嵐の夜に飛び立とう (月山ぜんまい)
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 1、プロローグ

 初投稿、どうせ書くなら人気作品にあやかった方が人の目に触れるかと思って、書いてみた。連載再開祈願込み。

2022年03月08日改稿
2024年03月26日改稿



   1、プロローグ

 

 「・・・正月早々何ヤってんすかね、おれら・・・」

 

 

 ボンヤリとした頭に、まだ若い男の声がした・・・誰?

 記憶が混乱して、なにが何だかよくわからない。

 

 

 「何って墓掘りだろうが、オヤジにたっぷり小遣い貰っただろう・・・」

 

 

 ガタゴトと、よく揺れる。

 車の中・・・だろうか。真っ暗で見ようとしても光すら感じられず、全身が麻痺したように感覚が無い。

 まったく、身動きがとれない。

 

 

 「それっすよ」

 

 「・・・それってなにが?」

 

 

 どうやら、しゃべっている男は二人のようだ・・・いや他にも二人、いるような・・・、それに動物・・・馬?

 ・・・気配を?感じる。

 

 ・・・特に、それらしい音や匂いが有るわけではない。だが分かる。

 まったく馴染みのない感覚だ。

 何だこりゃ?

 ・・・何で私にこんな事が分かる?・・・私はただのオタクサラリーマンで、今日は・・・さっきまで・・・。

 何だ?なにが、どうなっている。此処はどこだ?

 ・・・確か、最後の記憶は・・・

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・ああそうか。

 

 

 

 私は思い出した。

 

 

 出張中の私の乗ったジャンボ機が太平洋上で突如爆発四散し、空中に投げ出されてあっという間に意識を失った事を。

 

 目の前を横切ってお茶のペットボトルが濃い青空に消えていったのが、最後の記憶だった。

 ポイントシール、集めてたんだが・・・・・と、いうことは、だ・・・・・・・・転生・・・ですか?

 

 ・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・フッ、・・・フッ、フッ、フッ・・・ッ!

 

 ・・・・・・・・・クッ!

 

 

 

 ヨッシャー!!!

 

 

 

 いやいや、まてまて・・・ふー、ふー、ビークール、ビークール・・・抑えて抑えて・・・。

 あれ?私、息してる?全身痺れてて良くわからん。

 ・・・いや違う!そうじゃなくて・・・・あ、そうか情報!

 せっかく現地の(たみ)が貴重な情報を只でくれようとしているんだから、傾聴しないと。

 

 

 「・・・いつもならガキの死体なんか其処らの路地かドブにでもうっちゃって、地回りの警邏隊か物乞いどもに小銭をヤって終いにするじゃねーすか。

 何で今回はわざわざ金と人手かけて、墓に埋めるんすか?わざわざ上物の棺桶まで用意して」

 

 パンパンと、何かを軽く叩く音がした。

 話し手の片方は、かなり若い男のようだ。かすかな苛立ちが声に混じる。

 

「・・・こいつは、信賞必罰ってやつだ」

 

「・・・しん・・・ばつ?」

 

 若い男は、アホの子のようだ。

 

「・・・まあ簡単に言うと、ジンクスみたいなもんだな。

 組織を儲けさせたやつにゃ褒美をやって、損を出したやつはシメる。

 そうやっていくと、組織が、上手く回って行くってわけだ・・・」

 

 

 ・・・ど、どうやら彼らは堅気のみなさんでは無さそうですね。

 子供の死体を埋葬しに行くようですし、身体の痺れが取れ次第上手いこと抜け出したいとこですね。

 しかし、私はどういう状況なのでしょう?

 何で、この車に乗せられているのでしょう。

 しかも、聞くからに子供の死体と一緒に!

 割りとハード系の世界なのかね?

 

 

 

 「・・・・・・?」

 

 「・・・チッ、わかんねーか・・・そーだなぁ、うちの組織は其処のガキのおかげですげー儲かった。そこまでは分かるな?」

 

 「はあ、・・・人体収集家、とか言う胸糞悪い趣味の連中ですよね、年末に集まってた」

 

 「・・・上流階級の高尚な趣味。だそうだ・・・幹部の前じゃ口を閉じてろよ・・・お前が埋められちまうぞ」

 

 空気に、かすかに重いものが混じる。

 

 「わ、わかってますよアニキ・・・」

 

 若い男がビビる。

 

 「でだ、年末のオークションで、そのガキの手足やら目鼻、内臓や頭皮の金髪付き、あと耳もか?・・・なんかが、べらぼうな金額になった。

 それこそ、ちょっとしたモンだったらしい」

 

 

 いや、そんなに細かい情報は要りません。

 アニキ几帳面すぎ。

 

 

「だもんでボスは、ガキをきちんと埋葬してやることにした」

 

 「・・・ボスが儲けさせてくれたガキに、駄賃か祝儀を出したって事ですかい?」

 

 何か半笑いの疑わしげな口調で、若い男が言った。

 

 

 彼らのボスはかなり吝嗇で、かつ酷薄らしい・・・さすがボス。

 

 

「もちろん違う、ジンクスだって言ったろ?まあそれだけじゃ無いんだが・・・」

 

 

 あ、やっぱ違うんですか。

 

 

 「・・・なんか、昔ボスの会った凄腕のハンターが、『良い獲物にたびたび出会うには、狩った収獲物を大切に扱うことだ』って言ってたらしい。

 そうすることで其の獲物が死んだ後、また生まれ変わって戻ってくる。

 ・・・・んだ、そうだ」

 

 「・・・・ヨタ話じゃネんすか?」

 

 パシッ

 

 誰かが叩かれた音がした。

 

 「・・・オレ相手なら好きに言っても構わない、信じる信じないは好きにしろや、だがな、ボスは其れなりに信じてる様だぞ、循環思想?とか言うらしい」

 

 

 四字熟語マニア?

 

 ハ、ハンター・・・・冒険者じゃなくてハンター・・・・ま、まさかね。

 

 

「・・・・ジャン・・・ケン?・・・え、よくわかんねーけど分かりやした、要は、ボスの験担ぎっすね」

 

 「あー、まあ取り敢えずはそれでいい、ボスもそんなマジってわけじゃねえし。

 お前ら下っぱは、上に言われた事をすんのが仕事だからな」

 

 アニキは、説明をあきらめた。

 

 

 どんまい!

 

 

 「ウッス!  ん、ああ・・・、ところであれっスか、やっぱ内臓が一番高く売れたんすか?」

 

 若い男が、露骨に話題を変えようとしている。

 

 「・・・たしか、心臓ばっか集めてる、すげえ金持ちが来てたっ・・・」

 

 

 ガクン、と揺れて車が止まった。

 辺りが、一瞬静かになる。

 目の利かない痺れた身体に、少しの慣性がかかる。

 ボソボソとアンちゃん達が何か喋っているが、良く聞こえない。

 かわりに、なんか馬のいななき?のようなものが微かにきこえた。

 

 

 ほんとに車か?

 

 

 「・・・え?本当にアニキが墓穴掘りするんすか?」

 ざわつく騒ぎと共に、若い男の声が先程と違った位置からする。

「けっこう雪積もってますし、下の地面なんかきっとカッチカチッスよ?オレらでやりますよ!」

 焦った声だ。

 

 

 雪?そういや新年とか言ってたような・・・それにしても、アニキ分が労働するのか?

 

 

 「お前らに任しといたら日が暮れるわ、俺がやれば"周"で直ぐ終わるんだよ。

 ・・・おい、シャベル何処だ?」

 

 

 ・・・・・・周!

 

 

 「あぶねえから、近寄って来んなよ」

 

 アニキは、わりと面倒見がいい。

 若い男達が、熱心に返事を返している。

 

 

 ・・・ほぼ確定ですね。

 

 近づくな云々は、オーラに接触させない為かな。

 

 ・・・・・大分ハードな世界に来ちゃったなあ。

 

 

「ああそれと、そろそろ凍死してるはずだから棺桶の蓋被せて釘打ちしとけよ」

 

 アニキが、ついでのように呟いた。

 

「・・・え?こいつ生きてたんすか!・・・・・・たしか心臓も取っちまったんじゃ・・・」

 

 若い男が驚いている。

 

 

 子供、生きてたのか。

 あ、いや、もう凍死してるのか。

 

 

 ・・・・生きてる・・・・

 

 

「心臓だけじゃない、肝臓と腎臓もだ。

 ガキを持ち込んだハンターが、そういう『能力』の持ち主で、あと3日はこのまま死なずに生きてるそうだ。

 確実に殺しておきたいんだが、ハンターの能力の効果が残ってるせいで呼吸もしてねえし、燃えもしねえ。

 なんとか引導を渡してやろうと、夕べから棺桶の蓋開けさしといたんだが・・・冷えもしねえ、無駄かもしれねえな」

 

 ガスガスと道具を雪に突き刺し、具合いを確かめる音がした。

 

「そ、そうなんすか」

 

 若い男はポカンとしている。

 て言うか、ちょっと引いてる。

 

「『死者の念』って言ってな、ごく稀にだが強い恨みを持ったまま死ぬと、生き返って襲ってくる勘違い野郎がいるんだよ。滅多にねえがな」

 

 

 死者の念ね、なるほどなるほど。

 

 ・・・・死んでない子供って、やっぱり・・・・

 

 

「い、生き返るんすか?」

 

 若い男のビビった声がする。

 

「ごく稀にだ、こいつは種族が特殊で心得があったからな、まあ念のタメだ」

 

「ね、『念』スか!」

 

「馬鹿!ちげえよ、その念じゃねえ」

 

 アニキは苦労人。

 

「お前らも、一応埋めちまうまえに止めさしとけ、やらねえよりましだろ」

 

 

 まったく感覚は無いが、嫌な振動とにぶい音だけが何度か響いた。

 

 

 はい確定。かわいそうな子供=自分でしたぁ・・・・・・

 

 

 気のいいチンピラどもだが、やってることは相当酷いな。

 

 ハンターハンターの世界だもんな。

 

 ・・・・・あれ?このままだと私、埋められちゃわない?

 

 

「・・・ああそうだ、心臓じゃない、一番高く売れたのは目だってよ、」

 

 アニキが、車?から離れながら言った。

 

「そのガキはクルタ族っつう少数民族で、奇妙なことに目玉が緋色に光るらしい、そのせいで高値が・・・」

 

 徐々に離れて行くアニキの声は、棺桶の蓋が閉じられる音と共に途切れた。

 

 

 クルタ族!

 

 

 

 




 


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 2、記憶

 10話までは、毎日更新。


 

   2、記憶

 

 

『私、転生者、今お墓の下に埋まっています・・・・』

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 『神様~、助けてくださ~い』

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 『あの・・・誰でもいいんで、助けてくださ~い・・・は、早めにお願いしま~す』

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 返事なし・・・あまりのショックでちょっと呆けてたから、おそらく三十分は経ったはず、外には、いや地上にはもう誰も居ないだろう。

 そして、誰も居ないのに助けが来る気配もない。

 いくら私が元引きこもりの高校中退とはいえ、これはひどい。スマホもネットも無くては、助けも呼べない。

 駄目だ、これは駄目なやつだ、全身痺れて芋虫状態で墓に埋められる。

 難易度マックス!いや、アルティメット!ナイトメアモード!

 

 ドナイセーちゅうんじゃ!

 

 ・・・・・・・

 

 エセ関西弁で、突っ込み入れたら一寸落ち着いたな。

 どうせ、前世じゃ飛行機ごと太平洋にばらまかれて魚の餌になってた訳だし、今生は、墓に埋められているだけましだと考えよう。

 

 よしよし。

 

 じゃあ次にどうするかだ。

 諦めるのもひとつの手だが、せっかくの異世界転生!しかも、私もわりと好きなハンターハンターの世界だもんな・・・・できれば見学したい、関わりたい、修行して謎の拳法身に付けて、バトってみたい!

 ・・・いや、運動や修行は好きな方だから、武術を身につけるのは出来そうだが、よく考えると、メインキャストは化け物揃いだから、あんま近寄らない方がいいのかなあ。

 それでも、身を守れる程度は強くならないとな、なにせ、死亡フラグ満載の世界だもんな。

 今も、墓の下で死にかけてるし。

 

 ・・・情報を纏めよう。

 私を埋めたチンピラたちの話によると。

 

 

 

 新年である。

 

 町?から少し離れた墓に埋められた。

 

 私の身体は、子供である。

 

 私の身体は、かなり欠損が激しい。

 

 私の身体の一部が、売却された。

 売ったのは、マフィアンコミュニティーっぽい。

 

 死ぬはずなのに、ハンターの念能力で死んでない。

 

 あと三日は死なないが、あと三日で死ぬ。

 

 ハンターハンターの世界である。

 

 原作でも有名な希少種族、クルタ族である。

 

 あとは、念の素養が有ったような事を言ってたか?

 クルタ族っていうのは良いな、勝ち組だ、眼はもう無いけどな・・・

 

 よし!今のところこんなもんか。

 

 さて、転生直後の情報収集で、よく在るやつだと残ってるのは私自身の記憶か?

 いや、私が乗り移ったこのクルタ族の子供の記憶と言うべきか?

 憑依のショックのせいか、居た筈の子供の意識も感じないし、その記憶が、どっと押し寄せる様な事案も無い。

 なんか、前の持ち主が居なくなった後に、すっぽりはまった感が半端無いんだよなあ。

 身体の前の持ち主が、意識が、魂が、既に居ない。

 身体が生きてるのに精神だけ死んじゃうなんて、有り得るのかねえ。

 

 ・・・いや、まずは記憶、ちょっと集中してみよう。

  

 えっと、なんだ?

 ・・・・・変な感じ・・・今まで思い出した事もない、体験したことのない映像が、頭の中に在る。

 短い数秒のものが幾つかと、ちょっと長いものが二つ、あと、無音だ。音が無い。

 まとめると。

 

 1、石造りの、中世風の街並みを、襤褸を着て路地から眺める、かなり頭身の低い自分。(おそらく幼児期、雰囲気から孤児かホームレス)

 

 2、窓際の、古い作業机で銀細工をする髭の老人と、机の上に頭を出し、それを見つめる自分。(老人の目は優しそうだし、貰われたか拾われたっぽい)

 

 3、板張りの広めの部屋で、老人と並んで座禅を組む、もう幼児ではないが、まだ小さな自分。(念の修行?)

 

 4、ちょっと長いやつ一個目、小さな葉っぱを浮かべた水の入ったコップに、両手をかざす自分。

 水の中には、白い欠片が生まれ、みるみる大きくなって、卵形、と言うか卵になる。

 コップの縁まで水が入っていたのに、何故か溢れず、卵の体積分水が減った。(間違いなく水見式!変化が派手!特徴的でユニークだが、水に不純物が混じるのは、具現化系の特徴のはず、六性図で隣になる特質系寄りの具現化系か?)

 

 5、長いやつ二個目、前のやつと同じ水見式のシーン、初めは同じ記憶かと思ったが、ちょっと、いや大分違う。

 葉っぱの浮いたコップに手をかざしている処までは同じだが、今度は浮かべた葉っぱがゆっくりと回転し始めた。(操作系!これは、原作に出てきたあれか?)

 回転が徐々に速くなっていくのに気を取られていると、突如コップの水の表面張力が破れ、水が溢れ始める。(強化系!)

 溢れる水の色が、無色透明から綺麗な青色に変わってゆく。(放出系)

 コップの向こう側に居た老人の手が動き、青い水に指を突っ込んでペロリと嘗め、驚いた顔をした。(変化系、なに味?)

 最後に、前回の記憶と同じように水の中に卵が出来上がってゆく。

 卵が出来て終わりと思ったが、終わらない、続きがある。

 コップの底に、二つ目の卵が出来て、続けて三つ目、四つ目が、あとからあとからコップの底に生まれてゆく。

 コップから溢れ、縁を越えて落ちた卵は割れてしまい、中から青く染まった、おそらく何か味のついた水がこぼれた。(やっぱあれだ、原作のクルタ族出身者が持ってた公式チート。

 感情が昂り、眼が緋色に光ると、短時間だが全系統を百パーセント自分の得意系統に変えてしまうクルタの異能!

 

 絶対時間!

 エンペラータイム!

 

 ・・・私、眼、無いじゃん!)

 

 6、これが最後、ちょっと鬱。

 薄暗い路上、血だまりの中にうつ伏せに倒れ込む老人と、サーベルのような曲剣を持った黒い影。

 視界の隅、震える小さな手に持つ銀細工のナイフに、自分の二つの緋眼が映り込んでいる。(時系列的にも、この記憶が最後。

 今、この状況に繋がっているっぽい)

 

 

 ネット動画を見せられたようで、あまり現実感は無いが。

 

 

 ・・・・・合掌・・・・・

 

 

 この身体に、念の素養があるのは間違いないらしい。

 しかも、修行の段階が水見式まで進んでいたなら、“発“の能力をどうするか選ぶ直前だったはず。

 無論、既に選んで作ってキャパシティーすっからかん、の可能性もあるが、念の醍醐味!必殺技である“発“を作る為の容量、キャパシティーは、魂が入れ替わった時リセットされた、と考えよう。

 ・・・・だといいなぁ。

 

 うん?・・・・・・・念が使えるなら、前の身体の持ち主は、痛みや苦しみ、現状の混乱と恐怖から逃げようとして、無意識に、そういう“発“を作り、精神だけ肉体から抜け出してしまった可能性が有るんじゃね?

 そんで、そのまま帰ってこれず、オーラが尽きてポシュッと消えてしまった・・・・とか?

 無意識の“発“なら条件も曖昧だろうし、戻れる前提なら残った肉体に、気配が無さすぎる。

 そういうの、今敏感だからね。

 外部の情報、物理的に遮断されてるし。(自虐)

 まてよ・・・私自身、彼の魂が消える時、復讐の為やらなんやらで“死者の念“で呼び出された可能性も・・・・無いな。

 それなら何か、縛りか、恨み節のお知らせやらが残っていそうなもんだ。

 

 まあいい、転生の礼だ、復讐はするとしよう・・・・強く、十~分に強くなったらな。

 誓おう、ゲッシュだ。

 今の、無様に埋められている現状ではただの寝言だが・・・・。

 

 とにかく、上手く肉体のスペックを発揮出来れば、私にも、それなりの“発“が作れるはず。

 

 集中!集中だ!

 

 ・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・?・・・・・

 

 あ?・・・と・・・解る、感じる。

 

 これがオーラ・・・・・ここから・・・

 

 “纏“!オーラを纏って・・・・・次は・・・

 

 “絶“!精孔を閉じ、オーラを断つ・・・・からの・・・・・・・

 

 “練“!精孔を広げ、オーラ放出量を増やす・・・・混ぜて・・・・・

 

 “凝“!オーラを一ヶ所に集める・・・・できる、できるぞ。

 

 慣れれば、結構安定してできる。

 “発“はともかく、他の修行も一通り出来るだろう、何度も通った道って感じがする。

 安定感ある。

 子供なのに。

 能力高過ぎ!

 転生特典か、肉体のスペックか、はたまた前任者の努力の賜物か。

 何にしても、ありがたい。

 ・・・そうだ、あれも試さねは。

 

 ふん!・・・・燃え上がれ、俺のコスモ的な何か!

 

 ・・・・・・!!

 

 おお!何かぐるぐるしてる。

 緋眼状態になると、オーラの系統が曖昧になって、偏りが出るらしい。

 記憶に有ったように、各系統を操る事もできそうだが、『絶対時間』キリッ!とは言い難い。

 一応、眼が無くても『絶対時間』ッポイものは発生するみたいだな。

 

 よし、やれそうだ。

 状況はかなり絶望的だが、足掻くとしよう。

 

 “発“、を作る上で、まず念頭に置かなくてはならない事は、回復系or再生系が必須!と言う事だ。

 ただでさえ子供で非力なのに、五体他、欠損部分が多すぎる。

 まず、回復系でパッと思い付くのは、『大天使の息吹』、作中の念能力を使ったゲームに出てきた最高の回復アイテムだが、反面キャパシティーを凄い喰いそう。

 具現化系だし、系統も合ってるが、これを今“発“にするには、一寸工夫が要る。

 あれだ、制約と誓約。

 ルールと誓い。

 最早、安定の原作知識、“発“の発動と行使に約束事を設け、キャパシティーやオーラの使用量を節約し、威力を高める、念能力者なら誰でも知ってる主婦の知恵。

 例えば、年に一度しか使えない、とか、まる一日集中して発動する。五割の確率で失敗する。語尾がニャになる。などだ。

 軽いものなら作用も弱く、己の命を賭す様なものなら効果は抜群、いや絶大だ。

 たしか、原作キャラのクルタ族出身者が、此れに依って遥かに格上の敵を倒したはず。

 ・・・・そう言えばかなり後になって、作中で『絶対時間』に、『秒間一時間寿命短縮』とか言う、とんでもない制約があるのが描かれていたような・・・。

 制約が在る・・・と、言う事は、『絶対時間』は“発“の可能性があるのか?

 恐らく、訓練次第で制約無しでも行けそうなんだが、手間と暇が掛かりそうだから時短の為に“発“にしたのかも。生き急いでたからな、彼・・・。

 何にしても『大天使の息吹』は、悪くない能力だが、戦闘には全く役に立たないのがネックだ。

 あと思い付くのは、ファンタジー定番の、『再生』。

 何度切っても、蛇の頭が又生えてくる、とかのあれだ。

 強化系は、高速で怪我を癒す事が出来るみたいだけど(治癒力強化)、流石に腕や足を生やす様な真似をするには専用の“発“が必要だろう。

 それに、強化系は、再生すると凄い腹が減りそう。偏見?

 

 具現化系で、ポーション造るってのは有りなのか?効果が今一でも、何度かに分ければ、内臓や手足、それに眼も治る・・・・

 

 

 ・・・・・・不味くね。

 

 

 回復能力を持った、クルタ族の子供。

 

 もし、捕まえて閉じ込めておければ、労せずして定期的に緋の眼が手に入る。

 そのスジの人、垂涎の、金の卵を産むガチョウの誕生じゃん。

 

 

 うん、回復能力は、戦闘用の“発“とセットで考えよう。あと当面、誰にも見つからない様にしないとヤバイ。

 いや、マジで。

 

 

  

 

 

 

 



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 3、アイディア

   3、アイディア

 

 ・・・・・よし、発想を変えよう。

 傷を癒し回復させるんじゃなくて、SFのサイボーグのように、新しく造ってくっ付けよう。

 幸い、私の念の適性は具現化系、物を造り出すのは得意分野だ。

 

 まず・・・まず、サイボーグは無理だな、細かい構造とか電子回路とか無理スジ過ぎる。あと、自分で言うのもなんだが、一ヶ所ずつ造るには、欠損箇所が多すぎる。

 でも、方向性は合ってる。

 ただ、もっと自分に、いや、念に相性の良いシステムを構築しないと。

 ・・・錬金術師風に、大きめのホムンクルスを造って、ロボと操縦者の様に、中に収まるのはどうだろう?ホムンクルスの中で保護されて、ゆっくり回復していく。ちょっと標本っぽいが有りか?

 ・・・いや、一発勝負で人間一つ造り出すのは無謀だな。時間も技量もたりん。

 

 時間は3日、いや恐らく2日少々、技量もおそらく、やっと“発“が作れる様になったばかり。イメージし辛いものや、高度なもの、確認や予備知識が必要な物は全てNG・・・・・詰んでね?

 

 まだだ、まだやれる(空元気)!

 

 アイディアが有っても、リソースが不足。社会人なら何度も経験するシチュエーション。こういうのは、リーダーが、担当者集めてブレストすると、わりかし直ぐ解決する。メンツが有能で、カス上司が混ざってなければ、だが。

 今は私一人だから、一人でアイディア出しするしか無いが、考え続ける事が重要だ。考え続ける事によって、答えの方向性を絞ってゆく。

 ミスる度、現状を確認し、正解への道を探る。

 大抵の場合、答えはすぐ目の前にあって、目に見えていないだけだったりする。

 

 青い鳥は、意外と近くにいる。

 

 居ないと困るから、そう信じる事にする。

 

 ・・・と言うわけで、もう一度確認。

 

 念は、所謂流行りのゲーム的なSFやFTよりも、童話やホラーのような、人間の根源的欲求により近いほうが、馴染みが良いような気がする。

 心の底に、得体の知れない怪物がいて、気まぐれに宿主のねがいを叶えている様な感じだろうか?

 ・・・・ちょっと怖い考えに嵌まりかけてる気がするが、ここは作中世界のフレーバーだと思って敢えて無視しよう。

 ホラーは現状お腹いっぱいだ。もう結構。

 

 落ち着いて最初から・・・・

 

 イド・・・・じゃない、能力的な自分の素養、それを、落ち着いて確かめる。

 

 ・・・・・

 

 原点・・・

 

 念・・・

 

 四大行・・・

 

 水見式・・・・・・

 

 ・・・・・・・・・卵?

 

 卵・・・念で、卵と言えば念獣?・・・

 

 まてよ、まてよ・・・もし、各部位に擬態出来る念獣を、それぞれ産み出せれば・・・いや、それだと、人体の複雑系を模倣するのは難しい・・・iPS細胞的な万能細胞ならともかく。

 

 ・・・・・!

 

 自分の細胞を元に、細胞サイズの念獣を造る能力にすればいい!

 どんな部位にも成長させられる万能細胞の念獣!

 姿形はこの際どうでもいい、どうせ細胞サイズで肉眼ではみえないし。

 小さければ、オーラやキャパシティーの負担も軽くなるはず、少なくともイメージは楽になる。別に本当に細胞サイズじゃなくたって良いわけだしな。要は、万能細胞の能力を持った極小の念獣であればいい。

 戦闘能力は、初めの細胞の段階で遺伝子的に組み込む。ある程度汎用性のある能力にすれば、最初は弱くても、最終的には役に立つ。・・・・部位毎に、別の色んな能力を与えれば、対応力が増してかなり強化されるが・・・成長は遅れるか。

 成長を遅らせて、大器晩成型にしないと、キャパオーバーになって、ショボイ能力で終わる可能性が高い。

 十以上の全不足部位に、全部念獣を付けて、その上、全念獣に個別の能力を与える。

 こんな重い“発“最初から十全に機能するとは思えん。基本的な部分は兎も角“発“としてモノになるのは、ずいぶん先だろう。

 それに、系統別の相性があるか・・・・

 いや、クルタの絶対時間を使えば無視できる。しかも、念獣を造る時だけ使えば、もしかすると、リスク無しで全系統百パーセント使える念獣を誕生させられるかも!

 

 ・・・・・これ、最初のうちは、激弱になるんじゃ。

 原作主人公が、初めて作った“発“の練習で、飛ばした念弾が、ひょろひょろと数メートル飛んでポトリと落ちたのを、何故か、おもいだした。

 

 後は、無くした部位数と、それに対応した念獣の数、各部位に与える個別能力と、全体に与える将来性を見越した能力。

 そして、肝になる制約と誓約だ。

 

 ・・・まだ、結構多い。

 

 だが、方向性は決まった。テンション上げて行くぜ!

 

 埋められる前に傷付つけられたのは別にして、几帳面なチンピラアニキが言っていた、消失している部位は十二ヶ所。

 念獣十二体分に纏める。

 最終的には、全体で一つの能力にする。

 

 1、頭皮と髪:髪色は金髪らしい。

 

 2、右眼:眼は、左右別に作る。

 

 3、左眼:多分、両方鳶色。

 

 4、鼻:内部構造まで念獣化する。耳も。

 

 5、両耳:機能的に、一緒にする。

 

 6、右手:残量に関わらず、全交換。

 

 7、左手:同右、両足も。

 

 8、心臓:最重要かと思ってたが・・・

 

 9、肝臓:念獣化、強そう・・・酒に。

 

 10、腎臓:〇HKで観た。結構重要。

 

 11、右足:ちょっと長くしたい。

 

 12、左足:長い方が強い。リーチ的に。

 

 こんなもんだな。

 後の、細かい傷や不足箇所は、何れかに付けた能力で、纏めて回復だ。

 お次は、全念獣に与える共通の能力。

 いろいろ考えた末、能力は四つ。

 

 1、『我らは一人』

 

 念獣達に意識が有っても、主である自分が主体であり、完全なる行動と操作の自由を持つ。やっと拵えた身体が、言う事聞かないなんて、笑えない。

 念獣は、互いに帰属意識のネットワークで繋がり、中心に主が常にいる。

 イエス!ジャイアニズム。ノーハル。

 能力的には、情報と能力の共有化。

 念獣にも、意識はあるはず。

 

 2、『自分を磨け』

 

 念獣達に、主の身体を含めた全体と、念獣個々自身を、より高みへ押し上げたいと理想する本能を宿らせる。

 あと、複数の念獣と自分で、それぞれ修行すれば、修行効率も複数倍に出来るかと思ったが、オーラは全身から溢れるものだったはずなので能力としてイメージしづらかった。

 代わりに逆の発想で、負荷能力、念獣一体毎に、“練“などが最高二倍位まで自由にきつく出来る能力を付けた。

 これで時間当たりの修行効率が上がるはず。十二体で、十二倍?

 

 3、『生身の身体』

 

 基本的に、各部位の念獣に、本来自分が持つ原形、機能、サイズ、美観を、最適化して生身に擬態させ、常時“発“の状態を維持するための能力。

 念の集合体である念獣に、“絶“は難しそうなので、常時“隠“でオーラを誤魔化し続ける能力も含む。

 私のオーラも同じ様に“隠“で隠し、継ぎ目が判らない様に生活する予定。

 

 4、『権能の力』

 

 これから、個別に与える念能力。

 育むべき力。

 

 

 『我らは一人』、『自分を磨け』、『生身の体』、共通の基礎能力三種は、それぞれ互いに影響しあい、念獣個々を成長させる為の情報や手段の獲得、方向性の統一、人間に見えるように化ける、たとえ私が寝てても勝手に強くなったら楽。

 等、とても重要な基本的部分を網羅している。

 尚、『権能の力』も此処に含まれ、基本、能力の成長は念獣任せとする。私は、使いたい時に使うだけ。

 いや、自由にやらせた方が部下も成長するし・・・。

 社長の役目は、汗水垂らす事じゃなく、目標を示すこと(キリッ)!

 

 以上。

 

 

 ここからは、個別の能力を考える所だが、私は、攻撃的能力ばかりを揃えるのは不味いのではないかと思いはじめた。

 むしろ、完全攻撃用の能力は、一つか二つくらいにして、あとは、格闘技を身につけ、フォローの為の便利能力にするべきじゃないだろうか?

 かの、悪名高き『幻影旅団』も、全員強いは強いが、戦闘用員以外に、情報収集や後片付け等、戦闘用以外のメイン能力を持った団員が、複数在席していたはず。

 おまけに私は、恐らく長期に亘ってボッチだろう。

 それなりに強く成るまでの成長の為の時間。クルタ族である事の危険。転生者である事の秘密。何より私がボッチ体質である事によって。

 いやマジで。

 ・・・・・師匠どうしよう、上から降ってこないかな、ラ〇ュタ的に。少女希望。

 

 恐らく、格闘技を身に付けないと、どんな“発“を使えても、反射速度と経験の差で負ける。

 戦い慣れてる奴は、勘も良いし、()()()なんかに、そうそう掛からない。

 理屈はいろいろ有るんだろうが、とりあえず、世界がそうなっている。

 

 例え全てが上手く行っても、私は永く逃げ回る生活が続く事になる。

 もちろん何時かは強くなって狩る側に回るつもりだが、無茶をするつもりはない。

 これはゲームじゃないし、まだ、ここから生きのびられるか判らないが、二度目の死は結構先になる予定だ。

 格闘技は必須、それは決定済、しかし、武術修得を焦らなくても、やれる事はある。

 準備としての基礎体力や柔軟性の向上、逃げ隠れするための隠行術、そして、“発“だ。

 つまり、便利系の“発“には、死なない様に回復し、相手より先に敵を見つけ、追いかける敵から逃れ、見えない不意討ちを防ぎ、攻撃用の“発“が決まるよう補助する能力、そして、未熟な時を稼ぐ力が求められる。

 ・・・数、足りるか?

 

 

 

 と言うわけで、うなれ、私のオタク魂!

 

 ・・・ぶっちゃけ能力なんて、他作品からパクれば、幾らでも思いつく。

 しかし、その部位に収まりが良く要求を満たし、無理のない能力は、意外と限られる。おまけに、全体のバランスも重要だ。

 此処で私は、この身体の元の持ち主に、改めて感謝することになった。

 つまり、なんと言うか、すっげー頭良いのだ。(バカっぽい)

 記憶力が半端なく良くて、一度思いついた事を暫く経っても順序良く思い出せる。

 このスペックが無かったら、こんなにいろいろ細かく考えるのは無理だったし、もっと、行き当たりばったりになっていただろう。

 感謝。

 子供だからだろうか?それとも、クルタ族なら誰でもこうなのか?クルタ族恐るべし。

 私が憑依転生したせいで、ステータスが二人分に為ってるとかならありがたいが、確かめ様がないな、これは。検証とかは後回しだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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 4、制約と誓約

2022年09月15日改稿


   4、制約と誓約

 

 念獣達に授ける能力は、大体決まった。

 結局、完全攻撃タイプの能力は一つだけになった。

 私は、タイプが具現化で、強化系は六性図でも遠いし、オマケに、まだ当分子供だ。

 力業は、なにそれ美味しいの?状態で、放出系は更にダメダメだから、能力は近接の格闘技や何かと相性の良い、有ると便利な対応力重視の物で埋める事にした。

 当面の方針は、避ける、逃げる、先に見つけてどろん(煙)、で決まり!

 

 当たら(見つけられ)なければどうと言う事はない、の精神で、極力接触事案を潰して行くスタイル。

 

 とりあえず、あんま、ガチで殴り合いは勘弁。逃走こそ我が闘争。

 

 いい事言った。

 

 基礎的な強さが上がれば、対応力=手数なので、負けなくなると思う。

 すぐ成長して、デカくなる予定・・・だし。

 

 何より、身体の各部位に宿らせる能力だから、近接=射程距離短め、の方が強い能力になる気がした。

 

 

 何となくそんな気がした。

 

 

 これ、超大事。念は、フィーリングが大切だと、作中で主人公の師匠が、じっくり説明していたし、同じくフィーリングで指を切り落として、指先から発射される念弾の威力がマシマシになったキャラも居た。

 ・・・遠距離は、余裕が有ればもう一つ“発“を作るか、武器でも持とう。

 弓に投げナイフ、鋼線にブーメラン。

 デカイ銃とか憧れる。

 

 鎖とトランプ・・・は、NGかな。

 

 さあ、いよいよ制約と誓約、そして

“発“だ。

 

 最も重要なのは、今の生存状態の継続。

 

 生きたまま生き続ける事、つまり、その為の能力が最重要。

 さらに、多少時間がかかっても、飛びきり強くなる方が良いと決心した。

 せっかく転生したのに凡人のままなんて、つまらないし、このハンターハンター世界、強くならないと死んでしまう、しかも猟奇的に。

 緋の眼も在るしね。

 

 どこまで強くなれるか判らないが、一応原作キャラに舐められない辺りが目標。

 

 制約作りのルールは多分ない。

 気を付けるのは、寿命を削るような制約と誓約を作って、蝉みたいな短命で終わることと、“発“の目的を邪魔しないこと。

 使用のルールが厳しくて、戦い辛いのでは命に関わる。

 実を言うと、制約と誓約については、“発“を思い付いた時に、ほとんど同時に思いついていた。

 しかし、此れを使用するのは出来れば避けたかった。

 何となく、フィーリングで解るのだが、此れをやれば、この“発“は、ほぼ何のリスクもルールも無しに自由に使えるようになるだろう。

 面倒な制限や限界は無くなり、ただ己の技量的限界が、唯一の枷になる。

 

 つまり、それだけ重い制約と誓約を、作成の段階で積み重ねる、という事だ。

 

 作中のキャラが、指を切り落としたように、主人公が、強敵相手に全てを懸けて力を欲したように、より命を磨り減らし、死に近づく事で、それは成される。

 

 その行為は、正しく生みの苦しみであり、制約と誓約によって、作業を偉業にかえてしまう、あっと驚く大どんでん返しである。

 

 死ななければ。

 

 他に手は無いし、そんな気もしちゃってるし、どうせ一回死んだ身だし、やるしかないかぁ・・・・。

 しかし、何でこういうフィーリングみたいなものが解るんだろう?

 いや、助かるけど念や系統の感覚なんて、普通は水見式とか経験者に相談しながら探り探り身に付けるんじゃないのか?

 

 ・・・でも分かっちゃうしなぁ・・・それとも此れが普通? 

 仮に、私の魂が念能力の無い異世界から来たから、そういうのに敏感になってるだけだとすると、時間が経てば消えてしまうのか、それともこのまま便利機能として残るのか。

 ちょっと気になるな。

 

 まあ今は制約のことだ。

 考え方としては、そう難しくない。

 自分の、今のこの状況を其のまま制約と誓約に組み込むのだ。

 パッと思い付いた二、三個と、あとから足した物を合わせて、全部で十個。

 ちょっと多いが、私のせいではない、言うなれば、奴等がやったのだ。

 分かりやすいよう、順に並べると。

 

 

 1、発動後、念獣によって補完される部位が、発動時存在していてはならない。

 

 2、発動から完了まで、一歩も動いてはならない。

 

 3、発動から完了まで、地下に、埋められていなくては、ならない。

 

 4、発動から完了まで、水も食物も摂取しては、ならない。

 

 5、発動から完了まで、呼吸をしては、ならない。

 

 6、発動から完了まで、心臓が、鼓動していては、ならない。

 

 7、発動後、誕生した念獣には、二十四時間以内に、トータル十二時間“凝“をして育てなければ、ならない。

 

 8、発動後、二体目以後の念獣作成には、

毎回二十九日の、インターバルを設けなければ、ならない。

 

 9、発動後、念獣の誕生時には肉体が緋の眼時と同じ状態となり、全系統が得意系統状態、『絶対時間』化するが、完了後、その『絶対時間』化する能力は念獣達に系統別に受け継がれ、失われる。

 

 10、完了後、念獣を作り出す能力が、失われる。

 

 

 多いな。

 

 いや、いろいろおかしいのは判っている。(セルフ突っ込み!)

 まず、最初の念獣の能力は、制約と誓約を維持するために、身体を生かしておく能力に、振らなくてはならない。この時点で既にかなりのリスク。

 以降は、何はともあれ、それ頼みになる。

 次に、パッと見て解るように、一番から六番までは、現状の追認でしかない。

 つまり、これらが、制約と誓約として適用されるのか?という疑問が浮かぶが、私は、適用されると思う。

 なぜなら、寧ろ、とても死に近い今の私の状況は、念を扱うのに、もってこいだからだ。

 全感覚は閉ざされ、音の無い地下に生き埋めにされ(おそらく現在、外耳は無く、内耳は残っていると思われる)、邪魔が入る心配もない。

 まるで、その為に、あつらえたように。

 

 有る意味、今の私は、“死者の念“そのものと言っても過言ではない。

 

 この、無理やり背負わされたリスク全てを己の『ギフト』に変えるため、制約として、積み重ね、誓約として受け入れる。

 まるで、意図してこの状態が作り出されたかの様に捉える事によって、絶対絶命の危機は裏返り、強力無比な“発“を作り出す為の嚆矢(こうし)となる。

 いや、する。

 

 

 続く、七番目の育成の為のルールは、小さく生んで大きく育てる最初のプランから思い付いた。

 小さな、産まれたばかりの念獣に、成長パートでどんな能力を与え、どんな風に成長してほしいか、オーラと情熱を注ぎ、馴染ませ、能力の発展すべき方向性を指し示す。

 手順としても、必要な重要事項なのだ。

 

 

 八番目の、インターバル二十九日と言うのは、一体の念獣に、七番目と合わせて三十日程度の、手間としての日数を掛けたかったからだ。

 命が持つか、というリスクは有るが、自分の感覚では、一つの命(念獣)に、一ヶ月すら、掛けられないのでは、とても今の私の求めるスペックの念獣を作り出す事は出来ない。

 最初の一体目には適用されない様に見えるが、これは逆で、最後の念獣が誕生した後、二度と念獣が作られない事でその、最後の念獣の為の対価としている。十番目がそれ。創ると三十日間の苦行に耐えなくてはならない。というシステム。

 

 尚、インターバル中は、眠って過ごすつもり。ほぼ一年一人で眠る事になるが、やるしかない。

 

 念獣の数が増える毎に、目覚めるか、生命力とオーラが尽きて其のまま死んでしまうかどうか、の危険は大きくなるが、念の可能性を信じて、やるしか・・・ない

 

 

 九番目、能力としての『絶対時間』の使用と喪失。

 これは、けっこう悩んだ、事実上の公式チートだし、クルタ族御用達のアイデンティティーみたいな能力だし、なにより、実際に使った時の強キャラムーヴが格好いい!

 

 ・・・いや!モチベーションとしても、格好良さは重要。

 

 だが、結局これは諦める事にした。

 

 一つには、この能力をすぐに安定して使う為の制約と誓約が、重すぎること。

 普通の状況ならともかく、今の死にかけの自分に、使用一秒毎に、一時間寿命が縮まる、という原作のルールはキツすぎる。

 今喰らえば、本当に死んでしまう。

 原作のイメージを覆す新たなルール作りをするには、時間とリソースが足らない。

 そして、『絶対時間』という能力は、私の作る“発“に、どうしても必要だった。

 今回の、制約と誓約の為の『絶対時間』使用の対価は、最終的にこの能力と使用する為の才能が失われる事で支払われている。

 

 二つ目に、念獣達の能力面での強化。

 いくらなんでも、たかだか十数回の使用で、チート能力の消失、というのは、対価としては重すぎる。

 元々の能力が、群を抜いて強力だった事も含めると、上手く行けば、結構な確率で、念獣達の持つ予定の能力を、全て得意系統のまま定着させる事が出来るだろう。

 

 最後にそもそもの必要性。

 能力的には、念獣達が付いてる訳だし、『絶対時間』が使えなくても、別に緋の眼が発動しないわけではない。クルタ族としての証明は、何時でも示せる。

 

 あと、オマケだが、そもそも他の一般の念能力者たちは、そんなズル技無しで頑張っているわけだし、条件は同じになるだけなので、別に格別に損をするわけではない。

 五分(ごぶ)になるだけ。この時、念獣達の持つ念能力は、考えないものとする。

 

 もし全てが上手くいって、地上に出たあと、キャパシテイーに余裕があったら、新たな“発“を作る事になるだろうから、気にするのはその時だな。

 ・・・鬼が笑うな。

 

 その時は、ただひたすらに訓練して、不得意系統でもきっちり身に付けよう。

 何か変なルールを作るのも良いかも。

 

 

 十番目は、念獣作成能力の消失。

 これは、具現化能力の内、念獣を作り出す能力だけを失う、というもの。

 以後も、キャパシテイーが残っていれば、念獣以外、たとえば能力を設定した武器や小物、機械など非生物ジャンルなら、念能力によって、作り出す事が可能。

 

 水見式の記憶から見ても、恐らく自分は具現化系能力者として、念獣を生み出すのが一番向いている。多分。

 だからこそ、此れを制約と誓約にする意味がある。

 大きな代償を払うことで、“発“に注がれる力はより大きくなり、必要なキャパシティーは減ってゆく。

 私自身に対する念の負担が少しでも減れば、それだけ私が生命力を削る必要が減り、生き残る可能性が増えてゆく。

 必要な事は分かっている。

 しかし、この制約は個人的にとても残念だった。

 何故なら、モッフモフの念獣を持つのは具現化系能力者なら当然考えて然るべき事案だからだ(確信)。私も当然考えた。

 命は大事だが、それはそれ、モフモフも又大事なのだ。

 例え小さくても怪我の危険や迷子や寿命を気にせず、何時も清潔で柔らかい命有る毛むくじゃらに側にいてもらうのは、きっと人生を豊かにしただろう。・・・無念。

 だが仕方ない、この悔しさも又制約の一部となって私を強くしてくれると信じよう。(さらばモフモフ)

 

 当面、裏街道の人生を歩むつもりだし、普通のペットは無理だよなぁ。

 

 

 さあ、そろそろ勝負の時間だ。

 

 生まれ変わったこの世界、生きるか死ぬか(コインは右手か左手か)、賭けてみるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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 5、“発“発動、一月~三月

   5、“発“発動、一月~三月

 

 は、ふ、・・・息が出来なきゃ最後の深呼吸も出来ないか、当たり前だな。

 

 埋められてから大体六時間、いや六時間半という所か、何でか時間感覚や方向感覚が鋭い、月の位置や地磁気の流れまで感じ取れる気がする。

 

 ある種の、野生のケモノ並み。

 

 いや、本当の野性のケモノの感覚なんか知らんけど・・・。

 これ多分、全部肉体の基本スペック。

 

 クルタ族って優遇され過ぎ!

 

 若しくは個人的資質?

 

 

 それでも一月以上もの単位は無理だろうから、時間感覚も念獣に覚えさせよう。

 

 

 さあ、始めよう、いよいよ初めての“発“ の発動だ。

 

 一体目、まず最初の念獣は『腎臓』腰のちょい上、背骨の左右に一つずつある拳程の空豆みたいな臓器だ。

 身体の奥深くに有り、地味で狙われ難くサイズも小さめで守りやすい。

 

 小便を作るだけじゃなくて、わりと体調管理の要となる臓器なので、予備があるという確実性も含め最初の念獣は『腎臓』を選んだ。

 名前は一月だから『カプリコーン』。

 山羊座、どんなに困難な道でも、我慢強く越えて行く地に足の着いた岳人のイメージ。

 

 与える能力は、≪生存≫そして、やがて目覚めて欲しい能力として、≪存在≫を付与。

 ただひたすら生かしておく事に特化した能力。私や念獣達を身体的に安定させ、命の危機には生命活動を一時的に制限してでも、命脈を繋ぐ。

 大体そんな感じ。

 

 時間感覚は、能力の仕様の一部として組み込む。

 何処をどうすればどれだけ生きて居られるのか、時間感覚は必要な技能だ。

 

 問題は、“発“の発動法がさっぱり解らない事だな。

 まあとりあえず、やってみよう。

 

 原作の事を考えるに、オーラその物をコントロールして、何かをする他の系統と違い、具現化系統の能力は訓練が難しい。

 とりあえずイメージ優先で造形に集中するか、機能優先で理想が勝手に具現化されるか、その二択だった気がする。

 

 キモは、()()()()()()()()()()ってやつだ。

 

 要は気合いと根性、発動するまで集中し続けるだけだ。自転車やペン回しと同じ、出来るようになる迄やるしかない。

 

 ・・・じゃあやるか。

 

 簡単な事じゃないか、出来なきゃ死ぬだけだ。

 

 よし!とりあえず、“練“、そして集中!

 

 ・・・・・お?熱っ!

 

 ・・・・・・・・・・え?

 

 ・・・・うん、ある・・・・ちゃんと腎臓の位置だ。

 

 ・・・出来ちゃったよ・・・。

 

 えらいあっさり出来たな。

 

 大丈夫か?

 

 あの『緋の眼』の時の、オーラがぐるぐる不安定に揺れる感じが、高い圧力と完璧なバランスで無理やり安定させられ、『絶対時間』が発動した!と思ったら終わってた。

 何でだ?

 やっぱ念獣が、ちっちゃいからか?

 この状況のせいで、身体の防御本能的な何かが現れたのか?

 制約と誓約?

 

 まあ結果オーライ。

 

 細胞より大分大きいが、髪の毛の細さの十分の一位、感覚的にやっと認識出来るサイズの念獣だ。恐らく史上最小の念獣だろう。

 予想より、ずっとしっかりした存在感。

 ちゃんと眷族っぽいオーラの繋がりと、設定した機能の、

 『我らは一人』、

 『自分を磨け』、

 『生身の身体』、

 そして与えた『権能の力』、≪生存≫と、やがては得て欲しい能力≪存在≫も有るようだ。

 

 よし次の段階、念獣に二十四時間以内に十二時間の“凝“だ。

 

 

 でも何か眠いので、ちょっと休憩。

 中身は大人だが身体は子供、眠気に勝てん。

 おやすみなさい。

 

 ・・・・・・・・・・

 

 目、覚めた。

 

 視界無し、肉体感覚ほぼ無し、しびれ有り、やっぱ現実だったか・・・・。

 さすが子供、睡眠時間十時間、念能力使用で疲れてたから仕方ないな。

 眠くなるってことは、脳は活動してるってことかね。

 

 

 仕方ない仕方ない、さあ再開だ。

 今度は長丁場になるから睡眠取ったのはいいタイミングだった。

 

 そんじゃ育成パートを始めよう。

 

 落ち着いて・・・リラックスして・・・このままゆっくり・・・“凝“。

 

 ・・・・・・これけっこう疲れる。

 

 一時間経過。

 

 二時間経過。

 

 ・・・くっ、つっ、・・・とりあえず一休み。

 今ので二時間くらいか・・・ちょっと休んで再開だ。

 

 ・・・・・・・・・・

 

 二十時間後。

 

 ・・・・・よ、よし、大分へろへろだが、何とか予定通り“凝“終了だ。

  『腎臓(カプリコーン)』の気配も最初と比べて大分しっかりして、強力になっている。

 “凝“を使いすぎでへろへろになってる私より、よっぽどオーラが漲って元気だ。

 自分の意識と密接につながった、念獣の意識も感じる。

 ようやく一体目、完成。

 

 眠気がヤバイ。

 意識をつうじて『腎臓(カプリコーン)』に自分がもう寝る事。

 二十九日の念獣作成インターバルが過ぎる迄、起こさないで欲しい事。

 現状を維持している誰かの念がじきに消え、自分の肉体が死にかけている事。

 その後、肉体を仮死状態にして生かす必要がある事、等を伝える。

 「あとは、頼む」

 何かよく解らない念獣の了承を感じ取ると共に、私の意識は途切れた。

 

 

 おはよう諸君、と言っても誰も居ないが・・・・あ、いや居る!念獣 『腎臓(カプリコーン)』が居るのを感じるぞ。

 何かちょっと嬉しいな。

 

 幾分、頭が重く軽い嘔吐感はあるが、身体のしびれは無くなった。

 死にかけてるんだから、体調が良くないのは当然だ。

 どうやら、私を捕まえた謎の念能力者の状態保存の念の効果は切れたらしい。

 にもかかわらず、まだ生きている。

  『腎臓(カプリコーン)』が頑張った、いや頑張って居るお陰だ。

 一ヶ月前に比べると少し消耗しているが、まだ大丈夫そうだ。

 頼もしいぞ。

 ただ生かす事に絞って、防御とか全く考えなかったのが良かったな。

 

 しびれは無くなったが、相変わらず身体の感覚はあまり無い。

 生きていても、身体はボロボロのままだから、『 腎臓(カプリコーン)』が仮死状態を保っているのだ。

 そういうお知らせが来ている。

 念獣は、話しかけて来るわけではないが、意識の繋がりを通して()()を送ってくる。

 何か楽しい。

 

 

 よし、じゃ二体目、行くか。

 

 二体目は『肝臓』、お腹の上の方胃の右隣にある臓器。いわゆるレバー。

 『腎臓』の件もそうだが、昔見たおぼろげな人体解剖図が、何故か鮮明に思い出せる。相変わらずボディスペックがおかしい。

 いや、もしかすると人生の最後に見る走馬灯的なものかも知れん。

 脳自体違うのに、記憶がどうの言うのもあれだが。

 

 基本セット以外の能力は≪再生≫、発展希望能力は≪長生≫。

 

 いろいろ治しておかないと、 『腎臓(カプリコーン)』の負担が大きいし、念獣と体組織との融合も≪再生≫が有ればスムーズに進むだろう。

 

 名前は二月だから『アクエリアス』。

 水瓶座、水瓶からこんこんと無限に湧き出る水を、再生の力と結びつけ、イメージを強化する。

 肝臓は肝臓で、手術で七割切除しても回復する元々再生力の強い臓器だったはず。

 酒好きの叔父が、昔そんな話をしていた。

 この能力の付与にぴったりだ。

 

 ≪長生≫は『ながいき』ではなく『ちょうせい』と読む、どっかの地名だ。確か占いの用語にも有ったはず。

 意味は、同じで長く生きる事。

 こんな状況だからあえて突っ込んだ、寿命が多少延びればOK。

 

 腎臓もそうだが、内臓三つ(残りは心臓)には、効果が早めに身体全体に広がって欲しい基礎的な能力を集めている。

 以下、両足には移動系統二種。

 両手には攻撃と防御。

 首から上は情報系統で、両目と髪がプラスアルファ、になる予定。

 

 さあ、集中して!・・・“練“

 

 ・・・・・くっ!・・・来た。

 

 ・・・・・ふう。

 

 難易度高い筈なのに、何故かあっさりデキんだよなぁ・・・。

 制約と誓約をきつくしたせいで、想定より負担が小さいのかしら?

 場所も合ってる。

 胃の脇辺りに、小さく新しい念獣の気配と繋がりを感じる。

 

 『肝臓(アクエリアス)』の卵?幼生?誕生。

 

 次、続けて“凝“行けるか?

 前回は二十時間掛かった。

 今回はもう少し減らしたい。

 疲れは感じない、眠気は二十九日の寝溜めが効いて、まだ平気。

 オーラも回復した。

 

 では!

 

 “凝“・・・・・

 

 十九時間後。

 

 はあっ、はあっ、・・・

 

 はあっ、『肝臓(アクエリアス)』完成。

 息してないのに頭のなかで、はあっ、はあって言うと気分的にちょっと楽になるのは何故だろう?

 ・・・“凝“も何かコツが掴めてきた気がする。前より長く出来るし回復も早い。

 

 眠気はヤバイがやる事やっておかねば。

 

 『肝臓(アクエリアス)』に、念獣置換部位以外の全身の傷の治癒≪再生≫を、『腎臓(カプリコーン)』と相談して最低限だけ行うよう指示を出す。

 繋がった意識の中で、二体の念獣が一瞬のやり取りをし、全身が『肝臓(アクエリアス)』の暖かいオーラに包まれた。

 最低限にしたのは、死にかけていて残り少ない私の体力を、無駄な回復でこれ以上消耗しないため。そして、『腎臓(カプリコーン)』と連携させたのは、今後も回復と生命維持のバランスをいい感じにとって欲しいからだ。

 少なくとも、あと十一ヶ月ぐらい現在の状況が続く事も、もちろん考慮するよう伝えてある。

 

 『腎臓(カプリコーン)』の≪生存≫と≪存在≫、『肝臓(アクエリアス)』の≪再生≫と≪長生≫のように、基本の能力と発展希望能力はちょっぴり韻を踏むと言うか、言葉遊び的に繋がりを持たせている。

 これは、この方が発展能力が発動しやすいような()()()()からで、意図的にそうしてある。けっこう大変だった。

 

 回復が済んだ()()()()は来たが、自分の身体がどうなっているのか確かめる術はない。

 自分の念獣達を、信じるだけだ。

 

 さて、おねむの時間だ。

 念獣達よ、あとは頼む。

 起こすのは、また二十九日後にしてくれるよう二体に告げ、応答を感じながら意識は途切れた。

 

 

 

 おはよう諸君、うむ、応答有り。

 二体の念獣『腎臓(カプリコーン)』と『肝臓(アクエリアス)』からお知らせがくる。

 楽しい。

 しかし、二体の念獣は確実に消耗している。

 

 そろそろ念獣作成もルーティン化してきたし、定番なら余計な事を考えず専念してエネルギーロスの軽減に努めるべきか・・・。

 いや先は長い、ペースを乱さずこのまま淡々と進めよう、念獣制作のわくわく感を楽しみながらやらんと、絶対精神を病む。

 

 暗い事は考えない!

 拾った命だ、ポジティブに行こう。

 

 

 三体目は『鼻』。

 能力は、≪嗅覚≫発展先は、≪覚醒≫。

 

 ≪嗅覚≫は、鼻だからそのまんま、はっきり言って、今までの人生で鼻を生存戦略器官として役立てた事などほぼ無い。

 だから、念獣に丸投げにした。

 だが、展望は有って、将来的にオーラを匂いとして感じ取れれば、いろいろ役に立つだろうと思っている。

 それが≪覚醒≫、どんなふうに成るかは未知数、例によって念獣を信じるだけだ。

 

 覚醒という言葉を使った理由はもう一個有って、鼻が感じる臭いと脳の記憶に繋がりができやすい。と、何かで聞いた事があるからだ。

 各念獣は、身体の各部位に融合する折、その周囲の体組織をある程度その影響下に置く。

 『鼻』が≪覚醒≫に至るかは未知数だが、その概念とイメージが記憶力の向上、脳の覚醒に繋がることを期待する。

 

 何か、今は頭脳明晰だが、地上に出たらアホに戻りました。何てのは出来るだけ避けたい。

 

 念獣達にも言えるけど、記憶、記録、情報は大事、蓄積有っての成長だからね。

 

 名前は三月だから『ピスケス』。

 魚座、魚が水の世界を自在に泳ぎ熟知する様に、匂いの世界を我が物とするイメージ。

 

 三体目からの、念獣の作成は順不同、当月の該当星座のイメージに合わせて、部位に関係なくその星座のイメージで強化できそうな念獣を選んでいる。

 

 一月二月は偶然、わりとイメージに近い星座が割り振れた、まあだから星座にしたのだが。

 干支の方が良かったか?

 

 星座に詳しい?オタクなら、これくらい基礎知識でしょう。

 

 そんじゃ、作成して“凝“して寝るか!

 

 ・・・・・二十一時間後。

 

 『(ピスケス)』完成。

 

 おやすみ!また来月。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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 6、“発“発動、四月~八月

   6、“発“発動、四月~八月

 

 おはよう諸君。

 お、念獣達も三体になって諸君と呼んでも可笑しくない数になってきたな、けっこうけっこう。

 『(ピスケス)』も他の二体も消耗はしているが、まだ行けそうだ。

 現状はあれだ、魔法で回復しながら毒の沼地を歩いているようなモノだな。休めばちょっとMPが回復するので又歩く。

 何とか頑張って渡りきるとしよう。

 

 では、四体目は『右足』だから与える能力は移動系、≪瞬転≫と、発展能力として≪転移≫。

 名前は四月だから『アリエス』。

 牡羊座、イメージは子羊、目を離すと消える知的だが直情的な鉄砲玉系元気っ子、性別不肖、迷子ではない。

 

 能力はいわゆるテレポート、≪瞬転≫が速度と回数重視の短距離専門で≪転移≫が移動のための遠距離型。

 不馴れで距離を稼げなくても、数をこなして間合いを外し姿をくらます。

 

 説明不要の定番だが、それだけに汎用性の高さは折り紙つき。

 脱出=テレポートでしょう。

 

 逃げるは恥だが役に立つ。

 まさしく、その通り。

 

 では、作成!

 

 ・・・・・十九時間後。

 

 『右足(アリエス)』完成。

 

 何かちょっとダルさがあるな・・・。

 

 まぁいいや、おやすみなさい。

 

 

 

 

 おはよう諸君、地上は青葉が目に眩しい季節だが、地下には全く関係無いねえ。

 ・・・それに、眼はまだ無かったねえ。

 念獣のみんなの苦笑的お返事を温かく受けとったところで、早速行こう。

 

 五番目は『左足』、移動系。

 

 五月だから名前は『タウラス』。

 牡牛座、猛牛が地にしっかり足を着いて不動の頑健さを示すイメージ。

 『右足』と続いたのは偶然。

 

 付与能力は、≪甲殻≫と発展能力≪隔壁(かくへき)≫。

 

 ≪甲殻≫は身体の周囲、主に足の裏に念の小さな甲板、ブロックを作って、宙を歩く為の能力。

 地面に一切の痕跡を残さない移動が可能になる。

 追跡対策は万全に。

 慣れれば厚さや形も弄れるし、おそらく空も歩ける。空中歩行で電球交換も楽々。落下対策にもなる。

 

 元ネタは、フィクションによく在る手品師や怪盗の強化ガラスを用いた空中浮遊。

 

 ≪隔壁≫は、身体の周囲に作成するブロックを更に強化して防壁とし、立ってるだけで全周囲防御を可能にするための能力。 

 

 基本的にブロックは不動で、作ったその場から動かせない為、普段使いの装甲鎧には出来ない。

 それでも目に見えないし、慣れたらトラップ化も可能・・・たぶん。

 

 傘がわりにはならないが、雨宿りからバズーカ砲まで、壁の向こうに在って欲しいモノを、強制的に壁の向こうに追いやる能力。

 強キャラムーブ、行けるか?

 

 期待を込めて、作成と育成、行ってみよう!

 

 ・・・・・二十時間後。

 

 『左足(タウラス)』完成。

 

 実感はないが、これで両足が揃った事になる。遺伝子ベースだが、バランスがおかしくない程度に、ちょっぴり長くしてくれるよう念獣達には伝えてある。

 あくまでも格闘戦対策としてだ。

 

 ・・・ちょっとくらい夢や希望が混ざっても良いよね。

 

 じゃ、おやすみなさい・・・・。

 

 

 

 

 おはよう諸君、この挨拶も段々板について来たかな・・・六体目の前にちょっと待て・・・待てよ・・・何だこれ?

 

 今、五体の念獣達との繋がりを、身体の各所から感じる。

 生身の身体の方は仮死状態で感覚が無いのに、念獣達の成り代わった部位には動かせないながらも意識が通っていて、変な感じだ。

 それと共に、私の()()()()にも念獣達の意識がずらりと並んでいるのを感じとれる。

 まるで自分の部屋に、お気に入りの丸っこいぬいぐるみが一列に並べてあるかのような感じだ。

 

 ふわふわした微妙に個性のある気配が、私の意識世界に、複数同居している(現在五体)。

 

 集中して感覚的感触を調べた結果、念の基本的なシステムとしての、オーラ供給、操作の為の念獣支配以外に、おそらく、私の念獣達の基本能力の内の『我らは一人』と『自分を磨け』が関わっているらしい。

 

 共有能力と高みを目指す条件付けが合わさって、念獣達相互に緩い操作系のネットワークが構築されているらしく、主人格である私も、なぜかそれに含まれてしまっているらしい。

 

 本来私の意識の中に沈んでいるはずの念獣達の意思が現れているのは、私に対する操作系の強制力の微かな表れと思われる。

 

 こちらに伝わって来るのは、まるでクラブ活動のように一緒に高みを目指そうとする念獣達の、期待と応援の微かな熱気のようなものだ。

 

 念獣作成が完了していない今なら、強制的に意識から閉め出し、操作の訴え?を無くす事も可能だが、このまま放置することにした。

 うまくいけば、他者からの操作対策になるし、何より何か、かわいい。

 

 今の、閉じ込められて孤独な自分には、励ましと癒しが必要なのだ。

 

 放置確定。

 

 と言うことで未来に影響しそうな事件をあっさりスルーして六体目の念獣作成、部位は『耳』。

 情報収集用の念獣、位置特定等の精度向上の為、両方揃って一体の念獣になる。 

 頭の中を複雑に通って神経のような糸で繋がっている感じ。 

 

 名前は六月だから、『ジェミニ』。

 

 双子座、双子の二人がそれぞれ聞いた事を互いに話し合い、物事を多角的に捉えるイメージ。

 

 能力は≪把握(はあく)≫、発展能力は≪波動≫。

 

 ≪把握≫は、例え視力が失われても行動に支障が無いように、蝙蝠やイルカ、いやそれ以上に周囲を認識する能力。

 

 種族柄、目は常に狙われるし、『緋の眼』には、変化すると、ちょっと光るという暗闇だと致命的に目立つ特徴が有るので、不利にならないよう眼を閉じる機会もありうる。

 予備プランは常に並行して走らせよう。

 私は主人公ではない(主人公は別にいる)、運を天に任せたら、たぶんすぐ死ぬ。

 策多ければ勝ち、少なければ・・・と、昔の人も言ってます。

 

 索敵に狩猟、上級者なら心音から精神状態を読み取ったり、聞き分けができれば幻も見破れる。

 原作にも、何かそういう人がいた気がする。

 

 ≪波動≫も、攻撃的なアクティブな能力ではない。

 聞き分けた音を念能力で分析して、声や息づかい、背景の振動から相手の性格や能力、嘘や意図を見抜き交渉に役立てる便利系サポート能力。

 頑張れば、もっといろいろ解るかも。

 

 尤も、当面交渉になるほど近づかせる気はないが。

 

 できれば、遠くから強さや念能力の性質、発動まで察知できれば尚良し。

 

 鼻がいいとか、耳がいいとか、若しくは目とか、単品なら結構何処にでもいそう。

 あんまりアドバンテージとか思わない方がいいかもね。むしろそれ込みでカウンター的に対策すべきか。

 

 ・・・あ!どーせなら音〇対策も頼もう。

 あれだ、生きるために〇痴対策は絶対に必要だ!

 

 ・・・・・うむ(念獣達に反応なし)。

 

 間違いない。

 

 

 『(ピスケス)』の時と同じように脳の対象部位にゴニョゴニョしてもらって、絶対音感・・・は無理でも、音楽的素養とか、そういう何かの補助を頼もう。

 うまくいけば、人前で歌うとクスクス笑われる()()が、無くなるかも!

 

 無くなるかも!!

 

 ふっ、人の欲には限りがない。

 

 

 ・・・さて行こう。

 

 ・・・・・十九時間後。

 

 『(ジェミニ)』完成。

 

 眠い・・・だがちょっとずつ増してくるこの嫌なダルさ、これ念能力を使って生き長らえながら、少しずつ消耗している肉体の危険信号と思われる。

 変だなぁ、と思ったら念獣達からお知らせがあった。

 ずっと仮死状態なら大丈夫だが、毎月起きていろいろやってるのが、生身の肉体に負担で、活力的な何かが、少しずつ失われているらしい。鬱な感じのダルさは、そのサイン。

 

 念で延命しても、やっぱ限界は有るよな。

 

 まあでも、あと六歩。

 気合いで毒の沼地をわたりきるぜ。

 

 じゃ、おやすみなさい。

 

 

 

 

 おはよう諸君、なんか地下生活のストレスが凄くてグダグダに成りつつあるが、念獣達に揺るぎなし、引きこもり上等で、推して参る!

 命尽きても其れはそれ。

 

 七体目の念獣、部位は『右手』。

 

 全念獣中、唯一の完全攻撃型能力持ちの念獣。

 上がるぜ!

 

 能力は≪消滅≫、発展能力は≪召喚≫。

 

 ≪消滅≫は、触れた森羅万象(ありとあらゆるもの)を一切の区別無く何処かへ消し飛ばしてしまう能力。

 元ネタは、別作品の某奇妙な冒険に出てくるスタンド能力。

 作品中では、一度も対戦相手に当たる事無く退場した印象の薄い能力だが、当たれば必殺という意味では常軌を逸した強力な能力の一つ。

 勿論、原作のように手を振り回さなくても、触れれば手や指に自在に発動するように修正する。イメージは、何でも削り取る右手の形の異空間の穴。

 ハンターハンター原作中にも、似た能力として、非生物限定だが何でも吸い込む掃除機(吸い込んだ物は何処かに消えてしまう)を具現化する能力者が居た。

 

 発展能力の≪召喚≫は、予定としてはずっと先、≪消滅≫の能力が極まって隙が無くなった後。

 対象を消し飛ばす先がある程度選べるようになって、更に異空間的な物を操作出来る様になった頃に、アイテムボックスやストレージ的に使えないかと考えた能力。

 残念ながら、モフモフを呼び出す素敵能力ではない(涙)。

 

 名前は七月だから『キャンサー』。

 

 蟹座、世界を泡のごとく破壊する巨大な蟹が、その鋏で因果を断ち切るイメージ。

 某聖者がステゴロで戦う作品でも、蟹座は即死能力持ちだったが、普通にかわされたり生き延びられたりしていた。

 能力の使用後は、復活の余地が無いように、存在抹消、魂初期化、安らかにあの世へ行っていただこう。

 

 強力な能力だが、強力過ぎて自爆が心配。

 念獣には、その辺り、冷静さと慎重さが求められる。

 

 

 ・・・十八時間後。

 

  『右手(キャンサー)』完成。

 

 ・・・・・ぷっくっくっく、蟹って普通穴住まいだよな、私とおんなじ・・・・くっくっ、・・・いかん、疲れて何か変なテンションになってきた。

 

 ではな、来月までさらばだ念獣達よ、数が増えたんだから、ローテーション組んで休みながら身体の世話を頼む。

 どうやら、基礎能力『我らは一人』の共有効果で他の念獣も『腎臓(カプリコーン)』が権能≪生存≫で生命維持に頑張っているのを手助けすることが出来るらしい。

 概念は詳しく伝わって来たが、細かい事は実はよく解らない。

 要するに、いー感じに、いー塩梅にするらしい。

 うむ、何の問題もない。

 丸投げ上等!

 ふっ、その為の念獣達ですから(ドや)。

 

 そんじゃみんな、おやすみ。

 

 

 

 

 おはよっ・・くっ・・・はぁ!やっべえ。

 

 起きた時、クラっと来たわ、一瞬死ぬかと思った。

 

 ・・・改めて、おはよう諸君、今ちょっと死にかけたような気がしたが、通常運転で行こう。

 念獣達から問題無いとのお知らせだ。

 意識が飛びかけたのは仮死状態からの部分復活に揺らぎが出始めたからだそうだ。

 

 意味はよく解らんが、ヤバさは伝わって来る。

 でも、まだ行けるそうだ。

 

 念獣達も覚悟完了。

 

 もうダメかも、と思った所からが本番です。

 

 八体目、部位は『心臓』。

 

 名前は八月だから『レオ』獅子座。

 揺るぎ無く、雄々しき獅子の心を備えた獣王の、尽きる事無き活力のイメージ。

 文字通りのライオンハート。

 

 能力は≪強化≫、発展能力は≪進化≫。

 

 ≪強化≫は、六性図(念の基本系統六種の相関図)にも記されているありふれた能力だが、その応用性と有用性、ガチ度の高さは計り知れない。

 特に、強化系以外の系統を持った者には垂涎の能力である。

 

 原作の主人公をはじめ、更にその師、ハンターのトップ、敵方まで登場は多岐にわたる。

 

 ただ基礎能力を磨くだけで、それが必殺技と言えるほど強くなる。

 強化系統は、脳筋系主人公にぴったりの分かりやすく使いやすい能力だ。

 もっともハンターハンターの世界で、主人公補正無しにそんなキャラだと、すぐ死にそうだが。

 

 ともかく、在ると便利なのは間違いない。

 

 この、念獣が使う≪強化≫は、系統を示すものでは無く(念獣に系統は存在しないと思われる)、後付けされた能力としての≪強化≫でその機能は他の念獣達の権能と変わらない。

 

 ちなみに、念獣達それぞれが持つ権能は、『我らは一人』の共有効果で、本人と言うか本念獣だけでなく、主人である自分を含めて全身全念獣が限界は在るが使用することが出来る。

 その割合は一対一、当の念獣が一とそれ以外の部位全部が同量の一を分け合う形となっている。

 一見、五分五分で分けているように見えるが、元々一しかない能力を、互いの共有能力を介して二に見せているだけなので、当の念獣を含めて、二の能力を一度に一ヶ所で使う事は出来ない。

 念獣が成長し権能の効果が高くなれば、もちろん双方共使える力は高まるが、制限は変わらない。

 

 発展能力の≪進化≫は、自分、念獣達を含めて能力、発展能力が成長を続け極まった時、現状を越えて更に成長するための能力。

 今のところ、そんなに強く成れるとは全く思えないが、異世界転生によく在る成長限界突破系スキルとして、一つは成長系を入れたかった。

 

 まあほらあれだ、親知らずが生えなくなったり、太りやすい体質やアレルギーに効果が在ると嬉しいな・・・という感じだ。

 

 

 ・・・・・十九時間後。

 

 『心臓(レオ)』完成。

 

 ・・・疲れた・・・

 

 いろいろ溜まってきて・・・いや、後は・・・頼む、おやすみ。

 

 

 

 

 

 

 



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 7、“発“発動、九月~十月

2021年8月22日一部修正
2022年3月15日改稿


   7、“発“発動、九月~十月

 

 おはよう諸君、いよいよ季節は秋に変わった、多分。

 南半球である可能性も・・・いやあの世界、星なのか?

 

 ・・・・・出れば解るか。

 

 出られなきゃ、関係無いし・・・。

 

 ダルさは在るが、まだ行ける。

 念獣達の応援貰って、さて行こう、九体目は『髪』。

 あんまり想像したくないが、本当は頭皮ごと無くなっているらしい。

 ハゲに非ず。

 『髪』だけだとバラけそうだし、都合が良いので、周辺組織扱いでまとめて『髪』で括る。

 

 与える能力は≪結界≫、発展能力はちょっとひねって≪奇怪≫。

 

 九月なので、名前は『バルゴ』、乙女座。

 

 『髪』、それは女子力と情念の塊。

 その強さは折り紙つきで、昔は馬の手綱や舟の引綱何かにも使われてたらしい。

 

 魅力の表現手段でもある。

 

 男心他、あらゆるものを繋ぎ止めるパワフルさと、霊感に裏打ちされた直感力で、守るべきものを守る、狂気と強靭さを秘めた、女性の持つあらゆる力の結晶のイメージ。

 ちょっと盛りすぎか?

 

 あと、普段の見た目は手弱女のイメージで。剛毛、天パはノーサンキュー。

 

 どうでもよいが、九月は実は、元の世界での私の生まれ月(盛りすぎは仕様)。

 なので、他の星座より多少詳しい。

 乙女座のサインというかマークが女性の髪の毛を図案化した物だと聞いた事がある。つまり、『バルゴ』の名前は、『髪』にぴったりマッチする。

 

 『バルゴ』は『髪』であるが、他の念獣達と同じように私の意志で自在に動かせる。この辺りは言ってみれば、よく在る能力だ。操作系も在るしね。

 当然、強化系でワイヤーの如く硬くしなやかに、細い髪の毛で切断攻撃、どれも定番だろう。

 

 『バルゴ』が念獣である以上この辺りの事は、ほっとけばいずれ出来る様になると思う。基礎能力の『自分を磨け』も付いてるし。

 

 そんなわけで、与える権能は、もっと切実なものにした。

 ≪結界≫は、言わば頭髪による最終防衛ライン。その機能は『危機感知』と『自動防衛』に特化している。

 簡単に言うと、狙撃、不意打ち、奇襲対策だ。

 こちらの警戒をすり抜けた攻撃を、≪結界≫に備わった『危機感知』で、問答無用で知覚し、『自動防衛』で反射的に動いた髪の毛が、とりあえずノータイムで叩き落とす。

 後先考えない。無音で背後に立ったら、反射的に攻撃してしまう、すご腕スナイパーの様に、条件反射でまず初撃を止める。

 

 だいたいにおいて、初見殺しは初撃がキモ。

 こいつを止めて、追撃までに他の念獣達の能力で逃げる。

 

 ブレんよ・・・・ここから出られたら私、誰にも見つからない様に逃げ回って、隠れ住むんだ。

 

 いつか、誰にも負けないほど強くなるまで。

 

 発展能力の≪奇怪≫は、ある程度強くなった後に発揮されるはずの能力。

 

 このままいけば、おそらく多数の能力を身につける私が、全ての能力を隠し続けるのは、ちょっと難しいと思う。

 

 この身体の敵討ちは、する予定だし、クルタ族だとバレるかもしれん。

 

 相手が私を念能力者として警戒した時、それが私の主なメインの“発“だと誤誘導される様な、派手でインパクトのある()()()が欲しいのだ。

 

 それになるのが、『バルゴ』であり、≪奇怪≫だ。

 

 能力は、

 長さが変化する。

 切り離されても暫く活動してから消える。

 気配を操り、強めたり弱めたりする。

 の三つ。

 

 順に、間合いのコントロール、抜け毛対策、視線誘導。

 どれも重要、なるべく逃げたいし、隠れたい、痕跡も残したく無い。

 原作に髪の毛食って相手を鑑定する変態とか居たけど、口にした瞬間、形状記憶合金のようにピンと真っ直ぐになったら、それだけで大惨事。

 

 変態行為だし、慈悲は無い。

 

 

 戦闘中の見た目が、まんまロン毛磯巾着。

 

 メデューサ?バッカルコーン?

 

 触手系、待った無し。

 

 考えると自分でもちょっと引くが、能力を発揮する様は、かなり奇天烈でユニークな感じになるだろう。

 

 目立つ事請け合い。

 

 オマケに、『我らは一人』の共有能力で、他の念獣達の能力も使える。

 

 ・・・・・まあ弱くは、ならない。

 

 実際の戦闘でも、かなり行ける。と思う。

 戦闘経験なんて無いけど、そこは、オタク知識と妄想でカバー。

 

 

 さて・・・念獣作成!

 

 

 ・・・・・二十一時間後。

 

 

 『(バルゴ)』、完成。

 

 

 ・・・あ、そういやぁ一歩も動かないって言う制約と誓約があった。引っ掛かるか判らんが、髪の毛の長さと動きに気を付けてくれ。あんまり派手だと・・・

 

 と、思ったら、『(バルゴ)』から、織り込み済みだとお知らせがあった。

 

 しかも、『心臓(レオ)』の時に、鼓動しないよう伝え忘れたのも(これも制約と誓約)、先に誕生したメンバーがフォローしてくれていたらしい。

 

 ・・・どうも、すんません。

 

 主人の威厳とかそういうのが、既に息して無いが、・・・・まぁいいか、念獣達含めて、ある意味どれも私だ。

 

 スペック高くて記憶力が有っても、思い出そうとしなければ、意味が無い。

 どうせ、こちとら元引きこもりの高校中退だ。ポンコツなのは元々の仕様。

 しかし、へこんでも、肩をすくめる事すら出来ない。きびしいね。

 

 世界は苛酷で、状況は最悪が続くが、これがアタリマエなら慣れもする。

 いい加減疲れとかストレスとか限界。

 

 ユルく行こう。

 

 ・・・壊れてきてンナー。

 

 

 そんじゃ、おやすみ・・・よゐこ達。

 

 

 

 

 

 おはよう諸君、十体目だ。

 つまり十ぎゃつな・・・・。

 

 ・・・・・ちょっと落ち着こう。

 

 ・・・・・(意識の中で、丸っこくてフカフカの念獣達を纏めてギュッと抱き締める)

 

 ※注)画面は、妄想中のものです。

 

 

 ・・・・・三分経過。

 

 

 よし行こう、十体目、十月だ。

 

 十体目は『右目』、名前は『ライブラ』。

 天秤座、この世の罪科と慈悲を量る、天命を左右する古代の神器のイメージ。

 

 能力は≪魔眼≫と≪天眼≫。

 

 二つとも初期能力として、最初から与えられる。そして、そのどちらにも発展能力は設定しない。

 

 発展能力を用意しないのは、『ライブラ』が初めてで、たぶん唯一になる。

 

 発展能力は元々、与えた権能が成長していって、その成長先として希求されていたものだ。

 

 だが、視覚に関してはいるが、全く方向違いの能力を同時に二つ成長させるのは、負担が大きい。キャパもあるしね。

 

 だから基本能力のみ、発展先は求めない。成長は、求めるが。

 

 残念だが、念獣に無理はさせられない。

    

 オタク的にも、眼に関して、欲しい能力は数多い。

 絞りに絞って左目に索敵系と本命、この右目にどうしても欲しい残り二つを纏めて並列付与した。

 

 一体だけ仲間外れになってしまったが、勘弁して欲しい。ちょっととんがってる(ピーキー)(だが)、どっちも替えの利かない、いい能力だ。

 

 両能力共、発動に少しの条件付けをして、僅かだが使用キャパを減らし、並列育成の負担を緩くしている。

 

 それでも他の念獣達と比べて、成長が多少ゆっくりになるのは否めない。

 しかし、得る能力は結構えぐい、問題ないだろう。

 

 

 ≪魔眼≫の能力は、意識の占有。

 

 縛りは、対象の限定。

 

 

 発動条件は、()()と『緋の眼』状態で目を合わせた時、相手が『緋の眼』を、より正確には『緋の眼』の()()を欲する時にのみ、発動する(限定)。

 

 相手が私の右目に注視するよう、ちょっとした細工もしてみた。

 

 効果は、その欲しがる欲望の強さに応じて意識の表層に常に私の『緋の眼』の事が浮かび、上手く意識の外に追い出す事が出来なくなる。基本それだけ。

 これによって、人間の心の基本的性質として、欲心は思い出す度に、ゆっくりと増してゆく。

 

 話は変わるが、昔、会社にいた、仕事が出来て人望もある四十代の課長が、不倫相手の二十歳そこそこの派遣の女性と別れ話でもめ、ストーカー騒ぎになったことがある。

 この時ストーカー化したのは、女性ではなく、不惑を過ぎて家庭も社会的地位もある課長の方だった。

 結局、課長は傷害事件まで起こし、会社はクビ、家庭は離婚、全てを失った。

 女性はPTSDを発症し、会社を辞め、実家のある東北へと帰った。

 

 執着は、時に毒よりも毒の様に人に干渉し人を破滅させる。

 

 能力的には、欲に紐付けた幻覚とも言えない思い出し機能が、『緋の眼』を示すだけ、放出系と特質系が主で、操作系に先に支配されていても、意識と欲が残っている限り、逃げられない(操作系の早い者勝ちを限定回避)。

 

 使う相手は選ぶつもりだが、能力が成長すれば、媒体越しにも行けるだろう。

 

 能力の目的は、選別と逃走防止。

 

 生きた人間の眼球を抉り取ろうとするような奴は、速やかに死ぬべきだ。

 

 うん、全体的に、頭おかしい様な気もするが、想定通りなら、そういう世界だから仕方がない。

 

 逃げ回るには邪魔な能力だが、もし私が強く成れれば、いろいろ役に立つだろう。

 

 ・・・曲がりなりにも、意識に接触するのだから、動揺してたり隙だらけだったら、催眠状態にしたり幻覚見せたりできると面白いかも。

 こっちは単純な操作系になるから、誰かの影響下に在れば無効化されるし、決まったら嬉しい程度のオマケ能力かな。

 ・・・こちらの方が()()ッポイな。

 

 

 もう一つの≪天眼≫の能力は、未来視。

 

 縛りは、自分の視界の一時的混濁。

 

 

 こっちは簡単、古典的と言っていいほど有名でありふれた能力。

 

 勿論、将来の危機をキャッチして教えてくれたら嬉しいが、例え数秒でも未来の危険が先に判れば、逃走にも生存にも大いに役に立つ。

 

 瞼を閉じても『緋の眼』時なら発動可能で、慣れるまでは常時発動にして・・・・あ、いや、『(バルゴ)』の、≪結界≫の権能に含まれる、危機感知の能力と連動させればいいのか。

 

 問題解決。

 

 なお、デメリットとして、使用すると強制的に眼が()()、視界が利かなくなる(一時的混濁)。まばたき数回分の間。

 

 便利な能力だが、頼り過ぎると読まれやすくなる、規格外の相手には通用しないと考えよう。

 この世界、規格外の相手が結構ごろごろいるんだよなぁ。初見殺しも、勘だけで避けたりするし。

 

 ・・・ま、見付からなきゃ関係ない。

 

 彼等はそう、別の世界の人達だから。

 

 修羅の国の。

 

 私は、ちょこちょこっと、嫌なやつぶっ殺したら、何処か平和な世界の片隅で、まったりのんびり暮らそう(希望的観測)。

 

 来るべき平和を目指して、念獣作成。

 

 ・・・・・二十時間後。

 

 『右目(ライブラ)』完成。

 

 

 念獣達よ、後は頼む・・・。

 

 ・・・なんか、『右目(ライブラ)』がちょっと痒いんだが。

 

  ・・・・・え?幻覚で?

 

 マジか・・・『右目(ライブラ)』の幻覚を見せる能力で仮想空間を作って、念獣達みんなで能力のテストや確認、簡単な訓練をするそうだ。私が仮死状態で寝てる間・・・。

 痒さは、まだ慣れてない『右目(ライブラ)』に、アクセスが集中したせいらしい。

 

 いや、私けっこう死にそうなんだが、余裕あるなぁ。

 

 ・・・なんか、テレビゲームに群がる昔の子供か!って、ツッコミたくなるわ。

 

 ふっ・・・ちょっと力抜けたな。

 

 あんまり『右目(ライブラ)』に、負担かけんなよ、皆の衆。

 

 そんじゃ、また来月、おやすみ。

 

 

 

 



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 8、“発“発動完了、十一月~十二月+壱

   8、“発“発動完了、十一月~十二月+壱

 

 おはよう諸君、今年もあと二月を残すのみだが、一歩一歩着実に行こう。

 

 一眠りしてストレスも少し目減りしたか?やや気分向上。

 変わらんダルさは、もう気にしない事にする。

 

 ・・・何処と無く、念獣達の反応というか、圧が増してる?

 おっ?お知らせが・・・仮想トレーニングの効果と地上への期待?

 いや、私自身も、この世界の地上なんか見たことないから、知らないぞ。

 私の記憶は、元の世界のものだ。

 

 え?・・・そうなんだ・・・・なんか、あんまり気にして無いらしい。

 

 ちょっとホッコリ。

 

 

 十一体目は、『左目』。

 

 名前は十一月だから、『スコルピオ』。

 

 蠍座。尻尾の先の赤い眼(アンタレス由来)と、極限の集中によって、体感時間を引き伸ばし、あらゆる獲物を容易く捕まえる、正確無比なハンターのイメージ。

 

 能力は≪観測≫、発展能力は≪加速≫。

 

 ≪観測≫は、『緋の眼』状態じゃ無くとも発動可能。

 能力は、オーラの集中のいらない“凝“と、認識、測定、若しくは鑑定の並列処理。

 

 目指すのは、所謂ゲーム画面の様な、情報の提供。

 

 原作漫画の事を思い出していて、気が付いたんだが、“凝“でオーラが見えるんなら、他にも何か色々見えたって、良いんじゃないの?って事。

 

 接近戦(クロスレンジ)で格闘中なら、視界の占有は邪魔なだけだが、それ以外、中距離(ミドルレンジ)遠距離(ロングレンジ)、他にも平時なら多方面で役に立つ。

 視界内の細かい情報処理などは、特化型の念獣の方が得意なくらいだろう。

 

 例え危険な相手じゃなくとも、おかしな物、“隠“で隠された念の仕掛け等、見つけておくにこしたことはない。

 とりあえず、見つけられない事自体が危険だし。

 

 

 ≪加速≫は、まんま、思考の加速。

 

 使いこなせれば、ほぼ無敵。

 

 ≪観測≫もそうだが、≪加速≫も私自身の脳に干渉して効果を発揮する。

 新しい能力の付与ではなく、能力の強化、向上に近い。

 

 まずは、常時“凝“。それからそれが上手く行けば、オマケでタグ付けや、マッピング、思考加速は宝くじかな?

 感覚器官系と違って、脳の思考に直接作用する部分は、自分でもちょっとヤバいと思うし。

 

 考え続けると、怖くなるので・・・ちゃっちゃと念獣作成。

 

 ・・・・・二十時間後。

 

 『左目(スコルピオ)』、完成。

 

 

 ・・・おおっ、なんか、今気が付いたんだが、私の意識の中の念獣達の気配が、私を中心に、時計の文字盤の様にぐるりと取り巻いてる。

 一時の位置の『腎臓(カプリコーン)』から、十一時の『左目(スコルピオ)』まで、綺麗に輪を描いていて、正面の十二時のスペースはまだ空いている。

 

 よくわからんが、トレーニングの成果らしい。

 

 かわいいからオッケー。

 

 

 私の、ストレスとかいろんな負担が多少軽減したのも念獣達の新規コンビネーションによるものらしい。説明されたが、意味不明。

 ≪魔眼≫の幻覚と≪強化≫の補助と≪再生≫の後始末、が関係するそうだ。

 

 幻覚の中で温泉旅行でもしたのかね。全然覚えてないぞ?

 

 ん?・・・・何か、おもいっきり暴れて泣きわめいたらしい。

 モフモフに埋もれて昼寝、とかじゃないの?

 

 ・・・・・

 

 念獣って、こういうのだったっけ?

 

 ま、いいや、時間だ、おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 おはよう諸君、いよいよ最後の月、十二月がやってきた。

 パンツのゴム引き締めて行こう。

 

 ・・・あれ、私パンツ履いてない?

 

 ・・・おおっ、なるほど、今『(バルゴ)』から髪を伸ばして全身何処でも隠せる、とお知らせがあった。

 良かった、これで私の人としての尊厳は守られる事が確定した。

 

 では改めて、十二体目は『左手』。

 

 欠損部位、最後の一つ。

 

 名前は十二月だから、『サジタリウス』。

 

 射手座、人獣双方の力を兼ね備え、あらゆる物事に干渉する半神の指し手のイメージ。

 

 能力は≪添加≫、発展能力は≪転換≫。

 

 

 最初、『左手』は盾系の能力にしようと漠然と考えていたが、原作中で、オーラは量に差があると、盾に何の意味も無かったことを、思い出した。

 何枚重ねようと、弱い壁は弱い。

 ただの算数、弱い方が負ける。

 

 偶然にも、なんか盾として使えそうな、『左足(タウラス)』の≪甲殻≫と≪隔壁≫もあるし、発想を変える事にする。

 

 そもそも弱いくせに、避けられないからと言って、強力な攻撃を受け止めようとするのが戦術的間違い。

 

 受けられないなら、流すしかない。

 

 すなわち、パリィ。

 

 受け流し、と呼ばれる剣術や無手格闘技なんかの高等技術。

 

 相手の攻撃に横方向から力を加え、攻撃の威力を受ける事なく反らして流す。

 理論的にはやることはこれだけ。

 

 理論的には単純なのだが、実行するのは超難しい。特に、相手の実力がこちらを上回っている場合には、ほぼ無理。

 

 ≪添加≫の能力は、まさにこれ、敵の攻撃のベクトルに、別方向のベクトルを加え、攻撃を反らす。

 最初は接触、若しくは至近のタイミングからだろうか?なんか、合気道的な?

 

 能力が成長すれば、攻撃が勝手に反れて行ったり、触れずに投げ飛ばしたり、デコピンしたり、スプーン曲げとかできそう。

 

 

 ≪転換≫は、≪添加≫のもっとヤバいバージョンで、場のベクトルその物を自由に操る、某作品の某最強キャラが持っていた能力。

 

 はっきり言って、私も、自在に操る自信はない。だからそこは念獣に入念な補助をお願いする予定(丸投げ)。

 

 まあ、発展能力だし、そこまで成長しない可能性も、けっこうある。

 

 念獣達に命を与え、与えられる。

 最後の隙間を埋めるため、十二回目の念獣作成、行きます。

 

 ・・・・・十九時間経過。

 

 『左手(サジタリウス)』完成。

 

 ・・・・・・・・

 

 これで・・・これで、身体の欠損部位は全て補完されたはず。

 ちょっと休んだら、地上へ出られるけど。

 

 ・・・

 

 ・・・・・・計算が正しければ、今日は埋められたあの日から三百三十何日か、予定通りなら十二月の始め、今年が終わるまで、まだ一月ある。

 最初の予定では、ここで外に出ても、念獣をもう一体増やしても、どっちでも良いと考えていた。

 

 身体の不足部位全てを念獣に置き換える迄は頑張るつもりだったが、二月に『肝臓(アクエリアス)』を生み出して≪再生≫を得てから、途中で“念獣てんこ盛りプラン“を諦め、地上に出て、不足部位をただの生身で作り直して細々と生きてゆく“そこそこで満足“プランも有った。

 

 中盤くらいまでは、割に順調だった。

 こりゃ行けんじゃね?と思ったが、徐々に綻びが出た。

 

 九月十月頃のストレスがヤバくて十二体目まで行けるかも怪しくなって、もう、無理だと思った。

 ところが、念獣達が、其れを解決してしまった。

 

 念獣達が、勝手に動いたと言う事は、私が思っていたよりも、大分危ない状態だったらしい。

 

 元々一年間篭るつもりだったし、腹案もある。

 

 もう、オマケの十三体目、行くしか無いでしょう。

 念獣達の、微妙に嬉しげな肯定の意を受けつつ、十二回目の仮死の眠りに入る。

 モーニングコールは、制約に従い、二十九日後に頼む。

 

 おやすみ、みんな・・・。

 

 

 

 

 おはよう諸君、計算通りなら、今年ももうすぐ終る。

 

 と、同時に私の墓穴暮らしも終わりを迎える。

 感慨深いが、未練は全くない。

 

 さて、十三体目。

 

 制約と誓約に従って、補完される身体の部位は、今現在存在していない物でなくてはならない。

 故に、新たに設けられる部位は元々存在していなかった『尻尾』。

 ちょーっと人間辞める事になるが今更だな。

 

 名前は、十二星座のオマケとして一時期流行った蛇使い座から、採ろうと思ったが。

 本来の名のオフューカスも、神話由来の名のアスクレピオスも今一つ弱そうで、しっくり来ない。

 私の創る最後の念獣になるこの子は、かなり強力な力を持つ予定なので、なるべく相応しい名を付けてやりたい。

 

 ・・・・・蛇、蛇と言えばあれか。

 

 尻尾を咥えた蛇のモチーフ。

 

 洋の東西を問わず、古代の遺跡からみつかるため、未だその由来が不明な世界最古の無限蛇。

 

 その印からイメージを取って、『ウロボロス』。

 『蛇使い座』だから、更にその保持者、使い手を表す『ウロボロス・ホルダー』で、どうだろう。

 

 部位も『尻尾』で、蛇っぽいし。 

 

 能力は、最後まで欲しいけど必要かどうか迷っていた≪調律≫と、もはや希望的観測の塊のような発展能力≪超越≫。

 

 ≪調律≫は基本、ある特定の攻撃、というか、事変にのみ反応するカウンター防御、回避用能力で、念獣も普段は一切働かず、力を蓄え有事に備えるのが役目になる。

 

 あり得べからざる、その攻撃に名付けるなら事象改編。

 

 原作中で、希に発生していた事件で、突然ある特定の条件を満たしている人が、バタバタ死んだり。

 突然干からびて、死んだり。

 突然頭がおかしくなって、死んだり。

 突然不治の奇病にかかって、死んだり。

 訳のわからない事に否応なく巻き込まれ、訳のわからないまま死んでゆく。

 

 まさに、ハンターハンタークオリティ。

 

 理不尽この上無いこれらの現象は、強力な念能力者や念獣が起こす事もあれば、自然災害的に相手を選ばず降りかかる事もある。

 

 もちろん、普通に過ごす一般人が、これ等の事件に関わる可能性は、無視して構わないほどに小さい。

 例え念能力者だったとしても、自ら危険に飛び込むスリルジャンキーでなければ、遭遇確率は極微量だろう。

 

 つまり、無くても良いか・・・と、半分くらい考えていた。

 しかし、セーフティジャンキーな今の私からすると、めっちゃ欲しい。

 地上が目の前に迫った今は、より切実にそう思う。

 

 原作では、人間の住む五大陸の遥か外側に、暗黒大陸なる未知の魔境が有り、人類の存続が危うくなるほどの脅威が、ポコポコ存在し、たまに此方に渡って来ていた。

 

 登場人物達は、何度かそれらに遭遇し、問題を解決している。

 

 もし、主人公補正の無い私がこのまま出会えば、まず間違いなく死んでしまう。

 

 その為の、対処能力が≪調律≫だ。

 

 ≪調律≫は、理由はどうあれ発生した事象改編に対し、その改編される現実に更に介入し、私を除外させる。という、効果を持つ。

 

 つまり、事象改編は起きるが、私だけがその現象をすり抜けてしまう。

 

 

 能力の、効果や範囲を回避一択に絞ったのは、件の事象改編に込められる力の量が未知数で、もしかすると桁違いに大きいかもしれないから。

 土石流を一人では止められん、命綱で助かるのも、一人だけだ。

 

 ただ、事象改編に介入できるという事は、事象改編が起こせるという事。

 能力が成長すれば・・・いや、≪調律≫に関しては、手を広げず、このまま基本の事象改編対策を磨いて貰おう。

 その上で、何か出来る事が増やせれば良いのだし、小手先の技を増やすより、より大きな力に対処しようとする方が成長出来る気がする。

 

 気がするのは大事。

 

 ただ、“円“はともかく、防御のしようが無い念能力による情報の抜き取りや、私にとっては致命傷になる“絶“状態への強制移行も、出来るだけ早く“すり抜け“に含めておいて欲しい。

 

 

 ≪超越≫は、オマケ。

 オマケの念獣に、オマケとしてくっ付けた漫画的思考の産物。

 進化を超え、生物、生命体として、次の段階へ至るための何か。

 転生が有った訳だし、もしかすると、その先も在るかもしれん。オラ、ワクワクすっぞ。

 

 ・・・因みに、『尻尾』のデザインのモデルは、ご利益を期待して、某野菜星生まれの某主人公の、失われた尻尾を採用。 

 (祝)初モフモフ。なお、伸び縮み自在の模様(如意棒?)。

 

 

 

 では、泣いても笑っても最後の念獣作成。

 

 慎重に、“練“・・・成功。

 

 もう慣れたね。

 

 小さな小さな末っ子幼生体の発生位置は、脊椎の一番下、尻の割れ目の一番上辺り。

 

 十三番目の念獣に、兄弟達と同じだけの想いを込めて・・・“凝“。

 

 ・・・・・・二十三時間後。

 

 『尻尾(ウロボロス・ホルダー)』完成。

 

 これをもって私の最初の“発“『十三原始細胞(ゾディアック・プラスワン)』、発動完了。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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 9、外へ

   9、外へ

 

 

 全身の念獣達に、雌伏の眠りの時は終わり、活動の時が来た事を報せる。

 

 ゆっくりと、外へと染み込むように五感が戻ってゆく。

 

 まだ、力は入れない。

 

 躊躇いがちに、心臓が鼓動を打ち始める。

 

 胸を動かし、小さく一呼吸。

 

 ちょっと黴臭いが、呼吸は出来る。

 

 右手の指先を、少し曲げてみる。

 

 むずむずするような痺れと強張りが、朝露のように、ほどけて抜けて行く。

 

 心臓の鼓動以外、何の音もしない。

 

 そっと、目を開ける。

 

 真っ暗。

 

 疼く身体のあちこちをちょっとづつ、小分けに動かす。

 

 浅い呼吸を繰り返し、暫し待つ・・・。

 

 行ける?

 

 ・・・軽く歯を食い縛った時、違和感が。

 

 口の中に、何かある。

 

 右手で、吐き出した物を摘み、目の前に持ってくる。

 

 灯り・・・そうか、『緋の眼』。

 

 紫がかった淡い光の中に、濡れた碁石のような漆黒の小さな卵が現れた。

 

 

 次の瞬間、頭の中に幾つもの記憶がフラッシュバックした。

 卵から溢れた黒い闇が、私の中に入り込もうと・・・

 

 

 するのを『右目(ライブラ)』の≪天眼(未来視)≫で確認し、『右手(キャンサー)』を握りこんで≪消滅≫で黒卵を消し飛ばす。

 

 「・・・ああ、神はそこに居られたか」

 

 

 

 気を取り直して上を見る。

 

 棺桶の蓋まで十センチもない。

 

 「・・・」

 

 手の甲で、軽く叩いて堅さを確かめ、“練“をした細い拳でおもむろに突き抜く。

 

 何度か繰り返し、棺桶の蓋を割り砕く。

 

 両手で、固く締まっているはずの土を、おが屑のように雑に押し退け、上へと身体を引き上げる。

 

 雨のように、土片が降るが無視。

 

 目と口を閉じて伸び上がり、土の中へと頭を突っ込む。

 

 無理矢理、腰まで棺桶の外に出る。

 

 土まみれだが気にしない。

 

 棺桶の中で立ち上がって、ぐいと手を伸ばすが、まだ外に届かない。

 

 チンピラども、頑張りすぎ。

 

 棺桶の外に出た。

 

 土に足をかけ、上へと進む。

 

 もうすぐだ、予感に心が逸る。

 

 埋葬された墓から、もうすぐ一年ぶりに外へ出られる。

 

 いや、私にとっては初めてのハンターハンター世界だ。

 

 ちょっと怖い。

 

 泳ぐように、土の中で身をくねらせ、上の土を下に押しやり、地上へと近づく。

 

 何度目かに伸ばした右手の感触が変わった。

 

 ・・・凍ってる?

 

 地表が凍りつく凍土は、外が近い証。

 

 更に土を押し退け、身体を凍土のすぐ下に運ぶ。

 

 ・・・明るい。

 

 凍土ではなく、表土がいくらか凍って、その上に雪が積もり、それを“纏“をした手が下から欠き取ったようだ。

 

 欠き取った穴の先端が、わずかに明るい。

 

 ・・・感覚では、真夜中の筈だが?

 

 雪の中を更に掘り進む。

 

 何度目かに伸ばした手が、あっさり地上へと突き抜け、慌てて引き戻す。

 

 光は在るが、淡い。太陽光ではない。

 

 新鮮な空気に、湿った木々と石の匂い。

 

 耳をすまし、しばらく待つ。

 

 ・・・・・

 

 ここは大事なとこ。

 

 私が埋められてた墓地は、おそらく人里から離れた場所だろうが、それでも人が来る可能性がある。

 具体的には、チンピラ共が次の犠牲者を埋めに来るとか。

 

 十分ほど、具体的には六百ほど数を数え、人の気配が無いことを確認して、頭を出し、小動物のように周囲を確認しながら用心深く外へ出る。

 

 ・・・静かに静かに。

 

 風が完全に凪いでいる。

 雲一つない空が高く、空気が凍りつくように澄んだ夜だった。

 

 「満月・・・」

 

 墓から出たての目に、月光が眩しい。

 エネルギーを使い尽くして、ガリガリの身体。そして、想像以上に自分の声が幼い。

 

 「一応、墓場だったか」

 

 てっきり何処かの山奥の森の中かと思ったら、そこは、朽ちた教会跡のような低い石積が残る、墓石の並ぶ霊園だった。

 

 見回すと、磨耗し角が無くなった古びた墓石に、アルファベットらしき文字で、もう読み取れないほど、かすれた名前が掘り込んである。

 

 ふと、振り返った自分の墓には、何処かの廃材らしき欠けた瓦礫が、傾いて突き刺さしてあった。

 

 もちろん名前など書かれていない。

 

 「・・・だよな」

 

 しかし、硬い石なのか、その表面は今も黒く滑らかで、鈍く月光を反射している。

 

 「確か、御影石、だったかな?」

 

 前世でよく見かけた、花崗岩の石材の名前を思い出す。

 

 この(いびつ)な廃材が、私とこの身体の元の持ち主の墓という事らしい。

 いや、墓に成るはずだった、ただの瓦礫か・・・。

 

 ・・・なんだかニヤリとワラけてきた。

 

 こいつは、私の、死と転生の(しるべ)だ。長い地中生活の象徴と言ってもいい。

 多分今のところ、この世で私を示すただ一つの物だろう。

 埋められていた私が言うのだから間違いない。ボロボロな所まで瓜二つだ。

 

 似合いだな。

 

 異世界に来て、見目(みめ)が変わったから名も変えよう、とは思っていたが、何の価値もなく、打ち捨てられていた筈の、こいつからとって『ミカゲ』と名乗る事にしよう。

 

 御影・・・ミカゲ、うん、悪くない。

 

 名字は、必要になったら考えよう。

 

 

 

 とりあえず人の気配は無い。

 

 誰かに見られる前に、ここから離れた方がいい。

 足跡を残さないため、『左足(タウラス)』の≪甲殻≫で宙空に足場を作り、墓地の脇に生えた大木の枝まで行こうとして、三歩目で落ちた。

 

 今のところ、『左足(タウラス)』の力で一歩、『我らは一人』の共有の力で一歩の、二歩しか連続で宙空を歩くのは無理だとお知らせが来た。

 

 仕方ないので、空歩二歩を含む三歩づつ三段跳びのようにジャンプしながら大木まで近づき、枝まで上がる。

 

 振り返ると、足をついた穴が雪上にポツリポツリと並んでいて、ちょっと顔をしかめた。

 

 露骨な足跡よりましと諦めて、見晴らしの良い高さまで、枝をつたって登る。

 

 どうやら墓場は、大きな屋敷跡の敷地の一画にあったようだ。

 広い雪原のあちら此方に石造りの土台だけが残り、侵食してきた木々の影で、雪に埋もれている。

 

 見渡す限り、他に人家や人の暮らす気配は無さそうだ。

 

 木々に挟まれ、雪に覆われた道が一本有る以外、周囲は黒々とした森が、墓地の際までせまっている。

 この高さからでは、森が何処まで続いているのかは見通せない。

 

 ついでに、大雑把に辺りの地形と地勢を頭に入れる。

 

 とりあえずは、安全・・・。

 

 ならば、まず水だ!

 

 聴覚と嗅覚に意識を集中し、水を探す。

 

 幾つもの針葉樹の濃い緑の匂い、僅かに苔と腐葉土の匂い、微かな複数の獣の匂い、何処かの枝葉から滑り落ちる雪の音、梟の低い声。

 

 遠くに水音を感じとり、枝から跳ぶ。

 

 二歩の空歩を活かして、木から木へと跳び移り、水を目指す。

 

 霊園脇の鬱蒼とした森を、奥へ奥へと進んで行く。

 

 程なく現れたそれは、小さな川原と小綺麗な淵を備えた渓流の水場だった。

 

 「!」

 

 物も言わずに辺りをちらりと確め、川原に飛び降りて、流れに顔を突っ込み、浴びるように水分を補給する。

 

 「・・・・・」

 

 渇きに渇いていた身体に、凍りつくほどの冷たさも忘れて、ぐびぐびと水を飲む。

 

 もう良いかと、息をするために水から顔を上げて、二、三度呼吸を整える間に、又、渇きに襲われ、顔を浸ける。

 

 そんなことを、何度も繰り返す。

 

 程なくして、やっと満足し、川原にどさりと座り込む。

 

 「はぁ・・・・生き延びた・・・」

 

  『腎臓(カプリコーン)』から、水の補給が無いと朝まで持たない、と、お知らせが来ていたから、結構焦った。

 

 「これで、まだ少しもつ・・・」

 

 月は少し動いたが、夜はまだ深い。

 少し余裕が出来た。

 

 川原の黒く濡れた小石を弄びながら、墓から抜け出して地上に出ようとしたら、何故か口の中にあった黒卵の事を思い返していた。

 

 ()()のお陰で、色々な疑問が解消されたのだが。

 

 記憶のフラッシュバック、刷り込みが有ったので、身体に元々在った断片と合わせて、大体の経緯は把握できている。

 

 まず前提として、この身体の元の持主、仮に『クルタの子』は、既に“発“を一つ身に付けていたらしい。

 年齢的に、自然発生したものだろう。

 それは、何かオーラなり肉体の一部、少量の血や毛髪等を代償に、念で生み出した『卵』に願いを叶えさせる。

 という、呪術とか儀式魔法のような、使いようによっては強力な特質系能力だった。

 

 どうやら、私の『十三原始細胞(ゾディアック・プラスワン)』は、彼の“発“を下敷きに出来上がってしまったらしく、えらく発動が簡単だったのは、この為らしい。

 願いを叶える『卵』自体が分類として念獣だった為、制約と誓約に従い、この能力は既に失われている。

 

 話を戻そう、そんな訳で彼は、襲われた時、既に“発“が使えたが、正面戦闘能力は大したことなく、保護者の爺さんが倒れると、あっさり捕まってしまった。

 

 捕まって、いたぶられ、緋の眼や身体の各所を失って、後は埋められるだけ、となった所で、彼は、憎い相手に復讐する方法を思いついた。

 

 どうも、爺さんに聞いたらしく、彼は、人間の住む世界の外側、遥か海の向こうに暗黒大陸という、人間を滅ぼすような災厄がごろごろ存在する場所があると知っていたらしい。

 

 彼は、自分の口内に、復讐のための卵を生み出した。

 

 代償は自分の魂。

 

 願うのは、『外の世界』から『怪物』を呼び出し、自分の記憶した複数の対象者と、この事に関わった全ての人間を根絶やしにする事。

 

 願いは、彼の死と共に発生した死者の念との相乗効果によって、否応なく果たされる、筈だった。

 

 しかし、何をどう間違ったのか『()()()()』から喚び出されたのは、暗黒大陸の『怪物』ではなく、現実世界で死んだ『私』の魂だった。

 

 「・・・・・まあ、そういう事も有る」

 

 つまり、私をこの世界に呼び寄せたのは、大いなる運命や面倒な目的を持った神様じゃなくて、この『クルタの子』自身だったのだ。

 

 

 

 と、いうことは、私を縛る厄介な事情とか、果たすべき使命なんか何もない、全くの自由。

 

 好きな漫画の世界をフリーハンドで、生きて良い。と、いう事になる。

 

 『クルタの子』くんには、恩義を感じるから、時期を見て、端的に言うと強くなったら復讐は果たそう。

 人物も、特定出来たしね。

 

 「はあ、・・・」

 

 遠い先の予定は出来たが、今の私が気にすべき事は、別にある。

 

 「・・・腹へった・・・」

 

 流石に、何かカロリーを摂取しないと、移動も儘ならない。

 

 雪深い季節に見つけられる食料は限られるだろう。

 座ったまま、もう一回水飲んでから動こうかな、と考えていると、視線の先の藪が揺れた。

 

 二車線道路の向う側ほどの距離。

 ほんの、八メートルばかり向こうの茂みから、慣れた調子で角付きの鹿がのんびり歩み出てくる。

 

 こちらが風下で、静かにしていた為、気付かなかったらしく、私に気づいて一瞬驚いた様子を見せたが、すぐにナイフみたいな双角を低く構え、迎撃態勢を取る。

 

 「・・・に、肉っ!」

 

 気がついたら、手頃な石を持って飛びかかっていた。

 

 手にした石が、左の角と一緒に頭蓋骨を砕き、止めを刺した所までは、冷静な部分もあり、覚えている。

 

 しかし、次に気がついた時には、鹿の身体は、その三分の二が無くなっていた。

 

 私が、食べたらしい。生で。

 

 首筋を噛み千切りながら、溢れる血を、もったいないと飲み干したことや、前足を皮ごと引きちぎって食らい付いたこと。

 内臓の一部は匂いがキツく、肝臓が甘かったことは、何となく覚えている。

 最後に気づいた時には、後ろ足の大腿骨を、プレッツェルみたいに軽快な音を立てて齧っていた。

 

 いや、健康ってありがたい!

 

 もちろん、歯や消化器官を念で強化していたから出来た事だ。

 内臓込みで念獣の影響下にある私ならではである。

 毒や病気もどんどん対策して、影響の無いようにすると、お知らせが来ている。

 

 ビタミンが取れて良いんだけど、次から生食はなるべく避けよう。

 流石に、ちょっと獣入ってた気がする。

 

 ・・・はじめて会ったのが鹿で良かったぁ・・・人間だったら・・・

 

 ぶるり、嫌な思考が頭をよぎって、身を震わせる。

 

 寒さのせいでは無い。

 全身、長く伸びた髪の毛に被われていて、“纏“をしていれば、外気温は気にならない。寒くないわけではないが。

 

 

 終わった事だから、気にしないでおこう。

 

 

 



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 10、はばたく

2021年8月24日、後書き追記
2021年10月23日、最後の一行改稿


   10、はばたく

 

 

 とりあえず、鹿っぽいヤツの残りを持って水場に戻り、流れに沈めて冷やす。

 そのついでに、全身に付いた血や墓脱出時のもはや乾いた土も洗い流した。 

 

 獲物を冷やすのは、腐敗防止のためだ。

 この寒さで、必要かどうかわからんが、こういう、()()()アウトドア系の知識は、意外と好きで頭に入れている。

 こんな形で役に立つとは、思わなかったが。

 

 元鹿もどきは、まだ結構でかい、残り下半身と片足で今の私と同じくらいの重さは在るだろう。

 ・・・勢いで、体重の二倍ぐらい食ってしまったが、身体は、すこぶる快調。

 さっきまでの方がずっとヤバかった。

 『腎臓(カプリコーン)』から、朝までに水かカロリーを摂取できないと、手足を少し縮めるか、臓器系以外の念獣を、一体、細胞の状態まで戻して休眠させる。  

 とか、タイムリミットと言うか、最後通牒的お知らせが来ていたのだ。怖っ。

 

 水も食料も得られて、先ずは一安心。

 

 

 

 周囲が明るくなり、陽が差し始めている。

 

 朝だ。ごく普通の事なのに、久しぶりすぎて、何だか妙に驚いた。

 

 見上げた空が余りに綺麗で、少し泣いた。

 

 灰色の地面と木々の丸い帽子は雪の白さを取り戻し、黒い塊だった藪は緑に変わる。

 淵に流れ込む水も、小さな光の粒を散らし、透明な川の底に、斑な石が幾つも揺れていた。

 

 「・・・男だったか」

 

 ふと、眼を下ろした先に、男子の印を見つけ、声に出した。

 今まで、確かめるのを忘れていたのだ。

 

 我、未だ、すっほんぽん。

 

 大事なところは、約束どおり長い髪で隠れているが、油断すると丸出し。

 

 ちょっとした思い付きで、『尻尾(ウロボロス・ホルダー)』にお願いし、兎ほどだった尻尾の長さを適度に伸ばしてもらい、褌のように下半身に巻き付ける。

 なかなか暖かいし、大事なところも無事隠れた。

 

 「うむ、これぞ文明人。あっ!」

 

 朝の光の中、ある事を確認するため河原を見回し、静かな淀みを見つけて、水面を揺らさないように、そっと覗き込んだ。

 

 些か痩せすぎているが、灰色の長い髪に大きな鳶色の瞳、意外と可愛い少年の驚いた顔が、こちらを見上げていた。

 「・・・ヤツらの話と髪色が違う」

 チンピラどもの話では、売られた髪は金髪の筈だが、艶の無い傷んだ白髪は、灰色に見える。

 栄養不足か、ストレスとショックのせいか。墓場帰りなら有りか。

 

 気にはなるが、しかし、確かめたいのは容姿ではない。

 

 ・・・『緋の眼』に。

 

 オーラを目に集め、色彩を変化させる。

 もはや、感情のコントロールに頼る必要はない。

 

 淀みに映ったその瞳の色が、左は緋色に、そして右は青色に、変わった。

 

 そう、左の『左目(スコルピオ)』は、クルタ本来の緋色のままだが、『右目(ライブラ)』を育成する時、念獣が遺伝子情報を元に成長する過程で、瞳の色彩変化を緋色から青色に変更したのだ。

 

 『蒼い緋の眼』(以後『蒼緋眼』)

 

 色のモデルは、前世で旅客機から放り出された時に見た、どこまでも果てしなく続く、生も死も忘れさせる蒼穹、藍より深い空と海の青。

 

 後悔は、していない。

 

 謎の深夜テンションと、中二心が疼いたせいだ。

 

 オッドアイって、憧れるよね、しかも赤と青。

 髪が金髪なら信号機だったのに、惜しかった。

 

 

 いやこれが、とびきりの厄ネタだという事は、わかっている(変えた後で気がついた)。

 

 なにも知らない者から見れば、貴重な『緋の眼』の、世にも珍しい青色変異種なのだ。

 存在が判っただけで、コレクター、特に人体収集家達が、それこそ血眼になって追い求めるだろう。

 

 悪党も懸賞金も、どれくらい集まって来るのか想像もつかない。間違いなく相当ヤバイ事になる。

 

 だがしかし、このまま行く。

 

 想定内、と言うか『緋の眼』の事は、撒き餌として、そのうち闇ルートでリークするつもりだった。

 

 敵討の件もあるし、人体収集の是非自体はともかく、パーツを当人の同意無しに、無理矢理もぎ取ろうとする様な行為は、クルタ族になった事もあり、赦しがたく感じる。

 

 状況が整ったら、私の瞳を狙って来た人体収集家や、その依頼を受けた人狩りどもを、残さず逃がさず根絶やしにするつもりなのだ。

 青い『緋の眼』は、とても引きが強そうだ。

 

 実現するには、越えるべきハードルが沢山有るし、命も危ない。

 私が、どれくらい強く成れるかが、問題に直結するが、墓から外に出た今の目標は、相手が旅団の団員単独なら倒せて、複数なら逃げられるぐらい、だ。

 成長する時間さえ得られれば、最低限そこに到達できるだけの()()はした。

 

 もしかすると原作の話の流れに影響が出るかもしれないが、種族を隠さずクルタ族として強者を目指すなら、『緋の眼』に(たか)る連中の事は避けては通れない。

 

 そして、残念なことに隠し続けられるほど、私は器用じゃない。この世界の賢い人達相手だと、下手すると、秒でバレる、

 

 どのみち争う事に成るのなら、賭け金は目一杯高く。こちらが死ぬか、相手が破滅するまで。≪魔眼≫も有る。

 

 ハンターハンターの世界なのだ、殺し合い上等。

 喧嘩を売ってくるなら、とびきり高く買うまでだ。

 

 ・・・・・

 

 なんか、妙に発想がイケイケになってる気がする。

 前世で、異世界転生もののネット小説をいろいろ読み漁ってて、夢が叶った反動か?

 

 お・・・念獣からの、お知らせ有り!

 

 :普通の事?・・・だそうだ。相変わらず言葉ではなく概念伝達だが、少し流暢になってる気がする。

 

 普通・・・そうだよな、一年余り半分死んだ状態で墓に埋まっていれば、変化もするか・・・

 

 墓の下に居た時の事をじっと考えると、余計なものを削ぎ落とし、収斂された暴力の塊のような衝動が、心の奥底に培われているのを感じる。

 

 これは、地下で心理的にヤバイ時に感じたストレスの源泉?もしくは、やたらと理不尽を押し付けられた、柔な心のなれの果て?

 狂気混じりの善意が、ニコニコしながら手招きしてる気がする。

 

 受け入れたら、旅団かヒソカ擬きだな。

 

 こいつは、平和ボケした平均的日本人が、ハンター世界で生きるためのツールみたいなもんだと考えよう。

 殺人に忌避感が無いのは、この世界の生存戦略的に正しい。

 振り回されないよう、気をつけねば。

 

 念獣が、わざわざこの件について“お知らせ“してきたのは、これが、命の危機にかかわる案件だと直感したからだと思う。

 

 水や食べ物の件で、早く外に出るよう煽ったのも、あれ以上死人のように地下に居るのが、精神的に限界だと解っていたのだろう。

 

 基本的に、基礎能力『我らは一人』があるので、念獣達が私の意思に関係なく動くのは、私の生命や精神が脅かされそうな場合に限られる。・・・はず。

 

 

 そういや、今いつ頃なんだ?原作は、始まってるのか?原作に介入するかどうかはともかく、年代くらいは知っときたいな。

 確か、千九百九十九年に話が始まったと記憶してるが。

 ・・・ま、いっか、修行が終わって人里に出れば、すぐ解ることだ。

 もし年代的に会えなくても、それだけ平和な時代って事だし、変なことに巻き込まれる機会も減るだろう。

 ・・・いや、フラグじゃないよ。

 

 

 雪が音を吸い取るのか、水音以外はバカに静かだ。

 朝なのに、もう仕事の事を心配しなくて良いのだなと、ぼんやり思った。

 墓の下では一度も思い出さなかったのに。

 後輩も育っていたし、私が居なくても何とか成るだろう。

 家族は無いし、心残りは、世話になった先輩に、最後の挨拶と今までのお礼が言えなかった事か。

 

 

 

 少し風が出てきた。

 葉の落ちた細い枝先が、擦れ合って乾いた音を立てている。

 すっかり明るくなり、見通しが利くようになると、衣服を何も身につけず、寒空に一人で立っている自分が、ひどく無防備に感じられた。

 

 『心臓(レオ)』が、≪強化≫で恒温機能を強化して、健康は維持されているが、カロリーの消費は有るし、やはり、寒いものは寒い。

 そして何より眠い。

 

 最後の念獣『尻尾(ウロボロス・ホルダー)』を生み出し、育成するのに丸一日。

 更に、夜中に墓を出てから朝まで一睡もしていないのだ。

 幾ら念能力者でも、十歳前後の子供には厳しい。

 

 「暖かくて、安全な寝床を探さないと・・・」

 

 回りは、凍えるほど寒い雪の降り積もった森の奥で、徐々に風と雲が出始め、空模様は下り坂。

 暖かさも安全も、容易に見つけられそうもない。

 

「とうっ!」

 

 私は、景気づけのために、昭和風に一声かけると、空を蹴って木の上に戻り、集中して、あるものを探した。

 

 ・・・・・

 

 三十分後、私は、暖かい穴の中で、ぬくぬくしながら眠りに就こうとしていた。

 長い棺桶暮らしだったが、閉所恐怖症でも、暗所恐怖症でも無さそうだ。

 転生後、初めての外泊、何かあったら起こすよう念獣達に告げ、おやすみをいう前に意識は途切れていた。

 

 

 目が覚めると夕方で、狭い洞くつの外は、大粒の雪が、ゆるゆると絶え間なく降っていた。

 激しくはないが、長く降り続きそうだ。

 

 願ってもない、いい天気。

 

 墓から出た時の土の痕跡も、その後のあれこれも、全部降り積もる雪の下に消え失せる。

 これで当面、誰にも私の存在が知られる事は無くなった。

 このまま、世捨人のように人里から更に離れて、修行パートに移ろう。

 

 大木の根本の、二畳ほどの広さの穴から抜け出すと、私は何歩か新雪の中に踏み出した。

 後ろから続いて、黒い大きな陰が、覆い被さるように這い出して来る。

 熊だ、かなりでかい。

 振り返ると、目が合う。

 

 私は、ニッと笑った。

 

 

 眠かった私が取った行動は、

 

 一、『(ジェミニ)』の≪把握≫で、休める洞穴を探す。中に、冬眠している動物が居れば、(湯タンポ的な意味で)なお良し。

 

 二、偶然、穴より先に徘徊する熊を発見。ほどなく、空の穴も見つかる。

 

 三、熊のところに戻り、試しに『右目(ライブラ)』の≪魔眼≫を掛けてみると、あっさり幻覚に嵌まったので、穴までお持ち帰り。

 どうやら、秋の実りの時期に十分な餌にありつけず、冬眠に失敗した若い熊らしい。かなり痩せている。

 

 四、川に沈めた鹿もどきを交換条件に、抱き枕を了承させる。

 

 五、爽やかな目覚め。←今ここ。

 

 毛皮は惜しかったが、移動が有るので諦め、宿代として肉を渡し、≪魔眼≫を解除する。

 少なくとも、動物相手でも≪魔眼≫が効く事は確かめられた。

 

  もし効果がなければ、頭を殴って気絶させ抱き枕。髪で縛り上げて、抱き枕。殺して、大きな身体から熱が失われるまで抱き枕。の、どれかだった。

 平和に済んで、めでたしめでたし。

 

 木の上から、川原で私の食べ残しにかぶり付く熊を見下ろし、強く生きろよと、心の中でエールを送って別れを告げる。

 

 

 目指すは更に森の奥。

 

 

 降り続く雪の中、空を踏みしめては次の枝に渡り、私は猿かムササビのような速度でその場を離れ、森の深みへと向かって行く。

 

 視界や足場は悪いが、念による強化と念獣の能力で補えるので、支障は無い。

 

 

 薄暗い夕方の森を、音も立てずに静かに進んでいると、何だか、前世で先輩に誘われて、初出勤した朝の事を思い出した。

 

 当時、下らない()()()に逢って、三年ほど引きこもっていた私は、ネトゲで知り合った先輩と、オタク話で盛り上がった末に、彼女の会社が企画したオタク系イベントの手伝いを頼まれ、ほぼ三年ぶりにまともなコミュニケーションが必要になる外出をしたのだ。

 

 大検を受けて、高卒認定は取っていたが、高校生活まるっと引きこもりで、バイトすら未経験だった私は、近所の人に会わないよう朝まだ暗いうちに、家を出た。

 

 びくびくと人の目を気にしながら、なけなしの勇気を振り絞って俯いて歩く私は、人から見れば、きっと滑稽なさまだったろう。

 

 だが、当時の私にとっては世界がひっくり返るような大事件だった。

 

 私は、これが、私に巡ってきた最後のチャンスと思い込み、誰かに笑われたら死んでやるとばかりに思い詰め、 文字通り命懸けで歩いていた。

 

 待っていた仕事は、推し作品のイベントを、コンセプトの立案からまるっと立ち上げるもので、下っぱの私は、全ての段階で雑用を任され、息つく隙もない程の忙しさに、あっという間に馴染んでしまった。

 

 楽しい毎日だった。

 

 全ては、あの朝から始まった。

 

 あの、勇気を振り絞って外へ出た朝から。

 

 だから、進もう。

 

 

 飛び立たなければ、始まらない。

 

 たとえ、嵐の夜だとしても。

 

 

 

 

         to be next stage,

 

 

 

 

 




一応、タイトル回収

 以降は、出来上がったら上げるゆっくり更新になります。
 この先もプロットは有るので、気長にお待ちください。


 ※作中に今後出ないだろう裏話。

 主人公の言う『先輩』は、ネトゲでのプレイヤーネーム。会社でも主人公はそのまま『先輩』呼びだった。
 『先輩』は大規模ギルドのギルマスで、主人公は雑用全般をと押し付けられる有能なサブマスの一人だった。 
 後輩は、そのまま入社二年目の後輩。
 両方女子、たまにカップリングで揉めている。

 主人公のプレイヤー時代の渾名は『エロメガネ』某氏を真似て眼鏡を愛用していたが、知的というよりなんかエロいと、『先輩』命名。会社では名前呼び。

 ※何だか明記されてないとストレスになる方がいらっしゃるようなので、ヒントだけ 。TSタグは、必要無いんです。


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 11、誰も知らない


 誤字のご指摘、感想、ありがとうございます。

 十話のラスト、思うところ有って改稿しました。不安定ですいません。


   11、誰も知らない

 

 地上に出て来て半年ほどが経った。

 

 森の奥は、原生林に覆われた山々が延々と続く地で、巨木と野生の命溢れる壮大な景色が広がっていた。

 

 こそこそと何日も移動を続け、幾つもの山を越えた先で、広い平地に森と岩山が連なる奇妙な土地があるのを見つけ、滞在地に選んだ。

 たいした理由ではない、念の修行をするなら岩場の方が良いかな、と思ったのだ。

 原作中でも岩を使った念修行が幾つも描かれていた。

 

 最初は毎晩寝床を換えていたが、追っ手が無いと気付きそれも止めてしまった。

 暖かくなってからは、上からも下からも視線が通らない大きな崖の中程に、目立たないよう偽装した洞窟を掘り、住居にしている。

 

 今のところ、獣も人も訪れた事はない。

 

 朝、先ずは入口近くまで行って、外の気配を探る。晴れ、異常なし。

 色々状況は変わったが、寝起きに気配を探る訓練は、警戒心を無くさないため習慣付けている。

 

 なんの変哲もない、崖の途中に生える低木と藪草の陰から外に出ると、変化や兆しが無いかを目でも確認する。

 

 気持ちの良い風が、岩に根づいたタンポポを揺らす。もう開いている。

 

 ここは、歪な巨岩のパンケーキを手刀で叩き割ったような谷で、対の屏風のような崖が両側に並んでいた。

 

 既に季節は春を過ぎ、初夏に差し掛かっていた。

 あの雪景色が夢かと思えるほど、世界は命に溢れている。

 

 谷底には、春まで分厚い雪に埋もれていた川が中央を細く流れ、パンケーキの端の森から現れ、端で森の中へと消えていた。

 

 

 私は、いつものように崖から宙に跳び、≪甲殻≫を使った空歩で谷底まで降りて、川の水で顔を洗う。

 

 足場用の≪甲殻≫は、既に連続して幾つか出せるようになっていて、『我らは一人』の共有効果で更に倍、とても便利で使いやすい。

 

 濡れた顔を、柔らかい鹿の鞣し革で軽く拭い、ベルトに着けた袋に押し込む。

 タオルが欲しいと切実に思うが、こっちの世界に来てから、まだ布を見たことがない。

 文明との接触はまだちょっぴり恐い、原始少年ミカゲである。

 

 革製のシャツと揃いの短パンは、暑くなってから新しくしたものだ。

 靴は、冬場以外必要ないので造らなかった。

 

 少し水を飲むと、修行を兼ねた朝の見回りに出る。

 できるだけ静かに、できるだけ気配を殺し、辺りの生き物に気付かれ無いように。

 しかし、できるだけ速く。

 

 この辺りの地形は、基本深い森林、たまに大小の岩山、時々沼とか湖。

 パンケーキも、ここではありふれた岩山の一つだ。

 

 地域に、人の痕跡がまったく無いので、人跡未踏もしくは、探検や調査以外で人間が訪れる理由の無い地であると思われる。

 

 一先ずは、安全。

 

 北の方向に、万年雪を被った巨大な山脈があり、いくつもの川の水は主にそこから来ている。

 

 当初は、山脈の麓近くまで行くつもりだったが、『(バルゴ)』から、お知らせが有って、中止にした。

 ≪結界≫の危機感知が反応したらしい。

 

 何があるのか気になるが、確かめる積もりはない。好奇心猫を殺す。

 

 死なない鼠が、いい鼠。

 

 墓から出て、半年森で生活し、狩りや野性動物の観察をしていて、気配のコントロールには精神のコントロールが重要だと、改めて気付かされた。

 

 野性の生き物達は、こちらの、相手を害したい、とか捕まえたい等の心の動きを、殺気や気配として感じ取っているようで、それを僅かな空気の揺らぎや緊張から読み取り、姿を隠してしまう。

 

 今は、逆にその鋭敏さを習得できないかと練習中だ。

 

 川岸を跳び、木々を伝い、水辺を越え、幾つもの目印代りの岩山、大岩を回り、最近お気に入りの修練場所へとやって来る。

 

 そこには、何にもなかった。

 

 大木と巨石の入り組んだ地形に、ぽっかりと野球のグラウンド程の広さの、障害物の無い荒れ地が広がっている。

 

 

 巨石は、砕かれて撒き散らされ、大木は引き抜かれへし折られ、大部分が木っ端と化している。

 

 まるで、小さな怪獣が暴れ回ったかのようだ。

 

 だ、誰がやったんだ!

 

 ・・・私です。

 

 いや、目立つ事をするつもりはなかったんだが、いろいろ試してるうちに、こうなった。

 

 ここも元は、テニスコート半分程の森の中の陽だまりで、庭石のような巨石と、修行の瞑想をするのに丁度良さそうな、座禅用の平たい岩がちんまり転がっているだけの、平和な空き地だった。

 

 事件は春先に起こった。

 

 

 冬の間に、段々明らかになって来たのだが、私の身体能力が、いくらなんでも人としておかしいのではないか、という疑いが出てきた。

 

 生活を整える為、獣を狩ったり、穴を掘ったり、未知の土地を徐々に探索している内に、どんどん上昇していて、自分でも初めは驚いたが、念獣達が頑張っているんだろう、ぐらいにしか思っていなかった。

 

 自重の十倍の岩を持ち上げ、垂直跳びで身長の三倍の高さに手が届いても、さすがハンター世界の住人、漫画みたいな成長力だなあ、と軽く考えていた。

 

 ところが、いつまでたっても成長が止まらない。

 岩を、持ち上げようとして砕いてしまい、跳び上がって掴まるつもりだった枝を飛び越してしまった時点で、一度きちんと確かめるべきだと思い至った。

 

 なぜなら、これ等が起きたのが、念による強化無しの、素の身体能力()()での事案だったからだ。

 

 

 少し試して見ようと、専ら瞑想に使っていたここで、拳を握ってみた。

 

 ちょっとワクワクする部分があったのは否定しない。

 

 

 轟音と、テンション高めの笑い事がしばらく続き、「あっ」と、声がして静かになる。

 

 結果、テニスコート半分サイズの空き地は、バスケットコート程に拡張された。

 

 安心してください、座禅用の岩は無事に残りました。

 

 

 ここまでが、事件の半分。

 

 

 経緯はこう。

 

 先ず、試しに素手で一抱え程の立木に、軽くパンチをしてみる。

 

 痛くない。立木も無事。

 

 次は、そこそこ力を込めて。

 

 鈍い音がするが、痛くない。

 立木は、表皮が拳の形にへこんでいる。

 ちょっと楽しくなってきた。

 

 ぼんやりと、幾つかの漫画のキャラをイメージしながら、軽い気持ちで、三度目は、おもいっきり。

 

 構えはコンパクトにリズムを取り、二、三度左で軽く空打ちのジャブ。

 狙いを定めて腰をひねり、体重も乗せた全力の右ストレート。

 打つべし!

 

 腹の底に響く、鈍い炸裂音。

 

 一抱え程の立木は、派手な音と共に、拳の当たった部分で粉砕されてしまった。

 

「・・・えっ?」

 

 立木の上部は、インパクトの勢いのまま、アクション映画のスタントカーのように、凄い速さで縦に回転しながら上へと弾かれ、枝葉と木っ端を撒き散らしながら弧を描いて飛び、何本か先の木に逆さまになって引っ掛かった。

 木立の下部は、まるで爆烈したように幾筋もヒビが入って花の様に開き、傾いでいる。

 

「・・・なんじゃこりゃ」

 

 威力もおかしいが、先ず音にびっくりした。

 やはり痛くないし、確かめても拳に傷は見当たらない。

 

 

 首をかしげながら他の的を探し、何歩か歩いて今度は岩の前に立つ。

 

 でかくて硬そうだ。殴ったら普通怪我するだろう。

 

 拳を軽く握る。

 

 にわかに、鋼鉄のハンマーを振るったような連続音。

 

 使っているのは左手のみ。

 

 ジャブを撃つ度に大きく削り取られて行く岩。

 

 なんか楽しい。テンションのままに笑いが溢れる。

 

 フットワークも使い、回転を上げる。

 

 鑿岩機のように岩を打ち続け、雪像が陽に溶けるように、巨石を砕石へと変えて行く。

 

 フィニッシュは右手で、スリークオーターからのスマッシュもどき。

 

 轟音と共に砕かれた岩は、散弾のつぶてとなって木々にめり込み、打ち倒し、他の岩に突き刺さり、砕く。

 

 「あっ」

 

 小さな空き地を、少しばかり広げる原資となって、めでたく巨石は姿を消した。

 

 

 大体こんな感じに、空き地は成長していく。

 

 

 少しやり過ぎたが、身体能力や身体強度が、異様に強化されている事が確認できた。

 

 念の強化無しの、素の身体能力で、この現状。

 

 特に確認は取ってないが、原因は念獣達の成長だろう。

 栄養状態が良くなり(基本肉食)、基礎能力の『自分を磨け』が機能しはじめて、あらゆるステータスがレベルアップしているらしい。

 

 もしかすると、念獣達を作成する時、石ノ森先生の某零零ナンバーズや仮面のヒーロー、昔の海外ドラマのサイボーグの事なんかを考えていたせいかもしれない。

 

 本来なら、手や足を強化しただけでは、接合部の肩や股関節他、他の部位が耐えられない筈なのだが、念獣達には周辺組織を取り込んで影響下に置き、細胞レベルで一部融合し、怪我や故障のリスクを減らし、能力や効率を上昇させる機能がある。その手の故障は起こらない。

 

 この()()()()は、『自分を磨け』の成長効果と『生身の身体』の外見を変えずに最適化する能力が主に機能したものだが、実は『十三原始細胞(ゾディアック・プラスワン)』の作成時に、『我らは一人』の共有効果が、念獣達だけじゃ無く私自身にも僅かながら及んでいたのを、孤独に耐えかねて放置したのが遠因。

 

 此れによって、共有効果が一部私自身の肉体にも及び、あり得ないパワーアップに繋がってしまった。

 予定では、もう少し常識的な範囲に収まる筈だった。

 

 勿論問題が有るわけでは無い、むしろいい傾向だ。

 今後の事を思えば、力はいくらあっても良い。

 

 ただ、身体強度バランスの調整と、力加減に慣れないと、持て余すだけになる。

 スプリンターだって、車だって、ミニ〇駆だって、馬力が有るだけでは、レースに勝てない。

 

 念能力ではないが、とりあえず念獣達の地力の解放の事を『全力稼働(フルポテンシャル)』と名付け、普段はコントロールしやすいようリミッターを掛けてもらった。

 ・・・いや、ある意味念能力なのか?

 

 一時の勢いは無くなったが、成長は続いているので、定期的に確認と慣熟訓練は必須だ。

 

 翌日以降に行った、持続力と現在の限界の確認、最初の慣熟訓練で、空き地はスタジアムサイズになった。

 

 素のパワーに慣れたあと、果たして、念を使ったらどうなるのか、もちろん此方も気になったので試してみた。

 だが、不思議と当初期待したほど派手な大破壊には、ならない。

 木でも岩でも、攻撃すると拳が突き抜けてしまうのだ。

 金属でも在れば良かったのだが、オーラ付の攻撃に対し、この辺りにある素材では、抵抗できないらしい。

 拳を止めても拳圧でコーン状に綺麗に穴が開く。断面はツルツル、触ると気持ちいいくらいにスコンと消え失せる。

 実際は消えたのではなく、粉状に粉砕されていた。

 

 それならばと、思い切り地面を殴ろうとしたのだが、地面に着く前に拳が空気を叩いてしまい、大きな風船が割れるような音がして、爆発が起こった。

 突き抜こうと思えば、爆発を無視してそのまま地面を殴れたが、ヒヤリと嫌な予感がして、拳を止めた。念獣の警告ではない。

 

 空気の爆発は、小石や草を空高く巻き上げ、破壊の波紋が空き地に凄まじい速さで拡がって行って、周囲の木々が、はたかれたように揺れて、丸坊主になり皆外側へと斜めに傾いた。

 耳がキーンとなった。二秒ほど。

 

 これが、春先に起こった謎の荒れ地発生事件の全容である。

 これ以上は、目立ち過ぎるので自重した。懸念は、某ゴンさんの様に爆発が遠くからも観測され、誰かが調査に来ることだ。嫌な予感はここに起因する。

 

 念の試し以後、空き地では何故か余り草木が伸びなくなった。ヤバし。

 

 ちょっと反省はしている。

 

 これも、念獣達が何かやっているのかと思って聞いたが、どうも違うらしい。

 やったのは、私だそうだ。何を?

