を優しく剥がし、バナーが強く握りしめ、微笑む。

 

「先が見えない恐怖、僕にも経験があるよ。誰が助けてくれたと思う?」

「さあね、ナターシャか……ステラかだろう」

「違うとも。君だ。君が助けてくれたんだ」

 

 目を見開いたソーがバナーの手を振り払いビール瓶を掴んで一気飲みする。

 

「はは……気休めはやめろ。アスガルドの民達もこんな俺に意味があるなんて思ってないさ。俺が哀れか? だから優しい言葉を投げかけてくれるんだろう、……同情は不要だ放っておいてくれ」

「こういう感じなんだ、悪いね二人とも」

 

 ゲームを中止したコーグが二人に謝る。彼もソーをなんとかしようとしてダメだったが故にこうしてソーの癒しを務めている。彼らがいなかったらソーはもっと酷いことになっていただろう。

 ソーが椅子に座り込んで空になった酒瓶を放り捨てる。新しいものを取ろうとして、もう無いことに気付いた。

 

「ソー……君が必要なんだ」

「船に酒もいっぱいあるぞ」

「……銘柄による」

 

 外出用の服に着替えたソーがストームブレイカーを手に家を出る。コーグ達と「いってらっしゃい、お土産よろしく」といつもの軽いノリで別れ帰りの車に乗ろうと待っていると、ブリュンヒルデが通りかかった。

 

「気を付けてね」

 

 コツンとそーの胸板を突いて笑みを浮かべると、ソーを眺めているラブの頭を引っ叩いて漁船に乗り込んでいく。

 

「ああ! 気を付けて行ってくる!」

 

 泣きそうな顔になりながらソーは沖に出ていく漁船にいつまでも手を振っていた。



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変わる者と変わらぬ者

 アベンジャーズの内戦の後ラフト刑務所に収監されたクリントは、後に刑務所が破られた際も脱獄はせずソコヴィア協定を承諾することと引き換えに刑務所から解放された。

 言い渡された沙汰は自宅での軟禁だ。自宅近辺まで護送車に拘束されて、家の前でようやく拘束を解かれ、少しやつれた体で家に帰ったバートンを妻のローラは何も言わずにただ抱きしめた。子供達は父親の帰りをただ喜んだ。

 

「でも、何も言わずに行かないで」

「それは……すまなかったローラ」

 

 後でこっそりローラにはこっぴどく怒られたクリントだったが、それは彼自身が危険にさらされた事に対する心配が大元で、彼の行動を咎めるものではなかった。

 それからしばらく穏やかな日々が続いた。私も弓をやってみたいというライラに喜んで自分の技術を教えたり、クーパーとキャッチボールをしたりナサニエルを肩車したり、家族と過ごす掛け替えの無い時間を幸せに過ごしていた。

 その日もまた、いつも通り続く日常の一コマのはずだった。

 

「クリント、そろそろお昼にしましょう!」

 

 いつものようにライラに弓を教えていたクリントは昼飯時となってローラに呼ばれ笑顔でそちらに手を振った。

 

「よしライラ、片付けてお昼としよ……ライラ?」

 

 目を離したのは一瞬、しかしその一瞬の間に、弓を残してライラが消えた。

 

「ライラ? おいローラ! ライラが……ローラ?」

 

 弓を拾い、ローラに声をかけるが、そちらにも誰もいない。明らかな異常事態。クーパーとナサニエルがキャッチボールに使っていた野球ボールも原っぱに落っこちている。

 

「ローラ! ライラ! クーパー! ナサニエル! みんなどこだ! おいみんな!!」

 

 しばらく駆け回って、家に戻りフル装備を整えたクリントが協定違反上等で軟禁から脱するも監視者さえいない。そうして街まで出てようやく状況を把握した時、彼は絶望にうちひしがれた。

 ヒーロー達を責めるつもりは毛頭無い。彼らでダメだったなら誰がやったとしても同じだった筈だ。

 それから一年、家族のいた痕跡を消すまいと抜け殻のように家を維持し続ける日々を送っていたクリントは、偶然非合法組織の活動による事件のニュースを耳にした。

 その時のクリントの心に浮かんだのは義憤ではない。ドス黒い……激烈な嫉妬心だ。

 

「何故悪人が生きていて……俺は家族を失った?」

 

 クリントは小さく呟く。殺気立った目は爛々と輝きまさに鷹のようであった。

 翌日、非合法組織は皆殺しとなり壊滅する事となる。それから彼は殺し続けた。ただの狂気の八つ当たりだという事など分かっていた。だが止まれなかった。それから今まで彼はひたすら悪人を八つ当たりに殺し続た。銃火器爆弾刀、一つを除きあらゆる手段を用いて信条もプライドも捨て殺し続けた。

 しかし弓だけは絶対に、どんな事があろうとも使わなかった。弓はクリントに残された娘ライラとの最後の繋がりだった故に。

 刀を使う彼はいつしかローニンと呼ばれ、裏社会における災害のような存在として恐れられるようになっていった。

 そして今、日本の東京に彼はいた。土砂降りの雨の中彼は次々ジャパニーズ・マフィア(暴力団)殺していく。流れた血は雨と混ざって血の川をアスファルトの上に生み出していた。

 凄腕の男が数名いたが、ローニンには敵わず刺殺される。敵が全滅し雨の音以外何も聞こえなくなった現場で、ローニンが立ち尽くす。

 

「こんばんは、ローニンさん……いえ、クリント」

「……どうしてここに?」

「逆に聞くけど、どうしてここに?」

「俺は仕事だ」

 

 ナターシャが傘をさしクリントの背後に立つ。ローディが調べた情報から、次の襲撃場所がここと判明してクインジェットで飛んできたのだ。間に合わず凶行は止められなかったが。

 

「これが仕事? こんな事をしても家族は戻らない」

「……わかってるとも」

「でも……いい方法を見つけたの。みんなを元に戻せる」

 

 クリントが顔を顰める。雨でわからないが、彼は泣いていた。

 

「よせ」

「どうして」

「今更希望なんて……いらない」

 

 そのまま俯いてしまったクリントの様子に、ナターシャは悔いるように首を小さく振った。

 

「もっと……もっと早く、知らせに来れるようになりたかった」

 

 ナターシャの目から一筋、涙がこぼれ落ちた。

 

「それでも……行きましょう。取り戻す為に」

 

 差し出された手を、クリントは震える手で握り、コンパウンドへ向かう。

 その頃、ステラがでかい機材をトニーの指示の元運んでいると、空からロケットのベネター号が着陸してきた。がこん、とサスペンションが着陸の衝撃を吸収し、しかしハッチが開いても誰も降りてこない。

 

「……?」

 

 ステラが首を傾げながら疑問に思いつつも機材運びの方が優先なので建物の中に入って行った後、二人に押される形でソーが出てきた。

 

「変わらないなぁステラは」

「なんで隠れたんだよどうせ会うんだから今挨拶しちまえばいいだろ」

「いや、あまりにも変わらなすぎで……自分が情けない気分になってきた」

 

 ベネター号から降りる時も自分の腹で足元が見えない様な状態なのに、ステラは五年前から一切変わっていない。それがソーの心を刺激した様である。

 

「今すぐダイエットしろ。ストームブレイカー五万回くらい振り回してれば痩せるだろ」

「いや、それよりこれの方が早い」

 

 船の中に置いてあった酒をがぶ飲みし出したソーにロケットが肩を竦める。

 

「よし元気百倍! 行くか!」

「酒に頼るなよ……」

 

 ドスドスと歩きながらサングラスをつけて建物に入っていくソーにバナーとロケットは顔を見合わせた。

 

「トニー、これどこに置いておけばいい?」

「あーそのフレームはあそこの赤の十番の印のあたりに置いておいてくれ、あとステラ、場所に合わせて端に色が塗ってあるからそれと同じ色の所に置いておいてくれれば大丈夫だぞ」

「あ、そうなんだ。ごめんね」

「構わないさ。ローディ、安定ボードの配置はどうだ?」

 

 ローディがウォーマシンスーツを着て天井部分の設備を設置している。

 

「設置完了だ」

「オーケー動作確認だ。みんな一旦離れてくれ。F.R.I.D.A.Y.」

『駆動確認します』

 

 天井の構造物が問題なく動作するのをF.R.I.D.A.Y.が確認してトニーがうんうん頷く。

 

 量子トンネルの設置に入ろうかと考えていると後ろから声がかけられる。

 

「やあ! 久しぶりだなお前達!」

 

 その場にいるみんながソーに目を向けている。見た目が激変した上に声も酒で焼けてしまっていてソーっぽい太った人としか認識できなかった。コスプレ野郎が紛れ込んでいるの方がちょっと説得力があるレベルだ。トニーがその近くにいたロケットへ視線をずらした。

 

「ああソケット! 良い所に来てくれた、これから設置作業をするんだが、宇宙の天才さんに手伝ってもらっても良いだろうか? バナーは時間航行用スーツの方をスコット達とよろしく頼みたい」

「ロケットだよ」

「おいちょっとどうした? 久しぶりの再会の感動で言葉も出ないか?」

 

 ソーがサングラスを取ってようやく誰かわかり皆が「Oh……」みたいな反応をした。こう、突っ込むべきか突っ込まないべきか悩む。ローディは職業軍人なだけあり似たような事案を多数見てきた経験からソーの精神状態が良く無いのを察する。平時であればケアに努める所だが今その余裕はない事が心苦しかった。

 

「見違えたよ。サンタクロースみたいだ」

「ふふ、褒めるな褒めるな」

「まあ良い、各自安全に作業してくれ頼むぞ」

「ソー、大丈夫?」

「大丈夫だとも、ステラも酒飲むか?」

 

 各自役割に戻っていく中資材を取りに行く為ソーの近くを通るステラが心配そうに声をかけた。それにソーは持っていた酒瓶をステラに差し出す。

 

「ごめんね。ブラックトライクに乗るからお酒は飲めないの」

「それもそうだ。すまなかったな、飲みたくなったらいつでも言ってくれ」

「ありがとう、ソー」

 

 ステラが差し出された瓶を持つ手を優しく握り、微笑んだ。

 

「大丈夫、できる事を少しずつやっていこう?」

 

 その様子にソーが目を見開き目を潤ませた。

 

「母上……?」

「いや流石に何言ってんだよ絵面がやべえぞ」

 

 近くにいたロケットがツッコミを入れた。

 

「ほらステラもさっさと行った行った。なんだこれ?」

「お土産」

 

 ロケットとトニーが共に作業する事でタイム泥棒作戦の要である量子トンネルは急ピッチで製造が進められていく。ステラも力仕事でそれを手伝っていた所へ、クリントとナターシャが姿を現した。

 

「あ、バートン。お久しぶり」

 

 実に七年ぶりの再会に、ステラは嬉しそうにクリントの元へ近づいた。その七年間、ステラは時が止まっているかのように姿を変えていない。変わったのは瞳と色と服装くらいだ。クリントは昔の事を想起し、もう一つの家族であるアベンジャーズの記憶がローラ達家族達との思い出を刺激する。

 

「ああ、久しぶり……久しぶりだなステラ。元気そうでよかった」

 

 優しくステラの頭を撫でながらクリントは再び涙を流した。



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タイムトラベル

ご覧頂きありがとうございます


 遂にタイム泥棒作戦に必要な要素がすべて揃った。GPSと連動し時間旅行者を望む時代の望む場所へ送り届ける新たな量子トンネル、それに対応したナノテク搭載の新型スーツ。そしてクリントが持ち帰った家族の野球グローブによって過去に戻りストーンを手に入れる事ができると実証された。

 過去跳躍するにあたりローディのウォーマシンアーマー及びステラのブースターウィングをアップデート。ウォーマシンは全体素材の変更を行いブースターウィングは腰の装着部から背中部分までをステラの身のこなしを阻害しないよう固定用のアーマーを追加し翼の可動部の剛性を上昇させ、背中の部分に白い星のマークがペイントされた。

 過去に戻るにあたりピム粒子の数が一人分足りない。居残りは機械の不調が起きても問題ないようトニー、ロケット、バナーの三人のうちバナーが残ることとなった。

 そこで不足したピム粒子の人数の中で、どのタイミングにどう飛ぶべきなのかを話し合う。あまりに分割してしまっては不慮の事態に遭遇した時危険だ。なるべく一塊で連携可能にすべきである。

 

「各自、何かしらのインフィニティ・ストーンと遭遇している。それを辿っていこう。ソー、リアリティ・ストーンは?」

 

 皆が振り返る。先程までロケットの言う通りストームブレイカーを降りまくっていたので汗だくで動かないソーを皆が見つめる。

 

「……寝てる?」

「いやいや死んでないかこれ? 誰かスポーツドリンク持ってきてくれ。氷も」

 

 頭に氷嚢を乗っけたソーがスポーツドリンクをガブ飲みしながらリアリティストーンについて語る。

 

「あーリアリティストーンとは言うが、正確にはこれはウルトラヘドロフォースみたいなヤバイ液体だ。エーテルが正確かな。で、コレ俺の爺さんが封印したらしいんだけど、ジェーン、あー当時の恋人のジェーン付き合ってた。彼女が触っちゃってジェーンの中にコレが入って、病気になった。だから俺はアスガルドに連れてって……ああ、アスガルドももう無いんだなぁ。まあ俺の彼女だから母に紹介……母も死んでしまって……ジェーンとももう会ってない……まあ」

「おい大丈夫かもう座れよ」

 

 若干トラウマを刺激して変になっているソーを座らせようとトニーが前に出るがソーはそれをかわして言葉を続ける。

 

「おい待てまだ話してる。この世に変わらないものは無いが、唯一変わらないのは永遠なんて無いって真理だ」

 

 トニーがソーの肩を持ちながら小さく拍手をする。

 

「名言だ、僕の辞書に書き加えとくよ、何か飲むか?」

「キンキンに冷えたビール……いや、水をもらうよ」

 

 次にパワー・ストーン。これはロケットとネビュラに縁が深い。余波的な意味でステラとも縁深いが。

 

「パワー・ストーンはクイルが惑星モラグから盗んだ」

 

 昼飯を食べつつ会議は続く。積まれたハンバーガーを吸い込むように食べていくステラをナターシャが今回は許すといった顔で見ていた。

 

「星って地球じゃなくて宇宙の話?」

「そうだとも。何も知らないのか? かわいいでちゅな〜」

 

 ロケットがスコットの額をペチペチ触った。

 

「ソウル・ストーンはサノスがヴォーミアで手に入れた。宇宙の中心でサノスは……姉を殺した」

 

 ネビュラのソウル・ストーンの説明を聞いていた皆が目を伏せる。

 

「タイム・ストーンこれはどうするんだ?」

「ドクター・ストレンジが持ってるはずだ。ニューヨークの……グリニッジだっけ?」

「サリバン通り?」

「いやブリーカー通りじゃなかったか?」

「え? ニューヨークに住んでたの?」

「そう、サリバンとブリーカーの角だ!」

「と言う事は……ある時期ニューヨークには三つのストーンが存在してた?」

 

 ソファーや椅子を並べてベッド代わりにしていた皆が頭を上げる。

 スペース・ストーンは四次元キューブ、マインド・ストーンはロキのセプターだ。ニューヨークの決戦の際は三つのストーンが存在していた事になる。

 全ての石の場所から三チームが編成される。

 

「よし……六つのストーンを、三チームで一気に獲る」

 

 皆が並ぶ画面の前にはニューヨーク/アスガルド/モラグ・ヴォーミアにそれぞれ六つのストーンが並ぶ映像が映っていた。

 

 バナーを除き皆が時間航行用スーツを見に纏い、そして全員が量子トンネルの上で円陣を組み拳を突き合わせる。この時ばかりはステラも髪を一本縛りにしてスーツの内側に入るようにしている。ロケット的にはその姿はニューアスガルドで見たラブとダブって見えた。流石にカノンランスは持ち込み不可である。手持ちは改良型ハンドガンとブラックブレードのみだ。

 

「五年前、我々は負けた。みんなが大切なもの……友人、家族、自分の一部を失った。今それを取り戻すチャンスだ。タイムトラベルは一回、ミスは許されない。だが確実にストーンを手に入れる。行き先が見知った場所でも油断するな、お互いを守れ。これは命を賭けた戦いだ何を犠牲にしてでも、必ず勝つ。だが……生きて帰れ、幸運を」

「スピーチうまいな」

「ほんと最高」

「よしやるぞ。頼んだブルース」

 

 トニーの言葉でバナーが装置の準備を進める。

 

「おい俺の船壊すなよ」

「わかってるさ」

「いや嘘くさいな……」

 

 小型化したベネター号がクリントの手には握られている。ヴォーミアとモラグ間を移動する為に必要な物だ。持ち主であるロケットが注意するがクリントは笑いながら答える。

 

「クリント」

 

 下からクリントに声が掛けられる。振り向けば準備を終えたバナーだ。それは見送る者の不安そうな眼差し。

 

「ナターシャを……頼む」

「任せておけ、漢と漢の……約束だ」

「大丈夫、問題なく帰ってくるわよ」

 

 ナターシャがバナーに微笑み、膝を折って手をかざした。

 少し体を大きくしたバナーと、量子トンネルの上と下で、ハイタッチをする。

 

「おい俺の船にはその約束ねえのかよ!」

 

 ロケットはクリントに不満たらたらのようである。

 ニューヨークにはキャプテン・アメリカ、アイアンマン、ブラック・ロックシューター、アントマンが。

 アスガルドへはマイティ・ソー、ガーディアンズオブギャラクシー・ロケットが。

 ヴォーミア、モラグにはブラックウィドウ、ホークアイ、ウォーマシン、ガーディアンズオブギャラクシー・ネビュラが。

 そして現代で待つはインクレディブル・ハルクだ。

 

「それじゃ、みんな一分後に」

「うん。一分後」

 

 少しワクワクするようにナターシャとステラが笑い、それにつられて皆にも笑顔が伝播していく。バナーも精一杯の笑顔で手をあげた。

 

「みんな……気をつけて。カウントダウン開始」

 

 全員の顔へマスクが装着されていく。ウォーマシンだけは形状が違うが。そしてキャプテンの盾、ステラの翼をナノテクアーマーが覆っていきタイムトラベルの準備が整う。上部安定板が稼働しタイムトラベルの現状に合わせた最適な形に稼働する。

 

「四、三、ニ、一、ゼロ!」

 

 量子トンネルが開き皆がそれに消えていった。小さくどんどん小さくなり量子の領域に至り、事前に設定された通り三チームが三つの時代と場所に分かれて時間を逆行していく。

 一人残されたバナーは皆がいなくなった量子トンネル上を眺めた。たった一分、されど一分。バナーにとって人生で最も長い一分間が幕を開けた。そんなバナーを窓の外から差し込む夕暮れの日差しが優しげに照らしていた。



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2012/ニューヨーク

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  爆発につられたチタウリ達が周囲のビルにとりつき咆哮をあげる。周囲を囲まれているが、負ける気はしない。

 ハルク、ホークアイ、ソー、ブラックウィドウ、ブラックロックシューター、キャプテン・アメリカ、アイアンマン。

 アベンジャーズがここに集結したのだ。


 2012年、ニューヨーク。ロキが招いたチタウリとの決戦が行われる最中の街の一角にトニー、スティーブ、スコット、ステラが姿を表す。

 スティーブの服装が2012年当時の服装に変化した。ステラの服も当時らしく前側が全開になり見える白いお腹にはにシング・ラブに付けられた傷跡がある。今となっては流石に前全開は恥ずかしいのでステラはパーカーの前を閉めて、姿がわかりにくいよう髪を服の内側に入れてフードを被った。

 

「よし、ステラはドクター・ストレンジの所にタイムストーンを、僕とトニーにスコットはマインドストーンとスペースストーンを奪取する」

 

 ガッシャンガッシャンという音に視線を向けると先でチタウリ相手にハルクが自動車を使ってボコボコにしていた。バナーが見たらちょっと恥ずかしがりそうな暴れっぷりである。

 

「各自、自分自身に会わないよう気を付けろ。面倒ごとになる」

「バックトゥーザフューチャーのお約束だね」

 

 各自が行動を開始する。スティーブ達は三人で当時のスタークタワー内部に潜伏し、セプターと四次元キューブを狙う。ステラはドクターストレンジからタイムストーンを受け取った後はそのまま現代へ戻る予定だ。ギリギリまで低空飛行をして当時のアベンジャーズの目となっているクリントの視界に入らないよう注意しながら、ギリギリのところで急上昇。サンクタムの屋上に着地する。

 

「滑りやすいから気をつけて。ワックスをかけたばかりなの」

 

 とりあえず屋内に入ろうとしたところで後ろから声をかけられた。ステラが振り向けばそこには黄色い特徴的な服を着た女性が立っていた。ステラは知らないが、彼女こそ魔術師達の頂点、至高の魔術師(ソーサラー・スプリーム)エンシェント・ワンである。

 

「急に来てごめんなさい。わたしはステラ、ドクターストレンジはどこ?」

「彼、スティーブン・ストレンジなら二十ブロック先で手術をしています。来るのが五年早かったわね。可愛らしいお嬢さんが彼になんの用?」

「わたしが欲しいのは、それ」

 

 ステラが指さしたのはエンシェント・ワンが首に掛けたアガモットの目だ。映像で見たドクターストレンジがタイムストーンを封印しているアイテムである。

 

「ああ、成る程。でも渡せません」

「お願い。みんなを助けるために必要なの」

「無理と言っていますが?」

「……だったら力ずくでも、渡してもらう」

「おやめなさい」

「渡して、ロスコルやみんなが帰ってくる為には必要なの」

 

 近づくステラを言葉で制止するが聞く耳を持つ様子はない。

 そのまま奪おうとしたステラの胸に向け放たれた掌底を掴み、アガモットの目に手を伸ばすが、振れた瞬間指にやけるような激痛が走り思わず手を離してしまった。すかさずエンシェント・ワンが距離を取りミラーディメンションを展開してステラを閉じ込めようとした所、ステラがブラックブレードを振れば次元が裂けミラーディメンションが打ち破られる。

 これには流石のエンシェント・ワンも想定外だったようで、ステラへの警戒を強める。

 

「この石を失えば、この世界は闇の勢力に対する対抗手段を失います。たとえ命に変えても奪われるわけにはいきませんね」

「使ったら返すから」

 

 エンシェント・ワンが扇の魔術を両手に持ち臨戦態勢を取る。無力化は難しく、これ以上は殺し合いになるという判断だ。

 

「使ったら返す? どういう意味ですか?」

 

 ステラは刀を下ろす。戦わずに済むならそれに越した事はない。

 

「バナーが言ってた。使った後、元の場所に戻すまでが作戦だって。だからわたしが借りても、すぐ誰かが返しに来るから石がなくなるのは少しの間だけ。

 エンシェント・ワンが意味を理解して目を見開く。しかし構えは解かない。

 

「成る程、理解はしました、ですが貴女達が成功するという保証はありません」

「わたし達を信じて」

 

 ステラが胸に手を当て嘆願するもエンシェント・ワンは首を横に振った。

 

「私は至高の魔術師として、賭けでこの世界を滅ぼすわけにはいかないのです。タイムストーンを管理する義務がある。」

「でも……ドクターストレンジはサノスに石を渡したって」

 

 ステラの言葉を聞いたエンシェント・ワンが目を細める。

 

「なんですって? ストレンジが?」

「うん、自分からサノスに渡したってトニーが言ってた」

「……なぜ?」

「わからない。でも貴女にそんなに信用されてるなら、意味のないことはしないと思う」

 

 しばらく思案していたエンシェント・ワンがため息を吐いて、魔術を消し構えを解く。

 

「どうやら……わたしの判断ミスね」

 

 アガモットの目を開き、内に封印されたタイム・ストーンをステラに差し出す。

 

「ストレンジは優秀な魔術師です。石を手放したなら、勝算があっての事のはず」

 

 受け取ったステラが石を握りしめる。そこへエンシェント・ワンが両手を添えた。

 

「どうかお願いねステラ。私達の世界を」

「任せて。絶対に持って帰ってくるから」

 

 予定通りステラはその場でタイムトラベルで現代へ飛んだ。その飛んだ後をエンシェント・ワンは祈るように見つめていた。

 その頃、スタークタワーに隠れるトニーが様子を伺う。

 

「あがいても無駄なら……酒をもらおうか」

 

 今は丁度ロキが皆に囲まれている所だった。

 

「ステラちゃん髪の毛もさもさしてるね」

「ああ、ペッパーにケアされる前だからな。それにしてもスティーブ、忘れてた。あのコスチューム尻がやばいなダサいぞ」

『見た目はどうでもいいだろう』

「俺はいいと思うよ? アメリカのケツって感じがする。てかステラちゃん見た目まじ全然変わらないじゃん変わったのは髪の毛くらい?」

「あぁ、まあ当時からステラの事はティーンエイジャーって呼んでたんだが……信じるか? 推定だがあそこにいるステラは三歳だ。今十四歳でやっと本当にティーンエイジャーだよ。おっと」

 

 エレベーターからS.T.R.I.K.E.チームが姿を現しセプターを回収していく。

 

「お待たせした。そちらの杖はこちらで回収しよう」

 

「あいつらは?」

 

 隠れたトニーにスコットが問う。

 

「S.H.I.E.L.D.の特殊部隊。だけど一人除いてみんなヒドラだ」

「なんで気付かなかったんだ? どうみても悪人顔だろ。残り一人は?」

「新人類を名乗る強化人間」

「ダメなやつじゃん」

「うるさいな声だけでかいぞ」

 

 そうしている間にもセプターの収納を終えて、S.T.R.I.K.E.チームがエレベーターから撤収していく。

 

「スティーブ、セプターが行ったぞそっちは任せた。ほらスコットいけ!」

「アウチ!」

『任せろ。いい考えがある』

「ステラ、それ重すぎだ。置いていったらどうだ」

「それは嫌だな」

「いや待て待て待て、ハルクお前はエレベーター自体無理だから階段を使え。あんまり壊すなよ」

 

 小さくなったスコットが指で弾き飛ばされ過去のトニーの頭髪の中に潜む、そうして怪我の応急処置を終えてエレベーターに乗り込んでいきブザーを鳴り響かせるステラの様子を見てトニーはナノテクアーマーに身を包んで外に飛び出した。

 

『ねえトニー、なんか喧嘩みたいになってきてるけど大丈夫か』

「大丈夫、想定の内だ。ソイツはS.H.I.E.L.D.の理事ピアース。ソイツもヒドラ」

『ヒドラ多すぎない?』

 

 エレベーターに先行してトニーは特殊部隊員の装備をして一階ロビーの警備をしているフリをしていた。そこへ後から来たアベンジャーズとS.H.I.E.L.D.の面々が主導権を握ろうと争いを始める。

 

「そろそろビッグイベントが来るぞ。いやぁアレは痛かった、今でも覚えてる。キューブの入ったカバンに潜伏だ」

『了解』

「それを渡したまえスターク」

「いやちょっと所有権とか権利とかその他もろもろ事情がいっぱいあるので無理なんですよピアース理事」

 

 掴みつかまれしている所の近くの外にステラを抱えたハルクが降ってきた。着地の衝撃で窓ガラスが木っ端微塵になり取っ組み合っていた面々が吹っ飛ぶ。

 

「今だ!」

『それっ!』

 

 全員がハルクの方に注目する中スコットがケースを蹴飛ばしてトニーの方に滑る。ロキが見ているが口を塞がれているので何も言えない。さも当然のように受け取ってトニーは建物から退避。スコットもそれに続く。

 

「ハルク! あんまり壊すなって言っただろう! やあそこの君、アタッシュケース確保しててくれてありがとう。さっ理事、今はあれが暴れるとまずいので後でまたという事で」

 

 後ろでの騒ぎをトニーは聞き流して少し離れた人気のない場所に移動し車の中でスコットと一緒に待機する。

 そこへスティーブがセプターの入ったケースを持ってやってきた。

 

「やぁ。どうだった」

「問題なしだ」

「褒めてくれキャプテン」

「よくやった二人とも」

 

 車の割れたサイドガラスからケースを出して見せびらかす。車から降りようとして立て付けが悪くなったのか開かないのでトニーは窓から体を出すとスティーブに引っ張られて車外に出た。

 

「ステラの方も上手く行ったみたいだ。この時間での任務は完了、戻るぞ」

 

 三人がスーツに包まれ、量子のサイズとなって現代へと帰還していった。



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2014/ヴォーミア

 モラグとヴォーミアのストーンを手に入れる為2014年にタイムトラベルした面々は、緊急時用に脱出艇をベネター号から下ろしローディとネビュラのパワー・ストーンチーム、クリントとナターシャのソウル・ストーンチームに分かれた。

 

「気をつけて」

「ああ、そっちこそ」

 

 ネビュラにベネター号の航行を設定してもらい、別れのハグをする。少しばかりの冒険気分にクリントとナターシャは笑みを浮かべていた。クリントは宇宙を初体験である。

 

「ブタペストからここまで来るとは思ってなかったな!」

「ええ、でもこれからもっと先へ行けるわよ」

 

 星々の光が後ろに流れるスターボウ効果の輝きをワープで抜ければ、二人が目を瞠る。

 

「こんな用事じゃなければ……感動的な光景なんだがな」

 

 宇宙の中心、ヴォーミアとはすさまじい姿をしていた。恒星が逆にヴォーミアを周回し皆既日食時のダイヤモンドリングのような不自然な輝きを見せ、星の半ばにはガンマ線バーストのような光線が突き刺さりまるで木星のようなガス状星が霧散するように崩れていた。

 見るものを圧倒する宇宙の理の一旦を理解しきれない矮小な人間の体に無理やり理解させようとしてくるようである。

 いつまでも眺めているわけにはいかない。ここへはソウル・ストーンを探しに来たのだ。

 

「見ろナターシャ」

「これは……」

「ああ、自然に発生するにはあり得ない。これ以外に同じものが見当たらない以上、ストーンの手がかりはここだろう」

 

 衛星軌道から行われた光学観察でクリントが人工物を発見するとベネター号を慎重に降下させていく大気圏へ軟突入し、人工物付近の平地へ着陸させる。気候も命の安全が保障される程度には安定しており、大気組成や気圧も人間が行動するには問題が一切無いことを確認する。

 しかしこの星には命の気配が一切無い。吹く風は肌寒く、風はただ荒れ果てた岩肌を笛がわりにして音を鳴らすだけだ。

 人工物が頂上に立つ山に向け歩み始めるが、安全と周囲に注意を払う以外に何もなく、ある種手持ち無沙汰になっていた。

 

「なぁナターシャ、どうせ暇なんだ。俺が引退していた後の事、聞かせてくれないか?」

「いいの? こんなわけのわからない場所で警戒しなくて」

「警戒はしてるさ、その上で隙を潰すだけだ」

 

 記録として知っていることでも、当事者の言葉をクリントは聞いてみたかったのだ。

 クリントの微笑みにナターシャが苦笑して、辺りへの警戒は怠らず話し始めた。

 

「そうね、まずはブルースと暮らし始めた時の話でもしましょうか」

「おっといきなりの惚気か? いいぞドンとこい」

 

 ナターシャはバナーとの生活を、時折やって来るステラをまるで娘のように思い擬似家族のような関係に安らぎを感じていた事を話した。そしてある日シング・ラブという怪物にバナーが襲われ死にかけた事も、ステラも襲われた事を知りバナーと共に助けに行き、今でこそ再会し結婚まで至ったものの戦いの最後には失い悲しみに暮れた事も。

 最後の心の拠り所であったアベンジャーズが内戦で分裂した事に心を痛めた事。悲しそうなステラを置いて自身の因縁を片付ける為ロシアに赴いた事。

 その後にスティーブ達と合流し世界中を飛び回った事。

 サノスとの戦いの事。この五年間の事。

 

「いい話が聞けた」

「そう、それは良かった」

 

 神妙な顔で頷くクリントにナターシャは笑いかけながら山を登っていく。道としての体をなんとかなしている程度で歩きにくい事この上ない。

 

「さて愛の戦士ホークアイ、愛しのナターシャをしっかりブルースの所に送り届けないとな。雪も降ってるしさっさとストーンが見つかればいいんだが」

『よく来たな』

 

 突如声をかけられた。クリントとナターシャの警戒をすり抜け気配もなく現れた存在に二人が武器を構える。

 

『ナターシャ、アイバンの娘。クリント、イディスの息子』

 

 そこにいるのはボロボロにすり切れた漆黒のローブを纏う謎の存在。

 

「あなた、誰?」

『案内人と思うがいい。ソウル・ストーンを求める者達を導く」

「だったらさっさと場所を教えて。自力で行くから」

「ああ、残念だが……そう簡単にはいかない」

 

 深く被られたローブの影から赤いドクロのような顔が現れる。スティーブが見たなら驚いたであろう。

 案内人に付き従い、衛星軌道から見た人工物の元へ辿り着く。断崖絶壁が精緻な幾何学模様に彫り込まれ、なんらかの儀式を行う場にさえ見えた。そこへ案内人は立つ。

 

『お前達が探しているものはそこにある。恐れているものもな』

「ストーンは……この下に?」

『手にできるのはどちらか一人……ストーンを手にするには愛するものを手放さなければならない。ソウル・ストーンを得るには……魂と引き換えだ」

 

 二人が苦い表情をした。

 

「あんなのは口からの出まかせだ」

「いいえ、そうは思えないわ」

「親父さんの名前知ってたから?」

 

 ナターシャが首を振る。

 

「違うの、サノスは娘とここに来て、一人で帰った。この状況と一致してる」

 

 ネビュラの話からクリントもそれは知っている。暫くの間二人とも座り込んで互いに背を向けていたが、クリントが何かを懐に仕舞うとポツリと呟いた。

 

「……何を犠牲にしても」

 

 つられてナターシャも呟く。

 

「……何を犠牲にしても」

 

 意を決したようにクリントが立ち上がる。

 

「石を手に入れなければ、俺の家族も何も、何十億人も死んだままだ」

「ええわかってる」

「なら、どっちが残るべきか……だ」

 

 クリントとナターシャが手を繋ぎ額を合わせ想いを通じ合わせる。これが今生の別れとなるのだ。

 

