緋雷ノ玉座 (seven74)
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幕間&プロフィール
幕間:狩人の旅。願望は彼方に


 
 今夜はストレオのプロフィールと二本立てです。

 それではどうぞッ!


 

 暴風が吹き荒れる。豪雨が絶えず降り注ぐ。

 

 気を抜けば忽ち吹き飛ばされてしまいそうな、自然の暴力に染め上げられた道を、ひたすらに歩く。

 

 縺れそうになる足を奮い立たせ、(つぶて)のように叩きつけられる雨水を耐える。

 

 諦めてしまえば楽なものだ。全てを諦め、この暗黒の道に屈してしまえば、後はもう、この豪雨の中沈んでいくだけなのだから。

 

 ……それでも。

 

 ……それでも、前に進み続けるのは。

 

 

「―――」

 

 

 今も己を導く、彼方の光に至る為。

 

 

 

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「それでは、俺はこれで。君の話、参考になったよ」

「こっちも楽しかったぜ。それじゃあなッ!」

 

 

 手を振って去っていくジークフリートの背中を見届け、「さて、どうしようか」と一人呟く。

 

 中国異聞帯攻略後、ノウム・カルデアへと帰還した立香によって陳宮達と共に召喚されたストレオは、自分の後に続いた英雄達に深い興味を示していた。特に、自分と同じような、竜殺しを経て伝説となった英雄達を、彼は手放しに称賛していた。

 

 ジークフリートを始め、カルデアに召喚された竜殺しの逸話を持つ英雄達も、皆竜を狩る事を生業とし、人々の生活を護った狩人であるストレオを評価している。尊敬、とも言えるかもしれない。

 

 時代、国、文化―――全てが異なる英雄達が、互いに尊敬し合い、切磋琢磨していく。この汎人類史最後の砦であるカルデアではよくある事だ。

 

 さて、とストレオは顎に指を添えて考え始める。ジークフリートとはお互いの時代についてだったり、狩猟についての話をしていたが、それも今となっては終わってしまった。空腹になっていれば食堂に行ってなにか食べたいところだが、生憎と今は腹の虫が眠っている。異国であり未来の食事は是非とも全部制覇してみたいところだが、腹が減っていなければ意味が無い。

 

 シミュレーターで他のサーヴァント達と摸擬戦でもしてみようか、そう思い立って足を踏み出そうとした瞬間、背後から声をかけられた。

 

 

「おぉ、マスターか。どうした?」

 

 

 振り向いた先にいたのは、此度の自分の主である藤丸立香。まだ二十歳にも満たぬというのに、その瞳は勇敢な意志を感じさせる。これまでの旅が彼女をそうさせたのだろうが、そこは少し、思うところがないわけではない。

 

 

「少し、話をしたくてさ。ストレオの事について」

「俺の? 別に構わないが、どんな話だ?」

「私、秦帝国でストレオ達と戦った時、ストレオの心の中を覗いた気がするんだ。嵐の中を歩く、一人のハンターの姿を見た」

 

 

 立香がそう口にした直後、ストレオは驚いたように目を見開き、先程までとは打って変わって真剣な眼差しで立香を見る。

 

 

「……マスター。そいつは、どんな外見をしてた? 覚えてる限りでいい。教えてくれるか?」

 

 

 問いかけるストレオに、立香は自分が見た彼の心象風景と予想されるもので見た男性の容姿を伝えた。具体的な事はわからないので、どうしても大雑把な説明になってしまったが、それだけでも察せたのか、「そうか」とストレオが小さく呟くのが聞こえた。

 

 

「……それについては、ここじゃ話しにくいな。俺の部屋に来てくれるか?」

「もちろん」

 

 

 ストレオに連れられ、彼に与えられた部屋に入る。立香によって召喚されたサーヴァント達には、数多のシチュエーションを再現するシミュレーションルームと同じ機能を持つ部屋が与えられる。元が同じ部屋でも、自然を愛する者であれば森林だったり、本を愛する者であれば書斎であったり、生前過ごした自宅に近いものであったり、それは実に多岐に亘るものとなっている。

 

 ストレオの場合、三番目に当てはまるものだろう。木造の部屋に簡素なベッドに箪笥(タンス)、そして人一人すっぽり入れてしまいそうなボックス。こう言ってはあれだが、他の英霊達の者と比べて大分地味な部類に入るストレオの部屋に入った立香は、ベッドに腰かけたストレオの傍らに腰を下ろした。

 

 

「お前が見たその男……そいつの事は知ってるか?」

「マシュと話し合ってみたけど、たぶん、お兄さんじゃないかって思ってる」

「合ってるぜ。クラシェ……俺の兄ちゃんだ」

 

 

 立香がマシュと共に予想した答えに、ストレオは笑みを以て答えた。

 

 クラシェ―――現代に語り継がれる伝説、“モンスターハンター”の二章に登場する弓使いの狩人にして“古龍殺し”。ストレオの兄に当たる彼は、ジャンボ村と呼ばれる辺境の村を大きく発展させたほか、その類稀なる技量で数多の古龍を狩り、遂にはストレオと共に“黒龍”をも討伐したとされる、最高峰のハンターの一人。

 

 

「物心ついた頃には、俺達には親がいなかった。兄ちゃんは俺を育てる為にも、ハンターになる必要があったんだ」

 

 

 ハンターというのは高い収入を得られる代わりに、死亡率が他の職業と比べて段違いという仕事だ。常に死と隣り合わせのこの職業に進んで就こうと思う人間は、大抵は『モンスターを狩って名声を得たい』という野心家である。しかし、全員がそうでないのも当然の話だ。中にはクラシェのように、家族を養う為の金稼ぎとして最適だから、という理由で就く人間もいる。

 

 そんな兄の姿を見て育った影響からか、ストレオも自分なりに彼へ恩返しすべく、ハンターになる道を選んだのだった。

 

 そこから先は、伝説に語られている通りだ。彼はかつては伝説的な活躍をしたハンターである竜人族の長が治める村を訪ね、そこで様々な物事を経験し、地道にハンターとしての技量を高めていった。

 

 火炎を操る大空の王者を狩り、白き“一角竜”を狩り、巨大な山の如き古龍を撃退した。その後も、人々の願いを受けては数多のモンスターを狩り、人類の生活圏を護り続けた。

 

 その果てに、彼は“黒龍”討伐を命じられたのだ。

 

 ストレオの生前の時代においても伝説の存在として語られていた“黒龍”の実在を知る者は全くいない。大抵が御伽噺の存在として認識しており、亡国に住まう邪龍討伐の命を受ける前のストレオも、その一人だった。

 

 かつて栄華を極め、しかし人道に反した大罪を犯した事から天の怒りを買い、たった一夜にして廃城と化したシュレイド城―――そこで彼は、最強にして最凶の存在と対面した。

 

 “運命の戦争”の異名を持つ彼の龍との戦いは、まさしく熾烈を極めたという。

 

 戦える者達は持てる力全てを使って挑み、戦う力を持たない者達は自分達に出来る事に全力で取り掛かった。

 

 そして永遠にも思えた死闘の末、多大な犠牲を払いながらも、遂に彼らは“黒龍”討伐を果たした。

 

 国を、星を灼くかに思われた劫火が騎士達を焼き尽くすのが見えた。隕石と見紛う火球が援助する人々を消し飛ばすのが見えた。振るわれた尻尾が城壁を粉砕するのが見えた。

 

 “災厄”と呼ぶに相応しきその存在を打倒した時、ストレオは自分が生きているかどうかわからなかったと言う。

 

 これは、災厄の炎の巻かれた自分が見る最後の夢なのか。それとも、討伐に赴く前に見た願望に過ぎないものなのか、と。ひたすらに自問自答を繰り返したらしい。

 

 だが、現実だった。真実だった。

 

 “黒龍”は斃れた。“災厄”は滅びた。遂に自分達は、禁忌の一角を打倒したのだと知った瞬間、割れんばかりの喝采が轟いた。

 

 生き残った戦士は、ストレオにクラシェ、そして新大陸調査団に所属していた二人のハンター。それ以外の戦士達は皆戦いの中で死んでしまったが、それでも、四人も( ・ ・ ・ )生き残ったのだ。最悪、勝利するどころか全滅してしまう可能性もあり、討伐と引き換えに全員が相討ちになって死ぬ可能性もあった。その最悪の状況下で、四人。四人生き残った。

 

 

「あの時は、本当に嬉しかった。勝ったってわかった瞬間、大泣きしたよ。本当に勝ったんだって、泣きながら喜んだ」

 

 

 “黒龍”にトドメの一撃を見舞ったのがクラシェであった事も大きかっただろう。憧れに憧れた兄と肩を並べて戦えたのもそうだが、そんな彼のアシストをし、そして災厄に打ち勝った事実が、なによりも嬉しかった。

 

 この身を挺して“黒龍”の攻撃から兄を護り、彼が討伐の切っ掛けとなる一撃へと繋げた。

 

 “黒龍”討伐という事実は、あくまでこの一件に関わった者達の間に留める事になった。邪悪の龍は滅びたが、それでもまだ彼の龍に匹敵する存在がいるかもしれないという不穏分子が残っていたからだ。

 

 “神の棲む領域”に潜むとされる“暗黒の王”、とある港町にかつて出現したと考えられる“獄炎の巨神”や、ごく一部の竜人族に古代から伝えられていた詩句に記された“白き王”なる存在は、まだどこかにいるかもしれない。御伽噺として扱われていた“黒龍”の実在は、結果として禁じられし龍達の実在を証明する事となったのだ。

 

 実在するのは“黒龍”だけで充分だと、ギルドの上層部は大いに頭を抱えたらしい。それ以外の存在がもし同時に出現したら、間違いなく人類は滅び去ってしまうのだから、当然と言えば当然かもしれない。

 

 そんな時だった。ストレオが初めて、人間の愚かさを知ったのは。

 

 

「ギルド……というか、各国のお偉いさん方の会談を盗み聞きしちまってよ。俺なんかが聞いちゃならねぇ内容だって、なんとなく察したからすぐに帰ろうとしたさ。けどな……」

 

 

 彼らの話は、決して聞き捨てならないものだった。

 

 彼らは、もし伝承に語られる最強の龍達が揃って人類に牙を剥いた時は、ストレオ達や無辜の人々の命を犠牲にしてでも生き延びようと言ったのだ。古来より、人間が自然災害から逃れる為に生贄を捧げるという話はあったが、龍の怒りを鎮めるのにそこまでするのか、と、当時のストレオは憤慨したと言う。

 

 もちろん、上層部の誰もがこの考えを持っているわけではない事は理解している。だが、そんな者達の意見より、自らの保身を優先した者達の意見の方が強かったのだ。

 

 大切なのは民ではなく己。それ以外は自分が生き延びる為の道具でしかない……そう言われているような気がしてならなかった。

 

 

『馬鹿野郎共が。俺達が奴らの気を引いている内に自分達だけは逃げるだと? ふざけんじゃねぇよ。逃げ切れるわけがねぇ。生き残ったところで、後に残るのは絶望だけだ。ハンターがいなくなったら、それこそ人類は絶滅するしかなくなる』

 

 

 憤ったストレオは、会議中だろうとなんだろうが関係ないとばかりに殴り込みをかけようとした。

 

 しかしそこで、彼は兄に止められたのだ。

 

 

『兄ちゃんッ! あいつらは俺達の命懸けの戦いを、あくまで自分達の為だとしか捉えてなかったんだぞッ! なんであんな奴らなんか護るんだよッ!』

『ストレオ。我々はハンターだ。如何に“黒龍”を討伐したとしても、上の命令に従う以外の道は無い』

『……っ、けどよ……ッ! それなら、あいつらの犠牲はなんだったんだよッ! 命賭けてッ! 死んでッ! 俺達に希望を託して逝ったあいつらの死は、いったいなんの為に……』

 

 

 “黒龍”討伐の折に、紅蓮の炎に巻かれて消えていった者達の姿を思い浮かべる。その時初めて出会った者がほとんどだったが、みんなが素晴らしい心の持ち主だという事は、初対面でも理解できた。そんな彼らが、あんな連中を生き永らえさせる為の生贄でしかなかったと考えると、今すぐにあの連中を殺したくなる。

 

 常人ならば容易く骨を砕かれているだろう程の握力で肩を掴んで啜り泣く弟に、兄は『これは酷な言い方だろうが』と口を開く。

 

 

『……運が悪かった。そう言わざるを得ない。奴らの下衆で自分勝手な欲に巻き込まれたのだからな』

『……クソ。クッソォッ!』

 

 

 怒りを発散するように大声で悪態を吐き、壁に寄りかかる。

 

 

『兄ちゃん……人間って、なんでこんな事できんだよ……。俺達は、互いに助け合っていかなきゃ生きられねぇのに……』

『……あれもまた、人間の姿なのだろう。だが、ああいった奴らも護るのが、我々の仕事だ』

『……強ぇよなぁ、兄ちゃんは。本当に……』

 

 

 自分のようにこの身を焦がす激情に身悶えせず、自分を律していられる兄の姿に、ストレオはこれまで以上に尊敬の念を抱く。

 

 けれど―――

 

 

『でも今は、その正しさが憎いよ』

 

 

 兄に背を向けて歩き出す。背後から声をかけられたが、その時のストレオには、彼の言葉に答える気など毛頭なかった。

 

 

「……幻滅したか?俺達の時代に」

「……幻滅はしてないよ。でも……哀しいって、思った」

 

 

 立香が知っているストレオの物語は、彼が上層部の会談を聞く前―――“黒龍”討伐を果たして兄と帰還し、そして新たな狩りに出かける、というものだった。それが彼の生涯を表したものだと思っていたので、そのストレオ本人から聞く話は、立香を驚愕させるに値するものだっただろう。

 

 

「人間ってのは、昔っから変わんねぇ種族だよ。良い意味でも、悪い意味でもな」

 

 

 団結しなければ生きていけない世界でも、自分の都合に他人を巻き込み、人生を狂わせる者達がいる。それが、立香に言い知れぬ感情を抱かせた。

 

 

「話の続きだが……俺はその後、独りでシュレイド城に行った。そこで死んだ仲間達の事を思い出したくてな」

 

 

 永い年月の間君臨し続けた主を喪いながらも、未だにモンスターの侵入を許さない城下町。その中心に聳える城に足を踏み入れたストレオは、かつて“黒龍”と死闘を繰り広げた場所に備えられた供花を見つけた。

 

 まだ“黒龍”の力の残滓があるからか、この場所に進んでやって来ようとする存在はまずいない。いったい誰が来ていたのかと思案するも、まず人ではない事は理解できた( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )

 

 この地を訪ねる者など、ごく限られた存在しかいない。人間ならば特にこれといった気配は感じないのだが、この供花から漂う何者かの力の残滓は、凡そ人のものではなかった。

 

 全身を痺れさせるような感覚に襲われながらも、ストレオはその供花から目を逸らした。きっと、これは自分なんかが関わっていいものではないものだと、直感的に察したからだ。

 

 “黒龍”の猛威に曝された者達の遺骨はない。だが、確かにここには彼らがいたのだと、ストレオは唇を噛み締めた。

 

 勇敢な人達だった。狩人にしても、サポート班にしても、皆勇気を振り絞って災厄に挑み、死んでいった。

 

 彼らの健闘が、あの腐った連中が生き続ける為のものでしかなかったと思うと、必死に抑えつけていた怒りの炎が勢いを増し始める。

 

 せめて、奴らに自分の愚かさを理解してもらいたい。じゃなきゃ、ここで死んでいった彼らがあまりにも報われない。

 

 

『……? なんだ、これ……』

 

 

 唐突に背後に異質な気配を感じて振り返ってみれば、そこには先程まで無かったはずの剣が大地に突き立っていた。

 

 一目見ただけでも相当の業物だと判別できたそれは、まるで『自分を引き抜け』と言わんばかりに強烈なオーラを放出させており、当時のストレオはその剣に釘付けになったと言う。

 

 

「今思えば、あの時が俺の運命を決めたんだろう。剣を取るか、取らないか―――いつもの俺だったら、間違いなく取らなかった。けれど、その時の俺は……」

 

 

 その耐え難い力の誘惑に、打ち勝てなかった。

 

 フラフラと、夢遊病者のように引き寄せられたストレオは、そのまま剣の柄を掴み、一気に引き抜いた。

 

 それが、彼の運命を決定づけた。

 

 

『グ、が、あァ……ッ!?』

 

 

 突如として剣から漏れ出ていた暗黒のオーラが、ストレオの体を呑み込んだのだ。あまりにも突然の出来事であったために振り払う事も出来ず、ただオーラを受け止めるしか出来なかったストレオは、自身の内側……精神を徹底的に壊し尽くそうとする衝動から逃れようと暴れ回り、闇雲に剣を振るうしかなかった。

 

 

『ストレオッ!』

 

 

 そこへ、あの男の声が響いた。

 

 

『……ッ!ニい……チゃん……ツ!』

『この馬鹿……なぜその状態でそれを取ったッ! それは、他の武器とは訳が違うんだぞッ!』

 

 

 弟をつけてきたのか、それとも直感か―――シュレイド城に現れたクラシェの手には、今ストレオが持っている剣と全く同質のオーラを放つ弓が握られていた。

 

 

「それを見て察せたよ。あの武器の力を完全に制御するには、それに相応しい精神を持ち合わせていなきゃ駄目だってな」

 

 

 未熟な精神のままでは“黒龍”の残滓に喰われるが、完成された精神ならばその力は己に従う。“黒龍”の武器には意思があるのだと、その時に思い知った。

 

 それと同時に、ストレオの意識は途切れた。悍ましき闇の奔流に精神が塗り潰されたのだ。

 

 次に意識が覚醒した時―――ストレオは、兄の腕の中にいた。

 

 

『兄……ちゃん……?』

『……すまない、ストレオ……。お前を止める為には、こうするしか無かった……』

 

 

 違和感を感じて視線を動かしてみれば、剣を握っていたであろう左腕どころか、盾を持つはずの右腕も無くなっていた。両足も、最早動かせないくらいにボロボロになっている。

 

 どうやら、自分は意識を失っていた間に兄と殺し合っていたようだ。結果は……惨敗と言っていいだろう。力任せに暴れる者が、知恵を活かした立ち回り方を身につけている者に勝つなど土台無理な話だ。

 

 

『……いいんだ、兄ちゃん。兄ちゃんに止めてもらって……嬉しかった……。それと、すまねぇ……。兄ちゃんに……こんな事をさせて……』

『謝るな……謝るな、馬鹿弟が。あの時、力尽くでもお前を止めるべきだったのに……それが出来なかった兄を……こうして、お前を殺すしかなかった兄を、恨んでくれ……ッ!』

『恨めるかよ……。いつだって、兄ちゃんは俺を助けてくれた……。兄ちゃんは、俺の英雄だ……。英雄は、恨めねぇよ……』

 

 

 痛みを感じないのが幸いした。最期にこうして、兄と会話できた。それだけでも、ストレオにとっては幸運だった。

 

 

『もし、次があるのなら……今度こそ、兄ちゃんの隣で……』

『ストレオ……?ストレオッ!』

 

 

 必死に己の名を呼ぶ、憧憬を抱き続けた兄の腕の中で、ストレオはその生涯に幕を下ろした。

 

 これが、歴史に語られなかった一人の狩人の真実。たった一つの夢を追い、そしてその希望によってこの世を去った男の人生だった。

 

 

「……他の英雄達の話と比べちゃ、面白味に欠ける話だろうけど、これが俺の一生さ。それから後になって、俺は座に招かれて英霊になった。そして、お前に喚ばれた」

「ストレオは今も、お兄さんを目標にしてるの?」

「当たり前だろ。俺なんかよりもよっぽど完成されてるんだ。兄ちゃんと並び立てたのは“黒龍”討伐戦の一度きりだったが、次に兄ちゃんと一緒に戦う時は、あの頃の俺じゃない、“黒龍”の試練を乗り越えた、本当の俺になっていたい」

 

 

 自分勝手な理由だが、ストレオが立香の呼びかけに応じたのはその為でもある。此度の戦いには、かつて本当の意味で倒せなかった“黒龍”が敵になっている。たとえこの身が生前のストレオのものではないとしても、自分は自分だ。

 

 今度こそ真の“黒龍”討伐を果たし、胸を張って兄に誇ってみせる。そして言ってやるのだ。『俺はもう、あの頃の俺じゃねぇよ』と。

 

 

「その為にゃ、どうしてもお前を利用しなきゃならねぇ。嫌ならハッキリ言ってくれよ?」

「まさか。言わないよ、そんな事。自分の目的の為に私の召喚に応じてくれたサーヴァントなんて、他に沢山いるしね」

 

 

 立香の下に集ったサーヴァントの中には、自分の願いを叶える為にやって来た者もいる。今も生きているかもしれない子ども達を取り戻す為に、天敵である人間に従う事を決めた狼王ロボはその代表例だろう。

 

 

「胸を張ってお兄さんの隣に立てるようになるまでが貴方の旅なら、私達も付き合うよ。どの道、“黒龍”とは戦う事になるからね」

 

 

 残る五つの異聞帯の中でも、最高レベルの難易度を誇ると推測されるシュレイド異聞帯。そこを管理するクリプター―――アンナ・ディストローツが使役するサーヴァントの中に、“黒龍”の名がある。漂白された汎人類史を取り戻す為には、彼女達との戦いは決して避けられない。

 

 

「……ハッ! まったく、頼もしい事この上ねぇな、今度のマスターはッ! なら、俺もその期待に応えなくっちゃあならねぇッ!」

 

 

 不敵な笑みと共に立ち上がったストレオが立香に拳を突き出す。一瞬、自分に向けられた拳に驚いたものの、立香は彼がなにを求めているかを察するとニッと笑みを浮かべ、彼の拳に自分のそれを打ち合わせた。

 

 

「改めて契約だ。サーヴァント・セイバー、真名ストレオ。この身は汝の剣となり、盾となり、帰るべき故郷へと帰す光となろうッ! ヘヘッ、よろしくな、マスターッ!」

「こちらこそ。これからもよろしく、ストレオッ!」

 

 

 互いに頷き合い、固い握手を交わした。

 

 

 

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 嵐の中を突き進む。暴風雨をひたすら耐えながら、一歩ずつ、着実に前へ進んでいく。

 

 彼方には、今も己を導き続ける光。

 

 生前も、死後も、ストレオという名の一人の男が憧憬を抱き続けた、たった一人の肉親。

 

 クラシェ―――我が愛しき兄にして英雄よ。

 

 いつになるかはわからないが、この愚弟は、必ず貴方の隣に並び立とう。

 

 同じ視点を手に入れて、肩を並べ合って、語らって、笑い合って、死後の安寧を共に過ごそう。

 

 

「―――」

 

 

 光が振り向く。夢と目が合う。

 

 彼がなにを言っているのかはわからない。なにかを口にしたのはなんとなくわかるが、その声も、姿も、豪雨のカーテンに遮られて見えない。

 

 

「兄ちゃん、俺―――」

 

 

 それでも、ストレオは語り掛ける。

 

 たとえ声が届かなくとも、互いが遠く離れていても。

 

 この想いは届くはずだと、信じて。

 

 ―――夢には未だ届かず、試練は未だ果たせず。

 

 ―――永遠にあの光を追い続けるのかもしれない。

 

 ―――二度とあの人の隣に立てないかもしれない。

 

 ―――この願望は、果たされずに終わるのかもしれない。

 

 それでも、いつか。そう、いつかは―――

 

 

 

 ―――きっと、辿り着けるはずだ。

 




 
 この後建材になったんだよね……(大奥)

 参考として色々幕間を調べてたんですが、どれもいい話なんですよね……。ちなみに私が一番好きな幕間はヘシアン・ロボの『吼えろ、生きろ、噛み砕け、滅びろ』です。外見は元から好きだったんですが、召喚に応じた理由がイケメンすぎて……。新宿での最期も泣けましてね……。えぇ、本当に好きなんです。

 “黒龍”討伐時に調査団がいない事についてですが、調査団の中に筆頭ルーキーがいるじゃないですか。彼は4(4G)にも出ていたのですが、大老殿での禁忌のストーリーから察するに、4(4G)は2の未来の話らしいので、あの頃はまだ未熟だったルーキーがいる調査団は出せなかったんです……。どんどん原作モンハンの歴史が変わっていっている事は本当に申し訳ございません。

 ちなみに生前のストレオは“黒龍”の姿しか見ておらず、その人間態のボレアスとは面識がありません。ではなぜ秦ですぐ気づけたのかというと、ボレアスから放たれるプレッシャーがまんま“黒龍”のものだったので、それですぐに彼が“黒龍”だと確信しました。


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【サーヴァント・ステータス】ストレオ(セイバー)

 
 今夜は幕間と二本立てです。こちらは幕間のネタバレがありますので、先にそちらをご覧になってください。



 

【クラス】セイバー

 

【真名】ストレオ

 

【マスター】藤丸立香

 

【レアリティ】☆5

 

【キャラクター詳細】

 『モンスターハンター』に謳われる最強のハンター。

 片手剣の髄を極め、数多の竜種を相手取り、最後には黒き伝説を打ち破った英雄の一人。

 

【パラメーター】

 筋力:A+ 耐久:B

 敏捷:B  魔力:D

 幸運:C  宝具:A++

 

【プロフィール1】

 身長/体重:178cm・64kg

 出典:モンスターハンター

 地域:不明

 属性:中立・善 性別:男性

 「俺、英雄って言うよりは狩人(ハンター)なんだけどなぁ」

 

【プロフィール2】

 実在を疑われている先史文明にとっての先史文明の時代を描いた叙事詩、『モンスターハンター』第一章の主人公。

 弓使いのハンターとして活動する兄への憧れから、彼もハンターの道へと踏み出した。

 これが、彼のハンター生活の幕開けとなった。

 

【プロフィール3】

 ハンターの祖であるとも言われる一人の英雄と出会う為にココット村へと訪れた彼は、その英雄である村長から与えられるクエストを次々とこなしていき、やがては“二代目ココットの英雄”という肩書を与えられる程にまで成長した。

 数多の竜を狩り、古龍を退け、まさしく伝説的な狩人となったストレオの人生は、まさしく輝かしいものであろうが―――

 

【プロフィール4】

狩人:EX

 狩猟を生業とし、人々の生活圏を護り抜いてきた者達の総称。

 後の時代に語り継がれる、竜殺しの原典に等しいもの。

 自身に常時対獣・対竜特攻を付与する。

(ゲーム内効果)

 自身に【竜】特攻状態を付与(3ターン)&攻撃力をアップ(3ターン)&クリティカル威力をアップ(3ターン)

 

天地の覇紋:A++

 怒れる白銀の太陽と黄金の月を征した証。

 彼が一流のハンターとして成長していく過程で、とある番いの竜の存在はまさしくかけがえのない存在となっている。

 天に輝く二つの星は、今も彼に前を進む力を与えている。

 (ゲーム内効果)

 自身のBusterカード性能をアップ(3ターン)&Artsカード性能をアップ(3ターン)&Quickカード性能をアップ(3ターン)&NPを増やす&スターを獲得

 

彼方への夢想:EX

 生前、死の間際に抱いた願望がスキルへと昇華されたもの。

 遥か先にある夢に辿り着こうとする彼の前には、英霊となってからも新たな障害が立ち塞がるだろう。それでも彼が歩みを止めないのは、数多の障害を打ち破るに足る、たった一つの願い故に。

 (ゲーム内効果)

 自身にガッツ状態(1回・3ターン)を付与&【彼方への夢想】状態〈ガッツ状態の間自身の攻撃力をアップする状態〉を付与&ガッツ発動時に「自身の【彼方への夢想】状態を解除&NPを増やす&Artsカード性能を大アップ(1ターン)」する状態を付与

 

【プロフィール5】

 『夢想を駆けよ、我が剣舞』

 ランク:A++ 種別:対人・対竜宝具

 

 モンスターハンター。

 彼の生涯、技術そのものが宝具として昇華されたもの。

 人々の願いを受けて数多の竜種を狩り、伝説をも打倒した狩人が至った境地。

 彼が手にした物質は、一切の区別なく強力な竜特攻状態を獲得し、また元からその性質を宿すものはその力を何倍にも跳ね上げる。

 流麗にして苛烈に繰り出される連撃は、彼の人生を表現しているように思える。

 (ゲーム内効果)

 自身のArtsカード性能をアップ(3ターン)〈オーバーチャージで効果アップ〉&宝具威力をアップ(3ターン)&敵単体に超強力な防御力無視攻撃

 

 

【プロフィール6】

 伝説において、彼は“黒龍”を討伐した勇者として語られるが、彼自身はその伝説を否定している。

 彼が仲間達と共に人類の天敵とされる禁忌の存在と戦い、勝利した―――これは彼自身、疑いようのない事実である。

 しかし、彼は自分達の戦いが腐敗した上層部達を生き永らえさせる為のものでしかなかった事への憤怒に呑まれた状態で“黒龍”の武器を手にしてしまい、結果その力に呑み込まれてしまった。

 「“黒龍”に打ち勝つという事は、討伐する事だけではない。その力を完全に使いこなせるかどうかだ」

と、彼は語る。

 彼は伝説の力が形を成した魔剣を扱い切れず、最期は己の夢であった肉親によって討たれた。

 生前の自分が犯した愚行は、今も彼を苛んでいる。

 もしも彼が正規の聖杯戦争の召喚され、聖杯を手に入れたとしたら、彼は“黒龍”との再戦を望むだろう。

 今度こそ、自分の手で真の“黒龍”討伐を果たし、己が雄姿を兄に見せる―――酷く身勝手な願いのようにも思えるが、彼はそれほどまでに、兄に自身を殺させた事を悔やんでいる。

 彼の内にて猛威を振るう暴風雨が晴れる時。それは彼の願望の成就を意味する。

 

 

【再臨段階】

 第一:防具……レウスシリーズ一式

    武器……バーンエッジ

 

 第二:防具……リオソウルシリーズ一式

    武器……ゴールドマロウ

 

 第三:防具……シルバーソルシリーズ一式

    武器……夜明けのソルナ

 

 

【交友関係】

 竜殺しサーヴァント……後世に誕生した後輩という感覚。竜殺しサーヴァント達からも偉大な先達という事から敬意を払われており、日頃から仲良くしている様子が見られる。

 

 アルトリア・ペンドラゴン……竜の因子を持っている事から、最初は竜が人に化けているのかと勘違いしていた。現在は共に大食漢としての本領を発揮しており、キッチン組を苦しめている。

 

 

 

【絆礼装】

『希望への旅路』

 

 実在したのかも不明な古の時代を駆け抜けた一人の男の人生にして、一つの記録。

 嵐は未だ止まず、轟雷は龍が如き咆哮を上げ、暴風はその苛烈さを増す。

 されども、狩人は挫けない。諦めない。

 全ては彼方の光を掴む為。

 我が生涯においても、我が死後においても変わらぬ、たった一つの夢に辿り着く為に。

 

 「俺は死なねぇよ。あの人の元に辿り着くまでな」

 

 男は今も進み続ける。

 憧憬と尊敬の炎を双眸に宿らせ、彼方への旅路を歩み続ける。

 (ゲーム内効果)

 ストレオ(セイバー)装備時のみ、自身にガッツ状態(1回・他ガッツ状態と重複可能)を付与&戦闘に出ている間限定でマスター礼装のクールタイムを1ターン縮小する。

 





 大変私事な事ですが、来週は更新をお休みさせていただきます。以前から更新が止まっているシンフォギアの二次創作をそろそろ更新したいと思いまして、はい。また、改めてfgoのストーリーを振り返っておきたいという気持ちもあります。そこから私なりにアンナ達の出番を入れていきたいと考えています。

 ペペとの話が終わった後はギリシャ―――キリ様との話になるのですが、彼は『異星の神』の正体に行き着いてそうなんですよね。行き着いてないなら遠慮なく助けていたのですが、この場合はどうしましょうかね。個人的にはシュレイド異聞帯でカドック達とワイワイする彼を書きたいのですが、うぅむ……。

 一応、生存ルートとしては、皆さんからしてみればあまりにも阿呆過ぎるガバガバなやり方でキリ様を生存させようと思うのですが、ここは止むを得ずに『まだ結論に行き着いていないキリ様』で通しましょうかねぇ……。

 なにはともあれ、皆さん、また再来週に会いましょうッ!


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幕間:紅夢よ、警鐘を鳴らせ

 

 走る。

 奔る。

 燃え盛る炎の中、息を切らしながら走る。

 

 かつて在った栄華は亡い。

 

             ―――既に、()の龍が灼いた。

 

 かつて在った幸福は亡い。

 

             ―――既に、地獄の劫火で溶けて消えた。

 

 

 “我らこそ王である”と囀った愚者は既に亡い。

 

             ―――当然だろう? 彼らは禁忌を犯したのだから。

 

 遠くから風を感じる。

 それは灼熱の突風となって肌を焦がし、背後にいる“それ”への恐怖心を増幅させる。

 

 咆哮が轟く。

 まるで、地獄の底から響く重苦しい怨嗟の叫びだ。

 けれど、本当の地獄を知っていれば、この叫びも多少は軽いものだと思えるのだろうか。

 

 否。断じて否。

 ここよりも苛烈で、凄惨な場所などあるものか。この場こそ、正真正銘の地獄。あの黒き龍によって創り出された、一切の繁栄を許さぬ魔境。

 

 足が(もつ)れて、勢いよく地面に顔面を打ち付けた。

 鈍い痛みと共に、生温かい液体が鼻孔から流れ出てくるのがわかるが、そんな事を気にしている暇は無い。

 

 立ち上がろうとする。

 

             ―――無理だ。既に体力は尽きた。

 

 這いずって逃げようとする。

 

             ―――無理だ。最早肉体は恐怖に屈した。

 

 

「グルアアアアアアアァァァァァッ!!!」

 

 

 耳を(つんざ)く咆哮が聞こえ、地面が大きく揺れた。

 吹き荒れる熱風から瞼を閉じて眼球を護る。

 そして、熱風が止んだのを感じて、瞼を持ち上げる。

 そこで私は―――

 

 

「……ッ!!」

 

 

 ―――憤怒に燃える、黄金の眼を見た。

 

 

 

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「うわああああああああああああッ!!!」

「きゃぅッ!?」

 

 

 跳び起きた衝撃で、いつの間にか添い寝していたゴッホちゃんが目を見開いて素っ頓狂な声を上げた。

 彼女に遅れて、最早私の部屋がなりつつある清姫達が次々に霊体化を解いて現れる。

 

 

「ますたあッ!? 大丈夫ですかッ!?」

「マスターッ! 嗚呼……ッ! なんて酷い顔……ッ!」

「マスター。大丈夫ですか……?」

「み、みんな……? という事は、今のは……夢……?」

 

 

 口々に私を心配する言葉をかけてくれる彼女達を視界に収めた私は、今まで見ていた光景が夢―――現実ではないものである事を理解し、安堵してベッドに倒れ込んでしまった。

 夢を見ている間に掻いたのか、額に触れた手に生温かい雫が触れ、軽く髪の毛に触れてみれば、ここもやはりしっとりしている。

 睡眠時にも着用している礼装も、汗を吸ったのか肌に貼りついているところが多々あった。下の方は……よかった。流石にこの歳でアレするのは羞恥で死んでしまう。

 

 

「フォウ、フォウ」

「……フォウ君。ふふっ、大丈夫だよ」

 

 

 視界の端に映り込んだ、今も尚謎のマスコット的生物のフォウ君の頭を撫でて安心させる。

 私の言葉に頼光達も多少は落ち着いたようだが、まだその瞳には私を気遣うような感情が見て取れる。

 なんとか彼女達を宥め、汗でびしょびしょになった体をシャワーで軽く洗い流し、別の礼装に着替える。

 

 自室から出た直後、私は酷く焦った表情で走ってきたマシュ(かわいいナスビちゃん)と出会い、ダ・ヴィンチちゃん達が私の事を心配している事を教えられた。どうやら、睡眠中の私のバイタルが常時ならあり得ない数値を出していたようで、それを知らされたマシュは全速力でここまで走ってきたようだ。

 そんな彼女を頼光達と同じように宥めた後、自分は大丈夫だと報告する為、ダ・ヴィンチちゃん達の下へ向かった。

 

 

「―――なるほど。それが君のバイタルが異常な数値を出した原因だったのか」

 

 

 管制室。かつて私達がいたカルデア南極支部のそれと酷似したその場所で、私の話を聞いたダ・ヴィンチちゃんは顎に手を当ててそう口にした。

 

 

「話を聞くに、君の夢に現れた光景とは、燃え盛る都市のような場所と、恐らくそれを生み出したであろう竜種と取れる存在。竜種が登場する夢を見たという事は、それに関連するサーヴァントの心と意図せず繋がってしまったんでしょうね。となると、立香ちゃんの夢に現れた竜に心当たりのある英霊―――竜殺しの逸話持ちのサーヴァント達から話を聞いてみたらどうです?」

 

 

 シオンの助言に従い、私は竜殺し、または竜種となんらかの関わりのあるサーヴァント達に話を聞いてみる。

 

 

「……ジークフリートさん、シグルドさん、マルタさん―――その他多くの竜種に関係のある方々に話を聞いてきましたが……」

「みんな外れだったかぁ……」

 

 

 とりあえず見つけた端から訊ねてみたのだが、みんな私の見た夢に心当たりはないという。特にジークフリートやシグルドはファヴニールを討伐した英霊なので、彼らから聞き出せれば万々歳だったのだが、残念ながら期待は外れてしまった。

 となると、残されたのは“モンスターハンター”の時代を生き抜いた、歴戦の狩人に訊ねるべきなのだが―――

 

 

「ストレオさんは現在、修練場に籠っているため、出てくるまでにはもう少し時間がかかるでしょう。となると、残りは―――」

「おぉ、マスター、それにマシュ嬢」

 

 

 マシュが最後の一人の名前を口にしようとした直後、前方の曲がり角から現れた男が軽く手を振ってきた。

 

 

「赤衣さんッ! もしかして、そっちも私達を?」

「うむ。他のサーヴァントから、君が竜種に関連するサーヴァントから話を聞きたがっている、という話を聞いてな。こうして探していたわけだ」

 

 

 ある日の朝、枕の隣に積まれていた“モンスターハンター”の本を触媒にした事で召喚に成功した赤衣さんが、「して、なにか訊ねたい事は?」といつもの不敵な笑みを崩さぬままに聞いてきた。

 私が今朝見た夢について語ると、赤井さんは「ふむ」と髭の一本も生えていない顎に指を添え、私達から視線を逸らす。なにか考えているのか、その双眸はスッと細められているが、しかし彼が浮かべる笑みは消えるどころか、むしろ先程よりも増しているようにも思えた。

 

 

「君の話から察するに、その夢に出てきた竜種とやらは、“黒龍”で間違いないだろう」

「“黒龍”……アンナさんが従えている、あの黒いサーヴァントの事ですか?」

 

 

 隣のマシュが重々しくその名を口にする。

 ミラボレアス―――通称“黒龍”と呼ばれるその龍は、幻想種の最上位たる竜種の中の頂点を指す古龍種の、そのさらに上のステージに存在する、正真正銘の怪物。“モンスターハンター”の時代でも、実在する可能性は皆無に等しいと考えられていた『白き王』と呼ばれる存在を入れれば、総勢五体いるとされている“禁忌のモンスター”の一角だ。

 

 

「ほぅ、既に出会っていたのか。いや、既にシュレイド異聞帯なるものがあるのだから、遅かれ早かれ出会うか」

「うん。あの時は人間の姿を取っていたけど、あれがあのサーヴァントの本当の姿なの?」

「その通り。君達も知っての通り、“黒龍”ミラボレアスとは、かつて地球上に繫栄した大国を一夜にして滅ぼした存在だ。君が彼の登場する夢を見たという事は、恐らく、無意識的に私と繋がってしまったのだろう」

「という事は、赤衣さんは“黒龍”と……」

「出会った、とは違うな。過去に起きたシュレイド王国滅亡という大事件。それについて知りたいと思い、覗き見した時に見た程度のものだ。だが、驚くべき事に奴は、本来なら気付かぬはずの私の視線に気付いていた( ・ ・ ・ ・ ・ ・ )。挙句にそのまま私の目を焼こうとしたのだ。間一髪で視界を現代のものに戻したからよかったが、あぁ、なんと末恐ろしい……」

 

 

 赤衣さんと仲を深めていく中で知り得た情報の中に、彼は異邦の生命を取り込んだ際に、断片的とはいえその力も手に入れたらしい。その力の恩恵で、彼は過去や現在、未来の出来事を視認できるのだそうだ。未来を視る事は彼のスタンスからしていないそうだが、過去を見たという事は、単純に言えば好奇心の類のものだろう。

 だが、私が驚いたのは、いつも不敵な笑みを崩さない赤衣さんが、この時初めて顔を顰めたという点だ。

 自分が視ている事が“黒龍”に気付かれ、尚且つ目を焼かれかけたのだ。間一髪逃げ切る事には成功したようだが、それ以降、彼は“禁忌”が関与していると考えられる過去の事案は覗き込まないようにしているらしい。

 

 

「―――すまない。話を逸らしてしまった。私の事はどうでもいい。頼光から聞いたが、寝起きの君は酷い顔色だったと聞く。夢とはいえ、“黒龍”を間近に見たのだ。そうもなろう。詫びと言っては何だが、これを受け取ってほしい」

 

 

 そう言って赤衣さんは、懐から小さな宝石のようなものがついた首飾りを取り出した。

 おずおずと差し出した手に乗せられたそれをマシュと一緒にまじまじと見つめていると、赤衣さんが口を開いた。

 

 

「それは護石というものだ。素材と我々の時代の錬金術師がいれば、より上等なものを仕上げてくれたのだろうが、残念な事に、このカルデアにはそれが無い。素材はそれらしいものを使って、錬金は私が担当した。パラケルススに任せるのもいいかと思ったのだが、古代の技術をいきなり使えるとは思えなかったのでな」

「ちなみに素材は?」

「英雄の証、大騎士勲章20個ずつ」

「う゛……ッ!」

「先輩ッ!」

「安心したまえ。消費した分、私が後でしっかり確保してこよう。それぞれ十個ずつ追加でな」

「赤衣さん……ッ!」

「先輩……」

 

 

 数ある素材の中でも消耗する事が多い素材をそれぞれ20個ずつ使われたダメージを受けた立香だが、赤衣の一言でパァッと顔を輝かせる。そんな素材にがめつい主に、マシュは少し呆れた様子を見せていた。

 

 

「先程、それは護石と言ったが、あくまでそれは代用できるもので作り出した贋作(レプリカ)のようなもの。効力はなにかと聞かれれば、精々災いを跳ねのける程度のものでしかない。夢とはいえ、相手は“黒龍”。慰め程度にしかならぬものだが、持っておくに越した事はなかろう。今夜はそれを身に着けて眠るといい」

「ありがとう、赤衣さん」

「うむ。ではな」

 

 

 右手をひらひらと振って去っていく赤衣さんの背中を見送る。

 彼の言葉をそのまま受け取るなら、慰み程度のものとはいえ、この首飾りには災いを跳ねのける力があるという事になる。彼らにそういった意思はないとはいえ、古龍種はその場にいるだけで災害を引き起こしてしまう存在。しかし、“黒龍”は明確に一つの王国を狙い、そして滅ぼしたという事から、『人類にとっての災厄』という点においては合致している気がする。

 不安要素は少しあるが、一先ずは問題は解決したと考える事にし、予め設定されていたスケジュールをこなすべく、マシュと共に歩き出した。

 

 

 

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 結局、首飾りにこれといった異常性は見つからなかった。キャスタークラスのサーヴァント達からもこれといった悪影響はないと言われたが、何故か私は自分の首にかけたそれに言い知れぬ不安を感じながら寝支度を整え、ベッドに潜り込む。

 

 

(……あぁ、やっぱりいるんだなぁ)

 

 

 なんとなくだけど、いつの間にか自室に潜入していた溶岩水泳部の気配が感じられる。

 霊体化しているはずなのに、なぜか彼女達がいる事はわかってしまう。これまで、何度もこういった事があったからだろうか。

 この状況には最初こそ戸惑ったが、今となっては少し助かると思っている。長い事、死線を潜り抜けてきたから、最近は一人で眠ると悪夢を見るようになっていた。ゴッホちゃんのように、誰かと一緒に眠るのが最善の選択なのだろうが、そんな事をしてはカルデア内で戦争が起きてしまう以上、そう簡単に添い寝してもらう事は出来ない。この歳になって恥ずかしい、という気持ちも少なからずある。

 でも、添い寝ではなくとも、彼女達が見守ってくれているのは正直有難い。知り合いが傍にいる、というだけで、少しだけ悪夢を見る確率が減るからだ。

 

 今日のスケジュールが少しハードだったからか、睡魔はあっという間に私の下へやって来て、瞼を閉じていく。私はその誘惑に抗う事無く、眠りの世界へと飛び込んでいった。

 

 

「―――え?」

 

 

 気付けばそこは、燃え盛る都の中だった。

 辺りを見渡せば、真っ黒の灰と化した、かつて人であった者達。耳を澄まして、今もどこかで逃げ惑う人々の悲鳴。

 

 

(……ッ! あの夢と、同じッ!)

 

 

 前回見た夢と、全く同じ光景。それを再び目にした私の視線は、自ずと天空を見上げる。

 

 月明りも、星の瞬きも、あらゆる光を遮断する暗雲。

 光源は、今尚大地を燃やす紅蓮の炎のみ。その中でも一際大きな、辛うじて城と判別できる建造物の真上に―――

 

 

「グルアアアアァァァッッッ!!!」

 

 

 ―――黒き、厄災の姿があった。

 

 その巨躯を視界に入れた瞬間、生物としての本能が警笛を鳴らす。

 今すぐ逃げろ、と叫ぶ本能が、理性の殻を容易く砕いて肉体を動かす。

 

 いったいどうやって気付いたのか、走り出した私に注がれる殺意の視線。否応なく感じるそれの根源は徐々に近付いてきて、やがて、私の前に降り立った。

 

 

「うぅ―――ッ!」

 

 

 巨大な肉体が落ちてきた衝撃波に体が吹き飛ばされ、尻餅をつく。

 腰の痛みも忘れて視線を上にあげ、こちらを見下ろす黄金色の眼を見る。

 

 怒りに我を忘れているかのような、強烈な感情の奔流が、その眼を見ているだけでも痛い程伝わってくる。国を灼き尽くす程の憎悪の片鱗が、その眼光に乗せられて私へと注がれてくる。

 

 気を抜けば、このまま死んでしまいそうな程の殺意。これまでの戦いの中で何度も味わってきたそれとは格が違うそれを受けて、否応なく体が震える。

 

 しかし、それだけだ。このまま死ぬ事はないし、気を失ったりもしない。

 

 格が違うといえども、その殺意の視線は、この身が覚えている。

 圧倒的な恐怖に屈しそうになる心を奮い立たせ、石のように硬直した体を動かす。

 

 虚勢を張るように、私は屈しないぞ、と叫ぶように、ゆっくりと立ち上がった私を見た“黒龍”の眼が、僅かに揺らいだように見えた。

 だが、それも一瞬の事で、“黒龍”はその(あぎと)に灼熱の炎を溜め始め、私諸共この周囲一帯を吹き飛ばそうとしてくる。

 

 このままここにいても、あの焔で灼かれるだけだ。それでも、私は断固として背は向けず、黄金色の眼を睨み上げる。

 

 

「貴方なんか、怖くない……ッ!」

 

 

 いずれ、汎人類史奪還の障害となる敵を見据え、絞り出すように言葉を吐き出す。

 中国異聞帯では、人間態であるにも関わらずに、その強大な力を思い知らされた。北欧異聞帯では、彼の他にも“煌黒龍”がいた事から、彼以外の“禁忌のモンスター”も、アンナ・ディストローツのサーヴァントとして現界している可能性が大幅に上がった。

 

 ならば、いずれ我々(カルデア)は、最強の幻想種に挑戦するのだろう。ならば、たとえこの世界が、目覚めれば消える夢の世界だとしても―――

 

 

「貴方達には、絶対に負けない―――ッ!!」

 

 

 顋から解き放たれたドラゴンブレスが、私を灼き殺そうと迫る。

 瞬く間に眼前まで迫ってきたそれを、私がじっと睨みつけていると―――

 

 

「―――良くぞ吼えたッ! それでこそ、我がマスターだッ!!」

 

 

 眩い輝きを放った首飾りから半透明の障壁が張られ、ドラゴンブレスを相殺する。それと同時に、護石から飛び出した輝きは人の姿を取り、やがて赤色の衣を纏った青年となって降り立った。

 

 

「赤衣さんッ!? どうしてここに……」

「話は後だ。まずはこの“黒龍”を討伐するッ!」

「えッ!? 出来るのッ!?」

 

 

 赤衣さんの口から飛び出した言葉に、思わずそう訊ねてしまう。

 “黒龍”は古龍種の中の頂点に位置するモンスターだ。赤衣さんの力を侮っているわけではないが、彼一人でこの古龍を倒せるとは思えない。

 

 

「心配は無用だ。この“黒龍”は夢幻のもの。本物の足元にも及ばず、体力も良くてG級に届きそうで届かない上位のモンスターあたり。しかし、殺気だけは一丁前の劣化品だ。気を抜けば死ぬのは変わらんがなッ! ハハハハッ!」

「笑っとる場合かッ!」

 

 

 会話している私達に、“黒龍”がその胴体には不釣り合いなほど細い前足で攻撃してくる。

 それに気付いた赤衣さんは即座に私を抱えて離れると同時に右腕から伸ばした蔦で“黒龍”の顔面を攻撃した。その攻撃で、あの“黒龍”が僅かに身動ぎしたのを見て、先の赤衣さんの言葉が嘘ではない事を確信した。

 

 

「なに、倒せない相手ではないんだ。君の采配に期待している」

「もう……ッ! フォーリナー、戦闘開始ッ!」

了解だ(イエス)、マスターッ!」

 

 

 家屋を破壊させながら突進してくる“黒龍”を躱し、蔦を鞭のように振るって攻撃する。翼を狙って放たれたそれは、しかし翼膜を軽く傷つけただけで終わり、反撃とばかりに尻尾を叩きつけてくる。

 完全に赤衣さんをターゲットにしているのか、私の事など眼中になくなっている。私としては大助かりだ。こちらに狙いを定められる心配をしないで、サーヴァントに指示を出せるのだから。

 “黒龍”と交戦している赤衣さんの様子を逐一観察しながら、周囲を見渡す。

 周りは破壊された家屋の残骸が転がっており、その中には人間の死体も幾つか見受けられる。焼け爛れたそれに少し吐き気を覚えるが、それだけで済んでしまう自分が、本当に一般人からかけ離れてしまったのだと感じさせる。

 ……いや、今はそんな事を考えている場合ではない。他の所へ視線を寄越してみれば、“黒龍”が襲来した時に迎撃したのか、巨大な矢のようなものが目に入った。恐らく、あれがバリスタと呼ばれるものだろう。多少のヒビは入っているが、強度はそれほど心配する必要はなさそうだ。

 

 

「赤衣さんッ! あそこのバリスタを使ってッ!」

 

 

 放たれたブレスをバックステップで躱した赤衣さんは私の指示に従い、右手から伸ばした蔦をバリスタに巻きつける。“黒龍”が放つ隕石と見紛う火炎ブレスを跳躍して避けると同時に、バリスタを投擲。

 サーヴァントの膂力で投げ飛ばされたそれは、寸分違わずに“黒龍”の右目を穿った。

 

 

「ギャオオオオオオォォォォッ!!?」

 

 

 潰された右目から鮮血を撒き散らして絶叫する“黒龍”。その姿を見て、赤衣さんは「なんと情けない……」と呆気に取られていた。

 

 

「本物ならば、あの程度の攻撃など軽く弾き飛ばしていたであろうに……。こんなのでは、全力の三分の一にも満たないではないか。もっとやる気を出せ、“黒龍”ッ!」

「グルアアアアァァァッッ!!」

 

 

 大袈裟に両腕を広げて挑発した赤衣さんが癪に障ったのか、“黒龍”は無事な左目で私達を見据えると同時にブレスを吐こうとしてくる。

 口内より漏れる炎を見た赤衣さんの瞳がスッと細められ、すぐさま私を抱えて跳躍。同時に、“黒龍”から放たれた業炎が先程まで私達がいた場所を焼き払い、そこにあった瓦礫などを瞬く間に融解させていく。

 

 赤衣さんの脚力に助けられたお陰で炎に包まれなくて済んだが、それでも全身に襲い来る熱気は私の肌を焼き、火傷でもしてしまったかのような感覚に襲われる。赤衣さんに抱えられてはいるが、生物としての本能か、着地するまでは唯一の安全を保障してくれる彼の体にしがみつき、やがて彼が全く衝撃を感じさせずに着地したのを確認してから、彼の腕から降りる。

 

 

「あれが……全力じゃない?」

「無論、そうだとも。あれくらいの事、“黒龍”にとっては造作も無い事だ。あの偽物にとっては全力だろうがな」

 

 

 二~三百メートルは優に超える距離を焼き尽くした“黒龍”が、忌々し気に私達を睨みつける。

 避けられた事に激怒しているのか、唸り声を上げている彼の姿に、私は無意識的に、自分の思い通りにならずに癇癪を起す子どものようだ、と思ってしまった。

 北欧異聞帯や中国異聞帯で目にした本物の彼は、今目にしている彼より落ち着き払っており、いざ戦闘となれば隙を見せた瞬間に攻撃を仕掛けてくる、静かだが苛烈な戦闘スタイルだったと記憶している。彼ならば、私達が滞空している間か、着地した隙を狙って追撃してきたはずだ。やはり、あれは本当に、彼であって彼ではないのだろう。シャドウ・サーヴァントに近い存在なのかもしれない。

 

 なにはともあれ、力量は計れた。確かに強大な力ではあるものの、その使用者がそれを十全に振るう力量を持たない事は、これで理解できた。

 今回の戦闘で第一に気を付ける事は、あの焔の直撃を貰わない事。一割とはいえ、あの攻撃を受けてしまっては赤衣さんも重傷は免れられない。尻尾による殴打や爪による攻撃も、範囲こそブレスには及ばないが用心に越した事はない。

 

 それに、これはいい機会でもある。

 “黒龍”の伝説は、お世辞にも多いとは言えない。辛うじて残されている彼に関する物語といえば、“黒龍伝説”や“モンスターハンター”の一章しかないのだ。それも、かなり大袈裟に描かれていたり、ざっくりとした描写が多かったので、戦闘能力についての知識を得る事はあまり期待できなかった。

 伝説や伝記などであるあるなのが、強大な敵と戦った際の描写は、かなりアバウトに描かれている事だ。大抵、「苦戦はしたがここをこうして倒した」という文章で終わってしまう。細かい描写をするよりも、これがどのような物語なのかを読者に伝える以上、仕方ない事なのだが。

 ……話が逸れた。

 私がこれをいい機会だと捉えたのは、(気を抜けば死ぬが)“黒龍”との摸擬戦が出来るという事だ。

 本物には遠く及ばないにしても、“黒龍”は“黒龍”。今回の戦いを通して、彼との戦いにおけるアドバンテージとなるなにかを得られるかもしれない。

 

 

「戦闘を続行する。頼んだよ、赤衣さん」

「ハ、もちろんだともッ!」

 

 

 不敵な笑みを以て答えた赤衣さんが“黒龍”へ接近する。すぐに巨大な顋から火球が吐き出されるも、赤衣さんがパチンッと指を鳴らせば、彼によって召喚されたタコ型の異形―――赤衣さん曰く、『落とし子』と言われる、使い魔に似た存在がそれを阻む。直撃したにも関わらずに、軽い火傷を負う程度で済ませた耐久力を誇る落とし子を踏み台にして跳躍した赤衣さんが右手を掲げれば、黄金色の風によって生成された幾本の槍が“黒龍”へと殺到する。

 “黒龍”はそれを薙ぎ払うようにブレスを吐く事で相殺するが、その際に懐へ潜り込んだ異形による打撃が炸裂。大きく仰け反った“黒龍”は二足歩行を維持できずに前足を地面につけた。

 赤衣さんがさらなる追撃に出かけるが、しかし“黒龍”はそれを読んでいたかのように自分の体を固定させるように翼を地面につけ、口内に炎を溜め始める。

 

 

「予測回避ッ!」

 

 

 放たれた業炎が赤衣さんを呑み込もうとした直前、私はすぐに礼装に仕込まれた魔術の一つを発動。一瞬だが、赤衣さんが残像を作り出す速度で動き、“黒龍”の攻撃を回避した。

 感謝の言葉を述べる赤衣さんに頷き、次の支援の機会を窺う。

 お世辞にも、私の魔力は魔術師としては半人前にも程遠いものだ。こうして礼装の力を借りなければ単純な魔術行使すら出来ない。だからこそ、サーヴァント達は私に状況判断の術を叩き込んだ。

 最適な場面において、その礼装に合った最適な魔術を行使する。今着ている極地用カルデア制服以外にも、これまでの旅の経験を基に構築された礼装を使い分けて戦う以上、その使い方は多岐に及ぶが、全ては世界を救う為。サボタージュなんて出来るわけがない。

 

 赤い弾丸が疾駆する。

 驚異的なスピードで“黒龍”に肉薄した赤衣さんのサマーソルトキックが、人一人ならば簡単に喰らえるであろう大きさのアギトを真下からかち上げた。黄金の風を纏った一撃を受けた“黒龍”が天を仰ぐも、すぐに態勢を立て直して赤衣さんを薙ぎ払った。

 

 

「むぅ―――ッ!」

 

 

 咄嗟に落とし子を呼び寄せてガードさせたものの、“黒龍”の膂力が使い魔越しに伝わってきた赤衣さんはそのまま使い魔ごと吹き飛ばされ、家屋に突っ込む。

 

 

「赤衣さんッ!」

「なに……この程度の傷、気にする程ではない」

 

 

 落とし子に瓦礫を吹き飛ばさせて現れ、自分と使い魔についた埃を払う赤衣さん。多少ダメージは受けているようだが、戦闘に支障は無さそうだ。

 “黒龍”が彼らに向かってなにかを溜めるような素振りを見せ始める。それに危機感を覚えた私は、すぐさま彼らにその事を伝えると、彼らも“黒龍”の動作に気付いたのか左右に分かれて動き出す。

 瞬間、“黒龍”の顋から放たれた火炎放射が、赤衣さんと落とし子へと放たれる。

 俊敏に動いているにも関わらず、まるでスナイパーの如き命中精度で寸分違わずに彼らを灼こうとしたそれを、赤衣さんは片手を持ち上げて発生させた魔力の障壁で防いだ。落とし子も防御態勢を取っていたのか、軽く吹き飛ばされた程度で済ませていた。

 

 

「花の邪神の力を代用してみたものだが……ううむ、あまり使い勝手はよくなさそうだ。障壁を維持する為に魔力をかなり持っていかれる」

「大丈夫?」

「なに。少し疲れたが、気にしている場合ではない。だが、これ以上長引かせるのは、私と君にとって酷になるだろう。そろそろトドメと洒落込むべきだと思うが、どうかな?」

「うん。一通り見る事は出来たしね」

 

 

 維持に必要な魔力を断った影響で、ガラスの如く割れて破壊された障壁から掌に視線を落とした赤衣さんの提案に頷く。

 視線を動かせば、“黒龍”は次の攻撃に移ろうとしているのか、その雄々しい翼を羽ばたかせて飛翔している。

 私は赤衣さんを見て、彼が頷いたのを確認してから右手を掲げる。

 

 

「令呪を以て命ずる。フォーリナー、宝具を解放し、“黒龍”を討伐せよッ!」

「その言葉を待っていたッ! さぁ、諸君、今こそ夢幻の邪龍を滅ぼそうではないかッ!」

 

 

 私の右手に刻まれた三画の内の一画が消えると同時、狂気に染まり切った笑みと共に叫んだ赤衣さんの周りにある空間が歪み、そこから無数の異形の怪物が現れる。

 

 

「偽りの神秘よ、(まこと)の神秘を砕き、蹂躙せよッ! ―――『今こそ吼えろ、名付けられざりし伝説(The Immortal Dragon Weapon)』ッ!!」

 

 

 異形の竜種―――竜機兵の集団による殺戮が開始される。

 上空から、この地獄を創り出したであろう劫炎を放った“黒龍”に殺到した竜機兵達は、自らの身が焔に灼かれるにも関わらずに、それぞれの身に備え付けられた武器となる部位を使って攻撃を仕掛ける。

 “黒龍”は竜の亡者達の攻撃から逃れようとするが、十を超える数の竜機兵の追撃を躱し切る事は出来ず、赤黒いブレスを受けて怯んだ隙を突かれた事で、矢継ぎ早に他の竜機兵達による追撃を喰らう。

 獰猛な、しかしどこか哀し気な咆哮を上げる異形の怪物達の群れから落ちた“黒龍”は、やがてその身を魔力の粒子と化して姿を消すのだった―――。

 

 

「夢幻の“黒龍”、ここに墜つ―――だな」

 

 

 光となって消滅していく“黒龍”を見届けた赤衣さんがそう呟いた直後、周囲の景色が、まるで映像を早送りするかのように変化し始める。

 

 亡骸や瓦礫が散乱していた地面は、高級そうな絨毯が敷かれた大理石の床に。

 辛うじて形を保っていた家屋は、たくさんの書物が詰められた本棚に。

 そして、あらゆる光を遮断していた暗雲は、シャンデリアが釣り下がる天井に。

 

 絶望と悲劇に染まっていた地獄は、あっという間に一つの書斎へと様変わりした。

 

 

「これは……」

「本来の私の心象風景だ。私の内に在った“黒龍”の幻影を打ち破ったお陰で、元の姿を取り戻したのだろう」

 

 

 幾冊も積み上げられた本の塔の頂上から一冊手に取った赤衣さんは、そのまま椅子に腰を下ろしてパラパラとページを捲り始める。

 なんとなしに近くの本棚に歩み寄り、綺麗に整頓された本の列を指でなぞっていく。

 

 『Fate/Zero』、『Fate/stay night』、『Fate/hollow ataraxia』―――見た事も、聞いた事のない物語だ。気になってその内の一冊を取ってページを開いてみるも、なぜか文字はぼやけて見えない。

 首を傾げて他の本を取って読んでみれば、こちらは日本語だったり英語だったり中国語だったりと、あらゆる言語がごちゃ混ぜになって滅茶苦茶な文章になっていた。

 

 

「君にその物語は認識できない。君はまだ、終点に辿り着いていないからな」

「え?」

こちら側( ・ ・ ・ ・ )とは違う分岐を辿った世界の全貌だ。君がそれを認識できるようになるとしたら、君がきちんとした終幕(エンドロール)を迎えた後だろう。それまでは、それはただの謎の文章でしかないわけだ」

 

 

 よくわからない……。けれど、今の私にはこの本棚に詰められた本の内容を知る事は出来ないという事はわかった。

 

 

「すまなかった、立香」

 

 

 大人しく本を元あった場所に戻した時、赤衣さんがいきなり謝罪してきた。

 どうしたのか、と訊ねると、赤衣さんはこう答えた。

 

 

「あの障害は、何時の日か私が単独で解決すべきものだった。不可抗力とはいえ、君に協力してもらう形になってしまった事を謝りたくてね」

「いいよ、別に。こういった事、初めてってわけじゃないからね」

 

 

 眠っている間に、契約したサーヴァントの誰かと夢の中で冒険した経験は何度かある。最早私は、こういった事にも慣れてしまっていたのだ。

 私の返答に「そうか」と小さく返した赤衣さんは、パタンと本を閉じて私の前まで来る。

 

 

「今回の戦闘の件だが、何度も言ったように、あの“黒龍”は夢幻―――偽物に過ぎない。攻撃手段は同じだが、それ以外は本物と比べるまでもない程貧弱な存在だ。君がこれから先も戦い続けるのなら、いずれ本物の“黒龍”はおろか、その他の“禁忌”とも衝突する事になるだろう。君はこの試練を、乗り越えられるか?」

 

 

 なにを訊いているのか。そんなもの、答えはとうに決まっている。

 

 

「乗り越えるよ。どれだけ強大な敵でも、私の―――私達の歴史を取り戻す為なら」

「……ハッ、それでこそ、我が主だ」

 

 

 小さく笑った赤衣さんが、片膝をついて(こうべ)を取れる。仕えるべき王への敬意を体現したようなポーズのまま、真紅の降臨者は言葉を紡ぐ。

 

 

「サーヴァント・フォーリナー、真名、赤衣の男。改めて汝、藤丸立香に忠誠を誓おう。この身の全て、魔力の一片にまで至るまで、全てを御身に捧げよう。貴女が、奪われた歴史(せかい)を取り戻す、その時まで」

「……ありがとう、赤衣さん。これから、よろしくね」

 

 

 立ち上がった赤衣さんと、握手を交わす。

 降臨者の器を以て顕現した英霊。狂気を呑み干す狂気を身に宿しながらも、私なんかの為に召喚に応じてくれた彼。

 彼の期待に応える為にも、負けるわけにはいかない―――と、私は心に誓うのだった。

 

 

 

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「む……」

「どうしたの? ボレアス」

 

 

 なにかに気付いたように声を漏らした(ボレアス)に、空の玉座に座っていた(アンナ)が首を傾げる。

 

 

「どうやら、あの男の内にあった私が斃されたようだ。あの少女―――藤丸立香の力を借りたらしい」

「へぇ。という事は、彼もカルデアに召喚されたって事かぁ。クラスはキャスター……いや、フォーリナーだね、うん」

 

 

 最初に浮かんだクラス名を否定し、即座に彼にとって適当であるはずのクラス名を口にする。

 異邦の力を使役するとはいえ、かつて在った超古代の時代を生きた青年が召喚された事実に歓喜するが、ボレアスが彼に関してなにか良くない感情を抱いているのを感じ、アンナはこてんと首を傾げて問いかける。

 

 

「なにか気になる事でもあるの? 彼―――赤衣に関して」

「…………竜機兵」

 

 

 瞬間、彼らがいる部屋の壁に亀裂が入った。

 玉座に座る女性の身から放たれる凄まじい殺気と怒気は、強烈な突風となって狂戦士の髪の毛を乱れさせ、外から雷鳴が轟く音が聞こえ始める。

 

 

「―――なんて、言ったの?」

「奴は、我らの同胞を兵器として蘇らせた。私達が―――貴女が眠らせた彼らの魂を、再び呼び覚ましたのだ」

「そう……。嗚呼、一瞬でも彼の登場に歓喜した自分が憎い……ッ!」

 

 

 持ち上げられた掌に、緋色の雷が満ちる。

 それを握り潰すようにすれば、弾けた稲妻が周囲に飛散し、薄暗い王室を紅く照らした。

 

 

「決めたわ。今度私達の前にあいつが現れたら、絶対に殺す。二度と召喚されないぐらい、殺し尽くす。あぁ……まだ全力を出せないのが口惜しい。全力さえ出せれば、あいつを座からも消す事が出来るのに……」

 

 

 忌々し気に白銀の髪の毛を掻き毟ったアンナだが、やがて体内で暴れ狂う感情の嵐を鎮めるように何度も深呼吸を繰り返し、なんとか気持ちを落ち着かせた。

 

 

「……まぁ、いいわ。消せないのなら、召喚されたくないと思うくらいにトラウマを植え付けるだけ。徹底的に甚振って、蹂躙して、精神を破壊する―――絶対的な恐怖を霊核に刻み込んでやるわ」

 

 

 ぶつぶつと物騒な事を呟くアンナだが、ここには弟がいる事に気付いて「……ごめんなさい」と謝罪する。

 

 

「構わない。貴女がそうなるのも無理はない事だ。かく言う私も、貴女と同じ気持ちでいた」

「そう……。……()の様子は?」

「バルカンに監視させている。今は地下で眠っているそうだ」

 

 

 すぐに話題を切り替えるアンナに、ボレアスは特になにも思わずに返答する。

 もうこれ以上、赤衣の男について考えたくないのだろう。あの兵器を使った事が判明した時点で、彼の名はアンナ達が排除すべきブラックリストに載った。いずれ、なにかしらの形でツケを払わされる事になるだろう。

 それよりも、今は()の状況を把握した方がいいだろう。

 

 

「寝ているって事は、馴染ませているんだろうね。いきなり全力で戦ったんだもの。休息と同時に、魂を上手く統合させている途中ってところかな」

 

 

 初めに彼―――彼らの存在に気付いたのは、今から数カ月前だ。懐かしい気配を感じた後、虞美人のサーヴァントである蘭陵王からの報告で、その存在を知った。

 良くて幻霊止まりだったはずの彼が、現代を生きる青年の器を使ってデミ・サーヴァントとして現界した。恐らく、抑止力の差し金だろう。そこまでして、この異聞帯を滅ぼしたいらしい。

 しかし、一つの肉体に二つの魂を同居させるのは難しい。二つの魂を織り交ぜて新たな人格を形成するのか、それともどちらかが肉体の主導権を獲得し、状況に応じて使い分けられるようにするのか。どちらにせよ、アンナはこれを良い機会だと考えた。

 経緯はどうあれ、この異聞帯から英雄に成り得るものが誕生したのだ。目覚めた彼らがどのような行動に出るのか、楽しみで仕方がない。

 また、彼の現界に際してか、“王”の目覚めも近くなっているのを感じる。

 もう少しで、この異聞帯に一つの命が誕生するだろう。その時、この歴史(せかい)は、いったいどのような変化を迎えるのだろうか。

 

 

「楽しみね、ボレアス」

 

 

 にこやかに笑う主に、サーヴァントは「あぁ」と頷くのだった。

 



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【サーヴァント・ステータス】赤衣の男(フォーリナー)

 
 前回、この作品をリメイクしようか迷い、読者の方からの意見を求めて活動報告を投稿したのですが、そこに来たメッセージに勇気づけられました。Kuraganeさん、ありがとうございます。

 自分なりに考えた結果、リメイクはせずに、これからカルデアサイドの話を極力削減し、主人公側にスポットを当てていこうという形に収まりました。ブリテン異聞帯は色んなサイドストーリーがあるため、どうしても主人公サイドの話が少なくなってしまうのですが、どうかご了承ください。
 また、これに伴って、カルデアサイドがメインとなっている平安京を泣く泣くカットする事にしました。そちらに出そうと考えていたハンターはどこかしらの異聞帯に出そうと考えています。

 今回は幕間との二本立てです。それではどうぞッ!


 

【クラス】フォーリナー

 

【真名】赤衣の男

 

【マスター】藤丸立香

 

【レアリティ】☆5

 

【キャラクター詳細】

 赤いロングコートがトレードマークの青年。

 自身が見込んだハンター達に難易度の高いクエストを押し付けては、彼らがそれを乗り越える様を楽しんでいた傍観者。

 常に不敵な笑みを崩さず、あらゆる出来事を楽しむ性格。

 

 

【パラメーター】

 筋力:B+ 耐久:C

 敏捷:B  魔力:A++

 幸運:A  宝具:EX

 

 

【プロフィール1】

 身長/体重:185cm・72.5kg

 出典:『モンスターハンター』

 地域:不明

 属性:混沌・悪 性別:男性

 私を召喚したようだな、マスター。いいだろう。君の功績に免じて、この身全てを捧げて戦おう。

 異邦の力、禁忌の(すべ)。その全てを活用し、君の道を切り拓こうじゃないかッ!

 

 

【プロフィール2】

 カルデアには人理漂白中に行われた、異次元からの侵略を阻止する為に協力。その気になれば焼却時にも召喚されるつもりでいたようだったが、全体的な戦いを通してマスターという個人がどのようなものか確認しようと判断したため、召喚されなかった。仮に修復完了後になにも起きなければそのまま召喚されなかったが、漂白という事件を受けて腰を上げた。

 

 

【プロフィール3】

 英霊となった彼に適性のあるクラスは、今回のフォーリナークラスの他にキャスターがある。

 その場合の彼は、純粋に人類の技術によってもたらされた武具を用いて戦う。数々の武具を召喚し、それを操る事から、魔術師のクラスが適性であると判断されたのだろう。

 フォーリナーとして召喚された場合は、人類が生み出した武具を使えなくなる代わりに、彼が生前と英霊になった後に手に入れた異邦の力を使って戦う。

 フォーリナークラスの彼は、使い魔として一体の異形を召喚する。

 彼曰く、その異形は『落とし子』と呼ばれる存在で、彼が虚数空間に召喚される際に契約した邪神の従者だとされる。

 領域外に住まう邪神の従者であるためか、そのステータスは筋力・耐久・敏捷・魔力・幸運の全てがAランクを誇る高性能となっている。ただし、落とし子は宝具を持たないため、宝具パラメーターは存在自体除外されている。

 

 

【プロフィール4】

 『偉大なる解明:A』

 赤衣の男が取り込んだ異邦の力の一つ。

 時間の謎さえ解き明かしたその慧眼は、敵対する者達への弱点を的確に見つけ出す。

 たとえ相手が、本来ならば倒し得ない存在だとしても。

 (ゲーム内効果)

 敵全体の防御力を大ダウン(3ターン)&【偉大なる解明】状態(全クラスに相性不利になる状態)を付与(3ターン)

 

 『咲き誇る邪悪の華:C』

 赤衣の男が取り込んだ異邦の力の一つ。

 遥か彼方の星の地下世界に住まう者達が放つ芳香は、相対した者を籠絡し、偽りの世界に閉じ込める。

 (ゲーム内効果)

 敵全体に魅了状態を付与(1ターン)&【混乱】状態(毎ターン低確率でスキル封印を付与する状態)を付与(3ターン)

 

 『旧神の金風:EX』

 赤衣の男が組み込んだ異邦の力の一つ。

 邪悪なる風の支配者にして、神々の王でもある存在の加護は、庇護下にある者達をあらゆる災いから護り抜き、同時に敵には災いを振りかからせる。

 (ゲーム内効果)

 味方全体に回避状態を付与(3回・2ターン)&敵全体に呪い状態を付与(3ターン)

 

 

【プロフィール5】

 『今こそ吼えろ、名付けられざりし伝説』

 ランク:EX 種別:対神秘宝具

 

 The Immortal Dragon Weapon。

 太古の時代に存在し、そして滅ぼされた生体兵器―――竜機兵を召喚する。

 赤衣の男の任意により召喚されるこれらは、竜でありながら竜を殺す存在と定められた事から、強力な神秘殺しの力を宿している。

 生半可な神秘を持つ者であれば、触れるだけでも消滅は免れられず、また耐えられたとしても、これらによって行われる凄惨な殺戮の被害者となる事だろう。

 

 あらゆる神秘を駆逐する事のみを追求して造り上げられた、人類の罪状が具現化した存在。

 我こそがこの惑星(ほし)の王たらんと吼えた、人類の傲慢の結晶。

 (ゲーム内効果)

 自身の宝具威力をアップ(1ターン)<オーバーチャージで効果アップ>&敵全体に強力な【神秘】特攻攻撃&呪い状態を付与(3ターン)&防御力を大ダウン(3ターン)

 

 

 

【プロフィール6】

 彼の心象世界に巣食っていた、かつて視た“黒龍”の幻影は、彼と藤丸立香によって打倒された。

 本来の彼を表す心象世界とは、無数の本棚が並ぶ書斎であり、それは同時に、彼がこれまで目にしてきた歴史の総集である。

 近くて遠い世界の物語。たった一つの分岐によって幾本にも分かたれた歴史。彼がここまでの歴史(しょもつ)を獲得できたのは、生前に取り込んだ異邦の生命の力が深く関与している。

 また、彼は英霊になった以降にも別の異邦の力を得ているため、現時点では三体の異邦の力をその身に宿している事になる。領域外の生命の力を三つも取り込み、自らの霊基に組み込んだ彼は、ハイ・サーヴァントとして分類される。

 

 取り込んだ、または組み込んだ異邦の生命の力の大元は以下の通り。

 一体目、時間の秘密を解き明かした唯一にして偉大な存在。

 二体目、遠きラヴォルモスに住まう花の邪神。

 三体目、星間を飛び交う神々の首領。

 

 

 

【再臨段階】

 第一:トレードマークの赤衣を着ておらず、黒いインナーを着ている状態

 

 第二:赤衣を纏っている状態。ロングコートの両肩には、クエスチョンマークを三つ合わせたようなシンボルマークの装飾が施されている。

 

 第三:黄色の刺繍が入った、赤いローブを纏った姿。口調はいつもの赤衣の男のものだが、雰囲気はどこか王者を感じさせるものとなっている。

 

 最終:鎖で吊るされた竜機兵達を背景に両腕を広げ、高らかに笑っているイラスト。背後の竜機兵をよく見ると、所々に触手のような影が映り込んでいる。

 

 

 

【交友関係】

 アビゲイル・ウィリアムズ……生前に縁こそないが、お互いが接続している邪神が親子関係なため、つい「我が父」と口走ってしまい、気味悪がられてしまった。現在はなんとかその誤解を解き、様々な話を読み聞かせている。

 

 葛飾北斎……フォーリナー云々の話よりも、赤衣は彼女の絵に興味があるようで、よく彼女から絵を買い取ろうとしている。しかし、その時使っているのがカルデアの資産だったため、ダ・ヴィンチとゴルドルフに怒られた。

 

 楊貴妃……彼女に虚数海域での記憶はないが、赤衣を見ると嫌な悪寒を感じるため、距離を取っている。しかし、赤衣としては国を傾けるほどの美姫である楊貴妃に興味を持っており、距離を縮める機会を伺っている。

 

 ゴッホ……かつて、その在り方についてアドバイスした少女。彼女もその事を薄っすらと覚えているらしく、時々談笑している姿が目撃されている。

 

 BB……接続している邪神が天敵同士なため、あまり関わりを持つことはない。しかし、BBとしては急ぎで水着霊衣を改良しなければならなかったため、赤衣に対する恨み言の一つや二つはあるらしい。

 

 謎のヒロインXX……赤衣は彼女を「星の戦士」と呼び、彼女は赤衣を「コスモスカーレット」と呼んで敵視している。どうやらユニバース世界にも赤衣が存在しているようだが、こちらの世界の赤衣としては完全なとばっちり。

ちなみにコスモスカーレットは、信奉者を募ってユニバース世界に邪神達を招き、世界を混沌で満たそうとしていた。

 

 ストレオ……同じ時代に生きたサーヴァントであるため、なにかと話をしている。しかし、ストレオは赤衣の宝具については顔を顰めており、可能ならば使わないでほしいと思っている。

 

 

【絆礼装】

『旧神の首飾り』

 

 赤衣の男から受け取った、花の装飾が施された、星型のような不可思議なマークが特徴の首飾り。

 植物の蔦を基に作られたレザーチェーンに首を通せば、その首飾りは強力な加護を所有者に齎すだろう。

 しかし、着用するのならご用心。

 その首飾りは、赤衣の男からの贈り物であるが、同時に異邦との邂逅である。

 所有者に加護を与えこそするが、その精神が脆弱なものであれば、瞬く間に狂死してもおかしくはない代物だ。

 

 「数多の戦場を駆け抜けた君だ。これくらいの狂気(もの)、君が乗り越えられないはずがない。なに? もし自分が自分でなくなったらどうするか、だと? その時はその時さ。フフフフフ……」

 

 妖しく笑う青年を前に、君は覚悟を決められるかな?

 (ゲーム内効果)

 赤衣の男(フォーリナー)装備時のみ、自身がフィールドにいる間、味方全体に弱体無効(3回)を付与&毎ターンNPを5%獲得&宝具威力をアップ




 
 次回からはギリシャ異聞帯です。
 それが終わったら日常回を入れたいところですねぇ。


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幕間:いつか、煉獄の海にて

 

 轟音が鳴り響く。

 永劫と思える時の果てに、全てに終わりを告げる晩鐘が鳴る。

 

 それが具体的にはなにを意味するのか、私にはわからない。

 この()において、私はあくまで傍観者に過ぎず、ただこの光景を眺めている『誰か』の中で、事の成り行きを見守る事しか出来ない。

 それでも、この音は、この夢の主にとってのなにかが終わり、また同時に、それとは別のなにかが始まったと否応なしに感じさせられるものだと思った。

 

 『誰か』の視線が動く。

 膝をつき、今までずっと血のように赤黒い水で満たされていた砂浜から、自分の体を支える、奇妙な面を被った小さな人間らしき生物達に視線を向け、どちらからとも言わずに頷く。

 

 

『終わったンバッ!』

『勝ったッチャッ!』

 

 

 不思議な語尾で達成感に満ち溢れる声を上げる彼らだが、しかし『私』の気持ちは晴れない。

 達成感はある。これまで成し遂げたもののなによりも勝るこの達成感は、本来ならば心地良いものだろう。

 ―――だというのに、どうして胸が締め付けられる痛みを感じるのだろう。

 

 再び、『私』の視線が動く。

 

 暗雲が晴れていき、元の色を取り戻していく空。

 雲の切れ目から伸びてきた光の柱が幾つも眼前の海に聳え立ち、それに浄化されるように赤黒い海もまた、蒼き海へとその姿を変えていく。

 

 だが、その誰もが『私』の視界には入っていない。『私』の視線は、ただ眼前に広がる海の奥底へと向けられていた。

 

 

『……っ』

 

 

 小さく、息を呑んだ。それは私であり、同時に『私』のものでもあって。

 『私』は、ただ悲痛な声を漏らし、瞼を閉じた。

 

 視界が完全に闇に閉ざされる刹那、私は見た。

 

 ゆっくりと、スローモーションのようにゆったりとした動きでその姿を海の底へと消していくそれ( ・ ・ )

 

 所々に赤いラインの走った褐色の肌。ルビーのように煌めく、紅い瞳。

 

 独り、静かに沈み逝く彼女は―――優し気な笑みを浮かべていた。

 

 

 

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 おはよう、とサーヴァント達と朝の挨拶を交わしながら、私は廊下を歩く。

 愛しの後輩であるマシュは、今ホームズやダ・ヴィンチちゃんと一緒に行動している。私はギリシャ異聞帯を攻略してしばらく経ったので、休息もそこそこに訓練を始めていた。

 ギリシャの神々が支配する世界を乗り越えても、時間は待ってくれない。まだ私達が切除すべき異聞帯は三つ残っており、その内の一つはギリシャ異聞帯を呑み込んでより巨大化したシュレイド異聞帯だ。

 急いては事を仕損じる、という諺があるように、無理して挑んでも返り討ちになるのは目に見えていた。なので私達は適度な休息を取った後、充分にコンディションを整えてから、各々が取り掛かるべき仕事に取り組んでいる。

 だからこそ、私もサーヴァントの強化や、自分一人でも可能な限り生存率を上げる為の訓練を行っていた。

 だが、今日の午前は休みだ。久々にゆっくりと出来る時間が確保できたので、ナーサリーやジャックちゃんといった子どもサーヴァント達と遊ぶのもいいかと思っていたのだが、その予定は先延ばしにするしかないだろう。

 

 あの夢―――赤い海に消えゆく、少女の夢。それをただ見つめる事しか出来ない、『誰か』の夢。

 

 その夢が誰のものかは、なんとなくだが理解できていた。

 地獄に存在していそうなあの海と、その原因であろう少女を討ったであろう人物は、少し前にカルデアに召喚されている彼女だろう。

 もしかしたら嫌な事を思い出させてしまうかもしれないが、なにも聞かないよりは、聞いて後悔した方がいいだろう。

 

 果たして、その探し人はすぐに見つかった。

 

 

「む、マスターか。なにか用か?」

「ちょっと、いいかな?」

 

 

 談話室でドレイクやイアソンといった、私からすればあの頃と同じ、アトランティス攻略パーティーの面々と会話していたラメールは、イアソン達に断りを入れて私についてくる。

 

 

「ごめんね。いきなり連れ出しちゃって……」

「そろそろ話も終わりかけていた頃だった。誰も気にしていないだろう。それで、話とはなんだ?」

 

 

 相も変わらずの仏頂面。最早鉄仮面と言っても差し支えないのでは、と思うくらいに動かない表情で、しかしその瞳にはこの場にいる誰もが持つ強い意志の輝きを纏う瞳で私を見下ろしてくる。

 それに私が昨晩見た夢の事を伝えると、「なるほど」と短く呟き声を漏らし、私より先に歩き出した。

 

 

「どこに行くの?」

「私の部屋だ。その事について話すのなら、マイルームの方がいい」

「わかった」

 

 

 あぁ、そうか。

 カルデアに集まったサーヴァント達が生前の自慢話をしているのはよく見かけるが、夢に出てくるような強烈な記憶は、あまり公言していないと、今更ながらに思いついた。それなりに長い付き合いの彼らだが、やはり知られたくない、あまり語りたくない物事も存在する。英霊に昇華された彼らであっても、例外はあるが元は命を持って生きていた者達なのだ。それの一つや二つぐらい、あっても不思議ではないか。

 

 ラメールに案内されて彼女のマイルームに入った私が真っ先に感じたのは、塩辛い風の匂いだった。

 

 木造の床や壁。どこかの民族がつけていそうな仮面が幾つもかけられた棚の近くには暖炉があり、それとは反対の場所にはこれまた簡素なベッドや本棚が設置されている。しかし、なによりも目を引くのは、その奥に広がる蒼海だろう。

 シミュレーターによる再現だとはわかっているが、それでも今自分がいるのはどこかの海の上に建てられた家なのではないかと錯覚してしまう程、綺麗な海だった。もしかしたら、まだカルデアに来る前に家族と一緒に旅行した時に見た海よりも綺麗かもしれない。

 

 思わずその光景に見惚れていると、ラメールが少し傾いている仮面に気付いたのか、テキパキと元に戻し始める。

 その時、彼女が持つ仮面に視線が向き、「あっ」と小さく息を漏らした。

 

 

「それって、もしかして……」

「知っているのか? これは、不思議な種族からの依頼を達成した時に貰ったものだ」

 

 

 そう言って見せてきたのは、私からすれば途轍もなく懐かしい、馴染み深いキャラクターそっくりの仮面だった。

 黄色い帽子に、緑色の顔。なんとなくだがカエルっぽい外見のそれ。どこからともなくゲロゲロゲロゲロと聞こえてきそうなその仮面に、思わずふっと笑みが零れた。

 

 彼らが太古の時代にこの地球(彼ら風に言えばペコポンだろうか)に来ていたと考えると、まさか漫画のキャラクターまでもが実在していたとは、と感嘆する。流石に時間が経ちすぎているため、彼らは既に天寿を全うしているだろうが、会えるのなら一回でもいいから会ってみたい。

 

 

「どんな経緯で知り合ったの?」

「カヤンバとチャチャ……私の仲間の奇面族の子ども達だが、彼らに焼かれていたところを助けた」

「えっ」

「手足を縄で固定され、何度も回されながら焼かれていた。涙目で暴れていたものだからすぐに救出して、まぁ、紆余曲折あって依頼を受けたという流れだ」

「そ、そうなんだ……」

 

 

あまりにも予想外な出会いに思わず顔が引き攣る。

 

 しかし、こう言っては何だが、あの軍曹が焼かれているのは簡単に想像ができてしまう。確か、映画じゃイースター島辺りで焼かれてた気がするし。

 そのまま私は、彼女が彼から受けた依頼の内容について尋ねたのだが、ラメールは軽く目を背けた。……あまり思い出したくないものなのかもしれない。

 

 

「そういえば、一度お前ぐらいの歳の男とも会った事がある。コウコウセイ……と言っていたが、これは確か学生の身分だったな?」

「えっ、高校生もいたのッ!? あの、その人はどういった感じの……」

「特徴的な髪型の男だった。殺人鬼を追っていたそうだが、その際に私と出会ったらしい。突然現れて、突然消えたがな」

 

 

 特徴的な髪型に、殺人鬼を追う高校生……。……あ~、わかっちゃったかも。

 

 

「凄いなぁ……まさかその人とも会ってるなんて」

「また知っているのか。どこで知ったんだ?」

「それは後で話すよ。それよりも、さ」

「……あぁ。そうだったな」

 

 

 話が大分逸れてしまったが、今回私がこの部屋に招かれたのは彼女の夢、というより、その過去について知る為だ。

 ラメールに促された私がベッドに腰掛けると、その隣に彼女が腰を下ろしてきた。

 

 

「どんな夢を見た?」

「……赤い海に、女の子が沈んでいく夢」

「……そうか」

 

 

簡潔に述べた答えに、ラメールは僅かに俯いた。青い前髪に少し隠れた瞳は伏せられており、それが彼女にとって、あの夢がとても重要なものだという事を痛感させられる。

 

 

「私と“煉黒龍”との戦いは知っているな?我がマスター」

 

 

 その問いに、私は間髪入れずに頷いた。

 知らないはずがない。ラメールの物語を綴った“モンスターハンター”3章と、その続編である3Gにおいて、“煉黒龍”との決戦は文章だけでもその苛烈さを感じさせられるものだ。

著者がこちらとは別の次元に潜むと言われている邪神と結びついている赤衣さんなため、読者にそう思わせるようななにかを仕込んでいるのか、それとも彼自身の才能が私達にそう錯覚させているのかわからないが、それらを抜きにしても、“煉黒龍”との戦いは死闘を超えた死闘だという事は理解しているつもりだ。

 

そこで私は、「もしかして」と呟いた。

 

 

「察しがいいな。お前の考えた通り、その少女は“煉黒龍”が人の姿に化けたものだ」

「……やっぱり……」

「そうか。お前は既にそういったタイプの者と会っていたのか。ならば、話は早い。私は、あの時の事を悔いているのだよ」

「悔いている?」

 

 

うむ、と小さく頷いたラメールは、遠くを見るような目で仮想の海を眺め始めた。

 

 

 

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「彼女とは、あの戦いよりも前に知り合っていた。当時の私は、まさか彼女が伝説に語られる“煉黒龍”とは思ってはいなかったが」

 

 

 それは、遠く離れた地での狩りを終えた頃の話だという。

 遠方から帰還し、村人達から労い言葉を掛けられた後、ラメールは単身で海岸へと向かった。

 なにかしらの目的があったわけではない。ただなんとなく、散歩に出かけようと思っただけである。

 

 比較的肉食モンスターが出現しない道を歩いていた時、ふとラメールは茂みに隠れていた小穴を見つけた。

 引き寄せられるようにその小穴に入ったラメールが目にしたのは、夕陽を受けて光り輝く砂浜で遊ぶ、一人の少女の姿。

 

 それが、ラメールと少女―――“煉黒龍”グラン・ミラオスとの出会いだった。

 

 

「初めは驚いた。モガの村でも、タンジアの港でも見かけなかった少女が、さも当然のように遊んでいたのだからな」

 

 

 楽しげに遊んでいる以上、自分が邪魔するわけにはいかないため、初めはラメールもすぐに退散しようとしたらしい。

 しかし、その存在に気付いた少女はラメールに「一緒に遊ぼう」と誘いをかけてきたのだ。

 

 初めはあまり乗り気ではなかったラメールだが、結局最後には折れて彼女と遊んだらしい。

 

 

「日が暮れる前には帰らせるべきだと考えてはいた。いくらモンスターが出現しないと言っても、この世に絶対というものは存在しない。場合によっては、私が彼女を護らなければならないと思っていた」

 

 

 “絶対強者”という呼ばれる“轟竜”ティガレックスといえど、縄張り争いに敗北して住処を追われる事もあるように、比較的モンスターが出現しないその海岸に、絶対にモンスターが出現しないという事はあり得ない。

 その頃はまだ最高の狩人の証を持つに相応しい実力も功績も持っていなかったラメールは、それでも自分が彼女を護らなければならないと思っていた。

 

 そして、結局モンスターに襲われる事はないまま、ラメールは日が暮れる前に遊びを切り上げ、少女と共に海岸を後にしたという。

 しかし、モガの村に戻った時、いつの間にかその少女は姿を消していた。

 

 

「村長に『どこに行っていたのか』と訊かれ、子どもと遊んでいたと返したのだが、彼曰く、赤いラインの入った褐色の少女など見た事がないと言われ、唖然としたよ」

 

 

 モガの村は物心ついた頃には既に天涯孤独の身だったラメールにとって、第二の故郷と呼んでも差し支えない場所だ。赤いラインの入った褐色の肌という特徴的な容姿を持つ少女がいたなら、間違いなく誰かしらの記憶に残っているはず。というより、ラメール自身が忘れるはずがないのである。元から村に住んでいた彼らよりも村に対する想いが強いとは思ってはいないが、それでも彼らと真っ向から勝負できる程の強さを持っていると自負していた。

 そんな彼女や村人達の誰も、あの少女の事は知らなかった。

 念の為にタンジアの港にも足を運んでみたのだが、そこのギルドマスターや受付嬢達からも、そのような少女を見たという話は聞けなかった。

 

 それから数日後、再びの狩りを終えたラメールがあの海岸に向かうと、以前その海岸で出会った少女がいた。

 名前を聞き忘れた事もあって訊ねてみると、彼女の名前があの伝説のモンスターと同じ、『ミラオス』というものであると知った。

 それについて訊いてみると、彼女は、

 

 

『え? 名前が伝説のモンスターと同じ? 偶然じゃないの?』

 

 

 などと、なんて事もないように告げ、砂遊びを再開し始めた。そんな彼女を見て、『それもそうか』と一人納得し、ラメールも彼女の砂遊びをサポートした。

 

 それからというもの、ラメールはその海岸で時々彼女と出会っては、他愛もない話や水遊びなどをしながら気ままな時間を過ごした。

 ハンターとしての生活もあり、数日、または一週間、それでも長ければ最長で一ヶ月程村から離れる事が当たり前だったのもそうだが、ミラオスが海岸にいない事もあって、二人が会えたのは十回あるかないか、という程少なかった。

 知り合ってから経った月日に比べれば、あまりに少ない回数。しかしそれでも、彼女と過ごす時間は、ラメールにとっては狩人としての自分ではない、一人の人間としての時間と言っても過言ではないくらいに充実し、リラックスできたものだった。

 

 それからしばらく経った頃だった。タンジアの港に、“煉黒龍”出現の報せが届いたのは。

 

 かつて、幾つもの大陸や島を海の底へと沈めた、伝説に語られる“禁忌”の一角。討伐隊のリーダーとして先陣を切る事を任されたラメールは、いつもと同じようにギルドからの要請を受け入れ、“煉黒龍”討伐へと赴いた。

 

 そして、地獄からこの世に溢れ出てきたのかと思える程に真っ赤に染まった海で、()の龍と邂逅したのだった。

 

 

 

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「そこからは、お前が夢で見た通りだ。死闘の末、私は“煉黒龍”を討ち取った。不死と呼ばれた心臓の鼓動を止め、海の底へと沈めた。……そして、その正体を知った。知ってしまった」

 

 

 両手を握って俯いたラメールは、それで話を終わらせた。

 

 嗚呼、なんという話だろうか。唯一、自分に人としての時間を過ごさせてくれた相手が、かつて世界を危機に陥れた龍達の一角であり、そのトドメを刺したのが、紛れもない自分自身だったなんて。

 最強の狩人として語られ、歴史にもその名を刻んだラメールが、唯一後悔の念を抱いた狩り。彼女がそう考えてしまうのも、当然の事かもしれない。

 

 

「……辛かったよね」

「……あぁ、辛かった。恩がある相手に、私は仇で返してしまった。狩りに後悔をしたのは、後にも先にもあれだけだった」

 

 

 それが、より彼女の心を責め立てた。

 狩りに後悔の念を抱かず、寧ろ感謝の念を抱く事こそ、ハンターとしての在り方らしいが、その時のラメールは、その在り方から外れてしまっていた。

 

 思えば、彼女が『モンスターハンター』の称号を手に入れるのは、“煉黒龍”討伐から数年経っての事だったと、今更ながらに思い出す。

 確か、それまでの間は狩人としての生活から抜け出し、放浪の旅に出たと叙事詩では語られていたはずだ。

 その事について訊ねてみると、「概ねその通りだ」と返された。

 

 

「狩猟した命に感謝を込め、自然との調和を取り持つ―――それがハンターだ。しかし、その時の私は、これからの自分にそれが出来るとは到底思えなかった。だからこそ、私は色んな場所を巡りながら、ハンターとは別の道に進むべきか否かを考え続けた。……そんな時だった。私が彼女(・ ・)と出会ったのは」

「彼女?」

「―――アンナ・ディストローツ」

「―――ッ!?」

 

 

 予想外の名前に、私は思わず呆気に取られた。

 まさか、北欧異聞帯の時に、彼女はシグルドとブリュンヒルデと面識があるようだったが、まさかラメールも彼女と知り合いだったとは思わなかった。

 

 

「恐らく、私が“煉黒龍”を討伐したと聞いてきたんだろう。そして、ハンターとは別の道を模索していた私を見た。それから……」

「それから……?」

「殴り飛ばされたよ。『なんで貴女が、そんな事してるのよッ!』と、まさに正論というべき他ない事を言ってな」

 

 

 どうやら、アンナはラメールを殴り飛ばした後、彼女を掴み上げては何度も彼女を殴ったらしい。

 

 なぜ、貴女がそんな顔をしているのか、と。

 なぜ、貴女は狩人の道から外れようとしているのか、と。

 なぜ、(ミラオス)の命を背負ってくれないのか、と。

 

 

「私は、恩を受けた相手を殺し、自棄になっていた。彼女の命を奪った責任から、逃れようとしていた。だが、彼女に殴り飛ばされて、思い直したんだ」

 

 

 奪った命に責任を取らないなど、罪深いにも程がある。たとえ恩を受けた相手であっても、この手でその命を刈り取った以上、それに対する責任を持たなければならないのだ。

 

 そして、数年の時を経て、遂に煉獄を制した勇者は立ち上がった。

 

 最強の狩人(モンスターハンター)、ラメールの誕生である。

 

 

「そこからの私は、『モンスターハンター』として多くの狩りに出向き、制してきた。そして、これまで狩ってきた全ての命……その全てを背負い続けた」

 

 

 それは、年老いてハンター稼業を引退してからも続いた。モンスターは狩れなくなっても、生きていく以上他者から命を貰う事からは避けられない。最後の最後まで、彼女はハンターとしての在り処を見失わず、その人生に幕を下ろした。

 

 

「これが、私の生涯だ。幻滅したか? 狩人とは常に自然との調和を図り続けるべき存在なのに、一時とはいえその責務から逃れてしまった、この私に」

「そ、そんな事ないよッ! 逃げたくなっちゃうのは仕方ない事だし、逃げたラメールを責める事は、私にはできないよ」

 

 

 いや、きっと誰も、彼女を責める事など出来はしない。アンナにそれが出来たのは、遺族として、彼女にミラオスの命を背負ってほしかったからだろう。

 

 

「……ありがとう、マスター」

(あっ、ラメール、笑ってる……)

 

 

 カルデアに召喚されてからは仏頂面や落ち込んだ顔ぐらいしか見せてくれなかったラメールが見せてくれた笑顔に、つい笑みが零れる。

 

 

「でも、とても素敵な人……人? まぁ、いいや。素敵な人だね。ミラオスって」

「なに?」

「狩人として生きて、人の願いを叶え続けたラメールが、人間として過ごせる時間を作ってくれたんでしょ? ミラオスがそう思ってそうしたのかはわからないけど、もしそうだったら、とても素敵な事だと思う」

「……」

「もしかしたら、ミラオスとは敵として戦うかもしれないけど。もし召喚できたら、色々と話……を……」

 

 

 海からラメールに視線を移した直後、私は言葉を紡ぐのを中断してしまった。

 それは、今私の隣りにいるハンターが、

 

 

「……マスター?」

 

 

 物凄いオーラを放ちながら(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)私を睨んできてるから(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 

「あ、あの……怒ってる?」

「? いや、特には」

「嘘……」

「嘘なものか。なぜ、私がお前に怒る必要がある?」

「え、本当? 嘘じゃなくて……?」

「そうだ」

「……ご、ごめん。ちょっと待って」

 

 

 視線を外し、彼女に背を向ける。

 

 え、なに? もしかして、本当に怒ってない? でも、それにしては凄い怒ってるオーラが出てるんだけど? それとも、怒りとは別の感情? え? え? 私、なにか変な事言ったかな……?

 

 ……あっ。

 

 私、わかっちゃったかも。

 

 

「ラメールってさ……独占欲強いよね?」

「……?」

 

 

 私の言葉に、変なところで鈍感な最強の一角は首を傾げるのみ。それに思わず溜息を吐いた私は、彼女からの詮索を躱すようしながら話を聞かせてくれた事への感謝を告げ、部屋を後にした。

 

 なんか、大変そうだなぁ……色々と。

 

 

 

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 深く、深く、どこまでも深く……。

 生涯という航海に幕を閉じ、ただ安寧のまま、暗く静かな世界に沈む。

 

 本当に、色々な出来事があった。

 大海の王者を狩り、深淵の王を狩り、そして、煉獄の主を討滅した。一時は狩猟生活より離れ、一大ブランドを立ち上げた事もあった。

 早くに両親を喪い、長らく天涯孤独の身だった己に、第二の故郷は家族と呼ぶべき仲間達を与えてくれた。

 狩りに失敗し、重傷を負った時もあった。最悪の場合、狩人の道を諦めなければならない程の事態に直面する事もあった。

 あの時は苦しかったが、今となってはそれも良い思い出だと思えてしまうのは、命の物語から退場した者だけが抱く感傷なのだろうか。

 

 しかし、そのなによりも勝る記憶といえば、あの少女のものだろうか。

 

 とある日の夕暮れ。気まぐれに散歩をしようとでも思い、ふらふらと当てもなく歩いた末に辿り着いた砂浜。村からも港からも離れたその場所で、一人の少女を見つけた。

 

 所々に赤い模様の入った、赤茶色に焦げたような褐色の肌の少女。年端も行かぬ見た目であるはずなのに、どこか浮世離れしたような雰囲気を纏う、不可思議な女の子。

 スラリとした素足で足元の海水を踏み、その度に足元で流れる音楽が面白いのか、夢中になって遊んでいるその姿に、まるで一枚の絵画を見ているような気分になった。

 

 そこで、私の存在に気づいた彼女は、ふっと小さく淡い笑みを伴って、優しく私の手を取ってきた。

 

 

『ねぇねぇ、君も遊ぼうよ。楽しいよ?』

 

 

 その無邪気な笑顔を曇らせたくなくて、誘われるがままに彼女と共に遊んだ。互いに水音を奏でながら、どこか似通ったリズムで踊り続ける。

 その時の私は、久々に狩人としての己を忘れ、純粋な、ただ一人の人間として楽しめていた。

 

 それからというもの、私と彼女……ミラオスは時々出会っては他愛もない話をしたり、こうして砂浜で遊んだりしていた。

 

 しかし、それはあの日……煉獄の主を討伐する日を境に無くなってしまった。

 

 後の人生を振り返ってみても、正しく己の人生最大の狩りを成し遂げた私は、その時の事を話したくて、あの少女が姿を現すのを待ち続けた。しかし、どれだけ待ち続けても、彼女が再び私の前に姿を現す事はなく、「あぁ……」と、私は一人納得してしまった。

 

 あの龍は、彼女だったのだと。少女は、煉獄の支配者だったのだと。

 あの眼差し、あの体色。どこかで見覚えがあるとは思っていた。その鼓動を止めた時のあの瞳を、私は知っていたのだ。

 

 それに気づいた私は、思わずその場に蹲り、あらん限りに泣いた。

 たとえ、その正体が人類を滅ぼす龍であろうと、あの少女との思い出は、私の根底に深い傷跡をつけていた。そんな彼女の命を、私自身が奪ってしまった事を、私は嘆いた。

 その衝撃は計り知れるものではなく、一度は自らこの命を絶とうとした事もあるくらいだった。それ程までに、私はあの少女との記憶を至宝の宝として思っていたのだ。

 

 だが、結局私は、己の命を絶つ事はなかった。

 死ぬのが怖くなったのではない。死への恐怖など、狩人になった時点でとうに克服している。

 私が恐れたのは、ここで私が死ぬ事で、これまで私が狩ってきた命が……彼女の死が無駄になる事だった。

 だからこそ、私は生き続けた。この命尽きるまで、戦い続けた。

 

 そして今、私はこの海の中にいる。

 

 

 ………………………………。

 

 …………………………。

 

 ……………………。

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ……あぁ。

 

 

(あの、光は……)

 

 

 どこまでも深く続いていく中、一つの光を見つけた。

 炎のように燃える、真っ赤な光。全てを灼き尽くすようでいて、遍く命を抱き締めるような、優しい光。

 その輝きに、私は手を伸ばす。

 

 なぜ、手を伸ばすのか。

 わからない。ただ、そうしたかったから。

 

 なぜ、そこまであの光を求めるのか。

 わからない。ただ、そうしたいと思ったから。

 

 なぜ、あの光は鼓動しているのか。

 それはきっと、あの光が、あの少女のものだから。

 

 ならばなぜ、己の心臓も、また鼓動しているのか。

 ……わからない。けれど、あの光に触れられたら、きっとわかるはずだ。我が生涯において終ぞ知り得なかった、この昂りを。

 

 

 ……あぁ。

 我が好敵手よ。我が輝かしき記憶の主―――煉獄の君よ。

 

 私は、私は、私は、私は……わたし、は……

 

 

 

 

 

 

 

 君に―――■をしているのだ。

 

 

 

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 深紅に染め上げられた海域で、一人の少女が眠る。

 

 己の持つ権能と呼ぶべき力によってこの世に具現化した地獄の中、胎児のように丸まって瞼を閉じている少女―――ミラオスの口元には、小さな笑みが刻まれている。

 

 

(ラメール……)

 

 

 サーヴァントは夢を見ない。

 死者が夢を見る事は、あり得ないから。

 夢とは、生者が見るべきものだから。

 

 それでも、彼女は夢想する。己の宿敵にして、誰よりも愛する、一人の狩人の姿を。

 

 ―――胸元に触れる。

 

 普段は衣服に隠されているため見えないが、その奥にある素肌には、相当の熱量によって焼かれた事が否応なしにわかる程の火傷の痕が残っている。

 

 しかし、ミラオスにとって、それはなによりも代えがたい大切なものである。

 

 

(あぁ……)

 

 

 未来を夢見る。

 彼女が再び眼前に現れ、この身を焼き尽くす程の、しかしどこまでも清らかな激情で、自分に戦いを挑んでくる未来を。

 

 その光景を思い浮かべるだけでも、心がぽかぽかと温かくなる。彼女と再び、命を懸けて戦えるという喜びに心中が満たされる。

 

 

(早く、会いたいな……)

 

 

 微睡みの中、煉獄の少女は願う。

 

 彼女達が巡り合う時、それはきっと、なにかが始まる時なのかもしれない―――。

 




 
 前回、百合要素を入れると話はしましたが、普通にがっつり入ってましたねぇ……。

 ちなみにですが、もしラメールとミラオスが恋愛勝負を行った場合、ミラオスはラメールの独占欲マシマシイケ魂の前にたじたじのメロメロになり、あっという間にお嫁さんにされます。勝負もなにもありませんね、一瞬で決着が着きます。


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【サーヴァント・ステータス】ラメール(ランサー)

 
 どうも、皆さん。
 6.5章が実装され、PU1で登場したクリームヒルト、シャルルマーニュ、ローランを諭吉さんを一人犠牲にする事で召喚に成功した作者でございます。
 しかし、それによって石が尽きたため、トラオムモリアーティとドン・キホーテは諦めました……。

 そういえば、公式がミラボレアスのトンデモ能力を明らかにしましたね。私は本を買えなかったので、YouTubeでとある方の考察動画で知ったのですが、まさかああいったファンタジー要素を取り入れてくるとは思いもしませんでしたッ!

 本日は幕間と共に投稿ですので、まだ読んでいない方は、まずはそちらを読んでくださいッ!

 それでは、どうぞッ!



 

【クラス】ランサー

 

【真名】ラメール

 

【マスター】藤丸立香

 

【レアリティ】☆5

 

【キャラクター詳細】

 最強の狩人、モンスターハンターの一人。

モガの村専属ハンターとしてギルドから派遣された後、数多の難敵を討ち倒し続けた狩人であり、『モンスターハンター』の称号を持つ者達の中で、最も水中戦に長けた人物でもある。

 

 

【パラメーター】

 筋力:A++ 耐久:A

 敏捷:C  魔力:B+

 幸運:C-  宝具:A+

 

 

【プロフィール1】

 身長/体重:178cm・65.5kg

 出典:『モンスターハンター』

 地域:不明

 属性:中立・中庸 性別:女性

 サーヴァント・ランサー、真名ラメール。お前の願いはなんだ、マスター。

 

 

【プロフィール2】

 第五異聞帯、神代巨神海洋アトランティスにて、カルデアより先んじて召喚されていたサーヴァント。水中戦に最も特化している狩人であり、その技量は単身で機神ポセイドンに乗り込み、撃破せしめる程のもの。

 

 

【プロフィール3】

 ギルドからの要請を受け、謎の地震に見舞われていたモガの村とその周辺の調査を名目に派遣されたハンター。普段から仏頂面で、滅多に感情を表に出さない彼女だったが、村の人々はそんな彼女を快く受け入れ、彼女もまたその恩に報いる為にあらゆる脅威から彼らを護り続けた。

 狩猟した命を決して忘れず、その重みを一身に背負い、人々の願いを叶え続けてきた狩人―――それが彼女である。

 

 

【プロフィール4】

 『大海を制した者:A++』

 あらゆる水棲モンスターとの戦いの中で身に着けた技量。大海に住まうモンスター達の泳ぎを人の身を以て再現し、地上ではあり得ない機動力を発揮する。この時の彼女は、こと水中戦においては無類の強さを手に入れる。

 (ゲーム内効果)

 フィールドが「水辺」の時、自身に回避状態を付与(5回・3ターン)+Busterカード性能をアップ(3ターン)&Artsカード性能をアップ(3ターン)&Quickカード性能をアップ(3ターン)

 

 『冥海を越えて:C』

 “冥海竜”ラギアクルス希少種の能力を行使するスキル。長年の時を生き、その身を暗黒の海へと潜める冥王の雷撃は、遍く全てを焼き焦がし、呑み干す。

 (ゲーム内効果)

 自身に【冥雷】状態を付与(通常攻撃時に確率で相手にスタン状態を付与)(3ターン)&スター発生率をアップ(3ターン)&NPを獲得

 

 『煉黒の狩人:EX』

 かつて、世界を滅ぼしかけた“禁忌”の一角、“煉黒龍”グラン・ミラオスを、仲間達と共に討伐した彼女にのみ与えられる称号スキル。

 希望の象徴として立つ事による絶大なカリスマ、竜/龍種への特攻、“煉黒龍”への超特攻/特防など。

 (ゲーム内効果)

 味方全体に竜特攻状態を付与(3ターン)&竜特防状態を付与(3ターン)&攻撃力をアップ(3ターン)&クリティカル威力をアップ(3ターン)&スターを大量獲得

 

 

【プロフィール5】

 『超越解放/冥銃槍』

 ランク:A+ 種別:対人宝具

 

 モンスターハンター。

 ラメールという一人の狩人が至った境地。

 古代の技術である『超越秘儀』によって自身を強化した後、霊核へのダメージを顧みずに行う、超威力の竜撃砲。

 全てを貫く一撃の前には、あらゆる護りが等しく無意味と化して崩れ去り、灰燼と帰す。たとえそれが、不死の心臓であっても―――。

 (ゲーム内効果)

 自身の宝具威力をアップ(1ターン)<オーバーチャージで効果アップ>&自身に無敵貫通状態を付与&敵単体の防御強化状態を解除&超強力な「ガッツ状態(解除不能な状態も含む)」特攻攻撃&敵単体のガッツ状態を解除(解除不能な状態も含む)&スタン状態を付与(1ターン)&HPを5000減らす(デメリット)

 

 

 

【プロフィール6】

 “煉黒龍”との激闘を終えた彼女は、彼の龍がかつて己と過ごした少女だという事を知り、一時期ハンターの世界から姿を消した。

 狩人とは別の道を歩むべきかと思い悩んでいた彼女が、再びハンターとして再起した理由としては、流浪の旅の最中に出会った一人の女性にある。

 自らを“煉黒龍”の(はは)と名乗った彼女の説得により、彼女は再びハンターの道を進む事を決意。以降、彼女が折れる事は二度となく、狩人としての在り方を損なう事無く天寿を全うした。

 もし、彼女が再び彼の龍と相見えた時、彼女は生前の悔いを晴らす為、全身全霊を持って戦いに臨むだろう。

 彼女をこの世に呼び戻したマスターの責務は、彼女達の戦いを見届ける事に他ならない。

 

 

 

【再臨段階】

 第一:防具……ラギアシリーズ一式

    武器……ラギアバースト

 

 第二:防具……ラギアUシリーズ一式

    武器……白雷銃槍ライオルド

 

 第三:防具……アビスシリーズ一式

    武器……冥銃槍エングルム

 

 最終:涙を流し、深海に沈んでいくイラスト。沈んでいくラメールの下には赤い光が見えている。

 

 

 

【交友関係】

 

 ストレオ……同じ『モンスターハンター』の称号持ちであるため、なにかと話をする機会が多い。この二人が組んだ場合、シミュレーターのドラゴン系エネミーは一秒と持たずに素材を残して消滅する。また、肉以外にも野菜と魚を食え、と言っては彼の口に野菜と魚を押し込んでいる。

 

 赤衣の男……自分の人生が勝手に叙事詩として書かれていると知った時は眉を顰めたが、今は許している。しかし、竜機兵の使用は限られた時にしか使うなと釘を刺している。その点については赤衣の男も反省しているようだが、それ以外については全く懲りていない。現に、また彼女に新たな試練を用意しようとしているのか、モリアーティと共になにかを企んでいる姿が目撃された。

 

 竜殺しサーヴァント……自分の後輩と呼ぶべき彼らに対し、誇らしい気持ちになっている。また、彼らからも偉大なる先達として尊敬されており、互いの竜退治の話をよくしている。

 

 マルタ……タラスクという竜に跨るドラゴンライダーである彼女を見て、生前に出会った、リオレウスを連れた少年を思い出した。彼女の話によると、その少年は別の世界において、冠位として召喚された事があるという。

 

 アトランティス攻略メンバー……全員にアトランティスでの記憶はないが、何かと気が合うため、よく酒を飲みながら談笑している。オリオンはラメールの笑顔をなんとか拝もうと奮闘しているが、その度にアルテミスにシメられている。

 

 黒髭……生前はラメールの伝説が愛読書だったため、憧れの伝説の英雄に是非にと自分の船に乗せたところ、感極まって座に帰った。

 

 

 

【絆礼装】

『貝殻のブローチ』

 

 ラメールから受け取った、貝殻をモチーフにした綺麗なブローチ。

 彼女が暮らしていた村の風習を真似たものだが、村の風習とは大分異なり、彼女はあくまで親愛の証として手渡してきたそうだ。

 普段の仏頂面からは想像もつかないような照れ隠しの笑みを浮かべ、ほんのりと頬を朱色に染めて、彼女は告げる。

 

 

「私からの気持ちだ。どうか、受け取ってほしい」

 

 

 ちなみにこれは完全な余談だが、生前にも彼女はこういったブローチを信頼できる相手に渡していたそうだ。

 その中には勘違いする者もいたらしいが、それからしばらくしない内に彼、彼女らは姿を消したという。いったい誰の仕業だろうか、その答えを知る者は、とある人物を除いて他にいない。

 

 (ゲーム内効果)

 ラメール(ランサー)装備時のみ、自身がフィールドにいる間、味方全体の攻撃力をアップ&弱体耐性をアップ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネェ、ナニヲ貰ッタノ?




 
 ライダーの少年についてですが、今のところは登場させる予定はありません。出ても言及される程度です。ストーリーが完結したら番外編として出すかもしれませんがね。

そして、今回のプロフィールから新たに交友関係を追加してみました。これに際して、ストレオと赤衣のプロフィールにも交友関係を追加しましたので、良ければどうぞッ!

 次回は日常話ですッ! それではまた次回ッ!


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ifストーリー/番外編
if:闖入者



 ドーモ=ミナサン。
 就活で忙しい中、なんとか時間を見つけてifストーリーを完成させましたッ! 可能から本編も更新したかったのですが、流石に時間が無く……申し訳ございません。
 今回はアンナ乱入回です。

 それではどうぞッ!



 

 肌寒い夜の森を、二つの影が疾走する。

 

 金色の騎士王―――アルトリア・ペンドラゴン。

 黒鉄の巨人―――ヘラクレス。

 

 両者の戦いは、苛烈を極めるものであった。

 

 暴風を伴って振るわれる大剣を掻い潜り、アルトリアの直剣が奔る。

 迷いなく振るわれた黄金の剣は岩塊そのものとも言えるヘラクレスの肌を斬り裂き、鮮血を噴き出させるが、その中にある内臓まで傷つけるまでにはいかなかった。

 

 墓石を砕き、死者の安寧を脅かしながら繰り広げられる剣戟。火花を散らし何度も繰り返されるそこから放たれる余波は、遠く離れていても、二騎のマスター達の全身にビリビリとした感覚を覚えさせる。

 

 

「あははははッ! いいわよバーサーカーッ! そのまま叩き潰しちゃえッ!」

「っ……、セイバー……」

 

 

 ヘラクレスのマスター―――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの声に応えるように咆哮したヘラクレスが斧剣を振り被り、アルトリアが不可視の剣に纏わせた風の勢いを強める。

 彼女のマスター―――衛宮士郎の視線の先で、両者の雄叫びが轟く。

 

 

「■■■■■■―――ッ!」

「ハァ―――ッ!」

 

 

 気迫の籠もった両者の剣が衝突しかけ―――

 

 

「―――ねぇ、君達」

 

 

 酷く静かな声に、二騎の動きがほぼ同時に止まった。

 

 

「……バーサーカー? どうしたの?」

 

 

 イリヤの問いかけに、しかしヘラクレスは答えず、視線をあらぬ方向へ向けている。

 そしてそれはアルトリアも同じで、彼女もヘラクレスと同じ方向を見つめている。

 

 その視線につられてその場の誰もがその先を見やると、コツコツと小気味のいい靴音を奏でながらやって来る者がいた。

 

 彼らの視線の先にいたのは、白いドレスを纏った女性。美しく整った顔に僅かに皺を寄せた彼女が一歩ずつ近づく度に、アルトリアとヘラクレスが少しだけ後退していく。

 

 

「あれって……」

 

 

 その姿に、士郎とその隣に立つ少女は見覚えがあった。

 

 

「アンナ先生……?」

 

 

 士郎の次の言葉を、隣にいた遠坂凜が代弁する。

 彼らの前に現れたのは、二人が通っている穂群原学園の英語教師、アンナ・ディストローツだった。

 

 

「……君達が、この墓場を荒らしたの?」

 

 

 普段教鞭を取っている時とは違う険しい表情で腕を組んだアンナが問う。彼女は、いつもとは全く異なる雰囲気を纏っており、先程からまるで少量の電流を浴びせられているかのように、士郎達の全身を震えさせている。

 彼女からの問いに対して最初に答えたのは、折角の勝負に水を差されたイリヤだった。

 

 

「貴女、誰? ここの墓守?」

「残念ながら違うよ。普段聞こえるはずのない音が聞こえてきたから来ただけの、ただの一般人だよ」

「一般人……一般人? その魔力量で?」

 

 

 一般人―――その言葉を聞いて、イリヤの表情が変わる。

 明らかに信じられないと言いたげな表情を浮かべる彼女に、士郎は隣の凛へ訊ねる。

 

 

「遠坂、お前、なにかわかるか?」

「なにって見れば……あぁそうか。衛宮君、へっぽこだものね。そりゃわからないか」

 

 

 流れるように『へっぽこ』と言われてもぐっとなるも、事実なのでなにも言い返せない。

 そんな士郎には目を向けないまま、凛は続ける。

 

 

「彼女、ドでかい魔力持ちよ。保有する魔力が大きすぎて、体外にまで溢れ出してる。さっきから全身がビリビリしてて仕方ないわ……。明らかに一般人じゃないわね」

 

 

 どうやって今まで隠してたのかしら―――と最後に呟いた彼女の説明に、士郎はようやく先程感じた全身の痺れの原因に行き着いた。

 これは、あの女性から漏れ出た魔力なのだ。その影響により、自分達の体に異変が生じているのだ。

 

 

「とぼけないで。そんな魔力量、一介の魔術師なんてレベルじゃない。見る事すら稀なレベルよ。―――でも、いいわ。マスターでもない魔術師なんて、どれだけ優れていてもバーサーカーの敵じゃないもの」

 

 

 微かに恐れの色が混じっていたイリヤの口元が、三日月のように歪む。

 士郎達が嫌な予感を感じた次の瞬間、それは現実となって現れた。

 

 

「―――じゃあ、殺しちゃって、バーサーカー」

 

 

 冷酷に、残酷に告げられた命令に、巨人が駆け出す。

 アンナが来るまで戦っていた剣士には目もくれず、ただ主の言葉に従って乱入者の排除に向かっていく。

 

 

「まずい―――ッ!」

「逃げてくれ先生ッ! そいつは―――」

 

 

 士郎が叫ぶが、彼の声が届く頃には、もうヘラクレスはアンナの目の前まで来ていた。

 振り下ろされる斧剣。呆然とそれを見上げるアンナが次の瞬間には肉塊になってしまうと思い、咄嗟に目を背ける。

 

 轟音。続いて、突風。

 髪の毛を乱暴に弄んでいくそれを咄嗟に両腕で防ぐ。

 

 

「あははッ! 結局は魔力だけの人間ね。なにも出来ずにバーサーカーにやられちゃうだなんて」

 

 

 風が収まり、雪の少女の笑い声が響く。

 日頃から世話になっている教師が為す術なく潰された、という事実にさぁっと血の気が引いていく嫌な感覚を覚えるが、しかし、士郎の瞳は月明かりに照らされるヘラクレスの姿に違和感を感じた。

 

 

「……バーサーカー?」

 

 

 彼が感じた違和感にイリヤも気付いたのか、標的を叩き潰しているはずの狂戦士を見つめる。

 

 

「……いきなり攻撃だなんて、酷い事するね」

 

 

 なっ―――と、驚愕の声を漏らしたのは誰だったか。

 士郎か、凛か、アルトリアか、イリヤか。それとも、狂戦士となって理性を失っているはずのヘラクレスか。

 

 振り下ろされた斧剣の先に、肉片など欠片もない。

 あるのはただ、己に向かって振り下ろされていた大剣を、白く変質した片手(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)で掴んでいるアンナの姿だった。

 

 

「なんで君がここにいるのとか、なんでたった十年前に起きたばっかりなはずの聖杯戦争がまた始まってるのとか、色々気になるけどさ……」

 

 

 まずは、と、アンナが区切った瞬間、彼女の足元から緋色の稲妻が迸った。

 魂さえも灼かれてしまうのではないかという威圧感を齎すその稲妻の中心にいるヘラクレスが本能的な危険を感じて飛び退くが、もう遅い。

 

 

「なにやってるの―――アルケイデスッ!!」

 

 

 怒号の後、轟音。

 飛び退いたヘラクレスとの距離を瞬きの間に縮めると共に繰り出された拳骨は、寸分違わずにヘラクレスの脳天を穿ち、彼の頭部を地面へとめり込ませた。

 

 

「―――は?」

 

 

 先程までの笑みを消したイリヤの呆けた声が、不思議な程に響く。

 彼女がそうなる気持ちが、士郎達には否が応でも理解できた。

 アルトリアでさえ明確なダメージを与えられなかったヘラクレスが、たった一撃でその顔を地面へと叩き付けられた。いったいなにが起こっているのか、それを知る者はいない。

 たった一人、めり込ませた顔を上げたヘラクレスの前で腕を組む、あの不可思議な女性を除いて。

 

 

「死者への敬意を忘れるなって、私は教えたはずだよね? あそこがなんだかわかる? 墓場だよ、墓場」

 

 

 ヘラクレスとアルトリアの戦いによって無残な有り様と化した墓場を横目に、アンナは埋めていた顔を上げたヘラクレスを見下ろす。

 

 

「幾ら君が活躍した時代の冥界が徒歩で行けるものであってもさ。生を全うした死者に対して申し訳ないと思わないの?」

 

 

 イリヤは声が出なかった。

 あのギリシャが誇る最高の知名度を持つヘラクレスが、あの謎の女性を前に何一つ行動を起こせていない。

 普段ならば即座に傍らの斧剣で斬り掛かっているはずであるのに、彼からそのような気配は感じられない。

 理性を失っている狂戦士であるはずなのに、最強の英霊であるはずなのに、今の彼は、まるで母親に叱られている子どものように見えてしまっていた。

 しかしそれを、彼のマスターであるイリヤが許すはずがない。

 

 

「ッ……立ち上がりなさい、バーサーカーッ! そんな奴、すぐに潰しなさいッ!」

「■■……■■■■■―――ッッ!!」

 

 

 主からの指示を受け、狂戦士が動き出す。

 地面につけていた左手を離し、右手を軸に体を回転。巨木のように太く、鍛えられた足による一撃がアンナ目掛けて振るわれる。

 

 轟音、次いで、爆風。

 爆風によって巻き上げられた土煙の中、ヘラクレスはほぼ直感で、繰り出した蹴撃を止められた事に気付いた。

 

 

「……バーサーカー。理性を失った狂戦士、そう、君はその姿で召喚されたんだね」

 

 

 晴れていく土煙の奥で、鱗の生え揃った純白の腕で自分の胴程の太さを誇る足を受け止めたアンナの瞳は、哀しみで彩られている。

 

 

「バーサーカーじゃなければ、例えばアーチャーだったなら、私に勝てたかもしれないね。けど、なけなしの理性と力任せの攻撃じゃ―――」

 

 

 離れていこうとするヘラクレスの足を掴み、放り投げる。

 体勢を立て直して着地したヘラクレス目掛けて、アンナが斧剣を投擲した。

 華奢な体躯からは想像もできない膂力で投げられた斧剣は、決して高度を落とさぬまま真っ直ぐに巨人の顔面に向けて一直線に飛んでくるが、ヘラクレスは即座に右足を軸に回転。捉えるべき標的を逃し、頭部の真横を通り過ぎていこうとする斧剣の柄を握り締め、構える。

 

 瞬間―――黒鉄の肉体を緋雷が焼いた。

 

 開いた右手から放たれた幾つもの稲妻に打たれたヘラクレスが堪らずに膝をついた隙を、アンナは逃さない。

 

 

「―――私には勝てないよッ!」

「■■……ッ!」

 

 

 両足に電流による筋力増強を図って迫りくるアンナに、ヘラクレスは斧剣では迎撃できないと判断し、斧剣を地面に突き立てて構える。

 固く握りしめられた拳が空気を切り裂いてアンナの顔面へと迫る。

 常人では視認する事すら叶わず、なにも出来ぬまま頭部を消し飛ばされる一撃。しかしそれを前にしても、アンナは止まらない。

 ヘラクレスの拳があと少しで鼻先に触れる―――その瞬間、アンナの姿がブレた。

 ギリギリまで引き付けてからの回避。当たると確信していたヘラクレスは不意を突かれた形になってしまい、辛うじて視線で彼女の姿を追う事しかできない。

 

 そしてアンナは動きを取れないヘラクレスの背後に回り、跳躍。

 

 跳び上がった瞬間にヘラクレスの腰を掴んだと思いきや、そのまま彼の体を持ち上げ、重力に引かれるまま落下。ヘラクレスが抵抗する暇を与えぬまま、彼の上半身を地面へと突き立てた。

 

 

「―――? ―――ッ!? ―――ッ!!??」

 

 

 これには流石のイリヤも鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 ただの一般人に、歴史に名を轟かせたヘラクレスがスープレックスを仕掛けられ、抵抗もできないまま上半身を地面に埋められた。

 ピンと両足を伸ばすヘラクレスから離れたアンナは、続いてアルトリアへと視線を向ける。彼女と視線を交わした途端、アルトリアはビクッと体を強張らせた。彼女の気持ちを表すかのように、その頭部から伸びるアホ毛も直線になる。

 

 

「アルトリア、残念だよ。まさか君が墓場で暴れるだなんて……」

「ま、待ってくださいアンナッ! これは決して故意ではなく、移動した先がたまたまこの場所でして―――」

「問答無用ッ!」

 

 

 雷が轟くような音がした瞬間、アルトリアの背後に現れたアンナ。彼女の存在にアルトリアが気付くも、時既に遅し。

 アルトリアの細い腰にアンナの腕が巻き付き、彼女もまたヘラクレスと同じ末路を辿った。

 

 士郎と凜、イリヤは最早、言葉すら出なかった。

 

 聖杯戦争が始まって一日も時間が立っていないというのに、特大のイレギュラーが目の前に現れた。

 聖杯戦争というものにイレギュラーが起こらないという事はまずあり得ない。これまでの第一次聖杯戦争から第四次聖杯戦争まで必ずイレギュラーが発生し、それがその戦争の決着を有耶無耶にする事も少なくはなかった。

 だが、今回のイレギュラーは度を越している。

 

 ただの一般人。サーヴァントを連れておらず、マスターでもないたった一人の女性に、最優を誇るセイバーと、今回の聖杯戦争の中で最強と評されているバーサーカーが手も足も出なかった。

 

 なにがなんだかわからない―――そう誰もが思った瞬間、アンナの視線が士郎達に向いた。

 

 両足を天に掲げ、上半身を埋めた最優と最強から離れたアンナは、一歩また一歩と、身を縮こまらせている二人の前に立つ。

 

 

「……衛宮士郎君に、遠坂凜ちゃんだよね。まさか、君達が聖杯戦争に参加しているだなんてね」

「「…………」」

 

 

 腕を組んで睨んでくるアンナに、士郎達は何も言い返せない。

 

 なぜここにいるのか。

 聖杯戦争を知っているのか。

 聞きたい事がたくさんあるというのに、それを問いかけられる空気ではないと、二人は目を合わせずとも察していた。

 

 黙り込んでいる二人を前に、「はぁあああ……」と重い溜息を吐き出し、アンナは懐からメモ帳とペンを取り出す。

 メモ帳にペンを滑らせた後、アンナはそれを剥がして士郎に手渡した。

 

 

「今度の休日、ここに来て。それ、私の住所だから」

「ぇ、あ、あぁ、はい……」

「いい? 絶対に来るんだよ。君達には色々聞きたい事があるんだから」

 

 

 腰に手を当てたアンナの厳しい眼差しを前に、士郎達はただ頷く事しか出来なかった。

 それに対して「よろしい」と一息に吐いたアンナは、次いでイリヤの前まで移動する。

 

 

「嘘よ……バーサーカーが負けるはずが無い……。あんな、あんな奴に……」

「……ねぇ、君」

「―――ッ!」

 

 

 その場に立ち尽くし、自慢のサーヴァントの敗北という事実を認めようとしないところに声をかけられ、イリヤが顔を上げる。

 

 怒りや恐怖といった感情が混ざり合ったイリヤが、自分を見下ろしてくるアンナを前に後退る。

 対してアンナは、自分を見上げてくるイリヤに瞳を伏せた。

 

 

「……こんな小さな娘まで、この戦いに……」

 

 

 そう呟くアンナの瞳は憐憫に彩られ、僅かに揺らいでいる。

 拳を握り締め、夜空を見上げたアンナは一度深呼吸をし、片膝をついてイリヤと視線を合わせた。

 

 

「……魔術師である君に、善悪を説いてもあまり効果が無いのはわかってる。でもね、生を全うした人達が眠る墓場で暴れるのも、悩める人々が救いを求める教会の近くで戦うのは、もうやめなさい。これは、その罰よ」

「え―――あぅっ!」

 

 

 ビシッと、額にデコピンを受けたイリヤが可愛らしい呻き声を上げて額を押さえた。

 

 

「アルケイデスッ! アルトリアッ!」

「■■……ッ!」

「は、はいッ!」

 

 

 なんとか地面に埋まっていた上半身を抜き出す事に成功したヘラクレスとアルトリアが、間髪入れずに鈴の音のように軽やかに響く声に姿勢を正す。

 

 

「いくら聖杯戦争といえど、戦う場所は考える事ッ! ここは君達のいた時代じゃないんだから、この世界の人達の事も考えなさいッ! 返事ッ!」

「わ、わかりましたッ!」

「■■ッ!」

 

 

 両手を腰に当て、豊満な胸を張って怒鳴りつけてくるアンナに、アルトリアとヘラクレスは揃って頷いた。

 

 今の彼らが、歴戦の英雄として時代を駆けた猛者達であると、いったい誰が理解できようか。今の二騎は、まるでイタズラがバレて母親に叱られる子どものようであった。

 

 

「それじゃあ、今夜はもう帰りなさい。あ、それと。日が昇ったら言峰君にこの件について謝罪に行きなさい。忘れないようにッ!」

 

 

 去り際にそう言い残し、アンナはカツカツと聞き心地のいい靴音を立てながら階段を下っていき、その姿を夜の闇へと溶け込ませていった。

 

 

「な、な……」

 

 

 闖入者がいなくなった後、幼い少女の震えた声が嫌によく聞こえる。

 

 

「なんなのよ、アイツーーーーーーッ!!!」

 

 

 凍える夜の街に、雪の少女の叫び声が響き渡った―――。

 




 
・『この世界のアンナ』
 ……士郎達が通う高校の英語教師として赴任。現在はマンションで暮らしている。冬木で暮らしている理由としては、とある老人の頼みを受け、聖杯戦争が齎す未曾有の大災害を防ぐ為。どうやらこの世界において、あの老人は彼女の助けなくば世界の存続は叶わないと判断したようだ。
 本心では自分がサーヴァントを召喚し聖杯戦争に参加したかったのだが、マスターには選ばれなかった。もし選ばれていた場合、“禁忌”、または古龍種の内の一体、彼女と生前に面識のある者をサーヴァントとして召喚する事になり、間違いなく今回の聖杯戦争の中で最強格となるだろう。

・『sn時空のアンナの実力』
 ……本編と比べると間違いなく弱い。シュレイド異聞帯という、彼女の全盛期であった頃のテクスチャと同じ世界で無い以上、彼女の力が全盛期に戻る事はない。しかし大聖杯が存在し、豊富な魔力を宿す冬木であれば、ヘラクレス相手に圧倒するレベルには戦えるようになる。
 ギルガメッシュが相手の場合、頭部以外が黄金の鎧に護られている事からひたすらに首目掛けて攻撃を飛ばし続ける。しかしギルガメッシュも相手がアンナである以上、初手から乖離剣&宝物庫全開&ズッ友チェーン常時展開なので、勝算はアンナ:ギルガメッシュで4:6といったところ。

・『ヘラクレスとアンナの力量差』
 ……バーサーカー霊基のヘラクレスでは、勝算こそあるものの基本アンナに勝てない。多少の理性は残っていたとしても、大抵が力任せの攻撃である以上、アンナに攻撃を読まれて防がれ、カウンターを貰ってしまう。もしもアーチャー霊基であったならば、アンナに勝てる確率は充分にあった。

・『ヘラクレスとアンナの関係』
 ……ヘラクレスから見たアンナとは、普段は優しいけれど怒ると頭の上がらないお姉さん。しかしその優しさに救われた事は多く、幼き頃は微かな恋心を抱く事もあった程。
 アンナから見たヘラクレスは、ゼウスのせいで波乱万丈な運命に巻き込まれた哀れな英雄。後に星座となって語り継がれるも、そこに至るまでの道程が、悲しみに満ちていたのを彼女は知っているが故に……。

・『アルトリアとアンナの関係』
 ……アルトリアから見たアンナとは、己の内にある竜の炉心の大元であるため、どこか母親に近い感覚を覚える存在。生前はガウェインのマッシュ料理に代わる美味な料理を振る舞ってくれたり、時々ちょっかいをかけてくるマーリンの制裁に手を貸してくれたり、また自分や円卓の騎士達の特訓に協力してくれたりなど、かなりの恩がある。
 アンナから見たアルトリアは、自分の正式な娘ではなくとも、竜の炉心がある以上自身の系譜に連なる者と捉えている。だが、仮に竜の炉心がなくとも彼女はアルトリアを支えていただろう。たとえ結果が滅びだったとしても、ブリテンを護ろうとした彼女の意志は本物なのだから。


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番外編:この時間を、共に

 
 ハッピーハロウィン=ミナサンッ!
 現在、群馬の山奥にいるseven774です。

 新たなイベントが始まりましたね。聖杯戦線は初めてやった時から好きだったので楽しくプレイさせてもらっています。
 皆さんはプトレマイオス、どちらを使って戦線に臨みましたか? 私は老人のプトレマイオスを選びましたッ! 設定的にも好きで、以前イスカンダルについて調べた時も他の英雄達以上に引きつけられた人だったのでッ!
 登場した新サーヴァントの中でもこの作品に使えそうなのが何人もいたので、いつか本編に出したいなと考えています。出すとしたら、そうですね……シュレイドでの禁忌戦に出そうかと思っておりますが、オーディールコール開始後の本編・イベントに登場したサーヴァントの参戦の有無は後々アンケートを取ろうかと思っておりますので、もうしばらくお待ちください。
 ネタバレ防止の為に名前は伏せますが、他と比べてアンナとの関わりをより強く書きたいと思ったサーヴァントもいたので、彼女もいつかは番外編、上手く行けば本編で出したいと思います。

 ……“堰界竜”ヴリトラ、“災害竜”ヤマタノオロチ、“境界竜”アルビオン、“■■竜”■■■■■。こうしてfgoに登場した彼女達を羅列してみると、型月世界のミラルーツがとんでもない化け物になりましたね……。

 今回はハロウィンという事で、番外編としてオフェリアとアンナの話を書きましたッ!

 それではどうぞッ!


 

 ―――時計塔。

 イギリスはロンドンに建てられた、数ある魔術師の中でも天才中の天才達が集まる魔術世界の総本山。

 その中にある一つの教室では、今まさに講義の時間が終わろうとしていた。

 

 

「―――という事を意味している。……む、もう終業の時間か」

 

 

 黒板を背景に身振り手振りを交えて生徒達に講義を行っていた男性、ロード・エルメロイⅡ世……改め、ウェイバー・ベルベットが奥に見える時計の針が指している時刻を見て、自分の講義の終了の時間になったと気付く。

 

 

「最後に改めて言うのであれば、ここイギリスを含めた数多くの国々において、ハロウィンとは『子どもが大人にお菓子を貰いに行く』行事として知られている。が、これは本来の風習が時を経た影響で、この時代に則したものへと変わったものだ。神秘の衰退により……本物の魔獣や幻想種は、それこそ人里離れた山奥か内海に戻っているからな。だからといって、今のハロウィンを楽しむな、というわけではない。いつか在り方が変わるであろうこの行事、楽しめる時に楽しんで―――」

「ロンドンスター先生〜ッ! お菓子を貰いに来ました〜ッ!」

 

 

 勢いよく扉を開けた音で言葉を遮ったフラット・エスカルドスに、ウェイバーは額に青筋を立てて怒鳴った。

 

 

「フラットッ! 貴様は既に二十歳を超えているだろうッ! いったいいつまで子ども気分でいるつもりだッ! ……お前達、これで今日の講義は終了だ。レポートの提出は来週のこの日まで受け付ける。各自忘れないように」

「やぁやぁ義兄上。良ければこの私にもお菓子を恵んでくれないかな?」

「……ファック」

 

 

 まさか、かつての弟子だけでなく現エルメロイ家のロードまで来てるとは思わなかったのか、ウェイバーが片手で目を覆って小さく呟いた。

 やいのやいのと騒ぐ二人の男女に文句を垂れ流しながら教師がいなくなると、先程まで集中で張り詰めていた空気が一気に霧散する。

 

 今回の講義の復習をする者。教師に訊ね損ねた質問を友人に聞いてみる者。早速レポート課題に取り組む者。そして、他の教室にいる友人の元へと向かう者。

 

 

「ハロウィン……か。ずっと前から思ってたけど、サウィン*1も変わったんだなぁ」

 

 

 まとめた教材をバッグへ入れて立ち上がった彼女―――アンナ・ディストローツはその最後の部類に当てはまっていた。

 

 この時計塔にやって来て早々に霊墓アルビオンへと単身で乗り込み、五体満足で生還した彼女は今も有名人であり、廊下を歩く彼女を遠目に見る者達は誰もが畏怖と尊敬、そして羨望の眼差しを向ける。

 しかし、そんな視線など知らぬとばかりに歩を進めていたアンナが足を止めたのは、降霊科(ユリフィス)の教室の扉の前。

 

 窓から覗き込み、講義が終了している事を確認し、次に目当ての人物がいるかを探る。

 そして、アンナが見つけたと同時、机から立ち上がった女性もまた彼女を見つけた。

 

 鞄を肩にかけて扉を開けた彼女に、アンナはにこやかに笑う。

 

 

「お疲れ様、オフェリアちゃん」

「そっちもお疲れ様、アンナ」

 

 

 女性―――オフェリア・ファムルソローネは自分を待っていたアンナに小さく微笑みを返し、歩き始める。

 

 

「一応聞いておくけど、この後なにも用事はないよね?」

「えぇ。貴女との約束があるのに、それを破るような事はしないわ」

「ふふっ、ありがと。今日はなにを学んだの?」

「そうね……、今日は―――」

 

 

 お互いに、今日学んだ講義の内容について話し合う。その光景はアンナがオフェリアの友人となってから変わらないものであり、お互いに自分の考えを交換し合う事でより講義の内容を理解を深める事が出来るため、二人はこの時間が楽しかった。

 

 時計塔を出て、魔術世界と関わり合いのない人々が行き来する街道に差し掛かると、二人は話題を魔術から一般的なものへと変える。

 気に入ったコスメ、ショッピングで買った新しい服、穴場のカフェなどなど―――そんな他愛もない会話をする彼女達が魔術世界においてそれなりに知名度のある者達だとは、周りを歩く者達は思いもしないだろう。

 

 ―――いや、オフェリアはともかくとして、アンナは表の世界(・ ・ ・ ・)でも、とある業界においては著名人であった。

 

 

「ごめん、ちょっとお手洗い行ってくるね」

「わかった。ここで待ってるわね」

 

 

 用を足しに一旦分かれる事となったアンナを見送ったオフェリアが、何気なしに視線を上に向け―――目を見開く。

 

 

「アンナ……」

 

 

 オフェリアが視界に入れたのは、大型ビジョンに映し出された友人の映像。

 大勢の記者や研究者達の前で、彼女は伸ばし棒を用いてなにかを説明している。

 

 

『過去、この地層で“海竜”ラギアクルスの化石が見つかり、そこから遠くない場所から“タンジアの港”と思しき場所が見つかっている事から、ここは超古代の時代、“煉黒龍”との死闘が行われた場所なのではないかと思われます。現在、研究チームを派遣しており、より正確な調査結果を報告できるように―――』

「お待たせ、オフェリアちゃん」

 

 

 映写された化石と地図を交互に指して説明しているアンナを見ていると、本物の彼女に背後から声をかけられた。

 オフェリアがなにを見ているのかと思ったアンナが彼女と同じ方角へ視線を向け、「あぁ」と呟く。

 

 

「丁度一ヶ月前のやつだね。アメリカでやった時の映像だよ」

「そういえば言ってたわね。近々アメリカに行くって」

 

 

 その時にアメリカに行く目的は聞いていたので、これはその時の映像かと大型ビジョンに映されている彼女を見て、次に目の前にいるアンナを見る。

 

 

「……? どうしたの?」

「……なんだか、実感が湧かないなと」

「え、酷くない? 私とあそこに映ってる私、どっちも同じだからね?」

「いや、なんというか……。あっ」

 

 

 どうにも胸に引っかかる違和感に頭を悩ませていると、ふとピンと思いつくものがあった。

 

 

「服装、それと態度かしら。今の貴女とあそこの貴女、大分違うもの」

 

 

 目の前のアンナの服装は、いつも彼女が着用している純白のドレス。態度は友人を前にしているからか、自分としてはいつもの優しく明るいもの。

 対して映像のアンナの服装は、バッチリ決めたスーツ姿で、歩く時に見える下半身はタイトスカート。髪型も今のように流しておらず、途中で縛ってポニーテールになっており、極めつけは彼女の特徴的な緋色の瞳を隠す眼鏡だ。

 普段の彼女からはあまり想像できない、如何にも研究者然としたその姿に、私は目の前の彼女と映像の彼女との違いを感じ取っていた。

 

 

「そりゃそうだよ。だって、友達の前だよ? 仕事モードで接する必要はないと思うけど……」

「そうね。でも……」

 

 

 持ち上げた右手で、彼女の頬に触れる。

 ひゅっ、と息を呑んだアンナになにも言わず、人差し指と中指で彼女の目を開かせる。

 

 

「こんなに綺麗な瞳を隠すなんて、勿体ないなぁって」

「……もしかして口説いてる?」

「くど……ッ! べ、別にそんなつもりじゃ……」

「あはは、冗談だよ」

 

 

 でも―――とアンナは自分の目を開かせているオフェリアの手を取り、そっと頬擦りする。

 

 

「君がそういうのなら、仕事中はずっと眼鏡をかけてよっかな」

 

 

 浮かべた笑顔は花が開くように可憐で、しかしどこか氷のような冷たさを持っていた。

 それに気圧されたオフェリアが「ぇ……」と小さく声を漏らすと、アンナは彼女の手を離して踵を返した。

 

 

「なんてね。さ、行こうよ。この後買い物するんだからさ」

「……ぁ、え、えぇっ、そうね。そうしましょう」

 

 

 どこか危険な気配を感じるアンナの微笑に呑まれているも、その彼女の声で正気に戻る。

 

 少しずつ遠ざかっていく彼女を追う為に、オフェリアは軽く頬を叩いて歩き出すのだった―――。

 

 

 

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 アンナのアパートの内装は、彼女の外見のように白を基調としている。

 流石に絨毯やテーブルは他の色のものを用いているが、それ以外のものは大抵白色で、一切の汚れを許さない清潔感を感じさせる。

 

 もちろんその気はないが、「必要以上に汚したら怒られそうだ」と思いながら、最早使い慣れたキッチンの前に立つ。

 

 ドイツから来たオフェリアには、時計塔に在籍する際に借りた寮がある。だが、別に毎日そこで生活しなければならないというルールはないので、必要最低限のルールさえ守れば友人や親戚の家に寝泊まりしてもいいという話になっている。

 今回はその寝泊まりの範疇に収まるタイプのもので、キッチンの前に立つ彼女は、今日の料理当番だ。

 

 

「荷物、部屋に置いてくるね。パジャマと明日の服はこっちで選ぶけど、大丈夫だよね?」

「もちろん。ありがとう、アンナ」

 

 

 自分と友人の荷物を持って扉の奥へ消えていくアンナから視線を外し、顎に指を這わす。

 

 

(今日はハロウィンだし、なにかそれに関係する料理にしようかしら……)

 

 

 お菓子作りを趣味にしているオフェリア。そのノウハウは料理にも活かされる。

 取り出したスマホでハロウィンに関連のあるような料理を検索。これじゃないあれじゃないと考え数分、オフェリアは検索候補から上がってきたものに目を止めた。

 

 

「……うん、これにしましょう」

 

 

 念の為冷蔵庫や、ここに到着する前に買った食材を確かめ、十分に揃っている事を確認する。

 

 

「さ、始めましょうか」

 

 

 エプロンを装着し、三角巾で髪の毛が落ちないようにする。そして手を洗い、準備は完了。

 

 

(下拵えとして、鶏もも肉は一口大に……)

 

 

 まず最初に下拵え。

 鶏もも肉は余分な脂や筋を取り除いてから一口大に切る。

 次に、用意した小さめのカボチャを耐熱容器に入れてラップをかけ、少し柔らかくなるまでレンジにかける。それが終わるまで多少時間があるので、その間に玉ねぎを薄切りにし、シメジは小房(こふさ)に分ける。

 その後山芋の皮を摩り下ろしていると、背後のレンジからタイマーが止まった音が聞こえた。

 

 一口大に切った鶏もも肉、薄切りにした玉ねぎ、小房に分けたシメジ、そして皮を摩り下ろした山芋を横に退け、火傷しないよう注意しながらレンジからカボチャを取り出す。

 ヘタを水平に切り落として中身をスプーンでくり抜き、ワタと種以外の実を一口大にカットする。

 

 

(これで下拵えは完了ね。次は……) 

 

 

 用意したボウルに鶏もも肉と塩麴(しおこうじ)を入れ、揉み込んでから30分から一時間程冷蔵庫に入れておく。

 

 

「シオコウジ……確か、日本(ジャパン)の調味料よね。よくこんなの持ってるわね……」

「昔、そこに行った時に教わったの。消化しやすくて、胃腸にも優しい、万能の調味料なんだよ」

「わっ、い、いたの、アンナ……」

 

 

 突然目の前から声を掛けられて驚いていると、その張本人は悪戯っぽく笑った。

 

 

「ふふっ、集中してるみたいだね。なにを作って……いや、今は知らない方がいいよね」

「秘密よ。貴女はテレビでも観てて」

「わかった。待ってるね」

 

 

 頷き、アンナがソファに座ってテレビを観始める。

 オフェリアも作業に戻り、調理の邪魔にならない場所に置いたスマホで次の手順を確認する。

 

 

(次は……これね。だけど、まだ時間があるし、おかずを作ろうかしら)

 

 

 まだ鶏もも肉と塩麴を混ぜたものが完成していない。

 ではその間に副菜を作ってしまおうと思い、オフェリアは冷蔵庫からニンジンを取り出した。

 

 ピーラーで皮を剝き、厚さ1cm程の輪切りにし、大きい部分は半月切りにする。

 

 

「アンナ。予備のフライパン、使ってもいいかしら」

「いいよ~」

 

 

 持ち主の許可を取り、予備として置かれていたフライパンにニンジンを平らに並べ、水、砂糖、バターを加え中火にかける。

 煮立ったら弱火にして煮詰め、煮汁が少なくなってきたらフライパンを揺すり煮汁を絡める。

 最後に汁気がなくなったら皿に盛り、ハーブソルトを振りかける。

 

 

「うん。副菜はこれでいいわめ」

 

 

 バターの染みた甘いニンジンで作ったグラッセは、ハーブソルトの影響もあって、これから作る料理にもピッタリな副菜だろう。

 そんな事を思いながら時計を見ると、まだ少し時間があるので、その間にもう必要のない調理器具を洗っておく。

 それが終わった頃に再度時計に視線を向ければ、調理を再開するのに丁度いい時間となっていた。

 

 

「なんか……こうして見ると、オフェリアちゃんって奥さんみたいだね」

「奥さんって……。私、恋人もいないのに」

「様になってるんだよ。それに恋人がいないのなら、私が立候補してあげるよ?」

「ふふっ、面白い冗談ね。でも……悪くないわね。今以上に貴女といられるなら、その選択肢もありかもしれないわ」

「えっ、乗り気ッ!? じゃぁ―――」

「その時が来たらね」

「むぅ……」

 

 

 不満げに頬を膨らませるアンナに口元を緩ませながらフライパンにサラダ油を引いて熱し、先程一口大に切っていた鶏もも肉を皮目から中火で焼く。

 焼き目が付いたら上下を返し、玉ねぎ、シメジを加える。玉ねぎがしんなりしたら、くり抜いたカボチャの中身を加えて炒め合わせる。

 火が入ってきたら、みりんを加えてアルコールを飛ばし、山芋の摩り下ろしと白みそ、甘酒、豆乳を加え、沸騰させない程度に温める。

 

 出来上がったそれをカボチャの器に入れ、チーズを載せてトースターで5~7分程焼き、チーズがいい感じに溶けてきたら―――

 

 

「出来たわよ、アンナ」

「本当ッ!? これは……グラタン?」

 

 

 身を乗り出したアンナに、オフェリアは頷く。

 

 

「そう。カボチャの山芋グラタン。我ながらいい出来栄えだと思うから、きっと美味しいはずよ」

「そんな。オフェリアちゃんの作るものはなんでも美味しいよ」

「言ってくれるわね。でも、ありがと」

 

 

 手伝って、と言って彼女にグラタンとグラッセを持って行ってもらい、自分は食器と飲み物を用意する。

 

 

「言っておくけど、青いのがオフェリアちゃんので、赤いのは私のだからね?」

「わかってるわ。ペアのものだからって間違ったりはしないわよ」

 

 

 同じ場所に置かれている色違いのグラスを手にテーブルに着くと、自分と向き合う形でアンナが座った。

 

 

「「―――いただきます」」

 

 

 アンナより教わった食事の前にする挨拶を行い、スプーンでグラタンを掬う。

 

 

「わ、チーズすご……」

「ん~美味しそうッ! あ、そうだッ!」

 

 

 食欲を刺激する糸を引きながらスプーンに乗ったチーズを見ていると、アンナが自分のスプーンをオフェリアに差し出してきた。

 

 

「はい、あ~ん♡」

「あ……あ~ん……」

 

 

 こんな恋人みたいな……と気恥ずかしさを覚えながらも、彼女の言葉に甘えてスプーンを口に含む。

 咀嚼すると共にカボチャの風味や濃いチーズの匂い、それ以外の具材の味が一気に口内に広がる。それに思わず笑顔になり、オフェリアもスプーンをアンナに差し出す。

 

 

「はい、アンナも」

「ありがとっ。……え、なんでッ!?」

 

 もう少しで食べられる、というところでスプーンを引っ込められたアンナが訝しげに見つめてくる。

 

 

「お返しよ。はい、あ〜ん」

「あ〜ん……んっ、美味しいッ!」

 

 

 パクっとオフェリアのスプーンに乗ったグラタンを食べたアンナの顔に、満開の笑顔が咲いた。

 

 

「これは大成功ね。今度また作ってみようかしら」

「いいね。また作ってよ。そして、また私に食べさせてッ!」

「もちろん。……ん、このグラッセも美味しい」

「じゃあ……」

「もう、また? 仕方ないわね」

 

 

 今度はニンジンのグラッセを食べさせ合う。

 普通に食べている時とは違う、心まで温かくなるような味。自然とお互いに笑顔になる。

 

 

「はぁ、幸せ……。ずっとオフェリアちゃんのご飯食べてたい……」

「そう? 嬉しいわね。でも太るわよ?」

「それは言わないで」

 

 

 顔を両手で覆ったアンナだが、「でも」と続ける。

 

 

「それを無視してもいいぐらい、君の料理は美味しいよ。これからもずっと作ってくれたら、嬉しいな」

「そうね。これからもずっと……」

 

 

 ―――貴女と、こうして食事をしたいわね。

 

 家族と一緒にいる時とは違う、心の底から安心できるこの時間をこれからも続けていきたいと思いながら、オフェリアは再びグラタンをスプーンで掬った。

 

 

 

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「あれももう三年前か……もう、そんなに経ったのね……」

 

 

 窓際にもたれかかり、呟く。

 

 暗雲渦巻く古城。時々空からはゴロゴロと雷の音が聞こえるも、周囲に広がる龍結晶の地もあって、遠くから見ればさぞや恐ろしい場所なのだろう。

 

 それでもオフェリアは、どこか懐かしさを覚えるこのシュレイド城が好きだった。

 

 

「どうしたの? そんなところで黄昏ちゃってて」

「……アンナ」

 

 

 コツコツと耳障りのいい音を奏でて現れた親友に目を向ける。

 

 

「“我らの団”が帰ってきたよ。今回は大成功で、贈り物も貰ったんだって。こ~んなに大きなカボチャだったよッ!」

 

 

 自分の両腕を使って、彼らが貰ってきたカボチャの大きさを再現するアンナに、オフェリアは小さく微笑んでいると、脳裏に光が閃いた。

 

 

「ねぇ、アンナ。そのカボチャって、まだどうするか決めてない?」

「え? うん。私がいた時は、それなりに大きいからどうしようかって考えてるところだったよ」

「だったら、私に任せてくれないかしら。丁度作りたい料理があったの。流石にその大きさだと、貴女達にも手伝ってもらいたいのだけど」

「もちろん。先に行ってるね」

 

 

 踵を返して走り出すアンナを追おうとして足を踏み出そうとした直後、背後に濃密な気配が感じる。

 

 

「幸せそうだな、マスター」

「ふふっ、そう見えるかしら」

「肯定。その顔、我が愛を見ているような気分だ」

 

 

 霊体化を解除したシグルドに言われ、オフェリアは思わず自分の顔に触れる。

 

 

「……私、そんな顔してた?」

「気付いていなかったのか。あぁ、とても優しい、良い笑顔だった」

 

 

 唇の端を上げたシグルドに、「そう……」と返し、再び窓の外を見やる。

 

 今も変わらず、暗雲は晴れない。それでも―――

 

 

「シグルド、今日はいい天気ね」

 

 

 この城に暮らす彼女達(・ ・ ・)にとっては、満点の青空だった。

 

*1
2000年以上も昔に古代ケルト人が行っていた祭礼。「夏の終わり」を意味し、秋の収穫を祝うと共に悪霊を追い払う宗教的な行事。古代ケルトの世界では10月31日は一年の終わりであり、現世と黄泉を分ける境界が弱まり、死者が現世の家族の下へ戻ってくる。しかし、その中には悪霊もいるため、人々は彼らに攫われないように仮装をして身を守ったという。それが長い時をかけ、ハロウィンの仮装の起源となったと考えられている。




 
 ハロウィン要素……料理と冒頭ぐらいしかなかったですね……。本当なら悪戯云々でベッドに洒落込ませたかったんですが、そうなるとR-18になってしまいますので……。
 R-18話は書けませんでしたが、その前のアンナの衣装は用意しましたッ! 昨日一日かけて急ピッチで完成させたのでシンプルなものですが、見てくだされば嬉しいです。

 肌色注意ですッ!

 
【挿絵表示】


 本来なら三画ある令呪なのですが、「降臨」で一画消費していますのでこの状態となっております。
 それでは、また次回ッ!


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本編
プロローグ


 
 初めましての方は初めまして。そうでない方はまた私の小説を読んでいただき、ありがとうございます。seven74でございます。

 あらすじにも書きましたが、完全に見切り発車な作品ですが、なんとか頑張りながら執筆していこうと思います。現在はシンフォギア×仮面ライダーの小説を優先して執筆しているので、更新速度はだいぶ遅いと思いますが、よろしくお願いします。



 

 

 

 

 ―――その時代は、荒々しくも眩しかった。

 

 

 

 ―――大地が、空が、そして何よりもそこに住まう人々が、最も生きる力に満ち溢れていた時代であった。

 

 

 

 ―――世界は、今よりも遥かに単純にできていた。

 

 

 

 ―――すなわち、狩るか、狩られるか。

 

 

 

 ―――明日の糧を得る為に、己の力量を試す為に、あるいは富と名声を手に入れる為に。

 

 

 

 ―――彼らの一様に熱っぽい、そして幾ばくかの憧憬を孕んだ視線の先にあるのは、決して手の届かぬ紺碧の空を自由に駆け巡る、力と生命の象徴達。

 

 

 

 ―――鋼鉄の剣の擦れる音、大砲に篭められた火薬のにおいに包まれながら、彼らはいつものように命を賭した戦いの場へと赴く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――というのがまぁ、正しい歴史の中での話なんだよね。

 

 うん、確かに彼らは、派手な衣装に身を包んで、死屍累々の舞踏会に臨んだ。

 

 彼らの武勇伝は、遠い遠い時の彼方。彼らの生活の名残が一つ残らず消え去った時代においても、絵物語や伝記、叙事詩として語られている。

 

 うんうん、素晴らしい事だ。人類が乗り越える( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )べき脅威( ・ ・ ・ ・ )の私も鼻が高いよ。

 

 だけど、これはあくまで‟汎人類史”での話。いわば、正しく道に沿った結果たどり着いた結論。

 

 あらゆる物事において、ifというものは存在している。

 

 喉が渇いた時、Aジュースを飲むかBジュースを飲むか。

 

 主な答えとして、『Aジュースを飲む』、『Bジュースを飲む』というものがあるね。ひょっとしたら、『Aジュースを飲んだ後にBジュースも飲む』なんて答えを導き出す人もいるかもしれないけど。

 

 世界っていうのは、常にifによって成り立っている。

 

 起床する時も、朝食を取る時も、散歩に行く時も、ゲームをする時も、就寝する時も……うん、数え出したらキリが無いね。

 

 ここが違えば、あれが違ってくる。あれが違えば、これが違ってくる。大抵のifは僅かなスペースでしかその影響を及ぼさないけど、この規模が『世界』とくれば、話はだいぶ変わってくる。

 

 たとえば、その世界の未来をかけた勇者と魔王の戦いにおいて、勇者が勝利すれば、未来は明るく輝きに満ちたものに。魔王が勝利すれば、世界は昏い暗黒に染まったものに。

 

 たった一つの決断。たった一つの差異。たった一つの選択。それだけで全てが変わる。変わってしまう。

 

 私達がいるのは、その選択を長い事繰り返し続けて、やがて‟正しきもの”と認識された世界。

 

 あらゆる可能性。あらゆる未来。あらゆる世界を踏み躙った先に成り立つ、罪に塗れた無実な世界―――それこそが‟汎人類史”。

 

 それはいわば、『勝利者』。無限に存在する者達の中で選ばれた、たった一つの‟人類史”。

 

 では、それ以外はなにか。

 

 無論、『敗北者』だとも。勝利者となった世界を繁栄させる為、その養分と成り果てるしかなくなった、‟行き止まりの人類史”。

 

 ‟不要なもの”として中断され、並行世界論にすら切り捨てられ、あの宝石爺を以てしても確立は不可能であろう、あり得たかもしれない人類史。

 

 

 

 それこそが、‟異聞帯(ロストベルト)”。かつての勝利者を蹴落とし、我こそが、と名乗り出た敗北者達。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そのうちの一つが、我が愛しの家族達( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )が生き延びていた歴史だなんて、哀しいにも程があるけどね。

 




 
 さて、プロローグはここまでとしましょう。

 皆さんはモンハンのモンスター、fateのサーヴァントで一番好きなのはなんですか? 私はゴア・マガラですね。初めてモンハンに手を出したのが4なので、印象に残っているんです。フォルムも好きで、脱皮後のシャガル装備も大好きだったので、全武器を最終強化まで持っていったほどです。

 一番好きなサーヴァントはシグルドですね。これはだいぶ悩みました。fateシリーズはサーヴァントの数がとにかく多いッ! しかもfgoが入ってきて色んなサーヴァントの別側面も出てきたりしたので、迷いに迷いました。シグルドを選んだ理由としては、ブリュンヒルデへの愛情が一番に上げられますね。愛ゆえのガッツとかカッコよすぎです。あと声が好きです。

 それでは皆さん、また次回ッ! なるべく早く投稿できるよう頑張りますので、お気に入り登録や感想を送ってくれると嬉しいですッ!


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代行者の意志

 

 ―――栄光を望むならば蘇生を選べ

 

 

 ―――怠惰を望むのなら永久の眠りを選べ

 

 

 果たしてそれは、男のものか、女のものか。頭に響く声に、微睡から目を覚ます。

 

 目覚めた矢先にこんな意味不明な問いを投げかけられたのは、これが初めてだ。

 

 初めに浮かんだのは、『困惑』。いきなりの質問に脳が追い付いていないのもそうだが、彼女にとっては、どうしたものか、という悩みも含まれている。

 

 正直言って、今の時代に未練はない。あの輝かしき時代から生き続け、人々の行く末を見届けようとは思っていたが、所詮はその程度( ・ ・ ・ ・ )。人類という種族に興味はあれど、人間個人に対する興味は左程ない。

 

 彼らは乗り越えるべき脅威を乗り越えた。自らの時代を作り上げた。自分の役目は、巣立ちした者達を静かに観察する程度に収めていた。

 

 永遠とも言える長い時間を、人類の観察につぎ込んできた。

 

 醜い部分も、美しい部分も、それはそれはたくさんの出来事を見届けてきた。

 

 家族を奪った者達に対して思うところがない、と言えば嘘になる。それでも彼女は、人類の未来というものに興味があった。

 

 故に、彼女は提示された選択肢の一つを選ぼうとした、その時だった。

 

 

 ―――神は、どちらでもいい

 

 

 ……………イラっと来た。

 

 言葉に端々に、明確な傲慢を感じる。自らを強者と信じて疑わず、負けるなど考えていない。あの大戦で目にした、悍ましき人々と同じ、腐り切った醜悪な態度だ。

 

 直感的に理解した。こいつは碌なもんじゃない、と。

 

 先とは違い、微かな苛立ちと共に、彼女は『それ』の問いに頷いた。

 

 

 

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 ―――アンナ・ディストローツ。

 

 数ある魔術師達が集う場所―――時計塔の“現代魔術科(ノーリッジ)”の出身者であり、それまでの経歴が一切不明な謎の女性。

 

 彼女の魔術世界における異名は数あるが、中でもその名を聞いた者が最初に思い浮かべる単語がある。

 

 

 ―――狂気の生還者(マッドサバイバー)

 

 

 時計塔の地下には“霊墓アルビオン”と呼ばれる場所が存在するのは、魔術世界に生きる者達なら誰だって知っていよう。

 

 時計塔の地下に広がる大迷宮(ダンジョン)。地上では失われた神秘が色濃く残っており、竜種の牙や純度の高い霊石といった現代では得られない貴重な呪体が眠るその場所には、地上からは消えた幻想種が闊歩しているとされる危険地帯である。

 

 “天体科(アニムスフィア)”のロード、マリスビリー・アニムスフィアの推薦で時計塔に入った彼女は、時計塔に姿を現した数日後に、霊墓の管理・運営を担当している秘骸解剖局の許可を得ずに霊墓内―――しかも現時点で人間が潜り込める限界点とされる60~80km層に侵入。その後、傷一つ負う事無く帰ってきたのだ。

 

 ぽっと出の人物がいきなり生還者(サバイバー)として名を馳せたという信じられない事態に、当時の時計塔や魔術世界は大いに騒いだ。

 

 しかし、驚くのはまだ早い。

 

 いきなり生還者(サバイバー)となった彼女に興味を持った一人の魔術師が、『どんな気持ちで霊墓に入ったのか』と訊ねたところ、彼女は衝撃の答えを提示した。

 

 

 曰く、『眠たかったから』。

 

 

 とんでもない返答だ。睡魔に襲われたからなどという理由で死が渦巻く大魔境へと足を踏み入れる馬鹿がどこにいるだろうか。

 

 霊墓から生還した、という情報だけならば『とんでもない逸材がやって来た』という結論で済むだろうが、足を踏み入れた理由も聞くとなると、十人中十人の魔術師が間違いなく卒倒する。

 

 彼女が師事を仰ぐ相手であるロード・エルメロイⅡ世は、数日で単身で霊墓に突撃し、そして一日眠って帰ってきた新たな生徒に、『頼むからそういうのはもうやめてくれ』と懇願したそうだが、アンナはそれを断固として断り続けた。

 

 なぜそこまで霊墓内で寝る事にこだわる、とエルメロイⅡ世が胃に穴が開きそうだと思いながら問い質したところ、アンナはこう答えたという。 

 

 

『だって、落ち着くから』

 

 

 エルメロイⅡ世の胃がどうなったかは言うまでもない。

 

 兎にも角にも、来て早々とんでもない事件を引き起こしたこの女は無事(?)学業を修め、時計塔から卒業。時計塔にやって来た頃と同じように、マリスビリーの推薦を受けて“人理継続保障機関フィニス・カルデア”に招かれた。

 

 そこでアンナは優秀な成績を収め、カルデア所属の魔術師の中で唯一英霊召喚を認められた特選チーム―――Aチームの八人目のマスターとして選ばれた。

 

 そこから、突如として閉ざされた未来を救う為、七人のメンバーやB、C、Dチームの者達と共にコフィンに入り、いざ人理修復の旅へ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そこで、彼女の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 Now Loading...

 

 

 

「―――まさかまた、この城が見られるなんてね」

 

 

 雪のように真っ白な長髪に、ルビーのような緋色の瞳。派手過ぎず地味過ぎない装飾が施されたドレスの裾を靡かせながら、アンナ・ディストローツは小さく呟いた。

 

 かつて栄華を極め、その傲慢さ故に龍達の怒りを買い、滅ぼされた王国。その中心に聳え立つ古城には、悠久の時を経ても尚、この場を支配する厄災を滅ぼさんとする者達を援助する為に備え付けられた大砲や撃龍槍、バリスタが、今か今かとその力を振るう時を待ち続けているが、そんな機会など金輪際訪れないだろう。

 

 “人々がモンスターに蹂躙されるのを是とした世界”。それが、アンナに管理を任せられた異聞帯(ロストベルト)だ。

 

 この歴史に生きる人々は、もはや自然との調和を図る事を諦め、絶対者であり捕食者である怪物達に服従してしまった者達だ。絶滅はしていないそうだが、それはあくまで『種を絶やしてはならない』という本能が、辛うじて人類の消滅を食い止めているだけに過ぎない。

 

 

「こんなのが“人類史”だなんて、そりゃ剪定されるよね」

「マスター?」

 

 

 声をかけられ、振り返る。

 

 無明の闇を思わせる禍々しい鎧に、オールバックにした漆黒の髪の青年が、そこに立っていた。もちろん、彼は人に非ず。頭部に見える二本の角と、抑え込んでいるにも拘わらず体外へ放出されている桁外れの魔力が、彼をサーヴァントだと証明している。

 

 

「もう。確かに私は君のマスターだけど、実の姉相手にその呼び方は止してもらいたいなぁ。それとも、君は私に“バーサーカー”って呼んでほしいの?」

「む……、それは御免被る。貴女に真名で呼ばれぬほど、辛いものはない」

 

 

 “狂戦士(バーサーカー)”と呼ばれたその青年は、この地に足を踏み込んだアンナが召喚した四騎のサーヴァント達の一角である。

 

 ―――黒命のバーサーカー。

 

 ―――紅災のアルターエゴ。

 

 ―――煉海のアーチャー。

 

 ―――煌滅のアヴェンジャー。

 

 その内の一騎が彼―――“黒命のバーサーカー”である。

 

 同じ(マザー)によって形作られ、共に人類を監視する役目を背負った“家族”とも言える彼らだが、アンナは他の三騎以上の信頼を彼に寄せている。

 

 なぜかというと、彼が一番勤勉だからである。

 

 アルターエゴはひたすら壊すことしか眼中にないし、アーチャーは基本“厄海(テリトリー)”で寝てばっかりだし、アヴェンジャーに至っては“神”と名のつく者の話題を出したら暴走しかねない。既に“異星の神”なるものによってこの世界が存在している以上、彼女を使役する事は極力控えたい。

 

 

「それより、あの“空想樹”の管理はしなくていいのか?」

「サボってるわけないでしょ? ちゃあんと育ててるわよ。それに、抑止力が召喚したサーヴァントが伐採に来たとしても、私達が負けない限り、この異聞帯は安泰よ」

 

 

 この異聞帯のクリプターである彼女が育てる役目を担った空想樹の名は、“クエーサー”。非常に離れた距離に存在し極めて明るく輝いているために、光学望遠鏡では内部構造が見えず、恒星のような点光源に見える天体の名である。

 

 

「……ねぇ、ボレアス( ・ ・ ・ ・ )

 

 

 クラス名ではなく、愛称で(サーヴァント)の名を呼んだ(マスター)の言葉に、バーサーカーは耳を傾ける。

 

 

「異星の神って奴の目的は、この世界を人の時代から神の時代へ戻す事らしいの。君はこの目的に賛同する?」

「迷う必要などない。断固拒否しよう。目的がなんであれ、(マザー)の意に反する行いであれば、即座に焼き尽くす」

「でもさ、(マザー)は私達のいるこの異聞帯も破壊すると考えているはずよ。でなきゃ、抑止力が動くはずが無いんだもの」

 

 

 既にこの異聞帯には、漂白された地球の最後の抵抗である“抑止力”が発動し、カウンターとして数多くのサーヴァントが召喚されている。いわば彼らこそ、現時点においての地球の代弁者だ。彼らを排除する事は、果たして自分達において『正解』と言えるのだろうか。

 

 アンナがそう言うと、バーサーカーはぐっと黙り込んでしまう。

 

 星の代行者として生まれた自分達の世界が、母なる星を蹂躙する。それは、到底許される事ではないのだろう。しかし―――

 

 

「……構わない。我らは確かに(マザー)の代行者だが、操り人形ではない。この歴史を破壊するというのなら、どんな相手だろうと殲滅する。それがたとえ、(マザー)だろうと……」

「……えぇ、その通りだわ」

 

 

 拳を握り締めたバーサーカーに、アンナはふっと微笑む。

 

 異星の神なんぞに従う気など毛頭ない。かといって、(マザー)の意思に絶対服従するつもりもない。

 

 諦めがついていたと思っていたが、やはり死に別れた家族と再会すると、どうしても離れたくないと感じてしまう。

 

 つくづく自分は甘いと自虐したくなるが、この異聞帯を塗り替える( ・ ・ ・ ・ ・ )考えはついている。

 

 

「余計なものは排しましょう。余分なものは切り落としましょう。そして、あらゆる生命に“価値”を与えましょう」

 

 

 ―――異なる歴史による殺し合い。生き残るのはたった一つ。

 

 ―――ならば、戦おう。そして生き残ろう。

 

 ―――生と死を循環させよう。それでこそ、“世界”は“世界”足り得るのだから。

 




 
 主人公が召喚したサーヴァントの真名は既にわかると思いますが、迷ったのがクラスなんですよね。特に“煉海”は火山岩を撃ち出すから、という安直な理由でアーチャーにしましたが、これ以上に適切なクラスがあれば、教えてください。

 それではまた次回。


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秘匿者(クリプター)

 

 “星間都市山脈オリュンポス”。

 

 古の時代、遥か遠くの地に栄えた文明が造り上げた、機械仕掛けの神々が治める世界。

 

 その上部に位置する神々の居城とも呼べる場所にある大広間が映し出され、同時に他の異聞帯を管理する、人類を裏切ったマスター達の姿も映し出される。

 

 

『全員揃ったね。では、定例会議を始める』

 

 

 ホログラムの一つ―――元Aチームのリーダーであるキリシュタリア・ヴォーダイムが口を開くと、彼に七人分の視線が集まった。

 

 

『空想樹の発芽から90日。三ヶ月もの時間が経過した。濾過異聞史現象―――異聞帯の書き換えは無事終了した。まずは第一段階の終了を祝おう。これも諸君らの尽力によるものだ、と』

『うん? そいつは大袈裟だ、キリシュタリア。オレ達はまだ誰も労われるような事はしちゃあいない。宇宙からの侵略も、テクスチャの書き換えも、全部“異星の神”様の偉業だからな。オレ達がした事といえば、異聞帯の王のご機嫌取りだけさ。本番はここからだろう?』

 

 

 開口一番にキリシュタリアの言葉に首を振ったのは、ベリル・ガット。しかし、そんな彼に眉を顰める者が一人。

 

 

『わかっていないのね、ベリル。異聞帯の安定と“樹”の成長は同義よ。キリシュタリア様は異聞帯のサーヴァントとの契約と、その継続に全力を注げと言っているのです。貴方のように、まだ遊び気分が抜けていないマスターに対して』

 

 

 言い聞かせるように最後の一言を強めて言い放つのは、オフェリア・ファムルソローネ。右目を眼帯で隠している、北欧異聞帯の管理者である。

 

 

『おいおい、睨むのは勘弁だぜ、オフェリア。お前さんの場合、シャレになってないだろう? ……というか、キリシュタリア()、ね。目が覚めてから随分と変わりようで。ま、そのあたりは茶化さないさ。こんな状況だ。誰かに縋りたい気持ちもわかる。なんで、誤解だけ正しておこうか』

 

 

 そこで先程までの楽観的な表情を消したベリルは、いつになく真剣な表情で続けた。

 

 

『オレはかつてないほど真剣だよ、お嬢さん。なにしろ一度死んできたわけだしな? 遊び半分でいられるほど大物じゃあない。こうして蘇生に成功したものの、異星の神とやらの恩情が二度あるとは思えない。なら生きているうちに、やりたい事はやっておきたい。殺すのも奪うのも、生きていてこその喜びだ。―――なぁ、アンタもそう思うだろ、デイビット?』

『同感だ。作業のような殺傷行為はコフィンの中では体験できない感触だった。オレの担当地区とお前の担当地区は原始的だからな。必然、その機会に恵まれる』

「ちょっと待ちなさいな。それを言ったら私の異聞帯だって負けてないよ?」

 

 

 デイビット・ゼム・ヴォイドが頷くのを見て、静かに彼らの話を聞いていたアンナは口を挟まずにはいられなかった。

 

 

『そういえばそうだったな。アンタの異聞帯も、オレ達のと同じだったわ。てかなんだよ、アンタの管理する異聞帯。なんでも幻想種の最上位―――竜種が闊歩してる魔境なんだろ? しかもそのほとんどが、アンタのサーヴァントに( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )従っている( ・ ・ ・ ・ ・ )。いったいどんな奴を喚んだんだ?』

「秘密~。私達は今でこそ各々の空想樹を育てる立場にあるけど、その後はお互いの異聞帯を潰し合うんだからね。手札は隠しておかなきゃ」

『隠しても無駄だろう、ディストローツ。大量の竜もそうだが、そのさらに上位に君臨する存在―――“古龍種”すらも支配できる存在など、お前の異聞帯を考えれば自ずと判明する』

「ありゃ、バレちゃってるの? それなら隠す意味もないかぁ。なんか馬鹿らしく思えてきちゃった」

『……………』

『あら。平常運転のベリルに比べて、元気が無いんじゃない、カドック?』

 

 

 どこか神妙な顔つきで黙っているカドック・ゼムルプスを見かねたスカンジナビア・ペペロンチーノが声をかける。

 

 

『目の隈とか最悪よ? 寝不足? それともストレスかしらね?』

『……その両方だ。僕の事は放っておいてくれ。仕事はきっちりこなしているんだから』

『それはちょっと無理ね。すごく無理。放っておいてほしいなら、せめて笑顔でいなさいな。友人が暗い顔をしていたら、私だって暗くなる。当たり前の事でしょ? 私は私の為にアナタの心配をしちゃうのよ。アナタの事情とか気持ちとか関係なくね』

 

 

 あくまで自分の為、と言うあたり、如何にもペペロンチーノらしいとアンナは考える。その点は、この場にいる誰もが当てはまるだろう。

 

 

『わかる? 独りでいたかったら、それに相応しい強さを身につけないと。ストレスが顔に出ているようじゃまだまだよ。なにか楽しい事で緩和しないと。そうねぇ……』

 

 

 そこで少し考え込んだペペロンチーノは、あっとなにかに気付いて口を開く。

 

 

『定番で悪いけど、お茶はどう? こっちの異聞帯でいいお茶の葉を見つけたの。アナタのところにもわけてあげるわ。皇女様もきっと喜ぶわよ?』

「あ、それなら私もいいものあるよ~。飲めば気分スッキリな一品、元気ドリンコっていうんだけど、どうかな?」

『余計な気遣いだ。こんな世界になっても、アンタらは変わらないな』

 

 

 呆れたような声色でカドックが返すと、静かに彼らの話を聞いていた芥ヒナコが微かに苛立った様子で口を開いた。

 

 

『無駄話はそこまでにして。キリシュタリア、用件はなに? こちらの異聞帯の報告は済ませたはず。私の異聞帯は領土拡大に適していない。私は貴方達とは争わない。この星の覇権とやらは貴方達で競えばいい。そう連絡したわよね、私』

『……そんな言葉が信用できるものか。閉じ籠っても争いは避けられないぞ、芥。最終的に、僕達は一つの異聞帯を選ばなければならない。アンタが異聞帯の領域拡大を放棄しても、そのうち他の異聞帯に侵略される。それでいいのか? 座して敗者になってもいいと?』

『……別に。私の異聞帯が消えるなら、それもいい。私はただ、今度こそ最後まであそこにいたいだけ。納得の問題よ。それができれば他のクリプターに従うわ』

「わかるよ、それ。大好きな場所からは離れたくないよね。ましてやそこに、自分にとっての大切ななにかがあると、その気持ちはもっと強くなるよね。芥ちゃんの場合はあの人かしら?」

『……からかってるつもりなら、いくら貴女でも殺すわよ?』

「わぁ、怖い。私、仮にも先輩なんだけどなぁ」

『異聞帯の勢力争いに興味はない、か。まぁ、結果が見えてるゲームだからなぁ、こいつは』

 

 

 そこでベリルが口を挟んでくる。その言葉には、どこか諦めているかのような感情が込められていた。

 

 

『オレ達は束になってもキリシュタリアには及ばない。地球の王様決めゲーム( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )はほぼ出来レース状態だ。オレとデイビットとアンナのところなんざ酷いもんだしな? あれのどこが“あり得たかもしれない人類史”なんだよ。その点、キリシュタリアの異聞帯は文句なしだ。下手をすると汎人類史より栄えている( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )ッ! ズルいよな。初めから依怙贔屓されてるときた。やっぱり生まれつきな高貴な奴は運が違うぜッ!』

『……………』

「そんな顔しないの。貴方は自分の力だけでオリュンポスを攻略した。そっちの王様に認められたのも、貴方の努力が実を結んだ結果よ。なんなら誇ってもいいんじゃない? 神霊を三体も従えるなんて偉業を成し遂げたのは、貴方だけなんだから」

 

 

 素晴らしい功績を挙げた者は、それがどのような者であろうと称賛するのがアンナだ。人懐っこい表情でそう言うと、オフェリアもアンナに続いてきた。

 

 

『アンナの言う通りです。口を慎みなさい、ベリル』

『……いや、君達には申し訳ないが、ベリルの言葉も的外れではない。なに、最終的に私が勝利する事は自明の理だ。その過程をどう語られようが、事実は変わらない。とはいえ、私は君達にも世界の覇者になれる素質があると考えている。だからこそ、君達の蘇生を願ったのだ』

 

 

 本来であれば、異聞帯を管理するクリプターはキリシュタリア一人だけだったが、彼は同じAチームのマスター全員に各々の未来を掴み取る資格があると考え、異星の神に彼らの蘇生を願い出たのだ。

 

 決して自らの力に驕り、他者を見下ろす事を目的としているわけではない。本心から、自分はこの中の誰かに負けるかもしれない、と考えているのだ。

 

 

『……さて、遠隔通信とはいえ、私が諸君らを招集したのは異聞帯の成長具合を確かめる為ではない。一時間ほど前、私のサーヴァントの一騎が霊基グラフと召喚武装(ラウンドサークル)の出現を予見した』

 

 

 その一言で、少し緩んでいたその場の空気が一気に張り詰めた。

 

 

『霊基グラフはカルデアのもの。召喚サークルはマシュ・キリエライトが持つ円卓だろう。南極で虚数空間に潜航し、行方を晦ませていた彼らがいよいよ浮上する、という事だ』

「流石、()の魔神王ゲーティアを倒した集団だこと。今度はどんな快進撃を見せてくれるのかな?」

『そこは面白がるところじゃないわ。あの虚数空間で三ヶ月も生き永らえていたなんて、到底信じられないわね……』

 

 

 壊滅していたと思われていたカルデアが再びこの星に姿を現すという事態に、オフェリアは難色を示す。

 

 女狐(コヤンスカヤ)が魔術協会に手を回し、扱いやすい人物をカルデアの新所長に選んだ後、カドックが契約したサーヴァントとオプリチニキの集団が襲撃。それでカルデアは完全に破壊できたと思っていたのだが、まさか生き残りがいたとは。

 

 気まずそうな顔をするカドックだったが、彼に非は無いとキリシュタリアがカドックを擁護する。

 

 カルデアの護りは強固ではないが万全。館内から手引きしてもらえなければ、レイシフトで対応されていただろう。故に、まずはレイシフトを行うのに必要不可欠な存在のカルデアスを停止させる必要があったのだ。そして作戦の結果、カルデアスはカドックのキャスターによって凍結させられ、その機能を停止させる事に成功した。

 

 しかし、問題なく成功したというわけではない。今回の作戦のおり、要となるキャスターが積極的に働かなかった事だ。だが、これはカドック(マスター)の責任ではない。

 

 使者としてカルデアに向かった二騎のサーヴァント―――あの神父やコヤンスカヤはクリプター(こちら)側のサーヴァントではないのだから。

 

 

『……それで、連中がどこに出るのかは判明しているのか』

『そこまでは予言されてはいない。あと数時間でこちらに出現する、という事だけだ』

『なんだいそりゃ。じゃあ各自、自分の持ち場で警戒しろって―――』

『出現場所はロシアだ。異聞帯の中に出現する』

 

 

 ベリルの言葉を遮ったデイビットに、「あぁ、なるほど」とアンナがポンと手を叩いた。

 

 

「“縁”を辿った、というわけね。考えてみればそっか。“今の地球”においてカルデアが知っているのは、自分達を襲ったサーヴァントとオプリチニキだけだもんね」

『他に縁が無い以上、カルデアが浮上する異聞帯はそこしかない、って事か。因果応報とはこの事だな』

 

 

 どこか自嘲するように笑ったカドックだが、その表情は一層引き締まっている。既に覚悟は出来ているという事か。

 

 

『復讐か、そいつは厄介だ! 話し合いは望めそうもない! なんならオレが助太刀に行こうか? お前さんは荒事には不慣れだろう? オレでよければレクチャーしてやるぜ?』

『結構だ。アンタはアンタの異聞帯に引っ込んでろ。兄貴分を気取るのはペペだけで充分だよ』

『え~? 本気で心配してんだけどなぁ、オレ。っていうか、ペペロンチーノは兄貴っつーより親父役だろう』

「だったら、私が手を貸してあげようか? 君の異聞帯は極寒のロシアらしいけど、それに見合うモンスターなら何頭か送れるよ?」

『やめてくれ。アンタが助太刀として送ってくるとしたら、アンタのサーヴァントが従えている古龍種だろう? そんなのがこっちに来たらどれだけの被害が出るか考えたくもない。僕は僕だけの力で、カルデアを撃退してみせるさ』

「おぉ、中々の覚悟。だったら手は貸さないであげる。君がそれを“試練”と定めたのなら、見事それに打ち勝ってみなさい」

 

 

 大袈裟に両手を広げて笑うと、誰かを思い出したのかカドックが僅かに眉を顰めたが、それは一瞬の後に消えた。

 

 

『皇女様への男の見せ所だしな。だが無理はするなよ? ヤバいと思ったら変なプライド持たずに逃げろ。オレ達は競争相手だが、憎い敵同士じゃあない。異聞帯を失ったクリプターに価値は無いんだ。ひっそり生き延びる分には誰も手出しはしないさ。そうだろ、ヴォーダイム?』

『……カドック。言うまでもないが、我々には不可侵のルールがある』

 

 

 そこでキリシュタリアが、この場にいる全員に思い出させるように言葉を発する。

 

 クリプターの役目は空想樹を育て、自分達の担当する異聞帯の領土を拡大する事にある。来るべき時には、いずれどこかの異聞帯同士が激突し、どちらかが呑み込まれる( ・ ・ ・ ・ ・ ・ )。より強い人理を築き上げた異聞帯が、脆弱な異聞帯を養分とするのだ。

 

 しかし原則として、その衝突以外の対決は認められていない。異聞帯同士が激突する時こそが最初で最後の決戦なのだ。

 

 

『ロシアにカルデアが現れるのなら、それはロシアの異聞帯の王が対応するべき事。我々の使命は異聞帯による人理再編。もう一度、人類が神と共に在る世界を作り上げる事にある。“異星の神”による侵略が終わった今、カルデアの抹殺は余分な仕事だ。雑務と言っても差し当たりはない。……しかし、障害である事も否定できない。なにしろ世界を覆すのに慣れている連中だ。カドック、君の手腕に期待している。障害を排し、一刻も早くロシアの樹を育てる事だ。それがカルデアの排除にも繋がるだろう。私は全ての異聞帯に同等の価値を見出したい。人類史の可能性である異聞帯が、矮小な歴史のまま閉じるなど許されまい』

 

 

 地球上の生物の王者とも呼べる地位に就いた種族が紡いだ歴史は、たとえそれが切り捨てられた敗者だとしても、脆弱なまま消えるなど認められないのだろう。

 

 この男は、どこまでも信じている。この場にいる、自分を除いたマスター達の管理する異聞帯が、偉大な神々の住まうギリシャ異聞帯に勝る可能性を秘めていると。

 

 

『アンタに言われるまでもない。僕だって負けるつもりは無いからな。通信はここで切る。奴らが来るなら迎え撃つまでだ』

 

 

 その言葉を最後に、カドックのホログラムは円卓から消える。

 

 

「どうしたものかなぁ」

『断られたくせにまだ助太刀しようと思ってるの? だったらやめておきなさい。第一、貴女自身がカドック単独での撃退に賛成したじゃない』

「まぁ、そうなんだけどさ。みんな、過小評価しすぎじゃない? カルデアの事」

 

 

 アンナがそう言うと、『とか言われてもなぁ』とベリルが腕を組んで唸る。

 

 

『いくら世界を救ったとはいえ、あそこのマスターってサーヴァントの影に隠れてるだけの奴だろ? そんな奴、簡単に倒せると思うけどな』

「そこがいけないのよ。まず、前提が間違ってる( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )。数多の特異点を突破し、遂には魔神王さえも討ち果たしたのが、ただの運だけとは思えない。彼、ないし彼女には、数多の英傑を引き付ける『なにか』があると踏んでいるのだけれど……。これがわからないんだよね」

『……ディストローツの言う事も一理ある。一介のマスターといえど、数多くの英霊と手を取り合うのは不可能に近い。が、カルデアのマスターはそれを成し遂げている』

『ふむ、これは彼らに対する警戒を強めておく方がいいかもしれないな』

『話は終わり? だったら私も玉座に戻らせてもらうわ。こちらの王は探求心と支配欲の怪物(かたまり)だから』

 

 

 そう言ってヒナコは通信を切る。

 

 

『んじゃ、オレもこの辺で。ロシアからSOSがあったら報せてくれ』

『私も失礼するわ。こっちもちょっと様子がおかしいの。報告は上げたけど、デイビットにも意見を聞きたいわ。アナタ、私の異聞帯の‟四角”についてどう思う?』

『情報が欠落している。所感でいいか?』

『もちろん。アナタの直感が訊きたいの』

『アキレス腱だ。これ以上は無い急所だろう。お前にとっても、その異聞帯においても。オレやヴォーダイムであればすぐに切除する。だが、お前であれば残しておけ、ペペロンチーノ。そういう人間だろう、お前は』

『あらそう。それじゃあ様子を見ましょうか。アンナちゃんはどう思う?』

「貴方が『あ、ヤバいなこれ』って思うものなら切除するべきだと思うよ。けど、デイビットの言葉にも一理ある。私達とは違う見方が出来る貴方なら、自分の感性に従って行動するのも一つの手かもしれない」

『アナタ風に言うのなら、これは私にとっての“試練”ってわけね。貴重な意見、ありがとう。それじゃあ、またね』

『では通信を切る。予定通り、次の会合は一月後だな』

『私もここで失礼します。それでは……』

 

 

 ペペロンチーノとデイビットに続いてオフェリアも通信を切り、残るホログラムはキリシュタリアのみとなる。

 

 

『アンナ、一つ聞いてもいいかな?』

「なにかしら? まぁ、なんとなく予想はついているけどね」

『“異星の神”から、君の異聞帯には王がいない( ・ ・ ・ ・ ・ )と聞いた。これはどういう事だ?』

 

 

 異聞帯には、その歴史の代表者とでも言うべき“王”と呼ばれる者が必ず存在する。しかし“異星の神”の話によると、アンナの管理する異聞帯にそのような存在は見受けられないそうだ。

 

 これはどういう事か、と疑問の眼差しを向けてくるキリシュタリアに、アンナはその原因について口にする。

 

 

「……王はまだいないよ。産まれていないだけ( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )

『産まれていない……?』

「そう。……言っとくけど、心配しなくて結構よ。彼と空想樹は密接に繋がっているし、彼が誕生するまで、空想樹を育てるのは私のサーヴァント達の役目だから。私のサーヴァントは優秀でね。王でなくとも、空想樹と接続できる( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )

『……古龍種に属する竜達の中でも、最強の力を持つと呼ばれる者達。まさかそこまでの事ができるなんてね』

 

 

 伝説に語られる最強の古龍達に感嘆の息を漏らしたキリシュタリアに、「話は変わるけど」とアンナが言う。

 

 

「もし、そこのサーヴァントを私達の異聞帯の偵察に向かわせるなら、こっちに来る時は用心してもらわないと困るな」

『……気付いていやがったか』

「えぇ、この会合が始まった時から」

『ハンッ、生意気な小娘だ。で? なんでこのカイニス様が、お前の異聞帯に行く時は他の異聞帯以上に用心する必要があるんだ?』

「だって、油断してると殺されちゃうから。あっという間に、ね」

『んだと……!』

 

 

 キリシュタリアの背後に現れた褐色の槍兵の殺意が籠められた視線が向けられるが、アンナはまるで動じていない。この程度の殺気など、左程気にするものでもないからだ。

 

 

「私が召喚したサーヴァントの一騎は、“神”と呼ばれる存在に対して強い憎悪を持ってる。貴方がこの異聞帯に足を踏み入れた瞬間、貴方の神性を感じ取って襲いに来るかもしれない。私達も出来る限り抑え込むよう努力するけど、万が一という事もあるから、念の為にね」

『カイニス。彼女の言い分も尤もだ。君は嫌がるだろうが、彼女の異聞帯の偵察を頼む際はセイバーも同行させてもらう』

『……チッ』

 

 

 心底嫌そうな舌打ちを返事に、カイニスのホログラムが消える。霊体化していないという事は、ホログラムが映し出される範囲外まで行ったという事だろう。

 

 

「長話しちゃったわね。私もここで切らせてもらうわ。お互い、また会える事を祈っているね」

『君がそう簡単にやられるとは思わないがね』

「言ってくれるじゃない。精々足元を掬われないように気を付けなさい」

 

 

 通信を切ると、目の前に浮かんでいたキリシュタリアのホログラムが消え去る。

 

 

「……神の時代を創る、か。本当に悪党ね、彼は」

 

 

 人の時代は終わりを告げ、再び神の時代がやってくる。キリシュタリアの目的はそれで間違いないが、だからこそ、アンナは彼を『悪党』と呼ぶ。

 

 

「だけど、私も負けてられないのよ、キリシュタリア。私には、私の目標がある」

 

 

 今はまだその時ではないが、いずれ自分達が対決する時は来るだろう。その時には、全身全霊で、最大級の敬意を払って、そして完膚なきまでに叩き潰す。

 

 

「あぁ、楽しみ……。みんなもそう思うでしょう?」

 

 

 暗雲が覆う空に問いかけると、どこからともなく無数の竜達の咆哮が轟いた。

 



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在りし日の景色

 
 どんどんお気に入り登録者数が増えていく……。嬉しい、嬉しい……。

 蘆屋道満と渡辺綱当たりました( ՞ةڼ◔)


 

 ―――“抑止力”。それは破滅の要因を排除し、今ある世界を存続させようとする見えない力。この地球上で最も優れた種族である霊長類の『自分達の世を存続させたい』という無意識の願いが形を成したもの。

 

 人類、ひいては星そのものを滅ぼす要因となる者の出現を感知した後、絶対に勝てる数値( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )で現れる事から、“カウンターガーディアン”とも呼ばれてる。

 

 と言っても、抑止力はたった一つのシステムではなく、優先順位の異なる二種類が存在する。

 

 一つ目は、集合的無意識によって生まれた世界の最終安全装置(セーフティ)であり、人類の持つ破滅回避の祈りである“アラヤ”。二つ目は、地球が願う生命延長の祈りである“ガイア”。

 

 アラヤは人類世界を存続させる為ならば星を滅ぼす事も厭わず、逆にガイアは星の生存を存続させる為ならば人類を滅ぼす事も厭わない。

 

 しかし、それはあくまで究極的に言えばの話であり、現代では星の大部分を支配領域とする人類が崩壊する事はこの星の“成長の(終わり)”に直結する可能性があり、また星が滅びれば現状人類も生存する事ができないため、結果的に相互に人類と星を守るべく発動する事もある。

 

 そんな抑止力の片割れ、ガイアの一部として生み出されたのが“幻想種”を始めとした、現代では空想の存在として語られる者達であり、アンナが管理する異聞帯ではこの幻想種の頂点に位置する“竜種”が闊歩し、そのさらに上位に君臨する“古龍種”の中でも最強の存在達が、彼女のサーヴァントとして従っている。しかし、彼らが忠誠を誓う相手はこの世においてたった一人しか存在しないだろう。

 

 今でこそ“英霊の座”に招かれ、触媒などを用いれば召喚可能とされている彼らであるが、たとえこの世界でもう一度聖杯戦争が起きて、その参加者が彼らのうちの誰かを召喚したとしても、次の瞬間、彼あるいは彼女はあの世にいるだろう。

 

 人類の管理者となる事を是とした彼らが人類という存在を認めているのは確かだが、だからといって人類に忠誠を誓う理由にはならない。そんな彼らが真に忠義を尽くすと決める相手こそ、彼らにとっての“王”なのだから。

 

 そんな彼らの“王”こそ、アンナ・ディストローツである。

 

 現代まで生き続けた影響で、彼女はまだかつての環境そのままな異聞帯においても本領を発揮するのは不可能だ。一時的になら本来の姿( ・ ・ ・ ・ )に戻れるだろうが、戻ったら戻ったで体に負荷がかかってしまう。

 

 話を戻そう。つまり抑止力とは、今ある霊長の世を存続させる為だけに存在する機構(システム)であり、その特性上、現在地球上に出現している八つの異聞帯も、抑止力にとっては抹殺対象に他ならず、自らの手を伸ばせぬ場所を除き、数多くの英雄達が各異聞帯に召喚されている。

 

 

「く……ッ!」

 

 

 そして、ここに一人、星の叫びに応えて異聞帯に足を踏み入れたサーヴァントが一人。

 

 長い銀髪に胸部と腹部が露わになっている黒い鎧、何者をも容易く切り裂けそうな大剣を握るのは、ジークフリート。ドイツの英雄叙事詩『ニーベルンゲンの歌』に語られる、竜殺しの大英雄である。

 

 そんな彼は今、凍り付きそうな冷気に身を晒しながら攻撃を躱していた。

 

 

「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 

 竜殺しの大英雄の眼前で咆哮を轟かせたのは、“冰龍(ひょうりゅう)イヴェルカーナ”。極寒の冷気を司る、古龍種の一体である。

 

 イヴェルカーナから放たれる冷気にじわじわと体の自由が奪われていく中、自分を刺し貫こうとしてくる尻尾をギリギリで受け流し、一気に懐に取り込んで大剣―――バルムンクで斬り払う。

 

 竜殺しの逸話から竜特攻の力を宿している一撃を受けてイヴェルカーナが何歩か後退するが、翼を羽ばたかせて飛び上がったかと思うと、上空に向けて冷気ブレスを吐き出す。すると、ジークフリートの頭上に氷塊が形成され、彼を圧し潰そうと落下してきた。

 

 咄嗟に前へ飛び出して避けたジークフリートだが、それを読んでいたのかイヴェルカーナの冷気ブレスが襲い来る。

 

 

「しまった―――ッ!?」

 

 

 極低温のブレスはジークフリートを包み込んだかと思うと瞬時に彼の両足を凍り付かせ、動きを封じる。両足の氷を砕こうと足掻くジークフリートだったが、視界の端に映るイヴェルカーナが翼を大きく広げたのを見て、咄嗟に両腕を交差させる。

 

 大きく羽ばたかせた翼によって押し出された冷気が瞬時に固まり、氷槍となってジークフリートに襲い掛かる。

 

 

「ガ……ッ!」

 

 

 無数の氷槍に貫かれた痛みに、口から多少の血が吐き出される。

 

 セイバークラスとして現界したジークフリートには、竜種に対する攻撃力、防御力を大幅に向上させるスキル“竜殺しA++”の他にも、Bランク以下の物理攻撃と魔術を完全に無効化し、更にAランク以上の攻撃でもその威力を大幅に減少させる“悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)”という常時展開型の宝具があるが、この二つを以てしても殺し切れない威力に戦慄する。

 

 もし竜殺しの逸話を持たない英霊がこの攻撃を受けていたら、間違いなくそこで消滅していた事だろう。この異聞帯には他よりも多くの竜殺しの英雄達が召喚されているらしいが、そんな彼らでさえ簡単に退けてしまう古龍種の恐ろしさを、改めて思い知らされる。

 

 対してイヴェルカーナは、明らかに急所を貫いたはずなのに生きている男により強い警戒心を抱いていた。

 

 今まで自分が対峙してきた英霊は、今の攻撃を受ければほとんどがそれで消滅していた。だが、この男は僅かな出血をした程度で済んでいる。先の大剣による一撃も視野に入れると、この男はあの方々( ・ ・ ・ ・ )には遠く及ばないが、古龍種(われわれ)をも討ち果たせる力を持っていると考えていいだろう。

 

 イヴェルカーナは他の古龍種よりも賢い存在だ。こことは違う世界では、とある太刀使いの一撃を氷の壁を張って防ぐといった行動を取った事もあるくらいだ。

 

 そんなイヴェルカーナの思考と、そして本能が同じ結論を導き出すのに、そう時間はかからなかった。

 

 ―――こいつはここで殺す。

 

 

「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 

 獰猛な咆哮が大地を震わせ、間近でそれを聞いてしまったジークフリートはあまり音量に反射的に耳を塞ぐ。そして次の瞬間、イヴェルカーナから放出された絶対零度の冷気が彼の全身を凍り付かせ始めた。

 

 

(この圧力……ッ! まだ本気ではなかったという事か……ッ!)

 

 

 急いで飛び退いた事で辛うじて氷像になるのを免れたジークフリートにイヴェルカーナが迫る。大地に爪痕を残しながら接近してくる古龍の突進を受け流した勢いをそのままに大剣を振るうが、イヴェルカーナはそれを容易く回避すると同時に尻尾でジークフリートを薙ぎ払う。

 

 振り下ろした隙を突かれたため防御する間もなく弾き飛ばされたジークフリートの体が凍てついた壁に叩き付けられ、すかさずそこへイヴェルカーナの極低温ブレスが飛んでくる。

 

 

「く、オオオオォ―――ッ!!」

 

 

 回避は間に合わないと直感的に理解したジークフリートは、魔力を纏わせた大剣を振るって高密度の魔力の斬撃を繰り出す。斬撃によって切り裂かれたブレスは彼の両脇にあった壁を木端微塵に破壊し、迎撃が間に合っていなかった場合のジークフリートがどうなっていたのかを雄弁に語る。

 

 走り出したジークフリートに冷気の霧を突き破ってきたイヴェルカーナが迫る。絶対零度の氷で作り上げられた冠角が迫り、ジークフリートはそれを迎え撃とうと大剣を振るおうとするが、長い間絶凍の冷気に身を晒したせいで体が思うように動かず、迎撃は叶わぬまま冠角の刺突を受けてしまった。

 

 

「ぐぅ……ッ!」

 

 

 腹部から背中を貫かれた激痛に呻くジークフリートを首を振って投げ飛ばしたイヴェルカーナが飛び上がり、僅かに開かれたアギトに冷気を集中させていく。

 

 その様子から察するに、あの古龍はこれで勝負を決めるつもりなのだろう。これまで以上の威力、範囲、速度を以て繰り出されるであろうそれを前に、今の自分は為す術もない。

 

 

「一か八かだ……ッ! 宝具―――」

 

 

 この絶望的な状況を打破する為には、切り札を切るしかない。

 

 眼前に構えた大剣が主の膨大な魔力を蒼い火柱として燃え上がらせ、ジークフリートはカッと目を見開くと同時に大剣を大上段で振りかぶる。

 

 

「撃ち落せ……“幻想大剣(バル)―――」

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 どこかからイヴェルカーナのものとは違う咆哮が瞬間、ジークフリートの視界が大きく揺らいだ。

 

 宝具の発動を中断されたジークフリートは、全身を襲う浮遊感や絶え間なく動き続ける視界から、自分が吹き飛ばされていると理解した。

 

 そして、彼が真名解放を阻止されたという事は、彼の宝具―――“幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)”発動は失敗に終わったという事。同時に、ジークフリートが予期せぬ乱入者が作り出した竜巻に囚われている間に、イヴェルカーナの準備は整った。

 

 

「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 

 イヴェルカーナの絶対零度のブレスが竜巻に直撃し、それは暴虐の風の中で氷槍に変化。竜巻の中心に落下したジークフリートが顔を上げた瞬間、全方向から冷たい死の槍が襲い掛かる。

 

 右目、脇腹、背中、肩、足と、氷槍は次々に英雄の体に突き刺さっていき、暴風が晴れた頃には、そこには全身を串刺しにされた男の姿があった。

 

 

「―――お疲れ様。いい戦いっぷりだったよ」

 

 

 串刺しにされた竜殺しの大英雄の姿にパチパチと拍手しながら現れた、漆黒のサーヴァントを従える女性に気付いた二頭の古龍は、揃って彼女の前に降り立って(こうべ)を垂らした。

 

 イヴェルカーナと共に彼女に(こうべ)を垂らしている古龍の名は、“鋼龍(こうりゅう)クシャルダオラ”。冷気を操るイヴェルカーナとは異なり、暴風を司る古龍である。

 

 

「クシャルダオラ、助太刀に来てくれてありがとね。仲間がピンチだと思ったら、また助けてあげてね。それとイヴェルカーナ、この竜殺しを生け捕りにしてくれてありがとう。そいつは王の餌( ・ ・ ・ )になり得るからね、お手柄だよ。それじゃ、各々自由に動いていいよ~」

 

 

 アンナ・ディストローツの指示に唸り声を以て答えた二頭はそれぞれ別の方角へと飛び去っていく。

 

 

「お願いしていいかな、ボレアス」

「構わない」

 

 

 頷いたバーサーカーが串刺しにされたジークフリートの体を持ち上げ、雄々しい翼を広げて飛び立っていき、アンナだけが残される。

 

 

「……隠れても無駄よ? 出てきなさい」

 

 

 しかし、この場にいたのは彼女だけではなかった。アンナが視線を向けた先、イヴェルカーナがジークフリートとの戦闘の際に作った氷柱の影から一人の女性が姿を現した。

 

 

「英霊を餌にするなんて、ここの異聞帯の王はいったいどんな存在なんですかねぇ」

 

 

 先程の会話を聞いていたのか、この世界にまだ生まれていない王について言及する女性の名は、タマモヴィッチ・コヤンスカヤ。人理救済を成し遂げたカルデアを崩壊へと導く事となった急襲作戦の片棒を担いだ女性だ。

 

 

「貴女に教える道理なんて無いわね。それで? 新しい商品( ・ ・ )でも見積もりに来たのかしら?」

「話が早くて助かりますわ。えぇ、そうですねぇ。貴女さえ良ければ、先程の古龍種の一頭でも譲っていただけたら嬉しいです。あれ、本気出せば神霊級ですよね( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )?」

「……その観察眼は見上げたものだけど、お生憎様、貴女に提供できるものなんて一つもないのよ。他の異聞帯への転移を交渉材料にしても無駄だからね。足は間に合ってるもん」

 

 

 コヤンスカヤの見立ては当たっている。古龍種は一頭の例外もなく、本領を発揮すれば神霊級サーヴァントと同格の力を発揮する。本気を出さなくとも並みのサーヴァントなど者の数に入らない。

 

 

「あらら、歴史に名高い古龍種を手に入れる事ができれば、我がNFFサービスも今まで以上に繁盛できると思ったんですけどねぇ……」

「色んな異聞帯の生物を集めて、彼らが本来いた場所とは違う場所に放って混乱を巻き起こすって未来が見えてるからね。そんな奴にうちのみんなは任せられないよ。ほら、貴女がここにいても出来る事はなにもな……いや、やっぱり待って」

「およ? なんです?」

「もうわかってると思うんだけど、ここの環境は凄い原始的でね。日々弱肉強食の戦いが繰り広げられてる」

 

 

 今こうしている間にも、至るところで今日を生き延びようと足掻く者達が糧を求めて殺し合っているだろう。それこそがこの異聞帯の形であり、彼女にとっては懐かしい時代の風景である。

 

 

「そんな場所に貴女(あなた)が来たら、どうなると思う?」

「おや? なぜだか猛烈に嫌な予感……」

 

 

 急に背筋が凍るような感覚に襲われたコヤンスカヤの鼓膜が、バチバチとなにかが弾けるような音と、何者かの足音を聞きつけた。しかもその二つの音は、ゆっくりとだが徐々にこちら側に近づいているのがわかる。 

 

 そして、それは遂に現れた。

 

 胴体部を覆う青緑の鱗に、頭部や背面、腕部などに立ち並ぶ黄色の甲殻。そして、腹部や首回りなどを中心に生え揃った白色の体毛。背中は青白い輝きを放っており、その眼光は迷う事無く、自らの獲物であるコヤンスカヤを射抜いている。

 

 

「紹介するね。“雷狼竜(らいろうりゅう)ジンオウガ”だよ♪」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!」

「ギィヤアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!???」

 

 

 ジンオウガの狼の遠吠えにも似た咆哮に負けず劣らずの素っ頓狂な声を上げたコヤンスカヤが走り出すと、ジンオウガがそれを追いかけて走り出す。

 

 

「バッカじゃないですかッ!? 狼ぶつけてくるとか頭おかしいんじゃないですかッ!? あ、やめて来ないでッ! 私、食べても美味しくありませんよーーーーーーーーッッ!!??」

 

 

 綺麗なフォームで走っていくコヤンスカヤの絶叫が遠退いていき、残されたアンナはあの女狐の心の底からの叫びが面白くて笑い転げていた。

 

 

「随分といい趣味をしているな」

 

 

 そんな彼女に声をかけるのが一人。彼の存在に気付いたアンナは一頻り笑い終えてから、ドレスについた汚れを払い落としながら立ち上がる。

 

 

「コヤンスカヤに続いて、貴方までここに来るなんてね。いったいどんなご用件かしら?」

「なに、君に報せたい事があってね」

 

 

 深い藍色の法衣を着た、黒髪の神父―――グレゴリー・ラスプーチンが次に放った言葉に、アンナは目を見開く事となる。

 

 

 ラスプーチンの報告内容とは、ロシア異聞帯―――カドック・ゼムルプスが敗れた、というものだった。

 



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叛骨の魔術師

 
 今年のサンタはカルナでしたね。fgo初の男性サンタサーヴァント、絶対に仲間にしたいと思いますッ!

 お気に入り登録者100人越え、ありがとうございますッ!



 

 “時計塔”。()の魔術王ソロモンの弟子の一人が『神秘を学問として伝える』として設立した場所であり、合計十二の学問の頂点に立つ十二人のロード達が治める、魔術協会の総本山。

 

 優れた才能を持つ者や名門中の名門の家系に生まれた魔術師など、まさしく“天才中の天才”が集まるこの場所に、ある日一人の女性がやって来た。

 

 それこそが、アンナ・ディストローツ。ここに来るまでの経歴が一切不明なのに、ロードの一人であるマリスビリー・アニムスフィア直々のスカウトを受けた、謎多き人物だった。

 

 

「ねぇねぇ、君、名前は?」

 

 

 そんな彼女がマリスビリー以外に初めて交流を持ったのが、この僕―――カドック・ゼムルプスだった。

 

 当時の僕は天才中の天才達が蔓延るこの魔境で生き抜く為に、死に物狂いで周りに喰らいついていた。その日もその日とて、授業での反省点を洗い出している時に、アンナが声をかけてきたのだ。

 

 

「……カドック・ゼムルプスだ。こんな僕に何の用だ、ディストローツ」

「あら、私の名前を知ってくれてるなんて光栄だなぁ。嬉しいッ!」

「アンタの事を知らない奴なんて、時計塔(ここ)にいるわけないだろ」

 

 

 時計塔に来て早々にアルビオンに単独で無断侵入し、一夜爆睡して無傷で帰ってきた“狂気の生還者(マッドサバイバー)”の名を知らぬ魔術師はいない。歴戦の魔術師だろうと油断すれば簡単に命を落とすあの魔境から一晩寝て帰ってきたという話を聞いた時の衝撃は、つい昨日のように思い出せる。

 

 

「……ふむふむ、内容から察するに、今日の授業の反省ってとこかな? お姉ちゃんが手取り足取り教えてあげよっか?」

「結構だ。僕は僕の力で解決する」

「その度胸は見上げたものだけどねぇ。ほとんど間違えてるじゃない。たとえばここは解釈が甘すぎるし、こっちは論点そのものが間違ってる」

「はッ!?」

 

 

 指差された箇所を改めて読み上げてみると、確かに彼女の言う通りだ。何度か見直し、「これで大丈夫」と思って次の段階に移っていたので、こうして他人に指摘されると少し辛い。

 

 

「いい? これは―――って考えればいいの」

 

「そうねぇ。じゃあ、こう考えればいいんじゃない?」

 

「うんうん、いい筋いってるよ。だけどまだ甘いね。いくつか見落としがある」

 

 

 頼んでもないのに、あいつは気付いたら付きっ切りで僕の復習に付き合っていた。最初こそ「邪魔だからあっち行けッ!」と言っていたのだが、この女はまるで意に介さない。

 

 彼女と関わる前の僕のイメージは、『アルビオンに単独で挑む狂人』というものだったのだが、訂正しよう。こいつは『とんでもないお節介焼き』だ。

 

 正直言って鬱陶しいぐらいのレベルだったが―――

 

 

「凄い凄いッ! ちゃんと出来たじゃんッ! 偉いよカドックッ!」

 

 

 彼女が作ったテストを僕が反省点を踏まえて全問正解すると、まるで我が事のように喜ぶ彼女の姿に、それでもいいなと思えてくるようになった。

 

 そこからも、僕が授業の反省点をまとめているとどこからともなく彼女が現れ、その度に僕は彼女の監修の下、次はどう学習すべきかを考える日々を送った。

 

 

「……アンナ、一つ訊いてもいいか?」

 

 

 いつの間にか名前で呼ぶようになっていた僕に、ココアを飲んでいたアンナが「ん~?」と視線を向けてくる。

 

 

「どうしてアンタは、こんなにも僕の勉強を見てくれてるんだ? アンタにとっちゃ時間の無駄だろ」

「全然? 私、とても有意義な時間だと思ってるよ?」

 

 

 なにを言ってるんだ、と言いたげな表情で返され、僕は思わず呆気に取られた。

 

 

「私はね、君みたいに努力する人間が大好きなの。特に周りに追いつこうと必死に食らいついている人がね。君は私が見てきた中でも、一、二位を争うぐらいの努力家だね。だから後押しをしたくなっちゃったの。……もしかして、嫌だった?」

「正直、鬱陶しいとは思っていた。だけど、鬱陶しいぐらいのお節介焼きなのがアンタらしい」

「それ、褒められてる?」

「どうだろうな」

「もぉ~。隠してないでお姉ちゃんに教えなさ~いッ!」

「腕を振り回すな。子どもじゃあるまいし」

 

 

 腕をブンブンと振り回して抗議してくるアンナを見てると、こいつが本当に狂人なのかわからなくなってくる。

 

 それからしばらくしないうちに、僕達はマリスビリー・アニムスフィアによってカルデアに招かれ、後にAチームのメンバーに選ばれた。僕を除いた他の七人のメンバーは、アンナも含めてどれもAチームに選ばれるのに相応しい実力と知識を兼ね備えた化け物揃いだ。どうしても肩身が狭い思いをしてしまう。

 

 だが、負けるつもりはない。僕もAチームの一員だ。彼らに並び立てるように努力し続けるつもりだ。

 

 しかし―――

 

 

「「カドックッ! おはようッ!」」

(こいつら、僕を試しているのか……ッ!?)

 

 

 ヴォーダイムと組んでパーティーグッズを身につけて絡んでくるのはやめてほしい。

 

 ってかヴォーダイム。アンタ曲がりなりにもAチームのリーダーだろうがッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――彼らなら、どうしただろうか)

 

 

 場所も時も変わる。現実に引き戻される。

 

 氷に閉ざされた獣達の国。咆哮轟く凍土の地。

 

 歴史の敗者であるこの異聞帯(せかい)を手に入れ、手の届かぬ怪物達を相手取り、我こそが最強であると証明する。

 

 剪定されたロシアは過酷だが、それ故に強靭(つよ)い。他の七つの異聞帯にも勝利できる可能性は充分に含まれている。

 

 天才ではない凡人なりに努力し、足掻き、突き進み、そして勝利する。

 

 これまでの人生全てを懸けて、カドック・ゼムルプスは証明する。

 

 そう、決心したのに―――

 

 

「……ハッ、結局、こうなるのかよ……」

 

 

 自分を囲む無機質な部屋を見て、自嘲する。

 

 そう、僕がなにも証明できないまま、なにも果たせぬままに、ロシアでの戦いは幕を下ろしたのだ。

 

 

 ―――アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。

 

 

 ロシア帝国最後の皇帝ニコライ二世とアレクサンドラ皇后の第四皇女にして、帝国が保有していた精霊“ヴィイ”と契約を交わした“精霊使い”。

 

 そして、こんな僕の召喚に応じてくれた、たった一人のサーヴァント。

 

 そんな彼女を、銃弾の前に晒してしまった。

 

 敵方のアーチャー―――ビリー・ザ・キッドに拘束されておきながら、大令呪(シリウスライト)を使おうとした罰なのだろうか。

 

 追い詰められ、躍起になってしまった。

 

 焦りが隙を生んだ。

 

 隙が―――致命的な瞬間を生み出した。

 

 

『殉死も許しません。自爆も許しません』

 

『落ち着いて、カドック。……私は、信じています。選択肢をどれほど間違えようとも―――貴方はきっと、正しく為すべき事を為すと』

 

『その後悔を抱いて生きなさい、マスター』

 

『私……きっと、もう二度とできません。銃弾の前に、身を投げ出すなんて』

 

『よろしい? 私は貴方が優れていたから助けたわけではありません』

 

『私を信じてくれたから、サーヴァントとして、当然の事をしたのです』

 

『……光栄に……思って……ちょうだいな。本当に……かわいい……人……………』

 

 

 最期に雪のように儚い笑みを浮かべて、アナスタシアは僕の腕の中から消えた。

 

 終わった。

 

 あぁ、そうだ。―――終わったのだ。

 

 王は既に亡く、新たな皇帝(ツァーリ)は消えた。

 

 捕虜として捕らえられた僕に、出来る事はなにもないだろう。

 

 そんな、絶望の中でも―――諦めるわけにはいかない。

 

 彼女は、『生きろ』と言った。銃弾の前なんか立ちたくないのに、こんな(マスター)を護る為に、自ら進んでその前に立ち塞がった。

 

 ―――彼女の勇気。

 

 ―――彼女の決意。

 

 ―――彼女の行動。

 

 ―――彼女の言葉。

 

 僕の背に重くのしかかるその全てが、僕に『生きろ』と叫び続ける。

 

 

「アナスタシア……」

 

 

 足元に転がる、砕かれた手枷を見る。僕に残留していた彼女の名残が、この手枷を砕いたのだろうか。……我ながら、吐き気を催す都合のいい考えだ。

 

 けれど、このチャンスをふいにする気もない。今なら逃げ出せるだろう。

 

 だが、どうやって? ここは現時点においてのカルデアの本拠地であるシャドウ・ボーダーの中だ。奴らの目を掻い潜って脱出するには、どうすればいい。

 

 

(考えろ……考えるんだ、カドック・ゼムルプス……)

 

 

 ビリー・ザ・キッドに後頭部を殴りつけられた鈍痛に顔を顰めながらも、ここからの脱出法を模索していると、微かな振動がシャドウ・ボーダーに走った。

 

 なにが起こった、と戸惑うも、続いてより大きな衝撃を受けたのか、シャドウ・ボーダーがさらに揺れた。

 

 これを外部からの攻撃だと仮定すると、今カルデアを襲っているのはクリプターか?

 

 敗北者の僕を助けに来た、というわけではないだろう。そんな相手に手間をかける理由などどこにもない。

 

 なんにせよ、これはチャンスだ。まずは外に出て自由になる。それからの行動は、転がる石になった気分で考える事としよう。

 

 そう思い、簡単な術式を用いて扉を開けようとした瞬間―――

 

 

「貴様がカドック・ゼムルプスか?」

 

 

 僕の前に、漆黒の鎧を装備した男が現れた。

 

 全身から感じられる魔力の質から、この男がサーヴァントだという事はすぐに理解できた。

 

 正体不明のサーヴァントは、爬虫類のような黄金色の鋭い眼で値踏みするように僕を見つめ、「なるほど」とニヤリと笑った。

 

 

「姉う……マスターからの命だ。貴様を助けに来た」

 

 

 そのサーヴァントの言葉に、僕は思わず呆気に取られた。

 

 

 

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 時間は遡って数分前、シャドウ・ボーダーの作戦司令室。そこでは崩壊したカルデアの新所長になるはずであったゴルドルフ・ムジークが、ルーラークラスとして現界したシャーロック・ホームズを伴って独房に収容したカドックの尋問に行こうとしていた。

 

 そんな彼らに重苦しい表情をしているのは、藤丸立香。七つの特異点を突破し、人理焼却の原因である“憐憫”のビースト―――魔神王ゲーティアを討ち果たしたマスターである。

 

 

「安心したまえ、ミス・藤丸。私がついている限り、手荒な尋問にはならないよ。……それに、私も問い質したい事がある。“空想樹”と“大令呪(シリウスライト)”だ。前者はともかく、後者に関してはカドックが口にしただけの単語だから、そう大きな意味は持たな―――」

 

 

 立香を安心させるように説得していたホームズの声を突然鳴り響いたアラームが遮る。

 

 

「ああ、アラームだとぅッ!? 何事かねッ!? オプリチニキはもう出てこないだろうッ!?」

『そのまさかだよッ! ロシア領から急速に接近してくるものがあるッ! 現在、時速90キロでボーダーの左舷に食いつきつつあるッ! ムニエル君、アクセル、アクセルッ! このままじゃ追いつかれるッ!』

 

 

 現在、シャドウ・ボーダーと一体化しているレオナルド・ダ・ヴィンチの緊迫した声に、カルデアの数少ない生存者の一人であるジングル・アベル・ムニエルが叫ぶ。

 

 

「無理ですッ! ここからは上り坂ですッ! これ以上は速度が出ませんッ!」

『あわわ、熱源反応確認ッ! これは―――RPGだッ!』

 

 

 ダ・ヴィンチが熱源の正体を突き止めた次の瞬間、シャドウ・ボーダー全体に大きな揺れが走った。

 

 

「当たったッ! 今のは直撃ではないか、ダ・ヴィンチ君ッ!」

『直撃したッ! しかも装甲板が一枚はがされたッ! 連発されたらまずいッ! とにかく全速力で―――え、ちょっと待ってッ! 真横に新たな熱源反応確認( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )ッ!』

「なんだとぅッ!? この期に及んでかッ!?」

『……ッ! 熱源反応急速接近ッ! みんな、なにかに掴まってッ!』

 

 

 ダ・ヴィンチが叫んだ直後、RPGの一撃を受けた時よりも凄まじい衝撃がシャドウ・ボーダーを襲った。

 

 

「いてて……。映像、モニターに表示するぞッ!」

 

 

 軽くぶつけた後頭部を擦りながらもムニエルが外部の映像をモニターに映し出す。

 

 もう間もなく左舷に辿り着こうとしているのは、RPGを片手に白紙化された地表を疾走する、深い藍色の法衣を着た神父―――グレゴリー・ラスプーチン。

 

 否、そこにいるのはラスプーチンに非ず。とうに彼の魂はその体から抜け出し、本来そこに収まっていた魂こそ、今の彼を象徴する名。

 

 外道麻婆―――言峰綺礼である。

 

 これだけでもその場にいたメンバーを驚かせたというのに、右舷を表示したモニターに姿を現した者を視界に収めたメンバー達は、こんな状況にも関わらず唖然としてしまった。

 

 攻撃的な刺々しい赤茶けた鎧に、頭部と一体化したような螺旋状の角。そして何よりも目を引くのは、その大きさだ。

 

 巨大、という言葉では足りない。まさしく、超弩級と言っても過言ではない体格を誇る“それ”に、一同は無意識に気圧される。

 

 純白の大地を砕きながら、まるで大海を泳ぐ鯨のようにシャドウ・ボーダーの真横を進むその者の名は―――“豪山龍(ごうざんりゅう)ダレン・モーラン”。太古の昔、地球上に存在した古龍種の一頭である。

 

 

「―――やぁ、カルデアの諸君」

 

 

 室内に響いた鈴を鳴らすような声に、一同の視線が一斉に動く。

 

 

「まずはロシア異聞帯の攻略、おめでとうと言わせてもらおうかしら?」

 

 

 いつの間にいたのか。立香の背後に立っていた侵入者―――アンナ・ディストローツに、残像さえ残さぬとばかりに動き出したホームズの鋭い蹴撃が襲う。

 

 

「危なっかしいなぁ。それでも()の名高き名探偵(シャーロック・ホームズ)なの?」

 

 

 だがそれを―――アンナは片手で受け止めていた。

 

 サーヴァントの攻撃を生身で、それも片手で受け止められるなど、あり得るはずがない。常人なら気付く間もなく頭部を蹴り砕かれていた。ホームズもそれを可能にする威力、速度、精度を以て攻撃したのだ。

 

 

「いきなりレディの頭を蹴ろうとしてくるような男には、お仕置きしなくちゃね」

「……ッ!? ぐあ……ッ!」

 

 

 掴まれた足から凄まじい電流が走り、全身から微かに黒煙を立ち昇らせたホームズが片膝をつく。

 

 

「ミスター・ホームズッ!」

「だ、大丈夫だとも……、ミス・キリエライト」

「手荒な真似をしてごめんなさいね。でも、先に手を出してきた貴方が悪いのよ?」

 

 

 駆け寄るマシュの手を借りて立ち上がったホームズは警戒を緩めずに立香を護るように立つ。

 

 

「ふむふむ……、そこにいるのが人理救済を成し遂げたマスター、藤丸立香ね。マシュちゃんは久しぶり。ダ・ヴィンチちゃんは……あれ? いないの?」

『ここにいるさ』

「あら、生きていたのね。よかった。なんか声が幼いような気がするけど、それは置いときましょう。それじゃあ、みんな、私の事は知ってると思うけど、改めて自己紹介させてもらうね」

 

 

 ドレスのスカートの裾を摘み、良家の令嬢がするような優雅なカーテシーをして自己紹介する。

 

 

「クリプターが一人、アンナ・ディストローツ。ここへ来た目的はただ一つ。カドックを渡してもらおうかしら?」

 

 



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カルデアの“試練”

 
 先週お気に入り登録者100人超えたと思いきや、まさかのランキング入りで一気に登録者数が500人超え……ありがとうございますッ! 皆さんのご期待に応えられるよう、頑張っていきますッ!



 

 アンナ・ディストローツ。本来であれば七人であったはずのAチームに加入した、八人目のマスター。

 

 あの神父のサーヴァントに殺害される前の大人のダ・ヴィンチちゃんが、Aチームのメンバーについて説明していた時の事を思い出す。

 

 

『アンナちゃんはとても明るい子だったね。常にポジティブシンキングでいて、面倒見もいい。Aチームのメンバーとも良好な関係を築いていたよ。なにも知らない人から見れば、どこにでもいる元気な女性そのものな人物だ。けれど、Aチームのメンバーとして数えられる以上、その実力は折り紙つきさ。恐らく、純粋な戦闘力でいえばサーヴァントを相手にしても問題ないだろう。おまけに頭もいい。ま、この“万能の天才”には劣るがねッ!』

 

 

 誇らしげに豊満な胸を張るダ・ヴィンチちゃんだが、彼女の話を聞いていた私は呆気に取られていた。

 

 サーヴァント相手にも引けを取らない戦闘力。普通、人間が英霊に勝てる道理などない。それはこれまでの戦いを通して、否が応でも理解できている。だが、彼女はそれを可能とする程の実力者ときた。

 

 ダ・ヴィンチちゃんの話によれば、彼女が召喚予定にしていたサーヴァントは、先に説明されたデイビット・ゼム・ヴォイドと同じバーサーカーだったそうだが、初めから意思疎通を期待していなかったデイビットと違い、意思疎通の有無は左程気にしていなかったらしい。

 

 

『でも、彼女はある事( ・ ・ ・ )に対しては並々ならぬ知識を有していた。そこだけは私も感嘆せざるを得なかったね』

 

 

 その『ある事』とは?

 

 

『幻想種―――主にその最上位に君臨する竜種、そして、そのさらに上位の存在である古龍種についてさ。君は“モンスターハンター”という物語を知っているかい?』

 

 

 知っているとも。その名を知らぬ者など、この世にいないと言っても過言ではない話だ。

 

 英雄王ギルガメッシュが生きた時代よりも過去の話。実在したかどうかも不明な伝説の時代。そこを舞台に繰り広げられる、自然との調和を図る狩人―――ハンター達の物語だ。

 

 災厄と呼べる脅威に立ち向かう狩人達はまさしく英雄と呼べる存在であり、女の私でさえいつか彼らのようになりたいと思わせられたものだ。当然、古龍種についても知っている。

 

 

『それぞれが自然そのもの、と言える幻想種の事ですよね?』

 

 

 私が答えるより先に我が後輩が口を開いた。やはり、私よりもたくさんの情報を知っているだけある。ひょっとしたら、私の知らない古龍種についての事も知っているのかもしれない。

 

 

『その通り。古龍種とは、自然の力を司る者達。その場にいるだけで生態系を大きく変動させてしまう、いわば存在そのものが災厄のような者達の事さ。その中には一瞬にして砂漠を焼き尽くした者や、古代の遺跡をまるごと海の底に沈めてしまった者も存在すると言われてる。しかも困った事に、彼らは本気を出さなくともその災害を起こせる』

 

 

 改めて彼らの話を聞くと、そんなのが本当に実在したのか怪しく思えてくる。その場にいるだけで生態系を変動させる上に、本気にならずとも災害を引き起こせる……。サーヴァントでもないのに、そこまでの事ができる存在などほとんどいないだろう。

 

 “モンスターハンター”の時代を生きた人間、特にモンスターを狩って自然との調和を図る事を生業とするハンターはおよそ人間業とは思えぬ事を可能としていたらしく、ある意味彼らも怪物(モンスター)だろう。自分達の何倍も大きいモンスターを相手に武器一本で挑んでたハンター化け物すぎひん?

 

 

『ハンター達には感謝しなくてはならない。でなければ、間違いなく人類は滅びてたからね。普通のモンスターと違って、古龍種は数が少ない。それこそ、歴戦のハンターが彼らと出会わずにその生涯を終えるという事が普通なくらいだ。“モンスターハンター”に彼らの事が書かれている理由としては、その執筆者がとんでもない幸運の持ち主で、それ故にたくさんの古龍種と出会ったからだろう』

 

 

 なるほど。世に広まってる“モンスターハンター”の話に絶対数が少ない古龍種の事が書かれているのは、それが理由だからか。というか、筆者どんだけ強運の持ち主なんだ……。

 

 

『話が逸れた。とにかく、アンナちゃんはその手の専門家以上の知識を保有していて、彼らの能力を事細かに把握していた。彼女の論文なんか、専門家達にとっては喉から手が出るほど欲しいと思えるようなものさ』

 

 

 論文も発表してるんだ……。カルデアのAチームのメンバーでもあるのに論文も書くなんて、私だったら絶対に出来ないなぁ。

 

 

『でもね、そんな彼女だけど、時々私達を見る目が変わるんだ』

 

 

 おや? ダ・ヴィンチちゃんが眉を顰めたぞ? その『私達』っていうのはサーヴァントの事? それとも、人間?

 

 

『後者だね。一部の例外を除けば、英霊とは元々人間だ。彼女は時々、人間に対しての目が変わる。立香ちゃん、君は動物を見た時……たとえば立派な鬣が生えたライオンを見た時、君はそのライオンの性別をどう言う?』

 

 

 え? そんなの、『雄』以外にないでしょ? 鬣が無くて、スラリとしていたのなら『雌』って言うよ。それがどうかしたの?

 

 

『アンナちゃんが人間を見る時の目が、そういった目なんだよ( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )。彼女は時々、人間を動物を見るような目で見てくるんだ。対象が男なら『人間の雄』、女なら『人間の雌』、という風にね。それが彼女の、人間に対する本当の見方なのか、定かではないがね』

 

 

 うっ、なんかゾッとした。ひょっとしたら、彼女は私達を他の動物達と同じ目で見ているかもしれない、という事か。ちょっとだけその人の事が怖くなった。

 

 

『でも、常にそういう目をしているわけではないから、カルデア内での評判は悪くなかった。ロマニの健康診断は断固として拒否ってたけどね。もしあの爆発が無ければ、君とも仲良くなってたかもしれないね』

 

 

 そう言って、ダ・ヴィンチちゃんはフッと笑った。

 

 そこからしばらくしないうちだった。カルデアが突然襲撃を受け、私達が新しい戦いに身を投じたのは。

 

 

「人質を渡せだとッ!? そんな事、私達が許すとでも思ったかッ!」

 

 

 新所長が若干震えながらも叫ぶと、アンナは至極当然とばかりにうんうんと頷いた。

 

 

「まぁ、そうだろうとは思ったけどね。せっかく捕虜にしたのに、『はい、わかりました』って渡されたら、流石の私も驚いてたところだよ。けど、今となっちゃ関係ないんだけどね~。君達がどんな答えを返そうと、カドックは取り戻すつもりだったし。手荒な真似をしてくるようだったら、あの子にここを潰してもらおうと思ってたけど、その必要もないようだね」

 

 

 さらっと恐ろしい事を口走った彼女に嘘偽りが無い事は、私以外の全員も確信しているだろう。彼女はやると言ったら、躊躇いなくこのシャドウ・ボーダーをあの古龍を使って潰してくるだろう。あの巨体に押し潰されてしまえば、一瞬でシャドウ・ボーダーごと圧殺される。

 

 そうでなくとも、彼女単独でこの場を制圧する事だって可能なはずだ。先のホームズを攻撃した時も手加減していたようだし、もしあれ以上の攻撃が飛んで来たら、この場にいる者は全員殺される。

 

 私達全員の命は、今目の前の侵入者に握られていた。

 

 

「という事は、あの古龍種が君のサーヴァントだという事かな、ミス・ディストローツ」

「え? 違うよ? あの子は私をここまで運んできてくれたの。サーヴァントは別にいるよ。ちょっと待ってね~」

 

 

 アンナがパチンッと指を鳴らした途端、『は、えッ!?』とダ・ヴィンチちゃんが素っ頓狂な声を上げた。

 

 

『嘘ッ!? ボーダー内にサーヴァントがいるッ!? しかもこの霊基、神霊級じゃないかッ! 場所は……独房ッ!』

「なんだとッ!? あそこにはカドック・ゼムルプスが……」

「ちょっとジャミングを掛けさせてもらってたんだ。でも、これでわかったでしょ? 君達がどれだけ足掻こうと、結果は変わらないって」

 

 

 彼女の言葉は事実そのものを言い表していた。今現在において、私達に出来る事はなにもない。

 

 

「カドックは私達が戴く。だから、ね? ちょっとだけお話しましょ? 藤丸立香ちゃん?」

 

 

 にこやかに、まるで親が子どもに話しかけるような目で見られる。どうやら、彼女は私に興味があるようだった。

 

 

「私達無しに七つの特異点を突破し、魔神王ゲーティアを打倒した、人類最後のマスター……。うん、いい目をしてる。幾つもの死線を潜り抜けてきた英雄の目だね。あいつ( ・ ・ ・ )がいたら、君の冒険は絶対に大袈裟に誇張されまくってから本にされてるだろうなぁ」

 

 

 彼女の言葉に嘘偽りは見られない。それどころか、私を尊敬すらしているように思える。本心から私が一度は人理を救った事を称賛しているのだろうか、この人は。

 

 

「でも、君の目は少し翳ってる。さっき、一つの世界を消したからかな?」

「……ッ!」

 

 

 息が詰まる。

 

 人理漂白から始まった戦い。カルデアを襲ったオプリチニキとの縁を辿って足を踏み入れたロシア異聞帯。そこでの出来事が思い起こされる。

 

 

『お前の世界をお前が救うという事は、この異聞帯(せかい)を破壊するという事だ』

 

『このロシアに住むヤガ達全てを、お前は殺す事になるぞ』

 

『故に問うッ! 故に糺すッ! 貴様にその権利があるのかッ!?』

 

『この大地に住むヤガ達に、“死ね”とお前は命じるのかッ!』

 

 

 イヴァン雷帝。正史と異なり、その身を最初に獣と融合させた、ロシア異聞帯を代表する王。

 

 彼の言葉は、叫びは、慟哭は、この胸に深く刻み込まれている。

 

 私達は、漂白された世界を取り戻す為に戦う。その為に、“あり得たかもしれないif”である異聞帯を破壊する。

 

 それすなわち―――八つの世界を破壊する事に他ならない。

 

 それでも、ひたすらに前へ、前へ、進まなければならない。

 

 

『俺は、テメェを、絶対に許さない』

 

『俺に幸福な世界がある事を教えてしまった失敗を、絶対に許さない』

 

『だから立て、立って戦え』

 

『お前が笑って生きられる世界が上等だと、生き残るべきだと傲岸に主張しろ』

 

『胸を張れ。胸を張って、弱っちろい世界の為に戦え』

 

『……負けるな。こんな、強いだけの世界( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )に負けるな』

 

 

 その身を以て、私を銃弾から護ってくれた人がいた。

 

 その人の言葉が、私達に前へ進む勇気を与えてくれた。

 

 だから、生きる(たたかう)んだ。

 

 

「……あぁ、その目よ。その目はまさしく、あの狩人達の目……。あぁ……なんて素晴らしいの……ッ!」

 

 

 両手を握り、恍惚とした表情で、アンナは私を愛おしそうに見つめている。

 

 

「それでこそ……、それでこそ、人類(あなたたち)よ。なによりも脆弱(よわ)く、なによりも強靭(つよ)い。だからこそ、貴方達は世界を担う種族へと至った」

 

 

 故に、貴方達には価値がある( ・ ・ ・ ・ ・ )―――と、アンナは笑い、大袈裟に腕を広げた。

 

 

「戦いなさい。戦って、戦って、戦い抜いて、自分達の世界(れきし)を取り戻してみなさい。それこそが貴方達の“試練”。乗り越えねばならぬ宿業。そして叫んでみなさいッ! 八つの骸の上で、『我こそが正しい』と、己が正しき罪を叫ぶといいわッ! アハッ、アハハハハハハハハハハッ!」

 

 

 どこか狂気とも思えるほどの表情でシャドウ・ボーダー内に笑い声を響かせるも、「まぁ……」と、アンナはスッと細めた眼で私達を順に見てくる。

 

 

「私達も、負けるつもりはないからね」

 

 

 その瞬間、彼女から発せられた威圧感が私の全身を呑み込んだ。

 

 圧倒的なまでの圧力(プレッシャー)。いっそ気を失ってしまえばいいとさえ思える恐怖に、体が震える。

 

 逃げろ、と本能が叫ぶ。

 

 種としての本能が、眼前の脅威に対して恐怖心を抱いている。

 

 ―――逃げろ。早く逃げろ。

 

 ―――目の前にいるこいつは、化け物だ。

 

 ―――勝てるものか。

 

 ―――勝てるはずが無い。

 

 ―――だって、こいつは―――

 

 

「それじゃあ、私はここで失礼するね~」

 

 

 どこまでも明るい声が耳朶を震わせた直後、先程までの威圧感が嘘のように霧散した。

 

 だが、それが事実であった事は、この場にいる誰もが痛感している。

 

 今も尚震える体に、額に浮かび上がる脂汗が、それを物語っているからだ。

 

 

「カドックは私のサーヴァントが回収したし、あの神父も目的を果たせたから、これ以上の追跡はしないよ。それじゃ、生きていたらまた会いましょう?」

 

 

 そう言ってポケットから取り出した球状の物体を床に叩きつけると、彼女の姿を隠すように緑色の煙が噴き出してくる。即座にホームズがその奥にいるであろうアンナに攻撃を仕掛けるが、彼の足が貫いた緑煙の先に、アンナの姿は無かった。

 

 

『空間転移……ッ!? 魔法の域の技をどうやって……』

「……恐らく、先程彼女が床に叩きつけたものが原因だろう。使い捨てのようだが、この場所から瞬時に消え失せる魔術礼装など、聞いた事もないが……」

 

 

 破裂した球を「興味深い」と言いたそうにじっと見ているホームズだが、新所長の叫び声に意識を切り替える。

 

 後に、私達はそれの正体を聞いて驚く事になる。

 

 先程破裂したそれが、石ころに草を巻きつけただけで出来た玉に、とあるキノコを調合するだけで作れたものだったと―――

 

 

「ええい、今はそんな事を考えている場合ではないッ! あの幻想種と神父はどうするッ!?」

「……待ってくださいッ! 両者、共に停止。シャドウ・ボーダーを追ってきませんッ!」

「アンナ・ディストローツの言葉から考えるに、カドックを奪還されたのだろう。どうやら両者の目的は共通していたようだ。これ以上、彼らが追ってくる事はないだろう」

 

 

 念の為にモニターを見るが、ダレン・モーランは純白の大地へとその巨体を沈めていき、神父の姿はいつの間にか消え去っていた。ホームズの言う通り、彼らにこれ以上シャドウ・ボーダーを追う理由は無いのだろう。

 

 カドックの奪還を阻止できなかった事は痛手だが、悔やんでも仕方ないだろう。あの状況では誰も動けなかったのだから。

 

 

「“試練”、か……」

「先輩?」

 

 

 共に数々の死線を潜り抜けてきた後輩を見る。

 

 先程のロシア異聞帯を除けば、これから私達は七つの世界を破壊する事となる。如何に人理から剪定されたものとはいえ、そこには必ず生命があり、私達が空想樹を切除する事で、彼らの命は消える。

 

 

「……マシュ。絶対に勝とう。私達の世界を取り戻す為に」

「……はいッ!」

 

 

 世界を破壊する―――その罪は決して赦されないだろう。それでも私達は、前に進まなくちゃいけないんだ。

 

 強いだけの世界に、負けて堪るか―――ッ!

 

 

 

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「ぺっ、ぺっ! うぅ、先走っちゃった……」

 

 

 自らの異聞帯に帰還したアンナが、自分達をここまで運んでくれたダレン・モーランから飛び降りるや否や、口内にあった砂粒を吐き出す。

 

 地中を突き進み、自分が管理する地に帰ってきた彼女は、まるで実家に帰ってきたように意気揚々と自分のサーヴァントが張っていた炎の障壁を易々と突破し、そしてものの見事にダレン・モーランが浮上する際に巻き上げた砂塵を浴びた。お陰で今の彼女のドレスの中には大量の砂が入り込み、絹のような滑らかさと月光のような美しさを持っているであろう銀髪も見るに堪えないありさまになっている。

 

 

「マスター……」

「そんな目で見ないでよッ! あの名探偵、明らかに私を殺そうとしてきたんだよッ!?」

 

 

 シャドウ・ボーダーに侵入した直後に飛んできたホームズの一撃。カルデアのメンバーから見れば、アンナはそれを容易く受け止め、あまつさえホームズに反撃してみせた、という恐ろしい光景のように思えただろうが、事実は少し違う。

 

 この女、内心ビビっていた。当然と言われればその通りだと黙るしかないが、声をかけた瞬間、とんでもないスピードで靴底が迫ってきたのだ。そりゃ誰だってビビる。

 

 

「ここがアンナの異聞帯か……」

 

 

 簡単な身体強化の術式を用いて砂漠に降り立ったカドックが、遥か彼方に見える空想樹に視線を向ける。ちなみにカドックはアンナのように先走って飛び出していなかったので、ダレン・モーランの浮上時に全身に砂を浴びる事は無かった。

 

 

「そうだよ~。ロシアからここまで運んでもらったの。あ、君はもう自由にしていいからね」

 

 

 ダレン・モーランが砂漠に沈んでいく。その際に巻き上げられる砂塵は、ここに到着するまでの間もそうしていたように、バーサーカーが炎の障壁を張って防ぐ。

 

 

(それにしても、なんて暑さだ……)

 

 

 ロシア異聞帯の気候は、常人であれば即座に凍死する程のものだった。それに比べ、ここは砂漠だ。元より気温は高いし、なによりバーサーカーが障壁に用いている炎が熱すぎる。ここに来るまでの間もずっと耐熱術式を用いていたのに、それでも肌を焦がすような熱気だ。そして、それをなんの術式を用いずに通り抜けたアンナにも愕然とするしかない。あの見てるだけでも魂ごと焼き尽くされると思える炎を、だ。

 

 

「ふっふっふ~、そんなカドック君にはこれ、どうぞッ!」

「……なんだ、これ」

 

 

 アンナに手渡された瓶の中に満たされた、白い液体を訝し気に見つめるカドック。

 

 

「クーラードリンク。一回飲めばあら不思議、時間制限はあるけど、あらゆる暑さを防ぐ事が出来るのだッ! そんな顔しないの。騙されたと思って飲んでみなって」

 

 

 こんな液体を飲んだところで、そんな効果を得られるのか、と疑問の眼差しを向けながらも、カドックはグビッとクーラードリンクを飲み干す。

 

 正直どんな味がするのか、と不安だったが、飲んでみればスポーツドリンクのようなものだった。壊滅的に不味いというわけではなかったので吐き出す事もなく、一息に飲み込むと、砂漠の熱気が嘘のように消えていくのを感じた。

 

 

「……凄いな、これ。どんな素材を使ったんだ?」

「氷結晶とにが虫」

「……は?」

「氷結晶とにが虫」

「…………」

 

 

 にが虫はわかるが、氷結晶とはなんぞや。そして、その二つを調合させてなぜあの液体が出来上がるのか、と頭を抱える。

 

 アンナの管理する異聞帯は、あの“モンスターハンター”の舞台となった時代にいた竜種が現存している世界と聞いたが、その氷結晶とやらは、この世界じゃ一般的なものなのか。未知の物質がごろごろ転がっているとなると、魔術師達は血眼になってそれらを採取しまくり、発狂しながら研究する事だろう。尤も、そんな魔術師達(かれら)も、今となっては汎人類史と共に漂白されてしまっているが。

 

 考えても仕方ないので、それについての謎は頭の片隅にでも置いておく。

 

 

「……まぁいい。それで、僕をここに連れてきた理由はなんだ? 管理すべき異聞帯を失った僕に、もう価値はないと思うが……」

「確かに、クリプターとしての君の価値は失われたね。だけど、それ以外の価値は、まだあると思うな」

「……?」

「君は途轍もない努力家だ。そして狡賢く、行動を起こす時は大胆に動く。決して自分を甘やかしたりせず、徹底的に虐め抜いて鍛え上げる。それこそ、休息も取らない程に。……焦りすぎは良くないけどね」

 

 

 そうと言われると、カドックも頭が痛い。その焦りのせいで、彼は自らの敗北を決定的なものにしてしまったのだから。

 

 

「ふんふん……、まだ微かに、ほんの一欠片中の一欠片だけど残ってるね( ・ ・ ・ ・ ・ )。君と過ごした時期がそれほど長かったのかな? それとも、どうしても君の事が放っておけないのか」

「残ってる? おい、いったいなんの話を―――」

「ねぇ、カドック。また皇女様に会いたい?」

 

 

 唐突な質問に動揺するカドックに、アンナはニコッと笑った。

 




 
 ネンチャク草と石ころを調合させて出来た素材玉とドキドキノコを調合した結果生まれたアイテム、モドリ玉。いったいどうやってベースキャンプまで戻るんでしょうね?


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戦乙女の理解者

 
 今年最後の投稿です。皆さん、明日から来る福袋ガチャはどのクラスを引くかもう決めましたか? 私はキャストリア爆死拳を修得しているのでキャスターガチャを引きたいと考えています。陳宮システムしたぁい()

 お気に入り登録者数700人突破ありがとうございますッ!


 

 ―――日曜日が嫌いだった。

 

 父がいて、母がいて、私がいた、日曜日が嫌いだった。

 

 といっても、生みの親を嫌っているわけではない。

 

 生粋の魔術師である両親を、私は尊敬していたし、誇りにも思っていた。いつか彼らのようになれたら、そう考えてる自分もいた。

 

 だけど、それ故に私は―――二人がいる日曜日が嫌いだった。

 

 怖かった、とも言えるだろうか。

 

 “遷延の魔眼”―――生物・非生物を問わず、あらゆるものの“可能性”を視認し、一度見た未来を魔力を消費する事でピン留め( ・ ・ ・ ・ )する能力を持つ魔眼。

 

 まさしく、私に与えられた才能だろう。一種の未来視を可能とする魔眼など、この世にありふれているものではない。

 

 だからこそ、両親は私に期待した。

 

 

 ―――一流の魔術師となり、ファムルソローネの血を根源へ導く。

 

 

 ……あぁ、その通りだ。

 

 数多の魔術師達が夢焦がれる、此処より遠く、彼方に在る場所。そこへたどり着く事こそ、この魔眼と共に生まれ落ちた私の使命。

 

 だからこそ、私は日曜日を嫌悪したのだ。

 

 

「およ? 君、その眼帯カッコイイね。どこで売ってるの?」

「え?」

 

 

 そんな時だった。彼女と出会ったのは。

 

 アンナ・ディストローツ。一切の経歴が不明で、時計塔に来て早々、単身アルビオンに挑んで生還を果たした“狂気の生還者(マッドサバイバー)”。どこか子どもじみた彼女は、初対面の私にもフレンドリーに話しかけてきたのだ。

 

 彼女と共に過ごして、気付いた事があった。彼女は、まさしく“狂気”と言える大胆さの持ち主で、常にポジティブに物事を考えて、なにかしらの壁にぶつかっても、にこやかに笑いながら解決していく女性だった。そして、重圧というものを感じた事の無い、純粋で無邪気な子どものような女性でもあった。

 

 でも、不思議に思うところもあった。

 

 彼女が扱う魔術は、これまで私が聞いてきたどの魔術にも当てはまらぬものだった。彼女が見せてくれた魔術は、緋色の電撃を発生させるものだった。威力も申し分なく、彼女の電撃によって私の何倍もの大きさの岩が容易く砕け散ったのは少しばかり驚いた。彼女曰く、『物凄く手加減した』という事なので、本気で振るえば、どれほどの威力になるのか、と若干不安になった事もある。

 

 しかし、彼女がそれを使う時なんてほとんどないし、使うとしてもほんの気まぐれ。時計塔内でも彼女の雷撃を見た人間はほとんどいないらしく、あれは滅多にお目にかかれるものではなかったものなのか、と、当時の私はちょっとした優越感を抱いていた。

 

 学部こそ違えど、彼女は時々授業をサボって私のところに来ては、私の専攻する降霊科(ユリフィス)の話を聞かせて、と言ってきた。どうやら彼女からは、この学部に所属している生徒の中で私が一番話しやすい対象に見られているらしく、やって来てはその日に学んだ事を聞きたがってきた。

 

 人懐っこい彼女だが、同時に時々見せる表情は、どこか卓越しているように感じる事がある。私とは比べ物にならない量の情報を見聞きしてきたかのような顔だ。今思えば、あれを“不思議”と言わず、なんと言うのだろうか。

 

 だけど、私は気にしなかった。彼女と一緒に過ごしていると、日曜日への嫌悪感を忘れられたからだ。

 

 だからだろうか、私は意を決して、彼女に自分の魔眼について語る事にした。彼女なら、両親とは違った事を口にしてくれるのでは、という淡い期待を籠めて。

 

 

「未来を視れる魔眼? なにそれ凄いッ! 長い事生きてきたけど、そんな目を持ってる人なんて滅多にいないんだよ? カッコイイじゃんッ!」

 

 

 結果、彼女は特に怖がらず、かといって嫉妬するわけでもなく、ただ純粋に、私の魔眼をカッコイイと言ってくれた。それに、彼女は魔眼だけじゃなく、私自身の事も見てくれたのだ。

 

 私の作ったお菓子を「美味しい美味しい」とパクパク食べてくれたし、作ってくれたお礼として私の好物のケーゼトルデを買って来てくれたり、時にはロード・エルメロイ二世の内弟子のグレイも交えてショッピングに行って着せ替えごっこに付き合わせたり付き合わされたりした。

 

 彼女と過ごす日々はとても輝いていて、とても楽しかった。辛い事なんて思い出せないくらいに、彼女は色んな場所に私を連れて行ってくれた。

 

 ―――彼女は、私に初めて出来た“親友”で、“理解者”だった。

 

 

「オフェリアちゃんって、“恋”した事ある?」

「恋? ……した事ないわね」

 

 

 二人で訪れたカフェでスイーツを食べていた時、ふとアンナがそんな事を訊ねてきた。

 

 

「そ、恋。オフェリアちゃんが恋をしたらどんな風になるのか、気になってさ」

「……どうなるのかしら、私」

 

 

 『恋』。知識として有してはいるが、経験した事は無い感情。誰かを好きになる事はこれまで何度もあったが、それは恋愛感情とは違う、俗に言う“友情”のようなもので、私が『この人と添い遂げたい』と思える男性は未だ現れない。

 

 試しに色々想像してみるが、誰かに恋をした自分の姿は中々思い浮かばない。同じ学部の男性と話す事はあれど、それは意見交換やなにか頼み事をしたりする時ぐらいだ。恋をするまでには至らない。昔読んだ恋愛小説の主人公と自分を重ね合わせてみたが、イマイチパッとしない。

 

 

「……ごめんなさい、全然思いつかないわ。それに、私……自分が恋をできるなんて、思わないもの」

「どうして?」

 

 

 首を傾げたアンナを見て、私は自分が抱いている気持ちを口にした。

 

 私達魔術師は、“合理性という機械”となる事を義務付けられている。魔術の最奥、あらゆる知識を得られるとされる根源に辿り着く為であれば、如何なる非道も許容するのが魔術師という存在だ。そんな魔術師()を目指す以上、私は人並みに恋をするわけにはいかない、と。

 

 一通り私の話を聞いたアンナは、僅かに目を細めながら頬杖をついた。

 

 

「……私はそうは思わないな。魔術師と言っても、人間って事に変わりはないでしょ? だったら、君にも人並みの恋をする資格はあると思うけど」

「そう……かしら」

 

 

 今思えば、彼女がそう答えるのは必然だったのだろう。魔術師という概念に縛られず、己の意志のままに自由に生きる彼女が、今の私の言葉を肯定するはずが無いのだ。

 

 

「よく言うでしょ? 『命短し恋せよ乙女』って。恋をする権利は誰にだってあるのよ。それは君も例外じゃないよ、オフェリアちゃん」

「私も……恋をしていいの……?」

「もちろんッ! 恋をすれば、きっと世界はもっと輝くよッ! 恋を知らない私は保証できないけど、私の代わりに、これまで積み重ねられてきた、人間の歴史がそれを保証してくれる」

 

 

 恋は様々な形で人の行く末を変えてきた。時にそれは希望の架け橋になるし、絶望への転落の切っ掛けになる事もある。人々が紡いできた歴史は、恋の歴史でもある。恋から愛へと発展する事で、人々はここまで進んでこれたのだから―――と、アンナは語る。

 

 

「恋を知らないって事は、恋を知れるって事。君が誰かに恋をして、結ばれて、幸せな家庭を築く……。その時の君は、いったいどんな顔をしているのかな?」

「さぁ、どんな顔をしてるのかしら、私」

 

 

 改めて想像してみるが、やはり明確なビジョンは思い浮かばない。けれど、その時の私は、きっと幸せな顔をしている事だろうと思って、フッと笑った。

 

 

「そう言うアンナはどうなの? 貴女は恋をしたいって思ったりする?」

「私? 私はいいかな~」

「私に恋について語っておきながら独り身宣言? ちょっと寂しくない?」

だって私、ヒトじゃないし

「? なに?」

「う、ううんッ! なんでもないよッ! それより早く食べよ?」

「え、えぇ、そうね」

 

 

 あからさまにはぐらかされたが、私はそれ以上の追及はせず、アンナと一緒に甘いスイーツに舌鼓を打った。

 

 その後、私達はカルデアに招かれ、Aチームに選ばれる事になる。そしてそこで、私は“恋”を知る事となる―――

 

 

 

 

 

『そっちの状況はどんな感じ?』

「良好な関係は築けたわ。良識のある王よ。きっと、貴女とも仲良くなれるわ」

『それは上々。異聞帯同士の戦争が無ければ行ってたところだよ』

 

 

 ホログラムのアンナが若干悔しそうに肩を竦める。

 

 北欧異聞帯。ラグナロクが中途半端な形で終わってしまい、今尚巨人達が蔓延る氷雪の地。そこに鎮座する氷城の一室に、私はいた。

 

 

「貴女の方はどうなの? 異聞帯の王はその世界を維持するのに必要不可欠な存在。楽観的なのはいいけど、ちゃんと立場を弁えてる?」

『あ、あ~……。うん、まぁ、ちゃんと話せてる、よ?』

「……まさか、喧嘩したとかじゃないわよね?」

 

 

 “異星の神”によって蘇生された私達はクリプターとしてそれぞれの異聞帯の管理を任されたが、私達の役目はあくまで空想樹を育て上げる事。決してその異聞帯の主というわけではない。

 

 異聞帯の真の主とは、そこの頂点に君臨する王だ。彼ないし彼女と敵対関係になってしまえば、空想樹を育てるなど土台無理な話になってしまう。

 

 

『ま、まっさか~。流石に喧嘩なんかしてないよッ! 向こうはその気すらないだろうし……』

「それならいいのだけれど……」

 

 

 彼女の性格を考えると、相手が王であろうとも気兼ねなく話しかけに行きそうで怖い。流石にベリルよりは真面目に取り組んでいると信じたい。彼はあくまで真剣に動いている、と語っているが、やはりどこか本腰を入れていないような気がするのだ。

 

 

「貴女も大変ね。サーヴァントに古龍種の管理……。忙しいでしょう? ちゃんと休めてる?」

『ううん? 私、古龍種に関してはあの子達に一任してるから』

「……大丈夫なの? 貴女が召喚したサーヴァント達の一騎って、あの“黒龍”なんでしょう? それ程のサーヴァントが素直に従うとは……」

『大丈夫大丈夫。あの子が私を怒らせるはずないもの。拳骨が来るってわかってるから』

「時々私は貴女がわからなくなるわ……」

 

 

 アンナの口から飛び出したとんでもない返答に頭が痛くなる。

 

 歴史の影法師といえども、相手は“黒龍伝説”に語られる最凶の古龍。“運命の戦争”という異名を戴く、古龍種の最上位に君臨する正真正銘の怪物だ。そんなサーヴァントの叛逆に拳骨で対抗するなど、正気の沙汰ではない。

 

 彼女が召喚したサーヴァントは合計で四騎らしいが、私が知っているのはその一騎が“黒龍”である事だけで、それ以外のサーヴァントはクラスも真名も判らない。

 

 だが、伝説の存在を相手に、まるで家族に接するかのように対応するアンナの度胸(命知らずとも言えるだろうか)は見上げ果てたものだ。決して目標にしたくはないけど。

 

 

『まぁ、それは置いといて。王との関係もそうだけど、サーヴァントとの関係も大切だよ? そっちの方もちゃんと力入れてる?』

「…………えぇ、ちゃんとやってるわ」

『……どうしたの?』

「……なんでもないわ」

 

 

 その質問に若干俯いて答えた私をアンナは『ふぅん……』と呟き、誰もいないはずの私の隣を一瞥し、スッと目を細めた。しかし、それも一瞬の事で、いつもの笑顔に戻ったアンナは話題を切り替えてきた。

 

 

『今、カルデアはそっちに来ているんだよね? あの子達はどうしてる?』

「集落の一つに滞在しているわ。でも、こちらからは手は出せないし、出すつもりも無いわ。女王との約束なの」

 

 

 あの氷雪の女王はこの地を覆う雪を通して、この異聞帯全体を目視する事が出来る。だが、今カルデア一行がいる場所は、この異聞帯に生きる人々が住まう集落の内の一つだ。全てを愛する慈母が如きあの女神直々に「手を出すな」と言われている以上、無暗に攻撃を仕掛けるわけにもいかない。

 

 それに私自身、まだ彼女らを壊滅させる気になってない。だからこそ、一度彼女らを殺しかねなかった“彼”の行動を諫めたのだ。

 

 

『それじゃあ、私はここで切るね。ちょっと用事を思い出したの』

「えぇ、また」

『バイバ~イ♪』

 

 

 子どものように朗らかに笑うアンナの姿が消え、オフェリアは「はぁ……」と溜息を吐いた。

 

 

(“彼”の事、話しておくべきだったかしら……)

「どうした、オフェリア」

 

 

 一人でいる事によって訪れた静寂はしかし、霊体化を解いたこの男によって破られた。

 

 私が北欧異聞帯で召喚した英霊―――シグルド。ただし、今の彼はシグルドであってシグルドに非ず。

 

 ―――巨人王スルト。北欧神話における神代の終末を告げる、煉獄ムスペルヘイムに住まう“火の巨人”達の王。こちらの異聞帯では汎人類史のような結末を迎えなかったが故、彼の魂は今でもこの世界に在り続け、こうして私が召喚したシグルドの霊基に潜り込み、本来の彼の人格を抑えつけている。

 

 この歴史の彼はフェンリルを喰らい、ロキを殺害し、やがては北欧どころか星そのものを焼き尽くさんとし、それを阻止すべく立ち塞がった主神オーディンと激突。結果、彼はオーディンと相討ちになり、疑似太陽として3000年間封印されていた。

 

 彼の暴走の傷跡は今尚この異聞帯を蝕んでおり、それ故に北欧最後の神である女王はこの世界を氷雪で閉じ込める事を選択し、辛うじて生き残った少数の人間と動植物を100のコロニーに分け、ルーンによる守護で保護し続けてきたのだ。

 

 北欧異聞帯がこのような環境となった原因は、彼の暴走にあると言っても過言ではないだろう。

 

 

「……二画目を使わせないで。霊体化しなさい」

「自分は友人と語り合っておきながら、(サーヴァント)には自由を与えぬか。クク、随分と扱いが違うではないか」

「アンナは私の親友よ。貴方とは価値も立場も違うわ。どこまでもポジティブだけど、私の話に真剣に付き合ってくれる、頼もしい人よ」

「……クク、そうか、“人”か。“人”ときたか、オフェリア」

「……なにがおかしいの?」

 

 

 仮面の奥で明らかに嗤っているであろうセイバーに目を細める。

 

 

「なに。あのような奴が、人間であるものかと思ったまでの事だ」

「……なんですって?」

「抑えつけているようだが、相当な魔力量だ。到底人間のものとは思えん。さらに言えば、この霊基は彼女に見覚えがあるそうだぞ( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )?」

「……ッ! そんな、事……」

 

 

 ジークフリートと同様、竜殺しの大英雄として語り継がれるシグルドは神代に生きた男だ。そんな彼の記憶に彼女がいるなど、到底信じられる話ではない。

 

 だが、だからといって彼女がその時代から現代まで生き続けているという証拠にはならない。英雄シグルドの記憶にあるその女性とアンナが瓜二つの別人である可能性だってあるのだから。

 

 

「もし、お前が奴に対して恐怖を抱いたのなら、躊躇わず俺に命ずればいい。“奴を殺せ”、と」

 

 

 言い返そうとするも、私が口を開くより先に、セイバーは霊体化してどこかへ消えていく。

 

 

「アンナ……」

 

 

 今度こそ一人になった私は、ポツリと彼女の名を呟く。

 

 アンナ・ディストローツ―――経歴が一切不明な、謎多き親友。向日葵のように朗らかに笑う、私に“恋”を教えてくれた恩人。

 

 

「貴女は、いったい―――何者なの?」

 

 

 ―――ここは氷雪の幻想息づく北欧世界。

 

 ―――それは戦乙女の花散る、古き神話の終焉地。

 

 ―――その太陽は、煌々と輝く昏き災厄に―――

 




 
 昔々、そのまた昔のとある日の出来事―――

バーサーカー・リリィ「姉上に寝起きドッキリを仕掛けよう!」
アルターエゴ・リリィ「派手に寝床ぶっ壊してやるぜ!」
アーチャー・リリィ「姉様の驚いた顔楽しみ!」
アヴェンジャー・リリィ「姉さんどんな顔するんだろう?」

 放たれる火属性ブレス、降り注ぐメテオ。

アンナ「寝床がその周辺ごと消えたよ! お仕置き喰らえ!」

_人人人人人人人人人_
> げ ん こ つ <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

リリィ達『金輪際、絶対に姉上/姉貴/姉様/姉さんを怒らせません』


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幽冥の星、来る

 
 明けましておめでとうございますッ! 今年もよろしくお願いしますッ!



 

 オフェリア・ファムルソローネは古ノルド族の血を引く母親と、ワグネリアンの父親との間に生まれた。

 

 両親が両親なため、北欧神話に縁深く育ったオフェリアは、この北欧異聞帯で従えるサーヴァントはそれに関する英霊―――主に“剣士(セイバー)”のクラスを冠する英雄を強く望んでいた。

 

 己を犠牲に自分達を救ってくれたキリシュタリア・ヴォーダイムの為、彼女は彼の理想の実現の為に奮闘する事を喜びとしていた。

 

 果たして彼女は、見事北欧に連なる英霊の召喚に成功した。

 

 シグルド―――フラクランドの王たるシグムンドと、エイリミ王の娘ヒョルディースとの間に生まれた大英雄。竜の心臓を喰らい、無敵の力と神の知恵を得た、戦士達の王。

 

 特殊な召喚式を利用したとはいえ、聖遺物の無い状態でまさしく伝説の英雄と呼ぶに相応しい男を召喚できた事は僥倖だった。

 

 それだけならば良かっただろう。そう、それだけならば( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )―――

 

 

『……俺は、お前の瞳を視たぞ。オフェリア』

 

 

 その一言で、オフェリアは悟ったのだ。この男は、外見こそシグルドだが、その内側にいる者は全くの別物である、と。

 

 死の瀬戸際で視た、汎人類史とは異なる歴史の存在。あの瞬間に、自分と彼との間に縁は結ばれていたのだ、と。

 

 オフェリアが異聞帯で得たサーヴァントとは―――炎の巨人王スルトだったのだ。

 

 

『令呪で自害でもさせるか? ならば是非そう命ずるがいい。そうすれば我が肉体は、あの忌々しき大神の檻より解き放たれる』

 

 

 大神オーディンがスルトに施した拘束は強力だ。いくら彼が足掻こうが、決して砕けぬ強固な牢獄だ。だが、スルトの魂はここにある。一度(ひとたび)この殻を砕けば、大本(オリジナル)は目覚める。炎の国(ムスペルヘイム)は、再びこの異聞帯に顕現する。

 

 自害を勧めるシグルド(スルト)を前に、オフェリアは絶望の悲鳴を上げる代わりに、すぐさま令呪の一画を用いて、彼の自刃・自滅行為を禁じた。

 

 終末の破壊者(スルト)外殻(シグルド)の外に出してはならない。

 

 全てを灼き尽くす彼が目覚めてしまえば、この異聞帯どころか世界そのものが危機に晒される。現実の全てが、明日の全てが、彼によって滅ぼされてしまう。

 

 スルトが解放される事は、なんとしても阻止しなければならないものだった。

 

 けれど―――

 

 

「―――大神刻印・励起」

 

 

 ―――オフェリアの望みは、儚くも崩れ去った。

 

 北欧の大神オーディンが娘―――ブリュンヒルデ。主神の血を引き、数多の勇士をヴァルハラへと導く戦乙女(ワルキューレ)の代表格が使うルーンは、他の戦乙女達のものよりも優れている。

 

 それすなわち―――原初のルーン。少なく見積もっても現代ルーンの数百倍の威力を有する、魔法にさえ近しくある神代の魔術。それを本格的に解放すれば、英霊の身のブリュンヒルデはその負荷に耐えられない。霊基どころか魂さえ消し飛ぶ。

 

 自らの魂さえ惜しまず、この行動に出られるのは、(ひとえ)に“愛”があるからだ。

 

 神話に曰く―――ブリュンヒルデとシグルドの恋愛は、とある者達の策謀によって悲劇に終わったという。

 

 愛する者と結ばれぬまま、彼らの幸福は邪悪な策略によって断ち切られ、非業の死を遂げた。

 

 後に座へと招かれ、英霊へと昇華された彼女は、生前の逸話からシグルド殺しの特性を得た。―――得てしまった、といった方が妥当かもしれない。

 

 ()の男がいるこの北欧異聞帯において、彼女が召喚されたのは必然だったのだろう。竜の心臓を喰らい、無限の叡智を手にした戦士王を殺せる者など、彼女をおいて他に無いのだから。

 

 彼女が愛する男は、シグルドただ一人。愛するが故に殺す。殺すが故に愛す。

 

 溢れんばかりの激情に狂う半神だからこその荒業。

 

 

「我が炎、我が狂気、我が想い、悪を歩む貴方に……届かせるッ!」

 

 

 彼女の愛を、殺意を表すかのように巨大化した魔槍を手に、一気に加速する。

 

 

「―――『死がふたりを分断つまで(ブリュンヒルデ・ロマンシア)』ッ!」

 

 

 それは、彼を愛するが故に殺さねばならぬ宿命を背負った、一人の女の慟哭。

 

 想いを重量とするこの大槍こそまさしく―――一撃必殺。

 

 故にこそ―――

 

 

「……クク」

 

 

 ―――災厄の枷は解かれる。

 

 

「 さぁ、果たそうッ! 約定をッ! 」

 

 

 

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「……あれがスルト。炎の巨人王か」

 

 

 上空に浮かぶ太陽―――否、大神の牢獄より解き放たれた炎の巨人の姿を視界に収めたカイニスが目を細める。

 

 

「あの女王も期待外れだぜ。むざむざスルトの復活を許すとはな」

 

 

 愚か、としか言いようがない。敵どころか自分さえ死に至らしめる特大の爆弾を処理せずどうするというのだ。特になにかをするまでもなく、この異聞帯、ひいては世界に対する災厄そのものを目覚めさせてしまった女王に思わず舌打ちしたくなるが、それは筋違いか、と思い至る。

 

 オフェリアが召喚した英霊(シグルド)の内に潜り込んだ奴を殻ごと殺しても、この結末は変わらなかった。逆にこの事態をより早く招く事になってしまう。魂だけ打ち砕く術があるのなら、可能性はあると思うが。

 

 

「“災厄”、か。……ハッ! (ちげ)ぇな。本物の“災厄”はあんなもんじゃねぇ」

「おやぁ? 己を神霊と定める貴方がそう言うとは珍しい。もしや生前になにか?」

「そんなわけあるかよ。生前だろうとなんだろうと、このカイニス様が恐れるものはなに一つとしてない……って、前までは思ってたんだがな……」

 

 

 正直、()ともう一度戦えと言われたら、たとえ相手がキリシュタリアであろうと断固拒否する。悔しいが、あの双子と組んで全力で挑んだとしても勝てるビジョンが思い浮かばない。奴の領域に足を踏み入れた時点で、自分達の敗北は決定的なものになるのだから。

 

 自らを最高の英霊と豪語するカイニスからは考えられないセリフに「ほぅ?」と、コヤンスカヤが微かに口元を邪悪に歪めた。

 

 

「貴方にすら“恐怖”を植え付ける相手なんて、いったいどんな奴なんですか? 是非とも聞かせてもらいたいところですね」

「黙ってろ。殺すぞ」

「いや~ん怖い☆ こんな幼気な女性を手にかけるなんて、とんだ暴君ですわ」

「女狐が……。後先考えなくていい状況なら躊躇わず殺してたところだ。……俺は神殿に戻る。テメェはこれからどうすんだ?」

「そうですねぇ……」

 

 

 コヤンスカヤは眼下に広がる氷雪の大地を見渡し、次にそれを穢すスルトに視線を向けて残念そうに肩を落とした。

 

 

「リゾート地になればさぞ繁盛しそうな場所ですが……()めです。あの巨人が出てきたのでは、この異聞帯はもう長くはないでしょう。私もそろそろ撤退と参りますわ。オフェリアちゃんの顛末を見届けてから、ね」

「ハッ! 転移出来る分、尻が重いって―――……ッ!」

 

 

 明らかに(じぶん)に対して失礼な事を言おうとしたカイニスがいきなりあらぬ方向に視線を向けた。どうしたのか、とコヤンスカヤが訊ねようとするが、それより早くカイニスは彼女に背を向けた。

 

 

「女狐。巻き込まれたくなかったらさっさと逃げるんだな。ここは直、地獄になる( ・ ・ ・ ・ ・ )

 

 

 そう言い残して、カイニスはこの異聞帯から姿を消した。

 

 

(あのカイニスさんがあそこまで切羽詰まった表情をするなんて、なんと珍しい……)

 

 

 残されたコヤンスカヤは、最後に見たカイニスの表情に得も言われぬ危機感を覚える。

 

 彼の言葉をそのまま解釈するなら、この異聞帯を地獄に変える『なにか』が迫って来ている事になる。

 

 いったい、この異聞帯でなにが起こるのか―――コヤンスカヤはいつになく真剣な面持ちで傍観者に徹する。

 

 彼女の視線の先には、一人の弓兵の命を懸けた砲撃を受ける巨人の姿があった。

 

 

 

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 英霊ナポレオンは、史実に語られるナポレオン・ボナパルトではない。彼は史実の己と異なり、あらゆる民衆の願いを、可能性を実現させてきた、いわば“ナポレオンという英雄の理想的な偶像”である。その点で言えば、()の月の聖杯戦争に召喚された、世界が望む“正義の味方”である錬鉄の英雄と似たような存在だろうか。

 

 人々が思い描くナポレオンの理想形こそが彼であり、彼はそれ故に、人の想いに応える可能性の男で在り続ける。

 

 可能性―――それはあらゆる事象に存在するもの。たとえ、それが僅か1%に満たないものであろうと、それが実現する確率を宿すものであれば、それが現実に反映される道が存在する。

 

 彼は己そのものでもあるその特性を用いて、最大出力のその先―――過剰出力(オーバーロード)により繰り出された一撃は、かつての権能を取り戻し、さらに悪竜現象(ファヴニール)をも発症した巨人王の頭部を穿ったのだ。

 

 

「 グ……オオオオオオオオオオッ! 」

 

 

 神秘が薄れた時代の英霊の一撃を受けた巨人王が苦悶の声を上げる。それだけではない。彼はいつの間にか、自分の肩にいたはずの女性の姿がなくなっている事に気付き、思わず視線を彷徨わせる。

 

 

「 オフェリア……ッ! なぜ、そこにいるッ! 」

 

 

 そして叫ぶ。カルデアのマスターやそのサーヴァント達と共にいる、彼女に。

 

 各異聞帯に召喚されたサーヴァント達は、総じて汎人類史の最期の叫びに応じてのものだったが、(ナポレオン)は違う。彼は、オフェリアが無意識に叫んだ“願い”を聞きつけ、この異聞帯に駆けつけた。 

 

 “助けて”―――と、そう叫ぶ者がいる限り、可能性の男は、炎の快男児は、どこへだって駆けつける。

 

 彼はまさしく、英雄(ヒーロー)だった。

 

 願いに応え続ける男は、最期の最後に、オフェリアに施されていた巨人の呪詛を解いたのだ。

 

 

「ブリュンヒルデッ!」

「はいッ! 共にッ!」

 

 

 肉体を操っていたスルトが解き放たれた事により、肉体の主導権を取り戻す事が出来たシグルドと、彼の妻ブリュンヒルデの攻撃が炸裂する。

 

 大神オーディンを父に持つブリュンヒルデはもちろん、悪竜現象(ファヴニール)を発症している今のスルトに、竜殺しの代名詞でシグルドの一撃はよく効く。加えて今は、ナポレオンが最期にかけた虹が彼に後を託された者達の四肢に力を与えているのだ。

 

 

「 ガァッ!? 」

 

 

 愛し愛される関係にある二人の見事なまでのコンビネーション攻撃を前に、スルトの肉体は為す術もなく傷つけられていく。

 

 だがそれでも―――スルトを倒すまでにはいかない。

 

 

「 忌々しき蛆虫共めッ! ()き尽くして―――ッ!? 」

 

 

 炎の剣を振るわんとしたスルトが止まる。

 

 彼が動きを止めた理由は、彼自身理解できないだろう。だが、彼の本能は今も叫び続けている。

 

 ―――逃げろ。

 

 ―――離れろ。

 

 ―――戦うな。

 

 ―――幽冥の星が、来る。

 

 

 

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「この場で、サーヴァント契約を断ち切ります」

 

 

 汎人類史の伝説に語られる通り、いや、それ以上の猛威を振るっているスルトをどう攻略するかと立香達が頭を悩ませている時、意を決したようにオフェリアが口を開く。

 

 如何に世界を()き尽くす存在と言えど、スルトはサーヴァントの枠組みに落とし込まれた存在。本来なら巨人王の召喚など人間の身で行えるものではない。だが、常人はまず持たぬであろうものを、オフェリアは有していた。

 

 魔眼である。スルトはオフェリアが生まれながらに持っている遷延の魔眼を要石とし、自らをこの世に留めていたのだ。

 

 オフェリアはそれを利用し、遷延の魔眼を自ら破壊し、スルトとの契約を強制解除するつもりなのだ。

 

 

「で、ですがッ! そんな事をすれば、オフェリアさんは……ッ!」

「いいのよ、マシュ。これでいいの」

 

 

 魔眼を破壊する事がなにを意味するか、知らないはずが無い。

 

 魔眼は所有者の脳に強く結びつくもの。繊細な処置が無ければ、破壊した際に溢れ出る膨大な魔力が所有者の脳を破壊しかねない。

 

 それでも、オフェリアはこの道を選んだ。

 

 たとえこの命尽きようとも、巨人王をこの異聞帯の外に出すわけにはいかないと、覚悟を決めているからだ。

 

 

(これ以上、キリシュタリア様の迷惑にはならない。……アンナ、貴女もスルトの炎に()かせはしないわ。だから……ッ!)

 

 

 右目から少量の血が流れ出すが、止めない。

 

 これが今、自分に出来る最善の行動なのだから。

 

 

「魔眼と、魔術回路の接続を……」

 

 

 遂に、スルトとの契約が解除されかけた刹那―――

 

 

「―――駄目よ、オフェリアちゃん」

「……………え?」

 

 

 優し気な声と共に、肩に誰かの手が乗せられる。

 

 振り返ってみると、そこには微かな悲哀を孕んだ瞳で自分を見つめてくる、親友の姿があった。

 

 

「アンナ……?」

「あんな奴の為に、君が命を懸ける必要はないわ。あんな奴―――」

 

 

 轟音が鳴り響き、巨人のものとは異なる凶悪な咆哮が木霊する。

 

 

「あの子だけで充分だもの」

 

 

 再び轟音が轟き、異聞帯と外界を隔てる嵐の壁が砕ける。想像を絶する破壊力の前に容易く破壊された大穴を通って、一体の龍が異聞の北欧世界に侵入する。

 

 鋭利な刃の如き逆鱗に覆われた巨躯に、巨大な棘を携えた尾。そしてなにより視線を引くのは、天を貫くように反り立つ一対の角。

 

 その姿を見た立香とマシュは、かつて人理救済の旅の最中に向かったオルレアンに現れた竜種とは一線を画す存在だと、否応に理解させられる。

 

 

「なに、あれ……」

 

 

 立香達がその者の姿を視界に収めた時、スカサハ=スカディを始めとした、神性をその身に宿す者達は途轍もない怖気を感じた。

 

 それは、“恐怖”。純粋な戦闘力ではない、奴という存在そのものに、この身に宿る神の因子が怯えている。

 

 

『なに、この魔力量……。頭がおかしくなりそうだ……ッ!』

「ダ・ヴィンチちゃんッ! あれは、サーヴァントなんですか……? それとも……」

『間違いなくサーヴァントだ。だけど霊基と魔力量のレベルが尋常じゃないッ! あのサーヴァントは、冠位に匹敵する存在だ( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )ッ!』

「なッ!?」

 

 

 冠位(グランド)クラス―――それは通常のサーヴァントよりも一段階上の器を以て現界した英霊に当てはめられるクラス。人類と、人類によって積み上げられた文明を滅亡させる七つの人類悪を滅ぼす為、天の御使いとして召喚されるその時代最高峰の七騎。英霊達の頂点に立つ、最強のサーヴァント達。

 

 山の翁、ソロモン、マーリン―――これまでの旅路の中で出会ってきた英雄達の中にもそのクラスを有する、またはそれを有するに相応しい実力を持つ存在である彼らと同格の存在が現れた事に、一同はただただ驚愕する他ない。

 

 

「―――滅ぼしなさい、アヴェンジャー」

「ガアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 嗚呼―――闇が吼える。闇が猛る。闇が煌めく。

 

 昏き幽冥の星は、白銀の地を絶望に染め上げる―――

 




 
 やめてッ! スルト君にグランドに匹敵するアヴェンジャーの相手をさせるなんて分が悪すぎるッ!

 お願い、死なないでスルト君ッ!

 あんたが今ここで倒れたら、オフェリアとの約束はどうなっちゃうの?

 魔力はまだ残ってる。アヴェンジャーを倒して、残り四体の禁忌も倒せば、世界を()き尽くせるんだからッ!

 次回『スルト 死す』デュエルスタンバイッ!








 先日、長年飼っていたペットを亡くしました。どうやら心臓病に罹っていたらしく、いつ死ぬかわからない状態でいたのですが、検査したその日の夜に旅立ちました。ですが、心臓病で苦しみ続けるよりも、こうしてすぐ逝ってしまう方がよかったのかもしれません。大切な家族が苦しむ姿なんて、見たくありませんから……。

 年明け早々に辛い出来事が起こりましたが、私、これをあまり哀しんではいないのです。

 思い入れが無い、というわけではありません。むしろ可愛がっていました。犬は私が産まれてからずっと、傍にいた動物ですから。

 これでペットを見送るのは三度目になります。ですがその度に、私は彼らとの再会を約束するのです。大切な家族が旅立つのは哀しいですが、それはあの世に移っただけの事。命ある者である以上、私もいつかはそちらに行くのでしょう。その時には、また彼らと遊びたいと考えているのです。だから、ですかね。いつの日か、私と彼らはまた会えるから、私は深い哀しみを抱かないんです。

 モチベーションは下がりましたが、数日すれば立ち直ると思いますので、更新頻度は変わりません。とりあえずはストーリーが確定しているオリュンポスまでは一週間更新で行こうと考えています。

 『子どもが生まれたら犬を飼いなさい』。私も最近知った諺ですが、これほど素晴らしいものはないと思っています。

 それでは皆様。今年一年、よろしくお願いいたします。


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征け、春風の吹く未来へ

 
 モチベーションも充分に回復しましたので、投稿させていただきます。

 ランキング入り&お気に入り登録者1000人越え、ありがとうございますッ!

 千子村正当たったっチャッ! キャストリアと合わせると士郎(セイバー)アルトリア(キャスター)が支援している絵が出来てエモいンバッ! 福袋で来なかったのが悔しいッチャ。

 セイバーウォーズⅡの高難易度クエストも村正とキャストリアのお陰でクリアできました。キャストリアはフレンド鯖ですが、本当に助かって……。

 ストーリーの方だと最後にXが「次あたりは私もオトナになって、凛々しくも可憐なセイバーになっているでしょう」と言ってましたが、そんな彼女が資本という名の邪神に取り憑かれたり孤独を紛らわす為に犬を飼い始める哀しきOLになる未来を知ってるのでちょっと辛かったです。正直イマジナリ・スクランブルで色んな意味で一番戦い辛かった相手です。あれ、マスター君と結ばれたら絶対依存症になりますよね。そのままずぶずぶと愛という名の沼にハマっていって子どもたくさん生まれてそう(小並感)。



 

「……なんです、あれ」

 

 

 核爆弾に匹敵するエネルギーを誇る雷雲で構成された嵐の壁を、まるで飴細工のように容易く破壊して北欧異聞帯に侵入してきた龍に瞠目する。

 

 遠目で見てもわかる。あれは“災厄”だ。カイニスがこの異聞帯から足早に去った理由が何となく理解できた。彼は、あの龍を知っていたのだ。それも知識としてではなく、実際に戦い、その上であれの強さを認識したのだろう。

 

 あのキリシュタリアがカイニスをシュレイド異聞帯の偵察に向かわせる際にディオスクロイを同行させる理由もわかった。あの龍は、カイニス一人ではまるで太刀打ちできない存在だからだ。ディオスクロイを加えても、全力の全力を出してようやく撤退にこぎ着けられるほどの実力を、あの龍は有している。

 

 さらに、コヤンスカヤは本能的に理解した。自分が大元(オリジナル)――――――天照大神の転生体である玉藻の前から切り離された存在であるにも関わらず、あの龍に恐怖している。

 

 天照大神との繋がりはほとんど失われているというのに、あの龍はこの身に宿る微かな神性を呼び起こし、あまつさえ恐怖を覚えさせている。

 

 コヤンスカヤは知らない。()の龍が、かつてどう呼ばれていたのかを。

 

 

 ――――――“神をも恐れさせる最強の古龍”。

 

 

 神との繋がりが僅かでもある者は、その姿に恐怖を抱かざるを得ない。その古龍は、それほどの力を有しているのだから――――――

 

 

 

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 こちらを見上げるスルトに、アヴェンジャーは目を細める。

 

 元は、ただの巨人だったのだろう。元は、北欧世界を終わらせるただの終末装置(巨人王)に留まっていたのであろう。

 

 だが――――――

 

 

(嗚呼……。なんだ、その不快な臭いは)

 

 

 その左腕は、なんだ。そこに宿る神気は、なんだ。

 

 アヴェンジャーは、それがなんなのかは知らない。それが、かつて異聞の巨人王が喰らいし、神の血を引く者の力が具現したものであると。

 

 フェンリル――――――こことは異なる世界の聖杯戦争においては“ヴァナルガンド”として召喚された存在。汎人類史の伝説では、邪神ロキと巨人アングルボザの子として語り継がれ、ラグナロクの際には主神オーディンを喰らった魔狼。

 

 北欧異聞帯では汎人類史とは異なり、暴走したスルトに喰われるという末路を辿ったが、その体に流れている血には、ロキの神性が確かに存在していた。そのフェンリルを喰らった影響で、スルト自身気付かぬほどの微細な神性が、彼の血肉となっている。特にフェンリルの力を表す左腕は、その吐き気を催す臭いが強かろう。

 

 こいつよりも強い、遥かな臭気を放つ存在もいるようだが、こいつは真っ先に滅ぼさねばならぬ、との命令を受けた。

 

 ――――――ならば応えよう。我が姉よ。我が(マスター)よ。貴女の障害となる者は、この“煌黒龍”が討ち滅ぼしてくれよう。

 

 

「ガアアアアアアアアアッ!」

 

 

 暗闇を連想させる翼を羽ばたかせる。それだけでアヴェンジャーの下方に存在する白銀の大地が一瞬でマグマが煮え立つ、火山地帯と見紛うものへと変貌していく。さらには快晴であったはずの空にも瞬く間に暗雲が立ち込め、吹雪が吹いたかと思いきや轟雷が降り注ぎ、さらには炎の豪雨まで降り始めていく。

 

 

「馬鹿な……。我が領域を塗り替えただと……ッ!?」

『な、ななななんだねあれはッ!? 吹雪が吹くどころか雷も落ちて、あまつさえ炎の雨だとッ!? 滅茶苦茶にも程があるだろうッ!? 古龍種とは皆あんな化け物なのかねッ!?』

「そんなはずは……………ッ! 古龍種は自然を司る存在ですが、あそこまでの異常気象を引き起こす事は――――――」

「――――――“煌黒龍”」

 

 

 ポツリと零したオフェリアに、アンナを除いた周囲の視線が集まる。

 

 

「知っているのか? オフェリア」

「……はい。そこにいる者から聞いたものです。古龍種の中には、そこにいるだけで神の領域と呼べる場所を作り上げてしまう存在がいる、と」

 

 

 人類どころか、下手すれば神でも迎え撃てないような存在を見ても、まるで平然としているアンナに目を向ける。その瞳に、明らかな畏怖を宿して。

 

 

「あの“黒龍”どころか、“煌黒龍”もサーヴァントとして従えているだなんてね……。貴女って、いったい何者なの?」

「私は私よ。しつっこい男から君を護る為にやって来た、オフェリア・ファムルソローネの親友。そこに変わりはないわ」

 

 

 よく見た人懐っこい笑顔とは違う、大人びた微笑みを浮かべ、アンナは優しくオフェリアの頭を撫でた。

 

 

「今までよく頑張ったね。ここからは、私に任せて」

 

 

 慈しむように頭を撫でられ、オフェリアはふと思う。

 

 そういえば私は、両親に褒められる事はあれど、こうして頭を撫でられる事は無かった、と。

 

 

(頭を撫でられるだけで、こんなに幸せになるなんてね……)

 

 

 初めて味わう幸福感に、思わず笑みが零れた。

 

 

「貴女は……」

「ん? あら、懐かしい顔ぶれがいるわね。まさか、君達もサーヴァントになっていたとは」

「久しいな、祖なる者よ。再び貴殿と出会えた事、大神オーディンに感謝せねばなるまい」

「えッ!?」

 

 

 カルデア一行もオフェリアも、三人の会話にぎょっとする。今、シグルドはなんと言った? 『久しい』? シグルドとブリュンヒルデは神代に生きた者達だ。そんな彼らと面識があるアンナにあり得ないものを見るような視線を向ける。

 

 しかし、彼らの視線を気にする様子は見せず、アンナは申し訳なさげに目を伏せる。

 

 

「貴方達の結末は聞いたわ。私がいたら、あんな事にはならなかったのに……。ごめんなさい」

「いいんです。あの者達への怒りは未だ尽きる事はありませんが、貴女まで責めるつもりはありません。貴女は流浪の者。いつまでも私達の都合に付き合ってもらうわけにはいかなかったのですから」

「生前こそ引き裂かれてしまったが、こうして英霊の身となり、再び我が愛と巡り合う事が出来た。貴殿が気に病む必要はない」

「……そう言ってくれると、ありがたいよ」

「ア、アンナ……。貴女、生前の二人と面識があるの……? いったいいくつ……」

「正確な年齢は覚えてないわね。数える事すら億劫になるくらい長生きしてるって答えでいい?」

 

 

 そう答えるアンナを見て、マシュは過去に出会ったとある英雄を思い出す。

 

 

「という事は、スカサハさんのような、長い年月を生きて半ば神霊に変質してしまった……? でも、それらしい感じは……」

「ちょっと違うかしら。でも、あのちびっこと同格に扱われるなんてね。私の方がお姉さんなのに」

「って事は、師匠よりおば――――――」

「――――――あ゛?」

「すんませんっしたッッ!!」

 

 

 土下座までしそうな勢いで立香が頭を下げると、うんうんとアンナが頷いた。

 

 

「レディに年齢について口にするのはご法度よ。以後気を付ける事ね」

「 アンナ・ディストローツッ! 」

 

 

 灼熱と絶凍の風が吹き、アンナがその根源を一瞥する。

 

 アルバトリオンから苛烈な攻撃を受け続けたのだろう。全身を覆う傷は惨たらしいものになっており、炎の剣を持つ右腕は辛うじて無事だが、左腕はもう影も形もない。アンナを睨んでいる間にも、アルバトリオンの様々な属性を宿した攻撃がスルトの体を穿っている。

 

 

「 よりにもよって貴様などにッ! 貴様のような化け物にッ! オフェリアを渡してなるものかッ! 」

「酷い言い草だ。化け物は君の方じゃない? 星を滅ぼす終末の剣……。誰かを護る為ならいざ知らず、全てを()き尽くす為に振るうのなら、到底見過ごせるものじゃない」

「 ならば受けてみるかッ! 我が剣をッ! 総てを()き尽くす――――――炎の剣(星の終わり)をッ! 」

 

 

 とうに満身創痍。瀕死とも言える状態だというのに、スルトは己の頭部を穿った弓兵と同じように、自らの霊基を犠牲に過剰出力(オーバーロード)を引き出す。

 

 

「 星よ、終われ。灰燼と帰せッ! 」

 

 

 猛々しく吼え、今こそ炎の剣(星の終わり)が顕現する。

 

 

「 『太陽を超えて耀け、炎の剣(ロプトル・レーギャルン)』ッッ!! 」

 

 

 対神、対生命、対界特攻。最果ての王が振るう聖槍と同じ、星のテクスチャを剥がす神造兵器。

 

 ラグナロクで荒れ果てた北欧神話世界にトドメの一撃を見舞った、世界を焼き尽くす劫火。生命に対する優先権を有しており、形ある生物であれば神代の神ですら滅ぼすとされる、終焉の剣。

 

 全身全霊とまではいかないが、それでもこの北欧異聞帯を焼却せしめるには充分すぎる威力。

 

 だからこそ、誰もが驚愕する。

 

 

「 な――――――ッ!? 」

 

 

 炎の剣が、半ばから真っ二つに砕ける。

 

 命さえも勘定に入れて振るった絶技。それを真っ向から迎え撃ち、尚且つ破壊まで行える者など、この世に在るのか。そんな者など――――――

 

 

「ガアアアアアアアアアッ!」

 

 

 ここにいる。真の“災厄”が。終焉を告げる、暗黒の王(アルバトリオン)が。

 

 ほんの一瞬の出来事だった。スルトが神剣レーヴァテインを振り下ろした直後、アルバトリオンは自らの体内に宿る全属性を纏い、真っ向から迎撃。その身に一つの傷を負う事もなく、炎の剣を打ち砕いてみせた。 

 

 それだけに留まらず、不遜にも我が(マスター)を刃を向けた不届き者への憤怒を晴らすべく“煌黒龍”は、そのままスルトの胸部に直撃。彼の胴体に、巨大な風穴を開けた。

 

 

「 ガ――――――アアアアァァッ! 」

 

 

 遂に明確な致命傷を受けたスルトが想像を絶する痛みに悶える隙を、厄災の(マスター)は逃さない。

 

 

「――――――龍腕、発現」

 

 

 アンナの足元から緋色の雷と共に突風が吹き荒れ、彼女の両腕が人間のそれとはまったく異なる、白銀の腕へと変貌していく。

 

 

「――――――龍脚、発現」

 

 

 次に両足が白銀のそれへと変化し、彼女の意識が切り替わる。

 

 既に彼女の意識は、アンナ・ディストローツのものから、かつてこの星を支配していた、怪物達の頂点のものへと変わっている。

 

 

「――――――権能、限定励起」

 

 

 オフになっていたスイッチを入れる。悠久の時を超えて、古代に有した力を引き出す。

 

 

「――――――我が意は天に。我が意は星に。我が意は人に。今こそここに、我が威光を知らしめよう」

 

 

 龍の眼が見据えるは、終末の巨人王。“煌黒龍”のものとは違う、アンナ自身が生み出した暗雲が彼の頭上に出現し、渦巻く。

 

 それは、人類が神の御業と見做してきた一撃。何人も逃れられぬ、絶死の輝き――――――

 

 

「――――――『運命の創まり、我は天命を齎す龍(フェイト・アンセスター)』」

 

 

 掲げた手を軽く振り下ろす。渦巻く暗雲から轟音と共に巨大な緋色の雷撃が放たれ、巨人王の肉体を呑み込む。

 

 

「 グオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!! 」

 

 

 受けた落雷は、たった一発。しかしその威力は、天を仰ぐように絶叫を上げる巨人の肉体を、余すところなく緋雷は浸食していき、細胞の一片を残す事無く破壊していく。

 

 

「 オフェリア―――――― 」

 

 

 全身に張り巡らされた感覚がなくなっていくのを感じ取っていく中、スルトは最期に、孤独でいた自分を見つけてくれた少女の名を呼ぶ。

 

 

「 俺はお前に……なに、を―――――― 」

 

 

 助けを求めているのか。それとも、それ以外か。彼女に伸ばした手は、雷撃の牢獄を抜け出す事は叶わない。

 

 数秒の後、炎の巨人王は、己の得物ごと消え失せた。

 

 

「“愛”を知らない巨人、か。君がそれを知っていたら、少しは変わってたのかな」

 

 

 巨人王が立っていた場所を、アンナはどこか哀し気に見つめる。その背中はとても小さく、誰もが静かに見ていると、突然彼女の体が前のめりに倒れる。

 

 

「アンナッ!」

「アンナさんッ!」

 

 

 オフェリアとマシュが駆けつけるが、間に合いそうにない。しかし、彼女達よりも先に、アンナの体を受け止める者が一人。

 

 

「無茶をしてくれたな、マスター」

 

 

 今まで霊体化していたのか、アンナの隣に現れたバーサーカーが、主の体を受け止めた。

 

 

「あ、はは……。そろそろ力を取り戻したかな~って思ってたんだけど、まだまだ時間はかかるみたい。あぁ、おぶろうとしなくて大丈夫。一人で歩けるからね」

 

 

 心配気に見つめてくるバーサーカーにそう言ってから、自分の手を見て苦笑する。両手も両足も、もう人間のものに戻っている。瞳も、最早龍の眼ではなくなっていた。

 

 主を少し見つめ、彼女が本当に疲れているだけという事を把握したバーサーカーは、遠くでこちらに顔を向けているアヴェンジャーを見る。すると、アヴェンジャーは翼を羽ばたかせて彼らの前に降り立つ。

 

 スルトと戦っていた時とは全く違う、落ち着き払った様子で立香とマシュを見たアルバトリオンだったが、神性を宿すシグルド達を視界に収めると、微かにその体から殺気が漏れた。しかし、それも一瞬の事だった。

 

 

「アルバ」

「グル……ッ!?」

 

 

 アンナが軽く握った拳を持ち上げてにっこりと笑ったのを見てぎょっとしたアルバトリオンがざざっと彼女から距離を取った。自分の何倍も小さく、矮小であるはずの彼女が握り拳を作っただけで、生物界の頂点の古龍種が咄嗟に距離を取るシュールな光景には、誰もが唖然とした。

 

 

「おいたはするもんじゃないよ。彼女達が戦うのは、私達じゃないんだから」

「む? そなたらは我が北欧に戦争を仕掛けるつもりはないと?」

「接触しない限りはね。じゃなきゃアルバを止めないよ。貴女諸共、この異聞帯を滅ぼし尽くすまでだから」

「ふむ……。そなたの異聞帯とこの地が衝突していない事は幸運と言えるのかもしれぬな」

 

 

 遠くにいるアルバトリオンを見る。先の戦いで彼の龍が出現させた領域、あれは己以外の生命の存在を許さぬ地獄そのものだ。白銀の大地の一部をあっという間に浸食したそれは、今となっては嘘のようになくなっているが、再度あの領域を展開させられれば、この北欧異聞帯は瞬時に壊滅させられてしまうだろう。主神オーディンでさえその身を犠牲にしてやっと封印にこぎ着けられたスルトを圧倒する能力を有するアルバトリオンを相手に、自分達が生き残れる術は万に一つもない。

 

 

「私がここに来たのは、オフェリアちゃんの救出と、スルトの討伐。後者に関してはカルデアの“試練”って事で見逃そうと考えていたけど、思ってたより危険だったし、なによりオフェリアちゃんが魔眼を破壊しようとしてたから、やむなく割り込ませてもらったよ」

「……? 貴女、どうしてシグルドの中に彼がいるって知ってたの? スルトの存在は私しか知らなかったはず……」

「魔眼持ちってわけじゃないけど、私は生まれつき目が良くてね。仮にサーヴァントが霊体化していたとしても私の目は誤魔化せないし、シグルドの気配がまるで違ってたからね。これはなにかあるな、って思って、念の為にあの子を連れてきたってわけ」

「やっぱり貴女って、不思議な人だわ……」

 

 

 魔眼じゃないのにも関わらず、霊体化しているサーヴァントを視認する目を持ち、炎の巨人王でさえ太刀打ちできない“煌黒龍”も完全に従えている親友に、オフェリアは小さく笑った。

 

 

「それで、オフェリアちゃん。これからどうする?」

「え? そ、それは……」

 

 

 アンナの問いかけがなにを意味するのか、知らないオフェリアではない。

 

 暴走したとはいえ、スルトはオフェリアのサーヴァント。しかし、彼は既にアンナによってトドメを刺され、オフェリアはサーヴァントを失った。残る北欧異聞帯の戦力は、王であるスカサハ=スカディと、最後のワルキューレであるオルトリンデ。彼女達はこの後、カルデアとの決戦に臨むのだろう。しかし、カルデア陣営には、再起したシグルドとブリュンヒルデがいる。シグルドはブリュンヒルデの宝具を受けて、ブリュンヒルデは大神刻印を最大励起させた影響で全力を出せずにいるが、それでも戦闘を行えるのだろう。神話の時代を生きた二人が、その程度で倒れるはずがないのだから。

 

 オフェリアに提示された選択肢は二つ。

 

 スカサハ=スカディ達の戦いを見てから、この地を去るか。それとも、彼女達の戦いを見ずに、この異聞帯を後にするか。

 

 アンナは何も言わない。これを決めるのは、オフェリア自身なのだから。

 

 けれど、悩む必要はなかった。

 

 

「……アンナ。もう少しだけ、ここにいさせて」

 

 

 小さく、けれどハッキリと答えた親友に、アンナはふっと微笑んだ。

 

 

「私は、キリシュタリア様より北欧異聞帯の管理を任された。最後の戦いを見ずにこの地を去るのは、その責任を放棄する事。そんなの、許せないわ」

「……わかった。それなら私は、なにも言わないよ」

 

 

 アンナとオフェリアが、これから起こる決戦に巻き込まれないように離れる。

 

 彼女達の前では、自らという存在を術式を用いて強化したスカサハ=スカディが、オルトリンデと共にカルデアと戦いを始めようとしている。

 

 

「ねぇ、アンナ」

 

 

 どこか哀し気に、されどそれ以上の殺意を纏って攻撃を仕掛けるスカサハ=スカディ達と、それを迎え撃つ星読みの戦士達を見て、オフェリアは親友に口を開く。

 

 

「私ね……この戦いが、とても哀しいものに見えるの。これが、正しいものであるはずなのに……」

「…………」

 

 

 目の前で繰り広げられる戦いは、弱肉強食の戦い。カルデアは、失われた世界を取り戻す為に。スカサハ=スカディは、希望が見えた北欧を存続させる為に。

 

 この戦いに、善悪は無い。

 

 いや、元よりこの世には、善も悪もないのかもしれない――――――

 

 

「これが、命ある者達の、意志持つ者達の責務よ。自らにある願望を叶えようとする意志が強い方が生き残って、弱かった方が死ぬ」

 

 

 それは、太古の昔から連綿と紡がれてきた、命の伝統。全ては弱肉強食の輪より外れられずに、罪に塗れた歴史を形作っていく。そこに、奇跡などというものは介在しない。

 

 

「だからこそ、私達は生きるのよ。踏み躙った想いに責任を持って、贖罪の旅を続けるしかないのよ」

 

 

 永劫の時を生き続けた祖なる龍は、善も悪もない戦いを見つめ続ける。

 

 

 

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「……見事」

 

 

 決着は、とうに決していたのかもしれない。

 

 スルト戦からほとんど回復していない状態のスカサハ=スカディとオルトリンデに、ほぼ万全の状態に等しいカルデア。北欧異聞帯側に、元より勝ち目など無かったのだ。

 

 この結末を一人予見していたアンナは、なにも言わない。この意地の張り合いは、尊いものだ。神聖、とも言えるだろう。そんな戦いに、水など差せるものか。

 

 

「こうも無様に負けるものか……。オルトリンデさえ、護ってやる事もできぬとは……」

『……女王よ。なぜだ』

 

 

 護るはずの戦乙女でさえ、己を庇わせて死なせてしまった事を嘆く女王に、通信機越しに名探偵が訊ねる。

 

 

『古きルーンを使いこなす貴女だ。刻むだけで我々を死に至らしめるルーンも知っているはず。なのに、なぜ……』

「支配者の矜持だ。私は、私の大地と命達を護らなければならぬ。スルトめによって砕かれてしまった集落、傷ついた命を癒す為に使う魔力を、お前達との戦いに割くわけにはいかぬ……」

 

 

 紫色の刺繍が入った真白のドレスについた汚れを払い落とし、氷雪の女王は立ち上がる。

 

 

「カルデアの者達。最後に一つ、贈り物をしよう。我が異聞帯に根付くはずであったあれなる空想樹。その名を、お前達に教えよう」

 

 

 今まで術式を用いて隠蔽してきた空想樹を見て、スカサハ=スカディはその名を口にする。

 

 

「あれの名は“ソンブレロ”。空想樹ソンブレロである」

『ソンブレロ……? それは……』

「ふふ。神代に生きた私には意味のない名であったが……お前達には、どうかな?」

 

 

 敵にはまず向けないはずの微笑みを、自分が護り通してきた世界を壊しに来た者達(カルデア)に向け、スカサハ=スカディは彼女らに激励を送る。

 

 

「征け、カルデアの者達。戦いに敗れ、地に倒れ伏した我らを……幾百、幾千、幾万の……無間無量の炎と氷、そして想いの屍を踏み越えて。――――――お前達は、征くがいい」

 

 

 その言葉を聞き届け、立香達はこの異聞帯を滅ぼす為、空想樹を伐採すべく動き出す。

 

 そして、ここには、スカサハ=スカディ、アンナ、オフェリア、バーサーカー、アルバトリオンが残される。

 

 

「……オフェリアよ」

 

 

 スカサハ=スカディに声をかけられ、オフェリアは彼女に視線を向ける。

 

 

「そういえば、事あるごとにそなたに求婚していた弓兵がいたな。ナポレオン、といったか」

「は、はい。それがなにか……」

 

 

 スルトの呪縛から自分を救ってくれた英雄が、何度も自分に求婚してきた事を思い出しながら頷く。

 

 

「そなたが断固として奴の求婚を断っていたのが気になってな。もしや、他に好いている者がおるのか?」

「えッ!? あ、えっと、それは……」

「いるのだな? 名はなんという」

 

 

 じっと見つめられ、堪忍したオフェリアは自分の顔が熱くなるのを感じながら答える。

 

 

「……キリシュタリア・ヴォーダイム。私達クリプターのリーダーです」

「ほぅ……。では、そなたはここに留まり続けるわけにはいかぬな」

「え……? それは……」

 

 

 どういう事か――――――と訊ねようとしたが、オフェリアはスカサハ=スカディの瞳を見て、なにも言えなくなってしまった。

 

 まるで、母親のように安らかな瞳。あらゆる生命を慈しむ、慈愛に満ちた瞳だった。

 

 

「オフェリア。こことは異なる歴史より来たりし女よ。(スカディ)の伝説は知っているか?」

「え? は、はい」

 

 

 頷いたオフェリアは、彼女とは異なる、汎人類史のスカディについて口にする。

 

 スカディ――――――古ノルド語で『傷つくるもの』を意味する、“神々の麗しい花嫁”。汎人類史の彼女は海神ニョルズと離婚した後、主神オーディンと結ばれたという。

 

 

「……そうか。そちらの私は、神々と結ばれたのだな」

 

 

 呟く彼女の顔は、どこか物憂げな表情をしていた。

 

 

「……オフェリアよ。そなたは、私のようになるな」

「ッ! 陛下……」

「この北欧に、神は私しかおらぬ。主神オーディンを始め、全てスルトめの炎に()き尽くされてしまった」

 

 

 本来なら神々と結ばれるはずであったスカディは、スルトがオーディンによって封印されてから、ずっと独りで北欧を見守り続けてきた。その哀しみは、およそ人の見解では計り知れぬものであろう。

 

 

「愛する者と結ばれないのは、中々に堪えるものだ。私はもう、そのような者が増えてほしくはない。そなたは、幸福になるべきなのだ」

 

 

 スカサハ=スカディはオフェリアに歩み寄り、ぎゅっと優しく抱き締めた。

 

 

「オフェリア。我が愛しき娘よ。どうか、達者でな」

「……はい。陛下も――――――」

 

 

 お元気で――――――と言いかけて、口を噤む。

 

 王たる彼女が敗れた以上、最早、この異聞帯に未来はない。空想樹は伐採され、この世界(れきし)は春の訪れに消えてゆく白雪のように消えていくしかないのだ。

 

 そんな世界を見ているだけしかできない彼女に、その言葉は不適切ではないのか――――――そう考えるオフェリアの背を、スカサハ=スカディは軽く叩いた。

 

 

「征け、オフェリア。白雪の道を駆け抜けて、春風の吹く未来へ」

「……はいッ!」

 

 

 力強く頷き、オフェリアはアンナを見る。それに頷き返したアンナは、今まで静かに彼女達の会話を聞いていたアルバトリオンに指示を出し、オフェリアと一緒にその背に跨る。

 

 

「アンナ・ディストローツ」

 

 

 アルバトリオンが羽ばたこうとした刹那、スカサハ=スカディに声をかけられる。

 

 

「オフェリアを、頼んだぞ」

「……任せて。優しい女神様」

 

 

 氷雪の女王の言葉に微笑みを以て返したアンナが体を軽く叩くと、アルバトリオンはその雄々しい翼を広げて、北欧の空を駆け抜けていく。

 

 嵐の壁を打ち砕いて、漂白された世界に飛翔する。

 

 蒼白の天空に、純白の大地。その狭間を翔ぶ龍の背中に跨るオフェリアは、徐々に小さくなっていく北欧の地を眺める。

 

 数分経ったあたりだろうか。やがて、崩壊を始めていく嵐の壁を見て、オフェリアはハッと息を呑む。

 

 

「ぁ……」

 

 

 微かに漏れた声は、オフェリア自身気付かぬほど小さく震えていた。

 

 一陣の風が吹く。それは、春の芽吹きを感じさせる暖かな風。

 

 “愛”に生きた一人の女性の願いを乗せたかのように暖かな風は、“愛”を知った少女が零した雫を拭い、彼方へと消えていった――――――

 




 
 びょーん!(幻聴)


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戦乙女と異聞の旅団

 
 今回はオフェリアサイドです。

 今回のイベントいい……。ミニサーヴァント達かわいい……ミニ牛若かわいい……。見た目水着邪ンヌなのに中身はサンタ・リリィなのはやめて下さい。ダイナマイトボディで抱き着かれると理性が溶けていく音が聞こえていくので離れてくださいお願いします(もっとくっついて)。エリちゃんズは……うん。はろうぃん。

 独自設定が(読者達に)牙を剥くッ!