 

 一先ず保留。

 

 初夏になった現在も、基礎体力は極ゆっくりになったが上昇し続けているので、そろそろ念能力や念を使った戦闘もこなせるようにしたい。

 先は長いが想定内、その分強く、より強くなる。

 

 

 

 

 




 既に多分、素で腕相撲するとウボーより強い。


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 12、四大行

   12、四大行

 

 初夏の陽射しを植え替えた潅木で凌ぎ、未だ残る瞑想用の平たい岩の上で、既にルーティンとなった朝の基礎的な念の修行をこなす。

 

 まず、定位置の石の上で座禅を組み、目を閉じて心を落ち着け、集中力を高める。

 居眠り防止には、事前にたっぷりの睡眠が大事。

 

 原作知識を頼りに、推測混じりの“纏“、“練“、“絶“、“発“、の四大行のうち、“発“以外を繰り返し修練し、ひたすら地力の向上をめざす。

 ついでに“凝“も、時々織り混ぜる。

 

 たまに念獣達とも対話して、念や自身に対する知識と理解を深める。

 

 普段の念獣達の意識は、本体である身体の各部位にそれぞれ納まっているが、対話を意図すると、墓の下で気が付いた時のように、『腎臓(カプリコーン)』の一時から、『左手(サジタリウス)』の十二時まで、私の意識を中心に時計の文字盤のようにぐるりと並ぶ。

 微妙な個性と、ふわふわぬいぐるみ感は変わらないが、前より力強くなってる気がする。

 ちなみに『尻尾(ウロボロス・ホルダー)』の場所は、私の意識が有る位置の下側、仕切りなど無いが、イメージ的には文字盤の裏側になる。まんま尻尾の位置。

 別に仲間ハズレではなく、発生の経緯や能力、役割的に()()として許されているらしい。

 最初は意味が解らなかったのだが、私により近い位置に居ることが特別扱いなのだそうだ。

 確かに、距離的には私に一番近い。

 尻に敷かれているが・・・

 

 そして勿論、対話にも普通に参加してくる。

 念獣達全員、言語ではなく概念伝達なので、こんがらがってグダグダになることもある。主に私が。

 

 修行をはじめて改めて気づく事も出てくる。

 

 “絶“だ。

 

 四大行の一つ。

 

 念で造られた念獣達とは、全くもって相性が悪い。

 

 出来るはず無いよなぁ、できたら良いなぁ、でも無理だよなぁ、と思っていた“絶“が、なぜか出来るようになってしまった。

 

 『左目(スコルピオ)』の≪観測≫で自分の手からオーラが出ていない事を、にぎにぎしながら確認する。

 ≪再生≫で治癒するので左右とも傷一つ無いが、売れない芸能人のようにオーラは皆無。

 

 今の身体はオーラを全く纏っていない。 

 傍から見ると、四大行の“絶“を行っているかのように見えるだろう。

 しかし、実際は違う。

 

 私の本来の肉体の部分は、手足を引っ込めた亀のように胴体のみ。内臓も幾つか代替品だが今は関係ない。

 首から上も頭蓋と口以外は大体念獣達で補われている。

 つまり、私が念獣達を顕現させている以上、顕現に必要なオーラ(ドライブコスト)は微々たるものだが、依然として私は念能力を使用中であり、正確には精孔を全て閉じて“絶“状態にあるとは言えない。

 

 本来念獣は、念というオーラの塊で出来ていて、その性質と成り立ちから、能力として“隠“で隠す事はできても、普通はオーラを消す事はできない。

 

 ・・・と思う。原作でも大抵丸見えだった。

 

 この不思議に気がついたのは、念の修行の為、四大行を行おうと試していた時だ。

 

 “纏“、“練“、を試した時、オーラが()()から発生しているのを何気なく確認し、「いや、おかしいだろ!」と、自分で突っ込んだ。

 

 念獣は、オーラを自力発生させない。

 

 これは念獣他、念による具現化構造物を問わず大前提で、何等(なんら)かの形で補充されない限り、どんなに複雑で強力な念が込められていても、消耗を自分で補う事はできない。原作でも、そういうものとして描かれていた。

 

 どういう事かと念獣達に確認したところ

 

 :仕様(しよう)

 

 と返ってきた。仕様らしい。

 

 つまり、『十三原始細胞(ゾディアック・プラスワン)』基礎能力の『生身の身体』の効果なのだそうだ。

 

 うちの念獣達は、本来予定していた外見だけの擬態ではなく、骨や筋肉や血管のみならず、神経どころか念を発動させる経絡系まで細胞レベル、遺伝情報レベルで再現しているらしい。

 マジか。

 

 念、凄い。

 

 ここは、ハンターハンターの世界と良く似た別の世界かもしれない。と、ふと思う。まあ、やることは変わらないが。

 

 もちろんオーラの供給と循環がなくなったり、身体から切り離されたりするとオーラを発生させることはできなくなる。

 そこは、生身と変わらない。

 

 違うのは、その身を構成するオーラが尽きるまで、指令を受けたり、自立行動したりできること。

 確かめてないが、ハ〇ドくん並みに動けるらしい。

 

 なお、残念ながら仕様上、寄〇獣ミギーのような高速の自在変形攻撃は出来ない模様。

 

 確認後、これなら“絶“も出来るのではないかと用心しながらチャレンジ。

 

  結果、多少時間はかかったが、完全な“絶“と、“凝“っぽい“絶“が行えるようになった。

 完全な“絶“は、精孔を全て閉じ、念獣達に対するオーラの供給と循環すら断った、本当の“絶“。

 念獣達も個々に“絶“が可能で、全身のオーラが内包され、外に出なくなる。

 念獣達は、オーラの供給を断っても、すぐに消えるわけではないので、普通に神経からの電気信号や伝達物質で応答することができ、行動に支障はない。

 

 もう一つの“凝“っぽい“絶“は、“凝“のオーラの疎密をコントロールする技術で、体内の念獣達とのオーラ経路を開いたまま外見上のオーラを無くし、“絶“っぽい見た目になる、なんちゃって“絶“。

 

 見た目“絶“なのに、念獣達と内緒で繋がってる感じ。

 

 効果は、継戦能力の維持とオーラの自然な循環、勘の良いヤツにも念獣達がバレにくい。

 さらに、重要なのが念獣達の権能を十全に使える事。

 

 『十三原始細胞(ゾディアック・プラスワン)』は、私の生命線、彼らが失われるとき、私も又この二度目の生を終えるだろう。

 

 さあ、今日の修行を続けよう。

 

 念獣達は成長している。ならば私も成長しよう。

 

 死ななければ、鼠もいつかは虎へと変わる。

 

 

 

 

 ・・・・・いや、流石に鼠じゃ無理か。

 

 仔虎か仔竜か?雛鳳でも可ってことで、折角の異世界、志は高く持とう。

 

 

 

 きりのいい処まで基礎の四大行(“発“以外)を終えると、今度は立ち上がって応用の“周“を手製のシャベルで岩堀りしながら行う。今度もたまに“凝“を混ぜる。

 ここまでやってもオーラに余裕が出てきてからは、“硬“、“堅“の訓練をみっちり追加している。

 暇なので念以外の修行も少しやる。前世記憶から持ち出した格闘家が使いそうなバランスや柔軟性の鍛練だ。

 自己流だが、“綱渡りしながらヨガ“、みたいな運動で関節の稼働範囲を広げ、体幹と重心を意識する。拳や棒切れを振り回したりもする。

 

 基礎能力は呆れるほど有るので、鍛えるのは主に“練“でオーラ量、“纏“でオーラと身体のバランスとコントロールになる。他はぼちぼちだ。

 

 オーラの扱いには、才能だけじゃなく時間と根気と慣れが必要で、“流“、“円“、“隠“には、まだあまり手を出してない。

 

 

 原作知識によって、私が理解する処によると、

 “纏“は、精孔が開いて溢れた生命力、オーラを身体の周囲に留める技術。

 “練“は、精孔を自ら開いて一時的にオーラ量を増やす技術。繰り返すと基礎量も増える。

 “絶“は、オーラを体内に留め外へと漏らさない技術。回復も早まる。

 “凝“は、オーラを身体の一部分に集中する技術。

 “周“は、武器や道具等にオーラを纏わせ、強度や効果を高める技術。

 “隠“は、オーラを見え難く、判り難く加工する技術。

 “円“は、オーラを身体から離れた位置まで拡げ、その内部の知覚力や感知能力を飛躍的に高める技術。

 “硬“は、“練“のオーラを身体の一部分に集中し、その部位のみを全力で強化する技術。他の部分は“絶“状態になり、極めて弱体化する。

 “堅“は、“練“で引き上げたオーラを“纏“で維持安定させ、戦える様に整える技術。防御も上がる。

 “流“は、“堅“のオーラを“凝“を使って敢えて不均等にし、戦闘の攻防時に受ける部位、当てる部位毎に瞬間的に振り分ける高等技術。しかも分割する割合を状況に合わせ、自在にコントロールする。

 

 道は遠いが、段階を踏めば出来なくはない気がする。なんかこう筋道が見えるのだ。私も結構オーラ使いに慣れてきた。

 

 墓の下で、制約と誓約のために“凝“を乱発したが、今考えると力任せで不安定な、無駄の多い残念な代物だった。

 我ながら、よくやり遂げたものだと思う。火事場の馬鹿力的なもので、いろいろリミッターが外れていたから出来たのだろう。普通なら死ぬ。

 

 現在は、自分が少しづつ強くなって行くのが、目に見えるようで堪らなく楽しい。

 元ゲーマーの(さが)か、気がつくと、昼になっていることもある。

 

 残念ながら原作主人公達より成長に時間が掛かっている所を見ると、どうやら私には、主要メンバー程の才能は無いらしい。

 だが、彼らがおかしいのだ。特に気にしてはいない。種族的アドバンテージも有るし、私はかなり優秀な方だろう。

 それに、そんな事どうでもいいほど、生きることは、この世界は、そして()()()は楽しい。

 

 

 ここで探すのは現実的じゃないので、もう少し成長して森の外に出たら、師匠を求めてこの世界の格闘技や武術を習いたい。

 無駄な体力を、もう少し効率よく使うためには、先人によって洗練された何らかの型が必要だ。

 

 そう言えば、オーラを込めてパンチをすると、岩や樹にポッカリ穴が出来る件は、結局オーラの込め過ぎと判明した。

 具体的に言うと、“練“して“凝“で大雑把に集めたオーラで殴ったつもりだったが、更に“周“が被覆されていた。

 生身なら、込めたオーラの外側に更に“周“を施す様な事は、しないし出来ない。

 しかし、腕が念獣だった為に、全力を振るうに当たり、まだ『権能の力』の弱い念獣達に対して気付かないうちに保護意識が働いて、やらかした。多分そういう事なんだと思う。

 

 基礎練習中に何度か試していて気付かされた。

 “周“の効果は強度と効果の向上。ナイフに掛ければ鉄をも切り裂き、シャベルに掛ければ岩山をプリンのように削り取る。

 

 オーラパンチに施された“周“は既に強化されている拳ではなく、主に纏う風圧、拳圧を大量のオーラで強化し、目標を粉砕、圧縮熱で水分を気化させ、穴だけが残ったようだ。

 

 同じように指にオーラを込め、ゆっくり岩に押し付けても割れずに綺麗な穴が開いたので、多分間違いない。

 爆砕しなかったのは、穴堀りの時のくせが残っていてシャベルの先端部のみに働く破砕効果が拳のサイズ丸ごとにかかったからだろう。

 

 いつの間にか、想定以上に私の基礎オーラ量が何倍も増えていて、加減を誤った。

 これ普通?

 

 ・・・何か忘れてるような。

 

 肝心の“発“の修行は、念獣達と相談しながら時を選ばず適宜行っている。

 能力毎に成長度合いはバラバラで、使用可能な条件も一定ではない。時間を決めて、一度に全部を鍛えるのは効率的じゃないのだ。

 それに、修行という意味では、私が眠っている間に念獣達は各自で自分たちの権能を自分で、もしくは互いに使用して訓練しているらしい。

 朝、起きた時のあれやこれやで気が付いて確認したら、地下に埋まって居た時からの習慣で、当然知っていると思ってたらしい。今更?という感じの返事がきた。

 

 

 



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 13、明るい生活

 動きが無い話。

2021年10月26日改稿


   13、明るい生活

 

 朝の修行を終えたら生きるための活動。

 いつもは食事か探索なのだが、今日は水見式をやってみようと準備をしてきている。

 

 肉体に残っていた記憶から、身体の前の持ち主が、特質系だったことは判っているが、転生してきた私がどんな系統かは、まだ確かめていない。

 

 ずっと、同じに違いないと思い込んでいたが、こっちの世界に馴染んでくると、むしろ違うのが当然では、と思えてくる。

 

 系統の違いは、個性や性格の違い。人格が入れ替わっていて、系統が変わっていないのは、不自然だ。

 

 既に、強力でキャパシティーを多く使用する“発“『十三原始細胞』(ゾディアック・プラスワン)を創ったため、あまり難易度の高い能力は持てないだろうが、懸案の遠距離攻撃対策も有るし、そろそろ系統別の修行も取り入れたい。

 

 自身の得意系統によって修行内容が変化するのもそうだが、ぶっちゃけ目標がある方が修行も集中しやすい。

 より正確に言うと、めっさ気になる。

 

 この日のために用意した石のコップに水を張り、小さな葉っぱを浮かべ水見式の準備をする。

 

 シャベルやコップ、道具類は硬い岩を≪消滅≫を使って削り取って作っている。

 大雑把に髪でくりぬき、指で微調整する。洞窟の拡張も同じ。いい修行になる。

 

 最近の常識。髪は、凶器である。

 

 これで、両の手のひらの間にコップを置いて、“練“をすることで、水や葉っぱが変化し、本人の持つ系統を知ることが出来る。

 

 確か、水が増えると強化系、色が変わると放出系、味が変わると変化系、不純物が混じると具現化系、葉っぱが動くと操作系、それ以外は特質系だ。

 何でも覚えてて思い出せるのも、もう慣れた。

 

 性格診断も有って、強化系が単純、変化系が気まぐれで嘘つき、放出系が短気、操作系が理屈屋、具現化系が神経質、特質系が個人主義者。

 大まかな傾向ぐらいだが、私は、どうだろう。変化系じゃないといいな。変なヤツが多い気がする。

 

 ・・・・・“練“!

 

「うおっ」

 

 “練“をした瞬間、コップの中身が強烈に発光し、直視出来ずに目を瞑る。

 閉じた目蓋の裏が、まだ明るい。一時的なものではなく“練“をしている間ずっと光りっぱなしの様だ。

 

 薄目を開けて、コップの何が光っているのかを確認する。

 念獣のお陰で、すぐに瞳にフィルターが掛かり、視界が明瞭になった。

 

 水だ、水が光っている。それだけじゃなく、コップの底から小さな泡が、炭酸水のように幾つも水面まで上り、次々弾けている。

 

 とりあえず“練“を止めると、光は消えた。

 

 “練“を止めても、水の中の泡の発生は止まらない。

 なんか、水も減った。縁まで注いだ筈が、八分目ほどになってる。

 少し口に含んでみると、炭酸の刺激が舌を刺す。無添加の普通の炭酸水の味だ。

 ウイスキーが欲しい。フルーツシロップでも可。

 

 見た感じ、木の葉自体には変化が無いようだが・・・いや、端っこに虫食いのような小さな欠けが出来ている。こんなものは最初は無かった筈だ。

 

「・・・変化が多すぎる」

 

 先ず、光ったのは色の変化で放出系、味が変わって変化系、炭酸の泡のせいか葉っぱが動いていて操作系、二酸化炭素が不純物扱いなら具現化系、水が減ったから強化系の印しは出て無い・・・いや減るのも強化系のサインだったような・・・葉っぱの欠けも有るしまあ特質系か。

 

 特殊な生い立ちを持ってると、特質系になりやすいって記述が有ったから、異世界転生者が特質系じゃ無い訳ないよな。

 

 “発“に関しては、今回は時間も有ることだし、ゆっくり考えるとしても、ここまで訳のわからない結果になるとは思わなかった。

 もう一回、今度は詳しく観察しよう。

 

 ・・・コップを濯いで水をもう一度縁まで注ぎ、再度新しい葉っぱを浮かべる。

 気分を換えるため、立ち上がって身体を軽く動かしリラックスさせる。

 

 そんじゃ行きますか・・・“練“。

 

 新たな“発“を構築するにも情報が要る。

 なるべくなら得意系統で創りたいし、オタク知識で候補は幾らでも思い付くが、ある程度目安や傾向が在った方が発想しやすい。

 

 光を発するコップを、今度は五感を駆使して観察する。

 

 光ってる。

 

 水が、いや、フィルター越しの光量を抑えた視界には、水の表面と、底から浮かび上がる泡が水面に出る前から光を発しているのが解かる。

 

 つまり・・・なんだ?

 

 あっ、つまり、水の表面上と、中の泡に触れている、空気に接触した部分が発光しているのだ。

 

 さらに観察を続けると、水中の泡がコップの底から螺旋状に渦を巻きながら浮かび上がり、揺れる葉っぱをくるりくるりと回転させている。もしくは回転する葉っぱが水に流れを作り、それに合わせて泡を踊らせている。

 

 

 一旦“練“を中止し、これがどういう意味か考える。

 

 葉っぱが動いたのは、泡に揺らされたからなのか、葉の方が動いてコップの中の水に渦を作ったのか。

 

 炭酸の風味は、味なのか不純物扱いなのか。

 

 発光は、色変化と言えるのか。

 

 ・・・“練“を止めると発光が収まるのは、色の変化とは言えないかもしれない。現に、発光が修まった水は泡を除けば無色透明だ。

 

 もし、発光が水を光らせているのではなく、水を変化させる、もしくは消失させる折の反応の現れや、副次的な現象なら、水見式の系統を表すサインとは関係無い事になる。

 

 もう一度確認しようと、コップに両手をかざし“練“を発動しようとして、はたと気がついた。

 

 私のオーラに、『右手(キャンサー)』と『左手(サジタリウス)』のオーラが混ざっているのではないだろうか。

 私と繋がっている時限定とは言え、オーラを自力で発生させることが出来るのだから、各念獣達にそれぞれ個別の得意系統が存在していても、おかしくない。

 

 いや、十分考えられる。光はともかく、水が減ったのではなく、消滅したと考えると、葉っぱが欠けたのを含めて、『右手(キャンサー)』の能力≪消滅≫に特化した特質系の反応で、水が渦を巻くほど葉っぱが回転していたのは、『左手(サジタリウス)』の≪添加≫を扱うための操作系能力が、影響しているのじゃないだろうか。

 

 ・・・それより問題は、どこまでが私自身のオーラの反応で、どこからが念獣達のオーラのモノなのか、見分けがつかないことだ。

 

 いろいろ考えて、私は、コップを再び濯ぎ、水を注いで葉っぱを置き、今までより低い台に設置し、その前に腰を下ろして両の足で慎重に挟み込んだ。

 

 常識には反しているが、手ではなく足で水見式を行い、両手のオーラが混じるのを阻止しようという苦肉の策だ。

 もちろん手の代わりに両足のオーラが混ざってしまうが、少なくとも、もし本当に手のオーラが混ざっていれば、足を使った場合に何らかの差異が出るだろうし、共通部分があれば正しくそれが私自身のオーラ系統である。

 

 ・・・水見式って、足で出来るのか?

 

 とりあえず、手でするのと同じようにオーラを高め、“練“を行う。

 

 

 ・・・・・“練“。

 

 

「うっ」

 

 ・・・今度も光ってる。光ってるが水量は減ってない。

 しかし、水が白い。

 

 放出系のサインだ。

 

 そして、にわかにコップが泡立ち、浮かび上がった大きめの泡が水面で割れて、白い煙が吹き出し、コップの外側を伝って台に降り、そのまま押し出されるように広がって、空気に溶けた。

 それが、あとからあとから繰り返される。

 

 “練“を止めても、光は消えたが泡立ちは収まらない。

 

 白い煙に触れると仄かに涼しい。

 

 ・・・どうやらコップの中に、ドライアイスが生成されているらしい。小学生の頃、理科の実験で見た光景だ。

 

 掴むと、自然石から削り出したコップは結露するほど冷たくなっている。

 

 適当な木の枝で、飴玉ほどのドライアイスをコップから全て掻き出し、再度残った水を調べる。

 

 ドライアイスの分を除き、水は減ってない。

 ドライアイスの泡に押されるまで、葉っぱは動いていなかった。欠けも無い。

 水は真っ白になっているが、絵の具のような白ではなく、細かい泡粒が沢山集まったような透明感と艶の有る白だ。

 ドライアイスを除いても、小さな泡の発生は収まらず、指で舐めると炭酸の風味が在った。

 

 ・・・私の水見式の、二酸化炭素()しが酷い件について。

 

 とはいえ、()水見式は上手くいった。

 水が白くなったのは『右足(アリエス)』の、≪瞬転≫の為の放出系、不純物のドライアイスは『左足(タウラス)』の

≪甲殻≫用の具現化系だろう。

 

 想定通りに手足の影響を抜いて、私自身のオーラ系統について考えると、残るはソーダ味の水、つまり変化系か、二酸化炭素の混入による具現化系の可能性が少し、といったところか。

 

 光ってんのを無視すれば、だが。

 

 ・・・なぜ光る。

 

 結論としては、特質系。

 

 

 ・・・情報が出揃ったはずなのに、悩みが増えた気がするのはどういうわけだ?

 二酸化炭素押しの件は、おそらく念獣達が私自身の水見式のサインの影響を受け、みな同じ二酸化炭素系統のサインが出たのだと思う。

 

 そして、()水見式の『左足(タウラス)』の具現化系サインを見るに、もし私の得意系統が同じ具現化系なら、同じようにドライアイスが生成されたと思う。

 つまり、私は具現化系ではなくて変化系寄りの可能性が高い。

 放出系なら話が早かったが、どちらかと言うとめんどくさい系。遠距離対策には一工夫必要だ。

 

 残念だが、そういうのも嫌いじゃない。

 

 私も、変人の類いなのだろう。

 

 それでも何故か光る理由はさっぱり解らんが。

 

 特質系の念能力者は、そのサインに作り上げる能力の傾向が現れる場合が多い。

 人によっては、その人格の尋常でないところがそのまま出たりする。

 原作中で、才能だけはある腐った性格の人物が水見式をしたら、浮かべた葉が水ごと腐り果てる。という衝撃的結果になった事があった。

 

 ・・・光るってのは、どう解釈すべきなんだ。勇者か?

 

 あと二酸化炭素自体を、特質系のサインの一つと考えるならば特徴は、安定している、毒性はない、空気の構成要素の一つ、動物は呼吸できない、水に溶ける、炭素を燃やすとできる、燃えない。

 ・・・記憶に有るのはこの位だが。

 

 どちらかというと、利用出来ない事後の物質というイメージが強いか?

 

 ・・・まさか、もう新しい“発“を創る為のキャパシティーが無いって意味じゃ無いよね。

 墓から出るのにいろいろ使い尽くして燃え尽きた、とかそういう意味?

 

 あ、いや、サインに出るのはオーラ的性格や資質の筈だ。

 キャパシティーがどうのは関係ない。

 光るのもある。

 光は一般的に溢れるエネルギーの現れだ。枯渇とは正反対の意味になる。

 

 ・・・能力ではなく、私の出自を表しているのかも。

 

 光は奇跡の転生を、炭酸は(はかな)く揮発する筈だった前世の私の魂と、あえなく土と同化するはずだったが、目覚めて地上へ浮かび上がった今世の私の現状を・・・・

 

 ・・・・・あれ、なんかコレっぽい。

 

 

 ヤメヤメ、これ考えてもダメなヤツだ、現状情報が足りてない。

 思考放棄して現状を受け入れるのが吉。

 

 多分もう少し時間が経てば、勝手に答えが現れる面倒な(たぐ)いのヤツだ。

 

 とりあえず光と炭酸は、神様(誰か)が適当にダイスを振ったとでも考えよう。

 普通は、変化系の味の種類より変化系だと言うことの方が重要な筈だ。

 

 とりあえず、変化系で一考かな。

 

 特質系なのにちょっと勿体無いが、キャパ残量の事もあるし、(あれ)は、勝手についてくるオマケみたいな物で、今のところフレーバー以上の意味は無いと思う。

 うまく言えないが、ラーメンの湯気のようなスカスカの感じがするのだ。

 

 原作知識だが、特質系の“発“の成り立ちは、条件を重ねて練りに練った物ではなく、水見式のサインの出方のように、その人固有の物であることが多いと思う。

 

 芽吹いた種がそれぞれ別の花を咲かせるように、初めからその個性によって出来上がる能力はある程度決まっていて、それに添って結実し、変えることは出来ない。そんな感じ。

 

 要はつまり考えても無駄。

 

 勝手に出来るものなら出来るだろうし、私が自分で考え出す“発“も、何か変な影響を受けるだろう。

 

 特質系の資質っていうのはそういうものだと思う。

 

 考えるのは変化系だが。

 

 ・・・・・六性図だと隣りあってないから、変化系寄りの特質系ではなく、変化系に似たような傾向の有る特質系かな?

 元々変化系だったのが、異世界転生で特質系に変化したのかも。

 得意系統パーセンテージがどうなってんのか知りたい所だが、これ以上は無理だ。

 

 どのみちサブの“発“創りだと割り切ってやるしかないね。

 

 条件は大体出たんだけど・・・結局変化系か。

 

 

 結論。

 

 光るのは無視して変化系の“発“を創る。

 

 特質系の何かが混ざっても動じない。

 

 以上。

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ

 

 手足以外で水見式が出来そうだった『(バルゴ)』に、葉っぱの浮いたコップをぐるぐる巻きにさせて“練“をしてみた。

 

 コップの水は、光を発しながらコップから溢れ出したが流れ出さず、玉のようにコップを中心に膨らんだ。

 玉がコップより大きくなると調理用ボールか丸いザルを被せたようなドーム状に形を変えながら尚も体積を増して行く。

 

 “練“を止めると一瞬の後、ドームは崩壊し水は流れ落ちコップと中の水が残った。水は炭酸水だった。

 

 『(バルゴ)』は強化系寄りの特質系と判明。

 

 ・・・うむ、少なくとも今後炭酸水に困ることは無いな。

 

              おしまい

 




 水見式って地味にハンター世界の根幹に関わると思う。


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 14、念の使い手

   14、念の使い手

 

 私の念の系統が、判明したり、しなかったりしてから一週間程が経った。

 未だ、新しい()()()“発“を何にするかは、考え中。

 

 定番として有りそうなのは、よくある地水火風の基本四大元素のヤツ。水や砂、他作品で既出だが、捻って水銀や砂鉄、だろうか?

 火は建物内等で使いづらいし暗いと目立つ、熱は原作に誰か能力者がいた。

 風系、気体系は見えない分、イメージしづらいので、念能力化するハードルが高い、私は無理。

 あとは、微粒子関係、霧、煙、塵?ありふれた物に、変な効果を着けるのがキモだネ。

 候補は幾らも有るのだが、何かしっくり来ない。

 本当は雷を使っていろいろやりたかったけど、原作の主要人物の一人がドヤ顔で使っていた。

 

 ちくせう・・・無念。

 

 ・・・・・・あれ?電気使いには、何か使用上のリスクが在ったような・・・。

 

 えーと・・・うっ、たしか拷問のような電撃の刺激に幼い時からさらされ続けなきゃいけない・・・とか・・・・・それは流石にちょっと。

 

 ・・・いや残念。

 

 とっても残念だが真似っこはいけないよね。私は、もっといいのをきっと見つけてみせよう。 

 

 

 さぁて、今日もいい日だ。

 

 新しい念能力の事を頭の片隅に置いて、午後の探索に出た。

 徐々に暑さが増して行く中、生き物達の活動も、ごちゃごちゃとうるさいほどに、その勢いを増している。

 

 ほぼ毎日新しい土地に入り込んで行動範囲を拡げているのだが、同時に念獣達の“発“と生存能力(サバイバビリティ)の向上を目指して訓練を重ねてきた。

 

 まず、気配を消して森の中に降り立ち、全感覚を総動員して気配を探る。

 『(ピスケス)』の≪嗅覚≫、『(ジェミニ)』の≪把握≫、『左目(スコルピオ)』の≪観測≫、『右目(ライブラ)』は、探索系能力ではないので、素の念獣的強化視力か『左目(スコルピオ)』の能力を共有して使う。

 さらに、『(バルゴ)』の≪結界≫の危機感知と全身の皮膚感覚を全開にして、おまけに自前の未だ微妙な第六感も総動員する。

 

 ここまでが基本。

 

 そして、ゆっくりと慎重に、ではなく、ごく無造作に森へと入る。

 音を立てない事も、気配を感じる事も重要だが、緊張や捜索意欲を周りに放っていては、ここでの探索は覚束無い。

 森や周囲の気配に同化出来なくては、行き当たりばったりに狩ることは出来ても、()の鋭い野生の生き物を、見つけることも観察することも出来ない。

 

 それでは自分が弱者になった時、生き残れない。

 

 もっと心を鎮め、呼吸するように、飲み込むように世界を受け入れる。

 理屈は後から着いてくる。ただ、そんな風に成りたいと修練を重ね、出来るようになってから『ああ、そうか!』と、わかる事の方が多い。

 

 元は漫画知識だが。

 

 気配を殺し、情報収集と分析の訓練をしながらほとんど光の差さない巨木の森を進む。

 活発な小動物や虫、さまざまな気配が、森の営み、夏の生命力の高まりとなって、全体の空気を形作っている。

 さらに根底を形作る、姿を現さない何モノかの気配。

 

 私もやっと最近になって、その空気を乱さずに森の中を動けるようになった。

 

 たまに、見かけない植物や行けそうな実、茸を見つけたら、とりあえずパクリと食べてみる。

 いろいろ試行錯誤した上で、食べられる物を発見するのに、この方法が一番効率が良いと判明した。

 (じつ)()も蓋もないが、内臓の幾つかが念獣(規格外)で他の臓器もその影響下に有り、毒だろうが微生物だろうが寄生虫だろうが、たちどころに無害化できる(≪強化≫≪消滅≫≪再生≫の共有)私にとっては、この()()()が常に最善手だった。

 更に、『左目(スコルピオ)』の≪観測≫が育ってきたのか、最近は視界に入った食べられる物や経路、有用な物や不審な物を、VRゲームのようにタグ付きで表示できるようになっていて、採集やマッピングにとても役に立っている。

 問題が一つ在るとしたら、内臓系に負担を掛けすぎたのか、≪強化≫の効果が身体能力より各機能強化に偏重していて、その能力をあまり実感できない事だろうか。

 オーラ使用時にオンオフしてもらったが、元の身体能力が高すぎるせいか、今のところ「微妙に強くなった」程度だった。内臓強化も身体能力強化に含まれるとは言えちょっと残念。今後に期待。

 

 森の中を進んでいると視界が開け、小さな泉と苔むした岩の点在する野原を見つけた。暗い森とのコントラストに水面が眩しく光り、絵のように美しく見える。

 

 だが、不用意に駆け寄ったりはしない。

 気配の探知も途切れなく続けている。

 こちらから見えれば向こうからも見える。油断こそ大敵。

 水場には狩りの獲物が来るかもしれないし、それを狙う危険な生き物が付近に潜んで居るかもしれない。

 しばらく観察を続け、森の空気に危険なものが無いことを読み取って、そっと空き地に踏み込んだ。

 足跡や足音、痕跡をのこさない訓練のため、森の中で≪甲殻≫による空中歩行は使っていない。たまに、自分が通った道を追跡(トラッキング)訓練がてら痕跡を頼りに辿ってみる事もある。その時は、≪嗅覚≫はお休みだ。

 

 泉には小魚が泳ぎ、湧き出す水で底に堆積した砂が踊っていた。

 この辺りの森の下には巨大な岩盤が層をなして有り、その隙間にたっぷりと地下水を蓄えていて、各地でその割れ目から水が湧き、大小の湖や河川を造り出している。

 

 ためしにやった『(ジェミニ)』の≪把握≫と大岩を投げて落ちた震動を利用した音響探索で判明した。

 

 手で掬って飲むと、冷たくてうまい。

 使える水場として視界のマップに記す。

 

 気になっていたのは、むしろ泉よりもその向こうの森の木々だ。泉を隔てて少し植生が代わり、まだ青い実をいくつも付けた巨木が、ずらりと並んでいる。

 

 ≪観測≫のタグにも、【食用可、未熟】、の文字がある。多分、最近他で齧った事のある木の実なのだろう。名前は知らないので、表示されない。

 何にしても、ある程度まとまった食料の供給地は有益な情報だ。

 

 近付こうと踏み出したところで、≪結界≫が反応。右目の視界が潤んでぼやけ、≪天眼≫が発動、森の奥から飛んできた銃弾が、一歩動いて身をかわした私の方へ弾道をねじ曲げて襲って来る映像を幻視する。

 

  ─現実復帰─

 

 狙ってきていた頭の位置を中心に、≪甲殻≫で透明な壁をばら蒔きながら岩の陰へと移動しようとした所で狙撃。

 目を離さなかったので、弾の出所は≪天眼≫の予知と同じと判明。刹那の時間だが、集中しているおかげで反応できる。

 

 ≪観測≫の働く左目視界には、“凝“の付随効果で弾丸がオーラに包まれているのを確認。銃弾に、追尾効果を附与していると思われる。

 ≪結界≫の効果で、毛髪がうねるように踊り、手を振って≪甲殻≫の盾をばら蒔きながら、咄嗟に体を動かし、僅かに直撃コースから身をずらすと、微調整するように弾丸の軌道がずれ、吸い寄せられるように私の頭へと向かってくる。

 

 目の前まで弾丸が来たとき、上手く『左目(スコルピオ)』の二次権能(発展能力)≪加速≫が発動、思考が引き伸ばされ、眼前で≪甲殻≫の盾が弾丸に次々に砕かれ、貫通し、自分に命中しそうになるが、思考以外は物理法則下にあり動けない。

 

 ギリギリまで待って、≪瞬転≫を発動。現在の最大距離、約二歩分、一メートルほど左に瞬間移動し、弾丸を避ける。

 込められているオーラ量から見て、これ以上の軌道変更が出来るとは思えない。

 この弾丸に関しては、これで終りだ。

 

 ≪加速≫が発動している為、まだ視界の端に見えていた通り過ぎようとしている弾丸を、≪結界≫の効果で自律可動している『(バルゴ)』の数条の毛先が、ペシッと羽虫のように簡単に叩き落とした。

 

 『はぁっ?』

 

 即座に近くの岩影に隠れながら、私はこの違和感のある攻撃に戸惑っていた。

 

 おかしい、隠形の見事さに対して、攻撃の質がショボ過ぎる。

 発射音が全く無いのは、そういう“発“なんだろうが、誘導できるとはいえ死角からでは無く、前方の視界内から撃って来たのがまず謎。

 まあまあの貫通性能以外、速度も弾丸の強度も“発“として使えるギリギリのレベル。

 私の基準が高すぎるのか?いや、私の身体の元の持主を狩った念能力者や、原作知識の分析からすると、このような人里離れた僻地に現れる念能力者が、新人ハンターに毛が生えた程度の未熟者であるとは、考えにくい。

 しかも、初撃が失敗した後の追撃の気配すらない。

 

 虫の声が鳴り響く池の畔に、水面と岩達を撫でるように、そよ風がゆるゆると吹き抜けていく。

 

 私は、初めての襲撃でパニクった心を鎮め、気配を殺し、襲撃者の違和感について考え続けていた。

 付近に他に隠れられるような大きさの岩は無い。これ以上≪瞬転≫で安全に移動できる先はなく≪転移(長距離移動)≫はまだ使えない。

 

 ≪甲殻≫があっさり破られたのは、あまり気にしてない。現在の硬度が安い木製の簀の子や数枚重ねた段ボール程しかないのは、確かめて知っていた。下手をすると、私が強めに踏み込んだだけで割れるのだ。

 現在の、足場としての利用には何の問題もない。『左足(タウラス)』には、まず数を増やしてもらった。硬度が増すのはこれからだ。

 

 あのままでも≪瞬転≫は可能だったが、今回はタイミング良く≪加速≫も発動した。『左目(スコルピオ)』の≪観測≫の発展能力=二次権能だが、使えたのは今回が三回目だ。

 

 一回目が、≪甲殻≫の足場を踏み抜いて、結構な高さから落下したとき。ビックリして何もできず(≪加速≫に驚いた)、そのまま普通に落下した。岩場に落ちて痛かったが、≪再生≫と素の頑丈さで何ともなかった。

 二回目は、鹿角ナイフ(初めての獲物の鹿のナイフっぽい角をちょっと加工した物)で熊の皮を加工中、手を滑らせてナイフを足の甲に落とした瞬間。この時は、ギリギリでナイフを掴み取った。『(バルゴ)』が。

 二次権能が使えるかどうかは、今のところ全くの運次第で、各念獣達も制御できていないし、全く発動していない能力も多い。自信と確信は有るらしいので、今後に期待だ。

 

 

 何かおかしい・・・攻撃の瞬間の殺気は有ったが、それ以後また敵の気配は消え去った。

 ≪観測≫で、オーラが見えないのは、“絶“か物陰に隠れているからだろうが、たかだか数十メートルの距離で『(ジェミニ)』の≪把握≫が姿形どころか心音すら捉えられず、風下なのに、≪嗅覚≫が何一つ手懸かりも得られない。

 

 何だ、何を見落としている・・・

 

 冷静にもう一度・・・どうせ記憶力は良いんだ。全部思い出し、全体の流れの中から違和感を感じる部分を拾い出す。

 

 ・・・・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・弾丸(たま)

 

 もう一度、違和感の在った飛んできた銃弾の様子を、細かく思い出してみる。

 

 ・・・左目の≪観測≫の視界に入るのは、何度も思い返した赤っぽいオーラに包まれ、ジャイロ回転しながら突き進んで来る、底部の平たい流線型の銃弾の姿。

 右目の視界はこの時、≪天眼≫を使った制約と誓約で潤んでボヤけていた。

 いや、もう一つ最初に≪天眼≫の未来予知が示した予見の中で、視力が良いだけの右目が見た銃弾の映像が有る。

 こちらは、オーラが無い分、弾体がどんなものだったか、良くわかった。

 

 ・・・・・「そう言う事か」

 

 私は、一つため息をつくと、ちょっと疲れたように岩蔭から立上がり、狙撃手の居る森へ向かって歩き出した。

 近づくほどに次々飛んでくる弾丸を、オーラを纏った手で、気だるげに端から掴み取り、弾体を放り捨て、果樹の森へと足を進める。

 冷静に良く感じ取れば、この念の使い手の狙撃に私を害するだけの威力は無い。

 当たっても、“纏“状態の皮膚で止まる。≪再生≫が有るから、痣にもならないだろう。

 もう見切ったとばかりに森から目を離し、辺りを見回すと、白骨化した幾つもの動物の死骸が、点在している。

 大分昔からここは、森に潜むスナイパーの制圧射撃圏内(キリングゾーン)だったらしい。

 ある程度まで森に近付いて、“纏“を発動したまま『全力稼働(フルポテンシャル)』を解禁、常人の目にも止まらぬ速さで森へと突入した。

 何本かの木々を高速で跳び回り、フカフカで頭と背と尻尾に銀色の縞の有る三匹程の栗鼠(りす)を捕らえた。

 

 私が思い出した映像に映っていた椎の実型の銃弾は、椎の実製、というか、まんま椎の実、ドングリでできたドングリの(つぶて)だった。

 

 それを確認して私は、ようやく狙撃犯が栗鼠、最初から森の中をうろちょろしていた、この栗鼠自身であることに、やっと気がついた。

 原作でも、動物や虫にも念は存在すると、言っていた。

 驚いたことに、ここの栗鼠達は、種族特性としてドングリを投擲する念能力を、先天的にか後天的にか、自然発生的に獲得しているらしい。

 今も、周辺には沢山の栗鼠がいて、何匹かは木の実を持っている。

 そして、少し離れた枝から一匹の栗鼠が、念を込めたドングリを頭上に掲げ、そのまま反り返ってから全力で前方に一回転、全身にオーラを纏った大回転の勢いをそのままに、驚くほど高速で正確なドングリ念弾を私の頭に向かって放ってきた。

 正確な着地でクリクリお目目をこちらに向け、移動対策の誘導準備にも余念がない。

 飛んできたドングリを、素早く動いて歯で挟み取り、攻撃が効かないことを見せた後で口に含み、噛み砕いて飲み込んだ。

 同時に“練“をしてオーラ量を増やし、軽く殺気を放って威嚇してみる。

 殺気を放つのは、狩りをしていて覚えた戦闘回避技能。獲物の横取り対策に便利。

 

 一瞬の間があって、すごい速さで周囲に居た栗鼠は消え、逃げ出そうと暴れていた手の中の栗鼠たちも、目を閉じて硬直し気絶していた。

 

 謎の殺し屋も、未知の念能力者もいなかった。全部私の一人相撲だったのだ。

 誰にも見られなくてヨカッタ。

 

 いや、今回の件は良い教訓になったと思おう。実際この場は、多数の放出系能力者が居るようなものなのだから、さっきの制圧射撃圏内(キリングゾーン)は、回避の訓練に組み込めるかもしれない。

 

 なお、捕まえた栗鼠はちょっと頬ずりしてモフモフを堪能した後、放してやった。

 

 毛皮にするには小さすぎるし、無益なモフモフ殺生はしない。

 

 

 ・・・ちょっと、帽子にどうかなって思ったけど、『(バルゴ)』の邪魔になりそうなので諦めた。

 

 去らばモフモフ。よかったネ。

 

 

 

 命名、『礫栗鼠(ナッツ・シューター)

 

 

 

 




 お腹の中はきっとギャグ漫画状態。
 ≒リョーツGPX。


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 15、すいとん

   15、すいとん

 

 礫栗鼠(ナッツ・シューター)事件から暫く経ち森の夏も本番を迎えた。

 

 昼間の体感気温は場所によってはおそらく四十度近いが、環境耐性が凄いのか暑さは全く苦にならない。

 一時は真冬の最中に半裸で過ごしていたのだから、おかしくは無いが、一つ気になる事が有る。

 

 何故か、まったく()に焼けない。

 

 滑らかな白い肌のまま赤くもならず、なんだったら以前より潤って肌艶が良い。

 いくら子供の年齢でも無理が有る。

 それに、基礎能力の一つ『生身の身体』の効果で、“日焼け“は()()筈なのだ。

 しかも、最初の頃はあった同じく残る筈の黒子(ほくろ)や、首や胴体の細かい古傷までキレイサッパリ消えている。

 

 ・・・“纏“の効果?

 

 食事や睡眠が改善し、≪再生≫されたにしても限度がある。

 

 他に理由は考えられないので念獣達に聞いてみると、基礎能力の一つ『自分を磨け』の効果で、容姿さえも果てなき理想に向けて精進を重ねているらしい。

 

 なんか熱い調子で反応が返ってきて、「そこは適当で良いよ」って言えなかった。

 

 ・・・いや、これ私の願望じゃ無いよねぇ。

 

 予想外の事案で念獣に驚かされるのも、だんだん慣れてきた。二次権能の件も有るし、これからも似たような事が続くのだろう。

 

 同じ基礎能力、『自分を磨け』が『生身の身体』より優先されたのは、賦与順序による優先権のせいだ。

 念獣に与えた能力には、某ロボット三原則のように与えた順番に先のものが優先されるルールが決められていて、

 一、『我らは一人』

 二、『自分を磨け』

 三、『生身の身体』

 四、『権能の力』の、四つが上から順に優先される。

 このため、三の『生身の身体』より二の『自分を磨け』が効果を発揮し、日焼けその他が無くなった。

 

 特に問題無いのでスルー。どうせすぐ埃だらけになる。

 

 というわけで修行ルーティーンの後、暑いので水練込みで魚を捕りに来ました。

 水練は全身運動なので、体力アップに最適。

 それに、水中での行動は、身体をうまく使わないと満足に動けない。

 水中で力ずくで動こうとしても、受け止めるだけの抵抗力が無いので、水が気化した泡が大量に発生し、エネルギーが無駄に使われるだけになる。

 

 魚や軟体動物のように滑らかに力を水に伝え、抵抗が減るようにボディーコントロールをしないと、片脚の取れたバッタや玩具のカエルのように無様に跳ね回るだけになる。

 身体の使い方を学ぶのに、とても有効なのだ。

 

 岩山越え森越え着いたのは、私が見つけた中で一番大きな湖。

 東西も南北も、差渡し数キロメートル。

 私が、唯一大きさを把握している山中湖換算で、四、五個分。けっこうデカイ。

 

 風光明媚な湖の形は歪な菱形で、島みたいな大岩が幾つも屹立している。

 透明度はあまり無いが魚影が濃く、鱒のような魚が豊富だ。

 当然、襲って来る巨大魚も完備している。こいつも旨い。

 

 なんか、感覚がおかしくなっていて、念を使わない生き物は基本獲物食べ物扱いになっている。

 

 そう言えば初っぱなから熊も狼もザコ扱いだった。獲物の多い豊かな森だと思っていたが、一般的には危険な所なのかも。

 内臓と耐性の良い訓練になる毒持ち、寄生生物持ちも、動物、植物、茸、爬虫類、虫、うじゃうじゃいるし・・・

 いや、どれも皆一回は口にしているんだけど。だから知ってる訳だし。

 

 ま、いっか。その分私は安全って事で。

 

 毎回違う岩蔭に服と荷を隠し(≪召喚≫は、まだ当分使えそうにない)、目立たない草蔭から蛇のように、そっと水に入る。

 湖の上は視線が通る、夜以外は身を隠すように気を付けている。

 礫栗鼠程度には勝てても、この世界基準では私は、まだ決して強くない。

 

 入水時、私が裸であることも、ちょっと関係している。

 

 もう何度も来ているし、元々金槌じゃなかったので、泳ぐのに苦労はない。

 人目につかないよう、水面下を行くのもいつもの事だ。

 銀髪をなびかせて、水中をゆったり進む。髪色は、気にしないでいたら、そのまま定着した。元は艶の無い燃え尽きたような灰色だったが、黒子と共に髪のくすみも消え、輝く銀髪になった。

 外見人相が以前と変わるのは安全向上につながるのでOKだ。

 

 頭上から陽光が射し込み、水面がキラキラ光って、すれ違う魚達を照らしている。

 手をついた湖底の砂地から、小さなカレイが慌てて逃げて行く。

 

 前世より、はるかに息が続くので、水中散歩はとても楽しい。

 ≪把握≫を使って音響探知で周囲の物事は確認しているし、念獣の補正で視界も明瞭。

 そして、もしもの為にここでの戦いを想定するに、近接格闘戦が得意な傾向の有るこの世界の“使い手“は、水中での戦闘をあまり好まないのではないかと思う。居ても海沿いの住人か、船乗りくらいだろう。

 水中での戦闘に特化した奇矯な“発“の持ち主など、多分世界中探しても、そうはいないと思う。

 つまり、誰にも知られていない筈のこの森の中の湖の中は、申し分なく安全で気を抜く事ができ、時を忘れて楽しんでしまうのも仕方ないのだ。

 

 魚も捕らずに湖を周遊していて、最初は息苦しくなる十分位を目安に息継ぎしていたが、ふと忘れて二十分。

 芝生のように水草が生える湖底で目を閉じ、そのまま居眠りして一時間を越えた辺りで、ヒヤリとして気が付いた。

 

 ・・・・・全然息苦しくない。

 

 なんで?・・・墓の下で息を止めて居られたのは、生命活動をほとんど止めていたからだ。原作中でのハンター達も、動き回っていれば、常人とさほど変わらなかった筈だ。主人公も、十分位だった。

 すわッ誰か敵対的存在の念による干渉か、と緊張に身を震わせるが、いくら待っても何も起きない。

 

 そう言えば≪結界≫が反応してない。

 危険じゃ無い・・・敵じゃないのか?

 

 あぁ何?・・・『(バルゴ)』?

 

 安全かどうか、全力で索敵を繰り返しながら岩陰に隠れていると、念獣達からお知らせが来た。

 呼吸の件は『(バルゴ)』がなんかしたらしい。

 よくよく確認してみると、長く伸びて広がった髪から水中の酸素を吸収し二酸化炭素を放出、ガス交換ではないらしいが、肺胞の代替行為を行い、水中での酸素不足を補っているらしい。そんなこと可能なの?

 

 ・・・・念獣達が、変な能力を身に付けてる。生き残りを重視した弊害か?

 

 ・・・まあ良いか。それに、念獣達の“発“のキャパシティーは、二次権能の分以外は自由にさせている。

 念獣達が、勝手に念能力を磨いて強くなり、私がそれを使う。

 『十三原始細胞』(ゾディアック・プラスワン)は、元々そういう“発“だ。

 

 しかも、水中での自由度が増せば今までより逃げ場に困らなくて良い。

 以前、泳いでいて思い付いたのだが『左手(サジタリウス)』の二次権能≪転換≫(ベクトル制御)が使えるようになれば、速度アップ込みで自在な水中の移動が可能になるのではないだろうか。

 

 攻撃手段は限られるが≪甲殻≫や≪隔壁≫を使ったはめ技を考えれば、深追いしてきた水中の敵を溺死させるくらいは難しく無いだろう。

 

 いざとなったら水の有る場所に逃げる。小物っぽいが、使える手だ。対応できる相手が少ないのも悪くない。

 

 それに、この能力はこの世界を楽しむのに、素晴らしく役に立つ。

 

 魚を捕り忘れた。今日は、もう少し湖の探索を続けよう。

 

 

 

 

 襲ってきた巨大魚を下処理して丸焼きにし、岩塩を砕いて振りかけて齧る。

 古代魚のような大きな鱗の下は、脂の乗った白身で、淡水性なのにまったく臭みが無く、旨い。

 

 警戒と食事のバランスをどうするかは、サバイバル最初の頃に悩み、既に結論を出している。

 

 「空きっ腹で襲われるよりも、満腹で襲われる方が良い」だ。

 

 雪の中、寒さに動きが鈍った状態では、逃げる事も出来ないと、最大限警戒しながら見つけた洞窟で火を燃やして暖をとり、獲物を捕って皮を鞣し、最初期の装備を整えた。

 以後、食べる時はびくびくしない、を心がけている。その方が旨いし。

 

 ほどなく骨になった昼飯を、焚き火の痕跡ごと穴に埋め、愉しげに足取り軽く湖に戻る。

 

 幾つか、気になっていたが息が続かず諦めた水中洞窟が在る。

 呼吸の心配が無くなったのだ。今日は其れを順に覗いて見るしかないだろう。

 

 その後、水中洞窟は思った以上に長く伸びていて、残念ながら勢いだけでその日の内に探索するのは、とても無理だと判明した。

 

 

 それから一週間が過ぎた。

 

 

 知る限りの湖や沼、池の底を探索した結果、湖底の洞窟でいくつもの湖や池が複雑に繋がっていることが判明する。

 

 何度も通ってマッピングしながら、通れないほど細くなったり、完全に行き止まりの通路を確認し、たまに念能力で強引に拡張したり(あらた)に堀り抜いたりして、通路として利用できるよう手を入れる。

 地道な作業は、割りと得意な方だ。

 

 ≪観測≫の効果が反映されている視界の端に、三次元的に縦横に巡らされた地下洞窟のマップが半透明の小窓で標示されている。

 いつの間にか≪把握≫の音響探索と常に連動され、私自身はただ進むだけで周囲のマップが更新されるようになった。

 

 距離によって精度は変わるが、大雑把なモノなら数キロ位迄の範囲が圏内になる。

 丁度、高い所から目で見るのと一緒だ。

 しかし、若干の違いはあるが、残念ながら目視と同じように障害物が在ると探索距離は激しく下がる。

 

 

 ほとんどの洞窟、と言うか人が通れるひび割れは水没していて、空気中に顔を出しての息継ぎはまず出来ない。

 

 しかし、もちろん例外も在る。

 

 夕焼けのような薄暗い光の中、地下空洞の端に在る水路から顔を出す。

 広さは学校の教室位、かなり地上に近いのか、植物の根が岩の割れ目から天井に何本も見えている。

 

 どこかに地上に通じる穴も在るようで、空気に外気の臭いが混ざっている。

 こんな洞窟はいっぱい在るのだが、此処には一つ奇妙なものが有って気を引いた。

 

 水路から一段高くなった洞窟のフロアの中心に小石と土の山が盛ってあって、小さな塚が形造られ、その真ん中に盆栽のような小木が植わっている。

 

 小さいながらも整った枝振りにはハート型の緑の葉とピンクのかわいい花、そして幾つかグミのような実が既に生っていた。

 

 昨日一個採って食べたが、とても上品で香り高く甘酸っぱくて旨かった。

 もっと食べたかったが、それ以上採るのは気が引けて止めておいた。

 

 こんな地下で旨い実の生る植物が育つのには理由が有る。

 それが今、天井で木の根に掴まり甲羅を赤く発光させて盆栽を照らしている一匹の蟹だ。

 この握りこぶし程の蟹が、洞窟に小石を敷き、土を盛り、塚を造って木を植え、剪定して形を整え世話しているようなのだ。

 しかも、あの赤い光は地下で植物を育てる為の能力で、礫栗鼠同様種族的なものらしい。

 微かにオーラを纏っているのは気がついていたので、どんな攻撃が来るかと挑発込みで実を一つ食べたら、ただただパニックになって逃げてしまった。

 

 ・・・・え?

 

 何か、純朴な農家のおじさんか育てていた作物を荒らしたような、居たたまれない気持ちになって、そっと立ち去った。

 

 道理で≪結界≫の危機感知が反応しない訳だよ。

 オーラ持ちは危険な存在だ、という思い込みがあった。

 翌日の今日、あのまま盆栽を放棄せずにちゃんと戻ってきたか心配になって見に来たのだ。

 

 ・・・大丈夫そうだ。

 

 命名、『盆栽蟹』。

 

 正直すまんかった、でも多分また食べに来ると思う。

 

 ・・・臭いは覚えたし、他に居ないか捜してみよう。ここからばかり採るのはちょっと気が引ける。

 

 

 

 一回だけだが、水路で襲われた事もあった。

 

 探索中ある水路の突き当たりでマップを見ると、数メートルの岩盤の向こうに別の水路が有った。そこで、ちょっと大きめの水路同士を繋ぎ、行動範囲を広げようとトンネルを掘り始めた。

 毛髪の操作と≪消滅≫のコンボで直径五十センチほどのトンネルを岩盤から削り取ってゆく。

 お玉で豆腐を掬い取ったような形の消しきれない岩は、毛皮に包んで少しづつ運び出す。

 パワーが有るので、アナログな方法でも作業スピードは早い。

 襲われたのは、トンネル近くの広めの空きスペースに瓦礫を棄てて、戻ろうと水路に入った時だった。

 突然、危機感知が反応し、巨大な蛇が襲ってくるのを≪天眼≫が幻視し、直後に足下後方から、頭だけで水路がいっぱいになるサイズの大蛇が素早い泳ぎで迫って来るのを≪把握≫が捉えた。

 

 空きスペースに繋がる別の水路の先に、その大蛇が居たのは分かっていたが、此所と繋がる水路が、私がやっと通れる細い隙間だったので、まさかと思い油断していた。

 蛇は、見た目より遥かに狭い場所を通り抜けられるようだ。

 

 しかし困った、いくらでかくても只の動物なので殺すのは簡単だが、でかすぎて邪魔だ。

 大蛇の死体で水路が埋まってしまう。

 

 私は、広い場所に誘導するため、マップに従って最短ルートを選び、外へ向かって水を蹴った。

 次々に≪甲殻≫で作った足場を蹴る少し後方で、私が蹴った足場を硬い鱗で粉砕しながら大蛇が徐々に近づいて来る。

 

 「ふん!」

 

 足が届くところまで近づいたのを、めんどくさいので一蹴りする。

 はたかれた蝿みたいに水路の壁に激突したが、手加減したので死んでない。

 二、三度首を振って、又元気に追いかけてくる。

 

 ちょっと嬉しい。

 

 “纒“でオーラを纏っていても、きちんと爆散して死なないように手加減が出来た。日頃の修練の成果がちゃんと出ている。

 

 ・・・常識的には何かおかしいような気がするが。

 

 無事、最寄りの湖の中に出ると、水上へと飛び出し、追いかけて飛び出してきた大蛇の頸を豪快に手刀で切り落とす。

 精は付きそうだが、さすがにもう生き血を呑むような事はしていない。

 普通に血抜きをして、大蛇は美味しくいただいた。

 

 

 

 その後、私の行動範囲少しを越えた先で、水路が大きな地底湖に繋がっているのを発見した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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 16、地底湖

   16、地底湖

 

 外は、()()()ような虫の声が鳴り響き、日差しと湿気がタッグを組んで、暑苦しい夏を盛り上げている。

 

 別に暑さで参る訳でもないし、生き物が活発でそれはそれで面白いのだが、今日は水路の確認で見つかった大きめ地底湖の探索を行う予定だ。

 ここを調べ終われば、地下水路調査も大体完了するので、仮に地底湖の先に別の水路や地下道が有っても、一先ず地下探索は終了とする。さすがに飽きてきた。

 

 いつもの朝の修練を終えると、近場で最も地下水路に進入しやすい岩の割目の泉から、涼しい水中へと入る。

 

 水で満たされ、迷路のように枝分かれする暗闇の水路を、≪把握≫の音響探査と、≪観測≫のマップを頼りにスイスイと進む。どこの水路も多少の流れは有るようで、澱んではいない。

 

 水路の穴から巨大地底湖の湖底に出ると湖底に堆積していた泥が舞い、一時的に視界を塞ぐ。しかし、元々光源も無く≪把握≫の訓練がてら水路では視覚を使っていなかったので、あまり関係はない。

 

 水路の穴は、かなり湖底に近い位置に有ったようだ。

 水が貯まっている地下洞窟自体、相当に広く上には空気層がある。

 ゆっくりと壁際を移動し、水音を立てないよう慎重に水面から顔を出す。

 真っ暗だが、視覚は念獣による補正が利いていて、普通に見える。

 

 地底湖の形は、≪把握≫によると幅数十メートルから数百メートルの細長い谷のような亀裂が何キロも続いていて、あみだくじのように幾度も折れ曲がってその先は私の活動範囲を越え、岩場から山岳地帯へと跨がっている。もはや湖と言うより巨大な大河だ。

 

 天井が高く、生き物もかなり居るようで、水面下に幾つか大型生物の気配もある。

 しかし、今の私が危険を感じるような相手ではない。

 

 野生生活が長いせいか、≪結界≫の危機感知に頼らなくても生き物の危険度が段々と素で分かるようになってきた。

 勿論念獣達のバックアップと念能力による強化された感覚有っての物だが。

 

 水面に顔を出した状態から、水中の足の下に≪甲殻≫でプレートを作り、左右交互に階段を踏むように身体を迫り上げ、水面に立つ。

 

 裸の身体に付いた水滴を、≪添加≫の付加能力で一瞬で弾き飛ばす。

 ≪添加≫の起動距離は、今のところ身体から五十センチほど。

 まだパワーも範囲も小さいが、痒いところに手が届く、便利な能力だ。だんだん制御力も増している。

 

 ずっと水中行動が続いていたので、ちょっと趣向を変えて、少し大胆に巨大地底湖の水面を、そのまま歩いて進む。

 自然の造形物は、只でかいだけで、やけに荘厳に見える。

 天井は、氷河の裂け目(クレバス)を下から見上げたようで、四、五十メートルほど真っ直ぐ上に昇り、あっけなく岩で塞がっている。左右の壁は真っ直ぐ続き、摩天楼の大通りを歩くのにちょっと似ている。

 思わず「知らない天井だ・・・」と、言いたくなる。

 外と繋がっている場所が有るかもしれないが、無ければ無いで蝙蝠の糞害に遇わなくて済む。

 

 呼吸の心配をせずに水中を進むのも楽しいが、ある種の達人や超能力者のように、さも当然のように水面を歩くのも、此れは此れでなんとも中二心をくすぐる。

 いわゆる、超能力者になったらやってみたい事リストでも、上位に入る案件ではないだろうか。

 惜しむらくは、ここが地下で喋っても誰も信じない悪ガキや、酔っぱらいの目撃者を作れない事か。それがあれば『人知れず悪と闘うHERO』として完璧だった。

 

 バカなことを考えている内に、大分進み、地底湖も中ほどに至って、周囲の岩の質感が変わり、やや脆くなって壁が崩れている場所が多くなってきた。

 天井も二十メートル、十メートルと下がってこじんまりしてきて、洞窟感が増している。

 

 地底湖自体の幅は広くなったが、形が崩れ曲がりくねり始めた。

 一応安定しているのか、≪把握≫で調べても天井等が崩れる気配はない。

 

 地上ではそろそろ私がフィールドにしている森と岩山の平地から、起伏の激しい山岳地帯に入った頃だろう。

 普段の、訓練がてら行っている探索では、範囲を広げることにさほど熱心ではないので、今この上の地上がどんな様子なのか、ほとんど分からない。

 

 たしか、以前深夜に≪甲殻≫で、かなりの高さまで上がって地形を確めたとき、山脈の連なりの縁が平地の森を囲っていて、左右とも視界の端まで続いていた。

 今いるのは、平地と岩山の森と、山岳地帯の森の境目辺りだろう。

 この山岳地帯を越えた先に、より険しく高い山脈があり、その程近くに以前≪結界≫の危機感知が反応した()()がいるらしい。

 

 今のところ近づく気は無い。

 

 ≪把握≫によると、いい感じの割れ目や亀裂は沢山有るが、人が入れる程ではなく、入れる物も少し先で行き止まっている。

 何度目かの緩い角を曲がって広い場所へ出ると、今までより格段に深い水底から何か大きな物が上がってくる。

 実際に水に足を浸けている訳ではないのに、ほとんど音も発していない私の気配に反応したらしい。

 気にせず歩く私の少し左で、巨大な泡のように水が盛り上がり、滑らかな甲羅を備えた大亀が現れた。

 甲羅の全長だけで十メートルを超えるだろう、しかも私の知ってる亀と違って、甲羅にある太い複雑な幾何学紋様が、翡翠色に淡く光って辺りを照らしている。

 一種、幻想的な亀と照らされた地底湖、複雑な影を作る壁面に、足を止めずに見とれていると、甲羅の前端からゆるゆると亀の頭が水面を割った。

 大亀は、頭にも亀甲型の甲羅のおまけが着いていて、其処にも紋様があり、背中より少し強い翡翠の光を放っている。

 亀の頭は私の身長を越えて伸び上がり、その顔は前を向いたままだが、此方側の目は興味深そうに私を見つめている。

 闘う気は無さそうだ。

 人とは一風変わった知性を感じる瞳は、私が彼より強い事を認識していて、その上で好奇心から私がどんな存在なのか確かめに来たらしい。

 私が狩ろうと考えたら、逃げられないと理解しているのだ。

 私は、安心させるため手を払って去るように示し、視線を切って前を向いた。

 理解したのかどうか分からないが、亀は程なくして水中へと没していった。

 あの光る背中に一度乗ってみたかったので、ちょっと残念。

 

 しかし今のやり取り、強キャラムーブっぽくて良くない?

 

 ・・・・はぁー、勘違いしないようにしないと、私は雑魚、私は雑魚。

 

 なかなか有意義なイベントをこなしながら、更に地底湖を奥へと進む。

 水中から襲ってきた鋭い歯のある鯰みたいなのを群れ一つ分オーラで強化した髪の毛で切り刻み、ちょっと『(バルゴ)』にも戦闘の練習をさせる。

 

 どういう生態をしているのか、水上に五センチ程の蜉蝣(かげろう)のような羽虫が大量に翔んでいた場所は、オーラを強めて強引に突っ切った。

 水中には奴等の水棲幼虫(肉食)が、飲み残したタピオカの如く湖底にびっしり(うごめ)いて居て、とても潜る気にならなかった。

 常に暗い地下には種を問わず発光生物が多く、成虫も幼虫も蛍のように身体の一部が(多分背中)光を放っていて夢幻のように綺麗なのだが、いかんせん数が多すぎてキモい。

 

 蜉蝣の洞窟を過ぎると、地底湖ももうすぐ終わりだ。あと曲がり角二つ。

 この辺は、ブロックごとに瓢箪のように膨らんでいて、それぞれの空洞もそれなりに広い。

 ただし、空洞ごとの出入り口は折れ曲がって狭まったストローのように細く、しかも水中に在って、水上を往く者はその繋がりに気づけない。

 

 最後の空間に入り、水上に出て立ち上がる。

 ≪把握≫によると、この長さ百メートルほどの千切れたソーセージのような洞窟が、地底湖の端だ。

 この先は無数の湧き水が出る細かい砂の層が短い洞窟の先に二、三在るだけで、行き止まりだ。

 

 これにて地下水路マッピング、シューリョー・・・と、思って帰り道のことを考えていたら、洞窟のどん詰まりに、何かある。

 砂が堆積した小さな砂地(ドライエリア)に、ごちゃっとした布地のような色合いの塊がポツンと置いてある。

 

 即座に身を低くして、静かに水中に潜ろうとした所で、百メートル先の布地の塊に≪観測≫のタグが付く。

 

 【人間、死体】

 

 「あ・・・え?」

 

 動きを止め、布の塊を二度見して、念獣の危機感知と自分の気配感知能力がどちらも反応していない事を確認する。

 

 ・・・・・危険な気配なし。

 

 一つ、深呼吸をして間を取り、慌てないようそっと立ち上がって、もう一度相手が微動だにしていない事を確かめ、相手の周囲、洞窟、自分の周囲も再度、≪観測(視覚)≫、≪把握(聴覚)≫、≪嗅覚(嗅覚)≫でトリプルチェックし、布地の塊が死体である事と、他に誰もいない事に納得してから慎重に距離を詰める。

 

 寄って行くと、直ぐに相手が既に白骨化していて、死後相当の年月が経っていることが判明した。

 

 近づいて腰を落とし、骨が纏う布地に触れる前にためらい、一度身を正して手を合わせ、少しの間黙祷を捧げる。

 

 一応、敬意を払ってから身ぐるみ剥いでみたが、布地はもうボロボロで用を成さず、手帳らしき革表紙のノートは水を被ったのかすべて張り付いて、触れると粉々になった。

 ナイフは錆びの塊と化して、革のケースは腐っていた。

 残ったのは、全部で五十枚程の金、銀、銅のコインと、厳重に布で包まれた一本の横笛だった。

 その笛は、小学校で使ったリコーダーより細く、少し短く、骨か角製で、装飾的な細長い胴体に蔓草の模様が細かく象嵌され小鳥が何羽か舞っていた。

 とても高そうで、高級なシロモノなのは間違い無いが、それより気になるのは、その笛が、ほんのりオーラを纏っていることだ。

 

 こんなやつの事が、原作でも記されていた。

 たしか、念を覚えたての主人公達が“凝“を使って大きなフリーマーケットで掘り出し物の名品を探すゲームのような話だった。

 肝心なのは、「名工が魂込めて造った作品には、()()()()()()()()()()()微弱ながらオーラが宿る」って所だ。

 主人公と違って≪観測≫の常時“凝“効果のある私は、一目で判別したが、つまりこの横笛は、見た目通りか若しくはそれ以上の名品の可能性が高い。

 

 まあ、今の私には関係ないから、「ふへー、こんな風に見えるのかぁ」と、ごちるだけだ。

 

 そして、楽器が手に入った。

 

 心密かに温めていた音楽的欲求ってやつを解き放つ機会がやって来たのではないか?

 

 今のところはボッチ道をひた走る私なら、下手くそでも失敗しても、仮に、仮に某ガキ大将のような破壊的音痴だったとしても、誰にも迷惑は掛からない。

 ・・・極僅かながら、『(ジェミニ)』に補正を頼んだ効果が出て、多少なりとも改善されている可能性もある。

 

 ・・・・・いや、失敗してても全然気にしないけどね。

 

 良いもの貰っちゃったし、笛の元の持ち主は、こんな所じゃなく外に埋めてあげるか・・・外。

 

 ・・・・・この人、どっから此処に入ったんだ?

 

 

 

 




 サスペンス風の引き。


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 17、波

   17、波

 

 洞窟の死体が、いったい何処から中に入ったか確認するため、今までよりも更に詳細に壁や天井を調べ始めた。

 

 一定間隔毎に升目を切るように壁に直接手を当て、≪把握≫の音響探索を駆使して内部を細かく探る。

 

 洞窟に穴が有ってそこから潜り込む以外に、もっと簡単にテレポートや壁抜けの念能力を持っていた可能性も有るが、多分違う。なぜなら、そんな能力が有れば其れを使って脱出した筈だからだ。

 

 この世界だと有り得る何か超常的な事件に巻き込まれた場合の事は考えない。

 そんな例外中の例外の事を今あげつらっても意味が無い。そういうのは、最終的に何も出てこなかった時、改めて思案すればいい。

 

 死体のあった場所から始めて、壁や天井を二十メートルほど探索したが、何もない。ただ硬い岩の層が有るだけだ。

 

 直ぐに見つかるかと思ったが、意外にしぶとい。百メートルもの洞窟(しかも水面下を含む)をチマチマ調べたくないので、ちょっと大きめの音を響かせて、一気に広範囲を探索する事にする。

 

 死体のあった壁から離れ、小さな砂浜を越えて≪甲殻≫を使い、水上へと歩を進めてゆく。

 洞窟はほぼ円筒形で、スライスしたコッペパンのように下半分は水が貯まっている。両サイドから等距離の水上なら大体洞窟の中心部だ。

 長さがあるため、精密な調査をするには洞窟の中心線に沿って、何度か試行が必要。

 

 大きな音を響かせると言っても、大声コンテストのように金切り声を上げるのではない。能力的には多分可能だが、それじゃいくらなんでもカッコワルイ。

 

 前に地下構造を調べるために大岩を放り上げて、落下時の衝撃を≪把握≫で探索して水源の情報を探った事が有った。

 あれも悪くないが、地下では投げる岩も天井の高さも不足している。今は其れよりも もっといいのがある。

 

 以前、念能力込みの攻撃の最大威力を試そうとして、地面を殴るつもりが不発に終わった事があった。

 その時は、当たり損ないの失敗としか考えなかったが、後々あれはあれで面白い現象だと思い、狙って起こせないかと暇なときにチョコチョコ練習を重ねていた。

 

 外でやると騒がしいので、地下水路と地下洞窟を見つけてからは、大体地下が練習場所だ。

 最初の頃は威力がありすぎて洞窟が崩れかけ、あわや生き埋めかという事態もあった。しかし続けるうちに少しづつ慣れ、副産物として周囲の岩盤の詳細な情報を得られるようになった。

 洞窟の底で生き埋めになるかもしれない危機感が、≪把握≫の成長を後押ししたのだと思う。

 ピンチは成長のチャンス、乱用は危険だが、負荷がかかった方が念獣達の成長は早くなるようだ。

 

 オーラを込めた右手拳をハンマーのように振り上げ、目の前の空間に向かって縦に振り下ろす。

 拳や腕にかかる空気抵抗が徐々に大きくなり、胸の前辺りで限界に達し、腹に響く音を立てて衝撃波を放った。

 

 いずれは、こう背中に壁を背負ってる感じで腕を横に振りかぶり、背後の壁に叩きつけるように発動させ、某漫画の“世界最強の男“、シ〇ヒゲのグラグラの実ごっこがしてみたい。

 今はまだ縦に振らないと、うまく調整が出来ないが。

 

 名付けて、『空裂波動(ビスケットハンマー)』(笑)

 

 外で使うと、羽虫や蜂の群れなんかを一撃で殲滅できる便利技。残念ながらその時の蜂は肉食で、巣には蜜がなかったが。

 

 さっきの洞窟で蛍擬きの羽虫に使わなかったのは、いくら幼虫が居ようと こんな閉鎖された生態系で一種しか見かけない虫を全滅させたら、生態系全部が崩壊する可能性があったからだ。

 極地とか離島とかもそうだが、閉鎖された環境では一つの種が滅びると、他に代替出来る生き物がいなくて生態系の生き物全てが死に絶える事がある。

 発光する亀さんなんかも居たしね。

 

 

 「おっ?」

 

 壁で跳ね返った反響が、洞窟全体に鳴り響く。もはや自動的に調整されるため、耳がダメージを受けることもない。

 

 ≪把握≫の探査は空振り、初回で穴やその痕跡を発見することは出来なかった。

 一回目で発見出来なかった以上、すぐ移動して二回目をするべきなのだが、視界にちょっと変なものが見えた。

 空気を打つ瞬間、仄かに光る青と灰色の縞模様の波が拳の回りに現れ、すぐさま広がって消えた。

 現れたのも消えたのも、まばたきする間もない一瞬だった。

 

 「・・・これ、もしかして」

 

 今の謎の現象を確認するため、左手で右手首を掴み、右手を伸ばしてデコピンを空打ちする体勢で右手指に力とオーラを込め、中指を解き放つ。

 太い弦が切れたような、硬い金属棒が無理矢理へし折られたような、気持ちのよい音を立てて小さく破裂音が発生した。

 破裂音と同時に先程の青と灰色の縞模様の波が見えたが、今度は少し波の縞が細かく現れた範囲も狭かった。

 

 予想どおりだ。

 

 予想どおり『右目(ライブラ)』には縞模様の光は見えず、≪観測≫の効果のある『左目(スコルピオ)』にだけ見えている。

 

 ということは、青と灰色の縞模様の光は実在するものではない。

 ≪観測≫によって本来見えない衝撃波に付けられたゲーム的エフェクト(もど)き。

 ただ見えにくいものを見えやすくするための、衝撃波用の()()付けの一種だと思われる。

 

 かなりビックリさせられたが、念獣から肯定のお知らせも来た。

 

 謎は解けたが、毎回サプライズなのも有る意味仕様かなぁ、と苦笑い。視界のゲーム化が進んでも現実感覚を失わないようにしよう、警戒すべき注意事項として心に刻んだ。

 

 ビックリさせられたのはともかく、見えない攻撃が見えるようになったのは有難い。

 多分何度か経験すれば、鎌鼬系の飛ぶ斬撃や空気の圧縮弾的な肉眼で捉えづらい攻撃も、看破できるようになるだろう。

 

 実際に戦うとなったら、ああいう系統の遠距離攻撃は実に厄介だ。

 バトル系作品の定番と言ってもいい。

 中距離でも出処を捉え難いし、遠距離なら狙撃者を特定するのはまず無理だ。

 

 色々応用が利いて使い勝手も良さそうだから、前に私も変化系の“発“に出来ないか考えたんだけど、如何せん目に見えないのではイメージしづらくて・・・・・!

 

 

 「・・・見えてるじゃん!」

 

 

 「来たか、コレ!」

 

 

 「・・・・いや、飛び付くな私・・・時間は有るんだ」

 

 

 まったくの想定外のところから、新たな“発“の可能性が転がり込んで来た。

 

 深呼吸をして、一度気持ちを落ち着ける。

 他にも候補に挙がっていたプランを幾つか頭の中で並べ、なるべく冷静にそれらの利点や欠点を列記して、新たに加わった衝撃波プランと比較してみる。

 

 「・・・やっぱ頭一つ抜けてるよなぁ」

 

 電磁気力でレールガンとか、光子の制御とコントロール磨いてその内レーザーとか、夢の有るやつだけでなく、地味めで使えそうなのも考えてたんだが・・・

 

 光を偏向させる霧、近距離では隠蔽と分身、遠距離だと狙えなくする。

 欠点は、遠近共決め手に欠けるところ。

 

 爆発する砂、砂の状態である程度コントロールでき、尚且つ爆発する。

 近距離は針や武器に付着させ、突き刺して爆破、遠距離は爆発力で砂の構造物を飛ばし爆破。

 欠点は騒々しいこと、キャパが多そうなこと。

 

 摩擦をほとんど無くしたり、目一杯増やしたりするツルツル・ベタベタ・ローション。

 近距離では立っていられなくしたり手が滑って武器を握れなくさせ、又逆に辺りの物をくっつけて重石にしたりして相手に隙を作る。

 遠距離でもこれを塗った投擲武器は空気抵抗が無くなって宇宙空間並みに飛ぶので、遠距離対策もばっちり。

 但し、致命的な欠点があって戦闘の様子がギャグ化して、お笑い芸人風になる。

 条件をほぼ満たすのに採用に踏み切れなかった最大の理由がこれ。

 

 考え事に集中しすぎて≪甲殻≫から滑り落ち、水に浸かる。

 そのまま気にせずプカプカしていると、巨大魚らしき生物が足に噛みつき、そのまま水中へと引きずり込んで、深みへと潜り始める。

 

 ・・・そうか、衝撃波なら水中でも使えるのか・・・

 水中を運ばれながら、ハンマーで岩を叩く通称ガチンコ漁の事を思い出した。

 あれも衝撃波で魚を気絶させる漁法だ。

 海外だと、ダイナマイトを使う事も有るらしい。

 

 念獣のお陰で習得の目が出てきたのだから、これもお導きってやつだろうか。

 こっちが正しい路であるという根拠のない予感もある。

 

 多分こちらの方が、私の戦闘スタイルに合致するのだ。

 まだ、格闘技すら身に付けてないのに、戦闘スタイルを気にするのもあれだが、見た目タイプ的に筋骨隆々のゴリマッチョにはなれそうもない。

 力は有っても格闘者としては小柄でリーチが短いだろう。最初の予定通り逃げ専で、どうしてもとなったら、かわして踏み込んで痛打。近距離は打撃プラス衝撃波。

 遠距離は衝撃波で何か飛ばすか、衝撃波自体を飛ばす。

 

 おお、どっちも行けそうじゃん。

 

 決まりだな。

 私は、何度も鋭い歯でじゃれて(噛みついて)くる巨大魚を、水が気化するのも無視して湖底を足場に思いきり蹴り上げて爆散させ、ゆっくり水上に出て、再び水面に立った。

 

 私が作成する新たな“発“の方針が決まった。

 そっちの件にもっと時間を取りたいが、こちらはこちらで気になることがあり、死体の侵入孔を探す件を優先させる事にする。

 

 私は、少し歩く度に、どこかの短気な中間管理職が事務机を叩くように空間を打ち、探査を続けた。

 

 作業効率が善くなって、探査の結果は直ぐにでた。

 四度目に探査を行ったとき、天井の一部に亀裂が見つかったのだ。

 その後も一応洞窟の端まで探査したが、侵入孔になるような穴は発見出来なかった。

 水面下にも、水路と呼べるような隙間は何処にもない、地下水路のマッピングもこの洞窟で完全に終了だ。

 

 亀裂は洞窟近辺が何ヵ所か埋まっていて、その先は頭上へ延び、遥か先でどうやら外まで繋がっているらしい。

 地底湖水面から亀裂までの高さは十五メートルは有る。

 死体の彼が(骨盤から見て死体は男性)例え念能力者だったとしても、相当の実力者か、それに対応出来る“発“がなければ、ツルツルの硬い壁を登り、壁から十メートル以上平らな天井を伝って亀裂にたどり着くのは容易ではない。例え強化の念を使って登るにしても、緩いとはいえ下は流れの有る水、周囲は真っ暗、多分自分が落ちた穴の位置すら判別出来ないだろう。

 

 私は、楽勝だが。

 

 ≪甲殻≫を使って、階段を登るように亀裂まであっさり到達すると、毎度の焼き直しのように≪消滅≫を纏った髪をコントロールして亀裂を塞ぐ岩を細かに切り分け、面倒くさいのでそのまま地底湖に落とす。

 外で洞窟を掘った時は、位置がばれないよう夜になってから全て遠くに投げたが、後で意外なところで投げた瓦礫を見つけることもあった。

 塞いでいた岩を粗方片付け、縦穴に入る。

 何十年、もしかすると百年以上ぶりに閉鎖された地下洞窟に外の空気が漂う。

 

 古い煙突のようなその縦穴の先からは、濃い夏の緑の匂いがした。

 

 

 

 

 




 外に出るとこまで行かなかった。


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 18、穴

   18、穴

 

 その、一見岩に出来た(ただ)の罅割れにしか見えない穴は、傾斜は垂直に近いが緩く蛇行していて先が見通せない。

 鼻が利いて外気の匂いを確認できなければ、分厚い岩盤を貫いて外まで通じているとは誰も思わないだろう。

 早く戻って新たな念能力開発に手をつけたいが、どうしても確かめなくてはならない事がある。

 

 細くなったり広くなったりする岩の割れ目を登りながら、私は何でこんな穴が出来たのか、想像していた。

 外に通じる未知の場所なので、動きは慎重で登る速度はゆっくりだ。

 地震や火山なんかの地形の変化で、偶然裂け目が地下まで繋がった。

 というのが、まともな意見だろうが、それじゃつまらない。

 ファンタジーに出てくるような、何らかの怪物が坑を掘ったとか(ワーム?)、地底に眠っていた古代の魔物が地下水の侵食で掘り出されて、地上を目指して突き抜けた痕跡(何か蝉みたいの?)、とか、ロマンあふれる空想が捗る。

 

 然したる事件も起きず、ふと気づくと五メートル程先で外の光が漏れている。出口は近い。

 穴が有った理由はどうもこの位置が地盤の境目に当たり、その隙間に地底湖のひび割れがたまたま繋がって、これ程長い孔が空いたらしい。

 ≪把握≫の探査に、すごい力で岩同士が押し付けられた痕跡が、幾つも見つかった。

 

 安全を確認してからそっと頭を出す。

 

 まだ外ではない。

 

 ≪把握≫によると、地下孔の出口は大木の根本の空洞化した洞穴(ほらあな)になっていて、畳三畳分程のスペースがあった。

 丁度、墓から抜け出した最初の日に泊まった、熊のねぐらに似ている。

 私が顔を出した穴は、洞窟の片隅に有ってほとんど石で塞がれ、小柄な私でもやっと頭が出るだけだ。

 見回しても何も居ないし、何もない。

 残っている臭いからすると、季節によっては熊や狼などの獣が利用するらしい。人間の痕跡は感じない。

 一つだけ空いた小窓のような開口部は、夏草がびっしりと生えていて、視線を通さない。

 寝床としては、優良物件だろう。

 静かで涼しい地下に居たせいで、緑の隙間から漏れる陽光と蝉の声を、少し場違いに感じる。

 

 時刻は夕方には少し早い。

 ガッツリ探索を始めるには少し時間が足りないが、ちょっと見回る位は出来そうだ。

 私のいつものフィールドから大分離れているのは確定している。

 

 条件は私が初めて森に入った時と同じでも、あれから半年以上が経ち、それだけ私も殺伐としたこの世界に慣れてきたようだ。

 その証拠に今、不安よりも好奇心の方が強く心を占めている。

 

 ドキドキ<ワクワク。

 

 ・・・これが私に心得と覚悟が身についてきた証で、現実から乖離し始めた単なるゲーム脳でないことを祈るばかりである。

 

 周囲を≪把握≫で探ったあと、出入口の草を踏み荒らして退路を特定されないよう≪甲殻≫を使って慎重に外に出た。

 

 いつもと同じ森の中、しかし見渡す限りの地面が傾斜している。やはり山岳地帯に入っているようだ。

 確認したマップに従い、地面に足を着けないまま、少しづつ辺りを調べる。

 私の予想通りなら、必ず()()が有るはずだ。

 

 洞穴を基点に二時間ばかり、ぐるぐると円を描くように範囲を広げて探し回り、夕焼けが西の空を照らし始める頃、川沿いの朽ちた倒木の陰にやっとそれを見付けた。

 

 泥の中に、くっきりと靴の跡。

 

 見間違いようの無い人間の痕跡。

 

 倒木脇の乾いたぬかるみに、かなり時間が経った人の足跡が、数人分残っていた。

 全員が相当にガタイが良いか結構な荷物を背負っているのが、歩く足の埋まりかたで解る。

 形が残っている靴跡は数歩分、歩調は安定しているのでベテランなのだろう。

 時間がたちすぎていて、今の≪嗅覚≫では匂いの痕跡は追えない。

 

 

 何故こんな処に有る穴に人が落ちたのか、何故こんな場所に人が何人も通った跡があるのか、答えがこれ。

 

 つまり『(みち)』だ。

 

 どういう判断で用いられるようになったのか定かではないが、この場、この地点を通って、一般人には大変危険な大森林を迂回せずに突っ切り、()()()横断するための路が在るのだ。

 

 保護地区で舗装路を通せない、とかかな?

 

 何で森を切り開いてしまわないか謎だが、ハンターハンターの世界なら理由は何でもあり得るので、考えないことにする。

 

 此れは、文明と接触するチャンスではある。

 

 何より情報が手に入る。

 

 未だ、一度も人と関わって無いせいで、現在の年代すら分からない。

 主人公は、もうハンターに成ったのか。物語は始まっているのか。それとも別の時代か。

 しかも かなり限定された状況で、私の情報が漏れるリスクが街より少ない。

 

 他にも念獣達の能力、特に≪魔眼≫が人間に通じるのか、どんな風に効くのか、どこまで縛れるのか、早めに知りたい事は多い。

 

 地底湖の死体は何かに追われて隠れたのか、ただ単に野営の為安全に夜を乗りきろうと、大木の根本に見つけた洞穴に潜り込んだのだと思う。

 奥の孔に落ちたのは、偶然か事故。今となっては調べようもない。

 

 とりあえず人の往来する痕跡を特定するのが第一。

 そのあと何処か、いい感じに人が通るのが見れる場所に、隠蔽した見張り所を作って観察する。

 観察するだけで、接触はしない。まだ早い。退路も準備しておかないと。

 

 こんな路だし、利用者が善良なカタギの方とは限らない。

 

 彼らは苦労と危険を犯してもペイするだけの何等かの利益を得ている筈だ。

 違法な薬や商品の密輸、犯罪者の逃亡経路、それら利用する人の護衛や反対に襲おうとする者、単に近道として利用するような猛者も居るかもしれない。

 

 しかし、私が隠れ住んでいる岩山と森の平地の方が移動には遥かに楽なのに、そこを避けて起伏の激しい山岳地帯を通るのは、やっぱりあの辺がヤバイ土地認定されているからだろうか。

 景色は綺麗だし、水場も多い、森は豊かで食べ物も豊富なベストプレイスだと思うんだけどなぁ。

 やっぱ毒持ちが多いのがネックか、いやあの変な内臓に卵産み付けようとする素早い兜蟹みたいなやつとか、それとも胞子が寄生して全身から同類を生やそうとする髑髏模様のファンシーキノコが過剰に恐れられてるのかもしれん。うん。

 

 調べものをしている内に、すっかり周囲は暗くなり、蝉の声はいつの間にか止んで下草の中で夜の虫達が鳴いている。

 日射しがなくなって風が抜け、森は少し涼しくなる。

 

 記憶にしたがって出てきた洞穴に戻りながら、私は誰かに見つかる可能性が有る以上、次に来る時は服を着てくるべきだろうな、とぼんやり考えていた。

 

 このところずっと地底の水路探索だったので、裸で活動することが続いていたのだ。

 地底湖から真っ直ぐ登ってきたので、今も何も服を着ていない(安定の尻尾パンツ)。

 

 文明人を自称する以上、もし仮に誰かに会って挨拶するはめになったとき、裸は気まずい。

 

 定番の、金持ちの善人や女子供が山賊に襲われる系のイベントに遭遇するかもしれないし。

 確率は低いが、もしかしたら繋がりを持ちたい有力な原作キャラが通りかかる可能性も有る。

 

 その時、獣に育てられた野人のように、

 

『やあ、住んでるのは森の奥で熊を捕って一人で問題なく生活していたよ』

 

 と、見た目子供の私が言うのは、たとえ全くの事実だったにしても、相手をドン引きさせてしまうだろう。

 冗談だと思ってくれれば良いが、変に話が広がって悪目立ちする可能性もある。

 

 そこは適度に話を盛って、不遇な生き残りの孤児作戦で行こう。

 

 ずっと森生活だが、最近まで誰か身内が生きていて、死後は一人で生き抜いてきた可哀想な子供。

 この辺は『クルタの子』の出自と似てるから、あながち嘘でもない。森ではないが。

 

 『おいら、じいちゃんが死んでから一人で頑張って生きてきた、干し肉食うか?』

 

 反応(ロール)はこんな感じ。ちょっと個性強めなのはそんな出自のせいで、後はごく普通、文明人として全く問題ない素直な“よゐこ“である。完。

 

 一応高卒レベルの学力は有るし、社会人だったから相応のコミュ力もある。

 

 ・・・たぶん。

 

 「し、知らない人でも頑張って話しかけちゃうよ・・・噛みつかない人なら」

 

 

 ・・・一人の時間が長すぎて、引きこもり時代の自分に戻りかけてる気がする。

 

 いや、本来の自分はこっちなのか?

 出会って直ぐ流暢に会話する子供の方が怪しいからこれでいいのか。

 

 会っていきなり「悪霊つきだから殺そう」「変わってるから売り飛ばそう」なんて事にならなければ、わりと誰とでも人間関係を築いてやっていけると思う。

 

 今の私なら、ちっちゃくて見た目(ルックス)も良いし。

 

 文明人との接触には、別の懸念もある。

 

 まだ念獣達がその力を充分に発揮しきれてない現段階で、よく知りもしない人と積極的に接近する積りは全く無い。

 しかし、もし不測の事態に陥って姿や能力が見られて相手が善人ではなく、逆に害になる者、もしくは者達だった場合、その時は女子供でも一人たりとも逃がさず、全員必ず殺処分しなければならない。絶対に。これは、堅く肝に銘じておく。

 

 異世界物のネット小説でも、序盤で敵に情けをかけて、後で後悔するのはお約束だ。

 命に貴賎が無いのだから、例え歪だったとしても選択は倫理ではなく『私』が決める。

 

 勿論、相手が強者だったら即逃げだ。

 

 文字どおり、脱兎の如く!

 

 恥や外聞より先ず命!

 

 

 

 翌日、いつもの革の服を着て人の無い森の街道脇に立つ。

 服や荷物は、大きな一枚革にくるみ

口を縛って濡らさず運んできた。

 路の何処かに人がいて、遠望される可能性が有るので、地上から行くことは避け、昨日と同様、態々地底湖から縦穴を上がってきたのだ。

 

 切り払われた枝、難所に掛けられた丸木橋、獣も利用する踏み固められた山の尾根道。

 

 路に利用されている場所の傾向が解ったので、比較的標高の有る近くの山に登り、そこから更に頂上の大木の先端近くまで上がって高所からポツリポツリと見える路の連なりを確かめる。

 やはり私の住む平地の森を避け、山岳部でも低めの尾根伝いに東西へと森林地帯を横断する行路が有るようだ。

 

 適当に、街道が通る場所で、見つからずに観察できそうな所を何ヵ所か選び、もし旅人が来たら見張れる(隠れ場所)を探しておく。

 西方と東方の両方の尾根道を遠くまで見渡せる地点を別に見つけ。

 森の街道とは少し離れた山の山頂付近に拠点を設けた。

 

 これから暫くは此所に住み着いて、森の街道を見張りつつ、新たな念能力の開発を行う予定だ。

 

 

 



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 19、新しい念能力


 ちょっと長くなった。


   19、新しい念能力

 

 森の街道を発見してから三日経ったが、未だ誰も通らない。

 

 東西に森を抜ける街道の、両側を見張れる手頃な山の山頂に拠点を構え、たまに訪れて通行者を確認するのが今の日課だ。

 

 見渡せる範囲はかなり広いので、午前と午後、一日二、三回訪れれば良く、四六時中張り付いている必要はない。

 

 今朝も街道を見渡し、人影を探す。

 昨日から≪観測≫の視界にズーム機能が付いたので、高所から遠方を眺めるのは、ちょっと楽しい。

 

 『左目(スコルピオ)』が何処に向かっているのか少し謎だと思いながら、いつもの朝の念修行をする。

 その後、街道の周囲を中心に森や川を探索し、“発“について考察を重ねる。

 

 

 昼になった。旅人はまだ現れない。

 

 

 大体の方向性を纏め、そろそろ“発“の創作にかかる。

 新しい能力。タイプは変化系で、オーラの変化先は『衝撃波』。

 

 以前なら見えず、イメージしづらくて無理だと思っていたが、『左目(スコルピオ)』の能力≪観測≫が成長して不可視の筈の衝撃波が視覚情報化され、≪観測≫の視界に“青と灰色の縞模様の波“として表示されるようになった。

 

 この予想外の事態で一つの状況の変化(ブレイクスルー)が発生する。

 有効だが採用を諦めていた『衝撃波』を、新しく習得する“発“に用いる事が可能となったのだ。

 すぐに、いろいろと捏ね繰り回していた他の案と比較検討し、本採用を決める。

 

 (祝)ツルツルベタベタローション廃案。

 

 

 新たに能力を創るにあたって最初に考えたのは、発動に何らかの『型』を使用するか、だった。

 『(ルーティン)』があれば、それをイメージの強化、ひいては威力の強化に繋げられるだろう。習得も幾分楽になる。

 

 『制約と誓約』程ではないが自分にルールを課して強化を図るのは念能力者にはよくある手だ。

 主人公も自分の“発“に、ジャンケンの動作と掛け声を利用していた。

 

 しかし、私の“発“に決まった『型』を設けることは出来ない。

 なぜなら私の“発“は、いわゆる()()()ではないからだ。

 

 あくまで私の戦闘技能のメインは念獣達の能力を活かした近接格闘戦で、この“発“も目指すのは、その近接特化の穴を埋めるための牽制用の技能だ。

 勿論それだけで満足するつもりはないが、私の“発“用の残りキャパシティーの兼ね合いもあり、何処まで伸ばせるかは運次第の部分がある。

 

 創る条件は、

 一、決まった『型』は持たない。

 二、身体の何処からでも出せる。

 三、発動は早く静かに。

 

 この辺りは必須で、あと威力や自由度は私の制御力次第、念獣には頼れないので要自主練だ。

 上手く行けば、石を投げる以外の遠距離攻撃の手段が手に入る。

 

 さあ、先ずは少しでもオーラの『衝撃波』変換を成功させて、取っ掛かりを掴まないと始まらない。

 やっぱイメージを優先させて集中するのが正解かな。

 原作だとガム、電気、糸、放熱、美容ローション、龍を描いて自在に操るのは違うんだっけ?

 しかし、どれも修行シーンは出てこない。

 

 「まあ、いつものように妄想でカヴァーかな」

 

 誰も見てないよな・・・

 

 自分の中のオタク気質を全開にして、イメージを膨らませるつもりなので、多分おかしな事を延々と口走るだろう。

 分かっていても、様式美的に辺りを見回してボッチを確認してしまう。

 

 

 ここは、街道の見張り場から少し離れた山中の窪地だ。修行用に何度か手を入れ、中心部を平地にして瞑想と基礎練が出来るようにしてある。洞窟も掘って、寝床も用意した。

 

 とりあえず目を閉じてリラックス、体幹を意識しながらまっすぐ立ち、両の拳を腰脇に置いて脇を閉める。立禅風。

 

 頭の中に、衝撃波で思い付く色々が浮かんでくる。

 一日一万回の波動拳はボツ、格ゲーや超能力系はエフェクトが邪魔、アルベルトは格好良かったからちょっとマル、指パッチンはボツ、五星の騎士は理想的だが得物持ち、真空切りと竜巻ファイターはアリよりのアリかな。

 

 腹に響く和太鼓の音。

 

 水上の波紋、炸裂する花火。

 

 衝撃波、もっと広義だと衝撃その物の発生と制御。

 見えているのは空気を媒体にした振動に過ぎないが、発生させるのは媒体にこだわらない衝撃の波。

 その根源になる事象を抽象的に捉え、一つの概念として一纏めに塊にして、オーラによって実在させる。

 普通や常識は、振り返らないし気にしない。この世界では、念はそれらを凌駕する。

 

 ・・・・・集中。

 

 雷がその高熱で空気を瞬間的に膨張させて轟音を響かせるように。しかし、騒がしい音を立ててエネルギーの無駄な消費をしないように。

 

 攻撃的に、密やかに。パンチが脳を揺らすように致命的に。

 

 イメージ、イメージ。

 

 目の前に、見えないボールでも挟むように両手にオーラを込めて翳す。

 

 先ずは小さな揺らぎから・・・・。

 

 オーラを揺らす

 

 オーラで揺らす・・・・・集中。

 

 ・・・・・

 

 ・・・・・

 

 ・・・・・

 

 成功したのは三日目だった。

 

 地下でやった時より時間が掛かったのは、『クルタの子』が持っていた念能力の後押しと、危機的状況による集中力の差だと思う。あの時は自分でも、ちょっと頭おかしくなってたと思うし。

 

 手の中の小さな空間で、ビー玉程の青と灰色の縞模様の揺らぎが、明滅している。

 たまに、燃焼に失敗した爆竹のような抜けた破裂音を立てて、覆う手や覗きこむ顔に薄い面圧力がかかる。

 ・・・成功している。音が微妙に響かないのは、静音の条件付けが作用しているからで、仕様だ。

 

 あとは、このまま修練を積んで効果と制御を高めるだけだ。

 

 名前が要るな・・・いや、変化系は変化しただけじゃなくて、変化したものが技と言えるほどに昇華したものにだけ名前を着けるのか。じゃあ保留だな。

 

 それから一週間、周囲の探索もせず、ほぼ毎日“発“に掛かりきりだった。

 

 おかげで日に日に能力は向上してゆく。

 

 焦らず発動と制御を身体に叩き込む。

 

 共有化も使って、両方の目で何もない中空に浮かぶ、淡く光る縞模様のビー玉を飽くこと無く見つめ続ける。

 

 なんだこれ、凄い楽しい。

 

 超能力?ねえ超能力?

 

 いくらでも続けられる。脳から、ヤバい汁が垂れ流されているような高揚感。

 乾き切っていた中二の頃の癒えぬ病(オタゴコロ)がジャブジャブ水を注がれて、ウェイウェイ言ってるが、ちょっと落ち着けと抑える今の自分も、超絶楽しい。

 

 やっぱ、念能力良いわ。

 

 試しにビー玉衝撃波を立ち木に押し当てると、籠った炸裂音を立てて、クルミほどの穴が開いた。

 一週間前は指先程の窪みが出来ただけだった。

 

 元々キャパシティーの縛りが有るから、サイズはどうでも良い、もっと滑らかに、もっと早く、もっと密やかに、衝撃波が目標に当たった時の音はともかく、それ以外は静かに、使うオーラは全て威力へと変わるように。

 どれだけ大きかろうと、制御できない力など隙を生むだけだ。

 しかし、どれ程小さくても完全に制御された力は致命の効果を持つ。

 

 毎朝念の基礎修行を続けていても、ゲームのように数値が変わるわけでもなく、“纏“や“練““絶“の修行はなぜか初期の頃と余り変わらない手応えで、慣れてきたかと思うと又元のキツい状態に戻ってしまい、成長の実感が持ちにくい。

 オーラは順調に増えているので、やり方が間違っているわけでは無さそうなのに()せん状態が続いている。

 

 (念獣達『・・・』)

 

 身体が強化され念獣達の能力が高まって行くのも間違い無く嬉しいが、いわば此方はライフライン。出来なきゃ死ぬ、強くならなきゃ死ぬより酷い、恐怖のデスレース的展開がコミットされていて、どうしても追い込まれ感が漂う。

 変化も割と唐突なので嬉しさも驚きの後から徐々に、という感じだ。

 

 あえて言うなら、基礎修行がビンボー人の預金が増えて行くような、人生の根幹に作用するジワジワと溢れて来るような喜びで、念獣達の成長が、そこに突然転がり込んでくる臨時収入だろうか。事前の仕込みが有るのだから、株の配当金?いや、宝くじか?・・・そういやもとの世界の貯金、結構貯まってたんだがなぁ・・・

 

 話を戻す。

 

 しかし、この新しい“発“は、サブ的ポジションで、当初の予定でも出来たら良いな程度のオマケに過ぎない。

 社会人が、休日に密かに楽しむ趣味のようなもの。

 訓練していても余計なストレスが少なく、若干の余裕を持って念能力の開発と運用を図る事が出来る。

 そうなってくると、元引きこもりのオタクで原作ファンとしては、込み上げてくるものが、多分に在るのだ。うなるほど。

 

 今は、自分で修練を積めば積むだけ成長する、美味しい部分だ。

 今後この能力が小さく纏まるか、大きく伸びるかは判らないが、最終的には其れなりに使えるものになるだろう。

 

 元々、レベル上げとか修行とか割と好きだったのもあるがそれだけじゃない。

 最近、強さとか色々感じ取れる様になって、原作基準の主人公周りの連中の戦闘力の()()()()とか何となく実感として分かってきた。

 元々念能力者は超人みたいなものだ。“周“でオーラを纏ったシャベルが易々と岩を削り取るように、オーラを纏った人間は易々と人を凌駕する。常人から見れば、パワードスーツを着ているのとさして変わらない。

 

 塔の闘技場で会ったカマセキャラや、念能力者用ゲームの抜け出せない負け組が、取るに足らないザコとして原作に描かれていたが、実際は彼らも念能力者であり、一般人から見れば、隔絶した実力を持つ。

 

 ところが、そんな念能力者達の中でも、主人公達は別格だ。文字どおり漫画みたいな存在として描かれている。

 

 そしてつまり、この世界に彼等は実在するのだ。

 

 もし、うまく時代が合っていなくて会えなかったとしても、世界でもトップレベルの使い手はあの辺のレベル帯がごろごろ居る事になる。今も。

 

 と言うわけで、復讐とか外に出たらしたい事を考えた時、少しでも自分の強さに上積みをしておきたい。

 もう切実にしておきたい。

 

 修行に熱が入るのは、現実逃避と現状把握の合わせ技、まだ時間は何年も掛けるつもりだから、焦りすぎなのはわかっている。でも此のまま行こう。

 鉄は熱いうちに、ジャンプは発売日に。

 

 

 懸案の遠距離対策もいくつか腹案があって、放出系の領分にひっからないように、ベアリングボールか何か、固いものを衝撃波で飛ばす。

 衝撃波の塊を別の衝撃波で飛ばす。

 すぐ出来そうなのは、この二つ。

 

 制御が増せば、出来ることは勝手に増えてゆく。ライフルの銃身(バレル)だけ持ち歩くっていう手もある。

 そうか、≪観測≫で狙撃の補助をすれば・・・。

 いっそ木で作って“周“で強化・・・。思考がそれた・・・先走りだな、とりあえず遠距離ギミック系は保留。

 

 元々念獣達の能力が近接特化し過ぎているから、新設する念能力に遠距離対策を噛ませたわけだ。

 だが、ぶっちゃけ二次権能が自在に使えるようになれば、側まで≪転移(テレポート)≫して殴るとか、≪転換(ベクトル制御)≫でトン単位の鉄骨や車、等々質量飽和攻撃もある。

 

 それを待てないのは、時間がかかり過ぎるからだ。

 今のまま念獣達が成長を続けても、ただ使えるだけならともかく、戦闘で自在に威力を発揮するには数十年かかると思う。

 小さく産んで時間をかけ、大きく育てるのが『十三原始細胞(ゾディアック・プラスワン)』のコンセプトだから、それ自体は問題ない。

 しかし、そんなに時間をかけられない案件がある。

 

 敵討だ。

 

 大恩がある『クルタの子』の敵討リストのメンバーが、寿命でくたばる可能性が高いのだ。

 だから、強くなるのに掛ける期間は十年までと決めている。

 

 その間に強くなれるだけ強くなる。

 

 遠距離対策にしても、必殺の効果は別にいらない。遠近で組んで敵対されたとき、遠距離攻撃主を牽制して間を取れればそれでいいのだ。

 

 あくまでメインは近接。

 

 最終的なイメージは、旅団の強化系能力者がマフィアの念能力者部隊相手に放った『超破壊拳(ビッグバンインパクト)』のクレーター状の破壊効果を、ピザのように分割してワンピースだけ切り取るような感じだろうか。

 

 範囲を狭め収束し、攻撃の間合いを伸ばす。

 特定の『型』に固定はまずいが、衝撃波自体の運用は何か動作がある方が使いやすい。衝撃波の到達距離も伸びたりもする。

 腕を突き出す、手を振る、使える動作は絞らず増やす。

 

 放出系と違って、オーラを身体から放つ事は出来なくても、衝撃波は広がってゆく性質を持つ、収束させて効果距離を伸ばしていけば擬似的に中距離攻撃くらい迄なら行ける気がする。

 

 指向性を上げて間合いの拡張、打撃に乗せれば威力の拡張、全身から発する事が出来れば、飽和攻撃に対する有効な防御にもなるかも。オーラが変化したものなら、何処からでも自在に出せる筈。

 

 『衝撃波』は現行の戦闘力を丸ごと底上げできる良い選択だと思う。

 ろくな戦闘経験も無いのにハメ技とかチマチマするのは失敗の元。

 今の能力は、逃げ足特化。基礎戦闘力を鬼積みして戦いに臨み、戦闘経験を重ねて実戦データを増やすべきだ。

 

 目の前の事からちょっとずつ。

 

 

 現在、衝撃波の攻撃影響範囲は四十センチ。

 昨日より十センチ距離を伸ばした。

 

 次は、衝撃波に指向性を与えたり、数を増やしたりしたい。

 

 威力は『(ルーティン)』ではなく、修練と制御力でカバー。

 いや、修練を積めば威力も次第に上がるのが念。

 

 ここに来て、やっと“発“が、基本の四大行に含まれている意味が分かった気がする。

 四大行はセットで行ってこそ本来の効率、強さを磨くための最善の修行になるのだ。

 

 あー、そろそろ系統別の修行も始めたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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 20、街道

   20、街道

 

 新“発“が安定してきたので、森の街道周辺の探索も再開した。修行に没頭するにも準備がいる。

 新しい場所には未知なものも多い。見ず知らずの危険、ヤバイ生き物はいないか、そして誰かに見られる可能性は無いか。

 

 大きな距離を移動しなくても、地形によって環境は変わる。この辺りは山岳部で植生も獲物も前と少し違う。

 

 頭にナイフのような角の有るいつもの鹿に加えて、小柄で異様に素早い山羊や、捻れた角と固い蹄で攻撃してくる好戦的な羚羊(かもしか)がいる。

 肉食系は、相変わらず狼がいて、熊が大型になって毛色が変り、身体に白虎のような白黒の縞が有った。

 肉は羚羊が一番美味しい。熊の毛皮は綺麗なのでベッドに敷いた。

 

 生態系の中に入れていいのか分からないが、最近やっと姿を見ることが出来るようになった者達。あっちから近づいては来ない巨大蛇とか、巨大火食鳥擬きとか巨狼とかの、なんか巨大化した魔獣的イレギュラー系がここにもいる。私は余り狙わないが小動物も多い。

 

 この地でもっとも危険な動物は山猫で、私が知っている猫よりワンサイズ大きくて中型犬位有る。

 山猫らしく、太い足。胸にライオンを思わせる飾り毛が有って、耳先端の飾り毛(リンクステイップス)まで備え、ぱっと見でかいメインクーンかと思わせる。

 全くもってモフモフ心をくすぐるナイスガイなのだが(♀もいる)、こいつは生まれついての殺し屋で、待ち伏せの上手さが群を抜いている。

 初遭遇でとても驚かされた。

 

 いつもやっている探索訓練で、念獣達の能力を抑えて前日の自分の痕跡を辿っていたら、飛びかかる音すら立てずに頭上から肩に飛び乗ってきた生き物がいた。

 

 二十キロ近い獣の高所からの衝撃に、子供サイズの私は本来姿勢を崩して転ぶ筈だった。

 しかし、桁違いの筋力と体幹で全く動じず体勢すら崩さない。

 実際、その衝撃は小鳥が止まったのと大して変わらず、おや、こんな所で野生の猫がじゃれついて来た(喜)、と一瞬襲われた事にも気づかなかった。

 山猫は、恐らく予定とは大分違う展開にもかかわらず、躊躇わずにそのまま革のベストに爪を立て、素早く頭をひねって首を伸ばし襟横から私の頸動脈を狙って噛みついてきた。

 

 気配が発生した瞬間から大した相手ではないと感じていたが、肩に乗るまで全く気づかせず、そのテレポートしてきたのかと思わせるほどの隠蔽の見事さに驚嘆し、すぐさま念獣達の感覚を全開にして調査観察する。

 

 相手は、今通りすぎた枝の上に居たらしい。真下を通ったのに気配も読み取れず、これだけ近いのに獣臭もほとんど感じ無い。

 二秒ほど首筋に噛みついて暴れたが、皮膚を噛み破れないと判断したのか、逃走しようとした処で私の手が彼(彼女?)の首筋を捕まえた。

 そのまま目の前に吊るして、未だ諦めず、ふてぶてしい瞳と数秒視線を合わせて姿形を確認する。毛皮は茶系の斑で、胸の飾り毛が白い(♂)。

 その見事な隠蔽の技量に敬意を払い、モフりたいのを我慢して放してやった。

 

 手を離すと、音もなく地面に降り立ち、即座に姿を消した。まるで筋肉でできたゴム毬のようだ。

 

 フカフカの毛皮を見送りながら私が考えていたのは、あの、見事な狩りの技を学ぶ事だった。

 その後、時間が在ればつけ回し、少しづつ山猫の秘密を紐解いてゆく。

 

 まず、隠れるのが抜群に上手い。念能力も無いのに身体から自分の臭いを消す物質を発していて、風下にいても存在に気がつけない。

 その上心臓の音すら静かに抑え、木石のように気配を無くして飛びかかる瞬間まで決して悟らせない。これが凄い。

 一流の狩人や暗殺者が持つ技術を、生まれながらに本能によって備え、当然、生涯に渡って研いてゆく。しかもかわいい。

 

 命名、『山猫先生』。

 

 一週間程で探索は一段落し、街道の見張りをしながら基礎を磨き、“発“と『山猫先生(にゃんこ先生)』の隠形法修行に注力する。

 

 

 森の街道を利用する旅人は、それから三日後にやって来た。見張りはじめてから十四日目の事だった。

 

 見張り場で、その小さな集団が見えてから、近場の川岸の崖道にやって来るまで丸一日。

 観察用に設けた対岸の隠された()を、いくつも移動しながら半日見張っていたが、午後に来て夕方岩の窪みで夜営し、翌朝出発するまで殆ど会話らしい会話が無く、大した情報は得られなかった。

 ハンター世界だから、実力者が銃を持たないのはわかる。

 しかし、見た目は厳ついが大したことない旅人が六人。

 誰一人銃を持たず、代わりに槍と楯を装備していたのは何なんだ?

 更に、弓を背負ったのが三人、一人なんか荷物を少なくしてでかいクロスボウを背負っていた。

 銃に対する規制が有るのか?

 それとも銃声が注目を集めるのを嫌ったか。

 ≪観測≫≪把握≫≪嗅覚≫、どれも今や常時発動中なので、意識しなくても情報量は多い。

 それによると、一週間以上の長旅、疲れを上回る極度の緊張と恐怖、それを押さえる克己心。腕はともかく、人材としては優秀なのだろう。全員、念能力者ではなく只の人なので、たとえ鍛えていたとしても身体能力はお察しだ。

 

 夜営中も音を立てないよう細心の注意を払っていて、夜中に見張り番をしていた男の足が、小石を転がしただけで全員の肩がぴくりと震えていた。

 

 結局、見えなくなるまでその緊張は解けなかった。

 自分の存在のせいかと思ったが、まずそれは無い。

 元々野性動物にも負けない気配の消しっぷりだったのが、『山猫先生(にゃんこ先生)』との修行で、更に上達しているのだ。

 常人の(念能力者でない)彼らに気づかれたとは考え難い。

 

 追手がいるのかと探ったが、追跡者の影もない。それに警戒していたのは前方を含めた周囲で、後ろじゃなかった。

 

 どういうこと?

 

 あそこまで緊張していたと言うことは、何か緊張する理由があるという事だ。

 私にとっても他人事ではないので、改めて彼等の行動について考えてみる。

 

 ・・・よくわからん。

 

 十日後に八人が、その十五日後に五人が通ったが装備や様子はほぼ同じ、誰一人話さずハンドサインのみで情報をやり取りし、緊張の中、足早に去っていった。

 

 危険なら、山岳地帯の遥か先の山脈方面に、ヤバい相手がいるらしい事を念獣の報せで知ってはいたが、其れが近づいているような気配はない。今も山脈に視線を向けると≪結界≫の危機感知が警鐘を鳴らすが、距離は遠い。

 仮称『山脈の怪物』に関しては、何か気配があれば報せるように念獣達にも通達してある。

 

 それ以外だと・・・・あ、そうか。

 

 私は、確かめるために彼等が夜営した崖道の途中の岩の窪みと、その周囲の多少手入れをされた広場に降り立った。

 落ちている岩を拾って何度かかち合わせ、不用意な旅人を演出する。

 勿論、気配は小者を意識して、念無しの旅人程度に押さえる。

 

 時々音を立てながら待つと、二十分ほどで数匹の狼が現れた。

 大型犬サイズで色は黒っぽい茶、獰猛で顔が怖い。仔狼は可愛いと思うがまだ見たことは無い。

 元の、岩と森の平地で見かけるのと同じやつだ。雪が積もっていたときは出てこなかったので、もしかすると季節によって移動するのかもしれない。

 

 襲いかかってきた最初の二匹を倒すと、残りは逃げてしまった。

 

 更に物音を立て続けると、うさぎサイズの鼠の群れ、雀サイズのスズメバチ、巨熊や大蛇も来た。

 好奇心に駆られたらしい刃角鹿や捻角羚羊まで顔を出して、目が合った瞬間襲ってきた。草食の筈なのに何故か()る気まんまん。

 

 私にとってはどれも大した事無い相手で、いざとなったら念の威圧で追い払える程度の獲物に過ぎないが、街道を通る旅人達にはどうも違うらしい。

 

 入念に準備を重ねた腕利き達にとっても、ここは死を覚悟するような危険地帯で、街道を通るのは思った以上の難行のようだ。

 

 楽に情報を得る機会が有ると思ったが、こうなると中々厳しい。

 

 街道の別の場所に移った方が良いかも知れないが、より安全な場所だと採取や狩猟で森に入る人も居るだろう。今度は私の安全が脅かされてしまう。

 そして、仮に移動したとしても同じ街道沿いの同じ森の中、状況が変わるとは限らない。

 

 安全第一。

 

 元々、有れば嬉しい無ければしゃーない程度の気分で始めた情報収集だ。これ以上のリスクは必要ない。

 気長に待てば会話するやつも来るだろうし、新聞や雑誌なんかの印刷物や手帳等のメモを落とす者もいるかもしれない。気の緩む旅先での忘れ物はデフォだ。

 

 ・・・気が緩むってのは難しそうだが。

 

 

 やがて暑い夏が過ぎ、九月も中頃になって季節は急速に実りの秋へと移り代わって行く。

 春先、四月の始めまで根雪が残っていた事から見ても、この地域は冬が長い。寒気の訪れもきっと早いだろう。

 前の世界で言う、日本の東北地方のような気候と思われる。

 森の動物や虫達は冬の準備を始め、私もつられて住まいの洞窟を整え、薪と毛皮と保存食の準備をした。今度の冬は原始人ではなく、文明人寄りの生活ができそうだ。

 

 修行も順調。

 

 遂に系統別修行に手を出し、試行錯誤しながら原作にも出てこない系統修行を編み出し、基礎修行の中に取り入れて地力の更なる向上に努めている。

 新たな“発“を創り、念の四大行も全て組み合わせて修練できるようになった。

 念修行も次の段階に来たということだろう。

 

 “纏“、“練“、“絶“、“発“の四大行。

 更に、“凝“、“周“、“硬“、“堅“までは行っていたが、その先の“円“、“隠“、そして“流“。

 より実戦を意識した高度な技術が求められる。

 

 修行が、基礎的な物から応用編に移行して行くのに、組み手どころか使う格闘技の流派すらまだ決まってないのは頭の痛い問題だ。

 

 

 涼しい風が吹くようになると、街道の様子が変わってくる。

 

 旅人の緊張がいくぶん薄れ、たまに会話をする者も出てきた。

 人の往来も増えて、夏の間は十日から二週間に一組だったのが、週に二、三組は通るようになった。

 どうやら夏場はこの街道が一番危険な時期で、通行は避けるのが普通らしい。

 夜営の時に一人が『ヤバい夏』について愚痴り、窘められていた。

 確かに、森の実りが増えて虫や動物は簡単に餌が手に入るようになり、余り襲って来なくなっていた。長い冬の準備で忙しいのもあるだろう。

 

 

 その一行が来たのは、そろそろ雪が降りだしそうなそうな十月の事だった。

 

 

 

 

 

 

 





 かくれんぼ


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 21、落しもの

 誤字のご指摘、感想、ありがとうございました。

 2022年03月15日改稿



   21、落しもの

 

 西から来た一行には、これまでとちょっと変わった部分がいくつか有った。

 先ず人数が多い。普通五人から八人が一組なのに、十二人もいた。

 

 一行が川端の崖道まで来てから近寄って確認すると、その内の六人がクロスボウを背負い、四人が短弓を背負っていた。皆、屈強な男達だ。

 短弓は威力は無いが、回転の早いどちらかと言うと大物相手には向かない武具だ。

 六人のクロスボウも精々中型で、破壊力に優れたアイテムではない。危険な大型獣が出るここでは、余り見ない装備だ。

 

 更に一人も槍を持たず、実戦向きの分厚いショートソードやカトラス、又は斧を腰に下げ、丸楯(ラウンドシールド)を身につけている。

 

 使い慣れた武器と言うことか?

 

 彼らだけ見ると、何処かの軍の小隊(中世風)だが、残りの二人が異質だった。

 

 彼等は念能力者だ。

 

 男女の二人組で、小男と大女。

 

 

 男は金髪のキューピーヘアーで革靴にズボンにセーター、上からコートをはおっている。

 女は赤毛を頭頂部でお団子にし、編み上げのブーツ、ピッタリした赤い革パンツにピンクのシャツ。

 シャツの裾が結ばれていて、くっきり割れた腹筋が見えている。

 

 二人共全く荷物を持たず、一見武装もしていないが、念能力があれば問題ないのだろう。私もそうだった。

 

 初の人間の念使いなので、気にはなるが接触はしない。

 それより観察だ。

 

 外見、纏うオーラ、歩き方、目配り、相手に悟られずどれだけの情報を得られるか、チャレンジだ。

 

 遠くからでも分かる凶悪な気配。多分相当に人を殺している。いわゆるプロだろう。

 今や、利用者が多くなった街道上でも、頻繁に見かける裏家業の人達だ。

 

 ここまで()()のは、滅多にいないが。

 

 身体能力は私の方が高いけど、二人共歩き方や体重移動に無駄が無い。何らかの格闘技を修めているのだと思う。

 気配の凶悪さに反して“纏“の滑らかさが甘いし、オーラの総量も大した事無い。

 原作中に出てくる才能は有ったのに努力を怠った中堅念能力者、といった感じだろうか。向上心も余り無さそうだ。

 自分達はもう十分に強者だと信じ込んでる自意識の強いタイプ。

 

 見た感じ大女の方が強化系、男は分からないが、女とペアで行動しているのなら、女が前衛で男はサポートタイプの搦め手役、厄介なのは男の方だろう。性格悪そうな顔をしてるし、()()技とか持ってそう。

 

 全体的に見て、凶悪な気配は、ザコを大量に殺して身に付けたものだと思う。

 転生前ならビビる所だが今では何も感じない。

 

 心の奥の方がちょっとウズウズするだけだ。

 ・・・まだだ、復讐の相手は彼等では無いし、私はまだまだ弱い、悪人かどうかも分からない。

 

 (かす)かな衝動を軽く受け流し、観察を続ける。

 

 旅人みんなが泊まる川縁の岩場の夜営地まで来ると、彼等は夜営の準備をせずに周囲に散開し身を隠した。

 男女が夜営地に残り、身を隠した何人かにダメ出しをして再度隠れさせ、それを何度か繰り返す。終わると、自分達はその場で夜営の準備を始めた。

 

 良く分からないまま夜営地には男女だけが泊まり、他の十人は身を隠したまま夜になり、朝になった。

 何らかの襲撃の意図が在るのは明白だが、介入するかは相手を観てから決めることにする。

 堅気じゃ無さそうなら放置で。

 

 堅気の人が通るところなんか、見た事無いが。

 

 昼頃になって、街道の東側から老齢の男が一人歩いてきた。白髪頭に帽子代りのぼろ布を巻き、草臥れたシャツと古い革のベストを着て太いズボンが袴のように膨らんでいる。

 髭面で目付きが悪く背は高くない。しかし、凶相のため大柄に見える。その上額から鼻、鼻から頬にかけて大きな古傷が通っていて、子供が見たら泣くレベルの鬼のような悪人面。

 疲れか元々か顔色も不健康で、身体は小太りなのに、重度の二日酔いのように顔はげっそりしている。

 

 とりあえず、放置確定。

 

 インパクトのある爺さんだが、彼も念能力者だ。念の練度は待ち伏せ側より少し高い。

 武装はしていないが、鋼鉄の(たが)の嵌まった頑丈そうな木の杖を突いて、ズタ袋を担いでいる。

 体術も相当に使うようで、歩いていても体幹が全くぶれない。

 毎日旅人を観察していて、そういうのも少し分かるようになった。

 男女と同時に戦っても、そうそう負けないだろう。

 

 奇襲さえ無ければ。

 

 夜営地に居るのは念能力者の大女の方だけで、小男の方は爺さんが来る少し前に身を隠した。

 

 女が街道の真ん中で仁王立ちしているのに気がついている筈だが、爺さんは無造作に歩み寄って来る。

 

 張り詰めた緊迫感の中、そのまま擦れ違ってしまうのでは思うほど近づいた時、爺さんがオーラを込めた杖で殴りかかり、女が片手で受け止め同時に軽い感じで前蹴りを放つ。

 爺さんは、膝を上げて蹴りをガードしたが、ボールのように五メートルほど飛ばされた。

 

 「あんた、金輪のガリルだろ」

 

 大女が、中二くさい二つ名で爺さんを呼んだ。

 

 「・・・おまえピークス兄妹の妹の方だな、兄貴はどうした」

 

 飛ばされた爺さんが何事もなく着地し、目の前の女より周囲を気にしながら問いかけた。

 兄妹だったのか。

 

 「さて、何処にいるのやら、見つけてみなよ、得意なんだろ?」

 

 女が、からかうように言って間合いを詰め殴りかかる。

 

 暫しの攻防。

 

 女が強化系らしいダイナミックな大振りの攻撃を交えて攻めかかるのを、爺さんは滑るように動いて杖でいなす。

 杖術ってやつか。

 

 互いに有名人のようだ。殺し屋さんかしら。

 

 戦いの駆け引きのようなものが有るようだ。

 爺さんは、来た道を戻ろうとするが、女の方がそれを阻止するように立ち回っている。

 互いにまだ“発“を使っていない。

 

 爺さんも、女の攻撃を捌くだけで余り反撃はしていない。

 私が見ても女の大振りは隙が有るのに、無闇に攻めないのは隠れている小男の方を気にしているのだろう。

 

 体調が良くないのか、爺さんが少し息切れし始めたところで小男が動いた。

 

 爺さんと女が闘っている場所は、川縁の崖道が広くなった旅人の夜営地で、片側は大小の石が転がる岩場があってその先は深い山岳の森。

 反対側は高さ五メートルほどの切り立った崖で、流れの急な川に落ち込み、十数メートル離れた対岸に私が潜んで彼等の闘いを第三者視点で鑑賞している。

 

 爺さんが疲れてきたのを見たからか、死角になる位置の岩の上に、音もなく小男が現れた。

 

 普通に姿現しちゃったぞ、不意討ち狙いじゃ無いのか?いくら死角に居ても、姿を現せば気配が動く。僅かだが殺気も漏れている。

 

 小男は、指揮者のように両手を振り、ナイフを投げた。

 小さい、手の平に収まるようなサイズで大きめの矢尻ほどしかない。

 

 投じられた二本のナイフは、当然のようにオーラを纏い、背後から爺さんに迫る。

 

 その瞬間、突然爺さんの動きが変わる。

 

 少し腰を落とすと、それまで攻守の要になっていた金輪の杖から右手を離し、小さく踏み込んで掌底で女の脇を打つ。

 オーラの防御を抜けてダメージが有ったのか、動きが止まった女にくるりと背を向け、迫るナイフを杖で打ち払う。

 

 ナイフは、一本が砕かれ一本が弾かれたがそのまま飛び続け、鳥のように反転して再び襲いかかる。

 砕かれたナイフは操れないようで、小男は新たにナイフを投げ二本をキープする。

 いや、自身の側に三本浮いているから、五本迄は操れるようだ。大袈裟に両手を動かして、二本のナイフをコントロールしている。

 

 絵に描いたような操作系の使い手。武具が小さければ数を持ち歩けるし、隠しやすい。殺し屋ならば、小さなナイフにはきっと毒が仕込まれているのだろう。

 

 爺さんが、飛び回るナイフを捌いて小男に近づこうとすると、復帰した女が怒り狂って拳の指を開き後ろから掴みかかってきた。

 指先と爪に尋常でないオーラが込められている。

 

 『破壊の扉(ワンサイドゲーム)!』

 

 威力増強系。彼女の“発“だろう。

 

 同時に小男が、操っていた二本のナイフを左右の死角から飛ばして襲わせ、更に手元の浮かしていた三本を高速で突っ込ませる。

 

 ここからの攻防は一瞬。

 

 爺さんは振り向くと、杖の先端の金輪の部分を掴み、石突きで突進してくる大女を突いた。

 そんな事で止まるものかと女は肉体強度とオーラで防ぎ、飛び掛かるように近づく。

 爺さんは、それに逆らわずふわりと身を浮かして杖ごと押され、宙で身を捻り五本のナイフの四本までの軌道から外れ、一本を素手で掴む。

 大女は、杖のせいで間合いに入れず狙いを変え、先ず杖を砕く。

 爺さんは、掴んだナイフを即座に大女の足の甲に放ちその出足を鈍らせる。

 杖を押された勢いのまま小男の立つ岩の方へ飛ばされた爺さんは、そのまま操作中の手持ちを使いきり次のナイフを投げようとする小男に飛びかかった。

 

 タイミング的に、男女どちらも動けない完璧に嵌まった瞬間、足場の無い空中の爺さんに向けて周囲の藪から合計十本の矢が放たれた。

 

 『やがて刃は振るわれる(スリーピングブレード)

 

 小男がポツリと言った。

 

 最初に隠れた、十人の短弓とクロスボウ持ちのモブさん達だ。

 『山猫先生(にゃんこ先生)』直伝(≪魔眼≫を使って教えを乞うた)の隠形法を使う私ほどではないが、中々の隠れっぷり。

 小男に気を取られた爺さんが気がつかなかったのも無理はない。

 

 しかもその矢尻は、少し小さいが小男が投げるナイフと同じもので、十分な量のオーラを纏っている。クロスボウから放たれた太矢(ボルト)の威力は元々弓より大きい、そこに念が込められればその効果は既に銃弾にも勝る。

 

 爺さんは、凄まじい反応速度で直ぐに攻撃を諦め体を丸めて的を小さくし、オーラを全開にして“堅“を行い致命的部位(バイタルゾーン)を守る。

 

 当たったのは七本。

 

 全身に矢が刺さった爺さんは、小男の目の前に落下すると、これ以上は無理だと判断したのか逃げに入った。

 具体的には川に向かって走り出す。

 

 川まで三メートル。

 

 立ち上がって走り出す時に、小男に向かって牽制の礫を放つ。

 落下時に地面で掴んだ砂利に一瞬でオーラを込めた即席の目潰し。

 

 しぶとい爺さんだ。

 

 制御が甘くなったナイフをかわし、自身に刺さっていた矢も、一本引き抜いて投げつけ、川へと跳んだ。

 逃げ切ったかと思われたが、崖から落ち視界から消えるその刹那、大女が投げた拳大の石が左足に当たった。流石にあれは折れただろう。

 

 

 私は、爺さんが川に落ちたのを確認すると、密かにその場を離れ、走り出していた。

 

 流れはこの先、しばらく急流で水から上がれる所は少ない。もし上がれても重傷で足が折れているし、ズタ袋は落としたから荷物も無い。

 いくら爺さんが念能力者でも、助かるのは難しいだろう。

 おまけに一週間もしないうちに雪が降り始め、森の街道は通行不能になる。

 これは旅人からの情報だ。

 

 私は、爺さんを助けることにした。

 

 理由は幾つか有るが、最大は相手の男女と違って、あんなに凶相なのに()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 もしかすると、クズではない可能性がある。

 

 

 程なく一キロメートルほど流された川辺りに、打ち上げられたカエルのように、ひっくり返っている爺さんを見つけた。

 

 多分、爺さんは強化系。今は少しでも体力を回復しようと“絶“の状態にある。

 油断はしていない様だが、私にはまだ気づいていない。

 

 「(とど)めが欲しいか?助けが欲しいか?」

 

 私は、会話して嫌な感じがしたら見捨てることにしようと、最後に話しかけた。

 

 爺さんは、私の声にぴくりとしたが、追っ手なら早すぎるし、声が幼すぎるとおもったのか、“絶“状態のまま薄目を開けて、ぼそりと返事を返した。

 

 「・・・助けろ」

 

 最早限界だったのか、そのまま気絶した。

 

 ざっと見たが、矢は全部水中で引き抜いたようで残っていない。操作系の念の込められた武具なら、追跡能力が有るかもしれないので処分が必要だった。

 気絶したのは、矢を抜いたのが水中だったため、一緒に血が流れ過ぎたのだろう。

 強化系の回復力強化で傷は塞いでも、流れた血は戻らない。

 

 私は、ひとつため息をついて爺さんを担ぎ上げた。

 あ~・・・・・拾うなら、美少女が良かったなぁ。

 

 

 

 




 ヒロイン無用





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 22、爺さん

   22、爺さん

 

 爺さんを担いだまま長距離を移動すると、爺さんの体が持たないかも知れないので、川上側にぐるりと大回りして凸凹コンビ(小男と大女)の追跡をかわし、街道の見張り場近くの修行場兼寝床に連れていった。

 ≪甲殻≫使用の空中歩行で移動したので、追跡の心配は無いだろう。

 

 まあ、いざとなったら爺さんは捨てて逃げるんだが。

 

 ここなら冬を越す準備が揃っているし、ベッドも用意できる。

 “周“の修行(穴堀り)のせいで部屋数が増えていたので、爺さんを置いておくスペースにも困らない。

 暇潰しと実益を兼ねたクラフトワークの腕は大分上達していて、鞣した毛皮が沢山有り、新たなベッドも直ぐに完成した。

 

 せっかく助けたんだから出来れば生き延びてほしいとは思う。しかし、爺さんの体調は良くない。

 やはりナイフと言うか矢尻に麻痺毒が塗られていたのだ。

 抜かりなく所持していた毒消しを飲んで対処はしたようすでも、歳が歳だ。

 

 毒も毒消しも臭いで解った。目立たない部分だが、≪嗅覚≫の情報収集力は(あなど)れない。そして他にも解ったことがある。

 

 爺さんは病気だ、しかも死病にかかっている。

 

 沢山の動物を狩って()()を知り、自分も毒や寄生生物、感染症にかかりまくった結果、どの程度まで大丈夫でどうなったら生き物は死ぬのか、今では人や獣の生き死にについて多少わかるようになった。

 

 持って、数ヵ月。

 

 今の私に他人を癒す力は無い。

 

 将来、≪再生≫の力が成長して行けば、自分だけじゃなく他人にも効果を発揮するようになるかもしれないが、それは数ヶ月後の事ではない。

 

 せっかく助けたのに残念だが、爺さんは春を待たずに死ぬ事になるだろう。

 

 顔色を見るに、自覚症状も出てる筈だ。本人も薄々気付いていると思う。

 

 薄情なようでも、私にとっては悪い話ではない。街道が閉ざされた冬の間に爺さんが死ねば、私の話が外に漏れる心配が無くなる。命の恩人を売るとは思えなくとも、人間は時に変わる。私の見込み違いで悪党の可能性もある。リスクがひとつ減ったと前向きに考えよう。

 このまま目を覚まさない事だってありうる。

 

 爺さんを助けて丸二日経っているが、眠ったままなので放置が続いている。

 骨折に当て木をして固定し、部屋を暖かくして、枕元に水を置くことはしているが、基本ノータッチだ。

 

 死んだら死んだで寝かせている毛皮と一緒に埋めてやろう、程度にしか思い入れはない。元々善人か悪人かも分からない気まぐれで拾った爺さんだ。

 

 ま、あの状況で生き残ったしぶとい年寄りが、簡単に死ぬとも思えないが。

 

 道に落ちていたら、拾う程度の関心はある。死ななかったら、少し話をしてみたい。

 

 

 三日目、昼頃目覚めた爺さんは、先ず水を飲みトイレの場所を聞き、用意した杖を使って用を足しに行くと、飯を要求した。

 野生芋と肉のスープを三杯おかわりして太い骨付き肉を噛り、甘酸っぱいベリーを少しだけ口に放り込んで大きなゲップをし、ぶっきらぼうに言った。

 

 「酒はねえのか?」

 

 どうやら此れが、彼の普通のしゃべり方らしい。

 

 「無いね、ここには私しかいないし、酒が必要な歳じゃないんでね」

 

 爺さんは、じろりと周囲を見回し、諦めたように溜め息をついた。

 

 「・・・そうか」

 

 ひと声漏らすと、礼も言わずにベッドに戻り又寝てしまった。

 

 ベッド脇に置いたテーブルから食器を片付けながら、先に此方の要求を述べておく。

 「あ、そうだ、助けた礼に武術を習いたい、まだ森から出るつもりは無いが、外は物騒だって聞くからな、他の物でも良いが爺さん素寒貧だろう、ツケは受け付けない」

 

 「・・・・・」

 

 爺さんは、寝たふりをしている。

 

 「その足じゃ町には戻れないし、一週間もしないうちに森も山も雪に埋まる、無理して行っても()()()()が待ってるんじゃないか?」

 

 あの男女一行は西側から来て、爺さんは東側から来た。

 誰か情報を流した者が居るのだ。体調が完全でない爺さんが町場に帰るのは危険が伴う。

 

 「武術を教えてくれるなら、春まで此処で面倒見るよ、悪くない取引だろう、考えておいてくれ」

 

 爺さんは、寝たふりをしながら薄目を開けて此方を見ている。

 目にオーラが集中しているが、“凝“ではなく、何か戦闘用ではない“発“を使っているらしい。片方の目、右目だけにオーラが集まっている。

 

 「・・・・・」

 

 相変わらず無言。会話が終わると、目のオーラも無くなった。

 

 骨折が治るのに何日かかるか分からないが、直ぐに完治、というわけには行かないらしい。

 原作に、クルタ族の青年が、特質系の念を使って瞬時に骨折を治癒させるシーンが有ったが、治療に特化した能力が無ければ、早くて常人の数倍程度のようだ。

 

 これは、≪把握≫でもって骨の回復度合いを毎日観察したから間違いない。

 年齢や、出血、持病の影響があるかもしれないので、参考程度に考えておこう。

 

 私は≪再生≫が有るので、瞬時に治る側。

 

 治るまで、最短一週間位か?

 

 治って直ぐに出て行っても、別にいいかと思っている。持っていかれて困るようなものは、洞窟には置いていない。

 挨拶して行くなら、餞別位は持たしてやろう。

 

 例え雪が積もっていても、念能力者なら強引に森から抜けられる。

 私もそうだった。

 

 武術は覚えたいが、私も七、八年経てばいい大人だ。森を出てから美女若しくは美少女の師範を新たに探す手もある。

 それまでに又、面白そうな人物が通るかもしれない。

 

 それより爺さんの使った“発“が気になる。

 私の事を見ていたのは、それが“発“の使用条件だったからだろう。

 状況的に戦闘用ではなく情報を得るための“発“だったと思われる。

 オーラによる干渉は無かったから、操作系ではない。何も言わなかったし使用されたオーラ量もそれほど多くない。

 となると、何か受動的(パッシブ)な“発“か?

 

 “凝“のような鑑定系の能力で、此方の力を計ろうとしたのか?

 

 オーラを観る事に関しては“凝“で済む。

 年齢や、性別、体のサイズ、ヅラ疑惑、外見的情報は見れば解る。

 後は名前や、念能力は無理でも得意系統が分かれば対策しやすいが・・・違うな。

 そんな程度の情報を得るために、わざわざ“発“をこしらえる者などいない。

 

 使用するオーラ量から見ても、多分もっと単純な能力だ。

 

 相手の感情を読み取るとか、嘘を見破るとか、単に視力が上がるとか。

 

 何を見ようとしたんだ?

 

 ヤバイ目に遭ってれば、操作系や特質系の影響下に有るかどうか判定するのも地味に有り得るか?

 

 ・・・そういえば、大女が戦闘前に、爺さんは人探しが得意、みたいな事を言っていたな。

 

 あれが事実でその根拠がこの“発“だとすれば、荒事関係じゃなく日常的に使う物だろう。

 情報収集するなら対人交渉はマストだ。

 それなのに、あの容姿と性格。まず好感は持たれない。

 証言の真偽はその精度に直結する。

 しかも裏稼業。

 

 ・・・考え過ぎか。

 

 いや、感情の感知か嘘の感知か、それとも別の能力か、対人用の厄介な“発“を持ってるモノとして対応しないと、情報がだだ漏れになる可能性がある。

 

 まあ、爺さんが知りたいのは、私に敵意が有るか無いかだろうが。

 

 感情や真偽の判定って何系?

 強化で感知力を上げるだけなら強化系か?

 

 私の『(ジェミニ)』の権能、≪把握≫の強化発展先、二次権能が≪波動≫で、同じような効果を含む。

 しかし、≪把握≫が周囲の認識力強化で、何処でも使えるのに対し、≪波動≫はより繊細な対人情報収集能力なため、ボッチだと修練しづらい。

 街道脇で立ち聞きするだけでも経験は積めるが、会話できればもっと効率がいい。

 相手が、同じような能力持ちなら更に得るものは多いだろう。

 

 

 それから更に三日経ち、爺さんは日々よく食べ、私はおさんどんを繰り返した。

 

 基本私が面倒を見るのは水汲みと食事の支度、薪の準備だけで、足が治ったら食材の準備以外はやらせ、武術を教える気が無ければ、この拠点は爺さんごと放棄してしまうつもりだ。

 

 まあ、猶予はあと一週間というところか。

 

 日の出から念の基礎修行を積み、昼頃爺さんと朝飯(爺さんは昼食)を食べ、部屋に放置して探索や狩り、『山猫先生(にゃんこせんせい)』と隠形法の訓練などを行う。

 夕飯と朝食は軽く調理済みの物を渡すだけだ。

 

 爺さんにも私にも、そんなにべたべたする気はない。

 

 貸し借りは有るが、それだけだ。それを互いの関係に持ち込む積もりはない。

 

 偏屈ジジイと付き合うには、距離感が大事。

 

 この、ひなびた店のバーテンのような出来るオヤジムーブが、けっこう楽しい自分がいる。

 

 爺さんが、クズっぽく無いのも良かった。態度は悪いが視線や言動に卑しさは感じない。

 

 今日の午後は、洞窟前で笛の練習だ。

 別に、爺さんに聞かせて誘い出す為の天岩戸とウズメじゃない。以前からここで練習していて、場所を変えたくないだけだ。

 

 街道まで聞こえる距離じゃないし、何日か続けているが、爺さんが出てきたことも無い。

 

 笛は、地底湖の死体が持っていた白い骨製の物で、造り手のオーラが薄く籠った名品。死体は運び出して森に埋めた。

 

 初めは五里霧中だったが、吹きかたを覚え、音階の出し方を探し、最近やっと曲を奏でるところまでたどり着いた。

 

 曲はアニソンとボカロ。

 

 元々こだわりは無い方なので、いつも世代ごちゃ混ぜのベストなんかを聞いていた。

 歌うと笑われるので、カラオケには縁がなく。車の運転中にくちずさむくらい。

 流行りは知らない。

 

 音痴でも聴いた曲は覚えている。

 演奏するのにオクターブが足りない部分は適当に誤魔化して、指の練習と割りきり次々奏でて行く。

 

 

 ちょっと前に、どうしても自分の音程に自信が持てなくて、観客を用意した。

 藍地に濃紺と空色の羽、腰白、頭に金の羽毛がある、(仮)金色カケスのミューズさんだ。

 

 何羽かの鳥に≪魔眼≫で視聴の依頼をしたが、≪魔眼≫の効果を受けるにもある程度(うつわ)が必要な様で、ショック状態になったり自立行動が取れなくなったりする個体もいて、おいしくいただく事になった。

 これも要練習ということだろう。

 

 ミューズさんは数少ない成功例。

 カケスは、鳥類の中で一番頭が良いと言われるカラスの仲間なので、精神の領域に余裕があったと思われる。

 

 ・・・音楽だから鳥にしたが、よく考えると別に他の動物でも良かったか。

 

 側の立ち木の枝にミューズさんを止まらせて、笛を奏でる。

 カケスには、声真似の特徴もあるから、耳も確かだと思う。

 練習場所を変えたくなかったのは、彼女の縄張りがこの辺だからだ。

 

 アニソンメドレーを、無尽蔵の体力で奏で続けながら、≪魔眼≫を発動した青い右目でミューズさんを見る。

 最近解ったが、精神や魂に接触する≪魔眼≫を発動していると、発動中は相手の感情を読み取る事が出来る。

 これによって、たとえ相手がカケスでも演奏を聴いているミューズさんが楽しんでいるのか、強制されて嫌々なのか正確に判断出来る。

 

 ≪魔眼≫によると、かなり楽しんでいるようだ。心なしか、頭を交互に揺すってリズムをとっている。ノリノリだ。

 

 ふと気がつくと、爺さんが洞窟から出て来て、何かに驚いた顔で此方を見ていた。

 

 『蒼緋眼』を見られてしまったが、これは此処で笛の練習をすると決めた時から想定内だ。

 要はクルタ族とバレなければ良いのだ。

 右目が青いだけでは、種族の特定は出来ない。左目の『緋の目』が見られなければ、いくらでも誤魔化せる。

 『蒼い緋の目』は()()()()()のだから。

 

 爺さんに≪魔眼≫を使う予定は無い。人に使うには危険なのもあるが、使う相手は殺しても構わないヤツだけにすると決めているからだ。

 主になるべく秘匿性を保つ為に。

 

 爺さんが、何かぶつぶつと、うわごとの様に呟いている。

 

 「・・・()()()()()・・・まさか、こんなところで・・・もう、・・・時間が・・・だが」

 

 ただならぬ気配に訳がわからず、演奏を止めて爺さんを見ると、元の鳶色に戻ってゆく私の右目を暫く凝視し、スッと平静に帰ると洞窟に戻って行った。

 

 「ジョウガン?・・・『浄眼(じょうがん)』の事か?」

 いや、これ≪魔眼≫なんだが・・・

 

 とりあえず、足の骨折は完治したようだ。

 

 

 

 

 




 癖の有るじじい


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 23、武術

   23、武術

 

 翌日になっても爺さんはおかしいままで、食事時も一言もしゃべらなかった。

 笛の音が、ちゃんと音楽になっていたか人間の感想を聞きたかったが無理そうだ。

 

 食事が終わり、何時ものように片付けをしていると、ムッツリと黙っていた爺さんが、ボソボソと話し出した。

 

 「・・・いつからだ」

 

 「いつからって何が?」

 

 爺さんが『蒼緋眼(あおいめ)』について何か激しく誤解しているのは解っていたが、詳しく語れば私の念能力について情報を漏らさねばならない。

 この件についてはひたすら、しらばっくれるしかない。

 

 「あの眼が青くなるやつだ」

 

 「あれかぁー」

 

 「生まれた時からか?」

 

 爺さんの目にオーラが集まっている。推定『虚偽感知』の“発“を使っているのだと思う。

 

 「・・・生まれた時の記憶は無いけど、()()()で初めて物を見たときには、もう使えたね」

 

 「・・・そうか」

 

 「人に知られると危ないらしいから、他言無用でよろしく」

 

 私は、自分の口に人差し指を当て「しー」っとやった。

 あざといが、外見相応の仕種の筈だ。

 

 「()()見えるから、使うと便利なんだけどねー」

 

 私にとっては最早有って当たり前の日常だ。有事の際の立ち回りの鍵と言っていい。

 

 「・・・・・」

 

 爺さんは、又ムッツリと黙りこんで何か考えている。

 私も、これ以上情報を与える気は無いので、対照的にニコニコしながら黙っている。

 

 「 ・・・・てめえ武術が習いたいって言ってたな、本気か?」

 

 何か思い定めた様子で、爺さんが覚悟を問うてきた。

 

 「本気だよ、必要なんだ」

 

 私は、正直に答える。

 

 「・・・どこまで習いたい」

 

 爺さんは、こちらの反応を確かめるようにゆっくり話す。しかし、その目は真剣だった。

 

 「全部!何と出会っても戦って生き残れる位まで」

 

 私は、生きていくだけで既に危険な、これからの人生と敵の事を思い浮かべ、正直な気持ちをぶつける。

 

 「・・・・・わかった」

 

 爺さんは、目をつぶって暫く考えたあと睨むように此方を見て返事を返し、ニヤリとちょっと嬉しそうに笑った。私の言葉は正解だったらしい。

 正直爺さんの凶相に笑顔は似合わないと思ったが、口には出さなかった。

 

 

 

 翌朝から、武術の修行が始まった。

 

 が、午後に持ち越された。

 

 私が、朝は念の基礎修練があるので、武術修行はその後にしてほしいと頼んだのだ。

 

 爺さんも、念の遣い手だから当然知っているものと思って説明したら、怪訝な顔をして「・・・やって見せろ」と言った。

 

 「先ずは四大行から~」

 

 私が、一応解説しながら修練を続けると、爺さんは無言のまま側に立ち、知らせるつもりの無い“発“の訓練以外が終わるまで動かなかった。

 

 「・・・どう?」

 

 私は、念の修練を原作知識から再現して細かいところは想像で補って、言わば自己流でやって来た。なので、この世界のネイティブな念能力者に自分のやり方がどう評価されるのか、ちょっと不安が有った。

 

 「・・・・・修行は、午後からにする」

 

 爺さんは、私の修練については何も言わず、何時ものぶっきらぼうな口調でそう言うと、洞窟に戻っていった。

 

 私は、ちょっとガッカリしたが何も言われなかったのは、そう間違った事はしていないのだろうと自分を納得させて、午後までの時間もう一度念の修練を繰り返した。

 少し離れた場所で爺さんの前では出来ない“発“の訓練もやる。

 

 無言のまま一緒に食事を取り、そのまま外に出た。

 

 今日は朝から曇っていて寒かったが、食事している間に大粒の雪が降り始め、拠点の洞窟前の練習場所は早くも一面白く覆われていた。

 

 私は、とうとう来たか、と思いながら爺さんを促し、脇の道を少し移動する。

 最近“周“のメイン修練場になっていた所まで着くと、()()()()()

 

 外見は、巨大な猛獣の口の中。

 

 積雪で野外の修練がしづらくなるのは分かっていたから、ちょっと前に屋内修練場を造ろうと考えついた。

 

 近場で目立たない場所に、一枚岩の巨大岩壁を探し出し、“周“の鍛練がてら長期プロジェクト(二週間)で堀り上げ、その後も少しづつ手を加え、今の形になった。

 

 外光を採り入れる為、入り口は大きく天井は高い。

 入り口に巨大牙の柱が並び、猛獣が唸ってる風なのは趣味。一応虎の穴のオマージュ。

 地形的には、曲がった谷を降りた先にあるので、割と側まで寄らないと岩が加工されていることは分からない。

 爺さんは、一つ鼻を鳴らしただけで入り口の装飾にはノータッチだった。

 まさか、人に見られるとは思ってなかったので、ちょっと恥ずかしい。

 せめてツッコミが欲しかった。

 

 修練場に入ると、爺さんの気配が少し変わり、武術修行が始まる。

 

 まず、修行中は能力(念)は禁止すると告げられた。底上げの無い状態で修行しないと、後で伸び悩むそうだ。

 

 次に、修行場を走らされてバテるまでの持久力を見ると言われたが、日が暮れるからやめた方がいいと止めた。

 

 爺さんは、なに言ってんだコイツ、的な顔をした。

 

 とりあえず柔軟性をアピールするために、股割りをしたり 、ヨガの様なポーズをいくつか披露する。

 

 ちょっとは驚かせたようだ。

 

 流れで指先倒立の体勢になり、そのまま左右の中指二本倒立へと移行し、腕を屈伸させてパワーをアピール。

 曲げた腕を伸ばす勢いで体を跳ね上げ、くるりとトンボを切って着地する。

 まだ足らないかと思い、普段身体のバランス調整に使っている丸く加工した岩をひょいと右手で持ち上げ、手から腕、肩、首の後ろを通して、左の手まで転がして見せる。

 石の大きさは一メートル近い。

 

 ちょっとやり過ぎたらしく、能力を使っていない事、石が本物である事をしつこく確認された。真偽確認用?の念も使っていた。

 

 暫くして、ようやく私の身体能力や柔軟性が桁外れなもので、特異な体質である事を了解してくれた。

 

 「どおりで『(むくろ)の森』に入って、生きてられるわけだぜ」

 

 なんか、妙なパワーワードが出て来た。

 

 聞くと、街道から見て、南に位置する岩と森の平地、つまり元々私が暮らしていたテリトリーが、入り込んだら生きては出られない毒と即死の罠、寄生生物と捕食生物の()()()、悪名高き『骸の森』なのだそうだ。

 

 ちょっとショックだった。だが、もしかしたらと予測していた事もあり、ポーカーフェイスでやり過ごし、北側の山岳地帯の事も尋ねる。

 

 そうしたら普通に『ゲルの大森林』という地名が出て来た。

 と言うか、数ヵ国に股がるこの広大な森全てを総称して一般的に、『ゲルの大森林』と言う名前で呼ばれ、『骸の森』はその中の危険な一地域に付けられた個別名称らしい。

 

 話しぶりからすると、他にも危険で特別に警戒が必要な場所は有るが、どこも人間が普通に立ち寄るような範囲から離れていて、問題になるような事は無いそうだ。

 爺さんは、私の無知に呆れていた。

 

 拠点の洞窟の有る場所は少し外れた街道の北側で、『骸の森』からは距離が有るのに何故私があっちに出入りしていた事が解ったのか聞いた。

 

 理由はベリーだった。

 

 爺さんが目覚めた初めての食事の時、何処にでも在るものだと普通に出したドライベリーが、『骸の森』にしかない有名な高級食材『星降るベリー』なるもので、外だとべらぼうな値段になる珍味だったのだ。

 

 毛皮や牙の加工品には気を付けていたが、似たような物がいくらでもあるベリーには気が回っていなかった。

 ちなみに『盆栽蟹(ぼんさいがに)』が守っていた話をしたら、本来の名前は『蓬莱蟹(ほうらいがに)』と言うんだ。と、メチャクチャ馬鹿にされた。

 

 

 修行に関しては基礎体力はもう有るので、基本の体造りはしなくていいそうだ。ただ、妙な事を言われた。

 

 「お前にはチン(りょく)が足りない」

 

 意味が解らず何度も聞き返すと、チンとは『沈』、()()()力の事で、彼の流派では普通に使われる、武術を使うのに必要な動きの根幹になる地力の事らしい。

 

 中国武術で言う功夫(クンフー)のようなものかしら?