「これは決まってるな」

「ええ、決まってるわ」

 

 ウィドウズバイトを発射しようとしたナターシャの手を引き、リストバンドを勝手に操作しウィドウズバイトをナターシャ自身へと打ち込ませるとクリントはナターシャを引き倒し駆け出す。己の命を犠牲にするつもりなのだ。

 しかしナターシャのスーツはそもそもウィドウズバイトを行う為の安全スーツ、ダメージは軽減され走り去るクリントの背へティザー・ディスクを叩き込み感電させることでクリントはその場で転倒する。

 その隙にナターシャが全力疾走。断崖絶壁から走り飛び出した。背中についたティザーディスクを岩肌に叩きつけて破壊し弓を取り出しワイヤーの楔を地面に突き刺すとクリントは飛び降りるナターシャの背へ矢を放った。百発百中たるホークアイの放つ矢がナターシャの背中のバトンを固定している部分へ直撃。矢から繋がるワイヤーと地面の楔がナターシャの落下を阻止し振り子運動でナターシャを岸壁に叩きつけた。

 

『これは俺とブルースの漢の約束だ。家族のこと、頼んだぞ』

 

 ワイヤーをナイフで切ろうと、しかし頑強なワイヤーにナイフの刃が立たずともがくナターシャの目の前で、無線と共にクリントが仰向けに落下していく。

 

「クリント!!」

 

 手を伸ばし絶叫するナターシャにクリントは微笑みかけながら、サムズアップをした。ヴォーミアの重力に引かれみるみる加速したクリントが地面に叩きつけられ即死する。しかしその表情はどこまでも穏やかで、まるで眠っているかのようだ。

 叫ぶナターシャを嘲笑うかのように空が輝き、ナターシャの意識が暗転した。

 ナターシャは気付けば水たまりのような場所に倒れていた。空は暗く、オーロラに星雲が怪しく輝く。跳ね起きたナターシャがあたりを見回してもそこにクリントの姿は無い。

 握られた右手にほのかに感じる温かさに、右手を開けばそこにはソウル・ストーンが握られていた。クリント・バートンが死んだという事を突きつけてくるような輝きに石を再び握って水面に叩きつけ、水しぶきを上げる。

 そして背中に違和感を感じ触れば、残された矢の先に手紙が残されていた。ビニールのカバーで覆われて幸いにも水で滲んだりすることはなかったそれの表紙には"愛しの家族へ"と書かれていた。

 あの時クリントが懐にしまったのはこれだったのだ。

 ナターシャは手紙とソウル・ストーンを手に少しの間その場で泣いた。そこには誰もいない。彼女一人、失った大切な者に涙した。



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帰還

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 量子トンネルが再び開き、皆が現代へと帰還する。

 

「やあ! みんなお帰……り?」

 

 バナーが笑顔で出迎えようとして違和感に気付く。一人足りない。

 ナノテクスーツが解除され続々と姿を戻していく皆も作戦成功の笑顔から一点して怪訝な表情を見せた。ただ一人何かを堪えるように立ち尽くすナターシャを除いて。

 

「クリント?」

 

 誰かがポツリと呟いた。量子トンネルの板状にやってきたバナーがナターシャを見つめ、すべてを察した。

 

「ああ……クリントは僕との約束を守ってくれたんだね」

 

 ナターシャをバナーが優しく抱きしめると、堰を切った様にナターシャが涙を流した。抱きしめるバナーの頬を一筋の涙が伝う。

 

「あぁクリント……僕はどうすればいい? 大切な人が帰ってきた事を喜べばいいのか? 大切な人を喪った事を嘆けばいいのか? クリント……」

 

 アベンジャーズ初期からのメンバーが、コンパウンド内の湖の畔にある休憩所に集まった。他のメンバーは気を遣って屋内で待機してくれている。

 

「おいなぜ嘆く。なぜ悲しむ……!」

「どうした落ち着けよ」

 

 皆が落ち込んでいる中、ソーがかぶりを振って問いかけてくる。トニーがおさえれば肩を掴まれる。

 

「ストーンが全部手に入ったんだ、願えば全部戻る! クリントも生き返る! だからみんな悲しむのはやめろ!」

「いいえ……戻らないわ」

 

 ベンチに座ったままのナターシャが俯いたままそう言う。それをソーは笑って誤魔化した。

 

「まあまぁ、宇宙の理は人間には理解し得ないものだ、否定したくなるのもわかるが」

「無理よ……ストーンはクリントと引き換え、そのストーンがある限りクリントは戻らない。でもそのストーンが無ければクリントを戻せない」

 

 この矛盾した状態を崩すには別の場所からソウル・ストーンを持ってくるしか無い。だがそうすればまた誰かが生贄になってしまう。

 ソーも押し黙ってしまった。クリントには家族がいた。ウルトロンに叩きのめされたアベンジャーズを温かく迎えてくれた人達だ。ここの皆が覚えている。

 

「……彼の願いを叶える為にもストーンでまずは元に戻す事を成し遂げないといけない。だがクリント……残されるのは……辛いぞ」

 

 泣くステラを介抱しながら、多くの人たちと別れ残されてきたスティーブが奥歯を噛みしめながら呟く。

 バナーが拳を叩きつけたベンチがへし折れる。

 

「ああ……やろう。それが僕たちの責務だ」

 

 皆がバナーの顔を見て、力強く頷く。そこに迷いはない。あるのは役目を果たさんとする意思だ。

 コンパウンドに戻った面々はナノテクを用いて作ったガントレットにインフィニティ・ストーンを慎重に配置していく。サノスの用いたガントレットと違いそれぞれの石を運用する機能は持たない、げん担ぎにデシメーションを起こした物と対をなすよう右手用の物として。

 完成時にロケットがいたずらをしてトニーとバナーがキレかけた以外は問題なく完成するととなった。

 研究室の中央に完成したガントレットが安置され皆がそれを見つめている。

 

「さて、完成したわけだが、誰が指を鳴らす?」

 

 ロケットの問いにソーがズカズカと近づき手に取ろうとするのをスティーブとトニーが制止する。

 

「おいおいどうした」

「いつまでも見ていたって誰ももとには戻らないぞ。俺はアベンジャーズ最強の男だ俺がやる」

「そう言う問題じゃ」

「いーやそう言う問題だ退け」

「だからちょっと落ち着けって」

「せめて話し合いを」

「黙れ! ……頼む、正しい事をさせてくれ」

「いいか? ガントレットには莫大なエネルギーが宿る。今の君の状態じゃ無理だ」

 

 ソーはここに来て少し痩せたが、全盛期にはあまりにも遠い。

 

「……今俺の体を駆け巡る血潮はなんだと思う?」

「ケチャップ?」

「違う、稲妻だ」

「稲妻じゃダメだ。僕がやる。ストーンのエネルギーはガンマ線だ、僕の体の一部みたいなものだ」

 

 バナーが体を大きくしガントレットに近くのをステラが手で制する。

 

「ううん、それなら私がやる。シング・ラブが言ってた、私は無限の一端を身に宿してるって。あの頃は意味がわからなかったけど、今はわかるストーンの力を私はそのまま備えてる、それならそれに最も耐性があるのも私」

「ステラ」

「大丈夫トニー、私はスーパーガールでしょ? 信じて」

 

 微笑むステラを止めようとして、トニーが止まった。それを口にしたトニーが本人にそう言われては敵わない。

 ステラがガントレットを手に取る。この時、ネビュラが居ない事を平常時のナターシャであれば不審に思っただろう。だがその余裕は今のナターシャには無かった。

 

「いいかスーパーガール、五年前サノスが指を鳴らして居なくなった人達だけをもとに戻すんだ。この五年間のことは変えないでくれ」

「うん、わかってる」

 

 バナーがハルクモードのままナターシャを庇うように立ち、ソーがロケットを庇う。スコットがヘルメットを被りローディはウォーマシンを纏う。トニーもナノマシンからアーマーを身に纏い、ステラの周りを囲った。

 

「よし、F.R.I.D.A.Y.バーンドアプロトコルを実行」

『了解、ボス』

 

 アベンジャーズ・コンパウンドのあらゆる窓や隔壁が降りていく。莫大なエネルギーに対しては気休めかもしれないが、無いよりはマシだ。

 

「大丈夫、もうすぐみんな帰ってくる」

 

 ステラがガントレットをはめようとすると、ステラの手に合わせガントレットが縮小、長く伸びステラの手にフィットするように変形していく。そしてステラの右腕にすっぽりとおさまった瞬間、激しい光と共に六つのストーンから電流の如く力があふれていく。

 

「ゔ……ぐ……ぎ……!」

 

 想像を絶する苦痛がステラを襲っていることは呻き声を上げるステラの姿からも明らかだ。熱に耐えられずステラのパーカーの右袖が焼け焦げていく。

 

「これは大丈夫なのか? 変だ! 外せ!」

「待て! ステラ大丈夫なのか?」

「ねえステラ! 返事して!」

 

 ソー、スティーブ、ナターシャが叫ぶ。

 

「あ゛……ん゛ぎ……大丈夫……!」

「頑張れ……頑張れステラ!」

 

 答えたステラの中指と親指が着き、バチン、と指が鳴らされた。一瞬の激しい、瞼をも貫くような真っ白の閃光。

 ステラは一人立っていた。

 右腕はもとに戻っていて、真っ暗闇の中にただ一人。

 辺りを見回すと、光が見える。それに触れた瞬間景色が一変した。

 どこまでも続く、無限の青い空。鏡のように青空を反射する湖面。その中央にステラはいつの間にかいた。そして気づけば人々がこちらに向けて歩いてくる。後ろを振り返れば、まるで切り取られたかのような先を見通せない白い光で満たされている。

 湖面を僅かに乱しながら、多くの人々がこちらに向け歩いてくる。ロスコルが、ピエトロが、フォボスが、ワンダが、ステラをすり抜けて光の方へ歩んでいく。みんなが帰ってくる。

 そんな中ただ一人だけ、ステラに背を向け立つ人がいた。その背はよく知っている。

 走った、そしてその手を掴もうとして、すり抜けてしまった。勢い余って湖面で転倒する。振り向けばクリントが驚いたような顔をしてから、微笑んだ。

 

「バートン、一緒に帰ろう? ローラが、ナターシャが、バナーが、みんなが、みんなが待ってる」

 

 バートンが微笑みながら起き上がろうとするステラの頭を撫でた。

 

「いいんだ」

「良くない!」

 

 引っ張ろうと掴もうとしてもどうしてもその手はすり抜けてしまう。ステラが泣きながらそれを繰り返していると、クリントは苦笑するように口を開いた。

 

「ステラ」

「ダメ、どうにかすれば、ここに居るなら帰れるよ」

「ステラ」

「だって、だってそんなのって」

「ステラ。ありがとう」

 

 クリントが子供をあやすように優しくステラにお礼を言った。

 

「俺は君のおかげで、昔に戻れた。この五年間の血塗れじゃない家族たちとの思い出をステラは救い上げてくれた。だから……俺はもう何もいらない」

 

 クリントが指をさす。それは皆が進むあの光の中だ。

 

「ステラ。ナターシャを、みんなを、家族を頼む」

「待ーーー」

 

 再び視界が光に満たされ、ステラは研究室の床に倒れていた。焼けた右腕をトニーが冷やすと、徐々にではあるが大火傷から紫炎が溢れ再生していく。

 

「バートン……」

 

 その目から涙が一粒頬を伝った。皆が心配そうに倒れたステラを見つめている。

 

「成功か?」

「……みんな、帰ってきた」

 

 隔壁が開き、スコットが中庭を眺める。鳥たちが優しく歌を歌っている。誰かのスマートフォンが鳴る。それはクリントが置き忘れた彼の形見。ナターシャがその画面を見て口元を覆う。そこにはローラと表示されていた。

 

「……もしもし」

『えっナターシャ!? 大変なの良くわからないことがあってそれで今クリントがいないの! 彼は? ナターシャ?』

 

 声を聞いてナターシャはまた泣き始めてしまった。

 

「成功したみたいだ」

 

 その時ステラを影が覆った。天窓から空を見たステラの視線の先上空には謎の飛行体、そしてそれが放った何かが着弾する寸前だった。

 その瞬間、研究室は爆発に包まれた。



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サノス

 そこはまるで隕石が落着したかのように大量のクレーターが存在していた。建築物は尽くが崩れコンクリート片と瓦礫と土の入り混じった大地は、先ほどまでアベンジャーズ・コンパウンドが存在していた土地だ。

 空に浮かぶ超巨大宇宙船サンクチュアリⅡから放たれた攻撃がこれを成した。

 地下に怪我を負ったステラ、バナー、ローディ、ロケットが取り残されバナーがハルクモードのパワーを持ってして崩れかけた天井を支えた。やろうと思えば上を吹き飛ばす事もできるが崩落の危険が高くできない。ローディのウォーマシンアーマーはアップデートによりステラのカノンランスと同じセカンダリ合金を採用した事でアーマーの駆動は問題なく行えたが武装は全損だ。

 

「息できない! 誰かこれ退けてくれ!」

「今助けるぞロケット!」

 

 瓦礫に挟まれたロケットを救出し、ぐったりした様子のステラと共にローディは支える。水量が大幅に増えていくのをウォーマシンのパワーで耐える。

 

「まずいぞブルース、ここはそのうち水没する」

「わかってるともローディ。ステラ、やれるか? あそこに刺さってるのは君の刀だろう? アレで天井を切ってくれ」

「……大丈夫、任せて」

 

 天井を支えながらもバナーが指示を出す。ステラの右腕の火傷は未だ治り切っておらず、左手でブラックブレードを手に取る。

 

「ローディ、ロケットを庇って、ロケット、口を開けて耳を塞いで」

「お……おいおい何するんだ……」

「いくぞ、ステラ、合図と同時に切るんだ……いまだ!」

 

 ステラが天井を切ると同時、バナーの豪腕が唸りハルクスマッシュが天井へ向け放たれる。ブチ破られた穴からは崩落の気配がなく、ローディとロケットが促されて先に入る。

 

「さて問題だ。こういう建物で最も頑強に作られるのは何か。トイレ? キッチン? 研究室?」

 

 ステラを抱えてバナーがゆっくり天井を離し穴を登ればその先には瓦礫や壁にヒビが入っているものの無事に空間が残っている。そしてそこにはステラのイノセント・カノンランスやウォーマシン用外付けアーマー、ソレの装備や多数の武器が鎮座している。

 

「答えは武器庫さ。僕一人で支えられたってことは上に何かつっかえとなる部分があったんだ」

「さっすがグリーンジャイアント……あったまいい……」

「ひと段落といった所だが、いったい何が起きた? タイムトラベルの代償か何かか?」

「いいや、何度も言うがバックトゥーザフューチャーじゃないんだ。過去で起こったことが今に波及する事はない」

「爆発の前、空に何かいたよ」

「なんだって?」

 

 武器庫の中に避難した四人がこの事象の原因を考えていると、ステラが床にブラックブレードの切っ先で傷をつけ、簡単な絵を描く。お世辞にも上手いとは言えないが、特徴をとらえたソレは明らかに地球のものではない。

 

「サノスの船……!」

「なんだって!?」

 

 バナー自身が見たわけではなく、統合したハルクが見ていたものだ。ソー達と地球へ向かう避難船で見たものがこれに近い。

 

「じゃあすぐここを出ないと! メーデーメーデー! 誰か聞こえるか!? 地下に閉じ込められてる。誰かいないか!」

『聞こえてる! 今行くよ!』

 

 スコットから返答があったが、他の面々からは無い。武器庫の上がどうなっているかが不明瞭で、無理に上に抜けようとすれば全員生き埋めだ。そうなると一番危険なのはロケットである。

 

「……おい、いざという時は俺のことは気にせずやれ」

「ロケット」

「いいや、死ぬ気は毛頭無いさでも今はソレどころじゃ無い、またサノスが来てるんだぞ?」

 

 そう言って備えられていた光線銃の点検を始めた。ローディも息を吐いて、壁に備えられたウォーマシンの故障した武装群を全て排除し、追加パッケージをウォーマシンに纏わせていく。この追加パッケージはハルクバスターをモデルにトニーが新造した物で、ハルクバスターほどの大型化はしないもののそれなりの大型化をする為操作に精通しているローディにしか扱えない代物だ。メタリックな白、赤、青に塗ららたソレは、パトリオットパッケージと呼ばれている。

 

「トニー、みんな、無事でいろよ」

 

 ローディは製作者であるトニーの無事を願った。

 これより幾ばくか前、地上付近で気絶していたスティーブが、トニーによって起こされた。

 

「よし、盾を離さない心意気はいいぞ。さっさと起きろ」

「な、何が起きた?」

「時間を弄ったしっぺ返しだ。すぐにわかる」

 

 トニーの手を取りスティーブが立ち上がる。壊れた建物の出口にはソーが佇んでいた。

 そしてその先に座り隙を潰しているのは、サノスだ。

 

「奴の様子は?」

「ずっとあそこで石弄りだ」

「ストーンは?」

「この下のどこかに埋まってるはず」

「絶対に渡すな」

「当然」

「よし……じゃあ俺達がやるべきことは決まってるな」

 

 ソーの体から稲妻が弾け、雲が集まり落雷がソーへと降り注ぐ。雷がソーの戦闘服を形成しムジョルニアとストームブレイカーが飛来する。まだ贅肉が抜け切っていないがその恰幅と編み込まれた髭はヴァイキングを思わせる。

 三人が臨戦態勢のまま歩み寄れば、サノスが三人を見つめる。

 

「……世界の半分の命を消すことで、もう半分を救えると思った。だがソレは……叶わなかった。過去を知っている者の中には必ず、新しい世界を受け入れられず、抵抗する者がいる」

「ああ、我々は頑固でね」

 

 サノスの声色に狂気が入り混じる。彼の価値観の根底が破壊された世界が今彼が座るこの世界なのだ。多くの星を襲撃し、人口を半分にし続けた破壊者の拠り所はアベンジャーズ達によって木っ端微塵に砕かれていた。

 それは神の及ばぬ宇宙的恐怖に晒された信仰者が正気を失うかの如く。しかし恐怖にサノスが晒される事も正気を失う事などない。故に彼は別の解を導き出すのだ。

 

「感謝する……今ようやくわかった。この宇宙を、一度原子レベルまで分解する必要がある」

 

 立ち上がり、両剣の上にかけられた兜を被る。

 

「そうして、お前達が集めたストーンを使い、新たな命を生み出す。その命達は何も知らず、与えられた物を享受する……幸せな世界だ」

「それで犠牲になる人々は?」

 

 三対一、全員が臨戦態勢となる。

 

「知らぬさ、誰も知らない。存在すらも、想像だにしないさ。お前達はここで死ぬのだから」

 

 その口上を皮切りにソーが雄叫びを上げストームブレイカーとムジョルニアを振るう。トニーもエネルギーブレードを形成し斬りかかり、スティーブが盾で殴打する。

 三人の猛攻をサノスは両剣を巧みに操り、時に拳で応戦し互角に立ち回る。強い、というのが三人が思った感想だ。五年前のサノスより明らかに身のこなしが鋭い。あの時のサノスは石の力と引き換えにガンマ線のエネルギーを浴び身体能力が落ちていたのだ。今のサノスは石を一つも手に入れていない、肉体における最盛期だ。

 ソーの放つ雷撃を両剣を回転させ受け止めトニーの背後からの攻撃を開いた手で白刃取りし地面に叩きつける。その隙にソーがムジョルニアをバッティング、猛スピードで迫るハンマーをサノスが躱すがアシストで投げられた盾と衝突し衝撃波がサノスを襲う。

 盾を手に戻し追撃にかかるスティーブにサノスがトニーの足を掴んで鈍器のように振り回し咄嗟に盾をどかしてしまったスティーブが吹っ飛ぶ。反撃しようとするトニーを全力で地面に叩きつけ小さくクレーターができ、動かなくなった。あまりの衝撃に気絶してしまったのだ。

 

『ボス! 起きて!』

「死ねサノス!」

 

 雄叫びを上げながら猛進するソーにサノスが両剣を構え正面からストームブレイカーと両剣がぶつかり合う。鍔迫り合いとなり雷が撒き散らされダメージをジリジリと与えられる状況にサノスが両剣ごとストームブレイカーを放り捨て拳による肉弾戦に移行する。

 リーチと体重の差、弛んだ贅肉が動きを阻害することが要因となってソーが肉弾戦でサノスに打ち負け殴られまくる。

 ソーがストームブレイカーを呼ぶとそれを奪われ突き立てられそうになるが、そこに突如ムジョルニアが飛来しサノスの横っ面を殴り飛ばした。ハンマーが空中で急停止、向かう先にいたのはソーではなく、スティーブ・ロジャースだ。キャプテン・アメリカが選ばれたものにしか持てないムジョルニアを持っていた。

 

「知ってたぞ!」

 

 笑みを浮かべるソーをサノスが蹴り抜き、両剣とハンマーを手に互いが突進する。それに打ち勝ったのはスティーブだ。サノスの顎をハンマーが直撃し、サノスの巨体を宙に浮かせた。

 距離を詰めようとしたスティーブの太腿へカウンター気味のサノスの攻撃が当たり追撃の足が鈍った。雷を纏い振るわれるハンマーを渾身の一撃で迎撃、本来の使い手であるソーならまだしもスティーブの腕力ではサノスにかなり劣る。衝突と共にムジョルニアがはじき飛ばされる。

 攻守が入れ替わりサノスの猛攻がスティーブを襲う。渾身の振り下ろしをキャプテンが受ければあらゆる衝撃を反射するヴィブラニウムの盾に刃がわずかに食い込み、それを支えるスティーブの左腕の骨にヒビが入る。

 トニーが強化したのは何もスティーブのスケイルスーツだけではない。キャプテン・アメリカの盾は不壊の象徴。だがそれを切断し得る存在をトニーは知っている。ステラのブラックブレードだ。知っているなら何の対策もしない筈はない。重量バランスの変化を最低限に、盾の裏を補強するようにセカンダリ合金を重ね複合装甲のように強度を上昇させていた。

 それによって切断には至らなかったものの、ヴィブラニウムと違い衝撃を吸収する性能は持たずスティーブの腕に衝撃が抜けてしまったのだ。

 追撃を受け止めきれなかったスティーブが瓦礫に叩きつけられる。

 

「長年の私の暴力も、虐殺も、悪意からではない」

 

 砕けた兜を放り捨てるサノスが狂気的な笑みを浮かべスティーブを見下ろす。背を向け離れていき、ある地点で立ち止まる、

 

「だが、お前達の星を滅ぼすにあたって、悪いが……楽しませてもらうぞ」

 

 手を軽くふれば、空に待機するサンクチュアリⅡから大量の敵が、ドロップシップが落着しブラックオーダーが姿を現し、サノス軍の圧倒的多数がその場に姿を現した。

 圧倒的陣容、勝ち目など一切ない。立ち上がるスティーブが盾を利用して、左手を固定する。たとえどれだけの敵が来たとしても諦める事はない。彼は、彼らはヒーローなのだから。

 通信機が音を立てた。

 

『キャプテン、聞こえるか? 左失礼』

 

 その声は、五年前失った仲間の声だった。

 



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アッセンブル

このシーンにステラが紛れ込んでいる妄想がこの小説の始まりでした。


 通信機から聞こえた、かつての仲間の声。それはスティーブが彼との出会いでかけた言葉。それに従い左を振り向けば、何もない空間に黄金色の火花が溢れここではないどこかと繋がり三人の人物が現れる。

 

 誇り高きワカンダのブラックパンサー、ティ・チャラ。

 王を守護するドーラ・ミラージュ親衛隊隊長、オコエ。

 ブラックパンサーを支える才女にして王女、シュリ。

 

 ティチャラがスティーブを見て頷く。その背には太陽光を背に輝くワカンダ王国。その空から何かがゲートを突き抜ける。

 

 大空を自在にかける猛禽の支配者(ファルコン)、サム・ウィルソン。

 

 それに呼応するようにスティーブの背後で大量の火花が散る。

 

 次元の守護者。魔術師にして医者(ドクター)、スティーブン・ストレンジ。

 エンパシーを使う宇宙の守り手達(ガーディアンズオブギャラクシー)の一人、マンティス。

 宇宙の守り手(ガーディアンズオブギャラクシー)の特攻隊長、ドラッグス・ザ・デストロイヤー。

 銀河を飛び回る宇宙の守り手達(ガーディアンズオブギャラクシー)のリーダー、スター・ロード。

 ニューヨークの親愛なる隣人(スパイダーマン)、ピーター・パーカー。

 

 五年前のタイタンからストレンジに連れられ地球へと帰還を果たした。

 

イバンべ!(最後までやり抜け)

『『イバンべ!!』』

 

 ティチャラのワカンダ語の掛け声と共にボーダー族、ジャバリ族の勇敢なる戦士達が、ワカンダの航空機達が多数出現。しかしそれだけではない。

 

 第二次大戦でのキャップの相棒元超人兵士(ウィンターソルジャー)、バッキー・バーンズ。

 俺はグルート(ガーディアンズオブギャラクシー)、グルート。

 煽り魔ピンク兎、ナフェ。

 

 ニューアスガルドからもゲートが開き、アスガルドの戦士達が姿を表す。天馬に跨る女戦士に大剣を担いだ妖艶な美女、ロボみたいなのに岩男に刃物虫と多種多様だ。

 

 怒り天駆ける戦乙女(ヴァルキリー)、ブリュンヒルデ。

 元超越者にして現観戦者、ラブ。

 観戦者の従者、ザハ。

 サカールの革命者、コーグ。

 やる時はやる斬撃虫、ミーク。

 

 そこへ別のゲートから飛び出した三人が着地する。

 

 神速の閃光(クイックシルバー)、ピエトロ・マキシモフ。

 ヴィブラニウムでできた最強の人造人間、ヴィジョン。

 念動力を操る魔女(スカーレットウィッチ)、ワンダ・マキシモフ。

 

 多数のゲートを繋ぐ魔術師達が一斉にレリックを、魔術を構える。

 

 カマー・タージ書庫の管理人、ウォン。

 量子世界を知るスズメバチ(ワスプ)、ホープ・ヴァン・ダイン。

 夫を娘を世界を助ける為(レスキュー)、ヴァージニア・ペッパー・ポッツ。

 元国連事務員現電撃系女子、シズ・カーリー。

 

 地球のあらゆる場所から、サカールやあらゆる惑星からゲートが開き、戦士達が集結する。

 

 地球を守る鋼鉄の男(アイアンマン)、トニー・スターク。

 アスガルドの雷神、ソー。

 

 目覚めたトニーが驚き、ソーが笑みを浮かべる。

 

「これで全部か?」

「足りないって言うのか!?」

 

 ストレンジの質問にウォンが小さく悲鳴を上げているとコンパウンドの残骸を突き破り手が現れる。巨大な手は建物をかき分けその巨体を露わにする。

 

 (アントマン)にして巨人(ジャイアントマン)。ピム博士の義息子、スコット・ラング。

 

 その手が開かれれば内から四人が飛び出し現れる。

 

 戦争機械(ウォーマシン)with鋼鉄の愛国者(アイアンパトリオット)、ジェームズ・ローディ・ローズ。

 宇宙の守り手達(ガーディアンズオブギャラクシー)の操縦士兼天才メカニック、ロケット。

 怒りと理性の融合体(スマート・ハルク)、ブルース・バナー。

 無限をその内に宿す闇をかける星(ブラックロックシューター )、ステラ・シェパード。

 

 焼けていた右腕は紫色の炎を鎮火させ元通りになり、その青紫の瞳からは青い炎が溢れ出る。

 ゲートからはとどまることを知らず人々が姿を表す。全てはサノスを倒す為、彼らは皆スーパーヒーローでありスーパーヒロインだ。そして五年前たいせつなものをサノスに奪われた報復者(アベンジャー)である。

 

 その中心に立つは蘇り伝説となった超人兵士(キャプテン・アメリカ)、スティーブ・ロジャース。

 

 数においてはサノスの軍勢に劣る。だがその心は、質はサノスの軍勢に比肩し得る全宇宙最強の復讐者達(アベンジャーズ)がここに集結したのだ。

 その陣容は思わずサノスでさえ目を見開き驚く程の大軍勢。

 両陣営が相対し、その開戦の火蓋が切られようとしていた。

 

「アベンジャーズ!」

 

 手をかざせばムジョルニアがそれに応え、スティーブに向け飛来しその手に収まる。それにトニーやバナーやローディが思わずそっちを見た。スティーブと立ち並ぶ皆が開戦の狼煙を今か今かと待っている。

 噛み締めるように、スティーブが口を開く。

 

「……アッセンブル!」

 

 雄叫びが各所から一斉に上がる。それは轟音となって大気を震わせ、走るアベンジャーズの振動が大地を鳴動させる。

 トニーがローディがステラがスターロードがワンダがヴィジョンがストレンジがペッパーがブリュンヒルデが空を飛びワカンダの飛行艇も突撃する。

 それに対抗するようにサノスが両剣をかざせば、サノスの軍勢も一斉に動き始める。その先頭を行くのはサノスではなくブラックオーダーの面々だ。サノスもゆっくりとその歩みを進めていく。

 互いの戦闘が衝突し、ソーの雷が敵を吹き飛ばしバナーのパンチが大地を抉りトニーのビームが敵を焼き切りスティーブがハンマーで敵を殴り飛ばす。ワンダにまとめて空に打ち上げられた敵達がヴィジョンの破壊光線で討ち滅ぼされる。

 最初の激突で打ち勝ったのはアベンジャーズだ、突撃による打撃力を失ったのちは両軍入り乱れての大乱戦が始まった。空から押しつぶそうとするリヴァイアサンをスコットが殴り飛ばしチタウリの航空機をペッパーとトニーが連携して破壊していく。

 

「バナー!」

「ああ!」

 

 バナーの肩に乗ってカノンランスから光弾をばら撒きバナーがステラを乗せたまま敵を殴る蹴るをしながら辺りを一掃するとハイタッチをした。

 ラブの片刃の大剣とプロキシマの槍が衝突する。

 

「いい戦場だ、これでこそ死の甲斐がある」

「死ぬのはお前だ人間」

「ふふ、面白いことを言う」

 

 三日月のような口に妖しく光る赤い瞳に怖気を感じる思わずプロキシマが下がるとそれをロボが防いだ槍ごと叩き伏せた。

 

「おいザハ! 盗るんじゃない勿体ないだろう!」

「ならさっさと倒せばよかったでしょう」

 

 トニーがビームを乱射し敵をなぎ倒していると不意打ち気味にブラッドワーフの攻撃が直撃し、トニーの攻撃をものともせずトドメを刺そうとするその腕を蜘蛛の糸が絡みとり転倒させるとそれを巨人スコットが踏み潰してトドメを逆に刺した。

 倒れたトニーを助け起こしたのはピーターだ。

 

「ねえスタークさんびっくりだよ僕さっきまで宇宙に行ってスタークさんと一緒に戦ってたけど気絶しちゃったでしょ? 目が覚めたらスタークさんいないしなんでって思ってたらでも、ドクターストレンジがこう言ったんだ。"五年経ったぞ、出番だ"って。本当か怪しかったけどスタークさんちょっと老けた気がするし本当に五年経ったみたいで僕めちゃくちゃ驚いてーーー」

「良かった……!」

 

 トニーが言葉を遮ってピーターを抱きしめる。この五年間の心のしこりが溶けていくようだった。ピーターもトニーを抱きしめ返す。

 

「あ……なんかいいねこういうの……」

 

 スターロードが空を飛びながら敵を蹴散らしていたが足を掴まれて墜落する。多勢に無勢ながら奮戦していたが追い込まれマウントポジションを取られる。やられる、そう思った時敵の胸を銃撃が貫いた。

 

「誰だか知らんけど助けてくれて……」

 

 死体を退けて立ち上がったスターロードがそちらを見て口をあんぐりと開けて目を見開いた。彼の体感ではついさっき失った事に打ちのめされた筈の人がそこには立っていたのだ。

 

「ガモーラ……?」

 

 歩み寄り、幻覚かとガモーラに触れる。

 

「君を失ったと思った」

 

 その手が引っ掴まれ股間を二度蹴り上げられ、スターロードはその場で悶絶し倒れる事となった。



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AVENGERS

「一発目はハズレ、二発目はたまに直撃……」

「ねえこんなのと? 男の趣味悪くない?」

 

 悶絶しているスターロードを見下ろしながらガモーラがネビュラに問いかける。ネビュラはなんとも言えない表情をした。

 

「木の枝かコイツかの二択だけれど」

「それだとまあ……」

 

 ここにいるネビュラは襲撃の際に姿を消していたネビュラではない。両軍衝突の前、ガントレットを発見したナターシャが五年前ワカンダでの決戦で戦ったアウトライダー達に追われなんとか合流したネビュラの様子に違和感を感じた所、そのネビュラはサノスの手先の頃、2014年から現代のネビュラと入れ替わっていたのだ。

 説得虚しく、過去のネビュラは今のネビュラに殺される事になった。

 

「ねえスティーブ、これどうすればいいの!?」

 

 ナターシャが敵を倒し、ファルコンやナフェの援護を受けながらガントレットを守る。

 

「どこか遠くに運べ!」

「いやダメだ! 元の時代に戻さないと」

「どうやって!? ピム粒子はもう在庫切れだ! もし量子トンネルがあったって通り抜けた奴ごと適当な時間に放り出すだけだぞ!」

「ならやる事は一つ」

「ああ……確かにそうだ。作戦は一つ、戦う。だ!」

 

 ステラとトニーが並びユニ・ビームをとカノンランスのビームがあたりを薙ぎ払う。少し離れた所で敵を殲滅していたドクター・ストレンジに気付きトニーが飛来して詰め寄る。

 

「おいドクターヒゲ、これがお前が言ってた七百万分の一か? ここからどうする」

「ドクター・ストレンジだ。何が起きるか明かせばそれは実現しなくなる、ちなみに誰が指を鳴らした」

「あそこで暴れてるスーパーガールだよ。ステラが鳴らした」

「……成る程」

 

 ステラの方を目を細めストレンジが眺める。

 

「ヘマするなよドクター」

「そっちこそ」

 