 

 シュレイド異聞帯。人類が霊長の王となれず、最高位の幻想種である竜が支配者の座に収まった歴史。故に人理は成立せず、竜達の時代が続いてきた魔境。

 

 その中心に位置する廃墟と化した古城に、私―――オフェリア・ファムルソローネはいた。

 

 

「あの“モンスターハンター”の世界に、私がいるなんてね……」

 

 

 古くから語り継がれる伝説の時代。自然との調和を生業とする狩人達が繰り広げる、命の物語。魔術を知らない一般人は当然として、魔術も使わずに腕っぷし一つで強大な竜種に挑むハンター達に憧れを抱く魔術師は少なくない。キリシュタリア様だってその一人だったのだから。こう言う私も“モンスターハンター”の世界観は好みの部類に入る。臨場感溢れるハンターの物語も好きだが、私が気に入ったのは彼らの使命だった。

 

 彼らは狩人ではあるが、密猟者ではない。必要以上にモンスターの命は奪わず、奪った命に責任を持って自然の恵みを賜る。

 

 彼の時代の人類は、自分達がこの星の頂点に君臨する種族だとは思っていなかった。自分達はあくまで自然界の一部であり、弱肉強食の枠組みを外れない存在であると捉え、脅威であるはずのモンスター達を絶滅に追いやらなかったのだから。

 

 

(でも……)

 

 

 この歴史には、ハンターがいないのだろう。まだ見ぬこの世界の人々は、いつ来るかわからない脅威に対し怯えているのだろう。だからこそ、この世界は剪定されてしまった。

 

 私がいるこのシュレイド王国に生きた民のように、竜達に蹂躙される他ない世界になってしまったのだ。

 

 所々崩れてはいるが、行動する分には問題ない廊下を歩く。付近には私しかいないのか、コツ、コツ、と私の靴音だけが響き渡り、立てかけられた蝋燭の明かりが私の巨大な影を壁に映し出している。

 

 

「これは……凄いわね」

 

 

 階段を上り、テラスから外を眺める。

 

 シュレイド城や廃墟と化した城下町の所々から巨大な結晶が突き出しており、一目見ただけでそれが高純度の魔力を纏っているのがわかる。その影響だろうか。どこからともなく力が湧いてくるような感覚に襲われる。

 

 試しに簡単な身体強化の術式をかけて体を動かしてみると、カルデアでの戦闘訓練でやってたのが馬鹿みたいに思えてくるほどのものだった。この状態でカルデアの戦闘訓練を受けたら、間違いなくハイスコアを取れるだろう。

 

 だが、そんな事はどうでもいいと思えるくらい、この景色は素晴らしく、同時にどこか危うさを感じさせるものだった。

 

 

「でも、あの結晶はいったい……」

「―――あれか? “龍結晶”って言うんだぜ」

「ッ!?」

 

 

 独り言に返事が返ってきた事に驚いて振り向くと、腕を組んだ壮年の男性が立っていた。

 

 赤いウェスタンハットを被り、白髭を生やし、肩に白い鳥を乗せたその男は、私の隣に来て龍結晶と呼ばれた結晶に満たされた城下町を見下ろす。

 

 

「古龍の生体エネルギーが集まって、結晶化して地上に出てきたのが龍結晶さ。大抵は小石程度の大きさなんだが、ここまで大きいのはこのシュレイド王国にしかない。莫大なエネルギーを秘めてる分、この場所にはそれを求めて強力なモンスター達がやって来るのさ。嬢ちゃんも命が惜しかったらこの城から出ないようにしろよ。さもなきゃ一瞬でお陀仏さ」

「あの、貴方は……」

「おっと、自己紹介が遅れたな。俺はジェリス。キャラバン“我らの団”の団長さ。こいつはフニン。お前さんは?」

「……オフェリア・ファムルソローネです。……え? ジェリス? それって、確か……」

「お? お前さん、俺の名前を知ってるのか?」

「は、はい。小耳に挟んだ程度ですが……」

「……ッ! そうか。そいつは嬉しいッ!」

 

 

 嬉しそうに笑うジェリスさんの姿を改めて見て、私は一人のキャラクターを思い出す。

 

 外伝も含めればそれなりのシリーズがある“モンスターハンター”の四章には、先程彼が口にした旅団の名が登場する。さらに、そこの団長が彼と同じ名を名乗っていたのだ。もしや、彼もサーヴァントとして座に登録されていたのか思ったが、彼からはサーヴァント特有の濃厚な魔力を感じない。彼は生粋の人間だ。となると、彼は汎人類史と異なり、現代に生を受けたのだろう。異聞帯と汎人類史の相違点はこういうものもあるのか。

 

 

「それにしても、お前さんがアンナ嬢の言ってたオフェリアか」

「アンナの……親友の事を知ってるんですか?」

「おうとも。俺達がこの城に来れたのもあいつのお陰さ。前人未到のシュレイド城に連れてきてくれた礼をさせてくれって言ったら、アンナ嬢に『近々友達を連れてくるから、会ったら城の外には出ないよう言っといて』って頼まれてな。それだけでいいのか、って思ったんだが、あいつはお前さんの安全を第一に考えてるようだったからな。それで? お前さん、どこの出身だ?」

「出身、ですか? えっと……」

 

 

 どうしよう。ここは私が産まれた汎人類史とは全く異なる歴史だ。ドイツ出身と答えても「ドイツってどこだ?」と返されそうだ。とりあえず、ここは無難に―――

 

 

「と、遠いところから、です。この異ぶ―――世界についても、あまり知らなくて……」

「ほぉん、そいつは……。ナリからしてどっかのご令嬢みたいだとは思ってたんだが、ひょっとして箱入り娘って奴か?」

「えっと、はい。そんな感じです」

 

 

 酷く曖昧な答えになってしまったが、不審に思われなかっただろうか。恐る恐るジェリスさんの様子を窺うが、私の考えとは裏腹に、彼はニカッと笑った。

 

 

「そうかッ! それならたくさんの事を見聞きすればいいッ! お前さんみたいなのがうちにもいてな。これがとんでもなく卑屈な奴なんだが、やるときゃやるいい坊主なんだ。紹介してやるからついてこいッ!」

「えッ!? あ、ちょっ―――」

 

 

 言うが早いか、ジェリスさんはあっという間に階段を下りていってしまった。いきなりすぎて反応に遅れながらも、私は彼の姿を見失わないよう気を付けながら彼の後を追う。

 

 

「旅ってのはいいぞ、オフェリア嬢。色んな奴と出会えて、色んな文化に触れる事が出来る。……まぁ、旅をするなんて、周りから見りゃ“異端者”なんだけどな。俺のキャラバンはそういった異常者共の集まりなんだよ」

 

 

 異常者……。そうか。この世界じゃ、彼らのような者達はそういう扱いを受けているのか。外の世界に踏み出さなかった者達は、ずっとモンスターの脅威に怯えながら生きているのだろうか。かつては日曜日を嫌っていた私は、その気持ちがわかってしまった。そこから踏み出さないまま、ただ終わりを待ち続ける道を選んでしまったその人達を、私は否定できなかった。

 

 

「でもな、その度に、この世界は広いって感じさせてくれる。少し前からはよくわからん壁が出来て、そこから先の連中とは会えなくなったが、俺はいつかそいつらと会える日が必ず来ると思ってるッ! それがいつになるかはわからんけどな」

 

 

 ガッハッハと笑うジェリスさんに、私の心は少し締め付けられるような痛みを覚える。

 

 彼の言う“壁”とは、異聞帯と外界を隔てる嵐の壁の事だろう。それが消えるという事は、この異聞帯が消滅する時かもしれないのだ。それを知った時、彼はなにを思うのだろうか。

 

 一瞬、それについて訊きそうになって口を開きかけたが、この世界が剪定されるなんて事を、そこに生きる人間である彼に話す気にはなれなかった。

 

 

「おい、お前らッ! アンナ嬢の友達が来たぞッ!」

 

 

 勢い良く開け放たれた扉の向こう。広場と見紛う大ホールにいた者達の視線が一斉に動いて私を見た。

 

 

「お前が……アンナの言っていた友人か……」

「わぁ~、とっても綺麗な人ッ!」

「ほぅほぅッ! あんたさんがオフェリアかい。こりゃ大層な別嬪さんだわい。ワッハッハッ!」

「わぁ……これまた凄い美人さん……ッ!」

「紹介しよう。まずはあそこのでっかい奴は俺の親友のクツロナ。隣にいるのはその自称弟子のリル。そこにいる爺さんはヴェニス。んで、そっちの眼鏡っ子はソフィアだ。個性の強い連中だが、みんな頼りにな―――ん?」

 

 

 そこでジェリスさんが首を傾げ、顎に手を当てた。

 

 

「なぁ、シャンマと新入り達はどこに行ったんだ?」

「魚を……釣りに行った……。晩飯は……魚料理だと……」

「て事はあそこか。よし、オフェリア、悪いがもうちょっと付き合ってもらうぞ」

「はい。どんな人達なのか、楽しみです」

 

 

 ジェリスさんのキャラバンのメンバーは、ここにいる面々だけでも皆優しい人物達だとなんとなく感じ取れた。クツロナさんとヴェニスさんは耳が尖っていたり、ヴェニスさんにいたっては指が四本しかなかったので、彼らは汎人類史の歴史にある彼らと同じく竜人なのだろう。

 

 燭台に立てられた蝋燭が照らす階段を降りていくと、大ホールよりも広い場所に出た。

 

 

「ここは……」

「地底湖ってやつさ。ここには色んな魚がいてな。……お、あそこにいたか」

 

 

 ジェリスさんの視線を追うと、そこには―――

 

 

ガッデムボーリング(めっさ退屈だわ)

「……退屈なのはわかるニャルが、これも釣りの醍醐味ニャ―――」

ガッデムボーリング(めっさ退屈だわ)

「……キャスター。頼むから静かにしてくれ……。集中が途切れ―――」

ガッデムボーリング(めっさ退屈だわ)

「―――」

 

 

 扉を閉め、スタスタと上階まで戻る。

 

 ……なに? あれ……。なんか、見覚えのある人がいたんだけど。

 

 

「オフェリア嬢? どうした?」

「い、いえ……。さっき、変なものを見た気がしたんですが……すみません、もう一度見てきます」

「お、おう……」

 

 

 自分からしても早口で言ってるな、と思いながらも、再び地底湖へと続く扉をそっと開け、奥の様子を窺う。

 

 

「どれだけ釣ってもサバ、サバ、サバ……。退屈する気持ちもわかるニャルが、これも生きる為ニャル。我慢するニャルよ」

「皇女たる(わたくし)が釣りに付き合っているのです。カドック、もっと凄いものを釣りなさいな」

「そう言うならキャスターも―――ッ!? う、おぉッ!? こいつは……ッ!」

「これは……大物ニャルッ! 頑張って釣り上げるニャルッ!」

 

 

 釣り糸に括りつけられた餌に食いついたであろうなにかの力が予想以上に強かったのか、一瞬釣り竿ごと一緒に水中に持っていかれそうになったところをギリギリで踏ん張り、青年は歯を食い縛りながら釣り竿を握る。

 

 釣りについては左程詳しくない私であるが、彼の隣にいる猫っぽい生物の言うように、餌に食らいついたのは大物なのだろう。

 

 

「もう少しニャルッ! あと少しで……ッ!」

「いけるかしら? 私のかわいいカドック?」

「これは証明だ。僕にも大物が釣れるってね……ッ! オオオオオォォォッ!」

 

 

 いや、なんで本気顔でそんな事言ってるの……? これ、釣りよね? 殺し合いじゃないのよね……?

 

 絶句しながら見つめる先で、彼は遂にその大物を釣り上げた。

 

 ―――釣り上げた青年よりも少し大きい、巨大なマグロを。

 

 ……え? マグロ? 基本的に海を住処にしているマグロが、なんで地底湖なんかにいるの?

 

 

「ドス大食いマグロニャルッ! カドック、お手柄ニャルッ! 今日の晩御飯は豪華になるニャルよッ!」

「キャスター、頼めるか?」

「いいでしょう。頑張ったお礼よ、マスター」

 

 

 皇女殿下に抱えられた人形から放たれた冷気が青年に抱えられているマグロを氷漬けにしていき―――ついでに青年の両腕も凍らせた。

 

 

「冷たッ!? キャスターッ!?」

「あら、ごめんなさい。わざとじゃないのよ? 本当よ?」

 

 

 まさか自分の両腕も凍らされるとは思っていなかったのか、焦った様子の青年に対し、皇女殿下は「ふふふ」としてやったりといった笑い声をあげている。絶対意図してやったのだろう。確信犯だ。い、いや、気にするべき点はそこじゃなくて。

 

 

「……貴方、なんでここにいるの?」

「ファムルソローネ? なんで……あぁ、なるほどな」

「……もしかして、貴方も?」

「あぁ、アンナの奴に連れてこられた」

 

 

 なるほど。なぜここに行方知れずだった彼―――カドック・ゼムルプスがいるのか謎だったけど、アンナが連れてきたのね。あの子、私以外にもクリプターを自分の異聞帯に抱えていたとは……。

 

 

「お前がここにいるという事は、北欧異聞帯は……」

「えぇ。カルデアに滅ぼされたわ。……でも、驚いたわね。貴方だけじゃなくて、皇女殿下もいらっしゃるだなんて」

「…………あぁ」

 

 

 頷くカドックだが、その顔はどこか暗い。怪訝に見つめる私に、彼の隣にいた皇女殿下が代わりに応えた。

 

 

(わたくし)は彼がかつて契約していたアナスタシアではありません。……ですが、不思議なものです。(わたくし)は彼が最初に召喚した(アナスタシア)ではないのに、その記憶を受け継いでいました( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )。この異聞帯の特性なのかしら」

「記憶を?」

 

 

 サーヴァントとは英霊の座に刻まれた英雄達の影法師。大元である英雄のコピー体であるサーヴァントが消滅した際、その記憶は座の本体に記録としてフィードバックされるらしいが、こことは異なる並行世界で召喚される事もあるため、その記録は膨大だ。故に“同一の英霊をベースにしたサーヴァント”が“同じクラス”で再召喚されたとしても、現界の際にはそのほとんどを忘却してしまう。一度失ったサーヴァントともう一度で会えたとしても、それは“同一人物の別人”なのだ。

 

 だから、別人である彼女がロシア異聞帯での自分(アナスタシア)の記憶を有しているのは驚いた。彼女の言う通り、この異聞帯の特性なのだろうか。直感が凄まじいデイビットやキリシュタリア様ならわかるかもしれないけど、やっぱりここはこの異聞帯の管理者のアンナに訊いてみるべきかしら?

 

 

「……それで、そろそろ自己紹介してもいいニャルか?」

「え? あっ、ご、ごめんなさい。知り合いに会ったものだから、つい……」

 

 

 私達の会話を邪魔したくなかったのか、今まで黙っていた猫っぽい生物が声をかけてきた。忘れてはいけない存在を忘れていた……。

 

 

「私、キャラバンの料理番をしているシャンマニャルよ。よろしくニャル」

「オフェリア・ファムルソローネよ。よろしくね、シャンマ。……ところで、貴女はアイルー、なのよね?」

「その通りニャル。よくわからない事を言うニャルね。この見た目でアイルーじゃなかったら、私は何者ニャルか」

 

 

 あぁ、やっぱり。外見的特徴から何となく察していたけど、これがアイルーなのね。太古の昔に存在したモンスターの一種だが、他種族とも積極的に交流を深めようとする友好的な種族で、彼らの力を借りてモンスターを狩猟するハンターもいたのだとか。ネコ科の祖先と考えられており、化石や文献でしかその情報を確認できなかったが、こうして直接顔を合わせてみると、やはり大きい。頭が私の腰よりちょっと上ぐらいにある。それはそれとして……。

 

 

「シャンマさん、少しお願いを聞いてもらってもいいかしら」

「呼び捨てでいいニャルよ。なんニャルか?」

「その……撫でてもいいかしら? 私、一度でいいからアイルーを撫でてみたかったの」

「アイルーがいない場所とは、不思議な場所ニャルね」

 

 

 そう言いながらも、シャンマは頭を差し出してくれる。では、失礼して……。

 

 

「…………おぉ」

 

 

 柔らかい毛並みについ息が漏れる。

 

 どうしよう。これ、すっごい気持ちいい。撫でてて幸せな気持ちになってくる。も、もう少し撫でてもいいわよね。

 

 

「中々いい撫で方ニャルね。でも、ここまでニャル」

「えッ!? そ、そんな……」

「そんな顔やめるニャル。これから夕飯を作るニャルから、それが終わったらいいニャルよ」

「わかったわ。必ずよ。約束だから」

「約束ニャル。カドック」

「……キャスター、そろそろこの氷を溶かしてくれないか? このままじゃ僕の腕ごと料理されかねない」

「いいんじゃないかしら? 私の中にカドックがいる……。幸せな事だと思うんだけど」

「はッ!?」

「ふふふ、冗談よ」

「俺が持って行ってやるよ」

「結構だ。これは僕が釣り上げたんだ。僕が運ぶ」

「頑固な奴だなぁ」

 

 

 皇女殿下に凍った両腕を自由にしてもらい、カドックは未だ凍ったままのドス大食いマグロを抱えて上階に上がっていく。私も戻ろうと思ってその後を追おうとすると、「もし」と皇女殿下に声をかけられた。

 

 

「貴女も取り憑かれてしまったのね。あの毛並みに」

「……もしかして、貴女も?」

「えぇ。(わたくし)も撫でさせてもらったけど、それからは貴女と同じよ。これからよろしくね、オフェリア」

「……ッ! はい、こちらこそ、よろしくお願いします。皇女殿下」

「アナスタシアで構いません。(わたくし)達は同志ですもの。敬語も不要です」

 

 

 差し出された手を握る。あの毛並みに魅入られた者同士、仲良くやっていけそうだと、私は感じたのだった―――

 

 

「なんか寒気がするニャル……」

 




 
 この作品では高純度の魔力の塊という設定にしている龍結晶を鉱石科のロードや学生が見たら嬉しさのあまり発狂しそう(小並感)。

 “我らの団”団長の名前はイギリスの海洋探検家ジェームズ・クックとイギリスの冒険家グリルス、白い鳥は北欧神話のフギンとムニン、加工担当はニュルンベルクの鍛冶師クンツ・ロクナー、竜人商人はシェイクスピア著『ヴェニスの商人』、屋台の料理長は中国語で『食事』を意味するシャンシーと『母』を意味するマーマから取りました。加工屋の娘は海外版MH4Uで「リル」という名前があったので、そのまま流用しました。ソフィアは公式で発表されてましたからそのままです。

 シュレイド異聞帯の団長と受付嬢は汎人類史の彼らと違って王立学術院やギルド所属ではありません(というよりそれら自体存在しない)。異聞帯の“我らの団”は団長に惹かれてメンバーが集まってできたという感じです。

 アナスタシアについてですが、彼女はロシア異聞帯でのカドックとの記憶を保持していますが、当時の彼女のままではありません。精神は汎アナと異アナが混ざり合ったような感じです。アンナがカドックをシュレイド異聞帯に連れてきた時、「残ってる」って言いましたよね。この作品ではそのほんの一欠片が再召喚されたアナスタシアと混ざり合い、こうなったと考えていただければ。

 ガッデムボーリング……ガッデムホットを基にしましたけど、語感が悪いですねぇ。

 カドアナしゅき……早く結婚して(カプ厨脳)


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ヒトの可能性を信じた男

 
 ランキング入りした事でお気に入り登録者数高騰&評価バーが全色真っ赤ッ!

 感謝ッ! 圧倒的感謝ッッ!!



 

 備え付けられた円卓に、六人のクリプターが座している。最初は八人分の席が埋まっていたというのに、あっという間に二人分の席が空席となったそれを見たクリプター達の反応は様々だ。

 

 

「……はい。かくしてスカサハ=スカディは敗れ、北欧異聞帯は空想樹を失い、人類史から切除されました。残念ながら、オフェリアさんは行方知れずとなったのです……よよよ」

 

 

 ロシア異聞帯に引き続き、北欧異聞帯までもがカルデアに消滅させられたという事態もそうだが、オフェリアが行方不明になったという情報に、クリプターのうち何人かが眉を顰める。彼女を自らの異聞帯に連れていったアンナは、事態の報告を行っているコヤンスカヤがなにを企んでいるのかと訝しげに彼女を見つめている。だが、これはこれで好都合かもしれない。ここで自分がサーヴァントを連れてスルトの討伐に現れたと公言されたら、間違いなくキリシュタリアに怒られる。不可侵条約と呼ぶべきクリプター間のルールを破ったのだから、なんらかのペナルティを課せられる可能性もあった。

 

 

『……見え透いた演技はやめて、コヤンスカヤ。カルデアへの苛立ちより、貴女への嫌悪感が遥かに上回るだけよ』

「キャー、バレバレとか恥ずかしーーいッ! これでも同胞を失った皆さんに気を遣って、リップサービスならぬクライサービスをしたんダゾ☆ なにしろ、オフェリアさんは私にとっても貴重なお客様でしたから」

『君の言う“貴重なお客様”は、弄り甲斐のある玩具って意味でしょ? 下衆な考えね。もう一回ジンオウガとランデブーしたい?』

「やめてくださいあんなの二度と御免です」

 

 

 笑顔のアンナに真顔で返すコヤンスカヤ。以前彼女の異聞帯に訪れた際、ジンオウガに追い回されたのが余程トラウマになっているらしい。

 

 だが、彼女も哀れだ。彼女が出会ったのは原種。つまり亜種がおり、さらにその頂点に位置する金色の王もまた、シュレイド異聞帯に存在する。アンナはコヤンスカヤが懲りずにまた新商品を仕入れるべく自分の異聞帯に来た時は、彼らも動員しようと考えていたので、彼女が断固として拒否した時には「え~」と残念そうにしていた。

 

 

『貴女の事よ。どうせオフェリアの遷延の魔眼を狙っていたんでしょう? ランクが“宝石”のあれを、貴女が手に入れたがらないはずがないもの』

 

 

 魔眼にはランクというものが存在し、より上位になればなるほどその希少価値は上がっていく。オフェリアの魔眼は五つ存在するランクの内、上から二番目に位置する“宝石”ランクのものであり、その希少性故に実在を疑われるレベルの魔眼である。

 

 ヒナコの推理は的確に的を射抜いていたらしく、コヤンスカヤはそれにニタリと笑って返した。

 

 

「その通りですとも。オフェリアにあの魔眼は不相応でした。せめてああなる前に生きた眼球をお譲りいただければと思い、私も全力で生存の手助けをしたのですが」

『そう。なら、それがせめてもの救いね。彼女の瞳が貴女のコレクションにされていたかも、なんて、想像するだけで目が眩むから。アンナもそうでしょう?』

『当然。こんな女狐に取られるくらいなら、あのままでよかったよ。知ってる? コヤンスカヤ。いくら絢爛豪華な調度品を揃えていても、その持ち主がその品物に相応しくなきゃ、それらの美しさは全部台無しになっちゃうんだよ?』

「小娘が……言ってくれますねぇ。……しかし、人間嫌いの芥女史がオフェリアさんの死を悼むとは驚きですねぇ。あ、別にまだ死んだと決まったわけではないんでしたっけ? まぁ、いいでしょう。女の子同士の友情は実利実益支え合い。どれほど煙たがられていようと、日々ちょっかい出してナンボなのです。少なくとも、私は本気で彼女の人生の問題点を考え、手を出しました。けれど貴女はただ見ていただけ。それで今更友達面とは毛並みが良すぎるのでは? “なにも行動しなかったのならなにも言うべきではない”。これ、人間社会の常識でしょう? 中国異聞帯(そんなところ)でずっと引き籠もってるから、そんな事も忘れてしまうんですよ、貴女は」

『っ、女狐風情が……ッ!』

『はいはい、そこまでよガールズ。喧嘩は私達が全滅した後にやってね?』

 

 

 これ以上黙っているとヒナコとコヤンスカヤが大喧嘩をし始めると感じたのか、即座にペペロンチーノが割って入る。

 

 

『駄目よ芥ちゃん、綺麗な顔が台無し。せっかくここまで隠し通したんだもの。お上品にしましょ。コヤンスカヤちゃんも珍しくストレートじゃない。普段はもっとのらりくらりでしょ、アナタ? ま、二人共オフェリアの脱落がそれなりにダメージになってる、って事でしょうけど』

 

 

 ペペロンチーノに宥められ、二人はお互いを一瞥しながらも引き下がる。といっても、それは表面上だけの事で、ヒナコは今も射殺すばかりの視線をコヤンスカヤに向けているが。

 

 

『それに、まだオフェリアが死んだって決まったわけじゃないんでしょう? だったら彼女がどこかで生きている事を祈りましょうよ。お葬式ムードになっちゃいけないわ』

『どこかで、ね。この白紙化された世界でどう生きていくんだっての。オレ達がこうしている間にも、オフェリアはどっかで飢えに苦しんでたりな。ひょっとしたら、カルデアの捕虜になったって可能性もある。カドックの奴も捕まってるんだろ?』

『…………』

 

 

 ベリルの言葉に微かにアンナに表情が変わる。カドックもオフェリアも、今は自分の異聞帯にいるし、カドックに至っては一度失った皇女を再召喚している。カドック救出の際はあの神父と協力したが、神父も神父でキリシュタリア達にカドックがアンナの異聞帯にいるとは話していないのだろう。でなければベリルがこんな事を言うはずがない。

 

 

『……話が終わったのなら、私はここで退席するわ。私がここにいるのは、異聞帯の報告をしに来ただけだもの。ペペ、キリシュタリア。私、そこの女狐とは極力無関係でいたいの。間違っても彼女を私の異聞帯に寄越さないで。その女は、国を滅ぼす事しかできない女よ』

 

 

 そう言い残して、ヒナコのホログラムは消える。それを見たベリルは『マジかよ』と若干呆れた様子で笑った。

 

 

『おいおい、ホントに退席しちまったぞ芥の奴ッ! チームワークとかどうなってんだろうな、オレ達ッ!』

『まぁまぁ。ぐ……ヒナコちゃんの協調性の無さは今に始まった事じゃないでしょ? あの子は素であの調子なんだから』

『ま、その通りなんだけどなッ! でもまぁ、どうしたもんかねぇ……』

 

 

 ヒナコが座っていた席を見て、次に空席となったカドックとオフェリアの席を見るベリル。今までのお気楽な気配は無く、既に八つの内二つの異聞帯の切除に成功したカルデアに対する危機感を感じているのが、誰の目から見ても明らかだった。

 

 

『芥の奴、あの様子じゃ相当怒ってるぜ? カドックのロシアに、オフェリアの北欧。この二つが落ちた事は、流石のあいつも“まずい”って思ってるんだろうさ』

 

 

 人理漂白後に行った定例会議の際、彼女は他の異聞帯と争う気は無い、と公言していたし、自分の管理する中国異聞帯が滅びるのなら、それでも構わない、とも語っていた。なぜ彼女がそこまであの異聞帯に固執するのか、ベリルにはわからなかったが、こうしてカルデアによって二つの異聞帯が消された以上、いずれその矛先が自分に向けられると思ったのだろう。彼女はこの場にいるクリプター達の中で最も、己が管理する異聞帯にカルデアがやって来るのを望んでいない人物だろう。

 

 もしこの場にカドックがいて、コヤンスカヤが彼女を挑発しなかったのなら、ヒナコは間違いなくカドックを叱責していただろう。カルデア壊滅に差し向けられた刺客は、当時彼が契約していたサーヴァントとオプリチニキだ。あの時、彼女またはオプリチニキが藤丸立香を殺害していれば、このような事態にはならなかっただろう。カルデア陣営で唯一サーヴァントを使役できる彼女がいなければ、クリプターはカルデア関連で頭を悩ませる必要は無いのだから。

 

 

『それにしても解せねぇなぁ。カルデア(あちらさん)の運が良かったのか? 実力じゃあこっちの方が上だったんだがな。しかも、カルデアのマスターはまだピンピンに生きているときたッ! 素人が戦場にいて無傷とかどういう事よ。ひひひ、よっぽどツイているのか、もしくは、周りによっぽど大切に扱われているか、だなッ! 豚もおだてりゃなんとやらだッ!』

『確かに私達の異聞帯はどこも強力だよ。だけど、忘れてるわけじゃないよね、ベリル? 彼女は一度、世界を救った。本当なら私達が為すべきはずだった人理修復を、たった一人で成し遂げた。マスターとしての技能はともかく、生き抜く術に関しては私達より上だと思うけど?』

『アンナの言う通りよ、ベリル。それに、あの子のサーヴァントはマシュちゃんよ? シールダーのサーヴァントだもの。マスターの警護は万全に決まってるわ』

『へぇ……。マシュに護られてる、ねぇ……』

 

 

 マシュ・キリエライトの名を聞いたベリルの瞳がギラついたが、次の瞬間にはいつもの笑顔が戻っていた。

 

 

『そりゃあますます羨ましい。女の後ろでイキっているだけで英雄サマと来たッ!』

 

 

 彼らしいといえばらしいが、この期に及んでカルデアのマスターを見下している様子のベリルに、アンナは内心溜息を吐いていた。既に彼女は二つの異聞帯の切除に成功している。もう少し危機感を覚えてもいいと思うのだが。

 

 

「コヤンスカヤの報告の限りでは、私も同意見と言わざるを得ないな。アンナは彼女の事を評価しているみたいだが、デイビット。カルデアのマスターについて、君はどんな印象を受けた?」

『そうだな。よくやる、と呆れている』

 

 

 かつてカルデアの技術顧問として活動していたダ・ヴィンチさえも“天才”と認めるデイビットの洞察力は目を見張るものがある。断片的な情報だけで、カルデア本部から逃げ延びた立香達がどの異聞帯に出現するのかを言い当てるほどのものだ。キリシュタリアが彼の考えを聞くのも頷ける。

 

 

『人間は戦場に立つ時、確かな武器を手にしていなければならない。任務や自衛の為じゃない。自分は戦えるという事実が無ければ、精神は前に進まないからだ。だが、カルデアのマスターは自分に武器が無い事を理解しながら戦場に立っている。余程危機感のない女か、或いは―――』

『……それしかないから、だろうね』

 

 

 そこで、アンナがデイビットの言葉を代弁する。その通りだったのか、デイビットからの反論はない。

 

 藤丸立香という女は、率直に言えばマスターに相応しくない。自分達のように安全圏からサーヴァントを使役する事はできないし、サーヴァントの維持も礼装を媒体として自分の生体エネルギーを魔力に変換して行っているなど論外だ。故に魔力パスも憐れなほどに短い。サーヴァントに魔力を送る為には、できるだけ近くにいなければならないのだ。

 

 故に、彼女の身は危険に晒され続ける。身を護る術もない彼女は、戦火が燃え盛る戦場の中、たった一人いつ来るかわからぬ死から逃れる術を模索するしかない。

 

 しかし―――

 

 

『だからこそ、彼女は生き残れた。生存本能が働くのは生物の常識。彼女の本能は何度も死にかけたからこそ、彼女に絶体絶命のピンチを退ける力を与える』

『……半ば妄信的に思えるが、俺も概ね同意見だ』

『君に同意されるほど、嬉しい事はないよ。君の洞察力は私を上回るだろうからね』

 

 

 長年の時を生きたアンナと言えど、デイビットほど洞察力に優れた人間と出会う事はそうそうない。かつての中国にいた、あの合理性の怪物に匹敵するのではないかと考えてしまうほどだ。

 

 

「……しかし、オフェリアの件に関しては残念と言う他ない。多少、失望しているよ。彼女の能力を過大評価してしまった」

『は?』

 

 

 キリシュタリアの言葉に、アンナの眉がピクリと動く。彼女の纏う雰囲気が一変したのを真っ先に感じ取ったのか、ペペロンチーノに焦りの表情が浮かぶ。

 

 

「北欧は争いの無い異聞帯だった。それを治められなかったとは……」

「あぁ、その点について私からも一つ、質問が。貴方はスルトの事を知っていたのですね? その上で、オフェリアに北欧を任せていた。いえ、スルトを残すように指示したのは、もしや貴方ではないのですか? キリシュタリア」

 

 

 態度や性格は舐め腐ったものであるが、こういう時のコヤンスカヤは嘘は言わないと理解していたアンナは、彼女の口から自分が知らなかった情報が出る度に、ふつふつと心中に怒りの炎を燃え上がるのを感じていた。そんな事は露知らずか、コヤンスカヤはつらつらと言葉を並び立てていく。

 

 

「となると、これは少し筋が通りません。スルトは北欧異聞帯にとって大敵です。それを残す、という事は北欧異聞帯を崩壊させる、という意図があったという事でしょう? それはどうなのでしょう? “異星の神”は、貴方にそんな事を望んだのかしら?」

 

 

 北欧異聞帯が崩壊の危機に陥ったのは、偏にお前がスルトの排除を命じなかったからだ―――と告げるように、悪辣な問いを投げかけるコヤンスカヤに対し、キリシュタリアはいたって冷静に答える。

 

 

「確かに、スルトを残すようにアドバイスはした。北欧異聞帯の王、スカサハ=スカディはその気質からカルデアに賛同する危険があった。その時の保険として使うといい、と提案したのだが……。彼女には荷が重すぎたようだ。もう少し、上手くやれると思ったのだが」

「ん~、なるほどッ! オフェリアちゃんだけでは不安だった、とッ!」

『……キリシュタリア』

 

 

 遂にアンナの堪忍袋の緒が切れた。今までセーブしていた怒りが言の葉と化して飛んだだけで、それを聞いた者達の身を否応なく竦ませる。ベリルでさえ笑みが消え、真顔になっているほどだ。

 

 

『あの子がここにいないからって、随分言ってくれるじゃない。もう少しセーブする気にはならなかったのかしら?』

「私は事実を口にしたまでだ。北欧異聞帯は他の異聞帯の中でのトップクラスに安全な場所だ。集落の維持の為に間引きを行う必要はあったが、人間同士の争いは全く起こらない。我々の中であそこを治めるに適任なのは彼女だと思ったのだが、結果はこの有り様だ」

『だから失望したと? 思い上がりも甚だしいわね』

 

 

 アンナの声には、明確な侮蔑が入っている。彼女が怒ったところなど見た事が無かったクリプター達にとって、彼女がここまで激怒しているのは珍しいものであり、普段なら『珍しいもんが見れた』と笑うベリルも、流石に今の彼女を見て笑う気にはなれなかった。

 

 

『勝手に期待して、勝手に失望する? ふざけるのもいい加減にしてもらいたいわね。彼女は貴方に心酔している。無茶な要望でも、それを頼んだのが貴方なら、あの子はどこまでも突き進み続けるわ。貴方が喜んでくれるのなら、命だって投げ出すほどにね。それだけ、あの子は貴方に心酔していたのよ』

 

 

 “異星の神”による蘇生後、彼女はキリシュタリアに対して絶対の忠誠を誓うようになった。理由は定かではないが、彼女程の人間が崇拝にも近い忠誠を誓い、さらには恋心まで抱かせる相手であるとしてアンナはキリシュタリアを評価していたのだが、過度な期待をして勝手に失望した彼を前にして、怒りを抱かざるを得なかった。

 

 

『キリシュタリア。人の可能性を信じるその心意気は立派だけれど、信じすぎるのも大概よ。貴方の基準に当てはまる人間なんて、そうそういないんだから』

「……忠告、痛み入るよ。まさか、君にそこまで言わせてしまうとはね」

『理解してくれたなら、それでいいけれど』

 

 

 そこで『ふぅ』と一息吐くと、先程までの雰囲気は一変し、いつもの明るいそれへと変わった。

 

 

『それじゃ、この話はここでおしまい。ちゃんと反省するんだよ? キリシュタリア』

『はぇ~。こりゃまたとんでもない変わりようで。まるでガキから大人に急成長したみてぇだな』

 

 

 あまりの変わりように別人かと誰もが思っている中、一番最初に本調子を取り戻したベリルが笑う。彼を始め、他のメンバーも本調子を取り戻しつつある。ペペロンチーノはヒナコとコヤンスカヤが起こしかけた口論よりも激しいものになるのかと危惧していたので、穏便に済んで安心した様子で息を吐いており、デイビットは通信越しにもわかるアンナの憤怒に僅かに冷や汗を流していたが、それも一瞬の事ですぐに元の調子に戻る。

 

 

『アンナの言う通り、オフェリアに関する話はここまでにしよう。コヤンスカヤ、北欧を離脱したカルデアは北海で消息を絶った、と言ったな。考えられる線は虚数潜航によるこちらの索敵攪乱だが、補給の無い彼らに長時間の潜航ができるとは思えない。となると―――』

「“彷徨海”だろうな。また厄介な場所に移動したものだ。あそこだけは“異星の神”も手を出せなかった。いや、手を出す必要性を感じなかった」

 

 

 “彷徨海”―――“移動石柩”または“バルトアンデルス”の名でも呼ばれる、魔術協会三大部門の一角。真なる神秘の継承者を名乗り、北海で彷徨い続ける生きた海( ・ ・ ・ ・ )にして最古の魔術棟。北欧を根城とする原協会で、その名の通り海上を彷徨い移動する山脈の形の本部を有しているらしい。西暦以後の魔術を否定し、神代の魔術こそ至高である、と考える者達の集まりであるため、時計塔とは冷戦状態にあるとされている。

 

 カルデアが彼らの力を借りようと向かったのか、と思ったが、それはないだろう。なにしろ、彷徨海といえば自分達の研究で手一杯な連中の集まりなのだ。隣室の魔術師がいったいなにを研究しているのかすらわからない、真の意味での“魔術の秘匿”を行っているのだ。そんな彼らが進んでカルデアに手を貸すはずがない。

 

 “異星の神”がそこに手を出さなかった理由はそれにある。自分達の研究に没頭し続ける彼らにとって、人類史の行く末など考慮に値しないものなのだから。

 

 

『なんだ? じゃあ“異星の神”サマでも彷徨海に手出しはできない、って事か?』

『白紙化を免れているんだから、そうなるわよねぇ。彷徨海は“この世に有ってこの世に無い”絶界の島。ないものに消しゴムはかけられないでしょ。でも困ったわぁ。そんなところに逃げ込まれたら探しようがないもの。どう? 異聞帯を自由に転移できるコヤンスカヤちゃん?』

「ご期待に沿えず、面目ありません……。単独顕現を持つ私ですが、位置を特定できない彷徨海に忍び込めるはずもなく……」

『じゃあ、しばらくカルデアは放っておいて、私達は自分達の異聞帯に専念しちゃい―――』

『いや、そいつは無しだぜ、ペペロンチーノ。カドックとオフェリア。オレ達の身内が二人もやられたんだ。これ以上は放置できない。一刻も早くカルデアの残党を潰す』

『あら、ちゃんと考えてるんだね』

『そりゃそうだろ。目障りな敵を生かしておく理由は無いよなぁ? こっちの異聞帯もキリシュタリアやアンナのところみたく強けりゃ見逃してやってもよかったんだが、生憎そうならなくてね。奴らが生き残ってるのはこっちにとっては死活問題なわけだ。カルデアの連中にいつ後ろから刺されるかと思うと、満足に人間狩りもできない』

『それじゃあ、どうやって彷徨海にいるカルデアを潰すの? 君の異聞帯には、それを可能にする存在がいるの?』

 

 

 そう訊ねる傍ら、アンナは頭の片隅で自分の弟妹達の能力を思い出していた。アヴェンジャー―――アルバトリオンが人間態の時に使用できる武器の中にランスがあったはずだが、異界への門を開く鍵であるあれを使えば、現実に無い彷徨海へと繋がる扉を開く事が出来るかもしれないが、まったく別のところと繋がってしまったら一大事だ。地球の常識に当てはまらない存在を呼び込んでしまう可能性もある。

 

 といっても、アンナに彷徨海を攻めるつもりはない。如何に“試練”といえども、体力が万全でなければ意味が無い。シュレイド異聞帯に来た暁には、本気の本気でのぶつかり合いたいと思っているのだから。

 

 

『なぁ、コヤンスカヤさん。こいつはそっちの管轄だ。“異星の神”の使徒。三騎のアルターエゴなら、なにか手段があるんじゃないか?』

「そうですねぇ。ラスプーチンさん達はギリシャの海で汎人類史のサーヴァント群と交戦中。あの厭らしい陰陽師はなにが気に入ったのか、インドから離れようとしませんからぁ……。仕方ありません。契約には含まれていないサービスですが、承りました。ご依頼はカルデア残党の処理、でよろしいですね?」

『……へぇ。できるのかい、本当に? アンタ、彷徨海には侵入できない、とさっき言わなかった?』

「それはそれ、プロですので♡ 多少の抜け道はございますとも。とはいえ、“カルデア残党の全滅”は少々お高くなります。ベリル様にはお支払いできないでしょう。なので、ここは安価で確実な手段を取らせていただきますが、よろしいでしょうか?」

『へぇ、具体的にどんな?』

「カルデアを無力化すればいいのでしょう? であれば、話は簡単です。カルデアのマスターは、一人しかいないのですから……」

『暗殺、というわけね。できるの?』

「依頼された以上、仕事はキッチリ果たしますわ」

 

 

 不敵な笑みを浮かべて、コヤンスカヤはその場から消え去る。どのような手段を用いたかは知らないが、彷徨海へ向かったのだろう。

 

 この手段に対し、カルデアはどう対抗するのか、アンナは少しワクワクしながら、結果を待つ事にしたのだった。

 

 

 

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「……あの時もそうだったが、君はやはり、私の考えを認めてはくれないんだね」

 

 

 各クリプターがそれぞれの役割を果たす為に通信を切り、誰もいなくなった円卓に座ったキリシュタリアは一人ポツリと呟く。

 

 計七度に渡って行われた人理修復の旅路。その最後の旅で、自分は彼女にある願いを口にした。

 

 当時の自分でさえ夢物語だと思っていた理想。この立場になれねば叶う事はなかったであろう夢。もし、それを果たす為の力が私にあったら、是非君に力添えをしてほしい―――と。

 

 

『……君の気持ちは理解できる。けれど、私は君の理想を否定するわ』

 

 

 夢の中の彼女の答えは、ノーだった。

 

 なぜだ、と問いかけるしかなかった。我々人類とは比べものにならない悠久の時を歩んできた彼女なら、私の気持ちを理解できるのではないか、と思っていた。それなのに、なぜ。

 

 

『ヒトは、これからもずっとヒトでなければならないのよ。人間は、人間であるからこそ生きていく事が出来るの。考えてみなさい。今まで人間として生活してきた者達がいきなり神になったら、彼らはどうなると思う? 事前通告もなにもなく、“君達はたった今から神になった”と言われて、“はい、わかりました”って答えられると思う?』

 

 

 種族に対する劇的な変化は逆にその種族を苦しめる結果に陥る場合がある。これまでの人類は、それぞれの宗派に沿って神々を信仰してきた。そんな彼らが、今まで信仰してきた者達と同列の存在に昇華させたら、彼らはどんな反応を見せるだろうか。

 

 

『君が思っている事を、誰もが望んでいるとは思わない事ね』

 

 

 彼女は、どこまでも人間の価値を見ている。故に、人間がより上位の種族へ進化する事を望まない。異聞帯が激突しない限り、クリプター同士の戦闘を始めてはいけないというルールがなければ、彼女は真っ先にギリシャ異聞帯を攻めていただろう。最大規模を誇る異聞帯に、人間を神に昇華させようとする者がいるのだ。彼女がそれを見逃すはずが無い。

 

 だが、彼女が打倒すると決定しているのは自分だけではない。自分や彼女を含めた八人のマスター達を蘇生させ、それぞれに敗れ去った歴史を与えた上位者―――“異星の神”もまた、彼女の敵に他ならない。

 

 人類の進歩は望むが、昇華は認めない。人類はあくまで、人類でなくてはならない。

 

 彼女は、怒っているのだ。人類を昇華させようとするキリシュタリアにも、進歩の余地を残した人類を抹消した“異星の神”にも。

 

 彼女は人類の運命を俯瞰する者。人類の終着点を見届ける存在。太古の昔から人類を見定めてきた、絶対者。

 

 

「……私は必ず、君の予想を乗り越えてみせよう。人間の意地を見せてやる」

 

 

 だから、覚悟してもらおうか。我が友よ。我が戦友よ。

 

 禁忌の頂点―――“祖龍”ミラルーツよ。

 



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雛芥子と祖なる者

 
 唐突に聖杯戦線が始まったので絆ヘラクレスで無双しました。ドーモ=ミナサン、seven74です。やっぱ絆ヘラクレスが最強なんだワ。

 この作品でも早く「やっちゃえ、バーサーカー」やりたいんですが、やっちゃったらマジでシャレになんないんで機会を見てですね、はい。

 お気に入り登録者2000人ありがとうございますッ!


 

 芥ヒナコ―――時計塔植物科(ユミナ)の出身であり、元々は技術者としてカルデアに在籍していたところをマリスビリーにスカウトされ、Aチームに選抜された経歴を持つ女性。しかし、彼女はヒトに非ず。

 

 芥ヒナコは偽名。真名を虞美人。中国では“虞姫”としても語られる存在である。さらに言えば、彼女はヒトに近しいが、決してヒトとは相容れない存在―――吸血種の上位“真祖”と呼ばれる者であり、地球の内海から発生した表層管理の端末が受肉した精霊の一種である。

 

 ヒナコは精霊であるために寿命を持たず、世界の終末まで歩き続けなければならない哀れな女性である。しかし、そんな彼女にも、“光”となる者が存在した。

 

 項羽―――汎人類史の伝説では秦王朝を滅ぼし、劉邦と次なる天下を争ったと語り継がれている覇王。残虐非道な虐殺の数々、無敵の武勲を誇りながらも首尾一貫しない政策で自陣営を自壊させていった様などは“匹夫の勇、婦人の仁”と揶揄されるほどの人物。虞美人として妻に迎えたヒナコがそうであったように、彼もまたヒトではなく、始皇帝が仙界探索の際に持ち帰った回収した哪吒太子の残骸を元に設計した高速演算能力を持つ人造人間である。

 

 しかし、まさに“魔王”と呼ぶべき彼が行った様々な所業を目の当たりにした当時の武将達により、項羽は戦死。ヒナコは愛する夫を失った哀しみに塗れながら、永遠とも捉えられる時を生き続けてきた。

 

 そして、不老不死の存在である彼女の噂を聞きつけたのか、聖堂教会から代行者を差し向けられ、“もう生きているのも疲れた”と諦めかけたその時、彼女( ・ ・ )が現れたのだ。

 

 

「まさか、私以外にもガイア側の子がいたなんてね。君、名前は?」

 

 

 それこそが、それぞれが達人クラス。場合によっては人外クラスにもなるとされている強さを誇る代行者を、たった一発の雷撃によって消滅させた彼女―――アンナ・ディストローツとの出会いだった。

 

 

 

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「……なるほどねぇ。彼にまつわる噂は聞いてはいたけど、君が虞美人だったなんてね」

 

 

 満月が照らす森の中。パチパチと弾ける焚火から視線を外す。

 

 

「……貴女の力なら、私を殺せる? “祖龍”」

 

 

 それは、懇願にも等しい言葉だった。遠い昔―――それこそ私がまだこの姿(かたち)を得る前の時代で“祖龍”として数多の竜種の頂点に君臨していた少女は、僅かに目を伏せながら答える。

 

 

「その名前で呼ばないでよ。もう、そう呼ばれるほどの力を私は行使できないんだから」

「……そう」

 

 

 代行者を消滅させた雷撃は、もう撃てそうにないらしい。それほどまでに、彼女は神秘が薄れていく時の中を過ごしてきたのだろう。いや、この場合は、よくここまで残っていたものだ、と思うところだろうか。神代から人の世に移り変わって久しく、これほどまでの力を使える者などそうそういやしない。

 

 私はこの世を去る絶好の機会を逃したという事か。彼女ならば、私を項羽様の下へ送ってくれると思ったのだが、その為の力がないのなら諦めるしかない。

 

 

「……貴女は、これからどうするの?」

「私? 私は人類を見定めるだけだよ。彼らがどこまで成長するのか、楽しみだもん。ぐっちゃんは?」

「ぐっちゃんって……。……どうしたいのかしらね、私」

 

 

 項羽様(生きる理由)は既に亡い。私がヒトであったなら迷わず自刃していただろうが、精霊の私が自殺したところで復活するのがオチだ。かといって人間風情に殺されるのも御免だ。私から項羽様を奪い、己が欲望のままに暴れる人類(かれら)など滅びてしまえばいい。弟妹を殺されたのに、彼らの仇である人類の行く末を見ようと決意したアンナほど、私の心は広くない。もしかしたら、彼女と私とでは根本的な作りが違うのかもしれない。

 

 

「じゃあさ、しばらく私と旅してみない?」

「旅?」

「うん。一人でいると退屈な時もあってさ。君さえよければ、一緒に旅をして、色んなものを見てみようよ」

「…………悪いけど、断らせてもらうわ」

 

 

 私は、もちろん即答で返した。

 

 

「え、えぇッ!? なんでよッ!?」

「項羽様を殺した時点で、人類は仇みたいなものよ。貴女についていったら、間違いなく奴らの文明に触れる事になる。そんなの御免よ」

 

 

 私が不老不死だと気付いた時の人間達の反応は決まって、羨望や畏怖だった。中には代行者を派遣してきた聖堂協会のように、人類側から見れば化け物である私を狩ろうとする者までいた。死ぬならそれはそれで黄泉の国で項羽様と再会できるのでいいが、私を完全に消滅させられる相手なんて目の前にいるアンナ(こいつ)ぐらいだろう。尤も、その彼女も今となっては私を完全に殺す事はできなくなってしまったが。

 

 私の気持ちを察したのか、アンナは目に見えてしゅんとした。

 

 

「そっか…………。うん、わかった。それなら私はなにも言わない。ごめんね、辛い事思い出せちゃって」

「いいのよ。私も、久しぶりに動物以外と話せたし」

 

 

 自然から漏れ出た精霊である私は、直感的とは言え動物達の考えている事がわかる。しかし、こうして私と同じ姿(カタチ)を得た者と会話をした事などなかったので、新鮮な体験だった事は事実だった。

 

 そこからはお互いの話をしながら夜を明かした。アンナは弟妹がまだ生きていた頃の話を語り、私は項羽様との思い出話を語った。お互い、家族愛が強かったらしく、久しぶりに有意義な時間を過ごす事ができた。

 

 一夜明けた後、私達は再会の約束を交わし、それぞれの旅路についた。

 

 それから、二千年程経った頃―――

 

 

「ぐっちゃああああああああああああああああんッッッ!!!」

「いきなり飛びついてくるなッ!」

 

 

 マリスビリー・アニムスフィアの推薦を受けてやって来た時計塔で、私は彼女と再会。後に彼女と共にカルデアに就職し、あの男によってAチームに選抜された。

 

 そして何者かが仕掛けた爆弾によって私達は一度死亡。ヴォーダイムの望みを聞き入れた“異星の神”によって蘇生されたのだった。

 

 ようやく死ねたのなら、“異星の神”による蘇生を拒む―――という手もあったが、異聞帯という存在を聞いた私は、一縷の望みに賭けたくなってしまった。

 

 異聞帯―――汎人類史の継続の為に剪定された、あり得たかもしれない歴史。

 

 空想樹を育てろ、と“異星の神”は、キリシュタリア・ヴォーダイムは言う。だが、知った事か。

 

 異聞でもいい。私はもう一度、あの方と共に在れるのなら―――それだけでも、ようやく手に入れた死を手放すに足る理由になった。

 

 他の異聞帯に呑み込まれるなら、それでも構わない。

 

 この地が消えるのなら、それでもいい。

 

 私は今度こそ、あの御方と最期まで在り続ける。それだけが、私の望みなのだから。

 

 ……だというのに。

 

 

「まさか、失敗しただなんてね……。ホンット最悪だわ」

『まぁまぁ。コヤンスカヤも珍しく名誉挽回の為に奮闘するらしいし、好きに使ってあげればいいじゃない』

 

 

 私を宥めてくるホログラムのアンナの言葉に、珍しく本気でげんなりして私に暗殺に失敗した事を報告してきたコヤンスカヤの姿を思い浮かべると、無性に殺意が湧いた。

 

 少し前の定例会議で私が退席した後、ベリルの依頼を受けたコヤンスカヤはカルデアのマスターの暗殺に向かったのだとか。手段は毒殺。まぁ、安易にカルデアのマスターを殺すのならこれ以上の手はないだろう。シールダーのサーヴァントであるマシュの護りを瞬時に突破するのはさしもの彼女も難しいだろうし。

 

 しかし、結果は失敗。人一人なら問題なく殺せるであろう毒を混ぜたショートケーキを配置したところ、新たに来たカルデアの新所長とやらが半分食べてしまい、暗殺は叶わなかったのだとか。

 

 ……いや、失敗した経緯はどうでもいい。私が彼女に殺意を抱いた理由は他にある。

 

 あろう事か、あいつはこの秦にしか存在しない扶桑樹を素材に作られる毒を使って暗殺しようとしたのだ。それが失敗に終わった今、連中が次に向かう異聞帯など猿でもわかる。この中国異聞帯だ。

 

 しかも、名誉挽回の為だとコヤンスカヤもこちらにやって来るとの事。もう最悪の一言に尽きるが、彼女がカルデアを壊滅させてくれるのなら、こちらとしても好都合だ。最大の不安要素であるカルデアを、この地で完全に滅ぼす。そうすれば、項羽様との安寧に浸れるのだから。

 

 

「それより、貴女がこの前言ってた“提案”だけど、本当に約束を護ってくれるのよね?」

『もちろんだよ。カドック君達が対処できなさそうな事態が起きた時には、君達の力を借りる事になるかもしれないけど。そんな状況なんてまず起きないだろうけどね』

「ならいいのよ。いい? くれぐれも項羽様を戦場に出させないで。私はもう、あの御方を喪いたくないの」

『わかってる。それに、彼が相手しなきゃいけないほどのモンスターが出たのなら、それは王にとって良い餌になるだろうし』

「なにもかも利用するってわけね。それほどまでに、貴女はシュレイド異聞帯を……」

 

 

 彼女の目的は一応本人から聞いている。荒唐無稽な笑える話で、それが実現する可能性は皆無に等しいだろう。仮にこの戦争で勝ち残ったとしても、世界はそれを許すだろうか。だが、あまりにも単純すぎる目的が故に、「アンナらしい」と思わざるを得ない。

 

 まぁ、そんな事はどうでもいい。私は項羽様といられればそれでいいのだから。

 

 

「……まぁいいわ。約束を護ってくれるならそれでいい。こちらも準備を進めておくから、なるべく早く来なさいよ」

『はいは~い』

 

 

 通信が切られ、アンナのホログラムが消える。それで軽く息を吐き出すと、「お疲れ様です」と傍らで立たせていた仮面の剣士から労いの言葉がかけられた。

 

 

「あの御方がアンナ・ディストローツ―――“祖龍”ミラルーツですか。話は以前から伺っておりましたが、まさしくその通りの方でしたね」

 

 

 私が彼女と会話している間、私から聞いた情報とホログラムの彼女から得られる印象を照らし合わせていた男の名は、蘭陵王。中国は南北朝時代、北斉に仕えた武将の一人。その美貌と勇壮さで“貌柔心壮、音容兼美”、“斉の軍神”と讃えられ、賜ったものは果物一つといえども部下達と分け合ったという逸話を持つ。しかし、出る杭は打たれるという諺の如く、それを疎んだ者達の讒言(ざんげん)が飛び交い、後に皇帝の命により毒薬を呷ってこの世を去る事となった、悲劇の英雄。

 

 彼は中国異聞帯にやって来た私が召喚したサーヴァントだ。虞美人(わたし)という最大の触媒を用いてもあの御方が召喚されず、代わりに彼が召喚されたという事は、恐らくあの御方は英霊の座に登録されていないのだろう。それが可能なら、なぜ“覇王”と呼ばれたあの方が英霊に昇華されていないのかと座に直談判しに行っていたところだ。

 

 

「高長恭。お前から見て、あいつはどのように見えたか?」

「強いて言えば、貴女のような方、ですかね。子どものようだと思えば、まるで大人のような……そのような雰囲気を感じました」

「……それはいったいどういう事か、説明してもらいたいな」

「項羽殿を前にした貴女は、まるで年若い乙女のようでした。しかし、それ以外となれば目の前にある現実を俯瞰し、自身がどう動くべきかを判断する……。そこが、アンナ殿と似通っていらっしゃったので」

「あり得ない、と言いたいが、お前の言っている事も事実だ。根本的な作りが違うと思っていたが、私とあれは案外似ているのかもしれんな」

 

 

 古龍(かのじょ)精霊(わたし)とではどこまでいっても相容れない存在だと思っていたが、まさか生前は人間であった彼にそう言われるとは。私が彼女をどこか好いてしまっているのも、それが理由なのかもしれない。

 

 

「彼女が来た暁には、お前も共に来るか? 尤も、同行したが最後、お前は彼女にこき使われる事になるだろうがな」

「それは、私の支配権を彼女に譲り渡す、という事ですか?」

「マスターは私のままでいいのだそうだ。彼女の理想の実現の為には、変革( ・ ・ )が必要らしい。そこにお前という存在がいれば、あれは間違いなくお前を使いたがるだろうよ」

「……それは、悪行と呼べるものでしょうか?」

「どうだか。だが、誰かを悲しませるものではない、とだけは言っておこう」

 

 

 そう答えると、「ほぅ」と高長恭の口から小さな言葉が漏れた。

 

 

「それは実に、興味深いですね。貴女が許可してくだされば、彼女の申し出も引き受けましょう」

「承諾するかどうかはお前に一任する。如何に従者(サーヴァント)といえども、そこまでは強制せんよ。だが、まずは……」

 

 

 思考を切り替える。そう、まずは邪魔者の排除からだ。

 

 カルデア。八つの異聞帯の内、二つを滅ぼした組織。空想樹育成や異聞帯の拡大なんぞに興味はないが、最大の不確定要素である彼らだけは潰さねばならない。

 

 

「ここで滅ぼし尽くす―――カルデアも、そのマスターも」

 

 

 拳を握り締め、紅の月下美人は決心するように口にするのだった。

 

 

 

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 白銀の球を無数に侍らせた一つの影が山頂に降り立ち、眼下に広がる大地を睥睨する。

 

 時代も場所も、さらには経た歴史さえ異なるこの地に喚び出されたが―――なるほど、確かにこの異聞は剪定せねばなるまい。

 

 その者にとって、文明というものは理解できないものだ。この命が尽きるその時まで、自由に生きたのだから。

 

 (マザー)が再び我々( ・ ・ )を産み落としたのは如何なる了見かと思ったが、それを問い質すまでもなく、その者は己が使命を把握した。

 

 竹林を見下ろす。そこから漂う気配から、同胞もこの地に姿を現したのだろう。奴と組み、この地を蹂躙せよ、というわけか。

 

 

「グルオオオオォォォォォッッッ!!!」

 

 

 ―――人智統合真国シン。

 

 ―――そこは永久の平穏を享受する、安寧と調和が続く泰平の大地。

 

 ―――其は過ぎ去りし日の幻影。古の厄災が、寧静に牙を剥く。

 




 
 最後のモンスターがなにか、皆さんはもうお判りですね? はい、あいつです。ここの王の特性上、こいつを出すのもいいかと思いまして。もう一頭は場所的に良いかなと。フロンティアとかの外伝的な作品のモンスターをどうしても出したいなぁ、と色々考えた結果、こういう形で出そうと思いました。

 なんでガイアが今になって腰を上げたって? 忘れてませんか? この作品が見切り発車という事を……。つまりそういう事です。


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偽りの大蕾、魔将の武勇

 
 カレンちゃんが実装されましたね。これは彼女を召喚し、ラスプーチンを殴れという運営からの言伝でしょうか?

 だからこそ、ここで言いましょう。








































 カレンちゃん当たりましたやったーッ!


 

 突如として行われた、人理漂白。そして、各地域に出現した“あり得たかもしれない歴史”である八つの異聞帯(ロストベルト)。さらにそこには、キリシュタリア・ヴォーダイムを始めとした八人の旧カルデア所属者―――クリプターが管理者として割り当てられている。

 

 ヨーロッパに三つ、アジアに二つ、南米に一、そして南アフリカに一つ。そして最後に、大西洋に一つ。

 

 現段階において最大規模を誇るこの大西洋異聞帯が、キリシュタリア・ヴォーダイムが管理する場所である事、大西洋異聞帯に存在する空想樹が、現在地球の成層圏を覆っている樹枝の膜の発生源であるという事を推測。

 

 ではすぐにそこへ突入し、空想樹を伐採するのがカルデアの目的となったが、現実はそう上手く運ばない。

 

 大西洋異聞帯は、有史以来文明が興らなかった大西洋に突如出現したものだ。場所が場所であるので、そこが先史文明期から続く、一万二千年以上の“強固な世界”という事が判明している。だが、そことほぼ同じ条件を満たしている場所が存在する。

 

 南アフリカに存在する異聞帯―――通称、シュレイド異聞帯だ。

 

 神代における神代―――それこそ幻想種の最上位の竜種が当たり前のように跋扈していた時代が現代まで継続してしまった魔境。北欧異聞帯に出現したスルトからオフェリア・ファムルソローネを救出する為に現れたアンナ・ディストローツは、最強の古龍種の一体である“煌黒龍”を従え、オフェリアの言動から彼女が伝説に語られる“黒龍”をも従えていると考えられている。

 

 片や当時最大規模の領土を誇っていた王国を滅ぼした龍、片や存在するだけで地獄を顕現させる龍―――逸話だけでも、この二騎がどれだけの戦闘力を備えているか、否が応でも理解させられる。

 

 一騎だけでも簡単に星を滅ぼせるような存在が、二体。そんな奴らが存在するシュレイド異聞帯が生半可な場所であるはずが無い。

 

 さらに恐ろしい事に、シュレイド異聞帯は少しずつ拡大していっているらしい。あと少しすればアフリカ大陸は完全に覆いつくされてしまうだろう。規模やそこに生息するであろう者達の事を鑑みれば、シュレイド異聞帯が大西洋異聞帯とほぼ同格の危険度を誇る場所である事がわかる。

 

 故に、まずは地球を覆っている樹枝の根源がある大西洋異聞帯を攻略し、次にシュレイド異聞帯を攻略する―――という結論が出た。

 

 大西洋異聞帯への突入は今から一ヶ月後。それまでの間、各自彷徨海に用意された新生カルデアベースで休息を取り、充分に英気を養う事となった。

 

 かつて過ごした場所とほぼ完璧に再現された場所で、共に戦場を駆け抜けた英雄達とまた会える。

 

 錬鉄の英雄(カルデアのオカン)を始めた食堂班が作る料理を食べたりしながら、歴戦の英雄達と談笑する。眠くなれば溶岩水泳部に見守られながら就寝する―――そんな生活が戻ってくる。そう信じて疑わなかった。

 

 しかし、その未来予想図は跡形もなく崩れ去った。

 

 ベリル・ガットの依頼を受けたコヤンスカヤの策略によって、藤丸立香はカルデア新所長ゴルドルフ・ムジーク共々毒を呷ってしまい、その解毒剤を手に入れる為に急遽中国異聞帯に向かう事となってしまったのである。

 

 これまでの異聞帯とは違う、過酷さをまるで感じないこの地で、カルデアの霊基グラフからこの地に“王”として君臨しているであろう始皇帝に対抗すべくサーヴァントを召喚。過去の人理修復の旅でも行動した事があるモードレッド、スパルタクス、荊軻(けいか)の三騎と共に、いざ中国異聞帯の攻略へと乗り出そうとしたところで、“それ”は現れた。

 

 人馬型の魔将、項羽。この異聞帯では“会稽零式”と呼ばれる嵐が、カルデアの前に現れたのだッ!

 

 その戦闘力。まさしく蹂躙―――ッ! その暴力の前には、流石のカルデアも風前の灯火ッ! 

 

 あわや敗北か、と思われた瞬間に、項羽が撤退したためにカルデアは生存できた。しかし、次彼が襲ってきた時こそ、カルデアの敗北となってしまう。

 

 圧倒的なまでの暴力を前に、カルデアは夜襲を決意。不意打ちを仕掛ける事で、陣地にて待機しているクリプター、芥ヒナコとそのサーヴァントである蘭陵王共々、項羽を打ち倒す事にしたのである。

 

 ……が、これは正史( ・ ・ )であればの話。

 

 カルデアの夜襲は行われない。その前に、芥ヒナコの陣地にてとある戦が始まるからだ。

 

 どうやらこの地には、()の“祖龍”の支配下にない古龍もいる様子。あぁ……ッ! 惜しいッ! この歴史が英霊の座と繋がっていないのがなんとも惜しいッ! 是非ともその戦、間近で観戦したいものだッ!

 

 あいや……この霊基( ・ ・ ・ ・ )で召喚されてはカルデアも困惑し、余計な迷惑をかけてしまうな。

 

 ふむ……悔しいが、此度は断念するとしよう。私が出向くのは、ある程度準備が整ってからだ。

 

 召喚条件が整い次第、私の代わりには彼に出向いてもらうとしようか。彼も、相手が古龍となれば出向かねばなるまいて。

 

 なぁ―――モンスターハンター?

 

 

 

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『では、先程伝えた通りに。良いな。秦良玉が着くまでは動くでないぞ。それまではカルデアなる者共が尻に帆をかけぬよう、監視するのみで止めよ』

「御意に」

 

 

 通信が切られる。この異聞の秦を治める始皇帝は、鋼鉄の躯体を手に入れた事で疑似的な不老不死を会得した存在。しかし、汎人類史のように機能をコンパクトにまとめる必要性を感じなかったのか、その外観は巨大な建造物のようなものになっている。

 

 そこから飛ばされてきた通信を終え、ヒナコは隣にいる異形の将を見る。

 

 世界全土を斡旋し、この歴史の中国が真の天下泰平を成し遂げるのに誰よりも貢献したとされる覇王、項羽。汎人類史と異なり、その姿は人馬型のものへ改造されてしまっていたが、そんなのはヒナコ―――虞美人にとってはどうでもいい事だ。

 

 死に別れてしまった愛する男と、ようやく再会できたのだ。これ以上の喜びはない。ようやく手に入れかけた死の安寧を拒んだ甲斐があったというものだ。

 

 しかし、それもカルデアの手によって破壊されようとしている。

 

 コヤンスカヤが暗殺に失敗した事で、カルデアは解毒剤を入手する為にこの中国異聞帯に来てしまった。彼らを打倒しない限り、項羽は戦場に赴き続けるだろう。

 

 始皇帝によれば、驪山より呼び覚まされた秦良玉が一軍を率いてこちらに向かっているのだとか。現勢力でもカルデアの抹殺は容易いが、これ以上始皇帝に目を付けられるわけにもいかない。ならば、秦良玉が到着次第、即座に強襲を仕掛けるのみ。それで、カルデアは今度こそ滅ぼせる。

 

 誰もが秦良玉の到着を今か今かと待っていた、その時だった。

 

 

「―――……なに?」

 

 

 初めに感じたのは、振動。

 

 まるで、姿無き巨人が歩いているかのような振動が幾度となく走り、ヒナコは辺りを見渡す。彼女、いや、彼女を含めた意志持つ者達は既に、この振動が何者かがこちらに向かってきているものだと判断していた。

 

 

「マスター、私の後ろに」

 

 

 万が一があってはならないと蘭陵王がヒナコの前に立ち、剣を抜き放つ。そうしている間にも、森林の奥から迫る足音は徐々に大きくなり―――

 

 

「グルアアアアアァァッ!」

 

 

 茂みから飛び出してきた巨大な影が、一番近くにいた項羽に襲い掛かった。

 

 

「ぬん―――ッ!」

 

 

 覇王の武を象徴せし剛撃が繰り出される。二本の左腕に携えられた剣の迎撃は、並みのサーヴァントであれば瞬時に細切れにしてしまうであろう威力を誇っている。的確なカウンターが入り、巨影が吹き飛ばされる。

 

 備え付けられた天幕に巨影が突っ込んだ影響で砂ぼこりが巻き上がり、僅かに遅れて敵襲に反応した傀儡兵達が飛びかかる。

 

 全方位からの同時攻撃。サーヴァントにも通用する攻撃力を誇る傀儡兵の攻撃が迫るが、しかし次の瞬間には、それらは突如地中から生えてきた無数の緑槍によって串刺しにされてしまった。

 

 カルデアのサーヴァントの襲撃か、と身構えるヒナコだが、カルデアが召喚した三騎のサーヴァントに、あのような攻撃を行う者はいなかったと考え、即座にその考えを捨てる。

 

 ではなにが、と傀儡兵を串刺しにした槍を注視し、驚愕する。

 

 

「た、竹……ッ!?」

 

 

 なんと、傀儡兵を貫いている槍の正体は、竹だったのだ。他の植物よりも繁殖力に優れるそれならば、確かに成長速度は速いだろう。しかし、あんな常識に当てはまらない速度で成長する竹など聞いた事が無い。植物学に秀でているヒナコでなくとも、それぐらいはわかる。

 

 竹を使役する敵性体。カルデアのサーヴァントではないのなら、汎人類史の断末魔に応えて現界したサーヴァントか? いや、この異聞帯は他と違って環境が特殊すぎるが故、英霊の座とのラインは繋がれていない。

 

 

(……まさか)

 

 

 その時、ヒナコの脳裏にある生物の姿が浮かび上がる。あり得ない、と言いたいが、実際こうして目の前に現れている以上、()である事は明白。

 

 では、彼らの頂点たる彼女( ・ ・ )が中国異聞帯に侵攻を? 否。彼女はキリシュタリア・ヴォーダイムが敷いたクリプター間の不可侵条約と呼ぶべきルールを守っているし、なによりヒナコと交わした約束を破るはずが無い。交わした約束は必ず守る、彼女はそんな人物だ。

 

 という事は―――

 

 

抑止力(ガイア)め……やってくれたなッ!」

 

 

 こいつは、地球そのものが喚び出した兵器だ。

 

 

「グルアアアアァァッ!」

 

 

 竹が砕け散り、中心にいた者の姿が露わになる。

 

 黒を基調とした体は黄土色の優雅な鬣に覆われ、頭部には後方に折り重なるように発達した紅角。背部には朱色の長い鬣が生えている他、翼の名残のような突起も存在する。

 

 かつての世において、その獣はこう呼ばれていた。

 

 竹林の古龍―――“雅翁龍(がおうりゅう)”イナガミ。

 

 それを見た瞬間、項羽は即座にヒナコと蘭陵王の前に動き、二人をイナガミから護るように剣を構える。

 

 

「蘭陵王殿。芥殿を連れて急ぎ撤退せよ。あれは私が迎撃する。あれは、私でなければ対処できぬ魔物だ」

「……ッ。承知しました」

「な、高長恭ッ!? 項羽様ッ!」

 

 

 片腕でヒナコを抱え上げ、主の叫びを無視して呼び出した馬に跨って駆け出す。

 

 悔しいが、蘭陵王も理解していた。生前培われた観察眼が、彼我の実力差を残酷に知らせてくるのだ。あれは、項羽でなければ太刀打ちできない怪物だと。

 

 しかし、ヒナコは違った。

 

 四腕に武具を携え、イナガミと対峙する項羽を見て、ヒナコは咄嗟に右手の甲を睨む。

 

 

「令呪を以て命じる―――項羽様を護りなさい、セイバーッ!」

「な、マスターッ!? ぐ―――ッ!」

 

 

 眩い紅光と共に令呪の一角が消え、同時に蘭陵王の仮初の肉体に施された誓約が発動する。従者(サーヴァント)という形に当てはめられた者達は、(マスター)の命令に絶対服従せねばならない。令呪を使用しての命令であれば尚の事だ。

 

 ヒナコを抱えて撤退しようとした蘭陵王の動きが止まり、彼の気持ちを無視して項羽と交戦するイナガミへ向かう。

 

 

「これ以上、項羽様には戦ってほしくない……ッ! だから……高長恭ッ!」

「……わかりましたッ!」

 

 

 狂おしい程に願った再会をようやく果たした女性に懇願されてしまっては、蘭陵王もとやかく言う気も失せてしまうもの。

 

 馬を駆らせながらヒナコを下ろした後、最優と呼ばれたセイバークラスとして召喚されたステータスをフル活用して跳躍。上段から剣を振るうが、間一髪でそれに気付いたイナガミが飛び退き、振り下ろされた刀身は大地を穿つだけで終わった。

 

 

「不可解。あの魔物は強力。他の誰でもない、私が相手すべき存在である。撤退を推奨する」

「申し訳ありません、項羽殿。ですが、貴方が再び死地へ赴く事を、我がマスターは望まないッ!」

「グルアアアアアァァァッッ!!」

 

 

 大地が大きく揺らぐ。項羽は未来予知にも等しい演算能力で、蘭陵王は生前の戦で磨き上げられた直感でこれから起こるであろう事を把握し、すぐにその場から離れる。

 

 瞬間、先程まで彼らがいた場所を地中から飛び出してきた竹が貫いた。

 

 それを横目に地面を滑るように駆けた蘭陵王の剣が、月光を受けて煌めく。まるで舞いのような美しい軌跡を描く剣がイナガミの右前足を切り裂き、少量の血が噴き出した。しかし、古龍種の一頭であるイナガミがそれで怯むはずもなく、左前足で蘭陵王を薙ぎ払おうとする。

 

 

「ゼェアアアァァッ!」

 

 

 そこへ、覇王の一撃が振るわれる。轟音と共に繰り出された剣撃がイナガミを吹き飛ばし、すかさず項羽がもう一本の剣を投擲する。

 

 真っ直ぐ脳天を狙って飛んできた剣はしかし、空中で体勢を整えたイナガミが尻尾の先端を地面に突き刺した事で出現させた無数の竹によって阻まれてしまった。さらにイナガミは尻尾で竹を砕くと、砕かれた竹は操られるように狙いを項羽に定めて飛ばしてくる。だが、高度な演算機能を備える項羽が、それを予測していないはずが無い。

 

 

「蘭陵王殿。補佐を」

「承知ッ!」

 

 

 項羽の背を踏み台に飛び出した蘭陵王によって竹槍が粉砕され、木端を蹴散らして項羽が駆ける。

 

 人馬の形を得ている彼にとって、彼我の距離など考慮に値しない。瞬時にイナガミとの距離を詰め、竹が破壊された影響で打ち上げられていた剣の柄を取り、ほぼ同時に四撃を叩き込む。

 

 夥しい量の血をその身から噴き上げて、イナガミが膝をつく。しかし次の瞬間、全身の傷口から滲み出た体液らしきものが瞬く間にイナガミの傷を塞ぎ、さらには新たな外殻を作り上げてしまった。その光景を見た項羽は、辛うじて眉と思しきそれを顰めた。

 

 

「……蘭陵王殿。急ぎこの場から離れよ」

「ですが……」

「我が連撃を以てしても、この魔物の討伐は叶わぬと判断した。早期決着をつける為、ここで我が機能の全てを発揮する」

 

 

 その言葉から、蘭陵王はこれから項羽が取るであろう行動を把握した。項羽から離れ、ヒナコの下へと向かう。

 

 

「なぜ戻ってきた。お前には、項羽様をお護りせよと命じたはずだッ!」

「マスター、項羽殿は全力であの古龍を討伐するつもりです。その威力は我らサーヴァントの中でもトップクラスの宝具に匹敵するかと。我らがいては、彼も全力が出せません」

「……ッ!」

 

 

 それでも、と言いかけたヒナコだったが、辛うじてその言葉を呑み込む。イナガミの再生能力は彼女も目の当たりにしている。蘭陵王の宝具は攻撃型のものではないので、今この場でイナガミの討伐を可能にする方法を持つのは、項羽以外に存在しない。

 

 

「項羽様、ご武運をッ!」

 

 

 蘭陵王と共にヒナコは戦線を離脱する。彼らの気配が遠ざかっていくのを感じながら、項羽は四本の剣を強く握り締める。

 

 

「―――我は覇王に非ず、唯歴史を拓く為の時の歯車」

 

 

 我が身を歯車に見立て、己を律するように唱えながら駆け出す。己に接近する強敵を前に、イナガミは跳び上がったと思いきや、灰色の鎧を形成する体液を応用し、二対のブレード状の翼を出現させる。

 

 

「―――故に、阻めば」

 

 

 巨体が、跳ぶ。四剣を構えた人馬が宙に浮かび、古龍を超えて天空へ。

 

 イナガミの尻尾から白いガス状の煙が噴出する。本来であれば敵対者を昏倒させる力を持ったそれをブースター代わりにし、ロケットと見紛う速度で項羽を貫かんとする。

 

 重力に引き寄せられ、項羽の躯体が落下する。しかし、覇王の眼は常時変わらぬ氷の眼差しのまま、自らを撃墜せんと迫り来る龍を見据え続ける。

 

 

「―――蹴散らすのみぞッッ!!」

 

 

 目にも留まらぬ超連撃。暴虐の嵐と称すべき絶技の数々が、古龍を迎え撃つ。

 

 衝撃に腕が軋む。剣が刃こぼれする。一瞬でも攻撃の手を緩めれば、すぐさまこの身は砕け散るであろう。

 

 しかし、その衝撃を前にし尚、覇王の武は健在也。

 

 翼が砕け散る。腕が一本ひしゃげる。灰色の鎧が砕ける。腕の一本が崩壊する。骨肉が露わになれば、そこを切り裂く。衝撃に耐え切れず、剣が半ばから折れた。

 

 しかしそれでも、覇王は止まらない。魔王は、己が武を振るい続ける。

 

 

「グル……ッ!?」

 

 

 形勢が傾く。明確な隙が生まれる。

 

 無意識に腕が動く。驚愕に見開かれた二つの眼。その中心に、剣を振り下ろす。

 

 踏み込む必要は無い。足を付ける大地はここにはない。ならば、そこへ回されるはずだった余力を、四腕に注ぎ込む。

 

 竹林の古龍が最期に見たのは、鬼神が如き形相。絡繰りによって形作られた、異形の魔神。それを体現する、覇王の姿だった。

 

 

「オオオオオオオォォォォッッッ!!!」

 

 

 最後の一太刀が叩き込まれる。項羽とイナガミが同時に落ちた衝撃で、周囲の木々は吹き飛び、彼らが落ちた場所はまるで、隕石が落ちたかのようなクレーターが出来上がる。

 

 その中心には、全身から火花を散らせながらも、倒れ伏したイナガミを見下ろす、魔将の姿。

 

 

「……排除、完遂」

 

 

 覇王の武―――此処に在り。

 

 万夫不当の猛将は、星が喚びし竹林の古龍種を討ち果たした―――。

 




 
 冒頭の語り部。皆さんはもうおわかりですね? はい、ハンターランクが上がってくると決まって無理難題を吹っかけてくるあいつです。歴代主人公ハンターと一緒に、あいつも座に登録されています。

 ガイアに召喚されてから一話目でイナガミが狩られましたが、まずは読者の皆さんに、ガイアに召喚されたモンスターがサーヴァント(またはそのサーヴァントの生前)と戦った場合、どれくらいの勝負ができるか、というのを知ってもらおうと思ったので、こうしました。

 皆さんはスーパーロックオンチョコ、誰に上げましたか? 私は男性は村正に、女性はカレンちゃんに渡しました。男性は前から決めていたんですが、女性は迷ったんですよね……。去年来たコラボ鯖、十四歳えちえちスケベボディサーヴァントエリちとカレンちゃんで迷ってました。エリちの怪文書を読み漁っているうちに、だんだんエリちの事が好きになっていったんですよね。大好きだぞエリちッ!

 それではまた次回ッ!


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最初の狩人

 

「え? イナガミが?」

『えぇ。つい昨日、襲われたわ』

 

 

 眉を顰めるアンナに、ホログラムのヒナコが頷いた。

 

 ヒナコの話によると、ガイアに召喚されたであろうイナガミの襲撃によって深手を負った項羽を修復すべく、彼女達は一度咸陽に帰還したのだという。これはヒナコの報告を受けた始皇帝直々の勅令であり、この時ばかりはヒナコも始皇帝に心からの感謝したのだとか。流石の始皇帝も、自軍の最高戦力を失いたくないらしい。

 

 

「旦那さんの様子は?」

『修復は順調よ。しばらくすれば直るみたい』

「ならよかった。……で、イナガミの事なんだけど、私の仕業じゃないからね」

『貴女の性格を考えれば、そのくらいわかるわよ。大方、ガイアが動いたんでしょう?』

「そう考えるのが妥当だよね。禁忌種(私達)が裏切った時点でブチ切れてるだろうし」

 

 

 人類、または星の無意識の願望によって誕生した抑止力に意思はない。ただ起こった事象に対するカウンターとして、それに絶対に勝利できる数値で出現するだけだ。今回は惑星そのものの化身である禁忌種を始めとした古龍種の大半が侵略者側についたため、己の身に蓄積された生命のデータから、それに対抗する為の古龍を構築し、派遣してきたのだろう。いや、抑止力が彼らを召喚して終わりなはずがない。まだアンナはヒナコを除いたクリプター達の管理する異聞帯にモンスターが出現したという話は聞いていないが、これからはガイアによって次々とモンスター達が召喚されるだろう。もしかしたら、彼の天廊の番人も召喚される可能性がある。辿異種としての姿を持たない奴が出現するとなると、それは極限の境地に至った個体だろうか。

 

 嫌だなぁ、とアンナは心中で頭を抱える。あれはもしかすると禁忌に匹敵するような奴だ。時間はかかれど、奴の使う毒ならば世界を滅ぼす事など造作もない。こちらに出現した場合は古龍種を三体、いや、五体向かわせればいいだろうか? だが、毒というのは大抵の生物に通るものだ。如何に強力な存在だろうと、内側から攻められれば堪ったものではない。ヘラクレスにヒュドラ毒が塗られた矢で誤射されたケイローンの話を知っていれば尚の事。しかも、番人が使う毒はヒュドラ毒など比にならないものだ。それこそ、歴戦の古龍種すら軽く殺してしまえるほどに。

 

 ここまで考え、アンナはいずれ現れる可能性が高い天廊の番人の討伐を最優先事項に決定する事とした。こちらに出現してくれれば古龍種総動員で迎え撃てるが、他の異聞帯に出現した場合は弟妹を派遣しよう。そのせいでその異聞帯の一部が消し飛ぶと思うが、そこは後で頭を下げて謝るしかない。

 

 

『アンナ?』

「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」

『珍しく真剣な表情をしてると思いきや、そういう事だったの。……って、そんな事はどうでもいいの。項羽様が完治次第、すぐにそっちに行きたいわ。始皇帝の奴、ここに出現した古龍がイナガミだけじゃない事を把握してるみたいだったし』

「ん? そっちの始皇帝はイナガミの事を知ってるの?」

『そんなわけないじゃない。始皇帝はイナガミの名前を知らないし、その存在についても“いきなり現れた変な生物”程度にしか思ってなかっただろうけど、項羽様と同格という事実に無視できなくなったみたい。他にもイナガミみたいな生物はいないかと異聞帯内部を観察したら、もう一体見つけたらしいのよ。なんでも、銀色の球を浮遊させてた奴だったとか。貴女なら知ってるでしょう?』

「銀色の球っていうと、あの子かぁ……」

 

 

 あらゆる竜種の祖であるアンナは、ヒナコの話からイナガミと共に中国異聞帯に出現した古龍種の正体にすぐに気付いた。

 

 なるほど、確かに汎人類史の始皇帝の逸話を参考にガイアが召喚したのなら納得だ。異聞の始皇帝は機械の体を得ているので効くかはわからないが、もし効くのならこれ以上の戦力はない。

 

 

『始皇帝は修復と並行して項羽様を改良後、そいつの討伐に向かわせるつもりよ。より勇ましくなった項羽様のお姿なんて爆散ものだけど、こればかりは看過できないわ』

「了解。じゃあこの後、サーヴァントを送るね。すぐ到着するから、待つ必要はないよ」

『頼んだわよ』

 

 

 頷いて通信を切ってから「ボレアス」と一言言うと、瞬時に彼女の背後にボレアスが現れた。

 

 

「ぐっちゃんの話によると、項羽は人馬型のロボットらしくてね。輸送なんてまず出来ないから、君の力でここに連れてきてね。ぐっちゃん達の部屋は見てるでしょ?」

「もちろんだ」

 

 

 ボレアスの胸を中心に発生した黒い霧のようなものが彼の体を包み込み、それが消えた頃には、そこに彼の姿はなかった。

 

 

 

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 通信を終えた直後、ヒナコは背後に強大な気配が出現したのを感じた。こちらに害意はないとわかっていても、いきなり背後に立たれるのは恐ろしい。ましてや、それが“黒龍”ともなれば。

 

 

「……驚いたわ。まさか、一瞬でここに転移してくるなんてね。最早魔法じゃない」

異聞の私から奪ったものだ( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )。この能力には少し手こずらされた」

 

 

 汎人類史に生きていた頃は得られなかった力。それを会得していた異聞の禁忌を討ち果たした事でその力を手に入れたボレアスは、その能力の一つである瞬間移動能力で、南アフリカにあるシュレイド異聞帯から中国異聞帯までやって来たのである。ヒナコとしても彼が瞬間移動してきたのは驚いたが、彼が大っぴらに嵐の壁を破壊してこの地に侵入してくるよりも大分マシだと考える事にした。

 

 

「お前の話は聞いていた。時が来たら私を呼べ。こちらの王に感づかれる前にここから連れ出す」

 

 

 そう言って霊体化しようとしたボレアスだが、ふと目を細めてあらぬ方向を見る。

 

 

「ほぅ……? これはまた、懐かしい気配だ。なるほど、“運命”とはよく言ったものだ」

 

 

 “運命”の名を冠する姉弟を持ち、己もまたその名を持つボレアスは、突如として出現した気配に口角を吊り上げた。

 

 あの男( ・ ・ ・ )が倒れた以上、貴様が来る事も必然か。ならば、今度こそ我が焔を乗り越えてみせるがいい―――“モンスターハンター”。

 

 

 

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 カルデアが訪れた中国異聞帯は、初見で見れば“平和な世界”と呼ぶ者がほとんどであろう。なにせそこに生きる人間達は病魔に侵されず、戦という概念を知らず、ただ己がすべき作業を行ってこの世を去っていくのだから。闘争と鮮血に塗れた汎人類史とは比べ物にならぬ、まさしく平穏そのものだ。

 

 だが、それがこの歴史が剪定される理由であった。この世界は、平定されすぎた( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )が故に切り捨てられたのである。

 

 人々が獣と融合しなければ繁栄できなかった、永久凍土という過酷な環境を持つロシア異聞帯。人類を生き長らえさせる為、最大でも25歳になった頃には殺されなければならなかった北欧異聞帯とも違う、カルデアが初めて対面する“上手く行き過ぎてしまった”世界がこの中国異聞帯である。

 

 さらに、この歴史では人間があらゆる苦しみから解放されているために“祈り”という概念が存在せず、それと直結する英霊召喚の術式が成り立たない。それどころか、藤丸立香が使役する英霊(サーヴァント)の大元となる英雄達が、この地では今も冷凍保存されているため、そもそも英霊などという概念すら存在しないのだ。

 

 伝説に曰く、始皇帝は儒学というものを厭んでいた。蒙昧なままであれば、民はそのまま安らかに、平穏に過ごして行けたのだ。なのに、それをカルデアが壊してしまった。

 

 秦良玉の報告によって、カルデアが召喚したサーヴァントの一騎の荊軻が、現地の少年に詩を教えたという事を知った始皇帝は、完全にカルデアを排除すべき敵と認識してしまった。敵として定義した以上、始皇帝に容赦などない。

 

 秦良玉にシャドウ・ボーダーを奪わせた後、始皇帝はカルデアに儒を学んでしまった民諸共に滅ぼすべく、地球外からの侵略を阻む為に作った長城の一つをパージしたのである。

 

 しかしそれは、カルデアがなんとか召喚に成功した三騎のサーヴァントの一騎、スパルタクスによって阻まれた。

 

 スパルタクス―――トラキアの剣闘士にして、第三次奴隷戦争の指導者。叛逆の体現者。そして、此度のカルデアの危機に駆けつけてくれた英霊の一人。

 

 実のところ、彼はなぜ自分がこの地に招かれたのかを疑問に思っていた。なにせ、この地は平和すぎる。叛逆の象徴足る自分が、なぜこの地に喚ばれたのか。だが、今となっては、全てはこの時の為だったと思える。

 

 しかし、今起こっている出来事は、彼がこの地に召喚された理由、そして、為すべき事を彼に気付かせたのだ。

 

 始皇帝は民を己が身として捉えている。その血肉()が、()を得てしまった。ならば、滅ぼさねばならぬ。焚書せねば(焼き尽くさねば)ならぬ。

 

 スパルタクスはこれを、圧制の中の圧制―――大圧制と定義したのだ。

 

 彼の保有する宝具に、『疵獣の咆吼(クライング・ウォーモンガー)』というものがある。常時発動型の宝具であるそれは、攻撃の威力が大きければ大きい程、それを圧倒する反撃を可能とする。その相手がたとえ、巨大隕石であったとしてもだ。

 

 極限に対する極限。絶大に対する絶大―――『極大逆境・疵獣咆吼(ウォークライ・オーバーロード)』を発動したスパルタクスは、限界を超えたダメージを受け、残る二騎のサーヴァントである荊軻とモードレッドに後の事を託して消滅した。

 

 彼の雄姿は、カルデアにこの先の道を進む勇気を与え、また絶望に打ちひしがれていた村人達の心に希望の光を灯した。

 

 ここにようやく、“祈り”という概念が生まれた。人々の“祈り”はこの地から英霊の座へと繋がる経路(パス)を作り出し、座からこの地に適した英霊達が召喚される。

 

 

「ふむ、この懐かしい空気の匂い……彼方の山陰に見覚えがないでもない」

 

 

 舗装などされていない山中に眩い光と共に現れた男が、遠くに聳える山を見て呟く。

 

 陳宮―――中国後漢時代末期に誕生し、天下動乱の時代に名を馳せた武将の一人。後の覇王である曹操に仕え、その信頼を受けていたがこれに叛逆し、乱世の奸雄と言われた呂布を主君と仰ぎ曹操と覇を競い、そして幾ばくかの敗北の末、曹操直々の問答の後にその生涯を終えた軍師。

 

 

「どうやら招かれた先は故国のように見受けられますが、それにしては不可解な景観ですね。およそ戦乱の兆しが見当たらない。マスターらしき人物もおりませんな。つまり、我々は“はぐれ”の扱いでしょうか」

「残念です。出会い頭に『問おう』って始めるあれ、私ちょっと憧れてたのですが」

「……さて。どこから突っ込んだものでしょうか。貴方のその恰好は……」

 

 

 訝し気に言った陳宮の視線の先にいる“なにか”は、それに対しこう答えた。

 

 

「なにを仰る? もちろん、呂布奉先ですともッ!」

 

 

 彼の名は赤兎馬―――中国の三国志時代に名高い武将である呂布奉先の愛馬として知られる名馬。“人中の呂布、馬中の赤兎”と讃えられ、呂布と共にまさに人馬一体の如く武勇を振るったと言われている馬である。その逸話から、アジア圏においては最も知名度のある馬の一頭と言えるだろう。

 

 それだけならばどれほど良かった事だろうか。どういうわけか、今の彼は馬の頭を持つケンタウロスとでも言うべきような姿を取っており、自身の事を呂布と信じて疑わないモンスターと化してしまっていた。

 

 

「ふむ……時に赤兎馬」

「呂布です」

「貴方……“無辜の怪物”のスキルを持っていますか?」

持っていませんが( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )? ですが“人中に呂布、馬中に赤兎”と呼ぶべき人馬一体の武勇の誉れが大いに膾炙(かいしゃ)したが故の姿でありましょう。無辜の怪物のスキルは持っていませんが、それとは別の無辜の怪物という事で」

「おや、こんなところにニンジンが」

「ヒヒンッ! どこッ!? 美味しいニンジンどこッ!?」

「ふぅむ。やはり貴方、赤兎馬では?」

「呂布ですよ?」

 

 

 ニンジンという単語に目敏く反応しながらも自身を呂布だと信じて疑わない赤兎馬に陳宮が重い溜息を吐くと、「おや?」と瞬きする。

 

 

「赤兎馬。なにやら香ばしい匂いがしませんか?」

「呂布です。……そうですね。野菜(ニンジン)とは異なる、肉が焼ける匂いです。あちらの方、どなたかいらっしゃるようですよ」

 

 

 赤兎馬が指差した先には、酷く小さいが明るい光が見える。誰かが焚火でもしているのだろうか。そこから漂うのは、自分達と同じサーヴァントの気配。それを感じた一人と一体はお互いに頷き合い、足を進める。

 

 徐々に光との距離が縮まっていくごとに、新たな情報が視覚と聴覚、そして嗅覚を通して脳に送られてくる。

 

 焚火をしている何者かは、恐らく一人で肉を焼いているらしく、パチパチと火の粉が弾ける音と同時に鼻歌が聞こえてくるが―――

 

 

「誰だ?」

 

 

 自分達の気配を感じ取ったのか、鼻歌を止めた男の声が発せられた。

 

 

あいつ( ・ ・ ・ )の気配を感じたから腹ごしらえしようと思ったのによ。その矢先に邪魔立てか? 俺の大事な食事を邪魔する奴は……」

 

 

 肉焼きセットから手を離し、腰に差していた剣を抜き放つ。

 

 

「このストレオが許さねぇ……ぞ?」

 

 

 バーンエッジ―――空の王者の素材を用いて作られた片手剣を向けた彼に、陳宮と赤兎馬が即座に身構える。

 

 赤を基調とした鎧に、大分若々しい顔立ちをしたその男―――ストレオは最初に陳宮を見、そして赤兎馬に視線を移し、驚愕に目を見開いた。

 

 

「うわぁッ!? ななな、なんだテメェッ!?」

「なにって、呂布ですが?」

「いえ、赤兎馬です。事実から目を背けないでください。貴方は赤兎馬。馬です」

「いえ、呂布です」

「テメェが馬なわけあるかッ! テメェはあれだ。馬じゃなくてUMA(ウマ)だッ!」

「呂布です」

 

 

 頑なに自分が呂布だと言い張る赤兎馬に再び溜息を吐く陳宮に、訳がわからず頭を抱えるストレオ。

 

 なにはともあれ、スパルタクスの命を賭した行動によって、人理の守護者達は中国異聞帯に足を踏み入れた。

 




 
 開始十四話目にしてようやくハンター出せましたッ! 彼についてはシンが終わり次第、幕間にて解説しますので、よろしくお願いしますッ! ちなみに装備はレウス一式です。頭部はこんがり肉を食べようとしてたので外している状態です。

 ここから私事な話なんですが、今作で登場させるハンターの数を減らしたいと考えています。オリキャラを多く作ってしまうと、その分の過去話を考えるのが大変になってしまうという理由の他にも、私のスキルではそれぞれにちゃんとスポットライトを当てきれる自信がないと思ったからです。

 一応、予定としては四人……無印(G・P)、3(3G)、4G、ワールド(IB)から出そうかと考えています。ストーリー上で禁忌とぶつかったのが彼らなんですよ。これ以外のシリーズの主人公を待っていた方々は申し訳ありません……。こちらも色々頑張って、せめて回想とかで登場させたいと考えています。とりあえず2は無印の回想で出す事は決定しています。

 厳密には無印ハンターもストーリーでは禁忌と会っていないんですが、ここは少し事情がありまして。はい、そこは無印ハンターの幕間で説明します。

 また、この作品で登場させようと思うハンターの使う武器で悩んでいます。予定としてはそれぞれのハンターが主人公になった作品のメインモンスター、またはラスボスの武器を使わせる予定なのですが、やはり各主人公が活躍した作品で新登場した武器を装備させるべきでしょうか? たとえば今回登場させた主人公の片手剣は、大剣、片手剣、ランス、ハンマー、ライトボウガン、ヘヴィボウガン、双剣の中から選びました。「なんで初代どころかGとPの新武器も入ってるんだ」と考えていると思いますが、大辞典で調べてみると、ストーリー的には無印・G・Pは同じみたいなんですよね。他のハンター達もそんな感じで武器を選んでいこうと考えていたんですがね……。

 正直に言います。私はイケオジ太刀使いが書きたいんです。

 わかりますか? 太刀を使う青年もいいんですが、私個人としては壮年の人が太刀を振るう姿が大好きなのです。可能ならばそれを書きたいッ! しかし太刀が追加された2であり、そのハンターの設定はもう決まっていると言ってもいいんですよ。現在、『じゃあ他に太刀使いとして使えそうなハンターっている?→ユクモ村のハンターとかどうよ。場所的に太刀は映えるゾ→このハンターストーリーで禁忌に会ってないやんけ→■■■■■■■■■ッッッ!!!(狂化)』という流れに陥っています。

 それで、武器についてなのですが、新武器のみ使うとなると幅が利かないんですよね。3(3G)の新武器はスラッシュアックスしかありませんでしたし、ワールドに至っては新武器がありません。まぁ、ここは流石に現段階での全武器の中から選ぼうと考えていますが。でも3Gのハンターにはガンランスを装備させたいんですよね。ラギア装備でもブラキ装備でも似合いそうな気がするんです。こちらは最終再臨でラギア希少種のガンランスを持たせようかと考えています。

 そこでなんですが、アンケートを取りたいと思います。内容は、『この作品で登場させるハンターは各作品で新登場した武器を使わせるかどうか』です。遠慮する必要はありません。ここまであーだこーだ言った私ですが、結局は趣味の押し付けですからね。遠慮なく、自分の思う方に投票してください。

 私は読者の皆さんに満足してもらえるような作品を目指して執筆しています。どうか、皆さんの意見を聞かせてください。それではまた次回、お会いしましょうッ!


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雛芥子の女

 
 今日モンスターハンターライズの公式Twitterアカウントでヤツカダキの防具の説明を見つけたんですよ。

『人に化けた八つ腕の女と、その正体を知りつつも傍らにいることを選んだ男…。ふたりの悲恋を伝える妖しい防具』というものなんですが、泣かせてくれますね。こういう人間と人外の恋愛話が好きな私的にドストライクです。


  

「そっかぁ、ストレオ君が来たかぁ」

 

 

 シュレイド城地下。淡い青色の輝きを放つ結晶が四方八方に存在する空間に、アンナの声が木霊する。

 

 中国異聞帯に派遣したバーサーカーからの報告で、そちらに最高の狩人の一人が召喚された事を知ったアンナは「それもそうか」と心中で納得する。

 

 今もこのシュレイド異聞帯各地には数多くのサーヴァントが存在している。各々が伝説に名を遺した歴戦の猛者達。その中にはもちろん、我々の時代に生きた狩人達も含まれている。

 

 ……いや、『含まれている』と言うよりは、『含まれていた』と言った方がいいかもしれない。既にこの地に召喚されたハンター達は禁忌の龍達によって滅ぼされている。今回中国異聞帯に出現したハンターと共にかつての“黒龍”を討ったハンターもまたその一人である。

 

 悠久の時を生きた祖なる女に再び集った禁忌の龍達はこの異聞の大地に生きていた己を殺し、喰らい、その能力を獲得した。使い魔(サーヴァント)という枠組みに押し込められても、彼らの力は全くと言っていい程衰えていない。そんな彼らの一体であるバーサーカーをあと一歩というところまで追い詰めたのだから、彼らも中々の化け物である。

 

 しかし、結局討伐は叶わず、彼らは“黒龍”の前に敗北を喫した。そのメンバーの中には、汎人類史で“黒龍”を討伐せしめた者もいた。彼が“黒龍”に焼き尽くされた以上、その片割れたるストレオが召喚されるのも納得だ。

 

 だが、ここで疑問が生じる。あの弓使いが倒れ、ストレオがシュレイド異聞帯に召喚されたのならわかる。だが、なぜ中国異聞帯に? ヒナコからの報告で、ここにはいなかった二体の古龍種が出現している事は知っているが、まさかそれを狩る為に抑止力が遣わせた?

 

 ……いや、それはないだろう。人理漂白という一大事に対し、ガイアとアラヤが互いの足を引っ張り合うはずがない。放っておけば共倒れなのだ。異聞帯を滅ぼす為にガイアが古龍種を召喚したのなら、それを討伐しようとアラヤがハンターを召喚するはずがないだろう。

 

 となると第三者? それこそあり得ない。地球の意識そのものに介入するような存在がこの世に存在するはずがない。そんな事が出来る奴など、この世に一人たりとも―――

 

 

(……え? まさか、あいつってそんな事まで出来るの?)

 

 

 出来そうな奴が一人いた事に気付き、顔を手で覆って嘆息する。

 

 今でも脳裏に焼き付いている、あの目が悪くなりそうな深紅の衣を纏った男。如何なる方法を用いたか、異邦の存在とリンクして常識外の力を手に入れた人間。彼ほどの男が英霊に昇華されないはずがない。彼にかかれば、座にいながらも他のサーヴァントを派遣する事すら出来そうなのが怖いところだ。恐るべし、異界の知識。

 

 けれど、負けるつもりはない。着々と異聞帯は拡大していっているし、種もばら撒いている。種が芽吹いた時、この異聞帯は脆弱な歴史から脱却する。

 

 そしてなにより―――

 

 

「この子ももう少しで……」

 

 

 目の前にある、自分の数倍の大きさを持つ巨大な繭を見る。

 

 死に絶えた数多の古龍の生体エネルギーに、汎人類史サーヴァント達の魔力。それらを養分に変えて王を育む揺り籠に触れると、仄かな温もりを感じた。

 

 

「早く生まれておいで―――私達の王様」

 

 

 まるでこれから生まれてくるであろう子に語り掛ける母親のような声で言うと、それに応えるように蒼白色の殻が淡く点滅した。

 

 ―――王の誕生は、近い。

 

 

 

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「あぁ、弱い。出会う相手の悉くが弱すぎてお話にならない。というか人ですらありませんね。機械仕掛けの傀儡とは、嗜虐心を持て余してしまいます」

 

 

 出現させた投石器で複数体の傀儡兵をまとめて圧し潰した陳宮が心底退屈そうに呟く。はぐれサーヴァントとして召喚されてからというものの、主たるマスターと出会えなければいつまでのはぐれのまま。これでは存分に力を振るえないではないか。

 

 

「それにしても、流石は伝説の時代の英雄。素晴らしい手際です」

「止してくれ。俺に“英雄”なんて肩書は似合わねぇ。その肩書は、兄ちゃんを含めた俺以外のハンター達にこそ相応しい」

 

 

 こんがり肉を頬張っていたストレオが答える。

 

 伝説の時代の出来事として、世界各地に伝わるハンターの逸話。数多くいるハンター達の中でも、万物を自然の一部とし、それを制した者達は、等しく“モンスターハンター”の称号を賜る。その称号持ちは全部で十八人いるとされており、各々が十八種の武具の内一つの技術を極限まで鍛え上げている。ストレオは片手剣の使い手だ。

 

 此度の現界に際しての彼の霊基は一段階目だが、それでも世界最高峰のハンターに数えられたその実力には目を見張るものがある。それは彼が腰かけている、大量に積み上げられた傀儡兵の残骸が物語っている。

 

 

「ほう。兄君がいらっしゃるのですか。そちらはどのような武器を?」

「弓だ。近距離だろうと遠距離だろうと縦横無尽。いつだって兄ちゃんは俺の憧れのハンターさ」

 

 

 偉大な先達によって険しい山間で作り上げられた大都市で“英雄”と讃えられた兄の背中を思い浮かべる。“鋼龍”の弓を駆使して数多の強敵を討伐してきた彼も、自分と同じように英霊の座に招かれている事だろう。いつか、英霊の身となった自分達が再会する時が来るだろうか。

 

 

「……っていうか、マスターにはいつ会えるのかねぇ?」

「我々がここにいる以上、遅かれ早かれマスターとは出会えるでしょう。ですが我々の上に立つ者であれば、不意の赤兎キックを受けても笑顔でいられる方でないと」

「ヒヒンッ! 千里を駆けた我が蹴撃を受けて生き延びてこそ、我らのマスターに相応しいですねッ!」

「こいつのキックを受けて平気でいられる奴、人間じゃないと思う」

「生身で古龍種と渡り合っていた人外(ハンター)がなにを言うのです。……おや?」

 

 

 軽口を叩き合っていた陳宮がふと遠目に見えるなにかに目を細め、それに気付いたストレオと赤兎馬もそちらの方を見やる。

 

 

「あれはもしや……」

「人間……、いや、それ以外の奴もいるな。人間と人間っぽい奴が一人ずつ、もう一人はサーヴァントだ」

「おぉ、ようやくですか。では行きましょうか、お二方」

 

 

 ストレオと赤兎馬を連れた陳宮が、こちら側に気付いたであろう三人に声をかける。彼に声をかけられたのは、もちろんカルデアの者達である。

 

 現在、カルデアは始皇帝にまとめて殺されない為に他のサーヴァント達と別行動を取っており、今マスターである藤丸立香を護っているのは、マシュと荊軻だ。彼女らとしては是非とも陳宮達の力が借りたいようだが、「まずはそこな魔術師の采配を試す為」として陳宮と赤兎馬を支援する形でカルデアと激突した。摸擬戦を断ったストレオと違って、生前の主への義理立てもある彼らは、幾度転生を果たそうとその在り方を変える事は無い。こういった手合いは話し合うだけ無駄だという荊軻の言葉に従い、立香達も相手を消滅させる気で戦った。

 

 

「あいや、そこまでッ!」

 

 

 そうしてしばらく戦った頃、陳宮が掛け声で双方の動きを止めさせる。

 

 

「如何ですか、赤兎? これは我らがお仕えするに相応しき猛者と見て良いのでは?」

「たーのしーッ! まさしく呂公のみならず美髯公をも偲ばせる覇気と威風ッ! この私の背に乗せて不足なしッ! というわけで、私は呂布奉先です。ヨロシクッ!」

「え?」

「あ、そこは無視していただいて結構。凄まじく大した問題ではありませんので。ストレオ殿は如何でしたか?」

「いいんじゃねぇか? 気概があって俺好みだ。だが、俺も俺なりに、こいつを試させてくれ」

 

 

 今まで胡坐をかいて彼らの戦いを見ていたストレオは、赤い兜の奥にある瞳で立香を見下ろす。

 

 

「藤丸立香っていったな? お前は、何の為に戦っているんだ? 返答次第によっちゃ、俺はお前と契約を交わさねぇぞ」

 

 

 決して脅すつもりはないのだろうが、それでも真正面から見つめられると威圧感がある。これまでの旅の中で多くの存在を目にしてきた立香でも、彼から発せられる緊張感には体が強張る。

 

 それでも、立香の双眸に怯えの色はなかった。

 

 

「それは……汎人類史を取り戻す為だよ」

「その為に、他の歴史を滅ぼす事になってもか? 大願の為に、犠牲を積み重ねる事を許容するか?」

 

 

 その問いかけに対し、立香の瞳が一瞬ブレる。しかしそれも一瞬の事で、次の瞬間には先程までと同じ瞳に戻っていた。

 

 

「今まで二つの異聞帯を滅ぼした。そこに住んでた人達の為にも、立ち止まるわけにはいかないんだ」

 

 

 絶対零度の地に生きた男に「生きろ」と言われた。氷雪の女王との戦いを通して、想いの屍を踏み越えて行く覚悟を確固たるものとした。彼らの命を奪い、彼らの世界を滅ぼた責任からは逃れられるものではない。

 

 それは、最早強迫観念に等しいだろう。あと六つの世界を滅ぼし、異星の神なる存在を打倒しない限り、彼女の戦いは続く。二十歳にも満たぬ少女が行うようなものではない。いっそ感情を捨ててしまえば楽になれるだろうに、と考えるが、ストレオは心中で頭を振ってその考えを捨て去る。

 

 

「……あぁ、強ぇな。俺なんか足元にも及ばねぇくらい」

 

 

 俯き、腰に左手を当て、右手で顔を覆うようにして溜息を吐く。

 

 話を聞いてわかった。この少女は、自分なんかより余程人間らしく出来ている。それ故に危ないところもあるが、それは彼女の隣にいる大盾を持つ少女がなんとかしてくれるだろう。ストレオは、彼と少女の間には決して断ち切れぬ絆があると感じたのだ。

 

 

「そんな……。私なんて、マシュ達がいないとなにもできないよ」

「そう謙遜すんなって。人間ってのは元々一人じゃなにもできない生き物だからな。いくらでも助け合え。……ところで立香、お前、もしかして体調が悪いのか?」

「うん……。実はね……」

 

 

 立香の顔色が若干悪い事に目敏く気付いたストレオに、立香は今の自分がどのような状況に置かれているのかについて説明した。

 

 

「毒、か。それならこいつを飲んどけ」

 

 

 そう言ってストレオがポーチから出したのは、紺色の液体で満たされた瓶だ。それを見たマシュは、「もしかして」とストレオに訊ねる。

 

 

「それって、解毒薬ですか?」

「おう。例外を除けば、こいつで治せない毒は無いと言ってもいい。苦いだろうけど我慢しろよ。良薬は口に苦しだ」

 

 

 言われるがままに、立香は瓶に満たされた液体を飲み干す。口内に広がる苦みに思わず吐き出しかけるが、この毒が治るのなら、と我慢して飲み込む。口元を拭った直後、立香は先程まで感じていただるみや熱っぽさが瞬く間に消えていくのを感じた。

 

 

「……凄い。体が軽い……ッ!」

「ッ!? ほ、本当ですか、先輩ッ!?」

「うんッ! ありがとう、ストレオッ!」

「いいって事よ」

 

 

 感謝の言葉を述べる立香にニカッと笑うストレオ。

 

 

「驚いたな。まさか扶桑樹を材料にした毒さえも解毒するとは」

「扶桑樹ってのがどんなもんか知らねぇが、俺らが相手にしてきたモンスターの中には喰らったらあっという間に死ぬような毒を使ってくる奴もいたからな。これもその類かと思ったが、そうじゃなかったみてぇでよかったぜ。……それじゃあ、改めて自己紹介だ。サーヴァント・セイバー、ストレオだ。これからよろしくな、マスター」

「よろしく、ストレオッ!」

 

 

 これにより、陳宮、赤兎馬、ストレオは目出度く立香と契約を交わすのであった。その直後に秦良玉軍によって捕縛されてしまったホームズ達から連絡が入り、彼らが囚われている安康へと向かう事となった。

 

 

「ここに手頃な相手が居れば我々の力をマスターに披露する事が出来ましたが、そうなっては仕方ありませんね。では救出と同時に我々の力を確認していただきましょうか。ストレオ殿。貴方と赤兎の武力に私の策。掛け合わせれば絶大な力を発揮すると思うのですが、如何しますかな?」

「嫌だねッ! お前の作戦なんて最後にゃ決まって自爆なんだろ? さっきの赤兎馬見てて『はい、わかりました』って納得できるかッ!」

「ですが“狩人(ハンター)とは人外である”と歴史書には記されていました。貴方も呂布殿と同じく人外(ロボ)なのでは?」

「んなわけあるかッ! それはあれだ。モンスターハンターの称号を得てるのが人間の常識から外れまくってるだけで……」

 

 

 ハンターは基本的に人外の集まりである、というのは彼らの後に続いた時代の者達が抱くイメージだ。神の血を引いておらず、ましてやなんらかの加護すら得ていない状態で自然の象徴たるモンスターを相手に奮戦し、中にはストレオのように古龍種すら狩ってしまう存在がいるのだ。そんな彼らを、後の人々が“人外”と呼称しないはずが無い。

 

 

「貴方その称号持ちですよね? やっぱり人外じゃないですかヤダー」

「俺以上に人外な奴に人外って言われた……」

 

 

 がっくりと肩を落とすストレオだが、すぐに意識を切り替えて立香達と共に安康へと向かうのだった。

 

 

 

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 日が暮れた頃、カルデア一行が次の目的地と定めた安康では、蘭陵王を伴ったヒナコが始皇帝に今後のカルデアについての話をしていた。

 

 

『ふむ……良かろう。その施設への逗留を許す。必要とあらば警備の者らの指揮も委ねよう』

 

 

 肝心要のシャドウ・ボーダーを奪われても、カルデアのマスターは仲間達を優先して助け出す男であると伝えると、始皇帝もシャドウ・ボーダー内にいたホームズ達を始めとしたカルデアのメンバー達を収容している安康近隣で遭遇戦が起きている事を知っていたので、ヒナコの意見に賛同した。

 

 

『ただし会稽零式は派遣せぬ。改修に少し時間がかかっておってな。完了後は咸陽の守護に配する。あくまでこちらが本命だからな。いつ、彼の魔物の同類が襲撃してくるかわからぬ故な』

「……っ。……はい」

『あぁ、其方の前では“項羽”と呼ぶべき決まりであったな』

「……お戯れを。あの方はご自身の呼び名など一顧だにされませぬ」

『もし仮に其方の読みが的中すれば、その時は名誉挽回の好機。必ずや雪辱を果たしてみせよ』

「ははっ、お任せを」

 

 

 その一言を区切りに通信が終了する。支配欲の権化の「ふぅ……」と軽く息を吐いた後、傍らの剣士を見やる。

 

 

「……浮かない顔ね、セイバー」

 

 

 始皇帝との通信を終えたヒナコが傍らに立つ騎士を見やる。先の会話を聞いていたのだろう。汎人類史を駆け抜けた彼は、この異聞帯と自分が生きた歴史の違いを思い知らされ、驚いている様子だった。

 

 

「カルデアの捕虜、それにコヤンスカヤを諸共に一つ所に集め捕虜としているのは……」

「私達の常識で考えれば、敵の捕虜は分散して収監するのが鉄則よね。万が一にも共謀して逃げるようなチャンスを与えない為にも」

 

 

 しかし、始皇帝は敵対者が結託する事よりも、敵対者が占める面積に脅威を感じている。彼にとってカルデアとは蒙昧な民達に儒学を広める病原菌そのものである。感染源はなるべく狭い範囲に隔離すると考えれば合理的だろう。いざとなれば一手間で一掃できるのだから。

 

 

「……もし虜囚達が刃向かうような事になれば、またこの地にも星が堕ちるのですか?」

「えぇ。あの帝であればやりかねない。その時が来れば一切の躊躇もないでしょう」

「……私は恐ろしいのです。不死を得た始皇帝の、民に向ける眼差し。その為政の在り方が」

 

 

 蘭陵王から見たこの歴史の王が己が民に向ける視線は、まるで家畜を見るようなものだった。それが、かつては民を治める側であった彼には中々堪えるものだったのだろう。

 

 

「この異聞帯中国、永世秦帝国の(すがた)を……マスターは如何お考えなのですか?」

「人の世の(すがた)などどうでもいいわッ! 皆好きなように殺し合い、滅ぼし合えばいいッ! 奴らはそうやって凝りもせず数多の国を興しては燃やしてきた。ただ数で他を圧しただけで星の支配者を僭称した無毛の猿共。いっそ無残に滅べばいいッ! どんな末路を辿ろうが知るものかッ!」

 

 

 そこまで叫んで、ヒナコは蘭陵王が苦しそうな表情をしているのに気づき、つい言いすぎてしまったと自重する。

 

 

「……ごめんなさい。お前もまた、かつては護るべき国と民を従えた領主でしたね」

「……お気になさらず。貴女の怒りも御尤もです」

「さぞや悍ましい女と思うでしょう。お前程の英霊を、ただ己一人の情念の為だけに使役しているのだから」

「いえ、情念とは儚く移ろうものだからこそ浅ましいと蔑まれるのです。だが、貴女の想いは時を超えても不変のまま。なれば、それは既に“信念”も同然。そして主の信念を奉じて戦場に臨むは武人の誉れにございます。故にこの蘭陵王、貴女のサーヴァントとして振るう刃に一切の悔いはありませぬ」

「……ありがとう。こんな私の為に……」

 

 

 人間は嫌いだが、自分が召喚したサーヴァントが彼であった事には感謝せねばなるまい。こんな自分にも、生前と変わらぬままに忠義を尽くしてくれる相手などこの世に二人といないのだから。

 

 感謝の言葉を口にしたヒナコにフッと淡い笑みを返した蘭陵王。しかし―――

 

 

「ッ! 失礼しますッ!」

「え? ちょ、ちょっと―――」

 

 

 突然表情を一変させた蘭陵王がヒナコを抱え、彼女が何事かと叫ぼうとした刹那、先程まで彼らがいた場所に銀色の球が穿った。それにハッとしたヒナコが上空を見上げ、そこに滞空する怪物と視線が合う。

 

 全身を覆う銀色の鱗と身体の各部から生えている鋭い棘を持ち、頭部、胸部、尾の先端は茜色を帯び、一際輝いている。翼膜が存在しない三対の翼を羽ばたかせ、周囲に白銀の球を複数浮かべた龍の名は―――

 

 

「“司銀龍”ハルドメルグ―――ッ!」

「グルオオオオォォォォォッッッ!!!」

 

 

 取り逃した標的を今度こそ誅殺せんと、ハルドメルグが夜空に咆哮を轟かせた。

 



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流銀襲来

 
 原作のストーリーを振り返って、ホームズ達を救出してからハルドメルグに襲撃させるべきだったと確信しましたどうもseven774です。やはり見切り発車というのはアレですね。予定を立てずに突っ走っちゃったツケがこんな形で返ってくるとは。

 新イベントで天草四郎の怪盗霊衣が来ましたね。デザインが最高に好きですッ! まぁ持ってないんですけどネッ!(微課金勢の涙)

 怪盗って格好いいですよね。私が最初にその存在を知ったのは小学校時代に読んでいたコロコロコミックの怪盗ジョーカーからなのですが、そこからルパン三世やコナンのキッド……そしてペルソナのジョーカーを知っていって、誰も彼もが格好良くて大好きですッ! ペルソナジョーカーはやり方によっては屋根裏のゴミになりますが……。

 『怪盗』というワードが出た以上、そろそろアルセーヌ・ルパンも登場させるべきでは?

 そしてアーケードの方では新たな特異点『ロスト・エルサレム』が実装される事となりましたね。どんどんアプリ版と離れていっているので、やはりアプリとアーケードでは世界線が異なるのでしょうかね。あちらのマーリンは女の子でしたし。

 今回は短いです。



 

「―――ん?」

 

 

 初めにその気配を察知したのは、道すがらこんがり肉を食べていたストレオだった。

 

 程無くして彼の後についてきていた立香達もその強大な気配に気づき、遠くにある捕虜収容所を見やる。

 

 次の瞬間には、そこから小規模な爆発が起きた。続いて、獰猛なまでの龍の咆哮が聞こえてくる。

 

 

「……マスター、急ぐぞ。あそこにいるのは古龍だ」

「な……ッ!? じゃあ―――」

 

 

 収容所から発せられる火の手によって浮かび上がった、夜空を舞う黒い巨大な影を見る。辛うじてシルエットでしか見えないが、もしあれがストレオの言うように古龍種だった場合、あそこに囚われている仲間達が危うい。最悪のケースも考えられるが、そこまでは考えたくはなかった。

 

 

「ですが、これは好機です。防衛として配置されているであろう兵達は彼の古龍の相手に手一杯なはず。この隙に乗じて、我らはマスターのお仲間を奪還するとしましょう。荊軻殿」

「了解した。手早く済ませてくる」

「マスターとマシュ殿、そしてストレオ殿は赤兎と共に古龍の相手をお願いしてもらいましょう。私も支援します故」

 

 

 立香が仲間達の安否を心配している間にすぐに策を唱える陳宮。数多の猛将が覇を競い合う時代に軍師として生きた者達の中でも、主君が暴走する前に理を説く必要があったので、彼の現状把握能力は伊達ではないのだ。

 

 立香も陳宮の声に意識を切り替え、彼の策に頷く。

 

 

「わかった。みんなの力を貸してッ!」

 

 

 主の言葉に頷き、素早い動きで収容所へと走っていく荊軻を追って走り出す。

 

 

「流石ですね、陳宮さん。あそこまで迅速に策を練れるなんて」

「いえいえ。生前率いた我が軍は、それはもう猪突猛進を体現したかのような連中でしたから」

「陳宮殿がなにか言い出す前に我先にと飛び出していましたからねッ!」

「大変だったんですね……」

「なに。暴走には暴言を以てこれにあたり、暗君には愚策を以て反省させる。実にやり甲斐のある、刺激に満ちた戦場でしたとも」

「先、行かせてもらうぜ。これ以上奴に暴れられたら、マスターの仲間達が危ねぇからなッ!」

「お願い、ストレオッ!」

 

 

 ダンッと強く踏み込んだ直後、ストレオの体がジェット機の如き勢いで地面を蹴り砕いて収容所まで跳んでいく。

 

 肌を打ち付ける焦げ付いた臭いを纏った夜風を感じながら、収容所を襲撃したモンスターを見る。

 

 変幻自在の白銀の液体を用いて仮面の剣士を攻撃する、自然界に類を見ない複数の翼を持つ龍―――これらの情報はストレオの脳に送信された瞬間にその正体を探り当て、収容所を襲った古龍の名を全身に伝達する。

 

 遠方から迫ってくる殺気に気付いたのか、白銀の古龍―――ハルドメルグが殺気を感じた方向を睨んだ瞬間には、既にバーンエッジを握った狩人(ハンター)の姿があった。

 

 

「シャァッ!」

 

 

 肺に溜めた息を吐き出して繰り出された一撃がハルドメルグの顔面に叩き込まれ、白銀の巨体が収容所の内部までぶっ飛ばされた。

 

 

「あ、貴方は……」

「あん? ……テメェら、クリプターとそのサーヴァントってところか」

 

 

 ハルドメルグへの注意を逸らさず、横目でヒナコと蘭陵王を一瞥する。

 

 蘭陵王の体には多少の切り傷が入っているが、水銀の中毒症状は見受けられない。水銀攻撃を受けたらいきなり発症するというわけではないので少し気になるが、戦闘続行に支障はないだろう。しかし、古龍に続いてカルデアのサーヴァントが現れたので、ストレオに対しても警戒心を抱いている様子だ。

 

 

「悪ぃが、今はテメェらの相手をしてる場合じゃねぇんだ。なんたって―――」

 

 

 左手に構えた盾を掲げる。

 

 受け止める、なんて考えで動かしてはいけない。そうした瞬間、この身は間違いなく盾ごと刺し穿たれる。

 

 今の己に纏う事を許されている装備は下位もいいところだ。そんなので古龍の一撃を受けてみろ。あっという間に霊核を砕かれる。

 

 瓦礫を蹴散らして殺到する銀の槍。それらが視界に入った瞬間には、ストレオの体は未来視にも近い直感で回避、迎撃を試みる。

 

 自身を貫く可能性があるのは十本。多いが、大した問題ではない

 

 顔面に向けて放たれた、変幻自在の流体金属によって繰り出された刺突を、その側面に盾を押し当てて受け流す。

 

 ギャリギャリッ! と耳障りな音が盾から発せられるが、そちらに意識を向けている暇はない。間髪入れずに来る次の刺突を、今度は剣で軌道を逸らす。

 

 再び甲高い金属音が鳴り響き、腕に軽い痺れが走るが、この程度なら気にせずともいい。この装備で奴を相手取る以上、四肢の一つでも持ってかれたら即死に繋がる。こんなに小さな痺れなど無視してしまえばいい。

 

 軽くジャンプして足首を狙った刺突を避ける。顔を横に逸らして片目を穿とうとしてきた槍を躱す。代わりに頭部に装備していた防具が僅かに欠けたが、視界を失うよりはマシだ。後で修復してしまえばいい。

 

 

「ハ―――」

 

 

 こんな状況にあっても、彼の唇は三日月のように歪んでいた。一瞬気を抜けば消滅が待っている現状は、彼の身に刻み込まれた強敵達との戦いを思い起こさせたのだ。

 

 見事なまでにいなされ、回避された打突は彼の周囲を粉砕するのみで、ストレオの体には僅かな傷も見受けられなかった。

 

 それを見たヒナコ達は確信する。この男の技術は、ああいった怪物を狩り殺す為だけに積み上げられたものなのだと。

 

 ハンターとは竜殺しのプロフェッショナルだ。特別な経緯を経ずに、己が身一つで強大な存在を狩る者達だ。その最上位。最強にして最優の称号を得た彼が、このような芸当をこなすのは容易な事だった。

 

 

「こいつは、俺達共通の敵だからな」

 

 

 壁を打ち破って夜空に飛翔したハルドメルグが、地上から己を見上げる者達を見下ろす。その周囲には絶えず水銀の球が浮かんでおり、それは主の意思に従うように瞬時に硬化。無数の鉄球となって降り注いでくる。

 

 

「ヒヒィイイインッ!」

 

 

 しかしそれらは、決してこの場には似つかわしくない掛け声と共に振るわれた剛槍によって粉々に砕かれた。

 

 

「お前……、赤……呂……赤兎呂布ッ!」

「変な感じに混ざり合いましたね。私は呂布奉先だというのにッ!」

 

 

 突如現れた闖入者に、彼の事を知らないヒナコ達は自らを呂布と信じて疑わない異形に唖然とする他ない。上空のハルドメルグでさえ、訝し気に目を細めて赤兎馬を見ていた。

 

 

「ストレオさんッ!」

 

 

 続いて、マシュを筆頭に立香と陳宮も到着した。マシュは蘭陵王に護られるように立っているヒナコを見て、僅かに目を伏せる。

 

 

「ヒナコさん……」

「カルデアか。よくもまぁはぐれサーヴァントを従えて来てくれたわね。でも、今回ばかりは好都合よ。協力しなさい。あの古龍を討伐するわ」

「……ッ! はいッ!」

 

 

 ヒナコ直々に共闘の申し出をされ、マシュは思わず笑顔で頷き、立香に視線を送る。彼女もまた笑顔で頷き、自分の下に集ってくれたサーヴァント達に叫ぶ。

 

 

「総員、古龍を討伐せよッ!」

 

 

 気合いの入った返事が立香に返され、それに反応したようにハルドメルグが咆哮を轟かせた。

 

 

 

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『ふむふむ……ここが、こうなってて……なるほど? ふ~むふむふむ……』

 

 

 秦良玉達によって咸陽に運び込まれたシャドウ・ボーダーの解析に当たっていた始皇帝の感嘆とした声が響き渡る。

 

 

「シシシシャドウ・ボーダーなる車輌の解析は如何でございましょうか? 陛下」

『うむ。興味深い。大変に興味深い。だが、同時に疑問も尽きぬ』

 

 

 最先端の技術の髄を極めた始皇帝にとって、シャドウ・ボーダーの大まかな解析は容易いものだった。原理も構造も理解できる。しかし―――

 

 

『必然性が全く理解できぬ。なんでここまで小さくする? 我が秦の技術でも同様の機能は再現可能だが、恐らく弩級戦艦に相当するサイズになろう。それを僅か装甲車一台のサイズで賄うとか……ううむ、頑張るとこそこか? と呆れる他ない。電子系統とかもう狂気の沙汰だ。最早蚤の解剖でもしている気分である。朕、久々に忍耐の限界に挑んでおるぞ。もしこれに芥の報告にあった魔物の解析まであったとしたらショートしていたかもしれん』

 

 

 可能ならば会稽零式が討伐したとされる、竹を操る魔物の解析もしてみたかったところだが、回収に向かわせた頃には既に影も形もなくなっていた。一瞬で、まるで最初からそこにいなかったように、光の粒子となって消えてしまったのだ。

 

 奴の能力を解析できれば会稽零式のさらなる強化も望めたかもしれないが、その死骸が消滅した以上、諦める他ないだろう。

 

 

「はぁ、小型化……でありますかぁ」

『効率化ばかりを優先し、性能面において妥協した節すらも見受けられるしな。余程資源が乏しかったのか……。いや、だからって珪素(けいそ)とかないわ~。あいつらそんなに真空管が嫌いかッ!』

「……あ~」

『ぬ? なにやら思い当たる節でもあったか、韓信』

 

 

 なにかに気付いたのか、少々気まずそうに韓信は答える。

 

 

「はいはい、その、ですね……。そこまで電子機器の小型化に長けた連中であるならば、もしや、通信装置も隠し持てるほど小さくできちゃうっかな~、と……」

『―――』

 

 

 告げられた考察に、始皇帝は思わず絶句してしまった。効率化を図らず、普及する必要性もなかった歴史だからこそ、彼らはその可能性に気付かないでいたのだ。

 

 

「……早速、安康の収容所に増援を手配致しましょう」

『いや、もう遅い。つい今し方、施設より警報が届いた。既に戦端が開かれておる』

 

 

 もう遅かったか、と韓信と李書文が揃って押し黙った。そんな彼らの耳に、憤りと困惑の混じった始皇帝の声が響く。

 

 

『ええいッ! いったいどんな世界なのだ? 離れ離れの民草が、朕を介する事無く、ただ民草同士のみで通信を交わすだと? それこそ儒は野火の如くとめどなく拡散しようぞ。戦禍を根絶する目処など立てようもないッ!』

「まこと連中は災厄の申し子、というわけですな」

『うむ、滅そう。疾く滅そう。あれなるは病禍を撒く風だ。これ以上、我が秦の健やかなる大地を冒しては―――え?』

 

 

 その瞬間、始皇帝の声が止まり、続いて困惑の声が出てきた。

 

 

『えぇ……? なにあれ……』

「どどどどどうされたのですか? へへへ陛下」

 

 

 明らかに様子がおかしい始皇帝の声が響き渡り、それを疑問に思った韓信が首を傾げる。

 

 

『いやな? 安康にて騒がしい奴がいるなと思って見たところ、とんでもない奴を見つけてしまってな。不思議な攻撃を行うものだから、わざわざシャドウ・ボーダーの解析を中断して調べてみたら、これがおっかなびっくり、水銀を操っておったのだ』

「水銀、ですか?」

「すすす水銀を操るッ!? そのような存在がこの世にッ!?」

 

 

 此度のカルデアとの戦に際して、驪山にて冷凍保存されている万夫不当の英雄達の中から選ばれた生粋の軍師である韓信でさえ、そのような生物が存在するなど到底信じられる話ではなかった。李書文も、表情こそ冷静そのものだったが、サングラスの奥にある双眸には驚愕の色が浮かんでいる。

 

 

『チッ! こうなるのならもう少し、あの女狐から情報を引き出すべきであったか。次から次へと忌々しいッ! 朕爆発するぞッ!』

 

 

 とうに肉体という枷は捨て去った始皇帝であるが、それはそれとして水銀は好かない。変わらぬ美しさを持つ事から自分にピッタリだと思う一方で、かつて不死を求めた際に呑んだ時のマズさ苦しさが長年を経た今でも忘れられないのだ。

 

 会稽零式の改修はまだ完了していない。中断して出撃させる事も可能だが、不完全な状態で挑んで返り討ちにされでもしたら堪ったものではない。

 

 

「如何されますか?」

『秦良玉に軍を率いてもらい、出撃してもらおう。シャドウ・ボーダーの解析は完了しておらぬが、なに、我が知恵を以てすれば急ピッチだが模造品を完成させてくれよう。完了次第、朕直々に操作し、秦良玉らを援護に向かわせる。韓信、其方に秦良玉の補佐を命じる。久々の戦場であろうが、期待しているぞ』

「うっひょうッ! ひっさしぶりの戦場だッ! そうと決まれば陛下ッ! まずは模造品の設計図をお見せいただきたいッ!」

『あ、うん。待っておれ、今準備する』

 

 

 爛々と瞳を輝かせる韓信に若干引きつつも、始皇帝は迅速に設計図を組み立てていく。あの魔物を狩り殺す術を備えているであろう者をカルデアが従えているので、彼らに任せる手もあるが、疫病そのものである彼奴らに頼るのは始皇帝自身が許さない。

 

 それはともかく―――

 

 

『本当になんなの? 外の世界。朕怖い』

 

 

 水銀を操る生物がいる外の世界に、始皇帝は言い知れぬ恐怖を感じるのだった。

 




 
 そう言えば私、先週クリップスタジオなるものを手に入れたんですよ。模写ですが、昔から絵を描くのが好きでしてね。デジタルで色々試して、いつかはオリジナルも描いてみたいなぁと思い、購入しました。ペンと合わせて一万五千円は飛びましたね。とんでもない出費だぁ。

 まずはデジタルイラストの描き方に慣れて、そこから色々描ければな、と思います。いつかはアンナちゃんを始めたオリキャラ達も描きたいところです。できれば顔だけでも……。あ、ちなみにハンターを描く場合は顔だけです。それ以外は普通に防具ですからね。


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緋銀の頭、狩人の剣舞

 
 先週は更新できず、申し訳ございませんでした。少し家族とYAMAに行ってましてね。パソコンが使えない中、美味い空気を吸いながらご飯食べたり温泉入ったりしてました。

 マガイマガドが倒せにゃい(大技で常に死亡)。


 

「グルオオオオォォォッ!」

 

 

 ハルドメルグが高らかに吼え、空気中の流体金属の濃度を高めて無数の槍を形成し、空中から雨のように大量に振らせてくる。怒涛の勢いで降り注ぐ槍雨を掻い潜りながらストレオが叫ぶ。

 

 

「ハルドメルグの弱点は操核だ。あいつの体にある茜色の場所を狙えッ!」

 

 

 走り出したストレオのアドバイスに頷き、各自がそれぞれ別方向からハルドメルグに攻撃を仕掛ける。

 

 赤兎馬の槍とストレオの剣を躱したところに陳宮が召喚した投石器が投げた岩石が迫るが、これも躱したハルドメルグは翼に水銀を充填し、クナイのように放ってくる。

 

 空を切り裂いて振るわれた赤兎馬の槍が翼爪を打ち払い、すぐさま跳躍してハルドメルグに肉薄する。

 

 振るわれる剛槍。轟音と共に叩きつけられた一撃にハルドメルグの態勢が大きく揺らいで地面に叩き付けられる。

 

 起き上がろうとするハルドメルグに追撃を仕掛けんとばかりに蘭陵王と、彼が率いる護衛兵達が古龍を囲み、袋叩きにせんと疾走する。

 

 

「―――ッ!? 離れろッ!」

 

 

 しかし、一瞬ゾッとするような感覚に襲われた蘭陵王が叫んだ瞬間、頭上から彼ら目掛けて槍の雨が降り注いできた。全方位から来る攻撃からハルドメルグを護るように降り注いだ銀色の雨は、逃げ遅れた護衛兵達を貫いたかと思えば、再び液体状になって起き上がったハルドメルグの身を覆う鎧と化す。

 

 間髪入れずにハルドメルグが飛びかかってくる。蘭陵王は即座に横へ転がって回避するが、彼はその瞬間、ハルドメルグの尻尾に水銀が充填されている事に気付いた。

 

 回転と同時に振るわれた尻尾が蘭陵王に叩きつけられそうになったが、死を前にした本能が彼の体を動かし、当たるか当たらないかのギリギリの瞬間に上空へ跳躍させ、なんとか直撃を避けた。さらに、ハルドメルグの背中に飛び乗り、その背中に剣を突き刺した。

 

 背中に乗っている蘭陵王を振るい落とそうとがむしゃらに暴れるハルドメルグだが、その隙を突いて陳宮が召喚した破城槌とストレオの斬撃、そしてマシュの打撃が繰り出され、大きく吹き飛ばされた。その隙に蘭陵王が離れる。

 

 逃がさんと言うかのように吼えたハルドメルグが目の前に出現させた水銀の球から無数の武具を形成して放ち、前方にいる者達をまとめて掃討しようとしてくるが、

 

 

「そうは」

「させないよッ!」

 

 

 青年と少女の声が聞こえ、スポットライトのような光線と弾丸のようなエネルギー弾が無数の武具を相殺した。

 

 

「ホームズさんッ! ダ・ヴィンチちゃんッ! それに荊軻さんもッ!」

「待たせたね、ミス・藤丸。ミス・キリエライト」

「ここからは私達も参戦するよッ!」

「ゴルドルフ達は避難させておいた。私も参加させてもらおう。お前にも参加してもらうぞ」

「はぁ~? なぁんで私も手伝う必要があるんですか? ……と、いつもなら言ってますが、今回ばかりは助かりました。あれ以上あんな目には遭いたくありませんでしたし。受けた恩はキッチリお返しする、これ社会人の基本☆」

 

 

 収容されていたホームズ、ダ・ヴィンチ、そして彼らを救出した荊軻に横目で見られたコヤンスカヤ。始皇帝によって既に正体を見抜かれていた彼女は今の今まで身の毛もよだつ拷問を受けていたのだが、念の為に彼女を救出しておこうというホームズの言葉に従い、荊軻が救い出したのである。

 

 彼らの存在に気付いたハルドメルグに、コヤンスカヤは早速とばかりに他の異聞帯から仕入れてきた魔獣や巨人を召喚しようとしたが、ハルドメルグの視線が己のみに定められている事に気付き、ぶるりと震える。

 

 

「おやっ? なにやら覚えのある寒気が……」

「グルアアアアァァァッッ!!」

「ギィヤアアアアァァァッッッ!!?」

 

 

 ホームズ達など歯牙にもかけずに飛びかかってきたハルドメルグを躱し、全速力で走り出すコヤンスカヤ。そんな彼女に向けて、ハルドメルグが水銀の武具を連射していく。

 

 

「またですかッ! またなんですかッ!? ジンオウガに続いて古龍種までッ! アンナさんの差し金じゃないのになんでッ!? 私、なにか悪い事でもしましたかああああああああッッッ!!?」

 

 

 華麗な動きで背後から飛んでくる武具を躱していく彼女の姿を、誰もが茫然として見ている。

 

 

『……ふむ、ちょっと目を離してみれば、なにやら面白い事になっているな』

 

 

 その時、空からこの地を統べる王の声が響いた。

 

 

「陛下……?」

『まぁ、奴についてはどうでも良い。貴様らが相手にしている魔物は、朕が大嫌いな水銀を用いている。此度は援軍を送ってやろう。―――見るがいい』

 

 

 どこからかエンジン音が聞こえ始め、それを聞きつけたホームズ達が音の聞こえてきた方角を見やる。未だに姿が見えていないにも関わらずに誰もが気付くという事は、これから現れるであろうなにかは、静音性を全く考えていない設計らしい。

 

 

「……うわぁ」

 

 

 それを言ったのは、誰だったのだろうか。今となってはわからない。その場にいた誰もが、地平線の彼方からやってくるそれら( ・ ・ ・ )を見て、同じ事を思っていたのだから。

 

 

「うむ、見覚えがあるような、むしろ見なかった事にしたくなるようなものが見えるぞ」

『ふふふ、これぞ朕がシャドウ・ボーダーの解析ついでに微税車を改造しカルデア風に仕上げた兵器―――名付けて、“多多益善号(ドゥオドゥオイーシャン)”である。見るがよい。この暴力に特化した異界のテクノロジーをふんだんに盛り込んだ兇悪(きょうあく)な面構え。見るからに凄い。怖い。永らく続いた泰平の世において、戦闘兵器など絶えて久しく製造していなかった秦であるが……カルデアの技術を徴用すれば、ほれこの通り。急ピッチとはいえ、ここまで残忍無比なる戦闘兵器の完成である』

 

 

 土煙を上げながら徐々にその姿を大きくしていく、虎の装飾が施されたシャドウ・ボーダー似の戦車の説明を誇らしげに行う始皇帝だが、ダ・ヴィンチの目には明らかな屈辱と怒りがあった。

 

 やるとなったら国力総動員で製造するのがこの歴史の秦である。既に工場はこの如何にもな兵器量産の段階に入っている。今回現れたのは、その中でも出来栄えが良いと始皇帝が感じたものである。

 

 あまりにもこの状況に似つかわしくない存在が徒党を組んでやって来た事に立香達が唖然とし、ハルドメルグですら突如出現した鋼鉄の虎の群れを見て訝し気に目を細めている。

 

 

『ンンンン熱線兵器ッ! 自動擲弾(てきだん)砲ッ! 千五百馬力ガスタービンエンジンッ! 将帥の夢、ここに結実……ィイヤッホォォゥッ! これぞまさしく、ロォォォォォマンッッ!!』

(そうかなぁ……)

 

 

 そんな戦車の中でも一際大きい車輌にて。忠臣の推測を基に始皇帝が可能な限り小型化して開発したインカムから韓信の興奮に満ちた雄叫びが聞こえるが、遠くに見えるハルドメルグを観察していた秦良玉はイマイチピンとこない。多多益善号は全て始皇帝の操作の下進んでいるので、今この場にいるのは彼女だけである。ここにもし韓信と性別を同じくする近衛達でもいれば、彼らの意見を仰げたのだろうが、なぜだろう、みんな揃って韓信と同じような事を言いそうな気がする。

 

 女性の秦良玉にはわかるまい。男はみな、こういったものに憧れるのだ。鋼の体を持つ存在は、いつの時代だって世の男達の子ども心をくすぐってくれる。ロボとかかっこいいよね。多多益善号(これ)はともかくとして。

 

 

『さぁさぁッ! こっから先は戦場ッ! 我らが秦帝国に仇名す魔物を討伐じゃあいッ!』

「承知ッ!」

 

 

 槍を手に秦良玉が飛び出すと同時、多多益善号に装備された擲弾砲から放たれた砲弾がコヤンスカヤを追っていたハルドメルグに命中し、古龍から微かに呻き声が漏れる。

 

 

「ヤァ―――ッ!」

 

 

 共に数々の戦線を潜り抜けてきた相棒とも呼べる槍を振りかぶった秦良玉の一撃がハルドメルグの顔面に直撃し、僅かに隙が生じた。

 

 

「後の事を考える必要が出てきましたが、現状においては心強い味方です。行きなさい、赤兎ッ!」

「ヒヒィンッ!」

 

 

 馬の脚力を活かして飛びかかった赤兎馬がハルドメルグの脳天に槍を叩きつける。それでハルドメルグの頭部が地面に叩き付けられ、続いてマシュがブーストをかけたアッパーを喰らわせる。

 

 後退したハルドメルグに多多益善号の群れによる砲撃が行われるが、ハルドメルグはすぐさま自分の身に纏っていた水銀を盾に変化させて防ぐ。続いて、展開した盾で自身を繭のように覆うと、そこから跳躍。一個の球体と化したハルドメルグが多多益善号群を襲い、次々と撃破していった。

 

 

「む、虚数潜航に耐えうるシャドウ・ボーダーの装甲を模倣されたかと危惧していたが、あの光景を見るに、その心配は無用だったみたいだね」

「英霊達の力を借りて作ったものだからね。そう簡単にパクられるもんかッ!」

 

 

 次は貴様らだとばかりに飛んできた球体を躱す。着弾と同時に炸裂した水銀が周囲に飛び散るが、瞬く間にハルドメルグの鎧を再構成し始めると同時、大きく息を吸い込み始めた。

 

 

「マズイ……ッ! テメェら耳塞げェッ!」

 

 

 鬼気迫った叫びに辛うじて反応できた立香達が耳を塞ぐ。

 

 かつての時代において、“超咆哮”と呼ばれるほどの声量を以て放たれた轟音はハルドメルグの足元の地面を捲り上げ、耳を塞げなかった者達の鼓膜を破り、塞げた者達もまた耳を護る手を貫通してきた大音量に堪らず態勢を崩してしまう。

 

 隙だらけになった彼らに、ハルドメルグが尻尾に水銀を充填させ、サマーソルトと同時に放出してきた。大地を切り裂いて飛んでくる斬撃によって傀儡兵があっという間に両断され、続けて上空から放たれた水銀の棘が、斬撃の範囲外にいた者達を狙ってくる。

 

 

「行きなさい巨人ちゃん達ッ!」

 

 

 コヤンスカヤが抜いた髪の毛を放つと、それは瞬く間に巨大な人型へと変化していく。以前攻略した北欧異聞帯で立香達を苦しめた霜の巨人である。

 

 しかし、コヤンスカヤは彼らをハルドメルグへの攻撃手段と考えていなかった。これまでの戦いからなんとなく理解したが、このモンスターは賢い部類に入る存在だろう。下手に攻撃すれば巨人達の持つ武具を再現して襲ってくるに違いない。

 

 水銀で作り出した槍と身体能力のみでカルデアとヒナコ、そして始皇帝に派遣された秦良玉を相手に互角に渡り合う相手に、これ以上の武器を与えるわけにはいかない。自分が関わっていなければ是非とも試してみたい内容ではあったが、今は自分も古龍の標的に定められてしまっているので、そうはいかない。

 

 召喚された巨人達が殺到する槍に貫かれて崩れ落ちていく。そんな巨人の一体の背を駆け上がり、夜空に浮かぶ満月にそのシルエットを映し出す者が一人。

 

 

「人中に呂布、馬中に赤兎ッ! 今や一つッ!」

 

 

 その手に構えた弓を槍をつがえ、上空からハルドメルグを狙うは、赤兎馬。

 

 

「―――『偽・軍神五兵(イミテーション・ゴッドフォース)』ッ!」

 

 

 彼の無二の相棒、呂布奉先が宝具として所有している『軍神五兵』を意識した大射撃。撃ち放たれた大威力の一撃がハルドメルグに直撃し、爆炎が古龍を包み込んだ。

 

 黒煙が晴れ、崩れ落ちそうになるのを堪えているハルドメルグの姿が現れる。さしもの古龍といえども、歴史に名を刻まれた英雄の象徴たる宝具を受ければ大ダメージを受けるようだ。

 

 

「今だッ!」

 

 

 このチャンスを逃さぬと一斉に動き出す。

 

 各々の武器を構えて向かってくる敵対者達の殺気に反応したハルドメルグが尻尾に水銀を充填し、ブーメランのように飛ばしてきた。

 

 

「マシュ、合わせろッ!」

「はいッ! ハアァッ!」

 

 

 ブーメランの前に躍り出たストレオとマシュが盾にブーメランを触れさせ、その威力に圧し負けぬよう注意しながら上空で軌道を逸らし、仲間達がブーメランの一撃を受けないようにする。

 

 疾走した赤兎馬と蘭陵王、秦良玉の一撃が叩き込まれ、後退ったハルドメルグは彼らの追撃を逃れようと三対の翼で飛翔する。

 

 そこへすかさず陳宮が魔力矢で追撃を仕掛ける。真っ直ぐ吸い込まれるように飛んでくるそれらを、ハルドメルグは咄嗟に周囲に出現させた水銀の球を変化させた盾によって防ぐ。

 

 しかし、彼が魔力矢に注意を向けている隙に、ホームズとダ・ヴィンチがその懐に潜り込んでいた。

 

 ―――光が炸裂する。

 

 赤兎馬達の攻撃に気を取られてしまっていたが故に、古龍には防御手段が無く、超至近距離からサーヴァントニ騎の魔力光をもろに受けた体が打ち上げられ、肺に溜まった空気を無理矢理吐き出させた。

 

 酸素を求めて無意識的に大きく顎門を開くが、補給する暇を与える彼らではない。

 

 

「フ―――ッ!」

 

 

 跳び上がったホームズの右足が下顎に直撃し、ガチンッと閉じられた口内を通して発生した衝撃が脳を揺さぶり、一時的にハルドメルグの視界を真っ白に染め上げる。

 

 これまでとは比べ物にならないほどの、明確な隙。如何に、それぞれがなにかしらの自然現象などを体現している古龍といえども、“生物”という枠組みから外れる事は無い。その証拠に、先のホームズの一撃で脳を揺さぶられた事により、その間だけは完全に無防備になっている。

 

 

「宝具解放―――」

 

 

 駆け出したストレオの剣が眩く輝き始める。夜の世界を灯のように明るく照らし出す輝きを目にした途端、立香の脳裏に一つのビジョンが見えた。

 

 

「我が悲願は未だ彼方に在り、我が旅は未だ終わらず」

 

 

 それは、一つの嵐。雷鳴轟く豪雨の中、吹き荒れる突風に吹き飛ばされないように耐える、一人の狩人の姿。

 

 遠く彼方。彼が憧憬を抱く、一人の男がいる。

 

 鈍い銅色の鎧に、同じ色を持つ弓矢を背負った彼は、この嵐の中を、当たり前のように歩んでいる。狩人にとって、その背中は眩しいくらいに輝いていた。

 

 

「我が旅路阻むのなら、その全てを斬り捨てるッ!」

 

 

 男が振り返る。

 

 靄がかかったように朧気な輪郭。しかしその目は、その表情は、狩人(じぶん)を待っているように見えた。

 

 

「―――『夢想を駆けよ、我が剣舞(モンスターハンター)』ッ!」

 

 

 それは―――究極の剣撃だった。

 

 あらゆる無駄を排し、あらゆる雑念を捨て去った、ただ“進む”事のみを追求した剣舞。

 

 彼の生涯を通して積み上げられた、数多の経験。その全てを結集した、彼が保有する最強の攻撃手段(宝具)

 

 

「グオォ……」

 

 

 切り裂かれた箇所から夥しい血を流したハルドメルグが、最後に一矢報いようと周囲に形成させかけるが、数多の英傑達の攻撃を受け続けてきた彼に、水銀を操る余力など残されているはずもない。

 

 心臓もとうにその活動を停止した古龍は、膝を屈して倒れた瞬間に光の粒子となって消え、英傑達の前から姿を消した。

 

 

「……終わった……?」

「……あぁ、終わったよ。俺達の勝ちだ」

 

 

 呆けたように呟いたマシュにそう答え、ストレオは宝具の光が弱まっていく剣を地面に突き立て、片膝をついて瞳を伏せた。

 

 ハンターとは自然の調和を保つ者。決して、外敵であるモンスターを討ち滅ぼす存在ではない。自らの種族の繁栄の為に多くの命を奪った責任を、彼らはその五体に背負い続ける。

 

 これは、ストレオが考えた彼らの弔い方である。奪った命に対して謝罪と感謝の念を抱き、冥福を祈る―――たとえそれが単なる自己満足であろうと、彼……否、彼ら(ハンター)はそうせざるを得ないのだ。

 

 

『……素晴らしき舞であった、異邦の狩人よ。其方、カルデアから我が秦帝国に鞍替えする気は無いか?』

「嫌だね。俺は狩人だ。間違っても臣下にはならねぇよ」

『惜しいな。だが、其方がそう言うのであれば仕方あるまい』

 

 

 惜しい、と呟く始皇帝だが、その声色に心底からの悔しさは感じられない。戯れのつもりで誘ったのだろう。仮にストレオが頷いたとしたら軽く驚いていたところだろうが、どちらにせよストレオはこの帝国に“儒”を広める病原菌(カルデア)の一員。どちらの答えを取っても、彼が始皇帝の敵である事に変わりはない。

 

 

『芥、秦良玉。直ちに咸陽に帰投せよ。此度の褒美を与えねばならぬ』

「お言葉ですが、陛下。共通の敵が存在したとはいえ、この者らは我らの敵。ここで討ち果たすべきでは……」

『長年の凍結で感覚が鈍ったか? 今その場にいる者達は敵味方の区別なく疲弊しておるだろう。多多益善号も魔物によって全滅させられてしまった。疲弊しているのがカルデアだけであれば即刻排除を命じていたところだが、今は其方らも疲弊している。その白杆の槍は今後の為にとっておけ』

「……承知しました」

『芥もだ。其方にとって、カルデアとは是が非でも滅ぼすべき存在なのだろうが、今は撤退せよ。先程、会稽零式の改修が完了した』

「……ッ! それは……」

『不滅なる者よ。真なる者よ。朕はその在り方を尊ぶが故に、その本性を見失う様は見るに忍びぬ。まずは帰還せよ。そして、存分に言の葉を交わすがよい。其方が朕に従う理由はそこに在るのだろう? 悠久を越えて存えた者が、一時の激情に流されるでない。其方が本当に追い求め、手に入れる算段をつけたもの。それを忘却してはならぬ』

 

 

 始皇帝の言葉に、心中で「そうだったな」と呟く。

 

 一時は共闘したとはいえ、カルデアは愛する存在との愛しい時間を奪った敵に変わりはない。奪われた汎人類史を取り戻す為に取るしかなかった行動なのはもちろん把握しているが、そんなのは関係ない。項羽と過ごす時間を奪う者、その全てがヒナコ―――虞美人の敵なのだから。

 

 それに、この場にはいないあのサーヴァントの主も、きっと一時の激情に駆られて行動したりはしないだろう。彼女は目先のものに囚われず、自らの目的を失念しない。

 

 

「承知しました。……セイバー」

「はい」

 

 

 出現させた愛馬に主を乗せ、蘭陵王が「ハイヤッ!」と一声かけると、馬は甲高い嘶きを上げて駆け出す。

 

 

「汎人類史……悍ましき“儒”を撒き散らす者共よ。次(まみ)えた時は、我が槍術を味合わせてあげましょう。さらばッ!」

 

 

 続いて秦良玉が駆け出し、後にはカルデアだけが残された。

 

 

「芥さん、及び秦良玉、撤退しました……。古龍も討伐出来ましたが……」

「あぁ、利害の一致という形で共に討伐したが、今回の戦いは、我々に古龍の脅威を再確認させられるものだった」

 

 

 伝承に語られる古龍種とは、それぞれが“天災”と呼ぶべき能力を備えた化け物揃いだ。先程まで自分達が戦っていたハルドメルグはその一体でしかなく、現代まで伝えられる古龍達の特徴によっては、これよりも強力な者達がまだまだいるのだ。

 

 特にアンナが従えている、北欧異聞帯で巨人王スルトを圧倒した“煌黒龍”や、彼女が別に契約していると考えられる“黒龍”は、その古龍種の中でも別格―――規格外と言ってもいい存在だ。中国異聞帯を入れれば六つある異聞帯を全て攻略し、自分達の歴史を取り戻す為には、あの化け物達を相手取らなければいけないと考えると、誰もが憂鬱な気持ちになってしまう。

 

 

「ふぅ、疲れた。やはり術というのは面倒なものですねぇ。その点、人間の作る兵器は楽でいいです。引き金を引くだけですもの。私、その点だけは人間を評価しますわ。娯楽にしろ兵器にしろ、簡単に人を殺してしまえるところとか、最高です♡ 多多益善号(あれ)だけは百均に並んでても買いませんが」

「君は逃げ回ってただけのように思えるがね」

「言ってくれますね、探偵さん。あの古龍、貴方方がいなかったら間違いなく私だけ狙ってましたよ? そこのマスターやゴルドルフさんに食べさせた毒の解毒方法を知っている私が死ぬのは、貴方方には損にしかならないのでは?」

「その点については問題ない。なにしろ強力な助っ人が来てくれたんでね」

「は?」

 

 

 荊軻が指差した先。訝し気にそちらを見やるコヤンスカヤに、ストレオは紺色の液体で満たされた瓶を揺らして見せるのだった。

 




 
 秦編はあと二話で終わりですね。次回は少しボレアスとストレオの話を出して、次々回はアンナちゃんとパイセンの話を入れて終わりという感じで。

 その後はもちろんペペなんですが、その前にストレオの幕間を入れておこうかと。インド異聞帯のフロンティア古龍はどうしましょうかねぇ。暴れた瞬間オルジュナに消されますし。

 なにはともあれ、次回もよろしくお願いしますッ!


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暗黒の狂戦士

 
 秋葉原イベントでエリちが現地人の視線に晒されている中、あの衣装であるが故に色々見られてしまうのではないかと思いふつふつと怒りが湧いてきてしまう、厄介ヲタクになりつつあるseven774です。私、独占欲とか強いんでしょうか?

 サーヴァントもある程度増えたので、本格的にタワーイベントに挑むのは今回が初めてなのですが、大変ですね、あれ。でも面白い組み合わせでサーヴァントを登場させたりして、普段のイベントとは違う楽しみ方があって好きです。とりあえず50店全制覇しました。



 

 一騎当千の人馬魔将―――項羽。始皇帝がこの星そのものの支配を完遂した歴史に生きる彼の辞書に、『不明』の文字はない。

 

 約2200年分もの間、様々な出来事があった。

 

 幾多の国を滅ぼし、幾万の命を鏖殺し、ひたすらに秦帝国の領土を広げてきた。幾度の戦場においては、無数の困難、窮地が待ち構えていたものだが、その度に己はその全てを乗り越え、総てを力で捻じ伏せてきた。

 

 先の竹林の魔物との対決の際に負った損傷を修復すると同時に、あのような魔物と再度交戦する事となっても問題ないよう改修も施された。現在の緑色の炎に、骨で構成された一対の翼を有するその機体は、最早黄泉の国より現れた幽鬼のようではないか、と誰もが思うような姿となっている。

 

 しかし、彼女はその武を求めて、自分の所有権を求めたわけではないと言う。

 

 永劫の時を活動し続けても尚抱けなかった、“不明”という概念を初めて知った項羽は、なぜ自分を求めたのか、と異邦の仙女に問いかけた。

 

 

「全ては、貴方と共に生きる為です」

 

 

 迷う事無く、キッパリとそう答えたヒナコに、やはり不可解だ、と項羽は感じた。己の持ち得る全てを捧げた先に望むものが、ただ自分と在り続ける事だけなのが、なによりも不可解だった。

 

 

「その上で、ただ共に生きるのみを望む、と?」

「はい。それこそが我が悲願。2200年を越えて求め続けた、たった一つの祈りです」

 

 

 対するヒナコは、彼が自分の言っている事を不思議に思っている事を理解していた。

 

 それもそうだろう。自分と彼は過ごした世界(れきし)が違う。『秦ではない世界』を見届けてきた己の言葉に、彼が疑問を抱かないはずがないのだから。それどころか、なぜこの女性は『項羽という存在』に執着しているのかすら、理解できていないのかもしれない。

 

 

「そも、項羽とは何者か? 汝の過ごした歴史において、我、会稽零式は如何なる行いを為したのか?」

「……そうですね。貴方であれば、きっと語ればご理解いただける。カルデアスが為したのと同様、異なる条件、異なる因果を前提とする異聞を、演算にて仮想出来ましょう」

 

 

 そして、ヒナコが汎人類史の歴史を駆け抜けた、一人の英雄の話をする直前、一瞬だけ視線を項羽から外した。

 

 その視線の先にある気配が消えたのを確認し、ヒナコは口を開く。

 

 

「こちらの歴史において、貴方は陛下ではなく、秦に謀反した叛徒の手で起動されました。彼の名は―――」

 

 

 そうして、ヒナコは語り始める。項羽が、こことは異なる歴史の自分に己を投影できるように、ゆっくりと、はっきりと、語り始めたのだった。

 

 

 

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「さぁ、両手を後ろで組んでワイヤーで縛れぃッ! 足枷も忘れるなッ!」

「フォウ、フォーウッ!」

「えぇ、そこまでいたしますッ!? 先程助けてあげましたわよね、私ッ!?」

「……ゴルドルフ君、解毒薬を飲んでから元気いっぱいだね」

「嬉しそうにストレオさんのこんがり肉を食べていた表情、とても素晴らしいものでした」

「もちろんだろう? 初見こそ、調味料が一つもない、ただ焼いただけの肉を食わされるとはどういう事だ、と思ったが、あれはそんな考えが消し飛ぶくらい美味いものだった。ストレオ君、今度また食べさせてくれるかね?」

「あ、言っとくけど毎日あれを食べるのは許さないからね。栄養バランスはしっかり考えないと。だから、帰ったらしばらくは野菜生活ね」

 

 

 ダ・ヴィンチの一言に瞬時に青ざめた表情をするゴルドルフに、立香達はクスリと笑った。

 

 四肢を拘束されたあげくフォウに頭を踏まれまくっているコヤンスカヤは、そんな仲睦まじい彼らの様子に吐き気を催していたが。

 

 

「それで? 私を捕まえた理由は何です? 既にお二人は解毒されていますし、もう私に用はないのでは?」

「あるのだよ、これが。クリプター陣営とそれなりの関係を築いている君ならば、彼らが担当している異聞帯の情報を少なからず持っているはずだ。是非ともその情報をこちらに提供してほしい」

 

 

 彷徨海で出会ったシオンが事前に調査してくれたおかげで、これまで攻略してきた二つの異聞帯を含めたifの世界がどの場所に出現したのか、外部から見た各異聞帯の大まかな状況などは把握出来ているが、内部の情報までは得られていない。なにも情報がないよりも、一つでも攻略の手掛かりがあった方がうんと攻略の難易度は下がる。

 

 今自分達に必要な情報は、この中国異聞帯を成立させている空想樹の場所。ロシアで目撃した空想の根は、その天を衝くような全長故に、遠目から見てもその存在を認識できた。しかし、中国異聞帯(ここ)は違う。どこを見ても空想樹は影も形もない。となると、北欧異聞帯のように、どこかに隠されている可能性がある。

 

 キリシュタリア・ヴォーダイムが治めているとされる大西洋異聞帯の情報も欲しいところだが、今現在必要なのは中国異聞帯の空想樹を発見する事だ。優先事項を見誤ってはいけない。

 

 

「そんなの、自分達で見つけてくださいよ……と言いたいところですが、私も始皇帝には仕返ししたい気持ちでしたので、今回だけは特別サービスとして協力してあげましょう。可能なら芥さんに丸投げしたかったところですが、彼女、ここでの目的は果たしましたから、そろそろ別の異聞帯に行っちゃいますしねぇ……」

「なんだって? それはどういう―――」

「―――ッ! 下がれッ!」

 

 

 ダ・ヴィンチが問いかけようとした矢先、途轍もない圧力(プレッシャー)がその場にいる全員に圧し掛かった。

 

 

「おぉ……我が懐かしき(かたき)よ。ようやく、貴様と出会えた」

 

 

 なにもない地面に突如出現した灼熱の炎が上に昇るにつれ、一人の男性が現れる。

 

 闇を連想させる漆黒の鎧、爬虫類を思わせる金色の眼、そして頭部より後ろ向きに伸びる、一対の角。

 

 

「ッ! 先輩ッ! あのサーヴァントは……」

「アンナが従えていたバーサーカー……ッ!」

 

 

 この異聞帯にいるはずのないサーヴァントの出現に、立香を始めた全員が身構える。

 

 

「おや、貴方はアンナさんとこのサーヴァント。もしや、私を助けに?」

「残念ながら、貴様に用はない。私はそこの狩人に用がある」

「あら残念。しかし、貴方がここにいるとは思いもしませんでしたよ。ひょっとして、そちらの異聞帯の天敵であるハンターを狩りに来たとか?」

「それも違うな。ただ、懐かしき狩人の様子を見に来ただけだとも」

 

 

 一片もコヤンスカヤを助ける気のない様子で、バーサーカーはストレオを見る。

 

 

「あの男達と共に、私を殺した狩人よ。待っていたぞ。英霊となった貴様が、我が眼前に現れるこの時を」

「……ヘッ、俺もだぜ。俺は今度こそ、テメェを殺さなくちゃならねぇんだよ」

(……? どういう事だ?)

 

 

 二人の会話の矛盾点に真っ先に気付いたホームズが眉を顰める。

 

 自分達と対峙する英霊が言うに、彼はストレオともう一人の人物に打ち倒されたのに対し、ストレオ本人は彼を殺していないと口にしている。バーサーカーがその矛盾点に気付かないはずがないのだが、彼の様子を窺っても、ストレオの発言に違和感を感じている様子はない。これはいったい、どういう事なのだろうか……。

 

 

「ストレオ。偉大なりしモンスターハンターの一人にして、人類の守り人よ。此度の召喚の折、私は貴様の兄、クラシェと交戦した」

「クラシェ……兄ちゃんと?」

「マシュ、クラシェって確か……」

「はい。モンスターハンターの二章に登場した、古龍殺しの弓使いです。一章の主人公(ストレオさん)とは兄弟関係であったとか」

 

 

 バーサーカーとストレオの間に流れる空気を濁さぬよう、小声で会話する立香とマシュ。そんな二人の会話など聞こえていないかのように、二騎の英霊達は言葉を交わし続ける。

 

 

「私がここにいる時点で察しているだろうが、既に貴様の兄は亡い。私が退去させた」

「……ッ!」

 

 

 バーサーカーの一言に、ストレオの肩が揺れる。

 

 

「我が主は改革( ・ ・ )を望んでいる。細工( ・ ・ )によって数少ない人間達の村に現れた奴は同胞達と共に、モンスターと戦う術を教えた。私がクラシェらと交戦したのはその数日後だったが、挑んできたからには迎え撃たせてもらった」

「……一つ訊きてぇ。テメェは、兄ちゃん達をどうした?」

「無論、全力を以て叩き伏せたとも」

「……そうか」

 

 

 柄を握る手が震え、それは全身にまで伝播する。傍目からでも震えているのが見て取れる状態のストレオは、そんな自分を抑えつけるように一度深呼吸し、スッと目を細めた。

 

 

「……なら、狩人(オレ)はなにも言わねぇよ。嬲り殺しにしたって話なら、すぐにテメェに斬りかかろうとしてた。兄ちゃん達も悔しいだろうけど、全力で相手してくれたなら、文句は言わねぇはずだ。……だが」

 

 

 ギリと歯を食い縛り、ストレオが踏み出す。

 

 

「―――クラシェの弟(このオレ)は、許さねえッ!」

 

 

 地面を踏み抜いて一気にバーサーカーに肉薄。下方から灼熱の刃でその漆黒の鎧ごとバーサーカーを切り裂こうとするが、それは目にも留まらぬ速さで動いた刃によって弾かれた。

 

 攻撃が失敗したと理解するよりも先に、その身に刻み込まれた経験がストレオの体を操作し、バーサーカーから距離を取らせた。

 

 

「マスター。手は出すなよ。こいつは―――俺が倒す」

「……わかった」

「ほぅ、単独で挑むか。いいだろう、相手をしてやる」

 

 

 いつ出現させたのか、ストレオの攻撃を弾いたバーサーカーの手には、二振りの剣が握られていた。それを視認したストレオ達が、そこから漏れ出す悍ましき気配に目を顰める。

 

 

「ホームズ、あれは……」

「あぁ。あそこから感じる魔力……。あれは、()の星の聖剣に匹敵するものだろう」

 

 

 黒龍双刃【二天】。バーサーカーの真名を知る者からすれば、それはバーサーカーの分身と呼んでも差し支えない業物。資格なき者が触れれば、たとえその者が絶命した後も破壊の限りを尽くす、暴虐と破壊の双剣。

 

 

「―――来い」

「―――オオォッ!」

 

 

 長剣を手に、紅い弾丸が疾走する。

 

 迎え撃つは漆黒の斬撃。だらりとした体勢から跳ねるように振るわれた斬撃を、ストレオはすんでで盾で受け流す。 

 

 仄明るい切っ先がバーサーカーの腹部を貫こうと迫る。しかし、それをバーサーカーは弾かれていない方の剣を巧みに指を動かす事で回転させて弾く。

 

 

「チ―――ッ!」

「逃がすとでも思ったか」

 

 

 攻撃が失敗したと判断したストレオが飛び退くが、バーサーカーは一足で開かれた距離を縮め、苛烈な連撃を繰り出してくる。

 

 一抹の隙さえあれば、間隙なく首を落そうとするバーサーカーの双撃に、つけ入る隙などまるでない。

 

 残像さえ霞む高速の斬撃。一撃ごとにストレオを弾き、押し留め、後退させるバーサーカーの膂力は、油断した瞬間に狩人に必殺の一撃を叩き込むだろう。

 

 

「ふ―――ッ」

 

 

 喉元に喰らいつこうとした剣を弾き、バーサーカーの斬撃もかくやという速度で踏み込む。

 

 振り下ろされる赤刃。灼熱の軌跡を残して袈裟斬りにしようとしたストレオの反撃は―――

 

 

「―――クソッ!」

 

 

 素早く動いた右手の剣によって、惜しくも阻まれてしまった。そしてその隙を、バーサーカーが見逃すはずが無い。

 

 

「ぅ……ッ!」

 

 

 豆腐を切るように容易く、火竜を象った鎧の護りを突破した刃が、ストレオの体内に侵入する。

 

 異物が体内に侵入した不快感。鋭利な刃が内臓を傷つける凄まじい激痛がごちゃ混ぜになった感覚に襲われ、赤黒い血が口から吐き出された。

 

 

「ストレオッ!」

 

 

 立香(マスター)が悲鳴に近い声を上げ、マシュ達が息を呑む。今すぐにでも加勢すべきかとホームズ達が動き出そうとするが、次の瞬間には、それは杞憂であったと思わざるを得なかった。

 

 盾を消滅させて自由になった右手がバーサーカーの肩を掴み、なにをするつもりかとバーサーカーが身構えた瞬間―――

 

 

「ウ、ラァッ!」

 

 

 その顔面に、勢いよく頭突きをかました。

 

 

「―――ッ!? ぐ……ッ!?」

 

 

 互いに距離が空いていれば、いや、たとえ狭まっていようとまず当たる事のないであろう攻撃。しかし、今のバーサーカーは片方の剣をストレオに突き刺している状態。彼が剣を引き抜く前にはどうしてもストレオの眼前に立つ他なく、こうして予想外の攻撃を受けてしまったのだ。

 

 脳を揺さぶられたバーサーカーが軽く頭を振っている隙にストレオは自分に突き刺さっている剣を抜き、そのままバーサーカーを斬りつけた。

 

 

「ぬぅ―――ッ!?」

「お返しだこの野郎ッ!」

 

 

 辛うじてもう片方の剣で受け止めるも、バーンエッジよりも遥かに耐久力があるが故に全力で振るっても問題ないと判断したストレオの膂力によって吹き飛ばされる。続けてストレオはバーサーカーの心臓部を狙って剣を投擲するが、バーサーカーは即座にそれに反応し、飛来する剣を躱すと同時に柄を握り締めた。

 

 その隙にストレオが肉薄し、赤き刀身に眩い輝きを纏わせる。

 

 

「―――『夢想を駆けよ、我が剣舞(モンスターハンター)』ッ!」

 

 

 華麗にして苛烈。彼の人生そのものを象徴する剣舞がバーサーカーに迫る。

 

 強力な古龍さえも討伐せしめる連撃を前にしたバーサーカーは、双剣を握る力を強めて同じ速度で剣舞を迎え撃った。

 

 一合一合に凄まじい衝撃波が大地を捲り上げ、何者の介入も許さぬ攻防が繰り広げられる。数秒間拮抗した両者の剣戟は、バーサーカーが振り抜かれた斬撃によって左手の剣を弾かれた事によって終わりを告げた。

 

 

「ゼエェェヤアアァッ!」

「ぬうぅ……ッ!」

 

 

 袈裟斬りを受けた鎧が砕け、その奥にあった肌から赤黒い血が飛び散る。切り裂かれた箇所を押さえてバーサーカーが後退し、初めて膝をついた。

 

 

「ふ、ふふふ……。流石だな、狩人。ならば、私もそれに相応しい返礼をしようではないか」

 

 

 バーサーカーの姿が消える。どこに行ったのかと気配を探ったストレオは、すぐさま上空を見上げる。

 

 その背から暗黒の翼を広げ、上空よりストレオ含む星詠みの旅団を睥睨するバーサーカーは、不敵な笑みで浮かべていた。

 

 

「そこの者らも見るがいい。いずれ貴様らが打倒すべき敵―――その力の片鱗を見せてやる」

 

 

 頭上で交差させた双剣を赤いオーラが纏い、続いて紅蓮の炎が刀身を包み込む。

 

 

「マシュッ!」

「はいッ!」

 

 

 これまでストレオの意思を尊重してマシュ達を参戦しなかった立香だが、あればかりはストレオ単騎ではどうにもできないと判断し、最高のパートナーの名を叫ぶ。マシュも彼女と同じ気持ちだったのか、すぐさまストレオの前で盾を掲げる。

 

 

「劫炎よ―――焼き尽くせ」

「真名―――凍結展開。これは多くの(みち)、多くの願いを受けた幻想の城。呼応せよ―――『いまは脆き夢想の城(モールド・キャメロット)』ッ!」

 

 

 地面に打ち付け、固定されたラウンドシールドを中心に出現した、脆弱にして強靭な城壁が、双剣より放たれた紅蓮の斬撃を阻む。

 

 大気を焼き尽して燃え盛る斬撃が城壁に直撃する度に、マシュの全身を凄まじい衝撃が襲う。しかし、人類最後のマスターと共に数多の特異点を駆け抜けてきた彼女の意思は、この場にいる誰もが負けを認めるであろうほど強固である。

 

 

「は―――ああああああああああッッッ!!!」

 

 

 襲い来る衝撃を捻じ伏せるほどの雄叫びをあげた守護者に応えるかのように、白亜の幻城は綻びかけてながらも、彼女とその背後の仲間達を護り抜いた。

 

 

「……素晴らしい」

 

 

 力にして三割程か。この姿で出せる全力に近い一撃であったが、まさかこうも防ぎ切るとは思わなかったバーサーカーが、どこか感動したように息を漏らした。

 

 

「風前の灯火である汎人類史を護り抜く、堅牢なる盾か。人間め、よくもここまで技術を発展させたものだ」

 

 

 くつくつと楽しそうに笑ったバーサーカーは、地面に降り立つと同時に双剣を紅蓮の炎に変えて霧散させる。

 

 突然武装を解いたバーサーカーを、誰もが訝し気に見つめる中、バーサーカーは軽く手を上げて、自分にもう戦うつもりはないと意思表示した。

 

 

「なぜ武器を納める、狂戦士。負けを認めたというわけではあるまい。君はまだ余力を残しているはずだ」

「勘違いするな。今の私に貴様らを殲滅する気は毛頭ない。あくまで軽く手合わせをさせてもらっただけだ。それともなにか? 貴様らはここで、この旅を終わらせたいと?」

「とんでもないッ! 絶対にやめるもんかッ!」

 

 

 子どものように腕を振り回して憤慨したダ・ヴィンチにフッと小さく笑みを浮かべ、彼らに背を向ける。

 

 

「シュレイド異聞帯。然るべき試練を乗り越えた先に、我らが主と共に貴様らを待つ。その時は、我が真の劫炎を見せてやろう」

 

 

 去り際にそう言い残し、バーサーカーは炎に捲かれて姿を消した。

 

 

 

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 バーサーカー―――ボレアスがヒナコ達がいる咸陽に戻ると、そこではヒナコが項羽に、汎人類史での彼の在り方についての説明を完了していた頃だった。

 

 

「戻ったぞ、真祖」

「そう。カルデアは?」

「生憎だが、今の彼らを滅ぼすつもりはない。彼らには意地でも我らの異聞帯(せかい)に来てもらう必要がある」

「わからないわね。アンナがそこまで奴らに執着する理由はなに?」

「それはお前が知っているはずだろう。我が主の目的を聞かされているお前ならな」

「英霊を使えば事足りるというのに、カルデアまで利用する理由がわからないのよ。……まぁいいわ。そんな事、私には関係ないもの。では、項羽様、高長恭」

「了解した」

「はい」

「では、私から離れないように」

 

 

 掌から出現させた黒い球が丁度項羽が通れるサイズまで巨大化し、こことは異なる世界へ繋がる道となる。

 

 ヒナコ達はそこを通り、秦帝国を後にするのだった―――。

 




 
 ボレアスの劫炎についてですが、あの炎には僅かですが城特攻が入っています。かつてのシュレイド王国を焼き尽くした炎ですからね。リミッターをかけていたとはいえ、マシュが気を抜いた瞬間に背後にいた立香君共々消し炭になっていました。

 そして皆さん、明日は何の日かわかりますか? そうです、モンハンライズの発売日です。Twitterで見かけたのですが、社員にライズをプレイしてもらう為に明日を休みにした会社もあるみたいですね。ヤバイですね☆ 私は既にダウンロード版を購入しているので、即プレイできますとも。ワールド(IB)を持ってないので、XXからの進出ですが、早く新しいモンハンをプレイしたいですッ!

 次回、お前も■■■■になれ。


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不死者と覇王とナマモノと

 
 ライズが楽しすぎて更新をサボりそうでした……。なんとか仕上げられたのでよかったです。今のところ太刀一筋で狩猟しているのですが、今作でだいぶ強化された狩猟笛も使ってみたいんですよね。そろそろ私もカリピストに進化する時か……。

 XX進出人の私からすると、クーラー/ホットドリンクが消えたり、キャンプでご飯が食べられたり、剣士とガンナー装備が統一されたりと新鮮な体験ができました。まだストーリーは里も集会所もクリアできていませんが、来週までにはクリアしたいところですね。出せそうであればライズのラスボスもこの小説に出したいと思います。


 

「やぁやぁ。こうして顔を合わせるのは久しぶりだね、ぐっちゃん」

「ぐっちゃん言うな。……久しぶり、アンナ」

 

 

 項羽様と高長恭と共にシュレイド異聞帯に到着した私を真っ先に出迎えたのは、いつもと変わらぬニコニコとした表情のアンナだった。

 

 周囲を見渡してみれば、そこは数秒前までいた秦帝国とはまるで違う、所々が崩れた部屋だった。天空にはかつてその場所を遠目に見ていた時と同じように暗雲が立ち込めており、一切の太陽光を遮断している。故にこの地を照らすのは、このシュレイド城から突き出ている龍結晶と、壁際に設置された蝋燭の灯火だけだ。

 

 

「どんな世界だろうとは思っていたけれど、シュレイド城のこの有り様は、異聞帯でも変わらないのね。この世界はどういった経緯で剪定されたのかしら?」

「分岐点としては、シュレイドが滅ぼされるのを見て、もう二度と竜とは関わりたくないと判断したからだと考えてるよ。それ故にハンターが生まれず、こうして停滞するしかなくなった……とか」

 

 

 そう言われると、改めてハンターが世界に与えた影響の強さに驚かされる。ハンターの出現により、人類の時代は本格的に幕を開けたと言ってもいいだろう。一度はあの外宇宙からやって来た白き巨人に文明を滅ぼされるも、当時の人々は数多のモンスターを前に勇猛果敢に挑んだハンターの姿を思い描き、彼らが護り抜いた人間の歴史を終わらせてはならぬと決起し、崩れ去った文明を再建した。現代まで人類史が定まっていない状態で続いてきたこの世界では、白き滅びは訪れなかったのだろうかと気になったが、そんな事は関係ないと即座に切り捨てる。

 

 

「まぁ、そんな事はどうでもいいわ。ここにはカドックとオフェリアがいるんでしょ? 挨拶ぐらいはしときたいから、連れてきなさいよ」

「おや、珍しい。人間嫌いな君があの子達に進んで挨拶しようとするなんてね」

「私が嫌いなのは、私に危害を加えようとする人間達よ。他意がなければ普通に接するわ」

「なるほどねぇ。申し訳ないけど、今あの子達は出払っててね。あと数時間すれば戻ってくるだろうけれど、ここで待つのも退屈でしょ? どうせなら、自然溢れる場所で時間潰したらどう?」

 

 

 アンナが言うに、シュレイド王国周辺に広がる森林の中に、森林浴に最適な場所があるらしい。草食モンスターが多い割に肉食モンスターは全くと言っていいほどいないようで、アンナも時々そこで寛いでいるらしい。しかし、そこに辿り着くまでの道中に大型モンスターに襲われる事は稀にあるらしい。地下通路とはいえ、龍結晶のエネルギーを求めてやってくるモンスターは多いから仕方ない事らしいが。

 

 

「万が一、襲われても項羽()が戦わなくて済むように護衛もつけておくよ。カドック達と同様、君も私の客人だからね」

「気が利くじゃない。それで? その護衛ってのは?」

「ここにいるよ。アルバ」

「はっ」

 

 

 アンナが呼びかけた瞬間、黒を基調とした軍服に身を包んだ、紅色と蒼色の瞳を持つ女性のサーヴァントが現れた。なにもしていなくとも、アンナや“黒龍”以上に強烈な威圧感に身が竦むのを感じ、彼女がアンナの従えるサーヴァントの中でも最強の存在であると瞬時に察した。そして、その名前から、彼女の真名も理解できた。

 

 

「アルバって……まさか、“煌黒龍”を護衛に?」

「バルカンでも良かったと思ったんだけどね、あの子だとどうしても周囲を消し飛ばしちゃうの。大剣が主武器なのも考えものだよね。ミラオスも寝てばっかりなのはいけないから起こそうと思ってたんだけど、あの子は弓を使うからね。寝起きで撃たせたら変なところに行きそうなのが怖いし。その点、アルバはそういった心配をしなくて済むように加減して行動してくれるからね。こうして護衛に推薦したってわけ」

「畏れ多いわね……」

 

 

 人間態を取っているにしても、禁忌の中でも最強と名高い“煌黒龍”を護衛につけられると、どうしても委縮してしまう。星から生まれ落ちた精霊種や幻想種にとって、禁忌の古龍達は最早神にも等しい存在だ。そのリーダー格であるアンナがこんなお気楽すぎる性格が故に、私にはそういった感覚はまるでないのだが。もし彼女が幻想種の頂点に相応しい性格をしていたら、今のような関係にはなっていなかっただろう。

 

 

「君達の部屋はこの前雇ったアイルー達に用意させるからね。それじゃあ、アルバ。後はよろしくね」

「はい。では、こちらへ」

「またね~ぐっちゃん」

「だからぐっちゃんって言うなって何度言えば……ッ! って、そんな事を言っても貴女は止めないのよね……」

 

 

 アルバに先導されるがままについていき、龍結晶の輝きで照らされた地下通路を歩いていく。時計塔時代の記憶なんてほとんどないけれど、鉱石科の連中がこれを見たら発狂は免れられないだろうな、と考えてしまう。それに、サーヴァントと同じように周囲から魔力を貰って存在を保っている私としては、この地は私の性質ととても相性がいい。秦にいた頃はサーヴァントの魔力を取り込まなければかつての力を取り戻せなかったが、この場所に居続ければ、時間はかかってもかつての力を取り戻せるだろう。

 

 そういえば、とふと疑問に思った事を思い出し、前を歩く軍服のサーヴァントに声をかける。

 

 

「貴女、確か属性をコントロールできないんじゃなかったの? 見たところ、そんな様子には見えないけど」

「汎人類史の私のみであれば、卿の言う通りであっただろう。しかし、今の我が身には、この異聞帯の“煌黒龍”の魂も入っている。こちら側の私は、私が成し遂げられなかった属性の制御を完璧にこなしていた。生前の私が終ぞ手に入れる事の出来なかったその術を手に入れた今、最早私は己の力に振り回される事はない」

 

 

 汎人類史の彼女の居城と考えられた“神域”は、彼女の身から溢れ出す属性のエネルギーが周囲の環境に作用して作り上げられた領域だ。無謀にも彼女に挑む者は、彼女を相手取ると同時に、通常では考えられない捻じ曲げられた自然現象も相手にしなければならない。そんな、人間には達成不可能な試練を乗り越えた者がいるのだから、ハンターという存在は本当に化け物しかいない。

 

 地下通路の先に見えた太陽の光に思わず目を細めながら外に出て、鬱蒼と茂った森林の中を歩いていくと、少し拓けた場所に足を踏み入れる。

 

 

「これは……」

 

 

 どこか感嘆したような声を漏らしたのは誰なのか。私なのか、高長恭なのか、それとも項羽様か。しかし、誰もがその声を漏らしても致し方ない光景が、目の前に広がっていた。 

 

 天敵の肉食モンスターがいないためか、多くの草食モンスターが無防備と言ってもいいような状態で寝たり草を食んでいたりしている。そんな彼らの前には穢れを感じさせない川が流れており、木漏れ日を反射してキラキラと輝いていた。

 

 思わず見惚れてしまった私の存在に気付いたケルビが、私の隣にいる項羽様の存在に気付いてぎょっとするが、項羽様から害意を感じなかったのか、そのまま水を飲み始めてしまった。逃げ出さなかったのは意外だったが、この光景の素晴らしさは彼らの存在あってこそのものだ。逃げなかった事に感謝しよう。

 

 

「ここまで来れば安全だ。なにか食べるものを持ってこよう。貴殿らはここに」

「では、私も同行してもよろしいでしょうか」

「え? ちょっ、高長恭ッ!?」

 

 

 そのまま手を振ってアルバと一緒に森の中に消えていこうとする高長恭の肩を掴み、無理矢理目を合わせる。

 

 

「ちょっと、いきなり項羽様と二人っきりにしないでよッ! なにを話せばいいのかわからないじゃないッ!」

「ははは、そこはマスター自らが行動を起こすべきですよ。私がする事はなにもありませんよ。では、アルバさん、行きましょうか」

「えぇ」

「あ、待って待って、行かないで高長恭~ッ!」

 

 

 必死に呼び止めようとするも、高長恭はアルバと森の中に消えていってしまった。おのれ高長恭。帰ってきたらアンナが雇用しているアイルー達にフリフリのドレスを用意させて着せてやる。恥辱に塗れたお前の顔が目に浮かぶわ……。

 

 

「ふ、ふふふ……」

「楽しそうでなによりだ、虞よ」

「こ、項羽様……。申し訳ございません、このような汚い笑い声を漏らしてしまい……」

「謝罪する必要は無い。汝の歓喜は我が歓喜。蘭陵王殿には些か迷惑をかける事になるが、彼も了承してくれるだろう」

「……はい。そうですよね。……隣、よろしいですか?」

「うむ」

 

 

 少し気恥ずかしさを覚えながらも、項羽様の隣に腰を下ろす。項羽様も、今まで四腕に握っていた武具をまとめて傍に置き、その場で正座するように馬のような足を折りたたんだ。

 

 

「…………」

 

 

 まずい。なにを話せばいいのかわからない。いや、話したい事はたくさんあるのだが、どれから先に話していいのかごちゃごちゃになってしまっている。チラリと項羽様を盗み見ると、その双眸は遠くで水を飲んでいる草食モンスター達に向けられている。汎人類史でも異聞帯でも“覇王”と称されたこの方は、この光景を見てなにを思うのだろうか……。

 

 

「……穏やかな光景だな、虞よ」

「え? あ……はい」

 

 

 人型から遠く離れてしまった躯体であろうとも、その変わらぬ勇ましさを目にしてうっとりしていたところに声をかけられ、少し声が裏返ってしまった。少し恥ずかしい気持ちになった私が思わず顔を逸らして赤くなった頬を冷まそうとしている間にも、項羽様は言の葉を紡いでいく。

 

 

「このような光景は、秦帝国では終ぞ見る事のなかったものだ。こうして、異なる歴史を辿った世界で見るという事になったが、なんとも……素晴らしいものだな」

「……えぇ、その通りですね」

 

 

 そうか、と心中で納得し、私も項羽様が見ている光景を視界に収めようと顔を上げる。

 

 きっと、あの異聞帯でもこのような光景は見れたのだろう。ひたすらに自らの生活範囲を広げようと次々と動物達を住処から追いやった汎人類史とは違う歴史を辿った中国異聞帯は、必要以上に生活圏を拡張したりはしなかった。それ故に、あの世界の自然はほとんど壊されなかった。探そうと思えば、こういった場所は普通に見つかるだろう。

 

 けれど、始皇帝の治める地を広げる事のみを優先してきたこの方にとっては、このような光景を見る事はなかったはずだ。なにせ自然を感じる事と、勢力図拡大の関係性は皆無だったのだから。

 

 

「虞よ。項羽を喪った後、汝は私と邂逅するまで孤独の中に在ったか?」

「……はい。私はずっと、この時が来るのを夢見ながら、2200年という年月を生きてきました」

 

 

 項羽様を喪ってから、私はずっと孤独に生き続けてきた。他人との一切の関係を拒んで生活してきたわけではない。極稀にだが、私に害意を持たないと判断した他人と関わった事もあるにはある。アンナがその代表と言ってもいいだろう。しかし、彼、彼女らと関わっても、私の心の傷は癒える事などなかった。

 

 これは夢だ―――そう思った回数は、最早思い出せないくらいだ。万か、億か、兆か、京か、それとも垓か。今自分がいる場所が悪夢の中である事を祈って眠りに就き、そして日が昇った頃に涙する。

 

 嗚呼、あれは現実なのだと。あれは夢ではなかったのだと。あの方がいない世界に意味は無いと、目覚める度に絶望した。

 

 あの男(マリスビリー)のスカウトに頷いたのも、カルデアが誇る英霊召喚の技術で、喪ったあの方と再会する事が目的だった。歴史に名を刻んだ英雄達を使い魔として使役する、まさに傲慢な思考回路を持つ人間の為せる業だが、その時ばかりはその技術に感謝したくなった。

 

 “項羽の妻(虞美人)”という最高の触媒を用いて行った英霊召喚だったが、私の呼びかけに応じてくれたのは、セイバークラスとして現界した蘭陵王だった。別に彼に対して悪感情は抱いていない。こんな私の呼びかけに応えてくれたのだから、むしろ感謝したいくらいだった。

 

 それに、永らく再会を望んでいた項羽様とだって、異聞の存在とはいえこうして巡り合えた。カルデアがこちらに来る可能性はまだ残っているが、奴らがこの異聞帯を攻略する可能性は皆無だ。彼らが相手にするのは、生物界の頂点。生前よりも強化された、禁忌の怪物達。彼らに勝利できる者など、いる方がおかしいのだ。

 

 最早この異聞帯の継続は確定事項。これ以上望む事はなにもない。

 

 

「ふむ……」

 

 

 項羽様は私から視線を外し、空を見上げる。シュレイド城から少し離れているからか、空には暗雲はなく、清々しいまでの青空が広がっている。

 

 

「汝の歴史に生きた私は、最期まで汝と在り続ける事は叶わなかった。私は異聞のものでしかないが……汎人類史に生きた私も、汝を遺してしまう事は悔やんでも悔やみきれぬものであろう。故に、当機の優先事項は決定づけられた」

 

 

 再び視線を私に戻し、項羽様はその揺るぎない双眸で私を見つめる。

 

 

「虞よ、私は汝を護り続けよう。もう二度と、汝を孤独という牢獄に捕らせはしない」

「項羽様……。……?」

 

 

 項羽様から告げられた誓いの言葉に爆散しそうになりかけた瞬間、近くの茂みがガサガサが揺れた。

 

 害意は感じない。しかし、万が一の事があってはならないと項羽様の盾になるように立つが、不思議な事に項羽様はなにもしない。高度な演算機能を有している項羽様が傍らに置いている武器を手にしないという事は、これから茂みから出てくるであろうなにかは、私達に危害を加えない存在なのかもしれない。

 

 いったいなにが現れるのか。そんな事を思いながら茂みを睨んでいると―――

 

 

「フゴゴ」

「モスがいなかったからプーギーを使ってみたけど、見つけてくれるかねぇ……キングトリュフ」

 

 

 ……なに? このアイルーとは違う、猫みたいで人みたいな金髪のナマモノ。

 

 

「あん?」

 

 

 あ、目が合った。

 

 

「おやぁ? ひょっとして貴女、アタシと同じ精霊種? その身から迸るアースのエネルギー。それ、精霊種特有のものとお見受けするが?」

「……開口一番になにを言うのよ。まぁ、間違ってはないけど。……待って。あんたも精霊種? そのふざけたナリで?」

「あらひっどい。貴女にはデリカシー的なサムシングがないのかしら。アタシ、れっきとした猫精霊類グレートキャット科よ。え? 知らにゃい? 残念。ま、いっか。美女と猫は少し謎めいている方が魅力的……そうは思わにゃいか?」

「あんたは謎めいてるじゃなくて、単に得体が知れないだけじゃない」

「そうとも言う……いや、にゃに言ってんだ、おい。―――ところで」

 

 

 そこで謎のナマモノはじっと私の顔を凝視し始める。

 

 陳列された商品を値踏みするかのような視線に対抗するように、私は不快感全開の視線を返すが、しかしナマモノはまるで動じない。マイペースの極致にいるのだろうか、こいつは。

 

 

「いい顔立ちしてるじゃにゃい、イモータルガール」

「……だったらなによ」

「眉間に皴寄ってんのがあれだけど、妥協しちゃいましょう。お前、アタシと同類ににゃらにゃい?」

「は? なに言ってんのよ。なるわけないじゃな―――」

「まぁ答えは聞かにゃいんだけどね。喰らえィ、ネコミミ神拳ッ!」

「え、ちょっと、きゃあッ!?」

 

 

 予備動作無しで飛びかかってきたナマモノに、半ば不意打ちのような形で頭に張り付かれる。続いてぽかぽかと頭を殴られる感触。しかし軽く叩いているのか、それとも単に非力なだけか、痛みはまるで感じない。

 

 

「こ、のッ! 離れろッ!」

「あらぁ~」

 

 

 顔面に張り付くナマモノを引き剥がして地面に叩き付ける。が、ナマモノは何度かバウンドしても痛みを感じている様子は皆無だ。本当になんなんだこいつは。

 

 

「お前、私になにをしたッ!」

「にゃにって、ちょいと頭にこれ( ・ ・ )くっつけただけよ。はい、丁度ここに手鏡があります。どこから取り出したかは企業秘密」

 

 

 自分の耳を指差しながら言うナマモノに手渡された手鏡で自分の頭を見る。

 

 ……あぁ。ついてる。なんか生えてる。頭から生える、猫の耳が。

 

 

「……貴様。よくも私の頭にこんな得体のしれないものをッ!」

「ぐぎぎ……タンマタンマッ! 動物虐待反対ッ! 精霊虐待反対ィッ! でもでも~そちらのロボはいい反応をされているようで」

「……ッ!? なんですって?」

 

 

 首を締め上げていたナマモノを放り投げて、今まで静かにされていた項羽様の様子を窺う。項羽様は猫耳が生えている私を見て、そっと一言。

 

 

「虞よ。我が妻よ。汝に惚れ直したぞ」

「ナマモノ。あんたいい奴ね。良かったら友達にならない?」

「おおう、手首が捻じ切れそうな勢いの掌返し。呆れを通り越して感心しちゃう。あ、言っとくけど、その耳は二~三時間で消えるから、ずっとそのままじゃないので悪しからず。あと、アタシはナマモノじゃなくてネコアルク。覚えておけ」

「そう……残念ね。いっそペットとして飼っちゃおうかしら」

「やめてくださいよ。アタシにも猫精霊なりの生活ってもんがあるのよ。そんじゃ、アタシはこのへんで。仲間達にキングトリュフを届けにゃきゃにゃらんのでね」

「ただいま戻りました。マスター」

 

 

 プーギーに乗ったネコアルクが茂みの中に消えていこうとした直後、果物やらなにやらを抱えた高長恭とアルバが戻ってきた。

 

 ……いい事思いついたかも。

 

 

「ネコアルク、ちょっと待ちなさい」

「え~まだにゃんか用? いい加減キングトリュフ探しに戻りたいんだけど」

「さっきあんたが私にやった、ネコミミ神拳? それ、彼にやってあげられない?」

「マ、マスター?」

 

 

 なにやら嫌な予感を感じたのか、少しずつ後ろに下がっていく高長恭。生前の逸話から顔面そのものが宝具となってしまった彼の素顔を隠す役割を持つ仮面の奥を夢想するようにナマモノがじっと彼を見つめる。

 

 

「出来にゃくはにゃいね」

「それじゃ、頼んだわよ」

「あの、マスター……? 状況が飲み込めないのですが……」

 

 

 私の頭に生えているネコミミとネコアルクを困惑気味に見つめる高長恭に、私はネコアルクと頷き合う。

 

 

「「―――お前もネコミミになれ」」

 

 

 

 さ、早く帰ってアイルー達に高長恭に着せる女性服を作ってもらおう。

 

 

 

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「あっはっはッ! まさかそんな事があったなんてね。だから帰ってきた時に二人共ネコミミつけてたんだ」

「えぇ、あの時の高長恭ったらかわいいったらありゃしない。今夜はゆっくり休めそうだわ」

「私はどっと疲れましたよ……」

 

 

 アイルー達によって用意された大部屋。そのベランダに配置されたテーブルにつき、フリフリのメイド服を着た高長恭が淹れた紅茶をアンナと一緒に飲む。

 

 

「いいじゃん別に。減るもんでもないし。似合ってるよ? 蘭陵王君」

「うぅ……このような辱めは受けた事がありません……。いっそ殺してください……ッ!」

「駄目よ。貴方は私のサーヴァント。死ぬ事は許さないわ」

「常時であれば感激しますが、今回ばかりは反応に困ります……」

「というか、そういう事ならアルバもネコミミにしてもらえばよかったのに。君も似合うと思うけどなぁ」

「冗談を。私のような者に、あんな可愛らしいものは似合いません」

「そうやって君はいつも遠慮する。もう君は属性を制御できてるんだから、もう少し女の子らしく生活してもいいと思うんだけどね」

 

 

 冗談とは思わせない声色で(あね)に言われても、最強の古龍はなにも言わない。ただ首を横に振るだけだ。そんな彼女にアンナは残念そうに肩を竦める仕草をし、私に視線を移してくる。

 

 

「ちょっとした騒動はあったみたいだけど、ちゃんとリラックスできた?」

「えぇ、項羽様と共に過ごす時間は、いつだって私を癒してくれる。あの場所を紹介してくれてありがとう。感謝するわ」

「ふふっ、どういたしまして」

 

 

 穏やかな笑みで頷いたアンナが、ふとシュレイド王国の外に広がる世界に目を向ける。

 

 

「ここは人間に支配されてもいなければ、神にも支配されていない、支配者のいない世界よ。だからこそ、人や神によって定められた摂理がなく、誰もが思うままに生きられる。この時間を永遠に続けられるかどうかはわからないけど……君達の安全は保障してみせるわ」

「……ありがとう、アンナ」

 

 

 いつになく真剣な面持ちのアンナにふっと微笑む。こういう時の彼女は、項羽様の次に頼りがいのある存在だ。いつものお気楽モードも嫌いではないが、私としては、こちらの方がいい。

 

 人でも神でもなく、ただ本能のままに生きる竜種が頂点に君臨する世界。故に支配者はおらず、今後誕生するとアンナが確信しているらしい“王”もまた、この世界においてはただの一個の命でしかない。

 

 それでも、人や神の時代よりはマシだ。あるがままの自然を保ち続けているこの世界は、私にきっと、本当の安寧を与えてくれるかもしれない。

 

 それが私には、とても嬉しかった。

 

 けれど―――

 

 

「ところでアンナ」

「なにかしら?」

「ネコアルクって……結局のところなんなの?」

「……知らなぁい」

 

 

 あのナマモノの謎は深まっていくばかりだ。

 




 
 素の実力でサーヴァントに勝てる戦闘力で、地下に行けばこんな奴らがうじゃうじゃいる王国がある……本当になんなんですかねネコアルク。

 fgoがエイプリルフールで新しいアプリを出しましたが、色んな楽しみ方ができていいですね。エイプリルフールが過ぎてもやっていたいです。

 それでは、次回もお楽しみにッ!


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予兆

 
 皆さんこんばんは、FGOACの方で最後の特異点「臨界繁栄都市バビロン」が実装予定という話を聞き、いよいよラスボスマザーハーロット説が濃厚になってきた現状にワクワクしているseven774です(しかしこの男、ACやってない)。

 とりあえずライズは里クエ&集会所クエをクリアしました。

 アップデートで追加されると思いますが、新古龍の情報がもっと欲しいところですね。可能であれば平安京で出したいと思っておりますので。

 そういえば先日、落し物を交番に預けましてね。道路の真ん中にパソコンバッグがあったので、踏切で車が止まった隙に拾ったんですが、恐らく仕事道具一式が入ってたので、早く所有者の手元に戻る事を祈っています。久々にいい事をしたと思いましたね。

 今回は予定を変更して導入です。シュレイド異聞帯について少し話します。



 

 惑星とは、一個の生命体である。

 

 己が身を傷つけようとする者がいるのであれば、己が有する権能を用いて排除する、一つの生物である。

 

 星が永遠不滅の存在でない事ぐらい、この星に住む誰もが把握している。彼らにとっては途方もない先の未来の話ではあるが、いつかは自分達と同じように、この星も寿命を迎えて滅ぶと、誰もが理解している。

 

 心配する事はない。自分達は星よりも先に死ぬのだから―――それは、安堵とも言えるのだろうか。まだ生きていたいのに、星と運命を共にする事態に直面する事がない生命体達は、無意識下に安堵しているのかもしれない。

 

 だが、それがもし唐突に起きたのなら?

 

 常識の通用しない外側からの侵略に対して、今の人類はあまりにも無力だった。

 

 如何に星のバックアップを受け、誰もが知らぬ間に世界を救っているこの世界でも、埒外の侵略行為にはほとほと無力に過ぎなかった。

 

 彼らでは駄目だ。彼らでは無理だ―――そう地球(マザー)が判断したのは、侵略が行われてすぐの事だったろう。

 

 故に、失われた本来の歴史を取り戻す役目を、人類最後のマスターに課せた。

 

 だが―――まだ足りない。足りるはずがない。

 

 己が有する最強の防衛装置―――“禁忌”の古龍種が裏切った。

 

 一体だけでもこの星を滅ぼす事が可能な、最強の幻想種。別次元と言っても過言ではない、絶対強者達。

 

 彼らに対抗するには力が必要だ。かつて彼奴等を打倒した狩人だけでは足りぬ。

 

 探せ、探せ。禁忌を打ち破る者を探し出せ。

 

 場所はどこだっていい。我が手が伸びる範囲、全てを探せ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平凡も平凡、目を見張る才能もない。しかし勇気はある。

 

 禁忌を打ち破る者は、勇敢なる者でなくてはならない。

 

 力を与えよう。禁忌に匹敵する無類の力を。

 

 壊れようが壊れまいが構わない。

 

 ただ最後に―――禁忌を殺す事が出来れば、それで充分だ。

 

 

 

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「ここですね」

 

 

 茂みに隠されるようにされていた洞穴を発見し、蘭陵王は愛馬から降りる。

 

 ここは深い森の奥地。以前主やその夫と共に訪れた場所よりかは劣るが、木漏れ日や吹き抜ける風が心地よい、平時であれば休息日に通いたいと思える場所だが、今はその時ではない。

 

 このシュレイド異聞帯を管理する役目を背負ったクリプターから受け取った地図を広げ、バツ印が刻まれた場所と今自分がいる場所を照らし合わせ、目の前にある洞穴が目的地に続く道であると確信する。

 

 

「ご苦労様、ゆっくり休んでくれ」

 

 

 ここまで連れてきてくれた愛馬を優しく撫でると、愛馬はブルルと鼻を鳴らして消滅。今度召喚する時は、思う存分に草原を駆けさせたいと考えながら、洞穴に足を踏み入れる。

 

 彼がここに来た理由は、アンナにこの先にある村で住人の生活を支えてほしいから、と頼まれたからである。

 

 主であるヒナコが自分や項羽と共にこのシュレイド異聞帯にやって来る前、住居を提供する条件として、蘭陵王に自分の仕事を手伝ってもらうという話が出された。悪行でない限りは蘭陵王自身も反対する気は無かったため、彼女の申し出に頷いた。そして今、彼はアンナの指示を受けてこの洞穴を歩いている。

 

 アンナ曰く、今自分が歩いている洞穴以外にも存在する、この先にある村へと続く道には獣除けの結界を施しているらしく、それがこの異聞帯では絶滅間近である人類が安全に生活できるコロニーを守護しているそうだ。その点で言えば、かつて主から聞かされた、北欧異聞帯の王が巨人や氷の獣から現地人を護る為に取った行動と似ている。

 

 自然に出来たとは思えない、松明で照らされた通路を歩いていくと、周囲が純白の壁が如き岩で囲まれた村に出る。

 

 

「―――何者かね?」

「―――ッ!?」

 

 

 突然真横から声をかけられ、思わず右手を腰に差した剣の柄に伸ばしかける。が、声をかけた存在からは敵意といったものは感じ取れず、声が聞こえた方へと視線を向ける。

 

 

「ふむ、滅多に訪れない客人かと思ったが、よもやサーヴァントだったとは。君も抑止力に召喚された口かね?」

「貴方は……?」

「生憎と、既に名前と呼べるものは失ってしまってね。そうだな……“無銘”とでも呼んでくれ。君は?」

「蘭陵王と申します。此度はセイバーのクラスで現界しました」

「ほぅ……音に聞く“斉の軍神”か。君の逸話は聞いているよ。……ついてきたまえ」

 

 

 束ねた白い長髪に、サイバーチックな赤い外套を羽織った、顔の右半分に火傷の後を負った青年の後をついていく。

 

 

「貴方はどれくらい前からここに?」

「一、二か月程、といったところか。最初こそ、共に召喚されたサーヴァントと共に、空想樹伐採を目指し行動していた。……しかし、古龍種に深手を負わされてね。辛うじて撃破出来たが、私は戦線を離脱せざるを得なくなった」

 

 

 風に靡く右袖を見せつけるように動かした無銘は、そのまま歩きながら話を続ける。

 

 ここに召喚されてばかりの頃、彼は一緒に召喚された槍兵と共に空想樹伐採を目指したが、道中に炎を操る番いの古龍と交戦する事になり、なんとか無銘の固有結界と槍兵の因果逆転の呪槍で討伐せしめたという。しかし代償に、無銘は二体の古龍の大技を防ぐ為に張った障壁を貫通してきた業火によって右腕を失い、右半身に大火傷を負い、槍兵に至ってはトドメを刺した瞬間に、雄の古龍が最期の足掻きで繰り出した反撃が原因で退去してしまったそうだ。

 

 

「戦えない身となっては、この異聞帯に留まる理由はないと思い、自刃しようとしたんだがね。偶然通りがかった青年に助けられ、この村に案内されたというわけだ。以来、私はここで彼らの生活を支えているというわけだ」

「あ、無銘さんッ!」

 

 

 無銘が己の名を呼ぶ声がした方角へ視線を向ける。蘭陵王もそこへ視線を向けると、そこには子ども達と共にポポの世話をしていた一人の男性の姿があった。

 

 

「彼は?」

「先程話した、私を助けてくれた男だ。エリシオと言う」

「無銘さん、そちらの方は?」

「先刻、この村に入ってきた者だ」

「蘭陵王と申します。よろしくお願いします」

「らんりょうおう……不思議な名前ですね。僕はエリシオと言います。よろしくお願いしますね」

 

 

 人懐こい笑みと共に差し出された手を、蘭陵王は微笑みと共に握る。生前、将として様々な人間を見てきた蘭陵王であるが、彼の目で見てもエリシオは裏表のない人物のように思え、人に好かれやすい性質の持ち主だと直感的に感じた。

 

 

「そろそろ昼時だ。食事にするかね?」

「そうですね。この子達も、そろそろお腹を空かす頃でしょうし」

 

 

 ポポの子どもと戯れる少年少女達を見やり、エリシオは無銘に口を開く。

 

 

「料理は僕に任せてください。その腕では、満足に作れないでしょう?」

「申し訳ないな。頼む」

「私もお手伝いしても?」

「もちろんです。どうぞ、こちらへ」

 

 

 案内された家屋の台所に立ち、蘭陵王は無銘とエリシオと共に料理を作り始める。

 

 

「蘭陵王さんは、無銘さんと同じようにモンスターを狩るんですか?」

 

 

 包丁を手に野菜を切っていくエリシオの問いかけに、蘭陵王はどうしたものかと一瞬口ごもるが、答えないのは彼の性分に反したので、過去の記憶を基にして返事を返す。

 

 

「一度だけですが、大型のモンスターを狩った事があります。それまでは彼らの目を偲んで旅をしていましたので」

「大型モンスターを……。それは凄いですね。僕なんて、鍛えてもまだ小型しか狩れませんから……」

「落ち込む必要はない。君は、君のペースで成長していけばいい。決して無茶を働くなよ」

「わかってますって。……あ、しまった」

 

 

 なにかを思い出したのか、溜息をついたエリシオは「すみません」と蘭陵王達に頭を下げる。

 

 

「ポポのミルクを持ってくるのを忘れてました。それと、レオニダスさんに今日の稽古はお休みすると伝えてきます。少し外します」

「了解した。行ってきたまえ」

 

 

 踵を返して遠ざかっていくエリシオの背を見送る無銘に、彼の言葉にひっかかるものを感じた蘭陵王が口を開く。

 

 

「レオニダス……。もしやそれは、彼のスパルタの?」

「む? あぁ、そういえば話していなかったな。彼もこの村にいる。今はエリシオを含めた男達の指導をしてくれている」

「という事は、彼も狩りに?」

「相手は草食モンスターだがね。必要な場合には小型の肉食モンスターも狩るが、その時には私も出る。片腕だけでは弓兵(アーチャー)の名折れだが、私はどちらかというと白兵戦の方が得意でね。貴重な労働力を喪うわけにもいかないからな。さぁ、こちらへ。調理を始めるとしよう」

 

 

 そういって近くにあった家屋に入り、蘭陵王は無銘と共に料理を作り始める。

 

 

「……少し、私の想像していたものとは違いました」

「なにがかね?」

「この村の……いえ、この異聞帯に暮らす人々の在り方です。竜種が支配している世界、とは聞いていましたが、彼らもただ怯えているだけではないのですね」

「そういった場所が皆無、というわけではない。ここは私が訪れた村の中でも格段に平和と言っても過言ではない場所だ。ここは他の村からの難民を受け入れていてね。自然と、皆助け合って生活するようになっている」

 

 

 モンスターに襲撃されて村が壊滅した者、単なる自然災害で故郷を失った者―――経緯はどうあれ、この村にはそういった事が原因でこの地にやって来た者が多いそうだ。

 

 誰もが大切な家族や場所を失う哀しみを知っている。だからこそ、同じ地に集った仲間達を、共に暮らすこの地を護る為に、各々が自分に出来る事をやり通そうとしている。

 

 そういう点で、この村の近辺にレオニダスが召喚されたのは運が良かったと捉えるべきだろう。現代でも使われる『スパルタ教育』の語源となったスパルタの王を務め、力無き者達を立派な戦士に育て上げる術に長けている彼がいてくれたおかげで、肉食モンスターを狩る事になっても死傷者の数は少ない。モンスターに故郷を奪われた者達の中には、種族は違えどモンスターは憎き怨敵であると定めて無茶をする者がいたりと、まだまだ危なっかしいところもあるが、いずれは彼らだけでも小型のモンスターを狩るには充分な戦闘力を有する事になるだろう。

 

 

「その点、エリシオは上手く自分を制している。彼もモンスターに故郷と家族を奪われた者の一人でね。目の前で家族を喰われたそうだ。憎悪を抱いても不思議でないのに、彼はそれに呑まれず、ここで暮らしている」

 

 

 心優しい性格故に争いは好まないが、必要とあればモンスターの命を奪う行為も許容する―――それがエリシオという人間なのだ。

 

 必要以上にモンスターを痛めつけたりもしない。彼は生きたままモンスターに貪り食われる家族の姿を見てしまったのだ。即死だったならまだしも、まだ意識がある中臓物を引きずり出されて喰われていく痛みは想像を絶するに違いない。その痛みを、種族は違えど同じ“命ある者”に与えたくないと、無意識に考えているのだろう。だからこそ、彼はレオニダスやまだ隻腕でなかった頃の無銘に、素早く相手の命を刈り取る術を学んだ。

 

 飲み込みが早いわけではなく、力も優れているわけでもない。それでも狩猟の心得はしっかり会得している。

 

 

「こんな事を言っても無駄かもしれないが、私は彼に期待している。たとえ、空想樹を伐採すれば消える定めに在ったとしても、彼の将来を見てみたいと思ってしまう」

「無銘殿……」

「ここが異聞の歴史であったのが、彼を含めたこの地に住む者達の不幸だろう。剪定事象……可能性ある世界を存続させる為とはいえ、複数の世界を切り捨てるとはね。これは彼の宝石翁であっても、確立は不可能……というわけか」

 

 

 悟った老人のような、どこかもの哀し気な表情で外で遊ぶ子ども達を見ていた無銘。しかし、途中で蘭陵王の視線に気づき、「すまない」と一言謝った。

 

 

「……いかんな。どうにも最近、センチメンタルな気分になりやすい。先程の事は忘れてくれ。どのみち、この異聞帯の未来に希望はない。歴戦の古龍種に打ち勝てる者など、我らサーヴァントを除いて他にない。私も、このまま燻っているわけにはいかないな」

 

 

 かつて使用した夫婦剣は使えず、弓も撃てない身であるが、隻腕には隻腕なりの戦い方がある―――そう言い終えた無銘に、蘭陵王はなにも言えなかった。

 

 それは遠回しに、サーヴァント(じぶんたち)の助けがなければ、この異聞帯は永遠に竜の世界で在り続ける、と言っているようなものだった。武器を手に戦い、現代を生きる者達に道を指し示す英霊達がいなければ、今のようにエリシオ達はモンスターに対抗する術を身に着けなかっただろう。無銘はそれを確信していた。そしてそれは、蘭陵王もまた同じだった。

 

 

「なにか話していましたか?」

 

 

 そこへ、ポポから搾り取ったミルクが入った桶を持ってきたエリシオが返ってくる。そんな彼に「他愛もない話だよ」とにこやかに返す無銘。その表情に先程までの哀しみは微塵も存在しない。

 

 

「さぁ、調理を再開しようじゃないか。蘭陵王、そちらの肉を持ってきてくれるかね」

「えぇ」

 

 

 無銘の指示を受け、片隅に積まれていた保存された生肉を取りに行く蘭陵王。

 

 

「……」

 

 

 そんな二人に対しなにか言おうとしていたエリシオだったが、開きかけた口はすぐに閉じられ、蘭陵王と無銘の手伝いをすべく動き始めたのだった。

 




 
 無銘ってステータスどころか所有している宝具もエミヤより強力ですよね。snじゃ投げボルクを間一髪で防ぎ切った『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』が無銘だと完全に無効化できるようになってますし、膨大な魔力を使うとはいえエクスカリバーも投影できますからね。

 次回もこの話が続きます。それが終わったらストレオの幕間を投稿して、インドを飛ばしてギリシャ異聞帯、という予定でいきます。

 最近戴いた感想の中で『辿異種なのに弱い』という意見を戴きました。これはやはり、以前登場させたイナガミとハルドメルグを通常個体にしておくべきですかね? 辿異種かそれに相当するクラスは、本当に強力な敵として登場させる古龍に与えるべきでしょうか。そちらの方が皆さんも楽しめると思いますし。一応、アンケートを取らせていただきます。非常に身勝手な話ですが、協力していただきたいです。見切り発車、するものじゃないですねぇ……。

 それではまた次回ッ!


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幻影にして未誕の王

 
 アンケート回答、ありがとうございました。皆さんの意見を募集した結果、強力な個体だけ強化するという事になりました。よって、これまでに登場したイナガミとハルドメルグを通常種に戻させていただきました。

 今回で一先ずシュレイド異聞帯現地人の話はおしまいです。次回は幕間ですね。

 あっ、今回一万文字突破しました。ヤバいですね☆


 

 なぜこんな事になった。

 

 自分達がなにをしたというのか。

 

 絶望の悲鳴が響き渡る中、物陰に身を隠したエリシオの脳裏にはこの二つの言葉しかなかった。

 

 自分が生まれ育った地に突如として出現したその怪物―――“恐暴竜”イビルジョーが一歩踏み出せば、その分全身から冷や汗が溢れ出し、決して開けまいとキツく結んでいた口から絶叫を上げそうになる。

 

 

「お兄ちゃん……ッ!」

「大丈夫だ……。しっ、静かに」

 

 

 ボロボロと大粒の涙を零す、最後の肉親である妹の体を強く抱き締めた途端、魂を揺さぶるような咆哮が轟いた。

 

 逃げ惑う人々の絶叫を獰猛な咆哮が塗り潰し、それに気圧された男がすぐそこで転んだ。涙に塗れ、とてつもない恐怖にガチガチと歯を鳴らす、見覚えのある男性は、次の瞬間には怪物の足に踏み潰された。

 

 目の前で知人が殺された。今朝までは夢にも思わなかった出来事を前にし、エリシオはただ絶句するしかない。咄嗟に妹の目を塞いでおいて正解だった。この子があんな光景を見てしまえば、きっと絶叫していたに違いない。

 

 そうこうしている間にも、怪物は蹂躙と破壊を繰り返す。

 

 ドス黒いブレスが人々を家屋ごと消し飛ばし、それが過ぎ去った後には木っ端となった木材と、ぐちゃぐちゃになった肉塊が残される。怪物は仕留め損ねた獲物を遠くに見つけたのか、そのまま地面を揺るがしながら遠退いていった。

 

 

「……行った?」

「……行ったみたい」

 

 

 物陰からこっそり様子を窺い、イビルジョーがいないのを確認した後、妹を引っ張り出す。

 

 

「みんなは……」

「……」

「あぁ……そんな……」

 

 

 兄に聞かなくともこの惨状から理解できたはずなのに、それでもと一縷の望みを賭けるように呟いた妹に、エリシオはただ首を横に振るだけだった。

 

 

「……行こう。ここはもう、僕達の住める場所じゃない」

「……うん」

 

 

 可能ならば、無念の死を遂げた知人達を埋葬したい。しかし、イビルジョー以外の肉食モンスターが彼らの血肉に引き寄せられてやって来たら、今度こそ自分達は終わりだ。

 

 少し前にこの村を訪ねてきた旅団を名乗る者達が、ここから大分遠いが、モンスターや自然災害によって故郷を失った難民達を受け入れている場所があると教えてくれた。

 

 距離は定かではないが、方角ならば覚えている。いつ頃到着するかはわからないが、ここで足踏みしているよりはマシだろう。

 

 涙を拭って立ち上がった妹と頷き合い、歩き出そうとした刹那―――

 

 

 パキリ、となにかを踏み砕くような音が背後から聞こえた。

 

 

 殺気。飢餓の視線。獲物を狙う、捕食者の眼光。

 

 本能的に察せた。今自分達の背後にいるのは、まさしく人類(じぶんたち)の天敵であると。

 

 見たくない。幻聴だ。こんなに早く来るはずがない。そう何度も言い聞かせるように反芻させるが、生物というものは視界の外からの音には敏感だ。その音の根源が己にどのような影響を齎すのか把握しなければならないと、無意識にそちらへと視線を動かしてしまう。

 

 どうか幻であってくれと祈る。しかし―――それは徒労に終わった。

 

 

「グルルルル……」

 

 

 涎をだらだらと垂らしながらも、ギャアギャアと姦しく吼える子分達を制止させている鳥竜が、そこにはいた。

 

 イビルジョーがいなくなった隙を突いて現れたのか、それとも血肉の臭いに引かれてやって来たのか、定かではない。しかし、これだけはわかる。

 

 自分達は、最悪の可能性を引き当ててしまったのだと。

 

 

「……ッ!」

 

 

 走り出す。妹の手を引いて、脱兎の如く駆け出す。

 

 背後で彼らの中でも一際大きな体躯を持つ個体―――“拘竜”ドスジャギィが高く吼えたのが聞こえ、同時に自分達へ注がれる殺気が一層膨れ上がったのを否応なしに感じた。

 

 捕食者に狙われる恐怖に縺れそうになる足を奮い立たせて走る。後の事なんか考えていられない。今はまず逃げるのが最優先事項だと定め、ひたすらに走る。

 

 だが、哀しいかな。彼はこの状況で、さらなる絶望を味わう事になってしまう。

 

 

「あ……ッ!」

 

 

 間の抜けた声と、腕が引っ張られる感覚。思わず後ろを振り向くと、自分の足を見下ろして愕然としている妹の姿があった。

 

 

「お兄ちゃん……ごめん、足が……」

「……っ、待ってろ、今―――」

 

 

 自分はなんとか御せたが、妹はそう出来なかったのだろう。腰を抜かして立ち上がる術を失った妹を抱き上げようとするが、それをジャギィ達の耳障りな鳴き声が遮った。

 

 

「あ……」

 

 

 顔を上げた瞬間、妹を飛び越えて真っ直ぐに自分を押し倒そうと飛びかかってくるジャギィと目があった。それをただ呆然と見つめる事しかできないエリシオ。だが―――

 

 

「お兄ちゃんッ!」

 

 

 背中が地面に叩きつけられ、肺から空気が無理矢理押し出される。噎せながら必死に周囲から酸素を取り込みながら、エリシオは自分が何者かに突き飛ばされたと理解し、次にその『何者か』の正体に行き着き、彼女がいるであろう方向を見ると―――

 

 

「あああああッッ!! 痛い痛い痛いッッ!! はなッ、離してえええぇぇッッ!!」

 

 

 ジャギィに全身を噛みつかれ、激痛に泣き叫ぶ妹が視界に入った。

 

 

「あ、あぁ……ッ! リーズッ!」

 

 

 愛する妹の名を叫んで助けに行こうとするが、彼の行く手を阻むように立ち塞がったジャギィ達が姿勢を低くして威嚇してくる。

 

 

「お、にぃちゃ……ッ! にげ……逃げてッ! あ、あああああッ!!」

 

 

 兄の事なんか考えられないはずの痛みの中にいるのに、それを堪えてリーズが叫ぶが、それはすぐに絶叫へと変わる。

 

 断末魔の叫びを上げるリーズの腹が喰い破られ、内臓が引き摺り出される。邪魔な外皮を剥がして柔らかな肉が出てきた事に喜んだのか、ジャギィ達は我先にとそこへ牙を突き立てていく。

 

 

「……ッ! クソッ!」

 

 

 妹がただ喰われていく様を見る事しかできない自分に腹が立つ。その場で崩れ落ちて泣き叫びたくなる気持ちを押し殺して走り出したエリシオに気づいたジャギィ達が何匹か追ってくる。

 

 

「ゴガアアアアアアアァァァァァァッッッ!!!」

 

 

 しかしそこへ轟いた咆哮が、彼らの注意を逸した。

 

 獲物の匂いを嗅ぎつけて戻ってきたのか、大地を揺らして来たイビルジョーに気づいたドスジャギィが咆哮を上げ、部下達に命令を下す。

 

 統率者の指示を受けてエリシオを追っていたジャギィ達がイビルジョーに狙いを変えるのを本能で感じながら、エリシオは森の中へ飛び込んだ。

 

 こうして、彼の生まれた村は滅びた。

 

 生存者はただ一人。ただ幸運に恵まれただけの青年のみ。

 

 彼は絶望と己に対する憤怒に挟まれながらも、目的の村へと辿り着き、第二の故郷で日常を送っている。

 

 生まれ故郷を失い、最愛の家族すら喪いながらも、彼はそれを決してモンスターへの憎悪に変えなかった。

 

 弱者が強者に喰われる―――それが自然の摂理だと、自分を律してきた。

 

 だが、もし……もし彼が、その内に封じ込めた激情が再燃する事があれば。

 

 その時、彼は―――

 

 

 

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 朝日が昇り始めた頃。無銘から与えられた家屋で一夜を明かした蘭陵王が外に出ると、たちまち早朝の少し冷えた風が、短く整えられた彼の髪の毛を弄び始める。

 

 彼がここを訪ねて、今日で一週間。その間の生活は多忙を極めたと言ってもいい。

 

 来たばかりの頃は無銘とエリシオと共に昼食を作った後、無銘と同じくこの村に滞在するサーヴァントのレオニダスに挨拶した。

 

 細すぎず太すぎない、程よく鍛え上げられた肉体を惜しみなく晒す彼は、若者や腕っぷしが強い相手に、彼らがギリギリ乗り越えられるラインの訓練を受けさせる事で、少しずつだが、着実に強力な戦士へと育て上げていた。

 

 この村が結界によって護られている事を知らない彼らは、いつモンスターにこの日常が壊されるかわからない、という危機感を持って生活しているためか、誰も彼もが必死に力を身につけようと努力している。戦う力を持たない女達は、狩りや訓練で疲れた男達に料理を振舞ったりしている。難民達が滅びた故郷から僅かに運び出せた穀物は、畑仕事に秀でた大人達の指導を受けた子ども達が頑張って育てている。

 

 皆が、己に出来る事に全力で取り組んでいる。秦にも彼らのような存在はいたが、あの者達は始皇帝を神のように崇める事のみを優先しており、自分達の事など全く勘定に入れていなかったが、ここにいる彼らは違う。彼らが忙しなく働き続けるのは、(ひとえ)に自分達の生活圏を護り抜く為。

 

 蘭陵王も、今は芥ヒナコのサーヴァントであるという事を一旦忘れ、人類の守護者として立つ一騎の英霊として彼らの生活を支えた。

 

 自分が駆け抜けた汎人類史とも、不変の女人によって召喚された秦帝国ともまるで異なる環境。そこで暮らす、絶望の中を足掻く人間達―――本来の人類の在り方とは、こういうものなのかもしれない、と蘭陵王は感じていた。

 

 まだ誰も起きていないのか、シンとした静寂の中で心地よい風を感じながら道を歩いていると、ふと誰かの声が聞こえてきた。

 

 

「よしよし、いい子だ」

 

 

 声が聞こえてきた方角―――厩舎らしき場所にいる男性が、ポポ達に食事を与えているのが見えた。

 

 

「おはようございます、エリシオ殿」

「あっ、おはようございます、蘭陵王さん。今日もいい天気ですね」

「えぇ。……彼らに食事を?」

「はい。この子達は、この村を支える存在ですからね。栄養のある食事を取ってもらわないと」

「私も手伝っても?」

「もちろん。そこに餌がありますので、こちらの子達にあげてください」

 

 

 隅に置かれていた桶に蓄えられた干し草をポポ達に差し出すと、彼らは待ってましたと言わんばかりに食べ始める。

 

 剣士(セイバー)のクラスを得て現界しているが、生前も今も馬と共に戦地を駆ける蘭陵王にとって、この経験は生前の記憶を思い起こさせるものだった。たとえ種族や時代が違くとも、こういうところはまるで変わっていないのだな、と感じさせられる。

 

 さて、今日はなにをしようか。男達に剣の使い方を教えるか、畑仕事を手伝うか。それとも狩りに同行し、彼らの生活をより快適なものにする物を作ろうか。

 

 そう思った時だった。

 

 突然ポポ達が警戒の鳴き声をあげ、慌ただしく柵の中をウロウロし始めたのだ。彼らの行動を不審に思った蘭陵王がエリシオと視線を交わした直後、なにかが爆発するような轟音と獰猛な咆哮が木霊となって響き渡った。

 

 

「今のは……ッ!?」

「……まさか」

 

 

 脳裏に過ぎった考えに取り憑かれたように零れんばかりに目を見開いたエリシオが厩舎から飛び出していく。それを追って蘭陵王も外に出ると、遠くに黒煙が上がっているのが見えた。

 

 

(あの場所は確か……ッ!)

 

 

 この一週間でこの村の事をよく学んだ蘭陵王は、黒煙が上がる場所がこの村に住まう人々の住宅が密集している場所だと悟る。ならば、先程飛び出したエリシオがどこに向かったのかも自ずと理解できる。

 

 だが、だからこそ連れ戻さなばならない。自分達英霊と違い、彼はただの一般人だ。それに武器もないようでは、あの被害を齎したであろう存在に太刀打ちできない。

 

 彼我の距離はそれほど遠くないため、馬を呼び出さずに走り出した蘭陵王がエリシオを呼び止めようとした刹那、黒煙を巻き込んで竜巻が発生し、その中からエリシオ目掛けて空気の弾が飛んできた。

 

 それに気づいたエリシオが足を止め、蘭陵王が彼を救おうと足に力を込める。しかし彼が跳び上がる直前、真横から飛んできた人影が空気の弾を相殺した。

 

 

「馬鹿者ッ!なにをしているッ!」

「む、無銘さん……」

 

 

 辛うじて使える左手に白い剣を持った無銘に怒鳴りつけられたエリシオが一瞬萎縮するも、すぐにキッと無銘を睨み上げた。

 

 

「あそこにはみんながいるんですッ! お願いします、行かせてくださいッ!」

「無理だッ! あの竜巻を見ろッ! あそこにいる者達は……」

「ぐおああぁッ!」

 

 

 無銘の言葉を遮って、竜巻から一つの人影が吐き出されてくる。咄嗟に動いた蘭陵王がそれを受け止めると、受け止められた男の手から滑り落ちた槍とラウンドシールドが乾いた音を立てて落ちた。

 

 

「レオニダス殿ッ!」

 

 

 蘭陵王が受け止めた相手。それは全身に深手を負い、今にも消えそうなスパルタの王、レオニダスだった。

 

 

「も、申し訳ない……ッ! 蘭陵王殿……無銘……殿……ッ! 村人達を、助けられ……」

「レオニダス……? レオニダスッ!」

 

 

 心の底から悔やむように蘭陵王達に謝罪した後、レオニダスは光の粒子となって消えてしまった。

 

 

「え……? レ、レオニダスさん……?」

 

 

 エリシオは驚愕に見開かれた目で、先程までレオニダスがいた場所を凝視している。彼の反応は当然だろう。ついさっきまで目の前にいた男が、光となって消えてしまったのだから。

 

 

「ガアアアアアアァァァァァッッッ!!!」

 

 

 そして、咆哮が轟く。劈くような叫び声に思わず耳を塞ぎながら上を見ると竜巻が内側から弾け、その奥にいる者の姿が顕になる。

 

 黄金の鎧と煌めく氷の如き蒼い結晶を纏う竜種……その姿を見ただけで、誰もがその竜が古龍種に分類されるものだと察せた。

 

 

「エリシオ。君は下がれ。あれは君がどうこうできる相手じゃない」

 

 

 エリシオを護るように立った無銘にそう言われ、エリシオは悔しげにギリッと歯ぎしりする。

 

 彼は見てしまったのだ。竜巻が消えた先にある、完全に破壊し尽くされた家屋の数々を。あんな光景を見せられてしまっては、最早生存者など確認しなくてもわかる。

 

 皆殺しにされた。あの時と同じく、またモンスターによって殺された。

 

 血が滲み出るほど爪が食い込んだ掌に走る痛みも忘れ、第二の故郷を襲ったモンスターに立ち向かう事すら許されない自分に憤慨する。

 

 しかし、憤慨したところでなにかが解決するわけではない事も重々承知しているため、エリシオは素直に古龍と対峙する無銘達から離れた。

 

 

「蘭陵王、行けるか?」

「もちろんです。レオニダス殿、そして村人達の仇討ち……私にもやらせてください」

「フッ、お互い、思うところは同じだったようだ」

 

 

 シャリンッと鞘から引き抜いた剣を構える蘭陵王と、夫婦剣の片割れを構える無銘。彼らの戦意に反応したのか、古龍―――“金塵龍”ガルバダオラが獰猛な咆哮を轟かせ、ニ騎の英霊に襲いかかってきた。

 

 急降下しながらの突進。それを両脇に跳んで回避すると同時に蘭陵王と無銘が剣を振るう。

 

 双方から襲った斬撃は、しかしガルバダオラの前足を覆う結晶をかけさせる程度で済んでしまい、煩わしそうに翼を羽ばたかせて飛翔すると同時に発生させた風圧で僅かに態勢を崩される。

 

 再び上空へ戻ったガルバダオラが短く吼えると、その周囲に飛んでいた金色の粉塵が散開。無銘と蘭陵王を覆った瞬間、彼らはゾッと背筋に冷たい風が吹き抜ける感覚に襲われ、ガルバダオラが降り立つより早く飛び退く。

 

 瞬間、先程まで彼らがいた場所を鋭利な結晶の槍が突き上げた。あと一瞬遅かったら、無銘と蘭陵王は仲良く串刺しにされていた事だろう。

 

 

投影、開始(トレース・オン)。ハァ―――ッ!」

 

 

 白剣を消し、新たに竜殺しの大剣を投影した無銘が急降下。その勢いを殺さずに頭上から攻撃を喰らわせる。

 

 相手がたとえ古龍といえど、その概念は竜種と然程変わりないものだ。かつて戦った炎を操る番いの古龍にも竜殺しが効いていた。ならばこの古龍にも通じるだろうと思ったのだが、

 

 

「ガアアアアアアァァァァァッッッ!!!」

「なに……ッ!?」

 

 

 ガルバダオラはまるでダメージを受けている様子を見せず、首を振るって無銘を弾き飛ばした。

 

 

「チッ! まさか、竜殺しが効かないのか?」

「オォ―――ッ!」

 

 

 弾き飛ばされた無銘と入れ替わるように出た蘭陵王が流麗な動きでガルバダオラを斬りつける。金色の古龍は軽く切り傷をつけられながらもバックステップで距離を取って吼えると、凄まじい突風が発生して蘭陵王達を己に引き寄せていく。そして地を蹴るようにして飛び上がると同時に竜巻を発生させ、ニ騎を吹き飛ばした。

 

 途轍もない風圧に堪らず吹き飛ばされ、地面に打ち付けられた彼らが立ち上がろうとした瞬間、不意に自身から力が抜けていく感覚に襲われた。

 

 

「な……ッ!?」

「これは……ッ!?」

 

 

 見れば、なんと自分達の体から結晶が突き出ており、それは血を吸うヒルのように彼らから魔力を奪い、少しずつ巨大化していっているではないか。

 

 

「じっとしていろ」

 

 

 結晶の性質に気づいた無銘が莫耶で蘭陵王に付着する結晶を破壊し、続いて蘭陵王が無銘の結晶を破壊しようとするが―――

 

 

(……? いったいどこを……ッ!?)

 

 

 突如ガルバダオラが視線をあらぬ方向に向けた事を訝しく思い、その視線の先を見て驚愕する。

 

 ガルバダオラが見つめているのは、自分達に背を向けて走るエリシオだ。なぜ奴が彼に注意を向けたのかはわからない。だが、このままではエリシオが危険だ。

 

 

「エリシオ殿ッ!」

 

 

 開かれた顎門から放たれた突風の槍が、真っ直ぐエリシオを貫こうと疾走する。不可視の攻撃は、そのままエリシオに直撃するかに思われた、その時だった。

 

 

「やらせるかァッ!」

 

 

 魔力を結晶に奪われ続けているのにも関わらず走り出した無銘が、すんでのところでエリシオと風槍の間に割り込んだのだ。

 

 エリシオを穿つはずだった風槍は、己が身を盾とした無銘によって阻まれ、その身を大きく吹き飛ばす結果に終わった。

 

 

「うわッ!?」

 

 

 吹き飛ばされた無銘の体に押され、彼の下敷きになる形で倒れたエリシオ。しかし、その衝撃からすぐ立ち直るや否や、自分を庇って風槍を防いだ無銘に気づく。

 

 

「む、無銘さんッ!」

「よ、良かった……無事で……」

 

 

 元々かつての古龍との戦いで霊核に損傷を受けていたのに、追加で風槍の直撃を受けたのだ。万全でない状態で挑んだ末路だろうか、その身は、少しずつ光の粒子となって消え始めている。

 

 

「あ、あぁ……ッ! 無銘さん……無銘さんッ!」

 

 

 それがなにを意味するのか、エリシオはとうに理解しているはずだ。この現象はレオニダスのそれと似ている。つまり、無銘もまた、この世から消えようとしているのだと。

 

 

「そう、泣くな……。オレは、お前に助けてもらったんだ……。これが、オレがお前に出来る……最後の恩返しだ……」

「そんなの……そんなのどうだっていいッ! 消えないで……死なないでくれよッ!」

 

 

 必死に無銘から光の粒子が出ないようにするエリシオだが、その気持ちを嘲笑うかのように、彼の指の隙間から粒子は昇っていき、そのまま消えてしまう。

 

 

「エリシオ……お前は、生きてくれ……。生きて、幸せ……に…………」

 

 

 その一言を最期に、無銘の体は弾けるように魔力の光となった。

 

 

「そ、んな……。あ、ああああああああああッッ!!」

 

 

 腕の中から逃れ、消えていく、かつての無銘だった光を収める視界が歪む。固く閉じられた瞳から零れ落ちた熱い雫が握り締められた拳に次々に落ち、慟哭が響き渡る。

 

 憎い。憎い。自分が憎い。モンスターが憎い。

 

 無力な自分が許せない。故郷を滅ぼしたモンスターが憎い。

 

 殺さなければ。止めなければ。

 

 これ以上の悲劇を、もう起こさせない為にも。

 

 

『―――憎いか? 奴が』

(……ッ!?)

 

 

 その時、エリシオの心臓が一際強く鼓動し、聞き覚えのない声が脳内に響いた。

 

 

『憎いか? 憎いか? 殺したいか? 殺したいか? 答えろ。答えろ、人間』

「……あぁ、憎い」

 

 

 まるで初めて知った言葉を繰り返す子どものように、同じ問いかけをもう一度繰り返した声に返す。

 

 憎いとも。殺したいとも。ただ生きていたいだけだったのに、それを壊していく奴らが憎いとも。

 

 

『ククッ、いいな。その憎悪、その憤怒。やはりお前は俺の同類だ。どうだ? 力を貸してやろうか。この俺様が、お前に奴らを殺す力をくれてやる。だが、ただではくれてやらん。代償に、お前はこの星に、その死後を明け渡せ』

 

 

 いいだろう。あいつを……奴らを殺せる力をくれるなら、代償なんかいくらでも払ってやる。

 

 死後の安寧と引き換えに、奴らを殺す力が手に入るなら、喜んでくれてやる。

 

 

『クククッ! 言ったな? 言ったな言ったな言ったな? いいだろうッ! ならば―――』

 

 

 だから……だから……

 

 

『「―――契約だ」』

 

 

 覚悟を決めた表情で、拳を握り締めて告げた瞬間、エリシオを中心に円形の紋様が浮かび上がる。

 

 

『「―――誓いをここに」』

 

 

『「―――我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」』

 

 

『―――されど我が身は幻に過ぎず。汝の器を以てこの地に降臨しよう』

 

 

「―――されど我が身は無力に過ぎず。我が器を以て汝を喚ぼう」

 

 

『―――我は万物の超越者にして未誕の王』

 

 

「―――我は汝が依代にして契約者」

 

 

『―――()の名を叫べ。我らは今、一つの姿を得た』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ジーヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔力が爆発する。凄まじく、凶暴なまでの嵐が周囲を吹き飛ばす。

 

 召喚陣から現れたのは、蜃気楼のように揺らめく巨大な影。辛うじて竜種のものと判別できるそれが、強大な魔力の渦となってエリシオを呑み込む。

 

 蒼き竜巻に呑まれたエリシオを蘭陵王がただ眺めるだけしかできないでいると、ガルバダオラが極太のブレスを発射してくる。

 

 竜巻目掛けて真っ直ぐ飛んでいくブレスは、しかしそれ以上の光線によって打ち消され、光線はそのままガルバダオラの顔面を穿った。

 

 

「エ、エリシオ殿……?」

 

 

 竜巻を振り払って現れたエリシオに、蘭陵王が愕然とする。それもそのはず。今の彼の姿は、今は竜巻に呑まれる前とは全く異なる外見をしていたのだから。

 

 所々に竜種を思わせる部位と融合したような形状になっている肉体に、頭部から後方へ伸びる一対の黒い角。その身からは、英霊にも劣らぬ強大な神秘の力が絶えず放出されており、見る者全てを畏怖させていた。

 

 光線の直撃に軽く怯んだものの、ガルバダオラは標的を蘭陵王からエリシオに変更し、翼を羽ばたかせて上空ならブレスを放って攻撃してくる。

 

 自分を消し飛ばそうと迫るブレスを目にしても、エリシオはただ冷ややかな眼差しのまま、軽く腕を振り上げる。

 

 瞬間、地上から間欠泉の如く噴き上げた蒼白色に輝くエネルギーの奔流がブレスを襲い、そのまま喰らい尽くしてしまった。

 

 

「オオオオオオォォォォッッッ!!!」

 

 

 以前の彼からは想像もつかないほどの獰猛な雄叫びを上げて、その背に伸びるベール状の翼を羽ばたかせて飛翔したエリシオは、そのままガルバダオラに肉薄し、握り締めた拳で殴りつけた。

 

 ただ殴りつけただけではない。拳がガルバダオラの顔面に直撃した瞬間、腕に充填されていたエネルギーが解放され、エリシオの体格故か若干小規模ながらも爆発が発生し、ガルバダオラを大地に叩きつけたのだった。

 

 起き上がる暇さえ与えないとばかりに動いたエリシオがその手に片手剣を握ったかと思えば、壊れてしまっても構わないという勢いでガルバダオラに叩きつけた。

 

 再び起きる爆発。今度は先程よりも大きな規模で発生したそれは、片手剣の破壊と引き換えに斬撃と共に黄金の鎧を抉り、その奥にある血肉を焼いた。

 

 

「ガアアアァァッッッ!!!」

 

 

 肉を焼かれる痛みに苦悶の雄叫びを上げたガルバダオラがエリシオを弾き飛ばし、追い撃ちにブレスを放つ。

 

 エリシオは弾き飛ばされながらも途中で態勢を立て直しており、新たに出現させた盾でブレスを防いだかと思えば、いつの間にか片手に握られていた剣を盾に突き刺し、巨大な斧に変形させてガルバダオラの左翼を斬り裂いた。

 

 左翼を斬り落とされた痛みに絶叫した古龍が飛び退き、その全身に透明な障壁のようなものを張ったと思いきや、自身の周りを純白の輝きで塗り潰していく。

 

 ガルバダオラの最後の抵抗だろうか。これから来る攻撃を受ければ、自分は文字通り消滅すると本能で察したのか、エリシオは眉を顰めて駆け出す。

 

 常人では捉えられない速度で動くエリシオに対し、ガルバダオラはあらゆる存在を消失させる光を放とうとしたその時……

 

 

「グルォッ!?」

 

 

 突如真下から噴き上げてきたエネルギーを全身に受け、攻撃が阻害されてしまった。外敵を排除するはずだった光は徐々に弱まっていき、その奥から蒼白の復讐者が駆けてくる。

 

 前のめりに倒れるように体を倒したエリシオが両腕で大地を穿ち、獣の如き姿勢で走ると、その身を蒼白の炎が覆う。それは次第に巨大になっていき、それが晴れた頃には、そこにはガルバダオラの二倍以上の体躯を持つ、巨大な龍の姿があった。

 

 

「グオオオオオォォォォォォッッッ!!!」

 

 

 雄叫びを上げた蒼白の龍がガルバダオラの首に喰らいつき、そのまま食い千切らんと言わんばかりに振り回しながら、何度も地面に叩きつける。ガルバダオラは、最早抵抗する術を失ったのかぐったりしており、それを放った龍は僅かに開かれた顎門に蒼白い炎を宿し始める。

 

 臨界まで充填された事で放たれた極太のブレスは逃げる事もできない黄金の龍を呑み込み、その奥にある壁を貫通。一瞬の間を置いて、連鎖的に大爆発を引き起こした。

 

 

「グオオオオオォォォォォォッッッ!!!」

 

 

 直線状に抉られ、融解している破壊痕を見て満足そうに勝利の咆哮を轟かせた龍に、蘭陵王は自分が震えている事に気づく。

 

 このような規模の破壊。まるで災害だ。これが古龍種なのかと、これが災厄の権化なのかと改めて痛感させられ、ただ、ただ恐怖するしかなかった。

 

 やがて日が昇りきった空を見上げた蒼白の龍は、その雄々しい翼を広げて飛び立つ。恐ろしいスピードで飛び上がった龍の姿が青空に紛れて見えなくなる。それを、蘭陵王はただ茫然と眺める事しか出来なかったが、龍の姿が消えた頃に平静を取り戻し、思考する。

 

 結界の内側に現れた古龍。村とそこを守護していたサーヴァントの壊滅。そして、現地人の肉体を依り代に召喚された、蒼白の龍。

 

 この事はアンナに伝えなければならない。そう判断し、蘭陵王は壊滅した村を後にするのだった。

 




 
 ちなみにこのゼノ・ジーヴァは汎人類史の存在です。普通に成長していれば純粋な英霊として座に登録されていたでしょうが、生まれたばかりのところを調査団のハンターに討たれたため、幻霊止まりになっていました。ですがエリシオの意思と抑止力のバックアップを受け、デミ・サーヴァントと似て非なる存在として顕現する事が出来ています。少しプリズマ☆イリヤの夢幻召喚要素だったりペルソナ5の契約要素を入れてみました。

 最近はどんどん忙しくなってきましてね……。大学の講義だったりイラストの練習だったり……。講義はまだちゃんとついていけてますが、問題はイラストですね。

 キャラクターデザイナーになるのが私の夢なのですが、それになる為にはやはり画力が必要―――というわけで、ひたすらに書いているわけです。まだ数日かけて一枚、という感じなので、もっとタイムを縮めていかないとですね。もしかしたらこれが原因で更新できない場合があるかもしれませんので、ご了承ください。

 今私が描いているのは、私が好きな二次創作作品『異聞帯がロスリックだった件』の主人公ですね。『それやるぐらいならまずアンナ描けや!』って言いたいと思いますが、それは私自身も思っています。でもですね、描き始めた以上、私はもう止まれないんですよ……ッ!

 線があれだったり色があれだったり、まだまだ精進する必要がありますが、これからももっともっと練習して、夢を叶えてみせますッ!

 それではまた次回ッ!


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お互いに隠した真名

 
 大分間隔を開けてしまいましたね。申し訳ありません。

 最近はどうも忙しくてですねぇ。大学の講義だったり、独学で3Dモデルやイラストの練習をしていました。3Dモデルはまだコップを作る程度ですが、イラストの方は、今アンナちゃんを描こうとしています。とりあえず全身は描いたので、後は服装と髪型ですね。これが完成するまで何日かかるんでしょうか……。ですが、完成したら挿絵として載せようと思いますので、楽しみにしていてくださいッ!

 それでは、どうぞッ!


 

(さて、これからどうしようかしらね)

 

 

 某国の空港から出て最初に考えたのは、これから先の計画だった。

 

 故郷の日本から離れ、こうして海の彼方にある国までやって来たが、これといった目的など大してない。外国語は日常生活する程度には使えるし、生活費もそれなりにはある。このままホテルを転々としながら生活するか、それとも人目に付かない場所でひっそりと野営するか。

 

 ふと空を見上げれば、燦々(さんさん)と輝く太陽が見え、そこから放たれる光に思わず目を細める。

 

 私の気持ちも考えないで、アナタは輝き続けるのね―――なんて馬鹿げた事を思いながら視線を下げた瞬間、「あら」と言葉が漏れてしまった。

 

 

(あらあらあら、あの子、人間じゃないわねぇ)

 

 

 空港を行き交う人々の中で、当たり前のようにジュースを片手に歩いている女性。日本どころか、この国でも基本見かけるの事の無い、染め上げた気配ゼロな綺麗な銀髪を持った緋い瞳の女性は、周囲から少なからず注がれる好奇の目線に気付いていないのか、地味過ぎず派手すぎないドレスの裾を靡かせながら歩いていた。

 

 私がそんな彼女の姿を見て人間ではないと確信した瞬間、彼女も私の視線に気付いたのか、こちらに視線を向けてきた。

 

 目が合った彼女にニッコリと手を振ると、彼女もまた朗らかな笑みを浮かべながらこっちに来る。初対面の人間相手に、全然警戒してないわね。

 

 

「君だよね、私に不思議な目線を送ってきたのは。いったい私のなにを視た( ・ ・ )のかな?」

「ごめんなさいね。私、そういうの勝手に視えちゃうタイプなの。プライバシーの侵害ね。嫌だったでしょう?」

「別にいいよ。深いところまで潜り込まれてたら嫌だったけど、本当に軽い程度だったからね。君、どうしてこの国に来たの?」

「そうねぇ。自分探しの旅、ってところかしら。実家から飛び出してきてね。心機一転して、世界中を見てみたいと思ったの」

「旅ッ! うんうん、いいねいいねッ! 旅はするものだよ。色んな文化、色んな景色に直に触れられるからねッ!」

 

 

 ぱぁっとひまわりのような笑みを浮かべた彼女が、何度も頷きながら私の目的を肯定する。咄嗟に出た答えだが、あながち間違っているわけではないためか、あまり罪悪感は感じなかった。それにしてもこの子、本当によく笑うわね。まるで子どもみたい。

 

 

「ねぇ、君が良ければって話なんだけどさ。私も貴方の旅に付き合ってもいいかな? 私も旅をしてるんだけど、なにぶん独りじゃ心細くてね」

「えぇ、いいわよ。私、アナタの事をもっと知りたいし」

「本当? ありがとうッ! それじゃあ、まずは自己紹介だね。私はアンナ・ディストローツ。貴方は?」

「私? 私はみょ―――」

 

 

 名前を問われ、一瞬、妙漣寺鴉郎(本名)を口にしかける。もう故郷の家の事なんて考えたくない。現実から目を背けるわけではないが、ようやくあの家系の枷から解き放たれたというのに、まだあの家の名を口にする必要はあるのだろうか。

 

 いや、そんな必要は皆無だ。本名を知るのは、本当に信用、信頼できる者だけに留めるとしよう。同行者になる彼女には少し申し訳ないけど、今の私が彼女に名乗るべき名は―――

 

 

「スカンジナビア・ペペロンチーノよ。ペペと呼んで頂戴な」

「スカンジナビア……ペペロンチーノ? ふふっ、面白い名前だね。よろしくね、ペペ」

 

 

 それから私達は、色んな国を旅した。

 

 手持ちのお金が無くなってからは、行先々でストリートパフォーマンスをして資金調達を行い、近くのお店で腹を満たし、稼ぎが良かった時はホテルに泊まったりもした。それぐらいのお金がない時は、森の中で採取した果実とかを食べながら焚火を囲んで談笑。お互いに火の番を交換しながら眠りに就いた。

 

 その傍ら、私達は各国の神話や伝承に触れもした。世界各地に散在する、それぞれが全く異なる世界観で構築される伝説。どれもこれも魅力的なものだったけれど、私が特に気に入ったのは、インド神話だった。

 

 何度も滅びては再興し、それを繰り返し続ける世界観に、これから先の未来( ・ ・ )がない私が惹かれないはずがなかった。

 

 自分はなにも遺せない―――生まれた頃から自然と理解していた事だ。この命が尽きても、私の魂は新たな命にならず、そのまま輪廻の枠より外れる。ならばこの生涯のうちになにか遺そう、と考えても、それもまた己自身が「無理だ」と否定する。

 

 本当の意味での、一回きりの人生。生まれた瞬間に『お前に来世などない』と宣告されたようなものだが、私は自分のそういった立場に不満を抱いた事は無い。運命という枠組みから乖離しているなら、私は今在る私として、やりたい事に一生懸命になれる。悔いのないように、という感じかしらね。

 

 私がもっと現地でインド神話について知りたいと言うと、アンナちゃんは嫌な顔一つせずに付き合ってくれた。

 

 

「創生と滅亡を繰り返す神話、か。なんだか、色々思い出しちゃうな」

「へぇ、なにか思うところがあるの? 良かったら教えてくれる?」

「もちろん。『モンスターハンター』って知ってる?」

「えぇ、もちろん」

 

 

 最古の文明と呼ばれているメソポタミア文明。人類最古の王であるギルガメッシュが治めていた時代よりも遥か昔の、実在が疑われているが故によく御伽噺として扱われる超古代文明の歴史をまとめた叙事詩だ。その実在を裏付ける証拠となる遺跡などは、残念ながら現代に残されてはいない。辛うじてその時代が存在していたと考えられるのは、未だ世界各地にかつてこの星に生息していたであろう古の龍達の伝説が残っているからである。

 

 アンナはその中で、“獄炎の巨神”や“偉大なる破壊と創造”といった異名で畏れられた伝説の古龍について話してくれた。

 

 

「“煉黒龍”グラン・ミラオス……。まさしく神様みたいな古龍ね。当時の人々には感謝しなくちゃね」

「当時の彼らの戦いは、本当に素晴らしいものだったそうだよ。その気になれば世界を滅ぼす事も簡単にできたあの龍を、一致団結して打倒したんだから。うん……本当に、素晴らしかった」

「……一つ訊いてもいいかしら?」

 

 

 首を傾げて「なにかな?」と問いかけてくるアンナちゃんに、本当に質問してもいいのかと一瞬迷う。

 

 もしかしたら、彼女を傷つけてしまうかもしれない。この旅が終わるかもしれない。そんな不安が、喉元まで出てきた言葉を止めるが、それでもと、私は言葉を発した。

 

 

「アナタはどうして、哀しんでいるのかしら」

 

 

 視てしまった。読めてしまったのだ。彼女の心に生まれた、“悲哀”という感情を。

 

 もしかしたら人類が滅びていたかもしれないのに、彼女は“煉黒龍”が討たれたという話に悲しみを抱いていた。それがどうしても、私は知りたかった。

 

 

「“煉黒龍”にとっては……それが役割( ・ ・ )だったから、かな」

「役割?」

「発祥、根幹が異なる伝説でも、必ず倒すべき存在はいる。ギリシャ神話のティターン神族、インド神話のアスラのようなね。“煉黒龍”はそこに分類されていたの。いや、分類されるようにした( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )。自分の意志でね」

「どうして、わざわざそんな事を?」

「…………さぁね」

 

 

 しばし口を閉ざした後に微笑を浮かべる彼女。その笑顔が、無理に作っているものだという事くらい、私じゃなくともわかる。

 

 

「……辛い気持ちにさせちゃったわね。ごめんなさい」

「ううん、いいの。もう、終わった事だからね。さ、次の場所に行こう。今度はどこに行く?」

「そうね。じゃあ、次は―――」

 

 

 それから、私達はまたしばらく旅を続けた。この質問で私達の間に亀裂が入るのではないか、と危惧していたが、アンナちゃんからその気配は感じ取れなかったし、彼女自身もいつも通りの調子で私の話に付き合ってくれた。

 

 そして何週間か経った後、私達はそれぞれのやるべき事が出来たため、惜しくも別々の道を歩む事になった。

 

 

「ありがとう、ペペ。ここまでの旅、楽しかったよ」

「それはこっちのセリフよ。アナタと過ごす時間は本当に楽しかったわ」

 

 

 二本に別れた道の前に立った私達は、この旅最後の会話を交わす。私は魔術協会のスカウトを受けたために、アンナちゃんはまたどこかの国に旅立つ為に。もしかしたら、またどこかで出会えるのかもしれないけど、最後に一つだけ、私は彼女に伝えなければいけない事があった。

 

 

「アンナちゃん。最後に一つだけ言わせてほしいの」

「ん? なにかな」

「私の本名」

「え? 本名? スカンジナビア・ペペロンチーノじゃないの?」

「それは偽名。ごめんなさいね、今まで騙しちゃってて」

「別にいいよ。偽名を使うって事は、何かしらの理由があるんでしょ?それを詮索するつもりはないよ。それじゃあ、教えてくれるかな。君の本当の名前」

「えぇ、もちろん」

 

 

 この名前を口にするのは、本当に心から信頼できる者に対してのみ。この旅の中で、彼女は私の中で大きな存在になってくれた。だから、これはお礼よ。

 

 

「私の名前は、妙漣寺鴉郎。この名前を教えるのは、私が本当に信頼できる相手だけよ。言い触らしたりしないでね?」

「妙漣寺鴉郎……。うん、覚えた。それじゃあ、私からもお返し」

「え? わっ、ちょ、ちょっとッ!?」

 

 

 ポカンとする私が反応するよりも早く、アンナちゃんの腕が背中に回され、私のものとは別の体温が、私の体を温める。

 

 親愛のハグなんて嬉しいわねぇ~、なんて思いながら、私も彼女の背中に腕を回そうとして―――

 

 

「私の本当の名前は―――」

 

 

 耳元で囁くように発せられた言葉に、思わず体が硬直した。

 

 え、待って?嘘?彼女が?人間じゃないっていうのは初対面からわかってたけど、そんな大物だったの?

 

 

「私も、今まで騙しててごめんなさい。鴉郎君」

「なに言ってるのよ。いいのよ全然ッ! 私もアナタを騙してたんだもん。これでおあいこよ。それと、この事については誰にも言わないわ。女の子の秘密だもの」

「ふふっ、そう言ってくれると助かるわ。……またね、鴉郎君。元気でね」

「えぇ、アナタも元気で。女王様」

 

 

 最後に握手を交わし、私達はそれぞれの道に向かって歩き出した。

 

 それから数年後。私は時計塔のロードの一人であるマリスビリーのスカウトを受けて、南極にあるカルデアを訪ね、そこで再び彼女と出会ったのだった。

 

 

「随分と血生臭くなっちゃったね、ペペ」

「嘘ッ!?私、もしかして血の臭いとか振り撒きまくってたッ!?」

「違う違う。臭いは大丈夫。寧ろ良い香水の匂い。後でメーカー教えてね。私が言ってるのは、君の雰囲気だよ」

「……やっぱり、貴女にはわかっちゃうのかしら?」

 

 

 如何なる巡り合わせか、こうして南極で再会したアンナちゃんは、やはりと言うべきか私の雰囲気が変わった事に気付いたようだ。

 

 それもそうかもしれない。彼女は私達とは違う。彼女と別れた後、殺しに身を窶す事になった私の体には、洗っても洗い落とせぬ血の臭いがついている事だろう。

 

 

「別に、君にとやかく言う気は無いよ。それが君の選んだ道なら、尚更ね。私、正義の味方ってわけじゃないし」

 

 

 それが、当時の君がするべき事だったなら、私はなにも言わないよ。そう締め括った彼女は、あの旅の最中と変わらない、明るい雰囲気のままだった。

 

 

「……こう言ってはなんだけど。アナタ、意外と狂ってるわよね」

「やっぱりそう思っちゃう? まぁ、私もたまにそう感じる時はあるけどね。けど、いいの。これが私なんだから」

「本当マイペースね。私が言えた義理じゃないけど」

 

 

 再会した時にこんな話をしたが、それ以降は至って普通の、ごくごく当たり前の会話をしながら他のスタッフ達と過ごした。まだAチームが編成される前の時だったが、その頃から私達はカドックにちょっかいをかけたり、キリシュタリアやマシュに声をかけようとしてヘタレを発動していたオフェリアの背を押したりと、色々な事をした。

 

 そして、マリスビリーによってAチームに選ばれ、いざ人理修復の旅へ……となったところで、視界が真っ白になったのだった。

 

 

 

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 時はカルデアがインド異聞帯を攻略した後。場所はシュレイド城の一室にて。

 

 

「そう……カルデアは貴方の異聞帯も……」

「そんな顔しないの。確かに、私はあの子達に負けたけど、これはこれで悪くはなかったわ。あの子達の意志の強さも再確認できたしね。それに、私は嬉しいのよ? こうしてアナタと再会できるなんて思わなかったからね、オフェリア」

 

 

 キリシュタリア主催の定例会議の時に使用されていたものと酷似した円卓に座した少女にペペロンチーノが微笑むと、少女―――オフェリア・ファルムソローネも小さく笑う。

 

 そして、その背後に立つ一人の騎士に不敵な笑みを浮かべる者が一人。

 

 

「話には聞いてたが、そいつがあの竜殺しか。なぁ、後ででいいから手合わせしてみねぇか? あんたの力、是非とも確かめてみたい」

「アシュヴァッターマン? 今は乙女が話してる最中なのよ? 今はそういった話は控えてくれるかしら」

「おっと、すまねぇな、マスター。オフェリアも悪いな。折角の会話を邪魔しちゃってよ」

「いえ。手合わせの件ですが、後で中庭を借りて模擬戦を行ってもいいですよ。シグルドが了承するかどうかですが」

「当方も貴殿とは一度手合わせしてみたいと思っていた。この会談が終わり次第、始めようじゃないか」

 

 

 この異聞帯についた時に二人が再召喚したサーヴァント達が、お互いに一人の戦士として相対する存在の武を知ろうと視線で火花を散らす。アシュヴァッターマンもシグルドも、この異聞帯でペペロンチーノとオフェリアが再召喚したサーヴァント達だ。アシュヴァッターマンはインド異聞帯を治めていたアルジュナに契約を奪われ、シグルドは召喚時に北欧異聞帯のスルトに体の主導権を奪われ、真の意味でマスターに仕える事ができなかった。ニ騎がペペロンチーノ達の召喚に応じたのは、一度は果たせなかった忠義を、これを機に果たす為である。

 

 

「お前達、僕らがなんの為に呼び出されたのか忘れたのか?」

「そうは言ってもねぇ。アナタに言われても説得力ないわよ? カドック」

 

 

 目を細めて言うカドックに、ペペロンチーノは吹き出したくなる気持ちを抑えながら言う。彼とオフェリア、そしてアンナの視線の先にいるカドックは―――

 

 

「ヴィイ、貴方はそこにリボンをつけなさい。私はこちらからリボンをつけます」

 

 

 現在進行系でアナスタシアとその使い魔であるヴィイによって髪の毛にリボンをつけられまくっていた。

 

 

「……アナスタシア。これから大事な話があるんだ。少し大人しくしてくれないか?」

「そう言われて私が大人しくしてるとでも?思い上がりも甚だしいわね、カドック。やめてほしかったら、今夜私がお風呂から上がった時に髪を梳かすと約束しなさい」

「おかしな交渉だな……。まぁいい。約束する。だからやめてくれ」

「ふふっ、わかったわ」

 

 

 こくりと頷いたアナスタシアが、ヴィイに作業をやめさせて自分の手元に戻す。髪を梳かしてもらう約束をしたのが嬉しかったのか、その表情はどこか晴れ晴れとしている。

 

 

「二人共、見せつけてくれるわねぇ。妬けちゃうわ~」

「別に僕達はそういう関係じゃないぞ……」

「そんな……あの夜私に囁いた愛の言葉は嘘だと言うの? 最低ね、カドック」

「カドック、貴方……」

「嘘だからな? 簡単に騙されないでくれよ、ファルムソローネ」

「はいはい。イチャイチャはそこまで。私の話に耳を貸してくださ~い」

 

 

 パンパンと手を叩いて意識の切り替えを促したアンナに、彼女の背後に立つ漆黒の狂戦士を除いた者達の視線が集まる。

 

 

「今日集まってもらったのは他でもない。近々、このシュレイド異聞帯とギリシャ異聞帯が衝突する。君達には、その時にやってもらいたい事があるの」

 

 

 シュレイド異聞帯もギリシャ異聞帯も、今も尚その規模を拡大し続けている。この調子で行けば、あと数ヶ月も経たないうちに両異聞帯が激突し、異なる歴史同士の生存競争が始まる。

 

 アンナの頼みとは、自分とキリシュタリアが対決している間に、ギリシャ異聞帯からある情報を入手してもらいたいというものだった。

 

 それはもちろん、今回自分達を蘇生させ、それぞれに剪定された歴史の管理を任せた張本人―――『異星の神』についての情報だ。

 

 あのキリシュタリアの事だ。『異星の神』が使役するアルターエゴに監視されているかもしれない状況の中でも、『異星の神』についての情報をまとめている可能性がある。この戦いでアンナがサーヴァントや古龍種達と大暴れしてギリシャの勢力を引き付けている間に、カドック達にその情報を入手してもらいたいのだそうだ。

 

 

「……わかった。僕も、『異星の神』についての情報は欲しい。僕らをこうして蘇らせたのに、未だに姿を見せず、情報は全てアルターエゴに伝えさせているんだからな」

「えぇ、私もその事について知りたいわ。シグルド、護衛、お願いできる?」

「了解した」

「ねぇ、アンナちゃん。もしあいつ( ・ ・ ・ )がいたらって話で訊くんだけど、あいつがいたら、私に任せてくれないかしら。少しばかり仕返ししたくてね」

「もちろんだよ。君から話は聞いていたけど、このまま好き勝手させるわけにはいかないからね」

「そういえば、芥はどうしたの? 彼女の力を借りるのも一つの手だと思うんだけど」

 

 

 以前、“我らの団”との遠征から戻ってきた時に再会した芥ヒナコ。彼女は自分が召喚したサーヴァント・蘭陵王と、中国異聞帯からやって来た項羽と共に自分達に挨拶してきた。異聞の存在とは言え、中国の歴史に名高い項羽が人馬型の姿になっていた事に驚愕しながらも、カドックとオフェリアは彼女と再会できた事を喜んだ。

 

 

『あ、言っておくけど、芥ヒナコは偽名よ。私の真名(ほんみょう)は虞美人だから、覚えときなさい』

 

 

 去り際に彼女がとんでもない事を言ってきたのは、今でも鮮明に思い出せる。最初こそ信じられなかったが、あの項羽がヒナコの事を“虞”と呼んでいたので、彼女の言った事は真実なのだろう。それはそれで別の驚きが生まれるのだが。

 

 

「あの子は駄目だよ。ここに来る事を条件に、二度と項羽は戦わせないって約束したの。それを破るつもりはないよ」

「……それなら、仕方ないわね」

 

 

 誰だって、愛する存在が戦地に赴く事を進んで望みはしない。キリシュタリア・ヴォーダイムという男を愛しているオフェリアにとって、虞美人の気持ちは理解できないものではなく、むしろ共感できるものだった。

 

 そう思った時、オフェリアは嫌な予感を感じた。

 

 

「……ねぇ、アンナ。キリシュタリア様と戦うという事は……その、彼を……」

 

 

 殺すの?―――その問いかけは、最後まで口に出来なかった。

 

 この八つの異聞帯の戦いは、かつて極東の地で繰り広げられたという聖杯戦争と酷似している。マスターとサーヴァントによって構成された複数のチームが、あらゆる手練手管を用いて互いに殺し合い、勝ち残った者のみが万能の願望器“聖杯”を手に入れるという、人知れず行われる魔術戦争。

 

 聖杯に選ばれたマスターの中には、己と友情を結んだ者がいるかもしれない。もしかしたら、愛する人も。それでも、彼らは戦わなくてはいけない。魔術師にとっての理想、根源への到達への最短距離となる聖杯を求める為に。

 

 

「……優しいね、オフェリアちゃんは」

 

 

 最後まで言えなくとも、彼女がなにを訊ねようとしたのかを把握したアンナの微笑みに、オフェリアはほっと息を吐こうとし―――

 

 

「でも、ごめんなさい。今回ばかりは、彼を殺すわ」

「え……?」

 

 

 予想だにしなかった答えに、思わず絶句した。

 

 

「ど、どうして? 私達は助けたのに、どうしてキリシュタリア様だけが……ッ!」

「今は話せないわ。だけど安心して。悪いようにはしないから」

「オフェリア。ここは怒りを抑えて。アンナちゃんには、アンナちゃんなりの考えがあるのよ」

「ペペ……」

 

 

 自分達とは異なる見方が出来るペペロンチーノの言葉だからか、オフェリアは親友に投げかけようとしていた文句を呑み込み、立ち上がりかけていた体を椅子に戻した。

 

 

「ありがとう、ペペ。……それじゃあ、この話はこれでおしまい。カドックとオフェリアちゃんはもうお仕事終わってるんだし、ゆっくり休んでね」

「……あぁ」

「……えぇ」

 

 

 二人が頷いたのを最後に、四人のクリプターの会議は終わった。

 

 

「オフェリアちゃんには、酷い事を言っちゃったなぁ」

 

 

 カドックとオフェリアが退室した後、肩を落として溜息を吐くアンナに、ペペロンチーノが優しく声をかける。

 

 

「前に一度、アナタがオフェリアの件でキリシュタリアに怒った時があったでしょ? その時の彼の気持ち、わかった?」

「うん……。これは言った方も傷つくなぁ。後で謝っておこう」

 

 

 あの時、自分はなにも理解せずにキリシュタリアに怒ってしまった。彼の現状を考えれば、あんな事を言う理由なんてすぐわかったのに。今更ながら、アンナはあの時の自分の行動に後悔していた。

 

 顔に手を当てて再び溜息を吐いた時、「それにしても」とペペロンチーノが口を開く。

 

 

「ギリシャ異聞帯対シュレイド異聞帯……いったいどんな戦いになるのかしらね」

「確実な点と挙げるなら、間違いなく尋常じゃない被害が出るだろうね。こっちもそれなりに戦力を失うかもだけど、ギリシャの神々との戦いだもの。それぐらいは覚悟してるよ。それに、キリシュタリアが乗り越えるべき試練としては最高じゃない?」

 

 

 人の時代を終わらせ、神の時代を作る。その理念の元に行動しているキリシュタリアを否定する気はない。しかし、人類をそれ以上の存在に昇華させる気なら、アンナは全霊を以てそれを阻む。それでもと望むのなら、その意志の強さを、我々の打倒という形で証明してもらおうじゃないか。

 

 

「待っていなさい、キリシュタリア。貴方との戦い、楽しみにしているわ」

 

 

 拳を握り締め、アンナは女性とは思えぬ獰猛な笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

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 ポッド151からポッド91へ。情報共有を開始する。

 

 

 ―――……お主、なにをしている?

 

 

 そう言わないでくれ。たまには私に合わせてくれてもいいんじゃないか?

 

 

 ―――また“座”から知識を吸い取ったのか? それとも、お主が生前取り込んだ( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )奴から奪った知恵か?

 

 

 今回は前者だ。無数に存在する並行世界。その一つに存在する、とある随行支援ユニットの真似事をしてみた。番号は我々の名を数字に直してみたものだ。あまり上手くはいかなかったがね。

 

 

 ―――知らん。それで? わざわざこちら( ・ ・ ・ )まで通信を繋いで何の用だ。

 

 

 そちらの神が、こちらの世界に攻撃を仕掛けようとしている。今わかっている中でも、■■=■■■■、■■■■■■■■■■、■■■■■、そして、■■■■■。

 

 

 ―――なに……? ■■■■■、だと?

 

 

 如何にも。彼らは尖兵として、■■■■■■の依り代をカルデアに送り込むつもりらしい。そこでだ。偉大なる異邦の神よ。君の力を貸してもらいたい。あぁ、もちろん、君にも対価はあるともッ! 奴らの……■■■■■の目的を潰せるというものだ。等価交換まではいかないが、どうだね?

 

 

 ―――……いいだろう。我が直接出向くのもやぶさかではないが、アルデバランは未だ青き星の中天に座していない。故に、お主に我が権能の一部を与える。生前のお主が取り込んだものよりも強大なものだが、耐え切れるか?

 

 

 無論だとも。私とて、異界の神々に我が故郷を穢されては堪らないからな。

 

 

 ―――くれぐれも悪用してくれるなよ? 欠片とはいえ、我が権能は人を狂死させるには充分すぎる。それがサーヴァントであったとしてもだ。乱用して、そのカルデアとやらを滅ぼすなよ?

 

 

 あぁ、もちろん。

 

 フフフ……ようやく私の出番だ。君に会えるのを楽しみにしているぞ、カルデアのマスター。

 

 深き海の底。虚数の世界にて―――君を待とう。

 




 
 次回からイマジナリ・スクランブル編です。ラストにはSAN値がピンチで這いよれ的な三人(柱)組が揃いますので、お楽しみにッ!

 頑張って二週間以内に更新したいと思います……ッ!


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真紅の降臨者

 
 今日からモンハンライズの新バージョンアップですね。自分は今日忙しくてラスボスまで辿り着けていないのですが、エンディングを迎えるのであれば、前から書きたいと思っていた平安京編も問題なく書けそうですッ!

 アンナちゃん、線画が仕上がったので次は色塗りですッ! 早く出来上がれば次回載せたいと思っていますッ!

 それでは、本編開始ですッ!


 

 鼻歌交じりに通路を歩く。

 

 紫色の長髪を靡かせながら歩く少女の名は、BB。『異星の神』によって人理が漂白される前、いつの間にか己の分身たる二騎のアルターエゴと共にカルデアにやって来ていた彼女は、かつていた世界にあったものと全く同じになるようデザインしたマイルームに入る。

 

 どこを見ても桜色なスタジオ(マイルーム)で、先程食堂で食べたパフェの味を思い出す。あの錬鉄の英雄によって作り出されたそれは、これまで食べてきたスイーツの中でも格別のものだった。機会さえあれば、明日もまた食べてみたいものだ。

 

 

「……?」

 

 

 と、その時。ふと机の上に見慣れぬものがある事に気づき、そちらへ歩を進める。遠くから見てもなんとなくわかっていたが、どうやら書き置きのようだ。

 

 これは少しおかしい。自分になにか用があるのであれば、直接自分に言いに来る者がほとんどだ。どうしても自分が見つからなかったならばこういう風に書き置きを置く事もあるかもしれないが、サーヴァント達から誰かが自分を探しているという話は聞いていない。

 

 もしかして、恋を見つけた分身(メルトリリス)からの手紙? 私と仲良くしたい、と? いやいやまさか。彼女にとって、そんな事を告げてくるなんてまず有り得ない。言ってきたとしたら自分は真っ先に彼女が偽物かと疑う。

 

 となると、もしや新たな事件(イベント)の幕開けだろうか。まだ内容は確認していないが、もしこれが差出人不明の書き置きだった場合、その可能性はある。

 

 いったいなにが書かれているのだろう。そう思いながら、BBはその書き置きを手に取った。

 

 

「……なんですか、これ……」

 

 

 そして、そこに記されていた内容に、思わず目を見開く。

 

 書き置きの内容はとても理解し難いものだ。この場所にいる英霊達に『この話は信じるに値するか』と問いかければ、微かな危機感を感じこそすれども、本心から信じる者はまずいないだろう。

 

 だが、この書き置きに記された内容は、如何なBBとて無視できるようなものではなかった。

 

 自分も、ある霊基では彼方の神性と繋がった身。ここより遥か遠い異境に存在するそれ(・・)が、如何にこの星……地球の生命体にとって害ある存在かはとうの昔に理解している。

 

 

「はぁ、まったく。誰かはわかりませんが、こんなに面白い事、もっと早く教えてくださいよ」

 

 

 ぶつくさ言いながらも、BBは早速準備に取り掛かり始める。

 

 別に自分は人類の味方というわけではない。どこまでも腹黒く、百善に一毒を混ぜて腐らせる事を至上とする、ただの小悪魔後輩系美少女AIである。

 

 それでも、今回ばかりはカルデアを助けてやろう。こんなに面白い事を教えてくれた、正体不明の何者かへの返礼も込めて。

 

 

「……それにしても」

 

 

 書き置きの最後に記された文字の羅列に目を細める。

 

 

「この名前、どこかで聞いた覚えがありますが……まぁ、気の所為でしょう」

 

 

 書き置きを机の上に置き、BBは空中に幾つかのホログラムを出現させ、いつになく真剣な表情でそこに表示された文字や数字を見つめ、不安点があればすぐにそこを補強し始める。

 

 机に置かれた書き置き。月のAIに対する頼み事が書かれたその紙の最後には、クエスチョンマークを三つ合わせたようなマークと共に、このような文字が書いてあった。

 

Him Who Is Not to be Named(名付けられざりし者)』、と。

 

 

 

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「……さて、形式的手続きは済んだけど、ここからは実務だ。司令代理にはノーチラス各部の現状を一通り見てもらう。その後はブリーフィング。実数空間への浮上までのプロセスを、訓練プログラムに沿って確認してもらう。後は海中戦のシミュレーター訓練。僕もこれには参加する。結構ハードだと思うけど、美味しい夕食の為にも頑張ってほしい」

 

 

 現実の裏側。物理法則の通じぬ世界の海。そこを漂う潜水艦に一人の少年の声が響く。

 

 白いターバンを頭に巻き、近代の軍服に身を包んだ彼の名は、ネモ。シオン・エルトラム・ソカリスによって召喚された、『海底二万里』に登場する潜水艇ノーチラス号の船長“ネモ”であるダカール王子に、ギリシャ神話の海の神トリトンを掛け合わせて誕生した、幻霊と神霊の複合サーヴァントである。

 

 インド異聞帯を攻略する最中、ネモの霊基は、宝具『我は征く、大衝角の鸚鵡貝(グレートラム・ノーチラス)』の常時展開を可能とした。潜水艦という概念そのものが認知されていなかった時代に誕生した夢の箱舟は、遂に現実のものとなったのである。

 

 次に挑む異聞帯が、その大半が海で構成されている大西洋異聞帯である事から、彼の進化は大きな助けになる。

 

 しかし、だからといってすぐ攻略に向かえるわけではない。

 

 大西洋異聞帯攻略作戦に必要な装備や設備は未だ整っていない。今はカルデアスタッフ全員が開発の追い込みをかけているので、その間に立香達は、ネモと数騎のサーヴァントだけでノーチラスのテスト航行を行う事となった。

 

 虚数空間への潜航を含む、多数のプログラムを盛り込んだ、中々に過酷な訓練だ。これまで頼りにしてきたホームズやダ・ヴィンチは、今回の訓練に参加するサーヴァントの中にはいないため、彼らの助言は得られない。常にノウム・カルデアからこちらの状況を逐一報告してくれているシオンも同じだ。

 

 仲間達の中でも最も頼れるメンバーの上位が漏れなく除外されている状況に不安を覚える立香であるが、そう我儘を言えるようなものでもない。これは訓練ではあるが、これから先の戦いの中で、彼らの内の誰かを喪う事になるかもしれないのだ。もしかしたら、最後の戦いには彼ら全員がいない場合もあるかもしれない。

 

 そうなった時の為にも、立香はこの訓練で司令官としてのスキルを磨く事を決めた。それは彼女の正式サーヴァントであるマシュも同様である。

 

 訓練の大まかな流れは、先程ネモが言った通りだ。言葉だけであれば簡単そうにも思えるが、どれもこれもが司令官として身に着けるべき重要なスキルである。改めて自分に喝を入れて取り組もうと思った矢先、ノーチラスのエコースキャナーが警報を告げてきた。

 

 虚数空間云々はともかく、これにいち早く危機感を抱いたのは刑部姫だ。玉藻の前からキャラ被りだとされて泣く泣く蝙蝠姫としての能力を会得した状態で現界している彼女にとって、音を使って視認できない地形を走査するエコースキャナーは馴染み深いものである。

 

 虚数とはいえ、現在自分達がいるのは海中。そこでエコースキャナーに引っかかるものがあるとわかれば、後は誰でも理解できる。

 

 あり得ない話だが、この虚海には地形があるようだ(・・・・・・・・)

 

 しかし、ネモはこれをすぐに否定した。虚数空間というものの性質上、そんなものが存在するはずはないのだから。

 

 イマイチその言葉の意味が理解できていない立香達に、すかさず同行サーヴァントの一騎のスカサハ=スカディが説明する。

 

 ギリシャ神話の始まりに混沌(カオス)があるように、世界各地の伝承、宗教の中には最初に『原初の混沌』を定義するものが多い。天地も、寒暖も、善も悪も関係なく、全てが一つの存在であるが故に、混沌は『万能』の名を冠する。虚数空間とは、それとは似て非なる『万能』を有する空間の事だ。立香達が暮らす表層世界とは全く異なる摂理で存在するからこそ、表層の常識というものがまず通用しない。故にこその世界の裏側、観測不能域。既存の物理法則では垣間見る事すら不可能な魔境。それこそが虚数空間。ありとあらゆる全ての可能性を仮定できる、文字通り無限の世界なのである。

 

 その世界で、エコースキャナーが反応した。その事実に、立香は言い知れぬ不安を感じた。

 

 

「……副代理指令、そして船長。艦を停止させよう」

「……さっきの話を聞いてたかい、マスター。虚数空間に障害物なんてない。間違いなく、スキャナーの故障だ。ネモ・シリーズも全員一致で故障と判断してる。むしろ、君がバーサーカーに振り回される点に心配を―――」

「それでも、止めて」

 

 

 言い聞かせるようにエコースキャナーが故障したという事実を認めさせようとするネモだが、立香の瞳を見て口を止める。これまで数多くの試練を潜り抜けてきた歴戦のマスターである彼女の瞳には、この異常事態に対する危機感が宿っていた。その視線に射抜かれたネモは、しばし黙って熟考した後、改めて口を開いた。

 

 

「……わかった。司令官命令として認める。機関部、逆回転を。緊急制動だ」

『チッ、なんにもねぇのに急停止かよッ! トリトンホイール逆回転ッ!』

『はーい、りょーかーいッ!』

 

 

 悪態を吐きながらも大元の指示を承認したネモ・シリーズの一人、ネモ・エンジンの掛け声に、同じくネモ・シリーズに分類されるネモ・マリーンが意気揚々と答えた。しかし次の瞬間、ノーチラス全体に巨大な衝撃が走った。

 

 

「ごん゛どばな゛に゛い゛い゛い゛ッ!?」

「―――ッ。キャプテンッ! 潜水艦の緊急制動とは、こんなにも凄まじいものですかッ!?」

「違うッ! これは……座礁だッ!」

 

 

 まさか、本当に地形があるとは思わなかったネモが驚愕するも、すぐに意識を切り替えて立香達に指示を飛ばす。

 

 

「各員、全力を尽くして耐えるッ! ネモ・シリーズは可能になり次第、報告と対応をッ!」

『こちら機関室ッ! 衝撃で何人かノビてるッ! どこの馬鹿だよ、虚数の海に暗礁なんて置いたのッ!』

『こちら医務室、稼働に支障ありません。怪我人がいたら即応しますので、即コールを』

『こちら観測室ッ! 外側にでっかい亀裂ッ! 虹が……って、えぇッ!?』

「どうしたッ! 観測室ッ! 報告しろッ!」

 

 

 機関室、医務室より報告が挙がる中、観測室にいるネモ・マリーンが報告中に素っ頓狂な声を上げた。なにがあったのかと報告を急かすネモに、続けて電算室にいるネモ・プロフェッサーからの報告が入る。

 

 

『え~、こちら電算室~。障害物が耐圧殻を貫通して中までめり込んできました。危うく下敷きになりかけるところでしたが、なんか変な生物に助けられました。あっという間に目を塞がれてしまったので、外見的特徴はわかりませんが、このヌメヌメする感触から察するに、恐らくタコに近いものかと~』

「タコに近いもの……? まさか、虚数空間に生物が?」

「え? マジ? 虚数空間にも生物っているの? もしや(わたし)達、想定外の偉業を成し遂げちゃった?」

『フハハハハハッ!』

 

 

 ネモ・プロフェッサーの報告に目を見開いているネモ達の鼓膜を、聞き慣れない笑い声が通信越しに振動させる。

 

 

『分身が心配か、キャプテン・ネモッ! だが安心するがいいッ! 彼らはたった今ッ! 私と我が眷属が救い出したッ!』

 

 

 威勢のいい、張りのある声が司令室に響いた時、立香達の背後にある、通路に繋がる扉がスライドした。

 

 植物で構成されていると推測できる右腕でネモ・マリーンを抱えているのは、赤い外套を羽織った男性だった。今回の訓練メンバーはおろか、カルデアにも属さない、正体不明の人物。辛うじてわかるのは、彼がサーヴァントだという事だ。

 

 

「プロフェッサーとやらは安心するがいい。我が眷属が助けたのでな。今は一人でこちらに向かっているだろう。おっと、そんな事を話している場合ではないな。キャプテン・ネモッ! すぐに衝撃を受けた観測室と電算室の隔壁を閉じたまえッ! 虚数が浸水してくるぞ(・・・・・・・・・・)ッ!」

「な……ッ!?」

 

 

 謎の人物から告げられた情報に、再び驚愕するネモ。実態を持たないはずの虚数が浸水してくるという異常事態を前に、すぐさま行動を開始する。

 

 

「船底4区画から6区画を封鎖ッ! 各員、区画閉鎖後溶接と観測遮断結界、障壁展開ッ!」

『ヨーソローッ!』

 

 

 すぐにネモ・シリーズが了解の意を示す掛け声を挙げ、モニターに表示されているノーチラスの構造データに、4区画から6区画の隔壁が封鎖され始めた事を告げる文字列が表示された。

 

 

「……お、終わった?」

「うむ。まさかの非常事態ではあったが、一先ずなんとかなったようだ」

「よ、良かったぁ~……ッ!」

 

 

 誰にも予測できなかった事態に見舞われたが、なんとか誰一人欠けずに済んだという事実に刑部姫がへなへなと崩れ落ちた。誰もが彼女の気持ちに共感するが、ただ一人、ネモだけは苦い表情で顎に手を当てていた。

 

 

「虚数の浸水……。まさか、虚数の観測が収束している……? そんなの有り得るものか。個々によって認識が異なる世界だぞ? いったいどうして……」

「それについては私が説明します~」

 

 

 ぶつぶつと呟きながら思考を回転させているネモに、扉を開けて入ってきたプロフェッサーが声をかける。

 

 

「恐らくキャプテンの考えている通り、今の虚数空間は観測可能になっているんでしょう」

「……ごめん、どういう事?」

「虚数空間とは普通、個人個人が別々のものを認識するものなんですよ。先程まで見えていた、あの虹の渦。あれ、実はマスターやマシュさん、そして私達と、各々によって違う見え方をしてるんです。辛うじて脳がそう見せている、と思ってください。故に虚数存在(エンティティ)の観測不能性は保たれ、実数と虚数の不可侵性は絶対である、はずなのですが……」

 

 

 もし何者かによって虚数空間の性質が変化し、誰もが同じ虹の渦を認識可能になったとしたら? その原因が誰にあるのかはいまはまだわからない。しかし、本来認識し合うはずのない実数(こちら)虚数(あちら)が互いに認識してしまったらどうなってしまうのか。

 

 結果は至極簡単。発狂す(バグ)るのだ。何万年とかけて培ってきた『人』としての情報処理能力。知覚、認知、世界との繋がり全てが狂ってしまうのである。

 

 世界認識、或いは世界そのものの根底が破壊される……正しく、『破滅』と呼称するのに相応しい状態となる。

 

 だからもう、外の光は見てはならない。触れてはいけない。浸水させてはいけない。虚数空間の安全性は、最早観測不能性では担保されない。只今を以て、虚数空間は実数世界の深海と同じ、一度出れば死亡は確実な、死の世界となったのである。

 

 

「想像上の観測不能域なんて、この世の終わりまで最恐の魔境(フロンティア)に決まってるッ! それでもここは最高に安全なはずだったッ! 潜水艦乗りの最悪の敵、岩礁が無いってだけでねッ! しかし実態はこれだッ! せめて防御障壁だけでも開発を前倒しして艤装しておくべきだった……ッ!」

艦橋(ブリッジ)、全隔壁の完全封鎖を完了したぜッ! 艦体も完全停止を確認ッ! 次はそっちの仕事ッ!』

「……ッ! そうだ、まずは低速浮上の準備を―――」

 

 

 そこまで言いかけたところで、再びノーチラスが大きく振動した。

 

 

「驚き通り越してなんかもー笑えてきたあああーッ!」

「これはっ……まさか、攻撃ッ!?」

『副司令代理せーかいッ! 3-2-3より左舷耐圧殻に対し断続的な攻撃ありッ! 宝具ランク……C相当だよッ!』

「カルデアの方々ですと、森君の『人間無骨』、金時さんの『黄金衝撃(ゴールデンスパーク)』などが含まれるランクですッ!」

「そう聞くと超ヤバそうッ! キャプテンッ! ノーチラスは……」

「大丈夫って言えば大丈夫なんだろうけど……あぁもうッ! なんで虚数空間にこっちに攻撃を仕掛けてくる奴がいるんだッ! もう一つ言えば、迎撃手段がもうないんだッ! 艦体底部の切り離しは雷装の全損を意味するッ! そもそも虚数空間での雷撃なんてどうやるんだッ!? 虚数空間での戦闘なんて最初から想定外なんだよッ!」

 

 

 この艦についての情報を最も知り得ているのは、その化身であるネモである。その彼が迎撃手段が無い、と叫び、立香は雷に打たれたような感覚に襲われる。

 

 正体は摑めないが、こちらに敵対的な存在がこの世界にいる事は明白。攻撃されたからには反撃しなければならないが、その肝心な攻撃手段が無い。いったいどうすれば、と考えていた、その時―――

 

 

「……ッ! そうだ……あれ( ・ ・ )を使えば……ッ!」

 

 

 なにかを思い出したのか、ネモは司令室の片隅に置いてあった箱を開け、その中にあるものを取り出す。

 

 ネモの手元にあるのは、ダ・ヴィンチがマシュ専用にデザインし、霊衣に調整した水着だった。

 

 

「キャプテン? そ、それは……」

「お月様からのお助けアイテムだそうだよ。僕も半信半疑で受け取ったんだけど、どうやら彼女の言葉に嘘はなかったみたいだ」

「よしよし。あの娘、しっかりと私の言葉通りに行動してくれたな」

「……もしかして、彼女にこれを発注したのは君なの?」

 

 

 水着と青年の顔を交互に見るネモに、青年は「その通りだともッ!」と三日月のように口元を歪めて答えてみせた。

 

 

「さぁ、迷っている暇は無いぞッ! 今すぐここで脱衣(キャストオフ)、そして装着(プットオン)だッ! 藤丸立香ッ!」

「え、あ、はいッ!」

 

 

 言われるがままに、立香はマシュに手を向ける。その手には、彼女をマスターたらしめる三画の赤い紋章が。

 

 

「せ、先輩ッ!? やるんですかッ!? 今、ここでッ!?」

「ごめん、一瞬で早着替え&光のカーテン作るからッ!」

 

 

 令呪が輝き、周囲一帯を赤い輝きが埋め尽くす。それが収まった頃には、立香達の前には水着姿のマシュがいた。

 

 

「な、なにか釈然としませんが着替え完了です、マスターッ! しかし、これでいったいなにが……。……」

「……マシュ?」

 

 

 突然黙り込んだ相棒に立香が恐る恐る声をかける。

 

 

「……海が。海が、呼んでいますッ! キャプテン、艦外作業用エアロックの使用許可をッ!」

「ま、まさか……」

「水着霊衣の能力(チート)でしょうか、この海( ・ ・ ・ )でも問題なく行動できそうな気がするんですッ! だから、私が外で攻撃を防ぎ切りますッ! シールダー、マシュ・キリエライトにお任せくださいッ!」

「……わかったッ! マリーンズ、訊いていたなッ!」

『はいは~いッ! すぐに準備するよッ!』

「では、私も同行するとしよう」

「君も? でも、君は……」

 

 

 同行を申し出た青年は、水着とは程遠い服装をしている。マシュがこの虚数の海で行動できるようになった理由は、水着霊衣を装備したからだろう。では、彼の場合はどうやって行動するというのか。

 

 

私はこのままでいい( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )。私は()から狂っているのでね。この程度の狂気、毛ほどでもないのだよ」

「ま、待ってッ!」

 

 

 言い終わった矢先に外套を翻して外界に飛び出そうとする青年を、立香が呼び止める。

 

 

「なにかね?」

「貴方の名前を、教えてください」

 

 

 カルデアには召喚されていないサーヴァント。この虚数空間で出会ったばかりの彼だが、ネモ・シリーズを助けてくれたという事は、味方である可能性が高い。名を訊ねた立香に、青年は「ふむ」と一瞬思案するような表情になった後、こう答えた。

 

 

「名前と呼ぶべきものはとうに失ったが……そうだな。『赤衣の男』……とでも呼んでもらおうか」

「赤衣の、男……」

「では、また後ほど会おうではないか、藤丸立香―――人類最後のマスターよッ! フハハハハハッ!」

 

 

 両腕を広げて高らかに笑い、赤衣の男は司令室を後にするのだった。

 




 
 ようやく赤衣の男を出せました……。最初はアトランティス辺りで出そうかと思っていたのですが、クラスを考えた結果、イマジナリ・スクランブルに出した方がいいと判断したので、こんな感じで出してみました。ちなみに彼、王以外にも繋がっているものがあります。

 それではまた次回ッ! アンナちゃん、頑張って仕上げてみせますッ!


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傾国の美姫

 
 キリ様による二部振り返り、フルボイスでとても嬉しかったですねぇ。ベリルの裏切りが見事に省かれましたが、まあいいでしょう。彼は恐らく明日始まるだろうアヴァロン・ル・フェでボコすとしましょうか。

 ウマ娘……前々からよく話を聞いていたので始めてみましょうかねぇ? fgoとアズレン、プロセカと並行してやれたらいいですねぇ。

 それでは本編、どうぞですッ!