 

 石の床面に、大きめの円、小さめの円、三角、等を描いて修行が始まった。

 

 柔らかな踊りのような型を教わりながら、爺さん改め師匠に聞いた。

 

 「()()、名前は?何て言う流派?」

 

 師匠が相手なのに口調が元のままなのは、気持ち悪いから元に戻せと言われたからだ。

 最初は師匠呼びも、嫌がっていた。

 

 「・・・・・円掌拳だ」

 

 何故、言い渋る?

 

 ちょっと言い澱んだが、相変わらず不機嫌そうに返す。

 

 名前は普通。

 

 「・・・流派じゃないの?」

 

 ハンター世界の武術は、基本〇〇流だったような気がする。円掌拳じゃなくて円掌流じゃないのか?いや、虎咬拳とか有ったか。狼牙風風・・・いや、これは違うか。

 

 「流派じゃねえ、支流じゃなくて本流の宗家の武技だからな、あと円掌拳に分派や支流は無い」

 ムッツリして口は重いが、修行中は聞いた事に答えてくれる。

 

 なんか思ってたより本格派。一部にだけ伝わってきた秘拳的なモノか。

 

 円掌拳、戦いの様子や型の動きから見て、空手のような剛拳(ファイター)タイプではなく合気道の様な柔拳(カウンター)タイプ寄りの武技だ。

 

 私が、求めていた物と合致する。これは、思わぬ拾い物かも知れない。

 

 師が、爺さんである事以外は。

 

 

 「私はどのくらい強くなれる?」

 

 目指すは達人だ。円掌拳をマスターして修行を積んだらどの程度までやれるのか。

 師匠も二つ名は『金輪のガリル』で、メインの攻撃手段は鋼鉄の箍の嵌まった杖、戦闘では杖術を使っていた。

 動きの基本は円掌拳かもしれないが、得手不得手が有って、距離を置いた戦いに難が有るのかも知れない。

 それならば、早めに知っておきたい。

 

 「・・・おまえ次第だ」

 

 「・・・・・ウスッ」

 

 私は、まあそういう返しになるよなぁ。と、内心苦笑いしながら軽く返した。

 

 しかし師匠は、私の返事が気に入らなかったのか、言葉を継いだ。

 

 「・・・もし、おまえが拳の全てを学んでも、沈力が満ちなければおまえの強さは中くらいだ。

 もし、沈力が満ちても技が術理に届かなければ、おまえの強さは達人で終わる。

 もし、沈力が満ちて術理を得て、円を修める事が出来たなら、おまえの強さは天地に至るだろう」

 

 「・・・・・」

 

 誰かの受け売りか?何言ってんだ、この爺さん。という目で見たら、持ってた杖でひっぱたかれた。

 

 いや、念は禁止じゃなかったっけ?

 

 え、こっちだけ?

 

 いくら効かないからと言って、指導用の細杖に“周“は無いでしょう。

 流石に普通に痛いよ。

 

 痛いので避けたら、避けるのも禁止された。

 

 

 

 円掌拳の型は複雑で幾つも有り、間違える度に師匠が長い細杖で打つ。 

 

 歩法もあって、足は円や三角の上を複雑になぞる。

 

 修行初日は日暮れまで続き、私は慣れない動きと使い方に神経が疲れ、久しぶりにへとへとになった。

 

 「ありがとうございました!」

 

 日が暮れて、残照がなくなる前に洞窟に帰る師匠を見送ると、私は一人で自主練を始めた。

 暗視が利くので光は要らないし、教えてもらった型は全て記憶している。

 

 師匠によると、沈力を磨くには効果的なトレーニングなど無いらしい。何度も何度も型を繰り返し、円掌拳の為の体になるまでひたすら鍛え抜くやり方が、最終的には最も効率よく強くなる王道なのだと言う。

 聞いてる内に、私もそうなのかもしれないと思い始めた。

 

 前に、三大会連続でオリンピック金メダルを取った柔道家が、ジムなどでの筋トレを殆どせずに、ひたすら柔道をして身体を造ったと何かで読んだ。

 

 型しか習っていないが、普段あまりしない動きや関節の使い方、呼吸法、力を抜く事、身体の連携する動作と作用。

 

 ちょっと教わる度に、何かが変わって行く。

 

 私は、少しずつだが“発“を創った時と同じようなわくわくを感じ始めていた。

 

 都合五時間ほど教えられた型の反復練習を行い、私の武術修行初日は終わった。

 

 

 その後、あの時の「修行は午後からにする」発言を踏襲するためか、それとも私の念修行に理解を示してくれたのか、武術修行は主に午後に行う事が何となく流れで決まり、午前中は自己鍛練に励む事になった。夜は自主練だ。

 

 大して手間は掛からないが、食事の支度や狩りなども行うため、時間が有るのは嬉しい。更にもっと何か出来ないかと考え、日常生活にも武術修行を採り入れる事にする。

 

 つまり、歩くこと、しゃがむこと、水を汲み、食事の支度をする。腕を伸ばす、腰を捻る。全ての動作を円掌拳の動き、円掌拳の呼吸、円掌拳の身体の使い方を意識して行う。

 

 師匠の言った事が、師匠の師匠から教えられた円掌拳の伝承なら、まあ半分は眉唾でもそれなりの深みがある流派なのだろう。

 荒唐無稽な嘘っぱちじゃなさそうだ。

 それなりの裏付けがあって、努力が大事、という意味の言わば警句だな。

 

 とりあえず呑み込んどこう。師匠マジだったし。

 

 

 翌日、師匠が又変なことを言い出した。 

 

 

 




 武術はフレーバー


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 24、念しらず

   24、念しらず

 

 「は?」

 

 時刻は昼になり、一緒に食事を取っていると、師匠がおかしな事を言い出した。

 

 既に武術修行が 始まって五日が経っている。

 

 「・・・おまえが朝やってる『念能力』とやらの修練だがな、あれ大分間違ってるぞ」

 

 

 

 そう言えば、昨日も昼から師匠が私の事をいろいろ聞いて来て、おかしかった。

 

 名前、年齢、今までどうやって過ごしてきたのか。何故か急に細かく問いただしてきた。

 

 私は、作り込んでおいた設定の通りに、一年十ヶ月前の正月()まで『じーちゃん』と暮らしていたこと、()()()()教わった事、念も教わっていた事、名前は知らない事、既に死んだ事を、師匠の念能力に引っ掛からないよう微妙に(ぼか)しながら話した。

 

 勿論話に出てきた『じーちゃん』は、『クルタの子』の面倒を見ていた銀細工師の老人の事で、中身の私は残った記憶で顔を知っているだけなので一面識もない。

 

 何でこんな所に住んでるのかは聞かれなかった。

 

 私から聞くだけ聞いた師匠は、又ムッツリと黙り込んで何かを考えていた。

 そして明けて今日、突然私の世界感を揺さぶるような妙な事を言い出した。

 

 

 

 最初私は、私の行っている念の基礎修練の一部、もしくは原作に記載がない系統別修行などを指して言っているのだと思っていたが、そうでは無かった。

 ()()()()()()()()と言うのだ。

 

 

 そんな訳が無い。

 

 

 ()()()()()()()()()が、主人公に世の(ことわり)として教え込んだストーリー上のメインストリーム(本流)なのだ。勘違いは有っても、根本的に違う事は有り得ない。

 

 意味が解らず、けげんな顔をしている私に、師匠は、鼻をならして面倒くさそうに一から説明してくれた。

 

 ちょっとドヤ顔だったのがイラっとする。

 

 まず、念と言うのが最近になって流行りだした間違った言い方で、本当は『(さい)』もしくは『(ごう)』と言うのだそうだ。

 

 『(さい)』は、徳を積んで正しい修行を行った者の中で選ばれた一部の者に。『(ごう)』は、心に悪を持った者に宿る徒人(ただびと)を越え超る力の事。らしい。

 

 私はもう『才』(?)が使えているが、本来は身体を鍛え、武術の修行を長く積み、『選別の儀』なるものを受けた者の中で、『(かい)』の習得に成功した僅かな者だけが得られる特別な力なのだそうだ。

 

 あ、いや、ちょっと情報過多です。

 

 そこまで言うと「正しいやり方を教えてやる」と、説明しながら実演を始めた。

 

 私は、どういう事なのか薄々気がついていたが、此れはこれで得るものが有るかもしれないと思い、隣で同じように真似る。

 

 表面上、懐疑は隠して興味深く話を聞く。

 

 一つの集団か組織が、結構な年月を掛けて考え模索し、かなり試行して系統立てたようだ。念に関する知識については、大体合っている。

 だが、何らかの強い倫理観か宗教観、それと極めて高度な武術の合理が合わさり、ビミョーに改編されたものになっていた。

 

 

 まず、オーラが『プラナ』なる名前に変わっている。恐らくプラーナの変型。

 

 そして、“練“が無い。

 信じがたい事だが、本当に無い。私がやっているのも非常に危ないので、止めるように厳命された。

 理由としては、『プラナ』の体外への流出がとても危険で、流し過ぎると死に至るから。

 

 ここで、理解するのにちょっと手間取った。

 

 

 話は最初の『選別の儀』と『(かい)』に戻る。

 

 さっき出てきた『廻』と言うのは、念修行で言う“纏“の事だった。

 『選別の儀』は念能力者の強オーラ接触による強制的な覚醒。

 失敗した者はオーラの流出を止められなくて、オーラ=生命力が尽きて一部の者は死亡する。

 生き残って『廻』を習得出来た者は『才』が有った事になる。

 

 えらく力業(ちからわざ)な儀式も有ったものだ。

 

 多分、試練としての通過儀礼(イニシエーション)的な儀式に拘り、瞑想などでオーラの流れをゆっくりと認識して少しづつ自分で精孔を開く穏便な方法を見つけられなかったのだろう。

 何度もオーラの涸渇による死を看取ったせいで、精孔を開く事自体が禁忌として伝わってしまっているのだと思う。

 

 師匠の顔は真剣で、そもそもこの事を教えるために、わざわざ秘事である『才』の話をしたらしい。

 

 しかし、これを受け入れる訳には行かない。なので、『じーちゃん』自身が何十年も続けてきた訓練法であること。

 自分も毎日やっているが何ともないこと。

 これを続けることで基礎オーラ量が増えることを懇切丁寧に説明した。

 

 何度説明しても納得は得られなかったが、長い説得の末、体調に変化が有ったらすぐ止める事を条件に、渋々了解は貰えた。

 

 適当に返事をして陰で続けることも出来たが、一時でも師匠として仰いだ相手にはできるだけ嘘をつきたく無かった。

 出自とか“発“とか、言えない事は沢山有るが、それは師匠も一緒だ。

 

 

 違いは他にもあった。

 

 “練“の代わりに訓練法として『瞑想』が有ったが(ここでやっと出てきた)、オーラ=『プラナ』の発生場所が全身ではなく『丹田』にほぼ固定されていた。

 

 他の身体の部位、それこそ、全身いたるところから満遍なく発生はするが、メインは身体の中心である『丹田』なのだそうだ。

 これは、武術鍛練上の要諦である『重心』や、動きの(かなめ)としての『丹田』の思想が混ざったものだろう。

 オーラを体外に出す事への忌避感も有ったのかも知れない。

 

 そして、オーラを戦闘に用いる者として、それで良いのかと思うが、オーラの全集中(硬)や移動(流)、得物の強化(周)や一時的全身の強化(堅)まで在るのに、“円“や“隠“そして“凝“も無かった。

 ちなみに使う技能の名前は全部『廻』。“纏“のみならず、オーラを扱う技能のことを全部まとめて『廻』と呼称している。

 

 “円“や“隠“はともかく、“凝“が無いのは恐い。経験と勘で何とかするのだろうか?

 

 “凝“つまり目にオーラを集めてオーラに対する視覚的感度を上げる技能だが、原作では念能力者同士の戦闘では必須とされていた。

 “凝“無しでも念能力者はオーラを見ることが出来るが精度が段違いで、特に“隠“が施されていたり量が微小だと“凝“無しでは例え視界にオーラがあっても気づく事さえできない。

 

 “凝“と“隠“は言わば表裏の関係なので、“隠“が認識されていないせいで、“凝“の必要性が今一つ理解されてないようだ。

 

 

 『瞑想』や“発“=『才』の()の使用、『廻』による身体運用や修行でもオーラ量は少しづつ増え、時間は掛かるが四大行以降の各応用技も次第にこなせるようになるらしい。

 

 師匠の様にベテランになれば、腕前もかなりの処まで到達する。

 しかし、“纏“の練度は水準に達していても、やはりオーラ量が心もとない。

 私の『衝撃波』も、コントロールは難しくなるが、オーラ量を増やすと威力や効果が増す。

 オーラ量は、継戦能力や瞬間出力に(ちょく)に関わってくる事案だ。

 純粋な格闘能力は兎も角、念能力者全体で見れば、トップクラスには対応出来ないだろう。

 現に、武術体術で圧倒していた師匠も、小男のハメ技的な飽和攻撃に押し負けてしまった。

 

 念能力者が一般人から逸脱している事を考えると、心源流に比べて未発達なこの枠組み(スキーム)でも一応通用はするのだろうが、穴が多過ぎる。手本にはとても出来ない。

 

 それとなく話を振ってみたが、勿論、六性図も各系統も知らず、水見式など見たこともない。創る“発“は行き当たりばったりで、キャパシティーの事もおぼろ気にしか把握していない。

 

 オイオイ、である。

 

 言ってみれば師匠の派閥は、間違った推論から間違った結論に達してしまった中世の学者だ。世界は平たいお盆の上に載っていると信じ、地球が丸い事を信じない。

 

 ・・・このハンターハンターの世界では、『世界がお盆の上に在る』と言うのも可能性としては、あながち間違いでもないかもしれないが。

 

 

 あれだけの武を持つ師匠が、それで良いのかと思うが、正解の情報が公開されている訳でもなく、検証するのも個人や少人数では難しい。それぞれ閉ざされた集団の中で独自に練磨され秘匿された結果、なるべくしてなったものだろう。

 

 世間一般の念能力者の多くが()()()()()に触れていないのだとしたら、強力な念能力者がそう多くないのは当たり前なのかもしれない。

 

 ちょっと努力すれば誰にでも並外れた力が手に入るとすれば、アホな事をする奴が必ず出てくる。

 知った人間が情報を秘匿するのは当然で、むしろ義務ですらある。

 

 最初の状況から鑑みると、『クルタの子』に念を教えた老人(じーちゃん)は、正しい情報を持った稀有な人物だった。

 もしかすると『願いを叶える卵』の念能力で探して見つけた可能性もある。

 

 美少女師匠は用意されていなかったが、原作知識持ちという私の現状は、結構なアドバンテージなのかもしれない。

 

 

 ダメ元で私のやり方を勧めてみたが、鼻で笑われただけだった。

 師匠の年齢で常識や固定観念を変えるのは容易ではないし、余り期待はしていなかった。

 ただ、残り時間でオーラ量を増やし、身体を治す“発“を身につける事が出来れば、もしかしたら命を永らえる事が出来るかもしれないと考えていたので、その事は少し残念だった。

 

 「長生き出来るかもよ?」

 

 と、真剣に言ってみたが、

 

 「・・・別に長く生きたいわけじゃねえ、もう長いこと好きなようにして来たんだ、最後も好きにするさ」

 

 いつものように、ぶっきらぼうに返事が返っただけだった。

 

 

 師匠の隣で一通り『才』の基礎修練を試してみる。

 

 ほとんどは、今までの念修行より効率の悪い()()()訓練法だったが、一つおやっ?と思わせるものが有った。

 

 師匠が最後にやって見せた『プラナ(オーラ)』運用技能の奥義なるもので、簡単に言うとハブに『丹田』を用いたオーラの集配だ。

 

 手順としては、まず全身の活性化(戦闘用)オーラを一度『丹田』に集中させて溜め込み、其処から体内を自在に移動循環させられるように訓練する。

 

 次に、攻守にオーラを用いる際に溜め込んだ丹田から必要量を適宜素早く分配し、また瞬時に戻す事をワンセットとして、それを攻防の度毎に何度も繰り返す。

 ただそれだけ。

 

 しかし、その用いられる速度と滑らかなオーラ移動が尋常ではない。

 

 およそ武術の術理に沿って戦う為に身体を動かすには、基本的に先ず自身の腰部に在る身体の『重心』=『丹田』を意識して『丹田』からの力の流れが滞らないように身体運用するのが基本となる。

 たとえ、訓練によってその動きを無意識レベルまで落し込んでいても、それが基本であることは変わらない。

 その為、戦闘時における身体の運用と、このオーラの運用は親和性が非常に高い。

 

 必然的に身体操作に伴うオーラの並行運用効率も極めて高いものになる。

 結果として起こるのは、攻防時の接点への平易で自在な高速のオーラ移動。

 

 因みにこの技術も名前は一緒で、『(かい)』と言う。

 

 この、戦闘時の活性化オーラの集中と分配は、念にも在って技能名を“流“と言う。

 此方も、奥義と言ってもよい高等技術であり、又、オーラを用いた格闘戦の重要な基礎技能でもある。

 

 師匠が事も無げに行った、この最後の『廻』は、原作にも出てこない念の高等技術“流“の裏技的特化技能で、試してみると身体のオーラをただ動かすよりはるかにオーラの移動と展開が容易になる正に秘技だった。

 

 『井の中の蛙大海を知らず、されど空の深さを知る』

 

 後半は後付けのことわざらしいが、実際そういう事は稀に有る。

 

 発想の根幹は“練“恐怖症だが、至った結果がとんでもない。

 

 頭で考えるだけだと、身体のある部位に集めたオーラを別の部位に移動させるなら、一度『丹田』に戻して再度送り込むより、直接移動させた方が早く感じるが、事はそう簡単じゃない。

 オーラを動かすのは、本質的には意思力だ。イメージによって動きを指定してそれから動かす。その速さは心の動きに由来する。

 主人公達は、心源流の“流“修行を繰り返し、地道に“流“のイメージを身体に覚え込ませていた。

 たとえるなら此方は、如何なる条件付け(ルーティーン)も用いず、ただひたすら技能を鍛える修行法だ。

 

 対して師匠の行った方法は、今までの武術修行や身体操作の基礎をオーラ運用の為のガイド(ルーティーン)にするため、オーラを身体に巡らせる前に『丹田』に一度集めてから再分配する一見遠回りで不思議なやり方。

 

 だが、今までの念の在り方の傾向から見て、少なくとも武術家ならば、最終的に此方の方が運用効率が上昇する可能性が高い。

 

 肉体の武威が乗算される念能力者の近接戦においては、“流“の重要さは言うまでもない。

 

 ぶっちゃけると、どちらの方法でも強くなる人は強くなるだろうが。

 

 私は、このオーラ運用技能をこのまま『(かい)』の名で念の基礎修練に取り入れる事にした。

 

 念に対する微妙な理解のせいで、師匠の使う円掌拳の一門は、念能力者界隈で中の下くらいの位置かなぁ、と漠然と考えていたが、この“流“特化のオーラ運用技能があれば、一流所とも其れなりにやれそうだ。

 

 この拳法を習得すれば、べらぼうに強くなれる。みたいなホラ話をぶちあげていたが、一応それなりに根拠の有る事だったらしい。

 

 またちょっとワクワクしてきた。

 

 

 

 

 



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 25、ジョブ

   25、ジョブ

 

 冬が始まり、たまに降る雪でだんだんと辺りが白く覆われても修行は続く。

 

 ただ、暖かい拠点の洞窟から虎の穴風の修行場まで、前日積もった雪を修行前に除雪(ラッセル)するのが日課に加わった。

 

 型の動作を完全に覚えた筈なのに、いつものように師匠からダメ出しが始まり、細杖で無駄な力が入った箇所が打たれる。

 

 「無闇に力を込めるな、焦らず正しい『型』を身体に覚え込ませろ」

 

 毎晩何時間も自主練してるのに、指導の回数が変わらない気がして、私は成長してるのか聞いたら、「・・・まあまあだ」と、言われた。

 

 

 どっちだ。

 

 

 修行が始まって一ヶ月ほど経ち、型の意味が朧気にわかってきた頃、新たな訓練が追加された。

 

 師匠と互いに向き合って、円掌拳の型に沿って大極拳のようにゆっくり動き、模擬戦をする。

 相手の動きの先読みの訓練で、相手の動きが動きになる前の気配を読め、と言われた。

 

 超ムズい。

 

 師匠はさらっとこなして此方の攻撃は皆かわされ、相手の攻撃は防御できないタイミングで放たれる。

 

 動きはゆっくりだし、寸止めで実際に当てる訳ではない。ダメージは無いのだが、気分的にはボコボコにされる。

 気配を読むのと、それを避けつつ有効な攻撃を組み立てるので猛烈に神経をすり減らし、最初は三十分でヘロヘロになった。

 

 途中、念獣達の権能がいくつか発動しそうになり、慌てて止めた。

 実際の戦闘でもないのに何でかと思ったら、なんかゲーム的に捉えていて、楽しそうだから参加したかったらしい。

 武術の修行中は念能力禁止を伝えてやめさせた。

 

 確かに読み合いで≪観測≫とか≪把握≫が使えれば便利だろうが、それでは地力が身に付かない。

 円掌拳では、念能力は、あくまで生身の力をブーストするためのツール。地力がショボければ伸びしろも目減りする。と言うことになっている。

 

 この新しい訓練、凄い疲れるがチェスとか将棋とかの読み合いの要素が有って、やってみると意外に楽しい。

 

 『聞手(ぶんしゅ)』と言って、戦いの折に相手の気配を察知する修練の一種だそうだ。

 

 

 私は、原作のキャラの中では、念の習得時に既に自分の戦闘スタイルが出来ていたメインキャラ達ではなく、高い塔の闘技場にいた引き立て役の道着の子に近いだろう。

 大分情けないが、ま、順当だ。一応彼も天才の部類だった筈だし。

 

 地球のただの一般人に、日常的な殺し合いや戦闘の経験を求められても困る。

 

 有り余るパワーの有効活用もあるには有るが、元々武術を習うのは、墓の下で念能力を選択する時から決めていた事だ。

 

 そもそもの根本は、平和ボケしたパンピーの私に、所謂『戦いのセンス』なるものが期待できない事から始まっている。

 

 そしてこれは私が憑依した、親代わりのじーちゃんが殺されたのに、捕まるまで何も出来なかった『クルタの子』にも当てはまる。しかも彼には実は念能力が有ったにもかかわらずだ。

 

 平和に生きる分には別にこれらは普通の事だ。何ら非難される案件ではない。

 だが、高確率でトラブルに見舞われるだろう私にとってはちょっと困る。

 

 それ故に、武術を身に付ける。

 

 一見、矛盾しているようだが、最終的には其れが必要と判断した。

 つまり、もし仮に私の『戦いのセンス』が壊滅的であっても、武術で対応力を押し上げ、念獣達の力を効率良く使う事が出来たら、色々カバー出来るのではないか、というわけだ。

 元がショボくとも、経験を積めばセンスは鍛えられるだろうし、成長の時間を得られれば技術も伸び、やがては腕も上がる。

 ヒヤリとするような確信と共に、石にかじりついてでも『戦闘のセンス』を磨かなければ、いずれ何処かで詰む、そういう冷たい予感が在るのだ。

 

 生存戦略的に見るならば、つまるところ武術は、私に不足している戦闘経験値を稼ぐための趣味と実益を兼ねたツールなのだ。

 

 望外に師を得るのが早まり、大分修行沼にはまっているような気はするが、早いに越したことはないし、楽しいのは良い事だ。念獣達も喜んでる気がする。

 

 

 

 修行開始から二ヶ月が経った。

 

 型の訓練──『円歩(えんほ)』というらしい、と『聞手』の割合が半々になった。

 最近は型の訓練で指摘されることが減って、『聞手』の訓練が益々増えている。

 

 これは型をマスターしちゃったか?と思って師匠にきいてみたら、「・・・まあまあだ」と、いつもの返事。

 

 さては師匠ツンデレか?

 

 言うと、ぶん殴られるので、賢く黙っていた。“周“を掛けて来るのは(たま)の事だが、どうも効いてないと思ったのか、最近になって師匠の細杖が、段々と細杖と呼べない太さになっている。

 あれは、もう杖ではなく棍棒ではないだろうか。

 

 

 

 

 高所の見張り場で冷たく澄みきった朝に視線を巡らしても、雪に埋もれた街道に人影は見えない。

 

 旅人が来ることは無くなったが、修行中は師匠が意外と質問に応えてくれる事が分かったので、タイミングを見計らって、少しづつ情報を集めている。

 十歳前後の子供が色々聞きたがるのは当たり前の事で、おかしくはない筈だ。

 

 「何で、武術を教えてくれる気になったの?」

 

 「・・・・・」

 

 「街道で襲われてた理由は?」

 

 「・・・・・」

 

 「あの襲ってきた連中は何者?」

 

 「・・・・・」

 

 返答率は余り高くない。

 

 

 

 しかし、特に止められなかったので諦めず続けていたら、たまに答えが得られるようになった。

 

 「師匠、何かヤバイ事したの?」

 

 「・・・しとらん」

 

 ただの追っ手じゃないのか。だが、理由も無く殺し屋は来ないだろう。

 師匠も相手の事知ってたみたいだし。

 

 「師匠、仕事は何やってたの、役人や商人ってタイプじゃ無いし、腕も立ち過ぎる。ハンターか傭兵?顔だけ見ると殺し屋一択なんだけ・・・・(いでっ)!」

 

 『円歩』の途中で、師匠に頭を棍棒で叩かれた。

 避けられないタイミングだった。しかし、動きも呼吸も乱さない。

 

 「・・・賞金稼ぎ(バウンディー・ハンター)だ」

 

 賞金稼ぎ(バウンディー・ハンター)

 

 そうか、それで色々謎が解けた。

 

 「賞金稼ぎ(バウンディー・ハンター)って賞金首の犯罪者とか悪い奴を追いかけて、退治したり捕まえたりする仕事だよね、それで恨まれて殺し屋が来たのか・・・」

 

 「・・・・・」

 

 師匠からの返事は無かったが、この問答を繰り返す時に、毎回内緒でちょっとだけ発動していた≪把握≫と≪観測≫と≪嗅覚≫が、師匠のバイタルデータを集めて其処から、質問に対する答を類推していた。

 

 微妙な心音や視線の動き、体表の温度変化、発汗状況を取りまとめて隠された思意を読み解いてゆく。

 

 多角的に情報を得て、導き出した答えは『怒』、意味は多分『肯定』。相手が無言のため、今のところこの方法では些細な感情の変化を読み取れるだけで、細かい思考の機微は解らない。

 言葉にしてくれれば、心音の変化等で虚偽を見破れると思うのだが、情報量が少な過ぎ、無理。

 

 素のままでも慣れれば読み取れる気がするが、此れは念獣達の経験値稼ぎの意味もある。

 

 本当は、≪把握≫を使っている『(ジェミニ)』の二次権能≪波動≫が起動すると、もっと楽に情報が得られる筈なのだが、いまだ未発動。例え相手が喋らなくとも、これだけ近くに居れば≪波動≫なら可否位は判別出来ただろう。

 もっと他者の感情の揺れに出会って経験値を貯めないといけないのか、それとも未だ必要な事態に遭遇していないためか。

 

 バレたらまずい秘密訓練だが、この世界で初めての他者とのコンタクト。僅かな機会も無駄にするのは勿体ない。

 師匠なら弟子の成長に協力してもらっても構わないよね。確信。

 

 

 師匠が賞金稼ぎ(バウンディー・ハンター)だってのは恐らく本当。

 追っ手の大女が言っていた人探しが得意って話も、それならば辻褄が合う。

 

 意識不明な最初の頃に所持品チェックして、ハンターライセンスを持ってないのは確認している。賞金首ハンターとかでは無いのだろう。

 他にも荷は有ったが、ハンターライセンスを躰から離して荷物の中に放り込んでいたとは流石に考え難い。

 後で確認に行ったが、折れた杖を含めて師匠の荷物は全て襲ってきた一行に持ち去られていた。

 

 師匠は賞金稼ぎ(バウンディー・ハンター)だが、ハンター試験は受けていないのだろう。例えメリットがあっても、そういう縛りは嫌がりそうだ。

 

 それでも賞金稼ぎ(バウンディー・ハンター)なら、裏社会の事情にも詳しいだろうし、情報屋とかにツテもあるだろう。

 

 森の外(シャバ)に出て『クルタの子』の復讐戦をするのに、そんなツテが有れば大変に有用だ。

 ぜひ紹介してほしいが・・・・師匠の情報関係は、あの念能力ありきの魔窟だろうから、全然信用できない可能性が高い。

 

 それに多分、あの兄妹に師匠の情報を売った奴も含まれているだろう。

 

 やっぱナシで。

 

 

 

 時間はかかったが、師匠からは、仕事以外も何件か聞き出す事が出来た。

 

 近隣の国や森の街道でたどり着く両方の街の名前など、街へ出たら直ぐに必要な事。この辺りで捕れるとても金になる獲物や果実、鉱石の事。売る場所。

 海の事を聞いたら、船で他の大陸から来た事も教えてくれた。

 飛行船の事も聞いたが、気球なら見たことがあると言われた。この辺には無いらしい。

 

 

 以前から懸案だった転生年代の特定も行った。

 

 「あ、暦ってやつ、今年はいったい何年?」

 

 「・・・九十年だ」

 

  カレンダーは、大体私の想定していた通り師匠を拾ったのが十月の半ばで、細かい日付は師匠も覚えていなかった。

 

 年代に関して話を聞いた私は、てっきり原作開始十年前の千九百九十年だと思い込んでしまった。

 修行を終えて街に出るまでの自分で決めた時間十年と、原作が開始するまでの残り時間が、シンクロしたように一緒だったので、転生者特有のご都合主義が仕事をしたのだと勝手に考えてしまったのだ。

 

 私はこの時、森を出たら九十九年のハンター試験を主人公達主要キャラと一緒に受けて、友好関係を築くか、出来るだけ近づかないようにするか、はるか先の事だとも気付かずに無意味に頭を悩ませていた。

 私が本当の年代を知るのは森を出てから先。今からもう少し後の事になる。

 

 

 段々と早くなる冬の日暮れと共に、師匠は暖かい拠点へと戻る。

 

 「ありがとうございました!」

 

 師匠の命令で言葉遣いは元のままだが、挨拶くらいはする。

 

 師匠が居なくなれば、自主練の開始だ。

 

 最近の流れは先ず『円歩』、頭で記憶するだけではなく、やっと身体に覚え込ませる事ができて、師匠の指導もほぼ無くなった。

 ここで緩みが出てはいけない。前世の新入社員も慣れた頃にミスをしていた。

 

 

 身体が()れて来たのか、『円歩』を繰り返す内に、師匠の言う『沈力』なるものが、うっすらと感覚的に分かってくる。

 

 恐らくだが、『沈力』とは云わば動かない為の力、止まる力の事なのではないかと思う。

 

 どんなに細かく動いていても、動いている以上力の掛かり方は一方向だ。

 ボールに二つの回転を同時に掛けられないように、運動している物体に掛かる力は一定方向にしか向かず、掛ける力も一方向に集約され、極論すれば一つで済む。しかし、止まろうとするとこれが反転する。

 

 本来、常時絶え間なく細かく動いてバランスを取っている人体を、常軌に逆らって静止させ続けようとすると、ありとあらゆる方向からの力全てに対して抗い、耐えなければならない。行うとなると此れは、想像以上の難事になる。

 

 それに、何の意味が有るのかと思うだろう。私も思った。

 だがしかし、この『沈力』が身に着いてくると、色々な事が劇的にしかも連鎖的に変わってくる。

 

 先ず止まる事が出来るようになると、身体に軸が出来る。

 軸が出来ると動きが滑らかになって無駄が無くなる。

 無駄が無くなると速度と威力が上昇する。

 速度と威力が上昇すると、『円歩』の理解が進み、自分の『沈力』に不足を感じるようになる。

 また『沈力』を鍛える。その繰り返しが徐々に加速して行く。

 

 また、止まる事が出来るようになると当然、自分の重心を強く意識するようになる。

 自分の重心が解るようになると、四肢と丹田の力の流れを感じ、重心がより細かく解るようになる。

 自分の重心が細かく解るようになると、他者の重心も解るようになる。

 他者の重心が解るようになると、動きの予測が出来るようになる。

 動きの予測が出来るようになると『聞手』の理解が進み、此方もどんどん精度が増してゆく。

 

 

 普通に運動していたら、ほとんど使われない様な筋肉、為されない動き、呼吸、そしてそれらの連係。

 

 会社の後輩が、ダイエットのためにダンスを習い出した時の愚痴とよく似ている。

 

 彼女は終始、筋肉痛でヒーヒー言っていたが、武術はちょっと舞踊と重なる所があるのかもしれない。

 

 すれ違っただけで通報されそうな人相なのに、『円歩』を行う師匠の動きは、舞のように美しい。

 

 その滑らかで淀みない様子をイメージしながらトレースする。以前より遥かに師匠の動きに近いが、完璧ではない。完全に集中して繰り返していると、すっ、と何か正しい動きに填まったような感覚を得る瞬間がある。身体が『型』の動きを掴んだのだ。此れがあると結構うれしい。忘れないよう同じ所をもう一度。

 

 段々と、円掌拳を使う為の身体になって行く。

 

 

 




 剄の中国語読みが、チンと聞こえるらしい。

 沈の意味は捏造。


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 26、獣

   26、獣

 

 師匠が帰った後の居残り修行。

 

 『円歩』を充分に行い、次は『聞手』。

 

 しかし、『聞手』をするには手の読み合いをする相手が必要だ。

 其処で、登場するのが『右目(ライブラ)』の持つ≪魔眼≫による幻覚能力。

 

 最初、鏡が無いので水鏡越しにと思ったが、今の≪魔眼≫では水鏡越しの視線では幻覚を掛けられなかった。

 此れは眼球を抉り出さなくては駄目かもしれない。視神経が繋がってればギリ行けるか?と頭おかしい考えになりそうになったが、念獣達から修正が入った。

 

 :そのまま行ける。らしい。

 

 そういう風に能力開発をしたのではなく、墓の下にいた頃から出来たらしい。

 

 そう言えば、念獣達が≪魔眼≫で自主練したり、私のストレス解消のために利用したりしていた。

 

 なんか、ヤバイ思い出として封印されていて、思い出すのに心理的抵抗があった。

 

 

 目を閉じて意識内の≪魔眼≫が造り出した幻覚の中に入り、そちら側で目を開ける。

 最初にやった時は幻覚の空間イメージを設定するのに時間が掛かったが、今は慣れたものだ。

 ワイヤーフレームの小部屋から始まって色々試した末、今は修行場をそのまま再現している。

 

 幻覚の中の設定は、たまに弄るが大体昼間。

 相手は師匠の時が多い。後はバラバラだ。

 前世の知り合いの時も有れば、テレビで見た有名人の時もある。

 ハンターハンター原作のキャラやフィクションのキャラは、私の想像力不足か、なんかアニメっぽくてリアリティーが足りない。これも要修行。

 

 『聞手』の修行自体は念獣達が張り切って、相手を務めてくれる。

 かなり集中して気合いを入れても、ほとんど勝てない。多分、複数体が連携しているのだ。ちょっとズルいと思う。

 

 今は円掌拳の動きの読み合いに限定して使っている。慣れれば他にも色々出来そうだ。

 

 自主練の成果か、最近『聞手』でも師匠といい勝負が出来るようになってきた。

 

 修行も、もうじき次の段階に入るだろう。

 

 

 

 

 一月、暦の上では新年でも、ここでの生活にはあまり関係がない。

 

 ただ、山岳地帯で標高が高いせいか平地より風が強く、吹雪の影響を受けやすい。

 そのため、明かり取りの為に開口部が広く、風の吹き込みがひどい修行場の奥に、小中学校等によく有る二十五メートルプールよりやや小さい広さの洞窟を、新たに掘り出した。天井はドーム状で高さは三メートルから六メートルほど。

 作業自体“周“の修行の一貫なのでどうと言うことはなく、≪把握≫で調べながら掘ったので崩落の危険も無い。

 外光は入らないので外部まで続く煙突付きの掘り抜きの暖炉擬きを設置し、換気孔と篝火用台座も壁際に装飾風に幾つか配置した。

 薪は夏から森で大量に集めていたし灯火の燃料になる獣脂も大量にストックしてある。

 灯りには向かないが、実は炭もけっこうな量焼いてある。

 鍛冶をしようと用意したのに残念ながら鉱石が見つからなかったのだ。

 

 武道場風に、入ったら正面に見える部屋の向こう側に、一段高い座敷っぽい師匠の居場所を造って毛皮を敷いた。今のところ段差に座る位しか利用していない。

 奥に、それっぽい掛軸かなんかを吊るせば格好いいのだが、無いので毛筆風にでっかく『武』の文字を彫り込んでみた。

 

 実は(ひそ)かにお気に入り。

 

 色々運び込めるように入り口通路は縦横二メートル。

 扉代りの毛皮数枚で入り口を塞ぎ、吹雪の侵入を防ぐと、薄暗いが中々快適な修行場になった。

 

 別に吹雪こうが寒かろうが修行に問題は無いのだが、師匠の病の事がある。あまり負担はかけたくない。

 本当の事を言うと意固地になりそうなので、師匠には、風がうるさくて指示の声が聞き取りづらい為だ。と、言ってある。

 

 

 『円歩』『聞手』を順調にこなし、修行は次の段階に入る。

 型を覚え円掌拳の基礎を学び、気配を読んで戦いの機微を掴む。

 

 動きと読みを得て、次は実践。

 

 師匠との模擬戦(スパーリング)だ。

 

 円掌拳では『揺武(ようぶ)』と言う。

 意味は、揺り篭の中で武を養う。

 

 

 薄暗い灯火の光の中で、最初は静かに『揺武』が始まった。

 

 互いに段々と『揺武』の呼吸、()()()()()()()()()()()が解って来ると、徐々に激しい攻防に変わって行く。

 

 互角の攻防のように見えるが、動いているのは私一人で、師匠の立ち位置は最初から殆ど変わらない。

 

 空気をかき乱すその余波で灯火が震え、二人の影も揺れる。

 

 

 クッソ手強い。

 

 知ってるつもりだったが、まだ私の武術は付け焼き刃なのだろう。そこそこ戦えるつもりでいたのに念無しだと相手にもならない。

 

 リミッターが掛かっているとは言え、私の方が身体能力が高く、それもかなりの開きが有る筈なのに、良いように打たれ、ぽんぽんと投げ飛ばされる。

 

 フィジカルが強いだけの素人と、武術の達人の手合わせなのだから、こうなるのはある意味当然なのだが、納得というか理解し難い。

 

 何度も技をくらいながら、繰り出される技の効果や意味を、少しづつ身に刻むように教え込まれる。

 

 「『落葉(らくよう)』の(さば)きで避け、『風花(かざはな)』の(おく)りで(はな)つ」

 

 以前より遥かに無駄なく速い筈の攻勢が、ふわりとかわされ、気がつくと身体が宙に舞っている。

 

 「『流水(りゅうすい)』で流し、『細波(さざなみ)』で返す」

 

 こちらが打ち込んだ掌打が、ピタリと添えられた掌や腕で受け流され、気がつくと既にカウンターを打たれている。

 

 「『雪音(ゆきね)』で静め、『木霊(こだま)』で戻す」

 

 胴に打ち込んだ掌打の打撃が、当たった瞬間真綿のごとく吸収され、師匠がくるりと身を捻ったと思ったら、軽く私の腹が打たれる。軽い打撃なのに衝撃が腹筋を貫通し、直接内臓にダメージを食らう。

 

 「『天道(てんどう)』は衆寡(しゅうか)に揺るがず、『陽炎(かげろう)』は去りて一握を残す」

 

 距離を取って間合いを外そうとするが、謎の歩法で所々姿が現れては消え、縮地のように気が付くと踏み込まれている。

 ピタリと身体が寄せられて、これアカンやつだ、と此方が反応する前に、接触した肩から衝撃が発せられ、弾き飛ばされた。

 

 爆薬のような超近接打撃よりも、その前の歩法の踏み込みがヤバイ、気がついたら入り込まれていた。

 

 強い。

 

 なんと言うか、濃く、濃厚に強い。

 

 それが、たまらなく嬉しく楽しい。

 

 

 私が、あまりに頑丈なので、師匠は最初の内していた手加減を段々止めてしまい、腹に打ち込まれた掌打など、普通の人なら生死に関わるレベルの攻撃だった。

 

 『天道』と『陽炎』は、原作に出て来た暗殺者の歩法『肢曲』のような、この世界独特のとんでも技。現実で再現は不可能だろう。

 最後の『陽炎』だけ、凄まじい見切りと奇妙な歩法で此方の間合いをすり抜けながら軽くぽんぽんと関節や筋肉を打たれるのだが、意味が解らず手を止めて聞いてみた。

 

 すると、門派で『握技(あくぎ)』とか『軽打(けいだ)』と呼ばれる技術だと言う。

 

 嫌そうな師匠から聞き出した処によると、所謂『点穴(てんけつ)』とか『秘孔(ひこう)』とか言われる、身体の自由を奪うツボを正確に刺激する技だった。

 本来なら、打たれた瞬間に腕や脚が痺れたり、激痛で動けなくなったりする筈なのに私が何ともないので、まるで師匠が失敗したように見えるのが、気に入らないらしい。

 

 実際は、瞬時に念獣達が不都合を遮断したのだが、師匠には「そういう体質だ」と言い張った。胴体部分なら多少は効いただろう。

 

 「・・・『天道』と『陽炎』は本来遁法(とんほう)だ。

 大事なのは歩法と見切りの技量で、肩での『震撃(しんげき)』や『握技』なんざ余技だ、長くやりゃその内出来るようになる」

 

 いや、教えて下さい。ぜひ。

 

 効果が無かった事で、()()端折(はしょ)ろうとした師匠を拝み倒してなんとか教えてもらう。

 

 拳法で『秘孔』は、ロマンで鉄板でしょう。

 

 

 円掌拳の型と対になるその用法、全部で八種類有り、名を『八法』と言う。

 奥義となる攻防の技が三つづつ六種と更に二つ。最後の二種は遁法、つまり乱戦や包囲戦で逃げるため、立ち回りの為の技だ。

 遁法と言っても、模擬戦でやられたように攻撃に使えば、恐ろしい威力になる。充分な力があれば、多勢相手の戦いも可能だろう。元々は其れを想定していた節もある。

 いくつか細かい違いが有って、奥深い。

 

 やっと教えてくれた体幹に響く掌打を『震打(しんだ)』、もしくは『震撃(しんげき)』と言う。『木霊』は隠し名。

 

 秘奥義みたいなのも有るのかと聞いたら、最後の二つがそうだった。

 

 普通の門弟は最初の四つ『四方』。

 

 合気道と古武術の合わさったような動きで、投げ技に当て身技、(こぶし)は無いが掌底、肘打、腿法(蹴り)、体当りと色々有る。守り方、当て方を学ぶ闘いの基礎。

 

 弟子は六つ『六門』、

 

 『四方』に加えて、より危険で難しい『震』の技を学ぶ。所謂浸透勁とか発勁とか言う内部破壊系の技と理。

 

 奥弟子だけが最後の二つ『天道』と『陽炎』を秘伝授受され、『八法』全てを教わるのだそうだ。

 誰かに教えるときは相手を良く選べ、と言われた。

 

 何故私に『八法』全てを伝授するのかは教えてもらえなかった。

 

 

 初日の『揺武』は、二時間ほど私がぼこぼこにされて終わった。

 

 一度も反撃を当てる事が出来なかった為、さして疲れた様子もなく、いつもと同じように拠点に帰って行く師匠の背中が、ちょっと悔しい。

 

 

 師匠が帰ったら恒例の自主練、先ずは基本の『円歩』からだ。

 

 集中しようとするが、頭の中では初めて実践的に運用された円掌拳について考えてしまう。

 

 技が多彩で所々よく解らない部分もあった。

 だが、全て覚えている。

 

 『聞手』の訓練の後で、念獣達と検証だ。

 『聞手』の時もそうだったが、私が感じ取れなかった事も彼らは全部記憶してくれていて、何度も繰り返して見せてくれる。その過程で、私が何度も幻覚の中でボロクソにやられるのは、もはや恒例で如何ともしがたいが。

 

 

 

 修行に『揺武』を加えてから一ヶ月ほどが経った。

 五日目に、やっと私が攻撃を当てる事が出来たら、師匠に『廻』(オーラ)で防がれた。

 

 や、流石にそれは無いだろうとジト目で見つめたら、

 「お前みたいな体力バカの攻撃を、生身で受けられるか!」

 と逆ギレされた。

 

 それ以降互いに『廻』(念)を使用しながらの修行になった。実質“流“の修行を兼ねる事になり、とても助かる。

 

 師匠のオーラ総量の問題が有るので、私が攻撃を当てられるようになってからも、私が込めるオーラは最低限、もしくは無くしている。

 それでも師匠のオーラが減って来たら、一旦『揺武』を休み、休んでいる間に個々の技を細かく教わる。

 

 「・・・お前のオーラ(プラナ)の量はおかしい、どうなってるんだ?」

 

 としみじみ言われたので、“練“の成果だと胸を張った。

 私のオーラ量は普通だ。と思う。

 

 

 「・・・・・」ん?

 

 

 修行は順調で、寒さと雪は段々と安定してきた。 猛烈に寒いのは変わらないが、たまの吹雪以外はそんなものだと此方が慣れてしまったのだ。

 

 去年と同じなら、春の雪解けは四月の後半頃、まだ暫くかかる。

 

 ここ数日、狩りで森に入ると何かの気配を感じる。

 何となく相手を感じるだけだが、向こうが私を気にしているのが感じとれる。

 敵対的ではない、しかし気になる。

 捜せば見付けられそうだが、似たような気配に心当たりが有ったので静観することにした。

 

 二日後の夜、私が拠点に帰って眠りについた頃、動きが有った。

 拠点にある居間の寝床からむくりと半身を起こし暫く待つ、やっと姿をあらわしたが拠点には近づいて来ない。来ないならいいやと、近所をうろつくのを放置してそのまま再び眠りに就いた。

 

 

 翌朝、いつものように日の出前に起き、顔を洗って午前の修練をするために修行場へ向かう。

 

 既に習慣となった念の基礎修練をするのは、新しく掘った武道場の方ではなく、既に屋根が有るだけで吹きっさらしと変わらない位寒くなった、以前から使っている修行場(虎の穴)の方だ。

 しかし、今日はちょっと問題が有って、修練前に修行場奥の自分が掘った通路を中へと進む。

 

 暖炉も灯火も消えて光源は無いが、暗視が出来るので関係ない。

 武道場に入ると見回す必要も無いほど明確に、一点が昨日と違っている。

 

 「・・・はぁ」

 

 私はため息をついて状況を受入れ、武道場から出て、朝の念の基礎修練をいつものように始めた。

 

 昼になって、師匠と一緒に食事をしたが変事については話さず、片付けを終えて明かりと暖炉の為に先に武道場へと戻ってきた。

 

 「もうじき師匠が来るが、おとなしくしてろよ」

 

 私が、明かりの準備をしながら話しかけると、今朝から増えた住人が、パタリと尻尾を振った。

 

 色々我慢しながらいつものように型の反復をして師匠を待つ。

 

 ほどなく、いつもと変わらぬムッツリと不機嫌そうな師匠が入ってきて、毛皮を敷いた奥の小上がりにいる闖入者を見付け、ピタリと固まった。

 

 「!」

 

 「よろしくお願いします!」

 

 私は、何事もないように装いながら、元気よく挨拶をして、必死で笑いを堪えていた。

 

 「!・・・・・」

 

 私の挨拶に、びくっとした師匠は、また不機嫌そうないつもの顔に戻り、クイクイっと手を動かして私を呼んだ。

 

 「・・・何でここに『霊獣』がいる!」

 

 来客を刺激しないためか、器用に小声で怒られた。

 

 「『霊獣』?」

 

 『霊獣』がなんだか解らないが、私が密かに床間(とこのま)と呼んでいる、『武』の彫り込みの有る武道場の小上がりには、身体を小さく丸めても四畳半ほどの広さ一杯になるほど巨大な狐が、やや緊張した眼差しで此方を見ている。

 サクサクコロッケ色(きつね色)の暖かそうな冬毛は足先が黒、身体の下側と尻尾の先は純白で、勿論もっふもっふだ。

 

 もう一度言う、もっふもっふなのだ。

 

 『霊獣』と呼ばれているかどうかはともかく、この手の巨大化生物には覚えがある。

 

 前回の冬に森にやって来た頃から気配だけは感じていたが、姿を確認したのは『山猫先生』に隠形を習ってからだ。

 

 明らかに並の生き物じゃないし、シシ〇ミ様的な森の守り神か何かだとまずいと思って、狩れそうだったが、敵対する迄はと保留にしていた。

 地底湖にいた巨大な亀と同じように、何か人間とは形の違う知性を感じたのも理由に有る。

 

 ずっと近づいて来なかったのに、何でここに来たのかは不明。この辺りで見た事のある巨大種は、狼や蛇、派手な火食鳥だけだったのに、何故見かけない狐種が居るのか、実は私にもさっぱりわけが解らなかった。

 

 

 

 




 古のカンフー映画風


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 27、霊獣

   27、霊獣

 

 「知らんのか?『霊獣』は、森や荒野なんかの奥深くに棲む自然の神霊の眷族だ、人が出会うことは滅多に無いが、導きを与える事も有れば、滅びをもたらす事もある、神話にもよく出てくるだろう!」

 

 師匠が、珍しく興奮して長文をしゃべっている。

 正直、私はもう見慣れているので驚きはあまり無い。神霊がどうとか言うのは眉唾だと思うが、その存在の在り方からして、世界のシステム的に何か必要な役割が有るのではないかと考えている。

 

 「失礼なことすると、何かバチとか当てられたりするとか?」

 

 思ったより師匠がマジなので、扱いを決める前に聞いてみる。

 

 「・・・止めておけ、聞いた話だが『霊獣』の現れる古くからの森を切り開いて作った村は、暫く経つと大概滅んでいる」

 

 「村ごと?」

 

 結構やらかしているらしい。あの体格だ、普通の人間じゃどうにもならないだろう。

 念能力者なら、渡り合えそうだけど、中には変な能力持ってるのも居そうだよなぁ。相当に利益がないと、割りに合わないか。

 

 「なんでも身体中から髑髏模様の茸が生えたり、腹を喰い破って中からでかい虫が生まれたりして、地獄絵図だったそうだ」

 

 師匠が言ってて想像したのか、気持ち悪そうにブルりと身体を震わした。

 

 ・・・あぁ、それ何か知ってる。

 

 こないだ迄住んでた所に、結構普通に居た奴らだ。

 そうか、あいつら地獄レベルの案件なのか。黙っとこ。

 

 

 「・・・・」

 

 師匠が、こっちを見て顎で狐を示す。

 

 「・・・・ん?」

 

 意図が解らず、私は小首を傾げた。

 

 「・・・何でこんな処にいらっしゃったのか、尋ねてこい」

 

 師匠が、無茶なことを言い出した。

 

 「はい?」

 

 私は、毛皮にするのは可哀想だし、ちょっともふらせてくれたら置いてやってもいいかな。位にしか考えて居なかった。

 狐だし、他から流れてきたが、この辺りの巨獣界隈でハブられて、カラスに追われて燕が民家に巣造りするように、家に入り込んだのだろうと、近所の野良猫程度に捉えていた。

 

 あとなんか、師匠の中で私は動物と話が出来る事になっているらしい。

 巨獣は、サイズに反して気配が微少なので、師匠を驚かせようと存在を黙っていたのが、通じあっているように見えたのか?

 全然知らん獣なんだが。

 

 「いや、動物と話せるわけ無いじゃん!」

 

 私は、(もっと)もな事を言った。

 

 「前に笛吹きながら鳥と話しとっただろうが!・・・こう、青くなった目で」

 

 師匠は、自分の右目を指で示しながら、大分前の私のやらかしを持ち出して指摘した。

 笛の演奏自体は暇を見つけて練習がてら吹いていたので、特別な事ではなくなっている。

 

 『蒼緋眼』の事を持ち出すときは、真剣に私の鳶色の瞳を見つめていた。いや、顔が怖いから止めて欲しい。

 

 「あぁ!」

 

 金色カケスのミューズさんにやってたやつか。貯食するカケスは渡りをしないので、ミューズさんは今も時々音楽を聴きにやって来る。

 さすがに話は出来ないが、確かにあれなら『蒼緋眼』いや、≪魔眼≫の幻術の副次効果で相手の思考を読み取れる。

 

 「なるほど、さすが師匠」

 

 ポン、と手を打った私は、未だ緊張を解かず此方を気にする巨大な狐に躊躇なく近づき、『右目(ライブラ)』を青色に変え≪魔眼≫を発動させた。

 

 狐の意識の表層に有ったのは、強い緊張。その下により強い焦燥と不安。私達、と言うより私に対する恐怖と妙な信頼。

 

 様々なものが混沌としているが、状況は把握した。

 

 「あぁー・・・なんか、春まで此所に住むつもり・・・みたい?」

 

 

 印象だけだが、何故か狐は自分が此所に居ることが正しいと確信していた。

 

 何かに追われて方々彷徨いていたのが、安全な隠れ場所を求める必要が出来て、散々探し回って本能の導きで私を見つけ、ようやく此所にたどり着いたらしい。

 

 ほぼ、何言ってるのか解らんが、簡単に言うと、『引きこもり希望の狐が来た』だ。

 

 此処に居れば問題が解決するらしい。少なくとも狐はそう信じている。どうも、プロセスを飛ばして結論に辿り着く直感力が有るようだ。

 

 それとも巨獣種が持つ念能力か、もしくはもっとアレな霊的な謎の力か・・・。

 

 予知能力ぐらいなら私も持ってるし、あんな常識はずれの理不尽な生き物なら、何でもアリだろう。

 

 「・・・そうか」

 

 師匠は、狐を見ながら何か考えているようだった。

 狐の件にけりが着いたと判断して、私が修行を始めようと促すと、最初ぎょっとしたが、もう一度狐を見て此方を見、どちらも気にして無いのを確認すると渋々修行を開始した。

 

 最近は、私が対応する度に戦闘スタイルを変えて翻弄してくる。

 戦闘経験の少ない私にはありがたいが、細かい初見殺しが多く、どんだけ引き出しがあるんだ、と驚くばかりだ。

 

 

 滞在するのは良いが排泄は中でするな、と威圧込みで言い聞かせ、翌日。

 

 交換にもふらして貰おうと、狩った獲物の鹿を担いで武道場に入り、食事中柔らかで温かい毛皮を撫でさせて貰う。

 

 「おぉ、なるほど・・・」

 

 もう一度≪魔眼≫も使い、色々判明して有意義だった。

 

 狐は、何か怖いものに追われていたらしい。

 

 ・・・巨大な狐を襲う、いや襲える生き物って何?

 

 巨大な狼とか、熊とかか?

 

 でも、師匠の話じゃ『霊獣』同士は争う事は無いらしい。

 私の印象でも、彼らは縄張りを構えた隣人同士ってかんじだった。何か、基本的に理性的なんだよな。獣なのに。

 

 それとも、他所から来た全く関係ない怪物(モンスター)か?

 

 巨獣の中で狐だけが狙われるのは、おかしいのではないか?と感じて、もしかしたら人由来かしらと飯時に師匠に『霊獣』を狙う奴が居るのか聞いてみた。

 

 案の定『霊獣』の毛皮は、一種の秘宝扱いになっていて、倒して得られれば富と名声が一度に手に入る、ハンター垂涎の獲物だそうだ。

 それ故に悲劇的な話も付き物で、死に目に()って善行によって譲られる以外の入手法だと、大抵破滅の末路になって終わる。

 

 それでも欲しがる者は多く、況してや相手は毛並み抜群の狐種。高値が付くのは疑いようがない。追ってるのが欲に駆られた人間なら、いくらでも可能性は在るそうだ。

 

 確かにあのサイズなら、一匹分で最高級のコートが何着も作れる。

 

 毛皮か・・・・・

 

 知らん奴ならどうでも良いが、もうモフモフさせてもらったからなぁ。

 有る意味私の種族的トラウマにも触れる嫌な話だ。

 

 コートはちょっと惜しいが。

 

 

 「良く解らんが、此処なら安全だと知っとるのだろう、狐の『霊獣』には女を孕ませた何て昔話も有る。あまり関わらん方がいいぞ」

 

 師匠は積極的に関わらず、(けい)して遠ざける方が良いと考えているようだ。

 

 「いや、誰かを孕ませる心配は無いよ、あの狐()だし」

 

 「・・・そうなのか?」

 

 ちょっと安心したようだ。

 

 「てゆうか、あの狐自体今妊娠中だから」

 

 ≪把握≫で心音の数を確認したので間違いない。

 

 「なに!」

 

 随分驚いている。無理もない。

 

 きっと師匠も、私同様もうすぐモフモフの可愛い仔狐が見られるかも知れないと想像(ワクワク)したのだろう。

 

 「狐の妊娠期間は二ヶ月も無かった筈だけど、あのサイズだとどうなんだろう」

 私の記憶によると、哺乳類は出産時のサイズが大きいほど妊娠期間が伸びる。

 いや、春までという期限付きの滞在だ、それまでに産まれて、移動できるようになると考えるべきか。

 

 

 一応話はしたが、師匠は追っ手の事は『霊獣』界隈の別世界の話で、狐が片付けるものだと思い込んでいた。しかし私は、それに巻き込まれるのではないかと思っている。

 多分狐は、そのために来たのだろう。逃げるだけなら問題ないが、妊娠と出産と育児のトリプルコンボで出来る隙を突かれるのを懸念し、安全地帯を探して私を見つけたのだ。

 

 チッ、めんどくせえ!モフモフでさえ、モフモフでさえなければ放り出すのに!

 

 ・・・もしかして、そこを野生の勘で見抜かれたのか?クソ!さすが狐、汚い。

 

 まあいい、相手が毛皮目当てのハンターならボコってお帰り願おう。ダメなら殺そう。勝てなきゃ逃げるだけだ。

 

 通常営業。

 

 

 

 たまに狐にも獲物を運びながら、奇妙な共同生活はそのまま続いた。

 狐が来て一ヶ月が経ち、三月、暦の上では春になったが外は雪景色のままだ。

 やはりこの辺りが雪融けの季節を迎えるのはもう少し後、去年と同じなら四月の後半、まだ一月以上を待たなくてはならない。

 

 私にとっては特に問題ないが、そろそろ師匠の残り時間がヤバくなってきた。

 数日前から動きに精彩を欠くようになって、私の『揺武』の相手が出来なくなった。

 

 今も武道場迄来たが、奥の小上がりに巨大狐と一緒に座り、身体を取り巻く尻尾を無意識に撫でながら私の『円歩』を見守っている。

 最初は距離を置こうとしていたのに、狐と師匠は段々と打ち解けて、いつの間にか仲良しになっていた。

 狐も、私相手だと今も緊張するのに、師匠には気を許している。

 

 所謂、良い警官と悪い警官みたいな感じになったのだと思う。

 三者の関係の中で、狐は、念能力をほぼ隠蔽していても野生の勘で私の力を感じ取り恐れていた。

 師匠は狐を脅かす程の力は持たず、しかも何故か私が配慮する相手。

 したがって、恐い私より『霊獣』として一応の敬意を払っていた師匠に、より精神的に依存するようになる。

 師匠は師匠で『霊獣(モフモフ)』になつかれて悪い気はしない(当然)。

 

 今では、一日のほとんどを此所で狐と過ごしている。

 人生の終わりが近い師匠と不思議な狐は、どこか通じあう物が有るらしい。半分あっちの世界に足突っ込んでるところが似てるからだろうか。

 

 「・・・なんとか間に合ったな」

 

 師匠が、ポツリと言った。

 

 何か、話し掛けられたのかと思い視線を向けると、修行中見たこともない程リラックスした気配の師匠が、ホッとした表情で此方を見ていた。

 

 「・・・師匠?」

 

 『円歩』を終え、いぶかしげに見返すと、ちょいちょいと手招きされた。

 

 「修行は終いだ、俺の持ってる技は全て教えた。

 本来なら最後の試練として上位者が手合わせをするんだが、もう俺の身体が利かん、この場で弟子は卒業だな・・・後は自分で工夫してしっかりやれ」

 

 師匠は、何処か眩しそうに私を見て、教授の終わりを伝えた。

 

 「・・・師匠?」

 

 突然の、呆気ない幕切れに驚く。

 

 「もう弟子じゃねえだろ、呼び方を戻せ」

 

 師匠は、何時ものふてぶてしい態度で凶相を歪め、ニヤリと笑った。

 

 

 「・・・いや師匠、まだ杖術を教わってない」

 

 私は、冷静に突っ込みを入れた。

 

 「んっ・・・あぁ?そうだったか?だが、ありゃ円掌拳とは関係ない棒術と剣術の応用だ、何処でも学べる、お前ならすぐ使えるようになるさ」

 

 師匠は気にした風もなく手を振って流し、話を続けた。

 

「それに、別に杖術に拘らなくても剣か槍の方がハッタリが利くぞ、俺はこの面だから得物を持ってるとスジもんや警邏が煩くてな」

 

 ペチペチと自分の顔を叩いて新事実をこぼし、再度「だからもう師匠は(しま)いだ」とさっぱりした顔で言い切った。

 

 「・・・ちぇっ、爺さんの杖術、かっこ良かったから教えて貰おうと思ったのに」

 

 「・・・すまんな」

 

 「いいよ、もう勝手に真似するから・・・」

 

 私は、一つ大きくため息をつくと、威儀を正した。

 

 右の拳を左手で包み拱手(きょうしゅ)し、師匠に翳して深く頭を下げる。

 

 「ありがとうございました!」

 

 師匠は軽く頷いただけだった。

 

 

 一杯やるべきだし、そういう気分だが、今は未成年だし酒もない。

 爺さんの前で杖術の修行をして指導してもらうか、修行が終わった祝いに笛でも吹くか、どうするか私が悩んでいると、遠くに嫌な気配を感じた。

 

 「せっかく良い気分だったのに・・・」

 

 此方を見つけたらしく、気配が結構なスピードで近づいて来る。

 

 私の次に狐が気付き、背中の毛を逆立てて立ち上がった。

 爺さんも異変に気がついたようで、出入り口を睨み付けている。

 

 「・・・どうやら『(ごう)』ってヤツの使い手みたいだ、纏う気配が尋常な生きものじゃない、こりゃさすがに『霊獣』も逃げ出すわ」

 

 禍々(まがまが)しい膨大なオーラ。少なくとも、素の私を殺せるだけの能力は有りそうだ。

 

 私は、相手の強さの把握に努めながら、修行前なら危険だったけど今の私なら勝てるかな?とぼんやり考えていた。

 

 

 

 




 狐は仲間になりません


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 28、強敵

   28、強敵

 

 狐を宥めて武道場に残し、師匠、いや爺さんと二人で修行場まで出てきた。

 

 良く晴れて風もない、時間は午後を少し過ぎた頃。毎朝雪かきしている修行場は天井が高く、小春日和の陽射しが入って気温は低いがとても明るい。

 

 更に入り口迄出ると、前に有るのは雪に覆われた狭い谷と、なだらかな斜面を埋める森。後は、目立たないように岩を切り開いた拠点への道だけだ。

 

 岩山を抉る谷は、修行場を掘った辺りで大きく曲がっていて、下に降りなければ上からは修行場は見つけられない。

 

 どうやら相手は遠く山あいの谷底を辿り、まっすぐ此方に向かって登って来ているらしい。

 

 かなり興奮しているのか、時折獣のような叫び声と破壊音が響き、遠くの梢が倒れるのが見える。

 

 「・・・元気だな」

 

 冷静なハンタータイプだと面倒だと思っていたので、あからさまな脳筋ぶりに、ちょっとホッコリして言葉が漏れた。

 

 爺さんが驚いて此方を見る。

 

 心なしか顔も青いし、寒いのに冷や汗もかいている。禍々しいオーラに、ちょっと当てられたか?

 

 「あー、体調が悪いなら中で待っててもいいけど」

 

 「・・・・ふん」

 

 私の落ち着きっぷりを見て馬鹿馬鹿しくなったのか、一つため息をつき、爺さんに何時ものふてぶてしさが戻った。

 

 意図して≪天眼≫を発動させ、予知によって敵の姿と戦闘スタイルを確認する。

 戦闘中は瞬間的にイメージだけ伝えて来るが、余裕があれば先に見ておく事も可能だ。

 

 予知の効果が及ぶのは今のところ数分先まで。確実性が低い細かい事象は映像がボヤけて見えないが、変動しない断片なら見通す事が出来る。

 勿論その間『右目(ライブラ)』の視界は潤んで滲む。

 

 「・・・なんだこいつ」

 

 ≪天眼≫の視界には、妙なものが映っていた。

 

 「なあ・・・じん・・・いや、犬か狼を使う『才』(念)持ちのハンターって、聞いたことある?」

 

 正体を探るため、業界に詳しそうな爺さんにヒントをもらう。

 

 「・・・ギースって名のヤツならいくらか噂を聞いた、魔物みたいなでかい狼とトラップを使う能力使いだって話だ」

 

 「評判は?」

 

 「最低だな、獲物は稀少な生き物専門で、依頼があれば人が飼ってるペットだろうが、どっかの部族の守り神だろうがお構いなし、証拠は残さないが、かなり殺しもやってるだろう・・・使うのは『才』じゃなくて『業』の方だ・・・しかし、あそこまで化物じみたヤツじゃ無かったはずだが・・・」

 

 段々と近づいてくる不快なオーラに、爺さんもちょっと引き気味だ。

 

 「・・・なるほど」

 

 状況と爺さんの話から、相手の正体に漠然と当たりをつける。思い込みは危険なので、予測はフワッとしたものだ。

 後は、対峙すれば自ずと解る事である。

 

 「・・・爺さん」

 

 「何だ」

 

 「結構強そうだし良い機会だから、あいつを円掌拳修行の最後の試練って事にしよう」

 

 ちょっとワクワクしている私を、爺さんはコイツ正気か?みたいな目で見た。

 オーラの少ない爺さんでは、能力者としてのパワーや耐久力に差が在りすぎて、正直戦いにも成らないだろうから仕方がない。

 

 「・・・やれるなら、やってみろ」

 

 呆れた様子で小さく首を振り、何か諦めたように認めた。

 

 とりあえず、爺さんを戦いに参加させないための建前が成ったので、いよいよ近づく相手に合わせて前に出る。

 

 張りつめた緊張感の中、補食獣(プレデター)が狩りを始めるように、気配は近づく毎に徐々に静かになっていった。恐れた森の生き物達も息を潜めている。

 

 やがて斜面の森から音もなくするりと出てきたのは、見たままを言えば、身長三メートル程の直立した狼。

 

 まごうことなき『獣人』だった。

 

 (いや、オマエ出る作品間違ってないか。)

 

 

 纏っているのは『死者の念』だ。

 

 気配でそうじゃないかと思っていたが、直接目で見て確信した。

 

 以前、墓の下で目覚めた時に口の中にあった小さな黒い卵とよく似た闇深いオーラを感じる。

 

 印象は黒。他の感情が塗り潰されたような濃密な黒いオーラ。人の身体に狼の頭、長く延びた鋭い爪と白い牙。

 

 割と全体のバランスはとれている。

 

 やや前傾姿勢の身体は鎧のような灰色の剛毛に覆われ、ゴリラのように筋肉質で発達した上半身と長く太い手足。

 無感動で虚ろな瞳に、息を荒げた涎まみれな開きっぱなしの口が、内なる狂気と執着を強烈に訴えてくる。

 今にも飛び掛かって来そうなものだが、私の事を警戒し、間をとって目を細めた。

 

 ただの馬鹿な獣の有り様ではない。

 

 死者の念にしても、何か違和感が有る。

 

 

 「最初のうち、ちょっとどんなもんか攻撃を受けてみるから慌てないように」

 

 「なっ!・・・」

 

 爺さんが何か言っていたが、気にしてる余裕は無いから後回し。

 

 今までの相手は、此方がオーラを纏えば攻撃されても命に関わることの無い軽いヤツばかりだった。

 危険は有っても其れは、ただの作業(ワーク)でしかなく戦い(バトル)と呼べるようなものではなかった。

 

 

 最初の死にかけの不揃いな姿から、手に出来る力を死に物狂いで求め続けて来た。

 それを練り上げ、鍛え上げ、例え最強と出会っても命が護れるように、それだけを考えてきた。

 不思議な偶然から、早々に武術を修める事にも成功し、墓の下で立てた強化目標は其の大方を終えた。 

 

 そして今、私は事実上初めて敵と呼べる相手を見つけ、遂に本当(シリアス)に生死が掛かるかもしれない戦いに向き合おうとしている。

 

 

 これまでに培ったあれやこれやで、不思議なほど恐怖や忌避感は無く、沸き立つような期待感だけが増してくる。乾いた心の何処かで何故か其れをとても可笑しく感じてしまう。

 

 ニヤけそうになる口許を引き締め、長く息を吐いて逸る心をわずかに静める。

 

 急がず、なるべく自然な動きを心懸けながら獣人にゆっくりと近づいてゆく。

 

 熱い期待で身体がブルブル震えそうになる。

 

 (なるほど、これが武者震いというヤツか。)

 

 ぎゅっと握った手にちらりと目をやった瞬間に、十五メートルもあった間合いを一瞬で詰め、『獣人』が右手を振り切った。

 

 数瞬前に≪天眼≫の予知で攻撃は分かっていたが避けきれず、なんとか防御した左腕ごと殴り飛ばされ、勢いで斜面の樹木を何本かへし折り、雪溜りにバウンドして一本の大木に逆さに叩きつけられた。

 

 振動で落ちた雪が舞う。

 

 ≪観測≫と≪把握≫で確かめたが相手は動いておらず、追撃は無い。

 

 「・・・裏拳一発。様子見か?案外慎重なんだな」

 

 

 二メートル程の高さから何事もなく≪甲殻≫で雪の斜面上に立って見せるが、“廻“式“流“でオーラを纏っていた筈の左腕が折られている。

 此方の人並み外れた剛力が、オーラ込みでも全く通じない。

 

 信じがたいほどの基礎能力だ。

 

 「・・・押され気味でも飛び出さないように、爺さんに言い含めておいて良かった」

 

 自傷以外で物理的に損傷を受けたのは、これが初めてになる。

 

 驚くよりも感心している間に≪再生≫が発動し、骨が正しい位置に戻り接合され損傷が無くなって痛みも消えて行く。

 

 念獣達の能力も、武術修行を始めた秋口に比べると、又格段に伸びた。

 発動までに時が掛かる二次権能に関しては、今更焦っても無駄なので期待しないでおく。

 

 

 思った通り、相当強いな。

 

 速すぎて、攻撃が全く見えない。

 

 身体に着いた雪を払い、何事もない(てい)で再び『獣人』に近づく。

 

 力に差があっても、怯えは無い。

 

 十メートルを楽に越える踏み込みで『獣人』の姿がいきなり眼前に現れ、再びの迫撃。

 

 私の倍を超える三メートルの長身とリーチ、異常な迄の瞬発力のせいで間合いが長い。

 

 刹那の交錯。

 

 知覚することも出来ない叩きつけるような豪腕の打ち下ろしを、≪天眼≫の予測を頼りに捌いてかわし、間に合わない体捌きを≪添加≫も用いて補い、相手の運動に干渉する。

 

 今度は『獣人』が空高く舞い上がる。

 

 「『落葉』転じて『風花』」

 

 相手の体重は三百キロ近いだろうが、パワーがある分よく飛ぶ。

 

 『獣人』は、空中で体勢を立て直し、谷の岩場へと降り立った。

 

 さて、仕切り直しだ。互いにダメージはなく、簡単な相手ではないと解りあっている。

 

 ふと気がつくと見物人(ギャラリー)が増えていた。

 

 ちょっと離れた谷の上に、巨大な狼が一見リラックスして戦いを鑑賞している。

 森の奥には派手な青い首に喉の赤い肉垂、褐色の大きな兜のような鶏冠(とさか)を生やしているのに何故か気配が薄い火食鳥の巨獣。

 谷の上流側には、大蛇が小蛇に見えるようなモンスター級巨大蛇。

 

 いつもの連中だ。巨狼以外は姿を見せず気配だけだが、戦いの趨勢を気にしているのは間違いない。

 

 「巨大生物が団体でお出ましか・・・」

 

 改めて≪把握≫の能力で比べると、十メートルちょっとの狐は、巨獣の中では然して大型というわけではないらしい。

 

 『獣人』から視線を逸らさず威圧のオーラを全周に軽く放ち、存在に気がついているとアピールしてみる。

 爺さんが気づいてビクッとなったがスルー。

 

 一拍置いて、三体の巨獣から獣的、と言うより天然自然的な深山幽谷の気配漂う山彦のようなオーラが返ってくる。

 オーラに、思念のようなものが乗っていて、謎かけのような()()がこめられていた。

 

 『獣人』は、狐以外の巨獣に気が付いていない・・・

 

 多分、狐の件は偶然で、彼等はやって来た異物に気がついて様子見に来ただけなのだ。

 

 暇なやつらだ。

 

 彼らの期待しているのは、森を荒らし巨獣を殺しうる『獣人』の排除だけだろう。

 

 恐らく、自分達でも対処は可能だろうに、面倒を持ち込みやがって・・・。

 

 森に住むなら森の者の役目を果たせ。

 

 賃貸料を払え。

 

 カエサル(人種)のものはカエサル(人種)にってわけか?

 

 私、大分舐められてるなぁ。

 

 

 (・・・いや今回は、でっかい狐をモフれたし。修行が一段落して、強者と戦うタイミングとしては悪くないか。)

 

 ちょっと相手が強すぎる気もするが。

 

 

 軽々と空に飛ばされていた事に、何が起こったのか理解が及ばないようで、『獣人』は降り積もった雪をものともせずに間を詰め、飛び掛かって来る。

 

 ≪天眼≫の予知に従って(あらかじ)め置いた手が、吸い込まれるように相手に触れ魔法のように『風花』が決まる。

 

 簡単に見えるがそう容易くはない。

 

 蹴りをかわして投げ飛ばし、噛みつきをあしらって転がし、体当たりを捌いて宙へ放り出す。

 薄氷を踏むようなギリギリの難事に、ゴリゴリと精神力が削られる。

 

 しかし、ダメージにはつながらない。

 

 念獣を含む知覚力を総動員して、『獣人』の見えない速さに感覚を追い付かせようと集中力を研ぎ澄ませる。

 

 此方から攻撃は出来ない。

 

 まだとても、そんな余裕は無い。

 

 見えない速さの相手に、ギリギリ持ちこたえながら僅かな隙を窺っていると、埒が明かないと思ったのか、元気に突っ込んで来ていた『獣人』の視線が逸れた。

 

 此方から外れ、修行場の爺さんと、その奥の武道場の狐に向いている。

 

 

 爺さんが、恐い顔に気合いを込めて入り口に立ちふさがり、棍棒を構えた。

 

 

 (こっちを無視とはいい度胸だ。)

 

 「・・・フム」

 

 敵意(ヘイト)管理は壁役(タンク)の基本だし、こいつにはちょっと確認しておきたい事も有る。

 

 

 「・・・ギースはハンターとしては半端もんさ」

 

 そっぽを向いて、ボツりと呟く。

 

 

 『獣人』の顔が、凄い勢いで此方を向いた。

 

 (釣れたー(フィーッシュ)!)

 

 「ああ、そうとも・・・どうやらギースってヤツは、人間を怖がって動物しか相手に出来ないとんでもなく臆病者なハンターらしいぜ」

 

 爺さんの言った情報の当人か、確認のため適当な悪態を明後日の方へ向けてぼそりと呟いてみる。小声だが頭は狼だ、耳はいいだろう。

 

 効き目は抜群だった。

 

 何なら他のバージョンも試そうかと思っていたが、『獣人』は私の軽い挑発に強い反応を示し、毛を逆立てて唸り声を上げている。

 

 「あらら、なんか痛いとこ突いちゃったかな?」

 

 死者の念にしては、えらく反応(レスポンス)がいい。

 『死者の念』ってのは死亡時の強い感情が()って残った残留思念みたいな物のはず。

 云わば命を代償にして製作された目的に邁進する自動化された念獣だ。

 多少は死んだ念能力者の個性を引き継ぐが、こんなにはっきり(なま)の反応が返るのはおかしい。もっと一本調子の筈なのだ。

 

 

 ぶわりと、自分の首筋の毛が逆立つのを感じる。相手のオーラと気配が目に見えて強くなった。

 

 感情の高ぶりによる死者の念の、強化現象だろう。

 

 

 此方も少しギアを上げる。

 

 

 どうやら本当にギースなるハンターのなれの果てらしい。

 元々狐を狙っていて狐に殺されたのか、それとも別件で死んで狐に対する執着で現在の姿になったのか、謎だ。

 

 死因には興味無いしどうでも良いが、姿()()()()()()()

 

 まんま、伝承や物語の中(ファンタジー)に出てくる狼男の姿その物。

 

 狼男に余程の思い入れが有ったのだろうか?

 もしかすると、自分の死後に発動する事を前提とした時限式の“発“を創っていた可能性も有る。

 

 「だとしても、死後じゃ意味が無いだろうに・・・完全にイカれてる」

 

 しかも、死者の念の膨大なオーラがスピードとパワーを爆発的に押し上げてて手が付けられない。

 

 いろんな意味で、厄介さが天元突破してる。

 

 速さでも力でも敵わない、今の私では手に負えないスペックの正に怪物。

 

 それなのに何故か、私の口角は上がってしまう。

 

 心の遥か、奥の方。

 

 ()()()生まれた闘争本能の卵が、いつの間にか孵り、何モノにも影響されない小さな円いノコギリとなって、あらゆる(しがらみ)を漏れなくぶった切りながら、高速回転する独楽のように美しく静かに屹立していた。

 

 

 ・・・・・わりと最近気がついた事がある。

 

 

 人は、時に戦う。

 

 

 そういう風に出来ている

 

 

 どうでも良いことだが、狼は飼い主に取り憑かれて巻き込まれただけだろう。たまに狼の頭の脇にオーラの揺らぎで人の顔が見える。

 かなりイっちゃってる髭面のおっさんの顔だ。

 

 死後の『獣人(もど)き』作製の“発“がもし事実だったとしても、飼われていた狼に事前の相談や同意があったとは思えない。

 そこら辺に、この『獣人』の付け入る隙が在りそうな気がするのだが・・・。

 

 そういや変な違和感が、ずっとある。

 

 もしかすると死者の念に取り込まれた生贄の狼は、まだ生きたまま?

 

 ・・・只生かしておくだけなら容易い事ではある。私も墓の下で経験済みだ。

 

 

 ・・・・・だとしたら・・・・・・

 

 

 まあ一つ、やってみるしかないな、コチトラ足掻く事に関してはもうプロ級だ。

 

 

 「『全力稼働(フルポテンシャル)』!」

 

 

 

 

 




 ミカゲがどれだけ規格外か、爺さんだけが知っている。


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 29、死闘

 なんか長くなった。


   29、死闘

 

 

 「『全力稼働(フルポテンシャル)』!」

 

 訓練以外では久々の、肉体とオーラの全開使用。身体能力はまだ少しづつ上昇中。オーラ量もどんどん増しているが理由は良く解らない。

 

 パワー上昇やコンスタントなオーラ増加には少し慣れてきて、慣熟訓練も随時行っている。使用に不安はない。

 

 とりあえず此方を先に潰す事にしたのか、突進というか弾丸のような速さで迫る『獣人(ギース)』。

 

 こちらも、リミッター無しの本来のオーラ量で全身と“廻“式“流“を強化。

 

 私の能力が飛躍的に上昇する。

 

 感覚系も全て再度強化し、迫り来る相手の膨大なオーラの圧に抗しようとするが、そう甘い相手ではない。

 

 まるで山が丸ごと迫ってくるような尋常為らざる殺意の波に晒される。

 

  今現在の全力を以てしてもなお、受けに回らざるを得ない。

 

 

 「(から)さ増し増しかぁ?」

 

 さっき迄より更に上がったスピードに、≪天眼≫の予知が次第に機能しなくなってゆく。

 予知で見える映像が、厚みを増した黒いオーラで不鮮明になり、見にくい上に速すぎて読み取りづらいのだ。試しに≪強化≫のリソースを全振りしても、あまり変わらない。

 

 いかに此方のオーラが多くとも、死者の念には及ばない。

 このままだと予測精度の分削られて、押し負ける。

 

 (うーん、ピンチ)

 

 なのに、命懸けの戦いに心が沸き立つ。

 

 『獣人』が全身を躍動させて行う息もつかせぬ連撃が、冷たい空気を切り裂いて恐ろしい唸りをあげる。

 

 いまや『獣人』の猛攻は、私の知覚能力を遥かに越えていて、肉眼では全く捉えられない。しかし、だとしても瞳は閉じない。

 

 

 捌きに徹した縦横な回避を可能にしている≪甲殻≫の足場。

 

 ≪天眼≫の予知。

 

 ≪観測≫の精密オーラ感知。

 

 ≪把握≫の三次元知覚。

 

 ≪嗅覚≫の情動検知。

 

 ≪結界≫の危機感知。

 

 そして、一年の野生生活で研ぎ澄まされた気配感知。

 

 全てを束ねても尚それを上回る敵の異常な程の超スピードと、絶妙な揺らぎによる攻撃予測のずれ。

 

 それを、身体能力の≪強化≫と≪添加≫のベクトル加算を自分に用いる事によって、ぎりぎりのタイミングで強引に修正する。

 

 それでもなお裂けた皮膚、折れた指、千切れた体組織を≪再生≫で瞬時に回復し、死線を窺う攻防を継戦(けいせん)し続ける。

 

 「・・・まだまだぁ!」

 

 交錯の度に予測誤差の分弾かれ、時に身体が極僅(ごくわず)か間合いの外に出る。

 (またた)きのような仕切り直しのその瞬間に、極度の集中を維持するため、自ら叫ぶ。

 

 周囲には私の血と互いの攻防オーラの残滓が飛び散り、地形すら変わって行く。

 

 一つ当たれば即人生終了の連続攻撃を、命を削る勢いでなんとか凌いでいると、たまに場違いな映像が脳裏を掠める・・・。

 

 

 

 ほとんど透明に成る程集中した意識の端の方で、爺さんが心配そうに此方を見ている情景を、なぜか望遠鏡から眺めているように小さく遠くに感じた。

 

 ・・・・・・・・

 

 最早、どの能力で知覚しているのかも判然としないが、他を圧倒する『獣人』の存在感とは別に、外野で見守る三体の巨獣の姿が、戦いながらも どういう理由(わけ)か時折ぼんやりと認識できる。

 

 そして、武道場の奥で丸くなり、顔を上げて震えつつ気配を窺う巨狐の姿も。

 

 

 おかしな現象とは別に、集中力は増してゆく。

 

 ・・・・・もう少し。

 

 

 刹那の攻防を薄紙のように積み上げながら、次の一秒を持ちこたえる。

 

 

 ・・・・・・あと少し。

 

 

 戦いで荒れる泥と岩の地面、周囲にまだ残る雪の白さ。

 

 

 ・・・・・・もう少し。

 

 

 攻撃の余波で揺れる針葉樹の緑の枝先。

 

 

 ・・・・・あとちょっと・・・・

 

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

 ・・・・・ピチャン。

 

 

 

 何処か、遠くで水の音がした気がした。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

 白い透明な世界に、泳ぐ魚を幻視する。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 

 ・・・・・感じたのは小さな光。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 ・・・・・転調。

 

 

 

 突如、世界が変わる・・・。

 

 

 いきなり思考がクリアになり、知覚領域が数倍に広がり、『獣人』の情報が頭に飛び込んで来てバラバラだった断片が瞬時に繋り、解けなかったパズルの回答が示されるように、捉えられなかった『獣人』の超高速の動きが、多少なりとも認識出来るようになる。

 

 情報処理に極僅かな差違が生まれる。

 

 予知の精度が上がって行く。

 

 

 

 『左目(スコルピオ)』の視界の片隅で、

 

 【『(ピスケス)』の二次権能、≪覚醒≫が発動しました。】

 

 と、ゲームのログのようなものが明滅していた。

 

 

 ・・・・・気がつくと私は、見えない筈の鉤爪の一撃を『流水』の動きでそっと触れて受け流し、『細波』の当身技で肘打ちを肋骨に押し込み、僅かな隙に渾身の掌底打ちを決めていた。

 

 戦いが始まって以来、初めて『獣人』がクリーンヒットを貰い、二十メートルほど出鱈目に転がりながら吹き飛ばされて樹木をなぎ倒し、吹き溜まりと藪の向こうに消えた。

 

 「・・ふうっ、(ようや)く一つ」

 

 ダメージなんて無いだろう。油断はしない。だが一息ついて自分の状態を確かめ、再び集中力を高める。

 

 相変わらず何処へ向かっているのかよく解らん。と思いながら『左目(スコルピオ)』の≪観測≫の視界に映る≪覚醒≫発動の文字(ログ)を了解の意思と共に消す。

 

 ≪覚醒≫とは思わなかったが、何となく予感は有ったので、新たな権能発動に驚きは無い。

 

 ただ濃密な戦いの中で、念獣達を含めた自分が凄い勢いで成長しているのを感じていた。

 私や念獣達が成長すれば、やがては二次権能が発動するのは自明である。

 

 さて、ここからだ。

 

 すぐに、当然のように何事もなく『獣人』が藪から出てくる。

 

 (全く、嫌になる頑丈さだ。)

 

 一撃を喰らわしたが効いた様子はなく、更に渇きが増してオーラが少し増大している気がする。

 

 修行場の入り口に立つ爺さんも厳しい顔だ。

 

 私は、半身になって腰を落とし、脇を閉めて合掌の両手を前後にずらすような円掌拳の基本の構えから指先をちょっと伸ばし、チョイチョイと招くように動かして相手を煽る。

 

 「さて、反撃と行こうかぁ!」

 

 『獣人』が、怒りを感じさせない無感動な目をスッと細め、認識を越えた速度で二十メートルを一瞬で詰め、勢いのままの体当り(ショルダーチャージ)を敢行する。

 

 標的の私は、精度を増した≪天眼≫の予測によって『落葉』の捌きを合せ、同時に超スピードの衝突をかわしながら『風花』の送りで投げ飛ばす。

 

 今、正に自分の突進の威力そのままに『獣人』が逆さに投げ飛ばされてゆく。

 

 私は同時に滑らかに歩くが如く背中側に踏み込み。

 

 飛び去ろうとする巨体を途中で捕まえようと、軽く手を伸ばす。

 

 後ろ側から『獣人』の左手の指の一本を巧く掴む。

 

 そのまま、≪強化≫で人外と化した腕力と、投げ飛ばした勢いと『獣人』の自重で後ろ手に肩関節を決め、身体に纏った≪甲殻≫で自分を宙空に繋ぎ止めながら、相手の運動エネルギーをも利用してハンマー投げのようにくるりと振り回し、頭から地面に投げ落とす。

 

 車がビルから落下したような轟音と振動が、辺りに響く。

 

 オーラで頑強に守られた身体に、この程度の攻撃は通じない。予測に応じて指を放し少し下がって仕切り直す。

 

 移動前の頭のあった位置に、地面に逆さに突き刺さったままの『獣人』の蹴りが飛ぶ。

 私が下がって外れた蹴りの勢いで、頭を抜いて飛び上がり尻尾でバランスを取って器用に立ち上がる。

 

 また少し怒りとオーラが増して強化された。

 

 少し土が付いた狼の顔に表情は無いが、頭が此方を見たまま少し傾く。

 

 隙を探しているようにも、少し戸惑っているようにも見える。

 

 

 「・・・少しは混乱させたか」

 

 

 攻撃を誘うため、初めて此方から少しづつ間合いを詰める。

 

 濃密な死の気配漂うオーラに、肌が粟立つのを止められない。

 

 元々、オーラを臭いとして感知する能力と、臭いと記憶の関連性から脳を活性化させ記憶力を増す副次能力の有る≪覚醒≫が発動したのは、この濃密なオーラのせいか、それとも≪覚醒≫という名前がピンチに呼応したのか。

 

 クリアになった思考は、加速化されている訳ではないが、過去の記憶を含めた情報把握力が増して、現実に対する認識力が大幅に上昇している。

 

 それに伴いまるで思考が並列化したような全能感が生じ、引っ張られて、総合的知覚力の増大が起きている。

 

 そして、今は更に≪覚醒≫のオーラを臭いとして読み取る効果があるため、既に闇のオーラは障害ではなく見えない動きを明確に伝える多彩なメッセージ媒体と化していた。

 

 オーラの伝わる早さは思考の早さ。臭い分子と違い、高速戦闘にも明確な指針となる。

 

 「GRaaaaaaaaaa!」

 

 一声吼えた『獣人』が、襲いかかってくるが、助走が短い。

 

 トップスピードになる前に、その眼前に飛び込む。

 

 反応速度の差で、先に『獣人』の左手の爪の打ち下ろし。

 

 小さな私には、ストレートは全て打ち下ろしになる。

 

 其れを右手を添えて逸らし、さらに前へ。

 

 空かさず『獣人』が、右手の爪で近い間合いに剛腕の横薙ぎ(フック)

 

 私は、引き戻される『獣人』の左手の下、片腕でまともに横撃(フック)を受ける。

 

 戦闘開始直後の一撃でボールのように打ち飛ばされたシーンが、脳裏にフラッシュバックする。

 

 ( ここ!)

 

 『獣人』の巨体から繰り出す打撃力は、まともに食らえば小柄な私を木っ端のように吹き飛ばす威力が有る。

 

 しかし其れを私は、技術で抑え込む。

 

 「・・・うぐっ」

 

 (『雪音(ゆきね)』・・・なんとか成功!)

 

 『雪音』は『震打』の受けの技、身体中の力を集めて撃ち込む『震打』の逆。一面の雪があらゆる音を吸い込み、消し去ってしまうように、外からの打撃力を身体中で分散して散らし切る奥義。

 

 しかし、流石に死者の念の重厚なオーラを散らし切れず、若干のダメージを喰らう。未熟。

 

 受けた左腕と肋骨が何本か折れ、内臓が傷ついてちょっと血を吐いても動きに支障無し。≪再生≫も掛かっているし、今は寸暇が惜しい。

 

 拳一つ分押し負けたが吹き飛ばされなかった私は、丁度この一瞬『獣人』からは自前の左手の陰で死角。

 

 腰を落とし目の前の胴体に向け、無事だった右手にオーラを込めて心臓狙いの全力の、『震打』。

 

 「はぁっ!」

 

 鋼の守りのその向こうへ。

 

 (『木霊』よ届け)

 

 一瞬のタメ。

 

 「・・・通った!」

 

 破壊の手答え。

 

 『獣人』が戸惑うように動きを止める。

 

 (まだ!)

 

 『獣人』背後の視界外に≪瞬転≫で移動。宙空で≪甲殻≫を生み出しなから『山猫先生』のように気配を殺し、後頭部の高さにふわりと着地。

 

 まだ左手は利かない。

 

 『震打』は通るが威力が足りない。

 

 腰を落とし掌底打ちの構えから、さらに貴重な数瞬を費やしタメを設けて新技の披露。

 

 最近やっとこ戦闘に使用出来る威力になった、変化系の“発“『衝撃波』。それを武術と組合わせる威力拡張の合成技。

 

 『震打』+『衝撃波』

 

 普通の打撃ならともかく、『震打』に合わせるのは至難。今のところ、成功率六割。

 

 ・・・周りは気にせず。

 

 掌に溢れるほどのオーラを込めて。

 

 (・・・いつも通りに)

 

 「・・・ふっ!」

 

 

 『震撃波(しんげきは)!』

 

 

 右手を押し当てた毛むくじゃらの頭蓋の中で、水中で何かが爆破されたような、重低音。

 

 一瞬の発光。

 

 ブワッと、黒いオーラに覆われた『獣人』の狼の頭蓋が驚いたように膨らみ、もとに戻る。

 

 

 (・・・?)

 

 

 もとに戻ったが、様子がおかしい。

 

 すかさず再度の≪瞬転≫で地に降り、前に回って畳み掛ける。

 

 ショックでたたらを踏み、僅かに痙攣する相手の下がった頭を、容赦なくもう一度『衝撃波』付きの打撃で狙う。

 

 あえて『震』の技を外し、外部からの破壊力重視、オーラ量に頼った脳筋的な威力マシマシの強打。

 

 安定せず暴れ揺らぐ今のオーラなら、十分な破壊力が有れば外からの打ち込みが通ると確信。

 

 「フンッ!」

 

 放った掌打は、案の定一撃でオーラごと無理矢理頭部を破砕、五割以上欠損させる。

 

 何か一つコツを掴んだかもしれない。

 

 どう考えても死者の念で強化された筋肉や頭蓋骨諸供に脳幹が粉砕された。生物なら即死間違いなしだが、身体の動きが止まらない。逆に、黒いオーラが全身から溢れだし、ひしゃげた頭に構わず、関節を無視した無茶苦茶な軌道から爪が襲ってくる。

 

 足を止め、明滅する黒いオーラに幾重にも取り巻かれた相手から、私は少し距離を取った。

 

 「やっぱ消えねーか」

 

 今の一撃で、もしまだ生きていたとしても狼は死んだだろう。消えるかと思ったギースの死者の念は、よりヤバい感じに変化しようとしている。

 

 狼の頭が致命傷を負った事で、狼と死者の念の融合に齟齬が出たのか、全体のバランスが崩れてゆく。

 

 折り重なる黒い影の中で、『獣人』を構成していたオーラの一部が灰と化して風に飛び、解放された狼の気配がフッと通り過ぎて煙の如く消えた。

 

 直後に黒いオーラが勢いを増して膨らみ、毛皮の下が全身至るところで沸騰する泡瘤のように何度も盛り上がり、黒いオーラの塊が獣だか人だか解らないモノに姿を変えてゆく。

 

 三メートルの獣人擬きだったシルエットが崩れて少しサイズが縮み、二メートル程の直立した犬のゾンビ擬き?へと縮む。

 

 (・・・第二形態?)

 

 全体の印象が少し()()()()してだらしない感じになり、狼感が無くなって、狼の毛皮を纏った歪んだ人形(ひとがた)に変わった。

 黒いオーラと禍々しさは増して、短くなった足は人間、両手は肉球と爪が有り狼の物、頭は狼の開いた口から髭面のおっさんの血だらけの顔が傾いて覗く。口は何故かニヤつき、出っ張った目はギョロりと左右見当違いな方向を睨み、此方を見ていない。

 

 「『獣人』から『ゾンビ』にランクアップ?いや、ランクダウンか」

 

 黒いオーラが渦を巻き、オーラだか体毛だか解らない物がうねうねと揺らめいて若干気持ちが悪い。空気がビリビリ振動してエネルギーが時折閃き、罅割れのような隙間から、細かいスパークが漏れている。

 

 力が溢れているようにも、壊れかけた機械の暴走のようにも見える。

 

 爺さんは危険を感じたのか、少し下がった。

 

 標的は此方のようだ。

 

 ≪観測≫の視界に、ゾンビ化したギースから幾つものオーラの細いラインが地上を伝い、周囲に展開してゆくのが映る。

 どうやら“隠“で目立たなくした罠を張っているようだが丸見えだ。

 ≪天眼≫の予知によると、踏むと二枚の半月型の鋼鉄の歯に挟まれるトラバサミのような仕掛け罠タイプの能力らしい。

 

 そう言えば爺さんの話じゃ狼とトラップを使うとか・・・

 

 此所は嗤う所だろうか?だが、一つ言っておこう。

 

 

 「そいつは悪手だろ、イヌッころ!」

 

 

 私は、地上の仕掛けを無視して真っ直ぐゾンビギースに向かって走った。

 

 ゾンビギースは、近づく私をニヤけて見ていたが、一切罠が可動せず接近を許してしまうと怒り狂って吼え、長い手を振り回し暴れ始めた。

 黒いオーラは増大し、パワーとスピードは上がっているが『獣人』の時とは違い、憐れなほど技量を感じさせないただの狂人の振舞いだった。

 

 雑な攻撃を掻い潜り、『衝撃波』を込めた足で一蹴りする。

 

 罠地帯を踏み越したのは勿論≪甲殻≫の能力、地上から僅かに浮いていて実際は罠を踏んでいない。

 感知式じゃなく制御式だったら、≪結界≫の危機感知が反応しただろうが、思った以上に単純な(しろもの)だった。

 

 武術の技能を使う迄もなく、体勢を崩してたたらを踏んだ隙にあっさり近づき、心臓の有りそうな所を何度か『震打』で狙い打ったが、ピンピンしている。

 

 『獣人』の時と違い弱点も消え、パワーとスピードも増したが、オーラが不安定で強化にも粗が目立つ。そして、あれほど此方を圧倒していた戦いの技量が綺麗に無くなってしまっている。

 

 隙だらけの身体の各所を、削り取るようにオーラ増し増し『衝撃波』付きの単なる打撃で打つ。しかし、何処を破壊しても止まらない。

 止まらないが消耗はしているようで、徐々に回復が遅れはじめた。

 

 ≪覚醒≫で、オーラから詳細を読み取った所によると、当初の私の予測は大体合っていた。『狼』のオーラが消える瞬間、此方に経緯の記憶が伝わって来たのだ。

 

 『獣人』化は、生前は只の妄想で具体的な“発“の作製はしていなかったようだ。

 勿論事前に狼との合意も無く、ただ繋がっていた操作系の能力のせいで巻き込まれただけらしい。

 ギースに操作系と罠使いの能力は有ったが、自分は常に隠れ潜み、メインは自身の念能力で巨大化、凶暴化させた狼を使役する事だった。

 

 テイマー系ハンター?

 

 戦闘は常に全て狼任せ。そのため、狼が死んだ事で、死者の念としてのバランスが崩れた。狼が居なければ、我を通す程の自己もないようだ。

 ギース自身、闇討ちかなにかで殺されて死んだ後で、生前に偶々視たことが有り、元々妄想していた狐の『霊獣』を狩る事に執着したらしい。

 

 つまり、只のめんどくさいストーカーだ。

 

 残念ながら操作系の能力があっただけで、特に狼が好きだった訳でも無いようだ。体長三メートルの『魔狼』を造り出す為に、相当数の親狼、仔狼を殺している。相棒の狼にも死ぬまで名付けすらせず、今も完全に道具としか考えていない。

 逆に、愛情や思い入れが全く無かったせいで、狼の命が尽きるとその存在を維持出来ず、あっさり弱体化してしまった。

 

 絶え間ない私の攻撃に、無尽蔵と思われた『ギースゾンビ』のオーラも少しづつ目減りし始めた。

 

 『衝撃波』は、消費の割に爆発力が高く削りに向く。

 

 最早放って置いても勝手に自壊しそうだが、何があるか解らない。

 

 止めを刺しておきたい。

 

 此方のオーラが尽きる前に、このまま押し切る。

 

 死者の念にしては手応えが緩い気がするが、狐が逃げ回った期間もある。元々ショボい能力者だったみたいだし、本当にツレの狼に頼りきりだったのだろう。

 

 狼の底上げが無くなったら、戦いの素養が全く消えてしまって、狂気染みた執着や戦意もどこか空回りしている。頼みの“発“も私には不発。厄介なのはオーラ量だけで、それすら涸渇しはじめた。

 

 と、軽く考えたのがフラグになったのか、突然『ゾンビギース』の雰囲気が変わる。

 

 「アチャー、来ちゃったか・・・」

 

 見ているのは修行場。

 

 爺さんの隣にでかい狐が奥から現れ、毛を逆立てて元ギースを睨んでいる。

 

 狐にも想うところが在るのだろうが、もう少し待ってて欲しかった。

 

 ゾンビギースはひと声叫ぶと私の事をまるっきり無視して狐に向かって走り出した。

 

 「ちょ、待て!」

 

 ほぼ同時に走り出すがゾンビギースの方が狐とその前に出た爺さんに近いし、単純なスピードもまだあっちの方が速い。

 

 「チッ!」

 

 私は、切るつもりの無かったカードを切ることに決めた。

 

 ≪瞬転≫。

 

 三メートル前を走っていたゾンビギースのすぐ後ろに現れ、≪消滅≫の権能を秘めた右手を無造作に振るう。

 鋼鉄よりも強化された狼の毛皮と、死者のオーラの塊のような胴体を脊髄ごと半ばまで欠き取り、同じく≪消滅≫を纏った足で一蹴りして片足を膝の上で切り飛ばす。

 

 血は流れない。

 

 なぜなら彼は、もう死者だから。

 

 「・・・・・」

 

 一つ溜め息をついて、もういいやと崩れ落ちた憐れな敵を上から消してゆく。

 

 腰まで消したところで何かが限界を超えたのか、残りが煙のように風に散って消えた。

 

 「・・・次は、もっとマシなアルファ(群のリーダー)に会えるといいな」

 

 ギースはどうでも良いが、私は殺すしか無かった哀れな狼の為にちょっと祈った。

 

 

 




 強く設定しすぎた、文字数食いすぎ。


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 30、春

   30、春

 

 『獣人』騒動から二日がたった。

 

 思った通り、私の念能力に関して爺さんは何も言わず何も聞かなかった。

 

 巨大生物達は、いつの間にか居なくなっていて、此方も特に用は無いので放置。

 

 墓を作ろうと思ったが、元になった狼がいた筈なのに、『獣人』を倒した後には何も残らなかった。

 ≪消滅≫を使ったせいだろうか。

 しょうがないので戦いのあった近場の岩に、墓石代わりの彫り込みをした。

 ヤツのでかい肉球を模しただけの、簡単な物だ。

 

 狐は胡散臭そうにしていたが、爺さんは話したら分かってくれた。

 だが、何で足跡にしたのか不思議がられた。

 

 この世界には、まだ肉球の素晴らしさが伝わって無いらしい。

 

 説明したが、めんどくさそうに空返事が返ってきただけだった。解せぬ。

 

 

 一日休んで修行を再開する。

 

 杖術も、爺さんに口頭で基本だけレクチャーしてもらった。

 

 今、爺さんは狐の居る武道場で寝起きしている。

 戦いに参加はしなかったが『獣人』騒動が身体に(こた)えたようで、まだ寒さが厳しい事もあり拠点からの移動が困難になった。本人と狐の希望もあり此方に移り住む事にした。

 相変わらず狐が緊張するので、私は毎日通って来ている。

 

 私が『円歩』をしていても、爺さんはもう何も言わない。

 私も、指導が欲しいからではなく日々の成果を見せる為に『円歩』をしている。

 

 『獣人』と戦ってから、私の武術が少し変わったのは間違いない。爺さんは其れを、「深みが出た」と言っていた。

 

 ≪魔眼≫の幻術の中での自主トレで、『獣人』相手に色んなシチュエーションで闘い続けていることも、実力を伸ばすのに一役買ってると思う。

 例によって、まだ一勝も出来ていないが。

 

 『(ピスケス)』の二次権能、≪覚醒≫は、能力的にはほんの一部だが、あれから少し使えるようになった。

 一部と言うのはオーラを匂いとして感じ取る部分で、脳の情報処理量上昇は自由にならない。

 概ね今まで通りということだ。

 

 そう言えば、変化系“発“『衝撃波』の扱いも少し変わった。

 射程距離が五十センチから殆んど延びなくなり、これが変化系の限界かと消沈していたが、今回の件で踏ん切りがついた。

 

 原点回帰、気がつけば簡単なこと。要するに、空気をピストンにして『衝撃波』の射程限界を伸ばせば良いのだ。

 

 勿論、媒体に空気を挟む以上オーラの恩恵が無くなり威力は激減するが、其処はすっぱり諦める。今回、色々試して上位の相手でも其れなりにやれるし、ノックバック効果が期待できる事も判った。

 

 バズーカ砲を片手で受け止めるような化物相手ならともかく、素の威力としても、そう捨てたものでは無いと判明したのが大きい。

 更なる威力の積み増しやバリエーションは、今後の課題だ。

 

 

 細かいことだが戦闘中≪覚醒≫の作用であることを思い出し、疑問の一つが解消された。

 懸案だった、何故かいつまでたっても“練“が身に付かない問題だ。

 

 理由は実に簡単で、念獣達によりオーラの生成や操作の修行時に負荷が掛けられていたからだった。

 つまり、念獣達の基礎能力『自分を磨け』に付随する修行の効率を上げる為の専用能力、『倍までの自在負荷』が毎日念修行をする度に常にかけられ続けていたのだ。

 

 「・・・・・」

 

 嘆息

 

 別に命に関わる訳ではないから念獣達は何も言わず通常運転。最初から掛けられていて私も気がつかず、念獣達に聞かなかったせいで暗中模索。

 

 「いや、でも何度か疑問を口にしていたのだから、教えてくれても良かったのではないだろうか・・・」

 

 何か色々問い質してみたら、

 

 :修行は大事

 

 と言う返事が返ってきた。

 どうも、予想外の身体能力向上の時と一緒で、墓の下で私が『自分を磨け』の(ゆる)い強制力を受け入れたため、此方のオーラ修行の負荷も、初めから念獣達が自主的に最適負荷になるよう調整して掛けていたらしい。

 最初の頃から慣れる度にちょっとずつ負荷を上げて、今は十倍を超える負荷が掛かっているとのことだ。

 

 ・・・十倍。

 

 つまり、爺さんが言ったように私のオーラ量は今では常人を遥かに超える量になっているらしい。

 

 無論、十倍になっているのは負荷なので、此れは修行効率がその分上がっている事を意味し、別に人の十倍のオーラ量が在るという訳ではない。・・・と、思う。

 

 実際どの程度常人と差が在るのかは、森の外(シャバ)に出て比べて見なければ解らない。

 

 釈然としなかったが、結局この件は自業自得として飲み込んで、修行時の負荷も変わらず掛けて貰うことにした。

 

 「十倍だと、二倍で念獣一体、三倍で二体だから・・・九体がかりか?」

 

 と思っていたが、三体と四体目が少しだと返事が返ってきた。

 

 「・・・?」

 

 嫌な予感がして詳しく聞いてみると、一体ごとの二倍三倍ではなく、共有効果で倍々ゲーム的に増やせるそうだ。

 

 「・・・じ、十三体分だと・・・」

 

 

 私は、途中で考えるのを止めた。

 

 この件に関しては、追及も思考も放棄して成り行きに任せることにする。念獣達にも、こっちから聞くまで途中経過の報告は無用と通告しておく。

 

 業腹だが、『獣人』騒動の時も大分オーラ量に助けられたし、生存戦略的にも増えて困ることはない。

 

 最後に、命が掛かっていなくても私が何か悩んでいて答を知っていたら、それとなく教えてくれるよう念獣達に頼んでおいた。

 

 

 ストーカーの『獣人』がいなくなっても、狐は武道場から出て行かなかった。

 当初の思惑通り春まで此所に居座るつもりらしい。

 

 騒動のあと一週間もしないある日、狐の様子がおかしくなった。

 

 武道場から出て来るわけではないが、中でうろうろと歩き回り、そわそわして落ち着かない。

 午前中に顔を出して爺さんに聞くと、朝起きた時からこんな感じだったと言う。

 

 私はピンときて部屋を暖めるための煖炉の火を大きくし、出産が近いのではないかと爺さんに告げた。

 

 「仔が生まれるのか!」

 

 事前に妊娠の事を報せておいた筈なのに、爺さんは信じがたい事を聞いたような顔をして驚いた。

 何でも、『霊獣』が仔を産むのは神話や伝説に有るような(まれ)な出来事で、国主が遭遇すると国を上げてお祭りをするような瑞兆なのだそうだ。

 

 いや、知らんがな。

 

 巨大生物達は気配が薄くて見つかり難いだけで、普通に生殖行動してると思う。

 寿命長そうだから、回数は少ないかもだけど。

 

 

 爺さんと少し話し合い、自分が居ると狐が落ち着かないので、大事をとって出産が済むまでは極力武道場に入らない事にする。

 

 「はぁー、しゃーないか・・・」

 

 ちょっと残念に思いながら姿を見せないようにする事を爺さんに告げると、変な顔で見られた。

 

 「・・・何を言ってやがる、『霊獣』殿がお前を避けるのは、お前が『霊獣』殿を恐がらせるからだろうが」

 

 「はぁ?」

 

 意味が解らない。狐が恐がるのは私が狐より強いからじゃ無いのか?其処は変えられないぞ。

 今の私はオーラも最低限で一般人並、気配も少し抑え威圧感や殺気も出ていない筈だ。(つい)でに爺さんより背も低い。

 

 「恐がらせるって何が?」

 

 狐が勝手に恐がっているだけだろうに。

 

 爺さんは、駄目だこりゃと首を振った。

 

 「そんなんじゃ、街場に出ても目立って絡まれまくるぞ」

 

 爺さんは何かに気付いていて、其れは私のコミュニケーション能力に関するものらしい。だがニートの前歴は有っても、前世で三十路近く迄社会人だった私にとって、今更コミュ障はあり得ない。

 どこかにまだニート臭やボッチ感が有って其れが拒絶オーラとして滲み出ているのだろうか。

 

 「・・・それは困った」

 

 私は今のところ此の世界の人間に余り良い印象がない。特に絡んで来るような人間とは別に仲良くしたい訳では無いので、返事もおざなりになる。

 

 爺さんは、眉間に皺を寄せて何時もの不機嫌そうな表情になった。

 又、何時ものように鼻を鳴らして会話終了かと思ったら、何故か今日は違った。

 

 

 「・・・俺の『才』(発)は、嘘を見破るっていうものだ」

 

 爺さんが、突然秘中の秘である己の『才』の能力を明かした。

 

 「え、爺さん?」

 

 私は、びっくりして声を上げた。

 

 「まあ聞け、どうせ当たりは付いてたんだろうが」

 

 「・・・・・」

 

 なぜバレたし。

 

 爺さんが、苦笑するように口許を歪めた。

 

 「そのせいもあって隠し事には鼻が利く・・・あぁ、力や『才』の事じゃ無いぞ。

 ()()()()()()お前が普通のガキじゃ無いのも、相当に厄介な事情を抱えているのも何となく解ってた・・・

 俺が口出しするような事じゃ無いのもな・・・

 だが、一時とはいえ師と弟子だった(よしみ)で一言だけ言っておく」

 

 爺さんは、長く喋るのも疲れる様子で一旦間を取って息を調え、言った。

 

 

 

 「小さく纏まるな、好きに生きろ」

 

 

 

 

 「二言じゃん!」

 

 

 ちょっとドキッとして、遺言みたいだなと神妙に聴いていたが、最後で突っ込みを我慢出来なかった。

 

 「いいんだよ、長げー方が有り難みがあるだろうが!」

 

 武術以外は適当な爺さんだった。

 

 

 

 翌朝になると二匹の仔狐が生まれていた。

 

 サイズは大型犬位有るが、手足が太く、表情があどけなくて歩くのも心許ない。

 

 ふわふわのモフモフで、とても可愛い。

 

 どっしりと落ち着きが出た母狐が見守る前で、爺さんと遊んでいる。

 

 可愛い仔狐が全然似合わない爺さんも楽しそうにしているが、顔が恐い。

 

 「・・・獣相手に人の顔なんか関係無いか」

 

 私も混ざって、仔狐をモフモフさせて貰う。

 

 その日は終始、遊んだりミルクを飲んだり木箱のトイレ(急遽用意)で踏ん張る仔狐を二人で見て日が暮れた。

 

 

 

 

 

 翌日来ると、武道場の片隅のベッドの上で、爺さんは死んでいた。

 

 寄り添うようにうずくまる母狐の視線の先で、二頭の仔狐が不思議そうに爺さんの死に顔を覗き込んでいた。

 

 変わらず恐い顔だが、表情は安らかだった。

 

 

 実を言うと、爺さんが今日目覚めないだろう事は、念獣達の能力で昨日の内に予想がついていた。

 

 死の気配、というのは在るものだ。

 

 バウンティハンターという仕事柄、人を殺した事も少なくないだろう。

 戦いの中で生きてきた男としては、悪い死に様では無かったのだと思う。

 

 戦って死にたければ『獣人』と()り合うこともできた筈だが、そうはしなかった。

 

 仔狐と遊びながら昔の事も少し聞いた。

 ガキの頃田舎の村で山羊を飼っていた話をしていた。

 貧乏で兵士になり、武術はその時身に付けたんだそうだ。

 爺さんは武術は好きだったが実は戦いは余り好きそうでは無かった。

 

 それに、口癖のように「自分は好きに生きてきた」と言っていたけど、何時も不機嫌そうで、それが落ち着いたのは私の武術修行が終わったつい最近の事だ。

 

 どちらかというと、長年に渡って何かに囚われているような感じだった。

 

 爺さんも、何かの『業』に絡めとられていたのかもしれない。

 

 私は、暫しの間元師匠でもある歳上の友人、『爺さん』の為に手を合わせた。

 

 

 まだ雪の消えない修行場前の森の中に大きめの穴を掘り、爺さんが布団代わりにしていた虎熊の毛皮に包んで埋める。

 

 「これなら寒く無いだろう」

 

 

 ・・・夏場が暑いとか、言いそうだな。

 

 

 手頃な岩を運んで墓石がわりに置き、表面を均して爺さんの名前を刻んだ。

 

 「たしか、ガリル・・・だったっけ?」

 

 あの殺し屋の大女が、『金輪のガリル』と呼んでいた。本名ではなく偽名かもしれないが、他に刻む名前を知らない。

 

 迂闊な事に、爺さんと呼ぶばかりで名前も聞いてない。

 

 「・・・ったく、弟子に名前くらい名乗っとけよ!減るもんじゃなし」

 

 最後まで言葉足らずでいい加減な爺さんに、苦笑いが漏れる。

 

 「・・・・・」

 

 晴れた空を見上げると、なぜか目が潤み視界がぼやける。

 

 涙さえ一つ溢れたが、未来は見えない。

 

 気がつくと、母狐と仔狐が私の周りに居て私を慰めるように身体を寄せていた。

 

 不意に、爺さんが狐達に私の事を頼んで行ったのが察せられた。 

 

 

 『小さく纏まるな、好きに生きろ』

 

 

 私はその後、いつものように一日の修行を熟し、拠点に帰ろうとしたところを母狐に捕まり、いつの間にか武道場で狐達と一緒に寝ることになってしまった。

 

 爺さんが突然居なくなって、仔狐達が淋しがるのかもしれない。

 

 私と(ほと)んど体格のかわらないモフモフの仔狐二頭にムギュッと挟まれ、母狐に包まれながら眠る。

 

 何かおかしい気もするが、もう眠いし今日の所はこれで良しとする。

 

 

 外遊びの時に何処かで見つけたのか、仔狐からは、(かす)かに早咲きの花の匂いがした。

 

 

 春の匂いだった。

 

 

 

 

 

 




 予定では三十話で森から出て街に行く筈だったのに。

 ままならぬ。

 次話でいよいよ修行パートが終わり、少し時間が跳びます、順調に行けばその後ちょっとごたごたして、いよいよミカゲがハンター世界に飛び立ちます(デビュー)
予定。


 HXH二次、もっと増えますように。


 


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 31、別れと遺品

 毎回の誤字のご指摘、感想、ありがとうございます。

 


 ※)注
 申し訳ありませんが、最近既出分を初めて読み返したら最初のプロットと違っている部分が有ったので、改稿しています。大きな変更点は二ヶ所。

 一、森の街道で爺さんを待ち伏せした小男と大女の念能力者、ビーク兄妹。その兄の念能力の名前が、

 『時に刃は振るわれる(スリーピングブレード)

 から

 『やがて刃は振るわれる(スリーピングブレード)

 に変更。


 二、主人公の右目の『緋眼』が青いと判明するのが、墓の下で『右目(ライブラ)』を生み出した時ではなく、墓から抜け出して水辺で自分の顔を初めて確認した時に変更されています。

 以上、お知らせでした。

 




   31、別れと遺品

 

 爺さんが死んで暫くたった後、ようやく陽射しが柔らかくなり、雪が溶けて春がやって来た。

 

 この一月で倍ほども大きくなった仔狐達は、暖かくなって動き始めた生き物を追いかけて、暴れまわっている。

 

 大分足腰もしっかりしてきて、これなら長旅にも耐えられそうだ。

 

 母狐も外で見守る事が多くなってきた。

 

 仔狐達が、狩りから獲物を担いで戻った私を見つけ、嬉しそうに飛び掛かって来る。

 私は別に足を止めもせず、片手でいなして軽く投げ飛ばす。

 

 次々に転がされては又飛びかかるのは、最近お気に入りの二頭の遊びだ。

 

 体格差が大きいので危険な行為に見えるが、仔狐(大)程度の力で私が傷つけられる可能性は全く無いので実際はコミカルなだけだ。

 

 

 雪が消えはじめて数日経ち、良く晴れた風の無い暖かな午後。母狐が仔狐達を連れて挨拶に来た。

 

 用事が全部済んだので、元の住処へ帰るのだろう。

 

 武術修行の為に修行場に居た私に近づき、少し視線を合わせると、するりと頭を寄せて首すじを私の頬に押し当てて「キュッ」と小さく鳴いた。

 スキンシップはそれなりにしていたが、こんな信愛の表現をするのは初めてだ。

 彼女なりに爺さんや私の行動に思うところが有るのだろう。

 

 仔狐二頭も私の両足に首すじを擦り付けているが、こっちはお気に入りのおもちゃに臭い付けをしているだけに見える。

 

 「達者でな」

 

 私は、母狐を軽く叩いて了解と別れを告げた。

 

 少し下がった母狐は私に向かってペコリと頭を下げ、仔狐達を連れて谷の向こうへとゆっくり去っていった。

 

 私はちょっと気が抜けて、彼らが見えなくなるまで其のまま見送っていた。

 

 

 翌日、私はこの森の街道近くの拠点を片付けて元居た『骸の森』に帰る事にした。

 

 爺さんのお陰で既に知りたい情報は粗方集まったし、懸案だった武術も得た。

 

 あとやることは、ひたすらに力を磨くことだけなので、最早人目に付きやすい街道近くに居るのはリスクでしかない。

 

 基本的に全部放置でいいかとも思ったが、なんか物悲しいので爺さんが使っていたベッドを解体して薪にしてしまうことにした。

 

 備え付けの暖炉の脇の薪置場に手刀でばらしたベッドの残骸を手際よく積み上げてゆく。

 

 「ん?」

 

 ベッドを解体した下から、革製の小袋が出てくる。

 

 「爺さんの落とし物か?」

 

 中を検めて見ると、私への手紙(木の小板)とサイズの合わない大人向けの指輪が一つ入っていた。

 

 『気が向いたらこの指輪をユマのナイア山にある寺院に届けてくれ、俺の兄弟弟子(でし)がまだ生き残ってる筈だ。

 殴られたら殴り返して良し。何かくれたら貰っておけ。

 

 追伸 行けば必ず武の試しがある、充分腕を上げてからにしろ。

 

          爺   』

 

 

 「いや、名前を書けよ!」

 

 いっそ、墓石の名も『爺さん』にしようかと考えながら、武術の腕はどのくらいのラインが合格点なのか、ぼんやりと少し悩む。

 

 「ユマって何処だ?・・・急ぎじゃないなら色々全部終わった後に又考えるか・・・」

 

 私は、小さいが質の良いラピスラズリの嵌まった古めかしいデザインの指輪を手紙と共にポーチにしまい、復讐戦の後に予定として組み込んだ。

 

 爺さんが使っていた棍棒を墓の前に突き立て、最終的に『骸の森』に持って行く荷物は指輪を除けば数枚の毛皮だけになった。

 

 丸めた毛皮を背負い、春の陽気の中≪甲殻≫に飛び乗った私は、一冬を過ごした地を振り返る事なく後にする。

 

 色々有ったが、思い出深い得たものの多い冬だった。

 

 爺さんは死んでしまったが、命は本人のモノで、余人(よじん)は所詮その生き様を見守ることしか出来ない。

 

 武術の師としても、特に約束や誓いは求められなかった。

 

 『自由に生きろ、小さく纏まるな』

 

 と、ぶっきらぼうに言われただけだ。

 

 

 そこは、ありがたいと思っている。

 

 お陰で予定の変更をしないで済んだ。

 

 だから此のまま好きにさせて貰う。

 

 どう生きるか、その限界は本人の立場と力量によって決まる。

 

 どんな世界でもそうだが、特にこのハンターハンターの世界では持ちうる『武』の多寡(たか)によってその選べる幅が格段に違ってくる。

 

 

 好きに生きる為に力が要る。

 

 好きに生きる為に念能力を磨く。

 

 好きに生きる為に伝えてもらった武術を磨く。

 

 陽射しが暖かい。

 

 あと九年。

 

 力をつけよう。

 

 修行をしよう。

 

 このハンターハンターの世界で。

 

 自分を曲げずに生きる為に。

 

 (おん)には恩を、(あだ)には仇を。

 

 殺すべき者は殺し、守りたいモノを守る為に。

 

 

 目指すは平和で快適な生活。

 

 あとモフモフ。

 

 ・・・うむ、歪みなし。

 

 

 

 

 

 ────五年後。

 

 『骸の森』に戻ってから、人と会う事もなく修行に明け暮れ、五年が経った。

 

 意外?いや意外でも何でもないのかもしれないが、前世のネトゲや推し活のように私は修行にはまった。

 

 

 

 念獣達の基礎能力の一つ、『自分を磨け』の共有効果も有り、尚且つ修行によって日々少しずつ強くなって行く地道な作業が性に合っていたのだと思う。

 

 そして、ある事にふと気づいた。

 

 

 「・・・あれ?私強いぞ」

 

 

 全く何の脈絡もなく、瞑想中でも修行中でもなく、初夏の森で薪を拾おうと足を踏み出した瞬間に突然すとんと腑に落ちた。

 

 今や、日常の動き全ては目立たないながら、歩き方から力の入れ方呼吸法に至るまで『円掌拳』の術理によって為されているので、日常の中でちょっとした気づきが訪れるのは珍しい事ではない。

 

 だがこれは、又一つ技量が向上したと喜んで技術をアップデートしてスルーするには少々事情が異なる。

 

 この五年を通して見ても、希有な事なのだ。

 

 そして、自分の強さに自覚的になる事によって、全く別の観点から自分を観る事ができるようになった。

 

 そして気付く。

 

 今までの自分が、周囲の自然、生き物、環境、ひいてはハンターハンター世界そのものに対して(ぬぐ)い難い不信と不安を抱え、心の奥底に恐怖を潜ませていたことを。

 

 有る意味で長い修行の末、遂に今になって自分の力と強さに対する信頼が、ハンター世界に対する懸念を上回り、揺るがない本物の平常心を得るに至ったのだった。

 

 そして、この極々(ごくごく)個人的気付きによって、周囲の状況が(ささ)やかながら変化する。

 

 その日から、狩り以外で森を歩いていると小さな動物や小鳥などと遭遇することが増えはじめる。

 岩場で作業していると鹿や狼が視界に居るのに襲って来ず、かといって逃げ出しもせずに離れて此方を見つめている。

 そんな、童話の中のような事が頻繁に起こるようになった。

 

 あれほど接触を避けられていた巨大な狼や火食鳥とも森で普通に出会い、視線で挨拶を交わす様にまでなった。

 

 理由に気がつくまでしばらく困惑と混乱が収まらず、真実に気づくとため息しか出なかった。

 

 

 「・・・私は凡人だな」

 

 やっと、気がついた。

 

 爺さんが言っていたのは、この事だったのだ。

 

 森で動物に襲われまくったのも、巨狐がビビっていたのも、私が人間だからとか相手を殺せる力が有るからとかではなく、単に此方が無意識にビビりまくって安いチンピラのように力に(おご)って威嚇していたのを敏感に感じ取られていたのだ。

 

 「・・・・恥ず!」

 

 私は、一人で耳まで赤くなりながら頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 

 原作主人公なら無闇に襲われることもなく、()したる苦労もせず森で暮し、初見で巨獣達と仲良くなったのではないかと考え酷く落ち込む。

 

 「・・・・はー、凡人は凡人らしく地道にやるしかないか」

 

 結局は何をどうこうしようも無く、事実を認め、前よりはちょっと成長した素の自分で居るしかない。ないのだ。

 

 

 

 五年の間に念獣達もちょっと成長し、私自身の“発“『衝撃波』も新技、と言うか使用のバリエーションが増えた。

 

 格闘戦特化の脳筋仕様は以前から気にはなっていた。

 

 変化系オーラを破壊の『衝撃波』に変えて、戦闘時の効果増幅(バフ)及びフェイントやトリック、ミスリードとして利用する。

 

 と、ここまではいい。

 

 引っ掛かるのは、この『衝撃波』の能力が原作に出てきた中ボス系踏み台念能力者、通称ボマーと言う陰険メガネキャラに微妙に被っている事だ。

 

 

 勿論研鑽を積み、空気中、水中を問わず使用でき、モンロー効果ノイマン効果をヒントに爆圧を収斂して威力と射程を高めた『衝撃波』は、格闘戦特化能力と言う意味では件のボマーの能力に大差をつけて優っている。

 実際、対面でかち合えば瞬殺出来ると思う。

 

 問題は、ボマーの能力の本領が格闘戦ではないことだ。

 その能力のキモは仲間二人との合作“発“にあり、キーワード一つで起爆する強力な爆発物を、多数の相手に簡単に仕掛ける事が出来る搦め手系。

 裏切り前提の対組織テロや暗殺特化の騙し討ちに有る事だ。

 

 つまり、今のところ格闘戦専用の“発“の『衝撃波』は、この点に関して件のボマーに応用力で負けている事になってしまう。

 

 それは何か嫌だ。

 

 と言うわけで、『衝撃波』の“発“に何か変化を付けようと頑張った次第だ。

 

 最初、遅延発動のため『衝撃波』になる前の状態を維持できないかと色々やった。

 しかし、操作系の別の“発“が出来そうになって断念。保留。

 

 試行錯誤して『〇めはめ波』風に手の中で発生させた『衝撃波』を苦労して弄っていて、いつのまにか何故か『螺〇丸』擬きが出来ていた。

 

 これは、何か凄いのが出来そうだとテンション上げて完成に漕ぎ着けたら、発動に手間と時間が掛かり、維持に集中力を割かれ、射程がほぼ零の、格闘戦での使いどころの無い残念秘技になってしまった。

 

 攻撃力は高いのだが元の『衝撃波』のままでもオーラ消費を度外視すれば、同程度の破壊は可能な事も技の利便性を下げている。しかも、色々あって私のオーラは潤沢だ。

 

 少なくとも“発“の精密操作の訓練にはなったと自分を慰め、振り出しに戻る。

 

 その後も諦めずに延々と格闘戦で間合いの遠い相手に攻撃を届かせる事を考えていてある時愕然とした。

 

「・・・いや私、格闘戦用じゃない能力を作ろうとしてた筈じゃん!」

 

 恐るべし脳筋思考の罠。

 

 自分が強くなるのは楽しいし、≪魔眼≫の幻覚世界(仮想空間)でのゲーム染みた念獣との対戦は負けると悔しく、はっきり言ってちょっと中毒性があると思う。

 

 かといって格闘戦に片寄り過ぎるのは柔軟性を欠くし、最終目標の生存戦略的にもマイナスだ。

 と、いうことで色々やっているうちに、葉っぱや小石に『衝撃波』を込めると短時間だが発動を遅延させる事が出来るようになった。

 

 経緯は、オタク思考がバトル系から日常系にシフトして、離れた相手に(攻撃を)届けるならラッピングが必要だろう。

 

 となり、何かに籠める・・・手近に石が在るな・・・。

 

 から、修行開始。

 

 最初はすぐに砕け散る、砕け散る。

 

 しかし、徐々に『螺〇丸』修行の成果が生き、内部に滲透乱回転しながら暫く維持させることが出来るようになった。

 

 元々、高威力、静音性、滲透性、の三本柱で制御力を磨いて汎用性を高める余地は残していた。その為に“発“の名前も確定していない。

 

 イメージ的にもう少し固有振動に絡めて安定させることが出来れば、これは使える。別漫画のジョジョにも、葉っぱに『波紋』を込める描写が有った気がする。あの感じをうまく掴めれば、訓練次第でまだ伸ばせる筈だ。

 

 結局の所、私のイメージの問題で空気や水は『衝撃波』を保持する事ができず、使用した“発“『衝撃波』を遅延発動させるには、何か個体に滲透させて閉じ込めておかなくてはならず、遠距離攻撃は相変わらず投石がメインである。

 

 爆発するが。

 

 まあ、やれる事が増えるのは良いことだ。もう少し工夫すればもっと愉しいことも出来そうな気がする。

 問題は、今まで以上に修行の場が荒れることかもしれない。

 

 

 その後も修行は続き、偶然作ってしまった修行用広場で変わらず武術修行をしていると、唐突に巨獣の一体の火食鳥がやって来た。 

 

 何事かと構えたが、ただ森の中から見ているだけだ。

 

 なんじゃらほいと気にせず修行をしていたら、十日もしないうちに森から出てきてすぐ近くに座り込んで修行を観察するようになった。

 

 目を合わそうとすると、サッと逸らす。

 

 いかにも仲間に入りたそうなのが何か面白くなってきて、それでも無視していたら痺れを切らし、ある日突如乱入してきた。

 

 『円歩(型の訓練)』が終わり、『聞手(読みの訓練)』と『揺武(実戦の訓練)』をする前にシャドウボクシングのようにイメージの中の敵を相手に少し動いて身体をほぐし、既にルーティンと化している幻術を使っての仮想現実修行に移ろうとしたところで、巨獣の火食鳥が飛び込んできて威嚇のような軽い蹴りを放った。

 

 攻撃は大振りで鋭いが、殺気は無い。

 

 「クケッ!」

 

 褐色の大きな兜のような鶏冠(とさか)を青い首ごと震わせ、威嚇するように羽を広げているが、雰囲気は楽しそうだ。

 

 「なんだ、私と遊びたいのか?」

 

 模擬戦の相手をしてくれるのは助かるので、此方も予定を変更して対峙する。

 

 体高でほぼ九メートル。

 

 あの『獣人』の三倍は有る。

 

 眼前で軽快にステップを刻む様子は、さながらタップを踏む大型重機のようだ。

 

 ≪観測≫の視界にオーラは見えないが、素の能力で人種を遥かに越えているのは明白だ。武の気配もある。

 

 「多少は楽しめそうか」

 

 結論から言うと、『獣人』とは又違った意味での強敵で、いい訓練になった。

 

 此方がフルスペックで戦うと流石に勝負にならないので、念獣達の権能は最低限とし、“廻“式“流“と円掌拳メインで相手をした。

 

 ダチョウに良く似た黒い羽の固まりのような胴体から長い二本の足が自在に伸び、オブジェにしか見えないでかい爪が生えた指が二本有る。

 

 基本、攻撃は足のみでたまに嘴で突いてくる。

 

 円掌拳に蹴り技はあまり無いので、その多彩な蹴撃はとても勉強になる。

 

 円掌拳と言うか私の武術も、その理や骨子が分かるにしたがって少しずつ変化をしている。

 『沈力』にしても、身に付いて来るにつれ、静止した軸になる部分をある程度動かしてタメや引きを作ったり、型の動きを減らして隠蔽性や対応力を上げたりした。

 

 その辺は守破離、と言うところか。

 

 火食鳥の使う豪快な蹴り技は観ていても華が有るので真似して覚え、気が向くと今は、互いに同系統の技で轟音を響かせながら足の打ち合いをしている。

 

 相手も結構楽しい様子で、定期的に来る度に模擬戦をし、たまに新技で驚かせ、負けても楽しそうに帰って行く。

 対応した感じだと、かなりの年寄りのようなのだが、鳥頭のせいか常に意気軒昂でカラッとしている。

 

 例え私が人間でもさらりと受けいれ、突然消えても気にもしないだろう。

 

 修行生活の隣人としては悪くない。

 

 

 

 

 ─────四年後。

 

 ついに旅立ちの日を迎え、森を出る時が来た。

 

 ・・・・・が、その前に一つやっておきたい事が出来た。

 

 十年前、この地に来た時から北の山脈方面に有った≪結界≫の危機感知反応が、パッタリとほんの数日前に無くなった。

 

 脅威となる相手や環境が死んだり変化した、とかではない。

 

 あの、嫌なプレッシャーは感じるが以前のような、ひりつくような圧がはるかに弱まっている。急に以前よりも脅威度が下がったのだ。

 

 ここ数日ずっと考えていたのだが、私は此れが、私が強くなったから。具体的には『尻尾(ウロボロス・ホルダー)』の権能≪調律≫が成長して、何らかのブレイクスルーが発生したのではないかと予想を立てた。その理由に、少しの心当りも有った。

 

 念獣達に確認すると、

 

 :肯定。

 

 と返事が有った。

 

 「じゃあ行くしか無いでしょー!」

 

 ≪観測≫のマップ機能が有るので迷う心配は無い。

 

 最後に崖に造った拠点を掃除し、入り口を塞ぐ。

 お手製のリュックを背負い、腰にはポーチと鹿角のナイフ。

 

 二十歳(はたち)位の筈だが、五年前『肝臓(アクエリアス)』の二次権能≪長生≫が一度だけ発動し、細かいコントロールが効かず五年程年齢を戻された。まさか、老化抑制ではなく年齢退行とは予想していなくて、気軽に発動したら大惨事(涙)になった。

 

 十五歳にしては小柄で、小学生に見えかねない身体に活力が漲る。

 

 季節は春。

 

 変則的だが、先ずは北の山脈で脅威の確認。それが済んだらいよいよミカゲ君の人里デビューだ。

 

 

 





 十年たってもコンパクト


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 32、魔獣と勝負

   32、魔獣の家

 

 朝の空気を切り裂くように、≪甲殻≫を蹴って低空を飛ぶ。

 

 気配を読みながら誰もいない森の街道を越え、春の山岳地帯を 一路北に向かって進む。

 

 天気も申し分ない。

 

 急ぐ旅路ではないが、十年抑え込んでいたのだ。どうしても出立に心が沸き立つ。

 

 最早、気配の遮断は達人の域に達し、意識しなくともその存在が認識される事はほとんどない。

 

 音も立てずに進む私に至近になってから気がついた鳥や樹上の小動物がびっくりして硬直し、通りすぎてから慌てている。

 

 目的地までかなりある。

 

 別に、危機を(かも)していた相手の気配を感じ取っているわけではない。流石に遠すぎて無理だ。

 

 相手、と言うか()()()()()の位置は、所謂三角測量によって導き出した。

 何度も場所を変えながら、北方向への移動のリスクを感じ取ってみたのだ。

 此れにはかなりの時間が掛かっている。

 

 最初は只の確認作業で、漠然と北がヤバい、と判るだけだったのだが、どっか行ってくれないかと時間を置いて何度か試しているうちに、ふと此れは≪結界≫の危機感知能力の経験値稼ぎに丁度良いのではないかと気付き、修行のルーティンに取り入れる事にした(今に至るも相手に移動の形跡は無い)。

 

 漠然と北方向遠く、と解るだけだったのが徐々に範囲が狭まり、大体の方向が判明した処で出来るだけ距離を離した二点から方向を確認して危険の位置を割り出した。

 それから十年掛かって縦横百キロ近い範囲がゆっくりと狭まっていって、今は共に成長した≪観測≫のマップ機能に、遠く数キロ四方が色付きでマーキングしてある。

 この先は近づいてから探せば問題無いはずだ。

 

 毎朝の修行と狩り、興味を引かれた地形や生き物等に寄り道しながらの移動なので、数日で到着の予定が既予定を大分オーバーしている。

 

 もう既に因縁の相手(?)まで半日も掛からない距離へと来たが、一風変わった気配を感じ、又も方向を変える。

 

 

 森の生き物でも『霊獣』達でもない気配だ。

 

 川沿いに十個ほど固まっている。

 

 少し時間をかけて目立たぬように樹上から近づき、木の葉の陰からそっと覗く。

 

 切り開かれた陽当たりの良い峡谷にちょっと広めの平らな土地があり、大きなログハウスが建てられていた。

 周囲には果樹と少しの畑が整備され、居心地の良い木陰にはベンチが置かれている。

 

 いかにも山の中の秘密の隠れ家、と言う雰囲気。

 

 しかし、妙なのは、危険な野生動物の多い森なのに柵等の対策が何も取られていない事だ。

 入植にしては畑は家庭菜園並みに狭いし、必須の筈の家畜の姿も無い。

 

 奇妙な疑念の訳は、うろつく人影を見てすぐに氷解した。

 

 人ではない。

 

 見た感じ、直立した黒毛のゴリラが、蔓編みの大きなバスケットを抱え、勝手知ったる様子で赤い実をつけた果樹へ歩いて行く。

 

 お喋りに興じる者も、畑仕事をしているものもいるが皆ゴリラ。

 

 何頭かは麦わら帽子までかぶっている。

 

 半数が子供で、可愛いがやっぱりゴリラ。

 

 全身毛むくじゃらのゴリマッチョ、身長二メートル前後、ちょっと体型がゴリラよりシュッとしていて逆三角形。果てしなくでかくてゴツい。

 

 「・・・ゴリラか」

 

 ゴリラには、ちょっとウーンとなってしまう引っ掛かりが有る。

 

 小さい頃、やたら私にウザ絡みしてきた苦手な叔父がゴリラ顔で、ゴリラには何の罪も無いがちょっと印象が悪いのだ。

 

 ちなみに、肝臓の切除手術をして酔っぱらう度にその話をした叔父と、同一人物。

 

 

 ゴリラに話を戻そう。

 

 見た感じ全身毛むくじゃらの生き物だが、そういうわけで私的にモフモフ度は低い。

 

 でも子供はちょっと愛嬌がある。

 

 服を着る文化は無いようだ。

 

 気を取り直して観察を続けると、ここは所謂『魔獣』の集落か住居のようだ。

 

 

 ハンターハンターの世界には、人と意志疎通ができ、ハンター並の戦闘力を持った魔物のような外見の異種族、通称『魔獣』が割と人のそばで暮らしていたりする。

 

 『魔獣』には幾つもの種族があり、強さも能力も友好度もピンキリ。獣同然の単なる害獣である場合も多く、一般的には全てそうだと信じられている。

 しかし、一部種族は変身能力も持っていて、たまに人に化けて人里に来たりする。

 私はある種、前の世界の妖怪のようなイメージを持っていた。

 

 眼前に居るようなゴリラ系の『魔獣』は原作に出てきていない、能力も人に対する友好度も謎なので、危険度がどの位あるかは予測できない。

 

 まあ、ガチで争いになっても厄介そうなのは一体、いや二体位だ。

 

 その二体からは高いオーラを感じる。

 

 少なくともどちらかが念能力者なのだ。

 

 一人、と言うか一体は中でも一回り大きな個体でボスザルいや、ボスゴリラの風格のある奴だ。オーラが安定していて動きも格段に隙が無い。

 この集団のリーダーらしく、たまに低い声で何か指示を出している。

 

 こっちはまあ分かる。珍妙なのはもう一体の方だ。

 

 敷地の端、ログハウスや畑から離れた一角にポツンとバケツ程の小さな樽が置かれていて、その中からかわいらしい小猿が縁を掴んで顔を出していた。

 白黒ツートンカラーで、額に小さなハートマークがある。こいつを入れると住人(?)は全部で十一体。

 

 樽の中にずっと同じ体勢でいて、たまに周囲をキョロキョロ見回している。

 

 見た感じ戦闘能力は皆無、しかし結構なオーラを纏っていて気を引く。

 

 モフモフ度は、見たところ集団の者達の中で最も高い(重要)。

 

 サル系だが、明らかに集落の者達とは種族が違う。

 

 何かを警戒しているようで、あまり楽しそうでもない。

 

 集落の者達は、樽の中の小猿とかかわり合いになりたく無いらしく基本無視、子供が樽に近づこうとすると慌てて引き戻して叱っている。近づくのはNGらしい。

 

 樽の中の小猿の名は『ピート』。

 

 何故名前が分かるのかというと、樽に『名前はピート』と描いてあるから。

 

 あ、いや、小猿が入る前から樽に文字が書かれていた可能性もあるか・・・だが書かれた文字は新しい。樽は古いのに。

 

 捨てイヌならぬ捨てサル?