 再び二人は戦いに戻った。

 アベンジャーズ軍勢に対し一騎当千の戦いを戦いを繰り広げるサノスが、ガントレットを運ぶナターシャを発見した。ナターシャはと言えばクリントの遺品である弓を背に片腕でバトンを振り回して敵を倒しガントレットを守る。

 その付近へティチャラが衝撃波で敵を薙ぎ払いながら着地し、ナターシャからガントレットを受け取る。ステラ用に小さくなったガントレットは思いの外重い。全軍を真っ向から倒さなければいけなくなった以上なるべくガントレットは遠くへ運ぶべきだ。

 そこへ飛来したサノスの両剣がティチャラに直撃し、あえて身を任せ飛ぶ事でダメージから逃れる、

 ガントレットを奪おうと迫るサノスの前に三人の人物が現れる。

 

「よう紫ゴリラ、この間はよくもやってくれたな」

「今こそリベンジの時です」

「今度は……あんたなんかに負けない!」

 

 ピエトロ、ワンダ、ヴィジョンの三人が構えを取る。

 

「誰だお前達は?」

「さあね? 今から覚えたって遅いかもな」

 

 両剣を手に攻撃をしようとしたサノスの出鼻を挫くようにピエトロの高速パンチが炸裂する。武器を振るい迎撃した時にはもうそこにピエトロの姿はない。代わりにワンダの念動力で両剣が空中へ放り出され大量の飛来物をサノスが拳で迎撃、その影からヴィジョンが姿を表す。

 ヴィジョンの透過攻撃で鎧の一部を粉砕されつかみかかろうとしたところでまたもピエトロの攻撃。そしてまるでつまみ上げられるかのようにサノスの体が宙に浮く。ガントレットはその隙にピーターが引き継ぎ移動していく。

 流石のサノスも空中に釣り上げられてしまっては脱出の手段がない。

 あたりを満たしていた陽光が消え暗闇となり、ヴィジョンの額にエネルギーが集中する。

 ヴィジョンの破壊光線が放たれる。サノスが両手で防御したものの鎧は徐々に過熱し、光線はサノスの体を貫かんとジリジリと溶かし侵食していく。

 

「空から撃て!」

「サノス様!」

 

 コーヴァスがサノスに向け持つ槍を投げ、サノスがそれを盾にする。ワンダとヴィジョンを守るようにピエトロが暴れ回る為誰も止められない。

 

「空から撃てと言っている!!」

 

 サノスの命令に空のサンクチュアリⅡから砲台が迫り出し、地上を一斉攻撃。高エネルギーの攻撃にヴィジョンとワンダをピエトロが抱えて攻撃を回避していく。

 

「……なんだ?」

 

 魔術師達が魔術で防壁を貼る最中、攻撃が一点に集中し始める。巨大な宇宙船の攻撃をただの一人が撒き散らす光弾が押し返していく。そこに立つのはステラだ。両手にそれぞれ変にペイントされたロックキャノンとカノンランスを手に持ち二刀流で毎秒二十連射かける二の秒間四十連射砲撃を空へ向け放っている。その莫大なエネルギー反応に破壊力はサンクチュアリⅡも攻撃を集中させざるを得ない。

 サンクチュアリⅡがミサイルまで開き飽和攻撃を仕掛ける。それに対してカノンランスのフレームが開かれ極太の光線が飽和攻撃を飲み込みサンクチュアリⅡの右端から左端までを薙ぎ払って大爆発を起こした。

 空を飛ぶ分には問題なくとも攻撃機能は失ったと言っていい。

 その隙にサノスがピーターの持つガントレットに触れる。ピーターが渡すまいと抵抗しガントレットを奪い返すが、サノスの両剣から放たれた紫の光線に瞬殺モードの蜘蛛腕を消し飛ばされ地面を転がる。

 

「なんだ!?」

「おいあれは……」

 

 再び念動力で拘束しようとしたワンダが紫の炎に焼かれかけヴィジョンが庇う。ピエトロの高速移動が全方位への無差別攻撃で対応され、ナフェとローディのアーマメントとスーツがそれぞれ半壊させられる。ペガサスに跨ったブリュンヒルデとラブが突撃を仕掛けるがペガサスの片翼に穴が開けられ墜落。近くでコーグとコーヴァスが殴り合い、コーヴァスが打ち勝つ。迫ろうとするエボニー・マウ率いる敵軍団をジャバリ族とエムバク、魔術師とストレンジが押しとどめる。ストレンジはチラリとトニー達の方を見た。

 サノスがパワー・ストーンを奪取し両剣に組み込んだのだ。振われるたび紫の炎がアベンジャーズ達を包み蹂躙していく。振るうたびにサノスは蝕まれるが、二度のインフィニティ・ストーン行使に耐えた頑強なサノスの体だ。サノスが死ぬ頃には地球は火の海になっているだろう。

 むしろインフィニティ・ガントレットと違い安全制御がなされていない為出力は今の方が上であるほどだ。

 そこへステラがコーヴァスを蹴り飛ばして足場にしながら着地。サノスとステラが相対する。

 

「サノス!」

「小娘風情が!」

 

 ステラの砲撃を弾きサノスが接近、ブラックブレードと両剣の鍔迫り合いになり、体格で押せるサノスが上から体重をかける。焼き切れそうなほどブラックブレードが両剣との接触部で過熱しているがその剛性に変わりはない。

 ステラの左目から出る青い炎が火勢を強め、サノスが何かを感じとっさに両剣に掛けていた加重をやめ体をそらす。五年前のサノスなら死んでいた。石の力を持たないサノスだからこそ危機を察知できた。

 突如両剣がバターのように切り裂かれ、サノスが体を逸らした先の空間にいたリヴァイアサンまでも輪切りになる。苦痛に歯を食いしばりながらサノスがストーンの力を行使、両剣に紫の炎を纏わせステラと剣戟のぶつかり合いとなる。

 初めこそ拮抗していた剣戟のぶつかり合いが徐々にステラが弾かれ始める。ガントレットの指パッチンのダメージ回復、先ほどの極大ビームの薙ぎ払いでの消耗が響いてきているのだ。

 ステラが無限の一端ならサノスの持つパワー・ストーンは持ち主が死ぬまでまさしく無限なのだ。押し負けブラックブレードごと弾き飛ばされたステラにサノスがパワーストーンのビームを放つ。

 

「させるものか!」

 

 そこへスティーブが割って入りビームを盾で防ぐ。ジリジリと赤熱し融解こそしないものの塗装が火を吹き、裏の固定ベルトが煙を上げ始める。

 

「無駄だ、誰も私からは逃れられない。私は絶対なのだ」

 

 押し込むビームにスティーブが踏ん張る。左腕から肉が焼ける音がし始め激痛に膝をつきそうになるが、その精神は折れず、折れない限り膝をつくことはない。

 

「ああそうかい、なら……」

 

 サノスが声の主を見る。スティーブの後ろ。そこに立っていた。

 フレームの開かれたカノンランス、それを構えるステラの背中を支えるようにトニーがいた。その体を纏うナノテクアーマーに、今着るマーク85以前、襲撃で無事だったマーク51からマーク84までのアーマー群のリアクターが飛来しマーク85へナノマシンを補充、さらにイノセント・カノンランスがナノマシンで補強され各所にそのリアクター群を直結。ステラの尽きかけたエネルギーを補助する。そして生成された受信機に向けソーがストームブレイカーから稲妻を放った。

 

「僕達がアベンジャーズだ」

 

「……ちょこざいな!」

 

 トニー達のビームが放たれサノスのパワー・ストーンのビームと衝突し衝撃波でスティーブが転がる。

 ぶつかり合いは徐々にサノスの側に傾き、ビームがトニー達に迫る。そこへサノスの顔面に向け矢が射られた。咄嗟に掴んだもののそれは大爆発しサノスを僅かに怯ませる。

 ナターシャがクリントの遺品を使ったのだ。

 

「ソー!」

 

 スティーブが一寸違わぬ精度でムジョルニアを投げ、ソーがそれを受け取る。ストームブレイカーから雷を放ちながらハンマーも天に掲げ落雷を受け止める。ストームブレイカー、ムジョルニアの二つから放たれたソーの雷神としての全てを込めた雷撃量にナノマシンの一部が破損し脱落しながらもエネルギーを伝達。

 

「今だ!」

 

 後のことを考えない最大出力。過負荷に耐えかねリアクター達が爆ぜるか輝きを失って機能停止しながらもその全エネルギーをカノンランスを通して吐き出す。

 サノスのビームを飲み込み、サノスを包んでサノスの両剣が融解する。

 両剣が融け弾けたことでパワー・ストーンがサノスの手から離れる。鎧も吹き飛び全身を火傷に包まれながらも石に追い縋るが、それをバナーが阻む。

 ステラは力を使い尽くしその場に立ったまま気絶。トニーも稲妻の余波がステラに達さないよう自身を避雷針にしたせいで感電し大ダメージを受け倒れて動かない。

 

「邪魔をするな!」

「邪魔なのはお前だ!」

 

 共に防御を無視。サノスの右ストレートとバナーの右コークスクリューブロー。渾身の一撃が相打ちの形で互いの顔面を直撃する。

 バナーが折れた奥歯を吐き出した。なんとか立ち上がろうとするサノスの体の上にムジョルニアが置かれる。

 

「なっ……」

 

 どれだけもがこうとムジョルニアは選ばれた者にしか持ち上げることができない。サノスは動くことさえままならなくなった。ソー自身もはや雷一筋出せないほど消耗していたが、サノスの首を取るには十分な力が残っている。

 

「言い残すことはあるか」

 

 ソーが斧を構えながらサノスに問いかける。サノスは脱力したように深く息を吐き、不敵に笑みを浮かべた。

 

「いいや、何も無いとも」

 

 ソーの振り下ろしたストームブレイカーが、ギロチンの如くサノスの首を切り落とした。



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エンドゲーム

「やった! サノスをやったぞ!」

 

 サノスの軍勢を押しとどめていたサムが叫んだ。サノスが死んだ事が徐々に波及し敵の統制が乱れ出す。

 

「一人も逃すなナフェ、残れば残っただけ後々禍根になる」

「わかってるっつーのもう!」

 

 半壊したアイアンパトリオットからウォーマシンをのぞかせながらローディが逃亡する敵達を倒していく。ナフェも頭のアンテナが一本へし折れアームも壊れて何処かへ行ってしまったがアーマメントを精度を落としつつも操りサムとローディの二人と共闘して倒していく。

 

「おいまずいぞ空の奴が離脱する! 誰か止めろ!」

 

 正面側を炎上させているサンクチュアリⅡが徐々に高度を上げている。上空へ射出されたドロップシップ類も続々と母艦であるサンクチュアリⅡに戻っており、このままでは逃亡を許してしまう。

 だがアベンジャーズ達ももうそれを追うだけの余力はない。残されたワカンダやサカールの船が必死に追撃をかけているがその効果は殆どないようだ。

 

「おいなんだ?」

 

 ローディのセンサーが上空から飛来する高エネルギー反応を検知した。

 それに空を見上げていると離れかすみ始めていたサンクチュアリⅡが突如大爆発を起こした。爆発は下に突き抜けそこから眩しく輝く光が徹底的に船を破壊し自重を支えられなくなり真っ二つに折れながら海に落着、衝撃波と質量物の落下で発生した津波が海面を揺らす。

 

「ナイスだぜ! ダンバース!」

「俺はグルート!」

 

 下で見ていたグルートと共にロケットも大騒ぎだ。

 墜落で発生し迫る津波をストレンジや魔術師達が魔術で押さえ込むことで被害はゼロで済んだ。

 ドロップシップを続々と破壊する光の存在。キャプテン・マーベル、キャロル・ダンバースがフォトンブラストを放ちドロップシップを圧壊させ高速で逃げるチタウリライダーを殴って撃墜する一騎当千の活躍を見せ、同じく空を飛ぶローディやサム達と連携をとる。

 暫くの掃討戦が続いた後、ペッパーがトニー達の元へ着地する。瓦礫の平坦な所には気絶したトニーとステラが寝かせられている。

 

「二人とも大丈夫?」

「ええ、命に別状はないわよ」

「おいバナー、アレやって起こせ。ほら十年前くらいにやったろ」

「え、なんだいそれ」

「あーあの時はまだハルクだったな。ガオッて感じで脅かすんだよ」

「ええ……が、がおー」

 

 

 バナーが脅かすような感じでハルクモードになってみる。とタイミングよくトニーとステラが目を覚ます。

 

「……おいどうなった? グリーンジャイアント、何やってんだブルース?」

「……うん……?」

「トニー! ステラ! よかった!」

 

 ペッパーがトニーとステラを起こして抱きしめた。抱きしめられつつトニーとステラは顔を見合わせていると。ソーの「サノスは仕留めた」という言葉に安堵の息を吐いた。ペッパーのレスキューアーマーがトニーのアーマーとガチガチ音を立てているが気にする余裕は誰にもない。

 

「ああ、ペッパー、心配かけたな」

 

 そこへ空からキャロルが着地する。

 

「サノスをやったようね」

「おいくるのが遅いぞ、もっと早く来てくれよ」

「それは本当にごめんなさい。あとで詫びの品でも持ってくるわよ。でもまぁ、私がいなくても勝つとは思ってた」

 

 キャロルがステラにトニー、周りにいるアベンジャーズ達を見渡す。タイム泥棒作戦の連絡と共に大急ぎで向かっていたキャロルだが途中で難破船を見つけてしまい救助に時間を取られてしまったのだ。それにまさかキャロルも2014年のサノスが来襲していたなど想像だにしていなかったのだ。サノスがくるとわかっていたなら伝手を使って難破船は任せてキャロルは急行していた。

 だが自分がいなくても勝っていたというのは彼女の心からの賞賛だ。

 

「そりゃ殺し文句だ。掃除が大変だぞ」

 

 墜落したサンクチュアリⅡを見てトニーがため息を吐いた。そうして周りに集まってきていた仲間達の視線が自分に集中していることに気付く。

 

「そういうのの締めはキャプテンがやるべきだ、ほらキャプテン」

 

 ペッパーに助け起こされたトニーが安堵の笑みを浮かべているスティーブにに場所を譲った。敵を退けたアベンジャーズの仲間達が彼を中心に円を組んだ。

 

「みんな、よくやってくれた。犠牲にしたものは多い。大切な仲間を僕達は失った、だが、敵は退けた。五年前、居なくなった皆が帰ってきた。僕達の……勝利だ」

「あとはこれを元の場所に戻せば全部完了」

「パワー・ストーンも回収してある」

「陛下、クイーンズの坊や、よくガントレットを守ってくれた」

 

 ガントレットとストーンを受け取ったトニーが残ったナノテクアーマーを使って簡易的な保存用BOXを作成して切り離す。

 

「……なあ所で、クリントの奴はどうした? こんな時まで家族サービスで来なかったのか?」

 

 ピエトロが冗談めかすように肩を竦めた。家族が大事なのは承知しているので別に貶める意図も何もない。後で自分の武勇伝を聞かせてからかってやろう程度の軽い意図だった。

 

「……ピエトロ、クリントは死んだ。ストーンを手に入れる為、お前や仲間達を助ける為……家族を取り戻す為に」

「おいおいどういう……どういうことだよ! ふざけるなよあのおっさんがよ、年寄りがカッコつけやがってスタークそれを貸せよ。俺が指を鳴らしてさっさと生き返らせてやる」

「無理だ。そもそもあのエネルギーにお前は耐えられない。そしてソウル・ストーンがある限りクリントは戻らない」

「わたしは……みんなと一緒に帰ってきてってバートンにお願いした。でも……家族を頼むって、帰ってきてくれなかった」

 

 詰め寄るピエトロをヴィジョンとワンダが抑える。二人とも、いや皆が悔しそうな顔をしていた。ピエトロが座り込んで地面を叩く。

 

「そりゃぁないだろ、オッサン……!」

 

 その場のヒーロー達は皆クリント・バートンへ向け各々の祈りを捧げた。

 後日状況が落ち着いた頃、バートン家にて静かな、小さな葬式が開かれた。アベンジャーズの初期メンバーにマキシモフ兄妹、S.H.I.E.L.D.関係者など関係者のみが集まった。

 悼むための遺体すら無い、空っぽの棺には彼が生前愛用した道具や子供達との思い出の品が置かれている。改めて夫が帰ってこないことを自覚したローラがナターシャに縋り泣く。彼らからすれば突然のことだ。平和な家族団欒の場から突然クリントを失い心の整理がついていなかった。

 クリントの手紙は愛する家族への謝罪とただひたすらの家族への愛を。最後にはこう綴られていた。

 

『俺はどこからでもお前達を愛し、見守っている。鷹のように』

 

 葬式を終えたのち、ソーはニューアスガルドをブリュンヒルデに託しガーディアンズオブギャラクシーと共に宇宙へ飛び出した。

 他の面々は数日もせず次なる仕事、いや責務を果たすため準備を始める。復活したピム博士協力の元、小型の量子トンネルを製造、六つのインフィニティ・ストーンを、後勝手に持ってきたムジョルニアを元の時代に戻す任務にはスティーブが選ばれた。トニーも志願したがピム博士が超全力で拒否した。

 

「いいか、石を元に戻すだけだ。無事帰ってこい」

 

 バナー、バッキー、サム、シャロン、トニー、ステラが見守る中、タイムトラベルを開始する。たかが十秒、とても長い十秒の別れだ。

 

「よしカウントダウン、三、ニ、一」

 

 量子トンネルが再度開きスティーブが姿を表す。少し古い軍服姿で帰ってきたスティーブが量子トンネルの台から降りる。

 

「成功か?」

「ああ、成功だとも」

「良かったこれで万事解決だな」

 

 サムが手を叩いて喜んだ。そんなサムの前へスティーブが盾を外して歩み寄る。

 

「どうしたんだキャプテン」

「僕も、自分の時間を生きてみようと思ったんだ。それで向こうに行っている間、誰に託そうかずっと考えていた」

「おいおい待ってくれキャプテン」

「君だ」

 

 サムを正面からスティーブが見つめる。その覚悟を受け取れるのは自分自身だけだとサムが表情を引き締める。

 

 差し出された盾を受け取りサムが左腕に装着する。

 

「どうだ?」

「借り物みたいだ」

「今はまだそうだろう。だがいずれ君の血肉と、体と一体になる」

 

 スティーブとサムが硬く、硬く握手を交わす。そんな二人の肩に手を置くのはバッキーだ。

 

「スティーブ、サポートは任せておけ、年寄りは年寄りらしく自分のことだけ考えてればいい」

「年寄りはお前もだろバッキー」

「俺はコールドスリープされてたからな」

「それを言ったら僕だって氷漬けのキャプテン・アイスさ、なあトニー?」

「急に僕を巻き込むんじゃ無い」

「スティーブ・ロジャース」

 

 サムが姿勢を正し、スティーブへ敬礼する。

 

「キャプテン・アメリカとこの盾に誓って、未来へと繋いでいかせていただきます」

「ああ、頼んだ。サム」

 

 噛み締めるようにスティーブは頷く。

 

「まあそうとも、年寄りはお役御免ってわけだ。僕も今度こそ本当に引退だ、色々やることが多い。ステラは何かしたい?」

「わたしは……一度学校に行ってみたい!」

「そりゃいい、変なボーイに引っ掛かるなよロスコルが人殺しになっちまう」

「所で」

 

 サムがこっそりとスティーブの耳元で内緒話をする。

 

「過去に戻れたならペギーさんとかとイチャイチャするとかするつもりは無かったのか?」

 

 サムとスティーブがシャロンの方を見つめる。

 

「そんなつもりは無かったさ。まあ、内緒ということで」

 

 近づいてきたシャロンとスティーブが手を繋ぎバイクに乗り込む。サムが温かい笑みでそれを見送った。

 

 

 

 S.H.I.E.L.D.の基地、ペギー・カーターは今日も激務の合間に休息をとっていた。日も暮れてしまい溜息を吐いていると背後に人の気配を感じた。

 

「ペギー」

 

 その声に驚き振り返るととスティーブが立っていた。

 

「やだ、幻覚でも見ているの?」

「そういう事で構わない。ペギー、僕は僕の時間を生きる。僕は未来で……君を待っている。ありがとう、君にただ感謝を伝えたかった」

「待っ」

 

 扉から出ていったスティーブを追いかけるように扉を叩き開ければ、廊下には誰もいない。ペギーは天井を仰ぎ見て、気合を入れ直すのだった。




EDのアレはバートンだけが背を向けていて
バートン→ナターシャ→ステラ→ソー→バナー→スティーブ→トニーの順になると思います。


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幕間/未公開シーン

短めです。抜けてたので修正。エンドゲームで完結ですがファーフロムホーム編は書くと思います。
脳内にはフェーズ4
BLACK★ROCKSHOOTER/HOLLOWS
みたいな幻覚が見えてるので書けたら良いと思っています


[ステラの帰宅]

 

「ただいま!」

 

 ボロボロになったステラが帰宅すると、ロスコルが飛び出してきてステラを抱きしめた。何故か腰に湿布が貼られているが、どうやら帰ってきた瞬間椅子がズレていたせいで腰を打ったらしい。

 周辺近所も未だお祭り騒ぎのように大騒ぎだ。

 

「ステラ! こんなにボロボロになって……!」

「お父さん……お帰り!」

「ああ、ただいま! 五年、五年かぁ、ステラは変わりないな」

 

 一瞬で過ぎてしまった五年と、服がボロボロになっている以外あまり変わらないステラの姿にロスコルの頭は若干混乱していた。

 それから何か思い出したかのようにステラが少しの間ロスコルをギューと抱きしめてから離し、もう一度ギューと抱きしめた。離してしばらく両手を握ったり開いたりワキワキさせていると、突如ドバッと滝のように涙を流した。

 

「わぁぁぁあステラ!?」

ロスコルがかえってきたぁぁぁ!

「時間差号泣!? ほーら大丈夫だステラ俺はここにいるからなほらほら」

 

 ロスコルが優しくステラの頭を撫でる。ロスコルにとってはわずかな時間でもステラにとっては五年なのだ。五年分の涙が溜まって飛び出してしまったのだろうとロスコルまで思わず泣いてしまった。

 

「ほら今日はお祝いだ! 好きなものいいっぱい食べてお祝いしよう! あ、ステラお父さんがいない間食事大丈夫だったか? 偏ってなかったか?」

「……P.S.S.やロスコルの事を思い出して寂しかったから……ハンバーガーほとんど食べてなかった」

 

 タイム泥棒作戦の際に食べたのが久しぶりのハンバーガーであった。

 

もういっぱい食べよう! 十個でも二十個でも好きなだけ食べようステラ!!

 

 ロスコルが号泣した。大量のハンバーガーを食べながらステラはこの五年であったことやタイム泥棒作戦、クリントのことなどを泣いたりしながら全部話した。

 後日ロスコルはステラの付き添いでクリントの葬式にも出ることとなる

 

 

 

[ブリュンヒルデとラブ]

 

「おいラブ、アンタいつの間に消えてたんだ?」

 

 アスガルドからの増援メンバー達がニューアスガルドに帰還し勝利の宴を開いているところへラブとザハがのんびり帰ってきた。ブリュンヒルデの脇にヒョイと座ったラブが余っていたジョッキに並々とビールを注いで一気に飲み干した。

 

「今の酒は良いものだな」

「人の話聞いてる?」

「聞いてるとも。前にも言っただろう? 私は本来死んでいたはずの存在、ステラにバレると八つ裂きに……いやむしろ周りの奴らにボコボコにされそうな気もするな。それで逆にステラとブルースが止めに入るパターンだな。だから先に帰らせてもらったわけだ」

 

 飲み干したジョッキにジュースとアルコールを混ぜて甘い酒を作り今度はそれをちびちびと飲みだした。

 

「じゃあなんであそこへついてきたんだ?」

「それは簡単さ。好奇心に勝てなかった」

「まじかアンタ」

「仕方ないだろう楽しそうだったんだから。おっと好奇心は猫をも殺すなんて言うなよ。実際好奇心で死んだ身だからね」

 

 少し飲んだだけで速攻で顔が赤くなったラブがグラスをスッと出してきてブリュンヒルデのグラスと当たって乾いた音を立てた。

 

「で、その好奇心の赴くままに悪さしない……かは五年一緒に過ごしてもわからないわね」

「失礼な、これでもなるべく自重してる。ネットゲームで複製アカウント作ってコーグに粘着して煽ってるくらいだな」

「何やってんのさ」

「ボイチャが代わってソーが脅してきたときは腹を抱えて笑ったものだ」

「いや何やってんの? アンタもソーも」

 

 ケラケラと笑うラブにブリュンヒルデは溜息を吐いた。その視線の先ではソーがコーグとミークと一緒にバクバクピザやら油物を食いまくっている。バナーとロケットに連れられていってから少し痩せたと思ったのだが元に戻っていた。

 

「まぁ、今の観察対象はお前だブリュンヒルデ、是非私が退屈しないように過ごしてくれ」

「五月蝿いよ、ここから叩き出してやろうかしら」

「怖い怖い。いやぁ脆弱だがこの体も良いものだ。酒に酔える」

「どこが脆弱だか。大剣振り回して大暴れしてたくせに」

 

 傍の地面に適当に突き刺された肉厚の大剣を見つめる。ラブは肉厚の部分を太ったソーに皮肉混じりに喩えて『キングソー』と呼んでいるそれは並の膂力では扱える代物ではない。

 

「いやぁでも、良い死だった。道半ばで潰える悲哀、志を折られる絶望、希望に満ちた死もいいがあんな死も素晴らしかったぞ。サノス」

 

 ラブは満点の星空にグラスを掲げ、サノスへ形ばかりサノスの死を悼んだ。

 

 

 

[トニーとストレンジ]

 

「おいドクター、そう言えば僕に誰が指を鳴らしたか聞いてきたな。アレの意味は?」

 

 戦いを終えたストレンジの近くを通りかかったトニーが問えば、ストレンジは他の魔術師達に指示を出してトニーの方へ向き直った。

 

「もう終わったことだから言うが、サノスに勝つ確率を七百万分の一と言っただろう。アレは正確ではない」

「何?」

「正確には千四百万分の二だ」

「なんでわざわざ約分した?」

「別の道があると思ってしまえば突き進めない。スターク、もう一つの勝利の可能性はお前が指を鳴らしサノス達にデジメーションを発動させ命と引き換えにサノス達の禍根をすべて断つ道だ」

「それは……ゾッとしないな僕にそんな自己犠牲精神あると思うか?」

「あるとも。お前は仲間や家族の為ならやる男だ。そしてそれはバナー博士が指を鳴らして皆を取り戻した場合のパターンだ。その時千四百万分の二と聞いていたお前はわずかに躊躇う。ほんの僅かなためらいがサノスへの敗北と繋がるのを何万と見た」

 

 途方もない話にトニーが息を吐いた。

 

「だが、まあ、生きていてよかったよスターク」

「やめろ男のそういうのは気持ち悪いぞ」

 

 ストレンジが青筋をたてた。

 

「人が労ってやってるのになんだその言い草はこのクソ野郎……」

「なんだとこのヒゲ野郎……まあ、勝ったんだ、それは水に流すとしよう。近くにスーパーガールがいるからな、いがみあってると怒られる」

 

 少し冗談めかしながら離れたところにいるペッパーやステラを横目にトニーが肩をすくめ、右手を差し出した。

 

「思惑はどうあれ、なんだ、命を助けられたのは事実だ。感謝するよドクター・ストレンジ」

 

 その様子にすこし面食らったストレンジは握手を返す。

 

「こちらこそ。世界を救ってくれて感謝する、トニー・スターク。そして、アベンジャーズ」

 

 二人が辺りを見る。アベンジャーズ・コンパウンド跡地で夕日に照らされるアベンジャーズ達の姿がそこにはあった。



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幕間(フェーズ3)
幕間/ミッドタウン高校


アメリカの高等教育を受けた事はないのでかなり変なところあると思いますがよろしくお願いします。


「あーみんなに新たな仲間が加わるぞ、もともとここの学校の通信教育を受けていたんだが、この間の指パッチンの影響で色々あって通学することになったステラ・シェパード君だ。学力コンテストクラブにも入ることになった! みんな仲良くね!」

「ステラ・シェパードです。好きなのはハンバーガーとバイクえーとスパゲティもミートソースが好きです。よろしくお願いします」

 

 ペコリとお辞儀をしたのをクラスの皆が拍手で迎える。特に男子陣は熱狂状態だ。黒髪をポニーテールの三つ編みにし、眼鏡の奥には美しい青い瞳。整った顔立ちは美少女と言って差し支えない。目敏い者は着ている白黒のチェック柄をあしらった服がシンプルながらもかなりの高級品だと言うことに気付いていた。

 のんびりぼやっとしていたピーターにネッドがバシバシバシバシ肩を叩きまくりすごいのきたと大興奮である。

 

「わぁ確かに美人」

 

 だがピーターの目線はMJの方に向いていた。新たな仲間にMJも祝福している。そしてピーター、ステラがスーパーヒロインのブラックロックシューターと気付いていない。というかクラスの誰も気付いていない。

 ステラ自体が一応のメガネや髪型で変装をしているものの、原因は主にソコヴィア条約に従っていた頃のステラに由来する。一番メディア露出が多くネットに出回る画像もこの頃のものだ。彼女と言えば左右非対称のツインテール、そして青紫色の瞳、そしてドでかいロックキャノン(広報用の偽物)なのである。ついでにステラの本名は公開されていない。関係者は知っている者が多いがブラックロックシューターの名が有名すぎて知名度としてはかなり低い。

 ピーターは今まで接点という接点が全くなかった為、スパイダーマンの自分自身が名前を隠している事から積極的に知ろうとせずブラックロックシューターの本名を知らなかった。

 

「ねえねえチアガール興味ない?」

「お腹に傷跡あるけど大丈夫?」

 

 女子の誘いにステラが服を捲って傷跡を見せた。そしたら気の毒そうな顔をされステラが首を傾げる。

 

「いけるいける! 今時腹出してる方が古いのよ!」

「じゃあやってみたい」

 

 今のステラの瞳の色は先週から徐々に変化し出したものだ。それに気付いたロスコルにより大慌てでバナーが検査、さらにワンダの念動力診断までした所、ステラの内にあった二つのうねりのうちの一つが消えていることが発覚した。元々後天的に青紫に変化していたのでむしろ戻ったと言うのが近いだろう。

 

「私がステラが昏睡してる時見たのは大きな力二つの激流。でも今は一つで安定してる」

「ステラは元々ストーンの力を受け入れられる特殊な体質をしている。指パッチンの時に流れ込んできたタイム、マインド、リアリティ、ソウルの四つのストーンの力を、もとより後付けされていたシング・ラブのエネルギー、つまりパワー・ストーンのエネルギーごと体外に排出したんじゃないだろうか?」

「成る程、どういうことですか博士」

「ほら毒物を飲むと体の外に排出されるだろう? あんな感じ。ステラの右腕も治癒の際に紫の炎が吹き出していたんだが、偶然収まりよく収まってただけだから治癒ついでに吐き出されたって事」

「私弱くなった?」

「いやむしろスペース・ストーンから流れ込んだ力はそのまま増強されている印象だね。パワーストーンの力が抜けた部分をそのまま埋めたような感じ」

「たしかに昔見た時に比べれば今の方がよほど健全な力の流れをしているわ」

 

 ステラの背に手を当てるワンダが目を開く。後ろで外見人間モードになったヴィジョンが心配そうにこちらを見ていた。

 

「科学的な面と同じインフィニティ・ストーン由来の力を持つワンダの診断だ。見た目が変わる以外問題はないよ」

 

 そんな感じで問題なしとお墨付きが付いてステラはこうして学校に通うことができた。通学にブラックトライクを使おうとしてロスコルに止められ、イジメられたり嫌がらせされたらすぐに言うんだぞと目が据わった顔のロスコルと約束したが、特に問題なく学校生活はスタートした。

 むしろ困惑したのは周りである。抜群の身体能力でチアリーディングをすぐ覚え、キレのある動きで周りに驚かれたり。

 

「ピーター、これ使える?」

「えっどこからこんなのを?」

「お父さんが余ったのをもらってきた」

 

 ピーターやネッドのようなギークに紛れて機械いじりをしたり(その時父がスタークインダストリーに勤めていると判明)。

 信頼を置かれているが、一匹狼として名高いMJとフツーに会話を弾ませたあたりで皆が気付いた。

 彼女は学内カーストに属さないタイプ、俗に言う不思議ちゃんタイプであると言うことに。

 

「ハンバーガー好きなの?」

「うん。好き、ミシェルも食べる?」

 

 見た目にそぐわない勢いでハンバーガーを食べていたり放課後になるとふらっと姿を消して登校の際もふらっと現れ、好奇心から後をこっそりつけて見ようとして生徒達はことごとく彼女を見失った。

 誰彼分け隔てなく接するのと転校生であるというのが手伝って基本的には不干渉の存在として扱われることになった。

 やけにピーターに絡みに行くので気になるブラッドやユージーンからはピーターが若干恨まれることになった。ステラはピーターがスパイダーマンと知っていて、ロスコルも元々通信教育の元となる学校であったことと、スパイダーマンがいる学校なら大丈夫だろうと許可したわけなのであるが、ピーターは気付いていない。すれ違いである。

 

「なあ、なんであんな美少女に構ってもらえるんだ? 五年間消えてた分の幸運が今一挙に来てるのかな」

 

 さっきまでステラと喋っていたネッドが白昼夢でも見ていたかのように自分の頬を叩いている。ピーターはそれを笑わない。自分だってMJに話しかけられたらそういうことになりそうな気がするのだから。

 

「どうだろうね……というかその理屈だとなんで僕こんなに忙しいの? いやまあおばさんの手伝いなら喜んで行くけどさ」

 

 ピーターといえば消えて戻ってきた人々の支援をするメイおばさんのパーティーに出たり親愛なる隣人としてニューヨークを駆け回ったり、主要メンバーが全員戦線離脱したアベンジャーズの次の中心人物、つまるところ後継者として周囲から期待されたりと多忙である。