 

「さて……それじゃあ現実と向き合おう」

 

 

 戦闘終了後、なんとか正体不明の敵の撃退に成功した事に安堵の溜息を漏らした立香だが、すぐに意識を切り替える。

 

 有事とはいえ、後輩(マシュ)に無断で水着を着せてしまったのだ。令呪を使って光のカーテンを張って誰にも見られずに着替えさせる事はできたが、自分を含めたメンバー達の目の前で水着姿にされたマシュとしては思うところもあるだろう。

 

 艦内に帰還したマシュに責めるような目線でじっと見つめられ、立香はこれから来るであろう説教に身構える。が、マシュはそういった事はせず、代わりに小さく息を吐くに留めるのだった。

 

 

「さっきの乱暴な霊衣装着の件は、後で話し合うとして……BBさんの霊衣は確かに効果覿面でした。死の空間と化した虚数空間でも、認識に異常が無いばかりか、身体性能もブーストされているようです。ただ、エネミーを視認する事はどうしてもできず、闇雲に格闘し、宝具展開をしただけでしたが……」

「いや~、それでも無かったら今頃どうなってたか……」

「ふむ……戦闘前の会話からなんとなく考えていたが、お前はこの事態を事前に察知していた、という事か?」

 

 

 スカサハ=スカディの疑うような眼差しを受け、司令室の片隅で腕を組んでいた赤衣の男がニヤリと笑う。

 

 

「私とて、なぜこのような事態になったのかは理解できていない。私が知っているのは、あくまで虚数空間に異常が発生し、あのような連中が出現するという事のみだ。それ以上の事は知らない」

 

 

 わざとらしく肩を竦めてみせる赤衣だが、今現在この部屋にいるメンバー、特にこのノーチラスそのものであるネモからの視線は鋭い。

 

 ネモだけではない。この場にいる者達全員が、彼に対して大なり小なり疑惑の念を抱いている。

 

 突如としてノーチラス艦内に現れた、カルデアの霊基グラフに登録されていない英霊。どのような手段を用いたのかは不明だが、現界せずにBBに今回の事件についての話を持ち掛け、水着霊衣を虚数空間内でも活動可能なものへと改良させた時点で、彼が只者ではない事は明確だった。

 

 そして、なによりも立香達にとっての不安要素なのが、彼に割り当てられたクラス名である。

 

 

「赤衣さん。なぜご自分がフォーリナークラスで現界されたか、おわかりですか?」

 

 

 そうだ。まず最初に明らかにしておきたいのは、このエクストラクラスに属する彼が、本当に味方かどうかという点である。

 

 フォーリナー―――『降臨者』を意味するエクストラクラスの一つ。外宇宙、もしくは別次元より飛来した存在を根ざすサーヴァントクラス。地球、さらに言えばその一円に類する内的宇宙に連なる真理から外れた、異邦から呼び寄せられた存在に後天的な理由で縁深くなった英霊達が、このクラスに分類される。

 

 現在、このクラスでの召喚が確認されているのは、アビゲイル・ウィリアムズ、葛飾北斎、謎のヒロインXX、そしてボイジャーである。ヒロインXXはユニヴァース時空からの使者、ボイジャーは宇宙から見た場合の『地球からやって来た者』であるため、危険性は低いが、アビゲイルと北斎は純粋に外宇宙に巣食う“なにか”と接触している。彼女達は、自分達が人類にとって脅威となる存在である事を自覚し、その上で自制しているが、彼―――赤衣の男はどうだろうか。

 

 

「貴方は、ご自分が特殊な存在であるという自覚がおありですか? 自らの霊基を、自制できますか? その上で、現状未曽有のピンチにある我々に、マスター・藤丸立香に、力を貸してくださいますか?」

「……」

 

 

 全員の視線が、赤衣へと向けられる。もし彼がここでマシュの問いかけに首を横に振れば、即座に彼を囲むサーヴァント達から攻撃を受けるだろう。さて、この状況を前にして、赤衣の男は―――

 

 

「……ふ、ふふふ、ハハハハハハハハハッ!」

 

 

 植物でできた掌で顔を覆い、おかしいくらいに大声を挙げて笑ってみせた。

 

 いきなり笑い出した赤衣に、なにがおかしいのか、とネモが問いかけようとするが、それより早く赤衣は両腕を勢いよく広げ、唇を三日月のように歪めた。

 

 

「もちろんだとも、マシュ・キリエライトッ! シールダーのサーヴァントよッ! 私が人類の脅威であり、この世界を根底より覆す存在である事なぞ、とうの昔より自負しているともッ! だが安心するがいい。私は諸君らを助ける為に、この場へと馳せ参じたのみなのだよ」

「つまり、私達に敵対するつもりはない、と」

「その通り。でなければ、あの月の少女に水着霊衣の改良を要求するものか。彼女の力を借りなければ、この事態の収拾は不可能だったからな。それに、まず英霊召喚システムはそもそも人理防衛の為のもの。人類が斃すべき“獣”から、ヒトの世を護り抜く技術を応用したものなのだろう? であればそこに招かれた私に、その意識があるのは当然の事だとは思わないかね?」

 

 

 英霊召喚システムは、本来はその時代最高峰の英雄を一時的にとはいえ現世に呼び戻し、ヒトの業の象徴たる七つの“人類悪”を滅ぼす為に構築された決戦術式を簡略化したもの。座に招かれた数多の英雄達をサーヴァントとして現世に召喚し、その力を活用できるようにしたものである。招かれた英霊、幻霊の中には人類に敵対的な存在がいる事も確認されているが、それを除けば、どんなに生前悪を為した者といえども、その根底には人理の防衛という使命が深く刻み込まれているのだ。

 

 たとえ、こことは異なる宇宙に住まう神性と接続して『降臨者』の格を手に入れた赤衣にも、その意識は強く焼き付いている。

 

 

「疑うのであれば、疑ってもらって結構。私は私で、その疑念を払拭できるよう尽力するまでの事さ」

「……先輩」

「……うん」

 

 

 横目で見つめてくるマシュに、立香は重々しく頷く。

 

 突如として起こった、虚数空間を認識できてしまうという異常事態。その最中現れた異形のエネミーに、フォーリナーのクラスとして召喚された赤衣の男。この三つの事項を前にし、立香は代理指令として、汎人類史を取り戻すべく戦う一人のマスターとして脳を回転させ、答えを出した。

 

 静かに赤衣の前に踏み出した立香は、背後から注がれる視線を感じながら赤衣へと手を差し出した。

 

 

「お願いします、赤衣さん。貴方の力を、私達に貸してください」

 

 

 相手が得体の知れぬ存在と接触してしまった者であろうと、自分達を助けてくれたという事は、彼の言葉に嘘偽りはないのだろう。彼の瞳には、アビゲイルや北斎達にはない、まさしく狂気と呼ぶべき歪んだ輝きこそ宿っているが、その奥には、本心で自分達の助けになろうとしている意志があるのが窺い知れた。

 

 

「フフフ、その眼差し、まさしく人類史最後の砦というべきか。伊達に幾多の死線を潜り抜けてきたわけではない、という事か」

「私だけの力じゃないよ。私がここまで来れたのは、カルデアがあったからこそだった」

 

 

 これまで何度も挫折しそうになった。逃げ出したいと思った事も一度や二度どころじゃない。それでも今ここに自分がいるのは、これまで自分を支えてくれた仲間達がいるからだと、立香は続けた。

 

 それを黙って聞いていた赤衣は、まるで英雄譚を聞かされた子どものようにキラキラと両目を輝かせ、小さく笑い声を漏らした。

 

 

「なるほど、君はまさしく、人類史を護るマスターに相応しい女のようだ。サーヴァントとして活躍するのは今回が初めてだが、あぁ……実に面白そうだ」

 

 

 差し出された手を赤衣が握ると、立香は彼との間に魔力パスが通るのを感じた。これで、仮とはいえ赤衣は立香と主従関係となった。仮契約といえども、赤衣の男はマスター藤丸立香の名の下に令呪の拘束を受け、彼への忠誠を誓う事になった。

 

 

「ふむ、これが契約というものか。悪くない。空の(からだ)に水を注がれる感覚とは、こういうものだったのか」

 

 

 問題なく立香の魔力が流れ込んでいる体の調子を確かめる為か、自分の両手を見下ろして何度か開閉を繰り返す赤衣。他者の力が流れ込んでいるのに、不自由さは全く感じてない。それどころか、自分一人では補えなかった箇所が補われているような感覚で、むしろ心地良さすら覚えていた。

 

 

「さて、予想外の出来事だったが、とにかく我々は頼りになる戦力を手に入れる事ができた。水着霊衣なしに虚数空間で戦えるサーヴァントが来てくれたのは僥倖だ。けれど、問題はまだ山積みだ」

 

 

 赤衣という新たな戦力が加わった事は喜ばしい。しかし、正体不明の敵性体の攻撃によって放棄せざるを得なかった区画には、電算装置、観測装置、魚雷、食料、さらには魔力リソースもたっぷり積んであったのだ。これにより、ノーチラスの航行可能時間は150時間程度に落ち込んでしまった。

 

 魔力リソースはサーヴァントの現界維持にも使用されるので、放棄した区画に貯蔵されていた分の魔力が失われたのはまずいが、あの時は四の五の言っていられる場合ではなかった。最悪、あのまま自分達はなにも出来ずにこの虚数の深海の藻屑になっていた可能性だってあり得たのだ。今はサーヴァントが現界できている事に感謝せねばなるまい。

 

 しかし、問題は他にもある。

 

 まず、ソナーと雷装が死んだ。音波を使って周囲の地形を把握するソナーと、外敵への対抗手段と呼ぶべき魚雷に深く関係する雷装。人体で例えれば目と耳と腕を失った状態だ。辛うじて生きている足で動こうにも、周囲はただの海ではなく、本当ならば観測できるはずが無かった虚数世界。そんな環境で無暗に動けば、またなぜあるかわからない座礁によって、今度こそ詰む可能性がある。

 

 燃料も食料もない実質八方塞がりの状態に加え、中級宝具に匹敵する攻撃が可能な敵性体に、恐らくそれに連なる存在であろう謎の敵集団。

 

 このまま死ぬか、走って死ぬか。まさしく絶体絶命の状況だ。

 

 

「一応訊くけど、君は広範囲で周囲の状況を確認する事は出来るかい?」

「小範囲ならば、我が眷属を用いればある程度確認できるだろう。だが、出来てその程度だ。超広範囲走査は流石の私にも不可能だ。こうしてサーヴァントの身にはなったが、このノーチラスに勝る大音量を放てる声量は持ち合わせていない」

 

 

 サーヴァントはその身を神秘で形作られる事で、如何に筋力が低かろうと一般人の頭を握り潰すほどの膂力を得る。しかし、肉体面で強化されるとしたら、スキル云々を除外すれば純粋なパワーのみであり、流石に声量まで強化されたりはしない。

 

 

「小範囲だけでも探査できるのは救いだね。ここでずっと動けないよりははるかにマシ」

「だが、どうする? 周囲の確認は出来ても、この虚数の海から脱出するという目的までには至らない。立香―――我らがマスターよ。其方はどう考える?」

「う~ん……」

 

 

 スカサハ=スカディに問いかけられ、立香は顎に手を当てて考える。

 

 これまでの冒険の中で、様々な出来事に見舞われた。全く未知の場所から脱出した事がないわけではないが、それらよりも、今回の事件は難易度が高すぎる。形はないのに、形がある虚数空間からの脱出方法は、如何に数多の死線を潜り抜けてきた立夏とてすぐに思いつくものではない。元々、彼女はその手の専門家ではない一般人。この状況を打破できる方法など、そう簡単に思いつくはずが無い。

 

 このまま考え続けても名案は思い付きそうにない、と悔し紛れに肩を落とそうとしたその時、立夏の脳内に電流が走った。

 

 

「……キャプテン、この艦には魔力リソースがあるんだよね?」

「? うん。限りがあるから、慎重に使わざるを得ないけど……」

 

 

 いきなりなにを訊くのか、と首を傾げるネモ。しかし、立夏の視線が既に自分から、彼女の相棒であるマシュへと移されているのを見、「まさか」と目を細めた。

 

 

「……なんとなく想像ついたけど、君の考えを聞かせてもらおうか」

「この艦のリソースを使って、サーヴァントを召喚する」

 

 

 大部分は先の攻撃によって区画ごと放棄するしかなかったが、それでも魔力リソースは残っている。幸い、今自分達がいるのは、虚数空間ではあるが彷徨海の周辺―――カルデアベースの陣地内とも言える場所だ。ならば、霊基グラフを利用した召喚が可能となるはずだ。これを使えば喚べるかもしれない。この状況を打破するに足る、最高の助っ人(サーヴァント)が。

 

 

「忠告するけど、この状況でのサーヴァント召喚は慎重な判断を要する。さっきから言ってる通り、現界維持にもリソースを使うから。そもそも、仮に艦が万全の状態であっても、それに頼んでサーヴァントを多数維持するのは極めてリスキーだ。作戦上、魔力炉を止める事だってあり得るわけだしね」

「しかし、確かに失われた設備の製作を可能とするような助っ人が得られれば、一気に状況は好転します。切迫した現状で能動的に試せる唯一の策ですし、試す価値はあるかもしれませんね」

 

 

 ネモが自らの分身であるプロフェッサーを見やる。頷いたプロフェッサーはすぐに端末を操作し、そこに表示された情報を見てネモ達に頷いた。

 

 

「試算出ました~。赤衣さんとの契約があったので少し不安でしたが、一騎までならリソース維持に問題なしかと~」

「……航行中の追加召喚は、ノーチラスの運用則としては異例も異例だけど、このリターンはリスクに見合うだろう。召喚する人選には細心の注意を要する。そこで、この人選はプロフェッサーに一任したい」

 

 

 正確には、シオン氏仕込みの人選ロジックを限定的にプロフェッサーの思考野で走らせ、最適解を導き出す、というものだ。利点はこの場にいるメンバーの浅慮やうっかりによる人選ミスをほぼ完全に排除できる事。しかし欠点として、全くやった事のない手段であるため、プロフェッサーが緊張してしまっている事だ。

 

 それでも、彼女にこの人選を任せるか、とネモが立夏を見つめてくる。

 

 それに対し、立夏は決意を籠めた目で頷いた。

 

 

「……よし、ならば反対理由は無い。キャプテン・ネモは助っ人召喚の提案に同意するッ!」

「マシュ、盾を貸してッ!」

「はい、先輩ッ!」

 

 

 頼れる後輩から、彼女が愛用するラウンドシールドを受け取り、それを前に置くと同時に詠唱を始める。

 

 すると、すぐさまラウンドシールドが眩い輝きを放ち始め、その輝きが一際強くなった途端、新たなサーヴァントがこの艦内に出現したのが確認された。

 

 眩い光から目を守ろうと、誰もが自分の腕で顔を庇い、恐る恐るその腕を下ろし、召喚されたサーヴァントを視界に収める。

 

 

「ハオハオ~♪ 召喚に応じてみましたッ! フォーリナー、ユゥユゥですッ!」

「どちら様ッ!?」

 

 

 光の中から琵琶を携えて現れたツインテールの少女に、誰もが目を見開いた。

 

 

「し、失礼ながら存じ上げない英霊の方かとッ! 楽師さんでしょうか? どなたかご存じないですか?」

「ふむ、君が着ているそれは、中国の伝統的な衣装とされる肚兜(どぅどう)かね? ノースリーブないし前掛けの服飾としては最も歴史が古いとされており、とある女性がそれを着た事が始まりだと考えている。中華の英霊は数あれど、女性として名を馳せた者など容易く絞り込める。(あまつさ)え、肚兜(それ)を着ているのだ。君の真名を探り当てるのは実に容易い」

「貴方は……?」

 

 

 ユゥユゥと名乗った少女の外見的特徴から、彼女の真名だと思える単語を記憶の引き出しから取り出した赤衣に、少女の訝し気な視線が向けられる。

 

 

「おぉ、これは申し訳ない。挨拶が遅れた。赤衣の男という者だ。君と同じく、フォーリナーのサーヴァントだ」

「赤衣の男……フォーリナー……ッ!?」

 

 

 自分と同じクラスのサーヴァントが既にこのノーチラス艦内にいる事に驚いたのか、ユゥユゥが驚愕と警戒に染まった表情で後退った。そんな彼女の姿にニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた赤衣が、ずんずんと一歩、また一歩と彼女との距離を縮めていき、遂に鼻と鼻が触れ合いそうな程まで顔を近づけた。

 

 

「君がなぜ、私という存在にそこまで警戒しているのかは知らないが、同じ異邦の神格と繋がったよしみだ。これからよろしく頼むよ」

 

 

 自分を射抜くその眼光に、ユゥユゥは思わず目を逸らしたくなる。

 

 この男の瞳には、人間としての矜持などまるで感じられない。必要とあらば、自分が人間である事など容易く捨て去ってしまえる狂人の目をしている。その瞳の奥にある、人間のものとは到底思えぬ狂気は、彼女が繋がった(もの)を始めた、異邦の神々が存在する世界であろうとも平然としていられるだろうと、否が応でも理解させられる。

 

 それでも、なんとか平静を保ちつつユゥユゥは辛うじて「よ、よろしくお願いします……」と彼の言葉に頷く事に成功した。

 

 

「教授よ。今回の召喚では、カルデアのサーヴァントが喚ばれるはずではなかったか?」

「先程ログを確認したところ、どうやら人選ロジックが適性検索の過程でエラーを吐き、最適な霊基グラフの特定に失敗、そのせいで英霊召喚の制御プログラムがバグって通常の座からの召喚が行われてしまったみたいです~。いやぁ。こういう事があるから事前テストは大切ですね~。はい教訓~」

「つまり……カルデアには最適解がいなかった?」

「そんな……唯一の希望が……。いや、まだ諦めるには早いッ!」

 

 

 この状況に最適なサーヴァントをカルデアから召喚出来なかった事態に頭を抱えるネモだが、最後に残された一縷の望みに賭けてユゥユゥを見る。

 

 

「ユゥユゥ、赤衣の言葉から、君の真名については予想がついている。でも、君本人から聞かせてほしい。君の真名と能力を、どうか明かしてもらえないかッ!」

「し、真名ですか~? なんとなくですけど、もう皆さん気付いてますよねぇ~……?」

「ま、まさかとは思うんだけど……貴女様はもしや……」

 

 

 微かに震える声で、まるで至高の芸術品を見た芸術家のように、ユゥユゥに拝むような目線を送る刑部姫。この場にいるメンバーの何人かも、そのほとんどが赤衣の男からもたらされた情報から、何気なく彼女の真名を察している。

 

 

「えぇ、はい……えっと、真名は楊玉環(ヤン・ユーファン)玉玉(ユゥユゥ)はニックネームです。史実的には……楊貴妃の呼び名で通ってるかな~って……。ちょっと恥ずかしいのですけれど……よろしくお願いしますね?」

「ほああああああッッ!! やはり貴女様は、あの楊貴妃様であらせられましたかぁああああッ!」

「おっきーが壊れちゃった……」

「その名を聞けば私にもわかりますッ! 唐の時代、玄宗皇帝のお妃様であった絶世の美女ッ! 一笑で百の媚態と謳われた天性の美に加え、数々の芸事にも長じたらしいのが、楽器持ちの由来でしょうかッ!? その美によって国を動かした、今風に言えばまさに国民的美少女ッ! それが楊貴妃さんですッ!」

「いや~やめて~ッ! ユゥユゥそんなんじゃないですからッ! 庶民ですからッ! ただのライチ好きな村娘Aですから~ッ!」

 

 

 マシュからの絶賛にユゥユゥ―――楊貴妃は顔を真っ赤にして手をブンブンと振っている。

 

 

「楊貴妃……名前ぐらいなら聞いた事はあるけど……」

「では、私が説明しようか。我がマスターよ」

 

 

 彼女については歴史の授業で軽く習った程度の立香に、赤衣はすぐに楊貴妃についての説明を始めた。

 

 楊貴妃―――蜀州に根を張る地方官吏の一門である楊一族に生まれた四姉妹の末娘。17歳になった頃に洛陽で官吏となった叔父の勧めにより、玄宗の第18皇子である寿王李瑁の妃となり、美男美女の夫婦として洛陽に知られるようになった。

 

 しかし、そこである事件が起きる。

 

 李瑁の母であり玄宗の妻である武恵妃が病死してしまったのである。最愛の妻が亡くなった事実に打ちのめされ、気を病んでいた玄宗は、あろう事か新年挨拶にと息子と共にやってきた玉環に一目惚れしてしまったのだ。

 

 我が子の妃を寝取る訳にもいかず、しかし既に恋患いに(うな)される玄宗は腹心の高力士の計略に乗り、玉環を義母冥福の名目で出家を命じられ、寿王との離婚と共に道士にした。そのまま皇族の湯治場である華清池へ隠棲させられた彼女を待っていたのは、玄宗からの混浴の勅命だったのだ。そこから逢瀬を重ねた二人は、五月の歳月の末に遂に結ばれる。

 

 その時の玉環は26歳。玄宗はなんと60歳であったという。

 

 後に現代でよく知られる“楊貴妃”の名を背負った玉環を、玄宗は大層愛したという。彼女のためにあらゆる贅を尽くし、楊貴妃も惜しみないその愛を受け入れた。

 

 同時に楊貴妃の親族縁者は悉く官吏に推挙され出世し、禁中の権勢を恣とした。一族の姫が愛されるだけで何の苦も無く貴人となった楊一族は、その地位に胡坐をかいて政治を腐敗させ、老いた玄宗も執政に腐心する事に疲れて楊貴妃に心の拠り所を求め、彼らの専横を許してしまう。

 

 その果てに楊国忠と安禄山による政争を招き、安史の乱を起こす事となった。

 

 命からがら逃げ遂せた玄宗と楊貴妃だったが、馬嵬に至って玄宗は高力士の忠言から妻の処刑を忸怩たる思いで決断し、彼に愛する女の首を絞めさせたという。

 

 遺体はその場で埋葬されたが、乱の鎮静後にしばらく行方不明となる。その後、玄宗の命によって探し当てられ、都に墓所を移設したという。

 

 これが、後に“傾国の美姫”とされた楊貴妃の伝説。彼女は無自覚ながらも、その身に宿る“美”という最強の武器を振るって一国を崩壊させた存在なのである。

 

 

「これが後に“傾国の美姫”と称された彼女の伝説。誕生時から女性が持ち得る最強の武器の一つである“美”があり得ない数値でカンストしていたせいで知らず知らずのうちに傾国ってしまったのが、楊貴妃(かのじょ)なのだ。理解できたか? マスター」

「う、うん……。なんだか、凄まじい人生を送ってきたんだね、楊貴妃って……」

「あ、あんまり傾国って言わないでくださいね……。その、色々と恥ずかしいので……」

「フフフ、全く、あの頃の唐の有り様は、それは実に愉え……嘆かわしいものだったぞ? 人の手に余る美しさに心を灼かれた男から始まった国の崩壊など、そう起こるものではないからな」

「……? 貴方、もしかして私と同じ時代の英霊ですか?」

「まさかッ! 私はそれよりも遥か古代……それこそ超古代文明の出身さ。む? ならばなぜ当時の事を知っているのか、だと? それは追々、話させてもらうとしようか」

 

 

 まるで当時の唐の様子を見ていたかのような口ぶりで話していた事を疑問に思った立香に、赤衣はひらひらと植物で構成された右手を振ってみせた。

 

 

「この話はここまでだ。マシュ嬢よ、まずは彼女に聞かねばならぬ事がないのではないか?」

「え? あ、そうでしたッ!」

 

 

 言われて思い出したのか、マシュは楊貴妃に対してある質問を投げかける。

 

 それは赤衣の男に対して行ったものと同じ、フォーリナークラスで現界した楊貴妃が、しっかりと自分を制御して自分達に力を貸してくれるかどうか、というものだ。

 

 それに対する楊貴妃の返答は、(イエス)だった。

 

 

「私もそこの人と同じように、異界の干渉を受けた者の一人です。それに、歴史上は傾国の女として解釈されているので……残念ですけれど、滅亡を齎す権能的なのが与えられている感じはあります。ですが、この霊基の私は、自らの存在が叛乱を招いた事を恨んで、復讐者(アヴェンジャー)の如く振舞う事は致しません。敬愛止まぬ我が天子様が、人理の滅却など望みはしないと明白であるが故に―――どこかの神様の思惑なんて知りませんッ! ユゥユゥは我が全能を、マスターの為に使うと誓いますッ! なんでしたら令呪で拘束をかけても?」

「いえ、もう信じたので。あっ、そういえば、まだ名前を言ってなかったな……。ええっと、藤丸立香です。これからよろしくお願いします」

「藤丸立香……うん、いい感じですッ! どうぞよろしくお願いしますねッ!」

 

 

 立香が差し出した手を、にこやかに笑いながら楊貴妃が握る。流石、傾国の女として語られているからか、その笑顔には周りを幸せな気分にする力があるかのように、立香達の心を温めてくれた。

 

 

「さて、早速ですがお仕事しても?」

「え、なんでしょう?」

 

 

 首を傾げる立香に、楊貴妃はサーヴァントに昇華した影響で自身に起きた変化について語った。

 

 楽器奏者としての逸話が拡大解釈されたせいか、楊貴妃は聴覚が規格外のものとなっているらしい。それこそ、艦外の音も拾えるのも容易いくらいに。

 

 

「それで先程からずっと、ドンドンって船を叩く音と共に、船の外から声がするのです。『敵が来る』って、そう言ってますよ……ッ!」

 

 

 それを聞いた瞬間、その場にいた全員の意識が切り替わる。

 

 船の外から声がするという事は、赤衣に続く新たな現地協力者の可能性もある。すぐに回収しなければならないが、まずはノーチラスに近づく敵を排除する必要が出てきた。

 

 

「キャプテン、再び艦外活動の許可をッ! これより赤衣さんと共に救助に出動致しますッ!」

「……わかったッ! けど、大丈夫かい? さっきは成り行きで任せてしまったけど、二人だけじゃ……」

「それは一応、解決してみた。えいっ」

 

 

 マシュと赤衣のみで迎撃に出る事に一抹の不安を覚えたネモを安心させるようにスカサハ=スカディが軽く杖を振る。すると、彼女と刑部姫の姿が一瞬にして水着霊衣のものへと切り替わった。

 

 

「ぎゃーッ!? なにこの羞恥プレイッ!?」

「もう一人の私に化けてみたぞッ! 詳しい説明は後だ。艦外作業人員を増やした。敵だかなんだか蹴散らして、外の『声』とやらを確保だ」

「一つ、質問をしてもいいかね? 北欧の女王よ」

「なんだ?」

「槍、使えるかね?」

「…………」

「なんかモーレツに嫌な予感がしてきたッ!」

 

 

 問いかけた赤衣に真顔でスカサハ=スカディが答えるというやり取りに泣きそうになる刑部姫。

 

 

「一騎が不安で仕方ないが、これならなんとかなるかもしれないッ! 司令代理の判断はッ!? 君の方針に従おうッ!」

「もちろん出てほしいけど……マシュは敵が視認できないって……」

 

 

 初めての迎撃戦でも、マシュや赤衣の攻撃はエネミーをまともに相手取る事ができなかった。数を増やしたとしても、これではどうしようもないのではないか。

 

 そんな立香の不安を払拭すべく、楊貴妃がすかさず口を開いた。

 

 

「虚数空間での白兵戦等ですね? でしたら、この私に任せてくださいッ!」

「どういう事?」

「どうやらこの場所の実態は、光に似て非なるもので満ち満ちた、暗黒の深海のようですから、私が放射している陽炎―――炎の幻覚によって、相応しい視覚概念を与え、視認できるっぽくしましょうッ! つまり、私が音によって位置、サイズ、クラスを割り出し、そこにいい感じの映像を投影する、という寸法。これできっと、混乱せずに戦えるはずですッ!」

「……どうやら、僕らのうちの誰よりも、現状を的確に把握し、対処できそうだね。一時はどうなる事かと思ったけど……僕らはどうやら、無事、最適解の英霊を招けたらしい」

 

 

 ネモの視線が立夏に注がれ、それがなにを意味しているのかを即座に理解した立夏は大きく頷くと同時に、頼れる仲間達に叫ぶ。

 

 

「みんな、出動ッ!」

 

 

 (マスター)の指示に頷き、マシュ達はすぐに行動を始める。

 

 ―――結果から言えば、彼らは楊貴妃のサポートもあって見事エネミーの撃退に成功した。その後、刑部姫と赤衣がノーチラスの左側外殻に取りついていた人物の救出にも成功した。作戦は見事完遂、といった具合である。

 

 しかし―――

 

 

「サーヴァント・フォーリナー。真名は、見ての通り、ゴッホですッ! エヘヘッ!」

 

 

 新たな協力者としてその漂着者を招き入れた事で、物語は大きく動き始めるのだった―――。

 

 




 
 楊貴妃、デザインとか性格が結構好みなんですよね。初めての楊貴妃ピックアップは三人の諭吉さんを生贄に召喚しようとしたのですが、応えてくれなかったのは苦いけれどいい思い出です。

 そして、お待たせしました。ようやく、ようやくアンナちゃんが完成しましたッ! まだまだ発展途上であるため、下手にもほどがあると思いますが、なにかしらの感想を送って頂けたら幸いですッ!

【アンナ・ディストローツ&令呪】

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悲劇の巨匠

 
 どうも、皆さん。先週の金曜日、感染予防をしっかりした上でディズニーを楽しんできたseven774です。
 いや、凄いですね、今のディズニー。来場者数を限定しているのもあって、待ち時間がゼロ分のアトラクションがほとんどでしたよ。
 美女と野獣のアトラクション、とても素敵でした。機会があればまた行きたいですねぇ。

 戦人さん、Ruinさん、誤字報告、ありがとうございます。

 今回、少し文章構成を変えてみました。


 

 マシュ達が虚数空間で漂流した英霊―――ゴッホを救出してから五時間が経過した。

 

 ゴッホ―――現代に生きる人間ならば誰もが知っている、世界有数の男性だったはずの( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )画家。生きていた頃に売れた作品は一枚しかなかったという、生前は一切日の目を見る事はなかったものの、その死後には「ひまわり」を始めた作品が次々と評価されていき、巨匠とまで言われるようになった、理解されなかった悲劇の画家。

 

 この時空においても、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホは男性であったという明確な物的証拠が残っているため、ゴッホの性別が男性である事は明白だったのだが、なぜかマシュ達が救出したゴッホは少女の姿をしていた。

 

 この事実には流石の立香達も頭を悩ませる。

 これまで様々な英霊と出会ってきた以上、彼らの性別が史実と違っている事例などよく目にしてきた。

 ブリテンの王、アーサー王もといアルトリア・ペンドラゴン。外来の武器の鉄砲をいち早く取り入れて戦国の世にその名を轟かせた武将、織田信長。そしてあまりにも自分の作品が良すぎて、その姿を借りて現界していたダ・ヴィンチなどが主な例であろう。

 

 なのに、ゴッホは男性であったという証拠があるのに、あろう事か彼は少女の姿で現界した。しかも、彼女が完全に女性であるという情報は、ネモ・シリーズの中でも医療スキルに特化したナースのお墨付きだ。

 

 気になる事はまだあるが、まずはこれからの事を考えなければならない。

 幸い、マシュ達によって救出されたゴッホは、現在立香達が置かれている状況を把握するや否や、すぐに協力すると言ってくれた。

 最初こそ絶体絶命の窮地から始まった事件ではあったが、そこから脱する手段が少しずつ揃い始めているのは喜ばしい事だ。

 

 召喚の制御プログラムがバグって直接座から召喚された楊貴妃の助けもあって、ノーチラスを襲った敵性体にも対処できるようになった。また、ネモはマシュ達が戦っている間に楊貴妃とプロフェッサーに頼み込んで、マシュ達とエネミーの戦闘の際に生じた音を基に周囲の地形を確認してもらい、口頭で説明された情報を何度も頭の中で確認しながら簡易的な地図を作った。楊貴妃には戦闘のサポートと地形把握という、二つの仕事を一気にやらせる事になってしまったが、「それで助けになるなら楽勝ですよ」と、彼女はにこやかに許してくれた。

 

 さらに彼女は、自分も艦外作業に加わりたいと言い出してくれた。これには流石のネモや立香が反対し、そちらの作業は自分がやる方がいいと言い出してくれた赤衣が請け負う事となった。

 

 

「ところで気になっていたんだけど、水着霊衣を着た英霊がどうして虚数空間で活動できるのかな? あのシオンでも、流石にそんな芸当はできないと思うんだけど」

 

 

 ふと気になった事を口にするネモ。

 現在マシュ達が着ている水着霊衣には、元々虚数空間で活動できる機能など搭載されていなかった。BBが上手く調整してくれた事は知っているが、具体的にはどうやっているのだろうという、細やかかな好奇心故である。

 

 そんな彼の疑問に答えてくれたのは、この中では断トツで魔術の扱いに長けているスカサハ=スカディだ。

 

 “B”の文字が刻まれたピンク色のメモリーチップには、長年北欧異聞帯を支え続けていた女神であるスカサハ=スカディを以てしても理解できない魔術式が焼き込まれていたが、なんとか解析できた部分を鑑みるに、恐らく虚数魔術かそれに近しいものであるらしい。

 これを付呪(インストール)した霊衣または水着は、着用者を虚数空間に適応させ、さらにステータスも強化してくれる。この手が使えるサーヴァントは、水着霊衣を有するか、過去にそれを獲得した経験のある者のみ。今この場にいるメンバーでそれが該当するのは、マシュと刑部姫のみ。スカサハ=スカディは、厳密には彼女とは全く異なる存在であるスカサハの水着霊衣を拝借しているだけに過ぎず、宝具を始めとした本来の能力を発揮する事はできない。

 赤衣の男は例外中の例外だ。なんの措置もなく、まともに見れば発狂するしかないはずの虚数の世界で平然と活動できるサーヴァントなど、いる方がおかしいのだから。

 

 満足に戦えないスカサハ=スカディは、自分が戦場に出ても足手纏いにしかならないと把握している為、後方支援に回る事になる。彼女程の術者ならば、今後水着霊衣を持っているサーヴァントが召喚できた時に、彼女達の衣装を虚数空間に対応できるよう調整できるだろう。電子技術は不得手だが、チップをルーン魔術で量産する事には成功しているのだから。

 

 そこへ機関室にいるネモ・エンジンから連絡が入ってきた。なんとなく理解していたが、やはりノーチラスは本調子ではないらしい。不幸中の幸いで致命的損傷こそないが、座礁の影響で駆動系のあちこちにガタが来ているようで、燃費の悪化も相まって急発進や急加速は気楽にできなくなってしまったそうだ。

 

 次は居住区からの報告。そこに配備されたマリーンによれば、一応全員分の寝床は用意できたらしい。最初の襲撃のせいで食事は質素なものになってしまったが、この状況で文句は言えない。食料はマスターである立香が食べるとして、サーヴァント達は魔力で我慢するしかない。

 

 そして、話題は最初のゴッホへと戻る。

 

 論点は、彼女は本当に、あの世界に名を轟かせる画家のゴッホなのか。そして、彼女は本当に味方なのか、である。

 

 協力こそ得られる話となっているが、既にこちら側に協力してくれている赤衣の男と楊貴妃と同じく、ゴッホもまた降臨者の名を背負うサーヴァントだ。異邦の力を振るう彼女が味方になってくれれば心強いが、敵となったら厄介なのは間違いない。

 

 ネモ・ナースの検査の結果、救出されたゴッホの体内に流れている血液は、通常のサーヴァントのような、霊基を駆動させる為の恒常的魔力だけではないらしく、霊子組成と反応は、ある種の植物系霊薬に似ているらしい。

 もしかしたら、彼女はヒトならぬ肉体―――例えば、特殊なホムンクルスなどを依り代に成立した英霊なのかもしれない。

 

 最初のナースの、ゴッホが女性である、という証言も合わせると、以下のような仮説が出来上がる。

 

 一つ、自分をゴッホだと信じている赤の他人。

 二つ、霊基異常で性別や記憶が混乱したゴッホ本人。

 三つ、自分がゴッホだと苦しい嘘を吐いている敵。

 

 恐らく、この中のどれかに彼女は当てはまるとネモ達は推測している。

 

 

「でも、超フレンドリーだったよ?」

 

 

 しかし、立香のこのうち、三つ目の事項は恐らく違うと考えていた。

 

 彼女はこの会議が始まる前に少しゴッホと話す機会に恵まれ、軽くではあるが言葉を交わした。

 その時の彼女に自分が日本出身である事や、カルデアには日本出身の英霊も多く存在する事を告げると、彼女は零れ落ちんばかりに目を見開いて興奮していた。あの時の彼女からは、嘘偽りの気配は全く感じられなかった。誰しも、自分が好きな事を前にしては自分を偽れなくなるのだから、きっとあれがゴッホなのだろうという結論に行き着いていた。

 

 それに、ゴッホが敵ではないという証拠として、彼女がもたらしてくれた虚数空間についての重要な情報を幾つか提供してくれた、というのもある。

 また、情報源以外に、赤衣の男同様に、BBが用意してくれた虚数適応チップが無くとも生身で虚数空間活動が行えるので、即戦力としても期待できる点も大きい。

 

 

「だから、ここは仮契約をするべきだと思う」

「ウミガメの甲羅のように固い意志ですッ! あ……いえ、ついキャプテン・ネモの口癖が……」

「硬さで言うならカサガイの歯が物凄いよ。いやそうじゃなくて。仮契約するんだろ。それはいい。もう一騎分の現界維持リソースはなんとか捻出しよう。ただ……少しだけ、司令代理と二人きりで話したい。他のみんなはちょっと外してほしい」

 

 

 突然ネモが立香と二人きりになりたい、と言い出したので、マシュ達はなぜかと頭上に?マークを浮かべた。

 

 

「悪いけど、これは副司令代理にも秘密だ。他の誰も立ち聞きできないよう、歩哨(ほしょう)をお願いしたい」

「……わかりました」

 

 

 なにか重要な話なのだろうと納得し、マシュを筆頭に、立香とネモを除いたメンバー達は司令室から退室する。

 

 

(わたし)達を追い出して、いったいどんな事を話すんだろうね?」

「さてな。我々には話せない内容なのかもしれない。気にはなるが、ここは我慢するしかない。……む? 赤衣よ、どこへ行くのだ?」

 

 

 刑部姫と話していたスカサハ=スカディが、退室するとそのままどこかへ向かい始めた赤衣の背に声をかける。

 

 

「ん? ゴッホ嬢のところへ行こうと思ってな。聞けば私と同じフォーリナーのサーヴァントのようだからな。挨拶でもしておこうと思ってね。そう睨むな。別に寝込みを襲おうというつもりはない。それではな。話が終わったらマリーンでも使いに寄越してくれたえよ」

 

 

 ひらひらと手を振りながら、赤衣はマシュ達を置いて医務室へと向かった。

 

 

 

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 医務室。ネモ・シリーズの一人であるナースが、いつ怪我人が出ても問題ないように待機している部屋であるが、現在ナースはマシュ達と共にいるため、今そこに彼女の姿はない。

 代わりに、そこにある診察台には一人の少女が寝かされていた。

 

 麦わら帽子を隅に置き、腹部が露わになった服に身を包んだ、すぅ、すぅと一定のリズムを刻みながら寝息を立てる少女。

 彼女こそヴァン・ゴッホ。マシュと赤衣が救い出した、降臨者(フォーリナー)のクラスに属するサーヴァントである。

 

 そんな彼女が眠っていると、肉体をなにかに触られている感覚を覚え、小さな呻き声を上げながら瞼を持ち上げてる。

 すぐさま視界いっぱいに差し込んでくる天井の照明の光に思わず強く目を瞑り、何度か瞬きして目を慣れさせ、自分に触れているなにかの正体を確かめるべく視線を動かす。

 

 

「目覚めたか。まずはおはよう、と言うべきかね? ゴッホ嬢」

 

 

 顔は動かさず、視線だけ寄越してきた男と目が合った。

 深紅の衣で身を覆った、整った顔立ちの青年。彼が持つのは、混じりけの無い、漆黒の瞳。奥底に狂気を湛えたその瞳は、どこかゴッホに深淵を連想させた。

 

 

「起こしてしまって申し訳ない。今は軽く調査をしているところだ。眠りたいのならば、また眠ってもらっても構わないが?」

「で、できるなら、そうしたいところですけど……あの……」

「なにかな?」

「その……そこは、あんまり、触らないでください……。あの、恥ずかしいです」

 

 

 軽く上半身を起こしたゴッホの視線の先。外気に晒されている腹部―――それも女性にとって重要な生殖器官である子宮の真上に触れている手に、ほんのりと頬を朱色に染める。

 目覚めて早々に、見知らぬ男に下腹部を触られている。生前はどうあれ、今は女性であるゴッホにとって、これはあまりにも看過し難い事であろう。

 

 

「む……すまなかった。生前が男性であったという確証があるというのに、なぜか女性として現界した、というケースは私としても実に興味深い。なにか理由はあるものかと思案してみたが、どうしても頭で考えていても埒が明かない。ならば実際に会って確かめてみよう、と思ってな」

「それで子宮、ですか?」

「デリカシーに欠ける行為だった。謝ろう」

 

 

 先程の行動は、流石の赤衣とてデリカシーの欠ける行為だと認識していたようだ。如何に調査の為とはいえ、女性の象徴とも呼べる場所に無断で触れてしまった。これには赤衣も頭を下げる他ない。

 

 英霊に昇華されたとしても、女性にとって子宮というのは変わらず大切な器官の役割を果たしている。

 生きとし生ける人間のものであれば、新たな命を育む揺り籠として。英霊のものであれば、高密度魔力の生成元として。

 

 赤衣が彼女の下腹部に触れていたのは、高純度の魔力を絶えず生成し続けている子宮を調査すれば、なにかしらの情報が得られるかもしれないと思い立っての行動だった。淑女に対する行為としては全く褒められないものだが、そのお陰で見えてきたものもある。

 

 

「フランケンシュタインの怪物……いや、どちらかといえばあの兵器( ・ ・ ・ ・ )に近い、継ぎ接ぎの霊基か。異邦の神格め、なんともまぁ……」

 

 

 面白い事をしてくれる―――と、内心で呟いて不敵な笑みを浮かべた赤衣は、その視線をゴッホに向け、大事な事を忘れていたと口を開く。

 

 

「おぉ、そういえば自己紹介がまだだったな。クラスはフォーリナー、真名は赤衣の男、という者だ。赤衣とでも呼んでくれたまえ」

「あ、ゴッホです。エヘヘ、同じフォーリナー同士、仲良くしましょう……」

 

 

 自分と同じクラスのサーヴァントがいる事が嬉しかったのか、ゴッホはにこやかに笑いながら赤衣の差し出した手を握った。

 

 

「エヘヘ、握手……いい文明……」

「感激しているところ悪いが、早速いくつか質問させてほしい。ゴッホ嬢。君の過去話を聞かせてくれるかな? あぁ、事細かく説明する必要は無い。自分にとって重要だと思える事を口にしてくれればいい」

「……? どうして、ですか?」

 

 

 首を傾げるゴッホ。自分の過去については先程立香達に話したはずだが、彼はまだその話を聞いていないのだろうか。

 彼女の疑問を感じ取ったのか、「いや、聞いたとも」と赤衣は首を横に振った。

 

 

「だがね。私がサーヴァントとして活動するのは今回が初めてでね。生前こそ長年( ・ ・ )旅をしてきた身だが、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの話は左程詳しくはない。良ければ本人から、偉大なる巨匠の人生を聞いてみたくてね」

「エヘヘ、そんな……恐れ多いですよぉ。あんまり褒められた人生じゃ、なかったですから。商売人にも、伝道師にもなれずに、親や(テオ)の脛を齧って、絵ばっかり描いて……でも売れないで……。たくさんの絵描きさんと仲良くなりたかったけど、ゴーギャンちゃんとは上手くいかなくて……。それから、ちょっと病んじゃって……。最後はオヴェールの村で、ばーんとやっちゃいました、ウフフ……。まさか一世紀以上経って、こんなに私の絵が人気だなんて……エヘヘ、すみません、思わずにやけちゃう」

「好意を寄せた人物はいたか?」

「好きな人? いましたよ、ウフフ、とある名言で有名なケーさんとか、シーンちゃんとか……」

「ケー・フォス、それとクラシーナ・マリア・ホールニクか。歴史において、その者達は女性であったと伝えられているが、実際のところは男性だったのかね?」

「ま、まさか。二人共女性ですよ。とっても綺麗だったんですけど、結局フラれちゃいました……エヘヘ」

 

 

 自虐的に己を嗤ったゴッホ。彼女の返答に、赤衣の瞳がギラリと鋭い輝きを湛えた。

 

 

「ほう、女性。女性と来たか。もしや、君はレズビアン―――同性愛者、という事かね?」

 

 

 なにかを確かめるように、鋭い眼光と共に投げつけられた問いかけ。

 しかしゴッホは、なぜかその質問の意味を理解できていないように、こてん( ・ ・ ・ )と首を傾げた。

 

 

「同性、愛者? ウフフ……なにを言ってるんですか。ゴッホは男性……で……あ、あれ……?」

 

 

 微かな笑顔で答えようとしたゴッホが、突然その口を止める。

 なにかを告げようとしているのか、金魚のようにその口をパクパクと開閉し、しかしそこからなにかしらの言葉は出ず。次にその瞳が、動揺しているかのように泳ぎ始める。そして終いには、自分の両手を頭を抱え始めてしまった。

 

 

「あれ……? ゴッホ()は男性で……でも、(ゴッホ)は女性で……あ、れれ、あれれ……?」

 

 

 ぶつぶつと小さく言葉を濁流のように垂れ流す向日葵の少女の姿に、赤衣は顎に指を添えてスッと目を細める。どこか、モルモットに対する実験映像を眺めている研究者のような目で彼女を見つめている彼は今、長年の旅で知り得た伝承・伝説、そして、己が取り込んだとある存在から奪った( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )知恵を統合し、脳内で今の彼女の状態に関連のありそうな情報を羅列していく。

 そして、彼が「もしや」と脳内で整理された情報の中から一つの書物(情報)を抜き出したと同時、先程までぶつぶつと呟いていたゴッホが突然動きを止めた。

 

 

「……エヘヘ、すみません。何の話をしてたんでしたっけ?」

「ッ! なるほどなるほどッ! フッ、フフフ、フハハハハハッ!」

 

 

 先程の問いかけが丸ごとすっぽり頭から抜け落ちたかのように訊ねてくるゴッホだが、その様子に赤衣は笑い声をあげた。

 その笑いは、果たして誰に向けられたものなのだろうか。この場にいる己か、彼女に向けられたものか。それとも―――

 

 ―――ここにはいない、“なにか”に向けた称賛( ・ ・ )だろうか。

 

 

「すまない。つい堪え切れず、笑ってしまったよ。ああいや、君を嘲っているわけではないんだ。勘違いしないでくれたまえよ?」

「は、はい……」

「先の質問の答えは、最早どうでもいい。今の君からでは、答えは引き出せないだろうからな。だから最後に、この質問にだけは答えてほしい」

「?」

 

 

 首を傾げ、静かに赤衣からの質問を待つゴッホ。そんな彼女に、深紅の男は口を開いた。

 

 

「オケアニス、ラヴォルモス。この二つの単語に聞き覚えは?」

 

 

 これは、赤衣が彼女に関連すると予想した、とある二つの存在に深く関係のある単語だ。ゴッホの生前の逸話や、彼女が繋がったと考えられる異邦の存在、そしてネモ・ナースから聞いた情報を合わせて導き出した単語だ。さて、この二つの単語に対する彼女の反応は如何に?

 

 

「……よく、わかりません。でも……」

「でも?」

「……どこか、懐かしい( ・ ・ ・ ・ ・ )ような……そんな感覚に襲われます」

「……ッ! そうか、そうかッ! 君の協力に感謝だッ!」

 

 

 予想的中とばかりに獰猛な笑みを浮かべた赤衣がゴッホの手を握り、ぶんぶんと振る。

 

 

「エ、エヘヘ……。握手……暖かい……人間の文化、好き……フフ、フフフ……」

 

 

 柔らかな自分のそれとは違う、男性特有のごつごつとした手に握られている自身の手に宿る、自分のものとは異なる温もりに、思わずにやけ顔になったゴッホは、彼の気持ちに応えようとその手を握る力を少しだけ強めるのだった。

 

 

「―――さて、するべき事は終えた。私は失礼させてもらうとしよう」

 

 

 数秒ほど握手した後、ゆっくりと手を放した赤衣は踵を返して廊下へと続く扉へと向かい始める。

 

 

「あの……一つ、いいですか?」

「む、なにかね?」

 

 

 背後から投げかけられた声に振り返る。

 

 

「色々質問してきたけど……貴方は、それでなにをするつもり、なんですか……?」

別に( ・ ・ )? どうもしないが( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )?」

 

 

 さも当然かのように、なぜそんな事を聞くのかわからない、と言うように平然と答えた赤衣に、思わず呆気に取られてしまう。

 

 

「私はただ、先に答えを知り得たかっただけさ。私が知っていたのは、どの異邦の存在がこの事件に絡んでいるかだけで、彼らがどの英霊と繋がっているかまではわからなかった。そして、私が知り得た神格の内、二柱は既に理解した。普通ならば、その解を藤丸立香(マスター)へ献上する事こそ従者(サーヴァント)としての役割なのだろうが、それではつまらない( ・ ・ ・ ・ ・ )だろう?」

 

 

 主が真に窮地に陥れば助けるが、現状はその条件には当てはまらない。

 自分はこれから先も真実を隠し続け、彼らがどのようにして、この事件の影に渦巻く陰謀を阻止するかを見届けるだろう。仮に全てを知っていたとしても、それら全てを先に伝えては面白みに欠けるにも程がある。長らく待ち侘びた新ストーリーの攻略に乗り出そうとした矢先に、そこで展開されるストーリーを全てネタバレされるようなものだ。全くもって面白くないッ!

 命あってこその人生。命あってこその冒険だ。ならば、どのような状況であろうと、愉しまなければ損だというものだ。

 

 

「あぁ、だがサポートはしようか。サーヴァントとしての役割を放棄するつもりはないからな」

 

 

 どれだけ自分勝手な人物だと、ゴッホは笑みを浮かべる赤衣を見て思った。

 気を抜けば簡単に命を落とすだろう状況に主が在るのに、この男は自らのエゴを押し付け、尚且つ自分が知り得ている答えを求めて足掻く彼らを見て楽しんでいる。これほどの人間は、如何に過酷な人生を送ってきたゴッホとて見た事がなかった。

 

 

「しかし、私も私で、君の在り方には興味がある。私は自分の在り方を未だ理解できていない者を見るのが好きでね。君はそれに該当していると言っていい。さぁ―――この世界に漂着したフォーリナーのサーヴァントよ」

 

 

 そこで赤衣は、これから始まる物語を楽しみに待つ子どものように瞳を輝かせながら両腕を広げた。

 

 

「存分に迷い、頼り、見つけるがいいッ! 己が何者なのか。己にとっての“使命”とはいったい、何なのかをッ! これから先、君がどのような答えを出すか、今から楽しみで仕方ないッ! フフフ……ハハハハハハハハハッ!」

 

 

 狂気を感じさせる高笑いをした後、赤衣はそのまま医務室を後にし、マシュ達がいるであろう司令室前に辿り着く。

 

 そして、ノンアルコールとはいえカクテルを呑んだマシュが暴走した結果起こした事件で、黒焦げのボンバーヘアーになった彼女達の姿を見るや否や腹を抱えて大爆笑するのだった。

 




 
 子宮のくだりについてですが、これは「Fate/EXTELLA」のアルテラ編のイベントで「子宮が高密度魔力の生成元なのでは?」という話があったので、引用させていただきました。あくまで仮説ですが、この作品ではそれが正しいものである、という設定でいきたいと思います。

 そういえば、EXTRAのリメイクの方はどうなったんでしょうかね? リメイクと軽い予告を発表してからというもの、全く情報はありませんが……。まぁ、気長に待つとしましょう。

 文章構成についてですが、どうでしたでしょうか? 変えたと言えば台詞以外の文章でしかないのですが、こちらの方が読みやすいでしょうか? それとも前回までの方がよかったですか? アンケートを載せますので、どうかよろしくお願いします。


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汎人類史を護るマスター

 
 じわじわとお気に入り登録者数が増えてて嬉しいですねぇ。私のような者が作った作品を気に入っていただける方がここまでいるとは思いませんでした。これからも頑張っていきますッ!
 ようやっとキャストリアを当てられました。これまではサポートだけでしたが、これでWキャストリア編成が出来ます。村正ァと大変相性がいいので、使ってて楽しいですねぇ。

 アンケート、回答ありがとうございますッ!


 

 赤衣がゴッホと会話してから大分時間が経った頃、立香率いるカルデア一行は着実に虚数空間からの脱出に向かっていた。

 最初こそ、虚数空間の中に海域があり、エネミーもいるという予想外の事態に直面したが、赤衣や楊貴妃、そしてゴッホの登場によって、彼らは少しずつとはいえ、ゆっくりと虚数海域を攻略していった。

 

 途中、何度も窮地に見舞われこそしたが、その度に立香達は己が積み重ねた経験から、その場において最善と思える行動を選択。結果、助っ人としてノウム・カルデアから源頼光と謎のアルターエゴ・Λ(ラムダ)の召喚に成功し、彼女達の力を借りてピンチを潜り抜けてきた。

 

 現在、立香達がいる海域は第三海域。 

 到達直後にエネミーの大群に包囲されるというトラブルに遭遇したが、それもサーヴァント達の活躍によって撃破され、今は束の間の平穏、といった頃だろう。

 楊貴妃や刑部姫も、ネモ・プロフェッサーの分割思考技術とスカサハ=スカディのルーン魔術などの力を借り、虚数空間限定ではあるものの、作業用と休憩用の二人に分かれる事が出来たため、休憩用は各々の時間を過ごしている事だろう。

 

 しかし、それを必要とせずに廊下を歩いている者が一人。

 

 赤衣の男。立香達がこの虚数空間で初めてコンタクトした、『降臨者』のクラスを有するサーヴァント。彼は、現界前に新たに繋がった神格から与えられた使い魔を虚数空間に送り出して周囲の探査を任せているのだ。

 といっても、今も尚使い魔から送信されてくる、ノーチラス周辺の情報の整理を脳の片隅で行っているのだが、彼にとってはその程度の事などほんの些細な事でしかないのだろう。

 

 

「……ん?」

 

 

 赤衣が歩いていると、自分が進んでいる先に三人の小さなクルー達の姿がある事に気付いた。

 ネモ・シリーズの一つで最も数が多い存在、マリーンズだ。それぞれが頭を寄せ合って、なにかを見てわいわいと楽しそうな声を挙げている。彼らの様子からするに、恐らく自分の存在には気付かれていない。

 ならば、たまにはこうするのも一興かと思い、足音を殺して接近する。

 

 アサシンもかくやという気配殺し、そして静謐ながらも俊敏な足運びによって瞬く間に彼らのすぐ後ろまで近づいた赤衣は、丁度目の前にいるマリーンの一人の肩に手を伸ばす。

 

 ホラー物でありそうな、不気味なまでにゆっくりと、小指から親指の順にマリーンの肩に乗せ、自分の背後になにかがいると気付いたマリーンが恐る恐る振り向いた瞬間。

 

 

「ごきげんようッ! 小さな海兵達よッ!」

「「「ぎゃあああああああああああああああああッッッ!!!」」」

 

 

 思いっ切り大声で挨拶し、マリーン達を跳び上がらせたのだった。

 

 

「あ、あああ赤衣さんッ! いきなり驚かせないでぇッ!」

「フハハハハハッ! なに、ちょっとした出来心だ。なにやら楽しそうだったのでね。ならば私も楽しんでやろうと思ったまでの事さッ!」

「だからといって、あそこまで大声で言わないでよ~ッ! 鼓膜破れるかと思ったよッ!」

 

 

 軽く頭を抱えて呻くマリーンズの姿に小さく笑う赤衣。しかしその直後、彼はマリーンの足元に落ちている物に気付き、それを手に取った。

 

 

「ふむ、これは……」

 

 

 見る者によっては恐怖を抱きそうな、触手を連想させる紫色の三本足を生やした人形だ。

 マリーンが元からこれを持っているとは考えずらい。誰から渡されたものだろうか。

 

 

「あっ、赤衣さんッ! これはね―――」

「駄目だよッ! 赤衣さんとマスターには内緒って、楊貴妃様が言ってたじゃんッ!」

「あっ、そうだったッ! ナンデモアリマセーンッ!」

「ほう、楊貴妃が?」

「え? あっ……」

 

 

 そこで、自分が自然な流れでこの人形を渡してくれた者の名を挙げてしまった事に気付いたマリーンが咄嗟に口を手で塞ぐが、時すでに遅し。

 

 

「なるほどなるほど。楊貴妃が、これをか……」

「あ、赤衣さん。お疲れ様です」

 

 

 噂をすれば影が差す、と言ったところか。手元の人形をまじまじと見つめていた赤衣が声をかけられたので振り向いてみれば、そこには先程マリーンの一人が暴露してしまった楊貴妃の姿があった。ここにいるという事は、彼女は休憩の為に分かれた方の楊貴妃だろう。

 

 

「随分と縁起のいい代物を作っているようだな。道具作成スキルでも持っているのか?」

「あ、わかります? 私としてはもっと可愛く仕上げたかったんですけど、どう頑張ってもこんな不気味な感じにまとまっちゃって……。とはいえ、『神は細部に宿る』、とも言います。細工には自信がありますので、貴方もお一つ如何ですか?」

「結構。興味こそあるが、今の私には不要だ。私はここで失礼しよう。ではな、傾国の美姫よ」

「だからぁ~ッ! 傾国って言わないでくださ~いッ!」

 

 

 腕をぶんぶんと振り回して憤慨する楊貴妃と、面白がって彼女に傾国傾国と連呼し始めるネモ・マリーン達を後に、赤衣は再び歩き出した。

 少し歩いた頃、今度は前の角から出てきた少女と鉢合わせた。

 

 

「あ、赤衣さん」

「おぉ、我がマスター。この空間からの脱出を目指して第三海域へ到達したが、なにか体調に変化はないかな?」

「え? ううん、特にはないかな。それがどうしたの?」

「なに。如何に四つの異聞帯を乗り越えてきた君とて、ここまで長く潜水艦に閉じ込められる事はなかっただろう? 慣れない環境下での長時間任務だ。少し気になってね」

「大丈夫だよ。ここにはマシュ達がいるし、こういった事にはもう慣れっこだから。赤衣さんこそ大丈夫?」

「私は基本苦しいと思う事はない。いつだって楽しんで行動しているともッ! ……それはそれとして、だ。マスター、少しこちらへ」

 

 

 表情を少し真剣なものに変えた赤衣に手招きされた立香は、素直に彼の後を追って扉を潜る。

 そこは、簡素ながらも最低限の物が置かれている部屋だ。ノーチラスが巨大な艦であるためか、いつもより搭乗員の数が少ないが故にこうして余った部屋も幾つか存在している。

 

 

「藤丸立香よ。契約の際にも口にしたが、私がサーヴァントとして活動するのは今回が初めてだ。マスターとサーヴァントの在り方はざっくりとだが認識しているが……、君は私のステータスを視れるのか?」

「視えるものもあるけど、視えないものもあるって感じかな」

 

 

 マスターならサーヴァントの大まかな情報は契約時に知れる。彼らが英霊に昇華された際、その逸話を基に付与されたスキルや、彼らの伝説の象徴たる宝具辺りがその代表だろう。

 契約した時に最初に知れるものは、その英霊の出典についてなど。宝具やスキルは名前だけ知っているだけのものであり、彼らとの関係を深めていくにつれてその詳細が開示されていく。

 が、今の立香と赤衣の男を繋ぐ契約は、あくまで仮初のもの。仮契約である以上、絆を深めたとしても、必要最低限の情報しか知れない。

 それに対し、立香から見た赤衣は異常に尽きる。

 

 なにせ、まず最初に開示されるプロフィール―――出典となる伝説そのものがない( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )のだ。

 

 世界各地に残る英雄譚(サーガ)に語られる英雄や、各々の国の歴史に名を刻む程の偉業/悪行を成し遂げた者が英霊の座に招かれ、サーヴァントになるという話は、右も左もわからぬままに放り込まれた炎上都市で教えられた。故に、サーヴァントとはそういった者だと前提に考えていたせいで、それに該当しない英霊が目の前にいると気付いた時には驚愕したものだ。

 

 だが、一応知れたものとして、彼の属性だけはなんとか把握できた。

 

 混沌・悪。自分で決めたルールにのみ従う、自己認識における“悪”を進んで成し遂げようとする者に割り当てられる属性だ。

 カルデアのサーヴァントだと、ジェームズ・モリアーティやジャンヌ・ダルク・オルタなどが該当する。

 

 

「生前の私は歴史に残る大犯罪を犯した事はないが、悪に近い性質でな。善を尊びこそするが、悪への崇敬はその比ではないものだ。善か悪か、どちらかの道を選べ、と言われたのなら、私は即座に悪の道を進もう。……我がマスター、藤丸立香よ。君は、私という存在に対してどう思う?」

 

 

 善行よりも悪行を尊ぶ英霊。英雄のタイプとしては反英雄に分類される事がほとんどのサーヴァント。その存在である赤衣の男に対し、立香は「何を今更」とばかりに答えた。

 

 

「……特に、なにも思わないかな」

「なに?」

「自分を悪だと定めてるサーヴァントには、これまで何度も会ってきたし、傲慢そうに聞こえるけど、彼らの気持ちも理解できない事はないよ。普通の聖杯戦争で呼ばれたら、関係のない人々を巻き込むのも厭わない可能性がある事も知ってる」

 

 

 基本、反英雄とはあまり関わり合いになるべきではない。通常の聖杯戦争で喚んだ場合、その内に秘める残虐性が主マスターを害しかねないからだ。中にはそういったものを持たず、純粋にマスターに従う反英雄もいるにはいるが、その数は少ない。 

 けれど―――

 

 

「けれど、彼らは応えてくれた。私の召喚に応じてくれた。彼らに助けられた事だってある。だから私は、彼らに対して悪感情は抱かないし、抱くつもりもない。彼らは私の、カルデアの頼れる仲間達だよ」

 

 

 召喚に応じる理由は多々あれど、彼らは人理を護る為にカルデアに来てくれた。ならば、彼らのマスターである自分の役目は、彼らの忠義に応え、共に奪われた汎人類史を取り戻す事だと、胸に拳を押し当てて告げる。

 その瞳に宿る決意、そして覚悟。まだ二十歳にも満たぬ少女には不釣り合いにも思える、数多の戦場を駆け抜けた戦士のものと同じ輝きを見た赤衣は、ただ打ちのめされたように「なんと……」と絶句する他なかった。

 例え、相手が悪を尊ぶ存在であろうと、彼女は決して態度を変える事なく接するだろう。それは、傍から見れば異常に尽きるのかもしれない。

 だが、嗚呼、なるほど。

 正しく、この少女は、人理を護る守護者に相応しい。

 世界中の誰の目にも留まらぬ偉業を成し遂げ、語り継がれぬ救世主(セイヴァー)へと至る、素晴らしい女だと、赤衣は心底から感動した。

 

 

「その歳に不相応ながらも、その心意気は感服せざるを得ないな。あぁ、確かにそうだった。反英雄とも絆を結べなければ、君がここまで来れるはずがなかった。誰とでも手を取り合おうとするその姿勢、なんとも素晴らしい。現代では中々見られない貴重なものだ。あの娘( ・ ・ ・ )が君を気に入る理由がよくわかった。その在り方を損なってくれるなよ、マスター」

「ありがとう、赤衣さん」

「そろそろ、この海域での活動を再開する頃だろう。私は少し用事を思い出した。すぐに終わる仕事だが、君は先にキャプテン・ネモの元へ向かった方がいいだろう。代理とはいえ、君は司令官なのだからね」

「わかった。また後で」

「うむ。司令室で会おう」

 

 

 手を振って司令官へと駆けていく立香の背を見送った直後、スッと赤衣の瞳が細められる。その視線を動かす事なく、赤衣はその場にいる何者かに声をかけた。

 

 

「これで理解してくれたかな。頼光四天王、その総大将よ」

「……気付かれてましたか」

 

 

 瞬間、背後に気配。

 振り向いて見れば、昔懐かしい雰囲気を感じさせる黒いセーラー服を着込んだ美女が立っていた。

 

 源頼光。古くは平安の世、坂田金時を始めた四人の猛者を四天王としてまとめ上げ、数多の怪異魔性を駆逐してきた最強の神秘殺し。日の本に生きる者ならば知らぬ者はいない、歴史にその名を刻む偉大な英雄である。

 助っ人としてカルデアから喚び出され、戦闘以外ではネモから密かに頼まれた密偵の役割をこなしている彼女がここにいる理由など、彼女が密偵であるという情報を持たない赤衣からしてみても容易く把握できる。

 

 

「降臨者のサーヴァント。本人がその身に宿った異邦の力を自覚し、自制していようと、その力は計り知れないものだ。ましてやこの状況下での、私を含めた三騎のフォーリナークラスの出現。君達がなにも手を打たないはずがないと思っていたが、なるほど、神秘殺しと名高い君を密偵にしていたか」

「致し方ないとはいえ、ここには風紀を乱す服装をした者が多すぎます。間違っても娘を誘惑した場合、即刻取り押さえられるように密偵としての役割と並行して、彼女達の監視もしていますよ。ですが、貴方はそれとは別でした」

「私が悪寄りの存在だからかね?」

「貴方は悪を尊ぶとおっしゃいました。このような状況下で、貴方のような、明確な邪悪をあの子の傍に置くのはどうかと思いましたが……今の私は大元より分かたれし分霊、サーヴァントの身です。マスターの判断には従います」

「生前も死後も、主君への忠義は変わらず、か。悪逆を為そうとしない限り忠誠を尽くすその姿勢。見ていて清々しいな」

 

 

 例え、純粋な人間ではないからこその特殊な視点を持ち、その性質が『愛する者の為なら世界さえ敵に回す』といった母性愛の権化であったとしても、流石は誇り高き平安の英傑と言ったところか。我が子(マスター)への忠義()がカンストし切っているにも程がある彼女の姿には、赤衣とて天晴れと認めざるを得ない。

 だからだろうか、赤衣は彼女に、自身が持ちうる情報の一つを、ヒントとして彼女に提示する事に決めた。

 

 

「存在しないはずの幻影に気を付けろ。今回の敵は諸君が想定しているものよりも遥かに強大。この世の常識を土台からひっくり返す、究極の魔性よ」

「詳細までは教えてくれないのですね」

「どこで訊かれているのかわからないのでね。私とて、下手に動けば“カルデアを手助けする”という役目を果たす前に消されかねん。それに、こうして第二の生を得た身だ。どうせなら楽しく、愉快に過ごしたいのだよ」

 

 

 一人の少女の下に集った英傑達の一人が、この情報を基にどう行動を起こし、それが結果的にどのような結末を招くのか。今から楽しみで仕方がない。

 赤衣は答えそのものを提示しない。

 答えを求めて足掻き続ける星詠みの守護者達の姿を、時としてアドバイスを授けながら、傍観者のように眺めるのみだ。

 

 

「あぁ、実に楽しい。サーヴァントとは、これほどまでに愉快なものだったとはなぁ。彼の魔術王には感謝してもしきれぬくらいだ」

 

 

 クツクツと心底楽しげに不敵な笑みを浮かべ、赤衣は部屋から出ていくのだった。

 




 
 赤衣の男についてですが、一応線画までは仕上げました。後は色塗りなので、期待していてくださいッ!

 それではまた次回ッ!


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ふとした違和感

 
 どうも皆さん。アヴァロン・ル・フェ後半を攻略し、「この異聞帯は滅ぼさねば」と意気込んでいます、seven74です。あの菌糸類に人の心はないのでしょうかね?
 それはそれとして、アヴェロン・ル・フェは是非とも禁忌グループと絡ませたい話でした。某ランサーがあれだったので、彼女との絡みは絶対に書こうと思います。


 

 司令室に集められた立香達の前で、ネモは仲間達の力を借りて行った調査から得た情報を共有し始める。

 

 

「楊貴妃、刑部姫、赤衣のお陰で、この海域には敵影が異常に濃密だという事がわかった」

「うん、今までとは段違い。小型も大型も、エネミーがそこらじゅうウヨウヨッ! 最初の最初に出くわした超大型エネミーはあれっきり見ないけど、いつまた出てくるかわかったもんじゃないよッ!」

「ねぇ、その超大型エネミーの事なんだけど、あれってどういうものなの? ヌシ?」

「その見解は中々面白いと思いますが、残念ながら反論させてもらいますぅ~」

 

 

 ほとんどのエネミーはこちらを確認するや否や即座に攻撃を仕掛けてきたが、第三海域に侵入した時に遭遇した超大型エネミーの姿はそれきり確認できていない。ただこちらの様子を遠目に窺っているだけで消えてしまったのだ。あの超大型エネミーと他のエネミーの違いについて、それはあのエネミーがヌシだからなのではないか、という考えを挙げた立香だが、プロフェッサーが即座に否定した。

 

 

「これまで女神様と数多の虚数性エネミーを解剖・解体して研究してきましたが、連中は明らかに動物ではないです。例えて言うなら、バネ仕掛けの玩具みたいな? 刺激に反応して動くだけの、ごく単純な存在かと。操り人形(マリオネット)より少し高度な仕組みで動いているのです。これは大小関わらず同じです。そんな存在が思考や戦略を持ち、社会性を獲得して君主(ヌシ)を頂くとかは、ちょっと考え難いかと~」

「待て教授。ごく単純な部品でも、精緻に並べれば複雑な機構を成すものではないか?」

「それもそ~なのですが、もしそういう方向で虚数海溝の生態系が編まれてるなら、相応の多様性があるはずです」

 

 

 仮にプロフェッサーの言う事が真実だとすれば、この世界にも表層世界の海と同じような、多種多様な生物が生息している事になる。生態系とは、一個の生物で成り立つものではないのだから。

 捕獲し、解剖したエネミーは、どれも同じ刺激に対して同じ反応を返している。捕獲したエネミーの中には探査音(ピンガー)を発するものもいたので、敵が変異または進化している可能性は否定しきれない。が、それでも一貫して『待ち伏せ』と『索敵』の二種類のものしか見つかっていない。よって現状、あれらの行動原理行動の多様性は全くないので、統率個体がいる可能性は皆無と言える。

 

 

「マスターよ、ここまで彼女の話を聞いてみて、なにか思い当たる事は無いかな?」

 

 

 傍らに立つ赤衣に問いかけられ、少し考えた後、絞り出した答えを口にする。

 

 

「誰かに操られてる、とか?」

「よくわかったな、我が主よ」

 

 

 自信なさげに答えた立香を安心させるように、スカサハ=スカディがにこやかに笑った。

 

 

「私も、あれらは何者かに操られている可能性が高いと考える。そう考えれば、不自然さは消えるからだ」

「あくまで推測でしょ、女神様。事実は往々にして、小説より奇なるものだよ。……とにかく、あれの襲撃が考えられる以上、三人には常時、警戒してもらう他ないね。―――これでミーティングを終了する。これからは第三海域の攻略に本腰を入れて乗り出すよ。楊貴妃、刑部姫、赤衣は引き続き周囲の走査をお願い」

 

 

 ネモの言葉を最後に、今回のミーティングは終了した。

 ミーティングが終わったので、各自それぞれに与えられた役割を果たすべく行動を起こし始める。

 現カルデアの最後のマスターである、藤丸立香もその一人だ。彼女もまた、代理司令としての役割を全うすべく行動に出ている。

 

 ―――が、しかし。

 

 彼女が完璧に司令官としての役割を果たせるかどうかと問われれば、それはノーと言わざるを得ないだろう。

 一時的なものでも立香は司令官の立場にあるが、かと言ってその仕事を完璧にこなせるわけではない。

 確かに、彼女はこれまでの戦いの中、数えるのすら億劫になる数の死線をサーヴァント達の司令塔として活動しながら潜り抜けてきた。

 その経験はノーチラス代理司令の仕事にも活かせるだろうが、如何せん彼女は陸上での戦闘ならばともかく、海中での戦闘など全くない。ましてやそれが、潜水艦の司令官とくれば尚更だ。

 

 幸い、状況把握能力は彼女よりも高いマシュ嬢が副司令官の座についている。基本的な事には彼女が対処するという話は訓練前から決められていた事なので、必然的に立香は戦闘面においてサーヴァントを指揮する役割を担う事になった。

 この事については彼女も悔しい気持ちを抱いていたが、悔いていても仕方がない。覚えの早さで言えば彼女の方が早いし、事前に簡単な事は説明されていたそうだが、マシュ嬢以上に出来るかと訊かれたら、彼女自身も首を横に振るに違いない。

 

 司令官という立場上、時には冷酷な判断を下さなければならない場面もある。

 例えば、今回の事件が起きたばかりの頃。浸水してきた虚数からキャプテンの分身達を護る為、令呪を切ってしまった事。一日に一画回復するカルデア仕様のものとはいえ、貴重な手段である令呪をそんな事の為に使ってしまった時点で、彼女に司令官の役目は不向きだと言わざるを得ない。

 だが、彼女からすれば、仲間達の救助は『そんな事』で片付けられる物事ではないはずだ。近くに助ける者がいて、自分にそれを救える力があったなら、迷わずに手を差し伸べるのが藤丸立香という女だ。たとえそれが、自分の命を勘定に入れないものであったとしても。

 これこそが、これまで魔術の『ま』の字すら知らなかった少女がこれまで生きてきた最大の証拠であり、彼女が持つ絶対の善性だった。……が、それ故に、その最大の長所は、最悪の短所にもなり得るのだが。

 

 ざっくばらんに言うなれば、彼女に司令官としての役目は不足している。冷酷な決断を下そうにも、その善性が邪魔をしてしまうのだからな。

 

 しかし、それでも彼女は、自分に出来る事を精一杯やろうとするだろう。それが今、自分に出来る仲間達への支援なのだから。

 

 

「あ、マスターッ!」

 

 

 なにかする事は無いかと思って廊下に出て歩き始めた立香。そこへ声をかける者が一人。

 声がした方角へ視線を寄越してみれば、そこにはネモの分身の一つであるマリーンの姿が。

 

 

「マリーン、君? それとも、マリーンちゃんかな? どうしたの?」

「あはは、どっちでもいいよ~ッ! ちょっと、お礼を言わなきゃって思ってさ」

「?」

 

 

 お礼と言われても、立香には何の事だかわからず首を傾げる。彼女の気持ちを理解したのか、マリーンは自分が彼女にとって、どのようなマリーンなのかを説明した。

 

 

「ボク、一番最初に岩礁にぶつかった時、外に吸い出されそうになったマリーンなんだ~。マスターが助けてくれようとしなかったら、ボクは外でぽっくりいってたかもしれない。もちろん、再構成されれば戻るんだけど、あの時、凄く怖かったから……」

「ん~、それなら、お礼をするのは私じゃなくて、赤衣さんの方じゃないかな。私は確かに君達を助けようとしたけど、その前にあの人が君達を助けたでしょ? それなら……」

「それでもだよ。だって、あの時赤衣さんが間に合ってなかったら、それこそボクは外に放り出されてたかもしれないんだからね。助けてくれようとしてくれた。それだけですっごく嬉しいんだ~ッ! だから、ありがとーッ!」

「はは、どういたしまして」

 

 

 そこまで言われてしまっては反論できない、と内心肩を竦めて、立香は素直にマリーンからの感謝の言葉を受け取った。

 そこで、ふと立香はマリーンの手に握られているものに気付いた。

 

 

「あれ? その人形って、楊貴妃から貰ったやつ?」

「うん、そうだよ。マスターも貰ったんでしょ? ちょっと怖いけど、すっごくよくできててーッ! 気に入って持ち歩いてるのさーッ!」

「持っているけど、私が持ってるやつとはちょっと見た目が違うような……」

 

 

 立香が楊貴妃から貰った人形とは、ミーティング前に赤衣が他のマリーンや楊貴妃から見せてもらった人形と同じものだ。しかし、今マリーンが見せてくれている人形は、それとは少し違っていた。

 

 

「あ、バレたー? ほっぺのところ、ぐるぐるって描き足してみたんだー。この方が可愛いかなーって。あと、みんな同じのを持ってるから、違うのがいいかなーって」

「う~ん……私はどっちかって言うと、周りと同じのを持ちたくなっちゃうなぁ」

 

 

 マリーンの言葉に小さく呻いて返す。

 周りの目を気にしすぎてしまい、成否問わずに周りと合わせてしまうのは日本人の特徴の一つだ。作業をする集団の中で、自分だけ違う作業をしていたら……など考えたくもない。例え、自分が行っている作業が正しいものだとしてもだ。“出る杭は打たれる”という言葉が性根に深く刻み込まれている日本人特有の性格だ。立香も、その典型的な日本人というわけである。

 

 

「そうかなーーー? 木版画やリトグラフもいいけど、やっぱり肉筆画の方が欲しいー、とかないー?」

「へぇ、マリーンって和風なものが好きなんだね。肉筆画って、確か日本が主流のものだよね? 私はそこまで絵画に詳しくはないけどさ、あれはなんだか好きなんだよね。日本(ふるさと)を思い出せるからかな」

「あっ、マスターもそう思うかい? いやぁ、やっぱ肉筆画だよなぁーッ! ……あっ」

「? どうしたの?」

「い、いや、なんでもないよー? とにかくッ! この子と一緒にボク頑張るよーッ! マスターの為にもねーッ!」

「ありがとう、私も頑張るねッ!」

 

 

 ぶんぶんと勢いよく手を振りながら、マリーンは曲がり角に消えていった。振っていた手を下ろした立香は、他にも話すべき仲間はいないかと考えながら足を踏み出そうとした時、ふと、その体の動きを止めた。

 

 

「……? なんだろう……今、なにか……。んん……?」

 

 

 先程までの会話の中に何かしらの引っ掛かりがあった事に気付いた立香だが、その違和感の正体は終ぞわからず、ただの気のせいだと区切りをつける。

 考えを改め、立香は歩き出す。その背後、曲がり角に逃げるように飛び込んだマリーンが、ほっと胸を撫で下ろしている事も知らないで……。

 

 

 

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「話があるから、と言われてついてきたけど、なにか僕に質問でも? 源頼光」

 

 

 司令室から少し離れた場所。あまり乗組員が来ない場所に呼ばれたネモ。その視線の先には、自身が密偵の任務を依頼した女性が立っている。

 水着霊衣を装備している事で、今はランサークラスに変化しているが、彼女が本来はバーサーカーである事を忘れていないネモは、少なからず彼女に苦手意識を抱いていた。

 嬉しい事にカルデアに召喚されたバーサーカーは、そのほとんどが意思疎通を可能とするサーヴァントばかりだが、ノーチラスの主としては、いつ暴れ出すかわからない狂戦士の英霊を艦内で自由にしたくはない気持ちもある。その気持ちが普段よりも落ち着いているのは、先述したように、今の頼朝がバーサーカーではなく、ランサーだからだろう。

 

 

「ミーティングの前、赤衣さんと少し話をしていたんです。そこで少し、気になる事が」

「気になる事?」

 

 

 オウム返しに問いながら首を傾げたネモに、頼光はミーティング前に赤衣から告げられたアドバイスの内容を口にした。

 『存在しないはずの幻影に気を付けろ』。最初は、この海に出現した怪物達のどれかに該当するものかと考えたのだが、今まで邂逅してきたエネミー群にそのような敵は存在しなかった。もしかしたらこれから出てくるかもしれないので、それについては後々考える事にし、頼光は別の可能性に目を向ける事にした。

 もし、外側に赤衣の言った条件に値する者がいなかった場合、次に疑うべきは内側―――今自分がいるノーチラス艦内だ。

 愛しの娘にして、人理を取り戻すべく戦う勇気あるマスター、藤丸立香。彼女が安心して過ごせるようにするのが母たる己の務め。彼女の平穏を乱す者が艦内にいるとなれば、見過ごす事など断じて出来ない。

 赤衣から授けられたアドバイスの内容を鑑みるに、恐らく彼が指している存在とは―――

 

 

「ネモ・シリーズ……僕の分身か。そして、『存在しないはずの』となると……」

「恐らく、マリーンの事ではないかと」

 

 

 頼光の言葉に首肯する。

 ライダー・ネモは己の分身であるネモ・シリーズを展開する事が出来る。情報専門のプロフェッサー、機関担当のエンジン、烹炊所(ほうすいじょ)担当のベーカリー、医療特化のナース、そしてそれ以外の仕事を担当するマリーン。大まかに五種類に分類される彼らの中で、複数でグループを構成しているのはマリーンのみ。

 幻影が意味するのがマリーンだというのなら、『存在しないはずの』という部分はなにを意味するのか。

 

 

「プロフェッサー」

「はいはい~。艦内の映像記録を確認してみますね~」

 

 

 のんびりとした口調ながらも明確な強い意志を感じさせる瞳で、プロフェッサーが素早い動きで端末を操作し、マリーン達が一堂に会した時の映像記録を表示させる。

 まだ虚数空間に潜航して間もない頃、仮初とはいえマスターとなった立香に説明する為に、ネモが分身達を集合させた時の映像だ。

 

 

『まずは操艦や索敵を司る水兵達だ。ネモ・マリーン、今回は常勤十二名態勢で入ってもらう』

「ストップ」

 

 

 記録内のネモが立香にマリーンの説明をしているところで映像を止め、現代のネモが停止したマリーンの数を数え始める。

 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、……13(・・)

 十二人しかいないはずのネモ・マリーンが、十三人いる( ・ ・ ・ ・ ・ )

 

 

「う、嘘でしょう……分割思考をしている私達に、よもや偽物が紛れ込むとか……」

「自分の事とは言え、たった一つの異常を見逃すなんて……。僕もまだまだという事か」

 

 

 今となれば理解できる。自分達は盲点を突かれていたのだ。

 キャプテン・ネモは分身のネモ・シリーズと視野や感覚を共有しているが、それに目を捉われすぎていたのかもしれない。自分の能力に甘えていたから、こんな簡単な間違え探しにも気付かなかったのだろう。

 だが、別に彼らが悪いわけではない。

 感覚が繋がっているなら、ネモ・シリーズの内の誰かに異常が発生した時にすぐに気付けただろうが、姿形が同じでも、そもそも仲間でない者からは、何の感覚も共有されない。共有されない以上、気付く手立てもない。

 

 

「これは、私の非でもありますね……」

 

 

 頼光もまた、自分の不甲斐無さを悔いていた。

 立香を護る為にカルデアからやってきた彼女は、虚数空間からの脱出と並行して、彼女に手を出す不埒者はいないかと目を光らせていた。事情によって楊貴妃と刑部姫が二人に分裂するという事態こそ起きたが、一人や二人の分身に誤魔化される彼女ではない。

 が、彼女に出来たのはそれまで。流石にマリーン十三人分の分身までは追い切れなかったのだ。

 

 

「すぐにみんなを集めよう。密航者の正体を暴く」

 

 

 この状況下でマリーンに化けている者が、味方だとは到底思えない。これ以上、この正体不明の密航者を自由に行動させるわけにはいかないと、ネモは艦内にいる者達を呼び集めたのだった。

 




 
 皆さんって、周りに合わせるタイプですか? それとも、周りなんか知った事かと自分の気持ちを押し通すタイプですか? 私は前者です。元々引っ込み思案な人間ですので、どうしても自分の意見を主張する事が出来ないんですよね……。

 赤衣の男ですが、完成しましたッ! 画力は前回のアンナちゃんから全く進化していないという堕落っぷりですが、教科書も買いましたので、それを読んだりYouTubeでイラスト講座動画を見ながら、少しずつ技術を上げていきたいと思います。
【赤衣の男】

【挿絵表示】


 余談ですが、実はアンナちゃんのイラストをもう一枚描いて友達に送りつけたんですが、その友達からは高評価を頂けまして、さらに依頼を受けてしまいました(お金云々の話は無いですよ)。現在はポケットモンスターシリーズのNというキャラクターを描いています。こちらにもアンナちゃんのイラストを載せたいのですが、如何せん、ハーメルンは登録できる挿絵が最大で四枚しかないんですよね……。こうなったら、以前投稿したアンナちゃんのイラストに令呪のイラストを合体させて一枚にしましょうかねぇ。

 それではまた次回、お会いしましょうッ!


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密航者

 
 どうも、皆さん。昨日ソロモンを鑑賞し、本日アヴァロン・ル・フェをクリアしたseven74です。
 ソロモンはあれですね。最終決戦に相応しいバトル、そしてストーリーでした。本当に観れてよかったですッ! 特典として貰ったステッカーはオルレアンでしたが、なにに使おうか悩んでおります。
 アヴェロン・ル・フェについてですが、一番惨たらしい最期を迎えてほしかったキャラクターの最期があれだったのと、まだ出てきそうだなと思っていたキャラクターが出て来なかったりと、少し不完全燃焼な部分もありました。しかし、それを補って余りあるストーリーでしたので、個人的には満足の部類に入りますねッ! 次は恐らく、■■■■■■が相手でしょうから、楽しみですねぇ。

 今回は少し短いです。それではどうぞッ!


 

 楊貴妃から貰った人形を改造したと言ったマリーンとの会話を終えた立香は、そのままある一室へと歩を進めていく。

 目的地へと辿り着いた立香が、自身の前に立ち塞がる扉に声を投げかけると、その奥から「どうぞ」と、か細いながらも入室を許可する声が聞こえてきた。

 仮とは言えども、その部屋の主となっている少女から許可を貰った立香が扉を開けると、自身の体をスカサハ=スカディに触れさせているゴッホの姿が視界に入ってきた。

 

 

「こんにちはです。それとも、こんばんは、でしょうか。エヘヘ……とりあえずは、こんにちは、です。マスター」

「こんにちは、ゴッホ。……スカディはなにをしてるの?」

「なに。簡単な検査だ。元々、彼女は本来なにもないはずの虚数海溝から、このノーチラスへと流れ着いた漂着者だ。専門家程の知識はないが、私にもそれなりの知恵はある。なにか異常はないか、と軽く検査していただけだ」

「ありがとう、スカディ」

「うむ。……こういった検査はナースの方が適任だろうが、これくらいの事なら私一人でも大丈夫だ。私より彼女の方がいいなら連れていくが、どうする?」

「いえ、大丈夫ですよ。ゴッホは、女神様の腕を信じてますから……。安心して身を預けられます」

「そう言われてしまうと敵わないな。……うん、これで検査は終わりだ。お疲れ様だ」

「ありがとうございます」

 

 

 ぺこりと頭を下げたゴッホから手を離したスカサハ=スカディに、早速立香は彼女の様子について尋ねてみた。

 

 

「至って健康、と言ったところだ。体内外、共に安定している」

「良かった。……ねぇ、ゴッホ」

「はい」

「もう一度聞きたいんだけど……君は、本当にゴッホなんだよね?」

「…………」

 

 

 立香の問いかけに、ゴッホは顔を伏せて黙り込んでしまった。

 それを見たスカサハ=スカディが咎めるような視線を立香に送るが、彼女は「ごめん」と短く答えるも、問いかけを止める姿勢までは見せなかった。

 

 

「君のプライバシーに関する事だし、なにより、君にとってはなによりも大事な事のはずだから。それを部外者の私が率直に訊くのはどうかと思う。……でも、可能ならその悩みを、私は一緒に背負いたいんだ。一人で抱え込むのって、結構辛いからさ……」

「……マスターも、悩んでいるんですか?」

「もちろん。それこそ、毎日悩んでいるくらいね」

 

 

 魔神王ゲーティアによる人理焼却。本当ならば、それを解決するはずだったAチームを含めたマスター達は、ゲーティアの尖兵として遣わされたレフ・ライノールが起こした爆破によって、マシュを残して死亡、または凍結する他なくなってしまった。結果、当時のカルデアが有するマスターが、藤丸立香ただ一人となってしまった。

 しかし、立香は自他共に認める、未熟なマスターだ。なにせ、カルデアに来る前までは、魔術など御伽噺の類だと信じて暮らしてきた一般人なのだから。当然、魔力もからっきしであるため、サーヴァントの現界を維持する為の魔力はカルデアの電力で代用するしかなかったし、戦闘を行う場合も、少しでも多くの魔力をサーヴァントに供給できるように、いつ死ぬかもわからない死地に己を立たせるしかなった。

 使える魔術も、礼装の力を借りて辛うじて、というレベルで、礼装が無ければ満足にサーヴァントを支援する事も出来ない。

 結果的に、立香は魔術に頼らない防衛術―――肉体面での強化を行う事にした。

 幸い、周りにいる英霊達の中には、魔術云々の関係なく、己の肉体のみで座に刻まれた者達が多くいる。

 英雄(かれら)の領域まで、とは望まない。ただ、生きる為に必要な、最低限の能力さえ獲得できればと思い、その度に立香は己の肉体を苛め抜き、身体能力を磨いていった。これまでの数多の死線を潜り抜けてきた胆力と精神力も、それに伴って獲得していったものだ。

 

 しかし、それでも悩みは消えない。

 

 元は単なる補欠員の一人でしかなった自分だ。様々な伝説を残し、人理を護る存在へと昇華された英雄(サーヴァント)達を率いる資格が、自分にはあるのか、と。彼らにとって、自分は忠義を尽くすに値するマスターであるのか、と。

 

 真に己に忠義を尽くしてくれている英霊達がいる事は、もちろん知っている。彼らには本当に感謝しているし、自分もまた、彼らの期待に応えたいとも思っている。

 だが、それ故にこそ不安で、悩み続けるのだ。

 

 どうすれば、彼らの主に相応しい人間になれるのか?

 どうすれば、真に彼らの忠義に報えるマスターになれるのか?

 どうすれば、自分は―――

 

 

「そこまでだ、マスター」

 

 

 瞬間、北欧の女神から諫めるような、または制止させるような声が投げられた。

 ハッとして立香が顔を上げれば、申し訳なさそうに目を伏せているゴッホと、どこか哀しむような目をしているスカサハ=スカディの顔が見えた。

 

 

「……ごめん、つい熱くなっちゃった」

 

 

 すぐに頭を下げる立香。その時、掌に微かな不快感を感じたので見てみれば、自分の両手は手汗でびっしょりだった。どうやら、無意識のうちに両手を強く握り締めていたらしい。

 

 

「……いいえ。いいんです。マスターにも、人並みの悩みはあったんだなって、ちょっと驚いていました」

「……悩みがない程、私は高潔な人間じゃないからね。それに、周りから色々教わっていかないと、私はすぐに死んじゃうだろうからさ」

 

 

 漫画や小説の主人公のような、特殊な能力を持っているわけでもない。油断すればあっという間に命を死神に持っていかれる戦場で生き抜く為には、ひたすらに己を鍛え上げるしかなかった。

 

 

「……ゴッホは……ゴッホは、悩まなくてもいいと思います」

「え……?」

「貴方は、自分がサーヴァントの期待に応えられないかもしれない、と不安に思っているようですけど……。貴方はもう充分に、彼らの期待に応えられてると思います……。仮契約の私がなに言ってるんだ、って話ですけど……きっと、そのはずだと。そうであるはずだと、私は考えますよ……」

「ゴッホちゃん……」

「……うむ、我が主よ。そこまで思い悩む必要はないと、私も思うぞ。なんなら、今から艦内にいる者達、一人一人に聞いてみればいい。皆、きっと同じ答えを返すだろうよ」

「スカディ……。……ありがとう」

 

 

 はにかむように笑った立香に、ゴッホとスカサハ=スカディもまた小さく笑って返した。

 

 

「……先の質問の答えなんですが」

 

 

 浮かべていた笑みを消し、真剣な表情に戻ったゴッホが口を開き、その様子に立香達は気持ちを切り替えて、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

 

「私が何者なのか……正直、まだわかりません。私はゴッホなのに……そうじゃないって言ってる自分がいて……。なのに、自分はゴッホだって言ってる自分もいて……。深く考えようとしても、気付いたら別の事を考えてて……。でも、いつかは必ず、はっきりと告げたいと思っています。私が何者であるか……その答えを」

「……ありがとう、ゴッホちゃん。でも、無理はしなくていいからね。ゆっくりと考えてから、結論を出して。私達は、君がどんな答えを出しても受け入れるよ」

「……エヘヘ、頼りになる仲間……温かい……。ゴッホ、感謝感激……咲いちゃいそう……」

 

 

 俯きながらも、立香の人間性に酷く感動した様子でゴッホの顔には確かな笑みが浮かび上がり、またその瞳には、自分の意見を尊重し、また自分がどのような答えを出したとしても、必ず受け入れてくれる主への感謝の情が、爛々とした輝きとなって表れていた。

 

 

『ノーチラス全乗組員に告げる。唐突で申し訳ないが、緊急会議を開く。至急、司令室に集まるように』

 

 

 その時、このノーチラスの主であるネモからの放送が艦内に響き渡った。突然会議を開くという事態に、なにかしらの緊急事態が起きたのだろうと思い、すぐに立香達は司令室へと向かった。

 

 

 

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「急な召集をかけて申し訳ない。今回君達を呼び集めた理由は他でもない。単刀直入に言えば、この中に密航者がいる」

 

 

 メンバーが集まったのを確認し終えたネモがさらりと口にした言葉に、立香達は動揺を隠せなかった。

 

 

「み、密航者ですか? このノーチラス艦内に?」

「そうだとも。先程、赤衣の助言を基に源頼光と共に過去の映像データを見直した結果、判明した。赤衣、君には感謝しているよ。文句を言うなれば、もっと早く、それこそ気付いた段階で口にしてほしかったけどね」

「私もそのつもりだったのだがね? いくら君でも、突拍子もない言葉には耳を貸さないだろう? 少し時間をかけてから、情報を共有しようと思ったのさ」

「それでも、だ。君が虚言癖だという可能性を考慮しつつも、確認はする。次からはこういった事は起こさないように」

「了解だ」

 

 

 悪戯がバレて叱られた子どものように肩を竦める赤衣だが、その口調や態度からは反省の色は見受けられない。ネモはそんな彼の様子に苛立ちを覚えるも、今は密航者の話を優先する事にし、今すぐにでも彼を叱りたい気持ちを抑え込んだ。

 

 

「まずはこれを見てほしい」

 

 

 気持ちを切り替える為にも、とネモは、先程源頼光と共に確認した、潜航前のミーティングの映像を立香達に見せ始める。

 初めは何の疑問の抱かずにそれを眺めていた立香達だが、ネモがマリーンについての説明をした時、ハッとした様子でマシュが口元を手で隠した。

 

 

「ネモ・マリーンさん達は、総員十二名のはず……。なのに……十三名いらっしゃいますッ!?」

「その通り。この十三名の内、一名はマリーンに化けた偽物……つまり、密航者の可能性が高い。そしてそいつは、今僕らの目の前にいる」

 

 

 射殺すような視線をオリジナルに向けられ、集められた十三人のマリーン達がビクッと肩を震わせた。誰もが同じ反応を返すマリーン達に、ネモは重い溜息を吐いた。

 

 

「ホント、凄い演技力だよ。一挙手一投足、全てが本物のマリーン達と変わりない。けどね、それも今じゃ無意味さ」

「……ッ! 見える……(わたし)には見える……ッ!」

「いきなりどうしたのよ」

 

 

 ビシッとマリーン達に指を突きつけたネモからなにかを感じ取ったのか、刑部姫が小刻みに震え始めた。

 

 

「ラムダちゃんには見えないよ……。締切という名の悪魔に追われながらも数多の同人を執筆し、そして幾多の神作家&神絵師によって生み出された作品を見てきた私だからこそ見えるオーラ……ッ! これは『己の命を削ってでも、成果を上げてみせる』という、超戦士の気配……ッ! いったいなにをするつもりなの……?」

 

 

 身構える刑部姫、そして、彼女の言っている事の意味が分からずにネモを見つめる面々の前で、ネモは大きく息を吸い込み、そして吐き出す。

 

 

「密航者。これから君を暴く。……ぼ、僕、は……」

 

 

 唐突に歯切れが悪くなり始めるネモ。首元から頬へ、そしておでこまで徐々に赤く染め上げながら、キッとマリーン達を睨む。瞬間、マリーン達は揃って口を開いた。

 

 

『キャプテンは今、大大だーーーーい好きな、最高級のパフェが食べたいと思ってるッッ!!』

 

 

 ……瞬間、空気が凍り付いた。

 立香達は、湯気が出てくるのではないかと顔を真っ赤に染め上げ、今にも泣きそうな目でプルプルと身を震わせているネモを唖然と見つめるしかなかった。

 

 

「キャプテン……」

「言わないで」

「パフェ、好きなんですか?」

「言わないで」

「大大だーーーーい好き、なの?」

「うわぁんッ!」

 

 

 遂に泣き出してしまった。すると、彼の感情を共有しているマリーン達もまた、各々が涙を流して倒れ始めた。

 立香達と同じように唖然とネモを見つめている、一人のマリーンを除いて。

 

 

「そいつだぁッ! そいつが……ひくっ……密航者だぁッ! 僕に秘密をバラさせやがってぇ……ぐすっ……捕まえろォッ!」

「いやいや、おれァなんもしてねェだろッ!?」

「確保オオオオオオォォォォッッ!!」

 

 

 自分の大好物を暴露するという、ネモの尊い犠牲により密航者を割り出したマシュ達は、彼の犠牲を無駄にしない為にも、立香の叫びに応えて全員で飛びかかった。

 

 流石の密航者も数多のサーヴァントを前にしてしまえばなにも出来ない。しかも、それが気が抜けていた時とくれば尚更だ。

 

 

「きゅぅ……」

 

 

 こうして下手人―――偽マリーン改め、フォーリナー・葛飾北斎はお縄についたのだった。

 




 
 ネモきゅんがパフェ好きなの、可愛いですよね……。秋葉イベントの時に、わざわざサングラスをかけて変装してからメイド喫茶に来てたの見て心臓が止まりましたよ。

 それではまた次回ッ! オリュンポス&アトランティスのストーリー構成は着実に進んでおりますぞッ!


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超古代の偉業

 
 『異聞帯がロスリックだった件』で私の描いた絵が公開されて嬉しい……。どうも皆さん、seven74ですッ!
 更新一時間遅れ、大変申し訳ございませんでしたッ! 実はワクチン接種を受けていまして、その副作用で利き腕が痛くて痛くて……。まだ痛みは残っていますが、なんとか仕上げる事が出来ましたッ!
 それでは、どうぞッ!


 

「何はともあれ、キャプテンの尊い犠牲によって、密航者を無事捕縛する事に成功した」

「うっ……ぐすっ……」

「よしよし」

 

 

 分身を動かせる程度には落ち着いたとはいえ、涙を流してぐずっているネモを立香が慰める。

 現在、本物のマリーン達はそれぞれの意識を取り戻している。未だに泣いているネモだが、それでもなんとか気持ちの整理だけはある程度出来ているようだ。

 

 

「それで? どうして貴女は密航なんてしたのかしら? 葛飾北斎」

「へっ、誰が答えるか……って、とっ捕まる前のおれなら言ったろうが、こんなザマだ。大人しく話してやる」

 

 

 ラムダの視線の先、縄でぐるぐる巻きにされて座らされている北斎。ネモが分身に自分の思考を共有できる能力を応用して行った自爆によって正体が割れ、こうして捕まってしまった北斎は、最初こそ強がる様子を見せたが、すぐに折れたように肩を竦めた。

 それもそのはず。今彼女を縛っている縄には、かつて北欧異聞帯をたった一柱で治めていたスカサハ=スカディ直々のルーンがかけられており、そう簡単に脱出できるものではなかったからだ。

 

 北斎曰く、密航者として活動していた時の自分は葛飾北斎という名のサーヴァントではなく、お栄という、たった一人の画家だったそうだ。

 その言葉に首を傾げる立香達に、北斎は今の自分の状態について語った。

 

 今の彼女―――というより、現界時にタコ型の小型生物に変化した、常に彼女の傍を浮遊する本物の北斎は、現在進行形で異邦の神のアンテナになっているらしい。原因は、この虚数空間では無限に絵を描ける事を知った娘を止めようとした矢先、彼女に頭を叩かれた事らしい。

 普通ならそこでお栄は北斎からの墨攻撃を受けるのがオチだろうが、どういうわけか彼はそのまま外側の神格のアンテナになってしまい、邪魔者がいなくなったお栄はそのままノーチラスに侵入。周囲の目を盗みながら虚数の海溝と、そこに住まう怪物達を描き続けていた。

 ちなみにその時、お栄は異常な程に強化されていた道具作成スキルがクリティカルを出したおかげで艦のスキャンを誤魔化す事が出来、また水着を着たセイバーの自分と霊基が競合していた影響でバイタルもイカレたようで、簡単に密航出来たそうだ。

 

 

「では、今まで私達が戦ってきたエネミー達は……」

「あぁ、そうさ。ぜ~んぶおれが描いたのさ。なにせ、手つかずの真っ白な紙が無限にあるんだッ! ちょいと空を見つめれば、墨も染料も使い放題とくるッ! ここで描かねェのは、画家の名折れだろ?」

 

 

 自らの想像力を筆に乗せ、真っ白なキャンパスに己の思い描いた作品を刻み込む―――それこそが画家としての性であり、彼女はそれに従ったまでだと告げた。

 

 

「本当はもうちっと描きたかったところだったが、こんなナリじゃ仕方がねぇサ。もうおれァえねみぃ(・・・・)は描かねぇよ」

「既に描かれたエネミーを消去する事は出来ないのですか?」

「出来ねぇ。紙ならクシャクシャにして捨てたり燃やしたりすりゃいいが、なんせ今回のおれが描いたのは、虚数(こっち)限定とはいえ生物。簡単に消せたら、そんなのもう神様の領域だろ?」

 

 

 この虚数海溝も同じサ―――と言い終えたお栄。エネミーと海溝そのものを描い(つくっ)た張本人と言えど、流石にそこまでの力は有していなかったようだ。

 

 

「しかし、なんだ。ますたあ殿は案外驚いてねぇんだな。おれが密航者なんて、基本考えつかねぇだろ」

「驚きはしたよ。でも、密航者の正体がお栄さんだとわかった時、納得がいっただけだよ」

「?」

「お栄さん、一度私に人形を見せてくれたでしょ? 楊貴妃から貰った、あの人形」

「……あァ、なるほどねぇ」

 

 

 納得がいったように何度も頷くお栄。彼女が持つ人形の事を知らないメンバーが頭に疑問符を浮かべていたので、すぐに立香が説明する。

 

 

「ネモに集められる前に、お栄さんが化けていたマリーンに人形を見せてもらってたんだよ。楊貴妃がマリーン達にあげたお守りの人形。私は他のマリーン達からも人形を見せてもらってたけどさ、お栄さんが化けてたマリーンだけ、それに絵を描いてたんだよね」

 

 

 ネモ・マリーンは数こそ多いが、彼らはオリジナルのネモから分かたれた存在。しかし、その中で楊貴妃の人形に絵を描いていたマリーンが一人だけいた。もし本物のマリーンなら、人形を貰った事を歓びこそすれども、なにかしらの改良を加えるという考えは思いつかないだろう。仮に思いついたとしたら、全員がなにかしらの絵を人形に描くはず。

 しかし、その行動を取っていたのは、お栄が変装していたマリーンのみ。あの時は胸に引っかかる微かな違和感に過ぎないものだったが、今となっては、その違和感は「まぁ、そうだろうな」という納得に変わっていた。

 

 

「お守りの人形を一人だけ改造してたのは、マリーンらしくないなと思ったんだよ」

 

 

 そして、次に訓練開始前の記憶を仲間達に聞かせ始める。

 トリスメギストスⅡの演算によって、最終選抜まで残り続けていたが敢え無く辞退する事になってしまったアビーを慰めていた時、たまたまそこに居合わせた北斎から、葛飾応為直筆の絵を見せてもらったのだ。

 日本人ならば誰もが知る伝説的な画家、葛飾北斎。サーヴァントだとしても、その娘であるお栄が直々に描き上げた絵なんて、現代(いま)を生きる日本人の一人である立香からすれば垂涎ものだ。

 これまでも何度か彼女の絵を拝見していたのもあって、絵を描く際の彼女の特徴は大まかだが理解できている。

 

 

「あぁ、お察しの通りサ。この人形の細工があんまりにも良くできてるから、つい対抗しちまった。後で見せてやるよ。あのぐるぐる、実は極微の龍の紋になってるからサ」

「……あの、すみません。口を挟んでもよろしいでしょうかッ!」

 

 

 自分が人形に描き込んだ模様の話をしていたお栄は、突然話に割り込んできた少女に目を向けた。

 

 

「葛飾北斎……いえ、葛飾応為様。改めてのご挨拶を。姓は楊、名は玉環。人類史では楊貴妃で通っております。貴女と同じ、フォーリナーにございます」

「あぁ知ってるサ。聞いた通り、いやそれ以上の美人さんじゃねぇか。是非なく描きたいもんだねッ! で、音に聞こえた傾国の姫さんが、しがねぇ画工なんぞにご丁寧になんだって?」

「……貴女は、外なる神の軍門に下った、という事で相違ないのですか?」

 

 

 普通ならば“傾国”という単語を聞けば羞恥に顔を赤らめる楊貴妃が、この時ばかりは真剣な眼差しでお栄を見据える。

 もし、今の問いの答えがイエスだった場合、すぐさま己を英霊として確立させている異邦の力を用いて焼却する、と言わんばかりの雰囲気を漂わせて訊ねる楊貴妃に対し、お栄はふっと小さく笑って肩を竦めてみせた。

 

 

「どっちかと言うなら、“下っていた”ってところかねェ。今みたいに捕まらずにいたら力尽くでも、ってところだったが、何度も言うがこんな状態サ。口惜しいっちゃァ口惜しいが、なに、かるであに帰ったらその分の絵を描くまでよ」

「……そうですか。では、もう一つ質問を。……貴女は自分の意志で、此度の事件を起こしたのですか?」

「…………」

 

 

 もう一つの楊貴妃の問いかけに対し、お栄は口を閉ざした。その沈黙を答えと受け取ったのか、楊貴妃はさらに彼女に追い込みをかけていく。

 

 

「そうでなかった場合、貴女はあくまで共犯者( ・ ・ ・ )。貴女にこのような行動を起こすよう唆した者がいる、という事になります。それは神ですか、人ですか?」

「……さぁなァ? おれはただ、呼ばれたから来ただけサ。深く、深く。遠く、遠く―――虚数の海からの呼びかけに応えたまで、ってなァッ!」

「……ッ! それ、は……」

 

 

 お栄が告げた言葉―――“深く、深く。遠く、遠く”という言葉に息を呑んだのは、今まで静かに事の次第を見ていたゴッホだった。

 力無い足取りで少しずつ後退っていく彼女を、しかしお栄の目は逃さなかった。

 

 

「なんだ? もしや、おれを呼んだのはあんたかい?」

「呼んだ……呼んだ……? ゴッホが、貴女を……?」

「ごっほォ? もしかして、阿蘭陀(おらんだ)の、ふぃんせんと・ふぁん・ごっほサンの事かい?」

「はい……ご存じだなんて……光栄です…………」

 

 

 憧れの画家に出会えた上、こうして会話まで出来ているという事実に嬉しそうに笑うゴッホ。しかし、お栄はそんな彼女に対し、目を細めて一言告げた。

 

 

「……誰でい……あんた?」

「…………」

 

 

 突然の、思いも寄らぬ問いかけ。ゴッホはその回答を口にする事無く、零れ落ちんばかりに見開かれた目でお栄を見つめている。

 

 

「この現代に召喚された身としちゃあ、おれより後世に活躍した絵師、画工達の仕事ぶりが気になって当然サ。もちろん、ごっほの旦那( ・ ・ )の作品も、じっくりとっくり、興味深く鑑賞させてもらった。ああ、すぐにピンときた。こいつぁ、おれの絵にそっくりだッ! 御同業の大画家さんに、おれの仕事ぶりを気に入っていただいたんなら、そりゃありがてぇサ。冥利に尽きるってもんよ……ただなァ? ごっほは、北斎の作風を好みはしたが―――どっちかってェと、あの若造、広重のふぁん( ・ ・ )だって言うじゃねぇか?」

 

 

 歌川広重―――それは1797年に生まれた、日本が誇る歴史的画家の一人の名である。彼の作品は大胆な構図と共に、青色の美しさで海外でも高く評価され、『ヒロシゲ・ブルー』という名と共にヨーロッパの印象派やアール・ヌーヴォーの芸術家達に大きな影響を与えたと言われている。

 また、1848~53年頃には版画ではなく、肉筆画も多く手がけた。西洋画から取り入れた遠近法は、後に印象派画家、特にゴッホに影響を与えたと語られ、生前のゴッホは彼の作品に出会った事で、日本趣味(ジャポニズム)に目覚めたとも考えられているのだ。

 

 

「ハハッ、なるほど、確かに広重の匂いと乙甲(めりかり)がありやがる。そう、男だ。こいつぁ()の描く絵だ。無邪気で、線の細ぇ、風邪引き男の色気だ。さあばんとになったからって、絵描きの本質は、そうそう変わるもんじゃねぇだろ? だ・ゔぃんちの旦那にしてもそうだ。自分の身も思い切り棚に上げて言わせてもらうが―――おれはあんたのこたァ、知らねェ。“ごっほ”を名乗る姐さんヨ、いったいどこの誰で―――」

「とうっ」

「ぐはぁッ!?」

 

 

 まくし立てるように言葉を並べていくお栄が言い終える直前、ラムダの飛び蹴りが顔面に炸裂。予期せぬ不意打ちを受け、お栄はそのまま気を失ってしまった。

 

 

「麗しきアルターエゴの一撃、お気に召したかしら。要点は出切ったようだから勝手に動いたけれど、構わなかったわね、立香?」

「あ、はい」

 

 

 あまりにも突然の出来事に放心しながらなんとか返答した主に、かつて彼と心を繋いだ少女は微笑んだ。

 

 

「良かった。じゃあ、より大きな問題の解決は任せるわ。アナタの愛が如何なるものか、見せてもらいましょう」

「ゴッホさんの悩み……詳細は存じませんが、今、踏み込むしかないのでしょうか……? こんなに差し迫った状況で……」

「……本当なら、こんな状況で訊きたくはなかった。けど……」

 

 

 お栄の言葉を止められなかった。彼女の考えに耳を傾けてしまい、ゴッホの精神状態の事を完全に失念していた。しかし、その事を悔やんでも、最早後の祭り。今この場で、彼女の不可侵領域に踏み込むしかないだろう。

 

 

「……ゴッホちゃん」

「……だれ、ですか……それ……。私は……ゴッホじゃ……ないそうです……。私は……ホクサイを呼び寄せて……虚数の海で皆様を殺そうとした……名無しの……フォーリナー……らしいです……」

「自分はそんなの気にしてない。……事件にはケリがつきそうだし、ゆっくり話そう」

「……マスター様、一つだけ、聞かせてください。マスター様は、知ってるのですか。私という英霊の、正体を……」

「……まずは落ち着こう、ね?」

「教えてください……」

「―――クリュティエ」

「……え?」

 

 

 突如発せられた言葉に目を見開いた立香は、すぐにその声が聞こえてきた方向へ視線を向けた。

 

 

「くりゅてぃえ。くりゅてぃえ。くりゅてぃえ。くりゅてぃえ。くりゅてぃえ。くりゅてぃえ」

「くりゅてぃえ。くりゅてぃえ。くりゅてぃえ。くりゅてぃえ。くりゅてぃえ。くりゅてぃえ」

「くりゅてぃえ。くりゅてぃえ。くりゅてぃえ。くりゅてぃえ。くりゅてぃえ。くりゅてぃえ」

「うわぁ、バグった~ッ! ちょっとみんな、止めましょう。それキャプテンがずっと黙ってた奴ですからッ!」

 

 

 狂ったように何度も同じ単語を口にするマリーン達をプロフェッサーが止めようとするが、それでもマリーン達はその単語を口にする事を止めない。そして、それを聞いたゴッホは、諦めたように目を伏せた。

 

 

「くりゅてぃえ……クリュティエ。……あぁ、あぁ……ウフフ、思い出しました。座から与えられた知識の端っこに、そんな名前……。なるほど……エヘヘ……エヘヘ……ッ! 私に、ピッタリの、名前ですね……ッ!」

 

 

 その時、眩い輝きがゴッホを包み込み、その光量に思わず立香達は目を閉じた。

 

 

「ゴ、ゴッホちゃん……ッ!」

「あぁ……だから、咲いてしまうの……?」

 

 

 光が収まった時、目を開けた立香達の前にいる、純白の衣装に身を包んだゴッホは、今の自分を憂うように呟く。

 

 

「でも、でも、マスター様。いくらその名を聞いても、私はゴッホという記憶と自認から、逃れられないみたい……。だから……」

 

 

 一度閉じた瞳を、再び開く。そこには、自らをも取り殺す、残酷なまでの狂気が宿っていた。

 

 

「だから、私は、一人で頑張って死にますッ! 深く深く、遠く遠く、皆様の迷惑にならないところでッ! エヘヘ、マスター様、楊貴妃様、皆様、さようならッ! 心からの拍手を送りますッ! どうか皆さま、お元気でッ!」

 

 

 その瞬間、ゴッホは再び輝きに包まれ、立香達の前から消えてしまった。

 

 

「……ッ。ゴッホさんッ!」

「キャプテンッ! 艦内の捜査をッ!」

「もうやってるッ! ……駄目だ、どこにも反応がない……ッ!」

「……え、あ。み、皆さん、大変ですッ!」

 

 

 ゴッホの消失という事態に一気に空気が張り詰め、ゴッホの行方を捜す立香達。しかしそこへ、なにかに気付いた楊貴妃からさらなる苦行を強いられる事となる。

 

 

「周囲から大量の音が聞こえてきますッ! エネミーの大群が、ここ目掛けて一気に押し寄せてきますッ!」

「はッ!? そんな、既に北斎(その元凶)は捕まえたっていうのにッ!?」

「方法はわからないが、恐らく、ゴッホが使役しているのだろう。奴め、ここで我らを足止めするつもりか……ッ!」

「ひえええぇッ! (わたし)の使い魔達がみんなやられちゃってるううぅッ! こんなのどうすればいいんだああぁぁッッ!!」

「……ッ! 私の方も駄目です……ッ! こんなの、いったいどうすれば……ッ!」

「く……ッ! 時間がない。すぐに敵集団の中から一番数が少ない場所を探してッ! 見つけ次第、宝具を使って一気に突っ切るッ!」

「了解で~すッ! ……あ、あれッ!?」

「今度はなにッ!?」

「あわわ、なぜか知りませんが、なんかノーチラスの周りに無数の高密度の魔力反応がッ!」

「ああもうッ! 立て続けになんなんだッ! それはエネミーかッ!? それとも……」

『―――味方だとも』

 

 

 頭を抱えるネモに、この場の誰よりも落ち着いた口調で言葉が投げかけられた。

 

 

「み……味方? それは、どういう……」

『簡単な事さ。我が宝具( ・ ・ ・ ・ )を発動したまでの事。ようやく佳境に入ったのだ。このまま終わるのはなんとも惜しい。エネミーの一掃、この赤衣に任せてもらおうじゃないかッ!』

 

 

 いつの間に出ていたのか。ノーチラス甲板に移動していた赤衣の男から通信が開かれた。

 

 

『マシュ嬢よッ! そして、見目麗しきサーヴァント達よッ! こちらへ来いッ! 我が宝具の姿を見るがいいッ!』

 

 

 言われるまでもなく、マシュ達はすぐに臨戦態勢を整えて甲板に向かう。どのみち、エネミーは撃破する話だったのだから。

 

 

『ただいま到着しま―――え……?』

「マシュ? どうしたの……?」

 

 

 呆気に取られたような、または悍ましいものを見たかのような声を漏らしたマシュに、立香が恐る恐る尋ねる。しかし、マシュは彼女の声が聞こえていないのか、酷く震えた声色で赤衣に訊ねるのみ。

 

 

『赤衣さん……。これらはいったい、なんなのですか……ッ!?』

『なにを異な事を。これは、諸君らの偉業に他ならない( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )

 

 

 

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「偉業……? こんな事が、偉業なはずがありませんッ! こんなにも、酷い……」

「どこが酷いと言うのかね? これは己こそが星の王者だと主張しようとした、人類の技術の結晶そのものッ! ここまで素晴らしいものを、私は終ぞ見た事は無かったッ!」

 

 

 腕を広げ狂笑を浮かべる赤衣に、この男はなにをそんなに笑っているのだろうと、この場にいる誰もが思った。

 

 

「見るがいい。これこそ人類の偉業にして悪行。決して贖えぬ罪状にして、己の未来(あす)へ邁進する証左ッ!」

 

 

 その身に纏うは、無数の怨念。

 その身を覆うは、数多の苦悶。

 その瞳が滾らすは、無限の憎悪。

 

 腕に取りつけられた顔が、己の体を求めて悶える。

 腹に括りつけられた臓器が、己の帰る場所を探している。

 

 数多の想念を、しかしその身に刻まれた継ぎ接ぎの接続痕が縛って離さない。

 

 苦しみに悶え、殺してくれと声なき慟哭を上げる犠牲者達。その声を聞いても尚―――

 

 

「嗚呼、なんと……なんと素晴らしい……ッ!」

 

 

 ―――赤き狂人は、恍惚とした笑みを深めるのみ。

 

 

「照覧あれ、我が神よ。我らの子孫よ……ッ! これこそ人類の叡智ッ! 人類の偉業ッ! 人類の秘宝ッ! 翔け抜け、蹂躙せよ―――『今こそ吼えろ、名付けられざりし伝説(The Immortal Dragon Weapon)』ッッ!!」

『ギガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!!』

 

 

 頑丈な物質が軋むような、聞く者を震え上がらせる耳障りな咆哮を轟かせ、無数の超古代の生物兵器は虚数の怪物に襲い掛かった。

 




 
 ようやくモンハン要素が出せました……。イコール・ドラゴン・ウェポン、かっこいいですよね。一度でいいですから、ゲーム内でも登場してほしいものです。
 それでは次回、また会いましょうッ!


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禁忌の超兵器

 
 最近、とある実況者さんがモンハン4gをプレイし始めましてね。その影響を受けて私も一からやり直したんですよ。
 やっぱり楽しいですねぇ4g。あの頃は狩技とかありませんでしたから、ああいう超威力の必殺技的なものなしに戦っていたのが懐かしかったです。
 今も楽しいですが、やはりあの頃の操虫棍は楽しかったですねぇ。今も昔も変わらずにバッタ戦法です。


 

「ドラゴン・ウェポン……? まさか、それは……」

 

 

 自分達が立つ拠点にして最後の砦でもあるノーチラスを護るように現れた異形の怪物達の姿。そして、それらを総称しているものであろう赤衣の男の宝具の名から、彼が召喚した存在がどのようなものであるか気付いたマシュ。

 彼女の言葉が聞こえたのか、通信機越しに主たる立香から、赤衣が召喚した怪物達についての情報を求められ、小さく「……はい」と答えた。

 

 

「現時点で確認されている最古の叙事詩、『モンスターハンター』から大きく遡った時代に編み出されたという、造竜技術の産物を指す呼び名です。正確には、“イコール・ドラゴン・ウェポン”と呼ばれていたものです」

 

 

 自然の調和を司る狩人達が、華々しい英雄譚を紡ぐ事で作り出された叙事詩、『モンスターハンター』。彼らが活躍した時代から見ても古代と言える文明が創り出した、禁忌にして禁断の兵器。

 当時の人々は、自らよりも強大な生命である竜種との戦争に際し、彼らから勝利を奪い取ろうと、あらゆる手段を用いたと考えられており、その最たるものが、今赤衣の宝具によって出現した怪物達。

 およそ三十頭もの成体の竜種を素材にしてようやく一機造れるという、命の尊厳など知らぬとばかりの傲慢さの象徴。

 

 彼らの名こそ、“イコール・ドラゴン・ウェポン”―――人類が初めて竜種へ一矢報いた栄光の産物であると同時に、現代まで継続してきた輝かしき人類史における最大の汚点である。

 

 

「さぁ、我ら人類が誇る最高の兵器達よ……赴くままに蹂躙するがいいッ!」

『ギガガガガガガガガガガガガガガガッッ!!』

 

 

 ノーチラス目掛けて迫り来るエネミー群を見据えた赤衣の叫びに応えるように、異形の竜達は再び耳障りな雄叫びを挙げて動き出す。

 左腕に取りつけられたアギトが開かれ、そこから放たれた業火に数十体ものエネミーが焼き尽くされるも、その熱気が届かない範囲にいるエネミー達が竜機兵へと襲い掛かるも、今度は右腕に装備された鋸の如く並べられた刃に薙ぎ払われる。

 別の竜機兵は、なんと自身に群がるエネミーの大群を喰らったかと思えば、その際に取り込んだエネルギーを変換させた紫色の炎を胴体に取りつけられた砲台からドラゴンブレスとして放出し、前方にいるエネミーの大群を瞬く間に焼却している。

 視線の向きを変えれば、また別の竜機兵が、本来ならば決して向かない方向へとその五体を動かしてブレスを放ち、それはノーチラスを穿つ事なく周囲のエネミーを、味方であるはずの竜機兵ごと攻撃していた。

 高密度に圧縮された激流のブレスに顔面を吹き飛ばされた竜機兵は、しかしその機能を停止せずに、他の部位に取りつけられていた別の頭部が新たな司令塔となって変わらずにエネミー群を、全身から放出した電撃で黒焦げにしている。

 

 同士討ちなどまるで意に介さないままに、与えられた命令(オーダー)を果たす為に稼働し続ける、古代人の狂気の産物。彼らの戦い方、在り方を前にした、人為的に作られた命(デザイナーベイビー)であるマシュは、思わず吐き気を覚えて口元に手を当てて蹲った。刑部姫達も、マシュ程までとはいかなくとも、誰もが嫌悪感に眉を顰めてしまっている。

 

 

「どうかしたのかね? マシュ嬢」

 

 

 ―――ただ一人、赤衣の男(この狂人)を除いて。

 

 

「……貴方は、なにも思わないのですか……? あんな、生物としての矜持など無いかのように動く、かつて生命であった者達に……」

どこがかね( ・ ・ ・ ・ ・ )? 彼らは最早、その命に誇りを持つ偉大なる竜種ではなく、人類(われわれ)の為に壊れるまで稼働し続ける兵器と化したのだ。私が産まれた時代から見ても古代の技術故、素材から生命を確立させている( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )ようだが、そんなものは些細な事だ。命があろうとなかろうと、彼らは最早、竜ではなく兵器なのだからな。私はむしろ、これほどまでに度し難く、そして己の欲望にどこまでも忠実だった当時の人類に尊敬の念すら抱くがね」

「狂ってる……」

「嗚呼、そうだとも。私は狂人に他ならない。だからこそ私は、私でいられる」

 

 

 今も尚繰り広げられる竜機兵達による惨劇。稲妻が弾け、炎が荒れ狂い、激流が貫き、次々と敵が消えていく―――その光景を、唯一赤衣だけが、初めてヒーローショーを見た少年のように、瞳をキラキラとさせながら眺めていた。が、次の瞬間には今の状況を思い出したのか、名残惜しそうに司令室にいるネモに連絡を取り始めた。

 

 

「キャプテン・ネモ。エネミー群の中で最も密度が少ない場所は見つけたかな?」

『今見つけたッ! このまま一直線に突っ走るッ! けど、まだエネミーの数が……』

「心配ない。あれらがすぐに終わらせる」

 

 

 ネモからもたらされた情報に不敵な笑みを浮かべた赤衣がパチンッと指を鳴らすと、竜機兵達は再び咆哮を轟かせ、今まで以上の苛烈さを以てエネミー群を掃討し始める。

 

 

「もう少し楽しませてもらいたかったが……仕方ない。あぁ、そうだ」

 

 

 竜機兵による殲滅戦を背後に振り返り、赤衣はマシュ達に頭を下げた。

 

 

「今回は私の……いや、あれらの独壇場となってしまい、申し訳ない。だが……次は諸君らの番だ。この後に控えるは、狂気に抗い自ら命を断とうとする馬鹿者。彼女を助けるのは、諸君らの役目だ」

 

 

 エネミーの大群を瞬く間に殲滅した竜機兵達が、咆哮を轟かせながら消えていく。しかしその咆哮は、己こそが勝者であると周囲に知らしめるものではなく、次に殺すべき存在(てき)はどこだと、渇望にも似た怨念からくるものだった―――。

 

 

「……一先ず、窮地は脱した訳だけど……」

 

 

 唐突に始まった防衛戦は、赤衣の男の宝具によって事なきを得た。

 しかし、どこかへと消えていったゴッホの行方は最早摑めず、ノーチラスのログにも彼女の痕跡は一切存在しないという事実に、誰もが落胆した気持ちになってしまっていた。

 

 

「ていうか……彼女って、やっぱりゴッホ先生じゃなかったの?」

「とゆーかですね……クリュティエって誰でしたっけ……。すみません、私、座からの知識、全然足りてないかもです……」

「……クリュティエは、ギリシャ神話の登場人物だよ。さほど著名じゃないから、知らなくても無理はない」

 

 

 狂ったようにマリーン達が復唱していた、クリュティエという名前。その正体がわからない楊貴妃に、ネモが説明する。

 

 クリュティエ―――海神オケアノスと女神テテュスの娘にして、オケアニデスと呼ばれる3000人もいるニンフ姉妹の一人。元々は太陽神アポロンの恋人だったが、アポロンがレウコトエという美女に惹かれている事を知ってしまい、彼女の父のオルカモス王に真贋構わずにレウコトエの悪口を吹き込み、彼にレウコトエを殺させた。

 しかし、恋敵を死に追いやった彼女だったが、そんな彼女にアポロンが愛を向ける事は二度となくなってしまった。

 彼女は自分自身の手で、求めていたはずの愛を壊してしまったのだ。

 それでも、彼女は太陽(アポロン)を愛する事を止められず、朝も晩も太陽を見続けた後、一本の花に姿を変えてしまった。

 

 神との悲恋、嫉妬、そして破滅の物語の主人公―――それこそがクリュティエである。

 

 まさかゴッホの正体が、そのクリュティエであるとは露ほどにも思わなかったマシュ達が揃って驚愕する中、ネモはクリュティエが姿を変えた花について話し始める。

 

 

「彼女が身を変じた花は、ヘリオトロープだと言われている。『太陽を常に向き続ける』という意味の名前のね。それが拡大解釈され、後世の芸術では、彼女は向日葵に変わった、とされる事も多い」

 

 

 向日葵はゴッホに関連する重要なワードだ。生前のゴッホが描いた作品の一つである向日葵は、今となっては誰もが知る有名な絵画である。太陽の温かみを愛した彼が執着したモチーフとしても伝えられている。

 

 加えて、ゴッホのあの異常ともいえる自罰的な性格だ。

 ヴィンセント・ヴァン・ゴッホは、理知的な面と共に、激情から自傷に走る不安定さも持っていた人物である。神話のクリュティエのエピソードは、愛欲の愚かさを表している一方で、身を花に変じるほどの強烈な後悔、自罰感情を表しているとも考えられる。

 ゴッホとクリュティエ。性別も出典も異なる二人の英霊の結びつきは、意外に多くあったのかもしれない。

 

 

「彼女の霊基は、ほとんどがクリュティエのものなんだろうね。実際、霊基分析では、近代サーヴァントにはほぼ見られない神性が強く含まれていた。フォーリナーであるためかとも思ったけれど、神の直系であるニンフの霊基なら、むしろ自然と言える。なのに、彼女はクリュティエの記憶をまるで持たず、代わりにゴッホの記憶を与えられている……」

「という事は、幻霊に近いものなのかな?」

「あるいは……ハイ・サーヴァントかしら? 格自体は二騎とも、低くはなさそうだし」

「わからない。ただ、僕やラムダリリスと違って、彼女が継ぎ接ぎされた存在である事は間違いない。(クリュティエ)の体と心に、(ゴッホ)の記憶……。あまりに矛盾した存在だ。不安定にならない方がおかしい」

「読めたぞ。それがつまり、外なる神とやらの狙いという事だな?」

「そうなんですか?」

 

 

 首を傾げる立香に、スカサハ=スカディは「うむ」と小さく頷いた。

 

 

「ある意味では私も外側の神だからな。少しだけ、考える事はわかるぞ。少しだけな。ゴッホという英霊を作り上げる意図を探るなら、まず、連中はお前達の世界……現実の地球へと、侵略の手を伸ばしているわけだ」

 

 

 外から内へ、虚構から現実への遠い旅路。如何に強大な力を振るう異邦の神々と言えども、それは過酷な征路になるだろう。それこそ、どこかで躓けば頓死しかねるほどに。

 故に今回、異邦の神々は前哨基地となりうる地を求めた。そこで目を付けたのが、この観測不能域―――虚数空間だった。

 

 未知の敵性存在に、虚数空間の事が知られている。この事実に驚愕する面々に、スカサハ=スカディは今後はそれについての対策を進める必要があると忠告した。

 

 話を神々の計略についてのものに戻す。

 虚数空間という楽園に対して異邦の神々が立てた遠征計画とは、虚数空間に英霊を送り込むというものだった。詳細は不明だが、虚数空間へのアクセス権を有していた神々はゴッホを尖兵とし、彼女に葛飾北斎を呼んでもらう事で拠点構築の任務を与えた。

 スカサハ=スカディが考えるゴッホの役目とは、『人員の現地撤廃』、『現地の基地化』、そして『人員の“神化”』。

 恐らく、虚数召喚のコストが高すぎたため、足りない人員をカルデアのフォーリナーで補おうとしたのだろう。そして、その企みは功を奏した。

 

 ゴッホに呼ばれた事で、北斎は狂気に身を委ね、虚数空間を海に変質させた。あのまま放置していた場合、やがて彼女は完全に狂気に堕ち、悍ましき邪神の神殿を描いていた可能性がある。そうなった場合、勝負はあちら側の勝利。カルデア側はペーパームーンを破棄し、異邦の神々を虚数空間に閉じ込める他なくなってしまっただろう。

 そうなれば、虚数潜航による異聞帯の侵入という手段が封じられてしまい、汎人類史の救済の夢は露と消えるところだったのだ。今思えば、かなりの瀬戸際だったというわけだ。

 

 北斎が呼ばれたのも、浮世絵という特定の要素で繋がれたゴッホとの縁を利用されてのものだったはずだ。しかし、スカサハ=スカディは異邦の神々の真の目的を別に見ていた。

 

 ゴッホが使用する宝具に、『星月夜(デ・ステーレンナフト)』というものがある。詳細を確認したところ、これは異界の情景で世界を浸食し、フォーリナーを神化させる事によって、狂気を蔓延させる絵というものだったのだ。

 北斎が虚数空間に神殿を築いた後、『星月夜(デ・ステーレンナフト)』でその場のフォーリナーを神化するつもりだったのだろう。彼らの真の目的―――『自らの降臨』を叶える大仕掛けとして。

 

 しかし、北斎や楊貴妃、そして赤衣の男と、フォーリナーが充分に揃っていながらもゴッホは彼らを邪神に変えなかった。その疑問は、『フォーリナーが邪神と化した時、サーヴァントとしての能力を失うのではないか』という考えで無くせる。

 ゴッホがクリュティエと繋ぎ合わされた理由は、ただお互いの在り方が似通っていたから、だけでは済まされない。

 

 狂気の画家とも称されるゴッホだが、その根底には強固な信念が宿っていた。

 彼は星の彼方の神を求めこそしたが、それが邪悪なものだと知れば決して(くみ)しはしない。だとすれば、英霊として召喚されたゴッホも、そのような制約を持つ事になるだろうが、それを許す神々ではない。

 そこで思いついたのが、決して自殺はせず、その身を花へと変えたクリュティエに、ゴッホの記憶と画才を与える、というものだったのである。

 これによって、クリュティエの肉体を器にサーヴァントとして召喚されたゴッホは、クリュティエの在り方故に自害できぬまま、協力したくもない邪神(そんざい)に協力する羽目になってしまったのだ。

 

 如何に歴史に名を残した英霊といえど、その在り方はどちらかといえば兵器に近いものだ。だとしても、このように歪められたゴッホの境遇には、その場にいる多くの者達が憐憫の感情を抱いた。

 

 

「私達は……彼女に、なにをしてあげられるのかな」

「言いましょうか? 最も簡単で、残酷な解」

 

 

 それでも、彼女を救う方法を模索しようとする立香に、ラムダがいつもと変わらぬ姿勢で告げる。

 

 

「ゴッホの望む通り、彼女を殺し、退去させる事よ」

「それは……」

 

 

 確かに、ラムダの言う事にも一理ある。それが、今この状況を打開するには一番最適な方法だという事は、立香本人も理解できている。

 それでも、彼女はその選択を取る事は出来ない。出来るはずが無い。

 

 

「泣きそうな顔をしないの。私はあくまで短慮を述べたわ。深慮熟慮は、彼女を救いたい者がすべきでしょう。ただ、指摘はしておきます。彼女は『自ら死ぬ』と言って消えたけれど、それは不可能だというのでしょう? であれば、彼女は最後の安全装置を失った状態で、どこかを迷走している事になる。『殺してもらう』という唯一解を捨てたのは、もう既に狂気が極まっている証左かもしれないわね」

「……ッ!」

「あら三大美女(おおごしょ)さん。私を睨んでも、なんにもならなくてよ? 彼女が極めて危険な、最終段階一歩手前の状態である事は、当然に心すべき事でしょう。貴方がそれを救いたいと思うなら、貴方がすべきは仁義礼智を尽くして、策を練る事のみ。そうしたら、そうね。興が乗って来たから、後ほんの少しばかり、手を貸してあげてもよくてよ?」

 

 

 その言葉にハッとした表情で、立香は俯きかけていた顔を上げる。

 そうだ。今の自分達が成す事は、既に決まっているようなものだ。

 なにを迷っていたのだろうか。彼女の境遇を聞いた以上、自分達が取るべき行動は、たった一つしかないではないか。

 邪神の降臨などさせるつもりはないが、それよりも、自分達は―――

 

 

「……みんな、力を貸してほしい。ゴッホを助けたいんだ」

 

 

 拳を握り締めた立香の声を聴いたサーヴァント達は、自分達が仕える主の覚悟を決めた瞳を見て、やる気に満ち溢れた表情で頷く。

 

 

「哀れな少女が救われぬ……そんな哀しき事態にならぬよう努める。武士として当然の心持ちです。そしてッ! 無論ッ! それにより邪神が降臨するなど、言語道断ッ! 風紀紊乱(ふうきびんらん)ッ! 禁制禁制、ご禁制ですッ!」

「……楊貴妃。ノーチラスは……いや、僕という幻霊、キャプテン・ネモは、絶対に彼女を救いたいと思ってる。司令代理が言ってるんだ。副司令代理もそうだよね? そのくらいは、この旅でわかるようになったつもりだよ」

「はい、当然ですッ!」

「だから……僕らの思いは、一つだ。力を貸してくれるかい、楊貴妃?」

「……ッ!」

 

 

 ネモを始めた、ノーチラスの乗組員達の視線が集まる。

 彼ら全員、自分の力を必要としてくれている。誰もが皆、ゴッホを助けたいと、心の底から思ってくれている。

 それが、楊貴妃にとってはとても嬉しかった。

 

 

「……もちろんッ! イエスです、ウイです、(シー)ですッ! 絶対絶対、助けましょうねッ! ゴッホちゃんをッ! じゃあまず、ゴッホちゃんを捜し出さなきゃッ! ラムダ様、すみませんが足をお借りしますッ! リソースもまだ必要ですよねッ! 女神様には、新兵器なり新情報なりを導いていただきたくッ! 恐らく、エネミーはまだ残っているはずです。道中戦闘になる可能性はありますが、どうかお願いしますッ! 私も全力で索敵に当たりますッ! おっきーさん、どうかどうか、お願い……ッ!」

「あ~うぁ~ッ! も、も、もちろんっすよユゥユゥッ! いや~あまりにアツい展開につい見物側の心地になってたけど、普通に当事者だったわ。ゴッホ先生を救う。激アツ。頑張る……ッ! あの夏のやる気な(わたし)、も一度見せてやるぞーッ!」

 

 

 それぞれが成すべき事を果たす為に動き始める。全ては邪神の野望を阻止する為に。全ては、共に過ごした一人の少女を救う為に。

 

 

(これがカルデアか。いやはや、なんとも素晴らしい団結力だな)

 

 

 その光景を傍らで眺めていた赤衣は、この絶望的状況の中でも諦めずに行動する彼らへの尊敬の念を抱いていた。

 

 

「祖なる者よ。君が相手取った者達は、どうやら何者にも勝る強者(ツワモノ)達のようだぞ?」

「赤衣様ッ! 貴方様にも頼みたい事がありますから、こちらへ来てくださいッ!」

「了解した。フフフ―――やはり人間は素晴らしい……ッ!」

 

 

 彼らが諦めないのなら、自分も彼らを助ける手助けをしよう―――その思いを胸に、赤衣は楊貴妃の傍へと寄った。

 

 




 
 そろそろイマジナリ・スクランブル編も終わりが見えてきましたね。
 これが終わったらアトランティス(オリュンポス)、平安京、そしてブリテンですね。
 まだまだありますねぇ。だからこそ、書き甲斐があるッ!
 それではまた次回ッ!


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継ぎ接ぎの真名

 
 今回のイベント、本当に素材が美味しくて助かってます。モルガンピックアップですり抜けてきたアルトリア(セイバー)の強化素材の牙集めが捗る捗る。
 ストーリーも個人的には文句なしでよかったです。ああいうストーリーはかなり好きな部類なので、映像付きだったら泣いてる自信あります(HF3章のイリヤのラストシーンでガチ泣きした男)。

 それでは本編、どうぞですッ!


 

 ゴッホを救う、という目的の下、より強く決意を固めた立香達の行動は早かった。

 赤衣によってこの海域のエネミーのほとんどが殲滅されたため、あっという間に次の海域に潜入した彼らは、すぐさま周囲の探査を開始した。

 

 

「前方20公里(キロ)、岸壁らしき手応えありッ! ゴッホちゃんへの道のり、障害多数かも……。おっきーさん、結界でのピンポイント調査、お願いできるッ!?」

「よーし、おっきー頑張っちゃうッ! 待ってて、ゴッホ先生ッ! 見た目や性格が違っても、あの画才、(わたし)は勝手に尊敬し続けるからッ!」

 

 

 今回ばかりはさしもの刑部姫も自ら射出されに行き、新たに用意した折り紙型の使い魔と共に調査を開始し始める。その間にも、楊貴妃は必死にゴッホへの呼びかけを続ける。

 

 

「浅く、浅くッ! 高く、高くッ!」

「その探査音(ピンガー)、やりづらくないの?」

「やりづらいですッ! でも、今虚数の海に投げるべき音はこれしかないッ! ゴッホちゃんが哀痛の深遠に沈んでいこうとするなら、私が引き上げるッ! 虚数潜航から浮上して、みんなで実数空間に戻るッ! あの子の自滅を、私は否定するッ! これは喧嘩ですッ! 彼女を勝手に救うんだって、私の覚悟ですッ! 伝われーッ!」

「メッセージを音で投げかける事に反対はしないよ。他にゴッホと交信する手段はないからね。この時の為に、リソース山盛りで、ノーチラスには偏執的ともいえる対ビーム・対爆防護を施したんだ。さらに楊貴妃と刑部姫による自立掃討で、小型の怪物や弱いビームなら防げるようになった。これだけなら、注意すべきは大型の怪物のみになるけど、そちらについても先の包囲にほとんどが駆り出されてたんだろう。赤衣が宝具で一掃してくれたから、敵戦力を大きく削ったと考えてもいいはずだ。もし、仮に大型が現れたとしても……」

『私と頼光さんが艦外にいますッ! 宝具出力を上げていますから、敵艦が来ても即座に撃沈、ランクA攻撃も防いでみせますッ!』

 

 

 ネモの言葉を待っていたかのように、艦外に配置されたマシュが彼の後を引き継ぐ。

 手段はどうあれ、赤衣の男によって敵勢力が大幅に削られたのは喜ぶべき事。彼は全てを己の手で解決する事はせず、ゴッホの救出という大役は立香を始めた者達に託している。だからといって、この状況でなにも役目が与えられないという事はない。

 

 

『小物の掃討にはラムダさん率いる白兵戦チーム、そして赤衣さんが召喚したタコ型の使い魔が控え、場合によっては―――』

『う、フランが、マシュといっしょにでかいのをしとめる』

 

 

 この事態に際して召喚された英霊の少女―――フランケンシュタインがやる気を感じさせる声で通信に割り込んできた。

 

 フランケンシュタイン―――原初の番であるアダムとイブの創造を目的としたヴィクター・フランケンシュタインが、死体を繋ぎ合わせて作った人工生命体。自分を愛する者を終ぞ得られぬままにその生涯を終えた、哀しき怪物。

 現在、水着霊基に変化したためクラスがセイバーになっている彼女は、本来のクラスであるバーサーカーの時よりもある程度の言語を話す事が出来る。また、この時の彼女はかなりと言っていい程に暑さに弱く、普段の生真面目さは鳴りを潜め、それと入れ替わるようにダウナー系に変貌してしまっている。

 しかし、ダウナー系でも彼女は人類史に刻まれた英霊。彼女の纏う雰囲気は戦場に見合ったものとなっており、自身を助っ人に選んでくれた立香(マスター)の期待に応えようとしてくれている。

 

 

「ありがとう、フランちゃん。みんなもお願いッ!」

「ここまで態勢が整えば、アクティブソナーによる強引な索敵も可能となる。潜水艦戦としては無茶苦茶だけど、その破天荒さが、今の僕らにも彼女にも必要なんだッ!」

「ありがとう、キャプテンさんッ! そして早速なんですケド、滅茶苦茶敵が来ました~ッ!」

「使い魔達による掃討をッ! 撃ち漏らした分はみんな、お願いッ!」

 

 

 楊貴妃が捉えたエネミー群を、彼女や刑部姫の使い魔や、ラムダの白兵戦チームを始めとした部隊が蹴散らしていく。敵の数こそ多いが、こちらにいるのは一騎当千の英雄達。この数を相手にしても全く怯まない。

 

 

「ようやく工房が暇になったので来てみれば―――」

 

 

 その時、廊下と司令室を繋ぐ扉が開かれ、スカサハ=スカディが姿を現した。

 

 

「圧倒的ではないか、我が艦は」

「慢心はよくないよ、スカディ」

「少しはいいであろう。どこかの金ぴかも言っていたぞ。慢心せずしてなにが神か、みたいな事を」

「それっていつか寝首を掻かれる事を含めた美学だったりしませんか? 所謂、易姓革命(えきせいかくめい)的な……」

「なあに、こっちはとっくに失脚している。私は放埓(ほうらつ)に人を愛でるのみ。慎重さは人が担当せよ」

「アハハハ、これは一本取られちゃいました~ッ!」

 

 

 立香達カルデアのメンバーからしてみれば中々のブラックな返しだったが、スカサハ=スカディがどのような経緯でカルデアに召喚されたのかを知らない楊貴妃は笑顔で返す。そこへ、マシュからの報告が入ってきた。

 

 

『こちら防衛隊ッ! 粗方の掃討、完了しましたッ! 補給の為、一時帰投しますッ!』

『傷を受けた方は医務室へッ! 回復術式の準備は万全ですッ!』

「厨房、戦士達がお帰りだッ! 温かい飲み物をッ!」

『厨房了解、皆さんの“いつもの”をお待ちしてるわ。……ゴッホちゃんが無事戻ってくるなら、またエルダーフラワー・コーディアルを出すわね、マスター』

「ありがとう、楽しみだよ」

「機関室、刑部姫が戻り次第、全速前進する。暖機が要る設備じゃないけど、気持ちは準備しておいてね」

『あーあー任せなッ! でっかいカバみたくなっちまったが、それでもアタシのかわいいノーチラスだッ! バレエみたいに上品には走らせてみせるッ! 戦闘の方はしっかりしなよ艦橋ッ! 以上だッ!』

「マリーンッ! もう少ししたらは一気に突き進むから、覚悟しておけよッ!」

『あいあいさーッッ!!』

 

 

 それぞれの作業を行いながらも、大元からの指示に揃って元気な答えるマリーン達。ネモは彼らから視線を立香に移し、口を開く。

 

 

「目標ポイント到達まで数十分ってところだ。改めて……よろしくね、立香」

「うん。一緒に頑張ろう、ネモ」

「まままマーちゃんにキャプテンッ! 大変だぁッ!」

 

 

 その時、慌てた様子で刑部姫が司令室に駆け込んできた。

 全てが順調に進んでいる事に少なからずも安心感を抱いていた彼らにとって、酷く動揺した様子の彼女の声は、既に抱いていた警戒心をより強くさせるものになった。

 

 

「……このタイミングで大変、か。覚悟して聞こう。索敵結果はどうだったの?」

「それが、それが……」

 

 

 次に刑部姫の口から発せられたのは、ネモ達を驚愕させるに余りあるものだった。

 

 

「前方のアレ、障壁かと思ったら、違うのッ! 超超超超でっかくなったゴッホ先生なのッ!」

 

 

 刑部姫曰く、それは巨大なボウリング玉を連想されるような球状のものらしい。手応え的には、外周部は霊体の外殻と酷似しており、中心部からは霊核に似た反応を感じたそうだ。恐らく、それが異形への変異を遂げたゴッホの本体なのだろうが、球体故に辿り着く為の近道がない。

 さらに、外殻から攻撃的な気配を感じたそうで、無防備に近づけば最悪全滅する可能性すらあるようだ。

 

 

「ゴッホがこんな風に変異・生長してしまうなんて……。もしかして、クリュティエの霊基の副作用かな。自死の代わりに『咲く』というのは、これを示してる?」

「いや……たぶんこれ、『(つぼみ)』じゃないかな……。『咲く』のは恐らく、これから……」

「まさに邪神降臨そのものだな……。あるいはこれが、外なる者共の第二プランなのかもしれん。手っ取り早くフォーリナーの神化で頭数が揃わない場合も、自身は神へと羽化できるようになっているわけだ……。つまり、ゴッホは潜入工作員にして、時限爆弾でもあった、と……」

「どーします、キャプテン。艦は強化したものの、流石に氷山と殴り合うとは想定してなかった感がありますが」

「手持ちの戦力で突破できる作戦を練ってほしい。女神様も、力を貸して」

「それはもちろんだが、一つ必要な事がある」

「とは?」

 

 

 首を傾げたネモに、スカサハ=スカディは不敵な笑みを以て答えた。

 

 

「難局を乗り切るには、奸族(かんぞく)の助けも必要なもの。だろう?」

 

 

 

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『深く、深く……遠く、遠く……。エヘヘ、もう少し……もう少しで……』

 

 

 暗黒の深海。周囲の全てを呑み込むブラックホールのような、真っ暗な世界で、ぼそぼそと己の依り代が呟いている。

 彼/彼女の死を代償に華が開けば、我々( ・ ・ )の目的はほぼ達成したと解釈してもいいだろう。

 

 異邦の神々の、表層世界侵略の先駆けの尖兵として遣わされた異郷の存在は、依り代の背後でほくそ笑む。

 永きに渡り封印されてきた神々。かつて惑星(ほし)はおろか、その他の銀河まで手中に収めていた神格。とある小説家が天文学的確率で“視て”しまった、異邦の超越者達。

 彼らが直にやってくる。彼らが虚数世界に根を下ろす。表層世界を、狂気の奔流で飲み干す。

 

 その時が来るのがとても待ち遠しい。

 だというに、なぜか―――

 

 

 

 

 

 ―――空腹の猛獣に見つめられているような、背筋が凍り付くような寒気が止まらなかった。

 

 

 

 

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「手伝ってくれてありがとう、北斎」

「へ、おれがしでかした事許してくれたんだ。こンぐらい当然でィ」

 

 

 協力の申し出を受け入れてくれた北斎に、立香が頭を下げる。

 格好つけて主を送り出したにも関わらず、今回の事件の黒幕として活動。最悪の場合、汎人類史最後の砦である藤丸立香が死亡するという可能性すらあり得た状況。その元凶と言っても過言ではない彼女は、最初こそ「自分は何も覚えていない」と白を切っていたが、立香達の説得によって、これからは彼らの助けになる事を決意した。

 外の神との繋がりは切れたため、虚数海溝を作った時のような権能に近しい能力は使えない。しかし、この場所(さくひん)作り(えがき)上げた張本人として、彼女だけが知っている攻略法がある。

 北斎はこの虚数海溝を、『海』と『碁盤』と見立てて作った。ならば、碁盤の目を使うという手段が使えるのだ。

 しかし、碁盤の目の規模は酷く小さく狭い。ノーチラスを収納するなど論外と言ってもいい。

 だが、それはノーチラスであればの話。それよりも小さいサーヴァント達ならばさして問題はない。

 北斎が仕掛けた『目』は、まさしく『碁盤の目』そのものだ。囲んだ場所は自分の陣地になり、石を打てるようになる。後は、そこから巨大化したゴッホの片隅にある碁盤の目を抑え、強力な外殻に護られたゴッホの内部へと飛び込むだけでいい。それだけで、強固な外殻からの攻撃を受けずに済む―――という寸法である。

 

 空間転移が可能ならば、大質量の外殻を切り開いて進む手間もかからない。立香達は、迷わずその案に乗る事にした。

 

 

「そうと決まれば人員を選抜しないと。中心部に入る為に必要な『目』は四つ。流れとしては、まずはこれを最少の人員で攻略した後、敵の中心部にて障害物を切り拓き、中心にいるゴッホを救出する。そしてその直後、頼光の雷撃をそこに転移させて、敵の本体を中から破壊する……という感じだね」

「なるほど。ならば人員は自然と決まるな。頼光は雷撃。ラムダリリスは移動の足。フランは最後の切削と救助の大役だ」

「仕方ないわね。恐らくペンギン達は出ずっぱりになるでしょうから、最深部へは私が送迎(エスコート)するわ」

「立香はついては行けぬ故、フランにはカメラかなにかを持たせるべきであろうな。四点の確保は……他に索敵の必要もない。刑部、楊貴妃、赤衣に任せよう。残る一つは、北斎に預ける」

「はァッ!? なんでそこでおれがやるんでェッ!?」

「寝ぼけた事を。散々やらかした分の責任は取ってもらうぞ。ここに水着も用意してある」

「ぎゃあああああッ! 勘弁してくんなァあああッ!」

「令呪を以て命ずるッ!」

 

 

 嫌がる北斎に即座に立香が令呪を使うと、彼女は眩い輝きに包まれて水着霊衣を装備した。

 

 

「あああ、着ちまったァ……ッ! こっ恥ずかしい……ッ! まァ、この服でゴッホに謝りに行くってのも筋か……。筋が通りゃあ駆けてみンのが江戸っ子ってもんだ。よし、一丁やってみるとすっかァ……ッ!」

「よし、じゃあ早速―――」

 

 

 北斎も水着になった事で準備が完了した事を悟ったネモが作戦開始の号令を出そうとした矢先、ノーチラス全体を大きな揺れが襲った。

 それと同時に、微かな呻き声と共に楊貴妃の耳から少量の血が流れ出る。

 

 

「楊貴妃さんッ!」

「へ、平気です。あの時ほど柔じゃないから……。前方、巨大敵構造体から、音声が来ました……ッ! 曰く……『こないで』だそうです……」

「ゴッホ……」

「……ふふ、やめますか、司令代理?」

 

 

 楊貴妃が笑いながら問いかけてくる。しかしそれは、諦念の笑みではない。彼女の気持ちを汲み取ろう、というものではない。

 立香がどんな答えを返すかわかっているからこその、確信の笑みだった。

 

 

「……やめない。やめてやるもんかッ!」

「ですよねッ!! ……ちなみに音声に続き、凄まじい量のエネミー群と、魚雷めいた攻性弾体群が突っ込んでくるみたいですッ! 自立防御で対処可能な密度を超えてるかも……ッ! 迎撃できますかッ!?」

「誰に聞いているの? 大舞台前のウォーム・アップ、ぺろりとこなしてみせるわよ。ねぇ?」

「えぇ、えぇ。投げてばかりも退屈なれば、我が錬鉄手車の冴えを少しばかり披露致しましょう」

「もうちょっとだけ、あつくなるか~ッ!」

「では、私も出るとしよう。なに、今度は宝具は使わん。あれは燃費が悪いからな」

 

 

 頷き合い、ラムダリリス、頼光、フラン、赤衣はノーチラス目掛けて迫り来る大群を迎え撃つべく動き出した。

 

 

 

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 一方その頃、ゴッホは自分という存在について自問自答していた。

 

 彼方の神々を呼ばない為に、自死を選んだヴィンセント・ヴァン・ゴッホ。

 愛する神を愛するが故に、死を拒み続けるクリュティエ。

 

 この二つの在り方が混ざり合った彼女は、死にたいのに死ねない、という状態に陥り、「それでも」と思ったところで、自分がどんな存在であるかを見つけられず、再び同じ問いを自身にかけ、そして答えを見つけられないで問い直す、というループに陥っていた。

 

 

『例外に際し、原意識の再起動を完了』

 

 

 そこに、自分と全く同じ声が響く。

 

 

『私は、ゴッホです。それ以外の思考は、不要です。狂気のままに星の彼方を求め、宝具を解放すれば、他の降臨者(フォーリナー)の神化を完了し、元の使命が果たされます』

 

 

 だが、嗚呼、違う。これは、自分じゃない( ・ ・ ・ ・ ・ ・ )

 ゴッホの皮を被った、“なにか”に相違ない。

 

 

『過負荷で意識が自壊するなら、原意識は本格稼働し、我という神体が開花し、大目的は満たされます。この海を、我らが楽園とするのです。私はその為に生まれた存在なのですから』

 

 

 自分の在り方を見つけられないならば、導いてしまえばいい。それが、彼女の原型となった者が望まぬものであろうと。たとえそれが、愛した男が見守った星を壊す事になろうとしても。

 “それ”にとっては関係ない。なにせ“それ”にとって、地球とは侵略するべきものなのだから。

 

 果たして、ゴッホは導かれるがままに、正しくも誤った自身の在り方を見つけてしまった。

 

 ならばせめて、求められるがままに宝具を発動させようとして―――

 

 

『―――宝具(それ)を使うと言うのなら、私は君を殺すぞ。英霊ゴッホッ!』

 

 

 しかしそれを、男の怒号が止めた。

 

 

 

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「愚か、実に愚かッ! 馬鹿馬鹿しいにも程があるッ!」

 

 

 自身に襲い来るエネミー群に向かって植物の右手を振れば、そこから伸びた蔓が鞭のようにしなり、瞬く間に怪物達を薙ぎ払っていく。

 

 

その程度( ・ ・ ・ ・ )の狂気に呑み込まれるなッ! 君はそれでも人間かッ!」

 

 

 蔓の攻撃を掻い潜ってきたエネミーの攻撃を紙一重で躱し、膝蹴りで蹴り上げると同時に高速でエネミーの頭上に移動。踵落としで撃破した後、パチンッと指を鳴らせば、唐突に発生した空間の捻じれから出現した異邦の落とし子が、背後から迫っていたエネミー群を猛烈な勢いで叩きのめしていく。

 

 

「我らヒトの歴史は、狂気の歴史に他ならぬッ! 狂気のままに生き、狂気のままに死んだのだッ!」

 

 

 宝具程の威力はないまでも、一時的に竜機兵を一機召喚し、頭部と両手に備え付けられたアギトから別々のブレスを発射させてエネミー群を消し飛ばしていく。

 

 

「ヒトで在った頃の記憶を思い出してみるがいい。君の生前の狂気が為した所業は、今尚歴史に刻まれているぞッ!」

 

 

 惚れた娼婦に自分の耳を切り落としてプレゼントするなど、狂気以外の何物でもない。異邦の神々のそれに比べれば児戯にも等しいレベルのものだろうが、そんな事などどうでもいい。重要なのは、人間は狂気故に、信じられない行動に踏み出す事と、その狂気が結果的に人類の発展に繋がる事もあり得るという点だ。後者の方は、あまりゴッホには当てはまらないかもしれないが。

 しかし、ゴッホが人類史の礎となり、後世の人々に影響を与えたのは紛れもない事実である。

 

 

「君はヒトならざる者との混ざり者だが、だからといって、自身の在り方から目を背けるのは許さんぞッ! 自分という存在は、自分で見つけろッ! でなければ殺すッ! でなければ滅ぼすッ! 君を誑かす邪神ごと、君を退去させてやろうッ!」

 

 

 エネミー群の向こう側。本体たるゴッホを包み込む外殻に指を突きつける。

 

 

「抗ってみせろッ! 君が―――何者であるか( ・ ・ ・ ・ ・ ・ )を示す為にッ!」

 

 

 

 赤衣の男が怒りのままに叫んだ、その時だった。

 

 ―――ノーチラスに着弾した攻撃と思われたものの一つが、ノーチラスが受けていたダメージを修復し始めたのは。

 

 

 

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 攻撃対象であるはずのノーチラスがなぜか修復されている事に気がついた立香達は、困惑の表情で顔を見合わせる。

 

 

「なにか、様子が……」

「はいッ! 前方から襲来してくるのは、どうも攻撃ばかりじゃないような手応えで……」

「はい正解、半分はランクA並みの炸裂弾頭ですが、半分はリソースやら回復術式やらのパッケージですね。着弾と同時に回復がなされてるんで耐久出来てますが、これがないととっくに消し飛んでるかもです」

「船長ッ! これ、明らかにゴッホちゃんの……ッ!」

「あぁッ! 彼女の心は今、割れてる……ッ! 邪神に飲まれようとする心と、それを払おうとする心にッ!」

 

 

 表情こそ真剣そのものだが、この場にいる誰もが、心の中で笑っていた。

 ゴッホも戦っているのだ。自分達の気持ちに、応えようとしてくれているのだ。

 ゴッホの中にある二つの気持ちがせめぎ合い、ギリギリカルデア陣営を助けている形となっているこの現状。もし、ゴッホが邪神の誘惑を払いのけようとする気持ちがさらに強まれば、カルデア陣営は一気に攻めに出る事が出来る。

 

 

「自身も幻霊である僕だからこそわかるッ! 彼女もまた、戦っているんだッ!」

「……ッ! キャプテン、もしかしたらだけど……」

 

 

 ネモのその言葉を聞いた立香の脳裏にある考えが浮かび上がり、それが正しいという可能性に懸けて告げる。

 

 

「そんな君の言葉なら、もしかしたら、彼女に届くかも」

「……ッ! 楊貴妃、僕の声を大きくして届けられるッ!?」

「了解ですッ! すんごい音量(ボリューム)でッ!」

 

 

 頷いて楊貴妃の隣に立つネモ。その小さくとも大きな背中に、立香は今の自分が送れる精一杯の激励(エール)を送る。

 

 

「君らしさ全開で。そうすればきっと、届くよ」

「あぁ、オワンクラゲのように自明だ……ッ!」

 

 

 

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『―――げよ―――』

 

 

 暗闇の中、赤衣の男の叫びが聞こえてしばらくしない内、また新たな声が響いてきた。

 

 

『―――告げられ―――』

 

 

 途切れ途切れではあるが、それは少しずつ、少しずつ意味を持ち始めていく。

 

 嗚呼、この声は。自分と同じ、継ぎ接ぎの英霊の声。でも、自分なんかよりもずっと強く、自分という容を得られている人の声。

 

 

『……こちらは潜水艦ノーチラスのキャプテン・ネモッ! 繰り返すッ! 貴艦、艦名を告げられたしッ! いいかいッ! 君は、名乗りたい名を名乗るんだッ! 名乗りたい名を、名乗っていいんだッ! 名前を手に入れる戦いは、自分を手に入れる戦いだッ! とても過酷で、君にしかできない戦いだッ! だからこそ、勝ち得たものは尊いッ! たとえそれがちっぽけだったり、邪悪だったりしてもッ! それを立香は、絶対に受け入れるッ! それを、カルデアは絶対に裏切らないッ! もちろん、僕も……キャプテン・ネモも、だッ! だから、戦ってッ! どんな手を使ってもいいッ! 一瞬でもいいッ! 君の敵に、打ち勝ってくれッ! そして、繰り返すッ! 貴艦、艦名を告げよッ! 如何なる名が告げられたとしても、本艦は、それに応じた適切な救助作戦を発動する……ッ!!』

『耳を貸してはなりません』

 

 

 少年の声を掻き消すように、別の声が聞こえてくる。しかし、もう彼女は、その声を聞いてしまった。彼らの言葉を、聞いてしまった。

 

 

「……私は……名乗りたい名を、名乗っていい……?」

『耳を貸してはなりません』

「矛盾を、破綻を、呪わしさを、全てそのままに、自分でいる事さえ、許される……?」

『やめなさい』

 

 

 少しずつ、暗闇に光が差していく。

 

 

「ゴッホである記憶も、クリュティエである心と体も―――」

『やめなさいッ!』

「そのままに、名乗る事が、許されるなら―――」

『やめなさいやめなさいやめなさいやめなさいやめなさいやめなさいやめなさいやめなさいやめなさいヤメロッ!!』

「私は―――私の名は―――」

 

 

 

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 変化は、彼女の心が決まると同時に置き始めた。

 

 

「……ッ! 敵からの航行体、60%が支援物資化ッ! なおも増大中ッ! 70、80……うあー、支援が100%になりましたー。リソースゲージが溢れます。もったいないーッ!」

「もしかして、応答が来てるッ!?」

「あっ!? 待って、今周波数を調整して、いえ違う、どんどん向こうが調整してきてる……ッ!」

『お お お お お お お お お お え え え え え え え え え え え え も お お あ あ ああああすか、聞こえますかッ!?』

 

 

 その時、はっきりと聞こえた。この場にはいない、彼女の声が。

 

 

『私は、私は……ッ!』

 

 

 重く轟き、響くような声で、彼女は自身の艦名(しんめい)を叫ぶ。

 

 

『私は、クリュティエで、ゴッホですッ! クリュティエ=ヴァン・ゴッホですッ!! ゴッホである事は、捨てられないッ! クリュティエである事は、拒めない……ッ! そんな、おかしな、異常な、気味の悪いサーヴァントですけど、それでも、それでも……そんな名前を、名乗ってもいいって、仰ってくださるなら……エヘヘ……ッ! 助けてくれたら、嬉しいです……ッ!!』

 




 
 『貴艦、艦名を告げよ』、素晴らしい名台詞ですね。ストーリークリア後にcmを見た時の衝撃は、つい昨日のように思い出せます。
 赤衣がなぜゴッホに語り掛ける事が出来たのか、についてですが、それは後々、BBチャンネルの方で解説させていただきます。

 ここからは私事……というより、我儘そのものな話になります。
 実は主人公の性別を女性……つまりぐだ男からぐだ子に変えようか、と悩んでおります。
 変更した場合、これまで投稿してきた話に登場するぐだは口調を少し変えたり、今後のストーリーは女性目線で書いていく、他には(場合によりますが)人類悪の顕現が可能になる、という点です。
 皆さんの場合、どちらがよろしいでしょうか。アンケートをご用意しましたので、どうかよろしくお願いします。
 大変私事な話、本当に申し訳ありません。それでは次回、会いましょうッ!


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花の邪神

 
 アンケート回答、ありがとうございました!
 完全な私情による質問でしたが、お付き合いいただきありがとうございます! アンケートの結果ですが、主人公はぐだ子になりました。
 それでは、本編の方どうぞです!


 

 刑部姫、楊貴妃、赤衣の男、そして北斎の助力の甲斐もあって、外殻による防御を無視して巨大化したゴッホの内部へ一気に侵入する事が出来たフランとラムダリリス。彼女達が最初に目にしたのは、蔦や葉などで覆われた洞窟のような場所だ。

 ゴッホがフォーリナークラスの英霊として成立させる為に、クリュティエと共に彼の魂に織り交ぜたのは、『花』という点で彼らと共通している存在なのだろうか。これといった違和感などは全く感じられず、むしろこれが正しいものだと考えさせられる。

 尤も、画家と神話の存在を混ぜるだけでも狂気の沙汰だというのに、そこに異邦の神格を組み込むなど、決して認められる行為ではないのだが。

 

 ダウナーな様子は相変わらずだが、やる気は充分にあるフランが大剣を振りかざして蔦で覆われた壁を切り裂き、体内に侵入してきた外敵を排除しようと現れた怪物達はラムダリリスが華麗な動きで薙ぎ払っていき、遂に彼女達は、悠久の時を経て植物に覆われた石造のように、蔦や葉で覆われた壁から突き出ていた、辛うじてゴッホのものだと認識できる腕を発見した。

 

 すぐに彼女を救出しようとした二騎の前に立ちはだかったのは、ゴッホをフォーリナークラスとして確立させている異邦の神格。本来の姿ではなくとも、フラン達が認識できる姿(かたち)を以て顕現したそれは、底冷えするような無機質な声色で、フラン達の努力は無駄だと告げた。

 

 邪神曰く、宝具解放には失敗したが、ここまで成長した自身は通常の手段では駆除不能らしく、仮にこのまま放置された場合は、漂白された地上のある表面世界への侵入は千年先送りされるそうだ。その場合は地上の知的生命には全くの無痛、あるいは快楽すら伴う共生の形で遂行する事を約束する、とまで言ってきた。

 邪神は、己を受け入れる事こそが次善の結末だと続けたが、それを聞いたフランは、すぐに邪神の意見を否定した。

 なぜか、と問いかける邪神に対し、フランは告げる。

 

 ゴッホが苦しそうだからだと。

 

 継ぎ接ぎの英霊という共通点を持つ彼女だからこそ、ネモとはまた別の視点でゴッホを見る事が出来た。

 その彼女が目の前の少女を見捨てる事など出来るはずもなく、ゴッホもまた、そんな彼女に対して、苦し紛れに感謝の言葉を述べた。

 

 しかし、だからと言って引き下がる邪神ではない。

 対話による解決に失敗した邪神は、フラン達を捕縛し、拷問する事で再度交渉を図ろうと襲い掛かって来たのだ。

 フラン達はすぐに迎撃を開始。

 仮の姿といえども、流石は異邦の邪神と言うべきか。凄まじい猛攻に苦しめられるも、辛うじて二騎の渾身の一撃が邪神に直撃し、なんとか辛勝する事が出来たのだった。

 

 

「想定外でした。戦闘能力。技術力。生命心理の掌握。それをこの異空間において徹底的に抽出し活用せんとする、悪質なまでの執拗さ」

 

 

 フラン達の攻撃を受けて膝をついた邪神が、軽く押せば簡単に倒れてしまいそうな、頼りない動きで浮かび上がる。

 

 

「ところで、我が本体は未だ健在ですが、逃げられると思っていますか?」

 

 

 しかし、邪神の言う通り、今フラン達が撃破したのは邪神であって、ゴッホではない。

 邪神が軽く手を上げれば、足元や天井、壁から幾本もの蔦や蔓が蛇のように動き、フラン達を絞め殺す機会を窺うように待機し始める。

 

 

『フラン、彼女をッ! ラムダは護衛をお願いッ!』

「あいあい~」

「了解」

 

 

 彼女達が動き出すと同時、蔦や蔓も一斉に二騎目掛けて襲い来る。

 フランを攻撃しようとした蔦をラムダリリスが切り裂いて彼女を護る中、フランは構えた大剣に雷を纏わせ、ゴッホの腕を傷つけないよう気を付けながら一閃。落雷によって山火事が起こるように、ゴッホの周囲の植物が瞬く間に焼かれ、すかさずフランがゴッホの腕を掴む。

 試しに引っ張ってみるが、やはり壁に遮られている状態故に、ゴッホを引き抜く事は出来そうにない。

 ならばと大剣を振って自分達を隔てる壁を破壊すると、ガラガラと崩れていく壁の向こうからゴッホの姿が現れた。

 

 

「すみ、ませ……」

「あやまりきんし。わらえ」

「……エヘヘ」

 

 

 開口一番に謝罪しようとしたゴッホだが、(かぶり)を振ったフランにそう言われ、はにかむような笑みを浮かべた。

 それに満足したように頷いたフランは、大剣を消滅させて自由になった両腕でゴッホを抱え上げる。

 

 

「はしるから、くちとじる。おりゃあ~」

 

 

 所謂、お姫様抱っこと言われる形でゴッホを抱えたフランが走る。

 しかしそれを、邪神が見逃すはずもない。すぐさま指揮者のように手を振ると、周囲から蔦などが鞭のようにフランの身を叩こうとする。すぐにラムダリリスが阻止するが、続いて振るわれた蔓の攻撃は防げず、それはフランの頭部を殴打した。

 

 

『フランッ!』

「だい、じょうぶ。このていど、もんだいない」

「立香。癪だけど、可能な限り支援しなさいッ!」

『わかったッ! キャプテンッ!』

『待ってて、今ラムダリリス経由でなにかリソースを―――』

「そうはさせません」

 

 

 リソースを送ろうとしたネモの声が途中で途切れる。背後からゆっくりと追随してくる邪神の仕業だ。

 

 

「通信も経路も遮断しました。貴女方は逃がせません」

 

 

 再び邪神が手を振れば、今度はフラン達が進もうとした通路を植物が覆い、瞬く間に障壁となって彼女達の前に立ちはだかった。

 別の通路を探そうとするも、既に他の道も植物によって覆われ、唯一通り抜けられる道には邪神が立ち塞がっている。

 

 

「追い詰められたわね……」

「……ぜったいぜつめい?」

 

 

 退路を失ったフラン達に、獲物を前に舌なめずりする猛獣のように邪神がじりじりと近づいてくる。

 

 

「……フラン、ちゃん……。宝具を、使う……」

「えー。だめでは?」

 

 

 ゴッホが提案した直後にフランがムッとした表情になる。

 彼女の宝具、『星月夜(デ・ステーレンナフト)』はフォーリナーを強化するものだ。それを発動しては、目の前にいる邪神を撃退どころか、さらに強化してしまう。先の戦いでフラン達が負わせた傷も完治してしまうだろう。

 

 

「……エヘヘ、大丈夫。これは、別の、だから。この霊基でも使えそうな、もう一つの宝具……。一分で描き上げる……ッ! 時間を頂戴、フランちゃんッ!」

「……うッ! わかったッ!」

「やめなさいッ!」

 

 

 ゴッホがしようとする行為がどんなものかを把握したのか、邪神が焦った様子で植物の鞭を振るう。

 再度出現させた大剣を回転させて鞭を切り裂き、フランが対処できない壁から伸びた鞭はラムダリリスが蹴り伏せていく。

 

 

「……ウフフ……ウフフ……。ゴッホの希望と絶望の入り口……虚しく散った夢の軌跡……。それで私は……これを描く……。ゴッホの名において……これを使う……ッ!」

 

 

 瞬間、ゴッホの全身から眩い光が放たれ始め、暗い通路を明るく照らしていく。

 

 

「私は描かなければ。外は黄色で中が白、陽光溢れるこの部屋で、仲間と共に希望の図画を。影無き地、ミストラルを遮る暖かな壁の中より、あえかなる友誼(ゆうぎ)の望みと共に、君に拍手を送ろう。家とその住まう(ともがら)、街路ッ! またの名を、『黄色い家(ヘット・ヒェーレ・ハイス)』ッ!」

 

 

 それは、『星月夜(デ・ステーレンナフト)』とは異なる、ゴッホが保有する第二宝具。

 ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの才能を開花させる転機となり、彼の夢の破綻の舞台ともなった、南仏アルルの居宅を絵で再現する力。そしてそれは、目の前の邪神とは別の、かつてゴッホの手が届いたもう一つの外なる力( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )があってこそ為せる業。

 

 

「くっ、これは……ッ!?」

 

 

 ゴッホが宝具を発動した直後、彼女達を護るように発生した暴風が、邪神を周囲の植物ごと吹き飛ばした。

 

 

「親しき友には庇護と祝福をッ! 敵には暴風の災いをッ! これで、なんとか突破して……ッ!」

「おうし、これならいけるーッ! ちゃーじこんぷりーとッ! でんげきひっちゅうッ! びりびりのどっかんかーんッ!」

 

 

 雷電迸る大剣を掲げ、継ぎ接ぎの英霊が走る。

 邪神は咄嗟に植物の鞭を振るって妨害しようとするが、それはゴッホの宝具によって発生した暴風によって意味を成さない。

 防御策を失った邪神目掛け、フランが跳ぶ。

 

 

「これは、いけない―――」

「『串刺の雷刃(スキュアド・プラズマブレイド)』―――ッ!!」

 

 

 振り上げられた稲妻の大剣が邪神に突き立てられる。

 その英霊を象徴する絶技。その雷撃を無防備な体内で受けた邪神は、遂にその身を維持する力を失い、粒子となって消えていった。

 

 

「じゃしん、げきはー」

「エヘヘ、お疲れ様です。さぁ、副作用がキツイので早く帰りましょう。でなければ死んじゃいますので。エヘヘヘヘッ!」

「洒落にならない事言わないッ! 早く行くわよッ!」

「そうしよう。しぬ」

 

 

 宝具の副作用である呪いを受けている状態の中でも、三騎の中で最も素早い動きを得意とするラムダリリスを先頭に、ゴッホとフランは通路から脱出。ラムダリリスによる脱出報告を受け、外側で待機していた頼光が宝具をした事で、巨大化したゴッホだった( ・ ・ ・ )ものは、完膚なきまでに破壊されるのだった。

 

 

 

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 頼光の宝具、『釈提桓因・金剛杵(しゃくだいかんいん・こんごうしょ)』による轟音がノーチラス艦内にまで響いた頃、次々とサーヴァント達からの通信が開かれる。

 

 

『こちら楊貴妃ッ! 怒涛のような炸裂音ッ! 敵構造体、内部から崩壊しますッ!』

(わたし)の側でも確認ッ! やったねーッ! ところでラムダちゃん、早いとこ回収してぇーッ!! なんか足元崩れそうなんですけどッ! トラウマがががッ!!』

『姫君のエスコートは万事に優先するとわからないかしら。既に回収部隊は送っているから、辛抱なさい? 艦橋、一応言っておくけれど、二騎とも無事よ』

「やった……ッ!!」

『こちらマシュッ! やりました、やりましたね先輩ッ!!』

「うん……本当に良かった……ッ!」

 

 

 ラムダリリスとマシュからの報告に、私とネモは一緒にガッツポーズを取る。後で働いてくれたマシュ達とハイタッチもしよう。誰一人犠牲を出す事無く、ゴッホちゃんの救出に成功したのだからね。

 

 

「―――地球人の皆さん」

 

 

 しかし、そんな私達を嘲笑うかのように、どこからともなく無機質な声が響いてきた。

 

 

「私の想定不足。計算違いにより、私は敗北しました」

 

 

 機械のように、感情を感じさせぬ冷酷な声色。それを聞いて、私はこの声の主が、先程フラン達が戦っていた花の邪神のものだと確信した。

 

 

「貴女方は、次善となる穏やかな滅びを拒絶しました。残念です。さようなら」

 

 

 心底から失望したような、しかし表面だけの言葉を最後に、なにかが消えるような音と共に、二度とその声は聞こえなくなった。

 

 

「……なんだか、嫌な捨て台詞だね」

「……神っていうのは、往々にしてそういう手に出るものさ。だから人間は好悪に関わらず拝むしかないんだ。彼らがなにを言おうと、人類は独力で希望を見出し、(かい)を漕いでいくしかない。赤衣、竜機兵なんていう、人類にとっての禁忌そのものを宝具にしている君なら、これをどう思う?」

 

 

 通信を開いているであろう赤衣さんに問いかけるネモだが、赤衣さんからの返答はない。

 

 

「……赤衣?」

「赤衣さん……?」

 

 

 私とネモが彼の名を口にしても、彼からの返事が来る気配は無い。

 しかし、突如として背後に途轍もない威圧感を感じ、振り返る。

 

 

「……ッ!! あ、貴方は……」

 

 

 私の前に立つ、巨大な異形を見上げる。

 タコのような八本足を持つ骸骨のような顔を持った存在―――確か、赤衣さんが戦闘の時に使役する使い魔のようなもの、とマシュから聞いている。が、その身から感じられる魔力量は、私達カルデアに所属するサーヴァントにも引けを取らない程のものだ。

 

 

「あ、あの……赤衣さんは……?」

 

 

 一切の気配を感じさせずに背後に立たれた事や、これまで対峙してきた敵達とも違う異様な雰囲気を纏う彼(?)に恐る恐る尋ねると、彼(?)は八本足の内の一本を私の前に差し出してきた。そこになにか大きなものが握られている事に気付いた私が手を差し出すと、彼(?)は私の掌に大きな包みを落とし、そのままスッと闇に溶け込むように消えてしまった。

 荷物の中身を確認してみると、そこには数冊の事典なみに大きな書籍―――“モンスターハンター”シリーズ全巻と、一枚の手紙が入っていた。

 ネモと顔を見合わせながら手紙に書かれた文章を見る。どうやら差出人は赤衣さんのようだ。

 手紙にはこう書かれている。

 

 

親愛なる我がマスター

 

  大変申し訳ないが、野暮用が出来てしまった。

  誰一人の犠牲も出さずに作戦を完了させた君達には敬意を抱かざるを得ない。

  君達とは是非とも勝利の美酒を味わいたかったところだが、こればかりはどうしようもない。

  許してくれたまえ。

  詫びと言っては何だが、これを同梱しておこう。

  このシリーズは私が書いたものでね。勇敢なる狩人達の物語が、歴史に飲まれて消えていくの

  は我慢がならない、という気持ちで執筆したものだが、英霊となった今となっては、私を召喚

  するに足る良い触媒となるだろう。

  藤丸立香。汎人類史を護る、天文台のマスターよ。君との旅路は、中々に愉しめそうだ。いず

  れまた(まみ)えようではないか!

  

                                       赤衣の男

 

 

 ……どうやら、赤衣さんは野暮用が出来たらしく、それを果たした後に戻るつもりはないらしい。

 しかし、大丈夫だろう。きっと、この触媒を使えば赤衣さんとまた会える。今度ははぐれ( ・ ・ ・ )ではなく、れっきとしたカルデアのサーヴァントして。

 

 

「……キャプテン」

「……あぁ」

 

 

 頷いたネモが立ち上がり、どうしたのかと訝し気に見つめてくるマシュ達に視線を向ける。

 

 

「フォーリナー・赤衣の男はたった今、僕らとは別行動を取る事になった。でも、心配はいらない。彼はまた戻ってくる。正真正銘、カルデアのサーヴァントとしてね。さ、早く戻っておいで。カルデアに帰ろう」

 

 

 キャプテンの言葉に、みんなが笑顔で頷く。

 

 ていうか、さらっと言ってたけど、あの“モンスターハンター”シリーズの著者って、赤衣さんなのかよッ!!

 

 ちなみにこの後、虚数海溝からの脱出手段として、ゴッホが肥大化した自分の霊体から剥離した大量のリソースとノーチラスの余剰リソースを用いて聖杯を形成するも、それを強奪した楊貴妃が何故か“大フォーリナー祭り”なんてものを開催しようとしたのは別の話。

 あ、でもなんか赤衣さんがマリーンの一人が持っていた楊貴妃の人形を根源にエルドリッチ・パワーなんてものが楊貴妃に流れないように細工してたらしくて、その事を知った彼女、すっごい悔しそうな顔してたなぁ。

 ついでに言っておくと、事前に計画を阻止されてしまった楊貴妃はその後みんなにフルボッコにされました。可哀想。

 

 

 

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 不可解。あまりにも不可解。

 なぜ、地球人(かれら)は我々による支配を拒絶したのか。なぜ、安寧のままに終焉を迎える事を拒んだのか。

 ……いや、最早その程度の疑問など、考える必要もないだろう。

 

 計画は失敗した。

 想定外の出来事の連続で、旧き神々を虚数(こちら)へと招く計画は阻止されてしまった。

 口惜しいが、認めざるを得ない。

 彼らには、我々の予想を上回る力があるのだ、と。ならば仕方ない。一度本拠地へと戻り、同胞達へ通達せねばならない。

 そう結論付け、私は同胞達の待つ次元へと向かおうとし―――

 

 

「―――どこへ行こうと言うのかね?」

 

 

 背筋が凍るような冷たい言葉と共に襲ってきた蔦によって、何者かに拘束された。

 

 

「私が愛した惑星(ほし)に手を出したというのに、あのまま逃げ果せるとでも思っていたのか? フ、フフフフ……ッ! これは滑稽だッ! まさか私の前で、それが果たせるとでもッ!? ハハハハハハッ!」

 

 

 首を締め上げる蔦の拘束に悶えながら振り返ってみれば、そこには狂笑を浮かべる地球人の姿があった。

 初めに脳裏に浮かんだのは、困惑だ。

 なぜ彼がここにいる。ここは英霊の座とも固有結界とも異なる場所だ。いったい、どのような手段を用いてこの場所に干渉できたのか。

 

 

「さて、黄衣の王( ・ ・ ・ ・ )の目的は完遂した。ならば、次は私の番だ。久方ぶりの……数千、数万年越しの馳走だ。腹が減って仕方がない」

 

 

 今、なんと言った?

 黄衣の王? 馬鹿な。あの御方は今回の計画に参加しておられたはず。なぜ、尖兵として派遣した私を拘束する必要がある?

 ―――いや、待て。

 確か、今回の計画では、■■■■様の宿敵であるあの御方も参加しておられたはず。まさか、初めから計画の完遂など眼中になく、あくまであの御方の邪魔をする事のみが目的だったのでは?

 馬鹿な。それこそおかしすぎる。そんな自己中心的な理由で、今回の計画を潰す? ふざけているにも程があるだろう! なにを考えておられるのだ、あの御方は!

 

 しかし、この男の話を聞くに、あの御方の目的は既に完遂されているらしく、今度は自分の目的を果たしに来たらしい。

 そして、その後に続いた“馳走”という言葉―――

 

 

「……ッ!! まさか、お前は……ッ!」

 

 

 脳裏にある情報が浮上した瞬間、全身が凍り付くような感覚に襲われた。

 

 風の噂で聞いた事がある。

 肉体を持つ者と己の精神を交換し、その生物の文化、知識を収集する事を生き甲斐とする種族が観測した、あまりにもその種族とは思えない地球人(にんげん)の話を。

 

 曰く、彼と精神交換を行おうとした者が、その途中段階で死んだと。

 曰く、直接彼とコンタクトを取ろうとした者が消息を絶ったと。

 

 信じられない話だった。彼らは数ある種族の中でも、唯一“時間”という概念の秘密を解き明かした知恵者の集まりだった。そんな彼らが精神交換を行っている間に殺され、また直接会おうとした者もまた消えたなどと。そんな芸当、科学技術も生命としての格も遥かに負けている下等生物に出来るはずが無い。

 

 だが、いつしか彼らはこう考えるようになった。

 

 囚われたのだと。

 奪われたのだと。

 喰われたのだと。

 

 それを為した者が誰なのかまでは、誰もわからなかった。否、見ようとも思わなかったのだ。

 調べようとすれば消されると。奪われると。殺されると。

 もし、偉大なる彼らをそこまで怯えさせた存在が、今目の前にいるこの男だとしたら、嗚呼……!

 

 

火星(マーズ)に信仰された邪神よ。君の狂気の味が楽しみでならない!」

 

 

 やめろ。やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろッ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ! 消えたくない奪われたくない喰われたくないッ!

 

 助けて、誰か助けて。私はまだ、消えたく―――

 

 

 

 

「嗚呼……実に、実に美味ッ!! この身に染み渡る、狂気の味! どれだけ熟した酒だろうと、この味にはなにもかも劣ってしまうな! フフフフフ……ハハハハハハハハハ! ハーッハハハハハハハハッッ!!」

 




 
 赤衣の男からの手紙、pcの方で書いているので、スマホで呼んだ時におかしくなっていたら申し訳ありません。
 イマジナリ・スクランブル編は来週で終わりですかね。
 その後は赤衣の男のプロフィールと幕間を投稿し、その次はいよいよギリシャ異聞帯です!
 それではまた次回!


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混沌にして善

 
 今度行われるハロウィンイベの名前が明かされましたね。
 タイトルから考えるに、シンデレラ要素がありそうな予感がしますが、小さい頃からディズニー作品に囲まれて育った自分としては、楽しみで仕方ありませんね。原作のシンデレラは中々アレな作品ですがね。
 それでは本編です。


 

 本当に、楽しい旅でした。

 

 夢は夢のままに。

 弾けて消える泡のように儚いものだけれど、私や貴女達が体験した事は、確かにありました。

 

 夢故に、時間軸が曖昧だったとしても。

 夢故に、因果が捻じれていたとしても。

 

 この正夢がどう現実を改変するのか。改変先は未来か、それとも過去か。変化は観測可能か、観測不能か。一切が不確定なものです。

 それでも、藤丸立香―――貴女様がこの夢で得たものは、確かな助けとなって、現実に現れるはずです。

 あの赤いシンタクラースの贈り物が、まさしくその典型と言ってもいいでしょう。

 

 なぜそう思うのか、ですか? エヘヘ、それは、私がここにいるからですよ。貴女様に、ネモちゃんに、皆様に救われた私が、世界の裏側から、皆様をお守りしますから。

 だから決して、貴女様の航海は無駄ではなかった。なーんて、エヘヘ、ちょっと強気が過ぎるでしょうか。

 

 さぁ、浮上の時です。

 どうか、爽やかな目覚めを。

 もし、また奇縁が交わる事があるなら―――不可知なる、虹色の夢の中で。

 

 貴女様に拍手を。誇らしき友人達に拍手を。

 

 貴女方の旅を、私は陰ながら―――

 

 

「―――陰ながら応援させていただく、などとは言わせないぞ。クリュティエ=ヴァン・ゴッホ」

 

 

 ……え? そんな、どうして貴方が?

 

 

「君が彼女達に拍手を送るのなら、私は君に拍手を送ろう。君もこれで、彼女の冒険譚(ストーリー)の組み込まれたのだ。舞台はまだ終わっていない。カーテンコールの時まで、彼女の傍に寄り添うというのはどうかね?」

 

 

 で、ですが私は、このままこちら側から、あの方の成功を―――あれ? 触手が抜け、抜けない?

 

 

「さぁ、行くがいい。継ぎ接ぎの英霊、異邦の神格によって狂わされた、新たな命よ。君の門出を祝おう。なに、心配はいらない。思うがままに愉しめばいいさッ!」

 

 

 あっあっあっ、駄ーーー目ーーーッ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……行ったか。全く、あれ程まで彼女と共に過ごしたのだ。カルデアに召喚されても不自然ではないだろう?

 

 さて、私はこのまま、彼女に召喚されるのを待つとしよう。それまでは、これから起こるであろう未来の予測でも―――

 

 む? これは、人形? 黒い紙の式神ようだが……。もしや道満、はては晴明辺りの遣いか?

 

 ……いや違う。あぁ、これはアレだ。まさかこんなところに、シェイプシフ―――

 

 

 

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 一瞬にして暗黒に呑まれた視界が唐突に光に満たされ、何度か瞬きして目を慣れさせた赤衣が最初に見たのは、目が痛くなりそうな程にピンク色で埋め尽くされたスタジオだった。

 

 

「ほぅ、ここは……」

「……なに、この見事な程に趣味の悪い場所は……。ん? あっ! 貴方はッ!」

「おや、誰かと思えば楊貴妃か。ノーチラス艦内以来だな」

 

 

 いつの間にいたのか。それとも自分と同時期にこの場所に飛ばされてきたのか。隣に立つ傾国の美姫に不敵な笑みを返すも、楊貴妃はどこか怒りを感じさせる表情をしており、なにかを言いかけたところで、「はいは~い、そこまでで~す♪」という声に遮られてしまった。

 二人が視線をスタジオに設置されている巨大なモニターに向ければ、突如として現れたデータの羅列が人間の形を取り、一人の少女を作り出した。

 

 こことは違う、全く別の世界に存在する月の聖杯を模した装飾が施された黒い上着を纏う、赤いリボンがチャームポイントな紫髪の少女―――BBは、蠱惑的な微笑みを湛えながら大袈裟にお辞儀をする。

 

 

「お二人とこうして顔合わせをするのは初めてですね。私はBB、今後よろしくお願いしますね。唐突ですが、貴方方は地獄に堕ちました~ッ! 因果も常識も設定もぶっ飛んだ第n障壁の向こう側、月の悪魔こと、邪悪なラスボス系後輩の支配するお仕置きルームへようこそ~☆」

「なにこの……心の底から湧き上がる戸惑いと嫌悪感……。あの、初対面ですよね?」

 

 

 こうして顔合わせをするのは初めて。目の前に立つ少女にも見覚えのない楊貴妃ではあるが、心の奥底にある力の源が正面の少女に過剰に反応しているのを感じ、ついそう訊ねてしまう。

 対して、BBの返答はイエスだ。

 

 

「当たり前じゃないですか、今回はアリバイの為泣く泣く出張を控えたんですから、初対面じゃなきゃ困ります。そっちの赤い方は半ば投げやりな形で私に厄介事を押しつけやがりましたが、あれは手紙なのでノーカンという事で。それと、貴女のその感情の正体、知りたいですか? 教えてあげましょう。ズバリ、『同族嫌悪』で~すッ! 『混沌・善』で、愛想がよくて、エクストラクラス。加えてラスボス系、お腹の中は真っ黒……って、そこは年頃の女子ならデフォでしょうが、完全に立場が競合してますからねッ! 後輩系ヒロインと幼馴染ヒロインが仲良くなれるはずもなし、ですッ! ま、貴女の場合、そこの方の最後っ屁で見事にラスボスになる事無くボコられたそうですけど。ぷぷぷ~ダッサぁ♪」

「ぐっ……」

 

 

 最後の一言で楊貴妃の恨みがましい視線が赤衣へと向けられた。可能ならばすぐにでも天子様( ・ ・ ・ )より与えられた蒼炎によって灼き尽くしたいところだが、どういうわけかこの場所では蒼炎を出せない。お仕置きルームの特性なのか、完全に無力化されてしまっているようだ。

 だが、煽られてばかりでは癪なので、なんとかBBに反論しようと口を開いた。

 

 

「いいいいやいやいやあ、心外ですね~? このユゥユゥ、基本的に博愛と素直がモットーなんですけども~?」

「『ただし、天子様が許すに限る』だがね」

「赤衣さんの言う通りですね。そんなガバガバな例外(エクセプション)コード付きの運用、私でもドン引きです~。まぁいいですけど~。ちなみに楊貴妃さん、今割と思考が明瞭では?」

「……言われてみれば、そーかも……。え、ユゥユゥになにかしたんですかッ!?」

「はい♪ 貴女の霊基、ちょっと外宇宙的なアレやソレでぐっちゃぐちゃだったので、全摘して表層人格だけ残した状態です♪ もちろん提供は、月の聖杯のチートパワー☆」

「はいぃッ!? ちょ、なにをしてくれるんですかッ!? 天子様とのリンクやらなにやらはッ!?」

「ん~、哀しい事に、カルデアのセンパイの方針により、貴女のキモさの外科的解決は不可ですので……。ご心配なく、後できちんと(こわ)してあげます。あくまでこの一時のみの特別待遇。私のお仕置きを充分に通す為の措置って事で」

「それも月の聖杯(ムーンセル)の力でか? なるほど、それならば納得がいくし、容易かろうな」

 

 

 本来のBB(かのじょ)の世界に存在する月の聖杯、またの名をムーンセル・オートマトン。

 月そのものと言っても過言ではない惑星規模の願望器であるそれは、使い方によっては世界そのものを改竄する事が可能な程の代物だ。赤衣はかつて、新王と呼ばれたマスターが神の如き権能を司るムーンセルの力を使い、世界を滅ぼす遊星の尖兵の企みを打破すべく、別の次元にいる己に記憶を転送した、という時間軸を視た( ・ ・ )事があった。

 

 

「……貴方、本当にどこまで知ってるんですか? 今回の事件もそうでしたが、普段ならば知り得るはずのない未来の出来事、さらには並行世界のことまで当然の如く知っている。いったいなにを取り込んでいるんですか?」

「簡単に言えば、異邦の存在の中で唯一、“時間”という概念を解き明かした種族だ。彼らの力は、私に千里眼に等しき目を与えてくれた。その過程で二~三体辺り取り込む事になったが、些細な事だ。気にしないでくれたまえ」

 

 

 並行世界の事象ならば、どこかしらでそれに派生した分岐点がある。赤衣はそこから並行世界の歴史を視認する事が出来たし、また時間そのものの理を理解しているため、過去や現在、そして未来の事象すら手に取るようにわかってしまう。やろうと思えば時間移動すら可能だ。かといって、それによって知り得た情報を大っぴらに公言するつもりはないし、また己の存在する時間軸の未来は極力見ないようにしている。ネタバレなどつまらない事この上ないのだから。

 

 

「いやいや気にしますって。常識の埒外の世界の住人ですよ? そんなのを何体も取り込んでおきながら自我に全く影響がないなんて異常すぎます。つい先程もなにやら食べて( ・ ・ ・ )ましたし。これで三つですよ? 貴方の内側にある異常な力の源は」

「うち一つは取り込んではいない。協力関係を結んでいただけだ。まぁ、生前より縁はあった故、これからも力を貸してくれるそうだがな」

 

 

 ()曰く、かつて見た狩人達の雄姿は目を見張るものがあったので、彼らが生きた地球を漂白した『異星の神』と名乗る大罪人を殺せ―――という事だった。赤衣としては今回の事件であちら側の目的は果たせたので、契約関係はこれで終了かと思ったのだが、思わぬ一言に堪らず笑ってしまったものだ。

 

 

「あの~……。割り込んで申し訳ないのですけど、さっきから貴女が言う『お仕置き』、ユゥユゥ、あまり心当たりが……」

「お~っと、今度はお(とぼ)けですか~? でも残念、今の貴女ならわかるはずです。貴女が試みようとした事は、人理と汎人類史への敵対行為。貴女が天子様の名の下に行おうとした事は、絶対的で圧倒的な『悪』なのですッ!」

「……う……」

「そんな貴女へのお仕置きは、陰謀の総括ッ! 黒幕なら恐れて止まない、負け犬の全暴露を、カタルシスたっぷりに披露してもらいま~すッ!」

「イヤぁ~ッ! 死ぬッ! 恥と後悔で死んじゃうッ!! 武則天(おばあさま)の拷問の方がまだマシぃ~ッ!!」

「なお貴女には魂魄レベルで拒否権がないのですが、番組構成上、従うまでくすぐり地獄って形で処理します☆」

 

 

 BBが言い終わるや否や、床から伸びてきたアームが楊貴妃を拘束。そのまま腋や足裏などをくすぐり始める。

 観念した楊貴妃は、羞恥と爆笑の中で泣く泣く自分の失敗談を語る事となった。

 

 まず、フォーリナーとしての楊貴妃の霊基には、既に行動方針として、『己が従属する主神に共調(チューニング)する事』、『主神に相応しい方法で、秘密裏に恐怖と狂気の力―――エルドリッチパワーを集める事』というものが刻み込まれていた。

 恐怖と狂気(エルドリッチパワー)が溜まれば、情勢を雑に主神(こっち)サイドにひっくり返す事が出来るからだ。

 その降臨(セッション)で一番重要なものを壊すなり、奪うなりして、経験値(EXP)とする。そうすれば、楊貴妃という端末を介して神も成長し、やがて封印を破って顕現する―――ざっくりと説明するならばこの通りである。

 

 楊貴妃が仕える“天子様”の神性は、『とにかく燃やし、殺し尽くせ』というものだったのだが、如何せん召喚直後の楊貴妃は圧倒的に弱かったため、そうするわけにもいかなかった。

 

 しかし、今回の事件の原因、言うなれば犯人グループの中に、本来ならば彼女が仕える神はいなかった。本当ならば、その炎神は来ずに別の神格が来る予定だったのだ。

 その神格とはズバリ、今隣にいる赤衣の男が契約を交わした存在―――黄衣の王である。

 

 

「最初見た時は驚きましたよ。本番直前にいきなりバックレた神格との契約者が目の前にいたんですから。実力は充分にありそうだったので、最初こそ『あっ、これは簡単に事が済むかも』なんて思ってたんですが……」

 

 

 赤衣の男。これが完全に予測不能だったのだ。

 予定にない闖入者。行動を予測できないイレギュラー。恐怖と狂気(エルドリッチパワー)を集めるどころか、逆にその収集を妨害するように動き回る謎の男。

 これを()の上で行われる遊戯に置き換えたとしたら、『ドタキャンした仲間が戻ってきたと思ったら、初手でこちらに殴りかかってきた』と言えるようなものだ。これには楊貴妃も内心では滅茶苦茶困惑していた。

 

 しかも、赤衣の男を抜きにしても状況は最悪に等しかった。

 

 

「まず状況がハード過ぎまして。同盟的に言えば、こらタココラ、よくも無茶苦茶やってくださいまして、という……。ゴッホちゃんが“呼んだ”事はすぐわかったので、若干『もっとうまくやって』とは思いましたが……。本来の同盟神(ただし裏切り者)が来たのに、向こうは向こうで勝手にやらかしてたので、予定はもう散々な事に……」

 

 

 もし黄衣の王とタコが真面目にこの案件に取り組んでいれば話は早かったのだが、現実は味方なはずなのに躊躇なく殴りかかってくる、依代が虚数をキャンパスに仕立てて好き勝手に絵を描く、という結果に。楊貴妃は内心で頭を抱えていたという。

 

 ここで、楊貴妃が召喚された時点での陰謀の構図を説明しよう。

 本命馬として、二勢力協調に失敗したゴッホ。彼女に仕込まれた狂気による自己開花プランで堅実に手を進める。

 対抗馬は北斎。彼女は一度やる気になればとことんやる気になる女性なので、いい感じに狂っていた影響で外なる神を顕現させる為の下地作り。

 そして大穴として、この如何にも修羅場な状況に巻き込まれてしまった楊貴妃。

 そこへさらに追加する形で、水面下で自分に殴りかかってくる赤衣の男。

 

 立香達が虚数空間からの脱出を急いでいる水面下で、実は彼らは彼らで三つ巴ならぬ四つ巴の戦いを繰り広げていたのである。

 

 しかし、そんな赤衣を除いた彼女達の間には、『ノーチラスは沈めない』という共通点があった。

 楊貴妃もゴッホにとって、虚数の世界で狂気の力を稼ぐ当てがノーチラスしかなく、北斎も当初は虚数空間での単独行動は不可能な状態だった。このままでは共倒れの未来しか見えなかったのだ。

 ちなみに、ここで楊貴妃が赤衣の男に代わって北斎と手を結んでいた場合、各自で行うしかなかった恐怖と狂気(エルドリッチパワー)が共稼ぎできるようになり、一瞬で勝負はついていたという。

 カルデアにとって幸運だったのは、仲介役を務めるゴッホの仲裁能力が、あくまで本来の同盟神の間でのみ働くというものだったからだ。

 彼女達の協力は得られないと判断した楊貴妃は計画を変更。恐怖と狂気(エルドリッチパワー)を溜める為に必要な、見る者に生理的嫌悪を催す事象の発生が一番なのだが、ノーチラスにいる者となれば誰もが歴戦の英雄。並大抵の事じゃ怯みもしない。

 唯一の感性が一般人である藤丸立香を狙おうにも、最重要人物である彼女はその場にいるサーヴァント全員でガードしていた。赤衣の男も彼女の重要さを承知していたため、これには楊貴妃もお手上げ状態になってしまった。

 

 そんな時に目に入ったのが、キャプテン・ネモの分身、ネモ・マリーン達である。

 

 英霊より幻霊としての側面が強い彼らは、立香に次ぐ市井の人々に近しい存在だったのだ。これに目を付けた楊貴妃はお守り型の呪物を彼らに与え、少しずつ善意や信仰という名の狂気を育む事とした。少し遠回りな気もするが、意外にもこれが功を奏したのだ。

 

 さて、これでゴッホとも北斎とも別口の狂気が徐々に広がり、ノーチラスも虚数空間内の戦い方を身に着け、ゴッホの方も立香とネモに愛された事で着地点が見えてきた。

 それでは、早速ゴッホから恐怖と狂気(エルドリッチパワー)を奪おうとしたのだ。

 

 そこで、楊貴妃は思った。

 

 『うちのマスター、もしかして天子様では……?』と。

 

 

「はいストーップッ! え~……ここまで頑張ってやってきたのに、なんでそこで貴女が狂っちゃうんですかぁ……? BBちゃんにはわかりかねます。赤衣さんはわかりますか?」

「これが楊貴妃というフォーリナーの根幹なのだろう。恐怖と狂気(エルドリッチパワー)が溜まっていくにつれて、主神に対して見境がなくなっていくのだ。なんともまぁ、面白い人間を選んだな、あの炎神はッ! ハハハッ!」

「ひ、人を淫婦みたいに言わないでくださいッ! 私にあるのは究極的な忠義と純愛だけですッ!」

「はぁ、そう自称するバーサーカー、あっち(カルデア)にいっぱいいますから、仲良くしてください是非に。それで、暴走した貴女はどうしたんですか?」

「……聖杯を奪った段階で、全魔力を自分の経験値(EXP)にして、生ける炎に転身できていればよかったのですが……」

 

 

 最大の脅威である赤衣の男も、BBの話を聞くにゴッホに憑いていた邪神を喰らいに出ていたため、ようやく自分の目的―――恐怖と狂気の宴(大フォーリナー祭り)を催そうとしたのだが、そこへまさかの赤衣の最後っ屁。

 いつの間にかマリーン達に与えていた人形に細工を施されていたせいで恐怖と狂気(エルドリッチパワー)は充分に集まらず、そのままボッコボコにされてしまった。しかも立香が召喚した武則天の折檻を受けるというおまけ付き。

 結果、楊貴妃は調子に乗ってしまった事を泣きながら謝罪したというわけである。

 

 

「はぁ……まさかこんな事になるなんて……。いえ、よく考えたら、カルデアでも天子様にお仕えできるなら万々歳ですね。あれ、ユゥユゥの悲願達成?」

「駄目だこの貴妃、早くなんとかかんとか~。そんなミーム汚染達はどうでもいいとして。なるほど、わかった事があります」

 

 

 BBは腰に左手を当て、びしっと右手の人差し指を楊貴妃に突きつける。

 

 

「貴女と私は、同族にして対極でもある。貴女は百善に一悪を混ぜて腐らせる『混沌・善』。私は百悪を演じて一善を洒落込む『混沌・善』。私は愛故に陰謀を完遂させ、貴女は愛故に陰謀を破綻させる……。正直、スタンスの部分は絶対学びたくないですね~。貴女と赤衣さん、どちらかを選べと言われたなら、私は即答で赤衣さんを選びます」

「おや、これは光栄な事だ。ちなみに聞くが、なぜ私を選ぶのかね?」

「貴方は酷く自己中心的な性格をしています。自分が面白ければ、後はなんだっていい。自分のルールこそが絶対だと信じて止まない性質。自分の信念に従うという点では楊玉環さんと共通していますが、先も言った同族嫌悪もあり、貴方を選んだまでです」

「消去法、みたいなものか。ふふふ、まぁ、確かに君ならそう言いそうだ」

「ですが、今回の主犯達のやり口はとても勉強になりました。AI的にはついつい、上位の思考・思想で以て民衆(プレイヤー)の皆さんを一気に混沌に叩き込みがちなんですが、邪神的には、もっとソフトに心の弱いところを突いて、良性の狂気をも利用しつつ、事を成すべし、とッ! ……やりすぎるとどこぞの殺生院になりそうでヤですが、私欲が無ければきっとイケるはず。さらに、漁夫の利精神、幻霊というファクターの処理。ん~、イメージ出来てきましたッ! 次の水着を着る時の参考にしようと思います☆」

「……なぜでしょう。貴女が水着と口にすると、同族嫌悪が殺意にまで昇華しそうで……。あれ? 貴女、もしかして宿敵ですか……? 燃やすべき? ユゥユゥ、ここ燃やすべきですか?」

「いやいや、楊貴妃。ここは燃やさず、踊るべきではないかね。ここに在るは異界の三柱。“無貌の神”に“生ける炎”、そしてこの私、“黄衣の王”……。この組み合わせはまさしく、SAN値がピンチなあれを踊るべきでは? ミュージックかけてもらっても?」

「生憎ですが、彼女達程私達は仲良くありませんので。踊るなら独りで踊ってください。ま~こんなところで、貴女はカルデアに帰して差し上げましょう♪ 赤衣さんは召喚予約を取りつけているようなので、召喚されるまではこちらで待機、という形で」

「ふ~やれやれ……こうしてみると、とんでもない事をやっちゃったなぁ……私」

「おっ、今更『善』なる心が疼きますか~? 大丈夫ですよ、元の霊基に戻ったら、また天子様への混沌(LOVE)が全部の罪悪感を塗り潰してくれますッ! もちろん、ここの記憶は消えますし、虚数の海の記憶もほぼ封印された状況からのスタート。『天子様から仰せつかってカルデアに来たぞ』って感じで心機一転、頑張ってくださ~い☆」

「……泣きたくなってきた……。マスターやおっきーさんやゴッホちゃんに申し訳ないです……。こんなユゥユゥと、仲良くなってくれて、こんな表層人格を、受け入れてくれて……。なのに、あっちに戻れば、私は上の空で、星の彼方の天子様を想うばかりになるなんて……」

 

 

 涙を流して泣き崩れる楊貴妃。そんな彼女の姿には流石のBBも思うところがあったのか、思わず眉を八の字にしてしまう。

 

 

「え、え~……そこはノリノリで抵抗してくれないと元に戻しづらいじゃないですか~」

「いや、そんな顔をする必要は無いぞ、BB。噓泣き( ・ ・ ・ )だぞ?」

「え?」

 

 

 ハッとして楊貴妃を見やれば、そこには悪戯に成功した楊貴妃が小さく舌を出して蠱惑的に笑っているのが見えた。

 

 

「ふふふ、こういう相手に気が引けちゃう辺り、BBさんも『善』ですね?」

「う、うえぇ?」

「うん、同族嫌悪は一周回って親しみに変わったッ! 朋友(トモダチ)になりましょう、BBさんッ!」

「はぁッ!? お断りです~ッ! 悪役は孤独であるべしって、貴女が言ってたじゃないですか~ッ!」

「別に私、悪役の自覚は無いですし……。赤衣さんもそうですが、特に武則天様のお陰で暴走はそうそうしないでしょうし……私の事です。努力してもっと強くなれる……? その結果、表層人格だけでも、人理とか汎人類史とか救えちゃうのでは? あっ、そうだ、BBさんッ! こうなったら一緒に全部暴露して善堕ちしましょうッ!」

「全然嫌ですがッ!? なにナイスアイデアみたいに言ってくれてんですッ!?」

「滅びの美学もいいものですよ? チートとゴリ押しで完全勝利して後で凹む事も無く?」

「貴女は私の何を知ってるんですか~ッ!?」

「ハハハハハッ! すっかり手玉に取られているな、BBッ! いやはや、まさか君がここまで押されるとは、流石に思いもしなかったぞ? ハハハハハッ!」

「BBロケットパーンチッ!!」

「ア゛ッ!!」

 

 

 BBが指示棒を振るった瞬間、どこからともなく現れた巨大な拳が赤衣の男の股間を直撃。如何に食えない性格をしている赤衣とて、流石に男性の象徴たる急所にクリーンヒットを受けてしまえば堪らない。

 

 

「ぐ……オオオオオォォォ……ッ! おのれBBィ……ッ! 我々男性にとってこの部位がどれだけ重要な器官であり急所である事がわからんのかァァァァ……ッ!!」

「生憎と、私はAI。仮に人間になったとしても性別は女性。貴方の痛みなど理解できません。寧ろその程度の痛み、私達女性の出産時の痛みと比べれば些細なものでしょう?」

 

 

 女性が子どもを産む際の痛みは、『鋸で腹を切られるような痛み』、『ハンマーで腰を何度も殴られているような痛み』、『腰の骨を内側から無理矢理折られるような痛み』など、様々な例で例えられる。それに比べれば、まだ潰されていない( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )赤衣の男の方が断然マシだろう。

 床に転がって激痛に喘ぐ赤衣の男を無視し、BBは楊貴妃へと視線を移す。

 

 

「楊玉環さん、先程貴女が提示したルートですが、それは非公式です。貴女はきちんと、狂気のフォーリナーとして、一からカルデアでカルマを積む事ッ! その結果どーなるかは、私の知った事じゃありませ~ん☆ 精々頑張ってくださ~い☆」

「焦ると悪ぶるところ、それもまたかわいい……。なるほどーッ! ユゥユゥ学びました、BBさんッ!」

「うわわぁあ~ッ! やだやだキモ~いッ! そういう目でBBちゃんを見ないでください~~ッ!! 以上ここまで、BBチャンネルでしたぁ~~~ッ!!」

「また会おうね、BBさんッ! 赤衣さん、カルデアで会っても殴りかかってこないでくださいねッ!」

「私はこれでも……それなりに紳士なんだがねェエエ……ッ! レディに手を上げるなどあり得ないだろう……ッ! また会おうじゃないか、生ける炎の巫女よ……ッ!! グオォ……まだ、痛みがァアアア……ッ!!」

 

 

 さっさと出て行けと言わんばかりに番組終了を告げるBBと、激痛に悶えながらも手を振る赤衣の男。彼ら二人に別れを告げ、楊貴妃はスタジオから消えていくのだった。

 




 
 ~簡素な後日談~

BB「ちなみになんですが、赤衣さん」
赤衣「なにかね」
B「邪神に吞まれかけていたゴッホさんに声をかけた時ありましたよね。あれ、どうやったんです?」
赤「彼女……いや彼は、生前黄衣の王を視た男だ。共に同じ神格に繋がりを持つ故、その力を辿って声を届けたまでの事だ」
B「はぇ~そんな事できるんですね。それとも、これも貴方の力ですか?」
赤「いや。こればかりは王の力を借りた。私が出来るのは、あくまで現在(いま)とは別の時間を視認する事のみだ」
B「それでも化け物クラスの能力ですけどね。それを可能にするぐらい、異邦の存在とは常識とかけ離れてるんですね」
赤「ここは時間軸があやふやが故、君が()()なのかはわからないが、いずれ君も接触する事になる。なに。君ならば吞まれはしないだろう。むしろ、逆に相性が良すぎる神格と繋がるかもしれんな。ハハハハハッ!」


先程、活動報告を挙げさせていただきました。
この作品の今後についての話ですので、どうか、覗くだけでも構いませんので、よろしくお願いします。


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再び、会議を

 

『随分と寂しくなっちまったなぁ、ここも』

 

 

 ギリシャ異聞帯に存在する円卓。そこに並べられた八つの席の内の一つに腰を下ろしていたベリルが、他の席を見渡してそう零した。

 

 カドック・ゼムルプス。

 オフェリア・ファムルソローネ。

 芥ヒナコ。

 スカンジナビア・ペペロンチーノ。

 

 四人は、アナスタシアとオプリチニキの襲撃からなんとか逃げ果せたカルデアによって、それぞれの異聞帯を失った。彼らがどうなったのかまではわからないが、生きていようが死んでいようが、彼らの席が空いたままである以上、彼らがこの会議に出れない状態であるのはわかった。

 デイビットは自分の管理する異聞帯でなにかしらの役目を果たしている最中なのか欠席となっており、彼も含めれば五つも空いている事になる。ベリルが物寂しさを覚えるのも妥当だろう。

 

 

『デイビットがいない以上、あいつの直感に頼る事は出来ねぇ。あいつら、次はどこの異聞帯に現れるのかねぇ』

「その点についてですが、恐らく彼らが現れるであろう異聞帯は凡そ判明しています」

 

 

 わざとらしく体を震わせたベリルに、キリシュタリアの隣に立っていたコヤンスカヤが答える。

 

 

「先のインド異聞帯にて、彼らは船を手に入れました。海を渡る為に必要なものを手に入れた以上、彼らが来るのはこちらでしょうね」

『ま、それが普通だものね。私達の異聞帯の中で、汎人類史への叛逆の成功確率が一番高いのがギリシャ異聞帯だもん。あの子達が来るのも当然か』

 

 

 頬杖をついて話を聞いていたアンナがにこやかな口調で言う。

 

 キリシュタリアの管理するギリシャ異聞帯に根付いた空想樹は、今現在残っている他の空想樹と比べても規模が違う。

 地上と宇宙の通信を途絶えさせ、あらゆる宇宙観測を不可能にさせた原因たるここの空想樹は、磁場に弾かれていたあらゆる宇宙線を吸収し、地球からのマナも同じく吸い上げている。さらに、他の空想樹との間でネットワークのように行き交っていたエネルギーが今、大西洋に根付いた空想樹に集中を始めている。

 つまりは、いよいよ『異星の神』が降臨し、自らその姿を現す準備が整いつつあるという事だ。一度世界を漂白し、またクリプターを蘇生させた存在だ。彼、または彼女にかかれば、汎人類史の塗り替えも容易いものだろう。

 

 そんな状況にあるギリシャ異聞帯を、カルデアが看過するはずが無い。

 彼らは―――彼女は、必ずギリシャ異聞帯に乗り込んでくる。最強の神々さえ乗り越えて、神代の都を攻略しようとするだろう。

 

 

『へぇ。そいつは勇敢だ。頭が下がる。いやぁ、流石カルデアッ! 我らが誇る補欠後輩……あー、誰だっけ、名前思い出せねぇッ! まあいいか、どうせオレには関係ねぇしなッ! とにかく、活きのいいマスターに乾杯だッ! 可哀想な異聞帯を四つもぶっ潰したんだ、さぞ気持ちがいいだろうさッ!』

『あぁそっか。君のところの空想樹は……』

『おう、既に伐採されてるぜ。お前達からの命令は、しっかり果たさせてもらった』

 

 

 少量の髭が生えている顎を撫でるベリルだが、この場にはコヤンスカヤがいた事を思い出して『ヤッベ』と焦った表情を作った。

 

 

『もしかしてオレ、言っちゃいけねぇ事言っちまったか……?』

「いえいえ。私は彼らと違って、あくまで『異星の神』とは対等の関係です。上下関係は無く、故に告げ口も致しません」

『そうかい。それなら良かった』

 

 

 安心したようにほっと胸を撫で下ろす。

 ベリルが担当するイギリス異聞帯に存在する―――この場合は“していた”空想樹セイファートは、彼が現地の妖精達を上手く煽動した結果伐採された。これはベリルの独断ではなく、キリシュタリアとアンナからの願い出だった。

 イギリス異聞帯は、キリシュタリアやアンナから見ても“残してはいけない”異聞帯と認識されている。そこから出てくるものは、自分達クリプターにも、『異星の神』にとっても脅威となるものだ。しかし、『異星の神』はこの地球の歴史を知らないし、また説明する手段もない。時々姿を見せる巫女は見ているだけで、コミュニケーションも取れない。アンナに至っては、巫女と出会った事すらない。

 だからこそ、この問題はクリプター間で解決する事になったのだ。

 なので彼らは、イギリス異聞帯の管理する役目を背負ったベリルに、空想樹セイファートの伐採を依頼した。具体的には、キリシュタリアと一緒にベリルを脅した。

 

 

『イギリスの異聞帯はどうなったの?』

『まだ消えちゃいない。だが、じき異聞を保てず消滅する手筈だ。言っとくが、めっちゃ苦労したんだぜ?』

 

 

 そう答えるベリルの表情には、当時の事を思い出しているのか酷くやつれたものとなっており、彼が空想樹伐採までの過程で大変な苦労をした事が目に見えてわかる。

 

 

『イギリス異聞帯……奴らに言わせればブリテン異聞帯か。人間の数は少ねぇ。幻獣は腐るほどいる。ちょいと道を歩けばルールの違う世界に出る……。しかも、空模様もおかしい。なにせ赤黒い血みてぇな空で、流れ星が流れるなんてしょっちゅうだからな。しかも、女王サマが住んでる城の真ん前にある大穴からは、赤い光の柱が突っ立ってると来やがるッ! もうあそこはブリテンであってブリテンじゃねぇ。最果て( ・ ・ ・ )とドロドロに溶けあって完成した、地獄のようなワンダーランドだ。それを上手く宥めて、奴ら自身の手で空想樹を伐採させたのさ。連中、今頃は“ベリル・ガットに騙されたッ!”なんて嘆いているだろうが、後の祭りだ』

「まだあそこには光の壁があるが、空想樹は確かに消滅した。成層圏まで育ち切った空想樹達は、その枝が干渉し合い、ネットワークを形成する。先日まであった空想樹セイファートからの反応は完全に途絶えた。じき、あの忌まわしい光の壁……『世界の果て』も消え去るだろう」

『って事で、今空を覆う天幕と繋がっている()は、キリシュタリアの空想樹だけって事になる。アンナのところは、あとちょっとってところで止まってる。デイビットのところはよくわかんねぇ。なんたって、南米にゃそれっぽいものが見当たらないからな』

「ベリルの言う通りだ。現在、地球を覆っている『異星の神』の天幕―――この恩恵を受けられるのは、私の異聞帯のみ。そして、空想樹は充分に育ち切った。イギリス異聞帯の消滅を確認次第、私達の計画は最終段階に入る。惑星を覆った天幕は、地球からのマナだけじゃなく、磁場で弾かれていたあらゆる宇宙線を吸収してきた。これら全てのエネルギーを一点に集中させ、『異星の神』を降臨させる」

 

 

 それで、全ては切り替わる。

 旧き世界は滅び、この星には新たな秩序が()かれ、キリシュタリアは最後の人類となる。

 

 

『『―――』』

 

 

 ベリルとアンナの視線が、キリシュタリアに注がれる。

 ベリルはなにかを探るような、微かな疑惑を含んだ目線をリーダーに向けており、アンナの瞳は薄く細められており、本来の彼女( ・ ・ ・ ・ ・ )の気配を感じさせるものとなっている。

 その視線に僅かに気圧されるも、キリシュタリアは決してその気配を表に出さずに、いつもの笑みを崩さずに続ける。

 

 

「だが、油断するつもりはない。油断、慢心こそが彼ら(カルデア)の逆転の布石だと。だからこそ、最大戦力を大西洋に派遣した。カイニスがいないのはそういう事だよ。カルデアの次には、君と戦う事にもなるからね」

『おっ、自信たっぷりじゃない。既にカルデアに勝利した先の事まで考えてるだなんてね。でもね、キリシュタリア』

 

 

 拳を鳴らし、アンナは獰猛に歪ませた顔で笑う。

 

 

『君が思ってるよりも、私の異聞帯は強いよ? それに、私のサーヴァント達も、ね。なんたって、彼らは―――』

「―――“私が最も信頼する子達だから”、だろう? アンナ」

『私が最も信頼する子達だから……え?』

 

 

 自分が言おうとした事を一言一句違えずに述べてみせたキリシュタリアに、アンナの目が見開かれる。

 呆気に取られている彼女に、キリシュタリアはフッと小さく笑った。

 

 

「君がどれだけ彼らを信頼しているか、君の様子を見れば、その程度の事は簡単にわかるよ」

『……なるほどね』

 

 

 キリシュタリアの言葉に僅かに目を見開いたアンナは、ふぅと小さく息を吐いて背もたれに背を預け、気恥ずかしそうに後頭部を掻いた。その口元には優し気な笑みがあり、キリシュタリアもまた、そんな彼女に笑いかけていた。

 

 

『おいおい、なんだよ二人して見つめ合いやがって。あれか? LOVEしちゃったってか? ヒュ~ヒュ~お熱いねぇ~ッ!』

『もう、からかわないでよ~。そんなんじゃないって。……まぁ、この事は置いといて。君はどうするの? ベリル』

『あん? なにが』

『君、まだブリテンにいるんでしょ? 早く逃げないと……』

『あぁ、それについては問題ねぇよ』

 

 

 その時、ベリルの映像が一瞬ブレた後、ブツンッと途切れた。

 しかし、ベリルの姿は相変わらずそこに在る。

 驚くアンナを前に、ベリルは悪戯が成功した少年のような、してやったりとした笑い声をクツクツと漏らした。

 

 

「いつまでも居座っていたら殺されるっしょ。だから、もうこっちにトンズラさせてもらってるぜ」

『あら、仕事が早い。なら安心だね』

「いやぁ、これでもマジ怖かったんだぞぅ? “こんな気の狂った島にいられるかッ! オレは先に上がらせてもらうッ!”って崖から海に飛び降りて、カイニスに拾ってもらったってワケ。でもさぁ。ちょっと聞いてくれよ、オレの苦労話」

 

 

 そこでベリルは、またやつれた表情に変わり、深い溜息を吐いた。

 

 

異聞帯(あっち)には世間知らずのお姫様がいたからさぁ、利用してやれってお近付きになったんだが、これがマジ箱入り。しかもグラビティ。オレが人間のスパイだって知っても気にしねぇの。“地獄の果てまで一緒にいましょうッ!”とか、しなだれかかってきてさぁッ! いや、頭がお花畑にも程があるだろうが。オレゃあテメェんとこの国、全部台無しにした男だぜ? 理屈じゃねぇんだよなぁ、なんかもう手に負えねぇんだよなぁッ! ここでカドックでもいりゃぁ、“王族に手を出すなら気を付けろ”って言ってるところだぜ」

『余計なお世話だッ!』

「む?」

「あら?」

「あ?」

『『あっ』』

 

 

 唐突に部屋中に響いた叫び声に、キリシュタリアとコヤンスカヤ、そしてベリルの視線が、その声が聞こえてきた方角―――アンナを見る。

 

 

『え、えっとね? 今のはあの子だったらどう反応するかなぁって思ってね? 試しに声を真似してみたの。ホントだよ? なんならもう一度、さっきと同じ声出してあげるよ?』

「いや、さっき“あっ”って言った時、あんた以外にも声が聞こえてたぜ? 絶対そっちにいるじゃねぇかッ! お~いカドック~ッ! 元気にしてたか~?」

『アタシ達もいるわよォ~ッ!』

『ちょ、ちょっとペペ……ッ! あっ、キリシュタリア様……』

「……これは驚いた。まさか君達もいるなんてね、ペペロンチーノさん、オフェリア」

 

 

 カドックとオフェリアを連れて映り込んだペペロンチーノの姿に、キリシュタリアは思わず笑顔になってしまった。

 カドックは憤慨した表情。オフェリアは久しぶりにキリシュタリアの顔を見たからか、少し頬を赤らめている。ペペロンチーノは相変わらずのうるさい笑顔をしていた。

 だが、アンナの方は溜まったものじゃなかった。

 これまで秘密にしてきた、カドック達の安否の答えをここで出してしまったのだ。少し頭を抱えたくなっている。

 

 

『だぁあああもうッ! 狭いッ! みんな離れてッ! ここは一人用の席なのッ! ボレアスッ!』

『了解した』

『うぉッ!?』

『きゃぁッ!?』

『あらぁ~ッ!?』

 

 

 青年の声が聞こえた瞬間、カドック達の姿が消える。

 しばし、アンナの荒っぽい息遣いの音が部屋を包み込み、やがて心底からの溜息を吐いた彼女はがっくりと肩を落としながら告げる。

 

 

『えっと……まぁ、こんな感じで、みんな生きてます……。ヒナコちゃんは離席中です……。あの子、こういった会議には興味ないし……』

「マジかよ、芥もいやがんのかッ! ハハッ、こいつぁスゲェッ! みぃんな生きてやがるッ! これほど嬉しい事はないッ! アンタもそうだろ? キリシュタリア」

「あぁ。カドック、オフェリア、ペペロンチーノさん、君達が生きていた事を嬉しく思う。アンナ、芥にもこの事を伝えておいてくれるかい?」

『もちろんだよ』

「良い情報も聞けた事だし、なんか酒でも飲みてぇ気分になったな。キリシュタリア、会議はもうお開きでいいか?」

「既に話すべき内容は話した。大丈夫だよ、ベリル」

「ありがとよ。じゃあな、アンナ。カドック達によろしくなッ!」

「それなら、私もここで失礼します。こちらも、色々やりたい事はありますので」

 

 

 ひらひらと手を振って満面の笑みで退席するベリルと、彼の後を追うように歩を進め始めるコヤンスカヤ。

 彼らの背が遠退いていく様子を見届けたキリシュタリアは、アンナのホログラムを見る。

 

 

「私のギリシャ異聞帯と、君のシュレイド異聞帯。互いに今も尚範囲を広げている異聞帯同士、衝突するのは時間の問題だろうね」

『……えぇ、そうね。言っておくけど、勝ち逃げは許さないわよ? キリシュタリア』

 

 

 先程までのような、少女然とした雰囲気はとうに無い。今は大人びた女性らしさを感じる雰囲気を纏っている彼女が右手を開けば、そこに現れた小さな緋色の雷が龍の如くうねる。それを霧散させたアンナは、スッと細めた目でキリシュタリアを見やる。

 

 

「当然だとも。君とは個人的な意味で決着をつけたいと考えていた。互いに、最大規模の異聞帯の戦いだ。死力を尽くそうじゃないか」

『……貴方の理想は果たさせない。覚悟しておきなさい、キリシュタリア。君は―――私には勝てない』

 

 

 その一言を最後に、アンナのホログラムは掻き消えた。

 

 

「勝てない、か。君にそう言われれば、そうかもしれないね。けど、私も負けるつもりはない。君が相手だ。私も全力でかかろう。我が盟友、ゼウスを打倒した時と同じように」

 

 

 自分の分身とも言える魔術礼装である杖を握り締める。

 相手はかつて、神のいない地球において、全てを支配していた存在達だ。生前の力は、この異聞帯に生きる神々と同格か、それ以上。そのリーダー格と戦うのだ。全力で向き合わなければ彼女に失礼だろうし、なにより自分自身がそれを許さない。

 絶対に負けられない―――そう強く決意した時、ふと、自分に立つ者の気配を感じ取る。

 

 

「―――君か。そろそろ意見を口にしたらどうかな、巫女殿」

 

 

 振り返らずともわかる。今自分の後ろにいるのは、自分達を蘇生させた存在に連なる者だと。

 キリシュタリアの言葉に、しかし彼女―――巫女は答えない。

 いつもと変わらず、ただじっと彼を見つめるのみだ。

 

 

「『異星の神』の使徒達は、まだ私の―――私達( ・ ・ )の真意に気付いてさえいない。……ふむ。私が空想樹に施した調整。ゼウスとの利害の一致と、結論の差異。全てを君は見ているはずだ。その上で“なにもしない”事を選択する」

「―――」

「……いいだろう。その傍観がなにを意味するのか、最早問うまい。『異星の神』が実在するかなど誰にもわからない。使徒達ですらその姿を見ていない。いや―――実のところ彼らすら、『異星の神』の真意を知る術を持たない。(まさ)しく空想の神だ。そんなものに、私は人類の命運を預けはしない。―――カルデアを排除し、ゼウスを看取り、アンナを打倒し、空想樹を現実のものとする。見ているがいい、巫女の姿をした空虚よ。他の誰でもない、貴女( ・ ・ )には手に入らなかった“未来”を、この私が現実のものにしてみせよう」

 

 

 キリシュタリアの覚悟の言葉を聞き終えた巫女の姿が、空間に溶け込むように消えていく。

 背後に立つ空虚が消えた事で、この場に居続ける理由を失ったキリシュタリアも、杖を片手に立ち上がった。

 

 コツ、コツ、と靴音がリズムを奏でる。

 

 それは、彼の悲願が成就するまでのカウントダウンか。それとも―――

 

 

 

 Now Loading...

 

 

 

「―――正気か? カルデアの馬鹿共。あの程度の戦力でこの海に乗り込んできた、だと?」

 

 

 アトランティス―――ギリシャ異聞帯の上部に存在する、その大半を海に覆われた世界。

 その島の一つ。そこの砂浜に立つ男は、遠くに見える船を見て悪態を吐いた。

 

 

「え、ホントッ!? どこどこッ!? あ、アレかぁッ! カッコいい船でやって来てるぅッ!」

 

 

 そんな彼の隣にいる女、腰に二本の刀を佩いた、切れ目の入った赤い笠を被った女性がはしゃいだ声を上げた。

 

 その女の名は、宮本武蔵。

 こことは別の世界の住人でありながら、様々な世界を転々としながら旅を続ける、気楽な風来坊。尤も、彼女の場合は自分の意志で世界を渡り歩いているのではなく、ただ誘われるがままに流転し続ける放浪者(ストレンジャー)、と言った方が正しいだろうが。

 

 彼女は、数多の世界を歩む中で、偶然にもこの異聞帯へと足を踏み入れた。そこで、彼―――『カルデアの者』なる謎の青年と出会い、こうしてこの海へと飛び込んできた、かつて共に戦った少女の乗る船を見つけたのである。

 

 

「あ~……でもちょっと不安ね、確かに。素敵な船だけど、この海じゃあ小さすぎる。正直に言うと時期尚早。戦う前に勝負、ついちゃったかもね。四つの異聞帯を攻略して調子に乗ってる……なんて心境(コト)じゃなければいいけど」

「辛辣だな。お前はカルデアのマスター贔屓だと感じていたが」

「もっちろんッ! 立香にはメッチャ甘くて弱いのが私ですッ!」

 

 

 惚れっぽい性分もあってか、武蔵は立香に惚れ込んでいる。

 これまで彼女が立香と出会った回数は数える程でしかないが、立香との思い出は今も尚武蔵の中で星のように輝いている。そんな彼女を、武蔵が贔屓しないはずが無い。

 

 

「だから、“ちょっと”だけ不安なわけで。今回もひっどい出だしになるんだろうなってッ!」

「そこで笑うのか。お前の思考は未だにわからない。窮地を愛する、というやつか? 剣士というより狂戦士だよ、まったく」

「そりゃあ華のように笑いますとも。やって来てくれて嬉しいのもホントだからね~。で、貴方は? カルデアがやって来るのは想定外?」

「……。まぁ、あるだろう、と考えてはいた。正しく最悪だ。今度こそ、連中の敗北を目の当たりにできる」

「あら嬉しそう。口元は全っ然嬉しそうじゃないけど」

「……ふん」

 

 

 顔色を窺ってきた武蔵の視線から逃れるように、男は彼女からは見えないように顔を逸らす。それに武蔵が不満げな顔をするも、男は構わずに、これまでのカルデアに動向を思い浮かべる。

 

 ロシアでは見事に無様を晒した。だが、それは当然の事だ。初の異聞帯への挑戦だったのだから。

 北欧での愁嘆は汲み取ろう。あれは、全ての異聞帯の中でも優しさに溢れた世界だったのだから。

 中国での騒動には目を瞑ろう。あそこは王の始皇帝のみが真の“人”であったために、久しく祭りの無かった世の中だったのだから。

 インドでの独善は譲歩しよう。極めて単純(シンプル)な善悪の問答だったのだから。

 

 これらの経験を以て、彼女ら(カルデア)はこう考えているだろう。

 “大西洋異聞帯も脅威ではあるだろうが、攻略・解決する手段があるはずだ”と。

 

 だが、無いのだ。

 ここには解決すべき問題など一つもない。

 この異聞帯は既に完成し、汎人類史より先のステージに進もうとしている。

 “攻略しに来た”という前提からして間違っている。知ろうと考える時点で間違っている。

 

 つまり―――

 

 

「“完膚なきまでに破壊しに来た”。その方針が備わっていない」

 

 

 全く、どこまで甘い連中だ。大抵の者ならば真っ先に考えつくであろう考えを、未だに思いついていない。

 だからこそ、彼女らはこの異聞帯には勝てない。考えを改めない限り、彼女達に未来(あす)は無い。

 あるいは―――

 

 

「……まぁいい。私は私の責務(タスク)をこなすだけだ。お前はどうする? あの船に向かうなら届けてやるが」

「あ、そういうのはいいです。私は一足先に本拠地に向かいますので」

「…………」

 

 

 男の懐疑的な視線が武蔵に向けられる。

 自分の言っている言葉の意味がわかっていないのか、と思い、思わず訊ねる。

 

 

「難しかったか? あのままでは連中は全滅する、という会話をしていたつもりだったが。ここには既に、大西洋以外の存在も現れている。お前も見たはずだ。あの島を」

 

 

 砂浜(ここ)に来る前に見かけた、とある島を脳裏に浮かべる。

 自然の欠片も見当たらない、まさしく死の島とでも言うべき場所。()の姿は見受けられなかったが、あの島がある以上、その主がこの海のどこかに潜んでいるのは想像に難くない。

 

 それに、海の様子にも変化が見られる。

 

 一時的なものだが、蒼い海面が時折紅く染め上げられる時がある。その原因であろう存在もまた、この異聞帯にいるのだろう。

 抑止力が介入した結果が前者であれば、後者は“誰か”による工作。

 

 男は知っている。彼女( ・ ・ )は既に、戦争( ・ ・ )の準備を着々と進めているのだと。

 

 

「えぇ、そうでしょうね。でも、全滅までにはいかないでしょう。手酷い敗北でなにもかも失っても、そこからやり返せるだけの命は残ります。だから、私は私のするべき事をするのです。がむしゃらにゴールまで辿り着いた彼女らに、ちゃんとバトンを渡す為にね」

「……お前はお前なりに、最後を見据えている、というわけか。いいだろう。オリュンポスに向かうがいい。今ならあの連中がいい囮になる」

「でしょー? 神様達の視線、カルデアに釘付けだしね~ッ! じゃ、そんなわけでさよなら、カルデアの人。もしあっちで出会えたら、その時は―――」

「ない。お前とはこれきりだ。私の眼は、これより先のお前の姿を見ていないからな」

 

 

 男の最後の一言。それで武蔵はこれから先の己の行く末に気付いたのか、少し残念そうな顔をする。

 しかし、それも一瞬の事。すぐに小さく唇を歪め、笑ってみせた。

 

 

「ま、それならそれで面倒が無くていっかッ! みんなに会ったら、『先に行ってる』って伝えておいてねッ!」

 

 

 武蔵の体が、蒼い輝きに包まれて消える。男の言葉に従い、一足先に神々の住まう都市へと向かったのだろう。

 

 

漂流(ドリフト)の連続使用でオリュンポスに向かうとは。まさしくレイシフトだな。だが、カルデア。お前達はそうはいかない」

 

 

 鉄壁とも言えるオリュンポス船団。

 知覚外から射抜く流星の矢。

 惑星(ほし)より遣わされた、島さえ呑む怪物。

 そして外側( ・ ・ )から雪崩れ込む、この惑星(ほし)の最大戦力。

 

 

「……わかっているのか、立香。ここでは異聞を学ぶ必要は無く、また学ぶ暇さえない。異聞帯を。クリプターを知ろうとした時、今度こそ、その旅は終わるだろう。…………全く。度し難いにも、程がある」

 

 

 そうして、男もまた蒼い光に包まれて消えていった。

 

 

 

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「ふんふふんふ~ん♪」

 

 

 楽し気に鼻歌を歌いながら、砂浜を歩く。

 短く揃えられた黒髪は黒曜石のように太陽の輝きを反射し、ルビーのような美しさを持つ赤い瞳は、絶えず海と森の両方を収め続ける。

 

 

「久しぶりのお姉様からのお願い、聞いちゃった♪ 大丈夫よ、お姉様♪ 私、必ずやり遂げてみせるからね♪ だから、帰ったらいっぱい褒めてほしいな♪ ぎゅ~って、抱きしめてほしいなぁ♪」

 

 

 自分をこの地に送った姉を想い、即興で考えた出鱈目な歌を口ずさむ。

 所々に赤いラインの入った、褐色の肌を持つ少女は、背負った弓に手をかけて構える。

 

 

「だからねだからね♪ 私―――」

 

 

 出鱈目な歌を歌いながら、陽気な気分でいながら、くるくると回りながら矢を番え―――

 

 

「―――邪魔な奴らを、みぃんなやっつけるの♪」

 

 

 その華奢な指には似合わぬ力を以て、その愛らしい外見にはそぐわない殺気を以て、射る。瞬間―――

 

 森が―――消し飛んだ。

 

 茂みからこちらの様子を窺っていた兵士達も、穏やかに採集をしていた島民達も、そこで静かに暮らす動植物も、全てを巻き込んで消し飛ばしていった矢の後には、ドリルで削ったかのような跡が惨たらしく残されていた。

 

 

「アッハハハハハッ! お姉様お姉様ッ! 私はやるわッ! 私はやるのッ! お姉様の為にッ! お兄様達の為にッ! アルバの為にッ! この海を―――私の海にするのッ! アッハハハハハハハハハッ!」

 

 

 愛する家族の為に、少女は海を赤く染め始める。

 

 神々の寵愛を受けた海は、少しずつ、外からの浸食を受け始めていた。

 




 
 ~会議終了後~
「カドック」
「なんだ? アナスタシア」
「さっきの会議で王族に手を出す云々の話があったでしょう?」
「あぁ、その事か……。その、嫌な気持ちになったのなら申し訳ない」
「……出してくれないの?」
「え……?」
「……ふふ、冗談よ。顔を赤くしちゃって、可愛い人ね」
「……ッ。冗談も程々にしてくれ……」
「あら、どこに行くのかしら?」
「芥のところだ。調合について訊きたい事があったのを思い出した。すまない、それじゃあッ!」ダッ
「あ、ちょっと……。……もう」

 ヴィイをぎゅっと抱き締め、ほんのり頬を朱く染める。

「……冗談だったら、どれほど良かったかしらね」ボソッ


「なにあれ」
「もどかしいわね~」




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神代の海洋

 
 申し訳ありませんッ!
 前回、最後のところで「狩人の敵討ち」とあったと思いますが、間違ってそう記入してしまったものなので、すぐに編集させていただきましたッ!
 本当にすみませんッ!

 それでは本編です。


 

 シャドウ・ボーダーの中を、重苦しい空気が支配する。

 誰もが言葉を出す事を躊躇うような空気の中、意を決して口を開いたのはマシュだった。

 

 

「いよいよですね、マスター」

「そうだね……」

「ウォッホン。なんだなんだ、その辛気臭い顔はッ!」

 

 

 頷いた立香の耳に、ゴルドルフの声が届く。

 

 

「ショボそうな第六と第七の異聞帯はともかく、第八の異聞帯こそまだ残っているが……これは『異星の神』の降臨を阻止する為の戦いなんだぞッ!」

「だからこそ、ですよ。おっさんだって緊張感から黙りこくってたでしょ」

「フッ。これだからちょっと魔術の世界を齧っただけのキドニーパイは」

 

 

 冷静に突っ込みを入れるムニエルだが、しかしゴルドルフはその顔に笑みさえ浮かべて返した。

 

 

「いいかね。私の緊張はお前達とは次元の違う緊張……即ち、本気のビビりなのだよ。一緒にされては困るというもの。……カドック・ゼムルプスは魔術師としての技量も血筋も覚悟も並み以下の凡人だった。オフェリア・ファムルソローネは魔眼こそ脅威だが、非情さに欠けた淑女だった。芥ヒナコは……途中で離脱してしまったのか正直よくわからんが、そもそも魔術師ではなかった事は間違いない。だが殺気こそ本物だった。ペペロンチーノは……ううむ、あの男は摑み所が無さ過ぎて評価できん。例外としよう。そんな四人のクリプター達と、キリシュタリアは格が違う」

「おや、魔術協会で面識でもあったのかな?」

「あるものか。まぁ、家庭的には私とほぼ同じランクの名門だったが。いいかね。時計塔には天才が集まる。並大抵ではない才能も、あそこでは『普通』なのだ。その中で頭角を現す事自体が、『世界を変える』程の才人である事を示している。キリシュタリア・ヴォーダイム。貴族主義(バルトメロイ)派の上流貴族でありながら、民主主義(トランベリオ)派からも、どっちつかずの中立(メルアステア)派からも、衰退していく世界の『魔術基盤』を立て直すのでは、と注目されていた“期待の星”だ。カルデアになぞ所属しなければ、時計塔に13個目の学科を作っていたかもしれない、とも言われていた。ふんっ」

「それは驚きです。ロンドンではそこまで評価されていた方だったのですね」

 

 

 人理焼却前は同じAチームではあったが、周りと必要以上の関りを持とうとは考えていなかったマシュは、初めて知る彼の素性に目を見開いた。

 

 

「なのに、ゴルドルフ君は面識がなかったんだね~」

「当然だ。私は妬ま……こほん、慎重を期してコンタクトを取る事はしなかったからねぇ。それに、彼の隣にはアンナ・ディストローツがいたという話も多く聞いていた。片や時計塔の期待の星、片や単独でアルビオンに侵入し、あまつさえ一晩寝て帰ってきた“狂気の生還者(マッドサバイバー)”にして、古龍種の関する知識では右に出る者はいない専門家。魔術世界においてこれほど有名な人物はそういない。そんな二人の前に出られる奴は、よっぽどの度胸の持ち主か、ただの愚者のどちらかしかいないだろう。少なくとも、私はそのどちらでもない。……む、話が逸れてしまった」

 

 

 話の腰を折ってしまった事に気付いたゴルドルフは、小さく咳払いした後に、再び自分が知り得るキリシュタリアの情報を口にし始めた。

 

 曰く、キリシュタリアはいずれは家を継ぎ、貴族階級の後継者となる青年層からの絶大な支持を集めていたそうだ。

 魔術世界において、“父親”という存在は偉大な存在であると同時に、子ども達にとっては恐怖の対象でもある。中には数百年を生きる怪物もいると言われている“前時代の魔術師”達に対し、キリシュタリアは決して臆さず、真正面から対峙し、自らの意見を主張し続けた。

 彼のその度胸、気概、そして己への揺るぎない自信は、彼と同じ、しかし怯えるしかなかった青年魔術師達を魅了した。

 彼らが支持する理由の中には、キリシュタリア当人が尊大だが理想家であり、冷酷、冷静な反面人情家だったりといったものもある。

 実際、キリシュタリアには他者を惹きつける才能―――カリスマと呼べるものが備わっていた。それは彼の噂を聞くだけに過ぎなかったゴルドルフをしても、“王”と例える程にだ。

 

 また、マシュやダ・ヴィンチもゴルドルフの言葉に頷く。

 マシュが彼と関りを持ったのは、彼がカルデアに招かれての事だったが、そこでも彼はその才能を発揮し、全てに突出した、正真正銘の天才だったと語り、またダ・ヴィンチは、自分を人類のカテゴリにおける万能の天才ならば、彼は魔術における不屈の天才と評価した。

 そこで立香は、かつて大人のダ・ヴィンチから聞いたAチームの中で“天才”と言われていたのがデイビットだという事を思い出して訊ねてみると、そちらは『出来ない事を行ってしまう』タイプの天才という事だ。対して、キリシュタリアは『出来る事を確実にこなす』タイプとなっている。

 しかし、どちらかの優劣は差し置いて、主な作戦行動を取る予定だったAチームのリーダーは、着実で堅実なプランを立てられるキリシュタリアが適任だろう。それは、カルデアでの彼を知っている誰もが認めている。

 ……時々、アンナとパーティーグッズを身に着けてはしゃいでいたり、ペペロンチーノなどと組んで天才という名にそぐわない、悪く言えばアホな行動をしていた、という噂が広まる事もあったが、今となってはそれが真実かを調べる事は出来なくなってしまった。

 

 また、キリシュタリアは『妥協』という手段に対する嫌悪感、または拒否感とも言えるものから、戦闘シミュレーションでも全力で取り組んでいたそうだ。そう聞くと、彼が努力家のようにも思えるが、努力という点において誰よりも勝っているのはカドックだろう。

 Aチームの中でも最も凡庸な魔術師だったカドックは、他のメンバーに置いていかれないようにと、日夜勉強に明け暮れていた。その時の彼の隣にはアンナの姿もあり、カドックがなにかしらの壁に当たれば、適切なアドバイスを与えて彼を導いていたようだ。

 

 

「キリシュタリアについての考察はここまで。他にこれと言って判断材料がないからね」

 

 

 ここまで話して、ダ・ヴィンチはキリシュタリアについての話を終わらせる。

 ここからは、これから挑むギリシャ異聞帯。そして、今回の作戦についてだ。

 

 

「相手は未知数だけど、こっちだって装備は万全だ。これまでに溜めに溜めた魔力リソースをありったけ放出したし。現在、シャドウ・ボーダーの外殻へと変化したノーチラスによって、海を渡るのも容易になった」

「まだまだノーチラスの本領を発揮してるわけじゃないけど」

「残念ながら、優先すべきはシャドウ・ボーダーの安全でね」

「うむ。十重二十重(とえはたえ)に組み込まれた結界術式。魔力による水流操作によって、高速移動を可能にした新エンジン。衝角として証憑機構(アロニクス・ファンタズム)があれば、たとえ溶岩(マグマ)の中でも突き進めるだろう」

「もちろん、それだけの自信も経験もあるから任せて。艦が傷付くような事は避けたいけどね」

『こちら、シオン。通信状態も良好です。食料飲料、共に満タンになるまで確保しました。文字通り、現段階での最大装備です。これで失敗したら目も当てられません』

「なに、失敗したら来年の予算など考えなくてもいいのだ。ここでありったけ使っておくのが、賢いやり方というものさ」

「うぅ……早く霊脈を発見、サーヴァントを召喚したいものだ。現状の戦力では心許(こころもと)なさ過ぎるッ!」

「仕方ありません。これまでの異聞帯での戦いを考慮するに、現地で召喚した方が相性がいい。マスターが仮契約を結べるサーヴァントもそう多くはない。今は我慢の一手ですよ。―――しかし」

 

 

 そこでホームズの目が細められ、立香に向けられる。

 

 

「ギリシャ異聞帯の戦力もそうだが、我々にはそれとは別に注意しなければならない問題もある。わかるかい? ミス・立香」

「……シュレイド異聞帯」

 

 

 立香の回答に、ホームズが重々しく頷く。

 

 

「そう。今回の異聞帯は、慎重かつ迅速に攻略しなければならない。最悪の場合、我々は現時点で最大規模を誇る二つの異聞帯を同時に相手取る事になるかもしれないのだからね」

 

 

 世界が誇る名探偵が口にした最悪の未来に、この場にいる全員の意識が張り詰めた。

 

 

 

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 時はギリシャ異聞帯攻略へ向けたミーティングまで遡る。

 以前から、地球全体を覆っていると推測されていた空想樹の『枝』に、つい昨日変化が生じた。

 今まで『枝』の中をネットワークのように循環していた魔力が、突如としてギリシャ異聞帯に集まりだした。シオンやホームズは、これを『大規模な魔術儀式の為のエネルギー充填』であると決定づけた。

 現在、推測されているエネルギー量は、かつて私達が相手にした人類悪―――魔神王ゲーティアが為した『人理焼却』に匹敵するものだそうだ。

 シオン達の考えに同調するように、トリスメギストスもこれを『世界災害』と警告し、予定を前倒しにして、ギリシャ異聞帯に存在する空想樹の切除を推奨してきた。

 一度は歴史を丸ごと焼却し、世界を滅ぼしたと言っても過言ではない人理焼却と同規模の魔術儀式を行う―――それはつまり、今回の人理漂白を起こしたであろう『異星の神』の降臨を意味する。

 正体は未だわからないが、『異星の神』の降臨はなんとしてでも阻止しなくてはならない。

 

 しかし、ここで問題が一つ。

 

 

「まずはこちらをご覧ください」

 

 

 シオンが指差した、ホログラムで表示されている現在存在する異聞帯を示した世界地図を見上げる。

 

 最初に出現した異聞帯の数は、全部で八つ。その内の半分―――ロシア、北欧、中国、インド異聞帯は、既に私達の手によって切除されている。よって、残っている異聞帯は、イギリスと南米、大西洋、そして南アフリカ異聞帯だ。

 イギリスと南米はあまりにも小さく、今のところ目立った問題点は見当たらないが、注目すべきは南アフリカ異聞帯―――通称、シュレイド異聞帯の状態だ。

 

 

「これって……」

「はい。シュレイド異聞帯はその規模を日に日に増していった結果、遂にアフリカ大陸を呑み込み、今となってはギリシャ異聞帯と並び得る、あるいは上回るものとなりました。このままいけば、いずれこの二つは衝突し、どちらかが消えるでしょう」

「ん? ならばどちらかが敗北するまで待てばいいのでは? それか、漁夫の利を狙うのもいいと思うのだが……」

 

 

 ギリシャ異聞帯に存在するであろう存在は、地域からして容易に想像できる。対して、シュレイド異聞帯も、そこを担当しているアンナ・ディストローツが“黒龍”と“煌黒龍”をサーヴァントとして従えている事から、“モンスターハンター”叙事詩の時代が現代まで継続してしまった世界だと予測されている。

 もし、この仮説が正しければ、近くに世界最高峰のギリシャ神話と、超古代の地球が生み出した惑星(ほし)の代行者達による戦争が起こるという事だ。

 両者とも、現段階のカルデアの総力を懸けても切除できる可能性が低い異聞帯だ。ならば、両者を争わせてどちらかを消滅させてもらうか、両者が疲弊しているところを突いて両方とも切除に向かうか、という考えが浮かぶ。

 勝利とは、ただ真正面からぶつかって制するものだけではない。時には自軍以外のものも利用し、的確に敵軍に打撃を入れてからトドメを刺しに行く、という戦略も必要なのだ。

 ……しかし、シオンはそんな考えを真っ向から否定した。

 

 

「『二兎を追う者は一兎をも得ず』、という(ことわざ)をご存じで?」

「なんだ、いきなり。もちろん知っているとも。『二匹の兎を捕まえようと追いかけると一匹も捕まえられない』、というやつだろう? ……あっ」

「はい。まさしくその通りです。今の我々に、この二つの異聞帯を同時に相手取る事は不可能です。それがたとえ、両者が疲弊していたとしても。舐めてかかったら逆にこっちが狩られます。空腹の猛獣同士が争っている中、全裸で突っ込む馬鹿がどこにいると思います?」

「すみません……」

 

 

 よく考えればすぐにわかる事に気付けなかったゴルドルフが頭を下げるも、シオンは「まぁそう考える気持ちもわかりますよ」とにこやかに笑って許した。

 

 

「私もダ・ヴィンチさんにホームズさんも、一度はその考えを思いつきました。両者の戦力を振り返って、すぐに排除しましたけどね。この二つの方法から選ぶとすれば前者なのですが、こちらもこちらで問題があります」

「……領域の拡大、ですか?」

 

 

 恐る恐る訊ねたマシュに頷くシオン。

 

 

「まだ異聞帯同士が激突した場合、そこにどのような変化が起こるのかはわかりませんが、恐らく勝利した異聞帯は、敗北した異聞帯を取り込んで、その分領土を拡大させるでしょう。そして、近いうちに衝突するであろう異聞帯は、残りの異聞帯の中でも一、二位を争う規模を誇っています。ギリシャ異聞帯が勝てば、そこにいるだろう神々の活動範囲が広まりますし、シュレイド異聞帯が勝てば、どこを見ても最強の幻想種である竜種がいる魔境がさらに広がる事になります。共倒れしてくれるのが一番なのですが、それが現実になる確率は限りなく低いので、決着が着くまで待機なんて考えは断固却下です」

「だが、我々はこの事を知っていたとしても、ギリシャ異聞帯に乗り込まなくてはならない。『異星の神』の降臨は最早時間の問題となっている。その前に、ギリシャ異聞帯とシュレイド異聞帯が衝突するとは限らないからね。ならば、我々から行動を起こすべきだ。シュレイド異聞帯が接触してこない間に、ギリシャ異聞帯を切除する。(かね)てからの手順通り、ギリシャ異聞帯にカルデアの全資源を投入し、これを攻略する。その準備は先程整った」

 

 

 立香達の視線を一身に受けたホームズは、ギリシャ異聞帯攻略に向けて整えた“準備”の内容を説明する。

 

 ノーチラス号には宇宙空間まで観測可能な超望遠レンズと、過去最大の魔術障壁を構築。

 シャドウ・ボーダーは新品と言えるレベルまでオーバーホール。

 また、万が一の為に、この二つにはどちらかが自沈した時の相互換装機能も組み込み、マシュが盾として使っている『円卓』には現地にて複数のサーヴァント召喚を行える魔力資源を搭載した。

 本来の予定ならば、ここに霊基外骨骼(オルテナウス)の換装も入っていたのだが、こちらだけは間に合わず、これにはホームズも心残りだと零した。

 しかし、そちらについては、カルデアに残るシオンが設計を継続するという話になっているので、あまり問題にはなっていない。シオンもアトラス院の魔術師。彼女ならば、迅速に設計を完了してくれるだろう。

 『弾丸』に相当する強力な概念は現地で発見/調達できれば、後はキッチリ仕上げてくれるのだそうだ。

 マシュも、その時に向けての射撃訓練は終えている。決戦時には、彼女の存在が必要不可欠になってくるだろう。

 しかし、ここにいるメンバーの中で唯一その事を知らなかった立香だけは首を傾げており、シオンはすぐに「出番があるかは未知数」と答えた。

 

 そして、一通りの確認を終えた後、シオンは実行部隊の立香達に号令を飛ばす。

 

 

「状況は大きく変化しました。一分……は言いすぎですが、一日の猶予もない状況です。我々にとって最大の攻略ポイントだったギリシャ異聞帯ですが、それはあちらにとっても同じ事だったようです。“王手をかけた”のはあちらが先になりました。今までで最も困難な戦いになるでしょう。敵の数にしても、辿り着くまでの道程にしても。虚数潜航で送り込めるのは異聞帯の外縁付近であり、空想樹までの距離は過去最大のものとなります。ですので、これまで以上に慎重に、且つ迅速に、しかし極めて冷静であってください。ギリシャ異聞帯では“世界を知る”事そのものがマイナスになるかもしれません。どうか、心を強く持つように。そして同時に、自らの可能性に胸を張って。作戦実行が不可能だと判断したのなら、即座に帰還してもらって構いません。……さぁ、サクッと地球を取り戻しに行きましょうッ! マスター・藤丸立香始め、実行部隊は速やかにボーダーに搭乗。全員のバイタルチェックが完了次第、ノーチラス号を現実退去(サイルカット)。虚数潜航を実行し、状況を開始します。作戦(オーダー)名、ロストベルトNo.5。副作戦(サブオーダー)名、『星の海を渡るもの』。持ち得る全ての能力を駆使して当たられますよう。皆さんの帰還をお待ちしていますッ!」

 

 

 シオンの号令に力強く答え、立香達はギリシャ異聞帯へと向かった。

 

 ―――そして、カルデアの浮上地点を予測していたギリシャ異聞帯の英雄率いる、オリュンポス船団の待ち伏せを受ける事になったのだった。

 

 

 

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 オデュッセウス。それは、ホメロスの叙事詩『イーリアス』に登場するギリシャ英雄の一人の名だ。

 数多の英傑が命を落としたトロイア戦争を生き残り、愛する妻の下へ帰る途中に立ち塞がった幾つもの困難を乗り越えた、ギリシャが誇る大英雄。その名は、後に『オデッセイ』の語源にもなったと語られている。

 ギリシャ異聞帯にいる彼は、抑止力より召喚されたサーヴァントの己を取り込み、汎人類史の知識を奪い取った。そして、崇高なる主神ゼウスの盟友たるキリシュタリア・ヴォーダイムからカルデア撃退の命を受け、長期的な防衛準備を整えてきた。

 そして、カルデアがこの海に侵入したと判断した直後、自らが率いるオリュンポス船団、無限に怪物を産み続ける母たるエキドナ、そしてキリシュタリアが派遣した槍兵(ランサー)のサーヴァント、カイニスを指揮し、異邦からの侵略者達を抹殺すべく動き出した。

 

 カルデアはこれに対し、虚数潜航による離脱は不可能と判断し、逃げ切るまでの防衛戦に出るしかなかった。

 

 

「……存外に粘るな」

 

 

 本拠地にいるサーヴァント達の影とマシュを指揮し、先程エキドナに産ませたケルベロスの迎撃を行う立香に、オデュッセウスはそんな感想を零す。

 このギリシャ以外にも、他に七つの異聞帯と呼ばれるものがあるという話は聞いていたが、なるほど、確かにその内の四つを潰してきただけの事はある。

 今も、艦の衝角による一撃でケルベロスを突き飛ばし、なんとか逃走経路を確保しようとしている。

 しかし、この海の守護を任されたオデュッセウスが、それを許すはずもない。

 

 

「エキドナに怪物を産ませ続けろ。奴らが耐えている間に包囲を狭める」

「ハッ!」

 

 

 近くにいたオリュンポス兵に命令すれば、再びエキドナが悶えながら、成体の怪物達を産み落としていく。

 カルデアが怪物達を撃退している間にも、自分達の他にカイニスが向かっている。連中の息の根を止めるのも、そう時間のかかるものではない。

 ―――そう思った瞬間だった。

 

 

「……なんだ?」

 

 

 突如として、足元が震え始めた。

 最初は軽めの揺れだったものが、少しずつ、しかし確実に大きくなっていき―――

 

 

「―――グルォアアアアアアアアアッッッ!!!!!!」

 

 

 遂に、形となって現れた。

 

 突然、海を突き破って現れた巨体。その真下にいた何隻もの船をまとめて呑み込んだそれ( ・ ・ )は、この場にいる全てを喰らえる程の顎門(あぎと)を開いてこちらを睥睨する。

 

 ―――それは、かつてこの星を支配していた種族の一体。

 緑を呑み、生命を呑み、そして、遂には島さえ呑み込んだ竜。

 概算450mを優に超える、黒ずんだ巨躯をしならせる怪物(モンスター)

 

 そう、抑止力は遂に、古の龍どころか、それに匹敵する竜種まで召喚するに至った。

 

 

「グルォアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 その者の名は、“大巌竜(だいがんりゅう)”ラヴィエンテ。生命無き絶島と共にこの海に召喚された、分類不明の超古代生物である。

 

 

 

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 閉じていた瞼を開ける。

 組んでいた腕を下ろして軽く動かせば、ポキポキと小気味良い音が鳴る。

 

 

「どうしたんだい? ラメール」

「モンスターの気配を感じた。狩りに行く」

「モンスター? この海にいるのかい? アンタの時代の怪物が?」

 

 

 目の前にいる、その豊満な胸を大胆に晒している赤髪の女性に答える。この海、この時代に、とうに絶滅したはずの生物が現れた事に僅かに目を見開いた彼女は、それから目を細めて、席を立った、一部が青く染まった黒髪の女性を見る。

 

 

「大丈夫なのかい? ちょっと前のアンタならいざ知らず、今のアンタは……」

「やり辛い事この上ないが、要は海に触れさえしなければいいんだろう? それならば、それなりの戦い方というものがある」

「ハハハ、頼もしいねぇ。流石、歴史に名高いモンスターハンターの一人だ。おい、イアソン。アンタも見送って……ありゃ」

 

 

 赤髪の女性―――フランシス・ドレイクの視線が、少し離れた席にいる金髪の男―――イアソンに向けられるが、生憎と彼は机に突っ伏していびきをかいていた。先程まで酒を浴びるように飲んでいたためだろう、すっかり爆睡中だ。

 

 

「放っておけばいい。彼は友を喪った。再起するには、それ相応の条件が必要だろう。尤も、その条件は我々で果たせるものではないが」

 

 

 手元に出現させた青黒いヘルムを被れば、右手には竜の顔を象った大盾が出現し、背中には巨大な銃槍が姿を現した。

 彼女の武器は、彼女が身に着けている防具と同じ青黒い色を持っており、銃槍からは禍々しい魔力が嫌でも感じ取れる。

 

 

「改めて見るけど、凄い武器だねぇ……。それが“冥海竜”って奴から作られた―――」

「冥銃槍エングルム―――私の武勲の象徴。そして、我が生涯を共にした相棒だ」

 

 

 海底遺跡の奥底に住まう竜の素材から作られた、最愛の武器を背負い、女性―――ラメールはドレイクが運営する酒場の出口へ向かう。

 

 

「行ってきな―――海神殺し( ・ ・ ・ ・ )

「……あぁ、行ってくる」

 

 

 背に投げかけられた短くも頼もしい激励に、この海の支配者すら沈めてみせた最強のハンターは、左手を軽く掲げて答えるのだった。

 




 
 今回のイベント、皆さんはもうクリアしましたか? いやぁ、自分はこのイベントは良い、このイベントは駄目、みたいな事は考えず、純粋にストーリーを楽しむ性格なんですが、今回のイベントは本当に良かったですねッ! 実に私好みのストーリー構成で、龍馬とお竜さんが再起するところなんて手を叩いて喜んじゃいましたよ。
 可能ならばガチャで引きたかったんですけど、そろそろコヤンスカヤ関連のイベントが来るそうですし、そうなるといよいよ安倍晴明が来そうなので……。お金もあんまり無いですし。やはり世の中は金……。

 何はともあれ、次回もお楽しみにッ!


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“大巌竜”、吼える

 
 昨日から新しくクリスマスイベントが始まりましたね。
 ガチャにスカディが来ましたが、自分は今後来るコヤンスカヤイベの備えるため、我慢します。福袋で当たれば嬉しいですねぇ……。


 

 それは、カルデアがギリシャ異聞帯攻略を開始する少し前になる。

 いずれ来るであろうカルデアに対する防衛準備を進めている中、オデュッセウスはカルデアが出現すると考えられる場所をピックアップする為、アトランティス全域にオリュンポス船団を派遣した事があった。

 その際、ある方角へ向かわせた船団からの通信で、地図に無い島を見つけた、というものがあった。

 基本、新たな島が形成される原因となり得るものは海底火山の噴火なのだが、その地域には海底火山なんてものはまず存在しない。出現する経緯が不明な、ある日ポンとその姿を現したその島に不気味な気持ちを抱きながらも、オデュッセウスは兵士達にその島の調査を命じた。

 万が一の為にと他の船団を周囲に待機させ、その島に住まう何者かが現れた時にはすぐさま攻撃できるようにしたのだが、そのような事は起きなかった。

 結果としてオデュッセウスが知り得たのは、その島には動植物の気配はまるで感じられなかった、という情報だけだった。

 脅威となる存在がいないのであれば、捨て置いても問題はない。そう考えて、オデュッセウスはその島を放置する事にしたのだ。

 

 ―――彼は気付くはずもなかった。

 その島は、この星の抑止力によって招かれた存在が住処としていた場所であった事を。

 そして、その島の主は、既にオデュッセウス達でさえ感知出来ぬほどの地下に潜り込んでいた事を。

 

 

 

「な―――ッ!?」

 

 

 予想外の超巨大生物の出現を前に、オデュッセウスの口から驚愕の声が漏れる。

 地震と共に姿を現したラヴィエンテは、彼はおろか、この場にいる誰もが初めて見る存在だ。先程まで彼に追い詰めていたカルデアも、そのカルデアを攻撃すべく海中に潜っていたカイニスでさえも、天にも届かん程の巨体を誇るラヴィエンテを視界に入れてその動きを止めてしまっている。

 

 ラヴィエンテの頭部が下げられ、自分を見上げているであろう者達と目が合う。

 『異星の神』なる存在によって地表の全てを漂白された地球がカウンターとして召喚したモンスター達の一体であるラヴィエンテにとって、『出現した異聞帯の破壊』を最優先事項と定められている。

 そして、先程自分が吞み込んだ船団や、今まさに自分を見上げている者達が、この偽りの正史に住まう存在である事は、既に理解していた。

 

 ならば、彼が為すべき事は決まっている。

 

 

「グルォアアアアアアアアアッッッ!!!!!!」

 

 

 大きく開かれた顎門からバインドボイスが放たれ、誰もが反射的に耳を塞ぐ。しかし、それでも貫通してきた大音量によって鼓膜を破られる者が多数現れ、また堪らず体勢を崩す者も多く現れた。

 オデュッセウスもまた例外ではなく、辛うじて鼓膜は破られなかったが、超巨大モンスターの咆哮によって、その動きを封じられてしまった。

 

 オリュンポス船団もカルデアも関係なく、咆哮のみで動きを封じたラヴィエンテだが、彼にとっては咆哮は攻撃ですらなく、戦闘開始の合図を告げた程度のものだった。

 

 

「オデュッセウスッ!」

 

 

 自分の隣にいる、オリュンポス船団兼防衛軍に加わっていた半人半馬の英雄、ケイローンが叫ぶ。

 ケイローン―――汎人類史では数多の英雄達を教え導いてきたケンタウロスとして伝えられているギリシャ英雄の一人。父に大地と豊穣の神クロノスを、母に女神ピリュラーを持つ、正真正銘の神霊。その最期は、ヘラクレスの誤射によって肉体をヒュドラ毒に侵され、その苦しみから逃れる為に不死の力を失った事に起因する。

 しかし、異聞帯(こちら)のケイローンは、汎人類史の彼と違って、ヘラクレスがヒュドラ毒の塗られた矢を誤射してしまったという事件が起こらなかったためか、今も肉体を保って生きている状態である。

 

 この場にいる誰よりも優秀だと思える男の声に、オデュッセウスはすぐに態勢を立て直し、自分が率いる船団にラヴィエンテを攻撃するよう指示を飛ばし、カイニスには変わらずカルデアを攻撃するように指示する。

 突然現れたラヴィエンテを討伐、ないし撃退を視野に入れざるを得なくなったのは誤算だったが、だからと言ってカルデアを野放しにするつもりはない。

 幸い、ここは海上だ。海神ポセイドンの偏愛を受けた彼は、海の上限定であれど、あらゆるダメージを無効化するスキルを保有している。

 彼がカルデアの船の中に侵入できれば、それだけでカルデアは全滅させられる。

 

 ならば、とオデュッセウスはモンスターを睨み上げる。

 取り囲むように配置させた船団、そしてエキドナに産ませた怪物達の攻撃を受けても尚、ラヴィエンテは煩わしそうに身動ぎする程度。しかし次の瞬間、その全身からなにかを放出させ、それは頭上からゆっくりと降下してくる。

 

 目を細めたオデュッセウスが、頭上を覆うものが粉塵だと気付いた途端、背筋に悪寒が走った。

 

 

「ケイローン」

「はい」

「可能な範囲でいい。上空の粉塵を吹き飛ばせ」

「了解しました」

 

 

 指揮官の指示に従い、ケイローンはまず最初に自分達の乗る船に降り注いでくる粉塵に向かって矢を放つ。

 神霊の膂力によって放たれた矢は、上空の粉塵を吹き飛ばし、続いて放った幾本もの矢が、他の船に降り注ぐ粉塵も蹴散らしていく。

 

 しかし、ケイローンをしてもどうしても届かない場所がある。

 ラヴィエンテの後方。ラヴィエンテの巨大な体躯が壁になってしまっている事から、その向こうにある仲間達の船を護れないのだ。

 

 歯噛みしたケイローンを嘲笑うかのように、ラヴィエンテがアギトに極大な火球を生成する。

 瞬間、その熱気に当てられた粉塵が爆発。

 上空が一気に真紅に染まり、爆発が生んだ熱風が彼らの全身に叩きつけられる。

 

 しかし、それでラヴィエンテの攻撃が終わらない事は、誰もが理解していた。

 

 

「ビームセイルを張れッ! 水流操作後、全速力で散開せよッ!」

 

 

 兵士達の応答が聞こえた後、自分達が乗った船を含めた全ての船が散らばる。次の瞬間、上空を覆っていた黒煙を突き破って、無数の極大火球が落ちてきた。

 

 一瞬の間を置いて―――大爆発が起こる。

 

 降り注いできた極大火球の一つ一つが、逃れる船団の内の数十隻をまとめて消し飛ばし、辛うじて直撃を逃れた船さえ、その爆風で木っ端微塵にしてしまった。

 

 火球一発で数十隻の船が跡形もなく消し飛んだ光景に、オデュッセウスは戦慄した。

 これが、たった一体の怪物によって引き起こされた事態なのか、と驚愕せずにはいられなかった。

 

 ラヴィエンテの視線が、生き残った船の一隻―――オデュッセウスが乗っている船に向けられる。

 瞬間、オデュッセウスは、自分達とその怪物の格の違いを確信した。

 

 力量差だけではない。まず、生物としての格すら、自分達はこの怪物に負けている。下手をすれば、崇高なる神々にも届き得るレベルだろう。

 

 しかし、そう考えた瞬間、オデュッセウスは自分を叱りつけるように、仮面を外して露わになった顔面を殴りつけた。

 

 突然自分の顔を殴ったオデュッセウスに、ケイローンの訝し気な視線が向けられるも、当の本人はその事に気付かない。

 それ程までの激情に、彼の心は染まっていたのだ。

 

 

「……ふざけるな。あの方々に比肩し得るだと……? あり得るものか……あり得るものかッ!」

 

 

 この世界において唯一にして絶対なる存在とは、偉大なる神々の王―――ゼウスに他ならない。

 一瞬でも、あの御方に届き得る格をこの怪物が持つなど思った自分が情けない。情けなさ過ぎて、地獄の業火が如き憤怒の情すら湧いてくる。

 

 何度か深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせる。そのお陰か、先程まで荒ぶっていた思考が元の冷静さを取り戻し、彼にとっての正しき答えを提示してくる。

 

 なるほど、確かにあの怪物は強力だ。このオリュンポス船団のみで戦いを挑んでは、返り討ちにされるのは間違いないだろう。しかし、だからといって、あの怪物の実力が神々と同等であるはずなどない。あの程度の怪物など、偉大なる主神ゼウス、いや、アフロディーテやデメテルの前では無力に等しき存在だろう。

 ならば、彼らと同等の権能(チカラ)を持つ者の手を借りれば良いだけではないか。

 自分の手元に用意された手札の中でも、最強の力を持つそれは、本来ならばカルデアの殲滅に使いたいところだったが、なにも一回きりのものではない。あの星を穿つ一撃ならば、あの怪物をも灰燼に帰すに違いない。

 

 オデュッセウスがオリュンポス兵に指示を飛ばそうとした刹那―――どこかから大砲を撃つような音が聞こえてきた。

 

 

 

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「チャンスだ。恐らく、あのモンスターの出現は彼らにとっても予想外の出来事だったのだろう。今の内に包囲網を突破する」

 

 

 海中を進んできたカイニスの襲撃をなんとか凌ぎ切った立香達。

 ギリシャ異聞帯到着直後にオデュッセウスとアトランティス防衛軍による待ち伏せを受けた彼女達は、各々が持ち得る技術をフル活用して次々と襲い来る脅威を撃退してきた。しかし、自分達と彼らの圧倒的な戦力差を前にして、このままでは鏖殺されるまで時間の問題かと思われていた。

 そんな彼女達にとってラヴィエンテの出現は不幸中の幸いと言うべきものだろう。

 これまでの異聞帯で味方として戦ってくれたサーヴァント達と同じような、抑止力の使いとして召喚されたのか、それとも元々この異聞帯に生息していた個体なのかは不明だが、ラヴィエンテの出現によって、オデュッセウス達は自分達の他にも、そちらの対応にも追われる必要が出てきたのだ。

 海上にいる限り無敵を誇るカイニスの襲撃こそ最悪の一言に尽きるものだったが、そこも立香とマシュ、そして立香がカルデアから召喚したサーヴァント達の尽力によって耐え切る事が出来た。

 

 

「だ、だが大丈夫なのかね? あのモンスター、技術顧問が言うに“大巌竜”なのだろう? 伝説じゃあ、『自らの腹を満たす為だけに島の生命全てを喰らい尽くした』と語られる化け物だろう? そんなモンスターが逃げようとしている我々に気付いたら……」

「こちらに友好的な姿勢は感じられない以上、間違いなく攻撃されますね。仮に狙われなくとも、攻撃の余波で消し飛ぶ可能性もある」

 

 

 先の極大火球による被害は、立香達も当然見ている。

 装甲の強度で言えば、アトランティス防衛軍の船よりこちらの方が断然高いが、だからと言ってあの攻撃を耐えられるかと問われたらノーと言わざるを得ない。余波だけだろうと、必ず艦のどこかが故障する。あの火球はそれほどの威力を持っていると、ホームズは誰よりも早く理解していた。

 

 

「では、もし気付かれた場合は……」

「なに。初歩的な事さ、ミス・キリエライト。そう深く考える必要すらない、単純明快な答えだとも。君はわかるかい? ミス・立香」

 

 

 愚直に戦っては返り討ちに合うのが確定なオリュンポス船団。

 火球一発で数十隻の船を焼却し、またその余波で周辺を消し飛ばす“大巌竜”。

 前者でさえ対処するのが手一杯だったのに、そこに後者も加わっては溜まったものではない。しかし、今は両者が交戦している状態。だが、もしラヴィエンテがこちらに意識を向けたとしたら……?

 

 

「逃げよう。うん、全速力で」

「その通り。キャプテン・ネモ。ここは逃げの一手だ。大胆かつ慎重に、この場から離脱しようか」

「そんなのわかってるからッ! エンジン、かっ飛ばすからねッ!」

『おうよッ! こんなところで死にたかねぇからなッ!』

「マリーンッ! 索敵よろしくッ!」

「は~いッ! 敵を見つけ次第、魚雷ぶっぱしま~すッ! ―――あれ?」

 

 

 威勢よく返事したマリーンの一人が、なにかに気付いたのか目を細めた。

 どうしたのか、とネモが訊ねると、そのマリーンは「なんか上空にサーヴァント反応があるよ~」と答えた。

 上空にいる、という事は翼を持っているか、浮遊に関係する英霊が来たのかと思い、ダ・ヴィンチはシオンが準備してくれた装備の一つである超望遠レンズを使ってみる。

 

 

「な、なにあれ……」

「どうしたの? ダ・ヴィンチ?」

「……こんな状況で言う事じゃないけど、面白いものが見えるよ。立香ちゃんも、ほら」

「う、うん」

 

 

 言われるがままに、立香は望遠レンズを覗き込む。

 

 槍と大砲を合わせたような装備に何度も火を噴かせながらこちらへ飛んでくる、青黒い鎧に身を包んだサーヴァント。

 男性か女性か、外見からは判別しにくいが、立香はそれよりも、そのサーヴァントが身につけている鎧と、その手に持つ銃槍に注目した。

 重厚なデザインの武器に、なにかしらの竜を連想させる防具。

 その外見に、立香は我知らずこう呟いた。

 

 

「あれって……ハンター?」

 

 

 

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「……海神殺しか」

 

 

 

 カルデアがそれを確認するのと同時に、オデュッセウスもまた上空からやって来るサーヴァントに気付いた。

 

 オデュッセウスはカルデアがやって来る前に、アトランティスに多く点在する霊脈からサーヴァントを召喚し、即座に殺害していた。カルデアがこの地で新たな戦力を獲得するのを防ぐ為だ。

 オデュッセウス自身が生かすと決めたとある一騎を除けば、サーヴァント達は問題なく処分できていた。……しかし、そんな中で、唯一彼らによる殺害を免れた者がいた。

 

 それこそが、今上空にいるハンター―――ラメールだ。

 

 砲身と槍が合体したような武器―――偉大なるギリシャの神々がこの星に降り立つ前ではガンランスと呼ばれていたものを担いだ彼女は、召喚されると同時に自身を包囲したオデュッセウス達を即座に敵と判断。“モンスターハンター”の称号に違わぬ実力を以て、オデュッセウスとケイローン、そしてアトランティス兵を蹴散らし、そのままガンランスから砲撃を行ったかと思えば、その衝撃を利用して別の島まで飛んでいってしまったのだ。

 砲撃を利用して空を飛ぶなどという出来事には、流石のオデュッセウスも驚愕を通り越して呆れてしまったレベルだ。

 すぐに他の島に駐屯させていた兵士達に捜索を命じたのだが、結局彼女の行方は掴めず、オデュッセウスはサーヴァントを取り逃したという屈辱に見舞われた。

 そんな彼女に関する新たな情報を掴めたのは、それからしばらく経った頃だった。

 

 オデュッセウス達が気付かぬ間に召喚されていたフランシス・ドレイクや、他のサーヴァント達と結託した彼女は、あろう事か地下に存在するオリュンポスの番人の役割を担っていたポセイドンと交戦し、単騎で沈めたのである( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )

 

 その際、彼女はドレイクと共にポセイドンから呪いを受け、今回の現界中は海に入れば死ぬ状態になった。しかし、彼女はドレイクのような、船を駆って海を渡る者ではなかった。

 

 海を駆れないのであれば、空を渡れば良いのだ―――そうラメールは考え、そして実行に移した。

 

 その結果が、これだ。

 

 

「ハアアアァァッッ!!」

 

 

 肺に溜めた全酸素を吐き出すかのように発せられた叫びと共に、ガンランスが振り下ろされる。

 巨大なモンスターが自らに迫る狩人に気付くも、時既に遅し。

 狙うは、ラヴィエンテの背中から突き出た、人間大のサイズを誇る結晶―――輝結晶である。

 狩人の狙い通り、結晶はガンランスの一撃によって亀裂が入り、続いて繰り出した砲撃が、結晶を粉砕した。

 

 

「ギャアアアアアアァァァッッッ!?!??」

 

 

 自らにとっての弱点を破壊されたラヴィエンテが絶叫し、激しく身動ぎする。

 超巨大モンスターが激しくのたうち回った事で周辺の海が荒れ、それだけでも幾隻の船が沈んでしまった。

 オリュンポス船団団長兼アトランティス防衛軍指揮官を務めるオデュッセウスにとっても、この混乱に乗じて包囲網から脱出しようとしていたカルデアにとっても、ラヴィエンテとこの海の荒れ様は傍迷惑にも程があった。

 激痛による身悶えでお互いの船が潰されるなど溜まったものではない。

 

 激しい揺れに襲われる艦内で近くにあるものにしがみついた立香は、揺れが収まると再びレンズを覗き込む。

 

 突如ラヴィエンテに攻撃を仕掛けた狩人の姿は、すぐに見つかった。

 黒ずんだ外殻に銃槍を深く突き刺していた狩人は、ラヴィエンテから振り落とされないように必死に柄を握っていた。

 だが、あのままでいてはいずれ振り落とされてしまうのも時間の問題だろう。

 

 

「みんなッ! あの人、助けられないかなッ!」

「な……ッ! なにを言っているのかね君ィッ!? ラヴィエンテに攻撃したサーヴァント―――君が言うにはハンターらしいが、そいつを助けるという事は、あのモンスターに突撃すると言っているようなものだぞッ!?」

 

 

 真っ先に拒絶の意を示したのは、現カルデア所長を務めるゴルドルフ。

 策略家として知られているオデュッセウスだけでも相手したくないというのに、新たに出現した超巨大モンスターに自ら突っ込んでいくなど、自分が臆病者であると自負しているゴルドルフにとっては考えたくもない事だった。

 立香自身も、その事は重々承知している。

 今最も優先すべき事は、この場からの離脱を図る事。自分達が敗北してしまえば、汎人類史の奪還という目的は潰えてしまう。

 しかし、それでも彼女は、あの狩人の救助を優先してしまうのだ。

 

 

「お願いします……ッ! あの人を、見捨てたくないんですッ!」

 

 

 頭を下げて懇願した立香に、艦内が静寂に包まれる。

 自分勝手な判断、説得するに足る理由も無いままに頭を下げた立香は、果たして自分の言葉が届くかと、胸の中が不安で一杯になるが、それでも決して頭を上げたりはしなかった。

 

 しばしの間を置いて「……はぁ」と溜息を吐いて静寂を破ったのは、額に手を当てたゴルドルフだった。

 

 

「……わかった。行ってきなさい。ただしッ! こちらが無理だと判断したらすぐに逃げるからなッ!」

「……ッ! ありがとうございますッ! マシュッ!」

「はいッ! マシュ・キリエライト、先輩の護衛を務めさせていただきますッ!」

 

 

 立香の熱意に根負けしたゴルドルフの許可を受け取り、立香は早速マシュと共に甲板に出る。

 

 数百メートル先にいても尚、その威容を崩さずに存在感を放ち続けるラヴィエンテは、自分の体に張り付いているハンターよりもオリュンポス船団の殲滅を優先したのか、再び火球を発射して十隻以上の船を塵に変えていた。

 生き残っている船もバリスタから光の矢のようなものを飛ばしているが、ラヴィエンテはそれを鬱陶しげに受けるだけで、大してダメージを与えられているような雰囲気は感じられない。

 しかし、両者の交戦はすぐに幕を閉じた。

 

 

「……船団が……」

「退いていきますね……」

 

 

 突如として船団が方向転換し、蜘蛛の子を散らすようにラヴィエンテから離れ始めたのだ。

 オデュッセウスもこれ以上ラヴィエンテの相手をしていては船団が全滅すると思ったのだろう。瞬く間にラヴィエンテから離れていく。

 

 

『……嫌な予感がする。ミス・立香、ハンターを助けるのなら、迅速果断に行動すべきだ』

「はいッ!」

 

 

 立香が答えた直後、ラヴィエンテが咆哮を轟かせる。

 オリュンポス船団の撤退を許せないのか、その巨体からは想像できない俊敏な動きで船団を追おうとする。

 その時、ラヴィエンテの体から小さな点のようなものが離れた。

 

 

『立香~ッ! あれ、きっとハンターだよ~ッ! 振り落とされちゃったんだッ!』

「マシュッ!」

「はいッ!」

「投げてッ!」

「はいッ! ……って、えぇッ!?」

 

 

 突然とんでもない事を言ってのけた主に、堪らずマシュが素っ頓狂な声を上げた。

 しかし、立香の有無を言わさぬ表情に息を呑み、やがて決心したように頷いた。

 立香の体を持ち上げ、両腕に力を籠める。

 そして―――

 

 

「ヤアアアァァァッ!!!」

 

 

 常人のそれとは比べ物にならぬ膂力を以て、立香を投擲した。

 

 

「英霊召喚―――」

 

 

 全身に風を浴びながら、立香は“彷徨海”に設立されたカルデア本部にいるサーヴァントの一騎に呼びかける。

 狩人との距離は少しずつ近づいている。このままでは衝突は避けられないが、あのサーヴァントを受け止めるのは自分の役割ではない。

 自分の役割は、少しでもあのサーヴァントとの距離を縮め、即座に救助と離脱が可能な味方を召喚する事。

 

 

「―――来て、赤衣さんッ!」

 

 

 開かれていた掌を握れば、立香の前にカルデアにいるサーヴァントの一騎が出現する。

 

 

「ハハハッ!私を喚んだか、マスターよッ!」

「話は後ッ!今はあの人を助けてッ!」

 

 

 真紅のコートをはためかせて歓喜の声を上げるサーヴァント―――赤衣の男は、主の切羽詰まった叫びに押されて彼女の視線を追い、そこにいる狩人を見た瞬間、「む、なるほど」と納得したように頷き、植物で出来た右腕を向ける。

 

 

「来たまえ、竜機兵よッ!」

『ガガガガガガガガガッッッ!!!』

 

 

 歪められた空間から、金属が軋むような咆哮と共に現れた継ぎ接ぎの幻想種が、接続痕の残る前足でハンターを受け止める。もう片方の前足には、立香は抱えた赤衣の男が降り立った。

 

 

「これは……」

「久しいな、モンスターハンター」

「……赤衣か。これ( ・ ・ )はお前の宝具か?」

 

 

 自分を載せる前足から、頭上にある頭部を見上げたラメールは、防具の隙間から見える青い瞳で赤衣の男を睨みつける。

 

 

「当然だろう? 超古代の人類の遺産だ。私が彼らの代わりに使用している。別の使い魔もいるがね」

「ならば即刻そいつを出せ。でなければ―――死ぬぞ( ・ ・ ・ )

「なに? ……ッ!? しまったッ!」

「え? きゃあッ!?」

 

 

 なにかに気付いて蒼褪めた表情をした赤衣が立香を抱えたまま飛び降りた直後、竜機兵の全身に無数の風穴が開いた。

 何者かによって瞬時に数射を叩き込まれた竜機兵は、一瞬の間を置いて爆散。

 続いて飛んできた矢が、今度は赤衣の男目掛けて飛んでくる。

 

 

「く―――落とし子よッ!」

 

 

 苦し紛れに赤衣が出現させた異形が矢を阻む。そこからさらに矢が飛んでくるが、異形は触手を振るって迎撃する。

 触手の数本が焼け落ちたが、それでも異形は赤衣の男と立香を護り抜く事に成功し、それ以降は矢による攻撃もなくなった。

 

 代わりに、射手は矢を放つ対象をラメールに向けたようだ。

 だが、それに気付いたラメールに焦りの色はなく、逆に困惑しているような表情だった。

 

 

「少女よ、君の名は?」

「え? えと、藤丸立香です」

「では、立香よ。私の真名を告げておこう。私はモンスターハンターの一人、ラメール。次に会う島がどこかはわからないが、また会う日を楽しみにしている。さらばだ」

 

 

 瞬間、彼女目掛けて矢が飛んでくる。

 立香がそれを避けるようにと叫ぶも、ラメールはなにも返さずに武器を消滅させる。

 

 そして矢のシャフトを掴み、そのまま飛んでいってしまった。

 

 

「え、ええええぇぇぇぇ……???」

 

 

 予想外の出来事に、最早立香は頭上にはてな( ・ ・ ・ )マークを浮かべる事しか出来なかった。

 

 その後、なんとか赤衣の男によってマシュと共に艦内に戻った立香は、そのまま近くの島に避難する事となった。

 

 その次の瞬間、オリュンポス船団を追いかけていたラヴィエンテに天空からの光が降り注いだ。―――が、その光が収まった時、そこにはラヴィエンテの姿は無く、代わりにその巨体がまるまる収まりそうな穴が海底に出来ていた事には、オデュッセウスもカルデアも驚愕せざるを得なかったのだった。

 

 

 

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「……お姉様から聞いてはいたけど、まさか本当に使ってるなんてね」

 

 

 構えを解き、自らの分身にも等しき武器―――“鳳凰ガ体現セシ弓矢”を消滅させた少女は、心の底から湧き上がる激情を飲み込むように深呼吸を繰り返す。

 自分をこの海に派遣した主から話を聞かされてはいたが、こうして実際にその気配を感じれば、嫌でも本当にあの兵器がこの時代に蘇ったのだという事実を突きつけられる。

 いつか殺す。あの男共々殺し尽くす―――そう心に誓ってから、別の事を考え始める。

 

 

「ええっと、なんだっけ……ポセ……ポセ……あぁ、そうだ。ポセイドンッ! ラメールに呪いをかけるなんて、許せないッ! あの人が海に入っただけで死ぬなんて、そんなの絶対に許さないからッ! まぁ、もう沈んじゃってるから、私が手を下す必要は無くなっちゃったみたいだけど……。まぁいいや。そいつを殺せなかったのはもうどうでもいいとして、早く準備を完了させなくっちゃッ! みんな~ッ!」

 

 

 パンパンと手を叩けば、目の前の海から無数の気配が感じられた。

 主人にして姉であるアンナが、従者にして妹たる彼女―――ミラオスに与えたモンスター達だ。

 

 

「暴れたい気持ちはわかるけど、ここはまだ我慢だよ。が・ま・ん♪ 私がこの海を変えたら、好きにしちゃっていいからねッ! それまでは静かにしてて、ね?」

 

 

 ミラオスの言葉に彼らは返事は返さず、代わりに自分達の気配を消す事で了解の意を示した。

 そして最後に、ミラオスはこの場に残った存在に諫めるように人差し指を立てた。

 

 

「特に君はね。君が暴れるのは、ラヴィエンテをやっつける時だよ。それまでは本当に大人しくしててね?」

 

 

 ミラオスの忠告に、それ( ・ ・ )は器用に海上に出した、二股の槍のような巨大な銀色の尻尾を振って答えるのだった。

 




 
 最後は大分駆け足になってしまいましたね……。
 ガンランスはライズで空を飛べるって事が証明されたため、こんな感じにしてみました。

 ラヴィエンテはゲーム内だと、輝結晶を破壊するとスタンを取れるんですが、それでは面白くないので大ダメージを受けるという設定にしてみました。
 しかし、そのせいでゲームよりも強力な個体となってしまいましたが、これぐらいが怪物(モンスター)って感じがしていいと思いましたので。皆さんはどう思いますか?


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煉黒の少女と海の美女

 
 どうも皆さん。
 スカディが欲しくて呼符ジャブを行ったところ、まさかのクリーンヒットを決めてしまった結果、そのツケとしてツングースカ三巨人に令呪三画を奪われたseven774です。
 NPC伊吹童子とマシュの使い方を誤ってしまいました……。
 スカディと太公望、組ませたら面白い事になりそうですよね。バサスロを挟んでもらったらさぞかし気持ちいい事でしょう。
 ニキチッチはオレっ娘巨乳ケモ伴侶大好き属性持ちだったので、是非とも引き当てたいですねぇ。スキルもいい感じにまとまっているという印象でしたし。
 メリュジーヌも欲しいところなんですが、どう運用すればいいのかわからず、当てても腐らせてしまいなのが怖くて……。レイ・ホライゾン、第三再臨から第一再臨に戻せるようにしてほしいです(あと戻ってもNP50チャージ出来るようにしてください)。


 

「う~ん……もう少し、ってところまで来てはいるんだけどなぁ」

 

 

 自分の数十倍ほどの大きさを誇る巨大な繭から手を離す。

 未だに胎動を続けるように定期的に光を放つそれを見上げ、アンナは顎に手を当てて考え込む。

 

 

「サーヴァントは餌にしてるし、倒された古龍やモンスター達の生命エネルギーも間違いなく流れ込んでる……。それでも、まだ足りないの? もしかして、産まれるのはもっと先だったり?」

 

 

 アンナがこの繭を見つけたのは、このシュレイド異聞帯にしっかりとした根を下ろした後の事だった。

 『異星の神』なる者にこの異聞帯に派遣された後、自らが召喚した弟妹達にこちら側の彼らを討伐させ、その力を取り込ませた。その後に発見したのが、この繭だった。

 果たして、この繭を産み落としたのがどちら( ・ ・ ・ )なのかはわからないが、母親からしてみても、この子が生まれるまでに必要なエネルギーは予想外のものだったろう。

 それとも、自分がこの異聞帯に足を踏み入れる来る前から、既にこの繭は王を育む揺り籠としての役割を担っていた、という事だろうか。

 シュレイド異聞帯に支配者は必要ない。だが、この地を代表する存在は必要だ。

 だからこそ、この繭より生まれ出でる存在は、かつて“古龍の王”となるべく汎人類史に誕生した同種をも超える、いわば、“星の王”と呼称するに相応しい力を蓄えているのではなかろうか。

 となると、産まれてきた後に教えるべきは、やはり龍脈の扱い方だろう。

 龍脈というものは絶対だ。人体にとっての血にも等しき概念であるそれは、この惑星における過去の全てを記録しているし、現在進行形で様々な情報が記録されてもいる。また、この星を護るべく創造されたアンナや、彼女によりこの世に生を受けた竜種の一部は、この龍脈の力を使う事が出来る。

 母なる星の血を使う以上、細心の注意を払わなければならない。下手をすれば、護るべきはずの星を殺してしまう危険性を孕んでいるのだから。

 

 誕生後に取るべき行動はこれで良しとして、その次は誕生を早める方法を模索しなければならない。

 

 王の誕生はなるべく急ぎたいところだ。『異星の神』への対抗策として使えるのもそうだが、それとは別に、アンナにとっては排除したい存在もいる。

 

 それ即ち―――南米に眠る水晶蜘蛛。

 

 宙の果てより来訪した存在。彗星のアルテミット・ワン。他ならぬ()と同格の、最強の生命体。

 蜘蛛が落ちてきた様子はアンナ自身も確認しているが、落下地点を中心に発生した水晶渓谷には最大の警戒を示す他なかった。

 この星の法則が通用しない以上、星の守護者たるアンナは星の力を使えないまま戦う事になる。結論から言えば、まず間違いなく敗北する。 

 

 ならば、それに対抗できる手札を用意しなければならない。

 この繭から誕生する存在を、自分と同じ“星の代表者”として育て上げるしかない。

 

 英霊を取り込ませ、死した竜種のエネルギーを充填させている分、誕生時から知識は充分に備わっている事だろう。そこから自分達で調整を加え、大蜘蛛討伐の戦力とする。

 異聞の存在とはいえ、自分の子どもにも等しい存在を道具のように扱うのは良い気分ではないが、今回ばかりは割り切るしかない。

 

 取り敢えず方針は固めたので、アンナは繭に背を向けて歩き始める。が、その足は数歩進んだところで止まった。

 

 

「へぇ……? これはまた、随分と珍しいお客様だこと」

「…………」

 

 

 アンナの前に立っていたのは、白衣の上にボロボロのローブを纏う青年。フードを目深に被っているため、顔全体を窺う事は出来ないが、彼から注がれる視線には、こちらを品定めするような意思が見て取れる。

 

 

「ミラオスから聞いたよ。君、ギリシャにいたんだってね。もしかして、他の異聞帯にも顔を出したりしてるのかな。いったいなにをしていたの?」

「答えたところで、どうするつもりだ?」

「なにも。ただ気になった事を聞いてみただけだよ。答えたくないならそれでもいい」

 

 

 アンナのその言葉に、青年は沈黙で答えた。

 アンナは「わかったよ」と笑顔で頷き、手頃な大きさの龍結晶に腰を下ろした。

 

 

「それで? 君がここに来た理由を聞かせてくれるかな? 『カルデアの者』さん?」

「……貴様は、どちら側( ・ ・ ・ ・ )に付くつもりだ?」

 

 

 見定めるような鋭い視線が、アンナを貫く。

 ふざけた答えは決して許さないと無言の圧力がかかるも、アンナは平然とした様子で顎に指を添えてみせる。

 

 

「君が()なのか、それとも別の誰か( ・ ・ ・ ・ )なのか……私にはわからないし、その姿を取っている理由も知らない。でも、もし君が、一度世界を灼き尽くした()ならば、答えはわかり切ってるはずだよね?」

 

 

 目を細めて妖しく笑う。

 蒼く輝く結晶に囲まれたこの地で笑う彼女は、さぞかし絵になる事だろう。けれど、それは青年にとっては、彼女に対する警戒を高めるという結果をもたらすものでしかなかった。

 

 

八番目( ・ ・ ・ )の席には、私が着く。……あくまで予定だけどね。あははっ」

「……やはり貴様は、ここで消しておくべきか」

 

 

 青年がその手に眩い光を灯す。

 しかし次の瞬間、青年はフードの奥にある瞳を見開き、背後に向けて光を放った。

 青年の右手より放たれた光球は、しかし劫炎を纏う剣によって両断され、そのままもう一本の刃が青年の首を斬り捨てんとばかりに迫った。

 青年はすぐさま飛び退くが、空を切った斬撃は真空波となって彼を追い、咄嗟に障壁を張って防いだ。

 

 

「悪いけど、死ぬつもりはないし、殺されるつもりもない。戦わないのなら滞在は許すけど、破るというのなら容赦はしないわ」

 

 

 双剣を携えた狂戦士から視線を動かせば、背後に立つアンナがその手に緋雷を纏わせていた。

 前方には“黒龍”、後方には“祖龍”。幻想種の頂点に君臨する竜種における最強中の最強格である存在に挟まれ、青年は戦意を解く他なかった。

 

 

「もういい。私はお前の答えが聞きたかっただけだ。“試練”に縛られた女よ」

「“試練”は素晴らしいものよ。それがあの子達の為になるのなら、この命だって惜しくはない程に、ね」

「……ふん」

 

 

 アンナの答えを聞き終えた後、青年は青い光に包まれて姿を消した。気配が完全に消えたという事は、この異聞帯から離脱したのだろう。

 

 

「ありがとね、ボレアス」

「マスター……姉上に害する者は排除する。(わたし)にとっては、当然の事だ」

「ふふっ、そう言われちゃうと照れるなぁ。よしよし、偉いねぇ、ボレアス」

「むっ、姉上、このような事は……その……恥ずかしい……」

 

 

 少し頬を朱く染めて離れる弟の様子を微笑ましく思い、もう少し頭を撫でてやりたいと考えるアンナだが、「そういえば」とふと考え込む。

 

 

(ミラオス、ちゃんと仕事してるかな?)

 

 

 仕事や自分の好きな事をする以外には基本的に自堕落な生活を送っている妹が、ギリシャでしっかり仕事しているのか、少し気になる姉だった。

 

 

 

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「ふむふむ、カルデアはこっちに来るかぁ。まぁ、そうだもんね。こっちにはサーヴァントも何騎かいるし」

 

 

 爬虫類のそれを連想させる眼を閉じる。

 海賊服に身を包んだ青年が駆る船に乗って、現在ミラオスがいるヘラクレス島に向かってきているカルデアの面々。

 アトランティスに点在する神殿の存在を知ったのか、その中にいる一騎のサーヴァントの魔力が飛躍的に上昇しているのを確認し、うんうんとミラオスは嬉しそうに頷いた。

 神殿に残る技術は、既にこの異聞帯では打ち捨てられたものであるが、それでもギリシャの機神の原動力となる高純度のエネルギーだ。地球外の技術、という点ではミラオス及び“禁忌”にとっては認められた話ではないが、あれぐらいの事をしないと、カルデアはギリシャ異聞帯を攻略できないと理解している以上、渋々といった気持ちで受け入れている。

 渋々受け入れるぐらいなら、ミラオス自身がオリュンポス船団やアルテミスを倒してしまえばいいと考える者がいると思うが、それは彼女の流儀に反するものである。

 ぶっちゃけてしまえば、ミラオスにとってオリュンポス船団など物の数に入らないし、アルテミスなど以ての外だった。

 海の上でしかその真価を発揮できない船団なぞ、海こそホームグラウンドである彼女の権能(チカラ)を以てすれば簡単に全滅に追い込める。

 遥か彼方の宙に浮かぶアルテミスは、大きな動きを取る事すら出来ないだろう。動かない的など、射手からすれば恰好の標的に他ならない。

 流石に弓矢では届かないが、それで駄目なら、本来の姿に戻ってしまえばいい。標的さえ補足してしまえば、彼女の弾は宙にいる機神すら射ち落すだろう。

 

 しかし、彼女はそれをしない。

 ミラオスは妹に“煌黒龍”を持つも、精神年齢は兄弟姉妹の中でも低い部類だ。それでも、彼女はかつて世界を窮地に陥れた“禁忌”の一角だ。

 故に、彼女を含めた“禁忌”の龍達の根底には、人類に対する“試練”としての矜持がある。

 各々がこの星を滅ぼせる実力を備えている以上、人類には自分達という“試練”を乗り越えるに足る技量を備えてもらわなければならない。そうでなければ試練は試練たり得ないからだ。

 彼女がオリュンポス船団及びアルテミスを放置する理由はそれに該当する。

 この二つは、カルデアが己の力で解決すべき課題。達成の為なら、はぐれのサーヴァントや協力的な現地人と協力するのも良しとしよう。だが、“禁忌”は絶対に介入しないし、手助けをするつもりもない。この制約を破る時は、カルデアだけでは本当に対処できない事態が起きた時だけだ。

 カルデアは現時点において、白紙化された汎人類史を護る最後の砦だ。だからこそ、アンナや彼女に付き従う“禁忌”は、彼女達に期待をかける。

 自分達の世界を取り戻す為に、八つの世界の破壊を遂行する事となった、星詠みの集団。彼女達がどのような冒険をし、そして成長していくのか、楽しみで仕方ないのだ。

 

 といっても、常日頃からカルデアの事を気にかけているわけではない。

 当然と言えば当然の話だが、自分達も自分達でやりたい事はあるし、各々に与えられた役割を果たす仕事もある。

 シュレイド異聞帯にとって毒にしかならないと確定した存在の排斥。数少ない人間のコロニーの観察。抑止力の遣いであるサーヴァント達の監視に、“王”の育成。そして、これから衝突するであろう異聞帯の調査。

 今回ミラオスに与えられた仕事は五番目だ。

 大西洋に異聞帯が出現した時点で、その大部分が海に占められている事を理解していたアンナは、自分達の中で最も海に関連する存在であるミラオスを派遣した。

 偉大なる創造主にして、敬愛すべき家族であるアンナからの頼みを、ミラオスは当然承諾した。

 現に、この海の大半は既に彼女の領域と化している。

 あと少しすれば、この海は完全に彼女のものとなるだろう。それまでの間、彼女は少し自由に過ごすつもりでいた。

 目ぼしいものが無ければこのまま浸食を続けるのも良かったが、この海には彼女( ・ ・ )がいる。

 

 見覚えのない人物に気付いた島民達の訝しげな視線を無視し、とある店の中に入る。

 ミラオスが入ったその店は、お世辞にも活気のあるとは言えないような酒場。普段、酒場という場所は夜に大量の客が流れ込んでくるような所だが、彼女からすれば、酒場とは昼夜問わずに大勢の客で賑わっているイメージが強い。少なくとも、彼女が生きていた時代の酒場は、昼夜問わず大勢の客が騒いでいた。

 いつ死ぬかわからない自然界に、そこに住まう強大なモンスター達。彼らハンター達にしてみれば、毎日が最後の晩餐状態のようなものだ。

 ミラオスも、その光景は美しく尊いものだと捉えている。人類が勇気を振り絞り、数多の障害や試練に立ち向かっていく様は見ていて心地良い気分になる。

 

 褐色の来客に対し、この酒場のオーナーらしき女性が「いらっしゃい」と言ってきたので、ミラオスは軽く手を振って応えた。

 視線を彷徨わせれば、目当ての人物はすぐに見つかった。

 酒を浴びるように飲んだのか、泥酔していびきをかいている金髪の男性から少し離れた所。

 腕を組み、瞳を閉じている女性を見つけ、ミラオスはオーナーに彼女の前の席に座ってもいいかと訊ねる。

 オーナー―――フランシス・ドレイクが彼女―――ラメールにミラオスを相席させてもいいかと訊ねると、ラメールはいつもと変わらぬ抑揚のない声で「構わない」と答えた。

 ドレイクに酒を注文したミラオスがラメールの前の席に腰を下ろすと、ラメールは閉じていた瞳を開け、目の前に座っている宿敵を視界に収めた。

 

 

「久しぶり、ラメール。生前以来だね」

「……“煉黒龍”か。私を殺しに来たのか?」

 

 

 ラメールの口から出た単語に、酒が注がれたジョッキをテーブルに置いたドレイクの肩がピクリと動き、興味深そうにミラオスに視線を向け始めた。

 

 

「こいつは驚いた。まさか、あの“煉黒龍”かい? “偉大なる創造と破壊”って呼ばれる、あの?」

「そんな御大層な異名、いらないんだけどね。精々島を作ったり沈めたりした程度だし」

 

 

 大した事でもないようにとんでもない事を言ってのけたミラオスに、ドレイクは堪らず「はぁ〜〜……」と感嘆したように漏らした。

 

 

「むしろ私からしたら、君の方が凄いよ。“太陽を落とした女”、“星の開拓者”……どれも素晴らしい功績だよ、フランシス・ドレイクさん?」

「ハハッ。あの伝説の“煉黒龍”に褒められるなんて、照れちまうよ」

 

 

 船乗りとして名を馳せたドレイクにとって、“煉黒龍”の伝説とは馴染み深いものだった。

 自分が産まれるよりも大昔中の大昔に存在したと言われる時代に君臨した、最強の龍の一角。そして、それを討伐した狩人の物語。

 紅き海を舞台に繰り広げられた激闘は、後に数多の男女を魅了する英雄譚として語られる事となった。ドレイクも例に漏れず、それに魅了された男女の一人である。

 そんな彼女が、伝説の住人だと語られたミラオス直々に褒められれば、感無量と言わざるを得ない状態となる他ないだろう。

 嬉しそうに席を離れていくドレイクの背を見送ってから、「さて」とミラオスはラメールに視線を動かした。

 

 

「君の質問に答えるね、ラメール。確かに私は、君との戦いを楽しみにしているけど、今の君を倒しても意味なんてないでしょ? 今はそんな事より、また君に会えた事が、私は嬉しいな♪」

 

 

 頬杖を突いてニコニコと笑うミラオスに対して、ラメールはその仏頂面を変える素振りは見せない。

 ラメールはそれなりに整った顔立ちの、世間一般から見れば間違いなく美女にカテゴライズされる女性だ。笑えばより美しく、可憐な彼女の姿を見れるだろうが、生憎と彼女が笑う事はほとんどない。辛うじて、その身に纏う雰囲気が若干明るくなる程度のものだ。

 向日葵のような明るい笑顔の褐色の少女と、仏頂面の色白の美女。

 生前は命を奪い合った伝説の戦いを繰り広げた両者の内、先に動いたのはミラオスだった。

 

 

「私達が向き合ったのって、ほんの少ししか無かったけどさ。それでも私、結構気に入ってるんだよ? 君の事」

「それは光栄な事だな。()の“禁忌”に認められるとは」

「もう。少しは表情を変えようよ。雰囲気だけ変えても、気付かない人は気付かないよ?」

「気付く者がいるのなら、それでいい。私には、至極どうでも良い事だがな」

「相変わらず冷たい人だこと。……まぁ、そんなところもひっくるめて、私は君の事が好きなんだけどね」

 

 

 席を立ったミラオスがラメールの背後に回り、彼女の体に両腕を回した。

 

 

「氷のように冷たい、その冷徹さも」

 

 

 細い指に首元をなぞられ、ピクリと一瞬ラメールの体が跳ねる。

 

 

「その奥にある、海の底のように深い、他者への慈しみも」

 

 

 首元から下へ動いた指が、鎧越しにラメールの慎ましい胸部を撫でる。

 

 

「全部ぜ~んぶ……私の好み……。あぁ……本当に、なんで敵になっちゃったのかな? 私達。そうじゃなかったら、君をどこまでも愛して、堕としてあげたかったのに……」

「……生憎と、私にその気はない。諦める事だな、“煉黒龍”」

「つれないなぁ。女の子同士だからって拒む必要は無いんだよ? フフフ……ふぅ~」

「……っ。や、めろ……」

 

 

 試しに耳に息を吹きかけてみれば、ラメールは首元をなぞられた時よりも大きな反応を返してきた。

 そんな彼女の姿に、ミラオスはゾクリとした快感と共に、下腹部が疼いたような気がした。

 

 支配したい。この女性の身も心も支配して、自分に従順な下僕に変えてしまいたい。

 どこまで深く愛して、(ねぶ)って、堕として、自分のものにしてしまいたい。

 誰の目にも触れさせず、誰もその視界に入れる事もなく、ただただ、自分という存在に溺れてほしい。

 足を撃ち抜いて、逃げられないようにするのもいいかもしれない。

 己の支配する海に閉じ込めて、小鳥のように愛でるのもいいかもしれない。

 それとも、本来の姿になって彼女を■■い、本当の意味で一つになってしまうのもいいかもしれない。

 

 狂おしい程の劣情が心の底から湧き上がり、ここが酒場だという事も忘れ、今すぐにでも襲い掛かってしまいたくなる。

 柔らかいながらも、確かに鍛え上げられた両腕を押さえて、組み敷いて、唇を奪ってしまおうか。

 慎ましやかな果実を思うままに貪り、嬌声を上げさせてみようか。

 

 一つ思いついてしまえば、そこからさらに派生していく思考に、ミラオスは我知らずに荒い呼吸を繰り返し、僅かに開かれた口元からは悩ましい吐息が漏れ始める。

 

 

「ねぇ、いいよね? これも一種の戦いだから、ね? どこか行こうよ、ラメール。具体的にはベッドにッ! フフフフッ♪」

「……はぁ」

 

 

 急かすように言葉を紡ぐミラオスに、ラメールが溜息を吐く。

 抵抗する気を失ったのか、とミラオスが唇を三日月のように歪めた直後―――

 

 

「フ……ッ!」

「え……ッ!?」

 

 

 瞬時に拘束を振り解いたラメールに驚愕している間に、逆に両手を掴まれてしまうミラオス。完全に油断していた隙を突かれたために抵抗できなかったミラオスは、為す術なくテーブルの上に押し倒されてしまった。

 

 

「形勢逆転、だな。お前は勝利を確信すると、致命的な隙が生まれる。生前(むかし)と変わらないままだ」

「あ、ぅ、ぁ……」

「どうした? お前からすれば、この状況は願ってもない事だろう? ん?」

 

 

 挑発するような口調と視線でミラオスを責め立てるラメールは、お互いの鼻がくっつきそうな程に顔を近づける。

 既に両者の距離は、あと少し顔を前に動かしてしまえば唇が触れてしまいそうになってしまう程度のものでしかない。

 ラメールに対して強い恋愛感情を抱いているミラオスにとっては願ってもないチャンスだが、当の本人は―――

 

 

「や、やめてラメール……。その、か、顔が近い……ッ」

 

 

 顔面を真っ赤に染め上げて、なんとかお互いの間に挟む事に成功した両手で自分の顔を覆っていた。

 

 

「なぜやめる必要がある? 私がお前を襲えば、それは私がお前に堕ちたも同然の事だろう? ならば、受け入れてもいいじゃないか。ほら、さっきまでの威勢はどうした?」

「や、やだ……ッ! お願い……これ以上はもう……ッ!」

「ふふっ、可愛いな、お前は」

「~~~~~ッッッ!!!」

 

 

 『可愛い』と言われた瞬間、遂に我慢の限界を迎えたミラオスはラメールを突き飛ばし、瞬間移動と見紛う動きで酒場の出入り口に走った。

 

 

「こ、これで勝ったと思わないでよねッ! 次こそは……次こそは絶対、ぜ~ったいッ! 私が勝ってやるんだから~~~~ッ!!!」

 

 

 そんな捨て台詞を吐きながら、ミラオスは酒場から姿を消した。

 

 

「うわ~~んッ! お姉様~~~ッ! ラメールが私をイジメてきた~~~ッ!!! 慰めて~~~ッッッ!!!」

 

 

 号泣しているのか、涙ぐんだ叫び声が木霊する。

 圧倒的な攻めの姿勢を見せておきながら、軽く反撃されただけで撃退された紙装甲“禁忌”の姿に、ドレイクは本当に彼女が船乗りの伝説に語られる“偉大なる破壊と創造”の正体なのかと頭を抱えたくなった。

 だが、あれもあれでいいものだ、と思う自分もいて、ドレイクは小さく苦笑した。

 

 

「やれやれ、ようやく帰ったか」

「なんだい、会った回数は少なかったらしいのに、随分と扱い慣れてるじゃないか」

「同僚にああいうタイプがいた。年がら年中、女の尻を追っているような女だ。正直言って、奴の方が手強い。なにせどれだけ反撃しても、暖簾に腕押しに終わるからな」

「同僚っていうと、そいつもモンスターハンターかい?」

「操虫棍の使い手だ。第一席の“青い星”には及ばないが、我々の中でも上位の実力者に入る。私が座に招かれた以上、あの二人も招かれているに違いない。尤も、この異聞帯には召喚されなかったようだが」

「へぇ、ひょっとしたら、その操虫棍使いって奴は、今も召喚先で女のケツ追っかけてんのかねぇ」

「かもしれないな。もしかしたら、女王かそこらの護衛でも勤めてるんじゃないか? 性格面に問題はあれど、あれはあれで頼りになる」

「なんだかんだで信頼してんじゃないか」

「先程も言ったはずだ。我々の中でも上位の実力者だと。―――む」

 

 

 ふと、視線を出入り口に向けるラメール。突然視線を動かした事に首を傾げるドレイクに、ラメールは背もたれに身を預けて腕を組み始めた。

 

 

「我らが汎人類史の希望の星だ。恐らく、ロバーツ辺りがここの情報を伝えたのだろうが、どうする?」

「希望の星、ねぇ。ポセイドンとドンパチやる前なら承諾しても良かったけど、生憎、こんなナリじゃあねぇ……」

 

 

 やれやれと肩を落として(かぶり)を振るドレイク。

 彼女もラメールと同じく、ポセイドン討伐の際に受けた呪いで海に入る事は出来ない。海に出られない船乗りなど、ただのお荷物にしかならないだろう。

 

 

「あんたみたいにごり押しで飛べたらいいんだけどねぇ。カルバリン砲じゃ他の島に辿り着く前に落ちちまうよ。あたしの分まで頑張ってくれるかい?」

「……まぁ、手伝う他ないだろう。この海をあの戦力で乗り越えられるかどうかは、正直不安だ。だが、私だけというのもアレだ。こいつも連れていく」

 

 

 立ち上がったラメールは、自分から少し離れたテーブルに突っ伏して爆睡しているイアソンの元まで移動し、その頬をぺちぺちと叩く。

 

 

「起きろ、イアソン。活躍時だぞ」

「ぐごごごご……」

「起きろ、イアソン。起きるんだ」

「ぐごご……」

「…………」

 

 

 しかし、いくら頬を叩こうと体を揺すっても、イアソンが起きる気配は無い。余程酒が効いているのだろうか。

 眉を顰めたラメールは、最終手段と言わんばかりにその身に纏う雰囲気を一時的に変貌。過去の死闘を思い返し、その頃に自分が纏っていたであろう殺気をそのままに溢れ出させる。

 

 

「―――起きろ、イアソン

「ヒ……ッ!!」

 

 

 起きなければ殺す、と言わんばかりの威圧感と共に発せられた脅し同然の言葉に、反射的にイアソンが目を覚ました。

 すぐさま自分の傍に立つ存在に気付いて這いずるように逃げようとするが、その手をすぐにラメールによって摑まれてしまった。

 

 

「おはよう、イアソン。いい夢は見れたか」

「見れるわけないし、見る事も出来ないだろッ! っていうか、さっきの声はお前かッ! お前だよなッ!? なんだあの殺気、人間が出していいもんじゃないだろッ!」

「これぐらいの殺気を持たなければ、こちらが狩られる。我々の時代では普通だったぞ?」

「その『普通』は、お前らモンスターハンターにとっての『普通』だろッ! やっぱり化け物だな、ハンターって奴はッ! お前達絶対人間じゃないだろッ!」

「人間だ。それ以上でもそれ以下でもない。―――それより、イアソン。我々に客人のようだぞ?」

「客ぅ?」

 

 

 訝し気に目を細めたイアソンが、ラメールが顎でしゃくった方角を見やる。

 そこにいた、赤髪の少女を先頭に立つ者達を見て、イアソンは心底嫌そうな表情をするのだった。

 




 
 “煉黒龍”グラン・ミラオス、自分を倒したハンターが好きすぎて貞操を狙うヤベー奴になりました。いいですよね、百合。私は一線超えるのも超えないのも好きです。
 あと百合とは話は別になりますが、攻めはつよつよなのに、いざ反撃されたら即死する受けよわよわ娘は大好きです。今年の夏イベの益獣カーマちゃんとか大好きです。爆死しましたけど。

 次回は2022年ですね。皆さん、良いお年をお迎えください。それではまた来年、お会いしましょうッ! バイバーイッ!


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ラメールの流儀

 
 明けましておめでとうございますッ! 今年もよろしくお願いしますッ!

 皆さん、福袋はもう引きましたか? 私はSイシュタルが欲しかったので、彼女が出る福袋を引いたのですが、結果は水着キアラでした。目当てのものとは違いましたが、全体宝具持ちのムーンキャンサーは手持ちにいなかったので、しっかり育てて使っていこうと思います。

 それでは新年一発目の本編、どうぞッ!


 

 オデュッセウス率いるアトランティス防衛軍への対抗策として、ギリシャの神々にとっての血液と称しても過言ではない流体金属―――テオス・クリロノミアを手に入れたカルデア一行。テオス・クリロノミアでネモの強化を行った後、新たにイアソンとラメールを仲間に加える事に成功した。

 しかし、テオス・クリロノミアを手に入れる為に神殿に駐屯していたアトランティス兵を倒してしまったためにオデュッセウスに彼女らの居場所がバレてしまい、オデュッセウスはヘラクレス島諸共カルデアを消滅させるべく、(ソラ)に浮かぶ機神の力を使う事に決めた。

 

 ギリシャ異聞帯の(ソラ)に存在する機神―――アルテミス。

 異聞帯での彼女であるその機体は、空と星を支配する存在。その者に備え付けられた砲台からは、星さえ穿つ光線が放たれるのだ。

 カルデアが到着する前にアトランティスに召喚されたサーヴァント達を排除したその光線が放たれようとしている事をオリオンから伝えられた立香達は、すぐにヘラクレス島から離脱した。

 しかし、だからといってアルテミスの砲撃が無くなるというわけではなく、天より降り注いだ光矢は、瞬く間にヘラクレス島に直撃。

 結果、たった一瞬の時を以て、ギリシャの海から一つの島が無くなってしまったのだった。

 

 

「―――」

 

 

 その時、ガンランスによる砲撃を行いながら別の島に向かっていたラメールは、これまで世話になっていた島が姿を消していく様を、ただ見ている事しか出来なかった。

 砂浜に着地したラメールがガンランスを消滅させると、彼女に近づく足音が一つ。

 敵意を感じない事から武器を構えないでいた彼女が視線を動かせば、そこには褐色の肌の少女がいた。

 

 

「一つ、聞いてもいいかな?」

「……なんだ」

「あの砲撃が落ちてくるって知った時、あそこの島民達はどう反応してた?」

「…………」

 

 

 ラメールは答えない。

 しかし、彼女の表情を見たミラオスは「やっぱりか」と、既にわかっていたように、失望と侮蔑の混じった言葉を漏らした。

 

 

「どうせ、喜んでたんでしょ? あの矢で殺されるのが。神の光を受け入れる名誉だ~、なんて言って、誰一人逃げる事無く、あの光に消えていった―――合ってる?」

「……なぜ、そこまで理解している」

「あそこら辺の海は、もう私のもの( ・ ・ ・ ・ )だから。ヒトの感情までは知れないけど、まぁ、雰囲気だけなら感じ取れるよ。とても、と~っても、幸せそうだったなぁ。あぁ、ホント―――ムカつくよねッッ!!