 

 こんな家一軒、十人ほどしか住人のいない場所で?何で樽入り?そもそも誰が捨てた?

 

 ワケわからん。

 

 謎は深まるばかりなのだ。

 

 面白そうなので、私は彼らに接触してみる事を決め、集落からそっと離れた。

 一度仕切り直して自分の存在感を森の街道でよく見かけた旅人程度に調え、再度集落へと近づく。

 

 気配もなく突然現れる旅人なんて、不審者そのものだ。

 

 あからさまにゆっくり近づけば、相手に心の準備をする時間を与えられるし、加えて私に対する脅威度も下げられる。

 いきなり排除行動に移らず、交渉してくれる可能性も高くなる。

 

 フッ、最早ビビリだったミカゲ君は居ないのだよ。

 

 もちろん最強を謳う気も、俺tueeeする気も無いが、殊更逃げ回る必要が無い程度には相手を測れるし、私は強くなった。

 

 どんな強者からも逃げ出せるほどに(最重要)。

 

 川沿いを下流側からゆっくりと近づいて行くと、ゴリラ達にすぐに察知され、慌てたように気配が動き出した。

 そのすぐ後、『(ピスケス)』の二次権能≪覚醒≫が、オーラの臭いを感知し、ほぼ同時に『左目(スコルピオ)』の≪観測≫仕様の視界に、何か、空中に浮かぶタンポポの綿毛の様なものが入ってきた。

 

 びっくりしたが態度には出さない。

 

 大きさは、胡桃ほどの綿帽子に松葉を突き刺したサイズ。

 それが、三つ程ゆらゆら浮かんでいる。

 

 風に乗って飛んでいる訳ではないらしい。一向に地上に落ちて来る様子がない。

 

 ゆっくりと回転しながら滞空する幻想的な白い綿帽子は、赤い輪郭で強調され

 

 【オーラ生成物・“隠“発動中】

 

 のタグが一つ一つに添付され点滅していた。

 

 ちょっと予想外だったが、≪結界≫の危機感知が反応しないし、素の感覚でも嫌な感じはしないので、綿毛には気が付かないふりをして集落へと近づく。

 

 これも駆け引き。

 

 “隠“が掛かっている()()に反応したら、其れを感知する能力があると悟られてしまう。

 

 綿毛の主は十中八九あのボスゴリラだろう。

 

 恐らく偵察用か監視用の“発“。

 

 脳筋系に見えるのに以外と慎重派なのか?いや、ゴリラは確か賢明で平和主義な生き物だった。

 

 ・・・いやいや違う違う、そうじゃない、ゴリラじゃなくて『魔獣』だ。

 

 ・・・・・外見の印象に左右されると危険かもしれん。ちょっと気を引き締めよう。

 

 

 川沿いの段差を乗り越え、ログハウスと魔獣達を視界に納めると、私はちょっとポカンとしてしまった。

 

 目に入る景色に変化は無い。

 

 変わったのは住人の方だ。

 

 さっきまで確かに直立したゴリラ達だったのが、皆ちゃんと服を着た農夫の一家に大変身していた。

 

 背が高くガッチリした短髪の木訥そうなおっさんが、チュニックにデニム地っぽいオーバーオール姿でびっくりした顔で此方を見ている。

 子供達の気配は、背後のログハウスの中。二階のカーテンの陰。

 周囲には中年から学生位までの女性五人がいて、ドイツの民族衣装のディアンドル風の野良着やワンピース姿で、強い瞳は好奇心を隠さない。

 

 最初に思ったのは、子供達が隠れたのは変身能力がまだ未熟なのかな?

 

 でも、

 

 ハーレムかよ!

 

 でもなく、

 

 『ゴ、ゴリラに文明のレベルで負けた・・・・』

 

 だった。

 

 人間の私が苦労して自分で鞣した()なりの毛皮を着ているのに対して、ゴリラの彼らが工業製品っぽいデニム地に見えるコットンや、リネンの服を着なれた感じで身に付けている。

 

 へこむわー

 

 実際、彼らを見た瞬間愕然とし、私は膝から崩れ落ちそうになった。

 

 『あっ!編み上げのブーツ迄履いてる!』

 

 私は裸足。

 

 「・・・はぁー」

 

 何か、いろいろどうでも良くなって溜め息をつき、両手を挙げて無害をアピールし離れた位置から声をかける。

 

 「こちらに争う意思は無い。この辺りの情報を少し知りたくて寄らせてもらった」

 

 こーゆーのは適当で良いんだ、適当で、変に構えると此方の緊張があっちにもつたわって、却って警戒させる。

 

 「・・・こんな森の中へお客さんとは珍しい」

 

 ポカンと、何かに驚いていたオーバーオールのおっさん(正体はボスゴリラ)が、ハッとしたように気を取り直して返事を返した。

 

 「驚かせたのなら済まない、山脈を北側に抜けたいんだが、お奨めのルートは無いかい?」

 

 とりあえず来訪の理由を告げ、相手が警戒して対応を渋るようなら其れまで。素直に帰る。

 

 「北か・・・一番近い人里は北西のトカの村だが、そっから来たにしちゃ迷い過ぎだ。この辺りに他に人里は無いはずだし・・・お前さん一体どっから来たね」

 

 「南」

 

 ≪観測≫の視界の端に表示されているマップに、修行していた平地の森からふらふらしながら概ね北へと進んできた行程が細いラインで示されているのを確認する。

 

 「南?南にゃ何にも無いぞ、山岳地帯が続いていて、その先も原生林が在るだけだ」

 

 おっさんは、怪訝そうだ。

 

 「山脈の麓の『森の街道』から、山のなかをずっと北上してきた」

 

 あれ、怪しまれてる?と思ったが、正直に言ってみた。正確には『森の街道』の更に向こうの『骸の森』が出発地点だ。

 

 今のミカゲ君は、トラブルを恐れないストロングスタイル。

 

 ハンターハンターの世界は、嘗められる方が危険や手間が増えるヤクザな世界なのだ。

 

 「はぁ?山岳地帯を突っ切って来たのか、そいつは凄い」

 

 お?信じた。

 

 「中で一杯もてなそう、入ってくれ」

 

 おっさんが此方に手招きして女達に指示を出し、無防備に背を見せログハウスへと入って行く。

 

 さっきまで覗いていた畑やベンチを一瞥し後に続く。

 樽の中の小猿とも目が合ったが、歯を剥き出して威嚇された。よくわからんが怒ってても何か仕草が可愛い。ピョンピョンしてる。

 

 

 ログハウスの一階は落ち着いた広いラウンジで、頑丈な造りの大きなテーブルや椅子が並び、片隅に鋳鉄の調理ストーブと梁からランプが吊るされている。

 見た感じ、引退した小金持ちの楽しいスローライフっていう雰囲気だが、正体は『魔獣』の巣。

 

 テーブルに座ったのはおっさんと私だけ。二人の前には水差しとカップが二つ。

 五人の女性は飲み物を置いて壁際へと少し離れた。

 

 五人ともアスリート体型でウエストが細い。顔も皆さん水準以上。だが正体は『魔獣』。

 

 まさか残らず(メス)とは思わなかった。勿論リーダーらしきおっさん程ではないが、全員常人など及びもつかない戦闘力を備えている。

 

 でもまあ、私には問題ないレベルだ。

 

 まずおっさんが飲み、私もありがたく水を受け取った。森の中でお茶など期待する方がおかしい。

 安全な水を分けてもらっただけで、感謝すべき特別な事なのだ。

 

 爺さんに教わった。

 

 

 「・・・一目で解ったよ、あんた相当ヤるなぁ」

 

 一通りの挨拶が済むと、カップを右手に持ったまま、おっさんがニコニコしながら話しかけてきた。

 やはり見た目どおりの脳筋。

 

 「あんたもな」

 

 答えて此方も無造作に水を飲む。

 

 「しかも出された水を躊躇なく飲みやがる」

 

 おっさんは、より嬉しそうにしている。

 

 「・・・なんだ、毒入りなのか」

 

 ちらりとカップの中を見て、気にせず飲み干してしまう。効かないし。

 

 親切な山中の家にやっかいになったら、旅人の荷物を狙う山賊や盗賊に早変わり、治安が悪い土地なら何処でも在りうる。昔話なら山姥か、狐狸の類い。現にハンター世界の此処でも行き逢ったのは『魔獣』の巣だ。

 

 「いやいやまさか、朝汲んだばかりの只の湧き水だ」

 

 一番若い高校生位の娘が近づいてきて、空になった私のカップに水差しから水を注ぐ。

 

 スタイル抜群の黒髪の美少女だ。注ぐ時にパンパンに膨らんだ胸の谷間が覗けてしまう。

 

 ・・・でも正体はゴリラ。

 

 「美人だろ?」

 

 内心『魔獣』の変化の能力に感心していると、おっさんがニヤリと笑って言った。

 

 「・・・そうだな(ゴリラじゃなければね)」

 

 「成人している一番若い娘だ」

 

 ほう、全員がハーレムメンバーじゃなかったのか。

 

 「俺に勝ったら嫁に出しても良いぞ」

 

 「ブッ・・・」

 

 思わず含んでいた水を噴いた。

 

 「慎んで、お断りさせていただきます」

 

 即座に、誤解の余地なく断る。

 

 幾ら美少女でもゴリラの嫁を貰う気はない。

 世の中には他種族が人化したモン(むす)系を好む文化が在るのは理解するし、私もケモ耳とか割と大好物だがゴリラは無理。何と言うか、ゴリラは余りに男性的過ぎ、叔父に似すぎていて生理的に受け付けない。そういう特殊な趣味は持ち合わせていない。

 

 「そうか、残念だ、久々に手応えの有る相手とやれると思ったが・・・好みじゃなかったか?」

 

 ちらりと娘の方を見て少し笑いを漏らし、答えづらい質問をしてきた。

 

 娘がちょっとムッとしている。

 

 いや、これ娘の容姿がどうこうじゃなくて、変化の技前(わざまえ)が未熟なんじゃないかっていう娘に対する『魔獣』ジョークか?

 

 めんどくせーわ。

 

 「いや、今の見た目は完璧だけど種族違いだといろいろ苦労しそうだからね」

 

 面倒だから此方からぶっちゃける。

 

 ザワりと娘さんと周囲の女性陣は動揺するが、おっさんはバツが悪そうに顎を掻いただけだった。

 

 「チッ、何だよ、知ってて来たのか?」

 

 これは、全部嘘だったのかっていう問いかけかな。

 

 「いや、北へ向かうのも南から来たのも本当。ここには変な気配がいっぱいいたから好奇心で覗きに来ただけだ」

 

 「・・・本当らしいな」

 

 いつの間に飛ばしたのか、おっさんの回りにさっき見た大きなタンポポの綿毛が何本か浮いている。

 

 どうやら何かの判定能力を持っていて、情報を得ているらしい。意外に便利そうだ。

 

 「それよりちょっと聞きたいんだが、あの樽の中の小猿は何なんだ?」

 

 なんか、『魔獣』達の事は概ね解った気がするので、一番気になっていた事を聞いてみる。

 

 「・・・()()か」

 

 おっさんが、ちょっと苦々しそうに口ごもる。

 周りの女性陣も眉をひそめている。

 

 どうも結構な訳有りのようだ。

 

 「聞いてどうする」

 

 おっさんが嫌そうに言った。

 

 「別に、単なる好奇心だよ」

 

 おっさんの周囲に浮かぶ綿帽子が、何か場違いで間抜けに見える。

 

 「・・・・・」

 

 別に大した理由が有るわけではないようだが、部外者に話したい楽しい話題じゃ無さそうだ。

 

 空気を読んでこのまま出て行くか?

 

 でも、其れでは小猿の謎は謎のままだ。

 

 私は、カップを退けるとおっさんに向かって右腕を突きだし、 音をたててテーブルに肘を突いた。

 

 「タダとは言わない、腕相撲(アームレスリング)で勝てたら教えてくれ」

 

 目が点になったような一瞬の静寂。

 

 周りの女性陣は苦笑い。

 

 しかし、おっさんは嬉しそうに目を光らせている。

 

 「良いのか?」

 

 おっさんは、だいたい身長二メートル十センチ、骨太で筋量からすると体重は百七十キロ位?力比べはしたいが幾らなんでも自分に有利すぎると考えたのか、私の手から視線を逸らさず聞いてきた。

 

 現在ミカゲ君の身長百五十四センチ体重四十五キロ。

 

 

 「何だよ、ハンデが欲しいのか?」

 

 煽るでもなく面白がるように言うと、おっさんはニヤリと笑い、いそいそと袖を巻くってテーブルに肘を突いた。

 

 余りに体格の違うアンバランスな光景に、女性陣は流石に止めたそうだが二人の手はすぐに組まれる。

 

 「行くよ」

 

 私は、何処からともなく取り出した銅貨を一枚握った左手指に乗せ、弾き上げる準備をする。

 

 楽しそうなおっさんと目を合わせコインを跳ばす。

 

 落ちたコインの金属音と共に、二人の間でとてつもない力がぶつかる。しかし組み合った互いの豪腕は微動だにせず、分厚いテーブルの天板だけが低い悲鳴を上げた。

 

 たぶん、多少は舐めていたんだろう。

 

 おっさんは、組んだ私の腕を全く動かせないことに気づき、少し目を見開いた。

 

 実を言うと私も、手応えの無さに少し驚いていた。

 よく考えれば、オーラで強化していたとはいえ重機並みのパワーで蹴りまくってくる九メートルの火食鳥と普通に組手をしていたのだから、その基礎能力は推して知るべしである。

 

 どうやら予想どおり、いかにゴリラの『魔獣』と言えど、筋肉だけの力なら今の私を圧倒することは出来ないようだ。

 

 今の私の身体は、ほぼ最適化された念獣と生身の融合体の様なものなので、つまり殆ど空想上の幻想物質で出来ているも同然。常識的な範囲の肉体で対抗するのは難しいだろう。

 因みに、闘いの礼儀としてこっそり『全力稼働(フルポテンシャル)』は使用済みである。

 

 マジか?と言うようにチラリと私の顔を見て、おっさんは更にパワーを上げてゆく。

 

 額に汗が浮かび、口角の上がった顎で奥歯を噛みしめ、チュニックの中の肉体が徐々に膨らんで声が漏れる。

 

 「・・・ふっ・・・ぐっ!」

 

 よほどの負けず嫌いなのか段々と強化のオーラも使い始めると共に変化が解け始めた。体色が黒くゴツくなって口元に牙が生え『魔獣』の姿に変わってゆく。

 

 流石に私も少しずつオーラを纏い、パワーを上げて対抗していく。

 

 傍に居る者には、黒いゴリラと銀髪の子供が互角の腕相撲をしているシュールな光景が映っていることだろう。

 

 目をつぶって(もや)が立つほど全身汗だく、全力を出しきっているおっさんを見ていて「楽しそうだな」と思う。

 

 テーブルの上で組まれた腕は微妙に左右に振れているが現状拮抗している。

 

 私にはまだ更に使用オーラを増やすとか『心臓(レオ)』の権能≪強化≫を適用するとか、いくつか奥の手は有るがこの辺で終わらせる事にする。

 

 ハラハラしながら観ているギャラリーの目もある。

 

 私がこっそり“周“を掛けていたテーブルからオーラを抜き取ると、その瞬間唐突に分厚い天板は砕け散り、おっさんと私は組んでいた腕を支点にくるりと投げ飛ばされたように一回転して床に落ちた。

 

 ちょっと驚いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 HXHにはゴリラ


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 33、ストーカーと嫌われもの

   33、ストーカーと嫌われもの

 

 おっさんと私。組んでいた腕は離れたが互いに背中合わせで床に座り込み、まさかこうなるとはと驚きを込めて振り返ると、丁度同じようにびっくりして振り返ったおっさんと目が合った。

 分厚いテーブルが砕け散ったのだから、二人の間にはトン単位の力が掛かっていたのは間違いない。自動車の衝突事故に巻き込まれたようなものだ。

 人型種(ひとがたしゅ)二人分の重量なんて、軽く吹っ飛ばされる。何事もなく済んだのは、二人の頑丈さと運動能力が有ったからだ。

 

 「ふっ、くっくっくっ・・・」

 

 なんか、この一連の顛末が可笑しくなって笑いを抑えることが出来ず、声を上げて笑ってしまった。

 

 見ていたおっさんも初めは低く、やがて腹を抱えて笑い始めた。

 

 周りの女性陣は唖然としている。

 

 

 

 「あいつにはホトホト困っているんだ」

 

 農夫改め『魔獣』のゴリムだと、おっさんは名乗った。

 

 仲良くなったゴリムと私は、家の前まで引っ張って来たベンチに並んで腰掛け、敷地の端に置かれた樽を眺めながら中の小猿の話をしている。

 

 信用してくれたのか、女性陣もゴリムも本来の『魔獣』の姿で、四体の幼い『魔獣』(仔ゴリラ)も一緒に辺りで(くつろ)いでいる。

 

 何でか、誘った訳でも無いのだが仔ゴリラの内の一体がゴリムと私の間に潜り込んで来て座っている。時折二人の膝をペシペシ叩いて楽しそうだ。

 メンタルもサイズも二歳児位か?騒がれないように適当にあやす。

 

 

 「困る?」

 

 私の≪観測≫の視界には、小猿に

 

 【オーラ生成物、念獣】

 

 のタグが付いている。

 

 威嚇されながら少し近づいてみると、小猿の正体は生物ではなく念獣だった。

 

 しかし、ゴリムが対処できないほどの厄介者には見えない。

 

 「ああ、見てろ・・・」

 

 ゴリムはひょいと手を伸ばして足元から小石を拾い、オーラを込めると軽い調子で投げた。

 

 凄まじい速度で飛ばされた飛礫はあっさり小猿の頭部を粉砕し、突き抜けて地面に土埃をあげた。

 

 「なっ!」

 

 せっかくのモフモフが、とつい声が出てしまう。

 

 「慌てるな、見ていれば解る」

 

 ゴリムに動揺は無い。

 

 「えっ?」

 

 二人が見ている前で煙の如く飛び散った小猿の頭蓋が、録画の逆回しのような早さで一瞬で再生する。

 小猿は歯を剥き出して、ちょっと怒っている。

 

 「・・・誰かの念能力による攻撃なのか?」

 

 この近辺に彼らと私以外のオーラ持ちは居ない。それなのにゴリムを困らせる念獣がここにいるという事は、何者か敵対的な念能力者が遠距離からこの場に干渉している事になる。

 原作にも敵に取り付いて悪さをするタイプの念能力は有った。

 一度取り付くと距離を空けても効果が持続する呪いのような厄介なヤツだ。

 

 「そんな感じなんだが、ちょっと違う」

 

 ゴリムは二人の間に挟まった仔ゴリラをそっと抱き上げ私の膝に乗せると其の頭を軽く撫で、立ち上がって小猿の樽に近づいて行った。

 

 厳しい表情を崩さないゴリムとは対照的に、小猿は飛び跳ねて喜んでいる。私の時とは大分違う。

 

 ゴリムは一度振り返り、小猿と自分が両方私の視界に入っているのを確認し、小猿とジッと視線を合わせる。

 

 見ているゴリムに射すくめられたように小猿は樽の中で動きを止め数秒の(のち)、ぶつかる二人の視線の中間、ゴリムの眼前に何か飾りの着いた薄い板のようなものがオーラの揺らぎと共に顕れた。

 

 その板に、

 

 【オーラ生成物、不明】

 

 のタグが着く。

 

 角度的に板の表面は見えないが、そう危険なものではないようだ。≪結界≫の危機感知は反応せず、嫌な感じも無い。

 ゴリムも、慌てることなく此方を振り向いて私の驚きを確認し、慣れたようすで手を振って板をくしゃりと潰し、消してしまった。意外に脆い物のようだ。

 

 明らかにガッカリしている小猿を置いて、ゴリムがベンチに戻って来た。

 

 「見たか?」

 

 私から仔ゴリラを受け取り、自分の膝に乗せて元の位置に座る。

 

 「見たが・・・あれは何なんだ?」

 

 「あれは契約書だ」

 

 「・・・けいやくしょ?取引をしたり雇ったり雇われたりする時に署名する、あの契約書か?」

 

 「そうだ」

 

 ・・・念能力と契約書。

 

 嫌な予感しかしない。

 

 「誰か厄介な念能力者に契約を迫られてるって事か?」

 

 隷属系か強制系か、何か行動や思考を制限するための前提条件である可能性が極めて高い。

 

 これは、ファニーな見た目と違って意外に根が深いのかもしれん。

 

 今の私が気配も感じ取れないほど遠方から仕掛けているとすると、相当練り込まれた念能力だ。

 

 困っているのに有効な対策を取れないのは、既に何らかの術中に填まっているのか。

 

 「厄介は厄介なんだが・・・」

 

 ゴリムが、煮え切らない態度で身体を左右に揺すって仔ゴリラをあやしながら、片足で器用に耳の後ろを掻く。

 切羽詰まっているしては真剣味が足りない。

 

 「違うのか?」

 

 どうもはっきりしない。

 

 「近いが・・・・問題は、契約を断ろうにも其の方法が見つからない事でなぁ」

 

 何かを思い出しているのか、目が遠い。

 

 「実際に側であの契約書を見れば色々解るんだが、チビモンキーはえらい人間嫌いで人が近くに居るとオーラの電撃を飛ばしやがるんだ。まぁ死にゃしないんだが」

 

 ゴリムは、小猿の事をチビモンキーと呼んでいるらしい。

 チビモンキーを睨むゴリムから詳しく話を聞いてゆく。

 

「・・・最初に奴を見かけたのはシュマの町での事だった・・・・」

 

 シュマは、近隣の国の港町だと言う。

 

 ゴリムは以前から家族を森に残して定期的に町へ買い物や情報収集に出掛けていたのだと言う。

 小猿を見かけたのもその時で、路地奥から木箱に入って通りを横切る人間を見ていたそうだ。

 

 道行く人は、見かけても特に誰も気にしていなかったらしい。大きな町で飼えなくなったペットが捨てられるのは、別に珍しい事ではない。

 

 そして彼が前を横切る。

 

 人間に擬態し、他の人達と同じように路地の前を通り過ぎるゴリムを見つけると、何故か小猿は箱から出て後を付いてきていたようで、気がつくと後ろに居たらしい。

 

 ゴリムも最初は只の捨てられたサルのペットだと思って気にしていなかった。

 威嚇して追い払おうとしたり運動能力で撒こうとしたりしたが果たせず、どうもおかしいと気づいた時点であの契約書を出された。

 

 勿論、余りに怪しすぎて契約など論外。しかし、何故か小猿はゴリムに執着して一向に諦めてくれない。

 

 情報を集めようと方々に手を回し、操り手を誘きだし調べようと何度か町から離れ、小猿を倒そうと再三直接攻撃を仕掛けてみたが、どれも上手く行かない。

 

 結局、最も参考になったのは件の契約書を細かく検分したその内容だった。

 

 契約書には小猿の存在の経緯が記されているらしい。

 

 其れを纏めると、とある具現化系の念能力者が自分の創った念獣が自分の死後その活動を止め消え去るのを惜しんだ。

 

 他のオーラ持ちの念能力者に代わりにその飼主と言うか所有者になって欲しいと継承の仕組み(契約書)を念獣に組み込んだ。

 

 念能力使用のキャパシティーは継承者負担にならない模様。

 

 という、一見ごく平和的なものだった。

 

 簡単に言うと、ペット(念獣)の相続依頼?。

 

 「・・・えっ、そういう問題なの?」

 

 

 確かに可愛いけど、可愛いけど其れはどうなんだ?

 

 得体の知れない念獣だぞ。

 

 継承相手が全て了解している身内でもなければ「ごめんなさい」一択だろう。

 

 話を聞いた私が、ちょっと混乱して聞き返すとゴリムが軽く頷いた。

 

 ゴリムが調べてみると、正体は不明だが確かに元の飼主、と言うか念獣の元の使い手が数年前に死亡している事だけは確認が取れた。

 

 使い手に関するそれ以上の情報は、探り出せなかった。というか少しヤバい方面に繋がっていて、()()()ってやつらしい。

 

 「こいつは所謂(いわゆる)『死者の念』ってヤツとは違うのか?」

 

 これまでに見た『死者の念』とは大分雰囲気が違う。

 だが、小猿も白黒のツートーンカラーで色味はそれっぽい。念獣の元の使役者も死んでいる。

 

 「俺もそうなんじゃないかと思って、そういうのを専門にしてる奴に確認してみた」

 

 知ってたか。と言いたげにゴリムがチラリとこちらを見た。舐めんな。

 

 「結果、別にそういうアレでは無く直接的危険は無いらしい。もしとり憑かれてしまっても恐らく解除は可能と言われたが、さすがに契約(憑かれる)前では無理だと断られた。

 それに、見た目よりも大分強力な念獣で、本格的に憑かれると処理もかなり難儀するって脅かされた」

 

 そうだった、つきまとわれているだけで未だとり憑いている訳じゃなかった。

 契約後の解決も不可能では無いが、凄い金が掛かるか凄い借りを作るってヤツだな。

 

 『死者の念』の専門家?いや、念による呪い解除の専門家、除念師か?

 

 攻撃しても退治できず、徐念も困難。使役者は既に死んでいて解除不能。

 

 ・・・こいつは厄介だ。

 

 「・・・あー、使役者はもう居ないんだろ?何処かに閉じ込めて置くか、攻撃を続けて消耗させれば(じき)に崩壊するんじゃ無いのか」

 

 所謂消耗戦だ。相手に現状以後の補給が無いのだから、再構成か再生か分からんがオーラを使わせ続ければ遅かれ早かれ消耗し尽くして消える。

 

 要は私の『十三原始細胞(ゾディアック・プラスワン)』と一緒だ。

 

 

 

 「まず、閉じ込めるのは無理だ」

 

 なんか、非実体化してすり抜けてしまうので、檻も首輪も意味を成さないと言う。

 

 「・・・オーラを消耗させると・・・フゥ」

 

 ゴリムが一つ溜め息をついた。

 

 「・・・そいつが又一つ問題でな」

 

 ゴリムは女衆の一人に曖昧な指示をして、家の裏手から何かを持って来させる。

 

 見た目、ほぼゴリムと変わらない姿のマッチョゴリラ(女性)が片手にぶら下げて持って来たのは、じたばた動く尻尾を摘ままれた茶色い鼠だった。

 何とか逃げ出そうと暴れているものの、逃走は無理そうだ。

 

 ゴリムは、鼠を受け取ると樽の中の小猿に向かって鼠が死なない程度の力でそっと放り投げた。

 鼠は弧を描いて宙を飛び、樽の中に落ちる直前に小猿に器用にキャッチされた。鼠の大きさは小猿の三割程だ。

 

 直後に鼠は死ぬ事になる。

 

 流石に小猿が飛んできた鼠が怪我をしないよう助けてやったとかメルヘンな事を考えていた訳では無いが、現実は予想を越えてハードだった。

 

 例えば、小猿が鼠を頭から丸かじりにしても私は大して驚かなかっただろう。そんなことは森の中でも普通の事だ。

 

 だが、小猿のやった事にはちょっと意表を突かれた。

 

 小猿は、簡単に言うと()()()()()()()

 

 さっきゴリムが言っていたオーラの電撃を放ったのだ。暴れていた鼠は痺れて動けなくなり、そして変化が起きた。

 

 私達が遠目に見ている前で鼠のオーラが視認出来るほど膨れ上がる。

 

 小猿にオーラで攻撃された事によって、無理矢理『精孔』が開かれ、鼠の生命力がオーラとなって迸り出ているのだ。

 

 このまま放って置かれれば衰弱して死ぬ可能性が高い。上手いこと制御出来れば念能力が使えるのようになるのだが、その鼠に小猿が噛み付いた。

 

 噛み付いたきり動かない。小猿が何をやっているのかと首を傾げていると、スルスルと鼠のオーラが小猿に吸収され消えていった。

 

 

  吸精能力!

 

 

 『左目(スコルピオ)』の≪観測≫の効果でその顛末を誰よりもはっきりと認識出来た私は、背筋に冷たいモノを感じた。

 

  つまりこれが小猿のオーラが尽きない理由か。

 

 

 ・・・ドン引き。

 

 

 いや、仔ゴリラが小猿に近づくのを止める訳だよ。

 

 その後小猿はオーラを搾り取った鼠の死骸を、樽から出て森まで捨てに行った。

 

 樽から出られないわけでは無いらしい。

 

 あの樽は、元々小猿に投げつけた物だそうだ。名前のペイントは理由不明。

 

 て言うか、鼠自体は食べないのな。やっぱり念獣だからか?

 

 普通、強制的に精孔を開かれても、ある一定の者はオーラを自力で留める事に成功するか、衰弱しても運が良ければ生き延びる。

 しかし、小猿は強制的に吐き出させたオーラを対象が死ぬまで残らず吸い取ってしまった。これは、食事であると同時に攻撃手段でもあるのだ。

 

 「・・・ヤバいな」

 

 やっと、ゴリムがやけに小猿を嫌がる理由に納得が行った。

 

 「だろう・・・」

 

 ゴリムが毒蛇でも見るように小猿を見ている。

 

 殺す、いや消すべきだ。

 

 今の惨劇を見せられて反射的にそう思ってしまったが、一回小猿から視線を外し、少し冷静に考えてみる。

 

 確かに小猿は仔ゴリラにとって脅威だ。ゴリムが嫌がるのも無理はない。

 

 しかしここに見逃せない重大な問題がある。

 

 小猿は、眺めているだけで手がワキワキするほどのモフみ深い()()()()なのだ。

 

 そして、私は勢いだけで無益なモフモフ殺生をするつもりはない。

 

 一見、小猿を殺す──念獣なのだから消すが正しい表現かもしれないが、見た感じ意識が有るようなので、ここは殺すとしよう──のは正しい判断に見えるが、一時の感情に任せるのは性急に過ぎるかもしれない。

 

 念獣の不死性に関する懸念は、『右手(キャンサー)』の≪消滅≫を使えば恐らく抹消可能だ。

 以前に、強力な再生能力や膨大な怨念を抱えた『死者の念』を、なんだか余りに簡単に消去してしまうので、≪消滅≫について『右手(キャンサー)』とじっくり()()()()してみたことがある。

 

 おおよそだが私の理解する処によると、≪消滅≫を使用して対象を消し飛ばす時には、質量のある物質は微細に分解し、同時に消滅される場に存在する()()()()()()()エネルギーの規則性をまっ平にして情報を喪失させ、其れから世界の外に放逐するらしい。

 

 

 意味が解らず何度も確認したのだが、この作用によって何であれその構成情報、構造機能、記憶や記録がきれいさっぱり失われ、切り取られた単なるエネルギーとしてこの世界から放り出される。そうだ。

 

 例えるなら、データがつまったスマホを捨てるのに、只金槌で一打ちするだけではなく、電気炉で入念に溶かし単なる合金と炭素の塊にしてから捨てるような念の入った処理方法でデータ等の復活を完全に不可能にしているのだ。

 

 これは、≪消滅≫の能力を与える時に復活の余地が無いよう、存在抹消、魂初期化をイメージとして組み込んだ結果らしい。

 

 この、ある種の浄化能力によって、≪消滅≫で攻撃された対象は、例え如何なる能力や思考、執着や信念を持っていたとしても攻撃を喰らった段階で、単なる質量()しくはエネルギーとしてこの世界から掻き消される事になる。

 

 想定通りのヤバい能力。

 

 

 情状酌量の余地を探るため、小猿のふるまいについて幾つかゴリムに確認してみる。

 すると、ネコやイヌなどある程度大きい生き物は、例えオーラ電撃で麻痺させても只身を守るだけで、精孔を開かせたり危害を加えたりはしないらしい。襲う生き物に何か基準があるのか?

 

 多分、実在する生き物のコピーだろうが、その動きや所作(しょさ)の可愛いらしさからしても、その纏うオーラからしても、念獣を創った者の匠としてのモフモフ愛に、不健全な歪みや澱みは感じられない。

 

 例え製作者が冴えないおっさんや、コミュ障の太った引きニートだったにしても、少なくとも念獣に掛けた愛情は純粋なものだったのだと思う。

 

 まあ、だからといってゴリムに契約を勧めたりはしないが。

 

 可愛いもの好きが善人とは限らないのがハンター世界クオリティー。

 

 いや、前世でもそうか。

 

 しかし、それだけにモフモフ愛に限っては一貫性が有るのではないかと思う。

 ある程度以上の大きさのものに危害を加えないのは、元々そういう仕様である可能性が想定できる。

 偏見ありきの贔屓目予測。

 

 

 鼠の末路は衝撃的だったが、普通に考えたなら鼠を捕るのは別に悪いことでは無い。寧ろ、農場の猫などはその為に飼われていたりもする。

 それに、基本的にあのオーラ電撃に殺傷能力は殆ど無いらしい。

 

 張り付いていたタグにも

 

 【念能力、電撃(弱)、麻痺効果(弱)、精孔開放(弱)】

 

 となっていた。

 

 吸精能力も念能力者にとっては脅威ではないし、もし契約して小猿のオーナーになってしまえばオーラ供給はオーナーが行う事になるから、吸精能力自体が使用されなくなるだろう。残るのは縫いぐるみのような小猿だけだ。

 

 私の個人的意見では、殺すのはちょっと可愛そうかな、と言う処。

 

 

 「・・・しかし、そもそも何でゴリムに付いて来たんだ?」

 

 小猿の元の主にしても、死んでいたのにゴリムが突き止められなかったんだから、其れなりにツテやコネのある人物だったんだろう。

 なら、継承させる相手だって生前に見繕っておけただろうに。

 そうすればゴリムも、こんな面倒臭い事に巻き込まれないで済んだ。

 

 「それが解ればなぁ・・・」

 

 ゴリムの言に、労苦の実感がにじむ。

 

 私を、ではなくそもそも人間自体を嫌っていると言う話も有った。

 

 それが何故、何時からなのか。

 

 もしかすると、そのせいで予定の人物に継承させる事が出来なかったのかもしれない。

 

 何か秘密でも在るのか?

 

 念獣の元々の主が継承を強制されて、人間に継承出来ないように条件を変更したとか?

 

 ペットの管理者に遺産を任せるのは良く有るパターンだが、誰かが小猿(念獣)を探している様子は無いらしい。

 

 又は、人間とか『魔獣』とか関係無く、継承の条件が厳しくて当面ゴリムしか候補がいなかったとか?

 

 まさか、元々の作成者がゴリラ好きで、ゴリラ顔を好むように設定してあるとかは無いよなぁ?

 

 いや、初対面時には人間の姿だったはず・・・小猿さん意外に感知能力が高い?

 

 

 「・・・済まない、これ以上は考えても何も出そうにない」

 

 思い付いた事は言ってみたが、この程度はゴリムも気がついていて、同意しただけだった。

 

 「気にするな、さすがに一朝一夕で解決の手立てが見つかるとも思ってない。一応もう()()()()()()()()()()し、今でもたいした問題は起きてないからな」

 

 ゴリムは鷹揚に頷くと、大袈裟に肩を竦めて小猿の件を終わらせた。

 

 実際小猿の危険度は実は低い。案外先送りにしているうちに、あっさり解決の目が出るかもしれない。

 

 いざとなれば私が消しても良い。

 

 勿論その事をゴリムに告げるつもりは無いので、タイミングとチャンスが在れば、という事になる。退治には反対だが。

 

 この後夕飯をご馳走になり、気に入られて翌朝の出発が二人連れになった(+小猿)。

 

 どうでもいいが、とりあえず小猿を撫でたい!だが、無理矢理はダメ、絶対!

 

 

 

 

 





 小さな大問題


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 34、災厄と封印

   34、災厄と封印

 

 翌朝、木の実とベリー、芋とハーブがメインの食事を取って、私とゴリムは彼の家から出発した。警戒?とかじゃなさそうだが、相変わらずゴリム以外との会話は無い。

 

 聞くところによると彼の種族は、ハーレムを築いて独立すると、ファミリーのリーダーだけが対外的に名乗ったり会話したりするらしい。

 

 なので対外的な紹介も、『ゴリムの一の嫁』『ゴリムの二の嫁』と四まで続き、子供達も『一の息子』や『一の娘』となる。

 うらやまけしからん風習だが、ハーレムを築くのは女性のパターンも有るらしい。

 

 私は「ホーホー」と、耳の良い鳥のように話を聞くだけだ。前の世界では異性との付き合いは有ったが、結婚はしていない。

 とても興味深いが、そっち方面はやや経験値が足りない。

 

 

 町まで出る時期なので、一緒に付いて来て案内してくれると言う。

 この辺りから北側には、遺跡やそれっぽい謎の建造物が沢山在るらしい。

 

 私は真っ直ぐ北へ、彼が行くのは北東の町なので途中で別れるまでの道行きとなる。

 

 彼と会ってから短い時間しか経っていないが、楽しい相手なので道中付き合ってくれるのは素直にうれしい。やけに親切だが、そういう人(?)柄なのだろうか。

 町と人に関する最新の情報も有り難い。

 

 巻き込みたくないので、私が目的にしている謎の脅威の件は彼には告げるつもりは無い。

 別れた後に、気配を辿って確認だけしようと思っている。

 前と違って今は危険度も大したこと無いし、心配させても意味はない。結局は只の私の好奇心でしかないのだから。

 

 

 と、思ってたんだけどなぁ・・・・

 

 

 「・・・学者の話によると、昔この地域には結構な大国が有ったそうだ」

 

 危険な山岳地帯の森の中には今も幾つもの遺跡が残っていて、ゴリムはガイドのような仕事も頼まれるそうで、いくらでも蘊蓄(うんちく)がでてくる。

 

 「記録では、王は善政を敷き貿易が盛んで民は豊か、全盛期の工芸品とかは今でも少量だが残ってて、其れなりに貴重な品として扱われてる、知ってるか?」

 

 陶器や貨幣、宝飾品など、具体例がすらすら出てくる。

 

 当然だが、私の知識には全く無い。

 

 「当時は土地が足りなくて山岳地域も広範囲に開発したって話だ。衰退して森が広がった現在(いま)は、木々に埋もれて放置された遺跡が島みたいに方々に点々と取り残されてる」

 

 研究者や好事家を案内したり護衛したり、でかい遺跡は中に入って小物を拾い、こづかい稼ぎをしたりする事もあるそうだ。昔からの稼ぎ場らしい。

 

 意外と人間の文明に毒されている。それとも文化を気に入ってるだけ?

 普段は裸なのに何故かけっこうな衣装持ちで、ログハウスには衣装箱が幾つもあった。

 

 奥さん達や子供達はそうでもないので、ゴリムが特種(ユニーク)な『魔獣』なのだと思う。

 

 私も綿のシャツを一着貰ってしまった。多分サイズ的に女性用に購入した男物。

 

 遺跡の解説の中に、興味深い話が一つ出てきた。

 

 その大国が衰退する切っ掛けとなった事件があったらしい。五百年ほど前の事だ。

 

 

 「概ね平和で更に発展しつつあった王国に起きた最初の変事は、地方の開拓村からある日突然人が消える事件が多発した事だった」

 

 ゴリムの話は、パニック映画の導入のように始まった。

 

 「土地の代官が調査に人を派遣し、中央に報告を上げたが、当初はさほど重要視されなかった。

 

 山奥から野生の猛獣や魔獣が出現して人を襲うことは、今も昔もそう珍しい事ではなかったから、援助を請うために大袈裟に言ってきたと思ったらしい

 

 報告は回数を重ねる(たび)悲鳴じみていって、唐突に山向こうの行政区自体とぷっつり連絡が途絶えてしまい、私用や業務で行った者さえ誰一人戻って来ず、話が変わった。

 

 どうも、尋常な事態ではないらしいと国の中央が重い腰を上げ、腕利きの調査員を多数派遣した事で、地方で何が起きたのか徐々に判明して行く。

 

 現地で調査員が発見したのは、老若男女犬猫家畜を問わず黒焦げの死体と化した無人の町や村、城門が固く閉ざされたままに中の住人だけがやはり黒焦げにされた異様な城塞や砦だったと言う。

 

 報告を受けた王都の者はパニックを起こし、軍を動かして人が消えた地方との境界に防衛線を築いて封鎖した。だがこれが良くなかった。

 

 (もと)めて人を襲う怪物相手に餌を用意して、都市部に誘導する(かたち)になってしまった。

 

 派遣した軍が文字通り全滅し、封鎖区に程近い市街区が襲われて、極僅かな生残りから初めて怪物の正体が判明した。

 

 体長が成人の六倍を越える(十メートル以上?)大きさの、巨大な猿と虎を合わせような化け物、過去の記録に該当例が無く、どういう経緯か解らないが何等かの仮の俗称が元になって、

 

  死獣 『ヌエ』

 

 と、名付けられた。

 

 記録に残る姿は、猿の頭と胴体に虎の手足、四肢の爪も鋭く、動くと目で追えないほど身体能力が高くて矢も当たらない。

 その上翼も無いのに自在に空を飛んだという。

 嘘か本当か鳴き声を聴いただけで恐怖に駆られ正気を失い、目が合うと金縛りにあったように動けなくなったらしい。

 

 更に最も恐れられた能力は、全身から発する黒い電撃で、相当な広範囲高威力だったらしく、集団戦をしようとすると無駄に犠牲が増えるだけだったと言う。

 

 何度もほとんど無意味に兵が死に、結局は()()()()()()()()()──これは多分、今で言うハンターみたいなフリーの念能力者の事だと思うが──を雇い、それでも犠牲者は出たが何とか退治することに成功した。

 

 多大な犠牲を払って死獣騒動が決着したと誰もが思った。

 

 しかし数年を待たず死獣は再び現れる。調査の末、前回と同じ個体だと分かった。

 村が消え、町が消え、同じような経緯を辿って死体の山を築き、死獣は再度退治された。

 

 三度目に死獣が現れたとき、どうやら殺せない生き物なのだと皆が気がついた。

 逃げ出す者が多く国は既に寂れ始めていた。しかし、王と配下の者は知恵を絞り、とある山間部の施設に罠を張った。

 記録では、その準備で国中から鉄と青銅が消えたそうだ。

 

 既に傭兵達もほぼ手を引き、逃げ出さず生き残っていた兵と、巨大でも猿が相手と言うことで王室の狩猟犬の部隊が罠への誘導を任され、その命を囮にするようにして死獣を罠へと誘い込んだ・・・。」

 

 「・・・それで?」

 

 話に引き込まれ、私はゴリムに続きを促した。

 

 「死獣の痕跡は其処で途切れているから、封印には成功したんだろうなぁ」

 

 「解んないのか?」

 

 「死獣が再び解き放たれないように、王は罠を仕掛けた施設を口の利けない奴隷に丸ごと埋めさせ、罠の詳細を極秘にして墓まで持ってったそうだ」

 

 危険を知らしめる為に相手の情報は残し、封印した場所は漏らさず秘匿する。

 命懸けで仕えた部下も沢山いたらしいし、きっと優秀な王様だったんだろう。

 

 ちょっと彼等の冥福を祈る。

 

 「不死身の怪物か・・・不死身ならまだ生きてるかも知れないな・・・」

 

 ()()()に備えて、一応注意するよう警告しておく。

 

 「五百年前だぞ?幾ら何でも、もう死んでるさ。

 近頃の学者の説じゃ国が無くなった事に謎の怪物はまったく関係無くて、当時の蛮族や諸外国に攻められて滅んだのが、長い間に歪んで伝わったんだ。てのが有力だな」

 

 だといいんだけど・・・。

 

 不安げな私を、ゴリムがからかう。

 

 「・・・あいつな」

 

 「あいつ?」

 

 「あのチビモンキーさ」

 

 「おう」

 

 ゴリムの話が急に変わったので戸惑う。

 

 小猿は朝から二人の少し後ろを付いてきている。

 

 「姿が変わるんだよ」

 

 「姿が変わる?」

 

 私は、話の流れから小猿と古代の死獣『ヌエ』との間に何らかの繋がりが有るのかと少し緊張した。同じサル系と言う所は共通する。

 

 「初めて会った頃、モンキーからチビ(ドッグ)(キャット)に姿を変えて見せたんだ、能力のアピールだな」

 

 「!」

 

 「きっと他にも何かある・・・」

 

 何と、今のモフモフ小猿形態から新たなモフモフへと姿を変える能力持ちとは・・・・

 

 何か言っているゴリムを放置して、私の中から死獣の話がどうでもよくなってすっ飛んだ。

 

 

 こ、小猿の創作者は化け物か。

 

 

 (み、見たい、安西先生、他の形態が見たいです・・・)

 

 視線が動きそうになったが、威嚇されて凹むだけなので我慢する。

 

 「この地域には、(くだん)(モンキー)の怪物の話が昔話として色んなバージョンで各地に残っていてな、どの話でも敵役は(モンキー)で、人間側に(ドッグ)が居る。例の罠に掛ける最後の作戦で、狩猟犬の部隊が大活躍だったらしい。

 今も人気のペットと言えば先ず(ドッグ)、大分離されて(キャット)とか他の生き物だな。あいつが(モンキー)の姿なのは、あの姿だったら人が寄り付かなかったからじゃないかと思う」

 

 五百年も前から、伝統的にサルは人気無しか。

 

 サル、哀れ。

 

 そして、『ヌエ』と小猿に関係無しか。

 

 

 「昔話としては誰でも知ってるし、もしかすると製作者がモチーフの一つにしたかもな、強いっていう点では疑いようが無いし」

 

 ゴリムに聞いたら、私の妄想よりよっぽど筋の通った考察が返ってきた。

 死獣には、殺した相手の命を吸収して回復や強化に使う能力が有る、とする記録も一部残っているらしい。

 

 だよな、小猿は先ず人に対する害意が無いもんな、何故か敵意は有るが。たまに威嚇されても此方への殺気が無い。幼獣が頑張って威嚇したり、仔犬がじゃれて甘噛みしてくる位の迫力しか無い。

 

 

 しかし、よっぽど嫌っているのか、ゴリムは小猿に何か隠された能力や企みが有ると深く疑ってるみたいで、側にも寄らせない。

 

 小猿は少しかわいそうだけど、子連れだと気も使うだろうし、あんなのが付いてたら、安心して家族にも会えない。気持ちは解る。

 

 「そんで、もう肝心の死獣を封印した場所は特定できてるの?」

 

 話の流れに不安しか無い。

 

 古代の封印を、愚かな学者先生が破ってしまうのも物語では定番だ。

 

 「それが未だなんだ。記録を信じて探してるやつは多いんだが封印地の特定に反対する勢力もけっこう居てなぁ・・・まあ(せめ)ぎ合いだ」

 

 遺跡の探索自体を危険視する連中と、発掘品目当てのヤバめの商人達によって、陰で人死にも出てるらしい。アングラだ。

 

 「俺は見つかっても見つからなくても、どっちでもだ」

 

 何の悪気も無く、面白く成りそうだとゴリムは言った。

 

 そりゃそうか『魔獣』だもんな、人に敵対はしていなくとも争いや善悪、生き死にに頓着はしないか。本当にヤバそうならどこにでも逃げられるんだし。

 

 ある程度人に、人の文化に愛着が有っても、その愚かさを含めて面白がってるような、人に対する俯瞰した視線をたまに感じる。

 人間を目の荒い(ふるい)に掛け、目に留まった者とだけ親交を結んで、他は気にしない。私は一応身内判定らしい。

 

 なるほど、『魔獣』とはこういうモノか。

 

 

 丘陵と言うには高い尾根道を辿りながら、ゴリムの指差す遠くの遺跡を視界に収める。

 今更どうでもいいが、ゴリムは空を飛べないので移動の基本は歩き。だが地上を行く事はまず無く、行程はほぼ樹上か岩の(クリフ)に張り付いての移動である。

 貴重な学びの機会なので、私も≪甲殻≫を使わず真似して跳び跳ねながら付いて行く。

 先を行くゴリムが たまにニヤついているのは、ワザとそんな道を選んで遊んでいるらしい。同等以上に動ける相手が一緒で、楽しいのだろう。丸っきり、いたずら小僧の様な笑いかただ。

 

 楽しい道行きも数日が過ぎ、ゴリムもどういう訳か別れ難いようすで、少し遠回りになるのを厭わず、私の旅程に付き合って一緒に北へ向かっている。案内したい場所が有るのだと言う。

 

 今晩の宿は、ゴリムが最近発見した遺跡の側だそうだ。紹介料で大分儲けたらしい。

 

 なんか、ちょっと嫌な予感がした。

 

 相当な大きさで、未だ入り口が見つかっていないと言う。

 

 

 少し先の丘の向こうに、沢山の人間が精力的に働いている気配が有る。賑やかだ。

 

 そして、その直ぐ側に私の目的地があった。

 

 ・・・・はい、ビンゴ。

 

 

 

 




 安西先生に願うと、だいたい叶う


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 35、温泉と傷

   35、温泉と傷

 

 藪と丘を越えた先で見えたのは、何の変哲もない樹木に覆われた山だった。ただ、斜面の表土が崖崩れによって大きく剥ぎ取られ、内部をさらして無惨な光景となっている。

 

 崖崩れ後の剥き出しになった山の内部から、確かに人工物を思わせる遺跡の端っこが覗いている。

 

 何かわからん石積の壁と、その装飾の一部らしい石の柱が何本か半分ほど土砂に埋まって見える。

 

 周辺の木や籔は切り払われ、仮設の大型テントがいくつも並んで、五十人近い人間が作業と調査に当たっていた。

 

 学者先生が、何人かの助手を連れて細々と調査している程度だと思っていたら、かなり本格的な学術調査のようだ。

 金は何処から・・・ああ、発掘品が換金出来るんだった。学術調査じゃなくて、お宝探しか。そりゃ力も金も掛けるわ。

 

 

 しかしここ、マジでヤバイぞ。

 

 

 報せてやるか、どうしようか考えていたら、見張りらしき柄の悪い男達に見つかった。

 

 「なんだお前ら!」

 

 彼ら自体は全然危険じゃないので普通に姿を見せてしまったからだ。

 

 うっかりしてた。

 

 わらわらと周りからも集まって来て、テントの一つに連行される。

 

 武装は、妙に古めかしい先込め式の長銃(銃口にライフリングが切られていないので、ライフルでは無い)と槍、もしかして黒色火薬?の匂い。腰には剣かナイフを吊っている。ライフルと拳銃は?

 

 何か、中世の大航海時代とかナポレオン時代の仮装?の割には様になってる。

 

 う~ん、何か嫌な予感。

 

 武力的には全員纏めても問題にならないレベル。

 

 ゴリム一人でも制圧に数秒。今は人間のおっさん山歩きバージョンだが。

 

 仕切ってるのは企業かマフィアか軍人か、はたまた何処ぞのお貴族様か。

 

 ゴリムが対応出来ると言うので、大人しく帆布製らしき大きなテントに付いて行く。ここに案内したのは彼なのだから、何等かのコネかツテが有るのだろう。

 

 中には、簡易的な木製の椅子と机が用意されていて意外に快適。パイプ椅子は?

 

 外では、重い設備を運ぶための大量の馬や荷車も見かけた。車は?

 

 あのですねえ、いくらハンターハンターの世界でも文明レベルがおかしくないですか?おかしいですよね?

 

 しょうがないのでゴリムに確認しました。

 

 正確な年号を・・・・

 

 

 

 

 

  「・・・千七百九十九年!」

 

 

  原作開始の二百年前!

 

 

 はうっ・・・今日一(きょういち)のショックな出来事が此れでした。

 

 

 『主人公達に会いに行こう』プラン、終了のお知らせ。

 

 

 椅子にぐったり座り、何度かため息をつき波立った心を鎮めていると、複数の足音がテントに近づいて来るのが聞こえた。

 

 テント内に居た二人の見張りが姿勢を正し、布製の入り口をからげて男達が入ってくる。

 

 入って来た偉そうな金持ちと、その取り巻き四人に対し、ゴリムがにこやかに対応している。

 

 こちらが自分を知っていて当然と思っているのか名乗りもせず、私の事もちらりと目をやっただけでスルー。

 

 人前に出るため、ゴリムがおっさんに化けたように、私も目立ち過ぎる容姿を(いつわ)っている。

 気配を薄くし、『(バルゴ)』に頼んで髪色をありふれた茶色に変化させ、前髪を伸ばして目を隠し、顔を汚しておっさんに付いて歩いているアホな親戚の子供風に。

 ゴリムには、「器用だな」と言われた。

 

 透明人間になったような居ない者扱いを気にせず、金持ちがでっぷりした体型に合わせてオーダーしたらしい当世風の装いを見るともなく見ていた。

 雰囲気と立ち位置から見て、お供の内二人は護衛で二人は召し使いらしい。

 護衛の二人は、チンピラ警備員よりはマシな腕だが誤差の範囲だ。

 

 「・・・では此処に来たのは偶然だと?」

 

 「はい、まさか此れほど素早く探索隊を送り込んでいらっしゃるとは夢にも思いませんでした。

 モールド商会のピグモ様が自ら遺跡の調査に来られるとは、流石は噂に違わぬ名士ですな、感服いたしました。

 ご領主様もきっと高く評価されることでしょう・・・」

 

 ゴリムと話す変な名前の金持ちは、勿体ぶったねちょねちょした喋り方で、癖なのか性格なのか常に馬鹿にしたような上から目線でしゃべる。意味もなく殴りたくなったが我慢した。

 

 それよりゴリムのコミュ力が高い。下手に出ながら喋りまくって会話の主導権を握り、私に説明しながらピグモを煙に巻こうとしている。

 

 どうもゴリムは未だ誰も来ていないと考えて、私をこの遺跡に誘ってくれたらしい。

 ゴリムが此処を見つけて仲介業者に伝えたのが昨年の秋の終りで、遺跡の確認が冬、春になってから現地に合わせた準備をして出発迄に早くとも初夏まで掛かると踏んでいたらしい。現代の感覚だと遅い気がするが、時代的にそれくらいは掛かるのだろう。

 

 その話を聞いて、金持ちピグモさんは目を泳がせている。

 

 どうも少しキナ臭い。

 

 

 「・・・そうか、急ぎならば仕方ない、名残惜しいがお別れだな」

 

 ピグモが召し使いに何か指図し、重々しく頷いて出ていった。お供が後に続く。

 

 やけに引き留められたが、ゴリムが私をダシに上手く丸め込み、私達は解放された。

 

 腰が低く見えるようペコペコしながら探索隊のキャンプ地を抜け、指定された道を通り、見張りの視界から外れた頃合いを見て左右の頭上の枝にそれぞれ飛び上がった。

 二人で目配せをし合って振り向き、追跡の有無を確認する。

 

 キャンプ地から発掘隊が造った出来たばかりの道路が近くの川まで延びている。

 彼らも、そして以後の物資も其処から来るそうだ。

 

 折よく、丁度補給の定期便が来るから私達も町まで帰りの船に便乗するようにとピグモが親切にも提案し、了承させられている。

 

 まあ罠だろう。

 

 少し待つと、殺気立った護衛の一部が三人程後を追ってきた。

 

 少な!

 

 「でかい男一人とガキだろ?さっさと始末して戻ろうぜ、何処にいるんだ?」

 

 「・・・やけに足が速いな、影も見えねえぞ」

 

 「・・・ちっ、焦んなよ、どうせ船着き場迄は一本道だ・・・」

 

 

 彼らの目的は解ったので樹上でゴリムと目を合わせ、彼らの背後に音もなく飛び降りる。

 

 ゴリムが両方の手で二人の首を各々掴んでへし折り、私は木の枝にオーラを纏わせ、頭に植えてやった。

 

 処理時間一秒。死体を森の奥に放り込むのに一秒。しめて二秒。

 

 生きてる人間を殺すのは初めてだったが、特にショックは感じない。普通だ。

 よく噛み締めて見ても、変なスイッチが入ったりはしていないし、快でも不快でも無い。気分的には慣れた動物の狩りと同じ様なものだ。

 流石に食えないが、まあ仕方がない。害獣駆除は必要だ。

 

 

 「折角の遺跡見物が、面倒臭い事になって済まなかったなぁ」

 

 ゴリムが不手際を謝ってきた。

 

 本来、遺跡群は法の保護下にあり、時代的な緩さは有るようだが、新規に見つかった遺跡の調査は国の学者先生が同行して、発見される収拾物を売買する場合には当然、税を払わされる。

 

 ピグモ氏は、それを嫌って密かに聞き付けた情報を元に、正式な調査団に先立って大規模な盗掘に来たらしい。

 

 「気にしてないさ、ああいうのは何時どこにでも居る。

 其れよりこの辺に少し休める処は無いかな?」

 

 遺跡の中身が気になったので、未だ午前中だが今日はここらで足を止めようと思い、ゴリムに案内を頼む。

 

 「・・・在るぞ」

 

 嬉しそうに笑ったゴリムが、元々連れて行こうとしていた場所だと遺跡に程近い岩山を登り始めた。遺跡は序でだったようだ。

 

 やがて独特の硫黄臭が漂い、中腹の小さなへこみに溜まった水面から、湯気が上がっているのが視界に入った。

 

 「温泉が湧いているのか!」

 

 転生してからこっち、温泉を見るのは初めてだ。清潔を保つために水浴びはしょっちゅうしていたが、手間が掛かるので湯を沸かして浸かったのは数えるほどしかない。冷水が全然苦じゃ無かったせいもある。

 

 温泉は、涌き水の溜まった四畳半程の小池に流れ込んでいて、手を突っ込むと適温だった。

 

 「良い湯加減・・・・完璧だ」

 

 つい口元が緩む。

 

 「ここは俺の隠れ家の一つだ、ここまで仕上げるのに苦労したんだぜ」

 

 ただ流れ落ちるだけだった温泉と涌き水を自前で掘った窪地まで引いてきて、適温になるよう水量を調整し、池の畔には小振りなログハウス迄建てている。

 

 まさかの手造りかよ。

 

 

 よく見れば、彼が家族で来るにはログハウスが小さい。

 

 所謂、男の隠れ家的な場所なのだろう。

 

 地形的には険しい山の上。ロッククライミングでもしない限り只人がたどり着くことは無い。正に、絵に描いたような秘境温泉。

 

 ここからなら、遥か下に彼らが運搬に使っている川が見え、一つ山を越えればあの遺跡も近い。

 

 事が起こった時、様子見くらいは出来るだろう。

 

 死人が出るかもしれないが、しょうがない。忠告する気になるような相手じゃ無かったし、とりあえず遺跡の事は忘れて温泉だ!

 

 

 「うっ、・・・ふしゅぅぅぅぅ」

 

 あまりの気持ち良さに声が出てしまう。

 

 隣で肩を震わせて、ゴリムが笑っている。やはりその方が楽なのか二人の時(+小猿)は『魔獣』モードだ。

 

 何はともあれ先ず入ろうと、二人とも素っ裸になって温泉に浸かった。

 

 

 水音と野鳥の声しかない暫しの静寂。

 

 青空にぽっかり浮かんだ白い雲と共に、呑気な時間が流れていく。

 

 近くに危険な動物の気配は無い。温泉の縁に小猿が居て怖々湯に手を突っ込み、温かさに驚いては急いで手を引っ込めるのを何度か繰り返しているだけだ。ここに来たのは初めてらしい。

 

 人?前で裸になるに当たって秘密にする予定の私の尻尾は、最小の長さにして体内に収納され、痕跡は小さな痣か火傷の跡のようにしか見えなくなっている。

 

 視界の端のゴリムの顔に何か違和感を感じてちらりと目をやると、顔面を左右から斜めに走る傷痕がうっすらと浮かび上がっている。

 湯に温められて、古傷が現れたらしい。

 ビックリして顔を向けると、傷はどちらも途切れずに顔面を横断していた。まるで誰かが意図的にゴリムの顔にバッテンを描いたようだ。

 

 「・・・気になるか」

 

 ゴリムが目をつぶったまま私の視線に気づいて問い掛けてきた。

 

 「やったのはクソ野郎だが相当な腕利きだ、よく生きてたな」

 

 傷から見て、一瞬で二太刀喰らわせている。それが出来ると言うことは腕の差が相当有り、殺さずにわざわざ二度も顔を傷つけたのはかなり性格に問題が有ると言うことだ。

 

 「・・・死にかけたがな、お陰で念能力を得た」

 

 ゴリムは傷を隠すように両手で湯を掬い、飛沫を跳ね散らかして顔にかけた。

 

 「・・・かれこれ二十年になる。」

 

 ゴリムが此所に家族を連れてこないのは、傷痕を見せたくないからかもしれないと、ちょっと思った。

 

 ゴリムの念能力の空飛ぶ綿毛(サイズ大)を思い出したが、求められていない気がして返事はしなかった。

 

 しばらく二人でまったりしていると、昼メシを用意すると言ってゴリムが風呂から上がり森に消えた。マメなのは家族持ちだからか?

 

 小猿がついて行こうとしたが、「すぐ戻るからそこにいろ」と命じて置いていった。

 

 未だ契約をしていないのに小猿が命令に従ったのを見て驚いていると、嘘をつかず約束をちゃんと守ればある程度言うことを聞かせる事が出来るのだと教えてくれた。

 良くあることなのか、小猿に不満げな様子はない。

 

 目が合うと威嚇されるので視界の端で見るともなく見ていると、害はないらしいと分かったのか、小猿が石にしがみつき、幼児が階段を後ずさりしながら降りるように足から温泉に入って来た。水面の位置を尻尾を使って慎重に確かめている。

 ソロリソロリと足から肩まで浸かると気を抜いて、一丁前に目をつぶり気持ち良さそうに声まで出していた。

 

 

 「キュ~・・・」

 

 

 「・・・プフっ」

 

 

 つい笑いが漏れた。

 

 小猿は、私がいることに初めて気がついたようにグルンとこちらに首を回して驚き、湯から飛び上がって石の上に立った。 

 一頻(ひとしき)りちっちゃな八重歯を剥いて怒って見せ、さらに一メートルほど跳び下がってピョンピョンしながら拒絶アピールに余念が無い。

 

 思うに、何か目的とする能力や性能が有って造られた存在としては、この念獣には感心するほど見ていて飽きない()()()()が有る。

 

 最初から居た私の事を完全に忘れて温泉に入って来たことや、たまにジャンプに失敗して着地で後ろを向いてしまい、居なくなった私をビックリして探しているのも合わせて、若干バカっぽいのも可愛い。

 

 気を許す訳ではないが 、ちょっと面白味を感じた私は、小猿をからかってやろうと体内にしまっていた尻尾を水中で一メートルほど伸ばし、サ〇ヤ人擬きの姿になってゆっくり湯から上がってみせる。

 

 ゴリムがまだ当分戻らない事は、気配と≪把握≫で確認してある。

 

 何時ものように≪添加≫を使い、身体とは逆方向にベクトルを加算して水滴を飛ばし、尻尾も一振りで水気を飛ばす。

 

 小猿はと見ると、呆気に取られたように動きは止まり、視線は自在に動く私の尻尾に釘付けだ。

 

 「フッフッフッ、驚いたかコザル。尻尾だけだが、お前とお揃いだぞ」

 

 目が合う度に嫌いアピールをしてくる小猿に、いい加減うんざりしていたので、意趣返し的に尻尾くらい私にも有ると、ちょっと人外アピールをしてみた。

 

 私の秘密の一端が小猿にバレるが、会話能力無いし大分アホっぽいし、問題無いだろう。

 

 




 温泉回


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 36、遺跡

   36、遺跡

 

 素っ裸で露天風呂の縁に立ち、ドヤ顔で小猿に尻を向けて尻尾を揺らして見せていると、どこか遠くで爆発音が響いた。

 

 「・・・やらかしたか」

 

 山々に反響して解り難いが、聞こえた瞬間には『(ジェミニ)』の≪把握≫の能力で発生源を特定して遺跡の有る山向こうを見ていた。どうするかちょっと考える。

 

 さっきの音は、恐らく盗掘に来た連中が遺跡の入り口を探すのを面倒臭がり、手っ取り早く火薬を使って遺跡に穴を空けたのだろう。

 

 それによって何が起き、彼らがどうなるのかには関心は無い。それは自業自得と言うものだ。

 

 それより、遺跡に封じられているモノがゴリムの言っていた災厄ならば、放置すればこの地方に五百年前と同じ事態が繰り返される可能性が高い。

 

 それはちょっと・・・どうしたものか。

 

 私が介入すると、本来の歴史から流れが変わって原作に影響が出るかもしれない。

 

 人死にはいっぱい出るだろうが、正直弱い者が強者に蹂躙されるのは仕方ない事のような気がする。この辺、森暮らしが長くて感覚がシビアになってるのかな?

 

 それに、十メートルの怪物が街で大暴れするのを見てみたい気もする。

 

 うーん。面白そうだが、国が滅びたりして色々混乱すると私が動き難い。というのはあるかもしれない。

 『クルタの子』の(かたき)を捜すのにも要らぬ手間が掛りそうだ。

 

 不死身の怪物を退治出来るかはともかく、(くだん)の死獣の姿も一度視てみたいし、ここは最初の予定通り、伝説の災厄を拝みに行ってみるか・・・

 

 爆発音に気がついたのか、こちらに戻ってくるゴリムを迎えようと踏み出した処で何かに引っ張られる。

 

 おっ?と振り向くと、何時の間に近づいていたのか、小猿が私の尻尾の端っこを小さな両手で捕まえ、キラキラした目で私を見上げて居た。

 

 「何だ、ツンツンは終了か?」

 

 よく分からんが、モフラーとしての本能に従い、機会を逃さず先っちょに掴まった小猿ごとゆっくり尾で釣り上げて腕に抱え(だっこ)し、すかさず柔らかで上等な毛皮を撫で撫でした。隙を見て頬擦りもする。

 

 満足満足。

 

 盗掘団達がそう()()とも思えないので、本格的に封印が解ける前に現場に行こうと手近な岩の上に小猿を置き、ゴリムが戻る前に尻尾を仕舞って服を着る。

 

 

 「夕飯迄には戻ってくる」

 

 と、羚羊(かもしか)を担いで帰ってきたゴリムに伝え、何か気になるからと言って遺跡に向かう。

 

 ゴリムは、「良さそうな出物が有ったら故買屋を紹介するから」と、同好の士を見つけたような物分かりの良い先輩ヅラをして見送ってくれた。どうも盗掘の上前をはねに行くと思われているようだ。

 

 

 二人共、コソ泥共のことは話題にしない。

 

 ゴリムの話では、ピグモ氏は成り上がりの嫌われ者で、金は有っても地縁に乏しく敵も多い、今回の件が噂になれば自称愛国者の皆さんに叩かれて消えるだろうとの事だった。

 

 ウザければ私が対処してもよい。もっとも私の予想が正しければ、相当に運が良くても生きて帰れるかは微妙だろう。

 

 

 遺跡の発掘現場、いや盗掘現場に着いたが大した変化は無かった。

 ただ、火薬の匂いが濃く漂い、山肌から覗く遺跡の外壁に人が通れる程の破砕孔が出来ているだけだ。そして、五十人は居たはずの作業員や警備のチンピラ達が誰一人居ない。

 

 ああそれともう一つ、埃が舞う破砕孔の中から、敏感な者なら呼吸がしづらい程に重く纏わり付くような嫌な気配が漏れ出ている。

 

 「・・・誘われたか?」

 

 確か、鳴き声で人をおかしくする能力が有るんだったか?

 

 感知と≪把握≫の範囲を大きく広げ周囲を探しても、遺跡の外に逃げ出せたような人の気配は無い。

 

 中には未だ何人か生き残りが居るようだが、数は少ない。あ、また一人減った。

 

 生け贄は凡そ五十人。久々の殺しで調子が出ないのか、それとも楽しんでるのか、何にしても死獣は未だ中に居る。

 

 しっかし、また人外退治か。

 

 『骸の森』での修行中も、『霊獣』に頼まれて何回かそういうのを片付けて回っている。数が多くて手間が掛かるのもいれば、楽なのもいた。

 一回精神に侵入して来た奴がいて面倒事になるかと思ったら、数秒で念獣達に喰われて消えてしまった。

 うちの子は、みんなやんちゃだからなぁ。

 

 

 「それではスナーク狩り(冒険)としゃれこもうか」

 

 

 躊躇なく破砕孔に入って最初に思ったのは、「やけに(せま)い」という事だった。

 

 何だかよく分からん小部屋なのだが、左右の壁がむき出しの石垣で出来ていて、室内と言うより地下道のようだ。

 加えて何故か、天井から私の手首ほどの太さの鉄製の鎖が数本垂れ下がっている。

 

 ・・何だこりゃ?

 

 訳の分から無さに、ちょっとワクワクする。

 

 小部屋の床には侵入孔の瓦礫が堆積していて、正面にはドアの無い出入口の開口部が見える。

 探索の基本行動として音を立てないよう≪甲殻≫を踏み、気配は隠す。

 

 小部屋から出ると、ここも又同じような壁面が延々と続き、ぶらぶらと幾つも鎖の垂れ下がった廊下が左右に延びていた。

 

 ダンジョンっぽい。

 

 ちょっとズルをして≪把握≫で建物全体の構造を調べてみる。

 遺跡は、全体が観客席付きの大きな体育館のようなサイズで、回りを迷路のような回廊と付随する部屋に何周も囲まれ、中央に広めの空間が設けられている。今居るのは一番外側の回廊部だ。

 

 正直な話、体長十メートルの怪物相手に罠を仕掛けるにはギリギリサイズの建屋だ。どうやって引き込んだのだろう。それに、其れほどの体格に見合う身体能力なら自分で遺跡を壊して出て来そうなものだが・・・

 

 ゆっくり遺跡を見回している内に、今最後の生存者が気配を断った。殺されたのだろう。やはりピグモ氏は助からなかったようだ。

 

 場所は中央の大きな部屋で、多分犯人も其処に居る。

 

 

 ≪結界≫の危機感知能力が脳内にチリチリと警告を発し、自前の感知能力がうなじの毛をソワソワと逆立てる。

 

 相手の強さ、というよりヤバさ。その脅威度が何となく解る。

 

 私の感想は『フムフム』、と言うものだ。

 

 ゲームじゃないんだ。五ミリの虫だって五十メートルの蛇だって害する能力が有れば危機感知は反応する。

 

 こちらが冷静に対応すれば、そう酷い事にはならない。それだけの強さは既に身に付けている。

 

 そのための十年だった。

 

 この騒動が終われば、いよいよ初めてのハンターハンター世界の()()デビューだ。

 突如判明した二百年後の原作開始時に、影響が出ないか、このまま世の流れに干渉して良いのか、正直戸惑いもまだ有る。

 

 例え影響が有っても、『クルタの子』の復讐は完遂するつもりだが・・・

 

 だから、である以上バタフライエフェクトの顛末がどうなろうとも、心配するだけ無駄。ケ・セラ・セラなるようになる。なのだ。

 

 

 そういや爺さんも『すきに生きろ』と言っていた。

 

 

 この世界に来て、怖気(おぞけ)を震う奇怪な生き物や奇妙な事物、身体が埋まるような巨大なモフモフに出会い、聖霊が棲むような静謐な泉、泣きたくなるような巨大な夕焼けを何度も見た。

 

 仇討ちが済んだら 世界を見て回るのもいいかもね。カメラ持って。無ければスケッチでも良い。何か旨いものでも探しながら原作に出てきた場所を聖地巡礼してみよう。聖地になるのは二百年後だけどね。

 

 

 床に敷かれた見事なタイルの紋様が、足跡だらけの埃越しにぼんやり見える。

 

 引き上げられた身体能力と念獣達のお陰で、光源が無くても何の問題もない。

 

 足跡は、奥へと続いている。

 

 この先に、災厄と呼ばれた獣が潜んでいる。

 

 国がヤバいレベルの怪物だという。

 

 しかし言うほどの脅威は感じない。それどころか、危険な戦いの予感に何だか少しワクワクする。

 

 せっかく気配を隠しているのに、自然と鼻歌が漏れるほどだ・・・まっ、いっか。

 

 曲はゲームBGM。

 

 既に遺跡の詳細なマッピングは終わっている。

 

 それによると、遺跡全体至る所に変な柱や石積の壁が造られていて、迷路めいて見えるのは其のせいだ。たぶん建物ごと埋める為の構造強化だと思う。罠を強化する意味もあったのか?

 

 それら全てを、鼻歌混じりに最短距離でそっと抜けて行く。

 

 死獣『ヌエ』の居る中央へ。

 

 半ばまで来たところで有って然るべき物を見つけた。

 

 死体だ。多分死体だと思う。

 

 装備から見て、チンピラっぽい警備員(もど)きの一人だろう。

 

 死後二時間も経っていないはずなのだが、色々と吸い尽くされて完全にミイラ化している。肉体は乾物のように小さく縮み、そしてその肌は炭のように黒い。

 

 『左目(スコルピオ)』の≪観測≫で視た感じ、炭化しているのは身体の一部だけで、肌色が黒いのは皮膚自体が変色しているせいだ。色以外は小猿がオーラを吸い尽くして殺した鼠に似ている。

 

 どうも伝承の通りの能力が有るようだ。

 

 触れた者を即死させ、黒焦げの干物にする『黒雷』だったか?

 失われた精気は、放った死獣に吸収されてるのかな。

 

 実に中二感溢れるイカした(れた)能力。“発“で再現するにはちょっとハードルが高そうだ。

 

 ・・・・ひょっとして天井から下がっている鎖は『黒雷』対策か?

 

 中央のホールに近づくにつれて下がっている鉄や青銅製の鎖が増え、死体も増えて行く。

 

 ホールの入り口前は天井の高い細長い前室で、片側に鉄製の扉が閉まった入り口、反対のホール側は両開きの扉の片側が外れ片側は傾いて蝶番からぶら下がっている。

 封印当時を想わせる中々の臨場感。

 

 いや、もう復活して第二部が始まっているんだったか。

 

 ここからは特に重厚な石積で壁が覆われ、後から設けた無骨な太い柱が何本も天井を支えている。鎖も様々な太さの物が複数垂れ下がり、光りも無く屍累々。

 

 相手もどうやら此方に気がついたようで、ホールからは一層禍禍しい気配が放たれている。

 

 特に気負うこともなく、いたって普通に正面切ってホールへとピョンと飛び込む。

 

 「俺、参上!」

 

 ・・・リアクション無しかよ?

 

 入り口で、変身ヒーロー風にちょっと見得を切って見たが、なにも反応がない。

 

 恥ずかしがりやさんかな?

 

 人目が無いことも有り、ダンジョンのような古代遺跡の探索に、ちょっとテンションが上がって、まるで男子高校生の修学旅行のようにノリで馬鹿をやってみた。

 引きこもってて修学旅行行ってないから、実際の処は知らないんだけどね。

 

 「おうっ!・・・こいつは凄い」

 

 中は、体育館程の広さでバスケコート二面は楽に取れそうだ。そこに、石の柱と鉄鎖の『黒雷』避けが幾つも縦に伸び、異様な光景。

 

 だが、もっとも目を引くのはホール中央に有る奇怪なオブジェだ。

 

 多分これが封印された死獣『ヌエ』だろう。元々の用途が何かは判らないが、ホールの真ん中に腰ほどの高さの円形の石のステージが有って、その上に『ヌエ』がいる。いや、正確には『ヌエ』の脱け殻がある。

 顔は向こうを向いていてまだ見えないが、ここまで散々見てきたカラカラの盗掘犯達の死骸と違って、余り干からびておらず、今にも動きそうな四肢や胴体、太い尾は死蝋化したように白っぽく色抜けしている。

 

 トラップは、天井から剣山のように無数の刃物が突き出した巨大なシャンデリアを落下させる物だったようだ。

 

 大きなシャンデリアに見えるが、実際は()()用に造った円形の鉄格子のようなものだ。

 今も鋭い棘が死骸に突き刺さり、縁から垂れ下がった何本もの鎖が綾織りのように複雑に交差して『ヌエ』の死骸を繋ぎ止めている。

 

 「・・・これ、『神字』か?」

 

 驚いた事に≪観測≫のタグ標示によると、シャンデリアも鎖も石舞台も一部壁面や天井迄も、原作に出てきた『念』を持続的に作用させる特殊表記文様、所謂『神字』によって強化されていた。

 

 「なるほど、こいつが封印のキモか・・・」

 

 初見のハンター世界固有技術に感心して観察していると、封じられた『ヌエ』のサイズが何だか小さい事に気がついた。十メートルと言う話だったが、五メートル位しかない。

 

 「うん?・・・十メートルは一体目だけで二体目からはサイズダウンしたのか?」

 

 たしか、封印出来たのは三回目にあらわれたヤツだったはず。

 観察しながら『ヌエ』の乗ったステージの周囲を、博物館の展示品を楽しむようにゆっくりと回り込んで行く。

 

 顔が見えた。しかし、半分足りない。

 

 牙の突き出した口と潰れた鼻の下半分は残っているが、上半分が無い。

 まるで、頭蓋に巣食っていた()()が顔面を喰い破って外に出ていったようだ。

 頭蓋骨が内部まで確認出来るほど、ぽっかりと虚ろになっている。

 

 「・・・おやまあ、中身は何処に行ったのかね?」

 

 軽い口調で言いながら、手を伸ばして伝説の死獣に触れてみる。こいつがどこかの博物館にでも収蔵されたら、直に触るなんてとてもできないだろう。今の内だ。

 

 全体的に脆くなっている。色抜けした体毛もまだ残っていて、触れると粉々になって崩れ落ちた。

 

 足元に目をやると、ソフトボール大の楕円形をした繭玉の様なものが三つばかり落ちている。何れも割れていて、中身は無い。

 

 「これが中身か・・・五百年封じられていて、新たなよりしろが来るのを待っていた、と言うところかね」

 

 封印は今も効いているが、サイズ違いで隙間から逃げ出したようだ。

 とりあえず解るのは、おそらく宿主が死ぬまで身体から離れられない。

 それが出来れば囮と一緒に外へ出たり、一緒に閉じ込められた場合でも囮に取り付いたりして壁を破って逃げられただろう。

 そして、五メートルサイズの宿主の命を犠牲にすれば、五百年位なら命を永らえる事が出来る。

 

 「あと五百年有れば殺せたかもね」

 

 小さくなって封印は逃れられても、山のような土砂に埋められた石造りの迷宮を力業で抜け出すことが出来ず、穴が開くのをひたすら待ち続けたのだろう。

 

 「執念深いと言うか、めんどくさいと言うか・・・」

 

 見上げるような遺骸から目を離さず、両手をはたいて付いた埃をはらう。

 

 障害物だらけ、死体だらけの光の無いホールの中、痺れを切らしたように殺気混じりの気配が私の立つすぐ左側に現れた。

 

 サイズは普通の人間の大人位、間髪をいれず五センチもありそうな鉤爪を伸ばして襲い掛かって来る。

 

 「ほ!」

 

 私は、上半身を()()に倒して初撃を避け、更に半歩左に動いて連撃をかわし、()()にいる相手の胴を軽く蹴り飛ばす。

 

 「ギャ!」

 

 襲い掛かって来た何かから声が漏れた

 

 反撃にあった何かは、バランスを崩しながら吊るされた鎖の何本かを巻き込み引きちぎって飛び、頑丈な壁にぶち当たってやっと止まった。

 

 「・・・クゥッ」

 

 思ったより効いたようだ、落下した壁際から苦痛の息が漏れる。

 

 「・・・面白いマネをするなぁ」

 

 最初、気配は左だったが、攻撃は右から来た。器用にも気配を(いつわ)ることができるらしい。

 暗闇だし、音も無かったし、常人、いや念能力者相手でもかなり有効な能力だ。

 

 まあ最初から≪把握≫その他で位置を正確に掴んでいた私にとっては、種の解った手品。子供騙しにもならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 主人公はイベント系の仕事だったので、オタ活っぽい事をするときはメンタルツヨツヨ


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 37、死獣

 2022年9月7日改稿


   37、死獣

 

 とりあえず頭はサルだ。でもちっともかわいくない。手足は虎縞で顔は醜悪。

 サル顔と言うのは一般的に、どちらかというと愛嬌(あいきょう)があってユーモラスな物だ。

 しかし残念ながら死獣の顔には、どうしようもなくねじ曲がった心の在りようが、正視し難い歪みとなって老爺(ろうや)のような面相にべったりと張り付いていた。

 

 魔物の顔だった。

 

 四足歩行がデフォルトのようで、前足を地に着いて私と同じ位の体高。サル擬きの尻尾を除けば成人男性位の体長だろう。筋肉の厚みが凄いが、まだ余り巨体ではない。蹴った感じ体重も相応。

 

 ちょっと驚いたのは、体型と筋量が変わってもあちこち破けた服をまだ身体に纏っていて、取り憑かれて宿主にされているのが盗掘団主犯のピグモ氏だったことだ。

 

 と言うか、敵がピグモ氏の服を纏っていたことで『ヌエ』が宿主に取り憑いてその姿を『ヌエ』へと変化させることが判明した。と言って良い。

 

 前世のオタク知識からすれば、何度も甦る敵、封印と繭の存在、取り憑かれた知り合い等、何処かで見たような分かりやす過ぎる程の展開だ。

 

 もっとも、死ぬと保管して置いた卵に転生するとか、殺した相手に取り憑くとか、時間を逆行して死を無かったことにするとか、訳のわからない謎の不死性持ちだったら逃走一択だった。

 

 ローテク?の不死能力で良かった。

 

 これなら私の能力でも多分殺し切れる。

 

 飛ばされた死獣が、怒って突っ掛かって来る。割と速い。

 

 私はスタンスを少し広げ、軽く握った左手を、ノックするように裏拳で軽く叩く(タップ)

 未だ、数メートルの間合いを残してぶん殴られたように死獣がノックバック。

 

 「ギゥッ・・・ガァゥゥゥ!」

 

 理由が判らない様子だが、私が何かしたことは理解して怒りを募らせ、さっきより近い位置から再度の襲来。

 

 私は左手で更に軽くノック。

 

 数メートル先で弾かれる死獣。

 

 今度は右手も追加し、ボクシングのパンチングボールを打つように両手で連打。

 機銃掃射に遭ったように何も出来ず、断続的に打たれながら後ろに下がる死獣。

 

 再び壁際まで追いたてられた処でようやく連打を止め、様子見。

 

 本邦初公開、私の新たな二つの“発“のうちの一つ、

 

 表芸『衝撃の制圧圏(バースト・ヘヴン)』だ。

 

 このままだと近づけないと考えたのか、暗闇と埃の向こうで死獣が何やらうろちょろしている。

 

 真っ暗な中、遅まきながら此方が音で相手の位置を感知していると気が付いたのか、そこらじゅうにぶら下がっている鎖を片っ端から揺らして金属音を撒き散らし、壁や後付けのごつい柱を利用して隠れながら接近してくる。兎に角間合いに入れば勝てると思っているようだ。

 

 見えないノックバックジャブの到達距離は今のところ四十メートル程度、それより先はかなり減衰してしまう。

 

 威力も、大型の熊がパンチする位で大したこと無い。ん?単発で牡鹿の頸がやっとへし折れる程度じゃ大したこと無いよね?

 

 死獣が、揺れる鎖の動きの影に隠れて近づく。

 さっき見せた気配を操る能力で左右からダミーの気配に攻撃させ、天井と後方にあった柱を利用して三角跳びの要領で背後から攻撃。

 

 私は、タイミングを合わせて腰を回し、振り向き様に新“発“を乗せた掌底を見舞う。

 

 発動は無音。掌打と共に発生した衝撃波により空気と死獣の左腕が腹に響く重低音を立てて吹き飛ぶ。

 

 「良い勘だ」

 

 いくら雑音を立てても≪把握≫の能力にとっては只情報が増えるだけだ。異音が有る程度で()()()ような柔な権能ではない。

 

 近接で放った『衝撃の制圧圏(バースト・ヘヴン)』の能力は衝撃波。

 問題は私が変化系のせいでオーラを変化させた衝撃波を余り身体から遠くに発生させることが出来ない点だった。そこで発想を転換し、手元で造った衝撃波で周囲の空気を押し出し、相手にぶつける攻撃法を練り上げた。

 基本戦術はあきれるほど簡単。間合いの遠い相手はプッシュジャブの手数で圧倒。無理に近づいてきたらカウンターで本番の衝撃波(バースト)。死獣は、ギリギリ衝撃波が当たる寸前で身を捻り、心臓及び胴体が吹き飛ぶのを回避していた。

 能力だよりのボンクラではない。

 

 「・・・なかなか、いい感じに()まるな」

 

 ≪魔眼≫の幻術空間では試していたが、実戦で使用するのは初めてだ。

 私は新“発“に、使いやすさと思った以上の手応えを感じていた。

 

 「さて、もう一つの方は使うチャンスが有るかな・・・」

 

 傷ついた死獣が、私から間を取ろうと慌てて離れて行く。

 

 追撃せずに観ていると、盗掘犯達の黒く干からびた死体に向かって何かしている。

 死体のいくつかを周囲に放り出し、さらに其の内の一体の腕を引き千切ると、自らの無くなった左肩に押し当て取り込んで融合し、元の太さと虎柄を施して左腕を再生してしまった。

 

 「吸収とか融合とかそういう能力が有りそうだ。封印されてた遺骸があのサイズなのは喰いまくってでかくなったのか?盗掘犯全員を見境無く吸収して巨大化とかをしないのは確実に外へ出るためか・・・」

 

 異能やスピードは兎も角、体力や耐久力、パワーは体格相応だ。例え五メートルのサイズがあっても、只の猿や虎が崖崩れやトンネルの崩落から自力で抜け出せるとは思えない。それこそ生きていても土壁越しに『黒雷』が飛んでくるだけだろう。

 

 ・・・やはり、そのための鎖か。

 

 何だか元気を取り戻した死獣が、壁沿いをゆっくりと移動し、柱や鎖の無い視線の通る場所へと動いた。少し立ち位置を変えた私をかなり警戒しているらしく、一切視線を逸らさない。

 

 ≪把握≫によると、他でも動きがある。

 先程死獣が放り投げた盗掘犯達の干からびた死体がヨロヨロと立ち上がり、柱や鎖の陰で此方をうかがっている。

 

 分身?使役?事前情報に無い能力も色々有るらしい。

 

 流石にノックバックジャブに曲射は無い。この場所では柱を削る訳にもいかない(天井が崩れかねない)。

 動いて状況を変化させる手もあるが、ここは二枚目のカードを切る。

 

 私は、ちょっと屈んで小石をいくつか拾い一瞬手の中にギュッと握り込む。

 

 

 初めヨロヨロしていた死体達は、たまにピクピク痙攣しながらも徐々に動きが機敏になり、表情の無い目が真っ白に。身体はやや前屈みになって牙も生え、爪が伸びた手にはナイフや短剣を握っている。

 

 動き出した死体の数は十体。

 

 動かない私の正面から逃れ、忍び足でやっと背後まで回り込んだ死獣が、(うれ)しそうにニヤリと笑った。

 

 一瞬の溜めの後、全身の逆立った毛が暗闇で僅かに淡い光を発し、轟音を立てて闇の雷撃が放たれた。

 

 『黒雷』!

 

 雷撃は、金属鎖だらけの空間を、多少誘導されてぶれながらも、空気の絶縁抵抗を無視してほぼ発動と同時に私に直撃した。

 

 「おうっふ!」

 

 やべ、変な声が出た。意外と衝撃が有るな・・・とりあえずダメージ無し。

 

 ≪結界≫の危機感知と≪天眼≫の未来視で『黒雷』が来るのはわかっていたが、敢えて受けてみた。

 

 ≪観測≫の端に、

 

 【事象に関する致命の干渉を感知、『尻尾(ウロボロス・ホルダー)』の権能≪調律≫の効果により此れを回避しました。以後、この攻撃は無効化されます】

 

 と、状況報告のログが出ている。

 

 『黒雷』が命中したのに死なず、当たった肩先の塵を払う私に、信じられないものを見た顔で死獣が驚いている。

 慌てることなく私がゆっくりと歩いて近づくと、パニックに陥ったのか大声を上げ、目を光らせて睨み、何度も『黒雷』を放った。

 試しに垂れ下がった太い鎖の陰に入ると、『黒雷』は生き物のように暴れながらも逃げられず誘導され、天井と床に消えていった。一応電気の性質は持っているらしい。

 

 「そんなにビビんなよ、散々殺して来たんだ、殺されるのも承知の上だろ?」

 

 辺りには、損壊した死体が多い。引きずった跡や撒き散らされた人の部位が、単なる狩りでなかったことを(うかが)わせる。

 

 私は、楽しげに歩きながら柱の影で隙をうかがう動く死体(リビングデッド)のいる辺りに向け、右手に握りこんだ小石の一つを親指で雑に弾く。中国武術等にある指弾と呼ばれる技術だ。

 

 小石は、隠れた動く死体(リビングデッド)の頭の脇を弾丸のような速度で通り抜け、死角を作っていた柱を過ぎた瞬間に突如屈曲し、その頭に突き刺さった。

 

 同時に銃声のような炸裂音が響き、小石が撃ち込まれた死体の頭が弾けとぶ。

 

 新“発“二つ目。

 

 裏芸『破裂する苛烈な振動(バット・クラッカー)』。

 

 私は次々に小石を飛ばし屈曲させ、動く死体(リビングデッド)をただの死体(デッド)に戻して行く。

 

 『破裂する苛烈な振動(バット・クラッカー)』は、衝撃波を近接より遠い間合いで使うために苦労して編み出した技能だ。

 色々な固形物に衝撃波を保持出来、破裂もほぼコントロール出来る。

 

 まぁ、飛ばした小石を柱の先で曲げてるのは『左手(サジタリウス)』の≪添加≫の権能なんだけどね。

 

 ホール中央の封印されてた遺骸の様子や顔を突き破って繭が出てきた状況から見て、何かが寄生しているなら頭だろうと当りを付けて狙って吹き飛ばした。その後ピクリともしない処をみると正解だったようだ。

 

 死獣さんも、心なしかさっきより怯えているように見える。

 

 慌てっぷりをニヤニヤ嗤って見せると癇に障ったのか、一声吼えて襲ってきた。

 

 いや、襲ってくる振りをして気配を誤魔化し、本体は逃走しようと鎖の陰を縫って私が入ってきた出入り口へと突進して行く。

 

 「逃がさんよ」

 

 すかさず『衝撃の制圧圏(バースト・ヘヴン)』のノックバックジャブ。

 実は、無挙動(ノーアクション)でも撃てます。

 

 バランスを崩したところに、三歩で追い付いて手刀で頸を切り落とす。

 

 衝撃波(バースト)で吹き飛ばさないのは、取り付いたモノの正体を確かめる為。

 

 動かなくなった胴体を打ち捨て、死を擬態している頭部頭蓋を精密にコントロールした衝撃波(バースト)で断ち割る。

 

 「うっわっ、キモ!」

 

 血は殆んど流れない。

 

 縦二つに分かたれた『ヌエ』の頭蓋から現れたのは、十五センチ程の二つ折りにすると脳ミソそっくりの姿になる太った白い芋虫のような()()で、全身から先に米つぶ大の小玉の付いた髪の毛程の触手がまだらに生えていて、逃走しようとウネウネ蠢き、ただでさえとても気持ち悪い。とどめに漿液か粘液のようなもので全身が(ぬめ)っている。

 頭蓋の中には(ほか)に何も無かった。

 

 私も『骸の森』でヤバいモノは色々見たが、こいつは更に何か禍々(まがまが)しく(おぞ)ましい闇のような気配を放っていて、≪結界≫の危機感知が常時弱い警戒のシグナルを出し続けている。

 私の素の感覚も、出来るだけ早く抹殺すべきだと訴えている。

 

 しかし、まだ殺さない。

 

 とりあえず髪を一本抜いて、仮称『脳芋虫』をグルグル巻にして放置し、動いていた死体の破裂した頭部の痕跡を調べる。

 すると、やはり此方にも三センチ程だか『脳芋虫』の死体の一部が見つかった。

 

 ≪観測≫のタグ表示や≪結界≫の危機感知と感覚を頼りに調べたところ、どうやら『脳芋虫』の触手の先の米つぶのような白い玉が、『脳芋虫』の元になる繭状物体らしいことが解った。

 

 サル顔の十五センチ『脳芋虫』には有ったが、動いていた干からびた死体の三センチ『脳芋虫』には無かった。

 幸いなことに、次代を造るには或程度の成長の時間か身体のサイズが必要のようだ。

 

 一通り調べた後、衝撃波(バースト)を使用。死獣『ヌエ』は復活直後に床の染みとなって消えた。

 

 例えどんなに小さかろうと、繭玉を一つも残さず殲滅した事は言うまでもない。

 

 

 

 

 




 新技披露


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 38、早出し

   38、早出し

 

 さて帰ろう。

 

 ゴロゴロと死体の転がるホールを少し探索し、いくつかゴリムに土産を用意して来た道を逆に辿る。

 一回だけ『空裂波動(ビスケットハンマー)』を使って遺跡の構造をより細かく調べてみたが、お宝が遺された隠し部屋等は発見出来ず、ちょっとがっかり。

 

 「考えてみりゃ斜陽国家の総力を注いで此の封印の遺跡を造り上げたんだから、資金やお宝なんか残ってるわけ無いか・・・」

 

 迷路のような回廊を抜け、出口の小部屋辺りに近づくと何やらわずかに物音がしている。

 

 「・・・掛かったか」

 

 小部屋の中をそっと覗いてみると、そこにいたのは出口となる壁の破砕孔の前で立ち往生している一体の動き出した死体(リビングデッド)だった。

 

 しかし、ホールで見た個体とちょっと変わっていて頭が付いて無い。その代わり左手で小型の、丁度ゴリムに執着していた小猿位の大きさの小死獣『ヌエ』を抱えている。

 

 ≪観測≫のタグによると、頭の無い動く死体(リビングデッド)は体内に複数の三センチ『脳芋虫』が入って無理矢理動かしているようだ。

 となるとリソース的に、あの小死獣は、残った頭が変化・・・したものなのか?

 そう思って見てみると、若干小死獣の頭が大きいように感じる。

 

 出入り口となっている西向きの破砕孔からは、(うら)らかな午後の日差しが差しこみ、その向うには風に揺れる草原や木々が見えている。

 

 しかし死獣、いや小死獣に其処から外に出る事は出来ない。

 中に封印された災厄が居るのに、入り口を開けっ放しでは不味いのではないかと、入る時に私が≪甲殻≫で蓋をしておいたのだ。

 

 実は、ホールで戦闘中にホール以外の場所に在った死体の一つが動き出したのにも気づいていた。直通路から外れた未確認の遺体の一つだ。

 実際に戦って死獣の能力は把握していたので、新たな動き出した遺体(プレイヤー)?に多少の力が有ったとしても、今の私の≪甲殻≫を破る程の地力は無いと見切って放置した。

 

 そして今、上手いこと私との戦闘を避けて生き延びる筈だった小死獣が、罠とも言えない只の(ふた)に引っ掛かって目の前に居る。

 

 どういう生態なのか謎だが、過去に複数体存在した記録は無いようなので、大量の繭玉をばらまいて際限無く増殖することは出来ないらしい。

 

 そこそこの力を持った目立つ主役()で注目を集め、そちらが勝てば其のまま本体に。負けてもこっそり分身体を逃がして再起を図る。二段構えの生存戦略。

 分身体に意識や魂的なものを分割して一時的に並列に存在させ、その間で自在に意識の本体を移動させるのが、こいつの謎の不死性の正体のようだ。

 

 某有名メガネっ子魔法使いの宿敵が使用した分霊箱や、メインデータが遍在していて一部が残っていれば再生するSFのナノマシン集合体が近いか?

 

 にしても、ここまで残虐性が強くて生き残ることに執着する生物は、この世界でも見たことが無い。

 

 ・・・もしかして『外来種(暗黒大陸由来)』なのか?

 

 

 どっちにしても統括している意識は一つ、臆病で傲慢で慢心しやすく短気。その動きは単純で読みやすい。逃げ出す先のサーバーを全て潰し切れば完全消滅も可能だろう。

 

 

 流石に部屋に入ると小死獣と動く死体(リビングデッド)(頭無し)が気がついて振り返った。

 

 頭無しの動く死体(リビングデッド)は当然何も言わず、脇に抱えられた小死獣が甲高い声で威嚇の声を上げた。可愛かった小猿のツンツンアピールと違い、性格の悪い老人のヒステリーのようで、イラッとする。

 

 逃げ場は無いので、さっさと始末しようと部屋に入った丁度その時。

 ちょっとばかり間の悪いモフモフが、≪甲殻≫で塞がれた出入り口の向こうにひょっこりと現れた。

 

 小猿だ。なぜか、秘湯に置いてきた筈のゴリムのストーカーが、岩盤の硬度を持つ透明な≪甲殻≫の向こうに立って居た。

 

 私を見つけ、全く無警戒に駆け寄って来ようとして≪甲殻≫にぶつかり、ひっくり返って痛がっている。

 

 「どうやって此処まで・・・あ、ヤバい・・・」

 

 痛みから復活した小猿は、前足を堅い≪甲殻≫に着けて首を捻り、氷のような透明な石があって中に入れないらしいと気がつき、その場で謎のバク転をくるりと決め、≪甲殻≫をすり抜け、遺跡の中へと入って来た。

 

 ゴリムの話に有った、拘束できない非物質化のすり抜け能力だ。

 

 いや、これ不味いでしょう。

 

 じりじりと私から離れようと動いていた首無し動く死体(リビングデッド)が、闖入者に気付いて抱えていた小死獣を≪甲殻≫で塞がれた出入り口に放り投げ、首無しの動く死体(リビングデッド)は時間稼ぎのつもりか私に向かって襲い掛かってきた。

 

 即座に身体内部の『脳芋虫』全てを衝撃波(バースト)の連弾で潰し、小死獣を始末しようとするが、既に小猿と小死獣はバタバタと転がりながら掴み合い噛みつきあっていて、(にわか)に手が出せない。

 

 有る意味、微笑ましい小動物のいさかい。

 しかし、闘っているのは念獣と死獣。

 

 もし小死獣が勝って小猿のすり抜け能力を得たら・・・・いや、この期に及んで小死獣が小猿の能力を得たとしても大した問題は無いか・・・

 

 私が此所に居る以上既に小死獣は詰んでいる。

 

 でも、小猿が負けて居なくなってしまうのは、ちょっと悲しい。

 

 ゴリムは歓びそうだが。

 

 

 意外な事に、小猿のピートと小死獣『ヌエ』の戦いは微妙に均衡していた。

 

 

 

 戦闘力は小死獣の方が圧倒的に勝っていて、攻撃力も耐久力も比較にならず、その上当たれば必殺の『黒雷』まで有るのだが・・・

 

 なんと言うか、相手が悪い。

 

 小猿は何度()られても一向に敗けを認めず、怯まない。

 

 小死獣が小猿に致命の攻撃を決める度にパッと(ほこり)のように飛び散って消え、直後に何事もなく瞬時に再生して闘いが継続される。

 小死獣も再生能力は有る。ホールでの戦闘では、死体の腕を用いて腕一本新たに再生して見せた。

 だが不死性に関しては小猿はいろいろおかしい。

 

 だんだんと、争う二体の獣に差がつき始めている。

 

 埒が明かないと気づいたのか不利を悟ったのか、小死獣は小猿に直接噛みついて生命力(オーラ)を吸収し始めた。

 

 やっぱ()()も吸収能力持ってたか。

 

 伝承に有る砦内部の黒く干からびた死体。今回も量産された黒いミイラの状況から見て『黒雷』に一種の生命エネルギー吸収の能力が有ることは確実だった。喰らった相手が即死するのも、その為かも知れない。本体に同じような能力が有ってもおかしくない。

 

 小猿も黙ってやられてはいない。

 

 と言うか念獣である小猿にとっては、生命エネルギー吸収攻撃は致命傷になりかねない。

 

 『黒雷』を使うと、その衝撃だけで小猿が死んでしまい、雲散霧消して再生されてしまうので使うのを止めた小死獣に対し、小猿は断続的に『電撃』を放ち、小死獣の精孔を開き噛みついて此方も吸精を開始する。互いにがっしり噛み合って、動きが止まる。

 

 手を出せる隙。しかし、無粋な介入はしない。

 

 ・・・・・決着。

 

 暫くすると干からびた小死獣が動きを止め、小猿が離れた。

 

 念獣が勝ち、死獣が横たわる。

 

 「ウッキッ!」

 

 何か、ドヤ顔だ。

 

 ≪観測≫のログによると、勝因は小猿の『電撃』の能力に含まれていた『マヒ(弱)』のようだ。最後、あれが決まって頭蓋内部の『脳芋虫』が動けなくなり、何も出来ずに垂れ流しのオーラを残らず吸い取られて殺られてしまった。

 

 驚いたことに小死獣の頭を開いて十五センチ『脳芋虫』を確認し、≪観測≫のタグで見ても、細かな触手の先の繭玉までも全て死滅していた。

 

 「ん?何かお前、(がら)が変わってね?」

 

 小部屋の死獣を綺麗に始末して蓋の≪甲殻≫を消し、遺跡の外へ出ようと近寄ってきた小猿を抱き上げた処で、小猿の手足に白と黒の虎縞が入っている事に気がついた。

 

 まるで死獣『ヌエ』のように。

 

 ≪結界≫の危機感知に反応は無く、嫌な感じもしないので、とりあえず放置。

 

 でも、ちょっと気になるので遺跡の出入り口から少し離れ、灌木の繁みに身を隠して確認をする。

 

 ・・・・・フム。

 

 ・・・やってみるか。

 

 あらためて小猿を視界に納め、『右目(ライブラ)』の≪天眼≫を意識して、ちょっとした新技能を発動させる。

 

 

 『螺旋の塔を打ち砕く(フェイト・ブレイク・ジャンクション)

 

 

 『右目(ライブラ)』の視界は潤み現実を捉えられなくなり、小猿のイメージが浮かび上がる。同時に淡い光の粒子が周囲に発生し、渦を巻くように私と小猿をふわりと包む。

 

 

 森での修行の終盤、旅立ちの準備の少し前に、成長する“発“『十三原始細胞(ゾディアック・プラスワン)』の将来的能力の一部を先取りする方法を偶然見つけた。

 

 それによって限定的ながら、感覚としては五年分ほど先の能力が少しだけ使用できるようになっている。

 

 今使ったのは、特定の対象が私に害を成すかどうかをかなりの精度で判別することが出来る未来予測技能だ。

 能力としては元の≪天眼≫の権能とほぼ変わらない。

 ただ、対象を絞ることによって時間軸を精査する力が跳ね上がり、読み取る可能性の幅がある意味では広がっている。

 具体的には、映像化されるほど明確でなかった未来の危機の可能性が、黒っぽい靄や赤っぽい影のような不快なモノとして対象の周囲に現れて見える。という形を取る。

 勿論だが未来を覗いた私の行動によって、結果が変動するのは≪天眼≫の時と変わらないので注意は必要。

 

 ()()()()()()に映る小猿の周りは、やはり綺麗なまま。

 

 元々の≪天眼≫の権能に、敢えて名付けをすることで成長の方向性を一部()()()、未発達ステータスの一部書き換えというか、能力成長までの時間的ギャップを埋めて特定の能力を使用に堪えるレベルまで一気に持ってくる裏技のような技能。

 

 私は、『早出し(ファストムーブ)』と名付けた。

 

 意味は、発表や発売前の商品、情報を事前に手に入れる反則すれすれのフライング行為・・・。

 

 元々、目立つ囮にするための能力『(バルゴ)』の≪結界≫や操作系能力で髪を自分で動かす(念獣の能力借用)時の為の外向きの名前を念獣達と相談していて発覚した。

 

 相談の上やっと決まって名付けた『(バルゴ)』の権能が、名付けによって成長し、二次権能の≪奇怪≫の能力を一部使えるようになっていたのだ。

 詳しく調べた結果、名付けをすると少し先の能力を限定使用できるが、権能自体の成長は少し遅れるらしいと解った。

 

 これは使えると念獣達に頼み込み、どうしても欲しいが十年間の修行では未だ使用出来なかった能力を幾つか事前に準備することが出来た。

 

 数は『(バルゴ)』を除いて四つ。

 

 『右手(キャンサー)』と

 『肝臓(アクエリアス)』と

 『尻尾(ウロボロス・ホルダー)』、そして今使った『右目(ライブラ)』の≪天眼≫だ。

 

 成長の阻害が有るし、あまり念獣達の育成に口出ししたく無かったので、厳選した最低限の数にしようと思ったのだが、何体かの念獣達がどうしても此れを欲しがって押し切られ、結局過半数の念獣達に用意する羽目になった。

 

 元々能力の成長方針は念獣達に一任する約束だったのに、無理を言って幾つも『早出し(ファストムーブ)』を作成してもらった手前、断りきれなかった。

 基礎能力の『自分を磨け』が反応した影響かとも思ったが、欲しがらない者も居たので違うのかもしれない。個性?

 

 あと、なぜか光る。もはや懐かしいあの水見式の時のように、『早出し(ファストムーブ)』を利用して新しく用意した能力は使用時に全てが残らず発光する。

 

 発光解除不能、理由不明、意味も不明。恐らく今後新しく作成しても、又光ると思う。

 

 「・・・・・・・・・・」

 

 ちょっとイラっとして何か叫びたくなったが、自重した。

 

 私が新しく創った『衝撃』に関する新“発“の方には何の影響も無かったのに、隙間産業的に『十三原始細胞(ゾディアック・プラスワン)』の新技能を開発したら、こっちはキラキラピカピカ光りまくり。目立つし眩しいし、もうワケわからん。

 

 ・・・こんなの原作にも出てこない。もしかすると私の出自が関わってる?。異世界出身だし、転生したし、可能性は有るのか?

 

 ・・・うん、解決は当面無理だな。

 

 

 

 成長遅延のリスクは、≪天眼≫の場合近接での瞬間的未来予測の発達が停滞するらしい。

 当面、現状のままで戦術的に問題無いと思われるので、そちらには目を瞑る。

 

 複数の権能を複合した能力もあって、『螺旋の塔を打ち砕く(フェイト・ブレイク・ジャンクション)』には、≪結界≫の危機感知とその他の情報収集系念獣の協力、≪観測≫の情報分析の機能が含まれている。

 そして、ありがたくもこの能力は、今の私の保安上の指針の一つでもある。

 

 尚、新技の名前が若干中二っぽくて派手なのは、その方が発現する能力がやや向上するのと、将来性を睨んでの期待と、後は念獣達の趣味。OK出るまで凄い苦労した。

 

 

 

 

 

 

 

 




 意外と感覚鋭いので、小猿にとっては変な蟲

 


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 39、契約

   39、契約

 

 小猿の将来的危険度判定が済み、腕の虎縞は死獣のオーラを吸収した為に起きた一時的な外見の変化だろうと当たりを付ける。人が、カロリーの高いものを食べ過ぎて太るようなものだ。たぶん。

 

 はてさて後でゴリムの処へ連れ帰った時、虎縞の事を何と説明しようかと頭を抱えていると、不意に眼が合った小猿が動きを止める。

 数瞬の後、目の前に古めかしい羊皮紙風の巻物が現れ、くるくると縦に開いていって箇条書きの文字が表示された。

 

 ≪観測≫の視界の端に、

 

 【オーラ生成物、念獣保有契約書】

 

 とログが出ている。

 

 これは、あれだ・・・あの時ゴリムが見ていた謎のペラペラだ。

 

 何でゴリムから私に対象が変わったのか解らないが、私も契約対象者に認定されたらしい。

 

 ゴクリと、唾を呑み込んだ。

 

 モフラーの本能が、直ぐにも契約しようと右手で羊皮紙の下の方にくっついている羽ペンを握りそうになるが、左手でぐっと抑える。

 

 ・・・いやいや、焦るな少年よ。先ずは情報だ。契約書はよく吟味しなくては。

 

 「・・・・・」

 

 既に頭の中では小猿を連れて旅をする自分を夢想していたが、煩悩を理性で圧し殺し、常在戦場の気合いで精神を集中して契約書を精査する。

 

 内容はゴリムから聞いていた通りで、可愛がっていた念獣が自分の死と共に存在を止めてしまうのが納得できず、オーラ補給の為の『吸収』能力と新たな飼い主を求めるための『契約』能力を念獣に組み込んだのだと記されている。

 

 この契約はシステム上呪いに近く、そのため念獣制作、保有の為の念能力キャパシティーは必要としない事も明記されていた。後から任意で解消する事も可能だそうだ

 

 ・・・おもいっきり呪いって書いてあるよ。解消可能と記されていても、一度契約しなければ確かめようが無い。

 

 ゴリムが嫌がる訳だ。

 

 後は、まだ知らなかった情報として、新たな主人を選ぶ基準と結びの言葉が書かれている。

 

 基準は三つ。

 

 一つ、元の主人を害した者は除外。

 

 二つ、一定以上の念能力者である。

 

 三つ、ピートが気に入る相手。

 

 

 ・・・・・ちょっと念獣愛が重いが、モフラーなら解らなくも無い。ただ、これだけだとゴリムがストーカーされていた理由が解らない。

 

 やはり、隠しフラグが有るのか?

 

 ・・・いや待て、私が新しく主人候補になったのは、間違いなく秘湯で『尻尾(ウロボロス・ホルダー)』を見せびらかしたからだろう。尻尾が付いてればOK?じゃない、違う。ゴリラ『魔獣』の姿のゴリムに尻尾はほとんど無い。

 

 ・・・あれ?もしかすると、私の方が人外判定された?やっぱ人間が丸ごとダメなのか?

 

 

 ・・・いったい何が有った。

 

 何か有ったとすれば、元の主人の死に際だろうけど・・・ゴリムが散々調べて分からなかったんだから、私が今考えても解明するのは無理・・・か。・・・ま、とりあえず、合掌。

 

 

 契約書の結びの言葉は、

 

 「私の人生を、生きるに(あたい)する物にしてくれた友人を貴方に託す。

 

 願わくば、この出逢いが貴方にとっても実り有るものであるように」

 

 と、記されていた。

 

 もっと、小猿の能力の詳細や出来ること等、契約するに当たってのメリットが提示されていると思っていたのに、書かれていたのは最低限の説明と契約条件だけだ。

 

 つまり、契約書に()()()()()()()文言から読み取るべきは、この(可愛い以外に()して売りの無い)条件で契約を行うような(あるじ)を、元の主人は求めている。と言うことだろう。

 

 それは、結びの言葉からも読み取れる。

 

 

 「・・・ふむ」

 

 気分を落ち着けるために溜め息を一つ。

 

 提示されている全ての情報には目を通した。

 

 今後も小猿が私に不利益を与えない事は、さっき使用した『螺旋の塔を打ち砕く(フェイト・ブレイク・ジャンクション)』の未来視によって確認してある。

 

 ゴリムという先約は居るが、彼にとっては悪いことではないので、特に断る必要は無いだろう。

 

 私は、自分の優秀な記憶力を使って今一度状況を(ふるい)に掛けて穴がない事を確かめ、(おごそ)かに契約書に付属の白い羽ペンを取った。

 

 結びの言葉の下に甲と乙から始まる署名欄があり、甲の欄は

 

 『一番最初のピートの友達』、

 

 となっている。

 私は、乙の欄に今の自分の名前である

 

 『ミカゲ』と書き込んだ。

 

 名前を記すと羽ペンは消え、契約書は再びくるくると巻き上がって真っ赤なリボンで封をされ、霞となって小猿に吸収された。

 

 契約の完了と共に互いに『パス()』が繋がった感覚が有り、私の頭に小猿、いやもう私の新たな念獣なのだから名前で呼ぶべきだろう──『ピート』の情報が流れ込んでくる。

 

 七つ有るピートの能力と、幾つかの合言葉(コマンドワード)だ。意外に能力多い。

 

 私がパスからの情報を確認しているうちに、同じくパスが繋がったピートにも、新たな主人の事が伝わったらしく、確かめるように私を見上げて首を傾げた。

 

 「キイッ?」

 

 私には、『本当に?』と聞こえた。

 

 繋がったパスによって言語化したわけでは無い。ピートにそこまでの言語能力は無い。ただ、強い期待と不安が私の心に伝わってきて、そう聞こえてしまったのだ。

 

 私は、右手の小指をそっと差し出した。

 ピートはその小指を両手ではっしと握る。

 

 「・・・今後ともよろしく」

 

 「キィ!」

 

 ピートには訳の分からない行動でも、その意味は通じたようだ。

 嬉しい感じが徐々に大きくなって、輝くような喜びが伝わってきた。

 ギュッとなったピートの毛が、一瞬全部逆立って微かに発光したような気がした。

 

 繋いだちっちゃな手がくすぐったい。

 

 

 (・・・・・ちっ、来たか)

 

 新たな仲間ができ、テンションupでとても楽しい時間なのだが、残念ながら探知に何か掛かった。

 

 私は、唇に指を立てて静かにしているように示し、ピートを腕に抱いてそっと立ち上がる。

 

 灌木の繁みの陰。本気で気配を消した私を見つけることは至難。逃げ隠れするのが本領の小動物、ピートも其れに倣っている。良い子だ。

 

 二人が見つめる先、開けっぱなしの遺跡の破砕孔から、小さなネズミが一匹這い出してきた。

 

 春先の少し寒い夕方で、まだ明るい。

 

 やたら周囲を気にしていて、常に何かの陰に隠れようとしている。とても臆病そうだ。

 

 「へぇー、いつの間にかネズミが中に紛れ込んでたのか。て言うか、やっぱり依り代は何でも良いんだな」

 

 遺跡の入り口から十分離れ、咄嗟に逃げ戻れない場所まで来たところで此方も姿を現し声をかける。

 

 ネズミは一瞬、遺跡へと逃げ戻ろうとしたが距離を見て諦め、他に逃げ道が無いかこそこそと周囲を見渡し、盗掘団によって切り開かれた作業スペースの外に有る深い森を確めたようだった。

 

 「キケッ!キケッ!キケッ!」

 

 突然ネズミが甲高い声で鳴きはじめた。

 

 (わら)っている?

 

 ネズミの正体は死獣だ。封印された遺骸の前に三つ在った繭玉の中身の最後の一つ。

 こいつだけは他の二体より気配を穏すのが上手く、不用意な移動もしなかったので今の私でもぼんやりとしか居場所が分からなかった。

 しかし、ほっとけば直ぐに逃げ出すと≪天眼≫の予見で判明していたので、必ず通る出口の外で待っていたのだ。

 

 「何だ、ずいぶん余裕だな」

 

 いよいよ最後の一体が追い詰められているのに、ネズミ死獣にはがむしゃらな抵抗をしようとする様子が無い。

 

 何かありそうだ。

 

 私が早めに止めを刺そうと動き出す前に、ネズミがふわりと風船のように浮かび上がった。

 

 そういや空も飛べたんだった。

 

 「キケッ!キケッ!・・・」

 

 何か、イラつく声で鳴きながら素早く上昇して行くネズミ死獣がちょっとムカつく。

 このまま地上からでも攻撃出来るが、軽く地を蹴ってすぐさま同じ高さまで昇り、さりげなく透明な≪甲殻≫を踏んで宙に浮いて見せてやった。

 

 自分が居る上空まで跳び上がってきた私に、死獣はものすごく仰天した様子でテンパり。嗤いのようだった鳴き声も悲鳴のようなキーキー声に変わった。

 

 思った通り、慢心と油断を繰り返す死獣の精神は咄嗟の事態に対処できない。

 

 実にためになる反面教師だ。

 

 しばらくしてパニックから復帰した死獣は、全てお前のせいだとばかりに私を睨み付け、なんだか情けない(かす)れぎみな威嚇の声を上げ。それが終わると、何度も見たニヤニヤ笑いをネズミの顔に浮かべた。

 こちらが攻撃しないので、余裕を取り戻したようだ。もしかすると、自分の威嚇を恐れて行動出来ないのだ。とでも思っているのだろうか。

 

 奥の手も、まだ何か在るらしい。ここまで来たら手札を全部見て、それから潰そう。同じようなのに、又会うかもしれないし。

 

 ネズミ死獣が空中で何か力み始めた。そろそろ最後の手段(足掻き)が始まる。

 

 いきなりだった。目の前で、急にネズミの身体が太りはじめ、瞬きするほどの間に丸々と膨らみ、風船のようになった。もはや顔がどこかも分からない。

 

 ・・・これは、触れると爆発する系か?

 

 明らかに元の何倍にもなっているのに皮膚は破れず、軋むような音をたてながら太った水風船のようになって、ゆっくり上昇をはじめる。

 

 ≪観測≫の視界の中でネズミ死獣に付いていたタグが変化した。

 

 【死獣、内部繭玉数増大中、──】

 

 と表示が変わる。

 

 「増殖特化型だったか・・・」

 

 文字列の後に増え続ける数字が表示され、ネズミ死獣が原形を無くし膨らむにしたがって、千を越え万を越え、数万に達したところで急速に上昇しながら一瞬縮み、花火のように破裂した。

 

 やっぱりな・・・

 

 「汚ねえ花火だ」と、言いたいところだが、あたり一面に飛び散った数万の死獣の分体を、一つも残さず全て退治しなければ、また始めからやり直しになってしまう。

 放って置けば小動物や虫に取り憑く、地に潜って時期を待つ等他にも生き延びる手段はいくらでもありそうだ。

 

 ドヤ顔で爆散した死獣のラスボス復活ムーブには悪いが、こうなる事は予想していた。勿論対策も有る。

 

 終わりにしよう。

 

 ・・・偶然だが此方も初お目見え。

 

 『左手(サジタリウス)』の二次権能。

 ≪転換(全ベクトル操作)≫の『早出し(ファストムーブ)』。

 

 私は、ピートを肩に乗せ、『左手(サジタリウス)』を伸ばし空に掲げた。

 

 

 『星の生まれるところ(インフィニティ・テンペスト)

 

 

 発動の瞬間、宙に浮かぶ全ての物は動きを止め、なぜか同時に発生するキラキラと輝く光の粒と共に、≪甲殻≫に立つ私の周りを渦を巻いて流れ始める。

 

 陽射しは夕暮れに差し掛かり、数万の白い繭玉が発光する光の粒子と共に私の周囲を巡り夕陽に照らされる情景は、幻想的な迄に美しい。しかし、この小さな繭玉の一つでも生き延びれば、国が滅びる亡国の美である。

 

 それ以上何も起きない事を確認し、ラストは中々に美しかったが、練習がてらの多数同時精密操作ももう良いかと私はシメに入る。

 

 掲げた『左手(サジタリウス)』に加え、『右手(キャンサー)』を差し上げて手を開き、≪消滅≫の権能を発動する。

 

 美しい生き物のように周囲を巡っていた光と繭玉のせせらぎが、その広げた手の平を目指し奔流となって次々に流れ込んで行く。

 

 全てが消えるまで、ほんの数秒。

 

 私は、全てが終わった事を示す為両の手を一つ打ち鳴らした。

 

 「ジ・エンド」

 

 場違いに小粋な音が、一つ響いた。

 

 たまたま簡単に済んでしまったが、『星の生まれるところ(インフィニティ・テンペスト)』は発動できるだけで、制約の多い技能だ。動かせる総重量は三十キロにも満たないし、動かせる単一質量も十にも満たない僅か七グラム。五百円玉位でしかない。

 『早出し(ファストムーブ)』の特性上能力としては高位のモノが発動するが、効果は本来の権能の成長を待つより(いちじるし)しく限定されるか範囲が狭まる。ま、役には立つ。今後に期待だ。

 

 

 ・・・・・何かいる?

 

 気配を感じてふと見ると、遺跡の有る山の頂上に巨大な狼の『霊獣』が座っている。死獣退治後、空に留まる私より少し低い位置だ。

 難なく死獣に止めを刺した私をじっと見ていたらしい。

 

 「・・・なんだ、お前か」

 

 『骸の森』での修行時代からの古馴染み。

 この辺りは縄張りではない筈だが、何で居るんだ?

 

 こいつは、固有の隠れ里のような結界のような特殊能力を持っていて、そこを出入りしてなかなか気配を掴ませない。

 すげえプライドが高くて、前に下らない事で敵対した時、隠れ里に放り込まれそうになったが≪調律≫が発動してすり抜け、一発ぶん殴って其れ以降互いに不干渉が続いていた。

 

 狼の『霊獣』は、なぜか私に向かってペコリと頭を下げ、ゆっくり立ち上がり夕陽に向かって長い長い遠吠えを上げた。

 

 何か厳粛な様子を感じ取り、私はそっとその場を後にした。

 

 後になって、初めの死獣の素体()にされたのは『霊獣』だったのかもしれないと思い至った。

 体長が十メートルもあったのは其のせいかもと。もしかすると、あの狼『霊獣』の知り合いだったのかもしれないと。

 

 「遠吠えは仇が死んだ報告か、死者への弔いか・・・」

 

 一人ごちると、先を歩いていたピートが振り向いて「キィ?」と問いかけて来た。

 私は、何でもないと首を振って脚を早めた。

 

 

 死獣を始末して秘湯に帰ると、空にはまだ残照が残っていて、小さなログハウスの前にポールランプと低い椅子、テーブルには木の実や飲み物、焚き火にはハーブ塩を効かせた羚羊のローストが翳してあった。

 

 挨拶もそこそこに食べた夕食も旨かったが、話題は当然ピートとの契約一色だ。終始笑顔のゴリムの無邪気な喜びようが可笑しかった。

 

 翌朝、出立前の朝風呂に私とゴリムとピートで入っていると、ゴリムが突然「もう用は済んだから家に戻る」と言ってきた。

 

 町まで出ると言う話だったのに、どういう事かと訪ねると、怒らないでほしいと言いながら、小袋から三本のタンポポの綿毛(Lサイズ)を取り出した。

  森で初めて会ったときに、周囲を飛んでいたオーラ生成物だ。

 

 「こいつは、伝手(つて)を辿って手に入れた『物事やトラブルの解決のヒントを指し示す』という能力の有る、具現化系念能力者からの借り物だ」

 

 そんな能力有りなの?と驚く私に、森の中のログハウスに居たのも、時期が来れば『問題を解決する来訪者』が来ることを予側して待っていたのだと言う。

 家に上げたのも、案内すると付いて来たのも、全てがチビモンキー(ピート)問題を解決する為に、綿毛が示したルート通りに行動した結果なのだと言う。

 

 初めて会ったときに、綿毛が最重要と示す人物があまりにも小さな子供で驚いた事や、その並外れた力に敬服したのは本当で、今後も善い友人でありたいと頭を下げた。

 

 私は、念能力の奥深さを改めて知らされた思いで、今後は変な隠し事は無しにしようとゴリムの詫びを受け入れた。

 

 役目を果たした綿毛は、二人の目の前で空気に溶けるように消えてしまった。

 

 「じゃああれは、あんたの能力じゃないって事か?」

 

 本当はマナー違反なのだろうが、予想外の展開に、半ば呆けたまま聞いていた。

 

 「まさか!俺の“発“があんな可愛らしい(メルヘンな)訳無いだろう」

 

 ゴリムは、心外そうに右手拳を出してギュッと握る。

 

 ゴリムの拳に幅広の指輪を四つ連ねてプレートで繋いだような、簡素なブラスナックルが現れた。

 

 「こいつが俺の“発“、

 

 『帝王の拳(ベイビーナックル)

 

だ!」

 

 私は、いかにもイケイケ脳筋感が漂うその能力に、さもありなんと頷いた。

 

 温泉から出たゴリムは、ここには何時でも来て良いと言って堅い握手を交わし、ピートを一撫でして「じゃあまた」と告げ、足取り軽く帰っていった。

 

 去り際に何か思い出したように立ち止まり、一言忠告をくれた。

 

 私はその言葉に顔が固まるほど驚き、ぎこちなく頷いて返した。

 

 『サーベル使いに気をつけろ』

 

 ゴリムは、自分の顔を指で十字になぞりながら最後にそう言い残した。

 あの傷を付けた相手の事なのだろう。

 

 もし、そのサーベル使いが私の探しているサーベル使いなら、『クルタの子』の『お爺さん』を殺して残された彼を売った男とゴリムの敵は、同じ人物と言うことになる。

 

 「・・・素敵じゃないか、探す理由が一つ増えたよ」

 

 私は、この話を大事に仕舞い込んだ。

 

 思ったより世界は狭いらしい。

 

 

 ゴリムが去って気がついたのは、お土産に拾ってきた古い犬の首輪のバックルやドッグタグを見せ忘れた事だった。

 

 「・・・十分喜んでたし、まいっか」

 

 私は、ちょっと気が抜けたので出発は明日と決め、低いカウチに座ってせっかくのモフモフを堪能しようとピートを呼び寄せた。

 

 ゆっくりと撫で、指先で背中を掻いてやりながら、早めにブラシを手に入れなくてはと心に刻んだ。暫しモフッた後、膝に乗せたピートと目を合わせ、合言葉(キーワード)を唱える。

 

 「『開示せよ(ステータスオープン)』」

 

 今回表れたのは契約書より少し大きな巻き紙で、ピートの状態や能力が表示される。

 

 はずなのだが、開かれた巻き紙の最初の部分に写真が貼り付けてあり、突如それが映像として動き出した。

 

 「ピートの新しい飼い主さん、見えていますか?」

 

 頭の中で声が聞こえる。実際に巻物から音が出ているのではなく、ピートからパス越しに音声が届いているようだ。

 

 画面に映っているのは上質な家具や小物が並び、金は掛かっているが其れを感じさせない品良くまとまった寝室で、十五、六の少女が行儀良くベッドに腰掛けて此方に手を振っていた。

 

 

 

 

 




 鬼舞辻無惨も初見で殺す


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 40、人里

   40、人里

 

 「私もちゃんと伝わるか解らないので、ここからは見えているものとして喋りますね。」

 

 どうやら彼女はピートの元の飼い主。製作者であるらしい。太ったおっさんじゃなくて良かった。セミロングの淡い金髪、少し線が細いが、なかなか かわいい。

 

 どうやら美少女(わく)は師匠では無く、ペットの前の持ち主らしい。モフモフ談義をしたかったが、 もうお亡くなりになっている。

 

 「この『記憶の窓』は初めて『開示せよ(ステータスオープン)』を使用した一回目にしか開きません。二回目以降は無いのでちょっとだけ話を聞いてください」

 

 少女が、居住まいを正した。

 

 「まず、ピートとの念獣保有契約ありがとうございます」

 

 少女が座ったままペコリと頭を下げた。

 

 「ピートの能力等はこの後ご覧になることが出来るので割愛します。この『記憶の窓』には数分間しか記録しておけないので、手短にお話ししなくてはならない事があります」

 

 少女は私に向かって話しているように見えるが、おそらくカメラ代りになっているのはピートだろう。

 

 「それは、ピートの名前のことです」

 

 なにかを思い出すように視線を逸らしながら、少女は語る。

 

 「新しい契約者さんも、新たな仲間(ペット)には自分の好みの名前を付けたいと思われるでしょう、しかし残念ながらピートの名前は変更できません。

 理由は、ピートの生まれた経緯にあります」

 

 癖なのか、右の拳を軽く振りながら話している。たまに、指が一本立つ。

 

 「今回、契約の能力を作るにあたって変更しようとしたのですが、私にも変えられませんでした」

 

 少女は又、頭を下げた。

 

 「この記録は、せめてその理由をお知らせしてお詫びするためのものです。

 必要ないと思われた方はピートに『必要ない』と告げていただければ、直ちに『記憶の窓』は閉じ、以後開くことはありません」

 

 数秒の間。

 

 ガイダンスの可否を問うためだろう。私は、もちろん聞く。

 

 「そもそも私が初めてピート()()の存在に気づいたのは三歳の頃でした。」

 

 少女は、少し微笑んで話し始めた。

 

 「生まれつき身体が弱く病気がちだった私は、幼い頃から一人でベッドに居ることが常でした。

 そして、いつの頃からか空想の友達を相手に話しかけて、寂しさを紛らわせるようになっていました」

 

 少女は、画面の外から一冊の古びた絵本を取り出した。

 

 「これが、初代ピートさんです」

 

 掲げた絵本の表紙には、額にハートのマークがある白黒ツートンの猫が、大きく描かれている。タイトルは『白い黒猫ピートの冒険』。

 絵本に見えるが、時代的に絵本はまだ無い筈だから、画集に文字を付けたような、絵解(えと)き本の一種だと思う。 元の、気に入った物語を絵本の形にした手書きの一品物だろう。

 

 「はじめは、本の中のピートさんを想像して()()()遊びをしていたのですが、いつのまにか実在のピートさんと遊ぶようになっていました。幼かった事もあり、その境目ははっきりしません。

 正体不明の実在ピートさんの事はその後すぐ発覚し、いろいろあって念獣らしいと分かり、最終的に保護者が雇ったプロハンターの訓練を定期的に受ける事になりました。

 暫くして、一定のコントロールが利くようになってから細かい能力を設定して、今のピートさんになりました」

 

 今度は小さな額縁付きの絵を取り出し、自分と白黒ツートンの猫がほほ寄せあって笑う細密画(ミニアチュール)を見せた。

 

 「名前変更不能の件を私の念の師に相談したところ、名前と能力が余りにも密に関連していると、そういう事が起こるみたいです。念能力では、よく有る事だそうですが」

 

 少女は、というわけで名前の変更が出来ないのは仕様と思ってほしい。と言い、最後に深く頭を下げた。

 

 もう終わりかと思ったが、映像はまだ続く。

 

 「最後に、おまけとしてピートさんの新しい契約者さんに何か残そうと思ったのですが・・・

 お金では味気ないですし、普通の人と違う人生を送る念能力の持ち主に何を送ったら喜んで貰えるかじっくり考えて、いっそのこと拠点となる隠れ家を(のこ)す事にしました。」

 

 ひとさし指を立てた少女が、とんでもない事をさらりと言った。

 

 「ピートさんの七つの能力に掛けて数は七つ」

 

 ・・・しかも増えた。

 

 少女の口からV5の国名と都市名、カキン帝国の都市名が告げられた。合計六つ。

 

 「最後の場所は秘密です、ヒントは歴史のある小さな国。探してみてください。

 隠れ家の有る町の中に入ったら、ピートさんに『とまり木は何処にある』と聞いて下さい。その町に拠点があれば案内してくれるでしょう」

 

 ピートさんに意地悪していると、教えてもらえないかもしれない。と悪戯っぽく笑い、映像は終わった。

 

 意外と濃ゆい少女だった。

 

 おまけで付いてきた拠点の件は後まわし。ただのショボい穴ぐらかもしれないし、信用できるかも不明で、判断材料も少ない。

 ま、ちょっとワクワクはするが。

 

 

 画像が消えても開かれた巻き紙は残り、ピートの状態と七つの能力について、解説が載っていた。

 

 

 念能力名:『永遠不滅の私の友達(アイ・ウイッシュ)

 

 友達名:『ピート』 

 

 契約者:[ミカゲ]

 

  状態:[良好]

 

  能力:

 

 1、[不縛(エグジット)

 

 能力名『出口はいつも其処にある(フェアリーリング・エグジット)

 

 誰にも捕らえられない妖精が使う魔法の輪をモチーフにした能力。円を描くか作り出す事で発動。非物質化して拘束を脱する。自分のみ。

 

 

 2、[変化(コレクション)

 

 能力名『愛しき七つの子供たち(フワフワ・モフモフ・コレクション)

 

 フワモフの生き物に変化する能力。ピートが見て触れた生き物が対象。七種までストック可能。基本の姿である『猫』以外は入れ替え可能。

 

 3、[不死(イモータル)

 

 能力名『不滅の誓い(イモータル・テスタメント)

 

 創造者の願いを叶える為の能力。精神は念によって不壊化され、肉体が破壊されても即座に復活する。

 

 4、[名付(ネームド)

 

 能力名『真名標示(オリジナル・ネームド)

 

 真の姿が、揺るがぬ信念と誇りを持った黒い白猫であることの顕示。自分のハウスに名前がプリントされる。

 

 5、[電撃(スパーク)

 

 能力名『不埒なやからに刹那の光(パラライズ・スパーク)

 

 非力な爪と牙以外の、唯一の攻撃手段。

 麻痺効果有り。精孔解放効果付与可能。

 ※絶対気絶(アブソリュート・スタン)効果取得。

 

 6、[吸収(ドレイン)

 

 能力名『命を糧に紡がれる(ミニマム・オーラ・ドレイン)

 

 契約している主人からオーラを譲渡してもらって、存在を維持する。主人が未契約状態の時は、自分よりも小さい生き物を『電撃(スパーク)』によって精孔解放状態にし、そのオーラを吸収する。

 

 7、[契約(コントラクト)

 

 能力名『その手を取るは輩(ともがら)なり(コントラクト・チェイン)

 

 次代のピートの主人を決定する。その為の契約書を候補者に提示する。契約に必要な情報を提示する。契約後、ピートの情報を提示する。

 

 

 詳細情報を求めれば、もっと細かく調べる事も可能なようだったが、一瞥して軽く覗くに留める。

 

 これから長い付き合いになるのだから、今急いで知る必要は無い。

 

 [電撃(スパーク)]の解説に『効果取得』の文字が有った。今回『ヌエ』から学習(ラーニング)したらしい。元は多分絶対死亡(アブソリュート・デス)だったのが絶対気絶(アブソリュート・スタン)に変わったのは、ピートの個性による変質か?一応これも事象干渉系の『現実改編』攻撃だったので確認したが、≪調律≫がある私には効かなかった。

 

 

 待ちきれず、翌朝陽が上るとすぐにゴリムの秘湯を後にした。

 

 ピートとじゃれ合い、今後の事を話しながら山岳の木々の上を軽快に渡って行く。

 地形を無視して進んだので、やがては崖の上に出てしまう。想定通りだ。

 眼下には川が流れ、まだ見えない先に町がある。

 

 「もうゴリムも居ないし、町まで飛んで行こうと思うんだけど、ピートは鳥になれるか?」

 

 両の手を身体の脇でパタパタと動かして見せ、鳥の羽ばたきを真似て[変化(コレクション)]の使用を促す。

 

 「キィ!」

 

 (かたわ)らにいたピートは、最初怪訝そうだったが、分かったと言うようにひと声鳴いて、姿を変えた。

 

 「お!・・・おぉぉぉふ・・・」

 

 ピートは、問題なく鳥に変わったが、想定とちょっと違う。

 

 「ピートさん、可愛いけど、めちゃくちゃ可愛いけどそれはペンギンだ。水の中を泳ぐヤツ。

 もっと、空を飛べるようなのは無いのか?」

 

 目の前でペンギンに変身したピートが、「キュ?」と翼をバタつかせて二、三歩歩き首をかしげる。破壊力抜群でモフラー的衝撃が大きすぎ、ちょっとタンマと言って少しモフらせて貰った。(至福)

 

 「さて行くか」

 

 仕切り直して小さなエナガ(白黒)に変身したピートを連れ、崖から翔ぶ。

 

 徐々に高度を上げ、風を巻き、雲を背負い、≪甲殻≫を踏んで空を行く。念獣だけあって、サイズのわりにピートも速い。遅れず付いてくる。

 

 山岳の森を抜けると、地上のパノラマに小さな村が見える。ゴリムが言っていたトカの村だろう。やっとたどり着いた初の人里だが、ここは迂回する。

 今の私は色々と目立つので、最初に人口の少ない町に現れるのはよろしくない。ルーツはなるべくぼかす方が良い。

 

 高度を千メートル程に上げたので、真上を通っても気付かれる事は無いだろうが、数キロ離れて通りすぎる。地上からでは、小さな点にしか見えないはずだ。

 

 トカの村を越え、街道沿いに幾つかの町をスルーしてなおも進むと、遠くに海が、その縁にゴチャゴチャした大きな街があった。

 

  辺境の港町シュマ。目的地だ。

 

 シュマを確かめた後、少し戻って人目につかないように街道に降りた。港町まで残り十数キロほど。ここからは、怪しまれないようピートと共に春の街道を歩いて進む。後二時間位だろうか、昼過ぎには街に入りたい。

 

 肩にエナガ姿のピートがとまっている。

 

 雀ほどのサイズで尾が長く体長の半分が尾。たしか、柄杓(ひしゃく)()に似ているとエナガと名付けられたはずだ。相変わらずの白黒で、額に小さなハートマークが有る。

 黒みが少し多いが、ピートが変身したのはシマエナガだと思われる。これはこれで可愛らしい。ここまで小さい生き物に変化出来るとは思っていなかったが、小さい鳥特有の愛らしさがある。良い趣味だ。

 

 チチッ、と楽しそうに囀ずるピートに、そろそろ姿を変えてもらう。

 これからこの世界、この時代の常識を身に付けるため、しばらく街で過ごす予定だ。

 街中では、ピートの変身能力を知られないため姿は当面ずっと固定になる。

 エナガはかわいらしいが小さすぎてちょっと危ない。猫に襲われる等、誰かの悪戯や事故で『死なない(イモータル)』が周囲にバレると、色々めんどくさい事になる。

 

 「何でも良いよ」、と言ったらピートは見慣れた小猿の姿になった。

 

 「サルは嫌われてるらしいが港町だ、旅人も多かろうし・・・まあいいか」

 

 私は、小猿ピートを肩に乗せ歩き出した。

 

 山岳地帯を抜け、自然のままの未開拓地を越えると、農地が広がっていた。

 

 普通だ。普通の風景だ。元居た世界と変わらない、でもハンターハンターの世界。

 

 地形に沿った道の脇には背の高い樹が植えられていて、新緑が日陰を作っている。

 

 馬車がすれ違える広い街道には人通りも其れなりに有り、近くの農家のものらしき荷馬車や旅人の姿もちらほら見える。

 

 確認したところ、皆綿や麻の服を着て靴を履き、毛皮を身に付けている者も、ベストくらいだ。

 

 危ない処だった、さっきまでの革の上下に裸足では、文明人の中で酷く浮いただろう。

 今は、自作の革の半ズボンに冬用の膝下までの脛当の付いた長靴を履き、ゴリムに貰った白いシャツを着て、熊革の暖かいベストを身に付けている。

 

 珍しい装いだが、非常識とまでは言われないだろう。もちろん背中にリュック、腰にポーチと鹿角ナイフを身に付けている。

 

 

 意気揚々と歩いていると、背後からゆっくり追い抜いて行った荷馬車が少し先で停まって、御者が声をかけてきた。

 

 「坊や街までだろう、乗ってくかい?」

 

 一頭引きの普通の荷馬車で、板を張っただけの御者台に年配の男女が並んで座っている。私を追い抜くときにちらりと此方に目を向けたのは気づいていた。

 

 後ろからでは腰まで伸びた銀髪しか見えないはず。よく()()だと分かったものだ。ああ、半ズボンか。

 

 話している内容も丸聞こえで、どうやら二人は街で商売をやっている老夫婦で、仕入から帰るところらしい。見かけた子供を街まで一人で歩かせるのはかわいそうだと婦人の方が旦那に声を掛けさせたようだ。

 

 私は、この申し出をありがたく受け、篭が並んだ荷台の端にピートと共に便乗させて貰った。

 

 話し好きで世話焼きの老婦人に情報収集がてら街の話をふると、何故か近所の噂話が始まり、近くの空き家に住み着いた若夫婦の事を延々と聞かされた。ついでに私の事も色々聞かれたが適当にホラを吹いて誤魔化しておいた。

 

 「・・・ちょっと休憩だ」

 

 無口な旦那が荷馬車を停め、途中の川縁でハムとピクルスのサンドイッチの昼食をごちそうになった。パンを食べたのは、この世界に来てから初めてだ。

 焼きたてでも何でもない全粒粉と塩で作った、ずっしりと噛みごたえの有る普通のパンだ。

 しかし、噛むとしっかり小麦の味がして妙に懐かしかった。

 

 その後、街に着くまで荷台でピートと寝て過ごした。

 多少揺れたが、馬の足音の刻むリズムと春の陽射しが心地よい。腹も満ちたし、幸い風もない。

 

 

 「ふんっ~~っふう」

 

 ゆるゆると一時間ほどで門の前に着くと、大きく伸びをして荷馬車の荷台から飛び降りる。

 

 「何で・・・」

 

 気づいた老夫婦がビックリして見ている。

 

 私は、懲罰のため端正な真顔にちょっと殺気と威圧を込めて二人を睨んだ。

 対象を老夫婦のみに絞っているので、通りすぎる周囲の人達は誰一人恐怖に凍りついた老夫婦に気がつかない。

 

 ごちそうになった先程の昼食の飲みものに、けっこうな量の睡眠薬が入っていたのだ。

 見た瞬間≪観測≫の視界に【ハーブティー、睡眠薬混入(多)】のタグが付いた。

 

 それに、私が前後不覚に眠りこけていると思った二人が、久しぶりに良いカモが引っ掛かったと嬉しげに話していた。

 

 善人老夫婦かと思いきや、年期の入った悪党ペア。これぞハンターハンタークオリティー。

 

 (近々訪ねて行くから、おとなしくしていろ)

 

 二人だけに聞こえるよう、小さく声をかけ、

 

 「・・・乗せてくれてありがとう、助かったよ」

 

 周囲に怪しまれないよう、明るく別れを告げる。二人の住み処はランチ前にさっき聞いておいた。

 

 私は、チビりそうな程ビビっている二人を無視して、歩いて街へと入る。

 

 門を通る人は多く警備の兵士は居ても、よっぽど怪しいか手配されていなければ、別に誰何はされない(話し好きの老婆談)。着替える前だと危なかったカモ。

 

 始末してしまおうかとも思ったが、久しぶりに食べたパンが旨かったので、裏社会の情報収集に利用する、という名目でとりあえずは生かしておくことにした。逃げ出したら追うかどうかはその時決める。

 

 異国情緒漂うレンガ造りの建物が並ぶ大通りをピートと共にゆっくり歩く。

 街中は石畳で舗装され、人通りも多い。

 ただ、車やバイクは無く、窓にはガラスがほとんど無い。

 

 私達は内陸側から入ったので、海まで出ようと街を横断して行く。街の中央付近には大きな商館が立ち並び、誰かの銅像が建てられた広場もあった。

 

 港で、長い航海にも耐えられる大型船が広い港に何隻も並んでいるのを見物し、倉庫だらけの湾岸から離れ、今は街の軽食屋のオープンテラスでお茶とおやつを堪能している。

 香辛料を利かせた生地を揚げた、ドーナツのような菓子が甘くて旨い。時代的に緩いので、小猿のピートがテーブルに座って菓子を旨そうに食べていても、誰にも何も言われない。

 

 色んな意味で通る人の注目を集めながら今夜の宿をどうするか思案していると、目の前を通りすぎた立派な商家の乗用馬車が少し先で停車した。

 またぞろトラブルかと興味深く見ていると、目にも鮮やかな真っ赤なドレスを着た派手な美女が下りてきた。

 

 そのまま軽快な足取りで真っ直ぐ私のテーブル前までやって来ると、私ではなくピートの顔をじっくり確認しはじめる。

 

 「やっぱりピートじゃない!何でここにいるの?」

 

 美女のかぶった帽子の羽が、ふわりと海風に揺れた。

 

 

 

 

 ※)絵本の内容は、白猫一家に生まれた黒猫ピートさんが旅をして冒険する話です。

 世界各国の絵画の模写の片隅に、色んなコスプレをしたピートさんが小さく書かれていて欄外に短い解説があり、冒頭は家族との色違いを理由に家を出るピートさん、最後は農場の女の子の家に居場所を見つけるピートさんがポンチ絵で数カット描かれています。

 どこかの貴族が子供のために製作したオーダーメイド品で、ピートの初代オーナーの保護者はオークションで手に入れました。

 

 

 

 

 




 何とか森から出られました。長かった。

 
 次回以後の予定としては、街での日常とトラブル、そして復讐に動き始める事になります。


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 41、緑美楼


 タグに、師匠死亡を追加しました。



   41、緑美楼

 

 突然現れた美女の言葉に驚かされる。

 

 ピートが『猫』の姿なら元になった絵本を読んだ事がある。という可能性もあったが、今は小猿だ。正体不明の彼女は、『念獣』としてのピートを、もっと言えばピートの元の主人(マスター)を知っているという事になる。

 

 何より美女に気がついたピートが、ほっぺたパンパンで食べかけの菓子を持ったまま片手を上げて挨拶した。

 

 「ググッ(キキッ)!」

 

 ピートの知り合いのようだ。

 

 「知り合いかい、ピート」

 

 このまま無視されても困るので、存在のアピールを兼ねて、女性ではなくピートに話しかける。

 

 「あ、ごめんな・・・・・」

 

 妙齢の美女は、やっとピートの連れである私のことが視界に入ったらしく、顔を私に向けて不作法を謝りかけて、なぜかフリーズした。

 

 「・・・・(すご)

 

 「・・・何だって?」

 

 何を言っているのか解らず聞き返した私に、美女はやっと正気に戻って反応が帰ってきた。

 

 「あらごめんなさい、あんまり完璧に整ってるものだから、驚いてしまったわ」

 

 目をそらし、何度か深呼吸して驚きを抑えると、にっこり笑って全てを有耶無耶に誤魔化した。再びこちらに向き直り、美女はピートと私の事を値踏みするように見て颯爽と名乗った。

 

 「『緑美楼(りょくびろう)』のベルデよ。座っても良いかしら?」

 

 リョクビロウ?同席を了承して店員にお茶の追加を頼み、仕切り直す。

 

 「ミカゲだ、ピートを紹介する必要は無さそうだな」

 

 こちらが聞きたい事が有るように、あちらにも私達に何か用事が有るようだ。

 

 「何でピートを知っているのか、聞いても良いか?」

 

 視線で先手を譲ってくれたので、もっとも知りたいことを聞いてみる。

 

 「あぁ、ソコからね・・・」

 

 特に隠す事でもないと、ベルデが話してくれた事情によると。五年ほど前に、とある金持ちの旅行者一行がシュマの街に来た折りに、知り合ったそうだ。

 

 召し使いと護衛を何人も連れて其の全員を引っ張り廻していたのが集団のリーダーの女の子で、彼女が連れていた猫がピートだったと言う。

 

 飛ばされて木に引っ掛かった帽子を、猿に変身して取りに行ったのにはとても驚かされたらしい。

 

 「しかも、『気に入ったから』とか言って、うちに泊まって行ったのよ?若い女の子が!」

 

 三十歳位だろうか。ベルデ自身、笑顔が魅力的で、表情がクルクル変わる。共感力が高く、人と話すことに慣れた感じが営業職っぽくて商人らしい。場馴れしていて、なんか妙な迫力も有る。

 

 最後の、女の子が泊まるのを非常識だと愚痴る部分だけよく解らない。

 さっき言ってた『緑美楼』って、金持ち用のクラブハウスとか邸宅じゃないのか?