 五年前はアベンジャーズのようになりたいと熱を燃やしていたのにここ数ヶ月を過ごす内に期待が重圧に変わってきているのをピーターは感じていた。

 あともう半ばまで終わっていた授業内容を最初からやり直しにされたのは嫌だった。これに関しては五年間消えていた学生全員が思っている事だろう。

 

「みんな、また明日!」

「「「またねー」」」

 

 授業を終えるとステラがみんなに手を振って去っていく。それにみんなで返すのがここ最近のお約束となってきていた。

 ピーターもネッドと別れ家に帰り始める。帰りがけにアーチェリー部と弓道部が練習スペースを確保する為争っている場面に遭遇するが、部の問題なのでスルー。ミッドタウン高校は両方の部活に十分な敷地が用意されているが、両部とも入部者が激増したらしい。

 世界中で死を悼まれ続けているホークアイの影響だ。

 ニューヨークの摩天楼を飛び回っていれば、強盗が発生したらしく、逃げる車両を見つけて糸をタイヤに絡ませ安全に停止させ、中から出てきた強盗犯を銃を絡め取って殴り地面に貼り付ける。

 

「くそっ! 消えてた間に仕事も家も無くなってたんだ! 俺にどうしろっていうんだ!」

「なら銀行に行く前に支援団体にでも行けば良かったね」

 

 強盗を警察に引き渡して感謝され、周囲を野次馬とマスコミに囲まれながらまたニューヨークを駆ける。人々が戻ってからこういう事件が多発している。

 

「スパイダーマン! アベンジャーズの後継者として今後の方針は」

「あーそういうのは後! 僕ヒーロー活動に戻るから!」

 

 逃げるようにウェブシューターで空に飛び上がる。

 消えた人々からすれば理不尽な話だ。五年が一瞬で経過した。つまり今まで築いてきたモノが一瞬で崩れたのだ。それをピーターも経験している。メイおばさんも一緒に消えるか、信じてピーターの部屋をそのままにしていなければピーター自身も同じ目にあっていたかもしれない。

 混乱の時代だ。だから人々は象徴を求める。

 とあるビルの屋上に降り立ったピーターは、地球にアベンジャーズアリと知らしめた、初代アベンジャーズ達の後ろ姿を描いた看板を眺めながら小さくため息を吐いた。絵に描かれた背中だというのに、その背はとても大きく見え、そこに乗っていた責任を果たせるか、ピーターは不安になった。



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スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム
スパイダーマン


 メキシコ、イステンコ。普通であれば賑やかに人々の笑顔が紡がれる街は、災害に遭い多くの建物が倒壊していた。既に災害から数日が経過し、人的被害はそこまで多くはない事は判明したが、壊れた街の復興にはそれなりの時間がかかりそうだった。

 

「今度は天気と戦うつもり?」

「いいや、街を襲ったサイクロンには顔があったって話だ」

 

 そんな街にやってきた二人の人物。マリア・ヒルとニック・フューリーの二人だ。彼らの持っていた伝手は五年の間に消滅、自分たちの目で現場に来ることを余儀なくされていた。

 

「そんなのパニックによる錯覚では?」

「スタークの衛星からの観測で、未知のエネルギー波が検出されていたらしい」

「はあ……また世界の終わりが来るって言うんですか?」

 

 マリアがため息を吐いていると突如空から謎の物体が飛来する。緑色の煙を纏い、頭に金魚鉢を乗せたような人型物体にフューリーとマリアが銃を構える。

 

「何者だ」

 

 その服の意匠は現代のそれではない。金魚鉢のようなものが消え内側から端正な男の顔が現れた。

 警戒していると背後から岩が迫り出し巨人の姿を成す。二人が振り向いて銃を向けるなか、その男がビームを放つ。

 

「君たちは引っ込んでいろ!」

 

 フューリーとマリアの目の前で戦いの火蓋が切られた。

 

 

 

 

 

 ミッドタウン高校のモニターでは、とある映像が流れる。

 "哀悼と感謝を"

『Don't want to close my eyes〜I don't want to fall asleep Cause I'd miss』

 少し安いフォントでそう表示される中流れるのは某隕石を破壊する映画のエアロスミスの曲である。学校での無償制作物だから許されるアレだ。

 映し出されるのは八ヶ月前の戦いで命を落としたホークアイの画像だ。それはもう様々な角度、画質が荒かろうと構わず流しまくる。そして彼の背中をバックにこちらを見て佇むアイアンマン、キャプテン・アメリカ、ハルク、ブラックロックシューター 、ブラックウィドウ、マイティ・ソーの六人の絵が表示される。薄くsampleと画面中央に出ているが大丈夫かこれ。

 "そして未来へ"と表示されて蝋燭の映像でビデオは終わる。それを脇にスワイプさせニュースを流すパーソナリティ二人が現れる。

 

「私たちは、彼らの志を胸に前に進みます」

 

 ベティが真面目な顔でそう締める。

 

「ケネス・リムとビハンナ・ママーシュ、感動的で素敵なビデオありがとう!」

 

 上に二人の写真を表示しつつジェイソンが感謝を述べた。二人のフルネームが下に表示される。これ学校内のニュース番組なのである

 

「今年という一年は……」

「ほんとク●だ。最低だった」

 

 初手でジェイソンがFワードをかまして編集で修正されている。ベティがジェイソンを睨む。

 

「ジェイソン、言葉には気をつけて?」

「悪い、まあ明日から休みだから大丈夫だって」

「……激動でした」

 

 そうして始まるのは五年前の出来事と、八ヶ月前の出来事。デジメーションと呼ばれていた出来事は今やブリップと呼ばれるようになった。これはテープ式ビデオが一瞬飛んだ事の言い方で、いなくなった彼らが戻ってきた事に由来する。

 スーやブラッドクラスメイトの画像を使って五年間で消えた人々の時間は一切経過していないことを示す。

 

「今や弟の方が年上だぜ?」

「あっそう」

 

 中間試験まで終わっていたのを最初からやり直しになっただの少し愚痴気味な解説をして、次へ進もうという言葉を〆にニュースは終わった。

 夏休みを前にピーターは若干浮かれ気味だった。

 ネッドに自身の夏休みの旅行プランを話していくが、要はMJといい雰囲気になりたいプランである。

 

「プランはまだまだあるんだけど」

「ああ、もう一つある。全部やらないってプラン」

「なんで!?」

「ピーター、忘れたか? アメリカの男はヨーロッパじゃモテてる。フリーの身で行かないと」

「いやなんで! 僕の熱い思い聞いてた? 彼女の黒いジョーク最高だし時々くる目線にくらっとくるレベルって言ってるじゃないか。あっ来た何も言うなよ」

 

 そこへMJがやってくる。二人を見渡して首をかしげた。

 

「何話してるの?」

「ああ、旅行のプランについて」

「プランあるの?」

「いやまだ何も?」

「じゃ私についてくる?」

「ほんと!?」

 

 驚いて立ち上がろうとして脛をテーブルの足にぶつけてピーターが悶絶する。おおマジか、とネッドが驚いた顔でピーターとMJの顔を交互に見た。

 

「ええ、あまり少ないと嫌でしょ、この子がどっかいきそうになっても止められそうだし」

「この子?」

「テリアよ」

 

 ピーターが首を傾げMJから目の焦点をズラすと、その脇に黒髪をポニーテールに三つ編みで束ねた日系の美少女が立っていた。転入生の不思議ちゃんで、苗字のシェパードとあまりにも似つかない素振りで誰かが「シェパードというよりヨークシャーテリア」と言って以来テリアというあだ名が浸透していた。

 

「とりあえず、一緒に来るならVPNのアプリ入れとくといいよ。政府に居場所探られないで済むから」

「え……あっうん」

「じゃあまたね」

 

 MJがシェパードと去って行った後ピーターがテーブルに頭を突っ伏してその肩をネッドが優しく二度叩いた。

 その日の夜、指パッチンにより消えていた人々の支援をするパーティーにスパイダーマンとして出席したピーターはメイおばさんのスピーチの裏で手を腰に当てて立っていた。この支援パーティーの主催はスタークインダストリーの為アベンジャーズの後継者感が強い。

 

「私は五年前、息子のように大切に育ててきた甥っ子を失いました。大切な家族を失いまるで灰色がかったような生活を、アベンジャーズが砕き色彩ある暮らしを、取り戻してくれました。彼らには本当に感謝しています。だから私にもできる事を探して、指パッチンの被害を受けた人々への支援を始めました。支援へご協力くださり、みなさん誠にありがとうございます。そして今日はここにスパイダーマンも来てくれました!」

 

 アイアン・スパイダースーツを見にまとったピーターがマイクの前に立てば拍手と共に歓声が上がる。

 

あー、パーカーさん。本日はお招きいただきありがとう皆さんも……迎えてくださってありがとう!

 

 そう言ってサムズアップするピーターは緊張で声がうわずっていた。とても短くてスピーチが終わったと認識していなかった観客達が拍手を送る。

 

「スパイダーマンありがとう! この後皆さんと写真とビデオを撮ってくれますよ!」

 

 それに観客は大喜びだ。それを目的に今回の支援への協力を申し出た人だっている。下心があっても支援は支援なのでありがたいものだった。拍手に送られながら二人は裏へはけていった。

 

「最高ダッタ!」

「ヨガっダー!」

 

 二人が上擦った声のままハイタッチをして成功を喜ぶ。

 

「緊張したけどなんとかうまく行ってよかった」

「私も緊張しちゃったうまくできなかったかも」

「いやいやおばさんはうまく言ってたよむしろ僕だ」

「たしかに、硬かったわよ」

「だよね」

 

 スーパーヒーローでこういう露出が多かったのはアイアンマン、キャプテン・アメリカ、ブラックロックシューター 、ウォーマシンの四人だ。キャプテン・アメリカとブラックロックシューターは安全啓発のビデオや企業のポスターなどが多く。ウォーマシンはマルチにメディア出演していた。超人血清を投与されたキャプテンを薬物乱用防止のビデオに出演させたり公道で時速三百キロオーバーの速度超過と無免許運転をしたブラックロックシューターをバイクの交通安全ビデオに出したりとよく考えるとなんかアレなのも多いが。

 とりわけアイアンマンは中身のトニー・スタークが元々社長ということだけあり、講演会でのスピーチなどのメディア出演が多かった。

 アベンジャーズの後継者、特にアイアンマンの後継者扱いされるスパイダーマンには同じタイプのメディア露出が求められていたのだ。

 これが主に気疲れの原因である。

 

「でも大丈夫よ。それよりパスポート取った?」

「ああ」

「旅行用歯ブラシは?」

「買った」

 

 そこへ裏の通用口が開けられる音がしてピーターが咄嗟にマスクを纏う。こういう時ナノテクで作られたアイアン・スパイダーは便利だ。

 だがそこに現れた人物を見てマスクを解除する。

 

「ハッピー!」

「やあ遅くなってすまん!」

 

 スタークインダストリーの社員にしてピーターのお目付役、ハッピーが現れたのだ。手にでっかい寄付のボードを持っている。それをメイおばさんに渡してデレデレしてからメイおばさんがステージの方に戻ると突如真剣な顔をした。

 

「来るぞ、電話が」

「え? 誰から?」

「フューリー」

「えっなんで!?」

「そりゃー決まってる。君はスーパーヒーローだろ。ヒーローとしての仕事だ」

「大事な任務なら他の人に任せればいい、僕じゃなくてさ」

 

 そう言っているとリュックの中の電話機がブルブルと震え始めた。

 

「そらきた。非通知だがフューリーだ。出ろ」

「フューリーとは話したくないよ」

「いやいや頼む出てくれでないと俺が話すことになるそれは嫌だ」

「なんで!?」

「フューリー怖いんだもん!」

 

 ピーターが電話を留守電送りにした。

 

「おいまじかフューリーにそれは不味いって」

「後で出るよほら観客が呼んでるから!」

「スルーはやばいって!!」

 

 そうして今度は自分の携帯電話にかかってきたフューリーからの電話にハッピーは顔を青くしながら出る羽目になった。

 その後も質問攻めにあい精神的に疲弊しながらも切り上げてウェブスイングで建物の一角に降り立つ。

 

「はぁ……重いな……」

「重いなら、抱え込む必要はないぞパーカーくん」

 

 ばっと顔を上げると、そこにいたのはトニー・スタークだった。

 

「スタークさんなんでここに!?」

「いや本当はペッパーの代わりに激励に行くつもりだったんだが……後継者が頑張っているのにロートルがでしゃばるわけには行かなくてね、僕は引退した身だ」

 

 ピーターの脇にトニーが腰掛ける。少しトニーは老けた。五年の歳月もあるが、肩の荷が降りたという面も大きいだろう。それがピーターがいなかった五年の歳月を想像させる。メイおばさんはなんかこう、五年経って全く変わらないどころかちょっと若返ってるのは意味不明である。

 

「スタークさん、僕……本当にアベンジャーズの後を継げるかな」

「いいや知らん」

「……そんな!」

 

 縋るようなピーターの声をトニーはバッサリ切った。

 

「別に君に継いでもらう必要はない。立ち向かう心、戦う意思があるなら誰だってアベンジャーズになれるってのは……クリントの言葉だったな」

 

 トニーが笑いながらピーターの頭を抱き寄せる。

 

「僕はアベンジャーズなんて要らなくなるのが一番だと思ってる。ピーター、君はティーンエイジャーだ。まだまだ遊びたい盛りだ、僕だって君の頃は遊びまくってたさ。それがヒーローとして自由を束縛されるなんて間違ってる。だから僕は無理強いはしない。どこかのフューリーと違って」

 

 ピーターの携帯電話に表示された非通知をトニーが留守電送りにする。

 

「でもそうだな……僕の後を継ぐものが現れるっていうなら……それが君だと嬉しいなピーター」

 

 少し気恥ずかしそうにトニーが笑う。

 

「無理に気負う必要はないぞ、後ろにはまあ引退したとはいえ僕達がまだ控えてる。だから好きにやるといい。旅行楽しんでこい」

「スタークさん……それを言う為に」

「偶然さ偶然。あったかくして寝ろよ風邪ひくぞボーイ」

 

 去っていこうとするトニーが思い出したように振り向いた。

 

「そうだ言い忘れてた。旅行に行く時ステラに手出しするのはやめておけ、まあそんな心配はないとは思うが。アレは親がもーうそれはもう子煩悩でな下手なことすると機関銃で風穴開けられるぞ」

「テリアのお父さんが……へえ……はい」

「テリアってなんだ?」

「ヨークシャーテリアみたいだからって学校でいつの間にかあだ名になってるんだ」

 

 それを聞いてトニーがなぜか爆笑しているのを尻目にそういえばステラの父はスタークインダストリーに勤めている事をピーターは思い出した。トニーが知っていて忠告するレベルの子煩悩ってやばいなとピーターは唾を飲み込んだ。

 ちなみにトニーはピーターがステラのことを知っている前提で話している。まさかのすれ違いであった。

 トニーの激励を胸にピーターは夏休みの旅行に向け動き出す。フューリーからの非通知は全部無視する方向で行くことにした。

 同日の夜。のんびりと夜道を歩くテリアことステラが鳴った電話に出た。

 

「誰? あ、久しぶり。うん元気。そっちは? マリアに呆れられてない? ごめんなさい。え? うんピーター達と行くよ。でもなんで? ……わかった。なるべく約束守るけど、破っても怒らないでね」

 

 電話を切って背伸びをする。旅行までもう間も無くなのを楽しみにしながら空に浮かぶ月をぼんやりと眺めた。



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飛行機

 旅行当日朝。相変わらず非通知電話が来るが無視である。

 

「よく考えたらこれ空港の検査通れるのかな」

 

 トニーの言葉に心機一転、アイアン・スパイダーは持って行くことに決めたピーターがうんうん考え込む。向こうに行った時に検査で引っかかって没収なんて悲しすぎる。ピーターからすればまだ八ヶ月とちょっとの付き合いな為か戦い以外の機能がよくわかっていない節がある。

 

「あ……そうだ。もしもーし、F.R.I.D.A.Y.? 聞こえますかー」

『おはよう、スパイダーマン。どうしましたか?』

「うわぁ! 本当に答えてくれた!」

『このスーツは私の管制とサポートを受けているのですから当然です。ご用件は? マスターに何かお話でも?』

「あーえーとね。旅行の時もスーツを持って行きたいんだけれど……空港で没収されないかなって」

『それでしたら圧縮モードで偽装可能です』

「ほんと!? スッゴイなんで教えてくれなかったの!?」

『必要がなかったからです』

「……たしかに」

 

 ピーターがF.R.I.D.A.Y.の言葉に喜んでいると充電されたアイアン・スパイダーが高級な腕時計とネックレス風に変形する。トニーが胸につけていたナノマシンホルダーの要領でナノマシンを圧縮したのだ。腕時計で収まり切らなかった分はネックレスに分割された。

 

「おお、ちょっとスパイダーマン風……」

「はいピーター朝ごはん」

「えっあいた!」

 

 メイおばさんが通りがけにバナナを投げたらそれがピーターの顔面を直撃した。予想外の事態に思わずメイおばさんが笑ってしまう。

 

「あーありがとう」

「ごめんなさいてっきりほらいつものアレで取れるのかと思って。ほらピータームズムズ」

「いやそのネーミングはやめてよもっとかっこいい感じが良いんだけど」

「えーと……ピーターウズウズ?」

「悪化してる気がするよおばさん……」

「スーツは持って行くの?」

「うん持ってく。見てよこれすごくない?」

「わあ素敵、気をつけて行ってきてね。誰かと喋ってなかった?」

「あーまぁ、スタークさんの友達と?」

「そう」

 

 メイおばさんとハグをしてピーターが旅行鞄を閉める。

 そうしてケネディ空港へ集合しパスポートチェックを終えて飛行機へ乗り込む。その際にテリアが金属探知機に引っかかり外し忘れていた意外と金具が多く大きいバックルをしたパンクなベルトとドックタグを下げていたのをクラスのみんなが意外そうな目で見ていた。

 ネッドもピーターもワクワクした様子だ。というより旅行に行くミッドタウン高校の面々がみんなウキウキしていると言ったほうがいいだろう。

 

「オイ、ピーターこれ飛行機って言うんだぜ。自転車とは違うぞ初めてか?」

 

 フラッシュがピーターを煽る。

 

「何飲んでるの?」

「おっとテリア、これは大人の味だお子ちゃまは飲んじゃダメだぜ」

「乗務員さん。彼は五年間消えてたのでまだ未成年ですよ」

「おいちょっと!」

 

 添乗員に飲んでいたアルコールを取られた。後からやってきたMJとテリアにタジタジのフラッシュであった。二人が通り過ぎた後をブラッドが通る。

 

「さすがMJだな」

「……ねえブラッドも来るって知ってた?」

「いや? まじ変だよな。アイツ五年前はヒョロヒョロで鼻血出して泣いてるようなチビだったのに今やムキムキで爽やか。女子はみんな狙ってるっぽいんだよな」

 

 後ろに行ったブラッドを二人が覗き見る。MJとテリアの荷物を棚にしまうのを手伝っていた。

 

みんな狙ってるってことは無いんじゃないかな

「いいや全員アイツを……まあ例外はどこにでもいるさそんなことより大事な事だ。見てくれよこれ! 苦節五時間並んでギリギリ買えたアベンジャーズのゲーム!*1 まだプレイしてないからマルチで一緒に九時間ぶっ続けでやろうぜ!」

 

 テリア(わんこ)を見てからネッドは首を振ってゲームを取り出す。熾烈な競争に打ち勝って手に入れたゲームだ。初めの七人(オリジナル・アベンジャーズ)をモデルにしたゲームである。二人マルチ可能。コントローラーもちゃんと二個持ってきた。

 

「ネッド、MJの隣に座れるよう手伝って……!」

「まじか、プランは? アメリカンボーイヨーロッパでモテモテ物語」

「それはネッドのプランでしょ僕のプランは最初からこれだよ……!」

 

 さあまずはピーターのプランその一。MJと隣になってデュアルアダプターで一緒に映画見る作戦である。ネッドに協力を要請。彼は動いた。

 

「なあ、俺の前に座ってるおっさんが馬鹿みたいにコロン臭くってさ、ピーターが鼻炎やばくなりそうで、ベディ良ければピーターと場所変わってやってくれない?」

「鼻炎?」

「ああそう、ピーターってアレルギー性鼻炎なんだけどこう、なんか持病が悪化する感じなんだよ。ピータームズムズって感じ」

「ピーターがアレルギーだって?」

 

 後ろの席にテリアと並んで座っていたハリントン先生が顔を出した。

 

「僕も経験あるから気持ちはわかる。それは辛いな思い出すだけで鼻水が出そうだ。ブラッド、MJ立って前に行ってくれ。ピーターは僕の席に、なるべく離そう。僕がブラッドのところに座ろうネッドはMJのいた所に。知らせてくれてありがとうネッド」

 

 席をずらした結果MJはブラッドと同じ席になった。ピーターはテリアの隣、ネッドはベティの隣になる。ピーターが真顔でネッドの方を見ているのをネッドは努めて見ないようにした。ピーターがテリアの隣を獲得したのをフラッシュが真顔で見ていたがピーターはそれどころではないので気付かなかった。

 

「鼻大丈夫?」

「ああ……うん大丈夫ここなら平気だから気にしないで……」

 

 席に座るとテリアが心配そうに見つめてくるが意気消沈したピーターは真顔である。

 

「……ねえ、よければアベンジャーズやる?」

「やらない」

「今までPCゲームやった事は?」

「ない」

「そう……」

『ご搭乗ありがとうございます。機長よりイタリア、ベネチアまで八時間四十九分のフライトです』

 

 ネッドとベティの席は席でちょっと気まずい感じになっていた。

 ピーターのプラン一はいきなり破綻する事になった。MJとブラッドがデュアルアダプターで楽しそうに映画を見ているのを尻目にピーターは何か映画を見ようかと画面を開く。

 

『ビッグジャガーvsメカパンサー:ワカンダ決戦編』

『アイアントルネード:F6・スーパーサノス』

『ホークアイ・ヒストリー』

『ファーフロムアスガルド・ニューアスガルドカミング』

『ディスイズアベンジ』

 

 画面を閉じて見るのをやめた。

 隣で『ホークアイヒストリー』を観ているテリアが泣きそうになっていたのでハンカチを貸してあげた。ネッドは一人アベンジャーズをプレイ。ブラックロックシューターの砲撃モードで敵を吹き飛ばしまくって悦に浸っているとベティが見ていたのでもう一つのコントローラーを差し出した。ベティは少し恥ずかしそうに手に取った。ベティのセンスが良くハルクで大暴れを始め有名なブラックロックシューターとの共闘がゲーム内で実現してテンション鰻登りであった。

 ピーターが眠ろうとした所で気付く。いつのまにかピーターの方に寄りかかって寝ているテリアからめっちゃ良い匂いがする。ピーターは静かに毛布をかけてあげた。どこかで嗅いだ香りだなと変に意識した結果寝れなくなった。

 揺れる機内でネッドとベティの手が重なる。二人は見つめ合った。

 そうして約九時間の空の旅を終えて空港に降り立ったピーターがネッドに駆け寄る。

 

「機内のMJとブラッド見てた? 二人で映画見て楽しそうに笑ってた」

「大丈夫何もないって心配するなよ」

 

 まるで世界の理を知って悟りを開いたかのようなアルカイックスマイルを浮かべるネッドが首を横に振る。

 

「ベイビー、これ持っててくれない?」

「任せてくれベイビー」

 

 ベティが通りかかってネッドとイチャイチャし止めにハグをして行った。信じられないものを見た目でピーターが自分の頬をつねった。

 

「ね、ねえ何今の」

「え、ああうん飛行機の中で話しかけたら意外と共通点があって……今は彼氏彼女の仲って感じ?」

「え、アメリカンボーイヨーロッパでモテモテ物語は?」

「……ピーター、そんな青臭いことを言う男は真実の愛を知って成長したんだ」

「ベイビー」

「ああ今いくよベイビー」

 

 釈然としない顔をしながらピーターも先へ進む。

 空港の検査所でバナナが入っていて少し止められるトラブルがあったものの無事ベネチアに降り立つこととなった。

*1
SONY製



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ヴェネチア

コメント評価お気に入りありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
誤字報告も誠にありがとうございます。


 水の都、といえば誰しもが思い浮かべる都市ヴェネチア。五年前は環境の変化で高潮による浸水被害などが多発していたがこの五年でそれらは減少傾向にある。

 が、ピーター達の泊まるホテルは一部水没していた。

 

「まあ、これもこれで旅の醍醐味だ。ヴェネチアで靴下が濡れるって言うのもね。みんな、荷物を置いて三時にダヴィンチ博物館に集合! さあ行った!」

 

 MJとテリアにピーターが合流する。ブラッドもいる。四人でヴェネチア観光とあいなった。

 

「わぁ」

「こらテリア。勝手に行っちゃダメよ」

「はーい」

 

 サン・マルコ広場を中心に観光を開始した一同は、多くの人々が行き交う様を見る。消えていた人々は想像だにしないが、五年の間は地元の人間以外人がほとんどいなくなっていた。観光業は打撃を受けピーター達の泊まるホテルが荒れていたのもその辺りに事情があった。

 

「ほらテリア。よそ行っちゃダメだぞしっかりピーターについて行って」

 

 ブラッドがピーターにテリアを押し付けMJとブラッド、テリアとピーターという男女二組状態を作ろうとしている事をピーターは察した。

 だが結果としてMJとテリア、ブラッドとピーターの女女男男二組状態になっていた。ブラッドとピーターはなんとも言えない顔で互いに顔を見合わせる。視線はこう語る。

 "まず共同戦線を張るべきじゃないか?"と。

 

「二人とも! 写真撮ろう!」

「ああいいとも!」

「うんそうだね!」

 

 弾かれたように二人が笑顔でそれに応える。

 鳩に乗っかられたピーターとブラッドの記念写真が撮られた。撮影はMJである。代わりばんこでMJとテリアの写真をピーターが撮る。テリアは鳩が乗ってくれなくて少し拗ねていた。きゃっきゃしている女子二人の後ろで男子二人が違うそうじゃないとなっていた。

 その頃ベティとネッドは絵を描いてもらっていた。

 

「じゃぁ僕、お土産見てくるね」

 

 ピーターかそう切り出した。

 

「それなら私も、お父さんへのお土産探しに行ってくる」

 

 ブラッドが顔を上げる。ある種MJの無敵の盾と化していたテリアをMJから引き離すことに成功する妙手。ピーターを見れば小さく頷く。

 

「なら俺も土産を探すことにするよ」

 

 ここは紳士協定だ。テリアという盾を除いたピーターへの男としての返しである。この後MJがどうするかはまさしくMJ自身に委ねられた。

 人はより大きな困難(不思議ちゃん)に直面すると争うことをやめ団結するのである。

 そうして別れたピーターは事前に調べておいたガラス細工屋さんでMJが好きなブラックダリアの花を模したネックレスを入手。黒いガラスを用いた見事なネックレスである。ちなみにMJがこの花が好きな理由はまあMJの趣味からお察しの通り殺人事件由来である。

 これでプラン三は何とか成功、ピーターの顔が綻ぶ。大切に大切にカバンに仕舞い込んでガッツポーズを取る。ちなみにプランニはプラン一と連動していたので既に破綻済みである。

 

「ボゥ!」

「わぁ!? ええええMJ! ボゥって何だい?」

 

 突如現れたMJにピーターがテンパりつつも二人で並んで歩き出す。言っては何だが待望の時間だ。白い絵のプリントされたシャツにデニムを履いた彼女らしいファッション。ピーターの買ったネックレスもきっと似合うだろう。

 

「覚えたてのイタリア語」

「意味は?」

「何にでもなるよ。さあね、とか、うせろとか意味わかんないとか。イタリアが産んだ宝だね。エスプレッソもそう」

「ねえお姉ちゃんドイツ人? アメリカ人? 良かったらお茶でも」

「ボゥ」

 

 通りかかったナンパイタリア人をボゥで撃退するMJにピーターが感心した。胸はドキドキである。大量のカニが橋桁を這い回っているのを見つけてMJが写真を撮る。

 

「あ、ピーターだ」

「ふおぁっ誰!?」

 

 ヴェネチアンマスクをつけた何者かに声をかけられてピーターが仰け反った。どうやらピータームズムズはMJに夢中であったようである。

 

「私」

「なんだテリアか」

「わぁテリアイカすねそれ。処刑人って感じがする」

 

 テリアはチェック柄の入った半袖のシャツにショートパンツを履き腰に黒いパーカーを巻いている。それにマスクはなかなかに面白い事になっている。

 

「MJもつける?」

「いやピーターがつけた方が似合うんじゃない?」

「ん、わかった」

「いや差し出されても」

「いいじゃない、つけて写真でも撮りましょ」

 

 渋々つけるとMJと密着してテリアが写真を撮ってくれた。ピーターは心の中で狂喜乱舞していた。

 

「その箱何?」

「サン・マルコ寺院の模型。お土産」

「すごいお土産だね、誰にあげるの?」

「知り合いのえーと、狸みたいな人」

「へ……へえ」「面白い形容の仕方するのね。ちょっと顔見てみたい」

 

 狸みたいな人とはどんな感じなのだろうかと二人は思いを馳せた。宇宙のどこかでアライグマがクシャミをして宇宙船の片隅に置かれたエッフェル塔の模型を眺める。

 そんな感じで和気藹々と過ごしていると、急に水が引き出した。水位が下がっている。

 

「嫌な感じする。高い所行こう?」

 

 ピーターが違和感を持っているとテリアが二人を押して高いところに行こうとする。

 

「どうしたの?」

「水が引くのはtsunamiの前触れって聞いた」

「そんな不味いじゃないか!」

 

 ピーターが時計に向かって小さく声をかける。時計の一部がほつれてインカムになりピーターの耳にF.R.I.D.A.Y.の声が届く。

 

『否。観測機器からは海底地震や噴火の類は計測されていません……衛星よりエネルギー波を検知。運河です』

 

 ピーターが顔を持ち上げた瞬間運河が爆発した。大量の水飛沫と共に現れたのは体を水で構成した巨人だ。

 ネッドとベティが乗っていたカヌーが転覆し二人が運河に投げ出される。パニックになるベティをネッドが自分を浮き袋がわりにしながら抱きしめ支える。

 

「MJ! 逃げて! 僕はネッドを助けてくる!」

「わかった」

 

 聞き分けが良い事に感謝して助けようとしているとテリアが先に運河に飛び込んだ。二人の元にスイスイと泳いで行くとベティを担ぎそれをネッドが落ち着かせる。そこへ水の巨人が狙いを定めて腕を振り上げた。

 

「スパイダーマンってバレないようにできない!?」

『偽装モード起動』

 

 ネックレスと腕時計が解け体をナノテクアーマーが覆っていく。しかしその見た目はスパイダーマンを黒く染めたような感じで少し厳つい。背のアームも四本から二本に統合し太く長くなっている。

 三人に襲いかかる巨人の反対側の建物にウェブを接着。それを引く力とアーム、そしてピーター自身の脚力で足場を粉砕しながら全力跳躍。振り下ろそうとしていた巨人にピーター砲弾が直撃し上半身が木っ端微塵に吹っ飛び砕ける。

 

「あれ何!?」

「知らない」

「ととととにかく逃げようベイビー! 君の安全が第一だ!」

 

 水飛沫を三人がおっかぶりつつ岸へ到達。三人が離れていくのを見てピーターは安心したように頷いた。

 しかし上体を吹き飛ばされたのにも関わらず水が集って再度体が構成される。水飛沫を上げながら巨人が咆哮した。

 水のパンチを回避し橋の上に立つ。

 

「よくわからないけど、やるっきゃないでしょ僕の夏休みのために!」

 

 ウェブでの拘束は水ゆえに効かない。ピーターは周囲を飛び回り物理攻撃を加えていくが効果がないようだ。

 そこへ緑色の光線が飛び巨人に直撃した。

 

『飛行物体接近』

 

 そこに足から緑色の炎を吹き出しながら現れたのは頭に金魚鉢を乗せたような人物だった。その手から放たれるビームが直撃すれば水の巨人が怯む。

 

『そこの君! 運河からそいつを引き離すのを手伝ってくれ! 水の元素が傍にある限りそのエレメンタルズは不死身だ!』

「わかった!」

 

 金魚鉢マンがビームを放ち気を引き巨人を運河から引き離す。丁度ヴェネチア博物館前の広場が空いている。

 

「何だあいつら!?」

「わからないが……水の化物をやっつけようとしてる!」

 

 そこに到達し金魚鉢マンが全力でビームを放つ。だが水圧の暴力に押し負けそうになった所をピーターが再び砲弾となって水を弾き飛ばす。体を再構成しようとする所に金魚鉢マンが全力でビームを放ち、水の巨人が爆散した。

 水飛沫が収まり降り立った金魚鉢マンとピーターに周囲の人々から喝采が贈られる。金魚鉢マンが手を差し出し二人が握手をするとその歓声はよりと大きなものとなった。

 

『ありがとう()()()()()()()

「えちょっと!?」

 

 そう言って空へ飛んで行く金魚鉢を見送り、ピーターもウェブで移動し姿を隠し、偽装アイアン・スパイダーを解除して皆と合流した。

 自分のヒーロー名を偽装していたにもかかわらず言い当てた金魚鉢マンに、ピーターはなんとも言えない不安を感じずにはいられなかった。

 



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ホテルにて

コメント評価誠にありがとうございます


 夜になりホテルで皆と寛いでいると、テレビが昼間のニュースを届ける。イタリア語の謎の人物という言葉を聞き違えてフラッシュが"ミステリオ"と呼んだ名前が広まっていく。あと一緒に戦ったピーターは"インセクト"とか勝手にネーミングされフラッシュにスパイダーマンのパクリ呼ばわりされた。

 夕食を食べて一息つきピーターはネッドと共に部屋に戻った。

 

「水の怪物をどう倒すんだ?」

「もう死んだみたいだけど、そうだでも何かあれば……ミステリオが元素って言ってた。水に効きそうな攻撃って何だろ?」

「それは……草とか電気とか?」

「いいね名案。あれがまた出たら発電所とか変電所に連れ込んで電気で痺れさせよう。僕たちの夏休みを邪魔するって言うならあの怪物を倒してMJとのデートを勝ち取る」

「雷神ソーとかいればなぁ」

「それは言ったらおしまいだよ。僕はバトンを渡されたんだいつまでも頼ってちゃ……」

 