 

 

 苛立ちをぶつけるように片手を振るえば、そこから放たれた火山弾が海に着弾する。

 本来の彼女にとっては五割程度の力。それでも海面に着弾した火山弾は、轟音と共に周囲を巻き込んで大爆発。ドーム状の爆破が起き、僅かに遅れてやって来た熱風が二人の髪を乱していった。

 

 

「アアアアアア本ッッッ当にムカつくッッ!! ムカつきすぎて反吐が出るッ! 神に頼らないと生きられないッ!? 神に気にかけてもらえたから死んでもいいッ!? ふざけるなふざけるなふざけるなッ!! そんな話があって堪るかッ!! こんな世界があり得た歴史ッ!? 絶対に認めない……認めてなるものかッッ!!」

 

 

 血走った龍の眼で叫ぶミラオス。

 既に手足は人間と龍のそれが融合したような形になっており、僅かだが足元から紅蓮の焔がチラつき始めている。

 

 

「もう我慢できないッ! 今潰すッッ!! 今殺すッッ!! 今沈めるッッ!! 徹底的に、破壊し尽くして―――アァッ!?」

 

 

 足元の焔がミラオスを吞み込もうとしたその時、彼女の全身を緋色の電流が走った。

 膝をついたミラオスが、少しだけ焦げた髪の毛を掻き毟って顔を上げる。その視線は目の前の狩人には向けられておらず、それ以外の誰かを見ているかのようだ。

 

 

「どうしてッ!? どうして止めるの、お姉様ッ! お姉様だって、この異聞帯だけは絶対に潰すって―――条約? 異聞帯同士が激突するまでは行動を起こさない? それならキリシュタリアごと―――……え? ……わかったよ、お姉様がそこまで言うのなら」

 

 

 シュレイド異聞帯にいる主との会話を終え、何度か深呼吸を繰り返す。

 マグマの如く煮え滾るミラオスの激情を、彼女のマスターであるアンナはもちろん理解している。彼女自身、ギリシャ異聞帯はイギリス異聞帯と同様、必ず切除すべき障害として見做している。

 たった一言、『潰せ』と命令すればいいという立場にありながらも、その彼女が待機を命じているのだ。

 

 それに、我らが主は、この世界に直に見定めたい人間もいるようだ。

 

 キリシュタリア・ヴォーダイム―――クリプターのリーダーを務め、『異星の神』よりこのギリシャ異聞帯の管理を任された青年。

 単身でギリシャ神話の主神ゼウスを撃破したとされる彼がどのような人間か、ミラオスも気になっていたところだ。

 先は『異聞帯同士が衝突しない限り、攻撃は行わない』という不可侵条約を破ろうと考えていたが、アンナの願いを受け入れないわけにはいかない。

 

 荒れ狂う感情をなんとか落ち着かせたミラオスは、龍のそれと化していた瞳と手足を人間のものに戻す。

 それから、先程までの怒り狂っていた姿をラメールに見られていた事を思い出し、思わず赤面して頭を下げた。

 

 

「ご、ごめんね? ちょっと、我慢できなくて……」

「謝る必要は無い。正直なところ、私も同意見だった。この異聞帯は、必ず切除せねばならない。今回の一件で、そう強く感じた」

「これからどうするつもり?」

「次にカルデアが来るとすれば、この島だろう。今の私は船には乗れぬ身。こうして先の島で待つしかない」

 

 

 今彼女達がいる場所は、ヘカテ島。

 魔術と冥府の女神と称される彼女の名を持つこの島が、次にカルデアが訪れる場所だろう。

 

 

「私はドレイクより後を託された。あの島に残った、偉大な船乗りの頼みを無碍にする事は出来ない」

 

 

 ヘラクレス島から離脱する前、ラメールはドレイクと少しの間言葉を交わした。

 

 

『アタシはこれまでさ。あんたみたいに、別の島まで跳んでいく術はない。でも、あんたは違う。ガンランス(そいつ)なら跳んでいけるんだろう? だったら、ここから逃げるべきさ。あんたはまだ、ここで消えちゃいけないよ』

 

 

 オリュンポス―――否、ギリシャ異聞帯の人々は常に健康体であるために、酒に酔う必要がない。

 故に、彼女達の知る歴史に存在する、酔っ払ってどんちゃん騒ぎをする、という快楽が存在しない。

 勧めようにも、彼らは酔っ払うという事自体に興味を持たないので、売り上げは伸びない。

 万年赤字―――まさしくそんな言葉が適切な経営を、最後の最後まで続けた、共にこの海を駆けた戦友を想う。

 

 

ハンター(あんたら)風に言うなれば、これは“依頼(クエスト)”って奴だったか? 達成目的は彼女らの支援。報酬は……あぁ、駄目だね。アタシに払えるもんがなにも無いじゃないか。となると、この依頼は無理か?』

 

 

 ラメール達ハンターが受ける依頼(クエスト)というものは、達成目的があっても、報酬が無ければ成り立たない。常に死と隣り合わせの職業故に、そのリスクに見合った報酬が無ければ釣り合いが取れないからだ。

 ドレイクがラメールに対して行おうとした依頼は、それに当て嵌まってしまっている。

 

 しかし、ラメールはその依頼を引き受けた。

 たとえ今回限りのものだとしても、ドレイクと共に戦った記憶は、ラメールの心に深く刻まれている。

 それが記録として座に蓄積されるとしても、きっと自分は、彼女との航海を忘れはしないだろう。

 

 

『報酬はいらない。お前からは、お前という素晴らしい女と共に航海出来たという思い出を貰った。それだけで充分だ』

『―――ハッ、嬉しい事言ってくれるじゃないか。まさか、最後の最後に口説かれるとは思わなかったよ』

『む……口説いたつもりはないのだが』

『アタシからすれば、そういうもんなのさ。あんたなら尚更さ。……さ、早く行きな。じゃなきゃ、アタシとここで心中だよ』

『……そうか』

 

 

 カーテンの奥から差し込む光が強まっている事に気付いた自分が酒場の出入り口に向かった時、背後から投げかけられた言葉が一つ。

 

 

『―――あばよ、モンスターハンター。あんたの物語、大好きだったよ』 

 

 

 その時のドレイクの瞳は、憧れのヒーローを見た子どものように、キラキラと輝いていただろう。

 目に見えたものではない。それでも、彼女の最期の行動にしては素晴らしいと言えるぐらいの激励。

 それを受けた以上、狩人(ラメール)は生きていかなければならない。

 

 

「託された想いを叶える。狩るべき障害を狩る。そして、依頼を達成する。それが私の流儀だ」

 

 

 生前、多くの人々の願いを受け止めてきた。

 

 雷を操る大海の王者を討った時も。

 海底遺跡を根城にした、月を連想させる純白の古龍を沈めた時も。

 そして、数多の島々を海の底へ沈めた“煉獄の王”を斃した時も。

 

 彼らとの戦いは、自分一人では決して乗り越えられなかったものだろう。これ以外にも、死ぬと感じた激闘は幾つもあった。

 それでもこれらの戦いに勝利できたのは、人々の願いを受けたからこそ。

 託された想いを蔑ろにする事は出来ない。

 だからこそ、彼女は最強のハンターの称号を手に入れ、座へと招かれた。

 

 故に彼女は、立ち止まらない。立ち止まってはいけない。

 

 命尽きるその時まで、この手は人々の想いを護り、己が意思を貫き通す為。

 彼女が槍兵(ランサー)のクラスのサーヴァントに昇華されたのも、それが理由だ。

 

 

「……やっぱりかっこいいね、君は。いいよ。それなら君は、君の思うままに行動すればいい。手助けはもうしてあげない。今の君が私に会うのも、これで最後になる」

「再戦は叶わず、か。ならばその機会は、別の私に譲るとしよう」

「ふふふ、なんだか悔しそうだね。そんなに私と戦いたかった?」

「この異聞帯と呼ばれる世界。そして、お前がこうして召喚された以上、汎人類史が未曽有の危機に見舞われている事は明白。何時の日か、私とお前が戦うのは必然だろう?」

「……ハハッ♪ いいよその目、凄くいい。その獲物を狙う猛獣みたいな鋭い瞳、抉り出したくなっちゃいそう……♡」

 

 

 殺気の籠められた瞳に射抜かれたミラオスがゾクゾクとした快感に身を震わせる。

 そんな彼女の姿に、生前命を賭けての死闘を繰り広げた相手がそういう存在だという事を思い出したラメールは気が抜けたように小さく溜息を吐き、踵を返して森林地帯へ向かっていく。

 

 

「さらばだ、“煉黒龍”。次に会うのは私ではないが……まぁ、その時は殺し合おうじゃないか」

「もちろんだよ。その時こそは、生前のリベンジを果たしてみせるから、覚悟しておいてね?」

 

 

 ラメールの前に回り込んだミラオスが、丁度彼女の心臓があるであろう左胸に人差し指を当て、軽く首を傾げて笑う。

 それに対し、ラメールは「ふん」と相変わらずの仏頂面のまま鼻を鳴らし、森林に足を踏み入れていくのだった。

 

 

「……はぁ。もうちょっと話したかったなぁ」

 

 

 狩人の背が見えなくなるまで見送った後、落胆して肩を落とす。

 正直に言えば、ミラオスはもう少しだけでもラメールと話していたかった。

 ミラオスにとってラメールという女は愛すべき存在であり、また同時に殺すべき存在でもある。

 戦うとなればもちろん戦うが、それ以外の時間は純粋に話していたいという気持ちが強い。

 ならば彼女を呼び止めておけばいいだろうという話だが、ラメールの話を聞いている内に、ミラオスは彼女を呼び止める事は出来ないと悟ってしまったのだ。

 

 ラメールは、並みのハンター以上に人々の願いを受け止めて戦った女性だ。“モンスターハンター”の称号持ちのハンター達の中でも最上位に入るレベルだろう。

 そんな彼女の意思を、ミラオスは無碍にする事は出来なかった。

 

 ならばミラオスは、ラメールの意思を尊重する。

 狩人としての彼女が依頼を受けた以上、もう止まる事はない。文字通り、それを果たす為に命を懸けるのだろう。

 この異聞帯に召喚されたラメールの雄姿を見届ける事を、アンナから与えられた仕事の一つに加える事にし、ミラオスは海に飛び込むのだった。

 

 それから一瞬の後、ヘカテ島の周辺の海域が真っ赤に染まったが、それはすぐに元の蒼さを取り戻すのだった。

 

 

 

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 場所は変わって、シュレイド異聞帯。

 数多の命が息づく森林地帯。その中心に空いた穴の最奥に広がる大空洞を、蒼い明かりが照らす。

 

 周囲に無数の張り巡らされた糸のようなものの中心にある繭から、一体の龍が姿を現す。

 初めに頭部を外に出した龍は、そこから重力に引かれて一気に全身を繭の外に出し、小さな地響きを起こして落下した。

 ゆっくりと立ち上がったその龍が数歩歩んでいく内に、その全身が眩い光に包まれると同時に小さくなっていき、一人の青年の姿を取った。

 

 

「ぐ、うぅ……」

 

 

 数歩進んだ後、脱力したように膝をついた彼がズキズキと痛む頭を押さえる。

 

 

「僕はなにを……。それに、ここはいったい……」

『ぶっちゃけるが、俺にもわからん』

「―――ッ!? だ、誰ッ!?」

 

 

 突然聞こえた声に辺りを見渡すも、人影は一つも見当たらない。

 彼―――エリシオが聞き慣れない声に戸惑っている間にも、その声の主は変わらずに語り掛けてくる。

 

 

『誰、だと? 俺様の名を、お前は知っているはずだ。覚えてないのか? あの古龍に襲われた時、お前は俺様の名を叫んだはずだ』

「名前……? 名前……」

 

 

 近くにあった岩に座り、顎に手を当てる。

 

 名前―――声の主が言う古龍とは、自分達の村を襲って、レオニダスや無銘、そして家族にも等しき友人達を殺害した、あの黄金色のモンスターの事だろう。

 あの時自分は、無銘達を殺したあのモンスターと自分への怒りから、語り掛けてきた“誰か”と契約を交わしていたはず。その時に叫んだはずの名前は、確か―――

 

 

「―――ジーヴァ?」

『そうだ。それこそが俺様の名だ。永らく幻霊止まりの俺様だったが、お前という器を得て、ようやく英霊の領域まで踏み込めた。感謝するぞ、相棒』

「相棒って……。僕はまだ君の顔すら見てないんだぞ? それに、幻霊だったり英霊だったり、訳の分からない話ばっかりして……。まずは一通り教えてくれ。最初は顔合わせだ。今どこにいるんだ?」

『どこ? ククッ、どこだと? 俺様はずっといたぞ? お前の中にな。顔合わせがしたいのなら、こうすればいいか?』

 

 

 その時、なにかしらの違和感を感じたエリシオが右腕を上げると、肘から下辺りから出てきた蒼い糸のようなものに気付く。

 唖然としているエリシオの視線の先で、その糸は別の糸と絡み合い、一つの頭を作った。

 

 まだ発達途上のように見える二本の黒色の角に、橙色に輝く眼のようにも見える六つの発光器官。クリスタルのように美しい青色を持つその頭部は、口角を持ち上げるような仕草と共に揺らいでみせた。

 

 

「う、うわあああああああああッッ!!??」

『グルォッ!?』

 

 

 自分の右腕が異形の形を持った異常事態に絶叫を上げたエリシオが、その頭部を壁に叩きつけた。

 その衝撃に龍―――ジーヴァの頭部は苦悶の唸り声をあげ、何度か首を横に振る。

 

 

『いきなりなにするッ! 痛いだろッ!』

「ぐはッ! この、僕から離れろッ!」

 

 

 反撃にと顔面に頭突きを繰り出すジーヴァ。鼻を押さえて数歩後退ったエリシオだったが、負けじと再びジーヴァを壁に叩きつける。

 

 

『やったな、人間ッ! グルァアッ!』

「がッ!? そっちこそ、よくもやってくれたなッ!」

 

 

 そこから始まる、叩きつけられ反撃されての繰り返し。

 互いにぶつかり合う鈍い音が空洞内に何度も反響し、しばらく経った後、それは互いの粗い呼吸に変わった。

 

 

「はぁ……はぁ……。まったく、なんなんだ、君は……」

『ぜぇ……ぜぇ……。い、言ったろ。俺様は、お前と契約した。だからお前の体に憑いたんだ。離れようにも離れられないんだよ』

「……はぁ。あの時の記憶が朧気なのは、君のせいなのか?」

『あの時のお前は激情に呑まれてた。記憶が朧気になるのも当然だろ。勝手に俺様のせいにされても困る』

 

 

 首を伸ばしてゆらゆらと動くジーヴァの頭部。それを見たエリシオは、ふと浮かんだ疑問を口にする。

 

 

「……一目見た時から思ってたけど、君は……モンスターなのか?」

『俺様をそこらのザコと一緒にするな。俺様は古龍だ。生まれながらの、古龍の王だッ! ……産まれてしばらくしない間に殺されたがな。言っておくが、俺様は絶対にお前達人間を襲わん。契約者(おまえ)との関係を拗らせるわけにもいかないからな』

「……君、いや……お前が誰かを傷つけないなら、それでいい」

『さて、これからどうする? お前の住んでいた村は村人共々壊滅。帰る場所はない』

「……他の村に行く。モンスターに襲われているようなら、倒すだけだ」

『個人的には“王”の討伐に行きたいところだが……いいか。まずは強化だ。お前も力を付けろ』

「“王”……? はぁ、また聞き慣れない単語が出てきたな……」

 

 

 ジーヴァから教えてもらうべきものがどんどん増えていく事に頭を抱えていると、エリシオの腹の虫が鳴き始めた。

 

 

「……お腹、減ったな」

『はぁ……。サーヴァントになったと思いきや、デミ・サーヴァント―――肉体は生者のままか……。まぁいい。腹が減ったなら飯だ。生肉を喰おう』

「生肉ッ!? 冗談じゃないッ! 体壊すだろッ!?」

『グゥ……人間の体はなんと脆弱なんだ……』

「とにかく、ここから出ないと。お前、出口はわかるんだろうな」

『あそこだ』

 

 

 ジーヴァの視線が上に向く。

 エリシオが彼の視線を追ってみれば、そこには先程まで自分達が入っていたと思しき巨大な繭の上部に、繭とは別の光が満ちている事に気付いた。

 繭の大きさに苦難しながらも、なんとかその光が地上から届いているものだと理解したエリシオだったが、如何せんそこまでの距離があまりにも遠かった。

 どうやって登ろうかと思ってた時、ジーヴァが口を開く。

 

 

『登りたい?』

「うん。でも、どうすればいいのか……」

『なんだ。そう言ってくれればいいのに』

「え? わ、わわわ……ッ!」

 

 

 首を傾げる間もなく、突然背中にベールのような翼が生えた事にエリシオが戸惑う。

 そうしている間にも、翼は彼の意思に関係なく動き、軽々とエリシオの体を空中へと持ち上げた。

 

 

「お、おいッ!? なんだよこれッ!?」

『暴れるな。バランスが取りにくい。じっとしてろ』

「せめて言い終わってから飛べってえええええぇぇぇッッッ!!!」

 

 

 己の絶叫をBGMに、エリシオは空洞から飛び出した。

 

 こうして、古龍と人間のコンビがシュレイド異聞帯に誕生した。

 彼らが今後、どのような物語を紡いでいくのか。それは誰にもわからない。

 

 そう、ただ―――運命に導かれるままに。

 




 
 ラメールとドレイクの航海と共闘シーンは、いつか番外編で書いてみたいですねぇ。
 早く出すとしてもイギリス異聞帯編を終わらせて、七章が配信されていなかったら、といった感じです。もし配信されていた場合は、全ての戦いを終わらせた後に、ですね。

 それでは皆さん、今年もよろしくお願いします。次回もお楽しみにッ!


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轟け、冥銃槍

 
 どうも、皆さん。
 イラストの勉強やバルバトスレイドに参加した結果、危うく22時投稿に遅れかけた作者、seven774でございます。
 今回は前回より大分跳んでの話となります。具体的にはアトランティス最終決戦です。
 難産でしたが、楽しんでいただければと思います。
 それではどうぞッ!


 

 ラメールというハンターにとって、海とは己の生涯そのものと思えるものだった。

 物心ついた頃から厳しい訓練を続け、ハンターとなった後、彼女は“モガの村”と呼ばれる場所の専属ハンターとしてギルドより派遣された。

 そこで彼女は『海の民』と呼ばれる、人間と限りなく近い種族達と長年の時を過ごした。

 数あるハンター達の中でも決して多くない、水中戦を可能としていたラメールは、村人達から多くの依頼を受け、そして達成していった。

 迷子になっていた奇面族の子ども達とも絆を結び、共に戦うかけがえのない仲間とした。

 農場を発展させ、“モガハニー”と呼ばれるブランドを立ち上げた事もあった。

 

 気付けばあの村は、ラメールにとって第二の故郷となっていた。

 

 元々は、当時モガの村を悩ませていた地震の原因究明と、村付近にある森の生態調査を目的にしていたが、それらの課題を片付けた後も、彼女はモガの村を拠点として活動していた。

 最高峰のハンターの証である“モンスターハンター”の称号を手に入れてから家を空ける事が増えてしまったが、それでも暇さえあれば村に帰り、多くの災いを共に乗り越えた仲間達と過ごしたものだ。

 

 幼き頃に亡くなった両親から与えられた名がどこかの国で『海』を意味するものだった事も、何らかの因果を感じさせてくれた。

 どこまでも続く海に潜り、地上では決して触れられない生態系を目にして感動する事もあれば、時には地上では遭遇しえない脅威と遭遇して苦戦する事も多くあった。

 ラメールにとって、海とは人生そのもの。自分に幾つもの大切な思い出をくれた、素晴らしいものだったのだ。

 

 だからこそ、惑星(ほし)の断末魔によってこのギリシャ異聞帯に召喚された時、ラメールは己の目を疑った。

 

 一見すれば、自分が生きた時代の海と変わらないそれ。生態系だって、生息する生物こそ違えど、それ以外は大して変わっていないものだとしても、ラメールは自分が記憶している海と、ギリシャ異聞帯の海の決定的な違いを即座に理解した。

 

 

 ―――この海には、『自由』がない。 

 

 

 神々による支配が完了してしまった海は、ラメールの知る海とはかけ離れたものとなってしまっていた。

 そして、(ソラ)に在る女神が島の一つを消し去った様を見て、ラメールはこの(せかい)を消去しなくてはならないと固く決意した。

 

 汎人類史最後の砦であるカルデアと、そこに所属するマスター・藤丸立香と出会い、数々のサーヴァント達を仲間に加え、オデュッセウス率いるオリュンポス船団との決戦に臨んだ時も、ラメールは己に出来得る限りの努力をした。

 

 アトランティスへと続く『虚ろの穴(ビッグホール)』へ向かうにはどうしてもアルテミスを撃ち落さなければならないため、彼女を唯一落とせるオリオンと、彼を護る役目を背負った立香達が辿り着いたネメシス島を、オリュンポス船団から護る為に戦い続けた。

 途中、戦闘の気配を感じた“大巌竜”の乱入もあって混戦状態に陥ったものの、オリュンポス船団に押し付ける事で事なきを得た。

 それも多少の時間稼ぎ程度の効果しかなかったようだが、それが出来ただけでもオリュンポス船団には感謝の念すら湧いてくる。お陰でアルテミスを撃ち落すのに充分な装備を、オリオンに与える事が出来たのだから。

 

 しかし、そのために仲間のサーヴァントの一騎―――マンドリカルドが散ってしまった。

 

 仲間達の為―――否、友人である立香を護る為に、彼自身その時まで気付かなかった幻の宝具を以て、アルテミスの砲撃を相殺したのである。

 偉大なる英雄ヘクトール。ほんの一瞬の召喚であったとしても、その英雄が振るったデュランダルを手にした彼は、絶世の剣で活路を見出してくれた。

 

 だが、時は立香達に哀しむ暇を与えてくれない。

 今度は、アーチャークラスとして召喚されたパリスが、アポロンの権能によってその身を黄金の矢へと変じ、オリオンの力となった。

 

 次々に訪れる別れを経験しても立香達が止まらないのは、流石と言ったところだろう。それほどまでの旅は、彼女達は続けてきたのだと、否応なく理解できる。

 

 だが、哀しいかな。

 どうやら自分もまた、彼女達との別れが近づいてきているようだ。

 

 

「……ッ! 先輩ッ!」

 

 

 息を呑んだマシュの視線を、立香と共に追う。

 

 自分達の視線の先では、オリオンが宝具を放とうとする際に放出された魔力に嗅ぎ付けられたのか、彼に攻撃を仕掛けようとしているラヴィエンテの姿があった。

 

 

 

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 ラメールのようなサーヴァント達とは別口を経由して召喚されたラヴィエンテは、その眼に憤怒の炎を滾らせて、地上にいる者達を見下ろしていた。

 滅ぼすべきギリシャ異聞帯の存在ではないというのにオリオンや周りにいる立香達を狙う理由としては、やはり立香を除く者達がテオス・クリロノミアを投与している事が当てはまるだろう。

 この異聞帯によって生み出された技術の気配を感じたラヴィエンテは、その忌まわしい気配の根源を消そうと開いた顎門に火炎を満たし始める。

 

 

「マシュッ! 宝具展開いけるッ!?」

「はいッ!」

 

 

 立香に頷いたマシュが盾を構え、オリオンを護る為に宝具を発動しようとし始める。

 しかし、それを止める者が一人、彼女達の前に躍り出た。

 

 

「お前がそれを使う必要は無い。あれは、私が倒す」

「ラメールさん……?」

 

 

 マシュ達には視線を向ける事も無く、ただじっと顎門に炎を満たし続けるラヴィエンテを見上げる。

 左腕に持つ銃槍を握る力を強めたラメールは、相も変らぬ冷淡さを感じさせる口調で続ける。

 

 

「あれが放つ極大火球は、下手な宝具以上の威力を持つ。お前の盾ならば防げるだろうが、連続して撃たれてしまえば、その護りもいずれ綻びが出るだろう。ただ護っているだけでは、奴を止める事は出来ない。ここは私に任せてほしい。オリオン」

「なんだ?」

 

 

 矢を番えながら視線だけ寄越してきたオリオンに、ラメールは僅かに口角を上げてみせた。

 

 

「撃ち抜けよ。月女神を堕とすのは、君の専売特許だろう?」

「―――当然ッ!」

 

 

 ニカッと笑ったオリオンは、次の瞬間にはその表情を一変させ、ふざけた気配など微塵も感じさせない、一人の漢の顔となった。

 対してラメールも数歩前に踏み出すと、腰を落として銃槍を構える。

 

 

「マスター」

 

 

 砲口に青い輝きを灯し始めたラメールが、立香に声をかける。

 なに? と立香が返せば、ラメールは横目で彼女を見つめてきた。

 

 

「―――勝て。勝って、人理を取り戻せ。お前には、その力がある。私はここまでの戦いで、それを確信した」

 

 

 ここまで来るのに、多くの戦いがあり、犠牲があった。

 望月千代女は、自身を呪う事で怪物達の母(エキドナ)を暴走させ、活路を見出してくれた。

 艦隊戦で、オデュッセウスに何度も窮地に陥れられた。彼との決着を付ける為に、シャルロット・コルデーが己の命と記憶を代償に相討ちへと持ち込んでくれた。

 バーソロミュー・ロバーツは、アルテミスへの唯一の対抗策であるオリオンを、無事ネメシス島へと送り届けてくれた。

 アキレウスはケイローンを押し留め、彼の宝具に仲間達が晒されるのを防いだ。

 ヘクトールは、たった一度のアルテミスの砲撃を防ぐ為だけに召喚に応えてくれた。

 マンドリカルドは、月女神アルテミスの砲撃から友を護る為に、ヘクトールより託された絶世の儚剣を振るった。

 パリスはオリオンの想いをアルテミスに届かせる為に、己が身を矢へと変えた。

 

 そして今、自分もまた彼らと同じように、仲間達の為に命を捨てる。

 

 全てはこの時の為に。

 若くも逞しき、カルデアのマスターを助ける為に。

 

 

「―――真名、解放」

 

 

 ラメールの言葉に反応するように、足元から放出された青黒い雷が彼女の周囲を覆い始める。

 それは、生前の彼女が打倒した好敵手の力。

 深淵より出で、激流の渦を以て万物を喰らう、冥海の王の力。

 生前は“煉黒龍”の次に苦戦した強敵とすら言える竜種の稲妻を纏ったラメールは、その力を砲身へと注ぎ込む。

 

 そして、オリオンもまた、己が撃ち抜くべき相手に向けて矢を向け始める。

 

 

「我、月の女神アルテミスを真に落とす為、己が冠位をここに返上するッ!」

「―――冥雷よ。冥海よ。深淵より来たりし、冥府の渦よ」

 

 

 青い光は、冥府の稲妻を取り込んで巨大化し、人一人は余裕で飲み込めるほどの大きさになる。

 オリオンはその身を変化させ、よりギリシャの英雄に相応しい逞しき姿と化す。

 

 

「―――ここに我は、汝の力を解き放とう。遍く人の世の為に、その力を振るえ」

「お前は、俺以外の誰にも落とさせない。誰にもだッ!!」

 

 

 島を呑む怪物を殺せるのは、この場にラメールを置いて他になく。

 星を穿つ女神を落とせるのは、オリオンを除いて他になく。

 

 ラメールが星の意志に喚ばれてこの地に現れたのなら、オリオンは自分の意志でこの地に喚ばれた。

 経緯は違えど、互いに為すべき事を定め合った二騎は、己が撃ち、貫くべき存在を見据える。

 

 片や英霊の体を変換して創造された黄金の矢を番え、片や冥海の王の力を宿した銃槍を構え、二騎(ふたり)の狩人は、叫ぶ。

 

 

「轟け、深淵の咆哮―――『超越解放/冥銃槍(モンスターハンター)』ッ!!」

「宝具―――『其は、女神を穿つ狩人(オルテュギュアー・アモーレ・ミオ)』ッ!!」

 

 

 月女神の主砲が発射されるのと、オリオンが矢を放つのはほぼ同時。

 対して、“大巌竜”の極大火球と、ラメールの宝具が放たれるのもほぼ同時だった。

 

 黄金の光が、黄金の砲撃を切り裂いて飛んでいく傍ら、青黒い光線は太陽と見紛う火球を貫いていく。

 そして、二騎の必愛/必殺の技は、己が届かせるべき相手に届いた。

 それはきっと、時間にしてみれば数瞬にも満たないものだろう。

 それでも、立香やマシュ、そしてオリオンとラメールにとっては、数分、数時間にも思えるような時間だった。

 

 オリオンの矢が、アルテミスを救う愛の技であるのなら、ラメールの砲撃は、ラヴィエンテを殺す敵意の技。

 相反する二つの宝具を前に、太古より孤独で在り続けた女神と、星によって招かれた怪物は、その活動を停止させたのだった。

 

 

「……やれた……の?」

「……あぁ、撃ち落とした。そして、俺の出番はここまでだ。お前もだろ? ラメール」

「……あぁ」

 

 

 退去を意味する小さな魔力の光を零しながら、二騎は立香の前に立つ。

 全力で、今の己に出せる全てを出し切った後だからか、立香に視線を向ける二騎の声には覇気がない。

 しかし、それだけだ。彼らの顔色に疲労の気配はまるで感じられず、柔らかい笑顔がそこにはあった。

 

 

「気分はどうだ? オリオン」

「へっ、そいつはもう、最高の気分さ。空はもう、女神(あいつ)のものじゃなくなった。それは寂しい事かもしれないが、正しい事なんだ。立香、お前に心からの感謝を。お前のお陰で、あいつを救う事が出来た。ラメールもありがとな。お前があのモンスターから護ってくれなかったら、俺はアルテミスに想いを伝えられなかった」

「モンスターの脅威から人々を護るのが、ハンター(わたし)の役目。当然の事をしたまでだ。……だが、立香よ」

「なに?」

「一つだけ、忠告を。恥ずかしい話だが―――狩り損ねた( ・ ・ ・ ・ ・ )

「「え……?」」

 

 

 予想もしていなかった衝撃的な忠告に、思わず立香とマシュの視線がラヴィエンテに向けられる。

 ラメールの宝具によって討伐されたかに思われた“大巌竜”は、彼女のように消滅する際の魔力光を放っておらず、ただ死んでいるように沈黙しているのみ。

 

 

「元々、あれは古龍種含めたモンスターの中でも、生命力においては最上位の存在だ。今はあくまで沈黙しているだけで、時間を置けば復活してしまう。あれと同格といえば、“禁忌”の一角……“煉黒龍”だろう」

「“煉黒龍”……ラメールさんの時代から見た古代の世界では、大陸や島を沈めたと語られる古龍種ですか? その龍と“大巌竜”が……生命力では同格……?」

「無論、力量に関しては“煉黒龍”が上だ。奴は強力に過ぎる。もう一度戦っても、勝てるかどうか……。……む、話が逸れた。私が伝えたいのは、会話が終わり次第、すぐにオリュンポスへ向かった方がいいという事だ。テオス・クリロノミアを使っている以上、再起したラヴィエンテが、再びお前達を襲う可能性は高い。話を逸らしてしまった私が言うのもなんだが、なるべく急いだ方がいい」

「……うん、わかった」

「それなら、俺からも一つ忠告だ」

 

 

 頷いたラメールに代わり、今度はオリオンが口を開く。

 

 

「冠位のサーヴァントが召喚されるのには、大抵の場合、きちんとした理由がある。わかるよな? 気を付けろよ、もう助けちゃやれねぇ」

 

 

 オリオンの言葉に、立香とマシュ、そしてこれまでの彼らの会話を聞いていたカルデアのメンバー達が息を呑む。

 アルテミスを撃ち落とす為に捨てたとはいえ、オリオンは冠位(グランド)クラスとしてこの異聞帯に召喚された。

 それはつまり、彼が最善の対抗策として用意されるに足る原因があるという事。

 

 それすなわち―――人類悪。人類が生み出した、七つの災厄のいずれかが、この異聞帯のどこかに存在するという事だ。

 

 気を引き締める立香達に安心したように笑ったオリオンは、「最後に握手だ」と言って、立香と固い握手を交わした。

 そこで立香が瞳に涙を溜めている事に気付き、オリオンは優しく彼女の肩に手を乗せた。

 

 

「うん、泣くなとは言わない。ただ、後ろを振り返り続ける必要はないさ。歴史はその繰り返しで紡がれていく。お前も、いつかドレイクのように誰かにバトンを渡す日が来る。そしてこう思うんだ。『こんなにも誇らしい気持ちなのか』ってな」

「オリオンは……誇らしいって思う?」

「おうとも。お前ではなく、お前を生み出した歴史全てが誇らしい。俺達のバトンを受け継いだお前の奮起が、俺達をここに辿り着かせたのだから。最後まで付き合えなくて悪いな。だが、お前さんとマシュなら何とかなるだろ。さぁ、オリュンポスに行け。俺はアルテミスに、会いに行くよ」

「……ありがとう、トライスター」

 

 

 オリオンはその死後、彼はアルテミスの手により星へと昇った。

 それからというもの、オリオン座を構成する星の中でも一際強く輝く三つの星々は『オリオンのベルト』として認知され、後に『トライスター』と呼ばれるようになった。また、このトライスターは、日本では縁起の良い『将軍星』として広く知られている。

 オリオンを象徴するに相応しい名称を感謝の言葉に添えた立香に一瞬面食らったオリオンだったが、やがて崩れるように笑って彼女の肩を叩いた。

 

 

「ははは、その名前をここで出すか。いいぜ、少し恥ずかしいが受けてやる」

「オリオンさん……」

「後は―――カルデアと“彷徨海”のあんた達」

 

 

 それからオリオンは、ストーム・ボーダーからこちらの様子を窺っているホームズやゴルドルフらに一言ずつ話していく。

 その光景を見ながら、ラメールは己の胸の内が熱くなるのを感じていた。

 

 

(バトンを渡す、か……。私達からバトンを受け取ったオリオンが、こうして次の世代へとバトンを託していく……。これが歴史というものか)

 

 

 ここにいる者達が生まれた時代は、大きく離れている。だからこそ、自分達の時代から受け継がれてきたバトンは、しっかり現代(いま)へと届いているのだと、ラメールは強く認識できた。

 

 

(オリオン……私はお前が誇らしい。私達からのバトンを受け取ってくれて―――)

「ん? どうした?」

「いや、なんでもない。ただ、嬉しいと思っていただけだ」

「……そうか」

「……そろそろ時間だ。我々はこの地を後にする。後は任せるぞ、カルデア。次に会う時は、呪いもなにもない、本当の私を見せてやろう」

「……うん、ありがとう、ラメール」

「また会いましょう、ラメールさんッ!」

「あぁ」

「じゃあな、お前達。後は任せたッ!」

 

 

 最後に立香とマシュの二人と握手を交わし、ラメールは背を向けて歩き出す。

 足元から少しずつ感覚が消えていく中、自分の名を呼ぶ声が聞こえたので視線を動かしてみると、いつの間にか自分の隣にオリオンが立っていた。

 

 

「そういやお前、さっき笑ってたな」

「そういう時もあるだろう。私とて、笑う時は笑うからな」

「いやぁ~、何度か『笑わねぇかなぁ、こいつ』なんて思ったけどよ、最後にいいもの見れたぜ」

「浮気者だな。アルテミスにどやされるぞ?」

「大丈夫だって。最後にゃアルテミスのところに―――ぁ痛ァッ!?」

 

 

 へらへらと笑っていたオリオンの脳天に岩程の大きさの部品が落ち、オリオンが倒れる。

 それがトドメの一撃になってしまったのか、オリオンの消滅する速度がどんどん早まっていく。

 

 

「すみませんすみませんッ! ほんのちょっぴりッ! ほんのちょっぴり『クールな女の子が笑うのっていいな』って思っただけなんですッ! 俺は今も昔もアルテミス一筋だから許してくださいお願いしますッッ!! いやぁああああ首絞めないでぇえええええええええッッッ!!!」

 

 

 先程までの英雄らしさはどこへやら。情けない叫び声と共に、オリオンはこの異聞帯から退去していった。

 その光景に思わず吹き出してしまったラメールは、肩を震わせて「ふふふふ」と笑った。

 

 生前、独身のまま生涯を終えてしまった身ではあるが、ああいう光景を見ると、自分も伴侶を持つべきだったかと否応なく考えてしまう。

 召喚されても無いのに、肘から先だけ顕現させてオリオンの首を締め上げた腕の持ち主を考えて、生前の自分もあそこまで他人を愛する事も出来たのかもしれないと思った。

 男性から求婚を受けた事は何度かあったが、その度に断ってきたのは自分。今こういった感情を抱く羽目になったのも、全ては自分の責任だ。

 

 

(伴侶、か……。…………いや、ないな)

 

 

 一瞬脳裏に浮かんだ少女の姿を、首を横に振って追い出す。

 自分と彼女は敵同士。定められた宿敵に過ぎない。

 それでも―――

 

 

 ―――少しだけ『いいかもしれない』と思ったのは、否定できなかった。

 

 

 

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 オリオンとラメールとの別れを終えた立香達は、ストーム・ボーダーに戻り次第、すぐにラメールから伝えられた情報を仲間達に告げた。

 

 

「なんだとッ!? あの化け物、モンスターハンターをしても狩り切れなかったのかッ!? ならば早くオリュンポスへ向かうしかないではないかッ!」

 

 

 少し離れたところで横たわるラヴィエンテを、蒼褪めた表情で凝視するゴルドルフ。

 活動を停止しているせいか、光を宿さない眼は今も虚空を見つめているが、あれがいつ光を取り戻すかはわかったものではない。取り合えず、ラヴィエンテが再起する前にこの島から離脱し、至急オリュンポスへ続く『虚ろの穴(ビッグホール)』に向かった方が―――

 

 

 

 

 ―――ギョロ。

 

 

「あっ」

 

 

 一瞬で光を取り戻した眼と、ゴルドルフの目が合った。

 

 

「……おい、あいつ、こっち見てないか?」

 

 

 蛇に睨まれた蛙の如く硬直しているゴルドルフに代わり、震えた声でムニエルが告げた。彼の言葉に反応して「まさか……」といった様子で、二人を除いたその場の全員がラヴィエンテに視線を向け、活動停止状態にあった竜が再起した事に気付いた。

 

 

「キャプテンッ! 発進準備出来てるッ!?」

「もう出来てるッ! みんな、早く席についてッ! 確認次第すぐに浮上するからッ!」

 

 

 自分達のすぐ近くで響く、巨大なものが動く音を聞きながらもすぐに行動できるのは、立香を始めたメンバー達がこれまでの戦いを通して耐性がついていたからだろう。

 立香達が準備を完了させたのを確認したネモは、すぐさまストーム・ボーダーを発進。

 空中に浮かび上がった白亜の艦はネメシス島から飛び出すが、その頃には既に上体を起こしたラヴィエンテが顎門を開き、火球を生成し始めていた。

 

 

『この魔力量―――ブレスを撃つつもりだッ! それも対城宝具と同等かそれ以上のクラスでッ!』

「寝起きでこの行動力か。日常生活だったらぜひ欲しいくらいだね」

「ふざけてる場合かッ! ええい、早く逃げるのだッ!」

「わかってるッ! けど、このままじゃ……」

 

 

 ラヴィエンテのブレスの射程距離がどこまで届くかわからない以上、とにかく全速力で逃げるしかない。しかし、如何なストーム・ボーダーとはいえ、いきなり最高速度を出せるというわけではないのだ。速度を上げている間に撃たれてしまえば、『虚ろの穴(ビッグホール)』を通り抜ける余裕など無くなってしまう。

 

 

『―――ッ。“大巌竜”がブレスを撃とうとしてるッ! みんな、なにかに掴まってッ!!』

 

 

 ダ・ヴィンチの切羽詰まった叫びに、全員が近くにあるものにしがみつく。

 そんな彼女達の慌てようなど知る由もないラヴィエンテは、そのままストーム・ボーダーにブレスを放とうとして―――

 

 

 

 

 ―――黄金の粒子を伴った、青白い閃光の渦によって阻止された。

 

 

「え……?」

 

 

 突然の出来事に、誰もが絶句する。

 今まさに自分達を攻撃しようとしたラヴィエンテが、何者かの攻撃を受けてブレスの発射を中断した。

 

 

「グォォオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 

 行き場を失ったブレスが爆発した影響で発生した黒煙が、ラヴィエンテのバインドボイスで蹴散らされる。

 

 まるで、何者かに対して威嚇しているような咆哮。身動ぎもしないまま、じっと海面の一点を睨みつけているラヴィエンテの姿に、立香達も視線を外せない。

 

 これからなにが起こるのか―――そう誰もが思った直後。

 

 

「ガァァアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 海中より現れた白銀の蛇王が、島を呑む竜へと襲い掛かった。

 

 

 

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 カルデアは試練を乗り越えた。

 虚ろなる海神は既に亡く、智謀の将軍は裏切りに倒れ、女神は彼女を愛した男の愛に撃ち落された。

 

 称賛せねばなるまい。ここまで来るのに、カルデアはアトランティスで味方となった全てのサーヴァントを喪った。喪ったうえで、勝利を掴み取った。

 しかし、彼らの犠牲は決して無駄にはならない。彼らとの別れは、いずれ彼女達の旅を後押しする力となる。ここであった彼らとは違う『彼ら』が、彼女の旅路を護り、導く役割を受け継いでいく事だろう。

 

 そして―――こちらも準備が整った。

 

 

「嗚呼―――」

 

 

 遂に始まる。遂に動き始める。

 果たすべき試練を果たしたのなら、いよいよ後腐れなく行動できるというもの。

 歓喜の吐息を漏らした少女に呼応するように、彼女の足元で遊泳する怪物達の意志が強まっていく。

 

 

「さぁみんな―――蹂躙の時間だよッ!!」

『グォォオオオオオオオオオッッッ!!!』

 

 

 叫べ、轟け、咆哮せよ。

 彼女の加護の下に、煉黒の海を征け。

 

 ―――今こそ、アトランティスを死の海へと変えるのだ。

 




 
 次回、いよいよシュレイド陣営が攻勢に出ますッ!
 また、遂に“禁忌”の一角の宝具が明らかとなりますので、お楽しみにッ!
 それではまた次回お会いしましょうッ!


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煉獄の龍

 
 申し訳ございませんッ!
 先程この話を投稿したのですが、再確認したところ途中までしか執筆できていない状態でしたッ! 改めて再投稿しましたので、よろしくお願いいたしますッ!
 本当に申し訳ございませんでしたッ!


 

 突如として海中より姿を現してラヴィエンテへと襲い掛かった超巨大モンスターの詳細を調べる為、凄まじい速度でキーボードを叩くネモ・プロフェッサー。

 目まぐるしく動く瞳が空中に映し出された文字列を左から右へと追っていき、僅か数秒を以て終了させた。

 

 

「出現したモンスターの特徴を検索……データベース照合……。あちゃ~……。キャプテン、あのモンスターは古龍です~。それも古龍種の中でもとびっきり危険な奴ですよ」

「答えはなんとなくわかるけど……一応名前を教えてもらおうか」

「“蛇王龍”ダラ・アマデュラですぅ。歴史上類を見ない、“大巌竜”ラヴィエンテと背比べが出来る程の超巨大モンスターですね~」

 

 

 間延びした、しかしいつも以上に真剣な口調で告げられた名に、その場にいる全員が戦慄する。

 

 “蛇王龍”ダラ・アマデュラ―――それは超古代の時代、“千剣山”という聖域の頂に姿を現すと語られていた古龍種。人智を超えた巨大さ故に、生物ではなく御伽噺の存在として当時の人々には知られていた古龍であり、彼の龍が動くだけで、その周囲では地殻変動や山の崩落が多発したとされている。

 

 サーヴァントとして召喚されていたとすれば、龍よりも御伽噺の存在としての側面を強く出した状態で姿を現す古龍だろうが、プロフェッサーが調べた限り、あの古龍からサーヴァント反応は検知されず、現代に生きるれっきとした生命である事が証明されていた。

 

 

「ついでに言っておくと、“蛇王龍”の周りでは常に隕石らしきものが確認されているようですね。『凶星』というやつですね~」

「……つまり?」

「今はまだ確認されていませんが、このままここにいては、雨のように降り注ぐ隕石に撃ち落されます。早急に離脱するのがよろしいかと~」

「ええいッ! ならばここに留まる理由はさらさらないではないかッ! すぐに離脱すべきだッ!」

「そうだね。ここはバショウカジキのように最速で動くとしよう」

 

 

 ラヴィエンテが目覚める前にオリュンポスに向かうと決めていたため、既に乗員の準備は整っている。互いに絡み合いながら交戦し続ける二体の超巨大モンスターを背後に、マリーン達の操縦によって発進したストーム・ボーダーは『虚ろの穴(ビッグホール)』目掛けて一直線に飛んでいき、そこから地下に存在するオリュンポスへと向かう。

 

 

「ラメールには感謝しないとね。あの人がいなかったら、今頃私達、ポセイドンと戦ってたんでしょ?」

 

 

 アトランティスではオデュッセウスの監視に気を付けながら行動していた事もあって、こうして一先ずは安心して会話できるのも久しぶりのように思える。この時間も、ラメールがドレイクや他のサーヴァント達と共に先立ってポセイドンを倒してくれなければあり得ないものだった。

 

 

「そうですね。彼女がドレイクさん達と共にポセイドンを倒してくれたおかげで、“大巌竜”との挟み撃ちになるという事態は回避出来ました」

「帰ったらすぐに召喚しないとね。きっと覚えてはいないと思うけど、それでもお礼は言いたいから」

「はいッ!」

『ならば、是が非でも生還しなくてはなりませんねッ!』

 

 

 立香とマシュが頷き合った直後、彼女達の前にホログラムのシオンが現れた。

 

 

「シオンッ!」

「シオンさんッ! 通信は妨害されていたはずでは……」

『その説明の前に、まずは労わせてください。アトランティス踏破、おめでとうございます。そして通信の件なのですが、それが急に開けるようになったんですよ。まぁ、原因はなんとなく理解できるんですけどね』

「ふむ。その原因とやらは?」

 

 

 眉を吊り上げたホームズに、シオンは苦虫を嚙み潰したような表情をして伝えてきた。

 

 

『先程、ギリシャ異聞帯とシュレイド異聞帯の嵐の壁が衝突しました。二つの壁はまるで混ざり合うかのようにして融合……互いの異聞帯を囲むドームのようなものとなる様子も確認されました。つまり―――』

「まさか……始まるというのかッ!? 異聞帯同士の戦争がッ!」

 

 

 “彷徨海”から立香達や異聞帯の様子を逐一観察していたシオンから告げられた報告に真っ先に食いついたのはゴルドルフだ。

 ギリシャ異聞帯に侵入する前のミーティングで危惧されていた事が今まさに起きているという事実に顔面蒼白になった彼にシオンはヤケクソ気味に高笑いを上げた。

 

 

『その通りですッ! さぁ、早くオリュンポスに急いだ方がいいですよ。先程、超高密度の魔力が観測されました。時間にして残り数分でしょうが、その後は間違いなく……』

「間違いなく……?」

 

 

 オウム返しに問いかけた立香に、シオンは笑みを消してこう告げた。

 

 

『―――アトランティスは、跡形もなく消え去るでしょう( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )

 

 

 

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「ハハハハハッ! ようやくッ! ようやく潰せるッ! 神に隷属するしか能の無い連中を、ようやく殺せるッ! アッハハハハハッ!!」

 

 

 ストーム・ボーダーが『虚ろの穴(ビッグホール)』に飛び込んで少しした頃、数分前までアトランティスを支配していた蒼海は、その姿を紅き海へと変えていた。

 “厄海”―――ミラオスが創造主より与えられた権能(チカラ)を駆使してこの世に具現化させた、彼女が創造する地獄の形。かつて彼女が蹂躙し、居城とした海域を出現させる、サーヴァントとして顕現した彼女が保有するスキルの一つである。

 

 

「さぁみんなッ! まずはあそこの船団を潰そうッ! 指揮官が生きてたらちょっと苦戦はしてただろうけど、もうそいつはいないからねッ! 好きに沈めちゃって♪」

 

 

 遠くに見えるオリュンポス船団―――カルデアが沈め損ねた船をミラオスが指差すと同時、彼女の前方に広がる海面に幾つもの巨大な影が出現した。

 凄まじい速度で海中を突き進んだそれは、ある程度船との距離を縮めた後、各々の尻尾を強く動かす事によって跳躍。

 水しぶきを伴って現れた二体のモンスター―――“海竜”ラギアクルスと“水竜”ガノトトスが別々の船に乗り上げ、そこに乗っていたオリュンポス兵達を蹴散らしていく。そこから離れた船は、今回ミラオスが率いるモンスター達の中でも強力な個体である“大海龍”ナバルデウスの突進により呆気なく粉砕され、また別の船は周囲の海面から現れた“骸龍”オストガロアの触手に絡みつかれ、バキバキという音と共に砕かれながら沈んでいく。そこに乗っていたオリュンポス兵達の行く末は、最早語るまでもないだろう。

 オリュンポス船団が全滅するのは時間の問題だと片付け、視線を別の方角へ向ける。

 最早何度目か、互いに威嚇するように咆哮を上げたダラ・アマデュラとラヴィエンテの激闘は、今も続いている。超巨大モンスター同士の戦いの余波は想像を絶するもので、彼らの戦いの巻き添えを喰らったネメシス島には、最早文明や自然の気配は全く感じ取れなくなっている。それに両者が争う影響で発生した津波がこちらまで来ているが、ミラオスにとってはこの程度の波など微風のようなものであり、今もオリュンポス船団を襲い続けているモンスター達も、この程度の津波に圧し負ける程柔に出来ていない。

 

 

「グォオオオオッ!!」

 

 

 咆哮と共に振るわれた鉤爪がラヴィエンテの肉体を切り裂き、大量―――しかし彼らからしてみれば少量―――の血が飛び散る。一瞬怯んだラヴィエンテの隙を突いてダラ・アマデュラが絡みつき、胸元に黄金色の粒子を伴う青い輝きを灯し始めた。

 

 

「ギャァアアアアアッ!?」

 

 

 火・水・氷・雷・龍―――数多の研究者達をしてもどの属性にも定められなかった未知のエネルギーを基に放たれた熱に焼かれたラヴィエンテが苦悶の叫びを轟かせる。だが、ラヴィエンテもただ締め上げられているだけでもない。

 ラヴィエンテが反撃にと全身から赤い雷を迸らせた事によってダラ・アマデュラが絶叫し、拘束が緩む。その隙に逆にダラ・アマデュラの体に絡みついたラヴィエンテが至近距離から極大火球を繰り出そうとするが、そうはさせじとダラ・アマデュラは咆哮を轟かせる。

 瞬間―――“厄海”の出現に伴って空を覆った紫がかった暗雲を突き破り、幾つもの青光が落ちてくる。

 “凶星”―――ダラ・アマデュラが持つ能力によって、(ソラ)より落ちてくる隕石。キリシュタリア・ヴォーダイムがこの異聞帯にやって来る事で完成させた『理想魔術』をも上回る攻撃規模を以て降り注いだ無数の隕石がラヴィエンテに直撃し、堪らず絶叫を上げて極大火球の生成を中断してしまった。

 鋭い鉤爪が生えた前足でラヴィエンテの体を掴んだダラ・アマデュラは、そのまま自分ごと倒れ込むようにラヴィエンテを組み敷こうとする。しかし、ラヴィエンテが組み敷かれる直前に空中に散布させていた粉塵を爆発させた事で拘束は失敗、吹き飛ばされたダラ・アマデュラが海面に落ち、巨大な津波が発生した。

 並みのモンスターであれば容易く押し流せてしまえそうな程巨大な津波を前にし、流石のミラオスも僅かに眉間に皴を寄せて“鳳凰ガ体現セシ弓矢”を構え、番えた数本の矢をほぼ同時に放つ。

 飛翔した数本の矢は、ミラオスや彼女が率いるモンスター達を吞み込もうとした部分だけを射抜き、巨大な風穴を開けた。

 その風穴の向こう、ダラ・アマデュラは自分に喰らいつこうとしたラヴィエンテを尻尾で薙ぎ払った後、大きく開いた顎門に青い炎を灯し始める。

 起き上がったラヴィエンテが対抗するように極大火球を生成し始めるが、先に充填が完了するのは、当然ダラ・アマデュラである。

 

 

「ガァアアアアアアアアッ!!」

 

 

 膨大なエネルギーを凝縮して放たれた極大規模の閃光渦が発射され、ラヴィエンテの頭部を包み込む。

 生成途中だった火球を掻き消してラヴィエンテを吞み込んだ閃光渦を放射しながら、ダラ・アマデュラはその頭部を全方位に向けて動かす。

 周囲を舐め取るように放射された閃光渦によって蹂躙された場所は、僅かに遅れて大爆発を起こしていく。

 

 閃光渦に呑まれたラヴィエンテは、最早活動する力を失った。なにせ、先程まで頭部があった場所には、なにも無いのだから。

 

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 地響きと津波を伴って崩れ落ち、魔力の粒子となって霧散していくラヴィエンテを前に、ダラ・アマデュラは勝利の咆哮を轟かせた。

 

 

「さっすがッ! 君を連れてきて正解だったよ♪ ありがとね♪」

 

 

 パチパチと拍手を送って称賛したミラオスに、ダラ・アマデュラは微かに頷くような仕草を見せ、その巨躯を海に沈めていく。彼の役目は、これで終わりだ。

 視線をオリュンポス船団がいた方向へ動かしてみれば、そこも既にオリュンポス船団の形はなく、先程までそこで起きていた惨劇を物語るように、船の残骸が至る所に漂っていた。

 

 

「君達もお疲れ様。後は私に任せて、君達は帰っていいよ。流石にここからは、君達も巻き込みかねないからね。引き戻されるだろうけど( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )、こればかりはどうしようもないから……ごめんね?」

 

 

 両手を合わせて頭を下げたミラオスを、モンスター達はじっと見つめる。彼らの視線に乗って伝えられた答えに、ミラオスは小さく「ありがとう」と返して背を向ける。

 モンスター達が一斉にシュレイド異聞帯目掛けて泳いでいく気配を感じながら、ミラオスは魔力で展開していた足場を消滅させる。

 紅く染め上げられた海水に全身が包み込まれる心地良さを感じながら、ミラオスはその身を灼熱の業火で覆う。

 

 やがて少女の数十倍にまで巨大化した炎が消えると、そこには少女の姿は無く、代わりに巨大な一体の龍の姿があった。

 

 灼熱の花弁の如き黒鱗、マグマのように赤く光るラインが走る、燃え盛る岩石のような体躯。岩盤と錯覚するかと思われるような巨大な翼の先端部と背部に連なる山のような突起には正しく『火口』と称するに相応しい穴が存在し、そこからは絶え間なく大噴火の如く灼熱の溶岩が噴き上げられている。

 紅蓮に輝く凶眼を深海に煌めかせるその者の名は―――“煉黒龍”グラン・ミラオス。

 神話において、“煉獄の王”、“大地の化身”、“獄炎の巨神”、“偉大なる創造と破壊”などと呼称された伝説は、その身に宿る心臓から全身に送られている魔力を一気に活性化させる。

 

 主が発動準備( ・ ・ ・ ・ )に取り掛かった事に呼応してか、アトランティスを覆う紅き海は眩い輝きを放ち始め、地震が起こり始める。

 

 

〔堕ちよ、生命。(おこ)れ、煉獄。遍く命は、等しく我が歩みに跪け―――〕

 

 

 目標、アトランティス―――補足。

 異聞の権能との結合―――確認。

 汎異権能―――最大励起。

 魔力量―――臨界。

 

 宝具発動条件―――クリア。

 

 

〔―――獄炎の巨神、我は煉獄を創造せし龍(グランデ・ディストラレ)

 

 

 咆哮と共に―――海が爆ぜる( ・ ・ ・ ・ ・ )

 

 彼女の領域に呑み込まれた神代の海洋が瞬く間に紅い輝きに包まれた後、数瞬の間を置く事もなく爆発。

 アトランティスに残っていた全ての島諸共、ギリシャの海洋が煉獄に灼かれ、瞬く間にその姿(カタチ)を失っていく。

 

 これこそ、生前の彼女では成し得なかった、異聞の権能を取り込んだ事によって成り立つ宝具。生前は精々周囲のテクスチャを塗り潰し、余分な要素である島々や大陸を沈める能力だったそれは、異聞の力を取り込む事でその在り方を変えた。

 

 其は、煉獄による焼却。紅蓮による廃絶。厄災の海域による破滅。そして新たな地を創り出す―――テクスチャの剥奪と創造( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )

 

 通常では長時間をかけて行われるはずの破壊と創造を、ほぼ同時に実行する事を可能とした宝具により、アトランティスは壊滅。

 最早そこには、神々の支配する海や島の痕跡は無く、辺り一面には元からそうだったかのように、新たな海域が姿を見せていた。

 

 そこにあるものは、支配も隷属もない、ただ純粋に生を謳歌する生物達の楽園。

 

 粘土に空けた穴を、周囲の粘土を寄せ集めて補完するように―――アトランティスの海はシュレイドの海へと変貌を遂げていた。

 

 

〔嗚呼、お姉様ッ! 私達の祖ッ! 私達の主ッ! ミラオスは果たしましたッ! 貴女の(いもうと)は成し遂げましたッ! アトランティスは既に私の、いえ―――貴女のものにッ!! アッハハハハハッッ!!〕

 

 

 光も届かぬ深淵を連想させる海の底で吼えた龍が跳躍する。

 その短い両足からは想像も出来ぬ脚力を以て瞬く間に巨体を打ち上げた彼女は、浮上する途中でその身を炎で覆い尽くし、少女の姿(カタチ)を取る。

 

 巨大な水柱を立てて海中から飛び出したミラオスの全身が、己の宝具によって創り変えた( ・ ・ ・ ・ ・ )海の情報を会得する。

 (ソラ)から来訪した忌々しい神々(ガラクタ)の気配は感じない。彼らに隷属する人々の気配も失せた。代わりに、各々の生涯を過ごす海洋生物達の鼓動が聞こえてくる。

 

 

「ハハハハハ……アーッハッハッハッハッハッッ!!」

 

 

 滅ぼすべき害悪を文字通りの“消去”に成功した事実を再確認し、清々しい気分のままに笑う。

 狂気をも感じさせる高笑いがシュレイド海洋の上空に響き渡る中、彼女が厄海を解除した事で爽やかな青色を取り戻していた空が、再び暗雲に覆われ始める。

 

 

「……来たッ! 来た来た来た♪ 待ってたよ―――お姉様ッ!」

 

 

 遥か彼方に見える小粒のような大きさの大陸から飛んでくる、無数の影。

 シュレイド王国を中心に広がる異聞の大陸から一斉に飛び立ったであろう龍達を率いるように、一体の黒き龍が雄々しい翼を羽ばたかせている。

 その背中に乗っている少女こそ、ミラオスや彼女の兄妹、そしてあらゆる龍/竜種が絶対の忠誠を誓う存在―――アンナ・ディストローツである。

 

 

「ミラオス~ッ! ちゃんと仕事果たして偉いね~ッ! 後でいっぱい撫でてあげるから、次もちょっと手伝ってもらってもいいかな?」

「もちろん♪ お姉様の為だったら、なんだって出来ちゃうもん♪」

 

 

 降下した龍―――“黒龍”ミラボレアスの背に降り立ち、敬愛する主の前に腰を下ろす。

 

 

「あれ? 下兄様とアルバは?」

「あそこだよ」

 

 

 アンナが後方に人差し指を向ける。

 ミラオスがそちらに視線を向けてみれば、“鋼龍”クシャルダオラと“冰龍”イヴェルカーナの背に、それぞれ人の姿を取っている兄妹達が見えた。

 

 

「今回ばかりは全力で取り掛かる必要があるからね。“王”の守護は二つ名や歴戦王、希少種の子達に任せたよ。これ以上ギリシャ異聞帯に好き勝手させるわけにはいかないからね」

「ハハハッ! そうだよねそうだよねッ! じゃあ私、次も頑張っちゃうねッ!」

「期待してるよ、ミラオス。―――さぁ……」

 

 

 “黒龍”の動きが止まり、アンナの視線がこのシュレイドの海に唯一残った異物を捉える。

 『虚ろの穴(ビッグホール)』。残るギリシャの神々が潜み、そしてアンナの目的の人物が待つ星間都市へと続く道。それを見下ろしたアンナが口角を僅かに上げた。

 

 

「ボレアス、あの穴に飛び込んでッ! 忌々しい異聞の神々を、滅ぼそうッッ!!」

〔了解。皆の者、私に続け〕

『グォォオオオオオオオオオッッッ!!!』

 

 

 ミラボレアスが『虚ろの穴(ビッグホール)』に飛び込み、その後に他の古龍達が続く。

 “黒龍”の顎門から放たれた灼熱の業火がオリュンポスへの侵入者を阻む渦潮を瞬く間に蒸発させていく。やがて大穴を抜けた彼らの先に、およそ汎人類史の技術では建設不可能な都が現れる。

 

 星間都市山脈オリュンポス―――ギリシャ神代より現代まで続いてしまったが故に誕生した、神々の都。

 

 およそ地下に存在するものとは思えぬ光景に、思わずアンナ達が呆気に取られた、その瞬間―――

 

 

               

『 堕ちよ 』

 

              

『 龍の祖よ 』

 

 

 蒼き稲妻が迸る。

 “黒龍”の背後に続く古龍達の一切を無視して飛来した雷は不規則な軌跡を描いて、彼の背に乗る少女目掛けて一斉に襲い掛かった。

 

 

「……ッ、姉様ッ!!」

 

 

 しかしそれを、炎や氷が溶け込んだ稲妻が打ち払う。

 自分を護ってくれた妹―――アルバに強く頷いたアンナは、自分達の前に広がるオリュンポスを睨み、叫ぶ。

 

 

「その声……やっぱり君がここの王なのね―――ゼウスッ!!」

 

 

 アンナの叫びに応えるように、再び雷霆が轟く。

 

 

               

『 然り 』

 

 

     

『 其方と再び見えるとは思いもしなかった 』

 

 

           

『 白き巨神との戦い 』

 

 

   

『 其方の奮闘が無ければ、我々に勝ち目はなかった 』

 

 

       

『 あの時の礼を言いたいところだが 』

 

 

        

『 其方は余の知る彼女ではない 』

 

 

    

『 このオリュンポスが滅びる要因となる以上 』

 

 

          

『 捨て置く事は出来ぬ 』

 

 

          

『 せめてもの情けとして 』

 

 

         

『 苦痛無き死を与えよう 』
 

 

「冗談じゃないわ。こっちの私( ・ ・ ・ ・ ・ )の後釜に収まって人類を支配したくせに、よくもそんな口が叩けたわね。いいわ。だったらこっちの貴方にも教えてあげる」

 

 

 ゼウスの雷霆が迫る。先程よりも高密度と高威力を以て襲い来るそれを前に、アンナは両手に緋雷を纏わせる。

 弟妹達の現界維持に回している魔力を全て自身に送り込み、緋色の雷霆を放つ。

 

 激突した蒼白と緋色の雷霆は、互いを潰し合うように絡みつき、やがて大爆発と共に相殺した。

 

 

「貴方が神として認識される前、その力は私のものだった」

 

 

 バチバチと弾ける緋雷が迸る腕は、穢れを感じさせぬ純白の龍腕。

 

 

「全知全能にして正義の神、ゼウス。貴方の雷霆は―――」

 

 

 禍々しさと神々しさを兼ね備えた翼をはためかせ、“黒龍”の背から飛び立ち―――

 

 

私より弱い( ・ ・ ・ ・ ・ )

 

 

 緋き龍の霊眼に獰猛な輝きを灯し、龍達の祖は静かに吼えた。

 



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古龍、襲来

 
 どうも皆さん。
 月曜と火曜日を使って草津旅行に行ってきました、seven774です。草津には初めて行ったんですが、いいですねぇ、あそこ。温泉がたくさんあったので、温泉好きの私にとっては最高でしたよ。それに雪が降っていましてね。季節を感じながら温泉に入るのもまた乙なものでした。
 皆さんも機会があれば行ってみてはどうです?

 それでは本編、どうぞッ!


 

 頭上から迫り来る蒼き雷霆を、アンナの緋き雷霆が迎え撃つ。その度にアンナの全身には鈍器を叩きつけられたような激痛が走る。

 先程こそ高らかに吼えてみたものの、ギリシャ異聞帯の王であるゼウスが振るう蒼き雷は、未だ力を完全に取り戻せずにいるアンナにとっては、今の段階で出せる全力で迎撃しなければならない威力だ。常に気を張り続け、頭上から絶え間なく降り注ぐ雷霆を一発一発全力で迎撃し続けるのは、アンナをしても苦難の一言に尽きる。

 

 翼を羽ばたかせて飛翔するアンナ目掛けて雷霆が落ちてくるが、彼女は軽く身を捩って回避する。そこへ新たな雷が迫るも、それは後方から飛んできた火山弾が迎撃した。

 

 

「空いた席に収まっただけのガラクタ風情が―――お姉様を傷つけるなァッ!!」

 

 

 “黒龍”の背に残ったミラオスが吼え、背中から上部へと伸びた、活火山を連想させる翼から火山弾を放つ。撃ち出された火山弾は、燃え盛る火炎を纏いながらアンナを狙った雷霆を的確に狙い撃ち、黒煙と共に爆散していく。さらに、そこへ手元に出現させた“鳳凰ガ体現セシ弓矢”に番えた矢による速射で、相殺は出来なくとも、アンナが迎撃しやすいように威力の弱体化を図る。

 イヴェルカーナの背に立つアルバも、その手に“神滅弓アル・カニア”を構え、サーヴァントとなる事で得た神性特攻の効果を付与された矢を放つ。

 

 しかし、彼女達の尽力でアンナに傷一つ付かないかと訊かれれば、それは否と言わざるを得ないだろう。

 

 

「ぐぅ―――ッ!」

 

 

 彼女達の援護を潜り抜けて落ちた雷霆が、アンナの左翼に掠った。

 素肌をバーナーで焙られたような感覚に次いで、脳が焼き切れるような痛みが襲い来る。

 咄嗟に回避行動を取ったとはいえ、掠っただけでさえこの威力。直撃していれば、本来の姿でないこの体では間違いなく死んでいただろう。

 

 

(あの子達の援護もあってなんとか凌ぎ切れているけど、それでもこっちが押し負けるのは時間の問題か……。いっその事、ここで使うべき……?)

 

 

 チラリ、と右手の甲に刻まれた、龍を模した形の令呪を見やる。

 彼女とその弟妹達は、令呪によって縛られた主従関係などではなく、血を分けた家族の絆で結ばれている関係だ。故に彼女は弟妹達に対して絶対に令呪を行使しない。使うのは己自身の瞬間強化のみだ。

 だが、彼女は脳裏に浮かんだその考えを即座に否定する。

 自分が令呪(これ)を使うのは、然るべき時のみだ。ゼウス程度( ・ ・ ・ ・ ・ )に使うのは勿体ない。

 

 ならば、とアンナは胸元に潜ませたもの( ・ ・ )に意識を向け、弟に叫ぶ。

 

 

「ボレアスッ! 私の事は気にしなくていいから、みんなを連れてオリュンポスにッ!」

〔……良いのか?〕

「このままじゃ負けちゃうからねッ! みんなまとめて黒焦げになっちゃうよりはマシでしょ? それに、君達を巻き込みたくはないからねッ!」

〔……了解〕

 

 

 頷くように唸り声を漏らしたミラボレアスが、その雄々しい翼膜に蒼い焔を灯す。汎人類史では終ぞ手に入れる事の無かった権能(チカラ)の一部―――それをスラスターとして運用する。

 エンジンが轟くような音と共に、漆黒の巨体が蒼い軌跡を描いて突き進む。それを神殿から見ているであろうゼウスも、このままでは“黒龍”をオリュンポスに侵入させてしまうと判断したのか、先程よりも雷霆の数を増やしてきた。

 

 雷鳴と共に襲い来る稲妻の群れを、蒼黒の龍が掻い潜っていく。一発一発が、カルデアがアトランティスで撃破したアルテミスの主砲と同等の威力を誇るそれの内、幾つかが“黒龍”の体に掠り、微かに火傷を残す。しかし、それでも“黒龍”は速度を緩めずに突き進んでいく。

 ならば、とゼウスの矛先がミラボレアスの後方に続く古龍達へと向けられる。しかし、彼らを狙って落とされた雷霆は、悉くアンナの緋雷によって防がれた。

 

 

「あの子達は、異聞の『私』の子ども達だけどさ。それでも私は、あの子達の母龍として、あの子達を護る。彼らにとっての祖龍(わたし)を取り込んだ時点で、その覚悟は出来ている。そんな私を信じてくれたあの子達を、貴方なんかに殺させやしない。あの子達は―――“私”が護る」

 

             

『ならば、防いでみせよ』

 

 

 雷鳴が轟く。

 折れ曲がりながら、ほぼ同時にアンナとその弟妹、そして全ての古龍達を覆い尽くす程の数の蒼雷が襲い掛かる。

 一撃でも命中してしまえば、そこから立て続けに追撃を受ける―――絶対的な消滅という名の“死”が、無数の槍となって落ちてくる。

 

 

「あの子達から『私』を奪った責任は、私が取る。“私”が、あの子達に必要とされる限りッ!」

 

 

 胸元から取り出したのは、ビー玉程の大きさの丸い結晶。

 大きさでは掌に軽く収まる程度のものだが、しかしその内部に満ちるエネルギーは、一時的に彼女の本領( ・ ・ ・ ・ ・ )を発揮する事を可能とする程のもの。

 結晶を口に投げ込み、噛み砕く時間すら惜しいとばかりに飲み込む。

 飲み込まれた結晶は、胃袋に落ちる前に形を崩し、魔力の渦となってアンナの体内を駆け巡っていく。

 

 内より溢れた魔力が緋雷となって全身から放出される中、アンナは右腕を高く掲げ、閉じていた瞼を持ち上げる。

 

 そこに在ったのは―――龍の眼。

 かつて、全ての幻想種の頂点に君臨した“祖なる龍”が持つ霊眼。

 

 

()()()()―――補足失敗。汎異権能―――限定励起。魔力量―――臨界」

 

 

 内に広がる心象世界に意識を傾ける。

 

 王亡き玉座を前に広がる、猟の庭。日輪を月輪が喰らった空。廃墟と化したその地に巡らされた鎖が、甲高い音を奏でて砕け散る。

 

 

「かつて星を支配した生命(いのち)の頂点―――幻想の王の力。(ソラ)より来たりし機神達よ、我が緋天に畏れよ。恐れ、怖れ、畏れ、そして跪くがいい」

 

 

 アンナを純白の粒子が包み込み、巨大な龍の形を作り上げる。しかしそこに立つのは、“黒龍”や“煉黒龍”、“煌黒龍”のような実体ではなく、あくまで魔力の粒子で象られた幻影でしかない。だが、その巨体から放たれる威圧感は、この場にいる誰よりも強烈なもの。それこそ、遠目に己の存在を認知している神々さえも無意識に身構えさせる程の。

 

 

「―――運命の創まり、我は天命を齎す龍(フェイト・アンセスター)

 

 

 龍が咆哮を轟かせ、その体を霧散させる。瞬間、それまで幻影の龍を構成していた魔力の粒子一つ一つが天雷と化して飛び散り、アンナ達を狙っていた雷霆に喰らいつく。

 しかし、それだけでは終わらない。

 喰らいついた天雷は、そのまま雷霆諸共相殺される事はなく、そのまま雷霆を喰らい尽くして己の色に染め上げる。緋色に染まった雷霆は、その標的をアンナ達から、主であるはずのゼウスがいる神殿へと飛んでいった。

 

 

 

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 星間都市山脈オリュンポス。

 神々によって統治され、現代まで続いてしまったが故に完成した、神代の都。

 その最上部には、この異聞帯を地球に根付かせている空想樹マゼラン―――アトラスの世界樹が存在しており、その直下にはこのオリュンポスの基幹中枢とされる軌道大神殿オリュンピア=ドドーナが存在している。

 普段は今も尚人々の信仰を浴び、畏怖と尊敬の念を集め続ける神々が鎮座し、下方に暮らす人々を見守る場所であるが、今のそこは、最早安全に状況を把握出来る場所ではなくなっていた。

 

 

「むぅ……ッ!!」

 

 

 オリュンピア=ドドーナを直撃した緋色の天雷の余波が、分厚い壁を粉々に粉砕しながら、その場にいた者達を襲う。

 天雷による衝撃波を前に誰もが堪らず吹き飛ばされる中、たった一人―――否、一柱だけ、数歩後退るのみで済ませた者がいた。

 

 青空の彼方を支配し、夜空の彼方を蹂躙した者。銀河、星雲、宇宙さえ砕く大雷霆を振るう者。未来永劫の大主神とさえ謳われた神。

 

 その名を、ゼウス。このギリシャ異聞帯を支配する、神々の王である。

 

 

「ゼウス様ッ!」

「父上ッ!」

「ご無事ですか、父上ッ!?」

 

 

 雷を模した杖を握っていない方の腕をじっと見下ろすゼウスに、吹き飛ばされながらもすぐに立ち上がった女性と兄妹が焦燥と心配の感情が混じった声をかける。

 

 女性の名は、エウロペ―――ヨーロッパ大陸の語源ともなった女性である彼女は、フェニキア王女であると同時に、ゼウスの妃として伝説に語られている。元々は汎人類史側のサーヴァントとして召喚された彼女であるが、現在はゼウスによって女神ヘラの神核を融合させられており、異聞帯側についている。

 

 そして兄妹―――兄をカストロ、妹をポルクスと呼ばれる彼らは、この場にはいないクリプターのリーダー、キリシュタリア・ヴォーダイムが従えるサーヴァントである。

 

 ディオスクロイ―――この名称はカストロとポルクスの二人の名前を合わせ、長母音を省略した読みであると同時に、『ゼウスの息子』という意味も持っている。ローマ神話では『ジェミニ』の名で呼ばれ、ふたご座のモチーフとしても有名な二人である。

 

 

「大丈夫だとも。心配をかけたな」

 

 

 駆け寄ってきた双子を安心させるように柔らかい微笑を浮かべたゼウスは、ごつごつとした掌で彼らの頭を優しく撫でる。

 それに安心したのか、安堵の息を吐いた双子達や神々と共に、ゼウスは正面―――アンナの天雷によって打ち砕かれた壁の奥に見える、緋色の煌めきを見据える。

 

 

「“祖龍”の雷霆―――否、天雷か……。実に、実に懐かしい……」

 

 

 自分達の存在するこの歴史が、異聞帯へと分岐してしまった戦い。どこか違和感こそ感じるものの、あの威力と性質は間違いなく、ゼウスの記憶領域に記録されている彼女のデータと一致する。思えば人類と同じ姿を取って彼女に言い寄った時、懇切丁寧な断り文句に、あの緋色の稲妻と共に華麗なスープレックスを添えられた事があった。あの頃の自分は情けなくも、上半身を地面に埋められ、宛ら一本の棒のような姿にさせられた。

 今思い返してみるとあまりにも情けなく、恥ずかしい記憶ではあるが、それ以上に「こんな事もあったな」と笑いが込み上げてくるような思い出だった。

 

 それが今、絶対的な殺意を伴って襲ってきた。

 

 彼女の実力は、この場にいるギリシャの神々全てが承知している。なにを隠そう、他でもない彼女の力によって、この時代があるのだから。

 

 だからこそ、ゼウス達の“祖龍(かのじょ)”に対する警戒心は強い。彼女が真の意味で力を取り戻せば、それこそ()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして視線を凝らしてみれば、古龍群がゼウスが反撃で怯んでいる隙を突き、アンナの後に続いてオリュンポスに迫っている光景が見えた。

 

 

「カストロ、ポルクス。盟友キリシュタリア・ヴォーダイムに代わって命ずる。都市部に下り、彼女らを迎撃せよ」

「「ハッ!」」

「アフロディーテ、デメテル。其方らは戦況を確認し続け、各々の判断で出撃せよ」

 

 

 ゼウスから下された命令にディオスクロイは揃って声を張り上げ、アフロディーテとデメテルは重々しく頷く。

 

 

「我が妃よ。オリュンポス全土に、広域放送を」

「承知しました」

 

 

 頷いたエウロペが瞳を伏せ、大きく張りのある声を出し始める。

 

 

「―――我が愛しきオリュンポス市民よ」

 

「―――軌道大神殿オリュンピア=ドドーナより告げる」

 

「―――神妃エウロペが告げる」

 

「―――神託である」

 

「―――神託である」

 

 

 その声は、オリュンピア=ドドーナはおろか、このオリュンポス全土に響き渡る声。

 この地にいる誰もが動きを止め、エウロペの広域放送に耳を傾ける。

 

 また、カルデアと呼ばれる者達のような侵略者が現れたのでは、と。カルデアを捕らえたのではないのか、と、誰もが言葉にせずに心中でそう考える中、エウロペの声が続く。

 

 

「―――星間都市山脈オリュンポスに、危機が迫っています」

 

「―――カルデアとは異なる、外部からの侵入者です」

 

「―――此方とは異なる、異聞からの侵略者です」

 

「―――シュレイド異聞帯」

 

「―――惑星(ほし)の代行者、古龍種」

 

「―――それらを統べる、“禁忌”の龍達」

 

「―――我らオリュンポスを滅ぼさんとする不届き者」

 

「―――カルデアとは別の、自らこそ真なる世界を主張する敵」

 

「―――市民の皆様、早急に避難を」

 

「―――兵士の皆様、直ちに迎撃を開始してください」

 

「―――これは、戦争です」

 

「―――繰り返します」

 

「―――これは、戦争です」

 

「―――これは、五度目の大戦(マキア)です

 

 

 

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 エウロペによる広域放送が終了した直後、アンナによってゼウスによる迎撃から護られた古龍達がオリュンポスに到達し、それぞれが得意とする属性のブレスを放つ。

 様々な色を持つブレスが一斉に放射され、流星のように空を駆けていく様は一種の美しさすら感じられるが、その実それは、まさしくこのオリュンポスの破滅が始まったと言っても過言ではない。

 

 雷霆が轟いていた事もあって、動揺と不安に駆られていた住民達は、久しく忘れていた『恐怖』の感情を叩き起こされ、我先にと古龍達から逃れようと走り出す。

 

 そんな人々を掻き分けて姿を現したのは、右肩に赤いマントを羽織った、赤と白を基調とした鎧を身につけた兵士―――オリュンポス兵である。

 

 仕事、労働、役職といった概念は、神々の統治によって遥か過去のものとなっていたが、兵士だけは今も、このオリュンポスには存在している。

 一人一人が、英霊と同格の力量を備えた存在。並みのサーヴァントであれば圧倒的な数を前に圧殺されるのは目に見えており、アンナ達よりも先にここに到達していたカルデアも例に漏れず、撤退を選ばざるを得なかった程のもの。

 

 しかし、彼らが迎え撃つ対象が古龍種となると、その力量差は簡単に覆る。

 

 古龍種は―――一体一体が《《神霊級》 》なのだ。神霊と英霊とでは純粋な力ですら格が違いすぎると言われる程の差があり、加えて古龍種は、それぞれが得意とする攻撃手段を、厳しい自然環境を生き延びる為に徹底的に鍛え上げている。

 謂わば、『究極の一』と呼ばれるものが、古龍の数分存在するのである。

 

 しかし、大勢の古龍種を前にしても、オリュンポス兵達に怯えは無く、寧ろ心中を誇りで満たしていた。

 

 

「これより、迎撃を開始するッ!」

「我らに続け、勇敢なるオリュンポスの兵達よッ!!」

『オオオオオオオオオオオッ!!!』

 

 

 その理由こそ、彼らの前を征く双神(ディオスクロイ)の存在である。

 このギリシャ異聞帯を支配する、至高なる神々の内の二柱―――それも導きの光を表す者達が先導しているという事実が、兵士達の士気を高めているのである。

 

 ディオスクロイを筆頭にオリュンポス兵達が古龍達を迎撃すべく走り出したその時、彼らの前方に巨大な雷が落ちた。

 

 

「―――カストロに、ポルクス。汎人類史のあの子達とは別の、異聞帯のサーヴァントね」

 

 

 後方に四人の男女を引き連れてバチバチと弾ける音と共に現れたのは、アンナだ。

 

 

「貴様がアンナ・ディストローツか。キリシュタリア様より訊いている。とうとうこのオリュンポスを滅ぼしに来たか……ッ!」

「当然。だってそういう条約だもの。接触した以上、こうして攻め込ませてもらったよ。挨拶も兼ねてアトランティスは消させてもらったけど、最高にインパクトのあるものだったでしょ?」

「貴様……ッ!」

 

 

 なんて事もないように話すアンナに歯噛みしたポルクスが、剣を握る手に力を籠める。

 

 

「残念だけど、君達が私と戦う事はないよ。君達がここで消滅する事は確定している。どうしてもっていうなら、まずは彼を倒してからだね。―――バルカンッ!」

「よっしゃァッ! ようやく俺の出番かァッ! 待ちくたびれたぜッ!」

 

 

 アンナに名を呼ばれ前に出たのは、燃えるような赤いワイルドロングが特徴的な男性。顔立ちこそアンナの傍らで静かに立つボレアスと瓜二つだが、その顔には獰猛なまでの笑みが刻まれており、彼が生粋の戦闘狂であり、同時に破壊者である事を初見の相手でも本能的に理解させている。

 

 

「双神ディオスクロイッ! 英霊狩りにはとんと飽きてたんだッ! 退屈させんじゃねェぞォッ!! ギャハハハハハハハッ!!」

 

 

 燃え盛る炎と同時に右手に顕現させた大剣―――“ミラバルカンシア”を担いだバルカンが一瞬で双子との距離を縮めた。瞬きする間もなく距離を詰められた二人が咄嗟に飛び退くも、横薙ぎに振るわれた大剣から飛んだ炎の斬撃が彼らを追う。

 

 カストロは盾で、ポルクスは剣で斬撃を防ぐが、それだけで防げる程バルカンの一撃は甘くなく、衝撃を殺し切れずに吹き飛ばされていく。

 

 

「アルバ、ミラオス。露払いを。終わったら好きに行動していいよ。一応言っておくけど、カルデアを見つけても攻撃しないようにね。ボレアスは私についてきて」

「「了解」」

「まっかせてお姉様ッ!」

 

 

 ランスを手にアルバが、そして弓を手にミラオスが走り出す。

 彼らがディオスクロイとオリュンポス兵達を相手に戦っている中、アンナは両足を龍のものに変化させて走り出す。

 

 緋色の軌跡を残して走りながら、周囲を観察し、仲間の古龍に攻撃を仕掛けようとしているオリュンポス兵を見つけ次第、雷撃で撃破していく。

 

 

「うおおおおおおおッ!」

 

 

 そこへ、一人のオリュンポス兵が飛びかかってきた。

 側面から振り下ろされてきた斬撃をアンナが飛び退いて躱すと、ボレアスがオリュンポス兵に攻撃しようと両足に力を籠め始める。しかし、敢えてアンナは片手を軽く上げる事でボレアスを制止し、オリュンポス兵を見つめる。

 

 

「侵略者め……ッ! 我らが全能神ゼウス様の為、ここで討ち取るッ!」

「へぇ、君、威勢は良いね。でもちょっと待ってくれる? 一つだけ聞かせてほしいんだ」

「問答無用ッ!」

 

 

 駆け出したオリュンポス兵の斬撃を躱し、時に受け流しながら、アンナは問いかけ続ける。

 

 

「ねぇ、君達が戦う理由を教えてほしいな。それか、この世界についてどう思っているのかだけでも教えてほしいんだけど……」

「ハァッ!」

「おっと」

 

 

 首を落とそうと横薙ぎに振るわれた刀身を、上半身を逸らす事で回避する。続いて盾による攻撃が繰り出されるが、それも難なく回避する。

 

 

「ここオリュンポスは、悠久不変の楽園ッ! 神々の寵愛が満ちる場所ッ! それを、貴様らに穢させてなるものかッ!」

「……不変。不変、ねぇ……」

 

 

 不変―――なにも変わらず、ただそのままで在り続けるだけ。

 なにかしらの変化など何一つなく、ただ同じ毎日を、ずっと続けているだけ。

 

 アンナ・ディストローツが、最も唾棄し、嫌悪するもの。

 

 

「不変……価値を無くす、怠惰そのもの。神々の支配がこんな形になるのなら、やっぱり滅ぼすのが正解ね」

「おのれ……至高なる神々の寵愛を、それ以上愚弄するなッ!」

 

 

 淡々と冷たく言葉を紡ぐアンナに激怒したオリュンポス兵が、彼女を切り裂こうと剣を振り下ろす。

 

 

「愚弄? 私はただ、この世界の真実を口にしただけよ。それを『愚弄だ』なんて、片腹痛いわね」

「ぐ―――ッ!?」

 

 

 しかしアンナは、斬撃をひらりと躱した後に兵士の首を掴み上げる。

 

 

「そう……。貴方達は真実に気付けないのね。目を逸らすどころか、真実がある事すら知らない。あまりにも無知。()()()()()()()を失った、ただ神に従うしか能の無い家畜」

「グ、ギ……ッ!」

 

 

 強く締め上げ続けられたせいか、兵士は酸素を求めてなんとかアンナの拘束から逃れようと暴れ始める。しかし、彼女の右手による拘束は彼の膂力を以てしても脱出は不可能であり、少しずつ意識が途絶えていく。

 

 

「もういいわ。貴方達の考えはよくわかった。―――消えなさい」

 

 

 右手から緋雷が迸り、兵士は声にならない断末魔を上げた。

 数秒の後に緋雷が収まると、そこにはもう兵士の姿はなく、ただ彼がそこにいたと考えられる塵が風に吹き飛ばされていくのみだった。

 

 ふぅ、と一息吐きながら右手についた塵を払っていると、どこからかガタリ、と音が聞こえてきた。

 

 

「ん~?」

「ひっ……」

 

 

 アンナがそちらへ視線を向ければ、顔面を真っ青に染めている子ども達の姿が見えた。

 どことなく目元が似ている事から、恐らく双子の姉妹。外見年齢は十歳前後。汎人類史ならばまだ小学校に通っているぐらいの外見だが、なにしろこの異聞帯の子どもだ。百年は軽く生きていても不思議ではないだろう。

 

 

「ねぇねぇ君達、少しいいかな?」

「い、いや、来ないで……」

「……ッ! こっちッ!」

「あっ。もう、逃げちゃ駄目だって」

「ひぃッ!」

 

 

 姉と思われる少女が妹を連れて逃げようとするが、アンナが彼女達の前方に雷を落とした事で動きを止める。

 

 

「君達はさ。この世界についてどう思う?」

「あ、あ……」

「ゼウスを始めた、(ソラ)より降り立った神々に支配されたこの世界。君達なりの、純粋な意見を聞きたいな。ねぇ、お姉さんに教えてくれる?」

 

 

 膝をつき、視点を彼女達と同じ位置に調整したアンナは、迷子の子どもを慰めるような優しい笑みを浮かべて首を傾げる。

 

 

「すぐに答えなくてもいいよ。少しは考える時間を与えてあげる。君達は子どもだからね。それぐらいの時間は設けてあげても―――」

「助けて……ゼウス様……」

「―――」

 

 

 瞬間、アンナの笑みが一瞬にして消え、能面のような表情になった。

 その表情の変化に少女達が再び怯えた事にすら反応を示さず、アンナはパチンッ、と指を鳴らした。

 

 間もなくして、巨大な影が彼女の背後に降り立つ。

 

 頭部に悪魔を思わせる、無数の棘が折り重なって出来たようにも見える双角。その背から伸びる翼や前足にも無数の棘が生えているその龍に対し、アンナは目の前にいる姉妹を指差す。

 

 

「―――潰していいよ、これ( ・ ・ )

 

 

 アンナが歩き始めると同時、少女達の悲鳴が響く。しかしその悲鳴は、“滅尽龍”の咆哮と共に聞こえてきた轟音に掻き消されるのだった―――。

 

 

 

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 アンナ達がオリュンポス勢力と交戦し始めた頃。そこから遠く離れた場所の一角の空間が捻じれ、そこから三人の人間と三騎のサーヴァントが姿を現した。

 

 

「ここが、ギリシャ異聞帯……」

 

 

 ボレアスが用いる権能によって、この異聞帯に足を踏み入れたクリプター達の一人―――カドックが、堪らず息を漏らした。

 人理が焼却/漂白される前の汎人類史でよく目にした高層建築物がそこかしらに見受けられ、この異聞帯は自分やオフェリア、ペペロンチーノが担当していた異聞帯とは全く異なる発展を遂げているのだと、否応なしに理解してしまったのである。

 

 

「芥もいてくれれば良かったんだが……」

「仕方ないわよ。アンナとの約束らしいから、私達にはなにも言えないわ」

「でも、あの子もただ旦那さんと一緒に過ごすだけじゃないわ。私達にこんなものまでくれたんだからね」

 

 

 そう言ってペペロンチーノは、自分の腰につけているポーチを指差す。

 カドックとオフェリアの腰にも装備されているそれには、芥ヒナコこと虞美人がシュレイド異聞帯で採集した素材などを調合して作った道具などが入っている。自分の身を護る点に関しては少々心許ないが、道中戦闘に入った場合には心強い味方だ。それを作ってくれた以上、彼女には感謝しなければならない。

 

 

「だが、この大きさのポーチにあの量の道具が入るのはどういう事だ? 空間拡張の術式でも組んでいるのか?」

「術式はなにも組んでいないみたいよ。元からこういうものらしいわ」

「本当にどんな時代だったのかしら、“モンスターハンター”の時代って……」

 

 

 腰に簡単につけられるくせして、明らかに収まり切らない量を完璧に収納してみせるポーチに疑問を抱くカドック達だが、今はそんな事を考えている場合ではない。

 

 

「さて、アンナ達が連中を引き付けている間に、僕らも行動を開始しよう」

「えぇ。シグルド、護衛をお願い」

「アシュヴァッターマンもよろしくね」

「了解」

「おうよ、マスター」

「行くぞ、アナスタシア」

「エスコートはしてくれないの? カドック」

「こんな時でも平常運転だな、君は」

 

 

 そんな会話を交わしながら、カドック達も行動を開始した。

 




 
 今回、バルカンが登場した事により、ようやく全ての“禁忌”の人間態を登場させる事が出来ましたッ!
 そこでですが、いつかの感想の中に、“禁忌”達の身長について尋ねられたような記憶があるので記載しておきたいと思います。

 アンナ(長女)……168cm
 ボレアス(長男)……185cm
 バルカン(次男)……182cm
 ミラオス(次女)……154cm
 アルバ(三女)……178cm

 一応記載しておきますと、ボレアスとバルカンは双子です。

 次回はバルカンVSディオスクロイですッ! お楽しみにッ!


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紅災/暗帝/蹂躙

 
 昨日から新イベントが始まりましたね。今回のイベントは眼鏡を中心にした話の様ですが、これからどのように展開されていくのか楽しみで仕方ありませんッ!
 それに、今回もイベ礼装が力の入っているものばかりですので、手に入れられるものは手に入れておきたいですねぇ。個人的にはオベロンとマーリンの礼装が一番欲しいですね。後はイナズマイレブン風の礼装があったはずなので、そちらも入手したいところ……。

 今回は一万文字超えましたッ! それではどうぞッ!


 

「ハハハハハッ! どうしたどうしたァッ! それが全力かァ、双神(ディオスクロイ)ッ!」

 

 

 轟音と共に振るわれた大剣を躱したカストロが盾を投擲するが、バルカンは軽く体を伏せる事で回避。そこへ間を入れず背後に回ったポルクスが斬撃を繰り出そうとするも、それを読んでいたようにバルカンは右足で彼女を蹴り飛ばした。

 

 

「貴様―――我が妹を足蹴にするかッ!!」

 

 

 溺愛している妹を蹴り飛ばされた事に青筋を立てたカストロが巧みに盾を操りながら攻撃してくる。

 

 

「なに蹴っただけで怒鳴ってやがる。これはァ、戦争だろうがァッ!!」

「ガ……ッ!」

 

 

 しかし、バルカンは盾による攻撃を難なく弾いた後、大剣を大地に突き立ててカストロの顔面を鷲掴みにし、そのまま地面に叩き付けた。

 兄を助けようとポルクスが光と見紛う速さで動き、バルカンがカストロから離した右手で繰り出した裏拳をジャンプして躱すと同時に、彼の首目掛けて黄金の剣を振るう。

 裏拳を躱された直後に迫る攻撃。これならば届く―――と思ったのも束の間、バルカンの全身から放出された熱風が、双神を吹き飛ばした。

 

 

「その程度で落とせると思ったかァッ! だとしたら甘ェなァッ!」

 

 

 地面に幾十もの亀裂を走らせて跳躍したバルカンが、両手を頭上に掲げる。炎と共に現れたハンマーの柄を握り締めたバルカンが回転し始め、回転力を乗せた強烈な一撃が繰り出される。

 

 振り下ろされた鉄鎚―――“ミラガルズイーラ”の威力は計り知れず、叩きつけられた箇所を中心に、周囲には数キロメートルの規模のクレーターが出来上がり、間一髪それを躱したカストロとポルクスは、直撃と同時に襲い掛かってきた衝撃波に堪らず吹き飛ばされ、遠くのビルに全身を叩きつけられた。

 

 すかさず武器を大剣に持ち替え、一閃。

 

 バルカンの身の丈と同じ大きさの大剣から放たれた灼熱の斬撃は、周囲の大気を焼き焦がしながら双神が叩きつけられたビルを直撃。真っ赤な斬撃痕を残してビルが大爆発を起こすが、その真っ赤な輝きの中から二つの光が飛び出すのを、バルカンは見逃さなかった。

 

 大剣を握っていない左手を強く地面に押し当て、周囲の地形に自身の魔力を巡らせる。

 赤熱化した地上の燃えるような熱さを感じた瞬間、バルカンの左右から焔の帯が飛び出した。

 

 プロミネンス。

 地上を照らす太陽を這う炎の蛇達は、大剣による一閃で齎される以上の熱気を伴って二つの光に喰らいつく。

 

 しかし、相手も伊達に神の称号を背負っているわけではない。光が瞬いたと同時に焔蛇が切り裂かれ、無数の火の粉となって霧散していく。そのまま勢いを殺さず迫ってくる二つの光は、地上に降り立った瞬間にさらに速度を上げ、バルカンを突き飛ばした。

 

 

「ハハ……ッ! 最ッ高ォッ! そう来なくっちゃ面白くねェッ!」

 

 

 咄嗟に体を後方にずらした事でダメージを軽減させたバルカンだが、その全身には無数の切り傷が出来ている。

 地面に大剣を突き立てて吹き飛ばされた体を無理矢理止めたバルカンに、今度は前方と後方からの攻撃が襲い来る。

 前方の頭上から落ちてくる盾を躱しながら大剣で後方の剣を弾き、続いて腰を低く落としてから全方位を薙ぎ払う。

 当たれば両者とも両断できたであろう斬撃を、しかし同時にジャンプして回避してみせた兄妹は、自身の持つ武器に魔力を籠める。

 

 

「「ハアアアアァァァッッ!!」」

 

 

 腹の底から押し出すような叫びと共に振り下ろされる、蒼と黄金の斬撃。

 次の瞬間、周囲を揺るがす衝撃波が飛び、続いて眩い輝きが辺りを照らした。

 

 兄妹の一糸乱れぬ同時攻撃。しかしそれを―――

 

 

「……ハハハハ、ハハハハハハハッ!」

 

 

 バルカンは、両手で構えた大剣で耐え切っていた。

 

 

「今のは危なかったなァ。だが―――防がれちまったら意味ねェよなァッ!!」

「ぐぁッ!」

「きゃあッ!」

 

 

 兄妹が離脱するよりも先に動いた大剣が、業火と共に振るわれる。

 炎の斬撃を受けたカストロとポルクスの体から大量の血が飛び出し、ビチャビチャと地面に血溜まりを作る。

 

 

「ポルクス、大丈夫かッ!?」

「大丈夫……とは言えませんが、まだ戦えます……ッ!」

 

 

 剣を突いて立ち上がったポルクスの衣服は、バルカンによって肌ごと切り裂かれた事で、隠されていた乳房が曝け出されてしまっている。なんとか切り裂かれずに済んだ箇所も、彼女から流れる鮮血によって真っ赤に染まっている。

 対するカストロも、彼女と同じように全身が真っ赤に染まっており、荒く呼吸を繰り返している。

 

 そんな彼らをニタニタと、まるで熟したワインに酔いしれるような笑みで見たバルカンは、ポキポキと首の骨を鳴らして余裕をアピールする。

 

 

「下お兄様~。まだ終わらないの~?」

 

 

 そこへ、この血生臭い戦場には似合わない程気の抜けた声が響いた。

 その声に、ディオスクロイに余裕の笑みを向けていたバルカンが軽い溜息を吐いて肩を落とした。

 

 

「ンだよ。もうおしまいにしろってか? そりゃねェだろッ!」

「こっちはもう退屈してるのッ! 第一、そんな奴らいつだって殺せるでしょ? なんで殺さないのさ。ほら見てよ、あそこ」

「あん?」

 

 

 積み上げられたオリュンポス兵達の死体の山の上に座っているミラオスが指差した方向を見ると、そこには無数の肉塊にハンマーを振り下ろし続けているアルバの姿があった。

 既に原型すら保てていないが、微かに見える鎧の欠片から辛うじてオリュンポス兵の死体と考えられるそれに、ブツブツと怨嗟の声と共にハンマーを叩きつけているアルバの全身には、既に飛び散った血や臓物の欠片などがこびり付いている。

 

 

「好きに行動していいってお姉様に言われたけど、あの調子じゃ死体が消えるまでずっとやり続けるよ。早く焼却してほしいなって」

「それならお前がやればいいじゃねェかよ」

「私だと火力が高すぎるし、テクスチャごと消し飛ばしちゃうのッ! 上お兄様はいないし、アルバはこんな感じでしょ? だったら下お兄様にやってもらおうかなって。だから、早くそいつら殺してよ」

「……はぁ。仕方ねェ。わぁったよ。すぐ終わらせてやっから待ってろ。一分……いや、三十秒で終わらせるからよ」

「ありがと~♪」

 

 

 ニコニコと笑ったミラオスから、ディオスクロイへと視線を外す。

 

 

「ってわけで、悪ィなテメェら。これ以上遊んで( ・ ・ ・ )いられなくなったわ」

「―――遊び? 遊びだと……ッ!」

「おう。なんか変な事言ったか?」

「貴様……ッ! 我らをそこらの玩具と同列に語るかッ!! 許さぬ、許さぬ許さぬ許さぬッ!! 我らを、神を愚弄するかァッ!!」

 

 

 激情に震えたカストロの食い縛られた歯が、あまりの怒りによって砕ける。血走っている目はギラギラと輝いており、最早完全に我を忘れている。

 

 

「ポルクスッ! こいつを―――我ら神を愚弄したこいつを、殺すぞッッ!!」

「えぇ、殺しましょう。完膚なきまでに、叩き潰しましょうッ!」

 

 

 汎人類史の彼女であれば、兄の暴走を諫め、幾らか冷静さを取り戻させただろう。だが、この歴史の彼女は違う。最後の最後まで兄を諫め、責める事はなく、ただ兄の言葉に従って行動するのみ。

 

 ―――だからこそ、彼らは目の前に立つ男との力量差に、最期まで気付けなかった。

 

 

「泣いて許しを請え。貴様がこれより目にするのは、究極の―――」

「―――うっせェからさっさと死ねや」

「ひか―――」

 

 

 瞬きもしなかった。それなのに、瞬間移動と勘違いする程の速度で動いたバルカンの大剣が、カストロの頭部に振り下ろされた。

 

 轟音と共に、カストロの背後に数キロに及ぶ斬撃の跡が刻まれる。

 

 

「え―――兄、様……?」

 

 

 なにが起こったからわからない―――思わず隣を見たポルクスの目に映ったのは、左右に両断されて崩れ落ちる兄の姿だった。

 

 

「……ッ!! きさ―――」

 

 

 目の前の状況をようやく理解した脳が、右手の剣を振るわせようとするも、既に後の祭り。

 とうに兄の前にはバルカンの姿はなく、どこへ行ったのかと周囲を見渡そうとした時、不意に視界が反転した。

 

 

「最後に一つだけ言っとくけどよ」

 

 

 あるべきものが乗っていない場所から噴き出す鮮血の奥に、あの男の姿が見える。

 

 

「お前ら、弱すぎるだろ」

 

 

 その表情は、先程までとは打って変わって―――酷く退屈そうなものだった。

 

 

 

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「終わったぜ」

「お疲れ様、下お兄様♪ あいつらの最期の顔、最っ高だったよッ!」

 

 

 その体を構成していた魔力が光の粒となって消えていくディオスクロイを背後に大剣を担いで歩いてくる兄を、ミラオスはパチパチと軽い拍手で出迎えた。

 

 

「これでお姉様の言っていたキリシュタリアのサーヴァントの内、一騎……二騎なのかな? まぁいいや。とにかくそいつらは消滅。残るは……なんだっけ?」

「カイニスとアトラスだろ?」

「あぁ、そうだった。前者はカルデアとの戦闘で海に沈んだようだけど……生きてるね。私達は気付かなかったけど、たぶん私達がここに来て少し経った頃に流れ着いてる。でも、あんなダメージを負ってたから、別段気にしなくてもいいかもね。後者のアトラスの方は―――」

 

 

 死体の山から飛び降りたミラオスが顎に手を当ててバルカンと話していると、なにかが爆発するような音が二騎の鼓膜に響いた。

 思わず音の根源に視線を向ければ、ハンマーを振り下ろした体勢のままでいるアルバの姿が見えた。

 

 

「―――空想樹。アトラスは空想樹にいる」

 

 

 先程の爆発音はトドメの一撃だったのだろうか。彼女の周辺には龍属性の攻撃を使用した痕跡と見られる赤黒い稲妻の姿が確認でき、先程までその足元にあったはずの肉塊は跡形もなく消滅している。

 死体をずっと叩き続けていた時とは打って変わって、その瞳に理性の光を取り戻したアルバは、地面に置いたハンマーを消滅させ、肩から足首まであるマントを翻して振り返った。

 

 

「感じる……。感じるのだ。忌々しい神の気配を……ッ! 嗚呼……そうだ、神だ。この異聞帯にはまだ神がいる……。殺さねば、殺さねばならない……ッ!」

「落ち着いてよ、アルバ。クールに、平静に、ね? 無理に急いでも仕損じるだけだよ。なにより、あのニ騎の神霊サーヴァントは殺しちゃ駄目って、お姉様に言われてるでしょ?」

「……はい、下姉上」

 

 

 アルバが頷いた瞬間、突如突風が吹き荒れ、三騎の髪や衣装を弄んでいく。

 落ち着きかけていたアルバの瞳がまたもや憎悪と憤怒に染まり始め、犬歯を剥き出しにして唸り始める。ミラオスとバルカンは僅かな苛立ちを孕んだ視線を上空に向けようとした。

 

 

「―――ッッ!!」

「アァ―――ッ!?」

「グ―――ッ!?」

 

 

 瞬間、脳内に不協和音と形容すべき音が流れ始めた。

 上空を見上げようとした三騎は不意打ちを受けた影響で頭を抱える。

 ガンガン、と殴りつけられるような音撃に襲われる彼らを、今度は巨大な影が覆う。

 

 

「「汎異権能―――限定励起ッ!」」

 

 

 なにもしなければ軽く潰されてしまうであろう超巨大な質量を前に、妹を護ろうとバルカンとミラオスが行動を開始する。

 バルカンは周囲から本来ならば存在しないはずのマグマを間欠泉の如く噴出させ、全てを迫り来る『それ』に向かわせる。

 続いて、ミラオスは背中に出現させた翼から火山弾を撃ち出してを迎撃する。

 バルカンとミラオスの咄嗟の迎撃によって、三騎を押し潰そうとしていた『それ』が押し返される。

 

 

『押し返されたわね、デメテル』

『えぇ。ですが、次こそは仕留めます』

 

 

 三騎の見上げた先。そこには二柱の神々が浮かんでいた。

 

 超高層建築にも匹敵する鋼の巨躯。

 翼を持つ異形の巨躯。

 

 これらこそが、星間都市山脈オリュンポスに座す神々の二柱。星の海を渡る舟の内の二機。

 

 大地を司る球体の真体(アリスィア)―――神としての名は、大地と豊穣の女神デメテル。

 名の意味は“母なる大地”。ガイア神の性質を色濃く継いだ大地母神。

 

 美を司る異形の真体(アリスィア)―――神としての名は、美と愛の女神アフロディーテ。

 名の意味は“崇拝”或いは“恩恵”。理想と現実の二面性を以て、人類を導く神。

 

 その二機が今、地上にいる三騎のサーヴァントを睥睨していた。

 

 

『そう。なら、次も手伝ってあげる。―――出力上昇。汚染開始』

 

 

 アフロディーテがそう告げた瞬間、彼女から発せられた魔力が音となり、再びバルカン達を襲った。

 

 

「ガ、アァ……ッ!? クソがァッ! 視界が歪みやがるッ! なんも見えねェッ!」

「ぐ……うぅ……ッ!」

「……ッ! ……ッ!! ……ッ!!!」

 

 

 バルカンが叫び、ミラオスが呻き、アルバが震える。

 

 オリュンポス十二機神の一柱であるアフロディーテの権能は、大規模魔力投射による精神への直接攻撃。

 原理としては、知性体の頭脳に働きかけて認知や感覚、価値観を支配する精神汚染の一種であり、人によっては歌のように聞こえる事もあるようだ。

 カルデアやシュレイドの勢力が到着する前にこの都に到着していた汎人類史のサーヴァント達は、彼女の権能によって狂わされ、同士討ちを強いられ全滅してしまった。

 

 

『さぁ、平伏しなさい。貴方達が前にしているのは、紛れもない―――え……?』

 

 

 頭を押さえて呻くバルカン達に愉悦の混じった声をあげたアフロディーテだが、威厳と傲慢に満ちたその声は、途中から唖然としたものとなった。

 

 地上が、一瞬にして変化したのである。

 古龍達やバルカン達によって破壊されるも、未だに文明の痕跡が残っていた地上が、瞬く間にマグマが煮え立つ火山地帯と見紛うものとなったのだ。さらに、上空に立ち込めた暗雲からは炎の雨が降り出し、氷を纏った雷まで落ち始める。

 

 常識では考えられない自然現象に呆気に取られるデメテルとアフロディーテ。しかし次の瞬間、アフロディーテが自身の機体に違和感を覚えた。

 

 

『え……なによ、これ……。熱い、熱いわ……』

 

 

 最初は地上のマグマや降り注ぐ炎の雨の影響による熱気に()てられたのか、と思ったが、この熱さはそれとは全く異なるものだと、アフロディーテは本能的に理解した。理解、してしまったのである。

 

 

『アフロディーテッ!』

『ねぇ、デメテル。なによ、これ。なんで私、燃えてるのよ……? いや、違う、これは―――』

「女神……ッ! 女神女神女神ッッ!! アアアアアアフロディイイイイイテェエエエエエエエエッッッッ!!!!」

 

 

 自分を包む炎に困惑しているアフロディーテに、地上から怨嗟を纏った咆哮が届く。

 

 悶え苦しむバルカンとミラオスを横目に立ち上がったのは、アルバ。その目には精神攻撃による苦しみなど微塵も感じさせず、消えかけていた激情の炎が渦巻いていた。

 

 

「下兄上になにをした下姉上になにをした私になにをしようとした答えろ答えろ答えろッ!! 応えろ、アフロディーテェエエエッ!!」

『ヒ……ッ』

 

 

 アフロディーテが地上を見下ろしてみれば、理性などまるで感じさせない真っ赤に染まった眼と目が合った。

 そこに宿るのは、絶対なる憎悪と憤怒。五体存在する“禁忌”の中でも、特に神への意識が強いが故に、それが宝具にまで昇華した復讐者(アヴェンジャー)の視線に、無意識に恐怖の声が漏れる。

 それと同時に、アフロディーテを包んでいた炎がその勢いを倍増させ、あっという間に全身を呑み込んだ。

 

 

『あああああああッ!? 熱い熱い熱い熱いぃいいッ!!』

『あぁ……ッ! アフロディーテッ!』

 

 

 悶え苦しむ、軋むような悲鳴を上げるアフロディーテを助けようとデメテルが近づこうとするが、人間を模した姿ならいざ知らず、機械の体を持ち出しているせいで、彼女を覆う炎を払えない。もし衝撃波で炎を振り払おうとしても、その衝撃でアフロディーテを傷つけてしまうかもしれない。愛を知っているデメテルだからこそ、その可能性に怖気づいてしまったのだ。

 

 

『デメテルッ! 助けてデメテルッ! このままじゃ、私―――』

『で、ですがそれは……その炎は―――』

「お前も()えろッ! デメテルゥウウウウウッッ!!」

 

 

 瞬間、憎悪の咆哮を受けたデメテルの体もアフロディーテと同じように炎に包まれた。

 

 

『ガ、アァアアアアアッ!?』

 

 

 あまりの熱さに絶叫したデメテルが、堪らず魔力による滞空を中断してしまい、地上に落下にする。それからしばらくしない内に、次いでアフロディーテもデメテルの隣に落ちてきた。

 

 

(なんですか、これは……ッ!? ただ熱いだけじゃない……ッ! 消える( ・ ・ ・ )……ッ! 私達の根底から、少しずつ燃やされている……ッ!)

 

 

 激痛と熱さに二柱が再び絶叫した直後、彼女のひび割れた外装から炎が内部に侵入。海中で口を開けた瞬間に雪崩れ込んでくる海水のように入り込んだ炎は、そのまま彼女達の内部を熱し始める。

 

 体外、体内の両方を炎によって焙られている二柱は、最早声にならない叫び声を上げるのみ。

 本来の自分達である真体(アリスィア)を動かして出撃したにも拘わらず、この為体(ていたらく)。『屈辱』という二文字が彼女達の心中に浮かび上がるが、その感情すらも炎によって焼き尽くされ、また絶叫する気力さえも奪われていく。

 しかし、それでも、永い時間の中で培ってきた感情が『絶叫せよ』と訴えかけてくる。それを拒む事も出来ない二柱は、声が擦り切れているにも関わらずに絶叫し続ける。

 

 

「煩い囀るな蛆虫が殺す潰す引き潰す焼き潰す凍て殺す斬り殺す圧し潰す叩き潰す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスッッ!!」

 

 

 叫び、悶える続ける二柱に、この現象を引き起こした女性が近づく。

 

 これこそ、彼女が保有する宝具の一つ―――『神域』による効果。

 生前の時代、“神をも恐れさせる最強の古龍”とまで謳われた彼女の居城は、当時の人々の認知が影響した事で宝具へと昇華した。

 その内容は、『神の消滅( ・ ・ ・ ・ )』。相手が全能だろうが、それに近しい立場であろうが、それが『神』であると世界に認識されているものであれば、この領域の効果から逃れる事は出来ない。

 対魔力による抵抗など意味を成さない。この領域に入った時点で、神性を保有する者は一切の区別なく弱体化させられ、やがて消滅する。

 蟻地獄に落ちた蟻がどうなるか。底なし沼で藻掻く人間がどうなるか―――“神域”に入った神々を待つ最期とは、得てしてそういうものである。

 

 デメテルとアフロディーテが起こした行動は、愚行という他ないだろう。

 だが、時すでに遅し。彼女達は蟻地獄に落ち、底なし沼に足を取られた。

 “神域”に立ち入った以上、彼女達の運命は決定付けられた。

 

 この異常の一言に尽きる自然現象が起こり続ける大地を支配する存在は、“煌黒龍”を除いて他になく。その主を討ち滅ぼすのは、彼女が創る地獄を乗り越えた()を置いて他にない。

 

 

「殺してやる潰してやる消してやる一片も遺さず消去する―――オオォォオアァアアァァァァァァッッッ!!!」

 

 

 足元から発生した、火・雷・水・氷・龍―――彼女が操る全ての属性が混ざった竜巻が全身を包み込み、巨大な龍の姿を作り上げる。

 

 竜巻を吹き飛ばして現れたのは、全身が逆鱗で覆われた、天を衝くように伸びた二本の角を持つ龍。

 その名を“煌黒龍”アルバトリオン。“暗黒の王”、“闇夜に輝く幽冥の星”の異名と共に人々に恐れられた、“禁忌のモンスター”の一角。数多の龍の中でも唯一無二の、全ての属性を司る最強の古龍である。

 

 

〔惨めに死ぬがいい、愚かな機神共。その忌々しい気配を、臭いを、存在を、全て、全て全て全てェエエエエエエエエ……消し去ってやるッッッ!!!〕

 

 

 アルバトリオンが吼え、雷鳴が轟く。

 直後、上空から二柱に向かって炎の雨と氷の雷が殺到し、地上からは激流を纏った獄炎が襲い掛かり、女神達を包み込んだ。

 叫ぶ女神達など意に介さず、アルバトリオンは全身から強烈な熱気と冷気を同時に放出し始める。

 

 

「あっ、不味い」

「クソがァッ! 俺達もお構いなしかよッ!?」

 

 

 アルバのお陰でアフロディーテの精神攻撃が止んだ事で正常な思考能力を取り戻したミラオスとバルカンだったが、これから彼女がなにをしようとしているのかに気付くや否や、踵を返して一気に跳び立つ。

 

 全速力で妹から距離を取る彼らに、今の彼女を止める手段はない。今の彼女は、二柱の女神を殺す事しか眼中にない。無理に止めようとすればこちらも攻撃される。

 (ボレアス)よりも狂戦士(バーサーカー)やってるあの妹を止められるのは、長女にして創造主たるアンナ・ディストローツを置いて他にない。

 

 

〔地獄の灼焔。荒海の怒涛。暗天の雷霆。絶凍の冷気。万象統べし“暗黒の王”が、汝らに裁決を下す〕

 

 

 撃滅対象―――デメテル、アフロディーテ。

 異聞の権能との結合―――確認。

 汎異権能―――最大励起。

 魔力量―――臨界。

 

 宝具発動条件―――クリア。

 

 

〔汝らに与えるは“死”―――『幽冥の暗帝、我は審判を下す龍(エスカトン・ジャッジメント)』〕

 

 

 初めに解き放たれた絶対零度の冷気がデメテルとアフロディーテを覆い、強固な氷の牢獄に閉じ込める。

 既に防御する事すら出来なくなっていた彼女達は瞬く間に閉じ込められてしまい、また周囲の地形すらも瞬時に氷の世界へと変える。

 

 

〔消えろ消えろ消えろ……ッ!! 神々(おまえたち)など消えてしまえ……ッ!! この惑星(ほし)は、私達のものだッッッ!!!〕

 

 

 そして間を置かずに、続いてアルバトリオンから獄炎が解き放たれた。

 標的も周囲の地形すらも巻き込んで奔った焔は、凍えた大地を一瞬にして熱風が吹き荒れる地獄へと変え、咆哮を轟かせたアルバトリオンを中心に爆発。

 強大な力を伴って放出された衝撃波が、砕かれた氷の欠片と焔を消し飛ばした。

 

 衝撃波が完全に収まった頃、そこには最早文明の名残など感じさせぬ更地と化しており、アルバトリオンの前に落ちていた二柱の機神達の姿も消えていた。

 

 完膚なきまでに、欠片すら残さずに標的を消し去ったアルバトリオンが憎悪と憤怒に塗れた勝利の咆哮を轟かせ、その身を再び属性の竜巻で覆う。

 

 

「フー……ッ! フー……ッ!」

 

 

 肩で荒い呼吸を繰り返し、剥き出しにした牙の隙間からダラダラと唾液を垂らしたその姿は、凛々しさと美しさを兼ね備えたその美貌には似つかわしい程に獰猛なもの。

 

 

「これはまた、派手にやったね~……」

 

 

 周辺で衝撃波による消滅を免れた炎がチラチラと燃えている更地の奥から現れたのは、なんとかアルバの宝具の射程距離から脱出できたミラオスとバルカンだ。

 

 

「……下姉様、下兄様……」

「あらら、アルバ、涎垂れちゃってるよ」

「……っ! 申し訳ありません……ッ!」

 

 

 兄姉(けいし)にはしたない姿を見せてしまったと気付いたアルバは、すぐに軍服の内ポケットから取り出したハンカチで口元を拭いた。

 恥ずかしかったのか、その頬は若干上気している。

 

 

「危うく巻き込まれるところだったけど、無事に逃げ切れてよかった。ねぇ~下お兄様?」

「これのどこが『無事』だ、クソが」

 

 

 見上げてきたミラオスに悪態を吐くバルカンの額には、衝撃波によって割れたものが飛んできたのだろうか、少し大きめのガラスが刺さっていた。

 

 

「し、下兄様……ッ! すぐに抜きますので―――」

「気にすんじゃねェよ」

 

 

 あわあわとするアルバを他所に額からガラス片を引き抜くバルカン。すぐにそこから少量の血が飛び出すが、その傷は瞬く間に修復されていく。数秒も経てば、傷跡すら残さずに完治していた。

 彼ら龍にとって、頭にガラス片が刺さるなどすぐに治療できる軽傷程度の扱いだ。彼らよりも格下に位置する竜種に分類される“火竜”リオレウスも、ブレスを放った直後に火傷した喉を瞬時に回復させられるのだ。

 数多のモンスター達がハンター達を苦しめてきた理由の一つとして挙げられるのは、この異常な回復速度だろう。幾ら斬りつけても、少し時間が経てば完治してしまうのがモンスター達だ。流石に尻尾を切断されたり、部位を破壊されたりした場合はその限りではない事が多いが、それでも回復能力の高さは、彼らよりも全ての能力で劣っているハンター達を苦しめるには充分すぎる。

 

 

「とにかく、お前のお陰であのクソッタレな女神共を潰せたんだ。感謝するぜェ、アルバ」

「……はい」

 

 

 ガシガシと少々乱暴に帽子の上から頭を撫でられるも、アルバの口元には笑顔が浮かんでいた。

 

 

「ンじゃ、俺達も次行くかァ。適当にぶっ壊しながら、姉貴の呼びかけまで待とうじゃねェかッ!」

「うんうん♪ じゃあ、次はどっちが先に街を潰せるか競争しよっか♪」

「ハハッ! そいつァいいッ! 早速やろうぜェッ! お前も来いよ、アルバ。まだまだ潰すべき連中は沢山いるんだからよォッ!」

「……ハッ!」

 

 

 片膝をついて(こうべ)を垂れたアルバは、走り出した兄姉に続いて走り出した。

 

 

 

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「えッ!? デメテルとアフロディーテをッ!? すっごいよアルバッ! お手柄だよッ! 帰ったらいっぱい御馳走してあげるからね」

『ありがとうございます、姉様』

 

 

 念話で伝えられた報告に思わず驚きの声を漏らしたアンナの称賛の声に、嬉しそうなアルバの声が返される。

 デメテルとアフロディーテ。この二柱が弟妹達の下に向かったと知った時は不安に心が潰れそうになったが、それも杞憂に終わったようだ。

 彼らは、間違いなく生前よりも強化されている。汎人類史の彼らの力だけでは決して叶わなかっただろう。シュレイド異聞帯に生きていた自分達の力を取り込んだが故の成果だった。

 

 

『おい姉貴ッ! だったら俺も褒めてくれるよなァッ! なんたってディオスクロイを殺したんだからよォッ!』

「もちろんだよ。君にもちゃんと御馳走を用意してあげるからね」

『ヨッシャァッ!』

「ミラオスも、ちゃんと用意しておくからね。だから、絶対に下手な真似はしないようにね?」

『もちろんだよお姉様ッ! じゃあ、私達もっといっぱい殺してくるねッ!』

 

 

 ミラオスの声を最後に、ここにはいない弟妹達との念話が終了する。

 さて、と一息つき、アンナの視線が前方に向けられる。

 

 

「デメテルとアフロディーテは、私のサーヴァントが(たお)した。君達の破神計画を派手に壊しちゃったけど、まぁ、別にいいよね? 計画があってもなくても、どっちみち私達が(こわ)すつもりだったし」

「「……」」

 

 

 笑顔で歩くアンナに、彼女の前に立つ二人の男女は息を呑む。

 

 子どものように無邪気な、けれどどこか大人の魅力を感じさせるような雰囲気も感じさせるこの笑顔の持ち主が、自らのサーヴァントに二柱の女神を仕留めさせた。汎人類史のサーヴァント達を全滅させた二柱を相手に、逆に圧勝してみせたと言う彼女のサーヴァントと同等―――否、それ以上の危険性を、彼女からも感じているのだ。

 そしてそれは、彼らの背後にいる赤髪の少女とその仲間達も同様。誰も言葉を話せるものはおらず、ただじっとアンナを見つめる事しか出来ない。

 

 

「黙ってちゃ話にならないでしょ? 私は君達と話をしたいの」

 

 

 そう言ってアンナは、目の前に立つ姉弟に対し、笑顔のまま訊ねた。

 

 

「ねぇ、君達は、この異聞帯(せかい)についてどう思ってる?」

 




 
 ちなみにデメテルとアフロディーテ戦ですが、もしあの場にアルバがいなければバルカンとミラオスは同士討ちさせられてました。アルバの有無が勝敗を分けたんですねぇ。

 “神域”の効果についてですが、さらっと箇条書きさせて頂きます。

 ①神性持ち、またはその血縁者に神がいる者の攻撃力・防御力大幅ダウン。
 ②神性持ち、またはその血縁者に神がいる者に常時特大スリップダメージ(体力が0になった時点で消滅)。
 ③神性持ち、またはその血縁者に神がいる者のスキル・宝具・権能の弱体化及び使用制限(発動時に消費する魔力の倍増)。

 fgoに登場した場合。

 ①神性持ちは解除不可のバスター・クイック・アーツの効果/耐性、攻撃力・防御力の大幅ダウン。
 ③神性持ちは常時3000のスリップダメージ(神性を持っていない場合は1000)。
 ④神性持ちはスキルのクールタイムを二倍、宝具威力の激減(デバフ系は確率の低下/弱体効果を半減)。

 こんな感じですかね。完全なる神性持ちぶっ殺す効果となっております。異聞帯の力を取り込んだアルバはこれを任意で発動できますので、日常生活をずっと“神域”で過ごす、なんて事は基本ありません。彼女がそうしたいと思っていれば話は別ですが。

 そろそろ花粉の時期ですね。皆さん、花粉症対策もそうですが、ウィルス対策もしっかりして頑張っていきましょう。
 それでは皆さん、また次回ッ!


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オリュンポスの双子

 
 どうも、皆さん。ホワイトデーにガチャでマーリンが来たというのに、それをすっかり忘れて召喚し損ねた挙句、怨敵スギ花粉によって鼻と目を破壊された作者、seven774です。
 新しいイベントが始まりましたね。そして、遂にオデュッセウスのマスクが簡易霊衣として実装されましたね。これを機にオデュッセウスを引きましょうかねぇ……。

 それでは皆さん、本編をどうぞッ!


 

 破神同盟。

 それは多くの仲間達の犠牲を乗り越えてオリュンポスに到達した汎人類史のサーヴァント達と、現代まで続いた神々の治世に異を唱える現地人達によって構成されたグループの名である。

 この同盟に参加している現地人―――つまりオリュンポスの住人達は、かつてこの異聞帯でゼウスと彼に賛同する神々と対峙した神々を信仰しており、汎人類史のサーヴァント達がやって来るまでは、その叛逆の意志を表に出せずにいたのだが、サーヴァント達の登場によって、遂に『神の打倒』を胸に立ち上がった。

 

 しかし、それも今ではたった二人の双子を残して壊滅。志を共にした仲間達も、皆デメテルやアフロディーテ、そしてディオスクロイに殺されてしまった。

 

 彼らの死を無駄にしない為にも、双子は遅れてやって来たカルデアと協力し、ゼウスを打倒するに足る強力な戦力となる存在―――冠位(グランド)サーヴァントを召喚する為の手筈を整えてきた。ゼウスの打倒こそ最終目的ではあるが、その障害となるであろう神々もその対象には含まれていた。

 

 正史であれば、正しくその通りの流れで、カルデアと双子はデメテルとアフロディーテ、ディオスクロイを討ち取っただろう。

 だが、そうはいかなかった。これは正史より外れた異なる物語でしかなく、たった一つの生命の誕生によって、この物語は大きく変化した。

 

 

「どう、思っているかだって……?」

「そう。ここに来るまで何人か見てきたけど、みんなが神に頼るしか能の無い、取るに足らない石ころ( ・ ・ ・ )だったんだよ? 今の私、結構落胆してるんだよね。だから、この会話を最後にオリュンポスは完全に破壊しようと思ってるの」

 

 

 柔らかい笑顔に似合わぬ残虐な思考を持つアンナに、双子―――姉のアデーレと弟のマカリオスは息を呑む。

 

 ゼウスの妻である神妃エウロペの広域放送が流れてすぐに起こった、前代未聞の大災害。このギリシャ異聞帯とは別に存在するシュレイド異聞帯から雪崩れ込んできた古龍軍団によって、星間都市山脈オリュンポスは恐怖と絶望が渦巻く地獄と化した。

 ディオスクロイ、デメテル、アフロディーテ―――オリュンポスを支配していた神々は、ゼウスを除いて全て死亡。短時間で神殺しを遂行してみせたサーヴァント達は、今もどこかでオリュンポスの破壊を続けている事だろう。

 

 だが、なによりも注意せねばならないのは、今目の前に立つ女性だろう。

 

 彼女が口にする言葉に、嘘はない。

 一片の濁りもなく、彼女は自分の言った事を実行する。彼女がオリュンポスに生きる人々に絶望している事は事実だし、同時にこの会話を最後にオリュンポスを破壊するという言葉も、最早確定事項になってしまっている。

 

 彼女の後方に控えている漆黒のサーヴァントも気掛かりだが、彼の様子から察するに、主からの命令が無い限り行動を起こす事はないだろう。

 しかし、彼は今もじっと双子達を見つめ、品定めをするかのように目を細めている。

 それに生唾を呑み込みながらも、双子はアンナへと視線を向けた。

 

 

「……滅ぼすと決めているのに、なぜ私達と会話しようとするのですか?」

 

 

 絞り出すように訊ねたアデーレに、アンナは「そうだねぇ」と顎に手を当て、チラリと双子の後方を見やる。

 

 

「君達が、あの子達と行動している。それが興味深くてね」

 

 

 双子の後方―――藤丸立香を始めたカルデアのメンバー達を見る目は、彼女達に対する尊敬と敬意を宿しており、同時に慈母のような包み込むような優しさも感じられた。

 きっと、彼女にとってのカルデアとは、こういった事態に際しても決して折れる事はなく、我を貫き通す集団だと認識しているのだろう。それは決して間違いではないと、彼女達と出会って間もない双子も理解できた。

 アンナが双子に接触したのも、彼らがカルデアと共に行動しているのを見たからだろう。でなければ彼女は、欠片の感情も抱かないままに双子を消していたはずだ。

 

 

「さぁ、聞かせてくれる? 君達が、この異聞帯についてどう思っているのか」

 

 

 軽く周囲を見渡して見つけた瓦礫に腰を下ろし、優雅に足を組んだアンナが二人に問いかける。

 二人は一瞬だけ顔を見合わせた後、頷いたマカリオスが先に口を開いた。

 

 

「滅びるべき、だと思う」

「……へぇ。どうして、そう思うのかな」

「……オレ達は、明日が欲しいんだ」

「……それはどういう意味で? 滅びるべきと答えながら、なぜ『明日』を求めるの?」

「神々の支配によって、オリュンポスは不変となりました。デメテルが製造するアンブロシアやデメテル・クリロノミアによる病の克服、死の克服……。それによって人々は老いる事も死ぬ事もなくなり、また同時に、誰かと死別するという哀しみからも脱却しました。ですが……私達はそんな世界に対して、『間違っている』と考えています」

 

 

 生物である以上、生命の終わりを意味する『死』は必ず訪れる。常識であるその事象に対して、忌避感を抱く人間はまずいないだろう。だが、他人の―――それこそ家族や友人といった親しい人間の死となると、誰もが死に対する恐怖や忌避感を抱く。親しい人との死別は、誰の心にも深い傷を刻み付けるものだ。それが神より与えられた果実や力によって解消されたのなら、誰もが喜ぶだろう。愛する人々と、永遠の時を生きていられるのだから。

 だがこの二人は、それに対して否定的な意見を述べている。マカリオスに至っては『滅びるべき』とハッキリ口にしているのだ。

 

 アンナから注がれる視線に僅かに好意が混じったのを感じ取りながらも、二人は決して表情を変える事無く、真剣な様子で続ける。

 

 

「だからこそ、私達は破神同盟を結成し、神々への叛逆を決意しました。……デメテルとアフロディーテ、ディオスクロイは、貴女のサーヴァントが倒してしまったそうですが」

「別にいいでしょ? 君達にせよ、私達にせよ、どのみち奴らは斃されていた。それに、奴らに回す体力を温存できたんだから、君達にとっては逆に好都合―――あぁ、いや。私達がやっちゃ意味無いかぁ……」

 

 

 なにかに気付いたように深い溜息を吐き、額に手を当てた。

 彼女の様子から察するに、破神同盟を結成した以上、彼らがデメテル達を打倒するのが当然だと考えたのだろうか。彼彼女らを討伐する為に今まで密かに準備を続けてきたであろう双子やカルデア一行には悪い事をした、と思い、アンナは堪らず頭を下げた。

 

 

「君達の獲物を横取りしちゃったみたいだね。ごめんなさい」

「……いや。オレ達の目標はゼウスだ。その他の神々は、その過程でぶつかると考えていたんだ。お前が『好都合』って言ったのは、まさしくその通りだ。謝る必要は無い」

「そうなの? はぁ、良かった。なら、問題はないね」

「……疑わないのですね。私達が、神々の打倒に成功すると」

「そりゃそうでしょ。君達の持つそれは、『勇気』と呼ばれるもの。それを持つ者は、たとえ世界を滅ぼす災厄だろうと討ち果たす―――私はそう思ってるからね。もちろん、君達より先にゼウスを倒したいって気持ちはあるよ。こっちの『私』の後釜についたくせに、人類種をここまで堕落させたあのクソジジイをぶっ飛ばしたいってぐらいにはね。君達と出会わなければそのままゼウスの元まで行ってただろうけど……気が変わった。ゼウスとは君達が戦うといい。私は、キリシュタリアと戦うから」

「……キリシュタリア?」

 

 

 後半の一言にピクリと馬の耳を動かしたのは、今まで静かにアンナと双子の会話を訊いていたカイニスだ。

 本来ならばキリシュタリアもとい、オリュンポス側のサーヴァントとしてカルデアと敵対関係にある彼だが、今はとある事情によって彼らと行動している。そんな彼がこの場にいる事にはアンナも少し驚いていたのだろうが、彼のマスターであるキリシュタリアの考えによるものだと考え、放置していたのだろう。

 

 

「なるほどな。テメェの目的は、始めっからキリシュタリアかよ。そりゃそうか。他の事なんざどうでも良さそうだったもんなぁ」

「酷い言い様だね、カイニス。私だって気にする事はそれなりにあるよ。……神々とか、オリュンポスの石ころについてはその通りだけど」

「ハッ、やっぱその通りじゃねぇかッ! それで? テメェがキリシュタリアに用があるってのは、殺し合いをする為か」

「異聞帯同士が衝突したんだよ? だったら、その担当者である私達(クリプター)が戦うのは当然だと思うけど」

「……ッ。そう、なんですね……」

 

 

 平然と自分がキリシュタリアと殺し合いをしに来た、と口にしたアンナに、小さく息を呑むマシュ。

 人理焼却前、Aチームに在籍していた彼女は、アンナとキリシュタリアが楽し気に会話したりはしゃいでいた様子を何度も目撃していた。時には自分も巻き込んで色々な事を教えてくれたりもした二人がこれから殺し合うと考え、目を伏せてしまっている。

 

 

「君が気にする必要は無いよ、マシュちゃん。私達はクリプター。それぞれの異聞帯の管理者。担当地域がぶつかった以上、戦うのは決定事項なの。……『異星の神』の掌で踊らされてるって考えると、虫唾が走るけどね」

 

 

 心底嫌そうな表情で吐き捨てるアンナ。『異星の神』が仕掛けた異聞帯同士の戦争には、彼女自身思うところがあるのだろう。しかし、なにもしないでいては自分が管理する異聞帯は滅び、『彼女』から託された子ども達の命も消えてしまう。

 アンナが他の異聞帯の侵略に積極的になっている理由としては、『子ども達を護る』という、親であれば誰しもが持つ家族愛によるものだった。その為ならば、この異聞帯で暮らす人々や神々の殲滅にも簡単に踏み切れる。

 愛する子ども達の為ならば、如何なる手段をも許容する―――母龍(アンナ)とは、そういう存在(もの)なのだ。

 

 

「……話が逸れたね。とにかく、私は君達とゼウスの戦いを邪魔しない。古龍達やサーヴァント達にも伝えておくよ。『彼らの神聖な戦いを穢してはならない』ってね。……最後に、一つだけ」

 

 

 立ち上がり、双子の目の前にまで歩いたアンナは、彼らに対し問いかける。

 

 

「ゼウスを打倒した先になにがあるか、君達はもうわかっているはず。……どう抗おうと、それ( ・ ・ )から逃れる事は出来ない。それでも君達は、前に進むの?」

「「―――」」

 

 

 これが最後の問いかけにして試練だと、双子は直感的に理解した。

 彼女は、この問いかけに対する答えを以て、自分達の『在り方』を定めるのだろう。それは、ゼウス達神々のような、支配者としてのものではなく、同じこの惑星(ほし)に住まう者としての目線に立った問いかけ。下手な回答をしたところで殺されはしないだろうが、それでも失望と侮蔑の視線で見られる事は間違いないだろう。

 だが、二人は確信していた。

 彼女は自分達の気持ちを、想いを、父親のように真正面から受け止め、母親のように優しく応えてくれるだろうと。

 

 

「神なる力に幾度屈そうとも、『それでも』と叫び続ける事だけが、ちっぽけな私達に出来る事」

「目指す空があまりに遠いのだとしても、それでも―――」

 

 

「「―――停滞の永遠よりも、明日を見たい」」

 

「―――ぁ」

 

 

 揃ってそう答えた途端、アンナの瞳が大きく見開かれ、全身が僅かに震えた。

 限界まで見開かれた瞳には、明確な双子達への称賛と敬意の光が宿っており、そこから一筋の雫が零れ落ちる。

 頬を伝って滑り落ちていくそれに気付いたのか、ハッとしたアンナはすぐに指で拭い取り、一言、「素晴らしい」と漏らした。

 

 

「まさか、そこまでの覚悟だなんてね。興味本位で訊こうと思った自分が馬鹿らしく思えてきたわ……。……あぁ、君達は本当に、素晴らしい子達ね……」

 

 

 そう言ってアンナは、双子の頭を優しく撫で始めた。

 全てを受け入れ、優しく包み込むような掌の温かさに、双子は今は亡き母親の姿を脳裏に思い浮かべた。

 

 

「オリュンポスの双子。君達の名前を聞かせて?」

「……アデーレ」

「……マカリオス」

「そう……。アデーレ、マカリオス。勇敢なりし人間( ・ ・ )の戦士達。君達の未来に、幸があらん事を。貴方達という勇気ある人間がいた事を、私は永遠に心に刻みつけましょう。……その勇気を胸に、大神に挑みなさい。大丈夫、怖れる事は無いわ。君達の勇気は、あらゆる障害を打ち砕く、無双の力となるのだから……」

「「……はい」」

 

 

 ハッキリと頷いた双子に慈愛に満ちた微笑みを返した後、アンナはカルデア一行―――厳密には藤丸立香へと視線を向ける。

 

 

「君も頑張りなさい、立香ちゃん。仲間達と共に困難を乗り越える事こそ、貴女が唯一為せる事。“試練”は未だ続く。七つの異聞帯を征した後に、シュレイド異聞帯に来なさい。私、君との対決を楽しみにしてるんだよ? だから……死なないでね」

「は……はい」

 

 

 スッと細められた視線に込められた感情に僅かに気圧されるも、しっかりと返事を返した立香に、アンナはニッコリと微笑んで頷いた。

 

 

「その覚悟を忘れないようにね。―――行くよ、ボレアス」

「了解」

「それじゃあね、アデーレ、マカリオス。君達の勝利を祈っているよ」

 

 

 淡々とした口調で答えたサーヴァントを従え、アンナはひらひらと手を振りながら去っていった。

 

 

 

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「……良かったのか、姉上」

「うん? なにが?」

 

 

 古龍達の攻撃によって破壊され、今も尚絶望と恐怖の叫びが木霊する街を歩くアンナに、ボレアスは訊ねる。

 

 

「あの双子の事だ。……彼女達は勇気ある人間達だ。彼女達ならば、シュレイド異聞帯に招く事も出来たはず」

「……そうだもんね。君がそう考えるのも当然か」

 

 

 “禁忌”の称号を戴く龍達の中でも、ボレアスは勇気ある者達に最も敬意を払う傾向がある。大戦( ・ ・ )時に遭遇した、討伐まではいかなくとも自分を撃退にまで持ち込んだ狩人の祖先とでも言うべき勇者の事を思い浮かべているのだろうか。今の彼の瞳には、その時と同じ輝きが宿っている。

 彼が考えている事は、アンナにも理解できる。

 あの双子は勇敢な者達だ。それに、他者を慈しむ優しさも持っている。それは軽く見ただけでも理解できた。

 二人ならば、カドック達と協力して、よりシュレイド異聞帯の改良( ・ ・ )に貢献してくれるだろう。しかし―――

 

 

「……でも、無理だよ。あの子達は、きっと頷いてくれない。ここで終わる事を是とするだろうね」

 

 

 だからこそ彼女は、敢えて彼女達の勧誘を控えた。

 彼女達は、命の終わりをゼウスの打倒とイコールで紐づけている。この異聞帯の支配者の破神を為したその時こそが、二人の命の終わりを意味するのだろう。そこまでの覚悟を決めた双子を引き留めるなど、アンナには出来なかった。

 

 権能を使えば、無理矢理にでも双子達の運命(みらい)を創って、シュレイド異聞帯に連れていく事も出来るだろう。しかし、それは二人の覚悟を踏み躙る行為となってしまう。アンナとて、あそこまでの勇気を示した人間を切り捨ててしまうのは惜しいが、あの姿を見てしまえば、諦める他なかった。

 

 

「……ごめんね、ボレアス。君の要望は、叶えられないよ」

「……いや。私も、理解していた。彼女達は、ここから離れるつもりはないという事を」

「ホント、惜しいなぁ。……まぁ、仕方ないか。さ、行こうか、ボレアス。目指すはあそこだよッ!」

 

 

 ビシッと、キリシュタリア・ヴォーダイムが待つであろう軌道大神殿を指差し、アンナはボレアスと共に走り出した。

 

 

 

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「……よし、誰もいないな」

 

 

 星間都市山脈オリュンポス。

 基幹中枢、軌道大神殿オリュンピア=ドドーナ。

 アンナが率いる古龍軍団による襲撃によってオリュンポス都市部が火の海に包まれる中、未だにアンナが開けた大穴以外に外傷の無いその神殿の内部に存在する円卓に足を踏み入れた人影の一つ―――カドック・ゼムルプスが周囲を見渡しながら呟く。

 

 アンナ達が盛大に暴れてくれたお陰で、オリュンポスの勢力の視線は彼女達に釘付けになっている。その隙に乗じて乗り込んだ彼らは、誰の邪魔も受けずにこの場所に辿り着けたのである。

 

 

「キリシュタリア様はどこにいるのかしら。アルターエゴ達も見かけなかったけれど……」

「大方、今も暴れているアンナちゃん達に目を向けているんじゃない? あの子達、結構暴れ回ってるらしいし」

「そう……」

「僕らにとっては好都合だ。データを漁るなら今しかない」

 

 

 オフェリアとペペロンチーノとの会話も程々に、八つある席の内、恐らくキリシュタリアが座っていたであろう席に近づくカドック。彼らの背後にはそれぞれのサーヴァントが控えているが、誰もが周囲に注意を向けて奇襲に備えている。流石のアナスタシアも、ことこの状況においては主への悪戯はしない。時々彼の背を見やってうずうずしているのは気のせいだろう。

 事細かに書き込まれた情報データがあれば万々歳だが、そう都合よく見つかるはずもないだろう。それに関する会話記録でも見つかればと思いながら、端末を起動させる。

 やはりというか、データベースにアクセスするには八文字のパスワードが必要らしい。七文字であれば試しに『CRYPTER』とでも打ち込んでいただろうが、生憎それは七文字。条件には当てはまっていない。

 キリシュタリアに関連する、八文字のパスワード―――それはいったいなにかと頭を悩ませるカドックに、ペペロンチーノの声が届く。

 

 

「八文字のパスワードね……。そういえば、私達クリプターも全員で八人ね」

「こんな時になにを―――いや、待て」

 

 

 まさかと思い、試しに『KKOAPBDA』と打ち込んでみる。

 すると、ホログラムのモニターのロック画面が解除された。

 

 

「……あいつ……なんてパスワードを設定してるんだ」

「キリシュタリア様……ッ!」

 

 

 口元に手を当てて瞳を輝かせるオフェリアを尻目にペペロンチーノを見ると、彼は小さくウィンクをして答えた。どうやら、この場においてキリシュタリアの性格を一番理解していたのは彼らしい。

 なにはともあれ、最初の障害であるパスワードは突破できた。次はファイルの精査、そこから僅かにでも『異星の神』に関連しそうなものをピックアップしていく。

 

 

「……ッ! これは……ッ!」

 

 

 そこで、カドックの表情が喜色に染まった。

 彼の背後からモニターを見ていたオフェリアとペペロンチーノも、カドックが見つめているであろうファイル名―――『Secret Film』を見て思わず笑顔になった。

 

 

「まさしく、秘密のファイルというわけね。流石キリシュタリア様だわ」

「早速覗いちゃいましょッ!」

「ハハッ、なんだか運が良いな」

 

 

 そう簡単には見つからないと思っていた矢先にそれらしきものが見つかった事に三人が笑顔になり、早速カドックはそのファイルを開いた。

 

 

『あー、あー。……撮れてるかな。え~、私はキリちゅ……噛んでしまった。これは撮り直すとしよう』

 

 

 音声終了。収録時間―――20秒。

 

 

「……次、行きましょうか」

「……あぁ」

「これならどうかしら。『Secret Film 2』。『2』って入ってるんだから、きっと撮り直したのよ。これならちゃんとした情報が得られると思うけど」

「よし。再生するぞ……」

 

 

 ボイスメモ、再生開始。

 

 

『私はキリシュタリア・ヴォーダイム。クリプターのリーダーとして、大西洋異聞帯を担当している。……よし、先程は噛んでしまったが、今度はちゃんと言えたぞ』

「キリシュタリア様……かわいい……」

「オフェリアッ!?」

「しっ! 続いてるんだから、しっかり聴きなさい」

 

 

 ペペロンチーノに諫められ、大人しくカドックとオフェリアはキリシュタリアのボイスメモに耳を傾ける。

 

 

『……はは。マイクに向かって話すとなると、なんだか照れてしまうな。もう一度撮り直そう』

 

 

 音声終了。収録時間―――一分。

 

 

「おい、終わったぞ」

「次行きましょ」

 

 

 以下、ダイジェスト。

 

 

「フォルダ名『E』……。『End(終わり)』の『E』か……?」

「……ッ!!」

「あらヤダッ! これただのエロ画像じゃないのッ!」

「クソッ! なんでこんなものを保存してるんだッ!」

 

 

「クソッ! 今度は男のグラビアかッ!」

「そんな……キリシュタリア様……」

「オフェリアッ! 傷は浅いわ。意識をしっかり持ってッ!」

 

 

「これよッ! これならきっと『異星の神』に関する情報が―――」

『ジャガイモ 5~6個

 にんじん 3本

 豚バラ肉 300g

 サランラップ

 箱ティッシュ   』

「ただの買い物メモじゃないッ!!」

「というかあいつ自炊してたのかッ!?」

 

 

「……ッ! 見ろッ! この『異聞帯記録』、1、2、3、5まであるようが、『4』がない。それ以外はただのオリュンポスの散歩記録だったが、きっとここになにかしらの情報があるはず……ッ! ……このフォルダにはないか……?」

「あっ、カドック。ここ、『ibunntaikiroku.4』があるわッ!」

「なんで半角なんだッ! わかりずらいだろッ! せめて統一してくれッ! ……クソッ!! こいつも散歩記録じゃないかッ!」

 

 

「『最新版へのショートカット一覧』……これよッ!」

「全部リンク切れじゃないかクソッ!」

 

 

「『これを観れば貴方も出来る!? AVのモザイク透視方法!』ッ!? なんなんだあいつッ! いったいなんの力を手に入れようとしてるんだッ!?」

「大丈夫よ、オフェリア。私はまだキリシュタリア様が好き……私はまだキリシュタリア様が好き……」

「そう、そう。落ち着いて。男の子はみんなこういうのが好きなのよ。ね、カドック?」

「僕を巻き込むなッ!」

 

 

『この映像を見ている時、オリュンポスは既に滅びかけている頃だろう。その時の為に、この映像記録を残しておく』

「ようやくまともそうな記録を見つけられた……。さて、いったいどんな情報が―――」

『―――とか言ってみたかったんだが、どうだい? ちなみにこの映像を観終わってから一分後、この端末は爆発する』

「ハッ。騙されないぞ。どうせハッタリだ」

「ちょっ、カドックッ!? なんか画面の端っこにタイマーが作動してるんだけどッ!?」

「クソッ! こいつはマジかッ! なんでそこは普通に設定できるんだッ!」

『万が一、誤ってこの記録を再生してしまった場合に備えて、自爆機能の解除コードを設定しておいた。これがその解除コードだ』

「速く打ち込んでッ!」

「……よし、打ち込んだッ! タイマーが止まったぞッ!」

「「やったあああああああッ!!!」」

 

 

 ダイジェスト終了。

 

 

「はぁ……はぁ……。クソッ、まさかこんなにも混沌としたデータベースと格闘するなんて思わなかった……」

「えぇ……。あぁ、キリシュタリア様……」

「オフェリア、時々情緒がバグってたわねぇ。さ、改めて探しましょ。次はちゃんとしたのが見つかるわ」

「……あぁ。そうだな」

 

 

 もう二度とこれまで開いてきた類のものには引っかかるか、と意気込んで数十秒後、カドックは気になるものを見つけた。

 

 

「これは……オフェリアからの定期報告? 時期的には、僕がカルデアに囚われていた頃か。再生するぞ」

「えぇ」

 

 

 ようやくまともそうなものを見つけた安堵も程々に、なんとなく傍にいるオフェリアに確認を取ってから、音声ファイルを再生する。

 やがてホログラムで映し出されたオフェリア(以下、ホログラム・オフェリア)の口から、異聞帯と空想樹の関係についての考察が始まった。

 

 本来ならば汎人類史の生きる地球上では存在し得ない剪定事象の延長である異聞帯と、それを辛うじて地上に繫ぎ止めている空想樹。この二つの存在は強固に結びついており、事実、カルデアによって空想樹を切除されたロシア異聞帯は消滅した事によって、この二つの絶対的な関係性が証明された。

 だが、ロシア異聞帯消滅が証明するのは、空想樹の有する特性の一つではない。

 異聞帯には、『人類史から排斥され、現在に至るまでの“空白”をどう解釈するか』という巨大な命題が残っていた。この通信は、この命題に関わる報告だと、ホログラム・オフェリアは語った。

 表情を引き締めたホログラム・オフェリアの口から語られたのは、かつて彼女が担当していた北欧異聞帯の王―――スカサハ=スカディが、汎人類史によって切り捨てられたものであると理解していながら、異聞帯における数千年間の出来事を認識していた、という事。彼女は『ラグナロクが起きてから数千年の出来事』をあり得ないと自覚しながら、『実際にあった数千年間』の上に存在していたのだ。これは、大いなる矛盾である。

 彼女の言葉一つで全てを断ずる事は出来ないが、と前置きした後、ホログラム・オフェリアは一つの仮説を提言した。

 

 その仮説とは―――それぞれの空想樹の中では、異聞帯の人類史排斥から現在までの『空白』期間が、それぞれの時間分だけ、実際に運営されていた( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )のではないか、というものだった。

 

 ロシアであれば約500年、北欧であれば約3000年、中国であれば約2200年……といったように運営されていたとすれば、異聞帯の歴史は剪定された時点でゼロであり、そこから現代まで続いた彼らの歴史は、『空想樹』の中で仮想運営されたものであり、その内容によって『証明』され、地球上に出力されたものではないのか。

 

 これは最早、歴史の編纂などではなく、『創造』。

 かつて星を支配した主神級の神霊でさえ、現代の地球でここまでの権能を振るう事は出来ない。それを可能とした存在―――『異星の神』とは、いったい何者なのか。

 この言葉を最後に、ホログラム・オフェリアによる通信は終了した。

 

 

「……『異星の神』、か。アンタも知らなかったんだな、オフェリア」

「……えぇ。面目ないわ」

「それを言うなら僕だって。……いいや、僕らだけじゃなく、誰も知りはしないんだ。『異星の神』の姿も知らないんだからな」

「辛うじて知ってるとすれば、私達を(コフィン)から蘇生させ、代償として異聞帯を育てさせた『なにか』ね」

「あぁ。ただ、ヴォーダイムだけが、直接『異星の神』の目的を聞いている。……ん」

 

 

 会話をしている最中にもファイルを探っていたカドックは、その中から単独で置かれたテキストファイルを見つけた。恐らくメモ書きであろうそれを纏めていないキリシュタリアに不用心だと毒づきながら、そのファイルを開く。

 内容は、空想樹と白紙化についてのものだった。

 

 自分達クリプターとアルターエゴを除けば、『異星の神』が行った地球への干渉手段は空想樹のみ。であるが故に、『空想樹が落下する事で地球の白紙化が行われた』と、誰もが捉えていた。

 しかし、キリシュタリアはその点に疑問を抱いていたようで、独自に地表のデータを基に観測と解析をしていたらしい。

 結論から言えば、自分達は事実を誤認していた可能性があった。

 

 事実は、『空想樹の落下→地球の白紙化』ではなく、『地球の白紙化→空想樹の落下』だったのだ。それを見たカドック達は、これまで自分が無意識に捉えていた事実が偽りのものであったという事に驚愕した。

 

 

「白紙化の後で、空想樹が降りただって? おかしいぞ。それじゃ話が合わない。てっきり、空想樹によって地球は、人類は消滅したかと思ったが……空想樹出現の前に地球を白紙化させているなら、態々空想樹を、異聞帯を作る理由がない」

 

 

 それどころか、人類を邪魔だと考えているのなら、異聞帯を作る必要すらない。なかったものとして消去されたものとはいえ、異聞帯には必ず人間がいる。崩壊しているとはいえ、仮にも人類史なのだから。

 それに、この文面から考えるに、『異星の神』は人類史の様々な姿を見たがっているようにすら見えてきた。

 ではなぜ、『異星の神』は地球を白紙化させ、邪魔であるはずの人間がいる異聞帯を創り出したのか。

 

 

「……人類史を、学習しようとしている?」

 

 

 その一言に、カドックはバッと顔を上げた。

 

 

「……オフェリア、その考え、ひょっとしたら的を射ているかもしれないぞ」

「え?」

 

 

 茫然とするオフェリアだが、既にカドックは視線を彼女から外し、ぶつぶつと彼なりの考察を立て始める。

 

 

「そうだ。『異星の神』は姿を見せないんじゃない。まだ実体を持っていないんだ。だからアルターエゴや僕達クリプターを勧誘し、手足とした。ラスプーチン、リンボ、村正―――アルターエゴになる際に多少のアレンジを加えたとしても、地球由来の英霊を、なぜ『異星』の存在が使う? ……『異星の神』は、過去に地球にあったものしか使えない? いずれ降臨する『異星の神』は、育ち切った空想樹を肉体にする。……その時の肉体は、『異星の神』が僕達を通じて取得した『地球のデータ』を参照して作り上げるのかもしれない。……推測としては悪くないか。現地の生命体が、『異星の神』にとってどうしても必要だとしたら、その出力方法……いや、参照する存在か。それを上手く誘導できれば―――」

「……ッ! ヴィイッ!!」

 

 

 その時、カドックの危機をいち早く感知したアナスタシアが叫んだ。

 所有者の叫びに反応し、即座に彼女に抱かれていた人形―――ヴィイの瞳が輝き、彼女の背後に出現した巨大な影から伸ばされた手が、今まさにカドックを襲おうとしていた『それ』を弾き飛ばした。

 

 

「おや、防がれてしまいましたか」

 

 

 不意打ちが失敗したというのに、まるで気にしていないかのように瓢々(ひょうひょう)とした態度で現れたのは、この世に潜む暗黒を体現したかのような巨漢だった。

 

 

「なるほど、なるほど。永遠に考えぬ(あし)というわけでもなく、やはり人間とは斯様に考え、至ってしまうもの。クリプター複数人の考察を手繰り寄せる程度でなにが出来るものかと嗤っていましたが、かくも容易くあの御方の在り方に近づこうとは……甘く見ていましたよ。カドック殿」

 

 

 黒と緑を中心とした衣に身を包み、鈴の着いた黒白の長髪を靡かせる彼の名は―――蘆屋道満。日本の歴史にその名を残す陰陽師、安倍晴明と双璧をなす闇の陰陽師にして怪人。そして今は、『異星の神』によって召喚された三騎のアルターエゴの一騎である。

 

 

「シグルドッ!」

「アシュヴァッターマンッ!」

 

 

 オフェリアとペペロンチーノが叫ぶも、彼らは既に行動に出ていた。

 凄まじい勢いで振り下ろされたシグルドの大剣をひらりと躱した道満にアシュヴァッターマンの巨大な戦輪(チャクラム)が襲い掛かる。

 無数の仕込みスパイクが飛び出すそれに対し、道満は尚も不敵な笑みを崩さずに左手に持った式神を放つ。

 一つ目が描かれた無数の式神はアシュヴァッターマンを取り囲んだ瞬間、一つ目から呪詛を放って攻撃する。咄嗟にチャクラムを振るって呪詛諸共式神を蹴散らすアシュヴァッターマンだが、その隙に道満に懐に潜り込まれてしまう。

 

 鋭く尖った爪が伸びる五指を揃えてアシュヴァッターマンの心臓目掛けて突き出そうとした道満だが、そこへ風を切り裂いて無数の短刀が迫り来る。気配でその存在に気付いた道満が、止む無くアシュヴァッターマンへの攻撃を中断し飛び退いた直後、先程まで彼がいた場所を短刀が切り裂いていった。

 

 着地した道満に、今度は絶対零度の冷気が襲い掛かる。着地した一瞬の隙を突かれた影響で回避が遅れた道満の足元が氷塊に包まれ、流石に彼も「ンンッ!?」と焦燥に目を見開いた。

 そこへ二本の短刀を構えたシグルドが迫るが、道満は即座に意識を切り替えて右腕を振り上げる。放り投げられた二体の式神が瞬く間に巨大化し、鳥のように主の周りを旋回しながら黒と緑の混ざった雷を落とす。さらにそこへ通常の式神を放ち、雷を潜り抜けてきたシグルドを呪詛で弾き飛ばした。

 

 

「ンンンンンンッ! 英霊三騎に、無様にもカルデアに己が異聞帯を破壊されたクリプター三人組ッ! 平時であれば見逃しましょうが、あの御方の在り方に気付きかねない以上、見過ごす事は出来ませぬなぁ。ここで滅ぼして差し上げようッ!」

「そう簡単に死ぬわけにはいかないな。行くぞ、アナスタシア」

「シグルド、敵対サーヴァントを撃破しなさい」

「やっちゃって、アシュヴァッターマンッ!」

 

 

 マスター達に頷き、三騎の英霊とアルターエゴの戦いが始まった。

 





 キリシュタリア様は間違いなくフォルダ整理が苦手。原作の時点で混沌としてたらしいのですが、そこがまたこのキャラの魅力ですよね。

 次回、カドック・オフェリア・ペペロンチーノ陣営VSリンボッ! 乞うご期待ですッ!


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クリプター連合VS蘆屋道満

 
 どうも皆さん。
 次のイベントの特攻サーヴァントの中にモルガンが入っていたため、ガチャで入手できるかもしれないという可能性に胸を高鳴らせている作者、seven774でございます。
 今回はカドック・オフェリア・ペペロンチーノVSリンボですッ! それではどうぞッ!



 

 シグルドが撃ち出した短剣が空を切り裂いて飛んでいく。

 それを体を軽く逸らすだけで完璧に回避してみせた道満は、式神を左右にばら撒きながら走り出す。まるで低空飛行をしているのかと思える程に体を倒して走りながら、道満は鋭利な爪が伸びる左手で手刀を繰り出してくる。

 素早い速度で瞬く間に距離を縮められるも、シグルドは欠片も動揺せずに大剣を振るう。片方が爪だとは思えない程の金属音が鳴り響き、少量の火花を散らして大剣と手刀が同時に弾かれる。

 そこへすかさず道満が撒いていた式神達がシグルドを攻撃。呪詛の籠められた魔力弾を前にシグルドは反射的にバックステップによる回避を行うが、それを読んでいた道満は即座に開いた距離を縮める。

 標的を逃した呪詛の雨を右足に籠め、勢いよく踏み下ろす。

 

 ダァン、という音と共に床に亀裂が走り、そこから噴き出した呪詛の渦がシグルドを呑み込もうとする。

 

 

「加速しなさい、シグルドッ!」

 

 

 しかしそこへ、オフェリア(マスター)が魔術をかける。

 全身が一気に軽くなる感覚に襲われた瞬間、シグルドは片足のバネを使って跳躍。足元から噴き出してきた呪詛の渦から間一髪で逃れた。

 道満はそれでもシグルドに追撃を行おうとするが、彼の背後から飛び出した影を目にして追撃を中断。式神達を召喚するや否や、魔力によって形成された障壁を展開する。

 

 

「ゼェリャッ!!」

 

 

 覇気を伴う叫びと共に振り下ろされたチャクラムが、式神達が展開した障壁に叩きつけられる。数瞬はアシュヴァッターマンの攻撃を防いだ障壁だが、仕込みスパイクが飛び出したチャクラムと、その所有者であるアシュヴァッターマンの力は計り知れず、数本の亀裂が入った途端にあっという間に瓦解。だが、道満は既にそこから退避しており、障壁を砕いたチャクラムは床を粉砕するだけに留まった。

 

 

「アナスタシアッ!」

「凍てつかせなさい、ヴィイッ!」

 

 

 道満の足が床に触れる直前、アナスタシアに抱えられた人形から冷気が放たれる。

 精霊より放たれた絶対零度の息吹は標的を氷像に変えんと迫るが、道満は冷静に合掌するように両手を合わせると、彼を中心に発生した呪詛の嵐が主を冷気から護り抜いた。さらに手品のように手元に新たな式神を用意したかと思えば、そこから呪詛による攻撃を放って迫ってきていたシグルドとアシュヴァッターマンを吹き飛ばした。

 

 

「ンンッ! 無為、無駄ァッ!」

 

 

 恐らく自分を凍り付かせた後、シグルドとアシュヴァッターマンの攻撃で打ち砕く予定だったのだろうが、既にそれが読めていた道満は口元を歪ませて嘲笑の声を上げ、態勢を立て直した直後のアシュヴァッターマンに迫る。

 チャクラムによる迎撃が間に合わないと悟ったアシュヴァッターマンは、即座に邪魔になるチャクラムを消滅させ、両腕を交差させて即席の盾とする。

 瞬間、道満より繰り出された回し蹴りがアシュヴァッターマンに炸裂し、ダメージの軽減は出来ても、衝撃を殺し切れなかったアシュヴァッターマンは堪らず蹴り飛ばされてしまった。

 そこへシグルドが回収した短剣を両手に装備して斬りつけてくるが、道満は両手の爪でそれを迎撃。戦士達の王と讃えられたシグルドの剣技に勝るとも劣らぬ体術で短剣を捌き、一気に彼の両手から短剣を弾き飛ばした。短剣を弾かれた影響で胴を晒す事となったシグルドの目に焦燥の色が浮かび、道満は勝機と見て喉元に右手を突き出す。

 

 獲った―――そう確信した瞬間、シグルドの表情に道満は自分が誘い込まれたと理解した。

 

 狩るべき獲物を定めた猛禽類のような、獰猛ながらも冷静さを感じさせる視線に気圧されて右手を引こうとするも、それはシグルドに右手を掴まれる事で阻止されてしまう。

 

 まずい、と思うも束の間。足を払われたと思った次の瞬間には、道満の背中は勢いよく床に叩きつけられていた。

 

 

「ガ―――ッ!」

 

 

 肺から押し出された空気が一瞬で喉元を過ぎていった嫌な感覚を覚えながらも、道満は懐から飛び出させた式神による攻撃でシグルドを吹き飛ばし、態勢を立て直そうとする。しかしそれが許されるわけもなく、今度は頭上から迫ってきた巨大な拳が道満を殴り飛ばした。

 回避も防御も出来ずに殴られた道満に、影―――ヴィイはその暗黒の体の中で唯一輝く青い瞳を瞬かせ、そこから魔力光によるビームを発射する。

 

 バチチッ、と弾ける音と共に道満は再度吹き飛ばされるも、片足で地面を軽く蹴って体を浮かせた後、呼吸を整えながら体を捩り、完璧に着地してみせた。

 すぐにアナスタシアが右掌から放った氷槍が道満を狙うも、彼の手から放たれた式神がそれを打ち砕き、続けざまにアナスタシアを狙って呪詛の弾を飛ばすも、それは彼女の背後に聳える巨影によって阻まれた。

 

 

「……中々、しぶとい。かつての異聞帯を管理していた時よりも腕を上げたと見える。ただただ、あの女―――アンナ・ディストローツの庇護下で怠惰に過ごしていただけではない、という事ですか」

「悪いが、彼女も僕らがタダ飯食らいをする事は許してくれなくてね。指定された課題を達成する毎日さ」

「ンン……拙僧、どうやら貴方々を見縊っていたようで。ならば仕方ありませぬ。ここからは拙僧も、本気でかからせてもらいましょうか……ッ!」

 

 

 獰猛な肉食獣を連想させる瞳を見開き、道満が周囲に式神をばら撒く。

 数にして五十。いったいどこに隠し持っていたのかと思わざるを得ない数の式神達が、一斉にカドック達に襲い掛かる。

 主を護るべく動き出したサーヴァント達に、上空から鳥型の式神が影を落とす。その式神達から強い魔力が放たれた瞬間、それを真っ先に感じ取ったシグルドが殴り飛ばした短剣が瞬く間に式神達を貫き、霧散させる。間髪入れずに今度は球体の式神が突進してくるが、アナスタシアは背後に伴うヴィイでそれを受け止めたかと思えば、それを抱え上げて自分達に集まりつつある式神達を薙ぎ払い、最後に勢いよく投擲した。

 ボウリングの要領で投げられた球体の式神は勢いを殺せぬままゴロゴロと転がっていき、味方の式神達をピンのように弾き飛ばしていった。

 

 自分のサーヴァントがなにをするのかを予測できていたカドックが既にオフェリアとペペロンチーノに指示していたため、三人は前方の式神達と同じ運命を辿る事無く、無傷でそれを回避する。

 ヴィイが式神を投げた事で道が拓け、マスターとサーヴァントを阻む壁が無くなるが、それを許す道満ではなく、休む暇を与えずに新たな式神を召喚。背後からサーヴァント達に攻撃を仕掛けるが、彼らは見事に反応して不意打ちを防いだ。

 

 間髪入れずに飛んでくるであろう攻撃に身構えるサーヴァント達だが、道満からの追撃はない。まさか、と思って振り返ってみれば、いつの間に移動したのか、カドック達の背後に道満の姿があった。

 

 通常の聖杯戦争において、 基本勝敗を決めるのは召喚されたサーヴァント達による戦闘である。そのマスターである魔術師達は、如何に凄腕であろうと英霊との力は歴然であり、支援で手一杯になってしまう。また、サーヴァントのステータスの最低ランクはEランクであるが、このランクだとしても、並の人間の頭蓋骨を握り潰す事は容易なものとなっている。故に、場合によっては筋力が最低値のサーヴァントであろうとも、マスターを殺害する事で、普通ならば自分が勝てないはずのサーヴァントを魔力切れに追い込んで勝利する事も可能だ。

 

 こういった、所謂『マスター殺し』も、聖杯戦争では立派な戦略の一つに数えられている。そして今、聖杯戦争が起こっていないこの場所において、それは行われようとしていた。

 

 サーヴァント達の瞳に焦燥の色が浮かんだのを見逃さなかったマスター達が即座に回避行動を取ると、先程まで彼らの首があった場所を黒緑色の軌跡が走っていった。

 なんとか回避出来た―――そう思った頃には、既に道満はマスター達の一人―――カドックの真横に立っていた。

 

 

「うぉ―――ッ!」

 

 

 振るわれた拳を咄嗟に回避したカドックが、バックステップで距離を取る。続きざまにカドックを袈裟斬りにしようと手刀が迫るが、この危機的状況において、カドックの脳は的確に情報を処理していた。

 次に来る攻撃も回避し、さらに連撃をも、動きは多少荒いが捌いていくカドックに、道満は僅かに驚愕した。

 常人であれば間違いなく避けきれない攻撃の数々を、見事に躱し、捌いていくカドック。微かに両手両足に回路のような光の筋が見える事から、身体強化の魔術を使っているのだろうが、それだけにしては無理がある。

 

 ならば、と速度を上げた手刀を突き出す。

 道満の爪には、直撃した対象に悶えるような激痛を与える呪詛が籠められている。サーヴァントにも一定の効果を発揮するこれが直撃すれば最後、カドックは最早生き延びる事は出来ないだろう。

 真っ直ぐに伸びていく手刀は、カドックの鳩尾目掛けて一直線に進んでいく。

 獲った―――そう確信した瞬間、

 

 

「な―――馬鹿なッ!?」

 

 

 一切の無駄を感じさせない足捌きで素早く手刀を回避されたカドックに、逆に鳩尾にガンドを叩き込まれた。

 身体能力云々が関係ない、魔力によって形成された弾丸が、的確に人体の急所に数えられる鳩尾に直撃した道満は、反射的に鳩尾に手を当てて後退る。だが、ただダメージを受けた、というだけならば、道満もすぐに反撃に出ただろう。それをしなかったのは、『サーヴァントが人間にカウンターを受けた』という認めがたい事実が、道満の動きを鈍らせたからだ。

 

 その隙にカドックは道満から距離を取り、腰に装着されたポーチに手を突っ込んだ。

 

 ……突然だがここで、普段シュレイド異聞帯にいるカドック達がなにをしているのかについて説明しようと思う。

 アンナの庇護下に置かれた彼らを、ただのびのびと自由に生活させる事を、アンナは許さなかった。もちろん、適度な休息や休日は用意しているが、それ以外の日には、現在シュレイド異聞帯においては唯一と言ってもいい旅団―――“我らの団”の護衛や、シュレイド城周辺のモンスター達の観察、虞美人によるシュレイド異聞帯の自然環境や環境生物についての講義を受けている。

 虞美人は、まだ人間の(カタチ)を得ていなかったとはいえ、肉体を持たぬ精霊として、竜種と人類種が共存していた太古の時代の景色を覚えていた。もちろん、当時の人間達の生活も目にしているのが、彼ら―――主に人々を自然の脅威から護る役割を担うハンター達が、普段どのような環境生物・道具を狩猟に利用していたのかは、特に記憶に残っている。

 

 ありとあらゆる能力面でモンスターに劣っている人間達は、彼らに滅ぼされないよう日々研鑽を重ね、やがて朽ちた竜種の骨から武器を作り、そこからより強力な武器や施設を整えていった。それと並行して人類が手を入れ始めたのが、より円滑に、より安全に狩猟を成功させるサポートアイテムの開発である。

 吹雪が吹き荒れる寒冷地、またはマグマが流れる灼熱の地での長時間の活動を可能とするホットドリンク、クーラードリンク。空腹になったモンスターに食べさせる事で一定時間動きを止められるシビレ生肉。聴覚が敏感なモンスターに衝撃を与え、攻撃のチャンスを生み出す音爆弾等々……その種類、用途は多岐に(わた)る。

 

 彼女から知識を得、自らの手で比較的安全な場所で素材を入手し、自らの手で調合したアイテムは、“我らの団”護衛中にモンスターと遭遇した時、余計な戦闘を避ける場合の逃走用などに用いられる事が多い。

 

 そして、モンスターの観察によって培ったのは、なにも彼らの知識だけではない。

 シュレイド城周辺のモンスターは、その地下で未だ誕生の時を待ち続ける“王”から漏れ出た生体エネルギーによって出来た龍結晶のエネルギーに引き寄せられた強者達。外に出る為の安全なルートは確立されているが、その先に広がる大自然の中では、強さは比べるまでもないが、彼らの同種などごまんといる。

 だからこそ、カドック達はそのモンスター達の生態を調査すると同時に、シグルドやアシュヴァッターマン、そして時々参加するボレアスの下で修行をつけ、『生き残る為の技術』を身につけた。

 歴史にその名を轟かせるスパルタの王には及ばないだろうが、それでも充分スパルタと言える修行によって、カドック達は知識面でも肉体面でも、大幅な強化を果たした。

 先の道満の攻撃を見切り、反撃の一撃を与えたのも、その修行の賜物である。

 

 そして今、カドックがシュレイド異聞帯で身につけた知恵の牙が、道満に喰らいつく。

 

 

「―――ッ!」

 

 

 まるで居合斬りのような勢いで、カドックがポーチから取り出す勢いを殺さずに投げたそれ( ・ ・ )が、道満の眼前まで迫る。

 

 道満がそれを掴み取ろうと、右手を向かわせる。だが、それよりも先に球体のそれ( ・ ・ )が砕かれ、眩い閃光が迸った。

 

 

「ギャアアアアアアアアアッッッ!!?」

 

 

 目の前で炸裂した玉―――閃光玉の光に目を焼かれた道満が、堪らず絶叫を轟かせた。

 両腕で庇った目を固く閉じて光による視覚へのダメージをある程度軽減したカドックが瞼を持ち上げる。殺し切れなかった光によるダメージで多少視界がぼやけているが、それでも両手で顔を覆って悶えている道満の姿は捉えられていた。

 

 

「勝機ッ!」

 

 

 アナスタシアとアシュヴァッターマンと協力し、全ての式神を消滅させたシグルドががら空きの胴体を大剣で斬りつける。

 

 

「ぐほァ……ッ!」

 

 

 防御すら出来ずに北欧の大英雄の会心の一撃を受けた道満の胴体から、噴水のように赤黒い血が噴き出す。

 吹き飛ばされた道満が転がり、激痛に悶えながら立ち上がろうとする。しかし、シグルドの一撃が重かったのか、まだ閃光玉の影響が残っているのか、すぐに態勢を整える事は不可能のようだ。

 

 

「アナスタシアッ!」

「シグルドッ!」

「アシュヴァッターマンッ!」

 

 

 そして、この最大のチャンスを逃さない彼らではない。

 高らかに己の相棒の名を叫び、令呪が刻まれた右手を道満に差し向ける。

 

 

「「「宝具の使用を許可するッ!!」」」

「ヴィイ、全てを見なさい。全てを射抜きなさい。我が霧氷に、その大いなる力を手向けなさい」

「魔剣完了。貴殿の矜持、見せてもらおう」

「我は死を齎す戦士なれば、不滅の刃を以て汝を引き裂こうッ!」

 

 

 アナスタシアの背後で立ち上がった巨影が、その手を道満に何度も叩きつけ、打ち上げる。

 打ち上げられた道満の体を、シグルドが撃ち出した無数の短剣が貫き、その間にアシュバッターマンが前方に置いたチャクラムが回転し、全てを焼き尽くす炎を纏う。

 

 

「魔眼起動―――疾走・精霊眼球(ヴィイ・ヴィイ・ヴィイ)ッ!!」

「是なるは破滅の黎明―――壊劫の天輪(ベルヴェルク・グラム)ッ!!」

「―――転輪よ、憤炎を巻き起こせ(スダルシャンチャクラ・ヤムラージ)ッ!!」

 

 

 巨影の瞳から放たれた絶対零度の視線が道満を凍てつかせ、そこへシグルドが拳で大剣を叩きつける。

 二騎の宝具を受けた道満の霊基は既に砕けているが、まだ終わらない。

 勢いよく床に叩き付けられた道満に、今度はアシュバッターマンが蹴り飛ばしたチャクラムが襲い掛かり、無防備な彼を圧し潰す。最後にアシュヴァッターマンがダメ出しの一撃を見舞い、炎が爆発。

 轟音と共に道満の体は床をブチ抜き、そのままオリュンピア=ドドーナの真下まで落ちていった。

 

 

「……どうだ?」

 

 

 英霊三騎の宝具による一斉攻撃。これを受けて致命傷で済むとは思えないが、あの男の底知れなさを否が応でも感じ取っていたカドックが、恐る恐るそう口にする。

 大剣を握ったままのシグルドがアシュヴァッターマンの宝具によって砕かれた穴から下を覗き込み、スッと瞳を細める。数秒の後、微動だにしなかったシグルドは穴から離れ、静かに告げた。

 

 

「奴の魔力の気配は感じられない。消滅したようだ」

「……はぁあ~」

 

 

 己のサーヴァントの言葉にオフェリアから大きく息が吐き出され、続いてカドックも崩れ落ちるようにその場に腰を下ろした。

 

 

「カドック」

 

 

 そこへ、彼のサーヴァントであるアナスタシアが歩み寄ってきた。

 その瞳には微かな疲労が見えるが、それ以上に安堵の感情が宿っているのが、なんとなくだがカドックには理解できた。そして、その中に潜む、小さな憤怒の感情も。

 

 

「なんだ?」

「先の事……貴方が彼に狙われていた時の事です。貴方がああしてくれたお陰で、こうして私達は勝てました。……けど」

 

 

 すっと伸ばされた右手が、カドックの頬に添えられる。

 凍えるような冷たさに一瞬体を強張らせるも、それと確かに共存する人肌の温かさを感じながら、カドックはアナスタシアと目を合わせる。

 

 

「あまり、無茶な行動はしないでほしいわ。貴方は私のマスターで、私は貴方のサーヴァント。お互いにお互いが必要な、一心同体の関係。だから、どうか、あんな無茶は極力しないで」

「……あぁ。肝に銘じておくよ」

 

 

 まるで祈るような、懇願するようにそう言われてしまえば、カドックも反論する気は微塵も起きなかった。

 小さく何度も頷いた主に、こちらもまた小さく頷いたアナスタシアは、彼の手を掴んで引き上げる。

 その華奢な細身からは想像もつかないような力で引っ張られたカドックは、これもサーヴァントの膂力というわけか、と内心で呟きながら立ち上がった。

 

 

「イチャイチャタイムは終わり? まさか、戦いが終わってすぐにイチャイチャするとは思わなかったわ」

「からかうのは止してくれ、ペペ。オフェリアも、なにか言ってやってくれないか?」

「ごめんなさい。今回ばかりは私もなにも言えないわ」

「クソ……」

「ふふっ」

 

 

 小さく舌打ちしたカドックに、笑い声を漏らすアナスタシア。

 そんな彼女を一瞬横目に見たカドックだったが、すぐに気を取り直してキリシュタリアの席に向かう。

 

 

「あのアルターエゴに邪魔をされたが、これで邪魔者はいなくなった。後はデータを持ち帰るだけ―――」

「―――ッ! カドックッ!」

 

 

 道満を撃退した事で完全に油断していたカドックがキリシュタリアの席に手をかけようとした途端、ペペロンチーノに手を引かれて席から引き離された。

 いきなりの行動に咄嗟に文句を言おうとしたカドックだが、彼らの前でキリシュタリアの椅子が上空から降り注いだ黒緑の落雷に打たれて砕け散った様を見て、その気持ちは瞬時に消し飛んでしまった。

 

 

「ンンンン……。拙僧とした事が、どうやら不覚を取ってしまったようで」

 

 

 呆気に取られるカドック達の視線の先、落雷による黒煙を突き破って現れたのは、先程消滅したはずの道満だった。

 

 

「どういう事だ……。なんでお前がここにいるッ!」

「ンン、先程貴方方が消滅させた者は、我が式神にて。ちなみにこの拙僧も式神。本体はこの異聞帯にはおりませぬ故。何度殺されようが、何度でも蘇りましょうッ! ンンンンッ! 愉快ッ! 安全圏から相手だけが疲弊していく様を観るのは、実に滑稽ッ! 拙僧、腹が捩れそうな思いでッ! ()の伝説の龍の逸話を模倣せし、我が生活続命(しょうかつぞくみょう)の法は無敵故ッ! ここで必ず抹殺させていただくッ!」

「へぇ? 生活続命? それはまた大きく出たわね、リンボ」

 

 

 口元を邪悪に歪めて笑う道満に対し、ペペロンチーノが彼のニックネームを口にして前に出る。

 

 

「殺しても殺しても蘇る、不滅の霊基―――そう何度も見せられたもんじゃ、いい加減、邪魔したくなるのが人情だと思わない? それに、アナタが模倣し(パクっ)たって言う『伝説の龍』って、ミラオスちゃんの事でしょ? これ以上、アンナちゃんの大切ないも―――サーヴァントの逸話を、アナタ如きが模倣するのは、個人的にも我慢ならないわ」

 

 

 本家を出てしばらく経たない内に出会い、共に世界中を旅をした彼女。初めて本当の自分を曝け出す事が出来た親友が愛している存在の逸話を、このような悪徳の権化に利用されているという事実に、ペペロンチーノは自分でも予想外な程に怒っていた。

 

 

「それに、アナタにはインド異聞帯を好き勝手に荒らされたからね。そのお礼として……ありがたく受け取りなさいッ!」

 

 

 そう叫んだ途端、道満の体に紋様が浮かび上がり、道満が苦悶の声を漏らした。

 

 

「な……に……ッ!? これは、陰陽の……否ッ! 否ッ! 修験道かァッ!」

「アナタの為だけに編み上げた独自術式よ。他人通と漏尽道の合わせ技―――無数の式神に己を転写して命永らえる、まがい物の生活続命、ここで終わりと心得なさい。―――南無神変大菩薩(なむしんぺんだいぼさつ)・漏尽他人通ッ!」

 

 

 紋様が眩い光を放ち、道満を薄紫色の光で包み込む。

 その術式の効果に気付いたのか、道満の顔に焦燥と恐怖の色が浮かぶ。

 

 

「これは、いけない……ッ! あぁ、我が術式が、我が奥義たる生活続命の法を……なるほど貴様、輪廻転生の紛い物として定めたかッ!」

「あら正解。本来、漏尽通は自己の輪廻を終えるものだけれど、他人通を介して今回ばかりはアナタにあげるわ。―――死になさい。式神で変わり身、なんて手品はこれでおしまい。次に目覚めた時がアナタの本当にして最後の命。正真正銘の残基ゼロの命、精々大切に使うといいわ」

「お、の、れェッ!」

「さよなら」

 

 

 瞬間、道満の全身が石化したように固まり、やがて塵となって消えていった。

 

 

「「―――」」

「……心配ないわよ。もう、彼は二度と私達の前には現れない。自分を充分に殺せる連中の前に進んで現れる程、彼は自信家じゃないそうだしね」

「……そうか」

 

 

 また式神が道満の形を取って現れるのではないか、と警戒していたカドック達だが、ペペロンチーノの噓偽りのない言葉を信じ、緊張が解ける。

 これで、ようやく道満との戦いが終わったと誰もが思い、全員揃って「はぁ」と息を吐いた。

 可能ならば今すぐ休みたいところだが、そうは問屋が卸してくれない。まずは目の前の問題をどう片付けるべきかと考え始める。

 

 道満によって、キリシュタリアの席は破壊され、同時に彼がこれまで積み上げてきたデータの山も消えた。

 アンナからの依頼は、一つでも『異星の神』についての情報を入手する、というものだった。一応依頼は果たしているとは言えるだろうが、完全とは言えないだろう。

 

 

「……データの回収は出来なかったけど、収穫はあったとしましょうか」

「……そうだな」

「……えぇ。わかったわ」

「―――あっ、お~い、みんな~ッ!」

 

 

 その時、遠くから手を振って走ってくる女性が一人。

 カドック達が彼女に手を振り返すと、背後に相棒である狂戦士を引き連れた彼女―――アンナは三人とそのサーヴァント達が疲れている様子に目敏く気付くが、彼らを代表してペペロンチーノが大丈夫だと告げると、アンナは安心したように息を吐いた。

 

 

「それなら、よかった。あっ、でもペペは休んでね。魔力が空っぽなの、隠してても無駄だからね。はいこれ」

「これは……龍結晶?」

 

 

 ペペロンチーノがアンナから受け取ったのは、ビー玉程の大きさの龍結晶だった。自然の中で出来たとは思えない程の球体なので、誰かが加工したのだろうか。

 

 

「“王”から漏れ出た魔力で作ったの。貴方ぐらいの魔力量なら、そう時間をかけずに回復出来るから持っておいてね。言っておくけど、飲み込んだりしちゃ駄目だよ? そうしたら最後、魔力が暴れまわって内側から破裂しちゃうからね」

「まぁ怖いッ! 気を付けておくわね」

「うん。……それで、私からの依頼は達成できたかな?」

「ごめんなさい。途中、妨害があってデータの回収は出来なかったわ。でも、キリシュタリア様が『異星の神』についてどう考えていたのか、までは摑めたわ」

「ん~……まぁ、仕方ないか。情報を入手出来たというだけでも万々歳だよ。ありがとうね、三人とも。もちろん、アナスタシアちゃんやシグルド、アシュヴァッターマンもね」

 

 

 感謝の言葉を述べたアンナに、カドック達は揃って頷いた。

 

 

「これから私は、キリシュタリアのところに行こうと思ってるけど、君達も来る?」

「私は行くわ。応援は出来ないけど、二人の決着は見届けたいしね」

「僕もだ」

「私は……」

 

 

 すぐにアンナに同行すると決めたペペロンチーノとカドックだが、オフェリアだけが口ごもってしまった。

 それもそうだ、とペペロンチーノとアンナは心中で考える。

 彼女はキリシュタリアに好意を寄せている。同時に、アンナに対しても親友として接している。彼女にとって大切な人物と捉えられている二人が、これから殺し合いをするのだ。常人であれば、まず「行きたくない」と答えるだろう。

 

 

「……無理をする必要はないよ。ここにはボレアスもいるから、君が望めば、君を先にシュレイド城に戻す事も出来る。嫌ならそう言ってくれればいいんだからね?」

「……ありがとう、アンナ。でも……行くわ」

「……どうして?」

「ペペ達と同じよ。私も、貴女達の戦いを見届けたいの。それに、ここで帰ったら、芥にどやされるわ」

 

 

 いつものような笑顔を浮かべるオフェリア。

 それが精一杯の作り笑顔である事は、この場にいる誰もが理解できていたが、誰もそれを口にしなかった。それを口にしてしまえば最後、彼女の覚悟を踏み躙ってしまう事になってしまうから。

 

 

「……わかった。じゃあ、行こうか」

 

 

 アンナに頷き、三人のクリプターとそのサーヴァント達は歩き出す。

 

 目標は、オリュンピア=ドドーナ最上階―――キリシュタリア・ヴォーダイムだ。

 

 

 

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 不思議と、彼女が近づいてくるのがわかる。

 まだ距離は充分にあるというのに、彼女が自分のすぐ近くにいるという感覚に襲われる。

 

 この場には、キリシュタリア以外誰もいない。

 このオリュンポスに残る最後の機神であるゼウスは、カルデアとの戦いに備えて真体(アリスィア)に全意識を統合させている。最早、人の形を取って姿を現す事はないだろう。

 

 逸る気持ちを抑えながら、キリシュタリアは杖を握る力を強める。

 

 

「……アンナ」

 

 

 小さくその名を口にすれば、体がぶるりと震えるのがわかる。

 それは、恐怖か―――いや、違う。

 

 これは、武者震いだ。自分よりも遥か高みにいる存在に挑む前に感じる、高揚感の仕業だ。

 

 

「早く、来い。早く、私の前に現れてくれ」

 

 

 まるで愛する恋人を待つ少女のようだ、と内心ごちる。

 だが、この心臓の鼓動は、決して恋愛的な意味ではなくとも、自分が彼女と顔を合わせるのを今か今かと待ち望んでいるせいだとよくわかっていた。

 

 

 ―――神の息吹が満ちる場所、星間都市山脈オリュンポス。

 

 ―――その支配者たる機神は、全能神ゼウスを除いて既に亡く。

 

 ―――神々の寵愛を受けた都市は、異聞からの侵略によって滅んだ。

 

 ―――太古の形を失わずに続いてきた世界と、最先端を行く事で繁栄した世界。

 

 ―――二つの異聞帯の戦争の決着は、もうすぐそこだ。

 




 
 閃光玉って便利ですよねぇ。ピンチの時に投げると比較的安全に回復できますし。まぁ、例外のモンスターは何体かいるんですが……(ティガレックスに投げた結果、無差別突進でBC送りになった人)。
 そういえば、本日更新されたマンわかfgoは読みましたか? 今回はカドアナ成分を摂取できる回となっていますので、まだの方は是非ッ!

 次回はキリシュタリア様の回想から始まります。
 彼がアンナと歩んだ人理修復の旅はいったいどのようなものだったのか、乞うご期待ですッ!

 それではまた次回ッ!


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キリシュタリアと白き王

 
 どうも、皆さん。
 今回のイベントにて、ローマの鎧とスパルタの槍を装備し、木馬(ロボ)による出撃、ヴィマーナによる空中移動、そして謎の円盤による海戦をするコン達、そして彼らに癒されるモルガンに心が浄化された作者、seven774です。
 今回はキリシュタリアの回想回ですッ! なんか文字数が19000文字近く行きましたッ!

 それでは、どうぞッ!



 

 私がアンナと関係を持つようになったのは、彼女がマリスビリー・アニムスフィアの推薦を受けて時計塔にやって来てからしばらく経っての事だった。

 時計塔に来た日に霊墓アルビオンに侵入し、そして無傷で帰還した“狂気の生還者(マッドサバイバー)”の異名で恐れられた彼女に興味を持って、私から挨拶をしに行ったのが切っ掛けだった。

 

 

天体科(アニムスフィア)……。あぁ、彼が担当する学部の生徒なんだね、君は。えっと、ヴォーダイム君……だっけ?」

「キリシュタリアでいいよ。最初はミドルネームから始めるところだろうが、なぜだか、君とはこれから先も関わっていきそうな予感がするからね」

「へぇ? 私も、君と同じ事を思ってたんだ。改めて自己紹介を。私はアンナ・ディストローツ。アンナって呼んでね。これからよろしくね。キリシュタリア」

「こちらこそ、アンナ」

 

 

 互いに感じていた、自分達の『これから先の未来』を考えての挨拶から始まった友人関係。

 その予感は見事に的中し、それからというもの、私と彼女が色々な話をする頻度は日が経つごとに増えていった。

 その日学んだ魔術に対する意見や、歴史に記された幻想種や神々に関する考察。時には魔術世界とは一切関係の無い、ごくごくありふれた一般的な話まで、彼女と長い時間をかけて語り合った事など、数え切れないほどあった。

 特に、世界中を旅して多くの知識を培ったアンナの口から伝えられる情報は、いつも私をワクワクさせてくれた。

 本などで他国の情報や文化を学んだとしても、実際に行ってみない限り、その真髄を理解できない―――という話はよく聞くが、彼女の話を聞いていると、「いつか世界中を旅してみたい」という気持ちがどんどん強くなっていった。

 

 時計塔から巣立った後、マリスビリー直々に彼が所長を務める組織にスカウトされた私は、同じくスカウトを受けていたアンナと一緒にそれを承諾した。

 しかし、その組織―――カルデアに向かう前に、私は彼に「旅行へ行かせてほしい」と頼み込んだ。

 受け入れてもらえるかどうか不安だったのだが、意外にもマリスビリーは簡単に頷いてくれた。そのお陰で私は、かなり駆け足だったもののアンナと共に世界中を冒険した。一年では流石に長すぎるため、最長でも三ヶ月の間に旅しなければならない状況だったが、そこは優秀なガイドであるアンナのお陰で満足に楽しむ事が出来た。

 カルデアで働いている内に長い休みを得られたら、今度はゆったりとしたペースで気心の知れた友人達と旅行にでも行きたいと考えながら、私はカルデア南極支部へと足を踏み入れた。

 

 そこでも優秀な成績を修めた私は、カルデアが目的とする大偉業―――人理修復の際に数多のマスター達を率いるAチームのリーダーを務める事となった。

 

 カドック・ゼムルプス。

 オフェリア・ファムルソローネ。

 芥ヒナコ。

 スカンジナビア・ペペロンチーノ。

 ベリル・ガット。

 デイビット・ゼム・ヴォイド。

 そして、アンナ・ディストローツ。

 

 彼ら七人と、他チームの魔術師達を率いて、私はいよいよ始まる人理修復の旅に向けて気を引き締めた。

 だというのに、

 

 ―――私の、私達の旅は、始まる前に終わってしまった。

 

 それは、人理焼却を引き起こした張本人である魔神王の配下によって引き起こされたものだった。

 コフィンに入り、今から過去へ飛ぶというところを攻撃されたために、その攻撃に対応できる手段などなく、為す術もないまま我々は死んだ。

 

 全身を焼かれる感覚を覚えながらも、その時の私の思考は、自分でも意外な程に冷静だった。

 

 ―――あぁ、私達は舞台にすら上がれなかったのか、と。

 

 哀しかった。

 辛かった。

 人理修復という大偉業を果たせない、という事も、まぁ多少は響いた。私とて魔術師であると同様に人間であり、人並みに英雄に憧れたりもしていたのだから。彼らと同列にまではいかなくとも、その真似事はしたかった。

 

 だが、それよりも私は、Aチームのみんなと共に旅を出来なかったのが酷く辛かったのだ。

 

 ……正直に言えば、私は人理修復という大偉業を成し遂げるという意志よりも、仲間達と共に様々な時代を駆ける事の方が大事だった。

 もちろん、人理を救う事がなによりも優先すべき事であり、同時に名誉な事であるとも理解している。

 それでも私は、魔術師ではない『キリシュタリア・ヴォーダイム』という人間は、存外に仲間達の事が好きだったらしい。

 

 

『―――彼らの蘇生を望むと?』

 

 

 だからこそ私は、せめて七人の仲間達だけでもと、虚空の神に彼らの蘇生を願った。

 

 ―――ここからは、私の記録を紹介しよう。

 私単独で始まり、六人の仲間達、その一人一人との人理修復を成し遂げた私が最後に歩んだ、八度目( ・ ・ ・ )の人理修復の旅の記録を。

 

 

 

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 炎上汚染都市冬木。

 極東の国、日本(ジャパン)に存在する街。温暖な気候だが、季節としての冬が多い事からそう名付けられたこの都市は、今やその活気は見る影もなく、理性を失ったシャドウ・サーヴァントや人に害をなす敵性体(エネミー)しか存在しない地獄と化している。

 

 その地獄に立つ私の前では、

 

 

「全く。レディのお尻を触るなんてなってないね、セタンタ。君、ひょっとしてエメルちゃんの事忘れてる?」

 

 

 上半身を地面に埋め込まれ、ピンと両足を伸ばしたアイルランドの英雄に対して怒るアンナの姿があった。

 

 

「なんだったらあの子に代わって、私がお仕置きしてあげようか? そこ( ・ ・ )を二、三十回ぐらい踏めば、君も反省するでしょ? ねぇ、セタンタ?」

「―――ッ!?」

 

 

 アンナの視線がクー・フーリンのどこに向けられているのか気付いた私は、つい反射的に自分の股間を押さえてしまった。

 そして、今彼女の前で埋まっている大英雄も、彼女がどこに視線を向けているのかを察したのか、無言で両足をじたばたさせて足掻いている。我武者羅に足を振り回す事で、なんとか彼女に男性のシンボルを攻撃されまいとしているのだろう。

 

 

「はいはい、暴れないの」

 

 

 が、それもアンナにガシッと両足を掴み取られてしまった事で阻止されてしまった。

 普通では力勝負では絶対敵わないであろうサーヴァントの動きを完全に止めてしまったアンナの膂力に私が息を呑む間に、クー・フーリンは最早抗う術はないとばかりに暴れるのを止めてしまった。

 そんな彼の股間に、アンナの右足が乗せられる。

 

 

「はい、じゃあ一回目~♪」

 

 

 嗚呼、彼女の無邪気な声が響く。まるで楽し気に虫を殺す子どものような声で笑ったアンナに、クー・フーリンは最早諦めの境地に入っている。

 大きく持ち上げられたアンナの足が振り下ろされる。私は瞼を閉じ、静かに合掌した。

 

 瞬間、地面の底から絹を引き裂くような絶叫が轟き、それは計三十回に渡って暗雲立ち込める冬木の空に響き渡った。

 

 

 

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 地獄の責め苦を受けて壊れたクー・フーリンがガニ股ダブルピースを決めた冬木を踏破した私達が次に足を踏み入れたのは、第二特異点―――邪竜百年戦争オルレアン。

 時は西暦1431年のフランス。

 ()の救国の聖女、ジャンヌ・ダルクが火刑に処されてから左程日が経っていない時代が舞台のこの特異点では、ジル・ド・レェが聖杯に願った事で誕生したもう一人の聖女―――ジャンヌ・ダルク・オルタが数多のバーサーク・サーヴァントとワイバーン達を率いて人々の蹂躙していた。

 

 そこで清姫やエリザベート・バートリーなど、抑止力によってこの地に召喚されたサーヴァントを仲間に加えた私達の前に、バーサーク・サーヴァントとワイバーンを連れたジャンヌ・ダルク・オルタが姿を現した。そして彼女が乗る存在は、ワイバーン達とは比較にならないレベルの強者であるドラゴン―――ファヴニールである。

 この特異点内での出来事の中でも、最も『最悪』の言葉に相応しいこの状況。

 初めてこの状況に陥った時は目の前が真っ暗になるような絶望に襲われたものだ。何度も体験した影響で、あの頃のような絶望感はもう感じなくなっていたが、それでも生物としての本能が告げる警告に慣れる事はない。

 ……慣れる事はない、のだが―――

 

 

「ちょっ、どうしたのよお前達ッ! なんでそんなに委縮してるのよッ!? 相手はマスターとはいえたった二人の人間と、取るに足らない英霊共なのよッ!? ……は? “祖龍”に“黒龍”? 自分達じゃ絶対勝てない? なに言ってるのよッ! 仮にそこのが“黒龍”だとして、“祖龍”ってなによッ! そんな奴、聞いた事も無いわよッ!」

 

 

 ファヴニールとワイバーン達は、アンナと、彼女が直接霊脈を利用して召喚したサーヴァント―――人間の姿を取っている“黒龍”ミラボレアスを見た瞬間、千切れ飛ぶのではないかと思ってしまう程の勢いで首を横に振り始めた。あれではまるで怖い映画を観たくなくて全力の抵抗を試みる子どものようではないか。

 

 ここで私は、アンナが本当は、芥ヒナコのように人ならざる存在なのではないか、という疑問を持つようになった。

 

 

「まぁまぁ、そんなに取り乱さないの、え〜と……黒いジャンヌちゃん? 黒ジャンちゃん? そんなに暴れてるとパンツ見えちゃうよ?」

「は―――ッ!?」

 

 

 バッとスカートを押さえるジャンヌ・オルタ。その顔は真っ赤に染まっているが、それは先程までの怒りではなく、いつの間にかはしたない真似をしてしまっていた事に対する羞恥から来るものだろう。

 だが、彼女には悪いが、私としてはアンナがその事を躊躇いもなく口にしてくれたお陰で、少しはリラックスする事が出来た。

 

 

「ははは、アンナ。『見えちゃう』ではなく、『見えている』が正しいだろう?」

「あっ! もう、キリシュタリア?それが事実だとしても、それは口にしてあげないのがマナーってものだよ? 紳士として振る舞わなきゃ」

 

 

 むっ。私とした事が、紳士の国イギリスに住んでいたというのになんという失態。あの世界的名探偵であるシャーロック・ホームズも住んでいた街にいたというのに、情けない姿を晒してしまった。

 

 

「すまない、黒いジャンヌ。私とした事が、紳士にあるまじき真似をしてしまった。どうか、許してほしい」

「えっ? あ、えっと……え、えぇ、許しましょう。レディに対してストレートにものを言うのは御法度ですからね」

 

 

 おや、てっきり許さないとばかりに攻撃してくるのかと思いきや、すんなり受け入れてくれた。これまでは危険な存在としてしか見ていなかったが、案外彼女は根は良い娘なのかもしれない。

 

 

「……って、なにを普通に謝罪を受けているのよ私はッ! 行きなさいッ! バーサーク・サーヴァント達ッ! お前達もよッ!」

 

 

 だが、すぐにハッとした表情で配下のサーヴァントやワイバーン達に攻撃命令を下す黒いジャンヌ。彼女の叫びを聞き、弛緩し始めていた空気が一気に張り詰める。

 

 

「ねぇ、少しだけ待ってくれるかな?」

 

 

 今まさに両者が入り乱れる戦闘に発展しそうになったその時、アンナは尚も食い下がった。……正直、この状況でも意識を切り替えないのは関心を通り越して呆れすら覚えてしまう。

 もちろんそんな彼女の言葉を聞く耳を持つはずもない黒いジャンヌとバーサーク・サーヴァント達は、彼ら達から見て最も近い場所にいるアンナに攻撃を仕掛けようとするも、それは彼女の前に進み出た狂戦士の威圧感に圧されて動けなくなってしまった。

 竜種達は最早石像のように動かない。それ程までに、彼らに対するアンナの言葉による拘束力は強いのだろうか。

 

 

「これから戦うのは、まぁ、仕方ない事だと割り切るよ。お互い、譲れないものがあるのはわかってるし。でも、個人的な意思を口にするのなら、君達とは戦いたくないよ、ファブニール、ワイバーン。たとえ君達が、この特異点でしか生きられない命だとしても、ね」

 

 

 そんな彼女の言葉からは、どこか祈るような、哀しむような気持ちが感じられた。その言葉に、ファブニールはじっとアンナを見つめ、ワイバーン達も左右にいる仲間達と視線を交わしたり、項垂れたりしている。

 

 ……もしかしたらこれは、上手く行けば最強の幻想種であるドラゴンを相手に取らずに済むのではないか?

 

 そう思った私の心には、これまで消して灯る事のなかった、彼女にしか灯す事の出来ない希望の光が見えたような気がして―――

 

 

「だから、ね?」

 

 

 唐突に、アンナが両掌を合わせて頬に当てた。

 

 ―――おや?なんだか嫌な予感がするぞぅ?

 

 そう思った時には、もう遅かった。

 

 

「私達、人理修復の最中なんだぁ~。邪魔しないでくれるかなぁ~? ねぇ、お願ぁ~い?」

『オェエエエエエエエッ!!』

「ちょっとッ! いくら気持ち悪いからって吐くんじゃな―――ギャアアアアアアアッ! 吐瀉物がッ! 吐瀉物が空からぁああああああッ!!」

「ヒィイイイイッ! 私の顔に吐瀉物がッ! アイアンメイデンにも吐瀉物があああああッ!!」

「オロロロロ……」

「うっぷ……。すみません、吐いてもいいですか……?」

「やめろデオンッ! ここでヴラドのように貰いゲロなんて吐かれてはオロロロロロ……」

「よし、君達全員後で拳骨ね♡」

 

 

 アンナが世間一般で『あざとい』と認知されるような、両拳を顎に当てて上目遣いをするポーズを取った瞬間に 起こる阿鼻叫喚の地獄絵図。

 上空から降り注ぐワイバーン達の吐瀉物。それらを浴びて叫ぶ黒いジャンヌやカーミラ、そしてその光景に中てられて自らも吐き始めるバーサーク・サーヴァント達。そして、一際大きいファヴニールの吐瀉物。

 こちら側ではそんな彼らの惨状に同情するような視線を送り始める者達も現れる。特に本物―――白いジャンヌに至っては自分と瓜二つの女性がその中心にいるのだから、本当に他人事では済まないのだろう。最早、顔面は真っ青を通り越して真っ白になってしまっており、唇を固く結んでいる。

 ……あ、違う。これは吐きそうになるのを頑張って耐えてるだけだ。

 そして、終いには白いジャンヌを始め、こちら側にもそれに当てられて吐く者達が現れ始めるという、冬木とはまた違う地獄がこの地に顕現したのだった。

 

 

 

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 吐瀉物塗れになって大泣きした黒いジャンヌを陸上選手顔負けの美しいフォームで駆け付けたジル・ド・レェが慰めたオルレアンを踏破した我々が次に足を踏み入れたのは、永続狂気帝国セプテム。

 

 ネロ・クラウディウスや、この時代に召喚されたサーヴァント達の手を借りて、同じくサーヴァントとして蘇った歴代ローマ皇帝達を撃破した後、我々はその勢いでこの人理焼却の主犯である魔神王ゲーティアの配下であるレフ・ライノール―――魔神柱フラウロスも打倒した。その後、彼の最後の悪足掻きによってフン族の王アルテラが召喚されたが、これもなんとか倒す事が出来た。

 オルレアンではアンナが召喚したバーサーカー―――ミラボレアスが『強力』という言葉では言い表せない程の力を持っていた事を、私はこの時改めて理解した。彼がいるのといないとでは、ここまで差が出るのかと痛感したものだ。

 

 ネロ皇帝達との別れも程々にカルデアに帰還した私は、あの爆発より逃れた数少ない職員の代表であるロマニに報告を行った後、アンナを自分に割り当てられた部屋に呼び出した。

 

 

「今回はセプテム―――ローマだったけど、楽しかったなぁ。歴代ローマ皇帝が集結しての戦争だなんて、普通見られないものだしね。君はどうだった?キリシュタリア」

「そうだね。私は、オルレアンと同じように当時の文化に直に触れる事が出来て、色んな事を学べたよ。そういう意味では、とても楽しめたと言える。……戦争を楽しむ、という気持ちはわからないけどね」

「あ……。ご、ごめんね。私、色んな時代や世界の人達が集まって戦うっていう話とか、凄く好きでね。彼らの戦略を見るのが楽しくて。悪い気分になっちゃったらごめんね?」

「いや、私も責めるような言い方になってしまった。謝るのは私の方だ」

「……君は優しいね、キリシュタリア」

 

 

 そう言って椅子の背もたれに寄りかかり、そのまま座席ごとくるくる回り始めるアンナ。そんな彼女に、ベッドに腰掛けていた私はボソリと呟いた。

 

 

「―――“白き王”」

 

 

 ガタッ、と音がする。アンナが回る椅子を足でブレーキをかけて止めた音だろう。彼女の視線に込められた感情が変化していくのを感じながら、私は続けた。

 

 

「レフ・ライノール―――フラウロスが口にした言葉だ。あの時の会話から、明らかに君を指していると思われるこの単語だが……」

 

 

 カエサルを始めたローマ皇帝達の本拠地にて遭遇した、これまでレフ・ライノールの皮を被っていた魔神柱フラウロスが自らの正体を明かした時、アンナは至って普通の反応をしていた。

 

 

『やっぱりか。長い事戦ってなかったから、私も蒙昧してたからなぁ。どこかで感じた気配だとは思ってたけど、君だったんだね。フラウロス』

『……貴様にだけは絶対に気付かれぬように行動していた甲斐はあった、というわけか。“白き王”と呼ばれる者も存外間抜けなのだな。ん?』

『あはは、まぁ否定はしないよ。感覚が錆びついてた私の責任だし。……という事は、この人理焼却の元凶は、()という事かな?』

『貴様に語る必要性は感じないな』

『それ、ほぼ認めてるようなものだよ?』

 

 

 あの会話から察するに、アンナはレフが人ならざる者である事に薄々勘付いていたのだ。そして、彼の正体を知ると同時に、この事件の元凶にも大きく近づいた―――いや、ほぼ確信したのだろう。

 まるで昔からお互いの事を知っていたような話し方。そして、オルレアンで黒いジャンヌが口にした『“祖龍”』と、今回のセプテムでフラウロスが口にした『“白き王”』という単語。これは、かつて私が人類史が誇る叙事詩の一つ、モンスターハンターに記載されていたものだ。

 この二つの単語における共通点とは、どちらも“禁忌”と呼ばれるモンスター達と関わりのあるというもの。モンスターハンターの中で登場した“禁忌のモンスター”は全部で四体だが、その中に“白き王”らしき特徴と思える要素はどこにも無かった。

 だが、そこで「もしや」と思った私の脳裏に、ある仮説が浮かび上がった。

 

 四体の“禁忌のモンスター”は、その全てがハンター達の手によって討伐されている。しかし、“白き王”が討伐されたという情報はどこにもない。が、確かに彼または彼女がその時代に存在していたのは確かなのだ。

 だがもし、その存在が今も討伐されず、現代まで生き延びていたとしたら。星の内海に向かう事無く、今もこの地上のどこかにいるとしら。

 

 

「……君なのか? アンナ。君が“白き王”―――“祖龍”、なのか?」

「……当たらずも遠からず( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )ってところかな。少なくとも、今の私は違うよ( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )

 

 

 静かな口調でそう答えた後、アンナは椅子から立ち上がり、出入り口へと向かっていく。

 

 

「でも、それだけの微かな情報を頼りにそこまで行き着いたのは流石だね。君を侮っていたよ、キリシュタリア。君は、本当に素晴らしい人だね」

 

 

 シュイン、と軽い音を立てて開いた扉の前で振り向いたアンナは、まるで子どもを慈しむ母親のような眼差しで私を見ていた。

 そして、数歩足を進めた彼女の姿を、閉じていく扉が隠す途中で、

 

 

「アンナ……」

 

 

 彼女は噛み締めるように、自分のものであるはずの名前を口にした。

 

 

 

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 そこからは順調の一言だった。

 アンナがそこで召喚したアーチャーのサーヴァント―――“煉黒龍”グラン・ミラオスと共にイアソンを土下座させたオケアノス。

 遂に姿を現したソロモンの皮を被った魔神王がセリフも言わせてくれないまま“紅龍”ミラバルカンの絶え間なき猛攻に死を覚悟した表情をしたロンドン。

 ちょっとした事情で私が全裸で大地を駆け、アンナが敵であるはずの女王メイヴと楽しげに会話した後、ほんの些細な、しかし彼女達にとってはあまりにも大きなものであっただろう解釈違いで殴り合いを始めたアメリカ。

 ナンpごほんごほん、円卓最強の騎士ランスロットがアンナのアッパーカットで空を飛んだキャメロット。

 

 これまで踏破してきた六つの特異点の中で出会ったサーヴァント達の中には、アンナと出会ったと口にするサーヴァントが多く存在した。

 

 オケアノスでは、多くの英雄を率いていたイアソンは彼女の姿を見るなり顔面を真っ青に染めていたり、黒髭は世間一般から見ても珍しい白銀の髪を持つ上、かなりの美貌も併せ持っているアンナに興奮した結果、彼女のサーヴァントのミラオスに船ごと沈められたり。

 

 ロンドンでは円卓の騎士の一人のモードレッドが彼女に気付くが否や手合わせをねだり、ヘンリー・ジキルは懐かしの友人に会えたと優雅にティータイムを楽しんだりした。

 

 アメリカではエジソンが生前と比べてもまるで老化していないアンナの姿に仰天し、エレナ女史は「これもマハトマねッ!」と笑った。スカサハとはかなりの頻度で話をしており、その内容は日常的なものが多かったイメージがある。

 年寄りなりに、色々と通じるところがあるのかもしれない。そう私が思った瞬間、私がこの気持ちを一切口にしていないにも拘らずに感じ取った二人によって、私はシバかれた。そして全裸で女王メイヴ率いるケルト軍への囮に使われた。それから私は、女性相手に年齢云々の事は絶対に考えないと天に誓った。本当に生きた心地がしなかった。

 

 キャメロットでは、獅子王の配下である円卓の騎士ガウェインが『聖罰』と称して粛清騎士達と共に人々を襲っていたところを彼女に止められ、彼女がサーヴァントではない事に驚愕し、トリスタンも彼女の存在に気付くが否や、如何にも騎士然とした態度で彼女との再会を喜んだ。……その後、一瞬の間も置かずに殺し合いを始めるものだから、あの時は本当に驚いた。『反転』のギフトを与えられていたトリスタンも、そんな彼を見たアンナも、互いに互いを生かしておく事など出来なかったのだろう。

 また、三蔵法師は彼女の姿を見るなり太陽のように輝く笑顔を浮かべて抱き着き、アンナもそんな彼女に驚きながらも、その頭を撫でる手を止めなかった。

 

 

 ―――そして、多くのサーヴァント達と出会い、多くの体験をした私達は、遂に最後の特異点へと辿り着く。

 

 

 神と人が袂を分かつ運命の時代。数多の魔獣によって包囲されたウルクの地を舞台とする特異点―――絶対魔獣戦線バビロニア。

 そこに辿り着いた私達は、当時ウルクを治めていた人類史が誇る最古にして最高の王―――ギルガメッシュと対面する事となった。

 

 

「ハッ、二千年も先の未来から来たにしては、見覚えのある顔があるではないか。永遠に若作りでもしているのか、白き祖よ」

 

 

 開口一番に挑発するようにそう話したギルガメッシュ王。やはり、彼とも知り合いだったかと思いながらも、決してその感情を表に出さないでいると、そんな事は知らんとばかりにアンナが袖を捲って腕を振り回し始めた。

 

 

「よぉし言ったなこの金ピカ小僧。約二千年ぶりの拳骨で、その生意気な面をウルクの大地に叩きつけてあげるッ!」

「そう急くな老婆。言われずともそうしてやる。ただし、この地に平伏すのは貴様だがなッ!」

「お、王よッ! 旧友との再会が嬉しいのはわかりますが、今はアンナさん達の話を……」

「戯け、我の友はエルキドゥを除いて他におらんわッ! 良いかシドゥリ、そこの女は基本どんな事にも首を突っ込んでは去っていく厄介者。そして、いつまでも我ら人類の行く末を気にかけ続ける、超がつく程の過保護者よッ! カルデアに在籍してこのウルクに来たのが何物にも勝る決定的証拠だともッ!」

「人理焼却なんて事態、私が看過するはずがないでしょう? まだまだ人間は進歩できたのに、それをいきなり焼き尽くすなんて酷いじゃない。だから来てあげたの。感謝しなさいよ、ギルガメッシュ」

「感謝? この我が、貴様に感謝だと? 絶対、絶ッッッッ対にするかッ!」

「年上は敬え~? 『年上は敬うものだ』って、私教えたよねぇッ!」

「貴様だけは絶対に敬うものかッ! とっとと仕事に励めッ!」

「じゃあこういうのはどう? 私達がこのウルクの民の悩みを全て解決したら、私を敬ってもらおうじゃないかッ! 行くよ、ミラオス、アルバッ!君も行くよ、キリシュタリアッ!」

「あ、あぁ」

 

 

 ギルガメッシュ王を相手にしてもいつもと変わらぬ調子で、しかも「自分を敬え」とハッキリ明言したアンナに呆気に取られながらも、この地で召喚した二騎のサーヴァントを率いて歩く彼女についていこうとすると、「待て」とギルガメッシュ王に呼び止められた。

 

 

「キリシュタリア・ヴォーダイム、と言ったか。貴様の様子から察するに、あの老婆の正体を知っているようだな」

「……まだ、彼女自身の口からは聞けていませんが」

「だが、凡そ認めはしたのだろう? ならばそれで良い。あの女が自ら正体を明かす以上、(オレ)もお前を認めよう。奴は超がつく過保護者だが、その眼は本質を見通す。奴に認められたからには、貴様も『価値ある者』なのだろう。誇れ、奴は価値のある者と定めた相手でも、自らの正体を明かすのはごく限られた者達のみだからな」

 

 

 粘土板に書かれている文字に目を走らせながら、ギルガメッシュ王は淡々と続けていく。

 貴様()、と言っている辺り、アンナに『価値ある者』と定められた者は私以外にもいるのだろう。そして、彼女の正体を知っている者も、その者達の中にいる。ギルガメッシュ王も、その一人なのだろう。

 私はまだハッキリと明言されたというわけではないが、及第点は貰えていると考えてもいいだろう。でなければ、あの時に完全に否定されていたはずなのだから。

 

 

「貴様も、我がウルクを歩み、民の在り方をその目に焼き付けるがいい。(オレ)と民の手によって築かれた城塞都市―――貴様も度肝を抜かれるであろうよ」

 

 

 蛇のように鋭い赤い瞳を細め、高圧的ながらもどこか慈愛を感じさせる笑みを浮かべるギルガメッシュ王に、私は自然と改めて姿勢を正していた。

 あぁ、やはりこの人は偉大な王だ。この人以上に『王』と呼べる人間など、この人類史の中に一人もいないだろう。

 感謝の言葉と共に再び頭を下げ、私はアンナを追うべく走り出した。

 

 

 

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 ギルガメッシュ王が召喚していたサーヴァント達、そしてアンナが召喚したニ騎のサーヴァント、キャメロットで絆を結び、援軍として駆けつけてくれた山の翁、そして少なからずの私とアンナの奮闘によって、覚醒したビーストⅡ、メソポタミアの創世の母ティアマトを撃破した私達は、カルデアに設けられたシミュレーションルームの一室に入っていた。

 

 

「何度見ても凄いなぁ。偽物だってわかってはいるけど、そうと知らなければ一瞬気付けないぐらい」

「そうだね。私も、初めてこれを見た時は心底驚かされたものだ」

 

 

 木漏れ日が差し込む森林地帯。鳥の鳴き声が聞こえてくる穏やかな雰囲気の森を見渡し、倒木に腰掛けたアンナに頷く。

 元々整った顔立ちに、スレンダーながらも完成された体付きをしている彼女。人間が作り上げた街の中を歩く姿も絵になるが、私としては、やはりこうした自然の中にいる彼女の方がより美しいと感じていた。

 吹き抜けていく風に絹のようにサラリとした白銀の長髪が靡き、それを片手で押さえる彼女の、なんと美しい事か。私が彼女に抱くのは親愛であって恋愛感情ではないのだが、こういった時の彼女には、否応なく『美』を感じてしまう。

 それはやはり、彼女が我々人類とは違う、生まれながらの上位者故によるものなのか。それとも、彼女の纏うどこか触れてはならないような雰囲気が、私にそう錯覚させているのか―――真実は定かではない。

 そこで、私は軽く頭を振ってその考えを払った。

 私は彼女の美しさに見惚れる為に、彼女を誘ったわけではない。私は彼女に尋ねたい事があったからこそ、こうして彼女を誘ったのだから。

 

 

「アンナ。君に一つ、話したい事がある」

「ん、なに?」

「私の理想について。私が望む、理想の世界についてだ」

「……へぇ」

 

 

 私の言葉に興味を唆られたのか、アンナが体ごと私に向き直ってくる。そうして私は、彼女に自分の考える理想を話し始める。

 

 ―――人理の新生。

 人類とは、正解を選べない生き物だ。必ずどこかで選択肢を間違え、その度にそのツケを払わされてきた。

 どれだけ悩んでも、どれだけ争んでも、人類は『正しい結果』を導き出す事はない。

 それは、人類はこれ以上先に進めないからに他ならない。個人ではなく、全体の話で、人類種は最早進化できなくなってしまっているのだ。種族の限界、とでも言うべきだろうか。

 よく、『他者を愛し、認め、尊ぶ事が出来る人間』が話題に上がったりする事があるが、それは恵まれた環境で育った人間のみがなれるものだ。どう足掻いたところで、人という生物は、奪い合う事を前提に設計されている生命体なのである。

 理想郷(ユートピア)などどこにもなく、同時に誰も犠牲にならない世界など存在しない。

 常人ならば、ここで諦めるしかないだろう。だが、私は違う。

 私は諦めないし、妥協する気も無い。

 ならばどうするか。

 

 決まっている。―――変革だ。

 

 人間が種として弱いのなら、これを強くする。

 この地球に生きる人々を、より上位の存在へと昇華させる。

 優れた器、高次の知覚、次代の基準を持つ、人間を超えた生命へと変える。

 誰もが神に等しい存在となり、全ての不平等から解放される。

 一人一人が世界に対する責任を持ち、誰もが世界に影響を与える事が出来るようになる。いつか生まれるだろう、『正解に辿り着ける生命』の為に。

 

 これが、空想樹と異聞帯が無ければ、口惜しさと共に心の奥底に封印して閉じ込めていただろう、私の理想。

 だが、まだ彼女に異聞帯について話すわけにはいかなかったので、あくまでも『それを実現し得る手段を持っていたら』という(てい)で話す。

 

 アンナは素晴らしい女性だ。たとえ、彼女が人ならざる者であろうとも、私の気持ちを理解してくれるかもしれない。いや、人間ではないからこそ、人間以上に私の気持ちをより理解してくれるかもしれない。

 

 

「……君の気持ちは理解できる。けれど、私は君の理想を否定するわ」

 

 

 しかし、私の理想を聞いたアンナの瞳に宿るのは、明らかな憤怒だった。

 決して表情には出していないが、纏う雰囲気がガラリと変化した事に、私は思わず身構えそうになった。

 

 

「……どうしてだ? 君は、私よりも多くの時間を生きたはずだ。それこそ悠久と言える程に。そんな君ならわかるはずなのに」

「キリシュタリア。君はギルガメッシュの気持ちを図れなかったの? なぜ、私達がティアマトを倒すべきだったのか、理解出来ていないの?」

「それは……」

 

 

 理解出来ていないはずがない。ギルガメッシュ王が胸に懐き、そして私達が選んだあの選択の意味が理解できていないなんて、それはあの戦いに全てを賭した全ての人々に対する侮辱だ。

 

 

「あの時代に、人類は神と訣別した。それまで自分達を護り、時には災いを与えてきた存在に、別れを告げたの。それこそ、親元から巣立って空に飛び立つ小鳥達のようにね」

 

 

 それはとても美しく、尊い事だよ―――と、アンナは目元を伏せて笑った。どこまでも温かい、優しい口調でそう話した彼女だったが、次の瞬間にはその口調を全く異なるものへと変え、私を見つめてきた。

 

 

「なのに、君は彼らの努力を無駄にする気? あそこまでの犠牲を払って、ようやく掴み取った人類の未来を、君は否定するの?」

 

 

 まるで、私を試すような視線。ギルガメッシュ王とどこか似通っている、他者を見定める眼差しで、彼女は続ける。

 

 

「ヒトは、これからもずっとヒトでなければならないのよ。人間は、人間であるからこそ生きていく事が出来るの。考えてみなさい。今まで人間として生活してきた者達がいきなり神になったら、彼らはどうなると思う? 事前通告もなにもなく、“君達はたった今から神になった”と言われて、“はい、わかりました”って答えられると思う?」

 

 

 無論、出来るわけが無い。

 国や地域によって信仰される神々が違う人々の中には、自分達が信仰する神こそが絶対にして唯一の存在だと認識している者も多くいる。それなのに、ある日突然その神と同じ存在になってしまったら、その人々はどうなってしまうのか。……考えるだけでも、恐ろしい。

 

 

「君が思っている事を、誰もが望んでいるとは思わない事ね」

 

 

 この時、私は確信した。

 彼女はどこまでも、人類種を愛しているのだと。神と決別し、こうして人理修復という旅に出られる程にまで文明を発展させた人類を、深く、深く愛しているのだと。愛しているからこそ、高位の存在に至る事を許容しないのだと。

 

 彼女にここまで愛されている事に、私は思わず満たされるような気分になった。

 彼女が人類(われわれ)を愛してくれている、という事実に頬が緩みそうにもなった。

 

 ……だが、それでもだ。

 

 

「それでも私は、私の理想を信じる」

 

 

 ギルガメッシュ王が成した偉業、彼の下で神代からの脱却の為に奔走したウルクの人々は、疑いようもなく尊く、そして素晴らしいものだ。私個人の気持ちで彼らの想いを否定するなど、決して許されるものではない。

 ―――それでも、私にも譲れないものがある。

 

 

「私は、他人よりも多くのものを持って生まれた。だからこそ私は、この力を活用したい。それがギルガメッシュ王の描く未来と違ったとしてもだ。それを邪魔するのなら、アンナ……君にも容赦はしない」

 

 

 独り善がり。我儘(わがまま)

 そう片付けられても仕方のない返答。しかし私は、だからこそと前を向き、ハッキリと告げた。

 それが、人より多くのものを持って生まれた私―――キリシュタリア・ヴォーダイムのやるべき事なのだと。

 

 

「……そう」

 

 

 私の言葉に、アンナは瞳を閉じ、空を仰ぐ。

 十数秒における時間、ずっとそうしていたアンナが、静かに顔をこちらに向けてくる。

 そこには、怒りなど微塵も感じさせない、諦めたような、しかしどこか嬉しそうな笑顔が浮かんでいた。

 

 

「君の気持ち、伝わったよ。だったら、君の思うがままに行動するといい」

「考えを変えさせるつもりはないのかい?」

あるわけないでしょ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )? 君が覚悟を決めている以上、私にその気は毛頭ない。生半可な覚悟だったら話は別だけど、君はそういう生っちょろい人間じゃないでしょ?」

「あぁ、その通りだ」

「なら、それでいい。本物の覚悟を決めた人は、善悪の基準なく素晴らしいものよ。肯定するか否定するかは置いておいてね。そして私は、君の理想に理解はすれども、賛同はしないわ。だからね、キリシュタリア」

 

 

 倒木から立ち上がったアンナは、私の前まで歩いてきたかと思いきや、その人差し指を私の胸に突き付けてきた。

 

 

「貴方がその理想を果たそうとした時、私はあの子達と共に貴方の前に立ち塞がるわ。貴方が挑む、最後の試練として」

 

 

 その瞳は、最早人間のものではない。

 ルビーのように緋い、龍の眼だった。

 

 

「“戦争”、“解放”、“煉獄”、“幽冥の星”―――かつて、この星に君臨した頂点全てが、貴方への試練になるでしょう。でも、そうはさせない( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )。貴方の試練は、私だけのもの。私だけが、貴方の試練足り得る者よ。……怖気付くなんて、許さないわよ?」

「……無論、受けて立つとも」

 

 

 獰猛な笑みを浮かべたアンナに、私もまた同じ笑みで返す。

 それに彼女は頷き、やがていつもの朗らかな笑顔に戻った。龍の眼も、一度の瞬きで人間の瞳に戻っていた。

 

 

「いい心意気だね。でも、君の理想が叶うか叶わないかは、まだ決められないよね」

「あぁ。今の私達がやるべき事は、この人理焼却の元凶―――魔術王ソロモンの撃破だ。サポートは頼めるかい? アンナ」

「もちろん。今カルデアには、私と君が絆を結んだサーヴァント達がいる。誰もが一騎当千の英雄達。ソロモンなんて、敵じゃないよ。そして、あの子達もいるからね」

 

 

 私に背を向け、背後に回した両手を軽く握るアンナ。

 

 

「安心していいよ、キリシュタリア。なんたって彼らは―――」

 

 

 振り返り、軽く首を傾げて、彼女は笑った。

 

 

「私が最も信頼する子達だからッ!」

 

 

 

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 そして始まる、最終決戦。この旅の終着地点―――冠位時間神殿ソロモン。

 魔術王ソロモン―――否、その遺体を被った人理焼却式ゲーティア改め、魔神王ゲーティアが操る、七十二柱の魔神柱と人理を護るべく立ち上がった英霊達の大決戦。サーヴァント達の助けを受けてゲーティアの下へと辿り着いた私達は、彼の能力によってサーヴァント達を強制的に退去させられてしまった事により、二人だけで彼に挑まざるを得なくなってしまった。

 だが、私はこれまで七度人理を修復した経験を持つが故に、彼の力と能力、その殆どを把握していた。

 決して、楽な戦いではなかった。たとえゲーティアがどのような攻撃を行うのかを理解していても、世界を滅ぼす人類悪の一体である彼の力量は計り知れない。

 それでも、私が勝利を収める事が出来たのは、彼女のお陰と言う他ない。

 

 ロマニ・アーキマン―――現代に受肉したソロモン王その人である彼が、その身を犠牲にせずに済んだのは、今回が初めてだった。いつも、私は、私達は絶体絶命の窮地に立たされ、彼の犠牲によって奮い立ち、魔神王を打倒してきた。

 今も彼は、カルデアベースの中で、私達の帰りを待っている。

 

 だから―――

 

 

[……そんな顔しないでよ、キリシュタリア]

 

 

 これはきっと、その代償なのだろう。

 

 穢れなき純白の巨体は、私をゲーティアの極大光線から護ったために所々黒ずんでおり、翼は右翼は飛翔など出来ないほどに千切れ、左翼など最早根本しか残っていない。猛々しい四本の角はその全てが圧し折られており、右目も縦に入った傷によって潰されてしまっている。唯一無事な左目も朦朧としており、私の顔を見るので精一杯のようだ。

 

 アンナ・ディストローツ―――またの名を、“祖龍”ミラルーツ。四体の“禁忌”の頂点に立つ、あらゆる竜/龍種の母にして最強の龍。

 

 その彼女は今、人理修復の代償として、その命を終えようとしていた。

 

 

「君は……私の試練になるつもりはないのか? 私の試練は、君が務めるんじゃないのか……ッ!」

[そう、したかったんだけどなぁ……。情けないなぁ、あそこまで言っておいて、ここで死ぬなんてね……]

 

 

 ガラガラと音を立てて、神殿が崩壊していく。このままここにいては、私達も危険だ。

 私一人なら逃げられる。だが、このままでは彼女は……。

 

 

[なに、心配してるのよ……。貴方は、生きるのよ……。カルデアに戻って、いつもの日常に帰るの……。私は……ここまでだからさ……]

 

 

 ヒュー、ヒュー、と僅かに開かれた顎門から漏れる呼吸音のリズムが、少しずつ緩慢になっていく。

 

 

「駄目だ……。私は、君に……貴女に認められないと、理想を果たせない……」

[……嬉しいなぁ。そこまで、私を想ってくれてるなんて……]

 

 

 微かに口角を持ち上げて笑い声のような呻き声を漏らした龍は、[ねぇ]と問いかけてきた。

 

 

[私で、何人目( ・ ・ ・ )なの……?]

「―――ッ。まさか……」

[まぁ、ね。初見の相手なのに、なぁんか、知ってるような戦い方だったから……]

 

 

 私と共に戦いながらも、彼女は私の戦い方を見ていたのだろう。本来ならば知っているはずの無い魔神王からの攻撃を、まるで知っているかのように躱し、そして反撃した私の姿に、そう思ったのだろうか。

 ……いや、違う。きっと、最初から( ・ ・ ・ ・ )だ。あの冬木の地からずっと、彼女はこの世界が、微睡みの中でのみ存在を許されるものであると気付いていたのだ。

 

 

[……でも、別にいっか。私が何人目だって、違いはない、か。……君は、これを何度も続けてきたんだね]

「……だが、これで最後だ。貴女との人理修復を以て、私の人理修復の旅は終わる。貴女達はまた……蘇る」

[……そう、かぁ。……でも、私は忘れちゃうんでしょ? 君との冒険の日々を]

「……あぁ」

[……なら、最後に教えてあげる。……キリシュタリア。人間が、なぜここまで歴史を積み上げて来れたか、わかる?]

 

 

 龍が―――アンナが問いかけてくる。その姿は私が慣れ親しんだものではないというのに、私の目には、首を傾げて訊ねてくる彼女の姿が見えていた。

 だが、滲む視界と、様々な感情がごちゃ混ぜになって思考がまとまらない脳が、彼女の質問に対する答えを導き出してくれなかった。

 そんな私に、アンナはこう告げた。

 

 

[……勇気だよ。勇気なんだよ、キリシュタリア。勇気を持つ人が前に進むから、人はここまで、歴史を作っていけたの。……いつだって人間は、勇気を持つ誰かを待っている。そして、いつか人々の中に現れた彼らは、後に英雄に成るの。……そうして、歴史は積み上がってきた]

 

 

 勇気。

 それは、誰しもが口にし、誰もが持っていると思いながら、その実誰もが最初は持っていないもの。

 確かに、アンナの言う通りかもしれない。

 我々が利用している飛行機だって、飛べるはずのない空を飛ぼうという勇気を持った人間が起こした行動によって造られた。その他にだって、誰かの勇気が基になって完成したものは沢山ある。

 あぁ、本当だ。勇気は、歴史を作っている。

 

 

[君は、勇気のある人間だよ。それを忘れずに、生きてよね……。じゃなかったら、ただじゃおかないんだから……]

「アンナ……」

[さぁ、行って。私に―――君の勇気を見せてよ]

「……あぁ」

 

 

 正直に言うと、立ち上がりたくなかった。だが、立ち上がらなくてはならない。でなければ、彼女に失望されてしまう。

 

 

「…………」

 

 

 目の前で横たわる彼女を見る。

 脱力した彼女は、最早話す気力もないのか、じっとしている。

 開かれたままの彼女の瞳を見て、私はそっと瞼に触れる。

 そして、ある一言を口にしようとして、やめた。

 この言葉は、似合わない。こんな時に似合う言葉は、そう。

 

 

「―――また、会おう」

 

 

 私は彼女に背を向け、歩き出す。

 瞼を下ろした彼女は、なにも返さない。ただ、静かに私が去るのを待つのみだ。

 

 

「……そう、だ。また、また、会おう……」

 

 

 そう、また。

 また、会おう。

 その時、貴女に私との記憶はないけれど。

 

 私は、覚えている。

 

 貴女と過ごした日々を。

 貴女からの教えを。

 貴女との思い出を。

 

 

 ―――私は、覚えている。

 

 

 

 Now Loading,,,

 

 

 

 瞼を持ち上げる。

 杖を手に、前に進み出る。

 勇気を持って、歩み出る。

 

 目の前には、共に世界を救った女性がいる。私の仲間達を連れて、鋭い眼差しで佇んでいる。

 

 嗚呼―――やはり、私の試練は、君でなければならないな。

 

 

「待っていたよ、みんな。―――そして、アンナ」

「待たせたね、キリシュタリア」

 

 

 不敵な笑みを浮かべるアンナに、私も同じ笑みで返す。

 

 

「神の時代への回帰―――それが君の目的だったよね、キリシュタリア」

「あぁ。人間は、正解を選べない生物だ。だからこそ、この空想樹を使って、人間を神に変える」

 

 

 私の返答に、アンナの背後にいたカドック達は驚愕に目を見開く。そんな彼らを一瞬見るも、すぐに視線をアンナに戻す。

 やはり、というべきか。その瞳には怒りの炎がチラついていた。

 

 

「……その気持ちは、曲げられないものなの?」

「あぁ。私は、私の理想を信じる。私は、他人よりも多くのものを持って生まれた。だからこそ私は、この力を活用したい。それを邪魔するのなら、アンナ……君にも容赦はしない」

 

 

 あの時と同じ答えを返す。

 我儘だと言われても構わない。これが、これこそが、私の思う、私が為すべき事なのだから。

 

 

「……そう。なら、君は君が思うままに行動するといい」

「考えを変えさせるつもりはないのかい?」

「あるわけないでしょ? 君が覚悟を決めている以上、私にその気は毛頭ない。生半可な覚悟だったら話は別だけど、君はそういう生っちょろい人間じゃないでしょ?」

「あぁ、その通りだ」

「なら、それでいい。本物の覚悟を決めた人は、善悪の基準なく素晴らしいものよ。肯定するか否定するかは置いておいてね。そして私は、君の理想に理解はすれども、賛同はしないわ。だからね、キリシュタリア」

 

 

 あの時とまるで変わらない会話。まるで変わらない表情。

 それに懐かしさを覚えながら、私は彼女の言葉に耳を傾ける。

 

 

「貴方がその理想を果たそうとする今、私は貴方の前に立ち塞がるわ。貴方が挑む―――最後の試練として」

「……ふっ、臨むところだ。貴女という壁を乗り越えて、私は私の夢を叶える」

 

 

 この場において、私は挑戦者だ。

 私の夢を阻む壁を乗り越える、ただ一人のチャレンジャーだ。

 だからこそ、腕が鳴る。

 

 私はこの異聞帯で過ごす事で可能になった空中浮遊の魔術を使い、空に浮かび上がる。

 対する彼女も同じように宙に浮かび、私と対峙した。

 

 

「そういえば、アトランティスの時はよくもやってくれたね。まだお互いの異聞帯が衝突していなかったのに、こちらの海を浸食し始めたのは、流石の私も目を疑ったよ」

「あぁ、ごめんなさい。でも、下準備と思えばいいでしょう? 戦争だものね」

 

 

 悪びれもなく、そう答えてくる。

 確かに、戦争に常識を問うなど馬鹿げている。聖杯戦争がルールの定められた魔術の試合ではないように、この異聞帯同士の戦争は、互いの命を懸けた生存競争だ。

 

 

「あぁ。そうだったね。これは戦争……そう、戦争だ」

 

 

 だからこそ、私もそうさせてもらう( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )

 

 

「さぁ、始めよう。アンナ」

「えぇ、始めましょうか。キリシュタリア」

 

 

 緋色の稲妻を両手に、アンナが接近してくる。

 対して私は、右手に構えた杖を天高く掲げた。

 杖からの攻撃に警戒したアンナの意識が杖に向くが、その瞬間、アンナの目が驚愕に染め上げられた。それに、私はフッとほくそ笑んだ。

 

 彼女の視線の先。それは私の持つ杖ではなく、そのさらに奥。

 

 空に刻まれた( ・ ・ ・ ・ ・ ・ )巨大な魔術回路( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )

 

 

「覚悟してもらおうか、白き王ッッ!!」

 

 

 卑怯とは言わないでくれよ。これは君への仕返しで、私なりのやり方なのだから。

 

 

「―――冠位指定/人理保障天球(グランドオーダー/アニマ・アニムスフィア)ッッッ!!!」

 

 

 遥か彼方から、無数の光が落ちてくる。

 超質量を備えた光―――隕石は、摩擦熱によって真っ赤に燃え上がりながら、真っ直ぐに標的目掛けて突き進む。

 

 完全に不意を突かれた形のアンナには、防御をする暇も回避する時間も与えない。

 

 そして、

 

 

 ―――光が、全てを包み込んだ。

 




 
 裏設定的なもの。
 アンナ、ギルガメッシュが生前の時(特異点ではない)、彼が若かりし頃に「処女は全員最初に我とヤるッ!」と宣言した時に彼の股間を思いっきり蹴り上げ、しばらく玉座を空席にした事がある。
 また、彼にちょっかいをかけようとウルクにやって来た本物のイシュタルに絡まれるも、態度があまりにも癪に障ったため宇宙まで殴り飛ばした経験あり。その後、イシュタルは他の神々を引き連れて報復に来るも、真体になったアンナに敗北。揃って犬神家の刑となった。ギルガメッシュは爆笑した。


 アンナが単独で人理修復を行った場合ですが、「人理修復は可能だが、汎人類史のみの力の場合は生還の確率は限りなく低い」です。本気を出せば魔神柱レベルなら楽勝ですが、ゲーティアの人理砲は致命傷になってしまう、そんな感じです。


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決戦/アンナとキリシュタリア


 こんばんわ、皆さん。
 昨日、遂に我がスマートフォンのデータ残量が底をつき、マンわかコラボイベに参加できなくなってしまった作者でございます。やはりギガ……ギガは全てを解決する……ッ!
 一応5月に入った瞬間に残量が増えるようにしてもらったのですが、それまではfgoはプレイ出来ませんね。その間は次回やイラストの執筆に時間を回しましょうかねぇ。

 今回はいよいよアンナとキリシュタリアの戦いです。それではどうぞッ!



 

 魔術。

 それは一定の方法論と術式を用いる事で、この世界に存在するあらゆる事象を発生させるもの。

 簡単な例えでは、人々が日常生活において行う『火を起こす行為』を、火器を用いずに発生させる事が出来るというものだ。

 魔術の『魔』の字も知らない一般人からすれば、それは正しく『魔法』として彼らの目に映るだろう。

 

 しかし、現実はそうではない。

 

 魔法は確かに存在する。だが、それと魔術を決して同列に語ってはならない。そうしてしまえば最後、魔術師達の怒りを買う事になるだろう。

 魔術と魔法の違い。それは、『現代科学で実現できるものか否か』である。

 

 先程例に挙げた『火を起こす行為』は、ライターなどを使えば簡単に出来てしまうし、『風を起こす』なら扇風機を使ってしまえばいい。魔術とは、そういった魔術師ではない一般人でも道具さえあれば簡単に成し遂げてしまえるものを総称して言える。

 そして、魔法とはその逆―――現代科学では実現不可能な事象をまとめたものである。

 

 現在、『魔法』として認知されているものは、五つ。まだ誕生しておらず、担い手も同様に存在しない魔法(もの)も入れれば、全てで六つ存在している事になる。

 第一魔法は詳細不明。ただし、これは憶測ではあるものの、ある封印執行者の考察によると『無の否定』ではないかと考えられている。最初にこの魔法に到達した人物はこの世から消滅( ・ ・ )してしまっているが、その正体は時計塔に存在する十二の学部の一つ、“植物科(ユミナ)”の創立者である。一説ではその子孫が今も生きていると言われているらしいが、それはまた、別の話( ・ ・ ・ )になってしまうだろう。

 第二魔法は、魔術世界にその名を轟かせる魔法使いの一人―――“宝石翁”の異名で知られるキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグが到達した、『並行世界の運営』。応用すれば分岐した複数の世界への移動も可能であり、彼はこの能力を使い、ある若者達の窮地を救った事もある。

 第三魔法は、物質界において唯一不変の存在である魂を、肉体無しで存続できるよう固定する『魂の物質化』、別名『天の杯(ヘヴンズ・フィール)』。その魔法と最も縁深い家系であるアインツベルン家は、この魔法に到達した魔法使いの弟子が起こした工房である。

 第四魔法は、第一魔法同様に詳細不明。しかし、第一魔法のような手掛かりがあるわけではないが、『存在している』という事は確かなようだ。

 第五魔法は、『魔法・青』と呼ばれている。担い手は、ゼルレッチと同じく魔術世界に名が知られている女性―――青崎橙子の妹、蒼崎青子。詳細は不明であるものの、時間旅行は可能のようだ。

 第六魔法は、第一と第四と同じく詳細は不明であり、また担い手も存在していない。だが、かつてアトラス院の錬金術師が挑み、そして敗れたものではあるらしい。

 

 この六つが、今現在存在している魔法である。

 誰もがこの話を聞けば、なるほど確かに現代科学では再現不可能な御業だと思うだろう。

 

 だが、キリシュタリア・ヴォーダイムが扱う魔術は、この実現不可能な魔法とは似て非なる『不完全な魔法』に匹敵する大魔術である。

 汎人類史の世界で、キリシュタリアはアニムスフィア家に代々伝承されるこの秘術を修めていた。

 しかし、その時はただ『学んだだけ』だった。神々から人の時代に移ってからというもの、世界に満ちていた神秘は次々と暴かれ、かつて魔法と呼ばれていたもの達は次々と魔術へと下落していった。この魔術はそれよりもさらに酷い。なにせ、『机上の空論』とまで呼ばれる程に落ちぶれてしまったのだから。

 だが、今のキリシュタリアにはそれが扱えてしまう。

 『異星の神』によるバックアップ、異聞帯そのものを魔術回路として利用する事で、本来ならば完成するはずのないその大魔術を『完成させた』状態で行使できるのである。

 

 その名も、『冠位指定/人理保障天球(グランドオーダー/アニマ・アニムスフィア)』。

 

 人為的に惑星を直列にし、並んだ惑星すらも魔術回路に変えて撃ち放つ、(ソラ)より降り注ぐ隕石による殲滅―――『惑星轟』である。

 

 

「え、え、えッ!? 隕石ッ!? なんで落とせるのぉッ!?」

 

 

 降り注ぐ隕石群。それを前にしたアンナは、最早キリシュタリアへの攻撃など考えられなかった。

 回避も防御も出来ない事は、既に本能が警鐘を鳴らしていたために理解できていた。

 ならば、とアンナは翼を羽ばたかせてキリシュタリアの頭上を通り抜けると、懐の忍ばせていた球状の龍結晶を口に放り込み、飲み込む時間も惜しいとばかりに飲み込んだ。

 瞬間、体内に魔力の渦が暴れる感覚に襲われるも、すぐにそれを抑え込んで制御。流れるような操作で魔力を緋色の雷に変え、全身に纏わせて加速。

 ジェット機も顔負けのスピードで轟音と共に飛び出したアンナは、その身を緋い雷に包み込んでいる影響で、さながら流星のように見える。

 そして、あっという間に隕石との距離を縮めたアンナは、翼を大きく広げるや否や緋雷を拡散。翼のように左右に広がった雷は、アンナが腹の底から響かせた咆哮と共に弾け、隕石と激突。

 

 (ソラ)より降り注ぐ隕石と緋雷が衝突し、巨大な爆発を起こす。

 続々と落ちてくる隕石を前に、噛み締められた口から呻き声が漏れる。それでも、とアンナは緋雷の放出を止めず、遂にほとんどの隕石を破壊したが―――

 

 

「嘘でしょ……」

 

 

 先程自分が粉砕してきた隕石よりも数倍の大きさを誇る隕石が落ちてきているのを見て、思わずそう呟いてしまった。

 

 

「さぁ、どう対処する? アンナ」

「どうって、こんな魔術知らないんだけどッ! いきなり本気にさせないでよねッ!」

 

 

 遥か後方から響く声に叫び返し、今まで周囲に展開されていた緋雷を両手に集め、前に突き出す。

 一つに合わさった緋雷は球体となり、そこから放射された極大光線が巨大隕石目掛けて突き進む。

 

 ―――轟音。

 

 大気圏外から落ちてきた超質量と激突した光線は、隕石が纏う灼熱の衣を食い破り、その奥にある本体へと襲いかかる。

 重力に引かれて落ちてくる隕石を押し留めている光線を止めぬよう、アンナは全力で光線の維持と魔力の操作に精神を集中させる。

 数時間にも思える一瞬の時が流れた瞬間、バキッ、という音がアンナの耳に届く。それが、隕石に亀裂が入った音だと気付いた次の瞬間には、既にアンナは今まで以上の魔力を光線に送り込んでいた。

 一欠片も残さずに注ぎ込まれた魔力は光線をさらに巨大化させ、同時にその威力も数倍に跳ね上げた。

 規模、威力、共に先程のものよりも強力になった光線によって、隕石に刻まれた亀裂はその数を増していき、それはやがて隕石全体を包み込み―――荒れ狂う熱風と衝撃波が、周囲に放出された。

 

 光線に貫かれた事で起きた大爆発は、そのまま熱風と衝撃波となって周囲の空間を蹂躙し、その中にいたアンナさえも飲み込んだ。

 

 一瞬の隙を突かれたアンナだが、その本能は考えるよりも先に彼女の手を動かし、魔力による障壁を展開する。次の瞬間、アンナは凄まじい風圧と衝撃波によって吹き飛ばされ、先程まで彼女がいたオリュンピア=ドドーナの最上階へと叩きつけられた。

 

 

「アンナッ!」

 

 

 サーヴァント達によって衝撃波から護られたマスターの一人であるオフェリアが、悲痛な叫びをあげてクレーターと見紛う程に陥没した床の中心で倒れるアンナに駆け寄る。

 穢れを知らぬ純白のドレスは、所々が焦げて穴が空いていたり、衝撃波によって千切れてしまっている箇所が多々見られる。その奥に覗く素肌も、重症ではないが火傷になっている所もあった。

 いや、あれ程の熱風と衝撃波を受けてこの程度で済んでいるのは、最早奇跡と呼べるレベルだろう。最悪の場合、五体満足に終わらずに、全身が砕け散っても当然と言えてしまうような規模だった。かなりの距離が空いているにも拘らず、オフェリアやカドック達がその威力に戦慄する程の衝撃を受けたのだから。

 

 

「……大丈夫だよ、オフェリアちゃん」

 

 

 しかし、アンナは立ち上がった。

 やはりダメージが響いたのか、多少ふらつくも、見事にその両足で自身の体を支えてみせたアンナは、自分を見上げる親友の頭を優しく撫で、いつもと変わらない朗らかな笑みを浮かべてみせた。

 

 

「私は、大丈夫だから……ね?」

「アンナ……」

「そんな顔しないの。これは、彼の気持ちの証。それを受け止めるのは、命を懸け合う私の努めだからね。だから、絶対に邪魔しちゃ駄目だよ?」

 

 

 彼女に限ってそれは無いだろうが、万が一の出来事を防ぐ為に言い聞かせた後、アンナはドレスについた汚れを払ってから翼を広げた。

 

 

「……その翼は、なんなの?」

 

 

 この状況には場違いな問いかけ。しかし、どうしても気になってしまったオフェリアの質問に、アンナは苦笑した。

 

 

「後でちゃんと教えてあげるね。どうせこの後、嫌でも明かす事になるだろうし」

 

 

 翼を羽ばたかせて飛び立ったアンナが再びキリシュタリアと同じ高度まで達すると、彼女を待っていたかのようにキリシュタリアが口を開いた。

 

 

「あれは私の全力―――切り札だったんだけどね。なんとなく予想はしてたけど、実際にその姿を見ると心が折れかねない」

「でも、私にここまでのダメージを与えたのは凄いよ?魔力の障壁を張ってなきゃまず間違いなくやられてたし」

 

 

 この時ばかりは、かつて自然界の頂点に君臨し、数多のモンスター達の頂点に立っていた事に安堵した。

 基本表舞台に出る事の無かった彼女だが、あの大戦( ・ ・ )では、一瞬の隙が命取りになる場面が幾度もあった。それになんとか反応出来るように努力した結果、無意識に体が無防備な己を護るべく行動出来るようになったのだ。決して、あの大戦が良いものとは言えないが、それでもこの時だけはあの頃の修行が功を期した。

 

 

「そう言われると、誇らしく思えるね。君の命にさえ届き得る攻撃を繰り出す事が出来たのだから」

「正直、堪ったものじゃないけどね。本気で死にかけたし。……でも、これで終わりじゃないんでしょ?」

「あぁ、もちろんだとも。たかが( ・ ・ ・ )切り札を受け切られた程度で、勝負を諦める私ではない」

「ふふっ……それでもこそ、()が見込んだ男だね」

 

 

 アンナは両手を構え、キリシュタリアは杖を構える。

 先程とは打って変わって、両者の間に流れるのは、静かな沈黙。

 (さなが)ら西部のガンマン達のように、己の相棒に手をかけた状態で相手の出方を窺うような沈黙。

 鋭く細められた眼と瞳が交差した瞬間、オリュンポスで戦っている龍の咆哮が轟いた。

 

 

「「―――ッ!!」」

 

 

 それが開戦の合図となった。

 アンナの右手から放たれた雷と、キリシュタリアの杖から放たれた光線が激突する。寸分違わぬ動作で繰り出された両者の攻撃は空中で衝突し、爆発音と共に黒煙を作り上げる。それを突き破ってきたのは、キリシュタリアが放った無数の光線である。

 アンナはすかさず上空へ飛んで光線を回避し、切り裂かれた黒煙の奥で僅かに見えたキリシュタリア目掛けて緋雷を落とす。しかし、キリシュタリアもアンナがそうする事を予想していたのか、自身の周囲に満ちる魔力を操作して滑らかな動きで回避し、そのまま飛行を始める。

 

 左肩に掛かったマントを風に靡かせて飛ぶキリシュタリアを、背後から追うアンナの雷撃が襲う。それを杖からの光線で迎撃したキリシュタリアは、左に動きながら連続で光線を撃ち出す。光線を回避したアンナが、続けてキリシュタリアが上空に向けて放った光線が落ちてくるのを見て迎撃する。

 

 

(今のを防ぐか……。やはり油断ならない相手だ)

 

 

 体感的には一秒にも満たない間隔で当たると予想して繰り出した一撃なのに、それに見事に対応してみせたアンナに戦慄する。彼女の危険度を修正したキリシュタリアは、上空に一つの魔力の球体を打ち上げる。

 打ち上げられた球体は花火のように弾け、その一つ一つが高密度の魔力弾になってアンナに降り注ぐ。上空から落ちてくる魔力の雨の間を掻い潜るように飛行するアンナだが、そのルートを把握したキリシュタリアが撃ち出した光線に吹き飛ばされ、続けて上空からの魔力弾による追撃を受けた。

 

 

「ぐっ……やるね、キリシュタリアッ! だったらこっちもッ!」

 

 

 槍状に変化させた雷を掴み、投擲する。

 飢餓に苛まれた猛獣が如き勢いで獲物に喰らい付こうとする槍を、キリシュタリアが光線で迎撃する。槍は光線によって弾け飛んだが、しかしその衝撃までは殺し切れずにキリシュタリアの体は堪らず吹き飛ばされた。

 すぐに体勢を立て直したキリシュタリアが軽く持ち上げた手を振り下ろす。彼の頭上に眩い輝きが煌めいたかと思うと、そこから巨大な光線が放たれた。

 アンナはすぐさまそれを右手の雷撃で相殺し、続いて周囲に作り出した雷槍を射出する。雷槍はすぐに杖からの光線で迎撃されるが、その内の一つは相殺できずにキリシュタリアに急接近していく。

 

 

「ぐぅ―――ッ!?」

 

 

 間一髪で身を捩って直撃は避けられたキリシュタリアだったが、完全に躱す事は出来ずに右腕に激痛が走った。雷槍が掠ったのだろうか、切り裂かれ、微かな焦げ跡がついている衣服の奥に見える肌からは血が流れ出ていると同時に火傷も負っていた。

 

 

「シ―――ッ!」

 

 

 そこへ、アンナが弾丸が如き勢いで一気に距離を詰めてくる。

 キリシュタリアが呻き声を上げて傷を確認している隙を突いて妨害も受けずに彼の元に辿り着いた彼女は、そのまま右手に雷撃を纏わせ―――

 

 

(―――ここだッ!)

「な―――ッ!」

 

 

 キリシュタリアの光線が、アンナの全身を呑み込んだ。

 

 それは、キリシュタリアが隙を作ったと見せかけてアンナを誘い、そこで今の自分が出せる最大火力の攻撃を浴びせるというもの。

 在り来りなこの作戦は、しかし単純が故に生物の心理を突いているものであり、それ故にその効果は凄まじい。

 

 戦いにおいて、敵に明確な隙が生じた上でトドメの一撃を繰り出せる状況になると、誰もが心のどこかに油断を生じさせる。それは人間以外の生物にとっても例外ではなく、倒したと思った相手に逆に殺されてしまうケースも多々存在する。

 キリシュタリアは、この時を待っていたのだ。

 惑星轟を使えない今、自分が繰り出せる攻撃はといえば魔力による光線技しかない。追尾弾も応用すれぱ可能だろうが、それを繰り出したところでアンナに届きはしないだろう。

 だからこそ、直線にしか進まない分、威力も高い巨大光線を選んだ。そしてその最大の一撃は、寸分違わずに標的(アンナ)に喰らいついた。

 

 これならば大ダメージは免れられない―――そう確信していたキリシュタリアだったが、

 

 

「―――まさか、ここまでとはね」

 

 

 光線が消えた先に現れたアンナの姿に、キリシュタリアは頭を鈍器で殴られたような衝撃に襲われた。

 上記のように、先のキリシュタリアの一撃は今の彼が出せる最大火力。倒せはしないまでも形勢をこちら側に持ってくる事は出来る威力を誇る一撃である。

 だが、もしかしたら彼女は、それを防ぐかもしれない。そう思ってはいたのだが―――

 

 

「まさか、無傷とはね……」

 

 

 アンナの全身には、その光線で受けたと思われる傷が見当たらなかった。それどころか、今まで自分が与えた傷すらも跡形もなく消えていた。

 

 そして、彼女の姿にも多少の変化が見受けられた。

 黒く染まった手足に、そこから生える純白の毛。ブレードのようにも思えるそれは、緋色の雷を纏って絶え間なくバチバチと弾けるような音を響かせている。翼も翼爪が青白く染まっており、より神々しさと禍々しさを感じるものとなっている。

 しかし、それ以上に彼の目を引きつけたのは、彼女の頭部だろう。彼女の頭部には、後方に伸びる刀のように青白い鋭利な角が二本生えており、その中心からは二本の角と同様の形状をした角が前方に向かって伸びていた。

 

 キリシュタリアの知らない、彼女の新たな形態。その力の由来は、最早考えるまでもない。

 

 

「私に、『彼女』の力を使わせるとはね。やっぱり、君は凄い人間ね、キリシュタリア」

 

 

 異聞帯の力。かつてその世界に存在していた、彼女自身の力である。

 

 

「……やはり、敵わないなぁ。君には」

「勝てる確率は充分にあったわ。これは……そう、ただの偶然―――まぐれの一つに過ぎないわ」

 

 

 右手に小さく雷を纏わせ、キリシュタリアに近付くアンナ。彼女から距離を取るような行動を起こす気配を欠片も見せないキリシュタリアは、ただじっと彼女を見つめている。

 

 遠くで、なにか巨大なものが破壊されるような音がした。

 

 

「……あれは……」

 

 

 動きを止めて音が聞こえた方角を見やると、空間そのものを砕いて現れたような巨大な目が、こちらを覗き込んでいるのが見えた。

 

 

「……カオスね。まさか、あれもこの異聞帯に残ってたなんて」

 

 

 カオス。

 『混沌』の意味として知られるギリシャの神の一柱。ゼウス達を生み出した存在であり、星の資源を収穫する者。オリュンポス十二機神の源である真の星舟。星間航行用巨大空母たる、最も旧き機神。ギリシャの吟遊詩人オルフェウスは、その存在を『無限』を象徴しているものとさえも語った神の名である。

 

 しかし、そのような存在を目にしても、アンナはカオスに対してなにもしない。

 

 

「行かないかい?」

「行く必要はないわね。あれは私が(こわ)すものじゃない。彼女( ・ ・ )が倒すべき相手よ」

 

 

 そう告げるアンナの視線の先には、カオス目掛けて突き進む船の船首に立つ一人の女剣士の姿があった。

 彼女は腰に差した鞘から引き抜いた二本の刀を構え、カオスに特攻していく。その時の彼女が放つ気配にアンナが思わず目を見開いた瞬間、カオスに巨大な斬撃が刻まれた。

 

 

「……凄い。まさか、『空位』に至ったの……?」

 

 

 驚愕の声も上げずに崩れ行くカオスを見つめ、アンナは一撃で破神を成し遂げた女性に感嘆する。

 『空位』―――虚空を切り裂き、『零』を超えた先にある、剣士が到達すべき最終地点。しかし、どれ程高名な剣豪であろうと、そこに至った者は五指で足りる程の人数しかいない。

 アンナでさえ、『空位』に至った人間は、あの最強の狩人―――“青い星”しか知らないレベルのものだ。

 それを、見た目からして恐らく神代の英雄ではない女性が成し遂げた光景に、啞然と共に感動を覚えた。

 

 ゼウスの姿も見えない以上、彼もまたカルデアによって倒されたのだろう。でなければ、ああして彼女らが無事でいるはずがない。

 

 

「盟友ゼウスも敗北したか……。流石、カルデアだ。決して、誰か一人でも欠けたら勝てなかったであろう戦いに勝つとは」

「あら、そう言う割には嬉しそうじゃない?」

「彼女は私達の後輩にも等しいからね。本当だったら、一緒に世界を救っていたかもしれないマスターの一人だ。誇らしいと思わない方がおかしいよ」

「ふふっ、その通りね」

 

 

 小さな笑いが二人の間に起きる。……だが、それでこの戦いが終わるわけではない。

 

 さて、とキリシュタリアと向き合い、アンナは改めて片手に稲妻を宿し始めた。

 

 

「このオリュンポスでのカルデアの決戦は終わった。それなら、私達の戦いも終わらせるのが筋ってものじゃないかしら?」

「……そう、だね」

 

 

 一瞬瞳を伏せるも、直後に真っ直ぐにアンナを見つめるキリシュタリア。その姿に、戦意は感じられない。

 

 

「諦めるの?」

「切り札は耐え切られ、起死回生の一撃も防がれた。これ以上戦っても、意味は無いと思ってね。君を余計に疲れさせるだけだ」

「それは戦闘を放棄したという事?」

「……悔しいけどね。君に―――貴女に、私の底力を見せたかった。私の覚悟を、貴女に伝えたかった。貴女に勝って、私の想いの強さを……理解してほしかった」

「なんだ、そんな事だったのね」

「嗤うかい? こんな私を」

「まさか、嗤うわけがないわ。貴方の底力も、覚悟も、想いも、全て私に伝わった。その点においては、私は貴方に負けたわ。……でも、だからといって貴方を見逃すわけにはいかない。貴方は、ここで死ななければならないのよ」

「……あぁ、わかってる」

 

 

 彼我の距離が縮まっていく。少しずつ迫ってくる“死”を前にしても、キリシュタリアの顔に恐れはない。それどころか、遠い未来を待ち望むような笑顔を浮かべていた。

 

 

「頼んだよ、アンナ」

 

 

 左胸に当てられる掌。そこからキリシュタリアの体内に送り込まれた稲妻は、その威力を極限まで落とし、彼に必要以上の痛みを与えないまま、彼の鼓動を停止させた。

 

 キリシュタリアの瞳から光が失われ、魔力操作を維持できなくなる。しかし、その体が遥か下方の街に落ちるより先に、アンナが優しく抱き止めた。

 

 

 

「……任せなさい、キリシュタリア」

 

 

 戦いの勝者の呟きは、誰にも聞こえぬまま消えていった。

 




 
 オリュンポス編は長くてもあと三話程で終了ですかね。
 それが終わったらラメールのプロフィール&幕間投稿、そして軽い日常話を何話か入れた後に妖精國編に入る予定です。ここだけの話、妖精國編は日常話が大分入ってくると思います。だってあそこにいる子が、ね?

 アンナVSキリシュタリアですが、fgoのバトル風に例えた場合、キリシュタリアは惑星轟とその後の戦いでアンナのゲージを一本削る事が出来ました。削ったからこそ、アンナは異聞帯の自分の力を使った形態に移行しました。バックアップがあったとはいえ、ただの人間でありながら単独でアンナのゲージを一本削ったキリシュタリアは化け物。

アンナ「君に素晴らしい提案をしよう。君もハンターにならない?」


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降臨

 
 どうも、皆さん。先週のGWに絵師100人展や東方紅魔郷イベント、そして博麗神社例大祭に参加した事で財布が大分軽くなってしまった作者、seven774です。

 いよいよ6.5章「死想顕現界域トラオム」の実装が決定しましたねッ! 以前の眼鏡イベで登場したコンスタンティノス11世に加え、新たに五人(六人?)の新規サーヴァントが登場するとの事ですので、今から楽しみですねッ! 私としてはお知らせにあるシルエットのうち、恐らくローランであろうサーヴァントの左にいるサーヴァントが気になります。
 シルエットからして、恐らくextella/Linkで登場したシャルルマーニュではないかと予想しているので、絶対召喚したいと思いますッ!

 そしてサンブレイクの新情報も公開され、新たにセルレギオスの参戦が決まりましたね。セルレギオス装備はなにかと4Gでお世話になったので、また戦えるのが楽しみですッ! NPCとも共闘できるようですが、皆さんは誰と一緒に狩りに行きたいですか? 私はヒノエと行ってみたいですッ! 来月末が楽しみですねぇッ!

 それでは本編、どうぞですッ!



 

 ゆっくりと降り立ったアンナが抱えていたキリシュタリアの体を優しく下ろすと、すぐにオフェリアが駆け寄ってきた。

 

 

「キリシュタリア様……」

 

 

 まるで眠っているように安らかな表情で瞼を閉じているキリシュタリアの頬に手を当てる。まだ時間がそれほど経っていないため、頬の温もりはまだ感じられるが、それが少しずつ消えていくと考えるオフェリアは、知らず知らずのうちに涙を流していた。

 

 

「……これで良かったの? アンナ」

「これが最適解よ。こうするしかなかった」

 

 

 ペペロンチーノの問いかけに、憮然と答えるアンナ。僅かな哀愁の色が見える表情の彼女は、一瞬だけ目元を伏せるが、すぐに顔を上げた。

 背後から近づく濃密な気配。荒れ狂う波のような荒々しい魔力から、自分の背後に立つ者の正体を看破したアンナは、ゆったりとした動作で振り返る。

 

 

「出来るなら、私達と君達。それぞれ一騎打ちで決めてみたいと思ってたんだけど……ごめんなさい、カイニス」

「…………」

 

 

 なにかしらの契約を結んでいたのだろうか、これまでキリシュタリアではなくカルデアと共闘していたカイニスは、右手の槍―――トライデントを握ってアンナを睨んでいた。

 

 

「上っ面だけの言葉を吐くんじゃねぇ。(はな)っからオレがいない間にケリをつけるつもりだったんだろ」

「まさか。なんとなくだけど、君とキリシュタリアの間には絶大な信頼がある事は理解してたよ。私とボレアスと比べてもいいレベルにね」

「……チッ、それで? これからどうすんだよ? マスターは死んだが、オレはまだまだやるぞ。なんなら、敵討ちにテメェの首級を獲ろうとするぐらいにはな」

「義理堅いんだね、カイニス」

「馬鹿が。オレは最初から最後まで、そいつのサーヴァントだ。取るに足らない奴だったらそこまでする義理はねぇが、そいつは取るに足るクソ野郎だ。オレがそうしたいって思える程にな」

「……やっぱり、君は殺せないね。ここで退去させて記憶を記録に変えるには惜しい。それに―――」

 

 

 そこで言葉を区切り、アンナは(おもむろ)にカイニスから視線を外した。

 自分が攻撃されると微塵も思っていないのか、警戒する様子を欠片も見せないその姿に、カイニスの心中に一瞬だけ「攻撃するか……?」という考えが浮かんだが、その考えはすぐに却下した。

 今の自分に、彼女を攻撃する理由は無く、するつもりもなかった。それが、今は亡きマスターとの契約( ・ ・ )だったから。

 それに、彼女の事だ。もし仮に自分が攻撃を仕掛けたとしても、彼女は間違いなく躱し、カウンターを叩き込んでくるだろう。この異聞帯の生命である双子と会話していた時と比べて、明らかに魔力量が増えているし、なにより纏う雰囲気が変わっていた。きっと自分が攻撃しても、彼女は難なく対処してくる―――そういう予想が出来ていた。

 

 

「……どうするんだ、アンナ。あれじゃあ、『異星の神』の降臨は防げないぞ」

 

 

 カイニスがそう考えているなど露程も知らないカドックがアンナに声をかける。

 彼らの前では、ギリシャ異聞帯をこの地球上に固定している空想樹が変化を遂げ始めていた。

 これまでよりもさらに強い光を放つ空想樹の中心に見える、巨人のような人影。あれが『異星の神』なのではないか、と考えるカドックだが、アンナはその考えを(かぶり)を振って否定した。

 

 

「大丈夫だよ、カドック。あれは、『異星の神』じゃない。あれはギリシャの神だよ」

「なに……?」

「そうでしょ? カイニス」

 

 

 軽く首を傾げて問いかけてきたアンナに、カイニスは最早仕方ないとばかりに肩を竦めて頷いた。

 

 

「そうだよ。あそこにいるのは、アトラス。うちのマスターが召喚した、最後の神霊だ」

「アトラス……アトラスだってッ!?」

 

 

 まさか、あれが―――と遥か上空に見える巨人の影を見上げるカドック達。

 

 アトラス―――ティターン神族と呼ばれる原初の巨神族の中でも最強の腕力を持つとされた神。ゼウスらオリュンポス神族との戦いに敗れた後、最後まで彼らに抗い続けた罰として天空を支える役目を受けた存在である。()の巨神の存在は、後のギリシャ神話の礎となったという。

 

 

「なんでそんな奴があんなところにいるのかって考えてるな。あいつはな、キリシュタリアと話し合った上であそこにいるんだよ。『異星の神』が体にするはずだった空想樹に先に入れておく事で、その降臨を阻害する役割を果たす為にな」

「まるで不法占拠だね。でも、キリシュタリアが考えそうな事だなぁ」

「あいつの事だ。どうせ、『空っぽのままでは据わりが悪い。私なりに、先に住人を用意させてもらったのさ』なんて言うだろうよ」

「ははっ、よくわかってるね、君。彼なら絶対言うよ、それ」

 

 

 キリシュタリアの口調を真似して、如何にも彼が言いそうな言葉を発したカイニスに、アンナはこのような状況にも拘らずに笑った。

 彼女達がそう話している間にも、空想樹は変化を続け、その光を赤色に変色させた。

 

 

「つまり、『異星の神』はあの空想樹には降りられない……って事?」

「その通り。アトラスも、最後の矜持ってところなのかな。あの調子だったら、たとえ魔力が底をついたとしても根性で現界を続けていけるだろうね。……けど、それだけじゃ駄目。アトラスもサーヴァント。マスターがいなかったら、いつか必ず消滅してしまう」

 

 

 たとえ根性で現界を維持し続けたとしても、マスター不在のサーヴァントなどいつ消えるかわからない朧げな存在だ。今はまだ無事なようだが、しばらくすれば空想樹の内部に留まっていられなくなるだろう。内部にいるアトラスの存在が薄くなれば、そこを突かれて『異星の神』が降臨しかねない。

 故に、アンナの取るべき行動は―――

 

 

「アトラスを極力残した状態で、空想樹を伐採する。そうすれば、仮にアトラスが消えても『異星の神』は降臨できない。先送りにはなるだろうけど、少なくとも今降臨されるよりはマシだよ」

「出来るの? 貴女の力で」

「出来なきゃ諦めてるし、こんな事言わないからね? まぁ見てなって。これから君達に見せてあげる。私の権能(チカラ)が見せる、空想樹消失マジッ―――」

 

 

 意気揚々と懐から龍結晶を取り出した刹那、凄まじい轟音が響いた。

 何事かと空想樹の方を見やったアンナ達の目に映ったのは、先程とは異なる赤に染まった空想樹の姿だった。

 先程までの赤色は、あくまで『異星の神』の降臨が阻害されてしまっている事を報せるようなものだったが、今のそれは違う。今のそれは、真っ赤に燃え上がる炎の色である。

 例えではなく、本物の炎。空から伸びた枝という枝から、この空想樹目掛けて炎が伸びているのである。

 

 

「アンナ……? まさか、これが貴女の空想樹焼失マジック……?」

「違うよッ!? 私がしようと思ったのは、あの空想樹だけをこの世界から消滅させる『消失』であって、ああやって燃やすタイプの『焼失』じゃないからねッ!?」

「―――(わり)ぃな、マジックショーは中止だぜ。アンナ」

 

 

 予期せぬ事態にあわあわと慌てるアンナだったが、突然自分に声をかけてきた人物が現れ、キッとその人物―――ベリル・ガットを睨みつけた。

 

 

「ベリル……ッ!」

「最高のサプライズだったろ? 他の空想樹を根元から燃やして、枝を通して山火をそっちにお裾分けってな。空想樹の枝はネットワークだって言ってただろ? それを利用したウィルスッて寸法だ」

 

 

 飄々とした態度と口調で現れたベリルは、アンナの背後で横たわっているキリシュタリアの体に視線を移し、残念そうに首を振った。

 

 

「どうせならそこにいるキリシュタリアを驚かせたかったんだがなぁ。ま、死んでちゃ意味ねぇか。ついでに言えばそいつを殺すのもオレがやりたかったが……ま、アンナにさ気取られちゃぁな。仕方ないって諦めるさ」

「ベリル……ッ。まさか、最初からキリシュタリア様を裏切るつもりで……ッ!」

 

 

 ベリルのセリフにオフェリアが憤るも、ベリルは表情を曇らせて両手を持ち上げた。

 

 

「おいおい待てって、オフェリア。オレがこうしようって思ったのはつい最近。元からそのつもりなわけねぇだろ?」

「だったら尚更質が悪いわね。やっぱり、貴方は信用すべきじゃないとキリシュタリア様に強く報せておくべきだった……ッ」

「でもよぉ、オフェリア。オレぁ別に神サマになるつもりは無かったし、なりたくもなかったんだぜ? なのにそいつと来たら、全人類を神に変えるなんて言いやがる。そんなの―――つまらないだろ?」

 

 

 途中までは弁明するような態度だったが、最後にはその態度を一変させ、悪魔のような邪悪な笑みを浮かべるベリル。それにオフェリアがますます怒りを募らせるも、彼に掴みかかろうとしないのは、自分の前に立つアンナに止められているからだろう。

 

 

「オレはクズのままでいたいんだ。偉大な自分になんて、なりたいとも思わない。それよりさ。なんでブリテン異聞帯を敵視してんだ? アンナ」

「なんでって? あそこには、野放しに出来ない要因があるからに決まってるでしょ? キリシュタリアがそう教えてくれたんだから」

「それが嘘かもしれないって考えた事は無かったのか?」

「あの状況で嘘を吐く理由はないでしょ? だから君にブリテン異聞帯を任せようって思ったんだけど……人選ミスだったみたいだね」

 

 

 『異星の神』による蘇生後、白紙化された地上でのキリシュタリアとの対話。その時に彼から伝えられた、ブリテン異聞帯に根付いているであろう『呪い』の情報。それはアンナでさえも看過できるものではなく、だからこそベリルにその異聞帯の破壊工作を依頼したのだが、彼女の言う通り、人選ミスだったらしい。

 

 

「ハハッ! ひっでぇ言われ様だッ! ま、その通りだけどな。それより、これで確信できた。やっぱマジモンの爆弾って事だなあいつらッ! あのハンター( ・ ・ ・ ・ ・ ・ )の苦労が知れ―――いや、無いな。寧ろ嬉々として解除に勤しむか」

 

 

 愉快そうに笑ったかと思えば、本気でげんなりとした様子で肩を落とすベリル。ブリテン異聞帯にしばらく滞在していた影響か、すっかり表情豊かになったようだ。

 しかし、すぐに咳払いをしてアンナと向き合ったベリルは、もう先程までの様子は見られなかった。

 

 

「お礼にこっちも教えてやるよ。どうしてオレがこの異聞帯に来たのか。アンタも気になってるだろ?」

「そっちの異聞帯に嫌気が差したからってわけじゃないの?」

「ん~……まぁ、(あなが)ち間違っちゃねぇな。オレ、あっちじゃあんま立場無いし。……あぁ、違う違う、今はその話じゃなかった。オレはこんなでも、妖精達を裏切った身ですし? ぶっちゃけ、いつでも狙われてるわけ。ちょいと声高に『ここにいるぞ』って叫べば、すぐ天罰が落ちてくるくらいにはな?」

「―――ッ!! まさかッ!」

「知ってるなら話は早い。―――んじゃあまぁ、お別れだ」

 

 

 瞬間、星々が煌めく空に黄金色の光が煌めいたかと思うと、そこから巨大な槍のような形の光が落ちてきた。

 

 その輝きを、アンナは知っている。

 あれは、あの輝きは、最果ての槍(ロンゴミニアド)の光―――ッ!

 

 

「ボレアスッ!」

「了解」

 

 

 主の叫びを受けたボレアスが一気に飛び立ち、黄金の光槍の前で停止する。

 全てを焼き尽くすかの如く迫る光の奔流を前に、ボレアスは静かに己を紅蓮の業火で包み込む。

 

 そして、一瞬の間を経て業火を振り払い―――伝説が顕現する。

 

 四肢に鋭い爪を、比較的小さな頭部には王冠のような角を、雄々しくも禍々しい巨大な一対の翼を持つその姿、正しく御伽噺に登場する邪悪なドラゴンそのものといったところか。

 しかし、それはあくまで、彼が汎人類史の力のみを持つ場合による。

 今の彼の身には、汎人類史の力だけでなく、かつてシュレイド異聞帯に存在した己の力も宿っている。その力が、彼の肉体をさらに変異させていた。

 

 元々は四本だった頭部の角が六本に増え、胸部が焔のように光っているその姿は、彼をより禍々しく、邪悪な存在として周囲に知らしめている。

 

 

[汎異権能―――完全励起]

 

 

 異聞の力を取り込んだ、“禁忌”と称される最強の古龍種の一角―――“黒龍”ミラボレアスが耳を劈く大咆哮を轟かせる。すると、彼の眼前の空間が歪み、巨大な黒い穴を作り上げていく。

 

 

[呑まれろ。その文明(まじゅつ)は、私には通用しない]

 

 

 対文明権能。

 それは、古代の文明を滅ぼした彼だからこそ持つ力。人類、または人類以外の存在が積み上げた歴史そのものである文明を、彼が作り出したブラックホールを以て呑み込み、無効化する能力。

 それは、たとえブリテン異聞帯を統治する女王( ・ ・ )が長年の時を経て編み上げた魔術さえも例外ではなく、この異聞帯ごと消し飛ばそうとした聖槍の輝きは、一欠片も遺さずに“黒龍”の権能に呑まれ、その輝きを無明の闇の中で掻き消されてしまった。

 

 

「………………マジ?」

 

 

 あまりにも呆気ない、想像を絶する光景に誰もが閉口する中、ベリルの唖然とした、畏怖が籠められた呟きがその静寂を破った。

 

 

「ボレアスを侮らない事だよ。派手に空想樹を炎上させるつもりだっただろうけど、ごめんね?」

「……イカれてんだろ、アンタのサーヴァント。これじゃオレの計画が台無しじゃねぇか……」

「―――いた、あそこッ!」

 

 

 キリシュタリアの件も、空想樹の件も、どちらも上手くいかずに失敗して蒼褪めたベリルの額に冷や汗が流れ始めたその時、紫髪の少女を始めとする仲間達を連れた立香が階段を上ってきた。

 ゼウスとの決戦後のためか、誰もが全身に傷を負っており、息を切らしていた。しかし、その誰もが「まだまだやれる」と叫ぶように、しっかりと両足で自身の体を支えている。

 

 

「……ッ、キリシュタリアさん……」

 

 

 立香の隣に立ったマシュが、横たわるキリシュタリアを見て顔を顰める。しかし、それも一瞬の事で、すぐにアンナ達に視線を向けて盾を握る力を強めた。

 

 

「おいおい、カルデアまで来ちまったよ。ってか、お前達瀕死じゃんか。なんだ? そんな状態でも()るつもりか?」

 

 

 立香達が来るや否や、先程まで浮かべていた焦燥を掻き消したベリルが笑う。しかし、それが虚勢である事ぐらい、アンナ達は簡単に見抜けていた。

 

 

「巨大な“なにか”が現れたと思ってはいたが、あれは……」

 

 

 ホームズが上空を見上げ、眉を顰める。

 彼の視線の先にいる存在―――ミラボレアスはゆっくりと翼を羽ばたかせながら降下し、やがてズシンと軽い地響きを起こしながら着陸し、じっとカルデアを睥睨した。

 欠片でも敵対する可能性を持つ者達全てを灼き払うが如き眼光に貫かれた立香達の体がビクリと大きく震えるが、すぐに仕返しとばかりに睨み返す。

 それに満足したのか、ミラボレアスはその身を炎で包み込み、カドック達にとっては馴染み深い人間の姿を取ってアンナの傍に寄った。

 

 

「もしかして、キリシュタリアとケリをつけようとしてた? だったらごめんね。私が先に倒しちゃったから」

「アンナさん……」

「そんな顔しないの。……始まった戦争は、どちらかが折れるか倒れるまで続くものだからね」

「ですが……」

「よぉ、マシュ。しばらく見ない内に、随分と表情豊かになったじゃねぇか。あの時みたいな無感情なのも良かったが、今のお前さんも魅力的だなぁ」

「ベリルさん……」

「マシュ、私の後ろに」

 

 

 ベリルが浮かべる笑みになにかしらの邪悪な気配を感じたのか、立香が自ら窮地に身を投じるようにマシュの前に踏み出した。その姿にアンナが「おぉ」と感心して小さく口角を上げるが、ベリルのそれは全く別物で、獲物を見つけた肉食獣のような獰猛なものになった。

 

 

「お姫様の物言いってか? いいねぇ、マスターってのはそうでなくっちゃ。そうやって前に出てくるのは歓迎だ。勇敢で、好感が持てる。なにより―――笑っちまうほど、狙いやすくなるからな?」

 

 

 今にも飛びかかろうとするベリルに立香が身構えた瞬間、ベリルの足元目掛け緋色の雷が落ちた。

 

 

「やらせると思う? この私が」

「……ホント、なんでそこまでそいつを贔屓するのかわかんねぇな、アンナ」

「彼女は、是が非でも私の異聞帯に来てほしいの。少なくとも、ここで君に殺させるわけにはいかないよ。どうしてもっていうなら、君をここで終わらせるけど?」

「……わかったわかった。もうやんねぇよ。折角拾った命だ。オレもまだ死にたくねぇからな」

 

 

 右手に新たな雷を生み出したアンナが放つプレッシャーに圧され、ベリルはやむを得ず構えを解いた。

 

 

「―――その通り。これ以上、味方同士で無益な血を流す事はないのではないかな? ベリル」

 

 

 そこへ、また別の声が響く。

 その場にいた全員の視線が、その声が聞こえた方角へ向けられると、そこには『異星の神』の使徒であるアルターエゴの一騎が立っていた。

 

 

「ラスプーチン……言峰綺礼ッ!」

「ロシアの雪原以来だな、カルデア。そして……」

 

 

 カルデアへの挨拶を軽く済ませた言峰の視線が、アンナが連れてきたクリプター達の一人、カドックへと向けられ、次にその隣に立つアナスタシアへと向けられる。

 

 

「契約は果たせたようだな、皇女殿下」

「えぇ、お陰様でね、ラスプーチン。いえ、今は言峰と呼ぶべきかしら?」

「どちらでも、貴女の好きなように呼べばいい」

「言峰君、君はどういった用件でこっちに来たの?」

「なに。生前、こういった事( ・ ・ ・ ・ ・ ・ )に縁があってね。今回はその真似事といったところだ。それと、一つ確認をしに来たのもある」

「へぇ? それはどういう?」

「キリシュタリア・ヴォーダイムは、空想樹の中に巨神アトラスを召喚していた。これは明確な『異星の神』への叛逆行為だ。そして、君はそれを知っていたな? アンナ・ディストローツ」

「……まぁ、ね」

 

 

 腰に手を当て、目を逸らしたアンナに言峰の視線が突き刺さる。それを受けても飄々とした態度を崩さない彼女に、言峰はふっと小さく息を吐き出して肩を落とした。

 

 

「元より従うつもりはなく、隙あらば喰らいつく算段、という事か」

「私がそういう奴じゃないって事ぐらい、君は知ってるでしょ?」

「私もラスプーチンも、そのどちらの生前も縁のあった君だ。なんとなくそう考えてはいた。……残念だよ、アンナ。では君はどうかな、ベリル・ガット」

 

 

 表だけの感情だろうが、瞼を伏せて哀しむような仕草をした後、言峰の視線がベリルに向けられる。

 

 

「クリプターのリーダー、キリシュタリアは叛逆行為を行っていた。アンナ・ディストローツはその行為を見逃し、こうして『異星の神』への叛逆を宣言した。では、君はどちらに付く? 彼女か我々、どちらの同志と見るべきかね?」

「あ~……長い物に巻かれるべきが今の最善策なんだろうが、アンナのところでなにされるかわかったもんじゃねぇ。下手にカドック達に手を出したらモンスター共の餌にされちまいそうだしな。それなら、アンタら側の方が楽しそうだ。大人しくアンタの指示に従うさ。―――と、言いたいところだが。今の『異星の神』が強いものと言えるかは疑問だね」

 

 

 そこで言葉を区切ったベリルは、真っ赤に染まった空想樹を指差した。

 

 

「空想樹マゼランはキリシュタリアの手でこの始末。ブリテンの空想樹(セイファート)の中身は、あの女が干しちまった。シュレイドの空想樹(クエーサー)は知らねぇ。だが、『異星の神』が降臨するに適した形じゃねぇのは確かだ。でなきゃシュレイド異聞帯の戦力のほとんどが集結してるこっちで受肉するわけがない。それを相手に圧勝できるってんなら話は別だけどな? だが、オレはハッキリと言えるぜ?」

 

 

 そこで再び獰猛な笑みを浮かべ、挑発するように続けた。

 

 

「今この惑星( ほ し )で一番強いのは、うちの異聞帯の王サマだ。オマケに、極限を超越し、支配した狩人( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )最果ての龍( ・ ・ ・ ・ ・ )、そしてアルビオンの竜を抱えるブリテン異聞帯こそが、今一番強い異聞帯さ」

「……ッ!!? アル、ビオン……?」

 

 

 最後にベリルが告げたブリテン異聞帯の戦力の名にアンナとボレアスの目が見開かれる。

 

 

「ま、まさか……アルビオンがいるの……? 君の異聞帯に……?」

「ん? なんだよアンナ。そんな顔して。オレ達が管理しているのは異聞帯―――ifの世界だぜ? アルビオンの竜が生きてるブリテンだってあるだろ? ……っておいおい。どうしたんだよ、お前さん」

 

 

 平然と返された答えを聞いてボロボロと大粒の涙を零し始めた同僚の姿には、流石のベリルも驚いた。

 

 

「な、なんでもない……ッ。ほ、本当にあの子が……アルビオンが……う、うぅっ……!」

「えぇ……」

 

 

 その場に崩れ落ちて泣きじゃくるアンナに、困惑の視線が集まる。ふとその横を見れば、ボレアスもアンナ程ではないが、右手で顔上部を隠している。そこから零れる光からして、彼もまた泣いているのであろう。その中で唯一、平然とした様子で事の様子を見守っていた言峰が口を開く。

 

 

「なるほど。生粋の猟犬らしい、君らしい考えだ」

「え、なに? こいつ放置すんの……? こんなガキみたいに泣いてるこいつを?」

「ああぁあああぁぁあああ……ッ!!」

「うぉっ、ガチ泣きしやがったッ!? なんだなんだ? わけがわかんねぇぞおいッ!」

「彼女は放置しよう。じきに泣き止む」

「で、ですが……」

「放置だ」

「はい……」

 

 

 なんとかアンナが泣き止むまで待てないものかと口を挟もうとしたマシュだが、有無を言わさぬ言峰に気圧されて頷いてしまう。

 号泣しながらも、真面目な話をなるべく邪魔しないように気を遣う余裕が微かに残っていたのか、何度も鼻水を啜ったり嗚咽を漏らしながらも頑張って声を抑え始めたアンナに心中で感謝の言葉を述べた言峰が、ベリルに視線を向けた。

 

 

「では、ブリテン異聞帯は我々の敵に回る、という事でいいのだね、ベリル・ガット。君はあちらの王の使徒のようだ。君の考えはブリテンの考え、と捉えるが?」

「お、おう、捉えてくれ。名代(みょうだい)として好きに振舞え、と言われてるんでね。元々、さっきのロンゴミニアドは『異星の神』用に王サマが編んでいた魔術ってやつだ。誰が何をしようと、結局はオリュンポスをぶっ潰す気だったのさ。……それも、そこの奴に簡単に消されちまったがな」

「了承した。『異星の神』が救いあげた者はキリシュタリアのみ。それ故、彼の生存権は『異星の神』のものだったが……君達の命を救ったのはキリシュタリアだ。『異星の神』は君達の命に錠はかけていない。君達は自由だ。この終末の惑星で、思うままに生きるがいい。―――もちろん、『異星の神』の敵として、ね」

「―――ッ!」

 

 

 最後に浮かべた言峰の笑みに底知れぬ脅威を感じたのか、ベリルが今までとは比にならないレベルで焦った表情になる。

 

 

「転移だコヤンスカヤッ! 今すぐオレをブリテンに運べッ! なんだかわからねぇが猛烈に寒気がするッ! ここにいるのはマズい……ッ!」

 

 

 ベリルが叫ぶや否や、すぐに彼の傍にコヤンスカヤが現れる。

 

 

「あら、いつの出番になるかと様子を見ていましたが、情緒の無い。ですが承りました。危険を察知する嗅覚だけは流石ですわ、ベリル様」

「コヤンスカヤ……ッ! ベリル・ガットを連れ去るつもりか……ッ!」

「はい♡ お一人様につき一度のみ、お好きな異聞帯にお送りする―――それがクリプターの皆さん向けの、(わたくし)のビジネスですので。それではしばしのお別れですわ、皆さま。今後も、NFFサービスを御贔屓の程を。―――この場から生き延びられたら、の話ですが」

 

 

 最後にそう残し、コヤンスカヤはベリルを連れてオリュンポスから消えていった。

 

 

「コヤンスカヤ君はあちらに付いたか。まぁ、このあたりが潮時だろう。なにしろ、同じ『在り方(クラス)』だからね。共にいては食い合ってしまう。―――では出番だ、千子村正。存分にその刀を振るうがいい。君はこの瞬間の為に、『異星の神』に選ばれたのだから」

 

 

 言峰が言い終えた刹那、どこかから一筋の光が煌めく。

 恐らく、地上から飛ばされたその光は、一本の斬撃となって空想樹の中心にいる存在―――アトラスを真っ二つに斬り裂いた。

 

 

「なんという事でしょう……ッ! アトラスの霊基(おからだ)が……ッ!」

 

 

 紆余曲折あってカルデアと共に行動する事になったサーヴァント―――エウロペが悲鳴を上げる。

 誰もが茫然と見上げる中、アトラスの体は徐々に崩れていき、その中から新たな気配が漏れ始める。

 やがて、空想樹内部のその巨大な人影は、赤黒く禍々しいオーラを纏って巨大化していく。

 

 

「―――ッ! 空想樹内に強力な魔力炉心反応を確認ッ! 魔力量、個人装備(こちら)では測定できませんッ! ですが……この霊基パターンは……ッ!」

 

 

 すぐにマシュが、あの巨大な人型の詳細を告げ始める。

 それは、言峰を除いた誰もが驚愕に値する情報だった。

 

 

「トリスメギストスが予測、分類した七つの人類悪、最後に位置する“獣冠(つの)”―――クラス、ビーストⅦです……ッ!」

 

 

 マシュがそう叫んだ途端、無機質な、どこか機械音声に似た声が響く。

 

 

『■■言語■■知性・■■■共有■■■』

 

『■■■■■・プレーン■■作戦■■■、生成』

 

『―――応答 セヨ』

 

『―――返答 セヨ』

 

『コれ ヨり』

 

『コウシンを カイシする』

 

 

 やがて、赤黒いオーラは眩い光となって周囲を満たす。

 そのあまりの光量に誰もが瞼を強く閉じた瞬間、

 

 

『―――ハ』

 

『―――ハハハ』

 

『―――はははははははははははははははははははッ!』

 

 

 女性らしさを感じる声での高笑いが響き、“それ”が顕現する。

 

 人類悪たるビーストを象徴する巨大な二本の角。右手に指輪を嵌め、純白のマントを羽織ったその存在は、己の降臨に酔いしれるように笑った。

 

 

『あーーーーーーはっはっはッ! ようやく私の出番かッ! 待たせたな使徒達よッ! 虚空の星に在りし我が身の器、よくぞ用意したッ! 少々時間はかかったようだが褒めてつかわすッ!』

 

 

 そう笑う『異星の神』の姿に、声を上げられる者は誰もいない。それもそうだ。その姿は、この場にいる誰もが知っている彼女( ・ ・ )と瓜二つのものなのだから。

 

 

『フ―――それにしても、ここが地球かッ! 我が同胞が苦しめられたというから来てみれば―――なあんだ、大した事のない惑星ねッ! 小さい小さいッ! この程度、征服に一年とかからないわッ!』

 

 

 その言葉に、ピクリと動く者が一人。沸々と燃え上がるその激情に、しかし気付く者は誰一人おらず、上空の存在に完全に意識が向かっていた。

 

 

『―――? なんだ、今私に向いた精神波は。原生生命のものか? 微弱なものではない事は少し驚いたけど、私への畏敬の念が感じられないわね……。……待て。なんだ、この貧相な身体は』

 

 

 その時、初めて自分の体を見下ろした『異星の神』は、自分が想像していたものより大きく異なっているであろう肉体に驚愕した。

 

 

『我が作戦実行体は空想樹から作られるものでしょう? それがなんで、こんな規模になってるの……?』

「……マスター。私の理解が及ばないのですが、今、私達の頭上にいる存在は、空想樹に(あらわ)れたクラス・ビーストであり―――『異星の神』そのものと、推測されます。でも、でも―――」

「そう、だよね……」

 

 

 『異星の神』が自分の肉体に戸惑っている間にマシュと立香がそう会話するも、すぐに『異星の神』が再び口を開いたため耳を傾ける。

 

 

『……まあいい。現状を報告せよ、使徒。キリシュタリアの件といい、多少の手違いがあったようだが?』

御身(おんみ)の玉体となるべきだった空想樹マゼランは、空想樹セイファートの炎上に巻き込まれました。御身の霊基そのものに支障はありませんが、恐らく、権能の出力範囲は低下しているかと」

『ふむ。羽化前、といったところか。それはそれで良い。楽しみが出来た。足りぬものはここで補えばよい。丁度良い食事が目の前にあるのだからな。異聞帯一つでは物足りぬが、なに、私も体を得たばかり。起き抜けと思えば栄養のバランスも良い。だが―――』

 

 

 そこで初めて『異星の神』の視線が、アンナや立香達に向けられた。

 

 

『折角の前菜に虫が混ざっているのは興覚めだ。なぜ排除していないのだ。そこの白髪の女と黒髪の男以外、我が使徒が手を焼く程の者とは思えないが……。そもそもなぜ、あの者達は私を畏れない? 神に(かしず)く事は、この惑星(ほし)の原則ではなかったか? ……そうだな。踏み潰すのは容易いが、この疑問は晴らさねばなるまい』

 

 

 そこで一旦言葉を区切り、僅かに高度を下げた『異星の神』は、眼下にいる者達の一人―――立香へと視線を向けた。

 

 

『答えよ、藤丸立香。貴様は、なぜ私を畏れない? 偉大なもの、強大なものには頭を垂れ、教えを請い、服従を示すのではなかったか?』

「だって、それは……貴女が、オルガマリー所長だからだ」

 

 

 そこで、ハッキリと立香は告げた。

 そう、空想樹マゼランから現れた『異星の神』の姿は、角や衣装など外見は大きく変わっているが、その顔は彼女はおろか、カルデアに所属している者ならば誰もが知る女性―――オルガマリー・アニムスフィアそっくりなのである。

 しかし、当の『異星の神』は、その名に心当たりはないようであるが。

 

 

『なに言ってるのよ、この地球人。私が、えーと、所長? なによ所長って。……仕方のない。恐怖で気が狂っているようだから、最後に教えてあげましょう』

 

 

 そして、『異星の神』はさも当たり前とばかりに傲慢さを前面に出し、我こそが正しいとばかりに胸を張った。

 

 

『私は虚空より降り立る神。この惑星の邪悪を廃し、正す為に(あらわ)れたもの。地球を一つの国家として手中に収め、人類を一人残らず管理する究極の支配者。即ち―――』

 

 

 口元に傲慢に満ちた笑みを刻み、彼女は高らかに叫んだ。

 

 

『地球国家元首、Uーオルガマリーであっっっつッ!??』

 

 

 ……尤も、それは途中から体に走った激痛によって遮られてしまったが。

 

 

「黙って聞いてみれば、なに? 地球国家元首? 頭トチ狂ってるのかな……? ここは国家じゃなくて、惑星(ほし)よ。勝手に出てきて、勝手に支配者になるなんて言わないで」

『……貴様』

 

 

 『異星の神』―――否、Uーオルガマリーが、いつの間にか自分の前に現れた銀髪の女性―――両腕に緋色の雷を纏わせたアンナ・ディストローツを睨みつける。

 

 

『この私の、Uーオルガマリーの言葉を遮ったわね? それどころか、この私と同じ場所に立つだなんて、自惚れも大概にしたらどうかしら?』

「それはこっちのセリフだよ。君みたいな蛆虫が、この惑星(ほし)の支配者? 私達の家をそんな下らない一言で片付けないでくれる?」

『ではどうする? 貴様風情、私にかかれば赤子の手をひねるよりも簡単に消せるぞ? 貴様が勝てる確率など、万に一つもありは―――』

「―――あるよ。あるに決まってる」

 

 

 自身の言葉を遮り、キッパリと不敵な笑みで答えたアンナに、Uーオルガマリーの目が細められる。

 

 

「孤高である君一人じゃ、絶対に手に入れられない力。それを教えてあげる。―――さぁ、おいで」

 

 

 アンナが軽く右腕を掲げれば、彼女達の下方から四つの輝きが飛び立つ。

 眩い輝きを纏って飛翔した四つの光がUーオルガマリーを取り囲むように並び、その光を紅蓮の炎や、色鮮やかな竜巻が包み込む。

 

 

「―――“黒龍”ミラボレアス」

 

 

 焔を消し飛ばし、現れるは“運命の戦争”。

 漆黒の巨体に、悪魔が如き六本の角と眼光。青白く燃える四肢に胸部を持つ伝説。

 

 

「―――“紅龍”ミラバルカン」

 

 

 マグマが如き灼熱を纏い、現れるは“運命を解き放つ者”。

 熔岩のように激しく発光する巨躯に、巨大な角を三又のように後方に伸ばしている災厄。

 

 

「―――“煉黒龍”グラン・ミラオス」

 

 

 大地が如く雄々しく強大な威圧感を纏い、現れるは“偉大なる破壊と創造”。

 己の魔力で滞空している中、飛行能力を持たない翼から絶え間なく灼熱の熔岩を噴き上げ続ける巨神。

 

 

「―――“煌黒龍”アルバトリオン」

 

 

 あらゆる自然の脅威をその内に封じ、現れるは“闇夜に輝く幽冥の星”。

 鋭利な刃が如き逆鱗に身を包んだ、あらゆる天災を操り、あらゆる生命を奪う破壊の象徴。

 

 かつて、世界の頂点に君臨していた“禁忌”の眼光が、Uーオルガマリーを貫く。

 

 

「あぁ―――自己紹介がまだだったね」

 

 

 そして、彼女( ・ ・ )もまた、その正体を露わにする。

 

 右手に刻まれた令呪の一画が消え、彼女の全身に莫大な魔力を流し込む。

 

 瞬間、いつの間にか上空を覆っていた暗雲から落ちた無数の緋色の雷がアンナを包み込み、巨大な球を作り上げる。

 そして、球体はまるで星が爆発したが如き衝撃波を周囲に飛ばしながら弾け、そこから純白の龍が現れる。

 

 青白く染まった二本の角が真っ直ぐ後方に伸び、その中心からは長い刃のような角が反り立つように生えている。

 刺々しく派手な形状となった翼から伸びる翼爪も、青白く染まっている。

 肩から腕にかけても体毛が生え、首の甲殻側面からは片側四本ずつ青白い棘が伸びている。

 

 

『なんだ……なんなんだ貴様は……ッ!』

[アンナ・ディストローツ。……でも、その名はあくまで借り物( ・ ・ ・ )。私の本当の真名(なまえ)は―――]

 

 

 翼を大きく広げ、原初の龍は己が真名を告げる。

 

 

[ルーツ―――“祖龍”ミラルーツ。そして―――]

 

 

 “黒龍”達が口内にそれぞれが操る属性のブレスを満たし始め、彼らの長もまた、その身から緋色の稲妻を迸らせる。

 

 

[この地球(ほし)の頂点―――アルテミット・ワンよ]

 

 

 その言葉を最後に、Uーオルガマリー目掛け五体の“禁忌”からの攻撃が浴びせられる。

 彼らから放たれた攻撃―――特に“祖龍”から放たれた天雷を前に、Uーオルガマリーは全身の肌が栗立つ感覚を覚える。

 それがなにかもわからぬまま、Uーオルガマリーはその攻撃に身を晒し―――

 

 

 ―――光が、全てを包み込んだ。

 




 
 いよいよ“祖龍”登場ですッ!
 ルーツ……というよりアンナの名前についてですが、これは後々解説する予定です。いつになるかはわかりませんが、必ず説明したいと思いますので、乞うご期待ですッ!

 オリュンポスは次回辺りで終了ですね。その後はラメールの幕間とプロフィール、それからアンナ達の日常話を数話入れてから妖精國編に入る予定です。妖精國でアンナ達がどう動くのか、そして今回ベリルが言及したハンターがどんな物語を紡ぐのか、楽しみにしていてくださいッ!


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それぞれの思惑

 
 どうも、皆さん。
 最近、暇な時間を見つけてはイラストを描いている作者、seven774でございます。
 私、pixivやTwitterでイラストを投稿しているのですが、昔pixivに投稿していたラーヴァ・ティアマトのイラストが90名の方にブックマークされていた事を知り、嬉しくなりました。まだまだ未熟な自分が描いたイラストでも、評価が貰えるのは嬉しいですね。ですがまだ塗りが不得手なので、改めて教材を読み込んで実践してみますかね……。
 今はプロセカのキャラクターを描いているのですが、描き終わったらリンクを載せましょうかね……? 時間が空けば、この作品の挿絵とかも描いてみたいですねぇ。

 それでは本編、どうぞですッ!


 

「アルテミット・ワン―――“祖龍”ミラルーツ……」

 

 

 ストーム・ボーダー内にて、モニターに記録された映像を睨むように見上げるホームズ。

 彼や立香達の視線の先には、先程ギリシャ異聞帯に現れた『異星の神』ことUーオルガマリー目掛け、他の“禁忌のモンスター”と共に集中砲火を浴びせている白き龍の姿が映っている。

 

 Uーオルガマリーの自己紹介を不意打ちの雷撃で遮り、畳み込むように散々罵倒をした後に己のサーヴァントと共に彼女を撃退したアンナ―――ミラルーツは、対象が眼前から消え失せている事に気付くや否や獰猛な咆哮を轟かせている。

 それは、決して勝者が上げる勝鬨(かちどき)などではなく、迷わず逃げの一手を取って姿を消したUーオルガマリーに対する憤怒の叫び。

 結果として、Uーオルガマリーは降臨直後にも関わらずこの星最強の存在と直面し、尻尾を捲いて逃げる事になった。

 

 しかし、Uーオルガマリーの姿が自分達の知る人物と全く同じであるからか、立香とマシュは心のどこかに安堵の感情を抱いていた。

 

 

「ねぇ、ホームズ。そのアルテミット・ワンってなに?」

 

 

 ホームズが口にした単語に頭頂部に疑問符を浮かべた立香が問いを投げかける。

 それに対し、ホームズは真剣そのものといった表情で答えた。

 

 

「この地球上において最強の生物の名称だよ、ミス・立香。一説によると、その力は単体で一つの星の生命体を滅亡させる事も可能だそうだ」

「それは、ビーストとは違うの?」

「大分異なるね。クラス・ビーストはあくまで人類が生み出した七つの業が(カタチ)を得た者達だ。その対象は、等しく人類にのみ向けられる。その点、アルテミット・ワンはそういった目的を持たない。人類を含む全ての生命体を滅ぼせる力は有しているが、必ずそれを実行に移すというものではないからね。我々の住むこの地球のどこかにそれ( ・ ・ )がいるという事はわかっていたが、まさか彼女だったとは……」

「ええい、マシュッ! 私はこの中で最も奴と関わっているのは貴様だと思っているが、どこか人外じみた様子は見られなかったのかッ!?」

 

 

 『異星の神』の出現。そしてアンナ・ディストローツの正体。この二つの出来事がほぼ同時に襲ってきた事に動揺しているのか、声を荒げて訊ねてくるゴルドルフに、マシュは「す、すみません」と咄嗟に頭を下げた。

 

 

「あの時のアンナさんから、あまりそういった印象はありませんでした。時々……そう、本当に時々ですが、我々を動物を見るような目で見ていた時もありましたが、それも本当に一瞬の事でしたので……」

『なんだか、大変なことになりましたねぇ……』

 

 

 そこに、“彷徨海”から通信してきているシオンの声が艦内に響く。

 流石に彼女もこのような事態は予測していなかったのか、その声はどこか疲れたようにも、これから先の未来に対する面倒さに辟易しているようにも感じられる。

 

 

「シオン……」

『まぁ、なにはともあれ、大西洋異聞帯の攻略、お疲れ様でした。不測の事態こそ起こってしまいましたが、こうして皆さんと無事に会話できている事を嬉しく思います』

「……ありがとう」

 

 

 “祖龍”達が映っているモニターが横にスライドし、そこに新たに追加されたモニターに映し出されたシオンの労いの言葉を、立香は小さく微笑んで受け取った。

 

 

『ですが、気持ちは切り替えねばなりません。酷な事を言うようですが、問題はまだまだ山積みですからね』

「その通りだね。アトランティスを経て、オリュンポス……結果的に、大西洋異聞帯の空想樹は消滅した。けれど、地球の成層圏を覆う空想樹の枝は消えず、『異星の神』が降臨。しかも、あろう事か『異星の神』は人類悪―――ビーストⅦの霊基で(あらわ)れたんだ。幸い、『異星の神』に君達が攻撃される事は無かったが、代わりに地球のアルテミット・ワン―――“祖龍”ミラルーツが出現。“黒龍”や“紅龍”といった“禁忌”を従えて、『異星の神』を撃退。結果、『異星の神』は二騎のアルターエゴ―――ラスプーチン、千字村正の霊基を引き寄せると、あの空域から消失した。その後、“祖龍”もカドック達を連れて大西洋異聞帯から離脱していった」

 

 

 ダ・ヴィンチの言うように、『異星の神』ことUーオルガマリーは己の使徒として召喚していた二騎のアルターエゴを回収した後にオリュンポスから離脱した。標的を取り逃した“祖龍”も、最早あの地に残る意味は無いとばかりにカドックを始めたクリプターを連れて、オリュンポスの街を破壊し続けていた古龍群を率いて離脱していった。

 Uーオルガマリーも“祖龍”達も、互いの事しか眼中になかったのが幸いした。もし片方がカルデアに狙いを付けようものなら、その時点でカルデアの旅は終わっていた事だろう。

 

 現在、虚数潜航によって“彷徨海”への帰路に就いているが、その場にいる者達に異聞帯攻略を素直に喜べる者はいない。

 その理由は、ダ・ヴィンチが目を伏せて口にしてくれた。

 

 

「問題は『異星の神』の姿と名前だよね……」

「地球国家元首、Uーオルガマリー……」

 

 

 肩書は平時に聞けばギャグ的要素。名前の時点でも“彷徨海”カルデアベースにいる謎のヒロインXなどといったサーヴァントを連想させられるものだが、決して笑えるような話ではない。いくら肩書や名前がアレでも、彼女がそれを名乗るに相応しい力を備えているのは明白だったからだ。

 

 

「私も資料で知っているッ! あれはオルガマリー・アニムスフィアの顔だッ! だが、彼女は人理焼却事件の切っ掛けとなったカルデア爆破事件直後に故人となっているッ! いったいなにがどうなっているのか、てんでわからんッ! それともあれかね? やはりカルデアが全ての元凶なのかねッ!? 私は人類を滅ぼそうとする組織を一世一代の大博打で購入してしまったのかなッ!?」

「それは……私達にもわかりません」

 

 

 最後には顔面を青白くしたゴルドルフに対し、マシュは強気に反論する事は出来ずに俯くしかない。

 『人理保障機関』という名前を持っているカルデアではあるが、創設者であるマリスビリー・アニムスフィアの目的は未だによくわかっていない。人理保障こそが目的、というならばまだいいだろうが、それが本当に信じられるかどうかは話が別なのである。当の本人も既に拳銃自殺によってこの世を去っているため、当人に確認する事も出来やしない。

 

 

「ですが、あれは本当にオルガマリー所長なのでしょうか?」

「そうだね。君達の反応と彼女の反応。全く別人という程食い違ってはいないが、同一人物とするには差異が多すぎた。第一として、彼女はオルガマリー前所長の姿で出現し、その名称を自ら名乗った。第二として、彼女の霊基は人間のものではなかった。ビーストとして顕現したのは確かだが、当然、英霊でもなければサーヴァントでもない。第三として、彼女は君達を知らなかったし、地球の文化、言語にも不慣れのようだった」

 

 

 以上の事から、ホームズはUーオルガマリーが、ビーストⅠ―――ソロモン王の遺体を利用して活動していた魔神王ゲーティアと同じタイプのビーストだと考察した。

 

 

「つ、つまり『異星の神』は前所長であるオルガマリー・アニムスフィア……時計塔の君主(ロード)たる家系、アニムスフィア家のご令嬢の遺体を使っているという事か? ……なんという事だ。優れた魔術師の体を依り代とする……それでは、もし私があの場にいたら、『異星の神』はやはり私の姿に……」

「フォーウ」

 

 

 そんなわけあるか、とばかりに一鳴きするフォウ。

 と、そこで、その場にいたゴルドルフ以外の全員が、先のUーオルガマリーの衣装を纏って高笑いしているゴルドルフの姿を想像してみた。

 

 結果―――地獄のビジョンが脳裏に浮かんだ。

 

 

『キッッッツッ!!』

「今なんかすっごい失礼な事考えてなかったッ!? ねぇ、今何考えたのッ!? ねぇッ!」

 

 

 精神に大ダメージを受けた立香達とゴルドルフの叫びがストーム・ボーダー艦内に響き渡る。それ程までにゴルドルフ(Uーオルガマリー衣装ver.)はキツかった。いったい、誰が女装した髭の生えたおじさんに喜びを見出せるのだろうか。もし見出せるとしたら、その人物は余程の変態だろう。

 

 

「所長、落ち着いてください。未知の存在は確かに恐怖を発生させやすいものですが、少なくとも我々は彼女を知っている。オルガマリー・アニムスフィアという人物を。『異星の神』が彼女の姿を取った事には必ず理由があるはずです。……そしてこれ以上、我々にあのキツイ姿を想像させないでいただきたい

「今キツイって言ったねぇッ! いったいなにを想像したというのだねッ!?」

「幸い、“彷徨海”のカルデアベースにはアニムスフィアのデータも移されている」

「え、無視……?」

「彷徨海に戻り次第、データを検証しましょう」

「私の声、聞こえてる……?」

「……真実を探る為の手掛かりは、あるはずです」

「経営顧問は、流石に冷静だな……。なのに、なんで無視するんだよぅ……」

「よしよし」

 

 

 己の問いかけに応えてくれなかった事が響いて項垂れるゴルドルフの頭を、ダ・ヴィンチが優しく撫でる。それによって多少気持ちが回復したのか、ゴルドルフは「その、あれかね……?」とホームズに訊ねる。

 

 

「今しがた受け取った報告によれば、ゼウスの雷で思考力を減退させられたそうだが……今はどうなのかね。だ、大丈夫なのかね? それともまだややアホなのかね?」

「アフォウ?」

「ご心配なく。思考力は概ね正常に戻っています。まぁ、思った事を即座に口にして思考・行動する、という経験を得られたのは、私にとって貴重な―――」

「それはともかく、だよ。相当の無理をしたんだろう、君ッ! 窮地の連続を乗り越える為に、宝具を稼働させっぱなしだったのはバレてるからッ!」

 

 

 ホームズの言葉を遮ったダ・ヴィンチは、そのまままくしたてるように言葉を続けながらホームズの背を押していく。

 

 

「さっさと回復ポッドに入りたまえよ。あれこれ私達と話し合うのはその後ッ! いいねッ! 立香ちゃんとマシュもッ! それに、私達も休まないとね」

「う、うむ。そうだな。アトランティスからオリュンポス……過去最大の作戦だったのだ。問題は山積みだが、今は頭を空っぽにして休んでも良かろう」

「うんッ! ……じゃあ、改めて。立香ちゃん、マシュ。第五異聞帯攻略は完了だ。まずはゆっくりと休養して。それが、今の君達の仕事だからね。ホームズの調子が戻ったタイミングで、詳しいミーティングをしよう。本当にお疲れ様。今回もありがとうッ!」

「こちらこそ、ありがとね」

「ダ・ヴィンチちゃんも、しっかり休んでくださいね」

「ありがとう♪」

『では、“彷徨海”で会いましょう。それまではさらばですッ!』

 

 

 そうして立香とマシュは、ダ・ヴィンチ達に見送られて退室し、各々の部屋に向かっていく。

 

 

「……あの、先輩。お部屋に戻る前に、少しだけよろしいでしょうか?」

「どうしたの?」

「……『異星の神』。個体名・Uーオルガマリーについてなのですが……先輩はどのようにお考えですか?」

 

 

 長い旅を共にしてきた後輩からの問いかけに、立香は歩みを止めて彼女を見る。

 

 

「ホームズさんは、あくまでオルガマリー所長の姿を模した偽物、という認識でしたが……。私は、その……」

「……あれ、やっぱり所長だよね」

「で、ですよねッ!? その、全く根拠はないのですが、私も同じ感想を抱きましたッ! どうしてかはわかりませんが、Uーオルガマリーは、オルガマリーさんだとッ!」

「うん。だから、実のところ問題はもっと大きい」

「? と、言いますと?」

「だって……どうやったら助けられるか、考えないと」

 

 

 マシュはともかく、立香が彼女と過ごした時間は少ない。最初の特異点、冬木以降は今の今まで彼女と関わる事は無かった。

 しかし、だからといって倒すという気持ちにはなれなかった。一度関わり、あの炎に焼かれていく彼女の姿を目にしてしまった以上、もう一度であった彼女は、今度こそ助けたい。それが立香の決意だった。

 

 

「……はいッ! その通りです、マスターッ! なにが出来るのか、なにをすればいいのか。これから考えないといけませんが―――倒す為ではなく、取り戻す為に、私は戦いたいと思いますッ!」

「一緒に頑張ろうね、マシュッ!」

「はい―――ッ!」

 

 

 強く頷き合った二人は、固い握手を交わす。

 

 アデーレ、マカリオス、エウロペ、そして武蔵。自分達に後を託していったのだ彼らから受け取ったバトンを手に、ゴールまで走り続けなければならない。

 あの時救えなかった命を、今度は必ず救い出す―――その決意を胸に、二人はこれからも戦い続ける事を心に誓ったのだった。

 

 

 

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 突如として(ソラ)より降り注いできた樹によって、あらゆる繁栄が断たれた地上世界。あらゆる色を失った、ただ純白の大地が広がっているその世界であるが、完全に人類の痕跡が無くなったわけではなく、その名残と取れるものはいくつか地上に残されている。

 

 例えば、この住宅街。

 近くに掠れながらも辛うじて『泰山』と読める看板が転がってる以上、恐らくアジア系国家のどこかだと思われるその場所に、彼らはいた。

 

 

「はむっ……んっ、んっ……はぁ……。ぐ……、ふふっ……」

「…………」

「はぐっ、んっ……はっ、はっ……」

 

 

 襟元を緩め、鍛え上げられた肉体がその奥から微かに見える男―――言峰綺礼を前に、彼の同僚であるアルターエゴ―――千子村正が椅子に座っている。

 息を荒げ、額から玉のような汗を流している言峰の前には、真っ赤に染まった液体に浸かった野菜や豆腐が見える料理―――麻婆豆腐がある。木造のスプーンを相棒にその如何にもな料理に挑戦している言峰に、村正はどうすればいいのか言葉に迷っている様子だ。結果、彼はなにか話題を出せないものかとじっと麻婆豆腐を頬張っている言峰に視線を向けている。

 それに気付いた言峰は、スプーンを沈ませた麻婆豆腐から村正に視線を移し、また視線を麻婆豆腐に戻す。そして、一匙麻婆豆腐を掬うと、

 

 

「食うか?」

「食わねぇよ」

 

 

 開口一番に出された言葉に、即行で村正はそう返した。

 なぜ、あんな煮立った地獄の窯のような麻婆豆腐が食えるのか。それも凄い勢いで。

 

 傍らに置いてある水の入ったコップなど眼中にないかのように麻婆豆腐をかっ食らう言峰の気迫たるや、強いて表すならば修羅、といったところだろうか。

 そして恐らく、この男は本気(マジ)になっている。食べるスピードが尋常ではない。全身から溢れる闘気と称すべきオーラは、アトランティスでサーヴァント狩りをしていた時と同等かそれ以上である。

 

 自分にあの地獄の窯同然の料理を食えるだろうか。いや、絶対に食えない。絶対に一口でリタイアする―――片眉を吊り上げて麻婆豆腐を凝視する村正がそう考えていると、

 

 

『そんなものを食べて平気なのか……?』

 

 

 今まで黙っていた彼女―――Uーオルガマリーがあり得ないものを見るかのような目で言峰に訊ねた。

 

 

「えぇ。以前、シュレイド異聞帯を訪ねた際、アンナ・ディストローツより受け取った唐辛子から作ったものです。流石は超古代の神秘。植物にさえその神秘が深く染み込んでいる。私がこれまで食べてきた中でも、最高の一品と称しても良いでしょう」

『……わからん。なぜ、そんな見るからに劇物だとわかるようなものを進んで摂取するのか。本当、人類って理解できないわね……』

 

 

 アトランティスが残っていれば、そこの神殿あたりで地球人類の記録を閲覧し、その知恵を深める予定だったのだが、生憎とアトランティスは“煉黒龍”によってシュレイド異聞帯に塗り替えられ、同時に神殿も消失してしまった。

 ならば、この場所に残っている書物から多少の知識は集めておこうと思っていたのだ。なのに、なぜ、今自分は己が召喚した使徒が食事しているところを眺めているのだろうか。Uーオルガマリーは頭がこんがらがっていくのを感じた。

 

 

「ところで、『異星の神』さんよ」

 

 

 腕を組んでむむむ、と唸り始めた主に助け舟を出すべく、村正が口を開く。

 

 

(オレ)達はまだ生きているが、なんだ、まだ仕事が残ってんのかい?」

『あるとも。今回、私は排除せねばならない脅威を知った。一つは空想樹すら焼きかねなかった光の槍、そして、この星の最強(アルテミット・ワン)の存在である』

 

 

 この星において最強の霊基を得て現界したと思っていたUーオルガマリーだったが、それは彼女―――アンナ・ディストローツの存在によって覆された。彼女の雷撃は、文字通り万物を消滅させる一撃。直撃すれば如何に自分といえども消されかねない。実際に、本気ではなかった一撃だというのに、自己紹介を遮られた際に打たれた一撃によって、シュレイド異聞帯への移動・攻撃が出来なくなってしまった。『シュレイド異聞帯への干渉』という概念を文字通り消滅させられてしまったのである。仮に取り逃したとしても、自分の管理する異聞帯には指一本触れさせないつもりなのだろう。まんまと術中にハマってしまったというわけだ。

 そちらについては後々なんとかするとして、今解決できる問題は今解決しておいた方がいいだろう。

 

 

『千子村正、お前には光の槍の出処―――ブリテン異聞帯へ向かってもらう。現地の調査と、破壊工作を兼ねてな。準備が出来次第、転移させてやる』

「そうかい。ま、新しい仕事が貰えるのは良い事だ。精一杯働かせてもらうぜ。……で、テメェは?」

「……む?」

 

 

 未だに麻婆豆腐を食っていた言峰がUーオルガマリーと村正の視線に気づき、懐から取り出したハンカチで口元を拭ってから答える。

 

 

「私も、これが終わり次第に発つ。アンナ・ディストローツ―――“祖龍”ミラルーツは最強の存在。ならば、それに対抗し得る強固な器を調達しなければならない」

「? 最強の器は既にあるんだろ? なら、それ以上の器なんざどこにもねぇぞ?」

「それがあるのだよ。太古の昔、この惑星に飛来した外来の種はアトランティスの機神だけではない。広大な地下冥界(シバルバー)をその(はら)に抱いた、巨獣達が闊歩する黄金の樹海。アラヤが安定した世界では眠りに就き、ガイアが出現する世界では蠢動(しゅんどう)するもの。―――オールトの雲より飛来した、もう一体の最強(アルテミット・ワン)がね」

 

 

 不敵な笑みを伴って告げられた言葉に村正が目を見開き、Uーオルガマリーが邪悪な笑みを浮かべる。

 先程は不覚を取ってしまったが、次会った時こそ彼女の最後。遥か遠き(ソラ)より降り立った存在の力で、彼女という存在を抹殺する―――。

 自らの血の池に沈む“祖龍”の姿を想像してほくそ笑むUーオルガマリーを他所に、麻婆豆腐を食べ終えた言峰はそれを脇に退け、

 

 

「そして我々も、此れより最強に挑む」

『「えっ」』

 

 

 新たに取り出された器。

 そこに載せられたのは、先程言峰が食していた麻婆豆腐よりも更に強烈な刺激臭を放つ劇物。赤を通り越してドス黒いまでに染まりきったスープに浸かっている、所々に赤いナニかを付着させた麺。

 

 

「これぞ、麻婆ラーメン・キャロライナリーパー100%。この最強を乗り越えてこそ、我々はより高次へと至る事が出来る」

 

 

 驚愕と恐怖に慄く一柱と一騎の前に、淡々と一個ずつ麻婆ラーメンを配っていく言峰。まさか、と無言で言峰を見やる彼らに対し、言峰は笑っていた。

 

 

「共に挑もうではないか。最強の上を行く最恐に」

 

 

 それは、戦地に赴く兵士が浮かべる最後の笑みか。

 それとも、自らの死期を悟った者が浮かべる諦念の笑みか。

 

 否、断じて否。

 

 

「さぁ、手を合わせて」

 

 

 言われるがままに、手を合わせてしまうUーオルガマリーと村正。本能では今すぐ逃げたいと思っているのに、なぜだか体が言うことを聞かない。まるで糸で吊るされた操り人形が如く。

 

 

(どうしてッ!? どうして逃げられないのッ!? なんで体が勝手に動くのッ!? 嫌よ、死にたくないッ! 折角の登場シーンを荒らされて、最後はこの劇物を食べさせられるなんてぇッ!)