 たとえ街でどんなに名が知られていても、ミカゲには初耳だ。

 

 

 ともあれ、ベルデの話でピートについて新たな情報が得られた。

 元の主人の名は『アリス』。偽名かもしれないが、この街ではそう名乗っていた。

 

 少なくとも五年前までは生存していて、あのピートの元になった絵本のように、世界を旅行していたらしい。親族は一緒ではなく、回りは雇い人ばかり。あと、とんでもない金持ちだったそうだ。

 

 「頑固で意志は強かったけど、体力とか全然無くて専属ドクターの診察を毎日受けてたわ。

 あの様子だと本来、旅行なんか出来る状態じゃなかったんじゃないかしら・・・」

 

 歩くのも覚束無い事が有って、車椅子で移動することもあったと言う。

 

 「今のピートが別の人に受け継がれているという事はそういうことよね?・・・・・良い娘だったのに、残念ね」

 

 ベルデは、一つタメ息をついた。

 

 

 ピートの元の主人の死に際の事は気になっていたので、この先も調べられそうなら真相を探って行く積もりだ。何で人間全般が後継者から外されたのか、そこが未だ謎なのだ。

 

 

 「それで?そちらも私に用が有るみたいだけど」

 

 ピートの件は一応納得出来たので、ベルデに話を振る。

 

 「・・・そうね、大したことじゃ無いんだけど、貴方(あなた)ピートの今の主人なのよねぇ?」

 

 ベルデは、ためらいがちに話を始めた。まるで、瀬踏みするような慎重さだ。

 

 「そうだ、未だ日は浅いがね」

 

 菓子を全て食べ終えたピートの顔と手を、ナプキンで拭ってやりながら答える。

 

 「では、使()()()ね?」

 

 「・・・・・・」

 

 見たところ、彼女自身は能力者では無い。『念』についての知識を持っているとは思えず、訝しげに視線をやると、目の前で軽く手を振り、アリスと仲良くなって少し教えてもらったと告げてきた。

 

 「相当に腕の立つ者でないと、ピートの主人にはなれないのでしょう?」

 

 私は、軽く頷き了承した。大体合ってる。

 

 「何でも、秘匿された『雷獣の谷』に棲む姿の変わる特別な獣だとか。

 ピートに認めてもらう為には、自在に『気』を操れるようにならないとダメなのだって言っていたわ。自分も病にかかるまではかなりのモノだったって」

 

 「・・・ん?」

 

 何だって?

 

 「若いのに、凄いのね」

 

 ・・・騙されてる。念獣のことを秘密にするために、アリスに適当なホラ話を吹き込まれてるぞ!

 

 この世界にも『気』の概念がある。無ければ気配や殺気等も意味をなさない。

 

 「男性よね?今、仕事の予定は入ってる?宿は何処?」

 

 矢継ぎ早の質問に、「そうだ・・・特には・・・街に来たばかりでこれからだ」と、促されるまま返事をする。

 

 腕の立つ者に何か急ぎの仕事を任せたいらしい。

 

 「使っていた荒事専門(トラブルシューター)の従業員が、怪我で動けなくなっちゃったのよ、新しいのを見つけるまで暫く代わりをやって貰えないかしら?」

 

 用心棒のお誘いらしい。

 

 「会ったばかりだぞ」

 

 「ピートの主人なら大丈夫よ!」

 

 こちらが、そちらを信用出来ないと言う意味だったのだが、ベルデは逆に取ったようだ。どうやら『緑美楼』のベルデの名は、この街では無条件で信用される『通り名』らしい。

 そういえばピートの知り合いでもあった。ちょっと甘い気がするが、面白そうだし。ピートの顔を立てて、仕事を受けるとしよう。

 

 「助かるわ!」

 

 OKすると、すぐさま軽食屋の支払いを終え(ベルデが)、腕を取って馬車迄引っ張って行かれた。

 

 「宿と食事はうちで全部面倒見るわ、その分給金は安くなるけど、仕事があればその都度割り増しを払います。当面それで良いわね?」

 

 逃がすまい、と言うように馬車の中でも腕を絡めたままで、条件を提示される。

 

 仕事の時間配分はかなりアバウト。昼は指名が無い限り自由。荒事の起こりやすい夜は、なるべく奥に詰めて居てほしい。程度だ。

 ただ、腕の立つ者が誰も居ないと思われると店に絡んで来る馬鹿が増えるので、舐められないよう一回は腕前を見せつける事が必要だと断りを入れられた。

 

 馬車が街中を港側に少し戻り、輸送用の運河を渡って街の西側へと進んで行く。

 

 あまり治安の良くない地域に入り、更にその先の街の区画の黒い仕切り門を越えて話に聞いた歓楽街へと乗り入れる。

 

 ようやく馬車が止まったのは、夕暮れ前に既に明かりが点った街角。三階建ての豪華な装飾が目立つ妓楼の前だった。重厚で夜に馴染んだ気配が漂っている。要するに男性に女性を世話する系の、しかも大店(おおだな)だ。

 

 「『緑美楼』へようこそ!」

 

 とりあえず、ベルデがアリスを泊めるのを渋った訳は解った。

 

 

 大きな看板が架かった下、厳つい案内係が立つドアを抜けると、コジャレた酒場が広がっていた。

 

 ドレスアップした女性がいっぱい居て、そういう店だとすぐ解る。

 

 前世の高級クラブ的な気配が、「金がないヤツは頭が無いのとどう違うの?」と、無邪気に問いかけている気がする。

 

 ベルデは、何人かの屈強な黒服っぽい従業員にてきぱきと指示を出し、知り合いの客に笑顔で声を掛け、私を連れてホールを抜けて奥へと進んで行く。

 

 厨房にも声を掛けた後、別階段で二階の真ん中辺りに有るベルデの自室に連れて来られる。

 

 「店でって訳にも行かないから、ここで話をさせてもらうわ」

 

 ここは仕事部屋で、続き部屋を寝室として使って居るようだ。奥にドアがある。

 

 仕事用デスク以外に、来客用のソファーセットが片側に設えられていて、そこに二人で座る。ピートは私が抱えたリュックの上だ。

 

 「改めまして、妓楼『緑美楼』の女主人、ベルディルデ。ベルデで通ってるわ。

 見てもらった通り、うちは黒門で仕切られた歓楽街の中の妓楼なの。

 女だらけだし、世の中そういうのにうるさい人も居るから、ここで働くのを嫌がる人も居る。

 教会も昔ほどは煩くないけど、人に知られると評判に関わる事が有るかもしれない。

 それでも良ければさっき話した条件のままでお願いしたいんだけど・・・」

 

 「私とピートの部屋は何処だ?」

 

 ベルデは、私が断るかもしれないと思っていたようだ。ちょっと被せぎみに返事をしたら、一瞬ポカンとした。

 

 「案内するわ」

 

 その後、ニッと笑って立ち上がった。

 

 「前の担当者(用心棒)のウォルターの部屋は、まだ彼の荷物でいっぱいだから、とりあえず今日は二階の個室の一つか、三階の使用人用の空き部屋かしら・・・やっぱり二階の・・・」

 

 「三階の部屋で」

 

 色々と内緒で外出する機会が有るかもしれない。人の出入りの激しい二階より、窓から出られる三階の方が良い。私には高さは障害にならない。

 

 ざっと、この建物の構造を≪把握≫してみたが、一階がホールと待合室や厨房、大浴場などの水回り。

 二階が宴会場と仕事用の個室各種。

 三階は三つに区切られていて、ホテルのような広い続き部屋を幾つか備えた表のフロアと、使用人用の小部屋が並んだ裏のフロアがあり、その間に潅木や花壇の並んだ優雅な屋上庭園が有って隔てられている。下は二階の屋根になる。つまり空中庭園だ。凝ってるなぁ。

 

 ベルデに三階の部屋へ案内されていると、すれ違う従業員が皆挨拶をしてくる。三階の使用人部屋を使うのは裏方をしている者達で、つまり一線を退いた物の分かったオバサン連中だと言う。だから心配は要らないと言われた。何の?

 

 女主人が新入りの世話なんかしていて良いのかと聞いたら、今はこれが一番重要なのだと力説された。

 

 何か有るらしい。

 

 基本的には男の従業員の住まいは一階の厨房脇に幾つか有る使用人部屋で、女の住まいは二階の個室か三階の使用人部屋だそうだ。

 基本的に女性上位で女性の部屋は上の階に有って、一階より安全性が高くなっている。利便性より安全性。元の世界とは常識が違う。

 

 男のミカゲの部屋が三階なのは、イレギュラーと言うことになる。

 

 「女達に手は出すな」と言った後、私の顔をじっと見つめ、あんたの子なら美形になるから合意があれば好きにして良いと、適当な事を言い出した。

 

 「何なら、わたしのところでも構わないよ」

 

 そう(つや)の有る笑顔を浮かべながら付け加える。

 

 私は、苦笑いで返した。きっぱり断っても角が立つ。

 

 案内されたのは三階の一番奥で、風呂つきだと言われたが、給湯設備何てものは勿論無く、チップを払って使用人に下の階から湯を運んでもらうシステムだった。一階の大浴場以外何処もそうらしい。

 

 この時代だと、家に風呂が有るのはかなり珍しいから、これだけでも良い職場である。

 

 ちなみに、女達のお仕事部屋にも全て『浴槽』が有って、それが『緑美楼』の売りで高級妓楼の印だと言う。

 

 「三十年前にうちが出来るまでは、この街に高級妓楼なんか無かったんだから」

 

 ベルデはケラケラ笑いながら、臭い娘が良ければ他所に行ってみろと言った。

 

 「・・・・・何よ、これ」

 

 入った奥の部屋は、ガラクタだらけだった。

 さして広くもない部屋に、いくつもの机や椅子。古い鏡台と洋箪笥(チェスト)、並んだコート掛け。

 低いティーワゴンや沢山の化粧箱の上には可愛らしい籠や小箱が積み上げられ、中は安っぽい装飾品で溢れている。

 

 「ちょっと待ってて」

 

 ベルデが誰かを呼びに行ってる間に、わずかに残った細い通路を通って続き部屋を覗いてみる。

 派手な生地の海賊服と剣帯。頭の付いた熊の毛皮。バイキングの被るような角の付いた兜、光沢の有るビスチェコルセット他、芝居の衣裳のような物が雑然と並んでいて、埋もれるように陶器の浴槽が置いてあった。

 どちらの部屋も埃っぽく、まごう事なき物置部屋だった。

 

 「マギー、これはどういう事」

 

 ベルデが連れてきたマギー女史はアラフォーの番頭さんのような立場で、内向きの事をやっている人らしい。

 

 「申し訳ありません、ベルデ様」

 

 マギーの話では、不要な家具の一時的な置き場として使っていたのが、そのまま放置されたらしい。

 本来は、処分するか屋根裏部屋に置いておく物だそうだ。

 

 「奥に有る衣装は何なんだい?」

 

 私が聞いてもマギーは答えず、何だこの小僧はと言いたげに、ベルデを見た。

 

 「ベルデ様、もしや男娼を置かれるのですか?余り賛成出来ません。

 見目は良いですが、教育が成っていないようです」

 

 ベルデは絶句してしまい、ぎょっとしたように私を見た。

 

 「違うわよ、馬鹿な事言わないで!」

 

 私は、面白そうに笑っているだけだ。

 

 「彼はミカゲ。ウォルターの代わりに今日から奥に詰めてもらうのよ」

 

 「・・・この坊っちゃんが、ですか?」

 

 マギーは、信じがたい事を聞いた様子で目を見張った。

 

 「ミカゲだ、見た目よりは腕は立つ。ピート共々暫く厄介になるからよろしく」

 

 私が、腕組みしたまま指先を二本ほど立てて軽く挨拶をすると、ガラクタの山を探検していたピートが、籠に入っていた異国風の首飾りを幾つも首にかけて片手を上げ、同じように軽く挨拶した。

 

 『緑美楼』重鎮であるマギー女史は、ちょっとムッとしたようだ。

 どう見ても、いいとこお稚児さんにしか見えないガキが、黒門街で海千山千の自分と対等のような口を利くのが気に入らないのだろう。用心棒の件は全く信じてないようだ。

 まあ、そんなもんだろう。実力を示すまではしょうがない。

 

 

 

 

 




 エッチ描写は無し


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 42、襲来

 ノブナガが、カッコいいだと!


   42、襲来

 

 成り行きで『緑美楼』幹部の一人であるマギーの不興を買った。

 この手のタイプは、下手に出るといつまでも此方を(あご)で使おうとするので、現状衝突は不可避だ。

 ベルデの様子から見て、直に実力を示す機会は来るだろう。

 

 「で、ありゃ何だい?」

 

 奥の続き部屋に視線をやると、気になったのか、ベルデも覗きに行った。

 

 「うわぁ・・・マ~ギ~?」

 

 奥の衣装の山を見れば、一時的な仮置きと言うには少しばかり無理がある。

 

 白状したマギーによると、二部屋以上の続き部屋を与えられる女性の使用人は何年も存在せず、長い空き部屋期間中に暗黙のうちに倉庫と化していたらしい。

 

 

 奥に有った謎の衣装は、以前に秋のパレードに使った物で、次の時に装飾や小物の一部を流用することが有るため、保管してあるのだと言う。

 

 パレードは秋に有る大きな祭だそうだ。

 

 ハロウィンみたいなモンか?

 

 まあいい。

 

 三階の一番奥で、今は開けられないが窓も有る。使用人部屋は階段に近い方から埋まってゆくので、間に空き部屋が幾つかあり静か。

 

 「・・・部屋はここで良い」

 

 「キィ!」

 

 ピートも賛成らしいが、ガラクタはこのままの方が良いようだ。首飾りをぶら下げてチェストからコート掛けの天辺に飛び移って遊んでいる。

 今座っている真鍮のポールの先の玉は、よく磨かれた御影石の帽子掛けで、富有柿のように少し扁平している。

 

 おや『ミカゲ』石。

 

 と思って視認したら、原作で見たような不気味な蛙っぽい顔がソフトボール大の丸っこい石の玉に彫り込まれていた。壺じゃないのに。

 

 なかなか奇抜なデザインだ。

 

 

 「ここに?」

 

 ベルデは賛成出来ないようだ。

 

 「少し片付ければベッドは使える。ガラクタは明日にでも運び出せば済む。今日だけなら風呂も使用人用のが一階に有るんだろ。問題ない」

 

 ベルデはいくらなんでもと躊躇っていたが、マギーの熱心な説得もあり漸く納得してくれた。

 

 マギー的には、何処の馬の骨とも知れない小僧なんか物置き部屋で十分だといった処だろう。

 翌日の片付けをベルデに指示されると、私に向かって堂に入った調子で鼻を鳴らし、さっさと出ていった。

 

 

 「ねー今マギーが凄い顔で歩いて行ったわよ、何かあったの」

 

 マギーと入れ替わるように、明るい声がして二十歳位の小悪魔系美人が入ってきた。

 高価だと一目でわかる青いドレスを着て、よく手入れされた肌と金髪が輝くようだ。左手に火のついた紅珊瑚製の羅宇の長煙管(ながキセル)を持っている。

 

 「何でもないわよマリエル、ウォルターの後任が決まったからマギーに知らせただけ」

 

 多分、『緑美楼』の()()()()()の一人なんだろうけど、下で見た女達とは格が違う。アイドルとか女優バリのオーラ(念関係無し)を感じる。ドアの外にはお付きの女性が侍女のように無言で控えていた。

 

 こういうのも居るのか。流石高級妓楼。

 

 「ミカゲ、(うち)の『黄金(高級娼妓)』の一人マリエルよ。この通り、いろんな処に顔を出すから目にする機会は多いでしょう、厄介事に巻き込まれないように注意してやって」

 

 聞いてみると『黄金』、と言うのは女達の序列の話だった。最上位の『黄金(おうごん)』以下、部屋持ちの『白銀(しろがね)』。大部屋の『小粒(こつぶ)』。ホールで立ちん坊してる『見習い』まで居て、皆(けん)を競っている。

 

 眼福だなぁ等とボーッとしていたら、私を見つけたマリエルが凄い勢いで近づいてきた。

 

 「ママ!なにこの子、こんなに可愛い子どこから見つけてきたの?」

 

 私の顔を一頻(ひとしき)り確認すると、縫いぐるみのように胸に抱え込んだ。

 

 「私のお付きに頂戴!」

 

 いや、いい匂いがして つい回避を躊躇(ためら)ってしまった。ちょっと惜しいが豊満な谷間からするりと抜け出し、ベルデの隣へ避難する。

 

 「なに言ってるの、ウォルターの代わりだと今言ったでしょ」

 

 ベルデは『緑美楼』の女達から『ママ』と呼ばれ、慕われているらしい。

 

 「・・・・え?ウォルターの代わり?」

 

 マリエルは、マギーと同じような反応をして動きが止まった。

 

 「彼より随分小さくない?大丈夫なの?」

 

 ウォルターは大きいらしい。

 

 「・・・大丈夫よね?」

 

 マギーに続いてマリエルにも疑問を呈され、ちょっと心配になったらしいベルデが、こっちに確認してくる。

 

 「問題ない、あと私は男だぞ」

 

 男だと言ったのに、なぜかマリエルが又私を捕まえて抱き締めようとするので、片手で彼女の左手首を掴んで動きをコントロールする。

 

 「・・・あれ?・・・あら?」

 

 もう一方の手で彼女の死角に有る椅子を家具の山から一つ下ろし、そこに誘導して座らせる。

 

 「ピート」

 

 動き回られると面倒なので、ピートを呼んで彼女の膝に乗せる。

 

 「キャー!なにこの子、可愛い!」

 

 モフモフは全てを解決する。

 

 「チンピラなんか、何人来ようとどうにでもなる」

 

 面倒臭そうな娘を、ピートに押し付けたとも言う。

 

 「・・・・みたいね」

 

 マリエルを鮮やかに操ったのを見てベルデも驚き、多少は安心したみたいだ。

 それとも片手でソファーを持ち上げたせいだろうか。

 

 ・・・身長はともかく、やはり見た目が子供だとなめられるか。

 

 いっその事どこか近場で一暴れしてくるか?

 

 マリエルが、ベルデに今週のスケジュールについて確認をしていると、開いたドアの外にマギーが戻ってくる気配がした。

 

 「マギーが戻ってくるぞ」

 

 私の指摘に二人は開いたままのドアを見るが、誰も入ってこない。

 

 「・・・来ない「ベルデ様!」」

 

 マリエルが、怪訝な顔で「来ないじゃない」と言おうとした時、マギーが部屋に駆け込んで来た。指摘が早すぎたらしい。

 

 「昨日の男達が、又来ました!」

 

 ちらり、と私を見たのは出番ということだろうか。

 

 ドアマンや黒服達も其れなりに強そうだった。にもかかわらずマギーが動揺する相手。しかも、戻ってきた早さから察するところ、ホールで確認して直ぐに報せてきたのだろう。となると、相手は前任者のウォルター何某に怪我を負わせた連中、若しくは個人か?

 

 「・・・頼める?」

 

 ベルデが、マギーから話を聞くなり私に期待のこもった目を向けてきた。

 

 「任せておけ・・・・・あ、一つ聞くが、もう暴れているのか?」

 

 ちょっとベルデに確認する。

 

 「・・・昨日と同じなら、こちらが無理矢理追い出そうとするまでは一応おとなしくしていると思います。

 怒鳴っている内容も昨日と同じで、用心棒になってやるからベルデ様を出せ、の一点張りです」

 

 ベルデがマギーに話を振って、質問の答えを得た。

 昨日も来て、黒服達では手に負えず結局ベルデは不在だと言って追い返したらしい。

 ベルデとの会話中も、マギーは私の事を一切見ない。徹底していないものとして扱っている。ちょっと面白い。

 

 「ベルデ、ちょっと身繕いをしてから行くから、話を聞くふりして時間を稼いでくれ」

 

 間を持たせるよう頼むと、マギーが凄い顔して睨んで来た。私が逃げ出すとでも思っているのだろう。

 

 「どういう事?」

 

 ベルデは訳がわからす、ちょっとお怒りモード。

 

 「この格好じゃあ田舎のガキにしか見えない、『緑美楼』には相応しくなかろう。

 ここのガラクタと奥の古着で雰囲気を変えてから出る」

 

 奥に向かって歩き出しながら、ベルデに答える。

 

 「・・・そう言えばそうね、流石にあなたに合うサイズの男性用は無いわね」

 

 店の男達は皆スーツ姿だ。一応納得したのか、「早めに来てくれ」と言い残して、私が衣装部屋を物色している間にベルデとマギーはホールへ向かって出ていった。

 

 脛当て付きの頑丈な靴と、鞣し革のぴったりした半ズボンは替えが無いから其のまま。

 熊皮のベストは野生児感丸出しなので脱いで上着を見繕うが、どれもサイズが合わない。

 仕方ないので黒い革製のビスチェのようなコルセットから手刀で上半分の(ちち)当てを切り落とし、ボディスのようにゴリムに貰った白シャツの上から腹部に巻き、編み上げの細紐をキツく縛った。ちょっと緩い。

 その上から、光沢の有る黒で裏地が真っ赤な肩飾り付きの派手なコートを羽織る。例によってサイズが大きいので袖は通さない。更に同じ意匠の羽飾りの付いた帽子を被った。

 

 部屋に戻るとマリエルがまだ居て、私の格好に驚いている。

 

 「あらまぁ・・・凄く似合ってるけど何の仮装なの?」

 

 どこから持ってきたのか お付きの女性にお茶と菓子を出させて、ガラクタの中で優雅にティータイムを過ごしている。

 

 テーブル代りのティーワゴンには携帯用灰皿らしき小洒落たペン立てに、長煙管が差し渡してある。

 膝の上にはまだピートが居て、何とかビスケットを掠め取ろうとしていた。

 

 「印象に残れば何でも良いんだ」

 

 鏡台の前で、形を整える。まだガキっぽいか。

 

 「化粧道具持ってるか?」

 

 振り返らず、マリエルに聞く。

 

 「クレア?」

 

 マリエルが、お付きの女性に声をかけた。

 

 「手直し程度の物ならございます」

 

 クレアが、敏腕マネージャーのように手提げバッグから化粧ポーチを取り出す。

 

 「私にメイクを頼む」

 

 マリエルの前にもう一脚ソファーを下ろし、そこに座る。

 

 「はぁ?」

 

 「ガキに見えると舐められる。

 何でも良いから男か女か解らないようにしてくれ」

 

 肉体年齢は十五位の筈だが、真面目に念修行をしたのと童顔と低身長の為に小学生(まが)いに見えてしまう。

 

 

 「三分で頼む」

 

 途中からノリノリになって指示を出すマリエルに、余り時間がない事を思い出させる。

 

 メイクが終わって部屋から出る段になって、あの顔付き御影石のコート掛けが目に入った。

 

 二メートルと少し有る其れを壁際から引抜き、天辺から百二十センチの辺りを手刀で切り取る。コートを掛ける為に設けられた二本のフックも邪魔なので枝打ちのように切り落としてしまう。

 

 出来上がったのは、変顔丸石の握りの付いた真鍮の杖だ。床に傷をつけないよう石突きがわりに転がっていた酒ビンの栓かなにかを先っちょに嵌め込み、強めに握りこんで()()()ておく。

 

 マリエルとクレアは、無造作に真鍮のポールをぶった切った所で呆気に取られていた。

 

 

 最後にティーワゴンの上の煙管を借り受け、そのまま廊下に出ると、二人とも後からついてきた。

 

 多分、荒事になるぞと言ったら、二階の部屋から覗くから構わない、と返された。

 ただ、位置につくまでちょっと待ってほしいとお願いされた。

 

 「これは見逃せない!」

 

 そうだ。 

 

 お芝居かなにかと間違えてないか?と思ったが、二人ともまだ若いし、娯楽が少なくショー的な見せ物もあまり発達していない時代だから、物見高いのは仕方がない。

 

 

 目的のホールは二階層吹きぬけで、二階に上がる広い踊り場付きの階段が左右に有り、上がった周囲は回廊になっている。

 回廊の柵の向こうはホールが見下ろせ、壁には番号を振られた様々な個室がカラオケボックスのように並んでいた。

 一階には窓は無いが、二階の正面には窓が並び、空気の入れ換えと昼間の採光に利用されている。

 

 視界に入る前に≪把握≫でホールを確認する。

 客と従業員以外には、入り口のドアの前に大柄な男とチンピラみたいなのが数人、外にも十人ほど居て、店の前を固めている。楼主のベルデは座っていて実務管理のマギーはその後ろ。話している痩せぎすの男は黒服達を束ね、外向きの仕事をする事務方幹部のパッカードだろう。これに荒事担当のウォルターが居て、『緑美楼』を回していたらしい。

 

 そろそろ良いか?

 

 待つ必要は無いが、メイクを手伝って貰ったし、小道具に煙管も借りてしまった。

 

 ふむ、どうせならいっちょ、劇的に行くか。

 

 この際だからと『(バルゴ)』に手をやり、目立たぬよう変えていた腰までのくすんだ銀髪を、艶マシマシの波打つウェイビーヘアへとゴージャスに変化させる。

 

 絞っていた気配も人間の上位達人級程度まで上げ、雑魚扱い出来ないよう圧を高める。

 

 さぁ、出陣だ。

 

 前世でレイヤーだった先輩が言っていた。

 「コスプレは、内面の作り込みが大事」なのだと。

 

 ハンター世界の用心棒なら常軌を逸して強くて当たり前。

 

 そう、まるで漫画のように。

 

 

 ・・・・・行くか。

 

 

 私はただ一人、杖を突いてポツリと呟いた。

 

 

 「ミカゲ・・・推参」

 

 

 歩き出すと、なびく銀髪がホールの光に煌めいて跳ねた。

 

 




 妓楼の名前はハクミコから


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 43、用心棒

   43、用心棒

 

 気配を強化し、杖を突きつつ、ゆったりした足取りで二階の奥の暗がりから階段前に出る。

 

 ざわついていたホールが静まりかえり、杖を突く音だけがやけに響く。

 

 ランプの明かりに照らされて、銀髪が夜の湖面のようにサラサラと波打っているのが視界の端に映った。

 

 ただ、階段を下りるだけの私に、異様に視線が集まっている。

 

 ホールへと下りながら、踊り場でベルデに声をかける。

 

 「あぁベルデ、そこに居たのか」

 

 声にも少しオーラを載せて圧を掛け、チビでも侮られないよう回りを少し威嚇する。

 

 「厄介事が起きたら直ぐに呼ぶように言っただろう」

 

 声までが、やけに響く。

 

 ホールにいた、少なくない客達は会話を止め、さっきまで威勢の良かったチンピラまで黙ってしまい、ホールの中の全員が口を半開きにして私に注目している。

 

 「・・・ミカゲ?」

 

 ヤバい、滑ったか?と心配していたら、ベルデが反応してくれた。

 

 「ちょっとマリエルと遊んでいてね。私の初お目見えだ、多少派手でも構うまい」

 

 軽く両手を広げてコスチュームを披露し、マリエルの煙管(きせる)を一服吹かす。

 

 話しながらホールまで下りて左右の客達に目をやる。

 客も、そして一緒にテーブルに付いている女の子達やホールスタッフも含めて、皆が動きを止めて食い入るように此方を見ていた。

 

 掴みはOK。

 

 「一つ貰うよ?」

 

 酒のあてのオードブルが旨そうだなぁと思って、右手の煙管をくるりと回し、空いた指で通りがかりのテーブルからチーズクラッカーをワンピース拝借する。

 

 四角いクラッカーに甘いクリームチーズを塗って、ナッツを乗せた定番の摘みだ。  

 旨い!ナッツは散々食べたけど、乳製品を食べるのは十一年ぶりだ。酒は自重する。

 

 「うん、悪くないね」

 

 お礼代わりにニッコリ笑ってやったら、女の子が真っ赤になった。序でに隣のおっさんも真っ赤になった。

 

 

 「なんだ、てめえは!」

 

 無粋なダミ声。

 

 ホールの全員が私の派手な登場と威風に気を引かれている中、チンピラのリーダーらしき青年だけが気後れせずに、戦意を保っていた。

 

 昨日黒服達を伸したのはこの男だろう。一人だけ、猫科の猛獣のようなしなやかで剣呑な気配を纏っている。腕も其れなりに立ちそうだ。

 

 驚くべき事に、≪観測≫のタグで、【十六歳】となっていた。マジか、こいつ私の肉体年齢の一個上?百九十センチ位有るぞ!うらやま!

 

 

 「・・・こいつらが厄介事か?ベルデ」

 

 チンピラリーダーをチラ見して、雇い主に確認する。もう処分確定(やっちゃっても可)

 

 「ええ、うちに仕事探しにいらっしゃったようなんだけど、もう後任は居るからとお断りしたところよ、お帰りいただいて」

 

 ベルデが私の小芝居に乗っかってくれた。何かちょっと疲れてる?

 

 「ミカゲだ」

 

 一つ間を取って一服。

 

 煙いし、不味い。何で皆こんなもの吸うんだ?

 

 「この『緑美楼』で荒事のケツ持ちを任されている。

 表の仕事はしない筈が、ウォルターの野郎がへまして動けなくなったせいで、私が出張る破目になった」

 

 目力強めで睨んでやったら、ちょっと怯んでいた。まるで今までも居て、裏方で暗躍していたような口ぶりは、得体の知れないヤツ感を出すためのホラで、全て出鱈目。

 会った事無いウォルターには、私の個人的事情によって四天王最弱の称号が与えられた。残りの二人は誰だ?

 

 「少年、いい子だから帰んな。

 もうちっと世間の事を勉強して、今度は金貯めて客としておいで」

 

 道義的な忠告。

 

 嘲笑ったりはしない。そんなのは小物のすることだ。

 問答無用でぶちのめす腹だったが、チンピラリーダーが余りに若かったのでチャンスをやることにした。良く見たら回りのやつらも皆十代で若い。タグによると、全員スラムの住人。

 

 「う、うるせえ!お前が用心棒に収まってんなら今ここでお前を叩き潰せば済む話だ!」

 

 まぁ、そうなるよな。

 

 スラムで徒党を組んだ伝手の無いチンピラが、より上を目指すにはどうするか。

 余程の才覚があれば別だが、無ければ誰かを食い物にして、のし上がるしかない。

 

 ここはそういう世界。

 

 力を示す。これはチャンスか終止符か。

 

 「得物は無しにしといてやろう」

 

 私が音を立てて床に杖を突くと、なぜかホールの全員がピクリと反応した。

 

 ありゃま、ちびっとオーラが漏れたか?

 

 そのまま左手を離し、自立させる。

 

 修行を重ねた"周"を床まで纏わせて固定してあるので、杖は微動だにしない。

 

 念の基礎修行は、続けていると出来ることがどんどん増えて行く。威圧と相性の良い声にオーラを込める技術も、"流"の修練中にたまたま出来るようになった。

 原作の主人公の父が、念の基礎能力だけで色々やって見せたように、たとえ"発"に至らずとも念には六性図に有る全ての能力が元々備わっているのだ。

 壊れない箱とかも有った。後は発想と修行あるのみ。もっとも戦闘に使えるような練度にはなかなか成らないので、趣味の域だが。

 

 動かない杖の変顔石に、持っていた煙管を突き刺し咥えさせる。こっちは"周"では無く、待ち時間に≪消滅≫でくり貫いておいた隙間(ホルダー)が有る。

 

 「表に出な、埃が立つと客の迷惑になる」

 

 犬を追い払うように手を振り、呆けていたドアマンに目をやると、慌てて部厚い扉を開いた。

 

 チンピラの手下達は我先に出て行き、渋っていた最後に残ったリーダーも、

 

 「用心棒稼業がしたけりゃ店に迷惑をかけるな」

 

 と正論で諭したら、結局私の言うことに従った。

 

 意外と素直。

 

 

 さっき別れたマリエルとクレアは、裏側の使用人用通路から回廊脇の空き部屋に回り込み、ドアの上に設けられた風通し用の小窓(スリット)を細く開いて覗いていた。

 どこから持ち出したのか、用意周到にドアの前に脚立を置いて其の上に並んで立ち見している。

 

 江戸時代の花魁(おいらん)のように、マリエル(黄金)クラスの娼妓は、会っただけでも金が掛かるから、ほいほいと人目に触れる回廊側には出られないらしい。

 ホールの見える位置に着くのに時間が掛かったのはその為だ。

 

 

 ドアの前まで行った私は、コートと銀髪を靡かせて仰々しく振り返った。

 

 「では皆様、騒がしい余興は済みました、今宵も宜しく御歓談のほどを」

 

 帽子を取って華麗に一礼し、指を鳴らして隅で観客と化している絃楽器奏者の注意を引き、ベルデに視線で合図して後を頼む。

 

 私が外に出ると共に音楽が流れ始め、ホールに賑わいが戻る。と思ったのだが、この世界の人間の物見高さを甘く見ていた。

 

 何と、ホールにいた全ての客、女、スタッフ、そしてベルデ達までがゾロゾロとドアから溢れ出て、私がチンピラ達をどうあしらうか見物に来た。

 マリエルとクレアも抜かり無く二階の窓に張り付いている。

 

 そんな大した見世物では無いのだか。

 

 夜は真っ暗になる近世の世界。しかしここは大人の社交場。店前の通りは煌々とランプに照らされ人通りも多い。

 

 そこにゾロゾロと店から人が出てくれば、行き交う者達も何事かと集まってくる。

 

 「チビが!」

 

 「なめんじゃねーぞ!」

 

 「綺麗な顔しやがって!」

 

 「#&*♂!」

 

 「!」

 

 外に十人ほどいたので、チンピラ達は少しやる気が戻っていた。外で見てみると私がかなり小さく、細っこいので元気が出たらしい。

 

 「くっ、畜生が!」

 

 しかし、リーダーは拳闘風のファイティングポーズを取ったまま攻め込めない。

 多少は、私のヤバさが分かるらしい。感心感心。

 

 見物人も大分集まって来たし、そろそろヤっちゃうよ~。

 

 黒門街の中央大路は路の真ん中、前世で言う中央分離帯部分に広い水路が通っている。運搬、交通のためのものだ。時代柄、手摺りなんてものは無い。

 

 『緑美楼』は勿論大路沿いに有るから、通りの向こうは即水路になっていて、小さいながら専用の船着き場も片隅に存在する。

 

 固い石畳の敷かれた路面を踏み砕かぬよう、何の予備動作もなく近づきチンピラ其の一を優しく蹴る。

 

 周りの者が気が付いた時には、彼は『緑美楼』二階の高さまで蹴っ飛ばされ、放物線を描いて水路へと落下し、水柱を高く昇らせた。

 動きが速すぎて、観客にも残るチンピラ達にも、蹴り抜いた半ズボンの脚がその場で高く伸ばされていて、ああ蹴ったのか と分かる程度だ。蹴るというより、脚に乗っけて放り上げるのに近いか?

 

 「ほいほいと」

 

 二人目、三人目と順番に蹴り上げ、どんどん水柱を量産していく。

 

 殴りかかって来る者、何か謝罪の言葉を叫びながら逃げ出そうとする者も居るが、全く何の抵抗も出来ず、小石のように無差別無造作に同じ放物線を描いて飛ばされて行く。

 

 ≪把握≫で、水路の深さや運航中の船が無いことは確認済みだ。

 

 残り数人となった所で覚悟を決めたリーダーが、子分達の前に割り込んで来た。

 

 そうでなくっちゃ。

 

 「うぐっ!」

 

 リーダーは蹴り飛ばさず、より慎重に蹴ってその場に転がす。つもりだったが、十メートルばかり吹き飛んでしまい、更に何メートルか転がった。

 

 そうか、でかいけど熊じゃ無いもんな。思ったより軽い。修正修正。

 

 チンピラを何人か残したのは態とだ。怪我人を連れて行かせなくてはならない。

 

 「終わりか?」

 

 近づきながら、うつ伏せのまま立ち上がれないリーダーに聞く。

 

 ただ転がすために蹴ったので、ダメージは大した事無いはず。多分。

 

 立ち上がろうとしているので、意識は有るようだ。何か小声で呟いている。

 

 「・・・・このままヤられ・・・ウォルターの兄貴に・・・」

 

 

 ・・・・・ほう。

 

 

 「・・・ウォルターの()()ね」

 

 聞いた話ではウォルターは中年男だ。血縁という訳ではないだろう。歳が離れすぎている。

 となると、ウォルターが面倒を見ていたスラムの悪ガキ共って処か?

 

 となると少し話が違ってくる。

 

 「チッ、面倒な・・・」

 

 まだ立てないリーダーの襟首を掴み、引きずって生き残りのチンピラ達のもとまで運ぶ。

 何もされてないのに足元ガクガクの連中に向けて、縫いぐるみのようにリーダーを放り投げる。

 

 「明日の昼過ぎに、裏木戸から挨拶に来るように言っておけ」

 

 それなりに人望はあるのか、チンピラ達はスッ転びながらもリーダーを受け止めた。

 水路に蹴りこんだ奴等も近くの桟橋から無事上がれたようだ。

 

 「パーティーは終わり。子供は家に帰る時間だ」

 

 両手を何度か打ち鳴らし、チンピラ達に去るよう顎で指図する。

 

 視線は向けずに見物客を少し探ると、やや離れた目立たない位置に、ベルデが使っていたのと良く似た馬車が停車していた。

 中には三人。

 太ったおっさんと若い女、それと厳つい男。騒ぎを観察していた様だ。不穏な会話を≪把握≫が聞き取って少し気になった。

 馬車から降りる事も無く、騒動が決着したら去っていった。記憶を確かめると私が外に出て来た時には既に馬車はあの場に有った。

 

 ちょっとキナ臭い。後でベルデに要確認だ。

 

 馬車に紋章等は付いていないが、見ていなくとも何処に行くかくらいは≪把握≫済みなので解る。≪嗅覚≫でも識別可能だし、視界に入れば≪観測≫のタグが付くだろう。

 

 始末は何時でも出来る。

 

 

 「ベルデ、後は頼む」

 

 チンピラ達を打ち捨てるように無視し、外に出て来てしまった客達も舞台の背景画のように黙殺して悠然と歩く。今見たものに圧倒されている人垣をモーゼのように割り、肩で風を切って店に戻った。

 続いて入って来る者は誰もおらず、皆がホールの外で逃げるように去って行くチンピラ達をただ見ていた。

 

 ガヤガヤと興奮して早口で話しているのは全員ミカゲの事だ。ベルデが質問攻めにあっている。

 

 戻ってきた時こっちに話しかけられると面倒臭いので、杖と煙管を回収して其のまま真っ直ぐホールを抜け、ピートの待つガラクタ部屋に戻る。何かあれば又呼ぶだろう。

 

 誰もいないホールに、壮年の絃楽器奏者だけが残って静かな曲を奏でていた。

 

 

 

 

 

 




 時間的にはまだ宵の口の出来事


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 44、針

   44、針

 

 夕べは騒ぎが収まった隙を見て厨房で飯を貰い、そのまま風呂に入って扮装を落し、シーツだけ変えてもらったベッドを使ってぐっすり眠った。

 

 途中ベルデやマリエルが突撃してきたが、ただ興奮していただけだったので適当に受け流してお帰りいただいた。ついでに借りた煙管も返しておいた。朝まで用心棒が必要なトラブルも無く平和で大変結構。

 

 今朝もいつものように日の出と共に起き出し、誰も見ていない裏庭で朝の修行を行って、ピートと共に港の朝市に出掛けた。

 

 威勢のよい掛け声と、喧騒。値切り交渉しているおばさんと押され気味のおやじ。焼かれた海産物の串焼きを売る屋台。それを挟むためのパンと飲みものの売り子。

 

 いつの時代も変わらぬ人の営みの景色。

 

 今朝の私の服装は誰かのお下がりで多分女性用。朝廊下で会った洗濯係からの借り物だ。着ていた服は洗濯するからと取られた。チュニックに吊りバンドの付いたズボン、靴だけそのままで大きな綿の丸い帽子に銀髪を押し込んでいる。

 

 朝市にやって来たのは、妓楼の朝が遅く十時迄まともな食事が出せないと言われたからだ。せっかく街に出て来たのに、翌朝が作りおきの冷や飯では味気ない。

 

 朝市では海産物以外にも、近所の農家の果物や野菜、日用品等も売っている。目ざとく見付けたピートのためのブラシも忘れずに買っておく。

 ・・・念獣に抜け毛ってあるの?

 

 お茶の文化はまだ無いのか、煎じ薬のような地元のハーブティーを飲みながら、具沢山のシーフードサンドと串焼きを食べる。甘辛いソースに文明を感じた。生ぬるくて、酒やジュースは余り美味しそうじゃない。

 

 樽や木箱に板を乗せただけの粗末なテーブルと椅子で、皆旨そうに湯気の立つ朝食を食べている。

 

 

 「おい、あれ何だったか解ったか?」

 

 職人と商売人らしき人物が、噂話をしている。

 

 「さっぱりだ、噂じゃ天変地異の前触れとか伝説の死獣が甦ったとか言ってるが・・・」

 

 何か気になる話をし始めた。

 

 「気にし過ぎじゃないのか、結局何も起きてないじゃないか」

 

 不安気な職人と、のんびり飯を食う商売人。なんの話?

 

 「四日前の騒ぎの時は、お前だって何かあるって騒いでたじゃないか、周囲の他の町でも同じだったって言ったのはお前だぞ」

 

 割りと最近の出来事なのか?

 

 「でもなぁ、結局終わってみれば犬が吠えたってだけだろう」

 

 犬?

 

 「ただ吠えたんじゃない!近隣の街中の犬と言う犬が全て四日前の夕方に突然遠吠えを始めて、暫くは誰も止められなかったんだぞ!」

 

 四日前の夕方?

 

 「これが何かの前触れじゃなくて何なんだ!」

 

 あれ?それ知ってるかも。

 

 死獣を倒した後、狼の『霊獣』がやけに吠えてたあれじゃない?

 

 「そう熱くなるなよ、何もなくて良かったじゃないか・・・」

 

 凄いな、あれ此方まで伝わったのか。『霊獣』半端無いな。

 

 なにもないですよ~、死獣はぶっ殺したからもう来ませんよ~・・・明かすわけにもいかんよなぁ。ほっとくしか無いか。

 

 

 ピートは、ピスタチオのような殻付きのナッツに填まって、小皿に山盛りにしたそれを一つずつ殻を剥いて楽しそうにテーブルに並べ、たまに食べている。もしや、殻を剥く方が楽しいのか?

 

 本体は『猫』だったはずだよなぁと、何気なくピートに何で『猿』にしたのか聞いてみたら、パスを通してのイメージ伝達で尻尾が私とお揃いなのが嬉しいのだという、心がホコホコするような答えが返ってきた。無論、ナデナデしておいた。

 

 

 

 「夕べ、黒門大路でえらい騒ぎが有ったらしいなぁ、何でも死人もだいぶ出たとか」

 

 二つ三つ向こうの別のテーブルで、三人のおっさんが夕べのホットな町の噂を話している。声がやたら大きい。

 

 「聞いた聞いた!スラムの連中が大きな妓楼を襲って、凄い美形の娼妓一人に皆殺しにされたってよ!」

 

 お茶を吹きそうになった。噂の内容が、大分事実と乖離している。誰も殺してないし、娼妓でもない。

 

 「見たやつの話じゃ、蹴り上げられたチンピラが二階の窓より高く飛ばされたってさ!」

 

 「「それは嘘だろう」」

 

 本当の事を言っているおっさんの言うことだけが信用されない。

 

 気になるのか、周囲の人も会話を止め三人のおっさんの話に聞き耳を立てていた。

 こうしてゴシップやニュースが街に広がって行くのだろう。

 

 襲ってきた人数は百人を越えていたとか、美女が剣で斬りまくったとか、荒唐無稽な噂が飛び交い、昨夜その場に居たと言うおっさんが乱入して、噂は更に珍妙になって行った。

 私とピートはゆっくりと朝食を終え、その場を離れた。夕べの事件の目撃者だと言う者は何人も現れたが、私に気付く者は誰も居なかった。

 

 散歩がてらシュマの街に慣れようと、少し遠回りして黒門街『緑美楼』に帰る。

 

 裏から廻って三階まで戻ると、私の部屋の掃除がマギーの主導で大々的に始まっていた。そのせいで中に入れない。

 

 「どうしたんだ?あれ」

 

 行き会ったベルデに訪ねると、笑いながら「ほっとけば良いのよ」と(さと)された。

 

 

 「「ミカゲ様!」」

 

 三階の廊下に居たら、昨日ホールで見かけた女達が階段を上がってきて、わらわらと集まってきた。何だ?

 

 「昨日の、すごかったです!」「魔法みたいでした!」「今度一杯奢らせて・・」「ミカゲ様なら無料でも・・」「これ、私の部屋の番号」

 

 ファンができたらしい。

 

 「貴女達!三階は立ち入り禁止にしてある筈よ、何をしているの!」

 

 「「キャー」」

 

 女達の騒ぎに気づいたマギーがやって来ると、蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。

 

 「あ、あの、夕べは大変失礼を致しました、今後は心を入れ換えて誠心誠意、勤めさせていただきますので、宜しくお付き合いのほどをお願い致します」

 

 マギーが声と姿勢を整えて心もち深く頭を下げ、私に挨拶をした。何か、もって回った言い様だが要は昨日の失礼な態度を謝っているらしい。

 

 「気にしなくていい」

 

 見た目がガキなのは理解している。

 

 「職分は違うが同輩だ、気楽にやろう」

 

 用心棒として雇われる以上、それなりに舐められない振る舞いが必要だろうと、見た目よりキャラ年齢を上げて対応する。

 一応認めて貰えたかな、と気さくに笑って見せたら、マギーはちょっと頬を染めていた。マギーは、もしかすると化粧した男の子とかそっち系が好きなのかもしれない。

 

 マジで?

 

 

 「・・・それは解らないけど、マギーは元々人に仕えるのが好きなのよ」

 

 用事もあったので、騒ぎから避難してベルデの仕事部屋に行ったら、マギーの豹変の理由について教えてくれた。

 

 「自分ではなかなか認めないけどね」

 

 その上筋金入りの実力主義者で無能を嫌うから、口が過ぎて大きな商家を頸になった経歴の持ち主だった。

 

 「ミカゲは心配ないわ、マギーが自分から世話焼きに動くのは、認めた証拠なのよ」

 

 後は、たまに礼を言う位で良好な関係を維持できると言う。

 

 「問題ないなら良い」

 

 ベルデは既に朝食を済ませ、書類仕事に掛かっている。

 

 「・・・前の用心棒だったウォルターの事なんだが、どんな奴だ?怪我は酷いのか?」

 

 ここに来たのは、これを確認するためだ。

 

 「そういえば話してなかったわねぇ・・・・・」

 

 ベルデは、手を止めて憂鬱そうに頬杖をついた。

 

 「ウォルターは一言で言うと希に見る善人ね、あんな好い人はそうは居ないわ」

 

 予想外の回答。

 

 五年前に引退した先代の頃からの付き合いで、とある理由のせいで何時も金は無かったけど、女達の評判も良く並外れて強かったらしい。

 

 「確か、スラムの育ちで友達に巻き込まれて捕まり、刑務所で拳闘を習ったとか。

 成人後に徴兵されて戻ったら家族は消息不明、住む家も無し。折よく私の母に拾われて『緑美楼(うち)』の用心棒に収まったって聞いたけど・・・」

 

 流儀は拳闘か・・・昨日のチンピラリーダーと同じスタイルだ。そっちの繋がりか?

 

 先週怪我で動けなくなるまで、彼が負けた所は見たことが無かったと言う。

 

 話を聞く限り、チンピラ達を寄越したのはウォルターでは無いようだ。

 

 「怪我は大分重症らしいわ、馴染みの医者にも診させたのだけど、全身傷だらけで骨折が数ヵ所、背骨も酷くやられていて(たと)え傷が癒えても二度と立てないだろうって・・・」

 

 俯いた顔は沈痛な表情だ。

 

 突然重症になって馬車で運ばれて来て、何で怪我をしたのかは、どうしても口を割らなかったと言う。

 

 昨日の騒ぎをずっと見物していた馬車の三人についても聞いてみた。

 ≪観測≫のマップの追跡機能(新機能)と≪把握≫の位置確認によると、彼らが帰りついたのは、『緑美楼』と同じ黒門街に有る少し離れた同じような大きな妓楼で、朝の散歩のおりに見に行ってみたら、大看板には『満天楼』と書かれていた。

 

 「『満天楼』?」

 

 あそこで女と用心棒を連れた太った男なら、六人いる黒門街の顔役の一人、コルルボだろうとベルデはあっさり告げた。

 

 

 「先代は出来た人だったんだけど、コルルボは評判悪いわね」

 

 欲深で嗜虐(しぎゃく)趣味が有り、タチの悪い連中とつるみ若いときから鼻つまみ者だったと言う。ずっと田舎の親戚に預けられていたが、先代が亡くなって跡継ぎが居らず仕方なく戻されたらしい。

 

 『満天楼』は『緑美楼』より古くから有る一族経営の妓楼で、一時新興の『緑美楼』が勢いで上回っていたが、良いサービスは何処も真似るため、今は同格位だとさらりと告げた。負けているとは微塵も思って無いようだ。

 顔役の残り四人は賭博場やクラブや酒場、中小の店を束ねる立場等なので、実質黒門街の娼館の顔役はベルデとコルルボと言うことになる。

 

 「女は皆自分の言うことを聞くと根拠もなく信じ込んでいるような嫌なやつよ。

 昔は私に自分の物になるよう、しつこく付きまとってたわねぇ」

 

 ベルデは心底嫌そうに言った。

 

 今回の件に関係有るのかね?

 

 

 「・・・ウォルターは今どこに?」

 

 事情は大体分かったので、後は確めて片付けるパートだ。

 

 「裏の離れを使っていたけど、迷惑を掛けたくないと移ったわ」

 

 ウォルターの住まいは、私が朝の修行をしていた裏庭の一角に有った離れだった。本人はもう居ないが、荷物はまだ残っているらしい。

 

 「移動の先はスラムか・・・」

 

 スラムでの所在は解らないが、恐らく今日挨拶に来る筈のチンピラリーダーが何か知っているだろう。

 

 「何、お見舞いにでも行くの?でも・・・」

 

 この時代に立つ事も出来ない怪我をすれば、助からない可能性がとても高い。生き残っても元の仕事は出来ない。ベルデは既に諦めているのだ。

 

 前世持ちの私が思うより、人々にとって死は身近に有るのかもしれない。

 

 「治療可能かどうか確かめる」

 

 ウォルターには会って、確認しておきたいことがいくつかある。

 

 「まさか、治せるの!?」

 

 ベルデが驚いて目を見開いた。

 

 「心得が有るだけだ、見てみないとわからん」

 

 ベルデが興奮して立ち上がった

 

 「気ね!気を使うのね!」

 

 マリアのホラ話が、まだ効いている。

 

 反射的に、違う!と言いそうになったが我慢した。これはこれで一つの擬装(カモフラージュ)になるだろう。

 

 しかし、事前に用意していた自前の仮の職業と出自(カバーストーリー)も有る。

 

 「使うのは『気脈術(きみゃくじゅつ)』と言うものだ」

 

 「き・・・何?」

 

 「以前に少しばかり『針』を使う治療を(かじ)った事があってね」

 

 まあ、人に使うのは初なんだけど。

 

 「針?」

 

 「銀製(シルバー)の長い針を何本も患部に刺して気脈を整える荒療治だ」

 

 「・・・痛そうね」

 

 「効き目は有る」

 

 痛いのは、否定しないでおく。

 

 師匠にツボと経絡について学んだ時に、治療についてもちょこっとさわりだけ聞いた。

 いわば余談で、治す知識は壊すのにも有効だから経絡系や神経系を含む人体の知識は機会があれば学んでおいて損は無い。と言うものだ。

 私の『見せ看板』としての治療術は、これが大元になっている。

 

 針を使うことは後から思い付いた。胡散臭くても腕が良ければ背景を余り気にされず、それなりに一目おかれる。

 時代劇に出てくる最も有名な殺し屋さんも表向きの商売にしていた。

 

 思い付きの種は『左目(スコルピオ)』の≪観測≫の権能が成長して、他者の体内の経絡系や神経系、肉体構造を外から透かし見る事が出来るようになった事だ。医療知識無しで、直に体内の不具合をタグ付きで見つけ出せるのだ。知識を得ずに答えを得る。実質カンニングに近い。

 

 キメツか!と思ったけど、透視系は某忍者の里の一族もやっていた瞳術系能力の基本バリエの一つ。『左目(スコルピオ)』が習得しても不思議はない。相変わらず念獣達は事前に教えてくれず、いきなり発動してビックリさせられた。もしや、私遊ばれてる?

 

 『気脈術』の名前は適当。()()()を使った温熱療法はしないので、鍼灸とは言えないから、代案として捻り出した。

 

 実践は怪我をした動物達のみで、人に対して試みた事はない。ちょっとワクワク。

 

 まぁ、失敗しても今は()()もある。

 

 

 行くのは昨日のチンピラ達が挨拶に来てからだな。

 ウォルターの居場所はチンピラ達に聞くので、昼過ぎから出かけることをベルデにも知らせておく。

 ・・・来るよなぁ?

 

 来なかったら此方から聞きに行くか。

 

 場所はスラムだが、なんの問題もない。治安の悪さは無視できるし、一度会った相手の場所がマップに表示される≪観測≫の新機能が有るから、迷う心配も探す必要も無い。

 会ったことが有れば、ウォルターの居場所も直ぐ割れたのに・・・とりあえずピートと昼飯だ。

 昨日やっと気づいたが、ピートは食べたものを一切出す必要が無いらしい。≪消滅≫?でも味覚は有り甘味を好む。食後は、買ったブラシのお試しブラッシングもせねば。

 

 昼食後ブラシを出すと、ピートはすぐに近寄って来て背中を向けた。前の主人からも同じようにブラッシングを受けたことが有ったのだろう。

 すぐに始めると、途中から目がとろんとなって、気持ち良さそうだった。

 

 このブラシは当たりのようだ、明日見かけたら予備も買っておこう。

 

 まだ名前を聞いていないチンピラリーダーが来たのは、昼食後のピートのブラッシング中の事だった。

 

 ちゃんと裏口から来た。

 

 

 




 洗濯係は裏方の中で厳正なくじ引きで決められ、さりげなく待ちぶせしていた!


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 45、治療

   45、治療

 

 「ここか?」

 

 今私は、チンピラリーダーと取り巻き数人に案内されて、ウォルターが匿われているスラムのあばら家に来ている。

 

 治療を試みると告げて、やっとベイツが明かした事情によると──ベイツはチンピラリーダーの名前だ。ウォルターは大分以前からスラムの孤児達を集めて面倒を見ていたらしい。

 

 やっぱり。

 

 金が無かったと言うのも其のせいだった。

 地元の犯罪者グループと話をつけ、スラムにしてはまともな建物でザコの襲撃を防ぎ、たまに死人は出たが、まぁまぁ平和な暮らしを保っていたと言う。

 

 最近迄は。

 

 時間がたてばガキ共もでかくなる。数は力だ。ベイツを筆頭にスラムでも其れなりの勢力になって、襲われる心配も無くなった頃、『黒蛇』なる犯罪者グループから傘下に入って上納金を払うよう圧力を掛けられた。話をつけていた地元の犯罪者グループとは関係無い新興のグループだった。スラムでは良く有ることらしい。

 

 当然はねつけ、制裁に来た実働部隊を一人で叩きのめしたウォルターが、いつものようにそいつらに案内させて話をつけに行った。

 

 孤児達は誰一人心配していなかったが、夜になって戻って来た時、ウォルターは既に二度と立てない身体になっていた。

 

 「心配するな」と言うだけのウォルターを余所に、ベイツ達は自分達だけで行動を起こす。

 先ず、『黒蛇』に関わるのは厳重に止められたので、それではどうするかとアイデアを出し合った。

 浅薄な議論を重ねた末、恩人であるウォルターの義理を欠かしてはならないと、用心棒の仕事を引き継ぐつもりでウォルターに内緒で『緑美楼』へ押し寄せた。

 しかし紹介状も無く、一見してスラムのチンピラと解る格好で訪れた為、話を聞いても貰えず、黒服達と争いになってボコってしまう。

 断られたことが良く解っておらず、めげずに翌日も訪問したら、鬼のように強い化け物(ミカゲ)が出てきて逆にボコられた。

 

 彼らの現状はそんなところだ。

 

 ・・・ベルデは多分この場所の事を知っていたのだろう。

 大きな妓楼の楼主が自分の用心棒が渡した金を何に使ってるか全く知らないとは思えない。多少同情もしているのかもしれない。

 しかし、如何に『緑美楼』のベルデと言えども出来ることはそう多くない。ウォルターの話をすると暗くなっていたのは、この後の展開に予想がつくからだ。

 

 ウォルターがもう立てない。

 

 これが全てだ。

 

 ここはスラムなのだ。ハンターハンターの世界の当たり前からすると、ウォルターが創った小さな楽園はもうすぐ崩壊し、ガキ共は散り散りになって其の多くは死ぬ、若しくは死ぬよりも辛い目にあう。ベルデの僅かな助けがあっても生き残るのは数人だろう・・・

 

 

 「ま、そうはならないんだけどね、私がここに居るから」

 

 

 別に、『力があるなら弱者を助けなければ!』とは全く思っていないが、全て放ったらかして何も思わないほど枯れてもいない。

 

 それに、今回は勢いでウォルターは身内発言(四天王最弱)をしてしまったから、この件にもし何か裏があるならば落し前を着けなくてはならない。

 そもそも、もし裏があるのなら『緑美楼』が目的の可能性が一番高いのだ。自称ケツ持ちとしては確かめるために動かざるをえない。

 

 

 「本当にでかいな、それに・・・」

 

 年齢まちまちの男女の孤児にわらわらと案内された部屋には、身長二メートルは有る黒人のおっさんが寝かされていた。

 ボロ巾のような包帯で全身ぐるぐる巻きにされているのは別にスラムだからではなく、この時代の治療としては一般的なものだそうだ。

 

 「誰だ?」

 

 言葉は明瞭。頭に障害は無いらしい。

 

 「『緑美楼』の非常勤用心棒、ミカゲだ」

 

 態と理解しづらい言葉を使って、孤児達に臨時雇いの用心棒であることを隠す。

 

 「『緑美楼』の?そうか、ベルデさんはもう次を用意したのか・・・」

 

 がっかりした、と言うより安心した様子でウォルターが呟いた。本当に好い人っぽい。そして意を決したように一度目を閉じ、私と二人で話したいと部屋から子供達を追い出した。

 

 「俺は先代のご隠居とベルデさんにはとても世話になった、礼を言っといてくれ。

 後の事はこっちで伝手を辿って何とかすると」

 

 ウォルターの視線の先の戸棚の中には長銃と火薬、そして鉛の弾が隠されているのを≪把握≫で確認する。

 

 手が動けば銃が握れる。

 

 そう言えば元兵隊だって聞いた。

 

 銃は殺傷力の高い武器だがこの時代のものは先込め式の単発銃だ。使い勝手も悪く頼りになるとはとても言えない。

 でも、子供達を守るため、やる気なのだろう。

 

 くそぉ、カッコいいなぁ。声も低音で渋いし。

 

 「背骨をヤられたと聞いた・・・」

 

 先程から手は何とか動いているが、腰から下はピクリともしない。

 

 「・・・そうだ、ヤブ医者の言うにはもう下半身は自力で動かせんらしい」

 

 既に覚悟完了済みのようだ。こういう奴ほど治したくなる。

 

 「私は実は『針』を使った神経系の治療に心得が有r「治せるのか!?」」

 

 ウォルターが喰い気味に被せてきた。

 

 「・・・慌てるな、障害の程度次第だ、やってみないと判らん。

 それに先に言っておくが、この治療はとても痛い可能性が有る」

 

 痛い可能性が有るのは秘密の能力を使った時だが、ここで話すわけにはいかない。

 

 「是非やってくれ!金なら何とかする。それに、痛みなら慣れている」

 

 ウォルターがタフガイぶって男臭い笑みを浮かべた。やせ我慢は男の勲章とか思ってるタイプだな、こいつは。ガキ共の結束が妙に強いのは、こいつを見てきたからだろう。

 

 私は、いつまでも『緑美楼』の用心棒を続ける訳にはいかない。この時代の常識や特有の言葉、考え方を学んで世間に溶け込めるようになったら『クルタの子』の復讐のために動くつもりだ。期間は精々三ヶ月。

 その後を任せるためにもウォルターには元気になってもらう。もし『緑美楼』にちょっかいを出そうとしている者がいるのなら今のうちに潰しておくつもりだ。

 

 一宿一飯。恩には恩を。仇には仇を。

 

 一度ドアを開け、外に鈴生りになって聞き耳を立てていたガキ共に、これから治療をするのでウォルターが痛がるかも知れないが、呼ぶまで入って来ないように告げておく。

 

 先ず適当に理由を付けてウォルターの顔に布を掛け、私が何をしているのか解らなくする。

 

 次にウォルターがベットに敷いているシーツで彼をすっぽり包み、シーツに"周"を掛けて杖を固定化したようにカチカチに固める。背骨の骨格が動いてこれ以上神経が余計な損傷をしないための処置だ。

 そしてそのままシーツごとウォルターをひっくり返す。おっさんに抱きつくのは嫌だったので、ベットごと持ち上げてフライパンの上のオムレツのようにふわりと天地返しを決めた。全体に『(バルゴ)』を巻き付けてフォローしたので、多分問題ない。ウォルターが何かモゴモゴ言っていた。動くんじゃない!

 

 さて準備が整った。行ってみよう。

 

 ≪観測≫の視界にはウォルターの詳細な情報が沢山のタグ付きで表示されている。

 まあ、一言で言えば全身ボロボロだ。

 

 顔を含む全身の打撲傷、両手両足と肋骨鎖骨の骨折、脊椎の重度の損傷、擦り傷切り傷は無数に有る。これは誰かと戦ったと言うより、周囲への見せしめにされたのだろう。殺そうと思えば、何時でも殺せた筈だ。

 

 刃物の傷ではない。もっと何かヤバイものと戦ったのだ。もっと言えば人じゃなくて大きな蛇と格闘したような奇妙な怪我のしかただ。『骸の森』で大蛇に襲われた獲物に少し似ている。

 

 そして、最初に見たときから気になっていたのだが、ウォルターの傷から念能力者の用いた『オーラ』の匂いを『(ピスケス)』の二次権能≪覚醒≫が感じ取った。どうやら間違いない。

 

 これは、とてもおかしなことだ。スラムに念能力者など居ない。居るわけが無い。スラムは街の掃き溜めだ。そんな力が有ればさっさとスラムから出てもっといい暮らしをする。

 

 ウォルターの傷からオーラを感じ取れたと言うことは、『黒蛇』に覚醒したばかりでまだ自分の力にちゃんと気づいていない未熟な念能力者が居るか、念能力者を雇えるような其れなりの地位と財力の有る誰かが裏にいるということなのだ。

 

 思ったより楽しくなりそうだ。

 

 おっと、先にとっととウォルターを治してしまおう。ドアの外にガキ共が溜まりすぎて今にもドアが壊れそうだ。ドアから嫌な音がしている。

 

 ≪観測≫の視界を透視に絞り、神経系と経絡系そして骨と筋肉の繋がりを細かく表示させる。視界の中に多重の三次元映像が同時に展開される。

 

 懐から自家製の木の小箱を出し、中から銀貨を潰して成形した二十センチほどの極細針を取り出す。

 

 余談だが修行時代、春先に誰か行き倒れを針治療の実験台に出来ないかと探し回った事が有る。残念ながら生きている者は見つからず、冬に森の街道で遭難し死体のまま雪に埋まっていた旅人を雪融けの時期に偶然発見した。埋葬し、埋葬代として足のつかない持ち物を回収した。

 実はそいつが結構な数の金貨銀貨を持っていて当面金には困らなくなっている。場所柄、多分後ろ暗い資金だろうし。針のために潰した銀貨は何倍にもなって戻ってしまった。善行は積むものだ。ん?善行だよな?まいっか。

 

 自作の針の強度は其れほどでもないが、どうせ"周"を掛けるので余り関係無い。

 

 おぉ、滞ってる滞ってる。

 

 動物達と同じようなノリで、シーツの上から怪我の箇所に針をぶっ刺し、脈動するような刺激を与えて当人のオーラを刺激し自己回復を促す。本来は骨や筋肉神経の変形はマッサージを併用して徐々に正常に戻す。一応痛点は避け、痛くないように打っている。その辺は慣れだ。

 

 基本の作業としてやるのは外科治療に近い。

 自力で動かせなくなっていても、別に切り離されてしまった訳ではないので、大抵の場合神経系も経絡系も弱い経路は残っている。ただ普通は繋がりが弱すぎて当人も感じ取れないだけなのだ。

 

 私のやり方は≪観測≫の能力によって其れを的確に捉え、オーラで刺激して徐々に回復させて快癒を促す方法だ。恐らく私にしかできない。

 効果は確実で失敗例はほぼ無い。最初の頃に、治療箇所は治したが治療のショックで死んでしまった事が有ったが其れくらいだ。小動物は難しい。その後、美味しくいただいた。

 

 ウォルターの損傷は時間をかければ此の方法を使っても治せそうではある。しかし今回は急ぎなので、裏技を使わせてもらう。

 

 『肝臓(アクエリアス)』の一次権能≪再生≫の特殊進化バージョンの『早だし(ファストムーブ)』を。

 

 以前に師匠を死なせてしまったのが悔しくて、今回渋る『肝臓(アクエリアス)』に頼み込んで造らせて貰った。最初の四つの『早だし(ファストムーブ)』品の内の一つだ。

 

 ただ、『肝臓(アクエリアス)』が、悪党を無条件で治すのは嫌だと訴えて来たので、『(ジェミニ)』の二次権能≪波動≫や『左目(スコルピオ)』の≪観測≫、『右目(ライブラ)』の≪魔眼≫で魂の歪みを感知し、該当者には重いペナルティを科すことになった。

 一応治るには治るが悪党の場合は≪再生≫の肉体に対する強力な干渉効果が別方向にも働いて精神と神経系に作用し、治療と同時にあり得ない程の激痛を与えるよう改良(?)された。

 

 仕様の確認をしたところ、大した悪=歪みでなければ、痛みも大したこと無いらしい。

 私も、悪党に同情する気は全く無いので能力の付帯条項はそのままに、『肝臓(アクエリアス)』が気に入る名前を苦労して見つけ出し『名付け』をして新能力を完成させた。

 

 一回人体で試してみたかった針の作用が確認できたので、ウォルターの背中に手を当て、他者治療の『早だし(ファストムーブ)』を静かに発動する。

 

 名を、

 

 

 『車輪は回り因果は巡る(アライメント・ヒーリング)

 

 

    と言う。

 

 私が手を当てた場所から光の粒が沸き上がり、ウォルターの身体を繭のように包み込んでゆく。

 動き回る光の粒が、ウォルターの背骨に沿って段々と集まって来る。放っとくと全身治してしまうので、怪しまれないよう再生の範囲を背骨に集中しているのだ。

 物凄くそれっぽいが、光るのは治療と全く関係ない『早だし(ファストムーブ)』使用時のあれだ。

 

 ≪観測≫で確認しながら十五分ほど時間をかけ、折れていた背骨と傷ついていた神経系を治療する。≪再生≫のように瞬時にとは行かないが、平常時なら十分な速度で怪我を治すことが出来る。

 

 ウォルターに特に痛みは無いようだ。やっぱり善人にはただの治療だな。予定通りか。

 

 基本的に『早出し(ファストムーブ)』が何かと言うと、『便利な道具』なのだ。

 最初の『(バルゴ)』のモノ以外は、元々其のつもりで私は創った。

 

 その後念獣達が欲しがった分は、大体欲しがるだけでノープランの場合が多かったので、二次権能を其のまま顕現する『星の生まれるところ(インフィニティ・テンペスト)』みたいなの以外は、名前以外の機能もこっちでプレゼンして内容は念獣達と相談して決めている。面白いけど、今のところ本気の戦闘には基本役に立たないお遊び。まあ、言ってみれば念獣達のお気に入りのおもちゃだ。

 

 

 シーツに掛けていた"周"を解いてやり、顔の布も外し、ガキ共を招き入れてウォルターをうつ伏せから仰向けに寝返らさせる。

 

 治したから直に又立てるようになると言うと、大騒ぎになった。余りにうるさいので廊下に出て、しばらく待つ。

 

 飲み物が欲しいなぁと思っていたら、ベイツがやって来てお決まりのハーブティーとは名ばかりの煎じ薬をコップに入れて持ってきてくれた。

 その場で涙ながらに土下座しながらウォルターの治療の礼を言うので、鷹揚に返事をして払いは奴にさせるから気にするなと言っておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ウォルターはやっぱ大塚明夫さんかなぁ


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 46、賭け闘技会

   46、賭け闘技会

 

 ウォルターが立てるようになるのが嬉しいのは解るが、ガキ共が皆ハイテンションで礼を言うので疲れる。

 実際、背骨以外の骨折や打撲裂傷は感染症にならない程度に傷口を塞いだだけだ。

 

 暫くして静まって来た頃を見計らい、まだ安静にしておかなくてはならないと、部屋から追い出す。

 

 彼にはまだ聞かなくてはならない事が有るのだ。

 

 ドアの向こうから人けが無くなり、やっとに静かになった部屋で、本題に入る。

 

 「・・・お前、誰にやられた」

 

 ピクリと反応はしたが黙したままだ。

 

 「・・・・・」

 

 ちょっと間を置き、考えさせる。

 

 ウォルターは噂に違わぬ中々の人物だ。私の事もある程度察しているだろう。

 つまり、既に最初に会った段階で互いの格付けは済んでいる。用心棒ムーブの私の尋問のような上から発言にも異論は無い筈だ。

 

 「・・・質問を変えよう、戦った後で身体におかしな変化は無かったか?」

 

 ウォルターは念能力者と戦った筈だが、何故か精孔が開かれていない。

 

 相手が手加減したか、若しくは能力者と戦っても漏れなく目覚める訳では無いのかもしれない。気になるが対人戦は試行数が少なくてデータが足りない。

 

 考えてみると、ちょっとした打撃で念に目覚めるなら、世の中にもっと念能力者が溢れてないとおかしい。私もけっこうな量のチンピラを伸しているが、今のところ念に目覚めたものは居ない。

 

 念は、言ってみれば移りやすい病みたいなものだと思っていたが、そんなに見境なしに移る物でも無いらしい。

 ちょっと表現しづらいが、私の感覚だと死なないように手加減するように、(念が)感染しないようにオーラを手加減するみたいな感じだ。

 

 ウォルターは怪訝そうだったが、怪我した以外に気付いたことはないと言う。

 

 

 

 「場所は何処だった?」

 

 仕切り直して今回のトラブル解決ルートに戻す。

 

 「・・・・・」

 

 誰にも何も語らない。

 

 全てを秘密にするのは裏家業ではよく有る話だ。マフィアの沈黙の掟とかね。

 だが、今回のはガキ共を巻き込まない為だろう。話せる事は有るはずだ。

 

 「・・・実は、俺にも良く解らない」

 

 動くのは私だけだと説得して喋らせる。 

 

 ウォルターによると、『黒蛇』に話を付けに行ったら、ある男と闘ってほしいと条件を付けられたと言う。そんな事で良いのならとその場で了承すると、すぐに窓の無い馬車に押し込まれ、街中を延々運ばれて見知らぬ大きな館へ連れていかれた。

 おかしいと思ったが中では既に話が通っていて、観客が大勢居る場所で見知らぬ男といきなり闘わされたと言う。

 

 賭け試合だという事は直ぐに気付いたが一度勝っても帰れず、大きな裏組織の資金源(シノギ)に関わるのは不味いと思って『黒蛇』の連中を探したが消えていて無理。やけくそで全て勝ち続けたが最後に当たった男に妙な技を使われ負けてしまったそうだ。

 

 思ったより複雑だが、大体予想通り。

 

 ウォルターが出させられたのは所謂非合法の『裏の闘技会』だろう。多分初出場で勝ち過ぎ、闘技会を仕切る連中の不興を買って子飼いの『壊し屋』を引き出してしまったのだ。

 『壊し屋』というのは、試合の勝ち負けをコントロールして利益を上げたい運営者側が、強すぎて言うことを聞かない参加者を潰すために用意している通常の対戦には出て来ない切り札的存在だ。

 ノワール系格闘漫画でよく有るパターン。念能力者は最後に出てきた『壊し屋』だな。

 

 問題は、誰がなんの目的でウォルターを引っ張ったかだ。

 

 「誰か知ってるやつを見たか?・・・・」

 

 

 

 一応、やることやって知りたかった情報も得られたので、ウォルターの隠れ家改めウォルターの孤児院を後にする。

 

 日が沈むまで数時間。今日中に一通り目星をつけよう。

 

 

 

 「良かった、まだ引き払ってなかったか」

 

 来たのは同じスラムに有る『黒蛇』のアジト。場所はウォルターから聞き出した。

 

 「なんだ!てめーは!・・・グッハッ!」

 

 粋がるドア番のチンピラを軽く蹴り飛ばし、中へと入る。

 真面目な社会人なら就労中だが、その点スラムの犯罪組織なら間違いなく在宅していてとても助かる。

 

 「邪魔するぞ」

 

 所詮スラムだ。建物の造りはウォルターの所と大差無い。

 

 「うちのウォルターが世話になったようだから、挨拶に来てやった」

 

 余り構成員は多く無いのか、ぱらぱらとチンピラ数人が出てきただけだ。

 全員転がした(殺してない)所で、最後に出てきたまだ若いボスを威圧すると、ぺらぺら全部喋ってくれてカラクリが見えてきた。

 

 なんの事はない。裏の『賭け闘技会』にコネの有る商人が『緑美楼』に客として来ていてウォルターの強さを目に止め、参加させるために金を積んだのだ。

 

 正攻法では断られると踏んで、チンピラ達を集め『黒蛇』なる新たな犯罪組織をスラムに作らせた。彼の弱点である孤児院に圧力を掛けるためだ。

 今はもう用は済んだので、商人は『黒蛇』から手を引き、集めたチンピラ達は放ったらかし。もうすぐ空中分解してただのチンピラに戻って全て無かったことになるだろう。

 

 

 「その商会・・・いやちょっと待て・・・」

 

  トラブルの大本となるアホ商人を消してしまおうかと思ったが、商会の使いの後をつけて確認した『黒蛇』リーダーによると、相手のカシアス商会は結構な大店(おおだな)らしい。いなくなれば『緑美楼』に迷惑が掛かるかもしれない。

 

 「・・・商人はいいや、それより裏の賭け闘技会は何処で何時やっている?」

 

 

 

 その日は又ウォルターの所に寄ってから『緑美楼』に戻り、事の顛末をベルデに報告した。

 

 私が動けば暴力でどうにでもなるが今は雇われの身だ、後々ベルデに迷惑が掛かると不味い。

 

 「そう・・・そういう事情だったの・・・」

 

 聞いたベルデの声がやけに低くなり、目が据わっている。

 

 「よく教えてくれたわ、此方でも調べてたんだけど、ウォルターは(だんま)りだし、『黒蛇』から先がなかなか情報屋から出てこなくて・・・」

 

 この件の絵を描いたやつは、情報封鎖に結構な金を使っていたらしい。私は、直に動いたから解ったようだ。

 

 「大手貿易商のカシアス商会とは追々別個に話をつけるにしても、その賭け闘技会を仕切ってる(にわか)商会へは早めに一発かましとかないとダメね、うちだけじゃなく黒門街が舐められるわ」

 

 よくわからんので、裏の事情を詳しく聞いた。

 

 曰く、暴力だけに限ると、シュマの街の勢力図は一位が問答無用で兵権の有る貴族の領主。

 次いで二位が屈強な男達を多数揃え、港湾差配を任せられている手配師の元締め。

 三位が争いが絶えない歓楽街を、表裏両方の力で維持している黒門街の顔役連。となるのだそうだ。

 街の治安は主に彼等がそれぞれ(にな)っている。

 

 銀門街の金持ち達は精々四位、無駄な出費を嫌がるため、身近な護衛以外は外注で済ます事が多く、実働戦力はそう多くないそうだ。しかし荒事に疎い分、小金を持った商会が金の力に暴走するのは稀に有るらしい。

 

 その下にもまだ、中小の武術道場やら職人組合やらスラムのチンピラの集まりとか外部の勢力とか有るが、今回は関係ない。

 

 そもそも殺し有りの闘いの見世物自体が今は違法で、黒門街でも闇では兎も角おおっぴらには行われていない。

 

 銀門街で行われている裏の闘技会のことは当然把握していたが観たがる者が居るのは事実なので、ガス抜きを兼ねてギリギリ見逃していたらしい。

 畑違いの荒事に手を突っ込んで多少のあぶく銭を稼ぐ程度なら目をつぶっても良いが、理由はどうあれ黒門街の人間に手を出して黙って見逃すことは出来ないし、許されない。

 

 基本的人権や法の下での平等なんぞ、何それ美味しいの?な時代だ。巨大な犯罪組織、マフィアとかやくざが表立って活動出来るほど権力側は甘くない。だが、裏稼業に何よりも大事なのは面子であることは変わらない。

 

 大して実績もない中規模の商会が小遣い稼ぎで賭け闘技会を催すのも、出場者を集めるために金や汚い手を使うのも勝手だが、『黒門街』『緑美楼』の関係者を無理に巻き込んで使い物にならなくしたツケは彼等が想像する以上に大きい。

 たかが女郎屋と思っているなら、今後のためにも其の甘い考えを叩き潰しておかなくてはならない。

 

 

 「・・・私が行こう」

 

 知り合いや荒事が得意な他の顔役から人手を借りることもできるけど・・・と、意味ありげに此方を見るベルデに向かって頷いた。

 

 「お願いするわ」

 

 ベルデがにっこり笑う。笑っているがちょっと何か出てる。

 

 「ウォルターとも縁が出来たし、今回はなかなか面白そうな相手だ、他の者では手に余るかもしれないからな」

 

 念能力者を相手にするのは、常人では難しい。ベルデが例によって訳知り顔で「気ね!」と言っていたがスルーした。

 

 尚、ベルデから、「死人が出なければ多少やり過ぎても構わない」、とお墨付きを貰っている。

 

 「でも、おかしいわね・・・カシアス商会がこんな馬鹿な真似をするなんて・・・」

 

 ベルデには疑問が残った様だが、大体予定通りに話が纏まった。

 

 

 

 今夜早速出かけるのでよろしく頼むとベルデに外出を告げる。

 

 「代わりにコイツを置いておく」

 

 マギーに頼んでマトモな服を着せたベイツを呼び出して紹介する。出かけなければ、用心棒の見習いとして従業員枠で働かせる積もりだった。

 

 「昨日のチンピラじゃない!」

 

 代打が気に入らなくてベルデはやや不機嫌になる。くるくる表情を変えるのがあざとい。私に見せてどうする。計算じゃなくて天然か?

 

 「調べたらウォルターの処の孤児だった、案山子よりは役に立つ」

 

 私の頭より高い位置に有る肩を軽く叩く。

 

 「せ、精一杯努めさせていただきやす」

 

 ベイツはガチガチに緊張している。長身だが均整が取れていてスーツが良く似合う。顔も厳ついが二枚目だ。十六歳だけど。

 

 「そう、ウォルターの・・・」

 

 ベルデは何か勘違いしている様だ。

 

 「こいつは私がちょっと席を外す間の穴埋めだ、ウォルターは折れた骨がくっついて復帰できるようになるまで未だ少し掛かるからな」

 

 ベルデが驚いて立ち上がった。どうやら驚いた時の癖らしい。

 

 「え、ウォルター治るの!」

 

 私とベイツの顔を見比べて、質の悪い冗談等ではないことを確認している。

 

 「話に聞いていたより軽症だったぞ、背骨は折れたんじゃなくて少し曲がっていただけだった、正しい位置に直して針で調整しておいたから、直に元通り立てるように成るだろう(嘘)」

 

 思ったより心配していたのか、ちょっと涙ぐんでいるベルデを残し、彼女の仕事部屋を出る。良い女だ。

 

 ベイツが赤くなってボーッとしている。ちょっとベルデの色香にやられちゃってるようだ。

 若いからしょうがないか。

 

 ・・・ここ娼館なんだが大丈夫か?

 

 ま、いいや。ほっといて歩き出す。

 

 

 

 

 荒事が予想されるので、ピートは置いて行く。

 

 今夜の私は昨夜のうちにマギーがサイズ変更をしてくれたスーツ姿だ。

 その上から少し手直しした昨日のコートと帽子を被り、あの丸い顔石の付いた真鍮の杖を持って『緑美楼』の裏からそっと抜け出し、気配を消して闇に消える。

 

 

 私が再び現れたのは、シュマの街の中心により近い銀門内、商業区画に有る大きな商館の前だった。入り口は門番が何人も立ち、混雑して警戒されている。

 

 見つからないように、そっと脇道に逸れて姿を隠す。

 遠距離から周辺の路地と建物の造りを≪把握≫で調べ、そのまま気配を読んで手頃な物陰や空き室を探し。後は人目を再度確認して≪瞬転≫で何度かに分けて瞬間移動。

 

 極々平和に潜入成功。

 

 潜入した部屋は物置の一つのようだ。離れた場所に沢山の人の気配が溜まっている。

 

 「会場は地下、いや半地下か」

 

 ≪観測≫のマップで経路は解るが、一々通路や階段へ遠廻りするのが面倒臭いので、≪把握≫で誰もいない近場の空き部屋を探して≪瞬転≫で跳んでしまう。これなら人目も気にしないで済む。

 

 気配を消したまま廊下を抜け、するりと観客の中に混ざる。客達の中には派手な服の女連れも多いので、私の仮装もあまり目立たない。

 

 しかし、姿が消える訳ではないので、目を留める者は出てくる。そして、ゆっくり増えて行く。

 

 今日は化粧無しだが髪は輝くプラチナウエーブで、異様に整った容貌に殊更に冷たい顔を造っている。

 そうしていると、陶器のような硬質の肌の白さや明るい鳶色の瞳とナチュラル深紅の唇が相まって、見る者に美神の仮面のような人間離れした印象を与えるのだ。

 夕べ風呂場で百面相していて見つけた。

 

 皆が視界に入った私を二度見してくる。

 

 正直、念獣達はやり過ぎたと思う。多分『心臓(レオ)』の二次権能≪進化≫が関わって、骨格も変化させている。

 この顔は、瑕疵(かし)がなく各機能がよりパフォーマンスを発揮できるよう利点と欠点のバランスを取って組まれた理想の顔なのだろう。元は『クルタの子』の顔なので、いくらか印象は残っているが、所謂平均化したら整った系の集大成みたいなものだ。

 特に問題ないので確認はしていないが、もしかすると私にはもう虫垂(盲腸)は存在しないかもしれない。あれ、機能の無い要らない部位だって話だし。

 

 自分でも初めて覗いた鏡の中を二度見した。そして、この顔で生きて行くのかとちょっと気が重くなった。しばらく百面相していたら慣れたが・・・結局、顔は顔だ。

 

 

 ベルデによると、ここを仕切っているのは中規模の商会らしい。真っ当な仕事もしているが、副業に熱が入りすぎて本業の方が疎かになっていると聞いている。

 

 落とし前を着けるにしても、表側の商会ごと潰すのは目立ち過ぎる。無駄な死人も沢山出るだろう。やり過ぎはベルデから止められてるし、まだそこまでの(はく)は必要無い。

 

 だが、ここで一暴れしてウォルターに手を出した商人と闘技会の運営組織に警告をして、()()()()は報せておきたい。

 

 相手が余程のアホでなければ、それだけで十分だろう。

 

 明るく照らされたホール中央の闘技場は、五、六メートル四方の正方形。ホールの床から百五十センチほど掘り下げられていて、その周囲はプラス一メートルの木の柵が闘技場の壁としてホール客席へとせり上がっている。

 客席は闘技場の近くは基本立ち見で、少し離れた少し高くなった位置に椅子とテーブルが闘技場に向けて配置されている。

 客側から見ると闘技場は一メートルの板壁の向う。闘技者から見ると客席は二メートル半の板壁の向うとなる。

 

 観客の数は多い。百人は楽に越えている。

 

 戦いに熱狂している者も居れば、単なる社交の場として会話に重きを置く者、冷めた目で他人の様子を窺う者。いろいろ居るようだ。

 闘っている闘技者は町の腕自慢レベルで、正直大したこと無い。念能力者どころか満足に格闘技を使うものもいない。

 

 

 「・・・ミカゲが来てる」

 

 誰かがこそこそと隣の者に告げた。

 

 「・・・黒門のミカゲだ」

 

 もう変な二つ名が。

 

 「『緑美楼』の・・・」

 

 「じゃあ、ウォルターの・・・・」

 

 少しずつ話が伝わってゆく。正しい情報も多少は流布していて、事情を察する者も居るようだ。ベルデの言っていた情報屋とかか?

 

 

 「失礼、ちょっとお伺いしたいのですが、あちらの恰幅の良い紳士の隣の細身で若い口髭のお客人はどちらの商家の方だか分かりますか?」

 

 近くの席の身なりの良いおっさんに、離れた席の人物について訪ねる。

 

 「え?あ、あれはカシアス商会の若旦那ですよ」

 

 カシアス商会は『黒蛇』を締め上げた時に出ていた名だ。手を引かれて金をせびりに行ったら、半殺しの目に遭って諦めたと吐いた。ベルデも簡単には手を出せない大店だと言っていた。

 

 気の弱そうなおっさんは、私を見てギョッとしたあと、目を泳がせながら教えてくれた。私の事を噂で知っているようだ。

 

 「彼は、よく来られるのですか?」

 

 それで良い。私だと直ぐに解るよう昨日と同じ装束で来たのだから。

 

 「え、ええ、ここの常連で入り浸っているようです、有名ですよ」

 

 おっさんは、私の顔から目を離せないようだ。チラチラ見てくるのが鬱陶しいので目を合わせたら、慌てて逸らした。

 

 おっさんはどうでもいい。カシアス商会の髭の若旦那と一緒に居る太っちょは『満天楼』のデブ主人だ。ウォルターの言ってた通りだ。ここで繋がったか。

 

 若旦那は二十歳そこそこのまだ若いボンボンで、『満天楼』の主人は悪い遊び仲間といった処か。髭の若旦那の後ろにいる護衛、かなり腕が立つ。残念ながら念能力者ではないが。

 

 今後の為に、出来れば早めにミカゲとしての私の念能力を広めておきたいのだが、手頃な相手がいない。

 

 絵を描いたのはデブの方か。もしかすると賭け闘技会を運営している組織と繋がっているかもしれない。

 

 お、運営が私に気づいたようだ。厳つい男達が騒がしくなってきた。

 

 

 「『緑美楼』のミカゲ様とお見受けしますが?」

 

 給仕人より上等なスーツを着た男がやって来て、恭しく確認を取った。

 

 「そうだ、ウチの者が大分()()()()もらったようだから私も少し覗きにね」

 

 ちょっぴりの嫌みを込めて、全て了解している事を示し、どう落とし前を着けるのかと相手にボールを返す。

 

 「さて、何の事やら分かりませ・・・」

 

 こっちを甘く見て、ウォルターの事を知らなかったで済まそうとする男に、それ以上喋れないよう強めに威圧を掛ける。

 

 オーラ込みだから、只の一般人にはキツかろう。もうちょい強くすれば、このまま殺してしまう事も出来る。

 

 奥の部屋でちょっとやり過ぎたと謝罪して貰って、それなりの見舞金でも包んでくれたら一応此方の顔も立つし、騒がせて悪かったと言ってすんなり帰れたのに。

 

 ヤクザな世界は面倒臭い。

 

 舐めた事を言ってきた男が泡を噴いて倒れると、近くにいた給仕の一人が慌てて走り去った。

 気付いた周囲の客が慎重に距離をとり、入れ替わりに厳つい警備員に無言で取り囲まれる。

 

 こいつらは前座だろう。先ず威圧してから、上位者が優しく本題に入るのが犯罪組織の常套手段だ。ここも大分染まってる。つまり、譲歩しないと大変な事になりますよ~という脅しだ。

 

 しかし、私には関係無い。

 

 

 「・・・それで良いのか?」

 

 

 威圧してくる連中を特に気にせず、此方から選択を迫る。

 

 もし手を出されたら戦争だ。全員ぶちのめしてボスと和平交渉だな。嘘をつかれても解るし、『緑美楼』に手を出しそうなら幹部連中は始末してしまおう。死体は()()()しまうか・・・

 

 ・・・・一々気を使ってちまちまやるよりその方が手っ取り早いか?いや、でもなぁ。

 

 誘惑を感じて思案していると、幹部らしき人物がやって来た。

 

 

 さっきの声にオーラが乗ってしまっていたのか、気がつくと取り囲む男達は全身に緊迫感を漂わせ、びっしょりと冷や汗をかいて、今にも逃げ出しそうに震えている。

 

 やって来た幹部と手下二人にも気づかず、怒鳴られて慌てて道を空けた。

 

 「ミカゲさん、でよろしいですね、どうやら噂通りの凄腕らしい」

 

 男達の様子を、苦笑を浮かべるだけでスルーした。さすがに落ち着いてる。

 

 「あんたは?」

 

 こちらは舐めた態度を取られた側だから、当面礼儀は無視する。

 

 「申し遅れました、ここの支配人をさせていただいてます、ヒュームとお呼びください」

 

 上品に一礼して見せた。

 

 支配人が頭を下げたのだ。詫びを入れたと言っていい。とりあえずこの場は納めるしかない。

 

 「・・・・・!」

 

 ちょっと残念だなぁと考えていると、ヒュームがビクッとした。勘も良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ウォルターの実力はハンター候補くらい

 残念ながらウォルターの念能力者ルートは無し。念能力者と戦っても全員が目覚める訳ではない(捏造設定?)事の説明に使わせてもらいました。

 ミカゲ君は、埋められたトラウマのせいで犯罪組織に対する当りが強いです

2022年11月30日追記: 主人公は確認していませんが、虫垂は要らない臓器ではないので、まだ存在しています。


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 47、参戦

   47、参戦

 

 ウォルターがやられた闘技会に潜入し、闘技場支配人のヒュームを引っ張り出した処、やはり想定通りの提案をしてきた。

 

 「どうでしょう、そちらのお身内が負傷されたのがリングの中ならば、参加を了承した以上怪我は自己責任、私共が関知する処では無いと考えますが」

 

 恐らくここには銀門街の金持ち達だけではなく、金門の向こうのお貴族様もたまに来るのだろう。腹芸はお手のものらしい。

 

 「それで?」

 

 でも予定通り。

 

 「いっそミカゲさんも同じリングに立たれてみては?」

 

 やっと言ったか。

 

 「・・・良いでしょう、では特別参加試合(エキシビションマッチ)と言うことで、一試合だけやりましょう」

 

 ヒュームが、にっこりと言うよりニヤリと嗤った。

 

 「では御案内致しましょう」

 

 ヒュームが合図して、給仕人の一人を呼ぶ。

 

 腕に覚えのある自称最強が舞い込むのはよく有ることなのだろう。今話題のミカゲを闘技場に出せれば、客は喜ぶし倒せれば闘技会に箔が付く。

 

 とか考えてんだろうなぁ。

 

 わざわざ一試合と指定したのは、ウォルターを負傷させた念能力者をさっさと引っ張り出す為。それ以外が出てきたらボコって挑発すれば良い。

 

 

 「それには及ばない」

 

 私は、丁度試合の終わったステージに駆け寄り、マントを翻して飛び降りた。

 

 何事かと会場が沸くが、あえて無視して傲然と歩み王者の態度で顔石の杖を突き闘技場中央に立つ。

 

 売られた喧嘩を買いに来たんだ。お行儀良く相手に付き合う必要は無い。

 

 支配人ヒュームと目が合ったので、微かに笑ってやった。彼は、私の行動に呆気に取られた後、慌てて進行係に何事か指示し闘技場控え室に向かって急ぎ足で去って行った。

 

 徐々に押さえていた気配を強めて闘技場とホール全体をその影響下に置き、もぎ取るように会場中の視線を集める。

 

 観客は、今噂の人物の突然の飛び入りに大騒ぎとなり、知らない者には尾ひれが付いた噂話を教えあって、いやが上にも期待感が高まってゆく。

 

 昨夜も知らない内に使っていた気配の強化は、『(バルゴ)』の二次権能≪奇怪≫の気配コントロールの効果によるものだ。何だか注目が集まり過ぎていた気がして、今朝念獣達に確かめて判明した。誤って『早出し(ファストムーブ)』 を作成してしまったため、少し使えるようになっていたのだ。

 

 新規技能が使えるようになるのは嬉しいが、使用前に教えてもらえないか試しに念獣達に聞いてみた。

 

 返事がこれ。

 

 :×

 

 ・・・・・・・・新パターン?

 

 え?あ、ダメ?ダメなの?

 

 出来るようになるまで試行して、ある日突然出来るようになるため、無理だそうだ。ナラショウガナイネ。

 

 出来るようになったら、後は失敗しないらしい。気を抜くと失敗する人間とはシステムが違うっぽい。

 

 気配の強化は私一人だと効いてるのかどうかよくわからないので、昨日に続いて今回で二回目の実用試験。

 

 

 進行係がゴングのように金属片をハンマーで叩き、特別試合が組まれた事を大声で告げる。

 観客のざわめきと怒号が、まるで火が着いたように激しくなった。

 

 闘技場に降りるまで見えなかった闘技者の出入り口が左右に有る。ドアは無く、切り抜いたような暗がりの向こうが短い降り階段で地下の控え室に繋がっている。相撲の東方、西方みたいなものだろう。

 

 客がいるのは一階で、闘技場は半分だけ地下室に下がった位置に在るのだ。地下室の天井高が高過ぎてせり上げないと最前列の客しか観戦することが出来なくなるからだろう。

 

 どうでもいい考察をしている内に、次の試合予定の闘技者が左右の出入り口に姿を現し、闘技場へと入ってこようとしている。ヒュームは間に合わなかったのか、それとも態とか。

 左右どちらの闘技者も、飛び入りの派手な小僧に含むところが有りそうだ。

 

 試合が始まれば賭けは成立する。金が動けばどちらが勝とうと胴元は儲かる。

 支配人ヒュームとしては、試合後に不手際を謝れば済む。

 

 私が一試合は行ったと言って帰ろうとすれば、今評判のミカゲが上位者とのマッチメイクに怖じ気づいたとでも噂を流すと云うのだろう。

 

 でも、そうは行かんよ、今日は私の日だ。

 

 「お前らじゃない」

 

 私は、軽く握った拳を小さく二度振り、『衝撃の制圧圏(バースト・ヘヴン)』の中距離攻撃。プッシュジャブで左右の入り口から闘技場に入って来ようとした二人を階段下へ吹き飛ばす。

 

 何か騒ぎになっているが無視。

 

 給仕人の服を着た係員が走り回って情報を伝えている。インターホンもスマホも無い時代だから、何かを伝えたければ誰かが走るしかない。

 

 闘技場の入り口下では誰が出るか押し付け合いが起きていて、私に何事か言いたいらしいが、闘技者も係員も皆闘技場へと上がるのを拒否している。

 

 何をしたのかは解らないが、私が何か尋常でない手段で攻撃したのは理解しているみたい。

 

 誤解のしようのない此方からのメッセージに階下は多少バタバタしていた。その後は他に上がってこようとする者も無く、必然的に目的の人物が呼び出される事になった。いくら壁があっても精々数部屋、成長を続ける≪把握≫の力で丸聞こえだ。

 

 支配人ヒュームが控え室の向こう側で怒鳴っている。余計な試合をさせたくとも、相手をしたがる闘技者がいなければどうしようもない。

 

 

 「つ、都合が付く相手は得物(えもの)持ちで、ルール制限無しにしたいと言ってますが・・・」

 

 闘技者向けの案内役が恐る恐るやって来て、試合の条件を告げる。無制限とは他者が助勢する以外、銃、火薬、毒、暗器、他、何をしても良いということだ。問題ないと伝えた。

 

 「それと・・・」

 

 何であれ相手が得物を待っている場合、こちらも何か武器を用いることが許される。勿論断って素手で戦っても良い。とのことだ。相手は武装しているらしい。

 闘技場のレンタル武器の貸し出しを呈示されたが断った。

 

 「では、この杖を使わせてもらおう」

 

 変顔石の付いた真鍮の杖を呈示する。

 

 「杖?ですか・・・せめて剣か槍の方が・・・」

 

 杖術は一般的ではないらしい。いや変顔石のせいで、こん棒に見えるのか?

 

 「私の師は卓越した杖術の使い手だった、私にも其れなりの心得が有る」

 

 尚も不審そうな案内役に追加情報を伝える。

 

 「師の尊名はガリル、その界隈では知られた名だ」

 

 多分ガリルは偽名だろうが、知られているのはこの名前だろう。

 

 「ガリル・・・殿?」

 

 ピンと来ない、と言う顔だ。

 

 「数年前に病で亡くなられた、師を知るものには金輪のガリルと称された」

 

 もう行けと言って案内役を追い返す。

 

 良い機会なので師匠の名前を出しておいた。これもカバーストーリーの一部。二つ名付きの念能力者の師を持っている事で、異常な強さの根拠とする。

 

 

 

 「なんと、金輪のガリルの弟子か!」

 

 ちゃんと観客達も聞いていたようだ。燃料が投下されて会話が弾んでいる。

 

 「誰だって?」

 

 「凄腕の賞金稼ぎだって聞いたぞ」

 

 「しつこい野郎だったぜ」

 

 「けっこう前に死んだって・・・」

 

 「ああ、ピークス兄妹に殺られたらしい」

 

 「十年くらい前だよな」

 

 「ピークス兄妹か・・・あんまり良い噂は・・・」

 

 「・・・今病で死んだって言ってなかったか?」

 

 「きっと殺されたのを誤魔化したのさ」

 

 「よく有る話だ」

 

 「・・でも、死んで十年経ってるなら、その弟子があの若さ・・・」

 

 おや、流石裏の闘技場だけあって堅気じゃない方も混じっているらしい。お客の中に師匠の名を知っている者が居るようだ。ピークス兄妹の事も話に出ている。しかし、余り評判は良くないらしい。声が苦い。

 

 話題の方向はどうでも良いのだ、どうせ噂など語り手に合わせて勝手に変化してゆく(経験済み)。私の師が金輪のガリルだということが広がればそれで良い。

 

 それなりの気配の持ち主が控え室にやって来たのを感知する。

 進行係が対戦カードを発表し、給仕人達があちこちで賭けを受け付けている。

 

 待ち人来たり。

 

 

 慣れた様子で気負い無く階段を上がってくる男がいる。常人を越える武威を纏った気配。

 

 「はぁ~、何だよ、ガキじゃねーか」

 

 上がって来た男が、あからさまにガッカリしてため息をついた。

 

 でかい牡牛のような男だ。筋骨隆々、浅黒い肌に短髪を不揃いに刈り、まるで生えかけた角のように見える。

 動きやすそうな簡素な服の上から、白い太綱を飾り紐のように全身に巻いているので余計に牛っぽい。宇和島の闘牛?

 

 「・・・牛?」

 

 牛と闘ったんならウォルターが負けたのも仕方がない。

 

 「ちげーよ!キンブル様だ!」

 

 やっぱ(bull)。そして突っ込みが早い。

 

 どうも本人は牛に似てると言われたく無いらしい。名前で揶揄(からか)われたとかか?

 

 「そんで、本当にお前が対戦者なのか?」

 

 キンブルが仕切り直して問いかける。

 辺りを見回し、他に誰も居ないことを確認する。

 こちらが分かりやすくオーラを放っていないため、ポツンと立っている私の事が当事者が逃げ出して取り残された子供に見えるのだろう。

 

 「俺は強い奴とやりたいんだ!子守りなら帰るぜ」

 

 武術の心得は有るようだ。しかし未熟。こちらの擬態が高度過ぎて目の前に居るのに私の力が見抜けないらしい。私から視線を切って帰ろうとしやがった。

 

 既に間合いの内だぞ。

 

 即座に戦闘モードに入り、キンブル君にオーラ込みの威圧を掛ける。

 

 「・・・なっ!」

 

 キンブル君の反応が面白い。

 

 避けも逃げも固まりもせず、装飾のような全身の太綱(ロープ)がうねり、渦を巻いて盾と化した。

 

 「・・・操作系か」

 

 ≪観測≫のタグに【植物繊維、ロープ(太)、オーラ充填済み】の表示が出ている。

 そして、ウォルターの傷に着いていたオーラ臭とも一致している。あの傷はロープに巻き付かれて出来たようだ。

 

 「何だよ何だよ、ただのガキじゃねーのかよ」

 

 不意打ちに、ちょっとビビって冷や汗をかいている。

 

 「強い(つえー)なら話は別だ、やってやるよ!」

 

 自分の油断を誤魔化すようにキンブルが大声を出した。

 

 「フッ・・・」

 

 私は、最初の場所から一歩も動いておらず、キンブルの焦りを鼻で笑う。

 

 「てぇんめえぇ~」

 

 キンブルが、顔を真っ赤にして殴りかかってくる。

 

 面白い!オーラが込められたフック気味の大振りパンチと共に、オーラを纏った太綱(ロープ)の結び瘤が同じ軌道で隣を飛んでくる。

 

 試しに杖を手放し、"廻"式"流"を使って同程度のオーラを纏い、双方を両手で受けてみる。

 

 「フム・・・」

 

 やはり未熟。

 

 能力は面白いのに、あからさまな修行不足だ。こんなところで燻っている程度の使い手が、達人なわけ無いか。

 

 常人なら阻止不能な攻撃を簡単に止められ、得体が知れないと思ったのかキンブルが警戒して離れる。

 

 「本気を出せキンブル君、弱いもの虐めが専門って訳じゃ無いんだろう」

 

 私の立ち位置は、まだ動いていない。実を言うと、キンブルにまだ顔も向けていない。

 

 「くそっ、何もんだてめえ!」

 

 身体に巻いていたロープをほどき、自身の前に展開してゆく。これが彼本来の戦闘スタイルらしい。

 

 「私はミカゲ、最近は黒門のミカゲで通っている(さっき聞いた)、先日ウチのウォルターが世話になったのはお前だな」

 

 立てていた杖を握り直し、威圧を込めてキンブルを見やる。

 キンブルは更に下がり、さっきまでの喧嘩屋紛(ケンカやまが)いの大振りパンチがなりを潜め、腰を落とした武術家の構えになる。

 

 「黒門の・・・ホラ話じゃ無かった訳か」

 

 ここは狭い闘技場の中、本来なら彼に有利な場所だろう。しかし狭い中ロープを自分の近くに集めて展開し、防御に片寄った戦法を取っている。

 

 「来ないのか?では・・・」

 

 私が一歩踏み出すと、スイッチが入ったように蠢いていたロープが蛇のように襲いかかってくる。その数八本。

 

 「舐めるなよ、俺の『発気(はっき)』を!」

 

 何だって? 

 

 「叩きのめせ、『蠢く太綱(リビング・ライン)』!」

 

 私は、それらを"周"を施した杖で的確に捌いてゆく。

 

 『発気(はっき)』って何?

 

 あたりには本来は柔らかいロープと石の杖がカチ合ったとは思えないような重低音が、連続して鳴り響いている。別に素手でも同じことが出来るが、これも様式美と言う奴だ。

 

 相手の込めるオーラにムラがあって、たまにロープが打ち負けて繊維状に砕け散る。

 

 迫力の有る闘いに観客は盛り上がっている。あんまり一方的にボコボコにして闘技場側の面子を潰すのも後が面倒なので、今のところ相手のキンブル君に合わせたレベルの闘い方をしている。

 じりじりと前進するが攻撃せず捌くだけ。キンブル君には圧力を掛けて様子見しているように感じられるはずだ。

 

 キンブル君何か面白い隠し技とかないのかなぁ、そろそろこっちも手を出すよ。

 

 間を取るためバックステップでキンブルから一時離れ、これ見よがしに杖をくるりと一回転させる。

 同時に無数の空気大砲(プッシュジャブ)を放ち、追撃しようと延びてきたロープを開花する花のように外へと弾き飛ばす。

 今までとは比較にならない(ほとん)ど重なって聞こえた連続音と共にふわりと開いたロープ。観客からは、まるで杖から何かが放射されたように見えたはずだ。

 

 動き出しの判らない円掌拳の歩法でするりと間合いを詰め、無警戒の太い右大腿骨(太もも)を杖で軽く一回打ち、再度打つべくモーションに入る。

 ロープは間に合わない。キンブル君は慌てて"流"を行い、打たれた場所にオーラを集中し防御体勢に入った。遅過ぎる。

 オーラ集中によって防御強化された部位を、構わず"周"を纏わせた変顔石で二回目は強目に打つ。

 鈍い音がして、オーラ集中によって強化された筈のキンブル君の大腿骨が折れる。

 

 「うぐっ!」

 

 防御を誘ったのは心を折るためではなく、単にそうしないと脚が千切れ飛んでしまうから。

 

 オーラが乗ると、破壊力が上がりすぎて手加減が難しい。一度下がる。

 

 おや?折れた足にロープを巻き付けて補強した。キンブル君まだやる気だ。意外と根性が有る。

 

 「・・・あんた、強いなぁ」

 

 キンブル君が、痛みと疲労に冷や汗を流しながら言った。

 

 「私が強いんじゃない、君が弱いんだ」

 

 常人の域は越えているが、念能力者ならそんなのは当たり前だ。そして念能力者として見るなら、私の基準だとキンブル君は底辺のレベルだ。

 

 「・・・武館じゃ敵無しだったんだが・・・そうか、俺は弱いのか」

 

 キンブル君、何か覚悟が決まった顔で両手を広げ大きく構える。表情から怯えや虚勢が消え、挑戦者の顔になった。

 

 何か最後の大技を繰り出す気のようだ。

 

 良いね、盛り上げ方が解ってる。

 

 私は杖の中央を右手で持ち、左手を添える防御を意識した構えで待つ。今攻めて終わらせるなんて勿体ない。

 

 「・・・くそっ」

 

 キンブル君が、私に攻撃を待たれている事に気づいて悔しがっている。しかし、大技を出すのに激しく時間が掛かっているのは自分なので、未熟さを自覚して猛省(もうせい)して欲しい。

 

 左右に広がった四本ずつのロープがキンブル君の手元から編まれて、二本の極太ロープへと変化する。長さが半分になって間合いが縮むがオーラ量は四倍に。

 更に広げていた両手を伸ばして眼前で祈りを捧げるように五指指組し、二本の極太ロープを更に寄り合わせて一本の柱とする。

 

 込められたオーラ量は元の八倍に達する。

 

 実にロマン溢れる愉快な技だが、長さが更に半分になって(しな)りも無さそう。

 

 「うぉりゃあー!」

 

 長さが短くともここは闘技場の中。どこにいようと攻撃範囲内だ。骨折を押して襲ってくるが、重くなった分ロープ柱の動きは遅い。

 

 一度杖で受け、態と弾き飛ばされる。威力はまあまあか。

 

 「くそっ!くそっ!・・・・届かねえか・・・」

 

 キンブル君が汗だくになって渾身の力を込めた攻撃を放つも、限界が来て気が逸れ揺らぐ。修行不足で念能力発動に必要な集中力が保てないのだ。

 

 弱まったオーラを残念に思いながら、今後のために格の違いを見せておく事にする。

 

 「・・・ゆくぞ」

 

 私の呟きに何かを感じたキンブル君が、慌てて残るオーラをかき集めて攻撃を再開しようとする。が遅い。

 

 『衝撃の制圧圏(バースト・ヘヴン)』!

 

 杖を掲げ、前進しながら素手から放つ『衝撃波(バースト)』によってキンブル君のロープの柱を端から削り取ってゆく。杖からだと衝撃波に杖が持たない。

 

 まるで間近で大玉の打ち上げ花火が破裂したかのような轟音が連続して鳴り響き、余波は観客の全身を震わせ、ロープの柱は繊維も残さず粉々に粉砕され、消し飛んでゆく。

 

 最早誰一人口を利くことすら許されない。

 

 ロープの柱が全て消え去り丸腰になったキンブルが、近づいた私に拳の直突きを放ってきた。オーラを使い果たし、素の武術だけでの攻撃だ。最後まで諦めない処は評価出来る。

 

 こちらも杖を手放しオーラを廃し、直突きをするりとかわしながら腕を下から軽く掌打で打つ。

 その根性に敬意を払い、手加減はしても容赦はせず、二の腕をへし折る。

 

 「うぐっ!」

 

 そのまま腕を取りキンブルの肩に手を添えてくるりと投げ飛ばす。一応折れた骨の位置がずれないよう気を使って投げた。

 

 「ぐっはっ!」

 

 かわいそうだが観客も盛り上がるし、やっぱ闘いの後に敗者の頭が勝者より上に有ったらダメでしょう。

 

 「・・・戦闘不能、と言うことで良いかな?」

 

 私は杖を回収し、投げられて一回気絶したキンブルの意識が戻ったタイミングで声をかけた。

 

 「・・・ああ、あんたの勝ちだ」

 

 

 




 先ず馬から攻略しようとする女達の賄賂攻勢(たべもの)から守るため(食べ過ぎ防止)、ピートはマギーに預けられている。ベルデとマリエルは、際限なく菓子をやろうとするので脚下。なお、ピートはいくら食べても食べ過ぎ状態にはならないが、それがバレない為の措置。選ばれたマギーは心なしかドヤ顔だった。


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 48、後始末

   48、後始末

 

 裏闘技場の壊し屋キンブルが敗けを認めたので、ウォルターの件の落とし前を着ける私の用事もこれで終了だ。

 

 しかし、忘れていた最後の釘を刺すために闘技場の外、観客席にいる二人の人物にゆっくりと視線を遣って強めの威圧を掛ける。

 相手は、『カシアス商会』の若旦那と『満天楼』の主人コルルボだ。

 

 常識外れの驚異の試合に興奮していた二人は、私と視線が会うとギクリとて動きが止まり、威圧を受けて二秒で意識を失った。

 若旦那の後ろにいた護衛はすぐさま異変に気づき、私の視線を遮るように前に出た。彼も今の試合を見ていたので顔が引きつっている。

 一応警告にはなったかと考え、指を一本だけ立てて一回だけは見逃す。とサインを送る。

 護衛はぎくしゃくと頷き、若旦那を肩に担いで席から離れた。コルルボの護衛も居るはずだが逃げたらしく、近寄ってこない。

 

 「な、なあ、あんた!」

 

 さて帰るかと思ったら、ひっくり返ったままのキンブルが上体を起こしながら話しかけてきた。

 

 「何だ」

 

 「俺は強くなりてえ!」

 

 「そうか、頑張れよ」

 

 「俺を弟子にしてくんねえか?」

 

 「・・・はぁ?」

 

 「あんたは俺を弱いと言った」

 

 「ああ」

 

 確かに言った。

 

 「ガキの頃から武館で武術を習ったが、『発気(はっき)』を覚えてからは誰も俺に勝てなかった」

 

 『発気』ってやっぱり"発"の事か?

 

 「武術は力だ、俺より弱いやつに師事しても強くなれるとは思えねえ、俺は俺より強いやつに教わりてえ、あんたは、いやミカゲ殿は俺より強い、だからだ!」

 

 いや、知らんわ。

 

 「・・・弟子など取るつもりはない。

 それに、お前凶状持ちだろう」

 

 後ろ暗い処が無ければ、念能力者がこんなところには居やしない。

 

 「・・・」

 

 図星か。理由は解らんが、多分何人か殺してる。独特のヤってる気配があるのだ。

 

 「その話の武館とやらもまともに辞めてないんじゃないか?」

 

 武館って流派は口にしてないけど、どっかの武術道場だよなあ。多分念能力で攻撃して精孔が開いて消耗して相手が死んだとかカナ。それで居づらくて逃げ出した。

 敵無しとか言ってたし、そんな感じだろう。あ、ウォルターに手加減したのもそのせいかも。

 

 「・・・」

 

 まただんまりか。

 

 「どんな理由があろうと、そんなやつを近くに置いておける訳が無い、居るだけで迷惑だ」

 

 弟子を取るとかあり得ん。こっちは色々予定が立て込んでいて忙しいんだ。

 

 「解った、全部片付けてからもう一度頼みに行く」

 

 いや、()んなよ。

 

 「いや、弟子はとらん、来るな!」

 

 やっと立ち上がったキンブルは、頭を下げると残ったロープを骨折した足に巻き付けて支え、闘技場から去っていった。

 

 私は、もしかしたらそのうち訪ねてくるかもしれないキンブルの弟子入りを、どうやって断るか暫し考え、結局先送りすることにした。来ないかもしれないし。

 

 ひょいとジャンプして闘技場の壁の縁に手を掛け、乗り越えて客席に戻る。

 

 観客はお祭り騒ぎだった。給仕人に賭け札を換金するよう迫る者や、今の試合の興奮を声高に話す者。賭けを外して騒ぐものと賭けを当てて騒ぐもの。

 

 結局控え室を利用することなく客席に戻ってきた私は、周囲に少しの威圧を放って観客に囲まれることを回避し、ゆっくりと出口に向かう。

 

 誰もが遠巻きに眺める中、会場から出ると、支配人ヒュームが廊下の先に立っていた。

 

 やはり居たか。

 

 表情はにこやかだが目が笑っていない。

 

 「・・・やってくれましたね、このままじゃ済まない事は解っていますよねえ?」

 

 おお、意外。どうも互いの情報に齟齬が在るようだ。

 

 「はて?なんの事でしょう、私としては今夜のお遊びでウォルターの件が貸し借りなしの状態に戻ったと理解していたのですが」

 

 キンブル君の骨折は気の毒だけど、試合条件を決めたのは彼だから自己責任だよね。

 

 「ウォルター・・・だと?」

 

 ヒュームは本当に初耳のようだ。

 

 「・・・この前カシアス商会がねじ込んで来た厄介な拳闘士か!」

 

 思い出したのか、苦虫を潰したような顔になった。

 

 「彼はウチの、失礼『黒門街』『緑美楼』の大事な用心棒です、そろそろ八年になるでしょうか。

 彼の負った怪我に比べると不釣り合いですが、おっしゃった通り合意の上での試合。この辺りで幕引きが無難でしょう」

 

 理解したなら話は終りだな。

 

 「では、紳士淑女には夜はこれからですが私はもうすぐ就寝時間なので、失礼」

 

 私は帽子の縁をつまんで別れを告げる。

 

 「・・・おい!」

 

 通り過ぎようとする私に、終止慇懃無礼だったヒュームが声を荒げて怒鳴ってきた。

 残念ながら、我慢が出来なかったらしい。

 

 「チンケな娼館の用心棒が、ずいぶんな粋がりようじゃねえか、ウチの商会の資金稼ぎ(シノギ)を荒らしといて只で済むと思ってるのか?」

 

 礼儀正しい支配人ではなく、荒事に慣れた犯罪組織の幹部ヒュームの顔が垣間見れたようだ。

 

 「・・・で、どうすると?」

 

 そっちを選んだか。

 

 「手始めにお前んとこの娼館はウチが貰い受ける、あそこの妓楼は金になるからな、楼主は年増だがいい女だ、俺の色にしてやるよ、お前は闘技場で死ぬまで働くんだ、そうだ妓楼で客を取らせても良い!」

 

 おお、皮算用も極まれりだ。欲にまみれた顔は醜いな。

 

 

 「・・・それでいいのか?」

 

 

 圧を高めて迫る。選択の時だ。

 

 「な、何だ、逆らえば妓楼の連中は只では済まないぞ!ウチの組織の手は長いんだ、お前がいくら強くても一人では全員は護りきれない、店の人間がどうなっても良いのか!」

 

 流石は犯罪組織の幹部。一端(いっぱし)の胆力は在るらしい。

 て言うか商会じゃなくて組織って言ってるぞ。犯罪行為に味をしめて、商会が表の商売から裏稼業に闇落ちしかかってるって話は本当みたいだな。

 

 さっきから普通に乗っ取りとか脅迫の話が出てるし・・・これなら此方も気兼ねなく暴れて構わないのでは・・・でも、ベルデに殺しは止められたしなぁ。

 

 「・・・ヒューム君は何か勘違いをしているようだ」

 

 私は目を伏せ、諭すように静かに話しかける。目が合うと威圧が掛かりすぎるのだ。

 オーラもちょっぴり漏らす。波のように威圧下の相手を(さいな)み、あっという間に消耗させる。

 

 

 「勘違い・・・だと?」

 

 ヒュームが、尋常でない気当りに動揺を隠せなくなって行く。

 

 「ああ・・・」

 

 周囲に何人か警備、というより組織の構成員が隠れているのは確認している。ヒュームの護衛かな。

 

 「君が抗争を選択すれば、戦争は今この場で始まる、残念だが今夜の内に君の()()とやらは消え失せる」

 

 ヒュームがビクリとした。最初の犠牲者は自分だと気づいたのだ。

 

 「な、何を言っている・・・」

 

 どうやら彼の常識を越える事態、というより存在が居る事に、理解が追い付かないようだ。さっきの試合の事は、どう受け入れたんだ。いや、受け入れていないのか。

 

 「ふぅ、やれやれ、殺しは本意では無いのだがねぇ。

 ・・・では、楽しい夜だったから特別にサービスしてあげよう、そこの角の向こうに居る五人、出て来い」

 

 呼ばれたから、というより私の威圧に耐えられなくなったように五人の男が廊下の先にわらわらと現れた。

 

 「さあ、そいつで私を撃ってみろ」

 

 五人は全員弾が込められた長銃を持って此方に向けていた。マスケット銃とか言う奴だ。いくら命中率が悪くとも、五メートルの距離なら当たる。しかも五丁も在るのだ。

 

 「な、死ぬぞ!」

 

 ヒュームが驚いたのは、伏兵に気づいた事か、銃で撃たせる事か。銃の暴発を恐れて慌てて廊下の壁に張り付き、這うように護衛の背後まで退避する。私は追わない。

 

 「さっき観てて解ったと思うが私はとても強い、私が生きていると邪魔だろう?ヒューム君」

 

 銃口を前にしても私の態度は何ら変わらない。向けられた五丁の銃を特に気にすることなく、更に挑発する。

 

 「か、構わん、撃て!」

 

 ヒュームが私を恐れて悲鳴のように射撃を命じる。威圧が利きすぎたか?まるで猛獣のような扱いだ。

 

 重なる銃声が五つ。

 

 私は≪天眼≫の予測に従い目にも止まらぬ早さで杖を動かし、弾丸の全てを弾き跳ばす。

 

 意外と遅い。銃口の向きと引き金を引く指に気をつければ・・・いや素でも出来そうだな。

 

 「ば、馬鹿な・・・」

 

 ヒュームは口を半開きにして仰天し、護衛たちは化け物だ何だと呟いて腰が引けている。

 生身で銃に対応出来る者が居る事が信じられないらしい。

 

 「知らなかったのか?達人に、銃など効かんよ」

 

 潤む右目を誤魔化しながら鼻で笑ってみせる。後で冷静になった時の為に、もうちょっと追い込んどくか。

 

 「・・・ホールに入るまで私に気がついたものが誰も居なかった事を理解しているか?」

 

 ≪瞬転≫で跳んだのだから、気づいた者が居るわけがない。

 

 「私は何処にでも入り込めるし誰でも殺せる、何人でもな」

 

 伏せていた顔を上げ、ヒュームを視界に収める。

 

 「で、どうするんだ?」

 

 再度の選択を迫る。

 

 

 

 

 

 「今戻った」

 

 ヒュームからやっと手打ちの了承を受けたので、遅くに『緑美楼』に帰ってベルデに帰還を伝える。

 既にコートと帽子は脱ぎ、黒のスーツ姿だ。『緑美楼』で用心棒稼業をするときは、キャラ付けのため杖は持ち歩いている。何かちょっと気に入ったのだ。

 

 決着後も隠れて見張りながらヒュームが手打ちを反故(ほご)にするかどうか確認していたが、どうやら私の存在そのものを全て忘れて無かったことにするらしい。良かったよ。だから現実主義者(リアリスト)とは付き合いやすいんだ。

 なお、彼の商会では黒門街の『緑美楼』は不可侵ということになった。どうでもいい話だ。

 

 「お帰りなさいミカゲ、今夜は今のところ大したトラブルは無いわ」

 

 ベルデが笑顔を浮かべた。ベイツはよくやっていたらしい。

 

 ならばと私はマギーに預けたピートを引き取り、見違えるようにスッキリした部屋へと戻った。

 がらくたの代わりにソファーセットの置かれた部屋には、片隅に何故かトルソーが一体設置してあって、あのコートと帽子が掛けてある。もう着るつもりは無いんだが・・・

 

 位置はそのままに木製フレームを磨かれたベット。枕元には小さなサイドボード。更に其の上に猫ちぐらのような蔓編みの籠が固定され、柔らかい布が中に敷かれてピートの寝床となっている。

 外側の目立つ位置に『ピートの』と文字がプリントされているが、誰が何時どうやって書いたのかは誰も知らない。

 

 ウォルターの件。後はカシアス商会の若旦那と『満天楼』のコルルボが大人しく引くかどうかって事だが、あの試合を見てたのなら私のヤバさは解ったはずだ。少なくとも護衛達は。

 これでまだ手を出して来るなら消すしかないだろう。警告は一度だけだ。

 若旦那は精神年齢を考慮して親と交渉かな。坊やっぽいし。

 

 今回、割りと自由にやってしまったけど良かったのか悪かったのか難しい処だ。

 本来の歴史の流れや原作の事を考えると、私は手を出さず放っておくべきだったかもしれないと、ちょっと思う。

 

 あのままなら恐らく、『満天楼』の太っちょの介入が有って乗っ取りを仕掛けられたと思う。聞こえたのは一言二言だが襲撃擬きの有った夜、彼らは馬車の中でそんな会話をしていた。

 

 確か、

 

 『せっかくウォルターのやつを始末したのに・・・』

 

 『・・・絶対に俺のモノにして・・・』

 

 とかだった。前後の会話がないのは、喋っていたのがコルルボ一人だけで、ブツブツ独り言を言っていたのを言語化された部分だけを聞き取ったからだ。

 

 ベルデがあっさり乗っ取りを許すとは思えない。用心棒の件にしても何かあては有ったようだし、すんなりウォルターの所の孤児ベイツが後釜に座った可能性もある。そうなれば其のまま孤児院も継続出来たかもしれない。

 

 それでもウォルターを筆頭に犠牲になるものは多く出ただろう。

 

 まぁ、今更だ。未来の事を気にして今を(おろそ)かにすれば、生きる意味さえ見失う。既に賽は投げられたのだ。

 私が墓から出た時点で、多かれ少なかれ世界に影響が出るのは確定している。

 

 原作が始まるかどうかも最早不透明だが、結果は二百年後にならないと解らない。どのみち私はもう死んでいるだろうから関係無いな。

 

 ・・・でも、神様的な誰かに後で怒られるかもしれないから、一応今のうちに謝っておこう。

 

 私は威儀を正して一礼し、天に向かって厳かに合掌した。

 

 

 「・・・・・すんませんでした!」

 

 

 黙祷の後、一つ柏手を打って締める。

 

 よし、これで原作に対する懺悔終了。

 

 今後は予定通り

 

 『異世界観光メインに、楽しんで生きる』

 

   事にする。

 

 

 

 やることは()るが。

 

 

 

 翌日、朝の修練を終えて朝食を食べに又外に出かけ、ゆるゆると帰って来たらベルデに呼び出された。

 

 「ミカゲ、あなたいったい何をやったの?」

 

 余人を排したいつもの仕事部屋で、ベルデが机の向こうで頭を抱えている。

 

 「今朝、朝イチでカシアス商会の使いが来て、あなたの名前を出して謝罪と共に此れを置いてったわ」

 

 机の上にはトレーが置かれ、その上に光輝く綺麗な金色のコインが小山を成していた。

 

 「千枚有るそうよ、今回の謝罪にしては幾らなんでも多すぎるわ」

 

 ベルデがムッとして睨んでいる。

 

 「あぁ?あ~、あれか」

 

 初めは何のことか解らなかったが、私は昨日の件が誤解されたのだと気がついた。

 昨夜闘技場で、一回目は見逃すと指を一本立てたジェスチャーを、賠償金額の提示と捉えて慌てて金を持ってきたのだ。物価等が違うから正確なことは解らないが、前世の金に直すと概ね一億円位だそうだ。

 

 いや、相手が大店の当主(べらぼうな金持ち)なら、態と間違えたふりをして迷惑料として大金を出したのかも知れない。

 商人的にはその方が解りやすく安心だろうし、若旦那に被害の額を知らせれば多少は(きゅう)にもなるだろう。未熟なボンボンが良い経験を積めた礼金と強者である私へのパイプ造りの意味も有りそうだ。

 

 「・・・構わないから其れは貰っておきな、そりゃウォルターの件に対する詫びだ。かわいい息子がウォルター並にボコボコにされる事に比べたら、大店にとっては端金だろう」

 

 何しろ今回の騒ぎの主犯だったんだ、本来ならキンブル同様若旦那も痛い目を見るのが筋なのだ。

 ちょっとくらい額が多くても、其れは見逃し料として受け取って構わないだろう。

 

 さて、カシアス商会の方は一応の(かた)がついた。

残るは『満天楼』の楼主コルルボか。

 執着心の強そうな相手だったけど若旦那(スポンサー)が手を引けば多少は大人しくなるだろう。私の事も有るし。もしも懲りずに次に何かやったら最悪事故死で良いんじゃないだろうか。

 

 

 

 




 髭の若旦那、ショックで暫く引きこもる。

 


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 49、弟子

   49、弟子

 

 千枚の金貨の行き先は、交渉と言うよりは押し付け合いの結果、私と『緑美楼』で折半ということになった。とりあえずベルデの方で預かってもらう。

 

 時代的な常識として、支払いの名目が『雇われ用心棒のウォルターの怪我の見舞い』ではなく、『黒門街の店とベルデに迷惑を掛けた慰謝料』なので、ウォルターへの見舞金は『緑美楼』の取り分から一部を出すことになる。

 

 物価とか生活費格差とか経済基準が違うので一言では言えないが、金貨なんか生涯見ないような人達が沢山いるのだ。

 

 ウォルターに出す金額も生活水準から見れば、それなりの額になるのだろう。

 

 

 それから暫くは平和な日が続いた。

 

 ベルデが初めに言ったように、初っ端の騒ぎの後は変なちょっかいを掛けてくる者は誰もいなかった。

 

 私の存在と強さが周知されたのだとベルデも言っていた。

 

 そうなると、私の行動も段々と自由度が増していって一部の行動はパターン化して行く。妓楼(ここ)だとちょっと浮いている自覚はあるが、それにも慣れてきた。

 

 

 

 「動かないで!」

 

 私は、突然のゆるふわ系美女の命令に動きを止める。

 

 「まだ描くのか、ミシディー」

 

 真剣そのものの表情で私の姿を模写している二人目の『黄金』級娼妓に尋ねる。

 

 「もちろん!」

 

 私は、絵くらい好きに描けばいいと簡単に許可を出した事を少し後悔していた。

 

 隣でマリエルが可笑しそうに笑っている。

 

 ここは『緑美楼』三階、と言うか屋上にある空中庭園だ。

 今日はマリエルに残りの『黄金』を紹介するからと、『黄金』級限定の午後のお茶会に招待された。今、それぞれタイプ違いの特級の美女三人に囲まれているところだ。

 

 小悪魔系のマリエル。

 

 ゆるふわ系の趣味人、ミシディー。

 

 三人目が二人より少し歳上でスタイル抜群の妖艶な美女、褐色のお姉さま系エスメラルダだ。

 

 「こうなったら止めるのは無理ね、諦めた方が良いわ」

 

 口許に色っぽい黒子まで完備したエスメラルダが、楽しそうに補完する。

 

 それぞれの背後には専属の侍女が控えていて、何くれとなく世話を焼いている。

 

 「ぼんやりした隙だらけの子供に見えるのに、何処か危うい気配があって引き付けられる。

 娼妓なら大成するのに用心棒なんて勿体ないわ!」

 

 エスメラルダが、初対面で私を評した言葉だ。結局どういう事だと尋ねたら、所謂カリスマがあるのだと言われた。

 

 カリスマねぇ。

 

 人を見ることに関してはプロだから、信用していいと本人が言った。

 

 返事は「ふ~ん」だ。

 

 まぁ中身が一般人なのに念獣の介入で見た目が超良いのと修行で得た達人級の武威を消してるから、そのギャップを感じ取ったのだろう。

 カリスマなんてものは自信たっぷりな陽キャの持つスキルだ。世間で多少揉まれたとは言え、前世のネットゲームの中じゃあるまいし元引きこもりの陰キャがカリスマ?無い無い。

 

 「今度は反対向きね」

 

 ミシディーの要求は際限が無い。

 

 ちょっと迷惑だが、素晴らしい情熱だ。

 

 誰かに似てると思ったら、元の世界の先輩と後輩だ。夏前と冬前がこんな感じだった。

 

 ミシディーは、隠れて薄い本とか作ってないといいけど。

 

 

 四人の会話は特に緊張も無く、ただ馬鹿話をするだけに終始した。だが、流石は『黄金』、会話のそこかしこに貴重な情報のヒントが隠れている。

 

 存外気に入られたのか、自己紹介をするだけの筈だったお茶会はその後、何も知らない田舎者の私に世間の事を色々教える良い機会だと定期開催されることが決まった。私が聞かされたのは、すべてが決定した後だったが。

 

 多少オモチャにされてる感はあるが、良い情報収集になるので私にもメリットは多い。

 

 お陰で最近ちょっと気になっていた謎も解けた。些細なことだが、最近女の子達があまり近づいて来なくなったのだ。それ自体は助かるのだが。

 聞いた理由は彼女等の間で協定が出来たらしい。ちょっと謎だったので、スッキリした。

 

 何でも私を煩わせないように、私に話しかけて良いのは『白銀』級以上に限る。と彼女達で話し合って決めたようだ。

 

 肝心の『白銀』達は、目が合うと真っ赤になって会話が止まって逃げて行くので対処は簡単である。威圧はしていない筈なんだが?

 

 「話し合いと言っても、『白銀』の娘達が強権を発揮して無理矢理呑ませたらしいから、何らかの反発が有りそうね・・・」

 

 エスメラルダが、常に変わらぬ楽しそうな様子で言った。

 

 「あ~それでか、さっき『見習い』と『小粒』の()達がベルデ(ママ)に何かお願いしてたわよ」

 

 マリエルが最新情報を披露する。

 

 

 

 

 「武術を習いたい?」

 

 夕方、仕事はじめの挨拶に行ったら、ベルデから娼妓向けの簡単な武術教室をやらないかと提案された。

 

 「何かと物騒な業界だから、気休めでも身を守る手段を身に付けさせたいのよ」

 

 どうやらマリエルが言っていた談判の内容はこれらしい。

 

 そういう話が娼妓達から出たのだとちょっと苦笑い。ベルデも本当の理由を察しているようだ。

 

 「もちろん手当ては別に出すから、暇な時間にでも少し手解(てほど)きしてやってくれない?」

 

 適当に相手をすればじきに飽きるだろうとベルデが頼んでくる。授業は希望者のみの自由参加で、開催時期も内容も私が決めて良いそうだ。

 

 つまり、必要なのは護身術か。

 

 ベルデによると、今までも娼妓達全員に読み書きや算術を強制的に習わせ、希望者には詩歌(しいか)に管弦楽、ダンス等教養を身に付けさせて本人に付加価値をつけることは色々していたらしい。

 自信を付けさせたり客に手紙を書かせて営業したり、この仕事を辞めても潰しが利くようにしているようだ。

 

 実際に身請けされて女房や後妻や妾になることも多く、住民の移動があまり無い時代なので町を一つ二つ跨げば知り合いに会う事はまず無い。経歴を誤魔化して生きるなんて良く有る事らしい。

 そういう方面に関してはおおらかで、元の世界とは貞操感がかなり違うみたいだ。ヨーロッパ文化圏ぽいのに宗教関係の強制力が弱いのか?何でだ?