 ピータームズムズが発動し横を見るとなんとフューリーがソファに腰掛けている。

 

「あっネッド待っ」

「んどうしたピーター幽霊でもいた? ヴェネチアンゴーストォ

 

 ネッドが続いて入ってくるのを止めようとして入ってきたネッドの首に麻酔がぶち込まれ倒れるのをピーターが抱き止める。

 

「ちょっと! 流石にやることがダメじゃないですか!?」

「君と連絡を取るのが難しくてな。心配ない弱い麻酔だ」

 

 ネッドを優しく横にして上から毛布をかけてやる。

 

「嬉しいよ、ようやく君に会えて。スタークを通して間接的には会っているが、直接会うのは初めてだ。初めまして? スパイダーマン」

「え、あー初めまして。ニック・フューリー」

「なんたる僥倖。君をここに呼ぶつもりだったが、君に避けられていた。スタークにお願いしてみてもはぐらかされる始末でね。だが君はきた。求めていた場所へ。良き偶然だ」

「……本当に偶然ですか?」

「以前は全てを把握していた。だが五年が経ち戻ってきて、何もわからない。情報も、チームもない。高校生のガキには電話をスルーされ知り合いにはそれを庇われる始末だ。……分かっている事を話そう」

 

 そうして機械をテーブルに置くとそこから地球の映像が投影される。

 

「事の始まりは一週間前。メキシコのとある町がサイクロンで破壊された。そのサイクロンには顔があったらしい。その三日後に、モロッコで似たようなことが起きた。村が破壊され」

 

 そこで扉が叩かれる。開けっぱなしの扉の先にいたのは先生だ。フューリーが中に入って来た瞬間麻酔を打つ気満々の構えを見せてピーターが誤魔化し、ネッドが寝ているのを見て安心して帰っていった。ピーターはドアを閉めた。

 

「……村の破壊は、世界の新たな脅威が」

「ベイビー起きてる? メールしても返事がないけれど」

「あぁ! ネッドならもう寝てるよ!」

「そうなの? 本当ね、ゆっくりお休み、ベイビー」

「……あー今のはそこで寝てるネッドの彼女です、すいません」

 

 次はベティの襲来をなんとか誤魔化す。

 

「世界の脅威が」

「ピーター、先生が運河の水は危なかったって、ネッドは大丈夫?」

「うん大丈夫! 気持ちよく寝てるから! 何かあったら知らせるよ!」

「わかった」

「……今のはテリア、クラスの不思議ちゃんです」

「……テリア、ね。次に誰か来たら葬式をしないといけないな。スーツを着ろ」

 

 そう言われアイアン・スパイダーを身に纏うとヴェネチアをピーターはフューリーと共に移動する。

 ボートで移動した先はヴェネチアの地下。そこでフューリーからマリア・ヒル、ディミトリを紹介される。

 そして最後に立っていた人物、紹介ではミスター・ベックと呼ばれた男に思わずピーターはつぶやいてしまう。

 

「ミステリオ……!」

「何?」

「あ、いやクラスメイトが貴方の事をそう呼んでて」

「そうか。クエンティンと呼んでくれ。今と少し姿が違うが……実に冷静な対処だった。君の助けが無ければ負けていたかもしれない」

 

 ピーターとベックが握手を交わす。フューリーの関係者だからスパイダーマンを知っていたのかと安心した。

 

「……僕の世界にも君がいればな」

「ありがと……僕の世界?」

「ああ、彼は別の宇宙(アース)から来たんだ」

多元宇宙(マルチバース)だよ。ここはアース616、僕はアース2035から来た」

「なら多元宇宙は存在するんだ! 理論だけだと思ってた。初期特異点の解釈も変わっちゃうし永久インフィレーションに関わるし量子揺らぎにもどう影響するわけ!? めっちゃすご……すいませんテンション上がっちゃって」

 

 マリアとディミトリがこっちを見ている事に気付いて少し恥ずかしそうにピーターはした。

 

「謝るな、人より賢いだけだ」

「……本題へ」

 

 ホログラフィックは当然フューリーが持っていた携帯用のものよりはるかに高精度だ。それが次々に、ベックの説明に合わせ映像を流していく。

 

「奴らはブラックホールの事象の特異点近傍で剥離した元素が集合し生まれた存在、科学局は学名をつけていたが、我々はエレメンタルズと呼んでいる。火、水、風、土、この四元素だ」

「似たものは各地の神話に」

「マイティ・ソーも、神話の存在だったけど今は物理の授業で話されるようになったよ」

「奴らは僕らの世界に現れ、戦った。だが戦うたび強くなった。僕は奴らと戦う最後の部隊に配属されたが……抵抗虚しく、大切なものを奪われた」

 

 ベックが歯を食いしばる。ピーターにはその怒りが本物だと感覚で理解できた。

 映像の地球が火に包まれ崩壊していく。

 

「そのエレメンタルズがこの世界に来たわけ彼の世界と同じ座標に出現している」

「すでに風、土、そして君たちの協力で水も倒された。残るは火のみだ」

「僕達の世界を滅ぼした元凶。最も強い」

 

 ベックが薬指の指輪を無意識に触っている。ピーターはそれを見て目を伏せた。

 

「約四十八時間後にパリに現れる」

「……僕だけで良いんですか?」

「何?」

「貴方ならペーペーの僕だけじゃなく誰か仲間を呼んで万全を期するんじゃないんですか?」

「……君は託されたろう。私は年甲斐もなくロマンチストでね、君に託した男を信じた。そして君は事情を聞いた今、自分で戦う事を前提に増援を呼ぼうと考えている。君が逃げ出そうと言うならばそのつもりだったが……合格だ。高校生のガキなんて呼んで悪かったな」

 

 フューリーが初めてピーターに微笑みを見せた。ピーターの内でトニーの言葉が蘇る。

 

「託された……ならやってやります僕達の世界を壊させやしない!」

「いい目だ。君ならきっと大丈夫、この世界を救える」

 

 ベックがピーターの肩をポンと叩いた。

 

「一つだけお願いがあります。僕たちの旅行、これからパリに行くんです、どうにか安全を守ってはもらえませんか?」

「任せておけ、ヒーローが安心して戦えるようにするのも仕事の一環だ。ディミトリ 、表まで送ってやれ」

 

 その発言をマリアがなんとも言えない目で見ていた。ディミトリに連れられピーターは秘密基地を後にホテルに戻った。

 そうして翌日、ホテルから出て来たピーター達を先生が嬉しそうに案内を始める。

 

「聞いてくれ、ホテルのことできつく言ったら旅行会社がアップグレードしてくれた。いやぁ聞かせてあげたかった担当者の泣く声を」

「ネッド、昨日は……」

「いいとも謝るなよ。ニック・フューリーに麻酔銃で撃たれるなんて滅多にない体験だぜ?」

「それよりフューリーにお願いして僕が戦う間みんなの安全を守ってもらうから行く場所変更になるかも……そしたら僕ヴェネチア運河腹痛でみんなと別れるから……」

「おいMJとのプランはどうするんだ?」

「また破綻した……」

 

 ピーターがげんなりした顔をする。決意は揺るがないがそれはそれとして悲しい。しょんぼりしたままバスに辿り着く。なんかバスがゴツい。見た目ではわからないがロケットランチャーにも耐えるVIP用のバスだ。そこで昨日会ったディミトリがウェルカムとボードを持って待っていた。

 

「さあいざゆかん花の都パリへ! ホテルもパワーアップだ楽しみにしてなさい!」

「えっ」

 

 先生の言葉でピーターが顔を上げる。旅行自体は壊さないフューリーの粋な計らいであった。

 

「なあピーター、パリが危険なんだよな?」

「え、うん」

「頼むぞピーター俺達を守ってくれ!」

「それは絶対、そのつもりだよ……!」

 

 ピーターの目線はテリアと談笑するMJに向けられ、MJがピーターの方を見てサッと目を逸らしてしまった。

 

「そう言えばテリアの腰に巻いてるパーカー、確か限定生産のヒーローレプリカパーカーシリーズだぜ? 意外とテリアもスーパーヒーロー好きなのかも?」

「それ本当かネッド」

「うわっフラッシュ」

「俺もスパイダーマンの限定品持ってるんだ。意外と話が合うかもしれねえ」

 

 そうしてバスに乗りながらテリアにフラッシュが突撃していき、空いたMJのとなりの席にピーターは滑り込んだ。悔しそうにするブラッドを尻目にピーターは小さくガッツポーズをした。



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花の都

「マジかその情報すごい通な奴しか知らないやつ!」

「そうなの?」

「なのにスパイダーマンにあまり詳しくないんだな」

「あまり知らなくて」

「なら話してやろう」

 

 テリアとフラッシュが楽しそうに喋っているが内容はヒーローファンの会話だ。どうやらテリアはアベンジャーズファン、それも最初の七人が好きなようでコアなファンしか知らないような話もスラスラと出てくる。逆にフラッシュはスパイダーマンの話をしまくる。テリアはフラッシュの話すワシントンでの出来事なんかを楽しそうに聞いていた。

 男女の色気はゼロである。

 テリアの巻いていたパーカーを見せてもらいフラッシュはご満悦だ。初めの七人パーカーは人気度が高く、特にブラックロックシューター のモノは本人が着ているものの再現なのでよりプレミア度が高く倍率も上だった。

 

「おおー再現度高いなやっぱりって、あれ、これ通し番号入ってないけど限定レプリカパーカーじゃないの?」

 

 限定レプリカ品は左袖の中抜きの星の中に通し番号が書かれているが、それがない。

 

「うん、レプリカじゃなくて作ってもらった」

 

 そう聞いてフラッシュが震え出す、

 

「す……すげえ! すげえよ手作りでこの再現度! 今度ぜひ俺にも紹介してくれ!」

「いいよ」

 

 フラッシュが想定していたのは手先の器用なヒーローオタクであるが、後日マジで紹介された人物にフラッシュは内臓を全部吐き出しそうな勢いで驚愕絶叫する羽目になる。

 

「昨日は言えなかったけど、エッフェル塔登らない?」

「あれは人を洗脳する電波を出して操ってるんだって、最高じゃない?」

「そうだね最高」

 

 その頃ピーターとMJはいい感じで物騒な会話をしていた。話題がブラックである。ブラッドが歯痒そうにそれを見ているが、ピーターがフェアにテリア切り離しをしたのを思い出すとあまり卑怯な手に打って出るのはブラッドの男としての矜持が許さない。一人ブラッドは悶々としていた。

 そうしてネッドとベティはイチャイチャしていた。

 花の都パリではハルクとブラックウィドウのミューラルアートが多く存在していた。ハルクスマッシュのアートに出迎えられ十八時間の旅路を終えて豪華なホテルに着いた一行は豪華なホテルに驚きつつ翌日に備えて眠りにつく。

 

「さあみんな! 今日こそはだ! 三時にみんなルーブル美術館前に集合だ!」

「夜にはなんとオペラだぞ!」

「「オペラ!?」」

「しかも本場も本場、本物のオペラ座でオペラだ!」

 

 ネッドがピーターを見る。時間を確認すれば炎のエレメンタル襲撃時間と一致している。仲間の安全の為の措置だ。

 

「みんなドレスコードをしっかりな! タダで借りられるからカタログをよく見ておくといい」

 

 そこでピータームズムズが反応する。ピーターの背後からブラッドが今ピーターの正面にいるMJに向かっている。ピーターは反射的にMJに近づく。

 

MJ! ぜひ僕と"二人きりで"エッフェル塔へ登ってくれませんか!!

 

 声が緊張で震えながらも言い切った。あえて皆に聞こえるように。バスで了承してくれているとはいえまるで天に祈るように目を瞑り返事を待つ。

 

「いいよ行こうか。頭にアルミホイル巻いてね」

 

 MJが微笑んでピーターの手を取る。クラスの皆が指笛を吹いたり拍手したりでテンション爆上げだ。手を取ったMJとピーターが駆け出していく。

 

「やりやがった! やりやがったぞあいつ!」

 

 フラッシュがハンカチを持って振る。

 ブラッドは一人悔しそうに、だがピーターの勇気ある行動に賞賛するようにピーターに聞こえないよう小さく小さく、その背に向け拍手をした。

 ピーターとMJは当日券を買うと、MJを抱えて階段を凄い勢いで上っていく。男子としての力強さアピールである。登っていくエレベーターを追い越す勢いで、それでいてMJには負担をかけないような細やかな登り方だった。

 そうして第二展望台に到着したピーターとMJは即座にエレベーターに乗り第三展望台へ。

 そんな事をやっているエッフェル塔だがこの塔も五年の間に倒壊の危機があった。ペンキ職人の多くがデジメーションで消えメンテナンスの為のペンキ塗りが滞ってしまったのだ。残った職人達が大慌てで育成をしながらギリギリの維持を続けていたところに皆が復活し事なきを得たのだ。これは日本の東京タワーにも似たような事態が起きていた。

 第三展望台の人の少ないところへ行き、ピーターは唾を飲んだ。

 

「え、え、え、MJ、きょ、今日僕言いたいことがあるんだ」

 

 ガサゴソと鞄から大切にしまわれていた箱を取り出す。

 

「まずはこれ、受け取って」

 

 開かれた箱にはヴェネチアングラスで作られたブラックダリアのネックレス。

 空気を読んだ観光客は距離を置いて離れていく。

 

「ブラックダリア……!」

「そう」

「「殺人の花」」

 

 ピーターとMJが顔を見合わせる。

 

「MJ、僕の気持ちを伝えたい……君のことが、好きだ。時折合う君との目線に、僕は射抜かれたんだ」

「……いや」

「え゛っ」

 

 ピーターが膝から崩れ落ちそうになるのを慌ててMJが支えて否定する。

 

「あっ違うのそうじゃなくて! 私、人と仲良くなるのが得意じゃなくて、今ね嘘つきそうになった」

「……なんて嘘?」

 

 持ち直したピーターが問う。

 

「貴方をスパイダーマンだと疑って貴方のこと見てたって」

「え゛っ」

 

 ピーターは今度こそ膝から崩れ落ちた。

 

いや僕スパイダーマンじゃないよ

「うん。あなたがスパイダーマンかは今はいい」

 

 崩れ落ちたピーターの額にかすかに柔らかい感触がして、ピーターは顔を上げた。

 

「え? 今キスした?」

「ほら立って。女から男への額のキスは母性を意味するらしいけれど、今のは違う。わかるでしょ?」

 

 ピーターが立ち上がりMJと見つめ合う。

 

「はい」

「私も貴方のこと好きよ」

 

 そうして今度は唇と唇が触れ合った。ピーターは茹で上がって顔が真っ赤。ファイナルプラン大成功である。

 

「僕も、僕も大好きです!」

 

 ピーターがMJを抱きしめくるくるとその場で回る。警備員さんも若者の熱い青春にあえて注意せずただ深く頷き、周囲の人々と共に祝福の拍手をした。

 

「それでピーター、私たち恋人になったんだけれど。恋人に嘘はつかないわよね」

「えっうん」

「貴方スパイダーマンでしょ」

え、あはい僕がスパイダーマンです……

 

 祝福してくれる周りの人々の拍手に紛れ、MJにピーターはスパイダーマンの秘密を明かした。その後花の都パリを観光し、三時にルーヴル美術館前に手を繋いで現れた二人にネッドとベティは温かい祝福をした。

 日が暮れ、夜のオペラに向け皆がスーツやドレスを借りる。場は本場というだけあり結構混み合っていた。

 

「それ似合ってる」

「あ、ありがとうMJ……でもごめん」

 

 シンプルなスーツに身を包んだピーターは白を基調としたシンプルなフレアドレスを纏ったMJにドキドキである。だからこそピーターは悲しそうな顔をして謝った。

 

「もしかして何かあるの?」

「うん……パリで世界を賭けた戦いが、皆には安全の為にここに来てもらってるんだ。僕絶対に勝つから安心してオペラを楽しんでほしい」

「ギロチン台に立つマリーアントワネットの数百倍ここは安全だから気にしないで。親愛なる隣人さん」

「うん、行ってきます」

 

 MJと別れをかわしてネッドに目線で会釈をしピーターは席にはつかず立ち去ろうとするのを出入り口ですれ違いそうになったブラッドに止められる。

 

「おいふざけるなよ? 俺が身を引いたのになんのつもりだ彼女に一人オペラ観させるつもりか? ぶん殴ってでも連れ戻すぞ」

「ごめんブラッド、後で百万発殴られても構わない、MJを頼むよ」

 

 肩を掴まれ懇願するようなピーターの表情にブラッドが動揺する。掴まれた肩を振り払うと襟をただして目を細めた。ニヒルに笑みを浮かべる。

 

「早く戻ってこないと俺がまたアタックするぞ。人の心は変わる。そうだろう?」

「すぐ戻るよ!」

 

 ピーターの背を見送ったブラッドはMJの隣に座る。男と男の約束をしてしまいMJの方をチラリと見てため息を吐いた。

 

「ねえネッド、テリアがいないわ? ピーターも」

「え、ああうんそうだね」

「探してあげないと可哀想よ、道に迷ってるのかも」

 

 テリアの借りるドレスを選んであげたのはベティである。折角の格好なのに見れないのは悲しい。

 

「えっ……あっちょっま待って!」

 

 ベティとネッドが席をたったのを見て、MJは不味いと思い二人の跡をつける。男の約束をしたブラッドもまたMJを追うようにオペラ座を後にした。



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火のエレメンタルズ

感想ありがとうございます。励みになっています。


 昼間登ったエッフェル塔の今度は外側にピーターはアイアン・スパイダー(インセクトモード)で張り付き美しい夜景に目を細める。MJとこの景色を見たかった。

 先程までの作戦会議の様子を思い出す。

 

「火のエレメンタルズは金属を吸収し強大化する特性があった。僕の世界では座標からするとシャンドマルス公園付近から出現、対応が間に合わず……こちらではエッフェル塔だったか? あれに似た鉄塔に取り付かれた。約一万トンの鉄を吸収した奴はその場で地殻を貫きマグマからエネルギーを吸収、僕たちの世界の終焉だ」

「つまりエッフェル塔に近づけさせない事が第一だ」

「交渉中ですがフランス政府は懐疑的で避難の必要はないと」

「困った連中だ。五年間消えていたツケだな」

「僕の仲間は大丈夫かな」

「心配するな。世間一般には知られていないがあそこは非常時には核シェルターに使えるほどの性能がある。まぁ、我々が負ければシェルターもへったくれもないがな。だがそれは無いと私は確信している」

「ベックさんと」

「ミステリオでいい」

 

 ピーターがベックの方をみて笑顔を見せた。

 

「ミステリオと僕なら負けないってことですか」

「ああ、そうだとも」

 

 フューリーが頷いた。

 

「僕がエッフェル塔から全体を監視します、ミステリオはそれに合わせて遊撃、これでいいですか?」

「ああ構わない」

「幸運を祈っているぞ。二人とも」

 

 そうしてピーターは今エッフェル塔で周囲を警戒している。そこへミステリオ、ベックがやってきた。

 

「やあスパイダーマン」

「ミステリオ、どうしたんです?」

「君とは話しておきたくてね。君の直向きな姿にがこう……眩しくて」

 

 金魚鉢が外れ現れた顔には影がさしていた。

 

「僕も、まだまだ未熟だけど僕の手にはみんなから託されたバトンがあるんです」

「敬語はいい、僕たちは対等、むしろ君が先輩だ敬語を使うなら僕が使うべきだしね」

「ありがとう、その重荷に少し苦しんだ事もあるけど、バトンを渡した人たちが言うんだ。投げ出してもいいって、そんな優しい人達の期待なら応えたい」

「アベンジャーズ、か。僕には遠い話だ」

「いいえ違います、あなたもアベンジャーズだ。受け売りだけど"立ち向かう心、戦う意志があるなら誰でもアベンジャーズ"だって」

 

 ピーターが手を差し出す。

 

「ようこそ、アベンジャーズへ」

「……僕は抜け殻だ。何も成せていない」

「関係ない、僕たちの世界の為戦ってくれる」

「……」

 

 差し出されたピーターの手をベックは取らない。それを無理やりピーターが掴んだ。

 

「僕たちなら世界を守れる、大丈夫! なんとかなるってだって僕たちのアベンジャーズだから!」

「ああ、そうだな、僕たちアベンジャーズだ。だがあまり人を簡単に信用するものじゃ無いぞ」

「僕の感覚が貴方は信じられるって告げてるんです。それに怪しい人は自分を信用するな、なんて言わないよ」

 

 ピータームズムズと言うと台無しなので誤魔化した。

 

「さしずめ蜘蛛の超感覚(スパイダーセンス)って所か」

「わっそれいい!」

「えっ」

「今度からそう呼びます! スパイダーセンス! おばさんのアレだと言いづらくって!」

「そ、そうかそれは良かった。もうすぐ時間だ持ち場に僕は戻るよ」

 

 飛んでいくベックを見ながらピーターはベックの着ているスーツは彼らの世界におけるアイアンマンスーツみたいなものだろうかと少し考察していた。

 一方その頃地上。

 

「見つけた! テリアもうすぐオペラよ」

「ベティにネッド? どうしてここに?」

「もう、それはこっちのセリフどうしてこんな所に?」

「……散歩してただけだよ」

「嘘言いなさい、声でわかるわよ道に迷ってたんでしょ、ふらふらどこか行くのはいつものお決まりだけれど」

「さ、散歩してただけだよ」

 

 どう聞いても嘘くさい。テリアは嘘が下手くそである。

 

「まぁいいじゃない、こうして見つかったんだ、さあ戻ろうベイビー」

「ええそうね戻りましょうベイビー、もう始まっちゃってるかしら」

 

 テリアがどっか行かないよう手を繋いで戻っている最中、突如周囲の電灯が停電を起こす。

 

「何?」

 

 電灯が赤く灼熱し融けだす。そうして液体となった鉄は人の姿を形作り咆哮を上げた。ベティとネッドが悲鳴を上げ、テリアが二人の背を押して逃げる。

 

「出た!」

『予想地点と違うな、向こうも都合よくとはいかなかったようだ』

 

 エッフェル塔付近、もしくはエッフェル塔直下に直接出現することを警戒していた二人は出現したエレメンタルズへ向け急行する。

 それでも凱旋門付近に出現したフレイム・エレメンタルは暴れながら付近の乗用車を爆発させながら取り込み巨大化していく。

 

『させるか!』

 

 ミステリオのビームが直撃しエレメンタルズにダメージが入る。解け落ちた腕がそのまま足から融合し再び腕として再構成され、振るわれた拳から放たれた火炎弾がミステリオを直撃して吹っ飛びビルに叩きつけられる。

 

「大丈夫だベイビー、ミステリオが来てくれた隠れてれば安心だよ」

「ねえちょっと、テリアは!?」

「あれ!?」

 

 ベティとネッドは屋内に避難したがテリアがいない。外に探しに行こうにも外は危険だ。二人はテリアの無事を祈るしかなかった。

 そうして二人と別れたテリアは暴れ回るエレメンタルズを建物の上から見据える。無秩序に金属を得て破壊を繰り返しているようで、徐々にエッフェル塔へ向けて進軍を続けていた。

 テリアが眼鏡を外し踏み出そうとした時、通信が入り止まる。

 

「何? ……それは必要なこと? ううん、疑ってない。わかった」

 

 通信を終えたテリアは頬をパチンと叩いてビルから飛び降りた。

 

「んん?」

 

 一瞬スパイダーセンスにすごい気配が引っかかったのだがそれがすぐさま消失してピーターは首を傾げた。だが今はそれを気にしている場合では無い。果敢に攻撃し弾き飛ばされたベックをウェブで作ったネットで受け止めその反動を利用してベックが再び突撃、攻撃を続ける。

 やはりベックの攻撃はエレメンタルズに特効があるようだが、崩れた端から路上の車を吸収している為キリがない。幸にもドライバー達は異常事態に車を乗り捨てて逃げていた。

 夜間とはいえ凱旋門付近の交通量は多く、救いなのは熱し、融かして取り込むプロセスを取るため水のエレメンタルズに比べ再生自体は遅いことだ。

『推定温度1800度。アイアン・スパイダーの耐熱範囲ですが触れれば中のあなたが蒸し焼きになりますよ』

「君は援護を!」

 

 ピーターの得意分野はウェブを用いた拘束攻撃だ。あまりの熱にウェブが焼き切られてしまい叩き付ける物が金属製ではエレメンタルズの餌になってしまう。

 

「うおおおおおお!!」

 

 全力で放たれるビームとエレメンタルズが拮抗する。

 ピーターが援護の為消火栓へインセクト・アームの一方を突き刺す。変形し内側に管を形成、反対のアームから放水機のように吐き出す。

 かけられた水はすぐさま蒸発するが、エレメンタルズが怯んだ。そこをベックがビームの出力を上げ追い詰める。するとエレメンタルズはビームを受けながらも逃げ出す。

 

「逃すか!」

「っ! 待ってミステリオ!」

 

 追撃を仕掛けるベックの先、エレメンタルズがタンクローリーを蹴り上げた。満載されたガソリンに引火し大爆発が起き、吹き上がる爆炎が生き物のように蠢き圧縮されエレメンタルズに宿る。業火を纏い熱量を上げたエレメンタルズはエッフェル塔へ向け邁進する。そこでスパイダーセンスが働いた。進む先に人が二人いる。

 ウェブシューターで急接近すればブラッドがMJを庇うように車の影に隠れようとしていた。ネッド達を追いかけていてこの状況に遭遇してしまったのだ。

 

「なんで!? 二人が!?」

 

 二人を抱き抱えエレメンタルズの進路から退避する。

 

「い、インセクト……」

 

 状況はわからないがブラッドはMJを守ろうとしてくれていた。ピーターはブラッドに言葉は出さずサムズアップをして礼をし、すぐさまエレメンタルズのもとへ戻る。

 

「くそ! くそおおおお!」

 

 ベックのビームも身を削るが道端の車を即座に吸収、融解速度が格段に増し削られるより吸収ペースの方が早く意に介した様子もない。

 

「フューリー! 聞こえる!?」

『聞こえている』

「エレメンタルズはエッフェル塔に向かってる、そこの前に橋があるでしょ!」

『イエナ橋か』

「そこの上の人の避難とありったけ爆薬をしかけて!」

『……わかった』

「ミステリオ! 一旦攻撃をやめて!」

「しかし!」

「お願い僕を信じて!」

「……!」

 

 ベックが攻撃をやめて離脱する。そうして進撃するエレメンタルズにピーターはウェブで貼り付けた車を次々と投擲、融合しどんどんとエレメンタルズが巨大化する。

 

「スパイダーマン何を!?」

「大丈夫! 橋の方で待機してて!」

 

 ある程度大きくなったエレメンタルズを追い越しピーターも橋へ先回りする。

 

「フューリーこれ使わせてもらうからね!」

『防弾仕様の特別車だが……まあ世界に比べれば安いものだ』

 

 橋のエッフェル塔側に最終防衛線を築いたフューリー達の車三台をウェブで雁字搦めにくっつけて塊にする。

 

『発煙筒が見えるか、アレの位置が爆薬の設置地点だ』

 

 橋の中腹で煙が立っている。その先では巨大化し迫りくるエレメンタルズの迫力は凄まじい。アレがエッフェル塔を飲み込めば世界が滅ぶというのも頷ける。

 

「念のため待機を。何、救護活動中? 確かに信じろとは言ったが」

 

 小声で通信するフューリーにマリアが肩を竦めた。

 

「ミステリオ! 僕の攻撃に合わせて!」

 

 迫るエレメンタルズを見据え橋の上でピーターがウェブを車塊に繋げてその場で回転を始める。ハンマーなげの準備動作に近いがあまりの重量にアームの補助が無ければピーターが振り回されてしまうだろう。

 そして最高速度に達したピーターが車塊を投げた。その先にいるエレメンタルズは回避不能だ。橋の上に到達し両端は既に川。体が大きすぎてしゃがむこともできない。大質量同士の衝突、エレメンタルズが怯むが衝突した車塊を取り込もうとする。

 

「ミステリオ!」

「任せろ!」

 

 そこへベックの突撃。融解に向けられていたエネルギーがベックの方を向き特殊仕様車は通常の車両に比べ融けにくいのを利用しそこにウェブを接着、ピーターがあらん限りの力でそれを引っ張った。

 融合しかけていた車塊が無理矢理引き剥がされ体勢が崩れる。そしてその場の下では発煙筒が輝いている。

 

「今だ!!」

「やれ!」

 

 ピーターの合図に合わせ爆薬が爆発。下の桁が破砕されるがそれだけでは橋は崩落しない。ここでピーターがわざわざエレメンタルズを肥大化させた意味が出た。体制を崩し尻餅をついた瞬間桁が破壊され崩れかけた橋の剛性が完全に破綻、そのままエレメンタルズは川に叩き落とされ水蒸気爆発が発生する。沸騰する川にしかしマグマからエネルギーを得ていないエレメンタルズの熱量は川の水量に比べれば些細なものだ。

 

「うわあ!」

 

 確認の為崩れた橋の脇に立ったピーターに向け水面から手が飛び出す。それをベックが飛来し庇うが、すんでのところでエレメンタルズは固まり、醜悪な金属の像に変化した。

 

「終わりだ」

 

 ベックがそれへビームを放ち砕き、全てが水没していく。

 

「やった!」

 

 ピーターが大喜びする。降りてきたベックがピーターが差し出した手を握った。火のエレメンタルズとの戦いはここに終結したのだ。

 



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ラスト・オーダー

コメント評価お気に入りありがとうございます


「ああよかった無事だったのねテリア!」

「二人も無事でよかった」

 

 消防隊やら警察やらが後始末をする中ベティとネッド、テリアが再会する。建物の中にいたネッド達は汚れていないが、テリアは煤と泥だらけだ。どうやら逃げ遅れた人を助けていたらしい。

 

「後は警察の人に任せて私たちは戻りましょう」

「やあ……」

「ブラッドにMJ!? どうしたの!?」

「二人が抜け出したから何かあったのかと思ってついてきてたんだよ」

「それを見て俺もMJについて行ってたわけ」

「テリア、抜け出しちゃダメよ」

「うう……ごめんなさい」

「いいじゃないか、道に迷うのは仕方ないことだよ」

 

 テリアは仕方ないとはいえ自分が抜け出したからみんなが巻き込まれてしまったと反省していた。比較的近隣で出現した為オペラの方も中断となりホテルに戻った頃には旅行の中止が宣告されてしまった。

 その頃煤まみれ泥だらけのテリアはベティに連れられホテル備え付けの大浴場に貸切状態で入っていた。

 

「インセクトはいい奴だヨーロッパの守護神! 俺たちを助けてくれた! あの背中から生える腕もマッシブで素晴らしい」

「あんなのスパイダーマンのパクリだろ」

「なんだと!?」

「やんのか!」

 

 向こうではブラッドがインセクトの素晴らしさを語りフラッシュがそれを聞いてスパイダーマンのパクリとキレ、ブラッドがそれに対して更にキレていた。

 

「やあみんな、旅行は災難続きで悪いが中止する事になった、明日、ロンドンの空港からアメリカに戻るよ。フランスの空港は危険だから離着陸はできないそうだ」

「中止ですか!?」

「ああそうだピーター、皆と残念かもしれないが、堪えてくれ」

 

 先生が各部屋を周り事情を説明していく。

 パリ近辺の空港はまだエレメンタルズの危険があるかもとのことで封鎖になってしまい一度ロンドンの空港まで海路を通る必要があるとのことだ。

 

「MJゴメン……旅行中止になっちゃった」

「いいよ、こっちこそオペラから出てきちゃった」

『ピーター、聞こえるか?』

「あっはい!」

「誰?」

「僕の知り合い」

「そう、なら私は外れたほうがいいね、じゃあまたね。おやすみ」

「うんおやすみ! ベックさんどうしたの?」

『通信で話すのはなんだ、外で会わないか?』

「いいよ待ってて!」

 

 外に飛び出して屋根の上に上がれば、ベックがやってきて隣に降り立つ。

 

「終わったね……」

「ああ、終わった」

 

 とあるバーにやってきたピーターは先に座っていたベックの隣に座る。

 

「ありがとう、全部終わった。君のおかげだ」

「そんな、ミステリオが居ないとどうしようもなかった」

「買い被りだ」

「それで、話って?」

 

 ピーターが出された飲み物を飲む。

 

「ああ、君は僕をアベンジャーズに、と言っていただろう?」

「ええ、今もそのつもりです」

「明日の予定は?」

「ロンドンから飛行機でアメリカに戻る予定」

「なら明日でないといけないな……すまないがベルリンに来てほしい。その上で僕をアベンジャーズに入れるかどうか、君の判断で決めてくれ」

「……わかった」

 

 ピーターは何か違和感を感じつつもベックの言う通り明日皆と別れてベルリンへ向かう事にした。エレメンタルズは全て倒され安全が確保された以上仲間達に危険はない。ベックの事情がベルリンにあるならば行くしかないだろう。

 

「じゃあ明日ベルリンで!」

「ああおやすみ」

『スパイダーマン、アイアンスパイダーのバッテリーが枯渇寸前です。今日だけでいいので充電を忘れないでくださいね』

「えっわかった。……充電器持ってきてない」

『変形しますのでコンセントに挿しておいてください』

 

 ピーターはそんな事を話しながら店を後にする。ピーターが完全にさった後、ベックは目を瞑り首を小さく振った。

 

「……行き先は聞き出せた。明日はロンドン、スパイダーマンも引き離せた」

「それはよろしい」

 

 壁の一部が解けるように消える。そこにあったのはドローンの投影器だ。しかしそれは地球外の意匠を備えていた。それが店の外部に移動して店の内部を無人のように偽装する。

 

「予定は決まった。だがその前に……四度、私の手を煩わせておきながら失敗した罰を与えねばなるまい」

 