(クソッ……ここまでなのかよぉ……ッ! せめて最後にゃ本物の草薙を拝みたかった……ッ!)

「―――いただきます」

『「―――……いただきます」』

 

 

 互いの冥福を祈るように合掌し、彼らは死地へと足を踏み入れていく。

 

 刹那、純白の大地に轟く絶叫。地獄に存在する全ての罰を一気に受けたかのような凄惨たる悲鳴は二つあり、その内の一つである女性の悲鳴は、それはもう耳を塞ぎたくなる程のものであった。

 

 ―――一つだけ、告げる事があるとすれば。

 

 Uーオルガマリーと村正に麻婆ラーメンを出した言峰が浮かべていた笑みは、それはもう愉悦に染まりに染まっていたそうな。

 

 

 

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 一方、シュレイド異聞帯。この地の管理者の行動によりUーオルガマリーの脅威から完全に護られる事になった、ある意味の安全地帯と化した世界の中心―――シュレイド城の一室にて。

 

 

「つまり、アンナはあの“白き王”―――“祖龍”なの……? あの御伽噺の……?」

「……うん。そうだよ。私の名前はミラルーツ。全ての竜と龍の母。そして、この地球のアルテミット・ワン」

 

 

 老朽化している影響を受けて所々にヒビが入っているも、使う分にはまだ申し分ない円卓に座したオフェリアからの質問に、アンナは少しの間を置いて答えた。

 否定の言葉もなくハッキリと告げられた返答に、オフェリアは「そう……」と呟いて俯いた。

 

 

(まぁ、そうなるのも当然だよね……)

 

 

 時計塔時代からの親友で、初めて自分を魔眼以外の点で見てくれていた相手が、実は人ならざる存在―――それも幻想種の頂点に君臨する存在だとは夢にも思わなかっただろう。

 アンナも出来るならもう少し早めに伝えておきたかったのだが、これまでの過去を鑑みても、やはり正体を明かすタイミングはオリュンポスが一番だった。

 視線を動かしてみれば、カドックもまた同じような顔をしている。前から自分の正体を知っているペペロンチーノは心配げな顔でカドックとオフェリアを見つめている。

 

 やはり、ショックが大きいか―――そんな事を考え、アンナが口を開こうとした刹那、意外な所から声が上がった。

 

 

「辛気臭い顔してんじゃないわよ、二人共」

 

 

 その声に、その場の全員の視線が動く。

 彼らの視線の先―――珍しく話し合いに参加した芥ヒナコ―――虞美人は、赤と黒が丁度良いバランスを保っている露出の多い服を恥ずかしげもなく晒し、右手を軽く振って続けた。

 

 

「私が正体を明かした時なんか、すぐに受け入れてくれたじゃない。それがなに? アンナが正体を明かしただけでなんて顔してるのよ。人外だからって抵抗感でも持ってるつもり?」

「……そういうわけじゃない。ただ、色々と気持ちの整理が追い付かないだけだ」

「えぇ……。でも、なんとなくだけどわかってはいたの。アンナが私達とは違う存在なんだっていうのはね」

 

 

 オリュンポスで初めて龍の翼などを生やしていたアンナを見たカドックは兎も角、オフェリアは北欧異聞帯で四肢を龍のそれに変質させていたアンナを見ている。また、シグルドとブリュンヒルデが彼女と面識がある、という観点から見ても、彼女が常人とは比べ物にならない時間を生きている事はわかっていた。

 流石にその正体が御伽噺にごく一文でしか語られていない存在だとは思ってもみなかったが、それでもこの事実を受け止める事は出来ていた。

 

 

「あっ、勘違いしないでね、アンナ。私は別に、貴女に恐怖心を抱いているわけじゃないの。ただ、色々と情報が多すぎて……」

「ごめんね……。その、色んな情報を一気に与えちゃって」

「別にいいさ。時計塔時代にあんたが出してきたテキスト集と比べたら簡単に理解できるぐらいだ」

「ふふっ、もしかして、あの時の事まだ根に持ってる?」

「当たり前だ。なんだったんだよあれ。応用を効かせて解く問題ばかりならまだ良かったのに、後半にまだ教わってない問題連発してきたじゃないか。僕がどれだけ頭を悩ませたと思ってるんだッ!」

「でも私が教え始める前と比べたら大分正解に近づいてたじゃん。最初の頃なんか掠りもしてなかったんだから、あの回答は君が成長した証だよ」

「……まぁ、その点は感謝してるが」

「あらあら、すっかりいつもの調子ね。心配するまでもなかったかしら」

 

 

 正体を知る前と同じ調子でアンナと会話し始める二人の姿に、ペペロンチーノが頬に手を当てて微笑んだ。

 虞美人も背もたれに寄りかかり、小さく息を吐いてから頬杖をついた。

 

 

「まぁ、良かったんじゃない? これで貴女も、私のように正体がバレるのを気にせずに過ごせるわね」

「さっきの言葉……もしかして私の為に?」

「勘違いしないで。あれはカドック達の態度が気に入らなかっただけ。貴女の為じゃないわよ」

 

 

 そう言ってそっぽを向く虞美人だが、微かにその耳は上気しており、視線もチラチラとアンナに向けている。

 その仕草にアンナは満面の笑みになり、椅子から立ち上がる。それになにやら嫌な予感を感じた虞美人が席を離れようとするが、時既に遅し。

 

 

「ぐっちゃん……ありがとうッ!」

 

 

 素早い動きで机から跳んだアンナは、そのまま固まっている虞美人の元へダイブ……しようとしたのだが、それを阻止する者がいた。

 

 

「ぐぇ―――ッ!」

「ったく、ガキかテメェは」

 

 

 アンナと虞美人の間に出現した褐色の女性が、真横を通り過ぎていくアンナの襟首を掴み取った。その影響で一気に気道を圧迫されたアンナの口から普段の彼女からは出ないような濁声(だみごえ)が飛び出す。

 

 

「……ありがとう、カイニス」

「ケッ。長い付き合いなんだろ? もうちっと早く動けよな」

「けほっ、けほっ……酷いよ、カイニス。ぐっちゃんに抱き着けなかったよ」

「抱き着かなくていいのよ。気持ちだけ貰っておくわ」

「はぁ、残念……」

 

 

 カイニスの妨害によって抱き着かれずに済んだ虞美人が席に座り直し、抱き着く気が失せてしまったアンナも元の席に戻った。

 カイニスは霊体化を解いた場所から動かさず、その視線をアンナに向け続けている。

 その視線に応えるように、「それで」とアンナは両手を組んでカイニスを見つめ返した。

 

 

「君がここに来たって事は、答え( ・ ・ )は決まったと思っていいんだよね?」

「……あぁ」

 

 

 『異星の神』改めUーオルガマリー撃退後、崩落していくギリシャ異聞帯から脱出したアンナ達は、まず最初にキリシュタリアの遺体を埋葬した。

 シュレイド城の中庭―――野生のモンスター達に掘り起こされる事がなく、また誰もが安全に行ける場所に埋められたキリシュタリアの体は、いつか地中の微生物達によってその体を分解され、何時の日か自然へと還っていくだろう。

 それぞれが別れの言葉を言っていく中、一番悲痛な思いになっていたのはオフェリアだ。異聞帯同士が激突し、それぞれのクリプターが戦わなくてはならないのは最早止めようのない事実だった。それでも、なにか別の方法はあったのではないか、と考えざるを得ない。しかし、自分の想い人はこうして永久の眠りに就き、今はこうして冷たい土の中にいる。

 嗚咽を漏らし、みっともなく泣き喚いたオフェリアが落ち着きを取り戻した後、アンナはカイニスにある提案をした。

 

 

『私達と一緒に、あの蛆虫―――Uーオルガマリーを殺さない?』

 

 

 Uーオルガマリーの打倒。それを目的とするアンナの誘いに対し、カイニスはすぐに答えは出せなかった。

 今回の主であるキリシュタリア・ヴォーダイムが命を落とした以上、カイニスははぐれサーヴァント同然の存在となった。幸い、シュレイド城には至る所に魔力の結晶である龍結晶があるため、それらから得られる魔力によって現界し続ける事は出来る。だが、この城から離れてしまえば、いつかは魔力切れによって消滅してしまうだろう。

 サーヴァントの在り方としての正解は、ここでアンナを主に戴き、彼女のサーヴァントとして活動する事だろう。

 けれど、カイニスはそれに頷く事はしなかった。……するつもりがなかった、と言った方がいいかもしれない。

 

 押し黙るカイニスに、彼女がその反応をする事が予想できていたアンナは、「答えは時間をかけて出してもいい」とだけ残し、この円卓の間へと向かっていった。

 そのカイニスがこの部屋に現れたという事は、アンナの提案に対する答えを返しに来たのだろう。

 

 

「……受け入れるぜ、テメェの提案。あのふざけた女にはしっかり逆襲してやりてぇからな」

「わかった。それなら―――」

「―――ただし」

 

 

 アンナの言葉を遮ったカイニスは、彼女に人差し指を突きつけて続けた。

 

 

「テメェと契約は結ばねぇ。もちろん、ここにいる全員ともだ」

「理由を聞いても?」

「今回のオレのマスターは、キリシュタリア・ヴォーダイムただ一人だ。あいつ以外は絶対にマスターと認めねぇ。……これでいいか? “祖龍”」

「……うん、わかった。君の意見を尊重するよ、カイニス」

 

 

 立ち上がったアンナは席を飛び越え、カイニスの前に立つ。そして、彼に手を差し出し、小さく笑みを浮かべて口を開く。

 

 

「シュレイド異聞帯にようこそ。これからよろしくね、カイニス」

「……あぁ、よろしくな、アンナ」

 

 

 差し出された手を固く握り締め、カイニスは軽く頷くのだった。

 

 

「……それで? オレは最初になにをすりゃいいんだ? これも契約だ。一応はテメェに従わせてもらう」

「急ぎの用ではないけど、そうだな……。それじゃぁ、素材集めからいこっかな」

「は?」

 

 

 ボソッと聞こえた言葉に、カイニスは豆鉄砲を喰らったような顔になった。

 

 

「おい、まさかオレにガキみてぇにお使いに行けって言うのかッ!? ここはこう、あるだろッ!? この異聞帯中の監視とかッ!」

「監視については古龍達に任せてるからねぇ。人間達の住んでるコロニーについては、時間はかかるけど“我らの団”に頼んでるし。となると、残りは素材集めなんだよね」

「マジかよ……」

 

 

 多数の幻想種(モンスター)が住まう世界なのだから、それに見合った過酷な仕事など任されるのではないかと思った矢先に出された仕事に、カイニスは早速項垂れた。

 

 

「そんなガッカリしないでよッ! 素材集めといっても、凄い大事な仕事なんだからね? 生活するにも狩りをするにも道具は絶対に必要で、それを作る為の素材はもっと大事なもの―――謂わば生命線の生命線だからね。君には明日から、カドック君達と一緒に行動してもらうよ。行先はシュレイド王国近くの森だから、魔力切れの心配は一先ずしないでいいよ。もしかしたら大型モンスターと遭遇するかもしれないから、油断はしないでね」

「……わぁったよ」

 

 

 かく言うカイニスも、生前は『モンスターハンター』を読んでいた身だ。そこまで戦闘狂というわけではないが、あの頃に思いを馳せていた大自然に闊歩する大型モンスターと戦ってみたいという気持ちはもちろんある。それが出来るかもしれないという期待を胸に、カイニスは渋々と素材集めを受け入れた。

 

 

「みんな、明日から忙しくなるよッ! 素材集めが終わって、必要な道具を作り終えたら出発だからね」

「出発って、どこに……?」

 

 

 首を傾げた親友(オフェリア)に、アンナは「決まってるでしょ?」と真剣な表情で答えた。

 

 

「この星を滅ぼさんとする『呪い』の根源―――ブリテン異聞帯だよ」

 

 

 その返答に、その場の誰もが身を引き締めるのだった。

 




 
 次回はラメールの幕間とプロフィールです。
 一応軽く書いてはいるのですが、少し百合要素が入るかもしれませんねぇ。あれを百合要素と言っていいかはわかりませんので、あまり期待はしないでほしいです。

 その後は何話か日常回(それとエリシオ&ジーヴァsideの話)を入れ、その後妖精國編です。
 
 それでは皆さん、また次回お会いしましょうッ!
 


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異なる常識

 
 どうも、皆さん。
 いよいよサンブレイクの発売が来週に迫りましたねッ! 私はまだ体験版でメル・ゼナをソロ狩りできていないので、発売までにはそれを達成したいと思い、今日も今日とて太刀か操虫棍を担いで挑んでいます。皆さんはメル・ゼナソロ狩りかマルチ狩りできましたか?

 今回は次回に分けてのエリシオ&ジーヴァ回ですッ! それではどうぞッ!


 

 世界には、格差が存在する。

 裕福な家庭で生まれ育った人間は、慈愛に満ちた心を以て人生を謳歌するように。

 悪辣な家庭で生まれ育ったのならば、より悪辣にして残酷な正気( ・ ・ )を以て昏き道を進むように。

 

 意思を持ち、心を持ち、他者という概念を持つ以上、生命体に格差は存在し続ける。

 それは、この地球上であらゆる生命の頂点に立った種族―――人類種も例外ではなく、むしろ最もその例に当て嵌まる存在とも言えるだろう。

 白人種が己こそが最優であると豪語し、原住民であった黒人種を差別し、迫害していたように。生まれたばかりで未だに正しい常識が備わっていない子どもに対し、間違った思想や偏見をあたかも正しい事のように植え付け、誤った格差を認識させてしまう。

 また、宗教の中にもそういった他民族や他宗教への差別や迫害を認めてしまっているものが存在する。ユダヤ教において、唯一神ヤハウェがイスラエル人以外の民族を呪ったように、選民思想を基にしたような宗教も確かに存在している。そして、それを信仰する人々の中には、その思想を本気で正しいと信じ込んで事件を起こしてしまう者も少数ながら存在してしまっている。

 

 上記のように、格差とは個々人が生まれ育った環境の中で決定される事が多い。人間とは他の動物と比べても、一際周囲の影響を受けやすい種族なのだから。

 

 ―――ではこれから、とある話をしよう。

 

 これは、あり得ざる歴史の中で誕生した、一つの村の話。そして、偶然にもその村へと至り、その有り様を知ってしまった者達の話である。

 

 

 

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 眠りから覚めて数週間。

 どこに行くかの当ても無いまま、ただ狩りと休息に時間を費やしてきた。

 

 第二の故郷と呼ぶべき場所を滅ぼされ、家族と呼んでも過言ではない仲間達を喪って。その元凶さえ、既にこの手で殺して。

 あれ程までに心中で己を駆り立てていた、復讐を望む激情も鳴りを潜めて。

 

 片手で肉を食む青年―――エリシオは、ただ空虚な時を過ごしていた。

 

 無機質だ。あまりにも、中身がない。

 ただ無意味に、狩りをしてしまっている。明確な目標も無いまま、ただ放浪の旅を続けてしまっている。

 

 

『辛気臭い顔だな、エリシオ』

 

 

 視線を動かせば、現在自分の右腕と一体化している龍の顔がこちらに向けられているのが見えた。

 水晶のように蒼く透き通った顔は、自分用に焼かれた肉を落とさないようにしながら咀嚼を続けており、その口元が言葉を紡いでいるようには見えない。龍―――ジーヴァが言うところの、『念話』というものを介して話しかけてきているのだろう。

 

 

「……ジーヴァ」

『復讐相手もいない。本当に倒すべき相手はどこにいるのかもわからない。これじゃあ、俺様達もお手上げってか? クククッ』

「…………」

 

 

 凶悪に口角を吊り上げたジーヴァに対し、エリシオはなにも答える事が出来ない。彼の言葉が、あまりにも的を射てしまっていたから。

 

 

『俺様が喚ばれた理由はあるが、それを果たすにはまだまだ遠い。お前も、俺様も、なに一つ切っ掛けと言えるものが無い』

「人を護れる―――それが出来るだけいい」

『それも、感謝されないだろう? 大抵は化け物扱いされて終わりだ』

 

 

 そうなのだ。

 これまで、エリシオは何回かモンスターに襲われていた人々やアイルーを護った事があった。

 しかし、これまでの一度も、彼らが礼の言葉を言われた事など無い。

 エリシオ自身の技術がまだまだな事もあるため、どうしてもジーヴァの力に頼ってしまうからだ。仮にエリシオがジーヴァの補助を受けないまま狩りに出向いたとしても、下手をするとジャギィ数匹が相手でも完敗してしまうだろう。誰かに師事しようにも、頼りになった無銘やレオニダスは既にこの世界から退去し、蘭陵王もいつの間にか消えてしまっていたため、彼らに頼る事も出来ない。

 結局、エリシオは現状最もモンスターの撃退または殺害の達成率が高い、ジーヴァの力を使う他ないのだ。

 しかし、彼の力を使った場合、姿が龍と人間の中間のようなものになってしまい、その姿は逆に人々にとっては恐怖の対象にしか映らないのである。

 元より、モンスターとは恐ろしい存在である。アプトノスやポポといった温厚な草食モンスターもいるのは理解しているが、彼らはあくまでそういった生態を持つモンスターであって、それ以外のモンスターには、基本人間(じぶんたち)を前にすると自らのテリトリーから追い出そうとするか、捕食しようとしてくる種類が多く存在している。

 スケールこそ負けてはいるが、そんなモンスターらしい存在と混ざり合った外見を持つ人間を、どうして受け入れられようか。次に襲われるのは自分かもしれない、と思い、逃げ出す彼らに非は無いのである。

 感謝の言葉など、一つも貰った事が無い。しかし、それでもエリシオは、これから先もこの在り方を変えるつもりは無かった。

 

 

「護れるだけでもいいよ。彼らが死ななくて済んだ。それでいいじゃないか」

『偽善者ぶってるな。人間とはそういうものなのか?』

「さぁね。僕だけがそういうものかもしれない」

『……自分で召喚に応じておいてなんだが、変なクジを引かされた気分だ』

「言ってくれるね、ジーヴァ。……さ、行こうか」

 

 

 気付けば自分もジーヴァも手元の肉を食べ終えており、エリシオは立ち上がる。

 焚き木の後始末を終えた後、エリシオがジーヴァに視線を向けると、彼は不承不承といった様子で顔を顰めるも、渋々とその頭部を無数の糸のように解いていき、やがて溶け込むようにエリシオの右腕に消えていこうとして、再び頭部を形成し始めた。

 それに首を傾げかけたエリシオだったが、その刹那に遠くから誰かの叫び声が聞こえ、即座に気持ちを切り替えた。

 

 

『出番だな、エリシオ』

「小型なら僕が相手する。僕が相手出来ないモンスターだったら……頼む」

『ククッ、了解だ』

 

 

 ジーヴァの頭部が消失する中、エリシオは駆け出す。

 抑止力によってこの世に再び舞い降りた龍と融合した影響か、今のエリシオは常人では決して追い切れぬ速度で疾走する事が出来、かつて無銘やレオニダスに鍛えられていた事によって上達していた身体能力によって、本来なら足を止めてしまうような木々の壁や土の盛り上がりなども、まるで意に介する事無く軽々と掻い潜っていく。

 そうしてしばらくしない内に、エリシオの視界は木々の奥に少女の姿を捉えた。

 腰を抜かしているのか、酷く震えている彼女の表情は恐怖に染まっており、その瞳からは大粒の涙が零れている。そんな彼女を包囲するように姿を現したのは、青と黒の模様が特徴の小型の鳥竜種―――ランポスである。

 しかし、少女の視線は自分を囲むランポス達よりも、その正面に歩み出た、より大きな体躯を誇る存在―――ドスランポスに向けられている。群れの長としての風格を表すかのように朱色の大きなトサカを持つドスランポスが、今にも仲間達に少女を襲わせるべく咆哮を上げようとする。

 

 

「やめろッ!」

 

 

 しかしそれを、彼が許すはずが無い。

 超人的な跳躍力で少女の前に降り立ったエリシオは、ジーヴァを媒介に地上に満ちる魔力を集めて作り出された片手剣を装備し、薙ぎ払う。

 突然の乱入者に反応できなかったドスランポスとその部下達は為す術なく切り裂かれ、赤黒い血を噴き出した。

 存在の濃さという意味では英霊とまではいかないまでも、力量だけならばそれを上回るジーヴァと融合している事から、その威力は絶大の一言に尽きるものであり、薙ぎ払われたドスランポス達は倒れたまま動かなくなった。

 

 ジーヴァに体の主導権を譲るような相手ではなかった事に安堵の息を吐き、武器を消滅させたエリシオは、茫然と自分を見上げる少女に手を差し伸べる。

 

 

「君、大丈夫かい?」

「ぁ……う、うん」

 

 

 小さく頷いた少女がゆっくりと手を取ると、エリシオは優しく彼女を立ち上がらせた。

 軽く頭からつま先まで見下ろしてみたが、目立った怪我はしていないようで、エリシオは小さく「よかった」と呟き、彼女と目線を合わせるように片膝をついた。

 

 

「一人で出歩くのは危ないよ。僕が助けてなかったら、どうなってた事か……」

「ご、ごめんなさい……」

「うん、謝れるのは良い事だ。……さぁ、早く君の村に帰ろう。帰り道はわかる?」

「えっと……あそこの道を、真っ直ぐ進めば……」

「わかった。じゃあ、行こうか。いつまた他のモンスターが来るかわからないからね」

「うん……」

 

 

 まだモンスターに襲われた事による恐怖が残っているのか、少女の顔色は悪い。しかし、それも村への入口であろう、茂みに隠された洞穴の前まで来るとすっかり無くなっていた。

 

 

(この村も、僕達の所と同じか……)

 

 

 予想通り、というべきか。少女の住む村は外から見てもわかる程に、その周囲を囲むように出来ている自然の壁によって護られていた。無銘やレオニダスが言うに、エリシオがかつて住んでいた村には結界と言われるものが張られており、それによって危険なモンスターが村に侵入してこないようになっているらしい。

 ならばなぜ、あの時、村の中心にあの強力なモンスターが出現したのか、という話になるが、残念ながらエリシオはその理由を知らないし、彼と肉体を共有しているジーヴァにもわからなかった。

 

 

(……? なんで、松明が消えてるんだろう……)

 

 

 少女と並んで歩いている時、ふとした違和感に気付く。

 村と外界を繋ぐ洞穴には然程距離がないためにまだ目は効くが、それでも外から入る光しかないとなると足元が不安になる。普通ならば、常に壁には一定の間隔で松明が燃えており、いつ外へ向かう時にも安全に洞穴を通っていけるようにしている。

 しかし、壁に設置されている松明の炎は既に消えている。少女を待たせてから触ってみると、小さな暖かさすら感じない。ただ指に冷たい感触と共に煤がついただけだった。

 

 

「ねぇ、この道って、誰も使ってないの?」

「うん。前に村に来た人達が使ったのが最後。私は手が届かないから……」

「大人達は?狩りには出かけていないの?」

「『かり』……? 『かり(・ ・)ってなに(・ ・ ・ ・)?」

「え……?」

 

 

 想像もしなかった答えに思わず間抜けな声が漏れる。少女はなぜエリシオがそのような反応をするのかわからないのか、『かり』とはなにかがわからないのか、あるいはその両方か、首を傾げている。

 

 

「お兄ちゃん、『かり』ってなに?」

「……狩りっていうのはね。モンスター達を倒して食べたり、その体を使って色んなものを作る事だよ。ある程度歳を取ったら、武器を持って出掛けるんだ。君達の村じゃやらないの?」

「……わからない。でも、男の人達が村の外に出るところは見た事がない」

「そんな……。それじゃあ、食料―――食べ物はどうしてるの? 狩りに出かけてないのなら、どうやって暮らしているの?」

「モンスターを育ててるの。でも、それだけじゃ足りなくて……外に出たの。木の実とか、採れたらいいなって」

「家族はなにも言わなかったの?」

「すっごい反対された。お母さんが、『外は怖い場所だから行っちゃ駄目』って。だけど私、内緒で出てきちゃった……」

「…………」

「……みんなはね、お腹が空いてるの。育ててるモンスターだけじゃどうしても足りなくて、誰が食べるかでいつも喧嘩してて……。前までは、赤いおじちゃん達がご飯とか渡しに来てくれてたの。でも、この前『これで最後だ』って言って、それっきり来なくなっちゃった……」

 

 

 声を震わせて俯く少女に、エリシオはなにも言えない。

 まさか、大人達が狩りに出ない場所があるとは、思いもしなかったのだ。

 エリシオが住んでいた村は、彼が生まれ育った村も含めて、大人やそれに近しい年齢になった男達が揃って狩りに出かける事が普通だった。村内で飼育するモンスターだけでは、どうしても村人全員の腹を満たす事は出来ないからだ。いつかは食料も底をついてしまうから、そうなる前に外に出てモンスターを狩猟し、日々の蓄えにしてきた。

 エリシオは、これまで当たり前だと思っていたその日常が、目の前の少女にとって当たり前ではないという事実を前に啞然とする他なかった。

 

 

「―――見つけたッ!」

 

 

 そんなエリシオを再起させたのは、洞穴内に響いた女性の叫び声だった。

 咄嗟にその声が聞こえてきた方角へ視線を向ければ、瘦せ細ったシルエットを持つ人影がこちらに向かって走って来ていた。

 

 

「ママッ!」

 

 

 それが自分の母親だと気付いた少女が走り出す。

 喜びに満ち溢れた幼い声に、エリシオは一先ず安堵の息を漏らした。

 モンスターに襲われていた少女を助け、親元へ返す事が出来た―――その事実に満足しかけたその時、パンッ、と、なにかが叩かれるような音が響いた。

 何事かと伏せかけた瞼を持ち上げたエリシオの視界に、再び母娘の姿が映る。

 しかし、少女は自分の頬に手を当てており、自分を打ったであろう母親を茫然と見上げている。

 

 

「マ、ママ―――」

「ねぇ、なんで私の言う事を聞いてくれなかったの? 言ったわよね。外は怖いから行っちゃいけないって」

 

 

 およそ、自分の子どもに対して出すような声色ではない。それにビクリと体を震わせた少女は、ただ俯いて母親の言葉を待つ事しか出来ない。

 

 

「思えば、貴女はいつもそうだったわね。いつもいつも、私が駄目だって言った事をやり続けて。ようやく言う事を聞いてくれたと思ったら、今度は外に行くなんて……ッ! ねぇ、パパがどうして帰ってこなかったか、忘れたわけじゃないわよね?」

「ご、ごめんなさい……」

「それ、今で何回目? 私が怒る度に謝って、それからしばらくしない内にまた言いつけを破って。……ママは哀しいわ」

「う、うぅ……っ」

「ま、待ってくださいッ! そこまで言う必要はないじゃないですかッ!」

 

 

 まるで自分の怒りをぶつけるような言い方に遂に耐え切れなくなり、エリシオが二人の間に割り込むように立つ。

 母親からすれば、娘しかいなかったはずの暗闇から突然見知らぬ男が出てきたように見えただろう。その瞳に恐怖の色が浮かび、次いで一歩後退った。

 娘を護るどころか、自分の安全を優先したような行動―――それが、エリシオの怒りをさらに際立たせる。

 

 

「この娘は、貴女達の事を考えて外に出たんですッ! お子さんが無断で外に出てしまった事は確かに怒るべきものです。それでも、まずはこの娘が無事である事を喜ぶべきではないでしょうかッ!」

「な、なによ……なんなのよ。誰なのよ、貴方はッ!」

「……失礼、申し遅れました。僕の名前はエリシオ。こことは別の村から来ました。道中、モンスターに襲われているこの娘を見つけて、ここまで連れてきたんです」

「え……そ、外? 外から来たの……? あの、外から……?」

「……? えぇ、そうですけど」

 

 

 なぜそこまで聞いてくるのか、と訝しむエリシオを他所に、母親は先程までの警戒の表情を掻き消し、満面の笑みになった。

 そのあまりの表情の変化にエリシオが「うっ」と小さく唸ると同時、彼の内側で事の成り行きを見ていたジーヴァも『うげっ』と苦虫を嚙み潰したような声を上げた。

 

 

「そう、そうッ! 貴方、外から来たのね? 今度はなにを持ってきてくれたの? この前は一ヶ月分とか言って大量の食材を持ってきたけど、あれじゃ半月も持たなかったわ。今度はちゃんとした量を持ってきてくれたのよね?」

「え、あの、ちょっと……」

「それで? それが積んである竜車はどこにあるの? あぁ、武器なんてものはいらないわよ? 私達、ただ食料が欲しいだけだから。ほら、さっさと教えなさいよ」

「あの、ま、待ってくだ―――」

「こうしちゃいられないわ。早くみんなに伝えないとッ! あっ、私達には多めに頂戴ね? 先に貴方と話したのは私達なんだから」

 

 

 エリシオが否定の言葉を告げるより先に、母親はそのまま洞穴から出ていってしまった。

 遠くで外からの来訪者が来た事を意気揚々と報せ続ける声に呆けていると、「ごめんね……」と少女が小さな声で謝ってきた。

 

 

「お母さん、外から来た人にはいつもああなの……。誰よりも先に話しかけたら、たくさんご飯が貰えると思ってるから」

「でも、僕が最初に話したのは君だ」

「そんなの、関係ないよ。お母さんからしたら、私なんて『つごうのいい』子どもだから。前にも、外から来た人がいたらすぐに話しかけるようにって言われたから……」

(なんて親だ……。自分の子どもをそう思ってるなんて……)

 

 

 自分が外から来た人間だと気付いた瞬間に態度を急変させた事もそうだったが、娘に対する扱いが『都合のいい子ども』という許されざるものだというのもあり、エリシオの母親に対する印象は『最悪』の一言に尽きた。

 自分の内側で『行きたくないな……』と呟いているジーヴァに決して声は出さないまでも同意するが、せめて誤解は解いておきたいと思い、少女と共に洞穴から出る。

 太陽の眩しさに若干目を細めるものの、すぐに光に慣れたエリシオは、まず最初に村の至る所から人が集まり始めている事に気付いた。

 否定の言葉を出せぬまま向かわせてしまったあの母親がとにかく報せ続けたのか、誰も彼もがエリシオを『外から物資を運んできた人間』と思い込んでしまっているようだ。

 

 

「おぉ……遠路はるばるよくお越しくださいました。もう二度と来ないとは思っておりましたが、まさかもう一度お越しいただけるとは……」

 

 

 集まってきた村人達の中から、一人の老人が出てくる。

 他の者達と比べて、少しだけだが服の模様が違う。恐らく、この村の村長なのだろう。

 エリシオがそう訊ねてみると、老人は気のいい笑顔で肯定した。

 外見だけ見れば、気持ちのいい好々爺といった印象を受ける老人だ。しかし、先程の母親の様子を見ていた今のエリシオからすれば、それはあくまで来訪者に少しでも良い印象を与えようとする、仮面のように見えて気味が悪かった。

 

 

「さぁ、物資はどこにあるのでしょうか。以前より多めに用意してほしいと頼んでいましたので、皆心待ちにしているのです」

「……質問を質問で返す形になり、申し訳ないのですが、一つだけ、お聞かせください」

「はぁ……、我々に答えられる事ならば」

 

 

 期待していたものをがすぐには貰えないと悟ったのか、村長の顔に僅かに落胆と怒りの色が宿る。しかし、それもすぐに消えてしまった事に、エリシオはより嫌悪感を募らせていく。

 

 

「私はその物資を届けてくれた方々の事は存じませんが、物資といっても、食料だけではないと思います。そこには当然、自力で外から資源を採取出来る道具、またはモンスターを狩猟する事の出来る武具などもあったはずです。どこにありますか?」

 

 

 そう問いかけた瞬間、村長の目の色が変わる。

 それにエリシオが言い知れぬ不安に駆られた直後、その不安は見事に的中した。

 

 

「そのようなもの、とっくの昔に捨てましたよ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

「な……ッ!?」

 

 

 サラリと、さも当然のように告げられた答えに思わず絶句してしまう。しかし、すぐに気持ちを切り替え、「いやいや」とエリシオは抗議した。

 

 

「なに考えてるんですかッ! 折角生きるのに必要な物資を届けてくれたのに、なんで捨てたりしたんですかッ!」

「必要ないからに決まっとるからじゃッ! モンスターに立ち向かうなど、なんと恐ろしい事を……ッ! 儂らはただ生きていたいだけじゃ。なぜみすみす死にに行く必要があるッ!」

 

 

 最早外面を保つ必要は無いとばかりに叫ぶ村長と、それに頷く村人達。

 モンスターが恐ろしい。それはエリシオも重々承知している事だ。いくらジーヴァの力があるとは言っても、生物という枠組みに入っている彼にとって、自分よりも強大な存在であるモンスター達は今も脅威である事に変わりはない。村長や村人達がモンスターに挑む事を忌避している事は、エリシオにも理解できる。

 しかし、それとこれとは話が違う。

 彼らに物資を届けてくれた人達が、食料と一緒に武具も持ってきてくれたのなら、それを有効活用してこそ彼らへの恩返しになるだろう。だが、彼らはそれをせずに武具を捨て、強欲にも食料だけを求めてきている。

 

 

「確かに狩りには危険が伴います。僕の村でも、それで大怪我を負った人だっていました。けれど、その人はそれでも諦めずにリハビリを続けて、また狩りに出向くようになったんですッ! 危険を恐れないで下さいッ!」

「ええい、うるさいッ! さっさと食料を寄越さんかッ! 竜車はどこにあるッ!」

「……ありません」

「なに?」

「……ありませんよ、そんなもの。第一、僕は貴方方の言う方々とは違います。たまたまモンスターから助けたこの娘を、この村に送り届けようと思っていただけです」

「なんじゃと……? おい、どういう事じゃッ! 貴様、『彼らがまた来てくれた』と言っておったではないかッ!」

「し、知らないわよッ! だってなにも言わなかったんだからッ!」

「それは僕が否定する前に、貴女が飛び出したからですッ! 僕は違うって言おうとしたのに、勝手に勘違いしてッ!」

 

 

 エリシオの言葉に、少女の母親は愕然とした表情になり、村人達は全員、エリシオが自分達が求めていた者達と違う事に悪態を吐き、ぞろぞろと自分達の家に戻り始めていく。

 

 

「……なら、もうお主に用はない。この娘を救ってくれた事には感謝するが、それ以外になにも無いというのなら、さっさと立ち去ってくれ。儂らには、お主にまで回せる程食料があるわけじゃないのじゃ……」

「…………」

 

 

 村長も、落胆の気持ちを隠しもせずにそう口にし、足早に去っていった。気付けば、少女の母親の姿も見えない。娘を置いて行ってしまったのだろうか、ますます許せない女性だ。

 

 

「……ごめんなさい」

「……どうして、君が謝るの?」

「だって、酷いよ……。お兄ちゃん、なにも悪い事していないのに……」

 

 

 衣服の裾を掴んでボロボロと涙を流す少女。そんな彼女を安心させるように、エリシオは優しく頭を撫でつける。

 

 

(この娘だけは……本物だ)

 

 

 自らに偽りの笑顔を貼りつけ、他者から恵みを施されるのを待ち続ける村長達とは違い、この少女の涙には噓偽りは一切ないと、何故だかそう思えてしまう。

 それは、勘と呼べる確証の持てないものである事は、重々承知している。それでもエリシオは、少なくとも彼女の涙だけは拭ってやりたいと考えた。

 

 

「……少し、狩りに出かける」

「え?」

「……ここに来るまでに、アプトノスを何頭か見かけた。一頭か二頭ぐらい狩れば、少しだけは彼らを満足させられるかもしれない」

「……いいの? お兄ちゃん、『つごうのいい』人になっちゃうよ……?」

「そうはなりたくないんだけどね……。でも、君みたいな子どもが泣いているのは見過ごせないよ」

 

 

 彼らの言いように使われてしまう―――それはエリシオとて断固拒否したい。しかし、それが彼らの為ではなく、今こうして涙している純真な少女の為ならば、まだエリシオも前向きになる。

 

 少女をその場に残し、洞穴に向けて歩き出す。罪悪感や哀しみが込められた少女の視線を背に感じていると、ジーヴァが内側から声をかけてきた。

 

 

『俺様の了解もなしか? エリシオ』

「それについては本当にごめん。でも、付き合ってほしい」

『あのガキか? もし、あのガキも他の連中と同じようにお前を利用しようとしていたらどうする? それでもやるのか?』

「……大丈夫だよ。なんだか、そう思えるだけだけど」

『信用ならないな』

「ごめんね……」

 

 

 キッパリと切り捨てられ、肩を落とすエリシオ。そんな彼に呆れたような声を漏らしたジーヴァは『……わかった』と小さく呟いた。

 

 

『一頭だけだ。本当なら一頭も渡したくないが、お前の勘を信じてやる』

「……ありがとう、ジーヴァ」

『ハッ、だったらさっさと行くぞ』

「え? うぉおぉッ!?」

 

 

 完全に気を抜いていた事もあり、あっという間に両足の主導権を奪われたエリシオは、そのままジーヴァに操られて走り出す。

 洞穴内に蒼白い炎の痕跡を残して走るも、エリシオは特段ジーヴァを責める気持ちにはならなかった。

 妥協したとはいえ、彼は自分の気持ちに応えてくれた。それを少し嬉しく思ったのである。

 

 

(でも……)

 

 

 しかしそこで、エリシオの脳裏に別の考えが浮かぶ。

 この狩りを終えた後に食料を届ければ、村長達はすぐに気付くだろう。彼らはその点に関しては目敏い連中である事は、あの短時間でも否応なしに理解できた。

 

 では、もし仮に、自分達がここから去ったとしたら、果たして彼らは生きていく事が出来るのか―――途轍もない不安に襲われ、エリシオは眉を顰めたのだった。

 

 

 

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「そう……。やっぱり、駄目だったんだね」

「……あぁ。あそこは、もう駄目だ。俺達じゃもう、どうしようもない……」

 

 

 暗雲渦巻くシュレイド城、その最上階に位置する謁見室において。

 玉座に腰を落ち着けたアンナの前には、項垂れた様子で自分達が訪れた村の詳細を伝えてきた、“我らの団”の団長―――ジェリスがいる。

 

 彼がアンナに上げた報告は、とある村への支援の成果。しかし、その結果は決して良いものではなく、寧ろ『最悪』と酷評しても物足りないぐらいのものだった。

 注意喚起を入れての五回、支援を行ってきた。そのどれもが、彼らが己の力で村を開拓し、少しずつ生活圏を拓けていけるものだ。食料も、装備を作る為のレシピも、安定した自給を齎す術も全て揃えた。その全てを、彼らは無碍にしたのだろう。

 

 玉座に座るアンナの背後にある壁。そこに飾られた豪華絢爛なステンドグラスが、その奥で瞬いた光を室内に招く。

 いつの間にか、シュレイド城の上空には雷が瞬き始めている。

 

 

「……ありがとう。君達には、苦労を掛けたね」

「いや……、それはこっちのセリフだ。俺達の為に、あそこまで準備してくれたのに、こんな結果しか出せずに……」

「いいの。君達の責任じゃない。君達は、自分達に出来る事をした。その上で彼らは、君達が差し出した手を払った」

「…………」

 

 

 アンナが一言告げる度に、ジェリスの顔は曇っていく。それ程までに、罪悪感と己の無力さが憎いのだろう。

 

 

「もう、あの村には行かなくていいよ。どれだけ支援したとしても、自ら歩み出る意思を持たなかった者に、手を差し伸べる必要は無い。……ご苦労様、ジェリス。仲間達と一緒に、ゆっくり休んでね」

「……あぁ」

 

 

 頭を下げ、ジェリスが王室から出て行く。アンナが雇ったアイルーが、彼を連れて廊下へ続く扉を閉めると、重々しい音が王室に響いた。

 

 

「……ボレアス」

 

 

 短く呟くと、アンナの隣に霊体化を解いた漆黒の狂戦士が姿を現す。

 彼は何も言わずに、(あね)が言葉を続けるのを待つかのようにじっと佇んでいる。そんな彼に、アンナは問いかける。

 

 

「いつの時代も、ああいうのっているよね。生活を豊かにできるだけの物資は送ったはずなのに、それをただ(いたずら)に使い潰す……唾棄すべき存在が」

「……」

「ボレアス。彼が話した人間に、果たしてこれから先の時代を生きる価値( ・ ・ )は、あると思う?」

 

 

 サーヴァントやカドック達と行動しているとはいえ、ジェリス達“我らの団”はよく働いてくれている。閉ざされた集落で生涯を終えるより、外の世界に飛び出した方がいい、という理念の下に行動している彼らには、ボレアスも好印象を抱いている。彼らの存在によって、前に進む決心がついた集落や村があるのも事実だ。

 しかし、そんな彼らでも、どうしようもないというものは存在する。それが今回の村の件である。

 送った物資が満足できるものだったが故か、その村の住人達は施しを受けるだけ受けて、その見返りは決して行わない。いや、きっと物資の量が少し足りなければ、それだけで罵倒の言葉を投げかけてくるだろう。

 あまりにも身勝手。あまりにも自己中心的。ただ、誰かからの施しを待ち続け、自分達からは絶対に動こうとしない存在。

 そんな彼らに、価値はあるのか―――答えは決まっていた。

 

 

「無論、ない。彼らに未来を生きる価値はない。腫瘍は、巨大化する前に切除するに限る」

「そう、その通り。余分なものは必要ない。余計な重荷は背負う必要は無いものね」

「では……」

「うん―――滅ぼそうか。一片の欠片も、彼らが存在した痕跡を残さず、徹底的に、破壊し尽くそうか」

 

 

 余計な要素は排除する。人類の進歩の足手纏いになる要素は切除する。その残酷で冷酷な決断を、いつもと変わらぬ、柔らかな微笑みで決定したアンナは、その弟であり子孫でもあるボレアスとて空恐ろしいものを感じさせる。

 

 

「では、今回は私が出撃しよう。姉上の手を煩わせる必要は無い」

「いや、今回は私が出るよ。ようやく、大部分の力を取り戻せたもの。これからは、この仕事は私が担当する」

「……姉上」

「……今までは、君達に任せるしかなかったけど、これは私の我儘だからさ。だから、私にやらせてほしいの。それに、気になる子もいるしね」

 

 

 正直に言えば、アンナはこの仕事( ・ ・ )を弟妹やこの世界の子ども達に行わせる事には抵抗があった。しかし、大体とはいえ力を取り戻せた今ならば、彼らにこの仕事をさせずに済む。それが嬉しかったのだ。

 

 そして、アンナの瞳には今、その村にこの世界で唯一英雄になる可能性を秘めた青年の姿が映っている。いつか顔合わせをしたいとは思ってはいたが、これは好都合だ。上手く運べば、彼をより英雄に相応しい運命( ・ ・ )に引き込めるかもしれない。

 

 

「留守は任せたよ、ボレアス」

「……あぁ」

 

 

 玉座から立ち上がったアンナは、頷いたボレアスを置いて数歩前に進み、その身を緋色の稲妻で包み込む。

 そして、一瞬眩い光が王室を満たしたかと思えば、彼女の姿は王室から消え失せていた。

 

 シュレイド城の周辺では、緋色の轟雷が降り注いでいた。

 




 
 次回はアンナ襲来回です。彼女と出会ったエリシオ達がどのような道を辿る事になるのか、楽しみにしていてくださいッ!

 妖精國編についてですが、日常回多めと救済措置バッチリを予定していますので、よろしくお願いしますッ! もしかしたら、とある二人が一線を越えちゃうかもしれません。ヒントを提示するのなら、原作キャラ×オリキャラです。越えちゃった場合はその話を執筆してほしいかアンケートを取りますので、よろしくお願いしますッ!

 それではまた次回、お会いしましょうッ!


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再燃と誕生

 
 どうも、皆さん。
 いちいちその段階で受けられるクエストを全てクリアしないと気が済まない為、ストーリー進行がままならない作者でございます。
 皆さんはサンブレイク買いましたか? 私は今ルナガロンを討伐したところですッ!
 太刀が弱体化されたと聞いていたのですが、個人的には使う分にはあまり気にしないほどのものだったため、今でも愛用しております。

 今回は色々詰め込み過ぎたとは思いますが、エリシオ&ジーヴァ回ですッ!
 それではどうぞッ!



 

 ―――最初は、ただの気まぐれでした。

 

 ■■を犯した愚かな種族。■■の術を用いて、■■を■■に収めようとした大馬鹿者達。

 そんな■■の集落に、■は己が身を旅人と偽って足を踏み入れました。

 

 整った顔立ちに、およそ旅人とは思えぬような外見でしたが、その集落の■■は快く■を受け入れてくれました。

 

 その中にいた、■■■。不思議と■■■■■■■ような感覚を覚えて、■は■と言葉を交わしました。

 どうやら、■も同じだったようで、■と■はすっかり■■■なりました。

 

 

 

 ……最初は、ただの気まぐれでした。

 

 

 

 どれだけ、そう、どう言い繕っても、気まぐれでした。

 

 

 

 ―――気まぐれ、だったはずでした。

 

 

 

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 それは、村人達の一人が、ふと空を見上げた事から始まった。

 

 久方ぶりの来訪者に活気づくも、すぐに彼が自分達の望んでいたものとは違う事に気付き、彼の来訪など無かったように過ごしていた彼は、なんとなく空を見上げただけだった。

 元より、変化など望んでいない。少々心許ないが、腹を満たせる分の食料は多少残っている。それがあるから、武器を手に取って恐ろしいモンスターに挑む必要もない。

 今日は、なにをして過ごすか。これまでと同じ、決められたルーティンに従うのもいいが、たまには普段やらない事をするのもいいかもしれない。

 そんな事を考えながら、何気なしに蒼天を見上げて―――

 

 

「―――え?」

 

 

 緋色の落雷に吞み込まれ、消え去った。

 

 彼の近くにいた人々は、なにが起こったのか理解できなかった。

 突然、雲一つないはずの空から落ちてきた雷が一人の男性を滅ぼした。あり得ないはずの出来事が目の前で起こり茫然としている間にも、続いて降り注いだ二本の雷が二人の村人を消滅させた。

 流石に三人も落雷によって消えたとなれば、理屈はどうあれ、誰もがあの雷は自分達を狙っている事を理解した。

 

 そこからは阿鼻叫喚の地獄だ。

 

 必死に逃げ惑う村人を、次々と緋色の落雷が焼き尽くしていく。

 家の中に隠れて落雷を凌ごうとした人々も、雷はその家屋ごと住人を貫く。木造の家が瞬く間に燃え上がり、その手を地上へと伸ばせば炎はさらに勢いを強めて周囲を赤色で満たしていく。

 パチパチと木材が弾ける音、肉が焼ける臭い、そして逃げ惑い、炎に捲かれ、落雷に貫かれる人々の絶叫。先程まで物静かだった村は、今はただの地獄でしかない。

 そんな村を、絶望と恐怖に呑まれる人々を、上空から睥睨する者がいた。

 

 

「―――」

 

 

 なにも感じさせない、氷のように冷めた朱い瞳。穢れを感じさせぬ純白の衣をその身に纏い、絹のように滑らかな長髪を風に靡かせる彼女が軽く五指を開けば、そこから放たれた緋色の雷が再び逃げ惑う人々を襲い、灰燼と変えていく。

 

 そして、その瞳が一人の少女を捉える。

 人々の絶叫と燃え盛る炎に腰が抜けているのか、その場に座り込んでいる彼女は、今にも泣きだしそうな程に両目を潤ませている。

 そんな彼女にさえ、女性―――アンナ・ディストローツは何の感慨も抱く事はなく、そのまま少女に緋雷を落とそうとし―――

 

 

「―――オォオッ!!」

「―――ッ!」

 

 

 どこからともなくやって来た、一人の少年によって阻止された。

 

 

 

 

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 エリシオはその時、なにが起こっているのか理解できなかった。

 雲一つない空から緋色の雷が落ちてきたと思ったら、それが的確に村人達を狙って殺し始めたのだ。自然ではまず起こり得ない、それこそ罪人に下される天罰のように一人、また一人と丁寧に殺していく雷撃に絶句するも、すぐに気持ちを切り替えた。

 あのような雷が、自然に起こるはずが無い。なにかしらの原因があるはずだ、と視線を彷徨わせ、再び絶句した。

 

 女性だ。外見年齢としては二十代前半頃の純白の女性が、その背から雄々しい翼を生やし、両手から緋色の雷を放出していたのだ。

 明らかに、人であって人ではない存在。そして、彼女の存在を視認した瞬間、全身に途轍もないプレッシャーが襲い掛かってきた。

 

 

「なんだ……あの人……」

『……おいおい、冗談じゃないぞ……。なんで、なんで“祖龍”がこんなとこにいやがる……ッ!』

「“祖龍”……?」

 

 

 上空から村の状況を確認すべく滞空していたエリシオが、内側から聞こえてくる龍の声に首を傾げる。

 それなりにモンスターに関する本を読んでいた手前、自慢ではないが大抵のモンスターの情報なら把握出来ている。しかし、そこに『“祖龍”』などという存在の記述は一文も見つからなかった。

 あの女性がその“祖龍”なのだろかと考えたその時、体が勝手に彼女から離れようと動き始める。

 

 自分の体が勝手に動いているのではない。自分以外にこの体を動かせる存在―――ジーヴァが無理矢理体の主導権を奪って逃げようとしているのだ。

 

 

『おい、ジーヴァッ! 勝手に体を動かさないでくれッ!』

「黙れエリシオッ! あいつ……あいつには勝てないッ! あいつは―――化け物(・ ・ ・)だッ!」

『ば、化け物……?』

 

 

 全身の主導権を奪われたからか、自分の意識が内側に押し込まれ、代わりに表層に浮かんできたジーヴァの叫びに、エリシオは驚愕する。

 エリシオとて、ジーヴァの力量は完全とは言えないまでもある程度は理解している。元がモンスター達の最上位に位置する古龍種に分類される彼の力は、自分など足元にも及ばないレベルのもので、現に自分の体を使って戦った場合、たとえ相手が大型モンスターだろうと圧勝できる。本来、武器を使わずに己の肉体と能力を駆使して戦うため、人間がモンスターに対抗する為に使用する武器を手に戦う事には未だ慣れていないが、それでも圧勝という結果を得られるのだ。

 そんな彼でさえ『化け物』と評する彼女に、エリシオは言い知れぬ恐怖を抱いた。

 

 その時だ。

 彼女の視線が固定され、掌をその方向へ向けた。彼女に釣られてエリシオがその視線を追えば、そこには彼が先程助けた少女の姿がった。

 腰を抜かしている彼女は、上空にいる女性の存在に気付いていない。いや、仮に気付いていたとしても、あの雷撃から逃れられる可能性など皆無だ。大の大人が走っても簡単に殺されたのだ。体力も大きさも負けている彼女が逃げられる要素など、どこにもない。

 

 

『ジーヴァッ! あの娘を助けないとッ!』

「無理だッ! 奴に狙われた以上、あいつは助からないッ! 諦めろッ!」

『出来ないッ! もうこれ以上、僕の前で誰も死なせたくないッ!』

「それで俺様達が死んだら元も子もないだろッ! 頼むから諦めてくれッ! 情けない話、俺様は今すぐにここから―――あの女から逃げたいッ!」

 

 

 あのジーヴァが震える声で懇願するように叫ぶ事に心が揺れそうになるが、それで引いてはならないと、エリシオは自分を奮い立たせる。

 

 かつて自分がいた村は、突如として現れたモンスターによって滅ぼされた。生まれ育った村では妹を目の前で喰われ、第二の故郷となった村も滅ぼされた。自分を愛してくれた人々も、鍛えてくれたレオニダスや無銘もモンスターに殺された。少し前にやってきた蘭陵王も、もしかしたら死んでしまっているかもしれない。

 あの時に感じた絶望を、悲嘆を、嘆きを、もう二度と思い出したくない。そして、それを誰にも与えたりしないと誓った。

 自分のような人間を出さない為に、これまで多くの命をモンスターの脅威から護ってきたのだ。

 モンスターと融合し、人ならざる身になってしまっても。助けた相手からは感謝ではなく、恐怖の感情を向けられ続けたとしても。

 

 あの少女だけは。純粋に、自分に感謝してくれた彼女だけは救いたい。

 

 

『いいから―――代われッ!!』

「ぐ、ぅ……ッ!? オアアァッ!?」

 

 

 内側で荒れ狂う感情の渦に圧され、表層に出ていたジーヴァが苦悶の叫びを上げる。

 瞬間、なにかが切り替わる感覚と共に、エリシオの人格が表層に浮上した。

 視界も、内側から見るものとは違う、しっかりとした目を通してのものとなり、それを理解する前にエリシオは両手に双剣を握り締めた。

 

 

『エリシオッ! 貴様―――』

「ごめんッ! でも、僕は……ッ!」

『……。―――ガアァッ! なるようになれクソッ! わかったからお前の好きにしろッ!』

「……ありがとう。―――オォオッ!」

 

 

 翼を羽ばたかせ、地上から引きずり出した魔力をブースターのように噴射させる事で加速したエリシオが、双剣を振りかぶる。

 超速で接近してくるエリシオに気付いた女性の視線が動き、片手を彼に向ける。

 そこから発生した魔力の壁がエリシオの攻撃を阻む。勢いを乗せた一撃が容易く受け止められた事に歯を食い縛るが、構わずに防壁を突破しようと右手に握った剣を振りかぶる。

 しかし、女性もエリシオの追撃を許すつもりがない。

 

 

「な―――ッ!?」

 

 

 

 風を切り裂くように振るわれた剣が当たる直前、防壁を消滅させた彼女は、体を回転させてエリシオの攻撃を躱し、そのまま遠心力を殺さずに回し蹴りを繰り出した。

 攻撃した直後を狙われたために防御など出来るはずもなく回し蹴りを受けたエリシオは、女性の華奢な足から繰り出されたとは思えぬ絶大な威力を前に蹴り飛ばされ落下。優に50m以上地面を削ってようやく止まったエリシオは、先程受けた一撃の重さに愕然とした。

 回し蹴りを受けた背中に、ズキズキと激痛が走る。それを堪えてなんとか立ち上がり、上空を睨み上げる。しかし、そこに女性の姿はない。

 

 どこに、と思ったその瞬間、両足が勝手に動いてエリシオの体をその場から飛び退かせた。その瞬間、背後から重いものが落とされたような音が響く。

 

 

「―――やっぱり、これが一番だったみたいだね。待ってたよ」

 

 

 円形に陥没した地面から、踏み下ろした左足を離した女性は、さも友人に朝の挨拶するような笑顔でエリシオを見つめてくる。

 それに尋常ではない威圧感を感じながらも、エリシオは双剣を握る力を緩めずに警戒の姿勢を解かない。

 

 

「……何者ですか、貴女は」

「私? ……あぁ、そういえば自己紹介してなかったね。私はアンナ・ディストローツ。でも、君の中にいる()なら、私が何者かはわかるよね?」

「……“祖龍”」

「あっ、もしかして教えてもらってた? そう。アンナ・ディストローツは人間としての私の名前。龍としての名前はルーツ、またの名を“祖龍”ミラルーツ。よろしくね。それじゃあ、君の名前を教えてもらおうかな?」

「……エリシオ」

「エリシオ……うん、良い名前だね。覚えたよ。じゃあ……はい」

「え……?」

 

 

 エリシオの名前を口にし、一度頷いた女性―――アンナが手を差し出してくる。

 それにエリシオが呆気に取られると、アンナはこれがなにを意味しているのかを相手が理解していないと思ったのか、軽く首を傾げた。

 

 

「握手、わからない?」

「いや、わかるけど……」

 

 

 普通、武器を握って警戒心剝き出しの相手にするだろうか。

 その疑問が顔に出ていたのか、「あぁ~……」とアンナは呟き、手を引っ込めた。

 

 

「そうだよね。君からすれば、私っていきなり村を攻撃しているよくわからない相手だもんね。でも、ごめんね。これ、私の仕事だから」

「仕事……?」

「そ、仕事。これまでは弟妹や子ども達にお願いしてたんだけど、ある程度力を取り戻せたから、これからは私がしようと思ってね」

 

 

 何の事でも無いように周囲の惨状を見渡して説明するアンナに、エリシオの顔が引きつる。

 

 村を滅ぼす事が、そこに住む人々を殺す事を『仕事』と言ったのか、この女性は。

 そして、この人は、自分の弟妹や子ども達に、この『仕事』をさせていたのか、と憤った。

 

 

「……家族に、やらせていたのか? この人殺し(仕 事)を?」

「君がそんな顔をするのも当然だよね。正直、私も良い気持ちじゃなかったよ。これは本来、私が率先して行うべき事だからね」

「……家族にやらせるのはそうだけど、後者はどういう事?」

「……質問を質問で返す形で返しちゃうけど、エリシオ君、“価値”って何だと思う?」

「価値……?」

 

 

 質問していたのはこちらだというのに、相手に質問し返された事にとやかく言うタイプではないため、エリシオは『価値とは何か』と考え始める。

 

 

「……そのものが持っている、なにかに活かせる要素、とか?」

「うん、そうだね。価値とはそういうものだ。なにかに活かせる性質や有用性があるからこそ、それには“価値”が付与される。そこでなんだけど……」

 

 

 腕を組んで笑顔を消したアンナは、真っ直ぐな眼差しでエリシオを見つめる。

 

 

「―――この村に住む人達に、“価値”ってあると思う?」

「……は?」

 

 

 なにを訊かれたのか、理解できなかった。

 その質問の内容の把握に数秒の時間をかけたエリシオの目が見開かれるのを見ながら、アンナは続ける。

 

 

「私は、価値とは未来に直結するものだと思う。価値があるからこそ活かされて、それは後に未来を形作る礎となる。そして、その価値は別のものに受け継がれ、また新たな価値となって広がり続ける。それじゃあさ―――」

 

 

 ―――無価値なものに(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)生きてる意味ってある(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 

「―――そんなわけないッ!」

 

 

 その一言で締め括ったアンナに、エリシオは思わずそう返していた。

 

 

「どうして? 無価値なもの―――いらないものは捨てるのが普通でしょう? それのなにがいけないの?」

「貴女がそう言って扱っているのは……人の命だ」

「人じゃないよ。無意味に資源を食い潰して、いざそれが無くなったら他人に当たって、縋れる対象がいれば自分達の全てを任せてしまう―――そんな連中、私は人間とは思えないよ」

「だけど……そんな、人を道具みたいに……」

「道具にも劣る存在だよ。ここに住んでいるのは」

「―――ッ!」

「教えてあげるよ、エリシオ君。全てのものに“価値”が存在する以上、人間にもそれがある。これから先の未来を生きるに値するか、値しないか。残念だけど、この村にいるのは後者に該当している」

 

 

 哀しそうに目を伏せるアンナ。傍から見れば、こうしなければならない事に対する哀しみや、これから命を奪う者達に対する謝罪といった感情をありありと感じられるが―――

 

 

『エリシオ、こいつは……』

「……うん。この人……何も思ってない(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 

 エリシオとジーヴァは直感的に理解できた。

 彼女がそんな感情など一欠片も抱いておらず、ただ作業をするように人を殺しているという事を。

 いや、彼女にとっては先程まで殺していた者達など人間とは思っていない以上、余計に質が悪い。ひょっとすると、彼女からしてみれば本当に仕事―――作業なのかもしれない。

 

 彼女をこれ以上ここで暴れさせるわけにはいかない。そう決意し、攻撃を仕掛けるべく両足に力を入れようとして―――

 

 

「―――お兄ちゃん?」

 

 

 背後からかけられた、小さな声に動きを止めた。

 

 

「……君は……」

「お兄ちゃん……ママがね、消えちゃったの……。赤い光にね、消されちゃったの……」

「……ッ!」

 

 

 今の自分は半ば龍と同化しているような状態だというのに、自分を見つけたその少女は、大粒の涙を零しながらエリシオに近づいてくる。

 だが、彼女がこの場に来た時、状況も、時間も、なにもかもが最悪過ぎた。

 

 

「そういえば、まだ生き残りがいたね」

「……ッ! 逃げ―――」

 

 

 逃げて、とエリシオが叫ぼうとした頃には、既にアンナは少女の背後に立っている。

 今から走り出そうにも、短いはずの彼我の距離が酷く遠いように感じる。

 自分の動きがスローモーションになっているような錯覚を感じながらも、届かないとわかっていながらも走り出そうとするエリシオの目の前で、アンナは右手に緋色の雷を纏わせて―――

 

 

「―――ッ!?」

 

 

 エリシオの手から放たれた矢によって、その手を弾かれた。

 

 アンナの目が見開かれ、エリシオに向けられる。だが、当のエリシオ本人も呆気に取られていた。

 自分の手には、双剣ではなく弓が握られており、なにも持っていない片手は、先程アンナの右手目掛けて射った矢があった事を意味するかのように微かに開かれている。

 そして、視界が今まで見ていたものとは打って変わって、箱の内側から見ているようなものとなっている。

 それが意味するものとは、つまり。

 

 

「……やっちまった」

 

 

 ―――幻想の龍(ジーヴァ)が、祖なる龍(アンナ)に攻撃を仕掛けたのだ。

 

 

「やっちまったッ! この俺様がッ! “祖龍”に攻撃を……ッ!」

『ジーヴァ……』

「ああクソッ! 泣きたくなるッ! 勝てない相手になに攻撃してるんだ俺様はッ!」

「……その気配、ジーヴァね。それも……あの大陸の」

「あぁ、そうだッ! こいつの(からだ)使って、デミ・サーヴァントになったんだッ! お前達を倒す為になッ!」

 

 

 今にも逃げ出しそうな程に足を震わせながら早口でまくし立てるジーヴァ。エリシオの体を使って叫ぶそんな彼の姿に、「……ふふっ」とアンナは小さく笑った。

 

 

「抑止力からの遣いってわけね。異聞帯(ここ)の人間にそれが直接作用するのかは前々から疑問に思ってたけど、まさか本当に融合しているなんてね。……気持ちまでは流石に同じじゃなかったみたいだけど。それで? 君はこれからどうするの? このまま、私と戦う?」

「……ッ」

 

 

 ジーヴァが大量の冷や汗を流しているのが嫌でもわかる。今は彼が肉体を動かしているが、その肉体は元々エリシオのもの。自分の体の事など、本来の持ち主であるエリシオが一番よく知っている。

 心臓の鼓動も恐ろしく早くなっている。このままでは彼女の威圧感に圧し潰されて死ぬのではないかと思ってしまうぐらいだ。

 このままではまずい、と判断し、エリシオはジーヴァに主導権を返すように告げる。

 

 

「だ、駄目だ……ッ! ここで退いたら、情けなさ過ぎて死にたくなるッ! やってやる……やってやるぞ、俺様はッ!」

「……へぇ、いい度胸だね。まさかそこまでとは思わなかったよ。でもね、ジーヴァ。今の君が抱いているそれは、勇気じゃない。蛮勇だよ。それでも君は、この私に挑む? これ(・ ・)を、助けるの?」

「……あぁ、やってやる。正直、俺様にそこのガキを助けるつもりは毛頭ない。ただ……うちの相棒がどうしても助けたいって言うもんだから、助けるだけだ」

 

 

 理性の何割かを割いて足の震えを抑え込み、鋭い瞳でアンナを睨むジーヴァ。

 その眼差しに口元を緩めたアンナが、ジーヴァと真に向き合うべく少女から離れようとして―――

 

 

「……てよ

 

 

 小さい、本当に小さな声に、両者の視線が動く。

 ジーヴァは訝しみの視線で、アンナは「やっぱりか(・ ・ ・ ・ ・)」と言いたげな冷めた視線で彼女―――今まで黙っていた少女を見やる。

 

 その体は、ジーヴァとは比べ物にならない程に震えている。

 当然だろう。いきなり人々が落雷によって殺された事から始まり、異形の女性にその命を握られていたのだから。

 

 ならばこそ、一秒でも早く助けなくては。

 そう、エリシオが考えた時だった。

 

 

「―――いいから早く、私を助けてよッ! この役立たず(・ ・ ・ ・)ッ!!」

『……え』

 

 

 なにを言われたのか、まるでわからなかった。

 ジーヴァでさえも、彼女が何と言ったのか理解できなかったらしく、目を丸くして唖然としている。

 

 そんな彼らの視線を気にする事なく、少女は彼らがこれまで目にしてきたものとは全く異なる形相で叫び続ける。

 

 

「折角この村に連れて来てやったのにッ! 涙まで流してやったっていうのにッ! なんでもっと早くモンスターを狩ってきてくれないのッ!? 私の為だったなら、もっと早く終わらせてよッ! 早く……早くこいつを殺してよッ!!」

 

 

 叫び喚く事に意識を集中させているためか、大きく見開かれた瞳から大粒の涙が零れ、口元は鼻水や涎でぐちゃぐちゃだ。

 しかし、そんな事など知らぬばかりに喚き続ける少女を―――

 

 

「黙れ」

「が……ッ!?」

 

 

 欠片の感情も抱かない表情で、アンナが蹴り飛ばした。

 反応できない速度で繰り出された一撃は腹部に命中し、少女は地面を転がっていく。

 

 それにジーヴァの視界が揺らぎ、弓が片手剣に切り替わる。

 

 

「ガ……アアァァアッ! やりやがったなぁ……ッ! わだし(・ ・ ・)を、子どもを蹴りやがってぇ……ッ!」

「自分が子どもだからって、私が蹴らないと思っているのかしら? 残念だけど、私は君を人間とは思わないし、ましてやその子どもと思ってもいないわ。石ころ(・ ・ ・)相手に情けをかける必要なんて、ないでしょう?」

「ば、化け物め……ッ!」

「幾らでも言いなさい。どれだけ罵られても、私はなにも思わないし、傷つかない。君達を殺すという結果は、微塵も変わらないわ」

「ヒ……ッ!」

 

 

 ゆったりとした動作で近寄ってくるアンナに、少女の顔が恐怖で塗り潰される。

 

 

「お、おい、お前ッ! 助けに来いよッ! なぁ、なに固まってんだよッ!? お願い、助けて……ッ!」

 

 

 少女の視線が青年に向けられる。

 その表情は一刻も早く目の前にいる脅威から逃れたいという気持ちで彩られており、這いずってでも彼との距離を縮めようとしてくる。

 

 

「お前をこの村に連れて来てやったのは誰だよッ! この私だよなッ! それを見殺しにするっていうのかよッ! あッ!?」

「……ッ。う、うぅ……ッ!」

 

 

 少女の叫びが木霊し、青年が頭を抱えて蹲る。

 二人がそうしている間にも、アンナは右手に雷を纏わせ、遂に少女の隣に立った。

 

 

「助けて……お願いだから、助けてよぉ……ッ!」

「黙りなさい。それ以上は見苦しいわ。本当、貴女みたいな奴は……」

「お願い、お兄ちゃ―――」

「―――殺すしか、ないわよね」

 

 

 届かないとわかっていながらも少女が手を伸ばそうとした瞬間、彼女を、その真上に翳されたアンナの右手から発生した緋色の雷が吞み込んだ。

 

 叫び声を上げる事は無い。それを発する余裕も、時間も、なにもかも与えない。まるで、救いを求める事も許さないと告げるように落とされた緋色は、少女の体を瞬く間に焼き尽くした。

 

 

「……これで、最後ね」

 

 

 焼き焦げた足元を見下ろし、淡々とした口調で告げる。

 アンナの足元―――丁度少女がいた場所に出来た、這いつくばった人型の焦げ跡が、彼女の墓標となった。

 

 

「―――ッ! こ……のぉおおおおおおッ!!!」

 

 

 ようやく、というべきか。

 なにもかもが終わったその時、ようやく青年が動いた。

 

 ジーヴァから無理矢理体の主導権を奪い返し、制止しようとする彼の意識さえも捻じ伏せる為に要した時間こそ、今まで彼が少女を前に固まっていた時間だ。その間に、全てが終わった。

 それでも、その視界に少女の最期を見たエリシオは、最早狂化したバーサーカーかの如き勢いで飛び出し、アンナに攻撃を仕掛けた。

 

 

「殺す必要までは無かったはずだッ! なんで殺したッ!」

「ここにいる連中が、いつかここに来た人間達の価値を無価値に変えてしまうかもしれないからよ。人の気持ちは、他人に伝播する。それこそ、ウィルスのようにね。こいつらが外に出なくても、逆に他の村からやって来た人間に与える影響を考えたら、これが一番手っ取り早く済むと考えたから、こうしたまでよ」

 

 

 脳天に振り下ろされた片手剣を、片手で掴んで受け止めたアンナの鋭い視線が、エリシオを貫く。

 

 

「彼らは必死だったッ! それなのに、お前は―――ッ!」

「付き合う相手を選べとまでは言わないわ。けれど、なにもかもを背負おうとするのは止めなさい。背負わなくてもいいものまで背負って、他人に酷使された挙句に、その他人の都合で殺されるだけよ。貴方自身が、その重さに押し潰されるかもしれない」

「だとしても―――ッ!」

「……自己犠牲の精神っていうのかしら。私も多少その気はあるけど、流石にそこまでは無いわよ? 本当、人間って不思議ね。―――……? ……ッ!?」

 

 

 憐みの視線を投げかけていたアンナの表情が困惑に歪み、次に驚愕に彩られる。

 その視線は、エリシオの瞳に向けられているが、エリシオ自身には向けられていない。だが、今のエリシオにそれを気にする余裕は微塵も存在していないため、彼女の視線の変化に気付く事は出来なかった。

 

 

「まさか……貴方が(・ ・ ・)?」

 

 

 片手剣を押し返し、エリシオとの距離を離すアンナ。

 

 

「ふふっ、そう……そうなのね。だとしたら、なんて事かしら。これも運命って事なのかしら? 貴方の事、もっと見ていたくなったわ。……? なに? どうしたの?」

 

 

 エリシオを見つめて微笑むアンナだったが、突然あらぬ方向へ視線を向け始める。

 その間にもエリシオは攻撃を仕掛けるが、アンナはそれを最低限の動きのみで躱していく。

 

 

「え、本当ッ!? わかった、すぐに戻るからッ!」

「ハァ―――ッ!!」

 

 

 ぶつぶつと独り言を呟き、嬉しそうに笑ったアンナに、エリシオが斬りかかる。

 しかし、怒りに任せた単純な攻撃をアンナが受けるはずが無い。容易く攻撃を避けると同時に、エリシオの体を緋色の雷で作り出したボールで包み込む。

 

 

「な……ッ!? クソッ!」

「ごめんね。もう少し話したかったけど、用事が出来ちゃったの。……さようなら、エリシオ君、そしてジーヴァ。次に会う時、君達がもっと強くなってる事を祈ってるよ」

「……ッ!! アンナ……ディストローツッ! “祖龍”ぅううううううううッ!!!」

 

 

 憎しみのまま叫ぶ。

 絶え間ない憎悪に塗れた叫びを轟かせるエリシオを閉じ込めたボールを、アンナは人差し指で弾く。

 それだけで凄まじい勢いで動いたボールは、エリシオを閉じ込めたまま空を飛んでいく。

 

 

「絶対に、絶対に許さない―――ッ! 覚えていろ、“祖龍”―――ッ!!!」

 

 

 彼女の姿が見えなくなっても、エリシオは叫び続ける。

 

 

 

 ―――その心には、宛ら地獄の業火が如き、激情の焔が渦巻いていた。

 

 

 

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「これは……」

 

 

 アンナがエリシオをボールに閉じ込めた頃、シュレイド城にて。

 留守番を任されたボレアスは、足早に地下に向かっていた。

 

 先程、シュレイド王国地下から周辺へと流れる魔力の流れが活発化し始めた。このような出来事は今までになく、なにかしらの異変が起きている事は明白であり、その原因を突き止めるべく、ボレアスは地下へと走り出した。

 

 

「ボレアスッ!」

 

 

 その時、近くのテラスに降り立ったアンナが合流する。

 

 

「状況は?」

「魔力の動きが活発化している。これから確認しに行く」

 

 

 焦っている姉と違って、平常と変わらぬ淡々とした口調を崩さず簡潔に告げるボレアス。

 足早に駆ける二人に首を傾げるカドック達も巻き込み、あっという間に大所帯になったアンナ一行は滑り落ちるように龍結晶によって照らされている階段を下りていき、シュレイド城の最下層へと辿り着く。

 

 

「―――ッ! あぁ……ッ!」

 

 

 最初に声を漏らしたのは、吹き飛ばすように扉を押し開けたアンナだった。

 

 歓喜に彩られた彼女の前には、一体のモンスターなど容易く入れる事が出来る程に巨大な繭。しかし、それは今まで見ていた青白い色ではなく、鮮血のように鮮やかな赤色に変色していた。

 

 しかし、アンナにそれを心配するような様子はない。むしろ、「へぇ、こうなるんだ……ッ!」と笑顔のままに呟き、繭に駆け寄る。

 

 その時、繭の隙間から幾つもの熱線が吐き出され、周囲の龍結晶を破壊し始める。高密度の魔力を伴って放たれたそれは、超高温の熱線となって周囲を溶かし、焼いていく。それにカドック達のサーヴァントが対応しようとするが、彼らでは防げないと悟ったボレアスが咄嗟に彼らの代わりに双剣を振るう事で相殺する。

 

 

「……っ、ほぅ……ッ!」

 

 

 斬撃で相殺した熱線だが、その際に柄を握る手に走った痺れに、思わず喜悦の笑みを浮かべる。

 

 

「おい、なにが起こってるんだ?」

「なにが起こっているだと? これを見てわからないのか? これは、産声(・ ・)だ」

「う、産声……?」

 

 

 予想していなかった返答に、カドックとオフェリアが目を丸くする。

 二人よりも先に状況を把握したペペロンチーノは「なるほどね」と、虞美人は「ようやくね」と肩を竦めて呟いた。

 

 

「そうだ、誕生するのだ(・ ・ ・ ・ ・ ・)。―――この異聞帯(せかい)の“王”が」

 

 

 ボレアス達の視線の先。

 熱線によって融解した地面を臆する事無く進み、両腕を広げたアンナは、歌うように口を開く。

 

 

「さぁ―――産まれておいで。この世界の“王”……『私』の息子―――ッ!」

 

 

 繭が破け、そこから巨大な頭部が現れる。

 次に首、胴体と、次々とその姿を外界へと現したその龍は、ずるりと繭から落ち、軽い地響きを起こす。

 

 褐赤の鱗に覆われた巨躯。

 歪に捻じ曲がった一対の角を持つ頭部。

 赤く染まった強大な翼は、まさしく万物の支配者のよう。

 

 

 ―――其は、数多の英霊、古龍のエネルギーを糧に立つ者。

 

 ―――幼体(ゼノ)の段階を超え、この世界の頂に立つべき一つの強大な命として誕生した者。

 

 ―――“完全なる者”、“古龍の王たる者”。

 

 ―――その異名を持つべき、彼の者の名を、かつての人類はこう呼び、畏れた。

 

 

「ガァアアアアアアアアッ!!!」

 

 

 “完全なる霊魂”―――“赤龍”ムフェト・ジーヴァと。

 

 

 

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 小鳥が囀る森林地帯。

 肉食モンスターも草食モンスターも、悠々自適と過ごすその地域に、一つの球体が落ちてくる。

 

 見ているだけで心が洗われるような清流に落ちたそれは、しかしそれを形作る魔力の量とは比べ物にならない程に軽い衝撃と共に解れ、そこから一人の青年が吐き出される。

 

 

「……ここは、どこだ……」

 

 

 荒み、充血した瞳で周囲を見渡すエリシオは、今自分がいる場所が見知らぬ場所である事を知ると、溜息を吐いて近くの岩に腰かけた。

 

 

『落ち着いた……とは言えないな、エリシオ』

「落ち着けるものか……目の前で人が殺されたんだぞッ! 僕がもっと早く動けていれば、あの娘は―――」

『上っ面だけ感謝して、お前を扱き使うだろうな』

「……ッ! く……ッ」

 

 

 遮って告げられた言葉に、エリシオは押し黙る。

 わかっている。わかってはいるのだ。もしあの少女を連れてあの場を切り抜ける事が出来たとしても、自分は彼女に良いように扱われるだけだろう。彼女は、元からそのつもりで自分を頼っていたにすぎないのだから。

 

 その事実は、エリシオの心に深い傷を刻み付けた。これまでのように、初対面で怖がられるならまだいい。しかし、自分を恐れないでいてくれた相手が、本当は自分を利用するつもりでいたという事実は、ただ怖がられるよりも重く圧し掛かってきた。

 

 再び深く溜息を吐き、顔を両手で覆う。

 

 色々な事が起こりすぎて、気持ちの収拾がつかない。アンナ・ディストローツ―――自らを“祖龍”と名乗ったあの女性を捜すのは当然だが、まずは自分の気持ちを落ち着ける事を優先すべきだと考え、なんとなく視線を彷徨わせようとし―――

 

 

「ふっ……ふっ……」

「…………誰ッ!?」

 

 

 いつの間にか自分の隣に立ち、全裸で木の棒で素振りをしている男に気付いた。

 

 

「おぉ、ようやく気付きおったか。いつになれば儂に気付くかと思っておったが、まさか最後まで気付かなんだとは。まだまだ青いのぉ、青年」

『ゲェッ!? こ、こいつは……ッ!!』

「む、その気配……“冥灯龍”か? だが明瞭なものではない……融合しておるのか。不思議なもんじゃのぉ、サーヴァントというものは」

 

 

 カカカと笑うその男は、顔立ちからすれば五十代かそこらの、大分歳を重ねたような(しわ)が見られる。だが、それ以上にエリシオが驚愕したのは、その身長だ。

 

 

(お、大きい……。まるで山みたいだ……ッ!)

 

 

 身の丈、なんと三メートル超。およその人ではまずあり得ないような体躯を持つその巨漢は、その体からしてみれば杖の役割にもならない程に短い木の棒を放り、エリシオと同様に近くにあった岩に座った。

 

 どこかで聞いた『着物』という衣服がよく似合いそうな雰囲気を醸し出すその男は、全裸という事が気にならない程に鍛え上げられた肉体をしていた。

 見事に割れた腹筋に、見ているだけで圧倒されそうな上腕二頭筋。正直、視界に収めているだけでも暑苦しい気分になってしまうが、それは決して表に出さないでおく。

 だがエリシオは、その体に刻まれているそれら(・ ・ ・)に眉を顰めた。

 

 首元、肩口、足の付け根―――計五箇所に見られるそこには、別々のものを縫い付けたような結合痕が残されている。

 まるでピッタリとピースがハマったパズルのように、違和感など全く感じられない肉体。だが、その違和感の無さが、余計に悍ましさを感じさせる。

 完璧な肉体なはずなのに、それが逆に歪なもののように感じさせられる。

 

 まるで、存在してはならないものが存在しているような―――。

 

 

「あ、貴方はいったい……」

「儂か? 儂は―――」

 

 

 エリシオの問いかけに、壮年の男はスッと目を伏せる。

 瞬間、彼を中心に発生した冷気の渦が、周囲を瞬く間に凍り付かせていく。

 身も心も凍り付いてしまいそうなその冷気の渦が晴れると、そこには氷の粒のような装飾と涼やかな色合いが特徴的な鎧を身につけた男の姿があった。

 

 

「儂の名はスメラギ。『空位』の狩人にして、ただの怪物じゃよ」

 

 

 フルフェイスの奥にある瞳を細め、最強の狩人は小さく笑うのだった。

 




 
 申し訳ございません。
 本当は今回で幕間的な話は終わりにしたかったのですが、あと一話だけ、妖精國編の導入として投稿しますッ!
 それでようやく妖精國編に突入ですので、よろしくお願いしますッ!

 それではまた次回ッ!


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親友だからこそ

 
 ドーモ=ミナサン。
 なんとかサンブレイクのストーリーをクリアし、現在マスターランク解放に勤しんでいるseven774でございます。

 盟友クエスト、楽しいですよね。ウツシ教官がとてもうるさかったですが、滅茶苦茶楽しいです。

 フィオレーネしゅき……また一緒に狩りに行こうね……。ヒノエ姉さんは「私猛き炎の子ども時代知ってますがあなたは?」みたいなマウント取るの色々来るものあるよ。


 

 私、オフェリア・ファムルソローネの朝は早い。

『異星の神』ことU・オルガマリーによって再びこの世に蘇った私は、現在自分と同じようにして復活した親友―――アンナ・ディストローツが管理するシュレイド異聞帯で生活している。

 

 アンナが友人想いの性格であるためにこの世界に招かれはしたが、毎日をのんびりと過ごしているかと聞かれれば違うと答えるしかない。

 

 この異聞帯で生活する以上、協力はしてもらうという事で、私はこの世界に存在する異聞の“我らの団”と共に各地の集落や村に赴いて支援を行っている。それは私と同じようにこの世界に招かれたカドックやペペロンチーノも例外ではない。芥ヒナコこと虞美人は項羽と共に在る事をアンナに認めさせているため同行はしないが、代わりに大型モンスターの撃退や余計な戦闘を避ける為に必要なアイテムを調合してくれている。彼女の作った道具のお陰で乗り越えられた危機も多くある。彼女は彼女でしっかりと貢献しているのである。

 

 そして本日、一先ずは“我らの団”の仕事が一段落したため、私達は五日間の休日を貰った。

 

 『働いた者には、それ相応の対価と休息を』。それが親友(アンナ)のモットーである。

 

 そして、こういう日の朝には、私にとっての楽しみがある。

 その楽しみとは、毎晩共に眠っている親友の寝顔を見る事である。

 

 現在、私がアンナと共に寝室として使っている部屋には人二人など余裕で眠れてしまうサイズのベッドが置いてある。

 その近くにはお互いの作業机が置いてあり、天井には魔力を介して火を灯すシャンデリアが吊られている。

 元々、私達がいるシュレイド城の上空は常に暗雲に覆われているために薄暗く、場所によっては光が無ければ真っ暗な所も見かける。そんな時に、こういった簡単に付けられる明かりがあるのは助かる。

 もちろん、魔力を扱えない“我らの団”のメンバー達や雇われのアイルー達には必要とあれば松明を与えている。そもそも、彼らがあの暗がりに進んで入っていくとは思えないが。

 

 ……話が逸れた。

 とにかく、私はこういった休日の朝には、親友の寝顔を見るのが楽しみであり、日課となっているのである。

 

 アンナ自身、寝起きが早いためにこちらは彼女よりも早く起きなければならないのだが、それもしばらく続けていれば自然と体が慣れるし、なにより彼女の可愛らしい寝顔を見られるのならその程度の事など問題にもならないのである。

 

 ……だというのに。

 

 

「……今日も、一人なのね」

 

 

 私の隣に、あの可愛らしい親友の姿は無い。

 そう、最近になってからというものの、アンナは私と一緒に眠らなくなってしまった。まさかの一日目の休日の夜を境に私を一人で眠らせるようになった彼女は、四日目の朝になってもこのベッドで一緒に目覚める事は無かった。

 

 

(やっぱり、あの“王”絡みなのかしら)

 

 

 別に、一緒に眠ってほしいというわけでは―――いや、全然ある。こういってはなんだが、彼女と一緒に寝る事に慣れてしまったために、一人では上手く寝付けなくなってしまった。

 

 しかし、だからといって無理を言って彼女に頼み込むわけにもいかない。

 今の彼女には、私との睡眠よりも優先すべき用事があるのも確かなのだから。

 

 私達が休みを貰った日。丁度夕方に差し掛かる頃かと思った時、シュレイド城の地下に存在する繭に異変が生じた。

 周囲に超高温の熱線を無数に放出した後にその繭からこの世に生まれ落ちたのは、この異聞帯の“王”と呼ぶべき存在―――“赤龍”ムフェト・ジーヴァ。幼体である“冥灯龍”ゼノ・ジーヴァの段階を飛ばし、初めから成体として誕生した彼の王は、しかし一般的な知識さえ身につけてはいなかった。

 

 この異聞帯で彼の繭を見つけてからというもの、彼こそこの異聞帯に君臨する“王”であると悟ったアンナが、彼がより強大な力を身につけて誕生するように、寿命を迎えた古龍種の生体エネルギーや汎人類史によって召喚されたサーヴァント達を使っていたという事は、彼が誕生した後によって告げられた。しかし、あくまで生体エネルギーやサーヴァントを構成していた魔力を糧に誕生した個体であったために、人格まで形成される事は無かったようで、つまりは大人の体に赤子の精神が宿ったような状態だという。

 そんな彼に教養を身につけさせるのはさぞ大変だろうと思いきや、アンナはこれに乗り気だった。しかしそれも、少し考えれば「それもそうか」と納得せざるを得ない。

 たとえifの歴史に誕生した生命といえど、全ての龍と竜の(はは)であるアンナにとっては愛しい息子に他ならない。息子に教養を身につけさせるのは、親として当然の責務だ。だからこそ、アンナは寝る間も惜しんで自分の弟妹達と共に“赤龍”―――彼女によってムフェトと名付けられた彼を育てているのだろう。

 

 ……だからといって、睡眠時間を削るのはどうかと思うけれど。

 

 

「……なにか差し入れでもしようかしら」

 

 

 母親として子どもの世話をするというのは、私の想像以上に大変だろう。きっとそれは、私が誰かを結ばれて子を成してようやく理解できるものだから。

 しかしそれで自分の健康管理を疎かにし、体調を崩されてしまっては元も子もない。

 

 そう思った私は、思い立ったが吉日が如く、手早く着替えを済ませて部屋を出る。

 寝室から出てしばらく歩けば、燭台が備え付けられた長テーブルが置かれている部屋に辿り着く。

 そこで“我らの団”に所属しているアイルー、シャンマの作ってくれた料理で空腹を満たすのだが―――

 

 

「姉上に会うつもりなら、今は控えた方がいい」

 

 

 自分と対面するように座って食事を取っていた漆黒の狂戦士の言葉に、思わず瞠目した。

 

 

「それは、そうなるまで忙しいって事? それとも、なにか危険な事でも……?」

「……やっぱり、そうなのか?」

 

 

 私とボレアスの会話に、“我らの団”団長のジェリスが少しだけ表情を強張らせた。

 

 

「この前、アンナ嬢から聞いたけどよ。この城の真下にデカいモンスターがいるんだろ? その、暴れ出したりはしないのか?」

 

 

 いつもと変わらぬ口調。しかし、微かにその声が震えている事から、彼がこの城の真下にいる存在を怖れているのがわかる。

 視線を動かしてみれば、彼の他の団員達もその顔に恐怖の色を滲ませており、ボレアスの返答を今か今かと待っていた。

 

 

「それについては心配ない。彼は我々に危害を加える存在ではない。決してお前達に牙を剥く事はないだろう。安心してほしい」

「……そうか」

 

 

 まだ完全には受け入れられないようだが、ボレアスがそう口にした事である程度の安心感は持てたのだろう。ジェリスの顔にあった恐怖の感情が薄れていた。

 

 

「じゃあ、他にどんな理由が? それが収まるまで、ずっと会えないって事は無いわよね?」

「そういうわけではない。あの御方は現在、少々体調が悪い。会おうと思えば会えるが、下手をすると、手を付けられてしまうぞ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)?」

「え……っ?」

 

 

 最後の一言に思わず目を見開くも、ボレアスはそんな私になにも言わずに「馳走になった」と感謝の言葉を口にし、足早に部屋から去ってしまった。

 

 

「どういう事かしら?」

「さぁな。だが、ここはボレアスの言葉に従った方がいいかもしれない。お前も気を付けろよ、オフェリア」

「え、えぇ……」

 

 

 そうして会話も程々に食事を終えた私が廊下に出ると、「待ちなさい」と背後から声をかけられた。

 振り向くと、私より少し遅れて食事を終えた虞美人()が立っていた。一切の恥ずかしげもなく露出の高い服を着こなす彼女は、私に歩み寄りながら続ける。

 

 

「ボレアスに便乗する形になるけど、私からも忠告しておくわ。手を付けられたくなかったら、しばらく彼女と接すのは控えなさい」

「どういう事なの? 手を付けるって、まるで……そ、その……」

「今貴女が考えた事、されるわよ?」

「え……、えぇッ!?」

 

 

 脳裏に浮かんだ言葉をあっけらかんに肯定され、声が裏返ってしまった。

 そんな私に特に反応など返さず、芥は肩を竦めながら続ける。

 

 

「数千年周期で来る発情期みたいなものよ。これまでは一人で鎮めてたみたいだけど、今は夜になれば隣に貴女なんていう格好の獲物がいるから、彼女も彼女で苦労してるのよ」

 

 

 究極の一(アルテミット・ワン)でも発情するのね―――と溜息と共に言い終えた彼女は、一呼吸して「それで?」と私に視線を向けてくる。

 

 

「貴女はどうする? このまま彼女の発情期が終わるまで待つ? それとも、彼女にその身を捧げてみる? 明日筋肉痛になるのが確定するけど」

「…………」

 

 

 問い掛けられた私は、顎に手を当てて考え込む。

 

 アンナが発情期だというのなら、やはりそれが収まるまではそっとしておくのが一番だろうか。

 別に、彼女とそういう事(・ ・ ・ ・ ・)をするのが嫌というわけではない。初めてこの魔眼以外の要素で私を見てくれた大親友である彼女ならば、この身を差し出すのも吝かではない。

 

 しかし私は、キリシュタリア様が好きだ。今はもう、あの暗く冷たい土の下に眠っているとしても、やはり私の彼に対する想いに変化はない。最近になって(・ ・ ・ ・ ・ ・)カイニスがいなくなった(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)のも、「もしかしたらどこかでキリシュタリア様と会っているのでは?」とつい考えてしまう。そんな事、あり得るはずがないというのに……。

 

 いやしかし、アンナもやはり長い間発情しているのも辛いだろう。一人で収められるのならそれに越した事はないが、やはり私としては親友である彼女を助けたい。

 

 

「いや、でも私はキリシュタリア様が……。いえ、ここはやはりアンナを助けるべきじゃ……」

「……前にどこかで聞いた話だけれど」

 

 

 ブツブツと呟き続ける私に痺れを切らしたのか、芥が口を挟んでくる。それに耳を傾けた私に、彼女はこんな事を告げてきた。

 

 

「『キスも行為も、女の子同士ならノーカン』、なんて言葉があるらしいわよ」

「―――」

「……オフェリア?」

「……たわ」

「え?」

「切れたわ……」

 

 

 今、私の中でなにかが切れた。

 それは私にとっての安全装置(セーフティー・バー)。踏み出すには大きな勇気がいる境界線(ボーダーライン)

 

 それがたった今、芥の一言によって取り払われた。

 

 気付けば私は、全速力で駆け出していた。

 

 

「ちょ、ちょっとッ! どこ行くのよッ!」

「アンナのところッ!」

「はッ!? 正気ッ!?」

「正気も正気よッ! 友達が困ってるなら、助けるのは当たり前じゃないッ!」

「話の規模が違うのよッ! 初めてを親友に捧げてもいいのッ!?」

「好きでもない男に散らされるよりはマシッ! それにノーカンッ! ノーカンだからッ!」

「ノーカンだからって即行動に出るんじゃないわよッ! ていうか速ッ! 待ちなさいオフェリアアァァァ………ッ!」

 

 

 背後から聞こえてくる芥の声が徐々に小さくなっていくのを感じながら、私は風を切るように走る。

 この異聞帯に来てからシグルドやボレアスに過酷な自然環境の中でも生きられるようにと鍛えられた影響か、今の私はかつての自分とは比べ物にならない程に体力がついたし、それに伴って知覚能力や反射神経も鍛え上げられた。

 キリシュタリア様が担当していたギリシャ異聞帯で、カドックがあのアルターエゴ―――リンボこと蘆屋道満に対してカウンターを叩き込めたのもそのためだ。

 

 だからこそ私は、丁度通り過ぎようとしていた扉から聞こえる、彼女の声にも気づく事が出来た。

 少しずつ速度を落として立ち止まり、扉をノックして入室の許可を取ろうとした時、扉の奥から彼女のくぐもった声が聞こえてきた。

 

 

「―――は順調? ……うん、うん。へぇ、そうなんだ。そ―――ね。え、顔? だ、大丈―――ッ! 少し、―――みなだけ―――」

 

 

 誰と話しているのだろうか。相手の声が聞こえないという事は、ここからは扉に遮られて聞こえない距離にいるのか、それとも誰かと通信でもしているのか。

 しかし、仮に通信しているとしても誰と? ベリルとはオリュンポスでの件もあってそう気楽に話せるとは思えない。では南米異聞帯を担当するデイビットかと考えたが、彼はこの前の定例会議で欠席している。なにかしらの事情があると思うが、もしかしたらそれについてだろうか。

 

 ならば、少しだけ待って会話が途切れた時にでもノックしようかと思っていると、丁度終わりに差し掛かっていたのか、アンナが「それじゃ、またね」と短く告げて会話を終わらせた。

 それを聞いた私がノックをすると、「誰?」とくぐもった小さな声が聞こえてきたので「私よ」と答える。

 

 

「えっ、オフェリアちゃん? ま、待って。今はちょっと……」

「入っても、いい?」

「で、でも……」

「どうして……? アンナ、最近私と顔を合わせてくれないでしょ? その、なにか私、貴女を傷つけるような事をしてしまったかしら。それなら、しっかりと向き合って謝りたいんだけど……」

 

 

 彼女の優しさに付け込むような言葉を紡いでいるのが、私に酷い罪悪感を抱かせる。

 こんな卑怯な言い方をされてしまっては、彼女も色々と考えてしまうだろう。ただでさえの発情期で、それを頑張って抑えて誰かと会話をしていたのに、そこへ立て続けに私に来られてしまっては、彼女としても困ってしまうはずだ。

 けれど私は、確信を以て言える。こういう言葉を口にすれば、きっと彼女は―――

 

 

「そ、そんな事ないから、ね? その、入ってきて、いいから……」

「……じゃあ、入るわね」

 

 

 自分に言い聞かせるように答え、ガチャリと扉を押し開ける。

 私の何倍もの大きさを誇る扉が軋む音を上げながら開かれ、その奥に白銀の女性の姿を露わにする。

 

 

「オ、オフェリアちゃん……」

「アンナ……」

 

 

 彼女の姿を視界に収めて思ったのは、憐憫だった。

 まず、顔は耳まで真っ赤に染まっている。それに、微かに開かれているであろう唇からは一定のリズムで熱っぽい吐息が吐き出され、それを隠すように軽く握った右手で口元を隠している。

 目線も私に固定されておらず、絶え間なく色々な方向にその視線を彷徨わせ、時々私と視線が交われば、その瞳が微かに潤んでいるのが見て取れる。

 

 

「ご、ごめんね。その、勘違いさせちゃって……。君が無意識に私を傷つけてるような事は、全然ないから……その……」

「……ごめんなさい。それ、嘘なの」

「え……?」

 

 

 私からの言葉が予想外だったのか、一瞬だけ見開かれたアンナの目が私に固定される。しかし、すぐにハッとした様子で視線を逸らされてしまった。

 

 

「なら、どうして? オフェリアちゃん、あまり嘘は吐かないよね……?」

 

 

 そういえばそうだ。

 確かに私はこれといった嘘を吐いた事は無い。流石にアンナ以外の気心知れた相手にサプライズをする時は、それを隠す為に嘘を吐く事もあるにはあったが、それは本当に軽い嘘で、こういった、相手の優しさに付け込むような嘘を吐いたのはこれが初めてだった。

 そう考えてみると、私は俗に言う『優等生気質』というものなのだろうか。

 ―――けれど、今はそんな事を考えている時ではない。

 

 

「今日は嘘を吐かせてもらったわ。貴女の為にね」

「私の……?」

「芥から聞いたわ。今の貴女が、その、あれっていうのは……」

「う……」

 

 

 小さく声を漏らして俯く彼女。

 その反応から見て、発情期というのはやはり真実だと認識する事が出来た。芥を信じていないというわけではないが、やはり本人からしっかり確認を取るのも必要だと考えたからだ。

 

 

「……こ、怖いよね。いつも隣で寝てる相手が、自分を襲うかもしれないって……。で、でも大丈夫だから。時間はかかるけど、ちゃんと鎮めるから……」

「そ、それなら……」

 

 

 そこまで口にし、私は言葉に詰まってしまう。

 そこから先を口にしてしまえば、後戻りできなくなってしまう。女同士(ノーカウント)だとしても、その記憶は、出来事は、感覚は、きっとお互いの心に深く刻み込まれてしまう。

 もしかしたら、この友情が壊れてしまうかもしれない。それは嫌だ。

 これから先も、彼女と一緒にいたい。

 友人として、傍にいたい。

 

 傍に―――いてほしい。

 

 けれど、怖がってばかりではいけない。

 怖がっているだけでなにもしないのは、良くない事だ。大切な事は、たとえ怖くても、前に進む事だ。弱い自分に別れを告げて、殻を破って飛び出す事こそ、大切な事なのだ。

 

 覚悟は―――決まった。

 

 

「それなら、私と……する?」

「……ぇ……?」

 

 

 私の覚悟の一言に、アンナが茫然とした表情になる。

 私はその覚悟のままに、畳みかけるように続ける。

 

 

「アンナ、私は貴女の親友よ。大切な人だと、心から思っている。そんな貴女が苦しんでいるなら、助けたい。だからお願い。私に……手伝わせて」

「…………い、いいの?」

「……えぇ」

「本当に、いいの……? その、初めてが、私で……」

「……相手が貴女だから、いいの」

 

 

 微かに震えの混じった声で繰り返される問いに、私は頑として答える。

 それにアンナは申し訳なさそうな表情を浮かべるも、すぐに頭を振って俯く。

 

 

「……

「え?」

「夜……。寝室で……待ってるから」

「……えぇ」

 

 

 どうしよう。

 約束を取り付けただけなのに、心臓が破裂しそうな勢いで鼓動している。

 きっと私の顔も、目の前にいる彼女と同じく真っ赤になっているに違いない。

 

 

「そ、それじゃあ、寝室で。すぐに行くから、待ってて」

「……うん」

 

 

 それからどう会話を続ければいいのかわからなくて、私は半ば無理矢理話を終わらせるように話を打ち切り、アンナもまたそれに乗ってくれた。

 

 ぎこちない動きで扉を閉め、胸に手を当てて何度も深呼吸を繰り返して火照った顔を冷ます。

 

 少しずつ熱が引き、思考も明快になってきてから、私は―――

 

 

(い、言っちゃったぁあああああああああああッ!! 約束、しちゃったああぁああぁぁぁ……ッ!!)

 

 

 その場で悶絶した。

 

 思い返してみると、なんて恥ずかしい事をしていたのだろう。彼女の為とはいえ、親友とセ、セ……する約束するなんてッ! まるで自分が起こしたものとは思えないくらい大胆な行動を起こした記憶に、頭が爆発しそうになる。

 

 

「お、落ち着きなさいオフェリア・ファムルソローネ……。そう、これは親友の為……親友の為だから。女同士だからノーカン、ノーカンだから……」

 

 

 もうこうなった以上、ノーカンで片付けられる気など微塵もなくなってしまったが、それでもなんとか自分にそう言い聞かせる。

 そうしてなんとか気持ちを落ち着けた私は、肺に溜まった酸素を勢いよく吐き出した。

 

 

「……手伝うって、約束したからね。絶対に、護らないと」

 

 

 固く拳を握り、私は再び決意を固めて歩き出す。

 

 約束の時間は夜。きっと、誰もが寝静まった頃。その時こそ、私の勝負の間。羞恥を前に逃げるなど許されない。しっかりと彼女と向き合っていこう。

 

 

 ―――そして、私は後悔する事になる。

 

 私の下で乱れ、「やめて」「やだ」と懇願するアンナの姿を愉しんだ事を。

 枕に顔を埋めて必死に声を漏らさんとする彼女に矯声を上げさせんと弄んだ事を。

 

 後日、彼女以上に腰を痛くする羽目になってから、私はあの時調子に乗るんじゃなかったと、深く後悔するのだった。

 

 

 

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 数日後。

 円卓が設置されているシュレイド城の一室には、五人のクリプターとそのサーヴァント達が集結している。

 

 カドック・ゼムルプス。

 サーヴァントはロシア最後の皇帝の娘、アナスタシア・ニコラエヴァ・ロマノヴァ。

 

 オフェリア・ファムルソローネ。

 サーヴァントは北欧神話にその名を轟かせる竜殺しの大英雄、シグルド。

 

 スカンジナビア・ペペロンチーノ。

 サーヴァントはインド神話に名を刻む憤怒の化身、アシュヴァッターマン。

 

 芥ヒナコ―――真名を虞美人。

 サーヴァントはその美貌を仮面で覆い隠した剣士、蘭陵王。

 そして、彼女の付き添いとして、乱世の覇王、項羽。

 

 彼らの視線の先。

 豪奢なステンドグラスを背負い、椅子に座している彼女―――アンナ・ディストローツ。

 サーヴァントは“運命の戦争”の異名を持つ“禁忌”の一角、“黒龍”ミラボレアス。

 しかし、今回彼女の傍に控えるサーヴァントは彼だけではない。

 

 アンナの左側に立つ、燃え上がる炎のように真っ赤なワイルドロングの髪を持つ、ボレアスと瓜二つの顔に、しかし彼ならばまず浮かべないであろう獰猛な笑みを湛える彼の名は、バルカン。

 

 アンナやボレアス、そしてこの場にはいない二騎と同じ“禁忌”の一角として知られるモンスターである。そして、ボレアスの双子の弟でもある。

 

 

「みんなに集まってもらったのは他でもない。いよいよ、私達も行動を起こす時が来た」

 

 

 真剣な面持ちで告げられた言葉に、その場の空気が一気に張り詰める。

 

 

「つい先程、先んじてイギリス異聞帯に向かわせていたカイニスが報告に来たよ。その主な内容は、イギリス異聞帯に生息する、その世界の霊長類の座に就いた種族―――妖精が『大穴』に呑み込まれる、突然黒い靄に覆われたと思えば凶暴化した、といったもの。頻度はあまり多くないようだけれど、早めに行動を起こす事に越した事は無いね。そして、同時にこれは、イギリス異聞帯どころか、この惑星(ほし)すら滅ぼし得る『呪い』の前兆でもあると考えられる。だから……」

「今回は、我も同行を申し出た」

「な……ッ!?」

 

 

 予想外の助っ人―――項羽にカドックが驚愕の視線を向ける。

 確かに、項羽は強力な存在だ。かつて、中国異聞帯に現れた古龍種を蘭陵王と共に討伐した事からも、その実力の高さは窺い知れる。

 しかし、いいのだろうか。彼がイギリス異聞帯に出向くという事は―――

 

 

「項羽様……」

 

 

 彼を愛する(虞美人)を、この異聞帯に残すかもしれないという事。

 

 

「虞よ。我が妻よ。此度の異聞帯に存在する『呪い』―――それは星すら滅ぼす、しかして人理を呑む人類悪という者達とは異なる災厄。汝との安寧を阻む者の存在を、我は看過する事は出来ぬ」

 

 

 自分は汎人類史の項羽ではない。しかし、演算によって得た妻への愛は、汎人類史の己にも劣らぬものだと考えている。

 力を以て万物を打ち砕く機械ではなく、一人の(おとこ)として、項羽は妻を護る為に立ち上がったのである。

 

 その覚悟の眼差しに射抜かれ、虞美人は大きく目を見開く。そして、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、自分の胸に手を当てた。

 

 

「……ならば、私も参りますッ! 項羽様、私も、貴方と共に戦いますッ!」

「妻よ……」

「アンナ。項羽様が貴女に同行すると言うのなら、私も行くわよ。私はもう、この御方と離れるつもりはないわ」

「……わかった。でも、くれぐれも無茶はしないでね」

 

 

 元々、虞美人の同行を拒否するつもりはなかった。項羽が出向く以上、彼女もまたイギリス異聞帯へと同行するだろう。

 愛する存在に取り残される哀しみは、アンナも理解している。

 それもあって快く了承したアンナに、虞美人は「ありがとう」と素直に感謝の言葉を送り、席に座り直した。

 

 

「アンナ、質問してもいいか?」

「ん? なに?」

「“王”―――ムフェトはどうするつもりだ? それに、“我らの団”は……」

「アルバとミラオスに頼んであるよ。アルバはボレアスの次に勤勉だから間違った知識は植え付けないと思うし、もしそうするならミラオスがちゃんとフォローしてくれる。“我らの団”の護衛も、しばらくはそのどちらかが担当する事になるよ。これは“我らの団”全員に了解を取ってる」

「そうか」

「他になにか質問は?」

「汎人類史のサーヴァントについてはどう対処するのかしら」

「古龍種に任せる。既にこの王国周辺を偵察させているし、地下にはダラも控えさせてるから、生半可なサーヴァントじゃこの城に入る事すら出来ないよ」

「まさしく鉄壁の防御ね。貴女が敵じゃなくて本当に良かったわ」

 

 

 ペペロンチーノが微笑みのまま言い終え、アンナは他のメンバー視線を移す。誰からの質問もない事を確認すると、「それじゃあ」と話の締めに取り掛かる。

 

 

「出発は明日。それまでに各々の準備を済ませておきなさい。イギリス異聞帯―――妖精國ブリテン。その世界は、恐らく全ての異聞帯の中で最も醜悪なものだろうからね」

 

 

 アンナのその言葉に誰もが気を引き締め、早速準備をすべく椅子から立ち上がる。アンナも彼らから少し遅れて椅子から立つのだが―――

 

 

「「アイタタタ……」」

 

 

 オフェリアと完全にシンクロした動きで、腰に手を当てながら再び着席してしまった。

 

 

「……筋肉痛、治しておきなさいよ」

「「はい……」」

 

 

 虞美人からの呆れた視線に、二人は大人しく頷くしかなかったのだった。

 

 

 

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 いつの頃だったか。汎人類史からのチェンジリングで流れ着いた書物を、我が愛娘が読んでいた時があった。

 きっと、彼女にとってはさしたる理由もないもの。単なる、気まぐれというやつだろう。

 

 しかし娘はその書物から、偶然にも一人の狩人(えいゆう)を見つけ出した。

 

 地を歩み、空を翔け、そしてある災厄を食い止めた彼女。行く先々で数多の者と絆を結び、最期はなにかしらの病でこの世を去った彼女。

 

 汎人類史では伝説の英雄に数えられた騎士の名を襲名させられたが故か、(わたし)を護る為の力を欲したのか。理由は定かではない。ひょっとしたら、自分という悪辣なる者に使役されるという屈辱を、この狩人(えいゆう)に味合わせてやりたい、といったものかもしれない。

 

 兎角、彼女は私に召喚の手順を乞うてきた。初めてそれを聞いた時は、思わず突っぱねてしまうところだったが、彼女の願いを聞き入れる理由は、すぐに私の脳内に浮かび上がってきた。

 

 愛娘はあまりにも優しすぎる。その優しさ故に、妖精共に慰み者として扱われ、死してしまうのが常だった。

 妖精は、あまりにも純粋過ぎて、それ故に醜悪だった。だが、彼女ならばどうだ。妖精ではない人間の彼女ならば、私の手が届かぬ場所でも、きっと娘を護ってくれるのではないか。

 

 策謀を張り巡らせ、円卓の崩壊を導いた(わたし)。恐怖による統治で平穏な世を築いた(わたし)。そんな女王(わたし)が、たった一人の人間の善性に娘の命を賭けるなど、なんともお笑い草だ。

 

 

 ―――しかし。

 

 

 それでも、私は、信じてみたかった。

 

 相手が何者であろうとも、快く仲間に引き入れていた()の記憶が、私の首を縦に振らせた。

 

 そうして、彼女は召喚された。

 無明の闇を思わせる、禍々しい黒紫の鎧に身を包んだ彼女は、私が悪辣になるよう育てた娘の我儘に全くと言っていい程折れずに、常に彼女に付き従った。同時に、どこかしらの街へ向かう途中の彼女を襲うモースやブラックドッグを、瞬く間に排除してくれてもいる。

 

 数百年の時を経ても尚、彼女は相も変わらず、我が娘の傍に在る。

 

 それだけではない。彼女は我が娘だけでなく、娘と同じ妖精騎士達とも良好な関係を築き、さらには我が勇士であるウッドワスとも親友の間柄となってくれた。

 この前なんか、妖精騎士ガウェインことバーゲストとその恋人(・ ・)である青年、そしてウッドワスを交えてお茶会をしていたらしい。その後、ヤキモチを焼いた我が娘が、なんだか楽しそうだからという理由で妖精騎士ランスロットことメリュジーヌが、そして最後に娘に誘われて私が相席したため、あの青年は酷く委縮していた。あの時は少し申し訳ない気持ちになってしまった。

 

 諸事情などでバーヴァン・シーから離れて行動する事もあるにはあるが、それ以外では極力彼女の傍にいてくれるあの狩人には、本当に感謝しかない。正直言ってしまえば、あの男(ベリル・ガット)が不要と思えてしまう程に。

 

 嗚呼―――ありがとう。本当にありがとう。私の娘を護ってくれて、ありがとう。私を安心させてくれて、ありがとう。

 どうか、これからも彼女を護って。

 彼女を護る盾になって。

 彼女を救う剣になって。

 

 

「お母様、行ってきますッ!」

「えぇ、行ってらっしゃい。バーヴァン・シー。……今回も、娘を頼みます」

「もちろんだとも。女王陛下」

 

 

 中性的な声色で、凛々しい態度を崩さぬままに頷く狩人。

 その手を引っ張りながら、我が愛娘は明るい笑顔で扉を指差す。

 

 

「さっ、早く行こうぜ―――カリアッ!」

「えぇ、マスター」

 

 

 娘に手を引かれるがままに、漆黒の狩人は衛士達が開けた扉の奥へと消えていく。

 

 嗚呼、娘が―――バーヴァン・シーがあんなに楽しそうに。なんと素晴らしい。生きててよかった。永年の統治で荒んだ心が癒される……。

 

 

「貴方もそうは思いませんか?」

 

 

 私の背後―――私が腰かける玉座を護るように控える気配が動く。

 私達と言葉を交わす事は出来ないが、それでも、その巨体から漏れ出る冷気と熱気が丁度心地よいものになっている事から、()も私と同じ気持ちなのだろうと判断する。

 

 氷鱗に包まれた背中側は凍えるほど冷たく、炎鱗に覆われた腹側は灼熱のように熱い。

 鼻先には剣のように伸びた巨大な刀状の角が一本だけあり、その周囲を取り囲むように数多の角が伸びるという、異様な形状の頭部を持つその龍。

 

 名を―――“熾凍龍”ディスフィロア。

 かつて最果てにて死闘を繰り広げた門番。現在は大穴の底に潜む、腐肉を食む()と、最近妖精國に流れ着いた凶気を齎す黒き災厄を封じ込めてくれている、私の相棒。

 周りの妖精が未だに恐怖の眼差しで見上げてくる中、彼はそれをまるで歯牙にもかけずにじっとその場に留まり、妖精達を見下ろしている。

 

 

「……陛下」

 

 

 この龍の視線を受けている中、誰が最初に口を開くかと思っていると、一人の男が言葉を発した。

 

 

「スプリガンか。どうした?」

 

 

 長い金髪に、異国の服に身を包んだその男は、周りの妖精と違って私や龍に対する畏敬の念を示すように僅かに頭を下げながら答える。

 

 

「プロフェッサー・Kからの伝言です。『新しいプロジェクトについての話をしたい。予定が空いている日を教えてほしい』、との事です」

「プロフェッサー・Kから? わかった。後で確認する」

 

 

 スプリガンが口にした人物の名に微かに目を見開く。

 

 プロフェッサー・K。ある日彗星の如く妖精國へと現れ、我々には想像も出来なかった新技術・新事業を次々と開拓していき、瞬く間に私から爵位を獲得してみせた男の名。

 自らの顔上部を星の光を象った仮面で隠した彼に最初こそは不信感を抱いていたが、話してみればこれが存外に面白い人物で、ある程度は好きに行動させていた。相手の内面を見通す妖精眼を使っても、彼が善人と呼べる人物だったというのも、私の彼に対する評価が高い理由でもある。……色々な面で愛娘が世話(・ ・)になっているという私情を大量に含めてはいるが。

 そのカリスマ性は私としても一目置く程のものであり、その影響によって彼の下には個性豊かな妖精達が集まっている。

 最近ではプロフェッサー・K同様に自らの顔を仮面で覆った、『マスクド・L』と名乗る褐色の女性を秘書に加え、さらにその勢力を拡大している。

 

 

「して、そのプロジェクトとは?」

 

 

 そんな彼が新プロジェクトと立ち上げると聞き、私は少しの高揚感を覚える。

 今度はどんなものを私に見せてくれるのか。それが楽しみになり、ついスプリガンに訊ねてしまう。

 

 

「それが……」

 

 

 珍しく言い淀んだスプリガンに訝しむ視線を送ると、彼は少し言い難そうにしながらもこう続けた。

 

 

「アイドル……だそうです」

「…………アイドル?」

 

 

 知識としては知っている。しかし予想していなかったその単語に、私は思わず首を傾げてしまったのだった。

 

 

 

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 許されよ、許されよ。

 我の罪を許されよ。

 自由を愛する妖精達、愛を守った妖精達。あなた達のブリテンは栄えるでしょう。

 沢山の死を積み上げて永遠に、永遠に。

 でもどうぞいつまでも忘れずに。

 世界が新しくなるほどに根は古び、誰も知らないままこの通り。

 誰もが目を背ける蟲の一咬みで悉く崩れるのです。

 許されよ許されよ、我らが罪を許されよ。

 

 

 ―――偽りの王は客人に救われ

 

 ―――毒血が広がる事はなく

 

 ―――しかして訪問者は黒き瘴気に呑まれ

 

 ―――呪いは蟲に喰われ、蟲は昏く蒼い輝きと共に天へと昇り

 

 ―――黄金と白銀は、手を取り合う

 

 

 ここは楽園、妖精國。

 あり得ざるブリテンの未来。

 続くはずの無い妖精達の世界。

 

 

 ―――総ては廻り、無へと還っていく。

 




 
 ちなみに今回の発情期解消イベントは今回限りで終わりではなく、しっかりと後に響かせますので楽しみにしていてくださいッ! 流石にもう一度発情は周期的にないですが……。

 改めて考えてみると、6章開始時の予言ってかなりネタバレしてましたよね。ストーリーを続けていくうちにあの謎が解けていくのが楽しかったですが。

 次回からは妖精國編ですッ! モルガンもバーヴァン・シーもメリュジーヌもバーゲストも、全員救ってみせますぞ~ッ!

 オフェアン百合えち話(攻め受け逆転要素あり)……欲しい?


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流行の街

 
 fgo7周年、おめでとうございますッ! そしてアルクェイド実装ありがとうございますッ!
 皆さんはもうアルクェイド当てましたか? 私は今度来る水着プーリンの為に温存する事にしたため、一人当てて撤退しました。しかし三十連程で出たせいか、マーリン狙いの福袋ガチャは見事に外れ、水着ネロと水着マリーが当たりました……。

 今回より妖精國編です。原作ではあまりにも残酷な結末を辿った彼女達がどのようなストーリーを歩む事になるのか、楽しみにしていてくださいッ!

 それではどうぞッ!

 


 

 ブリテン異聞帯―――通称、妖精國ブリテン。

 最果ての地より帰還した一人の妖精による恐怖統治が敷かれた、妖精達の楽園。

 

 妖精達の習性によって成立したこの島であるが、島としての形を持つ以上、そこには砂浜が存在する。

 

 そこに立つ、サーヴァントが一騎。

 

 褐色の肌に、頭部からは動物の耳が見える。

 白いが、老いを感じさせぬ短髪を持つその者の名は、カイニス。

 アンナ・ディストローツの願いを受け、彼女よりも先んじてこの異聞帯に足を踏み入れていたサーヴァントである。

 

 彼がこの場所にやって来てから、そろそろ三十分。

 汎人類史であれば丁度日が顔を出している頃だろうが、生憎とこの妖精國に『朝』という概念は存在しない。

 

 この國の空は、統治者である女王の帰還と共に現れた古龍種によって変質してしまっている。

 雲間から覗く月が煌々と輝く、禍々しい血の色をした空模様。それがこの妖精國ブリテンにとっての、当たり前の空(・ ・ ・ ・ ・ ・)であった。

 

 

「……そろそろか」

 

 

 組んでいた腕を解き、閉じていた瞼を開ける。

 

 そんなカイニスの目の前で、突如としてそれ(・ ・)は起こった。

 

 周囲の空間を歪める、黒い渦。

 何らかの前触れもなく、突然出現したそれは、この妖精國と、それとは別の道を辿った世界を繋ぐ昏き回廊。

 そこから数人の人物と、一体の異形が姿を現す。

 

 

「ようこそ地獄へ。よく来やがったな、お前ら」

「会って早々言うねぇ。別にそう言う必要は……なるほどね」

 

 

 開口一番にそう言ったカイニスにアンナが抗議の目を向けるも、その視線を頭上に向ければ納得がいったように頷いた。

 

 

「……カイニス。もしかしてこの異聞帯には、あの子(・ ・ ・)もいるの?」

「直に会ったわけじゃねぇけどな。うちの社長(・ ・)の会議に付き合った時に見た。……お前、あんなのも産んでたのかよ」

「母親を前に息子を『あんなの』呼ばわりしないでくれる?」

「おい、アンナ。さっきから誰の話をしてるんだ。こっちにも教えてくれ」

「あっ、ごめん……」

 

 

 カイニスと話し込んでいたところ、話の内容がわからないメンバーを代表してカドックが口を開く。

 それに謝罪してから、アンナは彼らに説明を始める。

 

 

「この空模様はね、私の息子―――“熾凍龍”ディスフィロアが住んでたところと同じものなの。カイニスの話を聞く限り、この異聞帯には彼がいるという事だね」

 

 

 “熾凍龍”ディスフィロア。その名にカドック達が目を見開く。

 

 遥か古代の時代には、“最果ての地”と呼ばれる場所でのみ存在が確認された古龍種。アンナのサーヴァントである“煌黒龍”アルバトリオンが創り出す“神域”と同じく、およそ生物が暮らす事が出来ない場所で発見されたモンスターで、その特異な環境によって最後までその生態が完全に明らかになる事は無かった。

 当時の様子を描いた叙事詩『モンスターハンター』によると、炎と氷という相反する力を自在に操る能力を持っているらしく、叙事詩ではその力を駆使し、己に挑んできたメゼポルタのハンター達を苦しめたと記されていた。しかし、それ以外にわかっているとすれば、その能力が彼の体内に存在する『対玉』と呼ばれる宝玉によるものと、力尽きた際には自らの属性エネルギーを制御できずに氷像と化す―――程度のものだった。

 

 制御できなければ己すら氷像と変えてしまう、相反する属性エネルギー。そして、ただ存在するだけでも空を異常なものへと変貌させてしまう力。

 

 その生態がほとんどわかっていないとしても、この二つだけでもディスフィロアが強力な古龍種である事は誰でもわかってしまった。

 

 

「言っておくけど、今すぐ戦うってわけじゃないからね? 少なくとも今の私達は、このブリテンの勢力と争うつもりは無い。しばらくはある会社の社員(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)として、この異聞帯で過ごすよ」

「は? 会社? 社員?」

 

 

 てっきりこの異聞帯に足を踏み入れたら、ある程度の情報収集を終えた後に攻勢に出るかと考えていた分、カドックの動揺は大きい。

 こちらに来る前、アンナはこのブリテン異聞帯―――妖精國ブリテンの危険性を訴えていた。この世界にあるという『呪い』による被害が、この異聞帯どころか外側の世界にすら影響を及ぼすというのだから、最初から滅ぼす気で行くのかと考えていたのである。

 

 

「まぁ、正直私も『呪い』については早めに潰しておくべきだと考えてはいるよ。でもね、これは私達だけの問題じゃない。カルデアにとっても、この異聞帯はどうしても足を踏み入れざるを得ない場所でもあるんだよ?」

「カルデア? どうしてそこでカルデアが出てくるの?」

 

 

 首を傾げるオフェリアに、「オリュンポスの事を思い出してごらん」とアンナが告げる。

 

 

「あそこで私達は、キリシュタリアの理想魔術をも上回る大魔術を見た。あの(ひかり)は、ロンゴミニアドの輝き。本当だったらアルトリア……アーサー王が持っていた聖槍だけが放てるものなんだけど、見た限り、あれは聖槍から撃たれたものではなく、魔力で編まれたものだった。つまりこの異聞帯には、神造兵器を魔術で再現した、正真正銘の魔術の天才がいる」

 

 

 恐ろしいにも程があるよ―――と、戦慄した様子で自分の肩を抱くアンナ。

 アルテミット・ワンである彼女ですらこのような反応をするのもそうだが、オフェリア達も魔術世界の住人だ。神造兵器を魔術のみで再現してみせたその魔術師との実力差をありありと思い知らされ、戦慄していた。

 

 

「でもね、これはカルデアにとっては願ってもない機会とも言えるの。聖槍(げんてん)に勝るとも劣らない魔術(ロンゴミニアド)……『異星の神』を相手にするなら、喉から手が出る程欲しい力。それこそ、切り札と呼んでも差し支えないぐらいにはね」

 

 

 そう、そうなのだ。

 カルデアにとって、この地球白紙化現象の元凶とも取れる『異星の神』―――Uーオルガマリーへの対抗策として、神罰が如き大魔術は頼もしい戦力となる。第一、あちらには世界的な名探偵であるシャーロック・ホームズが在籍しているのだ。彼がこの魔術の入手を提案しないはずが無い。

 

 遅かれ早かれ、カルデアは必ずこの異聞帯にやってくる。これまでのように世界を切除する為ではなく、ロンゴミニアドという大魔術を確保する為に。

 

 そして何よりも―――

 

 

「そしてこれは、カルデアにとっての新たな“試練”になる。これまでとは違う目的による異聞帯への侵入。破壊ではなく、協力を要請する為の異聞帯紀行。これはカルデアの―――ひいては藤丸立香(あのマスター)にとって大きな糧になる。それなら尚の事、今ここで妖精國を滅ぼすわけにはいかないよ」

「まったく……なんでそこまであいつらにこだわるのかしら」

「汎人類史を取り戻すなら、私達じゃなくてカルデアの方が全然いいよ。どう言い繕っても、私達は『汎人類史の裏切り者』という立場からは逃れられない。なら、元から『汎人類史の守護者』として活動するあの子達の方が、この事件を解決するのに適しているからね。……それじゃあ、カイニス。早速案内してもらおうかな?」

「あぁ。街までちょいと距離があるから、軽く説明しながらな」

 

 

 ついてきな―――そう言って歩き出したカイニスに従い、アンナ達も歩き出す。

 

 

「うちの会社は社長が社長なだけあって、色んな事業を展開しててな。どれもこれも汎人類史の文化だが、それがこの妖精國にはよく受けた。ここの妖精共は人間の文化ってのが大好きでな。出荷(・ ・)された人間から文化を学び、それを好きに模倣してんのさ」

「……出荷? なに、それ」

 

 

 最後の一言に、アンナが凄まじい怒気を放出し始める。

 不意打ち気味に放たれたそれにカドック達が身を強張らせるが、カイニスは何処吹く風というように答える。

 

 

「そのまんまの意味さ。ここの妖精共にとって、人間は替えの効く玩具(オモチャ)だ。それに自分勝手で、後先の事なんて微塵も考えてねぇなんていうクソみてぇな性質故に、いきなり人間の手足をもいだりする事もある。まぁ、全部が全部そういうわけじゃねぇ。純粋に人間が好きで、模倣どころか自分達で新しいものを作ろうと躍起になってる連中もいる。うちの社員共が良い例だ」

 

 

 だが、気を付けろよ―――とカイニスはカドック達を見て、ニヤリと笑みを深めた。

 

 

「妖精共は群れる。お前達のうち、誰か一人でも捕まったら、虫みてぇにあっという間に殺されちまうぜ? 精々気を付けるこったな」

「ちょっとカイニス。あまりこの子達を怖がらせないでッ!」

「ハッ、このカイニス様直々に忠告してやったんだ。寧ろ感謝してもらいたいもんだッ!」

 

 

 傲慢を体現したかのような獰猛な笑みでアンナにそう返したカイニスだが、すぐにその表情を変えてカドック達に視線を移す。

 

 

「……ま、用心するに越した事はない。もし嫌な予感がしたらすぐに逃げろ。妖精共は行動に移すのが早いが、その分諦めの早い奴も多い。妖精國(ここ)人間(おまえたち)が生きていく上で必要なのはそれだ。わかったな?」

 

 

 カイニスの言葉に頷くカドック達。それに彼が「よし」と頷いた後、アンナが重々しい雰囲気を打ち払うようにパンッと手を叩いた。

 

 

「さ、暗くて怖い話はこれでおしまい。私もいろいろ思うところはあるけど、取り敢えずは置いておくからね。それでカイニス、私達はどこに向かってるの?」

「ここからしばらく歩いた先にあるグロスターって街だ。妖精國には幾つかの領地と、それを治める領主がいるが、そこの領主は完全中立の立ち位置にいる。女王にも絶対服従を誓ってるわけでもねぇから、比較的安全な場所だ。流行の街って面もあって外から妖精共も集まるから、情報も仕入れやすい。……入った瞬間から力が抜けるのが癪だがな」

「力が抜ける? ……あぁ、妖精領域か」

「妖精領域……? もしかして、固有結界のようなもの?」

 

 

 砂浜から森を抜け、草原を歩く。

 少し遠いが、微かに街の影らしきものを遠くに見ながら訊ねてくるオフェリアにアンナが頷く。

 

 

「まぁ、ザックリ言うならそんな感じだね。……そうだ。ちょっと遅いけど、これを機に妖精について色々勉強しておこうか。時計塔で学んでいる事も含めるけど、聞いてくれたら嬉しいな」

 

 

 アンナ直々に妖精について教授してくれるなら、断る理由は無い。そう思って頷いたカドック達に、アンナは妖精についての説明を始める。

 

 魔術師ではない一般人に『妖精とはどのようなものか』と訊ねると、大抵は『小さくて愛らしい架空の存在』という返答が返ってくる。

 その答えは別に間違っているわけではないが、正しいというわけではない。人種の違いがあるように、妖精にも様々な種類がある。

 

 神の格から零落したもの。

 人間や動物の怨念、魂の搾りカスが集まったもの。

 行き場のない想念が人間の噂話を肉体に新生したもの。

 

 これらは上位存在を信仰する人間社会だからこそ誕生し得る妖精達ではあるが、それ故に純正ではない。

 

 真に純正な妖精とは、他者の有無に関係なく、惑星(ほし)の内側に存在する星の内海より生ずる者達の事を言う。

 そうして地球の魂の分霊とも呼ぶべき存在として生まれた妖精を、魔術世界では『大父』或いは『大母』と呼称する。自然を擬人化した神のような存在である以上、アンナ達を含めた古龍種にとって彼らは親戚のような関係でもある。

 彼らと神は人智を超越した存在だが、その違いは人間に己の『(ルール)』を布かない、という点だろう。

 この階位の妖精が何らかの形で地表に出たものを、カイニスによるとこの異聞帯では『亜鈴(あれい)』と呼ぶそうだ。

 

 『亜鈴』は普通ならば概念のような存在だったはずの『大母』クラスの妖精が自我を獲得したものであり、己の本質を基に世界を作り替えてしまう特性を持っている。

 それこそが妖精領域。強大な力を持つ妖精達だけが持つ事を許される大神秘である。

 

 カイニスによると、これから向かうグロスターの領主であるムリアンという妖精もその領域の持ち主であり、強ければ弱く、弱ければより弱くなるという『強さの否定』を中心にしたものとなっている。

 この領域に足を踏み入れようものならどんなに強大な存在でも生まれたままの強さに戻るという力を鑑みるに、ムリアンが中々に質の悪い妖精である事が窺い知れる。

 

 

「違いを言うなら、固有結界は世界の修正力に抗いながら維持し続けないといけないけど、妖精領域は基本そうする必要がない。多少の魔力は使うだろうけど、任意でその場を自分の性質に合わせた環境に作り替えるようなものだよ。アルバの“神域”とミラオスの“厄海”も能力的には同じだけど、あれは私達“禁忌”だけが持つ領域だから、厳密には違うね」

「という事は、貴女やボレアス、バルカンも持ってるのかしら? “神域”や“厄海”と同じような領域が」

「当然だ。我ら兄妹は姉上により創造され、それぞれに最も適した星の権能を与えられている。その発露が我らの領域だ」

「まぁ、持ってはいるけど……。私の場合は本気にならないと出せないから、君達が見る事はないんじゃないかな」

 

 

 決して己の力に驕っているわけではない。純粋に、今の自分に本気を出させる相手がいないという事実と、それを軽く言ってのけられる程の実力を有している事による言葉。

 それは彼女がなにを言わずとも、自然と周囲にいた者達を納得させた。

 

 究極の一(アルテミット・ワン)である彼女を追い詰められる相手が、本当に思いつかないのである。強いて挙げるならばUーオルガマリーだろうが、なぜだろうか、アンナであれば彼女でさえも苦戦はすれど倒せてしまえそうな気がするのが恐ろしい。

 

 

「確認なんだけど、もし発動したらどんなものになるのよ。私、この身体になる前から貴女の事を知ってるけど、一度も見た事ないから」

「死地」

 

 

 訊ねてきた虞美人に、キッパリとそう返すアンナ。

 特に間も置かずに答えてきたアンナは、そのまま軽く自分が持つ領域について解説する。

 

 

「たとえ相手がトップサーヴァントだろうが冠位(グランド)だろうが、特別な加護が無ければ掠っただけでも消滅する落雷が予兆無しのノータイムでずっと落ちてくる―――そんな場所だよ」

「「「「……はぁッ!?」」」」

 

 

 なんでもないように告げられた馬鹿みたいに強力すぎる領域に、カドックとオフェリアと虞美人はおろか、あのペペロンチーノまで思わずそう叫んでいた。

 

 

 

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 僕らがアンナの、彼女が持つ領域についての解説を受けて驚愕という言葉すら生温い反応を返してから数十分。

 カイニスを介して門番に門を開けてもらった僕らは、遂にこのブリテン異聞帯―――カイニスが言うに妖精國ブリテンに点在する街の一つに足を踏み入れた。

 

 

(……ッ。なるほど、こういう事か)

 

 

 深く注意する必要もない。すぐに空気ががらり(・ ・ ・)と変わったのが感覚で分かった。

 全身から力が抜けていくような違和感。一瞬の事であっという間になくなったそれだが、その感覚が僕らの力がリセットされた事を明確に表している。

 視線を左右に向ければ、アナスタシアやシグルド、アシュヴァッターマン達が自分の掌を開閉したりして力加減を確認している。

 

 これがアンナやカイニスの言う、この領地を治める妖精が持つ領域の効果か―――と納得しながら、視線を左右に巡らせる。

 

 グロスター。

 汎人類史では、僕らがかつて在籍していた時計塔があったロンドンから電車で二時間かけて辿り着く事の出来る街の名だ。

 また、ロマネスク様式とゴシック様式が組み合わさった建造物であるグロスター大聖堂や、約164kmのナショナルトレイルであるコッツウォルズウェイ、ローマ時代およびアングロサクソン時代の生活に関する、興味深い歴史が多く展示されているコリニウム博物館などが有名な観光名所でもある。

 

 在り方は全く違う異聞帯でも、やはりイギリスだからだろうか。名前だけは聞き覚えのあるもので不思議な安心感がある。

 が、同じなのは地名だけだというのが、やはり見ているだけでもわかる。

 

 この國のグロスターは僕が知っているそれの街並みとは全く違う。だがムリアンの統治によって発展しているのか、この街には汎人類史のグロスター以上の華やかさがあった。

 けれど―――

 

 

「カドック、気付いてる?」

「あぁ。この街、色々と変だぞ」

 

 

 周囲に立ち並ぶ建造物の造りに歪んだ形跡はない。だが、途轍もない違和感が僕らの視界を占領した。

 

 仮面だ。

 すれ違う妖精の誰も彼もが、顔に仮面をつけて歩いている。

 頭部をすっぽり覆うものや、バイザー型のもの、ドミノマスクなどといったマスクを付けている妖精が談笑する様子は、まるで仮面舞踏会(マスカレイド)のよう。

 先程のカイニスの説明を鑑みれば、これがグロスターが『流行の街』と呼ばれる所以か。つまり、今この街ではああいった仮面が流行しているのだろう。その証拠と言えるものが、視線を横に向ければすぐに見つかった。

 

 様々な調度品がショーケースの中で展示されており、衣装やアクセサリーを身につけたマネキンがポーズを決めている。モデルらしき妖精のポスターなどもそこらで見受けられるが、そのどれもが仮面を身につけている。しかし、仮面をつけていても決して全体の調和を崩さない服装になっているところを見ると、これらを考えたのは相当頭の切れる妖精なのだろう。素人考えだが、仮面に似合う服をここまで考えつくのはかなり難しいと思う。

 

 そんな事を考えながら歩いていると、今まで隣にいたアナスタシアの姿が無い事に気付いた。

 

 

「アナスタシア?」

 

 

 どこに行ったのか、と視線を巡らせていると、僕らから少し離れた場所にあるショーケースの前にいる彼女が目に入った。

 僕の視線に気づいたのか、アナスタシアがこちらを見て手招きしてきたので、僕らは彼女に駆け寄る。

 

 

「どうした?」

「御覧なさい、カドック。素晴らしい靴だとは思わない?」

 

 

 アナスタシアが指差したのは、水のように透き通ったガラスで出来た、花の装飾が施されたハイヒールだった。

 

 

「わっ、凄い綺麗……。あっ、これオフェリアちゃんに合いそうじゃない?」

「だったら、これはアンナに似合いそうね」

「おぉ……これも凄い綺麗ッ!」

「ふむ……虞にはこれだな」

「えぇ、そうですね。マスターにはこれが似合いそうです」

「もう、項羽様も高長恭も……。でも、いいわねこれ。買えるものなら買いたいわ」

 

 

 僕はあまり女性のファッションに明るくはないが、なるほど、アンナやオフェリア、虞美人はおろか、生前は王族だったアナスタシアさえも引き付ける魅力は、素人の僕から見てもわかる程のものだった。

 その隣には、アナスタシアが指差したものとは異なる、しかし決して見劣りしない多種多様なデザインの靴が展示されている。

 アナスタシアのような女性が履くものや、僕ら男性用にデザインされたものも、どちらが多いという事も、どちらかの性別を優先してもいない数だけ展示されており、思わず『履いてみたい』と考えてしまうものばっかりだ。

 だが、哀しいかな。そういうものほど、値段は可愛くないのが常識だ。

 『ご自由にお取りください』と書かれていたマガジンラックから一冊手に取って読んでみれば、想像通り価格は本当に可愛くなかった。

 

 

「モルポンドってなんだよ……。ポンドを弄ったのか?」

「やはり、買えないかしら」

「買う買わないの以前に、今の僕らは無一文だぞ? これから行く会社とやらで働けば金は入るだろうが、それでもこれが買えるかはわからないからな」

「まぁ、それは仕方ないわ。(わたくし)も無理にとは言いません」

(と、言われてもな……)

 

 

 そんな物欲しそうな目で靴を見るのはやめてほしい。僕の責任というわけではないが、変な罪悪感が湧いてくる。

 このままだと、アナスタシアはしばらくこの店の前に留まりそうだ。下手をすると、他に良いものは無いかと別の店に足を向けるかもしれない。

 そうなる前に彼女を連れていこうと思って口を開こうとした瞬間―――

 

 

「おぉ……これはなんともまた美しい女性達だ」

 

 

 突然、背後から声をかけられた。

 

 

「……貴女は?」

 

 

 振り返ったアナスタシアが、その人物に訊ねる。

 

 漆黒の鎧に身を包んだ、ふんわりとしたボブスタイルの髪形の女性。一瞬妖精かと思ったが、僕はすぐにその考えを改めた。

 

 

『カドック。彼女は……』

『……あぁ。こいつは、サーヴァントだ』

 

 

 僕らが念話を交わしながら見る女性―――サーヴァントは切れ長の瞳を細め、「ふむ、ほぅ……」と呟きながらアナスタシアを頭の先から爪先まで見ていく。

 それに値踏みされているような気持ちになったのか、アナスタシアは不快感を隠さずに彼女を睨み、所有者の意思に応えるように抱えられている人形(ヴィイ)から冷気が放たれ始める。

 それに気付いたのか、サーヴァントは慌てたように両手を振りながら僕らから距離を取った。

 

 

「あぁっ、すまない。我知らずに失礼な見方をしていたようだ。どうか許してほしい、白雪のように可憐な君よ。君達の美しさを是非とも我が心に刻みつけたく、つい凝視してしまった。それに、見覚えのある者達もいたのでね……」

 

 

 そう言った彼女の視線が一瞬だけアンナとバルカンに向けられる。バルカンがそんな彼女に対して目を細めるが、それを制止したアンナは苦笑しながら肩を竦めた。

 

 

「まさか、君がここにいるなんてね。美人な女の子にでも()ばれたの?」

「その通りさ。妖精の国に違わぬ、麗しくも可憐な妖精がいてね。燃えるような情熱を持った妖精だよ。しかし、彼女もいいが、君達も負けず劣らずに美しい」

「お世辞は結構。レディを相手にあのような視線は些か褒められたものとは思えませんが?」

「いやいや、大変申し訳ない。ボクは女性にめっぽう目が無い性格でしてね。女王陛下や我がマスター(・ ・ ・ ・ ・)にも劣らぬ麗しさを前に、思わず見惚れてしまったのです。次からはこういった事はしませんので、どうかご容赦を」

「……なら良いのです。貴女の無礼を赦しましょう」

「嗚呼……偉大な御心に感謝を」

 

 

 胸元に手を当てて優雅に頭を下げる彼女だが、どこか飄々とした雰囲気は変わらない。反省はしているようだが、イマイチ信用ならない奴だ。

 

 

「それで? 貴女が(わたくし)に声をかけたのは、そんなお世辞を言う為ですか? それとも、私達になにか用でも? あぁ、敬語は不要です。普段ならばそれが基本ですが、今の私にかつての立場はありません。気を抜いて話す事を許します」

「おぉ、それは助かる。ボクはそういう堅苦しいのが嫌いでね。旅に出る前の事を思い出してしまうのさ。それで用というのは、君達がこの店の商品を眺めていたのが見えてね。気まぐれにお試し券でも渡そうかと思ったのさ」

「お試し券?」

「そうだよ、ここいらでは見かけない少年よ。この店は私のマスターがオーナーを務めている店でね。彼女からは『大丈夫そうな奴だったら渡してもいい』と何枚かお試し券を貰っていてね。是非そこの女性に受け取ってほしいと思い、声をかけたまでだよ」

 

 

 それではどうぞ、と差し出されたチケットをアナスタシアが受け取ったので、何気なしにそこに書かれた文字を読む。

 

 

(『Bhan-Sith(ヴァンシー)』……それがこの店の名前なのか)

「持っていなさい、カドック」

「はいはい」

 

 

 『S』が長髪の女性の上半身、『h』の部分がヒールになっているという特徴的な赤い文字列を心中で読み終え、アナスタシアからチケットを受け取る。

 それを懐にしまい、目の前の女性を見やる。

 

 

「マスター……。やっぱり、サーヴァントなのか。真名は……いや、すまない。流石に言えないよな」

 

 

 本人の自白という明白な証拠も出たため、彼女がサーヴァントだと把握した僕は思わず真名を訊ねようとしたが、すぐにやめる。

 マスターが誰かはわからないが、彼女もサーヴァントだ。この異聞帯にいる何者かが召喚している以上、場合によっては敵対する可能性もある。そう易々と公言したりは―――

 

 

「真名? あぁ、いいとも。挨拶は大事な事だ。こうして巡り合えた事だ。知り合いはいるが、初対面の方が多いので教えようか」

「はっ? い、いいのか? そんな簡単に教えても……」

「生前から、自分の身分を明かさずに過ごすのは嫌だからね。隠すなら、最初に教えておいた方がいいと考えてもいるしね。それでは、我がクラスと真名をお教えしようッ!」

 

 

 そう言って胸に手を当て、軽く腰を曲げて、彼女は続ける。

 

 

「ある時は荷車と共に地を駆け、またある時は船で海を渡り、さらにある時は(そら)を征くッ! 純白の鱗に導かれ、彼らと共に過ごした時はまさに我が至宝ッ! そして、心して聞くがいいッ!」

 

 

 大袈裟な動きを交え、まるでミュージカルで活躍する舞台俳優のように、彼女は高らかに叫ぶ。

 

 

「我がクラスはライダーッ! そして、我が真名はカリ―――」

 

 

 そして、遂に彼女が己が真名を告げようとした瞬間。

 

 ドォンッ、と、ここからそう遠くない場所から爆発音が聞こえた。

 

 

「な、なんだッ!?」

 

 

 ようやく真名を聞けるかと思ったところにいきなり轟いた爆発音に僕が動揺していると―――

 

 

「はっはっはっはっはっ、誰か助けてくないかッ!?」

 

 

 遠くの曲がり角から、誰かが叫びながら姿を現した。

 

 しかし、認識阻害の魔術でも使っているのか、僕にはなぜか、その姿がどのようなものかを正確に判断する事が出来なかった。

 

 声からして男性。服装は皴一つない黄色のラインが入った白色のスーツを着ており、顔上部には星の光を象ったような仮面を装着している。

 

 だが、それだけ(・ ・ ・ ・)だ。それだけしか僕がその人物から得られる情報はなく、それ以上の情報を得ようとしても頭に靄がかかったように朧気になってしまう。

 

 いったい何者だと考えている僕の背後で、カイニスが叫んだ。

 

 

「おいッ! テメェ、会社で待ってるって言ってたよなッ!? なんで出てきてんだよッ!」

「遅くなると思ったから、気分転換に散歩でもと思ってねッ! そしたら―――」

『グォォオオオオオオオオオッッッ!!!』

 

 

 カイニスが『社長』と呼んだ人物が事情を説明しようとした刹那、幾重にも重なった獰猛な咆哮が轟く。

 

 

「すまないカイ―――Lッ! 話の途中だが―――」

 

 

 全速力でこちら目掛けて走ってくるその男に不思議な感覚を覚えるが、その数秒後には僕らも彼と同じように走る事になるとは、この時の僕は思いもしなかった。

 

 妖精達の悲鳴を掻き消し、曲がり角から現れたのは、鱗に覆われた緑色の体に、雄々しく広げられた翼。

 僕らが普段見ているものとは大きさも迫力も負けているが、それでもあれら(・ ・ ・)が僕らにとって脅威である事に変わりはなく。

 

 

「―――ワイバーンだッ!」

 

 

 その数―――三十体は優に超えているワイバーンの群れを前に、僕らはすぐ近くまで走ってきた男と共に駆け出すのだった。

 




 
 今回でも少しだけ改変要素が入りましたね。はい、彼女がグロスターに店を持っています。あの性格の彼女がどうして店を持てるようになったのか、それはおいおい語らせていただきますッ!

 そして、お待たせしましたッ! 前回のアンケートの結果、逆転要素(リバース)ありのオフェアン百合えち話を望む声が多かったため、投稿したいと思いますッ!

 限定公開にしており、以下のURLで飛べると思いますが、限定で公開するのは初めてなので、もしかしたら飛べない可能性もあるかもしれません。その際は。感想欄で教えて下されば幸いです。

 以下、百合えち話へのURLですッ!

 https://syosetu.org/novel/294244/1.html

 それでは、次回もよろしくお願いしますッ!


 追記
 百合話に修正が必要になったため、しばらくお待ちください。22時5分に完了します。大変申し訳ございません。


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アルム・カンパニー

 
 どうも、みなさん。
 fgo新イベントでついにプーリンがスマホ版にやってきましたね。皆さんは召喚しましたか? 私は石300個程犠牲にして召喚する事が出来ました。
 その後、水着エリちも当てましたが、残念ながら水着伊吹は当てられず、ついに周年で貰った石が底をつきました……。
 ところで、ワルキューレは誰を選びましたか? 私はふたばスレに溢れたワルキューレスレを読んで心を惑わされながらもスルーズを選びました。三騎の内一騎しか選べないというポケモン御三家方式をここまで憎んだ事はありません。

 それでは本編、どうぞですッ!


 

「ははははは、流石は私の秘書だ。難なく倒してくれて助かったよ」

「テメェのせいで散々な目に遭った事、忘れんじゃねぇぞ?」

「むぅ、否定できないな……」

 

 

 アンナ達の前で、革張りの椅子に腰を下ろした男ががっくりと項垂れる。

 

 

「とにかく、みんな無事でよかった。それと、あのように君達を巻き込んでしまい、本当に申し訳なかった」

「いやいや、大丈夫だよ。この街の事を少し知れたからね」

「まさか、あのワイバーンがネズミだったなんてね。どうなってるのかしら、ホント……」

 

 

 げんなりした虞美人に、誰もが頷いた。

 

 数十分前に始まった、ワイバーンの群れとの追いかけっこ。ただ逃げ続けるわけにもいかず、被害を広めない為にとアンナ達が応戦した事でなんとか鎮圧する事が出来た。

 しかし、自分達がワイバーンだと思っていたのが、実はネズミだったとは誰が思うだろうか。

 緑色の鱗に翼を羽ばたかせるネズミなど、いったいどこにいるのだろうか。妖精國ブリテンに足を踏み入れて数時間して、アンナ達は早速この国が自分達の知る常識とかけ離れた場所だと思い知らされた。

 

 

「なんで私達の威圧が効かないのかって思ってたけど、そういう事だったんだねぇ。いやぁ、凄いなぁ」

「といっても、ああいうのはグロスターだからこそ見れるものだよ。あべこべな街だからああ見えるだけで、外に出ればあんな事は絶対に起こらない。名物のようなものと思ってほしい」

「あまり嬉しくない名物ね……」

 

 

 正体がネズミだった事、その体躯が普段見慣れている者達と比べて遥かに小柄だった事を鑑みても、あの凶悪な面構えをした存在が群れを成して追いかけてくるのは、流石に本能的恐怖を感じさせる。

 出来る事ならもう二度とあんな目には遭いたくない、そうオフェリアが思っていると、「あぁ、そうだった」と椅子に座る男は手を叩いた。

 

 

「そういえば、自己紹介がまだだったね。私は、プロフェッサー・K。君達がいるこの会社、『アルム・カンパニー』の社長だ。君達と同じ、汎人類史出身の人間だよ。この妖精國にやって来た経緯は異なると思うけどね。そして、彼はマスクド・L。見た目こそ女性だが、男性として扱ってほしい。その方が彼も喜ぶからね」

「マスクド……L?」

 

 

 聞き慣れない名前にアンナ達が首を傾げてカイニスを見ると、彼は目を逸らした。

 

 

「ダッセェだろ? 言っとくけど、別にオレが考えたわけじゃねぇからな。こいつが考えたんだッ!」

「むっ。心外だな、L。私なりに頑張って考えたんだぞ?」

「そんなクソダセェ名前付けられるってわかってたら、こっちで考えてたわッ!」

「…………」

「おいやめろ。そんな顔すんな。捨てられた犬コロみてぇな目ェすんなッ! やめろ来るなッ! じりじり寄って来るんじゃねぇッ!」

 

 

 うるうると潤ませた瞳でカイニスを見つめながらじりじりと距離と詰め始めるK。それに気色悪さを感じたカイニスが思わず逃げると、Kは楽しそうに笑って席に付き直した。

 

 

「悪かった悪かった。冗談が過ぎたよ、L。だから許してほしい」

「……チッ、今度やりやがったらぶっ飛ばすからな」

「肝に銘じておこう。……さて、君達の事は彼から教えてもらっているけれど、改めて確認させてもらいたい。名前を教えてくれないかい? まずは君から」

 

 

 Kに促され、アンナ達は簡潔に自己紹介をする。

 それに頷いたKは、仮面に隠されていない口元をふっと緩めてから、にこやかに笑って両腕を広げた。

 

 

「アンナ・ディストローツ。ボレアス。バルカン。カドック・ゼムルプス。アナスタシア・ニコラエヴァ・ロマノヴァ。オフェリア・ファムルソローネ。シグルド。虞美人。項羽。蘭陵王。スカンジナビア・ペペロンチーノ。アシュヴァッターマン。ようこそ、アルム・カンパニーへ。代表取締役社長として、君達を歓迎しよう」

 

 

 一人一人、一騎一騎の名を順番にゆっくりと、丁寧に口にしたKの声は、心の底からの歓喜に弾んでいた。

 

 

 

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 王都キャメロット。

 汎人類史ではアーサー王を始めた円卓の騎士達の統治によって栄えていたこの場所は、ブリテン異聞帯においても重要な役割を果たす場所となっている。

 穢れを感じさせない純白の建物に、完璧に舗装された道。汎人類史であれば、さぞや観光客が集まる名所となっていたであろうそこは、女王の直接的な統治による安全が確立されているが、同時にこの世界で最も危険な場所として認知されている。

 その理由は、この世界が抱える最大の問題と言っても過言ではないもの。

 

 『大穴』―――このブリテンが剪定事象となってしまう以前から存在していた、正体不明のそれ。数少ない生き残りを護ろうとして、しかしその生き残りによって殺害されてしまった神が眠る墓。しかしそこは今、女王モルガンの相棒である古龍の力によって、燃え盛る氷(・ ・ ・ ・ ・)という相反する性質を備えた蓋がされており、その中を覗き込むする事は出来ない。

 

 しかし、それだけならばどれだけよかっただろうか。この穴には、その神の遺骸とは別の存在もまた潜んでいる。

 それがいったいどのような存在か。どのような力を持っているのか。それを知ってる者はとある者(・ ・ ・ ・)を除いてこの妖精國には存在せず、モルガンでさえその詳細を把握出来ないでいる。

 ただ、真っ赤に輝く光の柱(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)が、“熾凍龍”による蓋をしても防げずに天を貫かんと聳え立っており、それが見る者に得も知れぬ恐怖を与える。

 この光の柱に、最近妖精國に流れ着いてきた、妖精を凶気で蝕む黒い瘴気。それらが現在、モルガンの頭を悩ませている案件である。

 

 

(なにか、お母様を元気に出来るものはないかしら……)

 

 

 だからこそ、女王モルガンの正統な後継者である彼女(・ ・)は思い悩む。

 

 血のように赤いドレスを身につけた、赤髪の少女(ようせい)

 いずれこのブリテンの所有者になると噂される『女王の子』にして、一大ブランド『Bhan-Sith』のオーナー。

 

 名を、バーヴァン・シー。

 汎人類史で名を馳せた円卓の騎士。その一騎(ひとり)の霊基を着名した妖精騎士である。

 

 モルガンによって与えられた彼女の部屋には、これまで彼女が手掛けてきた幾点もの靴が飾られている。どれも汚れ一つついておらず、余分なものの一切を排除した至高の一品である。しかし、彼女にとってのこれらは、あくまで『及第点に届いたもの(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)』でしかなく、同時に『いつか落第点にすべきもの』でしかない。

 彼女がこれまで作ってきた靴の中で合格点を出せたものは、一つの例外もなく自分とモルガンのみが履く事が出来る。

 最初は合格点を出した靴全てをモルガンに出そうとしていたのだが、それはモルガン本人と、彼女の手助けを借りて召喚したサーヴァントであるカリアによる説得を受けて自分も履いている。今自分が履いているものや、現在職務に当たっているモルガンが履いているものだって、その合格点を獲得した靴である。

 

 では、彼女が店に卸す靴とはどのようなものかというと、悪く言ってしまえば粗悪品だ。彼女が女王や自分を輝かせる為に作った靴の中で、彼女が「これは自分達には合わない」と落第点を押したものである。しかし、そんな粗悪品であっても一度(ひとたび)市井に出回ればあらゆる貴族が我先にと買い求めるのだから、彼女のセンスが本物である事を窺い知れる。

 

 

「やっぱり新しい靴を……いえ、駄目ね。靴でもお母様は喜んでくれるけど、それとはもっと別のものを用意したいな。でも、なにかあるかしら……」

 

 

 最初こそ、また新しい靴をプレゼントしてみようかと考えていた。しかし、毎年同じ事をしていれば、如何に自分を愛してくれている彼女と言えど飽きが来てしまっているのでは、と思って却下した。

 

 ちなみにモルガンからすれば、決まった日ではないにしろ、毎年愛娘から「仕事の励みになるように」と靴がプレゼントされるのは天上に昇る程の歓喜を齎すものであり、彼女がくれるものならばたとえそこらの土でも宝物庫に入れるつもりである。

 

 しかしそれを知る由もないバーヴァン・シーが、どうすれば母親に喜んでもらえるかと頭を抱えていると、コンコンと扉がノックされる音が室内に響いた。

 

 

「誰?」

「ボクだよ、マスター」

「あぁ、カリアか。入れよ」

 

 

 扉によって隔たれている影響でくぐもってはいるが、それが自分のサーヴァントの声だと判断したバーヴァン・シーが入室を許可すると、扉がゆっくりと開かれる。

 

 

「やぁ、マスター。サーヴァント・カリア、只今帰還したよ」

「おかえり。今日はどこ行ってたんだよ」

 

 

 モルガンへのプレゼントを思い付く限り羅列したノートが置かれた机からは目を離さずに問い掛ける主に、従者であるカリアはソファに腰掛けて足を組んだ。

 

 

「グロスターに散歩でも、とね。ついでに君の靴が似合いそうな女性がいたから、お試し券を渡してきたよ」

「へぇ? て事はなに? またナンパでもしてたの?」

「ナンパとは失礼な。ボクがしているのは、その女性の魅力を津々浦々と語った後にお茶に誘うだけだというのに」

「それをナンパっつうんだよ馬鹿」

 

 

 クシャクシャに纏めた靴のボツ案が書かれた紙を投げつける。並の妖精など圧倒し、サーヴァントにもダメージを与えられている妖精騎士の膂力によって投擲されたそれは、たとえ紙屑だろうと当たればほんの僅かな痛みが伴うものだが、

 

 

「ははは。その言葉、生前の友人(ラメール)にも言われた事があるよ」

(こいつ……ッ! 無駄に正確な反応してんじゃねぇよ)

 

 

 あろう事か指先一つで弾き返し、そのままゴミ箱へ入れてしまったカリアに、バーヴァン・シーは思わず舌打ちしてしまった。

 

 

「ところで、マスター」

「なんだよ」

「なにやら思い悩んでいる様子。ボクにも協力できる事なら、是非とも協力させてもらいたいと思うのだけれど?」

「……いや、これは私が一人で解決する問題よ。お前に頼る気はねぇ」

「心外だね、マスター。ボクは君のサーヴァント。サーヴァントとしてなら、優先順位は君の意志に従って女王陛下が最上位だが、ボク個人としては君が最上位だ。主を支えるのは従者の役目。そうは思わないかい?」

「…………」

 

 

 彼女の言葉にも一理ある。

 従者とは主君に仕えるものであるが、言われるがままに行動していてはただの都合のいい道具でしかない。主の指示に従って行動するのも従者の役割である事を否定はしないが、主がなにかに迷っているのであれば、助言を送って道を指し示すのもまた従者の役割だ。

 

 なんとこのバーヴァン・シー、カリアが必死に主とモルガンの擦れ違いを修正し続けた結果、多少ではあるが周囲の気遣いが出来るようになっているのである。

 

 モルガンからは『悪辣であれ』と育てられていたために、善悪のどちらに属しているかと問われれば悪側に分類される彼女ではある。しかし、元々は己の身を顧みずに周囲の幸せを願う善良な妖精だったので、悪辣さの裏に隠れていた優しさが少しだけ顔を出しているのだ。

 

 もちろん、カリアも彼女の事情は把握している。最初は『お前に言う必要は無い』と語っていたモルガンを必死に説得し、ようやく聞き出す事が出来た、バーヴァン・シーの真相。それを理解しているカリアは、彼女の悪辣さを完全になくすつもりはなかった。しかし、ただ悪辣なだけでは周囲の妖精から疎まれ、残酷な結末を迎える可能性があったので、多少の評判は良くしてもいいだろうと考えて、彼女の僅かな善性を蘇らせた。

 

 故に、正史では彼女の悪辣さの象徴でもある、妖精の足首と共に飾られていた靴は、この彼女(バーヴァン・シー)の部屋には一足たりとも存在しない。

 

 

「じゃあ、なにがあるんだよ。私だって色々考えたけど、どれもお母様にプレゼントするには不相応。クソみたいな下民共にくれてやるぐらいしかねぇよ」

 

 

 もちろん、靴以外にも自分なりの母親へのプレゼントになるものも考えてはいた。

 

 母から習っている魔術を使って、彼女に研鑽の成果を見せるのもいいのかもしれない。いや、自分でもまだ母親に見せるには魔術に対する自信を持てていない。魔術による感謝はこの時点で却下(ボツ)

 

 カードでも書いて手渡すのはどうだろうか。いや、感謝の気持ちを文字にして贈るのは単純明快なものだが、如何せん平凡にも程がある。渡すにしてもメインに置くのではなく、なにかそれよりも価値のありそうなものの付属として用意しておいた方がいいかもしれない。手紙に関してはオーナーや姫君として積んできた経験による自信があるので、却下せずにキープとする。

 

 取り敢えず今思い付く限りの案の中で代表的なものを伝えてみれば、カリアは「ふむ」と顎に指を這わせて呟いた。

 

 

(こいつ、こういう時は絵になるんだがなぁ……)

 

 

 他ならぬ主の為に思案するカリアの姿に、バーヴァン・シーは思わず心中でそう呟いていた。

 

 カリアは誰もが認める美女だ。

 

 可愛らしさよりも凛々しさ。

 可憐さよりも美しさ。

 

 この二つの要素を兼ね揃えた彼女は、その顔立ちや切れ長の睫毛(まつげ)もあって、いつかの本で読んだ『宝塚美人』とやらを連想させる。

 ……が、それはあくまで表だけを見た感想だ。こいつの内側はこの凛々しさには不釣り合いにも程がある。

 

 この狩人は、女好きだ。

 行く先々で女性を見かければ、相手が人間だろうと妖精だろうと関係なく口説きに行く。断られたら素直に身を引くが、普段の飄々とした態度が消える事はない。この女性が相手にフラれて曇った表情を浮かべているところなど、バーヴァン・シーは一度も見た事がない。いつもの笑顔のまま、「それは残念」と欠片も残念そうに見えない仕草で相手を見送っていくだけだ。

 しかし、彼女が相手を称賛する言葉が噓偽りなど微塵も存在しない、つまり本心からの言葉という事実が余計に質が悪い。

 どこからともなく取り出した花束を手に、プロポーズでもしているのかと思ってしまうぐらいに真剣な表情で己の魅力をつらつらと挙げられてくらり(・ ・ ・)と来てしまう女はいつの時代にもいた。バーヴァン・シーは元より自分の美しさが当然のものであるため上機嫌になるだけで済んだが、そうではない女性がこれを言われるととにかく厄介な事になる。

 

 誇れる程の美しさを自分が持っているわけがないと思っている女性。

 顔立ちが醜く、それだけで避けられてしまった経験(トラウマ)を持つ女性。

 周りの流行についていけず、取り残されてしまった女性。

 

 そんな彼女達がカリアに口説かれた結果、どうなるかは火を見るよりも明らか。

 

 

 ―――親衛隊(ファンクラブ)の完成である。

 

 

 生前に旅をしていた故か、ふらふらと散歩する事が多い彼女が、この妖精國の中で訪れなかった場所など一つもない。そして同時に、彼女の毒牙(ナンパ)にかかった被害者がいない場所もまた存在しない。

 

 だからこそ、散歩から帰ってきた彼女は決まってなにかしらの贈り物を持っていることが多い。今回はすぐに帰ってきたので持っていないように見えるが、もしかしたら簡単にしまえる程に小さなものを貰っている可能性がある。 

 

 後で訊いてみるか、と考えていると、「では……」とカリアが口を開いたので、思考を打ち切って耳を傾ける。

 

 

「これならどうかな? 実はグロスターでプロフェッサー・Kに出会ってね。私も参加したいと考えていたんだ」

「ん……。―――はっ?」

 

 

 席を立ったカリアから手渡されたチラシを見て、バーヴァン・シーは思わずそんな声を漏らすのだった。

 

 

「……おい、テメェ。私にこれをやれって言うのかよ」

「なにも君だけにさせるつもりはないさ。私も参加する。付け加えると、メリュジーヌ嬢やバーゲスト嬢も参加するつもりだぞ?」

「はぁッ!? テメェどころか、あいつらも参加するッ!?」

 

 

 そんな馬鹿な、と手元のチラシに視線を落とすバーヴァン・シーは、新たに加わった選択肢に頭を抱える事になるのだった。

 

 

 

 Now Loading...

 

 

 

「私はチェンジリング―――言うなれば、取り換えっ子でこの異聞帯に足を踏み入れた。この異聞帯ではそういう事が時々起きてね。時折、汎人類史から物や人、果ては妖精までもがポンと現れる事がある。私もその被害者の一人、というわけだよ」

 

 

 社長室から出たKに案内され、僕らは絨毯が敷き詰められた廊下を歩く。

 

 チェンジリング。

 Kの説明によれば、この異聞帯に、漂白された汎人類史の大地と隔絶する嵐の壁に妨害される事無く、なにかが汎人類史から漂着する現象を意味する言葉。

 彼はその現象によって、この妖精國ブリテンに足を踏み入れてしまったのだという。

 

 

「今思えば、本当に大変だった。右も左もわからぬ手前、偶然出会ったLと共に試行錯誤しながら会社を立ち上げて、ここまで発展させた。今では頼れる妖精(しゃいん)達も揃って、妖精國が誇る一大企業となった」

 

 

 正直、その根気は見倣いたいものだ。

 僕も他の化け物みたいな連中が揃っているAチームに置いていかれないように努力していたので根気はそれなりに持っていると自負している身であるが、流石に彼と同じ状況に立たされたとしても、妖精達を掻き集めて会社を立ち上げようと考えはしないだろう。僕には他者を纏め上げられる程のカリスマはない。精々が、相手の状況を徹底的に調べ上げ、自分の危険さえも勘定に入れた末に説得してようやく仲間に引き込める程度だ。

 

 その時点で、僕と彼のセンスの違いが窺い知れるし、なにより彼がこういう道に対する適正が高いという事がよくわかる。

 

 他者を惹き付け、味方に加え、勢力を拡大させていく―――まるで(キング)だ。喋り方も相俟(あいま)って、それがさらに彼をあの男(・ ・ ・)なのかと考えてしまう程に。

 

 キリシュタリア・ヴォーダイム。

 僕らAチームのリーダーで、ギリシャ異聞帯の管理を担当していたクリプターだった男。アンナとの決戦の末に敗れ、シュレイド城の庭に埋葬された彼の姿を目の前の人物に重ねてしまうのは、やはり僕も彼の存在に中てられてしまっていたからか。

 ……いや、今はあいつについて考えている場合じゃない。惜しい事だが、あいつはもう死んだのだ。僕らがこうして生きているから、あいつも同様に……とも考えていたのだが、アンナがキリシュタリアを殺すと決めていた以上、その庇護下にある僕らが反抗する事は出来ない。それに、キリシュタリア自身も、アンナとの決闘を望んでいたのもある。

 僕は決して、歴史に名を轟かせるような誇りある戦士ではないが、互いの力量を認め合った者達によって行われる決闘は、神聖なものであると考えている。それを邪魔する権利が僕にあるわけがないし、かと言ってオフェリア達にあるかと言われれば、それもノーと言わざるを得ないというものだ。

 

 そんな事を考えていると、Kが一枚の扉の前で立ち止まり、僕らに振り返る。

 

 

「今日から君達も社員だが、いきなり働かせるのも酷だ。まずは君達にとっての先輩達と挨拶を済ませようじゃないか」

(挨拶、か)

 

 

 まさか、こうして会社に入って先輩に挨拶する事になるとは思わなかった。

 僕にとっては、カルデアが一般人の世界で言う会社に属するものだろうが、マリスビリー直々のスカウトを受けた僕からすれば、時計塔時代からエスカレーター式で足を踏み入れた場所であるので、あまり実感がない。

 柄にもなく緊張している自分に、『新人社員とはこんな感じか』とふっと笑みを零す。

 

 

(どんな妖精がいるのか、楽しみだ)

 

 

 ここに来るまで見てきた妖精とは違うであろう、会社で働く妖精とはどのようなものか、楽しみに思う僕らの前でKは扉を押し開けて―――

 

 

「バッカヤローッ!!」

「ぐべらッ!!?」

 

 

 ……なんだ、これは。

 

 

「なんだその動きはァッ!? パッションが足りないんだよパッションがァッ!! もっと情熱的になれよオイッ!!」

『はいッ!』

「足りないッ!! 声も、覇気も、まァるで足りないッ!! サーモンはどんな激流だって諦めずに泳ぎ続けるんだぞッ!!? サーモンを見習えッ!! サーモンッ!!!

『サーモンッ!!!』

 

 

 恐らく振付師だろうか。彼がダンサーであろう、ラフな格好の妖精達に向けてなにか変な事を叫んでいる。そして、それに呼応するようにダンサー達もサーモンと叫んでいて、少し怖い。

 

 

「ははは、相変わらず厳しい指導だなぁ、彼は」

「はっ? 思いっきり殴り飛ばされてたぞ? 許していいのか?」

「あれが彼なりの教育だよ。確かに暴力は良くないが、実際あれで上手くなってるからね」

 

 

 見てごらん、と指差されて視線を向けてみれば、先程殴り飛ばされた妖精は、他の妖精達以上の動きで奇怪なダンスを踊っていた。

 

 両手を合わせ、くねくねと変な動きをしている。サーモンを見習え、とは振付師の言葉だが、あまりサーモンらしさは感じられない。彼らの後方にはなぜか人数分のカボチャと黒タイツが置いてあるのが謎だが、いつか被るのだろうか。

 大変だなぁ、と他人事のように考えていると、Kがとんでもない事を言い出した。

 

 

「カドック、他人事のように思っているところ悪いが、君が今後彼らのリーダーになるからね。よろしく頼む」

「―――なんて?」

「では、次はあちらを見てごらん」

「待て、待って、待ってくれ。は? 僕が? あそこに加わる? おい、答えろK」

 

 

 僕の抗議に耳を傾ける事無く、Kは別の場所を指差した。

 

 

「ほぅ? 余に相応しい衣装を用意したと言われ来てみれば、なんと素晴らしいものかッ! うむうむ、気に入ったぞ♪」

「はぁ、ロネさんは相変わらずですね。そんな煌びやかなものより、私が着ているような、お淑やかながらも儚さを感じる装飾が施されたこちらの方がいいでしょうに」

「なんだとぉ、ミズクメッ! 貴様のより、こちらの方がいいに決まっておるわッ!」

「うぅ、尊い……ッ! やはりハベトロットさんにお願いして正解でした……ッ! それはそれとして喧嘩するのはやめて下さいッ! 折角の衣装が破けてしまいますぅ……ッ!」

 

 

 華麗な衣装に身を包んだ、金髪の少女と薄桃色の髪と狐耳を生やした女性を前に、白いドレスにとんがり帽子を被った女性が鼻を押さえながら喧嘩し始めた二人の仲裁に入り始めている。

 

 

「彼女達はロネ、ミズクメ、そしてミス・クレーン。今は先程届いた衣装の試着をしているところだね。ロネとミズクメは我が社が誇るモデルだよ」

「嘘……お鶴ちゃんッ!?」

「え? その声は……」

 

 

 アンナの声に気付いたミス・クレーンがこちらに向き、アンナの姿を見て目を見開く。

 

 

「アンナさんッ! まさか、貴女もこの世界に?」

「そっちこそ。Kと同じように、チェンジリングでここに来たの?」

「はい。気付いたらここに。力も思うように出ず、どうしようかと思っていた時に彼と会い、ここで働かせてもらっています。そちらの方々は?」

「我が社の新しい社員だよ。今後、君に彼らの衣装を仕立ててもらおうかと考えている」

「まぁッ! ありがとうございます。……あ、自己紹介が遅れました。私、クラスはキャスター。真名をミス・クレーンといいます。よろしくお願いいたします」

「キャスター……という事は」

「はい、私はサーヴァントですよ。といっても、戦闘はあまり得意ではなく、取柄(とりえ)はこうして衣装を仕立てるぐらいですが……」

 

 

 まさか、汎人類史出身のサーヴァントが働いているとは思いもしなかった。僕がそのように考えていると、オフェリアが「質問してもいいですか?」と口を開いた。

 

 

「その、アンナとはどんな関係なんですか? どうやら顔見知りみたいですが……」

「彼女とは、私が旅をしていた時に出会いました。少ない時間ではありましたが、とても有意義な時間でしたよ」

「……そう、ですか」

「ちなみに、貴女は?」

「私も、彼女の友人―――いえ、親友です。アンナの親友(・ ・ ・ ・ ・ ・)、です」

「ほひぃッ!!」

『ッ!?』

 

 

 なぜか自分がアンナの親友である事を強めて主張した途端、ミス・クレーンが崩れ落ちた。

 

 

「しゅ、しゅごい……。たった一言でこの破壊力……ッ! これはKさんがタッグで組ませるつもりでいたのが納得できます……ッ」

「え、なに? K、私とオフェリアちゃんでタッグ組ませるつもりだったの?」

「Lから、君達は親友だと聞かされていたからね。嫌だったかい?」

「いやいや、全然いいよ。私もオフェリアちゃんと一緒になれて嬉しいし」

「私も嫌ではないわ。一人で慣れない事をやるよりは、二人でやった方がいいわ」

「ついでに言うと、カドックとアナスタシア、虞美人と項羽もタッグでやらせるつもりだよ。場合によっては単独でしてもらう事もあるけどね。詳細は後で説明させてもらおう」

「よくやりました、K」

「アナスタシア……?」

「貴方のかわいいところをすぐ近くで見られる。これほど愉快な事は無いわ」

「……はぁ、しょうがないか」

「なんだ? 何の話をしておるのだ? 余にも聞かせよ」

 

 

 僕らが話し合っていると、遠くで見ていた金髪の少女―――ロネがやって来た。その隣にはミズクメもいる。

 

 

「あら、こちらがKさんの言っていた新メンバーで?」

「その通りだよ、ミズクメ。取り敢えず、挨拶はさせておこうと思ってね」

「なるほど。あっ、私は牙の氏族の妖精、ミズクメです。よろしくお願いしますね、皆さん」

「余は風の氏族のロネである。皆の者、今後ともよろしくな」

 

 

 自己紹介をしてくれた二人に僕らも簡単な自己紹介を返し、挨拶が済んだのでKが次の場所に向かおうとすると、「もし」とミズクメが彼を止めた。

 

 

「なんだい、ミズクメ」

「挨拶回りという事ですが、その必要は無いかと」

「ふむ、なぜだい?」

「どうやら、既に誰かが彼らの事を社内に広めたようでして。すぐにみんないらっしゃると思いますよ」

 

 

 ミズクメが言い終わるか言い終わらないかという時、どこからともなく足音が聞こえてくる。

 それも一つだけではない。数え切れない程の足音が幾重に重なっているのが嫌でもわかる。

 

 

「少し離れていた方がいいかもしれない。こっちに」

 

 

 促されるままに扉から離れた場所に移動した瞬間、扉を吹き飛ばす勢いで何十人もの妖精達が入ってきた。

 

 

「まぁ、素敵な人間さんッ! ようこそ、アルム・カンパニーへッ!」

「ほぅ、これが噂の新人社員ですか」

「何人か人じゃないのもいるけど、なんだか楽しめそうね、(テンス)

「そうね、(エレア)。今からとても楽しみだわ」

 

 

 ゴスロリ調のドレスを着た少女や、所々に黒色が混じった白髪の女性、そして瓜二つの外見を持つ双子など、様々な特徴を持った妖精達が次々と姿を現し、僕らを取り囲む。

 

 

「ははは……、まさかこうなるとはね」

「おい、どうすんだよ。この様子じゃ、ほとんどの作業がストップしてるぞ」

「ふむ……。……あっ」

「K?」

「L、いい事思いついたぞ」

「うわ、嫌な予感しかしねぇ」

「なんの話だ?」

 

 

 妖精達からの質問を軽くいなしてKに問いかければ、Kは「私に任せてほしい」と答えて、僕らより一歩前に踏み出す。

 

 

「みんな、彼らに色々質問したい事があるのはよくわかる。だが、一気に訊ねられては彼らも困ってしまうし、仕事も捗らない。だが、君達の努力の甲斐もあって、時間的にはかなりの余裕が出来ている。そこで、今日はこの時を以て仕事は終わりッ! ここからは、親睦会といこうッ!」

 

 

 声を大にして発せられたKの言葉に、周りの妖精達が歓喜の声を上げる。

 

 

「場所はいつもの所にッ! 我こそは思う者達は来てくれ。それ以外は観客だッ! 君達は私についてきてくれ」

「は~い。さ、行こうか。みんな」

 

 ぞろぞろと歩き出す妖精達とは別方向に歩き出したKに、訳がわからぬままついていく。

 

 そして―――

 

 

「は……」

 

 

 踏み心地のいい芝生。綺麗に整えられたライン。前後に一つずつ置かれたゴールネット。そして、ユニフォームを着た僕らの前に鎮座する、黒と白のボール。

 

 それは、僕でも当然知っているそれ(・ ・)を行うのに必要なもの。

 

 

「始めようか。我々の技術力で可能とした、サッカーを超えたサッカー―――超次元サッカーをッ!」

 

 

 相手チームのキャプテンとなったKの声を合図に、周囲を歓声が包み込んだ。

 




 
 アルム・カンパニーの社員妖精達についてですが、名前こそ違えど外見は原作のレッド・ラ・ビットのようにサーヴァントと瓜二つです。例外として、ミス・クレーンはチェンジリングで汎人類史から妖精國にやって来た、という感じです。
 レッド・ラ・ビットの存在が、私に「この要素を使えば、クリプターの面々で疑似カルデアが出来るのでは?」という可能性に気付かせてくれました。
 ちなみに、サーモン振付師は元ネタになったサーヴァントがいない、純粋なモブ妖精です。

 次回は親睦会としてサッカー勝負ですッ! アンナ達がどんな技を使うのか、楽しみにしていてくださいッ!


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親睦会超次元サッカー・前半戦

 
 こんばんは、皆さん。
 九月にfgoで新イベントが始まると聞き、どのようなイベントが来るか楽しみでならない、seven774でございます。
 先週は那須に旅行に行き、温泉に入ったりしましたッ! やはり温泉はいいですね。特に山奥のものは自然を感じられて心が洗い流されます。
 ちなみに日光にも行き、東照宮と中禅寺湖を見てきました。東照宮は去年も行ったのですが、中禅寺湖は途中のいろは坂も含め、小学校の修学旅行以来だったので、懐かしい気持ちになりましたッ!

 今回から次回にかけて、親睦会として超次元サッカー回です。今回は前半戦、よろしくお願いしますッ!


 

 なぜこんな事になったのか……ユニフォームを見下ろしながら、カドックは一人思い悩む。

 親睦会と称して今まさに始まろうとしている、超次元サッカーなる競技。『サッカー』という名前がついている以上、これから始まるスポーツは間違いなく自分達の知っているそれだろうが、如何せん『超次元』という単語が物凄い不安感を抱かせてくる。

 だが、不安こそ感じるが、何故か『大丈夫だ』という気持ちもある。訳もわからぬままに着せられた、このユニフォームの影響なのだろうか。

 現に、カドックはもちろん、アンナ達も自分が着ているユニフォームを見下ろして首を傾げている。

 

 

(……? 今、なんでおかしいと思ったんだ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)?)

 

 

 ユニフォームを着ている事に、おかしな点など一つもないではないか。それに、超次元サッカーというのも当たり前(・ ・ ・ ・)のスポーツだったはず。

 

 

(いや、おかしいに決まってるッ! なんで昔から慣れ親しんだ感じになってるんだ? ただのサッカーならまだしも、超次元サッカーなんて聞いた事が無いぞ? 思い返せ、カドック・ゼムルプス)

 

 

 そうだ。おかしい事などいくらでもある。現にほら、超次元サッカーにまつわる思い出など一つも―――

 

 

 

 ―――瞬間、カドック・ゼムルプスの脳内に溢れ出した、存在しない(・ ・ ・ ・ ・)記憶。

 

 

 

 初めの頃は、サッカーなんかに興味はなかった。ただある時、ブリテン中学にサッカー部を復活させようとしていたプロフェッサー・Kに出会い、勧誘され、アナスタシアと共に加わった。

 そこから始まる、サッカーとの日々。

 暇さえあればボールを蹴り、必殺技の完成に勤しんで、仲間とぶつかっては、その度に仲直りして、より一層固い絆で結ばれて、合体シュートで数多の強豪校を打ち破ってきた。

 そして、再戦を約束していたギリシャ中学との決勝戦に勝利し、世界一となった自分達は、次は宇宙一を目指して―――

 

 

「いやなんだこの記憶ッ!?」

 

 

 どこからか溢れ出してきた存在しない記憶を振り払い、これ以上偽りの記憶に侵されないよう精神統一を図る。

 アンナやオフェリアを見てみても、自分のように偽りの記憶に惑わされているような気配は無い。それがカドックに、自分が先程思い返していたのはよくわからない変な映像だと割り切る切っ掛けになってくれた。

 ……もし彼女達がその記憶に疑いを持っていなければ、この話は大分恐ろしい事になってしまうのだが。

 

 

『さぁ始まりました、アルム・カンパニー親睦会ッ! 今回の競技は、超次元サッカーッ! アルム・カンパニーが誇る有志達によって完成した魔術式が組み込まれたユニフォームを着用する事によって、誰もが簡単に必殺技を使用可能となった、サッカーを超えたサッカーでありますッ!』

 

 

 赤色のユニフォームを着たアンナ達と、青いユニフォームを着たK達が向かい合う中。グラウンドの外に置かれた横長のテーブルに座った妖精が、これから始まる激闘を待ちきれないのか、マイクを握り締めながら叫ぶ。

 

 今回の親睦会。参加者は主役であるアンナ達の他に、アルム・カンパニー社長のプロフェッサー・Kとその秘書であるマスクド・L。そして、アルム・カンパニーの社員として働く妖精達の中で、我こそはと躍り出た八人の妖精達。

 

 以下がチームのメンバーと、そのポジションである。

 

 

 レッドチーム。

 FW(フォワード)―――アンナ・ディストローツ。ボレアス。バルカン。アシュヴァッターマン。

 MF(ミッドフィルダー)―――スカンジナビア・ペペロンチーノ。蘭陵王。

 DF(ディフェンダー)―――ジャンヌ。オルタ。ジャル。虞美人。

 GK(ゴールキーパー)―――項羽。

 サブメンバー―――ルーズ(FW)。

 

 ブルーチーム。

 FW―――プロフェッサー・K。マスクド・L。ソウジ。シグルド。

 MF―――カドック・ゼムルプス。オフェリア・ファムルソローネ。ノッブ。

 DF―――アナスタシア・ニコラエヴァ・ロマノヴァ。リョーマ。オリョウ。

 GK―――テスラ。

 サブメンバー―――謎のモデルΛ(ラムダ)(FW)。

 

 

「念の為にルールの説明を。基本的には汎人類史のスポーツであるサッカーと同じく、相手ゴールにボールを入れた数が多いチームが勝利となります。必殺技は単身で行うもの、複数人で行うもの、どちらも使用可能。しかし、相手の足を故障させる、または自分の手足を壊しかねない技を使うのは禁止です。ルールを守って楽しくプレイしましょうッ! ですがその前に、両チーム代表、握手をお願いしますッ!」

 

 

 司会の妖精に促され、赤色のユニフォームのチーム―――レッドチームのキャプテンに選ばれたアンナと、青色のユニフォームのチーム―――ブルーチームのキャプテンに選ばれたKが歩み出る。

 

 

「良い試合をしよう、アンナ」

「こんなにも楽しめそうな親睦会、初めてだよ。よろしくね、K」

 

 

 互いに固い握手を交わし、両者は自分のチームに戻る。

 予めコイントスを行っているため、ボールは勝利したレッドチームの選手の元にある。

 

 

「はじめましてだけど、知り合いに瓜二つだからあんまりそんな感じはしないなぁ……。でも、よろしくね。ジャンヌ」

「はい。よろしくお願いします、アンナさん。さぁ、オルタ、ジャル。私達三姉妹の力を見せますよッ! 失敗してもお姉ちゃんがフォローしますからねッ!」

「誰があんたの妹よッ! はぁ、ホンット調子狂う……」

「頑張りますッ!」

 

 

 綺麗に整えられた金色の髪の毛を持つ女性―――ジャンヌに、彼女と瓜二つの顔を持つ、少しくすんだ金髪の女性―――オルタが牙を剥き出す中、オルタをそのまま幼くしたような外見の少女―――ジャルが小さな拳を握ってやる気をアピールする。

 

 

「うははははッ! 征くぞ、オキタッ! わしらの力を見せてやろうッ!」

「ノッブ。これはあくまで親睦会ですからね。でも、やるからには正々堂々と勝負させてもらいますッ! よろしくお願いしますね、皆さん」

「あ、あぁ……」

 

 

 高々に笑う腰まで伸びた黒髪の少女ノッブと、それに呆れた様子を見せながらも闘志を漲らせるオキタに、カドックは思わずそう返す。

 

 

(この二人が汎人類史だと、日本が誇る英雄なのか……)

 

 

 アンナの話によれば、今カドックが見ている二人の少女は、汎人類史では極東の国日本の歴史にその名を刻んだ者達だという。

 黒髪の少女は、天下統一という悲願をあと一歩というところで討たれるも、同時期に活躍した武将達の中でも、『第六天魔王』という異名と共に随一の知名度を誇る英雄―――織田信長。

 桜色の髪の少女は、信長よりも後の時代に誕生した組織、新選組の一番隊隊長を務めた剣士―――沖田総司。

 

 そして―――

 

 

「勝つぞ、リョーマ。勝ったらカエルをいっぱい食べよう」

「はいはい。まぁ、こうして体を動かすのも久しぶりだし、張り切っていこうかな」

「ゴールはこの私に任せるがいいッ! 交流の力で、遍くシュートを受け止めてやろうッ!」

 

 

 ノッブと同じくらいの長さの黒髪を持つ、どことなく蛇を連想させられる顔立ちの女性オリョウと、彼女と並び立つ優しげな好青年リョーマ。

 彼らも信長や沖田と同じく、日本で名が知られている男女だという。

 リョーマは、日本を夜明けを目指して奮闘した姿を『龍』と例えられた男―――坂本龍馬。

 そんな彼に寄り添いながらも、最期は哀しみの果てに水の中へと消えてしまった女性こそ、リョーマの隣にいる女性、オリョウことお竜さん。

 

 後方のゴールを護る役割を背負ったのは、数多の神話で神の力として語られる雷電の力を解明し、人類文明に電気をもたらした偉大な碩学の一人、ニコラ・テスラ。

 

 さらに、アンナのチームの方に目を向ければ、やはり歴史に名を残した者達が揃っている。

 三姉妹のような妖精の長女的ポジションに座す金髪の女性は、フランスの歴史に語られる聖女―――ジャンヌ・ダルク。他の二人はアンナもわからないそうだが、もしあの聖女に別側面(オルタナティブ)があるとすれば、きっと次女的ポジションのオルタだろう。それをそのまま小さくしたような、三女的ポジションのジャルについてはよくわからないそうだが。

 ベンチにいるルーズは、色白の肌と金色の長髪が美しい少女だが、彼女は北欧神話に語られるワルキューレの一人であるスルーズ。そういえば、オフェリアが彼女を見た時、「本当にそっくり……」と呟いていた気がする。かつては北欧異聞帯を担当していたオフェリアだ。その時に会ったのだろう。

 

 だが、アンナでもわからないのが一人。

 それが、カドック達が属するブルーチームのベンチで待機している選手、謎のモデルΛだ。地球が誕生した時から生き続けているアンナをしても見覚えのない彼女が、いったいどのような存在なのか。それとも、史実には存在していない妖精なのか。……考えても仕方ないだろう。

 

 こうしてみると、本人ではないとはいえ、そうそうたるメンツが揃っているものだ。

 

 超次元サッカーをするという事で不安だったが、解説を聞く限り、余程の事がない限り危険な状態にはならないだろうし、充分に安全も確保されているようなので、安心してプレイ出来そうだ。

 

 それはカドック以外のメンバーも同様のようで、これから始まる試合に気合が入っているようだ。

 

 

「さぁ、始めようか―――オウショウさんッ!」

「はいッ! 申し遅れましたが、実況は(わたくし)、カクタ・オウショウが担当させていただきますッ! さぁ、試合開始ですッ!」

 

 

 オウショウが言い終わると同時、審判がホイッスルを鳴らした。

 レッドチームのフォワード、バルカンがボレアスにボールを渡し、試合が開始される。

 走り出したボレアスに早速ブルーチームの選手達が向かうが、ボレアスは素早い動きで彼らを躱していく。

 

 

「ほぅ。これは面白い」

 

 

 サッカーという競技については、召喚された時に英霊の座から与えられた知識の中に入っていたが、プレイの仕方についてはあまり知る事は出来なかった。

 しかし、このユニフォームを着ているおかげか、どのようにプレイすればいいのかが直接頭の中に流れ込んでくる。

 しかも、ユニフォームには力加減の制御機能も組み込まれているようで、サーヴァントが人間に全力で体当りしても軽く痛みを感じる程度まで力を抑え込む事が出来るようだ。だが、それで着用者に不快感を与えるわけにもいかないので、その証拠として、力を抑え込まれている感覚はあるが、それに対する虚脱感は微塵も感じない。

 このユニフォームだけでも、妖精達の技術もそうだが、気ままに生きる存在である彼らを完璧にまとめ上げたプロフェッサー・Kもかなりのカリスマ持ちだという事がよくわかる。

 

 

「行け、バルカン」

「おうよッ!」

 

 

 同じく走ってきた弟にシュートを決めさせるべく、ボールを蹴り上げが……

 

 

「させるかッ!」

「なにィッ!?」

 

 

 二騎の間に飛び出したカドックがボールを奪い取り、一気に走り出した。

 ボールを奪い返そうと迫るボレアスとバルカンを躱し、オキタにパスを回す。

 

 

「ありがとうございますッ! 良いパスですねッ!」

「前を見ろッ! 来るぞッ!」

「ボールは渡してもらうわよッ!」

 

 

 オキタからボールを奪うべく、自陣から出ていたペペロンチーノが走る。しかし、オキタは慌てた様子は見せず、そのままペペロンチーノとの距離を縮めていく。

そして、もう少しで両者がぶつかりそうになった時、オキタの足元から緑色の風が吹き荒れた。

 

 

「―――『そよかぜステップ』ッ!」

 

 

 まるで風が導くように滑らかな動きでオキタがペペロンチーノを躱すと同時、ペペロンチーノは風に足を掬われて転んでしまった。

 

 

「嘘ッ!?」

「これが超次元サッカーですよッ! ノッブッ!」

「おうッ!」

 

 

 オキタからパスを回され、ボールを受け取ったノッブが走る。

 

 

「項羽様が護るゴールに、ボールなんて入れさせるかッ!」

「うわははッ! 甘い甘いッ!」

「チィ……ッ!」

 

 

 シュートは入れさせないとばかりに妨害に入った虞美人と蘭陵王を躱す。

 他のディフェンスであるジャンヌ達は距離があるため、ノッブからボールを奪うには間に合わない。

 腕を組んで右足で強くボールを踏みつける。

 そして、項羽が護るゴールを強く見据えると同時、左足でボールを蹴る。

 蒼い光を纏って蹴り出されるボールだが、ノッブはそのままボールを見送らず、ボールの進行方向に現れてはさらに足を振るい、シュートの威力を高めていく。

 

 

「―――『刹那ブースト』ッ!」

 

 

 二発蹴った後、最後の一撃が繰り出され、出だしのものも含めれば合計四発ものシュートを受けた一撃が、ゴールに迫る。

 強烈なシュートを前に、しかして項羽は不動。

 己が果たすべき使命を果たすべく、人型の上半身を捩じる。そして、胸より湧き上がる力を右半身の腕に宿し、掲げる。

 

 すると、項羽から放出された黄金のオーラが巨人の上半身を作り出し、構える。

 

 

「―――『マジン・ザ・ハンド』ッ!」

 

 

 項羽の掛け声と共に繰り出された巨人の掌底が、一筋の蒼光を真っ向から迎え撃つ。

 暫しの均衡の末、先に力尽きたのは―――ノッブのシュートの方だった。

 

 

「……大事無し」

『おぉっとッ! 項羽、余裕でノッブ選手のシュートを受け止めたッ! その威圧感も納得の貫録を見せつけたァッ!』

「『項羽』? 『様』を付けなさいよ『様』をッ!!」

『えっ? あぁ、はいッ!』

「蘭陵王殿」

 

 

 項羽が投げたボールが蘭陵王に渡り、そこからボールを繋いでいく。

 

 

『蘭陵王からジャンヌへパスッ! ジャンヌ、オキタを躱してボールをアシュヴァッターマンへ繋ぐッ!』

「そう簡単には行かせられないね」

「そうかよ。だが、無駄だッ!」

「な……ッ!?」

 

 

 ブルーチームのゴールへと進んでいくアシュヴァッターマンの前に、リョーマが立ちはだかる。

 しかし、アシュヴァッターマンは彼の頭上にボールを蹴り上げ、彼がそれに気を取られている間に背後に回る。それにリョーマが気付いた頃には、ボールは既にアシュヴァッターマンの足元にあり、まんまと抜けられてしまった。

 呆気に取られていたリョーマに「どうだ」と言わんばかりに笑うアシュヴァッターマンだが、新たな気配を感じて前に視線を向ける。

 

 

「―――『ディープミスト』ッ!」

 

 

 突然周囲を濃霧が包み込み、アシュヴァッターマンの視界を奪う。

 どこから来るのか、と足元のボールを取られないよう気を付けながら周囲を見渡すが、次の瞬間、足元からボールが消えた。

 

 驚愕と共に振り返ってみれば、先程まで自分の下にあったはずのボールを足元に置いたオリョウの姿があった。

 

 

「ピースピース。リョーマの仇を取ったぞ」

「別に死んではいないんだけどね……」

「このッ!」

「渡さないぞ。オフェリア」

 

 

 アシュヴァッターマンがボールを取り返しに来る前にオリョウがボールを蹴り、オフェリアに渡る。

 ボールを受け取ったオフェリアが蹴り進んでいくと、彼女の前にアンナが立ち塞がった。

 

 

「今は敵同士だから、全力でやらせてもらうよッ!」

「それはこっちも同じッ! 悪いけど、抜かせてもらうわ」

 

 

 密着しかねない勢いでボールを奪おうとするアンナと、彼女から逃れる隙を窺うオフェリア。

 アンナを抜けようと体を動かすが、アンナも彼女の行動を先読みして移動してくる。

 チラリと背後に視線を向けるも、後方にいるメンバー全員がレッドチームのメンバーによってマークされてしまっている。それに焦りが生まれ、オフェリアが無理矢理にもアンナを押し切ろうとするが―――

 

 

「貰ったッ!」

「あ……ッ!」

 

 

 それが仇になってしまい、アンナにボールを奪われてしまう。

 

 

「先制点は、私が貰うよッ!」

 

 

 ボールを高く蹴り上げ、アンナがそれを追って跳躍する。

 

 

「―――『ドラゴン―――

 

 

 天高く舞い上がったアンナが左足を振るうと、そこから飛び出した金色の竜が弧を描く。

 その中心を通り、アンナが左足でボールを蹴る。

 

 

―――ブラスター』ッ!」

 

 

 アンナがボールを蹴り飛ばす刹那、弧を描いていた竜を構成するエネルギーがボールに集約。瞬間、ドラゴンブレスと見紛う程の凄まじい威力のシュートが繰り出された。

 

 

「必ず止めるッ! フンッ!」

 

 

 迫り来る強烈なシュートを前に、テスラは右手に光輝く球を生み出す。そして、軽いジャンプと同時に、その球を黄金のシュートへと投げ飛ばした。

 

 

「―――『シュートイーター』ッ!」

 

 

 投げ飛ばした光球は、アンナの繰り出したシュートを呑み込み、その力を奪おうとする。だが次の瞬間、ボールは自らを覆った光の防壁を突破した。

 

 

「なッ。ぐ、おぉおおぉおお……ッ!!」

 

 

 技を突破された事に驚愕するも、すぐに両手でシュートを押さえにかかる。しかし、技である程度威力は削がれているとはいえ、必殺シュートの威力は強力なもの。抑え切れるはずもなく、ボールはテスラを弾き飛ばしてゴールネットに突き刺さった。

 

 

『ゴールッ!! アンナ・ディストローツの必殺シュートが、見事テスラの壁を打ち破ったッ!』

 

 

 オウショウの声が轟き、スコアボードに記されているレッドチームの欄に『1』の数字が刻まれた。

 

 

「やったぁッ!」

「ナイスですね、アンナさんッ!」

「うんッ! ありがとう、ジャンヌッ! これが超次元サッカー……うんうん、楽しいッ!」

 

 

 これで1点リード。だが、この1点は中々大きい。

 最初に点数でアドバンテージが取れたのは、仲間の士気を上げる事が出来るし、先制点を取られないという安心感が生まれるのだから。しかし、それは同時に、相手チームをより攻勢に出させるものでもある。

 

 

「先制点は取られてしまったか。しかし、まだ終わったわけじゃない。前半はまだ時間がある。巻き返そうッ!」

『おうッ!』

 

 

 その証拠に、先制点を取られた事に影響されたブルーチームのキャプテンであるKが、チームの士気を高めていた。これからは今までよりも苛烈な攻め方をしてくるだろう。これを如何に防ぎ、如何に点差を開くかによって、今後の勝負の結果を左右する。アンナ達レッドチームも、これからはさらに攻守共に気を配らなければならなくなった。

 

 

『さぁ、試合再開ですッ! プロフェッサー・Kからマスクド・Lへとボールが渡るッ!』

「オラオラオラァッ! L様のお通りだッ、道を開けやがれッ!」

 

 

 試合再開のホイッスルが鳴ると同時、Kからボールを受け取ったLが一気に走り出す。

 その細身に見合う素早さで風を切りながらも、しっかりと鍛え上げられた筋力によって齎されるパワーは、相応の威圧感を伴ってレッドチームを牽制する。

 

 

『おぉっとッ! マスクド・L猛進ッ! 圧倒的なパワーとスピードに、レッドチームの選手達を寄せ付けませんッ! ……あぁっとッ!?』

「これ以上は行かせない……ッ!」

『これはッ! 虞美人がLの前に躍り出たッ!』

「ハッ、テメェ一人でなにが出来るッ!」

 

 

 自身の前に単身飛び出してきた虞美人を嘲笑し、Lが弾き飛ばす勢いで速度を上げるが、虞美人は真っ向からそれの迎撃に向かう。

 

 

「―――『スピニングカット』ッ!」

「ぅ、ぐぁ―――ッ!」

 

 

 赤いオーラを纏った右足を振るうと、そこから飛んだ衝撃波が地面に刻み込まれる。それと同時、そこから発生したエネルギーの壁がLを弾いた。

 

 

「チッ、この……」

「貴女に、項羽様へのシュートは許さないわ。オルタッ!」

「ディフェンスに攻めさせる気? でも、いいわ。私もシュート技使えるしねッ!」

『オルタ選手、ディフェンスに似合わぬ攻めの姿勢ッ! ディフェンスを他のメンバーに託し、自らゴールへと向かっていくゥッ!』

 

 

 巧みなボール捌きでブルーチームの選手達を掻い潜っていったオルタが高くボールを蹴り上げる。すると、彼女の背後から青色の体色を持つ巨大なワイバーンが飛翔する。

 ボールはワイバーンが旋回すると、水色の輝きを纏ってオルタへと落ちてくる。

 

 

「―――『ワイバーンクラッシュ』ッ!」

 

 

 強く蹴り飛ばしたボールと共に、ワイバーンが高らかに吼えて飛んでいく。

 選手達の頭上を越え、ゴールへと向かっていくシュートを、誰もが見送るしか出来ない―――がッ!

 

 

「シュートはもうやらせないよ」

「行くぞ、リョーマ、オキタ」

「はいッ!」

 

 

 リョーマ、オリョウ、オキタがゴールを護るテスラの前に立ち、三人でオルタの必殺シュートに立ち向かっていく。

 

 

「「「―――『パーフェクト・タワー』ッ!」」」

 

 

 オリョウが両腕を振るい、それを合図にリョーマとオキタが前に飛び出る。

 オリョウによって足元に出現した巨大な塔に飛び乗った二人が、迫るシュートに跳び蹴りを繰り出した。

 ゴールに喰らいつこうとしたワイバーンは、しかしその前に立ちはだかった巨塔によって阻まれた。

 

 

『凄いッ! ブルーチームの選手達による必殺技が、ワイバーンクラッシュを防いだッ! レッドチーム、得点ならずッ!』

「反撃開始です。オフェリアさんッ!」

「えぇッ!」

 

 

 オキタが蹴ったボールが向かっていくのは、オフェリア。

 そのままパスを回しながらレッドチームへと攻め入るのかと思いきや、なんとオフェリアは、そのまま右足を後方へと引いた。すると、彼女の足元に薄緑色の魔法陣が出現する。

 

 

「なっ、まさか……ッ!」

 

 

 その構えにオルタが青ざめた瞬間、オフェリアの右足がボールへと叩きつけられた。

 

 

「―――『オーディンソード』ッ!」

 

 

 掛け声と共に蹴り出されたボールが、北欧神話に伝わる神の剣となって飛んでいく。

 だが、それだけでは終わらない。そのシュートの先には、プロフェッサー・Kが立っていた。

 

 

「良いシュートだ、オフェリア。なら、私も負けてはいられない」

 

 

 ボールが真横を通り抜ける瞬間、Kの右足がボールに叩きつけられる。

 勢いを増したボールに、Kが凄まじい速度で追いつき、宙返りした後に両足をボールに押し当てる。

 

 

「―――『ゴッドキャノン』ッ!」

 

 

 オフェリアのシュートに、さらにKの必殺シュートが付け足され、その威力と速度を倍増させてレッドチームへと飛んでいった。

 

 

『こ、これはァッ! オフェリア・ファムルソローネのオーディンソードに、プロフェッサー・Kのゴッドキャノンによるシュートチェインだァッ!!』

「ディフェンス」

「「「―――ッ!」」」

 

 

 『オーディンソード』と『ゴッドキャノン』の二つの技を受けたボールの威力に構えを取った項羽の前に、ディフェンスの三人が移動する。

 

 

「「「―――『ディープ―――」」」

 

 

 ジャンヌ、ジャル、虞美人の三人が、熱帯雨林を駆け抜けるターザンのように、ツタに掴まりながらシュートへと向かっていく。

 

 

「「「―――ジャングル』ッ!」」」

 

 

 ツタによる加速を得た三人による蹴りがシュートを阻む。しかし、シュートの威力を完全に殺し切る事は出来ず、容易く突破されてしまった。

 

 

「―――『ムゲン・ザ・ハンド』ッ!」

 

 

 項羽が両手を合わせると、彼の背後から無数の緑色に輝く腕が現れる。

 それらは項羽が腕を前に突き出すと、一斉にシュートの勢いを削ぐべくボールへと殺到する。

 

 

「ぐ、ぅッ! オオォオオアアァァア―――ッ!?」

 

 

 しかし、ディフェンス三人のブロック技と、項羽によるキャッチ技を以てしても、シュートの威力を完全に殺す事は出来ず、無数の腕を形作るエネルギーは木端微塵に粉砕されてしまった。そして、項羽自身も技を通して腕に走った痺れに怯んでしまい、止められなかったボールが自らの横を通り過ぎていく様を見ている事しか出来なかった。

 

 

『ゴォオオオルッ!! ブルーチーム、必殺シュートのシュートチェインによって、項羽様のムゲン・ザ・ハンドを破ったッ! これで両チーム同点ですッ!』

 

 

 オウショウがレッドチームとブルーチームの得点が同点になった事を告げた刹那、審判が前半終了のホイッスルを鳴らした。

 

 

『ここで前半終了ッ! 両チーム、一進一退の攻防でした。ここから先、どのような試合になるのか、後半戦に期待が高まりますッ!』

 

 

 前半が終了した事で、両チームの選手が休憩を取るべくベンチへと戻っていく。

 

 

 

 Now Loading...

 

 

 

「Kにオフェリア……項羽様のキャッチ技を破るなんて……ッ!」

「どうどう。落ち着いてよ、ぐっちゃん。これはスポーツで試合なんだから。なにも殺し合いをしてるわけじゃないから、ね?」

「でもアンナ……ッ!」

 

 

 ベンチに戻って早々、爪を噛んでブルーチームにいるKとオフェリアを睨みつける虞美人をアンナが制止する。

 やはりというか、彼女はスポーツであったとしても、自分の愛する夫が護るゴールが破られたのが癪に障るらしい。それ程項羽を愛していると言えて、戦場であればその反応は妥当とも言えるものであるが、この場合にそれは適当ではない。

 アンナの制止を得ても尚、怒りは収まらない様子の虞美人であったが、そんな彼女を見かねた項羽も制止に加わる。

 

 

「止めよ、我が妻」

「項羽様……。ですが、彼らは……」

「アンナ殿の申した通り、これはあくまで親睦を深める為の催事。点を取られ悔やむのなら良いが、怨恨を抱くのは戴けない。これは競技であり、互いに勝敗を奪い合うものである。『楽しくプレイ』である」

「楽しく、プレイ……。……わかりました、申し訳ございませんでした。アンナも、ごめんなさい」

「大丈夫だよ。ちゃんと反省してくれたんだから」

 

 

 項羽の説得もあり、素直に謝罪した虞美人の背中を軽く叩き、「さて」とアンナは腕を組み始めた。

 

 

「前半終了寸前のところで点を取られちゃったから、また振出しに戻っちゃったなぁ。後半戦も頑張って点を取りに行かないとね」

「そうねぇ……。でも、どうするの? 私達のチームの主力って、ぶっちゃけあなた達三姉弟でしょ? オルタみたいにディフェンスでシュート技を使える選手もいるけど、いつも攻めていられるわけじゃないわよ」

「そうなんだよねぇ。やっぱり、私達を主軸に置いたプレイがいいかも。でも、いいの? 私達の為の親睦会だけど、ちゃんとジャンヌ達の活躍の場も見せたいんだけど……」

「いいんですよ。私達は私達の役目を果たすだけです。ゴールは許してしまいましたが、次はしっかり防いでみせます。アンナさん達は、安心してプレイしてください」

「ま、この親睦会の主役はアンタ達だからね。主役を食っちゃうわけにもいかないでしょ?」

「そうですッ! 私達は私達の、アンナさん達はアンナさん達の役目を果たしましょうッ!」

「三人共……ありがとう」

 

 

 自分達が主役だという事はわかっているが、やはり社員であるジャンヌ達の見せ場も用意したかったアンナにとって、彼女達の言葉は助かるものだった。笑顔で感謝の言葉を述べた後、アンナは拳を振り上げる。

 

 

「後半戦、いっぱい点を取って勝とうねッ! 頑張るぞーッ!」

『おうッ!!』

 

 

 アンナのやる気に満ちた声に、チームメイト全員が威勢よく答えた。

 

 

 

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「なんか、芥に凄い睨まれてるんだけど……」

「気にするな。お前の打ったシュートがゴールに入ったからだろ。上手くアンナと項羽が説得してくれると思うし、すぐに無くなるだろ」

 

 

 レッドチームのベンチから凄まじい殺意を垂れ流す虞美人に若干困惑するオフェリアに、スポーツドリンク片手にカドックがそう返す。

 

 

「そう……。ならいいんだけど……」

「あの、虞美人さんってオフェリアさんの事嫌いなんですか? その、凄い殺気なんですけど……」

「否定。彼女は夫が護るゴールにシュートを決められたのが悔しかったのだと、当方は推察する」

「嫌われるような事はしてないわ。ただ彼女の場合、項羽……旦那さんへの愛が振り切っててね。ああなるのも当然なのかもしれないわ」

「旦那さん……。妖精の私には、あまりわからないものですね」

「そうなの?」

「えぇ。私達妖精に、あなた達のような生殖機能はありません。なにかしらの形で死んだ場合、記憶こそなくなりますが、どこかでまた次代の妖精として誕生するだけですから」

「元々自己で完結するから、他者との間に子を持つ必要がないという事か」

「そうですね。ですから、それでも恋人や伴侶を迎える妖精というのは、本当に希少なんです。代表的な妖精といえば、妖精妃モルガンに仕える妖精騎士ガウェインや、城砦都市シェフィールドの領主を務めているボガードですね。ボガード様は今のところ伴侶がいるかはわかりませんが、ガウェイン様には現在人間の恋人がいらっしゃったはずです」

 

 

 妖精騎士ガウェインに、城砦都市シェフィールドの領主ボガード。

 気になる妖精達の名前が出てきたが、今はその事について考えても仕方ないだろう。今は後半戦について考えなければならない。

 

 

「先制点を取られはしたが、オフェリアのお陰で、我々はなんとか同点に持ち込む事が出来た。だが、我々が目指すのは勝利。後半戦で点を取って勝ちたいところだが、それは相手も同じ事。そして、相手のチームの主力は、恐らくアンナ、ボレアス、バルカンの三人だ。彼らを上手く封じる事が出来れば、我々が勝てる確率はかなり上がると考える。カドック、オフェリア、ノッブ。ミッドフィルダーである、君達の意見を聞きたい」

 

 

 ミッドフィルダーは、試合の状況を常に把握して味方をサポートする役割だ。前半戦ではあまりそういった面での活躍が出来なかった分、後半戦ではそのポジションとしての役割をしっかりと果たしていきたい。その為にはまず、プロフェッサー・Kや他のメンバー達と話し合い、今後の試合をどう運んでいくのか考えていこう。

 そう考えたカドック、オフェリア、ノッブは、取り敢えず三人で簡単な情報を出し合った後、それぞれの意見が噛み合う作戦を他のメンバーに伝える事にした。

 

 こうして試合は、後半戦へと続く―――

 




 
 流石にチームだけでも合計で22人も扱うとなると大変ですね……。今回見せ場が無かったキャラクターは、後半戦でしっかり活躍させたいと思いますので、楽しみにしていてくださいッ!

 項羽はサーヴァント化していないので未来演算機能は相変わらずのチート級ですが、ユニフォーム着用時限定でかなり弱体化します。ボールを蹴れない機体の構造上、ゴールキーパーとしてでしか参加出来ませんが、彼も彼なりに、どんなシュートが打たれるのかわからないこの親睦会を楽しんでいます。

 また、今回登場した妖精はほとんどが元ネタのキャラと同じ名前持ちですが、汎人類史の彼彼女らとは完全な別人です。社員の中で汎人類史から流れてきたのはミス・クレーンだけです。

 そして現在、アンナ・ディストローツのイラストを製作中でございます。イラストを使う場面は今後の展開によって明らかとなりますが、必ず完成させますので、こちらも楽しみにしていてくださいッ! 服装は変わらないですが、髪形が少し変わっていると思いますが、温かい目で見てくださればと……。

 次回もよろしくお願いしますッ!


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親睦会超次元サッカー・後半戦

 
 昨日から新ぐだぐだイベントが始まりましたね。
 最近は色んなサーヴァント達の育成をしていたために素材が枯渇し始めたので、こうしてイベントが始まるのは嬉しいです。新しいストーリーも楽しめますしね。

 今回は親睦会後半戦ですが、後半からはカリアの話になりますので、実質二話分あります。文字数はなんと約18000文字です。死にそうでした()

 それではどうぞッ!


 

『さぁ、休憩時間(ハーフタイム)が終了し、後半戦開始ですッ! 現在、ボールはブルーチームのフォワード、プロフェッサー・Kの下にありますッ!』

 

 

 休憩時間が終了し、始まった後半戦。

 前半戦終了間際にブルーチームがゴールを決めたため、キックオフの権利はそちらに与えられ、現在ボールはブルーチームのキャプテン―――プロフェッサー・Kが蹴っている。

 仲間達にパスを回しながら着々とレッドチームのゴールへと向かっていくプロフェッサー・Kの前に、レッドチームのディフェンダーである虞美人が立ちはだかる。

 

 

「通さないわよ」

「……フッ。元からそのつもりはないさ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

「え? な―――ッ!」

 

 

 周囲にチームメイトがいる以上、彼らの内の誰かにボールを回すか、それとも自分を押し切りに来るのか―――と思っていた直後、Kが後方へとボールを蹴った。

 ボールを受け取ったのは、オキタと交替でコートに出てきたフォワード―――謎のモデルΛ(ラムダ)である。

 

 

「私にボールを渡すのね、キャプテン?」

「君なら打てるだろう?」

「えぇ。もちろん」

 

 

 自信満々に、そして自分が相手チームを乱せるという事実に嗜虐的な笑みを深め、ボールを蹴り上げる。

 高く跳躍したラムダがボールに両足を乗せた直後、背後から現れた津波が彼女を流し始める。

 まるでサーファーが如く波を乗りこなしたラムダは、勢いを殺さぬままボールにオーバーヘッドキックを叩きつけた。

 

 

「―――『ツナミブースト』ッ!」

 

 

 激流を纏って一直線にゴールへと迫るボールに虞美人達が動こうとするも、プロフェッサー・K達によってガードされてしまい、ボールを見送る事しか出来ない。

 しかし、それだけでは終わらない。なんと、いつの間に移動していたのか、彼女達の後方にはブルーチームの選手―――アナスタシアがいた。

 なぜディフェンダーである彼女が、そうレッドチームの誰もが思った直後、腕を組んだ彼女がゴールへと狙いを定めた。

 瞬間、彼女を中心に周囲の景色が変わり、舗装されたコートから水色のオーロラが映える白銀の大地へと化す。雪に包まれた大地から放たれる絶対零度の冷気がボールを氷塊へと変え、彼女の前まで来る。

 

 

「凍てつきなさい。―――『ノーザンインパクト』ッ!」

 

 

 一気に駆け出したアナスタシアが、強烈な回し蹴りをボールへと叩き込む。

 ラムダの『ツナミブースト』に、アナスタシアの『ノーザンインパクト』が加わり、より強力な一撃となったシュートが項羽へと迫る。

 

 

「項羽様ッ!」

 

 

 虞美人が叫ぶ。

 彼女の叫びを受けた項羽は、しかして焦りの表情は欠片も見せずに左腕を振り払う。すると、彼の背後に水墨で描かれた山々が並び立つ。その内の一つから、項羽が跳び上がる。

 

 

「―――『大国謳歌』

 

 

 巨大な掌を象ったオーラを背後に、項羽が前足をボールへと叩き下ろす。巨大な質量が叩きつけられた衝撃波が周囲に飛び散り、その中心には、ラムダとアナスタシアのシュートを受け止めた項羽の姿があった。

 

 

『凄まじい攻防ッ! 項羽様、ブルーチームのシュートを容易く受け止めたァッ!』

「……へぇ」

「ゴールを獲らせはしない。ボレアス殿」

「了解した」

 

 

 項羽の投げたボールがボレアスへと渡り、そこからペペロンチーノにパスが回る。ドリブルでブルーチームのコートに入り込んだペペロンチーノに、マスクド・Lことカイニスが立ち塞がった。

 

 

「ボールを寄越しなッ!」

「あら、そうはいかないわよ?」

 

 

 凶悪な笑みに余裕の笑みで返したペペロンチーノが、両足でボールを挟んで宙返りする。着地と同時にボールが跳ねると、なんとボールが三つに分かれてペペロンチーノの周囲を回り始めた。

 

 

「―――『イリュージョンボール』ッ!」

「な―――クソッ!」

 

 

 どれが本物のボールかわからずにカイニスが怯んでいる間に、ペペロンチーノが彼の隣を通り過ぎていく。歯噛みしながらもカイニスが後方から追ってきているのがわかったペペロンチーノは、自分と同じようにブルーチームに上がってきていたチームメイトにボールをパスした。

 

 

『ペペロンチーノ、ボールを味方へパスッ! 受け取ったのは……ルーズですッ!』

 

 

 ペペロンチーノからボールを受け取ったのは、金髪に赤目が映える少女―――ルーズだった。

 彼女は自分にボールを回してくれたペペロンチーノに頷き、前半は出られなかった分活躍してみせるという決意の下、走り出す。

 

 そこへリョーマとオリョウがボールを奪おうと迫るが、ルーズは臆さずに左手を掲げる。

 

 

「無駄です。―――『ヘブンズタイム』

 

 

 パチン、とルーズが指を鳴らした直後、その音が周囲に伝播すると同時に、リョーマとオリョウの動きが止まった。

 石像が如く動かなくなった二人の間をゆっくりと歩いた後、ルーズが再び指鳴らしをすると、固まっていた二人が動き出す。

 

 

「? 消え―――ッ!?」

「なっ、うぉお―――ッ!?」

 

 

 目の前にいたはずのルーズの姿がない事に戸惑う二人の間に、突風が吹き荒れる。

 止まった時間の中をルーズが歩いた事によって空気が動き、そこに空いた穴を周囲の空気が埋めようと働いたためだ。それによって二人が吹き飛ばされたのを感じながら、ルーズは走り出す。

 

 

「時間停止……魔法の域の技だぞ……ッ!?」

 

 

 ルーズが行った行動に、カドックが目を見開く。

 これまで見てきた技の中も、常軌を逸したものばかりであった。しかし、時間停止などという技は、流石にこれまでの技のどれにも分類されないものだった。

 だが、呆けてばかりではいられない。ルーズからボールを奪わなくては、とカドックが走り出そうとするが、間に合わない。

 

 ルーズが右腕を振り払う。すると、彼女の頭上に広がる雲間から眩い輝きが漏れ、彼女を包み込んだ。

 右足を大きく引き、ボールに叩き付ける。

 

 

「―――『ヘブンドライブ』ッ!」

 

 

 光り輝く羽根が降り注ぐ中、蹴りつけられたボールは眩い光と黒い稲妻を纏ってゴールへと飛んでいった。

 

 

「おぉ―――これは……」

 

 

 迫り来るシュートに、テスラが感嘆の息を漏らす。

 まるで天の裁き。この妖精國に『神』という概念はなく、あるとすれば人間の真似事をした妖精が建てた大聖堂があるぐらいだろう。だがもし、本当に『神』と呼ばれる者が存在するのなら、彼の者が行う裁きとはこうして下されるのだろう。

 だが、いつまでも見惚れていられるものではない。自分はブルーチームのゴールを護るキーパーなのだ。ならば、それを受け止めるのが務めである。

 

 

「オォオオオオッ!!」

 

 

 雄叫びと共に開いた右手を天に掲げる。

 すると、頭上に赤黒く渦巻く竜巻が発生し、真っ直ぐテスラの右手へと落ちてくる。

 

 

「―――『ディスティニークラウド』ッ!」

 

 

 それを掴み取り、盾のように構える。

 光球と竜巻が衝突し、ボールは目の前の竜巻を吹き飛ばそうとするも、しかし竜巻の威力に圧し負けてしまい、纏う光の全てを奪われてしまう。そしてテスラは、シュートの威力を完全に殺されたボールを容易く掴み取ってしまった。

 

 

『これは凄いッ! テスラ、ルーズの『ヘブンドライブ』を『ディスティニークラウド』で封殺ッ! レッドチーム、得点ならずッ!』

「く……ッ」

「フッ、こちらも簡単に点は獲らせん。行け、ノッブッ!」

「うむッ!」

 

 

 ボールを受け、ノッブが駆け出す。

 華麗なパス回しで巧みにレッドチームの選手を躱していくノッブの前に、蘭陵王が立ちはだかる。

 

 

「行かせはしないッ! ―――『真空魔』ッ!」

 

 

 力を込めた右足を振るった衝撃で蘭陵王とノッブの間の空気が切り裂かれ、一時的に真空状態になる。蹴撃の風圧に吹き飛ばされそうになるも踏み止まったノッブだったが、ボールは元に戻ろうとする空気に流されて蘭陵王の足元に行こうとし―――

 

 

「貰いッ!」

「な……ッ!?」

 

 

 蘭陵王にボールが届く直前、突然割り込んできたカイニスによってカットされてしまった。

 まさか割り込まれるとは思いもしなかった蘭陵王が怯んでいる間に、カイニスは彼の横をすり抜け、ゴールへと前進。ディフェンスが彼を阻もうとするが、カイニスは逆に口元を獰猛に歪めた。

 

 

「見せてやる、これが神霊カイニス様の力だッ!」

 

 

 両腕に青白い稲妻を纏わせたカイニスの前で、ボールが宙に浮きあがる。

 

 

「喰らいやがれッ! こいつが俺様の全力―――『グレートマックスなオレ』ッ!!」

 

 

 赤とオレンジの混ざり合った強烈なオーラがカイニスとボールを包み込んだ直後、カイニスの跳び蹴りがボールへと叩き込まれる。

 強大なエネルギーを纏ったシュートがディフェンス陣を薙ぎ払い、項羽へと向かっていく。

 

 項羽は体を捻り、胸を中心に溢れ出るエネルギーを右拳に纏う。

 『マジン・ザ・ハンド』の予兆か、と誰もが思う中、しかし項羽が選んだ技は違う。

 捻っていた体を戻すと同時、地に向けた右腕から一対の黄金の翼が伸び、一気に突き出す。

 

 

「―――『ゴッドハンドV』ッ!」

 

 

 黄金の翼を生やした右掌が、荒れ狂うエネルギーの嵐を受け止める。

 一瞬拮抗するかに見えた二つのエネルギーだが、しかしそれは数秒の後に崩れ、砕けたのは項羽の技だった。

 

 

『ゴォオオオオルッ! マスクド・Lのシュートが、項羽様の技を制したッ! ブルーチーム、リードですッ!』

「く……ッ」

「そう悔やまないで、項羽。私達が必ず取り返してあげるから」

「かたじけない……」

 

 

 試合再開のホイッスルが鳴り、項羽がボールを投げる。

 それをシグルドがカットしに行くが、それよりも先に動いたボレアスがボールを受け止めた。

 

 

「む……ッ!」

「そう簡単にいくと思うな」

「アシュヴァッターマン、ボレアスを護ってッ! ペペロンチーノ、ぐっちゃんッ!」

「えぇッ!」

「だからぐっちゃんって呼ぶなって……ああもうッ!」

 

 

 アンナがペペロンチーノと虞美人を連れてブルーチームのコートに上がり始め、ボレアスも彼女達にボールを渡すべく動き出す。

 その前にノッブが立ちはだかるが、ボレアスがアシュヴァッターマンにボールをパスした。

 

 

「ボールは渡してもらうぜッ!」

「お前には奪わせねぇよッ! ―――『スプリントワープ』ッ!」

「チィ……ッ!」

 

 

 残像すら残さぬ速さでジグザグに動いたアシュヴァッターマンからボールを奪えるはずもなく、カイニスはそのまま抜かれてしまった。

 

 

「ボレアスッ!」

 

 

 アシュヴァッターマンからパスを回されたボレアスの姿が掻き消される。

 空中へと瞬間転移したボレアスは、赤黒いエネルギーを送り込んだボールを蹴り出した。

 

 

「―――『ディザスターブレイク』

 

 

 凶悪なエネルギーを纏ったシュートが、土煙を捲き上げて突き進んでいく。

 

 

「バルカン」

「おうよッ! ―――『マキシマムファイア』ッ!」

 

 

 兄の言葉を受け、バルカンが左足に炎を纏う。

 真っ赤に燃え上がった炎は、その形状を巨大な剣に変え、バルカンはそれを真下からボールに叩き込んだ。

 しかし、それだけでは終わらない。なんと、ボレアスとバルカンのシュートの先には、先程上がっていたアンナ達の姿がある。

 

 

「行くよ、二人共ッ!」

「「おうッ!」」

 

 

 ボールが三人の間に来た直後、三人は円を描くように走り出す。

 三人の間に巨大な竜巻が発生し、その中心にあったボールは周囲の風によって回転力を増していく。

 そして、三人は竜巻の中に身を投じ、真下から同時にボールを蹴り上げた。

 

 

「「「―――『ジェットストリーム』ッ!!」」」

 

 

 強烈な蹴りを受けたボールは、竜巻の風によって威力と速度を倍増。圧倒的なスピードを誇るそのボールを前に、テスラは必殺技の構えすら取れずに吹き飛ばされた。

 

 

『ゴォオオオルッ! レッドチーム、負けじとブルーチームから点をもぎ取ったッ!!』

「決まったわッ!」

「やったぁッ! 合わせてくれてありがとう、二人共ッ!」

「まぁ、仕方ないから」

 

 

 笑顔で喜ぶペペロンチーノとアンナに、虞美人がやれやれといったように返す。しかし、その口角は少し上がっており、彼女なりにこの結果を喜んでいるように思える。

 

 

「すまない……。速度を見誤った……」

「大丈夫さ、テスラ。奪われた分はキッチリ取り返す。なに、私達に任せてくれ」

『さぁ、試合再開です。後半終了まで残り僅か。現在、同点の両チーム。どちらが先にシュートを決めるのでしょうかッ!』

 

 

 テスラがボールを投げる。

 ボールを胸で受け止めたノッブがシグルドにパスを回し、続いてラムダへとボールが回る。

 スライディングでボールをカットしようとするルーズを躱し、そのまま直進。

 

 

「行かせるかッ!」

「ごめんなさい。押し通させてもらうわ」

 

 

 ボールを奪おうと走ってきたアシュヴァッターマンに嗜虐的な笑みを浮かべ、ラムダが右腕を構える。

 どこからともなく現れた水が球体となった後、一本の槍のようにアシュヴァッターマンへと向かう。アシュヴァッターマンがそれを咄嗟に避けるも、数歩先にはラムダがいるので強制的に足を止められてしまう。

 

 

「―――『ジャックナイフ』ッ!」

「ぐぉ―――ッ!?」

 

 

 ラムダが右腕を振り払うと、後方から先程飛んでいった水流がアシュヴァッターマンを弾き飛ばした。

 難なくアシュヴァッターマンの妨害を潜り抜けたラムダが、プロフェッサー・Kにボールを回す。

 ボールを受け止めたプロフェッサー・Kがカドックとオフェリアに目配せをすると、二人は真っ直ぐレッドチームのゴールへと向かい始めた。

 

 

「ディフェンスッ! カドックとオフェリアをッ!」

 

 

 自陣へと攻め込んでくるカドックとオフェリアを見逃さず、彼らの妨害をディフェンスに任せ、ペペロンチーノとアンナはプロフェッサー・Kに向かう。

 しかし、プロフェッサー・Kに二人の相手をするつもりなど毛頭なく、すぐさまボールを頭上に蹴り上げた。

 

 

『ボールを高く蹴り上げたッ! そこにカドックとオフェリアが居合わせるッ!』

「カドックッ!」

「―――ウゥゥゥルルァアッ!!」

 

 

 オフェリアの叫びに、カドックが狼が如く咆哮を轟かせる。周囲の景色がオーロラが舞う氷雪地帯へと変わり、ボールを凍り付かせると同時、カドックを巻き込んで周囲も氷に閉ざされる。それを自ら砕いたカドックが跳び上がり、回し蹴りを叩き込む。

 氷を砕かれて蹴り出されたボールを、オフェリアが追う。

 

 

「これで―――決めてみせるッ!」

 

 

 二回側転し、その遠心力を殺さぬままジャンプ。右足に赤黒いエネルギーを纏い、叩きつける。

 

 

「「―――『氷結のグングニル』ッ!!」」

 

 

 ボールにオフェリアの足が触れた途端に、ボールを氷の結晶が包み込む。その中心を砕き、北欧神話に語られる主神の武器を連想させる氷槍が飛び出し、ゴールへと猛進していく。

 

 

「―――『キャッスルゲート』ッ!」

 

 

 両腕でなにかを持ち上げるような動作をすれば、項羽の背後に巨大な城門が聳え立つ。

 城門の落とし格子がシュートを受け止め、その頑強な護りで弾き飛ばした。

 そのまま反撃を、とレッドチームだったが―――それを、彼ら(・ ・)に阻まれた。

 

 

「行くぞ、カドック、オフェリアッ!」

「あぁッ!」

「えぇッ!」

 

 

 項羽がシュートを阻んでいる間に上がってきていたプロフェッサー・Kが落ちてきたボールを蹴り上げる。再び上空に打ち上がり、蒼い光と紫色に輝く二本の光輪を纏ったボールを、最初に跳び上がったカドックがキック。続いてカドックよりも高くジャンプしたオフェリアが踵落としでボールを地上に落とす。

 そして、プロフェッサー・Kを中心に、左右に着地と同時に走り出したカドックとオフェリアがボールに足を叩きつけた。

 

 

「「「―――『ビッグバン』ッッ!!」」」

 

 

 その名の通り、超新星爆発が如き爆発の輝きと勢いを纏い、ボールがレッドチームへと襲い掛かる。

 

 

「勝つのは我らだ。必ず止めるッ! ハァ―――ッ!」

 

 

 項羽は両手を固く握り締め、胸から巨大な掌を出現させる。真っ赤な稲妻と共に姿を現したその掌は、迫り来るシュートを受け止めるべく動く。

 

 

「―――『タマシイ・ザ・ハンド』ッ!!」

 

 

 掌はビッグバンの光を抑え込み、その威力を殺そうと光を握り締める。

 自らの内で暴れ狂う絶大な威力を前に震えながらも、ボールを包み込んだ指の隙間から漏れる光が、徐々にその強さを失っていく。

 

 

「止められたか……ッ!」

「いや……まだだッ!」

 

 

 光が失われていく光景に、自分達の必殺技が止められたのだと歯噛みしかけたカドックを、しかしプロフェッサー・Kが笑顔と共に否定する。

 一瞬消え入りかけた光だが、しかし次の瞬間、指の隙間から凄まじい勢いで光が漏れ出し始める。

 

 シュートの勢いを殺せなかった。ならば―――と項羽が紅い掌を突き破ってきたボールを両手で受け止めるが、それでもボールの勢いは殺せない。

 

 

「ぐああぁあああぁあッッ!!」

 

 

 そして遂に、ボールが項羽という防壁を突破し、ゴールネットへと突き刺さった。

 

 

『ゴールッ!! ブルーチーム、タイムアップ寸前でゴールを制したァッ!』

 

 

 オウショウの実況が響き渡ると同時、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。

 

 

『ここで試合終了ッ! アルム・カンパニー親睦会超次元サッカーは、ブルーチームの勝利ですッ!』

 

 

 試合終了を告げる声に、歓声が沸き起こる。

 どちらかを卑下する事無く、両チームの健闘を称える声に、敗北したレッドチームのメンバーも、悔しさよりも「楽しかった」という気持ちが強くなった。

 

 

「あ~あ、負けちゃった。悔しいなぁ」

 

 

 そして、最後に互いの健闘を称えるべく並び立った両チームを代表して歩み出たアンナとプロフェッサー・Kの内、アンナが肩を落としてそう零した。

 

 

「でも、楽しかっただろう?」

「まぁね。こんなに楽しかった親睦会はないよ。本当にありがとうね、K」

「こちらこそ。君達とぶつかり合って、君達の強さを知る事が出来た。本当にありがとう、アンナ」

 

 

 勝っても負けても、最後には笑顔だ―――そう言い終えてプロフェッサー・Kが手を差し伸ばし、アンナはそれを強く握った。

 二人の固い握手に、観戦していた妖精達は拍手をする。

 次々と送られる感謝や称賛の言葉に、アンナ達は全員で手を振る。

 

 

「……うん。これなら、申し分ないね」

「ん? なにか言った?」

「アンナ……いや、今日我が社に来てくれた君達―――」

 

 

 レッドチームとして自分とぶつかり合ったアンナ達と、ブルーチームとして自分と共に戦ったカドック達を見渡し、プロフェッサー・Kは告げる。

 

 

「―――アイドルに興味はないかい?」

『―――なんて?』

 

 

 その言葉に、例外なく全員がそう返したのだった。

 

 

 

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「おや、ウッドワス」

「む、カリアか」

 

 

 親睦会が終了した頃、キャメロットでは城門の手前ではカリアと、スーツを着込んだ長身の妖精が鉢合わせしていた。

 長身の妖精の名は、ウッドワス。この妖精國出身の妖精達が所属する氏族の内の一つ、“牙の氏族”をまとめ上げる存在。亜鈴の一人でもある彼は、汎人類史の英雄の力を得ている妖精騎士にも優るとも劣らぬ程の強者であり、この國の女王であるモルガンが心から信頼している妖精でもある。

 

 

「君がここに来たという事は、陛下になにか用かな?」

「いや、今日は陛下にご用があるわけではない。トリスタンに用があって来たのだ」

「ほう、我がマスターに? ……なるほど、彼女(・ ・)か」

 

 

 ウッドワスは己の氏族からすれば不思議な程、礼節を弁えている妖精だ。品行方正を目指し、日頃から好物である肉を控え、短気という自分の短所をしっかり見つめて矯正しようと尽力している―――そんな彼がスーツを着ているのは毎日の事だが、今日はいつにも増して綺麗に整えられている。

 加えてみれば、毛艶も大変よろしい。狼に近い外見の持ち主である彼だが、その毛は見る者全てを魅了する程の美しさを持っている。元がそれなのだから、さらに整えられたその魅力は、カリアが僅かながらに気圧される程のレベルだった。

 そして、彼がこれ程までに気合を入れる理由は一つしかない。

 

 

「相変わらず、隠し事は通じないな」

「君の場合は態度に出やすい。ボクでなくとも簡単に気付けるさ。さぁ、入りたまえ。マスターのところまで案内しよう」

「良いのか? 先程城を出ようとしてただろう?」

「なに。また散歩にでも出かけようと思っていたところだよ。さっきはグロスターに行ってたんたが、会いたくない奴と出くわしてね。気分転換というものだよ。でも、君が来てくれたなら丁度いい。一人で歩くより、友人と談笑しながら歩く方が何倍も楽しい」

 

 

 絢爛豪華な調度品が並ぶ城内を歩きながら話すカリアに、意外な話を聞いた、とウッドワスは心中で呟く。

 

 

「お前が『会いたくない』と語る者がいるとはな。厄介な女にでも好かれたか?」

「まさか。どれだけ厄介でも、ボクが女性を無碍に扱うものか。男だよ。昔から因縁のある、どうもいけ好かない奴さ。向こうもその気だったようで、あのまま同じ場所にいては本気で殴り合っていたところだったから、退散したまでだよ」

 

 

 本気で、という言葉に、ウッドワスが目を見開く。

 ウッドワスは数百年も昔から女王モルガンに仕える身であり、その実力もあって戦争に駆り出される事もあった。その時には大抵彼女も同行したものだが、ウッドワスはこれまで一度も、彼女が本気を出したところを見た事がない。

 

 かつて、ウッドワスはカリアと模擬戦をした事があった。彼女の力を知りたくて戦いを挑んだのだが、しかし、結果は惨敗(・ ・)

 亜鈴としての力を全開にした状態で挑んだというのに、繰り出す攻撃を全ていなされ、的確にカウンターを叩き込まれたのだ。そして、一度向こうに攻勢に出られたら、最早ウッドワスに成す術はない。

 あっという間に防御を崩され、首元に刃を押し当てられて終了だ。

 流石は、かつて地上に存在したという伝説の狩人達の一人。その実力は妖精騎士どころか、女王モルガンにも匹敵すると言われている。その実力というものを、ウッドワスはその時身を以て理解した。

 

 しかし、彼女に本気を出させる事は出来なかったが、彼女に『油断をなくさせる』事は出来た。それ自体は嬉しいが、同時に悔しさも滲み出てくる。

 ウッドワスは日常を過ごす友人として、共に死線を潜り抜けた戦友として、いつかは本気の彼女を見てみたいと考えていた。しかし、それは裏を返せば、彼女が本気にならざるを得ない相手が現れるという事。そう考えると、ウッドワスは複雑な気持ちになってしまう。

 

 

「すまなかったな。思い出したくもない事を思い出させて」

「別に構わないさ。君はその事を知らなかった。ボクはそれを説明しなければならなかった。それだけの話だよ。……そうだ。話題を変えるついでに、君から話を振ってくれたまえよ。このままボクが話を続けてしまうと、口が止まらなくなりそうだ」

「私のか? 常日頃から散歩しているお前からすれば、私の話などつまらないと思うが?」

「退屈なわけがないだろう? 他人の話を聞くのは好きさ。ボクとは違う視点を知る事が出来る。ささっ、早く話しておくれよ」

「ふむ、そうだな……」

 

 

 さて、どのような話をしようか―――ウッドワスは顎に指を這わせて考え込む。

 先程自分が言ったように、常日頃から妖精國中を練り歩いているカリアにとって、一日の大半をデスクワークで終わらせる自分の話など退屈極まりないだろう。

 カリアは住居以外で同じ場所に留まる事はほとんどなく、たとえ何度も訪れている場所であろうとも足を運んでいく。もしかすれば、妖精國についての情報では彼女の方が上かもしれないレベルだ。

 もちろん、彼女自身が言ったように、カリアがデスクワークの話をしても退屈しないのはわかっている。彼女はどのような話であろうと、退屈な気持ちを欠片も抱かずに聞いてくれる。そんな彼女ならばデスクワークの話をしても快く耳を傾けてくれるだろうが、それではウッドワスとしても面白味がない。

 

 そこでふと、ウッドワスは思い付く。そういえば、彼女にはこういう話が効果的かもしれないと。

 

 

「では、一つ怪談話をしてやろう」

「……なに?」

 

 

 ピクリ、とカリアが眉を吊り上げ、一瞬だけ動きが止まった。

 

 

「ふふっ、そう怖がるな。怖い話を聞くと背筋が凍る、などという話はよく聞くが、この話は我々からすれば微風(そよかぜ)程度のもの。意味がわかると少し怖い……そんな話だ」

「……そ、そうか。ならば安心だ。ボクに適した怪談話を頼むよ」

 

 

 一見余裕ぶっているように見えるが、微かにカリアの表情には怯えの色が見て取れる。やはり、彼女は怪談(こういう)系の話は不得手なのだろう。実力は申し分ないのに、なぜこのタイプの話は普通に怖がるのか。

 

 

「あるところに、一人の氏族長がいた。彼は己が率いる氏族の為、ひいてはこの妖精國の為、忙しい毎日を送っていた」

 

 

 その男は、己が忠義を捧げる女王の為に、彼女の負担を少しでも軽くしようとあらゆる作業を熟していた。過度な働きはせず、しかし平均的な働きもしない―――良く言えば有能な働きをしていた。

 そんな彼の仕事の一つに、食材の管理というものがある。

 魔力さえあれば生存できる妖精にとって、食事とは娯楽程度のものでしかない。進んで食事を摂るのは、自ら新しいものを思い付けば創造する人類種を真似てのものである。そんな彼らの為に、その男は食材の管理も徹底していた。

 だが、この話に登場するのは、彼が普段使用している食材の貯蔵庫ではなく、彼しかその場所も、開ける方法も知らない―――秘密の貯蔵庫である。

 

 

「ある日、男はその貯蔵庫の中身を確認しようと思い、一人その場所へと向かった。しかし、そこにはなんと、無惨にも破壊された扉の残骸が……」

「…………」

 

 

 チラリ、とカリアを見てみれば、表情を強張らせてウッドワスを見つめてきていた。心做しか、顔も少し青褪めているように思える。

 

 

「もしや、賊か。そう思って駆け込んだ男の前には、欠片も残さず平らげられた食材達。その奥では黒い人影が、最後に残された、自身の何倍もの大きさの肉に喰らいついていた。それも、肉だけではない。それがついていた骨さえも、その影は噛み砕いていた」

 

 

 それは宛ら、汎人類史では生者の肉を求めて彷徨うゾンビのように。一心不乱に肉を頬張り、骨を噛み砕くその姿に、男は恐怖したという。

 

 

「男は恐れた。その影の恐ろしさは、昔から熟知していた。しかし、これほどまでとは思ってはいなかったのだ。すぐに食事を止めようとした男だったが、影は彼の存在に気付いたのか、ほんの瞬きの末に消えてしまった。まるで、最初からその場にはいなかったように、己が喰らっていた骨付き肉ごと……」

「……?」

「男はそれ以降、影を見る事はなくなった。しかし、男は今でも恐れている。再びその影を見る事を。再び秘密の貯蔵庫の扉が破壊される事を……。男は今でも、恐れている……」

「……ウッドワス」

 

 

 ウッドワスが話し終えた途端、ポンっと彼の肩に掌が乗せられる。

 それにウッドワスは、その掌の持ち主であるカリアへと向く。―――満面の笑み(・ ・ ・ ・ ・)を以て。

 

 

「……少し用事を思い出してね。悪いがここから先は君一人で行ってくれたまえ。マスターはこの階段を登って左側の通路、数えて五番目の部屋にいる。それではさらばだ我が友よ。彼女(・ ・)と上手くやりたま―――」

「お〜お〜、待つのは貴様の方だぞカリア。私が話した怪談の意味がわかったようだなぁ?」

 

 

 伝える事を伝えて踵を返そうとするカリアの肩を掴み、彼女を逃げられなくする。

 

 

「は、放してくれたまえ。緊急の用事なのだ。言い方はあれだが、今は君とこれ以上関わる時間など―――」

「軽く話す程度だ。そう長く時間はかけんよ。さぁ、白状してもらおうか、友よ。先日、お前の為に取っておいた貯蔵庫―――そこで盗み食いをしていた不届き者は、お前だな?」

 

 

 ウッドワスが僅かに肩を握る力を強める。それに反応するように、彼の体毛が黒から白へと変わっていき、髪の毛も逆立ち始める。

 カリアがそれに目を細め、落ち着かせるようにウッドワスの手に自分の手を重ねる。

 

 

「……あぁ、その通りだよ。ボクが犯人だ。だから落ち着きたまえ、我が盟友」

「うっ、す……すまない」

 

 

 ここで揉め事を起こす気か―――そう言外に告げられ、頷いたウッドワスは素直に彼女の肩から手を離した。

 

 

「申し訳ない。私とした事が……」

「いや、謝るべきはボクの方だ。ボクが発端なのに、君を焚きつけるような事を言ってしまった」

「だが……いや、これ以上続けても意味は無いか」

「……そうだね。では、ここはお互いに相手の要望を一つだけ叶えるとしよう。殴り合いは無しだ。妖精國(ここ)じゃ、一瞬でも暴力を振るっているのが見られれば厄介な事になる」

「そうだな。では、それについては今後話し合うとしよう」

 

 

 互いに謝り続けていては意味が無い。そう判断し、カリアとウッドワスは暴力を伴わない話し合いの下にこの件に決着をつける事とした。

 

 

「話が逸れてしまったな。改めて、マスターのいる部屋を教えようか」

「いや、流石に覚えている。話が逸れたとはいえ、数分前の事など忘れるもの―――」

「―――あら、ウッドワス?」

 

 

 改めてバーヴァン・シーの居場所について教えようとしたカリアにウッドワスが軽く手を挙げて止めようとした瞬間、カリアとは別の女性の声が響いた。

 それを聞いた途端、ウッドワスが姿勢を正し、懐から取り出した手鏡で自分の髪形をチェックし始め、カリアは僅かに目を細めた。

 

 コツ、コツ、と一定のリズムを伴って階段から姿を現したのは、美しい女の妖精だった。

 虹色に輝く羽根に、ウェーブのかかった長髪。凹凸の取れた肉体に、慈愛を宿した瞳。

 

 背丈の小さい、青色の鎧を装備した妖精を護衛に歩く彼女の名は、オーロラ。

 妖精國に存在する六つの氏族の内、“風の氏族”の長であり、ソールズベリーの領主でもある。

 

 そして、彼女の隣に立つ少女騎士の名は、妖精騎士ランスロット。またの名を、メリュジーヌ。

 銀色の髪、水晶の如き黄金の瞳。この國において唯一無二の、竜の妖精。

 同時に、遥か昔にこの歴史に存在していた『彼女』の娘であり、女王モルガンの相棒たる“熾凍龍”の姉でもある。

 

 

「オ、オーロラ……」

 

 

 予想外の人物の登場に狼狽えたウッドワスが僅かに仰け反る。しかし、好いている相手を前にしてただ引くのは彼のプライドが許さないようで、すぐに咳払いして姿勢を正した。

 

 

「き、奇遇だな、オーロラ。まさか、君がこの城に来ていたとは」

「えぇ、知り合いの妖精達とお茶会をしに。陛下からの許可も頂いておりますわ。ウッドワスはどのような要件でこちらに?」

「あ、そ、その、だな……」

 

 

 返答しにくい質問をされ、ウッドワスがたじろぐ。彼がここに来た理由は、オーロラには絶対に知られてはいけないものだった。彼女には秘密のまま、内密に終わらせたかったものだったのだが、どう説明したものか……。

 どのように返答すればよいか迷っていると、それを見かねたカリアが助け舟を出してきた。

 

 

「ボクと話をしに来ただけだよ、オーロラ嬢。普段は妖精騎士トリスタンの御目付役であるボクだが、有事の際には出撃しなければならない。その時の戦略について話し合おう、とね。そうだよな、ウッドワス?」

「あ……あぁ、そうだとも。モルガン陛下により数千年繁栄してきた妖精國だが、未だに災厄を根絶する事は出来ていない。近年では妖精が突如黒いオーラを纏い、凶暴化するという事件も起きている。我々では対処しきれない場合においてのカリアの行動について、話そうと思ってな」

「ちなみに、この話を持ち出してきたのはウッドワスの方でね。流石は勇者ライネックの次代(むすこ)だよ。ボクには思いつかない案が次々と出てくる」

「まぁ、そうなのですか? 流石はウッドワス。妖精國が誇る勇士の名は伊達ではありませんわね」

「そ、そうか? 照れるな……」

 

 

 助け舟に乗せられて嘘を吐いてしまったが、今更嘘だと言えるはずもなく。しかし、もしこの場にカリアがいなかったら、自分はもっと下手な嘘を吐いていたと考えると、彼女がこの場にいてよかったと思う。

 ウッドワスが隣のカリアに視線を向けると、彼女はウィンクをして返してくれた。

 

 

「良ければあなた方もお茶会に、と思っていたのですが、それでは仕方がありませんね。良き案が浮かべばいいですね」

「あぁ。……ところでオーロラ、今度の週末は」

「ふふっ、ちゃんと覚えていますよ。グロスターの街で食事ですよね? 確か、アルム・カンパニーが経営しているという」

「そうだ。前に一度食べたんだが、とても良い出来栄えでな。是非とも君に食べてもらいたくて」

「うふふ、楽しみにしておりますわ。……それでは、私達はこれで。行きましょう、メリュジーヌ」

「……オーロラ、少し待ってほしい」

「? えぇ、構いませんよ」

「ありがとう。……カリア」

「む?」

 

 

 オーロラから離れ、黒い鎧を小突いてきたランスロット―――メリュジーヌに連れられ、カリアはオーロラとウッドワスから離れる。

 

 

「なにか用かな、メリュジーヌ。再戦の申し出なら今は―――」

「―――君からあの方々(・ ・ ・ ・)の匂いがする。会ったの?」

「……なるほど、そちらの方か」

 

 

 匂う、などと言われて一瞬自分の体を嗅ごうとしたカリアだったが、彼女の言葉の意味を理解すると同時、「あぁ、そういう事か」と微かに安堵した。

 そんな彼女の心境など露ほども知らぬメリュジーヌは、ずいっとカリアとの距離を縮めてきた。

 

 

「答えて。あの方々が、この國にいるの? もしかして、あの壁の向こうから?」

「落ち着きたまえ、メリュジーヌ。素が出ているぞ?」

 

 

 詰め寄ってくるメリュジーヌを、軽く両手を上げて制止するカリア。しかし、彼女はその程度で止まるつもりなどなく、「早く答えろ」とばかりにさらに距離を縮めてくる。

 その様子に、なにを言っても意味が無い、と判断したカリアはわざとらしく肩を竦めた。

 

 

「……イエスだ、メリュジーヌ。君の創造主は、この國に来ている。己が血を分けた双子を連れてね」

「―――ッ! なら……」

「おっと、待ちたまえ。それはノーだ」

 

 

 カリアの返答を聞くと同時に飛び出そうとしたメリュジーヌの肩を掴む。メリュジーヌがその手を振り解こうと足掻くが、ただ肩を掴まれているだけなのに、そこから放たれる重圧が彼女の精神を圧迫し、抵抗力を奪っていく。

 

 

「どうして……」

「今はその時ではないからだよ。今度の週末、あそこの二人はグロスターに食事しに行く。君も同行するのだろう? ならば、その時にでも会えばいい」

「でも……ッ!」

「君が彼女達に会いたい気持ちはわかる。だがね、彼女らも今はこの國に慣れる必要がある。現地の妖精との交流中に君のような者が来ては、きっと妖精達は萎縮してしまうだろう。だから、今だけは待つのだ」

「…………わかった」

「すまないね、メリュジーヌ」

「いいの。私も、あの方々には会いたい。でも、それであの方々の邪魔をしてしまっては元も子もない。だから、貴女の言う通りにする」

 

 

 渋々と、だがちゃんとメリュジーヌが頷いてくれた事に安堵し、カリアは彼女を連れてウッドワスとオーロラの元へ戻る。

 自分達が離れている間に何事か話していたようだが、二人はカリア達が戻ってきたのを見るとすぐに会話を止めた。

 

 

「おかえりなさい、メリュジーヌ。どんな話をしていたの?」

「模擬戦についてだよ。僕はこれまで、一度もカリアに勝ててないからね。今度こそ勝ちたいから、その申込みをさせてもらったんだ」

「生憎と、今の私にはやらなければならない事があるので、断らせてもらったがね」

「本当に残念。今度こそその生意気な態度を崩してやりたかったのに……。……待たせてごめんね、オーロラ。そっちの話は大丈夫?」

「えぇ、軽い世間話でしたから。それではウッドワス、カリア様。またいずれ……」

「あぁ。また会おう、オーロラ」

「ウッドワスで不足なら、ボクのところにおいで。決して不快にはさせないよ」

「カリアッ!」

「ハハハッ、冗談さ、我が友よ。親しき仲にも礼儀あり―――君から彼女を奪ったりはしないさ」

「ふふふっ、お二人は本当に仲が良いのですね。羨ましいですわ」

 

 

 カリアの言葉に一瞬激昂しかけたウッドワスと、それに軽く手を振って誤解を解いたカリアの様子にオーロラが笑い、メリュジーヌもクスリと笑う。

 そうして二組は別れ、オーロラとメリュジーヌは城門へ、カリアとウッドワスはバーヴァン・シーのいる部屋へと向かい始める。

 

 

「……ウッドワス」

 

 

 階段を登り、バーヴァン・シーのいる部屋へと続く廊下を歩いている最中、カリアが口を開いた。そんな彼女に、ウッドワスは「またか」と嫌そうに溜息を吐き、答える。

 

 

「何度言っても無駄だ、カリア。私に、彼女を疑うような事は出来ない。本格的なものは無理だが、軽い嘘偽りならば私にも理解できる。それに、彼女は我々に嘘を言うような女性ではない。それに、彼女からはそのような気配を微塵も感じなかった」

「しかしね、ウッドワス。妖精は嘘を吐く。人間と同じようにね。そして、彼らに罪悪感を説くなど不可能だよ。……あぁ、もちろん君達のような例外は除いてね」

「むう……」

 

 

 妖精に罪悪感を説くなど不可能―――その言葉にはウッドワスも否定できない。

 実際、ウッドワスはこれまで何度もそういった面を目の当たりにしてきた。特に、かつて軍を上げて行っていた『予言の子』捜索時に訪れた村など、口引きをしようとした結果村が滅んだという、あの忌々しい事件が印象に残っている。

 

 あの時に対峙した妖精達には、『罪悪感』など欠片も存在しなかった。ただ、『そうしたかっただけ』という、理解し難い感情の下に行動していたのだ。共に同じ時間を過ごしてきた相手を殺す事に対する葛藤が、微塵も感じ取れなかったのだ。

 

 悍ましい―――まさしくその言葉が相応しい妖精の習性に、氏族こそ違えど同じ妖精であるウッドワスは嫌悪を抱いていた。

 

 

「罪悪感のない嘘ほど、見破れないものはない。本人にとっては普通の事を話しているつもりでも、その一言一句が周囲を破滅へと導く。オーロラ嬢がそうとは思えないが、まぁ、用心するに越した事はないよ、ウッドワス」

「う、む……」

「信じられない気持ちはよくわかる。しかし、私は一人の友として、君に忠告をした―――それだけは覚えていてほしい」

 

 

 彼女が自分に対し、真面目に忠告しているのは嫌でもわかる。しかし、今のウッドワスにとっては、その言葉すら真実なのかわからなかった。

 だが、もし、彼女の言葉が真実であって、オーロラが自分を欺こうとしているのであれば、

 

 

(果たして、その時の私は……どうするのだろうか)

 

 

 ……わからない。

 自分の事は自分が一番良くわかっているというが、ウッドワスにとって、その時の自分の心情など予想すら出来なかった。

 ただ、そうあってはほしくない―――そう願うしか、今の彼には出来なかった。

 

 

(……彼には、このくらいでいいだろうか)

 

 

 そして、思い悩む彼の隣に立つ狩人もまた、友と同様に思い悩む。

 先程、ウッドワスにはああ言っておいたものの、カリアはオーロラの性質(・ ・)を理解していた。

 だが、それを真っ向から告げてしまえば、ウッドワスを傷付けてしまうのではないか―――彼の想いを踏み躙ってしまうのではないかと考えてしまう。

 きっと、本当なら告げてしまうのが一番だろう。しかし、それを言い出せない程の友情が、自分と彼の間にはある。

 

 バーヴァン・シーがいる部屋の扉をノックし、彼女からの許可を得て入っていく彼の姿を見送りながらそう思っていると、ウッドワスと入れ替わりに出てきた人物に目を見開く。

 

 

「おっ、カリアじゃねぇか。もう戻ってきたのか?」

 

 

 その人物―――名を、ベリル・ガット。

 この妖精國ブリテンに現れた、女王モルガンが『夫』と公言している魔術師。汎人類史からやって来た、クリプターと呼ばれる者達の一人。

 

 

「散歩に行くつもりだったが、ウッドワスの頼みでね。彼をマスターの元に送り届けに来ただけだよ」

「へぇ。あいつも姫さんに用があんのか。信頼されてんだねぇ。その割には、さっきメッチャ罵られてたけどな」

「当然だ。モルガン陛下は、彼女をそう在れかしと育てたのだ。多少は悪辣にもなる」

「多少……ね。お前さんがあの娘を変えたのかい? もし、お前がいなかったら、姫さんは今頃もっと恐ろしい奴になってただろ? それこそ、この國の妖精全員に恐れられるぐらいに、な」

「少しは優しくさせた方がいいだろう? 統治の仕方などボクは微塵もわからないが、ただの恐怖による統治など、いつか破綻するに決まってる。―――私が望むのは、平和な世界だからな」

「平和な世界、ねぇ……。そう言う割にはお前―――なんでそんな嫌そうな顔してるんだ?」

 

 

 ギラリ、と眼鏡の奥にある瞳が鋭く光る。

 その視線に対し、カリアは軽く両手を上げて「やれやれ」と零した。

 

 

「なにを言っているのかな、ベリル」

「惚けんなよ、カリア。オレとお前には、似てる部分がある。特に―――隠し切れねぇぐらいにドス黒い性癖(かんじょう)持ちってところがな」

「…………」

「俺はお前達モンスターハンターの事なんざ、本でしか知らねぇけどよ。それにしたってそれ(・ ・)は無いだろ。どうやって『最高』の称号を手に入れたんだよ」

「こんな私にも、命への想いぐらいはあるという事さ」

「どうだか。……ま、そこらへんはどうでもいいか。同じ姫さんの御目付け役とはいえ、オレとアンタはそこまで深く語り合える程の仲じゃないからな」

「そうだね。ボクらは彼女の御目付け役。無益な話はしないのが一番さ」

「ハッ、ヒッデェ奴。……それじゃあ、オレは城下町にでも繰り出しますかね。ずっとここにいても体が(なま)っちまう」

 

 

 カリアの横を通り過ぎ、ベリルが階段を下りていく。

 彼の気配が遠退いていき、やがて城下町に出た頃、カリアは一人口を開く。

 

 

()が動こうとするとはね。なにか、彼が君の気に触れる事でも言ったかい?」

 

 

 今その場には、カリア以外誰もいない。しかし彼女は、まるで目の前に誰かがいるかのように言葉を続けていく。

 

 

「ふふっ、なるほどね。それなら君が怒るのも当然だ。でも、駄目だよ。確かに彼は危険だ。実力が無いなら、言葉で他者を唆そうとする……彼はそういう男だろうからね」

 

 

 踵を返し、歩き始める。

 相変わらず周囲には誰もいないが、構わず彼女の言葉は続く。

 

 

「なに? ……あぁ、そうだとも。君の言葉は正しい。そして、彼の言う事も正しい。本当ならボクは、こうして最高のハンターとして座に刻まれるはずがない。……でも、こうしてこの場に立てているのは、きっとあの人(・ ・ ・)のお陰だろう。なら、ボクは彼の為に、そして、今生のマスターとその母親の為に動くだけさ」

 

 

 近くの窓から外を見渡す。

 真っ白に整えられた、街の景色。女王のお膝元であるその街には、貴族の妖精達が多く住んでおり、各々が自由に過ごしている。

 だが、その街並みも、住人も、彼女の目には映らない。彼女の瞳は、その奥に広がる大地を見据えている。

 

 

「なんともまぁ、厄介な連中(・ ・ ・ ・ ・)に絡まれたものだね、この國も。……でも、いいさ。私はハンターとして、サーヴァントとして、遍く障害を打ち砕くまでだからね」

 

 

 長年連れ添った友人と話すように、「それにしても」と零す。

 

 

絆を侵す(・ ・ ・ ・)凶気(・ ・)”なんて、又聞きでしか知らなかった話だったけど、これは願ってもない機会だ。早く、見つけださないとね」

 

 

 己の胸の中で渦巻く感情を抑え、再び歩き出す。

 その顔に浮かぶ感情を知る者は、この場には誰一人として存在しない。唯一人、この國の支配者である彼女を除いて。

 

 

「嗚呼……早く狩りたい……。本当に、堪らない匂いで誘うものだよ……」

 

 

 狩人は歩く。己が使命を果たす為。

 狩人は征く。己が欲求を満たす為。

 

 影は、そんな彼女を見つめ続ける。

 彼女が纏う黒衣から、彼女の心の深淵から。

 彼女の魂に刻まれた、輝かしい旅路の世界から。

 

 

 ―――影は今も、彼女を見つめている。

 




 
 【突然思いついたイナズマイレブン風次回予告(プロフェッサー・K視点)】
 遂に始まった王立ブリテン高校との決戦。直々に出陣した女王モルガンと妖精騎士達による猛攻に、私達は為す術がない……ッ!
 その時、眩い光と共に一人の少女が現れたッ!
 なんだって? アンナとオフェリアの娘ッ!?
 女性同士の間に子どもなんて―――アンナ? なんで目を逸らすんだ? アンナッ!

 次回、緋雷ノ玉座ッ!

『未来からの応援! 受けろ、未来視と緋雷の合わせ技!』



 ちなみにどちらが父親で母親なのかは考えていません。
 次回もよろしくお願いしますッ!


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プロフェッサー・Kの勧誘

 
 ドウモ、ミナサン。
 サーヴァント達の強化素材が欲しく、日夜BBちゃんを殴り続けているマスター、seven774でございます。
 今回のイベントの最高効率クエ、オベロンの大切さがよくわかるものでしたね。我がカルデアにはオベロンがいないため、Wキャストリアと壱与ちゃん、そしてプーリンで攻略しています。これでもカード運が良ければ2ターン周回出来ますしね。
 そういえば先日、アトランティスのリコレクションクエストが出ましたね。これが終われば、次はオリュンポスですが……絶対にあのトラウマクエ出てきますよねぇ……。素直に辛いです。

 そして先日、ゼノブレイド3を購入しました。歴代作品も攻略していたので、どんなストーリーが展開されるか楽しみですッ! スプラトゥーン3も買いたいのですが、それは来月の給料が入ってからですかねぇ。来月は給料日前に友人とibのコラボカフェに行く予定なので、そちらでお金を使いますからね。

 それでは本編、どうぞですッ!



 

 

「アイドルをやらないか……と言われてもねぇ、私達、そういった経験ないけど……」

 

 

 親睦会を終え、数十分程の休憩を取ったアンナ達は、プロフェッサー・Kの執務室にいた。

 如何にも高級そうな革張りのソファに腰かけたアンナの質問に、プロフェッサー・Kは答える。

 

 

「私だって、アイドルをプロデュースするのは初めてだよ、アンナ。しかし、未経験だから挑戦しないなんて、もったいない事この上ない。幸い、ここにはそれを行うに足る人材が多くいる。その一人が彼女―――ミス・クレーンだよ」

 

 

 プロフェッサー・Kが隣に立つミス・クレーンに片手を上げて促すと、彼女は一歩前に進み出てお辞儀をした。

 

 

「アイドルプロデュースは社長らにお任せしますが、衣装は私が担当させていただきます。衣装とは相手のイメージを損なわず、しかし華やかに見せるもの。では、綺羅びやかで魅力あふれる衣装を身に纏い、ステージの上で舞うアイドルとは、実質私の出番なのでは、と思いまして」

「彼女はキャスタークラスのサーヴァントではあるけれど、あまり戦闘は得意な部類ではないんだ。この國の戦闘面については、女王モルガンの忠臣であるウッドワスが率いる“牙の氏族”の方が適任だ。我が社にもそういった面で強力なメンバーはいるとはいえ、流石にあちら側の仕事を取るわけにもいかないからね」

「そうですね。私は呪詛や卜占(ぼくせん)の類より、霊衣の仕立てを得意としております。所謂、織機(おりき)を用いて(シャトル)飛ばす者(キャスター)というわけです」

「霊衣の仕立て……。服を作るサーヴァントなんて珍しいわね」

 

 

 戦闘が不慣れなサーヴァントなどあまり想像できなかったオフェリアにとって、ミス・クレーンの存在はとても珍しく見えた。

 元々は人理焼却を防ぐ為に選出されたAチームの一人だったからこそ、サーヴァントについてはそれなりに深く勉強していたつもりだった。数多の英雄達が歴史に刻んだ偉業や伝説、逸話から、彼らがサーヴァントとして召喚された場合はどのような宝具やスキルを保有しているのかと考察したりもしていた。

 カルデアに召喚されていたサーヴァントであるダ・ヴィンチから色々話も聞いていたが、やはり実際に目の当たりにすると色々と考えさせられるものはある。

 

 

「ふふっ、珍しいですよね。先述したように、私は霊衣の仕立てがメインの役割です。仕立てものは専ら、アイドルの為のステージ衣装。和風洋服なんでもござれです。もちろん、貴女方マスターの為の衣装も仕立てますよ」

「といっても、君達全員をアイドルにする、というわけではない。流石に強制するというのは気が引けるしね。だから、君達自身で答えを出してほしい」

「……ちょっと質問してもいい?」

「なんでもどうぞ」

「それなら、早速。……まず一つ目は―――」

 

 

 プロフェッサー・Kに促され、オフェリア達を代表してアンナが質問を投げかけた。

 

 一つ目。参加を拒んだメンバーはどうなるか。

 こちらの質問に対する答えは、『そのメンバーが望んだ仕事を与える。各部門にはそれぞれに特化した妖精達がいるので、彼らのアドバイスを受けながら仕事をこなしていく』。

 

 二つ目。アイドルをやるとやらないとで、給料云々の変化はあるか。

 こちらの質問に対する答えは、『当然ある。しかし、お互いに決して不満にならないよう尽力する』。

 

 三つ目。他にアイドル候補になっている妖精はいるのか。

 こちらの質問に対する答えは、『もちろんいる。全員が意欲を以て参加する決意を固めているので、お互いに相手を高め合う事も出来る。しかし数が多いため、少し弾かなければならないのが苦しいところだが』。

 

 四つ目。では、自分達も弾かれる可能性があるのか。

 こちらの質問に対する答えは、『アンナ達は特別故、余程の事でない限りは採用とする。なぜかというと、今後の方針(・ ・ ・ ・ ・)によってはアンナ達の評判が必要不可欠だから。しかし、特別採用な以上、こなすトレーニングは他よりも厳しいものとする』。

 

 質疑応答を終え、アンナは「ん〜……」と腕を組んで唸る。

 アイドルをしてみないか、という誘いに対して、アンナ自身は乗り気だ。プロフェッサー・Kの言う『アイドル』というものが、かつて彼女が形なき島で出会ったとある姉妹が象徴するものとは違うのもわかっていた。崇拝される彼女達のようなレベルで慕われるのは望んでいないが、現代で使われるアイドルならば、彼女はやってみたいと考えていた。

 

 しかし、それはアンナ自身の考えであり、他のメンバーがそうだとは限らない。

 例えば―――

 

 

「なら、私は降りさせてもらうわね」

 

 

 彼女―――虞美人の場合は、真っ先に辞退した。

 なぜか、と問いかけてきたプロフェッサー・Kに対する答えは、『愛する夫だけの前ならまだしも、不特定多数の前で踊るのは嫌』というもの。なるほど、項羽という最愛の存在を失い、二千年近く彷徨い続けた、実に彼女らしい返答だ。

 

 

「では、我も辞退しよう。この躯体では、舞の一つも踊れないのだからな」

「それなら、私もマスターと共に……」

「なに言ってるのよ。お前はアイドルやりなさい」

「え? な、なぜです?」

 

 

 主や項羽が断るのなら自分も、と思って辞退を申し出ようとした蘭陵王だが、虞美人に「馬鹿じゃないの」と言いたげな表情と共にそう言われてしまう。

 なぜ自分がおかしな事を言ったような感じになっているのか―――そう思って訊ねてみると、虞美人は彼の仮面、その奥にある顔を指差しながら答えた。

 

 

「その仮面の奥にある顔、今がその使い時じゃないの?」

「で、ですが私の顔は……」

 

 

 自分の顔を話に出され、蘭陵王は思わず顔を顰める。

 蘭陵王が仮面で素顔を隠す理由―――それは彼の生前に由来する。

 

 蘭陵王とは、女性顔負けの美貌の持ち主である。生みの母親に与えられた予言の通り、美しい男性として産まれた蘭陵王であるが、しかし彼はその美貌によって自軍の士気が下がってしまう事、敵に侮られる事を恐れ、己の顔を仮面で隠したという。

 

 アイドルが行うのは戦ではないとはいえ、自分が仮面を外してしまえば他のメンバーに迷惑をかけてしまうのではないか。そう蘭陵王が考えていたところ、プロフェッサー・Kが虞美人に問いかけた。

 

 

「む、もしや、迂闊に仮面を外せない理由でもあるのかい? 他者には見せられない怪我とか……」

「そうじゃないわ。高長恭は純粋に顔が良いのよ。でも、それが原因で昔酷い目に遭ってね。でも、ここじゃそれは起こりそうにないし、大丈夫かと思ったのよ。それに、顔が良いのはアイドルとして大切な要素の一つでしょう? まぁ、強制はしないわ。高長恭自身がやりたくないのなら、それでもいいし」

「マスター……」

「ま、好きにしなさい。私にお前を自由にする権利は無いわ。お前が決めなさい」

「…………」

 

 

 虞美人の言葉に、蘭陵王は顎に指を添えて考え込む。

 自分の顔の事は、自分がよくわかっている。ここが戦場ではないとはいえ、自分が素顔を晒す事で、周りに迷惑をかけてしまうのではないのか、という疑念は、今も晴れない。しかし、虞美人が「顔が良いのはアイドルに必要な要素」と言われて、正直悪い気はしなかった。

 チラリ、と虞美人と項羽を見やる。

 虞美人は蘭陵王からの視線に首を傾げるが、項羽は蘭陵王からの視線に対し、重々しく首を縦に振った。

 

 項羽の持つ高度な演算機能は、最早未来視にも等しい。それによる未来演算でも、蘭陵王や虞美人など他のメンバーにとっての悪い未来は今のところ導き出されていないようだ。

 

 

「……それならば、私は参加しましょう。アイドルとして、精一杯活躍してみせます」

「わかった。第一候補者は蘭陵王、っと……」

 

 

 蘭陵王に頷いたプロフェッサー・Kは、羽ペンを片手に手元に置いてある紙に蘭陵王の名を書き込んだ。

 

 

 

「それなら、私も辞退しようかしら。アイドルとして活動するのも興味はあるけど、やっぱり裏から支援するのが私らしいわ」

「んじゃ、俺もだな。マスターの手伝いでもするか」

「あら、ありがとう、アシュヴァッターマン」

 

 

 そして、ペペロンチーノとアシュヴァッターマンも下りた。残るはアンナ、オフェリア、カドックと、そのサーヴァント達である。

 

 

「それなら、僕も下り―――」

(わたくし)とカドックは参加します」

「アナスタシア??」

 

 

 虞美人、ペペロンチーノに続いて自分も辞退しよう。そう思った直後、アナスタシアがカドックの言葉を遮った。

 

 

「カドック、私、踊りたいわ。舞踏会の経験こそありますが、あれは格式高い貴族のみが行うもの。それとは違うダンスというのもしてみたいわ」

「……待ってくれ、アナスタシア。この場で言うのはなんだが、僕はアイドルに興味がないんだ。僕は芥やペペロンチーノと一緒に、後方で活躍したいんだ。自分でも、そういう役割が似合っているのがよくわかるからな」

「卑下はよしなさい、マスター。貴方にも出来る事はあるでしょう? 例えばほら、貴方の好きな……ロック、でしたか? それをやらせてもらえばいいではありませんか」

「確かにロックは好きさ。でも、好きだからやるというわけじゃないという事はわかってくれ」

 

 

 アナスタシアの言う通り、人理焼却前のカドックは日頃からロック系の音楽が好きだった。人理焼却は藤丸立香によって解決され、自分達は各異聞帯の担当者として白紙化された地上で目覚めたため、今では嗜む機会はないが、聴けるのならまた聴きたいとは考えていた。

 だが、カドックはあくまで『聴く』のが趣味であり、『歌う』のが趣味というわけではないのだ。

 

 

「ですが、やってみたいという気持ちはあるでしょう? だって、貴方の部屋にある机……あそこの上から三段目の引き出しに―――」

「わかった、やるッ! やるから黙ってくれッ!」

 

 

 アナスタシアが何かを告げようとした途端、咄嗟に彼女の口を塞ぐカドック。それがなにを意味するのかを瞬時に察したアンナ達は、「あ~……」と色々察した視線を彼に送った。

 

 

「やめろ……そんな視線で僕を見るなッ!」

「ふむ、ではカドックの(ささ)やかな願望を叶えようじゃないか。カドックとアナスタシア、君達が立派なアイドルになる事を祈るよ」

「へっ、誰に願うってんだよ。この國にゃ神なんざいねぇだろ? この神霊カイニス様を除いてなッ!」

「そういう割には、君は祈られるのは好まないだろう? これは、彼ら自身に祈っているんだよ」

「嬉しい事を言ってくれるわね。頑張りましょう? カドック」

「はぁ……もう、なるようになれだ。出来る限りやらせてもらう」

 

 

 プロフェッサー・Kとアナスタシアに流されるまま、カドックのアイドル入りが確定した。

 残るはアンナグループとオフェリアグループである。

 

 

「残ったのは私達になったけど、オフェリアちゃんはどうする?」

「そうね……。私一人なら辞退していたところだけど、貴女とタッグを組めるのなら、参加したいと思ってるわ」

「え、本当ッ!? 実は、私も参加してみたいと思ってたんだ。それなら、一緒に参加しようよッ!」

「えぇ、そうしましょう、アンナ」

「ふふっ、嬉しいなぁ。まさか、オフェリアちゃんと一緒にアイドルやれるなんてッ!」

「きゃっ、ちょっと、アンナ……」

 

 

 あまりの嬉しさに抱き着いてきたアンナを、オフェリアが抱き留める。

 そのままアンナを放すかと思いきや、しかしオフェリアはアンナを放すつもりは無いらしく、放すどころか彼女を両腕で強く抱き締めていた。

 

 

「……あの、オフェリアちゃん? そろそろ放してほしいんだけど……」

「どうしてかしら? 抱き着いてきたのはそっちでしょう?」

「そ、それはそうだけど……。オフェリアちゃん、苦しくないの……?」

「まさか。むしろ、私は貴女をもっと抱き締められるけど?」

「えっ? あの、ちょっと……」

「ふふっ、じゃあ、もっと強く抱き締めて―――」

「やめなさい、二人共」

「あぅっ」

 

 

 どんどん顔を真っ赤に染め上げていくアンナの変化が面白く、より彼女と密着しようとするオフェリアだったが、その寸前に虞美人が彼女の頭を叩いた。

 

 

「全く、人目も憚らずイチャイチャイチャイチャと……。少しは周りの事を考えたら?」

「うわっ、ぐっちゃん自分の事棚に上げてる……」

「うるさいわね、爆発するわよ」

「やめてくれ……」

「それはやめてほしいなぁ」

 

 

 まるで「自分達は例外だ」とでも言うように脅迫してきた虞美人に、カドックとプロフェッサー・Kが苦言を漏らす。

 実際、人類とは異なる種族の精霊種である彼女ならば、たとえ爆発したとしても死にはしない。新たに肉体を再構成して復活するだけだ。しかし、外見は完全に人間のそれなので、爆発四散したという事実によってもたらされるスプラッター映画さながらの猟奇的な光景は見る者の脳裏に深く刻み込まれる。

 それを軽々しく口にし、仮に許可したら本気でやりかねないのが質の悪いところである。

 

 爆散されても困るので、オフェリアは仕方なくアンナを放す。

 オフェリアからの拘束から解放されたアンナだが、「あっ……」と小さく名残惜しそうな声を漏らし、僅かに手をオフェリアに伸ばす。

 

 

「アンナ、そういうのは二人きりの時にしてくれないか?」

「あ、ご、ごめんね……」

 

 

 目に見えてしゅんとするアンナ。その姿にオフェリアは、彼女に垂れ下がった犬耳と尻尾の幻覚を見た。

 龍―――それもその頂点に君臨する“祖龍”である彼女を犬と例えるのはどうかと思うが、物は試しとこう告げてみる。

 

 

「安心してアンナ。今日も一緒に寝ましょう?」

「……っ! えへへ、うんッ!」

(あっ、尻尾振ってる)

 

 

 その時、オフェリアは確かに、アンナの腰から伸びた、ぶんぶんと左右に振られている尻尾を再び見た。

 

 

「……首輪でもあったら買おうかしら

「えっ……?」

「? どうかしたの?」

「う、ううん……? 大丈夫、気のせいだよ、うん、気のせい……のはず」

 

 

 一瞬なにか怪しい言葉が聞こえた気がしてオフェリアを見やったアンナだが、当の本人は「なにも言ってませんよ」と示すようににこやかに返した。それに先程自分が感じた悪寒は勘違いだと決定づけ、アンナがオフェリアから視線を外す。

 しかし次の瞬間、二人を見ていたプロフェッサー・Kは、仮面の奥にある瞳を僅かに見開いた。

 

 オフェリアの僅かに開かれた、眼帯に隠されていない瞼。その奥にある左目には、ゾッとする程に燃え盛る、情欲の炎が宿っていたのだから―――。

 

 

「そ、それで、ボレアス達はどうするの? 私はアイドルやる事になったけど、君達もやる?」

「姉上が参加するのなら、私も参加する。どこまでも、貴女についていく」

「あァ、俺も同じだ。二度と姉ちゃんを一人にするか」

「う、うん。嬉しいけど、君達もしたい事があるなら、そっちを優先してもらっても―――」

「「姉上/姉ちゃんよりも優先する事なんて、あるはずがない」」

「な、なんか重いよ……?」

 

 

 オフェリアが向けてくる情欲については知らないとはいえ、まさかの息子(おとうと)達からも重い感情をぶつけられ、無意識にアンナはカドック達に縋るような視線を送った。

 しかし、彼らにこの状況を打破できる算段などあるわけもないので、誰もが目を逸らして彼女への助けを拒んだ。

 

 

「あははっ、それぐらいいいじゃないか、アンナ。愛されている証拠だよ」

「愛されているのは嬉しいけど、これは流石に……。まぁ、いいや。別に悪い気はしないしね」

「その通りよ、アンナ。私が貴女に対して『首輪をつけたい』とか、『おやつをあげたい』とか思ってるのもそれと同じよ」

「待って? 今なんかおかしな事言われなかった?」

「それで、シグルドはどうするの?」

「あっ、逸らしたッ! もう~ッ! 後でちゃんと聞かせてもらうからねッ!」

 

 

 両腕をぶんぶんと振って怒りを表すアンナと、それを微笑みながら見つめる主という構図に、シグルドはなんとなく、生前の自分と(ブリュンヒルデ)の姿を想い重ねていた。この二人の仲が壊れないように、この二人がこれからもこういったやり取りが出来るようにしなければ―――と心に決めた後、シグルドはマスターであるオフェリアからの質問に答えた。

 

 

「そうだな……。では、当方は後方に回るとしよう。我が叡智の煌めきは、戦だけでなく経営でも活躍する。どうか期待してほしい、マスター」

 

 

 伝説に曰く。

 大英雄シグルドは、グニタヘイズの貪欲なる輝きの悪竜現象(ファヴニール)を単身で討ち果たし、その心臓を喰らい、無敵の力と神の智慧(ちえ)を手に入れたという。

 力、頭脳、あらゆる技能において余人に勝る無双の大英雄として語られる彼は、戦闘面ではその全てを活用して勝利を手にする。しかし、今求められているのは戦闘力ではない。その卓越した身体能力であれば、アイドル活動も問題なくこなせるだろうが、彼は優れた知恵を活かせる後方支援を選んだ。

 

 

「わかったわ。頑張って、シグルド」

「了解。素晴らしい成果を約束しよう」

「頼もしい限りだね。これからよろしく、シグルド」

 

 

 オフェリアとプロフェッサー・Kからの言葉に、シグルドは頷いて答えた。

 

 

「さて、これで全員決定したね。この後は君達が今後配置されるチームと、その集合場所を考えるから、そうだな……うん、一時間。一時間自由行動だ。我が社の談話室で社員達と交流を深めるも良し。街に繰り出して観光するも良しだ。あぁ、そうだ、これを持っていってくれ」

 

 

 プロフェッサー・Kは引き出しから人数分の財布を取り出すと、それを順番にアンナ達に手渡してきた。

 アンナ達が、いかにも高級そうな革張りのそれを開くと、中には冷徹な雰囲気を感じさせる長髪の女性が描かれた紙幣と、三人の女性の顔が刻まれた銀貨が入っていた。

 

 

「これって……モルガン?」

 

 

 紙幣を眺めていたアンナがポツリとそう零すと、プロフェッサー・Kが僅かに顔を上げた。

 

 

「むっ、アンナは知ってるのかい?」

「まぁ、汎人類史(こっち)の彼女だけどね。という事は、この異聞帯の王って……」

「そう、彼女だよ。妖精妃モルガン、この異聞帯の頂点に君臨する“王”。そして銀貨に描かれているのは、彼女に仕える三人の妖精騎士。妖精騎士トリスタン、妖精騎士ガウェイン、そして妖精騎士ランスロットだ」

「モルガンに、円卓の騎士だって? 汎人類史じゃビッグネームの英雄じゃないか……」

 

 

 プロフェッサー・Kから告げられた四人の妖精の名前に、カドックが目を見開く。

 

 モルガンとは、汎人類史においては、歴史に名高いアーサー王の姉として語られる女性の名前だ。またアーサー王の死後、彼をアヴァロンへと導いたとも語られている。

 そして、トリスタン、ガウェイン、ランスロットとは、アーサー王とは切っても切れない関係にある円卓の騎士の代表格である。その誰もが他と比べても見劣りしない伝説を残しており、サーヴァントとして召喚できれば強力な戦力になる事は間違いないと、カルデアの講義で学んだ記憶がある。

 その四人が、このブリテン異聞帯の頂点に立っている―――その事実に、カドックは思わず固唾を呑んだ。

 

 

「だが、私達は彼女達と事を構えるつもりは今のところ無い。我々がそうするような要素が感じられないからね。だから、この話はこれでおしまいだよ。それじゃあ、一時間にまたこの部屋に来てくれ。その時に、君達が向かう部屋を教えるよ」

「わかったよ。じゃあ、行こうか」

 

 

 プロフェッサー・K達に見送られ、アンナ達は部屋を出る。

 

 

「それで、みんなはどうする? 私はこのまま観光に繰り出そうと考えてるんだけど……」

「そうね……。なら、私も一緒に行こうかしら。流行の街だもの。どんなものが売ってあるのか、どんなものが流行しているのか、気になるわ」

「私は談話室に行くわ。あまりそういったものには興味ないし」

「では、私や項羽殿もご一緒します」

「そうねぇ……。じゃあ、私もショッピングに出かけようかしら。この街についても色々知っておきたいしね。アシュヴァッターマン、ついてきてくれる?」

「おう。荷物持ちは任せろ」

「あら、優しい。ありがとう」

「カドックはどうする?」

 

 

 各々の今後の予定が決まり、アンナはカドックに今後の予定を尋ねる。

 それに対し、カドックは険しい表情で返した。

 

 

「僕も談話室に行く。折角、この異聞帯の“王”とその騎士達の名前がわかったんだ。色々調べて、対策を講じておきたい」

「生真面目だねぇ。折角の流行の街(グロスター)だよ? 一緒に来ないの?」

「生真面目で結構。これが僕の性分なんだ」

「なら、私も残ろうかしら。サーヴァントらしく、マスターのお手伝いでもするわ」

「……なにか企んでないか」

「なにかしら? まさかマスターともあろうものが、自ら手助けを申し出たサーヴァントを疑うのかしら?」

「君の場合は手伝いをするって言いながら悪戯してきそうなのが怖いんだ」

「心外ね。私、そんな事一度もした事ないのに……」

「……本当にしないんだな?」

「しません。本当に真面目に作業するのなら、私は邪魔しません」

「……信じてるからな」

「信じたいのなら、私に全力で作業する貴方の姿を見せなさい、マスター」

「……わかった。という事で、僕らも残る。ちゃんと時間通りに帰って来いよ」

「は~い。じゃあみんな、一時間後、また会おうねッ!」

 

 

 そうして手を振りながら、アンナはオフェリア達を連れて会社から出た。

 

 その後、アンナ達はよりグロスターについて知る為、別行動をする事になった。

 結果、三人と四騎を三チームに分割して行動する事にし、アンナはオフェリアと、ボレアスはバルカンとシグルドと、ペペロンチーノはアシュヴァッターマンと行動するという方針に決定した。

 

 

「えへへ、オフェリアちゃんとデートだなんて、嬉しいなぁ」

「デートって……。まぁ、その通りね」

「そういえば、こうして一緒に出掛けたのって時計塔時代以来だよね。そう思うと、私達が最後に出かけたのってそんなに昔なんだね」

「確かに、カルデアに入ってからは、ずっと訓練とか勉強だったわね」

 

 

 思い返してみると、確かにその通りだ。

 時計塔に在籍していた頃は、場所がイギリスの首都ロンドンであっただけに、ショッピングや食事を一緒にする事も多くあった。しかし、カルデアに在籍する事になってからは、場所が場所という事もあったため、ショッピングに出かけたりは出来なかった。

 そう思うと、自分達が最後にショッピングなどに出かけたのは数年前になる。アンナがこうして嬉しがるのも納得だ。

 

 お互いに離れないようにと手を繋ぎながら歩いていると、オフェリアの視界にある店が飛び込んできた。

 

 

「あれって……」

「ん? どうしたの?」

「アンナ。少しだけ待っててくれるかしら」

「え? う、うん、別に大丈夫だけど……」

「ごめんなさい。十分ぐらいで戻るから」

 

 

 そう言ってオフェリアはアンナをその場に残し、その店に入る。

 そしてしばらく商品を吟味した後、これだと思ったものを一品購入し、退店。

 

 

「お待たせ、アンナ」

「ん、早かったね。なに買ったの?」

「見せてあげるから、ちょっと後ろ向いて?」

「え? ……こう?」

「そう。そのままじっとしてて」

 

 

 後ろを向いたアンナに頷き、袋から先程購入したそれ(・ ・)を取り出す。

 留め具(・ ・ ・)を外し、自分よりほんの少し背の高い彼女の首に回す。それでアンナが「ん?」と首元の感触に疑問を抱いていると、カチャッ、という音と共に、首が僅かに圧迫される感覚を覚えた。

 

 

「はい、終わり」

「え、あの、オフェリアちゃん……」

 

 

 自分がなにを付けられたのかわからないため、首元に感じる違和感の正体を手探りで模索する。

 その正体は、すぐにわかった。

 

 

「あの、なんで首輪……?」

 

 

 オフェリアがアンナにつけたもの。それは―――首輪だった。

 

 なぜ首輪を? そんな事を思い、振り返って問いかけると、オフェリアはわざとらしく首を傾げた。

 

 

「……なんとなく?」

「いや、なんとなくで首輪なんて買わないでしょ……?」

「でも、似合ってるからいいじゃない」

「や、オフェリアちゃんの美的センスを疑ってるわけじゃないんだよ? うぅ、なんでいきなり首輪ぁ……? しかもオフェリアちゃん、リード持ってるし……」

「つけてないからいいでしょう?」

「つけてたら変態だよ……」

 

 

 誰が好き好んで、衆目の面前でリードに繋げられた首輪を装着して歩くのだろうか。それは最早デートではなく、ただの羞恥プレイである。

 

 

「安心して、アンナ。つけるのは夜にしてあげるから」

「えっ」

 

 

 目を丸くして見つめてくるアンナに、オフェリアは満面の笑みを以て告げた。

 

 

「今日は私の日(・ ・ ・)でしょう? だから―――付き合ってくれるわよね、アンナ?」

「ひゃ、ひゃい……」

 

 

 アンナは震えた。

 今夜、いったいどんな目に遭わされるのか。交代交代とはいえ、まさかこのような手段に出てきたオフェリアが、今夜はどんな事をしてくるのか、恐ろしくて堪らなかった。

 

 それからというもの、アンナはデートに集中できなくなってしまった。

 普段なら気に入りそうな服やアクセサリーを見ても、心ここに在らず。時間が経過して会社に戻り、自分達と共に活動するメンバーを紹介された時はなんとか気持ちを切り替え、その後のレッスンもこなす事が出来たものの、気を抜けば今夜の事を考えてしまい、悶々とするという繰り返し。

 

 そして遂に来た夜が終わり、翌日。

 

 

 アンナとオフェリアは、あの日(・ ・ ・)と同じ筋肉痛になったのだった―――。

 




 
 練習パートはナレーションで片付けましょうかねぇ。練習パートまで書いていると、話が凄い長引きそうなので……。
 そろそろカルデアのメンバーも出したいですが、その前にメリュジーヌ関連ですね。カルデアメンバーの登場については、そちらを終わらせてからですかね。


 【『私の日』オフェリアメーター】
 アンナに犬耳と尻尾の幻を見る……「お可愛い事……(20%)」
 ↓
 アンナが尻尾を振る幻を見る……「お可愛い事……(二度目&40%)」
 ↓
 デートで恋人繋ぎ……「そんなに笑ったりなんかして、誘ってるの?(80%)」
 ↓
 首輪購入からのアンナに装着……「ブチ犯そ……(天元突破)」


 次回もよろしくお願いしますッ!


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幸せの形

 
 こんばんわ。
 先日、久しぶりにと劇場版ケロロ軍曹を視聴した際、最新映画でもあれが12年前という事実に打ちのめされた作者でございます。
 自分の歳を考えると、丁度ケロロ軍曹が世代だったので、その分ダメージが大きいんですよね~。皆さんもありませんか? 自分が好きだった作品が10年以上前の作品でダメージを受けた経験。

 そして先日から新イベントが始まりましたねッ! 新規サーヴァントとして黄飛虎や呼延灼、そしてロリエリちゃんが実装されましたが、個人的には呼延灼が一番好きですね。あのクソザコメンタルとか凄い好きですッ!

 それでは本編、どうぞですッ!



 

 その日、オックスフォードの領主、ウッドワスは張り切っていた。

 たった数日待てばいいだけというのに、まるで数カ月、いや、数年以上も待たされたような感覚。遂にこの日が来た、とウッドワスは鏡に映る自分を睨みつけていた。

 

 今日は日曜日。ウッドワスが想いを寄せる妖精、オーロラとの会食の日である。

 ここまでこぎつけるのに、実に長かった。オーロラ自身、自分と同じように領主の仕事があるのもあって中々顔を合わせる事が出来ず、出会う事が出来でもウッドワスが羞恥心に駆られて上手く誘えなかったのだ。

 それを見かねた友人(カリア)が「手助けをしようか」と申し出てくれたのだが、自分だけの力で約束を取り付けたかったウッドワスはこれを拒否。その後、なんとかオーロラと夕食の約束を交わす事が出来たのである。

 

 勇気を振り絞って約束したのだ。ならば、それに相応しい対応で少しでも多くオーロラからの好感度を高める―――そう決意を固めるように緩んでいたネクタイを締め、懐から懐中時計を取り出す。

 

 

(……あと十分か)

 

 

 頭上にある灯りを受け、鋭く光を反射する銀色のそれを仕舞い、襟を正す。

 現在時刻は、オーロラがこのグロスターの街にやって来る十分前。

 

 ウッドワスは元々の戦闘力が妖精國中トップクラスなので、妖精に対して絶対の毒性を有するモースなどに囲まれても、その脚力で即座に逃げ果せる事が出来る。また、別に逃げなくとも周囲の地形を亜鈴百種としての膂力を以て粉砕し、その瓦礫を相手に投げつけて圧し潰す事も出来る。

 あらゆる面において妖精國のトップに君臨する彼であるからこそこのような芸当が出来るわけで、彼の護衛が務められるような者はこの國にはいないし、いたとしてもそれは彼と同格の実力者である妖精騎士達か、その一人の御目付け役である狩人のみだろう。

 自慢の脚力を活かして自らが治めるオックスフォードからウッドワスは、オーロラとも待ち合わせの時間の四十分前にはこの街に足を踏み入れていた。

 そしてかれこれ三十分、鏡の前に立って身だしなみのチェックや自己暗示を続けていた。

 

 

(確かオーロラにはメリュジーヌが護衛についていたはず。彼女ならば、オーロラを予定時刻よりも早めに到着させられるだろう。私もそろそろ向かった方がいいかもしれないな)

 

 

 オーロラの護衛についているメリュジーヌ―――妖精國に広く認知されている名としては妖精騎士ランスロットは、女王モルガンに仕える三人の妖精騎士の中でも最強最速と名高い。

 目にも留まらぬ程の高速移動を行いながら、両腕に備えられた双剣(アロンダイト)から繰り出される連撃は、自分やカリアでさえ最初は苦戦したものだ。自分達はその後にそれぞれの対策案を練って対抗できたが、それはあくまで自分達が彼女と同格の実力者であったからこそ。並みの妖精であれば己が殺された事にも築かずに消えゆくのみだ。

 そんな彼女だからこそ、オーロラを必ず護り抜いてくれるという確証があった。そして、最強の妖精騎士に護られているお陰で、オーロラを乗せた馬車がこの街に来るのもそう遅くはならないという事も。

 

 

「よし……、行くぞウッドワス。お前は強い男だ。排熱大公ライネックの次代(むすこ)たるお前が、一人の女を落とせずしてなんとする。頑張れウッドワス、お前はやれる。そうだ―――」

 

 

 最後の一言を口にする前に、大きく息を吸い込む。

 肺に空気が充填されていく感覚を覚えた後、ウッドワスは静かに、鏡に映る自分に告げた。

 

 

「―――お前さんなら、できるできるッ!」

 

 

 それは、かつてウッドワスが盟友から教えられた、彼女の生前の仲間がよく激励を送る際に口にしていた言葉だという。その言葉を言われる度に、彼女は自分の身も心も引き締まるような気持ちになったそうだが、なるほど、確かにこの言葉は気付けとしてよく利く。まるで、体の奥から力が湧き出てくるような気持ちだ。

 

 よし、行くぞ―――とダメ押しで自分の頬を叩き、背筋を伸ばして歩き出す。

 

 そうしてしばらくしない内に、ウッドワスはグロスターから外界へ通じる門の一つ―――オーロラが治めるソールズベリーから最も近い門に辿り着くと、丁度メリュジーヌの手を取って馬車から降りていたオーロラが目に入った。

 

 

「オーロラッ!」

「まぁ、ウッドワスッ! お早い到着ですね。約束の時間までまだだったでしょう?」

「君を待たせるような真似はしたくなくてね。少し先にこの街についていたんだ」

「そうでしたの。ふふっ、嬉しいですわ。そこまで私との食事を楽しみにしてくださっていたなんて……」

「そ、そう、だな……。あぁ、本当に、楽しみにしていた」

 

 

 口元に手を当てて微笑むオーロラの美しさに中てられ、心臓がバクバクと脈打つ。周りに聞こえてはいないだろうな、と一瞬考えてしまう程に暴れる己の鼓動に動揺していると、「ウッドワス」とメリュジーヌが声をかけてきた。

 

 

「彼女をここに連れてくるまでは僕の仕事だったけど、ここから先は君の役目だ。頼んだよ、ウッドワス」

「あぁ。ありがとう、メリュジーヌ。ここからは私に任せてくれ」

「うん、それじゃあ僕は歩いてくるね。しばらく来てなかったから、どんなものが流行っているか知りたいんだ」

「わかりました。行ってらっしゃい、メリュジーヌ」

「うん。それじゃあね」

 

 

 オーロラと共に軽く手を振ってメリュジーヌを見送った後、オーロラがウッドワスへと視線を向けてきた。

 

 

「では、私達も行きましょうか」

「あ、あぁ、エスコートはオレに任せてくれ」

 

 

 メリュジーヌがいなくなり、オーロラと二人きり―――周りに妖精はいるが、ウッドワスの眼中に入っていない―――になった現状に思わず声が裏返りそうになるも、すぐに微笑で取り繕って自然な動きで彼女の手を取る。

 すると、「あら」とオーロラが驚いたように目を見開き、ウッドワスを見つめてきた。

 

 

「ど、どうしてんだ? なにか、変な事でも……」

「その、自然に手を取ってくださるのですね。とても嬉しいですわ」

「そ、そうか。よかった」

 

 

 ―――ありがとう、カリアッ!

 

 その時、ウッドワスはこの日の為に女性からモテるエスコートの仕方を付きっ切りで教えてくれた盟友への感謝を心中で叫んだ。今度、彼女の好きな飯を好きなだけ奢ってやろうと決意し、ウッドワスはオーロラと手を繋いで歩き出す。

 

 

「それにしても、この街は本当に活気づいていますね」

「む? あ、あぁ、そうだな。なにしろ流行の街だ。常に流行りのものが変わって、その度に活気づくのが、この街の特徴だからな」

 

 

 周囲を見渡してみれば、多種多様な妖精達が各々のショッピングを楽しんでいる。今ではあまり見なくなってしまったが、少し前には仮面をつけていた妖精達を多く見た覚えがある。あれは確か、プロフェッサー・Kがアルム・カンパニーを立ち上げてしばらくした後、彼が数々の事業を発展させて会社を一大企業に仕上げた頃だったはず。今ではそれが当たり前になっている影響で仮面をつけていない妖精の方が多いが、今でもつけている者達がいるのを見る限り、あの会社がどれだけ愛されているのかがよくわかる。

 

 

「そうですわね。……あら?」

「ん、どうした?」

「あれは……」

 

 

 オーロラの動きが止まり、それを不審に思って訊ねてみると、彼女は細い指先で街灯(がいとう)に貼られたチラシを指差した。

 

 

『歌よ輝け! グレイトフル・ライブ!』

 

 

 ポップなイラストで描かれたそれは、今後この街で始まるらしいライブの広告のようだ。その下には、あのプロフェッサー・Kが経営する会社の名前が記載されている。どうやら、彼はまた新たな事業を展開する気のようだ。

 場所はこの街でKが買い取った中でも最も大きい土地らしく、今まさに社員達の協力の下、ステージの建設を行っているところらしい。 

 開催予定日は今から一ヶ月後。ウッドワスはライブというものを詳しくは知らないが、『歌』という文字を見る限り、それを主軸に置いたものなのだろう。

 

 と、そこで、ウッドワスは自分が思案に耽っていた事に気付き、なにか話さなければと口を開いた。

 

 

「今度、この街で行われるイベントのようだ。モルガン祭のようなものだろう。……つ、都合が合えばだが、一緒に観に行く、か……?」

「まぁ、なんて嬉しいッ! 是非行きましょうッ!」

(ありがとう、カリアッ!)

 

 

 ここで再び、ウッドワスのカリアに対する好感度が上昇した。

 彼女から教わった意中の相手との距離を縮める方法の中に、『相手が興味を持ったイベントなどには、隙あらば誘え』というものがあった。若干辿々しくなりながらも、なんとかそれを実行に移し、そして成功させた達成感に、ウッドワスの気分が高揚する。

 

 今度彼女には自分が密かに隠し持っている秘蔵の酒をご馳走しよう―――そう、彼女に対する感謝の証をグレードアップさせた後、再びオーロラと共に歩き出す。

 そこからは立ち止まる事もなく、他愛のない世間話や、お互いが担当する領地についての話をしながら街を歩き、次に二人が立ち止まったのは、目的地であるレストランの前だった。

 

 『Restaurant Sun-Tam』。

 

 アルム・カンパニーのフード販売部部長、サンタムがオーナーを務めるこの店は、妖精國の各地で開かれているもので、多少値段は張るものの、それに見合った食事を楽しめるレストランである。

 特にこのグロスターで開かれているこの店は、オーナー直々に料理するため、その味は他の店と比べても別次元。その手腕は、同じくレストランを経営しているウッドワスですら負けを認めた程のもの。

 しかし、オーナーであるサンタムは他者をよく評価する妖精であり、かつての勝負で負けた際には、ウッドワスがどのように調理の仕方を変えればより食材の旨味を引き出す事が出来るのかを教えてくれた。

 勝者からの情けのようでウッドワスはあまり好きではないが、それでも思わず師事したくなってしまうのが、サンタムという男の魅力だろう。そして、そんな彼さえも一社員として抱えているプロフェッサー・Kには最早感嘆する他ない。

 

 初めて見た頃から、ウッドワスは感じていたのだ―――プロフェッサー・Kから放たれる、『王の資質』を。

 その絶大なカリスマに、自ら率先して他者を導く先導力。そして、常に先を見据えて社員達を支援する、優秀な頭脳。

 初めて出会った王がモルガンでなく彼だった場合、自分は間違いなく彼の臣下として活動していたと疑いもなく確信するレベルには、ウッドワスは彼を評価していた。

 

 扉を開け、オーロラを中に通す。心地良いベルの音に誘われて現れた店員に事前に予約していた事を告げ、予約席に案内してもらう。

 グロスターの町並みが良く見える席に二人が座ると、しばらくしない内に一人の妖精がやって来た。

 

 

「ご来店、誠にありがとうございます。私、当店のオーナーを務めさせていただいております、サンタムという者です」

 

 

 恭しく頭を下げてきたのは、この店のオーナー―――サンタムである。

 平時ではニヒルな口調が特徴的な彼だが、今は仕事中。如何にウッドワスという知人がいても、勤務中の態度を変えるような真似はしない。その辺りに、彼の仕事に対する義務感を感じられる。

 顔上部、丁度目元の当たりを黒い布で覆った褐色の肌と白髪を持つ彼に軽い会釈を返し、ウッドワスはオーロラと共に料理を注文し、談笑を始める。

 

 

(あぁ、楽しいな……)

 

 

 自分の店ではないのが悔しい、という気持ちはある。しかし、それがちゃちなものであると思えてしまうぐらい、この場所から見れるグロスターの街は美しかったし、なにより自分の話にころころと表情を変えてくれるオーロラがいるのが本当に嬉しい。

 

 今この時、己は幸せの絶頂にいるのだ―――そう、ウッドワスはしみじみと感じ入るのだった。

 

 

 

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「いやぁ、今日も疲れたね~」

「そうね……。でも、日に日にダンスが上手くなってるのが実感できるのはいいわ」

 

 

 ウッドワスとオーロラが食事を始めた頃、アルム・カンパニー本社から出たアンナとオフェリアは、気分転換にと散歩に繰り出していた。

 プロフェッサー・Kによって決められたグループに各々配置された後、二人はアイドルとして活動する為にこの日まで練習を重ねてきた。まだまだ粗削りな箇所はあるものの、来るライブ当日には、多くの観客を湧かせるレベルにはなるだろう―――そうKが評価するぐらいには、彼女達は必死に練習していた。

 元々、アンナは太古の昔から地上で活動していた事、オフェリアはシュレイド異聞帯で培われた身体能力と記憶力もあって、飲み込みはそれなりに早かった。特に身体能力が高いのはアイドルをするのに必要不可欠な要素であったため、『踊りながら歌う』といった体力勝負にも最初から(こな)す事が出来ていたのが幸いしていた。

 この調子なら、足の怪我などといった事態にならない限りは大丈夫。それが二人を見たKや、彼女達にダンスレッスンを行っている妖精の感想である。

 

 

「なにか買い物でもする? Kから貰ったお金がまだ残ってるの。……ねぇ、アンナ」

「なに?」

「その、この異聞帯には、あのアルビオンがいるのよね? 探しに行かないの?」

 

 

 以前、アンナがキリシュタリア・ヴォーダイムの野望を阻止する為に戦争を仕掛けたオリュンポスで訊いた、ベリル・ガットの言葉。

 

 

『今この惑星で一番強いのは、うちの異聞帯の王サマだ。オマケに、極限を超越し、支配した狩人に最果ての龍、そしてアルビオンの竜を抱えるブリテン異聞帯こそが、今一番強い異聞帯さ』

 

 

 あの時、ベリル・ガットが最後に挙げた妖精國ブリテンの勢力。その一つに、『アルビオンの竜』というものがあった。

 

 アルビオンの竜。

 汎人類史ではかつて存在したと呼ばれる巨大竜種の一頭であり、道半ばで世界の裏側に行き損ねたと語られている。その竜の骸は、かつてオフェリア達が在籍していた時計塔の地下に存在しており、時計塔のメンバーからは『霊墓アルビオン』と呼称されている。

 

 そのアルビオンの竜がこの異聞帯にいるとしたら、その母親であるアンナは間違いなく捜索に出るだろうと考えていた。しかしこの数日、彼女や彼女のサーヴァントであるボレアス達にそのような気配は感じられない。それが不思議に思い訊ねてみると、珍しくアンナは表情を曇らせて俯いた。

 

 

「探したい、って気持ちはあるんだよ。でも、この私が会いに行って、いいのかなって……」

「え?」

「オフェリアちゃんはさ、自分の母親とそっくりな外見の人が『私は貴女の母親です』なんて言ってきたら、どう思う?」

「……それは……」

 

 

 その質問に、オフェリアは口ごもってしまう。

 自分が知っている母親と全く同じ外見をした女性にそんな事を言われたとして、その時自分はどう答えるのだろうか。

 ……いや、考えるまでもなく、答えは出ている。しかし、それを家族愛が強い彼女の前で口にするのは憚られた。

 

 

「……そう、だよね。私は、そうなるのが怖いんだ」

「……」

「会いたくないわけじゃないの。あの時、私が裏側(・ ・)に送ってあげられなかったあの子が、この世界では生きている。でも、否定されるんじゃないかって考えると、どうしてもね」

 

 

 俯きながら話す彼女からは、いつもの陽気な雰囲気は感じられない。繋いでいる掌から感じられる力強さも、今では少々心許ない。それ程までに、彼女はアルビオンの竜との再会を恐れているのだろう。

 

 

「……それでも、会えばいいんじゃないかしら」

 

 

 しかし、オフェリアはそんな彼女が見ていられず、思わずそう返してしまった。

 

 

「どうして?」

「怖くても挑まなきゃいけない時も、あると思うわ。……それに、貴女はそうやってうじうじ悩んでいるより、『会いたい』って気持ちを優先して行動するような人だって、私は思うから」

「オフェリアちゃん……」

「もちろん、会う勇気が出なかったら、諦めるのもいいと思うわよ。全ては貴女が決める事。貴女以外、誰にも決められないわ」

「……ありがとう、オフェリアちゃん」

 

 

 少し間を置いて感謝の言葉を紡いだアンナが顔を上げる。その引き締まったような笑顔に、オフェリアもふっと微笑んだ。

 

 

「あら、決めたのね。もう少し悩むものかと思ったのだけど」

「君の言った通り、私はうじうじ悩んでいるより、自分の気持ちを優先する方だしね」

「ふふっ、良い笑顔ね」

「ありがとう。それに、ちょっとした希望もあるからね」

「希望?」

「オフェリアちゃん、どうして私やボレアス達が君達と同じ外見を取ってると思う?」

「……わからないわね」

 

 

 そういえば、とオフェリアは思う。

 シュレイド異聞帯に滞在しており、これまでアンナを通して様々な古龍を見てきたオフェリアだが、これまで一度もアンナ達のような、自分達と同じ人間の姿を取っている存在は見た事はない。ただ、アンナ達はそういうものだと受け止めていただけだった。

 

 

「それなら教えてあげる。どうして私達だけが、この姿を取って……ん?」

「……なにかしら、あれ」

 

 

 アンナが話を始めようとしたその時、ふと二人は、自分達の進行方向に妖精達が集まっているのを見つけた。

 その数の多さ故、彼らがなにを話しているのかはわからないが、どうやら誰かに話しかけているようだ。

 

 

「これじゃあ進めそうにないわね。別のルートを通りましょうか」

「……」

「……アンナ?」

「……ごめん、オフェリアちゃん。ちょっと待って」

 

 

 流石にあの妖精群を突っ切っていくのも気が引けるため、迂回しようとしたオフェリアだが、鋭い眼差しでその集団を見つめるアンナに足を止めた。

 丁度その時、妖精達がぞろぞろとその場が離れ始めた。どうやら、その中心にいた何者かになにか言われたらしい。しかし、暗い表情ではなかったため、なにか悪い事を言われたわけではないようだ。

 そして、その妖精達の中から、一人の小柄な妖精が出てきた。

 

 

(あれ……、あの子、アンナに似てる……?)