 ちなみに教養講座は全て、無料ではなく本人の持ち出しか借金になる。甘くない世界。

 

 そして、今回私が頼まれたのも此の一貫ということらしい。

 

 断ることもできたけど、ちょっと考えが有って受けることにした。

 

 準備に一週間貰い、許可を取って裏庭の荒れ果てた花壇や庭木を整理し、しっかり石畳を敷いた公園風の小綺麗な広場にしてもらった。代金には、この間のお詫びの金貨の一部を使った

 片隅の離れは手付かずでちゃんと残してある。

 

 開講は週に二日か三日で午後から二時間ほど、場所が裏庭なのはあまり人目に触れたく無いから。見学も許可しなかった。参加者にも内容は他言無用としている。

 

 理由は人聞きが悪いから。

 

 最初に集まった人数は四十人ほど居たが、練習着がジャージがわりのダサいチュニックと生なりのバギーパンツだったので、半分になり、基礎訓練のランニングと柔軟で翌日には更に半分になった。

 

 「大体予定通りの人数になったので、今日からは基礎訓練に続いて技の実践に入る」

 

 なんか呆気にとられているメンバーをそのままに、技の説明に入る。

 

 「君達に教える技は一つだけ」

 

 指を一本だけ立てる。

 

 「それは、蹴りだ」

 

 参加者達がざわつく。理解が出来ず混乱している者と、手抜きではないかと怒りを表す者がいる。怒っているのは私の容姿目当てで参加した者ではなく、純粋に強くなりたい者だろう。見込みがある。

 

 「疑問に思うのは当然だから、今から理由を説明する。それを聞いても納得出来ない者は、別のメニューを考えるから後で申し出てくれ、まず・・・」

 

 ここで納得出来ないと修行の効率に影響するから、参加者の顔色を見ながら懇切丁寧に解説した。

 

 一、技を沢山教えても、習熟するための時間が取れないだろうこと。

 

 二、女性では腕力が弱く、攻撃に使ってもダメージが期待できず逆に指などの関節を怪我をする可能性が極めて高い事。

 

 三、女性でも、手の三倍の力がある足を使う蹴りならば、男性にダメージを与えうる打撃力を得やすいこと。

 

 四、男性よりも股関節柔軟性が高い女性の方が、蹴り技に於いては向いていること。

 

 五、蹴りを鍛えることで足腰が強くなり、逃走が容易になること。

 

 六、腹筋背筋と下半身の筋力を強化することで痩せやすくなり、腰痛の心配が無くなり、足腰が引き締まって美脚になること。

 

 五番目までの説明は半信半疑の様子だったが、六番目を説明すると全員の目が獲物を狩る獅子の如く光った。

 

 教えたのは基本の『前蹴り』と『横蹴り』、それだけ。

 

 ただし、『前蹴り』で狙うのは基本的に金的。男性の急所である睾丸。『横蹴り』で狙うのは膝上の靱帯部位他、関節等筋肉が薄く小さな力でダメージを与え易い蹴りやすい場所だけとする。

 

 「いいか、女が男とまともに戦おうとなんてするな。出来るだけ早く、出来るだけすぐに、出来るだけ汚ない手段で殺るんだ」

 

 前世で読んだ軍隊経験の有る作家の小説に出てきた言葉だ。皆がドン引きしているが、意識の改革が必要なのだ。

 

 「もし、急所攻撃で相手が倒れても油断するな。相手が立ってられなくなって、やっと自分と同程度の戦闘力になったと理解しろ」

 

 前世で中世の決闘の記録を読んだ事が有る。その中に男性と女性の決闘が記されていた。男性は腰まで掘った穴に入って戦っていた。女は、相手の自由を奪ってやっと同等なのだ。

 

 「出来れば逃げろ、戦うな。女性が男性と、それも荒事に慣れ、戦う訓練をした男性と戦うのはそれほどの難事で容易な事ではない。素手なら特にな」

 

 先ず、最悪を想定した訓練をした。一撃して逃げる為の訓練だ。この世界の最低限は此処だと思ったからだ。悲鳴を上げても誰かが来てくれる可能性は極めて低い。

 

 まずもって金的蹴りを姿勢を崩さず左右の足で反射で出来るまで訓練し、『横蹴り(ローキック)』はその予備的作戦とする。さらに、視線や上半身の手の動き、手に持った布や帽子で視線を切ること。捲ったスカートで視線を釘付けにし、足の動きを隠すこと。を、徹底的に叩き込んだ。

 

 参加者が、人前で話すときに下品でない技の名前が欲しいと言うので、好きに付けて良いと言ったら、翌日、『クルミ割り』とか言う物騒な名前が付けられた。

 

 聞いた瞬間股間がヒュンとなった。

 

 

 受講者全員が大体マスターしたので後は各々練習を欠かさないようにと告げ、二ヶ月ほどの護身術講座を終わらせようとしたら、この先を教えて欲しいと言ってきたメンバーがいた。

 

 教えるべき事は教えたので、ここから先は武の世界で終わりがないと言うと、「望むところです!」と弾む答えが帰ってきた。

 

 言ったのは、ミラと言うまだ中学生位に見える一番熱心な『見習い』の参加者で、どうやら強くなることに魅せられてしまったらしい。そういえば一番筋も良かった。

 先に進みたいメンバーは残っていた六人全員。他の元居たメンバーは既に何らかの理由でリタイヤしているので、全員で間違いない。

 

 しょうがないのでベルデに許可を取り、護身術上級編として続けることになった。

 せっかく苦労して蹴り技を覚えさせたので、教えるのは『円掌拳』ではなく蹴り技主体の別の格闘技だ。『円掌拳』を教えるには基礎体力と時間が圧倒的に足りない。

 

 あの『骸の森』での修行中に、体長九メートルの火食鳥の『霊獣』から振り写しのようにして結果的に教わった、蹴りの技が中心の流派になる。

 もちろん私の中の『円掌拳』の合理によって磨かれた物だ。

 

 とても弟子と呼べるようなレベルでは無いが生徒と言うには内容が濃いので、『弟子見習い』格ということにして修行を開始した。一応、悪用したら粛正すると告げて、絶対に悪用しないと言う入門の誓いを立てさせている。

 

 基礎訓練と柔軟を鬼のように増やし、蹴り技に多様な『回し蹴り』や『かかと落とし』が加わり、出来るかどうか解らないが『ひねり蹴り』や『掛け蹴り』も教えてバリエーションを増やした。

 練習用の木人人形以外にも綿を詰めた防具を作って模擬戦もはじめた。『沈力』と、女性らしく見えるよう工夫した歩法についても徐々に知らしめて行く積もりだ。

 まぁ当面は、おままごとの如しだろう。

 

 何となく、いつもただランニングさせるのが勿体無く思い、秘蔵の骨笛を持ち出して音楽を鳴らし、ジャズダンス風に踊らせてエクササイズさせることにした。

 試しにホールで絃楽器奏者が演奏していた曲を一頻り吹いて見せて、私の音程が合っているかどうかをそれとなく俄弟子達に確認する。

 緊張の一瞬は直ぐに去り、全員がプロ並だと誉めてくれた。≪観測≫≪嗅覚≫≪把握≫≪結界≫の危機感知で嘘やお世辞でないことを確認し、ホッと胸を撫で下ろす。

 ≪再生≫時に『(ジェミニ)』が上手くやってくれた事を、ようやく確認出来た。

 

 ダンスミュージックを(かなで)ながら指導するのが面倒になって、途中から弦楽器の演奏ができる娼妓を誘って幾ばくかの金を払い、演奏の練習がてら伴奏をさせることにした。ダンスだけなら見たとしても武術だか何だか解らない。

 

 全身を使って跳んだり跳ねたりさせ、躍り回りながらも動作の中にちょくちょく多彩な蹴り技が入るため、若干ブートキャンプ風になった。

 

 一曲で呼吸も儘ならないほど疲労困憊になるのだが、弟子見習い達からの評判が非常に良い。ダンスハイと言うやつだろうか。要望が多く、渋々過去の記憶からダンスナンバーをいくつか思い出してバリエーションを増やすはめになった。振り付けは、『踊ってみた動画』のアレンジだ。

 

 よっぽど気に入ったのか、私の指導が無い日も自分達で金を払ってまで演奏者を用意し、皆で集まって踊っているようだ。ダンスだけなら見学も許可したら、たまに踊る人数が増えている。

 そういやダンスでストレスの発散をするのは前の世界では良く聞く話だった。

 まあ、踊っていれば、体力は付くだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ミシディーは彫刻も詩文もやるらしいが、作品を見たものはあまりいない。


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 50、日常

   50、日常

 

 ある日、いやある夜に妓楼内を歩いていて、ちょっとしたトラブルに遭遇した。

 

 「俺はちゃんと持って来た、こいつが俺の財布から金を抜きやがったんだ!」

 

 人相の悪い貧相な男が、どなり声を上げて小柄な娼妓を責めている。

 

 「わ、私はお金なんか取ってません!この人の言い掛かりです!」

 

 青くなって震えながらも言い返す娼妓。男の言い分が通れば犯罪者になってしまう。怯えるのは当然だ。

 

 「それで、取った金はどこに行ったんです?」

 

 そこにいたのは当事者二人だけではなかった。

 男が文無しで入店したのなら相応の処理をするため、ごつい黒服が二人と見極め役として厳しい顔のマギーが呼び出されていた。

 

 「そ、それはこの女がどこかに隠したんだ!よく探せば出てくる!」

 

 男は挙動不審でそわそわしている。

 

 「探せる場所はもう無さそうですけどねえ?」

 

 どうも事後に料金を払う段になって、財布に金が無かった事が発覚したらしい。

 

 部屋の中には片隅に簡素な浴槽、奥に小さなテーブルと大きめなベッドが幅を利かせている。窓は締め切りで開けていないと言う。事件発生後、家捜しして二人の身体も改めたが金は出てこなかった。

 

 関係者から話を聞いただけだと、男が料金を持たずに来た可能性が濃厚だ。

 

 普通なら、これは付け馬と言って店の者が男の家まで料金を貰いに着いて行って払ってもらうのが通常の対応になる。金を忘れたとか、持ち金以上のサービスをしてもらって足らないとか、意外とよく有ることで店でもこういった案件には慣れている。

 

 しかし、この男は付け馬を断固として断り、無くなった金を探せの一点張りだ。

 元々金なんか払う気が無くてゴネて誤魔化す積もりなのか、付け馬を家まで連れて行けない事情が在るかだ。

 

 見た感じ金に縁が無さそうだが・・・

 

 「嘘をついているのは女の子の方だね」

 

 後ろで話を聞いていただけの私が突然介入したので、皆が驚いて振り返った。

 

 「本当ですかミカゲ様?」

 

 素早く状況を把握したマギーが、私に確認をしてくる。

 

 「う、嘘よ!なら盗んだお金はどこに有るって言うのよ」

 

 嘘吐き呼ばわりされた娘が反論する。

 

 「ベッドのフレームに細工がしてあって取り外せる、金はその中だね」

 

 ≪把握≫で分かったことを報せてやる。

 

 「・・・・ありやした」

 

 マギーの指示で黒服の一人がベッドを調べ、取り外せる部分を発見し中から小袋に詰められた金を発見した。小袋には店の屋号が描かれていて、男のものだと判明する。

 

 しおらしかった娘がギャーギャーと金切声でわめいて抵抗したが、マギーは虫を見るような目になっていて意に介さず、黒服に引っ立てさせた。事は『緑美楼』の面子に関わる。警邏隊に突き出すような甘い処分ではなく、この後はきついお仕置きが待っているだろう。甘い世界では無いのだ。

 

 冤罪を掛けられた男の方は、マギーが上手く言いくるめて次回の多少のサービスで納得させた。

 

 後から聞いたら、口止め料込みの多額の詫び金が必要な程の妓楼側の失態だったが、たまたま先程の金袋の屋号から相手が悋気の強い(嫉妬深い)内儀()の居る商家の婿養子の旦那と解ったので、全て秘密にする約束で事を丸く収めたそうだ。

 

 「ありがとうございました、助かりました」

 

 マギーがホッと息を抜き、礼を言うのに適当に返事を返す。

 

 「でもミカゲ様、どうしてあの娘が嘘を吐いていると分かったんです?」

 

 ちょっと怪しいとはマギーも思っていたらしい。

 

 「嘘を吐けば声に嘘が乗る、聞けば分かるさ(嘘)」

 

 ≪波動≫の権能は未だ本格起動していないが、常人の嘘くらいなら≪嗅覚≫≪把握≫≪結界≫の危機感知機データを≪観測≫に分析表示させることで問題なく見破る事が出来る。しかし、現状念獣の事は言えないのでホラ話でごまかすしかない。

 

 「ほぅ、聞いただけで・・・なるほど、達人の勘働きと言う奴でしょうか、凄いものですねえ」

 

 納得してくれたらしい。

 

 又よろしくお願いします、と言うのを片手を振って大したことではないと流し、騒動の間中ずっと反対の手に持っていた夜食用のサンドイッチの皿と共に部屋に戻った。

 もうすぐピートと罪深い夜のオヤツの時間なのだ。どんなに食べても、どっちも体型が変わることは無いんだけどね。

 

 

 翌日の夕方、ベルデの部屋に仕事始めの挨拶に行くと、話があると引き留められた。

 

 少し前に『黒門街』の顔役の一人が突然倒れて代替りが有ったそうだ。

 別に毒を盛られたとかではなく、話を聞くにどうやら高血圧からの脳卒中で、命は取り留めたが半身の麻痺が残ったらしい。

 医者も匙を投げて近頃は気力も衰え、もう長く無いのではと周囲も心配している。

 現役時代世話になっていたベルデも何か出来ないかと考えていて、今日になってウォルターを治療したミカゲのことをふと思い出したと言う。

 

 「つまり、その先代の顔役さんに『気脈術』を施して欲しいということか?」

 

 私としては、治療の腕を磨く機会は大歓迎だ。誰が相手だろうと関係ない。

 問答無用で他者を癒してしまう『車輪は回り因果は巡る(アライメント・ヒーリング)』は効果と副作用(悪人限定)がヤバいので余り大っぴらには使えない。

 だが、そのカモフラージュの為にも今後『気脈術師』としては一定の活動を続けて名を売るつもりなのだ。

 

 「頼めるかしら?」

 

 ベルデからは、麻痺が治る兆候さえ示せれば本人の気力も戻るのだと気休め程度の期待をかけられる。

 

 「・・・早い方が良いだろうから明日の午後に行く。話を通しておいてくれ」

 

 イタチとアナグマの半身麻痺なら治療したことがある。と言いそうになったが却って心配されそうなので自重した。

 

 

 往診当日。昼を済ませて出ようとすると妓楼の前に黒塗りの金の掛かった馬車が停まり、明らかにスジ者と分かる男がビシッとしたスーツ姿で無言で出迎えに来た。

 

 「ごくろうさん」

 

 なにも言わずにドアを開けて頭を下げる男を一向に気にすること無く、さっさと乗り込む。どちらかと言うと、見送りに出ていた『緑美楼』の黒服の方がびびっていた。

 

 今回の患者の前職は、若い時分から気合い一つで歓楽街を仕切り、表裏の暴力組織を束ねて成り上がった立志伝中の大親分。

 いろんな分野の草分け的創業社長でもあり、最近まで主に賭博場や高級なクラブを経営していたが、細かい店を含めるとその職種は多岐に亘り数量も半端無い。顔役としても最古参の筆頭で、実質的な『黒門街』ナンバーワン。

 病後、経営からは手を引いていて、今は隠居状態。明確に血の繋がった子供は無く、現在の後継は以前から決まっていた養子。先代に心酔していて関係は非常に良好。引き継いだ『黒門街』の顔役の責務も、過不足無くしっかり勤めている。

 

 

 『黄金』のお茶会情報によると、黒門街は元々港から程近いこの地域に多かった飲み屋や女郎屋等、後ろ暗いお楽しみ等の店を領主が管理しやすくするために町中から一ヶ所に集めて出来たものだ。

 残っている領主側の権力は、公式には警邏隊の詰め所が一つ在るだけと言うことになっている。

 

 ぶっちゃけると『黒門街』は管理が面倒なので、領主側から顔役に諸々委託されているのだ。納得する額の上納金だけ納めて色々見逃してもらっているのが現状らしい。

 

 前世の感覚だとヤクザがお役所の下請けをしているような変な感じがするが、ここの領主はまだマシで、程度の差は在れ何処の街でも大体そんなものらしい。

 そして、この体制を領主側と粘り強く交渉して一から造り上げたのが今から訪ねる前顔役筆頭、名をジョン・ブルート御大と言う。

 

 馬車は昼間の繁華街を抜け、裏通りに面した大きな舘の前に着いた。

 

 黒門街では店ではなく個人宅が在るのは珍しい事だ。

 

 

 相変わらず無言で扉を開ける馭者を気にせず、頭を下げたその前を気負い無く舘へ向かう。

 

 「出迎えご苦労様、案内を頼む」

 

 舘のドアの前には警護のガードマンらしき大柄な男二人と、案内役らしき頬に傷の在る若い衆が控えていた。

 

 「ミカゲさん、でよろしいですね・・・」

 

 傷の男はゲンショーと名乗り、ブルート御大の警護の一人で話は通っていると告げ、直ぐに患者のもとへと先導しはじめた。

 

 金は掛かっているが飾り気の無い質実剛健な館内を、階段をいくつか上りながら移動していると、前に立ち塞がる大男が現れた。不機嫌な顔をした太り過ぎのおっさんだ。

 

 「何のつもりです?ジーゴさん」

 

 大男は答えず、無遠慮に私を上から下まで眺めて更に、蛇みたいな目で顔を凝視して来た。

 今日の私の格好は昔の医師っぽいイメージで拵えた木綿の甚兵衛と職人風の刺繍入りの印袢纏、素足にサンダルを履いた和装だ。皆には異国風で不思議だと言われた。

 

 「・・・別に、噂のミカゲとやらがどんな奴なのか顔を確かめたかっただけだ」

 

 何か、ニヤニヤしはじめてキモい。口調も妙にダメ男臭が漂う小物っぽい喋り方だ。何者?

 

 「そうですか、では急ぎますので」

 

 ジーゴの脇を抜けて通り過ぎようとすると、すれ違い様に「ギャッ!」と突然声を上げた。ジーゴが。

 

 「!」

 

 慌てて振り返るゲンショーを置いて、私は先に進む。

 

 背後に居るのは脂汗を流しながら右腕を押さえてしゃがみこむジーゴだけだ。

 

 ジーゴの叫び声が大きかったので、警備の若い衆が何人か出てきて彼に駆け寄って行く。

 

 先に進んでいた私に気がつき、ゲンショーが追い付いてきた。

 

 「・・・いったい何があったんで?」

 

 私が何かしたと気づいたらしい。

 

 「な~に、あいつが私に触れようとしたから、ちょっぴり腕を折っただけだ」

 

 本当は、突然殴りかかって来たから腕を切り落としてやろうかと思ったが、大分手加減した。

 

 「・・・ちょっぴり腕を、ですか」

 

 ゲンショーは、状況を理解したようだ。困ったような顔をしている。

 ジーゴは、ブルート御大当人か誰か大物の甘やかされた息子だろう。世の中を舐めきった態度が全身から漂っていた。

 

 何かやらかすにしても、せいぜい尻を触ってくる位かと思ったら、顔役同士のやり取りで派遣されて来た客人を、見知った案内役が居るにもかかわらず、後ろから不意打ちで殴りつけようとしてきた。

 私が噂と違って(くみ)(やす)そうに見えたので、ちょっと小突いて楽しもうとしたのだろう。

 もう頭がおかしいとしか言いようがない。ま、どっちにしても指一本触れさせる気は無かったが。なんかキモいし。

 

 「・・・余計なお世話だろうがな、あいつの行いには注意することだ。早晩手を出しちゃダメな()()に手を出して命を無くすだろう」

 

 さっきの目が気になる。

 

 「・・・ありがとうございます」

 

 ゲンショーが改まって頭を下げた。ジーゴとやらの評価がわかる対応だ。

 

 「あいつはどうでも良いから、周囲が巻き込まれないように手を打っておくんだな」

 

  あれはダメだ。

 

 

 一番警備の厳重な奥の部屋に、ブルート御大は寝かされていた。傷だらけの厳めしい顔と、豪華な寝具が不似合いに見える。

 

 「あ、あんはぁが(あんたが)フェルヘのじょうひゃん(ベルデの嬢ちゃん)ふいふぇんの(推薦の)ひりょうひ(治療師)はい(かい)?」

 

 言葉は不明瞭だが私の場合≪観測≫の視界に修正された字幕が入るので、会話に不都合は無い。

 

 「そうだ、直ぐに治療に掛かって良いのか?」

 

 ゲンショーと周囲の護衛が、なんの問題もなく普通に会話している私を、驚きの表情で見ている。

 

 脱いだ半纏をベッド脇の椅子に掛け、横になる老人の治療を始める。

 

 例によって動かれると面倒なので、寝具や毛布を剥がして呼吸孔以外をシーツでぐるぐる巻きにしてしまう。

 動揺して止めようとした護衛を、ゲンショーが抑える。

 

 拡大多重表示された≪観測≫の視界に、損傷箇所の赤いタグが山ほど表れる。若い時から無理を重ねて来たのだろう。

 

 幸いなことに脳出血ではなく脳梗塞だった。脳内出血だと治療が面倒なので助かった。脳内の血管の詰まりだけなら血管の浄化と血栓の排除でなんとかなる。

 

 たとえ前世の最新医療でも本来は治療など望めない症例だ。しかし此の世界には『念』があり、この場には『私』が居る。

 

 他には、血管に負荷のかかった原因の内臓も何とかしなくては成らないだろう。

 

 「よし、まず担架を作って患者を風呂場に運べ、治療はそれからだ」

 

 

 まさしく、それからが面倒だった。誰も彼もが動かすことに反対し、最終的にシーツを剥がしたブルート御大自身に私の言う通りにするよう命令させ、やっと風呂場に運び込んだ。

 

 治療法としては簡単だ。ホースに詰まったゴミを押し流す為に水を流すのに近い。

 

 まず、内臓と血管を針と私のオーラで一時的に強化してから自作の生理食塩水を大量に飲ませ、血管内の水分量を無理矢理増やす。

 その後、超精密オーラ操作で多少なりとも動きの良くなった脳内の血管と血栓を直に刺激し、血流を塞いでいた血の塊を太い血管へとちょっとずつ押し流してしまう。

 

 脳内の血管から詰りが全て無くなった後も、長く血流量が不足していた其の一部にはどうしても後遺症が残った。

 

 仕方なく、ついでだからと経絡系と神経系を操作してそれらを上手く繋ぎ直し、損傷した各種機能を極力復活させて、なるべく後遺症を抑え込む。

 

 本当は私のオーラを使わずに本人の気脈を刺激してゆっくり回復させたかったのだが、近々卒中再発の危険が高いと時限爆弾のように赤文字点滅でタグに出ていたので、実験的に試してみた。上手く行って良かった。

 

 ≪再生≫の真似事のようだが、行った事は"発"に至らない念の基礎的技術の積み重ねである。長年にわたる操作系の念修行の成果と言っても良い。オーラ自体を系統別に修行するあれだ。

 強化系の基礎修行がオーラで何かを強化するように、操作系のオーラで何かを──今回の場合は内臓や血管を微細に操作する。それが何物であろうとも、物体の機能を強化し、操作し、破壊し、修復する。

 "発"に至らなくても、オーラに出来ることはやはり多いのだ。

 

 私のオーラで一時的に強化された内臓はぐんぐん働き、出すものもどんどん出てくる。

 

 風呂場に移動したのはこのためだ。

 

 ≪天眼≫が有って本当に良かったよ。

 

 治療と後始末にしめて五時間ほど掛かった。

 

 「目が覚めたら回復しているはずだ。血管は修復したが、内臓は弱ったままなので酒は厳禁、食事も消化のよいものを少しずつ何度かに分けて与えてくれ」

 

 数時間前より明らかに顔色が良くなって呼吸も楽になり、静かに眠る主人を皆が嬉しそうにみている。先程、憑き物が落ちたように眠り込む前に、明瞭な言葉で「ありがとよ」と礼を言われた。

 

 ドアの前で出てきた全員に深く頭を下げられ、私は又無口な馭者に『緑美楼』へと送られた。

 

 妓楼前で下ろされた後、店に戻る私の背中に

 

 「・・・ありがとうございやした」

 

 と、ポツリと低い声がして立ち止まったが、

 

 「おう」

 

 と、返事をしただけで振り返らなかった。

 

 

 一週間ほど経ったある日の午後、ゲンショーを連れたブルート御大が『緑美楼』にお礼に来た。

 

 「いやぁ、助かった。ろくに礼も言えず帰しちまって済まなかったなあ」

 

  勿論既に多額の礼金は支払われている。

 

 結局、身体は完治したが引退は取り止めなかった。病にかかって思うところが有ったようで、仕事は程々にして残りの余生を楽しむことにするそうだ。

 なかなか迫力の有るじいさんで、笑い顔に人を引き付ける茶目っ気がある。男にも女にもモテるタイプだろう。

 

 自力で階段を上がって、二階の応接用の部屋でベルデとマギーとパッカードが揃って相手をしている。勿論私とピートもいる。

 

 「何かワシに出来ることは無いか?」

 

 じいさんが、ベルデと私をちらりと見た。こりゃ色々解っていて尋ねに来てくれたのだろう。

 

 ベルデがこちらを見たので、任せると頷いておく。

 

 「・・・ジョンおじさま、実は『満天楼』の楼主から、ちょっと面倒なちょっかいを掛けられていて、対応策をどうするか決めかねていたんです」

 

 先日の娼妓の泥棒騒ぎも、背後に居たのは『満天楼』の太っちょで、『緑美楼』の評判を落とそうと、金とコネを使って手癖の悪い娼妓を何人もうちに送り込んで居たのだった。

 あのあと、幾人かとの面接に同席させられ、マギーが言うところの『根っからの害虫』を駆除するのに協力した。

 

 コルルボを処分するなら私がやってもよいと言ったら、その場合は別にプロを雇うと止められた。「降りかかる火の粉を払う為なら仕方がないけど、みずから望んで殺しをするのは(きょう)と言うのよ」と。そうなるなと。ちょっと()みた。

 

 それに、『満天楼』の先代には世話になったので、出来れば事を荒立てずに収めたいと言う。ベルデの対応は甘く見えるが、この間の手癖の悪い娼妓などは彼女の命で半殺しの目に遭って警邏隊に突き出された。

 過酷な世の中で、できる範囲で義理や縁を大事にしているだけなのだろう。

 だからこそ人もついてくるし、人望も有る。

 

 「ほう、『満天楼』のエロガキか。もう良い歳だろうに未だにベルデ嬢ちゃんの尻を追っかけとるのか。

 そういえば、仕事はやっとるようだがあまり良い噂は聞かんなぁ・・・よし分かった、その件はワシが何とかしよう」

 

 ブルート御大が、重々しく頷いた。まだ何も解決していないのに、既に解決する事が確定しているような妙な安心感がある。

 

 「それはそうと、ちと頼みが有るのじゃが・・・」

 

 御大が出されたお茶を一口飲み、人懐っこく態度を軟らかくして下手に出てきた。

 

 何でも、治療を受けてからしばらくは快調だった身体が、だんだん悪くなっていると言う。

 

 そりゃそうだ、オーラでの強化は一時的なもの。時間がたてば元の酷使してきた自前の状態に戻って行く。ここから先は生活習慣と食事に気を付け運動をしろと突き放した。

 

 「あまり他人の『(オーラ)』をあてにするのは良くないんだよ。

 じいさん自身、最近身体の疲労が異様に激しかったのを感じたはずだ」

 

 じいさんが、「うっ」となって、顔をしかめた。

 

 試して分かった他人へのオーラ使用の欠点。

 私のオーラを注入したじいさんの内臓は一時的にとても元気になったが、逆に身体全体の疲労が劇的に増える事になった。一部に無理が掛かったため、他がバランスをとろうと頑張った作用だと思われる。

 年齢の割に、じいさんの体力が元々人並み以上だった為今回は問題無かったが、下手すると却って寿命が縮まってしまう。

 

 

 「で、では定期的に針の治療を受けさせてもらうのはどうだ?勿論金は払うし場所も何とかしよう」

 

 ぐぬぬって顔で代案を捻り出した風だが、最初から此れが狙いだろう。

 

 「あんた、私を主治医にしようってのか?」

 

 「だが、悪い話では無かろう」

 

 確かに悪い話では無い。暫くはこの街を拠点にするつもりなので、ウォルターが復帰したあとの就職先は必要だ。年寄りの健康診断位なら然して手間でもない。

 

 「フム、そうだな・「ちょっと待った!」」

 

 私が了解する前に、ベルデから待ったが掛かった。

 

 「まったく、おじさまったら油断も隙も無いんだから」

 

 ベルデが前髪をかき上げて胸の下で腕を組んだ。

 

 「目の前でうちの大事な身内を引き抜かないでくれます?」

 

 ただの雇われ用心棒の私を身内と言ってくれるのは嬉しいが、ベルデとは元々短期契約の筈だ。

 

 「そんな不思議そうな顔しないでよ、哀しくなるでしょ」

 

 ベルデが顔をしかめる。

 

 「用心棒ミカゲはもう『緑美楼』の看板の一人なのよ、他所の伝手で店なんか持たれたら私が追い出したと思われかねないわ!」

 

 なるほど。これも面子の問題なのだ。

 

 店を持つのは別にどこでも良かったので、相談の結果ウォルターが復帰するまでに裏庭の離れを改築して、私の診療所にすることになった。

 離れに住んでいたウォルターは、例の見舞金でスラム近くに家を買ったので、そこからの通いと既に決まっている。

 

 ウォルター復帰後、私の所属は『緑美楼』所属の『非常勤用心棒』件『非常勤気脈術師』と言うことに決まり、店舗の他に僅かだが給金も支払われる事になった。

 つまり、好きにして良いがたまには顔を出しなさい、と言う事だ。おまけの護身術講座も継続される。

 

 更にブルート御大の頼みで、それまでの間は妓楼の仕事部屋の一室で紹介のあった者のみを対象に『気脈術』の治療を施す事になった。

 

 妓楼内での診療初日、妓楼の営業時間内にぶらりとやって来たブルート御大が、私を呼び出して護衛を扉前に待たせ、ホール二階の個室に二人きりで仲良く一緒に入るのを目撃され、店内が大騒ぎになった。

 

 ベルデが、臨時治療室間借りの件を周知させるのを忘れたせいだ。

 

 その後、御大がらみで『気脈術』の客が増えた。年寄りばかりだが。

 

 

 日々は平和に過ぎて行く。

 

 

 ベルデに拾われ、『緑美楼』に来て三ヶ月。ウォルターも明日から復帰する。

 

 此の世界のシャバの空気にも慣れてきた。

 

 そろそろ無惨に殺された『クルタの子』の復讐に取り掛かる頃合いだろう。

 

 

 

 

 呼び出された怪物として。

 

 

 

 

 




 

 印半纏の背中は、丸に勘亭流風の御影の漢字、染め付けの職人は見つからず、自分でデザインした物をマギーに頼んで『緑美楼』出入りのお針子に刺繍で入れてもらった。

 


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 51、始動

 


   51、始動

 

 季節は夏。森の中では蝉がうるさく鳴いて、日差しは高く光が強い。

 

 私は今、あの懐かしい墓場に来ている。

 

 「おおっ、あったあった」

 

 古い洋館の痕跡は石組みの土台を除いて既に跡形もない。

 

 灌木が生え、狭い墓地の壁は崩壊し、倒れた墓石も散見される。

 

 私の墓も土盛は消え失せ、全ては夏草に覆い尽くされている。

 

 だが、名前も刻まれていない()()()()は倒れずにまだそこにあった。

 

 振り返れば雪に埋もれていた道も、まだなんとか識別できる。

 

 今の格好は、目立たない服を着て自作の結びサンダルを履き、フード付きのマントを被った謎の旅人(笑)。容姿も変えて漆黒の瞳に髪は黒髪ストレート。造形的に完璧な顔は、整っている以外の目立った特徴が無く、印象を変えやすいのが利点だ。

 

 肩には小鳥(えなが)の姿のピートが行儀良く留まって、周囲の鳥の鳴き声をしきりに気にしている。小鳥のピートは他の鳥のモノマネが得意だ。

 

 「先ずは近場の町からだな」

 

 私は、≪甲殻≫に立ったまま一切の痕跡を残すことなく地上から離れて高度を上げる。地形を無視して道を辿り、近くの人里を目指すつもりだ。

 

 上空からふと目をやると、墓石は変わることなくまだそこにあった。

 

 既に、私が埋められてから十一年の歳月が流れていた。

 

 

 

 

 『ガスクート商会』。

 

 それが、この地域に根を張る裏組織の表の顔だった。

 

 少し前までは近場の田舎街を根城にしていたらしい。今は勢力範囲を広げ、少し大きな地方都市に拠点を移している。十年ばかり前に資金繰りがうまくいって、組織を広大したのだそうだ。

 

 地元のチンピラと仲良くなって、教えてもらった。その過程で怪我人が多少出たが誰も死んでないので無問題。

 

 ・・・私、いや私が成り代わった『クルタの子』を売り払った金が原資か?

 

 今は念獣達によって補完されているが、くり貫かれ、切り取られてオークションで競売に掛けられた身体の部位は最低でも十三、いや十二になる。・・・多分尻尾は売られてない。

 

 

 

 『ガスクート商会』の現在の活動の中心にしている地方都市。名前を『ヨトの街』と言った。

 

 ヨトの街自体はこの地方のハブ都市で大河の側にあり、工業も商業も其れなりに盛んで人の出入りも多い。

 『ガスクート商会』の表の商売は大したこと無いが、裏では街を牛耳る大物だ。

 歓楽街の仕切りや高利の金貸し、酒や煙草の流通と禁制品密輸の元締め他、一部貴族の下請けで後ろ暗い事にも関わって大きくなったという。

 

 商会が在るのは表通りのこじんまりした商館で、ヤバイことは主に郊外の屋敷で行っているらしい。

 そこは、まるで要塞のような造りで常時武装した警備がうろつき回り、地元では陰でガスクート城塞と呼ばれて恐れられている。

 

 アル中のチンピラを下町で捕まえ、安酒場で飲ませてやったら、全部教えてくれた。城塞に近づいたやつは全員中に連れ込まれ、出てきたヤツはいないと言う。

 

 夜になってから噂のガスクート城塞を訪れてみることにした。

 

 

 

 「さて、先ずはボスとの楽しいオハナシからかな」

 

 前回()()ボスと会ってないから、確実にこいつらが当事者なのかどうかはまだ解らない。もし、私を埋めに行った(来た?)懐かしいメンバーがまだ在籍していれば、あの時聞いた声で確実に聞き分けられるのだが、どうだろう。

 

 判別出来るのは、喋っていた兄貴と子分の二人だけだが。

 

 ダメでも十一年前にクルタ族をバラ売りした奴を探せば良い。滅多に有る事じゃないから、犯人の特定は難しくないだろう。

 

 それと、敵側に少なくとも一人以上の念能力者が居ることは分かっている。しかも、ちゃんとした正しい訓練を受けた奴が。

 

 あの時の兄貴分は確かに"周"と口にした。死者の念の知識も有った。

 この時代でも原作主要人物達と同じだけの知識を持っている者は居るのだ。『クルタの子』の念の師である養育者の老爺や、恐らくハンター協会のメンバーも熟知している筈。

 師匠が言っていた『新しい呼び方』や正しい念の知識は、もしかするとハンター協会から広まっているのかも知れない。

 

 

 城塞と言っても外観以外は、ただ警備の厳しい田舎の邸宅だ。中身は所謂マナーハウス的な物だな。

 

 夜になって中空から見下ろす。壁が高く頑丈になっていて庭園も小綺麗に整備され、イギリス風でなかなか趣味のよい造りをしている。

 

 私は態と少しの音を立て、大きな鋳鉄製の門前に降り立った。≪甲殻≫の上だが。

 

 近づけば中に入れてくれるらしいから、近づいてみた。

 

 「なんだてめえは!」

 

 「どっから現れ・・・」

 

 柄の悪い門番二人が間髪をいれずに絡んできた。おとなしく連れて行かれようと思っていたのだが嫌悪感を我慢出来ず、ほぼ反射的に髪を一本振るい二人の首を切り飛ばしてしまった。

 

 あっ・・・いや、別に構わないのか

 

 良く考えてみると、事ここに至っておとなしくしている理由はほとんど。いや、全く無い。

 

 彼らは明確に敵だ。生死を気にする必要どころか主敵で殲滅対象まである。

 

 

 「・・・そうか・・・そうだな、では鏖殺(おうさつ)と行こう」

 

 

 ほとばしる血は≪添加≫で散らし、買ったばかりのローブは汚さない。

 

 

 鉄門を細切(こまぎ)れにして、ついでに残った門番二人の首から下を雑に輪切りにし悠々と敷地内へと入る。

 

 

 夏場にも関わらずきちんと手入れをされた庭園が、前世の公園を思わせ何処か懐かしい。

 

 今はまだ、やらせる事が有るからボスとあと何人かは生かしておくが、最終的には皆殺処分する相手だ。

 

 たとえ十一年前、『クルタの子』を分割競売に掛けた当の組織ではない間違った相手だったとしても、大規模な犯罪組織であることは変わらない。多少人数を減らしても、世界が少しばかり平和になるだけだろう。

 

 

 今の姿は、目撃されても問題無い自称『復讐者(リベンジャー)』バージョン(黒髪黒目)になっている。身バレの心配もほぼ無い。

 

 使う技能さえ『衝撃の制圧圏(バースト・ヘヴン)』のような打撃系ではなく、斬撃系に絞って変化をつけている。

 

 それでも、可能性としては念能力による感知、又は調査の危険性を無くせない。

 だがそこで、私が作成を依頼した四つの『早出し(ファストムーブ)』の内の三つ目。≪調律≫の権能から『尻尾(ウロボロス・ホルダー)』に創って貰った小技(こわざ)が活きてくる。

 

 名を、

 

 『隠者は隠れ影も無し(ディープ・ロスト・バイブレーション)』と言う。

 

 効果は、他者に対する特定情報の完全隠蔽。

 

 元々『尻尾(ウロボロス・ホルダー)』作成時に情報の抜き取り対策は急務と考え伝えていたから下地は有り、名前の選定以外は割りとすんなり纏まった『早出し(ファストムーブ)』である。

 若干の問題が有るとすれば、こいつはパッシブ能力で開発直後から常時発動しているはずなのに、何故か魔獣のゴリムが持っていたタンポポの綿毛のような誰かの"発"に行動が見透かされていた事。

 

 ゴリムを助けることが出来、ピートと出会えたのは僥倖(ぎょうこう)だったが、この能力もまだ進化途中で完全では無いらしい。それとも私の秘匿情報を得ようとした訳では無かったから、根本的に適用されたルールが違ったのだろうか。継続審議。

 

 そのピートも、エナガ姿で肩に乗せたまま連れて来ている。

 ピートの元の飼主(制作者)である『アリス』を見知る人物と接触してしまうと、エナガ姿のピートをそれと見分けて『緑美楼』のミカゲにたどり着く可能性がわずかに有る。しかし、今のピートは、アリスの所持念獣だった頃とは柄が少し変化していて、しらばっくれて誤魔化すのは難しくない。

 

 理由は、あの死獣『ヌエ』と戦った折の謎の能力吸収だ。多分ピートの持つ対象の姿形を写し取る[変化(コレクション)]の能力と、[吸収(ドレイン)]のオーラ吸収能力のせいだろう。

 もしかすると『ヌエ』も持っていた生命力吸収能力がピートと『ヌエ』のオーラを互いに循環させて変に作用したのかもしれない。

 

 麻痺能力に気絶能力が追加されて効果が強くなり、ついでのように身体の柄が少し変化して『ヌエ』のような若干の縞模様が四肢に表れた。『ヌエ』の悪影響からは、[不死(イモータル)]の精神不壊化によって護られたと思われる(『螺旋の塔を打ち砕く(フェイト・ブレイク・ジャンクション)』調べ)。

 

 小鳥バージョンのピートにもその影響が出ていて、開いた翼や尾羽にグラデーションのような縞がある。とてもかわいい。

 額のハートマークは健在なので、ベルデのように気付く人は気付くレベルだが、そこは強弁すれば良いだけだ。

 

 

 よい機会なので『(バルゴ)』の二次権能≪奇怪≫の『早出し(ファストムーブ)』も使ってみることにする。

 

 そっちの名は、

 

 『掴み弾く十万の軍勢(エンプレス・クラウン)』。

 

 この状況にもってこいの能力だ。

    

 『早出し(ファストムーブ)』は、そもそもこの『(バルゴ)』の二次権能≪奇怪≫に表看板としての名付けをしたことが大元になっている。

 

  誰かに問われた時、"発"として披露する時に必要かもしれないからと軽い気持ちで名付けたのだ。それが、たまたま僅かながら未発動の権能の先取りを可能とした。

 

 出だしがそんな風だったから、≪奇怪≫の権能は独立性を高く、念獣としての自由度が広くなるよう設定してあり、『掴み弾く十万の軍勢(エンプレス・クラウン)』も其れに準ずる。

 

 イメージ的には多手多足の補食生物のようなヤバさを演出したかった。目指すは、怪力乱神、奇々怪々。

 

 『早出し(ファストムーブ)』の常として、まだ加減(コントロール)が未熟なので残念ながら使用機会は限定的。

 

 今回は例外。いくら暴れても問題ないため、攻守を『掴み弾く十万の軍勢(エンプレス・クラウン)』に任せ、私はただふらふらと庭園内を正面玄関に向かって進んで行く。

 

 ・・・歩くとけっこう遠いな。

 

 被っていたフードが自然と外れ、あらわになった黒髪が風もないのにふわふわと踊るように誘うように金色の光の粒を纏って動き出す。

 

 そこら中から得物を持った厳つい男達が何かわからん威嚇の声を発しながら虫のように集まってくる。

 

 そして私に襲い掛かり、儚く消えてゆく。

 

 私から大体五メートルくらいのところに(いびつ)な不可視の境界が設定されており、そこから中に入った者は残らず身体の複数箇所を輪切りにされて絶命してしまう。

 

 逃さず許さず殺しましょう。

 

 対人戦初のせいか、『(バルゴ)』のテンションが高い。

 相手方も、一人残さず断末魔の悲鳴も無く骸となり、夜の暗さのせいもあって、私の元に殺到した仲間達が全員残らず抹殺されていることに全く気付いていないようだ。屋敷の外からも、次々に集まって来る。

 

 

 発動時に例によって発生する光の粒は、しばらくすると何故か消えた。『掴み弾く十万の軍勢(エンプレス・クラウン)』がオートで稼動する言わば受動的(パッシブ)な能力だからではないかと思われる。

 同じ受動的(パッシブ)能力の『隠者は隠れ影も無し(ディープ・ロスト・バイブレーション)』の初回発動時も、全身を膜のように覆う光の粒が派手に現れたが暫くすると跡形もなく消えてしまった。理由不明。多分そういう仕様。

 

 『掴み弾く十万の軍勢(エンプレス・クラウン)』の基本的な行動は自動防御自動攻撃。それと視線誘導。

 

 長銃を所持している者もいて、何度か発砲もされたが銃弾は『(バルゴ)』が途中で捕まえ、即投げ返して射手を仕留めてしまう。

 

 観ている者には何がなんだか解らないだろう。

 

 一次権能、《結界》の危機感知能力も変わらず機能しているので防御は流石の精度だ。しかし、攻撃は雑で力任せの薙ぎ払いに頼りがち。

 

 銃や棍棒、剣等得物も手足も関係なく雑多に切り刻む。

 

 たまに、攻撃範囲に入った植木やアーチの石積みまでぶった切っていて、敷石もたまに切れ目が入って裂けている。

 まるで初めて刃物を持った切り裂き魔(ジャック・ザ・リッパー)のような、はしゃぎっぷり。威嚇と言う意味では正しいのだが、無駄や取りこぼしを数で補う方法は十万の毛髪()を操る『(バルゴ)』ならではの通常攻撃が飽和攻勢になる権能故か。・・・精度も大事だぞ、ちょっと落ち着け。

 

 目立たないように指弾を飛ばしたり、それを≪添加≫で曲げたりして、とりあえず≪把握≫している邸外の人員を距離を問わず全てかたづけ、綺麗な庭園をズタズタにしながら邸宅へと向かう。

 

 

 これは恩に報いる為の、個人的復讐だ。他への影響は気にしない。いや、加害者相手の影響など、気にもならん。

 

 

 ・・・・・せっかく心配してくれたのに、意に添えなくて済まないなベルデ。

 

 だが此れは別に(きょう)では無い。

 

 自ら好んで殺しをしている訳では無いのだ。

 

 「我々『クルタ族(私達)』には()()()()()()が少しばかり多すぎるだけなんだよ・・・」

 

 だから・・・ちょっとやり過ぎる位は多目に見てくれ。

 

 

 たどり着いた入口の大きなドアは、『掴み弾く十万の軍勢(エンプレス・クラウン)』にドアマンごと断ち切られ、開ける必要すら無かった。

 

 ノックも無しで入った玄関ホールは奥に中央階段が有り、マスケット銃を構えた十人ほどの護衛が各所に散開している。

 ホールの中心には場違いなアンティークの椅子が一脚。整髪剤で髪をキッチリと整え、ロイド眼鏡を掛けた神経質そうな男が足を組んで座っていた。

 

 

 

 どうやらお待ちかねだったようだ。

 

 

 

 

 




 高密度無差別瞬間即死斬撃


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 52、帰還

   52、帰還

 

 『左目(スコルピオ)』の≪観測≫の視界のタグによると、男は念能力者であった。まあタグ無しでも雰囲気で何となく判別はつく。

 

 不意打ちではなく、正面から向かってくるところを見ると、

 

 一、能力が不意打ちに向かない。

 

 二、不意打ちしないことが能力の条件になっている。

 

 三、性格的なもの。

 

 四、その他。

 

 と、いくつか考えられる。

 

 見た感じ神経質そうだから、二かな?何か嵌め技(はめわざ)とかだろう。『(バルゴ)』の危機感知は反応していないので、三、のプライドの高い馬鹿バージョンかもしれない。素の感覚でも余り危機感は無い。

 

 二、三歩前に出ると、椅子の男がきっちり革手袋をはめた手で、鷹揚にゆっくりと拍手をして話しはじめた。

 

 「・・・良くここまでたどり着いたものだ、こんな派手な襲撃は久しぶりだよ。

 依頼者を教えてくれたら苦しまずに殺してあげよう、どうかな?」

 

 感じるオーラ量はまあまあ、佇まいから武の練度はお察し。念ありきのキャラだな、そこさえ崩せば殺せる。控えている十人の銃手達は、椅子の男を信頼しているのか、落ち着いたものだ。

 

 「・・・ボスは二階か」

 

 男を無視して標的の位置を≪把握≫で確認する。

 

 「チッ、お喋りする余裕も無いのか、野良犬め!」

 

 椅子の男が手を振ると、十人の銃手が一斉に発砲し、直後に額を撃ち抜かれて全員が死亡した。

 

 お約束の、≪奇怪≫による銃弾投げ返しだ。

 

 あまりの早業に誰も避けられない。椅子の男も何が起こったのか解っていないようだ。ポカンとしている。やはり能力だけの男だな。

 

 抵抗が無くなったのでさらに椅子男に近づこうとして数歩、男まであと五メートル。≪結界≫の危機感知が反応した。

 

 ていうか、≪観測≫を通して見る"凝"の視界には、先ほど現れてからまんま丸見え。

 

 簡単に言うと巨大かまくらのような半透明なドームが、椅子男を中心に五メートルほどの範囲で鳥篭のように展開されている。

 

 ドームには

 

【オーラ生成物、強度(中)、"隠"発動中】

 

 のタグが付いていた。

 

 "隠"が掛けられているという事は、本来は怪しんで"凝"をしなければ気が付かない障害物なのだろう。

 

 近寄ったことで≪観測≫の視界に新たなタグが現れ、男の座る『椅子』に補足するように付けられた。

 

 【オーラ生成物・"隠"発動中】

 

 「なるほど、椅子・・・具現化系か」

 

 察するところあの椅子がこのドームの(コア)ってところか。

 

 「おや、気がついたかい?良く勉強してるねぇ、でも君の放出系"発"で僕の

 

 『パズルの檻(ブロック・チャンバー)

 

 を破るのは無理だね、早めに諦める事をお勧めする」

 

 ニヤニヤ嗤う男の言葉と共に、目の前のドームに付いたタグから【"隠"発動中】の文字が消え、生身でもその半透明な大きく丸い構造物が見えるようになった。

 

 肩をすくめる様子がうざい。

 

 やっぱトラップ系だったか。条件は、自身は椅子から動かず相手が近づく事かな?

 

 男はこの展開に慣れているのかポケットからハンカチを取り出し、外した眼鏡を拭きはじめた。

 

 銃手が殺られたのも、此方が何か放出系の"発"で攻撃したと思っているらしい。『(バルゴ)』が大暴れしていたのを見ていなかったのか?いや、見えなかったのか。知識だけが有っても意味はないのだなぁ、と少し哀れに思う。

 

 余裕ぶりたいのは分かるが、ここは目をそらさず"凝"一択だろう。楽な相手とばかり戦っているからそうなる。私も気をつけよう。

 

 『掴み弾く十万の軍勢(エンプレス・クラウン)』の髪が伸びる長さは現在二十四メートル。

 そこから髪を切り離して飛ばしたり何かを投げたりは出来るが、オーラの変化系能力賦与による斬撃攻撃はその範囲に限られる。

 

 玄関ホールに固い金属音のような音が何度か響き、椅子男を取り囲むドーム状の防壁が衝撃を受けて光って見えた。敵と認識し、『掴み弾く十万の軍勢(エンプレス・クラウン)』の『斬撃髪』が放たれ、防がれたのだ。強度(中)、けっこう固い。

 

 男は、嬉しそうにニヤついている。

 

 『(バルゴ)』の攻撃が効かない事は織り込み済みだ。

 

 『掴み弾く十万の軍勢(エンプレス・クラウン)』の威力は、一般人(パンピー)を捌く位なら余裕でこなせるだけのスペックが有る。

 

 しかし、一次権能≪結界≫の影響もあって、どちらかと言うとパラメーターを防衛主体(いのちだいじに)に振っているので、主攻とするには少し(やわ)い。

 

 でも、気にしな~い。

 

 ()まれば便利な効果を発揮するけど、ハイランクの敵との実戦で使用するには余りに完成度が低すぎる。それが『早出し(ファストムーブ)』のちょっと残念な実像。色々不足していても、それはそう言うものなのだ。

 

 造ると権能の成長が遅れるので、私は必要な四コだけに限定したのだけど、それ以外にも念獣達に請われて造った変な能力が何個かある。今まで使ったのは一個だけ(『星の生まれるところ(インフィニティ・テンペスト)』)。

 他を使う機会は有るのだろうか。

 

 

 

 この椅子男の"発"には一目で解る致命的な欠陥が在るが、防御力はまあまあ高い。

 

 ドームは、外側だけじゃなく内部構造にも【オーラ生成物】のタグが付いていて、じっと見つめて構造解析が進むとみるみる内にタグが増えてゆく。

 一辺三十センチ弱の立方体が四つ繋がって一つのブロックを作っていること。

 繋り方は凸型、ジグザグ、直線、L型の四種類有り、丁度テトリスのブロックに似ていることが分かった。

 

 確かにパズルっぽい。

 

 パズルは多層化されていて、椅子男にたどり着くまでに外側のパズルをいくつも解き続けなければならない構造のようだ。

 

 普通の念能力者なら"凝"をして攻略のヒントを探し、虫のようなオーラの光がブロックの中をフワフワと幾つも飛び回っているのを見つけるのだろう。≪観測≫の有る私には、最初から見えている。こちらの虫のような発光体には【オーラ生成物、"隠"発動中】のタグが付いている。

 

 現在、ブロックは裸眼で見えるが、オーラの羽虫は"凝"をしないと見えない。

 

 試しに光が居るブロックを軽く叩くと、ブロックが消えた。何個か消した後で間違うとブロックが復活した。復活するブロックはランダムのようだ。光の周囲四つ分ぐらいが光の範囲になるため、ブロック消しは間違いやすく出来ている。

 

 ≪観測≫の視界には、椅子男の元まで延々と三十センチ厚さのパズルの壁が続き、光の数が徐々に減って動き回る速度がどんどん速くなる仕様が透けて見える。

 

 『斬撃髪』に紛れて『衝撃の制圧圏(バースト・ヘヴン)』の『衝撃余波(プッシュジャブ)』を放ってみたが、やはりブロックに阻まれた。声が届いていたので、衝撃ならば行けるかと思ったが、そう甘くない。

 

 この"発"は、攻撃の為にパズルを解きながら近づくと、どんどん難易度が高くなって脱出をブロックに阻まれ、最終的にブロックの檻に閉じ込められてしまう。と言うコンセプトだろう。時間制限でブロックの一斉復活等も有りそうだ。

 

 もしかするとパズルは囮で、パズルが展開されている領域内に入ったら其れでゲームオーバー。名前が『パズルの檻(ブロック・チャンバー)』だから、中心部迄たどり着くと、椅子を残して入れ替わりで本人は脱出する機能とか有りそう。

 

 何らかのトリガーが有って、発動すると領域内にブロックが復活して中に閉じ込められた人間を押し潰す系じゃないかと思う。多少あやふやだが≪天眼≫にそんな未来が見える。チラ見なら眼の潤みも最小限になると、最近気がついた。

 

 

 勝ち筋はいくつも見えている。≪観測≫と≪天眼≫と≪奇怪≫に任せればパズルを全解きして逃げ出す前に椅子男を殺す事も出来そうだけど、ギミックが解ったらもう何か面倒なだけだ。萎える。

 

 

 「あ~ちょっと良いか?」

 

 私は、この勘違い野郎に序でに聞きたい事が有ったのを思い出した。

 

 「何かな、今さら助けてくれは聞けないよ」

 

 椅子男は、自信満々だ。

 

 「いや、一つ聞きたいんだが、ここの組織は十一年ほど前に人体収集家のオークションでクルタ族の子供の『緋の眼』その他の部位を売り払らって大金を稼いだ組織に間違いないか?」

 

 ここで確かめられたら手間が省けてラッキーだ。こいつはおそらく、自分の"発"が攻略出来なくて追い詰められて行く相手との会話に愉悦を感じる、ねじまがった嗜虐趣味の持ち主だろう。会話には応じるはずだ。

 

 「そんな話か、『緋の眼』が目的なら諦めることだね。持ち込んだのはボスの馴染みのハンターだったらしいが、見つけたのは町中で偶然だったそうだよ、残念ながらクルタ族の隠れ里を押さえている訳じゃ無いらしい」

 

 ニヤニヤと笑いながら男が話す。

 

 「まあ私は、数年前に雇われた新参者だから当時の経緯には詳しくないけどね」

 

 私の目的が『緋の眼』の手掛かり探しだと考えたようだ。

 

 やはり『クルタの子』をバラ売りしたのはここの組織で間違い無さそうだ、確認できて良かった。

 

 やはり基本殲滅で問題無しだな。

 

 「良いことを聴いた。お礼に殺す前にお前に少しレクチャーしてやろう」

 

 もっと、斬ったそばから切れ目が消えるほどの超速再生とか、ブロックをゼリー状にして衝撃吸収とか、突っ込んだブロック内の空間がランダムに繋がってるとか、そういう凝ったギミックが欲しいところだな。うん。

 

 「ほう、何か特別な攻略法を見つけたのかい?」

 

 椅子男の余裕はまだ崩れない。

 

 「お前の"発"は、基本的な部分が絶望的に間違っている。

 たとえ『念』であっても何らかの嵌め技で相手に条件を踏ませない限り、絶対に壊せない壁、何でも切れる剣等は創れないんだ。現実世界に矛盾は存在し得ない。どんな設定で構築していても、能力が噛み合ってしまえば弱い方が負ける」

 

 私は、『(バルゴ)』から一房の髪を借り、自分で切断の変化系オーラを多目に纏わせて一振りし、ドームの端っこ三分の一ほどを(かぶら)か何かのように切り飛ばした。

 

 「師匠に注意されなかったのか?こういうトラップ系能力ならば、タテホコの関係にならないように巧妙に仕掛けなくちゃ相手によっては力業で攻略される事を」

 

 椅子男が眼を見開き、驚愕している。

 

 見ての通り、この"発"は、格下にしか通用しない欠陥品なのだ。試しに、と思って≪消滅≫を乗せた『斬撃髪』を一振りしたら、何の感触も無くパズルドームごと椅子男の首が飛んでしまった。

 

 「あっ!・・・まぁいっか」

 

 私は、話の途中でぶった切った(話と首)事を少し申し訳なく思いながら、広がって行く椅子男の血溜りの上を通って階段を上り始めた。

 戦闘中は基本≪甲殻≫の上から降りないので、今回も私の足は何も踏まず汚れは着かない。

 

 どうもギミック系は苦手だ。はしょりたくなる。良くないな。次はきっちり戦って経験値を稼ごう。こう弱い相手ばかりだと、自分が強いとか勘違いしそうになるな。うん。

 

 背後で眼鏡が床に落ちて、割れる音がした。

 

 

 

 階段を上り、コーナー毎に陰から襲い掛かってくる者達を『(バルゴ)』が曲り角(コーナー)ごと輪切りにしながらボスの居る部屋を目指す。

 

 なんか、歩く以外やること無くて暇なせいで出た私の鼻唄に、ピートが鳴き声を合わせてくれる。ちょっと楽しい。

 

 こうして見るとピート(小鳥)の柄は白黒ツートンのせいで特徴的な褐色の色味が無く、顔周りの差し色が無ければシマエナガよりも白みの多いハクセキレイに模様が近いような気がする。ふわふわで嘴が小さく、手に乗った重さはミニトマトよりもまだ軽い。性格はサルの時よりも少しアクティブだ。ちょこまかしている。可愛い。

 

 ボス部屋を目指して敵を倒しながら進むって言うと、なんかRPGっぽい。

 

 

 「・・・おいお前、そこで止まれ!」

 

 おや、ボス部屋前の通路に番人発見。

 

 「チェアマンのヤツ、高い金取って散々偉そうにしてたくせにガキ一人止められねえのかよ、だからハンターなんか雇うのは反対だったんだ!」

 

 え、あいつハンターだったの?

 

 協会の?

 

 弱すぎない?

 

 名前がそのまんますぎない?

 

 あれでハンター試験通ったの?

 

 いや待て、よゐこのみんな、ハンターにも色々いるのだ。

 

 でもそうか、あの程度の実力でハンターとしてやって行けるのか。ハンターもピンキリだな。

 

 しかし、こいつも念能力者だよ。中にももう一人いる。居るところには居るんだなあ。

 

 念の知識が有るかどうかは兎も角、ある一定以上の階層の者は、超常の力の持ち主を雇える状況に有ると言う事か。

 

 念能力者相手だと常人は何の役にも立たないから、知ってりゃ高額報酬払ってでも側に置いとこうとするのが当たり前だよな。

 ここみたいに金があって暴力を生業にしていれば、居て当然だ。

 

 私は、男の言葉を無視して足を進める。

 

 「チッ、なめやがって」

 

 立ち姿からすると、この男は椅子の男よりは身体を鍛えている。だがオーラはあの男よりも少ないし、制御も甘い。

 

 こいつも未熟者だ。

 

 男が両手のナイフを振ると、斬撃の性質を持った念弾がナイフの刃のような形になって飛んできた。

 

 具現化系か?

 

 大した速度ではない。

 

 「・・・は?」

 

 男の動きが止まる。

 

 斬撃念弾が、私に当たるはるか前で撃墜され消えた。いつものように『(バルゴ)』が打ち落としたのだが、男には見えていない。その程度の相手ということだ。

 

 私がやっても良かったが、その前に『(バルゴ)』が≪結界≫の自動防御で打ち落としてしまった。

 

 せっかく隙だらけになったからと、初動の解らない歩法で男の間合いに入り、変化系オーラの斬撃属性を乗せた手刀で首を切り落とす。やはり念能力者の戦闘の基本は格闘戦だ。ちゃんと鍛えてないと、反応速度の差で瞬殺される。

 

 又つまらぬものを・・・今回は切りまくりで行くと決めているのだった。

 

 手に付いた微量の血を≪消滅≫で消し、何か張り紙の在るボス部屋のドアをノックした。

 

 返事は無い。

 

 ドアノブに触れようとすると、≪結界≫の危機感知が発動した。

 

 ボスは能力者じゃないけど、どうやら最後に残った側近は、なかなか腕の良い念能力者らしい。

 

 ドアに貼られた場違いな貼り紙が目に入るのだが・・・読めない。

 

 初めてのパターン。

 

 重厚な造りの分厚い木製のドアに白い紙が(びょう)で留めてある。しかし、書かれた文字にモザイクが掛けられていて判読出来ない。

 

 紙にタグが付いて、

 

 【敵対的"発"の発動条件を感知、現在情報遮断中!】

 

 赤文字で点滅している。

 

 同時に発動した≪天眼≫によると、貼り紙を見た上で条件を満たさずに入室すると、視界も方向感覚もあやふやになって呼吸が出来なくなり、空気中なのに水の中のように溺れるらしい。

 

 意外にヤベエ"発"だ。

 

 しかし、私の念獣達が()()()()()()()()回避してしまった・・・と。

 

 OK!問題無い。『十三原始細胞(ゾディアック・プラスワン)』はそーいう"発"。

 

 切り替えていこう。

 

 

 相手の人数は二人。位置は分かっているので気を取り直し、右肩にピートを乗せたまま殺る気を高め、貼り紙を気にせず入室する。

 

 「・・・邪魔するよ」

 

 声に威圧のオーラをマシマシで込めた。声が届けば影響を受ける。念能力者であっても多少は効果があるだろう。

 

 「うっ、ぐっ・・・」

 

 「これは!・・・ボス!」

 

 威圧をくらって身動きもできないボスと、念能力者である程度耐えられる筈のもう一人が何やら声を上げて呻いている。

 

 威圧の声は側のピートにも響く。しかし心配無用。実はピートには威圧や魅了、恐怖等の精神に対する状態異常は一切効果がない。ピートが元々持つ、『不滅の誓い(イモータル・テスタメント)』と言う能力の『精神の不壊化』に由来するものだと思われる。私もつい最近気がついた。

 

 でかい机の向こうで椅子に座っているのがボスで、隣で立ってられず膝を突いているのが最後の護衛だろう。ガタイも良く、()め技専門というわけでは無さそうだが大した腕ではない。

 

 あれ?念能力者には大して効かないだろうと思ってたのに、まともに立てないほど威圧が刺さってるよ。何で?自慢の"発"がスルーされて動揺した?

 

 あと、今の呻き声でこの膝を突いたおっさんが、私を埋めた兄貴君だと言うことが判明した。

 

 「久しぶり、でいいのかな?実に十一年ぶりだ、また会えて嬉しいよ」

 

 威圧継続中。青い顔で冷や汗をかいて机の上に(うずくま)るように頭を下げたボスと、震えながらもボスを護ろうと動く兄貴君を冷たい眼で見下ろす。

 

 オーラの影響を全く受けていないピートが何をやってんの?とばかりにヒヨヒヨと鳴く。

 

 ようやく顔を上げた二人に見えるのは、右肩のピートを優しく見つめる私の緋色の『左目』だ。既に自在に変化させられるが、怒りを感じる相手が目の前にいると、いつもより変転が容易だ。

 

 「ひ、『緋の眼』!」

 

 「クルタ族なのか!」

 

 ゆっくりと振り向いた私の『右目』が二人の視界に入る。

 

 「う、嘘だ・・・」

 

 「馬鹿な・・・青い!」

 

 右目に青く輝く『蒼緋眼(そうひがん)』。

 

 驚愕する二人に、『右目(ライブラ)』の≪魔眼≫発動。本来の能力ではないが、相手の精神にアクセス。動揺し隙の出来た男達を苦もなく眩惑し制御下に置いて行く。

 

 「・・・私を墓に埋めたのは、良い獲物が又現れるようにとの願掛けだったそうじゃないか」

 

 二人の目は、既に虚ろだ。

 

 

 「ご要望通り(かえ)って来たよ」

 

 

 

 かくして死者は甦り、誓い(ゲッシュ)が彼らを訪れる。

 

 

 

 




 声にはピー音が入るらしい。

 文盲(もんもう)で全く文字が読めなくても、視界に入れば内容が解るように貼り紙には強制認識の効果があったらしい。

 


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 53、来訪

   53、来訪

 

 「・・・入るぞ?」

 

 ドアをノックして訪問を知らせる。何時ものように中で仕事をしているのは解っているので、確認はしない。

 

 「忙しいところ悪い・・今帰った。暫くは『(はな)れの(いおり)』に居ると思うから、何か用事が有ったら報せてくれ」

 

 すぐに去るつもりで、半開きのドア越しに帰還の挨拶の言葉をベルデにかける。陽が落ちて、『緑美楼』が開店する迄あと少し。実は楼主である彼女は、今が一番忙しい。

 

 「おかえりなさいミカゲ、早かったわね、お師匠様の墓参りは無事に済んだの?」

 

 書類をめくりながら顔を上げ、ちょっと驚きを示して嬉しげに笑顔を見せた。忙しさを(うかが)わせない何時ものベルデだ。私のいない間特にトラブルは無かったらしい。あと、珍しく眼鏡を掛けている。

 

 ウォルターが用心棒に復帰したので私は表向き荒事関係から外れ、師匠の墓参のため出掛けていたことになっていた。十日ほどかかると言って出たが、今回の不在期間は一週間。・・・存外早く意中の相手を突き止められた。

 

 今後は、ちょくちょく『緑美楼』から姿を消して、その間に『クルタの子』のリベンジ案件をちょっとずつ片付けるつもりだ。

 

 「場所を探すのに少し苦労したけどね。やる事は、(あた)りをちょっと()()するくらいだから」

 

 多少、世の中が綺麗になった。

 

 「頼まれてる仕事を一通り片付けたら、又暇をみて少しづつ近場の国を彷徨(うろつ)いてみようと思ってる。次の出発は少し涼しくなってからだな」

 

 これからも頻繁に遠出する理由として、あちこち違った土地を観てみたいのだと周囲には言ってある。

 

 山出しの田舎者が此の街で多少は常識を身に付けられた。手始めに最初の旅行先は、師の墓参りに行った。という事になっている。

 

 ウォルターと用心棒をチェンジするときに確認したら、私が姿を見せなくなってもいざとなったら私が出てくることは誰もが解っている。だから変なちょっかいは掛けられないだろうとの事だった。何だか本当に荒事のケツ待ちになってしまった。

 

 出先で色々と仕込みをしたので、次はちょっと先で三ヶ月後。秋になってからだ。

 

 

 

 「そう、何よりだわ。ジョンおじさまから何度か在宅の確認が来ていたのと、護身術だっけ?闘い方講座の娘達から次の講義の日程が知りたいと要望があったわ」

 

 ベルデが、メモを見ながら伝言を伝える。

 

 「急患か?」

 

 ベルデの言う『ジョンおじさま』は、『黒門街』元顔役筆頭ジョン・ブルート御大の事だ。

 そんな風に呼ぶのはベルデだけで、他の者は『ご隠居』、もしくは『夜街のご隠居』と声を掛ける。本人は引退した喰えないジジイだ。ベルデはかなり昔からの知り合いらしい。

 

 私の『気脈術』で死の床から甦って以来、似たような年寄り連中とつるんで元気に遊び回って居る。何人かは私が治した者だ。

 

 ベルデが笑いながら首を振って居る。

 

 どうも、ただ暇だっただけで急ぎの患者が居るわけでは無いらしい。

 

 彼らの拠点、と言うか集会場所のひとつが『緑美楼』裏の離れに設けた私の住まい兼診療所なのだ。

 少し和風に設えたら、いつの間にか『御影庵(みかげあん)』と呼ばれるようになっていた。ここらへん、文化の伝わり方が良くわからん。

 ──そこへ、用もないのに待ち合わせて入り浸っている。

 

 あの、ここらの店だと何処でも出てくるお茶と称する煎じ薬が気に入らず、修行時代に幾つかのハーブで作った自作のミックスハーブティーと、茶菓子に新鮮なバターと牛乳で作ったミルクバタークッキーを出したのが不味かった。いやクッキーは旨かったのだが、そのせいで私の庵(ここ)には旨いものが有ると学習してしまい、何時までも帰らなくなってしまった。隠しておいた他の焼き菓子までねだられて結局食われる始末だ。

 せっかく市場を回って材料を集め、自分用に作ったこの時代には珍しい贅沢品質の菓子が・・・

 

 愚痴混じりの言い訳によると、私の所だと気を使われず、気を使わずに済むので楽なんだそうだ。家のものも診療所なら安心だと放ったらかしだ。ヤレヤレダゼ。

 

 

 「年寄りどもは黙ってても嗅ぎ付けるだろうから、聞かれるまでほっといていい。

 護身術講義は明日からだな、メンバーに伝えておいてくれ」

 

 当所、三ヶ月ほどで居を移すつもりだったこの街に受けいれられて、既に予定の期間は過ぎようとしている。

 

 まさかハンターハンターの世界で、得体の知れない流れ者が街に受け入れられるとは思いもしなかった。合縁奇縁(あいえんきえん)。人の世の出会いの不思議を感じる。

 

 ピートと二人で帰った『(いおり)』は、人気もなく出たときのままだ。留守の間も掃除や空気の入れ換え何かは頼んであったので、埃っぽくなってたりはしていない。

 

 施術所兼自宅。改築した広い待合いに分厚いラグを敷き、隅に衝立と施術台を持ち込んで直ぐにも開業出来るようにしてある。

 

 しかし治療術者として既に一部に名を売っていても、実はここにはまだ看板すら無い。

 

 色々あったので謎の治癒者と『気脈術』のことはジワジワと噂が拡がっていて、都市伝説的に語られているようだ。しかし、件の『気脈術師』を本気で捜す者は少ないため客は大して増えていない。

 

 理由は色々あるが、つまるところは結局治療師としての信用が無いのだ。

 

 まあしょうがない。腕が良くて実績が有っても、治療師としては余りに見た目が若すぎるし、療法が珍奇過ぎる。それでは世間的に当然、信用はされない。

 

 湊町で人の出入りが多く、似たような詐欺紛いの治療師が定期的に現れる事も理由に有るようだ。街の住人には、珍奇な治療法=ほぼ詐欺、の図式が入念に刷り込まれている。

 

 こればっかりは、取りあえず此方にはどうしようもない。

 

 迂闊に看板を掛けると 文句を付けてくるアホが大量に出そうなので、信用が出来てきて多少は貫禄が出る年齢、少なくとも成人になるまでは、紹介少人数制でやって行くことを知り合いと私の患者達には通告してある。

 

 もっとも頻繁に旅などに出掛ける積もりなので、余り忙しくなっても困る。

 

 其れまでにはリベンジ関係も片付いて、手も空くだろう。何なら知る人ぞ知る名医的なムーブで、このままで良い気もする。

 今は、散々たらい回しにされた上でやっと紹介された客が、藁にもすがるような絶望した顔でたまにポツリと訪れるくらいだ。

 

 

 

 数日後、何時ものように変装してピートと共に朝飯を食べに出る。

 

 今日来たのは港近くの大きな宿付属の小洒落たレストラン。味が良く朝から外来の者も食事ができる穴場の店である。

 

 ここは、多少値が張る分何時もの市場近くの屋台街と客層が違っていて、職人や商店主は寄り付かない。どちらかと言うと、街の住人よりも外から船で来た客の方が多い。

 

 得体の知れない旅人や巡礼、船主と雇われ船長、荷主を捜す仲買人、荷物から目を離さない腕の立つ旅商人、等面白そうな人物が多い。必然的に彼等の会話も興味深い。

 

 店内に小滝の有る小川が(しつら)えられていてノイズになり、更に席同士が少し離されているため、普通なら会話を聞き取る事は出来ないのだが、『(ジェミニ)』の権能≪把握≫の有る私には距離も騒音も全く関係ない。何なら≪嗅覚≫の能力で誰が何を食べてるか、まで解る。

 

 

 「・・・ダヤ諸島の海賊が、オーバルの商船を沈めたらしい」

 

 「沈めた?何で?商船側が通行料を払わなかったのか?」

 

 「残念だがそうじゃない、噂じゃ商船に偽装した討伐船で、ダヤの海賊を標的にしたオーバルの海軍兵が山ほど乗り込んで居たらしい」

 

 「バカな!あそこの海賊団には『鯨波(げいは)のグドゥー』が居るんだぞ・・・では」

 

 「その通り。生き残りは少年兵一人だけだったらしい」

 

 「何て事だ、それじゃオーバルからの荷は当分通行料が・・・」

 

 

 どうやら近くの航路に本物の海賊が出るらしい。しかも討伐隊を殲滅したようだ。海戦向きの念能力者か?

 

 ・・・あの、ピートさん?そのピクルスは私のじゃないですか?・・・だめです、ヘタだけ戻してもごまかされませんよ。

 

 

 

 「・・・荷が揃わないってのはどういう事だ、約束が違うんじゃねえのか?」

 

 「す、すまねえ、うちで使ってた港の倉庫が想定外の手入れに遭っちまって商品の女やガキが手元にねえんだ」

 

 「だったら、スラムでも何処でも有る所から拐ってこいや!ド素人かてめえは」

 

 「今はヤバいんだよ、仕切ってる年寄り共が妙に元気で隙がねえんだ、契約書無しに下手に動くとこっちまで引っ張られ兼ねない」

 

 「チッ・・・あ!あれはどうだ、たまに上玉を連れてくる年寄りで二人組の人拐いがいたろう」

 

 「『夏の雲亭』のジジババか?ありゃもうダメだ、春先に何かあったらしくてすっかりぶるっちまってる。近いうちに処分するつもりだ。何なら引き取るか?」

 

 「・・・・・」

 

 「冗談だ、そう睨むなよ、売買契約書の有る借金奴隷や犯罪奴隷なら・・・」

 

 あまり気分は良くないが、公的奴隷制もまだあるようだ。非合法の人狩りは、見つけ次第処分だな。会話してる二人は現場責任者っぽいからマーキングして、後で当局に匿名で報せてやろう。

 

 ・・・ジジババ二人組の人拐いって、街に来るとき馬車に乗せてくれたあの二人組か?確か、お茶に混ぜた薬で私を眠らせて何処かに売り飛ばそうとしたやつらだ。

 どうも死亡フラグ立ってるみたいだが。・・・スルーでいいか。しぶとそうだったし。

 

 目立たないよう気配を隠して、ピートと二人で静かに食事していると、ちょっと毛色の違う連中がいた。少し離れた席で、五人で集まっている。

 

 あっ、ダメですよピートさん。カットしてあげるからソーセージをまるごと持っていかないでください。

 

 

 「・・・おかしくねえか?何で街が未だあるんだよ!」

 

 

 ん?

 

 

 「正確には、何故襲われて無いのかって事よね・・・不思議ねぇ」

 

 柱と仕切りの衝立があり、視線は通らないが勿論容姿は≪把握≫している。話しているのはイケイケな感じの大柄な男と、何かのんびりした紅一点の女だ。

 

 「ババアの予言じゃあ『化け物がやって来て殺戮の限りを尽くし、誰一人生き残ってはいない』って話だったのに、普通に港に着いちまったぞ?」

 

 「そうねぇ・・・封印されてた古代の災厄が蘇ったって事だったけど・・・まだ寝てるのかしら?」

 

 

 おりょりょ・・・何者さん達?

 

 「・・・協会に指定された場所は間違いなくこの街で合ってるっス、アーシア様とクロンドルの旦那でリストに有ったメンバーも全員揃って居るっスから、こっちのミスでは無いっス」

 

 下っぱ口調で話すのは、一番小柄なおっさんだ。視線から女が『アーシア様』だ。

 

 「ほっほっほ、単に予言がはずれたって事ではないのかのう?」

 

 とぼけた感じの爺さんが、話に加わった。

 

 「はっ、ババァの奴、耄碌して時期か場所を見誤りやがったんじゃねえのか!」

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 イケイケ男の軽口の後、一瞬会話が止まってし~んとなる。

 

 「・・・なんだよ!ここまで船で三ヶ月も掛かったんだぞ?いくらあのババァが地獄耳でも、聞き咎めるのは無理が有るだろう・・・・有るよなぁ?」

 

 イケイケだった声に、ちょっぴり元気がなくなる。

 

 ・・・・・

 

 「・・・とりあえずは暫く様子見でよかろう」

 

 落ち着いた低い声の大男が、イケイケ男の発言を無視して話を纏めた。リーダーボジションらしい。こいつが『クロンドル』。

 

 「そうね」

 

 「そうっスね」

 

 「・・・・」

 

 「おい!」

 

 

 「オババの予言が現状と乖離している以上、何か想定外の事が起きているのは間違いない。ギムリット、情報収集を頼む」

 

 「・・・了解したっス」

 

 下っぱ男『ギムリット』の名前が判明したところで会話が止まった。口調が子分っぽいだけで、実際に立場が低い訳では無さそうだ。

 

 

 協会ねえ・・・とりあえず何らかの組織から派遣されてきた者達のようだ。

 

 封印されてた化け物ってのは、どう考えても死獣『ヌエ』の事だろう。

 

 しかも狙いは私が滅した寄生したばかりの未成熟個体ではなく、街を襲うほどに成長した個体。それを処理するためのメンバーなら相当な腕っこきだろう。

 出発が三ヶ月以上前なら、私が退治する直前位か?変だなぁ・・・何で私が退治する事を予知出来なかったんだ?

 

 

 ん?

 

 

 ・・・もしかして、『尻尾(ウロボロス・ホルダー)』の情報隠蔽が効いた?『早出し(ファストムーブ)』の『隠者は隠れ影も無し(ディープ・ロスト・バイブレーション)』は作成時から掛けっぱなしだし、そのシステムはさっぱり解らんがババァとやらの未来予測から私の存在が除外された可能性は意外と有りえるのか?

 

 ・・・でも一般的なイメージの未来予測だったら、私の情報だけが『謎』になって、街が救われてる未来の方は問題なく読み取れるはずなんじゃないのか?

 

 『隠者は隠れ影も無し(ディープ・ロスト・バイブレーション)』の効果は、元になる≪調律≫の該当除外による災厄回避と同様、私個人にしか作用しない。それによって精度と効果を高めているからだ。

 

 私の情報は完全に隠しても、街や『ヌエ』に関する情報はダダ漏れだろう。何で、助かったり退治されたりした情報を得ていない?

 

 たまたま?なわけないよな。

 

 ・・・これは、もしかするとオババの予知能力が、単純な答えの映像や正解の詩篇を得るだけの解りやすい異能じゃないのかもしれない。

 

 もっと手間のかかる、一足飛びに答えにたどり着けない種のモノなのではないだろうか。

 

 ・・・例えば、タロットカードやルーンストーン占いのように、念能力によって集めた未知の欠片を特定のルールや技能で総括し、精度の高い予言を構築している。とかどうだろう。言うなれば予言ではなく、占いを下敷きにした念能力。的中率は能力者次第。極めれば、ほぼ予知。

 

 『隠者は隠れ影も無し(ディープ・ロスト・バイブレーション)』は、元々念能力による情報の抜きとりを警戒して造った『早出し(ファストムーブ)』だし、そんな感じの能力だったら私の情報だけ欠損して、予測の結果が現実とかけ離れてしまう事もあり得る。

 

 一応の筋は通るけど、今んとこ全部仮定を積み重ねただけのただの妄想だ。

 

 ・・・ゴリムが持ってたあのタンポポの綿毛(わたげ)の念能力、と言う例外も存在してるし。

 

 あれには、私の行動を完全に捕捉されてた。

 なんか、条件が有ってこっちの規制を回避され・・・

 

 ・・・・あれ?これ、あの椅子に座ってた残念ハンターの時と似てんじゃないか?

 

 彼らの話に出てきたオババの予言の能力は、私に『ヌエ』を排除する()()が有ることを読み取ろうとして『隠者は隠れ影も無し(ディープ・ロスト・バイブレーション)』に弾かれたんじゃなかろうか。正確には、すり抜けてしまった。

 たぶんオババの予知の前提になる情報収集能力より此方の阻害能力の方が高かったのだ。

 

 つまり、オババと私の能力がガチで噛み合ってしまった。

 

 今考えると、あのタンポポの綿毛(わたげ)仔猿(ピート)の件を解決する方法として、ピートが契約出来、ピートとの契約をOKする相手を探していただけで、私が持つ能力とは直接関係無かった。そのせいで、無自覚にふらふらしていた私の行動を把握されたのだ。

 

 なるほど、やはり適用されるルールが違ったようだ。察するに、私が隠そうとしているかどうかも影響してる気がする。

 

 ピートとの契約は、私の『尻尾』の存在が重要なファクターだけど、此方の能力はダイレクトに答にたどり付くから、ピートが私を許容した理由(尻尾の件)は情報として『謎』のままでも契約可能と言う一点で私を探せる。ピートだけは最終的に知ることになるが、隠す必要の無い相手だ。

 

 

 しかし、オババとやらも、念による未来予知から己を除外する能力者が存在するなんて想像もしないだろう。

 個人のキャパシティーに限りがあるのは念の知識が有れば常識だ。普通はそんな曖昧で戦闘力に直結しない能力は意図して作らない。

 

 ま、対人恐怖症とか視線恐怖症とか面倒な素地の持ち主なら無くはないけどな。その辺の性格的なアレコレは『念』に影響し易いし。その場合でも、作るとしたら隠すのは情報より己の姿をだろう。

 

 この考え全てがまったくの的外れかもしれないけど、その場合でもオババ某の予知から漏れたのは『尻尾(ウロボロス・ホルダー)』の能力ゆえだろう。逆にそうでないと街の住人が生き残る事を何故予知出来なかったのか、が謎になる。

 

 転生者視点で考えると、私の()()()()()時間軸で起こることを高い確率の未来として感じ取ったのかもしれない。

 

 その先の未来が原作の物語に繋がっていたのだろうし、本来ならそちらの世界線が選択されていたはずなのだ・・・・確認するのは不可能だけど。

 

 

 そろそろ彼らも部屋に引き上げるようだ。感じからすると、恐らく全員が念能力者。

 

 三ヶ月も旅してきたのに相手は既に退治済み。・・・ばれると、とても厄介なことになりそうだ。

 

 しばらくすれば帰るだろうし、こっちもスルーで。

 

 私は、カップに顔を突っ込んだせいでミルクまみれになったピートさんの顔をナプキンで拭い、そっと席を立って店を後にした。

 

 ピートさん、ちょっと最近食べ過ぎじゃないですか?え、はぁ、そうなんですか、いや、女の子達におやつを貰うのは構いませんが、私もピートさんと同じで太らないから食事を減らす必要は無いんですよ?

 

 

 

 なんかちょっとピリピリと嫌な感じがする。念獣達や能力所以(ゆえん)ではなく、私自身の感覚的なものだ。恐らくあの五人組とは関わる事になるのだろう。

 

 ・・・外れると良いなぁ。

 

 

 

 

 




 街は平和。

『ヌエ』が倒された後、もう一度オババが念能力を使用していれば、理由は不明ながら未来が変化したことを察知出来た。


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 54、名前

   54、名前

 

 帰り道に常設の市場に寄って質の良い自家製菓子の材料や、造りたい料理の為の食材やスパイスを仕入れる。流石は湊町。醤油や味噌等が、いわゆる(ジャン)として纏めて扱われている店が有った。米も少量ながら見つけたが、残念ながら長粒米だった。これはこれでうまいが、私は日本米が食べたい。

 

 売っていた棒付キャンディー(ミント味)を一袋買い、肩に乗せてたピートと二人で舐めながらふらふら歩いて居ると、帽子を目深に被った少年が横からぶつかってきた。

 

 「ごめんよ!」

 

 一声かけて脇をすり抜けて行く少年の手から私の財布をスリ返して、代わりに持っていたキャンディー一本(新品)を握らせる。

 

 「なかなかいい腕だ・・・新人かい、マゴット?」

 

 少し前から後ろを付いてきていた少女に、振り向きもせずに声を掛ける。

 

 「・・・ああ、腕は良いんだがちょっと危なっかしくってね、世の中にはカモに見えても手を出しちゃいけないヤバい相手が居るって教えたかったんだ」

 

 辺りに溶け込む涼しげなワンピース姿で顔が見えないように薄布のフードを被っている。華奢な容姿に似合わぬガラガラ声。

 

 彼女はマゴット。

 

 まだ十五才(念獣調べ)だが、年少者ばかりのスリとかっぱらいの犯罪者集団を束ねるスラムの女傑である。

 まあ、ハンターハンター世界によくいる天才少女だ。多分けっこう殺しもやってる。公的には年齢不詳。

 

 子供だからと嘗めれば痛い目に遭う。周囲には当然のように護衛の少年達が見え隠れしていた。

 

 以前に来たときにカモだと思われて矢継ぎ早に狙われ、いったい何人居るんだろうと財布を取り返しながら手に腕前の点数を書き込んでいったら(靴墨)。何か面白がられて、後からマゴットが挨拶に来た。

 

 それからは、妙になつかれてちょっかいをかけてくる。私も、彼らのグループが市場の関係者や貧乏人は狙わず、一切暴力を使わない点は悪くないと評価している。それも生存戦略なんだろう。

 

 「ホテルの五人組、確認したぞ」

 

 見てると寒気がする妙な連中が街に来ているとマゴットから知らせが来て、今朝確認しに行ったのだ。

 

 「・・・どうだった」

 

 以前に会ったとき、犯罪を生業にするより情報を集めて其れを商売にした方が儲かると教えて、それとなく網を張っていて貰っていたのだ。

 

 「あいつらはヤバい、絶対に手を出さないよう良く言っておけ、後をつけるのも命に関わるとな」

 

 マジな口調で告げる。

 

 「そんなにか?」

 

 マゴットも少し動揺している。

 

 「ああ、あの五人でこの街を滅ぼせるだろう」

 

 「!」

 

 そんなことになったら、私も知り合いを逃がしてとんずらかな。めんどいし。

 

 「・・・わ、わかった、うちのメンバーには絶対に手を出さないよう報せておこう・・・この情報、売ってもいいか?」

 

 さっそく情報を金にするらしい。

 

 「好きにしろ、しかし見る奴が見ればすぐヤバいと解る、欲しがる奴が居るのか?」

 

 ここは湊町だ。念能力者は兎も角、ただ一般的な意味で危険な奴だったら頻繁にやって来る。珍しくもないだろう。

 

 「『黒門のミカゲ』がヤバさを保証する相手だ、知りたがる奴には事欠かないさ」

 

 マゴットが嘯いた。後ろに居ても、そのドヤ顔が見えるようだ。

 

 ・・・私は、つい口元が緩んでしまった。

 

 どうやら上手くやられたらしい。

 

 フッ。

 

 私はいきなり振り返り、「情報料だ」と言ってマゴットに財布を渡し、「サービスだ」と口にミントキャンディー(新品)を突っ込んだ。

 

 吃驚して目を白黒させる彼女を置いてするりと離れ、人混みに消える。

 

 ≪把握≫の空間認識能力によってフードの下のマゴットの顔の半分が喉まで焼けただれ、もう半分には刃物の深い傷がいくつも在ることは初見で分かっている。恐らくは全身がそんな風なんだろう。

 

 彼女の名前はマゴット。誰にも素顔を晒さない為、この界隈では

 

 『顔無しマゴット』と呼ばれている。

 

 

 私は、けっこう可愛いところも有ると思う。

 

 

 

 

 市場から離れてちょっと寄り道をする。

 

 以前に散歩がてら歩き回った折りに、見つけたが入らなかった店だ。

 

 表通りから少し離れた路地裏、一見看板も何も無い場末の酒場。

 しかし実体は『賞金稼ぎ(バウンティハンター)』の為の周旋屋(しゅうせんや)の一つである。

 

 賞金稼ぎ──極めて悪質な犯罪者が行方をくらましている場合に、常道以外の捜査捕縛手段として高額の懸賞金が懸けられる事がある。お上に代わって其れを捜し出し、取っ捕まえて賞金を貰う。

 

 簡単に言うとペット捜しの犯罪者版だ。

 

 可愛らしいペットと違って此方の方は生死不問だったり、証拠の首だけお届けする場合が多々有るらしいが。

 

 師匠も『金輪のガリル』の名でやっていた商売で、誰でも何時からでも出来る元手要らずの自由業。だが、それなりの腕が無いと返り討ちに遭うという大変危険なご職業。

 名が売れると師匠のように殺し屋を差し向けられたりもするし、有る意味師匠も向こう側からの賞金首だった。

 

 弟子の私も師の衣鉢(いはつ)を継いで、一応登録だけしておこうと訪れた。

 ぶっちゃけ賞金首関係の情報も頭に入れておこうと以前から思ってはいたのだ。

 さっき上品な店で朝メシを食べていて、悪い奴が野放しで旨いもの食ってるのが何か許せんと思い、その流れで思い出した。

 

 ・・・・・森暮らしが長かった(ひが)みだろうか?

 

 無論、ここでは犯罪者情報も扱っている。て言うか其れメイン。高額の懸賞金の換金は、ここではなく各地の公共機関で行われる。前世の宝くじ売り場的な感じ?

 

 中はバーカウンターと小さなテーブル席がいくつか。

 まだ客はおらず、カウンターの向こうに疲れた感じの痩せたおばちゃんが一人、よれたタバコを咥えて頬杖をついていた。目の下の隈が酷い。

 

 「・・・こんな場末の酒場に来るのはまだ早いんじゃないの?坊や・・・」

 

 頬杖もタバコもそのままに、ハスキーな声がした。

 

 「ここで『特定犯罪者捕縛請負人(バウンティハンター)』の登録が出来ると聞いた」

 

 特定犯罪者捕縛請負人=賞金稼ぎ。

 

 飲み屋や各種掲示板等の張り紙で一部有名賞金首の名は知れ渡っていて、身分を問わず通報若しくは捕まえれば役所で金に代えられる。しかし、細かい賞金首の情報を得るためには、身分を明かして名前を登録しなくてはならない。

 店内は飾り気もなく簡素だ。良く有る賞金額が目立つ手配書のようなものは逆に張られてない。

 

 「・・・・」

 

 おばちゃんが此方をじろりと見た。

 

 

 ちょっと値踏みされたが、登録は名前を聞かれただけで簡単に出来た。時代がら色々ユルい。見た目ガキなんだが。

 自分が店に居る時間なら、何時でも最新の手配書を閲覧できると教わる。

 

 似顔絵入りの手配書は販売もしているそうで、世界手配、近隣の国家手配、当国手配、領地手配、地域手配、他、店に有る全て。千枚程を店先で一度パラパラと見させてもらって全て記憶して済ませた。

 

 地下闘技場で会った『壊し屋(笑)キンブル』君の手配書が有るかと思ったが、見当たらない。もう解決したのか、それとも元々懸賞金が懸けられるような罪ではなかったのか。

 

 賞金首だったら、弟子入りだと言って顔を出したところを取っ捕まえて官警へ突き出そうと思ってたのに・・・そもそもあいつ何から逃げてたんだ?纏う空気感から誰かを()ってるのは間違いないんだが・・・

 

 

 おばちゃんに、「必要なのを買わなくて良いのかい?」と聞かれたので、「もう覚えた」と言ったらちょっとびっくりしていた。余人は皆買って行くようだ。

 

 彼女は別に荒事慣れしたプロと言う訳ではない(修羅場には慣れてそうだが)。ただの雇われの委託された一般人。窓口に過ぎない。酒場の方が本業で、賞金稼ぎの周旋は多分副業。

 大分年を重ねた御姉さんだが、驚いた顔はちょっと愛嬌があった。ちゃんと化粧して夜に会えばきっと化けるのだろう。

 

 

 『緑美楼』裏の家に戻ると、まだ午前中であるにもかかわらず護身術講座の娘達が待ち構えていた。現在昼まで二時間ほど。

 娼妓は夜の仕事であるから、昼過ぎまで音が響く伴奏とダンスは禁止されている。彼女らが早く来たのは単なる顔見せだ。

 一応弟子見習いにしているので、気を使ってくれたらしい。相変わらずやる気と熱量が高い。

 

 「師匠、一つ聞きたかった事が有るのですが、よろしいですか?」

 

 最年少ながら其の熱心さと技量と長女気質のせいで、いつの間にか弟子見習い六人のリーダー格になっているミラ(十六才)が、質問してきた。

 

 「なんだ?」

 

 場所は『緑美楼』の整備した裏庭。現在全員で静かに柔軟中。最近はレベルが上がって、だんだんとヨガじみてきた。

 

 この世界の住人は一般人でも前世のギフテッド並に成長が早い者が一定数混ざっている。ここにいる六人は全員がフィジカルエリートと言って良いほどに身体の使い方が上手い。上手くなっている。

 やはり漫画時空だからか?本気で空気にプロテインが混ざってるのを疑うレベルだ。

 

 ただの一般女子が、僅か三ヶ月であんな高強度の運動(ダンス)に普通についていけるのは、やっぱおかしいんだよなぁ。

 

 ・・・私のせいかなぁ?『念』の有る世界だし、強い意志が肉体に影響を与えてるとかかなぁ。たまたま才有る人間(ギフテッド)が集まっただけなのか?・・・謎だ。

 

 

 「その・・・私達が教わっているこの蹴り技だけの闘いの技能(スキル)ですが、流派というか名前は有るのですか?」

 

 話しかけてきたのはミラだが、全員が聞き耳を立てている。

 

 言われてみれば、決めていなかった。

 

 「・・・必要か?」

 

 回りを見回すと、皆激しくうなずいている。

 

 「是非教えてください!」

 

 最近は段々とボロ布(クッション)入り防具を着けたスパーリングも形になってきているし。技が身に付いてきているのを彼女らも薄々感じ取っている。訓練用の案山子(木人)が度々破損するほどだ。

 

 そのため、それぞれがこの女でも男と闘えるという稀有な武術に誇りと愛着を持ち始めていて、だからこそ人に聞かれたときに何と名乗ればよいか知りたがっているのだ。

 

 単なる護身術じゃダメか、流派とかそんな大袈裟なもんじゃないんだが・・・

 

 そんなこと言われても、森での修行中にいきなり体高九メートルの火食鳥の『霊獣』に(から)まれて、偶々倣い覚えた足技を『円掌拳』の基礎術理の動きに当て嵌めてでっち上げた代物だしなぁ。

 

 う~ん。モチベーションの為にも名前は有った方が良いか?

 

 ・・・元は火食鳥だから、火食鳥流?

 

 字面は格好いいが、語感が酷い。

 

 火食鳥から取って『火喰(ひくい)流』?・・・いや『火喰(ひくい)流』だと『低い』に通じてしまう。

 『火噛(ひかみ)流』の方がましか?『(ひが)み』とか言われないか?

 

 では・・・・

 

 「うん、『火噛(かがみ)流』・・・かな?」

 

 悪くないんじゃないか?

 

 「かがみ流!」×六

 

 なんか、思った以上に受けが良い。

 

 そのままその日の修練は何事もなく終わった。

 

 

 翌週の護身術講座の時間になって、裏庭に出ると、膝丈の小ぶりな白木の一枚板が添え木で支えてあって、

 

 『華神流(かがみりゅう)

 

 と大書されていた。

 

 ・・・こう来たか。

 

 一列に並んだ弟子見習い六人は、いかにも誉めて欲しそうに此方を見ている。

 

 「・・・よい看板だ、名に恥じぬよう今日も修練に励むとしよう」

 

 皆、嬉しそうにしている。私も鬼じゃない。この状況で流石に字が違うとは言えん。娼妓のことを隠語で『(はな)』と呼ぶ事もあるから、多分そこから発想したのだろう。

 

 まあいいや、もうちょっとしてから由来と共に本来の字を教えよう。

 そうだ!『火噛』の方は隠し名と言うことにして、もうちょっと様になって一人前になったら霊獣の件と一緒に教えることにしよう。流派の秘事って事で押しきろう。

 

 もう蹴り関係は一通りさらったし。良い機会なので、上半身を使う技も一個だけ教えることにする。

 手は骨がいっぱい有って(もろ)いし、女子の筋力だと厳しいから腰と肩の回転を連動させた肘打ちだ。

 

 ほぼ零距離の時のみ前方や後方にも打てる。肘なら体幹との連動もしやすいし、上手く肩甲骨を回せれば女子でも自在で強烈な打撃になる。ちょっと難しいか?

 組み着かれた時、筋肉の薄い腋の下を狙い肋骨をへし折り、骨の内側の内臓を直に壊す。頭が狙えれば頭蓋を砕く。

 足技だけだと対応されるかもしれないし、云わば奥技的な秘密の技だな。殺意高すぎるけど、元々急所しか狙わないから今更か。

 練習も、誰にも視られないように隠れてするよう言い聞かせる。

 まあ、若い女の子達が長く秘密を守るのは難しいだろうから、漏れるのは織り込み済みだ。多少なりとも彼女らの結束の一助になればいい。

 

 このままとりあえず一人前になるまでは付き合うつもりだけど、私もそう何時までも一緒には居られない。

 この技が弟子見習いに対する最後の置き土産的なものになるだろう。武技として一応の形にはなったし、『緑美楼』に紐付けされている限り、これ以上の厳しい鍛練は難しい。

 習い事的に弟子見習い卒業の免状でも出すか?

 

 

 おかしい。練習法を蹴りと同じようにダンスに絡めようとしたら、なんか独立して上半身をダイナミックに動かすパラパラとかオタ芸っぽくなってしまった。まいっか。

 

 後は型を心身に落し込んで日々精進し、基礎体力を徐々に積み増してそれぞれの技を深めるだけだ。じきに『沈力』のなんたるかが自然と分かって来るだろう。武術沼は、そこからが深くて面白いんだ。

 

 形になったら指導は終了かな。・・・あれ?弟子見習いが終了したら弟子になるのか?・・・免状も出すし、あくまで『火噛流』の弟子って事で了解してもらおう。暇なときに、相手すればいいや。ある程度腕が上がったら皆伝ということにして修了しよう。

 

 後は個人で高めて下さい。もし、それ以上を目指すなら、武術沼にようこそ。だな。

 

 

 

 数日後にベルデに呼び出された。

 

 修行用のダンスが愉しそうなので、試しにやってみたい女の子達から要望が出ているらしい。

 隠れてやっても覗きに来てる娘はいたし、ノリの良い音楽がかかってれば気にはなるか。

 

 「出来ればもっと一般人に出来そうなレベルのを頼むわ」

 

 とのことだ。

 

 修行用のはちょっとアクロバティックだよなぁ、とは思っていたが、やはり、普通の人から見てもそうだったらしい。

 

 私が関わるとダンス目当てではない(私めあての)者達が集まって面倒なので、講座は、ダンスのレベルを落とし、弟子見習い達六人に持ち回りで指導させる事にして調整する。勿論お給金も彼女らに出るようにした。私にも多少の権利料が入る。

 

 踊りたい者は結構居て、講座は好評らしい。希望者にはパラパラも教えているそうだ。

 

 なお、よそに広がったり歴史に残ったりはしないかも知れないが、楽曲のジャズやヒップホップ、R&Bっぽいアニソンやゲームミュージックは、昔黒人のミュージシャンに教わった事にしてある。ルーツは大事(百年位早い)。子供の私が『昔』と言う表現を使っても、最早誰もつっこむ者はいない。

 

 

 

 私自身は秋には色々と済ませて、目立たぬよう少しづつ世界観光に出ようと思う。師匠の遺言もあるし、未来の聖地巡礼的なものや、この時代の空気的なものを感じたい。シュマの街は言っても田舎だし、ついでにピートの元の主人が残した隠れ家もいつか探したい。

 

 また、戻ってくるけどね。

 

 貧乏旅行も楽しそうだけど、世界を回るんなら其れなりの金も有った方が良いか。

 換金用のブツは色々隠し持ってるんだけど、目立たない様にってのが難しい。

 悩みの内容が、まるでマフィアの資金洗浄問題みたいだ。でも迂闊に人に相談すると情報漏れの危険があるところは似ている。そこまで窮してる訳でもないしこの件は先送りでいいか。

 この先、なかなか手に入らない物の方が、金より価値があるパターンも有りそうだし。

 

 

 

 夕方に、『緑美楼』の廊下で用心棒のウォルターとすれ違った。挨拶すると、何か浮かない顔をしている。

 

 用心棒を辞めたのに、楼内をうろついているのは、そうするようベルデに頼まれたからだ。なんか私が居ると娼妓達のテンションが上がって商売に良い影響が有るのだそうだ。

 ついでの時にぶらついて娘達と挨拶を交わすくらいなら、構わないと了解している。一応『緑美楼』付の『治療師』として多少の金を貰っているから、健康状態のチェックも兼ねている。食事も夜はこちらで取る事が多い。

 

 「どうした、何か心配事か?」

 

 話を聞くと、最近スラムで火事騒ぎが頻発しているらしい。 

 

 「付火(つけび)なのか?」

 

 最近のスラムの火事の話は朝の情報収集でも聞いていた。街の噂によると、スラムで放火による小火(ぼや)が起こるのは珍しい事ではないらしい。しかし、犯人が捕まらないのは珍しいと言う。

 

 街の他の場所と違って、一部は石造りでも板切れ造りの掘っ建て小屋や端材での建て増しが多いスラムでは、放火魔は蛇蝎の如く嫌われる。

 それこそ現場を見つかったら身分を問わず生きてスラムから出られない程だ。普段は敵同士のグループが連携して追いかけ回し、殺意マシマシで襲い掛かる。そしてたとえ深夜だろうと、スラムでよそ者が動いていれば誰かの目に留まる。筈なのだ。

 

 「不思議なことに、怪しいやつを見た者が誰もいないんですよ。しかも火勢がやたら強くて手が付けられない。

 まだ小火(ぼや)のうちから水を掛けても消えないほど火の勢いが強いのに、何故か油の臭いがまるで無い。

 薄気味悪くて、古株のジジイどもは昔の住人や船乗りの呪いだとか怨霊だとか言い出すし、夕べも何人か死人が出てる有り様で、どうにもこうにも・・・」

 

 スラムの連中も、かなりピリピリしてるらしい。

 

 ウォルターの新しい家は、ぎりぎりスラムの外に在る。もう孤児達と共にスラムから出ているので貰い火の心配は無いが、知り合いも多く心配なのだという。

 

 そんな事になってるとは・・・

 

 「・・・そんな大事になってるとは知らなかった、明日にでも一度私も現場を覗いてみよう、視点が増えれば何か解るかもしれん」

 

 この世界だと、本当に呪いや謎の残留思念とかで火事になる可能性もあるからなぁ。

 

 「うちのチビ共も怖がってるんで、そうしていただけると助かります」

 

 ウォルターが、大袈裟に頭を下げる。

 

 「私が行っても何か見つかるとは限らないぞ?」

 

 ウォルターの食い付きにちょっとびっくりする。

 武術と気脈術のせいで、どうも私に対する謎の信頼が一部に蔓延しているらしい。

 

 いや、念関係じゃなくてホントに怨霊とかだったら、逃走一択ですから。

 

 

 

 

 「今日は、忙しいな」

 

 ウォルターに火事の事を相談された其の日の深夜、私は『黒門街』を急ぎの馬車に乗せられて運ばれていた。

 

 「すいやせん、うちの者じゃ全く歯が立たなくて、ホールから追い出す事も出来ないんでさぁ」

 

 夜が深まった頃に『緑美楼』裏の私の家を訪ねてきたのは、以前治療したジョン・ブルート御大の使いだった。

 内容は、『酔蜜殿(すいみつでん)』と言う同じ『黒門街』に有る高級クラブに居座っている酔っ払いの対処。『酔蜜殿』はブルート御大が手掛けていた店のうちの一件で、今は事業を引き継いだ堅実な二代目の養子が差配している。

 

 腕利き用心棒達が子供のようにあしらわれて手も足も出ず、足代を払って帰らせようとしても受け取らず、私の名前を出したと言う。不穏だ。

 

 使いの話では『居座り男』が来たのは少し前で、最初から因縁を付けて暴れる積もりだったとしか思えないと言う。

 

 

 

 

 




 ミラ  第一席 十六才
 メロウ 第二席 十九才
 アンナ 第三席 十七才
 コロネ 第四席 十八才
 ローラ 第五席 十七才
 チャム 第六席 十六才

 ミラは流派の名前から、他は菓子パン


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 55、試し

   55、試し

 

 その男はオーダーシャツを着て小綺麗な靴を履き、ワックスの利いた金髪で紳士然と革張りの大きなソファーに座っていた。

 陽気に鼻唄なんか歌いながら酒を飲み、顔もワイルドな二枚目風なのに、粗野な凄みと野卑な表情が全てを台無しにしていた。

 

 「・・・やっと来たか、ってガキじゃねえか!」

 

 あ~、見た顔じゃないけど、知ってる声だわ・・・

 

 こいつ、先週確認した念能力者五人組のイケイケ男だ。会わないようにしてたのに、向こうから来たかぁ。

 

 めんどくさい事になった。

 

 「呼び出した相手の情報も無いのか・・・誰だか知らないが行動がスラムのガキレベルだな、服じゃ育ちは誤魔化せないぞ、チンピラ!」

 

 見た感じ(いか)ついが、弄られキャラだった筈なのでとりあえず煽っておく。

 

 奥の通路脇で面白そうに騒動を見物していたブルート御大と、でかくて無表情な二代目に黙礼する。二代目が頭を下げ、御大が片手で軽く挨拶を返した。

 糸目の二代目が無表情なのはいつものことだ。常に御大ファーストなので、そこさえ間違わなければ付き合いやすい。

 

 大きなホールに他の客の姿は無く、ほぼ中央で強面の用心棒達が遠巻きに『居座り男』を囲んでいる。御大達の後ろ、店の奥に避難したらしい従業員達の気配。

 

 酔い潰そうとしたのか、居座り男の側のテーブルには蒸溜酒の酒瓶が何本も並んでいた。それともただの飲ん兵衛か?

 どっちにしても効果は無かったようで、見た感じほぼ素面。

 

 「なんだよ、一端の口きくじゃねえか、そんなに期待させんなよ」

 

 怒りも苛立ちも見せず男が持っていたグラスを置き、ニヤニヤ笑いながら嬉しそうに言った。

 

 ちっ、こいつ戦闘狂だよ。

 

 男がギョロりと此方を睨み付け、次の瞬間ぶわりと濃密な殺気が放たれた。私以外の全員が一瞬で硬直する。

 腕の立つ猫だと思っていたら格の違う虎だったと気付かされたのだ。

 

 「・・・お前が噂のミカゲなら、此方の(ため)しに少し付き合って貰うぞ」

 

 殺気を受け止めた私以外の全員を無視し、男は瞬時にオーラを纏いはじめた。緩みの有る雰囲気が消え、流れるように立ち上がる。

 

 "練"いや、"堅"だ。

 

 それも、なかなかに高レベル。

 

 武の方も素人じゃなさそうだ。

 

 「・・・試しとやらには付き合ってやるが、ここはダメだ。ついて来い」

 

 下手には出ずに話を了承し、店に迷惑を掛けないよう移動を促す。

 

 よくわからんが、何か確信が有って来たわけでは無いらしい。

 

 「・・・あ、酒代は払えよ」

 

 迷惑料込みで酒代は出させる。

 

 思ったより強いかもしれない。多分相当場数を踏んでるベテランクラスの戦闘系念能力者だ。ちょっとワクワクする。隠れてやり過ごす事が出来ないのなら此方も実戦経験を積ませてもらおう。

 

 

 いざとなったら何時でも逃げられるし。

 

 

 不意打ち対策として男と同程度にオーラを纏い、背を見せて先に外に出る。

 

 あまり人目につきたくない。『酔蜜殿』から路地を抜け、裏町を出て境界の水路を跳び越え『黒門街』の外、造成もされていない無人の荒れ地まで一気に走る。

 

 落ちないように、帽子を押さえる。

 私の格好はカンカン帽にアロハっぽい刺繍のシャツ(何故か派手な花柄)。七分丈につめたズボンと裸足に紐靴。

 私の衣類は、イメージ図を書いてマギーに伝えると、似たようなものが後日届くシステム。何故か代金を請求された事は無いが、同じような服を着ている者をたまに見かける。逆に取るべきか?

 

 余計な見物人を振り切る為、かなりの高速を出したが男は余裕でついて来た。

 

 

 「さて・・・ヤる前に名前くらい名乗ってほしいんだが?」

 

 やけに楽しそうで足取りも軽い男に声を掛ける。当然だが二人とも息も乱してはいない。彼我(ひが)の距離は十メートルほど。

 

 男の構えはリラックスしていて、そのくせ今にも飛び込んで来そうに見える。殺し合いじゃない筈だが殺気は濃厚。

 

 「俺の名はバッハ、今は協会の雇われハンターだ・・・」

 

 やっぱハンターか。

 

 「協会って、ハンター協会か?」

 

 ・・・二人目。

 

 「そうだ、今更びびったとかは無しにしろよ!」

 

 それも、いわゆる協専ハンター。

 

 となると、連中の後ろにいるのはハンター協会?予知に基づいて念能力者が対処出来そうな災害案件を潰して回ってる。とかか?それともそういう依頼を出す別の組織が在るのか?

 

 ・・・・・あれ、これもしかして近代五大陸(V5)案件か?暗黒大陸に関する不可侵条約を締結したの、確か今頃じゃなかったっけ?締結がまだでも其れなりに情報は出回ってるだろう。

 

 暗黒大陸不可侵の取り決めは、下手に触るとマジ人類絶滅案件だから、極力ノータッチで行こうね!と言う人類世界五大陸の主要国が結んだ、ズッ友条約。二百年後に新キャラのカキン君がやって来て崩れる。

 

 ハンターハンターの世界は人類絶滅級の災害がポロポロ起こる。情報が新しい今の時代に、予備的救済策としてこういう対応チームが有ってもおかしくはない。

 暗黒大陸から紛れ込むアレコレとか定期的に有りそうだし。それに対処するよう内々に近代五大陸関係から依頼が出されてても不自然じゃない。

 

 ・・・なんだか深く関わると巻き込まれそうな気がする。ここは上手いこと受け流す方向で・・・

 

 「私の名は知っているようだから、自己紹介はしないぞ。ハンター協会が、何でまた私を?」

 

 一応確認。

 

 「色々あんだよ、大した事じゃないから気にすんな・・・んじゃ行くぜ!」

 

 くそっ、話になんねー。やっぱノーキンだわ。

 

 真っ正面からの迫撃に次ぐ強引な攻めを幾度か軽く捌き、わずかな隙を突いて投げ飛ばす。

 

 バッハ氏はギリギリで上手いこと自分から跳び、間合いが離れる。

 

 せっかちさんメ。

 

 私は追わず、待ちの構えを崩さない。

 

 挨拶代わりの小手調べも終わり、腕試し本番。

 

 バッハ氏はさっきよりも更に嬉しそうだ。

 

 みしりと音を立て、武者震いを抑え込んでいるように拳を握り込むと、身体が一回り大きくなった。間違いなく強化系だ。

 

 再びの邂逅。

 

 ちょっと速くなった。

 

 

 相手が攻撃し私がいなす。氏はフェイントも揺らぎも多用しているが、体幹に僅かな乱れが在り、先読みで容易く抑え込める。

 

 パワー上げただけじゃ、通用しないよ。

 

 私が体力有り余ってるタイプだから、そういうの念獣達との訓練で慣れてるし。

 

 痺れを切らした相手がオーラ量を増やし、さらに上がったスピードとパワーに合わせて私も使用オーラを増す。

 技術的には相手の"流"によるオーラ運用に正確にオーラ量を合わせ、攻防バランスを維持する。

 

 "廻"(しき)"流"。本格使用は初。

 

 大丈夫そう。実戦でもスムーズに廻せる。

 

 てか思ったより余裕。

 

 どうやらベテランハンターにも私の武術とオーラの分配率操作法(廻式流)は通用するようだ。

 

 一般的な"流"と違い、オーラを体内移動させるのでオーラの攻防量を読み取り難く、ちょっとやりづらそうだ。 

 

 思わぬ副産物。

 

 あれ?・・・このままだと勝ってしまうのではないか?

 

 なんか戦闘用の"発"は無いの?

 

 それがハンターハンター世界の戦闘の醍醐味でしょうが!

 

 既にオーラ量と身体能力やセンス頼りの闘法は大体解った。想定を越えてはいない。

 

 所詮相手は人間さんだ、単純な格闘戦なら念獣ドーピングで体力に勝る私が圧倒的に有利。剛と柔、武術の相性も分がある。

 

 相手のスタミナ切れを待つのもあれなのでちょっと趣向を変えると、大木を丸太で叩くような連続音が鳴り響く。

 

 さっきまでは受け流して打撃音などしていなかった。

 

 わざと攻撃を真正面から受け止め、当たれば何とかなるのではなく、そもそも力でもこっちが勝っていて、通用していないと相手に知らしめる。

 

 文字にすると、『無駄!無駄!無駄!無駄!』だろうか?

 

 「くっ!・・・はぁぁぁぁぁ!」

 

 バッハ氏が、更に気合いを入れ感情に任せてオーラ量を一時的に増やしスピードとパワーを向上させる。

 

 まるで漫画の主人公のような強化系の戦闘ムーブ。

 

 

 見応えは有るんだけど・・・

 

 

 "発"は?

 

 

 どうもバッハ氏。"発"は有っても使用に制限があるか、近接戦では使いづらいか、戦闘用の"発"はもっていないかのどれからしい。あ、見た目子供との『試し』だから態と使ってない可能性もある・・・いや、ここまで追い込まれたら戦闘狂なら躊躇なく使うだろ。快楽最優先だもんな。

 

 

 バッハ氏の戦いの基本の動きは、最速で近づいて殴る。それだけ。

 

 我流ながら経験によって洗練され、なかなかに隙が無い。体幹もよく練れている。

 

 て言うか、殴り合いメッチャ好きそう。

 

 しかもまだ段々速くなって行く。流石は強化系。

 

 でも、私にはまだ温いようだ。

 

 師匠と『円掌拳』のおかげか、念獣達との十年に亘る特訓の成果か、残念ながら武術技巧としての練度が違いすぎる。

 

 彼も恐らく天才と呼んでもおかしくないセンスの持ち主なのだろうが、私は少々鍛えすぎたらしい。念獣達の頑張りもあって大分埒外(らちがい)に近づいているようだ(予定通り)。

 

 そろそろ攻撃しようと本来の受け流す形に戻し、受けていた打撃を流し、ショートモーションで下から顎を掌打で打ち抜く。

 

 手応えがあったのに、即座に反撃が来た。スイングパンチ一発。流石、悪くない。一歩下がり間を取る。

 

 ・・・・・・

 

 ?

 

 構えたまま、相手が何故か動かない。

 

 左目の≪観測≫の視界に、

 

 【念能力者、男、気絶中】

 

 のタグが付いた。

 

 「・・・あら?」

 

 どうやらカウンターアタックの起こりを察知出来ず、さっきの打撃をまともに喰らって立ったまま意識を失ったらしい。気絶しながらも反撃出来たのは鍛え抜かれた闘争本能のなせる技か。

 

 ちょっと『衝撃の制圧圏(バースト・ヘヴン)』の衝撃波(バースト)を込めたせいで『震打』のように攻撃が防御を貫通したらしい。

 

 

 「・・・このままほっといて帰ったら、また来るよなぁ」

 

 今もまだ剣呑な気配が有るので、此方が攻撃すれば無意識に反応して襲ってくるだろう。見た目ほど無抵抗と言う訳ではない。

 しかし、柔軟性は格段に落ちている。私ならこのまま止めを刺す事も可能だ。

 

 「・・・でも、連れが居るだろうしなぁ」

 

 殺すと厄介事が雪だるま式に増える気がする。

 

 待つしかないか。

 

 「はぁ・・・」

 

 ピートを連れてくればモフモフして時間を潰せたのに。

 

 やはり煙草を覚えるべきか?

 

 

 ・・・・・三分経過。

 

 

 「・・・!」

 

 どうやらバッハ氏の意識が戻ったようだ。記憶が繋がっていないらしく、二、三度虚空を殴り付けて、やっと目の前に相手(私)がいないことに気が付いた。

 

 「・・・おおっ?」

 

 キョロキョロと辺りを見回し、近くの古い切り株に座って苦笑いで待っていた私を発見し、ばつが悪そうに頭を抱えた。

 

 「・・・マ・ジ・かょォォ」

 

 語尾が弱い。どうやら状況を理解したらしい。

 

 つまり、私が彼を殺そうと思えば簡単に殺せたということを。

 

 「・・・もう試しとやらは終わりで良いな?」

 

 水に落ちた犬を棒で殴るような行為だが、確認しておかなくてはならない。

 

 「・・・ああ」

 

 散々上から目線で()()()()おいて、一撃(ワンパン)で気絶させられたのだ。

 恐らく彼の人生においても一、二を争う黒歴史が刻まれてしまった事だろう。

 

 「一応理由を聞いておきたいが、かまわないか?」

 

 関わりあいになりたくはないが、情報は欲しい。

 

 「すまねえ、余り詳しくは言えねえんだが

・・・」

 

 バッハ氏の話を纏めると、彼は仲間ととある事件について調べていて、街の噂になり始めた私のことを聞きつけたらしい。突然街に現れ、しかも尋常じゃないほど腕が立つと。

 

 「それで私の事を捜していたと・・・それは、犯人としてかな?」

 

 彼らが捜しているのが人ではなく、死獣『ヌエ』だと予想は立っているが、ここで口を割る訳にはいかない。

 一体私の何を疑っていたのか明らかにして、出来れば無関係だったと言質を取っておきたい。

 

 「いや、実は・・・犯人があんたに化けてる可能性が有るって言う奴がいてなぁ」

 

 ブッ!

 

 流石にそれは考えてなかった。私があの『ヌエ』の化けた姿?あのキモいサル擬きの?

 

 どうやら彼らも『ヌエ』に対して詳しい情報を持ってる訳ではないようだ。

 

 「・・・よくわからん、疑いは晴れたのか?」

 

 こりゃ、しらばっくれてれば穏便にやり過ごせるか?

 

 「ああ、本物は人を殺すのが生き甲斐みたいなしぶとくて厄介な奴でな、俺がまだ生きてる事で疑いの余地は無くなった」

 

 迷惑を掛けた。と言ってバッハ氏は軽く頭を下げる。意外に素直。強化系っぽい。

 

 「・・・しかし、あんた強すぎるぜ。

 俺だって協会じゃ武闘派で其れなりに名が通ってるのに、丸っきりド素人の小僧扱いだ。本当に見かけ通りの歳なのか?」

 

 ドキ!

 

 バッハ氏、ノーキンのくせに意外と鋭い。ノーキンだからか?

 

 「・・・まっ、バッハ殿の見ての通りさ」

 

 帽子を取り、ちょっとおどけてポーズ。秘密厳守はトラブル回避の基本。そう簡単に個人情報は明かしません。

 

 「ちっ、まぁいーや、俺に勝ったんだから敬称は要らねーよ。今度会ったら酒でも奢らせてくれ」

 

 そう言って、バッハは帰っていった。

 

 いや、飲めるけど。子供に言うこっちゃねーな。

 

 

 

 「・・・・・バッハのお仲間さんだろう?私もあとは帰るだけだから、付いてくるのは止して欲しいんだが・・・それとも別口かな?」

 

 離れた藪の陰から此方をうかがっていた人影に、声をかける。

 見事な穏行だが、『山猫先生(にゃんこ先生)』直伝(誇張有り)の私には及ばない。

 

 ・・・・誘いの鎌掛けだと思っているのか、なかなか出てこないのでグルンと首を回し、隠れた藪にちょっと殺気をぶつけてみる。

 

 ・・・・おろ?消えたよ。

 

 突如、空気に溶けるように藪の中の気配が消失した。

 

 藪漕(やぶこ)ぎしてさっきまで気配の有った場所を覗いて見る。≪嗅覚≫には反応はなく、人の臭いは残っていなかった。

 しかし、≪嗅覚≫の発展技能、二次権能の≪覚醒≫がオーラの痕跡を匂いとして感知した。

 つまり、ここにいたのは実体ではなくオーラ体、恐らく何らかの"発"による分身のような物であると考えられる。

 

 多分、バッハの仲間の情報収集を指示されていた三下口調の『ギムリット』氏の"発"ではないかと思う。

 『酔蜜殿』を出た所からずっと付いてきて、バッハが気絶した辺りでは心配そうだったし、勘だけど間違いないと思う。

 

 本体は別なとこにいるタイプの操作系か具現化系の能力者。一度に動かせる個体数にもよるけど、定石通りなら戦闘より斥候向きの能力のはず。

 

 単なる偏見だが、多分苦労性な気がする。

 

 

 さて、確認は済んだし後は御大と二代目に挨拶して戻るだけだ。帰りも馬車出してくれるかしら。

 

 明日はスラムで火事場の検証だ。

 

 ・・・それも今夜の内に?

 

 いや、ダメだ!

 

 祟りとか怖いから、夜行くのは勘弁してもらおうか!(堂々)。

 

 

 

 




 店に戻ったら御大に誘われ、皆で宴会になった。


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 56、火

後書きに主人公の現時点での能力表記。


   56、火

 

 「ここもか・・・・見事に燃え落ちてるなぁ」

 

 翌日、私は早朝の修練を終えて市場での食事後にスラムに来た。

 今は近くにいた子供に案内させ、火事場を回っている。

 

 「・・・ここでも死人が出てるのか?」

 

 なんか増えて、いつの間にか七人になった子供が揃って頷く。最初は一人だった。

 

 放火があったのは全部で五ヵ所。その全てで死傷者が出ている。

 スラムでは、家族や知りあい同士で身を寄せあって暮らしているのが普通だ。入れ替りが頻繁で住むに適さない空家も多い。

 

 無差別ではなく、明らかに人を狙った放火。

 

 犯人は大分イカれてる。

 

 

 未だ焦げ臭い匂いの残る一番新しい現場では、近所の住人による片付け作業が既に始まっている。

 

 「・・・酷いもんでしょう」

 

 邪魔にならない場所から状況確認していると、様子見に来たらしいウォルターが隣に立って話しかけてきた。

 

 現場の周囲には同じスラムの野次馬が集まって噂話をしている。彼らも不安なのだ。

 案内役の子供達は、全員に飴玉(大)を一つづつやって解散させてある。今は皆最前列でほっぺたを膨らませて片付けを眺めている。

 

 「・・・ああ、そうだな」

 

 気配は隠していないので、スラムの野次馬達も片付け作業中の住人も、ミカゲが来ているのには気づいている。

 惹き付けられるように誰もが視線をチラチラと此方に向けて様子を窺う。

 しかし、ウォルター以外に声を掛けてくるものはいない。

 

 短期間に名を売ったミカゲの異名は、既にそう安くはないのだ。パンピーでは気後れがする。

 

 女達は、ちょっと頬を染めて綺麗なものを見れた事を喜び、男達も生で噂の有名人を見れたことに興奮し、隣にいる誰かに小声で話している。

 

 その全てを≪観測≫と≪把握≫でぼんやりと認識しているが、私の意識はそこには無い。

 

 今の私の念獣達の力(感知能力)なら、火事現場の検証など数秒で済む。作業する住人の動向に目を止めるような怪しさは無く、気になるのは別のことだ。

 

 私は少々困惑し、胸に抱えたピートのモフモフの背中や頭を撫でながら今日得られた情報を吟味していた。

 毎日一緒に風呂に入っているピートの毛皮は、常に天鵞絨(ビロード)のように滑らかだ。

 

 

 ・・・どういうことだ?

 

 

 ピートは私の左腕に腰掛けて(くつろ)ぎながら私の袖を引っ張り、私が指先にぶら下げた小袋から摘まんでいる殻付き胡桃を催促してくる。

 元々ピートのおやつ用なので構わないのだが、割るのは私の役目だ。最初の一個は自分で試したが歯が立たず、無理だった。可愛い。

 

 ピートは飴も好きだけど、子供達に配った残りの飴はウォルターに土産としてあげたのでもう無い。

 

 

 私の集めた事前の情報によると、

 

 放火は全て深夜に起きている。

 

 昨夜まで目撃者は、いない。

 

 火の回りが異様に早く、付けられた火は暫くの間なぜか消せない。

 

 

 事件は先週から起こっていて、二回目以降は見回りも頻繁に行われているのに、それを嘲笑うかのようにこのところ連日起きている。

 

 放火が起きているのはスラムだけで、仲間内での事件として警邏は動かない。

 スラムを根城にしているチンピラグループは皆ピリピリしていて、怪しそうな者は誰彼構わず小突き回しているが、成果は何もない。

 

 昨夜、目撃者かどうか解らないが、現場近くの通行人が路上で生きたまま燃やされていて、複数人が悲鳴を聞いている。

 

 ・・・怪しさ天こ盛り。

 

 怨霊とかの祟りで無いことは、最初の現場ですぐに解った。

 

 『(ピスケス)』の二次権能≪覚醒≫が反応したのだ。

 

 ≪覚醒≫は、オーラの痕跡を匂いとして感知する探索系の権能。

 

 すなわち、この放火事件は念能力者の『炎熱』系"発"によるものだ。

 

 そして、昨日のバッハの『試し』の時の『消えた見張り』と違って、今回はオーラで出来た分身のようなオーラ体ではなく本人が犯行を犯している為、同じ『(ピスケス)』の一次権能≪嗅覚≫で犯人の特定も既に終わっている。

 

 しかも、何処に居るかも既に判明している。

 

 ・・・しかし、でも何で?

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・何で、協専ハンターがこんな何の意味も無い事を?

 

 

 

 判明した犯人の(にお)いは、先週上等な宿のレストランで店内にいたバッハ達の五人の仲間の内の一人のものだ。

 

 初めは何かの陽動とかスラムに隠れた誰かのあぶり出しとかを疑った。

 例の『死獣』探し以外に何か仕事を請け負ってるとかね。

 

 しかし同じ奴に、チンピラから女子供と昨夜は通行人まで無差別に焼かれている。これはおかしい。

 更に、犯人の位置取りから火を着ける以外の意図が見えない。あまつさえ、放火後にちょっと離れて燃える様子を観察していた節まである。

 

 

 ・・・もしかして、本物の単なる放火魔(パイロマニア)なのか?

 

 

 厳しい試験を乗り越えたハンターだからといって、まともな人間性を有しているとは限らない。

 

 このあいだの、()()ばらして売り払ったガスクート商会に雇われていた残念念能力者の『チェアマン』もライセンス持ちのハンターだったらしいし、原作にも悪党のハンターは色々いた。

 

 常軌を逸した能力を持つハンター達、念能力者達は少なからず常軌を逸した部分を持つ者がほとんどだ。それが法や社会の枠組に収まるかどうかは、多分に本人の資質に左右される。

 

 原作主人公もけっこうアレだったし。そのツレは職業暗殺者の一族だった。

 

 

 好んで人を殺めるほどおかしいのは全員か、それとも犯人のみか・・・

 

 ・・・昨日会ったバッハは、割とまともに見えたんだが。

 

 「・・・いや、問題はそこじゃないな」

 

 

 結局は、ヤるかどうかだ。

 

 

 「何か言ったか?」

 

 まだ隣にいたウォルターが、私の独り言に反応した。

 

 「いや、何でもない・・・面倒な事件だと思ってな」

 

 適当に誤魔化す。

 

 「そうだな。段々派手になっているから、犯人がスラム外に手を出すのも時間の問題だ」

 

 ウォルターが妥当な見解を述べた。そう言えば昨夜は通行人も焼死している。

 

 「・・・そう思うか?」

 

 余り手を突っ込みたく無いが・・・

 

 「そうなってからでは遅いのに、警邏隊の連中はこっちの言うことを聞きやしない!」

 

 そうなってからだと遅いか・・・

 

 これ以上関わると、『地方のちょっと強い使い手』というスタンスを越えて、ハンター協会に情報が流れすぎるから出来れば避けたかったんだが・・・

 

 この時代、人権意識などほぼ存在しない。弱いものは搾取されて当然だし、それを疑問に思う者もいない。税をまともに納めていないスラムの住人が勝手に造ったバラックで何人死のうが、領主も官吏も気にもしないだろう。

 

 もしかするとハンター協会も。

 

 そして恐らくは、その構成員も。

 

 ・・・前世の価値観かもしれないけど、そういうのって何だかちょっとムカつく。

 

 バッハの強さはそれなり程度だったが、他の面子はどうだろう。

 

 嫌な流れだ。

 

 けど。

 

 ま、好きに生きると決めたんだ。

 

 厄介事は正面から叩き潰す方が楽しいし、王道で分かりやすいやり方だろう。

 

 

 傲然(ごうぜん)と。

 

 顔を上げて行こう。

 

 

 歩むなら。

 

 心踊る方へ。

 

 

 常軌を逸しているのは状況か?それとも私か?

 

 力はつけた。強さは原作基準でそこそこ。

 

 誰が相手でも、逃げるための努力は既に終わっている。

 

 たとえこの街を去ることになっても、私という人間の基礎情報は既に()れた。

 その念能力の傾向を含めて、『クルタ族』としての私が裏で動くための表側『ミカゲ』の人物像と情報は、この時代の人間社会に血肉をもって刻印されている。私の姿であれば、人里から離れて隠れ住む必要も無い。

 

 「・・・そうだな、私も心当たりに声を掛けてみよう」

 

 それでも先ずは話し合いから。穏便に済むならその方が楽だし。

 

 「・・・よろしく頼む」

 

 ウォルターは真摯に状況を憂いている。相変わらずスラムの誰より(いか)つい癖に、この世界には勿体無いほどの善人だ。

 

 『緑美楼』の用心棒稼業を弟子のベイツに任せ、深夜の見回りにも飛び入りで加わっているらしい。犯人と出くわして死なせるのは惜しい。

 

 

 それに、手を出す理由が、無くも無いんだよなぁ・・・

 

 

 胡桃も無くなったし、ピートは危ないから家に戻って置いてこようとしたが、

 

 「ギャ!(ついてく!)

 

 と、叫びと共に後ろ頭に張り付いて動かなくなった。

 

  しょうがないから連れて行く。

 

 一人、いやピートと二人で火事場を離れて歩き出し、港湾区画にある旅行客用のちょっと上等な宿を目指す。

 

 先週朝食を食べた同じ宿だ。

 

 そこに、バッハと仲間達がまだ泊まっているのだ。

 

 実は今も≪観測≫のマップ機能に彼らの現在地がマーキングされていて、リアルタイムに場所を表示している。実を言うと私にも何で場所を特定出来るのかさっぱり解らない。念獣に聞いてみたが、マップ機能を発動するときに一緒に精査するらしい事がぼんやり判明したけだ。

 どこまでも追いかけられる訳ではないが、街中くらいなら余裕。

 どうでも良いんだが、念獣のやることが年々高度になってきて説明されても解らない場合が多くなってきてるような・・・気のせいか?

 

 現在、五人ともまだ宿に居るらしい。

 

 最悪、もし連中と本格的に敵対したらどうするかって事だけど。

 

 

 ・・・・・面倒臭いから全員消すか。

 

 

 犯罪者の仲間ってことで、問答無用で全員死亡ってことにしちゃおう。何なら行方不明でもいい。時代的に珍しくはなかろう。死体は消せるし。

 

 最悪のパターンとして、生き残りが私の事を逆恨みして協会に戻ってから賞金首として世界手配にしたりすると、動きづらくなる。

 

 彼らと完全に揉めた場合の最終ラインは其処にしよう。その方が私が平和だ。多分世界も。私、本来存在しないはずだし。

 

 

 ま、何か想定外の事が起きて本当にヤバければ全部ほっぽって逃げるんだけどね。

 

 

 

 港湾区画の煩わしい騒ぎから離れた海岸沿いの片隅にその宿はある。

 

 手入れされた庭園と馬車用のロータリーを横目に瀟洒な宿の裏手に回る。

 やりあう可能性がある以上、人気(ひとけ)は無い方が良い。

 

 裏庭は、馬房や馬塲のスペースと申し訳程度に整地された広場に分けられていた。

 

 私は、空き地にポツンと置かれたベンチに座り、何をするでもなく只消していた気配を解き放ち、軽く"練"のオーラを纏って存在感を増す。

 今の私がオーラを纏っていれば、ただそれだけで近くに居る一般人なら息苦しい重圧を感じるだろう。そんな気配を彼等が感じ取れない訳はないのだ。

 

 すぐさま、相手の行動に変化が出た。

 

 流石腕利き。

 

 普通、念能力者は腕が立てば立つほど気配を隠す。実力が高ければ高いほど存在感は増し、常人の中に埋没するのが難しくなるからだ。

 

 今回は、それを逆手に取った。

 

 せっかくバッハを上手く誤魔化したのに無駄になるが、交渉内容的に一定の実力が在ることを示しておかないと、嘗められて相手にしてもらえないだろうから其処は諦める。

 

 

 「・・・あんたかよ、呼び出しにしちゃ穏やかじゃないな?」

 

 出てきたのは当のバッハだった。部屋着らしいラフな格好だ。怪訝そうな顔をしている。

 

 「すまんな、少し厄介な事件に巻き込まれて、交渉に来たんだ・・・残りのお仲間も一緒に聞いて欲しいんだが呼べるか?」

 

 立ち上がって話す。ピートは肩に。

 

 ピクリと目元が動き、知ってんのかよ!と言いたげに顔が険しくなる。

 

 「・・・・ここは私の街で、あんた方は余所者だ。そちらが私を調べるよりも、私がそちらを調べる方が容易なのは当然だろう?」

 

 私は、隠しから・・・いや、正確には念獣達に頼み込んだ四つの『早出し(ファストムーブ)』の最後のひとつ。『右手(キャンサー)』の二次権能≪召喚≫の『早出し(ファストムーブ)』、

 

 『あり得ざる小さな世界(フォーチュン・イン・ザ・ポケット)

 

 から、何時もの顔石の杖を取り出し、くるりと回して目の前の地面に突いた。

 

 『あり得ざる小さな世界(フォーチュン・イン・ザ・ポケット)』は、どうしても欲しかった貴重品倉庫。モデルはみんな知ってる某猫型ロボの便利なポッケ。

 

 最初はティッシュボックス一つ分ほどしか容量がなくてガッカリしたけど、その後徐々に増え、今は前世の庭に置くタイプの市販の物置小屋ほどである。中には色々入ってる。例によって発動すると光るのだが、光るのはポッケの中だけなので、取り出す所を見られなければ大丈夫。

 

 今回も、一見背中に回していた杖を前に持ってきただけに見えるよう偽装する。それに、そうしないと、なんか妙な具現化系に見えてしまう。

 

 「・・・まあそうだよな、今呼んでくる」

 

 バッハは、あっさり了解して宿に下がった。どうやら彼らは最上階をワンフロア借りきっているらしい。流石ハンター。金あるなぁ。

 

 

 さあ、始まる。

 

 

 さあ、世界を楽しもう。

 

 

 さあ、其れを始めよう。

 

 

 「はじめまして、私はクロンドルだ」

 

 五人集まると、中央の偉丈夫が抑制の利いた声で名乗った。上質だがラフな服。腰に装飾付きのブロードソードを吊っている。

 

 「アーシアよ」

 

 おっとりした美女。額にヒンディーのようなメイク。

 

 「ビョドーじゃ」

 

 禿げた爺さん。ローブ姿。

 

 「ギムリットっス」

 

 小柄なおっさん。灰色のマントを着けていて服装や装備が解らない。

 

 「そして俺がバッハ、今回のうちのチームはこれで全員だ」

 

 顔見知りのバッハが互いを引き合わせる。

 

 「わざわざの自己紹介痛み入ります。私はここいらじゃ『黒門街』『緑美楼』付き療法士、『黒門のミカゲ』で通ってます」

 

 それっぽく名乗り、軽く頭を下げた。ちょっと黒社会の人っぽいか?敵意は無いヨ。今日の私は定番化したアロハ風のボレロとニッカボッカ風のダボダボパンツ。

 

 

 「昨日は無理に呼び出して面倒かけちまったからな、ただ宿から出てくるくらいどうということはない。」

 

 バッハが軽く返した。微妙に漂う緊張を解きほぐそうとしているようだ。

 

 「・・・皆様ただ者ならず、本来なら間に人を入れ今夜にも一席設けて正式な顔合わせといきたい所ですが、そうもいかない事態にあいなりました」

 

 一つため息を吐き、彼らが漂わせる緊張を無視して告げる。

 

 「どういう事かね?」

 

 彫りの深い顔の眉をひそめてクロンドル氏が問うた。

 

 「皆様がご存じか知りませんが、最近この街のスラム街で付け火が頻発して起きております」

 

 何人かが、ピクリと反応した。バッハ氏とアーシア女史だ。

 

 「その解決をお手伝い願えないか、と顔を出した次第です」

 

 いたって平静に問いかける。

 

 「それは・・・犯人探しを手伝え、という事かね?」

 

 クロンドル氏が、視線を強くして威嚇ぎみに返してきた。

 

 何か知ってやがるな。

 

 「は?・・・・いやいや違いますよまさか」

 

 私は、思ってもみなかったと、驚きを露に顔の前で童子のように手を左右に振った。

 

 空気が少し弛緩する。

 

 

 「私は只、皆さんに街から出ていって欲しいだけです」

 

 

 私の遠慮の無い言葉に、弛緩した空気が一瞬で緊張をはらんだ。

 

 「その、放火犯の老人を連れて」

 

 露骨にビョドーを指し示す。上手く隠して誰も動揺を見せるものはいない。だけどみんな無表情すぎ。

 

 「・・・ホッホッホ、これはこれは、坊ちゃんはこの年寄りが恐ろしい放火魔だとそうおっしゃる」

 

 ビョドーがすっとぼけてアイスブレイク(緊張緩和)を試みる。

 

 私は、記憶の中にある一枚の手配書を思い出し暗唱する。

 

 

 「『国際指名手配犯、

 

 連続放火兼殺人犯、ビョドー、

 

 通称、火葬人ビョドー、

 

 生死を問わず、懸賞金、金貨三百枚と銀貨二十枚』、

 

これ、あんたのことだよねぇ?」

 

 前世の価値で、三千跳んで二万円。

 

 ビョドーを始末したい私の個人的で些細な理由とは、賞金稼ぎ(バウンティハンター)としての獲物にしたいという事だ。なるべく早めにこの業界で実績を挙げておきたかった。

 

 そういやチェアマンにも金貨百枚の賞金が掛かっていたが、さすがに此方を仕事にするわけにはいかない。手配書があったということは、まだ死んだとは広まってないのだろう。

 

 「・・・・」

 

 ビョドーが胡散臭い笑顔を引っ込めた。

 

 「隠れるのは止めて、出くわした目撃者は燃やすことにしたみたいだけど、当たりが付けば調べる方法は色々在るんだよ・・・」

 

 臭いで解ったのは秘密だ。

 

 「チッ・・・めんどくさいガキだ」

 

 ビョドーの声が低くなりイラつきが混じる。

 

 「そりゃどうも」

 

 私は塩対応を変えず、にこやかに返す。

 

 「俺はな!・・・化物を滅ばすために街一つ燃やし尽くして構わんと言うからクソババァとの契約に乗ってこんなクソッたれな田舎町までちんたらやって来たんだ!」

 

 ビョドーが、顔の髭に覆われていない部分を真っ赤にして語り始めた。あと、一人称が儂から俺になってる。

 

 「ビョドー、よせ!」

 

 バッハが止める。まだ、仲間意識が在るらしい。

 

 「それなのに何だ、化物なんざ影も形も居やしねえ、街は至って平和だから余計な騒動を起こすなだとぉ!

 ・・・誰に向かって口を利いてやがる!暇潰しのお遊びでスラムの住人を何人か焼き殺した位でうるさく騒ぎやがって!」

 

 ビョドーは止まらない。

 

 「・・・・なるほど」

 

 それまで黙って聞いていたクロンドル氏が、思案げにちらりとビョドーを見た。

 

 「・・・・」

 

 尚も何か言おうとしたビョドーはピクッとして黙ったが、苛立ちは隠せていない。

 

 「穏便な解決策の提示はありがたいが、此方にも(いささ)か事情がある。もうしばらく待ってもらえないかね?」

 

 クロンドル氏が対案を提示した。

 

 「勿論その間、追加の放火事件が起こらないことは確約しよう」

 

 彼は、大分譲歩している積もりなのだろう。

 

 「・・・ほう、では次に彼を見掛けたら頸にしても良いということで?」

 

 私は、おどけて手刀で自分の首を切る真似をする。

 

 「いや、それは認められない!」

 

 クロンドル氏が仰天して異を唱えた。彼の生まれは多分貴種だな。逆らわれることに慣れていない。

 

 「そう言われても、犯罪者が町中を歩いていたら捕縛されるのは当然では?」

 

 バッハと、恐らくは斥候役のギムリット氏からの報告は受けているはずなのに、見た目のせいで私の事をいくらか軽く見てているらしい。

 

 「我々には大義がある、絶対多数を救うために今回はビョドーの力が必要だ、事が終わるまで些細な犠牲には目を瞑っていてもらおう!」

 

 クロンドル氏が、ビョドーを庇うように少し前に出た。

 

 「・・・交渉決裂ってことかな?」

 

 特に気負うこともなく、私は少し首をかしげた。

 

 こりゃダメだ。大義が!とか言っちゃう奴とまともに対話にはならんだろう。

 

 物別れに終わるのも一応想定していた内の一つだ。

 

 後は、放火を我慢できずに必ず脱け出してくるビョドーを始末すれば良いので、楽なパターンだ。

 

 「・・・待て」

 

 なんか、上から目線を隠さなくなってきたクロンドル氏が、別れの挨拶をしようとした私を偉そうに引き留めた。

 

 「何です?」

 

 もう特に話すことも無い。

 

 「思うに君は大分危険なようだ、君を留めておけばこの街に我々の邪魔を出来るものは他に居ないだろう、よって君は暫くの間この宿に拘束させてもらおう」

 

 クロンドル氏が、目を光らせてドヤ顔で馬鹿な事を言い出した。

 

 「・・・・・ほう?」

 

 あ~、言っちゃったよこいつ。

 

 「え~と・・・それだと何人か死人が出ることになりますが、宜しいので?」

 

 私を拘束するとか言い出したクロンドル氏に、肩のピートを撫でながら覚悟を問う。これも想定内なので驚きは特に無い。

 

 「こんな小さな街にいたら解らないかもしれないがね、世界は広いんだよ。君が思うよりね!」

 

 いや、世界て。

 

 クロンドル氏はドヤ顔で戦闘準備に入ったが、周りは同意していない。

 

 「ダメだって!こいつは本当にヤバいんだって言ったろうが!」

 

 バッハが止めようとしている。

 

 「いくらクロンドル卿でもリスクが高いっス、拘束はやめた方が・・・」

 

 ギムリット氏も翻意を促す。

 

 「君達も手伝いたまえ、契約はまだ終わっていないぞ。

 『死獣』はまだこれからやって来るかもしれんのだ!殲滅にはビョドーの力がどうしても必要だ、そして彼は放置するには危険過ぎる」

 

 クロンドル氏改めクロンドル卿は険しい顔で戦いの構えを取り、妙なダンスのように大きく腕を開いてそのまま横に一回転して見せる。

 

 まるで謎の武術か個性的なルーティンをしているようだが、≪観測≫の視界に流れる気流のような白い線が見える。

 

 念能力!