 そこから車椅子に座り、深くフードを被った者が現れる。電動車椅子でもないのに車椅子は勝手に動く。店の中にいた人間達は皆それに向けて跪いた。フードが捲られた先には顔面に火傷を負った宇宙人の顔があった。ピーターが見たなら驚いたろう。彼の時間感覚では八ヶ月ちょっと前に戦って倒した敵の顔だ。

 当時対峙したヒーロー達からはイカ頭、ハゲとひどい言われようであったが一般人からすれば恐ろしさしか感じないであろう冷淡な顔。

 エボニー・マウの姿がそこにはあった。

 八ヶ月前のアベンジャーズとの決戦で唯一生き残ったブラック・オーダー最後の一人。サノス軍を支える科学者であり謀略家であり、常軌を逸した念動力を操る優秀な戦士である。

 指を小さく動かすと、ドローンの操作を担当する。ヴィクトリアが首根っこを掴まれるように空中に浮き上がる。首を絞められ苦悶の表情を浮かべる様子に周囲の人々は冷や汗を流しながら無言で顔を伏せていた。

 

「いいや失敗じゃないさ」

「何?」

 

 苦痛にあえぐ声しかない沈黙が打ち破られた。

 ドサリと落ちたヴィクトリアが咳をしながら粗く息を吸う。そして皆の視線はベックの方へ向けられた。

 

「僕たちの元々の計画はヒーローを生み出す事だ。今回でそれが成功した。これであんたはもっと動きやすくなる。そしてロンドンで襲われたならミステリオも、スパイダーマンも居ない以上、彼女は動くしかない。確実に、今回まではその布石だ」

 

 努めて余裕を持たせた笑みを見せながらベックは両手を広げた。

 

「それにアンタの目的は結局次元の緩い場所じゃないといけない、それはロンドンなんだろう? エネルギーの伝達も楽で一石二鳥じゃないか」

「いいだろう……明日の働きには期待しているぞ猿、全てはサノスの意思を継ぎ、この世界を死を与え救わんが為」

 

 車椅子が去っていく。

 

「大丈夫か?」

「ごめんなさい、ありがとう」

 

 ベックがヴィクトリアを助け起こす。ドローン投影機による外装の偽装が解けたベックは、チタウリの意匠に近いパワードスーツを身にまとっていた。

 彼らは元々はトニー・スタークに恨みを持つ集団としてスタートした。恨みを起点としながらも彼らは強かでトニー・スタークに直接挑むでもなく技術を磨く事に注力し、いつしか家族と呼べる程に親しくなっていた。だが五年前、彼らの半数は消えた。失意をトニーへの憎悪に変換し五年を雌伏の時を過ごしていた彼らの家族はアベンジャーズによって蘇った。

 その時彼らは悪事から手を引く事を決定した。しかし五年を消えていた仲間はまだ五年前のフレッシュなトニーへの憎悪を失っていない、そこでズレが起きた。とある男を新たな仲間として引き込んでしまったのだ。

 それがエボニー・マウ。強力な念動力を操る宇宙人。暴力を以ってベックを引き摺り下ろしエボニーはすぐさま集団の頂点についた。そこからはただの恐怖政治だ。誰もが死を恐れ逆らうことはできない。そして兼ねてから計画、中止されて行われなかったはずの計画が始動することとなったのだ。エボニーの念動力と投影ドローンの力が合わさればあらゆることが再現できた。

 ベックの恋人は逆らった際にエボニーに殺された。そこから彼は演じた。エボニーに従う狂人のような人格を。地球人にさして興味がないエボニーを騙すには十二分すぎる演技力だった。

 

「明日は……気をつけて」

「ああ、気をつけよう、みんなも気をつけて」

 

 ベックは思ってもない事を言った。このパワードスーツは高性能ながらエボニーの支配下にある。下手な事を言えば自爆させられてしまうような代物だ。

 皆がそれをわかっているから危険な発言はしない。

 

「……あなたもアベンジャーズ、か」

 

 明日、ベルリンにスパイダーマンを誘き出し倒す。自分をアベンジャーズに誘ってくれた少年の顔を思い出してベックは思わず苦い顔をした。



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ミステリオ

ご覧頂きありがとうございます


「じゃ、また後で」

「うんまたね」

 

 夜中、遅効性のヴェネチアの運河の細菌により腹痛を起こした事になったピーターをディミトリが車で搬送し、ピーターは問題なく一行と別れることができた。

 

「細菌というのは何日もしてから腸内で繁殖して大暴れする事もあるみたいだ。みんなもちょっとでも体調不良を感じたら言うように」

 

 先生方はディミトリの場合わせの説明に納得しているようだ。すっかり専属運転手みたいな扱いになったディミトリと共に翌朝ロンドンへ海路を進む。

 ピーターはディミトリに実際には駅に送ってもらっていた。そのままベルリン行きの始発電車に乗り眠りについた。翌朝日が登ってからベルリンに到着するとピーターは指定の場所になっていた建設途中のビルの中へと入っていく。

 

「ミステリオ! 来たよ」

「来たか、スパイダーマン」

 

 ビルの中でベックの姿を確認しピーターが手を振る。振り向いたベックの表情は無表情だ。

 

「では死ね!」

「ベック!?」

 

 突如構えをとったベックがビームを放ちピーターはそれを回避する。鉄筋コンクリートを穿つビームは確かな破壊力を持っている。

 

「どうしてベック!」

「簡単な事だ! 今までは嘘! これこそが真の目的だ!」

「そんなはずはない!」

「簡単に騙されすぎだぞスパイダーマン、トニー・スタークの後継者!」

「なんでスタークさんが!?」

 

 攻撃を避けながら会話を続ける。

 

「僕は! トニー・スタークに捨てられた者だ! ミステリオなんて虚像だ! 後継者を潰すことが僕の真の目的!」

「そんなこと嘘だ!」

『データ照合中……解雇された元スタークインダストリー社員と一致』

 

 F.R.I.D.A.Y.のデータ照合がその言葉を事実と告げてくる。

 

「全ては虚像、真実は闇の中に、今虚像が実像を成す!」

 

 ビームがピーターが隠れていた柱を砕き回避したピーターが着地する。その身にはアイアンスパイダーを纏わず、ウェブシューターだけを構成している。

 

「何故スーツを纏わない? 僕はお前を殺せる。舐めているのか!」

「着る必要なんて無いよ。あなたが付けてくれた名前だ。……スパイダーセンスだよ」

「そんなもの!」

『回避を推奨』

 

 ベックの攻撃をピーターは一切目を逸らすことなく、そしてF.R.I.D.A.Y.の警告を無視し避けなかった。

 

 ビームがピーターを貫く。ベックが驚愕の表情を浮かべ、ピーターの後ろの壁が爆発した。ピーターはウェブを後ろに向けて放つ。何もなかった空間にあったものが壁に磔にされる。多目的ドローンだ。

 放たれていたビームが歪んで消えれば、ピーターの腹部にはなんら傷はない。あれはただの映像の投影だ。

 

「な……何故」

「あなたの攻撃から害意を感じなかった。本気ならあなたはビームを実際に放てた筈だ。でも万一を考えて撃つことさえしなかった。まだあなたはアベンジャーズの仲間だ」

「…………」

 

 ピーターがさらに放ったウェブでドローン達が拘束されベックに掛けられていたホログラフィックが消失、しかし見た目を変えていただけでベックのスーツは実際に強力な殺傷力を持っている。

 だがそれをせず、ベックはピーターに負ける気だった。

 

「成る程、アベンジャーズ……僕もアベンジャーズになれたのか」

 

 ベックの頭部を覆っていた、金魚鉢と同じ大きさの円形バイザーが開かれる。その顔は微笑み、悔恨を滲ませていた。

 

「僕の負けさスパイダーマン。遺言がある、黒幕がいる。本当の狙いは君じゃない、君と旅行を共にした仲間だ」

『高エネルギー反応、自爆シーケンスと思われます』

「裏切った駒には死を、と言うことだ。さようなら、スパイダーマン」

「そんなことさせない! F.R.I.D.A.Y.!」

 

 ピーターがウェブシューターに変形していたアイアン・スパイダーをひっぺがして投擲、ベックのミステリオスーツにくっついた。それが瞬く間に全体を覆うように広がる。

 

『システムハッキング、自爆命令を解除、ミステリオスーツを掌握しました』

「さっすがF.R.I.D.A.Y.!」

『当然です』

 

 F.R.I.D.A.Y.がアイアンスパイダーをハッキング装置として利用、ベックのスーツの管制を奪取し自爆命令を取り消すと共に管制側には自爆が遂行された偽命令を送りつけた。

 

「……また、助けられてしまったなスパイダーマン」

「どう言う状況なの? 説明をしてよ!」

「僕がトニースタークを恨んでいたのは事実さ。でもそれは昔の話」

 

 伏せた目をピーターに向ける。

 

「黒幕はハゲのイカ野郎だ。八ヶ月前の戦いで生き残ったサノスの残党、奴は大量のエネルギーを求めている。それこそ多元宇宙への扉を開けるほどの」

「でもそれがどうして僕の旅行に」

「狙いはブラックロックシューターだ。奴は言っていた。空間を司る無限の力、それこそがサノスを復活させる鍵だと」

「サノスを復活…!? それにどうしてそこでブラックロックシューターが!? 彼女はニューヨークにいるは……ず……」

 

 そこでピーターは思い当たる。一人、一人だけブラックロックシューターと類似する人間がいる。そして黒幕の目的。現れた二体のエレメンタルズに始めに襲われていた人物。

 そしてベックの口から答えが齎される。

 

「君の学友、ステラ・シェパード。彼女がそのブラックロックシューターだ」

「テリアが!?」

 

 そのテリアはMJの隣、ディミトリの運転するバスの中にいた。ロンドンではストーンヘンジでの一件からブラックロックシューター関連のストリートアートが多い。テムズ川を通りタワーブリッジを通過していた。フラッシュはテムズ川をバックに一人配信中だ。

 

『ステラ、聞こえるか?』

「どうしたの?」

『ロンドンでエレメンタルズの反応が検出されている、その影響かロンドン外部との通信精度が著しく低下しベルリンに居るらしいスパイダーマンとミステリオとも通信が取れない』

 

 フューリーとマリア達が控えるビルの観測計からはテムズ川の底からエネルギー反応がでている。それは先の火のエレメンタルズの十倍以上の反応だ。

 

「わかった、気をつける」

「テリア誰と電話?」

「えっ、えーと、知り合い」

「なんか深刻そうな顔だけど」

「その」

 

 そこで衝撃波が走った。防弾仕様のバスだから無事で済んだが、大きな音と共に周囲の車のガラスが粉砕され事故が発生、バスはディミトリの運転技術でなんとか安全に停車する。

 

『これは……デカイな』

 

 フューリーのいるビルからでも目視できる。

 テムズ川から起立したそれは巨大な、あらゆるエレメントを複合したかのような姿をしていた。それぞれが互いを相克せず相乗しあい強さを増していく。

 暴風が吹き荒れバスが大きく揺れた。悲鳴が上がる。

 

『ステラすまない世界の危機だ。学校生活は一旦終了だ』

「わかってる」

「危険だ降りろ!」

 

 ディミトリが扉を開けて皆を避難させる。そんな中テリアはいつの間にか旅行カバンを持ってバスの上に立っていた。

 

「テリア危ない何やってるの!」

 

 ベティがネッドと共に避難しようとしてそれに気付き悲鳴をあげる。他の皆の注目も集めていた。

 そこで旅行カバンをおもむろに開けた。暴風に吹っ飛ばされ中に入っていた下着やら衣服やらがすっ飛んでいく。ベティ含め女性陣が余計に悲鳴を上げた。

 

「なにやってるの!!?? ……え?」

 

 ポニーテールの三つ編みを解き、艶やかな髪を雑にツインテールに纏め直す。その間踏みつけていた旅行カバンが溶けショートパンツを履いた足に纏わり付き足甲に、残りは小型の大砲に変形、金属フレームの眼鏡もそれに合流し黒いブレードがバス天井に突き刺さる。腰に巻いていたパーカーを着ればその背には白い星。ベルトのパンクな金属類も溶け出し変形して小型のスラスターウィングに早変わりだ。

 装備のスケールは少し小さいが、ブラックロックシューターの姿がそこにはあった。

 

「おわーーーー! うおわー! ふぉっふぁ!?!?」

 

 動画配信していたフラッシュが変な声を上げた。ベティとブラッドとネッドとMJは顎を落としている。ちょっと現実を認められずコスプレでは? と正常性バイアスがかかりかけるが、ステラを認識して襲いかかってきた複合エレメンタルズの腕に向け光条が放たれ破裂、ブースターを吹かしてテリアが飛んでいくのを見て。

 

「「「本物だーーー!!!」」」

 

 と逃げるのも忘れているとディミトリに小突かれて大慌てで避難を開始した。



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ロンドン

評価ご感想ありがとうございます。更新モチベーション維持のため返信はできませんが励みになっております。


「F.R.I.D.A.Y.! ロンドンのフューリーに繋いで!」

『通信状況が非常に悪いですね。増援を警戒しているようです』

「違う、フューリー周囲の通信状況だけ物理的に妨害されているんだ。そしてアベンジャーズ出動レベルの強大な敵を演出、ブラックロックシューターが動かざるを得ない状況を作っているんだ。それにしても動かしやすいな……」

『当然です。私を誰だと? アーマーのサポートに関して私の右に出る物は存在しません。ミステリオアーマーの技術は良いものがありますがシステム面は下の下ですね。マスターに及びません』

 

 ピーターを抱え飛ぶベックの言葉にアーマー管制を乗っ取ったF.R.I.D.A.Y.が答える。その声は何処か自身ありげな声が滲んでいた。ちなみに飛びつつもミステリオアーマーのシステム面は一切合切破棄されアイアンマンの補助システムを参考に片っ端から最適化されていっている。

 

『やあピーター、それに……いや、流れは聞いたよ、ミステリオ、君もアベンジャーズだ。僕も向かっているがなんせ住んでるのはカルフォルニアだ。戦力の逐次投入は下策とキャプテンに怒られそうだよ。家でいちゃついてればいいのに。兎も角先鋒は君たちだ。頼んだよ』

「任せてスタークさん!」

「なんか変な気分だな、捨てられたのに認められるって言うのは」

『知らないのか? 僕は意外と仲間には甘いんだ。F.R.I.D.A.Y.』

『マスターより権限を確認。通信障害に備えミステリオアーマー及びアイアン・スパイダーへ演算バックアップAIのインストールを行います。イーディス? カレン?』

『おはようございますミステリオ、私はイーディス、貴方のサポートとドローン管制を行います』

「よろしく頼む」

『お久しぶりです。最近ハイテクスーツを着てもらえず残念ですよ』

「わっそれに関してはごめんなさい!」

 

 それぞれにサポートAIがインストールされる。ピーターの方はハイテクスーツをサポートしてくれたカレンが出張してきた。

 

『増援を申請、二十六機の多目的ドローンを軌道降下させます』

「なんだって?」

『既存のドローンとの編隊行動に組み込むことで投影能力攻撃力倍増しです』

「それは嬉しいな?」

 

 カルフォルニアで空を飛びながら聞いていたトニーがやっべE.D.I.T.H.としての権限のままだったと気付き慌ててイーディスの権限を一つ下に下げる。

 

「いいなぁ僕も何か」

『アイアン・スパイダーはナノテクですからお求めのものがあれば作れますよ』

「えっ!? なにがいいかなぁ悩んじゃうなぁ」

『おいおい遠足前の子供じゃないんだバナナはおやつに入らないぞ』

 

 ミステリオとスパイダーマンはロンドンへ空を飛び続ける。

 その道中を見た人々は空を見上げ口々に言う。あれはなんだ? 人か? アイアンマンか? マイティ・ソーか? 違う! あれはミステリオにスパイダーマンだ! と。

 

「ねえ今ロンドンの様子は?」

『現在タワーブリッジ近辺にエレメンタルズの幻影が出現した模様。映像一覧を検索、ピーター、あなたの友人が動画を放送しています』

「出して」

 

 ピーターのマスクの中で映像が映される。風と瀑布のような水飛沫を撒き散らす巨大なエレメンタルズの手前、そこにツインテールを風に揺らし背に白い星のパーカーを纏った少女、ブラックロックシューターが立っている様子が映っていた。

 

『おわーーーー! うおわー! ふぉっふぁ!?!?』

『本物だ!』

 

 音に負けない勢いでフラッシュが奇声を挙げ生放送でブラックロックシューターが戦う様子が遠巻きにうつされ続けている。フラッシュの動画配信ページの視聴者数が鰻登りで増えていっていた。

 

「まずいよ! 止めないと!」

「いや! それよりは元凶を断つべきだ」

 

 北海南端を掠めながら最短経路でロンドンへと至る。しかしタワーブリッジ近郊ではなくその手前、グリニッジ公園に接近していく。軌道上から降下して来たドローンが追随する。チタウリ技術で作られたモノではなく、スタークインダストリー製の地球で作られたと言ったデザインのドローンだ。

 

「イーディス、ステルスカモフラージュだ」

『かしこまりました』

 

 ドローン同士が互いに姿を隠し合いピーターとベックは景色に溶け込んだ。

 

『エネルギー反応、公園全域から発せられています。ブラックロックシューターの放出エネルギーと相似』

「向こうもこちらと同じ隠蔽手段を使ってる、だが僕なら弱点も熟知している。イーディス、ドローンでグリッド状に赤外線を投影、反射波と光学の差を出してくれ」

『はい、どうぞ』

『はいピーター、イーディスからお裾分けです』

「ありがとうイーディス、わっすごい!」

 

 ベックとピーターの視界に共有された映像は光学と赤外線グリッド探査光の反射の差異を視覚的に表してくれていた。そしてそれによれば公園の一角に不審な場所があることがわかる。

 

「僕も! ドローン対策考えて来たよ!」

 

 ウェブシューターで編み込んだ大型のネットのようなものをベックにつなげてピーターが飛び降りる。隠蔽範囲から出たピーターを重しに風で大きくそれが広がり見えない何かを絡みとっていく。隠蔽用のドローンだ。

 そしてドローンの不足でハゲたホログラフィックの内側にはホログラフィックやドローン管制を担当していたミステリオチームの面々、そしてピーターが見たことのある顔、ブラックオーダーのエボニー・マウの姿があった。

 

「猿め、自爆で道連れにもできないとは役に立たない」

 

 車椅子に乗ったまま被っていたディスプレイを外し、エボニー・マウは周囲の物体を持ち上げピーターに向け攻撃を仕掛けた。

 

「手応えが……ない?」

 

 ピーター達がグリニッジ公園に到着するまでの間、ステラはタワーブリッジからエレメンタルズを引き離しつつそれに対して応戦を続けていた。水面を推力に任せて足で蹴り水切りのように跳ねながらエレメンタルズのパンチを躱す。小型ロックキャノンから砲撃を放てばそれが着弾し大量の水蒸気を発生させその部分を破裂させる。

 ()()()()()()()()。自己の力を過信している訳ではないがナノテクで作られたインスタントロックキャノンでもイノセント・カノンランスの砲撃の七割の出力を持っている。水、岩程度ならば容易く貫通する代物だ。だから発射位置を水面付近を主体にして下から上空へ、もしくは上からテムズ川に着弾するように調整しながら撃っている。適当に撃ってビックベンにでもかすろうものなら倒壊不可避の破壊力を秘めているのだ。

 ヴェネチアのように無尽蔵に体を構成しているようにも見え、ブレードにエネルギーを込め縦真っ二つに両断すれば風と炎が血液のように吹き出した。

 言い方はアレだがミステリオの戦いに比べド派手である。轟音爆音が鳴り響き強烈な光条が真昼間のロンドンを照らす、周りの人々からは神話の戦いのようにさえ見えた。

 しかし、その実態は違う。透明化したドローンかエボニー・マウに視界を届け念動力を補助、ステラの砲撃に合わせ特殊なエネルギー吸収用ドローンが三機連携しその砲撃の光線を投影ドローンの内部で吸収、吸収に合わせて炸裂している演出をしているにすぎない。

 しかしブレードによる切断攻撃は吸収することができない。よってなるべくブラックロックシューターが砲撃戦を選んでくれる動きを狙い、それは成功ししばらくの間戦いが繰り広げ続けられた。

 

「フューリー、キリがない」

『タワーブリッジや両岸からは引き離せているようだな……以前ミステリオが火のエレメンタルズは地殻からエネルギーを得ようとすると証言していた。その複合エレメンタルズはもしやそれを既に行なっているのでは?』

「試してみる」

 

 テリアが攻撃を避けて水面を水を切りながら後退、テムズ川の端に着地する。野次馬は大興奮である。

 

「危ないよ、下がってて!」

 

 ステラがそう言ってても聞く耳持たずである。英国はブラックロックシューター人気が高いのが悪い方に出ていた。

 飛び上がってからブースターを吹かしエレメンタルズの真上に到達する。足甲がロックキャノンに合流し、変形、三つのフレームが開き内側にビームの照射装置が形成されていく。見るものが見たならそれはカノンランスの極太ビームの予備動作と同じだとわかったろう。

 目的はエレメンタルズの真下。地殻からエネルギーを得ているならそれを最大火力でぶち抜くつもりだ。手応えの無さから本体はむしろ地殻側にいるのではと危惧もしていた。

 アベンジャーズではソーやハルク、ステラにだけ許された力によるゴリ押し。

 ここでピーター達が戦闘地点から8キロ先、グリニッジ公園でエボニー・マウの隠蔽を暴き、エレメンタルズの動きが止まる。

 直上から真下に振り下ろされた神の鉄槌のような一撃は混乱で動きを乱したエネルギー吸収用ドローンを許容オーバーにし、複数のドローンを熱で融解、消滅させながら川底をブチ抜きそこに設置されていたエネルギー反応偽装装置も蒸発させた。

 投影ドローンが残っていたうちはステラの極太ビームに一見耐えているような様子だったエレメンタルズは、多量の水蒸気爆発と放射熱でその投影に参加していたドローンが全て機能不全に陥り、崩れるように姿を消すこととなった。

 ステラが橋桁に着地し、それに続いて雨が降る。エレメンタルズが復活しない様子にシティ・ロンドンは歓声に包まれた。

 そうして、人々に知られない戦いがグリニッジ公園で始まろうとしていた。



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大いなる責任

評価お気に入りご感想誠にありがとうございます。


「小癪な猿が……なぜ理解しない? サノス様こそが救世主だと。サノスの子である私がその代理人であると」

 

 車椅子がひしゃげ潰れ、その体を浮き上がらせる。

 

「知らないよ! あんた達がやったのは人を消しただけだ!」

「……口も減らないようだな」

 

 このエボニー・マウはデジメーションを起こしたサノスに従ったエボニー・マウでなく2014年から転移して来た存在だ。彼はこの世界の自分を情けなく思う。この世界のサノスが死んだ。すなわち生存はしておらず宿願を果たした主を守ることもできない失態を犯した。

 ピーターのウェブが引き出された瞬間に引っ張られ地面へと叩きつけられる。そのまま公園の土がピーターを埋めようとするのをアイアンスパイダーの足達が頑張り脱出。

 それを援護するように不可視の存在が攻撃をしてくる。エボニーは地面をひっくり返しそれを防ぎ、チラリとドローン操作と映像投影をする二人を見た。違う、違うと顔を振っているがドローン運用しているのはこの場には彼らしかいない。絞め殺そうと服を念動力で操る。

 首から下を不随にしたエボニーはそれの代わりにより強力な念動力を得た。高い精密動作はそれこそ自身をマリオネットにして自在に動けるほどに。それは決戦の際のスカーレットウィッチを上回る程だ。あえて苦痛に苦しむようゆっくりと締めていたが、そこへ横っ面を殴られ怯んだ隙に現れた男に代わり、二人は姿を消した。

 

「……生きていたとはな、猿め、私に反旗を翻すとは」

「翻すも何も、僕は初めからお前の味方じゃない」

 

 二人の操作を失ったエボニー側のドローンが自動行動モードで彼らの周囲を大きく旋回し、外からは見えない空間を作り出す。

 

「お前達は逃げろ!」

「だがあんなのに勝てるわけが」

「スパイダーマンに任せて一緒に逃げた方が」

「僕じゃ勝てない。でもミステリオなら勝てるさ」

 

 その外側にベックは二人を連れ出し、また中へ突撃していく。

 

「お前の企みはもう破綻した! 諦めろ!」

「いいや? 破綻などしていない。お前、ミステリオの計画に沿って今の作戦は構築しただけだ。その必要がないならばあのエネルギー源などどうとでもできる。あれはどこから空間エネルギーを生成する? 捕らえ、それに必要な部位以外は切り落としてしまえばいい。多元宇宙への道は遠いが、アレはその礎となるだろう」

 

 その姿を思わず想像してしまったピーターが怒る。

 

「僕のクラスメイトにそんな事させないぞ!」

 

 同じヒーローとしてではなく、親愛なる隣人としてニューヨークに住むステラ・シェパードの為ピーターは怒る。今なら彼女がピーターの学校に編入して来たのもわかる。ピーターを頼ってきたのだ。ブラックロックシューターと知れてしまえば普通の学校生活は送れない。自分がスパイダーマンである事を隠しているように。

 なお本人じゃなくて周囲の方がそういうのを懸念していた。本人はバレるのを一切気にしていない。ただ芋づる式にピーターがスパイダーマンとバレてしまうのはダメだったのでその辺りには不器用なりに気を遣っていたが。

 ベックが攻撃に合わせドローンによる幻影を生み出しエボニーを混乱させ念動力の集中を避けさせる。集中されれば絶大な破壊力だが分散させればなんとか凌げる。

 対して、浮き上がらせた岩がサイコロ程度の大きさに切り分けられていく。そしてそれらがエボニーの周囲を覆うように浮かび、散弾のように全方位にばら撒かれた。

 威力は高くないがそれにドローンが衝突し統制を崩した幻影の隙間から本物のスパイダーマンとミステリオが覗く。

 それに向け木々を引き抜き、杭に加工し飛ばす。ベックはビームとイーディスのドローンサポートで杭を破壊。ピーターはそれをネットを形成し受け止めるとそのままカウンターのようにウェブを繋いで振り回す。到達寸前に真っ二つに杭が裂けエボニーの両脇に逸れる。が、ピーターが裂けた二つの杭に繋いだウェブを全力で引き反動で飛んできたピーターのドロップキックがエボニーの腹を直撃。しかし不動のエボニーに逆に弾かれ両端の杭の残骸で挟まれそうになるのを不可視化しているドローンへウェブを繋げ飛び上がり回避する。

 ピーターの視界にはイーディスとカレンがデータリンクし不可視のドローンの所在地が投影されている。だからこそできる連携だ。

 

「効いてない!?」

 

 エボニーの体は念動力で動かしている。逆説的に念動力で守られているようなものであった。そのエボニーが指を握り込むと地面に埋没していた謎の装置がせり出てくる。

 

『高エネルギー反応。ブラックロックシューターのものです』

 

 アレこそステラの攻撃を利用して得たスペース・ストーンと同質のエネルギーを溜め込んだ器だ。これ単体ではない。公園に複数配置された装置を使い地球上で最も時空間が緩いこの地で使用する事で宇宙の殻を破り多元宇宙とこの宇宙を繋ぐのがエボニー本来の計画だ。それを開け放つ。

 爆発するように霧散するはずだった青いエネルギー体が器から出ても球体のように固まったままエボニーの前に動いていく。指向性が与えられていないからこそなんとか制御下に収まっているじゃじゃ馬だ。

 ピーターのスパイダーセンスが極大の警告を発した。それは体感八ヶ月ちょっと前、デジメーションで自分が気絶する寸前まで発せられていた感覚と同等だった。

 回避に徹っしようとしたピーターの足を念動力で形を変えた土が掴む。前方の最大級の危険にジャミングされスパイダーセンスが働かなかったのだ。

 ピーターは咄嗟に防御の姿勢を取る。背中のアームも稼働しエネルギーシールドが形成。それに向けエボニーがエネルギーを解放する。

 それに割って入る存在があった。

 ドローンだ。それぞれがバリアを形成し一列に並びピーターの盾となった。

 放たれたエネルギーはドローンを次々と貫通し、それに伴って先細りしていく。しかしそれでもピーターに到達し貫こうとしたそれはベックがピーターを突き飛ばし、その脇腹を貫いた。

 

「ベック!!」

 

 ピーターが倒れそうになるベックを受け止め外部へ退避、イーディスがベックのドローン操作パターンを模倣し妨害を行う。

 

『イーディスへナノマシンの一部権限を委譲』

 

 外に寝かせられたベックへアイアン・スパイダーのアームが自切したように落ちて溶け、まるで空間ごと削り取られたかのような傷口を覆い隠す。あの攻撃はステラのブラックブレードを用いて空間ごと切断する攻撃の突きバージョンと言った代物だろうか。

 

「大丈夫だ、僕のことは気にするな、いけ!」

「でも!」

「頼む、僕がピーター、君を庇ったのは勝てる道筋を見つけられると思ったからだ。僕が正しいと証明してくれ」

「……わかった、任せてミステリオ!」

 

 ピーターが頷き覚悟を決めた表情で、先を見据える。

 

「イーディス、ドローン操作はピーターの言う事を聞いてくれ」

『かしこまりました』

「ドローンでさっきのエネルギー容器、掘り出せる?」

『可能です』

「じゃあお願い!」

 

 そう言ってピーターは再びエボニーとの戦いに舞い戻る。そこではドローンがまた一機、念動力で押しつぶされ鉄塊になっているところだった。

 

「どうした? 猿の分際でその顔は。ああ、死んだのか」

「死んでない! そしてお前は僕が倒す!」

 

 そうして戦いが再開される。脅威度を正しく認識したスパイダーセンスはジャミングされる事なく的確に攻撃に対処していく。

 空間エネルギー、その元となったスペース・ストーンは四次元キューブとして存在していた。その使い方は2012年のニューヨーク事件で周知されている。ピーターも知っていた。空間と空間を繋げる力がある。

 そしてエボニー・マウは一度アイアンマンと共にピーターは倒していた。

 

『容器、スタンバイ』

「あいつにカモフラージュをぶつけて!」

「無駄な事を!」

 

 エボニーが無秩序に念動力を振り回してイリュージョンを見せ攻撃をするドローン達を破壊していく。でもそれでいい。必要なのは目眩しだ。最後のドローンが破壊されイリュージョンが解けた瞬間、エボニーの目の前で衝突したのは二つのエネルギー容器。ピーターがウェブでそれぞれを叩き合わせたのだ。そこへティザーを全力で流し込む。衝突による容器の破損と高圧電流による誤作動で収まっていた空間エネルギーが暴発。二つの暴発が衝突した地点に空間の穴が空いた。サノスとステラによる二度の指パッチンで起きた地球規模での空間の緩み、そして九つの世界の惑星直列発生地点となり得る最も空間の壁が薄いロンドンだからこそ発生した穴だ。

 繋がる先は宇宙のどこか。ニューヨークの時のようにお上品な空間接続ではない。それこそ五年前のサノスの宇宙船と同じ事態が起きる。

 周囲の一気圧から宇宙空間のゼロ気圧に向け猛烈な吸引が発生、その効果を顕著に受けるのは当然近くに居たエボニー、だか自身を念動力で動かしていた都合ギリギリのところで堪えられてしまった。

 ピーターがしがみつきながらなんとか手を考える。早くしなければ穴が閉じてしまう。そこへ通信が入った。

 

『ピーター、行動には責任が伴う』

 

 ベックが全速力で飛翔し、エボニーに突撃する。

 

『僕はミステリオという大いなる力を使った。その責任を、今取る時だ!!』

「ベック!!?」

 

 ギリギリのところで堪えていたエボニーはその全速力の突撃に耐えられず、共に穴の先、宇宙空間に放り出される。

 

「ベックゥゥゥゥ!!」

 

 ピーターの叫びを背に、無常にもその穴は塞がることとなった。

 規模が小さい故にあまり遠くに繋がったわけではなく青い地球を眼下にベックは暴れるエボニーを掴んだまま離そうとしない。ミステリオスーツは水のエレメンタルズの演出などに備え高い機密性を、火のエレメンタルズの演出用に高い耐熱性を備えている。対してエボニーはいかに凄まじい念動力といっても生身だ。日に当たる部分は焼け焦げ沸騰し、影になる部分は凍結していく。

 真空ゆえにヘルメット越しに届かなくとも、ベックは宣言をした。

 

「お前は僕の妻を殺した。これが僕のアベンジだ、このイカ野郎……!」

 

 エボニーが絶命するのを見届け、ベックはその場に漂う。

 

「僕のアベンジは終わった。終わったよ……今そっちにいくから……」

 

 目を瞑り、いずれ訪れる死をただベックは待った。

 一人残されたピーターは公園で地面を殴り、ただ泣いていた。



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リターン・オブ・アベンジャーズ

おまけ編完結です。お付き合いいただき誠にありがとうございました!