 

 

 その姿を見た時、オフェリアは思わず彼女と隣に立つアンナを見比べていた。

 身長差は仕方ないとして、その流れるような銀色の長髪は、どことなくアンナとよく似ていて。色こそ違えど、彼女の青い瞳は、アンナの緋色の瞳をそのまま青く変色させたようなもの。

 それこそ、まるで親子と見紛う程の―――。

 

 

(……親子? 待って、この異聞帯には……)

「……まさか」

 

 

 オフェリアが考え込んでいる最中、アンナははふらふらと覚束ない足取りで、遠くにいる少女へと近づいていく。

 それに気づいたオフェリアが呼び止めようとするが、それより先に、アンナはポツリと零した。

 

 

「―――アルビオン?」

 

 

 明らかに、遠くにいる少女には届かない程の小さな声。しかし次の瞬間、遠くの少女は跳ねるように俯きかけていた顔を上げ、アンナの姿を視界に収めた。

 そして、大きく開かれた大きな青色の瞳が滲んだかと思えば、そこから絶え間なく大粒の涙が溢れ出てきた。

 

 

「……ルーツ、様……。ルーツ様ぁッ!」

「アルビオンッ! あぁ、アルビオン……ッ!」

 

 

 どちらが先という事も無く、ほぼ同時に駆け出した二人は、そのままお互いを強く抱き締めた。

 

 

「ルーツ様……、ルーツ様……ッ! ようやく、ようやく貴女様と会えました……ッ!」

「あぁ、アルビオン……。まさか、ここで君と会えるなんて……」

 

 

 何度もアンナの本当の名を口にし、涙を流すその少女を、アンナも涙を流しながら優しくその背を擦る。

 その光景を前に、オフェリアは少し離れて見る以外出来なくなってしまった。

 

 汎人類史と異聞帯。互いに相容れぬ世界の住人と言えども、まるで本当の母娘のように再会を喜び合う彼女達の姿を見てしまえば、声をかける度胸などなくなってしまった。

 

 ただ、幸せそうに涙を流し、嗚咽を漏らす二人を、オフェリアは心に温かいものが宿る感覚を覚えながら見つめるのだった。

 

 

 

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 初めは、ただの勘違いかと思った。

 

 ベリル・ガット。こことは違う世界からやって来たと語るその男から、微かに感じたその気配(ニオイ)。それが、かつて己を産み、育ててくれた母親(かのじょ)と同じものだったから、思わず問い質してしまった。

 返答は、『知らない』。彼に彼女と出会ったという記憶はなく、また嘘を吐いている気配も感じられなかった。となると、彼は本当に会ってはいなかったのだろう。

 そして、自分はこの出来事を、ただ自分が勘違いとして片付けた。ただ、かつての母親恋しさが再燃して、それに近しいニオイで勘違いしてしまったのだと、そう決めつけた。

 

 しかし、それからしばらく経って、少しの間この國から姿を消していたベリルが戻ってきたと思っていたら、またそのニオイをつけていた。それも、最初に嗅いだものよりも濃いそれを。

 

 

『いやいや、待ってくれよホント。オレにそんな奴と会った記憶はねぇってッ!』

『嘘だッ! あの御方は……ルーツ様は生きているのッ!? 汎人類史じゃ、彼女は生きているのッ!? あの巨人に殺されずに……ッ! ねぇ、答えてよ。答えて、答えろッ!!』

『怖ぇってッ! だから、本当に会ってねぇってッ! それにお前、この前勘違いだって言ってたじゃねぇかッ!』

『一度だけだったらそう片付けてたよ。でも、これはもう看過できないッ! さぁ、早くッ! 嘘偽りなく、早く答えてッ!!』

 

 

 あの頃の自分は、本当に暴走していた。騎士としての在り方すら忘れ、ただなんとしても彼から彼女の情報を得ようと詰め寄った。しかし、それを見かねた女王に止められた以上、自分はもう引き下がるしかなく、自分の所業を目撃した妖精達が要らぬ真似をしない為に、二度とそのような事はしないようにと釘を刺されてしまったので、最早ベリルに詰め寄る事は出来なくなってしまった。

 

 しかし、三度目はもう無理だった。

 ある日、この國に彼女の気配が出現した。弟の“熾凍龍”と共に今すぐに馳せ参じたところだったのだが、それでも女王や狩人に妨害されてしまった。

 だが、今日はようやく彼女と会える日だと確信し、オーロラがウッドワスと食事をするのにかこつけて自分もこのグロスターに足を踏み入れた。

 

 本当は弟も連れてきたかった。しかし、あの大穴を塞ぐ役目を担っている弟がそう簡単にあの城から出られないのは自分も彼も重々承知していたので、自分だけでこの街に来たのだ。

 

 妖精騎士の一人として知られる自分が来た事で群がってきた有象無象(ようせいたち)を話術で上手くいなして、そして―――

 

 

「―――アルビオン?」

「……ルーツ、様……。ルーツ様ぁッ!」

 

 

 あぁ、ようやく、会えた。

 

 私を抱き締める、優しい温もり。それは、今は失われてしまったあの輝かしい日々を思い出させるには充分で。しかし同時に、私を庇ってあの白い巨人に殺されてしまった時の絶望を思い出してしまって。

 両目から絶えず流れる涙を止める術なんて模索しないまま、ただ彼女に抱き締められて泣き続けた。

 

 わかっている。

 本当は、わかっているのだ。

 

 彼女と自分は、本当の母娘ではない事も。彼女は、私の知る『彼女』ではない事も。私の『彼女』は、もう二度と私の前には現れないのだと。

 

 でも、嗚呼、我が母よ。どうか、馬鹿なこの(わたし)を赦してほしい。

 私はどうしても、貴女が恋しくて、恋しくて、仕方なくて―――ただ、こうして抱き締めてほしくて。

 自分は、本体から零れ落ちた一欠片でしかなくて。ただ汚らわしい泥でしかなくて。

 

 それでも、今だけ、今だけは―――

 

 

(この温もりを、感じさせてください……)

 

 

 これまでの辛い記憶を、忘れさせてください―――。

 




 
 最初、メリュジーヌにはアンナを「お母さん」と呼ばせようかとも思ったのですが、彼女は彼女でアンナは自分の母親ではないと区切りをつけているため、「ルーツ様」にさせていただきました。


 報告です。
 先日、友人より『ボカロの曲作るから、イラスト描いてくれないか』と誘われ、承諾しました。結果、アンナのイラストやこの小説、長らく放置してしまっているシンフォギア二次小説の執筆、そして密かに考えていたアンナ達のCDジャケット風イラスト描画と並行して行う作業が増えてしまい、もしかしたらこの小説の更新が遅れるかもしれません。
 隙を見て執筆を続け、なるべくこれまでのペースのまま更新していきたいですが、更新できない可能性もあるので、ご了承ください。

 それでは、また次回お会いしましょうッ!


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小さな巨竜

 
 ドーモ=ミナサン。
 本日、原宿のスイパラにてibのコラボカフェでコラボメニューを楽しんだ後、明治神宮でおみくじを買ったり家族にお酒を買ったりしました、seven774です。
 コラボカフェは久しぶりに行ったんですが、やはり当たりはずれが激しいですね。その点、今回は当たりでした。コラボグッズのコーヒーパックも買えたので万々歳です。

 イマジナリ・スクランブルがインタールード入りしましたねッ! fgoのストーリーの中でも個人的に好きなイベントストーリーだったので嬉しいですッ! ゴッホちゃんを召喚したいところですが、来月には新イベandアヴァロン・ル・フェガチャが控えているので石を割るか検討中であります。

 それでは本編、どうぞですッ!



 

 クリプターの一人、元ロシア異聞帯の管理者―――カドック・ゼムルプスは多忙だった。

 

 オフェリア達と共にアンナに連れられてやってきた、このブリテン異聞帯改め妖精國ブリテン。そこで彼は、ひょんな事からアイドルをする事になった。

 

 自らのサーヴァントであるアナスタシアやプロフェッサー・Kに流されるままアイドル路線に入ってしまったが、引き受けた以上、望まれたもの以上の成果を上げるつもりで練習に励んでいる。

 自分は他のメンバーと比べて凡庸だ。ペペロンチーノのような桁外れな身体能力や、オフェリアや虞美人()のように優秀な頭脳を持っているわけではない。アンナなんかもっとあり得ない。そもそも人と龍の差など歴然なのだから。そう言うと虞美人も精霊なのでそれに当てはまるのだが、彼女からはあまりそういった雰囲気(オーラ)が全く感じられないのだから仕方ない。

 

 とにかく、カドックは自らを卑下するレベルで他と比べて平凡だ。だからこそ、かつて彼は、アンナやキリシュタリア達に置いて行かれないよう、必死に喰らい付き続ける為の胆力と精神力、そして研鑽を続けて、見事主戦力(Aチーム)の一人に数えられた。

 そして今回も、やるべき事は当時と然程変わらない。学ぶ対象が変わっただけで、今の自分にとって必要なのは、観客の披露できるだけのレベルに己の肉体と技術を仕上げるのみだ。

 しかし、やるべき事はそれだけではない。オフェリアはともかく、アイドルをやれると知って浮かれているアンナとは違い、カドックは休憩時間にも作業を行っている。

 

 その作業とは、妖精國の情報集めである。

 

 ロシア異聞帯にいた頃はイヴァン雷帝の宝具であるオプリチニキを使って各地の情報を集めていたが、今の自分にそのような自由に動かせる駒はない。ならば、妖精國の情報を集めるのに最適な新聞や、妖精達から話を聞くだけである。

幸い、ここは流行の街グロスター。常日頃から新しいものに飢えて足繁なく通ってくる、または自分が所属する会社の妖精達からこの國の事は簡単に聞き出せる。

結果、カドックは様々な情報を知り得る事が出来た。

 

 その中で最も重要なものと言えば、妖精騎士達だろう。

 この異聞帯の“王”であり、國の女王として君臨するモルガンに仕える三人の騎士達。それぞれがガウェイン、トリスタン、ランスロットと、アーサー王伝説の中でもメジャーな英霊達の名を持つ彼女達だが、モルガンが汎人類史の三騎を召喚したというわけではないだろう。そもそも、この三騎が妖精という伝説は存在しないのだ。だとするなら、ただの偶然であの三騎士の名がつけられたのか、それともなにかしらの要因があって彼女達が彼らの名を着名したかのどちらかだろう。

 この二つの中でカドックが有力だと考えているのは後者だ。

 ただの偶然で汎人類史に名を刻んだ英雄と同じ名前の妖精がこうも揃うのはおかしい。きっと、なにかしらの理由があるはずだ―――そう考えたからだ。

 それに、彼女達にはそういった肩書きと共に本名も公開されているのもある。

 

 妖精騎士ガウェイン―――真名はバーゲスト。

 カドック達がいた汎人類史ではイングランドで語られる、有角赤目の黒犬の姿をした邪悪な妖精と同じ名前。それ故か“牙の氏族”の妖精として誕生した彼女だが、一般的に知られている外見ではその伝承には当てはまらない。もしかしたら、本気を出した際には伝承で語られるような外見になるのかもしれない。死や災厄の前触れとも言われているため、もし戦闘する際には用心すべきだろう。

 

 妖精騎士トリスタン―――真名はバーヴァン・シー。

 汎人類史では、スコットランドの民間伝承で語られる、男を誑かして破滅に追いやる吸血妖精としてその名を知られている。こちらでは女王モルガンの娘として、同時に一大ブランド『Bhan-Sith』のオーナーとしても知られている彼女は、いつか女王モルガンからこの國を受け継ぐ存在として様々な目で見られているらしい。母親が恐怖統治を敷いているため、『彼女にそんな統治はしないでほしい』という希望や、『時々見せる残虐性故に彼女に國を任せられるのか?』という不安が妖精達の主な意見だ。

 能力はフェイルノートという琴に似た武器による音波攻撃。弓矢中とは違い、弦を弾いた衝撃で攻撃を行ってくる故にどこから飛んでくるかわからず、そういう意味では厄介な部類だろう。それに、妖精には不要と言われている魔術を使ってくるのも注意すべきだろう。大抵の妖精が『不要』と断じた魔術を使う妖精など、他の妖精から無駄な努力だと嘲笑するだろうが、元々強力な神秘を有する妖精が魔術を使役してくるのだ。戦闘時には彼女が使う魔術にも注意する必要がありそうだ。

 

 そして、最後の一騎。これが一番の難敵だと、カドックは考えていた。

 

 妖精騎士ランスロット―――真名はメリュジーヌ。

 女王モルガンに仕える妖精騎士最後の一人。汎人類史ではフランスの民間伝承で語られる水妖として知られている。

 妖精騎士の中で最強最速の戦闘能力を誇り、超高速移動と共に繰り出される二振りの刃による攻撃は並みいる敵を瞬く間に切り刻み、叩き伏せるという。まず、純粋な戦闘力が他の二騎を凌駕している時点で要注意だ。こちら側にいるサーヴァントは敏捷ランクが優秀な者達ばかりではない。下手をすれば、彼女の独壇場になってしまう可能性も存在するのだ。

 素で強力な彼女に対抗するには、やはりアンナのサーヴァントであるボレアスとバルカンの力が必要だ。“禁忌のモンスター”として語られる彼らならば、恐らく彼女の速度にも対抗できるだろう。だが、もし彼女との戦闘時に彼らがいなかったら……考えるだけでも恐ろしい。

 そしてそれ以上に気になるのが、彼女が“竜の妖精”と呼ばれているという事だ。竜の妖精など、この國ではまるで聞いた事が無い。となると、彼女一人をそう呼んでいるのかもしれないが、竜種となると、その大本(オリジナル)のアンナがなにか知ってるかもしれない。

 

 

(帰ってきたら聞いてみるか)

 

 

 そう考えながらメリュジーヌについての情報をまとめ終え、カドックは軽く背筋を伸ばす。

 長らく座って作業して体が固まっていたのか、ポキポキと体内から響く音を聞きながら、ふと出入り口を見やる。

 

 そして―――

 

 

「こうしてルーツ様と歩けるなんて、本当に嬉しいです」

「ルーツ様なんて呼ばないでよ~。そっちの名前でも別にいいけど、どうせならアンナって呼んでほしいなぁ」

「ッスゥ~……」

 

 

 アンナやオフェリアと共に会社に入ってきた妖精騎士(メリュジーヌ)に、両手で顔を覆うのだった。

 

 

 

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「え〜紹介します。この子の名前はアルビオン。こっちの歴史にいた『私』の娘です」

『いや待ってッ!?!?』

 

 

 プロフェッサー・Kを始めたメンバー達を集めた後にアンナが平然と口にした言葉に、その場にいたほとんどの者達が叫んだ。

 

 

「え、待って、アンナ。これが? これがあのアルビオン? あのクソデカドラゴンの?」

「それ、母龍(わたし)の前で言う事?」

「いや、馬鹿みたいにデカかったのは事実でしょ」

「まぁそれは認めるけど……」

「認めちゃうのね……」

 

 

 いやぁ確かにデカかった―――と腕を組んでうんうんと頷いてしまったアンナに、ペペロンチーノが苦笑する。

 

 

「いや、本当にデカかったんだって。あの時代なんかに地上に出たら、間違いなく最強の称号持ち(モンスターハンター)が出張ってくるレベルだよ? この子に任せてた能力が能力だから、狩られるわけにもいかなかったし、基本的には地脈……地下の方で生活させてたんだ」

「でも、時々地上に出してたわよね」

「もちろん。ずっと地脈で過ごさせるなんて可哀想じゃん。だから定期的に外の世界を見せてあげてたよ。観測隊に見られはしたけど、すぐに隠れてもらったから都市伝説扱いになったし」

 

 

 昔話―――それこそカドック達が知る“モンスターハンター”の時代での出来事についてアンナが虞美人と語り合っていると、今まで黙っていたメリュジーヌが歩き出し、二騎のサーヴァントに頭を下げた。

 

 

「ボレアス様、バルカン様。ルーツ様に続き、お二人にまでお会いできて光栄です」

「……息災のようだな、アルビオン」

「あのデケェ姪っ子が、こんなちっこくなるなんてなァ。それにいいツラじゃねぇか。こっちじゃ良い奴(・ ・ ・)と会えたみてェだな」

「…………はい。とても、良い方です」

(あれ……? 今、なにか……)

 

 

 バルカンからの言葉に少し間を置いてからそう返したメリュジーヌに、オフェリアは微かな違和感を覚える。

 彼女の言葉に、嘘はないとは思う。しかし、それ以上の『なにか』を、オフェリアは彼女の言葉に感じた。

 

 

「……それと、私の名前は、出来ればメリュジーヌと呼んで頂ければと思います。アルビオン、という名も私ではありますが、この國では、私はメリュジーヌ、もっと一般的なものでは妖精騎士ランスロットという呼び名で通っておりますので」

「ん、わかった。……それで、メリュジーヌはどうしてこの街に?」

 

 

 言われた通り、彼女の呼び名を変えたアンナからの質問に、メリュジーヌはなぜ自分がこの街に来たのかについて説明し始める。

 

 自分が“風の氏族”の長であるオーロラの護衛である事。

 そのオーロラが“牙の氏族”の長であるウッドワスと食事をするという事なので、その護衛としてこの街に来た事。

 

 それについて説明されると、カドックは眉を顰めて思案し始める。

 

 

「オーロラにウッドワス……二人の氏族長がこの街に……」

「なにを気にしてるんだい、カドック。彼らが君達の事を知ってるはずがないだろう? 第一、私の会社は大きい。新たに十人程度社員が増えたとしても、『人気の高さが故』と納得するさ」

「……そうだな」

 

 

 女王モルガンと直に話し合える立場にある彼らの存在に一瞬危機感を覚えたものの、今の自分達はまだなにも目立った行動は取っていない。それなのに彼らに自分達の存在が気付かれる事を危惧するのはおかしい話だ。

 我ながら気を張りすぎているのかもしれない―――そう片付けた後、一度深呼吸を挟んで気持ちを切り替える。

 それを見計らってか、プロフェッサー・Kは「こほん」とわざとらしく咳払いをすると、カドック達を見渡しながら口を開いた。

 

 

「そういえば、彼らの紹介がまだだったね。メリュジーヌ―――いや、ランスロット卿。彼らは最近我が社に入ってきた社員達だよ」

 

 

 そうして始まる、カドック達による自己紹介。

 プロフェッサー・Kから名を告げられた者から順に自己紹介をしていき、最後の項羽が自己紹介を終えると、メリュジーヌは彼らの名前を再度呟いて脳裏に刻み込んでいく。

 

 

「……うん、覚えた。チェンジリングでこれだけの数の妖精や人間が迷い込んでくるなんて初めてだったけど、まぁ、これもなにかの運命なんだろう。これからよろしくね」

「あっ、言い忘れてたけどね、メリュジーヌ。私やボレアス達に対して敬語は不要だからね」

「え? で、ですが……」

「考えてみなよ。君はこの國じゃ女王陛下に仕える最高位の騎士の一人なんでしょ? そんな君が、無名の私達相手に敬語を使うなんておかしいでしょ? 変な誤解が生まれても誰も得しないんだし」

「……そうで―――そうだね。うん、じゃあ、この喋り方で」

 

 

 一瞬「そうですね」と答えかけるものの、途中で訂正したメリュジーヌの頭を、「えらいえらい」とアンナが撫でる。

 二人の身長差がかなりあるため、すんなりと頭に置かれた掌にメリュジーヌは一瞬あわあわとするが、その掌に昔懐かしい感覚が呼び起こされ、やがて笑顔を浮かべて彼女に身を委ねるのだった。

 

 

「嬉しそうね、アンナ」

 

 

 そんな光景を眺めていたオフェリアがふとそう零すと、アンナは「もちろんだよ」と微笑みながら答える。

 

 

「汎人類史のアルビオン(あの子)はもういないけど、異聞帯(こっち)じゃ生きてる。この子は私じゃない『私』の娘だけど、それでも嬉しいんだ」

「……ありがとう、アンナ」

「別にいいよ、メリュジーヌ。むしろ、それを言うのは私の方。これは……私の我儘だからさ」

 

 

 最後に僅かに目を伏せ、ポツリと零す。

 それにメリュジーヌがハッと目を見開き、思わず「ルーツ様」と呟き、アンナの背に腕を回して抱き締めた。

 

 

「もう……、そう呼ばなくてもいいのに……」

 

 

 メリュジーヌに抱き締められて一瞬体を強張らせる。しかし、次にはアンナは再び微笑みを浮かべて彼女を抱き締め返した。

 

 それから数秒後、どちらからという事も無く離れると、メリュジーヌはオフェリアの前まで歩いてくる。

 

 

「君はオフェリア……だったよね」

「えぇ、そうよ。その……、私になにか?」

「…………」

「……メリュジーヌ?」

 

 

 自分になにか話したい事でもあるのだろうか―――と思い問いかけても、メリュジーヌはなにか口にする事はなく、ただじっとオフェリアの瞳を見つめてくる。

 じっと見つめていると吸い込まれてしまいそうな、宝石のような輝きを持つ瞳が細められ、オフェリアが身構える。

 

 

「……もしかして、君が(・ ・)彼女(・ ・)なのかい(・ ・ ・ ・)?」

「え……それは―――」

「―――アルビオン」

 

 

 メリュジーヌがポツリと呟いた言葉に疑問を覚え、オフェリアが首を傾げた直後、冷たい声が耳朶を震わせた。

 

 メリュジーヌと共にその声が聞こえた方角に視線を移すと、その根源であるアンナがメリュジーヌを鋭い眼光で射抜きながら首を左右に振っていた。それにメリュジーヌがビクッと体を震わせ、「も、申し訳ございません」と頭を下げる。

 注視しなければわからないが、カタカタと震えているメリュジーヌを見ると、彼女が先程のアンナの一声で恐怖を感じているのがわかる。

 

 

「アンナ」

「……ッ! あっ、ご、ごめん、メリュジーヌッ!」

「い、いえッ! 謝るのは私の方で―――」

 

 

 虞美人に諫められて咄嗟に謝ったアンナに、謝るのは自分の方だと頭を下げたまま答えるメリュジーヌ。

 それからもひたすらに謝り倒す二人を見かねたのか、プロフェッサー・Kが間に立って二人の仲介の役割を果たし、「両方とも反省しているようだからその辺で」と片付けた。

 

 

「ありがとう、K。君がいなかったら、決着が着くまでもう少しかかってたよ」

「なに、これも私の仕事さ。……それはそうと、ランスロット卿?」

「なに?」

「そろそろ時間ではないかい?」

「え? ……あっ!」

 

 

 プロフェッサー・Kが指差した時計を見たメリュジーヌが「まずい」とばかりに目を見開き、踵を返して出入口へと向かう。

 

 

「ごめんね、そろそろオーロラの迎えに行かなきゃッ! それじゃあねッ!」

「うん、わかった。時間が出来たらまた来てね」

「もちろんッ!」

 

 

 足早に手を振って会社を出たと思いきや、メリュジーヌは走力を殺さぬまま飛び上がり、そのまま建物の向こうに消えていってしまった。

 

 

「……また来るつもりか?」

「当然でしょ。あの子だって、まだまだ私達と話したい事とかあるみたいだし」

「そう、か……」

 

 

 またメリュジーヌがこの会社に足を運ぶというイベントが確定した事に、カドックは様々な感情が()い交ぜになった表情でそう返した。

 

 

「それに、彼女は仕事としてもこの会社に来るよ。なにせ彼女も―――」

 

 

 すると、プロフェッサー・Kが懐から何かを取り出し始める。

 そして、取り出したそれを、カドック達に見せた。

 

 

「―――彼女も、アイドル(・ ・ ・ ・)だからね」

『―――はぁッ!?』

 

 

 平然と告げられたその言葉に、カドック達は驚愕の叫び声を上げるのだった。

 

 

 

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「我儘、か……」

 

 

 メリュジーヌがいなくなり、数時間が経過した頃。

 ダンスや歌の自主練を終え、乾いた喉をミネラルウォーターで潤したオフェリアは、ふと数時間前の出来事を思い出す。

 

 

 ―――これは……私の我儘だからさ。

 

 

 妖精國に生きるアルビオンの竜ことメリュジーヌは、厳密には彼女の娘ではない。あくまでこの異聞帯に分岐してしまった歴史に生きたアンナ―――“祖龍”ミラルーツの娘である彼女は、汎人類史のアンナにとってはいわば『同一人物の別人』だ。

 それでも、アンナは彼女を『娘』として扱っている。

 

 だが、メリュジーヌは違う。

 彼女はアンナと違い、アンナを自分の母親ではなく、自分の知る彼女とは違う“創造主(かのじょ)”として扱っている。

 

 彼女達の互いに対する認識は、似ているようで似ていないのかもしれない。

 

 であればアンナは、なぜこうなってしまう(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)道を選んでしまったのか。

 彼女の力ならば、汎人類史のアルビオンの竜を無事世界の裏側に送る事が出来ただろう。しかし、彼女は娘を送り届ける事は出来ず、そのままアルビオンの竜は道半ばで朽ち果て、その遺骸はやがて魔術師達の研究材料として扱われるようになってしまった。母親(アンナ)にとって、それは度し難いもののはずだ。

 力不足だった―――言葉にすれば、それだけで簡単に片づけられてしまう。もしかしたら、当時のアンナは“祖龍”としての力を十全に扱えなかった状態だったのかもしれないのだから。

 

 それに、もし送り届ける事が出来たとしてアンナはそのまま世界の裏側に向かったのだろうか。それとも、またこちら側に戻って、世界を見守り続けていたのだろうか。

 

 アルビオンの竜が道半ばで果て、後者の道を選んだのが自分の知るアンナだ。では、なぜ彼女はそのまま裏側に行かず、再び地上に戻ってきたのか……。

 

 

「なんで、彼女はその道を選んだのかしら……」

「さぁ? それは、彼女しか知らない事よ」

 

 

 その時、ふと背後から声をかけられる。

 思わず振り返ると、そこにはなにかしらの作業を終えたらしき虞美人が立っていた。

 

 

「あ、芥……? え、もしかして口に出てた?」

「えぇ、それはもうブツブツと。無視するのもいいけど、あのままじゃ色々垂れ流しそうだったし」

「…………」

 

 

 やってしまった、とばかりに額に手を当てる。

 自分では頭の中だけで完結していたと思っていたが、まさか口に出して話していたとは。もしこれがアンナの前だったら危ないところだったかもしれない。あの冷たい視線で見られてしまっては、それからどう彼女に接すればいいのかわからなくなってしまう。

 当の本人は自分とは別の用事があっていないのが不幸中の幸いだろう。

 

 

「ま、それについては彼女に聞かない限りはわからないでしょう。彼女も聞かれない限りは答えないだろうし」

「……いいのかしら。それって、凄くプライベートな事じゃないの?」

「ほぼ毎日ヤりまくってるアンタ達がそれ言う?」

「そ、それとこれとは話が違うでしょうッ!?」

 

 

 いきなりとんでもない事をぶっこんできた虞美人に顔を真っ赤にして抗議する。

 

 

「はぁ……。ま、いいわ。確かにそれとこれとは話が違うものね。まぁ、どうしても知りたいのなら、彼女に直接聞いてみる事ね。アルビオン……メリュジーヌはちょっと不用心だったからああなったけど、ちゃんとした状況であればアンナもあんな反応はしなかっただろうし」

「でも、それはアンナにとって彼女が娘と同じ存在だからでしょう? そういう意味だと完全に部外者な私が聞いたところで―――」

「―――話してくれるわよ、間違いなく」

 

 

 自分のセリフを遮ってそう答えた芥に、オフェリアの口から「え?」という声が漏れる。

 まるで訳がわからない。子どものメリュジーヌでさえ話すのを許さなかったアンナが、なぜオフェリアには話すのだろうか。

 他人が話すのとは違って、自分から話すのならわかる。プライベートな事を語るのなら、当人が語るのが一番だからだ。

 しかし、芥の言葉にはそれとは別のなにかが隠れているように思える。

 

 

「一応言っておくけど、私から語る事なんて無理よ。さっき言った言葉の意味(・ ・)も、私じゃなくてお前が彼女に聞くべき事だし」

 

 

 言葉の裏に隠されたものについて訊ねようとするも、それより早くそう告げた芥はオフェリアの隣を通り過ぎる。

 

 

(いったい、どんな意味が……)

 

 

 訳がわからない気持ちに心を支配され、思わず頭に手を当てる。しかし、それに答えてくれそうな芥はこの様子で、アンナ本人に訊く事など今の自分には出来ない。

 

 心の準備ができるまで、この件については後回しにするか―――オフェリアがそう考えた直後。

 

 

 

「―――アンナ・ディストロート・S(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 

 突然、背後から聞こえた言葉に、思わず振り返る。

 

 

「芥、今のは……」

「別に。ただの独り言(・ ・ ・)よ。さっさと忘れなさい」

「あっ……」

 

 

 なんとか呼び止めようとするが、芥はスタスタと歩いて廊下の角に消えてしまった。

 あの様子では呼び止めるのは無理そうだと判断し、私は追いかけそうになった足を止める。

 

 

「アンナ・ディストロート・S……」

 

 

 芥が呟いた、恐らく誰かの名前らしき単語を反芻する。

 『アンナ』という単語がある以上、自分の知るアンナとなにかしら関係のある人物の名前なのだろうか。それとも、ただ名前が同じだけの全くの別人? ……いや、あの状況でこの場に全く関係のない名前を口にする程、芥は老耄していないはずだ。なら、これは間違いなく彼女(アンナ)と深く結びつくものであるはずだ。

 でも、どれだけ考えてもその正体などわかるはずもない。

 それもそうだ。なにせ、参考になるような知識がまるでないのだから、わからなくても仕方のない話なのだ。

 

 でも、なぜだろう。初めて聞く言葉のはずなのに。聞いた事の無い単語だったはずなのに……。

 

 

「どうしてこんなに、懐かしく思えるの(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)……?」

 

 

 根拠のわからない懐かしさに戸惑うオフェリアに、答えてくれる者はだれもいなかった―――。

 




 
 そういえば先日、ついにゼノブレイド3をクリアしたんですよ。三作続いたゼノブレイドシリーズですが、エンディングを見る限りこれで完結っぽい感じがして寂しいですねぇ。可能ならば4が出てほしいところですが、それで変な付け足し要素が入ったらと思うと怖いんですよねぇ。私はそれでも楽しめるタイプなので全然良いのですが。

 そしてゼノブレイド3をクリアした事により、今までそちらに回していた時間を執筆やイラスト描画に回せられるようになりましたッ! 来月にはポケモンがありますが、それが発売されるまでの間に幾つか仕上げておきたいですね。
 アンナの一枚目のイラストですが、次回までには完成するかもしれないので、楽しみにしていてくださいッ!

 それではまた次回ッ!


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再会

 
 ドーモ=ミナサン。『決まったルーティンを過ごしている事に退屈している』という意味を持つ夢を見たので、本日葛西臨海水族園でのんびりした後、ディズニーリゾートラインでディズニーリゾートを一周してきました、seven774でございます。

 水族館はいいですよね。私、あの薄暗い空間の中で魚とかを眺めるのが好きなんですよ。嫌な事とか、不安な事とかを忘れていられますし。
 ディズニーは物心ついた頃から傍にあったものですので、今も昔も大好きですッ!

 今回は立香視点から始まりますッ!
 それではどうぞッ!



 

「見えたッ! あれがグロスターですッ!」

「あれが、グロスター……」

 

 

 馬車の荷台から顔を出した金髪の少女に釣られて顔を出した立香は、遠くに見える街を視界に収めてそう呟いた。

 

 近々自壊すると思われていたブリテン異聞帯から、消滅時に星ごと巻き込む危険性を感じ取ったトリスメギストスの警告を受けてこの異聞帯―――否、妖精國ブリテンに足を踏み入れた立香達は、現地で出会った少女―――アルトリア・キャスターと、汎人類史より召喚されたサーヴァントであるオベロンと共に行動していた。

 

 今回、カルデアに残された猶予は少ない。

 

 近々崩壊すると思われていたブリテン異聞帯が、崩壊した直後にこの星を巻き込む要素を含んでいた事が判明したためである。幸い、ブリテン異聞帯自体が他と比べてかなり不安定な異聞帯である事から内部の時間流は大分なだらかになっている。しかし、それでもたった45日のリミットだ。

 

 この45日というのは、カルデアが異聞帯と汎人類史の移動にしようしているストーム・ボーダーの予備電源が尽きるのが、必要最低限の電力でも50日かかるからだ。それ以降になってしまえばストーム・ボーダーはうんともすんとも言わなくなり、立香達は永遠にこの異聞帯に閉じ込められてしまう事になる。

 

 そうならないために、カルデア現所長であるゴルドルフは45日後をタイムリミットに設定した。

 

 その間に立香達が行う役目は、カルデアで観測された『崩落』の原因の調査。そして、かつてギリシャ異聞帯の空想樹を焼いたロンゴミニアドを保有していると思しきブリテン異聞帯の“王”と接触し、可能であればロンゴミニアドを手に入れる。

 

 この作戦に同行するサーヴァントは、マシュ・キリエライトとダ・ヴィンチ。

 

 人類史を真っ向から否定しているこの異聞帯では、カルデアに在籍しているサーヴァント達を召喚する事が出来ない。『弓が上手い人間』という要素さえあれば召喚可能な程にふわふわなサーヴァントであるロビン・フッドですら召喚出来ない異聞帯だが、二人は正規のサーヴァントではないため、この異聞帯内でも活躍できるのである。

 

 ちなみに彼らは与り知らぬところであるが、なぜアンナのサーヴァントであるボレアスや他のサーヴァント達が行動できるのかというと、ボレアスの権能がこの異聞帯の効果を打ち消しているからである。

 

 ボレアスには、己の判断で自由にあらゆる時間軸・世界線に移動する事が可能であり、その都度移動先の世界に適応する能力がある。これを周囲のサーヴァントに加護に近い形で付与させる事により、能力低下を防いでいるのだ。

 

 また、バーヴァン・シーのサーヴァントであるカリアも同様である。彼女は異聞帯の情報を解析したモルガンが、カリアがその効果を受けないように霊基に細工を施している影響で、この異聞帯内でも当然のように生活出来ている。

 

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

 

 ストーム・ボーダーから出立した立香達の旅路は、最初から過酷な道のりであった。

 

 “名なしの森”と呼ばれる、足を踏み入れた者の記憶を奪ってしまう魔境に入ってしまい、記憶を失ってしまった立香。ダ・ヴィンチやマシュともはぐれてしまったがしかし、ただ悪い事だけが起きたわけでもなく、その場所で彼女達はアルトリア・キャスターと出会う事が出来た。

 その後、汎人類史の断末魔と共にブリテンに召喚されたサーヴァントであるオベロンを仲間に加え、とある妖精(・ ・ ・ ・ ・)の助けを借りながら、道中ひょんな事があって召喚されていた汎人類史のトリスタンと共に脱出した。

 

 それから場所を“風”の氏族長であるオーロラが治めるソールズベリーに移した立香達は、そこの酒場で働いていたダ・ヴィンチと合流。そして情報の交換や、ソールズベリーで新たに手に入れた情報の整理を行った後、オーロラの側近であるコーラルから、『西の人間牧場に新しく収容された人間がいる』という情報を得た。

 それが未だ再会できずにいるマシュとはわからないが、それでもという僅かな可能性に立香達は賭け、牧場に侵入した。しかし、そこにマシュの姿は無く、代わりに出会ったのはこの國の中でも最強の座に君臨する妖精騎士の一騎、妖精騎士ガウェイン。

 周囲の魔力を喰らい、自身を強化するガウェインによる猛攻に苦しめられるものの、自ら殿を買って出たトリスタンが彼女を妨害している間に辛くも人間牧場から脱出。トリスタンを失うも、オベロンが連れてきた妖精馬レッドラ・ビットが駆る馬車に乗り、そのままグロスターの街へと向かうのだった。

 

 

『バーゲスト―――妖精騎士ガウェイン……。とんでもない難敵と会ったんだね、君達』

 

 

 そして、夜。

 オベロンから「グロスターにマシュと思しき妖精が商品として入荷された」という情報を与えられ、急ぎグロスターへと向かう立香達だったが、如何せんグロスターまでには大分距離がある。レッドラ・ビットの体力の問題もあるので、一先ずは日が昇ってから行動する事にしたのである。

 その後、立香はオベロンに人間牧場で邂逅したガウェインについて話し合っていた。

 

 

『―――バーゲスト?』

『ん? 知らないのかい? てっきり、アルトリアが説明してたと思うんだけど……。……いや、僕が忘れてたのも問題だな』

 

 

 焚火を挟んで立香と向かい合っていたオベロンの視線が、立香の隣ですやすやと眠っているアルトリアに向けられる。 

 彼女がバーゲストについて説明しなかった事、自分もその事について説明し忘れていた事に溜息を吐き、「丁度いい機会だからいいか」と続けた。

 

 

『バーゲストは、妖精騎士ガウェインの本名だ。女王モルガンが彼女達に本名を公開すべきか否かと訊ねた後、彼女が自ら國中に名乗ったそうなんだ。他の妖精騎士達も同様にね。どうしてモルガンがそんな事をしたのかは、今でもわかってないけど』

 

 

 なぜいきなり本名を公開するようにしたのか、について首を傾げるオベロンだが、やがて『ま、いいか』と考えを打ち切った。

 彼からすれば、モルガンがそうした事に対する感情はそれほどないようだ。

 

 

『バーゲストは汎人類史でも語られる妖精の名だ。結構怖い逸話持ちだったと記憶してたけど、あの戦いぶりをみれば納得だよ』

『……うん、そうだね』

 

 

 正直、人間牧場で出会った時に浴びたあの威圧感思い出すだけでも震えてしまいそうになる。 

 ニメートルは超えているであろう、重戦車を思わせる体格と気迫。そして、鎖と大剣を用いて繰り出される猛攻には、彼女が妖精國中最強と称される事にも納得がいくというものだった。

 

 

『でも、用心すべき要素はたくさんある。妖精達の習性とか、立香の消費する魔力量とかもそうだけど、一番はやっぱり……』

『うん。あいつ(・ ・ ・)、だよね』

 

 

 強張った立香の言葉に、ダ・ヴィンチが重々しく頷いた。

 

 思い出すのは、“名なしの森”から脱出すべく行動を起こした時の事。

 

 それまでは楽しく愉快な者達だと思っていた妖精達が、突然立香(にんげん)を独占しようとした時に現れた、あの怪物(・ ・)

 突如地面を打ち破って現れた、どことなくワームに似たそれは、自身の出現と共に打ち上げられた妖精達を丸呑みにし、その花弁のようなアギトを開いて周囲の妖精達を無差別に喰らい始めた。

 自らが開けた穴から放たれる赤い光を浴びながら、家屋も木々も全て構わずに妖精を喰らい尽くすその怪物に見つからぬようなんとか逃げ出せたからよかったものの、もしあの時見つかっていたら、今頃自分達はあの怪物の腹の中にいただろう。

 

 オベロンによれば、あれは昔から妖精國に根付いている存在らしい。しかし、数百年出てこない時もあれば、一年の間に何度も出てくるなど、出現頻度はまちまち。しかも、出現するまでその存在の一切を周囲に悟らせないという徹底ぶり。

 だが、常に赤い光を伴って現れる以上、あの怪物の巣だと思しき場所は、それと同じ光を放ち続けるキャメロットの『大穴』だとは考えられている。が、あそこは女王モルガンでさえ迂闊に手を付けられない場所らしく、現在は彼女の“相棒”が燃え盛る氷(・ ・ ・ ・ ・)で封じているのだそう。

 

 

『正直に言うよ、立香。今の君たちじゃ、あれには勝てない。これまでも君や、君が召喚するサーヴァント達の戦いは見てきたけど、それでも無理だ。撤退成功と死亡の確率を比べるなら、2:8って言えるぐらいに。条件が整えば撃退できるだろうけど、それも無茶をしまくって得られる結果さ。だから、もう一度あれと出くわしたら、全速力で逃げよう』

『……うん、そうするよ』

 

 

 オベロンの言う通り、戦っても勝てない相手であっても、避けて通れない存在でないのなら逃げるが勝ちだ。

 

 そうして会話もそこそこに、立香達は見張り番を交代しながら夜を明かし、数時間かけてグロスターに足を踏み入れた。

 

 オークションは夜に行われるため、その間は自由に行動できる。

 オベロンはダ・ヴィンチと共に行ってしまい、レッドラ・ビットは外で野宿。必然的に残ったメンバーは立香とアルトリアになった。

 

 

「グロスターは本当に不思議な街でしてね。遠くにあるものが大きく見えたり、近くにあるものが小さく見えたり、時にはピンク色の雨が降ったり……まぁ色々と、とにかく目まぐるしく流行が変わるのです」

「へぇ……。なんか、まさしく『流行の街』なんだね。となると今は……」

 

 

 その時流行っているものが街に特徴として現れるのなら、と周囲を見渡してみる。

 すると、幾つかの建物の壁に、煌びやかな衣装を纏った妖精達が描かれたポスターがかけられているのが見えた。

 

 その誰もがカルデアで見た事のある顔立ちだ。しかし、赤兎馬と同じ外見を持つレッドラ・ビットという前例があるように、彼彼女らも外見が同じだけの妖精達だろう。そして、彼らの衣装から察するに、今グロスターで流行しているものは―――

 

 

「……アイドル?」

「どうやら今流行っているのは、それのようですね。しかも、あのアルム・カンパニーがプロデュースしてるなんて……」

「アルム・カンパニー?」

「少し前から人気になった会社ですよ。人間が社長をやってる唯一無二の会社でね、色んな事業に手を出してるんです。今回はアイドルのようですね。……あっ、ほら、あそこに」

 

 

 アルトリアが指差した方角を見やれば、こちらに背を向けて妖精達になにやら配っている女性達の姿が見えた。ポスターに描かれているものと似た衣装を着ているのを見る限り、彼女達もアイドルなのだろう。

 

 

「なぁんか、ああいう子達が配ってるのを見ると、ついつい貰っちゃうんだよねぇ~」

「? 立香さんはああいうのが好きなんですか?」

「ああいうのっていうか、かわいいもの全般好きかな。もちろん君もね、アルトリア」

「ひょえッ!? い、いいいきなりなにを言うんですかッ!」

「さ、行こうか」

「あっ……もうッ!」

 

 

 まさかいきなり『かわいい』と言われるとは思わなかったアルトリアが赤面するが、その間に立香は先に行ってしまう。それに憤慨しながらも、アルトリアは彼女についていく。

 

 

「一つ貰いま~す♪」

「あ、ありがとうございます。どう……ぞ……」

「ありが……と、う……?」

 

 

 なんとなしに一番近くにいた女性に声をかけ、振り返った彼女からチラシを受け取った後に顔を見て―――

 

 

「「……え?」」

 

 

 眼帯を外して素顔を曝け出していた女性―――オフェリアと立香の視線が交わるのだった。

 

 

 

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 時間は少しだけ巻き戻る。

 アンナ達が妖精國に足を踏み入れて、早数週間。

 その間にもアンナ達は必死に努力を積み重ね、ステージの上で披露するには充分な実力を手に入れた。

 しかし、いくら大企業アルム・カンパニーがプロデュースするといっても、いきなりライブをするわけではない。いきなりアイドルが出てきても、それを知らなければあまり楽しめないからだ。

 幸い、妖精とは楽しい事が好きな種族だ。大抵の事は快く受け入れ、各々で楽しんでくれる。

 行き過ぎない(・ ・ ・ ・ ・ ・)程度に接すれば、妖精はまぁまぁ安心できる種族だ―――とは、プロフェッサー・Kの言葉である。

 

 というわけで、アンナ達はまずは顔見せとして実際にライブで使用する衣装に着替えたのだが……。

 

 

「ほ、本当にこれで外に出るの……?」

「当然でしょ。アイドルがなに言ってるのよ」

「ちょっと、スカートが……」

 

 

 羞恥心に顔を赤らめ、右手で軽くスカートを押さえる。

 それを見かねた虞美人は「はぁ」と呆れたように溜息を吐いた。

 

 

「下着なら見えないようにしてるんだから、安心しなさいよ」

「それとこれとは話が違うのよ……」

 

 確かに、虞美人やミス・クレーン達がデザインした衣装はそのような作りとなっている。

 ステージ上でダンスする以上、下着は見えてしまうのは当然だが、もちろんそれをプロフェッサー・Kやアンナ達が許すはずもない。世の中には『見せパン』という概念もあるが、流石のプロフェッサー・Kもこの状況でそれを採用する気は無かったようだ。

 横に広がったスカートの中は下着が見えないようにガードされており、代わりにそこからは白のハイソックスに包まれた足が晒されている。

 しかし、普段はタイツを着用しているためにあまり素足を出さないオフェリアにとっては、これでも多少の羞恥心を感じるらしい。

 

 

「これに関してはカドックが羨ましいわ……」

「そう言われても、僕にはどうしようもないぞ」

 

 

 僕に言われても困ると肩を竦めたカドックや、ボレアス達男性陣は、オフェリアとは違って裾の長いズボンを履いている。男性な以上、自分のように足を出す衣装が合わないのはわかるし、自分が彼らと同じズボンを履いては折角作ってくれた衣装が無駄になってしまう。

 

 

「大丈夫よ、オフェリア。恥ずかしいのは最初だけ。少しすればすぐに慣れるわ」

「そうだよ、オフェリアちゃん。こんなにもかわいい衣装を用意してくれたんだから、楽しまなくちゃッ!」

 

 

 そう言ってオフェリアを励ますのは、ペペロンチーノの前でくるくる回って衣装の動きを確かめているアンナだ。

 オフェリアのものとは色違いの赤いアクセサリーがついた衣装を着込んでいるアンナには、羞恥心の欠片も感じられない。この一瞬で順応したのだろうか、その適応力の高さがオフェリアには羨ましく映った。

 ちなみに、カドックの隣に立つアナスタシアの衣装も同様であり、彼女の場合は氷を連想させる水色のアクセサリーが施されているものとなっている。

 

 

「しかし、なんだってこんな日に……。今日はオークションで『予言の子』が売られると聞いたんだが……」

 

 

 だが、カドックは今日活動する事に関してあまり乗り気ではないようだ。

 

 

「『予言の子』……。確か、武装した妖精だったかしら。でもそれを買おうだなんて、鬼畜ね」

「そういうわけじゃない。この妖精國において、『予言の子』の存在は重要なキーだ。出来るならこちら側に引き込みたい」

 

 

 顎に指を這わせ答えるカドックの瞳は、かつて彼がロシア異聞帯でカルデア討滅を目指して策略を巡らしていた頃と同じもの。その鋭い瞳でまだ見ぬ『予言の子』について口にするカドックに、プロフェッサー・Kがふっと小さく笑みを零した。

 

 

「その点については任せたまえ、カドック。そちらについては私が出向こう。今は亡き“鏡の氏族”の長エインセルが遺した予言に伝わる『予言の子』だ。必ずこちら側に引き込んでみせるよ」

「頼もしい限りだね。頼んだよ、K」

 

 

 任せたまえと頷くプロフェッサー・Kに見送られ、アンナ達は会社を出る。

 固まって行動すると自分達の存在をグロスター全体にアピールできないため、各自で別行動するという話になっていたので、途中でカドック達と分かれた後、アンナとオフェリアは行き交う妖精達にチラシを配り始めた。

 

 そして、今に至るというわけである。

 

 

 

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「あ、ぁ、あ……」

「えっと……オフェリアさん、ですか……?」

 

 

 最初こそ、レッドラ・ビットと同じように、かつて北欧異聞帯で出会ったオフェリアと同じ外見を持つ妖精だと思ったのだが、自分の顔を見るや否やぷるぷると震え始めた彼女を見る限り、「あ、これ本物だ」と心の中の自分が冷静に納得する。

 しかし、オフェリアの方はまさかここで立香と再会するとは思わず、咄嗟に背を向けてしまった。

 

 

「見られた……後輩に見られた……ッ! もう嫁に行けない……ッ!」

「も~なに言ってるの、オフェリアちゃん。お嫁に行けないのなら私が婿に行って―――あっ」

「あっ」

 

 

 今度は顔を覆って俯くオフェリアに近寄ったアンナと、立香の視線が交わる。

 

 

「あぁッ! 立香ちゃんッ! オリュンポス以来だね、久しぶりッ!」

「アンナさん、お久しぶりです」

「そう畏まらなくても大丈夫だよ。気軽にアンナって呼んで? ほら、オフェリアちゃん。彼女達は私に任せて、君はチラシ配りをしてて」

「え、えぇ……ありがとう」

 

 

 流石に一緒に立香達の相手をしては仕事が出来ないので、恥ずかしがっているオフェリアにチラシ配りの仕事を任せ、「さて」とアンナは立香と、その隣に立つアルトリアに視線を向ける。

 

 

「君は初対面だね。名前は?」

「えっと、アルトリア・キャスター……です」

「アルトリア……?」

 

 

 アルトリアが名乗った名前にピクリと眉を動かし、アンナが彼女の顔をじっとのぞき込む。

 

 

「え、あの……」

 

 

 突然自分の顔を凝視され、思わず顔を逸らすアルトリア。それに気付いたアンナは「あぁ、ごめんね」と謝り、彼女の頭を撫でる。

 

 

「良い名前だね。私の知り合いと同じ名前だ。でも……君は彼女とは違う(・ ・ ・ ・ ・ ・)みたいだね」

「…………」

「立香ちゃん」

「なに?」

「お願い、アルトリアと仲良くしてね」

「……? もちろんですけど……」

 

 

 なにを当たり前の事を、と訝し気に思いながらも頷いた立香に頷き返すと、アンナはいきなりアルトリアを抱き寄せた。

 それにアルトリアが反応するより早く、周囲には聞こえない程に小さなアンナの囁きが耳朶を震わせた。

 

 

「―――ごめんね(・ ・ ・ ・)

「……ぁ……」

 

 

 その短い言葉に、アルトリアは大きく目を見開く。

 彼女の言葉に、アルトリアは本能的に察した。

 

 ―――彼女は、自分の()を知っている。

 それを知った上で、自分にそう言ってきたのだ。

 

 そう気付いた途端、アルトリアの心に黒い靄がかかる。だが、すぐにそれを周囲に悟られぬように必死に押し殺し、愛想笑いを浮かべた。

 

 

「なになに? なんの話をしてたの?」

「なんでもないよ。なんとなく、抱き締めたくなっただけ」

「お、もしかしてアンナもかわいいもの好き?」

「ん、まさか君も?」

 

 

 立香とアンナはお互いにじっと相手と見つめ合い―――

 

 

「「同志よッ!」」

 

 

 大きく両腕を広げ、相手を強く抱き締めた。

 そんな二人にアルトリアが目を丸くしていると、背後から微かな怒気を感じた。

 振り返ってみると、そこには―――

 

 

「アンナ? どうして藤丸と抱き合ってるの?」

「あ……ま、待って? これにはちゃんとした理由が……あぁっ!」

 

 

 立香と抱き合ったまま冷や汗を流すアンナを、オフェリアがぐいっと立香から引き剝がす。そのまま流れるように彼女の肩を抱き、スッと細めた瞳で立香を見やる。

 

 

「ごめんなさい、藤丸。彼女、スキンシップが激しいから……困ったでしょう?」

「え? べ、別に困っては……ひぃッ!?」

 

 

 困ってはいないと答えようとした途端、立香はオフェリアの細められた瞳に宿る感情の炎に気圧された。

 

 その瞳に宿る感情を、立香は知っている。

 それは、かつてギリシャ異聞帯攻略後に召喚した狩人が、とある龍についての話をした際にした者と同じだった。

 しかし、次の瞬間にはオフェリアが自分の表情に気付いたのか、「あっ」と声を漏らし、頭を下げてきた。

 

 

「……ごめんなさい、先輩として情けない事をしたわ」

「あ、だ、大丈夫ですッ! はい……」

「そう……、ごめんなさい」

 

 

 もう一度謝り、オフェリアは中断してしまったチラシ配りを再開する。

 

 

「そろそろ私も戻らなきゃ。もうちょっと話したかったけど、流石にこれ以上仕事を抜けるわけにもいかないしね」

「あ、ごめんなさい。仕事の邪魔をしてしまって……」

「いいのいいの。君達に会えただけ幸運だよ。……そういえば、マシュちゃんはどうしたの?」

「その、実は―――」

 

 

 ふと疑問に思った事を訊ねてきたアンナに、立香は事情を説明する。

 

 

「……なるほどね。マシュちゃんが『予言の子』としてオークションに出てるかもしれないと……。となると、苦しいかもしれないね」

「苦しい? それはどういう……」

「だって、プロフェッサー・K―――私達の社長もその『予言の子』を欲しがってるんだもん。こう言うのはあれだけど……君達の手持ち金で彼に勝てる?」

「「あ……」」

 

 

 アンナから提示されたあまりにも巨大すぎる壁に、立香とアルトリアの声が重なった。

 

 

 

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「参ったな……。来てほしくないと思ってたけど、来ちゃったかぁ……」

 

 

 時は経ち、夜。

 招待状を片手にオークション会場に入ったオベロンは、立香とアルトリアからもたらされた情報に眉を顰めた。

 

 

「どうしよう。正直言って、こっちの手持ちは心許ない。あそこの社長さんと比べれば、それこそ塵にも等しいレベルだ」

 

 

 自分達から少し離れた場所―――オベロン達と同じく同じVIP席に腰を落ち着けている、星を模った仮面をつけた金髪の男をオベロンが睨む。

 こちらの持ち金は、7000万モルポンド(しかし偽札)。偽札な以上バレると厄介だが、今夜さえバレなければ後はこっちのものなので問題はない。

 問題は並み居る好事家相手にこの金額で競り勝てるかどうかである。大抵の勝負に勝てる資金ではあるが、今回は商品が商品な以上、オークションは荒れに荒れるだろう。最悪の場合ウェールズの森を担保に入れる可能性も出てくる。

 

 

「……あれ?」

 

 

 どうしたのものかとオベロンがうんうんと唸っている頃、仮面の男―――プロフェッサー・Kを見つめていた立香はふと首を傾げた。

 

 

「? どうしましたか、立香」

「いや……なんか、見覚えがあるような……」

 

 

 仮面を付けている事に加え、自分達より前の椅子に座っているために顔を見る事は出来ないが、その後ろ姿から感じる既視感に立香が違和感を感じていると、「やっぱり、君もそう思う?」とダ・ヴィンチが声をかけてきた。

 

 

「うん。初めて見るはずなのに、どこかで会ったような気がするんだよね」

「私もだ。……いったいどういう事だろう。外見こそ同じ妖精ならそれで片付けられるけど……」

 

 

 二人は話し合いながらもう少し彼の姿を記憶に刻み込もうと直視する。

 そんな彼女達の視線に気づいてはいないのか、プロフェッサー・Kはじっと手元のカタログを眺め―――

 

 

「見ろ、Lッ! 『敵地潜入用タイツ』だッ! これはいざという時の為に買いだと思わないかい?」

「ただの真っ白な全身タイツじゃねぇかッ! バレバレにも程があんだろッ!」

 

 

 その一つの商品に目を止めて騒ぎ始めたと思いきや、隣に座る、自分と同じく仮面を装着した女性に頭を引っ叩かれた。

 Lと呼ばれたその女性を立香達は知らないが、その白銀の髪の中から伸びる動物の耳に、二人は見覚えがあった。

 

 

「あれって……カイニス?」

「う~ん、どうだろう。私達の知る彼がああいうのを付けるタイプとは思えないから、別人じゃないかな」

「そうかな……そうかも……」

 

 

 もし、自分が召喚したカイニス()にあれと同じ仮面を付けてほしいと言ったら、間違いなく「馬鹿じゃねぇの」と心底嫌そうな顔で拒否されそうだ。それを彼女は、さも当然のように付けている。となると、彼女はカイニスとは外見こそ瓜二つな妖精なのかもしれない。

 立香達がそう結論付けた直後、アルトリアが立香の袖を引っ張ってきた。

 

 

「アルトリア? どうしたの?」

「その、オベロンが……」

「オベロン?」

 

 

 沈んだ面持ちのアルトリアが指差したオベロンを見ると―――

 

 

「マズイな……。伸縮性、機動性、隠密性……格好こそふざけてるけど、スペックは格別だ。いつかキャメロットに忍び込む時に使えそ―――」

「「オベロンッ!!」」

 

 

 案外乗り気だった妖精王(バカ)の頭に、立香とダ・ヴィンチの平手が炸裂した。

 

 結局のところ、オークションに出品された『予言の子』とは『異星の神』からモルガン抹殺の任を受けるもメリュジーヌとカリア、そして“熾凍龍”に撃退された千子村正であり、マシュではなかった事に立香達は落胆した。

 

 しかし、オベロンの必死の行動によってなんとか村正の救出(こうにゅう)に成功。プロフェッサー・Kは例の『敵地潜入用タイツ』で手持ちを使い果たしてしまい、村正を購入する事は出来なかったのであった。

 

 

 ―――その後、アルム・カンパニー本社から凄まじい轟音と共に空に射出される金色の光が見えたという噂が立ったとも立たなかったともされているが、真実は定かではない。

 




 
 Q,原作ではオークションに参加していたバー・ヴァンシーがいないのはなぜ?

 A,『予言の子』について聞いてはいたが、製作中の靴が最高の出来栄え(つまりモルガンへの贈り物)になりそうだったので参加拒否。ちなみに参加していた場合、カリアの尽力により原作より少しマイルドな性格になっているためにアルトリアとはあまり険悪な雰囲気にはならず、むしろお互いに良い好敵手(ライバル)を見つけた気持ちになっていた模様。


 大変長らくお待たせいたしました、遂にアンナのイラストが完成しましたッ!
 最初に投稿したのと見比べてみると、大分成長したんじゃないかと思いますので、なにかしら感想を送ってくださるとうれしいですッ!
 上が以前に投稿したもので、その下が今回描き上げたものですッ!

 
【挿絵表示】

 
【挿絵表示】


 新しいイラストは読み込ませる為にサイズを縮小させたため荒っぽくなっていると思いますが、ご了承ください。
 次はアンナとオフェリア、ボレアスやバルカン達のイラストも描きたいところですね。最近はNovelAIというものもありますし、なにかしらそれを活用したイラストを製作してみるのもいいかもしれないですねぇ。ポーズや構図の参考にしたりするのもよさそうですし。

 それではまた次回、お会いしましょうッ!


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蝕む宝石、赤い光

 
 こんばんは、皆さん。
 先週購入したポケモン新作が楽しすぎて危うく更新に遅れかけたseven774でございます。
 急ピッチで仕上げたものなので誤字脱字が目立つかもしれません、大変申し訳ございません。

 それでは本編、どうぞですッ!


 

 城塞都市シェフィールド。

 この妖精國ブリテンの首都キャメロットを除いて、唯一の城を抱く街。

 城塞造りを使命(なりわい)とする妖精達の手によって築かれた城塞(けっかい)は、基本門からでしか出入りする事は出来ない。水回りや窓は例外であるが、それでも門からしか入れないという(ルール)は絶対だ。

 

 かつては妖精國が誇る戦力の一つであるウッドワスと戦友であった“牙の氏族”の妖精ボガードを領主に戴くこの街は、女王モルガンへの叛意を掲げながらも豊かな場所であった。

 

 街頭には様々な店が並び、和気藹々とした妖精達の声が周囲を埋め尽くす―――街の風景が決まってそういったものであるのは、(ひとえ)にボガードによる統治と、彼が所有するとある原石(・ ・ ・ ・ ・)によるものと言われている。

 

 城の最奥に安置されている、眩い蒼い光を放つそれは、ボガードが戦役時代に見つけたもの。その美しさと優しさを兼ね備えた光に()てられたボガードは、当時はまだ忠誠を誓っていた女王モルガンの許しを得て己の所有物とした。その原石より放たれる輝きは、モルガンをしても美しく、目を見張る輝きを持つものだったのだろう。

 

 後にウッドワスに氏族の長を決める戦いで敗北し、現在のノリッジ領主であるスプリガンからノリッジを追い出されるも、ボガードはその原石だけは手放さなかった。己の意思に反応して輝きを変える(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)それは、ボガードからすれば映し鏡のように見えた事だろう。己の気持ちが晴れやかなものであれば輝きを増し、逆に薄暗い気持ちの時は翳る―――彼が手に入れた蒼き原石は、そういった性質を持っていたのである。

 

 百年前まで廃墟だったシェフィールドの街を再興し、数多の住人を抱えるようになったボガードは、その光の強さを見て己や住人達の気持ちを把握し、その都度どのように街に変化の風を吹かせるかを考え続けた。それ故だろうか、シェフィールドはブリテンの中でも最高位に属するレベルで過ごしやすい街になり、それに比例してそこに滞在する妖精や人間も増えていき、同時に活気も増していった。

 この街では、妖精と人間の間に格差はない。ボガードが、自分がかつて追い出された者であるように、自分の下に集ったのは同じ“追放された仲間”だろうと受け入れたからだ。他の場所の人間は奴隷同然の扱いを受けているが、この街にはそれが無い。妖精の中には、人間の女性にプロポーズしようと考えている者もいるぐらいだ。

 

 もしかすると、このシェフィールドこそが、真の意味での『妖精と人間の共存』を達成している街なのかもしれない。

 

 笑顔が溢れる街―――正しくその呼び名が相応しいシェフィールドだが、しかし、今はとてもそう呼べるような状況ではなかった。

 

 ―――城塞都市を包囲するは、数多の軍勢。

 三種類の軍旗を夜風に靡かせる彼らは、女王モルガンの軍勢。三騎の妖精騎士達のそれぞれが従える兵士達。

 

 彼らの狙いは、この妖精國を救う存在として語られる『予言の子』。手にする盾が妖精には握れぬ鉄で構築されていたマシュがそう呼ばれていたのを聞きつけたモルガンが、彼らをシェフィールドへと出陣させたのだ。

 これに対し、ボガードは徹底抗戦を敢行。彼の下に集った兵士達が奮戦するも、しかしこの國の最高戦力である軍勢の前では多勢に無勢。均衡は成り立たず、さらには城下町の妖精達が自分達を逃がせと暴動を起こす始末。

 最早ボガード軍は、まともに女王軍を相手にする事すら出来なくなってしまっていた。

 

 

『城壁、城内、共に混乱が収まりませんッ! せめてどちらか一方だけなら……ッ!』

『どうか指示を、ボガード様ッ! 我々はどうすればいいのですかッ!?』

『女王の軍が来ようと凌げると言ったのは貴方だッ! それとも、今から『予言の子』を差し出して―――』

『わかっている、わかっているともッ! 一方を黙らせればいいのだろうッ!』

 

 

 矢継ぎ早に指示を仰ぐ兵士達に、この街の領主であるボガードがその白銀の(たてがみ)を振り乱す。

 獅子が如きその顔には明らかな焦りが浮かんでおり、今の状況の苛烈さを見る者に思い知らせる。

 

 

『魔術の大砲ならこちらにもあるッ! 『予言の子』の力、試してやろうッ!』

 

 

 激昂したボガードは、天守に取り付けられたとある兵装に走り寄った。

 それは、マシュが常に肌身離さず持ち歩いていた鉄盾(もの)。アトラス院が誇る、世界を滅ぼす兵器の内の一つ、そのレプリカ。

 一回撃つのでさえ砲手には絶大な反動がかかるそれを、しかしボガードが知る由もなく、ただ戦況を打破するきっかけになってくれれば、という淡い期待を抱くだけに留まってしまった。

 

 ―――それが、シェフィールドの終わりの始まり。

 攻城戦を殲滅戦に変えてしまった、きっかけの一撃だった。

 

 砲身より放たれた光の束は想像を絶する一撃となって、女王軍はおろか、その射線上にいたシェフィールドの住民や兵士達をも呑み込んだ。

 直撃した者達は蒸発。当たりはしなくとも、近くにいた妖精達は全身から血を噴き出して絶命し、または眠るように死んだ。

 

 妖精騎士の一人であるガウェイン(バーゲスト)のガラティーンを受けても揺るがなかった城塞は、たった一発の砲撃によって融解した。それをこの砲撃を受けて唯一生き残ったバーゲストが、激情に駆られ殲滅戦の開始を告げる。それによって女王軍が一気に攻め込むも、ボガードという弾丸(ほうしゅ)を得たブラックバレルが瞬く間に焼き尽くす。

 

 なるほど、戦況は確かに変わったのだろう。

 しかし、それはボガードが望んだ形ではなく、寧ろ悪化させてしまったものだったのが、唯一にして最大の失敗だったのだ。

 

 

「ははははははははッ! なんだこれはッ! 凄まじい、凄まじいッ! 見るがいい、兵士達よッ! これが天運でなくてなんだというのだッ!」

 

 

 それを聞く兵士達などもういないというのに、零れ落ちそうな程に目を見開いてボガードが叫ぶ。

 しかし、ボガードがそれに気付く事はない。兵士達の亡骸を目にしながらも、既に彼の心はこの黒き大砲の威力に魅入られてしまい、ただ『これさえあれば勝てる』という確信しかなかった。

 

 

「あ、あぁ、あ……」

 

 

 その光景に、マシュは膝から崩れ落ちた。

 これは、自分の罪なのだと。完全な異邦人だった自分を快く受け入れてくれたシェフィールドの住人達が、ゴミのように消されていく。確かな優しさを以て接してくれたボガードが、狂ったように笑いながら砲撃を続ける―――それは全て、自分が招いた事。しかし、彼女が本当に『罪』だと認識していたのは、それとは別のもの。

 それは、自分の弱さ。

 記憶をなくした事を言い訳に、自分が周囲に与える影響の強さを考えていなかった浅はかさだった。

 

 

「次だ、次はどこだッ!? メリュジーヌめ、どこを飛んでいるッ!?」

 

 

 蒼褪めた表情でいるマシュの視線の先で、ボガードが夜空を睨み上げる。

 そこを駆ける、蒼い流星を見つけた直後、再び引き金を引く。照準を固定せずに放たれた砲撃は、しかし流星に当たらない。さらに、流星(メリュジーヌ)は不規則に動く事でボガードの目を惑わし、狙いを付けられないようにする。

 それに苛立ったボガードだったが、たまたま城下町に乗り込もうとしていた女王軍が目に入り、標的を切り替えた後に発射。再び女王軍の妖精達が蒸発した。

 

 

「フハハハハッ! 凄い、凄いぞッ! 消えろ……消えてしまえッ! 女王軍も妖精騎士も、全て、全てェッッ!!」

「……っ、ボガード様ッ!」

 

 

 笑うボガードに、マシュが思わず駆け出す。

 自分の罪を認識して茫然としていたが、今は戦闘中であり、そうしていられる余裕などないのだと、数多の戦場を駆けてきた本能が彼女の体を動かしたのだ。

 それに、わかってしまうのだ。

 狂笑と共にエネルギー砲を撃ち続けるボガードの様子に恐ろしさを感じながらも、彼の体が凄まじい勢いで衰弱していくのが。

 多少の怪我は負っているものの、動けない程ではない。せめてあの砲台から離す事が出来ればと組付くが―――

 

 

「チィ、邪魔をするなッ!」

「あぐ……っ!」

 

 

 如何に数多の戦場を駆け抜けてきたとはいえ、盾もなしに妖精の膂力に真っ向から対抗できるわけもなく、為す術なく殴り飛ばされてしまった。

 

 頬を中心に感じる鈍い痛みに顔を顰めるも、すぐに起き上がる。

 明らかに様子がおかしい。いつものボガードであれば、このような事は絶対にしなかった。

 ただあの砲撃を行っただけではこうならない。なにか別の原因があるはず……そう思って周囲を見渡してみると、とあるものが目に入った。

 

 

(あれは……)

 

 

 それは、かつてボガードが見つけたという巨大な宝石。これまでは美しい青色に輝いていたそれが、今では黒く変色してしまっているのだ。

 悍しく恐ろしい、一切の光の存在を許さぬような漆黒の宝石からは絶え間なく黒い瘴気のようなものが溢れ出ており、それは全てボガードへと流れ込んでいた。

 

 

「もう駄目だ……ッ! マシュッ!」

「な―――ハベトロットさんッ!?」

 

 

 絶えず笑いながら引き金を引き続けるボガードに、もう彼は無理だと見切りをつけた妖精がマシュのスカートの裾を引っ張り始める。

 その妖精の名は、ハベトロット。

 汎人類史ではスコットランドに語られる糸紡ぎの妖精。糸紡ぎをする際に糸を咥え続けるので、その影響で一説では唇の腫れた醜い老婆とも言われるが、彼女の場合は愛らしく若々しい少女の姿をしている。また、彼女は小人であるため、身長に至っては50~60cmしかない。

 

 彼女がマシュと出会ったのはこのシェフィールドが初めてであったが、ボガードの花嫁として迎え入れられたマシュの花嫁衣装を作った時や、その後の出来事を含めて、二人の間には確かな友情が芽生えていた。

 

 そんな小さな友人の力程度、マシュの膂力でどうにでも出来てしまうが、しかし彼女はそこに踏み留まれなかった。

 

 

「ボガード様……」

「はは、はははは―――アハハハハハハッ!!」

 

 

 気高くも優しい光を宿していた瞳には、最早凶気しか宿っていない。血のように赤い眼光を迸らせて引き金を引く度、ボガードは何度も笑い、その度に背後にある宝石からは禍々しい漆黒のオーラが放出される。

 それが注がれ、発射。再び注がれ、発射―――既にボガードの姿は漆黒のオーラに呑まれ、チラチラと燃える炎の光によって、辛うじてその輪郭を把握出来る程にまでなってしまった。

 

 

「マシュッ! 早く行かないと……ッ! ボガードもそうだけど、ヤバいのはあの奥にある宝石だッ! なんだかわからないけど、今のあれはヤバいッ! 下手すると、ボクらにまであのオーラがくっつくかも―――ってうわぁッ! こっち来たぁッ!」

 

 

 走り出す二人に、宝石からボガードに向けて放たれていたオーラの一部が二人に襲い掛かる。

 まるで、二人もボガードと同じようにしようと伸ばされる暗黒の手を前にハベトロットが絶叫するが―――

 

 

「っ―――はぁッ!」

 

 

 ハベトロットを背に立ったマシュが勢いよく手元に出現させた盾を突き立てると、純白に輝く魔力の障壁が出現。盾より放たれる優しくも勇ましい輝きは、所有者とその友に襲い掛かろうとした暗黒を弾き飛ばした。

 盾の光から逃れるようにオーラがじりじりと後退していく隙を突き、マシュはハベトロットを片腕で抱き上げて走り出す。

 

 時折襲い来るオーラを盾の光で防ぎながら、マシュはオーラの奥―――そこにいるであろう男を思い浮かべる。

 

 不器用でも確かに他者に対する慈愛の心を持っていた、心優しき領主。愛なんてないと言われながらも、その実、きっと持っていたであろう妖精。共に過ごした時間は数日程度の関係でしかなかったが、時折見せてくれる笑顔が、彼女は好きだった。

 

 彼には笑っていてほしかった。女王モルガンに反旗を翻していたとしても、それぐらいの事は許されるはずだと。

 

 だが―――

 

 

「ハハハハハ……ハーハッハッハッハッハッ!!!」

 

 

 彼女が望まない笑顔をしているだろうボガードの狂笑は、城を出ても尚マシュを苛み続けるのだった……。

 

 

 

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 マシュとハベトロットが城から脱出した直後の事、今尚城から外部の女王軍目掛けて砲撃を放ち続けるボガードを殺害する為に乗り込んできた影が二つ。

 妖精騎士の一騎にして、女王モルガンの後継者たるバーヴァン・シー。そして、その御目付け役であるベリル・ガットとカリア。

 

 瓦礫と炎で酷い有り様と化していた階段を上っていた直後、先行していたカリアが軽く腕を上げたのを見てバーヴァン・シーとベリルが足を止める。

 カリアが少し先にある扉にヘルムの奥にある両目を細め、ハンドサインで背後の二人を後ろに下がらせる。二人が充分な距離を取った事を確認した後、背中に担いでいた操虫棍―――エイムofマジックを右手に携える。

 背後からの視線を受けながら扉を押し開け―――

 

 

「ハ―――ッ!」

 

 

 扉の隙間から微かに黒いオーラが漏れ出た瞬間に一閃。

 飛び退くと同時に繰り出された、赤黒い稲妻を纏った刃によって、カリア達を包もうとしたオーラは霧散。その隙に室内に入り込んだカリアは、再びオーラが襲い来る前に操虫棍を床に突き立てる。

 すると、彼女の操虫棍から龍属性の力を宿す稲妻が周囲に放出され、瞬く間に周囲の黒いオーラを押し留め始めた。

 

 床から操虫棍を離して対策を済ませた事を告げると、恐る恐るバーヴァン・シーとベリルが入ってきた。 

 

 

「おいおい……なんだよ、これ……」

「……これはちょっと、怖ぇな……」

 

 

 彼らの視界に最初に入ってきたのは、カリアが放った稲妻の壁によって阻まれている黒いオーラ。阻まれながらもなんとか壁を食い破って襲い掛かろうとしているのか、バチバチと周囲からオーラが稲妻によって堰き止められていると思わしき音が聞こえる。

 

 その悍ましさと恐ろしさにバーヴァン・シーが身震いした直後、なにかが稲妻の壁にぶつかってきた。

 

 

「―――ッ!? なに……ヒィッ!?」

「オ、オォオオオ……ッ!! 妖精騎士……トリスタンッ!! バー・ヴァンシィィイイイイィイイッ!!!!」

 

 

 壁に阻まれながらも牙を剥き出してバーヴァン・シーに襲い掛かろうとしたのは、ボガードだ。しかし、今の彼にはかつての平穏な様子は欠片もなく、最早妖精騎士とモルガンへの憎悪しか残っておらず、その双眸に煌めく赤い光は、女王モルガンの後継者であるバーヴァン・シーを射殺さんばかりの眼光となっている。

 

  妖精とは、生まれた時より望みの指向性が決まっている。

 『愛されたい』、『憎まれたい』、『護りたい』、『傷つけたい』など、その方向は多岐に亘るが、ボガードの場合は『憎みたい/憎まれたい』というものが当てはまる。元々暴力衝動が強い氏族の出身であるボガードは理性によって抑えつけているが、それを続けている間、彼が本領を発揮する事が出来ない。

 

 だが、今は―――黒き砲台と、漆黒の宝石の影響を受けている今は―――彼に理性など欠片も存在していなかった。

 

 今の彼にあるのは、凶気。遍く平穏を終わらせ、悲劇と絶望で覆い尽くす、昏き激情。

 それに支配されたボガードに、最早理性のタガは意味を成さず、また彼自身自分を諫めようという気持ちもない。

 

 

「凶気に呑まれたようだね、ボガード。君のそんな姿、ボクは見たくなかっ―――」

「オォアァ……ッ!」

「あっ、マズイ」

 

 

 カリアが片眉を吊り上げた直後、ボガードは無理矢理龍属性の稲妻の壁を打ち破り、バーヴァン・シーへと襲い掛かる。

 邪魔な壁がなくなったボガードは一直線にバーヴァン・シーに迫る。しかし、彼女の顔には多少の焦りはあっても、既に恐怖は無くなっていた。

 研ぎ澄まされた瞳でボガードを見据えながら、ノールックで腰元に装備していた妖弦を取り出し、奏でる。

 

 

「グォ……ッ!?」

 

 

 フェイルノートから放たれた音の斬撃がボガードに直撃する。

 音による一撃を受けたボガードの体が吹き飛ばされるが、彼はすぐさま立ち上がって唸り声を上げ始める。

 

 

「チッ、硬さだけならバーゲスト以上っていうのは本当かよ……」

 

 

 フェイルノートを構え、ボガードの動きを一つも逃がさぬように彼を見据える。

 

 正直言ってしまえば、バーヴァン・シーの戦闘力は他の妖精騎士の中と比べて低い。彼女にバーゲストのような強固な鎧や(つるぎ)はなく、さりとてメリュジーヌのような空を駆ける流星が如き素早さもない。あるのはただ、女王モルガンより与えられた汎人類史のトリスタンの霊基(ぎりょう)と、モルガンから教えられた魔術程度。

 しかし、それだけでは弱いと、彼女も忌々しくも理解していた。

 

 そんな彼女が頼ったのが、母親の手を借りて召喚に成功したカリアである。

 妖精國に流れ着いた叙事詩で語られていた最強の狩人の一人である彼女に対し、バーヴァン・シーは自らを鍛えてほしいと申し出た。両者の得物が違うために武器を使った戦い方はあまり教えられなかったものの、あらゆる状況に対してもフェイルノートを使えるように訓練を続けてきた。

 結果、まだ精神こそ未熟であるものの、彼女はかつて歴戦の勇士であったボガードでさえも警戒する程の実力者へと成長したのである。

 

 その証拠に、ボガードもバーヴァン・シーが強敵である事を本能で把握したのかすぐに飛びかかろうとはせず、唸り声を上げるも手を出せないでいる。

 さらに、彼女の傍にはカリアもいる。屈指の実力者である二騎を相手にしては、流石のボガードも分が悪い。

 

 しかし、その程度で止まる程、彼の憎悪と憤怒は甘くない。

 

 

「ガァアッ!!」

「ハッ、当たらねぇよッ!」

「グ……ッ!」

 

 

 飛びかかってきたボガードの体を受け流し、勢いを殺さぬまま回し蹴り。如何に頑丈な身体とはいえ、受け流された上に無防備な背中に蹴りが叩き込まれてしまえば多少のダメージは入る。余分な勢いが加わった事でボガードが体勢を崩した直後、フェイルノートを奏でられる。

 優雅な音には似合わぬ強烈な斬撃がボガードの衣服を斬り裂くが、やはり体には傷一つつかない。

 振り向いたボガードが拳を握るが、そこへカリアの斬撃が迫っているのに気づき、防御。フェイルノート以上の威力を以て繰り出された斬撃はボガードの腕に傷をつけた。

 

 

(カリアでも決定打にはかけるか……。ま、手加減(・ ・ ・)してりゃそうだよな)

 

 

 彼女単騎であればもっとマシなダメージを与えられていたであろう。しかし、それはこの場に自分やベリルがいなかったらという話。自分達を巻き込まないように、カリアも手加減しなければならないのだ。

 

 しかし、ボガードの暴走に止まる気配は感じられない。となると―――

 

 

「こいつの使い時だよなァッ!」

「―――ッ!? グ、オォオ……ッ!!」

 

 

 バーヴァン・シーがフェイルノートを持っていない腕をボガードに向けた瞬間、彼の動きが止まる。

 

 ボガードもなにが起こったかわかっていないのか、歯を食い縛りながら自分の四肢を動かそうとする。しかし、彼の体はその意思に反するように動かず、まるで石のように固まってしまっている。

 それは、対象の魂を映し出して似姿を作るおまじない。手元に出現させた対象をコピーした人形に損害を与えれば、本人にも反映されるという魔術。

 その名を―――

 

 

「おぉっ、フェッチッ! ありがたいねぇ、オレが教えた魔術がこうして実戦で使われるなんて」

「ありがとう、ベリル。これのお陰で、変に疲れずに済むぜ」

「ま、オレにゃあ高度過ぎて使えないやつだからな。宝の持ち腐れってやつ? 妖精であるお前さんなら問題ないと思ってたが、まさか相性バッチリだなんてなッ! いやぁ、ここまでハマるとは思わなかったッ!」

 

 

 フェッチで身動きが取れないでいるボガードに近づき、試しに指先で体に触れてみる。通常であればそんな事をした時点でベリルの命はないものだが、バーヴァン・シーの魔術に囚われているボガードにはそれすら許されない。

 

 

「んじゃ、さっさとこいつ殺しちまうか。マシュ(お目当て)もこれじゃ戻ってこれねぇだろうし、早いとこ女王サマからの使命を果たしちまおうぜ」

「そうだね。今回のボクらの役目は、陛下へ反旗を翻した彼の殺害だ。マスター、申し訳ないけど、もう少しだけ彼の動きを止めておいてくれるかい?」

「……ねぇ」

 

 

 操虫棍を片手にボガードの首を刎ねるべく近づくカリアと、余計な血しぶきがかからないようにと移動したベリルの耳に、バーヴァン・シーの声が届く。

 何事か、と二人の視線がバーヴァン・シーに向くと、彼女は少しだけ眉を顰めてから問いかけた。 

 

 

「ここで殺すのは、まだ早いんじゃない?」

「……はぁ?」

 

 

 その言葉に真っ先に反応したのは、ベリルだ。

 

 

「いやいや、待ってくれよレディ・スピネル。これはモルガンからの依頼で、今回のオレ達の役割だろ? それを止めにするってか?」

「そういうわけじゃねぇよ。でも、明らかに様子がおかしいだろ? 例の赤い光による悪妖精化(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)に関係あるんじゃねぇか? だったら、お母様に直接調べてもらった方が……」

 

 

 昔からこの妖精國で起こる、赤い光による妖精達の凶暴化。今回のボガードがそれに近しいものが原因でこうなったのであれば、女王モルガン直々に彼を検査してもらえれば少しは妖精の凶暴化への知識が得られるかもしれない。

 そう思ったバーヴァン・シーの言葉に、しかし「つってもなぁ」とベリルはあまり乗り気ではない。

 

 

「それとは関係ないんじゃねぇか? もしそうだったら、こいつ以外にも悪妖精化した奴がいんだろ。だが、ここに来るまでそういった連中は一人もいなかった。その可能性は低いだろ」

「いや、でも―――」

(む……?)

 

 

 ベリルとバーヴァン・シーがボガードの処遇について話し始めた直後、カリアはボガードの体に黒いオーラが流れ込んでいるのに気づく。

 今まで周囲が黒いオーラによって覆われていた事と、バーヴァン・シーとベリルを巻き込まないように注意していた影響で気付かなかったそれの根源を視線で追っていくと、その先にオーラと同じ色を持つ、漆黒の宝石を見つけた。

 

 

「あれは……」

 

 

 その宝石に「やはり」と思いながら歩み寄っていくカリアの耳朶を、ベリルの声が震わせる。

 

 

「第一、その悪妖精化する前兆だって言われてる赤い光すら―――……おいおい、マジかよ……」

「? ベリル、どうし―――ッ!?」

「っ、マズイッ!!」

 

 

 突然の地震に動揺するベリルとバー・ヴァンシーだが、この中で最も早くその異常の正体に気付いたカリアが、咄嗟に操虫棍を消滅させて二人を両脇に抱え込んだ。

 

 

「な、カリアッ!?」

「話は後だッ! 今はこの城から……シェフィールドから逃げるッ!!」

「逃げるって、なに言って―――」

 

 

 バーヴァン・シーの抗議は、しかし彼女自身が留めた。

 

 見えたのだ。自分達を担ぐカリアの足元。凄まじい勢いで亀裂が走っていく床の隙間から、赤い光(・ ・ ・)が漏れ出ているのが。

 

 

「赤い光―――ッ!? まさかッ!」

「おいおいマジかよッ! こんな時に来るってかッ!? 冗談にも程があるだろッ!」

「口を閉じたまえ、舌を噛むぞッ!」

 

 

 カリアの叫びを受け、咄嗟に口を閉じる二人。瞬間、カリアは壁が崩れて吹き抜けになっていた場所からジャンプし、辛うじて形を保っている建物の屋根を伝って移動。その間にも亀裂から覗く赤い光は徐々にその数を増していき、カリアが城壁の焼け跡から街外に出た直後、遂に街の中心が崩壊し、そこから巨大な影が出現した。

 

 

「ガァアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 白銀の鱗で全身を包み込み赤い光を纏って現れたそれは、花弁のように開いた顎から咆哮を轟かせ、シェフィールドを包囲していた女王軍達に戦慄と恐怖を抱かせた。

 

 

「こいつは……ッ!」

「バーゲストッ!」

「ッ! カリアッ!」

「今すぐ軍を引かせたまえッ! ここにいさせては奴の餌にするだけだぞッ!」

「ボガードはどうした?」

「……すまない。それどころではなかったんだ」

「……そうか。わかった、兵を引かせる。―――総員、撤退だッ! 撤退せよッ!! 殿は我々に任せろッ!」

『ハッ!』

 

 

 バーゲストの指示を受け、シェフィールドを包囲していた女王軍が次々と街から離れていく。その間にも少なくない数の妖精達が巨蟲に喰われていくが、そうはさせじとカリアと三騎の妖精騎士達が注意を引き、一人でも多くの妖精達を逃がしていく。

 

 巨蟲が姿を消したのは、それからしばらくしない内の事だった。充分な妖精を喰って腹を満たしたのか、それとも絶え間なく攻撃を仕掛けてくる狩人と妖精騎士達に嫌気が差したのか、それともその両方かはわからないが、巨蟲はその体躯を出現した大穴に引っ込めていった。

 

 カリア達も注意を引き、赤い光によって作られた障壁に苦戦した影響で体力を消耗したのもあって、追撃はせずにそのまま帰投となった。

 

 

 翌日、とあるニュースが妖精國中を騒がせた。

 

 妖精騎士達のよるシェフィールドの壊滅。

 大穴の巨蟲の出現。

 領主ボガードが行方不明。

 

 主にこの三つのニュースが國全体に広がり、しばらくの間妖精達の話題となった。

 

 その後、新たに開けられた大穴には先遣隊が調査に向かったものの―――

 

 

「な、お前はまさかッ!」

「陛下からのご命令だッ! 生きて捕縛せよッ! 無理ならば殺しても構わんッ!」

「オ、ォオ、オオオオオアアアアァァァァァァッッッ!!!」

「む、無理だ……。こんなの、殺すどころか、捕まえる事も出来な―――ギャァッ!」

 

 

 ―――そこから生きて帰ってきた者は、誰一人いなかった。

 




 
 そういえば第二部最終章のナウイ・ミクトランが来月下旬に配信が決定しましたねッ! トラオムをクリアしていなくともプレイできるという話ですが、どのようなストーリーになるのか、楽しみですねッ!

 そしてキャストリア復刻ガチャ、皆さんはもう引きましたか? 私はもう持っているので、次のオベロンPUまで石を溜め続けるつもりですッ!

 それでは次回もお楽しみにッ!


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たとえ、偽りであったとしても

 
 ドーモ=ミナサン。
 いよいよ明日に迫ったメリュジーヌPUと、その後に控えるオベロンPUに向けて意識を高めている作者でございます。
 
 遂に2部7章、ナウイ・ミクトランのタイトルが公開されましたねッ!
 ……あれ? もしかしてこの話をここでやるとなったら、下手したら三つ巴どころか五つ巴になるのでしょうか……。アーキタイプアースvsU-オルガマリーvsアンナvsORTvsカルデア?
 ……アーキタイプアースはカルデアに協力してくれそうですが、地球が壊れないよう頑張ります、ハイ。

 最近、友人に誘われてウマ娘を始めてみたのですが、楽しいですねぇ。育成こそ大変で、レースで一着を取れなかった時は本気で悔しいですが、一着を取った時は本当に嬉しくなりましたッ! 皆さんも是非、興味があればプレイしてみてくださいッ!

 今回はボレアス達の話ですッ! 少し短いですが、どうぞですッ!



「それじゃあ私達は行くね。ボレアスも頑張ってねぇ〜。バルカンにもよろしくねぇ〜」

「はっ、お気をつけて」

 

 

 恭しく頭を下げたボレアスに手を振りながら、アンナとオフェリアが街に出ていく。

 彼女達の気配が遠退いていくのを確認した後に頭を上げたボレアスは、食堂で食事をしているであろう(バルカン)の元へ向かおうとして、こちらに向かって近付いてくる気配に足を止めた。

 

 

「あ、ボレアスさぁ〜……ん」

(……様付けしようとしたな)

 

 

 振り向いた先で軽やかに着地した妖精……妖精騎士ランスロットことメリュジーヌは、きょろきょろと辺りを見渡し始める。

 

 

「ルーツさ……アンナはどこにいるの?」

「姉上は先程出掛けられた。お戻りになるまでしばらく時間がかかる」

「そう……」

 

 

 しゅんとした様子で肩を落とすメリュジーヌ。そんな彼女から少し視線を外してみると、妖精達が遠巻きにこちらを眺めている事に気付く。

 

 

「……入れ、ここでは目を引いてしまう」

「あ……うん、わかった」

 

 

 流石にこの視線に晒されながら話をするのは酷だろうという考えの元、ボレアスはメリュジーヌを連れてアルム・カンパニー内への入る。

 

 

「おっ、兄貴。それとメリュジーヌじゃねェか」

「あっ」

「む、バルカンか」

 

 

 そこへ、食事を終えたのかバルカンが姿を現した。きょろきょろと辺りを見渡していたのを見るに、恐らく……。

 

 

「なぁ、姉貴はどこ行ったんだよ」

「先程出掛けられた。急ぎの用か?」

「いや、別にそういうわけじゃねェよ。んで?なんでメリュジーヌがここにいるんだ?」

「少し、聞きたい事があって」

 

 

 バルカンからの問いかけに、僅かに顔を俯かせるメリュジーヌ。その様子に、自分達から聞くにはそれなりに勇気が必要な話らしいと気付くも、ボレアス達は目を合わせて頷き合う。

 自分達とは異なる歴史に生まれた同一人物の別人であっても、メリュジーヌ(アルビオン)は敬愛する“祖龍”より生まれた存在。自分達に答えられる事であれば答えようという意思が合致し、二騎は彼女をボレアスのプライベートルームへと連れていく。

 

 こことは別の歴史からの来訪者という事もあってか、プロフェッサー・Kはボレアス達に別々の部屋を用意してくれた。与えられる以上、それ相応の働きは期待されているが、各自がノルマを果たせないわけがなく、今でも提示されたタスクを熟しながら部屋で過ごしている。

 

 今回話し合いの場として使うボレアスの部屋は、アンナの隣に位置している。しかし、ぬいぐるみや化粧品など、グロスターの街から仕入れてきた物品が置かれているアンナのものとは異なって、その内装はシンプルなもの。

 普段から冷静に物事に対処し、これといって求めるものもないボレアスの部屋は、この部屋が彼に与えられた時からなにも変わっていない……ように見える(・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 

(……? なんだろう、あれ)

 

 

 何気なしに部屋を見渡していたメリュジーヌの視界に、一つの違和感が形となって映り込む。

 クローゼット。扉の大きさからしてウォークイン式のもの。その扉から、なにかがはみ出していた。

 恐らく紐か、それに近しいなにか。注視しなければ気付かないそれにメリュジーヌが首を傾げるも、「こっちだ」とボレアスに話しかけられてすぐにそちらへと意識を向けた。

 

 ボレアスに促されてソファに腰掛けたメリュジーヌは、自分の前にボレアスとバルカンが座るのを待つ。

 バルカンが先に座り、少し遅れて茶菓子を目の前のテーブルに置いたボレアスが彼の隣に腰を下ろす。

 

 

「……して、どのような話だ? 我々に答えられるものであれば、可能な限り答えよう」

 

 

 テーブルを挟んで問いかけるボレアスに対し、メリュジーヌは思わず固唾を呑む。

 これからする質問は、下手をすれば彼らの―――最悪の場合は“祖龍”の逆鱗に触れかねないものだ。本当に今ここで訊ねてもいいのか、と内なる自分が投げかけてくるが、それをメリュジーヌは伏せかけていた瞼を持ち上げて振り切った。

 

 深呼吸で気持ちを落ち着け、口を開く。

 

 

「失礼を承知で聞きたい。二人は彼女―――オフェリア・ファムルソローネの事、どう思ってるの?」

「「……ッ」」

 

 

 メリュジーヌの問いかけに、ボレアスとバルカンの目が見開かれ、そして細められる。

 一瞬でヒトから龍のものへと切り替わった四つの眼に同時に射抜かれたメリュジーヌが僅かに身震いするが、敢然と二騎の眼を見つめ返す。

 

 数秒か、はたまた数分か。痛いくらいの沈黙が流れた後、折れたのはボレアスの方だった。

 

 

「……わかった、話そう」

「なっ、兄貴ッ!?」

「ここまでの覚悟を見せられたのだ。それに報いなければ、“試練”を司る者としてのプライドが許さん」

 

 

 横目で弟を見ながら返し、視線をメリュジーヌへと戻す。

 自分達に問いかけてきた時の彼女の瞳。あれは、場合によっては剣を抜かれる事も視野に入れていた目だ。

 

 ボレアスは姉弟達の中でも、試練と対峙した者が抱く“覚悟”を最も理解している存在である。そんな彼の前で、自分と弟のプレッシャーに物怖じせずに頑として見つめ返してきたメリュジーヌは、充分な覚悟の持ち主であると認めたのだ。

 

 

「オフェリア・ファムルソローネについてだが……私は、別にどうこうしようという気持ちはない」

 

 

 少し身を乗り出し、両手を組んだ状態で答える。

 それに対し、メリュジーヌは少しだけ目を見開き、口を開く。

 

 

「どうして? だって、彼女は―――」

「わかっている。しかし、彼女はまだ知らないのだ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)。ならば、知るまで待つだけの事」

「それじゃあ、バルカンはどう思うの?」

「ん、別にいいんじゃね? 今ンとこ、姉貴とオフェリアってメッチャいい関係じゃん? ならいいだろ。知ろうと知るまいと、関係がこじれないに越した事はねェだろ」

「…………」

 

 

 両手を頭の後ろで組み、背もたれに背を預けたバルカンの回答に、メリュジーヌは黙り込んで俯いた。

 

 

「質問だが、なぜそこまで気にする? こうして我々に訊ねる程に、彼女に引っかかるものでもあるのか?」

「……ボレアス達はなにも思わないの? だって、彼女(・ ・)はかつて僕らや同胞達を……」

「……なるほど。そういう事か」

 

 

 拳を握り締め、怒りの籠った声色でそう告げたメリュジーヌに、ボレアスは顎に指を這わせた。

 確かに、メリュジーヌが彼女(・ ・)に対してそういった感情を抱くのも致し方ない。特に、その身に宿す権能(チカラ)があらゆる竜種の中でも強大なものであり、それ故になるべく人類に見つからぬよう匿われてきたアルビオン(メリュジーヌ)にとっては、その感情はより強いものとなるのも当然だろう。

 しかし―――

 

 

「だが、お前もわかっているはずだ。彼女(・ ・)が選んだ道は、共倒れになりかけていた二つの種族を生き永らえさせた。彼女(・ ・)の存在の有無は、この惑星(ほし)の命運が大きく変わるレベルのもの……所有していた千里眼からして、冠位(グランド)となる可能性もあるのだ。そんな彼女(・ ・)を信用ならないと?」

「……そう、だね。ごめん、色々思い詰めてたみたい」

「ま、お前がそう考えるのも仕方ねェだろうよ。……聞きたかった事ってのはそれについてか?」

「うん。でも、区切りがついたよ。ありがとう」

「それか。それならよかった。……あぁ、そうだ。丁度いい機会だ。こちらからも質問させてもらいたい」

「? いいけど、なに?」

 

 

 いったいどのような質問をされるのか、メリュジーヌは知らず知らずのうちに身構えた。

 思い切り踏み込んだ質問をした手前、自分に拒否権は無い。自分が彼らにしたものと同等の質問をされるのだろうと考えていると、ボレアスが口を開いた。

 

 

「お前の肉体について知りたい」

「えっ」

「ちょいちょいちょいちょいッ! なに言ってやがんだ兄貴ッ!」

 

 

 まさかの質問にメリュジーヌが茫然とした直後、バルカンの左手がボレアスの頭を引っ叩いた。

 

 

「なにをする、バルカン」

「それはこっちのセリフだ馬鹿兄貴ッ! なんて事訊いてんだッ!」

「……? 私は彼女の肉体の基になった人物の話を聞きたかっただけなのだが……」

「そう聞きたいのなら初めからそう言えよ……」

 

 

 目元を手で覆い隠したバルカンが溜息を吐く。

 普段は冷静に立ち回り、主であるアンナの傍らで行動するボレアスであるが、時々こうして変に言葉を省略して話す事がある。常にそういう話し方をしないだけマシな部類なのだが、忘れた頃にブッ込んでくるために双子のバルカンも全く予想が出来ない。その悪癖を、まさかメリュジーヌに対して発揮するとは思わなかった。

 

 

「そ、そう……。うん、話す。話すよ。……でも、二人が思っているほど良い話じゃないよ」

「あン? いやいやおかしいだろ。そんな話じゃきゃ、その姿(カタチ)にならねェだろ?」

「僕の場合は、君達とは色々違うんだよ。そもそも、この身体の基になったのは人間じゃないし」

「人間じゃない?」

 

 

 メリュジーヌの言葉に耳を疑う二騎。

 彼らのこれまでの知識、経験の中では該当しない例。まさか、それが異聞帯のアルビオンが該当するとは思わなかったので面食らってしまったのだ。

 そんな彼らに対し、メリュジーヌはポツリポツリと語り始める。

 

 

「僕のこの身体の原型になったのは、オーロラ。知っていると思うけど、この妖精國に存在する“風の氏族”の長だよ。でも、僕は彼女の在り方を決して『善い』とは言えない」

 

 

 そして、メリュジーヌは語る。六氏族の内の一つの長として君臨するオーロラという妖精が、どれほど醜悪で害悪な存在であるかを。

 

 究極的な自己愛と、他者からの称賛のみを求める彼女にとって、自分より強く輝き多くの視線を集める存在は邪魔でしかない。それを本能で理解している彼女は、自らの虚偽も奸計も全てが真実だと認識し、自分より注目されている相手の足を引っ張り続ける。その結果として相手がこの世から消えたとしても、その時の彼女にとっては『何故かはわからないが滅んだ』程度のものでしかなく、その原因が自分にある事に気付く事も無い。

 現に、メリュジーヌは彼女の要望を叶えるべく、かつて“鏡の氏族”と呼ばれていた妖精達を滅ぼし、いざ帰ってみれば『あんないい妖精達を滅ぼす様な奴はこの世で最も穢らわしい存在だ』と口にされた事があった。

 

 そして今でも、オーロラの在り方は微塵も変わっていない。今も彼女の瞳は、無意識的に自分より注目されている『誰か』を捜しており、見つければ最後、あらゆる手を使って排除しようとしている。

 そんな彼女の在り方を、誰が『善』と解釈する事が出来るだろうか。いや、そもそも善悪の概念すら持っていないオーロラを、善か悪かを判断する事など出来ないのかもしれない。

 

 しかし、それでもメリュジーヌは彼女についていく事を決めた。

 

 メリュジーヌが彼女をベースに己を形作ったのは、かつて彼女が、ただ昏い沼の中で漂っていた自分を掬い上げてくれたからだった。

 世界の裏側へと届かず、それでもと本体より切り離された左腕。その細胞片であった自分は、それはもう醜いものであった。しかし、それを意に介する事無く掬ってくれたオーロラに、細胞だった自分は確かに救われたのだ。

 その美しい在り方を、せめて形だけでも―――そうして、自分はこの姿(カタチ)を手に入れ、妖精メリュジーヌとして再誕した。

 

 

「―――これが、僕がこの身体になった経緯と、そのベースとなった彼女(オーロラ)の話。言ったでしょ? 良い話じゃないって」

 

 

 長々と話した影響で乾いた喉をお茶で潤す。冷たい液体が喉を通り、全身に行き渡っていくのを感じていると、最初にバルカンが口を開いた。

 

 

「……お前の言う通り、良い話とは到底言えねェな。随分とまぁ、とんでもねェ奴が長なんてやってるもんだ」

「……だが、完全に悪い話と言い切る事は出来ない。お前がその姿(カタチ)を取った……それだけでも良い結果だ。たとえ気まぐれだったとしても、お前を掬い上げてくれたオーロラには、少なからずの感謝を示そう」

「……どう返せばいいのか、わからないや」

 

 

 この話を通して、オーロラの恐ろしさは彼らも理解できたはず。それでも彼女への感謝の念を抱いているボレアスに対し、メリュジーヌはどう返せばいいものかと、嬉しさ半分複雑さ半分で苦笑する。

 

 

「……時間をかけすぎちゃったな。そろそろ戻らないと」

「申し訳ないが、最後に一つだけ聞かせてほしい」

「なに?」

 

 

 立ち上がりかけたところを止められ、改めて座り直す。メリュジーヌに「申し訳ない」と改めて謝ったボレアスは、続けて新たな質問を投げかける。

 

 

「カルデア―――予言に記された異邦の魔術師について、どう考える?」

「異邦の魔術師……」

 

 

 その言葉には覚えがある。自分が滅ぼした“鏡の氏族”の妖精エインセルが遺した予言に伝えられる人物の事だ。汎人類史より現れ、『予言の子』と共に今のブリテンを破壊するという存在。この國の女王、モルガンにとっては大敵となる存在だろう。

 しかし―――

 

 

「別にどうも思わないかな。敵対したら殺す……それだけの事だし」

 

 

 メリュジーヌにとっては、なにか思う程の存在ではない。

 女王モルガンの治世を崩すのなら、彼女に仕える妖精騎士として排除するまでの事。メリュジーヌにとって、異邦の魔術師(藤丸立香)とはその程度の少女だった。

 

 

「あ、でも、あの盾を持ってるデミ・サーヴァントは気になったな。確か、ギャラハッドって名乗ってたけど」

「ギャラハッド……。となると、マシュ・キリエライトか?」

「そこまでは。でも、女の子だった。……聞きたい事はそれだけ?」

「あぁ。止めてしまってすまない。入り口まで送ろう」

 

 

 ランスロットの霊器(なまえ)を着名しているが故の考えか、と一人納得し、立ち上がる。

 

 カルデアの旅は続いている。

 アルム・カンパニー以外にも、妖精國唯一の港町であるノリッジに派遣され、今ではペペロン伯爵として活動しているペペロンチーノからも、彼女達の同行もある程度は摑める。

 

 カルデアは必ずこの妖精國を切除すべく動き出す。その時には目の前にいるメリュジーヌも、彼女らを打倒すべく出撃するだろう。もしかしたら、その時に彼女らによって返り討ちに遭ってしまうかもしれない。

 だが、今だけは……。今だけはせめて、こうして会話をしていたい。

 

 

「気が向いたら、また来るがいい。私達はいつでも、お前を待っている」

「ありがとう、ボレアス」

 

 

 扉に手をかけたボレアスからの言葉に、メリュジーヌはふっと微笑みと共に答える。

 それにボレアスも小さな笑みを返し、先程からどこかへ視線を向けている弟へ呼びかけた。

 

 

「どうした、バルカン。来ないのか?」

「いや、あの紐っぽいのはなんだって思ってな」

「…………」

 

 

 バルカンが指を差す方角。ウォークインクローゼットの扉の隙間から見える、ひらひらとした紐のようなものを視界に収めたボレアスの目が―――死んだ。

 

 

「あ、僕も気になってた。なんなの、あれ」

「……気にするな、さっさと行くぞ。バルカンも来い」

「って言われてもなァ、気になって仕方ねェんだわ」

「ッ、よせ、バルカ……」

 

 

 ボレアスが制止しようとするも、時既に遅し。

 バルカンは扉から出ていた紐を掴み、軽く引っ張る。瞬間、両手で必死に押し留めていた蛇口の水が溢れ出すように、扉から大小様々な“それら”が雪崩を始める。

 

 

「うぉおッ!?」

 

 

 まさかの出来事に反応できなかったバルカンは、そのまま雪崩に巻き込まれ姿を消した。

 メリュジーヌはなにが起こったのかまるでわからずに硬直し、ボレアスに至っては頭を抱えて「馬鹿者が……」と呟いている。

 

 

「な、なんだァおいッ! 兄貴、こいつ……は……」

 

 

 自分を覆っていた“それら”を吹き飛ばし、反射的に右手で掴んだものを兄に見せて文句を言おうとしたバルカンだが、自分が持っているものに気付いて言葉を止める。

 

 バルカンはそれに見覚えがあった。

 青と白の布で出来たそれ。シュレイド異聞帯の海域に生息している“海竜”ラギアクルスをデフォルメしたぬいぐるみだ。

 

 

「確かこいつ、ミラオスが作ってた奴だよな?」

「……そうだ」

 

 

 もう仕方がないとばかりに認めるボレアス。

 そう、今バルカンが持っているぬいぐるみは、かつてミラオスが“我らの団”のソフィアと共に作製していたモンスターのぬいぐるみの一つだった。モンスターが生態系の頂点に立ち、人類が万物の霊長として君臨できなかった世界に生まれながらもモンスターをこよなく愛しているソフィアが、これまで多くのモンスターを見てきたミラオスに頼んで一緒に作っていたのを見た事がある。

 だが、なぜそれがここにあるのだろうか。

 

 

「ミラオスから『お兄様用にも作ったッ!』と言われ、貰ったのだ。可能ならば肌身離さず持ち歩いていたいのだが、流石にそれ程の大きさではな……」

「……そういえば俺も貰ったなァ」

 

 

 言われて思い出す。自分もミラオスからこのぬいぐるみを貰っていた。

 流石にこの異聞帯には持ってこれないと、シュレイド城にある自室に置いてきたが。

 

 

「って(こた)ァ、あれか。ここにあるの全部、ミラオスからのプレゼントか?」

「なにを馬鹿な事を。今お前の右奥にあるものは、アルバが作ったものだ」

「はァ? ……うぉ、マジだッ! マジでアルバが作ってた奴じゃねェかッ!」

 

 

 言われた方角を見てみれば、確かにミラオスが作ったものとは思えないぬいぐるみが転がっていた。

 ミラオスは細部にもこだわるタイプだが、アルバはあまりそういったタイプではない。生前を自らの能力を制御できずに過ごしたせいで、未だに人間の姿で作業する事に慣れていないのだ。彼女もそれを承知しており、その証拠に、彼女のぬいぐるみはかなり杜撰(ずさん)な作りとなっている。

 

 

「んじゃ、こっちの奴は……」

「姉上のものだ」

 

 

 試しに他の場所にあった“火竜”リオレウスのぬいぐるみを見せれば、ボレアスは即答してみせた。

 

 

「マジかよ……。え、マジ? 兄貴、まさか自分にプレゼントされた奴、全部持ってきてんのか?」

「悪いか?」

「いや、悪かねェけどよ……。一応仕事だぜ? 仕事中にこいつは……なァ?」

「そこで僕に振られても……」

 

 

 突然話を振られたメリュジーヌは咄嗟に両手を前に出して首を横に振った。その最中、メリュジーヌはふと、自分の記憶にあるボレアスについて思い出す。

 

 

(そういえば、ボレアス様はきょうだい(・ ・ ・ ・ ・)愛が強い方だったな……)

 

 

 数多のドラゴン達の祖である“祖龍”ミラルーツが血を分け、己が分身(かぞく)として生み出した“禁忌のモンスター”達。それぞれが大本(オリジナル)から独立した自我を持つ中、“黒龍”ミラボレアスはミラルーツに負けず劣らずのきょうだい(・ ・ ・ ・ ・)愛の持ち主だった。

 それが、まさかこの場で再び見られるとは思わなかった。

 

 

「……なァ、兄貴」

「……なんだ」

「俺もまぁまぁきょうだい(・ ・ ・ ・ ・)愛は強い方だとは思うけどよォ、流石にこれは……」

 

 

 散乱しているぬいぐるみの数々を前に、バルカンは額に手を当てて天を仰いだ。

 

 兄の家族に対する愛が強いのは昔から知っていた。しかし、まさか彼女ら自作のぬいぐるみを他の異聞帯にまで持ってくるとは思わなかった。どれだけ彼女らの事が好きなのだろうか。今はないが、もしバルカンが彼になにかしらの贈り物をしていれば、彼は間違いなくそれも持ってきていただろう。

 

 

「……手伝え、バルカン」

「……なにを?」

「片付けだ」

「いや自分で片付けろよ」

「兄の言う事は聞くものだぞ弟よ。それに、一つ一つのぬいぐるみについて、どこが良いのかをしっかりと教えてやろう」

「いくら兄貴の言葉でも、流石にそれは聞けねェよッ! ってか、メリュジーヌを送るんだろッ!? まずはそっち優先しようぜ、な?」

「……わかった。だが、一先ず整理させてくれ。こんなに混沌としていては、姉上やミラオス達に申し訳が立たない」

「はァ……わァったよ。それだけは手伝ってやんよ」

「それなら僕も手伝うよ」

「あ? いいのかよ。時間はどうした?」

「別に急用ってわけじゃないから。それに、ミラオス様やアルバ様が作ったぬいぐるみをもっと見たいからさ」

 

 

 転がっているぬいぐるみを立てるべく腰を下ろした双子の隣に腰を下ろし、“雌火竜”リオレイアのぬいぐるみを抱えたメリュジーヌがそう答えると、ボレアスの視線が彼女へと向けられた。

 

 

「そうか、なら、手短にだが教えてやろう。まずはそのリオレイアのぬいぐるみだが、そこの縫い目は―――」

(絶対に手短に終わらせられねェだろ……)

 

 

 早口で語り始めた兄に、バルカンは内心苦笑する。しかし、それを口に出さなかったのは、ぬいぐるみについてメリュジーヌに語るボレアスも、それを聞くメリュジーヌも、とても楽しそうな顔をしていたからだ。

 

 

(ま、いいか。別にこれぐらいなら、な)

(まさか、こうしてアルビオンに語れる時が来るとは……ッ! これを機に色々説明しなければ……ッ!)

(ボレアス様、本当に楽しそう……。なんだか、私も楽しくなってきたな)

 

 

 汎人類史に生まれたボレアスとバルカン。異聞帯に生まれたメリュジーヌ(アルビオン)

 生まれた場所(せかい)は違えど、その身は本体より分かたれたものだとしても、今だけは“祖龍(かのじょ)”から生まれた者同士、笑顔でそれぞれの役割を果たしていくのだった。

 




 
 なんと、嬉しい事に支援絵を頂きましたッ!
 
 
【挿絵表示】


 『Tの決戦兵器※支援絵配り隊』様、ありがとうございますッ!
 まさか支援絵を頂くとは思わなかったので、本当に嬉しいですッ!

 次回もよろしくお願いしますッ!



 質問なのですが、話ごとにその中で出てきた特定の単語や台詞についての捕捉(というよりは解説ですが)は要りますでしょうか。時々、感想欄の方で補足を入れさせていただいているのですが、こちらの方で行った方がよいのではないかと思いました。
 アンケートを用意しましたので、皆さんのご意見をお聞かせください。

 例として、今回の捕捉を入れておきます。


 ・『彼女(・ ・)
  ボレアス達が語り合った人物。汎人類史と異聞帯という、異なる歴史に生まれながらも両方がその人物を記憶しており、メリュジーヌに至っては怒りの感情すら抱いていた存在。この人物が起こした行動は、ボレアスでさえ「彼女はグランドサーヴァントとして召喚されるに足る」と考える程のもの。オフェリア・ファムルソローネからこの人物への話題へと移行したが……。

 ・『ボレアスがメリュジーヌにカルデアについて訊ねた理由』
  冠位(グランド)の竜種として認知されているメリュジーヌ(アルビオン)のカルデアに対する認識が単純に気になったから。結果は『どうも思わない』だったが、それならば本気で彼女らの相手―――つまり“試練”になってくれると知れたので御の字。もしなにか思っていた場合は「全力で、必ず殺す気で相手をしろ」と言うつもりだった。


 今回は上記のものを解説させていただきました。流石にガッツリと掘り下げはしませんが、必要でしょうか。
 アンケートのご回答、よろしくお願いいたします。

 それでは改めまして、次回もよろしくお願いしますッ!


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詐称者の暗躍

 
 ドーモ=ミナサン。
 クリスマス当日に新章実装という、「お前らどうせクリスマス暇だろ?」みたいな事をしてきた運営に対し「バイトあるヨ」と思ったseven774です。
 遂に七章実装ですが、冬木が後に控えてそうなので、まだまだfgoが終わらなさそうでよかったです。この作品も一ヶ月に二話更新ペースなので、この調子だと七章編に入るのは再来年になりそうですし、まだまだfgoを楽しめそうです。自分の予想ですが、ブリテン編は来年の六月あたりまで続きそうですね。それが終わったらツングースカとトラオムは……どうでしょうか、そちらは飛ばして七章に移行するかもしれません。

 今回は少し短いです。
 それではどうぞッ!


 

「それにしても遠いなぁ……。いつになったらノリッジに辿り着くのやら」

「仕方ありませんよ。馬車もありませんし、歩くしかありませんから」

 

 

 少量の明かりで照らされている洞窟―――妖精達からは静脈回廊(オドペナ)と呼ばれているその中で、退屈そうにぼやいた小さな妖精に、隣を歩いていた少女が苦笑交じりにそう返す。

 

 あらゆる花嫁の味方であるハベトロットと、その友人であるマシュ・キリエライト。

 彼女らは今、災厄の兆しが見受けられていると言われている街―――ノリッジへと向かっていた。

 シェフィールドは壊滅し、領主であるボガードも行方不明。多くの領民が突如地面より現れた巨大な蟲のような怪物に呑み込まれた。しかしそれでも、彼女らは足を止めない。

 

 少し前にボガードが語っていた、ノリッジという街。彼の故郷であるその場所では、古くから妖精國に度々起きる『厄災』の予兆が見られているという。

 『予言の子』だから、ではない。ただ、救うべきだと判断したから救いに行く。その為に生き残った妖精達を、同じく生き残ったボガードの衛士達に任せ、マシュ達は歩を進めていく。

 

 

「それにしても、よくあんなに真っ直ぐ行けるもんだね」

「そうですね。ですが、なぜかはわかりませんが、信頼できます」

 

 

 そんな会話を交わす二人の前には、白い体毛を持つ狼。

 マシュが意識を取り戻してからというもの、ここまで同行してくれた彼からは、自分達を欺こうとするような悪意は微塵も感じられない。そんな彼が迷いなく洞窟内を進んでくれるので、マシュ達も安心してついていく事が出来る。

 

 コツコツと、マシュの足音が一際大きく反響する洞窟の中で、ハベトロットは「ふわぁ……」とあくびする。

 ノリッジまでは静脈回廊を通っても一週間以上かかる以上、なにもないと暇だ。退屈凌ぎに次に作る衣装のイメージをするのもいいかもしれないが、それも粗方片付いてしまった。

 どうしたものか、とハベトロットがなんとなく視線を彷徨わせていると、隣を歩いているマシュが少し険しい表情をしている事に気付いた。

 

 

「ん、どうしたのマシュ。なにか考え事?」

「あ……はい。あの怪物について、少し……」

 

 

 マシュの返答に対し、「あぁ~……」とハベトロットは洞窟の天井を仰いだ。

 

 

「ハベトロットさんは知っていたのですか? あの怪物について……」

「まぁ、昔からいたからね。といっても、そんなに頻繁に出てくるようなものじゃないよ。下手すりゃ、『厄災』以上に出てこないかもだし」

「そうなのですか?」

「うん。記録によれば数百年間出てこなかった事もあったらしい。でも、最近は“名なしの森”で出現したと思ったら、今度はシェフィールドに出てきた。ここまで短いスパンで出現したって記録はないよ」

「どのような理由で行動しているかはわかっていないのですか?」

「そこまではわからない。キャメロットの調査隊ってわけじゃないんだわ」

「あっ……すみません」

「いいよ、別に。……ただ、あいつが出てくる時は、決まって赤い光が地面から漏れ出てくるんだ。もし赤い光を見たら、すぐに逃げよう。モルガンならともかく、僕らじゃ逆立ちしても勝てないから」

「……そうですね」

 

 

 ハベトロットの言葉に、マシュは拳を握り締める。

 

 確かに、あれ程巨大な存在を相手に、自分達二人がどう立ち向かったとしても返り討ちに遭うのは明白だった。

 なにも出来なかった。自分にもっと力があれば、あの怪物に喰われてしまったであろう妖精達を救えたのかもしれないのに―――。

 

 

「……自分を責めるのは、止めた方がいいよ」

 

 

 目を伏せ、歯噛みしかけたマシュに、ハベトロットの声がかけられる。

 

 

「え……?」

「責任を感じるなってわけじゃない。ただ、必要以上に思い詰めてちゃ、どうにもならない。いつかは区切りを付けなきゃいけないんだ。それは、早ければ早いほどいい。そうしないと……何も始まらないんだわ」

 

 

 そっと優しくマシュの手に触れたハベトロットの瞳は、なにかを思い出しているのか少し揺れていた。

 その理由を、マシュは知らない。しかし、彼女が自分の行為を諫めているのはわかり、小さく笑みを使って「はい」と短く答えた。

 

 

「……うん、やっぱり君には、笑顔が似合う」

 

 

 小さくとも、友人が笑顔になってくれた事にハベトロットも笑顔になる。……と、そこでハベトロットの動きが止まる。

 

 

「? ハベトロットさん?」

「マシュ、あれ……」

「え? ……ッ! あれは……」

 

 

 ハベトロットが指差す方向。遠くに見える曲がり角から、眩い光が漏れている。

 少し視線を下に下げてみれば、先導している白狼はその光を目指しているのだろうか、少し駆け足になっていた。

 咄嗟に早足で続き、曲がり角を曲がる。

 

 瞬間、マシュは視界に飛び込んできたそれ(・ ・)に目を見開いた。

 

 

「これは……ッ!」

 

 

 そこにあったのは、シェフィールドの城にも置かれていた、あの宝石。しかし、目の前にあるそれは最早原石と呼べるレベルに巨大なものであり、放つオーラも女王軍との戦闘時のような禍々しい漆黒のオーラではなく、あらゆるものを優しく包み込むような、優しい青白い光を放っていた。

 

 

「これ、ボガードの城にもあったやつだよね? なんでこんなところに……あっ」

 

 

 自分達の何倍もの大きさを誇るそれに呆然としていたハベトロットが、自分達の中で最も原石に近い位置にいた白狼が、マシュに近づいているのが見えた。

 ハベトロットより少し遅れてそれに気付いたマシュが白狼を見ると、彼は鋭い光を宿す瞳で彼女を見た後、原石へと視線を移した。

 

 触ってみろ、とでも言っているのだろうか、マシュがハベトロットを見ると、ハベトロットも彼女と同じ事を思っていたのか、「触ってごらん」と促してくる。

 きっと、白狼が自分達をこの原石に導いたのは、なにか理由があるはずだ―――そう思いながら、マシュは一歩ずつ前に進んでいく。

 

 眩い輝きとオーラを放つ原石の前に立ち、手を伸ばす。

 その圧倒的な存在感に一瞬手を引っ込めそうになるが、意を決して触れる。

 

 

(……ッ!!? これ、は……ッ!!)

 

 

 瞬間、原石がより強い輝きを放ち、青白いオーラが一斉にマシュへと押し寄せてきた。

 瞬く間に全身を包まれたマシュだったが、しかしボガードが纏っていたものとは違う、温かく柔らかい、まるで巨大な存在に護られているような安心感と頼もしさに、思わず身を委ねてしまう。

 

 そして、しばらくした後、自らを包む温かさが引いていくのを感じ、閉じていた瞼を持ち上げる。

 目の前には、変わらずに光を放ち続ける原石。次に、自分の体を見下ろしてみると、自分の体から原石と同じ光が放たれている事に気付く。同時に自分の内側から、巨大な力が溢れてくる感覚を覚えた。

 

 

「うぉ、マシュがメッチャ光ってる……ってわぁッ!? なんかこっち来たッ!?」

 

 

 そんなマシュを呆然と見つめていたハベトロットだったが、マシュから放たれた光のオーラが即座に彼女を包み込んだ。

 

 

「ハベトロットさんッ!?」

「うぅ……ん? あれ?」

 

 

 いきなり全身を包み込まれた事で身構えていたハベトロットだったが、自分の体になにも変化がない事に疑問を覚え、恐る恐る自分の小さな両手を見下ろす。

 

 

「お、おぉ……ッ!? なんか……なんか力が漲ってくるんだわぁああああああッ!!」

 

 

 どうやらハベトロットもマシュと同じ感覚を覚えたのか、彼女は自分が乗っているバッグと共に凄まじい速さで動き始める。

 ビュンビュンと何度も周囲を飛び回っていたが、しかし勢い余って「へぶッ!」と壁に激突してしまった。

 

 

「ハ、ハベトロットさんッ!? あの……大丈夫ですか?」

「いたたた……あはは、つい調子に乗っちゃったよ……。でも大丈夫。これくらいなんて事ないんだわ」

 

 

 服についた汚れを軽く叩いて払いながら立ち上がり、バッグに飛び乗る。

 その様子から、彼女が本当に無事だと知り、マシュはほっと安堵の息を吐いた。

 

 

「それにしても、いったいなんだろうねこれ。不思議と力が湧くし」

「ですが、恐ろしくはないですよね。むしろ、とても温かくて、安心するような……」

「うん。それに、なんだかよりマシュを近くに感じられるんだわ。いや、距離的な話じゃなくて……心の距離ってやつ?」

「……はい。私も、そう思います」

 

 

 ハベトロットの言う通り、マシュもどこか彼女との距離が縮まったような感覚を覚えていた。

 これまでも彼女とはそれなりの時間を過ごしてきたと思っているし、なによりこうして、危険を顧みずについてきてくれている事に感謝している。彼女との間に絆が芽生えるのも当然かと思っていたが、今回の件を機に、より自分達の距離がぐっと縮まったように感じたのだ。

 

 いったいこの原石はなんなのだろうか―――目の前の原石について考え込もうとした直後、いつの間に移動していたのか、傍らに座っていた白狼が一声吠えた。

 

 もうここですべき事は終わった、とでも伝えているのだろうか。確かに、この原石について何らかの知識を持っているわけでもない。これ以上ここにいても無駄に時間を浪費してしまうだけだろう。

 

 

「……行きましょう。時間は待ってくれませんから」

「ん、そうだね。いつ『厄災』が動き出すか、わからないからね」

 

 

 頷き合い、再び歩き出した白狼の後をついていく。

 彼女らの背後にある原石は、まるで二人の幸福な結末を祈っているかのように一際強い光を放ち続けるのだった。

 

 

 

 Now Loading...

 

 

 

 活気溢れるグロスターの街中を、小さな影が走る。

 各々の楽しみを求めて行き来する妖精達に気付かれないよう、または気付かれてもすぐに忘れてしまえるよう、平然とした態度で周囲に視線を配り続ける。

 

 注意深く街の様子を観察するその者―――オベロンは、ふと足を止める。

 

 

「あれは……」

 

 

 彼の視線の先にあったのは、以前来た時には見かけなかった巨大なドームだった。これまで建物の影に隠れていて気付かったのだろそれは、今も建設途中なのか、中からは大きなものを運んでいるような音が聞こえてくる。

 『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた看板の近くには、このドームが今後行われるアルム・カンパニー主催のライブ会場である事が記載されていた。

 

 恐らく、建築のノウハウがある妖精などを総動員したのだろう。大抵の事象は魔術を介さずとも引き起こせる妖精達にかかれば、なるほどこの規模のドームを作るのは造作もない事だ。

 

 今のオベロンの目的は、妖精國全体の情勢を調査し、オークニーの森で待っている立香達に報せる事だ。

 まだモルガンに目を付けられていないとはいえ、彼女らの中には、予言で語られる本物の『予言の子』であるアルトリア・キャスターがいる。そして、約一ヶ月という短いタイムリミットを設けられている彼女らは、(いたずら)に各地に出向いて時間を費やす事も出来やしない。そこでブリテン中の情勢調査に立候補したのがオベロンというわけだ。

 

 ライブというものをオベロンは詳しく知らないが、アイドルという概念はある程度理解している。あまり時間はかけられないが、軽めの息抜きにはなるかもしれない。目的遂行に動くのはもちろんいいが、適度に休息も取らなければならない。

 

 

(―――ま、()としちゃどうでもいいけどね)

 

 

 だが、そんな事に時間をかけようと思うオベロンではなかった。

 彼からすれば、このライブに時間をかけるぐらいなら、アルトリアに『予言の子』としての素質を高め、立香達にモルガンを打倒させる為に時間を使う方がいいのだ。

 そうすれば、彼の真の目的を達成できるのだから。

 

 しかし、仕事は仕事。請け負った役目は果たさなくてはならない。あのドームについても報告しよう、そう思った瞬間。

 

 

(……ッ!!)

 

 

 縮地と見紛う速さで、オベロンは建物の影に身を隠した。

 他の妖精達とはまるで違う、魂の底までに響くような強い気配。しかし、そう感じるのは自分が竜種の因子を持っている(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)からこその感覚。他人では、それこそアルトリアですら、この感覚を覚える事は決してないだろう。

 それほどまでに、今彼の前を通り過ぎようとしている彼女(・ ・)の存在は強大なのだ。

 

 

「カドック君はもうちょっと周りを見て踊った方がいいんじゃない? いや、君が周囲に気を配れてないって言ってるわけじゃないからね? えっと、自分が踊り切る事に集中しすぎてるっていうか……」

「わかってるさ。そこも改善する。後でしっかり練習するさ」

「うんうん、それでこそカドック君だよ」

「撫でるな。僕はお前の子どもじゃない」

 

 

 歩いてきたのは、顎に手を当てて思案するカドックの頭を撫でようとして、伸ばした手を彼に払われたアンナだった。

 

 

「あ~ッ! もうっ、少しぐらい撫でてもいいでしょ?」

「駄目に決まってるだろッ! だいたい、頭部は生物の弱点だろ。それを進んで差し出す奴がいるか」

 

 

 龍のお前なら僕よりその重要性がわかるだろ―――そう横目で言われてしまえば、アンナも「うぅ……っ」と苦虫を嚙み潰したように渋々と引き下がった。

 

 

「でもでも、ダンスはしっかり出来てたよね。後は君が言った通りにすればいいだけだし」

「成り行きでもやる事になったんだ。やるからには全力でやらせてもらうさ」

「……好きだなぁ、君のそういうところ」

「やめてくれ……。お前がそう言うとアナスタシアとオフェリアの視線が怖くなる……」

「仕方ないじゃん。好きなんだから。……ん?」

(……ッ!)

 

 

 カドック以外から注がれる視線に気づいたのか、アンナの視線が動く。

 咄嗟に隠れたオベロンだったが、今でもアンナが先程まで自分を見ていた存在を見つけ出そうと目を細めているのが嫌でもわかった。

 

 捕食者に狙われた被食者の気持ちとはこういうものか―――口元を両手で押さえ、欠片の吐息すら漏らさぬようにしたオベロンは、ふとそんな事を考える。

 

 それからしばらくしない内に、「アンナ?」とカドックが彼女の名を呼んだ事により、彼女はオベロンの捜索を打ち切った。

 

 

「どうした? なにか気になる事でも……」

「ううん、違うよ。なんか視線を感じたからさ。気のせいだったみたいだけどね」

「そうか。なら、さっさと戻ろう。そろそろ昼食の時間だからな。腹が減って仕方がない」

「あっ、待ってカドック君。私、ちょっとだけ遅れるね。忘れ物しちゃった」

「はぁ……すぐに取って来いよ」

「は~い」

 

 

 互いに向かうべき場所へ歩き出す。二人の気配が離れるまで息を潜め、そして完全に気配が消えたのを確認した後、オベロンは「ぶはぁっ!」と勢いよく息を吐いた。

 

 

「いやぁ、参った参った。危うく鉢合わせるところだった」

 

 

 アルム・カンパニーについては、カルデアが来る以前から調べてはいた。

 突如彗星の如く現れ、その手腕で瞬く間に女王より爵位を賜った上、自らも一大企業の長として今も勢力を拡大し続けているプロフェッサー・K。そして、その側近であるマスクド・L。

 見た目こそ、二人揃って仮面を付けている奇妙なものだが、見かけに騙されてはいない。プロフェッサー・Kは絶大なカリスマを有し、マスクド・Lはその強大な膂力であらゆる敵を粉砕する。二人の連携も卓越したもので、もし戦闘するとなったら厄介な事この上ないだろう。

 カドック・ゼムルプスの名も、プロフェッサー・Kが立ち上げたアルム・カンパニーについて調べている時に知った。もちろん、彼と同時に入社してきた者達の事も。

 

 特に、アンナ・ディストローツ―――またの名を、“祖龍”ミラルーツ。彼女の事は、他のメンバーよりもとことんまで調べ上げた。

 

 あらゆる龍/竜の祖にして母。古くは神の御業とされていた雷を操る、“禁忌のモンスター”の頂点。

 オベロンの皮を被っている自分(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)の―――生みの親。

 

 全盛期はとうの昔に終わっているとしても、その力は計り知れない。もしこのブリテンで戦う事になったらどう対処すべきか、必死に考え続けているのだ。対策はもちろん立てているが、もしそれが効かなかったと考えた場合どうするかというと、ぶっちゃけ今になってもまるで思いつかない。

 

 だが、今はそれよりも仕事だ。なにせ、妖精國中の情勢を探らなければならないというタイトスケジュールなのだ。アンナの対策を講じるのも大切だが、だからといって本命を蔑ろにするわけにはいかない。

 

 

(グロスターの次は……あぁ、キャメロットだ。早く行かないと)

 

 

 この次に行く街は、このブリテンの王都としてキャメロットだ。女王モルガンのお膝元であって、警戒の目は他の街と比べて段違いな以上、今まで以上に用心して行動する必要が出てくる。

 気を引き締め、相棒の蛾であるブランカに乗ろうと振り返って―――

 

 

「やぁッ!」

「ぎゃぁあああぁぁあッ!?」

 

 

 あらゆる気配を遮断し背後に忍び寄っていたアンナに跳び上がるのだった。

 

 

「君だね? さっきから私を見てたの。なんの用かな?」

 

 

 こてん、と首を傾げ、片膝をついてオベロンを見つめてくるアンナ。

 それに対し、オベロンは決して自分の心境を知られるわけにはいかないと、見る者に好印象を与えるにこやかな笑顔を作り上げる。

 

 

「いや、なんて美人さんなんだと思ってね。ついつい見入ってしまったのさ」

「あら、嬉しい。ありがとね~。でも、あまり凝視されちゃうと困るんだ。これからは気を付けるようにね」

「あぁ、もちろん。不快な思いはさせたくないからね」

「うんうん、その気持ちを大切にしてね。あっ、そういえば君の名前を聞いてなかったね。よければ教えてくれない?」

「もちろん。僕はオベロンっていうんだ。君の事は知っているよ、アンナ・ディストローツだよね? アイドル活動、応援してるよ」

「知ってるんだッ! ありがと~。……ん? オベロン? もしかして、『真夏の夜の夢』の? ……まさか、サーヴァント?」

「サーヴァント? 知らないなぁ、なんだいそれは。同じ名前なだけだと思うけど……」

「へぇ……?」

 

 

 アンナの瞳が細められ、思わず顔が引きつりそうになるのを堪える。

 一瞬、彼女の瞳が人間のものから爬虫類のそれへと変わったが、それも瞬時に元に戻った。

 

 

「……うん、そうだよね。同じ名前の妖精がいても不思議じゃない。でも、なんだろうなぁ。まるで本当に物語の中から出てきたみたい……」

「気のせいだって。まっ、僕がそれほどの好青年なだけかもしれないけどねッ!」

「ふふっ、なんだか面白いね、君」

 

 

 ウインクをしてみせれば、アンナは口元に手を当ててクスリと笑った。

 

 

「もう少し話していたいけど、そろそろ行かなきゃ。友達を待たせてるんだ。あっ、良ければライブ見に来てね? とっても楽しい時間にしてあげるからッ!」

「もちろん、君達のライブ、楽しみにしてるよッ!」

「じゃあね~ッ!」

 

 

 元気に手を振りながら、アンナが妖精達の中に消えていく。

 彼女の姿が見えなくなるまで手を振っていたオベロンは、彼女の気配が本当に離れていく感覚に、「はぁ~……ッ!」ととびきり重い溜息を吐き出した。

 

 

(な、なんとかやり過ごしたぞ……。いや、本当に焦った……)

 

 

 まさか、いきなり背後を取られるとは思わなかった。最初から己に割り当てられたクラスの特性をフル稼働していたから良かったものの、もしそうしていなかったらと思うとゾッとする。

 

 額から流れる汗を拭っていると、目の前に相棒のブランカが降りてきた。

 

 

「……大丈夫だよ、ブランカ。この程度でへこたれたりなんてしないさ」

 

 

 心配そうに見つめてくる彼女の頭を撫でる。それにブランカが嬉しそうに翅を羽ばたかせるのを見て小さく笑ったオベロンは、「さ、行こうか」と彼女の背に飛び乗った。

 人間の頭程のサイズの大きさを誇るブランカは、小さくなっているとはいえ、自分よりも少しだけ大きいオベロンを乗せても、しかしいつもと変わらぬ速さで飛び立ち、グロスターの街を後にする。

 

 門を超え、風を切って草原を飛翔する。

 心地よい風を浴びながらキャメロットへ向かっていると、ふいにオベロンが地面へ視線を向けた。

 

 

「ごめん、あの森に向かってくれるかい」

 

 

 オベロンの指示に従い、ブランカは彼が指差した先にある森の中へと入る。

 ある程度奥まで進んだ後、彼女の背から飛び降りたオベロンは、元の青年の姿に戻って軽やかに着地する。

 

 純白のマントを翻して周囲を見渡すと、彼の周りで屹立する木々がざわめきだす。それに目を細めたオベロンは、次に足元へ視線を向ける。

 

 

「……どうしようね、“祖龍”と会っちゃったよ。流石に昔と比べて弱くなってはいるけど、それでも少しずつ力を取り戻しているみたいだ」

 

 

 足元に転がる石ころがカタカタと震える。

 微かな、それこそ意識しなければ気付けない程の地響きは、その大きさを以て同胞(・ ・)へと己の感情を伝える。

 

 

「ま、そうだよね。でも、それでもやらなくちゃならない。お前なら出来るだろ?」

 

 

 石ころが跳ねる。それはまるで、オベロンの期待に応えてみせると意気込んでいるようにも思える。

 

 

「精々気張れよ。奮戦虚しく死んでも、俺としちゃどうでもいいけど」

 

 

 揺れが収まる。足元にある巨大な気配が消える。

 それに小さく息を吐いたオベロンは、北の方角へと視線を向ける。

 

 

そっち(・ ・ ・)も、いつでも動けるようにしておけよ」

 

 

 彼の言葉に対する返答はない。それもそうだ。ここからあの廃墟にいる()へと届く程の声を出しちゃいないし、そもそもこの言葉を伝える必要性も無かった。

 なにせ、凶気のままに荒れ狂う怪物だ。ただ使命を果たす為に行動するだけで、その時が来るまでただそこに留まり続ける事しか出来ない。あの廃墟で今も『予言の子』達を待ち続けているであろうあの男に妨害されているのもあるだろうが。

 

 

「はぁ……。ホンット、めんどくさいよ」

 

 

 やるべき事はあまりにも多すぎる。

 女王モルガンの討伐は当然として、自分には―――自分達(・ ・ ・)にはそれ以外の仕事もある。

 

 長い事休んでいられないと、オベロンは歩き出す。

 心底嫌そうに、嫌悪するような表情で歩を進める度、彼の周囲に生えていた草木は瞬く間に枯れていく。

 

 枯れた草木から、二色のオーラがオベロンへと向かっていく。草木を浸食し、瞬く間に食い尽くした黒と赤のオーラを取り込みながら、オベロンは歩き続けていく。

 

 詐称者(プリテンダー)の足は止まらない。完全なる滅びを齎す、その日まで―――。

 

 




 
 ・『原石』
 ……静脈回廊(オドペナ)でマシュ達が見つけた、眩い光を放つ原石。彼女らを先導していた白狼が求めたもの。かつてボガードが所有していたものと同じものであるが、その大きさや保有するエネルギーの全てが彼のそれを凌駕している。マシュへと注がれた光は彼女の霊基・肉体を強化し、同時に彼女とハベトロットの繋がりをより強固なものへと変えた。

 ・『アンナとカドックの関係』
 ……アンナにとって、常にAチームに喰らいついていこうと努力し続けているカドックは、彼女が考える『人類の理想の姿』に最も近い人間。時計塔時代よりもよりその意識を強めているカドックが、アンナはとても好ましく思っている。願わくば、その探求心が良くない方向に向かないでほしいと、かつてその末に造り出された悍ましき生物兵器を知っている彼女は思っている。
 カドックから見たアンナは、時計塔時代から自分の勉強や魔術の訓練を見てくれる気のいいお姉さんのような女性。その正体が地球のアルテミット・ワンだと知った後も、その気持ちに変化はない。いつだって彼にとってのアンナとは、(癪だが)事あるごとに自分を子ども扱いしてくる世話焼きなお姉さんなのである。

 ・『アンナから見たオベロン』
 ……アンナはオベロンから感じ取った魔力の質から、彼がサーヴァントだと初見で見抜いている。しかしそれを指摘しなかったのは、オベロンが物語の中で嘘吐きの妖精として語られていたので、その在り方を尊重したから。だが、彼女はオベロンの正体が、自分の息子だという事には気付いていない。いや、気付けなかった。

 ・『オベロンから見たアンナ』
 ……自分達の目的を果たす上で最も障害になり得る存在。ある程度の対策は立てているものの、そのプランが崩れた場合、どうすれば彼女という障害を取り除けるのかを必死で模索中。自分の正体を知られては厄介な事になると思い、己のクラスの特性をフル稼働して彼女に自分の正体がバレないようにした。もしフル稼働していなければ、一瞬で彼女に正体を見破られていた。

 ・『彼』
 ……ブリテン北部で動き出す時を待ち続けている存在。ボガードを呑み込んだ凶気―――その根源とも言うべき存在。かつて在った白き姿を失い、悍ましき心の闇に染め上げられてしまった、災厄の化身。意志などというものはなく、ただ己の使命を果たさんとする、地底を進む蟲とは別の怪物(モンスター)


 次回は新年になってからですね。皆さん、よいお年をッ!


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その幸せを許さない

 
 皆さま、新年あけましておめでとうございますッ! seven774ですッ!
 新年早々スマホがぶっ壊れ、新スマホを購入しました。fgoが出来なくなるのではと思いましたが、バックアップがあったのでしっかり復旧出来ました。本当に良かったです……。

 本日は初めて一人ディズニーに行ってきました。一人で行くという、成人になって初めての挑戦に不安こそありましたが、とても楽しめましたッ!

 今回はバーゲストとカリアの話です。
 それではどうぞッ!


 

「妖精妃モルガンの名において命じる。バーゲスト……いえ、妖精騎士ガウェイン。我が加護(ギフト)を受けし牙の騎士よ」

 

 

 多くの妖精達が集まる玉座の間にて。

数多の妖精達が集い、様々な感情が乗せられた視線が片膝をついた私に刺さる中、目の前に立つ女性が氷のように冷たく言葉を放つ。

 

 薄っすらと瞼を持ち上げれば、スラリとした、私のものとは比べ物にならない程に細い両足が見える。

 この細い足で、体で、この國を支え続けているのか―――大切な儀式の最中だというのに、長年この國を支配し続けてきた御方に対して憐憫と尊敬が入り混じった感情を抱いていると、私の顔のすぐ隣に黒い刀身が添えられた。

 まさか、今の考えを読まれたか? 一瞬そう思ったが、刀身はこの首を刎ねる事はなく、代わりに私の左右に順に添えられた後、陛下は剣を消滅させた。

 

 

「汝、太陽の騎士の力を受けた者として、その責務を果たすがいい。命が燃え尽きるその時まで、その(つるぎ)を私に捧げなさい」

「……勿論でございます。この身は既に貴女の剣であり盾。必ずや御身の期待に応えてみせましょう」

 

 

 一瞬でも憐憫を抱いてしまった自分が情けない。

 これまで自分だけの事で精一杯だった私と、これまでの間、ずっとこの國を支え続けてきたモルガン陛下を比べるなど自惚れにも程がある。

 

 そうだ。彼女は偉大な存在だ。彼女こそ、この國を支配するに相応しい御方だ。

 ならば、彼女に選ばれた存在として、彼女の為にこの力を使おう。

 

 下げていた頭をより深く下げると、彼女の視線をより強く感じる。まるで、なにかを見定めるような視線。この御方にはあらゆる偽りが通用しないと本能で理解されそうな鋭い視線に対し、しかし私は己が全てを差し出した。

 

 これから先仕えていく存在に、なにを偽る必要があるのだろうか。この御方の(つるぎ)として使命を全うするのが、これからの私の役目なのだから。

 

 

「……よろしい。では、早速ですが命令を下しましょう」

「は……何なりと」

(おもて)を上げなさい」

 

 

 言われるがままに顔を上げ、陛下が左手を軽く振るう。

 直後、私の視界が玉座の間から、そことは全く違う場所の風景を収め始めた。

 

 

「これは……」

「現在、妖精國に出現した『災厄』です。貴女には、この『災厄』を止めてもらいたい」

 

 

 視界に映るのは、砂煙を上げながら突き進む虫の大群。

 緑豊か平原だったであろうその場所を徹底的に荒らし尽くして猛進する虫達の先には、現在我々がいる王都キャメロットがある。

 

 なるほど。虫を殺すのなら炎だ。私がたった今得た太陽の騎士の力で、この大群を焼き払えというわけか。

 この力を早速陛下の為に活用できる機会だ。もちろん、私に彼女の頼みを断る理由など無い。

 

 私が頷くと、陛下は「よろしい」と重々しく頷き、自分の背後に鎮座する玉座へと腰を下ろすと、その後ろにいる龍が私を見下ろしてくる。私に対して何か考えているのか、その眼はスッと細められている。

 

 

「ですが、貴方単騎……ましてや初陣でこの数は厳しいでしょう。既に戦地にはコーンウォール領主、ファウル・ウェーザーが兵を率いて迎撃の構えを取っていますが、貴女にも助っ人が必要でしょう」

 

 

 映像が遮断され、視界が元の玉座の間へと戻される。

 変化した視界に対応すべく何度か瞬きをしていると、自分の隣に気配を感じた。

 

 

「やぁ、バーゲスト……いや、妖精騎士ガウェイン殿。ボクの名はカリア。そこにいる陛下の娘、妖精騎士トリスタンの御目付役さ」

 

 

 いつの間に隣に立たれたのか、言葉をかけられるその時まで気付く事の出来なかった彼女は、若干大袈裟な動きで自己紹介をしてくる。

 

 

「今回は君の補佐兼助っ人として行動させてもらおうか。よろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「む、堅苦しい口調だな。別に崩してもらってもいいのだが……あぁ、今はその時ではないか」

「カリア」

 

 

 常に余裕を湛えた、悪く言うならばあまり場の空気を読んでいない苦笑と共に周りを見渡している彼女に、陛下からの冷たい視線が刺さる。

 それに「申し訳ありません、陛下」と恭しく頭を下げて謝罪するが、やはり本気で謝っているようには感じられない。本当にこの女性が、あのモルガン陛下の娘にして後継者のトリスタンの御目付役なのだろうか。雰囲気からして、遊び人の方が似合っているような気がする。

 

 

「言うだけ無駄だぜ、ガウェイン。だって、そいつは昔っからそういう(たち)だもの。今のうちに慣れておいた方が身の為だぜ」

 

 

 陛下の隣で今まで黙っていたトリスタンが笑う。

 心底呆れた、そして「こいつなら仕方ない」と言いたげな諦観が少しだけ含まれたその笑みが、彼女がこれまでこの女性に苦労させられた事をありありと伝えてくる。

 残酷、残忍―――そういった性格の持ち主であり、噂もそれに相応しいものを多く聞く彼女にこのような顔をさせるあたり、このカリアという女性はかなりの問題児のようだ。

 

 

「着名したばかりの初陣だが、まぁ、愉しもうじゃないか」

「生憎だが、戦を愉しむ趣味はない」

 

 

 これから向かう戦場へ思いを馳せているのか、吊り上げられた唇の端がヒクヒクと動いている。……ウッドワスが設けたマナーを守っていない“牙”の氏族のようだ。

 

 私からの返答に対して「なんと」と驚いたように目を見開くが、彼女の態度から、私が自分の言葉に対してどう返答するのかを見抜いているようだった。それをわかっていながら質問したとしたら、この女性はかなりの物好きなのかもしれない。

 

 

「ところで陛下?」

「なんだ」

「この戦が終わってからについてなのだが、この新たなる妖精騎士が素晴らしい戦績を残した場合、定期的にボクと模擬戦をするようにしてもらっても?」

「なんですって?」

 

 

 いきなりの陛下への言葉に、思わず素の口調になってしまう。

 まさか、これからこの城に向かってくる虫の大群との戦闘を控えているというのに、その後の事を話し始めるとは思わなかった。今日ここであったばかりの私がそれほどの力を持っていると確信しての事だとしたら、彼女は余程の馬鹿なのだろうか、それとも本当にこの短時間で私自身気づいていない力に気がついたのか。

 

 しかし、今この玉座の間で行われているのは私がある騎士の霊基を着名した事を知らしめる儀式だ。

 

 

(如何に陛下といえど、彼女からのこの申し出には―――)

「いいだろう」

「良いのですかッ!? ……あっ、も、申し訳ございません……」

 

 

 思わず叫んでしまったせいで集まった周囲からの視線に反射的に謝罪する。

 隣にいるカリアに至ってはクツクツと笑い声を漏らしている。貴女が変な事を言うから、私は今恥ずかしい思いをしているのですが?

 

 私が羞恥で顔を赤らめている間に話は進んでしまい、カリアの申し出は受け入れられてしまった。

 

 

「妖精騎士ガウェイン。その燃え盛る炎を以て、妖精國に仇なす敵を焼き尽くしなさい」

「―――ハッ!」

 

 

 改めて陛下からの勅命を戴き、周りの妖精達に見送られて部屋から出る。

 

 なんとも誇らしい気持ちだ。

 生まれた時から災厄を招く者として忌み嫌われてきたが、まさか女王より憧れの円卓の騎士の霊基を着名し、こうして彼女の為にこの(つるぎ)を振るおうとしている。

 ……だというのに。

 

 

「ではよろしく、ガウェイン卿。君の実力に期待しているよ」

(こいつとは絶対仲良くなれませんわッ!)

 

 

 このあからさまな上から目線で話しかけてくるカリアが、この時は本当に煩わしかった。

 

 

 

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「―――ト? バーゲスト?」

「……え? あ、はいッ!」

 

 

 愛しい()からの呼びかけに、過去に引き込まれていた意識が戻される。

 パチパチと何度か瞬きをした後に周囲を見渡すと、「大丈夫?」と心配そうにこちらの様子を窺っている青年と目が合った。

 短く切り揃えられた栗色の髪に、暖かな優しさをたたえた顔立ち。テーブルの上に並べられた色鮮やかなお菓子類の上にあるその顔を見るだけでも、私の心が満たされていくのを感じる。

 

 

「……アドニス」

「どうしたの? 君がぼーっとしているなんて、珍しいね」

「彼女にもそういう時はあるさ。なにについて考えていたのかね?」

 

 

 紅茶で満たされたカップから口を離し、ソーサーに戻しながらそう訊ねてくるのは、先程まで私が記憶を振り返っていたカリアだ。

 

 

「貴女の事を。初めて会った時の事を思い出していました」

「おや、恋人の前でボクとの過去を思い出すとは。それは些かアドニスに失礼ではないかな?」

「僕は大丈夫だよ、カリアさん。友人の事を思い出すのは別に変ではないからね。……そういえば、二人が初めて会った時の話は聞いた事が無かったな。よければ聞かせてもらおうかな?」

「と言われましても……あれは私が勝手に彼女に反発していただけでして……」

「軽薄で傲慢な女と思われていたのさ。お陰でサポートに徹するのが大変だった」

「本当に申し訳ございません……」

 

 

 素直に頭を下げる。

 確かに彼女は言動や性格こそあれなものだが、その根底には他者を重んじる礼儀が確かにある。それを見抜けなかった私の責任だ。

 

 

「いや、いいさ。この口調、性格のせいなのはボクがよく知っている。生前も、それでよく同僚から勘違いされていた。しかしこれは性分でね。変える事は出来ないのさ」

「性分?」

「……まぁ、生まれ育った家庭への反発さ。ボクを外へ連れ出してくれた、あの赤い外套の男―――世の全てを愉しみ、気の向くままに生きていた彼への憧れ故のものだよ」

 

 

 昔を懐かしむように空を見上げるカリア。彼女にとっての憧れの存在……一度会ってみたいものですわね。

 

 

「……ボクの性分についてはこの際どうでもいい。……そういえば、最近ノリッジで『厄災』が発生したらしいな。遂に『厄災溜まり』が弾けたようだ」

「当然です。妖精騎士たるもの、妖精国の状況は常に把握しておくべきですから」

 

 

 なんでも、今は亡きエインセルが遺した予言に伝わる『予言の子』が現れたらしい。しかし、弾けた厄災は陛下の『水鏡』によって消滅し、彼女もまたそれに巻き込まれたように姿を消したと聞く。

 『予言の子』がどうなったのか、誰にも分からない。ただ一人、この國を統べる女王モルガンを除いて。

 

 しかし―――

 

 

(陛下は、私達妖精を護るつもりがあるのかしら……)

 

 

 陛下に仕えて数百年。その間に彼女の多くの姿を見てきたが、彼女はあくまでこの國を救いたいだけで、そこに住む妖精達については微塵も考慮していない気がするのだ。

 恐怖統治による妖精達の支配。一定期間毎に令呪によって奪われる魔力。もし保有している魔力量が足りなければ消滅してしまうという圧政。どこかしらの街へ行けば、決まって妖精達が彼女に対する不満を口にしているのが聞こえてくる。

 

 果たして、このまま彼女に仕え続けていてもいいのだろうか。國のみを救おうとするより、妖精達を救おうとする『予言の子』こそ、私が真にこの(つるぎ)を捧げるべき存在なのではないのか……。

 

 そこまで考えて、私は自分の不甲斐なさに首を横に振った。

 

 

(い、いけませんわ。私は陛下より妖精騎士の位を戴いた身―――陛下への忠義が揺らぐなど、あってはならない事ですわ)

「バーゲスト?」

「あっ、いえ、なんでもありません。ごめんなさい、色々考え事をしてしまって……」

 

 

 いけない。今はアドニスとカリアとのお茶会なのだ。

 今だけは陛下の事や、この國の事を忘れて、このお茶会に集中しよう。愛する恋人と、共に戦場を駆けた戦友と他愛も無い話をして笑い合おう。

 

 そう思った直後、重々しい獣の唸り声のような音が私の腹部から聞こえてきた。

 

 それが自分の腹の虫が鳴いた音だと気付いた瞬間、私は咄嗟に両腕で腹部を抑えつけていた。

 そんな私を見て、アドニスは「ぷっ」と噴き出した。

 

 

「まだお腹が減っているのかい? バーゲストは食いしん坊だね」

「も、もうっ! 私だからいいですが、他の女性にそのような事を言ってはいけませんからね」

「あ、そうだね。次からは気をつけるよ。……そうだ。良ければこれ、どうかな」

 

 

 そう言って彼がテーブルの下から取り出したのは、二つのバスケット。蓋を開ければ、そこには色鮮やかなマカロンが入っていた。

 

 

「これは……」

「前にアルム・カンパニーの……えっと、サンタムさんだ。彼から教えてもらったんだ。良ければどうぞ」

 

 

 言われるがままに、一つ手に取って口に運ぶ。

 然程力を入れずとも噛み砕かれたそれは、瞬く間に口内に程よい香りを放出し、同時にしつこくない優しい甘さが広がり始めた。

 

 

「……美味しい……」

「良かった……。秘密にしてた分、気合を入れて作ったんだ。全部食べていいからね」

「……ッ! これを全部、ですかッ!?」

「もちろん。君の為に作ったんだからね」

「〜〜〜ッ!! ありがとう……アドニス」

 

 

 その言葉が嬉しくて、もう一つ手に取って食べる。

 あぁ、美味しい……。胃袋ではなく、心が満たされていくような充足感。ただ食事をするだけでは得られない幸せ。それを今、私は噛み締めている。

 

 

「美味しいですわッ! パクパクですわッ! マカロンパクパクですわッ!」

 

 

 

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 幸せとは、尊いものだ。

 誰であれ、形はどうあれ感じるそれは、あらゆる生き物に与えられた心身を癒やす万能の薬だ。

 

 生憎と、ボクの感じる幸せとは酷く限定的なもので、それを感じる時、決まってこの体は傷付いている。

 

 ……でも正直、ボクの幸せ云々はどうでもいい。ぶっちゃけてしまえば、私のような者が感じる幸せなど、あってよいものではないのだから。

 

 だからこそ、ボクは他者の幸せがより強く、より尊く見えるのだ。

 だからこそ、ボクは彼女の幸せ(苦しみ)を許せない。

 

 

「カリア」

「カリアさん……」

「陛下とアドニスはボクの後ろに。貴女の助けは、最後のその時に借り受けたい」

 

 

 並び立とうとしたモルガン陛下と、背後で俯くアドニスの前に立つ。万が一があってはならないから。特に、目の前にいる彼女(・ ・)が相手だと尚更。

 

 

「グ、ウゥウウ……」

 

 

 あの茶会から数十分間ほど経った頃、ついに抑えきれなくなった飢餓は、その主を呑み込まんと暴れ出した。

 

 腹が空くだろう。

 本能から来る飢えが、絶え間なく己を苛み続けているのだろう。

 

 苦しい。

 苦しい。

 苦しい。

 今すぐ、この飢えから解放されたい。

 

 いつかはきっと、耐え切れなかったであろうその誘惑。いつかは意識さえも奪い、気づけば悲劇を目の前に作り上げる卑しき(さが)

 

 かつては陛下の言葉でしか知る事の出来なかったそれだが、しかし今となっては、その気持ちがよくわかる(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 辛いだろう、苦しいだろう。

 今すぐにこの腹の虫を泣き止ませて、楽になりたいだろう。

 

 しかしそれを、ボクは―――いや、ボク達は許さない。

 

 

「バーゲスト」

 

 

 唸る獣に言い聞かせるように告げる。

 

 

「安心したまえ、君は大丈夫だ。もう、■■を喰らう事はない。その前にボク達が抑えつけるから。ボクはこの腕っ節でしか役立てないが、なぁに、陛下であれば、君に再び蓋をするのも造作もない事さ」

 

 

 ファウル・ウェーザーの時はどうしようもなかった。その時、ボクは別の要件があってそこにはいなかったから。

 

 獣が首を傾げる。

 なにを言おうとしているのかを瞬時に理解し、ボクはいつもの笑みを浮かべる。

 

 

「実現しない未来を想像するなんて、君も酔狂だね。ボクを誰だと思っているんだい? 最強の狩人……モンスターハンターだよ。君は確かに強力で、強大で、強敵だけれど……()ほどじゃあない。だから、ボクが負ける事はないよ」

 

 

 君なんかに、負けるはずがない。

 聞くものが聞けば激昂しかねない言葉に、しかし彼女は僅かに口角を持ち上げて応えた。

 

 

「君の中の獣は、ボクらに任せたまえよ。だから今は」

 

 

 背中に担いだ操虫棍を構える。

 

 

「……本気でかかってきたまえ」

「グ……オォアァアッ!!」

 

 

 獰猛な雄叫びを上げ、獣は目の前の餌へと飛びかかった。

 

 

 

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 流星が降り注ぐ妖精國。

 王都キャメロットに鎮座する城内にて、二人の女性が会話している。

 

 

「本当にありがとうございます。毎度毎度、苦労をおかけしますわ」

「なに、これも我が務め。君が気にする必要は無いよ」

 

 

 深々と頭を下げるバーゲストに対し、カリアはなんでもないようにひらひらを手を振る。

 

 

「体の調子はどうかな? なにか不調でもあるかい?」

「特に何も。むしろ絶好調ですわ。あの飢餓感も少しずつ無くなっているような気がしますし」

「そうか。それは上々。陛下に感謝しなくてはな」

「えぇ。ですが、それは貴女にもです。本当にありがとう、カリア」

「止したまえ。ボクはただ、君を止めただけに過ぎないのだからね」

 

 

 さて、そろそろ散歩に―――と、カリアが背を向けて歩き出す。

 しかしその直後、背後からかけられた言葉に足を止めた。

 

 

「そういえばカリア、またウッドワスが貴女用に用意した食料庫を空にしたそうですわね」

 

 

 ピタリと足を止めたカリアは、僅かに顔を動かしてバーゲストを見やる。

 

 

「はて、なんの事やら」

「惚けないでくださいまし。ウッドワスが毛を逆立てて貴女を探してましたよ。短い間に二つも開けられたのですから、ああなるのも当然ですわね。……あっ、ここで彼に恩を売っておくのも悪くないかもしれませんわね……」

「…………」

 

 

 スゥっと目を細めたバーゲストの視線がカリアを射抜く。

 それに対し、カリアは「ふぅ~……」と長く息を吐いた後―――

 

 

「さらばだバーゲストッ! また会おうッ!」

 

 

 ドンッ、と轟音を響かせ、一気に走り出した。

 しかしそれを読んでいたバーゲストも、また同時に走り出す。

 

 

「待ちなさいカリアッ! 悪気があるのなら謝罪すべきですわッ!」

「申し訳ないねバーゲストッ! ボクはこれから用事があるのだよッ!」

「どうせ逃げる為の嘘でしょうッ!? 逃しませんわッ!」

 

 

 左腕から伸ばした鎖をのらりくらりと躱しながら走る友を、全速力で追いかける。

 

 

(あぁもう、本当にどうしようもなくて、しかしとても頼り甲斐のある友人だ。本当に疲れる)

 

 

 廊下を駆け、咄嗟に壁際に退避した妖精達の視線を受けながら思う。

 

 

(ですが、今私がこうして在れる事には―――)

「なっ、ウッドワスッ!?」

「見つけたぞカリアァッ!! 神妙にお縄につけッ!」

「隙ありですわッ!!」

 

 

 ―――本当に感謝しておりますわ。

 

 鎖でぐるぐる巻きにされた状態でウッドワスに担がれていくカリアを、バーゲストは満面の笑顔を向けるのだった。

 

 





・『バーゲスト着名時にバー・ヴァンシーがいた理由』
 ……トネリコ時代に遭遇した、『大穴』の底にいる存在(獣神が塞いでいるもの)とは違う、別の脅威に直面したモルガンは、もし彼女が“それ”の犠牲になってしまったらと気が気でなくなり、政務そっちのけで妖精國中を捜索した。結果、バー・ヴァンシーは原作よりも100年以上早くモルガンの下へ招かれ、トリスタンの霊基を着名している。それによって彼女が原因で起こったダーリントンでの『蘇り』の厄災はなくなったが、後にその街は突如地下より現れた巨蟲によって滅ぼされてしまった。

・『パクパクですわッ!』
 ……コンディション獲得(太り気味)。
 この先、彼女が■■を食べる事は二度とないだろう。幸せを噛み締め、耐え難い欲望は戦友と女王が持ち去っていく。その行き先を、この先彼女が知る事はないはずだ。

・『またしても食料庫を空にされたウッドワス』
 ……亜鈴のパワー全快でカリアを捜索中、バーゲストに追われる彼女を発見。バーゲストとの挟み撃ちで捕獲に成功した。


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生じる亀裂

 
 ドーモ・ミナサン。
 いきなり新規サーヴァントでニトクリスオルタが実装され、「カマソッソ先生やりやがったッ!」と思わず立ち上がってしまった作者です。
 恐らく日本人のカマソッソへの信仰が爆上がりしている事でしょうね。
 そろそろナウイ・ミクトラン後半も始まりますが、それによって今後のストーリーをどう進めていくのか決定していこうと思います。
 いやホントどうしましょ……。第七異聞帯の要素が所々ほぼこっちがシュレイド異聞帯で考えていたものだったので……。

 それでは、本編どうぞッ!


 

「では、この資料を衣装部に回してくれるかい? そこまで時間をかける必要は無いという旨も忘れずに伝えてほしい」

「おうよ」

 

 

 アルム・カンパニー社長室。

 簡潔に情報をまとめた資料をプロフェッサー・Kから受け取ったカイニスが、来客用に設置されたテーブルの上に置いていた仮面を装着する。

 その刹那、彼の顔が僅かに顰められたのを、プロフェッサー・Kの瞳は見逃さない。

 

 

「カイニス……嫌なら外してくれてもいいんだぞ? 君は私のように、アレな理由などないだろうし」

「うっせぇ。これ着けねぇとやる気が出ねぇんだよ。ったく、なんでこのカイニス様が小間使いみたいな事やらされてんだ……」

 

 

 ほぼ巻き込まれる形で装着する事になった仮面だが、こうでもしなければ自らを神霊と豪語するカイニスは自分で自分を許せなくなりそうだった。

 これが戦いなら仕方ない。生前は僭主を務めた経験もある身、先行して状況を把握する大切さも良く分かっている。しかし、今自分がしようとしているのは、それとは全く関係のないもの。それをやらされるというのだから、カイニスとしては是非とも反抗したいところだ。

 

 しかし、今ある立場がこの妖精國で重要なのもよく理解している。だからこそ、この仮面を着けるのだ。

 そうすれば自分は、トライデントを振るい敵を屠る神霊カイニスではなく、プロフェッサー・Kの右腕兼ボディーガードのマスクド・Lになる事が出来る―――そう考えれば、多少はこの怒りも収まるというものだ。

 

 それはそれとして少しだけ文句を垂らすのは許してほしい。

 そう思いながら、カイニス―――否、マスクド・Lは社長室から出ていく。 

 彼の後姿が扉で見えなくなるのを見届けた後、さて、と再び作業に戻ろうとしたプロフェッサー・Kだが、直後にデスクの片隅に設置されている石から通信が入った。

 女王モルガンの手で編み出された魔術は、石など小さなものを介して、遠方にいる者の姿と声を届ける事が出来る。アルム・カンパニーという会社を立ち上げ、さらにモルガンの娘であるバー・ヴァンシーにも様々なサポートをしているプロフェッサー・Kのそれは、女王からの信頼と感謝の証として、下手をするとウッドワスを始めた氏族長達のものよりも高性能だ。

 

 プロフェッサー・Kがその通信に応えると、彼の前に半透明の人物の姿が映し出された。

 

 

『ハロー、K社長?』

「あぁ、ペペロンチーノ……いや、今はペペロン伯爵と言った方がいいかな?」

『ふふっ、どっちでもいいわよ』

 

 

 手元に手を当てて笑った彼女―――ペペロン伯爵(ペペロンチーノ)に、「なにかあったのかい?」と問いかける。

 

 ペペロンチーノには現在、彼女を主軸に置いたデザイン事業を立ち上げてもらっている。

 汎人類史からチェンジリングでやって来たサーヴァント、ミス・クレーンをサポートに置いて働いてもらっているが、やはり汎人類史のファッションは人間を模範して文化を構築していったこの國ではよく受ける。

 お陰でこの数カ月の間に、かつて妖精國では最も有名な企業とされていたノッカー・カンパニーを完全に吸収。今はノリッジを拠点に様々な仕事を(こな)してくれている。

 

 そんな彼女が、いったいどういう用件で通信してきたのか。

 

 ペペロン伯爵はその問いに対し、ノリッジで起こった『厄災』と、そこで出会った者達について説明した。

 

 

「……なるほど、カルデアはノリッジに来たか」

『えぇ。でも、さっきも言ったけどマシュちゃんは記憶喪失みたいでね。しかも女王の魔術……貴方が言う“水鏡”っていうの? それで“厄災”諸共に消えちゃったから、彼女達が全員揃うのはまだまだ先になりそうね。下手すると、もう二度と揃わないかも……』

 

 

 不安そうに目を伏せるペペロン伯爵。

 かつては同じチームに配属されていた縁もあるからだろうか、彼女なりのマシュ・キリエライトへの友情があるのだろう。

 

 

「なに、心配する事はないさ。きっと彼女は戻ってくる。その時、きっとカルデアは今までよりも強くなっているだろう。なんとなくだけど、そう思えるんだ」

『信じてるのね、あの子達を』

「もちろんだとも。彼女達の存在は重要なピースだ。彼女達がいてこそ、全てが廻るのだからね」

 

 

 ペペロン伯爵によれば、なんでも『厄災』が始まった時、カルデアはその先駆けであるモースの大群と戦ったそうだ。

 限定的なものであっても、カルデアのマスターである藤丸立香もサーヴァントを召喚し、モースの撃退に当たってくれたのだとか。さらには、ペペロン伯爵が加勢に向かわせたアシュヴァッターマンが参戦しても即座に作戦を変更し、キャスターのサーヴァントを用いた彼への強化や、自己完結型のスキルを保有しているサーヴァントを用意しての迎撃を行い始めたらしい。

 あぁ、なんと素晴らしい事だ。きっとその采配も、戦況を観察する眼も、あの時(・ ・ ・)よりもさらに磨きがかかっているだろう。

 

 仮面の奥にある青い瞳を細めて笑うプロフェッサー・Kに、『……そうね』とペペロン伯爵が笑った。

 

 

『伝えたい事はそれだけよ。あっ、でも無理はしないようにね? お肌のケアも忘れちゃダメよ?』

「気遣い、感謝するよ。頑張ってくれ、ペペロン伯爵」

『えぇ。そっちこそ頑張ってね、プロフェッサー・K』

 

 

 パチン、とウィンクをしたのを最後にペペロン伯爵の姿が掻き消える。

 彼女の姿が消え、ふぅ、と一息吐いたプロフェッサー・Kは椅子から立ち上がり、窓を押し開く。

 

 眼下に広がる、騒々しい街。

 妖精や人間達の賑やかな声が絶えず聞こえてくる街を見下ろし、一人ごちる。

 

 

「……そろそろ、頃合いかな」

 

 

 窓を閉め、本棚に近づく。

 汎人類史から流れ着いた、様々な国の物語が描かれた本の数々。その中でも一際大きな本を軽く押すと、ズズズ……と音を立てながら本棚が左右に分かれ、一つのガラスケースが前にスライドしてくる。

 

 ―――ここは流行の街、グロスター。

 常に新しいものを求め、発展していく街。それは、かつて自分が求め、そして今も求めている未来と酷く似通っていて好感が持てていた。

 

 しかし、それももう少しで終わる。

 

 汎人類史からこの地へ流れ着いた? 違う。自分達は、一つの目的を抱いてこの地へとやって来た。

 

 全ては、妖精國ブリテンより惑星(ほし)に伝播する滅びを回避する為。

 その為には―――

 

 

「また、君の力を借りるかもしれないね」

 

 

 厳重に保管されたガラスケースの中で浮遊する、細剣のように細身の、どこか星を象ったような杖に当てはめられた宝石は、夜空を駆ける流星が瞬くようにキラリと輝いた。

 

 

 

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 その頃、王都キャメロットの玉座の間では。

 

 

「アルトリア……新たにこの地へ現れた、楽園の妖精(アヴァロン・ル・フェ)か」

 

 

 玉座に腰を下ろしているその女性は、使い魔を通して目の前に映し出した映像を睨んでポツリと呟いた。

 

 少し青色の混じった銀色の長髪に、黒を基調としたドレス。王冠より垂れたフェイスベールで顔を隠しているこの女性こそ―――モルガン。このイギリス異聞帯、否、妖精國ブリテンを支配する女王にして“王”。

 そして、かつてはヴィヴィアンという名を持ちながら、救世主トネリコとしてこの妖精國を終焉に導く為に楽園より遣わされた、先代の楽園の妖精(アヴァロン・ル・フェ)。しかし今ではその役目を放棄し、汎人類史の己より植え付けられた知識と野望のままに、この國を支配している。

 

 そして、その背後に控えるは、彼女が一度楽園に戻った際に交戦し、今では心を交わした相棒となった古龍種―――“熾凍龍”ディスフィロアの姿がある。

 

 左右に控える書士官達は、なにも口にしない。彼らの場合は、モルガンが必要と判断した時にしか発言を許可していないし、当人達も仕える主君からの言葉が無ければ率先して動かないような存在だ。それ故に、今のモルガンにとって、彼らは基本的に空気のような存在であった。

 

 

(それにしても、アルトリア。アルトリアときたか)

 

 

 その名は、異聞帯の自分にとっては馴染みのないものだが、汎人類史の自分にとっては馴染みのあるものだ。

 

 アルトリア・ペンドラゴン―――汎人類史のブリテンを治めていたという、己を男性と偽って王制を敷いていた騎士達の王。汎人類史の自分が手に入れるはずだった神秘の島(ブリテン)を掠め取り、そして終わらせた忌々しい存在。

 この感情も知識も、全てはかつて、己に植え付けられた汎人類史の自分によるもの。しかし当時の彼女の気持ちが、今となっては理解できる。

 

 ここまで続いてきた妖精國。真に護りたいものも出来た中で、この時間を終わらせる使命を背負った存在が目の前に現れた。なるほど、これは排除したくなるわけだ。

 しかし、自分は彼女とは違う。アルトリア・キャスターが『予言の子』として生きるのなら容赦しないが、そうでないのならどうでもいい。

 

 使命を帯びているとはいえ、彼女は楽園からやって来た妖精―――つまり、モルガンにとっては客人のようなものだ。

 問題を起こさない客人を追い出す主人がいないように、自分もまた、彼女が『予言の子』として歩み出さない限りは、彼女を攻撃するつもりはない。

 

 だが、いずれはあの少女も歩み出すだろう。予言に伝わる『異邦の魔術師』であるカルデアのマスターや仲間達と共に、この妖精國を終わらせるべく動き出すのだろう。

 

 そうなったのならば、最早客人として扱う必要は無い。

 

 アルトリア・キャスター。汎人類史の騎士王と同じ名を持つ妖精。彼女という剣を我が槍で叩き折り、この國を継続させる。

 

 

(それが私の、このモルガンの役目だ)

 

 

 無意識の内に拳を握り締めていると、頭上から視線を感じた。

 

 軽く上を見上げてみれば、ディスフィロアがスゥっと細めた眼でこちらを見ていた。

 なにを考えているのだろうか。彼の気持ちは、彼女の妖精眼を用いても見透かす事は出来ない。

 しかし、長年を共に過ごしている間に、彼が自分に何を伝えようとしているのかはなんとなくだが理解できるようになっている。

 

 

「また、綻び(・ ・)が出ましたか」

 

 

 その言葉に、彼は曲げていた両足を伸ばし、ゆっくりと立ち上がる。

 全身から立ち昇る熱気と冷気に中てられながら「行きなさい」とモルガンが短く言い放てば、ディスフィロアはその雄々しい翼を広げて吹き抜けから『大穴』目掛け飛び立っていった。

 

 これが、今の彼の仕事だ。『大穴』より現れる真の『厄災』へ対する、炎と氷の防壁。

 

 しかし、ディスフィロアに作らせた蓋も、最近はよく綻びが出るようになってきている。同時に、『大穴』から放たれる赤い光もその勢いを増している。

 彼の力が衰えたというのもあるだろう。定期的に分身に仕事を任せ、本体である自分は海を足場に彼と摸擬戦をしてはいるものの、両者共に全力ではない。それがいつしか、彼の力を弱めてしまっているのかもしれない。

 しかしそれでも、蓋を維持するだけの力は充分にある。

 

 

(ですがそれも、いつまで持つか……)

 

 

 今はまだ大丈夫。しかし、これから先はわからない。

 

 かつての時代。まだ自分がトネリコとして活動していた頃。

 『大穴』の調査へ乗り出した時に見た、あの巨大な神の死骸。そして、その奥から微かに見えていた、あの禍々しい赤い光。

 最近では前者の気配が薄れ、代わりに後者の気配がより色濃く感じられるようになっている。それがなにを意味するのか、理解できないモルガンではなかった。

 

 

(ロンゴミニアドの数を増やそうか……城門にはもう設置し切れないので、空にでも設置するか。今よりも出力を上げたいところだが、そうするとこの城が……)

 

 

 本当ならばより火力を上げ、来る『厄災』に対抗したい。しかしそうしてしまうと、この城にある愛娘の部屋も消し飛ばしてしまいそうだ。彼女の私物がある以上、絶対にあの部屋を破壊するわけにはいかない。彼女の部屋を限定に特級の魔術障壁を張るのもいいだろうが、そうしてしまうとロンゴミニアドに回す魔力が減ってしまう。そうすると『厄災』への対処が―――

 

 

「はぁ……。本当に面倒な……」

 

 

 対処するものがあまりに多く、煩わしい。せめてこの内の一つでも勝手に消えてくれれば大助かりなのだが、そうはいかないのが世の常だ。

 

 モルガンは久しく、面倒臭さと煩わしさから来る怒りに頭を悩ませていた。

 

 

 

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 モルガンが頭を悩ませ始める少し前、彼女の愛娘、バーヴァン・シーの部屋では。

 

 

「―――チッ、こいつも駄目ね」

 

 

 十数時間かけて完成させた靴を睨んでいたバーヴァン・シーが、その靴を隅へと放り投げる。しかし、放り投げられた靴は床に落ちる事はなく、寸でで創造主が妖弦を用いた空撃ちによる風圧で浮かび上がり、そのままゆっくりと床に置かれた。

 

 

「クソ、これがスランプってやつか? 今回はお母様に渡せると思ったんだけどな……」

 

 

 フェイルノートを消滅させ、背もたれにもたれかかる。

 しばらく体を動かしていなかった影響で、体中からポキポキと小気味のいい音が聞こえてくる。

 

 

「なにかもっと、お母様に喜んでもらえそうなものは……」

「―――それなら、俺に任せな。レッドスピネル」

 

 

 突然背後から声をかけられ、咄嗟に振り返る。

 

 

「……ベリル」

「よぉ、姫サマ」

 

 

 名を呼ばれた男―――ベリル・ガットは気のいい笑顔を浮かべて、先程開けた扉を閉めてバーヴァン・シーへと近づく。

 

 

「モルガンに喜んでもらいたいって気持ち、俺もよぉくわかるぜ。その方法の模索、よければ俺に任せてくれないか?」

「でも……これは私がしてこそ価値のあるものだから……」

 

 

 ベリルからは色々なものを教わった。

 魔術はもちろん、汎人類史の人間達が履いている靴についての知識は実に興味深いものだった。だからこそ自分は靴作りを趣味とし、いつしかそれは一大ブランドを立ち上げる程になった。自分が作ったものの中でも最も良い出来栄えだと感じさせるものは、今も昔も母へのプレゼントとして献上してきた。

 しかし、それだけでは足りない。マンネリ化、とでも言うべきだろうか。同じものを送り続けても、いつかはあの御方も飽きてしまうかもしれない。

 

 

(でも……)

 

 

 だが、自分が献上した靴を見た時の彼女は、いつも笑顔だった。

 ほんの少し口角を上げる程度の、些細なもの。けれど、その表情を僅かでも見せてもらえるだけで、バーヴァン・シーは救われるような気がした。

 

 心優しい女王。冷酷なる女王。

 寛大な心を以てこの國を護り、しかしその住人を護るつもりは無い、彼女。

 

 きっと、その心は常に荒んでいる事だろう。例外こそあるものの、他者に依存するだけして、自分からはまるで行動を起こさぬ妖精達を支配するなど、過酷に過ぎる。

 そんな彼女の心に、僅かでも安らぎを与えられたら、どれ程素晴らしい事か。

 

 

(それなら、このまま……)

 

 

 顎に指を這わせ目を細めるバーヴァン・シー。

 その刹那、ベリルは眼鏡の奥にある瞳に宿る光がギラリと瞬いた。

 

 

「―――でもよぉ。陛下は本当に、|お前からの贈り物を喜んでいるのかねぇ?」

「―――ッ!!」

 

 

 ベリルがその言葉を吐いた途端、バーヴァン・シーの心の奥底から不安と焦りが噴き上がってきた。

 それに内心ほくそ笑んだベリルは、それに気付いていないような素振りで続ける。

 

 

「ま、これは俺個人の考えだから、後はそっちが決める事だぜ? そっちが一人でやりたいって言ったんだからな、その言葉に責任を持てよ?」

「え、えぇ……」

「んじゃ、用事はあるから行ってくる。頑張れよ、レディスピネル?」

 

 

 声が聞こえなくなった直後、パタンと背後から扉が閉まる音が聞こえる。

 コツ、コツと徐々に遠ざかっていく靴音が、酷く頭の中で反響する。

 

 それが、まるで陛下の心が自分から離れていくようで、バーヴァン・シーの不安感をより強くする。

 

 

「……行かなきゃ。聞かなきゃ。陛下に……お母様に……」

 

 

 ふらふらと立ち上がり、歩き出す。

 今はとにかく、聞きたかった。この不安を解消してくれるのは、モルガン陛下(おかあさま)しかいない。彼女の言葉が無ければ、自分はなにをすればいいのかわからなくなってしまう。

 

 なんだか、やけに妖精達からの視線を感じる。

 そんなに、今の自分は酷い顔をしているのか。

 

 

「……んだよ。私の顔に、なにかついてんのか? あ?」

「ひっ! も、申し訳ございませんッ!」

 

 

 軽く睨みをきかせてやれば、妖精達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。それに微かに清々しながら歩を進める。

 

 そうして辿り着く、玉座の間。

 深呼吸をし、二回ほどノックする。

 

 

「入れ」

 

 

 扉の奥からくぐもった声が聞こえ、扉を押し開ける。

 普通なら簡単に開くはずの扉が、今は酷く重いように感じる。

 

 しかし、それを決して表に出さず、バーヴァン・シーは部屋へと足を踏み入れた。

 

 

(……お母様)

 

 

 玉座の間には、やはり彼女がいた。

 いつもは彼女の背後に控えているディスフィロアの姿はない。きっと、自らがあの『大穴』に施した蓋に綻びを感じ、その修復に向かったのだろう。

 書士官はいるものの、彫像のように動かない。臣下達の姿は当然ない。それもそうだろう。モルガン陛下はおろか、あの龍も大抵いるこの部屋に好んで居座る妖精など、この國のどこにもいるはずがない。書記官ならば話は違うだろうが、今のバーヴァン・シーにとっては、彼らの事など心底どうでも良かった。

 

 

「どうしましたか、バーヴァン・シー」

 

 

 玉座に腰を下ろしているモルガンが、目の前に映し出していた幾つもの映像を消滅させて自分を見てくる。

 仕事の邪魔をしてしまっただろうか―――申し訳なさを感じつつも、決してそれを悟られないよう気を配りながら、彼女の前まで歩いていく。

 

 

「膝をつく必要はありません。書士官の事も気にしなくて結構です。なので今だけは、私を陛下と呼ぶ必要もありませんよ」

 

 

 膝をつこうとしたところでそう言われ、曲げかけていた足を元に戻す。

 

 

「お母様、お尋ねしたい事がございます」

「?」

 

 

 瞬きをした彼女に、バーヴァン・シーは問いかける。

 

 

「お母様は、これからも私の……私からのプレゼントは、欲しいですか?」

 

 

 心臓が激しく鼓動する。

 気恥ずかしいと不安でまともに母親の顔を見れなくて、俯く。

 

 どれだけの時間が経ったのだろう。数秒か、数分か、静寂の中で考えた直後、辛うじて視界に映っていた、モルガンの組まれていた足が解かれるのが見えた。

 

 

「バーヴァン・シー。貴女からのプレゼントについてですが―――」

 

 

 顔を上げられない。

 彼女がどんな顔をしているのか、不安で不安で仕方がない。

 

 しかし、不安で顔を上げられないなど、この國の後継者である自分に許されるはずが無い。ここは、たとえ嫌でも顔を上げるしかない。

 

 拳を握り締め、顔を上げようと―――

 

 

「―――必要ありません」

(………………え)

 

 

 なにを言われたのか、理解できなかった。

 その間にも、モルガンの言葉は続く。

 

 

「もう良いのです、バーヴァン・シー。貴女からの贈り物は、もう必要ありません」

「―――」

 

 

 なにを、この方は仰った?

 

 もう良い? 必要ない?

 

 プレゼントは、私からのプレゼントは、もう……。

 

 

「他になにか、聞きたい事は?」

「……いえ、もう、大丈夫です」

「そうか」

 

 

 素っ気ない態度と声をかけた後、モルガンの視線は再び周囲に展開された映像に戻される。

 それが、「仕事があるからさっさと出て行け」と言われているようで、バーヴァン・シーは足早に玉座の間から立ち去る。

 

 そして気付けば、彼女はいつの間にか自室へと辿り着いていた。

 ここに辿り着くまでの記憶がないなんて、余程ショックを受けていたんだな―――と他人事のように考えながら、いつかこれ以上のものを、と飾っていた靴の間を歩き、ベッドへと倒れ込む。

 

 

(そっか、いらないんだ……。お母様は……もう、私からのプレゼントなんて……)

 

 

 枕に顔を埋めて視界に入ってくる情報をシャットアウトすると、内側で渦巻く暗い気持ちが蛇のように鎌首をもたげる。

 

 恐ろしかった。

 哀しかった。

 悔しかった。

 

 自分では、もう彼女に笑顔を与える事は出来ないと知った途端、足場が崩れていくような絶望に襲われた。

 それが怖くて、怖くて、仕方なくて。

 

 それ以上は心から溢れ出てくる感情の奔流に呑み込まれそうで、堪らず寝返りを打つ。

 そうして目に映る、天蓋に貼り付けたポスター。

 

 アルム・カンパニー主催のアイドルイベント。自分も参加するライブの開催時期が記載されている、そのポスター。

 前々から考えていた、彼女への最高のプレゼント。

 だが果たして、今の彼女にとってのこれは、本当に贈っていいものなのだろうか。

 

 ……いや、あんな終わり方は嫌だ。

 せめて、せめて最後だけは、笑顔で終わらせたい。

 

 

(なら、これを最後にしよう)

 

 

 これを最後の贈り物にしよう。それで、終わりにしてしまおう。

 けれど、もし、もし、彼女にもう一度振り向いてもらえるとしたら―――

 

 

「ベリル……」

 

 

 彼に聞いてみよう。模索してみる、と言っていたが、あの態度からすると、きっと既に見つけているのだろう。ならば、彼の話を聞こう。

 そうすれば、もしかしたら、お母様の笑顔がまた見れるかもしれない。

 

 ベッドから下り、窓から夜空を見上げる。

 昏い空に瞬く無数の光が美しい。

 

 

「あれは……北斗七星だっけ」

 

 

 視界の中心に見えた星座の名を呟く。

 昔、チェンジリングで流れ着いた本で読んだ事がある。確か、おおぐま座の腰と尻尾を構成しているのだとか。

 汎人類史は実に不思議だ。ただの星々に動物や道具の形を見出すなんて。

 

 

「……あっ。あんなの見てる暇があるんだったら、ベリルを探さないと……」

 

 

 しかし、途中で首を振り、星座についての考えを頭から振り払う。

 

 そうして、廊下へ飛び出していくバーヴァン・シー。彼女が、北斗七星の横で瞬く、蒼い光を放つ星の存在に気付く事は無かった。

 





・『ディスフィロアに妖精眼が効かない理由』
 ……この異聞帯では楽園の番人である彼は、番人であると同時に、使命を終えて戻ってきたアヴァロン・ル・フェが最後に直面する試練としての役目も背負っている。妖精眼持ちには相手の気持ちや心情が理解できるので、使いようによっては相手の気持ちを読み取って行動する事も出来るが、彼の場合はそういった小細工なしの、つまりは完全な実力と技量で戦わなければならない。
 そしてこの特性は、彼の生みの親である『彼女』によって与えられたものである。そしてこの特性は、かつて汎人類史にいた彼にも備わっている。

・『バーヴァン・シーの空撃ち』
 ……ノールック射撃&靴を傷つけないように手加減を同時に行っている。カリアの戦闘訓練の賜物。

・『モルガンのバーヴァン・シーへの言葉の真意』
 ……「もう良いのです、バーヴァン・シー。貴女からの贈り物は、(受け取る私としては幸せ過ぎて爆発しそうですし、なんならこの國が埋もれてしまうぐらいの数は欲しいですが、貴女に無理をさせ続けるよう真似は絶対にしたくないので)もう必要ありません」。これまではカリアの影響である程度円滑なコミュニケーションは取れていたが、その時の彼女は『予言の子』案件などで頭を悩ませていたため、原作の妖精國にいた彼女のように、自分の気持ちが相手に伝わる事を疑いもしない言葉使いになってしまった。

・『北斗七星の横で瞬く蒼い星』
 ……バーヴァン・シーは終ぞその星の存在に気付く事は無かった。それがなにを意味するのかを、今の彼女は知る由もない。



 原作でも思いましたけど、なぜ妖精眼というものがありながらモルガンはバーヴァン・シーの心を視なかったんですかね? 臣下達の心も視えて、それに紛れてしまうからでしょうか。

 次回もよろしくお願いしますッ!


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動き出す歯車

 
 ドーモ=ミナサン。
 第一希望に設定している企業が選考を開始し、不安と期待で胸が締め付けられているseven774でございます。
 いよいよナウイ・ミクトラン後半が実装されましたねッ! 私はそれ以外にもやる事がいろいろあるため中々進められていないのですが、これから主人公達がどんな冒険をするのか楽しみで仕方ありませんッ!

 そしてサンブレイクの方ではイヴェルカーナが復活しましたねッ! ワールドをプレイできていない身として、アイスボーン出身のイヴェルカーナと戦えるのは本当に嬉しいですッ! そして傀異討究クエストでは遂に傀異克服古龍種が登場……腕が鳴りますねッ!

 また、最近ガンダムシリーズにハマりました。少し前に水星の魔女とシードを視聴し終え、そこからオリジン、ファーストを経由し、現在はzガンダムを視聴中です。それが終わったら逆シャアを観るつもりです。

 それでは本編、どうぞですッ!


 

「はい、ワン、ツー、スリー、フォーッ!」

 

 

 インストラクターの指示に従い、体を動かす。

 小休憩を挟みながら行われている、五時間にも亘るダンスレッスン。

 最初こそ余裕でこなせていた動きも、今となっては己の息を上がらせるに充分なものとなっている。しかしそれでも、彼女達(・ ・ ・)は動きを止めない。ここで止めては今までの練習が無駄になってしまうと考えながら。

 

 

「そこッ! フィニッシュッ!」

「「―――ッ!」」

 

 

 ダンッ、と強く踏み込んだ事で発生した音が、ダンスルームに大きく反響する。今まで聞こえていた音楽と同時に動きを止めた事で額から振り払われた汗が、照明の明かりを受けて眩しく光る。

 荒い息を吐きながらも、最後の決めポーズを取り続けてから数秒経つと、パチパチと拍手の音が耳朶を震わせてくる。

 

 

「えぇ、えぇッ! 素晴らしいわ、しっかり覚えてるわねッ!」

 

 

 閉じていた瞼を持ち上げれば、先程までの真剣な表情を朗らかな笑顔に変えた妖精―――マルガレータの姿が視界に映り込んできた。

 それに堪らず、二人の妖精の内の一人は「はぁ~……」と息を吐き出した。緊張していたのだろう、知らず知らずのうちに肺に空気が溜まっていたようだ。

 

 

「この調子なら本番でもミスする事はないはずよ。お疲れ様。しっかり休んでね」

「えぇ。ありがとう、マルガレータ」

 

 

 部屋の片隅に置いてあるタオルで汗を拭い、自分用に割り当てられたドリンクで乾いた喉を潤している彼女の名は、ノクナレア。

 妖精國ブリテンに存在する六つの氏族の一つ、“王”の氏族の長を務める妖精である。

 

 現在、ブリテンの新たなる支配者となるべくモルガンの治世を崩そうと画策している彼女が、なぜ自らが治めるエディンバラより遠く離れたグロスターに訪れているのか。それは、彼女もまたアルム・カンパニー主催のアイドルイベントに参加するメンバー、つまりアイドルだからである。

 

 ノクナレアにとっても、アルム・カンパニー主催のアイドルイベントは興味深いものだった。

 元より汎人類史へ対する興味があったのもそうだが、妖精國において己こそが美しき妖精であると自負する彼女にとって、自らの存在を存分にアピールできるアイドルイベントは是が非でも参加したいと思っているものだった。

 口煩い長老達には、近々モルガンへ攻勢に出るので、その為の政治的アピール、マヴの生まれ変わりとしての泊を付ける、という目的の一環として出演すると言っておけば勝手に納得してくれたが、それを嘘で終わらせる気など彼女には毛頭ない。

 最優先事項は自分の美しさ、気高さを知らしめる事だが、同時に自らの存在をより多くの妖精と人間にアピールする―――己の欲望と長老達の要望を混ぜ合わせた行動理念の下に、彼女はこの場所へ足を運んでいた。

 

 また、言葉使いについては自分が世話になる立場であるため、彼女の方から「いつも通りでいい」と要望を出したため、マルガレータを始めたこの会社の社員全てが、余程の事でない限り彼女に畏まった態度を取ったりはしない。

 

 そこで、マルガレータの視線がノクナレアから逸れる。

 

 

「貴女もお疲れ様。でも、少し動きがぎこちないわ。もう少し練習する必要があるわね」

「……あぁ」

 

 

 決して責めるような口調ではないものの、「まだライブに出るには足りない」と遠回しに伝えられた彼女―――バーヴァン・シーは俯きながらそう答えた。

 

 なぜ彼女とノクナレアが同じ場でレッスンを行っているのかというと、それは彼女達が、今後行われるライブでデュエット曲を歌うからだ。今日はその為のダンスレッスンだったのだが、満点を貰ったノクナレアとは違い、バーヴァン・シーの評価はあまりよくなかった。

 

 

「それに笑顔も出来ていないわ。なにか嫌な事でもあったの?」

「……うっせぇ」

「あっ、ちょっと……」

 

 

 マルガレータの制止も効かず、バーヴァン・シーは自分の持ち物を抱えてダンスルームから出て行ってしまった。

 それをただ見送る事しか出来なかったマルガレータは肩を落とし、目を伏せる。

 

 

「どうしたのかしら、このところずっとあの調子……」

「どうしたのよ、あいつ。私、今日久しぶりにあいつと会ったけど、いつもとかなり様子が違うじゃない」

「わからないのよ。数日前から雰囲気が変わったようだったけど、その時のレッスンはいつも通りに熟せていたから気のせいだと思ったの。でも、今日のレッスンを見て、あれは気のせいじゃないって確信したわ」

「バーヴァン・シーがああなるなんて、余程酷い事があったのね」

 

 

 ノクナレアにとって、バーヴァン・シーはライバル関係に当たる存在だ。女王モルガンの治世が終わった後に、どちらが真にこの國の頂点に君臨すべき者として競い合う関係にある。

 正直言ってしまうと彼女とのデュエットなど御免なのだが、他者の催し物に我儘を言って台無しにする気は無いため、今回だけという事で見逃していた。しかし、その相手となるバーヴァン・シーがあの調子では、本番になっても成功できる確率は限りなく低い。

 

 自分の魅力を伝えられないなど、ノクナレアにとっては耐えがたい屈辱だ。

 

 

「ちょっと行ってくるわ。レッスン、ありがとね。あと、そんなに凹んでてもなにも変わらないわよ」

「え、えぇ……」

 

 

 ひらひらと手を振り、自分もまたダンスルームを出る。

 

 

「待ちなさい、バーヴァン・シー」

 

 

 自分より少し前に出たくせに、背が少し小さく見える程先まで歩いていた彼女を呼び止めようと声をかける。しかし、バーヴァン・シーは返事を返さず、むしろ更に加速していく。

 ピキッ、と、ノクナレアの額に青筋が立った。

 

 

「バーヴァン・シーッ!」

 

 

 他に妖精がいるのにも関わらずに叫び、走って彼女の前に立ちはだかる。そうしてようやく、バーヴァン・シーの足が止まった。

 

 

「あぁ? んだよ、ノクナレア」

「なんだとはご挨拶ね。この“王”の氏族長であるノクナレア様に向かってその態度も相変わらずだわ。なにをそんなに焦っているの?」

「テメェには関係ねぇだろ」

「いいえ? 全っ然、関係あるわよ?」

 

 

 通り抜けようとしたバーヴァン・シーの前に体を動かす。

 

 

「今度のイベントには、私と貴女のデュエット曲があるのよ? 貴女と組むなんて真っ平ごめんだけど、それでお互いソロでやるなんてつまらないにも程があるわ」

「勝手に言っとけよ。退けよ、オイ」

「退かないわ。というか、顔を上げなさい。それでこの國の後継者を名乗るなんて―――」

「―――触んじゃねぇッ!」

 

 

 ナメてるの、と彼女の顔を上げさせようと手を伸ばしかけた瞬間、バーヴァン・シーに片手で払い除けられる。

 

 

「なんなんだよテメェ……。テメェなんかに、私のなにがわかるってんだ」

 

 

 見るもの全てを威圧するかのように、鋭い眼光がノクナレアを貫く。

 しかし、それに決して気圧される事無く睨み返したノクナレアは、ハッと微かに目を見開いた。

 

 政治に関わる者として、また一つの領地を治める者として、ノクナレアは観察眼に優れている。相手がなにを考えているのか、なにを求めているのかを的確に見抜けなくては、領主としても氏族長としてもこの國を生き残る事は出来ない。

 そんなノクナレアの感覚と瞳は、怒りと焦燥に染まったバーヴァン・シーの瞳の奥に、一瞬だけ見えた微かな哀しみの色を見逃さなかった。

 

 では、彼女をこうも急かす原因は何かと言うと、ノクナレアとしては一つしか思い浮かばなかった。

 

 

「……もしかして、モルガン?」

「……ッ」

「モルガンが、貴女がそうなった原因?」

 

 

 ノクナレアからの問いかけに黙り込むバーヴァン・シー。それが当たり(・ ・ ・)であると確信したノクナレアは、彼女の手を引いて近くにあった休憩室へと入る。

 幸い、自分達以外の妖精の姿は無い。ここなら誰かに聞かれる心配はないと思い、バーヴァン・シーを座らせる。その後に自分も向かい側のソファに座った。

 

 

「聞かせなさい。モルガンとなにがあったの?」

「……実は―――」

(あ、話すんだ)

 

 

 そうして、ぽつぽつと語り出すバーヴァン・シーに、内心驚く。

 バーヴァン・シーは厳しさと優しさを併せ持った妖精だ。しかし、優しさを出すのは極稀であり、大抵は厳しさを前面に押し出している。そんな彼女がここまで正直に、しかも王権を簒奪しようと理解しているはずの自分相手に話すとは、それほどまでに彼女の心は追い詰められていたのだろうか。

 

 そして数分かけてバーヴァン・シーからモルガンについての話を聞き終えたノクナレアは―――

 

 

「はあああぁぁぁ……」

 

 

 と、盛大な溜息を吐き出した。

 

 彼女(モルガン)の言葉足らずな性格は昔からよく知っていた。最近はバーヴァン・シーの御目付役であるカリアの影響で鳴りを潜めていたはずであるが、なにかしらの理由があって、その時ばかりは昔の話し方に戻ってしまったのだろう。

 ならさっさと本当の気持ちを伝えに行きなさいよ、と内心ごちるが、モルガンはモルガンで忙しいのだろう。彼女の相棒である龍が『大穴』に施した蓋に綻びが生じるようになってきているのは、ノクナレアも配下から聞いていたのだから。

 

 しかし、仕事にかまけて愛娘の扱いを疎かにするとはなんと情けない。仕事も大事だが、配下も大事に扱わなければ、いつか叛逆される可能性もあるというのに。

 

 

「バーヴァン・シー。今日はもう城に戻りなさい。そして、モルガンともう一度話し合いなさい」

「……無理よ。お母様は、もう私の事なんて―――」

「勝手に自己解釈するんじゃないわよ。いい? 確かにモルガンは、貴方に対して酷い事を言ったわ。でも、それが本当に彼女が伝えたかった事だとは限らないでしょう?」

「え……?」

 

 

 パチリ、と瞬きしたバーヴァン・シーを、ノクナレアは真正面から見据える。

 

 

「バーヴァン・シー。貴女がプレゼントを上げた時、モルガンはどんな顔をしてたの?」

「……嬉しそうに笑ってた。本当に、注意しないと気付けないレベルだけど。でも、仕事が終わったら、『ありがとう』って言ってくれた」

「そんな彼女が、いきなり『いらない』って言うはずが無いでしょう?」

「……ッ!」

 

 

 ノクナレアの言葉に、バーヴァン・シーが目を見開いた。

 

 

「いい? バーヴァン・シー。改めて口にさせてもらうけど、もう一度話し合いなさい。今度は腹を割って、真正面から向き合ってね」

「でも、それでお母様から否定されたら……」

「だったら、見返してもらえるようにすればいいじゃない。必要ないって言われて、『はいそうですか』で終わらせるつもり? 冗談じゃないわッ! 私なら『だったら見てなさいッ!』って言って滅茶苦茶努力して、そんな戯言を言ってきた奴を見返させてやるわよッ!」

 

 

 だから、と、ノクナレアは続ける。

 

 

「今はダンスの事は忘れて、モルガンと向き合う事だけを考えなさい。くよくよ悩みながら踊られても迷惑よ」

「……ありがとう、ノクナレア」

 

 

 感謝の言葉と共に立ち上がり、バーヴァン・シーは部屋から出ていく。恐らく、この街のどこかにいるであろう御目付け(ベリル・ガット)を捜しに向かうのだろう。

 

 パタンとバーヴァン・シーの姿を消した扉を数秒見つめた後、ノクナレアは「なにやってんのかしら、私と」と溜息混じりに呟いた。

 

 あんな事を言ったとしても、自分にとってはなんのメリットもない。下手をすれば二人の仲がより深まり、モルガンの治世がより強固なものへと変わってしまうかもしれない。

 しかし、自分の行動を後悔する気は無い。これが自分にとって最善の選択であると、ノクナレアは確信しているからだ。

 

 

(私も、随分と優しくなったものね)

 

 

 元々、ここまでバーヴァン・シーに(かか)る気は無かった。しかし、気付いたらいつの間にか、互いにアドバイスを出し合うような関係になっており、次の妖精國の支配者として競い合う良きライバルへとなっていった。

 

 

(それもこれも、あいつのせいね)

 

 

 脳裏に浮かべるは、バーヴァン・シーの御目付け役の一人。彼女(・ ・)が自分達の架け橋となった影響で、今の自分達の関係がここに在る。

 

 もちろん、複雑な気持ちではある。いずれ敵として相対する存在相手に、ここまで心を許していいものかと。しかし、ノクナレアはそれでもいいと片付けた。

 後々ぶつかる存在と親交を深めるのは、既に経験済みだ。

 

 アルトリア・キャスター。そして、『異邦の魔術師』。面白集団を引き連れて自分の前に現れた彼女達とは、いずれこの國をかけて決着をつける時が来るだろう。その敵が一人や二人増えるとしても、ノクナレアは良かった。

 

 相手がどんなに強力であっても、自分の決意が揺らぐ事はない。どんな相手だろうとも捻じ伏せ、この國を手に入れる。それが、彼女の夢なのだから。

 

 ―――しかし、それはそれとして。

 

 

「貴女も大概ね。盗み聞きなんて真似をするとは思わなかったわ」

「いやぁ、私としてもどうかとは思ったんだけどね」

 

 

 今まで気配を消していたのだろうか、丁度自分やバーヴァン・シーのいた位置からは死角になっていたソファの影から、スッと一人の男性が姿を現す。

 その腕に抱えられている衣を見て、ノクナレアは目を細める。

 

 

「なに、それ」

「友人からの贈り物さ。座ってもいいかな?」

「えぇ、もちろん」

 

 

 深緑色の葉を何枚も重ね合わせたようなデザインの衣を背もたれにかけ、プロフェッサー・Kがノクナレアの前に腰を下ろす。

 

 

「先程は申し訳ない事をしてしまった。許してほしい」

「もういいわよ、過ぎた事なんだし。それで? ただ謝る為だけに座ったわけじゃないわよね? ……もしかして」

「あぁ、その『もしかして』さ」

 

 

 そこで笑みを消し、身を乗り出したプロフェッサー・Kに、自然とノクナレアの表情も仕事モードに移行する。

 今ここにいる彼女は、ダンスレッスンに来た『妖精ノクナレア』ではなく、一つの氏族を統べる『氏族長ノクナレア』であった。

 

 

「討伐隊の編成は? ()に有効な手段はなにか見つかったの?」

「乗り気になってくれているのは嬉しい。しかし、討伐隊を派遣する事は出来ない。如何に貴女の部隊が精鋭揃いであっても、奴には通用しない。ただの妖精に、あれは対処できない。有効な手段も同様だ。たとえ君の支配下にあったとしても、気持ちが移ろいやすい彼らに、奴に対抗する術はない。寧ろ奴の力に取り込まれる(・ ・ ・ ・ ・ ・)

「……本当にムカつくやつね」

 

 

 淡々と告げられる返答に歯噛みする。

 女王との戦争の為に鍛え上げ、連携も取れるよう訓練を重ねさせてきた。しかしそれでも尚超えられない壁に、ノクナレアの苛立ちが募っていく。

 

 

「……なら、場所は? 場所さえ教えてくれたなら、後はそこに観測隊を送るわ」

「わかった。奴のいる場所は―――」

 

 

 ノクナレアの言葉に頷き、プロフェッサー・Kはその存在が眠る場所の名を告げた。

 

 

「灰の都、オークニー。そこに、あの黒い靄―――“黒の凶気”の根源がいる」

 

 

 

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 龍が、首をもたげる。

 それに気付いたモルガンが、映像から彼へと視線を移す。

 

 どうかしたか―――と声をかけようとして、モルガンは開きかけた口を閉じた。

 

 

(『予言の子』……遂に鳴らしたか)

 

 

 どこからともなく響く、鐘の音。

 流星が降り注ぐ赤き夜空に鳴り響くそれに、周りにいた妖精達が騒ぎ始める。 

 

 

「こ、この忌まわしい音は……『巡礼の鐘』が鳴らされたというのかッ!? ノリッジに派遣した兵士はッ!? スプリガン殿はなんと言っているッ!?」

「『予言の子』だッ! あの娘が円卓軍と結託して、ノリッジに攻め込んだんだッ! ウッドワスはなにをしていたのだッ!? オックスフォードにいながら、円卓軍の行軍を見逃したのかッ!?」

 

 

 口々に騒ぐ。鐘の音から耳を塞ぐように、羽虫のように騒ぎ続ける。

 すると、ふつふつと燃え上がる盟友の怒りを感じ取ったのか、ディスフィロアが軽く唸り声を上げて強烈な熱気と冷気を放出し始めた。それに妖精達が瞬く間に怯えの表情を浮かべ、縮こまってしまう。

 

 内心で相棒へ感謝を伝え、モルガンは鐘よりも響く声で告げる。

 

 

「巡礼の鐘は鳴った。全ての領主、全ての妖精に伝えよ。これより『予言の子』を、我が臣民とは認めぬ。『予言の子』は妖精國に仇なす外敵。これに(くみ)するものも同類と見做す」

 

 

 経緯はどのようなものであれ、巡礼の鐘を鳴らされたという事実は変わらない。

 彼女がその道を選んだのならば、己はその道を閉ざそう。

 

 

「我が妖精國において敵は(たお)すもの。滅ぼすもの。一片の情けも与えぬもの」

 

 

 なにが『我が妖精國において』だ。昔から、それこそこの島が國になる前から、妖精達はそうやって敵を殺してきた。邪魔だと思った矢先に、潰してきた。

 それが嫌で嫌で仕方なかったのに、今では自分が先頭に立ってしまっているだなんて。

 

 ―――本当に、汎人類史の自分には難儀なものを植え付けられたものだ。

 

 

「オックスフォード領主、ウッドワスにはロンディニウムへの攻撃を命じる。ノリッジへの進撃を看過した罪状は、戦いの結果を以て定めるものとする。心せよ。このブリテンに最早、『予言の子』を迎える土地は無いと」

 

 

 モルガンからの宣告に、妖精達が心中で歓喜の声を上げる。

 

 また戦争が始まるぞ、と。また下級妖精達の悲鳴が聞ける、と。『予言の子』と円卓軍に感謝を、と。

 

 それが全て視えているモルガンの心は、さらに侮蔑の色を強めていく。

 そんな彼女の感情など知らぬままに、妖精達は我先にと自分達の住処へと駆け足で戻っていく。

 

 そうして最後には、彼女とその相棒、そして二人の書記官が残される。

 

 

(巡礼の鐘は鳴り響いた。『予言の子』は我が敵となった。ならば、滅ぼそう。妖精達の為ではない。私の國を、いや、あの子の為に……)

 

 

 その為には、と膝元に出現させたチェス盤に手を伸ばしたモルガンから、ディスフィロアは視線を外し、『大穴』のある方角へと向ける。

 

 吹き抜けから見える赤い光は、この國に起こる全てを嘲笑うかのように、一瞬だけ強く輝いていた。

 

 

 

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「馬鹿なッ! 馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!! 巡礼の鐘が鳴らされたというのかァッ!!」

 

 

 オックスフォードのとあるレストランから、一人の男の怒声が響き渡る。

 髪を振り乱し、今まで自分が腰を下ろしていた椅子を、食事が運ばれてくるはずだったテーブルを力任せに叩き潰した彼―――ウッドワスが、憤怒に彩られた絶叫を上げる。

 

 

「ウ、ウッドワス様ッ! 落ち着いてくださいッ!」

「ええいうるさいッ!」

「ヒィッ!?」

 

 

 近くにいた店員がウッドワスを止めようとするが、非力な彼が憤怒に呑まれたウッドワスを制止しようとするなど、無謀にも程がある。

 怒りのままに店員の顔を吹き飛ばそうと振るわれた拳は、しかし、一瞬の内に彼の前に現れた女性によって受け止められる。

 

 

「落ち着きたまえよ、ウッドワス。クールに、礼儀正しく。自らの氏族にそう課した君が、そんな姿を晒すのはどうかと思うが?」

「……っ、カリア……」

 

 

 片手で拳を受け止めた友人に告げられた言葉に、ウッドワスの瞳に理性の光が戻る。

 素直に拳を引き、店員に「すまなかった」と頭を下げ、懐から取り出した財布を彼に手渡す。

 

 

「椅子やテーブルを破壊してしまった詫びだ。少々張り切ってしまった分、このレストランを改築出来るぐらいの金は入っているはずだ。どうか、受け取ってほしい」

「え? し、しかし……」

「返す必要は無い。使ってくれなければ、私の気が済まないのだ。頼む」

「……わかりました。ありがとうございます」

 

 

 ウッドワスの財布を大事そうに懐に納め、店員が去っていく。

 元々貸し切りにしていたので、彼を含めた店員以外の妖精の姿は無い。そして、その彼もこの場を離れ、残されたのはウッドワスとカリアのみとなった。

 

 

「感謝するぞ、カリア。また私は、自らの怒りに呑まれ無益な殺生をするところだった」

「構わないさ。……しかし、まさか巡礼の鐘を鳴らされるとはね。しかも方角的に、鳴らされた鐘はノリッジのものだろう」

「くッ……スプリガンめ、なにをしていたのだ……」

「さてね。留めようとしても無駄だったか、寧ろ留めずに進んで鳴らさせたのか。まぁ、こればかりは彼にしかわからないだろうよ」

 

 

 だが、と、カリアは近くにあった椅子を引き寄せて座った。

 

 

「これだけはわかる。オーロラ嬢め、どうやら我々を謀ったようだね」

「なに……? それはどういう事だ?」

「今のこの状況だよ。我々は唐突ながらもオーロラ嬢からオックスフォードのレストランでの食事を持ち掛けられ、これに了承した。しかし、張り切った君が貸切にしたにも関わらず、ここに彼女は来なかった。店員に聞いてみても、『急用が出来たので予約をキャンセルされた』と言われた。だが、彼女は“風”の氏族だ。風に声を乗せられる彼女ならば、我々がいたキャメロットにいる配下に伝言を頼めるはず」

「まさかオーロラが……彼女がこうなるように仕掛けたとでも言うつもりかッ!?」

「まだそうと決まったわけではない。だが、あまりにもタイミングが不自然すぎる。ボクとしては疑うなと言われる方が難しいところだね」

 

 

 あくまで僕個人の考えだけどね、と言い終えたカリアに、彼女と同じように近くに椅子に腰を下ろしたウッドワスが顔を顰める。

 オーロラが唐突に食事の誘いを入れてきたのは不自然である事は、彼も薄々感じてはいた。しかし、そんなはずがないと、その可能性から目を背けていたのだ。しかし、いざこのような事態が起きた事で、ウッドワスの疑問はその姿を変えつつある。

 

 

(いや、しかしあのオーロラが……)

「ところでウッドワス」

 

 

 頭を抱えて呻こうとした直後に声をかけられ、反射的に顔を上げる。

 

 

「こうなってしまった以上、陛下の君に対する評価は下がってしまった可能性がある。近々名誉挽回の機会として、なにかしらの任務に就かされるはずだ。恐らく、それは過酷なものとなるだろう」

「……当然だ。陛下から与えられた任務であるのなら、私は全身全霊を以てそれに当たる」

「頼もしいものだ。ただし、有利に事が進んだからといって油断はしないようにな」

「もちろんだ。たとえ戦闘であろうと、手加減はしない。寧ろ全力で叩き潰してくれるわ」

「戦闘……。あぁ、そうだ。この手があった」

 

 

 ウッドワスからの返答に目を軽く見開いたカリアが、「ウッドワス」と身を乗り出す。

 

 

「なんだ?」

「一つ、話を聞いてもらいたい」

 

 

 そうしてカリアから持ち出された話に、ウッドワスは驚愕に口を半開きにしてしまった。

 

 

「どうかな? 君には少し辛い思いをさせるし、多少の屈辱も味わってもらうが、これが一番手っ取り早い方法なんだが」

「…………わかった。その話に乗ろう」

「あぁ、助かるよ、ウッドワス。それでこそ勇者将軍だ」

 

 

 複雑な感情を呑み込んで了承の意を示したウッドワスに、カリアは大きく頷いたのだった。

 




 
・『マルガレータ』
 ……マタ・ハリと同じ外見、声を持つ妖精。アルム・カンパニーではアイドル達のダンスレッスンのインストラクターを務めている。

・『ノクナレアとバー・ヴァンシーの関係』
 ……どちらも自分こそがモルガンの後に妖精國を支配するに相応しいと自負しているため、ライバル関係にある。デュエット曲を披露する事になったのは、どちらがより多くの妖精を魅了できるか競い合う為。
 また、この作品においてノクナレアが愛用しているブーツや靴類は、基本バーヴァン・シー作。それは彼女から贈られたものではなく店先で購入したものだが、履き心地、デザイン共にノクナレアのストライクゾーンにクリティカルヒットしたため、大事に扱っている。今回バーヴァン・シーにモルガンとの話し合いを勧めた理由としては、『ライブで変な失敗をされたらこっちの面子が潰れるから』、『敵同士ではあるが、どうせ一緒に踊るのなら全力で踊りたい』、『ここで彼女よりも上手く踊れれば、妖精達にバーヴァン・シーよりも自分の方が素晴らしいと刷り込む事が出来る』といったものが挙げられる。

・『“黒の凶気”』
 ……モンスターハンターストーリーズに登場する、黒い靄のようなオーラ。このオーラを纏ったモンスターは戦闘力、凶暴性が増し、周囲に途轍も無い被害を齎すようになる。また、このオーラは大型モンスター以外にも、小型モンスターや幼体のアプトノス、果ては植物にさえも影響を及ぼす。

・『隠れ身の装衣』
 ……プロフェッサー・Kが持っていたもの。アンナからの贈り物であるそれは、通常であればモンスターに気付かれなくなるものであるが、彼女やミス・クレーンによる改良により、装備するだけで気配遮断Aクラスの隠密行動が可能となっている。
 これに対しプロフェッサー・Kは嬉しさ半分寂しさ半分といった気持ち。寂しさを構成しているのは、以前彼がオークションで購入したある道具の使いどころが無くなりかけているから。


 次回は2月16日ですが、実はその日からスペイン旅行に出発してしまうため、もしかしたら更新できないかもしれませんのでご了承ください。
 それではまた次回ッ!


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交錯

 
 ドーモ=ミナサン。
 一週間のスペイン旅行を終え、帰ってきましたッ!

 スペイン語が全く喋れない自分でしたが、英語も通用する国だったのでなんとか楽しんできましたッ! ツアーで旅行したので、バルセロナやラ・マンチャ地方など、色々な所に行ってきました。バルセロナではコロンブスの像を見たり、ラ・マンチャ地方ではドン・キホーテが立ち向かったと語られる風車を見たりと、fgoにも登場した彼らと縁のある場所にも行けたので万々歳ですッ!

 そういえば帰ってきてから気付いたのですが、お気に入り登録者がかなり増えていて驚きました。もしかしたら一瞬だけでもランキングに載ったのでしょうか? だとしたら彼らのためにも、もっと頑張らなければなりませんねッ!

 それでは帰国後一発目の本編、どうぞですッ!



 

 コツ、コツ、と一定のリズムで奏でられる音が反響していく。

 

 ここはニュー・ダーリントン。かつて妖精國に存在し、そしてあの赤い光が招く災害によって滅ぼされた街を新たにしたもの。

 しかし、そこに妖精達の賑わいの声はない。あるのはただの静寂と、時折聞こえてくる実験体(・ ・ ・)達の呻き声だけ。

 光源が松明程度の心細い、そしてどんよりとした雰囲気も相俟って長時間の滞在など考えたくもないその中を、男は鼻歌混じりに歩いている。

 

 『作業』を終えた後なのか、ぬらぬらと鈍く光を反射する赤黒い鮮血に染まったナイフを手元で遊ばせるその男―――ベリル・ガットは、自分の目の前に壁が見えると同時に鼻歌を止め、ナイフについた血をハンカチで拭い取り仕舞う。

 

 ごつごつとした表面を軽く右手で撫でると、壁などまるでなかったかのように霧散していき、地下へと続く階段が現れる。

 ベリルが一つ、また一つと階段を踏み締める度に両脇に備え付けられた照明が光を放ち、彼を包む闇を払っていく。

 

 そうして数分階段を下りていった頃、一つの扉がベリルの前に姿を現した。

 軽く見ただけでも分厚く作られていると理解できるその扉を押し開けると―――

 

 

「うぉっと―――ッ!? ハハ、相変わらずスゲェな……」

「ゥウ……ベリル……ガットォオオオォォ……ッ!!」

 

 

 表情を微かに引きつらせながらも歩を進める先にいる存在は、自身の目の前にいるベリルに牙を剥く。

 

 

「よぉ、領主様(・ ・ ・)……ああいや、今となっては元領主様か? ま、元気そうでなによりだ。あ、リンゴでも食う? ってか、そもそも言葉わかる?」

「アァアアアアァァァアアアア……ッッ!!!! ベリルゥウウウウウゥゥッ!!!」

「あ~……無理だったか」

 

 

 試しに取り出したリンゴをチラつかせてみたが、領主と呼ばれたその妖精は獰猛な雄叫びを挙げてベリルへと襲い掛かろうとする。しかし、天井と床に固定された計十本もの鎖が、彼の行動を制限する。

 そんな彼に落胆してがっくりと肩を落とすも、「ま、そうだよな」と近くの椅子へと腰掛けリンゴを頬張る。

 

 

「そんな状態になってもオレ達の事を思ってくれてるとか、情熱的だねぇ。アンタがべらぼうに美人さんだったらキスしたいところだよ」

 

 

 かつて備えていた礼儀を失い、最早獣そのものと呼んでも差し支えない状態になっても尚己の名を叫ぶ妖精に届くはずのない言葉を投げかけた後、口内に違和感を感じて舌を動かす。

 

 

「―――マッズッ!?」

 

 

 そしてそう叫ぶや否や、口内に残っていたリンゴの欠片を吐き出した。

 まさかと思い右手に持っているリンゴに視線を落とせば、先程までの熟れた赤色は廃れ、食欲など微塵も刺激されない程にどす黒く変色していた。

 

 

「大分抑制してもらってんのに、一気にここまで変化させんのかよ。ったく、折角一番いいやつ買ったってのによ」

 

 

 溜息を吐いてリンゴを投げ捨てる。

 物陰に消えていくそれをなんとなく見つめていると、そこからぐしゃり、とリンゴが踏み潰される音が聞こえてきた。

 

 

「……誰だ?」

「―――俺さ、ベリル」

 

 

 物陰の奥から僅かに姿を現したその存在に、ベリルは軽く目を見開く。

 

 

「……こいつは驚いた。なんだってアンタがここにいる? ロンディニウムにいるべきじゃねぇのか?」

「今はお互い休んでる。といっても、あんまり時間はないけどね」

 

 

 柱に身を預けた男は横目で拘束された妖精を見やり、「ハッ」と小さく鼻で笑った。

 

 

あいつ(・ ・ ・)の力って、こんなに強いものだったっけ。それとも、素体のポテンシャルが高いとこうなるのか?」

「それはアンタの専門だろ。色々教えてもらってる身としては、是非アンタからその答えを提示してもらいたかったところだね」

「あぁ、それは失敬。心から反省してるよ、いや本当に」

「カァ~ッ、そこまで誠意を感じさせない謝罪は生まれて初めてだぜ」

 

 

 苦虫を嚙み潰したような顔になるベリルは、「ま~でも」と眼鏡をギラリと瞬かせた。

 

 

「受け取っておくよ、表面だけでも謝ってもらえてサンキュー。それに……」

 

 

 瞳を閉じ、脳裏にとある妖精の姿を思い浮かべる。

 

 

「こいつの力を物にするのに、心当たりもあるしな」

 

 

 そう言い終えた彼の口元には、三日月のように歪んでいたのだった。

 

 

 

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「では、私はこれにて……」

 

 

 会議に参加していた最後の妖精が退席し、扉が閉められる重々しい音が響く。

 

 とりあえずの仕事が終わり、ようやく目障りな存在がいなくなったからか、無意識に軽く息を吐き出す。

 

 

「……私は部屋に戻る。分身を残すので、用事がある場合はそちらに」

「「はっ」」

 

 

 短く言い終えた後、魔力で象った自分の分身を玉座に残して『水鏡』を発動する。

 視界が一瞬だけ青い光に包まれた後、自分の視界に映り込んできたのは、先程までいた謁見の間ではないプライベートルームの光景。

 

 保護の魔術をかけにかけまくった、愛娘から贈られた大量の靴を並べたショーケースの前を通り、ベッドの前に立つ。そのまま一気に倒れ込もうとするが、寸でのところで自分に浮遊の魔術をかけて体を浮遊させる。

 

 

(……危ないところでした。危うく彼女の靴を履いたまま眠るところでした)

 

 

 映像を逆再生するように倒れかけた体を元に戻し、履いていたヒールを脱ぐ。もちろん雑に放る事はなく、きちんと揃えた後、消臭と洗浄の魔術で丁寧に汚れと判断したものを排除してからショーケースに戻す。ついでにヴェールのついた王冠も外してから、モルガンはようやく己の体をベッドへと沈ませた。

 

 

(はぁ、本っ当に疲れた……)

 

 

 ノリッジの鐘が鳴らされてからというものの、どんどん増えていく仕事。配下の妖精達が久方ぶりの娯楽にありつけると張り切った影響で様々な仕事が目の前に転がってきては解決し、転がってきては解決し……という繰り返し。正直なところ、この程度のものなど國を統治し始めた頃に比べれば造作も無い事なのだが、最近は娘のバーヴァン・シーに避けられてしまっている事による精神的ダメージもあってか、いつもよりも肉体的にも精神的にも疲れやすくなっていたようだ。

 なぜ自分は彼女に避けられるようになってしまったのか―――必死に思い出そうにもどうしても思い出せない。

 

 

(どうしましょう。もしこのままバーヴァン・シーに嫌われて……いえ、もう既に嫌われてしまっている……? もしそうであれば、私は……)

 

 

 もし彼女に嫌われてしまったら、これから自分はどうしていけばいいのか。ここまで國を運営し続けてきたのは、汎人類史の自分より植え付けられた願いもあるが、個人的には愛娘の為でもあったのだ。これから先も続いていくであろうこの國を、いつか彼女への恩返しとして玉座を譲る為にここまで頑張ってきたのに、当の本人に嫌われてしまっては、このプレゼントを喜んでもらえないのではないか―――そう考えた直後、モルガンは全身の血の気が引くのが嫌でもよくわかってしまった。

 

 マイナスな考えが次第に脳内に溢れ始め、頭を抱えようとした直後―――コンコン、と、扉がノックされた音が聞こえた。

 

 

「……誰だ」

 

 

 反射的に飛び起き、衣服に乱れは無いかとチェック。即座に王冠を被り直したモルガンがせめて言葉だけでもと威厳のある声でそう訊ねる。

 

 

「お母様……その、バーヴァン・シー、です。入ってもよろしいでしょうか……?」

「バーヴァン・シー……? えぇ、もちろんですよ」

 

 

 予想していなかった来訪者に少し驚きながら入室を許可すると、ガチャリと扉を開けて、赤色のドレスを着た愛娘が部屋に入ってきた。

 少し表情が強張っているのを見るあたり、緊張しているのだろうか。ベッドに腰かけたモルガンが隣に座るよう促すと、バーヴァン・シーは「はい」と緊張した様子を崩さないまま隣に座ってきた。

 

 

「どうかしましたか? そのような顔をして……」

 

 

 なにが彼女をそうさせてしまっているのか。それをなんとか聞き出そうと、モルガンは愛する娘に訊ねるのだった。

 

 

(……お母様)

 

 

 それに対し、バーヴァン・シーの心は張り詰めていた。

 隣に座るのは、この國の女王にして己の母親のモルガン。普段からこの妖精國の為、数多の妖精達を恐怖で支配してきた偉大なる女王だが、今の彼女は自分の母親であろうと、優しく、そして不安そうに見つめてきている。

 それは嬉しい。自分にその眼差しを向けてくるだけで、彼女の慈愛の心が感じ取れる。

 

 しかしそれが、よりバーヴァン・シーの心を緊張の糸で縛り上げる。

 

 

(でも……)

 

 

 視線を動かし、母の自室を見渡す。

 部屋の隅に置かれたショーケースには、これまで自分が贈ってきた靴が飾られている。汚れが一つもついていないのを見ると、まさか使用していないのではないかと考えてしまうが、それはないと即座に自分の記憶が否定する。

 彼女が自分の贈った靴を履いているのは、最初の靴をプレゼントした日から毎日見てきた。

 

 しかし次の瞬間、数日前の記憶がフラッシュバックしてくる。

 

 

『もう良いのです、バーヴァン・シー。貴女からの贈り物は、もう必要ありません』

 

 

 あの時のモルガンの言葉を思い出すと、それだけで喉元まで出かけた言葉が引っ込んでしまう。

 

 だが、それで止まるわけにはいかないと、今のバーヴァン・シーの心は決心していた。

 ノクナレアとの会話により、今の彼女は、たとえ恐ろしくとも己の気持ちを言葉に乗せるべきだと考えるようになっていたのである。

 

 

「……お母様。以前、貴女は私からのプレゼントを不要と仰いました」

「……ぇ」

 

 

 バーヴァン・シーからの言葉に、モルガンが小さく声を漏らす。

 しかしそれに気付かぬまま、バーヴァン・シーはぽつぽつと、少しずつ振り絞るように言葉を続けていく。

 

 

「私は貴女から、たくさんのものを受け取りました。この地位も霊基も、そして、多くの思い出も。私は少しでもその恩に報いたくて、貴女にプレゼントを贈ってきました」

 

 

 バーヴァン・シーが話している間にも、モルガンの脳裏に様々な考えが浮かんでは消えていく。

 

 

「私の取り柄は、正直言ってほとんどありません。だから、周りから多くのものを学び、身につけてきました。カリアからは戦い方を、貴女やベリルからは魔術の扱い方を。ベリルからは、汎人類史の知識として、靴というものを教わりました。私は戦う事より、それを作る事こそが楽しいと感じ、そうして作った靴を、貴女のプレゼントにしてきました」

 

 

 あの時の態度は、多忙のためと言えども娘へ向けるものではなかったのではないか。

 では、愛娘が自分を避けるようになってしまったのは―――

 

 

「不満を感じているようでしたら、申し訳ございません。ですが最後に、最後にもう一度だけ、聞かせてください。お母様は、私からのプレゼントは、もう不要ですか……?」

 

 

 ―――自分のせいなのではないか。

 

 潤ませた瞳で不安げに見つめてくる愛娘に、モルガンは罪悪感で心が圧し潰されそうになった。

 

 全身が冷や水を浴びせられたように冷たくなる感覚を覚えながらも、モルガンは必死に自分の気持ちを伝えるべく口を開いた。

 

 

「……ふ、不要なはずがありません。貴女からの贈り物は、いつだろうとなんだろうと、私のた……宝物、です。不要だなんて、そんなはずがありません。絶対……そう、絶対にです」

「……ッ! お母様……」

 

 

 潤んだ瞳から、一筋の雫が零れ落ちる。

 それが切っ掛けになったのか、バーヴァン・シーが嗚咽を漏らしながら身を震わせ始める。そんな彼女を抱き寄せ、モルガンは続ける。

 

 

「あの時は申し訳ありませんでした。仕事が忙しく、貴女に取るべきではない態度を取ってしまいました。そのせいで貴女に余計な重荷を背負わせてしまった……私は母親失格です……」

「そ、そんな事ありませんッ! お母様の考えを見抜けなかった、私の責任ですッ!」

「いえ、これは私が……ッ!」

「いえいえ、私の……ッ!」

 

 

 いつの間にか離れていた二人がお互いに頭を下げるが―――

 

 

「「―――ぁ痛ァッ!?」」

 

 

 ほぼ同時に頭を下げたため、二人の頭がぶつかってしまった。

 弾かれるように離れた二人が自分の頭を押さえて呻き声をあげる。そして、ある程度痛みが引いたのでお互いの顔を確認すると、どちらからともなく「ぷっ」と噴き出し、笑い出した。

 

 

「ふふっ、お揃いですね、バーヴァン・シー」

「あははっ、お母様こそ。……大丈夫ですか?」

「えぇ、もちろん。そちらこそ大丈夫ですか?」

「はいッ!」

 

 

 先程までの重苦しい雰囲気があっという間に消え失せ、二人の間には仲の良い母娘の間に流れる温かい雰囲気が満ち始める。

 それをなんとなく感じ取った二人は、先程までとは打って変わって、柔らかい笑みを浮かべて見つめ合う。

 

 

「では、この痛みがお互いの謝罪の証ですね」

「そうですね、お母様」

 

 

 お互いの頭を擦り合いながら笑い合う。

 そこには女王と妖精騎士の仮面を外した、仲睦まじい母娘の姿があった―――。

 

 

 

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 モルガンとバー・ヴァンシーが仲直りしてから夜は明け、翌日。

 

 星々が煌めく夜空の下に広がる草原に、一人の女性が立っている。

 

 この異聞帯で新調した深緑色のドレスを脱ぎ、いつもの白いスーツに身を包んだ彼女の名は、コヤンスカヤ。

 軍事企業NFFサービスの代表者であり、かつては『異星の神』と協力関係にあったアルターエゴ。そして、いずれ獣として羽化する運命を背負った女性である。

 

 そんな彼女がなぜここにいるのかと言うと、それはこの異聞帯で出来た友人であるムリアンからの依頼であった。

 

 それは、今からそう遠くない時間にこの場所を通る、女王軍の壊滅。

 現在、"牙"の氏族長のウッドワスがノリッジの鐘を鳴らされた失態を帳消しにすべく、『予言の子』やモルガンの治世に叛逆する円卓軍がいるロンディニウムと戦闘をしている。しかし思いの外抵抗されているようで、女王に援軍を求めたそうだ。

 夜遅くに出発したらしく、ムリアンが部下を使って直接確かめたわけではないが、確かに援軍を派遣したとモルガン本人が語っていた。

 

 ならばこれを壊滅させれば、ウッドワスに女王への不信感を植え付け、彼女の治世を崩す力となるのではないか―――そういった考えの下、戦う力を持たないムリアンはコヤンスカヤに依頼したのである。

 

 コヤンスカヤとしても個人的な目的があったためにこれを引き受けたが、しかしどれだけ待っても、女王軍の姿は見えない。

 まさかルートを間違えたのか、それとも別ルートを進んでいるのか―――そんな事を考えていると、遠くに一つの人影を見つけた。

 

 しかし流石に一人で援軍とは言えないか、などと考えながら何気なしに近づいてくる人物を見つめていると、やがてその姿が明らかになってきた。

 

 黒と紫に彩られた装備に、背負っているのはそれと同じ色を持つ操虫棍。

 頭部のヘルムを外した状態で歩いてくるその姿には、見覚えがあった。

 

 

「おぉ、貴女は確か、コヤンスカヤといったか。いつものドレスではないが、その姿もなんと麗しい事か……。そして相変わらず美しく可憐な、しかしどことなく危険な香りがするな、君は」

「あら、嬉しい。毎日お肌のケアに力を入れてきただけあります」

 

 

 両腕を広げ、流れるように口説こうとしてくるカリアを軽く受け流しながら、コヤンスカヤは細めた瞳でカリアを見据える。

 

 

「それにしても随分と装備を固めているようで。これから戦いにでも行くつもりですか?」

「あぁ、その通りさ。陛下よりウッドワスへの助力として派遣されたのだよ」

「そうなのですか? それは残念ですね……」

「? なぜかね?」

「友人からはウッドワス様への援軍が行進してくると言われていたのですが、まさか貴女だけとは……。ウッドワス様は女王陛下に見限られた、という事でしょうか?」

「ハハハ、中々どうして、面白い事を言うじゃないか。女王陛下は確かに援軍を送ると仰ったが……援軍だからといって大勢で来るとは誰が言ったのかい?」

 

 

 大袈裟な身振り手振りで笑ってみせたカリアに、コヤンスカヤが眉を顰める。

 

 

「どういう事です? まさか、貴女単騎で援軍だとでも?」

「その通りだが?」

 

 

 なにも当たり前の事を、とでも言いたげに首を傾げるカリア。

 それに対し、コヤンスカヤは目を細めて一歩後退る。

 

 瞬時に理解したのだ。彼女の言葉が噓偽りのない事実そのものであり、彼女が単騎で援軍としての役目を果たすに充分すぎる実力を有している事を。

 

 コヤンスカヤが身構えたと同時、「おや……?」とカリアの瞳に鋭い光が宿る。

 

 

「……あぁ、そうか。なるほど、君がそうか。どうにも嗅ぎ慣れた事のある匂いがすると思っていたんだが、なるほどなるほど、君が……」

「……なんです? 一人納得せずに私にもわかるよう―――」

 

 

 瞬間、コヤンスカヤはほぼ本能に突き動かされるようにその場から飛び退いた。

 軽やかに着地した彼女の視線の先には、いつの間に構えていたのか、操虫棍の刃を向けてきているカリアがいた。

 

 

「おや、避けられてしまった。まぁ、仕方あるまいか」

「……貴女……」

 

 

 チクリ、と首元に痛みを感じて指先を当ててみる。

 目の前にいるカリアへの警戒を怠らぬままに指先を見ると、己の首元から流れているであろう赤い血が付着していた。

 

 なんて速さだ、と思うのも束の間、即座に首元の痛みから意識を逸らし、カリアを睨む。

 

 

「……レディに対して攻撃だなんて、酷い事をなさいますね」

「許してくれたまえ。ボクとて、君のような美しい女性を斬りたくないんだ。だけれど、君―――“獣”だろう?」

「……ッ!」

 

 

 カリアの最後の言葉に、コヤンスカヤの彼女への警戒心が一気に勢いを増す。

 それを直感で感じ取ったのか、カリアの口元が歪み、熱い吐息が漏れ出す。

 

 

「あぁ、やはりそうだったか……ッ! しかし、嗅ぎ慣れた匂いといえども、君のは少し、いや、かなり薄い。もしや幼体かね?」

「嗅ぎ慣れた……? まさか、冠位……ッ!?」

「そのまさか……と、言いたいところだけどね。生憎とボクはそれじゃない。あくまで助太刀として、冠位(かれら)に同行していただけに過ぎない」

 

 

 目の前に立つサーヴァントが冠位(グランド)に位置する存在なのかと危惧したコヤンスカヤに真っ先に否定したカリアは、片手で操虫棍を巧みに弄びながら歩き始める。

 

 

「おじ様……ああいや、親戚というわけではないのだがね、同じはぐれ者(・ ・ ・ ・)故、ボクがそう呼んでいるだけだが、“青い星”の(とも)として狩りに出向いた時は、それはそれは愉しめたぞ」

 

 

 だが、と、立ち止まったカリアが横目でコヤンスカヤを見ながら操虫棍を担ぐ。

 

 

「君のような獲物は初めてだ。ぶっちゃけてしまえば、欲求不満でね。ボクではない『ボク達』が獣を狩り続けているのが心底羨ましく、そして憎らしい。フフ……フフフフフ……ッ!」

 

 

 憎々し気に、それこそ長年の怨敵へ恨み言をぶつけるように怨念の籠った言葉を紡いでいたカリアが、突如不気味に笑い出す。

 

 

「ウッドワスへの助太刀に行きたいのだがねぇ……仕方がない。そうだ、仕方がないんだ……ハハハハハハッ!」

 

 

 瞬く間に笑い声を響かせ、顔を片手で覆う。

 

 

「あぁ美しく気高き人類悪ッ! ようやくだ、ようやくこの『ボク』にも、獣を狩るチャンスが来たッ! ボクは、あぁあボクは……ッ!!」

 

 

 操虫棍を構え、両目を零れ落ちそうな程に大きく見開く。

 

 

「君を今すぐ、狩り(ころし)たいんだッ!! ハハハハハ……ハーハッハッハッハッハッ!!!」

 

 

 即座に銃器を手元に展開したコヤンスカヤに、最凶の狩人は全身から青黒い粒子を迸らせ、狂ったように笑いながら襲い掛かるのだった。

 

 




 
・『本編ではウッドワス軍についていたバーヴァン・シーやベリルがいない理由』
 ……バーヴァン・シーはモルガンと腹を割って話し合いたい、ベリルはベリルでやる事があるのでついていかなかった。

・『元領主』
 ……ニュー・ダーリントンにて囚われている妖精。言葉は発せられるが、理性によって口にしているわけではない。ベリルは彼を使ってなにかを企んでいるらしい……。

・『カリアという狩人』
 ……自然との調和を図るのがハンターの役目であるが、彼女個人の感情としては、『ただ目の前の相手を狩猟(ころ)したい』というものが強い。比率で言えば3:7(7が殺したい)。そんな彼女がなぜ最高の称号を獲得したのかと言うと、それは彼女の生前に起きた様々な出来事が関わっているが、それは幕間にて。

・『コヤンスカヤから見たカリア』
 ……完全な天敵。下手をすれば原作でカルデアと彼女が和解したツングースカ・サンクチュアリのストーリーが消える。幼体の段階でカリアを倒せるかと問われれば『不可能』としか言いようがない。しかしあくまで倒せないだけであり、条件さえ整えば撃退は可能。

・『“青い星”』
 ……カリア曰く、「自分と同じはぐれ者」。しかし彼の場合、はぐれ者としての度合いはカリアの何倍も大きく、なんならハンターという職業全体を見渡しても彼と同じ存在がおらず、もしいたとしたら間違いなく“禁忌”が動くレベル。本人としても「自分は化け物」だと思っている模様。現在はシュレイド異聞帯にて、アンナに敗れたエリシオと行動を共にしている。

・『青黒い粒子』
 ……カリアの霊基に刻まれた存在が放つもの。彼女の伝説を語るのに、この存在は不可欠なもの。生前子を成す事の無かった彼女の青春とは、()の龍との青春であった。ぼくの青春はディオとの青春!




 次回はカリアVSコヤンスカヤですッ!
 それが終わったら、そろそろアンナ達のアイドルイベントを始めようと思います。時間があればなにか一枚でもイラストを仕上げたいところですねぇ……。
 イラストといえばですが、現在fgoで開催中のイベントでヨハンナ様が実装されたとのことでしたので描いてみましたッ! どうか見納めください。


【挿絵表示】


 こちらのイラストはpixcivにも投稿しておりますので、良ければ他の作品も見ていただければ幸いです。以下URLを貼っておきます。

https://www.pixiv.net/users/42615441

 それではまた次回ッ!


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血狂いの狩人

 
 ドーモ=ミナサン。
 企業選考が本格的に始まり、本日ギリギリで話を完成させた作者です。

 就活が本当に大変で大変で……。中々執筆が出来ませんでしたので、今日は本当に疲れました、はい。
 ですがこれが無事終われば、後は自由な時間がたくさん手に入るので、運転免許証の獲得などと並行して執筆していきたいと思いますので、よろしくお願いしますッ!

 それでは本編、どうぞですッ!


 

 妖精國ブリテンは、美しい國だ。

 

 穏やかな風に揺られる木々に川のせせらぎは、そこに立つ者に安らぎを与えてくれる。

 森を抜ければ、広がるのは一面の緑。数多の妖精に、動物に踏み締められても、諦めず立ち上がり続ける緑は風に煽られながらもその強靭さを強かに主張し、自然という現象の力強さを感じさせてくれる。

 そこから視線を上に向ければ、陰る事のない満天の夜空の静寂が、何時何時までも優しく包み込んでくれる。時々見える流星なんかには、願い事を一つ掛けてみるのも一興だろう。

 

 

「ハハハハ……ハハハハハハハハッッ!!」

 

 

 そんな(うつくし)い光景を、狂笑が引き裂いていく。

 

 前方から迫りくる銃弾の群れの中を、地面に倒れ込む勢いで疾走していく狩人に、彼女から『獲物』と認識された女性が舌打ちする。

 

 これ以上引き金を引き続けても無駄だと判断したコヤンスカヤが両手で装備したサブマシンガンを消滅させながら上空へ跳び上がり、新たにロケットランチャーを装備する。

 

 瞬時に放たれる弾丸。音の壁を突き破って飛んでいったそれが地面に着弾すると同時、甲高い爆発音と共に熱風が吹き荒れた。

 

 

(命中は……ないですよね)

「ハハッ、逃げないでおくれよビーストッ!」

 

 

 上空へ逃げた獲物を捉えるべく、黒煙を突き破ってきたカリアを、コヤンスカヤはロケットランチャーと入れ替わりで装備したコンバットナイフで迎え撃つ。

 

 ガキンッ、と、耳障りな音が響き渡り、両者の間に何度も火花が散る。

 己の身の丈すらも超える大きさの操虫棍から繰り出される斬撃は重く、そして速い。気を抜けばこの身を両断する勢いで振るわれ続ける連撃を前にして、カリアの振るうそれに比べては玩具のようにしか思えないコンバットナイフで真っ向から迎え撃つなどあまりにも馬鹿げている。

 故にコヤンスカヤは的確に、そして巧みにナイフを扱う事でカリアの攻撃を受け流し、多少でもナイフの耐久力を持続させようとしていた。

 

 しかしそれでも、コヤンスカヤの心に余裕はない。いや、余裕など持てるはずがない。

 

 冷や汗は常に流れ、脳細胞は最初からトップギア。次の瞬間には、自分の命は目の前の狩人に斬り伏せられている……そんな己の死を何度も連想させられる攻撃を捌きながら、必死に思考を加速させていく。

 

 

「……ッ」

 

 

 バギッ、と嫌な音を立てナイフが砕ける。受け流し続ける間に蓄積されたダメージが、遂にナイフの刃に限界を迎えさせたのだ。

 

 

「ハハ―――ッ!」

 

 

 砕けたナイフの破片に、狩人の狂った笑みが映り込む。

 

 何十にも増えた殺意と快楽の混ざり合った眼差しが一斉にコヤンスカヤに注がれる。全身に走る怖気に顔を顰めるも、すぐにコヤンスカヤはカリアの斬撃を紙一重で躱し、彼女の体を蹴って地面に降りる。

 

 頭上から迫る一撃。体を回転させ、コマのように回りながら繰り出される斬撃をバックステップで躱し、頭部から髪の毛を毟り取る。

 

 放られたそれら六本は瞬く間に姿を変え、仮面をつけた巨人となった二本が棍棒を振り下ろす。

 

 轟音。

 地を揺るがし、風を呼ぶ巨人達の攻撃を、しかしカリアは操虫棍を頭上に構える事で防いでいた。その姿に、コヤンスカヤは苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。

 

 

(アイツ、ナメてやがりますね……)

 

 

 避ける隙などいくらでもあったはず。彼女のスペックならば、カウンターで巨人達の首を刎ねる事だって出来たはず。だが、あえてそれをしなかったとなると、答えは自ずとわかる。

 

 ―――受け止めてみたかったから。

 

 ただの、純粋な好奇心。生前相手取った事のない、しかし別の『カリア』ならば受けた事のあるであろう巨人達による攻撃の重さを受け止めてみたかったからなどという、寒気すら覚えるレベルの好奇心。

 

 

「ほぅ、この衝撃……ディアブロスの突進レベルか。ハハッ、いいな、面白いッ!」

 

 

 操虫棍という防壁を打ち破ろうとしていた棍棒が跳ね上げられる。巨人達が体勢を崩した瞬間、一体を真っ二つに両断しながら上空へ跳び上がったカリアが、右腕をもう一体の巨人に向ける。

 

 

「オオシナトッ!」

 

 

 彼女の右腕に留まっていた紺色の猟虫―――オオシナトが飛び立ち、巨人の全身に突撃していく。

 モンスターにさえダメージを負わせる程に硬い甲殻に守られた猟虫の十回にも亘る突進に巨人が膝を付いた途端、カリアが背後から首を刎ねた。

 

 

「さぁ、他にはなにがあるッ! もっとボクを愉しませて……」

 

 

 噴き上がる血飛沫を全身に受けて赤黒く染まったカリアの叫びを、爆発音が遮る。

 自然溢れる景観をぶち壊す、虎の頭が付けられた戦車が次々と砲弾を発射し、カリアのいる場所に着弾させていく。

 

 しかし次の瞬間、黒煙を切り裂いて飛んできた斬撃が戦車を木っ端微塵に破壊してしまった。

 

 

「……なんだねそれは。先の巨人と比べるとあまりに拙いではないか。これならリオレウスの火球の方がまだいいと思うが?」

 

 

 操虫棍を担いで現れたカリアは、近くに飛んできた戦車の欠片を蹴り飛ばす。

 だが、そこでカリアは「むっ」と切れ長の瞳を細め、周囲を見渡す。

 

 いない。

 先程まで交戦していた獲物(コヤンスカヤ)の姿が、どこにも見えない。

 まるで、自分が先程の巨人と戦車に気を取られている隙に逃げたかのように……逃げた?

 

 

「このボクから逃げるだと……ッ! 獣が、仮にも人類種の敵たるビーストが、冠位ですらないボクから逃げる? ふざけるなッ!」

 

 

 どこだ、どこにいる―――操虫棍が叩きつけられた衝撃で地面に小さくないクレーターが出来上がり、カリアの全身から青黒い粒子が迸る。

 

 今の彼女は、言うなれば餓死寸前の状態で目の前に転がってきたポポの肉を、そこらのバギィに横取りされたティガレックスのような心情であった。

 ようやくありつけた快楽があっという間に消えてなくなった激情に、カリアの怒りの炎が燃え上がる。

 

 

「どこにいるビーストッ! 臆病者め、人類悪を語るくせに一介の狩人に尻尾を巻くとは何事だッ!」

 

 

 怒りのままにカリアが叫んだ、その時。

 

 

 ―――逃げる? ()が逃げるだと? ふ、片腹痛いわ。

 

 

 どこからともなく声が聞こえた途端、カリアの足元が隆起しはじめる。

 ほぼ無意識に飛び退いた直後、彼女がいた地面から三本の尻尾が飛び出した。

 

 

「……ほぅ? それが君の真体か。ハハッ、なるほど、まさに獣ではないか」

〔左様。妾は獣。理不尽な死を前に斃れた獣達が形となったもの。我らを狩る貴様らヒトを弄びたいという愛から発露した、獣である〕

 

 

 着地したカリアの前に現れたのは、白い体毛に包まれた巨大な獣だった。

 日本に伝わる九尾の狐に似た外見だが、それと異なる点を上げるとすれば、彼女の持つ尾の数が九本ではなく五本、と言ったところだろうか。

 

 爛々と輝く禍々しい複数の目がぎょろりと動き、全てを引き裂くように鋭い牙が開かれる。

 それにカリアが先程までの怒りを完全に消し去った直後、コヤンスカヤの全身の体毛が逆立った。

 

 瞬間、赤黒い魔力の波動が噴き上げ、カリア目掛けて殺到していく。

 足元を陥没させる勢いで地を蹴ったカリアは自分に襲い来るそれらを斬り払いながらコヤンスカヤへと接近していく。

 

 コヤンスカヤはカリアの何倍も大きな体を動かして尻尾で薙ぎ払おうとする。それを軽くジャンプして避けてみせたカリアが操虫棍を上段に構えて振り下ろそうとするも、視界の端に白いなにかが映ったのに気づき、即座に真横に武器を動かした。

 

 

「ぐ……ッ!」

 

 

 凄まじい衝撃が全身に走る。

 柔らかいはずの体毛に覆われているというのに、その一本一本がヒトに対する恨みを宿しているかのように鋭くなっているような感覚。まるで一面に棘が生え揃ったような尻尾の一撃にカリアが弾き飛ばされ、地面に叩き付けられる。

 

 

〔潰れるが良い〕

 

 

 淡々とした口調のまま、コヤンスカヤの左前脚が振り下ろされる。

 咄嗟にそれを回避した直後、カリアは右腕からオオシナトを飛ばした。オオシナトは左前脚に体当たりをすると同時に全身に白いオーラを纏い、即座に主人の元へと帰ってくる。

 定位置に戻ったオオシナトが纏っていたオーラがカリアへと移った直後、コヤンスカヤの左前脚や胴体から白い人間の腕のようなものが無数に伸び、彼女を捕らえようとしてくる。

 それらをいなしながらコヤンスカヤから離れたカリアに、再び魔力の波動が襲い掛かるが、彼女も再びジャンプで躱す。

 オオシナトがコヤンスカヤから奪った白エキスの効果で跳躍力が上がったカリアが先程よりも高い場所までジャンプするも、コヤンスカヤも負けじと跳躍し、彼女よりも高い位置に移動した。

 

 

〔墜ちろッ!〕

「ハ―――ッ、墜ちるのは君の方だがねッ!」

 

 

 コヤンスカヤの全身から白い腕が伸ばされる。

 四方八方より迫り来るそれらを弾いたカリアは、丁度真下に来た腕に乗り、駆け出す。

 細い腕の道を一歩も踏み外さず、全方位から襲い来る白腕の群れを斬り捨てていくカリアだが、不意にバランスを崩した。

 

 咄嗟に足元を見やれば、なんと自分が足場にしていた腕から新たな手が伸びており、彼女の足首を掴んでいた。

 そして次の瞬間、カリアの両腕が二本の腕に掴まれた。

 

 

「う、オォ―――ッ!?」

 

 

 なんとか逃れようとするカリアに口角を吊り上げたコヤンスカヤが縦に回転しながら、重力に引かれるまま落下。遠心力によって力を増した腕は、カリアを拘束したまま勢いよく地面に叩き付けられる。

 

 ボールのように跳ねたカリアを、コヤンスカヤはまるで足りないと言わんばかりに何度も地面に叩き付けていく。

 そうして十回ほど叩きつけた後、カリアを上空へ放り投げたコヤンスカヤは、牙が生え揃ったアギトを開き、高出力の魔力弾を放った。

 

 爆発、続いて熱風。

 未だ完成体には至らずとも、人類悪に相応しき能力と実力によって繰り出される一撃は、カリアの霊核に明確なダメージを与えた。

 その証拠に、為す術なく魔力弾の直撃を受けたカリアはなにも出来ずに地面に落下し、その体を覆う鎧は亀裂が入り、晒された素顔には火傷が出来ていた。

 

 

「―――ハ」

 

 

 だが、それでも。

 

 

「―――ハハハハハハハッ!!」

 

 

 この狂人(かりうど)は、止まらない。止まるはずが無い。

 

 

「素晴らしいッ! これがビーストの一撃かッ! ハハハハハハハッ! いや、全身が痛いッ! この感覚は久しぶりだッ!」

〔……狂人め〕

 

 

 今も全身に激痛が走っているはずだというのに、それがどうしたと豪語するように笑うカリアの体には、先程の白いオーラの他に、茶色のオーラも加わっていた。

 いつの間にコヤンスカヤから奪ったのか、防御力を上げる茶色のエキスを獲得していたオオシナトにより、カリアの防御力は普段のものよりも高くなっていたのだ。さらに最初にカリアが獲得した白エキスは跳躍力強化の他にも、別のエキスの効力を増幅させる力があるため、今の彼女の防御力は、ただ茶色エキスを一つだけ獲得している状態よりも強化されていた。

 

 

「だがまだだッ! この程度で終わるものか、終わらせてなるものかッ!」

 

 

 狂笑を上げて走る出す狩人に気味の悪さを覚えながらも、コヤンスカヤはカリア目掛けて三つの魔力の渦を放つ。

 竜巻が如き勢いで渦を巻いて襲い来る三つの魔力の間をすり抜けたカリアに、続いて白腕が襲い掛かる。視界を埋め尽くす勢いで増えていく白腕を前に、カリアはより笑みを深めて速度を上げていく。

 

 地面に倒れ込む勢いで走るカリアの前に広がる大地に、次々と白腕による壁が建造されていく。それによって自分の行動を制限し、その隙に再び彼女を捕らえるつもりなのだろうか―――そう考えるも、上等とばかりにハッ、と息を吐いた。

 

 両足をより速く動かし、空気の壁を突破する。

 残像すら残さぬ黒い弾丸となって飛び出したカリアは、新たに壁を建造しようとしていた白腕の下を掻い潜り、コヤンスカヤの顎に操虫棍を振るった。

 

 

〔ガ―――ッ!?〕

 

 

 (おとがい)を切り裂かれ、白い体毛を赤い血が染める。ぱっくりと割れた切り傷から噴き出した鮮血を浴びたカリアの瞳が紅く染まり、剥き出された犬歯が鋭くなっていく。

 

 打ち上げられた顔面に、カリアは跳躍すると同時にさらなる追撃を叩き込み、コヤンスカヤの体をひっくり返す。

 さらにその間にオオシナトでコヤンスカヤの顔からエキスを奪ったカリアは、早速それを取り込む。

 

 

「揃った……ッ! ハハハハハハハハッッ!!」

 

 

 夜空を仰いで笑い声を轟かせたカリアに、起き上がり様にコヤンスカヤの放った魔力弾が直撃する。

 常に不敵な笑みを浮かべ続ける狩人に攻撃を仕掛けられた事に彼女の口角が上がりかけるが、しかし次の瞬間、それは驚愕へと変わった。

 

 

「……全く、()も目覚めるとはね。まぁそうか、久方ぶりの強敵だ。摸擬戦だけでは物足りなかったのだろう?」

 

 

 黒煙を払って現れたのは、コヤンスカヤではない誰かに言葉を放つカリア。しかし、その背には先程までなかったとあるもの(・ ・ ・ ・ ・)があった。

 

 翼だ。

 彼女の纏う鎧と同じ色、素材によって象られた翼が、彼女を空中に留まらせている。

 

 

〔その翼は……〕

「ボクの霊基に刻まれた龍の幻影、その一つさ。彼が目覚めるとは正直驚いたが、ハハッ、どうやら彼も君と死合いたいそうだ」

 

 

 それとも、ボクが君如き(・ ・ ・)に殺されるのが癪に障ったか―――。

 死して尚、何度も目の前に現れた運命の相手の気持ちを考え、自嘲的に嗤ったカリアは、操虫棍を軽く回して構える。

 

 

「さぁ、悪いけれど付き合ってくれたまえ。彼の癇癪は、少しばかりキツイぞ?」

 

 

 カリアが首を傾げた直後、彼女の姿が掻き消えた。

 驚愕に目を見開いた瞬間、コヤンスカヤの視界が暗黒に塗り潰され、続いて地面に叩き付けられる痛みが走った。

 

 カリアの背中より伸びる腕と一体化した翼による一撃はコヤンスカヤの瞳を以ても捉えられない速度で彼女に一撃を浴びせ、続いて顔面を殴り飛ばした。

 

 翼脚の拳で殴り飛ばされたコヤンスカヤが立ち上がると全身から魔力を噴き上げてカリアからの追撃を防ぐと、そのまま魔力の渦で彼女を攻撃した。

 

 前方から迫る魔力の渦をカリアが操虫棍を回転させて掻き消している間に、広げられた翼脚が巨大なブレスを放つ。直線状には飛ばず、それぞれがカーブを描きながらコヤンスカヤへと着弾する。それに彼女が僅かに怯んだ隙を突いてカリアが疾走。

 翼脚を折りたたみ、三色のエキスによって強化された身体能力で瞬く間にコヤンスカヤとの距離を縮めていく。

 互いの距離が操虫棍との間合いが入らない内に迎撃しようとコヤンスカヤが白腕を伸ばす。

 それらはこれまで以上の速さで一斉にカリアへと殺到してくる中、彼女は腰に装着していたポーチから取り出したそれ(・ ・)をコヤンスカヤ目掛け放り投げる。

 

 

〔そのようなもの、噛み砕いて―――〕

 

 

 白腕の中を掻い潜って飛んできたそれを噛み砕こうとアギトを開こうとした直後、コヤンスカヤの目が訝し気に細められた。

 

 

〔なんだ、これは―――〕

 

 

 眼前に飛んできたそれは、人間の掌に収まるほど小さな玉だった。

 小型の爆弾か、と銃火器に精通している彼女は考えるが、それはあながち間違っていなかった。

 

 コヤンスカヤに到達する前に破裂したそれは、爆炎を噴き出す代わりに―――

 

 

〔ガ、アァッ!??〕

 

 

 コヤンスカヤが自称する(どうぶつ)が最も苦手とする高周波を至近距離から叩きつけたのだ。

 予想外の攻撃を受け、コヤンスカヤの攻撃が中断される。

 

 耳が痛い。頭が痛い。

 キーンと甲高い音が脳内に反芻し、思考が定まらない。

 そうして頭を振って耳障りな音を掻き消した瞬間、目の前に黒い影が映り込んできた。

 

 

(マズイ―――ッ!!)

 

 

 その存在に気付いたコヤンスカヤが咄嗟に身を翻そうとするが、もう遅い。

 

 

〔グアァ―――ッ!?〕

 

 

 振り下ろされた刃による巨大な斬撃痕がコヤンスカヤの巨躯に刻まれ、大量の血飛沫が迸る。

 

 バシャバシャと噴き出した鮮血が草原を赤黒く染め上げていき、コヤンスカヤに片前足を曲げさせる。

 即座に尻尾による連撃でカリアを吹き飛ばそうとするが、強化された身体能力による彼女はそれを容易く打ち払い、返す刃と翼脚からのブレスでコヤンスカヤを吹き飛ばした。

 

 

「君との戦いは楽しかったよ、ビースト。けれど、これで終わりさ」

 

 

 夥しい量の鮮血を流し、震える足でなんとか立ち上がるコヤンスカヤに近づくカリアは、三色のオーラの他にも新たなオーラを纏っていた。

 

 カリアが戦闘中に獲得していた、赤・白・茶のどれにも属さない紺色のオーラは、彼女が戦闘開始した直後に自らの霊基(うちがわ)に巣食う存在によって与えられるウィルスを克服した証。

 これによって彼女は、三色のエキスが揃った時以上の力を発揮する。

 

 走り出したカリアに、コヤンスカヤは苦し紛れに周囲に展開した魔力弾による弾幕で壁を張る。

 それらによる攻撃を翼脚に護られながら走る彼女は、小さく口ずさむ。

 

 

「―――真名、解放」

 

 

 カリアの言葉に反応するように、全身を覆う四色のオーラの勢いが増していく。オーラはカリアの身体能力を徐々に高めていくだけでなく操虫棍にまで影響を及ぼし、獲物を寄越せと言わんばかりに獰猛な輝きを放ち始める。

 

 

「―――贄を、血を、肉を、魂を。このボクに、その全てを明け渡せ」

 

 

 人間のそれからかけ離れた牙を剥き出し、縦長に伸びた瞳孔が獲物を捉えて離さない。

 蛇に睨まれた蛙の如く身動きが取れなくなったコヤンスカヤの懐に潜り込んだカリアが連撃を叩き込み、その度にコヤンスカヤから大量の血が迸る。

 

 

「―――サぁ、絶叫ヲ、ひメイを、キョうフをッ!! そレこソガ、ボくガのゾム狩猟(サツリク)ノほうシュウなリッ!!」

 

 

 そして地面より一気に飛び上がったカリアが全身のオーラを操虫棍へと注ぎ込み、振り下ろす。

 

 

「―――血狂いの狩人よ、殺戮に惑え(モンスターハンター)ッッ!! ハハハハハハハッッッ!!!」

 

 

 自らに落ちてくる絶死の一撃。

 それが目の前まで迫ってくる中で、ようやくコヤンスカヤが自らを縛る硬直を振り払った。

 

 蒼い光と、無数の光が合わさり混沌とした色が混ざり合う。

 爆弾を爆破した音を何十倍にも増し、そこへさらに二乗した程の音と共に地盤が砕けて隆起する。辛うじて隆起を免れたとしても亀裂が刻み込まれた大地が黒煙に包み込まれる。

 

 

「…………ハァ……」

 

 

 黒煙が晴れていく中で、一人の女性の溜息が吐き出される。

 

 振り下ろした刃の先に、獣の首は無い。あるのは大量の血によって作られた池であり、その持ち主の姿は影も形もなくなっていた。

 

 逃げられた―――そう結論付けたカリアは、しかしコヤンスカヤがビーストとしての姿を現す前のように暴れたりはせず、その場に座り込んだ。

 

 

「逃げられてしまったか。全く、なんと逃げ足の速い」

 

 

 ようやく巡り合えた獣を狩り(ころし)損ねた悔しさを滲ませながらも、彼女の顔は晴れやかであった。

 ふと背後に視線を向けてみれば、先程まで自分の戦いをサポートしていた翼脚も消えていた。どうやら、彼も戦いを終えて内側に引っ込んだようだ。

 

 軽く息を吐いて立ち上がり、操虫棍を消滅させる。続いて視線を下げ、ヒビの入った鎧を見て嘆息する。

 

 

「最高の狩人がなんと情けない。未成熟の獣如きにここまでしてやられるとは……これではウッドワスの援軍にも向かえないではないか」

 

 

 魔力も大分使ってしまったため、このままロンディニウムで戦っているウッドワスに加勢するのは難しい。下手をすると戦闘中に消えかねない。

 それはいけない。自分だけならば死ぬまで相手を殺し続けられればそれでも構わないが、今の自分にはバーヴァン・シーというマスターがいる。数百年連れ添った相手になにも言わずに消えるのは、流石のカリアも心苦しい。

 

 モルガンより与えられた援軍の任務を果たせないのは申し訳ないが、理由を話せばわかってくれるはずだ。普段は強大で妖精達から恐れられるが、あれでも聞き分けはいい方なのだから。

 

 

(では、早速帰るとしよ―――)

『―――なにやってやがったんだカリアァッ!』

「ぃいッ!?」

 

 

 歩いて城に帰ろうとした直後、彼女の脳内に主の叫び声が聞こえてきた。

 

 

「マ、マスター……念話で叫ぶのは止めてくれたまえ……。こちらは戦いが終わった直後で疲れているんだ」

『テメェ、私の事なんか気にせず戦いやがって……しかも宝具まで使いやがったなッ!? お陰でこっちも疲れたわッ!』

「あ~……それはすまない」

『ったく……で? あの犬コロは勝ったの?』

「いや、それとは別口でね。思わぬ妨害者と遭遇してしまったんだ。陛下に報告してほしい」

『妨害者……? えぇ、わかったわ。後でお母様に伝えておくわね』

「あぁ、頼むよ、親愛なるマスター。良ければ魔力供給も是非……」

『激しすぎるから駄目だ。自室で寝てろ』

「ふふっ、恥ずかしがり屋め」

『お母様に言いつけるわよ?』

「それは勘弁」

『……ま、災難だったな。帰りも気を付けろよ』

 

 

 その言葉を最後に、バーヴァン・シーからの念話が終了する。

 親愛なる主からの言葉に従い、カリアはキャメロットへ足を進めていく。

 

 その途中、彼女は足を止めて振り返る。

 

 

(さて、ウッドワスは上手くやってくれているかな?)

 

 

 カリアの視線の先。そこには天へ昇る眩い光があった。

 

 

 

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「ぐぅ……ッ!」

 

 

 カリアが撤退を始めた頃、ウッドワスは痛恨の一撃を受けて膝をついていた。

 

 今受けた一撃は、選定の槍。女王モルガンの治世を崩さんとする円卓軍のリーダーであるパーシヴァルが持つ槍の一撃だ。

 忌まわしき楽園からの(こえ)。罪を犯した妖精達を裁く、眩くも悍ましい光。

 

 亜鈴百種としての力を解放しても尚、この痛み。だが、激痛を受けても尚、ウッドワスは倒れなかった。

 

 それは、この戦いに負けられないという意地ではない。もちろん負けないのが一番であるのだが、今回ばかりはこうしなくてはならない。

 

 

(この気配……。カリアめ、なにと戦ったかは知らんが、撤退したようだな)

 

 

 自らの前にいる者達から目を逸らさないまま気配を探ると、どうやら予想通り援軍としてこちらに向かって来ていたカリアが撤退していくのがわかった。

 

 これから取る行動は、陛下を裏切るものだ。

 陛下からの信頼を裏切るような真似事は、正直やりたくない。

 しかし、やらなければならない事だ。もし彼女の考えている通りだとしたら、陛下のすぐ近くに裏切り者がいる事になる。

 それは許せない。絶対に許せるはずが無い。モルガンへ絶対の忠誠を捧げる身である自分が、その裏切り者を粛清せずしてなんとするというのか。

 

 

(それにしても……)

 

 

 震える足で立ち上がり、自らの前に立ちはだかる影の戦士達を睨む。

 

 剣と盾を装備した男に、身の丈を優に超える銃槍を構えた女。そして、彼らの背後で異形を従えている、赤い衣服をまとった男。

 赤い男を除けば、前衛に立つ二つの影はどことなく友人のカリアと似た気配を感じる。となると、彼らもまたハンターか。

 

 

(フッ、相性が悪いとはこの事か)

 

 

 影でさえも後れを取ってしまった。流石は彼女と同じ時代に生きた猛者達だ。“モンスターハンター”の時代に生きた狩人は化け物かなにかだろうか。

 

 

(……ここが引き際か)

 

 

 選定の槍による一撃を受けた胸部からは絶え間なく血が流れ出している。このままではこの形態を維持できず、いずれ命の火さえも尽きるだろう。

 

 ならば、ここが引き際だ。

 

 

「……流石だな、パーシヴァル。オレが見込んだだけの事はある」

 

 

 朦朧とする意識の中、言葉を紡ぐ。

 

 

「だが、排熱大公の名を継ぐこのオレが人間(きさま)に倒されるのは癪だ……。もし倒されてしまっては、先代に顔向けできん……」

 

 

 ほぼ感覚のみで踵を返し、パーシヴァル達から離れる。

 

 

「ウッドワスが逃げる……ッ! 誰か、追いかけて……ッ!」

 

 

 背後から少女の声が聞こえる。確か、ダ・ヴィンチと呼ばれていたか。小さな体のくせに、小賢しく攻撃してきたのは本当にイラついた。

 だが、彼女も自分との戦いで疲労が溜まっているのだろう。それは他の者達も同じで、異邦の魔術師も例に漏れない。その証拠に、彼女が召喚した狩人達の影も消えていくのがなんとなく感知出来た。

 

 

「ぉ……おお、お―――」

 

 

 だが、一人。たった一人だけ、動ける者がいた。

 

 

「うぉおおおおおおッッッ!!!」

 

 

 背後から迫り来る殺気。

 雄叫びと共に迫るその騎士に、ウッドワスが振り返る。

 

 

「いざ―――オックスフォード公、御免ッ!」

 

 

 槍を構え、今にも転びそうな勢いで走ってくるパーシヴァルがジャンプする。

 

 月光を浴びるその純白の鎧は、土埃や血に汚れながらも美しい。

 自分に残された最後の気力を振り絞って突き出される槍の穂先が、真っ直ぐウッドワスの胸へと突き進んでいく。

 

 

(……あぁ、本当に、強くなったな)

 

 

 もしカリアと出会っていなければ、ただ怒りと恐怖に呑まれて無様な命乞いしか出来なかっただろう。

 しかし、この自分は違う。

 かつて、この男には才覚があると感じ、育てた結果、今こうして、仲間達の力を借りながらも自分を追い込む力を身につけた。

 

 もし、自分が誰にも忠誠を捧げぬ一匹狼であれば、ここで斃されてもいい―――そう思える程にまで、ウッドワスの心は成長していた。

 

 しかし。

 

 

「な―――」

 

 

 ガキンッと、聞こえるはずのない音が響く。

 

 呆けた顔のまま地面に落ちたパーシヴァルが、あり得ないとばかりに見上げてくる。

 

 

「悪いな、パーシヴァル。オレはまだ、死ぬわけにはいかないんだよ」

 

 

 全身を覆う、漆黒のオーラ。

 選定の槍で受けた傷こそ完治しなかったものの、それ以外の傷が瞬時に癒えていく。同時に全身は鋼が如く強固になり、あらゆる攻撃を弾く頑丈さを手に入れる。

 

 

「そういえば、教えていなかったな。これが私の全力の姿―――極限状態だ」

「そん、な……」

 

 

 自分達が与えた攻撃は、いったいなんだったのか……。絶望に打ちひしがれたパーシヴァルの顔から血の気が引き、その瞳から光が失われていく。

 

 

「だが、これは手を抜いていたのではない。お前達は強い。認めたくはないが、このオレの首を獲るに相応しい勇士達だ」

 

 

 片膝をつき、彼の頭に手を伸ばす。

 

 遠くから自分を止める声が聞こえてくるが、そんなものどうでもいい。

 

 パーシヴァルの瞳が閉じられる。頭を潰されると思ったのだろう。硬く瞼を閉じ、悔し涙さえ流している。

 

 それを眺めながら、ウッドワスは彼の頭に手を乗せ―――

 

 

「―――本当に、強くなったな」

 

 

 ゆっくりと、優しく撫でた。

 閉じられていたパーシヴァルの瞳が開かれ、顔を持ち上げる。

 

 なにをされたのかわからない、という表情。それに「ハハハ」と小さく笑い声を漏らし、立ち上がる。

 

 

「この程度で諦めてくれるなよ、パーシヴァル。お前の槍は、いずれこのオレの命に届くだろう。―――勇敢なる騎士パーシヴァルよ、オレを超えてみせろ。オレはいつでも、お前の挑戦を受けよう」

 

 

 パーシヴァルに背を向け、歩き出す。

 それから数秒した後、背後から天に吼える男の叫びが聞こえてくる。

 

 酷い絶望だ。酷い哀しみだ。だがその中に「必ず超えてみせる」という、確かな決意の叫びを、ウッドワスは感じ取った。

 

 そうして、ウッドワスは歩を進めていく。そうして彼らの気配が遠くに感じられるようになった時、彼はそれまで進めていた足を止めて、極限状態を解除する。

 

 選定の槍による傷も、ある程度癒えてきた。

 しかし、彼の心に刻まれた傷は、決して癒えていなかった。

 

 

(あの時、私の前に現れた、あの妖精……)

 

 

 仲間達の窮地に駆けつけた少女騎士を乗せていた、あの妖精。

 レッドラ・ビット。かつて自分がオーロラへと捧げた妖精。かつての同胞。そんな彼が、円卓軍の一員として活動していた。

 

 それは、決定的な証拠として、ウッドワスの心に深い傷を刻み込んだ。

 

 

「君はやはり、私を……妖精國を裏切ったというのか、オーロラ……」

 

 

 深い哀しみと共に夜空に向けて放った言葉は、しかし最も問いかけたい相手に届く事はなく消えていった。

 




 
・『コヤンスカヤのビースト態』
 ……ツングースカでの最終決戦のものではなく、闇のコヤンスカヤの宝具演出時に登場する姿。今回でかなりの痛手を負わされるものの、商売魂に掛けて原作通りに行動し、メリュジーヌに部位破壊(尻尾切断)される。

・『黒い翼脚』
 ……カリアの背より生えたもの。彼女の霊基に刻まれた竜/龍の幻影、その一つ。彼女の霊基には、彼女と最も関わったとあるモンスターの三つの姿が刻まれており、状況に応じてその形を露わにする。しかし、その中の一つは酷く不安定なものであり、もしそれが表面に現れた場合、カリアの凶暴性をそのままに、彼女自体がそれに成ってしまうだろう……。

・『音爆弾』
 ……言わずと知れた、オトモとは別の狩りのお供。ガレアス種やディアブロスなど、音に弱いモンスターに対して絶対的な効力を発揮するアイテム。コヤンスカヤ曰く、自分は兎だという事なので採用。

・『極限化ウッドワス』
 ……モンハン4Gをプレイした事のある者なら誰でもわかるトラウマシステムを搭載したウッドワス。かつてはサンブレイクで言うところの『狂竜症【蝕】』のように狂竜ウィルスを克服した時にこの姿になっていたが、現在では任意で変化できるようになっている。まさしく悪夢。


 さて、そろそろアイドルイベントが近づいてまいりました。久しぶりにアンナを出せそうです……いや、本当に久しぶりだな、主人公なのに……。

 それではまた次回……と行きたいところですが、ここで皆さんにご相談があります。

 実は私、息抜きでif話を考えてまして。ほんの1000~3000文字程度で終わる話なのですが、活動報告か幕間・プロフィールのように上の方に投稿しようかと考えているのですが、皆さんは読みたいですか?
 最初に投稿する予定の話は、「もしアンナがsn序盤のセイバーVSヘラクレスに乱入したら」というものです。

 良ければ、皆さんの意見をお聞かせください。

 それでは、今度こそ終わりです。
 皆さん、また次回お会いしましょうッ!


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変化

 
 ドーモ=ミナサン。
 選考やらなにやらで忙しく、執筆の時間が中々取れなかった作者です。
 先週はWEBテストにイラストの練習。今週は月曜日と火曜日に草津まで泊まりに行ったり、水曜日はグリッドマン・ユニバース、そして本日は別の会社のSPIテストを受けに池袋に行ったりと、本当に忙しかったです。その影響で今回は少し短いですが、よろしくお願いします。

 グリッドマン・ユニバース、大変良い作品でございました。グリッドマンとダイナゼノンの気になるポイントを全て解決してくれる、自分が見たいものを全て見させてくれる作品だったので、機会があればもう一度みたいと思いますッ!

 それでは本編、どうぞですッ!



 

『マシュさん、大丈夫ですか?』

「はい、まだ大丈夫です。このまま下ろしてください」

 

 

 糸を通して伝わってくる声に返事を返す。

 

 時は妖精歴400年。

 アルトリア・キャスターよりも前に、楽園の妖精(アヴァロン・ルフェ)として遣わされたモルガンが、まだトネリコという名前で活動していた頃。

 ノリッジでの『厄災』に対処すべく行動していたマシュは、キャメロットにいたモルガンの放った『水鏡』によって過去の時代へと転移させられた。

 そこでトネリコと、その従者トトロット、そして黒騎士エクターと出会ったマシュは、彼女達と共に過去のブリテンを旅した。

 様々な勇士との出会い、戦い、そして別れ……多くの出来事を経験した彼女達は、やがて『大穴』の調査へと乗り出す事となった。

 

 トネリコのエンチャントを受けたトトロットの糸を命綱に『大穴』を降下していく途中、マシュの耳にトネリコからの声が届く。

 

 

『貴女はあの原石(・ ・ ・ ・)のお陰で、呪いやその類いのものに対する耐性があるようですが、危険だと判断したらすぐ知らせてくださいね』

 

 

 それは、彼女がこの時代に来る前に触れた原石についての話。

 マシュが触れたあの原石は、このブリテンに過去から存在する災害に対する抑止力のようなものらしい。また、原石に触れた影響で、マシュには絆を結んだ者を強化する力が与えられていた。

 なぜ石に触れただけでそのような能力が身につくのか、トネリコは理解できていなかったが、マシュはそれの正体をなんとなくだが理解できていた。

 

 ―――絆原石。

 赤衣の男が著者である“モンスターハンター”の番外編、“モンスターハンターストーリーズ”に登場した不思議な石の名前だ。他種族の心を通わせ、絆を繋ぐ力を秘めているそれを持つ主人公が、絆を結んだモンスターや仲間達と共に世界を救うというのが、“モンスターハンター”とはストーリーだ。当時から彼らの名が、現代でも使われている『ライダー』の語源となっている。

 

 そうして自分が触れた石の正体に辿り着いたと同時、マシュの脳裏にはとある考えが思い浮かんできた。

 

 現在2巻まで発見されているストーリーズには、それぞれの主人公が対峙した災害があった。

 “黒ノ凶気”に、“凶光化”。黒いオーラを纏ったモンスターを凶暴化させる前者と、桃色がかった赤いオーラでモンスターを凶暴化させる後者は、『凶暴化』という一点において共通点が存在している。そしてこれら二つに酷似したものを、マシュはこの時代に来る前に目にしていた。

 

 黒いオーラに呑まれて我を忘れたように凶悪さを増したボガードに、彼が治めていたシェフィールドを崩落させた巨大なワームのような存在が出現する前兆の赤い光―――ここまで酷似していると、最早疑いのないものであった。

 

 この答えに辿り着いたマシュは、すぐさまそれをトネリコへ報告した。

 だが、トネリコ曰く、「そのような存在の気配は感じられない」というものであった。

 流石に2400年も過去の世界であると、マシュのいた時代に存在すると思われる彼らも、まだ出現していないのかもしれない。

 しかしトネリコもそれで終わりにするつもりはないらしく、自分達が戦いを収めた氏族の者達に捜索を依頼してくれた。それがマシュには、なぜだが嬉しかった。

 

 

『……マシュさん?』

「……あっ、すみません。少し、前の事を思い出していました」

 

 

 自分が返事を返さなかったのが気になったのか訊ねてくるトネリコの声に、マシュはすぐに謝罪と共に返す。

 

 

『ふふっ、昔の事を思い出すのもいいですが、今は調査に集中してくださいね』

「はい。では、降下を続けます」

 

 

 気持ちを引き締め、再び降下を開始する。

 

 出発してから一時間が経過し、7km程降下した頃。

 変わらず穴の規模に変化はなく、生命体の痕跡もない。

 しかし、これまでと違ってマシュの耳は、これまで聞いていた自分とトネリコの声以外の音を捉えた。

 

 

「―――これ、は……」

 

 

 それは、遠い未来にいるはずの先輩(マスター)と共に駆け抜けた特異点の中でも聞いた事のある音だった。

 聞くだけでも生物としての本能が刺激され、今すぐにでもそこから離れたくなるような、不快な音。

 

 そして、暗い世界の底にそれ(・ ・)を見つけた。

 

 

「炎のような、赤い、光……」

 

 

 今まで暗黒が広がっていた中にポツリと灯った、無数の赤い光。

 それを視界に収めた途端、トネリコの焦った声が響いてきた。

 

 

『マシュさん、タラップから足を外してッ! 糸が汚染されてる、致死量の魔素が上がってくるッ!』

「え、は、はいッ!」

 

 

 糸を通してマシュの真下にある存在に気付いたトネリコは、すぐに彼女にタラップから足を離すように叫ぶ。

 

 糸越しでもわかる。これは、このブリテンどころではなく、星そのものを覆う程の呪い。だが、それだけではない。詳細まではわからないが、それ以外の“なにか”が、この呪いには含まれている―――ッ!

 

 

『いい? くれぐれも直視しちゃ駄目ッ! そこはこの世の空間じゃないッ! エクター、早く引き上げてッ!』

『おうッ!』

 

 

 エクターの返事が聞こえた直後、一気にマシュが掴んでいる命綱が引き上げられていく。

 だがそれでも、汚染の方が早い。絆原石の加護によって命まで落とすものではないにせよ、少しずつ意識が途切れて始めているのがわかる。

 

 

(……ッ、駄目、意識が……)

 

 

 意識が落ちる瞬間、どこかから声が響く。

 『大穴』の底にいる存在。虚ろな光を放つそれ―――かつて裏切りにより死した獣の神は、今にも目の前から消えていこうとする誰か(マシュ)に向かって、こう伝えていた。

 

 

『逃げろ、逃げろ、逃げろ』

 

 

『喰われる、喰われる、喰われる』

 

 

『呑まれる、呑まれる、呑まれる』

 

 

『蟲に、蟲に、蟲に』

 

 

 絹を引き裂くような音と、ぐちゃぐちゃとなにかを咀嚼するような不快な音に包まれながら、マシュは意識を深い闇の底へと落としたのだった。

 

 

 

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 時は現代に戻り、ロンディニウム。

 多くの犠牲を出しながらもウッドワス率いる女王軍からの防衛戦に勝利した立香達の下には、グロスターの領主であるムリアンから一報が届いていた。

 

 

「アイドルイベントの、特別招待状?」

「はい。昨夜、グロスターのムリアン殿からアルトリアと立香宛に届きました」

 

 

 朝早くに仲間達と共に呼び出された立香に、パーシヴァルから招待状が手渡される。

 蝋で封をされたそれを開けてみると、中にはパーシヴァルの言った通り、今度グロスターで開催されるアイドルイベントの招待状が入っていた。

 懇切丁寧な文面の中には『他の仲間達も連れてきてもいい』といった内容も含まれているのを見る限り、どうやら二人だけで来いというわけではなさそうだ。

 

 

「あら、遂に始まるのね。ふふっ、楽しみ♪」

「そういえば、伯爵はこのイベントの主催者とも顔見知りみたいだったね。なんでアイドルイベントなの?」

 

 

 ダ・ヴィンチから問いかけに、今回の防衛戦にも参加していたペペロンチーノ―――ペペロン伯爵はにこやかな笑顔で返す。

 

 

「それはもう、あの人は人間の文化が大好きだからよ。特にアニメ系なんて目がないくらい。だから多分、今回のイベントには色んなアニメの曲が使われるんじゃないかしら」

「アニソンかぁ……そういえば最近は全然聞かなかったなぁ」

 

 

 ペペロン伯爵の返答を耳にし、立香は過去の記憶を思い浮かべる。

 まだ自分がカルデアの『カ』の字も知らなかった頃、よく自室で聴いていた。ゲームをする時にも勉強をする時にも、作業用として流す事もよくあったくらいだ。

 カルデアに属してからは、今も活躍してくれているムニエルや、今はもういないドクター・ロマニなどなど、色々な人がダウンロードしていた音楽データを使って聴いているが、それでもやはり数は限られている。

 もしかしたら、手持ちの音楽データにはない懐かしのアニソンをこのイベントで聴けるかもしれない。

 そう思うと、立香の心には期待の炎が燃え上がってきた。

 

 

「でも、このタイミングでか……。確実になにか企んでるね、ムリアンは」

 

 

 そんな立香だったが、オベロンが疑いの声を上げるのを聞いてすぐさまそちらに意識を向ける。

 

 

「僕らが女王軍を撃退して間髪入れずにこの招待状……『一緒に汎人類史の文化を楽しみましょう』なんて書かれてるけど、これ、絶対に僕らに考える暇を与えないって事だろ? 正直乗り気にはなれないなぁ」

「でも、これは逆にチャンスとも言えるかもしれない。『巡礼の鐘』はグロスターにもある。これを機にムリアンに直談判して、許可を貰えればこっちのものだ」

「あっ、そうか。あそこにも鐘があるんだった」

「どう考えても、アルトリアを誘ったのはこれが狙いだよね。どうしてかはわからないけど、ムリアンは私達にチャンスをくれてるみたい」

「そう。これは彼女なりの、女王と『予言の子』への意思表示とも言える。僕らは観客として招待されてる身だけど……」

 

 

 そう言ってオベロンは、招待状と同封されていた、今回のイベントで登場するメンバーの一覧を指差す。

 彼の指が差しているのは、『バーヴァン・シー』と『バーゲスト』、『メリュジーヌ』、そして『カリア』の名前だった。

 

 

「見てよこれ、妖精國ブリテンが誇る最高戦力が揃い踏みだ。風の噂によれば、あのモルガンも特等席で観客として来るらしい。流石にその盟友である古龍は来ないようだけど、ムリアンが自分の立ち位置を明らかにするなら、これ以上の場面はないだろう」

「村正、いきなり斬りかからないでよ?」

「馬鹿野郎。借りがあるとはいえ、いべんと(・ ・ ・ ・)中に斬り掛かる馬鹿がどこにいやがる」

「あははっ、そうだね」

 

 

 立香が軽く村正をからかっていると、オベロンは「話を逸らさないでくれよ」と半目で立香を見た。

 

 

「既にノリッジで鐘を鳴らし、ウッドワスを撤退させた僕らは反逆者だから、普通の方法でグロスターには入れない。でも今回は別だ。客として堂々と参加できる。あとはほら、ね? 女王達の目がステージに向いている間にこっそり抜け出して、秘密の部屋に忍び込むとしよう。こういうの、アルトリアの得意技だろう?」

「え、私普通に参加したいんだけど……」

「僕達の目的を忘れないでほしいなぁッ!」

 

 

 まさかの返答に目を見開くオベロン。存外、アルトリアはこのイベントの招待状に浮かれていたようだった。

 

 兎にも角にも、一行はグロスターへと向かう事が決定した。

 というよりも、ムリアンが招待したアイドルイベントが今夜行われるため、今から急いで行かなければならないのが実態だったのだが……。

 

 

 

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「行ってしまいましたね……」

 

 

 こちらに手を振りながらグロスターへと入っていった立香達の背を見送ったパーシヴァルが、小さく呟く。

 

 

「いやぁ疲れた。私、ロンディニウムからグロスター(ここ)までよく走ったものです」

「君もお疲れ様、レッドラ・ビット」

 

 

 全速力で馬車を引いた影響で疲労したのか、肩を上下させているレッドラ・ビットに人参を差し出す。

 受け取ったそれを嬉しそうにボリボリと頬張る彼だったが、ふと隣にいるパーシヴァルの顔色が優れない事に気付く。

 

 

「どうされましたかな?」

「……昨日の事を思い出していてね」

 

 

 昨日の事―――そう言われたレッドラ・ビットは、即座にパーシヴァルの考えを見抜いた。

 

 

「……ウッドワス様の事、ですか」

「あぁ。あの時、僕は勝利を確信していた。君やアルトリア達の協力もあって、遂にあの排熱大公を討てると思った。けれど……」

 

 

 それは、絶望へと続く落とし穴だった。

 今にも倒れそうな体を奮い立たせて繰り出したトドメの一撃は、しかし彼の命どころか、体皮に傷を付ける事すら出来なかった。

 

 極限状態。

 文字通りの、排熱大公ウッドワスが有する究極の姿。

 もしあの姿を最初から出されていたら、間違いなく自分達は殺されていただろう。それこそ、そこらの虫を叩き潰すのと同じように。

 あの頑丈さと、彼の戦闘経験に裏打ちされた攻撃は、たとえ掠ったとしてもこの命を刈り取っていくだろう。それ程の威圧感を、パーシヴァルはあの一瞬で感じ取っていた。

 

 あまりにも、力の差がありすぎる。

 地を這う蟻が、大空を行く竜に勝てるか。無理だ。それ程までの隔絶した力量差を、パーシヴァルは恐怖と絶望と共に思い知った。

 

 

「怖いですか」

「怖いさ。そう感じない方がおかしい」

 

 

 しかし、ウッドワスはこう言ったのだ。

 

 

『―――オレはいつでも、お前の挑戦を受けよう』

 

 

 彼は、信じているのだ。自分がこの絶望を乗り越え、再び目の前に現れるその時を。

 『情けをかけられた』のではない。『今はその時ではない』と言われたのだ。

 

 ならば、立ち上がろう。この悔しさを、恐怖を、絶望を胸に。

 

 

「今の僕には、力が足りない。でも、彼と真っ向からぶつかる力は、一朝一夕じゃ手に入らない」

 

 

 真正面から馬鹿正直に戦っても無駄だ。間髪入れずにあの拳で、足でこの身が打ち砕かれる。

 ならばどうする。どうすれば、あの強大な漢を相手に立ち向かえる。

 

 

(……そういえば)

 

 

 刹那、パーシヴァルの脳裏に当時の戦いの記憶がフラッシュバックする。

 ウッドワスとの戦闘時、立香は影で構築された戦士達を召喚していた。その中に、ガレスの持つものよりも大きな槍を持っていた女性がいたのを思い出した。

 銃槍と盾で両手が塞がっている中でも、彼女はウッドワスからの攻撃を受け止め、受け流し、的確にカウンターを叩き込んでいた。

 

 もし、あれが自分にも出来るのなら。ウッドワスの動きを見切り、攻撃する事が出来るのなら。

 

 

「……レッドラ・ビット」

「はい」

 

 

 なにか? と反応した彼に、取り出したニンジンを二本持たせる。

 感謝の言葉と共にそれを同時に貪ろうとしたレッドラ・ビットだったが、「待ってください」とパーシヴァルに止められてしまう。

 

 

「レッドラ・ビット。そのニンジンで、私に攻撃してください」

「えっ? な、なぜですかッ!?」

「貴方の戦闘力はこれまでの間に何度も見てきました。貴方の得意とする槍ではありませんが、どうか私の鍛錬に付き合ってほしい」

「え~……」

「もちろん、そのニンジンが潰れる勢いでとは言いません。ですが、私が『当たった』と思ったら、そのニンジンを食べていただいて結構です」

「ヒヒンッ!? なんと……ではまさか、あの少し怖いレベルで積まれていたあのニンジンの山は―――ッ!」

 

 

 バッと動いたレッドラ・ビットの顔が、立香達を乗せていた荷台とは別の荷台に積まれたニンジンの山に向けられる。

 ニンジンが好物の彼にとって、それは最早宝の山に等しい。それがパーシヴァルにたった一撃当てるだけで一本食べられる……つまり百発命中させれば百本食べられるという事だ。

 

 

「お願いします、レッドラ・ビット。貴方の協力が必よ―――ウッ!?」

 

 

 両腕を広げ、レッドラ・ビットの協力を仰ごうとした直後、パーシヴァルは胸部に重い衝撃を感じた。

 突然肺を圧迫された影響で咳き込むパーシヴァルだが、涙で滲んだ視界の奥に、「うまっ、うまっ」と、先程自分に直撃させたであろうニンジンを食べているレッドラ・ビットの姿が微かに見えた。

 

 

「い、いきなり攻撃とは……」

「不意打ちの可能性も視野に入れましょう。これで一本です……ねッ!」

「―――ッ!」

 

 

 口元を拭った刹那に突き出されるニンジン。相手の油断を誘っての一撃を、しかしパーシヴァルは間一髪で躱した。

 

 

「チッ、外しましたか……。セイッ!」

「フ―――ッ!」

 

 

 舌打ちと共に繰り出される刺突を、短く息を吐いて躱す。だが、突き出されたニンジンは引き戻されず、そのまま真横にスライドしてきた。

 真横から迫る(だいだい)色の槍を視界の端に捉えるも、パーシヴァルにはもうなにかしらのアクションを起こせる猶予は残されていなかった。

 

 トン、と軽く側頭部に当てられるニンジン。パーシヴァルが「うっ」と短く呻くと、「ウマっ、馬っ」とレッドラ・ビットは早速ニンジンを頬張り出す。

 

 

「ふふふ、ただ突き出されるだけとは思わない事ですね」

 

 

 荷台に積まれた山から新たにニンジンを二本装備し、戻ってきたレッドラ・ビットが不敵に笑う。

 当たり前のことを失念していた自分に恥じ入りつつも、パーシヴァルはいつでも来いとばかりに腰を低くする。

 

 

「では、行きます―――ッ!」

 

 

 その言葉と共に、突き出される二本のニンジン。

 パーシヴァルはその意識を戦闘時のものへと即座に切り替え、迫り来るニンジンを躱し、時には受け流していく。

 

 そうして、通りすがりの妖精達の訝し気な目線に晒されながらも、パーシヴァルは特訓を重ねていくのだった。

 

 

 

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 メイク係の妖精が離れ、目を開けるよう促される。

 言われるがままに閉じていた瞼を持ち上げれば、普段見ているものとは全く別の自分の顔が見えた。

 

 

「凄い……これが、私……?」

「えぇ、とても素敵でしょう? 貴女、凄くいい素材だもの。今日は大切なイベントだけど、それ抜きでも張り切らきゃ損よ損」

「そんな……。でも、ありがとう」

 

 

 思わず頬に触れた彼女―――オフェリアは、自分のメイクを担当してくれた妖精に感謝の言葉を告げると、彼女は「ライブ、頑張ってね」とウィンクを飛ばして去っていった。

 そうして彼女と入れ替わりにやって来たのは、オフェリアとは別のメイク係にメイクをしてもらっていたアンナだった。

 

 

「わぁ……っ! オフェリアちゃん、凄い綺麗ッ!」

「そ、そう……? でも、そう言うなら貴女もよ、アンナ」

「えっ、そう? えへへ、嬉しいなぁ」

 

 

 微かに赤らめた頬を掻くアンナは、彼女の活発さを表したかのような明るめのメイクを施されている。対して、オフェリアは彼女のような活発さを押し出したものではなく、清楚な雰囲気を感じさせる大人しめのメイクとなっている。それでも、どちらか片方がもう片方よりも優れている、とは感じさせない辺り、メイク係の腕がプロ級のものである事が窺い知れる。

 

 

「あら、二人共終わったのね。ふふっ、とても似合ってるわ」

 

 

 次にやって来たのは、オフェリアと似たメイクを受けたアナスタシアだ。その隣には、彼女の着ているものをデフォルメしたデザインの衣装を纏っているヴィイの姿もある。

 

 

「アナスタシアも、とても綺麗だね。あら、ヴィイもメイクしてもらったの?」

 

 

 首を傾げたアンナに、自分の姿をもっと見てもらおうとしているのかヴィイがくるりと一回転した後、スカートの裾を持ち上げてカーテシーを行った。

 流石はロマノフ帝国秘蔵の精霊だろうか。人形といえども、その仕草は完璧なものだった。

 

 

「ふふっ、良く似合ってるよ。そういえば、カドック君にはもう会った?」

「まだよ。でも、きっと素晴らしくなってるでしょうね。少なくとも、あのクマは無くなっていると思うわ」

「まぁ、当然だよね。あのクマがあってこそカドック君って感じだけど、流石にライブだからね……」

 

 

 今も昔も研鑽を積む事を忘れないカドックは、今でも目元にはその証拠のクマがある。しかし、今夜はアイドルイベントなのだ。彼もこれまでの広告やミニライブで多くのファンを獲得しているため、化粧でクマを消す必要があった。

 クマのないカドックとはあまり考えられないものだが、それ故に楽しみなのもある。

 

 

「みんな、準備は整った方だね」

「あ、K」

 

 

 扉を開けて入ってきたプロフェッサー・Kに、その場の視線が向けられる。

 

 

「私がこれまで手掛けてきたものの中でも、特に力を注いだこのイベント。是非成功させてほしい」

「こっちこそ。無一文で拠点も無かった私達に色々提供してくれたんだもん。恩は返さないとね。そろそろ時間?」

「いや。まだ一時間ほどあるけれど、軽く振り返りをしておこうとでも思ってね。カドック達も後で来るよ」

「ん、わかった」

 

 

 扉の近くに備え付けられていた椅子に腰を下ろした彼は、仮面の奥にある青色の瞳を嬉しそうに細める。

 その瞳は、アンナの隣にいるオフェリアへと向けられている。

 

 

「……? 私になにか……」

「いや……なんでもないよ」

「そう……」

 

 

 プロフェッサー・Kからの視線に首を傾げるも、オフェリアはそこで彼へ向けていた視線を逸らした。

 

 そうしてアンナと会話をし始めたオフェリアを見ながら、プロフェッサー・Kは考え始める。

 

 

(前とは随分変わったな。これも、妙蓮寺さんの言う『恋をした女の子は強くなる』……というものか)

 

 

 かつて彼女から聞かせてもらった言葉を思い返す。

 オフェリア・ファムルソローネは、あまり自分を出さない性格だ。それはこれまで関わってきた中でも把握しているし、その性格が彼女の交友関係を狭めているのも承知している。

 だが、今の彼女はどうだ。

 以前と比べて、明らかに自分を出すようになっていた。完全に、というわけではないが、少しだけ自分という要素を前に出し、周りと積極的にコミュニケーションを取ろうとし始めている。

 しかし、アンナ・ディストローツの前ではその限りではない。

 

 カドックやペペロンチーノ、芥ヒナコよりも積極的に関わり、時には彼女を良い意味で困らせる事もしばしば。

 アンナと長く関わった影響だろうか。それとも、純粋に彼女自身が変わろうと思ったのか。それとも……。

 

 

(ん……?)

 

 

 瞬間、プロフェッサー・Kは眉を顰めた。

 オフェリア達との会話でアンナが浮かべた笑顔が、一瞬だけ酷く歪なように見えたのだ。

 まるで、自分が本当に見るべきものを迷っているような目をしている彼女に、プロフェッサー・Kは瞳を鋭く細めるのだった。

 




 
・『獣の神』
 ……『大穴』の底に横たわる者。死しても呪いを放つものの、実際には自らの下にいる存在を抑えつけている善性の塊。しかしその遺骸は、その下に封じている“なにか”によって貪られているようだった。

・『パーシヴァル』
 ……極限状態ウッドワスを前に絶望しかけたものの、彼に掛けられた言葉により奮起。影鯖として召喚されていたラメールの戦い方を参考に、レッドラ・ビットと特訓を始める。彼の人外への道が始まった。

・『レッドラ・ビット』
 ……一発直撃させればニンジンを一本食べられるので、パーシヴァルの特訓に付き合う。報酬が報酬なので、全力でパーシヴァルに攻撃を仕掛けている。ニンジン美味しい。

・『オフェリア・ファムルソローネ』
 ……大人しい性格は変わらないが、以前より積極性が増している。かつての彼女からは想像できないレベルで。アンナとの出会い、関わりが、彼女を変えているのかもしれない。

・『プロフェッサー・Kから見たアンナ』
 ……普段の様子は変わらないが、一瞬だけその笑顔に影がかかった。その原因まではわからないが、なにかに迷っているように見えたそうだ。


 
 前回のアンケート回答、本当にありがとうございましたッ!
 アンケートの結果、ifストーリーを投稿したいと思いますッ! 完成次第投稿しますので、もうしばらくお待ちください。

 選考も今週で一通り落ち着くと思われますので、次はもう少し多めの文字数で投稿できたらと思います。

 それではまた次回ッ!


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アイドルイベント/開催

 
 ドーモ=ミナサン。
 大学が始まったり就活が激化したりライザのアトリエを購入したりと、毎日が忙しい作者です。
 今回からアイドルイベントですッ! 本当は一話で完結させたかったのですが、今後の展開を考えると二部構成にした方がいいと思い、今回は前半とさせていただきます。
 この話が終わったら、妖精國編は少しずつクライマックスに近づいていきます。その後はいつも通りカリアの幕間とプロフィールを投稿し、シュレイド異聞帯での一幕を投稿したいと思います。
 それからは……正直今でも悩んでおります。トラオム編のラストが原作の今後のストーリーに深く関わってくると考えていますので、なんとかアンナにその情報を持たせたいんですよね。

 それでは本編、どうぞですッ!