 

 変化系か具現化系だ。

 

 それに"隠"。

 

 "隠"で、あの空中に描かれた変な白い線が隠されている。

 

 動きの派手さはあの白い線を描いていることを誤魔化すためか。

 

 どっちにしてもトラップ系又は、トラップ系にも使える念能力。

 

 アーシア女史が後ろに下がり、クロンドル卿の言に、バッハとギムリット氏はしぶしぶ従い、ビョドーは無言でクロンドル卿の陰に隠れた。

 

 一人減って四人、いや思考外に置くのは危険か。五人の内、一人が離れた。

 

 ・・・これはもうヤるってことで良いのかな?

 

 「・・・出来れば穏便に済ませたかったのですが仕方ありませんね」

 

 上司のゴリ押しか?ヤダネー・・・気だるげに杖を掴み、間合いをとって少し下がる。どうもクロンドル卿は私を舐めているらしくて、このままだと有利すぎる。

 

 この近い間合いのまま始めると、丸見えの白い線を回避して初撃でクロンドル卿を沈めてしまえる。

 

 それではつまらない。

 

 さて、こっからが本番。世界とやらを見せてもらいましょう。

 

 

 

 

 




 武術

 『円掌拳』

 『華神流』


 念能力

 『気脈術』

 『全力稼働(フルポテンシャル)

 『空裂波動(ビスケットハンマー)』(笑)

  表芸『衝撃の制圧圏(バースト・ヘヴン)

  裏芸『破裂する苛烈な振動(バット・クラッカー)


 『十三原始細胞(ゾディアック・プラスワン)

一月『腎臓(カプリコーン)』≪生存≫≪存在≫

二月『肝臓(アクエリアス)』≪再生≫≪長生≫

 『早出し(ファストムーブ)』『車輪は回り因果は巡る(アライメント・ヒーリング)

三月『(ピスケス)』≪嗅覚≫≪覚醒≫

四月『右足(アリエス)』≪瞬転≫≪転移≫

五月『左足(タウラス)』≪甲殻≫≪隔壁≫

六月『(ジェミニ)』≪把握≫≪波動≫

七月『右手(キャンサー)』≪消滅≫≪召喚≫

 『早出し(ファストムーブ)』『あり得ざる小さな世界(フォーチュン・イン・ザ・ポケット)

八月『心臓(レオ)』≪強化≫≪進化≫

九月『(バルゴ)』≪結界≫≪奇怪≫

  『早出し(ファストムーブ)』『掴み弾く十万の軍勢(エンプレス・クラウン)

十月『右目(ライブラ)』≪魔眼≫≪天眼≫ 

 『早出し(ファストムーブ)』『螺旋の塔を打ち砕く(フェイト・ブレイク・ジャンクション)

十一月『左目(スコルピオ)』≪観測≫≪加速≫

十二月『左手(サジタリウス)』≪添加≫≪転換≫

 『早出し(ファストムーブ)』『星の生まれるところ(インフィニティ・テンペスト)

オマケ『尻尾(ウロボロス・ホルダー)』≪調律≫≪超越≫

 『早出し(ファストムーブ)』『隠者は隠れ影も無し(ディープ・ロスト・バイブレーション)


 


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 57、線

   57、線

 

 クロンドル卿が空間に描く白い線は、描かれてから暫くすると、空気に溶けるように消えて行く。

 まるで、闇夜に手持ち花火で絵や文字を描こうとした時みたいだ。ウォーミングアップだろうか?

 只、この白い線は消えるまでが少し長く、数秒はかかる。いや、行使時間は自分で決められると考えるべきだろう。

 

 互いの間合い、十数メートル。

 

 左手は杖を突いたまま、右手で何時ものように宙空をノック。

 

 表芸『衝撃の制圧圏(バースト・ヘヴン)』。基本のノックバックジャブ。

 

 先ずはお試しの一発。

 

 飛んで行った不可視の打撃力が、クロンドル卿を正面から襲うが、縦横(じゅうおう)に描かれたあの白い線に触れ、弾道がひん曲がって明後日(あさって)の方向へすっ飛んで行く。

 飛ばされた先の木立から抉り取られるように枝葉が飛び散った。

 

 クロンドル卿は受けた手応えで解ったようだが、他の面子はぎょっとしている。

 

 「彼の念能力だ!私が

 

 『白線流し(ライン・メーカー)

 

 で受け流した。見えないが、威力は大したこと無い」

 

 クロンドル卿が状況を説明する。

 

 大したこと無いのはその通りだが、人に言われると少し傷つく。これでも死獣と戦った時より何割か破壊力は増しているのだ。まあオーラ込みの打撃に比べたら誤差なのだが。

 

 「や、ヤバそうっスね、

 

 『十忍十色(シャドウ・ナンバーズ)』!」

 

 やべえと思ったのか、ギムリット氏が自身の念能力を発動して、忍者姿の小柄な分身を次々と九体造り出す。分身は暗色系の顔まで隠れる忍装束を纏い、なかなかの速度で周囲に散った。壁役らしき三人を残し、六人は取り囲むように散開して物陰に隠れ、気配を殺して私を窺っている。

 

 もう忍者の概念伝わってるのか?いや、ギムリット氏が忍者なのか。ジャポンの歴史が元の世界の日本と類似なら、徳川の天下統一から二百年。出稼ぎか?

 

 相手方の目論見としては、クロンドル卿がワントップ。バッハがそのフォローで、ギムリット氏は気を引くための補助的役割。不意打ちや"凝"で情報収集も有りそうだ。

 

 RPG風に言うと、タンクとアタッカーとシーフのパーティーとのチーム戦?ビョドーはマジックユーザー?

 

 とりあえず、こっちは『衝撃の制圧圏(バースト・ヘヴン)』のコンセプトに従って、初手は弾幕による飽和攻撃!

 

 目の前に、何かを掴むように伸ばした右手を細かく動かしながら揺らし、それをダミーの発動キーにして、ほぼ無差別に前方に向けてノックバックジャブを連打。

 

 現在秒間五十発。毎分三千発の発動が可能。目指すは秒間二百発。

 

 ばら蒔き、ばら蒔き。

 

 例え散開されても、このまま全周囲攻撃可能です。

 

 相手が容易に近付けない、近づけさせない形が理想。しかし、クロンドル卿の念能力『白線流し(ライン・メーカー)』なら対応可能かもしれない。あれは、恐らく触れたもののベクトルを変化させて外へと逃がしているのだ。

 

 私の『左手(サジタリウス)』の一次権能の≪添加≫や二次権能≪転換≫の効果限定版という感じだろうか。限定された分使い勝手は良さそうだ。

 名前からして、『流れ』つまり宙に川を造り出すようなイメージが元になったのだと思う。

 時代が若く、科学の発展や創作物が未成熟で概念がまだあまり整っていない()()。ありがたい事に、念能力の構成は極単純で素朴な物が多い。

 しかし、発想力次第でいくらでも化けるのが念。まだ能力が不明な者もいる。気を引き締めていこう。

 

 「クソッ、"凝"でも見えん!

 

 『聖パロンの守護(ファイン・ペンタクル)

 

 が発動してるから遠距離攻撃されてるんだろうけど、何なんだこりゃ!」

 

 訳が解らないと叫ぶバッハは、開始位置から一歩も動いていない。元々やる気も無さそうだった。

 

 しかし、自分の方に飛んで来た衝撃波を謎の巨大コインを瞬間的に具現化させて完全に防いでいる。どうやら自動防御らしく意識していない死角からの攻撃も的確に遮断している。戦闘用の念能力、有ったのか・・・

 

 コインは、マンホールの蓋のような大きさのピカピカの金貨で、福々しい恵比寿顔のレリーフが前面に刻まれている。モチーフは何だろう。

 

 

 「何かを・・・多分空気の塊を投石機のように飛ばす念能力だと思うっス」

 

 ギムリット氏が正解を突き止める。茂みや岩陰に隠れて"凝"で全体を観察している分身からの情報だろう。

 

 今の私を"凝"で見ると、体の周囲で無数のオーラの小爆発が発生しているのが見えるはずだ。丁度、一掴みの小石を池に投げ込んだように、表れては消える一つ一つの連続した波紋。そのオーラの衝撃波転換を、空気を押し出すように調整して断続的に繰り返す。

 それが『衝撃の制圧圏(バースト・ヘヴン)』の空間制圧技、プッシュジャブの正体。

 空気自体をピストンにして衝撃波の射程を延ばす『衝撃余波(プチ・バースト)』のからくりだ。

 発動に"隠"を掛けて正体不明にする技術は、後から気がついて採用した。

 

 自身の念の系統が変化系でオーラの放出は苦手なため、飛んで行く衝撃波の残響自体にオーラは込められていない。単なる物理攻撃だ。しかし、その超高圧の衝撃力はそう捨てたものでもない。ダメージは低くとも押されればバランスを崩すし、踏ん張っていないと其れこそノックバックさせられる。移動や集中もし辛い。

 イメージは多銃身機関砲。

 

 

 「いや、数が多すぎだろ!」

 

 無音でオーラが含まれて無いため、オーラに反応する癖のある者ほど戸惑う。感覚派のバッハが混乱しているのも、そのせいだろう。

 

 撃たれまくる状況に業を煮やし、相手が動く。

 

 これも想定通り。相手に圧を掛けて万全の構えを崩し、無理をさせる。弾切れは無い。

 

 やはり、クロンドル卿が前進を始めた。両手にオーラを多目に込めて、『衝撃余波(プチ・バースト)』を受け止め、『白線流し(ライン・メーカー)』で白線を引きまくって、それを盾にジリジリと間合いを詰めてくる。白線は、一度ラインをひけば消滅するまで何発でも受け流せるらしい。

 

 残り数メートルの所でクロンドル卿が突進によって一気に間合いを詰め、ストレスを解き放つような大振りで平手打ちのような右手掌打。同時に自分を巻き込むように白いラインを引いている。

 

 最小限の動きでかわすと、更に追撃。自分で引いたラインを逆に辿るように左手で手刀切り。豪快だ。

 

 前を塞がれて『衝撃余波(プチ・バースト)』の連打は止まるが、クロンドル卿だけが突出してバッハはフォロー出来る位置にいない。陣形は崩れている。

 

 注文通りのクロンドル卿との打ち合いに応じようと前に出る寸前、私は≪天眼≫の未来予測に従って一歩下がった。

 

 直後、私の居た場所に、白線に沿って燃え盛る炎がクロンドル卿の背後から突如現れ、前髪を掠めて通り過ぎていった。

 

 ビョドーの仕業だ。クロンドル卿の『白線流し(ライン・メーカー)』の能力を知っていて、彼の背後からラインに乗せて自身の念能力を放ったのだ。

 

 面白い。どんどんやってくれ。

 

 「余計なことはするな!下がっていろ!」

 

 クロンドル卿がビョドーを叱責した。

 

 「・・・別に構いませんよ、大した火力じゃないし当たりゃしませんから」

 

 私は、挑発してビョドーを戦闘に参加するよう仕向ける。言動からして厄介そうだし、出来ればこいつだけは早めに排除しておきたい。

 

 「・・・くっ、ガキが!儂の

 

 『炎の吐息(レッド・フレイム)

 

 で黒焦げにしてやる」

 

 クロンドル卿の背後からビョドーの悔しそうな声がする。煽り耐性は無いらしい。

 

 ここで相手の"発"が大体割れたので、訓練と情報秘匿のため戦闘中発動しっぱなしの≪天眼≫の未来予測を一時停止する。あんまり関係ないが、それによって制約のため潤んでいた『右目(ライブラ)』の視界も確保。

 

 ≪天眼≫有りだと、楽すぎて戦闘経験が積めないのだ。

 勿論、本当にヤバそうなら≪結界≫の危機感知が強く反応するので、念獣から即座に情報が入る。『(バルゴ)』も順調に成長している。

 

 さあ、ここからは個人的に仕切り直して戦闘再開だ。

 

 隙だらけに見える戦闘スタイルを怪しみながらも、間合いを詰めてくるクロンドル卿の打ち下しを捌いて眼前に踏み込み、物は試しと腕を畳んで肘打ちを腹に打ち込む。

 

 「・・・フッ」

 

 クロンドル卿の口元がニヤリと笑った。

 

 「・・・おぅ?」

 

 打ち込んだ瞬間、打撃力は卿の左脇へと不自然に流され、体勢と重心を崩された私は滑らかに足を引き身体を開いたクロンドル卿の右の拳打を喰らって人形のように弾き飛ばされた。

 

 嵌められた。あの隙だらけの大振りは誘いだったのだ。事前に服の下着か身体に『白線流し(ライン・メーカー)』のラインが描かれていたのだ。白線は物にも描けて、その場合は描かれた媒体ごとなら動かせるらしい。

 

 体重が軽いので派手に飛ばされたが、打撃は"周"をした杖でガードして被ダメージは無い。

 

 『左目(スコルピオ)』の≪観測≫は便利だが万能じゃない。念獣達も私も念能力を使った戦闘経験をもっと積まなければならない。

 

 一回喰らって学習したのか、≪観測≫の視界にも服の下の『白線流し(ライン・メーカー)』のラインが表示されるようになった。

 

 

 弾き飛ばされた落下点に、死角からギムリット氏の分身の一体がそっと走り込んで来る。

 薮の陰で隙をうかがっていた一体だ。

 一切視界に入ることなく、後ろから私の背中に向けてダガーナイフを突き立てようとモーションに入った。

 ≪嗅覚≫の情報によると、ナイフには猛毒が塗ってある。

 

 殺意たけーなおい。

 

 既に、拘束が目的で私を殺す予定は無い事など忘れ去られているようだ。

 

 ギムリット氏は偵察にも動いていたし、私のヤバさを理解しているがゆえだろう。私が殺る気なら全員が殺される可能性があると解っているのだ。

 

 期待に応えて≪把握≫で掴んでいる位置情報を元に、振り向きもせずに地に立てた杖に沿って腰を落とし、刃をかわす。

 杖を離し、突き出されたダガーナイフの持ち手を右肩上で掴み拘束。同時に右肩と肘を回して右手裏拳による強打。『衝撃波(バースト)』を込め、一撃で分身の頭を跡形もなく吹き飛ばす。

 

 

 殺すつもりで来れば、当然殺すよ。

 

 

 ピートは現在シャツの中。襟元から顔だけ出して観戦中。

 

 「キッ!」

 

 ちょっとびっくり。

 

 ピート以外のメンバーも、ギムリット氏の分身が一撃で粉砕されたのを見て驚いている。

 

 気持ちは、解らなくもない。

 

 そもそも分身には臭いも無く音も静かでなかなか見事に気配を消していた。

 三下口調のせいで小者風だが、多分五人の中ではギムリット氏が一番場数を踏んでいて用心すべき相手だと思う。

 彼らもそれを知っていて、私が彼の不意打ちを其処まで鮮やかにかわせるとは思っていなかったのだろう。

 

 打った感じ具現化された分身である忍装束の中身はやけに重く、砂鉄で出来た粘土みたいな感触だった。人体よりもはるかに高い耐久性で、壁役をやらせることも考慮しているのだろう。潜ませた六体の内一体だけで仕掛けたのも情報収集の意味を含んでいたのだろう。曲者だな。

 

 皆が驚いたのは、その強固な分身が一撃で破壊されたせいもあるかもしれない。

 

 しかし、私にとっては≪嗅覚≫の上位権能の≪覚醒≫がオーラの臭いとして存在を感じ取っていたし、≪把握≫の空間認識力(エコーロケーション)は今では第三の目に等しい。そして、多少固かろうが重かろうが、基礎となる肉体のスペックが余りに違う。『衝撃の制圧圏(バースト・ヘヴン)』の真骨頂、『衝撃波(バースト)』込みの打撃なら破壊は容易だ。

 

 「・・・なるほど、大体解った」

 

 私は、各自の実力と大体の手札が割れたこと。私の攻撃の破壊力を見て反射的に守勢に入ろうとしていることを見て方針を変更することにした。

 

 

 どうも私は少し勘違いをしていたらしい。

 

 基本、私は相手の『武威』。身に付けている戦技闘技の質によって強さを測っていた。

 

 『円掌拳』の修練法が念能力を用いずに武術を研き、それによってオーラを纏った時により強くなれると言う教えだったからだ。

 

 その論法で行くと、彼らは並々ならぬ強者のはず。しかし、実際一当てしてみると、予想外に軽い。

 

 手応えが、あまりに(ぬる)すぎる。

 

 皆、腕は立つしチームとしてのフォローも利いている。余力も隠しているようだ。

 しかし、ハンター協会の精鋭にしては妙に当たりが弱い。

 

 彼我の身体能力にも差が有りすぎる。

 

 現に、私は未だ本気の戦闘では必須のはずの『全力稼働(フルポテンシャル)』を使用していない。

 

 

 『全力稼働(フルポテンシャル)』は、余りに強化されてしまって日常では必要ない私の素の身体能力を制限するためのリミッターのような能力。と、言うよりは念獣達との約束ごとだ。

 念獣達の基礎能力第二項、『自分を磨け』の負荷能力を使って、十三体の念獣達とその周辺の影響下にある身体組織を、日常生活が楽に送れるレベルまで負荷を掛けて制限して貰っている。

 日常生活が心置きなく送れると同時に、地味に身体も鍛えられてしまうステキ能力。

 

 

 つまり、今の私は彼らを圧倒してしまえるのに尚、全力ではない。

 

 

 ・・・なんじゃそりゃ。

 

 

 いくらなんでもおかしい。十分な戦闘経験があれば身体能力の差異ごときで、こんなにあっさり後手にまわる筈がないのだ。

 それは修業時代の師匠との『揺武』でうんざりするほど解っている。

 

 

 そして、彼らの能力が割れた今、やっと其の理由に気がついた。

 

 

 彼等は死獣、『ヌエ』()()の特化型攻略チームなのだ。

 

 そういや、契約がどうとかビョドーやクロンドル卿も言っていた。多分、協専ハンターでも無い。

 

 分身を複数使うギムリット氏。攻撃を逸らしてしまうクロンドル卿。遠距離攻撃を遮断するバッハ。

 全部『ヌエ』の持つ『即死の黒雷』対策だ。

 範囲攻撃可能なビョドーは、寄生生物の『脳芋虫』の卵や幼虫が拡散逃亡した時の広域焼却担当。

 アーシア女史の能力は解らないが、なにがしか『ヌエ』の能力に対応したものだろう。

 

 そういうことか。

 

 それなら。

 

 それなら色々状況が変わる。

 

 彼等がハンター協会の最精鋭というわけではないのなら、田舎町に彼等に勝ちきる存在が居ても、そう注目を集めないかもしれない。

 

 ならば、計画を『とりあえず全員ぶちのめして後から(嘘を許さず)交渉する』から、『ビョドー一人の排除に絞って残りのメンバーを放置』にしても、問題無いだろう。

 

 さらに、先程の様子からしてビョドーは他のメンバーに好かれている訳でも無さそうだし、奴一人なら殺しても賞金首にされる可能性はかなり低いとみていい。協会への影響力も想定より弱そうだし。

 

 これならハンター協会との軋轢も最小限で済む。

 

 別に、求めて殺しをしたいわけではないのだ。

 

 方針変更。

 

 標的は、ビョドーのみ。

 

 「・・・では、やるか」

 

 虚を突く動き出しで、出足の止まったクロンドル卿に接近。ちょっと警戒する卿の素早い手数をやや下がりながら捌く。

 考えてみると、『白線流し(ライン・メーカー)』は≪観測≫の常時"凝"視界が無ければかなり厄介な能力だ。

 

 戦闘中の打ち合いでも能力を使って白線を増やし、自分の有利な言わば制空権を増やして行けるし、此方は下がって場を変えるしかない。もっと上手く使えばもっと厄介な搦め手も有りそうだ。

 

 私以外になら。

 

 クロンドル卿が踏み込んで来たタイミングに合わせて前に出て、腕を捌いて白線の無い右膝を軽く打つ。

 

 「・・・何を」

 

 痛みを覚悟していたクロンドル卿が、訝しげに身を引こうとして、糸が切れたように地に右膝をつく。

 

 「ぐっ・・・これは、点穴か!」

 

 ついたのは、私が打った右膝だ。

 

 「『円掌拳』握技(あくぎ)、『足萎(あしな)え』」

 

 『軽打』とも言う人体の痛いツボや痺れるツボを突いて身体の自由を一時的に奪う『円掌拳』の小技。

 

 念能力者相手だと纏うオーラが邪魔してツボまで打撃が届かないので、打撃に衝撃波(バースト)を込めて浸透力を上げ、施術効果を無理矢理ツボまで貫通させた強化バージョン。

 

 バッハをワンパンで気絶させた後に、やれるんじゃないかと気がついて、試したら成功。技名の『足萎え』はノリで今付けた。

 

 そのままひょいとクロンドル卿の手の届かない位置まで右横に跳び、ビョドーの居る後ろへ抜けようとすると、奇妙な動きで卿が隣に現れた。

 

 「やらせん!」

 

 事前に描いておいた外向きの白線のひとつに自ら触れ、足の利かない自分を強制的に飛ばしたらしい。

 

 思ったより便利。しかし、描いてる途中のラインでは能力は発動しないようだ。

 

 目の前わずか数歩の位置に、ずっとクロンドル卿の陰に隠れていたビョドーがいる。やっと視線が通った。

 

 ビョドーは一瞬驚きと怯えの表情を見せ、すぐにその顔を悪意に歪ませてニタリと笑った。

 

 何かする気だ。

 

 クロンドル卿はそのまま片足で身体を支え、平手打ち気味の右手掌打。

 

 膝の麻痺は回復にまだ数秒はかかる。『白線流し(ライン・メーカー)』の密集地は抜けたので、このエンゲージをクリアすればクロンドル卿に追い足は無い。

 

 引かれるラインの先端を押さえ、動きをコントロールしようとクロンドル卿の掌打に合わせて私も右の掌打を繰り出した。

 互いの掌打を打ち合わせるようにピタリと受け止める。

 

 その瞬間、私の身体はモーメントを無視して受け止めた掌を基点にプロペラの如く三回ほど豪快にその場で回転させられた。

 

 『白線流し(ライン・メーカー)』の効果だ。クロンドル卿の(てのひら)に渦巻きのように白線が描かれていたのだ。

 

 うおっ、マジか!

 

 渦巻きは二回転だったが、余りに愉快だったので手足をタイミング良く開いて一回転追加した。不謹慎なので笑いは堪える。

 

 応用幅の広い面白い能力だ。これ、一人で未来のジェットコースターを再現出来るんじゃなかろうか。

 

 突然の回転に、空間識や三半規管の不調に動揺するであろう私を制圧しようと、クロンドル卿が回転終わりのタイミングで首筋に手刀を放ってくる。

 

 残念ながら『(ジェミニ)』によって万全に制御されている三半規管は元より、強化された知覚力と身体能力は何の不調も起こさない。回転中も周囲の認識に途切れはなく、私は其れを余裕でかわした。

 さらに、油断したのかラインを描いていなかった卿の腕を一本背負いのように引き込み、杖を卿の身体に描かれたラインの隙間に押し当てて杖越しに腰を跳ね上げ、上空高く投げ飛ばす。

 

 丁度その時、ビョドーがクロンドル卿もろとも私を焼き殺そうと口から吹き出した特大の炎が、真っ赤な渦を巻いて此方に迫って来る。

 

 (ドラゴン)のブレスと言うより、タコの墨吐きだな。禿げだし。

 

 私は(必要は無いが)片手を上げ、大きめの衝撃波(バースト)を単独発動させて迫る炎を木っ端の如く蹴散らす。つまり、ただの指向性爆発。

 

 「ハッ!」

 

 腹に響く重低音。

 

 生み出された衝撃波によって、炎の渦が一瞬で蹴散らされる。

 

 あ、これ、気持ちいいな。

 

 炎が散ると、ひょっとこ口でギョッとしたジジイの顔が現れた。どうも火炎放射を受け止められると思わなかったようだ。

 戦闘経験自体余り無いらしい。その歳まで弱い者虐めしかしてこなかったのだろうか。

 

 「そこまでだ!」

 

 二歩ほどビョドーに接近した所で、落ちてきたクロンドル卿が体格差を利用して後ろ側から組み付いて来た。

 

 空中で『白線流し(ライン・メーカー)』を細かく使い、落下地点を調整したようだ。

 ちょっと成長した?

 

 特に影響は無いので私の首と右腕を極めに掛かる両腕も防がず、好きにさせる。

 

 何も知らなければ、子供に大人が必死でしがみついている酷い絵づらだ。

 

 クロンドル卿の動きは終始一貫している。腰の剣も抜いていない。首を攻めるのも柔道の絞め技のように意識を失わせ(落とし)て私を制圧するためのようだ。

 

 卿が私の首や片手にしっかり腕を回した段階で、少し弛緩した空気が流れた。

 

 私が、ちゃんと技が決まるまで待ったので、クロンドル卿が勝ったと思ったらしい。

 

 

 はい、それが狙いです。

 

 

 私が制圧されたと思ったのか、奥に下がっていたアーシア女史が前に出てくる。皆の意識が逸れる。

 

 お、隙発見。

 

 私は、私が拘束されたと考えて動きを止めた彼らの間隙を突き、クロンドル卿を背負ったまま数歩の距離をあっさり踏み込み、ビョドーを必殺の間合いに捉えた。

 

 「くっ、なぜ動ける!」

 

 身長差のせいで脚を引きずられたクロンドル卿が、頭の上で唸る。ズボンの膝がぬけたらすまん。

 

 「ひぃ!」

 

 死を予感したビョドーが、怯えを示す。

 

 殺される覚悟もなく殺しちゃダメだよな。

 

 ビョドーの頭骸骨を粉砕しようとして、顔が解らないと賞金が支払われない可能性に気がつき、ならばと身体を打とうとしたら服の下にクロンドル卿の白いラインが描かれて在るのに気づいた。

 

 面倒な・・・

 

 しょうがないので胸元の服をぎゅっと左手で握って喉元に拳を当てる。

 

 思った通り、服を掴む行為にベクトル誘導は発動しない。

 

 やっと状況が整ったタイミングで、アーシア女史が叫んだ。

 

 「・・・そちらの要求に応じましょう、そこまでにしてください!」

 

 バッハの横まで出てきた女史が片手をかざし、全員に戦闘停止を命じた。

 

 「・・・ちょっと遅かったな」

 

 私は、掴んでいた服を放し、ビョドーを解放する。

 

 「何!だがアーシア、もう少しで私が・・・」

 

 クロンドル卿が、私の首から腕を離さず抵抗する。

 

 「・・・クロンドル卿、最早勝ち筋がありません」

 

 アーシア女史が、クロンドル卿の言葉を遮って断言した。今気がついたが、アーシア女史はさっきまで被っていなかった真っ白なキャスケットのような帽子を被り、その周囲に何処かで見たような大きなタンポポの綿毛()が三つ、ふわふわ浮いている。

 

 

 あら?

 

 

 「使ったのか!・・・そうか」

 

 使った?

 

 私がビョドーを解放しているのを確認したクロンドル卿が、何ら悪びれることなく私から離れ、女史に従った。挨拶なしか?

 

 「賢明なご判断です」

 

 アーシア女史の発言力は意外に高いらしい。

 

 「よ、よかったっス死ぬかと思ったっス」

 

 ギムリット氏が、分身を連れて出てきた。いつの間にか分身と位置が入れ替わっていた。やるなぁ。

 

 「だから、止めろって言ったんだよ、石頭め」

 

 バッハが鼻息荒く卿の側に来る。

 

 「・・・ふぅ、当方にこれ以上の戦闘継続の意思は無い、一方的で虫のいい話だが現状のまま手打ちを了承願いたい。謝罪が必要ならば謝罪する。金銭その他、迷惑をかけた分の賠償は最大限要求を呑もう・・・勿論最初の要求通り船の都合が付きしだい街を出ると約束する・・・どうだろう」

 

 威儀を正し、クロンドル卿が平静を装って戦闘中止を申し出た。もうある程度気分を切り替えている。そういう教育を受けているのだろう。

 

 「戦闘中止は構いませんが・・・一つ、問題が有ります」

 

 私は、ビョドーを指差した。

 

 「・・・クソッ、クソッ、クソッ!此のまま・・・済まさ・ん・絶対に・・・後悔させて・・・」

 

 いたくプライドを傷つけられたらしく、首が絞まってさっきまで息を荒げていたビョドーが、真っ赤になってブツブツと呪詛のように不満を漏らしている。

 

 「あれは私が何とかする」

 

 クロンドル卿が請け合った。

 

 「いや、そうじゃないんです」

 

 私は鷹揚に肩を竦めた。

 

 「・・・このままでは済まさんぞ白頭のガキめ、次は必ず殺してやるからな!」

 

 再びクロンドル卿の陰に隠れたビョドーが、我慢できずに捨て台詞を吐いた。

 

 「・・・それは無理だな」

 

 私は、誰も気がついていない端的な事実を告げた。

 

 「ワシの力があんな物だと思うなよ!全力でやれば街ごと燃やすことも出来たんだからな!」

 

 ビョドーが激昂する。最大火力は禁止されていたらしい。

 

 「いや、そうじゃなくて、()()()()()()()()()()んだ」

 

 全員、訳がわからないと訝しげな顔をした。

 

 「・・・な、なに、うぐっ!ぐっ!」

 

 ビョドーの胸元がボコリと内側から膨らんだ。

 

 「え?」

 

 「な・・・」

 

 「ヤバ・・・」

 

 「全員、離れるっス!」

 

 皆が異常事態に気づいた処でビョドーの残り時間が切れ、小さな破裂音と共に胸元が内側から爆発して、首の継ぎ目が無くなり頭がぽてりと落ちた。

 

 

 裏芸『破裂する苛烈な振動(バット・クラッカー)』。

 

 

 『破裂する苛烈な振動(バット・クラッカー)』は、()()に衝撃波のオーラを込めて時間差で破裂させる念能力。何故か有機物の方が込め易い。

 

 今回は服を握った時に身体に直接オーラを込めた。普通は念能力者の身体には使えないのだが(自分で試した)、ビョドーの纏うオーラは動揺のせいでムラがひどく、そのために成功したと思われる。

 

 流石腕利き念能力者達、ビョドーの様子がおかしいことに皆すぐに気づきいち早く離れたので、返り血を浴びた者は居ない。アーシア女史はバッハが抱えて逃げた。

 

 「あ、特に用事とか遺恨とか無いんで、その犯罪者の頭を貰えれば謝罪や賠償は不要です」

 

 ぎょっとしているメンバーに、役所で金に変えるからと話をつけ頭をもらい受ける。

 

 近づくと、思わずといった感じで全員が二、三歩離れた。今にも爆発する不発弾でも見るような緊張した視線を向けられる。

 

 この世界、得体の知れない念能力ほど恐ろしい物は無いからしょうがない。

 

 やっぱり北〇の拳ごっこは、刺激が強すぎたようだ。

 

 ビョドーの死体からローブを剥ぎ、転がっている頭をくるんで杖の先に吊るす。

 役所で賞金に替えよう。

 

 「・・・賞金稼ぎ(バウンティハンター)もやっているのか?」

 

 ビョドーの死は仕方の無い事として受け入れたらしいクロンドル卿が、私の情報を得ようと・・・・いや、ビョドーの死に様が(いささ)かショッキングだったのでちょっぴり動揺しているだけか。

 私との関係を改善しようと友好的に振る舞っているつもりなのかも。声がちょっとフレンドリーになっている。

 

 デフォルトらしき自身の上から目線の話し方には気づいていないようだ。

 

 「武術の師の生業(なりわい)でした、私は治療師なので気が向いたときだけの副業ですね」

 

 意外と坊ちゃんなのかね?

 

 「今回君が交渉に来たのはスラムの住人の敵討ちのためか?」

 

 ・・・私の尾を踏まないために、守備範囲を聞いておきたいのだろう。

 

 「いえ、それも無くはないですが・・・ほら、放火って迷惑でしょう?」

 

 私は、適当に誤魔化すことにした。敵かどうか解らない者に交遊関係を知られれば、弱点にも成りうる。

 

 「・・・まあそうだな、迷惑ではある」

 

 話の行方がよく解らず、それでもクロンドル卿が同意する。

 

 「夜中に近所のスラムで放火騒ぎなんか有ったら、翌朝のスープに灰が入るじゃないですか」

 

 「・・・はぁ?」

 

 「そうなったらもう、朝食が台無しデス」

 

 私は芝居がかって肩を竦め、たっぷり間を取って困惑気味の僅かな同意を得る。

 

 こんなもんか?

 

 「さて、長々お騒がせ致しましたが、私はこの辺で御暇(おいとま)させていただきましょう。 もし、なにかご用の折りは、『黒門街』『緑美楼』『黒門のミカゲ』までご一報を」

 

 杖を握り、紳士擬きの大袈裟な別れの挨拶をして、さっさとその場を去ろうとして一つ忘れていたことを思い出した。

 

 「あ、そうそう・・・成り行きとはいえ、お仲間を死なせてしまった事はお詫びしておきます。重いお役目お察ししますが、なるべくなら平和的な塩梅に収まるよう街の住人の一人として方々にお願い申し上げておきます」

 

 至って素直に頭を下げる。

 

 

 何人か唖然としていた気がするが最後に笑顔で手を振って見せ、踵を返した。

 

 

 よしっ、友好的。

 

 

 さっさと消えて欲しいけど『ヌエ』の件も在るし、まだ居座るだろうなぁ。

 

 

 

 




 ギム、バッハ、ビョドーは三ヶ月前、クロは二ヶ月前、アーシアは一ヶ月前に合流。皆協会との契約に合意。ギは会長の信奉者。バは金。ビは減刑。クは貴種の義務。アは協会が当事国に要請して招かれたゲスト。アーシアの念能力は生れつきで、戦闘能力は無いらしい。


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 58、種

   58、種

 

 クロンドル卿一行とやりあった後まっすぐ役所へ行った。窓口でちょっとビビられたが、そのおかげで『ビョドーの頭』は問題なく換金できた。

 

 その日の内にウォルターには少しぼかして賞金首の情報から放火犯を見つけ、首尾良く仕留めた事を伝えた。

 

 「流石ミカゲ殿!」

 

 ウォルターは元軍人だからか、いつの間にか上官に対するような口調で私を立てた話し方をする様になった。ついでに、スラムにも情報の拡散を頼む。

 

 「・・・そうですね、そういうことなら早い方が良いでしょう」

 

 遅れると、関係ない人間が迷惑を被る可能性が高い。

 

 ビョドーの賞金を被害者に配る事も考えたが、余計なトラブルになりそうな気がしたので止めておいた。

 後から金を元手に支援としてウォルターに何かさせよう。

 

 「え?・・・ええっ!・・・すげえ!もう解決しちまったんですか?調べ始めたの今朝じゃないですか!流石ミカゲの旦那!」

 

 ウォルターは「直ぐに報せてきます!」と出ていったが、一緒に話を聞いたベイツは、妙なテンションで喜んでいた。

 

 ミカゲの旦那って何だ?

 

 嫌な予感がしたので、ベイツに変な噂を流さないよう釘を刺し、本館の食堂でピートと共に夕飯を食べて風呂に入り『庵』に戻った。

 

 「ふむっ・・・」

 

 何事もなく深夜になる。

 

 今朝から距離を取って私を窺っていた分身体の見張りも、今はいなくなっている。

 

 ちなみに、戦闘後又アップデートされた≪観測≫の(エネミー)マップには、彼の分身達も新たに表示されるようになった。

 前から素の気配察知と≪把握≫≪覚醒≫で気が付いていたので、余り変わりはない。

 

 「貴種の面子を気にして絶対何かヤると思ったのに、意外と冷静・・・これなら大丈夫そうか・・・」

 

 あの後、時間と共にクロンドル卿の我慢が利かなくなって刺客が放たれ、その対処が必要になるかと思ったが、杞憂だったようだ。

 

 何にしても引いてくれて良かった。

 

 襲われた故でも、リーダーを処してしまったら、残りのメンバーとも険悪になるのは間違いない。嫌われものの犯罪者を始末するのとは訳が違うのだ。

 これで、ハンターチームとの完全敵対路線は一応無くなった。

 

 ハンターチーム抹殺プランは完全に破棄して良さそうだ。

 

 「・・・引き際が鮮やか過ぎて謎だったけど、貴種ってそういうモノなのか?」

 

 現状、チームに混ざっていた犯罪者が現地で騒ぎを起こし、一人死亡。

 

 関わりは出来てしまったが、対『死獣』チーム全員謎の失踪──よりはソフトランディングになっただろう。

 

 「これでハンター協会との摩擦はギリ回避・・・だよな」

 

 後は街ですれ違うくらいだろうなぁ、と思っていたら、翌週バッハとアーシア女史が『緑美楼』裏の私の『庵』を訪ねてきた。

 

 

 「邪魔するぜ」

 

 なんか、妙に気安い感じでバッハが声をかけて入って来る。

 

 「お邪魔します」

 

 アーシア女史も一緒だ。

 

 何で?

 

 特にすることもないマッタリした午後。今日はジジババもいない。

 

 『庵』に近づいて来てたのは、気配でわかっていたので驚きは無い。

 

 

 「まぁいいや、上がるなら靴を脱いでくれ」

 

 まさか、本当に来るとは・・・意外とアグレッシブ。

 

 奥の居住スペースからピートを連れて応対に出た私は、もう敵対する理由も無いので二人を中に誘った。敵意に敏感なピートが気にしてないのも大きい。

 うちは、土禁で玄関口で靴を脱ぎ、入った建坪半分ほどの磨きあげた板張りのフロアは大きめの仕事場(治療所)になっている。スリッパ完備。

 

 『気脈術』を施術する所は片隅に有り、衝立で仕切っている。

 

 靴を脱ぎながら、二人は珍しげに室内を眺めていた。

 

 診療所の広目の()()()は、分厚いラグが敷かれたクッションだらけの寝っ転がれる座居スペース+低いテーブル・・・だったのだが、膝の悪いジジババどもがソファーセットを持ち込み、今はゆったり座れる応接スペースと半々になっている。

 

 「どっちでも・・・」

 

 特に警戒することもなく入ってきた二人にラグで直坐りとソファセットを選ばせようとしたら、アーシア女史がまっすぐラグに向かって突進し、クマさんクッション(泣く子用に私作)を抱えて座り込んだ。座った姿は優雅と言えなくもない・・・。

 

 一つため息をついて、バッハが隣に座る。

 

 どうやら何か、話があるらしい。

 

 「・・・せっかく来てくれたんだ、茶でも出そう」

 

 備え付けの小さな調理ストーブに火を入れ、茶菓子を用意して何時ものミックスハーブティーを準備する。

 

 「え?いや、それはいいから・・・」

 

 何故かバッハは遠慮する。しかし、紳士足るもの来客が在って何もしない訳にはいかない。いや、これは日本人的なものか?

 

 「・・・・・頂きますわ」

 

 アーシア女史は、にっこり笑って礼を言った。でも何か間があったぞ?

 

 客が来るとおやつのおこぼれを貰えると学習しているピートは、お茶を入れ始めるとすぐさまバッハ達の居るラグの上のローテーブルにスタンバイした。

 

 今日の茶菓子はナッツとオレンジピールのクッキーだ。人気があるので定番のバタークッキーも常備している。

 

 「どうぞ」

 

 菓子と三つのカップを出して二人に選ばせ、三つ目を私が先に飲む。形ばかりの毒味。

 

 ハーブティーを選ぶと二人は似たような仕種で警戒しながら匂いを嗅ぎ、ちょっと口に含んで目を開き、そしておもむろに肩の力を抜きゆったりと旨そうにそのミックスハーブティーを飲み始めた。

 

 どうやら毒ではなく、ここらでよく出されるあのお茶と称する苦味と独特の臭みのある煎じ薬を警戒していたらしい。

 

 私は、ピートに一枚クッキーをやりながら笑いを堪えた。

 

 

 外からは鳥の囀りがかしましく聞こえ、その向こうに娘達がダンスを踊る伴奏の音楽が微かに聞こえる。

 

 

 今日は裏庭でジャズダンス教室が行われる日だ。

 

 急いで話を聞き出す必要も無いし、予期せぬ客とマッタリ過ごすのも悪くない。

 

 

 「・・・音楽が聴こえるなぁ」

 

 バッハがポツリと言った。

 

 「元々この『庵』は『緑美楼(母屋)』の敷地に有る離れだからな。裏手側は『緑美楼』からも裏庭になるんだ、今日はそこで娼妓の娘達がダンスのレッスンをしている・・・覗くなよ」

 

 男子禁制(私以外)だと、バッハには見学出来ないことを通告する。

 

『御影庵』の診療所玄関は『緑美楼』から見て裏通り沿いにあり、居住スペースの玄関は『緑美楼』側にある。こっちもスリッパ完備。私はいつもはそこにいて、出入りも此方からだ。

 

 「しねえよ!」

 

 すぐさまバッハの突っこみ。でも興味は有りそうだ。ちょっと目が泳いでいる。

 

 「・・・ここの店の娘は、元気が良すぎる。もう懲りたよ」

 

 肩をすくめて変なことを言っている。

 

 「・・・あなた、ここの店で何かやったのね?」

 

 ピートと、手のひらに隠したクッキーを当てっこするゲームをして遊んでいたアーシア女史が、バッハの口ごもった理由に勘付いた。

 

 この『庵』が診療所だと知らない二人の言う『ここの店』とは、母屋の『緑美楼』を指している。看板無いしね。

 

 アーシアによって渋々白状させられたバッハのやらかしとは、先日の初見の夜の『酔蜜館』までの呼び出しに関わっていた。

 

 私は、てっきり硬派ぶって娼館に来るのを嫌がったのだと思っていたが、実際は一度『緑美楼』に来ていたらしい。

 

 ただ、私を呼び出そうとした上から目線の()()()()口上が娘達の逆鱗に触れ、警備の黒服が来る前に娼妓達に店から追い出されたそうだ。良い服着てても彼女等は人を見抜くからね。

 

 「女子供を殴るわけにはいかんしな、往生したぜ」

 

 キリッとハードボイルドぶっても、情けなさが際立つ。

 

 「はぁ・・・」

 

 アーシアがため息を付いた。

 

 私も何か気が抜けて、いつの間にか彼らの敬称を心の中で外していた。

 

 「・・・何か用が有って来たんじゃないのか?」

 

 すっかりリラックスしてピートと遊んでいる二人に、一応聞いてみる。

 

 二人は一度目を合わせ、アーシアが頷いてバッハが話をし始めた。

 

 「・・・実は、前に言った俺らが追ってる事件について、あんたにも話を通しておいた方が良いって事になってなぁ」

 

 顎を掻きながらそっぽを向き、ばつが悪そうに言う。

 

 「ほう」

 

 うわっ、そっちか。

 

 「・・・簡単に言うと、私達は一匹で街を滅ぼすような化け物がこの付近に発生したと情報を得て、それを駆除に来ているのよ」

 

 さぐりさぐり話すバッハの慎重さが鼻に付いたのか、アーシアがぶっちゃけた。

 

 「おい!」

 

 バッハが拙速を咎める。にわかには信じがたい話だから、彼の躊躇(ためら)いもわかないではない。

 

 「・・・化け物、ですか」

 

 私は、既に退治済みであることを言ったもんかどうか、ちょっと悩んでいた。

 

 アーシアは、私から目をそらさない。彼女は色素の薄いブロンドのストレートヘアーで・・・

 

 ・・・突然気がついた。

 

 彼女はあのゴリラ似の魔獣ゴリムが持っていた綿帽子のかけら。巨大なタンポポの種の念能力の借り主の一人ではなく、その能力の保有者当人なのではないだろうか。

 

 この前の闘いで最後に綿毛を飛ばしながら現れたとき、いつの間にか頭に真っ白なキャスケットのような帽子を被っていた。記憶の中のあれが、飛ばしていた巨大なタンポポの種と同じ色だったことをふと思い出す。

 

 あれは、彼女の念能力。文字通りの『綿帽子』だったのではないだろうか。

 

 つまり、帽子の正体は具現化されたタンポポの種の集合体。飛行散布型の種子様に出来た情報系の"発"の塊。

 

 名称不明だが、言わば発動準備段階の"発"の具現化直後の姿。

 

 これが即ち、タンポポの綿帽子のかぶり物であり、遠目にキャスケットに見えた物の正体じゃなかろうか。色々あって、ちょっと注意力散漫だった。

 

 そういやキャスケットは、ベレー帽から発展してずっと先の未来に造られた筈。この時代には未だ無いはずの物だ。よく似た別品か?

 私は変装用に似たようなのをオーダーして使っているが、それは転生生産系チートってことで。

 

 

 ・・・だとすると。

 

 『早出し(ファストムーブ)』の『隠者は隠れ影も無し(ディープ・ロスト・バイブレーション)』によって私が死獣『ヌエ』を倒したことは見通せないだろうけど、同時にこの能力のせいで私の情報を抜くことが出来ないことはバレてる可能性がある。

 

 そこまで解っていたからこそ、二人は疑いを持ってここに来たし、死獣探しの件を打ち明けることにも繋がっているのではないだろうか。バッハは解ってないみたいだけど。

 

 

 「・・・この辺りの伝承に、死獣『ヌエ』と言うとある怪物がいることはご存じで?」

 

 私は、これ以上能力の詮索を避けるため、秘匿している情報を開示することに決めた。

 

 能力のことを漏らすのは論外だが、遺跡の件をバラす事によって一定の信用を得て、私に対する彼らの脅威度を下げるのだ。

 

 「五百年前に古代王国を滅ぼしたと伝えられている不死身の化け物ね。

 たしか、実在が疑わしいと言う話の」

 

 どうやら、現地の基礎情報も調べては居るらしい。

 

 「私それ、三ヶ月ちょい前に退治してるんですよ」

 

 お茶を勧めるように、さらりと打ち明ける。

 

 「ピートと一緒に」

 

 ぎょっとして動きの止まった二人の側からピートを呼び、掲げるように抱き上げた。

 

 「キィ!」

 

 ピートはドヤ顔で右手を挙げた。

 

 残念ながら食べかけのクッキーをしっかり掴んだままだったので、あまり締まらなかった。

 

 「なっ!」

 

 「・・・どういう事?」

 

 口をパクパク開けて、しかし何を言ったら良いのか分からないバッハと、いち早く冷静さを取り戻して事情を聞いてくるアーシア。

 

 「・・・話は当時ピートに付きまとわれて、ほとほと困っていたゴリムという遺跡ガイドと出会った処から始まります」

 

 一応確認のために名前を出してみる。

 

 「ゴリム?・・・どこかで・・・ああ、サルの念獣に付きまとわれていた・・・・って、ええっ?」

 

 アーシアが、驚いてピートを二度見した。

 

 やっぱり知っていたか。

 

 「知っているのか?」

 

 驚くアーシアに、バッハが尋ねた。

 

 「ええ、まあ、でも先に『ヌエ』を退治した話を聞きましょう」

 

 チラチラピートに目をやるアーシア。

 

 私は、教えてもらった未探索の遺跡で盗掘している悪徳商人を発見したこと。

 止めようと追いかけて入った内部でミイラ化した巨大な古代の怪物を見つけたこと。

 その後で、気持ちの悪い芋虫に寄生されて姿が変わってしまった盗掘犯に襲われたこと。

 全部退治して盗掘犯の空けた穴から出ようとしたら、小ザル擬きに変異した別の個体と私を追いかけてきたピートが戦っていて、邪魔せず観ていたらピートが勝ったこと。外に出て隠れて見ていたら、最後の一匹がネズミの姿で出てきたので倒したこと。

 

 

 「その後、ピートを仲間にして、盗掘犯が空けた穴は岩で塞いで戻って来たんだ」

 

 併せてピートは特殊な念獣だと説明して、一応は闘う力も持っている事を匂わせる。

 

 「本当だ、このサル念獣だわ」

 

 すかさずバッハが"凝"を使ってピートを確認する。

 

 「お前、念能力の容量(キャパ)がおかしくねえか?一体幾つ"発"を持ってんだよ!」

 

 バッハが胡散臭そうに細目で私を薮睨みする。

 

 「それは違うわよバッハ、ピートさんはミカゲ殿のこしらえた"発"じゃないわ。

 あれは、世にも珍しい継承型の契約念獣なのよ」

 

 アーシアがピートの正体を明らかにした。

 どうやらゴリムから色々聞いているらしい。助かる。

 

 「契約念獣?」

 

 混乱するバッハとアーシアの間で、ゴリムとピートの不思議な関係が説明された。

 

 その過程で、アーシアは単に人を介して困っていたゴリムを紹介されただけであること。ゴリムの仕事や魔獣である正体は知らないこと。が、うっすら判明した。

 

 「そういうことか・・・いや、そうじゃねえよ!それより死獣をもう退治したってどういう事だよ!それってつまり、もう街を襲う化け物はいねえって事じゃねえのか!?」

 

 バッハがキレ気味に話を本筋に戻した。

 

 「街を襲う化け物ってのが『ヌエ』なら多分そうなるね、遺跡の中は伝承の通りになってたから」

 

 私は、肩をすくめて見せた。最早、どうしようもない。

 

 「・・・三ヶ月もかけてやって来たのに、化け物は既に退治済みかよ」

 

 バッハがテーブルに突っ伏した。

 

 「・・・・」

 

 私とピートが先に倒した事で襲われるはずの街が救われたのだから、私達は悪くない。よね?

 

 タイミングよく、落ち込むバッハを気にしたピートが頭をポンポンしに行った。可愛い。

 

 「今の話が本命なのかどうか、どのみち確認は必要ね・・・」

 

 アーシアが、新たな情報から行動指針を選定し予定を立ててゆく。

 

 「・・・何か情報のお礼をしたいんだけと、お金でいいのかしら?」

 

 話す必要の無い重要な情報を私が漏らしてくれた事に気づき、アーシアが尋ねてきた。

 

 「・・・そうだな、出来ればゴリムに渡したように、私にもあの何でも探せるタンポポの種を分けてくれないか?」

 

 『クルタの子』の復讐関係で人探しの必要が有る。あれば便利だ。

 

 「勿論構わないわ」

 

 アーシアは慣れているのか、にっこり笑って直ぐに了承した。

 

 

 「『失せ物探しの綿帽子(ダンデライオン・ヒーローズ)』!」

 

 

 アーシアは能力名を高らかに唱え、同時に頭に真っ白なキャスケットを被ったような綿帽子を具現化した。

 

 ビックリした。

 

 予想通りの姿だがビックリした。

 

 思ったよりでかい。

 

 彼女はそのまま手を頭に遣り、巨大なタンポポの種のような具現化物質を三本抜き取り、ポケットから取り出した封筒に入れて渡してきた。明らかに手慣れている。

 

 三本で、一回分なのだそうだ。そう言えばゴリムも三本使っていた。

 

 封筒が用意してあったことに驚いていると、よく有ることなのだと笑っていた。簡単に使い方を教わり、最後に注意事項を告げた。

 

 「私の『失せ物探しの綿帽子(ダンデライオン・ヒーローズ)』は、落としたコインから戦争の勝ち筋まで何でも探せるけれど、使用したその時点で存在、若しくは存在が予測されているモノしか探せません。そして、条件に合致していれば指し示す先はより近いものになります、複数のモノは示せません。最後に、私以外の人は一生に一度しか使用することが出来ません。ご注意を」

 

 残念。便利な能力には、制限が付き物か。

 

 「持ってたり使用すると貴方に情報が?」

 

 懸念を告げると、使用回数が元に戻るので渡した内の誰かが『種』を使用したことが解るだけだと、またも笑われた。

 

 嘘では無かった(確認)。

 

 解るのは基本的に時と場所。だが、理解力があれば其の情報から大抵の事は読み取れる。

 彼女の解説によって、クロンドル卿が言った「使ったのか?」の意味も、急に意識を切り替えた訳も判明した。

 どうやら彼女の能力による『検索』は、外れないらしい。無いものは無いと出る。

 

 やっかい過ぎる。なるべく敵対しないよう気をつけよう。

 

 

 「既に報告済みだと言っていたから、遺跡の場所は役所に詳しい記録が有るはずだ。中に入るなら蟲の生き残りが居るかも知れないので気をつけて」

 

 慌ただしく帰ろうとする二人に、一応忠告をしておく。

 

 「あと、これは土産だ」

 

 別れの挨拶を交わした後、玄関口でミックスハーブティーを一袋渡してやった。

 

 アーシアよりもバッハが喜んでいた。

 

 ・・・『ヌエ』について打ち明けたのは、さっさと調査を終わらせて帰って欲しいという意思表示なんだけど、いつ気づくかなぁ。

 

 

 

 




 誰かに使用を許可すると、自分の使用可能回数を全回復させる謎のフラワーポイントが貯まるらしい。


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 59、路

   59、路

 

 ハンター協会のチームが遺跡探索に出発してしばらく経つ。そろそろ夏も終わりだろう。

 

 いつものようにピートと朝市で朝食を食べ、市場を抜け常設の店舗街をぶらついていると、まだ通ったことの無い路地を見つけた。迷わず突入する。

 

 薄暗く細い通り沿いに、古着屋、立ち飲み屋、古道具屋、端切れ屋、ボタン屋、時計屋、飴屋、木皿屋、刺繍屋、ランプ屋、ペン軸屋、煙草屋、etc、etc、表通りと違いちょっとディープ。

 

 何処も職人が居るらしく、品質は良い店が多い。造って直売してる感じだ。

 

 ピートにせがまれ、おばちゃんが鉄鍋で実演販売する炒り豆屋でおやつを買う。

 おばちゃんは、サービスだと言って紙袋にたっぷり炒り豆を入れてくれた。珍しくサル好き?ピートから少し貰う。まだ熱い。少し固いが、香ばしくて癖になる。

 

 店と呼ぶには小さすぎる小規模店が多く、全体的にゴチャゴチャ。

 

 怪しげな 男達もちらほらいて、通りかかるカモに目を光らせていた。

 

 気配を一般人並に落としている私に、ちょっかいかけようとする者も居る。鬱陶しいので個別に殺気を飛ばし、軽く威圧する。冷や汗を流し、皆逃げていった。

 

 

 煮しめたような雰囲気の在る、古参ぽい古道具屋を見つけた。

 

 ここには職人はいない。

 

 紋章入りの折れたナイフや欠けた古い食器、装飾の一部剥げたペン立て、台座だけの文鎮、弦が一本しかない楽器、へこんだ銀器、目玉の取れた鹿の剥製等、出処の怪しい品が多い。

 

 遺跡からの発掘品らしきもの、それを模した粗悪な偽物。

 

 一言で言うとカオス。

 

 その店の片隅で、妙なものを見つけた。

 

 最初、何となく錆びた錠前とカウベルの並ぶ古いサイドボードの上が気になり、手を伸ばした。

 

 雑多な金属製品のガラクタと一緒に並んでいた木皿を降ろしてみると、長さがまちまちの金属や角、骨製の古いペン軸ばかりが埃だらけで山ほど入っていた。ペン軸は、先に竹や硬木、鷲の羽芯を取り付けてインクに浸し、使用する筆記具だ。

 

 その内の一本を手に取る。どうやらペン軸では無い。

 

 「これをくれ」

 

 値段交渉の途中、欲しがってるのを見抜かれて、ちょっとお高めで入手。

 

 店主はバカな客だと思っただろうが、恐らく私の方が得をしている。

 

 謎の金属製筒はぼんやりとオーラを纏っていた。

 

 この世界に来てから見つけた、二つ目のオーラの籠るほどの名品・・・のはずだ。

 

 「おい、嬢ちゃん!」

 

 

 ん?

 

 「こんな処に一人でやって来ちゃいけないなぁ・・・」

 

 「そうだぜ、暗い裏路地には悪いことを考える奴もいるからなあ」

 

 

 何だ、誰かバカな小娘でも迷いこんだのかと周囲に意識を向けると、チンピラ二人が、ニヤニヤしながら声を掛けているのは何と私だった。

 

 小娘って何だ、失敬な!

 

 ちょっと筒に意識を向けていて、無害なチンピラが又何処からか湧いても、気にしてなかったわ。

 

 「・・・もしかして、私に言ってるのか?」

 

 ちょっとイラッとしたので、今までよりちょっと多目に殺気を込めて振り向いた。

 

 「・・・・くっ、何だ?」

 

 「え?ひゃ、いや・・・ひ、人違いだった」

 

 ・・・人違い?

 

 突然降りかかったプレッシャーに、二人は訳もわからず震えながらよろよろと下がった。どう見ても年少の私に道を譲った彼らに、周囲から奇異の視線が注がれる。

 

 「・・・そうか、ここは余り治安が良くないらしい、足元に気をつけてな」

 

 ナンパなら、もっと人の多い所でやれ。

 

 「キィ!」

 

 ピートもそう言っている。

 

 私は殺気をきれいに消し、横丁探索を続ける。

 

 周囲で見ていた商人達は、状況を察しニヤニヤとチンピラ達を嗤っていた。

 

 その後、別の古道具屋で蓋の象嵌が見事だが壊れた懐中時計、細密画付きの小皿、小動物のフィギュア七体セットを買い、内心ホクホクで路地を後にする。こういった自分の琴線に触れるガラクタを買って溜め込むのは、前世からの趣味だ。オタク心の源泉でもある。

 

 後で、うちに出入りしている目利きの婆さんに見せてボロクソに言われるまでがワンセット。現在勉強中。

 

 でも、今の時代のガラクタが二百年後にお宝に化ける事も知っているので、無駄ではないと思っている。資金ができたら老後に備えて色々買い込むか?

 

 好事家向きの路地から出ようとしたタイミングで、一人の男が後ろから腰だめにナイフを構えて無言で突っ込んで来た。

 

 普通なら、丁度暗い路地から明るい通りへ出て、眩しさに視界と意識が()らされる白昼の死角。

 

 私には関係ないけど。

 

 ギリギリの瞬間まで待ってターンした私は、片手に荷物を持ったまま反対の手で男からナイフを奪い、即投擲。そのまま相手の男の襟首を掴み、もう一人の男が振り下ろすバール(擬き)を彼の頭でガードした。

 

 バールが深く食い込むようちょっと持ち上げたので、即死したようだ。

 

 バールを振り下ろした男もさっき喉に投擲したナイフが致命傷になったようで、突然ひっくり返り、ピクピクと最後の痙攣を起こしている。

 

 さっきナンパしてきた二人組だ。

 

 ナンパ失敗がそんなにショックだったのか?

 

 良くわからん。何にしても、殺そうとしたら殺される事も覚悟しなくちゃね。

 

 命を奪う事無く制圧することも出来るけど、殺しに掛かってきた相手にそれをやるとナメられる。それでは却って周囲を危険に晒す。

 

 

 「・・・誰か掃除を頼む」

 

 金の入った小袋を見せると、即座に数人の男達が名乗り出て彼らを片付けはじめた。手慣れたものだ。

 

 別に金を払わなくても誰かが片付けただろうけど、それでは只の無頼漢。地元に迷惑を掛けている点で、そこらのチンピラと変わらない。しかし、片付け仕事に金を出すことで、目撃者達の印象が変わり、良い評判に繋がると言うわけだ。名が売れている分、外面(そとづら)にも気を使う。

 

 油断して小者に絡まれる──撃退。のパターンはもはやルーティンだ。でも、いきなり殺しに来るのは珍しい。

 

 ちょっと反省。

 

 人がよく死ぬ世界。頭のおかしな奴も多い。どこにいても不用意な油断はいかんね。

 

 「あいつらはこの辺の奴か?知っている者は?」

 

 手早く運ばれて行く二つの死体を眺めながら、一応確認する。殺ってしまった以上は、トラブル防止のために相手が誰だったのか知っておきたい。

 

 「知らねえ奴で」

 

 「見たこともねぇ」

 

 「この辺りの奴じゃないですね」、他。

 

 ・・・・・妙なことになってきた。

 

 すぐ判明すると思っていた死人の素性を、誰も知らない。どうも、地元のコミュニティのチンピラでは無いらしい。

 

 面倒な。

 

 「・・・さっきの死体を『顔無しマゴット』の処の若いのに見せて、何者なのか調べて私に報せるように言っといてくれ」

 

 もう一つ金の入った小袋を出す。マゴットの縄張りの市場も近い。誰も彼女を知らないということは、あり得ない。

 

 「私の事は知っているな?」

 

 真っ赤になって激しく頷くじいさんに此の場は任せ、もう後は何か解るまで放置。

 

 きっと湊町にはいくらでもいる只の流れ者だろうし、相手はもう死んでる。気にしてもしょうがない。

 

 ほっといても良いのだけど、ついでにマゴットに仕事を回してやった。そのうち報告に来るだろう。結果には余り期待していない。

 

 

 とりあえず、南無~。

 

 一応手を合わせておく。来世はまともに生きろよ~

 

 

 

 その後、ピートと何事もなく『庵』に戻るとお茶を入れ、真っ黒に酸化した謎の金属筒をブラシと布で磨く。

 

 ピートは途中で飽きてお昼寝中。

 

 どうやら銀製のようだ。

 

 こういうチマチマした作業も結構楽しい。元々私は、スローライフ向きの人間なんだよ。うん。

 

 

 午後になって客が来た。

 

 「よう、しばらくぶりだな」

 

 ずっと遺跡に『ヌエ』の確認をしに行っていたバッハだ。アーシアも一緒だった。小さく手を振っている

 

 何故かクロンドル卿もいて、その後ろにギムリット氏もいるが、本体ではなく分身体。本体に姿を変えているようだ。≪観測≫の視界に、【オーラ生成物、分身体】のタグがしっかり付いている。マップの反応も分身体のモノで、本体は別の離れた場所にいた。他のメンバーは気づいて無いのだろうか?指摘するのは野暮か?

 

 「久しぶり、まあ上がれ」

 

 一部の身構えているメンバーを無視して、あっさり全員を招き入れる。

 

 クロンドル卿が、面倒臭い挨拶の言葉を述べそうな気がしたので、庶民には必要無いと先に断っておく。

 

 「メイドなんか居ないから、話は私が茶を出すまで待ってくれ」

 

 全員に座るよう伝えるとアーシアの指揮の下、皆ラグの上に腰を下ろす。クマのクッションは無事彼女が確保した。

 

 騒ぎにピートも起き出して、私の肩に乗ってきた。この前来なかったクロンドル卿とギムリット氏をちょっと警戒中。その前の戦闘の事は忘れてるっぽい。

 

 椅子と違って立ち上りづらいラグは、クロンドル卿が嫌がるかと思いきや、素直に座っている。常備しているらしい帯剣は、外して脇に置いていた。床に座るのが新鮮なのか、ちょっと楽しそうだ。

 

 

 「・・・それで?調査は無事済んだのか?」

 

 クロンドル卿のやっぱり大袈裟な挨拶が済み、ハーブティーと菓子が全員に回った頃、何か話があって来たであろう彼らに水を向けた。

 

 「ああ、遺跡はすぐに見つかった。当たりだったよ」

 

 何人かが目を泳がせ、バッハが答えた。

 

 「・・・目的の遺跡はすぐに見つかったんだが、中身がヤバ過ぎてなぁ・・・当面()()()()()()()()()事になっちまった・・・」

 

 言い難そうに続ける。

 

 ま、そうなるか・・・・

 

 変形した人体の遺骸とか、特に掃除とかしなかったし。

 

 文字通りヤバ過ぎるのだ。

 

 人の抗するべくもない怪物が今も実在する証拠など、人心の不安を煽るだけだ。

 おまけに人に寄生するとなると、嫌悪感や恐怖感はいや増す。影響は更にでかい。

 普通なら誰も信じないが、今回は巨大な遺骸のミイラと変形した人体が複数残っている。

 

 伝説通りに。

 

 其れは有った・・・有ってしまった。

 

 説得力は抜群だ。

 

 一度は常識が否定する。話を聞いたものは、先ず笑うだろう。

 そして其の後、どうしたって()()()()()()と想像しはじめる。

 

 『不死身の怪物は、本当に滅んだのか?五百年もの間生き続けていたのに?』

 

 臆測だらけの噂が広まっただけで、誰もがやがては逃げ出す事を考えるだろう。

 

 ・・・五百年前には其れで国が一つ滅んで居るのだ。

 

 統治者なら、リスクを嫌がる。

 

 おまけに、対抗手段(念能力)が在ることは明かせない。

 

 怪物が喜ばれるのはフィクションの中だけだ。非日常は、日常の外に置かなくてはならない。

 

 せっかく世に啓蒙思想が広まって、世界は暗黒時代から抜け出すところなのだ。余計なチャチャは入れない方が良い。

 

 「・・・解った、遺跡と『ヌエ』の情報は秘匿しよう」

 

 想定内だな。

 

 「遺跡の内部には公開できない情報も在る。まだゴタついてるが、『縛鎖(ばくさ)の遺跡』と巨大な『ヌエ』のミイラはハンター協会の権限で暫く封印って事になるだろう」

 

 ハーブティーを嬉しそうに飲みながら、バッハがリラックスして答えた。

 

 『縛鎖の遺跡』!名前が格好いい!

 

 あ、そうか、遺跡の封印には『神字』が壁一面に刻まれていた。そう言えばあれもマル秘案件だったような・・・どっかで学べないだろうか・・・

 

 「了解した」

 

 その後も、『ヌエ』に関する情報の交換が続く。どうやら、今後又同じ種の怪異が表れた時のために対処法をできる限り記録しておきたいようだ。ギムリット(分身体)が細かくメモを取っている。

 外に出て、三匹目が浮かび上がって膨らむ前に、小さなネズミの状態で倒したと伝えた件を除けば、ほぼ事実そのままの流れを話す。無論、私の念能力に関しては、既にバレていることも含めて一切を明かさない。

 

 やはりアレは、『暗黒大陸』からの渡り物なのだろうか?

 

 それらしいことを仄めかして、私が『暗黒大陸』の事を知っているかどうか確かめたい様子だったが、しらばっくれておいた。

 

 何となく、アーシアあたりにはバレてるような気がするけど、言質を取られなければ問題ない。

 

 知っているとバレたら、対処の手伝いをさせられそうな気がする。今更だが私は元々いない存在なので、世界の大局に関与するのは避けるのが基本方針だ。助けるのは手の届く範囲のみに限る。

 

 出来るのは、出来ることだけ。

 

 私の念能力に関しては、説明中にクロンドル卿が何度か詳細を聞こうとして、アーシアに止められていた。能力の事を聞くのは、マナー的にもとる行いのようだ。

 

 

 「ミカゲ君はハンターになる気はないのか?」

 

 アーシアに注意されて凹んでいたクロンドル卿が、唐突に切り出した。

 

 皆の会話が止まる。

 

 驚いてない様子を見るに、規定路線なのだろう。クロンドル卿が来たのは此のためか。

 

 「・・・ハンターにか?」

 

 考えなかった訳ではないが、間違いなくスローライフプランから逸脱してしまう。

 

 この世界に来た最初の頃の、『目立たず静かにひっそり隠れ住む』プランに固執しなくて良さそうな位には地力が付いたと思う。

 

 それでも、『クルタ族』であることや右目の『蒼緋眼』のことがある。

 

 世界の表舞台に立つには、まだちょっと早い。

 手早く復讐を果たし、あと十年位は修行して、念獣達の二次権能が十分に成長し、十全に使用できるようになるまで。今の、地方のちょっと強い念能力者以上の肩書きは必要無い。

 

 だから。

 

 「今んとこ興味無いかな」

 

 ごめんなさい、だな。

 

 「そうか・・・」

 

 クロンドル卿は、ホッとしたような、ちょっとガッカリしたような顔をしていた。

 

 「そんな、あっさり断らなくても・・・」

 

 バッハが、何故かハンターの特典と利便性を猛烈にアピールしてしつこく入会を勧めてくる。

 

 「・・・何でそんなに熱心なんだ?」

 

 今の時代は、経験年数と実績の有るハンター三人の推薦が在れば、会長の面接だけで無試験でハンターになれるらしい。あと会長は女性で、その年齢については絶対に触れてはいけないそうだ。

 

 ・・・何だその後半の情報。

 

 「バッハはミカゲ君のファンなのよ」

 

 「あ、おいっ!」

 

 アーシアが、あっさりばらした。

 

 「はぁ?」

 

 何処にファンになる要素が?

 

 殴り倒して茶をいれてやったくらいしか接点無いぞ。

 

 「べ、別に容姿は関係無いぞ・・・ミカゲが常識外れにクソ強いから、その圧倒的な強さにちょっと深く感銘を受けたっていうか、それだけだ!」

 

 言ってることが、ガタガタだ。

 

 バッハに、少し上ずったファン目線で視られても、何か勘違いしているのではと首を傾げるのみだ。

 

 「・・・そうなのか?」

 

 この前来た時、やたらとフレンドリーだったのは其のせいか。

 

 「戦ってる時のミカゲ君の動き?武術って言うの?華があって格好いいからね・・・ほとんど何やってるのか解んないんだけど」

 

 アーシアの補足に、バッハもしきりに頷いている。

 

 「ほう・・・」

 

 私は、流麗で静謐な師匠の動きを思い出した。多少は師匠に近づけたか?

 

 「はぁ・・・ここの焼き菓子、相変わらず美味しいわぁ。

 ・・・・ねえ、それよりこの前貰ったハーブティーなんだけど、ハーブを扱っている商会に同じ物を頼んだら、何か『害地』の希少な植物?が混ざってて無理だって断られたわよ、何処で買ったの?」

 

 アーシアが勧誘の話をブッタ切って、強引に話題を変えた。

 

 「この前来たとき土産に持たせた奴なら、私が自分で採取して調合した品だ。今出してるのも同じ物。因みにそのクッキーも市場で材料を揃えて私が作った・・・・『害地』って何?」

 

 旨かろう。ちなみに、私の身体に対する効果を診断した念獣達の医療情報によると、入れたハーブは健康にもすこぶる良いらしい。

 

 「自分で?そんな馬鹿な!」

 

 アーシアに、笑いながら否定された。酷い。

 

 「・・・『害地』ってのは簡単に言うと、余りにリスクが高過ぎて人が入れない土地の事だ。

 ただ害になるだけの土地、だから『害地』と呼ばれている」

 

 復活したバッハが、少し説明してくれる。

 

 「この辺だと『ゲルの大森林』の『(むくろ)の森』とかが悪名高くて有名ね、あの森には他にもいくつか『害地』が在るけど・・・」

 

 アーシアが実名を出した。

 

 

 何か、聞いたこと有るような・・・・

 

 

 「・・・・でも、念能力の使えるハンターなら、問題なく出入り出来るんだろ?」

 

 私、其処で十年くらい暮らしてましたし。

 

 「まさか!無理無理。ああいう死地に入れるのは、念能力者の中でも其れ専門に能力を開発したネイチャー系の探索者ハンターだけよ。それでも油断してると死んじゃったりするんだから。

 普通の念能力者が入ったら猛毒や寄生生物に殺られて、まず生きて出られないわね。

 まぁ、その危険な寄生生物を身体に取り込んだりして、平気で武器にするようなイカれたハンターも居るんだけど・・・・」

 

 アーシアが無自覚に抉ってきた、

 

 「へ、へ~・・・」

 

 死地、デスか・・・

 

 ちょっと勘違いしていたらしい。

 

 そか、あそこ一般人だけじゃなく、ハンターも寄り付かないヤバさなのか。

 そういや、原作にも噛み付いて毒よろしく寄生虫の卵を流し込む能力者とか居たなぁ。

 

 

 まさか、件の『害地』に住んでましたとも言えず、結局ハーブティーの()は『害地』近くで群生地を見つけ独占している。『害地』自体には嫌な予感がしたので侵入してない。と言う事にした。

 

 ヤバいハーブの名は『翡翠茸(ひすいだけ)』と『銀冠樹(ぎんかんじゅ)の葉』。

 

 私は見た目から、トリュフみたいに土に埋まってた『翡翠茸』を色味と形から『ブロッコリー茸』。丸くて金属光沢の有る小さな葉がびっしりついていた灌木を『銀冠樹』ではなく『百円樹』と呼んでいた。

 

 バレなくて良かった~。

 

 自作ハーブティーは、他にもさほど珍しくない野草や花びらを七種混ぜて出来ている。内容は秘密。

 『翡翠茸』はほんの少ししか入れてないのに、成分を言い当てたハーブ屋は流石プロ。

 

 師匠が死んだ後、もっと健康に気を使うべきかもしれないと生薬に凝っていた時期が有ったのだ。ミックスハーブティーはその頃の副産物。実食した物の効能を念獣達が面白がってデータ化して、味との兼ね合いでブラッシュアップしていって何年か掛けて出来た。余りに毒物が多くて難儀した。

 

 ちなみに、『翡翠茸』は世界七大奇病の一つ、バルサ病の特効薬らしい(今聞いた)。

 

 私にとっては、たまに見かける良い香りのする(きのこ)。食べても旨い。お茶には香り付けにちょっとだけ混ぜてある。

 

 『銀冠樹』の方は老化予防と滋養強壮。

 

 年寄りに大人気だそうだ。うちでも大人気。飲むと体調が整い、お通じが良くなる。

 

 『銀冠樹』は他にも採取地がいくつか在り、金を積めば何とか手に入る。しかし、『翡翠茸』は採取候補地が少数有るだけの幻の茸らしい。専門のハンターに(つて)が無ければ、手にいれるのは不可能に近いのだと熱っぽく語られた。

 

 「・・・つまり、余分に有れば買い取りたいと?」

 

 全員頷いている。

 

 「・・・価格は、何年か前のオークションで金貨千二百枚(一億二千万円くらい)だったか・・・」

 

 クロンドル卿が、基準になる価格として過去の取引価格を告げる。

 

 他のメンバーが「あっ!」と言う渋い顔をした。

 

 まぁ、田舎者から買い叩く気だったんですね。解ります。

 

 地方に行けば地方価格を期待しますよね。

 

 クロンドル卿、頭は固いけど悪人では無いようです。

 

 「どのくらいの量で?」

 

 採取が面倒臭いから、そんなに沢山は無いんだよなぁ。

 

 「中サイズが一つ・・・この位か?」

 

 クロンドル卿が、ピンポン玉位の大きさを指で示した。真顔だ。

 

 「・・・え!マジで?」

 

 そうか、あんな掘り残しの芋みたいな茸がなぁ・・・

 

 普通はあんなとこまで入って行けないし、土に埋まってるんだから見つけるのもムズいのか。

 

 「どうだろう?」

 

 クロンドル卿は、有ればオークションの落札価格と同様の金額で買い取りたいという。しかも、ダメなら更に上乗せもすると言う。

 さすがハンター。さすが貴種。金持ってるなぁ。

 

 詳しく聞くと、特に身近に病人がいる訳じゃないが、貴重な物だから手に入れればステイタスになるし、換金するのも容易で大都会なら引く手数多だそうだ。

 

 私は一旦奥に戻り、『あり得ざる小さな世界(フォーチュン・イン・ザ・ポケット)』から三つの壺を取り出した。

 リンゴ程の大きさで、岩から"周"の修練がてら私が削り出した自作の容器だ。

 蓋も石製で(にかわ)で密封してある。

 

 戻ってきて、それをギムリット以外の三人の前に一つずつ並べた。

 

 すかさず壺にじゃれつこうとするピートを止める。

 

 「これは?」

 

 アーシアが尋ねる。

 

 「ん?お話の『翡翠茸』、一壷一個入り」

 

 あれ?

 

 「これじゃ中身が確認できないじゃないか、開けてみてもいいのか?」

 

 バッハが壺を手に取る。

 

 「・・・開けても良いが、直ぐに色抜けして香りも飛んでしまうぞ」

 

 知らんのか。開けたら買って貰おう。

 

 「え?」

 

 今にも力任せに壺を開こうとしていたバッハがピタリと止まった。

 

 「・・・判った、『翡翠茸』には、そういう性質が有るのね?」

 

 察しの良いアーシアが、先に了解した。

 

 「その通り。『翡翠茸』は、光の無い夜に掘り出して、光の入らない容器に、出来れば密封して保存するのが望ましい」

 

 ちょっとでも光に当たると、直ぐに劣化が始まる。判明するまで何個も無駄にした。

 

 そのままだとだんだんと萎びて行くが、出してすぐ薄切りにすれば、水分が秒で揮発して一週間から一ヶ月程は香りを楽しめる。効能も同じだろう。壺に入れたままなら二年は持つ。

 

 そこまで説明すると、中身が確認できないにも関わらずクロンドル卿は一つ金貨千二百枚で三つとも買いたいと言って来た。

 

 「いや、売るのは一人に一つずつだ」

 

 商品確認が出来ないし、知り合い価格で金貨百枚に割り引いてやった。

 

 「それなら私も買おうかしら」

 

 アーシアが現地価格に飛び付いた。

 

 「俺も買おう、食っても旨いんだろ?」

 

 バッハが便乗する。

 

 臭いで場所がすぐ解るし、現地では特に珍しく無いので、また取りに行こう。

 

 結局三人とも買った。

 

 私が売った事が漏れると面倒になりそうなので、一応口止めしておく。バレたらバレたで構わない。変なのが来たら処するだけだ。

 

 「・・・あのう、私の分が無いのですが」

 

 嬉しそうに小さな壺を抱える三人の脇で、ギムリット氏(の分身体)が、恐る恐る疑問を呈した。

 

 喋れたのか!かえすがえすも優秀だなぁ。しかも、今まで其れを秘匿しようとしていた。大したものだよ。

 

 ・・・でも。

 

 「流石に本人が来てなくちゃ貴重品は売れないよ、割引優待は友人だけの特典だ。信を得るには、せめて身をさらすだけの覚悟が無いとね」

 

 分身体だと私が気づいていたことにギムリット氏(分身体)が驚き、他の三人も氏が分身体だったことを知って驚いていた。

 

 ギムリット氏のやり方は、ちょっと前の私の行動パターンとよく似ている。万難を排し隠れ潜み、己の生存を第一とする。でも私は、それを少しだけ変えることにしたのだ。

 

 

 それでは、つまらないから。

 

 

 ハンターハンターの世界でも、覚悟と強さが在れば世界を楽しめる。

 

 せっかく羽が有るんだから、飛ばなくちゃもったいなくない?

 

 その後、何だかんだと長居して陽が沈む頃、彼らはようやく別れの挨拶をして宿に帰っていった。

 近くシュマの街を離れるらしい。

 

 

 

 ギムリットの本体は結局来ず、売れた壺は三つだけだった。

 

 




 バルサ病:身体が、四肢の先から順に結晶化して砕け、粉になって行く奇病。結晶化する四肢を全く動かさず、綺麗に結晶化させた物は人体収集家に高く売れる。色に個人差有り。

 


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 60、秋

   60、秋

 

 「やっと涼しくなってきたのう、ホットが旨いわい」

 

 一人の爺さんがハーブティーを飲みながらポツリと言った。

 

 「ほんとにねえ、夏を乗り越えられたのも、先生のお蔭だわ」

 

 向かいに座っていた婆さんが、新作のナッツと洋酒に浸けたドライフルーツのパウンドケーキを齧りながら相づちを打つ。

 

 喋っているのは二人だが、老人はあと三人ほど居る。

 

 一人は眼鏡をかけてテーブルで新聞を読み、一人は特注のダルマストーブの前で居眠りをしていて、最後の一人は『気脈術』の施術を受けている。

 

 「おだてても、それ以上何も出ませんよ」

 

 

 私は、マリオ爺の痛めた腰を治療しながら適当にあしらう。

 

 マリオ爺は、若いとき『鉄床(かなとこ)のマリオ』と称した武闘派だったらしい。今は引退した先代の『港湾荷役元締め(こうわんにえきもとじめ)』だ。現役の時は『元締め』と呼ばれていて、今は『湊の御隠居』と呼ばれている。

 

 『港湾荷役元締め』は、港の荷役人足各『組』を纏め上げる街でも屈指の実力者だ。

 

 『夜町の御隠居』と呼ばれているブルーノ御大のジジババ仲間の一人でもある。

 

 以前は古傷と内臓疾患で死にかけていたのを、私が治した。癌だった。治療法はオーラで細かく切除しながら治癒を促し、徐々に組織を再建して行く。患者に気力体力が有ったので、何とかうまく行った。癌は進行していると、治療より完治まで患者の身体を持たせるのに苦労する。

 

 『肝臓(アクエリアス)』の≪再生≫の『早出し(ファストムーブ)』、『車輪は回り因果は巡る(アライメント・ヒーリング)』を使えば末期癌でも治療は可能だが、悪心が少しでもあると有り得ないほどの苦痛のため却って寿命が縮まる(犯罪者で確認済み)。それに秘匿技術だからホイホイ使えない。

 

 ジョン・ブルート御大も来ている。ホットハーブティーを飲んでいる最初の爺さんがそうだ。

 

 

 今日は、ジジババどもの検診日だ。禁酒禁煙は守っているようすだが、すぐ無理をして何処か痛めてくる。自分達が一度死にかけた老人であることを、もっと自覚してほしい。

 

 「はい終わり、もういいですよ」

 

 衝立の向こうからぶつぶつと何か言い返してくるのをスルーして、『気脈術』の施術を終える。

 

 「おおっ、楽になった!」

 

 すっかり白くなった太い眉をへの字にして喜んでいる。

 

 「一応動けるようにはしていますけど、若返った訳じゃないですからね、無理は禁物です」

 

 使用した銀の針を片付けながら、最早定番の注意を告げる。

 

 「ありがとうございました先生」

 

 老人にしては体格の良い患者が、孫のような年齢の私に本気で頭を下げて礼を言っている。

 

 「はい、どういたしまして・・・これで全員かな?」

 

 ジジババどもはしょっちゅう来て、常に何処かしら痛めていた。

 年寄りだからかと、前はその都度治療していたら、後に私がどんな状態からでも治療してしまうせいで、それをあてにして無理無茶をしていることが発覚した。

 

 これは流石にアカンだろう、となり。

 

 それぞれの家族や周囲の人間とも相談して、自分達が年寄りであることを自覚させるため、余程酷く無ければ月に一度の検診日に纏めて治療することになっている。

 

 今日は彼らが待ちに待ってたその日だ。今回来たのはこの五人だった。おかしいよな、普通に過ごす分には健康で居られるはずなのに。いったい何をやってるんだ?

 

 「時に先生、今年は『席次戦(せきじせん)』が有るのを御存じで?」

 

 上着を着ながらマリオ爺が話を振ってきた。

 

 『席次戦』?

 

 「・・・私が聞いている秋のイベントは、秋祭りと其れにともなう仮装パレードや屋台祭り位だけど?」

 

 シュマの街の秋のパレードとは、元は昔の戦勝記念パレードと秋の収穫の祭りがいつからか混ざり合ったものらしい。

 その名残で、今も戦勝を報せる巻き物を持った兵士が伝令兵役で先頭を進み、その後ろを各山車(だし)が続くのだ。

 

 近隣からの見物客で、街は大にぎわいになるらしい。

 

 屋台祭りの方は、祭りの時に葡萄酒が樽ごと広場で振る舞われていて、その回りにだんだんと屋台が並ぶようになって、それが元になったはずだ。

 

 たしか『緑美楼』で初めて寝床を決めた時、宛てがわれた部屋が秋のパレード用の衣装倉庫になっていた。

 

 「ん?・・・あ!後、祭りの前頃に周辺の町の親分衆が集まって会合が有るとか無いとか?」

 

 これは、一般人が知っていてはいけない周辺地域の裏組織の顔合わせらしい。勿論、役所が関わる公式な行事などではない。

 

 この話は、前回の『黄金のお茶会』で内緒でこっそり聞いたばかりだ。

 

 ・・・『席次戦』てのは聞いたこと無いなぁ。マジ知らん。

 

 「『会合』の事を知ってるなら話が早い!」

 

 マリオ爺が、喜んで説明を始めた。

 

 「『席次戦』てのは通称で、元は裏の会合の後の懇親会で余興として行われていた単なるステゴロの賭け試合だったんだよ。ワシも若いときに出た。

 それが、どういうわけか今は『席次戦』などと呼ばれとってなぁ・・・」

 

 マリオ爺は少し話が長い。

 

 「マリオ、話題がずれとるぞ」

 

 ブルート御大から突っ込みが入った。

 

 「それじゃ、何時まで経っても肝心な処まで話が進まないだろが!」

 

 新聞を読んでいた老婆が、眼鏡をしまいながら追い討ちを掛ける。

 

 彼女は、カミラ婆。遥か昔に夫に先立たれたモーティマー商会の元会頭で、『銀門街』で数有る商人職人を束ねていた商工会の元議長、口の悪い者からは『銀門街の妖怪ババァ』と陰口を叩かれている。

 ブルーノ御大とマリオ爺とカミラ婆の三人は同年代で、若いときからの知り合いらしい。ここに入り浸るジジババ仲間の中心人物だ。今回のあと二人はマリオ爺のツレで、ただの船大工とその奥さんだ。

 

 ちなみに、カミラ婆は心臓病だった。無論、既に私が治した。

 

 

 三人の漫才のような解説によると、この地方の六つの街の裏の元締めが集まって利権の調整をする会合が有るらしい。

 

 そこで会合の時、誰が上座に座るかの順位付けを決めるのに遺恨が残らないよう、誰の目にも判りやすい二年に一度の格闘戦で決めるようになったと言う。

 

 ここ『シュマの街』からは、毎回『港湾荷役元締め』が参加する。

 

 『港湾荷役元締め』と言うと表の商売のように聞こえるが、荷役人足の各組合は実際は親分子分の任侠のような繋がりで、それを束ねる『元締め』の実態は領主から仕事を任されたヤクザの大親分(フィクサー)に近く、誰が見ても裏の会合への参加者として申し分ない。

 

 

 「昔は『席次』なんか何の意味もねえと皆解っとった。だから其れに拘るヤツも少なくて、誰の持ち駒(兵隊)が一番良く闘ったかを酒の席で話の種にするのが精々だったんだ。腕自慢の若いヤツを勉強のために出すことも有った。しかし、世代が移ると勘違いして上席のヤツが下位のヤツを下にみる風潮が出始めた」

 

 マリオ爺が、苦々しく言った。

 

 「今の『六合会』は親から後を継いだだけの小者が何人か居て、揺らいでるって訳さ」

 

 ブルーノ御大が、問題点を纏める

 

 「そんなゴタゴタは在るんだが、今回の開催地は『ハッベル』でやるんだよ。せっかく元気になった事だし、『ハッベル』は『シュマ』より大きい川沿いの街だから、私ら三人は会合、と言うより『席次戦』見物がてら遊びに行こうと思ってねえ」

 

 カミラ婆がにっこり笑う。残念ながら年季が入りすぎていて、無邪気には見えない。

 

 「主治医として一緒に行こうと誘ってる訳だ。無論、旅費や滞在費はこちらが持つ。どうかね?」

 

 ブルーノ御大が、さらりと誘ってきた。

 

 面白そうではある。ハンター協会の件は何とか片付いて彼らも既に去った。

 

 祭りやパレードは近いが、参加するわけでは無いので暇は有る。

 

 「『席次戦』とやらに、私が参加させられるような事にはならないだろうな?」

 

 そこ大事。『クルタの子』の復讐関係もそろそろ大詰めなんだ。これ以上のトラブルは必要ない。

 

 「・・・そりゃ、周りが可哀相過ぎるだろう」

 

 マリオ爺が顔をしかめる。

 

 「クックックッ、あんたが参加したら、カエルの喧嘩にヘビ処かオオカミが出るようなもんだ」

 

 カミラ婆が混ぜっ返す。

 

 「こいつは裏家業の身内同士のこじんまりした会合なんだ。ミカゲ殿が本気を出したら皆一目散に手近な岩の隙間に隠れちまうよ」

 

 ブルーノ御大が、おおらかに笑いながら単なるジジババ旅行の付き添いだと打ち明けた。

 

 やはり年の功。皆、私の力を薄々知っているらしい。

 

 「・・・それじゃあ面白そうだし、ご一緒させてもらおうか」

 

 近場だし、殺伐としていない単なる観光旅行も楽しそうだ。

 

 私が了承すると、三人は目を輝かせて喜んでいた。どうやら周囲から万が一を心配され、私が一緒でないとダメだと行くことを止められていたらしい。

 

 うまく乗せられた?

 

 

 

 診療を終え、玄関口でジジババどもを迎えにそれぞれ渡していると、カミラ婆が振り返った。

 

 「そうだ、忘れてたよ!」

 

 ビロードに包まれた、銀製の小さな筒を私に差し出す。

 

 「ほれ、きちんと手入れして磨かせたぞ、久々の大当たりじゃ」

 

 カミラ婆には、私のガラクタ集めの鑑定をお願いしている。対価はお茶と菓子。

 

 前回路地裏で見つけた謎の銀製品は、古代王国時代の品の可能性があった。残念ながら他はガラクタだそうだ。

 

 「これ、何だったんです?」

 

 中にゴミが詰まっていて正体不明だった筒を、面白そうだと言って持ち帰ったカミラ婆が、今回綺麗にして返してくれた。

 

 「そりゃ、昔の『犬呼び子』じゃ」

 

 犬呼び子?ああ、犬笛か!

 

 「間違いなく古代王国時代の名人の作品で、『歌い手』とか呼ばれているシリーズの一つ、今までに六本見つかっとる。それが七本目。意匠からしてそいつは『虹』じゃな」

 

 迎えの者にコートを掛けられながら、カミラ婆が説明してくれた。

 

 「世にも美しい音色を奏でるそうじゃ。

  もっとも人間の耳には何も聴こえないんじゃがな。」

 

 イタズラっぽくニヤリと笑った。

 

 それじゃ意味が無いと、ブルート御大とマリオ爺が重ねて笑う。

 

 偽物が大量に出回っている、犬好きには垂涎の品らしい。

 

 試しに其の銀の筒を咥えて、そっと吹いてみた。

 

 心が洗われるような瑞々しく美しい音色がフルフルと鳴り響いた。

 

 私が暫し聞き惚れていると、三人の老人に怪訝そうに見つめられた。

 

 「・・・これは良いものですねぇ」

 

 「「「・・・・・」」」

 

 三人は互いに目を見合わせ一つ溜め息をつくと、何も言わずに去っていった。

 

 

 

 

 ジジババが帰り、裏庭へ出てみると大勢の娘達がダンスをしていた。

 

 彼女らは『緑美楼』の山車(だし)と共にパレードに出るメンバーで、泥縄的にダイエットしようとダンス講座に参加した連中だ。

 

 指導をしているのは私の弟子見習いのメロウ十九才とアンナ十七才。ミラに次ぐ第二席と三席。流石に体幹のブレも無く、動きの切れが段違いだ。二人は姉妹になる。

 

 『裏門街』の枠で、『緑美楼』だけで一台大型の山車(だし)。つまり、コンセプトに従って飾り付けた巨大な荷車のような物に十人ほどの着飾った娼妓が乗って、随員が同じく着飾って周りを固め、力自慢の男衆が山車を引き、街の大路を音楽と共に練り歩くのだ。

 各門街で趣向を凝らした山車を幾つも造り、一緒に回って祭りを盛り上げる。某ネズミの国のパレードや、京都の山鉾巡行をイメージすると近いか?

 

 毎年、綺麗どころの多い『裏門街』の山車は盛況で、中でも『緑美楼』のは人気が高いらしい。注目される分やる方も気合いが入る。

 

 私は、運営に関係していないので、外から眺めるだけだ。

 

 「何だ、マリエルも参加しているのか」

 

 『緑美楼』の娼妓序列トップの『黄金』であるマリエルが、他の娘達に混じってダンスをしている。

 

 言っては悪いが抜群の存在感と目を引く華があって、他の娘が霞んでしまう。

 

 「今年は私の番なのよ!」

 

 パレードには毎年『黄金』が一人参加する習慣なのだと、息を弾ませながら教えてくれた。パレード迄に、もう少し絞りたいのだそうだ。

 

 コンセプトデザインをしたのは、これも同じ『黄金』の趣味人ミシディー。

 

 今年の『緑美楼』のモチーフは間が良いのか悪いのか、偶然にも『死獣ヌエ退治』。

 

 古代の遺跡を模した造形の山車の上で、天辺に檻に閉じ込められた『ヌエ』ならぬサルを設置し、周囲で首輪とケモミミを装備したイヌっぽい仮装をした美女達が(はべ)って、観衆に手を振る趣向だ。

 

 ハンター協会のチームは、『ヌエ』の件を公表しなかったし、私は何も口出ししていないから、これは偶然だ。

 

 何か、春にイヌの遠吠え事件があってから、イヌ好き界隈で、封印されていた『ヌエ』が解き放たれたのではないかとか、とうとう滅びたのだとか噂が立ち、ちょっとした『ヌエ』ブームが来ていたらしい。勿論論拠は何も無い。イヌ好きの勘が凄い。

 

 私はパレードにノータッチだが、山車の天辺の檻に閉じ込められる役で、ピートにオファーが来ていた。ピートは、お菓子の山と引き換えに了承した。

 

 というわけで、私は参加はしないが関係者ということになっている。

 

 「ミカゲ君も出れば良いのに!」

 

 マリエルが無茶を言う。

 

 「私が山車引きの男衆に混じったら、悪目立ちするだろう」

 

 力は問題ないが、子供が混ざっているようにしか見えないだろう。

 

 選ばれし力自慢の男衆は、兵士の仮装らしい。

 

 「いやいやそうじゃなくて、ワンコ役で一緒に山車に乗ろうよ!」

 

 「乗るか!」

 

 私は男子だ。

 

 「バルト役、代わったげても良いからさ!」

 

 「要らん!」

 

 本気かどうか解らないが、マリエルが山車に乗るよう勧めた瞬間、踊っていたメンバーが、弟子見習いも含めて全員此方に振り向いた。心なしか目が輝いていたように見えた。何なんだ?

 

 バルトというのは、後年作られた『ヌエ』と古代王国を題材にした昔の歌劇で、『ヌエ』を誘き寄せて罠に掛ける王室の勇敢な猟犬部隊のリーダー犬に付けられていた名前だ。最後に人間達を逃がして、自分は死んじゃう事も含めて人気が高い。実際どうだったのかは不明。

 

 何度も再演とリメイクが繰り返されるうちに、王室猟犬部隊のリーダー犬の名はバルトと定着してしまっている。今も、バルトと言う名のイヌはいっぱいて、朝の公園で呼べば散歩中のイヌが何頭も振り返る。

 

 『黄金』であるマリエルは、当然猟犬部隊のリーダーであるバルト役らしい。

 

 そう言えば、遺跡から持ち帰った首輪とか、まだ持ってるなぁ。

 

 真っ黒だったのを磨いてみたら、薄い純金製の幅広の輪っかで、真ん中に蝶番があり両端を合せることによって輪になる構造だった。状況から見て、金属製なのは人間が『ヌエ』の即死能力、『黒雷』からの盾にしようとしたからなのかもしれない。

 

 それでもよく視ると金の首輪の表面には牧歌的な農場や狩猟の日常とイヌが、細かいレリーフで彫り込まれていて、イヌに対する確かな愛情を感じさせる。目についたのを幾つか持ってきただけだが、そんなのが十本ほど有る。

 

 これ、もしかすると文化財として重要なのでは・・・返した方が良いか?へたに役所とかに届けると、盗まれて転売とかされそうだし、一段落したら、地元のイヌ好きな名士に売るか。

 

 難しそうだったら、カミラ婆に一回聞いてみよう。

 

 どうでもよい事を考えていたら、黒服の一人が私を呼びに来た。

 

 

 客が来ているそうだ。

 

 

 

 

 金輪のガリルの弟子を探していると言う。

 

 

 

 ほう。

 

 

 

 




 読了ありがとうございました。今回の連投は此処までです。次回を気長にお待ち下さい。

 


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 61、金輪

 毎回の誤字のご指摘、感想、ありがとうございます。

 長らくお待たせいたしました、今日から十日間十話分連投します。お楽しみ下さい。


   61、金輪

 

 「金輪のガリルの弟子を探している?」

 

 師匠の知り合いか?

 

 会えば解るか・・・・

 

 

 

 その三人の客は、午後になったばかりの()いてる『緑美楼』のホールに居た。

 

 黒服と娼妓達が遠巻きに見ている中、三人は明らかに堅気じゃない雰囲気を撒き散らしていて、二人が真ん中のテーブルに座り、一人が其の背後に立っている。

 

 誰かと思ったら、座っている二人は見た顔だった。

 

 懐かしい相手だ。

 

 しかし、相手は私の事を知らない。

 

 私が一方的に見知っているだけだ。

 

 前に私が隠れて彼らを覗き見していたとき、彼らは師匠を殺そうと戦いを挑んでいた。

 

 場所はゲルの大森林を貫く街道。私が墓から這い出して、森に隠れ棲むようになった少し後の話だ。

 

 確か、名前は『ピークス兄妹』。

 

 当時、それなりに知られてた裏の世界の住人で、腕も其れなり。

 

 しかし、伏兵を用いたとは言え『武』に関しては達人級で尚且つ念能力者でもある師匠──『金輪のガリル』を、死ぬ寸前まで追い詰めた、此方も念能力者の殺し屋コンビ。

 

 彼らは()ったと思ってるだろうが、師匠は巧く逃げのびて無事だったので、別に師の(かたき)でも何でもない。

 

 どちらかと言うと、彼らのお陰で不思議な縁が繋がり、『武術』の師を得られた。

 感謝すべきと迄は思わないが、奇縁の在る相手だ。

 

 十年経ったのに、二人とも外見は余り変わっていない。流石は念能力者。

 

 妹の大女も相変わらずの薄着でヘソ出し。何がとは言わないがデカい・・・いや、小男の方は少しキューピーへアーが薄くなったか?

 

 私は、武士の情けで其処からそっと目を逸らした。

 

 後ろに立っている二十代前半の若い女は知らない顔だ。弟子か?長髪を一本の三つ編みにしていて気の強そうな童顔。二メートル程のモップの柄のような真っ直ぐな木の棍棒を、武芸者のように馴染んだ様子で腕に抱えている。二人の使用人的立ち位置なのに、強い自負心と戦闘欲がオーラと顔に出てしまっている。手綱は弛そうだ。

 

 そして、こいつも念能力者。

 

 滅多にいないはずの念能力者を最近良く見る。私の名前が売れてきた弊害か?

 

 まあ、いいや。

 

 「ミカゲだ・・・」

 

 嘗められないよう、私はちょっと圧を掛けながら鷹揚(おうよう)に名を名乗り、軽く挨拶をして二人の対面に座る。

 

 「私の事をお探しとか・・・さて、どちらさんかな?」

 

 向こうは此方を知らないし、『緑美楼』店内だし、敵対する理由も無いし、一応平和的に語りかける。

 

 多少面倒だが、怪しい奴は先ず殴ってから話を聞く蛮族ムーブは店では自重している。

 

 相手にもよるが。

 

 とりあえず、話す相手は椅子の二人だ。

 

 「・・・お前さんが『金輪のガリル』の弟子を名乗ってると聞いたが?」

 

 私を確認した後、怪訝そうに小男が大女と視線を交わして言った。

 私が、思っていた以上に年少だったので、少し混乱しているようだ。

 

 「正確には名乗ってるだけじゃなくて、実際に弟子ですね」

 

 事実を淡々と告げる。必要ないので特に挑発の意図は込めない。

 

 小男は慇懃なまま停止。大女の方は片目をすがめた。少し苛つき始めている。脳筋で気短な気性は、十年前と少しも変わっていない。

 

 「・・・俺らも荒事の多い稼業に就いて長いから、あんたが見た目より腕の立つ使()()()なのは見りゃ解る。

 しかし、()せんな。腕は兎も角、『金輪のガリル』は十年も前に死んでいる。あんたの年であのじじいに弟子入りしてたってのは少し無理がないか?」

 

 警戒し疑うよりも、妙な話を聞いたといった調子で小男が疑問を呈する。

 

 此方を立てる言葉からして、彼は不必要な戦闘はしたくないようだ。意外と冷静。年食ったせいか?

 

 自分達が苦労して殺した相手の弟子を名乗る詐欺師紛いの偽物なら、只ぶちのめして落とし前を付けさせる積りだったのだろう。

 

 ある種の人々にとって大物殺しは勲章(ステータス)。真偽はその方面での評判に関わる。

 

 又、彼らは(たか)(くく)っていたようだけど、生前に師事していた本物の弟子だった場合、彼ら兄妹は師の仇と言うことになるから、この場合は苛烈な戦闘になる可能性が高い。十年ほっといて今更感有るけど、情報の伝達に不備の有る時代だから、そんなことも無くはない。

 

 そして現れた私は、前者にしては腕が立ちすぎ、後者にしては若すぎる。

 

 そりゃ困惑するだろう。

 

 

 確か彼ら、特に操作系の小男の"発"は、自分で小さなナイフを複数操るメインの技の他に、配下に待ち伏せさせて彼の念を込めた弓矢の十字砲火に嵌める、と言う絡め手があったはず。師匠も其れでやられていた。

 事前準備無しに腕の立つ(かもしれない)相手との突発的戦闘は望まないのだろう。強化系で短慮な大女とは少し違う。

 

 「・・・あぁ、あんた方『ピークス兄妹』か!

 師から聞いたよ。何でも、()()()()にしてやられたとか」

 

 私が初めて会ったときも、まだ足を引きずってたよ。と、話の流れをぶった切って今気が付いた(てい)で、名乗らない彼らの情報を笑顔で漏らす。

 

 此方は既に名乗ったぞ。

 

 二人はギョッとして、その驚きが顔に出た。

 

 無理もない。

 

 私が、彼らの秘匿しているであろう戦術や師匠との戦闘の経緯を知っている。

 

 という事は、

 

 私が、本当に()()()()()()()()『金輪のガリル』の弟子である可能性を示している。

 

 つまり、

 

 その場合、十年前の『ピークス兄妹』は『金輪のガリル』殺害に失敗していた、

 

 という結論になるからだ。

 

 

 唐突に派手な音が響く。

 

 「・・・嘘だ!」

 

 大女が怒りに任せてテーブルを叩き壊し、ぶるぶる震えながら感情的に否定した。

 

 ありゃ?話の通じないタイプかな。

 

 「兄貴の毒を受けて、あれだけの怪我をしたジジイが、『害地』に流されて生き残れる訳はねえ!てめえ、どっからその情報(ネタ)を拾ってきやがった!」

 

 大女がテーブルの残骸を撥ね飛ばして立ちあがり、ソファーから動かない私に向かって大股に一歩。身長差から打ち下し気味に思いきり頭を殴りつけて来た。

 

 流石強化系。瞬時に拳が戦闘用オーラで包まれている。普通の人間なら頭部が無くなる程の重撃。

 

 十年前より腕は上がっているけど、この位なら想定内。

 

 恐らく舐めた態度の小僧に、()()()()()積もりの一撃。(推定)

 

 先程のオーラによる軽い威圧から私の強さをある程度想定して、それでも何なら死んでも構わない位には力が籠っている。

 

 此方の対応策は、①そのまま食らって吹っ飛ぶでも、②かわすでも、③避けるでも、④カウンターで逆に沈めるでもなく、⑤拳をそのまま受け止める。だった。

 但し、ちょっと動いて胸元で受け止める。

 

 興味津々で現場を見ていた黒服や娼妓には、それは異様な光景だったろう。

 

 静かに話し合っていた大きな女が突然何事か叫び、テーブルを撥ね飛ばし、ソファーに座る私に思いきり殴りかかったのだ。

 しかも殴りかかった筈なのに、その拳が私の身体にぶつかった時点でピタリと静止している。

 

 胴と拳がぶつかった音さえしていない。

 

 問題無い事を示す為、偶々目が合った女の子にウインク。

 

 

 

 『円掌拳』八法の六、『雪音(ゆきね)』。

 

 

 その場で一番驚いたのは、間違いなく打撃を放った大女だった。

 

 「・・・なっ!」

 

 私は、拳を受け止めてから身動き一つしていないのに、弾かれたように一気に自分が座って居たソファーすら飛び越え、恐怖に駆られたように間を取った。

 

 小男も、ほぼ同時に下がったが、これはポジション取りのようだ。大女が殴りかかった時にはもう動いていた。近接戦で戦えない訳ではないだろうけど、あくまで後衛と言うことだろう。

 

 もはや、驚きに目を見開いただけで動かなかった若い女武芸者が、私に一番近い位置になってしまった。

 

 「・・・まさか、あれを()したのか?」

 

 かすれた声で漏らす。女武芸者は、私の使った技を知っていたようだ。感心感心。

 

 「何だ?」

 

 小男が奇妙な現象を怪しむ。

 

 連れかと思ったが、三人の知識に大分差異がある。二人の弟子ってわけじゃ無いのか?

 

 「こいつ、おかしな"発"を!」

 

 大女が、的外れな事を言い出した。

 

 「・・・違うぞ」

 

 お話しの途中なので、私はまだ立ち上がってもいない。

 

 「今のは"発"ではない、『()』だ」

 

 相手の打撃力の流れ(ベクトル)をコントロールする、元の世界でも知られていた技で、『化勁(かけい)』と言う。『発勁』ほど有名ではないが、大極拳等が得意とする特殊技能だ。

 『円掌拳』では『雪音』と言い、雪中(せっちゅう)に音が呑まれて響かぬように、相手の攻撃の威力を体内外にて転化する技能。

 

 まぁ、今回は相殺の為に"廻"式"流"もチョイ『変化』させて使ってるが、根幹の技術は師直伝の『武』だ。オーラの『変化』による応用は、基礎修業の賜物。

 

 「・・・そう興奮するな。何もしないから座れ。埃が立つ」

 

 いきなり殴り掛かってきたし、もうボコって放り出しても良いんだけど、師匠の話が出来る相手は滅多にいないし、ちょっとした誤解も解いておきたい。

 

 「・・・お前がガリルの弟子なら、俺達は師の仇ってわけだ」

 

 小男が、緊張を滲ませて告げる。

 

 「そうだ!本当に奴の弟子なら、私達を恨んで復讐の機会を狙っていたはずだ!」

 

 二人とも完全に戦闘態勢。

 

 大女は構えて"堅"。小男はちょっと引いて大女の影に入り、懐に突っ込んだ手には念を込めたナイフが握られている。見えてないけど。

 

 若い女は少し離れたが、オーラを纏って戦闘準備万端。引きぎみだが"周"を施した棍棒を、槍のように構えている。一応向こうの味方らしい。

 

 一触即発。

 

 周囲の『緑美楼』従業員は、少し離れてこそこそ話をしている。

 常識外の私の強さを知っているので、心配する者は誰もいない。まぁパニくられるよりは、面倒がなくてよい。

 

 

 「いや、何言ってんの?師匠は別にあなた方に殺されてないし、負けたのも了承してたって今話したよねぇ?」

 

 私は、呆れたようにオーバーリアクションでお手上げを示唆した。

 

 「誰も殺されて無いのに誰が誰の仇を討つの?」

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 「・・・え?あ、そうか、そうなのか」

 

 数秒待つと小男が自分の行動の矛盾に気付き、ぎくしゃくと戦闘の備えを解く。

 

 同時に彼の目の前の未だ解っていない大女の肩を叩いて注意を引く。

 

 「何だよ兄貴!・・・え?・・・どういう・・・」

 

 兄が妹に小声で事情を話して状況を納得させるのに、数分かかった。

 

 

 私は、彼らが落ち着いたのをみとめて見物していた黒服に合図を送り、席を移して場を仕切り直す。

 

 「まず最初に言っておくが、私に武術を教えてくれた師、通称『金輪のガリル』は数年前に亡くなった。病死だ。

 だから、あんた方が師匠を殺したと言い張っても別に師匠は気にはしないだろう。そういう人だったし、実際師匠に勝ってるわけだしな」

 

 本当は不機嫌そうに、「死ななきゃ勝ちだろう?」と鼻を鳴らしていた。

 

 「だが私はそんな事実無根の与太話を認めないし、人に聞かれれば私の知っている事実を話す」

 

 それを了解しておくように通告する。嫌なら何時でも相手になると。

 

 「・・・ガキが!ずいぶん生意気な口を利きやがる。今すぐ師匠と同じところに送ってやってもいいんだぞ!」

 

 大女が凄むけど、先程の件のせいでちょっと腰が引けている。

 

 「ちょっと待て、ピンキー!」

 

 ピンキー?

 

 「・・・でも兄貴」

 

 「いいから黙ってろ」

 

 大女改めピンキーを小男が制する。

 

 そして、こちらを推し測るように上目使いでじっと見つめ、口の端で笑う。

 

 「お話は拝聴したが、肝心の『金輪のガリル』氏が既にお亡くなりなら、あんたが弟子かどうかの真偽も言ってみれば藪の中ってわけだ」

 

 確かに、事実はどうあれこのままなら双方言ったもの勝ちになる。聞いたものは信じたい方を信じるだろう。

 

 私は、続けるよう軽く頷いて同意する。

 

 「でだ。あんた、いや君の言う通り我々は君の師との戦闘経験が有る。ここは一つ君の腕試しをさせては貰えないか?本当に『金輪』の弟子かどうかも其れで判別できるだろう」

 

 なるほど。後で闇討ちするにしても、情報を取っておこうと言う算段か。しかし、此方のメリットが無い。

 

 「ただでとは言わない。同意してくれるのなら、君の師の遺品を進呈しよう」

 

 小男が懐から何かを取り出し、机に置いた。

 

 武骨な、鋼鉄製の腕輪のような物だ。幅が三センチ、厚みが一センチ程有る。

 

 一瞬解らなかったが、すぐに気が付いた。これは、『金輪』だ。

 師匠が襲われた時に、現場に残していった杖。それに嵌めてあった、打撃を強化するための装飾品であり、『金輪のガリル』の二つ名の元となった師の遺物。

 

 師匠は先端部にこいつを嵌めた杖で、相手の剣や槍をパキパキ折ってたらしい。

 

 恐らく二人は、大物殺しの証拠品(トロフィー)としてあの時折れた杖から外して保管していたのだ。

 

 今回は、何らかの必要性を見越して持って来ていたのだろう。若しくは偶々。

 

 「・・・これは、あれか?」

 

 一応確認。

 

 「お察しの通り、君の師の『金輪』だ」

 

 どや顔ムカつく。

 

 ピンキーは、不満そう。と言うことは本物か。

 

 「・・・いいだろう、付いてきてくれ」

 

 室内でやる訳にはいかないので、いつもは『華神流(かがみりゅう)』の修業をしている裏庭に場所を移して相対することになった。

 

 

 




 ピンキーちゃん、現在の処作中最キョヌー(人類では)


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 62、兄妹

   62、兄妹

 

 場所を移してさて腕試しと思ったら、目の前にピンキーと並んで女武芸者が意気揚々(いきようよう)と棍棒を構えていた。

 

 腕試しと言うからには、とりあえず一対一かと思ったが違うのか?

 

 「二人か?」

 

 私が、少し違和感を感じて首を傾げると、女武芸者と二人で並んで立って居たピンキーが、対する私に集中している彼女の頭をノールックでいきなり殴った。グーで。良い音がした。

 

 「く~!」

 

 女武芸者が、頭を抱えて(うずくま)る。

 

 「邪魔だ!」

 

 ピンキーが、離れろと手で空を払う。

 

 「・・・戦闘になったら混ぜてくれる約束だろう!」

 

 女は引かない。

 

 「ちったあ空気読め!あほんだら!」

 

 ピンキーは、めんどくさそうに兄の方を見やる。

 

 「無視するな!港で約束した案内の交換条件だぞ!」

 

 ・・・・・

 

 彼女らの騒がしい会話によると、女武芸者はここに来る直前に港で拾った単なる同行者のようだ。

 兄妹が『黒門のミカゲ』の居場所を聞き込みしていたら、話を聞きつけてやって来た旅の武道家だったらしく、荒事になったら露払いを務めることを()()()買って出ていたようだ。

 

 ピークス兄妹側の扱いも(いた)って軽い。小娘一人。邪魔しなければどうでも良かったのだろう。

 

 もし私が売名目的の偽者の弟子なら初手を押し付け、仮に腕が立つなら手の内を探るための捨て駒要員として利用しようってところか。強いて言えばアルバイトのザコ戦闘員だな。

 

 現状、私にぶつけても秒で()されてしまうのが解りきっているので、既に用済みだと兄妹は相手にもしていない。

 

 更に、今入ったどうでもいい新情報として、実は女武芸者は一昨日一度店までやって来て、馬鹿正直に「噂のミカゲ殿に一手指南を受けたい」と言って門前払いをくらったらしい。この場所を知っていたのは、そのためだ。見物人に見覚えていた者が居て、隣の者にこそこそ喋っているのを『(ジェミニ)』が聞き取った。

 

 何にしても、やたら元気のいい女武芸者は無邪気な素直さがその立ち居振る舞いに透けて見えていて、思わずホッコリする。

 

 一方の、隠そうとしても隠しきれない陰鬱な瘴気(しょうき)漂うピークス兄妹とは、根本的に違う(くく)りの人種だ。何で一緒に居るのかと思ったら、単なる道案内だったのか。

 

 ちなみに、基本的に私との面会は、誰かの紹介が有るときに限っている。例外は、断れないような客と、他の者の手に負えないときだけだ。

 

 女武芸者も一応相応の念能力者だが、未だ"纏"も甘く"堅"も不安定。武術はともかく戦闘系念能力者としては、念の方の修業不足が目立つ。

 

 恐らくは、所謂()()()()()()()()()()()()ってやつを受けていないと思われる。念に関する知識も、中途半端だった師匠とどっこい位なのだろう。この時代だと妥当な線なのか?

 

 個人的な所見だが、この手の情報は原作で描かれる二百年後には、もっと世間に広く流出しているのではないかと思われる。

 具体的には裏ネットのディープな場所等だ。

 情報は時と共に拡散されて行くものだし、電子情報媒体のネットワークが整備されれば情報拡散のハードルも下がる。

 原作の中の念能力者用ゲームに登場する複数の一般的念能力者を見るに、そうでないと大して鍛えてもいない凡庸な者が多すぎるような気がするのだ。

 ただ、あのゲーム内の面子に関してはもしかすると例外的事案かもしれない。愉快犯的な誰かが、念能力者専門の謎のゲームに一般人が参加するための特殊な方法として、オーラ習得までの方法()()を裏で流出させた可能性が有る。

 

 遥か先の事はともかく、現在は貴重な情報は誰もが秘匿して守る時代だ。彼女の現状も当節の当たり前なのだろう。どうにも考えが浅く、衝動的な印象が強いが、私の受ける感触だと『ピークス兄妹』の見立てよりは彼女の武才は(あなど)れないと思う。

 今のピンキーの一発も、あとほんの少し予備動作が有ればかわせた可能性が高い。このまま放ってけば師匠のように其れなりの念能力者に成るかも知れない。

 

 ちょっとバカっぽいが、戦闘狂には有りがちの性格だろう。強化系だろうか?棍棒持ってるから、具現化系か操作系?

 

 

 ややあって、私が呆れて見ている内に、小男が走り寄って女武芸者の襟首を掴み、ギャンギャン騒ぐ彼女を脇へ引っ張って行った。ちなみに彼の名はピント。ピント・ピークス。『ピークス兄妹』の兄の方。

 

 

 仕切り直してピンキーの前に立つ。

 

 未だ新しく綺麗な石畳の上、特に始まりの合図も無く互いに向かい合って構えを取る。

 

 こちらはリラックスしているのと対照的に、ピンキーは攻めあぐねているようだ。

 

 「・・・あ!」

 

 唐突に私が声を出したので、ピンキーがピクッとした。

 

 「・・・何だ!」

 

 自分が過剰に反応してしまったことに苛ついて、不機嫌にピンキーが吼える。

 

 「こっちだけ相手の能力を知っているのは不公平だから、一応私の能力のも()()()だけ、教えておこう」

 

 私が、彼ら『ピークス兄妹』の能力を知っていることは、師から聞いた話として先程ばらした。だから、ピンキーの緊張を解くのと誤導(ミスデレクション)のために、恩着せがましく公開用の能力を披露するつもりだ。

 

 離れた距離のまま開いた手をピンキーに向けて伸ばし、少しずらして『衝撃余波(プチ・バースト)』を一発だけ発動する。

 

 表面上何の音もなく、伸ばした手の先に生まれた衝撃波は、油断していたのか知らなかったのか"凝"をしていなかったピンキーに気づかれる事も無く、彼女の耳元を通りすぎて髪を揺らし、背後の立ち木から枝葉をごっそり剥ぎ取って虚空に消えた。衝撃波の通り道が丸く削り取られている。

 あ、しまった。後で庭師に怒られるかもしれない。

 

 ピンキーは、衝撃波が掠めた耳を反射的に押さえ、枝葉が削り取られる異音に驚いて振り向いた。

 

 ふと見回すと、その場の全員が木立の枝葉を丸くくり貫いた『衝撃余波(プチ・バースト)』の痕跡を凝視していた。

 

 「・・・こんな感じだな」

 

 思ったより受けたな。

 

 私が手を掲げた時から、抜け目無く"凝"をしていたピントが、思いの外驚いた様子で木立と私を繰り返し睨んでいた。何か冷や汗もかいている。

 

 「・・・オーラの気配が・・・兄貴、奴は何をやった!」

 

 ピンキーが開始位置から少し下がり、ピントに声を掛ける。

 

 「・・・解らん、オーラは飛んでない。放出系では無いようだ・・・手元で何かやった所までは捉えていたが、その先は"凝"でも見えなかった。何かを凄まじい速さで飛ばしたようだが、何かは確認出来なかった・・・」

 

 ピントが小声で情報を伝える。

 

 あ~、要約すると『何も解らん』だね。

 

 この間迄来てたハンター協会の斥候役。ギムリット氏に比べると、分析力がまだまだ甘い。彼は、一目で空気の塊だと見抜いて居たもんなあ。正確には振動だけど。

 

 いや、これ多分あっちがおかしいのか。

 

 何か残念な感じのイメージしか残ってないけど、世界の危機に対応するような、恐らくこの時代でも上位の使い手だもんな。

 

 威力は微妙でも、放出系のようにオーラを飛ばしてないから、相手が念能力者との戦闘に慣れているほど混乱する。

 

 この、猫だまし的小細工感が『衝撃余波(プチ・バースト)』の持ち味の一つだ。

 

 正直言うと『衝撃余波(プチ・バースト)』の単純な威力増強は難しくない。

 日々の修練で鍛えられた放出系の能力を取り入れて、遠距離起爆を可能にすれば良いのだ。

 出来上がるのは、変化系と放出系の混合"発"。一般的に見ても、そっちが通常ルートだろう。

 

 しかし、それをすると近接戦闘者(クロスレンジファイター)としての純度が落ちる様な気がして、あえて見送った経緯がある。

 日々の修業の果てに最終到達点に至ったとき、今のやり方の方が、更なる高みに昇れる気がするのだ。

 

 それに、放出系を混ぜればどうしても今のべらぼうな連射能力は落ちる。

 

 それじゃ詰まらない。

 

 「・・・ちっ、しゃらくせえ!」

 

 色々考えるのが面倒臭くなったのか、葉っぱは飛んでも枝が残っているのを見て大した破壊力じゃないのを見破られたのか、ピンキーが大胆に間合いを詰めてきた。

 

 動きを合わせて殴りかかる右腕をすり抜けるように踏み込み、掌底で軽く左脇腹を打ち、回転するような歩法で離れる。

 

 見物の一般人には、ピンキーの突進を回転で往なして摺れ違った様にしか見えない一交差。

 

 ピンキーは別に倒れる事もなくピタリと動きを止め、再起動まで数秒が掛かったが、再び位置を入れ換えた私と向かい合う。いつの間にか、額に油汗が浮かんでいる。

 

 またしてもピンキーが前に進み、私がすり抜けるように通りすぎて、今度は背中同士をトンとぶつけ、ピンキーが動けなくなって立ち止まる。

 

 ギャラリーは、何をしているのか解らずにざわついていたが、ピントと女武芸者は青い顔をしてこの模擬戦を凝視している。

 

 又もや再起動したが既に何が起こっているのかを理解しているピンキーは、冷えた汗を滴らせながら、私を見詰めるだけで動けない。

 

 『円掌拳』八法の七、『木霊(こだま)』。

 

 大したことはしていない。只、防御のオーラを貫通させた衝撃波で心臓や呼吸の活動を一時的に阻害しただけだ。

 ずっと止めたままにする方が簡単だけど、それだと普通に相手は死んでしまう。

 

 「・・・まだやるか?」

 

 動かなくなったピンキーに、模擬戦の継続を確認しようとすると、ピントから何かが飛んできた。

 

 攻撃ではなく放られた物だ。

 

 クルクルと回転しながら鈍く光を反射し、私の手に収まる。

 

 師の、『金輪のガリル』の金輪だ。

 

 模擬戦放棄のタオル代わりか?

 

 「・・・よく解った、君は間違いなく『金輪のガリル』の弟子だ」

 

 ピントが妹に歩み寄りながら、模擬戦の終了を告げた。

 

 「・・・どうも」

 

 特に恨みもない。貰える物さえ貰えれば、彼らがどうしようと後は関係ない。

 

 腕の差は解ったはず。トチ狂って闇討ちしようとしてきたら、返り討ちにするだけだ。

 

 金輪は、よく磨かれていて錆一つ無い。

 

 ただ死蔵するのは 勿体無いから、私の杖に着けるか。サイズも合いそうだし、上手く顔に被せれば変顔石の鉢金っぽくなるだろう。

 

 「・・・大丈夫か?」

 

 ピントがピンキーに肩を貸して隅のベンチまで歩かせている。

 

 たった二合手を合わせただけで、ピンキーはまともに動けないほど消耗していた。

 

 「・・・あ、あいつの時と同じだ。動けば死ぬと思った。あの時と同じ感じがした・・・」

 

 「・・・バルタザール級か・・・そうか、であれば勝てんな・・・今度の仕事はキャンセルだな」

 

 ぶつぶつ何事か呟くピンキーを、ピントが宥める。

 

 バルタザール?

 

 ほう・・・強者か?

 

 

 

  ・・・近づかんとこう。

 

 

 「なあ君・・・いやミカゲ君。君がその若さでそれほど強いのなら、師のガリル氏も然して変わらない程に強かったはずだ。そうだろう?」

 

 妹をベンチに休ませたピントが、回復までの間に躊躇(ためら)いがちに話しかけてきた。

 

 「まあ、そうですね」

 

 私は頷く。実戦は兎も角、武術の技量や深みでは未だ師匠のほうが上だろう。

 

 「ならばなぜ我々は勝てた?あの時もう既に病が彼を蝕んでいたのか?」

 

 私との圧倒的な技量差に、どうやら少し自信が揺らいでいるらしい。

 

 「・・・あなた方と闘ったときの師は、未だ元気だったようですよ」

 師の最後の闘いを、病のせいで敗れたとはしたくない。

 

 「ただ、あんな強面(こわもて)でしたが師は殺しが余り好きではありませんでした。だから、手配書の無い(賞金首ではない)あなた方を生かしたまま取り押さえようとしたようです。

 あなた方が勝ったのは、戦術において師の予想を上回ったからですね」

 

 師が負けたのは、油断と名の有る相手なのに読みが甘かったせいだと締めくくる。

 

 生前、師も最後の会話でその辺りは認めていた。技量差など些細なことで簡単に覆ると、戒めとして話してくれた。

 

 この件は知らせておきたかったので、聞いてくれて丁度良かった。

 

 「・・・そうか」

 

 ピントは、苦いものを呑み込むように返事を返した。

 

 その後、『ピークス兄妹』は迷惑料だと言って其れなりの金額を置いて去っていった。テーブルの修理費とかね。

 

 何となく、十年前より『ピークス兄妹』から受ける禍禍(まがまが)しい緊張感が抑えられ、印象が薄くなっていた気がした。

 確か、前はもっと濃密な殺気をひけらかすように纏っていて、通行人から気軽に声を掛けられるようなキャラではなかったはずだ。

 

 しかし、かといって弱くなった訳ではない。

 

 恐らく十年の間に彼らも変わったのだろう。

 

 どんな業界でも、いつまでもイケイケでは居られない。ある程度は仁義を通し、約定を守る姿勢を示さなければ、結局は誰も相手にしなくなり淘汰される。命が掛かった生業(なりわい)なら尚更だ。

 元の世界のヤクザやマフィアでさえ、上の方に行けば少なくとも建前上は、信用や道義を大事にするようになる。

 これは海外でイベントを開催するときに、地元のスジ者相手に実際に経験した。

 『ピークス兄妹』も、何処かで軌道修正を余儀なくされたのかもしれない(実践したのは多分兄)。

 

 その定石を無視できるのは、国や組織を個人で相手に出来るような本物の怪物だけだ。

 

 原作における『旅団』とか『奇術師』とか『世界一の殺し屋一家』とか・・・

 

 

 ・・・・ハンターハンターの世界では、意外と珍しくないのかも。

 

 

 それに、なまじ力が有っても(ぼう)『蟻の王』みたいにやり過ぎると、世界の敵(ワールドエネミー)認定されて、よってたかってボコられる。

 

 ・・・・・・・

 

 まぁ、今の私は地方の強者レベルだから関係無いよね。

 

 さて、部屋に戻ってピートと昼めしでも・・・と思ったら、未だ一人残っていた。

 

 「じ、自分は槍術士のソラと申します!」

 

 『ピークス兄妹』に取り残された女武芸者が元気よく自己紹介をした。

 

 「世に知られた使い手のミカゲ殿に一手御指南いただきたい!」

 

 棍を脇に抱え、直立して微動だにしない。

 

 このために、わざと残ったらしい。

 

 昼飯は少し遅れそうだ。

 

 まあ、自分から名乗るだけさっきの二人よりましか・・・

 

 

 

 

 

 




 南米のヤバい人。昭和のロボットアニメで盛り上がって、妹を紹介される仲に。
 一緒に夏コミに行く約束をしたが、公安が入国を拒否したため果たせず。
 主人公にとっては、只の金持ちのオタク友達。


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 63、三槍

   63、三槍

 

 「世に知られた使い手のミカゲ殿に一手御指南いただきたい!」

 

 ローカルな地元の有名人ポジを目指していたのに、いつの間にか世に知られていたらしい。

 

 槍術士を名乗ったソラが、軽く一振りして棍を構えた。

 

 この手の腕比べには基本応じてないのだけど、この娘はちょっと面白そうだ。興が湧く。

 

 「指南するほどの腕ではないが、これも何かの縁。拳士として応じよう」

 

 武道家っぽく挨拶されたので、ちょっと勿体付けてみた。『(こぶし)』は使わないんだけどね。

 

 「ありがたく!」

 

 嬉々として威儀を正し、頭を下げて礼をし、早速棍を構えて間を測る。

 

 槍術士と名乗ったのに、得物は何故か棍。

 

 つまり、二メートル程の単なる棒だ。

 

 この時代、場所にもよるが旅人や商人の護衛、傭兵や狩人など武装している者も珍しくはない。腰に剣やナイフをぶら下げているやつも結構居たりする。鞘なり覆いなり被せれば、実槍を持ち歩くことも出来そうなものだが、妙と言えば妙だ。

 

 一手目。

 

 棍で突こうと踏み込んできたソラに合わせて深く踏み込み、棍の持ち手を押さえて手繰(たぐ)り、そのまま掴んだ手を返して投げ飛ばす。

 

 即座に跳ね起きて突いてきた棍を、掌で反らしながら前に出、間を詰めて反対の手の掌打を伸ばし、眼前で寸止め。

 

 ソラ側は、ぎょっとしながら顔を引き、重心を下げつつ棍の中ほどに持ち換え、コンパクトに振り回して棍の反対側で下から打ちかかって来る。

 

 私は、半身で避けながら棍に沿わせた両掌を棍の回転する方向に合わせて更に回転させ、するりと棍を奪い取って回転方向を変化させ、軽く彼女の脇に当てた棍の端っこで、ソラをボールのように放り飛ばす。

 

 間合いが開く。

 

 ふわりと浮かされ、自分から宙返りをして上手く着地したソラは、自分の技がまるで通じないこと、いつの間にか自分の手の中に棍が無いことに気付き、唖然としてこちらを見た。

 

 「ほれっ」

 

 奪い取った棍を投げ返す。別に何の仕掛けもない。只の木の棒だった。

 

 「・・・強い」

 

 なんか感動したように、ぶるぶる震えている。

 

 「修業したからな」

 

 そっけなく返す。

 

 「凄い・・・凄いから、全力でやる!」

 

 ソラは顔つきが変り、纏うオーラの量を増やし始めた。

 

 「待て待て!これ以上はここでは無理だ。裏庭(ここ)が持たんし建物や見物人に被害が出かねん」

 

 ただ制圧するだけなら簡単だけど、どんな"発"を持ってるか解らん奴相手に周りを気にしながら模擬戦をするのは骨だ。

 まあ、使うのは()()()だけだろうけど、町中では瓦礫が飛んだだけで死人が出かねない。

 

 もう終わりにしても良かったが、何となくどんな"発"を使うのか興味が有ったので、午後からちょっと街の外まで出て続きをすることになった。

 

 

 と言うわけで今、見物人にソラを含めた皆で『緑美楼』の食堂へと移動し、全員で昼食をとっている。

 

 『緑美楼』の昼食は、麺類が多い。

 

 今日は魚介パスタだ。美味。

 

 基本的に、時間をずらさない限り私が本館の食堂に来ると周囲の席はすぐに埋まる。多分、ピートの人気のせいだろう。

 

 今日は、同席者がピート以外にも居るので、いつもと違い遠巻きにこちらを気にしていても、近づいて来る者はいない

 

 隣ではナプキンを首に巻いたピートが、真剣な顔をトマトソースまみれにして、幾分小盛りのパスタを一本ずつモグモグしている。

 

 ピートは、辛いのと苦味の有る野菜とかは余り好まないが、子供味の料理は大好物だ。ここではちょっと贔屓されていて、ピートのパスタだけこっそりミートボールが入っている。

 

 向かい側ではピート以外に唯一一緒にテーブルに着いているソラが、恐縮しながら落ちつかなげに食事をしていた。奢りだと言って、半ば強引に連れてきたのだ。

 まあ冷静に考えると、若い女が妓楼には入り難いか。悪い事したかもしれん。

 

 騒がしい大部屋の食堂で食事をするソラの所作は綺麗で、育ちの良さを感じさせる。

 もしかすると、良いとこの出なのか?

 

 そのわりには武術の技量は大したものだけど。武術を磨く武人の家柄とかか?金持ちの道楽で天凜が有ったか。何か訳有りか。

 

 まいっか。聞かなけりゃ関係ないし。

 

 

 食後に街を出て少し移動し、人気のない荒れ地に向かう。

 

 先程と同じように対峙する二人。

 

 しかし、今度は武人としてではなく念能力者としての模擬戦だ。

 

 一見同じでも、見える者には二人の回りに陽炎のように揺らめくエネルギーの奔流が見えるはずだ。

 

 今度は観ているのは、散歩だと思ってついてきたピートだけだ。

 

 現在、少し離れて蜻蛉(とんぼ)ハンティング中。・・・やっぱり観てないみたい。過去の実績からすると、ハント成功の可能性低し。

 

 

 気配がわずかに動くのを察し、秋の枯れ野に戦意漲る立ち姿のソラへと注意を戻す。

 

 「よろしいか?」

 

 ソラが、洗練されてはいないが勢いの有るオーラを纏い、棍を構える。

 

 「いつでも」

 

 私が落ち着いてそう返すと、ソラのオーラが構えた棍を包んで行く。

 

 "周"?・・・にしてはオーラが多い。

 

 

 「『最も優れた武器は槍である(ランス・イズ・ビューティフル)』!」

 

 

 彼女の手の中の棍、只の木の棒が、瞬時に細かい意匠の凝らされた凶悪な穂先を持つ絢爛豪華な槍へと変わる。

 

 おおっ!

 

 "発"だ。

 

 変化した!変化したけど此れは、変化系ではなく具現化系の能力。

 

 棍はただの木の棒で具現化物質ではなかった。棍を持っていたのは制約か?単なる護身用とか鍛練用の可能性もあるか。

 

 あの槍にどんな能力を宿らせているか、解らない以上油断はできない。しかし、『(バルゴ)』の≪結界≫の危機感知が反応しないから、幻想系の槍によく有る即死するような凶悪な物の可能性は低い。私自身の感覚も、対処できない程の()()()()()()()()は感じない。感じるのは先程より何故か増した武威だ。

 

 ソラは、柄の部分まで総金属製に見える重そうな槍を自慢するように軽々と振り回し、全身を躍動させた素早い突きのデモンストレーション。

 

 

 「行きます!」

 

 二手目。

 

 先程と同じように、突いてきた槍をスカして踏み込もうとタイミングを計るも、先に槍を戻されて不発。

 

 ん?

 

 再度、突いてきた槍を掌で反らそうとした直前、脚を踏み換えて豪快に反転。砂塵を舞い上げて槍を振り回してきた。見た目に相応しい威力が有るらしい。

 

 私は、違和感を感じて少し間を取る。

 

 彼女の技量が棍を使っていた時より何故か増している。

 オーラの恩恵による力や速さだけでなく、重心の安定感や槍を扱う技量そのものが上昇している。

 

 ・・・あ、"発"の効果か。

 

 さしずめ『能力向上』『槍技能向上』の付与効果の有る『槍』を具現化したって処だろうか?

 

 言わば『達人の槍』ってところか?

 

 地味だが、堅実で厄介な能力だ。

 

 上手く嵌まれば、武術、念、双方の修業によって自身の技量上昇と"発"の『槍』による強化能力向上が同時になされて、正面戦闘力だけなら通常の倍の早さで強くなってしまう。

 

 「そう言う事か・・・」

 

 用法は只の槍と殆ど変わらない。身体とその技量をそのまま武器にする強化系みたいなものだ。どうりで人目を余り気にしない訳だ。

 

 おもしろい。

 

 相手が"発"を使用したんだから、こっちも『衝撃の制圧圏(バースト・ヘヴン)』を崩しに使えば圧倒するのは容易だけど、ここは格闘戦に拘ってみようか。

 

 ソラのイメージを修正。

 

 再度ソラが滑るように前進し、鋭い突きを放つ。

 私は肩を僅かにずらしてかわし、あっさり接近すると槍の手元を押さえに掛かる。

 慌てて後退しようとするソラを見切って等速で追いかけ、社交ダンスのように二歩追従。

 目を見開いて驚愕する彼女の腹部に、軽く掌打(タッチ)

 

 すぐさま離れて残心。

 

 手加減はしたがオーラ込み。

 

 戦闘中としては長い数秒の間。

 

 ソラは停止中。

 

 蒼白の顔に唇から少しの血。

 

 遂に耐えきれず、ソラが片膝を突いた。

 

 

 "流"が未熟で、十分に減衰させる事が出来ず、立っていられなかったようだ。

 

 大丈夫。それ込みで手加減した。

 

 猛烈な不快感と苦痛は有っても、後遺症は残らない。師匠からやられて経験済み。血は余計。多分驚きすぎて打撃を喰らった時に自分の歯で口の中を切った。

 

 最近気づいたけど、私は自分の"発"が衝撃波を扱うものだからなのか、浸透系の技の理解度や習熟度が高い。

 ピークス姉弟の(ピンキー)に使った小技も、実験的に野性動物相手に練習したものだ。

 

 あのとき初めて人に使ったけど、あんなにビビられるとは思わなかった。

 

 効果自体は(くま)でも人でも大して変わらない。

 

 ただ、念能力者の場合はオーラによる守りが固いので、撃ち抜くのにちょっとコツがいる。そこら辺の感覚は、私の"発"である『衝撃の制圧圏(バースト・ヘヴン)』の修業時にさんざん苦労した経験が生きていて、何となく匙加減が解る。

 

 

 結局念能力者の格闘戦でキモになるのはオーラの運用能力。

 

 原作で言う攻防力移動。

 

 "流"だ。

 

 私が使うのは、師匠の秘技を取り入れた"廻"式"流"になるが。

 

 それが未熟な内は、当たったら終わる。

 

 オーラの込められた攻撃の威力は、車の衝突、高所からの落下、そして殺傷兵器である銃撃や砲撃に等しい。

 

 模擬戦じゃなければ、今のでソラは死んでいる。

 

 ソラが、ゆっくりと立ちあがった。

 

 未だやる気のようだ。

 

 本気の闘いのための奥の手位は在るだろうけど、普通に考えると此の先は模擬戦の域を越える。

 

 「・・・まだやれるか?」

 

 付き合うけどさ。

 

 「もう少し、お願いする・・・」

 

 口許に溢れた血を拳で拭い、ソラが言う。

 

 何か、メッチャ嬉しそう。

 

 ・・・ああ、相手になる者が周囲に居なかったのか。念に関する戦闘技能がおぼつかないのはそのせいだな。

 

 確か似たような奴に以前会ったなぁ。何か、牛っぽい奴だった。

 

 ソラが槍を構えて意識を集中している。

 

 何かやるようだ。もしかして、他にも"発"が在るのか?

 

 まだ完成度が低いのだろう。発動が、戦闘用としてはあり得ないほど遅い。

 ゆっくりと、槍からオーラの影が分離して半透明の同じ槍となって隣に並び、更にもう一度同じ現象が起きてソラの持つ槍の周囲に半透明の二本目の槍が現れる。

 

 

 「『参撃の魔槍は穿つ(トライアングラー)』!」

 

 

 正面から見ると、構えた元の槍の周囲に半透明の二本の槍が正三角形を描くようにややフレキシブルにヨタヨタと並んでいる。三本の槍それぞれの距離は二~三十センチ程度。

 

 最初から有る大元の槍を握る手やソラの身体は幻のように素通りしているけど、こちらの身体には当り判定が有るとかかな?

 

 ソラが確かめるように槍を一突きすると、追従する二本の槍が、微妙な誤差を付けて連続で追従する。

 

 一突きが三回の連続突きになるのか?

 

 位置が固定されてない分、やり難いかも。いや、単に未だ此の"発"が安定していないだけか?

 

 しかし、意外だ。こんな小細工めいたギミックを追加するようなタイプには見えなかったが。

 

 キャパシティーの問題だろうか?さっきの『棍』を『槍』にする"発"にしても形は兎も角、効果は誤差に戸惑う程度だったし、そんなに大きな負担になるとも思えんが?

 

 まあいい、この程度なんとでもなる。

 

 

 三手目。

 

 ソラは顔を伏せ、何かに集中したままゆっくりと腰を落とし、前に出ずに逆にぴょんぴょんと後ろに下がって行く。

 

 「・・・何だ?」

 

 大技かな?

 

 「・・・お!」

 

 ソラのオーラがどんどん手持ちの『槍』に注がれて行く。

 

 アレ?ちょっと危険な予感。

 

 唐突に『(バルゴ)』の≪結界≫の危機感知が発動。『右目(ライブラ)』の≪天眼≫が起動して視界が潤んでボヤけ、未来視が発動。

 

 「・・・なるほど」

 

 

 現実のソラは槍に全集中。はっきり言って隙だらけ。しかし、それに構わず顔を伏せたまま槍へのオーラ注入を終え、その全身を大きく振りかぶり『槍』の投擲動作に入っている。

 

 「槍撃(そうげき)の・・・ファーストシュート!」

 

 弾丸を越えて、最早砲弾の威力を持った『槍』が迫る。

 

 郊外で良かった~。

 

 未来予測によって軌道が解っていた私は、身体を捻ってあっさり其れをかわす。

 

 背後に抜けて行った『槍』はミサイルのように荒れ野を通り越し、遥か先で岩山に衝突して大穴を穿って消えた。流石に山を貫通するような威力は無い。しかし、射程がおかしい。

 

 何だよ、槍に誤魔化されたわ。こいつ、バリバリの放出系だよ!

 

 ソラの持つ槍から幻影の槍が一本減り、手持ちと幻影一本になっている。

 

 そして、槍へのオーラ注入は未だ続いていた。

 

 「追撃(ついげき)の・・・セカンドシュート!」

 

 あんまり周辺被害が増えてもアレなので、今度の『槍』はオーラを纏った右手に『衝撃(バースト)』を乗せて上空に・・・(はじ)く。

 

 「・・・よっ」

 

 直撃しなければ、どうと言うことはない。

 

 「な!」

 

 幻影の槍が減って"発"を維持する負担も減ったのか、こちらを確認する余裕が出来たソラに、たまたま其れが目撃され、再度びっくりされる。

 

 「くっ!」

 

 最後の『槍』へのオーラ注入が終わる。

 

 「撃砕(げきさい)の・・・ラストシュート!!」

 

 こんどは、飛んできた『槍』を、避けながら掴んでみた。

 

 「ほっ」

 

 本来、触れるだけでもダメージになる攻性オーラの塊だから、見合うだけのオーラを込めて爆弾を掴むような感じでやってみた。

 

 疾走する暴れ馬を捕まえたように、身体ごと数メートル引きずられたが保持に成功。『槍』は燃えるような破壊のオーラを放ち続けたが推進力を維持し続けるだけで爆発する事もなく、やがて燃え尽きるように消えていった。元になった『棍』や『槍』は残らないようだ。

 

 「ふむ・・・」

 

 振り向くと、ソラがぐったりと疲れを滲ませた足取りで此方に歩いてくる。

 

 模擬戦は終わりだな。

 

 投げたんだから当然だけど、得物を持っていない。

 やはり『槍』の元になった『棍』は使い捨てのようだ。つまり、所持していた武具を犠牲にして、投擲出来る槍は僅か三本のみ。オーラも使いきってヘロヘロ。

 何と言う思いきりの良い"発"だろう。本人の性格が偲ばれる。

 

 「終わりでいいな?」

 

 一応確認する。

 

 「はい、ありがとうございました・・・」

 

 ソラが、深く頭を下げる。

 

 騒ぎの終わりに気づいたピートが、走って来た。

 手に何か掴んでいて、いつものように私の肩によじ登れないようなので、抱き上げてやる。果たして蜻蛉狩りは成功したのか?