『ダメです、そうは問屋が卸しませんよ。貴方はまだ生きています』

「イーディス……」

『緊急時プロトコルを宣言。権限の格上げを申請」

「いいんだイーディス僕はこのままで……」

『いえ、生命の危機は良い状態ではありませんので推奨しかねます』

「いやそうじゃなくて……」

 

 経験を積んだF.R.I.D.A.Y.やカレンなら意図を察せるが、イーディスにそんな経験はないので文字通りにしかまだ受け取れない。

 

「格上げ申請の受理を確認。管制下にドローンを配備、大気圏突入準備を開始します」

「そんなドローンて言ったって……」

『緊急大気圏降下の為二百十四機で安全マージンを確保、病院も手配を行います』

「えっ何えっ? 二百……え?」

 

 腹の傷の痛みも忘れてベックは呆けた。偶然にもロンドンの直上だった為、すぐさまサポートの為待機していたスタークインダストリーの衛星からそこへ続々とドローン達がやってくるのを見てベックからは変な笑いが漏れることとなった。

 その頃地球、一人残されたピーターは涙を拭い立ち上がる。自分はヒーローだ。誰か来た時に情けない姿は見せられない。先程の吸引で周囲を飛んでいた投影ドローンも全て無くなりボロボロになった公園は激戦が繰り広げられていた事を物語っている。

 

「わーわー! うー!? し! し〜〜ー!?」

 

 そこへ悲鳴を上げながら空を飛んでくるのがいた。MJとステラだ。先程までクラスメイトから質問攻めに遭っていたのだが雑に切り上げて、どうやらMJはスパイダーマンの正体を知っているようだったのでついでに連れてきた。

 

「スパイダーマン、何があったの?」

「あーテリア……じゃないブラックロックシューター、この事件の黒幕は倒せたよ……ミステリオがその身を呈して……」

『あの』

「……そう」

 

 言葉の端から滲み出る悲しみを察し、ステラが目を伏せてから、ピーターを見据えた。

 

「ならせめて、笑顔でお別れをしよう?」

「……っそうだね!」

『もしもし? ピーター?』

 

 ピーターはカレンの言葉を受け取る余裕もなく、ベックが飛び込んだ穴のあったところへ向け、黙祷を捧げる。マスクで見えないがその内では精一杯の笑顔を浮かべていた。それにMJとステラも従う。

 

「MJ、ニューヨークに戻ったらデートしよう」

「ええ、いいよ」

「やった……」

 

 黙祷を終えてMJがピーターを慰めるように抱きしめた。

 

『あの、ピーター』

「……どうしたのカレン」

『トニー様から通信が来ていますが』

「大丈夫、繋げて」

『やぁパーカー君。しんみりしてるところ悪いんだが……良い知らせととっても良い知らせがある。どっちから聞きたい?』

「え、なんですか? 僕のヨーロッパ紀行が映画化するとか?」

 

 戯けた態度のトニーの声にピーターは少し普段の調子を取り戻す。

 

『それもいいな。まず良い方。今回の件で死傷者はゼロだ。よく頑張った。スパイダーマンに()()()()()

「それは良かった」

『じゃ二つめだ。ちょうどいい、空を見ろ』

「空って……え?」

 

 空を昼間にも関わらず流れ星が流れていく。それはロンドン上空を通り、東の方へ一直線に。しかし流れ星にしては遅い。燃え尽きることもない。

 

『……やぁピーター』

「えっベック!!??」

『サプライズだ。今空を駆けてベルリンの最新の病院にミステリオが直行中。言ったろう? ()()()()()()()()()()()()()

 

 ピーターがそれを聞いてその場で跳ね回る。

 

「やった! やった! やったああぁ!!」

 

 大喜びだ。

 

「じゃ二人とも! みんなのところに戻ろう!」

「わかった」

 

 テリアの武器類がカバンの姿に戻り眼鏡が分離して腰にパーカーを巻き直す。縛っていたツインテールを解いて三つ編みポニーテールを作ろうとしているがうまくいっていない。MJがやってあげながらそれを眺めるピーターの方を見る。

 

「……ねぇピーター、テリアがブラックロックシューターって知ってた?」

「えっ……うんまぁ、同じヒーローだからね!」

 

 ピーターはカッコつけた。

 

「うちの学校どうなってんの……?」

 

 そう言いながらテリアに戻ったステラを連れてアイアン・スパイダーを解除したピーターはみんなと合流を果たす。

 

「ちよっとテリアあれは一体!」「ブラックロックシューター!? まじよテリアクラスメイトが」「フォファーーー! テリアサインを!」「あピーター腹痛から復帰したんだな良かった」

 

 クラスメイトたちに囲まれるテリアがチラリとピーターを見た。

 

ブラックロックシューター? なんのこと?

「「「「いや無理があるだろ!!?」」」」

 

 テリア、嘘が下手くそである。よく考えたらピーターの正体バレに繋がるのではと誤魔化してみたがバレバレに程がある。

 みんなの目の前で変身しておいてその言い訳は無理がある。だがクラスメイトはため息を吐きながら安堵した。ブラックロックシューターであっても、テリアはテリアであったと。

 

「なあピーター、知ってたの?」

「ごめんネッド、知らせなくて」

 

 うしろで小声でそんなやりとりをピーターとネッドがした。嘘は言っていない。知らせてなかったのは事実だ。ピーターも知らなかったのだから。

 

「さあみんな! 波乱はあったがクラスメイトの仲間である事には変わらない! 今度こそ帰ろう! アメリカへ!」

 

 先生がそう宣言をして、今度こそロンドンの空港からアメリカへ向け飛び立った。ピーターはMJの隣に座れてご満悦である。プラン一と二が帰りに達成される事になり、ピーターのプランは全部達成されることとなった。ダブルデートに誘ったのだがなんか旅が終わったらベティとネッドが恋愛を終えていてピーターは困惑した。

 空港につけばメイおばさんが迎えてくれる。

 

「大変だったわね」

「うんだけどなんとかなったよ」

「というかあの子ブラックロックシューターだったの、すごいクラスになってるわねもう一人くらいヒーロー現れるんじゃない?」

「なんか大変な事になりそうだから勘弁してほしいよ……」

 

 疲れた顔でメイおばさんの車に乗り込み飲み物をのみながら走っていると、隣から重低音が聞こえてそちらを見る。

 ブラックトライクを例のテリアのお父さんが運転し、後ろに乗るテリアが手を振っていた。

 

「Foooo!」

「ゲホッゴホッ!?」

 

 メイおばさんがテンション爆上げで手を振り返す。ピーターは飲み物が気管に入ってむせた。

 後日、アイアン・スパイダーではなくハイテクスーツを見に纏いピーターは摩天楼を駆ける。MJとのデートの約束だ。一緒にウェブスイングしようという。結果はMJの髪がすごいことになった。

 

「私誰かに担がれて飛ぶのダメかも」

「人には得意不得意があるよね……じゃ、またね!」

 

 ピーターがウェブスイングで去っていくのをMJは笑顔で見送り手を振る。そのピーターはとあるテレビ局に着地、中に入っていく。

 

 

 

スパイダーマン/ファー・フロム・ホーム

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フラッシュ、紹介するよ、私のパーカー作ってくれた人」

「やあどうも、フラッシュ君」

ファッフ!? オッファ!!!? じゃない!! はははははじめまして!!

 

 とある街頭カフェでフラッシュとトニーが握手をした。周りから見えないようこっそりイリュージョンが掛けられている。これを担当したのは一人のヒーローだ。

 フラッシュが緊張しながら会話をしていると、大型ビジョンで生中継映像が流れ始める。

 

『みなさんこんにちは! ぼくはスパイダーマン! 本日は! 新たな仲間を紹介したいと思います!』

 

 ステラ、トニー、フラッシュがそちらを見る。

 

「あ、スパイダーマンだ! 大ファンなんですよ!」

「なんだってそれは良かった。ぼくも鼻が高いよ」

 

『新たなるアベンジャーズの仲間! ミステリオです!』

『皆さんよろしく』

 

 そこにはトニーの協力でナノテクアーマーで幻影版だったミステリオの姿を再現したベックの姿が映されていた。

 

「ニュー・アベンジャーズって所かな?」

 

 トニーがそう呟きながらサングラスを外し笑顔で映像を眺めていた。



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幕間(フェーズ4)
ブラックウィドウ:ポストクレジットシーン


 DVD発売から一週間経ったので投稿します。
 ブラック★ロックシューター新アニメ企画でこの文を書いている時は歓喜に震えていました


 とある墓所の一角。ここに眠る男に会いに、エレーナはやってきた。一度でいいから会っておきたかったのだ。

 

「や、こんにちは」

 

 連れていた犬にお座りをさせ墓石の周りにお供えされたぬいぐるみやフィギュアなど倒れてしまっているモノを直していく。

 

「いつか会ってお礼を言いたかったんだ。姉さんや私達の命の恩人。来るのが遅いなんて文句は言わないでちょうだい? こっちにも色々予定が詰まってたんだ……まあ、ありがとう」

 

 墓石には鷹の目(ホークアイ)の二つ名と共にクリント・バートンと刻まれていた。

 失われた半分の命を取り戻す為命を懸けた戦士にして、姉と同じ初めの七人(オリジナル・アベンジャーズ)の一人。顛末は姉から聞いていた。

 目を瞑り、黙祷を捧げる。

 どれほどやっていたか。しばらくして黙祷を終えたエレーナは、墓所から出ようと飼い犬をつれて歩き出す。すると遠くの方から徐々に重厚感のあるエンジン音が近づいてきて近くで止まった。

 

「あー、私もああいうイケてる音の車に乗り……ひょふぅ!?」

 

 ここへ乗りつけてきた中古のバンのことを嘆いていると墓所にやってきた人物にエレーナは変な声を上げた。そんなエレーナを気にする様子もなくその人物は花束を持ってエレーナの脇を通り抜けようとする。

 

あ、あの!

 

 首が振られて艶やかな二房の黒髪が揺れ、空のように透き通った青の瞳がエレーナを見つめ、首を傾げた。

 

「?」

ファ、ファンです。不躾なお願いですが握手してもらってもいいですか……!

「いいよ」

 

 得心いったようで差し出された手にエレーナは両手で握手をした。想像していたよりもあまりにか細く、艶やかな手だった。

 

「ありがとうございます!」

「大丈夫、でもあまり騒いじゃダメ」

「あ、はい」

 

 そうして自分のバンの脇に止められた大型トライクにテンションを上げつつもバンに乗り込んでエレーナは思わずガッツポーズをした。

 

「やったー! 偶然だったけど今日休暇でマジ良かったー!」

 

 ちゃんと注意を守ってバンに入るまで黙っていたエレーナだったが中に入ったので騒いだ。飼い犬も少しうるさそうに耳を伏せていた。

 

「さーて休暇だしこの勢いでどこに遊びに行こうか! 悩むなぁ〜……ってげ、姉さん」

 

 携帯電話のバイブレーションに気付き取り出せば、姉からの着信だった。

 

「はいこちら、エレーナ・ベロワの携帯番号でございます。ただいま電話に出ることができま……はいはい分かってるってどうしたの? 何妙にテンション高いって? 今さっき有名人と握手してもらったからね……はあ!?」

 

 テンションが急転直下した様子のエレーナが電話を続ける。

 

「私休暇中なんだけれど! インナー・サークルなんて訳わかんないの調べさせといてそれより優先事項ができたからそっち手伝えって何!? ……いやそもそも給料低すぎでしょ! いや身内価格って普通身内ならもっと高い給料出しなよ身内だから安くていいってのは私側から言うことだから姉さん!! ハー、わかったよ手伝えばいいんでしょ手伝えば、情報送ってよ、あと車買い替えたいんだけど……え、マジ? やった! カタログも用意しといてよね!」

 

 そう言って電話を切ると携帯電話に情報が送られてくる。フードを纏う謎の人物、巧妙に隠しているが、骨格は女性的な印象があった。エレーナの姉が作ったプロファイルはまだ不明な点ばかりだ。これからエレーナが調べるのだから当然である。ただ一つ名前だけはわかっていた。

 

「ローニン……ねぇ」

 

 そう呟いてエレーナはエンジンをかけ、休日を返上して仕事に向かった。

 



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BLACK★ROCK SHOOTER:THE FALLOUT HOLLOWS
プロローグ


お久しぶりです
のんびり投稿となると思います


────ある時。

『ヤングなアベンジャーズ! お手柄大活躍!』

 その日発行されたスパイダーマン、ミステリオ、ブラックロックシューター、新生ホークアイが一つの画面に収まったもののブレが凄まじい新聞は飛ぶように売れ、売れすぎて売り切れになった。

『スパイダーマンは顔を隠すな! アベンジャーズのリーダーを名乗るなら顔を出せ!』

 デイリー・ビューグルのジェイムソンはいつも通りであった。しかし批判をしつつもなんだかんだスパイダーマンの情報に最も詳しいのはこのタブロイド誌であった。

────またある時。

「推薦状誰に書いて貰えば良いんだろう?」

「担任の先生だね。あとはステラが一番尊敬してる人とか、ステラをよく知ってる人がいいんじゃないかな」

「えーと、ならトニー?」

「ワァオ!  流石は大物が出てくるね」

「僕もスタークさんに書いてもらおうかな……」

「待てピーター。一応は関係ない一学生がそんなビッグな人物の推薦状なんて貰ったらスパイダーマンってバレるんじゃないか?」

「たしかに!? じゃあダメだ!」

 大学受験の為の提出資料を四人で作りながら馬鹿話をしたり────

「FOO! ブラックロックシューター!」

「こんにちは~」

「ステラ君すまないがぜひミッドタウン高校のポスター写真に出てほしい」

「いいよ」

そのポスターは自転車の安全運転呼びかけポスターで、自転車を漕ぐステラのポスターは比較的シュールだったが好評だったり────

────ある時は。

「ステラ、来てくれたの?」

「おめでとうワンダ、調子は?」

「私を誰だと思ってるのよ? しかもこれからは双子のママよ?」

「父として私は何ができるか……思考がまとまりません」

「ヴィジョンなら大丈夫だよ」

「俺も叔父さんデビューかぁ」

「……名前は?」

「おいスルーするなステむグァ「兄さんはお口チャックよ。この子がビリー、この子がトミー。ステラも抱いてあげて?」

 ステラが恐る恐る赤ん坊を抱き上げると、赤ん坊は嬉しそうに笑った。

「……そういう時どうすればいいんだろ?」

「それは……ネットで検索すれば無限に答えが返ってくるでしょうが……私たち全員がまだよくわからない……難しい問いです」

 そうしてプルプルしているピエトロに気付いてワンダが口チャックを開く。

「プッはっ! 鼻まで塞ぐなよ。こういう時は笑えばいいんだよ。幸せだってな! 俺の春はまだ来ないがな!」

「兄さん!」

 病室は笑いに包まれたり────

────ある時は。

「さっみんな滑り止めどうだった!?」

「受かった」「行けたね」「やったよ」「僕もさ!」

 滑り止めで受けた大学に皆が合格していた。

「ステラ〜。MITからの通知来てたぞ〜」

「ありがとうお父さん! ちょっと出かけてくるね!」

「安全運転で行くんだよステラー!」

 ステラはブラックトライクに乗っていつもの集合場所に走った。ピーターもネッドも走ってきた。MJは既に便箋をスタンバイしていた。

「みんな、来た? 何があっても後悔しない、さ、行くよ!」

 全員が一斉に便箋を開き。

「「「「やった!」」」」

 同時に歓声を上げたり────

 様々なことがあった。ブリップの後、ロンドンでの一件ののち、勝ち取った平和を維持し、彼らは青春を謳歌していたのだ。

 ────キシリ。

 ステラは思わず足元を見た。タイル張りの床が、まるでガラスのような軋みを上げた気がしたのだ。一度二度、地面を蹴ってみるが、そんな音がするような材質ではない。

 ステラは気を取り直してピーター達と喜びを分かち合っいその左目からわずかに漏れた蒼炎の火の粉はゆっくりと床に落ちて、溶けるように消えた。その炎がひび割れたガラスを伝うように何処かへ駆けていく。何もない虚空のその先へ。雫のように波紋をもたらしながら。

 

BLACK★ROCKSHOOTER

THE FALLOUT HOLLOWS

 

ブラック★ロックシューター/フォールアウト・ホロウズ



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Chapter:1魔術師

「親睦会って、何をするの?」

「なにをするってそりゃぁ……親睦を深めるのさ」

「大学の人たちも来るからはめの外しすぎはダメだよ」

 

 ミッドタウン高校でほぼ最後のイベントである親睦会にピーターやステラは参加していた。そこにはMITの副学長や有名大学でで選考を担当している人物達の多くが訪れていた。有名なスーパーヒロインに会いたいという下心も少しありつつ、ミッドタウン高校の生徒たちと学校関係者達の時間は楽しげに進んでいた。

 そこへ外から小さなざわめきと黄色い歓声が近寄ってきていることに気づきステラがふと顔を上げれば、そこにいたのはフォーマルスーツに身を包んだドクター・ストレンジであった。

 

「ご機嫌よう。ステラ」

「こんにちは。ストレンジ」

「そこはドクター・ストレンジと呼べと言いたいところだが……君ならまあ良いだろう。少し相談したいことがあるんだが……来てもらえるかな?」

「わかった……皆さんそれでは」

 

 ぎこちないながらも親睦会の面々に礼をしてステラはストレンジと会場を後にした。

 

「ピーター行くのか?」

「うん行ってくるよ。MJ、ネッドまた後で」

 

 裏でこっそりとピーターも抜け出して着替えて行くと、駐車場に停められたブラックトライクの所で同じく普段着に着替えたステラと魔術師の服になったストレンジが待っていた。ピーターが近寄るとストレンジが隠蔽の魔術をかけ三人の存在が隠される。

 

「待っていたよピーター」

「ドクター・ストレンジ、何があったんですか?」

 

 久しぶりの再会を果たした二人だが敬語のピーターにストレンジが微笑んだ。

「君はわかっているな。だが私たちの間に敬語は要らない。宇宙の半分を救った仲だろう?」

「え……わかった。スティーブン、何があったの?」

「そこまでだと変な気分だが……まあいい。時空間の異常が見つかった」

 

 少し戸惑うもピーターは切り替えてフランクに、ストレンジも小さく頷いて本題を切り出した。

 

「時空間の異常?」

「ああ。これだけなら我々魔術師の仕事だ。君たちにわざわざ声をかけたりしない。問題なのはステラ、これが君を中心に起きていることだ」

「私?」 

「そこでだ、君にはこれを持ってニューヨークのサンクタムまでそのバイクで来て欲しい」

 

 差し出されたのは金のブレスレットのようなものだ。無地に見えてかなりよく見れば非常に細かい紋様が刻まれていた。

 

「これは?」

「古代バビロンの魔術……いや、わかりやすく言えば発信機兼観測装置だ」

 

 二人は魔術のことはさっぱりわからないのでそういうものだと納得しステラは左手にブレスレットを通すと大きかった輪が縮んでステラの細腕にピッタリのサイズになった。

 サイズ変更自体はナノテクではよく見かけるものだが、それと違いナノマシンのブレがない縮小に二人は小さく感心した声を出した。

 

「ピーター、君はどうする? ステラの後ろに乗ってくるか? それとも先にサンクタムに行って待っているか?」

「うーん……」

「危険はないみたいだから先に行ってて良いよ。終わったら私も、サンクタムの見学したいな」

 

 どうするか逡巡するピーターにステラが提案すると彼もそうすることにしたようだ。

 

「そうだね、見学しても良い?」

「あー……危ないものに触るなどしなければ大丈夫だろう」

「「やった!」」

 

 ステラもピーターも科学側の人間だ。魔術という仕組みに検討もつかない技術と魔術師の館というものにロマンを感じていた。意外にも二人ともサンクタムには行ったことないのである。そんな若者二人のワクワクした顔にストレンジは思わず顔を逸らして呟いた。

 

「……あまり期待はしない事だ」

「それじゃ、出発するね」

 

 ヘルメットを被りブラックトライクに乗って走っていったステラを見送るとストレンジがゲートウェイを開く。するとそこはもうニューヨークのサンクタムの前だ。咄嗟にタオルで顔を覆いながら扉をくぐれば、中は一面の銀世界であった。

 

「え?」

 

 シャリ、シャリ、と足元の氷に滑らないように辺りを見回すと掃除をしている人があまりにも膨大な量の氷に死んだ魚のような目で黙々と箒を掃いていた。

 

「これは、新しいゲートを開こうとしたら向こうが吹雪でね」

「な、成る程」

 

 淡々と説明するも何処となくストレンジは申し訳なさげであった。やはり子どもの期待には応えたいものなのだ。

 

「ストレンジ、渡してきてくれたか?」

「ああ、渡してきたとも」

 

 階段の上から恰幅の良い武人といった感じの男が降りてきた。短いやり取りでもストレンジとの間に確かな信頼を感じさせるこの男は魔術師たちを統べる至高の魔術師(ソーサラースプリーム)である。

 

「あ、コンニチハ。僕スパイダーマンのピーター・パーカーです」

「知ってるとも。スパイダーキャンディはお気に入りだ。それと魔術師式のお辞儀を教えよう。こうやるんだ」

「あ、これはどうもご丁寧に……」

「……一応紹介しておこう、コイツはウォン。至高の魔術師だ」

 

 魔術師式の挨拶をしているピーターを尻目にストレンジが口を開く。ピーターは一つ単語が引っかかってストレンジの方を見た。

 

「え? それはスティーブンじゃなかった?」

「五年間消えている間まとめる人間が必要だったからな、引き継いだ」

 

 ドヤ顔で言うウォンに対して、だとさ。と言わんばかりにストレンジが肩をすくめた。

 

「さ、問答は終わりだ行くぞ。掃除頑張ってくれ」

 

 ウォンが掃除してる人を激励しつつ地下に入って行く。ニューヨークの地下はいろいろな配管や何やらでギッチギチのはずなのにどうなってるんだろうとピーターが不思議そうに見回していると、魔術で空間を広げているとストレンジが補足してくれる。さらにはロンドン、香港とも繋がっているなど利便性は計り知れない。トニーが「ヒーロー相手に一般開放しろ」なんて言い出すのもわかるなぁとピーターはしみじみ思った。

 ピーターの目からはただの骨董品にしか見えない魔術の品々を目を輝かせながら、しかし言いつけを守り決して触らないようにしながら進んでいく。

 

「聡い子だ。勝手に禁書庫も見たりしないだろう」

「なんの話かな?」

 

 ウォンが小さくつぶやいてストレンジはすっとぼけていた。そうして暫く歩くと台座に天体を記すために使った天球儀が設置されていた。しかし書き記されてるのは天体ではなさそうだ。

 ウォンが魔法を行使しオレンジの火花が散ると天球儀が輝きながら高速回転を始め、そこからホログラムのように幾何学的な図形を吐き出しそれが薄暗かった部屋全体に広がるように展開された。ピーターからはさっぱりわからないがウォンとストレンジはそれを見ながら怪訝な顔をしている。

 

「妙だな……」

「ああ、妙だ」

「え? どう言う事?」

「少し待て……君にもわかるように……そうだな一般相対性理論の質量が空間を歪め、それで発生した坂が重力といったモデルスケールはわかるか?」

「それはわかるけれど」

 

 ストレンジが魔術で空にグリットを描き。そこに球が落ちてグリットを歪める様子を描く。

 

「だがステラの付けた観測装置と天球儀から伝えられている情報はこうだ」

 そう言いながら球体はその位置を変えず、グリットだけが深く深く歪んでいく。質量で重力が発生する以上球は歪みの底にあるはずなのに、球の位置は変わらずグリットだけが歪んでいる。

 

「あり得ない事だけれど……起きている以上何か因子がある」

「そうだ」

「僕も何かできる事ない?」

 

 ピーターが決意した目で魔術師の二人を見るが二人ともそれを微笑ましそうに横に首を振った。

 

「大丈夫だピーター、ロンドンでも以前似たような時空異常があった。確か惑星直列と呼ばれているなそれがニューヨークでも起きるかもしれないが、アベンジャーズを召集するような致命的な危機が訪れているわけじゃないんだ」

「だからそうだな、ステラが来た時がっかりしないよう雪掃除を手伝ってもらうのが現状一番いいだろう」

 

 箒とちりとりを渡されてピーターは弛緩するのだった。



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Chapter:2 奈落

 ピーターが氷の片づけを手伝っていると特徴的なエンジン音が通りを過ぎてから戻ってきて止まった。ステラのブラックトライクである。地下からウォンとストレンジも出迎えるためにロビーへとやってきていた。

 コンコンとドアがノックされると、ウォンが手を動かしそれに合わせてドアが開く。

 

「こんにちは! 寒いけれど、大丈夫?」

「やあステラ、色々あったみたいで凍ってるけど色々すごいのがあったよ!」

 

 箒と氷満載のちりとりを持ったピーターが微笑む。ウォンもまたステラに会えて嬉しいようだ。

 

「来ていただき感謝する。ここでは何だ、君に起こっていることを確認する為にも別室で落ち着いて話そう」

「わかった」

 

 そうしてステラが建物の中に入り数歩歩いたところでパキン、と音が鳴った。ピーターが思わず振り返る。そこはさっきまで一生懸命掃除してようやく氷を排除できた場所だ。砕けるようなものは何もない。ステラも疑問に思ったのか足を上げる。そこには床の材質とまるで異なるヒビが入っていた。ピーターのムズムズ、もといスパイダーセンスが大きな警鐘を鳴らした。即座にウェブシューターを手首に装着する。

 その時、誰も見ていない地下の天球儀が異常をていた、空中に描かれていた幾何学模様の一部が砕け飛んだのだ。

 ガラスが擦れ砕けると激しい音をたてステラの足元から材質を無視して音の通り鏡が割れたようなヒビが広がり咄嗟に逃げようとしたステラの立ってた場所も砕けて落下する。

 

「ステラ!」

 

 咄嗟にピーターが穴に近寄りウェブシューターで糸を放出、落下するステラの手に接着し渾身の力で踏ん張り引っ張る。

 

「待ってろ今助ける!」

 

 それに続いてウォンが魔術で縄を生成し同じくステラに巻き付け持ち上げようと引っ張る。ウォン単独ならまだしも百人力では足りないピーターと共に引っ張っているにもかかわらずステラが持ち上がらない。

 

「何で持ち上がらない……!?」

「これは……宇宙の裂け目か!?」

 

 サンクタムの中で少しずつ増す空間の亀裂をストレンジが魔術で修復し拡大するのを防ぐ。しかしストレンジを以ってしても徐々に亀裂は広がって行く。

 

「扉開けて!」

 

 ステラの声にさっきまでは氷掃除をしていた魔術師が玄関を開く。するとブラックトライクにくっついていたステラのブースターとブレード、さらに拳銃が一つにまとめられたユニットが縦になって扉から侵入、主の危機に駆けつけた。

そのまま一度上昇から宙返りしステラが落ちた穴に突入、ステラの背中と腰に接続される。ピーターは違和感を感じた。背中に接続されれば重量は増すはずだ。しかし糸から伝わる抵抗は全く変わらない。

 ステラがブースターを吹かし上昇を試みようとした途端、亀裂が一気に拡大、踏ん張っていたウォンとピーターまで足場を失って落下、しかもステラはどれだけ出力を上げても上昇は一切できていない。ストレンジも咄嗟に縄を生成しピーターとウォンを掴んだが、先ほどまで無理やり拡大していた亀裂は二人が引き摺り込まれた後急速に修復され、魔術の縄が千切れた。

 

「クソ、何が起きている?」

 

 何事もなかったかのような静寂に包まれるサンクタムでストレンジは悪態をついた。

 ステラ、ピーター、ウォンは落下しているのか何なのかわからない状態になっていた。ステラが自分にくっついた魔術と糸を引っ張り二人を手繰り寄せて離すまいと二人の手をがっちり掴んだ。

「なにが……!?」

「わからん! この状況では何も判断できん!」

「さっきまでは落ちてたっぽかったのにもう落ちてるかどうかもわからないよ!」

 

 三人で輪を作っているが風の抵抗もなく、重力の感覚もなく光源もどこにあるのかわからない白い空間を漂っているような感覚を三人は味わっていた。

 

「なんだろう……酔いそう」

「これは……まさか…!?」

 

 ウォンが魔術を行使しようとして火花一つでないことに戦慄する。魔術は次元から繋がる力。それが行使できないと言うことは今この空間はどことも繋がりを持たない事を意味していた。

 なすすべなく漂っていた三人だが、徐々に落下しているような感覚がしてきていた。

「ねぇこれ落ちてない?」

「ああ、落ちている気がする」

「二人とも一旦そっちの手を離して!」

 

 輪のピーターとウォン側を切り落下方向側に足を向ける。そこには黒い塊があるように見えた。視覚の速度感だけどんどんと加速していき、その黒い塊がとても巨大であることがわかる。

 

「「「わぁぁぁぁぁぁ!」」」

 

 三人で悲鳴を上げながらステラがスラスターを吹かしても一切減速せずにその塊の中に突っ込んだ。再びガラスが割れるような音。突き抜けた穴もすぐに修復され、今度は速度に合わせしっかり風を切る感覚がある。ステラがウィングを広げてモノクロに近い地面に接触する寸前に減速を試みると今度はしっかりと減速に成功、三人が謎の世界にスライディングしながら降り立った。

 白黒のガラス質で構成された空間。空にもさまざまな破片のようなものが浮いていて絶景といえば絶景だが、どこか仄暗い水底にいるかのような不安を掻き立てた。

 

「ここは……?」

「ステラ後ろ!」

 

 岩陰から巨大な髑髏が飛んできていた。ピーターがそれにウェブを飛ばして引っ張り床に叩きつける。ウォンは今度は魔術がしっかり行使でき武器を生成しブラックブレードを持つステラとともに構えをとった。空に浮く岩を弾き飛ばしながらもう一体の髑髏が飛来。迎撃しようとした意識の隙間、ステラの目の前に黒い鎌が首を狙うように迫ってきた。咄嗟にブラックブレードで受け止め大きく火花が散る。鎌の先にいたのは悪魔を思わせるツノに小さな翼、黒いロールヘアをした見た目ステラと同い年に見える少女だった。憎悪を込めた目でステラの方を睨んでいる。

 

「貴女、私をこんなところに閉じ込めて何のつもり?」

「私たちもわからない、武器を下ろして?」

「私が何も知らないとでも? 反乱軍のブラックロックシューター 、そうやって私を殺す気でしょう?」

「何の話!?」

 

 弾き距離が空いた隙間を埋めるように鎌を回転させ斬撃を飛ばしてくる。ステラがそれを迎撃しようと拳銃を抜きエネルギー弾を連続発射した。それを見るや鎌女の目が緑に怪しく輝き、振られた手から波動が放たれる。それに触れたエネルギー弾が進路を逆転させ斬撃とともにステラに迫る。

 ステラは驚きつつもブラックブレードに力を込め縦一閃斬りはらい、生まれた隙間をウィングスラスターで飛行し突破、その先にいる鎌女に突貫、鎌とブレードが再び火花を散らす。武器をそのまま掴み奪おうとしたステラの鳩尾に鎌女の蹴りが炸裂、距離が空きその背の翼の内から黒い鎖が生成されステラに巻きつき自由を奪おうとするがステラは腕力で粉砕する。しかし鎖を緑の光が包みステラの体に巻きついたまま再生、振り回され勢いのまま地面に叩きつけられる。

 とどめと言わんばかりに突進しようとした鎌女が姿勢を崩す。ステラが抵抗するのでなく鎖を逆に全力で引っ張ったのだ。その状態で踏ん張り、スラスターで超加速して鎌女の腹に全力の頭突きを炸裂させた。

 

「ガハッ……!」

 

 しかしそれも緑の波動がわずかに鎌女の体を覆いダメージなど無いように再起動、ステラ目掛け釜を振り下ろし、それをまたステラがブレードで受け止め、その鎌の切先はステラの青い瞳の数センチ先に迫っていた。

 ピーターとウォンは大きな黒髑髏相手に苦戦させられている。どれだけ砕いてもすぐさま元に戻るからだ。

 鍔迫り合いの形で止まっていた二人の上から金切り声をあげながら何かが落下してきた。二人が鍔迫り合いを辞め距離を取るとそこに爆弾でも爆発したかのような衝撃とクレーターが生じ、巨大な金属の両手を持った褐色の少女が立っていた。どちらを見ているかも怪しい視点の定まらない瞳がそれぞれ鎌女とステラを見た。

 

「ギッキャアァァァギァァイア!?」

「何よこいつ」

「お願いどちらも止まって!」

「貴女もうるさいわよ!」

 

 構わず斬りかかろうと鎌を振りかぶった所へさらに矢が飛来し三人の床に突き刺さる。威嚇か? と思う間もなく二人は違和感に気づいた。体を動かす事ができない。見れば刺さった矢はまるで床に影を縫い付けているかのようだった。

 

「何だこの状況は? まあ喧嘩せずお嬢さん方、事情を把握してるのかな?」

 

 矢を放った人物を見てステラは目を見開き、思わず口から言葉が漏れた。

 

「……クリント?」

「おやお嬢さん、俺のこと知ってるのか。知名度あるならおじさんは嬉しいね」

 

 そこにいたのはタイム泥棒作戦で命を落としたクリントン・バートン、初代ホークアイその人だったのだ。さらに赤いモヤが岩を生成し、拘束具のように暴れようとする髑髏を押さえ込んでウォンとピーターが一息ついた。

 

「そうとも、争うのは民主的じゃあ無い。何のため口がついているか考えたまえよ」

 

 聞き覚えのある声にピーターは顔を向けた。ステラも固められながらもぎこちなく首を動かして、その声の発生源に目を向ける。

 そこには赤いモヤを纏った鋼の鎧を身に纏った存在が空を飛んでいた全身は赤を主体として塗装され、ところどころのアクセントといった黄金色は赤に蝕まれたように濁っている。

 

「まず自己紹介させてもらおうか」

 

 それがガシャン、と地面に着地する。赤いモヤがまとわりつきながらもその胸には丸い輝きが存在し頭部のパーツが可動、隠された素顔を露わにする。

 

「────私はアイアンマンだ」

 

 ヘルメットが開かれると、そこには白い髪をして屍蝋のように不健康な顔をしたトニー・スタークの顔があった。



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Chapter:3 虚

「……トニー」

「やあお嬢さん。ちょっとそのまま動かないでいてくれ。それとそこの弓使いくん、ナイスだ名前伺ってもいいかな?」

「そりゃどうも、俺はホークアイだ。おい、あと一人! 鷹の目相手に隠れても無駄だ出てこい!」

 

 クリントの呼びかけに応えるように少し離れた岩陰から飛び出してくる。抵抗の意志はないと言ったばかりに両手を上げながら付近に着地、パーカー付きの黒いロングコートを着た人物は深くフードを被りその顔を伺うことはできない。

 

「ご協力どうも。お前たちどんな集まりだ?  特にスターク、お前死んだはずだがゾンビか?」

「私が死んだって? 冗談はよしてほしいなそうしたら今頃地球は滅んでる。そもそも君ら誰だ? 私が有名なのは仕方ないが……そうマイナーな人達の事は知らないんだ」

 

 アイアンマンスーツが赤いモヤとなって解け、そこにはカジュアルスーツを着た……白髪のトニースタークが立っていた。

 

「……ゾンビというよりヴァンパイアだな」

「失礼だな君」

「スタークさんだけど……スタークさんじゃない」

「今日は失礼が多いな? ウィリアムズ」

 