 

 グロスターの中心に建造されたライブドームは、一度に四千人もの観客を収容する事が出来る。氏族と人間、各々に分けられたスペースがあるため、小柄な妖精や人間が大柄な妖精達の壁によってライブを見れないという事はない。

 

 その中でも特等席は、一般客よりも間近にアイドル達のダンスを楽しむことができ、そこに招待されるのは氏族長や彼らに招かれた賓客達である。

 

 受付の妖精に特別招待状を手渡して特等席に案内された立香達は、そこで小さな妖精に声をかけられた。

 

 

「こちらですよ、皆さん」

「あっ、ムリアンッ!」

 

 

 立香達に手を振っていたのは、この妖精國においてたった一人だけの“翅の氏族”の生き残りであり、そしてグロスターの領主のムリアンだった。

 

 

「今日はありがとね、ムリアン。まさか特等席を用意してくれるなんて」

「いえいえ、あの排熱大公ウッドワスを撃退したのです。個人的な感情でも、彼には少し痛い目に遭ってほしかったので、今回はそのお礼です」

「え、それ、ここで言っていいのッ!?」

 

 

 なんて事のないように言ってのけたムリアンに、アルトリアが顔を真っ青にして周囲を見渡した。

 しかし、まだ周りには他の妖精達の姿は見受けられなかった。

 

 

「ふふっ、大丈夫ですよ。まだここには私達以外誰もいませんし。オーロラ達は後で来ますけどね。……ほら、噂をすれば」

 

 

 ムリアンが視線を向ければ、先程立香達が来た道を通って二人の妖精が入ってくる。

 やって来たのは、長い金髪と美しい羽根が特徴の、ソールズベリー領主のオーロラと、その側近であるコーラルであった。

 彼女達にはまだ妖精國にやって来たばかりの頃に色々手伝いをしてくれた事や、レッドラ・ビットを用意してくれた事など、

 

 

「あら、ムリアンッ! それに『予言の子』達ッ! ふふっ、久しぶりね」

「……まさか貴女達もいるとは」

「こんばんは、コーラルさん。オーロラさんも」

「ごきげんよう、『予言の子』。ロンディニウムでの勝利、おめでとうございます。……それにしても凄いですね。ロンディニウム勝利は昨日のはずでしたのに、すぐこちらに来られるとは」

「それはまぁ、足が頑張ってくれましたので……」

 

 

 ムリアンからのいきなりの招待を受けたというのに、文句一つ言わずに承諾してくれたレッドラ・ビットには感謝しかない。

 後でなにかお土産でも買っておこうかと一瞬考えたアルトリアであったが、今の自分にはこの流行の街で使える金など持っていない事に気付き、即座に断念した。

 

 

「それはそうとコーラルさん、なんだかソールズベリーにいる時より楽しそうですね? ひょっとして、かなり楽しみにしてました?」

 

 

 そう立香が訊ねてみると、コーラルはわかりやすくハッと目を見開き、ほんのりと頬を赤らめた。

 

 

「いえ、浮かれてなどいません。私はオーロラ様の護衛ですから。『異邦の魔術師』。招待されているからといって、貴女は人間です。今のように軽々(けいけい)に意見を口にしないように。自分の立場を弁えなさい」

「ご忠告どうも。キミはいつも人間を心配してくれているね。今のも、他の妖精に同じような事をしたら大変な目に遭うって注意だろ?」

 

 

 コーラルの言葉に隠された意味を即座に見抜いたダ・ヴィンチからの言葉に、彼女はあからさまに目を背けた。

 

 

「……そのような意図はありません。勝手な解釈は不要です。私はオーロラ様とは違います。人間は嫌いですし、対等のものとは考えていません」

「そうかい? 人間を自由に過ごさせているオーロラと、人間を厳しく指導しているキミ。私から見ればキミの方が遥かに人間に優し―――」

「お黙りなさい。どのような氏族、妖精であれ、オーロラ様への中傷は“風の氏族”への侮辱となります。ましてや―――私とオーロラ様を比べるなど、それこそ許されない。『予言の子』を労おうとした私が愚かでした。ここは気品の集う夜会。礼節を学んでから来る事ですね」

「それは失礼。でも最後に一つだけ」

「? なんですか?」

「楽しむ準備は万全みたいだね。一緒に楽しもう♪」

「え……あっ!」

 

 

 ダ・ヴィンチの視線の先。コーラルが持参したバッグには今回のイベントに出演するオフェリア・ファムルソローネのグッズが盛り付けられており、バッグの中からは彼女の応援うちわがこんばんはしていた。

 彼女なりに隠していたつもりなのだろうが、先程立香に訊ねられたように普段よりも明るい雰囲気だったのも相俟ってバレバレであった。

 

 

「あらッ! 貴女、オフェリアのファンなのかしら。ふふっ、氏族長の側近さえも虜にしてしまうだなんて罪な子ねぇ~」

「ふふふ、バレてしまったわね、コーラル。この子ったら、少し前からその人間……えっと、ごめんなさい、名前を忘れてしまったわ……」

「……オフェリア・ファムルソローネさんです……」

「そうそう、そんな名前だったわね。この子は彼女の大ファンなの。私も彼女についての話を何度も聞かされたわ。この前なんて如何に彼女が魅力的なのかを熱弁されて―――」

「オ、オーロラ様ッ! それ以上はやめてくださいッ!」

 

 

 朗らかに笑いながら自分の情報を暴露し始めたオーロラの口を咄嗟に止めにかかるコーラル。

 羞恥に顔を真っ赤に染め上げた彼女の姿は、これまで素っ気ない態度しか見ていなかった立香達には珍しく思え、同時に彼女が本当は人間に対して悪感情を抱いていないのだと思えた。

 

 

「ふふ、ごめんなさい。貴女に何度も説明を受けていると、つい話したくなっちゃうわ。貴女がそれ程夢中になるものなんて、これまでなかったもの。……本当に、ね」

「……ッ!」

 

 

 閉じていた瞼を薄く開けたオーロラに、立香の隣に立っていたアルトリアが息を呑んだ。

 

 

「ん? どうしたの、アルトリア」

「……いえ、なんでもありません」

 

 

 そう答えるアルトリアであったが、極力オーロラから視線を外していた。

 それに気付いたペペロン伯爵が「あら?」と思ったが、自分が踏み込めるものではないと判断し、踵を返す。

 

 

「あれ? 伯爵、どこに?」

「出来るなら一緒に見たいのだけれどね。生憎と仕事があるのよ。また後で会いましょう?」

「そうなんだ。うん、また後でッ!」

 

 

 手を振る立香ににこやかに微笑み、ペペロン伯爵は特等席から離れていった。

 軽やかな足取りで去っていくペペロン伯爵の背中から視線を上に動かせば、続々と観客が席に着き始めていくのが見える。

 その中で立香は、観客席よりもさらに上の場所に、ガラス張りの部屋がある事に気がついた。

 

 

「あそこは?」

「あちらには女王モルガンと、それに近しい者達がいます。可能性など万に一つもありはしないでしょうが、念の為ああいった場所に」

「どれどれ……あぁホントだ。確かにモルガンがいる。隣にはベリル・ガットの姿もあるね。後ろには護衛の近衛兵達もいる」

 

 

 試しに望遠鏡を取り出したダ・ヴィンチが、彼女の姿を目視する。

 傍にこの異聞帯のクリプターであるベリル・ガットを置き、後方に近衛兵を配置しているモルガンは、以前出会った時と同じ、全てに関して冷酷に対処するような氷の女の如き鉄仮面でいた。

 

 

「なんだか緊張するなぁ……。この場所、あっちからすればいつでも攻撃できる位置じゃん」

「そう心配する必要はないさ。確かに僕らは立派な叛逆者だけど、それでいきなり攻撃を仕掛けてくる程、彼女も馬鹿じゃない。なにせ、このイベントは彼女の愛娘が活躍する舞台でもあるのだからね」

 

 

 オベロンが手元の出演者一覧に記載された、バーヴァン・シーの名に目を落とし、アルトリアが納得したように頷いた。

 

 

「そうか。バーヴァン・シーって、妖精騎士以外にも、あの『Bhan-Sith(ヴァンシー)』のオーナーの顔もあったんだ。そりゃ陛下も来るかぁ」

「さて……そろそろライブが始まる。今日は精一杯楽しもうか」

 

 

 オベロンの言葉に頷き、立香達はライブ開始まで待つのだった。

 

 

 

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 ライブ会場の照明が落とされる。

 それに伴って観客達が静けさを取り戻していく中、会場に備え付けられたスポットライトが、二人の女性を照らし出した。

 

 一瞬の静けさを瞬時に消し飛ばした観客達の歓声に迎えられて現れたのは、赤い装飾を施された煌びやかな衣装を纏ったアンナ・ディストローツだった。

 

 

「―――真夜中に告ぐ 音の警告 協和音に酔う 午前零時」

 

 

 特徴的な曲調に合わせて、柔らかくも芯のある歌声が観客達の鼓膜を震わせていく。

 歓声が収まり、徐々に静かになっていく観客達。しかし、それは彼女の歌に悪印象を覚えたのではない。むしろその逆で、彼女の歌声に聞き入っているのだ。

 

 

「―――感覚 即 体感 寝静まる夜 二人だけの密」

 

 

 まるで誰かが傍にいるような仕草。その場にいる誰かの存在を観客に伝えるように踊り、徐々に声を溜めていく。

 

 

「―――忘れないでね わたしの声を 画面越しでいい ちゃんと愛して」

 

 

 そして溜めていたものを解放して叫ぶように歌った直後、観客達の歓声が爆発した。

 これまでよりも華麗に、そして激しく動くアンナの姿に、誰もが視線を奪われる。

 

 

「―――覚えていてね わたしの声を あなたがくれた この身すべてを」

 

 

 その歌詞を紡いだ直後、アンナの瞳が一瞬揺れる。

 それに伴って彼女の歌声も一瞬だけ弱まるが、その変化に気付く者は誰一人いない。それ程の熱量を、彼女はこの数十秒で周囲に与えていたのだ。

 

 

「―――悲しみ 怒り 甘心 すべて打ち鳴らす」

「―――into an ugly black i'm gonna run away now」

 

 

 その時、会場にどよめきの声が響く。

 アンナが歌い終えた直後、新たな歌声が会場に響いたからだ。

 

 自らの背後。そこに手を伸ばしたアンナの先には、彼女とは色違いのゴールドイエローの装飾が施された衣装を纏ったオフェリアが立っていた。

 

 予測していないタイミングでの推しの登場に、特等席にいたコーラルが狂喜して両手に握ったペンライトを振り回す。そんな彼女に気付いたのかオフェリアが手を振ると、コーラルは感極まったように膝から崩れ落ちた。

 

 

「―――and never look back i'm gonnna burn my house down」

 

 

 オフェリアが歌っている曲、『ECHO』は、その時間と比べて間奏の時間が長い。その間、観客を飽きさせないように編集で彼女が歌った歌詞を繰り返し流す。その間にオフェリアは階段を下り、自分を迎えるように歩み寄ってきたアンナの前に立つ。

 そして、誰が見ても二人が信頼し合っている事がわかるように笑顔で頷き合うと、二人で観客席へ顔を向けた。

 

 

「―――忘れないでね わたしの声を 画面越しでいい ちゃんと愛して」

 

 

 曲は再び、アンナのものへと戻る。

 彼女の『ヒビカセ』とオフェリアの『ECHO』の音声が重なり合い、それに合わせて二人も一瞬の乱れも感じさせないダンスを踊り始める。

 

 

「―――見つめ合う あなたと二人 重ねた息と音を響かせ」

「―――THE TREMBLING FERE IS MORE THAN I CAN TAKE WHEN I'M UP AGAINST ECHO IN THE MIRROR」

 

 

 調和の取れた音調。

 異なる曲を組み合わせながらも決して乱れず踊る二人は、小さな微笑みを浮かべて互いを見やる。

 

 

「―――ECHO IN THE MIRROR」

「―――オトヒビカセ」

 

 

 二人が合わせた手の間に歌詞が表示され、砕け散る。

 これまでと比べてゆっくりなペースで踊る二人に合わせて、少しずつ曲調もゆったりとしていく。

 

 そして最後に二人でポーズを決めると、間髪入れずに次の曲に入る。

 

 観客達に拍手をさせず、そのまま歓声へと変えたのは、新たに現れた男女ペアだった。

 聞き心地のいいソプラノであっという間に会場の空気を塗り替えたのは、煌びやかなドレスを纏う、仮面をつけたアナスタシアだ。

 

 

「―――朝まで踊る夢だけ見せて 時計の鐘が解く魔法」

 

 

 スポットライトに照らし出され、蒼薔薇のプロジェクションマッピングを伴って踊るアナスタシアに、観客達の視線が釘付けになる。

 

 

「―――曖昧な指誘う階段 三段飛ばしに跳ねていく」

 

 

 階段を上ったアナスタシアの視線が横に向けられた途端、彼女の隣に青を基調としたタキシードを羽織い、彼女と似たデザインの仮面と装着したカドックが現れた。

 

 

「―――馬車の中で震えてた みじめな古着 めくり廻れ夜の舞踏」

 

 

 アナスタシアの手を取り、階段を下りていくカドック。

 彼についての記憶がロシア異聞帯の時のものしかない立香は、彼にこんな動きが出来るのかと感嘆する。

 

 

「「―――見知らぬ顔探す 囁くあの声が」」

 

 

 互いに手を伸ばすも、両者の間になにかが立ち塞がっているように引く。

 それでも尚、二人は傍に手を取り合う相手がいない中でも、まるで自分達を阻む空間を超えているかのように踊り続ける。

 

 

「「―――孤児(みなしご)集う城 笑み仮面に描いて 偽りの慈しみさえ 羽で包む熾天使(セラフ)」」

 

 

 サビが歌い終わり、間奏を挟んで二番へと入る。

 二人の背後に巨大な時計が映し出され、その秒針は一つまた一つと12時を指そうと動き始める。

 

 

「―――靴脱ぎ踊るスロープ抜けて 喉まで伸びる指の先で」

「―――すくう雫口付けて 走る衝動 背骨抜けていく刹那」

 

 

 片膝をつき、軽く差し伸べられた手を恭しく取ったカドックが立ち上がり、アナスタシアの仮面に手をかけると、彼女もまた彼の仮面に手を添えた。

 歌唱を続けてすれ違った二人を照らすスポットライトが一瞬消えるが、次についた時には、二人は相手が着けていた仮面を持っていた。

 

 

「「―――鐘は鳴らさないで あなたにひざまずき」」

 

 

 仮面を外し、ようやく素顔を露わにした二人が互いにお辞儀をする。

 まるで、これからが本番だというように、これまで以上にキレの増したダンスで観客を魅了する。

 

 

「―――今も耳にあなたの吐息が 突き刺さるの遠い夢」

「―――ステンドグラスごし光る月が 君にかぶせたベール」

 

 

 それぞれのパートに合わせてスポットライトが集中して二人に中てられ、円を描くように移動し、向き合う。

 

 

「「―――ドレス膝で裂いて ティアラは投げ捨てて 見つめ合う瞳と瞳が 火花を放つ」」

 

 

 ラストに入ってより激しく動きを増していく二人の姿は、まるで炎のよう。

 燃え上がる炎のように苛烈なダンスと、永久凍土に生まれた氷のように美しく透明な声。この二つの特性を補完し合う二人の間には、アンナとオフェリアとはまた別の信頼が見て取れる。

 

 

「「―――これ以上は動けないよ まるで御伽噺(フェアリィテイル)」」

 

 

 最後に一瞬だけ顔を合わせた後、すれ違う二人。

 同時、時計の針が12時を指し、ステージを照らす青色のスポットライトが赤黒く変色するという意味深な演出の後、二人はステージから素早くはけていった。

 

 

 

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「ハハハッ、こいつはスゲェ。あれ、ホントにカドックかよッ!」

 

 

 ステージからカドック達が消え、新たな曲と共に別のアイドルがステージに上がった頃。

 モルガンの隣に立つベリルは、ひゅうと口笛を吹いて拍手していた。

 

 アンナは昔からああいう事をするタイプだったので特になんとも思わなかったが、オフェリアとカドックは別だった。片やこういった事にはてんで不慣れであろう女で、片や周りに喰らいつく為に必死で勉強していた男だ。そんな二人が、序盤であそこまで素晴らしいダンスを披露するとは思っていなかった。

 

 

「凄いだろう? 我が社が誇るアイドル達は」

 

 

 背後からの声に振り返れば、衛兵に見せたであろう通行証を首元にかけ直しているプロフェッサー・Kがいた。

 

 

「おぉ、これはこれは主催者様じゃねぇか。折角のライブだってのに、特等席には行かないのか?」

「是非そうしたいところだけどね。陛下にここまでの感想を聞かせてもらおうかと思って」

 

 

 どうですか、陛下―――と、傍らに移動したプロフェッサー・Kを横目で見やったモルガンは、いつもの鉄仮面を崩さずに答える。

 

 

「まだ序盤故、そう簡単に評価を下せるわけでないが、こうして観賞する分には充分だ。余計な問題を起こそうとする妖精もいないからな」

「それは彼彼女らのお陰でしょうね。日常の中で、オフェリアが歌ったような曲を聴いた場合はいらぬ問題を起こしていたでしょうが、今回は次々と曲が流れていくライブ。歌詞の意味を変に解釈する前に他のものを用意してしまえば、後は勝手に楽しんでくれますからね」

 

 

 妖精國の妖精は、良くも悪くも常に刺激に飢えている存在だ。

 それが善いものであろうとそうでなかろうと、『面白そう』と思えば即座に手を出す。それ故に所持品(・ ・ ・)である人間の腕を面白半分にもいだり殺したりするニュースが、時々舞い込んでくる事もある。

 しかし、彼らが目の前で起きているものに対して深く考える前に別のものに変えてしまえば、後は純粋に楽しんでくれる。

 

 

「へぇ、よく考えてんなぁ」

「これぐらい当然さ、ベリル。折角のライブの後に、そんな下らない問題を起こさせてうちの社員を暗い気持ちにさせないようにするのも、社長兼主催者である私の役目だからね」

「流石だな、プロフェッサー・K。我が娘がブランドを立ち上げる際にも協力してくれたのもあるが、本当にお前には頭が上がらん」

「いえいえ、それはこちらのセリフです。突然この地に現れた私を疑いもせず、爵位を与えてくれた貴女こそ、頭が上がりませんよ」

「……では、そういう事にしておこう」

 

 

 そう言った後、モルガンはプロフェッサー・Kに向けていた視線をステージに戻し、鑑賞を再開する。

 相も変わらずその表情は明るいものではないが、軽く爪先でリズムを刻んでいるところを見るに、彼女もこのライブを楽しんでいるようだ。

 

 それを嬉しく思いながら、プロフェッサー・Kもまたステージへと視線を移すのだった。

 

 

 

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 モルガンとプロフェッサー・Kの会話からしばらく経ち、観客達のボルテージも少しずつ上がっていく。

 特に今最も気分が高揚しているのは、女の妖精や人間達だった。

 

 

「―――鐘よ響け 僕の願いを運んで」

 

 

 彼女達の黄色い歓声を浴びるは、華やかな黒い衣装を纏ったシグルド、ボレアス、バルカンだった。

 アンナ達のような高音ではなく、カドックのような若々しさをあまり感じさせない、歳を重ねた男性の喉だからこそ出せる深みのある声とそれに含まれる色気は、絶え間なく観客席の女性達を魅了していく。

 

 

「「―――ああ いま美しく咲いた 喜び 悲しみ 皆で歌おう」」

 

 

 数歩下がったシグルドに代わって前に出たボレアスとバルカンは、自分達が感じる全てを仲間達と共有するように片手を軽く上げて見つめ合う。

 その頬に刻まれた微笑みは、数多の女性達に狂ったような歓声を上げさせた。

 

 それは、特等席に案内されていた立香達も例外ではなく。

 立香は上気した頬を隠しもせず荒い息を吐き、ダ・ヴィンチはうっとりとした表情でシグルド達の歌に聴き入っている。

 

 

「な、なんでしょうこの動悸は……。なんか、なんか色々込み上げてくるものがあります……ッ!」

 

 

 胸に当てた拳に収まらぬ動悸を感じ取るガレスに、コクコクと何度も頷くアルトリア。近くにいたオベロンが一瞬彼女達から腐臭を嗅ぎ取るも、なにやら嫌な予感がしたために、そっと二人から視線を逸らした。

 

 

「―――眩しく夢に見た 分かち合う愛を どうか僕に 光を導け」

 

 

 鏡合わせのように瓜二つの外見を持つボレアスとバルカンを左右に、前に歩み出たシグルドに、ボレアス達とは別の色のスポットライトが当たる。

 

 

「―――未来(あした)へ」

 

 

 自分を照らすスポットライトの光源に向けてシグルドが手を伸ばし、少しずつライトの光量が落ちていく。

 そして完全に曲が終わると同時にライトの光も消え、観客席から歓声と拍手が巻き起こるのだった。

 

 それからしばらくしない内に再びステージが照らし出されるが、現れたのは用意された椅子に腰掛けているアンナ達。これから始まるのはダンスではなく、アイドルと観客双方の小休止としての役割を持つ、軽めの雑談―――MCだ。

 

 観客達の拍手に迎えられたアンナ達は軽く手を振って彼らに返し、互いに見合う。

 

 

「えっと……うん、なんだろ。なんて言えばいいのかな。変な緊張感があるね」

「仕方ないだろ。これまで軽めのはしてたけど、こんな大きな場所でやるのは初めてなんだから」

 

 

 最初に口火を切ったのはアンナで、その後にカドックが続く。彼に対し「そうね」と答えたのは、アンナの隣に座るオフェリアだ。

 

 

「私達のほとんどは、この國に来るまでこういった経験をした事もなかったから、本当に緊張したわ……」

「そういえば、ライブが始まる前は凄い緊張してたよね。少し不安だったんだけど……ちゃんと歌えてよかった」

「えぇ、本当に」

 

 

 その時の事を思い出したのか、オフェリアが苦笑いを浮かべる。

 緊張していたものの、なんとかこうして順調に事を進め、次に託す事が出来た。それがオフェリアには嬉しかった。

 

 

「前までの君だったら想像できなかったけど、これも経験の為せる業だね。そのお陰にしっかり歌い切る事が出来たし、たくさんのファンも出来た。ほら、そこの特等席にいる子なんて、ずっと君の事見てるよ?」

「え? ……あっ」

「あ……っ」

 

 

 アンナが指差した先に視線を動かしたオフェリアと、特等席にいるコーラルの視線が交わる。

 なんと言おうか迷ったオフェリアは、流石に大勢の前や時間が押している中で色々伝える事が出来ず、なんとか絞り出すように「ライブに来てくれてありがとう」と微笑みと共に伝えると、コーラルはぼっと顔を赤らめて俯いてしまった。

 慌てたオフェリアに、「大丈夫」と言い聞かせるアンナ。それにオフェリアが頷くと、早速アンナは話題を変えた。

 

 

「それにしても、シグルドとアナスタシアは凄かったね。緊張とか全くしてなかった。やっぱり、そういった経験があったから?」

「肯定。戦が始まる前には、自ら先陣を率いて戦場に飛び込んでいた」

「私はそこまでよ。そういった役割は、基本父や母、それか近衛の役目でしたから」

「あ、そうなんだ。それにしても、やっぱり声綺麗だね。聞いててとても気持ちよかったよ。みんなもそう思うよね?」

 

 

 観客席に向かって問いかけたアンナに、観客席から肯定の声が響く。

 それに満足げに頷いたアンナは、「それなら」と顎に指を添えて正面に座る弟達を見る。

 

 

「ボレアスとバルカンも、よく頑張ってたよね。あの時の歓声、凄かったなぁ……特に女の子の」

「……私にはよくわからなかったが」

「なに言ってんだ兄貴。俺ァわかってたぜェ? おうお前らァッ! 俺達の歌、楽しかったかッ!?」

 

 

 バルカンの問いかけに、今度は女性客からの歓声が響く。それに「ハハハハハッ」と大口を開けて笑うバルカンだったが、「行儀が悪いぞ」と兄にジト目で睨まれ、慌てて口を閉ざす。

 

 

「いいじゃないボレアス。バルカンにもたまには思いっ切り笑わせなきゃ」

「ヘッ、残念だったな兄貴。姉貴はこっちの味方みてェだぜ?」

「……フン」

 

 

 腕を組み、そっぽを向く。その仕草がまるで姉が取られたようでいて、その手のものが好みな観客達に刺さったのを、ボレアスが気付く事はない。

 

 

「さて、時間も押してる事だし、そろそろ終わりにしないとね」

 

 

 手を叩いたアンナに、座っていたオフェリア達が頷く。

 

 

「もっと色々話したかったんだけど、ごめんね。でも大丈夫。その気持ちも全部吹き飛ばしてくれる子達が、この後来てくれるからね」

 

 

 立ち上がったアンナが、観客席を見渡す。

 

 

「それじゃあ、次に歌う子達を紹介しようか。え? 次に歌うのは誰かって? 君達なら誰でも知ってる……でも、この組み合わせは予想できないよね。さぁ、頼んだよ―――ノクナレア、バーヴァン・シーッ!」

 

 

 まさかの組み合わせに巻き起こるどよめきは、瞬く間に会場内に響き始めた前奏に掻き消された。

 

 

 

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 遂に。遂にこの時が来た。

 待ち望んでいた時が来た事に、モルガンは隠しきれない喜びを口元に刻み、背後の兵に声をかける。

 

 

「ビショップ」

「ハッ」

 

 

 モルガンがこの時の為にチェス盤より召喚した騎士ビショップが指を鳴らすと、モルガンを除いた、この場にいる全員の手元にペンライトを出現させる。

 

 

「……はっ?」

 

 

 そして、それはベリルも例外ではなく、彼の両手にもまたペンライトが握られていた。

 

 

「では、始めましょう。我が娘バーヴァン・シーへと捧ぐ、我らの応援を」

 

 

 ハルバードを傍に浮遊させて立ち上がり、肩を軽く回して解す。 

 その姿と、手元のあるペンライトを見下ろし、これからなにをさせられるのかを理解したベリルは、「……マジかよ」と眉をハの字にするのだった。

 

 





・『コーラル』
 ……実はオフェリアの大ファン。ひたむきにミニライブに取り組んでいた彼女を偶然見かけ、それからというもの彼女のファンとしてグッズを集めるようになった。特に用事がない時にはファンクラブの者達と談笑したり、オーロラに布教したりしているぐらいには熱中している。

・『アンナの『ヒビカセ』』
 ……実は幾つかの歌詞が彼女の秘密と少し関わっている。

・『ボレアス』
 ……淡白なようでいて、一番シスコンを拗らせている。大した事のないものであろうとも、姉が相手の味方に付いただけで若干傷つく。


 ifストーリーは随時執筆中です。3000文字程度で終わると考えていたのですが、これが中々文字数が必要な話だと気づきまして、ハイ。ですが必ず投稿しますので、もうしばらくお待ちくださいッ!

 それではまた次回ッ!


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アイドルイベント/終幕

 
 お久しぶりです、皆さん。
 5月は更新できず、大変申し訳ございませんでした。
 理由としましては、就活で忙しく、中々執筆に集中できなかった事が挙げられます。

 しかしッ! それも最早終わり、無事内定を獲得いたしましたッ! これからはしっかり、2週間ペースでやっていきたいと思いますッ!

 今回もアイドルイベントです。この後は少しずつアヴァロン・ル・フェ編のクライマックスに近づけていきたいと思います。

 それではどうぞッ!


 

 アンナ達が舞台からはけた直後、薔薇のように赤い色のスポットライトが下から上へと登っていき、次に別のスポットライトがステージ上に立つ二人を照らし出す。

 

 

「―――互いにその手を伸ばすなら 始まってしまう……音は奏でられたから」

「―――互いの視線が重なれば もう他に道などはないと知ってるから」

 

 

 マイクを片手に、バックダンサー達を伴って現れたバーヴァン・シーとノクナレアに、それまで静まり返っていた観客達が歓声と共にペンライトを振り上げる。

 

 

「―――誘いかける海域 距離を測り合い」

「―――駆け引きが終わってしまったら」

 

 

 一歩ずつ、ゆっくりと踏み締めるように歩み寄った二人がすれ違う。

 そのまま数歩進んだ二人は、咄嗟に振り返ると同時―――

 

 

「「―――最初の砲撃を撃ち合おう」」

 

 

 ―――互いに人差し指を向け、銃撃するように腕ごと振り上げた。

 

 

「「―――超えてはならないラインを越えてしまった時から 旋律(メロディー)が流れ出した紺碧の舞踏室(ボールルーム)」」

 

 

 サビに入ると同時に一気に曲調が変化し、スポットライトが乱舞する。

 その中でも二つ、バーヴァン・シーとノクナレアを照らすスポットライトだけは動かずに二人を照らし続ける。その中で二人は、互いを決して視界から外さんとばかりに見つめ合い、そして互いを高め合うかのように声を張り上げる。

 

 

「「―――真っ赤な薔薇の棘が胸に刺さったあの日から 絡まり合う絆という運命……導いてく 針路の海図は未だ見えぬ未来」」

 

 

 まだ一番のサビを歌い終わったというのに、バーヴァン・シーとノクナレアの情熱溢れるダンスと歌声に、会場のボルテージはマックスとなっていた。

 

 

 

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 ベリル・ガットの目は死んでいた。

 バーヴァン・シーの御目付役であり、契約上はモルガンの夫という立場のある彼がこのライブ会場へと連れてこられるのは当然の事であった。

 それは重々承知しているし、ベリル自身こういった賑やかな催し物は好みな部類に入るため、このライブを鑑賞できると聞いた時は期待に胸を高鳴らせていたのも否めないものではある。

 

 しかし、そんな彼がなぜ、その瞳に光を映さないのかといえば、それは彼の隣にいる彼女(・ ・)と、その配下の者達が原因であった。

 

 

「バーヴァン・シーッ!! 素晴らしいですよバーヴァン・シーッ!! 流石は我が娘ですッ!!」

『バー・ヴァン・シーッ!! バー・ヴァン・シーッ!!』

 

 

 普段の彼女からは想像する事すら馬鹿馬鹿しく思えるような大声で、ペンライトを両手に狂ったようにヲタ芸を披露するモルガンと、その近衛兵達。

 子を持った事がないのもあるが、当たり前の家族というものを知識としては理解してはいるものの、流石にこれは『当たり前の家族』に該当する例ではないのではないかと、ベリルの心の片隅に顔を出した冷静な自分が首を捻る。しかし、そんな事よりも、ベリルは早く自分の肉体をなんとかしたかった。

 

 

(クソッ、う、動けねぇ……ッ!)

 

 

 今現在、ベリルは体の自由を奪われていた。尤も、身動き一つ取れていないかと言われると、半分正解で半分不正解のようなものだった。

 

 ベリルの体は今、モルガンと同じようにヲタ芸を踊っていた。それも、無駄にキレのいいヲタ芸を。

 もちろん、彼の心は別にある。しかし、それでも肉体は彼の気持ちを無視してヲタ芸を踊らせ続ける。

 

 まるで自分が操り人形になった気分だ。指一本たりとも自分の意志で動かせられないというのに、全身は絶えず踊り続けるなど、恐ろしいにも程がある。

 

 なんとかこれを解除する手段はないか。ないのなら、自分と同じような気持ちを持つ同志はいないか―――とベリルはぐわんぐわんと動きまくる視界の中で、なんとか周りの者達の様子を確認しようとする。

 

 その視界の中に、あの男が映り込んだ。

 

 

「バー・ヴァン・シーッ!! バー・ヴァン・シーッ!!」

 

 

 ひたすらに声を張り上げ、全力でヲタ芸を踊るその男。ベリルが内心で「こいつならオレと同じ気持ちなのでは?」と密かに考えていたその男は、今もなおバーヴァン・シーに声援を送り続けている。

 

 だが、ベリルは見た瞬間に気づいた。

 

 

(こいつ、普通に楽しんでやがる―――ッ!)

 

 

 その男―――プロフェッサー・Kは、全力でこの瞬間を楽しんでいた。

 仮面の奥に見える双眸は夜空に瞬く星々のようにキラキラと輝いており、心なしか表情も晴れやかだ。そしてなにより、明らかにこの状況を楽しんでいる事がわかる程に明るい声でバーヴァン・シーに声援を送っていた。

 

 最早、ベリルの味方はどこにもいなかった。それは同時に、バーヴァン・シーとノクナレアのライブが終わるまでの間、『自らの意志によって体を動かせる』という、人間として当たり前の機能を封じられたも同義。

 その身に流れる血の中に、ヒトより逸脱した存在の血が流れていようとも、所詮は一介の魔術師。神代の天才たるモルガンの魔力の足元にも及ばない。

 結果、ヲタ芸をやめたくても、やめられないので、その内ベリルは―――考えるのをやめた……。

 

 

 

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 バーヴァン・シー達のライブが終わってからも、様々なアイドル達がステージに上がり、観客達を賑わせていく。

 その中にはバーヴァン・シー以外の、モルガンに仕える妖精騎士達の姿もあり、彼女達が歌う度にファン達が黄色い声を上げていく。

 

 

「―――いつか 曖昧なままで 失くしたイメージの中で 焚いた火がまだ 私を焦がすなら 愛を探して 巡る箒星を待って 凪いだ日がまた 崩れ落ちて行くとしても」

 

 

 湖の中にいるように薄暗いステージの中心。太陽の光が如く差し込んでくる青白いスポットライトを浴びるメリュジーヌの透き通るような歌声に観客はうっとりとした表情で聴き入り。

 

 

「―――宿命さえ 運命さえも どうぞ輝かせて 愉しんだり微笑うのを 護れる歓び」

 

 

 プロジェクションマッピングによって近未来的なものへと移り変わった会場の中で、白を基調とした衣装を纏うオフェリアが、情熱に溢れた歌とダンスで観客達の目を一瞬で釘付けにしたり。

 

 

「―――この両手で掴めるもの 思いきり抱き締めてたい つまずいても また笑える 君が居てくれるから!! 夏を運ぶ風のごとく この時代を駆け抜けよう 僕らが飛ぶ空 広がって行く」

 

 

 自分の顔よりも大きいリボンを腰につけた黒いドレスを纏ったアンナの歌声が響き。

 

 

「―――この手広げて つかむ未来は 希望の光 満ちているよ 涙流した夜もあるけど みんないるからこえていける」

 

 

 妖精騎士の中で最も大きい肉体を持ちながらも、それすら忘れさせられる程の歌声を披露するバーゲストに誰もが見惚れ。

 

 

「―――まだ誰も知らない極上のスイーツを たった一口だけで笑顔咲かせられるだろう」

 

 

 カリアがその中性的な声と整った顔立ちに相応しい凛々しい歌声で、女性ファン達を悩殺し。

 

 

「―――鳴らない言葉をもう一度描いて」

 

 

 ₍₍ᕦ( )ᕤ⁾⁾ ₍₍ʅ( )ว⁾⁾

 

 ₍₍ ⁾⁾

 

 ₍₍ ⁾⁾

 

 

「―――赤色に染まる時間を置き忘れ去れば」

 

 

 ₍₍₍(ง )ว⁾⁾⁾

 

 

「―――哀しい世界はもう二度となくて」

 

 

 ₍₍ᕦ( )ᕤ⁾⁾ ₍₍ʅ( )ว⁾⁾

 

 

「―――荒れた陸地が こぼれ落ちていく」

 

 

 ₍₍ ʅ( ) ʃ ⁾⁾

 

 

「―――一筋の光へ」

 

 

 全身を黒タイツで覆った上にカボチャを被っていながらも、決してその場から離れずにキレのあるダンスを披露し続けるカドックと、バックダンサーのアンナ達に立香達が信じられないものを見たと絶句し。

 

 それからも多くのアイドル達の歌声に観客は熱狂し、そして聴き入っていく。

 

 しかし、楽しい時間も永遠には続かない。

 小休止を挟んでの五時間をかけて行われたライブも、遂に最後の曲に入る。

 

 

『―――言葉じゃうまく言えない想いを キミに打ち明けるとしたらなんて』

『―――伝えよう 最初で最後』

 

「―――いつか一緒に帰った道は 私にとって特別な思い出 忘れないよ さよならメモリーズ」

 

『―――春が来たら それぞれの道を』

 

 

 ラストは、今回のライブで活躍したアイドル全員での歌唱。

 熱狂的なソングではなく、別れを告げる静かな歌。しかしそれこそが、このライブのラストを飾るに相応しい。

 アリーナトロッコに乗ったアンナ達が手を振り、時には投げキッスをする者もいたりと、各々の考えるファンサービスを行い、観客達に最後の思い出を与えていく。

 

 

「それじゃあみんな、またね~ッ!」

 

 

 アンナの言葉を皮切りに手を振ってステージから消えていくアイドル達を、観客達は拍手をしたり歓声を上げたり、手を振り返したりと、様々な形で見送っていく。

 

 こうしてアルム・カンパニー主催のアイドルイベントは、万雷の喝采を受けて幕を下ろすのだった―――。

 

 

 

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「お疲れ様。みんな、よく頑張ってくれたね」

 

 

 ライブが終了し、観客達がそれぞれの帰路に就いてしばらくした頃。

 観客の大半がいなくなったステージの裏側では、汗を拭っていたアンナ達の前に現れたプロフェッサー・Kが労いの言葉をかけていた。

 

 

「疲れただろう? この後はしっかり休んで、英気を養ってほしい」

 

 

 プロフェッサー・Kからの言葉に誰もが頷き、ドリンクなどを手に仲間達と歓談を始める。

 その中にいた女性―――オフェリア・ファムルソローネも例外ではなく、持参してきていたスポーツドリンクで喉を潤し、軽く体操をして疲労が溜まった筋肉を労っていく。すると、「オフェリア」とプロフェッサー・Kから声をかけられ、顔を上げる。

 

 

「みんなもそうだが、君もよく頑張ったね。練習の時はカドックといい勝負だったから、当然とも言えるだろうが」

「ありがとうございます、社長。でも、あまりそういった評価は……その、少し恥ずかしいです」

「なに言ってるのオフェリアちゃん。君は本当によくやったよ。私なんか比じゃないくらい」

「アンナ……」

 

 

 プロフェッサー・Kとアンナに褒められ、少し顔を俯かせる。

 耳元がほんのり赤く染めているオフェリアに小さく笑い声を漏らしたアンナだが、自分に注がれているプロフェッサー・Kからの視線に気づき、「どうしたの?」と首を傾げる。

 

 

「少し話がある。来てくれるかい?」

「ん、わかった。それじゃあオフェリアちゃん、私は彼と話があるから離れるね。しっかり筋肉を(ほぐ)すんだよ?」

「えぇ」

 

 

 頷くオフェリアに手を振り、アンナはプロフェッサー・Kに連れられて物陰へと入る。

 促されるままにその奥へと入り、続いてプロフェッサー・Kが入ってくる。

 振り返ったアンナからすれば、背後は壁で、正面にはプロフェッサー・Kの姿があり、物陰から脱出できる道は彼の背後。なにも知らない者が見れば、仮面を着けた男性がアイドル衣装を纏った女性を追い詰めたように見える構図になっている事だろう。

 

 

「あぁっ、駄目よ社長……っ。私には心に決めた人が……ッ!」

「なっ、ち、違うッ! 私はそのような事をするつもりは―――」

「ふふっ、嘘だよ♪ 君もそういう風に慌てるんだね?」

「全く、冗談は止してくれよ、アンナ」

 

 

 舌をチロリと出して悪戯っぽく笑ったアンナに、プロフェッサー・Kは困った風に返す。しかし、その顔は本気で困っているわけではなく、あえて冗談に付き合ったように笑みが含まれている。

 自分がそのような事をするような男性ではないと本人は思っているし、それはアンナも同様。先程のはあくまで、久しぶりの二人の会話(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)を嬉しく思ったアンナが咄嗟に思いついた戯言である。

 

 

「多忙だろうから、少しはその事を忘れさせたくてね。モルガンやベリルと一緒にいたよね?」

「あぁ。二人共、最後には満足そうにしていたよ。途中、少しだけベリルは辛い思いをしただろうけどね」

「……? なにそれ」

「君が気にするようなものじゃないよ。それほど重くない話だからね」

「そう? ……ん、わかった」

 

 

 ベリルがどんな目に遭ったかは正直気になるところだが、別にその話をしに彼は自分をここに連れてきたわけではないだろう。

 

 

「それで? いったいなんの話かな?」

 

 

 腕を組んで問いかけてくるアンナに、プロフェッサー・Kは静かに告げる。

 

 

「“黒の凶気”の出どころ。灰の都(オークニー)に、()がいる」

「―――ッ」

 

 

 プロフェッサー・Kからの言葉に目を見開く。

 

 

「どうして……。というか、どうやって気付いたの……? あの子達どころか、私でさえ気付けなかったのに……」

君達だからこそ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)、だよ。君達だからこそ、彼の存在に気付けなかったんだ」

「……ッ!」

 

 

 唇を噛み締め、アンナが走り出そうとする。しかしプロフェッサー・Kはそれを許さず、その腕を掴んで引き留めた。

 

 

「……離して」

「悪いけれど、離すわけにはいかない」

「どうしてッ!? あれは……“黒の凶気”は、あの子(・ ・ ・)を苦しめるだけなの……ッ! 苦しみ続けているのなら、私が……」

 

 

 力無く項垂れるアンナの声は震えており、その瞳は潤んでいる。

 

 彼女の苦しみは、プロフェッサー・Kには理解できない。子を持たない彼には、彼女の苦しみを理解する事は出来ない。

 故に、プロフェッサー・Kはこの情報を今まで彼女に報せないでいた。それを話せば最後、彼女は弟達を率いてあの都へ向かっていくだろう。

 

 しかし―――

 

 

「―――聞いてくれ、アンナ。今、あの龍を呼び起こすわけにはいかないんだ。呼び起こせば最後、この國は終わりに向かっていく。そして、連鎖的にこの星もまた終わってしまう」

「…………」

「頼む、アンナ。これを伝えたのは、君がその時(・ ・ ・)に暴走しない為なんだ。これを言うのは酷だろうが……どうか、貴女の息子が苦しんでいても、耐えてほしい」

「……ッ」

 

 

 振り向いたアンナの()は、哀しみの涙と燃え上がる怒りに塗れている。

 プロフェッサー・Kの掴んでいる右腕は、握り締めた拳から徐々に肌が白く染まり、続いて鱗が姿を現し始めている。

 彼女の苦しみが、怒りが、哀しみが、痛いほど伝わってくる。しかしそれでも、プロフェッサー・Kはそれを伝えなければならない。

 

 そうしなければ、彼女は間違いなく、息子を助ける(・ ・ ・)べく動くだろうから。

 

 

「アンナ……頼む。どうか、思い留まっ―――なんだ?」

 

 

 その時、物陰の外がざわつき始めた。

 それにプロフェッサー・Kがアンナから目を離し、いったい何事かと思って、彼女の腕から手を離した。

 

 

「……今すぐに決めてほしいとは言わない。ただ、本当にこの惑星(ほし)を想うのなら……頼む、“祖龍”」

 

 

 すれ違い様にそう言い残し、プロフェッサー・Kは物陰から出ていく。

 

 

「――――――」

 

 

 立ち尽くすアンナは、なにも言わない。

 

 

 ―――どこからか、耳障りな羽音が聞こえた。

 

 

 

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 先程まで賑わっていた舞台裏は、今では誰も言葉を発さない。

 誰もが片膝をつき、その先の存在に頭を垂れている。

 

 傍らにベリル・ガットを伴ったその存在―――モルガンは、「(おもて)を挙げなさい」と透き通る言葉で告げる。その言葉に顔を上げた者達に、モルガンは女王としての威圧感を滲ませたまま告げる。

 

 

「そう畏まる必要はない。普通にしていれば良い。―――カリア、メリュジーヌ、バーゲスト」

 

 

 顔を見合わせ、立ち上がり始めた面々の中から、名を呼ばれた狩人と、妖精騎士の二人がモルガンの前に出る。

 

 

「バーヴァン・シーはどこですか?」

「バーヴァン・シー、ですか? 彼女なら今お手洗いに―――」

「え……お母、様……?」

 

 

 バーゲストが答えようとした刹那、背後から呆けた声が聞こえた。

 

 モルガンが振り向けば、そこには信じられないものを見るような顔で立つバーヴァン・シーがいた。

 まさか舞台裏に母親が来るとは思っていなかったのか、目を見開き、呆然とした表情になってしまっている。

 

 

「バーヴァン・シー」

「は、はいッ!」

 

 

 名を呼ばれ、姿勢を正す。

 

 なぜ、ここにいるのか。

 なぜ、いきなり現れたのか。

 なぜ、そのような泣きそうな顔になっているのか。

 

 困惑と驚愕、そして、言葉にはできない小さな感情が綯い交ぜになった瞳でモルガンを見つめていると、彼女はカツカツとヒールを鳴らして近付いてくる。

 

 いったいなにを言われるのか、と心の中でのみ身を縮こませながら思っていると、モルガンはバーヴァン・シーを優しく胸元に引き寄せた。

 

 え、と声を漏らす間もなく、バーヴァン・シーは為す術なくモルガンの双丘の中へ。

 なにが起こったのか理解できずにいる彼女に、頭上から声がかけられる。

 

 

「よく頑張りましたね。貴女の活躍、見ていましたよ」

「―――ッ!」

 

 

 まさかの労いの言葉に、バーヴァン・シーの思考が真っ白になる。呆然とした彼女から離れたモルガンは、彼女に手を差し伸べる。

 

 

「さぁ、帰りましょう。私達の(いえ)に」

 

 

 小さな微笑みと共に放たれた言葉は、幾重にも増してバーヴァン・シーの脳内で反芻する。

 そして、その意味を理解した瞬間、バーヴァン・シーの両目からは大粒の涙が溢れ出す。

 

 

「はい……はいッ!」

 

 

 涙ながらに頷き、モルガンの手を取る。

 

 遂に、彼女直々に褒められた。また自分の行動で、彼女を笑顔にする事が出来た。

 それがバーヴァン・シーの心を満たし、再び涙を溢れ出させる。

 

 

「バーゲスト、メリュジーヌ。貴女達も来ますか?」

「気持ちは嬉しいけど、僕はこの後、オーロラ達と一緒に帰るよ」

「私も、アドニスを待たせていますので」

「……わかりました」

 

 

 二人に頷き、モルガンはカリアとベリルに視線を動かす。

 

 

「行きますよ。私の傍に」

「おう」

「仰せのままに、女王陛下」

 

 

 頷いたベリルとカリアを連れ、モルガンは『水鏡』を発動する。

 空間を裂くように現れた門に、バーヴァン・シーはモルガンと固く手を繋いで足を踏み入れる。

 

 その時、バーヴァン・シーはふと思った。

 

 

(そうだ。確かベリルも、お母様になにかしたい事があるって言ってたっけ)

 

 

 自分に出来る事なら、手伝ってあげたい。自分に魔術を教えてくれた彼なら、きっと自分一人では思いつけないアイデアを出してくれるはずだ。

 

 期待に胸を弾ませるバーヴァン・シーの足取りは、とても軽かった。

 

 





 メリュジーヌの『清廉なるHeretics』についてですが、以前youtubeでAIに歌わせている動画を見かけ、採用させていただきましたッ! 本当に違和感がない綺麗な歌声なので、是非皆さんも聴いてみてくださいッ!
 それ以外のキャラクターが歌った曲は以下の通りです。


 バーヴァン・シー&ノクナレア……『運命の舞踏海』
                  歌手:プリンツ・オイゲン(cv.佐倉綾音)
                     プリンス・オブ・ウェールズ(cv.橋本ちなみ)
                  原作:『アズールレーン』

 オフェリア……『Sing My Pleasure』
        歌手:ヴィヴィ
        原作:『Vivy -Flouorite Eye's Song-』

 アンナ……『僕ら、駆け行く空へ』
       歌手:水蓮寺ルカ(cv.山崎はるか)
       原作:『ハヤテのごとく!』

 バーゲスト……『いつも笑顔で』
        歌手:キュアマーチ(cv.井上麻里奈)
        原作:『スマイルプリキュア!』

 カリア……『ショコラ・エトワール』
      歌手:キュアショコラ(cv.森なな子)
      原作:『キラキラ☆プリキュアアラモード』

 カドック……『閃光』
        歌手:Alexandros
        原作:『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』

 全員(ラスト)……『さよならメモリーズ』
           歌手:supercell

 以上の曲は全て私の趣味です。プリキュアシリーズは友人から勧められて聴いたのですが、これがハマってしまったので歌わせてみました。ちなみにバーゲストの声優さんはキュアマーチの声を当てていたので、完全に中の人ネタです。

 就活も終わったので、これからは普通のペースで投稿できると思いますので、よろしくお願いしますッ!


・『ヲタ芸を踊らされるベリル』
 ……完全にカーズ様状態。でも思い返してみれば楽しい思い出になったそうな。

・『ヲタ芸を踊らされるプロフェッサー・K』
 ……普通に楽しんでいる。

・『アンナの考える『助け方』』
 ……苦しんでいる子どもを救う手立てがない時、彼女は一つの選択肢を取る。
   それはかつての大戦で、彼女が何度も行ってきた事。
   それは終わるべくして終われず、苦しみながら生き永らえてしまった子ども達に対する、最後の慈悲(悲しみに塗れた介錯)である。



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休息、そして戦い

 
 ドーモ=ミナサン。
 投稿が遅れてしまい、申し訳ございませんでしたッ!

 遂にオーディール・コールが始まりましたね。自分は今アメリカでひたすら即死パでQP稼ぎをしております。そして日曜日には虚数羅針内界ペーパームーンが始まるので、楽しみですねッ!

 今回は主に日常回でございます。
 それではどうぞッ!


 

 アイドルイベントから一夜明け、翌日。

 イベントの興奮は未だ冷めやらぬも、グロスターにやってきた、または住んでいる妖精や人間達は本来の生活に戻った。

 

 アイドルイベントはこれがよかった。いやいやあれがよかった―――などという話が持ち切りの中、帽子を目深に被った女性が二人。

 

 

「ふふふっ、なんだかお忍びショッピングみたいで楽しいね」

「実際、お忍びなのだけれどね」

 

 

 帽子のツバを押し上げ、腰まで伸びている長髪をツインテールに纏めたアンナと、同じく帽子を被って髪を束ねたオフェリアは、互いに小さく笑い声を漏らして歩を進めていく。

 アイドルイベントが終わった事で、アンナ達が最も力を入れて取り組んでいた仕事もまた終わった。

 プロフェッサー・Kの計らいによってアルム・カンパニーに就職した彼女達であるが、コネで入った以上その分の働きはしなければならない。かといって、数時間にも亘り、かつ膨大な体力と集中力が要求されるライブの後にいきなり仕事を与えるのはどうかと思ったプロフェッサー・Kは、彼女達に二日の休暇を与えた。

 

 その一日目である本日。

 アンナ達は周りに気付かれぬように変装し、ショッピングデートに赴いていた。

 

 

「あっ、見てよオフェリアちゃん。アイスが売ってある。一緒に食べない?」

「えぇ、もちろん」

 

 

 オフェリアの手を引いて駆け足気味になるアンナ。二人とアイスクリームの屋台の間にはそれなりの距離があるものの、駆け足ならば時間などそう掛かりはしない距離。しかし二人が屋台に辿り着く前に、屋台の前に躍り出た者がいた。

 

 

「これ、一つ貰えるかい?」

 

 

 二人よりも先に屋台で注文した彼女が、店員からアイスクリームを受け取る。代金を払って振り返った彼女は、自分を見つめているアンナ達を前に「あっ」と声を漏らした。

 

 

「ルー……アンナに、オフェリア」

「その声、もしかしてメリュジーヌ?」

 

 

 アンナからの問いかけに、妖精―――メリュジーヌはこくりと頷いた。

 彼女もまたアンナ達と同じく変装しており、大きめのメガネで目元を誤魔化し、髪の毛も一つにまとめている。好みなのか、色こそ普段着用しているものと同じだが、服装が花の刺繍が映えるワンピースとなっていた。

 

 

「どうしたの? 君、今日はオーロラと一緒にいるんじゃなかったの?」

「その彼女から、『今日は羽を伸ばしてきなさい』って言われたの。今はコーラルと話してると思うよ」

 

 

 きっと今頃は、コーラルから君の話をたっぷり聞かされてるだろうね―――とにこやかに言われたオフェリアが照れ臭そうに俯いた。

 

 

「ねぇ、メリュジーヌ。君さえ良ければ一緒にショッピングしない? 君に似合いそうな装飾品とか、ここまで来る内に色々見つけたし」

「本当? それは嬉しいな。あ、でも……」

 

 

 メリュジーヌの視線がオフェリアに向けられる。

 これまで二人で行動していたというのに、自分が加わってしまっていいのだろうか―――と思っているのだろうか、その瞳には微かに遠慮の色が見えた。

 

 

「別に大丈夫よ。それぐらいの事で拗ねたりなんかしないわ。それに、アンナも貴女と一緒にいたいだろうから」

「オフェリアちゃん……」

「……ありがとう、オフェリア」

「いいのよ、これぐらい。……それでアンナ。一度戻るのよね?」

「うん、そうしよっか。ついてきて、メリュジーヌ」

 

 

 頷き、アンナの後に続くメリュジーヌ。

 その背を、彼女から一本下がった所からオフェリアは見つめる。

 

 メリュジーヌ―――否、アルビオンの竜は、アンナ(ミラルーツ)の娘だ。今目の前にいるアンナと、彼女の本当の母龍(アンナ)はサーヴァントと同じ『同一人物の別人』なのだが、楽しそうに話している二人を見ると、それは些細な問題なのではないかと思えてしまう。

 

 娘の最期を看取れなかった母親と、母を喪った娘―――たとえ互いが本来相容れぬ世界に住まう者同士であろうとも、この時間があってはいけないという事はないはずだ。

 

 だって、ああして語り合う二人の姿は、とても幸せそうに見えるのだから―――。

 

 

 

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「わ……凄いよメリュジーヌッ! とても似合ってるッ!」

「そ、そうかな……?」

「ア、アンナ……私は……」

「大丈夫だよ、オフェリアちゃん。私の見立て通り、君に凄く似合っているよッ!」

「そ、そう……? ……ありがとう」

 

 

 時間は少し経ち、グロスターの街道にあるブティックにて。

 

 毎日数多の妖精達が足を運び、そして気に入った商品を買っていく店内の一角では、アンナによるメリュジーヌとオフェリアの着せ替えファッションショーが開催されていた。

 

 メリュジーヌは落ち着いた色合いのドレスを纏い、オフェリアは普段の彼女があまり身につけない純白のデニムを軸に置いたコーディネートであり、二人共アンナが見つけてきた服を着ている。

 

 特にメリュジーヌは、それ以外にもこのブティックに入る前にアンナが購入したブレスレットをつけているため、それも相俟ってより美しく、可憐なイメージを与えてくれる。

 

 しかし、当然オフェリアも負けていない。目立つ装飾品こそないものの、オフェリア自身顔立ちが整っている他、普段魔眼を隠している眼帯を外し、更に髪の毛を横の逸らす事でその魔眼すらも晒している事からも、普段の彼女からは少しだけ開放的になったような印象を見受けられる。また、お世辞にもアンナのように豊満な体つきではないオフェリアだからか、全体的にスタイリッシュな服装である彼女は、胸さえ潰せば美青年にも見えない事も無いものとなっていた。

 

 結果、両者共にその美貌を欠片も曇らせないファッションとなった。アンナ・ディストローツ(ミラルーツ)はどちらか片方を贔屓したりしないのである。

 

 

「ホヒィッ、スゴッ……アノアイドルタチガコンナニウツクシクアッダメシンジャウ……」

 

 

 そして、そんなアンナの隣には、今にも卒倒しそうな勢いでその場に蹲るサーヴァントがいた。

 

 

「あっ、お鶴ちゃんもありがとね。色々アドバイスくれて。君のお陰で左程迷わずに済んだよ」

「い、いえ……これが私の仕事ですのでアッビジュアルノボウリョクトウトイ……オットヨダレガ」

 

 

 チェンジリングでこの妖精國に迷い込み、現在はアルム・カンパニーで働く傍ら、このブティックのオーナーも務めているサーヴァント―――ミス・クレーンは、我知らずに口元から垂れていた涎をハンカチで拭った。

 

 

「あはは、君は相変わらずだね。最初に会った頃から全く変わってない」

「いえいえ、あの頃と比べれば大分変わりましたよ。あの時には知らなかった技術もたくさん覚えましたし。その最たるものが、今彼女達が着ているものですよ」

「え、本当? 凄い、私ってば君の最高傑作を引き当てちゃってたんだね」

「さ、最高傑作……」

 

 

 ミス・クレーンの言葉に、思わずオフェリアの頬が引きつる。

 最高傑作、つまりは彼女が他の衣類よりも力を入れて作ったもの。そのようなものを身につけているというプレッシャーにも似た重圧がのしかかる。

 

 そんなオフェリアの隣に立つメリュジーヌは、そんな重圧などとは無縁といった風に鏡に映る自分を前にクルリとターン。風に靡いてひらりと舞い上がったスカートが膝下に戻っていく様子に「ふむ」と短く呟き、一言。

 

 

「お鶴さん、これ一式買うね」

「ほぇッ!? あ、は、はいっ! そのままでよろしいでしょうかッ!?」

「うん。袋を用意してくれるかい? 着替えを入れたいのだけれど」

「もちろんですッ! ではこちらへッ!」

 

 

 頷くが否や、ビュンッと凄まじい速さでレジカウンターへと向かっていったミス・クレーンの後を、さも当然のようにメリュジーヌが追っていく。

 その姿にオフェリアが唖然となっていると、メリュジーヌは「どうしたの?」と首を傾げた。

 

 

「……凄いわね。そんなに簡単に決められるなんて」

「そう? 僕としてはこれが当たり前だよ。それにほら、僕って妖精騎士だから給料は高いし。これぐらいなら簡単に決められるよ」

 

 

 去り際にそう言い残していったメリュジーヌに、オフェリアは自分と彼女の差を思い知った。

 

 

「ふふっ、君が迷うのも間違っていないよ。確かにこのお店は少し値が張るからね。買うも買わないも君次第だよ」

 

 

 口元に手を当てて笑うアンナ。

 確かにあの衣服を選んだのは、助けを借りたとはいえアンナだ。しかし、最終的にそれを買うかどうかを決めたのはメリュジーヌ自身だ。オフェリアが値段を考えて買わないと判断するならば、それでもいいとアンナは考えていた。

 

 そんなアンナから視線を外し、オフェリアは遠くで会計をしているメリュジーヌの背を見ながらむむむ(・ ・ ・)と顎に手を当てて考え込み―――そして決めた。

 

 

「―――買うわ」

「え、大丈夫? 別に無理しなくてもいいんだからね?」

「違うわ。確かに迷いこそしたけれど、私もこれが欲しいと思ったから、そう決めたの」

「そう……? うん、わかった。それじゃあ、そこの店員さんに伝えてくるね」

「えぇ、お願い」

 

 

 近くを通りがかった店員に声をかけに行ったアンナ。その後姿を見やりながら、オフェリアはポツリと呟く。

 

 

「貴女が褒めてくれたから、っていうのもあるのよ……アンナ」

 

 

 その後、オフェリアの財布は大分軽くなったが、心は今までよりも満たされていた。

 

 そうして、他にも食べ歩きをしたり、カフェで足を休ませながら談笑したりなどして、各々は互いに親睦を深めていった。

 

 

「―――そういえば、アンナ達は今夜の舞踏会に参加する?」

 

 

 そして、ブティックから出てそれなりに時間が経過した頃、ふとメリュジーヌは二人にそんな質問を投げかけた。

 

 舞踏会。それはつい昨日アンナ達の行ったアイドルイベントとは異なる、このグロスターの領主ムリアンが主催者となっているイベントの事。彼女から招待状を受けた妖精、または人間でしか参加する事を許されておらず、それに招待される事自体が一種のステータスになる程のもの。

 

 そんなイベントに参加するのか、という問いかけに対し、アンナ達はコクリと頷いて答えた。

 

 

「もちろんだよ。私達……というよりは社長が招待されてね。私達はそれについていく形でだけど、ちゃんとムリアンから許可は貰ってるよ」

「本当? それはよかった。アンナには是非とも紹介したい妖精がいてね。もし参加するのなら、と考えていたんだ」

「君が私に会わせたいと思う妖精? 楽しみッ! いったいどんな妖精なんだろうなぁ。ねぇ、その妖精ってどんな妖精なの?」

 

 

 アンナからの質問に、メリュジーヌは一瞬だけ口ごもる。それにアンナが僅かに眉を顰め、どうしたのかと口にしようとした直後、メリュジーヌが口を開いた。

 

 

「……とても、美しい妖精だよ。それに、僕らや妖精國の事を想ってくれる、優しい妖精なんだ」

 

 

 そう告げたメリュジーヌの顔には、どこか寂し気な笑みが浮かんでいた。

 

 

 

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 時間はさらに経過し、舞踏会場にて。

 ムリアンの展開した妖精領域の効果によって作り上げられたそこでは、各々が流れる曲に合わせてダンスを踊っていた。

 

 その例に漏れず、オフェリアもアンナと手を取り合ってダンスを踊っていた。

 

 

(こ、こんな感じでいいのかしら……)

 

 

 しかし、昨日のアイドルイベントの時とは全く異なる種類に当て嵌まるダンスに、オフェリアは内心不安でいっぱいだった。

 

 足運びが、自分が踊っていたダンスと全く違う。そのせいで、これまで何度も躓いてしまい、その度にアンナを慌てさせてしまった。

 

 これ以上彼女に心配をかけたくないと思い、離れた場所で、アルム・カンパニーの女性社員と踊っている、かつて自分に社交ダンスのやり方を教えてくれた自らのサーヴァントであるシグルドを見やる。

 マスターからの視線に気づいたシグルドがチラリと彼女を見やり、やがて静かに小さくコクリと頷いたのを見ると、どうやらこの足運びでいいようだ。

 

 

「こらっ。余所見しないの」

 

 

 しかし、そのせいでアンナにジトッとした視線を向けられてしまった。 

 

 

「あっ、ご、ごめんなさい。つい、心配になってしまって……」

「それでシグルドを見たの? でも、駄目よ。不安になるのはわかるけど、目の前の私から視線を外すなんて、許せないなぁ」

「ア、アン―――ひゃっ!?」

 

 

 グイッと腰を抱き寄せられ、一気に自分とアンナの距離が縮まる。

 

 

「私から目を離さないで。ここには、私達しかいないって考えて?」

「わ、わかった、わ……」

 

 

 互いの鼻が触れ合う程の距離。ほんの少し顔を近づけるだけでキス出来てしまえる程の至近距離で囁かれた言葉に、オフェリアはただそう答えるしか出来ない。

 

 

「大丈夫よ、オフェリアちゃん。安心して力を抜いて、私に合わせて?」

 

 

 腰を放され、互いの距離が開く。それからはアンナに操られるように、導かれるように、彼女とのダンスを踊り続けるのだった。

 

 

「―――ふぅ、楽しかったね」

「……えぇ」

 

 

 そうして曲が終わり、同時にダンスも終わった頃には、オフェリアは完全に疲れ切っていた。

 

 

(アンナ、凄い積極的だったわね……)

 

 

 予想外のタイミングで顔を近づけられ、囁かれ、それにオフェリアが動揺している間にペースを上げて。その度にオフェリアは心身共に少なくないダメージを受けたのだ。ただダンスを踊るよりも、かなりの疲労感がオフェリアを襲っていた。

 

 

「ふふっ、また今度やろうね」

「できればしばらくは遠慮したいわね……」

 

 

 悪戯っぽく笑ったアンナにオフェリアがそう返した直後、「あ、あのっ」と背後から誰かに声をかけられた。

 

 

「その……オフェリア・ファムルソローネさん、ですか……?」

 

 

 振り向いた先には、桃色のドレスを身に纏った妖精―――コーラルが立っていた。その傍らには、彼女が仕えているオーロラの姿もある。

 

 

「……もしかして、コーラルさん?」

「―――ッ! オ、オフェリアさんが、私の名を……ッ!」

「え、ちょっ……」

 

 

 記憶の中から探り当てた名を告げた途端、コーラルが胸元を押さえ始めたのを見てオフェリアが慌てるが、「心配しないで」とオーロラが柔かい笑顔を崩さずに告げた。

 

 

「この子、推し……って言うのかしら? そんな貴女と会えたのが嬉しいのよ」

「そ、そうなんですか?」

「は、はいっ。すぅ~……はぁ~……そ、その、ディストローツさんとの談笑中に割り込んでしまい申し訳ないのですが、その……握手してくださいッ!」

「え、えぇ……それぐらいなら……」

 

 

 なんとか気持ちを落ち着けようとしているのだろうか。深呼吸をするものの、それでも未だ気持ちが落ち着いていないコーラルが差し出した手を、オフェリアは優しく握る。

 それに「わ、ぁ」と何度も瞬きするコーラルに、自然とオフェリアの口から言葉が発せられる。

 

 

「その、昨日は特等席で応援してくれてありがとう。とても励みになったわ」

「~~~~ッ!! あ、ありがとうございます……ッ!」

「オフェリアちゃん、あそこにテラスがあるから、そこでこの子と話してきたらどう? お互いに良い話が聞けると思うよ?」

「え? でも……」

「こっちの事は気にしないで? 私は私で、オーロラと話したい事があるからね」

 

 

 そう言ってオーロラを見やるアンナ。その瞳の奥に見えた感情に、オフェリアは素直に彼女の言葉に従う事にした。

 

 

「……わかったわ。……行きましょう? コーラルさん」

「は、はいッ!」

 

 

 勢い良く頷いたコーラルを連れて、オフェリアはテラスへと向かっていく。

 

 そうして残される、アンナとオーロラ。

 先に口を開いたのは、アンナだ。

 

 

「……貴女が、ソールズベリーの領主オーロラね? メリュジーヌから色々話は聞いてるわ。聞いていた通り綺麗な妖精ね」

「うふふ、ありがとうございます。自己紹介が遅れましたので……ソールズベリーの領主、オーロラです。よろしくお願いしますね、アンナさん?」

「えぇ、よろしく。……噂で聞いたのだけれど、貴女、随分とメリュジーヌに入れ込んでいるようね?」

「えぇ、とても。彼女が私の為、そして妖精國の為に、よく働いてくれますから」

「……へぇ。モルガン陛下の名前は挙げないのね」

「あら、つい……。ですが、妖精國の中に陛下も入っていれば、別にいいわよね?」

「…………」

「……アンナさん?」

 

 

 スゥッと細められた瞳から放たれる眼光が、オーロラを貫く。

 それにどうしたのかと首を傾げたオーロラに、アンナは問いかける。

 

 

「失礼な質問なのだけれど……あの子に、なにか嫌な事とかさせてないわよね?」

「? えぇ、もちろんよ。私があの子にそのような事をさせる訳が無いでしょう?」

「そう……」

 

 

 なにを当然の事を、と言いたげに返したオーロラに、アンナの心に暗い気持ちが湧き上がる。

 

 ―――なにかが違う。こいつは信用ならない。

 

 内なる心にいる自分がそう告げてくるが、アンナにはそれを実証する証拠がない。彼女が本心からそう言っているのはわかるが、それだけではないような気がする。

 

 だからこそ、アンナは彼女に告げる。

 

 

「―――もし、万が一、彼女になにかするようであれば」

 

 

 オーロラの肩を引き寄せ、耳元で囁く。

 

 

「その時は―――容赦しないよ」

 

 

 決して表には出さない、しかし、確かな意思を以てそう告げたが―――

 

 

「……? なにが言いたいのかしら?」

 

 

 当の妖精は、なにも理解していないのであった。

 

 

 

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 場所は変わり、鐘付き堂にて。

 

 『予言の子』であるアルトリア・キャスターと、『異邦の魔術師』である藤丸立香は、その額に冷や汗を流していた。

 

 

「……ねぇ、立香」

「……なに?」

 

 

 自分の後方にいる立香に、アルトリアが問いかける。

 

 

「私、あいつに勝てると思う……?」

 

 

 そう言うアルトリアの前には、一人の妖精。

 露出の多い黒い衣装を身に纏い、その右手には妖弦フェイルノートを構える彼女に、立香は唇を固く結ぶ。

 

 

「……勝てる勝てないじゃない。勝つしかないよ」

「……そう、だよね。うん、わかった」

 

 

 立香に頷き、一歩前に踏み出す。

 

 

「へぇ? いっちょ前にこの私と()り合おうってか? 面白れぇ、だったら楽しませてもらうぜッ!」

「その減らず口、今すぐ閉じさせてあげるッ!」

 

 

 紺色の外套をたなびかせたアルトリア・キャスターと、妖弦を構えるバーヴァン・シー。

 

 それは、領主ムリアンによって仕組まれた戦い。

 仮面を着けた観客達の視線の先で、二人の妖精がぶつかり合う―――。

 




 
 次回、アルトリア・キャスターVSバーヴァン・シーですッ!
 ベリルだけの原作と違い、カリアに戦闘訓練を受けた事で強化されたバーヴァン・シー相手に、アルトリア・キャスターがどう戦うのか、楽しみにしていてくださいッ!

 そして、アンナとオフェリアの関係に変化が……ッ!?

 それでは、次回もよろしくお願いしますッ!


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己が求めるもの

 
 ドーモ=ミナサン。
 今年がもう半分終わったと気付き、一年の早さを痛感する作者でございます。

 そして、ここで謝罪を一つ。 
 前回の後書きで、アンナとオフェリアの関係について匂わす文章を記載をしましたが、そこまで書いてしまうと文字数が大変なことになってしまう事に気付き、苦渋の決断として途中で切ってしまいました。大変申し訳ございません。

 ドゥルガーのPUが来ましたねッ! 自分はドゥルガーとドゥリーヨダナをそれぞれ二枚引きしたので、これにて撤退ですッ! 次は周年ガチャだと思いますので、誰が来るのか楽しみですねッ!

 今回は久しぶりの1万文字越えです。それではどうぞッ!



 

 『予言の子』―――その噂は聞いた事がある。

 曰く、今は亡きエインセルが最期に遺した予言の象徴たる妖精。女王の統治を終わらせ、妖精國をあるべき形へと戻す存在。『異邦の魔術師』を始めた仲間達と共に、巡礼の鐘を鳴らす者。

 

 ―――気に食わない。

 

 『予言の子』? そんなものクソ喰らえだ。女王の―――母親が求め、そして創り上げたこの國を、どこから湧いたのかも知れぬ一端の妖精なんぞに終わらせられて堪るものか。

 

 だが、油断が出来ないのもまた事実。

 予言の通りならば、彼女は己の母親さえも凌ぐ力を持つのかもしれない。どのような知恵を使い、どのような技を使い、そしてどのように戦うのか―――バーヴァン・シーにはわからない。

 

 これならば予め調べ上げていれば良かった。そうすれば、より対策も立てられたろうに。だが、それも今となっては後の祭り。いつ出会うとも知れぬ『予言の子』を相手に考え事をするよりも、目の前にいる母親に笑顔でいてもらいたかった。

 だからこそ、バーヴァン・シーは過去の己を貶さない。『お前は正しい事をした』と、現在(いま)から過去へ胸を張って言える。

 

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 

 けれども―――嗚呼。

 

 

「フフフ……流石はボクのマスターだ」

 

 

 今、己の前で。傷一つなく佇む私の前で―――

 

 

「アルトリア……ッ!」

「――――――」

 

 

 倒れ伏す彼女(こいつ)は、本当に『予言の子』なのだろうか?

 

 

 

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 妖精騎士が一騎、トリスタンことバーヴァン・シーは、他の二騎よりも脆弱だ。

 最強の名を冠するランスロット(メリュジーヌ)のような流星が如き俊敏さも、勇ましく(つるぎ)を振るうガウェイン(バーゲスト)のような強靭な肉体もない。

 

 だからこそ、バーヴァン・シーは鍛えた。

 かつての時代。この世界に妖精國が興るよりも、果てはその土台となるこの大地が生まれるよりもずっと前の時代にあったとされる世界に誕生した狩人(カリア)からは、フェイルノートを扱った戦い方を。

 こことは別の歴史からやってきたベリルからは、彼女からは得られない魔術の知恵を。

 

 母親の手は借りられない。彼女の仕事は、この國に住まうクソのような妖精共の支配に加えて、盟友であるあの龍と共に城の正面にある『大穴』の対処もしなければならないなど、常に多忙を極める。そんな彼女の手を煩わせるわけにはいかない。

 

 だからこそ、バーヴァン・シーは努力した。モルガンへのプレゼントを作る傍ら、ひたすらに己を高めた。

 

 自分には誇れるような俊敏さも頑強さもない。ならば、作るしかない。己の肉体を極限まで痛めつけ、そして強くならなければならない。

 

 血反吐を吐いた時もあった。泥水に塗れた事もあった。全身に刻まれた切り傷に呻く事なんてザラだった。

 

 そうして、バーヴァン・シーは強くなった。

 

 最早お飾りの姫でも無ければ、母親より与えられた妖精騎士の立場に甘んじているだけの妖精でもない。

 

 女王より与えられた円卓の騎士の名に違わぬ騎士へと成長した彼女の力は、巡礼の鐘を鳴らして力を増した『予言の子』さえ叩き伏せるものになった。

 

 

 

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「アルトリア……しっかりして、アルトリアッ!」

 

 

 悲鳴にも似た叫び声に次いで、両肩に誰かの手が触れる。

 誰か―――否、答えはわかり切っていた。

 

 藤丸立香。こことは違う世界からやってきた、『異邦の魔術師』。彼女自身にはそれほど戦う力はないものの、的確な指示で数多の危機を乗り越えさせてくれた、自分とほぼ同じ年頃の少女。

 

 そんな彼女に揺すられ、アルトリアは顔を上げる。

 

 

「大丈夫……?」

「うん、なんとか……」

 

 

 妖弦を右手に構えるバーヴァン・シーは、こちらに攻撃してこない。舐められているのだろうか、それとも、決闘の場だからこそ自分が立ち上がるまでの時間を設けてくれているのか―――どちらにしたって、アルトリア達にとっては立ち上がる余裕が出来ており助かっていた。

 

 肩を貸そうとしてくる立香に「大丈夫」と短く伝えて下がらせ、近くに転がっていた杖を拾って立ち上がる。

 

 

「チッ、立ちやがったか。まぁいいさ。『予言の子』がそんなヤワな奴じゃねぇよなぁ。仮にもウッドワスを退かせたんだからな」

 

 

 自分が杖を構えるのを確認してから、バーヴァン・シーも妖弦の糸に左手を添えた。

 

 

「来いよ、『予言の子』。巡礼の鐘は鳴らさせない。ここで徹底的に、テメェの心を砕いてやるよ」

「……っ、ナメないで……ッ!」

 

 

 駆け出すと同時、杖を持っていない左手に青く煌めく五つの魔力弾を放つ。

 それぞれが弧を描きながら殺到してくるそれらをバーヴァン・シーが軽く妖弦を爪弾いて相殺すると同時、アルトリアが跳躍。両足のバネを使って一気に距離を縮めた彼女が杖を振り下ろすが、それはひらりと避けられてしまった。

 

 

「―――っ、やァッ!」

 

 

 背後に回った気配に、反射的に体が動く。右足を軸に体を回転させ、遠心力を乗せた横薙ぎを繰り出すものの、バーヴァン・シーには当たらない。それどころか、バックステップて躱した彼女が放った音波による攻撃がアルトリアに命中し、吹き飛ばされてしまった。

 

 

「ぐ―――ッ」

「ウッドワスを撃退したって聞いてたけど……お前、それで本気か?」

 

 

 無様に床に這いつくばるアルトリアに、バーヴァン・シーの声が投げかけられる。

 

 

「私とお前が会ったのは今回が初めてだけど、私、それなりに期待してたし、対策も考えてたんだぜ?」

 

 

 杖を支えに立ち上がったアルトリアが、息も絶え絶えに杖を振るう。

 彼女の周囲に展開された、黄金色に輝く四つの円形の魔力がバーヴァン・シーに迫る。しかしそれを、バーヴァン・シーは容易く躱した。

 

 

「巡礼の鐘を鳴らしたってんで、その分強くなってるって思って―――ッ!?」

 

 

 言葉を止め、背後を振り向く。

 先程自分が躱したはずの円形の魔力がこちらに向かって来ており、舌打ち混じりに回避行動を取るが、アルトリアの攻撃は、まるで猟犬のようにバーヴァン・シーを追走する。

 

 

(追尾するタイプかよ、メンドクセェッ!)

 

 

 こうして逃げているだけでは埒が明かない。それに自分を追っている魔力波は決して無視できない速度であるし、アルトリアが保有する魔力も考えると、威力も相当なものだろう。

 だが、対処できないレベルではない。

 

 着地と同時に弦に触れ―――奏でる。

 

 軽やかな音色と共に放った衝撃波を連続で魔力波に直撃させていく。しかし、魔力波もただでは消えないとばかりに、せめてかすり傷でも負わせてやろうとでも言うようにバーヴァン・シーに触れかけるが、その寸前で魔力が尽き、完全に霧散した。

 

 それに一息吐こうとするも、即座に思考を切り替え、アルトリアがいるであろう方角を見ようとして―――踵が何かに触れた。

 

 なにに触れた―――と思った瞬間、バーヴァン・シーの足元で小規模の爆発が起きた。

 

 

「な―――ッ!?」

 

 

 意識外からの衝撃に吹き飛ばされたバーヴァン・シーが、カリアに鍛え上げられた反射神経で即座に体を捻って着地するが、その瞬間を狙って迫ってきた魔力弾が、彼女の体に直撃した。

 

 

「ぐ……っ、テ、メェ……ッ!」

 

 

 全身に走るズキズキとした痛みに呻き声を上げながらも、バーヴァン・シーは先程自分を攻撃してきたアルトリアを睨む。

 

 

「……この決闘が始まる前に、私は貴女を煽った」

 

 

 なんとか一矢報いた事に微かな満足度を得ながらも、震える両足でなんとか己の体を支えたアルトリアが口を開く。

 

 それは、この決闘の前にアルトリアが彼女に向けて放った言葉。

 『ホントに自分の方が強いとか思ってるんだ』―――それは初めて自分の目でバーヴァン・シーを見た当時のアルトリアが思った、率直な気持ちだった。

 女王の娘にして妖精騎士という立場に甘えているだけの、自分のような死地を何度も経験した事のない、自惚れた妖精だと思っていた。しかし、それは愚かな考えだった。

 

 

「その言葉は撤回します。貴女は強い。それこそ、私なんかじゃ勝てないぐらいに」

 

 

 これまでの戦いを通して、痛みと共に理解した。

 バーヴァン・シーは強い。自分が考えていたような立場だけの彼女ではなく、メリュジーヌやバーゲストと同じく、この國を守護する妖精騎士の名を冠するに相応しい実力者だった。

 

 

「……だったら、さっさと降参しちまえよ。私に勝てないってんなら、ここにいても意味ねぇだろ」

 

 

 そんなアルトリアに、バーヴァン・シーが応える。

 

 

「でも、それじゃ鐘が……」

「鐘を鳴らして、どうすんだよ」

「それは……陛下を倒して……」

「それからは? お母様が負けるなんて絶対あり得ないけど、もし仮にそうなったとして、お前はその後どうすんだよ。お前は、この國をどうするつもりなんだ?」

「それは……それ、は……」

 

 

 答えようとして、言葉が詰まる。

 

 自分は女王を打倒した後、どうするのか。その後のビジョンが、思いつかない。その後の自分は、なにをしていけばいいのか―――わからない。

 

 言葉が出せないでいるアルトリアに、バーヴァン・シーは告げる。

 

 

「―――やめちまえよ、『予言の子』なんて」

「……ぇ」

 

 

 なにを言って―――呆然とするアルトリアに、バーヴァン・シーが続ける。

 

 

「明確な目的を持たずに戦うなんて、虚しいだけだろ。誰かが戦うのは、命を懸けるのは、その先に欲しいものがあるからだ。それすら思いつかないお前に、『予言の子』なんて立場は似合わねぇよ」

「その先に、欲しいもの……」

「私は、お母様の笑顔が見たい。私が強くなれば、これ以上お母様を悲しませずに済むし、心配させる事も無くなる。そしていつか、お母様からこの國を継いで、女王になる。その為に私はここまで強くなったし、それ以外もたくさん努力した。全ては、私が欲しいものを手に入れる為に」

 

 

 ―――そんな当たり前の欲がないお前に、『予言の子』の立場は重くねぇか?

 

 ビクリ、と震えたアルトリアに、続けて言葉を投げかける。

 

 

「捨てちまえよ、そんな立場。そして逃げて、逃げて、野垂れ死ねばいい。最期こそアレだけど、責任から逃げれば、今よりは全然楽だろうよ」

 

 

 『予言の子』を、やめる。

 そんなの、どれだけ望んだ事か。

 なぜ自分のような妖精が『予言の子』で、こんな事をしているのか。今になって、酷く馬鹿らしく思えてしまう。

 

 なら、受け入れてしまえばいい。

 彼女の言う通り、なにもかもから逃げてしまえば―――こんな辛い体験をする事は、もう二度と―――

 

 

「アルトリア―――ッ!」

 

 

 刹那、背後から響く声。

 

 思わず振り返ったアルトリアの視界に、一人の少女の姿が映る。

 藤丸立香。ここまで自分についてきてくれた、人間の女の子。

 

 その瞳は、諦めていなかった。この絶望的な実力差を目の当たりにしておきながら、それでも彼女は自分と同じ立場に立とうとしている。それでおいて、彼女は諦めていない。

 

 それが、折れかけていたアルトリアの心を支える。

 

 

「頑張れアルトリアッ! そいつの言葉なんかに惑わされるなッ!」

「巡礼の鐘はすぐそこなんだ。諦めないで、アルトリアッ!」

「気張れアルトリアッ! それで挫ける程、お前の心は(やわ)じゃねぇだろッ!」

 

 

 立香だけではない。

 オベロンも、ダ・ヴィンチも、村正も。ここまで自分についてきてくれた彼らの声援が、アルトリアを突き動かす。

 

 

「……確かに、貴女の言う事も一理ある。私も、逃げられるならこの責任から逃げたい。でも……」

 

 

 背後から声援を投げかけてくれる人がいる。それだけでも、アルトリアは微かに救われたような気がした。

 彼女達に出会うまで、誰もが自分を馬鹿にしてきた。『予言の子』だからってみんなが認めてくれるわけじゃなくて、そんなの有り得ないとばかりに嘲笑ってきた。

 

 

「私、は―――」

 

 

 それでも、それでも自分を、心から信じてくれた人間(かのじょ)と、仲間達と出会えた。それだけで、アルトリアの心は僅かながらに救われた。

 

 ならば、恩返しをしなければ。これまで自分を信じてくれて、ついてきてくれた彼女達に報いる為に、ここで―――

 

 

「こんなところで―――負けられないッッ!!」

 

 

 足の震えを無理矢理抑えつけ、駆け出す。

 活力を取り戻し、素早く動き出したアルトリアに、バーヴァン・シーは反射的に妖弦を弾いた。

 

 絶え間なく襲い来る音の衝撃が、アルトリアの全身に叩きつけられる。

 

 杖を握る右手が激痛に耐えかねて開かれ、乾いた音を立てて杖が落ちる。

 

 しかしそれでも―――アルトリアは走り続ける。

 

 鉄壁の防御力などないくせに突っ込んでくる彼女に気圧されたバーヴァン・シーの瞳に、驚愕と恐怖が宿る。だが、バーヴァン・シーもそれで動きを止めない。一瞬顔を出した弱き心を理性で塗り潰し、床を軽く蹴ってアルトリアから距離を離した。

 

 引き離される距離。両者の距離、50メートル。アルトリアの攻撃は届かず、バーヴァン・シーにとっては攻撃範囲内。このまま攻撃を受け続けてしまえば、アルトリアの馬鹿力も、気力も、バーヴァン・シーに届く前に潰えてしまう。

 

 バーヴァン・シーは勝利を確信し、観客の気持ちもまた、無意識にそれを悟った。

 

 しかし、そこで―――

 

 

「礼装起動―――瞬間強化(ブーステッド)ッ!」

 

 

 立香がその身に纏う礼装に搭載された強化魔術が、さらにアルトリアの力を高めた。

 

 ―――ダァンッッ!!

 

 床を踏み砕く勢いで振り下ろされた右足から発せられた音が、会場の空気を揺らす。

 力尽きかけていた気力が蘇り、来るはずであった制限時間が引き伸ばされる。

 

 倒れるはずだった自分を支えてくれた―――頼れる仲間に感謝の念を捧げ、『予言の子』は再び駆け出す。

 

 体の節々が痛い。それでもアルトリアは音撃の雨を掻い潜り、そして遂に―――辿り着いた。

 

 

「マジか―――」

 

 

 よ、と言い終える直前のバーヴァン・シーの顔を、黒い影が覆う。

 天井から吊るされたシャンデリアの光を遮ったアルトリアの瞳に宿った闘志を前に、体が硬直する。

 

 そこで、バーヴァン・シーは否応なしに理解してしまった。

 これまで張り詰めてきた糸が解れ、霧散していく。そうなってしまえば、最早目の前にいる脅威に対抗策が打てない。

 

 ただ呆然と目の前の妖精を眺める事しか出来ないバーヴァン・シーの視界が、次の瞬間には真っ白に染まった。

 

 

「ァ……ッッ!!」

 

 

 なにをされたのかわからない。アルトリアからそれ(・ ・)を受けたバーヴァン・シーは、自分がどんな攻撃を受けたのか理解できない。しかし、周りにいた者達は、アルトリアの行動が見えていた。

 

 ―――ヘッドバッド。

 杖も使わず、魔力も一切纏っていない、ただ己の頭部のみを使った一撃。

 妖精國の姫君と、『予言の子』の決闘には似合わぬ、それこそそこらの喧嘩で使われるような一撃に誰もが度肝を抜かれる前で、アルトリアは右腕を後ろへ大きく下げる。

 

 

「おぉおぉおおおぉりゃあああぁぁあああッッッッ!!!!」

 

 

 その華奢な見た目には似合わない叫び声と共に振り抜かれた、唱える者(キャスター)の名には到底似合わぬ、固く握りしめられた拳による一撃がバーヴァン・シーの頬を捉え、殴り飛ばした。

 

 巡礼の鐘を鳴らした事によって強化された腕力によって殴り飛ばされたバーヴァン・シーに、アルトリアは告げる。

 

 

「確かに、私は女王を倒した先の未来はわからない。その後にどうしたいかなんて、今でもわからないし、考えつかない」

 

 

 決められたゴールの先にあるものなんて、今の自分にはわからない。

 

 

「それでも、私は(はし)り続ける。たとえその先に、私の終焉(おわり)が待っていたとしても―――」

 

 

 それでも、自分がこの道を進むのは―――

 

 

「―――それがきっと、(アルトリア・キャスター)という妖精が背負った運命(さだめ)だと思うから」

 

 

 この時の自分がどんな顔をしているのか、アルトリアにはわからない。しかし、起き上がった時にそれを見たバーヴァン・シーは大きく目を見開き、やがて「はぁ」と重く息を吐き出した。

 

 

「あぁ、クソ。最悪だ。けど、認めなくちゃならねぇか……」

 

 

 髪の毛をわしゃわしゃと掻き毟り、胡坐をかいた妖精騎士は、心底嫌そうに、しかし厳とした声色で告げた。

 

 

「―――私の負けよ。おめでとう、アルトリア・キャスター」

 

 

 嗚呼、鐘の音が聞こえる。

 ここからすぐ近くから聞こえるものと、遠くから聞こえるもの。

 

 それがなにを意味するのか、これから先、『予言の子』は少しずつ知っていく事になるだろう。

 

 

「―――良いものを見させてもらったよ」

 

 

 そして、その決闘を眺めていた観客の一人―――プロフェッサー・Kは、ハイタッチを交わすアルトリアと立香に小さく笑みを零すのだった。

 

 

 

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 アルトリアがグロスターの巡礼の鐘を鳴らしてから、数時間後。

 舞踏会も終わり、場所も変わってアルム・カンパニーの社員寮にて。

 

 

「今日もお疲れ様、オフェリアちゃん」

「そっちもね、アンナ」

 

 

 寝巻に着替えたアンナに髪を梳かしてもらっていたオフェリアは、自分にそう労いの言葉をかけてきた彼女にそう返した。

 

 

「大人気だったね、これもあのイベントのお陰なのかな」

「どうかしらね。それを言うなら貴女もだと思うけど」

「いやいや、比率的には君の方が多いよ」

 

 

 そんな会話を交わしながら、オフェリアは舞踏会中の記憶を思い返す。

 以前行ったアイドルイベントの影響なのか、舞踏会中にダンスに誘われた事が多かった。それどころか食事に誘われる事もあったが、そればかりは出来ないと断った事もあった。

 イベントでのダンスを頑張った、というのはオフェリアも自負している。だがどこか、なぜこんなにも自分が人気になるのかわからなかった。

 

 

「たぶんそれは、君が人間なのが関係してるんじゃない?」

「……私、口にしてた?」

「うん。それはもう普通に。……さっきの話だけど、君以外にもカドックとか人気あるんだよ? 大抵アナスタシアちゃんが追い払ってたけど」

「あぁ……」

 

 

 その光景は簡単に思い浮かぶ。

 きっと、カドックに声をかけてきた女性を、片っ端からアナスタシアが追い払い、彼は私のものオーラを全開にしていた事だろう。そんなビジョンにクスリと笑うと、「終わったよ」と頭上から言われた。

 

 

「ありがとう、アンナ」

「どういたしまして。じゃあ、そろそろ寝よっか」

「えぇ」

 

 

 椅子から立ち上がり、アンナと共にベッドに向かう。

 そのまま横になろうとしたが、そこで「待って」とアンナに止められる。

 

 どうしたのかと言われるままに待っていると、アンナが先にベッドの上に腰かけ、「はい」と両腕を広げた。

 

 

「お疲れ様のハグ、してあげるよ?」

「……っ、え、えぇ、そうね」

 

 

 甘えるような声色で誘われるまま、オフェリアはアンナの両腕の中に納まる。

 

 ぽふっ、と空気の抜ける音と共にアンナの双丘の間に頭を埋めた途端、心地良い温もりと彼女の匂いがオフェリアを包み込み、それと入れ替わるように全身の力が抜けていく。

 

 

(ホントこれ、癖になるわね……)

 

 

 時々彼女が提案するこのハグは、オフェリアにとって最も体力と気力を回復できるものだった。

 時計塔時代から一緒にいる彼女のハグは、これまでオフェリアが体験してきたもののどれよりも疲労回復に効き、ぐっすり眠れるのだ。

 

 しかし、これには少々欠点がある。

 

 

(良い匂いだけど、もっと欲しくなっちゃうのよね……)

 

 

 この温もりを、匂いを、服越しではなく生で感じたくなってしまうのである。

 これまでそういう事(・ ・ ・ ・ ・)を何度もしてきた間柄、自分が求めればアンナは受け入れてくれるだろうが、流石に何度もされる(たび)に求めてはお互い疲れてしまう。それに今日はもう疲れているので、今夜は体を重ねないと決めていたのもあるが、同時に心の奥で鎌首をもたげる情欲があるのもまた事実だった。

 

 そんな自分の心と葛藤していると、布切れの音が聞こえてくると同時、より深く自分の顔がアンナの胸下へと引き寄せられた。

 

 

「アンナ?」

「……しばらく、このまま」

 

 

 そう言ってアンナは、少しだけオフェリアの頭を押さえる腕の力を強める。

 彼女がこうしてくるのは珍しくない。それこそ、こうして自分を抱き締めない日の方が珍しいぐらいに。けれど今回はなんだか、少しだけ自分を抱き締める力が強いような気がする。

 

 はて、なにが彼女をそうさせるのか―――と考えたところで、「もしかして」と一つの考えに思い至る。

 

 

「……もしかして、私が他の人―――妖精達に見られるのが嫌だった?」

「……だって、オフェリアちゃんみたいな魅力的な娘を好きになるの、絶対にいるだろうし」

「でも、人気になるのはアイドルとして普通じゃない? それに、アイドルなら貴女だって……」

「私はいいの。でも、オフェリアちゃんは別。君を好きなのは、私だけでいいから……」

 

 

 頭上から聞こえてくる声の主は、今どんな顔をしているのだろうか。気になって顔を上げようとするが、「恥ずかしいから見ないで」と抑え込まれてしまった。

 

 

「……アンナって、かなりの我儘っ子よね」

「嫌?」

「いいえ? とってもかわいいって思ったわよ?」

「……馬鹿」

 

 

 顔は見えないけれど、きっとむくれている事だろう。そう思うと、今自分を抱き締めているアンナがとても可愛らしく思え、小さく笑った。

 すると、オフェリアの笑い声と共に吐き出された吐息がくすぐったかったのだろうか、「んっ」という声を漏らしてアンナの拘束が緩む。その隙にオフェリアは彼女の拘束から逃れ、逆に彼女を抱き締めた。

 

 

「ふぇっ!? オ、オフェリアちゃん……」

「貴女からすれば、ただ抱き締めるより、私から抱き締められた方がいいでしょう? それとも、しない方がいい?」

「……やだ、このままがいい」

 

 

 最初こそ驚愕の声を上げたアンナであったが、オフェリアからそう聞かれてしまい、素直にならざるを得なくなる。

 そのままオフェリアは彼女を抱き締めたままベッドにゆっくりと横になり、自分は彼女の隣に転がる。

 

 

「……オフェリアちゃんって、時々ズルい気がする」

「貴女がそうしたのよ。……おやすみ、アンナ」

「ん……おやすみ、オフェリアちゃん」

 

 

 オフェリアの言葉にむっとするも頷いたアンナは、そのまま瞼を閉じ、やがて小さな寝息を奏で始める。

 

 

(……幸せね)

 

 

 そんな彼女の寝顔がとても愛らしく、オフェリアは心中でそう呟く。

 大切な親友と一夜を共にし、これから先も、こんな日が続いていくのだろうか。

 

 自分達はクリプターで、ここは本来あり得ない歴史で、自分達が本来いた日常の世界は崩れ去った。

 それでもオフェリアは、少なくとも今だけは、彼女と共にいたいと思った。

 

 眠る彼女の手を取り、手首に軽くキスを落とした後、オフェリアもまた彼女と同じ眠りに落ちるのだった―――。

 

 

 

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 グロスターから離れ行く馬車の中、二人の妖精が向かい合っている。

 衛士達によって護衛されている馬車の中にいる彼女達の名前は、オーロラとメリュジーヌだ。オーロラは舞踏会の御付きとしてコーラルを連れていたが、今回は護衛としてメリュジーヌがいるため、彼女は別の馬車に乗っている。

 

 

「それでね、彼ったらその場で転んでしまったのよ。でも、すぐに立ち上がって笑ったのよ。その時の顔ったら、ふふっ、とても可愛らしかったわ」

「あはは、君がそう言うなら本当の事なんだろうね。僕も見てみたかったよ」

 

 

 にこやかに舞踏会で自分をダンスに誘ってきた妖精の事を話すオーロラに、メリュジーヌは笑顔で返す。

 自分が他の妖精の相手をしている間にオーロラが経験したものの話を聞くのは、楽しい。次はどんな話を聞けるのかと思っていると、「そういえば」とオーロラはハッとした様子で続けた。

 

 

「聞いてメリュジーヌ。私、アンナ・ディストローツとお話をしたのよッ! あのイベントを成功させた一人である彼女と話せるなんて、貴重な体験をさせてもらったわ」

「へぇ、アンナにッ! ちなみにどんな話を?」

「なんだったかしら……あ、そうだわ。『もしメリュジーヌになにかするようなら容赦しない』、なんて言っていたわね。おかしいわよね、私は貴女になにもしていないのに。そうよね? メリュジーヌ」

「―――ッ!? そ、そうだね。全く、彼女もなにを言ってるんだが……」

 

 

 オーロラの発した彼女の言葉に、メリュジーヌの全身が総毛立つ感覚に襲われた。

 一瞬、彼女がオーロラと自分の関係を知ったのでは、と危惧したが、それはあり得ないと即座に否定する。

 

 もし自分の境遇を彼らから聞いていたとしたら、間違いなくオーロラはこの國から消されているはずだから。今彼女が自分の目の前にいるのは、ひとえに彼ら兄弟が姉に対して自分の境遇を黙っているお陰だろう。そんな事、オーロラは知る由もないだろうけれど。

 

 

「アンナと言えば、彼女の隣にいた茶髪の人間……ええっと、なんて言ったかしら?」

「……オフェリア?」

「えぇ、えぇッ! そう、オフェリアッ! コーラルから聞いたけれど、とてもたくさんのファンがいるのね。あの子が楽しそうなのは私も嬉しいけれど、同時に少し不安になってしまうの」

「不安って……どんな……?」

「だって、彼女がいるのはあのアルム・カンパニーよ? 妖精騎士とも、その上に立つ女王陛下とも太いパイプを持つ会社にいる人間よ? それでいて沢山の妖精や人間達から慕われているなんて……少しだけ危惧しちゃわないかしら?」

 

 

 それはどうしてか―――嫌な予感を感じながらも訊ねると、オーロラは「これは知り合いから聞いた話なのだけれど」と前置きし、話し始める。

 

 

「今よりもずっと昔、それこそ女王歴ではない頃の話。とある妖精が、人間の男と手を取り合った事があったそうよ?」

 

 

 メリュジーヌも聞いた事のない話だ。

 いったい誰から教わったのだろうと思いながら、彼女の話に耳を傾ける。

 

 

「誰もがみんな、彼らを慕ったわ。とてもとても慕ったの。彼らこそが英雄なんだって。でもね、それは誤りだった。誤りだったのよ、メリュジーヌ」

 

 

 そう言うオーロラの表情には影が差しており、心の底から寂しいと思っているように見える。

 

 

「彼らは、私達の世界を終わらせようとしたそうよ。酷い話よねメリュジーヌ。私達は普通に生きているだけなのに、それを否定するだなんて。その後、この大地はモルガン陛下によって統治され、妖精國となったけれど、今、その話と同じ事が起こりそうな気がしてならないの」

 

 

 その言葉に、メリュジーヌの嫌な予感は確信へと変わり始める。

 

 

「ありえないと思うけれど、そんな事ないと思うけれど、もしそう(・ ・)なってしまったら、我々の、ひいては妖精國の危機よ」

 

 

 やめてくれ、そう言いたいはずなのに、なぜかメリュジーヌの口は動かない。

 

 

「ねぇ、メリュジーヌ」

 

 

 聞きたくない。そこから先の言葉を聞きたくない。

 しかし、もう次の瞬間には、オーロラはなんて事ないように告げてきた。

 

 

「お願い。彼女からこの國を、妖精國を護って? 貴女なら出来るって、私は信じているわ」

 

 

 そう言いのけた、美しくも恐ろしい妖精は、華のように笑っていた。

 




 
・『バーヴァン・シーの実力』
 ……原作より超強化を受けており、巡礼の鐘を鳴らしたアルトリア相手でも善戦できる。今回は決闘であり本気の殺し合いではなかったため手を抜いていたが、そうでなければアルトリアは間違いなく殺されていた。

・『バーヴァン・シーの『予言の子』やめなよ発言』
 ……別にアルトリアが不憫に思ったからというわけではない。純粋に「目的が無いのに突っ走るなんておかしくね?」という考えの下発した言葉。しかしそれが逆に、アルトリアに逆転の切っ掛けを作る事になってしまった。

・『アンナとオフェリアの関係』
 ……言わずと知れたオフェアン/アンオフェ。元々親友だったが、妖精國を訪れる前にアンナの発情期の解消にオフェリアが貢献した事もあり、現在では親友以上恋人未満な関係。グロスターに滞在してからはよくデートに行っているが、付き合っていない。体は重ねるし互いに互いを情欲に染まった目で見る事もあるが、付き合っていない。付き合っていない(大事な事なので)。
 本作開始時、オフェリアはキリシュタリアに好意を抱いていたが、それも少しずつ変わりつつあり、現在では尊敬の念の方が強くなっている。
 そろそろR18新作を書こうか思案中。構想としてはグロスターの性質を活かし、ふたなり物か片方性転換物、それか純粋な百合をもう一度、といったところ。

・『オーロラ→オフェリア』
 ……おわりのはじまり。


 個人的に早く書きたかった場面がそろそろ近づいてまいりました。これからも頑張っていきますッ!

 それではまた次回ッ!


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詐称する者

 
 ドーモ=ミナサン。
 最近Nintendo Switchのeshopでセールが開催されたので、『ENDER LILIES』と『CRYSTAR』を購入しました。後者はまだプレイ出来ていませんが、前者はクリアに大分近付きました。死にゲーというものはこれまで実況動画で見るだけだったのですが、案外やってみると楽しいものですね。bgmも最高ですので、興味のある方は是非プレイしてみてくださいッ!

 今回は少し短いです。それではどうぞッ!



 

 舞踏会から数日経ち、アイドルイベントのほとぼりも少しずつ鳴りを潜め始める。

 しかし、だからといってアンナ達の存在が忘れ去られたわけではなく、小規模のゲリラライブを行えば、それだけでその周囲は瞬く間に観客で埋め尽くされる。その影響もあってか、今でもアルム・カンパニーの子会社や傘下に入っている会社の展開するグッズショップでは、彼女達とのコラボグッズが飛ぶように売れている。

 

 そんな流行の街の、光が差さぬ路地裏にて。

 

 

「ハハッ、スゲェ。どこに行ってもあいつらの話を聞きやがる」

 

 

 壁に背中を預け、血に塗れたナイフを弄ぶその男―――ベリル・ガットは一人笑う。

 彼の足元には、なんとなしにショートカットしようと思ってこの路地裏に足を踏み入れてしまった、哀れな妖精。

 

 腹部から大量の血を流して倒れ伏す妖精を見下ろし、「それにしても」とベリルは己の右手と、自分が握るナイフを見やる。

 

 

「最初聞いた時にゃ警戒したが、イイモン貰ったもんだ。一般市民とはいえ、妖精をこんな呆気なく殺せるなんてよ」

 

 

 ベリルが右手に力を籠めれば、そこから噴き出た黒い靄(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)が右手を覆い、彼の力を高めていく。

 

 ―――本来、妖精と人間では力量差が違う。

 幻想に住まう者と現実に住まう者の差だろうか。妖精は魔術などというものを介さずとも建物を建てられるし、食事などただの娯楽であり、食事を楽しむのは空腹を満たすためではなく、精々が気力を回復させる程度の物であり、必ず食事を取る必要など彼らにはない。

 人間がその全てを己の力を注ぎ、発展させてきたものを、妖精達は模倣するだけで創造できる。それどころか、純粋な腕力でも、人間は妖精には勝てない。

 

 元より、自分達が最も『楽しい』と思える事を最優先事項とする妖精は、時として人間を襲う事がある。

 あの人間が欲しい。でも抵抗するし、人間は一人だから、大切に分けなくてはならない(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)―――そんな考えの下に、まるで年端もいかぬ子どもがアリの巣に水を流し込むように人間の手足を()ぐのだから、妖精とはまこと恐ろしい種族である。

 

 そんな妖精の一人が、人間(ベリル)に為す術なく殺された。

 それは全て、彼が少し前にとある伝手(・ ・ ・ ・ ・)を経由して手に入れた、黒い靄の力だった。

 

 ―――モース。

 この國に住まう妖精にとっての害ある存在。使命を妖精の成れの果て。

 一度はこの國を滅ぼすだろう災厄を起こしたその存在が纏う穢れ。

 

 だが、それだけではない(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 彼が手に入れた力は、モースが纏う穢れだけではなかった。それ以外にも、モース毒に匹敵、あるいは凌駕するレベルの厄を、彼はその身に宿した。

 

 それもこれも、あの実験台(・ ・ ・)のお陰だ。

 崩落したシェフィールドの城塞跡地で見つけた、あの()と、ベリルの協力者(・ ・ ・)によって集められた人間達を使った実験の甲斐もあって、ベリルはその力を手に入れた。

 

 だが、前者に関してはもう使い物にならないだろう。

 参考には出来るものの、自分と彼は種族が違う。彼に影響が出なかったからといって、自分も同じとは断言できないからだ。

 

 

(そろそろアイツ(・ ・ ・)に処分させるかねぇ)

 

 

 脳裏に、自分が御目付け役として支えている姫君(・ ・)の姿を思い浮かべていると、自分がいる場所よりもより深い闇に包まれた通路から足音が聞こえてきた。

 見られたらマズイと思い、その場から立ち去ろうとするベリルだったが、次の瞬間に闇から姿を現した存在を視界に収め、ほっと息を吐いた。

 

 

「なんだ、お前かよ。こいつみてぇにショートカットしようとした奴かと―――おっと」

 

 

 安心した表情のベリルだったが、彼の言葉を遮って放たれたものに驚き、思わずそれを手に取った。

 

 

「こいつは―――へぇ……?」

 

 

 先程自分が手に取ったもの―――写真に視線を落としたベリルの口元が、歪に歪められる。

 

 

「いいのかい? こいつ殺っちまったら(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)、アンタにも火の粉が飛ぶんじゃねぇの?」

「火の粉どころか雷が飛んでくるさ。でもな、それでもやらなくちゃならない。彼女(・ ・)相手には、それぐらいの覚悟は決めないといけない。念の為、スケープゴート(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)は用意しているけれどね」

「自分にも害が及ぶのは百も承知ってワケかい。いいねぇそういうの。賭けに出るのも悪くない」

 

 

 写真をしまい、ベリルは呵々と笑う。

 

 

「―――いいぜ。その誘い、乗った。オレもこの力をもっと試してみてぇからな」

 

 

 頼んだよ、と頷き、影は消える。

 そうして一人残されたベリルは、ナイフをホルスターに納め、軽やかな足取りで大通りに出るのだった。

 

 

 

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 私―――オフェリア・ファムルソローネは暇を持て余していた。

 

 今日与えられた仕事は全て終わらせてしまい、明日必要になりそうな資料は予め揃えておいた。カドック達の手伝いも終わらせて、いよいよ手持ち無沙汰になってしまった私は、現在なんとなしに訪れたブレイクルームでコーヒーを飲んでいる。

 

 私がここまで早く仕事を終わらせられたのは、時計塔時代は降霊科(ユリフィス)に在籍していた事もあるだろう。

 下部に英霊召喚に関わる魔術に応用できる魔術系統を持つ召喚科を有するその学科では、完璧な術式の公式が必要であった。

 どれだけ簡単な術式であろうともどこかで間違っていればエラーを起こして正しい結果を導き出せないし、仮にそれをより規模の大きいもので行った場合、自分どころか周囲にさえ悪影響を与えてしまう事もある。

 しかし、その間違った箇所さえ無くしてしまえば自分の望む結果は自ずと得られるし、それまで学んだ知識を応用して式に組み込めば、より良い結果を得られるのも肝だ。

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトという今は亡き偉大な先達がいるため自慢できないが、これでも秀才と言われた身。当時はロードだったマリスビリー・アニムスフィアにスカウトされたという実績もあったのもあり、情報を扱うような仕事を熟すのは苦ではなかったし、むしろ楽しかったところもある。

 

 だからこそもう少し仕事をしていたかったのだが、「それ以上やってしまうと他の社員の仕事を奪ってしまう」とプロフェッサー・K直々に言われてしまった。だから、私はここにいる。

 

 ショッピングもいいと思うが、流石にほぼ毎日出掛けていると流石に飽きが出てくる。グロスターは流行の街だが、一日経てばまた新たな流行がやってくるわけではないのだ。流行が廃れ、また生まれるのは時間がかかるのは、汎人類史と変わらない点だろう。

 

 さて、これからどうしたのものか―――と考えていた直後、視界の端に白銀が映り込む。

 咄嗟にそれが見えた方向に視線を向ければ、見慣れた白銀の長髪が曲がり角に消えていくのが見えた。

 

 その長髪の持ち主が誰かなど、私にはわかり切っていた。

 彼女―――アンナと他愛のない話をして時間を潰してしまおう。もし彼女が何か仕事を抱えているのなら、それを一緒に片付けてしまおう―――そう思った私が、彼女が追って曲がり角を曲がろうとした直後―――

 

 

「やぁ、アンナ」

 

 

 突然その先から聞こえてきた声に、私は思わず動きを止めた。

 続いて、アンナの困惑するような声。

 

 

「君は……オベロン? どうしてここに……」

 

 

 ―――オベロン。

 その名前に私は、「あのオベロン?」と心中で呟いた。

 確か、世界的に有名な劇作家であるシェイクスピアが出版した『真夏の夜の夢』に登場する、妖精達の王の名前だったはず。そんな存在がここにいる事に驚いたが、その名の通りであった場合、この國の玉座に就いているのは彼のはずである。しかし、現実に君臨しているのは、オベロンではなくモルガン。

 という事は、彼は私の知るオベロンとは違う……それこそ、この國にたまたまその名を持って誕生した妖精なのか。それとも、本当に彼は『真夏の夜の夢』に登場するオベロンなのだろうか。

 

 

「君と少し離したくてね。その為に侵入させてもらったけど、別にいいよね?」

「いやいや、駄目だって。ちゃんとアポ取ってもらわないと……。でも、今回は特別だからね。次からは正規の手続きしてね?」

「もちろんさ。だけど、本題に入る前に―――」

 

 

 瞬間、私は無意識に息を呑み込んでしまった。

 

 ゾッとするような威圧感。

 背筋が凍り付くような感覚。

 

 いきなり全身を包み込んできた悍ましい感覚に身震いしていると、「え……」とアンナの唖然とした声が聞こえてきた。

 

 

「嘘……オベロン、君は、まさか……」

「さぁ、本題に入ろうか。お互い―――腹を割ってね」

 

 

 いったい、なにを話すのか。

 本当は駄目だとわかっているのに、どうしてか私は、その場から離れる事はせず、彼らの会話に耳を傾ける事にしたのだった……。

 

 

 

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 物陰から様子を窺う事も出来ないまま、オフェリア・ファムルソローネは、ただじっと耳を澄まして、その先にいるアンナとオベロンの会話を聞く。

 

 

「君さ。なんであの子を護ってるの?」

「なんでって……大切な人だから?」

どっちが(・ ・ ・ ・)?」

「……ッ」

 

 

 鋭く突きつけられた問いに、アンナの体が強張る。

 そんな彼女にはお構いなしに、オベロンは続ける。

 

 

「ねぇ、答えなよ“祖龍”。君が本当に大切だって思ってるのは、どっちなんだよ」

 

 

 オベロンが一歩前に踏み出せば、アンナは一歩後退る。

 さらに足を踏み出したオベロンに、アンナが咄嗟に距離を取ろうとする。しかし、それよりも早く彼女との距離を縮めたオベロンが、彼女の手首を摑んだ。

 

 

「ッ、離してッ!」

「忘れ形見のつもりかい? この(カラダ)

「……ッ!」

 

 

 アンナの緋色の瞳が見開かれ、全身が固まる。

 

 

「まぁ、君がそれに執着する理由はわかるさ。彼女(・ ・)は君にとっての特異点だ。宝物を大切にしたい気持ちは、俺にもよくわかる。でも、それを赤の他人に押し付けるのはどうかと思うなぁ?」

「……違う、あの子は―――」

「本当は気付いてるんだろ? 彼女が君をどう思っているのか。君が、どれだけ彼女に慕われているか」

「―――」

 

 

 自分の声を遮って告げられたその言葉に、アンナはオベロンから視線を逸らす。

 

 

「あ~あ、災難だね彼女も。よりによって、君みたいな奴に惚れちゃってさ。彼女が愛した(おまえ)は、|本当は自分の事を見ていないくせに《・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・》」

(え……? アンナが、私を見ていない……?)

 

 

 まるで、鈍器で頭を殴られたような衝撃に襲われる。

 

 アンナが、私を見ていない。時計塔時代から共に過ごし、カルデアに来てからも、異聞帯の管理者としてカルデアに敵対するようになってからも、変わらずに接してくれたアンナが……私を見ていない?

 

 

「……貴方には、関係のない話よ」

 

 

 混乱する私を他所に、アンナとオベロンの話は続く。

 

 

「あぁ、そうさ。俺にはまるで関係ない。でも、あまりにも可哀想に見えてね。だからこうしてる」

「……黙って見てればよかったのに」

「『いつか話すつもりだった』、とか言うつもりかい? 冗談だろ。お前が自分から真実を話す事はない。『いつか』は永遠に来ない。彼女が死ぬまでずっと黙ってるだけさ」

「そんなわけない。そう遠くない内に―――」

「『話すつもりだ』って? はっ、それこそありえない。君はこういう時、前に出られない。前に出た結果(・ ・)を、君はあの“大戦”で経験してるんだから。だから話さないし、話せない。そうして一生彼女を騙して、騙し続けて、偽の幸福を彼女に味合わせ続けるんだろ?」

 

 

 オフェリアは頭を抱えて蹲る。

 もう聞きたくない。今までの日常が、思い出が、想いが、全て彼女の嘘の上で形作られたものだったなんて、考えたくもない。

 

 次々と溢れ出してくる大切な記憶に、亀裂が入っていく。

 

 

「やめなさい……ッ! いくら貴方でも、それ以上は……ッ!」

 

 

 怒気を孕んだ声に、嘲笑が返される。

 

 

「やめて? 変な事を言うね。俺は真実を口にしてるだけさ」

(お願い、もうなにも言わないで……ッ!)

「君は彼女の幸せを望んではいるんだろう。けどそれはオフェリアじゃない、“彼女”の為の幸せだ」

 

 

 蹲るオフェリアの脳内で、オベロンの言葉が反芻する。

 

 

「君は最初っから、彼女を見てはいなかった。ただようやく、ようやく出会えた“彼女”を離さないようにしているだけ」

 

 

 反芻した言葉は、オフェリアがどれだけ拒んでも心に刻み込まれていく。

 

 

「本当に笑えるね。君は真の意味で“彼女”を愛しているッ! だから平気で残酷な嘘を吐けるんだ」

 

 

 ―――一緒に買い物をするのは楽しかったかい?

 

 ―――一緒にダンスや歌の練習をするのは楽しかったかい?

 

 ―――一緒に同じ時間を過ごすのは、楽しかったかい?

 

 

「俺も大概だけどさ―――」

 

 

 コツコツという足音に続いて、アンナが息を呑む音。

 どうしてか、オベロンがアンナの耳元で囁いている光景が脳裏に浮かんだ。

 

 

「―――お前も、相当な詐称者(プリテンダー)だよね」

 

 

 去り際にそう言ったのか、間髪入れずにオベロンの足音が聞こえてくる。

 それにオフェリアが反応するよりも早く、彼女の視界に、白い外套が映り込んだ。

 

 

「おや? ファムルソローネ嬢じゃないか。そんなところで座り込んでどうしたんだい?」

「……ッ」

「声が出せないかい? 喉をやられているのなら、しっかりケアしないと。なにせ君は、アンナが最も愛している(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)女性なんだからね」

 

 

 それじゃあね、と言い残して、オベロンは足早にその場を去っていった。

 未だに感情の整理が出来ていないオフェリアが動けないでいると、続いて「……オフェリアちゃん?」と恐る恐るといったようにアンナが顔を覗かせてきた。

 

 

「………………アンナ」

「そ、その、ね……。オベロンがさっき言ってたのは、その―――」

「本当、なの……?」

「ぇ……?」

「私を、見てないって。私を、誰と重ねてたの……?」

「それ、は……」

 

 

 そこで、アンナは顔を俯かせて黙り込んでしまう。

 その様子からオフェリアは、自らの心がより暗い闇の底へ沈んでいくのを感じた。

 

 

「……話せないのね。それとも、私なんかに話すつもりがないのかしら?」

「ち、違うッ! そんなつもりじゃ―――ま、待って……ッ!」

 

 

 立ち上がって踵を返した直後、腕を掴まれる。

 それに勢いよく振り返ったオフェリアの視界に、死人のように蒼褪めた表情のアンナが映る。

 

 

「お、お願い……行かない、で……っ。また(・ ・)君を喪いたくは(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)……ッ!」

「―――ッ!」

 

 

 最後の彼女の言葉。それに視界が真っ赤に染まり、続いて、パンッ、と乾いた音が響いた。

 

 

「………………ぁ……?」

 

 

 呆然と呟く声は、いったいどちらのものか。

 

 膝から崩れ落ち、左の頬を押さえてオフェリアを見上げているアンナに、オフェリアは一瞬自分がなにをしたのかわからなかった。だが次の瞬間、自分の右掌を中心にジンジンとした痛みが走っている感覚が、先程自分が取った行動に否応なしに気付かされた。

 

 

「オ、オフェリアちゃ―――」

「………………ごめんなさい」

 

 

 アンナの声を遮り、オフェリアは今度こそ踵を返して走り出す。

 

 後ろから呼び止めようとする悲鳴にも似た叫び声が聞こえてくるが、オフェリアにはそれに耳を傾けられる程落ち着いていなかった。ただ彼女の中には、混乱と憤怒、絶望と悲哀が複雑に絡み合い、形状し難い混沌とした感情の渦が荒れ狂っていた。

 

 ―――これまでのあの日々は。

 ―――時計塔に在籍していた頃のあの日々は。

 ―――カルデアに在籍していた頃のあの日々は。

 ―――クリプターとしてシュレイド異聞帯で過ごした、あの幸せな日々は。

 

 

(―――全部、全部嘘だったの……?)

 

 

 もう、なにも聞きたくない。

 もう、なにも考えたくない。

 

 どうすればいいのかわからない。これからどう彼女と接すればいいのかわからない。

 

 なにもかもがぐちゃぐちゃに乱されたオフェリアは、自分がどこに向かっているのかもわからぬまま走り続けた。

 

 

 

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「―――見つけた」

 

 

 グロスターの上空。

 モルガンの盟友による力で黄昏より変化した、禍々しい雰囲気を纏うどんよりとした空模様を背後に滞空していた竜の妖精が、標的をその瞳に定めた。

 

 複数あるグロスターの入り口に配置された守衛達の間を走り去り、そのままその先にある森に向かっている女性が、今回のターゲット。彼女を殺せば、あの妖精は笑ってくれるだろう。その代償に、メリュジーヌという妖精の心を深く傷付けて。

 

 ピクリ、とメリュジーヌの指が無意識の内に動く。

 それは、彼女の弱い心の表れ。今の自分の取る行動が、これから先の自分を決定付ける。

 

 オーロラの事もそうだが、それ以上に恐ろしいのは―――

 

 

(ルーツ様……)

 

 

 妖精(メリュジーヌ)として新生する前。この身がまだ細胞として、まだ体内の一部だった頃の生みの親。

 分け与えられた権能故に、普段は地脈の奥深くに匿われていたが、定期的に外に連れ出しては一緒に大空を飛び回ったり、人の手の及ばぬ卑怯で日向ぼっこをする事があった。

 あの頃は本当に楽しかったし、幸せだった。それこそ、その身を構成していた細胞の欠片である己でも簡単に思い出させてしまえる程に。

 

 そんな彼女が大切にしている女性を、これから自分は殺す。

 それがどんな結末を招くかなんて、わかり切っていた。

 

 ―――消去(・ ・)だ。彼女の逆鱗に触れたのなら、自分という存在を根底から消されかねない。今の彼女にそうするだけの力があるのかどうかはわからないが、少なくとも『死』という結果には変わりない。

 

 自分が再びこの空を駆けられるようにしてくれたオーロラには報いたい。けれど、だからといって自分の命を費やしてまで彼女を殺そうとは思えないし、なによりルーツ様を哀しませたくない……。

 

 

(僕は……私は、どうすれば―――)

 

 

 オーロラも、“祖龍”も大切。

 この二つのどちらを選び取るか、竜の妖精は空中で一人悩み続けるのだった―――。

 





・『ベリル・ガット』
 ……純粋にモース毒と凶気を研究し、とある者の力添えを受けてその二つの力を己の体に宿した。何気にモース毒を体に宿す事に対するデメリットを完全に打ち消しており、純粋な妖精特攻の力に変えている。

・『オベロン(ヴォーティガーン)』
 ……決死の大博打。力ではどうやっても勝てないため、“祖龍”の心を完全に圧し折るべく“彼女”を引き合いに出して動揺させる。ただの妖精王オベロンではアンナの心を揺さぶる事ができないため、より揺さぶる為にプリテンダーの力を解き、自らの正体を明かした。
 アンナの心を大きく乱れさせられただけでも御の字だと思っていたが、オフェリアが聞いていたという偶然が重なり合い、アンナの心をさらに追い詰める事に成功する。その後、海に向かって全裸になって歓喜の雄叫びを轟かせながら舞った。

・『アンナ・ディストローツ』
 ……オベロンに心を揺さぶられた事に加え、オフェリアに拒絶され精神状態がズタボロに。しかし、オベロンの言葉も嘘ではなく、オフェリアに“彼女”を重ねていたという事実は確かに存在しているため、完全な被害者というわけではない。因果応報である。

・『オフェリア・ファムルソローネ』
 ……オベロンとアンナの会話を聞いてしまい、心を乱される。メリュジーヌに並ぶ今回の被害者。アンナが自分を見ていないという事実に惑い、これまでの彼女との日々が瓦解していく感覚に襲われる。

・『メリュジーヌ』
 ……今回の被害者その二。妖精として新生するキッカケをくれたオーロラと、己という生命をこの世に産み出してくれたミラルーツのどちらを取るかに迷う。



 今回は登場しませんでしたが、次回には久しぶりにシグルドを多めに書いていきたいと思います。
 また、久々に戦闘シーンを入れられると思いますので、楽しみにしていてくださいッ!


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信念

 
 ドーモ=ミナサン。

 fgoが遂に8thを迎え、今年の周年鯖はなにが来るのかと思っている作者です。
 個人的にはU=オルガマリーが来てほしいと思っているのですが、宝具の名前からしてもうしばらくかかりそうだなと考えております。
 また、周年を迎える事もあり、去年のように星5鯖の配布があったら嬉しいなとも思っております。

 今回は満を持してとあるキャラが登場しますッ!

 それではどうぞッ!



 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

 全身が熱い。スタミナなど度外視してただ走り続けた影響で、心臓がバクバクとうるさく鼓動を刻んでいる。

 

 それを必死に抑えつけ、呼吸を整える。

 額から滝のように流れる汗を拭いながら辺りを見渡すと、視界いっぱいに緑が映り込んでくる。

 

 

(……随分と、走ったのね)

 

 

 最後の記憶にあるのはグロスターにあるアルム・カンパニーだったというのに、気付けば私は森の中にいた。

 グロスターの近くに森があるのは知っていたが、あの街からここまでにはそれなりに距離があったはず。それまでの記憶が一切ない辺り、私は本当に気が動転していたのだろう。

 

 だが、それも当然の事だ。

 アンナが、私を見ていないかもしれない―――そんな恐ろしい事実を知ってしまったら、こうなってしまうのも当然なのだろう。他ならぬ私自身の事だからこそわかるのだ。

 

 ……そして同時に、後悔の念も顔を出してくる。

 

 なぜ、あの時彼女の言葉に耳を貸そうとしなかったのか。気が動転していたとしても、彼女本人から本当の事を聞き出すべきではなかったのか。彼女の言葉を聞いた後に、自分がどう行動すべきが決めるべきではなかったのか―――考えれば考えるだけ、あの時ああしておけばという後悔が津波のように押し寄せては、私の心を責め立てる。

 

 そんな心をなんとか落ち着かせようと、近くにあった手頃な倒木に腰かけ、「はぁ」と重い息を吐き出す。

 すると、背後から足音が聞こえてきた。

 

 一瞬、敵かとも考えたが、次いで背後から感じ取れる存在と、私の内側に流れる魔力が繋がっている事に気付き、背後の存在の正体に行き着く。

 

 

「シグルド……追いかけてきたの?」

「肯定。主の身を護るは、サーヴァントである当方の務めである」

 

 

 木の影から現れた、私のサーヴァント―――シグルドに、「そう」と返して隣に座るよう促す。

 なにも言わずに隣に座ってくれた彼に、私は細々と、絞り出すように話をする。

 

 

「……怖いの、シグルド……。アンナが、私を見ていないかもしれないって……」

「…………」

「時計塔にいた頃も、カルデアにいた時も、クリプターになった後も……私の心には、ずっと彼女がいたの……。魔眼を見ないで、私自身を認めてくれた彼女が、今も忘れられないの……」

 

 

 ―――日曜日が、嫌いだった。

 

 それを持つ者が稀少な魔眼持ちの中でも、実在を疑われるレベルの稀少性を持つ『宝石(ランク)』の魔眼。それを生まれつき持っていた私に、羨望や嫉妬の眼差しを向ける魔術師は少なくなった。両親はそんな感情を向ける事は無くとも、この魔眼を持って生まれた私こそがファムルソローネ家を根源に到達させる人間だと確信し、期待をかけてくれた。

 

 そんな両親が嫌いなわけではない。根源を目指す魔術師としては至極当然な行動であり、そんな家系に生まれた人間だからこそ、私もそう思っていた。

 

 でも、そんなものは知らないとばかりに彼女は―――アンナ・ディストローツは、『魔眼を持つ魔術師』としてのオフェリア・ファムルソローネではなく、『一人の人間』としての私を見てくれた。

 魔眼の詳細は私から語るまで聞かずにいてくれた。ロンドンに繰り出してはショッピングに付き合ってくれたし、付き合わされたりもした。

 

 楽しい思い出をくれたお礼として作ったお菓子も美味しく食べてくれたし、その後には私の好物であるケーゼトルデを買ってきてくれた。

 

 今思い返せば、わかる。

 

 私は―――救われていたのだ。

 太陽のように明るい笑顔に。

 周囲から“狂気”とまで言われる程の大胆さに。

 

 それからもたくさんの事があった。彼女に救われる事もあれば、私が彼女を救う事もあった。

 

 そんな日々を過ごしていくうちに、いつしか私は……彼女に恋をしていた。 

 

 

「本当に……好きだったの……っ」

 

 

 女性同士、だなんてものは問題とは考えなかった。

 母国(ドイツ)は同性愛にも寛容だ。女性同士、または男性同士で結婚している人だって多くいる。

 

 魔術師たるもの、次代に自らの意志を託していくものだが、私はそんな当然の事さえ捨ててしまえるようになってしまった。

 

 遷延の魔眼の所有者であるオフェリア・ファムルソローネという魔術師は、アンナ・ディストローツというたった一人の女性によって殺されてしまった。そんな彼女でも、私はどうしようもないくらいに―――

 

 

「心の底から、愛していたの……っ。それなのに、私……私……ッ!」

 

 

 彼女を、拒絶してしまった。彼女の言葉に耳を塞ぎ、逃げ出してしまった。

 

 それが、よりいっそう私の心に刺さる。なんとか抑えつけていた後悔の渦が、再び勢いを増して襲い掛かってくる。

 

 

「ねぇ、シグルド……。私、どうすればいいの……?」

「……当方の意見を言わせてもらうならば」

 

 

 縋るように訊ねた私に、シグルドは髭の一本も生えていない顎に指を這わせ、少しの沈黙の後に口を開いた。

 

 

「愚直な返答となってしまうが、謝罪が妥当ではないかと考える」

「謝罪……」

「肯定。如何なる理由があろうと、相手の話を聞かずに逃げてしまったのなら、まずはそれを謝罪すべきだ」

 

 

 眼鏡の奥で煌めく、燃え盛るような青い瞳が私を見つめる。

 

 そうだ。謝罪だ。どう言い繕っても、私は彼女の前から逃げ出してしまった。彼女が何か言おうとしているとわかっていても、それに耳を傾ける事すらせずに逃げた。

 なんで、こんなすぐに思いつくような答えが出てこなかったんだろう。

 

 

「もちろん。マスターのみ謝罪するだけでは駄目だ。アンナの方からも貴殿への謝罪は必要だろう。理由はどうであれ、貴殿に嘘を吐いていたのは事実なのだから」

「……ありがとう、シグルド。こんな当たり前な事にも気付けないなんてね……」

「気にするな。気が動転していた以上、当たり前の選択肢を見失う事など仕方のない事だ。当方としても、マスターとアンナの関係が拗れるのは戴けないと思っていたところだ」

「……そういえば、シグルドは生前アンナと会っていたのよね。どうだったの? 当時の彼女は」

「今と変わらず、優しい女性であった。彼女と出会ったのは、我が愛ブリュンヒルデと暮らすようになってからだった。狩りの最中に、腹を空かせている彼女と出会い、ブリュンヒルデと共に料理を振舞った事が始まりだった」

 

 

 なんという偶然なのだろうか。狩りに出かけた際に彼女との出会いを果たすだなんて。

 

 それから、最初こそ夫婦の時間を邪魔してしまうと思ってすぐに旅立とうとしたアンナだったらしいが、シグルド達はそんな彼女を呼び止めた。そうしてしばらく居候として彼らのお世話になったアンナは、お礼として彼らに自らの体験談を語って聞かせたらしい。

 

 そうしている内に、三人は意気投合。シグルドはアンナと武術における対談を行い、ブリュンヒルデは夫にした時と同じように、彼女にルーン魔術を教えるようになったらしい。

 

 

「それからしばらくした後、彼女は『満足した』と言い、再び旅立った。彼女が自らの正体を明かしたのは、その時だった」

 

 

 ここまでお世話になった、彼女なりの最後のお礼。それは、自らの正体の開示だった。

 

 有事以外において、彼女は心から信頼した相手にしか正体を明かさない。純白の鱗に覆われた龍の姿となった彼女にそう言われた時、シグルドとブリュンヒルデは堪らなく嬉しく思ったそうだ。

 雄々しい翼を広げ、雲一つない青空に消えていくその姿こそ、シグルドという一人の人間の生涯において、最後に見たアンナの姿だったという。

 

 

「それから少し後に、当方達の間には娘が生まれた。もう少し早ければ、彼女にもそれを伝えられたのだが……今となっては後の祭りだ」

「娘……もしかして、アスラウグ?」

 

 

 シグルドとブリュンヒルデの娘―――それを聞いて、私は思わずそう訊ねていた。

 

 ―――アスラウグ。

 ブリュンヒルデ譲りの美貌を持っていたとされる彼女は、養父ヘイミルによって竪琴の中で育てられ、後にラグナルという若きヴァイキングと結ばれたという。彼との間に生まれた五人の息子達は、いずれも大英雄となり、世界中に散っていったとされている。

 

 

「肯定。もし彼女に伝えられたら、我々になにかあった場合は、彼女に娘を託そうとも考えていた。彼女ならば、娘を立派に育て上げてくれると信じていた。なんとか彼女と連絡を取ろうとしたのだが、それを果たす前に、当方はグズルーンの策略により……」

「……ごめんなさい。辛い事を、思い出させてしまったわね」

「いや、良い。あれは、彼女の企みを見抜けなかった当方の未熟さが原因だ。そのせいで、我が愛を哀しませてしまったが……貴殿が抱える必要は無いものだ」

 

 

 首を横に振って立ち上がったシグルドは、「重い話になってしまったな」と僅かに口元を綻ばせ、私に手を差し伸べる。

 

 

「謝罪すると決めたのなら、行動あるのみだ。我がマスターよ。貴殿の意思、今こそアンナに伝える時だ」

「……そうね。えぇ、その通りだわ」

 

 

 信頼のおけるサーヴァントに頷き、その手を取って立ち上がる。

 

 彼には迷惑をかけてしまった。それに、アンナにも。

 きっと哀しんでいるだろう。ほとんど話を聞かずに逃げてしまった私を、彼女は探しているかもしれない。

 

 アンナが自分についてどう考えているのかを知るのは、正直怖い。もし、私が望む答えが得られなかったら、どう彼女と接すればいいのかわからない。

 それでも、やはり知るべきだ。

 彼女が自分について、どう思っているのか。それを知らなければ、私は自分自身に納得がいかないし、こうして逃げ出してしまった自分が許せなくなってしまう。

 

 

「……戻りましょう。ちゃんと謝って、それから―――……シグルド?」

「なにかいる。マスター、当方の後ろへ」

 

 

 歩き出そうとした私を止めたシグルドからの言葉に、私は即座に意識を切り替える。

 シグルドの目が、気配が、戦闘態勢に入っている。つまり、この近くに彼が警戒するようななにかが現れたという事。

 言われるままに背後に移動した私を庇えるような位置に立ったシグルドは、出現させた大剣を手に腰を落とす。

 

 それから数秒もしない内に、彼女(・ ・)は現れた。

 

 

「―――ッ!」

 

 

 シグルドが息を呑んだとほぼ同時に、空から一筋の流星が落ちてくる。

 咄嗟に大剣を構えたシグルドだが、流星は彼目掛けて突進する事はなく、そのまま垂直に私達の前に落下してきた。

 

 落下時の衝撃によって土埃が舞うが、それも次の瞬間には、その奥から青白い光が数度瞬いたかと思えば瞬時に霧散していった。

 

 

「貴殿は……」

「――――――」

 

 

 土煙の奥から現れたその騎士は、自らの顔面の上半分を仮面で覆い隠していた。

 しかし、仮面で顔を隠していても、その容姿と纏う気配が、彼女の正体をオフェリア達に悟らせる。

 

 

「―――メリュジーヌ」

「構えているところ悪いけれど、僕は君達を殺しに来たわけじゃないよ」

「ほう。では、なぜそこまでの殺気を放っている。そのような相手が目の前にいる中で武装を解く程、当方は柔ではない」

 

 

 仮面に隠されていない唇に微笑を湛えていたメリュジーヌだが、シグルドからそう指摘された直後、先程までの微笑みを消し、唇を固く結んだ。

 

 

「……やっぱり、こういう隠し事は通じないか」

「貴殿の目的はなんだ」

「オフェリア・ファムルソローネの殺害」

「―――ッ!」

 

 

 なんて事のないように放たれた言葉に全身が強張った直後、シグルドが闘気を滾らせ始める。

 

 

「―――と、言いたかったところだったんだけどね」

 

 

 だが、続けて彼女の口から出た言葉に、シグルドは動きを止めた。

 

 

「正直、今の僕は迷ってる。君を殺すのが正しいのか、それとも護るのが正しいのか……。だから、話を聞きに来た」

 

 

 殺気を収め、一歩前に踏み出してきたメリュジーヌ。その煌めく湖のような青い瞳で見つめられた私は、一度深呼吸をしてから動き出す。

 

 

「マスター」

「お願い、シグルド。これは、私の戦いなの」

「……了解した」

 

 

 私を止めようとするシグルドに、私はそう答える。

 

 歴史に名を轟かす大英雄の彼が私を護ろうとしてくれるのは、嬉しい。けれど、こればかりは彼の言葉に甘えられない。

 

 彼女との会話は、私がアンナと出会う前の試練だ。これを乗り越えられなくては、私の想いはその程度だったという事。

 でも、私にそのつもりは無い。こんなところで、私は死ぬわけにはいかない。

 

 

「……護ってもらおうとは思わないんだね」

「そうしては意味が無いでしょう?」

「彼が動く前に、僕が君を殺すかもしれないのに?」

「根拠はないのだけれど……貴女はそうしないって、思えるのよ」

「…………へぇ」

 

 

 私からの返答に、メリュジーヌは僅かに驚いたように眉をつり上げた。

 

 

「……うん、そうさ。その通り。僕に君を攻撃する気は無い。君は“彼女”と同じだ。お母様―――“祖龍”ミラルーツに選ばれた以上、僕は君を殺せない」

 

 

 また『“彼女”』か。いったい、彼女やアンナ、そしてオベロンが口にしているその人物は、いったい何者なのだろうか。アンナがその人物に執着している辺り、過去に彼女と深い関わりを持っていた存在なのかもしれない。

 

 

「私は、その“彼女”とやらは知らないわ。でも、私は、その“彼女”の代わりになるつもりは無い」

「それはどういう事かな」

「アンナが“彼女”に執着しているのは知っているわ。それを知ったから、私は逃げ出してしまったのだもの」

 

 

 アンナが自分を誰かを重ね、自分はその現実を前に逃げた―――その事実は変わらない。けれど、シグルドに話を聞いてもらって、彼から答えを提示されて、私の気持ちは固まっていた。

 

 

「でも、もう逃げない。私はオフェリア・ファムルソローネとして、アンナの隣に立つ。“彼女”の代替え品になんてならない。“彼女”からアンナを振り向かせてみせるわ」

「もし……もし、どれだけ頑張ってもアンナが君を見なかったら? 仮に見ていたとしても、それが彼女の思う君だけを見ていたとしたら?」

 

 

 その質問をする時、メリュジーヌの顔は翳りを帯びていた。その様子に、私はその質問が、私だけではなく、メリュジーヌ自身にも向けられているような気がした。

 

 

「決まっているわ。私を見てほしいって、言い続けるわ。言葉だけで駄目なら、この体を使ってでも。ぶつかり合って、オフェリア・ファムルソローネという一人の人間の存在を、彼女の心に刻み付けてみせる」

「……っ」

「だから、お願い。アンナに会わせて。彼女の娘である貴方が、彼女に私を会わせたくないのもわかるわ。それでも私は、彼女と顔を合わせて、話したいの。そして伝えるの。この胸に燃える、私の想いを」

 

 

 自分の左胸―――丁度、心臓が位置する場所に手を当てた私を、メリュジーヌはしばし見つめる。

 やがて、彼女は小さく息を吐いて、「……敵わないな」と零した。

 

 

「……わかった。君の気持ちは、充分に伝わった。アンナの所に行って。きっと、彼女も君を探しているだろうから」

「えぇ……ありが―――」

 

 

 とう―――と言おうとした、その瞬間。

 

 

「―――なんだこれ。いったいどうなっている……」

 

 

 心の底からの驚愕に染まった、この場にいる誰のものでもない声が聞こえてきた。

 刹那、近くの茂みや木々の影から、私の上半身程の大きさの無数のなにかが飛び出してくる。

 

 

 

「っ、オフェリアッ!」

「マスターッ!」

 

 

 だが、それらが私に喰らいつこうとしたところを、二つの光の軌跡が斬り払う。

 

 

「シグルドッ、メリュジーヌッ! い、今のは……」

「敵襲だ。何者かが、我々を狙っている」

「これは……蟲?」

 

 

 シグルドとメリュジーヌの声を聞きながら地面に視線を向けた私の視界には、彼らによって両断された巨大な昆虫の死骸があった。

 

 

「とんだ誤算だ。まさか、ランスロットがオフェリア・ファムルソローネを殺さないだなんて」

 

 

 再び、聞き慣れない声。

 その声は、老若男女全ての声が重なった上に、そこへ何十ものノイズを重ねているようで、その本当の声を聞く事は叶わない。

 ぶつぶつと文句を垂れ流して木々の隙間から現れたのは―――

 

 

「影……?」

 

 

 全身を黒い霧で包み込んだ、黒い影。

 それが私より高い身長で、辛うじて足首まで届くマントを羽織っているサーヴァントであるのはなんとか理解できたが、それ以外の情報が全くまとまらない。

 

 なにか一つ情報を得たとしても、それが次の瞬間には全く別の情報へと書き換わっていて、それを理解しようとする間にまた別のものへと切り替わってしまう。

 

 全くの未知。これまで私が遭遇し、その目で見てきたものの中でも最大の謎。不気味と断言しても過言ではない程の情報を持つその存在に、シグルド達が身構える。

 

 

「でも、これは思わぬ収穫になりそうだ。人里……いや、妖精里離れたこの森で、オフェリア・ファムルソローネどころか、妖精騎士の一角を落とせそうだなんて」

「へぇ。君なんかが僕を殺せるとでも? 僕を殺す気なら、正々堂々と顔を出してみたらどうかな。そうしている余裕なんて、すぐに無くなると思うけど?」

「その余裕が残っている間に倒すさ。こっちも色々と忙しいんだ」

 

 

 言い終わった直後、影は手元に出現させた鎌を手に襲い掛かってきた―――ッ!

 咄嗟に身構えた私に鎌を振り下ろそうとした影だったが、其の刃は私達の間に差し込まれた大剣によって止められた。

 

 

「っ、シグルドッ!」

「マスター、すぐにこの場から離れろ。貴殿を巻き込むわけにはいかない」

 

 

 ギャリギャリッと金属同士がぶつかり合う嫌な音を響かせ、両者が組み合う。

 

 

「フ―――ッ!」

 

 

 鍔迫り合いを制したのは、シグルド。

 己の大剣を受け止めている影の足元を攻撃して体勢を崩させた直後に鎌を押しのけ、一気に大剣を叩きつけようとして―――

 

 

「ぐ……ッ!?」

 

 

 突然、シグルドの動きが止まった。

 

 

「シグルドッ!?」

 

 

 片膝をついて頭を押さえ始めた彼に、黒い影が鎌を振り被る。

 だがそれが振り下ろされる寸前、真横から飛んできた蒼い光が影ごと鎌を突き飛ばした。

 

 

「君は逃げてッ! こいつは、僕らが引き付けるッ!」

 

 

 両腕に備えたナックルで影を攻撃し、その動きを止めているメリュジーヌが叫ぶ。

 でも、と私が言い掛けるが、「マスターッ!」とシグルドの叫びに口を閉ざす。

 

 

「マスター、これは……少々まずい。すぐにここから、いや、当方より離れるべきだ……ッ!」

 

 

 呻くシグルドの全身から、微かにピンクがかった赤い光が立ち昇り始める。

 それが、以前新聞を飾ったシェフィールド陥落時に確認された光だと悟った私は、喉元まで出かけていた言葉を呑み込み、「わかった」と短く答えて立ち上がる。

 

 

「道中、蟲に襲われるかもしれない。その時の為に……」

 

 

 呟き、シグルドは大剣から放した左手で空中になにか文字を描き始める。

 描かれたその文字が私の足に溶け込むように消えると、途端に全身が軽くなった。

 

 

「身体強化のルーンだ。付け焼き刃だが、これで少し間、蟲よりも速く動けるはずだ」

「シグルド……ありがとう」

「さぁ、行け。当方も復帰しなくてはならん」

 

 

 ドンッ、となにかに重い衝撃が与えられたような音が響いた直後、私達の傍にメリュジーヌが吹き飛ばされてきた。

 すぐさま起き上がったメリュジーヌ目掛け、影は私達ごと巻き込める程の大きさを誇る、黒い靄のようなものを飛ばしてくる。しかし、それが私達を呑み込む刹那、前へと踏み出したシグルドの振るった大剣によって薙ぎ払われる。

 

 

「行って、早くッ!」

 

 

 メリュジーヌの叫びに頷き、私は踵を返して走り出した。

 

 

 

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「逃がすか―――ッ!」

 

 

 常人ではまず出せないであろう速度で走り出したオフェリアを追おうとした影の前に、シグルドとメリュジーヌが立ち塞がる。

 邪魔だと言わんばかりに横薙ぎに鎌を振るうものの、メリュジーヌがナックルから伸ばした二本の刃で弾くと同時、シグルドが大剣を振るう。

 

 咄嗟に身を翻して斬撃を躱した影に追撃を加えようと、再び斬撃を繰り出そうとしたシグルドだが、

 

 

「ぅ……っ!?」

 

 

 体の内部から響くような悍ましい感覚に、思わず動きを止めてしまう。

 そこへすかさず影からの攻撃が繰り出されるが、それは即座に反応したメリュジーヌによって防がれてしまう。

 

 

「ヤ―――ッ!」

「チィッ!」

 

 

 双剣で鎌を打ち払った後、その小さな体を反転させて繰り出された踵落としを繰り出す。だが、それが直撃する寸前、影は両手に持っていた鎌を消滅させ、自由になった両腕で自身の頭部を庇った。それでも衝撃を殺し切れず、堪らずに吹き飛ばされた影は森の奥に消えていく。

 

 

「大丈夫かい?」

「かたじけない、迷惑をかけた」

「無理そうなら僕一人で相手するけど……」

「感覚は覚えた。次は怯まない」

 

 

 一度深呼吸をする事で気持ちを切り替えたシグルドは、先程自分の行動を阻害した感覚を思い出し、今後の戦闘中にそれが起こった場合の戦い方を脳内でシミュレートする。

 それに「凄いね、君」と軽く目を見開いたメリュジーヌだったが、「だけど」と表情を引き締める。

 

 

「一つ質問だけど、君、竜種(ぼくら)の同類かい?」

「否定。当方は生前ファブニールの心臓を喰らい、その性質を帯びただけだ」

「そう。だったら君の感じたその感覚は、あまり長続きしてはいけないものだ。アンナのところに行けば、適切な対処をしてくれるはず。少しでも危険と判断したなら、僕に任せて」

「貴殿は平気なのか?」

「僕は大丈夫。欠片とはいえ、僕は君のような半端と違う純粋な竜種―――それも、“祖龍”ミラルーツ直々に創造された“境界竜”からね。その手のものに対する耐性は万全だよ」

 

 

 ふふん、と誇らしげに胸を張ったメリュジーヌだが、次の瞬間には自分達目掛けて襲い来る影に気付いて腰を落とした。

 

 

「来るよ、構えてッ!」

「了解したッ!」

 

 

 今度は右腕に黒いオーラを、左腕に赤いオーラを纏ってきた影を、竜の妖精と北欧の大英雄は迎え撃った。

 

 

 

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 走り出してしばらく経った頃だろうか。

 背後から聞こえてくる剣戟の音が随分遠くなり、私は足を止めて振り返る。

 

 

(シグルド、メリュジーヌ……)

 

 

 私を護る為に戦ってくれている、彼らの名を心中で呟く。

 

 

「お願い、無事でいて……」

 

 

 彼らの無事を祈り、私は視線を前に戻す。

 

 この妖精國には日が昇らず、常に夜のように暗い。そのせいで森の中は視界が慣れていない間は一面が闇に覆われており、事前知識を持ち合わせていなければ永遠に迷ってしまいそうだ。

 

 けれど、私達が過ごしている街がグロスターで本当に良かった。

 流行の街としてこの世界で知られるグロスターは、常に明るい。常に流行を求める妖精や人間で溢れているあの街が眠る事は、まずない。

 

 その影響もあり、少し拓けた場所で空を見上げれば、微かに空が明るんでいる方角がある。それが行き場を失うはずだった私の足を、真っ直ぐにグロスターへと向けてくれる。

 

 

「……行かないと。アンナに、会わないと……」

 

 

 アンナも、私を探すべく行動しているかもしれない。擦れ違いになってしまう可能性もあるため、出来るだけ早くこの森を抜ける必要がある。

 

 そうして私が両足に力を籠めようとした、その時―――

 

 

 ―――トスッ、と、軽い音が私のすぐ後ろから聞こえてきた。

 

 

「……ぇ……?」

 

 

 なにが起きたか、わからない。

 

 ただわかる事は、今の私は膝から崩れ落ちている事と、胸を中心に全身に伝播している、焼けるような激痛。

 

 

(なに、が……)

 

 

 自分の体になにが起きているのか。両腕に力を入れようとした直後、

 

 

「―――イケナイなぁ、こんな暗がりに独りでいるなんて」

 

 

 全身に突き抜けるような、冷たく悍ましい殺気。

 ぬらりとした粘っこいようでいて、芯の通った嘲りの声。

 

 その声を、殺気を、私は知っている。

 

 

「なぁ、訊かせてくれよ、オフェリア。もう少しでアンナに会えるってところで、背後から思いっ切りブッ刺された気持ちはさぁ?」

「ベ……リ、ル……ッ!」

 

 

 どうして、ここに?

 なぜ、気付けなかった?

 どうして、私は刺されている?

 

 脳裏に無数の疑問が浮かんでは消えていく―――そんな私の視界に、ベリルの靴が映り込む。

 

 

「あぁ、そっか。喋れねぇか。そりゃそうだもんなぁッ! お前を刺したナイフは、モースの毒と“黒の凶気”を練り込んだ特別製だ。そりゃ喋れるはずもねぇよなぁッ!」

 

 

 下劣な笑い声を聞いた途端、視界が真っ白に染まる。

 鼻からぬらりとした生暖かい液体が流れる感覚を感じながら仰向けになった私を、獰猛な笑みを浮かべたベリルが覗き込んでくる。

 

 

「前は殺しても大して面白くない奴だと思ってたが、化けたもんだな。お陰で殺したくて殺したくて堪らなかったぜ?」

「こ……の……」

 

 

 この下劣な殺人鬼に恨み言の一つでも言いたいが、口が自由に動かない。死にたくなるような激痛だというのに、私の口から悲鳴は出ず、掠れた声しか出てこない。

 

 

「じゃあな、オフェリア。いくら化けたつっても、本当に化けて出てくんなよ?」

 

 

 そう言い残し、ベリルは彼の足元から湧き上がってきた黒い渦に呑み込まれ、その姿を消した。

 

 待ての一つも言えず、彼が目の前から消え失せていく様子をただ見る事しか出来なかった。

 

 そして、どんどん私の思考が、かたちをなさなくなっていく。

 

 

(ア……あ、な……)

 

 

 

 

そのなをくちにしたい。

 

 

―――それは、だれ?

 

 

わたしの、たいせつなひと。

 

 

―――だれ?

 

 

だれ?

 

 

―――だれ? だれ?

 

 

だれ……わすれたくない。

 

 

―――かのじょは、だれだっけ?

 

 

いや、いや。わたしはおぼえている。

 

 

―――なまえは、なに?

 

 

なまえ、なまえ、あれ?

 

 

―――あれ?

 

 

なんだっけ。かのじょの、■■え。

 

 

―――■の■■っ■、な■?

 

 

■■■■■、■■■■■、■■■■■ッ!

 

 

―――■■■■■、■■■■■、■■■■■ッ!

 

 ■■■■■、■■■■■、■■■■■、■■■■■、■■■■■、■■■■■、■■■■■、■■■■■、■■■■■、■■■■■、■■■■■、■■■■■、■■■■■ッッ!??!

 

 

 

「―――オフェリアちゃんッ!」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――あ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アン、ナ……」

 

 

 

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『―――告げる』

 

 

 

 微睡の中、声が聞こえる。

 

 

 

『―――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の手に』

 

 

 

 今にも泣きそうな、悲痛な声。

 (わたくし)が眠る前に聞いた、あの時と同じ声。

 

 

 

『―――されど、我は汝の手綱を握らず、なっ、汝、が、我を顧みる必要もなく。た、ただ、己の意志にのみ従い、行動せよ』

 

 

 

 嗚咽交じりの詠唱。

 閉じている瞼の裏に、泣きじゃくる彼女の姿が見える。

 

 

 

『―――汝、冠位を担う……亡国の姫君。わ、我、己が肉体、と……彼女の魂を楔に、汝を再びっ、現世へと招く』

 

 

 

 本当は、貴女も私を呼び起こしたくはなかったのでしょう。

 それでも、そうした。そうせざるを得なかった。

 

 

 

『―――我、“祖龍”……っ、ミラルーツが乞い願う』

 

 

 

 だって、貴女は独りだから。

 たくさんの家族がいても、どれだけの想い出を重ねても―――貴女は、孤独だから。

 

 

 

『―――お願い、お願い、お願い……っ! この娘を、救って、護って……ッ!』

 

 

 

 私の言葉は呪いとなって。

 私の生涯は、貴女を縛る鎖となって。

 

 私の()は、貴女の悲嘆を映し出して。

 

 それでも貴女は、私を喚ぶのですね。

 

 

 

『―――汝、万象を拓く至天。今こそ顕れたまえ、天秤の護り手よ―――ッ!!』

 

 

 

 ……わかりました。

 貴女がそう望むのなら、救いましょう。

 

 

 

「……貴女は……」

「初めまして、オフェリア・ファムルソローネ。私の名は―――」

 

 

 

 それが、こんな私に出来る事なら。

 

 

 ―――貴女に永遠の苦しみを与えてしまった、この愚かな女に出来る事なら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の名は、アンナ(・ ・ ・)ディストロート(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)シュレイド(・ ・ ・ ・ ・)。今は亡きシュレイド王国第三王女にして、“祖龍”ミラルーツと共鳴した者です」

 

 





・『シグルドの時代のアンナ』
 ……この時はまだ“祖龍”の姿に戻る事が出来ていた。しかし、神代が終わってしばらくして彼女の力は衰え、やがて“祖龍”の姿に戻れなくなり、その力の一片を行使する程度しか出来なくなってしまった。

・『影』
 ……オベロン。オーロラの命令を受けたメリュジーヌがしっかりオフェリアを殺しているか確認しようと思ったところ、なんと話し合いで矛を納めてしまったので介入。相手が自分と同じ“祖龍”より生み出された者であるため、全力でプリテンダーの能力を使って自分の情報を偽りまくっている。こうなるんだったら海で奇行に走るんじゃなかったと後悔中。逃げたオフェリアに対して蟲をけしかけられなかったのは、もし彼女の近くにアンナがいた場合、その蟲を経由して自分に辿り着かれると確信していたから。

・『ベリル・ガット』
 ……おわりのはじまり(そのに)。自分で自分の死亡RTAを意図せず遂行している哀れな男。

・『アンナの詠唱』
 ……本来、英霊召喚とは英霊を己の使い魔(サーヴァント)として使役し、聖杯戦争へと駆り立てるもの。しかし彼女の詠唱は対象を令呪で縛らず、使役する立場とは思えぬ懇願を伴って行われる。それは、終わるべくして終わった命を、再び喚び起こす事に対する申し訳なさかもしれない。

・『アンナ・ディストロート・シュレイド』
 ……これまで何度も登場してきた“彼女”の正体。髪や瞳、服装こそ異なるものの、アンナ・ディストローツと瓜二つの外見を持つ亡国の姫君にして、英霊達の頂点、冠位(グランド)サーヴァントにその名を連ねる者。生前、“祖龍”ミラルーツと共鳴している。

・『共鳴』
 ……モンスターハンターライズ、モンスターハンターストーリーズに登場。前者は他者への強い共感と同調を不定期且つ無意識に発動する能力であり、後者は絆石を介してライダーがオトモンと絆を結ぶ上で重要な役割を担う。



 遂に“彼女”を登場させる事が出来ましたッ! 次回は今作における竜大戦について書いていこうと思っていますので、楽しみにしていてくださいッ!

 それではまた次回ッ!


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歪んだ大戦

 
 ドーモ=ミナサン。
 fgoが8周年を迎え、ディスティニーガチャと福袋ガチャが来ましたが、皆さんは誰が来ましたか?
 私はディスティニーガチャで以前から欲しかったジャンヌ(ルーラー)をゲットし、福袋では水着イリヤと水着伊吹をゲットしましたッ!
 また、石も左程割らずに記念サーヴァントのトネリコもしっかり確保できたので、明日に迫ったサバフェスへの準備は万端ですッ!

 皆さんも欲しいサーヴァントはゲット出来ましたか?

 今回はアンナとルーツの過去についてです。
 それではどうぞッ!



 

 シュレイド王国。

 それは叙事詩“モンスターハンター”に登場する、古代文明の代名詞的存在である王国の名前。

 モンスターが闊歩する地上に出来た唯一の大国であり、栄華を極めたと語られているが、最後には龍達の逆鱗に触れ焦土と化してしまったという、当時の人類の傲慢さと浅はかさを表す国でもある。

 

 

「アンナ・ディストロート……シュレイド?」

 

 

 そして、その王国の名を名乗った女性の登場に、私の頭は混乱と困惑が混ざり合ってぐちゃぐちゃになっていた。

 アンナが私を見ていないかもという事から始まり、影による強襲、そしてベリルに背後から刺されたという事態が一日の内に起きている事によって頭がこんがらがっていた。だというのに、今度は私の知るアンナと瓜二つの姿を持っている女性が目の前に現れ、さらにはかつて栄華を誇っていた大国の名を持っていた。

 正直言って、私の頭はそろそろパンクしそうだった。

 

 

「驚くのも無理はありませんね。貴女にとっては、なにもかもが突然すぎたのですから」

 

 

 それを言われ、私は思わずハッとして、背中に手を回してみる。

 

 

(刺し傷が、ない……?)

 

 

 恐らくベリルに刺されていたであろう箇所に手を回しても、痛みがない。かと言って痛覚が麻痺しているわけではなく、そこに触れていた手に自分の血がついていなかった。まるで刺されていたのが嘘であったかのようだ。

 

 

「ここは謂わば、(わたくし)と貴女の精神世界。私達は異なる者同士故、互いの世界は交わらず、こうした真っ白な空間となっているのです」

 

 

 固有結界……のようなものだろうか。

 人や英霊には、その魂の内側にそれぞれの世界があると聞く。それを外側に出力する事の出来る存在は人間にはまず不可能なものであり、仮に英霊であってもそれを可能とする存在は限られていると、講義で習った記憶がある。

 ここも、在り方としてはそれに近いものなのだろう。

 ただ、こうしてなにもない真っ白な空間だというのは、私と彼女が異なる存在だから―――というわけらしい。

 

 

「精神世界の体だからこそ、現実世界の肉体で受けた傷は影響しない……という事?」

「えぇ。と言いましても、貴女の場合は自我が消失しかかっていましたので、私が急いで治したのですが」

「それは……ありがとうございます。……あっ」

 

 

 そこで私は、思わず「まずい」としてしまった。

 相手はシュレイド王国の王女。仮に同じ時代に生きていたとしたら、敬うべき存在だ。彼女と似た境遇であるアナスタシアとは、彼女からの要望もあり互いにタメ口で話しているが、このアンナとはそういった話をした事はない。

 

 すぐさま謝罪しようとした私を、しかし、アンナはくすくすと笑って止めた。

 

 

「構いませんよ、別に。私は確かに王女ですが、それも今は遠い遠い昔の話。国は滅び、我が家系は途絶え、私もまた死んだ。自己紹介の際に名乗りこそしましたが、あれもほぼ肩書きのようなものです。ですから私は、ただの冠位(グランド)キャスターのアンナと、そう覚えて頂ければ幸いです」

「余計に畏まるべきだと思うのだけど……」

 

 

 さらっと自らのクラスを開示するのは、少し心臓に悪い。

 

 ただのキャスターであれば、まだ平気だった。けれど、その最上位を示す冠位(グランド)を冠するキャスターなど、星の数ほどいる英霊達の中でも五指で数えられる程しかいないのだ。

 

 人類悪に対抗する為に世界が召喚する、真の意味での人理の守護者。それが冠位(グランド)サーヴァント。だが、そのクラスを何気なしに明かしたアンナの態度は、その重みをあまり感じさせない程に柔らかかった。

 

 

「この場所と私の話は、これで良いでしょう。たくさんの事が起き、混乱しているでしょうが、次の話題……つまり、現在の貴女の肉体についてお話しましょうか」

「……ッ、そうだ、私……」

 

 

 話題転換と共に、一気に緩んでいた感覚が引き締められる。

 

 ここは精神世界だから、そこに立つ私の体には傷がない。しかし、現実世界にある私の肉体には、変わらずベリルに与えられた刺し傷があるはずだ。こうして精神世界に形を保てている以上、死んではいないだろうが、今の私の本当の肉体はどうなっているのだろうか。

 

 

「心配はいりませんよ。確かに貴女の受けた傷は致命傷のそれですが、貴女は魔術師。貴女の肉体に刻まれた魔術回路が、貴女を再起させようと今尚稼働している事でしょう。ですが、貴女を刺した方の持っていた武器には、複数の特殊な力が込められていました。ルーツが私を召喚しなければ、間違いなく貴女は命を落としていたでしょうね」

 

 

 魔術回路。

 私達魔術師がこの身に刻む、自らが所属する家系の研鑽の結晶。初代より始まり、子々孫々へと代々受け継がれてきたそれに、さらなる磨きをかけた上で根源を目指し、到達出来ないのであればまた次の世代へと託す、一族の呪いであり誇りにも等しい存在だ。

 

 一族の悲願を達成する為に作られている事から、その治癒能力は折り紙付きだ。流石に頭を吹き飛ばされたり、巨大な岩石などに全身を押し潰された場合は不可能だが、頭や心臓を撃ち抜かれた状態ならば、傍に医療の心得がある魔術師がいれば再起を可能とする。

 

 

「その言い方から思うに、私の魔術回路では、私を再起させるのは不可能だった……という事かしら」

「はい。今は私の魔力と貴女の魔術回路を結合、活性化させ、より高い治癒効果を発揮させています。さらに、私を召喚する際、アンナが自らの血を貴女に与えた(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)事もあり、貴女の肉体は急速に回復しているはずです」

「え、アンナが、私に血を……?」

「出血もそうでしたが、なにより、貴女の体内に送り込まれた力の一つは、彼女の力無くして治癒は不可能なものでした。彼女本人も、龍である自らの血を貴女に分け与える事を躊躇していたようですが……結果は今この時が証明しています」

「そう……」

 

 

 アンナが……いや、“祖龍”ミラルーツが、私に血を分けてくれていただなんて。

 私の命を救おうとしてくれた事に思わず感謝の念を抱くが、次いで、ある疑問が思い浮かぶ。

 

 ルーツが私を救おうとした。それは嬉しい。

 ではなぜ、私に自分の血を輸血する事を躊躇ったのか。人間の私に、龍である己の血が適合するのかと疑問に思ったのか。それとも、それとはまた別の要因が、彼女を躊躇わせたのか。

 

 それについて訊ねようとするが、それを遮るようにアンナが口を開く。

 

 

「完治するまで、まだ時間がかかるでしょう。ですのでその間、私の……いえ、私達の昔話について聞いてもらっても良いですか? ルーツがどうして、自らの血を与えてまで貴女を救おうとしているのか。私がなぜ、彼女と同じ姿をしているのか―――それを知って戴きたくて」

 

 

 ルーツとアンナの過去。

 彼女が私を救おうとする理由。

 彼女とアンナが瓜二つの姿を取っている理由。

 

 その言葉は、あまりにも魅力的だった。

 

 それを知りたくて頷くと、アンナは「ありがとうございます」と柔らかな微笑みを返してきた。

 

 

「では、お見せしましょう。私と彼女の世界。惑星(ほし)の全てを巻き込んだ、忌むべき生存競争の時代を」

 

 

 言い終えた瞬間、眩い光が視界を埋め尽くす。

 

 それに思わず瞼を閉じてから数秒後、眩い光が収まったのを感じ、閉じていた瞼を持ち上げる。

 

 そんな私を待っていたかのように、アンナはゆったりとした動作で、ある方向へ人差し指を向けた。

 

 彼女が指差した場所には、堅牢な城塞に囲まれた巨大な国があった。

 遥か上空にいるというのに、そこにいる人々の活気が伝わってくるその国の真ん中に位置する城を見て、私ははっと息を飲んだ。

 

 

「あれこそ、モンスターの脅威に晒されながらも懸命に生き延びた人々が興した国―――シュレイド王国です」

 

 

 アンナが歩き出せば、それに伴って景色も変わっていく。

 人々の笑顔が溢れる商店街の真ん中に現れた私達だが、周りの人々が驚いていないところを見ると、彼らに私達は見えていないようだ。

 

 

「生活範囲も、生命としての完成度もモンスターに劣っていた彼らは、それでも必死にこの厳しい自然界の中で生き残るべく、毎日を逞しく生きていました」

 

 

 少しだけ翳りのある笑顔を浮かべる、身の丈を越える武器を背負う男。

 ペンダントになっている牙を握り、涙を堪えるように裁縫を行う女性。

 家族の手伝いに駆け回る子ども達。

 誰もが、自分達がすべき事を全力でやっている。そんな彼らが、私には自覚のあるなしに関わらず、それが人類の繁栄に繋がるのだと信じているように見えた。

 

 

「けれど、ある日……」

 

 

 アンナの表情に翳りが生じ、場面が移り変わる。

 

 先程の城下町の上に広がる青空が、瞬く間に暗雲が立ち込める。

 遠くで無数の雷が落ちる音が聞こえる中、玉座に腰を下ろした初老の男を前に、片膝をついている男が見える。

 

 

「この国の宰相が、甘言を弄して父を唆しました。突然現れ、瞬く間にその地位を築き上げたその男は、父や多くの貴族に高い評価を受けていました」

 

 

 遊び心など一切感じさせない、引き締められた表情。真にこの国を、この世界に生きる人類を想っているような、引き込まれるような声色。

 

 なにも知らずにいれば、彼の言葉に誰もが惑わされてしまうだろう―――彼に対しそんな評価をしている私の隣で、アンナは瞳に憤怒と侮蔑の炎を灯していた。

 

 

「ですが、この時の彼らはあまりにも様子がおかしかった。男の言葉は受け入れられ、この国は禁断の道へと足を踏み入れました。悔しいですが、当時の私は彼の圧倒的な力を前になにも出来ず、ただ見ている事しか出来ませんでした。家族に期待をかけられていた私には、それを裏切るような真似は出来なかった。それが今は、悔しくて仕方がありません……」

 

 

 歯噛みするアンナを他所に男が国王達に背を向け、場面が移り変わる。

 

 その刹那―――

 

 

『誰か、私を見ているな?』

 

 

 あまりにも小さく、聴き取れるかも怪しい程の小さな声。

 しかし彼―――舌まで黒い漆黒の肌を持ち、知的な印象を抱かせる風貌の美青年は、間違いなくこの場面を視ていた何者か(わたしたち)を認識していた。

 

 そして、場所は変わる。

 玉座から景色が変化し、次に辿り着いたのは地下施設と思しき場所。

 忙しなく動き回る人々の先に、異形の怪物が何体も吊るされていた。

 

 明らかに生来のものではない、継ぎ接ぎの肉体。自然界に発生する事のない特徴を持つそれらに、私は心当たりがあった。

 

 

「竜機兵……」

 

 

 叙事詩“モンスターハンター”に記されていた、シュレイド王国が竜達との戦争に繰り出したという禁忌の兵器の数々が、天井から吊り下げられていた。

 

 

「あの男の進言により、父はあらゆる神秘を駆逐する竜の生産(・ ・)を推し進めました」

 

 

 アンナの見上げた先には、先程も見た、黄金に輝く王冠を被り、髭を蓄えた老人がいた。

 その左右には二人の男女がいる。左には先程の黒い男。しかし、右に立つ女性を見た時、私はまた驚愕に襲われた。

 

 黄色の装飾が施された黒い軍服に覆われた豊満な胸に無数の勲章を付け、帽子を目深に被ったその女性は、ルーツのサーヴァントの一騎である復讐者(アヴェンジャー)と瓜二つの外見をしていたのだ。

 彼女とあのサーヴァントの関係についても知りたくなったが、今はその時ではないだろうと思い、アンナの言葉に耳を傾ける。

 

 

「この国の大臣……いえ、仮初の姿(カタチ)を用いてこの星へ降り立った外神によって捕獲された“禁忌”を基に、多くの技術が構築されていきました」

 

 

 景色が変わり、多くの映像が目の前に映し出される。

 

 炎を纏う大剣。

 雷鳴を轟かす弓。

 激流を巻き起こす槍。

 吹雪を呼ぶ太刀。

 龍をも殺す銃。

 

 異界より齎された知識は、モンスターに生活圏を脅かされていた人々に、彼らと戦う力を与えた。

 

 ―――竜大戦の始まりだ。

 

 そして、その中で最も力を振るったのが、竜機兵。

 捕えた“煌黒龍”をモデルに、彼の龍を超える竜の製造を目指し、科学者達は狂ったように研究し、殺戮者達は笑いながらモンスターを殺し続けた。

 

 誰もが知らず、気付けなかった。気付けたとしても、その男の力はあまりにも凄まじく、声を上げる事も出来なかった。

 当時の“祖龍”達でさえ、(ソラ)から顕れた者が相手である故に迂闊に攻撃を仕掛ける事が出来ず、ただ歯噛みして仲間を助け出す機を窺うしかなかった。

 

 だが、“祖龍”達もただ負けてばかりではなかった。

 仲間を殺され、武器に加工される―――脆弱な人類種がこの過酷な世界を生き延びる為に取ったこの手段は、モンスター達の頂点に君臨する“祖龍”も辛うじて呑み込めた。

 しかし、あの兵器だけは、竜機兵だけは許せなかった。

 

 シュレイド王国の傘下に入った他の国々との戦争中に竜機兵が駆り出されれば、必ず“祖龍”やそれに連なる者達が現れ、望まぬ戦いを強いられている同胞達を眠らせ続けた。そして、それを使役した国々を滅ぼし、竜機兵の製造工場は念入りに破壊した。

 

 それでも、戦争は終わらない。元凶たる外神は未だ健在であり、彼によって蝕まれたシュレイド王国では今尚竜機兵が製造され続ける。

 

 “祖龍”達は迂闊に外神に手を出せない。

 外神はその弱みをついて竜機兵を製造する。

 “祖龍”達はその竜機兵を破壊し、その損失を外神が即座に補う。

 

 地獄だ。

 モンスターが世界中に存在する以上、竜機兵製造の素材は簡単に調達できる。各地のモンスター達がそれに抗おうとしても、“煌黒龍”を解析して作られた武具とそれを扱う殺戮者達に狩られるか、最悪の場合は外神自らが出向いてきてそのまま兵器に改造されてしまう。

 

 このような悲劇が永遠に続いていくのか―――そう私が思った、その時だった。

 

 

『お主、我と共に彼奴(・ ・)の思惑を潰さぬか?』

『え?』

 

 

 それは、アンナがどうやってあの大臣を止めるかと考えていた頃だった。

 

 突如として現れた、黄色のローブを纏った老人は、自らを“旧神”と名乗った。

 

 

「広い目で見れば、彼もまたあの外神と同じ部類。(ソラ)より降り立った侵入者(インベーダー)でした。ですが彼は、本来在るべきこの惑星(ほし)の形を歪めた外神に嫌気が差し、私に協力を申し出てきました」

 

 

 真に嫌うタコ(・・)でこそないものの、自らのいる場所で好き勝手にされては流石にイラつく―――そんな理由で協力を申し出てきた彼を、しかしアンナは受け入れた。

 このままでいては人類種も竜種も、それ以外の種族も、この惑星(ほし)から滅びてしまう。その最悪の未来を変える為なら、どのような手段を使おうとも思っていた。そんな時に起こったあの老人との邂逅は、アンナにとっては僥倖だった。

 

 

「それからは、秘密裏に行動を起こし続けました。外神の暗躍を知りながらも行動に移せない者達に声をかけ、旧神の力を借りて彼らに外神の力が及ばないようにしてもらいました。しかし、それでもまだ足りなかった。人類種(わたくしたち)以外の種族の力も必要でした」

 

 

 人類種の仲間達は着々と増えつつある。しかしそれでも、外神には勝てない。

 ではどうすべきか。そう思った直後だった。

 

 

〔―――どうすればいい。どうすれば勝てる。どうすれば、あの男を殺せる〕

 

 

 それは、彼女が初めて白き龍と共鳴した瞬間だった。

 無意識の内に起こった共鳴。しかしそれはアンナにとって、さらなる転機だった。

 

 そこでアンナが思いついたのが、“祖龍”達の力を借りる事だった。

 

 

「ルーツ達の力を借りる……。でも、それは……」

「はい。私が……シュレイド王国の王族が、竜種の頂点と出会うという事。それがどれほど危険な事かなど、誰もが理解していました」

 

 

 “祖龍”に会いに行こうとする彼女を、多くの仲間が止めようとした。

 シュレイド王国を支配する立場にある彼女が“祖龍”の前に姿を現すなど、「殺してくれ」と言っているようなものだと。頼むから考え直してくれ、と。貴女がいなくなったら、我々はどうすれば良いのかと。

 

 それでも、アンナは彼らを説き伏せた。

 どのみち、これしか選択肢はなかったのだ。彼女達と協力しなければ、この惑星(ほし)は滅びる。故にこそ、アンナはたった一人で、“祖龍”のいる山奥へと向かった。

 

 

〔アンナ・ディストロート・シュレイド……シュレイドだと? あの王国の小娘が、(わらわ)に何の用だ〕

 

 

 “黒龍”に“紅龍”、そして“煉黒龍”。

 シュレイド王国に囚われている“煌黒龍”を除き、彼らを含めた四体の“禁忌”に囲まれている状況。

 少しでも彼らの機嫌を損ねれば、その瞬間に魂さえもこの世から消し去られてしまいそうな程の殺気を浴びせられる中、アンナは折れる事なく自らの気持ちを明かした。

 

 

「この時は本当に大変でした。外神に簡単に操られてしまった我が国に落ち度があるとはいえ、彼女の子どもにも等しいモンスター達を兵器に改造してしまったのですから。彼らにとって、その王族の一人である私など、視界に入れる事すら不快でしょうから」

「それでも、ルーツ達は貴女の話を聞いてくれたのね」

「今も昔も、あの時の彼らには感謝しかありません」

 

 

 私達が話している間に、映像のアンナ達も話を終えたのだろうか、今にも彼女を喰らうかのように顔を近付けていたルーツが離れた。

 

 

〔……良かろう。我らも外神の侵入を許してしまったという落ち度もある。これは防衛戦であり、同時に、異邦より来たりし蛆虫を排除する為の逆襲だ〕

 

 

 それから、アンナ達は只管に準備をした。

 戦争を継続せざるを得ないが、それでも外神の注意をそちらに逸らし、水面下で力を蓄え続けた。

 

 その間に多くの苦難が彼女達の前に立ち塞がったが、決して少なくない数の犠牲を出しながらも彼女達は潜り抜けた。

 

 

「多くの出来事がありました。哀しい事も、楽しい事も……その全てを、私はルーツと共有しました」

 

 

 仲間に子どもが生まれた。老齢の個体がその命を終えた。貴族でいては食べられないようなものを食べた。最近、草食モンスターの数が少なくなってきた。

 

 良い事も悪い事も、全てを分かち合った。そうしている内に、アンナは自然と、ルーツという龍がどのような存在かを理解し、ルーツもまたアンナという人間かを学んでいった。

 

 知らず知らずに互いに惹かれ合うようになった彼女達だが、互いが自分達の種族の違いを知っているからこそ、どちらも相手に自分の気持ちを明かすような事はしなかった。

 

 

〔これが楽しいって事なのかな、アンナ〕

『ふふっ、その通りですよ、ルーツ』

〔うん……なんだか、悪くない気分〕

『……以前の口調も好きでしたが、今の貴女のその喋り方の方が、なんだか貴女に合いますね』

〔そう? それじゃあ、この喋り方で〕

 

 

 そもそも、なぜ龍である彼女が人の言葉を理解出来るのか、なんて疑問は思い浮かばなかった。

 そんなものは些細な問題ですらなく、彼女とその系譜に連なる者達が持つ特性なのだろう。簡単に意思疎通出来るなら、それに越した事はない。

 

 普通ならばあり得ない、人と龍の会話。それを交わしながら、来るべきその時までの間の時間を可能な限り共に過ごす事が、一人と一体の密かな楽しみとなっていた。

 

 ―――そして、遂にその時はやって来る。

 

 外神が大臣としての仕事を熟す為に国を離れた直後、“祖龍”達はシュレイド王国を襲った。

 国民を喪う事を是とするという、王女にあるまじき行動。しかし、その罪を背負う覚悟などとうに決めていたアンナは、罪悪感と共にその非道を行った。

 

 多くの死が生まれた。

 生まれたばかりの命を潰した。

 

 それでもアンナは、“祖龍”は、殺した。闘った。そうでなければ惑星(ほし)が滅びるのだから。

 

 そして、外神によって歪まされた、人と竜の生存競争は、終結へと向かっていく。

 

 

『素晴らしいだろう■■■■ッ! 私は軽くアドバイスをしただけというのに、矮小な猿共は妄想を現実のものとしたッ! ここまで面白いゲームは中々ないッ!』

『ぬかせ、■■■■■■■■。貴様の声など聞くだけでも反吐が出るわ。我の膝下で、これ以上の遊戯は赦さぬぞ』

 

 

 向かい合う美青年と老人。老人の言葉に、正義感は微塵もない。人々を良からぬ方向へとけしかけた事に対する怒りもない。あるのはただ、自らのいる場所で彼が動いていた事に対する憤怒と侮蔑だった。

 

 

『だがお主を殺すのは我ではない。お主はこの惑星(ほし)の生命が滅ぼす』

『ギャァアアアアアアアアアアアッッッ!!!』

 

 

 老人が消え、解放された“煌黒龍”が現れる。

 仮初の姿を捨てた外神と“煌黒龍”の対決が上空で行われる中、シュレイド王国では―――

 

 

「……ッ、これは……」

 

 

 虐殺。

 “祖龍”達によって引き起こされたものではない。

 地下工房から溢れ出した竜機兵が、視界に入った全てを攻撃していたのだ。

 

 

「竜機兵の暴走です。しかし、それは外神によって引き起こされたものではなかった……」

 

 

 目元を伏せ、拳を握り締めるアンナ。

 歯噛みをして彼女が見上げた先には、狂気に染まり嗤う男―――彼女の父である国王の姿があった。

 

 

『暗黒のファラオ万歳ッ! ■■■■■■■■万歳ッ! くとぅるふ・ふたぐん、■■■■■■■■・つがー、しゃめっしゅしゃめっしゅッ! ハハハハハ滅べ滅べ滅んでしまえッ! 儂の国は永遠じゃ永遠となるんじゃあァハハハハハッ!!』

 

 

 明らかに正気ではない様子。

 両目から血の涙を流し、口元から胃液を吐き出しながら竜機兵を操るその男によって、国民もモンスターも関係なく殺されていく。

 

 “黒龍”によってそれらが焼き尽くされていく中、ルーツはアンナを戦いに巻き込まないように国の外へ逃がしていた。

 

 

〔この國が滅びた後、君には生き残った人達を導く役目がある。だから、今は逃げて〕

「ルーツは、この戦いの後の事を考え、私を逃がそうとしていました。それでも、私は戦いました。彼女の制止を振り切って、彼女の言葉を聞こうとせず、彼女の気持ちから逃げて、国を必要以上に破壊する竜機兵を……父を、斃そうとしました」

 

 

 だが、それが彼女の命運を分けた。

 

 ルーツの制止を聞かずに動いたアンナは、多くの竜機兵を撃破した。そして最後には、自らの父をも打倒した。

 

 斃すべき敵を斃し、戦いが終結に近づいていく―――そんな時だった。

 

 

『逃がさぬ、儂の期待に応えぬ出来損ないめ……。貴様なぞ、死んでしまえばいいのだッ!』

『―――ッ!!』

 

 

 這う這うの体で追って来た国王が、彼女を背後から攻撃したのだ。

 

 完全な不意打ち。数多の戦いで傷付き疲弊したアンナに、それを迎え撃つ余裕はなかった。

 

 

〔アンナッ!!〕

 

 

 アンナの異常を察知したルーツが彼女を見つけた時にはもう遅かった。

 

 国王の最期の悪足搔きは、アンナの魔術回路を完全に破壊し、治癒不可能な致命傷を与えた。

 

 

『ルー、ツ……』

〔お願い、気をしっかり持ってッ! 君は、ここで死んでいい人間じゃないのッ!〕

『ごめん、なさい……。貴女の言葉を、聞いていればよかった……』

〔いいのッ! もういいのッ! 謝罪なんて後で聞くから、今はとにかく生きて……ッ!〕

『ごめんなさい。わかるんです、もう駄目……だって……』

〔そんな……やめてよ、そんな事、言わないでよ……〕

 

 

 アンナを抱えようとしても、その巨大な身体では彼女を圧し潰してしまう。触れようにも触れられない事実に苦しむルーツの心に、アンナの言葉が刻み込まれていく。

 

 

『ですから、ルーツ』

 

 

 仰向けに倒れたアンナは、虚ろな眼差しでルーツを見つめる。

 

 

次の私(・ ・ ・)は、逃がさないでくださいね?』

〔え、それ、は……〕

 

 

 どういう事か、とアンナを見やると、彼女は私を見ずに答える。

 

 

「私の瞳は、数多の未来を視る千里眼。生まれ持ってのものではなく、後天的に獲得したものでしたが、その瞳は、私とは違う『私』が彼女と出会う未来を映し出していました」

「未来を視る千里眼……それが、貴女が冠位(グランド)に選ばれた理由……?」

 

 

 訊ねる私と、それに頷くアンナの前で、一人と一体の会話は続く。

 

 

『今度は、逃がさないでください。次の私は、私じゃないけれど、もし、その人が周りからの期待に潰されそうになっていたら……助けてあげてください』

 

 

 その時は今のような、戦争ではないかもしれないけれど。

 その時の『誰か』に掛けられる期待は、自分みたいに重いものではないかもしれないけれど。

 

 それでも、その『誰か』が、その期待に潰されそうになっていたら、手を差し伸ばしてほしい―――死に際の彼女の願いは、ルーツの魂に拭えぬ傷を与える。

 

 

『ルーツ、私は、貴女が……好き、です……』

〔……ッ!!〕

『あぁ、やっと、言えた……。叶うなら、ずっと前から、貴女に言いたかった。何度も、何度も、貴女に愛を伝えたかった……』

〔やめて……ねぇ、やめてよ……〕

『でも、大丈夫です……。貴女と『私』は、また出会う。こことは違うどこかで、こことは違う、時代で……』

〔お願い、なにも、言わないで……〕

『ごめんなさい……。ありが、と……う…………』

〔…………アンナ? ねぇ、アンナ……? あぁ……あぁああああああああああッ!!〕

 

 

 動かなくなったアンナに、ルーツが顔を近づける。

 

 薄く開かれた瞼は、もう二度と開く事も、閉じる事も無い。二度と動かなくなった彼女の骸を前に、“祖龍”は絶望に染まった雄叫びを挙げる。

 

 

〔嘘……嘘だ噓だ噓だッ! アンナ、アンナッ! お願いだから目を開けてよ……ッ、また、声を聞かせてよぉ……ッ!〕

 

 

 信じたくないと、これは現実ではないと叫ぶルーツ。しかしそれでも、目の前の現実は変わらない。

 

 深紅の眼から流れる涙が枯れた頃、“祖龍”は小さく呟く。

 

 

〔……わかった。わかったよ、アンナ〕

 

 

 それは、彼女より与えられた傷が生んだ呪い。

 

 

〔待っていてね。いつか、また君が生まれた先で、期待に押し潰されそうになったら、周りからの期待に答えようとして閉じ籠もるようになったら……〕

 

 

 彼女との思い出が、彼女から掛けられた言葉の数々が、彼女より与えられた呪いが、“祖龍”というこの惑星(・ ・)の頂点を徹底的に破壊する。

 

 

〔必ず、助けるから。その時は一緒に、どこかへ行こう。海の彼方、空の彼方、果ての果てまで、一緒に〕

 

 

 鱗が剥がれ落ちる。

 翼が消え、尻尾が無くなる。

 

 土埃や血で穢れた純白の巨体が光に包まれ、人間大のサイズになる。

 

 その光の中で、ルーツは……いや、彼女(・ ・)は己という存在が変質した事を知った。

 そして同時に、「これなら」と決意を固めた。

 

 

『―――今度こそ、護る。貴女に貰ったこの腕で。貴女の手を取って、必ず』

 

 

 言葉だけでなく、行動としてもその決意を表すかのように、彼女の姿を得た白き龍は、天空に浮かぶ星を掴むが如く拳を握り締めた。

 

 

「……これが、私達の時代に起きた出来事。その記録です」

 

 

 映像が消え、周りの景色が最初の真っ白な空間のものとなる。

 あまりの情報量。あまりの出来事。それになにも言えずにいる私の耳に、アンナの声が響く。

 

 

「この後、永い、永い年月をかけ、私の魂は転生を果たしました。英霊となったアンナ・ディストロート・シュレイドではない、全く別の生命として、再びこの世に産まれ落ちた」

 

 

 彼女の言葉に、ハッとする。

 まさか、と思ってアンナを見やると、彼女は重々しく頷いた。

 

 

「そうです、オフェリア・ファムルソローネ。貴女こそ、私の転生体。魂は漂白され、全く新しいものとなりましたが、貴女はかつて……アンナ・ディストロート・シュレイドであった者です」

 

 

 その言葉は、今回見聞きした情報の中でも最も大きく、そして重く、私の心に圧し掛かってきたのだった―――。

 

 





・『アンナ・ディストロート・シュレイド』
 ……シュレイド王国の第三王女にしてグランド・キャスターの一騎。ソロモン王、ギルガメッシュ、マーリンと同じく最高位の千里眼を所持している。多くの仲間達と共に、外神の介入によって滅びに向かう人類種と竜種を救った。
 二人の姉がいるが、彼女達は政略結婚により他国へ嫁いだため出番なし。

・『ルーツの輸血』
 ……ベリルに与えられた傷は通常の手段では治療不可能なものであったため、ルーツは苦渋の決断としてこれを行った。
 しかし、アルテミット・ワンである彼女の血が魔術師のオフェリアの体になにも影響を与えないわけが無く、アンナの力によって相殺している状態。しかし……。

・『竜大戦』
 ……太古の時代に起こった、人類対龍の大戦争。惑星全土で行われたこの戦いは苛烈を極め、終結時には両者共に滅亡寸前だったという。

・『■■■■』
 ……赤衣の男が契約した異邦の神格。外神の暗躍によって惑星(ほし)が滅ぶのを危惧し、アンナ達に助力を申し出た。しかし、別に人類を護ろうというわけではなく、彼らが活躍する場を荒らそうとする外神がムカついたから。アンナ達に協力したのは、どうせなら人類種と竜種の雄姿も見たかったという単純な理由。

・『■■■■■■■■』
 ……(ソラ)より降り立った異邦の神格。大臣としてシュレイド王国に侵入、暗躍していた。人類に邪悪な知識を与え、竜大戦を激化させた元凶。矮小な人類が製造する武器など高が知れていると思っていたが、まさか素材に魂を宿した状態で兵器に改造するという、思わぬ収穫に歓喜していた。
 竜大戦終盤、■■■■と邂逅するものの、彼ではなくこの惑星(ほし)に住まう生命によって撃退された。

・『竜機兵』
 ……言わずと知れたイコール・ドラゴン・ウェポン。外神の入れ知恵によって人類が製造した忌まわしき兵器。しかし外神はあくまで『これをこうすればこうできるよ』程度の事しか教えておらず、まさか素材から魂を生み出した後に繋ぎ合わせるとは思わなかった。
 赤衣の男の宝具であるが、彼の宝具がこれだと知った時の黄衣の王は滅茶苦茶嫌そうな顔をしていた。

・『アンナの千里眼』
 ……ソロモン王と同じ、あらゆる未来を見通す瞳。とある事情により、後天的に獲得したものである。しかしソロモン王の千里眼との違いとして、『あらゆる世界の未来の分岐点を見渡し、その内の一つを強制的に正史へと結びつける』という能力がある。宮本武蔵の天眼に近いタイプのものだが、『相手を斬る』事に特化したあちらと違い、こちらはそれ以外の全ての事象に適応される。この千里眼を用いれば、たとえ不死身の超生物であろうともその不死性がない世界のものへと変化させる事が出来る他、全滅が確定している味方陣営を全員生還させる事も可能。
 実はルーツを最期の会話をしている時、アンナは自らの魂が転生する未来と、その転生体とルーツが出会う未来を結び付けており、結果としてルーツはオフェリア・ファムルソローネという女性と出会った。
 しかし、オフェリアがアンナに恋をするかどうかについては自分が決めるものではないとしていた。故に、オフェリアがルーツに恋をする未来は彼女に仕組まれたものではない。



 ちなみに執筆中、外神のcvは勝杏里さんがイメージとなっていました。他のオリキャラの声優は考えていないのに、なぜなんでしょうかねぇ……。

 次回は衝撃の事実を知ったオフェリアがこれから先どうするのか、という要素に焦点を当てたいと思います。
 それではまた次回ッ!


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変貌

 
 ドーモ=ミナサン。
 初めてサバフェスに参加し、サーヴァント達の作る同人誌がどれも実際に読みたいものばかりで、とても楽しかったですッ!
 私は『ときめきアイアンウィップ』、『EVER DARK -永夜戦線-』が読みたいですねッ! アイアンウィップは恋愛模様、永夜戦線はデザインが好きです。特にシャルルの衣装が滅茶苦茶刺さりました……。
 そういえば、『妖精國の夏休み』では左上にアルビオンっぽい竜が描かれていましたね。個人的なアルビオンのイメージはマガラ骨格だったのですが、前足が長かったりと、少しミラ種に近かったのが意外でした。

 また、ガチャではミコケル以外は全員確保できましたッ! ミコケルも引きたいのですが、水着メリュジーヌに石を搾り取られてしまったのと、保険として100個は残しておきたかったので、残念ながらそこで断念しました……。

 今回は短いです。
 それではどうぞッ!



 

「私が、貴女の転生体……?」

 

 

 信じがたい言葉を前に、オウム返しにそう返してしまう。

 アンナはそんな私に頷き、周囲の空間を見渡す。

 

 

「ですが、先程も言いましたように、貴女が(わたくし)であるという事ではありません。転生体といえど、その精神の形は生まれ育った環境によって相違がありますから。貴女の精神が、そのまま私のものであった―――なんて事はありませんので、ご安心を」

「それでも、色々頭が混乱するわ……」

 

 

 もう私の頭は、情報量の多さに頭痛がしてきた。

 

 自分がシュレイド王国第三王女の転生体? 正直、信じられない。でも、彼女本人からそう言われ、さらには当時の映像も見せられては信じざるを得ない。たとえそれが、あまりにも荒唐無稽な話であってもだ。

 

 

「……アンナは、貴女をずっと探していたのね。貴女というよりは、どこかに転生しているであろう、貴女の魂を」

「はい。私の最期の我儘が、本来であればどこかのタイミングで内海へと戻っていた彼女を、この世界に留めていました。……そうして彼女が出会ったのが、貴女というわけです」

「……そう」

 

 

 最早、どう返せばいいのかわからない。

 返答する為の言葉すら思い浮かばないでいると、なにかを勘違いしたのか、アンナが「……申し訳ございません」と頭を下げてきた。

 

 

「貴女がこのような事態に巻き込まれてしまったのは、全て私の責任です。そうでなければ、貴女はきっと命を狙われる事はなかったはず。もしかしたら、ルーツとの出会いすらも……。本当に、なんとお詫びすればよろしいか……」

「ぇ……あ、ちっ、違うの。貴女に対して悪感情を抱いていたわけではないの。ただ、色々と混乱していて……」

 

 

 それに―――と、私は続けて告げる。

 

 

「私は、幸せなの。生前(かつて)の貴女が、自分の魂が転生すると彼女に伝えたからこそ、私はあの(ひと)と―――ルーツと出会えた。だから、貴女が謝る必要は無いの」

 

 

 自分がアンナの転生体だという事には、心底驚いた。

 でも、それが悪い事であるとは決して思わない。

 

 だって、彼女のお陰で、私はルーツと出会えた。彼女と出会えたからこそ、私は変わる事は出来た。

 時計塔で彼女と出会い、たくさんの事を経験して、今の私が()る。

 

 それに、彼女は『自分の魂が転生する』という未来を実現させただけで、『オフェリア・ファムルソローネとして転生する』という未来を選んだわけではないのだ。もしかしたら、私ではない別の誰かに転生した場合だってある。なのにそれを謝られても、私にはそれを責めるような理由にはならないのだから。

 

 

「……本当に、ありがとうございます」

 

 

 言葉を終えた私に、アンナは深く頭を下げてきた。

 頭を下げる必要は無いと思って彼女に頭を上げるよう促すと、彼女は素直に従ってくれた。

 

 

「申し訳ございません。まさか、そのような事を言ってくださるとは思っておらず……」

「いいのよ。私も貴女も、こうなるとは思っていなかったんだから」

「ですが、それでも申し訳なさでいっぱいです。ただ助かるだけならば良かったのですが……」

「……なに?」

 

 

 途中で言い淀んだアンナに、少し嫌な予感を覚える。

 まさか、またなにか新たな情報が投下されるというのだろうか。これまで教えてもらったもの以外に、いったいどんな情報が残されているのか―――再びアンナに訊ねようとした、その時だった。

 

 

「―――あ、れ……」

 

 

 突然、全身の感覚が狂い始めた。

 先程まで安定していた視界が一気に歪み、全身から力が抜けていく。しかし、力が抜けたと思った箇所がいきなり治ったり、または先程まで普通だった部位の感覚が完全に消えたりと、通常では有り得ないようなあべこべなもので、今自分がどんな状態なのかを把握出来ない。

 

 

「―――そんな、まさか、対抗し切れなかったというのですか……ッ!?」

 

 

 視界が明滅を繰り返す中、妙に鮮明な声が聞こえる。

 いったいなにが、と訊こうとする口も、今となっては掠れ声を出すだけで使い物にならない。

 

 

「答える必要はありません。ただ、集中して私の言葉に耳を傾けてください。その状態でこのような事を言うのは酷ですが、貴方の今後についての話ですのでッ!」

 

 

 両足の感覚が無くなり、顔面を床に強打したような痛み。

 予期していなかった痛みに一瞬思考が途切れるが、それでも私は言われるがまま、彼女の言葉に意識を集中する。

 

 

「私は先程、貴女の魔術回路に自身の魔力を結合させ、ルーツもまた、貴女に自らの血を与えたと言いました。人間の肉体に、サーヴァントと“祖龍”の力を受け止める容量などありません。私の魔力は、貴女を破裂させかねなかったルーツの力と相殺し合っているため、そのような事は起こり得ませんでしたが……恐らく、僅かながらルーツの方が勝っていたようです。その影響で、貴女の肉体には大きな変化が生じているはずです」

 

 

 ルーツの血が、私の現実世界の体に影響を与えている?

 それはどんな影響か。良いものなのか、それとも……。

 

 

「ですから、心を強く持ってください。そして、決して……決して、ルーツを責めないでください。彼女の行動は、貴女に未来が残されていたからこそ取ったものですから」

 

 

 ……なんだか、体中が熱い。

 内臓が溶け、骨が崩れ、意識が混濁としてくる。

 

 まともな思考が出来ない。

 それでも、彼女の言葉は聞き取れた。

 

 そのまま、私の意識は消えていった―――。

 

 

 

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「―――は……っ!」

 

 

 肺に溜まった息を勢い良く吐き出し、オフェリア・ファムルソローネは目を覚ました。

 

 

(……この天井は、見た事があるわね)

 

 

 何度かの瞬きをした末に視界に収めた簡素な模様が描かれた天井は、この異聞帯に来てから何度も目にしたアルム・カンパニーのもの。

 そして軽く上半身を起こしてみれば、自分の腹から下はふかふかの掛け布団で隠されていた。

 その事から、今自分はアルム・カンパニーにあるどこかの部屋にいるのだと理解できた。

 

 

「そうだ、傷……」

 

 

 そして、次に気になったのはベリルによって刺されたであろう背中。

 意識を失う前と比べ、随分と軽くなった腕(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)をベリルに刺されたであろう箇所に回すも、これといった痛みはない。これが、アンナとルーツの救護活動のお陰なのだろうか。

 

 だが、アンナは最後、ルーツの血が自分の体に影響を与えていると言っていた。その影響がどこに出ているのか、オフェリアにはわからない。

 

 なにはともあれ、九死に一生を得たようで良かった―――と、「はぁ」と安堵の息を吐いて瞼を閉じた、その時だった。

 

 

「―――ぁッ!?」

 

 

 これまで体験した事のない感覚が、オフェリアの脳を襲った。

 思わず閉じていた瞼を持ち上げ、周囲を見渡す。

 

 だが、先程視たもの(・ ・ ・ ・)は、どこにもない。

 

 気のせいか? と思うのも束の間、勘違いかもしれないという一縷の望みを賭け、もう一度瞼を閉じて―――。

 

 

「ぁ……あァッ!?」

 

 

 それが勘違いではなかったと、後悔する事になった。

 

 それは―――光だった。

 それも一つではない。十、百、千……いや、その程度では数え切れない無数の光が幾つもの河を作っており、瞼を閉じて見えないはずの視界を漂っている。

 

 さらに、予想外の事態がもう一つ。

 

 瞼が持ち上がらないのだ。まるで昔からそうであったように、瞼が完全に塞がってしまっている。

 故に、オフェリアの脳はこの正体不明の河から得てしまう情報量を即座に処理する事が出来ない。

 

 どうすればいいのかわからず、ただ呻き声を上げていると、バンッと勢い良く扉を開け放つ音が聞こえた。

 

 

「……ッ!! オフェリアちゃんッ!」

「ァ……ンナ……ッ!? 私、どうなって……ッ!」

 

 

 悲鳴にも等しい声を上げて駆け寄ってきた女性―――アンナは、オフェリアの言葉に応えずに彼女の頭を両手で抑える。

 

 

「いいッ!? 深呼吸をして、気持ちを落ち着かせてッ! 慌てちゃ駄目だよ。今の君じゃ、それ以上慌てたら脳が焼き切れるッ!」

「―――ッ!」

 

 

 鬼気迫る声。

 言われるがままに深呼吸で焦った気持ちを落ち着かせる。何度かそれを繰り返していると、少しずつ目の前の光の河に慣れてくると、ほっとアンナが息を吐いたのが聞こえた。

 

 

「……うん、もう大丈夫。目を開けていいよ」

 

 

 頭に触れていた手が離れ、オフェリアは瞼を持ち上げる。

 そして、彼女の視界に、先程まで会話をしていた人物と瓜二つの外見をした女性が映り込んだ。

 

 

「アンナ……それとも、ルーツ……?」

「なんで迷って……そっか、“彼女”と会ったんだね。うん、それなら、ルーツでいいよ」

 

 

 自分の名前を呼ぶ時に迷う素振りを見せたオフェリアに首を傾げたアンナ―――ルーツだったが、彼女の様子から事情を察したのか、そう答える。

 

 

「私、どれくらい眠ってたの? それに、今のは……」

「二日ぐらいだね。一か八かの処置で、君が助かる可能性は限りなく低かったから、このまま目覚めないんじゃないかって怖かったよ。……それでね、さっき君が視たものだけど……それって、光の河みたいなものだった?」

「えぇ。教えて、ルーツ。あれはいったいなんなの? 私、どうなっているの……?」

「……話すより、自分の目で見た方がいいかも」

 

 

 おいで、と差し出された手を握り、彼女の介護を受けてベッドから下りる。

 彼女に手を引かれるまま椅子に座らされた私は、何気なしに目の前の鏡を見て―――驚愕した。

 

 

「これ、は……」

「……本当なら、私の血の力を、アンナの魔力が抑えてくれるはずだった。でも、あの時の私は正常な判断が出来なくて、かなり多めの血を君に与えちゃったの。そのせいで、君の体には龍種(わたしたち)の力の一部が宿ってしまった」

 

 

 さっきまで視えていたのは、魔力の流れ。自分達龍や、それに連なる竜種が視る事のできるものの中でも代表的なもの―――頭上から聞こえてくる声が、自然と脳に溶け込んでいく。

 

 アンナと会話していた時にはあれ程混乱していたというのに、今ではそれがすんなりと理解できてしまう。

 

 

「まだそれだけ(・ ・ ・ ・)で済んでいるのが奇跡なぐらいだよ。“祖龍(わたし)”の血の濃さは並みの竜種の比じゃない。場合によってはすぐに全身が変異(・ ・)してもおかしくはなかった」

 

 

 思わず目元に手を当て、軽く動かす。

 そうしただけで、それ(・ ・)はより大きく、オフェリアに現実を叩きつけてきた。

 

 

「……ごめんなさい。貴女を護りたかったのに、こんな事になってしまって……」

「…………いいの。貴女に悪気はなかった。私もきっと、その時の貴女と同じ立場なら、きっと同じ事になっていたと思うわ」

 

 

 心の奥底から、モヤモヤとした不快感が込み上げてくる。

 しかし、それを彼女達にぶつけるのはいけないと。どちらも自分達の為すべき事を全力でやっただけなのだと考え直し、込み上げてきた不快感を掻き消す。

 

 

「そう、私……」

 

 

 鏡に映る、オフェリアの瞳は。

 

 

「……もう、人には戻れないのね」

 

 

 既にヒトのものから―――龍の眼へと変貌していた。

 

 

 

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 妖精國ブリテン上部、湖水地方。

 汎人類史ではイングランドの北西部、カンブリア群に位置している場所で、イギリス観光の名所の一つとして知られている。大小無数の湖が点在するリゾート地としても親しまれており、ある地域においては世界遺産としても登録されている。

 

 だが、妖精國における湖水地方は、汎人類史のものとは似ているようで違う箇所が多い。

 北部妖精の聖地であるこの場所に出現するモースは、他の地域と比べ強力で、並みの妖精では瞬く間に殺されてしまうため、とても観光地にはなり得ない。

 そして、最大の違いを挙げるならば、遠目に見てもわかる程巨大な枯木だ。

 

 しかし、今回語るべきはそこではない。

 

 今回焦点を当てる場所は、その枯木に近い場所。それなりに大きい沼地の上空に、バサリ、と傘をさす音が響いた。

 

 

「……ここですか」

 

 

 フリルのついた緑色のドレスに身を包んだ女性―――コヤンスカヤは、自らの眼下にあるそれ(・ ・)を見下ろす。

 

 それは、巨大な骨だった。

 半分ほど沼地に沈んでいるためにその全容は把握できないが、それでもかなりの大きさだ。それを視界に収めたコヤンスカヤは、次いで視線をその周りに向ける。

 

 

「…………」

 

 

 そこにいるのは、それなりの数のモース。そして、姿こそ見えないものの、モースとは別の気配も感じる。だが、気配については大きなものだが、微かに揺らめいている様子からなにかしらの残滓に近いものだろうと結論付ける。

 

 周囲の確認を終えた、コヤンスカヤは「はぁ」と鬱陶し気に溜息を吐いた。

 

 

「少し面倒ですが、大事な作業なので周りを綺麗にしましょうか」

 

 

 獣としての己の力の一部を解放。

 コヤンスカヤの全身から溢れ出した魔力の奔流が、地上にいるモースとなにかしらの残滓に伝わり、彼らに本能的な恐怖を与える。

 

 瞬く間に邪魔な者達が一斉にこの場から離れていくのを確認してから、コヤンスカヤはゆっくりと骨の上に降り立つ。

 

 

「ふふっ、さて、お楽しみのお時間と行きましょう♡」

 

 

 邪魔者を追い払い、これで安心できるとばかりに邪悪な笑みで指を鳴らす。

 どこからともなく現れたNFF印のバリケードテープが周囲の木々の間に張り巡らされていく。

 

 いよいよここから始まる大仕事。これが完了すれば、自分は新たな戦力を獲得できる。腕が鳴るというもの―――だというのに。

 

 

「……なんでしょう。なんか、とても嫌な予感が……」

 

 

 この全身が怖気立つような感覚は、いったいなんなのだろうか―――。

 

 

 

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「ぅ―――ッ!?」

「オフェリアちゃんッ!? どうしたのッ!?」

 

 

 突然苦しみ出したオフェリアに、紅茶を淹れていたルーツが駆け寄ってくる。

 

 肩を掴まれる感覚を覚えながら、しかしオフェリアの視界は彼女を映していない。

 

 

(これ、は……)

 

 

 それは、明らかにこの部屋のものではなかった。

 

 見覚えのない森の沼地。

 そこからぞろぞろと、靄のような存在―――モースがなにかに追いやられるように逃げていく。

 冷たい風が吹き抜けるその場所には、自然界には相応しくないバリケードテープが張り巡らされており、その奥に、白く巨大ななにかが見える。

 全容は見えないが、明らかになにかしら巨大な生物の骨格と思しきその上に立つ、邪悪な笑みを浮かべた緑色のドレスを羽織った女性の姿。

 そして、彼女は目の前にいる何者か達を、なにか悍ましい巨大な竜らしきものに襲わせようとしていた。

 

 

(知りたい……もっと、もっと見せて……ッ!)

 

 

 それがどこの光景なのか、オフェリアにはわからない。しかし、この映像についての情報をより多く集めようと、オフェリアはこの映像が続く事を願う。

 だが、そんなオフェリアの願いは叶わず、映像はブレーカーを落としたようにブツリと途切れてしまった。

 

 

「っ―――はぁっ、なに、今の……」

「なにかあったのッ!? どこか変な感覚はないッ!?」

「だい、じょうぶ……」

 

 

 ズキズキと痛む頭を抑え、焦った表情のルーツに応える。

 

 

「……ルーツ、貴女達の力に、未来視とか遠視の力はある?」

「え? うん、あるよ。龍/竜種(子ども達)創った(産んだ)時に与えたから、私にはもうその力は残ってないけど……。もしかして……なにか視えたの?」

 

 

 頷き、オフェリアは先程見た映像の内容を話す。

 逃げていくモースの奥に見える沼地。そこに鎮座する巨大な生物の骨に、その上に立つ女性。彼女が使役していると思しき、悍ましい巨大な竜らしきなにか。

 

 一つ一つ話していく内に、ルーツの瞳は大きく見開かれ、そして眉が顰められた。

 

 

「……オフェリアちゃん。もう少し、その場所についてわかってる事はある?」

「わからない。でも、モースの姿が見えたから、この異聞帯のどこかにいるのは確実だと思う」

「……わかった。ありがとう、オフェリアちゃん」

「ルーツ?」

 

 

 言い終わるが否や立ち上がったルーツは、オフェリアの視線を背に受けながら扉へと向かっていく。

 

 

「ごめんね、オフェリアちゃん。多分、それは私が出向く案件だと思う。―――いるんでしょう? シグルド」

 

 

 ルーツが軽く顔を動かせば、壁際に霊体化を解除したシグルドが現れる。

 

 

「シグルド? いつからそこに……」

「最初からいたよ。でも、私と君が色々話していたから出てくるタイミングを窺っていた……そんなところでしょ?」

「肯定。我がマスターよ、無事でなによりだ」

「あ、ありがとう……。それにしてもルーツ、よくわかったわね。私みたいに、彼と令呪で繋がってるわけじゃないのに」

「私の眼は、さっき君が視た魔力の河を視れるけど。それ以外にも色んなものが見えるんだ。瞼を閉じなくても霊体化しているサーヴァントに気付けるし、魔力の痕跡を辿る事も出来るの」

 

 

 多分君は、魔力の河しか視られないと思うけど―――そう言い終え、ルーツはオフェリアからシグルドに視線を移す。

 

 

「シグルド。後でボレアスにここに来るように言っておくから、もしオフェリアちゃんになにかがあったら、彼と協力して対処して。私はバルカンを連れて、オフェリアちゃんの言った骨を探しに行く」

「待って、ルーツ。さっきの骨に、なにか心当たりがあるの?」

 

 

 ドアノブに手をかけたところを呼び止められ、ルーツは「確証はないけど」と振り返る。

 

 

あの女(コヤンスカヤ)が、ただの骨を狙うとは思えない。その骨は多分、あいつが自ら出向いてでも欲しがるもの……」

「……まさか」

 

 

 そこで、オフェリアは思い至った。

 彼女が顔色を変えて探そうとするもの。コヤンスカヤが手に入れようとする程のもの。

 

 そしてこの國には、それに関連のある妖精がいる(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 つまり、彼女が探し出そうとしている骨の主は―――。

 

 

「そんな事はないと思うけど、もしその骨があの子(・ ・ ・)のものなら……。絶対にあいつには渡さない……ッ!!」

 




 
・『オフェリアの現状』
 ……ルーツの血により変異。種族も人類種から竜種に近くなっている。アポクリファのジーク君に近い状態。まだ鱗などは出ていないが、瞳が爬虫類のそれになっている。

・『オフェリアの未来視』
 ……アンナの千里眼とオフェリアの魔眼が重なったもの。任意で発動できず、予期しないタイミングで起こる。アンナの魔力が彼女の魔眼に影響を与えた事による産物。

・『ルーツの眼』
 ……星より与えられし、あらゆるものを見通す万能の眼。魔力の流れ、他者の意識、相手を確実に絶命させる線、あまねく未来/現在/過去など、その総てを見通す。しかし、ボレアス達を創造した際にこれらの力の大半は彼らへと移り、彼らの死後はまた別の何者かに移った。あらゆる魔眼、千里眼のオリジナル。

・『コヤンスカヤ』
 ……母娘にボコされる未来が確定した。


 ルーツとアンナの呼び方ですが、キャラクターごとに変えようと思っています。オフェリアならルーツ、カドック達ならアンナ、という感じです。文章もキャラごとに名前を使い分けていこうと思っているのですが、読みづらいですかね……?

 次回はルーツぶち切れ回ですッ! それではまた次回ッ!


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両者の違い

 
 ドーモ=ミナサン。
 先週、夏風邪に罹ってしまい三日ほど寝込んでいた作者です。

 夏風邪というか、なにかしらの病気に罹ったのは久しぶりですね。滅茶苦茶気持ち悪かったです。今は完治したので、なにも心配する必要はありませんッ!

 また、先週の金曜日にはマジカルミライに参加しました。今年は初音ミク16周年という素晴らしい年だったのもあり、とても楽しめましたッ!

 今回は長いです。それではどうぞッ!


 

 ソールズベリーの教会、その一室。

 そこではこの街の領主であるオーロラと、妖精騎士ランスロットことメリュジーヌ、そして彼女らの友人であるカリアがお茶会を楽しんでいた。

 

 

「その時のウッドワスったら、とっても慌ててね? フォークを取り落としてしまったの。ふふっ、本当に可愛らしい方ね」

「はは、そうだね。あのライネックの次代(むすこ)でも、君みたいな美しい女性との食事は緊張するらしい」

「まぁ、メリュジーヌったら。褒めてもなにも出ませんよ」

 

 

 楽しく談笑を楽しむメリュジーヌとオーロラを横目に、「フフフ」と笑みを零すカリア。

 

 

「素晴らしい光景だな。妖精國でも一、二を争う美貌を持つ妖精達が優雅に茶会を楽しんでいる。これほど良い光景など見た事がない。あぁ、そこのウェイトレス。紅茶のお代わりを」

「誰がウェイトレスですかッ! 全く……」

「ははは、冗談だとも。……おや、まさか本当に淹れてくれるとは」

「カップが空なのは事実ですから」

 

 

 からかわれた事に憤慨しながらもカリアの差し出したカップに紅茶を注ぐコーラル。ツンとした表情でカリアを一瞥するも、彼女が首を傾げて微笑めば、ほんのりと頬を赤らめてオーロラの背後に下がった。

 

 

「カリア、いくら可愛らしいからって、あまりこの子をからかわないであげて」

「からかっているつもりはないさ。常に不愛想な表情の彼女が、少し気に入らなくてね。たまには笑わせたいものさ。あのオフェリア・ファムルソローネのように、ね」

「……そうね」

 

 

 その時、オーロラの瞳に僅かに昏い感情が灯る。

 それにメリュジーヌが気付いた瞬間、「ところで」とオーロラがカリアに声をかけた。

 

 

「カリア。貴女にとって、オフェリア・ファムルソローネはどう映るかしら」

「どう、とは?」

「なぜかしらね……私はどうしても、あの子がただの人間の女性だとは思えないの。いつかは妖精國に危機を招きそうな、そんな感じがするの。……ねぇ、カリア。もし、貴女が陛下やこの國について想うのなら―――」

「断らせてもらうよ」

「あの人間を……え?」

 

 

 自身の言葉を遮られるとは思わなかったのか、呆けた表情になったオーロラ。しかし、すぐに気持ちを切り替えたのか、即座に表情を変えてカリアに問いかける。

 

 

「どうして? 貴女はこの國の事を考えていないの?」

「考えているとも。しかし、ボクは女王陛下、ひいてはバーヴァン・シーに仕える身だ。彼女らからの命令であれば従うが、君は私の主でも、この國の代表でもないだろう?」

「カリア……」

 

 

 まさかキッパリ断るとは、とメリュジーヌは目を見開いてカリアを見る。

 なに一つ申し訳ないと思っていない、清々しい表情だ。彼女が申し訳なさの欠片もなく、オーロラからの申し出を断ったのがよくわかる。

 

 

「私はソールズベリーの領主で、“風の氏族”の氏族長よ? それでも足りない?」

「足りないとも。君には確かに、他にはない立場がある。しかし、ボクが君の命令に従う理由にはならないね」

「……そう」

 

 

 これ以上は無意味だと判断したのか、オーロラはカリアから視線を外し、メリュジーヌへと移す。

 それにメリュジーヌが身を竦ませた事に気付かないまま、オーロラは口を開く。

 

 

「ねぇ、メリュジーヌ。前にも一度頼んだけれど、もう一度お願いしてもいいかしら」

「…………」

「彼女からこの國を護って? 今はそうじゃなくとも、いつかきっと、彼女はこの國を滅ぼす要因になり得るわ。ねぇ、お願い」

「……僕、は」

 

 

 絡みつくような視線。全身を縛り付けるような声。

 それに喉が、反射的に言葉を返そうとした、その時だった。

 

 

「……ッ!? これ、は……」

 

 

 突然、脳裏になにかしらの映像が流れ込んできた。

 

 見覚えのある沼。そこから周囲へ逃げるように散っていくモースの群れ。

 それがなにを意味するのか、言葉は無くとも、メリュジーヌには理解できた。

 

 

「……そう。うん、わかった」

 

 

 その言葉のないメッセージに、メリュジーヌは即座に了承の言葉を発した。

 椅子から立ち上がり、部屋の出入り口へと向かっていく彼女に、背後から声がかけられる。

 

 

「どこへ行くのです、メリュジーヌッ! まだオーロラ様の話は終わっていませんよッ!」

「ごめんね、コーラル。でも用事が出来たんだ。至急の、ね」

「至急の用事、ですか? そんなもの―――」

「行かせたまえよ、コーラル」

「カリア様ッ!?」

 

 

 コーラルの言葉を遮った声に、メリュジーヌが振り返る。

 自分を止めようとしていたのだろう、椅子から立ち上がったコーラルの肩を、カリアが抑えていた。

 

 

「彼女の用事に心当たりがあるのですか、カリア様」

「ないね、なにも。しかし、メリュジーヌが反応したのだ。きっと、彼女が出張るべき案件なのでは―――そう思っただけさ」

「……ありがとう、カリア」

「気にするな。早く行きたまえよ」

「うん」

 

 

 頷き、メリュジーヌは、教会から出るや否や飛び立ち、己を呼ぶ何者かの元へと向かうのだった。

 

 

 

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 順調に『巡礼の鐘』を鳴らし、アルトリア・キャスターの強化を行っているカルデア一行。彼女らは現在、湖水地方へと足を踏み入れていた。

 

 オックスフォードの鐘はいつでも鳴らせる事から後回しにし、他に『巡礼の鐘』がある場所として挙げられたオークニーに向かう途中にある湖水地方。

 そこで彼女らは、かつてこの地で繫栄していた“鏡”の氏族の妖精亡主(ナイトコール)、ミラーと出会った。

 他の妖精よりも存在強度が強く、死して尚もその残滓が妖精國に残り続けていた彼女の依頼を受け、一行は湖水地方の一角―――“竜骸の沼”へと向かう。

 

 その道中で遭遇したモースと戦闘している最中、彼女達の前にメリュジーヌが現れる。上空から落ちてくると同時にモースの大群を掃討した彼女を追って沼へと移動した彼女達は、バリケードテープで囲われた巨大な骨を発見した。

 

 

「なんだ、この恥知らずな(くさり)はッ! 僕達の湖に、よくも土足で入り込んだなッ!」

「まぁ。土足だなんてとんでもない。ムリアン様から頂いたドレス、とても気に入っていますので……。失礼ながら、このように上空から回収作業に勤しんでいたところです」

 

 

 苛立ちのままにモースをバリケードテープごと切り裂いたメリュジーヌに、上空にいるコヤンスカヤが難色を示す。

 

 

「とはいえ、眷属にしたばかりのモースでは運び出す事も壊す事も出来ず、あわや不良債権か、と頭を悩ませていたのですが……。もう何の価値もないガラクタでも、痛めつけてみて正解でしたわ。妖精騎士ランスロット、いえ、アルビオンの末裔。待望の本命が、こんなに早く手に入るのですから」

「―――この気配。貴様、(ビースト)の幼体か」

「え、ランスロット、ビースト知ってるのッ!?」

 

 

 まさか異聞帯の妖精であるメリュジーヌがビーストの存在を知っているとは思わなかった立香の叫びに、彼女は仮面の奥で眉を顰めた。

 

 

「君こそビーストがわかるの? ……そう、汎人類史(そっち)はそこまで追い込まれているのか」

「立香ちゃん、メリュジーヌに加勢だッ! コヤンスカヤの目的は不明だけど、どうせ碌なもんじゃないッ! 今度こそあの尾っぽを斬り落として、この異聞帯からお帰り願おうッ!」

「え、なんですかそれ。美女と見れば傾国とばかりの偏見、いかがなものかと。私、今回はバリッバリの慈善事業。人類の皆さんに益のある仕事をしているのですが―――まぁ、あんな厄ネタを見抜けないアナタ方に理性を求めても仕方のない事。優良兵器獲得(せっかく)の機会を邪魔されては苦労も台無しですし……」

 

 

 一度言葉を区切り、コヤンスカヤは満面の笑みで右手を持ち上げる。

 

 

「ここは今までの因縁ごと、皆さまの命を纏めてポーイ、しちゃいまボアァッ!!?」

 

 

 右手を振り下ろそうとした直後、雷が落ちたかのような轟音と共にコヤンスカヤの姿が掻き消え、巨大な水柱が立ち昇った。

 

 誰もが突然の事態に身動きが取れない。なにが起きたのかさえ、気付けたのはメリュジーヌしかいなかった。

 

 

「あれは―――」

 

 

 メリュジーヌだけは、見えていた。

 ほんの一瞬。上空から残像すら残さず突っ込んできた彼女(・ ・)が、コヤンスカヤを殴り飛ばしたのだ。先程まで満面の笑みだったコヤンスカヤの顔が、瞬く間に変形していく光景がスローモーションのように、彼女の脳裏に刻まれる。

 

 

「チ―――誰ですか、いきなりレディの顔を―――」

 

 

 沼から飛び出したコヤンスカヤが文句を吐こうとした直後、彼女の目の前に緋色の雷と共に一人の女性が現れる。

 

 

「な、アンナ・ディストローツッ!?」

「フ―――ッ!」

 

 

 一息に吐き出された酸素。その勢いを乗せた拳がコヤンスカヤの顎を捉え、上空へ打ち上げる。

 そして、すかさず躍り出る影。

 

 

「オッ()ねやアァッ!!」

 

 

 コヤンスカヤの頭上を取った男―――バルカンの大剣が振り下ろされる。

 咄嗟に魔力の障壁を展開するものの、バルカンの大剣はバターを切るように容易くそれを焼き切り、そのままコヤンスカヤの胴体を切り裂いた。

 

 

「がぁああぁッッ!!?」

 

 

 袈裟斬りにされた箇所から大量の血を噴き出したコヤンスカヤが墜落する。そして、落ちていく先にはアンナの姿があり、再び轟音が轟いたかと思えばコヤンスカヤの姿が沼を飛び越えていく。

 

 

「逃さない……ッ! バルカンッ!」

「おうよォッ!」

 

 

 コヤンスカヤが沼を越えて森の奥へ消えていくのを見たアンナだが、それで満足するわけもなく、(バルカン)を伴って彼女を追っていった。

 

 

「おかあ―――アンナに、バルカン……。どうしてここに……」

 

 

 取り残されたカルデア一行とメリュジーヌ。しかし、カルデアと違ってすぐに我に返ったメリュジーヌは、先程まで動けずにいた自分を恥じ、彼女達を追うべく飛び立った。

 

 

「……今の、アンナさん、だよね。なんであそこまで……」

 

 

 取り残された一行の中、最初に口を開いた立香。彼女の疑問は、隣にいたダ・ヴィンチが「そうか」と零して答えた。

 

 

「アンナ……いや、“祖龍”ミラルーツにとって、全てのドラゴンやワイバーンは自分の子どもも同然だ。既に骨になっているとはいえ、“境界竜”アルビオンに手を出されれば母親(かのじょ)が黙っているわけがないんだ」

 

 

 自分の子どもが何者かに攻撃されたり邪悪な企みに巻き込まれているのなら、それを防ぐのが親として当然の責務。

 たとえ、それが異聞帯の同一人物の別人(自分の子ども)であろうとも、彼ないし彼女がなにかしらの被害を被っているのなら駆けつける―――それが、“祖龍”ミラルーツなのだ。

 

 

「二人共話し合ってないでッ! なにか来るッ!」

 

 

 刹那、アルトリア・キャスターの怒号が二人の意識を切り替えた。

 

 

「ガァアアアアアアアアッ!!」

 

 

 彼女達の前に出現したのは、どろどろに溶けた液体によって構成された巨大な竜。

 恐らく、コヤンスカヤがアンナに殴られる直前に術式が発動していたのだろう。竜は目の前の存在を抹殺せんと雄叫びを上げ、立香達もまた目の前に現れた敵を打破すべく構えた。

 

 

 

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「よくもあの子の骨に、その汚い足を乗せてくれたな……ッ! 絶対に殺すッ!」

「チ―――ッ!」

 

 

 広げた掌から放たれる雷撃を、コヤンスカヤは咄嗟に展開した障壁で防ぐ。並みの英霊の攻撃であれば簡単に防ぎ切る障壁は、しかし“祖龍”の怒りの雷の前では付け焼き刃でしかなく、瞬く間に全体に亀裂が入った。

 なんとか防げた―――僅かにコヤンスカヤが安堵した直後、目の前に現れたアンナにぎょっと目を見開いた。

 

 

「シ―――ッ!」

 

 

 鋭く、そして短い吐息と共に繰り出された右足が、障壁を粉砕する。砕けた破片の奥から迫る蹴撃を防ごうと、コヤンスカヤは無意識に自身の腕を盾にするが―――

 

 

「〜〜〜〜〜ッ!!!」

 

 

 メキッ、バギッ、と骨が砕ける嫌な音が腕から響き、コヤンスカヤが唇を噛んで痛みに耐える。

 しかし、骨が砕ける激痛は彼女の防御を緩め、アンナに次の一手を与える時間を許してしまう。

 

 振り抜かれた拳が顔面にめり込み、コヤンスカヤの体がボールのように跳ねる。

 そして、彼女の背後に現れたバルカンが大剣を振るうが、寸でのところでコヤンスカヤの腰から伸びた数本の白い尻尾が彼を弾き飛ばした。

 

 

「よくも殴ってくれやがりましたね……ッ! 容赦しませんッ!!」

 

 

 折れた鼻を直し、切れた唇から流れる血を拭ったコヤンスカヤが、全身からバチバチとエネルギーを弾けさせ、その身を人から獣のものへと変化させていこうとする―――その瞬間だった。

 

 

「ハアアァッ!!」

「ぅ……ッ!!」

 

 

 自らの姿を変化させようとした隙を突いてきた、不可視の一撃が腹部に捻じ込まれる。

 大きく開かれた口から胃液の混じった血液を吐き出し、コヤンスカヤが吹き飛ぶ。

 彼女が巨大な樹の幹に叩き付けられ、その衝撃で折れた巨木が彼女を圧し潰す。その光景を見て「はぁ」と重く息を吐いた妖精―――メリュジーヌに、背後から声がかけられる。

 

 

「アルビオンッ!」

「アンナ、バルカン。貴方達が来てくれて、嬉しい。でもごめん、こいつは僕にやらせてほしい」

「……うん。わかった。でも、私達にも殴らせてね」

 

 

 アンナとバルカン、そしてメリュジーヌが構えた直後、巨木が吹き飛ぶ。

 バラバラと頭上から降り注ぐ破片を気に掛けずに立ち上がったコヤンスカヤが、瞳の色を変えて無言のまま襲い掛かってきた。

 

 咄嗟にアンナとメリュジーヌの前に出たバルカンの大剣と、白い体毛が伸びた腕の先にある鋭く伸びた爪が衝突し、凄まじい衝撃波を飛ばす。

 コヤンスカヤを振り払ったバルカンの肩を踏み台に飛び出したアンナとメリュジーヌの拳がコヤンスカヤに直撃するも、コヤンスカヤは己の腕が砕ける事すら厭わずに防御。尻尾で二人を弾き飛ばすと、すぐさま左手を地面に叩き付ける。

 

 地上から飛び出した呪詛の嵐が二人を呑み込もうとするが、アンナが即座に両腕に握った緋雷の槍を投擲。呪詛の奔流を斬り裂いた槍は着弾と同時に爆発して嵐を吹き飛ばし、次いでメリュジーヌがスラスターを噴射。アンナによって開かれた道を通ったメリュジーヌが両腕を突き出すと、彼女のガントレットから二本の剣が飛び出した。

 

 

「ガ―――ッ!」

 

 

 腹部を貫かれた痛みに苦悶の声を漏らすコヤンスカヤを、そのままメリュジーヌは上空まで連れていく。

 そして空中で剣を引き抜くと、コヤンスカヤの背後にアンナとボレアスが現れる。

 

 

「チッ、トカゲ共がッ!」

「とっとと―――」

 

 

 コヤンスカヤが両手と尻尾の先から魔力による光線を発射。

 その間を潜り抜け、アンナとバルカンが拳を握り締める。

 

 

「「くたばりやがれッ!!」」

 

 

 そして、遂に光線を躱し切り、コヤンスカヤへと肉薄した姉弟が、拳を突き出した。

 振り抜かれた二つの拳はコヤンスカヤの胸部へ炸裂。緋色の雷と灼熱の業火が迸り、ビーストを殴り飛ばす。

 

 激痛による叫びを上げて落ちていくコヤンスカヤ。耐えがたい憤怒の炎を滾らせてなんとか態勢を立て直そうとする彼女の前に、小さな影が出現する。

 

 

「私達の聖地に手を出した罪ッ! その命で償ってもらうぞ、(ビースト)ッ!!」

 

 

 スラスターを全開。

 一気に風の壁を突き破ったメリュジーヌが剣を前方に突き出し、一本の槍の如く突っ込んでいく。

 

 

「―――今は知らず、無垢なる湖光(イノセンス・アロンダイト)ッ!!」

 

 

 蒼き流星がコヤンスカヤに直撃し、そのまま突き進む。

 木々を、空気を、全てを斬り裂いて翔ぶ流星は、やがて“竜骸の沼”へと。

 

 やがて停止したメリュジーヌだが、勢いを突然殺されたコヤンスカヤはそのまま吹き飛び、沼の上を石のように跳ねていき、浅瀬の泥を削りとってようやく停止した。

 

 

「うわっ、なんか飛んできたッ!?」

「……これは」

 

 

 彼女が止まった場所は、丁度彼女によって召喚された竜を撃破した立香達のすぐ前だった。

 

 

「村正、あれは……」

「あぁ、ありゃ致命傷だな。(やっこ)さん、どうやらとんでもねぇ輩を怒らせちまったらしい」

 

 

 遠目に見ても気付ける程の深手を負いながらも立ち上がったコヤンスカヤ。彼女は自らにトドメを刺すべく向かってくるメリュジーヌ達に舌打ちしたかと思えば、辛うじて無事な袖から掌サイズの玉を取り出し、叩きつける。

 

 瞬く間に緑色の煙が彼女を包み込み、アンナが緋色の雷を空から落とすものの、既にそこには彼女の姿は無かった。

 

 

「……逃がしたか。私も、まだ万全じゃないのね」

 

 

 緑色の煙を吐き出した球がモドリ玉だと気付いた瞬間に攻撃したアンナだったが、コヤンスカヤの姿が見当たらない事に気付いて肩を竦める。

 

 

「アンナ……」

「あぁ……アルビオン……」

 

 

 メリュジーヌが駆け寄ってくると、アンナは途端に表情を変えて彼女の頭や体をぺたぺたと触り始める。

 

 

「怪我はない? どこか痛むところはある?」

「だ、大丈夫だから、あまり触らないで。向こうには妖精騎士ランスロットとして伝わってるんだから」

「それでも気になるの。あっ、こら」

 

 

 申し訳なさを抱きながらアンナから離れ、メリュジーヌは立香達を見る。

 

 

「……話しかけてもいい雰囲気かな?」

「いいよ。君達、僕と話したそうにしてたから」

「それは助かるよ。……まずはコヤンスカヤの事だけど、今のは逃げた、と見ていいのかな?」

「…………まぁ、そうかも。潰すのなら心臓じゃなくて、頭にすべきだった。あの(ビースト)、まだ幼体で弱かったけど生命力だけは一人前。この前、カリアから逃げ切ったそうだけど、それも考慮しておくべきだったかも。でも、今ので数日は動けないんじゃないかな」

「そう……。ありがとう、メリュジーヌ。貴女のお陰で、私達は彼女を気にせず戦えた」

 

 

 立香が一歩前に踏み出し、仲間達を代表するように頭を下げた。

 

 

「いいんだよ。僕が彼女を許せなかっただけなんだ。……それは、あの方々もそうみたいだけど」

 

 

 メリュジーヌが振り向いた先、バルカンを労っていたアンナは自分達に視線が向けられている事に気付き、こちら側に向かってきた。

 

 

「なに、どうしたの?」

「……いや、君達があの骨を護りに来てくれた事を話してただけだよ」

「ふふ、ありがとう」

「そうだ。丁度いい機会だから聞かせてもらいたいな。君達の目的はなんだい? 今はいないけど、カドック・ゼムルプスやオフェリア・ファムルソローネ……それ以外のクリプターとサーヴァントを引き連れて、いったいなにを考えているんだい?」

「―――惑星(ほし)を滅ぼす呪いの根絶」

『……ッ!!』

 

 

 アンナから告げられた言葉に、一行の顔色が変わる。

 そして、真っ先にその瞳に希望の色を灯したのが、ダ・ヴィンチだ。

 

 

「だったら、是非私達と協力してほしいッ! “祖龍”である君や、“禁忌のモンスター”である彼の力を借りられたら―――」

「―――お前達程度がこの方々に助力を請うのかッ!!」

 

 

 瞬間、顔を真っ赤にしたメリュジーヌがダ・ヴィンチに詰め寄った。

 なにが彼女の琴線に触れたのかわからないダ・ヴィンチは「え、え、えッ!?」と訳もわからずに驚愕し、思わず両腕を上げた。

 

 

「こら、アルビオン。彼女の話を止めないで」

「でも、おかあ―――ああいや、ルーツさ―――いや、違う、アンナッ!」

「いいの。お願い、アルビオン。私も、彼女の話を聞きたいの」

「…………わかったよ」

 

 

 渋々といったように引き下がったメリュジーヌを撫で、アンナはダ・ヴィンチに話の続きを促した。

 

 ダ・ヴィンチ達の目的は、この異聞帯のどこかにあるという惑星(ほし)を滅ぼす呪いの根絶と、魔術ロンゴミニアドの術式を回収する事である。

 計算上であればギリシャ異聞帯を滅ぼせる威力を持つロンゴミニアドの魔術式は、今後相対するであろう『異星の神』に対する切り札となる。今後の戦いを有利に進める為にこの術式はなんとしてでも手に入れたいものであり、可能であればこの異聞帯の戦力と結託して呪いを根絶したいとも考えていた。

 しかし、この異聞帯の“王”であるモルガンに汎人類史を救う気などなく、またロンゴミニアドの術式提供も断られた。

 

 こうなっては地道にこの二つの目的を達成するしかないのだが、そんな時にこの沼での出来事があった。

 

 この惑星のアルテミット・ワンである“祖龍”と、そのサーヴァントである“禁忌のモンスター”。そして、彼女が保護下に置いているクリプター達の力も借りれば、より迅速にこの事態に対処できるのではないか、と。

 

 

「君達にとっても、この話は悪くないはずだ。私達は君達と協力して、目的を達成したい。君達も、私達という戦力を獲得できる。……君自身やサーヴァント達の事を考えると、あまり心強い味方とは言えないだろうけど」

「そう謙遜しないで。確かに君達は私達と比べれば弱い。仮にここで戦っても、君達全員を容易く殺し尽くせるぐらいにはね。……ああいや、別にそうする気は無いよ。今ここで君達を殺しても、私に得は無いし。……それに、君達の目的は悪くないし、そうしようとする意気込みは尊敬できる」

「……ッ! それじゃあ―――」

「でも、今は駄目よ」

「え、なんでッ!?」

 

 

 もしや彼女達の助力を得られるのでは―――そう思った直後に言われた言葉に、ダ・ヴィンチが目を見開いた。

 

 

「貴女達はまだ、超えるべき試練を超えていない。それまで、私達は貴女達に協力しないわ」

「試練……」

「えぇ、そう。それを超える事が出来たら、私達は貴女達に協力するわ。共に、惑星(ほし)を蝕む呪いを根絶しましょう?」

「……わかった」

「話は終わり? それなら、早くここから離れた方がいいかも。君達にとって、この沼の近くは毒になるだろうからね」

 

 

 アンナに言われ、立香は「そういえば」と自らの両手を見下ろす。

 

 

「なんかさっきから、体が重いと感じてたんだよね」

「そのようだね。霊基にまで影響を及ぼす毒素だ。生命体であれば遺伝子レベルで変異しかねない。アルビオンの亡骸に興味は尽きないけど、今は他にやる事があるんだし」

「メリュジーヌはどうするの?」

「僕は……少しアンナ達と話したい。ここに残るよ」

「大丈夫なの? 毒素とか」

「僕の本体から漏れ出てるものだよ? フグが自分の毒で死ぬわけないでしょ?」

「そういえばそっか……。それじゃあ、ここでお別れだね」

「ああ、待って、立香ちゃん」

 

 

 踵を返そうとした立香に、アンナが声をかける。

 

 

「ん、なに?」

「ありがとう、アルビオンを護ろうとしてくれて」

「……ううん。感謝される事じゃないよ。私がそうすべきだと判断しただけだからね」

「……やはり、貴女は素晴らしい人間ね。貴女達が試練を超える事、期待しているわ」

「あはは、ありがとう」

 

 

 

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 立香達が木々の奥に姿を消してから数秒。彼女達が見えなくなるまで手を振っていたアンナ―――ルーツは、「さて」とメリュジーヌに振り返った。

 

 

「久しぶりね、アルビオン。アイドルイベント以来かしら」

「……そうだね」

「……どうしたの?」

 

 

 俯き気味に答えたメリュジーヌの前に、ルーツが膝をつく。

 自分を見上げてくる態勢になった彼女に、メリュジーヌは無意識に両手を握り締めていた。

 

 

「……私は、本物のアルビオンじゃない。元々そうであった竜の左手、その細胞の一片が、この私」

「…………」

「本当はアンナとバルカンも、私じゃなくて、あの骨を護りたかったんでしょう? 私なんかじゃなくて、あの本物のアルビオンの骨を……」

 

 

 振り向き、沼の真ん中にある骨を見やる。

 あれこそが、本物のアルビオン。既に命を終え、それでも尚コヤンスカヤに狙われてしまう価値を秘めた、かつての世界を生きた“境界竜”。

 ルーツとバルカンが真に護るべきものは、自分ではなく、あの骨であるべきだったのだ。

 

 

「……さっき、君は私達が、あの骨を護りに来たと言っていたね」

 

 

 背後から声が聞こえる。

 

 

「うん。それがなにか……」

「私達はね、確かにあの骨を護った。でも、それ以上に護りたいものがあった」

 

 

 それはなに―――そう問いかけようと振り向いたメリュジーヌの視界が、柔らかい感触と共に暗くなった。

 それが、自分が抱き締められている事に気付いた頃、頭上から優しい声が降り注ぐ。

 

 

「それは貴女よ、アルビオン」

「……っ。でも、僕は……」

「わかってる。でも、貴女はあの子よ。たとえ、それが細胞程度の規模であったとしても、貴女は貴女。欠片であろうとも、貴女はこの歴史の“私”の娘だから」

「……アンナ……」

「ルーツでもいいって……いや、うん、そうだよね。私は“私”じゃない。この歴史の貴女(アルビオン)母龍(ははおや)じゃない」

 

 

 ―――でもね、アルビオン。

 

 柔らかい温もりが離れ、視界が開ける。

 再び片膝をついて自分を見上げてくる形となったルーツは、「それでも」とメリュジーヌの頬を両手で包み込む。

 

 

「それでも私は、貴女を護りたい。この世界の“私”が護り抜いた命である、貴女を」

「……ッ!!」

 

 

 両目が熱くなり、思わず両手で塞ぐ。

 そんな中でも、母親の声が、優しく彼女を包み込む。

 

 

「だから、自分は違うって卑下しないで。貴女はアルビオン。“私”の遺した、大切な愛おしい子どもの一体(ひとり)。バルカン、貴方もそうでしょう?」

「あァ、俺も同じ事思ってンぜ。アルビオン、手前(テメェ)が細胞程度だからってなんだってんだ。テメェはテメェ。それでいいんだ」

「……本当に、ありがとう」

 

 

 溢れ出す涙を堪えず、竜の妖精はただ、何度も「ありがとう」と言い続けるのだった。

 

 

 

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「……私はまだ、自分自身に区切りを付けられない。でもいつか、向き合って、決めたいと思う」

 

 

 涙が止まって数分経った頃。

 アンナ達より離れた、メリュジーヌはそろそろ戻らなければならないと思い、スラスターを点火する。

 

 

「ありがとう、汎人類史のルーツ様に、バルカン様。あなた方のお陰で、私は少し、自分というものがわかった気がします」

「元気でね、アルビオン」

 

 

 頷き、小さく手を振って飛び立つ。

 “竜骸の沼”を離れ、湖水地方より離れ、流星が過ぎ去っていく夜空を駆ける。

 

 オーロラのいるソールズベリーに向かっている途中だったが、ふと脳裏に過った気持ちに動きを止められる。

 

 

(……カリア)

 

 

 己の大元がある湖水地方に向かう前に話した彼女。これまで何度も色々な会話をし、そして模擬戦で戦ってきた存在。

 今回もまた彼女に促される形であの場所に向かったが、そのお陰で汎人類史側の創造主と偉大なる兄と色々話す事が出来た。

 

 そんな事がふと気になり、メリュジーヌは僅かに高度を下げる。

 

 彼女は恐らく、ソールズベリーでの仕事を終えて罪都キャメロットへ向かっているはず。急ぎの用でもない限り、彼女が足早に行動する事などまずないため、そう離れてはいないはず―――そう思いながら地上を見渡していると、左程時間をかけずに目的の人物を発見した。

 

 誰かと話しているのか、自分の側頭部に掌を当てて笑っている。

 そんな彼女の前に降り立つと、「おや」と眉がつり上げられた。

 

 

「これはこれは、メリュジーヌ。用事はもう済んだのかい? すまないが、今は少しマスターと会話中でね。少しだけ待っててくれるかな?」

 

 

 もちろん、と頷けば、「助かるよ」とにこやかに返される。その後数回の会話の後、「それじゃあね」とカリアは側頭部から手を離した。

 

 

「待たせたね。我がマスターにお使いを頼まれてしまった」

「話し相手はバーヴァン・シーだったんだ。……ん、お使い?」

「あぁ、気にする必要は無いよ。頼まれはしたが、すぐに欲しいものではないらしいからね」

「また陛下への靴作り? 本当に、よくやるよ」

「彼女にとっては楽しいのだろうさ。最近はベリルより魔術も教わっているらしい。ボクは魔術とはあまり縁遠い人生だったから、使えれば便利なもの……程度にしか思えないがね」

 

 

 一緒に歩こうと言われ、メリュジーヌは頷く。

 隣り合って歩くメリュジーヌは、先程の会話を続けるべく口を開く。

 

 

「彼女、いつもそんな感じなの?」

「創作に関してなら、いつだって最高のものを作り出せるよう努力している。素晴らしい事だ。これで同じ物作りを趣味にしているような仲間でもいれば万々歳なのだか……まぁ、そう簡単には現れないものさ、そういう相手は」

「努力……僕には縁遠い言葉だね」

「君ならそうだろう。基になった者が者なのだからね」

 

 

 幻想種最高位の存在である竜種、その中でも“禁忌”に近い存在として産み出された“境界竜”の細胞から生まれたメリュジーヌは、努力などしなくとも強い。モルガンを除けば、この妖精國の中でも最強の座に最も近い妖精だろう。

 

 ―――けれど。

 

 

「カリア。僕、努力してみようかと思う」

「―――なんと。これはまた、予想外な事を。君が『努力しようか』と言うなど、思いもしなかった。どういう風の吹き回しかね?」

 

 

 普段から大袈裟な仕草が多いが、今回はそれ以上に素を出した表情になったカリアに、「まぁそうだよね」と心中で呟きながら口を開く。

 

 

「少し、そう考えたくなるような出来事があっただけさ。そしてそれは、君が僕を行かせてくれたから得られたもの―――本当にありがとう、カリア」

「礼には及ばないさ。ボクはただ、そうした方が良いと感じただけだからね」

 

 

 立ち止まったカリアは、不敵な笑みを浮かべてメリュジーヌを見る。

 

 

「だが、君が努力するというのなら、それでいいだろう。努力に悪い事など一つもないのだからね」

「気にならないの? 僕をその気にさせた出来事とか」

「気になるとも。君をその気にさせる程のものなのだから。だが、聞かないでおこう。君は君の思うがまま行動すればいい。……悔いの残らぬように」

「……ありがとう、カリア」

 

 

 踵を返し、カリアに背を向ける。

 そして歩き出そうとしたところで、メリュジーヌの脳裏に疑問が浮かぶ。

 

 

「……君に悔いなんてあるの?」

「あるとも。まぁ、本当に下らないものだけどね」

「なにそれ」

 

 

 自分の事は聞かれなかったくせに、相手にはこうして聞いてしまうのか―――内心そんな事を考えながら訊ねてみると、カリアは文句一つ言わずに答えてくれた。

 

 

「老いに屈し、病に屈し、命を終えた……その程度の悔いだよ」

「―――」

 

 

 果たしてそれは悔いと言えるのだろうか―――と、メリュジーヌは首を傾げるのだった。

 

 




 
・『カリアがオーロラの申し出を断った理由』
 ……彼女が自分が仕えるに値する妖精だと認めていないから。もしオーロラがその条件を達成できていた場合、「さてどうしようか」と考え始める。行動に移すかどうかはオフェリアと國の様子を見極めてからとなる。

・『ルーツとバルカン』
 ……場所がアルビオンの亡骸のある沼の近くだったため、全力が出せなかった。それがコヤンスカヤが彼女らとメリュジーヌを相手になんとか持ちこたえられ、遂には逃げ果せる事が出来た理由となった。

・『ルーツ達への申し出にメリュジーヌが怒った理由』
 ……まだ彼女がアルビオンの竜の一部だった頃。その時のある出来事が、彼女が“祖龍”が頼み事をされる事を極端に嫌うようになった理由である。

・『カリアの死因』
 ……戦いの中で死んだわけではなく、老衰による病死。しかし、多くの難敵を討ち果たしてきた彼女にとって、『老い』という生物における永遠の敵に敗れた挙げ句、病によって生涯を終えたのは地味に悔しいと思っているらしい。


 そろそろまた新たなモンスターを登場させましょうかね。
 それではまた次回、お会いしましょうッ!


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守護者達

 
 ドーモ=ミナサン。
 新イベントでワンジナが実装され、約一か月前のイベントで出たばかりなのにこんなに早く実装されるとは思わず驚いた作者です。
 今回のイベント面白いですねぇ。ついに聖杯に足が生えたりジェット噴射で逃げたりし始めるとは思いもしませんでした。

 少しずつブリテン編が終わりに近づいています。ミクトランとシュレイド異聞帯での話も少しずつ思い浮かび、合間を縫ってはちょっとずつメモに書き留めています。

 今回はカルデア側がメインです。それでは、どうぞッ!



 

「や……やった……」

 

 

 重い疲労と虚脱感。その両方が全身に圧し掛かる中、押し出すように言葉を吐き出す。

 

 トネリコ。

 楽園より派遣された、最初のアヴァロン・ル・フェ。巡礼の旅を終わらせ、己の役目を果たす為に行動し続けた彼女は―――しかし運命に裏切られ、仲間達を殺された、哀しき妖精。

 

 

「ウーサー君……エクター……グリム……ハベトロット……マシュ」

 

 

 誰もいない。かつて苦楽を共にした仲間は、ここにはいない。

 一人は同じ騎士達と共に殺され、他の者達とは別れた。だから、たった一人で、あの巨大な脅威(・ ・ ・ ・ ・)と戦う他なかった。

 

 ―――だと、思っていたのに。

 

 

「貴方は……なぜ、私に力を貸すのですか……。使命を裏切った、この私を……」

「―――」

 

 

 その龍は、己に手を貸してくれた。

 楽園から与えられた使命を放棄し、独りで己の國を作ろうとしている彼女に、龍は付き従った。

 

 “最果ての地”―――内海への道中にあるその地での戦いを通して、両者の間には確かに(えにし)が結ばれた。

 だが、それだけでは納得できない。それだけでは、ここまで力を貸す理由にはならないはずだ。

 

 だが、龍はなにも言わない。ただじっと、自分を見つめてくるだけだ。

 

 妖精眼も万能ではない。トネリコの瞳は嘘を見通すが、相手の内面を読み取る事は出来ない。今目の前にいる龍がなにを思っているのか、トネリコには理解できない。

 

 

「いえ……今は、封印を……」

 

 

 この場所で()を封印するのは、正直なところやりたくなかった。

 ここには彼女が―――マシュ・キリエライトがいる。

 

 妖精歴から女王歴への変換。それによる妖精達の消滅と再構成。それに巻き込まれないように処置したが、彼女の身に宿ったあの力(・ ・ ・)が無ければ、奴を封印できなかった。

 

 

「下がっていてください……。これは、私の役目です。私がやらなくては……ッ!」

 

 

 楽園の龍が下がり、トネリコが前に踏み出す。

 

 杖を振るい、魔術の光が前方の都を包み込む。

 

 マシュ・キリエライトが、女王歴のシェフィールドの事件の後に触れたという原石。それで得た力は、あの存在を封じ込めるのに最も適した力だ。

 

 本当は、奴を殺したい。

 ウーサーと結ばれ、頼れる騎士達と新たな時代を切り拓こうとした矢先に現れた、あの黒き龍。

 瞬く間に妖精達を凶気で操り、暴動を起こさせたあの龍。

 全てが終わりを告げたあの時から、トネリコはあの龍を殺したいと思っていた。

 

 しかし、出来なかった。

 トネリコも、彼女に従う龍も、奴を殺し切る事は出来なかった。凶気によって暴走し、無理矢理身体強化された妖精達による妨害、触れたものを凶気に染め上げる瘴気。それらへ対処しながらの戦闘は、トネリコ達に奴への攻撃を集中させなかった。

 

 

「でも、封印が解けた時には……」

 

 

 ―――必ず殺す。

 

 心の内に秘めた、獰猛な殺意。

 

 これが、後に廃都と呼ばれるようになる都で起きた、誰も知らぬ戦いの結末。

 妖精歴4000年の終わり。その間際の出来事だった。

 

 

 

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「―――っ、これは……」

 

 

 時代は女王歴に戻る。

 “竜骸の沼”での騒動から数日が経ち、その間にも着々と歩を進めた立香達は、遂に妖精國の北部にある廃都、オークニーに到着した。

 

 妖精歴4000年に滅ぼされた“雨の氏族”の残滓(なみだ)が雪のように降り積もったその場所は、普段は誰一人寄り付かぬ静かな場所だ。

 

 だが、その光景(・ ・ ・ ・)を目撃した者達の中で、最も目の前の現状を信じられないと固まっていたハベトロットの様子から、今自分達が見ている光景が異常である事を立香達は察した。

 

 

「……ハベトロット。本当に、ここにマシュがいるの……?」

 

 

 ここまで来る道中、同行していたハベトロットからここにマシュ・キリエライトがいると伝えられていた立香は、再度彼女にマシュの存在について訊ねた。

 

 

「……いるよ。いる、はずだ……。でも、こんなのは……」

 

 

 彼女達の目の前に広がる光景。それは、これまで多くの特異点や異聞帯を駆け抜けてきた立香達ですら見た事のないものだった。

 

 至る所に、黒い瘴気が漂っている。

 遠目に見るだけでも身の毛がよだつ邪悪の気配。全てを呑み込み、滅ぼし尽くさんとする意志があるかのようにうねる瘴気は、最早一つの生命体のよう。

 

 一目見ただけで危険な場所であると確信できるその都に、本当に自分の後輩がいるのか―――と顔を顰めた立香だが、それはハベトロットも同様だった。

 

 

「……行こう、立香ちゃん。ここで立ち止まっていても、どうにもなんないよ」

「そう、だね……ん?」

 

 

 歩き出そうとした直後、立香の瞳は黒く染まった廃都からこちらに向かってくる存在を捉えた。

 

 彼女より少し遅れてそれに気付いた者達が身構える中、それはゆっくりと歩いて彼女達の前に姿を現した。

 

 

「これは、狼? すっごいもふもふしてるけど」

 

 

 アルトリア・キャスターの言ったように、彼女達の前に現れたのは白い体毛を持つ狼だった。

 村正の見立てでは神性を帯びているというその白狼を見て、ハベトロットは「まさか」と思い、立香達に背を向けて歩き始めた白狼を追い始めた。

 

 

「ハベトロットッ!?」

「みんな、あいつについていこう。ひょっとしたら、ボクの知り合いがいるかもしれないッ!」

「ハベトロットの、知り合いッ!?」

 

 

 だとしたら、この状況についてなにか情報を得られるかもしれないと、立香達は白狼を追っていく。

 

 道中、立香達の存在に気付いたように周囲の瘴気が彼女達に襲い掛かろうとしたが、白狼を中心に展開された青白い障壁によって阻まれた。

 

 

「これは……」

「瘴気の様子を見るに、恐らくあれに対する特攻があるみたいだ。原理はよくわからないけど、性質が正反対なのはよくわかる……。なんだろう、この光は……」

「言っておくけど、絶対に出ちゃ駄目だよ。一回瘴気に呑まれたら、もう戻れなくなるから」

「うわっ、危ないッ! もっと早く言ってよッ!」

 

 

 興味深いとばかりに障壁越しに瘴気を観察しようとしたダ・ヴィンチだったが、ハベトロットからの忠告を受けて飛び退いた。

 

 それから歩く事数分。白狼が放つものより数倍の広さを誇るドーム状の青白い結界が見えてくる。その中に入った立香達に、焚火の近くに腰かけ、もう一匹の白狼の頭を撫でていた青年が顔を上げた。

 

 

「戻ってきたか、フレキ。なにか労いの品でも渡したいところだが、生憎こんな場所だ。これで許してくれや」

 

 

 そう言って青年は懐から干し肉を取り出し、フレキと呼んだ白狼へと放り投げた。それをジャンプして受け取ったフレキは、特に返事を返すわけでもなく黙々と干し肉を齧り始めた。

 

 

「ありゃあサーヴァントだぞ、立香。汎人類史のサーヴァントがオベロン以外にいやがったのか?」

「いや、あのローブ姿は……」

「ん? おぉ、立香ッ! 随分と遅かったな。もう来ないのかと思ったぜッ!」

「やっぱり、クー・フーリンだッ!」

 

 

 目深に被っていたフードを下ろした男に、立香は見覚えがあった。

 

 まだ人理が焼却されていた頃、最初の特異点であった冬木で最初に出会い、味方となってくれたサーヴァント―――魔術師(キャスター)のクラスで現界したクー・フーリンが、彼女達の目の前にいた。

 

 しかし、喜ぶ立香に対し、クー・フーリンはあからさまに顔を顰めた。

 

 

「おっと。悪いがその名で呼ぶのは止してくれ。霊基の出力がガタ落ちする。ここじゃあ昔っからグリムで通ってンだ。そこんとこよろしくぅ」

「グリムって……そういえば、欧州にはそんな名前の古い妖精がいたけど……」

 

 

 グリムとは、イギリスにおいて、人に利益を齎す黒妖犬の一種であるチャーチグリムを指す。しかし、ダ・ヴィンチはその名に別の意味を見出していた。

 

 以前対峙した、ギリシャ異聞帯。そこを支配していた神々とは別系統の神話。それにおいて最上位に位置する主神の別名を意味しているのだ。

 それがなにを意味するのか、と思考するダ・ヴィンチを他所に、クー・フーリン―――否、賢人グリムはハベトロットに問いかけていた。

 

 

「なんだ、オレの話はしてないのかハベトロット。つれないねぇ、シェフィールドじゃ助けてやったってのに」

「うわ。あの時はドタバタで気がつかなかったけど、グリムがおっさんになってる……」

「おっさんじゃねぇ、お兄さんだろうがッ! 前のオレはどうだったか知らねぇが、二代目はこうなんだよッ! 悪かったなッ! ……いや、今はそんな下らねぇ話してる場合じゃねぇ。道すがら話してやるから、ついてこい」

「え、ちょ、ちょっとッ!?」

 

 

 言うが早いか、立ち上がったグリムが歩き出した。

 それに驚きながらも立香達が後に続くと、彼は振り向かずに口を開いた。

 

 

「まず最初に立香。オレはお前が冬木で契約した、もう一人のオレ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)と同じだ。記憶こそ記録になったが、その時の事はしっかりと覚えてる。お前とオルガマリー、今もあそこで踏み止まってるアーサー王の事も、全部な」

 

 

 今も踏み止まっているアーサー王という言葉に立香はその詳細を訊きたくなったが、今はその事を聞いている時じゃないと思い、喉元まで出かけた言葉を呑み込んだ。

 

 

「あの一件が終わった後、オレはこの世界に召喚された。6000年前は神霊オーディン。そして今はオーディンの代理として、一年前からここで寝ずの番ってやつをやっていた」

「神霊……オーディンッ!?」

 

 

 それは、立香でもよく知っている神の名前だった。

 

 オーディン―――言わずと知れた北欧神話における主神。兄弟と共に世界を創造した、神々の父であり支配者。本来は嵐の神であったが、後に軍神や死者の神としても語られるようになる。

 また、叡智を得る為に己の片目を担保にしたり、ルーン文字を考案する為に世界樹ユグドラシルで首を吊った挙句に自分の脇腹を槍で刺したりするなど、とにかく知識に貪欲な神としても知られている。

 

 

「神霊……立香達の言っていた『神様』なんですかッ!? あ、でも……言われてみるとしっくりくるような……なんか、すっごい真面目そうだし」

「いや、それは今の状況が関係してると思うよ。ストーム・ボーダーにいる別の『クー・フーリン()』らはもっと気さくだし。……一人を除いてね」

 

 

 きっと、狂戦士のクラスで召喚された彼は、別の自分と同じ扱いを受けるのは嫌がるだろう。

 

 一方、アルトリアはダ・ヴィンチの『彼ら』という言葉に、目の前にいるグリムと同じ存在が複数人いるという情報に、頭の中で宇宙が広がっていた。

 

 

「で、こうして寝ずの番をしていたが、面倒な事にオレの役目はとにかく複雑でな。まずはその辺りの説明を済ませちまおう」

 

 

 そして、グリムは己に与えられた役目について語り始める。

 

 冬木での一件よりも前、クー・フーリンという英霊は大神から権能を譲渡され、同時に役目も負った。

 魔術と知恵の神である大神は、己が持つ瞳によりカルデアの未来を視た。その結果、冬木とブリテンでの手助け、そしてもう一つの条件が揃わなければカルデアが詰んでしまう事が判明してしまった。

 

 そのもう一つの条件とは、簡単に言えばリカバリー。6000年前のブリテン異聞帯に召喚されたのはその為であった。

 しかし、それは一度は失敗。最初のアヴァロン・ル・フェは一度楽園に戻るも、そこの番人であった至天の龍を伴って地上に戻り、世界を再編してしまった。

 だからこそ、二度目は成功させなければならない。

 『巡礼の旅』を成功させ、楽園の妖精を、完全な形で楽園に帰す―――その役目を果たす為に、グリムは立香達を待ち続けていたのだ。

 

 それに―――と、グリムは視線を闇に覆われた空に向けた。

 

 

「実は今回のオレの役目は、別の異聞帯の問題にも絡んでる。お前達が最後に挑むであろう、シュレイド異聞帯だ」

 

 

 未だ大まかな情報が掴めていない、南アフリカに存在する異聞帯の名が出され、立香達は目を見開いた。

 

 

「アンナ・ディストローツ―――“祖龍”ミラルーツは、この惑星(ほし)の頂点だ。あいつからこの星の生命の全てが始まったと言ってもいい。眷属を産んで弱体化しているが、それでも格で言えば創世神級、他神話の神々を相手取っても、大抵は叩き伏せられる実力者だ。まぁ、何十億年も内海に帰っていないからか、かなり力は落ちているだろうがな」

 

 

 “祖龍”ミラルーツが地球のアルテミットワンだという事は理解できていたが、それでもかなりの実力者だと感じていた立香達は、グリムの言葉に彼女の強さを再認識させられた。

 

 

「それに、シュレイド異聞帯の“王”の力は未知数だ。あの“祖龍”が誕生前から調整(・ ・)を施し、生まれながらに己と並び立つ最強の存在となるようデザインした以上、お前達が戦う頃にはどんな化け物になってるか想像すら出来ない」

「君を代理としたオーディンはなにか見ていないの? その“王”に対する対抗策とか……」

「残念ながら、見られなかったようだ。だが、間違いなく抑止力は働いている。その影響を受けた相手は、必ずその異聞帯のどこかにいるはずだ。いいか、辿り着いたなら絶対に見つけ出せ。でなければ、汎人類史を取り戻すなんてのは夢のまた夢だ」

 

 

 シュレイド異聞帯の話はここまでだ―――言って、グリムは顔を空から下ろした。

 

 

「……この先の鐘撞き堂。マシュは確かにそこにいるが、その前に戦わなきゃならねぇ連中が―――チッ、いきなりかよッ!?」

 

 

 グリムが話していた途中、鐘撞き堂が一瞬光を放った。直後、身構えたグリム目掛けて、魔力によって編まれた槍が飛んできた。

 

 咄嗟に杖を振るって足元から噴き上がらせた炎の壁で防ぐが、その衝撃は彼の背後にいた立香達にまで伝わり、無意識に後ずらせた。

 

 

「今のはッ!?」

「……ッ、見てッ!」

 

 

 アルトリアが指差した先。そこには鐘撞き堂を護るように、八人の影が立ち塞がっていた。

 その内の一つ、どこかアルトリアと酷似した容姿を持つそれがこちらに掌を向けた直後、その影の周囲に無数の槍が出現し、一斉に射出された。

 

 

「村正、ダ・ヴィンチちゃんッ!」

「あいよッ!」

「うんッ!」

 

 

 立香の掛け声で前に出た村正が刀を振るい、その斬撃を飛ばして槍を迎撃。彼が撃ち漏らした槍を、ダ・ヴィンチが杖から放った魔力弾で迎撃した。

 

 

「グリム、今のは……」

「かつてブリテンを統治すべく立ち上がったお歴々方。ヒトと妖精の垣根を超え、一つのチームとして活動していた連中だ。まさか、こうも早く攻撃してくるとはね」

「それって……おいグリムッ! まさか……」

「そのまさかさ。あいつらは残された力を使って、最後の騎士を護っている。自分が何者か忘れて、自分がなにであったのかさえわからなくて、それでも尚、あいつを護り続けてる」

 

 

 グリムが話し終えた直後、影達がなにかに喘ぐように苦しみだし、自らの頭を抱え始めた。

 発声器官が存在していないのか声は出ないが、それでも彼らが苦しんでいるのが嫌でも理解できてしまう。

 

 しかし、影達は苦しむ様子を見せるもすぐさま態勢を整え、崩れそうになる体を必死に保ちながら、背後にある光り輝くなにか(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)を護ろうとしている。

 その様子にグリムは杖を握る力を強め、ハベトロットは苦虫を嚙み潰したように顔を顰めた。

 

 

「俺達が眠らせるんだ。もう、耐える必要は無いと、伝えなきゃなんねぇ。それが、今ここにいる俺達に出来る、せめてもの弔いさ」

「来るッ! みんな、気を付けてッ!」

 

 

 身構える立香達に、影の騎士達が襲い掛かった―――。

 

 

 

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 昏い。

 

 昏い。

 

 昏い。

 

 揺蕩う意識。朦朧とした感覚。

 あの忌まわしき救世主達によって封印されて以来、自らの意識がはっきりとした形が取れない。

 

 ただ、昏い。昏い闇の中。

 だがこれは、封印によって齎されたものではない。

 

 これは、己だ。

 己そのものから溢れ出す不浄の力が、己そのものを包み込んでいる。

 

 誰かが己を封じ続けている。

 何者かが己を疎んじている。

 

 誰だ。

 誰だ。

 

 ……あぁ。そうだ。奴らだ。

 

 絆を結んだ者達だ。絆の力で己を封じた者達だ。

 

 故に誓おう―――復讐を。

 

 故に齎そう―――滅亡を。

 

 

 同胞達に倣い、己もまた動き出そう。

 

 破滅の翼が羽化するのなら、奈落の蟲が暗躍するのなら。

 

 己は齎そう。無明の闇を。

 絆を蝕む昏き闇を。

 

 強靭(つよ)(ひかり)を呑む、凶気の闇を―――。

 

 

 

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「どうしました、我が友よ」

 

 

 王城内。

 玉座に座り業務を行っている最中、背後の気配が身動ぎした事に気付き、モルガンが問いかける。

 

 彼女の盟友たる“熾凍龍”が唸り声を上げれば、それだけで周りにいる妖精達が震え上がる。

 しかし、モルガンは違う。二千年も盟友として己を支え、楽園より帰還した際には共に愚かな妖精達を滅ぼした存在に、今更恐れる必要などあるだろうか。

 

 だが、今回の彼は様子が違う。

 普段は首をもたげて周囲を威圧しているが、今回は首どころかその巨体を持ち上げ、モルガンの真横に顔を近づけてきた。

 

 鋭く細められた眼から彼の意思を感じ取ったモルガンは、しばしの間を置いた後に「いいでしょう」と頷いた。

 

 

「征きなさい、我が盟友。その力を振るい、この國を蝕む凶気を滅ぼすがいい」

「グルォアァアアアアアアッ!!!」

 

 

 轟く咆哮は、王城どころか城下町をも揺らし、それを聞いた妖精達の背筋を凍らせる。

 全身から放出される熱気と冷気がその勢いを増し、それに比例して放たれる魔力量も増大していく。

 

 友の気迫に応えるように、女王が手元に出現させたハルバードの柄頭を床に突き立てる。

 

 コォンと静かに、しかし重い音が響くと、柄頭を中心に四つの紺色の光が伸びていく。それらが部屋の天井に辿り着くと、重々しい音を立てながら周囲の壁が開き始めた。

 

 数秒の後、自らが飛ぶのに充分な広さとなった玉座の間から、炎と氷の龍が走り出す。

 

 一歩、また一歩と踏み込む度に小さく玉座の間を揺らし、龍は遂に夜空へと飛び立つ。

 

 目指すは廃都オークニー。

 打倒すべきは、友の治める國を蝕む凶気。

 

 夜空には、至天の龍の怒りを表すかのように、多くの流星が降り注いでいた―――。

 

 




 
・『影の騎士達』
 ……妖精歴に活躍した者達の残滓。鐘撞き堂にいる最後の騎士を護る守護者達だが、その在り方は凶気に侵され、今にも消えそうな程に脆くなっている。しかし、彼女を守らねばならないという強靭な意志が、彼らの存在を保ち続けている。

・『眠る闇』
 ……妖精歴400年、トネリコ達によってオークニーに封印された存在。凶気の根源にして、妖精國を蝕む厄災の一体。己を打破するはずであった者達を滅ぼし、迎えるはずの終焉を迎えなかった者。正史より外れた、ifからの来訪者。


 次回は“熾凍龍”VS“黒ノ凶気”ですッ!
 それではまた次回ッ!


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最凶の黒

 
 ドーモ=ミナサン。
 以前から予約していたFate/Samurai Remnantを購入し、現在攻略中の作者です。
 まだ新規サーヴァント全員の真名がわかっていない状態ですが、宝具や特徴などから真名を探っていくのが楽しいですねぇ。久々にネットを活用しまくっているような気がします。偉人や伝説についての知識が深まっていくのを感じます。

 この小説を読んでくださっている読者様の中にもプレイヤーはいると思いますが、皆さんは誰が好きですか? 私は逸れのセイバーが好きです。
 発売前の予想で義仲様なのでは、と言われている彼ですが、炎を扱ったり白い鎧だったりとカッコよくて凄い好きです。

 また、fgoではボイジャーくん2枚引きしました。本当にありがとうございました。

 今回は少し短いです。
 それではどうぞッ!



 

「村正、決めてッ!」

「応ッ!」

 

 

 立香が纏う礼装による強化を受けた村正が奔る。

 目指すは最後の影。どこかアルトリアに似た外見を持つ、杖で防御しようとするそれに、村正は真っ向から刀を振り下ろした。

 

 燃え盛る炎を纏った斬撃は、寸分違わずに彼女を捉え、杖ごと真っ二つに斬り裂いた。

 

 

「終わったぜ、立香」

「……うん。みんな、お疲れ様」

 

 

 遂に己の形を保てず、崩れ落ちるように消えていった最後の影の様子をじっと見つめている立香の肩に、グリムが手を乗せた。

 

 

「気にする事はねぇさ。もう、連中は終わってたんだ。それこそ、二千年以上前にな。ここにいたのは、そいつらの残滓でしかない」

「うん。だけど……」

 

 

 グリムに顔を向けず、視線を先にある鐘撞き堂に向ける。

 

 

「そんな昔から、マシュを護っててくれた。もしあの人達が護ってなかったら、マシュは……」

「じゃ、感謝しなきゃだな。僕らに資格はないだろうけど、それでも認めてくれた。道が拓けたのはその証拠さ」

 

 

 ふよふよと浮遊する糸車に乗ったハベトロットは、立香の手を取って鐘撞き堂を指差す。

 

 

「さ、行こうぜ。マシュが待ってる」

「そう、だね。……うん、行こうッ!」

 

 

 ともかく、鐘撞き堂への道を阻む影達は倒れた。もう、自分達を邪魔する者は誰もいない。

 逸る気持ちに背を押されるように走り出した立香に、アルトリア達が続く。

 

 短いような、長いような、そんな時間をかけて階段を上った立香達は、やがて屋上に位置する鐘撞き堂に到着する。

 

 

「―――マシュッ!」

 

 

 そして遂に、立香達は巨大な氷の中で眠る、最後の騎士を見つけた。

 

 

「グリム、あれは?」

「あぁ。妖精歴400年から今まで2400年間、ここにあった棺だ。なんでそんなに長くここにいたのかって事情は知らねぇから、お嬢ちゃん本人に聞きな」

 

 

 お前が触れれば、棺は壊れるぜ―――グリムの言葉に、立香はゆっくりと氷棺に歩み寄る。

 

 

「マシュ……」

 

 

 氷の中で眠る彼女は、安らかな表情を浮かべている。

 小さくその名前を呟き、立香はそっと棺に指を触れさせた。

 

 パキリ―――小さく、けれど確かな音。それを皮切りに、氷の棺全体に亀裂が駆け抜け、砕け散る。

 

 やがて砕けた破片の向こうで、最後の騎士が解き放たれる。

 支えとなっていた宝石の棺がなくなった事で崩れ落ちる彼女を支えた立香がその名を呼べば、騎士―――マシュ・キリエライトはゆっくりと瞼を持ち上げた。

 

 

「ここは……オークニー……? 私……なにか、とても大切な事を、教えられたような……」

「マシュ……っ。ようやく会えた……ッ!」

 

 

 自分が立香に抱き留められている事に気付いたマシュは、まだ少し虚ろな瞳で周囲を確認する。

 

 

「せん、ぱい……?」

「うん、そうだよ。……おかえり、マシュ」

 

 

 優しくかけられる言葉が、マシュの心に響く。何度か瞬きをし、そしてマシュは、小さく笑みを浮かべた。

 

 

「はい―――マシュ・キリエライト、帰還しました。とても、長い旅をして……貴女に話したい事が、沢山あるのです。シェフィールドの事、妖精歴の事。そして、私をここまで送り届けてくれた、救世主トネリコの物語を―――」

「うん……聞かせて。君が体験した、沢山の出来事を……」

 

 

 そして、マシュは語り始める。

 女王モルガンによってレイシフトさせられた、一回目と二回目があった妖精歴での出来事。トネリコと名乗った楽園の妖精(アヴァロン・ル・フェ)を始めた仲間達との冒険の日々。裏切り者による戴冠式の崩壊。血に塗れた歴史の最後に、トネリコ―――否、後の異聞帯の“王”であるモルガンから、己とこの身に宿る英霊との関係を伝えられた事を。

 

 それから、様々な事が分かった。

 

 本来ならばもっと早く統治されるはずだったブリテン異聞帯で、なぜ戦争が起き続けていたのか。

 ―――それが、異聞帯の妖精達がアヴァロン・ル・フェであるトネリコ(モルガン)を疎んでの事だった。オークニーの崩壊は、この時の出来事だった。

 

 そも、アヴァロン・ル・フェとは何者か。

 ―――星の内海(アヴァロン)から派遣された、この島の真の継承者であり、ブリテンを終わらせる役目を背負った者。現在立香達が行っている『巡礼』とは、後にブリテンの王となるアヴァロン・ル・フェにブリテンを返す為の儀式だった。

 そして、現在その巡礼の中心であるアルトリア・キャスターもまた、トネリコ(モルガン)と同じ楽園から来た妖精だった。

 

 生き延びたアヴァロン・ル・フェはどうなったか。

 ―――トネリコと名を改め、ブリテンを救う度に出た。多くの戦争を超え、多くの友を得、そして最後に……内乱によって処刑された。

 

 では、今妖精國を治めているモルガンとは何者で、なぜ妖精國が誕生したのか。

 ―――二回目の妖精歴からの派生。一回目は本当に殺されていたが、二回目では生き延びていたトネリコがモルガンとなり、空想樹を枯らす程の魔術を行使して妖精國を建国した。

 

 

「厄災で滅びるはずだったブリテン異聞帯は、妖精國ブリテンとなって蘇った。それによって絶滅寸前だった妖精達はまた次代として発生し、氏族達が再び争いを始めた。そこに、妖精達を震え上がらせる侵略者が現れた」

 

 

 忘れ去られたオークニーより現れた者の名は、モルガン。

 救世主の姿を捨て、圧倒的な力による支配を掲げるようになった彼女は、楽園と同一化した“最果ての地”に住まう龍を唯一の友とし、瞬く間にブリテンを支配してしまった。

 これが、女王歴元年、汎人類史でいうなれば西暦元年の出来事である。

 

 

「ま、だからどうしたって話だがな。経緯はどうあれ、モルガンは汎人類史にとって倒すべき害悪だ。モルガンを倒し、妖精國となったブリテンを正す。それはモルガンと同じ『楽園の妖精』であるアルトリア、お前にしか出来ない事だ」

「は、はぁ……そ、そうなるのかなぁ……ははは……。え~と、マシュはどう思う? モルガン陛下と戦いたい?」

 

 

 まるで逃げ道を探すように、アルトリアはマシュに問いかける。

 しかし、マシュは少し口ごもるも、彼女に「戦う」と返した。それが、多くの妖精達と交わした約束だからと。

 そう返されたアルトリアが僅かに顔を引き攣らせていると、ハベトロットが口を開いた。

 

 

「話は終わった? なら、さっさと鐘を鳴らしてブリテンに戻ろうぜ。正直、このオーラ怖すぎるんだわ。早いとこ用事済ませて離れよう」

「……う、うん。そうだよねッ! ずっと気にしないでいたけど、ここ、なんだかゾッとする場所だしッ!」

 

 

 早歩きで鐘の下まで歩み寄ったアルトリアは、早速とばかりに詠唱を始めた。

 

 

「楽園の(うた)。内海の(こえ)。選ばれ、定め、糾す為に生まれたもの。始まりの骨の鐘、迷い子に帰路を示す。―――その罪を、許し給え」

 

 

 詠唱が完了すると同時、鐘が厳かな音色が響き渡る。

 オークニーを越え、ブリテンの至る所へと響いたそれは妖精達の耳にも届き、ある者は不快感を露わにし、またある者はどこか安心感を覚える音色が止むと、アルトリアは己の奥底から力が湧き上がるのを感じた。

 

 

「……終わったよ」

「ダ・ヴィンチちゃん。アルトリアの様子は?」

「うん。しっかり強くなってる。これまでとは比べ物にならないくらいだ。これならモルガンとも勝負が出来そう」

 

 

 力の加減を確かめるように掌を握ったり開いたりしているアルトリアに、ダ・ヴィンチは小さく頷く。

 

 

「これまで鳴らした鐘は、ここのものを含めて四つ。加えて、アルトリアはパーシヴァルが結成した円卓軍の旗頭にもなっている。これなら前に突き放されたノクナレアとの交渉も上手くいきそうだ」

 

 

 『巡礼の鐘』を鳴らす事で楽園の妖精としての力を増すアルトリアは、四つ目の鐘を鳴らした影響でより強化された。並の妖精であれば敵なしだが、モルガンにはまだ足りない。なんとか勝負に持ち込める程度にはなった、というレベルである。

 しかし、これほどの力と立場があれば、以前協力の申し出をするも断られてしまったノクナレアとも上手く話が出来そうだと言うダ・ヴィンチに、立香は「ねぇ」と声をかける。

 

 

「ダ・ヴィンチちゃん。これでアンナさん達の協力は得られそうかな?」

「……どうだろ。彼女は私達が試練を乗り越えたら力を貸すと言っていたけど、これだけじゃない気がするんだよね。まだ私達の知らない試練が、この先にあるのかも」

「なぁなぁ、話が終わったのなら早く行こうぜ?」

「あ、そうだったね。そうしよ―――」

 

 

 裾を引っ張ってきたハベトロットに頷いた立香が、仲間達にオークニーから出ようと言おうとした、その時。

 

 

「っ、先輩ッ!!」

「ぇ……ッ!?」

 

 

 一瞬にして戦場に立つ勇士の顔つきとなったマシュが立香を押し退けた。

 

 なにを―――と立香が思った瞬間、鐘撞き堂から遠く離れた場所から、漆黒のオーラが襲い掛かってきた。

 

 

「ヤァ―――ッ!!」

 

 

 即座に盾を出現させたマシュが、その身に青白い光を纏ってオーラを迎え撃つ。

 ガァン、と、おおよそ形を持たぬオーラを殴ったとは思えない程重いが響き、オーラが弾かれた。

 

 しかし、弾かれたオーラを援護するように、今度は全方位から漆黒のオーラが立香達を呑み込もうとする。

 

 

「あわわわわッ! 嫌な予感が的中したんだわ……ッ!」

「皆さんッ! こちらにッ!」

 

 

 咄嗟にその場にいた全員がマシュの周りに集まり、彼女は盾を勢いよく床に叩きつける。

 すると、彼女達を護るように展開された光の壁がオーラを阻み、瞬く間に霧散させた。

 

 

「皆さん、早くここから離れましょうッ! ここは―――ッ!?」

 

 

 マシュが緊迫した叫びを上げた直後、彼女達の足元が揺れ始めた。

 

 

「な、なにこれッ!?」

「チッ、お目覚めの時間ってかッ! こっちだッ!」

 

 

 二匹の白狼を放ったグリムに率いられ、立香達は鐘撞き堂から離れていく。

 背後からガラガラと凄まじい勢いで鐘撞き堂が崩れていく音に背を押されるように、なんとか比較的安全な場所まで離れる事の出来た立香達が振り向くと、先程まで鐘撞き堂があった場所や、それ以外の場所から無数の黒い竜巻が発生していた。

 

 

「おい、グリムッ! これって……」

「あぁそうさ。どうやらあの救世主サマは、ここを封印の地(・ ・ ・ ・)に選んでたようだ。なんでここに、ってのは、まぁ、そこのお嬢ちゃんが関係してるんだろうさ」

「トネリコさん……」

「っ、みんな、あそこ見てッ!」

 

 

 息を呑んだアルトリアに指差された先、次々と数を増やしていく竜巻が捻じ曲がり、一つにまとまっていく。

 やがて巨大な球体となったその瘴気の奥に、紫色に光るオーラが見える。見ているだけで不吉な印象を抱かせるそれの正体を探ろうと誰もが目を凝らしたその時、その球が弾け、禍々しい気配を纏った突風が彼女達の髪を掻き乱した。

 

 

「―――グギャァアアアァァアアアッ!!!」

 

 

 オークニーを覆っていた漆黒のオーラ。その全てが集まった殻を破って現れたのは、凶気を司る厄災の龍。

 

 赤と黒に染まった体躯に、雄々しい翼。(たてがみ)に覆われた頭部より伸びる四本の角の内、前に向かって伸びている二本はまるで三日月のよう。

 その姿を見たマシュは息を呑み、その龍の名を呟く。

 

 

「“闇凶龍(あんきょうりゅう)”、マキリ・ノワ……」

「知ってるの、マシュッ!?」

「はい。彼は妖精歴に現れた厄災……一度は私達を敗走させ、この大陸を滅ぼす寸前まで追い詰めた古龍種ですッ!」

「グギャァアアアァァッ!!」

 

 

 凄まじい敵意と殺意を漲らせた龍―――マキリ・ノワに立香がマシュ達に迎撃を指示しようとするが、それよりも先に漆黒のオーラが彼女達に雪崩れかかった。

 

 

「ま、マズイッ!」

「っ! マシュッ!?」

 

 

 自分達の何十倍もの規模を誇るオーラの濁流を前に駆け出すマシュに、立香は手を伸ばす。

 

 

「大丈夫ですッ! 私なら―――あの凶気に対抗できますッ!」

 

 

 目の前に立ちはだかるオーラの壁を前に、マシュは再び青白い輝きを纏った盾を振り上げる。

 

 

第三宝具(・ ・ ・ ・)、真名開帳―――」

 

 

 振り上げられた盾から放たれる輝きが巨大な城を形作り、持ち主のマシュや彼女が護ろうとする者達の前に聳え立つ。

 

 

「―――其は絆の象徴。心繋ぎし者達を護り、未来(あす)へと導く希望の(その)

 

 

 濁流が城に叩き付けられる。

 凄まじい衝撃による轟音が響くが、しかし、光の城は濁流に吞まれても決して砕けず、寧ろ闇に輝く明星のように強く煌めき、その護りを強固にしていく。

 

 

「絆の力よ。我らを護り、昏き道を照らし出せ―――絆紡ぎし希望の城(リンクス・キャメロット)ッ!!」

 

 

 マシュが宝具の名を叫んだ瞬間、城が纏う輝きがさらに強くなり、襲い来る凶気の波を打ち破る。

 

 そして、今まで耐えていた衝撃を解き放つように、城に備え付けられた幾つもの大砲、そして城門から、幾十もの光線が発射された。

 

 

「宝具ッ!? でも、これは―――ッ!」

「私達の知らない、マシュの新しい力ッ!?」

「―――ッ!!!」

 

 

 掻き消された凶気の濁流の奥から飛んでくる超高密度の魔力光線に、マキリ・ノワは咄嗟に巨大な翼で己の身を包み込み、さらに己が有する能力でバリアを展開する。

 

 ―――轟音、爆発。

 

 大地を揺るがす衝撃に堪らず吹き飛ばされそうになるハベトロットを掴んだ立香の先で、城が霧散していく。

 

 魔力光線による一斉掃射が止み、その先にある黒煙が見える。しかし次の瞬間、その黒煙は内側にいる存在により吹き飛ばされた。

 

 

「グギャァアアァァ……ッ!!」

 

 

 黒煙を吹き飛ばして現れたマキリ・ノワは、全身に火傷の痕を負っていた。寸での所でバリアを展開していたのだが、マシュの宝具はその障壁を突き破り、その奥にいたマキリ・ノワにも大打撃を与えた。

 

 巨大な二本の角は半ばから砕け、全身の至る所に黒ずんだ箇所が出来たマキリ・ノワは、己に大ダメージを与えたマシュに対して怒りのボルテージを上げ、獰猛な咆哮を轟かせた。

 

 

「来る……ッ!」

「みんな、迎撃準備ッ! 古龍、マキリ・ノワを―――討伐するッ!!」

「グギャアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 

 構える立香達に、翼を羽ばたかせたマキリ・ノワが襲い掛かった―――。

 

 





・『“闇凶龍”マキリ・ノワ』
 ……モンスターハンターストーリーズに登場。元々はヴァルサ・ノワという名前の純白の龍だったが、絆を求めなかったとあるライダーや禁忌の片鱗を侵した科学者達の影響を受けた事により変貌。絆と共に空を駆けるはずだった白き龍は、絆無き黒き龍となってしまった。
 凶気を操る他、角によるバリアを展開し、あらゆる攻撃を弱める力を持つ。しかし、マシュの新たな宝具によってバリアは破壊され、角も折られてしまうが……。
 ストーリーズでは主人公とそのアイルー、そしてオトモン達によって打倒されたが、今作登場したのは『敗北するはずだった戦いに勝利した世界線』のマキリ・ノワ。その最期は、凶気に呑まれ暴れる己を憐れんだ母親による介錯だったという。
 異名は今作オリジナル。ストーリーズに登場する“ザラムの遺跡”にある石碑に記されている、『闇より生まれし最凶の黒、天地を漆黒に染めゆく』から。

・『絆紡ぎし希望の城(リンクス・キャメロット)
 ……マシュの新たな宝具。『詐称者の暗躍』で触れた絆原石から得た力を、トネリコが宝具に組み込んだ事によって誕生。あらゆる攻撃からマシュや彼女が護りたいと思った者達を守護し、そして仲間達を強化させる城を出現させる。
 出現した城はマシュと立香の間にある絆を基に強度が決まり、妖精國段階ではBランク程度の宝具であれば傷一つなく耐えうる。また、この城は攻撃を受ける度強固になり、敵の攻撃終了時に、宝具を発動しなかった場合のマシュが受けていたダメージを倍々にした威力を誇る魔力光線を発射する。

 【ゲーム内効果】
 味方全体の防御力をアップ(3ターン)<オーバーチャージで効果アップ>&被ダメージカット状態を付与(3ターン)&攻撃力をアップ(3ターン)&毎ターンHP獲得状態を付与(3ターン)&毎ターンNP獲得状態を付与(3ターン)+自身に無敵状態を付与(3回・1ターン)&ターゲット集中状態を付与(1ターン)&【絆の城】状態<敵の通常行動の対象となった時、敵の行動後に発動「敵単体に強力なアーツ攻撃」>(1ターン)を付与


 マキリ・ノワって名前ですがマキリ・ゾォルケンとは特に関係ないです。別作品同士で同じ名前のキャラがいるってたまにありますよねぇ。
 次回はマキリ・ノワ戦ですッ! 乱入モンスターもいますッ!

 それではまた次回ッ!


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漆黒の白夜

 
 ドーモ=ミナサン。
 とある小説を読んでアトラル・カと戦いたくなり、3DSを起動したところ壊れていた事に気づき、switch版XX購入を視野に入れ始めたseven774です。
 サンブレイクは技が豊富&スキルが簡単につけられるので楽しいのですが、その分簡単すぎて少し味気ない感じがしてしまうんですよね。XXはまだスキルポイントでスキルがついたりつかなかったりするので、自分に合うビルドを求めて防具や珠を作るのが楽しかったですねぇ……。ブシドー双剣とブレイブ太刀の黄金コンビ大好きです(両刀プレイヤー)。

 サムライレムナント、二週目クリアしました。
 知っている会話をもう一度聞くのは少しアレですが、早送り(スキップ)が出来るのが大変嬉しいですね。未読の会話がある場合は事前に赤文字でお知らせしてくれるのも助かりました。

 fgoの星4交換、皆さんは誰を交換しましたか? 私は美遊を交換し、遂にプリズマ三姉妹が揃いましたッ!
 また、聖杯戦線も来ますね。皆さんはサーヴァントの育成はできていますか? 私はヘラクレス縛りで行こうかなと考えています。流石に絆ヘラクレスがいると無双してしまうので……。

 今回はマキリ・ノワ戦ですッ!
 それではどうぞッ!


 

 マシュが盾を横薙ぎに振るうと、彼女から放出された光のエネルギーが立香達の体に溶け込んでいく。

 

 

「皆さん、これであの凶気に吞まれることはありません。全力で戦ってくださいッ!」

「ありがとう、マシュッ! ―――っ、躱してッ!」

 

 

 こちらに向かってくるマキリ・ノワの、僅かに開かれた牙の隙間に黒い炎のようなものが見えた立香が叫ぶ。

 その次の瞬間に放たれるブレス。マスターである立香を抱えたマシュを始め、ダ・ヴィンチ達がその場から散開する。

 直後、彼女達がいた場所目掛けて放たれたブレスが着弾し、爆発を起こした。

 

 散開した者達の中で、背後からの爆風に身を委ねた村正が着地すると同時に両足のバネで一気に走り出す。

 マシュによる加護を受けた事により、瘴気の闇を蹴散らして走る村正の体が、一瞬だけ眩い蒼色の光に包まれた。

 

 

「頑張れ村正ッ!」

「助かるッ!」

 

 

 自分に向けて杖を振るい、身体強化の魔術を施したアルトリアに感謝し、手元に己の身の丈を超える野太刀を作り出す。

 

 

「オォラッ!!」

 

 

 跳躍と同時に野太刀を振るう。

 長大な刀身から飛ばされた斬撃を、しかしマキリ・ノワは再びブレスを放って迎撃。斬撃を相殺させた事で生じた黒煙を突き破り、村正に突っ込んでくる。

 

 

「ヤッベ―――」

「やらせるかよッ!」

 

 

 凄まじい速度で迫る巨大な質量を前に顔を引き攣らせた直後、地面から飛んできた無数の火炎がマキリ・ノワを側面から攻撃した。

 側面からの攻撃に進行方向を逸らされた古龍の突進は村正(ひょうてき)を捉えず、代わりにすれ違った際の突風で吹き飛ばすに終わった。

 

 思わず地面に視線を向ければ、そこには自分の前に展開させた魔法陣から火炎を放っているグリムが見えた。その自分を見つめる「貸しだ」と言わんばかりの眼差しに不敵な笑みを返していると、アルトリアが村正の下に魔力で固定した足場を作り出した。

 態勢を整えて着地し、そのままマキリ・ノワへと続いていく魔力の道を駆けていく。

 

 背後から追ってくる者に気づいたマキリ・ノワが放出している凶気のエネルギーを球状に固めて飛ばしてくるが、村正は吹き飛ばされながらも手放していなかった野太刀を振るって切り裂いていく。

 凶気の球を切り裂いた村正がマキリ・ノワの頭上に掌を向けると、数回の金属音と共に十本もの刀剣が出現。村正が掌を振り下ろすと、それに応えるように十本の刀剣が急降下。下にいるマキリ・ノワの背中や翼に突き刺さる。

 

 

「―――弾けろ」

 

 

 掌を握り、スイッチを入れる。

 即座に刀剣を構成していた魔力が暴走。一秒もかけずに己を封じていた殻を打ち破り、爆発を起こした。

 

 

「ギャァアアッ!?」

 

 

 背部で起きた爆発によるダメージを受け、苦悶の声を上げたマキリ・ノワが飛行を中断する。

 その隙を逃さず、彼の前に二つの影が飛び上がってきた。

 

 

「「喰らえッ!」」

 

 

 マシュの盾で打ち上げられたダ・ヴィンチと、自前の糸車に乗ってきたハベトロットが魔力光線を発射。刀剣の爆発で怯んでいたマキリ・ノワにこれを躱す時間はなく、寸分違わずに二本の魔力光線はその頭部へと直撃した。

 マキリ・ノワを包み込む黒煙。ダ・ヴィンチ達は追撃を加えようとするが、ほぼ無意識に体をマキリ・ノワの前から動かしていた。

 次の瞬間、先程まで彼女達がいた場所を黒いブレスが過ぎていき、それは先にあった山に直撃すると、大爆発と共にその一帯を抉り取った。

 

 標的を逃すも、マキリ・ノワはブレスを吐き続けながら飛行し、地上にいる立香達を狙ってくる。

 

 立香は背後から大地を砕きながら追ってくるブレスから逃げながら、胸元に掌を当てる。

 

 

「礼装、切替―――ッ!」

 

 

 立香の言葉により、彼女の纏う礼装に組み込まれた術式が起動。

 淡い光を放ちながら彼女の纏う礼装が、黒い決戦礼装から橙色と白色を基調としたものへと変化した。

 

 

「立香ッ!」

 

 

 上空から降りてきたハベトロットが糸車から糸コマを飛ばしてきた。

 今にもブレスに呑まれそうなところに垂らされてきた―――と表現するには似合わない速度で飛んでくる蜘蛛の糸を、立香は握り締める。彼女が糸コマから伸びる裁縫糸を掴んでくれると確信していたハベトロットは糸を手繰りながら糸車の速度を上げる。

 あわやブレスに吞み込まれかけた刹那、立香の体が浮かび上がりブレスの猛威から逃れる。

 

 両手で糸を掴んでスイングした立香は糸を手放し、未だこちらを狙おうとする古龍に人差し指を向けようとするが、それより先にマキリ・ノワが折れた角に炎を纏って突っ込んできた。

 

 マズイ―――と思ったのも束の間、焦燥する立香の体がふわりと持ち上がった。

 

 

「マシュッ!」

「間一髪ですね、先輩ッ!」

 

 

 盾を消滅させ、立香を抱き抱えたマシュは離れた場所で彼女を下ろし、改めて出現させた盾を両手で握って走り出す。

 

 あと一歩のところで、と立香を捉え損ねたマキリ・ノワが、それを邪魔したマシュに向かって咆哮を轟かせた。

 真正面、しかも近距離から大音量の咆哮を受けたマシュの体が本能的な恐怖によって足を止めかけるも、彼女は怯える本能を理性で抑えつけ、右手で持ち上げた盾を投擲した。

 咆哮を上げながらも翼で盾を防いだマキリ・ノワがマシュに反撃しようとするが、肝心の彼女の姿がどこにも見えない。

 

 いったいどこへ、と思った次の瞬間、マキリ・ノワの頭部に鋭い激痛が走った。

 

 

「グギャアァアッ!?」

「ぐ、ぅううう……ッ!」 

 

 

 それは己の頭部へ飛び乗ると同時、前方へ伸びている二本の角の間に剣を突き刺したマシュによる痛みだった。

 惜しくも脳には届かなかったものの、神経を裂き頭蓋骨に当たった剣先によって齎される痛みは絶大なもの。

 

 なんとか頭上にいる存在を振り落とそうと暴れ、マシュもまた負けじとしがみつきながらも剣を振るって攻撃する。

 

 

「マシュ、そのまま抑えててッ!」

「―――ッ!」

 

 

 そこへ響く立香(マスター)の指示。頷く余裕はなくとも、それに応える為に全身に力を込めてマキリ・ノワに張り付き、攻撃し続ける。

 今度こそマシュを振り落とそうと、全身から凶気のオーラを迸らせようとするマキリ・ノワ。しかしそこへ、今度こそ、と銃口を向けるように人差し指を構えた立香が叫んだ。

 

 

「―――ガンドッ!」

 

 

 それは、北欧に伝わる呪いの魔術。

 指先から放たれたのは、クルミ程度の大きさの小さな魔力弾。ドンッ、という音を轟かせて飛び出したそれが、ブレスを止めたマキリ・ノワの体に着弾した途端、マキリ・ノワは体を小さく痙攣させて落下し始める。

 

 現在、立香が纏っている礼装の名は、カルデア戦闘服。

 本来であればAチームを始めた者達が特異点を修復する際に着るものだが、長い戦いが予測される中においてダ・ヴィンチ達が彼女に与えたのだ。

 この礼装に組み込まれた魔術の一つであるガンドは、これまで彼女を多くの危機から救ってきた魔術である。

 

 たとえそれによって齎される敵の妨害時間が数秒程度のものであれ、サーヴァントを用いた戦いにおいては充分すぎる時間。落下していくマキリ・ノワに、地上にいたアルトリアが飛ばした円形の光が襲い掛かる。

 マシュがマキリ・ノワから離れた直後、魔力を圧縮、回転させた円形の光が鱗を切り裂き、その奥にある皮膚にも大きな傷跡を刻み付けた。

 さらにそこへ、グリムによって強化を施された刀を持った村正が加わる。

 グリムの魔術によって強度と切れ味を増した刀に炎を纏わせた村正が、アルトリアによってつけられた切り傷に刀を突き立てる。

 

 傷口から体内に侵入し、周囲にある骨や肉を炎で炙られ、溶かされる痛みは最早想像を絶するものであろう。マキリ・ノワは絶叫を上げながらも村正を離そうと急降下。村正を擦り潰すべく彼がしがみついている右前足を地面に押し付けるが、その瞬間に村正を青色の光が包み込んだ。

 

 

「無茶すんな村正ァッ!」

「助か―――うおぉッ!?」

 

 

 アルトリアの魔術によって護られた村正はなんとかマキリ・ノワの巨躯と地面に擦り潰されなかったが、背中を削る衝撃と前方より圧し潰さんとする古龍の圧力に手を放してしまい、地面を跳ねていく。

 

 数度地面を跳ねるものの途中で掌を地面に当てる事でバランスを整え、新たな刀を手に取って着地した。

 

 再び飛び立ったマキリ・ノワだが、その表情は苦悶に染まっており、その視線は先程村正に攻撃された右前足に注がれている。

 村正が手を離した後にほぼ無意識的に刀を爆発させたのもあり、その前足は肉が弾け飛び、中心にある骨も少し動かしただけで砕けてしまいそうになっている。

 

 

「よしッ! いい感じッ!」

「これなら……ッ!」

「いえ……まだですッ!」

 

 

 明らかな深手。このまま押していけば勝利できる―――そう、誰もが思う中、マシュが油断せず叫ぶ。

 

 

「―――グギャァアアアアアアアッ!!!」

 

 

 マキリ・ノワが咆哮を上げる。

 それに合わせて妖しい光の渦が一瞬マキリ・ノワを包んだかと思うと、これまでマシュ達によって受けた傷が瞬く間に塞がり始める。

 千切れかけていた前足までも、時間を巻き戻すように再生していく様に、ダ・ヴィンチが驚愕した。

 

 

「自己再生能力ッ!? そんな……」

「っ、角まで……」

 

 

 以前、ストーム・ボーダーの図書館で読んだ古龍種に関する本には、古龍種は己の操る能力を角で制御しているという記述があった。

 マシュの宝具によって砕かれていた角が再生していく事が、いったいなにを意味するのか。それを立香達に知らしめるように、マキリ・ノワの周囲に半透明のバリアが出現した。

 

 これまで立香達の奮戦を嘲笑うかのように、これまで受けた傷の全てを回復したマキリ・ノワが彼女達に襲い掛かろうとした、その瞬間だった。

 

 

「……ッ! なにかが後ろから来て―――うわぁッ!?」

 

 

 自分達の背後から迫る気配を感じて真っ先に振り向いたダ・ヴィンチが、咄嗟に頭を下げる。

 彼女や立香達の頭上を通り過ぎていったのは、紫に染まった無数の氷塊。こちらに目掛けて真っ直ぐに向かって来ていたマキリ・ノワが着弾すると、内部に閉じ込められていた炎が爆発し、黒煙でその姿を覆った。

 

 

「―――グルォアアアアアッ!!」

 

 

 攻撃に数秒遅れる形で姿を現したのは、燃え盛る炎に凍てつく氷という、相反する属性を備えた龍。

 立香達など歯牙にもかけずに飛翔する龍に、立香達は心当たりがあった。

 

 

「あれは……ッ!」

「“熾凍龍”ディスフィロアッ!? どうしてここに……ッ!」

 

 

 呆然とする立香達の視線の先で、黒煙が吹き飛ばされる。

 黒煙の奥から現れたマキリ・ノワの周囲には半透明な紫色の障壁が張られており、傷一つついていない彼の体が、先程のディスフィロアの攻撃が防がれた事を語っている。

 

 しかし、それを最初から知っていたのか、ディスフィロアは怯む事なく己を炎と冷気で包み込み、そのままマキリ・ノワへと突っ込んだ。

 

 

「グギャァ……ッ!」

「グルオァッ!!」

 

 

 バリアは破れずとも、衝撃までは殺せない。

 己とほぼ同じ大きさを誇る体躯を持つディスフィロアによる突撃を受けたマキリ・ノワは大地へと叩きつけられた。

 

 バリアを通して襲ってきた衝撃に怯んだ影響で一瞬バリアを維持できなくなったマキリ・ノワの首元に、ディスフィロアが喰らいつく。しかし、マキリ・ノワもまた大人しく喰らいつかれているわけもなく、全身から凶気のオーラを放出してディスフィロアを吹き飛ばし、反撃とばかりにタックルを繰り出して弾き飛ばした後に翼を広げて飛び立った。

 

 それを追って翼を羽ばたかせたディスフィロアが上空から幾つもの氷塊を降らせながら、開いたアギトから己の体躯を包み込める程の熱線を発射する。

 

 マキリ・ノワは己を狙って飛んでくる熱線を回避する。しかし次の瞬間、彼の前に落ちてきた氷塊に熱線が直撃したかと思いきや、熱線は氷塊の中で二本に分かれて別々の氷塊に当たり、左右からマキリ・ノワを挟撃した。

 惜しくもマキリ・ノワを傷つける事は叶わなかったが、彼を護るバリアに亀裂が入った。さらにそこへ炎によるブーストをかけたディスフィロアが追撃を加える形でバリアが砕き、その奥にあるマキリ・ノワの尻尾に嚙みついて放り投げ、熱線を吐き出して再び地面へと叩き落した。

 

 

「なんでディスフィロアがここに……」

「大方、モルガンがマキリ・ノワの討伐に派遣したんだろうな。この異聞帯で、あの古龍を動かせるのはあいつしかいない」

「……ッ、ディスフィロアがッ!」

 

 

 ハベトロットの指差した先では、さらなる追撃を仕掛ける為か、マキリ・ノワを組み伏せようとしていたディスフィロアが、起き上がり様に自分に向けて発射されたブレスに押し飛ばされていた。

 起き上がったマキリ・ノワが再度ブレスを放ちながら、周囲から凶気のオーラを立ち昇らせて球体を作り、ディスフィロア目掛けて一斉に飛ばした。

 

 咄嗟に即席で作った氷の壁でブレスを防いだものの、全方位から襲い来る凶気の球による攻撃を受けてしまう。なんとか空を飛ぼうとするも、それを阻止するように勢いを増した球に妨害されていると、氷の壁を打ち破ったブレスがディスフィロアに直撃した。

 

 地面を削りながらもブレスを耐えたディスフィロアだったが、今度は炎を纏ったマキリ・ノワの突進がその巨体を捉え、何度か転がった後に建物に叩き付けられた。

 体に降りかかる瓦礫を熱気と冷気で吹き飛ばしたディスフィロアの首元にマキリ・ノワが食らいつき、そのまま放り投げたところを見た立香の肩に、グリムの手が乗せられる。

 

 

「おい、立香。ここは撤退する方がいいと思うぜ」

「グリム……。でも……」

 

 

 立香の視線は間一髪でマキリ・ノワのブレスを回避したディスフィロアに注がれている。

 マシュの様子、そして今まで戦っていた間にも、マキリ・ノワという古龍がどれほど危険な存在なのかは理解できている。ディスフィロアも、このブリテンの支配者であるモルガンの相棒という立場や、単体でマキリ・ノワと互角に戦っている事からその実力は確かなもの。

 だが、ここでもしディスフィロアが倒されてしまった場合、マキリ・ノワが次にどんな行動をするのかは―――わからない。

 

 ならばここはディスフィロアに加勢し、マキリ・ノワをここで必ず討伐するのが一番なのではないか―――という立香の考えを見通したのか、グリムは「駄目だ」と一蹴した。

 

 

「もし仮にマキリ・ノワを討伐できたとして、ディスフィロアがこっちを狙ってこないとは限らない。いいか? あいつはあのモルガンの相棒で、オレ達はこの國を滅ぼそうとする反逆者って事を忘れるな。それに見てみろ」

 

 

 遠くでは炎ブレスを受けたマキリ・ノワが再度バリアを展開しようとするも、ディスフィロアが追い打ちをかけるように放った炎ブレスによる火柱を発生させ、バリアの再展開を妨害した。

 怯んだマキリ・ノワに炎を纏った突進で吹き飛ばした後、上空に打ち上げた火球を雨あられと周囲に降らせ始めた。

 

 

「あの中に突っ込んで、オレ達が無事でいられる可能性は低い。下手すりゃ攻撃の巻き添えでお陀仏だ」

「…………わかった。撤退しよう、みんな」

 

 

 確かに、あの死地に下手に手を出すと余計な損害が出てしまうだろう。それに、マシュと合流し鐘を鳴らすという当初の目的は達成しているのだ。

 もう、ここに自分達が留まる必要はないのだ。

 

 巻き込まれないように足早に撤退しようとした、その時だった。

 

 

「グルォアアアアアアアアアッッッ!!!」

「グギャァアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 (もつ)れ合うように廃都へと落ちた二頭が互いに距離を取り、暗雲渦巻く空に飛び上がる。

 

 ディスフィロアは大地から天を衝くかのように、炎を纏った無数の氷柱を屹立させる。さらに空からは炎と氷で構成された竜巻が何本も現れては瞬く間に廃都を破壊していく。

 マキリ・ノワは大きく翼を羽ばたかせると大地に黒く染まった結晶群を発生させた後に高度を上げ、咆哮と共に滾らせた凶気のオーラを伴う。前へ伸びる二本の角の間から発生させた黒い球体を弾けさせ、己の身を漆黒の渦で包み込んで急降下し始める。

 

 

「凄いエネルギーだ……ッ! みんな、早く離れてッ!!」

 

 

 ダ・ヴィンチの言葉を合図にその場にいた全員が踵を返して全速力で走り出す。

 

 瞬間、ディスフィロアが放射したブレスと、全身から浴びせられる魔力に呼応して氷柱から放たれる光線、そして竜巻が一斉にマキリ・ノワへと殺到する。

 対するマキリ・ノワも身に纏う凶気の密度と速度を上げ、まさに隕石が如き勢いでブレスと光線を迎え撃つ。

 

 凄まじい風圧に吹き飛ばされた立香達が溜まらず地面を転がり、間髪入れずに周囲へ飛ばされた衝撃波が地面を捲り上げながら彼女達を呑み込もうとする。

 

 

「―――無元の剣製(つむかりむらまさ)ッ!!」

「―――灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)ッ!!」

「―――きみをいだく希望の星(アラウンド・カリバーン)ッ!!」

「―――いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)ッ!!」

 

 

 立香達を護るべく態勢を立て直した者達の宝具が、自分達を呑み込まんとした衝撃波を迎え撃つ。

 斬撃が、巨人が、壁が、城が―――護るべき者を護る為出現したそれらは幾度となく地表を抉り取りながら襲い来る衝撃波を前に耐え凌ぎ、やがて衝撃波が止むと、役目を終えたとばかりに消えていった。

 

 

「先、輩……。大丈夫、ですか……?」

「マシュ……ありがとう……」

「クソ、余波だけでこれかよ……。もし生身で受けてりゃあ……」

 

 

 震える腕を抑えた村正が周囲を見渡す。

 自分達がいるのはオークニーから少し離れた場所。だが、自分達がいる場所以外は地面が削り取られており、凄惨な破壊の痕跡が残されている。

 

 

「オークニーは―――なッ!?」

 

 

 アルトリアが、先程までオークニーのある場所を見て愕然とした。

 

 そこには、かつて都であったオークニーがあったはずだった。しかし、今となってはそれは過去の話。

 

 ―――更地だ。

 建造物の名残も、瓦礫の欠片も存在しない。かつてそこに文明があった痕跡はどこにもなく、あるのは巨大なクレーターと―――その中心で佇む一頭の古龍のみ。

 

 唸り声を上げながら周囲を見渡すディスフィロアだったが、先程まで目の前にいたはずのマキリ・ノワが音もなく消えた事に気付くと、どこにいると叫ぶように咆哮を轟かせ、夜空の彼方へと飛び去っていった―――。

 

 

 

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 コツ、コツ、と、ヒールの音が嫌に大きく反響する。

 

 この場所に来たのは、いつ以来だろうか。少なくとも、ベリルがこの國に姿を現してからはあまり来ていなかった気がする。下手すると、己のサーヴァントであるカリアと一緒に来た事もないかもしれないし、彼女と共にこの場所に来た記憶もない。

 ……随分と長い間来なかったのか、と思いながら、バーヴァン・シーは目の前を歩く男に問いかける。

 

 

「なぁ、まだ着かねぇのか?」

「すまねぇな。でももうちょっとで着くからよ。我慢してくれ」

「そう……」

 

 

 振り向かずに答えてくるベリルに呟き気味に返し、左右を見る。

 

 今彼女達がいるのは、ニュー・ダーリントン。

 かつては妖精達が暮らしていた街だったが、あの赤い光を纏う蟲によって破壊されてしまった場所に新たに建造されたもの。

 といっても、この地に妖精はおろか人間すらも生活しておらず、あるのは汎人類史を模倣して建造されるも廃れてしまった教会と、その地下にある、國内で罪を犯した者達を収容する牢のみがある。

 松明のみが明かりの役目を果たしているこの地下牢では、格子の奥から時折呻き声のようなものが聞こえる。過去にこの地に収容される程の罪を犯した者達の声なのだろう。それに嫌な気分を覚えながら足元を見れば、僅かに黒い靄のようなものが見えた。

 ただの靄であるはずなのに、それが意思を持って自分に纏わりつこうとしているかのような不吉な予感に顔を顰めていると、立ち止まったベリルの背中にぶつかった。

 

 

「なんだ? なにか考え事でもしてたか?」

「別に。で? その扉が?」

「おう。目的地だ。―――ようこそ、オレの工房(・ ・)へ」

 

 

 背中にぶつかられた事に疑問を覚えたベリルだったが、バーヴァン・シーの言葉に頷いて重々しい扉を押し開く。

 

 いったいなにがあるのだろうか―――微かにワクワクしていた彼女だったが、次の瞬間にはそう思っていた自分を殴り飛ばしたくなった。

 

 

「ベリル……これは……」

「モルガンに許可を貰ってここに拘束してたのさ。あの凶気について研究したいって言ってな」

「オォ……オオオオオオオォォオオッ!!!」

 

 

 そこにいたのは、鎖で雁字搦めにされている一人の妖精だった。

 鎖に拘束されながらも、なんとかそれを振り解こうと暴れるその男は、かつてシェフィールドの領主であった男―――ボガードだった。

 

 シェフィールド崩壊後間もなく行方不明になったと聞いていたが、まさかニュー・ダーリントンにいるとは思わなかった。

 そしてバーヴァン・シーは思い出す。なんの為に自分がこの地に呼ばれたのかを。

 

 

「……こいつに、あの魔術を使うのか?」

「あぁ。お前に教えたのは、対象の霊核を奪う黒魔術(ウィッチクラフト)。今のオレには、それがどうしても必要なのよ」

「こいつに……」

 

 

 今も尚暴れるボガードを前に、バーヴァン・シーは立ち尽くす。

 

 ここにカリアがいれば、彼女なりの考えが聞けたのかもしれない。それを参考にして答えを出す事も出来たかもしれない。

 だが、ここにカリアはいない。相も変わらずどこかへふらりと出かけてしまっている。

 少ないながらも、一つ一つが大きな情報を幾つも与えられ、バーヴァン・シーの脳裏に『念話をする』という考えが浮かばなかった。

 

 それが―――彼女の運命を分けた。

 

 

「なぁ、ベリル。これは、この國の、お母様の為の行動なんだよな……?」

「そうさ。だが、ここで見た事、起きた事は絶対に黙っていてほしい。でなきゃ、オレはモルガンの役に立てなくなる」

「……わかった」

 

 

 元々善良すぎる妖精であったバーヴァン・シー。モルガンの影響で多少はその気がなくなったが、それでもまだ時折自己犠牲と慈愛の片鱗が垣間見える事がある。

 それが今、顔を覗かせてしまっていた。

 

 掌をボガードへ向け、力を籠める。

 容易く発動した黒魔術はボガードの頑丈な体をすり抜け、その奥にある霊核に触れる。

 己の魂というべき霊核に干渉されている事に気付いたボガードが暴れるが、鎖は無慈悲に彼の動きを制限する。

 

 ゾッとするような不快感。そして、なにかを引き抜いたような感覚を覚えたと同時、あれ程暴れていたボガードが項垂れ、やがてなにも言わなくなってしまった。

 

 

「……これでいいの?」

「よぉしやったッ! 大成功だ、レディ・スピネルッ!」

 

 

 バーヴァン・シーの掌に乗っている、心臓に酷似したボガードの霊核をひったくるように取ったベリルが歓喜する。その傍らで、バーヴァン・シーは先程の魔術の感覚を思い返し、二度とあんな魔術は使うかと心に刻んでいた。

 そんな彼女だったが、「ところで」とベリルに声をかけられて顔を上げる。

 

 

「なにか体か調子に変化とかあるか? こう、気持ち悪い〜吐き気がする〜とか」

「え? ……ないけど」

 

 

 試しに体を動かして調子を確かめてみる。

 動きは良好。他に足元に落ちてた石ころを背後に放り投げ、ノールックでフェイルノートを奏でる。

 フェイルノートから放たれた音の斬撃は寸分違わずに石ころを切り裂いた。

 

 それを見たベリルは、「マジかよ……」と喉元まで出てきた言葉を咄嗟に飲み込み、引き攣りそうな顔でなんとか笑顔を作った。。

 

 

「よ、よし。大丈夫みてぇだな。ありがとよ、レディ・スピネル。お前のお陰で、オレの研究はまだまだ続けられそうだ」

「ん。じゃ、私はもう行くぜ。いつまでもここにいたら調子が狂いそうだし」

「それじゃ、ここでお別れだな。気を付けて帰れよ」

 

 

 ひらひらと手を振ったバーヴァン・シーを見送り、扉を閉める。

 

 

「ちょいと予想外だったが……本当に、ありがとな」

 

 

 閉められた扉の先にいるであろう少女に、ベリルは不敵な笑みを以て告げる。

 クツクツと静かに笑うベリルの背後には、かつて勇猛果敢な戦士だった男の灰が積もっていた―――。

 




 
・『礼装切替』
 ……今作のオリジナル要素。ゲームをプレイしている際に「どうやってバトル毎に礼装を変えているのだろう」という疑問を自分なりに解釈した結果、このようになった。

・『バーヴァン・シーの様子』
 ……黒魔術を使った代償を負っているはずが、ぴんぴんしている。しかし、完全に無効化しているわけではなく……。

・『ボガード』
 ……シェフィールド陥落後、オベロンが捕らえてニュー・ダーリントンへ輸送した。元々凶気に侵され、暴れ続けた影響で体力を消耗していたのもあり、バーヴァン・シーの黒魔術によって霊核を抜き取られ、絶命した。バーヴァン・シーはその時の光景を見ていない。

・『ベリル』
 ……黒魔術の代償を払ったはずのバーヴァン・シーがぴんぴんしている事に引いている。今回で自分の戦闘力が跳ね上がった。


 次回の更新について、皆さんに報告です。
 私事ながら、来週から2週間程群馬に行ってきます。色々とやる事があるため本編の更新は難しいかもしれません。
 その場合、ifや番外編を投稿できたらいいなと思っております。
 私事で大変申し訳ございませんが、ご了承ください。

 それではまた次回ッ!


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Bhan-Sith

 
 ドーモ=ミナサン。
 秘境グンマーより帰還しました、seven774です。
 帰還して早々に観た『ゴジラ-1.0』、歴代のゴジラシリーズと全く異なるゴジラが描かれたので、本当に面白かったですッ!
 来週は『翔んで埼玉』の続編が公開されるので、本当に楽しみですッ!

 また、大学生活の終了と就職が迫り、いよいよ一人暮らしの可能性が迫ってきた今日この頃。家賃などの計算で頭が痛いです。就職まではとりあえずバイトのシフトを増やして、可能な限り余裕を持とうと思っています。
 一人暮らしをしている人達って、凄いんですね……。

 今回はカドック達の話です。
 アンナの目的についても少しだけ触れられるので、考察していただければ幸いです。

 それではどうぞッ!