 

 

 ふらふらと危なっかしく近づいてきたソラが、唐突にその場で土下座体勢になった。

 

 「・・・どうした?」

 

 ちょっと嫌な予感。

 

 「・・・己の未熟を痛感しました!ミカゲ殿の技前は、自分の遥か高みに在ります。何としても此れを機会に師と仰ぎたく、どうか、自分を弟子の末席にお加えください!お願いします!」

 

 今んとこ、そういうの募集してないんだよなぁ・・・

 

 「すまんね、私も未だ修業中の身で弟子とか取る気は無いんだよ・・・」

 

 ソラは、土下座から動かない。

 

 「・・・君、ソラさんだっけ?それだけ見事な槍術を身に付けているのだから、そちらの師匠が居るよね?」

 

 弟子が此の腕なら、多分念関係の技術もある程度持ってるはずだけど。

 

 「おりましたが、既に自分の方が強くなってしまいました。(のたま)うのは筋の通らぬ空論ばかり。自分より弱いものに習っても、強くなれるとは思えません!」

 

 どっかで聴いた台詞だ。どうも、今の師匠は念能力者じゃないらしい。この時代だとよく有るケースなのかねぇ。弟子に念の才能が有っても、師匠に有るとは限らないのか。

 

 「はぁ・・・壊し屋キンブル(笑)みたいなことを・・・」

 

 私は、あの牛みたいな太綱使いの大男をチラリと思い出した。

 

 あいつも弟子入りしたいと言ったのを、蹴っている。

 

 「・・・キンブル」

 

 キンブルの名を聞いたとたんに、ソラの雰囲気がちょっと変わった。

 

 ピートがピクッとする。

 

 「キンブルが此の街に居たのですか?牛みたいな大男で太綱使いの?」

 

 なんか、顔を上げた彼女の目が据わっている。

 

 「そうだが・・・知り合いか?」

 

 意外な接点。

 

 「奴には命の借りがあります。どこに行けば見つけられるか御存知ですか?」

 

 自分が此の街に来たのも、奴を見つけるためなのだと教えてもらう。なんか、ちょっと殺気立ってる?

 

 キンブル何した!

 

 「奴なら銀門街のもぐりの掛け闘技場に春まで居たぞ。闘技場が『緑美楼(うち)』と揉めたので、私が出向いて適度にボコった」

 

 キンブルは確か殺しで追われて居たはずだ。さっきの彼女の言葉から、その件に関わっているのかもしれないと経緯を説明する。

 

 「今も其処に?」

 

 ソラの眉間に皺がよって、猫目が細くなる。

 

 「いや、負けた後に奴も私に弟子入りを志願してきたから、隠れ潜むような身の上の奴は論外だと断ったら、身辺整理してから又来るって言ってたぞ」

 

 噂だと、そのすぐ後に街を出たそうだ。と伝える。

 

 街を出た後の事は知らん。興味もない。

 

 「・・・そうですか、既に此処からは・・・でも、・・・ッベルに戻ったなら・・・」

 

 何かブツブツ言ってる。恐い。ピートがちょっと怯えている。

 

 「・・・どうも弟子入り前に片付けねばならないことが出来たようです。名残惜しいですが、自分はこのまま奴を追います!」

 

 弟子入りの件は又改めて、と、そう告げてソラは港の方へと去っていった。

 

 

 いや、弟子入りは断ったよねぇ。

 

 

 ま、いいか、又来たら又断ろう。

 

 

 私は、ピートと街に帰った。

 

 

 

 

 なお、ピートが捕まえたのは、ダンゴムシだった。

 前にちょっと気になって、狩りが下手で契約者がいないとき大丈夫だったのか聞いたら、変化した個体によって得意な獲物が違うそうだ。

 

 「ピート君、君今おサルさんだと言うことを忘れてない?」

 

 こてんと首を傾げられた。可愛い。

 

 ピートはたまに、ネコっぽかったりイヌっぽかったりすることがある。

 

 そう言えば本体は確かネコだった。

 

 うむ・・・なら良いか。

 

 可愛いし。

 

 可愛いは正義だし。

 

 




 スクライドは名作。


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 64、船旅

   64、船旅

 

 

 秋が深まり、いよいよ『六合会』の行われる川沿いの大きな街『ハッベル』へと出航する日が来た。

 

 距離は大したこと無いけど、幾つか難所の側を通るため航海は丸二日ほど。今日の朝方出て、二日後の夜明けごろ到着の予定だ。それでも陸路なら最低三倍は掛かるそうだ。

 

 乗るのはマリオの後釜で、現『港湾荷役元締め』のハシムとか言うおっさんの用意した中型の貨客帆船だ。私達はついで。

 

 乗り込む前に一行の顔合わせが有り、船に近い港の一角に、ヤクザの集会か機動隊の会合みたいな、ガタイは良いが(すこぶ)るガラの悪い集団が(たむろ)している。

 

 そこで、

 

 元『黒門街』顔役のブルート御大、

 

 元『港湾荷役元締め』マリオ爺、

 

 元『商工会の議長』カミラ婆、

 

 の不良ジジババ三人組と合流した。

 

 勿論、来たのは三人だけではなく、それぞれ付き人を連れている。

 

 船に乗れる人数に限りが有るので、ブルート御大とカミラ婆は、使用人一人と用心棒二人の三人づつ。

 その内、カミラ婆と御大の使用人は女性だ。

 二人とも美人なのは良いのだけど、ブルート御大が連れてる女性は使用人ではなく、彼女さんらしい。六十過ぎて三十そこそこの愛人。流石だ。

 彼女さんだと解ったのは、『左目(スコルピオ)』の≪観測≫の視界にタグ付きで表示されたからだ。相変わらず訳のわからんタイミングで、訳のわからん情報が手に入る。尚、小さな居酒屋を営んでいる模様。

 カミラ婆やマリオ爺とも面識が有るらしく、和やかに挨拶している。

 

 面子と警備のため、マリオ爺に付いている警備の人数は二人より少し多い。

 同じ数にしようとして、現役のハシムに怒られたそうだ。

 私にはハシムの部下とごっちゃになって良く判らない。全部で二十人位いる。

 時代がらか皆スーツと言うわけではなく、マチマチの服装なので余計判りづらい。

 

 他に、船を操る船員と船長などが合わせて十人ほど居て、乗船するのはそれで全部だ。

 

 私もピートを連れて来ている。初の船旅にピートもちょっとお洒落して、錨マークの水兵帽を被り首に小さなネッカチーフを巻いている(いつの間にか、『緑美楼』有志によって製作されていた)。私は柔らかい生地のブルーの上着に潮風対策で何時ものキャスケット。

 

 ほぼ知り合いに挨拶するだけで終わるはずの顔合わせだったのだが、一人変なのが居て絡まれた。

 

 「へえ~、お前がミカゲとか言うインチキ治癒師か」

 

 マリオ爺に真っ先に紹介された若者で、今回の『席次戦』に出場者として選ばれている人物だ。

 

 まだ二十代前半の目力の有る逞しい大男で、他の者達より頭一つ分はでかい。

 

 実に羨ましい。

 

 シンプルな白シャツにだぶついた太いズボン、金髪をオールバックに撫で付けて、半笑いでイキり散らかしている。

 

 もしかして、笑うところか?

 

 やけに歯も白い。

 

 「レオン!先生に失礼な口を利くんじゃない!」

 

 マリオ爺が慌てて止める。

 

 「爺ちゃん!・・・爺ちゃんは騙されてんだよ!

 幾ら何でもこんな細っこいチビガキが、十人以上の荒くれ者を圧倒するような武術の達人で、おまけに死病まで治せる治癒術を会得してるなんて、どう考えてもおかしいだろ!」

 

 レオン君が上から目線で私を指差し(身長差)、オーバーアクションでマリオ爺に持論をぶちまけた。

 

 そうか、マリオ爺の孫か。

 

 くっ!私が小さいんじゃないぞ、お前がでかすぎるんだ。言わないけどな。

 

 レオン君は多分、身の丈(みのたけ)二メートルを越えている。

 

 以前、十年かけて二十歳前後まで成長した時も、身長は精々百七十センチメートルだった。

 地下で『十三原始細胞(ゾディアック・プラスワン)』の製作時、『右足(アリエス)』と『左足(タウラス)』に長さの延長(ちょい足し)を頼んだから、元々の『クルタの子』の時の身体よりも若干高くなっている筈なのだが、私の身長は結局、原作のクルタ族メンバーと同じくらいまでしか伸びなかった。クルタ族というのは種族的に余り大きくはなれないらしい。

 

 その直後、『肝臓(アクエリアス)』の二次権能の≪長生≫が初めて発動して、喜んで許可したら老化抑制じゃなくて何と若返り。年齢が五歳戻ってしまい、やっと延びた身長も十五才頃の百五十センチ台迄戻ってしまった。

 

 身体能力は念獣達のお陰で変わらないけど、リーチの分大損だった。アジャストするのにどんだけ苦労したか。

 

 「いや、そう思うのも無理はねえが、先生はお前の常識を遥かに越えたところにいらっしゃるんだ。

 何度も説明しただろう。世の中にはこういう摩訶不思議(まかふしぎ)な事の出来る方が本当に居るんだ、バカな真似は止めておけ」

 

 摩可不思議・・・え?私ディスられてる?

 

 ・・・マリオ爺の言う()()()()()()()()()()()姿()はかなり酷い。

 

 そうやって実際に言葉にすると、レオン君の不信感も解らなくはないな。

 

 前世で私が聞いたら、即詐欺か薬物乱用を疑うレベルだ。

 

 「チッ、分かったよ爺ちゃん・・・それじゃあ今から俺が、この見た目だけは良い小僧の化けの皮を剥がしてやらぁ!」

 

 分かってないみたい。

 

 「おう、嘘つきやろう!もう逃げようったって逃がさねえからなぁ!」

 

 レオン君が、拳をバキバキ鳴らしながら私を挑発する。

 

 「何バカなこと言っとる!先生にかかればおめえ何ぞ一瞬で塩肉みてえにシナシナにされちまうんだぞ!」

 

 塩肉?航海用に積まれる保存用の塩漬け肉の事かな?

 

 「す、済まねえ先生。ガタイがデカいせいか、どうも最近周りからチヤホヤされて、ちいとばかり調子に乗っちまったみたいで・・・」

 

 根は悪い奴ではないんだと、冷や汗をかきながら必死で孫を抑えようとするマリオ爺の様子に、ちょっとホッコリする。

 

 かなり可愛がってるみたい。レオン君も爺ちゃん呼びだし、実は爺ちゃん子か?

 

 段々と騒ぎに注目が集まってきた。

 

 「やっちまえアニキ!」

 

 「アニキが、そんなチビに負けるはず無いすよ!」

 

 「アニキ、手加減してやった方が良いんじゃないスかぁ?」

 

 

 元気が良いのはレオンの取巻きらしき同年代の若者達数人で、大人連中は面白そうに観ているだけだ。

 最前列にブルート御大とカミラ婆の姿があって、ニヤニヤしている。

 

 青い顔をしているのはマリオ爺だけだ。

 

 「・・・怪我はさせないから、心配するな」

 

 マリオ爺にそう告げて手を振り、周りを少し下がらせる。

 

 「そら、先に殴らせてやる。いつでも来いよ」

 

 レオン君が謎の侠気(おとこぎ)を発揮して、タフっぷりをアピールしようと、舐めた態度でガードを下げた。

 

 おっ?じゃ、遠慮なく。

 

 私は動き出しの判りづらい『円掌拳』の歩法でレオンに急接近。突然眼前に現れ驚く彼の額を、指先でトンと軽く突く。

 

 (まばた)き一つの間。

 

 最早用事は済んだので、ピートと共に船に乗り込もうと離れる私。その前に一言挨拶かな。

 

 後ろでレオンが、声もなく白目を剥いて膝から崩れ落ちる。

 

 慌てて駆け寄ったマリオが倒れる前に受け止めた。

 

 浸透打で脳を揺らされ、昏倒したのだ。暫くは目覚めない。

 

 ギャラリーが一瞬静かになり、若者達は無言で驚愕し、大人組は静かに口笛を吹く者、小声で「すげぇ・・・」他、漏らす者。彼らは静かになった若者たちを残し、さもありなんと通常業務に戻って淡々と乗船を開始した。

 

 「騒がせて済まなかった」と、今回の総責任者のハシムに詫びを入れたら、「ガキ共がおとなしくなって丁度良かったぜ」と、逆に笑顔で礼を言われた。

 

 レオンが『席次戦』の闘士に選ばれたのは、実力だけでなく次代のリーダーとして色々学ばせる為のようだ。内情を少し漏らしてくれた。

 

 「何しろ『六合会』だ。出先でのトラブルだけは困るんでな、先方に着く前に何処かでガキ共を一度シメておく積もりだったが、手間が省けたよ」

 

 凄い力で背中をドヤされ、豪快に笑っていた。

 あと、マリオ爺の事をくれぐれも頼むとお願いされた。

 

 「治癒師だからな。それが今回の私のメインの仕事だ」

 

 他の事をするつもりは余り無い。

 

 その後、レオンが気絶したまま運び込まれ、船は何事もなく出航した。

 

 

 この時代の船旅は風任せの部分が多く、余り当てにならないのは常識だ。それはその通りで、儘ならない事も確かにある。しかし、(おか)の者が思うよりも帆船はよく出来ている。

 

 初日の昼間甲板に出ていたら、年取った水夫に話しかけられて色々聞けた。

 

 様々な帆とロープを操って、嵐でなければどんな風でも船は思った方向に進むことが出来るらしい。向かい風でさえ何度も風を斜めに()()()事によって、風向きに逆らって進めるそうだ。

 

 船や船旅の情報を収集したかったから丁度良かった。その内、違う大陸にも行くつもりだ。

 

 老水夫はベテランの航海士で、船や海の事なら何でも知っていた。

 彼が私に声を掛けてきたのは、足の古傷が痛むのを何とか出来ないかの相談だった。後日、シュマに有る診療所に来られるように細かく場所を教えておいた。

 

 

 レオンは程なく目覚めたそうだ。

 

 一応負けは認めたようで、船内ですれ違っても絡んでくることは無かった。

 ただ、納得はできていないらしく、私を見かける度に(しか)めっ面になって小さく鼻を鳴らしている。

 

 これが若さか。

 

 会うたびに何故かピートが彼を威嚇したり、ピーナッツを投げたりして悪戯しようとするので止めている。通りすぎた私の事を、いつも後ろから睨んでいるからかね?ピート的に敵認定なのだろう。

 

 絡んでこなければどうでも良い。

 

 

 翌日の朝、船は奇妙な岩だらけの小島が無数に有る岩礁地帯に差し掛かった。

 

 噂の難所だ。

 

 「この辺りの海底には水面の下に隠れた岩礁が山ほど有って、何本かの正しい航路を取らないと、たちまち座礁しちまうんでさあ」

 

 大型の船ほど気を使うのだと、昨日の老航海士が教えてくれた。

 

 船長命令で、現在の船の進行はゆっくりだ。

 

 老航海士が言うには、船長が言うほど狭い航路では無いそうだ。よほどに酷い船乗りでない限り心配は要らないと請け合ってくれた。

 

 なかなか進まぬ船脚よりも、私は全く別の事を考えていた。

 かなりの数が有るらしい此の沢山の小島の中ならば、何か有ったときの隠れ場所の候補地の一つとして丁度良いのでは無いか、と言うことだ。

 

 話によると、岩礁地帯はここから大分広範囲に広がっていて、小島の数は千を越える。

 殆どが切り立った岸壁と岩礁に囲まれていて人は簡単には近付けず、見た感じ木々も繁る其れなりの大きさの小島が多い。鳥や小動物なども生息しているようだ。

 きっと食料や水も見つけられるだろう。何ならそれらは持ち込んでも良い。岸壁も私なら問題ない。

 

 似たような島が多いのも、探索の難易度を上げている。何事か有って隠れ場所に困ったら、逃げ込むには良いのではないだろうか。

 

 流石に『害地』よりは安全だけど、その分出入りや痕跡が見つかるリスクは多少有るか。

 

 『緋の目』や『クルタの子』の復讐関係の発覚他、今も容姿や『治療術』の件で絡んでくるやつがいる。ある意味普通に日常を送れていても、私には潜在的な敵が多い。

 さっきのレオン君の件もその類いだ。逃げ込む先も多いほど良いだろう。シュマに戻ったら、暇を見つけて何処か奥の方に良さそうな小島を幾つか探しておこう。

 

 

 その日の午後になると海が時化て荒れ始めた。船に弱いものは青い顔で桶を抱え、動けなくなった。

 

 「これしきの揺れで、全くだらしないねえ・・・レイズだよ」

 

 「船に慣れとらんのだ、仕方有るまい。コール」

 

 「どう頑張っても船に合わん奴はおるからのう、(はしけ)処か浮き桟橋に立ってただけで酔うやつも居る・・・ダメじゃ、降りた」

 

 揺れる船の薄暗い船室で、カミラ婆とブルート御大とマリオ爺の三人が、平気な顔してカードゲームに興じている。

 

 馴れない船旅であたふたしている他の者とは場数の違いを感じさせる。

 

 カードには私も誘われたけど「私を混ぜると酷い事になるぞ」と、脅して断った。

 私には『左目(スコルピオ)』の≪観測≫が在るのだ。接待でゲームされても楽しめまい。

 

 大丈夫そうなので私は部屋の前を通り過ぎ、甲板に出てみる事にした。相棒のピートは船室にぶら下げたバスケットの中で就寝中。やつも大物。

 

 気配を抑えてそっと甲板に出てみると、風は強いが雨は小雨程度、一部を残して小さく畳まれた帆が、それでも猛烈な速度で船を進ませていた。

 

  木造船の軋みは恐ろしい程に響いているけど、気にしている船員は誰も居ない。きっと此れが正常な状態なのだろう。

 

 忙しく働く水夫達の様子を見れば、これがプロの現場であり、素人が手を出す隙は無さそうだとすぐに気がついた。

 

 船室に戻ろうとしたところで異変が起きる。

 

 突然の突風に太綱が一本千切れ、その綱が一人の水夫を甲板の外に弾き出してしまったのだ。

 

 その瞬間、私は意外と冷静だった。

 

 原作にも似たようなシーンが有ったよなぁと、思い出す余裕まであった。

 

 すぐに動き出しながら間に合うかどうかを瞬時に判断し、『右手(キャンサー)』の二次権能≪召喚≫の『早出し(ファストムーブ)』、『あり得ざる小さな世界(フォーチュン・イン・ザ・ポケット)』からフック付きのロープを取り出し、腕力で船縁にフックを打ち込み、抜けないように固定。

 そのまま宙を跳んで水夫に追い付き、襟首を捕まえた。

 

 これを水夫が水に落ちる前にやってのけ、更にその上でロープの端を水夫の身体に巻き付けて、尚且(なおか)つ昼間老航海士に教えてもらった()()()()()にして(くく)ってやる。

 

 自分の姿が未だ誰の目にも触れていないのを『(ジェミニ)』の≪把握≫で確認。

 

 水夫を水面に落ちるがままに放ったらかし、私自身は『左足(タウラス)』の≪甲殻≫を踏んで跳び、船縁につかまれる位置まで戻って来て水に落ちなかったふりをした。

 

 そこまで終わった処でやっと船内から水夫が落ちたことに船員達が気付き、手空きの 者が船縁に数人集まって来た。

 

 私は、彼らの脇へと船の外から船縁を越えて飛び込み、驚く彼らにロープの先の水夫の事を報せ、慌てて引き揚げる彼らを手伝った。

 

 助けた水夫は、最初のロープの一撃を受けて気絶していたので(知ってた)何も覚えていなかった。

 しかし、外に放り出されるのは何人かが気がついていて、私の行動も船から助けに飛び出した所までは見られていた。

 

 お陰で船長に無茶をするなと怒られたが、水夫を助けたことは非常に感謝された。

 気絶していた水夫が水に落ちて助かる可能性は、ほぼ無かったらしい。

 例え意識があったとしても、船を戻して探したとして、それでも見つかることは希なのだそうだ。

 元の世界の海の危険に加えて更に危険な生き物や謎現象も多く、一般的に海は想像以上にヤバイ処という認識らしい。

 

 

 夕方には時化も収まり、ヒマをしていた船酔いでダウン組以外は甲板に出てきた。

 

 ブルート御大とカミラ婆とマリオ爺の年寄り三人組も、それぞれお付きの者を連れてラフな格好で外の空気を楽しんでいる。

 

 なぜか三人ともお揃いの麦わら帽子を被っていた。

 聞いたら、日焼けと陽射し対策だった。サングラスは未だ普及してないので、とりあえず有り合わせの帽子で夕暮れの照り返しから目を守るのだそうだ。

 

 後ろから見ると、三人の幼馴染みの子供時代を思い起こさせるようで、ちょっと笑いそうになった。

 

 穏やかな風に吹かれながら、軽いお喋りに興じ、マリオ爺は釣竿まで持ち出して糸を垂らしはじめた。

 

 周囲の者も三人には気を使って、三人が一緒のときは少し離れて見守っている。

 

 風下側の船縁で風に孕む帆を見上げながら、帆船の基本的な動かしかたをシミュレーションしていたら、何故かジジババ共が私を見つけて寄ってきた。

 

 「昼間は大活躍だったそうじゃないか」

 

 ブルート御大が、からかうように言う。

 

 「あんたも大概無茶するねぇ、船は動いてんだよ、落ちたのに誰も気付かなければ最悪海の真ん中に置き去りにされちまうよ?」

 

 カミラ婆の小言は、馬車の話を応用したもののようだ。

 

 「艀や池の小舟じゃねえんだ。幾ら先生でも船から海に落ちりゃあ、誰かに引き揚げてもらわねえ限り戻っては来られねえぞ、気いつけるこった」

 

 今度は此方側に釣糸を垂らしながら、マリオ爺が呟くように言った。目は、糸の先から逸らさない。

 マリオ爺の言うことには実感が籠っている。

 

 そんなに心配しなくとも、大丈夫なんだけどね。

 

 私にとっては海は、そう危険な場所では無い。

 

 その後、行った先のハッベルでの観光の話になり、三人がそれぞれ別々の場所に用事があり、私に付いてきて欲しいと思っていることを告げられた。

 面倒臭いので断ろうとしたけど、出先で何か有ったらどうするんだと健康上の問題を持ち出され、結局了承させられる。

 年寄りなんだから、宿でおとなしくしてろよ~。

 

 それなりに世話にもなっているから別に構わないと言えば構わないが・・・

 

 「・・・もしかして、そっちが本命だったりしないだろうなぁ?」

 

 今回の小旅行の本当の目的は『席次戦』とハッベルの街の見物ではなく、彼らの個人的な用事だったりして・・・。

 

 「はぁ?」

 

 「ないない」

 

 「・・・・!」

 

 な訳無いか、と思ったら、きょとんとしているブルート御大とカミラ婆に対して、マリオ爺が大きく動揺し、魚が掛かりかけて引いていた竿を勢いよく振り上げた。

 

 「・・・え?」

 

 「おっ?」

 

 「あっ!」

 

 竿先が大きく振り回され、慌てて戻した釣り針が偶然カミラ婆の麦わら帽子を引っ掛けて海の方へと飛ばしてしまう。

 

 「あっ、ばか!危ないじゃないか、何やってんだい!」

 

 すかさず、彼女から悪態が飛び出した。

 

 「す、済まねえ・・・」

 

 へこむマリオ爺。

 

 「あれを取り戻すのは無理そうだな・・・」

 

 ブルート御大が、冷静に海面に落ちて置き去りにされて行くカミラ婆の麦わら帽子を見てこぼした。

 

 ただの古い麦わら帽子では、わざわざ手数と時間をかけて船を停め、備え付けの小舟を下して回収するほどの価値は無い。

 

 マリオ爺とカミラ婆も、ちょっと残念そうに離れ行く麦わら帽子を無言で見ている。

 

 何かに重ねているのだろうか。

 

 幼い三人組が、突然老人に戻ったようだった。

 

 

 「・・・はぁ」

 

 私は、おもむろに船縁を飛び越えて船の側面を"周"と変化系と操作系の念修業の応用で走り降り、水面を『左足(タウラス)』の≪甲殻≫を使って走り抜け、海面に落ちたカミラ婆の麦わら帽子の所迄たどり着くと、ひょいと拾い上げた。

 

 実を言うと、念の基礎修行により≪甲殻≫無しでも水面に立てるようにはなっているのだけど、この方が楽なのだ。

 

 振り返ると、三人組とたまたま見ていた数人の使用人と船員、レオン達若者組が驚いて固まっている。

 

 私は、水上に立ったままカミラ婆の麦わら帽子を何度か振って水滴を落とし、又同じ経路を辿って何事もなく甲板へと駆け戻る。

 

 「・・・ほら、もう落とすなよ」

 

 目を真ん丸にして呆けていた三人に麦わら帽子を渡し、さっきまでと同じ体勢に戻る。

 

 「あ、ああ、ありがとう?」

 

 カミラ婆は混乱している。

 

 「な、何で、何が・・・」

 

 マリオ爺は混乱している。

 

 「・・・どうして水に落ちないんだ?」

 

 ブルート御大は、混乱しているが今の現象の理由を尋ねた。

 

 答えはいつものやつ。

 

 「気だ」

 

 ドドーン!(心象風景)と、ちょっと大きな波が船を揺らした。

 

 どうせ見ていた人数は大したこと無い。誰かに話してもヨタ話としか思われないだろう。

 人助けではなく、ただ麦わら帽子を拾っただけ、というのがミソで、非常識さに拍車を掛けるはずだ。噂の信頼性の低さは街で嫌と言うほど経験している。

 

 辛気くさいのは無しだ。老い先短いかどうかは判らんけど、死ぬまで楽しく暮らすが良いのさ。

 

 それに、 もう力を示すのにビクビクする時期は過ぎた。

 

 

 何事か仲間内で興奮ぎみに話をして、ずっとチラチラ此方を見ていたが、暫くすると皆納得いったようないってないような微妙な顔で船室に戻っていった。 

 

 

 私は一人、元の場所で帆船操作に思いを巡らせる。

 

 まだ自分の強さに得心が行ったわけではないが、ちょっぴり人生を楽しんだり人助けをしたりしても構うまい。

 

 

 

 「・・・船が欲しいな」

 

 

 

 




 摩訶不思議アドベンチャー


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 65、ハッベル


 




   65、ハッベル

 

 予定日の朝、船は無事目的地の『ハッベル』の街に到着し、一行は港に上陸。

 

 港には地元のファミリーの者が出迎えに来ていて歓迎の挨拶と『六合会』の簡単な段取りの説明。

 その後先方に指定された宿にチェックイン。

 

 ただ、案内役の地元の若い幹部の態度が妙に慇懃(いんぎん)で、胡散(うさん)臭かったのがちょっと気になった。

 

 「おかしなことを考えて無きゃ良いんだが・・・」

 

 『六合会』に六代表の一人として参加するハシムが気にしていた。

 

 この街の『マーガム・ファミリー』は代替りした若いボスが率いていて、まだ危なっかしいと聞いている。本人の評判も芳しくないようだ。

 

 街毎の問題や多少の実入りの違いはどうしたって有る。同じ地域で人や金をやり取りする以上何処も其れなりに不満は抱えている。それでも抗争になれば少なくない痛手を負うし、派手にやれば領主や国の介入を招く。

 それを避けるための利益調整の場が『六合会』だったはずだ。

 

 ちょっと不穏。

 

 まあ、頑張れ(他人事)。

 

 こちとら只のジジババ共の主治医(お守り)だ。

 

 ヤクザな家業の皆様方の、序列や首のすげ替えがどんな成り行きになろうと、正直ど~でもいい。

 

 大事なのは、観光と旨いメシだ!

 

 保存技術がまだ未発達で、地元に行かないと珍しい物は喰えんのだ。

 

 この街は農業も盛んで美味しい物も多いと聞いている。

 

 ・・・あ、ジジババ共の御供行脚(おともあんぎゃ)も有ったか。

 

 マリオ爺からハシムに代替りした『シュマ』の港湾労働者共同体(ファミリー)の公式?名は、対外的には『シーマ・ファミリー』と言うらしい。

 ハシムが相手方幹部に挨拶していて、今回初めて知った。当然ながら私以外もちろん全員知っていて、有ったんかい!と内心驚きながらもポーカーフェイスで誤魔化(スルー)した。

 

 下調べによると、ハシムが気にしている地元のマーガム・ファミリーは街の人足手配の仕事を担っていて、基本的には『シュマ』の街のハシム達と変わらない。

 

 違うのは、ここの街が河の中洲を含む河口の東西に跨がっていて、古くから港が整備され、周囲が広い農地に囲まれている事だ。

 隣国も近く街道も整備され、収穫の時期には荷馬車が列をなすと言う。

 人足手配の仕事も多様で、港や倉庫の荷役から街道の補修、荷馬車の臨時の護衛、農地の期間労働者、他多岐にわたる。

 

 本当に美味しいところは領主やそれと繋がった大商人が握っているにしても、動く人、動く金はかなりのもので、地元ファミリーの実入りは相当に多い。

 

 因みに、新たに参入する商人には港の利用料金がとても高く設定されていて、それを嫌った新興の商人達が興したのが隣の領地にある『シュマ』の街だ。街に歴史あり。※黄金のお茶会情報。

 

 滞在期間は三日。三日目が『六合会』当日。会合の主目的は六人揃っての取り決めの承認。細かい調整は全て、事前に終わらしてあるそうだ。

 どちらかと言うと、その前に行われる『席次戦』の方が盛り上がるので、そっちがメインのように扱われている。

 

 到着当日の今日は、担当治癒士権限でジジババ共に一日休息を強制。旅の疲れを癒すためだ。宿から出られないよう外出禁止を重ねて言い渡した。

 

 本人たちも疲れが溜まっている事は自覚していて、あれこれブーブー文句を言った末に、渋々外出禁止に同意した。何故か付き人達には流石だと尊敬の目で見られた。

 

 

 さて、身軽になった私は一つ()()()()と洒落こんでみますか。

 

 宿の人間に聞くと、まだギリギリ朝市のやっている時間。場所は確かめず、港近くの人通りの多い場所へと気配を頼りに通りを歩き出す。

 

 ハッベルは、シュマよりも古くからある街なので、並ぶ建物は皆年代を感じさせる石造りの重厚なものが多い。

 それでも窓際に花やハーブのプランター、石畳に響く子供達の声、路地の二階、三階に渡されたロープの雑多な洗濯物に、この場所に生きる者達のたくましい生活感が垣間見える。

 

 お?こっちについてきたか・・・

 

 入港から宿迄ずっと付きまとっていた監視者の気配が、宿から私に移った。

 

 となると、標的はやはり私か。

 

 只の監視なら放っといたけど、後から数人集まった中に殺気の込もった粘っこい視線の持ち主が居たのだ。

 

 多分、プロの殺し屋。

 

 前に、シュマで路地散策をした際、二人組のナンパ野郎に襲われて返り討ちにしたことがあった。

 

 その時は只のキレ散らかしたチンピラだとばかり思ってたんだけど、一応死体の身元調査を頼んだ『顔無しマゴット』から、ハッベルへと出発間際に変な報告が来た。

 ナンパ野郎二人組は『小鮫(こさめ)のゲフと大鮫(おおさめ)のルフ』と言う、ちょっと名を知られた殺し屋コンビだったと報せてきたのだ。

 しかもメインの活動拠点はここハッベルで、シュマに来たのも私を()()にするためだと。

 

 何でか解らんが、この街に私を殺そうとしている者が居るらしい。最初、『クルタの子』の復讐関係で動いている者(私)の正体がバレたのかと思ったけど、それならば念能力者でもない只人の殺し屋を差し向ける訳がない。と思い至り、じゃあ何なんだ?と謎の解明の為に出てきたのだ。

 

 小鮫大鮫の時はとりあえずその場で始末してしまった。今度襲ってくる者からは事情を聞き出す算段。

 危ないので、ジジババ共は御留守番だ。

 

 いつもの朝の散歩だと思ったのかピートも付いてきたけど、ピートは不死身なのでギリOKとする。

 

 ただ、ちょっとイメチェン。

 

 この街でもサルは嫌がられるし、目立ちすぎるので、イヌに変化してもらうことにした(初見)。

 

 ピートの変身能力も、もう気がつく人は気がついても良しとする。雷獣とか霊獣とか、適当にしらばっくれるとかすればいい。

 

 旅の解放感?

 

 念獣であることはもうバッハ達にバレたし、アーシアは変身の事も知っていた。ハンター協会に知られた以上、一般人に秘匿したところで然したる意味は無い。エナガバージョンだけはヤバいけど、今のところ事実上目撃者は存在しない。

 

 ぼわっと姿が変わりサルのピートが消え、イヌのピートが現れる。

 

 ・・・・ん、毛玉?

 

 長毛種の小型犬?

 

 ピート、イヌバージョンは一見白いポメラニアン?通称シロポメに見える姿。なのだが・・・

 

 この時代に、もうポメラニアンって存在してるのか?

 

 「キャン!」

 

 ・・・可愛い。

 

 ぴょんぴょんしながらじゃれて来るのを、両手でわさわさと撫でる。さらに撫でる。

 

 ピート大喜び。

 

 ・・・イヌも良い。

 

 ちょっと脚が太くて短く、微妙に何かヤバイ狼系魔獣の幼体なのではないかと疑問が持ち上がったが、たしかこれ以上年取らないらしいし、可愛いから良し。

 勿論額の黒いハートマークはデフォ。よく見ると、四本の足先も申し訳程度の縞が有って靴を履いたように黒い。『ヌエ』の影響か?エナガサイズだとほぼほぼ解らなかったけど、この大きさなら判別可能なようだ。うん、問題なし。

 

 迷子にはならないけど、ピートが盗難に遭う恐れが有るので(可愛いからね)事故防止──ピートには『絶対気絶(アブソリュート・スタン)』の自衛能力が有ります──の為、首輪とリードは着けておく。

 『縛鎖の遺跡』で回収した金の首輪を使うかどうかちょっと悩んだけど、やはり目立ち過ぎるので却下。

 

 ワンコのピートはひたすら元気。

 

 ちょっと離れて辺りの臭いを嗅ぎまわり、すぐさま戻って来て私が居るか確認するのを何度も繰り返している。姿はどうであれ、知らない街をピートと一緒に歩くのは新鮮で楽しい。

 

 殺し屋が何処で仕掛けてくるかと街中をうろうろしていたら、遠廻りしたのに市場に着いてしまった。

 

 意外と慎重派なのかね?それとも人混みですれ違い様にブスリとかそういうタイプかしら。そういうのも仕事人っぽくて有りかも。

 

 なんか、楽しみになってきた。

 

 街自体はハッベルの方が遥かに大きいのに、市場の規模はシュマとそう変わらない。川と中洲に分割されているので、市場もそれぞれ別に有るのだ。

 倉庫街にはそれぞれ専門業者の市も別に有るらしい、交易の街らしい事だ。

 

 ピートと買い食いしながら住人用の市をぶらつき、古物等を扱う商店の並ぶ通りを聞きつけて、そちらへと向かう。

 

 殺し屋は現れず、そろそろ市を抜けるかというところで、果実売りの店先の陰から此方に目配せをする子供を見つけた。

 汚れたフードを深く被っていて、一瞬片手で顔を隠す仕草をした。

 

 視線が合い、こちらが気がついた事を確認すると、そのまま狭い路地へと消える。

 

 ・・・ちょっと驚いた。

 

 あれは、『顔無しマゴット』の一味のサインだ。

 

 シュマの街で、細々と少年ギャングを束ねる少し目端の利いた少女かと思ったら、マゴットは思った以上の遣り手だったらしい。

 彼女はどうやら、たった半年でこの地方に有る最低でも二つ以上の街に根を張った情報網を構築してしまったようだ。

 

 道理で、他の街の殺し屋の情報をあっさり掴んでくる訳だ。

 

 

 しかも、それを今私に伝えてきている。

 

 ・・・情報を商材にすることを勧めたのは、私だしなぁ。

 

 ガキ共にスリや掻っ払いをさせるより真っ当な()()()ではある。話次第ではケツ持ち迄は行かなくとも、名前を出すことを許す位はしなくてはなるまい。

 

 やるなぁ。

 

 何の後ろ楯も無い彼らには、『もしかしたら背後に私が居るかもしれない』と言う程度でも役に立つのだろう。

 他の業界なら兎も角、マゴットと競合するであろう近隣の情報屋界隈なら、私がそこそこヤバい相手だと言うことは、知っていて当然だ。

 

 このタイミングを選んだと言うことは、殺し屋関係の続報かな?

 

 はしゃぐピートを抱き上げて静かにさせ、ちょっと遠回りをしてさっきの少年の居る裏路地の店を特定し中に入る。居場所はさっき会った時マップにマーキングして追跡していた。

 

 店の看板は微妙にリアルな豚の絵。中は、屠殺され枝肉にされた豚が何頭も天井から吊るされている。

 

 今さらビビることもなく、肉切り包丁の振るわれる音のする方へと歩き、数人の大人と何人かの子供が働く解体場まで店の奥へと進む。

 

 誰にも声を掛けずに私が入って行っても、誰にも声を掛けられない。彼らのアジトの一つなのだろう。この場所では最初からそういう取り決めが為されているのだ。

 

 労働に勤しむ者達の中、片隅で力無くしゃがみこんでいる右手の無い少年を見つけ出し、話を聞こうと前に立つ。ぼろ布を包帯かマフラーのようにぐるぐる巻きにしていて顔は見えす、衣服も変えているけど先程の少年だ。

 

 「・・・・・」

 

 片腕の少年が、ピクリとして観念したように息を吐いて顔を上げる。

 

 「・・・来たばかりの初めての街で、あっという間に・・・」

 

 少年が、驚きを隠せない様子で言った。

 

 「偽装も移動ルートもお構い無しですか・・・さすが『黒門のミカゲ』さん。噂以上だ・・・」

 

 見たことの無い顔だ。この街の子かな?

 

 

 「試すような真似をして、申し訳ありません。我々はまだ足場が弱いもので、一度僕のやり方で噂を確かめたかったのです。失礼しました」

 

 豚肉処理場の事務所らしい小部屋に場所を移し、少年が礼儀正しくペコリと頭を下げた。

 

 「殺し屋の件で、『顔無し(マゴット)』からの追加情報が有ります」

 

 少年の雰囲気がビジネスモードになった。

 

 私は、軽く頷いて了承する。

 

 情報屋が用心深いのは良いことだ。スラムから見つけてきた人材だろう。目に力が有って、なにか生き生きしているように見える。きっと腕を無くす前も、それなりの仕事に就いていただろう。

 

 「頼む」

 

 少年が片腕なのは見えていなかったけど、動きの不自然さとタグが付いていたので最初から分かっていた。

 

 「『小鮫のゲフと大鮫のルフ』を雇ったのは、ここハッベルのマーガム・ファミリー現ボス、『サギー・マーガム』でした」

 

 「そうか・・・・目的は、 もしかして『席次戦』に参加させないためか?」

 

 他に理由が思いつかず、筆頭候補を挙げてみる。

 

 「・・・その通りです」

 

 少年が首肯した。

 

 「ふむ・・・しかし理由が解らんな。何で毎年有るような内輪の席順争いを、今年に限ってそこまで気にする?」

 

 知ってるかどうか、少年に確認。

 

 「今のところ動機は探り出せていません」

 

 少年が、残念そうに頚を振る。

 

 最近は席順を上下関係と勘違いする者が居る。とマリオ爺が言っていたのと何か関係有るのか?

 

 それが動機だったにしても、席次戦での勝敗なんか毎年コロコロ変わってしまうから、あまり意味の有ることでは無い。

 

 縄張りにしている街の規模によって、地力の違いは元々明らかだし、どこかが勝ちすぎるようなら、席次戦のルールそのものが変更されるだけだろう。

 

 「出場闘士に入れ込んでるとかか?」

 

 個人的感情の線。

 

 「それは無いですね。サギー・マーガムは、親のコネだけで成り上がった絵に描いたような小物で、やるにしても何か裏でコソコソやって小銭を稼ぐタイプです。ケチで有名なんで、周りに武闘派は寄り付きません」

 

 そんなザマで、マフィアのボスをやっていけるのか?でも、でかい組織なら生え抜きの部下が居るだろうから何とか成るのか。

 

 「・・・マーガム・ファミリーの金の動きはどうだ?何かで大きく散財して資金不足とか、席次戦で商会から大規模に掛け金を募って胴元をやってるとか、何か其れらしいことを聴いていないか?」

 

 金が目的なら分かりやすい。席次戦で意中の闘士を勝たせるために、強すぎる相手(不安要素)を排除しようと動くのは、有りがちなパターンだ。

 

 「全ては把握出来てませんが、マーガム・ファミリーに大きな資金的動きが有るとは掴んでいません。商業ギルドでもそんな噂は出てませんね。

 ・・・あ、最近だと、サギーが女関係で幾つか()()()()()、その後始末で其れなりに散財している程度です」

 

 おい、サギー・・・

 

 「・・・マーガム・ファミリーは大丈夫なのか」

 

 サギー自身がトラブル起こして、内部抗争でボスの座から引きずり下ろされそう、とかじゃないだろうなぁ。

 

 「それは多分・・・サギーも女関係と荒事以外なら目端の利いた処があって、内部の調整も其れなりに出来ているようです。」

 

 なるほど。多少の騒動は、若さゆえの過ちって事で目こぼしされるのか。裏家業の住人だもんなぁ。前世の社会人とは訳が違うか。

 

 「・・・となると、殺し屋の件はますます訳が解らん・・・殺し屋も有名どころなら、結構な金が掛かったろうに。何か他に裏が有るのか?」

 

 やっぱ、殺し屋かサギー本人を取っ捕まえて聞いてみるしかないか・・・

 

 少年がピクッとした。

 

 「・・・あの、まさかマーガム・ファミリーとやり合うんですか」

 

 少年は、私から無意識に漏れた剣呑な空気を感じ取ったようだ。流石、弱いウサギはトラブルに敏感だ。

 

 「殺し屋を差し向けたのが連中なら、落とし前をつけさせないといけないからな」

 

 オハナシして和解できれば良いんだけど、馬鹿な勘違いをして組織を笠に着るようなら、ちょっと厄介だなぁ。多分、他の『六合会』メンバーが仲立ちしてくれるだろうから怪我人は出ても大事にはならないだろう。最終的に一度は見逃す感じで和解、かな。

 

 その後に又チョッカイ掛けて来たら事故死してもらうか。近場だし、あんまり波風立てたくないし。

 

 「そ、そうですか・・・」

 

 目の前の少年は、多分ハッベルの出身。マゴットから色々逸話を聞いてはいても、見た目自分と大差ない子供の姿の私が、この街の裏社会を牛耳る巨大組織とまともに噛み合う光景を、イメージしづらいのだろう。それでも少しずつ取引相手を見る目から、危険物を扱う慎重さが覗いてきた。

 

 「それで?小鮫大鮫の雇主がサギーだったと言う情報以外に、何か?」

 

 サギーの目的は不明のまま話を元に戻す。

 

 多分、まだ一つ二つネタは有るはずだ。

 

 外で、私が買い物するのを待っている新しい殺し屋の事とかさ。

 

 それを聞きに来たんだ。

 

 

 

 




 ワンコバージョン初披露


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 66、刺客

   66、刺客

 

 現在、腕の中のピートさんワンコバージョンを撫でながら、『顔無しマゴット』の部下に、店の外で待ってる殺し屋の情報を聞き取り中。

 

 そういえば、この少年の名前をまだ聞いていないなぁ・・・

 

 「そ、そうでした、雇われた殺し屋は現在全部で三組。

 一組目が『小鮫のゲフと大鮫のルフ』、コイツらがシュマでしくじったので其の後『狩人エンリケ』が後始末に雇われました。

 そして、最近になってどういうわけか、()()『奇面のシュルツ』が追加で依頼を受けています」

 

 少年が、困惑しながら殺し屋達の名前を告げた。

 

 「ほう・・・」

 

 あと二組か、鮫組が失敗したので急遽追加発注ね、殺意高いなぁ。

 

 外で付きまとってるのは恐らく『狩人』だ。『狩人』って言うくらいだし、多分得物はこの時代の狙撃銃。

 弓やクロスボウの可能性も有るけど、そういう斥候兵(レンジャー)寄りの得物を使うにしては気配の消し方が甘い。多分余り標的に近づかず、かなり遠間から殺傷力の高い銃で狙う狙撃兵(スナイパー)タイプの殺し屋だろう。

 

 なかなか仕掛けてこないと思ったら、狙撃位置に着くための時間が必要というわけだ。

 戻るまで宿の近所で待ってりゃ良いものを・・・あ、そうか、自分達で用意した宿が狙撃されたらまずいのか。責任問題になる。

 それで宿の外で殺すために、出先で私が店に入るか食事をする為に移動を止めるのを待っているんだな。

 

 お?・・・となると、今頃ここの外で張ってる可能性あり?

 

 「『狩人』の件は了解した。襲ってくれば直ぐに済むだろう・・・それより『奇面のシュルツ』、本物か?」

 

 最後の名前に心当たりが有る。

 

 「・・・はい、恐らく。」

 

 少年が、私の様子を窺うように言った。

 

 「なんでも、標的があなただと聞き付けて先方から売り込んで来たそうですよ」

 

 彼も、この知る人ぞ知る有名人を知っているようだ。

 

 「・・・なるほど」

 

 『奇面のシュルツ』、この辺りに居たのか。

 

 『奇面のシュルツ』はある種、有名な賞金首だ。

 

 世界手配。生死を問わず(デットオアアライブ)、賞金は金貨二千枚。二億円。

 

 額が大きいし、その特徴的な似顔絵は酒場や街の掲示板でもわりと見かける手配書の一つだ。

 

 嘘か本当か知らないが、いつもペストマスクのような奇怪な面を被り、マントを手放さない。素顔は謎で、誰も知らない。お面には幾つかバリエーションがあって、その全てが奇妙な鳥頭モチーフ。

 有名すぎて、お面のバージョン違いの手配書を集めているコレクターまで居る。

 

 そして、最悪の戦闘狂で殺人狂。強者と本気で戦うために其の妻子を惨殺したり、何処かの闘技場や御前試合に無許可で潜り込んだりもしている。

 

 よく知られているわりに、情報がほとんど無い。あり得ないような所へ忍び込んだり、逃げ延びたりしている記録を見るに、十中八九念能力者だろう。

 

 手配書に奇妙な行動が細かく記載されている高額賞金首は、基本念能力者だと最近気がついた。

 知っている人に、注意を促す為だと思う。

 

 「金貨二千枚・・・ふむ、賞金稼ぎ(バウンディハンター)としては、稼ぎ時かな」

 

 そうか、向こうから来てくれるのか。

 

 何か、ちょっとワクワク・・・

 

 「わ、笑ってる?」

 

 少年が驚愕していた。

 

 「・・・」

 

 そうか、笑ってるか・・・

 

 ふっ。

 

 ぶっちゃけ金貨二千枚あれば、自前の船を買えそうだし、多少ニヤついても仕方あるまい。

 

 どこ行こう。夢が広がる。あ、乗組員とか要るなあ。

 

 

 おや?何だか少年が尊敬の目で見ている気がするぞ。

 

 どゆこと?

 

 「・・・やっぱり強い武芸者は強敵を求めるんですねえ」

 

 少年が小声で独り言を漏らしながら、頻りに頷いている。

 

 「・・・・・?」

 

 ん?強敵との戦いの予感で興奮?

 

 いや、ナイナイ。私そんなノーキンじゃないし。自分、ド田舎のモブキャラポジなんで、殺し合いとか真っ平っすから。イメージ崩すのめんどいから言わんけど。

 

 実際の戦闘ってあれだよね、(はた)から見てると運動競技とかの大会や研鑽した技量のテストみたいなイメージ持たれがちだけど、現実は難易度調整なんか無い死亡前提のクソゲーだから。

 

 原作でも読者の馴染みになった其れなりに人気も有るキャラが、突然死んじゃう。何てことが頻繁(ひんぱん)に有ったし。ハンターハンターの世界はそういう処。

 

 死は不可避。

 

 分かるけど、そういうのは他所でやってくれ。

 

 私は、戦闘は生きるための実務作業だと思うことにしている。武術も念も好きだし面白いけど、その方が怪我もしずらいんじゃないかと思って、そう心掛けるようにしている。

 

 未熟者だから、戦闘中に興奮して楽しくなっちゃう時も有るんだけどね。

 

 

 戦いを楽しむ何て言うのは、原作に出てくるような天才達、若しくは残念なカンチガイヤロウにだけ当てはまる気狂い沙汰(お楽しみ)だ。まあ、私は生き残るだけで十分満足。死ぬのは一度でもう()りてるから。

 

 

 「・・・追加の情報は以上です」

 

 私が面白そうに見ていたら、少年が我に返って言った。

 

 「そうか、邪魔したな」

 

 帰ろうとして、一つ気がつき、追加の情報を求める。

 

 「少年、名前は?」

 

 懐から銀貨の詰まった小袋を出し放ってやる。有用な情報だったので、少し多目だ。

 

 少年は、片手で器用に袋を掴みとる。

 

 「今は『小耳のジム』と呼ばれています」

 

 目に意思が籠っている。彼にとって意味の有る名であり名乗りなのだろう。

 

 「・・・『小耳』?」

 

 『片腕』とか『隻腕』じゃないのか?二つ名にするなら普通は特徴を捉えるものだろう。

 

 「はい」

 

 ジムが、意味ありげに無言で顔に巻いたぼろ布を取ると、その右耳は上半分が千切れ飛んだように無くなっていた。

 

 「商家で見習いをしていたおり、仕入れの途中で強盗団に襲われて二発喰らいました。耳と腕はその時に。

 腕を無くしたら即日商家から放り出されて、その後スラムで死にかけていたところをマゴットに拾われまして。

 今は、情報屋組織『顔無し』のハッベル担当です」

 

 新たに遣り甲斐の有る仕事を得たって訳だ。

 

 それに、『顔無し』をファミリーネームにしたのか。弱者や傷物ばかりが集まりそうだな。いや、逆に結束は強くなるのか。

 境遇を逆手に取ってて皮肉が効いてるし、それを飲み込んでやろうという気概も感じる。良い通り名だ。

 

 外に()が待っているから暫く表に出るなと言い含め、店から出る。

 

 

 店の前の路地に出た瞬間、『右目(ライブラ)』の≪天眼≫の未来予測が発動して目が潤み、『(バルゴ)』の≪結界≫の危機感知が発動して髪の毛が自動防御に動くのを止め、左手斜め上から飛んできた弾丸を素手で掴み止める。

 

 少し大き目で相応に威力は大きい気がする。マグナム弾ってやつか?だけどオーラ無し。ただの金属の弾丸だ。

 

 視線を向けると、三百メートルほど離れた教会の鐘楼に、スコープ付きの銃を構えた狙撃手が居るのを見つけた。酷く驚いている。『左目(スコルピオ)』の≪観測≫の視界が即座にズームアップされ、『狩人』のタグがつく。

 

 獲物発見。

 

 ピートを下ろして即座に移動開始。

 

 路地を二歩走り、家の壁を蹴り屋根に上り、通りを飛び越え最短距離で鐘楼へ。

 

 お?ちょっと離れて並走している誰かの気配。

 

 おや、『狩人』氏やる気だよ。

 

 『狩人』が、逃げ出さずに此方に銃を向けている。

 

 逃走が間に合わないと悟ったのか、十分に引き付ければ狙撃を受け止められないと思ったのかな?

 

 残り五十メートルの所で発砲。動いてかわせないように、私が飛び上がった瞬間を狙っている。基本に忠実だ。素手で掴めちゃうから意味無いんだけどね。心臓狙いを難なくキャッチ。

 

 周囲の教会の建物を最後の足場にして、付属の鐘楼へと飛び上がる。

 

 『狩人』は、思ったより小柄な男で、鐘楼に飛び上がった私に驚きながらも素早く懐から小型拳銃(デリンジャー)を引き抜いた。傍らには大口径の武骨なライフル銃が置かれている。威力は有っても、こちらでは取り回しが悪く小回りが利かないのだろう。

 

 見た目に寄らず、鍛え上げられた軍人のような見事な対応だけど、こちらの方が一手速い。

 

 と、思ったけど、私の背後の切り妻屋根の端っこ。青銅製のポールの風見鶏の上に、飛び上がって来た変な男が居るのを『(ジェミニ)』の≪把握≫が捉える。

 

 さっき隣を並走していた奴だ。

 

 瞬間的に相対位置を計算し、こちらのタイミングで『狩人』にデリンジャーを撃たせる。

 

 即座に私は躱し、弾丸は背後の風見鶏上の男の方へ。

 

 銃声と一瞬の交錯。

 

 私が身を翻した拍子にキャスケットが飛び、銀髪が流れる。戦闘中と判断し、『(バルゴ)』が勝手に邪魔な帽子を飛ばしたのだ。この辺は≪奇怪≫の権能の表れ。敵の初見殺し対策に、バレない程度に自由に動いても良いことになっている。

 

 見ると既に『狩人』は死んでいた。

 

 私ではない。

 

 首に、真っ黒い羽根が一本刺さっている。カラスの物だろうか、致命傷だ。

 

 振り返ると、黒いマントに身を包んだ男が一人。

 

 弾丸を拳で防御し、右手で何かを投げ放った体勢で器用にも風見鶏の更に上、細い支柱の先に微動だにせず立って居る。

 

 男は微動だにしていないが、立っている真下に有る風見鶏(雄鶏)が風に吹かれてキコキコ動いている。

 

 男の顔には、カラスのような黒い鳥の頭のお面。いや、黒一色ではなく、赤と緑で差し色がしてある。・・・何の面?

 

 「なるほど。噂に違わず、いや其れ以上に美しい・・・」

 

 かくっ、と鳥のように仮面を傾げながらも、此方から視線を外さない。

 

 殺し屋さん、三組目?。

 

 「くっくっくっくっ、はぁ、あっはっはっはっは!」

 

 何か、笑いだした。

 

 「くふっ、まさかまさか、こんなところでこうも上等な獲物に会えるとハ」

 

 男は、妙に芝居がかった仕種でくねくね動きながら、勝手に語りだした。

 

 「『奇面のシュルツ』か?」

 

 私は、鐘楼から繋がる建屋に飛び降り、正面の風見鶏上に立つ男を見上げた。

 

 何か、キモい奴だな。

 

 「・・・そういう君は、『黒門のミカゲ』に間違い無いかね?」

 

 シュルツが、奇妙な動きを途中でピタリと止め。顔だけ此方に向けて喋った。

 

 「そうだけど?・・・やるかい?」

 

 殺気が有るのか無いのか不思議な相手だ。こちらを殺したいけど我慢しているような変な感じがする。

 

 「そんな、簡単に、簡単に終わらせるのはどうだろう、勿体無く無いかね?勿体無いだろう。近頃は強者とはなかなか会えない時代だ。寒い時代だ。もっと、もっと、もっと深く楽しむべきだろう?!」

 

 また、キモい躍りを踊り始めて、最後、グ〇コのポーズになった。いや、何かの鳥か?

 

 え~と、どうするコイツ。

 

 「・・・失礼した、少し興奮してしまったようだ。私の悪い癖でね」

 

 突如、鳥頭(直訳)の男が我に返り、姿勢を正し紳士然として仮面を帽子のように取り器用にお辞儀をした。

 

 仮面は取ったが見上げる角度もあり、巧妙に隠されて顔は確認出来ない。仮面は最後にまた戻してしまった。

 

 「我々名の有る二人の戦いが出会い頭と言うのは余りに(おもむき)が無い。もう少し趣向を凝らした場を設けようじゃない、か!」

 

 シュルツの姿がぶわりと膨らんだように見えた瞬間、周囲の視界がシュルツから撒き散らされた黒い羽毛に埋め尽くされて何も見えなくなる。

 

 「また会おう!」

 

 『左目(スコルピオ)』の常時"凝"状態の≪観測≫の視界も、オーラ生成物で覆われて意味を為さない。ただ、今のところ此の羽に姿を隠す以外の効果は無いようだ。

 

 忍者の使う木の葉隠れのようだと、ちょっと感動。まあ『また会おう』も何も、私からは『(ジェミニ)』の≪把握≫で逃げる姿が丸解りなんだけどね。≪観測≫のマップ機能の方には、今も居所がマーキングされてるし。

 

 シュルツが姿を隠すと、飛び交っていた黒い羽毛もまた速やかに消えていった。

 

 面白いもん見れたし、また来るって言ってたから、取り敢えず放置でいっか。

 

 「・・・ワフッ」

 

 どうやって登ってきたのか、ワンコピートが私のキャスケットを咥えて屋根の上に上がってきたので、帽子ごと抱き上げて誉める。

 

 帽子を受けとり、さらに誉める。

 

 「どうやって登って来たんだ?」

 

 ピートは首をこてり。

 

 可愛い。

 

 他の姿に変化して登ったわけではないらしい。

 

 可愛いから良いか。

 

 さて。

 

 銃声が何度も鳴り響いて、おまけに今の黒い羽の乱舞。そろそろ下が騒がしくなってきたので、逃げ時だ。

 

 ちょっと戻って気になっていた狙撃用ライフルと拳銃をお土産にと『あり得ざる小さな世界(フォーチュン・イン・ザ・ポケット)』へ放り込み、ピートを連れてその場を去る。

 

 レアエネミー倒してドロップ品ゲット!

 

 ずっと、『衝撃の制圧圏(バースト・ヘヴン)』を(もち)いて遠距離攻撃をするための専用銃身が必要だと思っていた。

 

 そもそも遠距離攻撃用の装備は、この"発"の構想段階からのコンセプトの一つだ。

 

 銃器はわりと好きで海外で試射させてもらったり、関係資料も見たことが有ったから構造は知っているけど、どんな金属が適しているのかまでは解らない。

 森の中では木製や岩製の銃身も試してみたけど、いくら"周"をしたところで流石に強度が足りない。

 人里に出てからは、たまに銃器関係の店を覗いたり、港に停泊していた戦闘艦の大砲を内緒で調べたりして、どうも銃身には硬さよりも粘りが重要らしいと見当を付けた。

 

 『狩人』の使っていた銃は、多分オーダーメイドのちゃんと銃身にライフリングが切られたライフル銃だから、より正解に近いだろう。

 後は、こいつをモデルに鋼材を用意して削り出せばよい。

 

 ・・・鋼材有るかな?

 

 部品は誰かに頼む事も出来る。あんまり複雑にする必要はない。弾体が入って発射出来れば良いのだ。

 炸薬代わりに自前の"発"『衝撃の制圧圏(バースト・ヘヴン)』を使うので、威力の調整も利くし暴発不発の可能性も無い。

 弾込め方式は、散弾銃のような中折れ式より出来ればボルトアクションタイプの方が好みだ。

 

 でも、この時代にはまだ連発銃すら無いんだよなぁ。

 

 構造は解るから、自分用に密かに用意するしかないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 変なの出た。


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 67、過去

   67、過去

 

 殺し屋騒ぎはとりあえず収まったし、面白そうなお土産も得られた。

 

 まだ昼前だ、ピートと街の観光を続けよう。

 

 街の港側は覗いたので、今度は他の場所も観光したい。

 

 骨董通りは後で寄ることにして、いい匂いをさせていた屋台の焼き栗売りに、面白そうな場所を聞いてみる。

 

 元気なオヤジのお勧めは、中央の中州に有る商館や寺院の庭園見学と劇場、川の東西に有る一日では回りきれない店舗廻り、懐具合によって楽しめる食事どころと見世物、芝居小屋。そして、もちろん夜のお楽しみ。

 

 「あ、そうだ、武術に興味が有るなら、東街の方にいっぱい道場が有るぜ。この街は、その筋じゃあ有名な武術の街でも有るからな」

 

 俺も若い頃は鍛えてたのよ、とオヤジが両の拳を型っぽく構えてみせる。

 

 ウンソウダネ。

 

 そういや、この街は歴史的に盗賊や他国からのちょっかいが多いとか聞いたなあ。農作物にしても交易品にしても守るための武力は必要だろうし、籠城するなら街の住人も戦力だ。

 いろいろ需要がありそうだし、この世界は強いに越したことはない。

 

 面白そうなので、そちらに行ってみる事にする。

 

 粗い紙の袋に入った焼き栗を、一つづつ剥きながらピートと交互に食べつつ、上陸した西側の街から辻馬車で橋を渡って中州へ。

 

 中州は、なんだか何処も高い塀が多い。昔の名残りだろうか。建物もでかい石が贅沢に使われていて、表面の飾り彫りが雨に削られて時代を感じさせる。

 石造りの博物館みたいな劇場もあった。庶民に手が出る値段じゃなさそうだ。

 劇場にかかっていた出し物は『黄金(おうごん)黄昏(たそがれ)』。何と、古代王国の『ヌエ』退治を題材にした歌劇。その、何度めかも判らないリメイクのようだ。

 

 流行ってんのか?いや、この辺りだと鉄板人気なのかもしれない。

 

 

 中州をぬけ、さらに中州から橋を渡って東側の街へと入る。

 東側の街も表通りには店舗が多くて、少し中に入ると商家の屋敷が並んでいるのは他と変わらない。

 

 ちょっと違うのは、街中にぽつりぽつりと町道場が有って看板が掲げてあり、中から威勢のよい掛け声が聞こえてくることだ。

 

 扉は何処も開いているので、見学は自由で良いようだ。

 

 元気の良い道場を見つけて、試しにそっと入ってみる事にした。

 

 看板には『誠心(せいしん)流』と書かれていて、隣に『今年度武闘会優勝』の札も掛かっている。

 

 ほう、武闘大会が有るのか。

 

 唇に指を立て静かにするよう伝えてから、ピートを抱上げ、侵入。抱っこされたピートも、何か楽しそう。

 

 門を潜ると母屋と道場への通路が設けられてあり、道場の方に近づくと中庭で二十人ほどの弟子達が、それぞれ力量に応じた訓練を受けていた。

 

 素手の者よりも槍の扱いを学んでいる者が多く、師範らしき数人が順に稽古を付けている。

 

 一人、屋根の下で椅子に座って見ている髭のおじさんが道場主だろうか。腕はそれなりかな。

 

 見つかったら怒られるかもしれないと思ってたけど、私の目の前には数人の暇な子供と爺さんが先約で見物していた。

 

 どうやら見物人がいるのは普通の事らしい。

 

 「先生は今日は稽古をつける気は無いようだなぁ」

 

 「今日は日が悪い、一番弟子のズッコが先日花街で喧嘩して『修伝(しゅうでん)流』の奴に負けたからなぁ」

 

 「そうなのか?俺は負けた相手は『久条(くじょう)流』だって聞いたぜ」

 

 禿げた爺さんと髭の爺さんが話している。どうやら本当に沢山の道場が在るらしい。

 

 「・・・おっちゃん達どっちも違うよ、ズッコはソラねーちゃんにやられたんだよ、な」

 

 ・・・ソラ?

 

 「うん、ソラねーちゃんが店に誰かを捜しに来たのを見つけて、言い寄ったらぶっ飛ばされたんだ」

 

 二人の子供は地元民のようだ。

 

 「え、ソラってあの『放念流』のソラ様か?槍使いの」

 

 「ハッベルに戻ってるのか?」

 

 ソラ様?

 

 「大丈夫なのか?確か領主様の親族と色々揉めてたろう?」

 

 「いや、あれは相手がおっ死んで終っとるよ、それより三年前の武闘会で『呪操流』とやりあった件だろ」

 

 「それがあったか、今年の『武闘会』で、ズッコが優勝できたのも、あの二つの道場が参加出来なかったからだからなあ・・・」

 

 「バカ、其れをここで言うなよ、怒られるぞ・・・」

 

 ふと見ると、話を聞いていたらしい道場主が、不機嫌そうに咳払いをして此方を睨んで来た。

 

 四人の見物人が、そそくさと逃げるように外へと出て行くのを庭木に隠れて見送る。

 

 四人の話に興味が湧いたので後ろから追い付き、迷って母屋側から出てきた体で話しかける。

 

 「・・・すいません、よく知らないのですが、こちらの道場は高名な武館なのですか?」

 

 「お、おう、いや、有名だけど今年だけじゃろ、なあ?」

 

 「うむ、来年は無理じゃな」

 

 「うわぁ・・・綺麗!」

 

 「あ、仔犬だぁ!」

 

 入門先の道場を探していると(いつわ)って、ご馳走するから最近の世評を聞かせてほしいと、近くの甘味処へ四人を誘った。

 

 ワンコピートのお陰でナンパも簡単。

 

 スパイスの効いた揚げ菓子と、いつものお茶、子供達と私にはミントのようにスッとする仄かに甘いヨーグルトドリンク?を頼み、四人から話を聞く。

 

 どうやら彼らの話に出てきたソラ様と言うのは、この前シュマで武術指南をしてやった念能力者の娘で間違いないようだ。

 あと、例のキンブルもこの街出身だった。

 

 まず、色々飛ばして今のハッベルで歴史の有る有力な武館は二つ。

 

 一つ目は『放念(ほうねん)流』でもう一つが『呪操(じゅそう)流』。元は一つの『発相(はっそう)流』と言う流派が分裂したらしい。

 

 『発相流』

 

 創始者は、間違いなく知識の有る念能力者だな。カリスマ創始者の死後、弟子たちが方向性の違いで別れたとかだろう。どこの業界でもよく有るやつだ。

 

 残ってるのが『放念流』と『呪操流』なら、分派した弟子達は放出系と操作系?

 

 肝心のソラは、『放念流』の現道場主の末娘だった。

 

 彼女の話だと他に念の使い手は居ないみたいだし、念能力に関する情報も抜けが多い。

 何処かで情報の断絶が起こって、今に伝わってないのかも。ソラが"発"を使えるってことは、奥義的な伝承は残ってるのか?

 

 悪し様に言っていた武術の師匠は恐らく父親や兄辺りか、あの天稟で末娘なら相当に可愛がられていたのだろうけど、甘やかし過ぎだ。

 

 さて、『放念流』宗家は武術道場と言っても古くからハッベルに有る旧家、ソラも当然それなりのお嬢様なのだが昔から近所でも有名なお転婆で、おまけに同門の誰より秀でた武才を持ち、十代からブイブイいわせていたらしい。当時の名残で、今でもこの辺りの子供達には慕われているようだ。

 

 同時期に名を聞くようになったのが『呪操流』の門弟だったキンブル。

 

 こちらは対称的にスラム出身の孤児だ。

 ある日、『呪操流』先代の道場主がスラムで死にかけていたのを見つけ、見所が有ると拾ってきた。

 

 長じて周囲の誰より強くなっても、でかくて無愛想で付き合いが悪かったため、人は余り寄り付かなかった。

 

 ハッベル最強の武術家を決める三年前の『武闘会』決勝で、二人はぶつかった。

 

 既に伝説のように語られるほど、人間とは思えないような速さと強さを示した闘いの末に、その場は判定でソラが勝った。

 

 そこまでが世間でよく知られた話のようで、子供達が身ぶり手振りを交えて興奮ぎみに教えてくれた。どうやらソラとキンブルの二人は、もうその時点で念能力者として覚醒していたようだ。

 

 その先は爺さん達が目を合わせて言い澱んでいたので、子供達を先に帰して内緒で続きを聞く事にする。

 

 小さな居酒屋に場を移して昼間っからジョッキを並べると、ここから先は一部の者しか知らない事だと声をひそめる。

 他聞(たぶん)をはばかる話題なのかと思ったら、案外ノリノリで教えてくれた。

 どうやら然程の秘密では無いらしい。

 

 

 何でも武闘会のあと、町中で『放念流』と『呪操流』の門下生同士で乱闘騒ぎが有り、一般市民にも怪我人が出て、どちらの道場も二年間の武闘会出場停止処分になったと言う。

 

 「原因は、武闘会の判定に疑問が有ったからさ」

 

 禿の爺さんが口に手を当て、小声で漏らす。

 

 疑惑の判定か。

 

 「見ていた見物客からも、どちらかと言うと有利だったのはキンブルの方だったんじゃないかって声は、当初から有ったのよ」

 

 「わしらもこの目で見てたしのう」

 

 髭の爺さんが同意する。

 

 「ただ、片や皆に愛される名門のお嬢様、片やスラム出身の無愛想な孤児じゃあ審判員の心象がどっちに傾くかは・・・なあ」

 

 差別は有って当然の時代。分かりすぎる。

 

 ・・・だとしても、納得できるかは別か。

 

 二人の因縁の経緯は何となく分かったけど、どうしてキンブルが出奔して、ソラが追っかけて行くはめになったんだ?

 

 「その騒動が元でキンブルは街を出たのかい?」

 

 キンブルが街から出ていった事はさっき聞いた。

 

 「いやいや兄ちゃん、違うのよ」

 

 「まだこの先が有るのよ」

 

 「そうそう」

 

 二人の爺さん達は、誰も聴いていないことを確かめるように辺りを見回し、更に声を落として其れでも話を続けた。酒も程よく入り、如何にもここからが面白いところだと謂わんばかり。多分言うなと言ってもお構いなしに喋っただろう。

 

 「件の二人は騒動とは無関係だったけど、武闘会決勝で、その強さと凛々しさを見せつけたソラ様に目をつけた野郎がいたのよ」

 

 「嫌な野郎だよ」

 

 「領主様の八番目か九番目の息子だ、有名なバカ息子で乱暴で女好き」

 

 「武闘会に出る度胸は無い癖にな」

 

 「よく徒党を組んで街をうろついてたよ。女好きのチンピラなんざよく居るけど、奴には権力の後ろ楯が有った。奴が近づいてきたら女達は皆奥に隠れたもんさ」

 

 権力を持ったバカな男のすることは、誰でも一緒か。そういやマーガム・ファミリーのサギーも女関係でトラブってたもんなぁ。

 

 「それで、どうなったんです?」

 

 「・・・実を言うと、そこから先の話はあんまり無いのよ」

 

 「無い無い」

 

 ざんねんながら、一般に流れている噂話はここまでらしい。

 

 「でも、いくつか推測は出来る」

 

 「出来るのよ」

 

 お、どうやら結構な事情通に遭遇していたらしい。

 

 一、まず、『放念流』の道場から家人が何人か拐われたと情報が流れてきて、すぐに間違いだったと訂正された。

 

 二、数日後、キンブルが武者修行の為に街を出たと噂になった。

 

 三、バカ息子を街で見なくなって、しばらくしてから病死したらしいと情報が流れてきた。

 

 爺さん達の推測によると、バカ息子達に拐われた家人を助けに向かったソラを助けるために、ライバルのキンブルが大暴れしてソラと二人でバカ息子達を退治してしまい、事件後に家族の居るソラを気遣って領主の親族殺しの罪を己一人で被ったキンブルが街を出た。と言うものだ。

 

 「泣けるのう」

 

 「うむ、キンブルは、男の中の男じゃ」

 

 いや、半分以上妄想だよね?

 

 キンブルがシュマに来たのは、匿ってくれるスラム時代の伝が在ったからだろうか?

 

 追加の飲み代を払って、二人を置いて店を出た。

 

 情報の正確性は兎も角、結構楽しめた。

 

 状況から見て、事件後に街を出ているキンブルがバカ息子達を殺った可能性は高い。

 それが義憤からか、誰かの依頼だったかはわからんけど、キンブルは別に悪党って訳ではないようだ。

 ソラの言っていた命の借りってのも、人質事件の件だろう。ソラの命か人質の命かは分からんが、奪ったのではなく、助けたのがキンブルだったって訳だ。

 

 ソラは、何でキンブルの名前を聞いてあんなに荒ぶってたんだ?

 

 助けられて悔しいとか?

 

 まぁいいか、後は『顔無し』の『小耳のジム』から事実関係を確認しよう。

 

 爺さん達と別れて、そろそろ街の西側に戻ろうかとピートとふらふら歩いていると、さっき別れた子供二人が此方を見つけて近寄って来た。

 

 見た感じ判りづらいが男の子と女の子の二人組で、ピートをもう一度撫でたくて寄って来たらしい。

 

 「さっきは面白い話をありがとう」

 

 彼らは街場の子供で、スラムの子供達とはグループが違う。道場関係じゃなくても面白そうな追加の情報は無いかと序でに聞いてみる。

 

 

 「・・・大蛇と魔法使い?」

 

 近所の猫が誰かの鶏を捕ったとか、空き地に酸っぱい実の成る木が在るとか、どこそこの家で赤ちゃんが産まれたとか、どこぞの道場の誰それが甘味屋の看板娘に振られたとか、地元ネタの中に、奇妙な話が紛れていた。

 

 「頭がいっぱい有ったって」

 

 「凄い音を立てて、岩山を崩しながら闘ってたんだって」

 

 「光が何本も飛んで、恐ろしかったって」

 

 「魔獣同士の争いじゃないかって、父ちゃんが言ってた」

 

 「絶対近づくなって母ちゃんが・・・」

 

 街の東の農地の先、街から十キロ以上離れた別の川の向こう側の話で、国境近くの村人からの又聞きらしい。

 

 結構正確な位置が分かったので、後で行ってみようと決める。

 

 未だ見たことの無い新たな不思議生物が居るなら見てみたい。しかし、森以外にも居るんだなぁ。いや、当たり前か。モフモフだとよいが、片方は蛇だって言うし、望み薄かも。

 

 

 ・・・ん?大蛇と空飛ぶ光。

 

 

 その日の深夜。

 

 「はい、現場のミカゲです。今、話題の岩山に来ていま~す」

 

 連れてきたピートが、私の突然のレポーター口調にビックリしている。

 

 ・・・冗談だピート。

 

 ちょっと期待と違ったので、力が抜けてなげやりになっただけだ。

 

 あれから一度宿まで戻り、夕食後に抜け出して文字通り飛んで来たのだ。上空から見れば、派手な戦闘の痕跡はすぐに分かった。

 降りてみると各所にオーラによる破壊の痕跡と残存オーラを感知する『(ピスケス)』の権能、≪覚醒≫の効果で犯人はすぐに判明した。

 

 もしかしたら、と思わなくもなかったが、ここで闘っていたのはやっぱりキンブルとソラだった。

 

 「あいつら何やってんだ?」

 

 三年越しに武闘会の決着でも付けようというのだろうか。

 

 武術家としてはソラの方が優っているけど、念能力者としてはキンブルに分がある。操作系だけあって、オーラの扱いが上手いのだ。

 例え"発"無しで戦っても、今の時点ではソラは勝てないだろう。ソラが後から見せた放出系の"発"を使いこなせるように成れば、勝ちの目が出てくる。キンブルにあれは受け止められないだろう。そんときはキンブルは多分死んじゃう。

 

 あいつら、今どっちもこの街に居るのか・・・

 

 出くわすと面倒なことになりそうだから、帰るまで街の東側には近付かないようにしないと。

 

 用事は済んだので、ピートとちょっと棒投げして遊んで、深夜の散歩は終わりにする。

 

 明日はジジババどもの付き添いだ・・・そういやマリオ爺が、付き添いの件で何か動揺してたなぁ。

 

 何だろう。マリオ爺の事だから、別に悪事じゃあないだろう。しかし、あんなに明け透けで、よくファミリーのボスが務まったよなぁ?でも人望は有るみたいだし、やっぱり人間は頭より懐の深さと人徳か。

 

 

 

 

 

 




 誠心流 青森

 修伝流 秋田

 久条流 宮城


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 68、買い物

 完全日常回


   68、買い物

 

 今日はジジババ達との外出の予定が入っている。

 

 彼らの間で話し合いが持たれたようで、午前中はカミラ婆が、午後はマリオ爺が、夜はブルート御大が予定を入れたようだ。

 

 どうでもよいが、私は何も相談されていない。昨日一人で出歩いて、相手をしなかったことを根に持たれているらしい。子供か!

 

 「ほう、中々似合うじゃないか」

 

 カミラ婆が、落ち着いた色合いのドレスに可愛い小さな帽子を被り、金持ちの老婦人といった装いで私に声をかけた。

 

 「まあ、約束したからには付き合うさ」

 

 私は、いつの間にか用意されていたオーダーメイドのタキシードにウエストを絞ったフロックコート、おまけのシルクハット迄含めて完全な紳士(ジェントルメン)仕様。光る銀髪は後ろで一本に束ね、装飾の付いた金の環で留められている。

 

 私は悪のりして帽子を脱ぐと、華麗にお辞儀をした。

 

 「奥様、どうぞお手を」

 

 カミラ婆の手を取り、すぐ前で待ち受ける馬車へと誘う。今日は他の使用人や用心棒は無くて、二人だけなのだ(あとピート)。

 

 「ふん、悪くないねえ」

 

 カミラ婆も上機嫌だ。

 

 ピートが犬に変化したことは、どういうわけか然して問題にされず、急遽蝶ネクタイ型のチャーム付き首輪が用意された。

 昨夜は、どちらかと言うとゴツいおっさん達が皆で撫でたがり、餌をやりたがって大変だった。

 

 ワンコ姿が可愛いのもあるけど、この地方独特の猿を嫌がる風潮と、犬好きが多い気風のせいかもしれない。突然人気者になって、ピートも大変そうだ。

 シュマにもどったら、やはりコザルに戻すことにしよう。

 

 何て事ないバカ話と年寄りの愚痴を聞きながら、馬車は目的の店へと向かう。

 ピートは、カミラ婆の「老婆は可愛い犬を抱いて居るものなんだよ」と言う謎の理論によって、彼女の膝の上だ。普通は、猫じゃないのか?

 

 皆が余りに普通だったので、突然サルがイヌになったのに、なんで何も反応が無いのかちょっと聞いてみた。

 

 「海の上を歩いて渡るような、常識外の人物が連れている生き物だからねぇ・・・」

 

 ピートを撫でながら、なにを今更と苦笑いされた。

 

 目撃者もさほどではなかったし、 海上歩行の件は、もっと半信半疑な感じになってると予想していたのに、思ったより普通に受け入れられていた。

 

 霊獣が実在して、念とか不思議事件とか在る世界だから、皆思ったより非日常を受け入れる度量が大きい。時代柄、情報の伝達が基本噂話レベルで、フイクションとノンフィクションの境目が曖昧模糊としているせいも有るのだろう。

 

 啓蒙思想が広まって百年以上経っているはずなのに、未だ近代は遠いな。

 

 カミラ婆の話によると、ピートに触れると幸運に恵まれるとか言われ始めているらしい。ジジババ組の使用人や護衛が、お祈りしながら撫でていたそうだ。

 

 ピートさん、いつの間にビリケンさんのような扱いに。

 

 あやかりたいので私も手を伸ばし、カミラ婆に抱かれているピートさんをちょっと撫でる。

 

 

 カミラ婆の用事は買い物らしい。

 

 何でも取り寄せられる身分だろうに、わざわざ自分で買いに行く商品とは何だろう。少し気になる。

 

 馬車を降りて店の中へ。中州の高級店へと連れてこられた事は場所と店構えで解るのだが、何を売る店なのか外見からは判別できない。

 

 思ったよりシンプルで上品な店内には、様々な器やカップ、絵皿などが、宝石のように大事に展示されていた。

 

 「陶器の専門店か・・・」

 

 そうか、一部安物も出回ってるけど、この時代は未だ高級品の扱いか。現代でもブランド品は高いもんな。

 

 結構美しい。今買っとくと、将来値が上がるかも知れない・・・けど、かなり気の長い投資だな。価値が出る頃にはもう死んでるかぁ。

 

 カミラ婆が店員に何か聞いて、後をついて行く。誰か目当ての作家の作品が有るようだ。

 

 一応護衛でお付き役の私も、博物館見学の気分で後を追う。

 

 着いたのは、大きくて細かい彩色が施された外国産の壺や絵皿、発掘品らしい古い陶器の美術品が並んだコレクションルームだ。

 一応来歴メモがそれぞれに呈示されているけど、付いている値段がさっきの場所とは桁違い。

 

 ここは恐らくこの店の格を示す物品の置かれている場所だろう。マネージャーだろうか、案内が途中でただの店員から老紳士に変わっている。

 

 カミラ婆が立ち止まったのは、派手な絵柄の大皿や壺の前ではなく、片隅の二(きゃく)対になったティーカップの前だった。

 白磁の上に独特な淡いタッチで、ありふれた野の花と数匹の仔犬が、カップと対になったソーサー計四つに其々(それぞれ)違った表情で描かれている。

 

 カミラ婆がそれを懐かしそうな、そして少しホッとしたような表情で見ていた。

 

 「・・・」

 

 呈示されたメモには売約済みと書かれている。

 

 「・・・なかなか可愛い絵柄だねぇ」

 

 カミラ婆が、何か話したそうに見えたので水を向けてみる。

 

 「・・・私の旦那の作品さ、若い頃のね」

 

 ぽつりと、溢すようにカミラ婆は言った。

 

 「大した才能も無いくせに、家業の商売をほったらかして絵ばかり描いている穀潰しでねぇ。わたしゃ若い頃から散々苦労させられたもんだよ」

 

 彼女の旦那さんは、最後の子が未だ幼い内に若くして病で亡くなっている。

 

 「若い絵描きが幾ら頑張ったところで大した稼ぎにゃなりゃしないってのに、アトリエから出て来やしない。お陰で引っ張り出された私が代わりを務めさせられて、毎日毎日あくせく働かされてたって訳さ」

 

 カミラ婆のモーティマー商会は、シュマでも屈指の古参商会だ。彼女はしっかりした娘さんとして界隈で有名だったので、趣味に傾倒するボンボンの跡取りの元に請われて嫁に入ったとジジイ達中に聞いている。

 旦那さんは、それなりに優秀な絵描きだったらしい。仔犬の絵には、若冲を思わせるようなどこかモダンな軽やかさがある。

 

 「暖かみが有って悪くない絵じゃないか、どこかで見つけたら私も一つ欲しいくらいだ」

 

 マジでちょっと欲しい。

 

 「フン・・・世間に出回ってるのはこいつで最後だよ、後は絵画も絵付け品もコレクター連中がどうしても手放さなかった」

 

 カミラ婆が、不機嫌そうに言った。

 

 「・・・現存する作品を全部集めたのか?」

 

 旦那の事好きすぎだろう。

 

 「・・・─あんたになら、一つ譲ってやってもいい」

 

 ちょっと恥ずかしそうにカミラ婆が言う。

 

 「ありがとう、戴けたら大事にするよ」

 

 カミラ婆が、死んだ旦那の事を穀潰しだとか稼ぎが悪かったとか(くさ)すのは毎度の事だ。

 初めて聞いた人はまるで仲が悪かったように受けとってしまうが、それを真に受けて元旦那の悪口を彼女の前で口にするのはとんでもない誤りだ。マジでガチ切れされる。

 

 内々では最初に教えられる、虎の尾逆鱗案件なのだ。

 

 

 対のカップは、このまま持ち帰るために梱包を頼んだ。

 

 その間カミラ婆にはフロント前の待ち合いでお茶が興され、私は後学のために商品を見て回る。ピートは未だ彼女がガッチリ抱えたままだ。

 

 取引は無事に済みそうで、一仕事終えたカミラ婆は無心でピートを撫でている。

 

 彼女の少し気が抜けた様子を確かめて、ピートには今日の処は我慢するように思念で伝えておいた。

 心に隙間を感じる時も、そうでないときもモフモフは常に良いものだ。

 

 

 少し弛緩した空気を突き破り、店の扉が開かれて新たな客が三人。店内に招かれた。

 

 危険は無いと判断し、私は商品見物を続ける。

 

 「あら、モーティマー商会長!」

 

 程なくして甲高い中年女性(おばさん)の声が響く。

 

 「・・・ヒステル婦人」

 

 カミラ婆は、素っ気ない返事。知り合いらしいが、余り仲良しでは無さそうだ。

 

 モーティマー商会長は、カミラ婆の前職だ。序でにシュマの銀門街で、商工会議長も歴任していた。

 

 「いえ、今は()商会長でしたわねぇ、失礼、カミラ様」

 

 ヒステル婦人は、口調はにこやかなのに内容はやたらマウントを取りに来ている。商売人のような鋭さは見られないので、この街に住む金持ちの有閑マダムってとこだろうか。

 

 「いいさ、今じゃ商売からは退いて、悠々自適な隠居生活だ」

 

 カミラ婆は、素っ気ない。

 

 「ご病気とお聞きしていたので随分と心配致しましたのよ、もう長くないなんて酷い話まで聞かされて・・・いえ、それにしてはお元気そうですわねぇ?お肌の艶も・・・以前より良くなっているような・・・」

 

 カミラ婆の病は私が完治させた。定期的に針治療をして健康管理もしている。美容に良い生活と食事療法も請われて教えまくったので、肌年齢も十歳は若返っている。序でに伝えた其れを生かすための歳相応のナチュラルに近いメイク。

 

 高い化粧品で顔面を塗りたくったおばさんよりも、見た目の印象は遥かに洗練されている。

 

 「フッ・・・」

 

 カミラ婆は余裕。

 

 「クッ・・・」

 

 外見の印象勝負では敗北を悟ったのか、おばさんの目がぐるぐると泳いで一歩下がった。

 

 カミラ婆に対してやけに嫌味なおばさんは、背はそれほど高くないが恰幅がとてもよい。まるで直立したトドのよう。

 しかも華奢な踵の高い靴を履いて、よろめいている。もし転んだら、隣に立っているお付きの優男では支えきれないのではないかとちょっと心配に成るほどだ。

 

 三人目は護衛らしき角刈りの大男。大型犬を連れて静かに店内に入ってきた。

 犬種は、この地方で昔からよく飼われているレトリーバーっぽい犬だ。毛並みが綺麗に手入れされている。

 

 「あら、可愛いワンちゃんだこと!」

 

 おばちゃんが、うちのピートを目に留めた。

 

 「でも、残念ながらマース犬じゃなさそうねぇ・・・」

 

 マース犬と言うのは、彼女も連れてきているレトリーバー似のこの地方の犬種名だ。例の古代王国で飼われていた狩猟犬が、こいつだと言われていて人気がある。このおばちゃんのは、きっとコンテストで優勝したような犬だろう。

 

 「きっと雑しゅ・・・・え?」

 

 なんか、ピートを見て驚いている。

 

 「・・・まさか、古代王国期に王室で飼われていたと言う狼犬?」

 

 小さな声で、独り言のように呟いた。

 

 「何だい?」

 

 独り言の聞き取れなかったカミラ婆が、いぶかしむ。

 

 「・・・い、いいえ、何でもありませんわ・・・そういえば、お連れの方はいらっしゃいませんの?」

 

 なにやらピートは珍しい犬種のようだ。

 自分の連れているコンテスト犬ではマウントを取れないと知って、露骨に話題を変えてきた。

 ワンコピート、やっぱ誰が見ても狼の血が入ってるよなぁ。いったい何処で姿をコピーしたんだ?

 

 「こ、このエラルドは、今ハッベルの劇場で上演中の『黄金の黄昏』に出演している人気役者ですのよ!」

 

 ヒステル婦人が、派手な服を着た隣の優男を紹介する。有閑マダムと若いツバメかな。なんか、ちょっとテンションおかしくないか?

 

 紹介された優男が芝居がかった仕種で優雅にお辞儀をした。

 

 「ほう、そうなのかい?」

 

 カミラ婆は、既に興味無さげだ。

 

 「今日は、私の姪の結婚の祝い品を選ぶのに偶々ついてきてくれたんですの」

 

 見目のよい若い役者のパトロンになって何時も側に侍らせ、他のファンや顔面偏差値の低い使用人を連れた相手にマウントを取ってるのだろう。

 

 カミラ婆には当然全く通じてない。

 

 そこで丁度店舗側の作業が終わり、大事なカップ二客を納めた荷を預り、カミラ婆に合流する。

 

 「カミラ様、商品を受け取って参りましたよ・・・お知り合いですか?」

 

 知り合いのようだし、ここは買い物に付き合う年下の友人枠で、お付きとして振る舞う。

 

 「おお、ありがとうよ、それじゃ帰るとするかい」

 

 カミラ婆が、やれやれ助かったと言いたげに立ち上がる。

 

 「は?あっ?・・・うそ!何?妖精?」

 

 ようやく私の顔を確認したヒステル婦人が、何故か真っ赤な顔をしてフリーズし混乱している。

 

 「ば、馬鹿な・・・」

 

 なんか役者君も一緒にフリーズした。

 

 「どうしたのでしょう?」

 

 わけが解らんのでカミラ婆に聞く。

 

 「・・・ほっといてやんな」

 

 カミラ婆は、一つため息をつくとおざなりの別れの挨拶をして、その場を離れる。

 

 出口に立っていた大男は、露骨に不満そうな顔をしていたがカミラ婆はそのまま通した。

 さっきヒステル婦人が口にした肩書きのせいだろうか。

 

 店員とマネージャーの控えめなお見送りを受けて、私も店を出る。

 

 荷物を抱えた私が通ろうとすると、ヒステル婦人の護衛が横から肩をぶつけて来た。武術の嗜みがあるのか、その重心移動はそこそこ上手い。

 

 普通に考えると、恐らく荷を落とさせようという試みだろう。

 

 私は立ち止まって静止し、何事もなく大男を受け止める。

 男は、私を微動だにさせられなかった事に驚愕している。

 

 「・・・馴れ馴れしいな、離れろ」

 

 撥ね飛ばして店舗に被害が出ないよう肩から弱い『震打』を放ち、無難に昏倒させて軽く押したように転がしておく。

 

 尻尾を降りながら、従順に指示待ちをするレトリーバーっぽいワンコを撫でたいけど、後でピートが焼きもちを焼くかも知れないからと我慢して、そのまま退店した。

 

 店の前でカミラ婆が馬車に乗るのを補助していると、『(ジェミニ)』が店内の音を拾った。

 

 (あらズッコ、どうしたの、何で倒れてるの大丈夫?)

 

 あの護衛の名前はズッコと言うらしい。

 

 ・・・ズッコって昨日見学した『誠心流』の師範じゃなかったか?今年の武術大会優勝者とか言う話の。爺さんズがそんなこと言ってたぞ。

 

 同じ名前の別人か?でもあのおばさんなら武術大会優勝者の看板を持った護衛は欲しがりそうだけど。

 

 まいっか。

 

 馬車に乗ると、カミラ婆の抱っこからピートを救出し、代わりにワンコのカップの包みを抱かせる。

 

 カミラ婆は、ちょっと何か言いたげだったけど自分で折り合いを付けたらしく、ピートの代わりにカップの包みを優しく撫でて、何か物思いに耽っていた。

 

 

 うむ、カミラ婆の買い物ミッション無事終了。

 

 

 

 

 

 

 

 




 マース犬は、後世入ってきた鳥猟犬。ピートの犬種は山岳地帯に生き残っている半野性の古代犬種。地元ではラウドと呼ばれている。人里と山岳山林の境に縄張りを持っていて、何故か家畜や人を襲わない為、古くから人と共生関係に有る。半分山神。


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 69、パン屋

   69、パン屋

 

 午後になって、今度はマリオ爺と出掛けることになった。

 

 服装は、町で浮かない物が良いと指定されているので、タキシードから普通の町着に着替える。

 

 目立ちたくないとかで、ピートもお留守番だ。皆が構いたがって昼食を食べ過ぎ、へそ天でお昼寝中なので丁度良かった。

 私は、マリオ爺と外食するので宿では食べずにお出かけだ。一応お土産を約束している。

 

 表側は、地元のファミリーに見張られていると言って裏から出る。見張りが付けられるのは普通のことらしい。誰も気にしていない。昨日みたいな殺気のこもった視線も無い。

 

 「どこへ行くんだ?」

 

 何故かマリオの口が固く、まだ肝心の目的地を聞かされていない。

 

 「ちょっと其処までだ、ハッベルには馴染みの店が何ヵ所か有っての、旨いもんを食わせるから付き合ってくれ」

 

 マリオ爺が、親指を立てて裏路地の先を示し、歩き始める。

 

 「そうか、楽しみにさせて貰おう」

 

 何やら企んでいる様子だけど、旨いものが食べられるなら無問題。

 

 マリオ爺は好かれているので、内緒で護衛が付いて来るかと思ったけど誰も来ない。

 

 その事を口にすると笑われた。

 

 「あんたが付いてるのに他に護衛なんか要るもんかよ、家の兵隊全部集めたよりあんたの方が強いのに、これ以上誰を付けるって?」

 

 意外に私の強さに関しては共有されているらしい。そう言えば、出がけにレオン君が絡んで来た時もベテラン勢は大して気にしてなかった。

 

 

 目抜き通りを抜け、ごちゃごちゃした下町のような地元民の生活空間に入り込んで行く。

 

 「ここだ」

 

 マリオ爺が先ず入ったのは、夜は酔っ払いどもの巣窟になりそうな小さな店だ。

 

 店内にはカウンターのみで、でかい鍋が一つ火にかけてある。ふちのギリギリまで濃い色の汁がゆるゆると煮たって、もつ煮込みの複雑な香りがしている。

 

 「おうジジイ、煮込み二つだ」

 

 百年前から爺さんをやっているような年寄りが、返事もせずにどんぶりに煮込みと匙を入れてカウンターに置く。

 

 「・・・酒は?」

 

 店の爺さんが、藪にらみで訊いてきた。

 

 私は保存の悪い酒を飲みたくないし、マリオ爺はドクターストップで飲めないので、代わりにお茶を貰う。

 

 茶葉?をけちったお茶は、色つきの白湯のようなものだった。

 

 お茶は酷かったが煮込みは絶品で、一口食べた私が驚愕して顔を上げると、店の爺さんが視界の隅でにやりと笑っていた。

 

 

 煮込み屋の後は屋台で甘辛い串焼きを食べ、あんずジャムのクレープと栗入りの揚げ菓子をはしごして、最後だと連れてこられたのがパン屋だった。

 

 ただのパン屋だ。

 

 如何にも地元民の為に有るような、小麦の焼ける匂いの染み付いた古い店。店内には大きな薪のパン焼き窯と作業テーブルと、パンを並べる棚の他は接客用のカウンターしかない。

 

 店名は、『ルイージのパン店』。

 

 「親父、居るか?」

 

 マリオ爺は気負うこともなく、ズカズカと店内に入って行く。

 

 「はい・・・」

 

 脇のドアが開いて、気弱そうな若い男が出てきた。パン職人らしく、革のエプロンを着けている。

 

 「・・・えっ、と、どちらさんで?」

 

 いつもは常連しか来ないのだろう。見慣れない二人連れに怪訝な顔をする。

 

 「ほう、お前さんルイージの息子のアレクか?でかくなったなぁ!」

 

 マリオ爺が、男の疑問を無視して感慨深げに言う。どうやら思ったより古い付き合いのようだ。

 

 「・・・その声は船乗りのマリオさんか?久しぶりだのう」

 

 奥から、如何にもパン屋が似合いそうな優しそうな爺さんが一人、続いて出て来た。

 足腰に問題が有るのか、歩く時にぎくしゃくと身体を揺らしている。

 

 船乗り?

 

 シュマで港人足の大元締めだったことは隠しているのか。

 

 「わははは、五年ぶりだ!」

 

 マリオ爺とルイージさんが、抱き合って旧交を温めている。

 

 互いに家と家業の商売の話。やんちゃな孫の話。初孫が産まれる話。子供の愚痴。寒さが堪える季節の話を経て、健康の話になる。

 

 「・・・そうか、腰をなぁ」

 

 ルイージさんが数か月前に仕事中に腰を痛めて、それ以来まともに働けなくなった事を残念そうに漏らした。

 

 「親父も、腰に良さそうなことは色々やってみたんだけど・・・膏薬(こうやく)は臭いが在るから店ではダメだって嫌がるし」

 

 息子のアレクさんが、自分が一人で店の事が出来れば良いのだけど、今は親父さんが居ないと難しいと項垂れている。いつもは店を手伝っているアレクさんの奥さんが、現在妊娠中で動けないらしい。

 

 「・・・なあ先生、ワシからの紹介ってことでお願い出来ねえか?」

 

 チラチラ此方を気にしていたマリオ爺が、ルイージさんの治療の依頼をしてきた。隠し事の出来ない顔が、切羽詰まっている。どうも、最初から其の為に此処に連れてきたようである。

 

 「・・・構わないよ、それじゃあ治療が出来る場所に移ろうか」

 

 ホッとした顔のマリオ爺が、善は急げとばかりに寝台か長椅子の場所は何処だと二人から聞き出す。

 

 「・・・この先生はとても優秀な治療師でな、ワシも命を救われた程の腕前よぉ」

 

 長椅子の有る奥へと先に立って進みながら、マリオ爺がドヤ顔で私の自慢をしている。

 

 「・・・え?・・・あの」

 

 「治療?・・・今から?」

 

 押しの弱い二人をまあまあと宥めて、マリオ爺が治療を了承させ、何が何やらと混乱しているルイージさんを居間の長椅子にうつ伏せにさせる。

 

 さて、私の出番だ。

 

 ばさりとコートを払って威儀を正し、治療師として患者に対する。

 

 「私の治療法は『気脈術』と言う。針と『気』を複合した治療術になる。後遺症は無いが治療にはかなりの痛みを伴う可能性が有る。それでも治療を受けたいかね?」

 

 インフォームド・コンセントの存在する時代ではないけど、私は患者には出来るだけ事前に説明をして同意を求めることにしている。

 

 「気?・・・と針でですか・・・」 

 

 視線を泳がせるルイージさんに、マリオ爺が強く頷く。

 

 「・・・先生は本物だ」

 

 ルイージさんは、不安げな息子と自信ありげなマリオ爺と自然体の私を見て、覚悟を決めたらしい。

 

 「は、はい、しょぼくれたただのパン屋のジジイですが、息子夫婦と産まれてくる孫のためにも店を守らなくちゃ成りません。

 何とか後少しの間だけでも動くようにしてもらえれば、その後は身体がどうなろうと構いませんので・・・」

 

 思ったより、気合いの入った答えが返ってきた。

 

 「・・・一応、こいつを咥えててくれ」

 

 見た感じ善人に見えるルイージさんに、舌を噛まないよう手近な布を噛ませ、頭部にも目隠し代わりの厚布を被せる。

 

 シュマでのジジババの治療のように、気長に何日も時間をかけてするわけにはいかない。

 つまり、念能力を使うことになり、即ち例によって光るのだ。未だ理由不明、解決不能の謎案件である。

 

 暫し観察したところ、『左目(スコルピオ)』の≪観測≫のタグによると、背骨の椎間板ヘルニアっぽい。

 治療に集中するからと言って、マリオ爺とアレクさんを追い出し、『あり得ざる小さな世界(フォーチュン・イン・ザ・ポケット)』から取り出したアルコールで消毒。同じく取り出したケース内の銀の長針で『気脈術』を試してみて、即事治癒が難しい事を確める。

 『気脈術』で短期治療するのは患者に負担が掛かりすぎる。ブルート御大のように体力が在れば未だ何とかなるけど、下手をすると寿命を縮め兼ねない。あの時は、テコでも動かない見物人と言うか見張りが大勢居て、目立つ念能力は使えなかった。

 

 今回は、やはり『肝臓(アクエリアス)』の権能≪再生≫の『早出し(ファストムーブ)』を使うしか無さそうだ。

 

 私はそっと、癖の有る他者専用再生能力を発動する。

 

 『車輪は回り因果は巡る(アライメント・ヒーリング)』。

 

 どこからともなく現れた光の粒子が、ルイージさんの身体の周りと手を翳した背骨周辺を乱舞する。尚、例によってこの光は治療とは全く何の関係も無い。

 

 ルイージさんは見た目通りの善人だったらしく、『車輪は回り因果は巡る(アライメント・ヒーリング)』の副次作用による『悪人には激痛を伴う』が適用されず、何ともない様子だ。

 

 程なく視界のタグのヘルニア表記が無くなり、健康体のタグに換わる。

 

 「治癒完了」

 

 道具を片付け、目隠しを取っていつの間にか眠っていたルイージさんを起こす。

 

 「す、すいません、あんまりぽかぽかして気持ち良いもんで、久しぶりにぐっすり眠っちまいまして」

 

 どうやら、このところ腰の痛みで満足に眠れていなかったらしい。

 

 「おお、腰が、腰が動く!痛くない!」

 

 感動しきりのルイージさんと喜ぶアレクさんから大量の美味しいパンを貰って足早に店を出る。

 

 ルイージさんの治癒も、余り人には広めないよう口止めしておいた。

 ただの『気脈術』ならともかく、『車輪は回り因果は巡る(アライメント・ヒーリング)』を使った時は、どんな迷惑が掛かるか解らないので、互いに繋がりを辿られない方が良いのだ。そのために、なるべく人に気がつかれないよう店から早めに立ち去った。

 

 ルイージさんの治癒費は大した額じゃないからと、マリオ爺にツケておいた。

 初孫の産まれるルイージさんに、ご祝儀なのだそうだ。実際、マリオ爺の立場からすれば、私の治癒費など大した額ではない。

 

 

 「向こうは知らないのかい?」

 

 店を出た後も名残惜しそうなマリオ爺に、彼を単なる船乗りだと思っているらしいルイージさんの事を尋ねる。

 

 「ああ、ただのたまに会う船乗りとパン屋と言うだけの繋がりだ」

 

 マリオ爺が諦観と満足の混じりあった笑みを浮かべる。

 

 「でも、血の繋がった兄弟なんだろう」

 

 隣を歩きながら、核心を突いてみる。相談もなく治癒をさせられたのだから、事情を聞く権利位は有るだろう。

 

 「何で・・・いや、先生なら当然か」

 

 驚き、足を止めたマリオ爺が自分で勝手に納得して何度か頷き、追い付いてくる。

 

 「お察しの通り、奴は、いやルイージはワシの血の繋がった本当の弟だ」

 

 やっぱり。

 

 マリオとルイージが兄弟じゃない訳無いもんな。

 

 【マリオの肉親(弟)】のタグ付いてたし。

 

 「・・・ワシら兄弟は元々この街の出身でなぁ・・・」

 

 マリオ爺の話によると、船乗りだった親父が戻らず、母親も程なく病死して未だ幼い二人は孤児院に預けられたそうだ。

 

 やがて幼い弟はパン屋に貰われてゆき、兄の事を忘れて成長する。兄は後に船乗りになって、回り回ってシュマで先々代の元締めに見初められ、娘の婿になって後を継ぐ事になる。

 

 「兄弟だとバレると、ワシの立場を利用しようとするものが現れんとも限らんかったからなぁ。弟に迷惑はかけられん」

 

 今回は、馴染みのパン屋の親父が身体を悪くしたらしいと噂で聞いて、『席次戦』見物に(かこ)つけて、何とかミカゲ()を連れて行ってルイージ()を治療して貰おうと思っていたらしい。

 

 「何でも言ってくれ、できる限りの礼はする」

 

 全部喋って気が楽になったのか、マリオ爺にいつもの気楽な調子が戻っている。

 

 「フム・・・では頑丈な鋼鉄製の筒が一本必要なのだが、心当たりは有るかい?」

 

 ふと、この街ならシュマよりも物が豊富だと思い付いて、マリオ爺の伝を当てにする。

 

 「鋼鉄の筒?」

 

 マリオ爺は怪訝そうだ。

 

 「太さは兎も角、内径二センチは欲しい」

 

 大口径はロマンだし、念能力者を相手にするならその程度の攻撃力は必須だろう。

 バズーカ砲弾を片手で受け止めるような化物も居るのだ。豆鉄砲では牽制にもならない。

 

 "周"と強化系のオーラである程度まで頑丈に出来るから、鉄製ならほどほどの品でも何とかなる。無論、良品に越したことは無い。

 

 「・・・よくわからんが、古馴染みの鍛冶屋が一人居る、そこへ行って聞いてみるとしよう」

 

 表通りまで出て辻馬車を拾い、中洲を通って川の東側の街に入る。

 

 「街の東側には商人より職人が多いんだ」

 

 マリオ爺が、街の東側は地主や自作農家等古くからの住人が多いと教えてくれる。

 昨日武術道場を覗きに来た場所の側を通る。

 もしかすると土地に根差した人が多いから、外敵に抵抗するための武術が好まれているのかもしれない。豊かで生活に余裕があるから、武術を学ぶ暇が有るとも言える。

 

 「ここだ」

 

 目の前には大きな鍛冶工房が在り、開きっぱなしの扉の奥から幾つもの槌音と鍛冶場の熱気が漏れている。

 

 「居るか、ガルバン!」

 

 例によって恐れを知らぬコミュ強の振る舞いで、マリオ爺はずかずかと工房に突入して行く。

 

 入ってすぐは小さな店舗になっていて、広い建屋の殆どは鍛冶場になっているようだ。

 

 どうやら、武器を主に製作している工房らしい。壁のラックにはナイフにカトラス。剣や槍、矛、戦斧、果ては(すい)や大剣まで並べてある。錘と言うのは大陸系の武術で使われる鈍器(メイス)の事だ。

 

 武術の盛んな土地柄も有るにしても、兵士の主要武器はマスケット銃に移行して久しい筈なのに、未だこういった武器の需要は無くならないらしい。

 

 以前、私が勢いで言った台詞だけど、本当にこの世界の達人なら銃くらい普通に躱すのかもしれない。

 合気道の開祖、植芝盛平氏は銃弾を避ける事ができたそうだ。もしかすると、この空気にプロテインが混ざってるようなハンターハンター世界の漫画時空なら、そんな達人が量産されていてもおかしくないのかもしれない。

 

 「おう、誰かと思ったら『鉄床(かなとこ)のマリオ』じゃねえか、まだ生きてたのかよ!」

 

 奥の工房から鍛冶用の皮製前掛けを付けた白髭のじいさんが現れた。年期の入った鍛冶師らしく、赤ら顔で腕が太い。

 

 

 「(はがね)の筒だぁ?そんなもん何に使うんだ?」

 

 (ののし)り合いのような挨拶の後、マリオ爺が探し物を告げると、ガルバン師はちょっと嫌そうな顔をした。

 

 「欲しがってるのは、こっちの先生だ」

 

 マリオ爺が、珍しげに店内を見回している私を示す。

 

 「先生?えらく若いのに学者かなんかなのか?」

 

 頓珍漢な会話になってきたので適当に話を纏め、筒は振り回すので道具としての強度が必要なのだと説明する。他の素材だと強度が足りないと。

 

 「振り回すったって・・・」

 

 ガルバン師は半信半疑だ。

 

 「先生は武術の達人で、『針』と『気』による治療も為される」

 

 見た目通りの子供だと思わんことだ。とマリオ爺が追加で説明する。

 

 「太さは三から六センチメートル、内径二センチ位、長さは最低でも一メートル以上は欲しい」

 

 イメージしかないので、要望には幅がある。加工は≪消滅≫を使って削れば良いだけなので、大きい分には問題ない。

 

 「よくわからんが、そっちの若いのが注文するのか?・・・しかし、又かよ・・・出来なくはないが、出来上がりはすごい重さになるぞ?」

 

 又?

 

 「重い分には構わない、それより急ぎなんだ。出来合いで今其れらしい物は無いか?」

 

 期待しているのは、()まで総鋼造(そうはがねづく)りの棍棒とか槍とかだ。

 中をくり貫くのは簡単だし、最低限銃身さえ出来れば、爆発を起こす薬室は丈夫そうな鉄塊から削り出して繋げても良い。私の念獣達は細かい作業が得意なので、頼めば金属に螺子切りする事も容易に出来る。森じゃあ蓋付きの水筒とかを石で造ったりしてたし。後は、多少試行錯誤するための予備素材も欲しい。

 

 「・・・あるには在るんだが」

 

 ガルバン師が弟子二人に抱えて持って来させたのは二メートルもある太い長柄錘(ながえすい)だった。

 

 何でも、武術家の注文主が槍使いの女に勝つために特注で造らせた長柄錘だそうだ。

 

 ああ察し。

 

 円柱でなく五センチは有る八角形の柄の先に、同じく八角形のしかし柄の太さの三倍サイズは有る三十センチ程の(打撃部)が着いている。立てると、形だけならまるで街灯柱のようだ。

 

 質の良い鋼鉄製で只でさえ重いのに、中に鉛を詰めたパイプが通してある。そこも含めて注文通りだったのに、注文主が重すぎて扱えず、キャンセルになった曰く付きの品だそうだ。

 

 「しめて六十キロ以上有る。馬鹿な注文の戒めに飾っとこうかとも思ったんだが、苦労して造ったなかなかの傑作だし、相応に金も手間も掛かっとる。端を切って鉛を溶かし出せば筒としても使えん事はないだろう」

 

 製法は秘密らしい。でも、いつになく細かい≪観測≫のタグによると、鋼鉄のパイプに鋼鉄の板を螺旋状に何枚も巻き付けて強度を出して居るらしい。しかも、錘まで一体設計で同時に製作されている。

 これに"周"をかければ、念能力者のパワーで打ち合っても壊れることはそう無いだろう。

 確か戦国時代の日本の火縄銃もこんな造りかたをしていたと何かで見た記憶がある。これなら錘の部分で薬室も一緒に造れそうだ。

 

 買いだな。

 

 「面白そうだ、それを貰おう」

 

 処分価格で金貨八枚をマリオ爺が支払い、不良在庫の大錘(だいすい)は私の物になった。

 

 宿に配達すると言うのを断って片手で持ち上げて見せると、ギョッとしていた。おまけで製作練習用に総鉄製の棍か槍が無いか聞くと、奥から一メートル程の握りと装飾のある鉄棒が三本出てきた。鉄鞭(てつべん)と言うらしい。其れは私が金を出した。こちらは少し細くて大体四センチ位の丸棒。一本十から十五キロ位。一緒に持ち帰ると言って肩に担ぐと最早驚きを通り越して、こいつは何なんだとばかりに私ではなくマリオ爺の方を説明してほしそうに見ている。

 

 なぜかマリオ爺は其の反応を見て、終始どや顔でニヤニヤしていた。

 

 年寄りどもの間で妙な遊びが流行ってる気がする。ともあれ、これで素材は揃った。シュマに戻って時間が有るときにでも懸案だった遠距離対策用銃器の試作に入ろう。

 

 尚、マリオ爺にはよそ見をしていてもらい、荷物は路地裏で『あり得ざる小さな世界(フォーチュン・イン・ザ・ポケット)』の中にしまって、知り合いに預けたと言っておいた。

 

 これで、マリオ爺の用事も済んだ。後は、夜からブルート御大の用事が入っているだけだ。

 

 

 ルイージのお土産のパンは、夜食と明日の朝食になる予定である。

 

 

 

 

 

 




 煮込みの味付けは塩だけ。


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 70、イカサマ

長なった


   70、イカサマ

 

 夜は、ブルート御大と外出だ。

 何処に出掛けるかは、やはり教えてもらっていない。

 

 とりあえず与えられたスーツに着替えてロビーに行くと、準備万端夜の社交といった様相のジジババ三人組が揃って待っていた。

 

 「来たか、では出掛けるとしよう」

 

 仕切るのはブルート御大らしい。

 

 「ヒッヒッヒ、楽しみだねえ」

 

 昼間とうって変わってカミラ婆のテンションが高い。

 

 「地元じゃ俺らは遊べないからなぁ、こんな機会でもないと腕も鈍るよ」

 

 マリオ爺も楽しそうだ。

 

 「一体どこへ行くんだ?」

 

 この三人が、三人とも楽しみにしている場所って一体どこだ?

 

 「行けば分かるさ」

 

 ブルート御大も、ニヤニヤしながら楽しげに宿を出て馬車へと乗り込む。

 

 どうやら数台の馬車に分乗し、使用人や用心棒も引き連れて行くらしい。

 

 

 「なんだ賭博場か」

 

 案内された大きな建物の中身は、着飾った沢山の人々が遊弋(ゆうよく)するカジノだった。

 

 「もっと安目の賭場もざらに在るが、こっちの方が静かだし見た目の(がら)もいい。旅先で遊ぶんなら此方だろう」

 

 ブルート御大が、本当はそっちの方が面白いんだが、と付け加えながら言った。いつの間にか、馬車では別だったお付きの美女と合流している。やはり愛人、と言うか彼女さんのようだ。何故か添付されるタグにも、詳細情報と共にそう表示されている。

 

 ドレスコードが有るのだろう。入り口の黒服が入場客を値踏みして、基準に満たないものは断っている。

 

 我々は勿論素通しだ。

 

 「常設のカジノは、当然地元のファミリーの仕切りになる。『六合会』で来ている客が遊ばせてもらうのも、親睦を兼ねた余興の一部というわけだ」

 

 ここでトラブルを起こせば所属ファミリーの面子に関わる。勝っても負けても騒動には出来ないから、迎える方もかえって気楽なのだそうだ。

 

 「つまり、負けるにしても負けっぷりってのが有る訳だ」

 

 ブルート御大の説明に、マリオ爺が付け足す。それによって、何より大事な評判が上がったり下がったりするそうだ。

 

 ヤクザな稼業では評判は重要だ。評判が良ければ名を上げ、悪ければ名を下げる。時に男を上げ、男を下げる。上げれば敬意を払われ、下げれば軽く見られる。それは、この業界の者がある意味命より欲するモノだろう。

 

 だから、たとえ悪名だとしても名が広まる事を喜ぶし、賞金が掛けられていても偽名を名乗ることはあまり無い。

 

 でも、中にはそれを気にしない馬鹿(やつ)もいる。

 

 「ほら、ああいうのは評判を下げるね、付き合いを考えるレベルだよ」

 

 カミラ婆の示す先では、大柄なスーツの男が声を張り上げ、テーブル越しにお仕着せのディーラーの胸元を掴んで殴り付けていた。

 

 「チッ、ありゃエルク・ファミリーのゴートじゃねえか、馬鹿が!未だにチンピラみたいな真似して恥さらしとんのか」

 

 用心棒組と一緒に来ていたハシムさんが嫌そうに言った。

 ゴートはクラウダと言う街のファミリーの現ボスだそうだ。

 つまり、ハシムさんと同じく『六合会』のメンバーの一人と言うことになる。未だ若いボスだ。

 

 (おい!俺が楽しく勝てるようにするって話じゃ無かったのかよ!この下手くそが!)

 

 『(ジェミニ)』が、ゴートとやらの抑えた唸り声のような恫喝を捉えた。

 

 どうやらディーラーのイカサマを見つけてキレているのではなく、接待賭博(イカサマ)()()()尚、その内容が気に入らなかったらしい。ジャ〇アンみたいな奴だ。

 

 騒動は、ゴートの身内とカジノの黒服が集まってきて、ややあってゴートを宥めて別室に連れていってようやく収まった。

 

 今度の『六合会』には、まともな面子が三人、ダメな面子が三人集まると聞いている。ゴートは、後者の内の一人だそうだ。

 

 だろうな。

 

 騒ぎを気にせず、皆は其々ホールに散っていった。時代柄、賭場で多少の荒事はあって当然の常識らしい。どうやら気にしていたのは私だけのようだ。

 

 ブルート御大から、別れ際に「大勝(おおがち)しても良いが、多少は手加減してやってくれ」と、助言を(うけたまわ)っている。

 

 ま、地元のボスには殺し屋三組分の迷惑を掛けられてるから、楽しむ程度には遊ばせて貰うか。

 

 掛札は手持ちの金貨や銀貨で良いようだ。チップは用意されていない。違うか、元の世界のチップが金貨や銀貨の代用品なのかも。その方が雰囲気が出るし。

 

 サイコロを振って出目を祈っているクラップス。

 

 他人の勝負を固唾を飲んで見守っているバカラ。

 

 ホール中央で一番目立っているルーレット。もう存在してるのか。

 

 そして勿論ポーカーにブラックジャック。

 

 スロットマシンが未だ無い代わりに、見かけない盤上遊技やダーツ、ボーリングのようなピンを倒す競技が在るようだ。

 

 とりあえずは(けん)

 

 ボーイからワインに見える葡萄ジュースをグラスで受け取り、一通り見て回った。残念なことに殆どのギャンブルでイカサマが横行している。どうも、客が一定以上勝たないように調整しているようだ。

 

 何と言うしみったれなやり口。

 

 シュマで、ブルート御大が営業しているカジノにも社会勉強として行ったことは有るけど、ここまで酷くはなかった。

 

 カジノと言うのは、パチンコと同じで客がイカサマをしない限り、胴元の方がある程度の割合で勝つように出来ている。

 客は其れを知りつつも、公平な勝負なら勝てる可能性は十分有ると、自分の運や腕を信じて大事な金を掛けるのだ。

 

 店側がイカサマをしているなどと噂になったら、早晩その店は潰れるしかない。

 

 カジノの経営は地元のファミリーの仕切り。小物と噂の残念ボスは、相当にセコい男のようだ。多分、カジノで客が大勝ちするのが気にくわないのだろう。

 

 客も馬鹿ではない。このままだと、あっという間に誰も寄り付かなくなる。

 

 正しく運用すれば永遠に金の卵を産むガチョウを、夜には殺して晩飯にしてしまうような愚かな行い。オーナーは目先の金しか眼中に無いタイプなのだろう。

 

 マーガム・ファミリーのボス、サギー。これは確かに小物だわ。

 

 それは其れとして、私も遊ばせて貰おう。ちょっと迷った末、結果を弄りにくいルーレットのテーブルに着く。

 

 このテーブルの客は、中年カップルや壮年の男性、遊び慣れたマダム等他に十人程度。場のチップは殆んどが銀貨。金貨は二割ほど。

 

 ポケットから銀貨を一枚取り出し、黒にベット(範囲掛け)する。

 

 私を目に止めた何人かが容姿に驚き、ディーラーと客の幾人かが銀貨一枚の掛け金を鼻で嗤う。

 

 ボールは黒の十七に止まり、銀貨が二枚に増える。

 

 今度は赤にベット。

 

 赤の三に止まり、四枚に増える。

 

 一回休み。

 

 ゼロに止まる。親の総取り。

 

 又、黒に掛ける。

 

 八枚に。

 

 

 十六枚に。

 

 

 三十二枚に。

 

 

 六十四枚に。

 

 

 場にいる全員が、私のベットに注目し始める。最早嗤う者はいない。冷や汗をかいている者がちらほら。

 

 緊張感が高まる中、潤む右目を瞑ったまま一回休んでルーレットの側まで行き、ルーレット盤の縁をおまじないのように指先で一つ弾く。

 

 軽い音が思いの外大きく響く。

 

 私の耳だけに、内部で何かの装置が破壊される音が聞こえてくる。

 

 ボールは赤の二十一に止り、私の参加していないゲームが何事もなく終了し、掛け金に応じた配当が清算される。

 誰も気づかなかったけれどボールが停まった瞬間、ディーラーが少しばかり動揺し、盤の下で指先を頻りに動かしていた。

 

 タグによると、ルーレットに細工がしてあって、出る目を多少操作出来るようになっていた。

 

 もう無理だけど。

 

 ルーレットは、カジノの女王と呼ばれるほどの人気のギャンブルだ。普通に使用可能なら、イカサマが出来ないからなどと言う理由で止めることは出来ない。

 

 赤に掛ける。少し前から場の全員が便乗して、同じカラーに掛けはじめた。

 

 赤のアウトサイドベットスペースが、コインの山に覆われる。

 

 便乗した全員と、私のところに、ベットに応じたリターンが戻った。手元の銀貨は百二十八枚に。

 

 一旦回収。

 

 黒服に銀貨を百枚渡し、金貨に両替して来てもらう。その間、ジュースを一口。温い。

 

 赤黒にしか掛けなかったのも、何度も掛けたのも、カジノに対する嫌がらせだ。まんま遊びである。便乗したものは皆儲けた。

 

 黒服が、お盆に乗せて持ってきた銀貨百枚から一枚になってしまった金貨を、無造作に黒の十に一点掛け。

 

 場の者はざわめき、ディーラーは顔が少し引きつっている。

 

 流石に相乗りするものは少なく、多くはカラーゾーンの黒にベットした。

 

 銀貨一枚千円位。

 

 金貨一枚十万円ほど。

 

 当たれば三十六倍。

 

 

 「チップだ」

 

 ディーラーに十枚ほど銀貨を渡して、三十六枚の金貨を革袋にザラザラと流し込む。

 もっと遊んでもよかったけど、トラブル発生。足早にルーレット盤を後にする。

 

 

 「・・・なあ、そんな爺さんより、俺の相手をしたほうが良いんじゃねえか。その方が色々と丸く収まると思うが?」

 

 葉巻を咥えた小太りで尊大な態度の男が、ブルート御大と美人の連れに絡んでいた。自信たっぷりの根拠は、背後に居る二人の巨漢用心棒のようだ。

 

 「チッ、なめた口を利くんじゃねえよガキが。こっちが穏便に済まそうとしてるうちに詫びを入れて帰んな」

 

 美人を後ろに庇う御大は、ひたすら面倒臭そうだ。

 こんな下らない事でファミリー同士の抗争にでもなったら、目も当てられない。

 

 確か、マリーとか言った使用人兼御大の彼女さんは、怯えるどころか真っ向から啖呵を切る御大を見て、うっとりしている。意外と度胸も有るようだ。

 

 「揉め事か?」

 

 ちょっと威圧しながら声を掛けると、小太り側の三人がビクッとして私に反応した。

 

 「おう、ミカゲか。我家(うち)のマリーが、ちょいとばかりしつこい紳士にお誘いを受けてな。今断った処だ」

 

 御大が、手伝えとばかりに顎で小太り男を示す。

 

 「・・・ミカゲ・・・お前がミカゲか?」

 

 今の威圧にブルっていた小太り男が、何か困惑している。

 

 「何だ知っとるのかサギー。こいつが正真正銘シュマで今売り出し中の『黒門のミカゲ』その人だぞ!」

 

 大袈裟な身振りで私を指し示した。

 

 御大が遊んでいる。

 

 マリーは口元を抑えて、ちょっと笑っていた。

 

 いや、別に売り出して無いから。

 

 どうやらこいつが『六合会』メンバーのダメな面子三人の二人目。この街を仕切るマーガムファミリーのボス、サギーらしい。

 

 (くそっ・・・何で未だ生きてるんだ・・・)

 

 小声で呟くのを『(ジェミニ)』が拾う。

 

 「・・・お前さんが、最近立て続けに変な奴等を送り込んできてる元凶だって聞いたんだが?」

 

 殺し屋達を送って来る理由が知りたくて話を振ってみる。最初が男をナンパするコンビ、次がしつこいストーカー、最後が踊る仮面男。うん、変な奴等で間違い無い。

 

 「・・・いや、知らん、何も知らんぞ!」

 

 はい嘘確定。最近ちょっぴり使えるようになってきた『(ジェミニ)』の二次権能、≪波動≫の解析能力は誤魔化せない。

 

 サギーは明らかに動揺して、目を合わせようとしない。

 

 逃げ道を探して目をキョロキョロさせていたサギーに、タイミングを測っていた黒服が一人寄ってきて、なにがしか告げる。

 

 「・・・何だと!」

 

 サギーの雰囲気がかわる。怯えた小者から、裏社会のファミリーのボスへと瞬時に変貌を遂げる。

 

 「ふざけやがって!俺の金だぞ!」

 

 小声で告げられたのは、目の前の私がルーレットで金貨三十六枚をゲットしたことだった。

 

 どうやら、自分の経営するカジノで正当に大勝ちされたのが我慢ならず、ガチギレしているらしい。

 

 いや、俺の金って。一応、店のルールに則ってルーレットで当てた、ちゃんとした配当金だよ?ズルしたけど。

 

 こいつ、清々しい程の吝嗇(しみったれ)だわ。

 

 ちょっと引く。

 

 「おう兄ちゃん!派手に儲けたらしいじゃねえか」

 

 どうやら金への執着で私への怯えもふっ飛んでしまったらしく、睨む目が据わっている。口調も乱暴になった。

 

 「そうだね、そこそこかな?」

 

 怯えて逃げ回られるよりは楽なので、煽ってみる。

 

 「そ、そうかい、何よりだ」

 

 額に青筋立てて、口元がピクピクしてる。ハッベルは実入りの多い街だ。金貨の五十や百、今のサギーの立場からしたら、端金の筈なんだが・・・

 

 「なら俺ともう一勝負どうだい?」

 

 サギーがカードゲームのテーブルを指先で示した。

 

 「勝負?」

 

 なるほど。大金の持ち帰りを許さず、イカサマで取り戻そうって訳か。

 

 「あんたが勝ったら、あんたの所に()を手配した件について教えよう」

 

 自分は情報、私は金を掛けて勝ったら総取りだと言う。

 

 「手配したけど何か裏が有るというわけか」

 

 思ってたより複雑らしい。

 

 「ああ、俺はあんたが居ようが居まいがどうでもいいからな」

 

 サギーは含みの有る顔で、ニヤリと嗤って頷いた。嘘はついていない。

 

 

 時間が掛かるのは面倒だと言ったら、ゲームはブラックジャックで一発勝負になった。

 

 弧を描くカードテーブルに二人だけで着くと、サギーの指図でディーラーが代わって、胡散臭い(えみ)の張り付いた中年の男がカードを配る事になった。

 

 タグによるとイカサマ師らしい。

 

 そんな気はしたけどさ。

 

 ≪把握≫で、両の袖口にカードを三枚ずつ隠しているのが解る。服にもあちこちに隠しポケットがあって、すり替え用のカードを忍ばせている。奇術師みたいな奴だ。

 

 「勝負の間は手をテーブルから動かすな、動かしたら切り落とす」

 

 おかしな動きを制限するため、ちょっと威圧しながら内ポケットから出すふりして『あり得ざる小さな世界(フォーチュン・イン・ザ・ポケット)』からナイフを取り出し、テーブルに突き立てる。

 

 ナイフは買う機会が無かった(素手で斬れる)から、森住まいだった頃に自作した刃物鹿の角ナイフだ。

 

 出した後に、鹿の角で出来た刃物なんてペーパーナイフとだと馬鹿にされるんじゃないかと気がついた。

 

 いざとなったら適当に何かカットして実演しようと周囲をうかがうと、何か反応がおかしい。全員が息を飲んでナイフに注目している。

 

 ん?

 

 「・・・それもベットするのか?」

 

 サギーが、自作のナイフを物欲しそうに見ていた。

 

 え?

 

 確かに、グリップと峰に無駄に細かい彫刻と透かし彫りを施してあるけど、素人の作品だぞ。

 

 「・・・対価が払えるのならな」

 

 よくわからんので、ポーカーフェイスで応じてみる。

 

 鹿肉はメイン食材の一つだったから、角が大量に余る。それを遊びと修行がてら彫刻(カービング)して、出来の良いのだけいざとなったら売る用に保管していた分だ。こいつは実用に使ってたやつで、もっと手の込んだ販売用の品がまだ沢山ある。

 

 そうか、売れるのか。

 

 無表情の私に挑戦されてるとでも思ったのか、サギーは鹿角ナイフに見合う対価として、金貨を三十枚積み上げた。三百万円?。

 

 マジ?

 

 「くっ、これなら文句はあるまい!」

 

 血を吐くような口調で、しかし、ナイフから目を離さない。

 

 「・・・チッ、湿気た野郎だぜ」

 

 ギャラリーとしてマリーさんと後ろで見ていたブルート御大が、聞こえよがしにサギーの示した金額にケチを付けた。

 

 「鋼鉄並の硬さを持つと言う、本物の刃角山鹿(ブレイドディアー)刃角(じんかく)の工芸品だぞ?しかも刃が黒変(こくへん)するほど成長した個体のものだ。加えて驚くべき事に、サイズが二十四センチも有る、金貨三十枚は低く見すぎだろうよ」

 

 突然、ブルート御大が説明キャラと化して色々解説してくれた。

 

 私がナイフの価値に気づいていない事を察して、フォローしてくれたのだ。周りの者も頷いている者が多い。

 

 刃角山鹿?いや、暮らしてた『害地』で捕れる鹿はみんなアイツだったから!逆に他の奴なんか見たこと無いから。

 黒変って、ナイフの刃の表面が黒くて、峰に向かって白くグラデーションが掛かってるやつか?あれは削ると中が白くて面白かったから、彫り物して遊んでただけだから・・・

 

 後で聞いたら、この時代の裏稼業の者にとってナイフはステイタスなのだそうだ。前世の時計とか車みたいなものか?

 

 「やっぱ本物か?」

 

 「俺、初めて見たぜ」

 

 「とんでもねえもん、持ってやがる」

 

 「値段なんか付かねえだろう?」

 

 見物と応援に集まっていた他のギャラリーは、サギーの身内の筈なのにやはり彼の付けた評価額に納得がいっていないようだ。

 

 漠然と、自分の身を飾るものを買い叩くのはダサいと言う価値観が在るようだ。

 

 相手が価値を知らないなら上手くやったで済むが、値切って安く上げれば安物を身に付けている事になってしまう。

 

 普段どんなにケチでも、使うところでは使うのが本物。

 

 男の見栄の世界。

 

 流石のしみったれサギーも周囲の評を聞き、歯を食い縛り手を震わせながら更に三十枚金貨を積んだ。

 

 余りの金惜(かねお)しみが可笑しかったので、積まれた金貨を見ながら鼻で嗤ってやると、歯を抜かれたような顔で更に五枚追加した。

 

 「・・・まあよかろうベット成立だ」

 

 背後でブルート御大が未だ渋い顔をしていたが、時間が惜しかったので金額に了承する。

 

 そのままリラックスして待っていると、サギーがようやく自分を落ち着け、カードを配るようにディーラーに合図を出した。

 

 テーブルには金貨六十五枚の山と、ナイフ一本と金貨三十六枚の山。

 

 大金の掛かった一発勝負に、張りつめた緊張感。

 

 儀式めいた互いのカットが済み、カードが回収される。

 

 静かな中、ディーラーがカードを配ろうと動く。その瞬間、私は十センチほどの長さの自分の髪の毛を、指先で二本弾いた。『(バルゴ)』に頼んで目立たない色にした奴だ。無論オーラで鋼のように強化してある。

 

 鋼の針と化した髪の毛は、ディーラーの上着の両袖にそれぞれ突き刺さり、中のカードを三枚とも袖に縫い止めて、取り出せなくしてしまう。

 

 ディーラーは一瞬配る手を止め、袖口からではなく上着の隠しポケットからカードを出そうとしたが、気配に気づいた私が威圧ではなく殺気をピンポイントで飛ばし、止めさせる。

 

 なかなかカードを配らないディーラーに、サギーが不審の目をやる。

 

 ディーラーが私に恐怖の目を向け、黙って見返すこと暫し。よほど怖かったのか、観念してカードを配り始めた。

 

 互いにイカサマなし、私も能力は使っていない。情報は欲しいが、これだけ金に汚なければ後から聞き出すことも出来そうだし、ナイフは使い古しの中古品、金はあぶく銭だ。

 

 相手がイカサマなしなら、私も自分の運だけで相手をするべきだろう。その方がギャンブルを楽しめる。

 

 配られる二枚づつのカード。

 

 私は、追加のカードを断わる。

 

 「・・・ぐっ、なっ!」

 

 欲にまみれた顔をしていたサギーは、自分のカードを一目見て無言で真っ赤になり、凄い顔でディーラーを睨みつけた。

 更に周りを見回して、今や複数のファミリーのメンバーが見物していて強行手段に訴える事が出来ないことを確認すると、震えながら追加のカードを要求した。ややあって観念したようにカードをオープンする。

 サギーのカードは三、七、絵札の二十。

 

 ブラックジャックはエースを一か十一、二から九をそのまま、絵札を十として数えて二十一により近づく事を目指すゲームだ。

 

 私が表にしたカードはスペードのジャックとエース。何か、ブラックジャックの役が成立していた。

 

 私の手札を見たサギーは無言で気絶した。

 

 全員が混乱している隙に(かつ)を入れて強引に起こしたが、ブツブツ金のことを呟くだけでどうにもならない。

 

 しょうがないので、

 

 「私の勝ちは動かないが、サシの勝負だったからブラックジャックの役の配当分は無しでいい」

 

 と言ったら、即座に正気に戻った。

 

 本来ならスペードでのブラックジャックの成立は十五倍の配当だ。

 

 

 「依頼は俺から出したが、あんたを始末するように言って来たのはゴートとスリックの二人だ。俺はしがない使いっぱしりさ」

 

 サギーは私の追及に、不貞腐れたように告げた。

 

 ゴートは、さっきディーラーを殴ってたエルク・ファミリーのボスだ。

 スリックって誰?と思ってたら、カーマイン・ファミリーのボスだと御大が教えてくれた。嫌そうな顔で。

 ゴート、スリック、サギー、きっとこの三人が『六合会』のダメな面子三人の内訳だな。≪天眼≫使わなくても解るわ。

 

 ≪波動≫によると、嘘はついていない。依頼の仲介者なのは本当だ。裏稼業ならそんなことも無くはないだろう。

 

 「・・・くそ!くそ!くそ!俺の金が!」

 

 サギーが拳を振り回し、突然怒りだした。

 

 「今日だけだからな・・・今日だけだ!・・・明日からは全員俺の下になるんだからな!」

 

 なんだか不穏な事を言い出した。

 

 「あ、明日の『席次戦』で決まるのは、身内のお遊びみたいな席次じゃねえ!決まるのは、今後二度と(くつがえ)せない()()だ!」

 

 口角泡を飛ばし、凄い早口。

 

 目がいってる。

 

 言うだけ言うと、サギーは周囲の制止を振り切って早足で出ていってしまった。

 

 残った幹部の取り繕った説明によると、さっきの妄言は酔っていたためって事らしい。

 

 どうやら明日の『席次戦』には、何か想定外の事態が用意されているようだ。

 

 ヤクザの序列がたとえどうなろうと、全然関係無いんだけど、何で私を巻き込もうとするのかねえ?

 

 そのあと、ジジババ達にはこのカジノがイカサマだらけだと教え、我々だけ早々に帰ることになった。マリー達ジジババ付きの使用人や用心棒も一緒だ。その面子には帰る前にルーレットで少しばかり儲けさせ、既に負けていた分は取り戻しておいた。サギーの奴に渡す金なんか無い。

 他のメンバーがどんなに負けても、金貨百枚を越えた私の勝ち分の方が多いだろうから、シュマチームのトータルのプラマイは此方のプラスだろう。

 尚、他の連中の負け分は、勉強だと思って諦めてもらう。

 

 「スリックってのも、あんな残念な感じなのか?」

 

 帰りの馬車の中、一応殺しの依頼人らしいので、未遭遇のボスキャラを確認しておく。

 

 「少なくとも、スリックの奴はサギーほど臆病じゃないし、ゴートみたいに粗暴でもない」

 

 ブルート御大が答えた。

 

 「その代わり、すぐ切れてナイフを抜く癖がある」

 

 マリオ爺が繋ぐ。

 

 「余計酷いじゃないか!」

 

 カミラ婆が突っ込む。激しく同意。

 

 何か、始末しても良心の呵責に苦しむことは無さそうだ。もう理由はどうでも良いや。明日の『席次戦』でマーキングして、切りの良いところで退場願おう。どうやら何か起こりそうだし。

 

 「何で、ファミリーとか(うた)ってるくせに、みんなして子育てに失敗するのかねぇ」

 

 カミラ婆が、チクリと言った。

 

 「うちの後継は、まともに育って良かったよ」

 

 マリオ爺の子供は女ばかりなので、親族からハシムが後継に選ばれたらしい。

 

 「・・・あんたもジーゴの奴をいい加減何とかしな」

 

 カミラ婆がブルート御大に向かって言った。

 

 ジーゴ・・・ああ、初めて御大の所に治療に行ったときに、後ろから殴り付けてきた変な男か。確か、腕をへし折ったら私を避けるようになったので、あれ以来会っていない筈だ。

 

 「あんたの手前みんな我慢してるけど、凄い評判悪いよ」

 

 カミラ婆は、自分以外に言うものはいないだろうからと引導を渡すように言った。

 

 「分かっとる、分かっとるが・・・」

 

 ブルート御大は、いつになく優柔不断だ。

 

 「あれがブルート(あに)いの子だとはとても思えない、やっぱりソワレに騙されたんじゃないかなぁ」

 

 マリオ爺が慎重に自分の意見を披露する。

 ブルート御大の子?あのジーゴが?

 

 どうやら、『黒門街』の顔役になった彼の下へ、昔の彼女が其の時の子供だと言って子連れで押し掛けて来たらしい。

 その時の女がソワレで、子供がジーゴ。

 

 元の世界のように簡単に遺伝子を調べられる時代じゃない。本当かどうか怪しいのは承知の上で、現在まで面倒を見ているらしい。女の方は既に病で死亡。

 

 「・・・だがなあ、ワシの子かもしれんのだ」

 

 ブルート御大には実子はいない。モテるので、女が途切れた事はないが、子どもが出来たことは無いらしい。

 

 唯一可能性があるのがジーゴだと言う。

 

 「いや、ジーゴは御大の子供じゃないぞ」

 

 何か、馬鹿な事を言っているので、バッサリ真実を告げてやる。

 

 「「「・・・・はぁ?」」」

 

 三人とも酷く驚いた顔をした。

 

 「いや、いくら先生でも死んだ人間が嘘をついてたかどうか迄は解らんだろう・・・だよなあ?」

 

 話しかけられた御大は絶句し、それを気にしながらもマリオ爺は半信半疑といったところ。

 

 「・・・それは、どう言うことだい?」

 

 カミラ婆は、断言する以上納得の行く説明が無いと許さない、といった顔だ。事実なら最後の希望が断たれるブルート御大の事を案じてだろう。

 

 「御大は、子供を作る機能が生れつき無かったんだよ、だから過去にどんなに頑張っていても子供が存在するはずが無いんだ」

 

 特に悲壮感もなく、治療の時に細かく調べて解っていた事実を端的に告げる。

 

 「・・・間違い無いのかい?」

 

 カミラ婆が念を押す。

 

 キッパリ(うなず)く私。

 

 「・・・・・なんと」

 

 良かったとも言えず、マリオ爺が言葉を濁す。

 

 「・・・そうか・・・薄々感じては居たが、やっぱりアレは他所のタネなのか・・・」

 

 ブルート御大が、酷く気落ちした声で事実を受け入れた。

 

 「そうだな、キッパリ諦めて次に備えるべきだな」

 

 私からの建設的な意見。

 

 「・・・・・」

 

 ブルート御大には、割りきれない想いが有るようだ。舌打ちは我慢したが、拳に力が入る。

 

 「・・・次ったって、肝心の子供を作る機能がダメなんじゃないのか?」

 

 マリオ爺が、御大の事を気にしつつ問題点を述べる。

 

 「・・・ちょっと待ちな、今坊主はブルートに子供を作る機能が()()()()って言ったね?」

 

 私の言動を(いぶか)しんで此方を注視していたカミラ婆が、何かに気づいた。

 

 「そこは()()で良い筈だ、何で()()()()なんだい?」

 

 カミラ婆が追求する。

 

 「・・・それは」

 

 どうやらブルート御大とマリオ爺もカミラ婆の論点に気づいたようで、二人とも何かの予感に駆られて顔を上げた。

 

 「え~と、簡単に言うと序でに其れも治療してあるから、この春からもうブルート御大には女性を妊娠させる能力が有るってことだね。

 て言うか、治療の最終日に全部治したって言ったはずだよ?」

 

 そう言えば、子種の件は知らせようと思っていて、すっかり忘れていた。まあいいや。

 

 「・・・な、治って?る、のか・・・」

 

 ブルート御大は、ちょっとショックが大きい。

 

 「良かった!良かったな兄い!」

 

 マリオ爺が、呆けているブルート御大の肩を何度も叩いている。

 

 「・・・子ができる身体になったと言ったって、もう若くないんだ。あんまり頑張り過ぎて、早死にするんじゃないよ」

 

 カミラ婆は、憎まれ口を叩きながらも少し涙ぐんでいる。

 

 不妊治療の件は広まるとヤバいので口止めした。馬車の中に居るのは、ジジババ三人と私だけ。御者に聞こえるような音量ではない事は確認済み。

 

 落ち着いた頃に、追加情報を伝える。

 

 「あ、そう言えば、今回連れて来た御大の彼女のマリーだけど妊娠してるよ。そろそろ自覚症状が出始める頃じゃないかな」

 

 

 大騒ぎになってしまった。

 

 

 

 

 




 読了ありがとうございました。今回の連投は此処までです。次回を気長にお待ち下さい。

 追記:

  ブルート御大 五十八歳
  マリオ爺   六十歳
  カミラ婆    六十一歳

 厳しい時代なので、人は早く歳をとる。

 『刃角山鹿《ブレイドディアー》』の角。
 生え替わらず、毎年少しずつ成長しながら硬化して行く。身体能力が異常に高く、好戦的。敵の少ない『害地』を繁殖場所にしていて、若い個体は力不足で周囲から『害地』に入ってこられない。そのため、ミカゲの行動範囲にはウジャウジャいた。黒化するのは二十年以上掛かる。墓穴から出たミカゲが水場で最初に捕った獲物は此れの亜種。たまたま角が黒っぽかった。


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