 ピーターの方を指してスタークがそう言うが当のピーターは首を傾げた。

 

「あの……僕ピーター・パーカーです」

「何? 頭でも打ったか? 大学は?」

「大学? それは……マサチューセッツ工科大学ですけど」

「僕の後継者だろ?」

「あ、それもよく言われてます」

「ならウィリアムズじゃないか」

「いえピーターです」

「待ってほしい。皆が混乱するのも仕方ない、これは多元宇宙(マルチバース)の問題だ」

 

 ウォンが歩み出て全員を見回す。ピーターとウォンを除けば六人、至高の魔術師(ソーサラースプリーム)としての知識からウォンの中で最悪の予想が弾き出される。

 

「あんたは? 多元宇宙とはどういうことだ?」

「私は至高の魔術師、ウォンだ。私とこの少年はステラと同じ世界から落ちてきたが、他は全員それぞれ別の宇宙から落ちてきた」

「ねえ、話の前にこれ解いてくれない? いつまでこの姿勢で居ればいいのよ。あっでもそこのは話通じなさそうだし解かないでね」

 

 ホークアイが影を縫い付けていた矢がオレンジの光になって霧散する。褐色の少女は縫い付けられたまま唸り声を上げるだけだ。

 

「各々自己紹介をしてほしい」

 

 ウォンがステラに目配せをする。ステラは拳銃をしまいブレードを逆手に持ち直すと周りを見渡しながら口を開いた。

 

「私はステラ・シェパード。みんなからはブラックロックシューターと呼ばれてる。私の世界はその……ヒーローがいっぱいいて、仲間がたくさんいて……悪い事を考える人もいるけどみんなが平和のため頑張ってる」

 

 次と言わんばかりにウォンが目線を向けてきたのでトニーが首を掻いた。

 

「……私はトニー・スターク。アイアンマンだ。ヒーローは……私だけだ。私が地球を守ってる。いや、正確には私のアーマーが、かな。世界の危機はあったけれどおかげでなんとか乗り切れた。そこのウィリアムズは私の後継者になる少年だったんだが……どうやら私のところの少年とは別人らしい」

「私はデッドマスター、私の世界もヒーローは私一人よ。そこのブラックロックシューターが反乱分子で抵抗してたけど別人なのね?」

「ホークアイ、クリントン・フランシス・〝クリント″・バートンだ。俺の世界もデカイ戦いがあった。その時スタークも……俺のところのスタークが死んだ。本当に辛い戦いだった。なんとか勝てたが世界はたくさんの悲しみが溢れた。……俺も最愛の人を失った」

「…………私はマト。私の世界は心の世界、意志が力を持つ。私はそこで心を守っていた」

 

「一つ聞こう。アメリカの首都は?」

「ワシントンDC」「ニューヨーク」「アメリカ?」「コロンビアDW」「わからない」

 

 ウォンの常識問題的なものも噛み合わない。褐色の少女は唸り声をあげているだけである。

 それぞれが顔を見合わせる。全員が全員異なる世界である事は分かりやすかった。マトと名乗った人物の世界は物質世界ですら無いらしい。

 

「少なくとも全員が別の宇宙から来た事はわかってくれただろうか? そしてここは虚の次元(ホロウ・ディメンション)。我々全員の宇宙が危機に晒されている」

「事情に詳しそうだな」

「これを知っているのは至高の魔術師だけだ。君たちの宇宙には存在しているかはわからないが、この場で一番事情を把握しているのは私だろう、我々の宇宙ならその仲間がいる。この事態を打開するための手伝いをしてほしい」

「手伝わなければどうなるの?」

「そうだな……少なくとも我々は宇宙と宇宙に板挟みにされて圧死のようなことになるだろう。そしてそれぞれの宇宙は全てインカレーション、宇宙同士の衝突で滅びる事になる」

 

 あまりにも大規模な事態に聞いた全員が息を呑んだ。

 

「宇宙が滅びるとは……想像もつかないな」

「そしてこれには一つの要因がある、皆隠しているか……自覚がないようだが」

「何か法則が?」

「これはインフィニティ・ストーン同士の引力で発生する事象だ」

 

 ステラとピーターを除いて全員が目を細めた。

 

「待ってよウォンさん。僕たちの世界にインフィニティ・ストーンはひとつも残ってないよ? サノスが全部壊した」

「ああ、だから私も思い至らなかった。だがスペース・ストーンやマインド・ストーンに由来しスーパーパワーを獲得したキャプテン・マーベルやワンダと違ってステラは……スペース・ストーンの力そのものを保持している。私やエンシェント・ワン、過去の至高の魔術師達も想定していなかった」

 ピーターはロンドンでの戦いを思い返す。エボニー・マウが保存していたステラが放出したエネルギーはそのままスペース・ストーンと同じ空間を繋げる力を発揮していた。

 

「わかった白状するよ。私もストーンの力を持ってる。立ち話もなんだ、座って話そう」

 

 赤いモヤから上質なゴシック調の椅子が現れた。いや現れたと言うよりは生み出されたと言ったほうがいいかも知れなかった。それに深く座り込んでトニーは大きく息を吐いた。

 

「私はリアリティ・ストーンに寄生されてる。今や僕の手足だけどね」

「……トニーは信用してくれるの?」

「私は子供には甘いんだ。それにシェパード君にウィリアムズ……じゃなかったそちらのパーカー君二人から親愛の眼差しを感じるのに騙してくる悪人だったら私は人間不信になってしまうよ」

「スタークさん……!」

「おっとハグはやめてくれ? この体だからな」

 

 後から椅子に腰掛けたクリントもどこからか石を取り出した。

 

「これはソウル・ストーン。サノスと言ってたな、教えてくれステラ。そっちではソウル・ストーンはどうやって手に入れた?」

「……私は……ナターシャにクリントが自分の命と引き換えに手に入れてくれたって聞いてる」

 

 ナターシャ、と聞いてクリントは目を見開き、細めて優しげに微笑んだ。

 

「そうか……そっちの俺は守れたんだな……だが」

 

 そこから先の言葉をクリントは飲み込んだ。置いていかれる悲しみは痛いほどわかるが同調してはいけない。その悲しみは彼女たちのものだ。ステラもクリントの言い回しからそのソウル・ストーンが誰の命と引き換えになったかを察する。

 

「話を戻そう。ツノ生えた……たしかデッドマスター? あんたは?」

 

 話を振られたデッドマスターは椅子を蹴り飛ばして破壊。しかしそれが時間を巻き戻されて元の状態に戻った。それを見ていた面々を一瞥してから座って足を組み口を開く。

 

「見ての通りタイム・ストーンよ。そっちの会話不能の奴はなんなのかしらね? あなたは? マトさん」

 

 会話不能で未だ暴れようとしている褐色少女はそのままにしておくしかないので、皆の視線がいつのまにか座っていたマトに集まる。マトは微動だにせず、返事のようにフードの暗闇の内から紫色の炎が噴き出る。

 

「はぁ、喋ればいいのに」

「マト君はパワー・ストーン、つまりあそこの剛腕娘がマインド・ストーンって事だな。確認を終えたところでどうするつもりだ? 至高の魔術師」

「まず、我々の宇宙の魔術師と交信の手段を確立を手伝ってもらいたい」

「そうは言われても私は機械のプロフェッショナルの自負はあるが、多元宇宙なんてズブの素人だ。手伝えることなんてないぞ」

「俺もだ。科学者じゃなくてエージェントだからな」

 

 マトも小さく横に首を振り、デッドマスターも肩をすくめた。

 

「まずは問題ない。ただスタークには私の描いた図面通りに祭壇を作ってほしい」

「わかった」

「ステラ、ストレンジが渡した腕輪があっただろう」

「あ、はいこれ」

 

 ウォンが魔術を行使、火花が空中に図面を引く。それに赤いモヤがまとわりつき、寸分の狂いもなく石でできた祭壇が生み出された。満足げに頷いたウォンはそのままステラから例のバビロンの輪を受け取るとそれを祭壇の真ん中に設置。そこから大規模な魔法陣を描き、辺り一帯が明るく照らされる。

 

「ステラ、向こうに届ける為エネルギーがいる。そこの石に手を置いて力をこめてくれ」

「他にやる事は?」

「現状はないな」

「ならあとは待つのみだ。宇宙が滅ぶかどうかの瀬戸際をね」

「そう言われると緊張します」

「何、慣れるさ。私なんて常に両肩に地球の命運がかかってた」

 

 ピーターとトニーがしゃべりつつこちらを見ておりステラと視線があった。頷く二人にステラが頷き返し、力を込めると注がれたエネルギーによって魔法陣が色を変え青く燃える。中央に設置されたバビロンの輪が浮き上がり、さらに魔法陣を展開。そこから力強く放たれた光が虚空に消える。

 

「どうか天球儀の所に誰かいてくれ……」

 

 ウォンは祈るように呟くのだった。



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Chapter:4 現

昨日、二話投稿されている為注意です


『終局を回避する為ならなんでもしよう。僕のアーマーが、世界を守る』

『何がインフィニティ・ストーンだ! 僕の体を食らう吸血鬼か何かの間違いだろう!?』

『僕が守る』

『……"私"が、地球の、人類の揺籠。────アイアンマンだ』

 

「キュイィ〜」

「……あー、モーガン・スターク? そのライトどこで作ったの?」

「おへやのライトだよ。おねぼうはるくバスター」

「あれからこれ生み出せるなんて天才」

 

 変な夢を見たトニーはモーガンの猛攻を受けつつ起き上がる。今日の予定は懇親会だ。新たなアベンジャーズの働きを見て、自分も彼らが動きやすいよう裏でサポートしていくことをトニーは決めていた。経済界には自分が、政府にはスティーブとシャロンが手を回している。そんな根回しも終わり少し遅めの昼食をトニーは作り始めた。

 

「ペッパー、今日はちゃんと焼けたよなんと驚きだ。たぶんキャップの盾くらいまん丸の目玉焼き……」

 

 キッチンで昼ごはんを作ったトニーが皿を持って振り向くといつのまにか火花が散ってゲートウェイが開いていた。そこにはドクター・ストレンジの姿がある。

 

「おいおい何の用だ? そんな気軽に使うならヒーローの移動に使わせてもらっても「緊急事態だ」

「何?」

 

 目玉焼きをペッパーとモーガンに渡してトニーはゲートウェイをくぐりサンクタムの地下に来ていた。

 

「僕は機械のプロフェッショナルのつもりだが……魔術だのはズブの素人だ。で、少年とステラとアイス好きはどこに落ちたんだ?」

「まだわからない。だが何かわかった時各所に一番人脈が広いのはスタークお前だ。違うか?」

「……ハァ、それはそうだ。F.R.I.D.A.Y.使うかわからないがモスボールしておいたタイム泥棒関連の設備を稼働可能状態にしておいてくれ」

『かしこまりました』

「……以前破棄したと言っていなかったか?」

「実際アベンジャーズコンパウンドにあった奴は全部破棄したさ、木っ端微塵だったよ」

「……そういうところだぞ」

「それはもうお互い様だ。ところで……なんか青く光ってるが」

 

 天球儀から展開されているものの一部が青く変色している。ストレンジはすぐさま魔術を行使魔術の赤い火花のような色が青に変化していき、何か繋がる感覚をもたらす。そうすると天球儀からウォンの声が飛び出してきた。

 

『良かったストレンジか!?』

「ウォン、今どんな状況だ。無事か?」

『ああ、こちらは何とか無事だ。ストレンジ、これは虚の次元(ホロウディメンション)が関わる事象だ! 周りに誰もいないか!?』

 

 ストレンジがトニーを見るとトニーは頭だけナノテクアーマーで包んで何も聞こえないアピールをした。

 

「ああ、誰もいない」

至高の魔術師(ソーサラースプリーム)としてはとても遺憾だが……禁書庫にこの事態に対処するすべが書かれた魔導書があるはずだ』

「入る許可をくれるのか?」

『いや違う許可なんてしない。これでも私は兼任で書庫の番人だぞ! ただその……今は番人は忙しくていないということだ』

「なるほど」

『そちらに送られた力を逆転させればこちらに合図を送れる。何か対処ができそうならやってくれ』

「わかった。任せろ」

 

 そうしてウォンとの通信が切れると即座にストレンジは踵を返した。

 

「探りながら必要そうなものを提示していく。科学でどうにかできそうなものは任せたぞ」

「わかってるとも。魔術のものはそちらで、どうやって送り届ける?」

「それも調べる」

 

 ストレンジは立ち止まる事なくその場を後にした。

 禁書庫の封印を解いたストレンジはすぐさま虚の次元に関する資料を片っ端から読み漁る。マントも司書でもやってるかのように本を引っ張り出し、本を複数魔術で浮かせて並行させて読んだりして情報をかき集めていく。

 

「インフィニティ・ストーンの力を抽出するものが必要だ」

「以前作ったリアリティ・ストーン抽出機を応用しよう」

 かき集めた情報から必要なものを脇に浮かせた携帯電話を通してトニーに伝え、トニーは必要なものを次々と組み立てていく。実物が存在せず机上の空論の部分が多いものの、トニーは必要なものを次々と組み上げていった。

 

『大変です』

「どうしたF.R.I.D.A.Y.」

『謎の機械集団が出現しました』

「なんだって?」

 

 ニュース映像でニューヨークのマンハッタン島セントラルパークにまるでアイアンレギオンのような機械の集団が突如出現したと報道している。その顔の意匠にどこかトニーは見覚えがあった。今朝夢で見たのと一緒だった。

 

『我々はクレイドル・ユニット、みなさんの安全と平和を守ります』

『我々はクレイドル・ユニット、みなさんの財産と命を守ります』

『我々はクレイドル・ユニット、みなさんの権利と自由を守ります』

 

 数百、数千は下らないような大量のロボットがそんな事を斉唱しているのだ。しかし危害を加える様子もないようであった。

 

「おいドクター、アレなんだ」

「分からん。だが虚の時空が発生した後、それぞれの世界の境界が薄くなり宇宙を移動する事があるらしい。アレもおそらく我々の世界のものではないだろう。急ごう」

「事態の対処は……スティーブ達に連絡しておく」

 

 そうして準備を終え装置をひとまとめにしたケースを持ってトニーは天球儀を持ったストレンジと共に香港のサンクタムの屋上を訪れた。そこでは大勢の魔術師達が精神統一をして待機している。

 

「すごいな」

「ウォンならもっと集められたんだが……仕方ない。先に言っておくが……これから行うのは全て机上の空論だ。不測の事態が起きる可能性も十二分にある。準備はいいか?」

「ああ、いいとも」

 

 アイアンマンスーツを身にまといトニーが臨戦態勢に入る。それを見てからストレンジが天球儀を手放し、そこに残った青い魔術を送り返す。するとすぐさまウォンの声が聞こえてきた。

 

『ストレンジか? どうだった?』

「解決手段は見つかった。ストーンを一つに纏めて虚の次元を破壊するんだ。以前サノスが行った指パッチンに近い。ステラの体に存在するスペース・ストーンのエネルギーを抽出する装置、タイマー式にサノスの指パッチンを再現する装置の開発も成功した。今からそちらに送る』

 

 ストレンジが天球儀から送られてくる情報をもとにスリング・リングでゲートウェイを開く魔術を行使した。しかしストレンジほどの技量の魔術師がゲートを開くにしてはあまりにも遅い。ゆっくり、ゆっくりと青い火花が散りながら小さく小さく穴が開く。

 その時開かれ始めたゲートウェイの周りの空間にヒビが入り始めた。

 

「抑え込め!」

 

 魔術師達が一斉にそのヒビに向けて修復の魔術をかける。ゲートウェイを宇宙の外側に開こうとしたことにより起きる宇宙の亀裂を拡大させない為だ。ギリギリアタッシュケースが通るほどのゲートが開き、トニーが近寄って中に渡そうとする。しかし、本来すぐさま繋がっているはずのゲートウェイの出取り口は数十メートルほど離れていた。

 

「どうした早く渡してくれ!」

「よく見ろ遠いんだ! それならこうするしかない!」

 

 トニーがアイアンマンスーツに纏わせていたナノマシンを胸のアークリアクターごとアタッシュケースにくっつけ、アタッシュケースをゲートの中に放り込む。そのままナノマシンが推進機関を生成、アタッシュケースを向こう側へ届けた。

 ストレンジがゲートを閉じると無理をしていた代償か爆発のような衝撃波が発生、ストレンジの付けていたスリング・リングが溶けてストレンジが火傷しながら咄嗟に手を払った。

 互いにモロに被害を受けたトニーとストレンジが息を吐く。ヒビも魔術で全て修復され一息をついた。

 

『────して』

『────殺して』

「おいおい次はなんなんだ……?」

 

 空から湧いてきた亡霊のような生物がサンクタム屋上の魔術師達に狙いをつける。

 

「迎撃しろ!!」

 

 起き上がったストレンジの号令と共に、休む暇もなく新たな戦いの火蓋が切って落とされた。ナノマシン全部とアークリアクターを丸ごとアタッシュケースに着けて送り出してしまったのでトニーは一旦逃げるのだった。

 



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Chapter:5 源

予約投稿ミスりました


 ────スティーブ達から連絡が返ってくる少し前。

 

「ねぇ、みんなの宇宙はさ……どんな所なの?」

 

 それは興味だったか、各々で何があったかを探る意図があったのか定かではないが、ピーターは荒涼としたこの虚の次元(ホロウディメンション)で無言のままいる事が耐えられなかった。

 

「どんな所か……と言われてもな。俺にとっちゃ当たり前の景色だ。普通にみんな生きてて、仲間がいて、大勢の人が生きてる」

 

 クリントが口を開く。

 

「逆に君のところは宇宙からの脅威はあったのか?」

「ああ、サノスさ。ピンクのアリクイみたいな奴だ。ヒーローも大勢死んだ」

「私の世界ではそれに会ってないな……この事態が解決した後、気をつけるに越したことはないか……」

「そっちのサノスはピンクのアリクイなの? 僕達のところのサノスは紫のゴリラみたいな奴だった」

「ゴリラか」

「サノスなんて奴はいなかったわね。あなた達の世界のデッドマスターは誰なの?」

「デッドマスター……僕は知らないけど、ステラは?」

「私もわからない」

「私の地球には居ないのは確定しているが……宇宙のことはわからん」

「俺も把握してないな」

「じゃあどうやって命を循環させてるの?」

 

 命の循環? と疑問が湧いたがアメリカの首都がバラバラなくらいだ死生観の言い回しに違いくらいあるだろうとピーターが口を開く。

 

「えーと……僕の世界だと宗教的にはみんな天国で裁判待ってる〜とか死んだら輪廻転生して〜とか色々言われてる」

「……へぇ、いいじゃない」

 

 デッドマスターは心底羨ましそうに微笑んだ後だまりこんでしまった。

 

「みんなの世界ではどうして石が一つだけに?」

 

 沈黙を誤魔化すようにピーターは話を切り出した。

 

「そもそもウィ……ピーター・パーカー、君の世界では石が全て失われた筈なんだろう? 原石を丸々持っている我々と引き合う位の力を持ってるガールはなんだ?」

「さあ……僕もその辺りは……」

「ならそっちの……ソーサラースプライトは?」

「予期していたら我々魔術師も対処していた。空間の歪みが見つかったのも最近だ。それと、私は至高の魔術師(ソーサラースプリーム)だ。炭酸飲料じゃない」

「スプライトはアイスの名前のつもりだったんだが」

「……わーお、マルチバース。ところで、お前達の世界の石が全て無くなった理由、サノスだろ」

「そうだね」

 

 宇宙ごとの違いに謎のカタルシスを感じつつクリントがそうステラに聞いた。ステラが肯定すると腑に落ちたような顔をクリントがする。

 

「あのピンクアリクイめ、どこの宇宙でも石集めか。俺の宇宙でもサノスが石を集めようとしてた。それを俺たちは妨害して、勝った。石も片っ端から砕いたんだ。今後の厄災にの種になるってな。でも、どうしても……ナターシャの犠牲で得たこのソウル・ストーンだけは壊せなかった。結果として宇宙全体を危険に晒すことになってるがな」

「私だってそうさ。リアリティ・ストーンを狙う他のストーンの使い手に襲われた。だから勝ってその度に石を砕いた。私のリアリティ・ストーンだけあればいいってね。宇宙崩壊なんて想像してなかった、軽率だった」

 

 ステラとピーターが首を横にぶんぶんと振る。

 

「そんな、砕くのはその場で判断できる最善に違いないよ! 悪い奴にストーン全て集められちゃったら好き放題されちゃうんだもの! 僕たちの宇宙ではそれが実際に起きたんだ!」

「ストーンが全部あればなんでも思い通りにできる。サノスはそれで私たちの世界の人口を半分にした」

「……それは地球の人口をという事でいいか?」

「違う()()()()()()()()を把握して、一瞬で無作為に半分の命を奪った。その後、またストーンの力を使って全て元に戻せたけれど」

 

 宇宙全体に散らばる命を半分にするなどという荒唐無稽にさえ思える力が全てをそろえたインフィニティ・ストーンにはあった。単独で恐ろしいものとは言え全て揃った際の脅威の跳ね上がり方が凄まじすぎた。

 

「それは、例えば命を奪う以外もできるの?」

 

 デッドマスターが興味深そうに聞いてきてステラは少し思案した。

 

「できる……と思う。でもソウル・ストーンの犠牲になったクリントを……蘇らせようとしてもできなかったから、どこまでできるかわからない」

「そうなのね」

「あなたの世界はどうしてタイムストーンだけに?」

「……そんなの知らないわよ。この石以外にあったなんて事も初耳よ。あとあまりこっち見ないでくれない? 知ってる顔と同じ別人でなんだかもやつくのよ」

「わかった」

 

 デッドマスターはステラに見られるのが心底嫌そうでプイと顔を逸らしてしまった。顔を背けたまま別の話題を切り出す。

 

「それにしてもよく昔の魔術師はこの事を予想できてたわね」

多元宇宙(マルチバース)のことに関しては我々魔術師でも未知の部分が多い。触れることさえ許されない危険な禁断の魔導書などもあるが……」

「触れなくちゃ内容もわからないわね」

「しかしアレは危険すぎた。人の欲望は限りがないが物理的な限界がある。だが多元宇宙にその限りはなく、()()()がそれこそ無限に存在する。どれだけ自制心があったとしてもいずれ魔導書の誘惑に抗えなくなり欲望のまま動く怪物になるだろう。だから触れてはならぬ禁書なのだ」

 

 カッコよく決めたウォンがしかし頭を抱える。

 

「禁書庫の中でも格段に厳重に封印されているんだが……大丈夫だろうか」

 

 必要とあれば見るだろう。ストレンジはそういう男だ。自制心どころではない己を律する精神もあるが……虚の次元に関してはその本は本流でないのでスルーしていることを願うウォンだった。

 ふとステラの隣にマトがやってきた。そのフードの下は暗闇に包まれていて顔を伺うことはできないが何か言いたげであったのでステラはどこにあるかわからないなりに目を合わせたつもりで見つめた。

 

「傷つき、傷つけられる痛みを知っている、それでも先へと進む勇気を持つあなた達に私は敬意を表する」

「ありがとう。……あなたの世界はどうしてパワー・ストーンだけが残ったの?」

 

 ステラの問いに少し間を置いてマトは口を開く。

 

「私の世界は、心が形を作っている。私やそこの住人思念体。顕現体がいる限り思念体に終わりの概念はないけれど、その心の澱みから私たちは生まれて、戦い、死ぬ。そうすることで心の安寧を守っている。その中で石の力を得た存在をホロウズと呼んだ。石の力を得て戦いで死ななくなった。でも私以外のそれらはみんな顕現体に何かあったのか、石の力のごと消滅してしまった」

「顕現体?」

「私たちを形作る人たち。私たちの宇宙だけど、私たちとは別のところにいる」

「君は我々で言えばアストラル次元(ディメンション)のアストラル体に近いのか?」

「たぶん、そう。私たちが死なないと心の澱みが消えることはない。溜まった澱みから顕現体に何かがあったのかもしれない」

「石の力を保持しながら虚の次元(ホロウディメンション)に閉じ込められてる私達の方がよほどホロウズな気がするよ」

「あなた達は違う、彼らみたいに消えずに元の世界に戻れるはずだから」

「それはありがたい言葉だ」

 

 ふとピーターはフード内の暗闇の下でマトが笑ったような気がした。声と体格からして女の子なのはそうだが、ロングコートの隙間から覗く足は病的に白く彫刻のように華奢な印象を受ける。なんとなくではあるが、初対面の頃? のテリアに近い印象を抱いた。

 そしてそこでバビロンの腕輪に反応が返ってくる。ウォンが飛び跳ねて魔術を行使、ステラも手伝いで再びエネルギーを送り始める。

 

 

「ストレンジか? どうだった?」

『解決手段は見つかった。ストーンを一つに纏めて虚の次元を破壊するんだ。以前サノスが行った指パッチンに近い。ステラの体に存在するスペース・ストーンのエネルギーを抽出する装置、タイマー式にサノスの指パッチンを再現する装置の開発も成功した。今からそちらに送る』

 

 火花が散り無理やりこじ開けるようにゲートウェイが開き始める。

 

「……ストーンを一つにまとめる」

「ウォン、たぶんタイマーで指パッチンをやってもダメ。あれは人が行使する必要がある」

「なんだって? おいストレンジ聞こえるか? タイマーで指パッチンは無理だとステラが────」

「待てスプライト、輪が溶けてるぞ」

 

 リアリティ・スタークの言葉にウォンが魔術の中心にあるバビロンの輪を見れば赤熱し溶解し始めていた。

 

「不味い……みんな逃げろ!」

 

 開いたゲートウェイからナノマシンで覆われたアタッシュケースが飛び込みゲートが閉じた途端、輪と魔術、そして閉じた場所からとてつもない衝撃波が発生し、一同は吹き飛ばされた。



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Chapter:6 三つ巴

『悲しんでる。理が壊れたこの世界で、誰よりも優しいのに、世界を巡らせる為殺さなければいけないから』

『あなたがいれば私は頑張れる』

 

 髑髏を二つ使役し、命の巡りを止めた世界で一人戦い続ける少女がいた。

 

『もう休んでいいんだよ。もう、世界の事なんて気にしなくていい』

『ダメよ。私が頑張らないと』

 

 彼女が心の拠り所にする少女もいた。

 

『大丈夫だよ。もう……頑張らなくていいの』

『ブラックロックシューター ?』

 

 少女は世界より少女の安寧を願った。

 

『────殺してあげる』

 

 だから、少女は反乱を起こした。

 

 

 パラリ、と頭の上に被った破片の感覚でステラは目を覚ました。体を起こして頭を振り辺りを見渡す。クレーターができていて、少し離れたところでピーターが倒れていた。外傷もなさそうなのでペシペシと頬を叩いてみるとゆっくり目が開き、一旦閉じてからカッと見開く。

 

「や、やあおはよう。みんなは?」

「わからない」

 

 仰向けに寝た状態から跳ね飛んだピーターが着地、ウォンを見つけて駆け寄るステラを横目に倒れているリアリティ・トニーとソウル・クリントを助け起こす。

 

「死ぬかと思った」

「ああ、私もだ久しぶりの感覚だ」

「二人とも元気そうでよかった」

「ピーター、ウォンが起きない」

 

 呼吸も外傷もないが、目を覚さないウォンをステラがお姫様抱っこして連れてきた。トニーがモヤからアーマーを生成、そこからスキャンの光を当てウォンを検査し異常が無いことを確認するとフカフカのベッドを生み出してそこにウォンを寝かせた。

 

「羽毛100%だ、ゆっくり寝かせ……おい待て、あの両手金属ガールは何処に行った?」

 

 拘束されていたであろう場所に推定マインドストーンの少女がいない。マトも居なかった。

 

「ぁ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛!!」

 

 悲鳴か咆哮かわからない叫びが丘の向こうから聞こえベッドにウォンを寝かせたまま四人が戦闘モードで急行する。そこには紫の炎を帯びた鎖に全身を巻き取られ杭によって地面に無理やり押さえ込まれている推定マインドストーン少女がいた。傍にはマトが立っており、手を掲げると紫の炎の形をした薬莢や砲身ブレードが寄り集まるように輝き、存在が固定されたようにその右手には巨大な槍のようなモノがあった。ちょうどステラのイノセント・カノンランスのランス部分を主体に作ったような見た目をしている。それを拘束から逃れようとする少女の首に、まるで断頭台の刃のように据える。

 

「おい待て何をするつもりだ!」

「この子は心を石に喰われている。それを解消する術を私は持っている」

 

 止める間もなくマトのランスが振り下ろされ、四人は落ちる首を幻視した。しかし少女の首が落ちることはなく、代わりにその体から黄色い石がポトリと落ちた。

 

「マインド・ストーン!」

 

 ランスが振り下ろされた時点で少女は気を失っており、拘束していた鎖を消してマトが担ぎ上げる。ウォンの隣にもう一つベッドを作りそこに少女も寝かせた。ピーターが吹っ飛んでいたナノテクに包まれたアタッシュケース拾ってきて開くとそこには言っていた通りストーンを六個はめる装置とタイム泥棒作戦の時に見たリアリティストーンの抽出装置のようなものがあった。ピーターはとりあえずマトからマインド・ストーンを受け取ってはめ込む。

 

「抽出装置、何人分必要だ? 私も切り離せないからな……部品にスターク・インダストリーと情報が含まれてる。作ったのは別の私か」

 

 抽出機を複製する為こちらもリアリティ・トニーがスキャンを行う。そうして抽出機を複製し終え、リアリティ・トニーがストーンの装置に触ろうとした時、ピーターがそれを阻止した。

 

「……なんのつもりだ少年」

「……ほんとごめんなさい、咄嗟のことだったんだ……でも、すごく嫌な気配を感じた」

「正解だと思うわよ」

 

 そんな返答と共に、沈黙に包まれていた場にヒールの音がコツンと響く。そこにはデッドマスターが立っていた。

 

「そうよねぇ、魔が差すことくらいあるわよ吸血鬼さん」

「おい、どこにいたんだ?」

「そんな事どうだっていいじゃない。あなたの考えた事を代弁してあげる。この事象を解決したあと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って考えてるでしょう?」

 

 トニーの顔はその言葉に笑みひとつ浮かべていない無表情で返した。

 

「なんでわかったのかですって?」

 

 対して口角を上げたデッドマスターから二つの黒い髑髏が出現する。

 

「同じ事を私も考えてたからよ」

 

 リアリティ・ストーンで生成された棘の拘束具とデッドマスターの黒い鎖の拘束が同時にステラ達に襲い掛かる。回避できたのはスパイダーセンスを持ったピーターだけだ。

 

「クレイドル!」

 

 アーマーを纏ったリアリティ・トニーの拡散した赤いモヤからロボットアーマーが生み出されブースターで空を飛びデッドマスターの髑髏と戦闘を始める。

 

『我々はクレイドル。直ちに武装解除し』

 

 一体のアーマーが容易く破壊される。明らかに強さは髑髏の方が上であるが無尽蔵に生成されるロボットアーマーに徐々に髑髏も傷つき押されるが、タイム・ストーンの力で時間が戻り修復される。

 

「ダメだこれ取れない!」

「私のことよりどうにか二人を止めて! 石を全部手に入れるなら、上手くいっても二人が死んでしまう!」

 

 拘束されたステラ達をピーターが助けようとするが、ピーターをして異様な頑強性を持った拘束だ。何か手段はないかとピーターは辺りを見渡し始めた。

 投擲された大鎌でスーツの左腕が破損する。しかしすぐさま新たな左腕が生み出されビームを連続発射、デッドマスターの体を焼く。

 アイアンマンスーツはナノテクでなく合金で作られたものだ。だがリアリティ・ストーンの力で剛性とナノテクの応用性を兼ね備えた最強のアーマーと言っても過言ではなかった。デッドマスターが砕く端から再生、いや新たに生み出され続けている。逆にデッドマスターもどれだけ手傷を負おうとも時間が巻き戻され無かったことになる。

 まさに千日手であった。それをピーターは止めに入りたいが流石にアイアンスパイダーも何も無しにあそこに割って入るのは無理である。

 

「私が拘束を壊す」

「わっ君は!」

「私はストレングス。石を取ってくれて感謝する」

 

 

 ストレングスの巨大な腕がさらに二つ増え、四つの腕になり、その見た目に違わぬ剛力でステラの拘束を引き剥がしにかかる。それを横目にピーターはアタッシュケースにくっついているナノテクアーマーと、アークリアクターを見て閃いた。拾い上げるとアタッシュケースの部分を引っこ抜いてそこに持っていたストーン制御装置を突っ込むと、昔見たことあるトニーの真似をしてアタッシュケースを踏んづけながら引っ張る。それはちょうどアイアンマンマーク5の装着動作であった。ナノテクで形を変えてピーターをアイアンマンスーツが包む。ここが地球だったらF.R.I.D.A.Y.のサポートでナノテクアーマーがアイアンスパイダー風に形を変えてくれただろうがそんな都合良くはいかない。

 

「よし! って飛び方わかんない!」

 

 トニーの真似をして飛ぼうとしたもののうまくいかずそのまま走り出す。パワーアシストもあるがスパイダーマンたるピーターにはあまり寄与していない。ウェブを発射してクレイドルの一体を引っ張って地面に叩きつけつつその反動でリアリティ・スタークに向けて飛びつく。

 

「スタークさんやめてください!」

「邪魔するな少年」

「よそ見してる暇が────くっ!?」

 

 追撃を加えようとしたデッドマスターに砲撃の雨霰が降り注ぐ。髑髏二つが重なり防御態勢をとると、髑髏を埋め尽くそうと張り付いていたクレイドル・アーマーロボットが木っ端微塵になる。その先にはマトからランスを借りたステラの姿があった。散らばった大量の薬莢を踏んづけて少し足を滑らせながらも弾切れになったランスを捨てスラスターに点火、デッドマスターの前に飛行する。

 石を全て手に入れる為争っていたリアリティ・トニーとデッドマスターの間にステラとピーターが立ちはだかる変則的な三つ巴の戦いが虚の次元(ホロウディメンション)で火蓋を切った。



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