 

 グロスターは流行の街。それはこの妖精國に住まう者ならば誰でも知っている常識だ。

 新たな流行、面白いものに飢えている者達が未知を求めてやってくるこの街には、妖精國中から集まった選りすぐりの妖精や人間達が経営する店が所狭しと並んでいる。

 

 そんな店の中でも、一際注目されている店舗が一つある。

 

 『Bhan-Sith』。

 女王モルガンを護る妖精騎士の一人として知られるバーヴァン・シーがオーナーを務めるこの店には、彼女自ら手掛けた靴が販売されている。

 特徴的なのは、全てが彼女のお手製だという事。彼女が趣味で作ったものもあれば、母親にプレゼントしようとするもデザインや完成度の問題から彼女の琴線に触れず、商品として卸されたものもある。

 種類はヒールやブーツ、はたまたスニーカーなど多岐に渡り、制作者本人にその気はなくとも、毎日やってくる客のニーズに答え続けている。

 モルガンへのプレゼントとして考えられていた靴は、当初の目的もあってかなり高価なものだが、その分完成度は他と比べて次元が違う。それを一足持っているだけでも一種のステータスとなるレベルだ。尤も、羨ましさのあまりにそれを奪おうと画策する妖精達がいる事も忘れてはならないため、もし購入した客は己の命を護る為の用意もしなければならないのだが。

 

 それでも、自分の命を勘定に入れてでも手元に置きたいと思う妖精達が後を絶たないのが、彼女の作る靴がどれだけ魅力的なものかを表している。

 

 

「いくわよカドック。戦場(いくさば)へ」

「……あぁ」

 

 

 そこへ、一人のマスターと一騎のサーヴァントが足を踏み入れようとしていた。

 

 

「遂にこれを使う時が来ましたわね。コツコツと働いた甲斐があるものです」

 

 

 傍らに浮遊するヴィイが差し出したチケットを見て、アナスタシアは微笑む。

 お試し券と書かれたそれは、彼女とそのマスターであるカドック・ゼムルプスがアンナ達と共にグロスターに初めて足を踏み入れた時、たまたまこの街に足を運んでいたカリアから受け取ったもの。当時はアルム・カンパニーへ行くのと、そこから流されるままに始まった超次元サッカーなどなど別件が入ってしまったために行けなかったのだが、アイドルイベントも終わった今、彼らの懐はかなり温かくなっている。

 彼らがプロフェッサー・Kより受け取った財布の中には、この國の女王であるモルガンの横顔を描いたモルポンドが大量に入っており、妖精騎士達の横顔が刻まれているコインもまた同様に入っている。

 

 これならば大人買いはしなくとも一足や二足当たりは普通に購入できると思いながら、カドックはアナスタシアに連れられて店内に入ろうとした瞬間、背後から「待ちなさい」と声をかけられた。

 

 

「私達もいる事、忘れないで頂戴」

「……わかってるさ。項羽に褒められるような靴が欲しいんだろ?」

「わかってるじゃない。あと、項羽じゃなくて項羽様と呼びなさい」

「すみません。突然お邪魔してしまって」

「構いません。二人で行くのもいいけれど、四人で行けばより楽しめそうだわ」

 

 

 ふんすっ、と鼻を鳴らした虞美人と蘭陵王に、カドックは苦笑する。

 彼女達は、カドックがアナスタシアに『Bhan-Sith』に行こうと誘われた時にやってきた。

 

 

『やっぱり『Bhan-Sith』ね。いつ出発するの? 私も同行するわ』

虞美ジ院(ぐびじいん)

 

 

 どこかで聞いたようなやり取りをした後、虞美人に引きずられる形で蘭陵王も同行。合計二人と二騎で『Bhan-Sith』へと向かう事となった。

 

 

「ここ以外にも色々靴屋を覗いてみたのだけど、あまり気になるものが見つからなかった以上、最後の望みはここなのよね」

「マスターが求めているのはグルカ*1ですよね。きっと見つかりますよ」

「さ、行きましょう。ずっとここにいても迷惑になるだけよ」

 

 

 アナスタシアに頷き、カドック達は店内へ。

 目付きの厳しい“牙の氏族”のガードマン達の間を通り抜けて入ると、誰もが思わず息を吞んだ。

 

 どれもこれもが、一級品。それぞれが当時の製作者の気持ちを表現しているように己の存在をアピールしていながらも他の靴の存在を押しのけず、共存している。一足一足が渾身の出来であり、モルガンへのプレゼントでも趣味のものであろうと一切妥協せずに作り上げるバーヴァン・シーの生真面目さが一目見るだけでも理解させられる。

 まさかここまでとは、と虞美人とアナスタシアが一瞬呆けるも、次の瞬間には目の色を変えて互いにパートナーの手を取って足早に歩き出した。

 

 

「カドック、こういうのはどうかしら」

「どうだろうな。あまり君に合うとは思えない」

「そう? ……あら、いい子ねヴィイ」

 

 

 手に取ったシューズをカドックに見せるも、主にそう言われてしまうアナスタシア。しかしそこへ、両手が塞がっているために軽く体当たりしてきたヴィイからブーツを受け取った彼女は、その靴とカドックを交互に見つめる。

 

 

「……ロックが好きって言ってたけど、どうかしら」

「少なくとも、今の君の服装には合わないな」

 

 

 カドックの好きなものであるロックを中心に選んでくれたのだろう。パンクなデザインのブーツを持ってきたヴィイだが、当の本人からそう言われてしまいがくりと肩を落としてしまう。

 

 

「だ、だがっ。これに合う服を着ていれば話は別だ。だからそう落ち込む必要は……」

「ふふっ、必死ねカドック。大丈夫よ、ヴィイもわかってるわ」

 

 

 使い魔の頭を撫でて慰めているアナスタシアだが、カドックは彼女とその手にあるシューズを見て顎に手を当てた。

 

 

(きっと、これに合うデザインの服さえあれば似合うだろう。だが……ずっとここにいるわけじゃない。可能なら、シュレイド異聞帯に戻っても使えるものを買ってほしいんだが)

「あまりこういうのは買ってほしくない、という顔ね」

「っ、すまない……」

「わかっているわ。私達は目的を果たせば、この國から離れる。確かにその通りだけど、今だけは後の事を気にせずに楽しみたいの」

 

 

 こういう事は、あの世界では出来ないから。

 シューズを元の位置に戻すべく、ヴィイに先程のシューズの場所まで連れて行ってもらったアナスタシアに、カドックは眉を顰める。

 

 

(そういえば僕は、アンナから目的を聞かされていない。彼女はあの異聞帯を使って、いったいなにをするつもりなんだ……?)

「カドック? どうかした?」

「……あぁ、いや。なんでもない」

 

 

 ……少なくとも、今考えるべき内容のものではないだろう。

 そう思って、カドックは手招きするアナスタシアの下へと向かった。

 

 

 

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「高長恭。これはどうかしら」

「えぇ、とても似合っています。では、こちらもどうでしょうか」

「ありがとう」

 

 

 シューズを脱ぎ、すかさず差し出されたサンダルを受け取って履いてみる。

 

 

「……いいわね、これ。流石は高長恭ね」

「恐縮です。それにいたしますか?」

「そうね……」

 

 

 立ち上がり、軽く歩いてみる。

 履き心地は悪くないし、デザインも嫌いではない。

 今の自分の服装にも合っているし、他の服を着てもきっと似合うだろう。だが―――

 

 

「ごめんなさい。もう少し探したいわ。項羽様へお見せする為のものだもの。もっと考えて買いたいわ」

「承知しました。……マスター、楽しそうですね」

「そりゃそうよ。ここにいられるのも、そう長くはないだろうし。今だけでも楽しむわよ」

「……そう、ですか」

 

 

 虞美人の言葉に、蘭陵王の手が止まる。

 

 

「降りてもいいのよ。彼女の目的が達成されれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。一度だけとはいえ、貴方という人間が紡いだ歴史が消えるのだもの。たとえ降りても、文句は言わないわ。……私と項羽様を含めた何人かはアンナに保護(・ ・)されるから、編纂(・ ・)には巻き込まれないけれど」

「……人理を護る英霊としては、彼女の目的は必ず阻止しなければならないものでしょう。シュレイド異聞帯に絶えず顕れるサーヴァント達が、それを示しています」

 

 

 一部の例外を除くが、異聞帯には必ずと言っていい程、抑止力に遣わされたサーヴァントが存在し、その異聞帯の切除を目指している。

 だが、シュレイド異聞帯は他の異聞帯と比べて訳が違う。

 

 ()()退()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これはあり得ない事だ。七つの異聞帯のどれにも適用されなかったそれが、シュレイド異聞帯にのみ適用されている。

 蘭陵王もかつて項羽と協力して抑止力のサーヴァントを退去させた事があったが、そのサーヴァントがまた別の場所で召喚されていたと知った時は耳を疑った。

 

 抑止力にそうさせる程の脅威―――それこそアンナ・ディストローツという女性であり、彼女やそのサーヴァント達が育てている古龍だ。

 

 このまま彼女達を自由にさせていれば、文字通り世界が塗り替わるだろう(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 だが、それでも。

 

 

「ですが私は、貴女に忠誠を誓った身です。そして貴女は、アンナさんに協力している。ならば私は、それに従うまでです」

「……ありがとう、高長恭」

「いえ、これは貴女に召喚される前から決めていたことですので」

 

 

 次の靴を探しに行こうとした瞬間、蘭陵王の足が止まる。

 

 

「……マスター」

「えぇ……わかってるわ」

 

 

 蘭陵王が感じたものに、虞美人もまた気付いていた。

 

 

 

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「カドック」

「あぁ、わかってる」

 

 

 そして、虞美人達から少し離れた場所にいたカドック達も、それに気付いていた。

 シュレイド異聞帯で“我らの団”の護衛を(こな)していた事によって、アナスタシアは当然としても、カドックもまた常人離れした察知能力を身に付けていたのだ。

 

 それは、値踏みするような視線だった。敵意こそ感じないものの、アナスタシアが一足目を試着した時から自分達に注がれていたそれが、より色濃くなったような感覚がした。

 虞美人達もまたそれに気付いたのか、遠くからカドック達に視線を寄こしてくる。それに頷いたカドック達は、声を潜めた状態で会話を再開する。

 

 

「どうするの、マスター。ここでは戦えないわよ」

「敵意は感じない。この視線の大元も、ここで騒ぎを起こすつもりはないようだ」

「このままやり過ごす? それとも……」

「こっちから打って出る。敵意がないのなら、戦闘にはならないはずだ」

「わかったわ」

 

 

 視線に敵意が含まれていない以上、なぜ自分達にそれを注ぐのかを知る必要がある。それが原因で状況が悪化する可能性もあるかもしれないが、少なくとも戦闘に派生する事はないはずだ。

 

 意を決して彼らが振り向くと、サングラスの奥で今尚視線を注いでくる女性と目が合った。

 視線の主はカドック達がこちらに振り向いたのを見て不敵に笑い、彼らと距離を縮めてくる。

 

 

(……あの足取り。只者じゃない)

 

 

 対獣魔術を扱う家系に生まれ、現在は厳しい自然界が全体を占めるシュレイド異聞帯で生活したカドックは、その足取りに目を見張る。

 人混みの中を縫うように歩くも、誰一人としてその体に触れられない。腰まで届く程に長い、風に靡く髪の毛でさえも、有象無象に触れられる事を避けているようだった。

 それを彼女は、意識せずに行っている。いったいどんな生活をすれば、自然にあのような動きが出来るのだろうか。

 

 

「さっきの靴、似合ってたぜ。私が見てきた中でも上位に入る。けど―――」

 

 

 数秒もしない内にカドック達の前に辿り着いた少女がサングラスを外し、口元を嘲笑に歪める。

 

 

「ハッ、残念。お母様の足元にも及ばねぇよッ!」

「なっ、妖精騎士トリスタン……ッ!? どうしてここに……」

「あ? 自分の経営する店に来ないオーナーがどこにいやがんだ。あと、ここでその名を口にしないで。今の私はトリスタンじゃない、この店のオーナーのバーヴァン・シーだ」

「その通りだとも」

「っ、カリアまで……」

 

 

 いつの間にか背後に立っていたカリアは、自分に驚くカドック達を見ながら主に手を向ける。

 

 

「ここでのマスターは妖精騎士の肩書などなく、ただのバーヴァン・シーとして活動しているのだよ。だからそう警戒しないでくれたまえ。あと、声は出来るだけ控え目に」

 

 

 切れ長の瞳を細めて唇の前に人差し指を立てるカリア。元々整った中性的な顔色も相まって一瞬だけ見惚れるカドックであったが、即座にアナスタシアに脇腹を小突かれて正気に戻る。

 その間に、バーヴァン・シーは「チッ」と舌打ちする。

 

 

「テメェのその顔に客共が吸われてんだよッ! 気付けバカッ!」

「なんと……気が付かなかった。ありがとう、マスター。道理で美しき妖精や人間達が私に視線を向けるわけだ」

「わかってるくせに……。……おい、いつまで見てんだ。見せもんじゃねぇぞッ! あっ、出るんじゃねぇッ! ここに入ったってんなら少しは商品見てけッ!」

 

 

 拳を振り上げて自分達を見る客達を威嚇するも、彼らが店から出そうになるや否やフェイルノートを巧みに操りドアを封鎖。逃げられなくなった客達はバーヴァン・シーに恐怖の感情を抱きながらも言う通りに商品を見始める。

 その光景に「はぁ」と額に手を当てたのはカリアだ。

 

 

「マスター、今のやり方はいけない。そんな無理矢理なやり方ではこの店の評判に傷がついてしまうよ」

「チッ……おい、後は任せる。どうもこういったのは慣れねぇからな、後は頼んだぜ。あ、それ終わったらあそこにいる二人を連れて来いよ」

「やれやれ、我儘なマスターだ」

 

 

 肩を持ち上げて苦笑するものの、すぐにカリアは客達の下へ向かっていく。

 

 

「おい、お前ら。ちょっと(ツラ)貸せ。私の部屋に連れてってやる」

 

 

 人差し指を動かして誘ってくるバーヴァン・シーに言われるがまま、カドック達は彼女の後についていく。

 一般客が立ち入れる場所を超え、バーヴァン・シーや彼女の許可を受けた者たちしか入れない部屋にやってきたカドック達の前で、彼女は壁際に設置されたガラスケースに近寄る。

 

 

「カドック。これは……」

「芥……いや、僕にもなにがなんだか……」

 

 

 遅れてカリアに連れられてやってきた虞美人とカドックが話していると、バーヴァン・シーがガラスケースを開けた。

 店に置かれてるものとはまた別の、完成度もかなり高い靴が並べられているそれらの中から、バーヴァン・シーは「よし、これだ」と幾つか取り出した。

 

 

「えっと、名前は……あぁ、アナスタシアと虞美人か。アイドルイベントで会ってたよな、覚えてるぜ。んじゃ、そこの椅子に座って、これ履いてみろ」

 

 

 椅子に座ったアナスタシアと虞美人の前に、バーヴァン・シーがハイヒールとサンダルを置く。

 言われるままにアナスタシアがハイヒールを、虞美人がサンダルを履くと、途端に目を見開いた。

 

 

「……凄いわね。これまで履いてきたものとは全然違う」

「そうね。デザインも良いし、履き心地も最高。……どうしてわかったの?」

「一目見りゃわかる。足運びとかもな。それを参考に選んだまでだ」

 

 

 ここに連れてきたのは、あの店内に二人に合うものがないから―――自分用の椅子に腰かけたバーヴァン・シーに、虞美人が眉を吊り上げた。

 

 

「ほんの数分にも満たないあの時間で? ……凄いわね。私はともかく、アナスタシアはロングスカートよ? 足なんてまず見えないけど」

 

 

 虞美人が隣に座るアナスタシアの足元を見る。

 今の彼女の服装はいつものドレスではないが、足元をすっぽり覆い隠す程のロングスカートだ。足なんて、それこそスカートを捲らない限りわかるはずもない。

 

 

「あぁ、それか? こいつに叩き込まれた」

 

 

 心底嫌そうな表情で隣に立つカリアを指差す。

 

 

「霧や豪雨、吹雪に熱風……まぁ色んな条件下でも相手の位置を把握できるようにしろって言われたんだ。人型であろうとそうでなかろうと、それが出来なきゃ話にすらならないってな」

「ちなみにその訓練の間、彼女にはずっと目隠しをして生活してもらっていたのだよ。最初こそ酷い有様だったのだが、今ではこの店内にいる客や店員の数と足音、その全てを把握できるようになっている」

「おい、やめろ。あの頃の事を思い出させるんじゃねぇ」

「すまないね、マスター。此度の現界で得た弟子だ。自慢したくなるのも当然だろう?」

「知らねぇよ。―――すまねぇ、話が逸れた。お前ら、靴のメンテナンスの経験は?」

「ないわね。そういうのはその手の専門家に任せていました」

「私も同様ね。そもそも、あまり靴を履く事がなかったし」

「……ちょっと待ってろ。あと靴は脱いどけ」

 

 

 アナスタシアはともかくとして、虞美人の答えは思ってもみなかったのだろう。

 彼女達に背を向け、机と向かい合ったバーヴァン・シーは手元に用意した羊皮紙に、傍に設置されている羽ペンでなにかを書き始める。

 数分後、「よし」と小さく呟いて羽ペンを置いたバーヴァン・シーは、カリアに用意させた二枚の袋に一枚ずつ羊皮紙を入れ、次にアナスタシア達から受け取った靴を傷つかないよう丁寧に梱包した上で袋に入れてアナスタシアと虞美人に手渡す。

 

 

「いいか? さっきこの中にメンテナンスの手順を書いた羊皮紙を入れた。手順通りにやればいいが、材料とかは自分で買え。わからない事があったら店員か、お前らンとこにいるミス・クレーンにでも聞いとけ」

「貴女、優しいのね。辛辣で在ろうとしているようだけれど、節々に優しさが滲み出ているわよ?」

「ハッ、勘違いすんな。私はお前らを見てピンと来たから、それを渡しただけだ」

 

 

 雑に扱ったら承知しねぇぞ―――カリアを伴い去っていく彼女の後ろ姿に、カドックは心中で呟く。

 

 

(妖精騎士トリスタン、いやバーヴァン・シー……。彼女は残酷な妖精だとは聞いていたが……)

 

 

 ああして誰かに喜んでもらおうとする姿は、どこにでもいる、普通の少女のようだ―――そう思っていると、彼の肩をアナスタシアがつついた。

 

 

「なにを呆けているの? 早く戻りましょう?」

「……あぁ、そうだな」

 

 

 頷き、カドックもまた踵を返して歩き出すのだった―――。

 

 

 

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「なるほど。そのような事があったのですね」

「えぇ、とても楽しかったです。彼女達に合う靴を見繕って、彼女達が喜ぶ姿を見るのが、本当に楽しくて、幸せで……」

 

 

 罪都キャメロット。

 天高く聳える城の一室では、バーヴァン・シーの話を聞いていたモルガンが微笑んでいた。

 

 

「そうですか。良い思い出が出来ましたね。これからはその思い出を大切にしなさい。ですが……」

「わかっています。誰かの役に立つのも程々に、でしょう?」

 

 

 目元を俯かせるモルガンだったが、バーヴァン・シーはくすくすと笑って返す。

 

 

「安心してお母様。私は優しくも残酷なバーヴァン・シー。国民を慈しみ、同時に蔑む次期女王。ただ国民の為に身を削るような女王にはなりません」

「……ならば良いのです。……次のプレゼント、楽しみにしています」

「……っ、はいッ!」

 

 

 心底から嬉しいように笑ってバーヴァン・シーが出ていき、モルガンは今自分の履いているヒールに触れる。

 

 それは、彼女が初めて自分に贈ってくれたもの。丁寧に処置を施し、一切の汚れが付かないようにしたそれに軽く指を這わせ、思案に耽る。

 

 彼女が笑顔でいてくれる。それは嬉しい。

 カリアの影響を受けて真の邪悪に育つ事はなかったものの、それとは別の方向で育った彼女は、これまでの彼女達以上に強くなった。

 さらには、彼女は公言しないものの、ライバルに感化されて自分と腹を割って話してくれた。お陰で今では先程のようにお互いに気楽に話せるようになった。

 

 けれど、同時に不安も大きくなる。

 

 この國が崩壊したとしても、バーヴァン・シーだけは護りたい。それは今でも変わらぬ願いであり、決意でもある。

 けれど、もし。もし自分が、彼女を護れない立場に置かれていたとしたら。彼女のサーヴァントであるカリアが、彼女を護れないような状況になってしまったら。

 

 いったい誰が、彼女を護ってくれるのか。

 

 そこまで考え、モルガンはテーブルに置いていたチラシに視線を向ける。

 

 

(……アルム・カンパニー)

 

 

 バーヴァン・シーが自分の店を持ち、より自分らしさを出せるようになった会社。

 

 そこを経営する男とは、モルガンも面識がある。

 まさしく、他者を導く才能を持った男だった。王者の才覚、と言ってもいいだろう。彼の周りには常に誰かがいて、その誰かは少しずつ数を増やしていく。そうして彼はその類稀なる才能を活用し、彼らを導いていくのだろう。

 そんな彼の下に集った者達には、少なくとも悪人は存在しない。誰もが善で、そうでなくとも悪には染まらない者達だ。

 

 

(もし、私達が彼女を護れない時。その時には、彼らに……)

 

 

 暫しの沈黙の後、モルガンは羽ペンを手に取った―――。

 

 

 

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 後日、アルム・カンパニーに一つの手紙が届く。

 ウッドワスが直々に手渡ししてきたそれを受け取ったプロフェッサー・Kが執務室で封を切り、綺麗な字で構成されている文章を読み込む。

 

 

プロフェッサー・Kへ

 

バーヴァン・シーの件で話があります。

二日後伺いますので、その日は予定を開けておくように。

 

モルガン

「カイ―――L。私、なにかしてしまったのかな……?」

「おう、ハデスの野郎によろしくな」

 

 

 とりあえず二日後の予定は全てキャンセルして、念の為遺書も(したた)めておこう―――恐ろしい手紙を前に、プロフェッサー・Kは天井を仰ぐのだった。

 

 

*1
イギリスのグルカ兵が履いていたサンダルがモデルとなっている、アッパーが編み込みになったサンダル。しっかりと足をホールドしながらも、編み込みのおかげで蒸れないのが特徴。フィッシャーマンサンダルとも呼ばれる。





・『アナスタシア』
 ……オシャレの為に来店。カドックやヴィイ達共に選んだ靴は、彼女の宝物となった。この後、時折その靴を履いてはショッピングに繰り出すようになった。

・『虞美人』
 ……購入後、早速項羽に見せに行った。項羽としては既に演算済みの光景であったのだが、それでも尚美しい虞美人の魅力に惚れ直す。虞美人は爆発した。
 アンナの目的を知る数少ない人物の一人。

・『アンナの目的』
 ……抑止力によって、シュレイド異聞帯に多くのサーヴァントが召喚されるようななにか。虞美人と蘭陵王の会話によれば、彼女の目的が果たされた時、歴史に刻まれた英雄達の存在が消去されるらしい。

・『アルム・カンパニー(プロフェッサー・K)』
 ……バーヴァン・シーが自分の店を持つ際に協力した。お陰で彼女は妖精國の民達から『邪悪な妖精』のバーヴァン・シーではなく、『邪悪だけれどそれだけではない』バーヴァン・シーとして認識されるようになった。プロフェッサー・Kの人望とカリスマ性もあり、モルガンの評価はかなり高い。


 バーヴァン・シーの特訓パートはいつか番外編で書いてみたいですねぇ。
 それでは、また次回ッ!


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異変

 
 ドーモ=ミナサン。
 fgoがマクドナルドとコラボするという話を聞き、テンションが上がっているseven774です。

 今月はぐだぐだイベント、来月はクリスマスイベントもあり、さらに追加でマクドナルドコラボッ! 楽しみで仕方がありませんッ!
 孫一ちゃんかわいくて好き……。白髪マントキャラが大好きですので、ビジュを見た時は本当に嬉しかったですッ!

 また、オルガマリークエストにリトライ機能が追加されたそうですが、期間限定なのが辛いですね。ORT戦同様、常設してほしいぐらい楽しかったクエストだったので、いつか常設してくれたらと思っています。

 今回は妖精騎士達の話です。
 それではどうぞッ!


 

 妖精騎士とは、女王直々に任命された者達である。

 國を護り、民を護り、女王を護る―――いずれ来る『厄災』にも対処せねばならない地位を持つ彼女達は、それ相応の実力を持たなければならない。

 

 しかし、いつ来るかもわからぬ災厄を待っていても埒が明かない。そして、満足な特訓相手がいなくては実力向上も望めないのだが、そのような相手がいても、必ず國のどこかが荒れ地になってしまう。

 

 ではどうすれば良いか―――かつての女王はそれに頭を悩ませ、そして思いついた。

 

 そうだ。それ専用の部屋(せかい)を作ってしまおうと。

 

 もちろん、本物の世界を作る事など不可能だ。如何に神域の魔術師であろうとも、それを成すには膨大な時間と魔力が必要だった。

 故に彼女が作ったのは、外見は何の変哲もない扉だった。

 だが、もちろんただの扉ではない。

 

 女王によって作られたその扉は、あらゆる環境をシミュレーションし、部屋に投射させるもの。さらに、部屋はモルガンによる空間拡張の魔術によって一つの島に近いレベルまで拡大されており、狭くて戦えないといった文句にも対処。

 追加として、特訓に使用する者が希望すれば、それを部屋に具現化させる。

 そして最後に、その場で起こった事象は、たとえ天変地異にも等しきものであろうとも部屋の中で起こったものとして処理され、戦闘が終了すれば元に戻る。

 

 そして今日、記念すべき使用回数1000回目のその部屋が作り出した世界は、荒野だった。

 

 

「シ―――ッ!」

 

 

 妖弦の調べが響き渡り、不可視の斬撃が空を駆ける。

 大空を翔る小さな標的目掛けて飛んでいく無数の斬撃だが、無数の光が瞬いたと思った瞬間、バーヴァン・シーの放った斬撃は搔き消され、逆に青白い流星が落ちてくる。

 

 

「チッ!」

 

 

 咄嗟に身を翻した直後、先程までバーヴァン・シーがいた地面に二つの斬撃痕が刻まれ、次いで圧倒的な速度で彼女(・ ・)が飛翔した影響で土埃が巻き上がる。

 目に埃が入らぬよう瞼を閉じたバーヴァン・シーだが、次の瞬間にはほぼ無意識に体が動き、自身の背後に向けて妖弦を奏でた。

 

 

「くっ! やはり気付くかッ!」

「デッケェ体だから足音がよく聞こえるぜッ!」

 

 

 大剣を両手で構えて斬撃を防いだ妖精騎士―――バーゲストがそのまま突進してくる。

 身長190cm、体重120kgという、妖精國全体を見ても類を見ない体格と鍛え上げられた筋肉が走る様は、正しく暴走機関車。大地を揺らす勢いで突き進んでくる質量の塊を前に、バーヴァン・シーは正面から迎え撃つのは不可能だと判断するも、迷う事無くバーゲストに向かって走り出した。

 

 

「喰らえッ!」

「喰らうかよ馬鹿ッ!」

 

 

 シールドのように構えた大剣が振るわれる直前、ジャンプしたバーヴァン・シーはそれを回避。さらにバーゲストの鎧を踏み台にして彼女の背後を取ると、がら空きの背中に向けて音波の斬撃を飛ばした。

 

 ガキンッ、と硬質な鎧に斬撃が直撃し、バーゲストがよろける。

 だがバーゲストもやられてばかりではなく、振り向きざまに左手から鎖を伸ばそうとするが、伸ばしかけた腕が途中で止まる。

 

 

「な―――これはッ!?」

「ちょいと空飛んで来いッ!」

「うぉおッ!?」

 

 

 音波を飛ばすと同時にバーゲストに赤い糸を結び付けていたバーヴァン・シーが、強化の魔術をかけた腕力で彼女を振り回し、ハンマー投げの要領で空に投げ飛ばした。

 上空に放り投げられたバーゲストは全身を広げてバランスを整えると、空の向こうから青白い光が迫ってくる事に気付く。

 

 

「っ、メリュジーヌッ!」

「ハァ―――ッ!」

 

 

 スラスターを噴射して速度を上げたメリュジーヌが、両腕に備えたアロンダイトの持ち手でパンチを繰り出した。

 即座に大剣を振るって右から来る持ち手を迎撃し、間を置かずに迫る左持ち手を小手で防ぐ。両腕の攻撃を防がれたメリュジーヌが次の攻撃を繰り出そうとするも、それより早くバーゲストが左手から伸ばした鎖で彼女を拘束した。

 

 拘束から逃れようとメリュジーヌがスラスターで加速し、遠心力でバーゲストを振り払おうとする。

 だがバーゲストも大人しく振り払われるはずがなく、鎖を手繰ってメリュジーヌに接近した。振り向いたメリュジーヌが身を捩るも、鎖で行動が制限されているのもあってバーゲストの攻撃を受けてしまい、両者揃って地面に落ちてくる。

 

 だが空中で攻撃を繰り出した分、鎖を握る力を緩めてしまったバーゲストの隙を突いて拘束から逃れたメリュジーヌが上空に逃げようとするが、逃がさないとばかりにバーゲストが追撃。撃墜されたメリュジーヌがバーゲストと共に態勢を立て直して着地した、次の瞬間―――

 

 

「え―――」

「な―――ッ!?」

 

 

 足元が、爆発した。

 

 あまりの火力と風圧に吹き飛ばされた二騎に、地上に残されていたバーヴァン・シーの攻撃が繰り出された。

 

 

 

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「魔術による地雷ですか。機転を利かせましたね」

「真っ向から戦っては苦戦する相手同士を戦わせ、自身は彼女達にはないスキルで低い攻撃面をカバーする。やるじゃないか」

 

 

 三騎による激闘を遠くで観戦していたモルガンとカリアは、着地したバーゲストとメリュジーヌを襲った爆発を見て感心する。

 

 

「マスターは攻撃力の面では二騎に劣るものの、魔術という知識がある。本来妖精には必要のない要素だが、上手く活用できてる」

「当然です。私が教えたものですから。ですが、初歩的な身体強化の魔術でバーゲストを投げ飛ばすとは……流石はバーヴァン・シー。我が愛しい娘です」

「フフッ、それはそうだろう? 魔術は貴女とベリルが教え、ボクはそれを最も活用できるタイミングを計れるスキルと肉体を鍛え上げた。いわば、汎人類史と異聞帯……いや、特異点のハイブリッドとも言える存在さ」

 

 

 バーゲストがバーヴァン・シーを攻撃するも、彼女はそれを回避しながら不意打ちを仕掛けようとしたメリュジーヌを牽制する。

 攻撃を受けたとしても直撃は避けるように努め、魔術を使用して自身の攻守能力を底上げしている。命をかけたものではない特訓だとしても、必死に頭を回転させて勝利を目指しているその姿は、モルガンの瞳には眩しく見えた。

 妖精騎士に任じられた時よりも圧倒的なフィジカルを獲得するも、今も尚研鑽を忘れぬバーヴァン・シーに、モルガンは誇らしさに胸をいっぱいにしていた。

 

 

 

「バーヴァン・シー……やはり貴女こそ、我が玉座を継ぐに相応しい」

 

 

 

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『そこまでです。戦闘を終了しなさい』

 

 

 妖精騎士達がしばらく戦い続けた後、荒野全体に響き渡るように調整されたモルガンの声が聞こえる。

 三騎が動きを止め、揃ってモルガンの方を見ると、彼女はカリアと共に満足そうな笑みを浮かべていた。

 

 

『お疲れ様でした。今から十分ほど、休息の時間を取ります。その間に体を休ませてください』

 

 

 モルガンが指を振れば三騎の前に椅子とテーブルとスポーツドリンク、そしてタオルが出現した。

 各々は椅子に座り、タオルで汗を拭った後にそれぞれに色分けされたスポーツドリンクに口をつけた。

 

 

「先程の魔術による地雷は驚きましたわ。メリュジーヌと戦っていた際に攻撃してこなかった時はなにかをしていると思ってはいましたが、流石にあれは予想出来ませんでしたわ」

「そりゃそうだ。なんせ今回初めて使ったからな。……ま、躱されたけどよ」

「そこまで卑下する必要はないさ。僕だって驚いたし、反撃されるとも思わなかった。圧勝、出来ると思ってたんだけどなぁ」

「また『僕は強いから』ってか? ハッ、馬鹿かテメェ。絶対テメェとバーゲストを倒して、私が一番になってやる」

「なんですって?」

「へぇ……?」

 

 

 胸を張って宣言したバーヴァン・シーに、バーゲストとメリュジーヌが目を細めた。

 

 

「宣言しましたわね、バーヴァン・シー。いいでしょう、貴女がその気ならばこちらも負けてはいられませんわ。(わたくし)だって、アドニスに誇れるような最強の妖精騎士になりたいのです」

「僕も同じだよ。僕や(ディスフィロア)を護って巨神と戦った、あの御方に自慢する為にもね」

「上等だッ! テメェら全員、次で倒してやんよ」

 

 

 胸に燃える決意に押されるままにバーヴァン・シーが立ち上がろうとし、

 

 

「―――あ?」

 

 

 自分が、椅子から崩れ落ちた事に気付いた。

 

 

「……どうしたの? バーヴァン・シー」

「先程の言葉は嘘ですの?」

「は? ンなわけあるかよ。見てろ、すぐに立ち上がって―――」

 

 

 再び立ち上がろうとして、口が閉ざされる。

 そして、あり得ないものを見るかのように自身の片足を見下ろし、試しにもう一度力を入れる。

 

 

「……立てた」

 

 

 今度は普通に、それこそが当然のようにバーヴァン・シーの右足はしっかりと役割を果たし、左足と共に彼女の体を支え始めた。

 

 

「? そんなの当たり前でしょ」

「いや、さっきも立とうとしたんだけどよ……なんか、立てなかった」

「……疲れている、というわけではなさそうですわね」

 

 

 バーヴァン・シーの異変に言い知れぬものを感じたのか、バーゲストが眉を顰めた。

 

 

「そんな感覚じゃなかった。もっと辛くて、不快な、気持ちの悪い感覚よ。―――カリアッ!」

 

 

 遠くでモルガンと会話していたサーヴァントの名を呼ぶ。

 すぐにこちらに向いたカリアはモルガンに一礼した後、主の前までやってきた。

 

 

「どうかしたのかい、我が親愛なるマスター?」

「なんだか体の様子が変なの。ほら、お母様のところへ連れて行きなさい」

「……まさか、その為にボクを?」

「お前、私の従者(サーヴァント)だろ? だったら(マスター)の命令に従うのは当然だよな?」

「やれやれ。時折思うけど、君は本当にボクの想像を超えてくるよ」

 

 

 渋々といった様子でこちらに背を向け、しゃがむカリア。彼女の背に遠慮なくバーヴァン・シーが乗ると、カリアは主の重さなどないかのような足取りでモルガンの前まで移動する。

 

 

「おかえりなさい、カリア。随分と早い帰還ですね」

「まさか、おぶってもらう為だけにサーヴァントを呼びつけるマスターがいるとは思わなかったよ。ボクは君のお目付け役兼サーヴァントであるけれど、お守りをしているわけではないのだけどね」

「うっせぇ。ほら、さっさと下ろせ」

 

 

 カリアの背から降ろしてもらい、バーヴァン・シーはモルガンの前に立つ。

 

 

「どうかしましたか、バーヴァン・シー」

「先程、体に不調を感じました。疲労とはまた違う感覚でしたので、念の為にお母様に確認して頂きたく……」

「不調、ですか。……バーヴァン・シー、手を」

「はい」

 

 

 片膝をつき、母親に自身の右手を差し出す。

 モルガンは白く細長い指で愛娘の手に触れ、同時に自身の瞳に詠唱を行わずに魔術をかける。

 愛娘の頭からじっくりと確認し始めたモルガンだったが、とある位置で視線を止めた。

 

 

(これは……)

「……その、私の胸になにか……?」

「っ、い、いえ。なんでもありません」

「……そう、ですか」

 

 

 なんでもない―――訳がなかった。

 モルガンの指先は、瞳は、愛する娘の不調の原因を既に探り当てていた。

 最強の狩人の一人であるカリア直々に訓練を受けた娘に、彼女の異変に動揺した気配を悟らせなかったのは、長年この國を維持し続けてきた成果だろう。モルガンは心中でこっそり、ここまでこの國を維持し続けた自分を褒めた。

 

 

「魔力の乱れが生じていますね。休暇を与えますので、しばらくは城の中で過ごして下さい。その間、妖精騎士の役目はカリアに命じます。出来ますね? カリア」

「それは『やれ』と言っているも同義ではないかな?」

「出来るのですか? 出来ないのですか?」

「……仰せのままに、女王陛下」

 

 

 鋭い光を帯びた瞳と共に放たれた威圧感に、狩人は大袈裟な仕草で承諾する。

 

 

「バーヴァン・シー。申し訳ありませんが、本日の訓練はこれで終了です。部屋に戻りなさい。後で私も向かいます」

「お、お母様自らですか? それなら私が……」

「良いのです。貴女に無理はしてほしくありませんからね」

「お母様……」

 

 

 母親の言葉に感激したように、バーヴァン・シーは大きく目を見開き、カリアを傍に置いて歩き出す。

 

 遠くで、新たな剣戟の音が聞こえ始める。

 恐らく、モルガンが残されていたメリュジーヌとバーゲストに訓練の再開を指示したのだろう。ジャラジャラと鎖が擦れる音と、ドンッと空気の壁を突き破る音が絶え間なく聞こえてきている。

 

 

『―――カリア。聞こえますか』

 

 

 主に付き添って歩くカリアの脳内に、背後にいるモルガンの声が響く。

 だが、自分が彼女から念話で声をかけられた事を周囲に悟らせないまま、カリアは心の中で女王に返事を返す。

 

 

『もちろんだよ、陛下。この念話、マスターには聞こえていないのかい?』

『はい。彼女とは別の経路から貴女に話しかけています。それで、話があるのですが……』

『マスターの不調について、だろう?』

『……気付いていましたか』

『マスターとサーヴァントは一蓮托生。主に変化が起きれば、従者であるボクにも伝わるさ。だが、こと魔術に関してボクは不得手でね。良ければご教授願えないだろうか』

『……バーヴァン・シーの魂が、腐り始めています』

「なに……?」

 

 

 そこで初めて、カリアの口から言葉が発せられてしまう。

 

 

「? どうかしたか?」

「あぁいや、なんでもないよ」

 

 

 咄嗟に誤魔化してから歩き出し、念話を再開する。

 

 

『魂が腐りかけているとは、なんともまぁ、恐ろしい話だ。原因は?』

『それに関してはまだなんとも。ですが、まともなものではないでしょう。……まだ体そのものが変化しているわけではありませんが、いずれは全身に魔力が行き渡らなくなり、最後には……』

 

 

 そこから先は想像もしたくないのか、モルガンの念話が途切れる。

 

 

『……なるほど。マスターに敢えて真実を告げなかったのは、それが原因か』

『本当なら、告げるべき内容です。今後の彼女に関わる問題ですから。ですが、私は彼女に辛い思いをさせたくない。未来に、恐怖を覚えさせたくありません……』

『治療は?』

『時間をかければ可能です。ですが、魂とは複雑なものですので、完治させる魔術や薬を構築するとなれば……どれだけ急いでも二週間はかかるでしょう』

 

 

 魂とは高度な情報ネットワークの集合体に近く、肉体を万全に動かす為の動力炉でもある。

 持ち主の全てを記録するもの故に、扱いも細心の注意を払わなければならない。手段や手順を一つでも誤れば、それだけで相手の魂を崩壊させかねない。

 

 まして、相手は自分が心から愛する娘だ。修復するのならば、完全な形にしたい。

 だからこその、二週間。稀代の天才魔術師のモルガンとしても、それ程の時間をかけてしまう程のもの。

 

 

『もちろん、分身にも作業を行わせます。ですが、どうしても娘から離れなければならない時はあります。カリア、その間、娘の様子を見てくれますか?』

『それはもちろんいいが、ベリルはどうする? 彼にもなにか手伝わせるかい?』

『ベリル……ですか』

 

 

 そこで、モルガンの声色が翳る。

 

 

『……あの男は、人間のお目付け役としてバーヴァン・シーに付けましたが、最近動向が掴めない時があります。彼に娘を任せるわけにはいきません』

『わかったよ。では、貴女がいない間、マスターの面倒は私が見よう。マズいと思ったらすぐ報告するので、安心したまえよ』

『ありがとうございます、カリア。……メリュジーヌとバーゲストが同時に相手から一本取りましたね。労いの言葉をかけに行きますので、後は頼みましたよ』

『あぁ、任された』

 

 

 念話が終了し、隣を歩くバーヴァン・シーに気付かれないように小さく息を吐く。

 

 

「……なぁ、カリア」

「ん、なんだい? マスター」

「私、大丈夫よね? これから先も、お母様の役に立てるわよね……?」

 

 

 怯えているような声。

 決してこちらを見ようとはしていないが、軽く握り締められた拳は震えている。カリアはそっと彼女の拳に触れ、主の震えを止める。

 

 

「大丈夫さ、我がマスター。君はまた立ち上がれる、必ずね」

「どうして、断言できるの……?」

 

 

 バーヴァン・シーが視線を動かし、カリアを潤んだ瞳で見つめる。

 

 

「君には、ボクにはないものがある。ボクが最期まで他者に抱かなかったそれ(・ ・)を、君が持っているからさ」

「なによ、それ(・ ・)って」

「それは……」

 

 

 いったい、どんな答えが返ってくるのだろう。

 黙って自分の答えを待つ主だったが、従者に人差し指を唇に押し当てられ、硬直する。

 

 

「ふふっ、秘密さ」

「…………は?」

 

 

 拍子抜けしたバーヴァン・シーより前に数歩踏み出し、両腕を大きく広げる。

 

 

「それは自分で気付くものさッ! 従者に教わる程のものでもないのだから、秘密だッ! ハハハハハッ!」

「―――こ……ンの野郎ッ!」

「う……っ!」

 

 

 バーヴァン・シー渾身のパンチが直撃し、カリアの口から苦悶の声が漏れる。

 

 

「テメェって奴は……ホンット変わんねぇなッ! 普通教えるところだろここはッ!」

「いやいや、本当に私から教わる程のものではないのだがねぇ……」

「あッ!? それがわかんねぇ私はテメェ以下だって言いてぇのかッ!?」

「いや、そういうわけでは……あるねぇッ!」

「なんだその顔ッ! 馬鹿にしやがってッ!」

 

 

 心底から煽るような、人を食った表情のカリアを殴り飛ばす。

 

 

「ったく、私が真剣に悩んでるってのによ……」

「悩むのも大切なのだけどね。それで心を追い詰めすぎるのは頂けない」

 

 

 天井にめり込んだ頭部からくぐもった声が聞こえる。

 

 

「んだよ、テメェみてぇにヘラヘラしてろってか?」

「ボクみたいになれというわけではないさ。寧ろ反面教師として扱ってほしいところだ」

 

 

 両手で天井を押して頭部を引き抜き、バーヴァン・シーの隣に降り立つ。

 

 

「君は陛下から大切にされている。役に立つ立たないに関わらず、ね。ならば、彼女にもう一度笑顔を見せられるように安静にする事こそ、今の君がすべき事だと思うよ」

「カリア……」

 

 

 己のサーヴァントを見上げる。

 女性としては平均よりも大きな自分よりも頭一つ程大きい彼女は、いつもの飄々とした笑みを崩さずにいる。

 召喚した当初から変わらぬその顔は、あらゆる逆境を跳ね退ける自信の表れのよう。

 だがそんな顔をしている彼女だからこそ、バーヴァン・シーは彼女を召喚できてよかったと思っている。

 

 

「……ありがとよ

「どういたしまして、親愛なる主よ」

「そこは聞こえないフリしとけよバカ」

 

 

 脇腹を小突いて歩き出す主を見て、サーヴァントは脇腹を摩りながらもフッと微笑んだ。

 

 

(やはり君は、その顔が一番だよ)

 

 

 この國の姫君が浮かべた笑みを護るべく、従者は女王より与えられた使命を果たそうと決意するのだった。

 

 

 

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 一方その頃、エディンバラでは。

 

 

「お望みの品はこれでよかったかしら?」

「えぇ。むしろちょっと多いくらいよ。いいのかしら、伯爵?」

「ふふふっ、アナタはKのアイドルイベントを盛り上げてくれたのだもの。これぐらいはしなきゃね。……それじゃあ、私達はこれで帰るわね。まだ仕事が残ってるのよ」

「わかったわ。ありがとね」

 

 

 尊大な態度を崩さぬ“王”の氏族の長であるノクナレアに見送られたペペロン伯爵―――ペペロンチーノは、自らのサーヴァントであるアシュヴァッターマンを伴って歩いていた。

 

 

「わざわざ出向く必要、あったか?」

「いいじゃない。今日は休みだったけど、たまには体を動かさないとね。アナタも、慣れない事務作業よりこうして外に出る方がいいでしょ?」

「まぁ嫌ではねぇけどよ」

「あぁ、そういえばインテリ系だったわね。アナタって」

「なんだその顔。俺にインテリは似合わねぇって言いてぇのか?」

「違うわよ。強くて賢い、魅力的な男だと思ってるの」

「ハハッ、嬉しい事言うじゃねぇか」

 

 

 

 衛兵達にも見送られ、外に出る。

 この後は特に用事もないので、ノリッジに戻るか、道中にグロスターによってアンナ達の顔を見に行こうか―――と考えていたその時、ペペロンチーノは遠くに複数の人影がある事に気付いた。

 

 最初こそ先程までの自分達のように、エディンバラに用事がある妖精達だと思っていたのだが、徐々にそれが明確に見えてくるにつれ、眉間に皺が寄っていく。

 

 

「あれは……ベリルに、立香ちゃん達ね。こんなところでなにを―――」

 

 

 遠くに見える無数の人影。

 ペペロンチーノが眉を顰めていると、その影の一つだったベリルがなにかを叫ぶ。瞬間、不吉な気配と共に魔力が解き放たれ、彼の前にいた立香達が瞬く間にその姿を消してしまった。

 

 驚くべき光景に目を見開くペペロンチーノだが、そんな彼女の存在に気付かぬベリルは意気揚々とした様子で、残されたマシュになにかを告げている。

 それに対してマシュがベリルを殴り飛ばそうとするも、彼はその攻撃を軽々と回避するや否や、足元から立ち上った黒い靄に包まれた後に消えた。

 

 

「おい、マスター。今のは……」

「ごめん、少し待って」

 

 

 アシュヴァッターマンの口を止め、顎に指を添えて頭を回転させ始める。

 

 ベリルが持っていた道具は、明らかに現代の魔術師が作れる代物ではなかった。

 詳細まではわからずとも、碌なものではない事は即座に見抜けた。それこそ、使用者にもなにかしらの代償が発生してもおかしくない程のもの。

 しかし、ベリルはそれを使用したにも関わらずにピンピンしていた。

 

 なぜか―――と思うも、ペペロンチーノは既にその仕組みも見抜いていた。

 ベリルの手元にある道具を注視した際に、そこから幾重も連なる魔力の糸が伸びているのが視えたのだ。恐らく、本来自身が支払うはずの魔力を、不特定多数の誰かに肩代わりさせているのだろう。

 

 だが、甘い。

 自分の思惑が上手くいった事で油断したのだろう。彼の向かう先など、その手にある道具から伸びる糸を遡っていけばすぐにわかる。

 

 既に姿を消しているとしても、ペペロンチーノは魔力の糸がどこから伸びていたのかをしっかりと記憶している。

 

 

「アシュヴァッターマン。この先になにがあるかわかる?」

「確かこの先は……あぁ、ニュー・ダーリントンだ」

「ニュー・ダーリントン……。あのきな臭い場所ね」

 

 

 かつて、紅い光と共に現れた巨大な蟲によって滅ぼされたという記録が残っているという廃墟。

 立香達を消滅させたベリルがそこへ向かうのなら、今自分達が取るべき行動は一つだ。

 

 一歩踏み出そうとして―――しかしそこで、己の足が止まった。

 

 なにが、と思い見下ろしてみると、無意識に自分の足が震えていた。

 そして、悟る。なぜ、自分の足が震えているのかを。

 

 なぜ自分が、あの場所に行く事を恐れているのかを。

 

 

(……そう。これが、私の最期(・ ・)ってわけね)

「どうした」

「……いいえ、なんでもないわ。マシュちゃんの所に行きましょ。あの子も連れて行かないとね」

 

 

 生まれた時から知っていたとはいえ、いざそれが近いと感じて恐怖するなんてね―――ペペロンチーノは胸に諦観と、片隅に少量の恐怖を抱いて歩き出した。

 




 
・『モルガンの作った部屋』
 ……カルデアのシミュレーションルームに近い。特訓用にも使えるし、お茶会にも使える優れもの。ハリーポッターの必要の部屋のようなものだと思っていただければ。

・『カリアが特訓に参加しなかった理由』
 ……最初こそ参加するつもりだったが、参加した場合途中で自分を抑えきれなくなると考え直したため辞退。

・『モルガン』
 ……娘が滅茶苦茶努力してて滅茶苦茶嬉しい。それはそれとして魂が腐っている事を知り絶望。分身総動員で治療法を構築中。

・『カリア』
 ……バーヴァン・シーの異変を知り、モルガンがいない間は彼女の介護を務める事となった。この間、バーヴァン・シーが勤めていた妖精騎士としての役割が彼女が担当する。

・『ベリル』
 ……モルガンからの信頼を失うが、本人は気付いていない。原作ではバーヴァン・シーに使わせた『失意の庭』を、ニュー・ダーリントンにいる実験体達に魔力を肩代わりさせて使用した。

・『ペペロンチーノ』
 ……自らの最期を悟る。


 それではまた次回ッ!


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憤る者

 
 ドーモ=ミナサン。
 ぐだぐだイベントで武田晴信と上杉謙信の関係性に脳を焼かれたseven774です。

 もちろん、他のキャラクターももれなく好きになりましたッ!
 特に一番好きなのは雑賀孫一―――いや、蛍ちゃんですね。
 正式加入で終身雇用を求めてきたり、絆ボイスで男主人公だと後継者作り求めてきたり、女主人公だと心から尽くしてくれる忠臣兼相棒みたいでとても好きです。
 銀髪キャラ&マントも個人的にはベリーグッドです。銀髪要素はニャル子さんから、マントは仮面ライダーナイトから好きになったので、それに加えて美少女ッ! とても嬉しかったですッ!
 ここだけの話、この小説の主人公であるアンナが銀髪なのもこれが起因です。
 イベントクリア後に先代についてのボイスを聞いてみると、先代のイメージが冴羽獠で固定されました。

 また、男キャラも滅茶苦茶かっこよかったですねぇ。特に自分は武田晴信が一番好きです。
 マイルーム性能が高すぎますし、イメージ通りのビジュアル。声がとても深みがあって一瞬で好きになりましたッ!
 シュレイド異聞帯でも出して、カルデアに協力させたいですねぇ。ぶつけるとしたら……バルカンですかね。個人的にも紅VS赤をやってみたいですし。

 ストーリーに関しては……色々語りたい事が多すぎて前書きが長くなってしまうので割愛しますが、最高の一言に尽きましたッ!

 総評として、今回のぐだぐだイベントは歴代のものと比べてもキャラとストーリー両方とも一番でしたッ!

 では前書きがここまで。
 今回は次回と二本に分けたので短いです。
 それでは本編、どうぞッ!



 

 淡い青色の光が、閉ざされた視界を埋め尽くしている。

 側頭部に当てられている掌から伝わる魔力が自身の魔術回路に干渉し、元々自分には流れていなかった二人の女性の魔力を馴染ませていく。

 

 

「―――うん、終わったよ」

 

 

 頭上から声を掛けられ、閉じていた瞼を開ける。

 目の前に飾られた鏡には、爬虫類に近いものになった、色の違う両目を持つ自分と、そんな自分の側頭部から手を離したルーツが映っている。

 

 

「今日の調整はこれで終わり。これ以上やると逆に毒になっちゃうからね」

「ありがとう、アンナ」

「一応聞いておくけど、目の調子は?」

 

 

 何気なく目元に指を這わせ、答える。

 

 

「最初と比べれば大分良くなったけれど……まだ少し慣れないわね」

「それでいいんだよ。なにせ、君の中には冠位のサーヴァントがいて、体には私の血が流れてるんだもん。まだ慣れていないのが正常な証拠だよ」

 

 

 未来を見通す魔眼と、遷延の魔眼。どちらも未来に関するものであるのは変わらないが、その保有者の格が違いすぎるが故に、むしろ一瞬で慣れてしまう方がおかしいレベルなのだ。

 だから焦る必要はないよ―――と語ったルーツに、オフェリアは「そうね」と返した。

 

 

「今はシグルドにもやり方を教えているから、もう少ししたら私がいない時でも出来るようになるからね。私がいない時になにか不調を感じたら、すぐに彼に伝えて」

「えぇ、わかったわ」

「喉、乾いてない? 調整にそれなりに時間をかけてたけど……」

「え? ……あ、本当ね。それじゃあ、お願いするわ」

 

 

 壁に掛けられている時計に視線を向ければ、調整を始める前に見た時間から針が一周を回っていた。

 そしてそれに気付いた瞬間、喉が水分を求めてきた。

 労力をかけたのはルーツであり、オフェリア自身は彼女に身を委ねるだけだったのだが、自分の体である事もあり、無意識に集中していたのだろう。

 

 ルーツが冷蔵庫から水を取りに離れ、オフェリアは背もたれにもたれかかり、掌で目元を覆う。

 

 

(アンナの千里眼に、ルーツの血……。もし汎人類史に帰ったとしても、これは封印指定ものね)

 

 

 片やグランドキャスターが持つ、未来を見通す千里眼。片やこの惑星(ほし)の頂点に君臨する“祖龍”の血液。

 どちらか一つだけでも常人には不釣り合いな代物だというのに、その両方が今、自分に宿っている。

 これではもし仮に汎人類史に帰還したとしても、封印指定は確実だろう。

 

 封印指定―――学問としての習得が不可能であり、後にも先に現れない一代限りの才能。自分の場合は才能ではなく後天的に獲得したものであるため後者ではないが、前者の範囲には入ってしまっている。

 そして、魔術世界でそれを受けた者が辿るのは、脳と神経、そして魔術回路を抜き出されてホルマリン漬けにされるという、人の尊厳を度外視した魔術師らしい末路だ。

 

 『異星の神』の権能とでもいうべき力、そしてキリシュタリア・ヴォーダイムの尽力によって蘇り、切り捨てられた異聞帯を管理するクリプターになるという選択をした裏切り者の自分に、汎人類史に戻れる資格がない事はわかっている。

 それに帰還できたとしても、待っているのは凄惨な最期だ。

 

 

(それなら……もう)

 

 

 脳裏に浮かんだ考えが、憂鬱な現実から逃げる為の都合のいいものだという事は理解している。

 だが―――それでも。そうだとしても。

 

 

「お待たせ、オフェリアちゃん」

「あ……ルーツ。ありがとう……」

「どうしたの? なにか、悩んでたようだけど……。あ、体の事なら全力で対処するよッ!? 完全に変異なんてさせないっ、絶対に人間でいさせるから―――」

「そ、そういうわけじゃ―――あッ!?」

 

 

 慌てて否定しようとした直後、突然頭に鈍器を叩きつけられたような激痛が走る。

 

 

「オフェリアちゃんッ!?」

「ま、また来た……ッ! アンナの、未来視が……ッ!」

 

 

 固く閉じた視界に、こことは別の光景が見える。

 

 どこかの建築物の内部で、全身が黒く染め上げられた者達が跋扈している。そして、出入口と思しき扉までの道を阻む彼らに立ち向かう、褐色の肌を持つ男は―――

 

 

「っ、はぁ……ッ!」

「大丈夫ッ!?」

「えぇ……なんとか……」

「そう……よかった。……なにが視えたの?」

 

 

 問いかけるルーツに、オフェリアは未来視で見た光景を伝える。

 

 

「黒いなにかについては、よくわからない。でも、最後に見えた褐色の男はたぶん、アシュヴァッターマンよ」

「アシュヴァッターマン? という事は、まさかペペもッ!?」

「見えなかったけど、彼がいる以上、恐らくペペも……」

「わかった。ありがとう、オフェリアちゃん」

 

 

 こうしてはいられない―――とテラスへと続く扉を開けるルーツ。

 

 

「行くのね、ルーツ」

「ごめんね、オフェリアちゃん。でも、あの子達になにか起きているのなら、助けに行かなきゃ」

「いいのよ。それが貴女だもの。……いってらっしゃい」

「行ってきます」

 

 

 にこやかな笑みと共に、“祖龍”の翼を生やしたルーツはテラスから飛び立つのだった。

 

 

 

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(もう少しで私の最期、ね。ま、妥当な最期かしら)

 

 

 自分の最期の場所にしては妥当なものだと、ペペロンチーノは内心独り言ちる。

 

 今自分達がいる場所は、ニュー・ダーリントン。

 記録によれば、かつてここは紅い光を伴って現れた巨蟲によって滅ぼされた街らしく、当時の領主もまた領民と共に滅ぼされてしまったらしい。

 

 立香達を襲ったベリルが姿を消す直前に見た魔力の糸を辿って自分達がやってきたのは、今も当時の凄惨な破壊の跡が残っている中で、唯一破壊を免れた教会の地下牢。

 その中の最深部でゴミのように置かれていた魔術アイテムをマシュに破壊してもらう事で立香達を解放し、地下牢からの脱出を目指す。しかしその前に立ち塞がるのは、ベリル・ガットと彼が他所から攫い、モースの毒を投与した憐れな被害者達。

 

 地下牢からの脱出を目指す立香達に『無抵抗な者達を殺させる』という、優しい彼女達の心を徹底的に甚振る卑劣な罠。

 それにいち早く気付いたペペロンチーノは出口に続く通路に差し掛かるや否や、それもまたベリルに仕組まれた罠だと看破し、立香達を階段に押し戻そうとして―――

 

 

「え―――」

 

 

 その背を、別の何者かに押された。

 

 

「ペペロンチーノさん、どうしてッ!?」

「え、待って? なんで私も戻されてるのッ!? 私あそこに残るつもりだったんだけどッ!?」

「はっ、馬鹿。この俺が、お前を残させるわけねぇだろ」

 

 

 自分まで階段に戻された事に驚いていた直後、閉められた扉の奥から自分のサーヴァントの声が聞こえる。

 

 

「なにを……アシュヴァッターマンッ!」

「お前がここで死のうとしてるってのは、ここに行こうと決めた時点で気付いてたぜ」

 

 

 扉の奥から聞こえた言葉に思わず目を見開き、納得する。

 最高の戦士として名高いアシュヴァッターマンからしてみれば、自分のような人間の感情の機微など簡単にわかってしまうのだろう。

 今まで行動に移さなかったのも、きっと自分がいつ立香達の身代わりになるかを見ていたからだ。

 

 だが―――

 

 

「……ごめんなさい、アシュヴァッターマン。でもね、これが今の私の役目で、最後の仕事なの。邪魔はしないでくれるかしら」

「進んでマスターを死なせる馬鹿がどこにいやがる。引っ込んでろ。ここは……俺が出る」

「お願い、アシュヴァッターマン……私の邪魔をしないで」

 

 

 アシュヴァッターマンが引けないように、ペペロンチーノも引けないのだ。

 令呪の一画が消え、『服従せよ』という命令がアシュヴァッターマンの霊基に下される。

 だが次の瞬間には、ペペロンチーノは己の命令が弾かれた感覚を覚えた。

 

 

「レジストした……? 駄目、駄目よアシュヴァッターマンッ! 私の言葉を聞きなさいッ!」

 

 

 二画目が消え、更なる強制力を己のサーヴァントにかける。

 一瞬でも気を抜けば主である彼女の言葉に従いそうなる感覚がアシュヴァッターマンを襲うも……しかし。

 

 

「ふざけんじゃ、ねェッ!」

「な……ッ!?」

 

 

 その縛りさえも捩じ伏せた拳が、ガァンッと耳障りな音を立てて教会内に響き渡った。

 

 

「死にたがるのもいい加減にしやがれッ! なぁ、俺がここに残った意味がわかってんのかッ!?」

「っ、わかってる……わかってるわよッ! でもねアシュヴァッターマン。私は知ってるの。私はここで死ぬんだってッ!」

「え、死ぬ……? ペペロンチーノさん、それはどういう……」

 

 

 背後にいる立香達が息を呑み、マシュが訊ねてくる。

 しかし、彼女に答える余裕は今のペペロンチーノにはない。

 

 

「ここで死ぬ? ハッ、あり得ないな。俺がいる限り、お前は死なねぇよ。死なせるわけがねぇ。……来やがったな」

 

 

 足音が遠退き、炎が燃え盛る音が聞こえる。

 アシュヴァッターマンがチャクラムを構えた音だ。

 

 

「なぁ、マスターッ! こういう時どうすりゃいいか、わかってるよな?」

「それは……」

 

 

 残された最後の令呪に視線を落とす。

 アシュヴァッターマンの言葉は、ペペロンチーノも理解できていた。

 残された手札の正しい使い道を、アシュヴァッターマンは主である自分に伝えているのだと。

 

 

「いい、の……?」

「なに言ってんだよ。俺は、お前のサーヴァントだぜ?」

 

 

 姿は見えなくとも、今の彼がどんな表情をしているのか、簡単にわかってしまう。

 わかってしまうからこそ、ペペロンチーノは痛い程に胸が締め付けられ……そして、決心した。

 

 

「…………わかったわ」

 

 

 唇を噛み締め、扉に掌を押し当てる。彼の背中を押すように。

 ―――自分達の命を、託すように。

 

 

「令呪を以て願う(・ ・)―――」

 

 

 これまで傍にいてくれた漢に、精一杯の感謝を伝えるように。

 

 

「―――私達の運命(みち)を、切り拓いてッッ!!」

 

 

 

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 ―――

 

 それは、彼を象徴するものだった。

 

 死という概念は、生前も死後も、アシュヴァッターマンにとっては身近なもので、遠いものでもあった。

 

 生前ではカルナと共に戦地を駆け抜け、多くの死を見聞きしてきた。

 呪いによって森林を彷徨ってからは、如何なる因果かサーヴァントになった。それから多くの世界で召喚され、知らぬ武器の扱いを覚えながら戦い続けてきた。その時にも、多くの死を見たはずだ。

 

 これまで彼が見てきた、己の死を悟った者達は大抵凪いだ顔をしているものだった。

 もちろん、中にはプライドをかなぐり捨ててまで生き延びようとする者もいたが、生前も死後も戦い続ける己からすれば、それは一般的なものだと思えた。

 

 だが、今回己がマスターと仰いだ存在―――スカンジナビア・ペペロンチーノはどうだ。

 自らの死を悟っても、凪いだ顔はしない。泣き喚きもしない。ただ漫然と、『あぁ、そっか』と、他人事のように考えている。

 

 それが、アシュヴァッターマンにはどうしようもない程に苛立たし気に思えた。

 

 アンナ・ディストローツ。

 カドック・ゼムルプス。

 オフェリア・ファムルソローネ。

 虞美人。

 デイビッド・ゼム・ヴォイド。

 そして―――己の素顔を仮面に秘した、あの男。

 

 ベリル・ガットを除き、彼らと交流する主は心の底から楽しそうな様子だった。

 色々な事を経験しただろう。色々な事を話しただろう。

 思い出だって、きっとあったはずだ。

 

 しかし、自分の死を悟った瞬間、奴はそれら全てを簡単に捨て去った。

 

 それが、アシュヴァッターマンの炎をさらに燃え上がらせる。

 

 だからこそ強硬手段に出た。

 身代わりになろうとした奴に代わり、己がその役目を引き受けた。

 

 己を引き戻そうとするペペロンチーノの命令を真っ向から跳ねのけ、己の意思を徹底的に主張した。

 

 そして、主はそれに答えてくれた。

 

 

『―――私達の運命(みち)を、切り拓いてッッ!!』

 

 

 いい言葉だ。無駄に令呪を二画使ったにしては、最高すぎる言葉だ。

 

 あぁ、だからこそ、己はそれに応えられる。

 応えたいと、心の底から思える。

 

 

「―――応ッッッ!!!」

 

 

 チャクラムを振りかざし、己に殺到するモース人間達を睨む。

 生きながらに死んでいる。まるで、あの呪いを受けた自分のようだ。

 

 だが、彼らと自分とでは、決定的な違いがある。

 

 ―――呪いを受けるに相応しい罪を犯したか、犯していないか。

 

 自分は前者だ。禁忌を破り、夜襲を仕掛け、終いにはまだ生まれてすらいない胎児すら殺そうとした。

 奴らは後者だ。普通に生きているだけだったのに、一人の男の悪意によって、その在り方を捻じ曲げられてしまった。

 

 だからこそ、終わらせる。己の手で、終わらせなければならない。

 

 

「……は? おい、なんでお前だけいるんだよ? ペペは、藤丸は……マシュはどうしたんだよッ!? アァッ!?」

「うるせぇな、黙ってろッ! テメェの事情なんて知ったこっちゃねぇ」

 

 

 モース人間達の奥で困惑と怒りが混ざった表情でいるベリルにそう返し、向かってきたモース人間を薙ぎ払う。

 主を巻き込まぬように加減した威力でも十数人が消し飛び、余波を受けた者達は手足が捩じ切れ、苦悶の叫び声を上げる。

 

 彼らに注ぎ込まれた呪いのトリガーが発動して全身に激痛が走るが、アシュヴァッターマンはそれを鼻息一つで吹き飛ばした。

 

 

「託されて、頼まれちまったんだ。なら、やるしかねぇよなぁ―――ッ!!」

 

 

 無抵抗の相手の殺害。なるほど、確かにカルデアのマスター達であれば良い作戦だろう。善良な彼女らの心を圧し折るには打って付けだ。

 だが、自分には通用しない。元より殺し殺されの血生臭い世界で生きた身で、今もこうして、誰かの命を奪い続ける―――そんな自分にとって、たとえモースの毒を持ち、殺せば致死の呪いをかけてくる人間達など、ただのでくの坊でしかない。

 

 

「オォラァッ!!」

 

 

 雄叫びと共にチャクラムを叩きつければ、噴き出した赤黒い血液が業火によって焼き尽くされる。

 突き出された拳が頭部を粉砕し、風を切る足が首を失った胴体を弾けさせる。

 

 光に誘われるように殺到していくモース人間達を薙ぎ払っていくアシュヴァッターマンの姿にベリルは歯ぎしりし、踵を返そうとする。

 

 だが次の瞬間、彼の目の前に後方から投げ飛ばされたモース人間が落ちてきた。

 

 ぐしゃりと音を立てた後にその身を塵へと変えていくモース人間に舌打ちしたベリルが振り向けば、残り200人程度となったモース人間達の奥でギラギラと輝く、赤い双眸と視線が交わった。

 

 

「逃がさねぇぞォッ!!」

 

 

 目の前に落としたチャクラムの上部を蹴り、火炎の棘を飛ばす。

 それらは眼前のモース人間達を貫き、奥にいるベリルにも襲い掛かる。

 

 

「チッ!」

 

 

 ほぼ本能に身を任せて取り出していたナイフに黒い靄と赤い光を纏わせ、迎撃する。

 なんとか棘は相殺できたものの、凄まじい衝撃を受けた体が吹き飛ばされ、地面に倒れる。

 

 

「ああクソッ! シャレになんねぇなホントッ!」

 

 

 すぐさま態勢を立て直すも、手元のナイフは攻撃を迎え撃った影響で破損してしまっており、再びの舌打ちと共に予備のナイフを取り出そうとしたが、懐に手を伸ばしかけたところでやめた。

 アシュヴァッターマンはモース人間達を殺し続け、恐ろしい速度で自分との距離を縮めてきている。先程の棘などほんの小細工程度の感覚で飛ばしたものだろう。あれの本領はその肉体と、強靭な腕力によって振るわれるチャクラム。それをこのちっぽけなナイフで防げるなどあり得ないし、万が一防ごうとしても体をズタズタに引き裂かれるのがオチだ。

 

 

(……やるか)

 

 

 予定していた展開とは大分異なるが、手段は選んでいられない。

 ナイフの代わりに懐から取り出したものを見て、ベリルは邪悪に笑った。

 

 

 

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「こいつで、最後だッ!」

 

 

 残り十体となったモース人間をチャクラムで引き裂いたアシュヴァッターマン。次はベリルだ、と行動を開始しようとした直後、目の前に巨大な影が出現した。

 

 

「ッ、ぐ……ッ!?」

 

 

 チャクラムを手放し、自由になった両腕を交差して防御態勢を取った瞬間、強力な一撃が繰り出した。

 地面を削って後退したアシュヴァッターマンが防御を解いた先にいたのは、巨大な獣人となったベリルだった。

 

 人間の姿よりも頭二つ分は大きくなったベリルの容姿は、まるで獅子と狼を無理矢理融合させたようなもの。

 

 油断できる相手ではない―――戦士(クシャトリヤ)としての勘に押されて拳を構えるアシュヴァッターマンに、その性根を表すような黒い外皮を持つ獣人となったベリルが「はああぁぁぁ……」と息を吐き出す。

 

 

「本当ならマシュの前でお披露目したかったんだがなぁ……。ま、こうなっちまったもんは仕方ねぇ。テメェの手足を捥いで抵抗できなくしてから、お姫様に会うとするぜ」

「ハッ、やれるんならやってみやがれ。テメェ、今自分が相手にしてんのが誰か、わかってんのかァ?」

 

 

 一度消滅させたチャクラムを手元に再出現させ、後ろ手に構える。

 

 

「テメェの前にいんのは、バラモン最強の戦士(クシャトリヤ)―――アシュヴァッターマンだッ!!」

 

 

 ―――

 

 それは、彼を象徴する言葉。

 

 ―――

 

 それは、彼を動かす炉心。

 

 ―――

 

 それは、己さえも焼き尽くす炎。

 

 ―――

 

 それは、彼自身。

 

 

 ―――猛り、振るえ。

 

 ―――怒れ、戦え。

 

 ―――仮初の魂が燃え尽きる、その時まで。

 

 

『令呪を以て命ずるわ。運命に、怒ってッ!』

 

 

 ―――定められた運命を、捻じ伏せ続けろ。

 

 





・『ペペロンチーノ』
 ……ニュー・ダーリントンで死ぬはずだったが、アシュヴァッターマンの妨害によって失敗。令呪の二画を用いて彼を引き戻そうとしたが、最後には彼に自分達の命を託す事を決め、最後の令呪で彼の背を押した。

・『アシュヴァッターマン』
 ……マスターを死の運命から救うべく、ベリルとの勝負に臨む。

・『ルーツ』
 ……本来なら既に到着している頃合いだが、何者かの力によってニュー・ダーリントン周辺の魔力の変化を偽られ、ペペロンチーノ達がどこにいるのかがわからずにいる。現在ブリテンの空を飛行中。

・『ベリル』
 ……立香達を苦しめる為に用意したモース人間達をアシュヴァッターマンにぶち壊されたため、ボガードの霊核を取り込み変化。素の実力では原作のブラックウルフには劣るものの、凶気と赤い光の力を加算した場合、それを凌駕する。


 次回はアシュヴァッターマンVSベリルですッ! また、ルーツとペペロンチーノの関係に変化が起きますので、ご期待くださいッ!
 それではまた次回ッ!


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守護者となる者

 
 ドーモ=ミナサン。
 クリスマスイベントでシナリオにぶん殴られ、序盤のアナウンスやマーリンのセリフなどで一気に物語の核心に近づいた事に歓喜したseven774です。

 自分のプレイ時にはマーリンのセリフから冬木に残っているオルタの事は色々考察が頭mに浮かびましたが、アナウンスについては見過ごしていたのですが、Xを見て気付きました。終盤までは『ストーリーのクオリティはこれまでのクリスマスイベントと同じぐらいかな』程度に考えていたのですが、終盤に入ってからは『あ、これはきのこでしか書けないわ』となりました。

 また、最近友人をfateの沼に引きずり込み始めました。現在はsnを視聴させ、次にUBWとHF、その後zeroを見せようかと思っています。サムライレムナントも現在ダウンロード版が25%offなので、私のものをお試しプレイさせながら魅力を語りました。
 これを機にfgoプレイヤーがまた一人増えてくれたら嬉しいですねぇ。

 今回は今年最後の更新、アシュヴァッターマンVSベリルです。

 それではどうぞッ!


 

 不思議な感覚だ―――戦いの中、アシュヴァッターマンは頭の片隅でぼんやりと考える。

 

 怒りのままに戦う。それはサーヴァントの枠組みに当てられる前から、自分の象徴ともいえるものだった。

 ペペロンチーノの為に戦う。定められた彼の運命に反逆する。

 ―――それは事実だ。疑いようのない事実そのものだ。

 

 けれども、それとは違うなにかが、自分を動かしている。

 

 自分の怒りでも、主の令呪でもない『なにか』。目に見えない大きな力が、自分の体を突き動かしている。

 

 普通なら気味が悪く思うだろう。けれどなぜか、その大きな力には不吉なものを感じず、この体もまた、それに従っている。

 

 これはまるで、世界そのものに動かされているような―――。

 

 

「オォッ!」

「ハァッ!」

 

 

 拳と拳がぶつかり合い、衝撃波を発生させる。

 アシュヴァッターマンの炎と、ベリルの悍ましい靄。それが互いを喰らい合うように拮抗し、やがて反発したように両者を弾き飛ばした。

 

 

「チッ!」

「邪魔するな―――よッ!」

 

 

 開いた掌から放たれた光線が、一直線にアシュヴァッターマンへと向かう。

 避けるのは容易いが、そうしてしまえば背後にいるペペロンチーノ達に光線が行くと判断したアシュヴァッターマンは、チャクラムを振るって光線を弾いた。

 弾かれて霧散していく光線の残滓の奥から迫る影にアシュヴァッターマンが防御しようとするが、それより早く動いたベリルのサマーソルトが彼の顎を捉えた。

 

 

「ガ……ッ!」

 

 

 強力な攻撃に脳を揺さぶられ隙を晒した体に、至近距離から無数の魔力弾を叩き込まれる。

 吹き飛ばされたところにベリルがさらに追撃を加えようと走り出すが、アシュヴァッターマンは咄嗟に両足で円を描くように足払いを行って牽制し、勢いに身を委ねて態勢を立て直した。

 

 

「やるじゃねぇか……その力、どっから引き出しやがった」

「利害の一致ってやつさ。お陰で、お前みたいなサーヴァントともまともにやり合える」

 

 

 軽く拳を握って力を込めれば、ベリルの体から赤黒い魔力の靄が立ち昇る。

 その力にアシュヴァッターマンが不吉な気配を覚えていると、「無駄話はよそう」とベリルが言う。

 

 

「お前にかける時間はないんだ。俺は早くマシュに会いに行きたいんだよ。大人しく引っ込んでろ」

「ハッ、馬鹿が。俺が『はいそうですか』と言うとでも思ってんのか?」

「ククッ……そんなわけねぇだろッ!」

 

 

 靄の勢いを増して突っ込んでくるベリルを、アシュヴァッターマンはチャクラムを消して迎え撃つ。

 チャクラムという武器を消滅させた事で自由になった両腕の内、右腕で突き出された拳を受け流し、左手を胸倉を掴む。

 そのままベリルの勢いを殺さぬまま、彼を勢い良く投げ飛ばした。

 

 自分の勢いをそのまま利用された影響で背中を地面に叩きつけられ、肺から酸素を吐き出して喘ぐベリルに馬乗りになり拳で顔面を殴りつける。

 

 火炎を纏った拳による殴打がベリルの頬を絶えず捉えるが、彼もまた全身から靄を放出してアシュヴァッターマンを吹き飛ばし、立ち上がると同時に両手から魔力弾を発射。

 しかしアシュヴァッターマンも徒手空拳で魔力弾を弾き、最後の一発を握り潰した瞬間に走り出す。

 

 

「オラァッ!」

「シャァッ!」

 

 

 アシュヴァッターマンの足とベリルの拳が激突し、間髪入れずに繰り出された攻撃が両者を押し切ろうとし始める。

 

 振り抜かれた拳がアシュヴァッターマンの頬を切り、下から飛んできた足蹴りがベリルの皮を削り取る。至近距離から光線を撃とうとしていた右手を発射寸前で逸らし、その隙に胸に拳を叩き込む。吐き出された息を無理矢理吸い込んだベリルが靄を纏った左足を振るえば、アシュヴァッターマンは片腕で防御の構えを取って受け止められるも、ベリルは攻撃を受け止められた反動を利用して距離を取る。

 開いた距離を縮めようとアシュヴァッターマンが両足のバネを使って動こうとするが、ベリルは迎え撃つという手段は取らず、代わりに左へ跳躍。

 残像すら残さぬ勢いで動いたベリルは、その獅子に近い外見には似合わぬ狼が如き動きで教会内を跳び回り始める。

 

 

「ちょこまかと―――グォッ!?」

「ほらほらどうしたァッ! 英霊サマってのはこんなもんかァッ!?」

 

 

 素早い身のこなしで自分を掴もうとするアシュヴァッターマンの腕を潜り抜けて一閃。鋭い爪が生え揃い、靄による強化を受けた一撃はアシュヴァッターマンの体に深い切り傷を与え、血が噴き出す。

 アシュヴァッターマンも出現させたチャクラムを構えて迎撃するが、加速して威力を上げたベリルの攻撃はチャクラム越しにも彼にダメージを与え、後退させていく。

 

 

「グ、ぁ……ッ!」

 

 

 そして遂に、ベリルの右足がアシュヴァッターマンの鳩尾に突き刺さり、チャクラムを取り落としたアシュヴァッターマンが苦悶の声を上げて崩れ落ちた。

 

 

(獲った―――ッ! これで終いだッ!!)

 

 

 明確な隙。恐ろしいチャクラムも手元から離れており、反撃のリーチも心配する必要はない。仮に反撃してきたとしても、それより早く動ける自分ならば潜り抜けられる。

 

 これまでよりも力を込めての疾走。勝利の確信と共に相手の頭部を粉砕すべくベリルが拳を振り抜くが―――

 

 

「―――ッ!!」

「なッ―――ァアアアアアアァァアァッ!!!?」

 

 

 バキッ、と嫌な音が響き渡り、勝利の笑みを浮かべていたベリルの顔が苦痛に歪んだ。

 

 

「テメェの動き―――覚えたぜッ!」

 

 

 自分の顔面に拳が届く直前に左手で受け止め、一秒の間も開けずに右手で腕の骨を圧し折ったアシュヴァッターマンが立ち上がり、ヘッドバッド。鼻がへしゃげたベリルがくぐもった呻き声を漏らしている間に立ち上がったアシュヴァッターマンが、お返しとばかりに拳を鳩尾へ叩き込んだ。

 

 殴り飛ばされたベリルが頭を振りながら立ち上がったが、顔を上げた彼の前には、チャクラムを振り上げたアシュヴァッターマンの姿があった。

 

 脳天に叩きつけられたチャクラムにベリルの頭が真っ白になり、その隙を突いて繰り出されたチャクラムの追撃で弾き飛ばされた。そして一気に距離を縮めたアシュヴァッターマンが拳を振るうが、ベリルは間一髪で回避。すれ違いざまにアシュヴァッターマンを攻撃しようとするが、彼はベリルの攻撃を受け止め、投げ飛ばした。

 

 

「チィッ、この―――ッ!」

「ハッ、当たるかよッ!」

 

 

 地面を抉り取って走り出したベリルが靄を纏った両拳で殴り掛かろうとするも、アシュヴァッターマンは彼の攻撃全てを回避してカウンターを叩き込んだのだった。

 

 

 

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「す、凄い……。あの人、完全に動きを見切ってる……」

 

 

 炎と靄が何度もぶつかり合い、その度に衝撃波を起こす両者の戦いに、扉の影から覗いていたアルトリアが呆然と見つめている。

 

 

「やっぱり凄いなぁ、アシュヴァッターマン……」

「カルデアにもアシュヴァッターマンさんは召喚されていますが……。なんでしょうか、今の彼にはカルデア側(こちら)の彼にはないようななにかを感じます……」

 

 

 アルトリアの上から覗く形で戦いを見ていた立香も、自分が召喚した彼ではなくとも、アシュヴァッターマンの強さを改めて再認識し、マシュもまた目の前で戦う彼の勇ましさに息を呑んでいた。

 三人とも、戦況が大きく彼に傾いたと確信しており、口元には小さく笑みが浮かんでいる。

 

 

(なにかしら……この感覚)

 

 

 しかし、彼女らと同様に僅かに開けた扉の隙間からアシュヴァッターマンとベリルの戦闘を観察していたペペロンチーノだけは、己の内に渦巻く不安感に眉を顰めていた。

 

 いったいどこでそんな力を身に着けたのか、ベリルは最強の戦士として名高いアシュヴァッターマンと互角に渡り合っている。だが、生前も含め、多くの戦いの経験値を積んだ事もあってか、僅かにだが戦況はアシュヴァッターマンの方に傾いている。

 このまま押し切れれば勝てる―――そう思った矢先に、ペペロンチーノの胸に言い知れぬ不安感が芽生えたのだ。

 

 

「アシュヴァッターマンさん、このまま勝てるでしょうか……」

「勝てるわよ。だけどそうね……。託した手前、こう言うのは憚れるけど……少し難しくなりそうね」

「それはどういう……」

「わからないわ。けど、なにか嫌な予感がするのよね」

 

 

 自分の下から顔を覗かせている立香の疑問に答えながら瞳を細める。

 

 このままいけば間違いなくアシュヴァッターマンは勝利する。だがベリルの戦い方を見るに、まだなにか隠しているような予感がする。

 狡猾な性格の彼の事だ。恐らく、この状況を打破するに足る手札を隠しているに違いない。最悪の場合、アシュヴァッターマンどころか、自分達さえも死ぬ可能性がある程の。

 

 そして、こういう時に感じる不吉な予感は、大抵現実になる。

 

 

「……立香ちゃん。ちょっと手伝ってくれる?」

 

 

 

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 光線を撃つべく開かれた掌を弾き、握り拳を作る。

 

 

「ドォオリャアッ!!」

「ぐぉ……ッ!?」

 

 

 腰溜めに構えた拳が鳩尾に突き刺さり、胃液が混じった唾液を吐き出したベリル。しかし、彼もただ殴られるだけではなく、追撃に振るわれた拳を受け止めて右足でアシュヴァッターマンを蹴り飛ばした。

 空中で態勢を立て直そうとするアシュヴァッターマン目掛け光線を放ち、さらに距離を開かせる。

 

 

「テメェ……ッ!」

 

 

 アシュヴァッターマンの猛攻に耐えかねたのか、跳躍して彼から距離を取ったベリルが拳を掲げる。

 なにをするのかと身構えるアシュヴァッターマンに、突き上げられた拳にどす黒い血のような光を宿したベリルがニタリと笑う。

 

 

「猟奇固有結界・レッド―――」

 

 

 己という魔術師が修める技の中でも最上位にして奥の手を使おうとした、その瞬間だった。

 

 

「―――破ッ!」

 

 

 扉を蹴り破って飛び出してきたペペロンチーノが掌から飛ばした魔術がベリルの行動を阻害し、彼の拳に宿っていた光が霧散する。

 

 

「は、ペペッ!?」

「立香ちゃんお願いッ!」

「ガンドッ!」

 

 

 不意を突くように繰り出された魔術で奥の手を封じられたベリルに、次いでペペロンチーノに追随する形で出てきた立香が指先から放った呪いの弾丸が、その胸元に着弾した。

 

 

「な、なんだとぉ……ッ!?」

「決めて、アシュヴァッターマンッ!」

「応ッ!」

 

 

 全身が痺れたように動けなくなったベリルに、主からの指示を受けたアシュヴァッターマンが接近し、アッパーカットを繰り出す。

 身動きが取れないために的確に顎に直撃した拳は、自身よりも大きなベリルの体を高く打ち上げ、次いでアシュヴァッターマンはチャクラムを構えて跳躍。

 チャクラムによる追撃でベリルを床に叩きつけ、そのまま回転させる。

 

 

「ぐぉあぁああッ!!?」

「受けやがれ、これが俺のォ―――全力だァアッ!!!」

 

 

 ギャリギャリギャリッッ、と硬質な体表が削り取られる痛みに絶叫するベリルを、チャクラムごと蹴り飛ばす。

 

 

「疾走するがいい―――転輪よ、憤炎を巻き起こせ(スダルシャンチャクラ・ヤムラージ)ッ!!」

 

 

 今の自分が引き出せる最大火力。己を構成する魔力を注ぎ込まれて膨れ上がった炎は、宝具の名を叫んだアシュヴァッターマンが繰り出した拳によって大爆発を起こした。

 

 

(冗談じゃねぇ……こんなところでェエエエッッ!!)

 

 

 声を上げる喉は焼かれ、ただ燃え盛る火炎に悶えるしかできないベリルは、心中でそう叫びながら姿を消すのだった―――。

 

 

 

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 アシュヴァッターマンの宝具の余波によって倒壊した教会。

 崩落に巻き込まれない内に立香達を連れて脱出したペペロンチーノは、遠くに己のサーヴァントの姿を見た。

 

 

「よぉ、マスター」

「アシュヴァッターマン……」

 

 

 瓦礫に背を預けたサーヴァントは、自らを見下ろすマスターを見て笑う。

 

 

「そんな(ツラ)すんなよ。見せ場を奪っちまったのはすまねぇが、マスター(おまえ)を死なせるわけにはいかねぇからな」

「……いいの。だって、貴方はそういう人だもの」

 

 

 どこかで予感していた。

 自分一人であれば、こうはならなかった。誰にも邪魔されず、邪魔させず、この命を使い果たせただろう。その現実も、きっとどこかの世界ではあったはずだ。

 しかし、ここに立つ自分は違った。

 

 自分には、彼がいた。アシュヴァッターマンがいた。

 

 彼は言った。

 マスターを死なせるサーヴァントがどこにいるのだと。

 

 故に彼は奪った。マスターの終着点を。

 故に彼は戦った。マスターの命を護る為に。

 

 彼こそ英雄。彼こそ英霊。

 勇ましき最強の戦士(クシャトリヤ)―――アシュヴァッターマン。

 

 

「ありがとう、アシュヴァッターマン。インドで私の召喚に応えてくれて……私達を護ってくれて……」

「……ハッ、そんなぐしゃぐしゃな顔で言われちゃあ、敵わねぇな」

 

 

 こいつの為なら、また呪いによって3000年、森林を彷徨っても構わない。

 胸がすくような清々しい表情で、アシュヴァッターマンは主を見上げる。

 

 

「じゃあな、ペペロンチーノ。お前は、最高のマスターだったぜ」

「さようなら、アシュヴァッターマン。貴方は私の―――最高の相棒よ」

 

 

 サムズアップし、太陽のように笑った漢は、その身を光へと変えて消えていった。

 なにも言わず、かつて相棒を構成していた光の粒子が空に立ち上っていくのを見つめるペペロンチーノは、最後の一粒が世界に溶け込むように消えるのを見届けると、瞼を閉じて「はぁ」と息を吐いた。

 

 

「あの……ペペロンチーノさん」

「…………あぁ、マシュちゃん」

 

 

 背後から声をかけられて振り向く。

 

 

「助けていただき、ありがとうございます。貴女やアシュヴァッターマンさんがいらっしゃらなければ、今頃私達は……」

「いいのよ。これが今やるべき事だって思っただけだもの」

 

 

 自分達を護って退去したアシュヴァッターマンに感謝の言葉を告げてきたマシュに手を振って返す。

 

 

「さ、早く行きなさい。……あぁ待ってッ! これだけは聞いて」

 

 

 頷いて踵を返そうとした立香達を、ペペロンチーノは慌てて止める。

 

 

「この世界での本当の敵は、モルガンじゃない。アナタ達の本当の敵は、“終わらせよう”としている誰か。ベリルもきっと、その『誰か』と組んでたはずよ。決して忘れないで、肝に銘じておきなさい。最後の最後まで、油断しないでね?」

「私達の、本当の敵……ありがとう、ペペロンチーノさんッ! さぁ、マシュ、アルトリア、行こうッ!」

「……はい。ありがとうございました、ペペロンチーノさんッ!」

 

 

 踵を返し、立香達が歩き出す。

 その背が小さくなるまで静かに見送っていると、唐突に目の前に翼を広げた女性が降り立った。

 

 

「ペペッ!」

「きゃっ、ビックリッ! もう、脅かさないでよアンナ……」

「いったいなにがあったの? さっき立香ちゃん達が見えたけど……。それに、この教会……」

「……そうね。貴女には話した方がいいわね」

 

 

 背後にある教会の残骸を訝し気に見つめているアンナに、ペペロンチーノは話し始める。

 不可思議な魔術品を使ったベリルによって囚われた立香達の事。

 彼女達を救い出した自分達を襲った、ベリルによる卑劣な作戦の事。

 呪いを帯びた憐れな者達を引き受けようとした自分に代わって、アシュヴァッターマンが彼らを倒してくれた事。

 自らの失敗を悟ったベリルが逃げた事。

 呪いによって霊基が崩れたアシュヴァッターマンと最後の会話をし、見送った事。

 

 彼女から話を聞き終えたアンナは「……そっか」と小さく呟き、目元を伏せた。

 

 

「彼は、護ってくれたんだね。君達を……」

 

 

 ペペロンチーノを通り過ぎたアンナは、その場に両膝をついて手を組み合わせ、瞼を閉じた。

 

 既に死した存在。仮初の肉体を与えられた、本体(オリジナル)には程遠い劣化コピー。しかし、確かに彼はそこにいたのだと強く心に刻みつけるかのように黙祷を捧げる彼女の姿は、崩壊した教会も相俟って幻想的であり、美しい。

 

 ―――しかし、だからこそ。

 

 

「アンナ」

 

 

 黙祷を終えた彼女の背に声をかける。

 

 

「私、最初は諦めてたの。『あぁ、ここで私は終わるのね』って。だけど、彼に助けてもらって、その最期は来なかった。……でもきっと、“本当の最期”はいつか必ずやってくる。その時がいつなのかはまだわからないけど……これだけは確実に言えるわ」

 

 

 振り向き、じっと自分を見つめている彼女に、ペペロンチーノは告げる。

 

 

「アンナ。私はいずれ、貴女と敵対するわ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)。どんな手段を使ってでも、貴女の目的を潰す。それが、これからの私の目標よ」

 

 

 宣言するペペロンチーノに、アンナは驚愕したように目を見開いた。

 しかし、彼女はすぐに表情を変え、小さく微笑んだ。

 

 

「随分と、ダイレクトな宣言をするのね」

「これは私なりのやり方。貴女には不意打ちより、真正面から言った方がいいと思ったから」

「へぇ。それなら―――ここで殺されても文句は言えないわね」

「―――ッッ!! か、ハ……ッ!?」

 

 

 アンナが瞳を細めた瞬間、胸を貫かれたような感覚がペペロンチーノを襲った。

 

 だがしかし、思わず自分の胸に手を当ててみるも、そこには何の異変も起きていない。

 

 

「これでも、私と敵対するつもりかしら」

 

 

 荒い息に肩を激しく上下させ、額からは脂汗が滝のように流れる。

 足がまともに機能せずに、無様にその地に崩れ落ちる。

 

 

(こ、これが……“祖龍”の力の片鱗……。凄まじいわね……っ)

「答えなさい、妙漣寺鴉郎。これでも、この私と戦う?」

「……っ」

 

 

 間違いなく、殺されていた。

 これまでの自分との関係。自分達の間で育まれた絆。その全てを、この一瞬で消し去ってしまえる程の殺気。

 

 ただの殺気ならば、ペペロンチーノには効かない。しかし、アンナの放つそれは並みのものではなかった。

 

 ―――敵対する相手には容赦しない。一切の躊躇なく、殺し尽くす。

 自然界の頂点に君臨する者だからこそ、その摂理から外れない。

 己の為であるならば、あらゆる敵を粉砕し、突き進むのみ。

 

 しかし、それでも―――

 

 

「……えぇ、戦うわ。これが、託された私の役目だもの」

 

 

 その男は、立ち上がった。震える足を奮い立たせて、今にも崩れ落ちそうになりながらも、己の足で大地に立った。

 

 

「そう。それなら……」

 

 

 ゆっくりと近づいてきたアンナに身構えるペペロンチーノだが、彼女が手を差し伸ばしてきたのを見て目を丸くする。

 

 

「その時が来るまで、仲良くしましょう? 貴女はとても素晴らしい人間だわ。いつか敵対するとわかっていても、ここで始末するのは惜しいと思えるくらい」

「……ここで、貴女に反撃するかもしれないのに?」

「なら、それより早く殺すだけよ。私はアルテミット・ワン。この惑星(ほし)において、私は最強なのだから」

 

 

 ただ聞くだけならば傲慢な言葉だが、彼女のそれは自分の実力を確信しているからこその自信の表れ。

 

 しかし、ペペロンチーノの心はそれでも折れない。

 

 

「……貴女って凄い人ね」

「龍だよ、私は。本当に凄いのは、君みたいな人間。だから私は、シュレイド異聞帯をこの惑星(ほし)に定着させるの」

「だったら、それを止めてみせるわ。たとえそれが、人類を救うものであったとしても(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)。だから―――」

 

 

 ―――その助けは、いらないわ。

 

 差し出された手を取らず、ペペロンチーノは歩き出す。

 その様子に呆気に取られたものの、彼女は口角を上げ、笑った。

 

 

「素敵ね、妙漣寺君。やはり人間とは、こういうものでなければ」

 

 

 でも、私にも譲れないものはあるのだ―――心で呟き、“祖龍”もまた歩き出した。

 

 





・『アシュヴァッターマン』
 ……令呪や自分の意志とは違う、別のなにかに突き動かされるようにベリルと交戦するも、宝具を使用して消滅した。しかし、彼の尽力によってペペロンチーノは新たな未来を歩む事になる。

・『マシュ』
 ……あまり描写できなかったのでここで補足。ベリルがボガードに似た姿に変化した為驚愕している。同時に、彼がボガードに対してなにかをしたと気付き、静かに怒りの炎を燃やしていた。

・『ベリル』
 ……ボガードの霊核を取り込んで変身し、アシュヴァッターマンと交戦。追い込まれた際に奥の手を使おうとしたがペペロンチーノ達に妨害され、アシュヴァッターマンの宝具を受けた。

・『ペペロンチーノ』
 ……アシュヴァッターマンに救われ、本来ならそこで終わるはずだった運命が続いてしまったが、命を救われたからこそアンナとの決別を決意する。しかし、ブリテンの崩壊を阻止しない限りは彼女との戦いもなにもないので、それが解決するまでは協力するつもり。

・『ルーツ(アンナ)』
 ……ペペロンチーノと敵対するのは正直辛い。が、その時が来たのなら如何なる手段を用いてでも容赦なく殺す。それが、アシュヴァッターマンに与えられるはずのない未来を与えられた彼女に払える、最大限の敬意なのだから。


 今年の投稿はこれで最後です。皆さん、よいお年をお迎えくださいッ!

 それではまた次回ッ!


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叛逆の証明

 
 ドーモ=ミナサン。
 明けましておめでとうございますッ! seven774ですッ!

 新年早々、セール中だったのでswitch版の『fate/extella』と『fate/extella link』、そして『FINAL FANTSY X/X-2 HD Remaster』を買いました。
 fateシリーズはvita版を持っているのですが、そのvitaが壊れてしまったのでswitch版として買い直し、FFは泣ける神作と言われていたので購入しました。
 FFはプレイするのが今回が初めてなので、どんなストーリーか楽しみですッ!
 もし読者様の中でFF通の方がいらっしゃったら、他にどのような作品がおすすめか教えていただければ幸いですッ!
 
 今回は長すぎたため二話に分けました。

 それでは新年一発目、どうぞッ!



 

 アシュヴァッターマンの活躍によりベリルの卑劣な罠から逃れる事に成功した立香達は、ペペロンチーノに見送られてニュー・ダーリントンを去った後、馬車を最新型に換えたレッドラ・ビットに乗った。流石最新型、そして“風”の氏族というべきか、別行動となっていたパーシヴァルやオベロン達のいるオックスフォード近くの陣まで半日で到着する事が出来た。

 

 到着早々、パーシヴァルは別行動中の自分達の事を話し始める。

 

 立香達がオークニーに向かっている間に、パーシヴァル達はウッドワスが領主を務めるオックスフォードへと侵攻し、開門を求めたのである。

 

 もちろん、ウッドワスが頷くわけもなく、今すぐにでも戦争が始まりそうだった。

 しかし無駄な血を流したくないパーシヴァルは何度も彼との話し合いの席を設け、なんとか戦を避けようとした。ウッドワスは当然その申し出を蹴るも、パーシヴァルは諦めずに会話による解決を図り続けた。

 

 そして、遂にウッドワスが話し合いを拒絶していよいよ戦闘に移ってしまうかと思った直後、状況は大きく変わった。

 オークニーの『巡礼の鐘』が鳴らされ、オックスフォードの住人達の不満が爆発したのである。

 

 オックスフォードにはウッドワスが率いる“牙”の氏族だけでなく、それ以外の氏族も存在する。彼らがいつまで経ってもうだつの上がらない“牙”の氏族への憤慨を爆発させた影響により、最早戦争や話し合いなどの余裕などなくなってしまったのだ。

 結果として、オックスフォードは降伏。住人達による暴動に対処していては、それに乗じて乗り込んでくるであろう円卓軍に対処しきれないと判断したウッドワスは、即座に武力行使に出なかった自分に怒りを抱きながら開門、円卓軍を受け入れたのだった。

 

 その後、パーシヴァルとの話し合いにより、オックスフォードの兵士達は武器を取り上げられ、また円卓軍への武力行使も禁止された。ウッドワスも彼らを入れてしまった以上、従う他なかった。

 残る住人達の暴動も円卓軍の協力によって収まり、円卓軍は住人達の中から『我こそは』と思う、“牙”の氏族以外の妖精や人間達を取り込んだ。

 

 そして、残された“牙”の氏族はグロスター領主ムリアンの『“牙”の氏族の安全を保障するのなら、グロスターは反乱軍側につく』というありがたい提案によってグロスターへ連行される事が決定した。この提案は、キャメロットを除くオックスフォード以外の地にも点在する“牙”の氏族達も例外なく、だ。

 

 

「兵士達の手前、投降した“牙”の氏族達には手枷をつけさせていただきましたが、グロスターに到着次第、手枷は外し、捕虜から自由の身になります。ムリアン殿は彼らを傭兵として雇用し、軍を持たないグロスターの警備隊にする、との事です」

「ちょっと不安だけど、反女王勢力が増えた……でいいのかな」

 

 

 パーシヴァルの言葉に、立香はもやもやとした不安感に顔を曇らせるも、そんな彼女の不安を和らげるようにダ・ヴィンチが声をかけた。

 

 

「大丈夫だよ。たとえ今日まで女王側の兵士でも、こうなってしまえば下手に反抗できないはずだ。それに、こういうのはあれだけど……あそこにはアンナ達がいる。彼らが暴れたら彼女達が抑えにかかるはずだ。少なくとも、ムリアンに危害が及ぶ事はないと思うよ」

「……だといいんだけど」

「そうだよ、立香。不安に心を囚われてはいけないよ。一挙両得だと思えばいい。僕らは厄介払いが出来て、ムリアンを仲間に出来た。そもそも鐘を鳴らしている以上、グロスターは半分こっち側だったからね。これで立ち位置が決まって、スッキリしただろ?」

「それはそうだけど……。じゃあ、“牙”の氏族はグロスターに連行されたの?」

「いや、連行は今日だ。ウッドワスが激しく抵抗してね。部下達はこっち側だったんだが、彼だけが拒み続けていたんだ」

 

 

 ウッドワスは女王モルガンへの忠誠心が凄まじい。

 先代であるライネックの時代から彼女に仕えていた事や、ロンディニウム戦での失態も合わさり、ここで連行されては最早彼女へ見せる顔がないと思ったのだろう。

 だがここまで来ると、最早憐れにも見えてしまう。

 

 

「ホント、諦めが悪いよ。大人しくとグロスターに連行されてくれれば―――」

「パーシヴァル様ッ! 大変ですッ!」

 

 

 うんざりといった表情を浮かべたオベロンの言葉が、何者か遮られる。

 一体何事かと思った立香達の前に、円卓軍の兵士が血相を変えて飛び込んできた。

 

 

「どうした、なにがあったッ!」

 

 

 彼の並々ならぬ様子に、すぐに表情を引き締めたパーシヴァルが問いかける。

 ここまで全速力で走ってきたのだろうか。息も絶え絶えの彼は肩を激しく上下させながら報告を上げ、パーシヴァル達を驚愕させた。

 

 それは、ウッドワスが逃亡したという報告だった―――。

 

 

 

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 ウッドワスがオックスフォードから逃亡してから数十分後、ロンディニウム上空にて。

 

 地上にいる者からは誰一人発見できない程の高度で滞空していたメリュジーヌは、自分の今後について考えていた。

 

 彼女がロンディニウムにいる理由。それはただ、自分の事を見つめ直す為ではない。

 これは、オーロラからの命令。自分が抱える騎士や兵士達にさもそうであるかのように時間をかけて話していたものであるが、簡潔にまとめると、『ロンディニウムに潜む者達に妖精國を滅ぼす悪意があるので、滅ぼしてほしい』というものだった。

 

 ロンディニウム―――いや、円卓軍を率いるパーシヴァルや、彼が協力する『予言の子』や藤丸立香らカルデアの者達の最終目標は、恐らくモルガンの討伐。確かに現女王のモルガンが死亡した場合、この國は変わるだろうが、彼らにこの國を滅ぼす気がないのは、短い付き合いながらもメリュジーヌはなんとなくだが理解できていた。

 

 彼彼女らにそんな事は出来ないし、するつもりもない―――そう思っていたからこそ、そしてオーロラという妖精がどんな存在なのかを知っていたからこそ、メリュジーヌは今、あと少しで戦場へと変わるロンディニウムの真上で自分について考えていた。

 

 

(私は、オーロラの命令に従うべきなのかな……。それとも……)

 

 

 自分には、二つの顔がある。

 

 一つは、この妖精國において唯一の、この世界においてたった一人の竜の妖精(メリュジーヌ)

 もう一つは、偉大なる“祖龍”ミラルーツより創られし“境界竜”(アルビオン)

 

 後者は厳密にはその末裔。大元のアルビオンが死の間際に切り離した細胞の一片が変質したのが、自分だ。

 だから、自分は本物のアルビオンではない。本体の死から運よく逃れ、そしてオーロラという一人の妖精によって肉体を得た存在でしかない。

 

 メリュジーヌとして活動する以上、自分はオーロラに従うべきなのだろう。それが、命を救われ、そして彼女の美しさに魅了された自分が出来る恩返しなのだから。

 

 けれど―――

 

 

『私達はね、確かにあの骨を護った。でも、それ以上に護りたいものがあった。それは貴女よ、アルビオン』

『……っ。でも、僕は……』

『わかってる。でも、貴女はあの子よ。たとえ、それが細胞程度の規模であったとしても、貴女は貴女。欠片であろうとも、貴女はこの歴史の“私”の娘だから』

『……アンナ……』

『ルーツでもいいって……いや、うん、そうだよね。私は“私”じゃない。この歴史の貴女(アルビオン)母龍(ははおや)じゃない』

 

『―――でもね、アルビオン』

 

『それでも私は、貴女を護りたい。この世界の“私”が護り抜いた命である、貴女を』

『……ッ!!』

『だから、自分は違うって卑下しないで。貴女はアルビオン。“私”の遺した、大切な愛おしい子どもの一体(ひとり)。バルカン、貴方もそうでしょう?』

『あァ、俺も同じ事思ってンぜ。アルビオン、手前(テメェ)が細胞程度だからってなんだってんだ。テメェはテメェ。それでいいんだ』

 

 

 汎人類史からやって来た“祖龍”と、彼女が召喚した“紅龍”。

 二人は自分達の世界の自分でなくとも、自分が大元から切り離された細胞であるとわかっていても、自分を『家族』と言ってくれた。

 そして“紅龍”は、細胞だからなんだとも言ってくれた。

 

 

(私は、私。……カリア)

 

 

 次に脳裏に浮かべるは、バーヴァン・シーのお目付け役の顔。

 彼女ならばこういう時にどうするのだろうか。サーヴァントである彼女は、生前も含め、きっと自分よりも多くの事を見聞きしてきたのだろう。少なくとも、境界を司る能力故、あまり地上に出られなかったアルビオンの竜であった頃の自分よりは豊富な経験を持っているだろう。

 そんな彼女ならばどうするか、そこまで考えた直後、以前の会話が思い起こされる。

 

 

『だが、君が努力するというのなら、それでいいだろう。努力に悪い事など一つもないのだからね』

『気にならないの? 僕をその気にさせた出来事とか』

『気になるとも。君をその気にさせる程のものなのだから。だが、聞かないでおこう。君は君の思うがまま行動すればいい。……悔いの残らぬように』

 

 

 悔いの残らぬように―――その言葉が、頭の中で何度も反芻する。

 

 提示された選択肢。自分の未来を変える分かれ道。

 きっとどれを選んでも、悔いは残る。悔いの残らない選択肢など存在しないのだから。けど、もし……もし本当の意味で『悔いの残らない選択肢』を選べた時は、きっと自分は大きく変われるはずだ。

 

 けれど、メリュジーヌ(アルビオン)にはそれがわからない。

 悔いの残らない選択肢など、彼女にはわからなかった。

 

 ―――昔、同じようなものを考えた事があった。

 

 命の分かれ道。

 片方を行けば己の命が保証される確率は大きく、もう片方を行けば命の保証は出来ずとも、護りたい命を護れたかもしれなかった。

 

 しかし、彼女は選べなかった。選び取るべきだった選択肢を、取れなかった。

 そして、流されるままに時は進んで、提示された選択肢の中で、最も安全なものを選んで―――

 

 

 ―――愛した母龍(かのじょ)は、白き滅びの前に敗れ去ったのだ。

 

 

 それからというもの、自分は怖くなった。

 自らの前に提示された道。自分の存在(いのち)を懸けられる選択肢を、取れなくなった。

 

 それは奇跡にも等しい偶然で与えられたこの姿(カタチ)を持った今でも変わっていない。

 

 ―――怖い。恐ろしい。考えたくない。

 彼女に反抗するのが恐ろしい。反抗したが最後、自分はこの姿を失う。下手をすれば、命さえ消えてしまうかもしれない。

 

 最強の存在(ミラルーツ)より産まれたというのに、弟という存在(ディスフィロア)もいるというのに。

 

 

(僕は……私、は……)

 

 

 答えがわからない。無明の闇で、ありもしない光を探しているような気分。

 

 そして―――気付けば地上では、火の手が上り始めていた。

 

 

「殺せ殺せッ! 尊き御方の慈悲を無駄にした奴らだッ!」

「女子供も殺せッ! パーシヴァルがいない間に殺し尽くせッ!」

「馬鹿な奴らだ。同じ人間だからと仲間に入れるからこうなるんだ。まっ、お陰でこんな簡単に殺せるけどなッ!」

 

 

 ハハハハハハ―――と、狂った笑い声を上げる騎士達。彼らが殺しているのは、かつて共に戦っていたはずの円卓軍の者達。

 妖精も、男も、女も、子どもも……一つの例外もなく、彼らは殺し続けている。

 

 彼らに悪気などない。だが、だからこそ恐ろしく悍ましい。

 

 彼らが心酔するのはオーロラ。彼女の為ならば、彼らは喜んであらゆる邪道に手を染める。それで彼女が喜んでくれるのだから。

 

 だが、それは実現しない。彼らにこのロンディニウムを滅ぼせと告げたオーロラは、もういない。

 彼女は自分が彼らになにを願ったのかを記憶していない。たとえ今聞いたとしても『そんな事を頼んだ覚えはない』とでも返されるだろう。

 

 しかし、彼らはそれを知らない。知らないならこそ心酔する。自分達が仕える相手がどんなに害悪なものかも知らずに……。

 

 

(でも、仮に知ったとしても、彼女からは逃れられない……。彼らも、私も……)

 

 

 それが、オーロラの恐ろしいところだ。

 己が愛される事を使命としているからこそ、他人から愛されてしまう。そして、その他人もまた、オーロラを操る『使命』という糸に翻弄される。

 

 彼女の言葉に頷き、この場に来てしまった自分がその最たる証拠だ。

 結局、自分もまた彼女に従って、これから彼らと共に―――

 

 

「あぁ……あぁああああああああッッッ!!!」

 

 

 その時、地上から悲しみと怒りが混ざった雄叫びが聞こえた。

 

 

(……あれは)

「許さない……許さないッ! 臆病者共めッ! パーシヴァル達がいない間に殺す? ふざけるなッ! お前達なんか、騎士じゃないッ!」

 

 

 これまで多くの傷を受けて、その度に相手を倒してきたのだろう。煤にまみれた甲冑に、傷を負った体。欠けた槍の穂先を敵に向けた少女が、自分を殺そうとかかってくる者達に果敢に立ち向かっていた。

 

 ロンディニウムに残っていた彼女の反撃に気づいたのだろう。騎士や兵士達が排除しにかかるが、その少女は数十人もの相手に決して物怖じせずに敢然と挑みかかっている。

 

 だが、悲しいかな。一人でも多くの命を救おうとしても、守り手は一人しかおらず、彼女が戦っている間にも逃げ惑う人々や妖精が殺されていく。

 

 それに涙を流し、怒りの炎を燃やし、只管に戦う彼女はあまりにも憐れで―――しかし、メリュジーヌはそんな彼女の姿に小さな光を見た。

 

 

「……私は、馬鹿だ」

 

 

 小さく零れた言葉は、本人にも聞こえていない。無意識に口に出ていた言葉の意味を理解する事もなく、メリュジーヌは戦場へと落ちていった。

 

 

 

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「ヤァアアァッ!!!」

「ぐぁッ!? く、そ……」

 

 

 吹き飛ばされた騎士が悪態を吐いて崩れ落ちる。

 続いて襲い来る兵士の剣を盾で受け止め、シールドバッシュで奥にいる他の兵士や騎士ごと吹き飛ばす。

 

 直後、背後から衝撃。

 鎧から伝わる痛みが、背後から斬りつけられた事によるものだと気付くや否や、槍を水平に薙ぎ払って背後に立っていた騎士を弾き飛ばした。

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……ッ!」

 

 

 これまでの疲労とダメージで体が休息を求め、無意識に槍を杖代わりにして肺に酸素を送り込んでいく。

 自分の血と汗、そして涙で滲む視界。その奥には燃え盛るロンディニウムと、殺気を滾らせて自分に向かってくる、仲間だったはずの者達。

 

 

「まだ、だ……。まだ、やれる……ッ! 私は……ガレスッ! このロンディニウムを護る、騎士だァッ!!」

 

 

 疲労は最高潮、受けた傷も多く、少し体を動かすだけでも血が流れ出る。

 最早自分の命は長くない。それでもと魂を鼓舞するように叫び、槍を構え直した―――その時だった。

 

 

「―――良い叫びだ」

 

 

 頭上から、流星が落ちてきた。

 咄嗟の事で反応できなかったガレスはなにも出来ずに吹き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられてしまう。

 起き上がるのを拒否する体に鞭を打ってなんとか立ち上がったガレスは、土煙が晴れた先にいる存在に目を見開いた。

 

 

「……あな、た、は……」

「…………」

 

 

 素顔を青い仮面で隠した妖精に、ガレスは絶望した。

 彼女は、モルガンに仕える妖精騎士の中でも最強と呼ばれる妖精。この國にたった一人しかいない、竜の妖精。

 その名は―――

 

 

「おぉ……メリュジーヌ様ッ!」

「メリュジーヌ様ッ! メリュジーヌ様がいらっしゃったぞッ!」

 

 

 これまでガレスに気圧されていた騎士や兵士達が、助っ人の登場に士気を上げる。

 対してガレスは、全身がサァッと冷たくなっていくのを感じた。

 

 これまでなら、なんとかなっていた。騎士も兵士も、根性で叩き伏せていた。疲れもなにもかも無視し続ける事が出来た。

 だが、嗚呼、メリュジーヌは無理だ。万全の状態でも絶対勝てないのに、こんな傷だらけで疲れ果てた体では、間違いなく瞬殺されてしまう。

 

 

「ぁ……」

 

 

 膝が崩れ落ちる。最早、抵抗する気力すらも尽きて、立ち上がる力も湧き上がらない。

 

 ―――パキッ。

 絶対的な力の差が見ているだけでもわかってしまい、彼女にはどんな手を使っても勝てないと本能で理解して、これまでなんとかこの身を支えていた芯が折れる音がした。

 

 支えを失った建物が倒壊するように、膝から崩れ落ちたガレスに、これまで彼女に追い詰められていた兵士や騎士達が、僅かに安堵が混じった嘲笑を浮かべた。

 

 

「ハ、ハハ……ッ! あいつ、遂に心が折れたぞ……ッ! 今だ、今の内に生き残りを―――」

 

 

 殺せ、と言おうとした男が、その言葉を口にする事はなかった。

 

 ガレスから顔を逸らし、仲間達に叫ぼうと振り向いた勢いで、彼の首が飛んだのだから。

 

 

「…………は?」

 

 

 いったいなにが起きたのか―――それを頭で理解しようとするより先に、別の男の首が落ちる。

 

 そして次の瞬間、流星が奔った。

 大空ではなく、地上を駆ける蒼き流れ星が次々と騎士や兵士達を切り裂いていく様に、光を失いかけていたガレスの瞳が輝きを取り戻し始める。

 

 抵抗する手段を持たない人間や妖精達を斬り捨てようとした凶刃を、その持ち手ごと吹き飛ばす。

 救われた者達も唖然とする中、メリュジーヌは騎士や兵士達を広場の中心へと吹き飛ばしてから、ガレスの前で停止した。

 

 

「ど、どうして……」

 

 

 彼女が停止した際に発生した突風に顔を庇うのも忘れ、ただ震えた声で訊ねる。

 

 

「君が、私に変わるチャンスをくれた。これは、そのお礼」

 

 

 シャキンと両腕の籠手に(けん)を納めたメリュジーヌは、自分に変わる切っ掛けをくれたガレスに、そっと手を差し伸べた。

 

 

「……君は素晴らしい人間だ。立ち上がって、騎士ガレス。君の戦いに、私も加わらせてほしい」

「―――ッ!」

 

 

 それは、まさに天啓のようだった。

 

 空から落ちてきた絶望は、しかしこのロンディニウムを護り抜く最後の希望だった。

 

 

「行こう、ロンディニウムの騎士。君の背中は、僕が護る」

「はいッ!」

 

 

 力強くその手を取って立ち上がったガレスにメリュジーヌは頷き、ガレスもまた彼女に強く頷き返し、無辜の民を脅かす脅威に立ち向かった―――。

 

 

 

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 場所は変わり、キャメロット。

 モルガンに依頼されたバーヴァン・シーの看病に必要な薬の材料の採取を終え、カリアが廊下を歩いていた時。

 

 

(―――っ、これは……)

 

 

 ズキリと、己の霊基(しんぞう)が強く軋んだ感覚に、思わず近くの壁に寄り掛かった。

 自身の異変に気付いてやってきた妖精達に「大丈夫だよ」と言い、呼吸を整える。

 

 

(初めてだね、この感覚は。となるとこれは……メリュジーヌか)

 

 

 廊下の突き当たりまで移動し、右手の籠手を消滅させる。

 自分の視線の先に映ったそれ(・ ・)に、カリアはふっと小さく笑みを零した。

 

 

(自身を形作った者への反抗か。なるほど、こういった形(・ ・ ・ ・ ・ ・)で表れるか)

 

 

 思い出すのは、メリュジーヌが妖精騎士に任命された時の記憶。

 彼女がただの妖精ではないと感じたカリアがモルガンに申し出、そして施された魔術による繋がり。

 

 あれ以降彼女との繋がりに変化が起こる事はなかったが、今日遂にそれが起きた。

 

 本当ならば彼女が支払うべき代価を、自身に肩代わりさせる魔術。

 バーゲストとの間にもあるこの繋がりが、彼女の仮初の肉体に影響を与え始める。

 

 

「……英霊となっても、人ではいられないか。いや、ボクは生前から人でなしではあったけどね」

 

 

 誰に言うのでもなく呟き、再展開した籠手で右手を隠して歩き出す。

 

 

「でも、そんなボクだからこそ、君達の背負う荷物を、少しだけでも肩代わりしたいのさ」

 

 

 ―――彼女の変化を知る者は、モルガンを置いて他になく。しかし、メリュジーヌとバーゲストは、自分達が背負うものが彼女にどのような影響を与えているのかを知らない。

 そして今、つい先日加わった新たな繋がりが、その牙を剥いた。

 

 

「――――――ァ?」

 

 

 一瞬、自分がなにを考えていたのか、なぜここにいるのかがわからなくなった。

 肉体の変異も、耐え難い飢餓感もない―――ただ今の一瞬だけ、なにもかもが頭から抜け落ちた。

 幸いにも、ほんの一秒にも満たない時間のものだったが、しかし、それがなによりも恐ろしかった。

 

 護るべき命が、託された命が、消えようとしている。

 

 ―――急がなければ。女王への報告の後、さらなる助力の申し出をしなければ。

 

 先程までの笑みを消し、カリアは駆け足で女王の下へ向かうのだった―――。

 

 





・『ガレス』
 ……反乱軍の裏切りに激怒し戦うも、なにも守れずに終わるはずだったところをメリュジーヌに救われる。命尽きるその時まで、彼女はその槍を振るい続ける―――。

・『メリュジーヌ(アルビオン)』
 ……メリュジーヌとしてオーロラの命に従ってロンディニウムを滅ぼすか、一人の妖精として彼らを護るかの選択肢の内、異世界の家族と狩人の言葉に背を押され後者を選択。オーロラの命令に背き、ロンディニウムへの奇襲を妨害し、ガレスとの共闘を開始した。

・『ブリテン異聞帯のルーツ』
 ……セファール襲来の折、聖剣作成の時間を稼ぐ為に神々と共闘した。愛する子ども達をセファールの被害が及ばぬ内海へと残したが、遂に戻る事はなかった。アルビオンもディスフィロアも聖剣を作成するはずだった妖精達がその仕事をサボった事を知らず、ただ『母はセファールによって滅ぼされ、聖剣使いもまた滅びた』という事だけを知っている。もし当時彼らが妖精達の所業を知っていた場合、はじまりのろくにんは殺害され、ブリテン異聞帯は成立しなかった。

・『カリア』
 ……モルガンによって妖精騎士達との間に魔術でパスを作り、彼女達が背負う呪いや代償などを(完全ではないものの)肩代わりしている。バーゲストの場合は気が狂うような空腹を感じ、メリュジーヌの場合は、その身が人間のものから変異しかけている。そして、バーヴァン・シーの場合は……。


 改めて、明けましておめでとうございます。
 今年も我が拙作、『緋雷ノ玉座』を楽しんでいただければ幸いです。

 それでは、また次回ッ!


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広がる歪み

 
 ドーモ=ミナサン。
 サムレムコラボイベで地右衛門の格好良さに惚れ直したseven774です。

 ネットで正雪先生が不逞浪士達にドスケベインナーだのなんだの言われてますが、正直その通りすぎてなにも言えないのが笑えますね。一気にpixivやXでイラストが増えたのは嬉しいです。
 外見以外でも、先生の新たな宝具(人の心)や彼女の設定を知る事が出来たのは嬉しかったですね。森宗意軒先生の理想がまさかあんなものだとは思っていませんでした。
 伊織君やヤマトタケルの事もより深く知れたので、今回のイベントは個人的に大当たりでしたね。
 『伯爵』についての情報もある程度出てきたので、次回のオーディール・コールのストーリーで登場するのですかね? 今から彼(または彼女)を殴るのが楽しみですッ!

 それでは本編、どうぞッ!



 

「な、なぜですかメリュジーヌ様ッ! そいつは半端者のガレスですよッ!? それにここにいる連中は、尊きあの御方の温情を無視し続けた、どこまでいっても家畜根性の奴隷共じゃないですかッ!」

「違う、彼女は半端者じゃない。立派な騎士だよ。そして……家畜根性の奴隷と言ったね? それって自己紹介のつもりかい?」

 

 

 メリュジーヌが乱心したと思って叫ぶ兵士は、彼女の振るう刃によって首を落とされた。

 その瞬間、ガレスもまた動き出して硬直している騎士や兵士達を薙ぎ払い、強く大地を踏みしめて敵の群れに飛び込んでいった。

 

 

「止むを得ん、迎撃し―――」

 

 

 剣を持つ腕を大きく振って仲間達に報せようとした男を盾で弾き飛ばし、斬りかかろうとしてくる兵士の剣を槍で受け止め、押し返す。

 メリュジーヌの加勢があっても自分の生命が燃え尽きる寸前である事には変わらない。しかし、それによって本能が無意識に全身にかけていたリミッターを解除し、短時間限定ながらも、ガレスの肉体を一騎当千の英霊に匹敵する程のものへと変貌させてくれている。

 

 体の底から際限なく湧き上がるパワーに身を委ね、ひたすらに迫りくる敵を迎え撃っていく。

 

 

「クソクソクソッ! こうなったらッ!」

「ひ……ッ!」

「う、うわぁああッ!」

 

 

 ガレスが一撃振るう度に仲間達が吹き飛ばされていく光景に恐怖を抱いた兵士の一人が、偶然視界の片隅に映り込んだ親子に剣を振りかぶる。

 なんとか息子だけでも護ろうと彼を抱きしめた母親。二人の悲鳴に気付いたガレスが走り出そうとするも、両者の間には多数の騎士や兵士達がおり、とても間に合いそうにない。

 

 やめて。

 叫びかけたガレスの目の前で兵士が親子に剣を振り下ろし―――

 

 

「フ―――ッ!」

 

 

 瞬時に親子の前に現れたメリュジーヌによって、剣を持つ腕ごと首を刎ねられた。

 

 

「早く逃げて」

「は、はいッ!」

 

 

 自分達はもう死ぬと思っていたのだろう、まだ自分達が生きている事を信じられない様子であった親子だが、メリュジーヌの淡々とした言葉に従って走り出した。

 メリュジーヌとガレスに恐れをなしたのか、それとも彼女達よりも無力な者達を殺すべきと判断したのか。親子を殺そうと動き出す者達が少なからずいたが、彼らは一人の例外なく流星によって細切れにされた。

 

 血煙を吹き飛ばして次の市民を救いに行ったメリュジーヌに心中で感謝しながら、ガレスは襲ってきた騎士を正面から受け流し、がら空きになった背中に槍を突き刺した。

 

 突き出された槍の穂先が鎧を砕き、奥にある柔肌も貫く。

 裏切ったとはいえ、かつては仲間として共に戦った相手を串刺しにしたという事実に吐き気を覚えながらも、背後から自分に斬りかかろうとしている相手を薙ぎ払おうとするが、そこでがくん(・・・)と突然槍を握る手から力が抜けた。

 

 

「え……ぁッ!!?」

 

 

 突然の脱力、そして間髪入れずに襲ってくる浮遊感に呆気に取られた直後、兜に大きな衝撃が走る。

 ガァンッ! と、頭蓋に亀裂が走り、脳が揺さぶられる。

 一瞬視界が真っ白に染まったと思いきや、途轍もない激痛と吐き気がガレスを襲う。

 

 

「こン……のォオオオォォオッッ!!」

 

 

 しかし彼女はそれらの不快な感覚を必死に無視し、雄叫びを上げて腕に力を込める。

 再び力を取り戻した腕は彼女の思い通りに、貫いた騎士ごと背後の兵士を薙ぎ払い、遠心力で無理矢理槍を騎士から引き抜いた。

 

 

(わ、私……い、一瞬死んでた……ッ!)

 

 

 荒い呼吸を繰り返しながら騎士達を迎撃する中、頭の片隅でどこか冷静な自分が、先程の自分の状態を把握する。

 先程の不意な脱力感。あれは間違いなく、『ガレスが死んだ』という事実が起きた瞬間だった。

 

 極限まで高まった興奮と、戦わなければならないという決意がなんとか彼女を現世に留めたものの、あそこで終わってもおかしくなかった。

 戦う意志とは無関係な脱力感、そして微かに感じた、体があらゆる重力から解き放たれたような浮遊感。

 

 あれこそまさに、死の感覚。

 温かさも冷たさもない、ただ『そうである』と定められた感覚。

 

 今こうして戦えているのは奇跡に等しいはずだ。また同じ感覚に襲われたら、今度こそ完全に死んでしまうだろう。

 

 ―――終わらせないと……ッ! この命が終わる前に、絶対にッ!!

 

 

「―――アァアアアアアッッ!!」

 

 

 メリュジーヌが見逃してしまった、逃げ遅れた市民を襲おうとする兵士を見つけたガレスは、雄叫びと共に彼に突進した。

 

 

 

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(……あれは……)

 

 

 血と油のついた(けん)を振るったメリュジーヌは、自身を鼓舞するように、急かすように吼えるガレスの姿を見て目を見開く。

 その叫びが、まだアルビオンであった頃の彼女が度々耳にしていたものと酷似していたのだ。

 

 それは、闘争の中で己の終わりを悟った生物が、最後に轟かせる生命の咆哮だ。

 最期の一瞬まで自分という存在がこの世界にいたのだと刻み付けるかのような、魂の叫びだ。

 

 それを、ガレスは行った。

 己の死を悟り、どうしようもない終わりに直面しながらも、『まだ生きたい。まだ死ねない』と叫んだ。

 

 

(……私が、もっと早く動いていれば、君は……)

 

 

 より一層力を増して敵兵を薙ぎ倒していくその姿に、メリュジーヌは下唇を強く嚙み締めた。

 

 

 

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「ま、待てッ! 俺は悪くないッ! 悪いのは命令し―――」

 

 

 鬼気迫るガレスに恐怖し、悪いのは自分ではないと叫ぼうとした男を蹴り倒し、その顔面に槍で突き刺す。

 誰かの名を口にしようとしたのだろうが、最早顔面を貫かれた男に、その続きを話す事はできない。

 

 ……尤も、今のガレスに、それを気にする余裕などないのだが。

 

 

「それで最後だよ。……お疲れ様、ガレス」

「はぁ……はぁ……はぁ……お、終わったぁああ……」

 

 

 この男が最後の一人とメリュジーヌに伝えられ、ガレスはようやく終わったと、崩れ落ちるように瓦礫に背を預ける。

 

 

「ガレス姉ちゃんッ!」

「お姉ちゃんッ!」

「……セム、サマリア……」

 

 

 座り込んだ自分の下にやって来た二人の子どもを、ガレスは小さく笑顔を作って迎える。

 

 

「よかった……無事だったんだね……」

「なに言ってんだよ……ガレス姉ちゃんが護ってくれたんじゃないか……」

「あれ、そうだっけ……あはは、もう必死すぎて、覚えてないや……」

 

 

 ただ戦い、護る事しか考えていなかった。具体的に誰を護ったのかまでは覚えていなかったが、セムがそう言うのならそうなのだろう。

 

 

「私達だけじゃないよ……おばあちゃんも、ユーリもオッドもカムリも、みんな護ってくれたんだよ……? 他にもいっぱい、お姉ちゃんは助けてくれたのッ! 本当にありがとう……ッ!」

「そう、かぁ……。……あ、ごめんね。ちょっと、メリュジーヌ様と話したいから……」

「え……? う、うん……」

 

 

 本当ならもっと話したいのだろう。しかしサマリアはガレスの気持ちを尊重し、セムと共に彼女から離れた。

 二人と入れ替わるように近づいたメリュジーヌに、ガレスは少しだけ頭を下げた。

 

 

「……ありがとう、ございます。メリュジーヌ様……」

「……感謝なんて、しなくていい。私は……」

「……わかっています。貴女は、本当はあちら側だったんですよね……? ですが、貴女は私と戦ってくれました。だから、ありがとうございます……」

 

 

 それにしても、痛いなぁ。

 節々に走る激痛に思わず漏らすと、メリュジーヌは小さく唇を震わせ、そっとガレスの手に自分の手を重ねた。

 

 

「メリュジーヌ様……?」

「……昔、母がこうしているのを見た事があった。こうすれば、より相手の傍に寄り添う事が出来るんだって、教えてもらったんだ」

「『はは』……なんですか、それは……?」

「……そうか。君は母というものを知らないんだね。そうだね……簡単に言うのなら、とても温かくて、優しくて、大切な存在だよ」

 

 

 本当ならもっと語りたい。しかし、その全てをひっくるめて言うのであればこうなのだろうと思ったメリュジーヌの言葉に、ガレスは小さく肩を震わせた。

 

 

「……あはは、メリュジーヌ様、その人が大好きなんですね……」

「……そうだよ。とっても温かくて、大切な(ひと)。もう二度と会えないけど、あの方との記憶は、私の中で永遠に生き続けている。そして君も、ほんの数分の短い時間だったけど、私の中で生き続ける」

「……私も、忘れません……。改めて、ロンディニウムを、護ってくれて……私と、戦ってくれて……ありがとう、ございます……」

「…………」

 

 

 ガレスの言葉に、メリュジーヌは理解する。彼女の命が、間もなく尽きるという事に。

 

 

「み、んな……元気で、ね……」

 

 

 メリュジーヌと入れ替わりに離れていた老婆や子ども達に、掠れた声で伝えるガレス。

 その言葉に彼らが涙ぐむのがわかり、メリュジーヌは心が抉られるような罪悪感に襲われた。

 

 瞼を閉じ、その姿を変えていく騎士。

 

 鎧が。

 槍が。

 肌が。

 

 自身を構成していたもの、その全てをまとめて木片へと変えた彼女を、メリュジーヌはそっと撫でて立ち上がる。

 

 そして、一言、「ありがとう」とだけ告げ、空へと飛び立った。

 

 

 

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 数分後、メリュジーヌが降り立ったのはソールズベリーの教会。

 自分の身についた汚れを落とさぬままに歩く彼女に目を細める妖精達を無視して階段を上り、奥にある扉を押し開ける。

 

 

「あら、メリュジーヌ。どこへ行っていたのかしら?」

 

 

 そこにいる妖精は、いつもと変わらぬ笑顔を浮かべていた。

 

 

「……ちょっと、空を飛んできてたんだ。とっても気持ちよかったよ」

「そうなの? 羨ましいわ。こんなに立派な翅があっても飛べないのって、不便よね。……あぁ、そういえば、私の騎士達はどこにいるのかしら。昨日からずっと見ていないの。メリュジーヌ、彼らがどこにいるのかわかるかしら」

(……やっぱり、君は覚えていないんだね)

 

 

 彼女が言う騎士達とは、先程自分がガレスと共に皆殺しにした者達の事だ。

 そして、彼らにロンディニウムへの攻撃を命令したのは、他ならぬオーロラ自身。張本人である彼女が、自分が彼らになにを命じたのか微塵も記憶していない。

 

 

「……彼らは、もういないよ。もう、君の下へ戻ってくる事はない。そして、もう僕も戻らない」

「……どういう事かしら」

 

 

 訝し気に、悲しげに見つめてくるオーロラに、メリュジーヌは思わず今の言葉を撤回したくなる。

 しかし、ここで退いてはいけないと自らの心を奮い立たせ、彼女の問いかけを無視して話す。

 

 

「メリュジーヌ。私にこの名前を与えてくれた事、感謝しているよ。この名前は、これからも大切にしていく。でも、君とはこれまでだ」

「―――」

 

 

 メリュジーヌがなにを言っているのか理解できないのか、オーロラが目を見開いて固まる。

 しかし、それも数秒の事。

 やがて口元から微笑みが消えた彼女が、震える声で訊ねてきた。

 

 

「どうして? どうしてそんな事を言うの?」

「君は、あまりにも自由すぎる。その自由は……この國を滅ぼしてしまう。だから……」

 

 

 シャキンッと音を立てて出てきた(けん)を向け、一気に距離を縮める。

 オーロラも目の前にいる存在が自分の命を狙っている事にようやく気付いたのか反撃の素振りを見せるも、メリュジーヌからすれば欠伸が出そうな程に遅い。

 

 蹴り飛ばされたオーロラの体が壁に叩きつけられ、立ち上がろうとする前に喉元に切っ先を突き付けた。

 

 

「チェックメイト。もう君は、僕に抵抗する事さえできない」

 

 

 切っ先が喉元に触れ、赤い玉が出てくる。

 オーロラが息を吞み、メリュジーヌを見上げる。

 

 その瞳に宿るのは、絶望か、恐怖か。それとも、それ以外のなにかか。

 

 

「本当なら、ここで君を殺すのが正しいんだろう。そうするだけで、この國の未来は大きく変わる」

 

 

 オーロラという妖精は害悪の化身だ。そこにいるだけでも、無自覚に周囲を破滅に導く。

 汎人類史であれば誰からも相手にされず、己の使命や在り方を失って人知れず消え去るだろうが、妖精達の世界であるこのブリテンでは違う。何物にも影響を受けやすい妖精達の國では、彼女とその『使命』はなによりも恐ろしい毒となる。

 深く考えなくともわかる。彼女はこれ以上生きてはいけない女だ。ここで殺す……いや、殺さなくてはならない。

 

 ―――だが、メリュジーヌの記憶が、それを邪魔をする。

 

 どれだけ害悪な存在でも、他ならぬ彼女の手によって救われた。彼女の美しさに焦がれ、この姿(カタチ)を得た。

 それから数百年、共に過ごした日々は幸せで、そして辛いものだった。

 

 彼女の願いを叶える為に、罪のない多くの命を奪った。彼女の期待に応える為に、背負う必要のない罪を背負った。

 

 けれどもそれ以上に、彼女と共に在るのは幸せだったのだ。

 

 そして―――境界の竜は、選択を誤った。

 

 

「メリュジーヌ……?」

 

 

 爪を納めた彼女に、オーロラは訝し気な視線を送る。

 

 

「……今回だけは、見逃してあげる。それが君への、最後の恩返しだ」

 

 

 踵を返し、彼女に背を向ける。

 

 

「さようなら、オーロラ。私の愛しい妖精(ひと)

「ねぇ、待って。メリュジーヌ、待ちなさい。私を置いていかないでちょうだい……ッ! メリュジーヌッ!!」

 

 

 背後から聞こえてくる懇願にも近い叫びに、しかしメリュジーヌは振り向かずに扉を開けて―――その前に立つ怒気に顔を赤くしているコーラルに目を見開いた。

 

 

「メリュジーヌ、貴女―――」

「ちょっとごめん」

「え、きゃっ!?」

 

 

 今まさに怒りを言葉にしようとしたコーラルの手を引き、オーロラの部屋から離れる。

 教会内でも一目に付かない場所に移動してから手を離したメリュジーヌは、コーラルに有無を言わせずに口を開いた。

 

 

「コーラル。これは忠告だ。死にたくないのなら、オーロラから離れるべきだ。彼女の恐ろしいまでの純真さは、いずれ君の命を奪うだろうから」

「で……ですが私は……」

「彼女の補佐だから無理、とでも言うつもり? ハロバロミアの件を忘れたつもりじゃないよね? 彼がどんな目に遭ったのか、君は知っているはずだ」

「そ、それは……」

 

 

 反論しようとして、コーラルは口を閉じてしまう。

 

 ハロバロミアはかつてオーロラに仕えていた“風”の氏族の男の名だ。

 純粋に國の事を想っていたが、たとえ自分よりも上の立場のオーロラが相手でも物怖じせずに正論を叩きつけていた真面目に過ぎる男でもあった。

 そして、それがいけなかった。

 

 正論を言っていたがために、彼はオーロラによって追放されてしまった。

 

 コーラルもまた、彼程ではないにせよ、時折正論を言う時もある。

 それがいつ、彼女の逆鱗に触れるかわからない。

 

 彼女自身、それを理解しているのだろう。

 

 

「今すぐに、とは言わない。私だってここまで決断するには時間がかかった。かかりすぎた、と言ってもいい程に。でも、君はそうじゃない。なるべく早く決断するんだ。自分を護る為には、どうするのが一番最適なのかを正しく理解するんだ」

 

 

 わかったね?―――と言われ、コーラルは僅かに迷ったように考え、そして小さく頷くのだった。

 

 

「ごめんね、いきなりこんな事言って」

「……いいえ。貴女に悪意がない事は、わかっています。私も考えてみたいと思います。ありがとうございます、メリュジーヌ」

「……そろそろ行くよ。もう、ここに戻る事はない。またどこか会おう、コーラル」

「はい。……また会いましょう、メリュジーヌ」

 

 

 でも、せめて見送りはしたい。

 そう思ってメリュジーヌと教会の外まで歩き、彼女がスラスターを噴射して青紫色の空に飛んでいくのを見送る。

 

 彼女の光が見えなくなり、教会に戻ろうとしたコーラルだったが、カツン、とつま先がなにかを蹴った事に気付き、思わず視線を下に向ける。

 

 

「……これは……」

 

 

 拾い上げたそれは、掌に軽く収まる程に小さな、メリュジーヌのスラスターの欠片だった―――。

 

 

 

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 ―――間に合わない。

 酷い焦燥感の中、作業用の椅子に座っていたモルガンの心に絶望と恐怖が生まれる。

 

 カリアに協力してもらい、素材を集めてもらった。あらゆる魔導書を読み、これまでの経験全てを結集し、分身達と何度も議論を交わした。

 

 しかし、作れない。満足な代物が作れない。

 

 魂が腐りかけているバーヴァン・シーの治療薬は、未だ完成に至っていない。

 この世にある何物よりも愛しい存在である彼女の魂である以上、完全な形で修復したい。しかし、魂は繊細なものであるため、ほんの小さな違いであっても魂を砕いてしまう可能性がある。

 そして、替えの利くものではないのはもちろん。同じ魂を持つ存在などどこにもいないため、他者を実験台にして薬の効き目を確かめる事も出来ない。

 

 今はカリアに彼女の負荷を可能な限り肩代わりしてもらっているが、それもいつまで持つか……。

 

 

「陛下」

「……カリアですか……。すみません、まだ、薬の調整をしたいのです……後で分身(わたし)を送りますので、話があるのなら彼女に―――」

「陛下。それ以上自分を追い詰めてはいけない。もう一週間近く休んでいないじゃないか」

「ですが……」

「ベストコンディションでなければ満足な成果など得られるはずもない。ここは休みたまえ。それでも休めないというのなら……」

 

 

 ―――またボクを使ってほしい。

 

 鎧と、その奥にあるインナーを消滅させたカリアが、胸に手を当てる。

 所々に黒紫色の鱗が目立つ、ヒトから竜種のものに変化しつつある胸元に宿った仄かな紫色の光は、彼女が妖精騎士達が抱える負担を背負っている証拠。それを魔術で施した張本人であるモルガンは、彼女がなにを求めているのかを即座に理解した。

 

 だが、理解した瞬間に、彼女は首を横に振った。

 

 

「……駄目です。貴女には沢山の恩があります。そんな貴女に、これ以上の負担を与えるなど……」

「ボクはバーヴァン・シーのサーヴァント。主に危険が及ぶのなら、それを身を挺して護るのが使命なのだがね」

「ですが、それ以上背負ってしまえば、貴女は最早、その内にある力を制御できなくなるのでは……?」

 

 

 モルガンはバーヴァン・シーが彼女を召喚してから、彼女の霊基情報の全てを閲覧した。

 そして知ったのだ。彼女の霊基には、カリアという人間以外にも、別の存在の情報が刻まれている事に。

 

 そして彼―――いや、彼ら(・ ・)の力は、弱ったカリアの精神を間違いなく蝕んでいる。

 これ以上彼女を弱らせてしまえば、いずれ彼ら(・ ・)が彼女の肉体と精神を塗り潰すだろう。

 

 その危険性は、彼女が一番理解しているはずだ。だというのになぜ、彼女はそこまで自分の身を捧げられるのか。

 

 呆然と見つめるモルガンに、狩人はいつもと変わらぬ笑みを浮かべて答えた。

 

 

「それが、今のボクがマスターに対して出来る、最善だと思うからだ」

 

 

 恐れるものなどなにもない。

 自分の意識が消え、精神も肉体も奪われるかもしれないというのに、『だからどうした』と笑い飛ばすような豪胆さを宿している笑みに、改めてモルガンは彼女が真の狂人であると悟り、立ち上がった。

 

 

「……ありがとう、ございます」

 

 

 深々と頭を下げられたカリアは、「女王がただの臣下に頭を下げるものじゃない」と呟き、モルガンの顔を上げさせる。

 

 

「使えるものは全て使いたまえ。ボクだけでは心許ない。他に彼女を護る術がある場合は、そちらも使ってみては?」

「護る術……。……そうですね、早速連絡しましょう」

「おや、これは驚いた。陛下が娘を任せられると判断した相手がいるだなんてね」

()は義理堅い人間です。裏切る事はないでしょう。元より、私が動けない場合などは動いてもらうように要請はしていましたから」

 

 

 万が一の場合には彼に娘を匿ってもらおうと思い、直に話し合った事もある。短い付き合いだが、彼には邪念の欠片も見受けられなかった。信頼に値するだろう。

 

 通信用の装置を作動させたモルガンの前に、一人の男の姿が映し出される。

 

 

『女王陛下。この魔術装置を使用したという事は……』

「貴方に、いえ、貴方方に頼みがあります。聞いてくれますか―――プロフェッサー・K」

 

 

 モルガンからの言葉に、顔を仮面で隠した男は『もちろんです』と頷くのだった―――。

 





・『メリュジーヌ(アルビオン)』
 ……ガレスと共闘してロンディニウムを守り抜き、オーロラと決別した。どうしようもなくなる前にそれができたのは、ある意味幸運なのかもしれない。少なくとも、その手が愛する者の血で染まる事はないのだから。
 自分が生まれたこの世界の“祖龍”を『母』と呼ぶが、アンナ(ルーツ)は母ではなく、『異なる世界の母だが母ではない同一人物』と捉えており、それはボレアス達に対しても同じ。しかし、同一人物の別人であったとしてもアンナ(ルーツ)達の言葉に背を押されるぐらいには好いている。

・『ガレス』
 ……メリュジーヌの助太刀もあり、殺されるはずだった市民を救ったが、戦闘終了後に力尽き死亡。その身は最後の『巡礼の鐘』となり、『予言の子』の力となる。

・『オーロラ』
 ……メリュジーヌに一方的に決別されるが、なぜ彼女がそうしたのかが理解できないでいる。そして、彼女はもう二度とメリュジーヌと出会う事はない。

・『モルガン』
 ……分身と協力し、一度の失敗も許されない魂の治療薬を作ろうとしているが、バーヴァン・シーと同じ魂など存在しないため、精神的にも肉体的にも疲労がたまっている。娘の負荷をより重く背負う事になったカリアには感謝してもし切れないが、その分凄まじい罪悪感を抱いている。
 カリアから『自分以外にも使えるものは全て使え』と言われ、プロフェッサー・Kに協力を要請する。

・『カリア』
 ……バーヴァン・シー、バーゲスト、メリュジーヌの三妖精が背負うはずだった負荷を背負っている事から、肉体に変化が生じている。バーヴァン・シーは魂が腐りかけているため精神面でもかなりダメージを受けており、またバーゲストの獣性を抑える代わりに自身がその飢餓感を背負っているため、それも加わってかなり危険な状態。それによって自分の内に存在する龍/竜種の霊基が表に出ようとしているが、根性で抑え込んでいる。しかし、龍/竜種に彼女の肉体を乗っ取ろうという考えはなく、ただカリアという容器が壊れて漏れ出そうになっている状態。


 今回は正直なところ、難産でした。前回と二本に分けていたのですが、そのままだと短いなと感じて文字数を付け足したのですが、その足すところで結構時間をかけてしまいまして……。
 これまではパッと思い浮かんでいたので、ここまでうんうんと頭を悩ませたのは初めてです。
 しばらくこれが続くと思いますが、私は頑張ります。こんな私が投稿する小説でも読んでくださっている皆様の為にッ!

 それではまた次回ッ!


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戦争前日

 
 ドーモ=ミナサン。
 二ヶ月後から始める社会人生活が社宅より始まる事になったseven774です。
 いよいよ社会人生活が迫ってまいりました。それに伴い、四月からは更新頻度が落ちてしまうかもしれません。一応現在も二週間に一本のペースなので、時間を見つければこのペースで更新できるかもしれませんが、まだ不確かなものなので、もし更新されなかった場合は「忙しいんだな」と考えて頂ければと思います。
 失踪はしませんのでご安心くださいねッ!

 今回は四つの視点で話が進みます。

 それではどうぞッ!


 

 閉じた瞼越しに瞬いていた淡い光が消え、軽く瞼を持ち上げる。

 視界に入ってくる光に何度か瞬きして目を慣れさせ、目の前に座るサーヴァントに訊ねる。

 

 

「診察は終了した。目立った不調は見受けられなかった。異常なしだ、マスター」

「わかったわ。ありがとう、シグルド」

 

 

 口元に小さな笑みを作ってこちらを安心させるように言ってきたシグルドに、オフェリアもまた笑顔を以て返した。

 

 

「それにしても流石ね。ルーツにこのやり方を教えてもらったのって二回だけでしょう? それだけでもすぐにマスターするなんてね」

「生前は応急処置含め、いくつかの治療法も学んだ。それと同じ要領であれば簡単に覚えられる」

 

 “祖龍”の血液とアンナ・ディストロート・シュレイドの霊基。

 瀕死の重傷を負った際にルーツが取った行動によって現在オフェリアの体に宿ったこの二つの要素は、それらに対する充分な知識を備えていなければならない。だが、ルーツはそれらの知識など充分すぎる程持っているので、オフェリアの魔眼の診察に必要な知恵を全てシグルドに叩き込み、またどのように診ればいのかも実演した。

 結果、あらゆる状況、分野でも柔軟に対応できるシグルドは即座にそれを把握し、そして現在に至るというわけである。

 

 

「戦いだけでなく治療の知恵もあるなんて、毎度の事だけど、貴方をサーヴァントとして召喚できたのは幸運ね」

「感謝の極みだ。当方こそ、貴殿のようなマスターに巡り合えて幸運だ」

「ふふっ、ありがとう。……そろそろルーツも帰ってきてるだろうし、行こうかしら」

「買い出しに出かけていたそうだな。では、当方はこの後用事があるため、ここで失礼する。これは診察結果をまとめたメモだ。アンナに渡してほしい」

「わかったわ。今後もよろしくね、シグルド」

 

 

 頷き、シグルドと別れたオフェリアが廊下を歩いていると、「オフェリア」と背後から声を掛けられた。

 

 

「あ、芥」

「診察、終わったの?」

「えぇ。問題はないそうよ。ルー……アンナにも一応報告したいのだけど、見てない?」

「見てないわね。それにしても貴女、アイツを本名で呼ぶようになったのね」

「少し前に、色々彼女について知る事が出来たのよ。それからは、彼女の事は『ルーツ』って呼んでるわ」

「そ。まぁ、別にいいんじゃない? アイツも『アンナ』って名前には思い入れがあるだろうけど、本名でも呼ばれたいだろうし」

 

 

 虞美人の言葉に「もしや」と思い、オフェリアは訊ねる。

 

 

「やっぱり、貴女も知ってるのね。彼女……本当の『アンナ』の事」

「昔、軽く教えてもらった程度よ。でも、アイツが彼女の事をどれだけ大切に思っていたのかは承知しているわ。人間としての名前として使っているのも、それに由来しているものだし」

「由来……」

 

 

 そういえば、なぜ彼女が人間としての名前として『アンナ』を使っているのかは聞いた事がなかった。

 竜大戦時代に最も深く、長く関わった人物だからこそその名前にしたのか。いや、虞美人の言葉には、ルーツがアンナの名を使う事にはもっと深い意味があるように感じる。

 

 そう考えるオフェリアの気持ちを知ってか知らずか、虞美人は口を開く。

 

 

「忘れたくないから、忘れられたくないからよ。たとえなにかしらの異常事態で記憶を失ったとしても、誰かにその名で呼ばれれば、彼女の存在を思い出せる。そして、真に信頼のおける相手に自分の名の意味を伝える事で、彼女はこの世界で生きていたと記憶させる―――その為にアイツは、『アンナ』の名前を使うのよ」

「…………そう」

「なによ、その顔。アイツがどれだけアンナに思い入れがあるのか知って、ショックだったかしら」

「……正直なところ、その通りね」

「まぁ、そうよね。でもね、オフェリア。だからといってルーツが貴女に対してなんとも思っていない、なんて事はないのよ。でなきゃ、自分の血を輸血するどころか、アンナを召喚したりなんてしないもの。そこまでの事をしてまで救いたいと思うぐらい、彼女は貴女を大切に思ってるのよ」

 

 

 それに―――と、虞美人はオフェリアを見つめる。

 

 

「自分の発情期の解消を頼み込むなんて、後にも先も貴女だけよ」

「な―――芥……ッ!!」

「ふふっ、少しはいい顔するようになったわね。しみったれた表情するよりはマシよ。それに、付き合ってる相手を無碍にするなんて、ルーツはしないだろうし」

「え? 付き合ってる? ルーツが?」

「なに言ってるのよ。貴女達、付き合ってるんでしょ? だからデートしたりして―――」

「その……付き合ってない、けど」

「は?」

「え?」

 

 

 ピタリと両者の動きが止まる。

 虞美人はオフェリアの返答に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をし、数秒の後に―――爆発した。

 

 

「はぁああああぁッッ!!? 付き合ってないのッ!?」

「え、えぇ……。私もルーツも、お互いに告白なんてしてないし……」

「え? じゃあなに? 付き合ってもないのに発情期の解消を請け負ったの? それからも色々やったのに?」

「い、色々って……まぁ、したけど……」

「……もしかして貴女達って、セフ―――」

「親友ッ! 親友だからッ!」

「―――どうしたの、オフェリアちゃん? そんなに叫んで……」

 

 

 慌てて虞美人の言葉をオフェリアが遮ると、廊下の先から一人の女性がやって来た。

 彼女の姿を視界に収めるや否や、虞美人は肩を怒らせて詰め寄った。

 

 

「ルーツッ! 貴女ねぇッ! オフェリアと付き合ってないなら言いなさいよッ! ずっと勘違いしてたじゃないッ!」

「な、なにそれッ!? 私、一言もオフェリアちゃんと付き合ってるなんて言ってないよッ!? そっちがずっと勘違いしてたんでしょッ!?」

「ふっっつうに恋人みたいな距離感だったんだから仕方ないでしょッ! はぁ、なんか馬鹿みたい……。項羽様のところに戻るわ……」

「あっ、ちょ、ちょっとッ!」

 

 

 重い溜息を吐いて踵を返した虞美人の背中にルーツが声をかけるものの、彼女はなにも言わずに去ってしまうのだった。

 

 

「えっと……」

「あ、オフェリアちゃん……」

「その、これ、魔眼の診察の結果なのだけど……」

「あ、う、うんッ! ありがとう、確認するね……」

 

 

 先程までの雰囲気を誤魔化し合うように、シグルドから受け取ったメモ用紙を渡したオフェリアに、感謝の言葉を告げるルーツ。

 まだ頬を少し赤らめたままメモ用紙に記載された文章を見つめるルーツに、オフェリアは思う。

 

 

(ルーツ。貴女が『アンナ』の名を騙るのは、彼女の存在が今も貴女の中に生き続けているからよね?)

「これは……うん、大丈夫そうね。となると次の記載については……ふふっ、シグルドは相変わらずマメね。詳細にまとめてくれているからわかりやすいな」

(貴女は私が死にかけた時、アンナに泣き縋っていた。まるで神に懇願するように……。そして、召喚されたアンナは、私に自分の魔眼を与えた……。今の私は、オフェリア・ファムルソローネから少しずつ離れていってる……)

「……うん。問題ないよ、オフェリアちゃん。これから少しずつ慣らしていこうね」

「……えぇ、わかったわ……」

「どうしたの? 酷い顔……もしかして、魔眼が……ッ!?」

「違うの。ただ、少し考え事をしていただけ……。……ねぇ、ルーツ」

 

 

 頬に添えられた彼女の手を掴み、壁に押し付ける。

 決して逃がさないと言うように自分の手首を握る力の強さによる痛みに僅かに顔を顰めたルーツに、オフェリアは詰め寄った。

 

 

「教えて。貴女は、まだアンナを追いかけているの?」

 

 

 ルーツの緋色の瞳に、オフェリアの顔が映り込む。

 彼女の言う通り、酷い顔だ。

 自分を救ってくれた相手が、自分を通して他人を見ているかもしれないという恐怖。

 彼女にとって、自分はその相手を呼び戻す為の生贄(うつわ)に過ぎないのかという不安。

 

 生を欲する死人のような表情を浮かべている自分に若干の恐ろしさを感じていると、ルーツの唇が動き始めた。

 

 

「……私は……貴女を―――」

 

 

 いったいどんな言葉が返ってくるのか、全神経を集中させて、彼女の仕草一つ見聞きしようとして―――

 

 

「っ、これは……」

 

 

 その瞬間に、重々しい鐘の音が響き渡り、互いを見つめていた二人の視線が外れた。

 

 

「アンナッ!」

「っ、Kッ! 今のは……」

「あぁ、最後の『巡礼の鐘』だ。話がしたい。申し訳ないが来てくれるか」

「……うん。わかった」

 

 

 するりとオフェリアの拘束から逃れたルーツが、Kの下へ向かっていく。

 思わずオフェリアがルーツを呼び止めようとするが、それより先に彼女が小さく呟いた。

 

 

「答えは、必ず返すから。今はごめん」

 

 

 去り際に告げられた言葉に、オフェリアは「……えぇ」と小さく頷くのだった。

 

 

 

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「お母様、カリア……あの、どこへ……」

「話している時間はありません」

「すまないね、マスター」

 

 

 『巡礼の鐘』が鳴った直後、騒ぎ立てた妖精達を黙らせたモルガンだったが、「迎撃の準備をします」と言ってカリアとバーヴァン・シーを伴って玉座の間を出た瞬間、自分達に不可視の魔術を使って他者から視認できなくした。

 その時から今まで続く彼女の焦った様子に、現在カリアに背負われる形でいるバーヴァン・シーは不吉な気配を感じていた。

 

 女王の焦った姿などを見ては妖精達が変な行動を起こすのでは、と思って周囲を見渡すも、行き交う妖精や兵士達は誰も自分達の存在に気付いていない。流石は母親の魔術だと感服したバーヴァン・シーの心には、モルガンへの尊敬があった。

 

 だからこそ不安になる。こんな芸当が出来る彼女でもこうまで焦らせる原因とは―――

 

 

(……いや、考えるまでもないか)

 

 

 原因など、分かりきっている。

 自分だ。なにが要因なのかは知らないが、体が自由に動かせなくなってからというもの、モルガンは目に見えて焦るようになったからだ。

 

 なにが原因なのかを考えようとしても、それらしき記憶はない。自分はなにも悪い事はしていないはずだと、バーヴァン・シーは困惑と混乱の中にいる。

 

 悶々とバーヴァン・シーが考えていると、目的地へ着いたのか「こちらです」もモルガンが言って立ち止まった。

 彼女の声に無意識に顔を上げたバーヴァン・シーが目にしたのは、自分達がよく訓練や模擬戦を行う際に使用している部屋へ続く扉だった。

 

 扉を開けたモルガンに続いてカリアと共に入ると、そこはふかふかのベッドが置かれた寝室だった。

 

 

「マスター。従者(サーヴァント)であるボクから頼まれるのは癪かもしれないが、聞いてほしい。ここから出てはいけないよ」

「は? なんで……」

 

 

 優しくベッドの上に下ろされたバーヴァン・シーが上半身を起こそうとするも、カリアに額に指を当てられて動きが止まる。

 

 

「君の体の為だ。ここは陛下が直々に拵え、調整した部屋でね。時間こそかけるものの、君の体を少しずつ治してくれる。これからそう時間をかけずに戦争が始まる。君はここに隠れているんだ」

「戦争……戦争ッ!?」

 

 

 己のサーヴァントが告げた単語に、バーヴァン・シーは彼女の手を払って起き上がった。

 

 

「戦争が起きるってのかッ!? だったらなんで『ここにいろ』って言うんだよッ! 私にも参加させろッ!」

「その体で戦っても、不意を突かれた時に対処できないだろう?」

「私は妖精騎士だッ! お母様を……モルガン女王を護れないで、なにが妖精騎士だッ! なにが妖精騎士バーヴァン・シーだッ!」

「君は妖精騎士以前に、陛下の大切な愛娘だ。これは陛下が決定した事だよ」

「お母様が……?」

 

 

 バーヴァン・シーに視線を向けられたモルガンは、「はい」と小さく頷いた。

 

 

「酷な話ですが……今の貴女に、戦闘は不可能です。自分でも気づいているはずです。時折、自分の意識が途切れている事に」

「……ッ」

 

 

 気付かないはずがなかった。

 バーゲストとメリュジーヌとの模擬戦以降、自分は時折意識を失う事があった。たとえそれが一瞬のものであっても、戦争においての一瞬は命取りになる。

 さらに、この意識の消失は時を経る毎に多くなっていくのだ。仮に戦場に出たとしても、いつ意識が消えるかわからない。もし敵に包囲されている状態でそうなってしまえば、自分は……。

 

 

「ですから、貴女はここにいてください。いずれ、貴女をこの城より離脱させる者達が現れます。彼らには、貴女がこの部屋を離れても無事でいられる魔術道具を与えています。彼らと共に、この城を離れるのです」

「そんな……くっ……」

「ごめんなさい、バーヴァン・シー。本当ならば、私も貴女から離れたくはないのです。ですが、私はこの國を治める女王として、遍く敵を滅ぼさなければなりません」

「…………わかり、ました……」

 

 

 正直、認めたくはない。戦争などしてほしくない。全てを投げ出して一緒にどこかへ行けるのなら、それでいいのに。

 しかし、モルガンは本気だった。自分という娘を護る為に、あらゆる外敵を滅ぼし尽くすつもりだ。

 

 故に、バーヴァン・シーは止めたくなかった。彼女の意志を曲げさせたくはなかったのだ。

 

 

「……カリアはどうすんだよ」

「ボクは戦いに行くよ。戦争なんて素晴らしいじゃないか。殺しても殺しても敵の方から来てくれるなんて、これほどボク向きの戦場はない」

「ハッ、テメェは相変わらずだな……。それなら―――」

 

 

 マスターの証である令呪が刻まれた右手を、カリアに向ける。

 

 

「令呪を以て命ずる。……死ぬな、カリア」

 

 

 右手の甲に描かれている、欠けた心臓を鎖で縛り付けているようなデザインの令呪から一画が消え、カリアの霊基に絶対命令の術式が流れ込む。

 自身の体を見下ろしたカリアは、体の底から不思議な力が湧いてくる感覚に「ほぅ」と小さく邪悪な笑みを浮かべた。

 

 

「いいのかい? ボクを召喚してから、一回も使わなかった令呪を使ってしまって」

「テメェはなんだか気付いたら死んでそうだからな。死なせねぇよ。テメェはずっと、私とお母様を護り続けろ」

「言うようになったじゃないか、それでこそ我がマスターだ。ハハハハハハハッ!」

 

 

 目元を手で隠して笑ったカリアは、その手を胸元に当てて大袈裟な動作でお辞儀をした。

 

 

「承知した、マスター。君の勅命、我が全てを用いて果たそう。この戦いで、私は死なない。必ず生き延びてみせよう」

「……約束だからな、カリア」

「……そろそろ戻らなければ。カリア、行きましょう」

「む、そうか」

「……バーヴァン・シー」

 

 

 そっと愛する娘の前へ歩み寄ったモルガンが、彼女の額にキスをする。

 

 

「少しだけ、離れます。ほんの少しだけです。全てが終わった後は、必ず迎えに行きますね」

「……はい。お母様」

 

 

 頷いたバーヴァン・シーに、内心離れたくないと思いながらも、モルガンはカリアを伴って部屋を出る。

 

 残されたバーヴァン・シーは、少しでも早く体を治すべくベッドに横になろうとすると、『マスター』と念話でカリアの声が聞こえてきた。

 

 

「……カリア?」

 

 

 意識を集中させると、彼女の声がよりはっきりと聞こえてくる。

 

 

『もし、なにかがあってボクの助けが必要になったら、遠慮なくボクの名を呼ぶがいい。美しく気高い、妖精達の姫君よ。君が求めるのなら、ボクはどこへだって駆けつけるよ』

「……あぁ、もちろんだ」

『それじゃあね、マスター』

 

 

 念話が切れ、バーヴァン・シーは改めてベッドに横になり、瞼を閉じる。

 

 

「死ぬんじゃねぇぞ、カリア……」

 

 

 ずっと自分に付き従ってくれたサーヴァントの無事を祈りながら、妖精の姫君は眠りに就くのだった。

 

 

 

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「無茶を言いましたね、カリア」

「そうかい? ボクとしては当然の事を言っただけなのだけれど」

 

 

 不可視の魔術をかけて玉座の間へと向かっていく最中、自分に向けて出された言葉に返す。

 

 

「貴女も我が娘と同じ……いえ、もっと酷い状態なのに、死なずに帰ってくるなどと」

「ハハハ、確かにそうかもしれないねぇ」

 

 

 ―――でもだね、陛下。

 

 

「今の状態のボクだからこそ、戦ってみたいのさ。いつ意識が消えるのかもわからないという緊迫感の中で死地を駆けるなんて、最高じゃないかッ!」

「ふふっ、貴女は変わらないですね。……期待していますよ、カリア」

 

 

 相も変わらずの狂人。しかし、だからこそ頼もしい。

 

 これまでの戦いのように、彼女が新たな武勇を挙げるのを楽しみにしながら、モルガンは玉座の間へと続く扉を開けた。

 

 

 

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「……遂に六番目の鐘が鳴ったか。ご苦労様、アルトリア」

 

 

 夕刻、某所にて。

 立香達とは別行動で動いていたオベロンが、國中に響き渡る鐘の音に気付いて顔を上げた。

 

 ここまでは順調だった。

 途中死にかける事も何度かあったが、なんとかここまで運ぶ事ができた。まだ途中段階だが、これまでの失敗(はいぼく)を考えると上々といったところだろう。

 アルトリアは順調に鐘を鳴らし、力を高めている。後はこのまま彼女や立香達をサポートし、邪魔者のモルガンを排除すればいい。

 尤も、そこに辿り着くまでの過程があまりにも難易度が高すぎるのだが。

 

 

「さて、どうしようか……。……おっと、お帰りブランカ。ノクナレアとキャメロットの様子はどうだった?」

 

 

 一人頭を悩ませていたところに、偵察から戻ってきた相棒の白い蛾がやってくる。

 一先ず思考を中断させて彼女からの報告を受ける。

 

 やはりというべきか。

 六番目の鐘を鳴らした事で、同盟が保留となっていたノクナレア陣営が正式にアルトリア達と共闘し、キャメロットに宣戦布告の構えを取ったようだ。対するキャメロットも彼女達に対抗すべく各地に散っていた勢力を集め、迎撃の準備を整えているらしい。

 

 召集されたメンバーはバーゲストとメリュジーヌ。そして、オックスフォードから脱走したウッドワス。

 

 

「諦めの悪い奴。極限状態持ちの亜鈴百種なんて、とっとと消えてくれればいいのに」

 

 

 モルガンはこれが最後の名誉挽回のチャンスのつもりで召集し、ウッドワスは今度こそ女王からの信頼を勝ち取るべく応えたのだろうか。だが、とにかく厄介だ。排熱大公と称される実力者に極限状態などというとんでも強化を受けている彼は、場合によっては妖精騎士にすら勝利できるだろう。

 彼の対抗策も講じなければならないな。いや、そもそも極限状態に対抗できるアイテムがない状態でどう倒せばいいんだ―――と、重い溜息を吐いてから、改めてブランカからの報告に耳を傾ける。

 

 

「バーヴァン・シーは不調により休養中? へぇ、それは良い事を聞いたなぁ。具体的にどんな状態かは……流石にわからないか。ああいや、別に怒ってないよ。むしろそこまで調べてくれた事に感謝してるよ。それじゃあ、あの狩人もキャメロットにいる事になるか。嫌だなぁ……」

 

 

 続いて、報告は氏族長のものへと変わる。

 スプリガンはキャメロットへ向かい、ムリアンはグロスターから動かない。オーロラはソールズベリーに残っていた義勇兵を連れて『予言の子』陣営に合流予定。

 それとは別にモースの様子についてだが、彼らに動きはないそうだ。

 

 いや、というよりは―――

 

 

(数を減らしている、という感じかな。大元があの状態(・ ・ ・ ・)なんだ。これからどんどん減っていって、やがて完全にいなくなるだろうな)

 

 

 どこか元気のないブランカに休むようにと告げながら考える。

 

 

「舞台は順調に進んでいる。ここからは情勢を見ている暇はない。モルガンとアルトリア―――二人の『楽園の妖精』、どちらが生き残るかの決戦だ」

 

 

 個人的な考えであれば、勝ちさえすれば両者の共倒れでも別に構わない。モルガンの打倒さえ実現すればそれでいいのだ。

 

 妖精國をめぐる戦いはあと少しで完結だ。

 ……とはいえ。

 

 

「ハッピーエンドもバッドエンドも必要ない。この國が辿り着く先は、なにもない無だけさ」

 

 

 舞台にはなにも残らない。

 観客も、役者も、小道具も。なにもかもがなくなった劇場で、朽ちた幕が下りるだけだ―――。

 




 
・『オフェリア』
 ……ルーツが自分を通してアンナを見ているのではないかと思い問い詰めるも、『巡礼の鐘』が鳴った事で答えを聞けずにいる。
 いつか必ず答えを聞きたいと思っている。

・『ルーツ』
 ……オフェリアに「今もアンナを追っているのか」と聞かれ、答えようとした直後に『巡礼の鐘』が鳴った事でそちらの対応に追われてしまい、返事はできなかった。
 近々改めて答えを返そうと思っている。

・『バーヴァン・シー』
 ……模擬戦などで使うシミュレーションルームにて療養。カリアに令呪の一画を用いて死ぬ事を禁じた。

・『カリア』
 ……マスターからの令呪を受け、生きて帰還する事を誓う。しかしその後、彼女が真の意味で助けを求めた場合はすぐに駆け付けるとも告げた。
 魂の摩耗、気が狂う程の空腹、竜種への転身というデメリットを背負った状態で戦地に赴く事にワクワクしている。

・『モルガン』
 ……相変わらずのカリアに頼もしさ半分呆れの感情を抱いている。再びバーヴァン・シーと会う為、『予言の子』達の殲滅を決意した。


 次回よりいよいよ決戦編です。アヴァロン・ル・フェも終わりが見えてきましたね。
 終了後はいつも通りカリアのプロフィールと幕間を投稿し、次にシュレイド異聞帯の話を一つ。その後ミクトラン編へ移行しようと思います。
 以前はトラオムを挟もうかと思ったのですが、仮にルーツがトラオムの真相や実験室の事を知ったとしても、その謎が明らかになるのはオーディール・コールだと思いますので、別に挟む必要はないのではと判断したため無しにしました。ご了承ください。

 それでは、また次回ッ!


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戦争の始まり

 
 ドーモ=ミナサン。
 先日のニンダイにて『エピックミッキー』のリメイク発表、『ENDER LILIES』の続編である『ENDER MAGNOLIA』の発売決定を受け狂を発したseven774です。

 『エピックミッキー』はお小遣いの影響でプレイしたくとも出来なかったので、switch版でリメイクが遊べると知って本当にうれしかったです。また、『ENDER MAGNOLIA』も前作がとても面白かったので、その続編が遊べると知れて楽しみで仕方ないです。

 来週にはポケモンダイレクトもありますので、個人的には今年は良い年になりそうですねぇ。BWリメイクが発表されるとは思うのですが、どうかDPリメイクのような感じにはならないでほしいと考えています。あれはあれで面白かったんですけどね……。

 今回より戦争が始まります。
 それではどうぞッ!



 

 罪都キャメロット。

 妖精歴が終わり、モルガンが治世を敷く女王歴に変わってから二千年余り、この妖精國ブリテンの中心として栄えた都市である。

 

 ブリテンの中心に開いた大穴を半分囲むように広がっているこの都市は城壁内外の二つに分けられており、内部の都市は妖精國内でも最大の規模を持っている。その城壁も千年級の樫の木を素材に使っているため、そう易々と破壊されるものではない。

 普段ならば定期的に官氏や大使、場合によっては氏族長が足を運び女王に日々の報告を行い、城下では市民や貴族達が穏やかに過ごしている。

 

 しかし、現在のキャメロットは、非日常の出来事の中心地であった。

 

 

「行け行け行けッ! なんとしても勝つんだッ!」

「我々には『予言の子』がついているッ! 一人でも多く倒すんだッ!」

「城壁内には決して入れるなッ! 陛下の威光を示すのだッ!」

「反逆者共めッ! ここから先には行かせないぞッ!」

 

 

 剣戟。怒号。

 そこかしこで巻き起こる鉄と声による喧噪は、日常には決してあり得ぬもの。

 『予言の子』(アルトリア)を中心に据えた円卓軍と、彼らと手を組んだノクナレア軍による反乱軍。そして、彼らからこの城を護る為に國中から召集された女王軍による戦争である。

 

 そして現在の戦況は、反乱軍の方が優勢に傾きかけていた。

 円卓軍だけであれば、女王軍の圧勝だったであろう。円卓軍にはアルトリア以外にも、これまで数多くの特異点を乗り越え、五つの異聞帯を踏破した藤丸立香がいるものの、対する女王軍には、数百年を超える年月においてこの國を護り続けてきた妖精騎士達がいる。

 しかし、その妖精騎士の内の一騎が秘密裏に立香達と密約を交わしていた事によって全力で戦っておらず、また円卓軍はノクナレア軍が付く事で戦力を向上。二つの陣営のリーダー達の存在が兵士達の士気を上げているのもあったのが、現在反乱軍が優勢になりつつある理由である。

 

 だが、油断する事なかれ反乱軍。

 たとえ戦況が自分達側に傾きかけていようとも、女王軍には並の兵士では相手にならぬ強豪がいる。

 

 

「ハハハハハハハッ!!!」

「ヒ―――ぐ、ぁ……」

 

 

 怒号に混じる狂笑。まるで今の状況が楽しくて仕方ないと叫ぶように笑う彼女に怯えの感情を抱いた男の胸を、巨大な刃が貫いた。

 

 鎧による防御などないも同然に貫いた操虫棍の持ち主であるカリアがそれを振るえば、遠心力で飛んだ男の骸が宙を舞い、壁に叩きつけられた。

 続いて足のバネを使って加速。僅かに距離の空いていたノクナレア軍の兵士に肉薄すると、刃は振るわずに空いた右腕を突き出した。

 一言も発させずに心臓を抉り取ったカリアがそれを握り潰すと、弾け飛んだ血飛沫が彼女の顔に付着し、吸収された(・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 ―――魂喰い。

 他者の身に流れる魔力を奪い、自らの糧とする能力。

 マスターであるバーヴァン・シーが充分な魔力供給が不可能な現状、彼女は目の前の敵を殺しながら、自分が戦い続ける為の魔力を回復し続ける。

 

 他者の血を吸収し、その度に暴れる彼女の姿に円卓軍の兵士達がカリアに攻撃しようとするが、上空から急降下してきた猟虫(オオシナト)が彼らを妨害する。

 

 人間や魔獣よりも強固な鱗や甲殻に覆われたモンスターを狩猟する為に飼育される猟虫による突進は、最早妨害という枠を超えた威力であり、直撃した兵士の中には剣を持っていた腕が(ひしゃ)げたり、頭部を兜ごと潰されてしまった者もいた。

 

 そして、猟虫の特徴はただ闇雲に突っ込んで(ハンター)を援護するだけではない。

 

 

「ぁ、が……」

 

 

 一人の兵士の体に取り付いたオオシナトが口吻を突き刺せば、彼の体が瞬く間に萎んでいく。そして、オオシナトは自らが吸い出した命を表すようにその身に赤い光を纏い、主の下へと帰還する。

 定位置である右腕へと戻った直後、赤い光はオオシナトからカリアへと移り、彼女の肉体を強化する。

 

 身体能力が向上した感覚にカリアがさらに速度を上げ、次の標的に襲い掛かろうとするが―――突如として轟いた轟音が、彼女の動きを止めた。

 

 

「あれは……」

 

 

 なにが起こったのかと視線を音のした方角へ向けると、上空へ向かって黒い煙が立ち昇っているのが見えた。

 カリアはその黒煙の出所が、丁度正門が位置する場所だと気づき、「ハッ」と笑った。

 

 

(破壊されたか。となると、士気も上がるな)

 

 

 正門が破壊されたという情報は、それだけで両陣営の士気に直結する。

 反乱軍は城下へと続く道が開けた事で士気が上昇し、女王軍は正門が突破された事に動揺して士気が乱れる。

 

 本来なら即座に対処すべき事態。だが、カリアは変わらず笑っていた。

 

 敵の士気が上がる。それはつまり、今よりも勢いをつけた敵がやって来るという事。

 他者を殺し、傷つける事に快楽を覚えるカリアにとって、それは獲物に脂が乗ったにも等しい。

 

 思わず口端から垂れた涎を拭い、さてどれ程の敵が来るのかと身構えた直後、早速背後からジャラジャラとなにかが迫り来る音が聞こえてきた。

 跳躍して難なく躱し、体を回転させて操虫棍を振るう。

 

 カリアの真下を通り過ぎていった鎖の持ち主は、即座に右手に握っていた大剣(・ ・)で彼女の斬撃を弾いた。

 

 攻撃を防がれたカリアが着地して構えを取るが、自身の前に立つ存在を視界に収め、唖然とした。

 

 

「……バーゲスト? なぜ、君が?」

「……申し訳ありません、カリア」

 

 

 疑いようのない味方。そして、妖精騎士の中でも女王への忠誠心が強いはずのバーゲストが、なぜか目の前に立ちはだかっていた。

 

 

「君ともあろう者が、陛下を裏切るのかい? いったいどうして」

(わたくし)、『予言の子』達と密約を交わしていましたの。私の恋人、アドニスを汎人類史に連れて行ってほしいと」

「ほう? 恋人の為であれば、陛下を裏切るというのか。ハハハ、忠誠心が強いと思っていたのだが、ボクの見当違いだったか。まさか、陛下より恋人を取るとはね」

「貴女にはわからないでしょうね、カリア。メリュジーヌに匹敵し、陛下にも届きうる貴女の強さには憧れていましたが……そういうところまでは好きになれませんわ」

「そう言ってくれないでくれたまえ。これがボクだ。……では、これからボクが殺すのは、君というわけかい?」

 

 

 カリアの言葉に、バーゲストは僅かに彼女に向ける大剣の切っ先を下げた。

 

 

「……正直に言ってしまえば、貴女と戦いたくはありません。貴女や陛下には、返しても返しきれない恩があります。……どうか降伏を。恩人(あなた)を斬りたくはありません」

「ハッ、それはァ―――できないねェッ!!」

「―――ッ!」

 

 

 飛び掛かったカリアの操虫棍と、バーゲストの大剣が激突する。

 両者の間で発生した衝撃波が周囲の兵士を吹き飛ばし、建物を揺るがす。

 両手で巧みに操虫棍を操り、時にはオオシナトを飛ばして攻撃するカリアと、鎖を鞭のようにしならせて防御しながら大剣で反撃するバーゲスト。

 

 目にも止まらぬ攻防に周囲の兵士達が手を出せずにいると、バーゲストが横薙ぎに振るった大剣を回避する為にカリアが距離を取った。

 

 

「裏切り者のバーゲストッ! 戦友を斬るのは辛いが……こうなっては仕方ないからなぁッ! 君の首を貰おうかッ! 本当に辛いけどなぁッ!」

「本当はそう思っていないくせに……本当、貴女ってそういう人ですわねッ!!」

 

 

 狂った笑い声を響かせる狩人と、彼女の言葉に苦笑した紅蓮の騎士が再びぶつかり合った。 

 

 

 

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「バーゲスト、大丈夫かなッ!?」

「わからないけど、今は信じるしかないッ!」

 

 

 斬りかかってくる騎士を魔術で作り出した円輪で弾き飛ばしたアルトリアの叫びに、杖から魔力弾を放ったダ・ヴィンチが叫び返す。

 

 現在、アルトリア及び藤丸立香達は城下へと続く正門前で、女王軍と交戦していた。

 

 密約を交わしていたとはいえ、バーゲストは律儀な性格の持ち主。

 正門が破られるまでは女王軍側の騎士として全力で戦っていたものの、ノクナレアの巨人兵団によって正門が破壊されると、密約通り立香達側に付いた。

 しかし、彼女は立香達には同行せず、カリアを抑えに向かった。理由としては、正門が破壊された事に気付けば、彼女は間違いなく今まで以上に暴れるだろうからという。

 

 

『彼女はバーヴァン・シーのお目付け役だが、相手を殺す事に関しては右に出る者はいない。この戦争は彼女にとって、楽園にも等しいもの。恐らく、この戦場においてたった一人、この状況を楽しんでいる奴だ』

 

 

 そこに、自分という獲物を用意する。

 放っておけば反乱軍の戦力を単騎で半壊まで追い込める事も可能だと思われる彼女だが、自分(バーゲスト)が相手となれば他所に構っていられなくなる。

 その間に、立香達は城下に入ってもらうという考えらしい。

 

 他の反乱軍の兵士達に彼女が味方である事は既に“風”の氏族を通して報せているが、直接見てもわかるように監視役で反乱軍の中でも指折りの実力を持つ兵士をつけている。

 

 

「でも、バーゲスト、最後になにか怖い事言ってたよね」

「そうですね……」

 

 

 召喚した影の英霊達を援護していた立香に、彼女の護衛をしていたマシュが頷く。

 

 彼女達が思い出すのは、去り際にバーゲストが残した言葉だった。

 

 

『陛下は城下に兵士を配置しなかった。それがなにを意味するのかはわからないが……なにか仕掛けている可能性がある。気を抜くな』

「彼女の言葉の通りなら、馬鹿正直に城下に入るのは愚行だろう。けど、壁を上っていくわけにもいかない。上っている途中に妨害されるのがオチさ。あぁクソ、こんな時にあの『敵地潜入用タイツ』があれば……」

「それは絶対にヤダ」

 

 

 悔し気に歯噛みするオベロンに、アルトリアが真顔で返す。

 『予言の子』と扱われていた村正を購入したグロスターのオークションの商品だったタイツを着用すれば、城を囲む壁も簡単に登れるらしいが、あんなふざけたものを着る気にはなれなかった。

 あれを本気で着ている者がいるとすれば、それは真正の馬鹿か、その馬鹿に巻き込まれた憐れな犠牲者だろう。

 

 

「たとえ罠だとしても、こうなると飛び込んでいくしかない。用心して―――」

「―――ォオオオオオォォッッ!!」

 

 

 バーゲストの言葉を思い出していたダ・ヴィンチが言い終わりかけた直後、背後から咆哮が響き渡った。

 いったいなにが、と振り向いた立香達の視界に映り込んだのは、頭部や胴体が千切れ飛ぶ反逆軍の兵士達の姿だった。

 そして、その奥に見えたのは―――

 

 

「城には……陛下の元には行かせるかァッ!!」

「っ、ウッドワス……ッ!」

 

 

 これまでどこに隠れていたのだろうか。突如後方に出現したウッドワスが片腕を震えば、それだけで複数人の兵士が消し飛んだ。

 

 

「そこを動くな『予言の子』ッ! 『異邦の魔術師』諸共、この私が鏖殺してくれるわッ!」

「マズイッ! 迎撃を―――」

 

 

 オベロンが立香に指示しようとした直後、彼女目掛けてウッドワスが突っ込んできた。

 常人であれば捉えられぬ速度。主を護る為に彼の迎撃を試みた影達も薙ぎ払ったウッドワスの拳が、遂に立香の頭部を捉えかけた、その時だった。

 

 

「ハァ―――ッ!」

 

 

 横から突き出された槍が、ウッドワスの攻撃を逸した。

 風圧に吹き飛ばされた立香が尻餅をつくもすぐに顔を上げ、自分を救ってくれた騎士の名を叫んだ。

 

 

「パーシヴァルッ!」

「立香達は先にッ! 彼は、私達が止めますッ!」

「でも……」

「立ち止まるなッ! 行くぞアルトリアッ!」

 

 

 パーシヴァルと打ち合うウッドワスの肉体から、ロンディニウム防衛戦の時よりも強大な力を感じ取ったアルトリアが加勢すべきではないかと思うものの、杖を持っていない腕をオベロンに取られて連れて行かれた。

 

 突き出された槍を受け流したウッドワスが、少しずつ距離が離れていく彼女達を狙い撃つべく掌から光線を撃ち出そうとするも、パーシヴァルが即座に攻撃を仕掛けて妨害した。

 燃え盛る激情により、最早紳士とは言えない様相で犬歯を剥き出しにしたウッドワスに、パーシヴァルは両手で槍の柄を握り締めて叫ぶ。

 

 

「排熱大公ウッドワスッ! 貴殿はここで食い止めるッ!!」

「抜かせパーシヴァル……ッ! 今度は容赦しない……全力で、貴様を殺してやるッ! ウゥルォオオオオオオッッ!!」

 

 

 全身から漆黒のオーラを迸らせたウッドワスの肉体が、より強固に、より鋭利に変貌していく。

 

 ―――極限状態。

 戦友にして親友である狩人から得た力。自らの命を代価に、何者にも負けぬ無敵の肉体を獲得する。

 

 これまで多くの失態を重ねてきた。

 女王モルガンの忠臣として、偉大なる勇者ライネックの次代(むすこ)として、これ以上の失態は犯せない。

 

 眼前に立つパーシヴァルは、『予言の子』や『異邦の魔術師』程ではなくとも、この妖精國に長く反逆し続けた存在。

 かつて面倒を見た相手であっても、最早ウッドワスには関係なかった。

 

 敵として立ちはだかるのなら、殺す。殺して、少しでも汚名を雪ぐ。

 自分はまだやれるのだと、陛下に叫ぶのだ。

 

 己の生命すら(なげう)ち、ウッドワスはパーシヴァルへと飛び掛かった。

 

 

 

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「ウッドワス公、円卓軍のパーシヴァルと交戦を開始しました。カリア様は現在……バーゲスト様と交戦しています。周囲の状況を確認した結果、バーゲスト様は『予言の子』側に付いたようです。周辺の騎士を動かしますか?」

「必要ない。たとえ『選定の槍』の所有者であっても、たかが人間一人……本気を出したウッドワスの敵ではない。だが、そうか……バーゲストが裏切ったか」

 

 

 戦況の報告を行う書記官に冷静に返していたモルガンだったが、その瞳には他者には気付かれない程小さな悲しみが宿っていた。

 

 バーゲストが裏切った理由は憶測でしかないが、恋人(アドニス)が絡んでいる可能性がある。

 恐らく、汎人類史に彼を連れて行こうとしているのだろう。マキリ・ノワや■■■■■■がいるこの國に、彼を長く留めておきたくないと考えたのかもしれない。

 もっと自分に、奴らに対処する時間があればと後悔するも、最早後悔したところでどうにもならない。

 

 軽く深呼吸して気を取り直したモルガンだったが、視界に入った妖精達に目を細めた。

 

 

(ウッドワス様や妖精騎士がいるなら安心だ。だが、まさかバーゲスト様が裏切るとは……)

(バーゲストめ。まさか向こうが勝つと思って寝返ったか?)

(『異邦の魔術師』は妖精騎士にも匹敵する影を無数に操ると聞く。中にはあのカリアと同等の影もいるのだとか……)

(もしそのような物を何体も出されたら、さしもの陛下であっても……)

(それに……あの龍はどこへ行った……?)

 

 

 妖精の一人がちらりとモルガンの背後を見やる。

 普段であれば、そこには彼女が友と呼ぶ古龍種がいるはずなのだが、今その場に彼の姿はない。

 

 ディスフィロアはどこに消えたのか。もしやモルガンが自分達に黙ってどこかへ逃がしたのではないのか。

 それは困る。モルガンが盟友と認める程の実力者であるのならば、仮にここに攻め込まれた時には自分達が逃げる際の時間稼ぎをしてもらわなくてはならない。

 集まった貴族達は、言葉を交わさずとも仲間達の気持ちが理解できていた。保身を優先する彼らにとって、なにを犠牲にしてでも自分達が生き残る事こそが第一目標なのだから。

 

 しかし、歪んではいるものの他者の心を視る事ができるモルガンは、彼らがなにを思っているのかなど手に取るようにわかっていた。

 楽園に戻る際に戦い、絆を育み、そして現代まで自分を支えてくれた友を時間稼ぎに使おうとする彼らを今すぐにでも殺してやりたいという憤怒に顔が歪みそうになるのを必死に堪え、表情を変えずに口を開く。

 

 

「お前達が知ったところで意味はない。我が友は変わらず、キャメロットにいる。尤も―――場所(・ ・)は違うがな」

 

 

 

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「パーシヴァル。そっちは頼んだわよ」

 

 

 遠くでウッドワスと交戦し始めたパーシヴァルの姿に小さく応援の言葉を投げかけたノクナレアは、反逆軍への休息や突撃の指示を行った後、正門へと向かう立香達の傍に駆け寄った。

 

 

「え、ノクナレアも来るのッ!?」

「当然、体張らないと臣下に示しが付かないもの。流れ矢で倒れるならそれまでの運命よ。無理はしないで、なんて言うだけ無駄。それは貴女達もでしょう? モルガンとサシで戦う機会はこれっきり。どちらが先に王城に入るか、競争よアルトリアッ!」

「ノクナレアに心配は無用です。私達も行きましょうッ!」

 

 

 我先にと正門へ入っていく兵士達に続き、立香達もまた中へと足を踏み入れる。

 

 そして―――景色が一変した。

 

 

「…………は?」

 

 

 呆けた言葉を発したのは、いったい誰か。

 兵士の内の一人か。アルトリアか、ノクナレアか、立香か。

 それとも、この場に辿り着いた者全てか。

 

 空模様は変わらず、禍々しい赤紫色の禍々しいもの。

 しかし、大地が変わり果てていた。

 

 どこから見ても目立つだろうキャメロットの城も、城壁も、妖精達の住居も見当たらない。代わりに聳えるのは、天を衝くように屹立する無数の岩山に、毒々しい色の水溜り。

 絶えず流星が降り注ぐその景色を見た立香の脳裏に、かつて読んだ叙事詩に記されていた単語が思い浮かんだ。

 

 

「ここって、“最果ての地”……?」

『その通りだ。ようこそ、我が盟友の世界へ』

「この声は……」

「モルガン……ッ!」

『貴様らに掛ける慈悲はない。反乱軍も、カルデアも、全てここで死に果てよ』

 

 

 “最果ての地”の中心に、灼熱の火柱が聳え立つ。どこからか集まってきた氷塊が周囲を漂った後、火柱と共にそれを消し飛ばして現れたのは、女王が最も信頼する古龍種。

 

 

『蹂躙するがいい、ディスフィロア。その眼前に立つ者、尽く全て消し去れ』

「グォオオオオオオォォォッッッ!!!」

「っ、総員攻撃準備ッ! “熾凍龍”ディスフィロアを―――」

 

「「討伐するッ!!」」

 

 

 立香とノクナレアの号令で構えたアルトリア達に、ディスフィロアが襲い掛かった。

 

 

 

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 立香達がディスフィロアと交戦を開始した頃、女王軍と反乱軍が戦い続けている城下町を見下ろす人影が三つ。

 

 

「さて、では早速、仕事を始めるとしようか」

 

 

 周囲にあるものよりも一際大きな建物の屋上に立ったプロフェッサー・Kに、カドックとペペロンチーノ。

 Kとペペロンチーノはこれから始まる仕事に対するやる気を漲らせているものの、対照的にカドックの顔は鬱屈としている。

 

 

(なんでこんな事に……)

[ふふふ、とてもお似合いよ、カドック]

「やめてくれ……」

 

 

 霊体化しているアナスタシアからの念話に口頭で返し、視線を自分の体に向ける。

 

 カドックが現在着用しているものは―――一切の穢れのない全身白タイツだった。

 それはかつて、Kが『予言の子』狙いで参加したオークションで持ち金全てを使って購入した、『敵地潜入用タイツ』だった。霊体化できるサーヴァントであるアナスタシアとカイニスは着用していないものの、ただの人間であるカドック達は三人全員これに身を包んでいる。

 

 つまりは戦火に包まれた城下町の一角に、全身白タイツの変態三人衆が現れたというわけである。

 

 なんでこんな事に―――と改めて思っていると、先日の記憶が思い起こされる。

 

 あれはそう。確か最後の『巡礼の鐘』が鳴った後の事。

 Kとアンナに呼ばれたカドックが会議室に向かうと、彼らからこのタイツを着用して罪都キャメロットに侵入してほしいと言われたのである。

 

 最初は断った。既に大幅な準備は終わっているらしいが、なぜ全身タイツを着ていかなければならないのかと思った。

 だが、この仕事は女王モルガンたっての願いであり、これを達成する為にはこのタイツを着る他ないのだそう。

 

 

『じゃあなんだ。まさかアンナもこれを着るのか?』

『いや着ないよ? 私は君達のナビをするし。状況が大きく変わった時はそっちに行くからね。この仕事……妖精騎士バーヴァン・シーの救出とキャメロットからの脱出は、君やKと君達のサーヴァント、そしてペペロンチーノがやるんだよ』

『はぁ……』

『なに言ってんだこいつみたいな顔しないの。アンナに対して失礼じゃない。さ、一緒に着て頑張りましょうね♡』

『え、嫌だけど』

『さ、打ち合わせの時間だ。それとこれの性能を改めて確認しないとね』

『そうね。時間がないんだもの。今の内に慣らしておくのが一番よ』

『離してくれ。頼むやめてくれ。僕はそんなの着たくない、着たくないんだッ!!』

 

 

 あの時もっと激しく抵抗し、拒絶すればよかった。そうすればこんな目に遭わずに済んだのかもしれないのだから。

 無意識に腹部を押さえている辺り、そろそろ胃薬を用意する頃合いなのかもしれない。

 しかし、今更後悔しても後の祭り。

 既に時は過ぎ去った。カドックの身を包むはいつもの服ではなく、一切の穢れを感じさせぬ純白のピッチリ全身白タイツ。

 

 周囲の色を反射し、そして夜闇に在っても尚その存在を知らしめる衣装に身を包んだ自分達三人。太陽が昇らぬこの妖精國において、彼らの存在は異様に目立つ。

 

 

「なんだあいつらはッ!」

「全身白タイツだと……ふざけるのも大概にしろッ!」

 

 

 故にこそ、バレるのは時間の問題であった。

 地上で敵を斬り殺した女王軍の兵士達が彼らの存在に気付き、内何人かの弓兵が弓矢を構えた。

 

 

「はっ、危ないッ!?」

「うわ気持ち悪っ」

 

 

 ぐにゅん、といった擬音が似合うような動きで矢を回避したK。しかし全身白タイツ、しかも唯一の肌色でもある顔の上半分を仮面で隠した成人男性が体をくねらせて矢を回避するという光景は気持ち悪いの一言に尽きるため、隣で矢を弾いていたカイニスがドン引きして距離を取っていた。

 ペペロンチーノもまた彼には負けず劣らずの動きでぬるん(・ ・ ・)と回避したが、カドックは(たとえその気がなくとも)その上を行った。

 

 咄嗟に身を捩って回避するものの、次に来る矢を回避する為に身を捩った。

 それはよかった。しかし同時に悪くもあった。

 

 彼が最初に矢を避けた時、彼の全身はさながら『<』のようなポーズを取っていた。そして間髪入れずに飛んできた矢を避けた結果、今度は『>』のポーズを取る事となる。

 そして、二射目を回避した彼の先になぜか同じ位置に矢が迫り、それを躱す。躱した先でまた躱す。

 

 結果、彼は『<』と『>』を交互に繰り返すという、Kとペペロンチーノを超える変態的挙動を取ってしまったのである。

 

 

「あの二人を超える気持ち悪い動き……ッ! 間違いない、奴がリーダーだッ!」

「殺せ殺せッ! 奴らなにをするかわからないぞッ! なにかする前に殺すのだッ!」

「いやリーダーじゃないんだが……」

「来るわよリーダーッ!」

「リーダー、指示をッ!」

「お前らも悪ノリするなッ!」

 

 

 とりあえず行くぞッ!

 咄嗟に叫んだカドックと、彼に頷いた二人は―――

 

 

「「「―――とうッ!」」」

 

 

 ―――屋上から飛び立った。

 飛び降り自殺……ではない。彼らはこの状況でその手段を取る軟弱者ではない。

 

 そう、これは逃げの一手にして、進撃の一手である。

 

 背筋を伸ばした彼らが腕を組んだ直後、いったいどこに仕込まれていたのかと言いたくなるようなグライダーが白タイツから現れ、彼らを風の道に乗せて運び始めた。

 

 

「う、うわああああッ!!? 変態がッ! 変態が空を飛んでるぞぉおおおおッ!!」

「撃ち落とせッ! 撃ち落とすんだッ!」

「そうはッ!」

「させません」

 

 

 地上からカドック達を射落とそうとする者達もいたが、彼らは地上に降り立ったカイニスとアナスタシアによって倒されていく。

 二騎のサーヴァントによって護られたカドック達は誰一人欠ける事無く城壁に到達。グライダーを収納後、あらゆる状況に対応する城壁を物ともせずにゴキブリが如くカサカサと這い上がった。

 

 

「止まったぞッ! 撃ち落とせッ!」

「待てッ! その先は城があるんだぞッ! 陛下のお膝元に矢を浴びせるつもりかッ!」

「く……っ!」

「フハハハハハッ! さらばだ諸君ッ! 我々が城下に降り立つ様を、指を咥えて見ているがいいッ!」

 

 

 なんかKが悪役っぽい言葉を叫んでいるが、カドックは冷静に状況を分析していた。

 

 Kが言うには、この戦争中は正攻法で門から城壁内部に入ると、敵味方問わずに“熾凍龍”ディスフィロアがいる“最果ての地”へと強制転移されてしまうという。しかし、これから自分達がやるような城壁からの侵入であれば、問題なく内部に入れるのだそうだ。

 

 

『連絡だよ〜。聞こえてる?』

「バッチリ聞こえてるよ、アンナ。ここから飛び降りればいいのかい?」

 

 

 Kが頭上を見上げれば、上空からアンナがオフェリアに頼んで用意してもらった小鳥型の使い魔が彼の右肩に止まった。この使い魔が、彼らやその周囲の情報をグロスターにいるアンナ達の元へ届けているのだ。

 

 

『うん。だけど、君がモルガンから聞いた話を考えてみると、定期的に落とし穴が設置されるんだって。落ちたら地下牢行きでバーヴァン・シーのいる部屋までの距離が開いちゃうから、気を付けて。合図はこっちから送るね。10数えるから、その時に飛び降りて』

「わかった」

 

 

 通信越しにアンナがカウントを始め、K達も飛び降りる構えを取る。

 そして―――

 

 

『1……飛んでッ!』

 

 

 指示に従い、ジャンプ。

 重力に引かれて地面へと落ちていき、着地と当時に衝撃を受け流す。

 骨折も外傷の一つもなく、そして“最果ての地”に引き込まれる事もなく、K達は城壁内への侵入を成功させた。

 

 

「よしッ! 侵入成功だッ!」

「やったわねKッ!」

『あ、馬鹿ッ! ハイタッチする暇があったら早く走ってッ!』

「「あっ」」

(馬鹿すぎる……)

 

 

 タイミング良く侵入に成功したKとペペロンチーノがハイタッチした―――そしてそれが、彼ら(そして巻き添えを食らったカドック達)の行く末を決定付けた。

 

 ガコンッ、と。

 彼らの真下の地面が開き、奈落へと続く口が現れた。

 

 

「ヤバいッ!」

 

 

 こうなった張本人の一人が叫び、全員揃ってクロールや平泳ぎなどしてなんとか落とし穴から逃れようとするが、そう上手く事は運ばない。

 

 悲鳴を上げながら落ちていく彼らは途中で三つのグループに分けられ、質素な狭い部屋に排出。

 即座にガチャンッと音を立てて鉄格子が落ちて、落とし穴に喰われた者達を捕らえた。

 

 カドックとアナスタシア。

 ペペロンチーノ。

 そしてプロフェッサー・Kとカイニス。

 

 三つの地下牢に因われた者達は、揃って顔を見合わせ―――

 

 

「「で、で♪」」

「でら、でら♪」

「「出られない〜♪」」

 

『檻ッ!!』

『……こんの、馬鹿ぁああああああああッッッ!!!』

 

 

 小鳥の小さな体から、それに似合わぬ大音量が吐き出されるのだった―――。

 




 
・『カリア』
 ……バーヴァン・シーが万全な状態ではないため、魂喰いをしながら戦う。カルデア側についたバーゲストと交戦する事には少し抵抗感があるが、敵に回った以上仕方ない(絶好の機会)なので全力で殺しにかかる。敵味方問わず、彼女は他者を殺せればそれでいいのである。
 この戦場で唯一、恐怖もなにも抱かず、ただ『相手を殺せる』という快楽のみで行動し続けている。

・『バーゲスト』
 ……原作通り裏切る。理由としては、マキリ・ノワや赤い光の蟲といった脅威から、恋人のアドニスを汎人類史に逃がす事で護る為。カリアとは彼女を抑え込む為に交戦するも、自らの飢餓を抑え込んでくれた彼女と剣を交える事に抵抗感を覚えている。

・『ウッドワス』
 ……これまでの失態を帳消しにすべく、後方から急襲。パーシヴァルに阻まれるも、まずは彼から殺すべく極限状態に変化した。

・『モルガン』
 ……ウッドワスの事は心配していないが、バーゲストの裏切りには心を痛めている。城下へと続く門に細工を施し、通った反乱軍がディスフィロアのいる“最果ての地”へと強制転移されるようにした。

・『ディスフィロア』
 ……モルガンの作った世界に“最果ての地”を展開。彼女の細工によって飛ばされてきた反乱軍と交戦を開始。

・『変態三人衆』
 ……血風吹き荒ぶ戦場に全身白タイツで現れた馬鹿二人と、彼らに巻き込まれた憐れな犠牲者一名。アナスタシアとカイニスを護衛に付け、城壁から城下へ侵入するも、落とし穴に引っ掛かり地下牢へ投獄された。初っ端から躓いたものの、これよりバーヴァン・シー救出作戦を開始する。

・『アンナ』
 ……グロスターから変態三人衆のナビを行う。オフェリアも使い魔の操作を行っている。虞美人も状況の確認を行っており、不測の事態には項羽の手を借りて解決策を講じる。
 が、まさか彼女達も初っ端から三人(というか二人)がミスするとは思っていなかった。


 次回もこんな感じでそれぞれの話を進めていこうかなと考えています。場合によってはこの中のどれか一つか二つに焦点を当てます。

 それではまた次回ッ!


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罪都キャメロットの戦争/1

 
 ドーモ=ミナサン。
 バレンタインイベが終了してすぐにホワイトデーイベが始まり、推しサーヴァントの一人であるシャルルマーニュが登場して嬉しくなったseven774です。
 霊衣と強化も入ったので、これからも使っていこうと思っています。

 前回から始まったキャメロット戦ですが、今回から番号を振って投稿していきます。流石にここまで分かれているとタイトルが決められないので……。

 それでは本編、どうぞッ!


 

 炎と斬撃が交差し、火花が飛び散る。

 両者の腕は二本であるはずなのに、それが数十本にも見える程の速度で繰り広げられる攻防に、周囲にいる兵士達は誰も身動きが出来ない。

 

 周囲からの目では互角に見える剣戟。

 だが、戦況はバーゲストが僅かに押されていた。

 

 バーゲストは本気で挑んでいる。そうでなければ、既にこの攻防の間で十回は首を落とされている。

 死なない為の本気だが……全力が出せない。

 

 ただの敵であれば、バーゲストは全身全霊を賭けて戦っただろう。

 だが、彼女にとってカリアは大恩ある存在であった。彼女とモルガンの存在がなければ、今頃恋人(アドニス)はこの世にはいなかったのだから。

 それが、彼女の刃を鈍らせる。

 

 しかし、カリアはそうではない。

 たとえ百年を超える年数を共に過ごし、國を護ってきた相手であろうと、彼女は一切の容赦をしない。

 

 殺し切れない優しさと感謝に剣先を鈍らせるバーゲスト。

 輝かしい記憶も感情もあるが、それで止める事はないカリア。

 

 故に、バーゲストは押されている。だが、だからといってバーゲストが絶対に負けるというわけではない。

 彼女にも譲れないものがあるのだ。それを果たす為に、バーゲストは大剣と鎖を振るうのだ。

 

 

「ブッ飛べッ!」

 

 

 横薙ぎに振るったブレードを鎧に叩きつけ、纏わせていた炎を爆発させる。

 轟音と共に発生した風圧が、衝撃と共にカリアの体を吹き飛ばす。

 

 二メートル近い身長と、120kgにもなる体重に秘められた筋力による一撃は、彼女よりも小さく軽いカリアの肉体など容易に吹き飛ばした。

 吹き飛ばされたカリアの体は城壁に激突し、肺に溜まっていた空気が口から無理矢理吐き出されたカリアの視界が、自分が起こした風圧を物ともせずに猛進してくるバーゲストの姿を捉える。

 

 大剣では届かない距離を縮める間に態勢を立て直される事を危惧したのか、左腕から打ち出された幾十もの鎖をオオシナトによって防御させ、僅かに開いた隙間を駆ける。急接近してきたカリアにこれ以上鎖で攻撃しては逆に隙を晒してしまうと判断するも、鎖は消滅させずに引き戻し、自身の左腕に巻き付けた。

 

 籠手の上に巻き付ける事で防御力を上げたバーゲストが左腕を掲げた直後、カリアの刃が叩きつけられた。

 鎖と籠手で防御しても、それらを通して伝わってくる衝撃はバーゲストの左腕の骨に亀裂を走らせ、両足が地面にめり込んだ。

 

 痛みに歯を食いしばり、カリアを押しのけて新たな炎を纏わせたブレードで叩き落そうとする。

 

 しかし、胴に向かって振るわれた大剣が受け止められた瞬間、操虫棍―――エイムofトリックに宿る龍属性のエネルギーが、大剣のブレードを覆う炎を消し去ってしまった。

 

 

(龍属性による属性の打ち消し……やはり厄介な能力ッ! そして―――)

「ハァ―――ッ!」

 

 

 火炎を消し去り、爆発の可能性を無くしたカリアが操虫棍のブレードを大剣の刃に滑らせて受け流す。

 バーゲストが力を込めて振るっていた大剣の威力をそのまま受け流した彼女の体は何回も回転するが、打ち飛ばされずにその場に留まり、さらに遠心力を利用して操虫棍を振るってきた。

 

 

(この対応力……ッ!! 流石、かつての時代に竜種を狩猟を生業にしていた狩人ですわねッ!!)

 

 

 竜種についての知識はそれなりにある。

 メリュジーヌがその竜種から派生した妖精である事は本人から聞いているし、なにより女王の盟友であるディスフィロアは竜種(ワイバーン)を超える龍種(ドラゴン)だ。妖精へと転生した前者はまだしも、後者やカリアの歴史を知る為にも、竜/龍種の情報は可能な限り調べている。

 

 この妖精國にワイバーンやドラゴンの類は基本見受けられないが、それでもかつての歴史から彼らが如何に強大であるかは把握していた。そして、そんな彼らから今よりももっと栄えていた人類種を護り続けた狩人(ハンター)達の頂点の一角に位置するカリアが、いったいどれ程の怪物であるかも。

 

 

「ぐううぅぅ……ッ!!?」

 

 

 受け流しと遠心力によって強化された斬撃に鎧を砕かれ、鈍器で骨を叩かれたような激痛に苦悶の声が漏れ出る。

 数歩後退ったバーゲストの首元に、着地したカリアの操虫棍が迫る。

 咄嗟に首を横に逸らせば、標的を逃した切っ先は彼女の髪の毛を斬り捨てただけで終わり、体を伸ばした姿勢になっていたカリアの体をバーゲストが蹴り飛ばした。蹴り飛ばされたカリアはすぐに襲い掛からず、敢えて彼女との距離を取ってから態勢を立て直した。

 

 

「依然戦った時よりも強いじゃないか、バーゲスト」

「えぇ。それはもう、鍛えましたから」

「それ以上筋肉を付けてどうするつもりだい? それではアドニスと褥を共にしても押し潰してしまうだろう?」

「……そのデリカシーに欠ける言葉、後悔させてあげますわッ!」

 

 

 ―――他人の夜の事情に突っ込むのはやめてくださいましッ!

 思いがけないカリアからの言葉に炎の威力を高め、バーゲストは彼女に斬りかかった。

 

 

 

 Now Loading...

 

 

 

「く……ッ!」

「死ねッ! 死ね、パーシヴァルゥウウウッッ!!」

 

 

 怒涛の勢いで襲い来る攻撃を、間一髪で回避し続ける。

 無限にやって来る絶死の一撃を、生命の危機に瀕した本能とこれまで積み重ねてきた戦闘技能の全てを活用して避けるパーシヴァルの脳は、ただ『相手の攻撃から逃れる』という目的を達成する為だけの命令を全身に伝播させる。

 死にたくないという、生物においての究極の願いを果たす為に動く肉体は、極限状態のウッドワスの攻撃を紙一重で躱し続けるものの、風圧のみで体が千切れ飛びそうになる威力に戦慄する。

 

 彼らの周囲には、誰もいない。

 ウッドワスの援護を行う予定だった兵士達も、別の戦場へ向かってしまった。

 

 彼らは、見てしまったのだ。愚かにもウッドワスの援護に乗り出そうとしていた味方が、どうなってしまったのかを。

 

 あっという間の出来事だった。長らくこの妖精國を護り、氏族長としても有名だったウッドワスと同じ戦場に立てた事に興奮したその男は、パーシヴァルに攻撃を仕掛けたウッドワスを援護しようとした。

 しかし、ウッドワスはその直後、味方であるはずのその兵士を殺したのだ。

 

 最初は誰も理解できなかった。パーシヴァルでさえ、標的の自分への攻撃を中断させてまで味方を殺害したウッドワスの姿に動きを止めてしまった程だ。

 

 

『渡すか、誰にも渡してなるものかッ! こいつは私の―――オレ(・ ・)の獲物だッ!!』

 

 

 ウッドワスには最早、敵味方の区別は付いていなかった。

 『獲物を狩る己』と『狩るべき獲物』しか、今の彼の心にはない。それを邪魔する相手は、たとえ味方だろうと容赦しなかった。

 

 そして、兵士達は去った。

 我先にとウッドワスから逃げ、彼のいない戦場へと逃げた。

 

 女王から逃げる事は許されない。かといって、女王軍の兵士として選ばれた以上戦わなくてはならない。けれど、ウッドワスと戦地を共にするのは恐ろしい。

 

 妖精國に住まう妖精の大半はとうに武器を投げ捨てて逃げ出しているだろうが、意地でもこの戦場に残る道を選んだ兵士達は勇敢と言ってもいいだろう。敵味方関係なく、自分の邪魔をする可能性がある存在を殺すような存在がいる場所から逃げたのは、命を持つ者として当たり前の決断なのだから。

 

 

「ウゥオオオオォォッ!!」

 

 

 飛び退いたパーシヴァルに、大きく跳躍したウッドワスの踵落としが迫る。

 真正面から受け止めては槍ごと粉砕されると本能で理解し、パーシヴァルは再び後ろに飛び退く。

 

 直後、踵落としが直撃した地面がクレーターのような窪みが生じ、次に突風と瓦礫が一気に襲い掛かってきた。

 片腕で風と小さな地面の破片から目を護ながら直地し、両足のバネで一気に加速。

 

 

「ハァアアアアッ!!」

 

 

 気合の叫びと共に槍を突き出し、ウッドワスへと突っ込んだ。

 

 

「ウゥ……ッ!?」

 

 

 胸部へと槍の穂先による一撃を受けたウッドワスが、僅かにたじろぐ。

 パーシヴァルが保有する『選定の槍』は、かつて楽園の妖精(アヴァロン・ル・フェ)としてこの世界に現れたモルガン(トネリコ)が有していた祭具の一つだ。元々は『妖精を救うもの』と定義されたものだったが、多くの裏切りの果てに妖精という存在に失望し、己の行動に後悔した救世主の慟哭によって『妖精を倒すもの』へと変質したそれは、妖精達には毒となる鉄よりも強力に、彼らの肉体を蝕む。

 

 ただの槍であれば、ウッドワスに傷一つ付けられなかっただろう。加え、彼の胸部は極限状態になっている事で硬度を増しており、ダメージを与えるどころかこちら側が砕かれる可能性もあり得た。

 

 しかし、『選定の槍』はその歪んだ特性だからこそ、その可能性を排除し、極限状態によって硬化した肉体にもダメージを与えたのだ。

 

 金属同士を擦り合わせたような耳障りな音を掻き鳴らしながら、紫色の火花を散らして後退りしたウッドワスだったが、即座に拳を突き出した。

 

 顔面を粉砕しようと迫り来る拳を前に、パーシヴァルは咄嗟に首を横に逸らして回避。吹き飛ばされそうになる風圧を懸命に堪え、決して槍を手放さずにウッドワスから距離を取った。

 

 

「パーシヴァルッ! よくもこの身に傷をつけてくれたなァッ!!」

(よし、ダメージは与えられる……。けど―――)

 

 

 ―――あまりにも硬すぎる。

 ウッドワスになんとか一撃を与えられたパーシヴァルは、彼の肉体の強度に戦慄した。

 

 先の一撃は、彼のこれまでの人生の中でも最高のものだった。それを与えても、ウッドワスにとってはただの一撃にしかならない。

 

 あと何発、あとどれくらいの時間をかければ、ウッドワスは斃れるのか―――そしてその時まで、自分は生きていられるのか。

 

 まるで山を相手にしている気分だ。なにをしても揺るがない圧倒的存在感。

 ……だが。

 

 

(攻撃が通るのなら、何度だって叩き込んでやるだけだッ!!)

 

 

 槍を握る力を強め、構える。

 ダメージが与えられて、相手もそれを傷と認識している以上、倒せる。

 

 とんでもない戦いだ。繰り出す一撃を全て渾身のものにしなければならないのだから。

 だが、そうでなくてはこの男は倒せない。倒せるはずがないのだ。

 

 

「ウッドワスッ! 私は、負けないッ! 負けるわけにはいかないんだッ!」

「いいやッ! お前はここで死ぬ―――このオレが、貴様を殺すのだからなァッ!!」

 

 

 互いに自らを鼓舞するように叫び、一気に駆け出した。

 

 

 

 Now Loading...

 

 

 

 赤い弓矢による射撃を受けて着地したディスフィロアが、次いで自分に襲い来る二振りの戦斧を地上から出現させた氷柱で防御する。

 緑色の炎を纏う戦斧によって氷柱が砕かれるも、その奥に古龍の姿はない。

 

 どこに行ったのかと戦斧の持ち主が周囲を見渡すが、その答えはすぐに出された。

 

 氷柱で身を隠していた間に移動したディスフィロアの火炎ブレスが、戦斧の持ち主を焼き尽くし、さらにその奥にいた弓兵をも狙う。

 弓兵は咄嗟にブレスを回避したが、その直後、彼の背後に出現した氷塊によって火炎が反射(・ ・ ・ ・ ・)し、弓兵を捉えた。

 

 

「ダレイオス三世、アーラシュ……ッ!」

 

 

 本物ではない影とはいえ、自身が召喚したサーヴァントが炎によって焼き尽くされた様に唇を噛み締める。

 

 残る影のサーヴァントを含めればこちらの戦力は三十人を優に超え、相手はディスフィロアただ一体。しかし、その一体故に、ディスフィロアは強力無比だった。

 

 オークニーの戦いを通してディスフィロアの強さは可能な限り把握していたが、こうして真正面からぶつかり合うと、その強大さがよくわかる。

 

 けれど、彼らの消滅を通して、立香の脳内に一つの考えが過り、令呪の刻まれた右手に触れる。

 

 

(炎を反射する氷塊。落下させて攻撃できるし、壁として防御にも使えるのは厄介だけど……これを逆に利用できれば―――)

「弓兵部隊、前へッ! 放てェッ!」

「バックアップ行くぜッ! 立香ッ!」

「ッ、キルケーッ!」

 

 

 ノクナレアの指示を受けた弓兵部隊が放った矢にグリムとキルケーの影による強化魔術が施される。

 神代の魔術によって威力、硬度を上げた大量の矢が、それぞれが異なる動きをしながらディスフィロアへと殺到する。

 

 ディスフィロアは上空から降り注ぐ大量の矢の周囲にある気温を操り、幾つもの氷塊を生成。何本もの矢を一度に氷塊の中に閉じ込め、砕かせる事で速度を落としながら迎撃を行ったディスフィロアが火炎を吐き出せば、先程のように氷塊によって火炎が反射され始める。

 

 

「来るぞッ!」

「マシュ、宝具お願いッ!」

「はいッ! 顕現せよ―――いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)ッッ!!」

 

 

 誰よりも前に飛び出し、着地と同時に盾を地面に突き立てる。

 真名開放によって、マシュに力を貸していた英霊(ギャラハッド)の力が喚び起こされる。

 

 聳え立つは白亜の城。

 何人にも穢されぬ、古き騎士達の聖域。

 

 眩き輝きを放つ城は、仲間達の命を奪い去ろうとした氷炎のブレスを受け止め、仲間達を護り抜いた。

 

 

「ありがとう、マシュッ!」

「お陰で攻撃できるわッ!」

 

 

 ブレスが止み、崩落していく城の残骸を乗り越えたアルトリアが、自分と共に駆け出したノクナレアに魔術による補助を行う。

 

 身体能力を強化されたノクナレアが全身からハート型のオーラを立ち昇らせると、それを右足に纏わせ、ディスフイロアの前足に叩きつけた。

 

 僅かに後退したディスフイロアが彼女の足元から炎柱を噴き出させようとするも、直後にノクナレアの軍勢が放った矢がそれを許さない。

 

 ただの矢であれば、ディスフイロアにダメージは与えられない。しかし、彼らの放った矢や武具は、キャスターとして召喚されたグリムと、立香が召喚した影の英霊の魔術を受けた事で古龍種にも多少の効力を発揮する。

 そして、今度はグリムとキルケーも攻撃に加わり、火炎と電撃も追加でディスフィロアに襲い掛かった。

 

 矢だけであれば先程のように対処できる。しかし、英霊達による攻撃は少々面倒だと判断したディスフイロアが翼を広げて翔び上がった。

 

 古龍の巨体を軽く持ち上げる程の風圧によって吹き飛ばされたノクナレアを村正が受け止めながら、飛翔したディスフィロアに向けて投影した日本刀の大群を向かわせる。

 

 

「よし、私も―――」

「ダ・ヴィンチちゃん、待ってッ!」

 

 

 直撃した瞬間に、投影品を構成する魔力を暴走させて爆発させて怯ませた村正に続こうとしたダ・ヴィンチだが、彼女を立香が呼び止める。

 

 

「どうしたの?」

「私がこの戦いで召喚できる影って、あと一騎だよね?」

「……そうだね。手を抜けるわけじゃないけど、この戦いが終わった後にはモルガンが控えている。彼女との戦いも考えるとなると、君が召喚できるのはあと一騎だけだ」

「わかった。ありがとう」

「その顔、なにか考えがあるんだね?」

「うん。それで、頼みがあるんだけど―――」

「―――グゥオオオオオオオォォォッ!!!」

 

 

 ダ・ヴィンチに自分の考えを伝えようとした直後、飛翔していたディスフイロアが咆哮を轟かせた。

 

 

「マズ……ッ!」

 

 

 鼓膜を破きかねない咆哮に思わず動きを止めてしまったオベロンの視界に、ディスフイロアの周囲に白と赤の魔力によって象られた二重の円が映る。

 

 そして、円が破裂し―――破壊が巻き起こった。

 

 

「うぉおおおおッッッ!!!?」

 

 

 衝撃波と共に放出される、氷炎の嵐。

 “最果ての地”全土に降り注ぐ、凍てつき、燃やす暴虐。

 

 直撃を受けた兵士達はなにも言えずに骨の欠片も残さず灼き尽くされ、キルケーの魔術で出現した魔力の壁によって一時的に護られた兵士達も、敢え無く魔力壁が粉砕されてしまった直後に、襲い掛かってきた衝撃波によってキルケー諸共消し飛ばされてしまった。

 

 永遠にも近く、しかし十秒にも満たぬ短い時間。だが、誰もがそう思う程の地獄を顕現させたディスフイロアが地上に降り立つと、周囲にはなにも存在しなかった。

 

 残るのは、この現象を起こしたディスフイロアと―――

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

 ―――この絶対的な死から、生き延びた勇者達だけだった。

 

 

「……きみをいだく希望の星(アラウンド・カリバーン)……ぁ……」

「アルトリアッ!」

 

 

 対粛清宝具。

 あらゆる攻撃を阻み、遍く命を護るアルトリア・キャスターの力。

 一度だけではなく、何度も襲ってくる嵐から仲間達を護る為に魔力を集中させ続けた事によって倒れかけた体を立香に支えられ、アルトリアは小さく笑みを作った。

 

 

「ありがとう、立香……。でも、大丈夫。ここまで来て、終われないよ」

 

 

 自分を支える腕を軽く押し、自らの足で前に踏み出す。

 

 

「助かったぜ、アルトリア」

「えぇ、感謝するわ。お陰で無傷よ」

「一旦下がってろ。多少魔力を回復させる時間ぐらいは、稼いでやるさ」

「マシュ、行けるよね?」

「もちろんです。アルトリアさん、今度は私達が、貴女を護りますッ!」

 

 

 自らの技を防ぎ切ったアルトリアを明確な脅威と判断したのだろう。これまでとは明らかに違う殺気を眼に宿したディスフイロアから彼女を護るように立った立香達に、アルトリアは心の底から温かくなるような感覚に包まれた。

 

 

「行くよみんなッ! 今度は私達が、アルトリアを護るんだッ!」

 

 

 

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「アンナ、この使い魔で鉄格子の破壊は出来るかい?」

『無茶言わないでよ。出来ても手のひらサイズの道具を持ち運ぶくらい。体当たりしても絶対に開かないだろうし。カイニスとアナスタシアちゃんは?』

「無理だな。この地下牢に入ってからどうも力が出ねぇ。トライデントもこれじゃあ形無しだ」

「ヴィイも無理だと言っています。もちろん、この私も」

 

 

 肩を上げて無理と意思表示するカイニスに、肩を落として溜息を吐くアナスタシア。

 二騎に『そうかぁ……』と返したアンナは、オフェリアの使い魔を羽ばたかせて鉄格子の近くまで寄る。

 

 

『カドック君、ここの性質はわかった?』

「本当に大雑把にだけどな。この地下牢は、収容した相手の力を一定まで制限するらしい。カイニスやアナスタシアが壊せないのもそれが原因のはずだ」

『ん、わかった。さて、どうやってここから出るか……』

「待って。誰か来る」

 

 

 アンナの声を遮ったペペロンチーノに、使い魔はすぐにプロフェッサー・Kの背後に隠れた。

 いったい誰が来たのかと身構えるK達の前に、護衛の兵士達を伴った男が現れた。

 

 

「ふっ、随分と間抜けな姿だな。プロフェッサー・K?」

「貴方は―――スプリングマンッ!」

「誰が悪魔超人だッ! スプリガンだッ!」

 

 

 鉄格子の外から叫ぶスプリガンに、Kは「おっとすまない」と返す。

 

 

「私とした事が、偉大なる先輩の名前を間違えてしまうとは。どうか許して頂きたい」

「ふんっ、その偉大な先輩から市場を掻っ攫った奴がなにを言う。それにしても、なんだその格好は。貴様らはこの戦時中に遊びに来たのか?」

「まさか。こっちはこっちで仕事があるのさ」

「ほぅ……()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……ッ!?」

 

 

 今、なんと言ったか。

 信じられない言葉にカドックが目を見開くが、Kは「はて」と素知らぬ顔で首を傾げた。

 

 

「なにを言ってるのかわかりませんね。第一、バーヴァン・シー様がそのような状況にあるとは知りもしませんでした。それに、もし彼女がそうであれば陛下がなにかしら行動を起こしているはずでは?」

「その『行動』とやらが貴様らではないのかね? 惚けても無駄だ。こちらは、貴様らがなぜここに現れたのかも知っているんだ。陛下もお可哀想に……頼みの綱がこんな体たらくではな」

「……なぜここに? 貴方がここに来るメリットはないはずだ」

 

 

 最早隠しても無駄だと思ったのだろう。Kがこれまでの態度を変えて訊ねると、スプリガンはくつくつと笑みを零した。

 

 

「こうなった以上、貴様らに我々(・ ・)を止める事は出来ない。最後に負け犬の遠吠えでも聞いておこうと思っただけだ。最も、次会う時は、なにもかも終わった後だろうがな」

 

 

 連れていた兵士に地上へと続く出口の見張りをするように告げ、スプリガンは高笑いしながら去っていった。

 

 

「……どうする? このままじゃ僕ら、なにも出来ずにここで終わるぞ」

「ふっ、心配する事はないさ。そうだろう、アンナ?」

『もちろんだよ。K、手を出して』

「……?」

 

 

 肩に乗せた小鳥の前に左手を差し出したKをカドックが訝し気に見つめていると、小鳥が急に悶え始めた。

 なにか異常事態が起きたのか、と顔を引き攣らせたカドックだったが、次の瞬間、小鳥の体から三つの小さな球体が吐き出された。

 

 そしてその球体は、全て邪悪なオーラを纏っていた。

 

 

『はいどうぞ』

「助かるよ、アンナ」

(え、なに? なんか吐き出したんだけど。なんか明らかにヤバいもの吐き出したんだけど。なんであいつ、それをペペとカイニスに渡そうとしてるんだ。いや待て、今はそんな事よりもッ!)

 

 

 小鳥が吐き出したものについての詳細。そして彼がなぜそれをペペロンチーノとカイニスに渡そうとしているのか。

 まずはそれを知るべきだと判断し、カドックは鉄格子にしがみついて叫んだ。

 

 

「おい待てッ! その邪悪なオーラを漂わせてるやつはなんだッ!? まずはそれについて教えろッ!」

「シーッ、静かに。そんなに叫んでは番兵にバレてしまう。これは言うなれば仮死薬。これを飲めばあっという間に死ねる。サーヴァント相手ではただの睡眠薬になるが、事情の知らない彼らならば騙せるだろう。私達はこれからこれを飲む。その後にカドックはアナスタシアと協力し、上手い事番兵を倒して私達を覚醒(めざめ)させるんだ」

「そうは言われたって、どうやってお前達を起こせばいいんだ。生憎、仮死状態の相手を目覚めさせる魔術はないぞ」

「その点についても問題ない」

 

 

 Kが再び小鳥に左手を差し出せば、小鳥は新たな薬を吐き出した。今度は邪悪なオーラは纏っておらず、神々しい純白の輝きを放っていた。

 

 

「これを飲ませれば、仮死状態になった私達を元に戻せる。ただし、扱いには細心の注意を払ってほしい。尽くせる手は尽くしたが、この薬は驚く程脆い。ほんの少し力を籠めれば、それだけで砕け散ってしまう。これからこれを、君達に投げ渡す。番兵を倒した後、鍵を奪って私達を助けるんだ」

「……わかった。やれるか、アナスタシア」

「もちろんです。力を使う以上、ここの魔術から一瞬逃れる為の魔力は貰いますが」

「それぐらいならお安い御用だ。……K、それをこっちに。早く行動に出よう」

「いい顔をしているな。なら私達の命―――」

 

 

 Kが薬を投げやすいように、小鳥が肩から離れる。そして、Kは右拳を振りかぶり―――

 

 

「―――君達に預けたッ!」

 

 

 禍々しい薬を三つ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)、投げてしまった。

 

 

『あっ!!』

 

 

 それに全員が気付くも、時既に遅し。

 所有者の手元から飛び立った薬の内、二つは鉄格子に弾かれ、残る一つは寸分違わずペペロンチーノの下へ。

 

 そして、Kの思いも寄らぬ失敗に本人全てが口を開けていた事により、弾かれた二つの薬はKとカイニスの口元へ飛び込み、残る一つもペペロンチーノの口元へ身を躍らせた。

 

 

 ―――ドサッ(二人と一騎が倒れる音)。

 ―――パキッ(三つの蘇生薬が砕ける音)。

 

 

「「……」」

『……』

 

 

 プロフェッサー・K、スカンジナビア・ペペロンチーノ―――死亡。

 カイニス―――爆睡開始。

 蘇生薬―――粉砕。

 

 

「……どうすればいいんだ……」

『なんで、こんな事に……』

 

 

 残された者達は、全員揃って頭を抱えたのだった―――。

 




 
・『パーシヴァル』
 ……極限状態ウッドワスを相手に抗竜石なしで粘る男。選定の槍が妖精特攻の武器であるため、会心の一撃であれば強制弾かれ部位に当たってもダメージを与えられる。

・『スプリガン』
 ……プロフェッサー・Kが爵位を獲得する過程で市場を搔っ攫われたので、彼に対する恨みは相当なもの。なぜか彼らがバーヴァン・シーの救出に来た事を知っていた。


 それではまた次回ッ!


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罪都キャメロットの戦争/2

 
 ドーモ=ミナサン。
 先日、遂に奏章Ⅱ『不可逆廃棄孔イド』が始まりましたねッ!
 まさかの公式学パロストーリーが始まりましたが、途中まで進めてみると学パロ云々よりも「やめてくれ……心が死ぬ……これ以上立香を精神的に追い詰めないでくれ……」と懇願するしかなくなりました……。一枚絵が多いですが、その分心に途轍もないダメージが来るんですよね……。しかも天気が基本的に曇天だったりするのがさらにのしかかってきますし……。

 話を変えましょう。
 皆さんはピックアップ召喚のマリーアントワネット・オルタと耀星のハサンガチャは引きましたか?
 自分はばっちり二騎とも確保しましたので、恐らく来るであろうエドモン・ダンテス(?)ガチャにも挑戦したいと思いますッ!

 それでは本編、どうぞッ!



 

「ハハハ―――ッ!」

「ゥ―――ッ!!」

 

 

 跳躍し、縦に回転しながら落ちてきたカリアを受け止め、押し退ける。

 遠心力と重力による強化を受けて繰り出された斬撃の重みは、筋肉を貫通して骨まで軋ませ、鈍い痛みと鋭い痺れが走る。

 

 

「どうしたどうしたバーゲストッ! 防御が甘いじゃないかッ!」

 

 

 牽制として放たれたブラックドッグを難なく斬り捨て、直後に振るわれた鎖を掴み取る。

 勢い良く引っ張れば、バーゲストの体が持ち上げられてカリアの下へ引き寄せられるが、彼女は即座に両足を地面にめり込ませて踏ん張った。

 

 大剣を振るって炎の斬撃を飛ばすも、カリアは咄嗟に鎖を手放して跳躍。斬撃を回避すると、ジグザグに動きながらバーゲストへ接近していく。

 

 一直線に迫ってくるのなら対処は容易だが、ジグザグに動かれると対処の仕方が変わってくる。

 思わず目で追いたくなるものの、バーゲストは慌てずに意識を研ぎ澄ます。

 

 獰猛で直進のみしか能のない相手は、回避のタイミングを見極めて斬り伏せる。可能だと判断した場合、真正面から迎え撃ち、撥ね退ける。

 狡猾で速度が早く、手数の多い相手は、目で追うよりも意識で捉える。視界を惑わす策より逃れ、心の眼でその姿を捉え、迎え撃つ。

 

 いつかの模擬戦の際、彼女より教わった戦いの心得だ。

 

 

「ハァッ!」

 

 

 一秒にも満たぬ時間だけ視界から逃れた瞬間を狙って斬り掛かってきたカリアの刃を紙一重で躱し、大剣を振り下ろそうとするが―――

 

 

(駄目だ、近すぎるッ! まさか、ここまで計算して……ッ!)

 

 

 彼我の距離が近すぎたため、大剣に充分な威力を含ませる為に振るおうとした腕が止まってしまった。

 無意識の行動だった。回避の隙を突いて強力なカウンターを叩き込もうとした無意識下の行動が、バーゲストの首を絞めたのだ。

 

 動きが鈍ってしまったバーゲストの隙を、カリアは逃さない。

 金属が擦り切れるような甲高い耳障りな音を奏でてブレーキ代わりに使った片足を軸に回転し、バーゲストに向き直る。

 

 バーゲストの視線が、視界が、自らの眼球を刺し貫こうと迫る操虫棍の切っ先を捉える。大剣か鎖で反撃を行うも、こうまで接近されては間に合わない。反撃が当たるとしても、片目が潰された後になってしまうだろう。

 

 そう間もなくやって来るであろう眼球を潰される激痛に思わず体が固まりかけて―――

 

 

(な……)

 

 

 カリアの動きが、止まった。

 それまで自身の片目を貫こうとしていた体から力が抜け、態勢が崩れていく。

 

 そして、バーゲストの反撃は間に合った。

 

 

「ガッ?!」

 

 

 速度の緩んだ攻撃など恐るるに足らず。

 操虫棍を大剣で弾き、頭部を掴み上げ、地面へと叩きつける。

 

 ドオォォォンッ!! と、人体を叩きつけたとは到底思えない轟音が鳴り響く。

 叩きつけられた場所に発生した窪みと、全方位に走った亀裂―――その中心でバーゲストがカリアの顔から手を離そうとするが、素早く動いた腕がその手を掴んだ。

 

 

「やってくれたねェバーゲストォオッ!!」

「ッ!」

 

 

 自分とは筋力も太さも劣っているはずのカリアの腕から感じる力に思わず開いた指の隙間から覗く鋭い眼光に息を呑む。

 咄嗟に彼女の拘束から逃れようとするも、カリアの腕力は彼女の手を掴んで離さず、起き上がると同時に投げ飛ばした。

 

 

(今のは……)

 

 

 大剣を地面に突き立てて投げ飛ばされた体を止めたバーゲストが、先程のカリアの異変を訝しんでいると、自身の目の前にカリアが降り立った。

 

 

「淑女にあるまじき行為だね。女性の頭を掴むだなんて」

「カリア、先程の貴女は……」

「気にする必要はないさ。ボクも気にしていない。ほんの小さな荷物(・ ・)のようなものだからね。……む、失礼」

(……ッ!?)

 

 

 口の端から垂れた涎を拭ったカリアの瞳。それが一瞬理性を感じさせないものに変化したところが視界に入り、バーゲストは息を呑んだ。

 

 初めて見るはずなのに、どこか既視感がある。

 そう、あの瞳は。あの理性なき瞳は、キャタピラー戦争の時の―――

 

 

「カリア……貴女、まさか……」

「さて、続きをしようか、バーゲスト。ボクはまだ、この戦いを終わらせたくないんだッ!」

「く……オォッ!」

 

 

 脳裏を過る不吉な予感から目を背け、バーゲストはカリアを迎え撃った。

 

 

 

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「セェエヤッ!!」

「甘いわァッ! ヌゥンッ!!」

「―――ッ!」

 

 

 突き出した穂先を弾かれ、反撃の拳が飛んでくる。

 ギリギリで回避するものの風圧に吹き飛ばされて一瞬だけ身動きが取れなくなってしまい、その隙に右足による蹴撃が迫る。

 

 防御できない事を悟ったパーシヴァルが出来る限り体を後方に動かして威力を削るものの、それでも極限状態となったウッドワスの一撃は強力無比に尽きる。

 

 

「ぐ、ぁ……」

 

 

 鎧が砕かれ、胸部が圧迫される。

 無理矢理吐き出された酸素を取り込もうとする体を意志の力でねじ伏せ、呼吸を整えながら追撃の拳を回避する。

 先程まで自分の頭部があった場所を拳が通り過ぎていき、地面に小さな窪みを作った。あと少しでも回避が遅れていれば、自分はあの拳に頭部を粉砕されていただろう。

 

 とにかく距離を取らなければ満足に戦えないと判断して後退しようとするも、そうはさせないとウッドワスが瞬時に距離を縮めてくる。

 

 

「フンッ!」

「ハッ!」

 

 

 手刀と槍が衝突し、両者共に弾かれる。

 本来なら拮抗すらせずに押し切られてしまうところだったが、絶えず襲い来る生命の危機を前にパーシヴァルという人間の脳は無意識に肉体に施していたリミッターを解除していた。その結果、繰り出された槍による一撃はウッドワスの攻撃を弾くのに充分な威力を宿していたのだ。

 

 互いに距離を取り、パーシヴァルは大きく息を吸い込んで槍の柄を両手で握り締め、一歩踏み込む。

 眩い光を帯びた槍による薙ぎ払いは光の斬撃となってウッドワスへと接近するも、彼は掌から光線を放って相殺し、さらに球状に変えて撃ち始めた。

 

 一発でも当たれば欠損は免れないであろう威力を誇るそれを最小限の動きのみで搔い潜りながら、より強く足を踏み込んだ。

 一気に加速したパーシヴァルによる刺突がウッドワスに命中する。惜しくも右腕を盾にされた事で胸部には当たらなかったものの、ウッドワスは苦悶の声を上げながら弾き飛ばされた。

 

 幸か不幸か、ウッドワスによって胸部の鎧を砕かれた事で、パーシヴァルはその重量分身軽になったのである。反面、鎧がなくなってしまった事で再び同じ場所に攻撃を受けてしまえば確実に死んでしまうだろうが、正直なところあってもなくともどの道『胸部へ直撃=即死』は確実だったため、最早防御面については完全に思考を放棄している。

 

 今はとにかく、ウッドワスの攻撃を掻い潜り、死に物狂いで攻撃を仕掛ける事しかパーシヴァルの頭にはなかった。立香達の事は心配だが、今は彼女達の事など考えてはいられない。それについて考える暇があるのなら、目の前にいる恐ろしい相手を前にどう立ち回るか考えた方がずっといい。

 

 それに、今の自分の思考は驚く程クリアだ。焦りや恐怖といった感情が微塵もなく、ただ静かに状況を分析し、的確に肉体に起こすべき行動を指示してくれる。加えて、視界もどこかこれまでよりも色々な情報を脳に伝えてくれている。

 

 その証拠に、今まさに繰り出された飛び蹴りを前にしても、慌てて対処したりせずに冷静に槍で受け流し、返す一撃でウッドワスの背中を斬りつけている。

 

 

「き、貴様ァ……ッ!」

 

 

 自分の攻撃を受け流されただけでなく、そのまま反撃を受けてしまった事に表情を歪めるウッドワスだが、パーシヴァルは真逆に冷静な表情で小さく息を吐き出していた。

 そんなパーシヴァルの姿にさえ怒りを覚えたウッドワスが飛び掛かって来るが、パーシヴァルはスライディングで彼の真下を通り過ぎ、攻撃から逃れた。

 

 背後を取られたウッドワスが放ってきた光線を走りながら搔い潜り、距離を縮めてから飛び掛かって一閃。ウッドワスの胸元に横一文字に切り傷が刻み込まれ、血が噴き出した。

 

 

「なっ、ば、馬鹿な……ッ!」

 

 

 あり得ないとばかりに胸元から流れ出る自分の血に驚愕しているウッドワスの様子に、パーシヴァルは静かに確信した。

 

 ―――勝利の目が見えてきた、と。

 

 

 

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「うぉっとッ!?」

 

 

 頭上から落ちてきた氷塊を間一髪で回避し、掌を地面につく。無詠唱で発動された魔術によって足元から巨大な樹木が聳え立ち、何百本もの蔦をディスフィロアへと向かわせる。

 素早い身のこなしで躱していくディスフィロアだが、遂にその四肢を蔦に絡みつかれ、バランスを崩して転倒した。

 

 追い打ちにとグリムの炎とアルトリアの光の円輪が迫るものの、ディスフィロアは即座に自らの肉体に炎を纏わせて蔦を焼き切りながら、周囲に氷塊を展開する事でそれらを防いだ。

 

 炎と氷が衝突した事で発生した水蒸気の煙を吹き飛ばして飛翔したディスフィロアを、ダ・ヴィンチとノクナレアの魔力弾が追う。

 しかし、ディスフィロアは背中から小さな氷の粒をフレアのように発射して迎撃しながら新たに五つの氷塊を生成。

 

 氷塊が落下するより早く着地したディスフィロアが熱線をそれらに向けて放てば、内部で反射した熱線が敵対者を薙ぎ払うべく周囲に撒き散らされた。

 

 

「これはヤバいッ! いや本当にヤバいなッ!」

 

 

 どこを見ても地面を融解させ、打ち砕く熱線の威力に全速力で逃げながら叫ぶオベロン。直後、彼の目の前に火炎ブレスが着弾して爆発を起こした。

 

 

「オベロンッ!」

「大丈夫さこのくらいッ! 直撃だったらマズかったけど、ねッ!」

 

 

 吹き飛ばされたオベロンに立香が叫ぶも、彼女を安心させるように叫んだ彼は態勢を立て直しながら右手を払った。

 右手から放たれたのは、虹色の光。

 美しい光の斬撃は追撃のブレスを斬り裂いて空中のディスフィロアに命中するものの、途中ブレスと衝突した事で威力が下がっていたのか、古龍を撃墜する事は叶わなかった。

 この猛攻を受けながら自らに攻撃を加えたオベロンに、ディスフィロアの意識が向いた。そして、その隙をアルトリアは見逃さなかった。

 

 

「村正ァッ!」

「あいよ嬢ちゃんッ!」

 

 

 村正が周囲に数十本もの日本刀を精製。砲弾が放たれた時のような轟音を轟かせてディスフィロア目掛けて射出されていくそれらに、アルトリアが杖を向ける。

 

 青白い光を纏った日本刀は不規則な軌道を描きながらディスフィロアに接近。途中何本かが熱線や氷塊によって阻まれるものの、迎撃を乗り切った日本刀の一本が直撃したのを皮切りに、続けて十本の日本刀がディスフィロアに命中しかけた、その時。

 

 

「チッ、読まれてたか」

 

 

 瞬時にディスフィロアを護るように展開された氷と炎の障壁によって日本刀は砕かれてしまい、村正の目論見は失敗に終わる。

 村正がやろうとしたのは、マキリ・ノワ戦で繰り出した技。投影した日本刀を対象に命中させた直後に爆発させ、その威力で相手を撃墜させるものだった。しかし、ディスフィロアは自身に向かってくる武具が触れれば即座に爆発しかねない程の魔力を宿していた事を見抜き、障壁で防いだ。

 しかし、標的には届かなかったものの、日本刀の爆発によって生じた黒煙はディスフィロアの視界を遮り、一時的にだが村正達の姿を隠した。

 

 

「ノクナレア、乗れッ!」

「えぇッ!」

 

 

 ディスフィロアを包む黒煙が消し飛ばされる前に植物を成長させていくグリムが伸ばした手を掴んだノクナレアが、彼と共に空高くまで昇っていく。

 翼を力強く羽ばたかせて黒煙を吹き飛ばしたディスフィロアが自身に接近してくるグリム達に気付きブレスを吐き出すも、グリムがルーン魔術を行使して迎撃。直後にノクナレアが飛び出し、爆風を背に受けて加速した状態で飛び蹴りを繰り出した。

 放出されるハート型のオーラを纏った右足はディスフィロアの胴体に直撃。加速によって威力を増したそれを受けたディスフィロアの巨体が大きく揺らぎ、その隙を逃さずアルトリアとダ・ヴィンチが魔力弾で追撃し、トドメとばかりに村正が斬撃を飛ばして攻撃した。

 

 遂にディスフィロアが滞空を維持出来ずに落下していく。重力に引かれるまま落ちていくディスフィロアだが、地面に落ちる前に態勢を立て直して着地すると、咆哮を上げて無数の氷塊を落とし始めた。

 

 氷塊に潰されないように走りながら各々がディスフィロアに攻撃を仕掛けるものの、ディスフィロアは自身の周りに炎の竜巻を出現させてそれを防いでいく。

 さらに、竜巻で防ぐだけでなく、その隙間からブレスを吐いて村正達を消し炭にしようとしていた。

 

 

「クソッ、ホント厄介だなこの炎ッ!」

「ッ、村正危ないッ!」

 

 

 上半身を消し飛ばそうと迫るブレスを間一髪で転がって回避するものの、彼の奥にあった氷塊で反射されたブレスに気付いた立香が叫ぶ。

 

 

「うぉおおおおぉッ!!?」

 

 

 咄嗟に右手に野太刀を投影。横薙ぎに振るわれた斬撃は寸でのところでブレスを相殺するが、衝撃までは殺し切れずに村正の体を吹き飛ばした。

 

 

「大丈夫ッ!?」

「気にすんなこんくらいッ! クソッ、氷がゴロゴロと……これじゃあどこからブレスが飛んでくるかわかったもんじゃねェなッ!」

 

 

 ほぼ直感で立香を抱えて跳躍。すると、今まで彼らがいた場所をまた別の氷から反射されたブレスが通り過ぎていった。

 

 

「村正、私に作戦があるッ! あのね……」

 

 

 抱えられた立香から耳打ちで伝えられた作戦に、村正は「あいよッ!」と頷き、彼女を安全な場所に下ろした後にそれをアルトリア達に伝えていく。

 

 

「お前ら一箇所に固まれッ! ブレスの狙いを集中させるんだッ!」

 

 

 グリムの指示に従い、アルトリア達が立香を中心に、互いに背を向け合う形で固まる。

 確かに無数に散らばった氷塊によるブレスの反射は、各自が分散していればいるほど効力を増す。どこから飛んでくるかわからないからだ。しかし、一箇所に固まってしまえば、自然と狙いはそこに限定される。

 

 ディスフィロアが固まった立香達を纏めて消し飛ばそうと、アギトに溜めた火炎ブレスを吐き出す。

 これまでのものと比べても上位に位置する威力に熱量。たとえ当たらずとも余波のみで全身が蒸発しかねないそれを前に、立香は―――

 

 

「それを……待ってたッ!」

 

 

 ギラついた眼光でブレスを見据え、右手を掲げる。

 

 

「簡易召喚―――」

 

 

 身に纏う礼装が稼働した証拠として、右手に刻まれた令呪が強く輝きを放つ。

 直後、立香達を護るように、一騎の影の英霊が現れた。

 

 豪華な装飾が施された青色のマントに、四肢を包む黄金の鎧。渦を巻く頭部も、また黄金で隠したその英霊の名は……

 

 

「―――アヴィケブロンッ!!」

 

 

 立香(マスター)に名を呼ばれたアヴィケブロンは、召喚されている段階で既に魔術を行使していた。

 周囲に散乱していた氷塊が独りでに動き出し、結合していく。

 

 ―――我が手は蒼氷の錫(ケセド・サフィロ)

 ゴーレムを繰るキャスターのサーヴァントである彼の宝具の一つによって起動した氷のゴーレムが、両腕を交差させてブレスを防ぐ。

 

 巨大なエネルギーの奔流を前にゴーレムの巨体が押されるも、ゴーレムは自らを造り出したアヴィケブロンと、彼のマスターである立香とその仲間達を護る為に一歩前に踏み出し、その真価を解き放った。

 

 ブレスと同じ色に変色した体を大の字に開いた瞬間、自らが受けたブレスの威力を何倍にも増幅したエネルギー波をディスフィロア目掛けて撃ち放った。

 

 自身の放ったブレスの威力を倍増されて返されるとは思わなかったのか、ディスフィロアの対応が遅れる。

 

 

「―――グギャァアアアァァッッ!!!?」

 

 

 反射された自分のブレスを受けたディスフィロアが悲鳴にも思える咆哮を上げて吹き飛ばされた。

 背後に聳える岩山に叩きつけられたディスフィロアがブレスを反射したゴーレムを忌々し気に睨みつけながら態勢を立て直している間に、立香達は改めて散開し、標的を見据える。

 

 

「グリム、アヴィケブロンに氷塊でゴーレムを作らせるからサポートお願い。村正達は引き続きディスフィロアに攻撃ッ! マシュ、また護ってくれる?」

「もちろんですマスターッ!」

「よし―――反撃開始ッ!!」

 

 

 

 頼もしい新たな戦力を加えた立香は、飛翔したディスフィロアを強く睨みつけて叫ぶのだった。

 

 

 

 

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 カドック・ゼムルプスは、努力型の魔術師だ。

 他の魔術師よりも高いレイシフト適正があった事からマリスビリーによってAチームの一員に選ばれたものの、他のメンバーのような突出した能力を持たない彼は、彼らに喰らいついていく為にひたすらに己を高め続けた。

 アンナ・ディストローツの助力もあってAチームに入ってからより魔術に対する理解を深め、失敗や他者と自分の差で悲観的になる事も少しずつ減っていった。結果的に、『なぜ200年程度の家系の出が……』と、彼がAチームに配属される事に嫉妬の感情を向けていた魔術師達も、最後には彼もまたAチームに必要な人材であると認識するようになった。

 

 しかし、カドックはそれで終わらせたくはなかった。

 周囲からの目線が変わっても、自分の為す事は変わらない。自分が変わっても、それよりも早いスピードで他のメンバー達は先を行っている。絶対に彼らに追いつき、そして追い越してみせると自身を奮い立たせ続けた。

 

 

「アンナ。さっきの蘇生薬の予備は残ってるか?」

 

 

 そして今、彼の不屈の闘志はこの危機的状況を前に燃え上がっていた。

 

 現在この地下牢で動けるのは、自分とアナスタシアのみ。使い魔を介して通信するアンナもいるが、流石に伝達用の使い魔に地下牢を破壊できる程の力があるとは思えないので除外する。

 ペペロンチーノならばこんな状況でもあっという間に解決して地下牢の外で笑っていそうだが、当の本人はこの状況を作り出したプロフェッサー・K(アホ)達と共に三途の川でシンクロナイズドスイミングしている。このままなにも出来なければ自分達も仲間入りしかねないが、諦めるつもりなどさらさらない。

 

 

『万が一の為に作っておいたのがあるよ。出しておく?』

「いや、それでまた砕けたら元も子もない。こっちから言うから、その時出してくれ」

『ん、わかった』

「アナスタシア。確認だが、ヴィイの目はここからじゃ見えない通路も見えるか?」

「可能です。この子の魔眼であれば、如何なる障害であろうと存在しないも同然です」

「その力で地下牢を開けられたりは……しないよな」

「残念ながら」

 

 

 浮かばせたヴィイと共に肩を竦めたアナスタシアからの返答に、カドックは「なるほど」と脳を回転させる。

 

 

(ヴィイの魔眼の力は僕でも把握している。念の為に確認したが、僕の記憶に間違いがなくてよかった。彼女の返答からわかるのは、ここの扉はヴィイの魔眼を使っても開錠不可能という事。特殊な方法でない限り、こういったものは鍵で扉を開けるものだから、鍵さえ奪えればこっちのものか……?)

 

 

 魔術師は自らの研究成果を他者に見られる事を極端に嫌う。そのため、研究成果に関連する物品などは自分や家族にのみ出入り、または開けられる場所に隠す事も珍しくない。そして、その際に使用するであろうものは、そこに自由に出入りできる者達だけが所持するもの。

 この場合、囚人である自分達がまず入手できない道具―――この地下牢であれば恐らく鍵こそが、ここから唯一外に出る為の糸口だ。

 

 となると、今自分達が取るべき行動は―――

 

 

『マスター、番兵が近づいてきています』

 

 

 その時、アナスタシアから念話で報告を受け、丁度いいタイミングだと思ったカドックは彼女に念話である考えを話した。

 

 

『出来るか? アナスタシア』

『もちろんです』

 

 

 頷き合い、揃って息を大きく吸い込み―――

 

 

「ゲホッ! ゴホッ、ゴホ……ッ!!」

「ァ、ガ……ッ! アァ……ッ!」

 

 

 自らの首元を抑え、可能な限り苦しんでいる真似をした。

 遠くからガシャガシャと鎧の擦れる音が聞こえてくる。囚人の自分達の異変に気付いた番兵達が近づいてきている音だ。

 

 

「グ、そ……ッ! こんな、ところで……」

「マス、ター……っ!」

 

 

 その場に倒れ込み、全身から力を抜く。

 目は閉じず、口の端からは唾液が垂れているが気にしない。その方がらしい(・ ・ ・)だろう。

 

 やがて番兵達の足音が自分達のいる牢の手前で止まり、次いで話し声が聞こえてくる。

 

 

「さっきの声はこいつらか……?」

「そのはずだが……死んだのか? 他の奴らも動いてねぇけど……」

「一応確認しておくか? 俺はこっち見るから、お前はこいつらを」

「ちっ、面倒くせぇ……」

 

 

 ジャラリと金属同士が擦れる音が聞こえた直後、ガチャンと扉が開かれ、一人分の足音が近づいてきた。別の足音が少し離れた事から、恐らくもう一人はK達の牢に入ったのだろう。

 

 自分の背後まで歩いてきた番兵が籠手を外し、首元に触れる。

 

 

「ッ、おい、こいつ―――」

「鍵を寄越してもらおうかッ!」

「ガペッ!?」

 

 

 脈がある事に気付いた番兵が慌てて離れようとするも、それより先に跳ねるように動いたカドックの拳が顔面に突き刺さった。

 鼻を押さえて怯んだ番兵の側頭部にハイキックを仕掛けて意識諸共体を蹴り飛ばせば、壁に叩きつけられた彼はそのまま動かなくなった。

 

 

「お前達―――ッ!」

「凍てつかせなさい、ヴィイ」

 

 

 K達の様子を確認しようとしていた番兵が剣を引き抜こうとするが、その直後に全身をヴィイから放たれた冷気によって凍らされ、一体の氷像へと姿を変えた。

 

 

「よし、今の内にッ!」

 

 

 瞬時に番兵の無力化に成功したカドックはガッツポーズしたくなる気持ちを押さえて、傍らで気絶する番兵から鍵を回収。アナスタシアとヴィイと共に出た後に鍵を閉め、番兵が意識を取り戻しても出られないようにしておく。

 

 

「アンナ、頼む」

『は~いッ!』

「……もうちょっとこう、なかったのか? 出し方とか」

『これしか出来ないの。許してね』

 

 

 Kの時と同じように悶えて蘇生薬を吐き出した小鳥に苦虫を嚙み潰したような気分になる。必要な事とはいえ、女性がなにかを吐き出す声を聞く趣味はない。

 それはそれとして、とカドックはK達の下へ駆け寄り、彼らの口へ蘇生薬を放り込む。すると、蘇生薬は飲み込まれずにその場で光となって弾けた。

 

 

「……ぁ、カドック……?」

 

 

 少し掠れた声で自分の名を口にしたKに、カドックは安堵と呆れの溜息を吐き出した。

 

 

「はぁ……。変な苦労かけさせるなよ」

「そうか、私は……。すまない、馬鹿な事をしてしまった」

「過ぎた事は仕方ないさ。アナスタシア、そっちは?」

「問題ありません」

「チッ、おいKッ! なに馬鹿な事やってんだよッ!」

「すまない。いや本当に」

 

 

 巻き添えを喰らったカイニスにKが謝っている間に、カドックはペペロンチーノのいる牢の鍵も開け、先程と同じように彼女に蘇生薬を与え、目覚めさせた。

 

 

「ありがとう、カドック……」

「体は大丈夫か? それなら早く行くぞ。大分時間を食った」

「そうね」

「ここからは私に任せてくれ。なに、やらかした分は働くさ」

「今度はヘマするなよ」

「もちろんさ。今度は油断しない」

 

 

 Kが先陣を切り、カドック達はその後に続く。

 そして、Kは宣言通りしっかりと働いた。

 

 

「な、お前た―――」

「ホァタァッ!!」

「あべしッ!?」

 

「へへっ、逃がしゃしねぇ―――」

「アタァッ!!」

「ぐぺェッ!?」

 

「大人しく地下牢に―――」

「アアアァァァチョォオオオオウッ!!!」

「ひでぶッ!?」

 

 

 敵地潜入用タイツを着用している事による変態的挙動で瞬く間に番兵や兵士達を無力化していくK。もっと静かに出来ないのかと思ったカドックだったが、彼は彼なりに真面目に後れを取り戻そうとしているんだと自分に言い聞かせる事で口には出さなかった。

 

 そして、気付けばカドック達は一つの扉の前に辿り着いていた。

 

 

『この先にバーヴァン・シーがいるみたい。でも、Kがモルガンから聞いた話だと、中は部屋じゃなくて、そこへ続く迷宮になってるんだよね?』

「あぁ、確かそう言っていた」

『それに加え、侵入者に対してトラップを仕掛けているらしいね。気を付けてね』

「解除する事は?」

『乗り越えていくしかないみたい。でも避けられるものもあるらしいから、それはこっちで伝えるね』

「よし……では、行こうか。お姫様を連れ出しに」

 

 

 カドック達が頷いたのを確認してから、Kは扉を開けるのだった―――。

 




 
・『バーゲスト』
 ……カリアが一時的とはいえ戦闘中に意識を失った事や、一瞬だけ理性を失った瞳から、彼女になにかが起きている事に気付く。後者に至っては自分の初陣であるキャタピラー戦争で、ファウル・ウェーザーを喰らった際の自分と似た不吉な予感を感じた。

・『パーシヴァル』
 ……絶え間なく来る生命の危機によって生存本能が覚醒し始めている。如何なる状況においても冷静な思考を保ち、通常時とは比べ物にならないパワーとスピードを獲得した。特性はくだけるよろい/ふくつのこころ。

・『アヴィケブロン』
 ……ディスフィロアが巻き散らした氷塊を利用すべく影のサーヴァントとして召喚された。氷塊やその欠片からゴーレムを作成し、立香達をブレスから護り、反射してみせた。

・『カドック』
 ……自分とアナスタシア以外に動ける者がいなかったため、久しぶりに全力で脳を回転させて窮地を脱してみせた。アナスタシアポイント+100000000点。ついでにアンナ(ルーツ)ポイント+10000点。


 そういえばジャンヌとジャンヌ・オルタのモーション・宝具改修が来ましたね。自分は残念ながらオルタは未召喚なので見れないのですが、マントがはためくのかっこよすぎですねぇ。自分、ああいうの大好きなんですよね……。

 それではまた次回ッ!


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罪都キャメロットの戦争/3

 
 ドーモ=ミナサン。
 イドをクリアし、虚無感に打ちひしがれたseven774です。
 いつかは来ると覚悟していた展開でしたが、まさか今このタイミングで来るとは思っていませんでした。正直辛いです。ですが、ストーリーは本当に素晴らしく、素晴らしさのあまり手元にあった500個の石を割ってモンテ・クリスト伯爵とジャンヌ・ダルク・オルタを召喚してしまいました……。
 ですがカリオストロ伯爵、なぜ貴方はモンテ・クリスト伯爵が来るまでの間に六人も来たのですか……? お陰で宝具レベルが5になってしまいましたよ……。リンボは後で殴っておくね(カリオストロプロフィール参照)。

 今回は次回を考慮しパーシヴァルVSウッドワスパートをカットしました。ですが、その代わりに二つの視点を用意しましたので、楽しんでいただければと思いますッ!

 それではどうぞッ!


 

「シ―――ッ!」

(ッ、しまった―――ッ!)

 

 

 鬼気迫る斬撃を前に、バーゲストは咄嗟に大剣を両手で支えて防御の態勢を取るが、僅かな遅れが彼女に力を籠めるタイミングを逃させてしまった。

 振り下ろされた刃に大剣の防御が崩され、勢いを殺せなかった影響でバーゲストの姿勢が前のめりになってしまう。

 

 

「もらったァッ!」

 

 

 勝利を確信したカリアの刃が吸い込まれるようにバーゲストの首元へ迫るも、途中でその勢いが消えた。

 

 

「もらったのは、こちらの方だッ!」

 

 

 勢いが死んで動きが止まったカリアの顔面に、バーゲストの拳が叩き込まれる。

 分厚い壁が粉砕されるような音と共に殴り飛ばされたカリアだが、咄嗟に態勢を立て直して着地し、龍属性を帯びた斬撃を飛ばしてきた。

 

 斬撃を大剣で斬り払い、突貫。巨大な質量を誇る一本の槍となったバーゲストの突進を、カリアは慌てずに操虫棍を縦に構えて待つ。

 強い踏み込みによって突っ込んできたバーゲストの大剣が振るわれた直後、構えた操虫棍の刃でそれを受け止め、勢いを殺さず受け流す。防御によって勢いを殺されるどころか、受け流された事で余計なスピードが加わってしまったバーゲストの巨体が凄まじい速度で離れていくものの―――バーゲストは当然だと驚かない。

 

 自分の巨体と、それによって齎されるパワーは理解している。真正面から自分の攻撃を受け止められる存在は、この妖精國では五指に収まる程度しかいない。カリアもその一人ではあるものの、いつ意識が途切れるかわからぬ現状で、正面から迎え撃つ事を躊躇ったのだろう。

 そして、それこそがバーゲストの狙いだった。

 

 

「―――ッ!」

 

 

 ジャラララッ! と伸ばされた幾十もの鎖が三軒の住宅に絡みつき、バーゲストの体を持ち上げる。

 加速によって質量を増した巨体を維持しきれずに一軒目が崩れ、二軒目も全体に亀裂が走る。それで多少の勢いは失われ、バランスも崩れるが、この程度で止まっては妖精騎士の名が廃る。

 住宅を犠牲にスイングしたバーゲストの炎の斬撃が、カリアに叩きつけられる。

 

 灼熱の炎を纏った刃を受けた狩人の体が瞬く間に消え失せ、一秒の間隔も置かずに直線状に砂埃や瓦礫が舞い上がり、そして轟音が轟いた。

 

 さらにバーゲストは地面を削りながらも一切態勢を崩さぬままに回転。遠心力の勢いを利用してもう一度、二度と続けざまに炎の斬撃を繰り出す。

 

 爆炎と熱風が吹き荒び、赤く照らされた黒煙が空に立ち昇っていく。そこから飛び出す黒紫色の影と、それが手にする武器に宿った赤黒い雷に気付いたバーゲストは、一足飛びに前方へと走った。

 直後、背後から雷が落ちるような音と共に、大剣を覆っていた火炎が弱まり、そして消えた。

 龍属性の波動を受けて生身のブレードが露になったそれを、振り向きざまに一閃。背後から飛び掛かってきたカリアを迎撃しようとするも、その直前、バーゲストの背になにかが体当たりしてきた。

 

 

「うっ!?」

「ハッハァッ!」

「つぅ……ッ!!」

 

 

 予期せぬ背後からの体当たりに態勢を崩されたバーゲストに、カリアの斬撃が命中する。

 受け止め損ねた重い一撃はバーゲストの巨体を弾き飛ばすのに充分すぎる威力を誇る。地面を何度も跳ねた彼女が態勢を立て直そうとする間にも、カリアは自分で弾き飛ばしたバーゲストに肉薄し、操虫棍を振るい続ける。

 咄嗟に喚び出した黒犬で牽制させ、大剣を突き立てて停止。立ち上がると共に黒犬を構成していた魔力を炎に変え、カリアを斬り払った。

 

 炎に焼かれた鎧を間髪入れずに大剣に打ち砕かれ、衝撃波を伴って吹っ飛んだカリアが地面を転がっていく。バーゲストは追撃を仕掛けようとするが、そうはさせじと飛来してきたオオシナトが彼女に突進して動きを止めた。

 

 

「助かったよ、オオシナト。っ……」

 

 

 自身の腕に戻ってきた猟虫に感謝の言葉を伝えるカリアだが、次の瞬間には苦痛に顔を歪ませて腹部に手を当てる。

 炎による火傷、そして斬撃による裂傷。それらは絶えず激痛を与えているらしく、流石のカリアも堪えたのか片膝をついていた。

 

 

(……少し、マズいですわね)

 

 

 けれど、それでも油断はできなかった。

 カリアの真骨頂は、こんなものではない。彼女の本気はこの程度ではない。

 

 彼女の凶暴性と攻撃性は、戦えば戦う程高まっていく。そして、彼女の肉体は戦闘を続けていく中で、一定のラインを超えると同時に強化されていくのだ。

 相手からすれば堪ったものではない。元々強い敵が、時間をかければかける程強力になっていくのだから。

 なぜ彼女にそのような特性があるのかというと、以前本人から教えてもらった事がある。

 

 

(狂竜症……でしたわね、確か。吞まれればそれまでですが、克服すれば強靭なパワーが得られるという)

 

 

 それは生前の彼女が旅の中で出会ったという、一頭の竜。その存在が振りまくウィルスに感染すると発症してしまう病の名だ。

 狂竜症は感染した存在を狂暴化させるが、克服できればその何倍ものパワーを得る。その結果として現れたのが、ウッドワスの極限状態だ。

 

 元々老いた老兵の身でありながらも、その命の最後の一滴まで全て女王に捧ぐと決めた彼が得た力。それを彼に与えたカリアだが、彼女の場合は内側に大元がいるために、極限状態ではなく、“真・狂竜化”形態というものに変化する。

 パワーこそ極限状態のウッドワスに劣るもの、総合力で言えば彼女の方に軍配が上がる。その形態に変化されてしまっては、最早自分に勝ち目はない。

 

 故に―――

 

 

「ぐ、うぅううぅぅううぅ……ッ!!」

 

 

 片手で頭を押さえて弱っているこの時こそ、絶好のチャンスだ。

 

 

(このチャンス、逃しはしませんわッ!!)

 

 

 大剣を手に、バーゲストは斬りかかる。

 蹲って苦しむカリアが、静かに口元を邪悪に歪めた事に気付かぬまま―――。

 

 

 

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 ―――操縦開始。

 本物ではない影故に発声できなくとも、確かに彼の声が響いた気がした直後、周囲に散乱していた氷塊やその欠片が瞬く間に合体していき、無数のゴーレムが形成される。

 

 

「強化、行くぜッ!」

 

 

 グリムが二匹の白狼を伴って魔術を発動し、ゴーレム達を強化する。

 元々が古龍の能力によって創造された氷塊を素材にして構築されたゴーレム達が、グリムの魔術を受けてより頑丈となり、打ち砕こうとしてきたディスフィロアの巨体を五体がかりで受け止めた。

 動きが止まったディスフィロアに左右からノクナレアと村正が攻撃を仕掛けるべく飛び掛かるが、直後、古龍の全身から灼熱の波動が放たれた。

 

 

「ぐッ!?」

「あっっつッ!? 大事な服が燃えるじゃないッ!」

 

 

 咄嗟にディスフィロアに振り下ろそうとした野太刀を防御に振るって波動を相殺し、ノクナレアもまたハート型のオーラで障壁を作ってなんとか身を護る。しかし、村正もノクナレアも波動に吹き飛ばされて攻撃が失敗してしまい、ゴーレム達もゼロ距離からの超高熱を浴びて融解していく。

 グリムの魔術を受けても尚、ただでは済まない熱量。熱線ではないために反射も出来ずに解けていくが、アヴィケブロンは瞬時に五体のゴーレムを融合させて補強。さらに複数体の融合により巨大化させたゴーレムを操り、ディスフィロアの首を両手で掴んで締め上げる。

 

 気管を封じられたディスフィロアが暴れ、巨大ゴーレムを振り払う。首を手放してしまった巨大ゴーレムにディスフィロアの尻尾が叩きつけられたかと思うと、直後に大地から突き上げてきた氷柱が巨大ゴーレムを貫いた。

 ディスフィロアの眼が妖しく輝いて氷柱が巨大ゴーレムごと砕かれると、その破片は旋風に煽られるように周囲に飛散し、立香達を狙う。

 

 

「先輩ッ!」

 

 

 咄嗟に立香の前に飛び出したマシュが盾を地面に突き立てる。

 可能な限りマシュに密着した立香に氷の破片が殺到するが、それらはマシュの盾より展開された純白の結界が彼女を護り抜く。

 

 アヴィケブロンもまた自身の周囲にゴーレムを配置して身を護る。が、次の瞬間、彼の全身を黒い影が覆った。

 

 

「グォォオオオッ!!」

 

 

 ドォオンッ! と地面を轟かせてアヴィケブロンを右前足で押さえつけたディスフィロアが、そのまま彼を踏み潰そうとする。

 ミシミシと骨が軋む痛みに身悶えするアヴィケブロンを救うべくオベロンが虹色の魔力波を放って攻撃するも、ディスフィロアは氷と炎の障壁で防御する。そして遂にアヴィケブロンがディスフィロアによって潰されかけた、その時だった。

 

 

「シャドウ・ボーダー疑似展開。未完の馬よ、駆け抜けろッ! ―――境界を超えるもの(ビューティフル・ジャーニー)ッ!!」

 

 

 ディスフィロアの真下。そこに広がる大地が水面のように揺らぎ、そこから無骨な外装を持つ車両が飛び出してきた。

 

 ―――虚数潜航艇シャドウ・ボーダー。

 アトランティスでストーム・ボーダーを獲得する前は、カルデアが異聞帯に侵入できる唯一の大型特殊車両。虚数の海を征き、前人未到の地に輝ける轍を刻み付ける黒き箱舟。

 

 障壁の内側。そして地面からの予期せぬ不意打ち。それによって遂にディスフィロアの態勢が崩れ、その隙にアヴィケブロンは足元から離れ、シャドウ・ボーダーが開けた穴を通って脱出した。

 

 

「ありがとう、ダ・ヴィンチちゃんッ!」

「どういたしましてッ! レオナルドツインパンチッ!」

 

 

 魔力によって構成されていたシャドウ・ボーダーが消え、その中から現れたダ・ヴィンチが両腕に装着されたガントレットでロケットパンチを繰り出す。

 シャドウ・ボーダーによる突進を受けて態勢が崩れたところを、顔面にロケットパンチの追撃を受けたディスフィロアがさらによろめく。

 苦し紛れにディスフィロアが開いたアギトから熱線を放った。空中に出現させた氷塊の反射によって後方から攻撃しようとした村正を焼き払おうとする。

 

 しかし、それはアヴィケブロンが許さない。

 彼が指を振るえば、村正の前にゴーレムが出現。その身で熱線を受け止め、逆にディスフィロアに反射し返した。

 

 

「グォアアアアアァァッ!!?」

「崩れたッ、今ッ!!」

「アルトリアッ! 強化こっちに回せッ!」

「うんッ!」

 

 

 反射された熱線を受けて転倒した今こそがチャンスだと確信した村正が走り出す。

 自らの左右直線状に出現した何十本もの刀剣が砕け、混ざり、溶け合い、一本の刀となって右手に収まる。

 

 

「―――そこに至るは数多の研鑽。あらゆる非業、あらゆる宿願はこの一刀の為に」

 

 

 アルトリアの強化を施された肉体が、魔術回路が躍動する。

 遂に訪れた千載一遇のチャンスを逃さんと、村正は高く飛び立つ。

 

 

「剣の鼓動、此処にありッ! 喰らえ、無元の(つむかり)―――ッ!?」

 

 

 英霊となった自身が獲得した宝具の名を叫ぼうとした、その時だった。

 

 開かれた眼が妖しく輝き、強烈な風圧の後にディスフィロアの全身を白い煙が包み込んだ。炎と氷をわざと衝突させて発生させた水蒸気による目くらましだ。

 だが、村正の感覚が告げる。―――逃がした(・ ・ ・ ・)と。

 そして、依代となった少年の残滓が叫ぶ。―――彼女が危ない(・ ・ ・ ・ ・ ・)と。

 

 

「―――アルトリアァアアアアアァァッッ!!!」

 

 

 宝具の発動が中断される。

 もし今放てば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あの一瞬で、ディスフィロアはアルトリアの背後まで移動していたのだ。

 

 

「アルトリアッ!」

「マズイッ!」

 

 

 立香が叫び、ダ・ヴィンチがローラーシューズで助けに行こうとするが、それより先にディスフィロアの火炎がアルトリアを焼き尽くすのが早い。

 

 

「ぁ―――」

 

 

 魔術の行使も、離脱も間に合わない。アルトリアの思考が真っ白になった、その時。

 

 

「動きを止めるな、アルトリアッ!」

 

 

 彼女とディスフィロアの間に割り込む影が一つ。

 自らを小型化させ、ただ加速する為のみに己の全てを賭けたオベロンが、アルトリアの前に出た瞬間に体を元に戻す。

 

 アルトリアの視界がその男を捉え、彼が何者かを脳が認識するも、次の瞬間、ディスフィロアの炎が視界を真っ赤に染め上げた。

 

 大気を揺るがす程の大爆発。それを真正面から受けた男―――オベロンは自身の身を顧みずにアルトリアの盾となり、可能な限り彼女への被害を軽減した。

 

 吹き飛ばされたオベロンと、背後にいたためにそれに巻き込まれたアルトリア。両者は共に地面を削って倒れるが、先に立ち上がったアルトリアがオベロンを抱き起こした。

 

 

「オベロン、オベロンッ!」

「……あ~、しくじったなぁ……。無理して助けに入るんじゃ、なかった……」

 

 

 所々焼け焦げたり煤が付着した純白の外套も、その奥にある皮膚ごと焼かれたオベロンは、アルトリアの助けを借りるものの、立ち上がる事も出来ずに崩れ落ちてしまう。

 

 

「駄目、立って……オベロン―――ッ!」

 

 

 叫ぶアルトリアの声にも答えられぬまま、妖精王オベロンは光の粒子となって消滅するのだった―――。

 

 

 

 

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「「「「「うぉおおおおおおおおおおおッッッ!!!」」」」」

 

 

 キャメロット城内、バーヴァン・シーのいる部屋へと続く迷路の中にて。

 カドック達は体の奥底から雄叫びを上げて走っていた。

 

 背後からゴロゴロと大きな音を立てて転がってきているのは、巨大な鉄球。迷路へ入ってしばらくした頃、突如として背後に現れたそれは凄まじい勢いで彼らを轢き潰さんと迫ってきた。

 

 

「アンナッ! あれも罠なのかッ!? 僕らの誰かがなにかやらかしたのかッ!?」

『多分普通に歩いてても出てきたやつッ! とにかく逃げてッ!』

「カイニスッ! 君の力であれを壊せないのかッ!?」

「さっきやって無駄だったの見ただろッ!」

「駄目だッ! 追いつかれるッ!」

「うぉおおおおぉッ! こうなったら一か八かだ、みんな、跳べッ!!」

 

 

 このまま鉄球に轢き潰されるなら、可能性が限りなく低い手段でも使うしかない。

 Kの指示に従ってジャンプしたカドック達。振り向いた彼らの先には、鉄球と天井の間にある、僅かな隙間。カイニスは超人的な身体能力でその隙間を通り抜け、アナスタシアもまたヴィイの力を借りて通り抜けていく。

 しかし、カドック達人間組は無理だった。

 隙間を通り抜けられず、体が鉄球に乗る。そのまま流されて床に落とされてミンチにされてしまう―――前に、敵地潜入用タイツが彼らの命を救った。

 

 恐ろしい速さで手足を動かして鉄球を這い上がる。そのまま鉄球から飛び降りるかと思いきや、頂点に到達した瞬間に体を反転。コサックダンスをしながら鉄球を転がし始めた。

 

 

『なんでコサックダンスするのよッ! そこまで行ったなら降りなさいよッ!』

「悪いが芥、これはこのタイツの性質なんだ。この場において最適な行動を出力してくれる」

『コサックダンスのどこが最適な行動なのよッ!』

『うわ、見てよぐっちゃん。床に落とし穴が開いてる。鉄球は落ちないけど人間なら普通に落ちそうな大きさの奴』

『嘘、ホントにこれが最適解なの? もっとマシな行動はなかったの……?』

「このまま行くぞッ!」

「いや……この先、壁じゃないッ!」

「「「ぎゃあああああああッ!!?」」」

 

 

 コサックダンスしながら抱き合うという無駄に高等な技術を披露したカドック、K、ペペロンチーノの体が、急停止した鉄球から放り出される。慣性に従って壁に激突したカドック達が停止した鉄球からなんとか離れると、鉄球は軽い地響きを起こしながら床ごと右へスライド。入れ替わるように彼らの前に現れたのは―――

 

 

「モ、モザイク……?」

 

 

 一面モザイクに覆われた通路だった。

 今はまだ入っていないが、一度入れば最後、絶え間なく変化し続けるモザイクに支配された世界に迷ってしまうのが容易に想像できる通路。ここ以外にルートが確認できない事からも、これしか道はないのだが、カドックは思わず顔を顰めた。

 

 

「ふざけた通路だが、用心するに越した事はない。ヴィイ、君の魔眼ならこの通路を―――」

「いや、ここは私に任せてくれ」

「K……?」

 

 

 透視の魔眼を持つヴィイの力を借りて通り抜けようとしたカドックの肩に手を置いたKに、カドックの訝しげな視線が向けられる。

 彼を安心させるように頷いたKがモザイクの通路に足を踏み入れる。ヴィイもまた彼の行方を追っているが、彼らは特になんの異変も起こさぬまま進み続けている。

 

 

「アンタ、この通路を通れるのか? まさか、その仮面になにか秘密が……」

「昔、AVのモザイクが邪魔で邪魔で仕方なかった時があってね。モザイク越しにある存在を見通せるように眼力と認識能力を鍛えたんだ」

(なにかしらの魔術に期待した僕が馬鹿だったな……)

『うわ……K、流石にそれは引くなぁ。オフェリアちゃん、ああいう輩にはついて行っちゃ駄目だよ?』

『私は子どもじゃないわよ……』

「私個人の感想だが、修正のかけられたAVより無修正の方が良いじゃないか。なぁカドックッ!?」

「いきなり僕に投げるなッ! とにかく、見えるなら行くぞッ!」

 

 

 背後から注がれる冷気に身震いしながらも、カドックはKの後に続いてモザイクの通路を駆け抜けていく。

 

 だが、哀しいかな。彼らの前にはさらなる難関が待ち受けていた―――。

 

 以下、ダイジェスト。

 

 

「おい、なんかこっちに来てないか? 少なくとも、この世界にいるはずのない奴が……」

「そうだね。もしアレ(・ ・)が本物だったなら、我々の存在が抹消される」

「なに言ってるのよ。あの三個の黒丸が合体したシルエットのキャラクターなんて、この國にいるはずが―――」

「ハハッ」

『逃げてッ! 著作権にッ! 著作権に消されるッ!』 

 

 

「いや怖すぎんだろッ! モザイクの通路進んでると思ったら、モザイクに擬態した◯ッキーが来るなんてッ! ……ん、あれは……?」

「ボタン、ね。なんでこんなところにあるのかしら」

『ここにあるのは壁と、あとはそのボタンだけね。一度引き返すか、それとも……』

「…………」

「気持ちはわかるが、カドック」

「別になにも考えていないからな? あれは罠だと感じただけだからな?」

「ここは我々の特殊能力の一つ、『なんかヤベーセンサー』に問いかけよう。……押してもいいかな」

「駄目だ。なにが起こるかわかったもんじゃない」

「いや、カドック。確かに見た目こそ胡散臭さの塊でしかないが、押してみれば逆にこちら側にとって良い結果になったりするかもしれないじゃないか」

「押したいなら『押したい』って言え」

「押゛し゛た゛い゛ッ!」

『駄目です』

 

 

「カドック、私は残念だよ。あのまま私に押させてくれれば、あんな事にはならなかったのに……」

「クソッ、『確かにその通りだ』と思った自分が憎い……ッ!」

「まさかボタンを押さなかった事が原因で魔獣が襲ってくるなんてねぇ。そして今、そいつらに追われてるなんてねぇッ!」

「チッ、数が多すぎるッ! 殺しても殺しても切りがねェッ!」

『そのまままっすぐッ! その先の扉に入ってッ!』

「……これ、エレベーターじゃないか? なんで部屋の中にエレベーターなんてものがあるんだ。そもそもなんでエレベーターなんだ? 明らかに未来すぎるだろ……」

「気にしてはいけないものなのかもしれないわね。ところで全員揃ってるかしら」

「あぁ、全員揃ってるぜ。カドック(お前)、アナスタシア、ペペロンチーノ、カイニス(オレ)、そして……あれ、Kは?」

『「「「「…………」」」」』

仮面の持ち主(あのバカ)、乗り遅れたァアアアアアアアアア……ッッッ!!!)

『ちょ、ちょっとどうするのッ!? Kがいなくなったらバーヴァン・シーを救えても脱出できないよッ!?』

「私はァアアア……死なないィイイイイイイッッ!!!」

『ぎゃあああああああッ!?』

「床突き破ってくんなッ! てかオイ、テメェ魔獣共も引き連れてきやがったなッ!?」

「頼むカイニスッ! 助けてッ!」

「ホンット世話の焼ける奴だなテメェはッ!! 少しは役に立てッ!」

「モザイクの通路踏破したッ!」

「あぁそうだったな役に立ってたなッ! さっさと這い上がれぶっ飛ばすぞッ!」

 

 

 ダイジェスト、終了。

 

 幾つもの難関を乗り越え、遂にカドック達はバーヴァン・シーがいると思われる部屋の前まで辿り着いた。

 ……が、そこには既に先客がいた。

 

 

「っ、お前は……」

「スプリガン……ッ」

「ほぅ、まさかあの地下牢から脱出するとは。いったいどんな手を使ったのやら……」

 

 

 地下牢でカドック達の前に現れた男、スプリガンが衛兵達を引き連れて立っていた。

 いったいなぜここに、とカドックが思っていると、彼の心情を察したのか、スプリガンは不敵な笑みと共に口を開いた。

 

 

「姫君の身柄を求めているのは、貴様らだけではないだけだ。我々も彼女を求めている。尤も、目的は貴様らとは真逆だがね」

「へぇ? それなら、さっさと倒させてもらおうかしら」

 

 

 スプリガン達から放たれる敵意と殺気をいち早く察したペペロンチーノが、スプリガンに飛び蹴りを繰り出す。

 寸分違わぬ一撃。ペペロンチーノの右足がスプリガンに直撃しかけたかに思われた、次の瞬間。

 

 

「ふんッ!」

「なッ!?」

 

 

 残像を残しながら動いた腕が、ペペロンチーノの足を掴んで投げ飛ばした。

 空中で回転して着地したペペロンチーノが驚愕に目を見開いて立ち上がる。

 

 

「どういう事……? 今の、それなりに本気だったのだけど」

「敵地潜入用タイツ……貴様らのみがそれを手にしているとは思わん事だ」

「なに……?」

「フッ、これを見るがいいッ!」

 

 

 ローブを掴み、放り投げる。その奥から現れたのは、漆黒の全身タイツ。カドック達のものがあまねく世を照らす光だと捉えるなら、スプリガン達のものは昏き闇。

 自分達の着用しているそれとはまるで正反対の全身タイツが、カドック達の前にその姿を現れた。

 

 

「な、なんだあれは……ッ!」

「黒い、全身タイツ……ッ!? 変態よッ!!」

「いや僕らも同じ変態だぞ」

 

 

 全身白タイツ(自分達)全身黒タイツ(スプリガン達)もただ色違いなだけの変態である。

 

 

「貴様らが誰一人欠けずにここまで来るとは想定外だった。だが、その悪運もここまでだ。この『敵地殲滅用タイツ』は、貴様らの着ているものよりも格段に性能が上ッ! 貴様らに勝てる確率など無いに等しいと知るがいい―――かかれェいッ!!」

「たかが黒いだけの全身タイツッ! 行くぞ、みんなッ! スプリガン達を、倒すッ!」

 

 

 今ここに、白と黒の変態達の戦争が始まった―――。

 

 

 

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 ……やけに外が騒がしい。騒がしくて満足に休めない程に。

 

 一人ベッドで眠っていた妖精―――バーヴァン・シーは苛立ちを隠さないしかめっ面で瞼を持ち上げた。

 

 

『いずれ、貴女をこの城より離脱させる者達が現れます。彼らには、貴女がこの部屋を離れても無事でいられる魔術道具を与えています。彼らと共に、この城を離れるのです』

 

 

 戦争が始まる前、母親(モルガン)より伝えられた言葉。その者達がこの部屋の近くまでやって来たのだろうか。その割にはやけに数が多く、時折怒号や奇声が聞こえてきている。その中に若干の悲鳴が混じっている事から推測するに、恐らくこの部屋のすぐ外で戦闘が起こっているのだろうか。

 

 

「待ちなさ〜いッ!」「奴ら私達をスプリガン達に任せて扉を開けるつもりよッ!」「そんなの許さないわッ!」「どこへ行くんだぁ……?」「バ、バーヴァン・シーを捕らえ、モルガンの下へ向かう準備だぁ……ッ!」「一人用のポッドでかぁ?」「お助けくださいッ!」「ス、スプリガン様のケツにポン酢が刺さったッ!」「抜けッ! このままじゃスプリガン様の腸内がポン酢で満たされるぞッ!」「おいよせやめろッ! 出るッ! 色んなものが出るッ! 人生が終わるわッ!」「ヒャッハーッ! ここで終わらせてやるぜぇスプリガンッ!!」「K、お前そんなキャラだったか?」「喰らいなさい、ローズタイフーンッ!」『ちょっとペペッ! Kのタイツが千切れるじゃないッ! あわわ、見えちゃうッ! モザイクッ! モザイク用意してッ!』「ははは、アンナ。そんな簡単にこの敵地潜入用タイツが……あっ」「ちょおおおぉおおッ!!?」『ホントにモザイク用意してる……いったいどこから、あっ、さっきの通路か』『カドック君ありがとうッ! 後でいっぱいよしよししてあげるッ!』『ルーツ?』「カドック?」

 

 

 正直静かにしてほしい。こっちはモルガンを護る為に今すぐにでも戦場へ出て、母の統治を穢そうとする不届き者共を皆殺しにしたいというのに。こうも外で好き勝手に騒がれては堪忍袋の緒も切れるというもの。

 

 

(クソ、一回このイライラを解消しなきゃ気が済まねぇ。敵だろうが味方だろうが関係ねぇ。いったんぶっ飛ばす。後の事はそれからだ)

 

 

 幸いな事に、しばらくベッドで休んでいた影響で体力や気力はこの部屋に来る前よりも大分回復している。試しにフェイルノートを取り出して音の斬撃を飛ばせば、背後にあった椅子が容易く両断された。

 精度、威力共に申し分なし。これならば大抵の相手は倒せる―――そう判断し、バーヴァン・シーは扉を開けた。

 

 

「おいテメェらッ! なに妖精(ひと)の部屋の前でギャーギャー騒いでん―――」

「勝ったぞぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

『うぉおおおおおおおおおおおッ!!!』

 

 

 絶えず変色し続けるモザイクで股間を隠した、見覚えのある仮面を着けた男性が固く握り締めた拳を掲げ、周りにいる彼の仲間と思しき男女が勝鬨(かちどき)を上げていた。

 仮面の男の足元には、肛門にポン酢の瓶を刺されてノビている、所々破けた黒い全身タイツを着用しているスプリガン。その周辺で倒れ伏している、スプリガンと同じ全身黒タイツを着用した男達。

 

 正しくカオス。理解しがたい現実を前にバーヴァン・シーは扉を閉めた。

 

 

(そっか。私、夢見てるのね)

 

 

 あんな光景、現実であり得るはずがない。しかし仮面の男―――信じたくないがプロフェッサー・Kと仲間達が身に着けていたのは、恐らく敵地潜入用タイツ。無駄に高性能なそれを一度は手に入れようかと思っていた時もあったので記憶の片隅に残っていたが、まさかあんな着ているだけで恥辱に死にそうになるものを着用してここまでやって来たのだろうか。

 馬鹿な。あり得ない。そんな馬鹿な事をここまで真面目にやり続けるなんて本物のアホのする事だ。

 

 自分はまだ夢を見ているのだと判断し、バーヴァン・シーは頬を抓った。

 そして驚愕し、戦慄する。今が現実だという恐怖の事実に。

 

 

(そんな、嘘……嘘よ……)

 

 

 心を底から凍てつかせるような恐怖。

 それから目を背けるように、先程の光景が間違いであると証明する為に、バーヴァン・シーは意を決して扉を開けた。

 

 

「Kがパンイチで叫ぶから怖がってたじゃないか。ここはもっと安心させるような事を言うんだ」

「その通りよ。ま、叫びたくなる気持ちもわかるケド」

「むっ。では早速……」

 

「「「「「もう安心だよ。貴女を助けにやって来た、ACWK(アルム・カンパニー・ホワイト・ナイツ)(たった今命名)ただいま参上ッ! さぁ、急いでここから離れ―――」」」」」

 

 

 バーヴァン・シーは扉を閉めた。ついでに心の扉も閉めた。

 

 

 

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 ―――呼んでいる。喚んでいる。

 

 黒き蟲が、己の名を告げている。

 昏き凶気を、呼び込んでいる。

 

 日の昇らぬ空を、漆黒の影が飛翔する。

 長き封印を破り、再び駆けるこの空。かつて生があった頃に見た、何物も存在しない虚無の(ソラ)―――そこにただ一体存在するその龍は、己の存在を求める呼び声を聞き取り、禍々しき翼を羽ばたかせる。

 

 大気を裂き、降下する。

 雲海に飛び込み、目指す先はただ一つ。

 

 ―――妖精の國よ、覚悟せよ。

 

 

 今―――絶望が、飛来する。

 




 
・『敵地殲滅用タイツ』
 ……スプリガンとその衛士達が着こんでいたタイツ。カドック達の敵地潜入用タイツを戦闘に特化させたものであり、隠密性こそ大きく劣るものの、身体能力は敵地潜入用タイツを遥かに凌ぐ。が、激闘の末にあっけなく破られてしまった。

・『スプリガン』
 ……バーヴァン・シーを連れ出す為にカドック達と交戦するが、惨敗。歳には勝てなかった。


 次回からなんですが、仕事が本格的に始まるので、もしかすると2週間置きに投稿できなくなるかもしれません。なんとか今のペースを維持できるよう頑張りますが、もし更新されなかった場合は「忙しんだな」と考えて頂ければと思います。

 それではまた次回ッ!


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罪都キャメロットの戦争/4

 
 ドーモ=ミナサン。
 まほよとfgoのコラボが決まったものの、まほよのストーリーを全く知らないため、なんとかイベントが始まる前に出来る限りの情報を集めたいと思ったseven774です。

 先週から仕事が始まり、日々見学と実践に追われています。
 自分が就職した先がこれまで全く経験のないものだったため、常に勉強している状態で正直大変です。ですが、その分知れる事も多いので一概に大変とも言えないのが現状でございます。
 一人暮らしも始まりましたが、実家には電車で一時間半程で戻れる距離なので、精神的に辛くなれば休日にでも戻ろうかと考えています。
 それに、サムレムでは若かりし頃の柳生宗矩も出てきましたからね。ストレス発散に丁度いいタイミングで本当に嬉しいですッ!

 今回でこの作品も遂に100話目に到達です。ここまで来れたのは、このような拙作を閲覧してくださっている皆さんのお陰です。本当にありがとうございますッ! そして、今回を持ちまして『罪都キャメロットの戦争』は終わりです。次回からは番号を付けず、戦争が始まる前と同じようなバラバラのタイトルになります。

 それでは本編、どうぞッ!



 

 バーゲストにとって、カリアは恩人にして戦友であった。

 妖精に比べて脆弱な肉体に加え病弱な体質な恋人(アドニス)を今まで喰わずにいられたのは、間違いなく彼女とモルガンのお陰だ。詳細はこちらから訊ねても両者とも揃って口を閉ざしてしまうため把握できていないが、それでも彼女達の活躍によって、今も彼と恋人関係を続けていられるのは間違いない。

 

 そして、戦友としてのカリアは、正しく勇ましいの一言だ。

 彼女と初めて出会ったのは女王歴1800年頃。大挙してキャメロットへと押し寄せてきた毛虫型モースの群れに対処すべく、汎人類史が誇る円卓の騎士の一人、ガウェインの霊基を得たバーゲストの前に現れた彼女は、女王の御前であるにも関わらず飄々とした態度を貫いていた。

 最初こそ『本当にこいつと組んで戦うのか……?』と疑問視していたが、いざ戦争が始まった途端、その疑問は間違いだったと痛感した。

 凶悪にして苛烈。痛烈にして凄惨。ただひたすらに笑いながらモースを薙ぎ倒して暴れまわるその姿に、バーゲストは身の毛もよだつ恐怖と共に、『女王が彼女を派遣した理由はこれか』という納得を覚えた程だ。

 

 少々……いや、かなり女癖は悪く行く先々で彼女の毒牙にかかった女性達を見かけたが、それさえ無視すれば話は通じる相手。

 敵にすれば笑いながら殺しにかかってくる恐ろしい相手だが、味方として共闘すれば頼もしい彼女。

 

 彼女には返し切れない恩がたくさんあるものの―――今回だけは話は別だった。

 

 

「カリアッ! これで、終わりですわ―――ッ!」

 

 

 炎の大剣を振り下ろす。

 殺さず拘束する為の峰打ちだが、それでも彼女を数時間昏倒させるには充分な火力。その間に、きっとこの戦争も終わるはずだ。

 最早これ以上、大恩ある彼女に剣を振るいたくない。この一撃で終わってくれと願って―――

 

 

「いいや、まだ終わらせない―――ッ!」

 

 

 狂笑と共に振り上げられた黒い刃が、今まさに自分に叩きつけられようとした大剣を弾いた。

 

 

(な、まだ動くんですのッ!? いえ、驚くのは後ですわッ!)

 

 

 苦し紛れに左腕を盾にし、迫り来る刃を受ける。

 カリアの扱う操虫棍は左右に黒刃がついたもの。まず左の刃で大剣を弾き、続く右の刃でバーゲストの喉を掻っ捌く……恐らくそのような算段だったのだろう。本当に恐ろしい相手だ。攻撃の一手一手に全力の殺気が含まれていて精神的にも少しずつ削られていく点も地味に厭らしい。

 

 籠手に亀裂が走る音から、あとどれ程の攻撃を受ければ籠手が砕けてしまうのかを確認しながらオオシナトの追撃を躱して鎖で牽制し距離を取る。黒犬も牽制に加えるも、直後、バーゲストは己の行動が悪手だったと後悔した。

 

 

「オオシナトッ!」

 

 

 主の呼び声に従い、オオシナトが操虫棍に取り付く。そのまま操虫棍をフルスイングして、オオシナトが凄まじい勢いで打ち出された。

 空気の壁を容易く突破して射出されたオオシナトの直撃を受けた黒犬は瞬く間に消し飛ばされ、周囲の黒犬達や鎖も風の刃によって無残に切り裂かれていく。

 

 

「がッッ!!?」

 

 

 勢いを僅かにも落とさぬままに突っ込んできたオオシナトを、バーゲストは反応する事が出来ずに胸に受けてしまった。

 凄まじい速度で鎧に亀裂が刻み込まれ、耐久力の限界を振り切って砕け散る。

 

 堪らず背中から地面を削っていったバーゲストに迫りながら、カリアは射出したオオシナトを腕に戻す。先程の一撃で赤・白・橙の三色のエキスを獲得したオオシナトからエネルギーが供給されて身体能力が向上した彼女のプレッシャーに、バーゲストは体についている鎧の残骸を吹き飛ばして立ち上がった。

 

 

(こうなったら、もう手加減は出来ませんわ……ッ!)

 

 

 煤や砂に塗れて汚れてた純白の鎧がなくなり、その奥にあるインナーが露になる。彼女の強靭な肉体を惜しみなく周囲に知らしめる黒のインナーが破けそうな程に筋肉を隆起させ、バーゲストは大剣を突き立てる。

 

 インナーが黒い炎となって燃え上がり、頭部より伸びる角が歪に変容していく。

 腰からは獣のような尻尾が伸び始めていき、禍々しい炎のオーラを纏ったバーゲストが、今まで己の力を示し続けていた大剣を残して走り出す。

 

 もう止められない。拘束などという甘い手段など取れない。

 最早、彼女を殺すより他に無い。

 

 

「カリアアアアアァァァッッッ!!!」

「バーゲストォオオオオオオオッッッ!!!」

 

 

 自らの全力を引き出すべく頭部に生える角を握ったバーゲストと、様々な色のオーラを纏ったカリアが叫ぶ。

 両者の必殺の一撃が、今まさに繰り出される―――その瞬間。

 

 

「待つんだ二人共ッ!」

 

 

 天空から落ちてきた流星が、彼女達の動きを止めた。

 いったい誰が、と技を中断したバーゲストとカリアだったが、徐々に消えていく青い光の奥に立つ存在を見て思わず目を見開く。

 

 

「これはこれは、メリュジーヌ。このボクの至高の時間を、まさか君が邪魔するとは。……殺されたいのかい?」

「メリュジーヌ、どうして貴女がここに……」

「……色々聞きたい事はあるけど、今はそんな場合じゃない。なにかが来る。もう、戦争どころの話じゃない」

 

 

 メリュジーヌが視線を上に向ける。それにつられたバーゲストとカリアも空を見上げて―――

 

 

「な、なんですの……あれ……」

 

 

 凄まじい勢いで渦を巻く、妖しい紫色に輝く暗雲を見た。

 

 

 

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 突き出された拳が鎧を掠り、衝撃に体が吹き飛ばされそうになる。錐揉み状に回転しそうになる肉体を、しかしパーシヴァルは根性でその場に固定し、槍を突き出す。

 顔面へと突き進む穂先は、しかしウッドワスの左手によって掴まれてしまう。そのまま握力で穂先を握り砕こうとするが、それより先にパーシヴァルは槍の力を限定的に解放させる。

 

 

「ぐッ!?」

 

 

 穂先を掴んでいた左手が焼かれる不吉な感覚に、咄嗟にウッドワスは穂先を放して距離を取った。

 いったいなにがと思って左掌を見やれば、ジュウジュウと音を立てながら掌の肉が蒸発しており、その奥にある骨まで見えてしまっていた。

 

 

(槍の力かッ! 忌々しいッ!)

「セヤッ!」

「ハァッ!」

 

 

 かつては救世主が保有し、そして歪んでしまった、妖精を罰する槍の力。その効果に顔を顰めたウッドワスの光弾と、パーシヴァルの槍が激突する。

 眩い軌跡を描いて光弾を両断していくパーシヴァルにウッドワスの手刀が振り下ろされるも、パーシヴァルは紙一重で回避し、ウッドワスの脇腹に槍を振るった。

 が、脇腹を斬り裂くはずだった穂先は紫色の火花と共に弾かれてしまい、その間に繰り出された回し蹴りがパーシヴァルの背中に直撃してしまった。

 

 大人が子ども用のボールを蹴ったような勢いで蹴り飛ばされたパーシヴァルが五度ほど地面を跳ねてから転がり、立ち上がった頃には再びウッドワスが攻撃を仕掛けてきていた。

 飛び膝蹴りを危うく回避し、呼吸を整えながら一閃。盾にされた右腕に受け止められるものの、パーシヴァルはそれを軸に回転しウッドワスの背後を取る。

 背後を取られたウッドワスが即座に右足を後ろに伸ばして蹴り飛ばそうとするが、パーシヴァルはその場で跳躍して回避。そのまま右足に降り立つと、首元目掛けて光を纏わせた槍を振るった。

 

 

「ぐ、おぉおおおおおおッッ!!?」

 

 

 ギィイイイイイイイッッ!! と、首を切っているとは思えない甲高い金切り音。紫色の火花と黄金の粒子が絶え間なく弾け飛ぶが、ウッドワスが体を回転させてパーシヴァルを振り払った事で止む。

 足場を失ったパーシヴァルに光線を放つが、彼は光を放つ槍を円形に回転させて防御。妖精を罰する輝きは光線と相殺し合い、持ち主を護り抜いた。

 

 

「はぁ……はぁ……ッ!」

 

 

 だが、光線を凌いだパーシヴァルの息は荒く、槍を握る力も弱まっていた。

 彼の振るう『選定の槍』はその特性もあって妖精を相手にすれば非常に強力な武器となるが、その力の代償は大きい。

 『選定の槍』は所有者の魔力ではなく、寿命を糧として力を行使するのだ。本気の一撃ではなく限定的に解放させてはいるものの、それ故にパーシヴァルの寿命は現在進行系で減り続けている。

 妖精國に生きる人類の寿命は長くて六十年。ロンディニウム防衛戦で一度槍の力を限界まで引き出したパーシヴァルが、もう一度その技を使うとしても、行使できるのは恐らく一回。魂も勘定に入れればさらにもう一度使えるだろうが、その手はなるべく使いたくない。

 

 だが、極限状態のウッドワスを打倒する為には―――

 

 

「ハァァァァァァ……ッッ!!」

 

 

 骨が軋み、魂が擦り切れる。恐ろしい勢いで抜けていく力を必死に手繰り寄せ、槍に己の寿命(いのち)を注ぎ込む。

 

 

(むっ、あの光は……ッ!)

 

 

 ウッドワスは、今ままでよりも輝きを増したそれに警戒の色を示す。

 かつてのロンディニウム防衛戦。あと一歩というところまで追い詰めたところを、あの槍の輝きによって形勢を逆転され、撤退せざるを得なかった記憶が蘇り、ウッドワスの本能が警鐘を鳴らし始める。

 先程の掌の有り様、そして現在のパーシヴァルの様子を鑑みるに、当たれば極限状態といえどもただでは済まないであろう一撃。

 だが、ウッドワスはむしろこれを好機と捉えた。

 一度は後れを取ったが、あの輝きを今度こそ打ち破り、その奥にある騎士の首をもぎ取れば、モルガン陛下からの信頼を取り戻せるはず。いや、取り戻さなければならない。その為に自分は彼女の招集に応え、戦場に出たのだから。

 

 

「来るがいい、パーシヴァルッ! 忌々しきその輝き、今こそ打ち破ってくれるわッ!」

 

 

 敢えて両腕を広げ全身を晒すウッドワスに、ならばとパーシヴァルがより力を込めようとして―――

 

 

「―――グギャァアアアアアアアアッッ!!」

 

 

 上空から轟いた、怖気の走る咆哮に動きを止めた。

 

 

「なんだッ!?」

「あれは……」

 

 

 戦う事を忘れ、咆哮が聞こえてきた上空を見上げる。そこに渦巻く紫色の雲の存在から、なにか恐ろしい事が起ころうとしていると判断したウッドワスだったが、その雲の奥にいる『なにか』の意識がキャメロットに向けられている事に気付いた途端、血相を変えた。

 

 

「陛下……陛下ァッ!」

 

 

 あれがなんなのかはわからない。しかし、このまま傍観してはならないと叫んだ忠誠心が、戦果に固執していたウッドワスの魂を殴り飛ばし、彼の瞳に理性の光を蘇らせた。

 そして、理性を取り戻した彼は、最早目の前に吊るされている戦果(パーシヴァル)よりも、自らの全てを捧げた女王(モルガン)の救出と守護の道を選んだ。

 

 

「なっ、ウッドワスッ!?」

 

 

 最後の切り札を切ろうとした直後に立て続けに起こった出来事に、思わず技を中断させてしまったパーシヴァル。己の肉体に槍に吸われかけていた寿命が返ってくる感覚に気付かぬ程に驚き、慌ててウッドワスを追おうとする。しかし、集中の糸が切れてしまったせいで今まで彼の動きについていけていた身体能力が瞬く間に消え失せてしまい、超高速で移動するウッドワスには追いつけなかった。

 その場に取り残されてしまったパーシヴァルの視線は、彼が向かっていった城よりさらに高度に位置する暗雲に向けられる。

 

 

(いったい、なにが起こってるんだ……)

 

 

 ウッドワスが血相を変える以上、モルガンが起こしたものではない。かといってアルトリア達が使うにはあまりにも禍々しく、邪悪な気配を感じる。

 今この場で争っている両陣営とも異なる、新たなる勢力―――その未知なる存在に、パーシヴァルは言い知れぬ恐怖を覚えた。

 

 

 

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「そんな、オベロンさんが……」

「…………」

 

 

 アルトリアを護り、光の粒子となって消えたオベロン。彼の最期を見てしまったマシュが息を呑み、立香は僅かに目を細める。

 思わず動きを止めてしまった彼女達とは対照的に、ディスフィロアは動きを止めない。

 

 次は誰を殺すべきか―――否、決まっている。

 

 

「……ぁ」

 

 

 こいつだ。この楽園の妖精(アヴァロン・ル・フェ)だ。先程は嫌な気配を纏う英霊に邪魔されたが、今彼女の盾になれるような者は近くにいない。

 次に殺すのはこいつだ。こいつさえ殺せば、後はどうにでもなる。

 

 瞳が妖しく煌めき、アルトリアの手足を凍てつかせていく。しかし、アルトリア自身は冷たさよりも、凍てついた先から溶けそうな程の熱に焼かれているような感覚に襲われる。

 

 

「―――っのヤロォッッ!!」

「アルトリアに手出しはさせないわッ!」

 

 

 大地を突き破って聳え立つ数多の巨木。それを柱にジグザグに移動してきたノクナレアのキックが迫る。

 しかし、ディスフィロアは翼を軽く羽ばたかせるだけで彼女を紙屑のように吹き飛ばし、視線をアルトリアから離さない。

 

 耐え切れない痛みに彼女の口から絶叫が飛び出そうとして―――その直後に、ディスフィロアの巨体を木々が組み合わさって出来た両腕が捕らえた。

 巨木に紛れて現れた腕の根源にある召喚陣から肘、次に顔、そして胴体が現れ、最後に出てきた両足が力強く大地を踏みしめる。

 

 

「燃え盛り、旧き龍を捧げろ―――灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)ッ!!」

 

 

 両腕を空に掲げたグリムの宝具―――ウィッカーマンが捕獲したディスフィロアをその身から溢れ出す炎で炙り、両腕で握り潰そうとする。しかしその瞬間、ウィッカーマンから放たれていたものとは別の炎が逆に巨人を燃え上がらせ、次いで炎が瞬く間に氷に変化して動きを停止させる。

 動きが止まったウィッカーマンが砕け散る。

 英霊の象徴にして切り札である宝具を容易く粉砕してみせたディスフィロアが、苛立たし気にグリムを睨む。

 

 

「うぉっとッ!」

 

 

 足元から噴き出した炎を間一髪で回避し、続いて頭上から落ちてくる氷柱を魔術で受け止める。

 

 

「立香ッ!」

「お願い、アヴィケブロンッ!」

 

 

 氷柱を分解し、アヴィケブロンの下へ射出する。即座にアヴィケブロンが巧みな動きで破片から無数のゴーレムを作成しさらに射出。狙われていた立香達の傍まで移動したゴーレム達が彼女らを焼こうとした炎を吸収し、レーザーに変えてディスフィロアに反射する。

 

 翼を力強く羽ばたかせて飛翔する事でレーザーを回避したディスフィロアが標的をアヴィケブロンに変え、灼熱の火炎を纏って急降下。まるで隕石と見紛う程の威力と熱量を伴った一撃はアヴィケブロンに回避や防御の隙を与えず、文字通り彼を消し飛ばした。

 

 

「マシュッ!」

「はいッ!」

 

 

 アヴィケブロンを退去させ、そのままの勢いでこちらに向かってくるディスフィロアに立香が叫び、マシュが前に飛び出す。

 『時に煙る白亜の壁』―――突き立てられた盾から放出された眩い輝きは質量を持たぬ障壁となってディスフィロアの攻撃からマシュと立香を護り抜いた。

 

 純白の障壁に阻まれたディスフィロアが滑るように彼女達とすれ違い、上空へ舞い上がっていく。

 

 

「グルォアアアアアッッ!!」

 

 

 滞空したディスフィロアが咆哮を轟かせた直後、地上から天へと昇るように、それぞれ二つの炎と氷の竜巻が発生。それらは次第に数を増やしながらディスフィロアへと接近し、合体。

 その場に留まなければ簡単に吹き飛ばされそうな程の旋風を巻き起こしながら、二つの超巨大竜巻が猛威を振るい始めた。

 

 

「あわわわわヤバイ引き寄せられるッ!」

「ダ・ヴィンチちゃんッ!」

「っ、危ないッ!」

 

 

 戦線に立つメンバーの中では一番小柄なダ・ヴィンチの体が渦を巻く竜巻に引かれ、浮かび上がる。

 そのまま竜巻に呑まれかけた直後、なんとかその場に踏み止まっていたアルトリアが魔術を行使。青白い光がダ・ヴィンチを覆った瞬間、彼女の小さな体が竜巻へと吸い込まれた。

 

 

「ダ・ヴィンチちゃあああんッ!!」

 

 

 長く苦楽を共にした仲間が成す術なく竜巻に消えた光景に、堪らず立香が叫ぶ。

 

 

『なんの……これしきぃいいいいいいッ!!!』

 

 

 しかし、ダ・ヴィンチは消滅していなかった。その証拠として、彼女の念話による叫びが立香の脳内に直接響いてきた。

 アルトリアの魔術が、寸でのところでダ・ヴィンチの命を救ったのだ。だが、竜巻の中に捕らわれながらも生存している者がいる事に気付いたディスフィロアが、そのまま野放しにしているはずもなく、先端が鋭利に尖った無数の氷槍を竜巻に撃ち放った。

 

 

「あいつ、槍を風に乗せて串刺しにするつもりかッ!?」

「させるかよッ!」

「馬鹿野郎、ダ・ヴィンチごと斬るつもりかッ! ここはオレに任せとけッ!」

「グリムさん、村正さんッ! ディスフィロアがそちらにッ!」

「なら(オレ)はこっちだッ!」

 

 

 自分の刀で竜巻を斬ったところでダ・ヴィンチにも当たってしまえば元も子もない。ダ・ヴィンチの救出をグリムに任せ、彼の背後に立った村正が周囲に突き立てた武具を一つに合体させ、振るう。

 

 宝具の域までには届かなくとも、それに限りなく近い出力で繰り出された斬撃は、村正とグリムを纏めて潰そうとしたディスフィロアに直撃。なんとか相殺にまで持ち込ませ、ディスフィロアの動きを停止させた。

 

 

「あらよっとッ!」

 

 

 その隙にグリムが魔術を発動。竜巻の中にいたダ・ヴィンチの体が光り輝き、シュピンッと音を立てて彼の足元まで転移させた。

 

 

「助かったッ! ありがとうッ!」

「礼は後だッ! 来るぞッ!」

 

 

 村正の迎撃で攻撃を中断されてしまったものの、ディスフィロアは既に次の行動に移っている。

 地響きを起こしながら回り込むように着地したディスフィロアの右前足に炎が宿る。

 咄嗟にグリム達がその場から離脱するが、叩き付けられた右前足に纏わりついていた炎が空気を入れすぎた風船のように膨張した後に、破裂。扇状に広がった炎の波が、グリム達を飲み込もうと襲い掛かってきた。

 

 

「あっっっつッ!!?」

「ぐッ!?」

「このォ……ッ!」

 

 

 ダ・ヴィンチ、グリム、村正が炎に晒され、衣服に炎が燃え移る。そのまま彼らを焼き尽くそうと炎が牙を剥くが、なぜかそうなる前に消えてしまう。

 

 

「赤衣さん達がくれた巻物(スクロール)……あって良かった……」

 

 

 彼らの炎を消火したのは、手元に崩れ行く巻物を持った立香だった。先程彼女が使用した巻物は、オリュンポスでのベリルとの会話の中から拾えた情報に「もしや」と思った赤衣が、キャスター達の力を借りて作成したものだ。

 咄嗟に取り出しておいて助かった。でなければ、グリム達はあのまま霊基ごと焼却されていたはずだ。

 

 安堵する立香とは真逆に、ディスフィロアは微かに眼に『不快』の色を宿らせる。が、即座にそれを消し、次の行動に移ろうとして―――突然その動きを止めた。

 

 

「……? ディスフィロアが……」

「止まった……?」

 

 

 アルトリアとマシュが揃って訝しげに目を細める。

 なぜか動きを止めた古龍に、この隙に攻撃を仕掛けるべきかと立香が考えるも、逆になにかを仕掛けているかもしれないという可能性が浮かび上がり、下手に指示を出せない。

 

 誰もが動かない時間が数秒流れた後、最初に動き出したのは、この緊迫した空気を生み出したディスフィロアだった。

 

 

「グルォアァァァッ!!」

 

 

 なにもいないはずの頭上に向かって吼えるその姿に、立香達は攻撃の予兆かと身構える。しかし、ディスフィロアや足元に集中しても、火炎ブレスや氷柱が襲い来る気配はない。

 ではなぜ吼えたのか―――最初にある一つの可能性に気付いたのは、ダ・ヴィンチだった。

 

 

「まさか、威嚇してる……? でもなにに―――あっ!」

 

 

 いったいなにに威嚇しているのかがわからないでいると、ディスフィロア達はダ・ヴィンチ達に目もくれずに上昇。

 

 

「オォオオオオォォォッ!!」

 

 

 これまでとは違う咆哮と共に口から放たれたのは、氷とも炎とも違う半透明のブレス。

 竜巻のように渦を巻くそれが空に消えていくかに思われた直後、壁に重いものがぶつかるような音を立ててブレスが空間に亀裂を走らせた。

 

 

「え、なにあれッ!?」

「あの割れ方……まさか、ここって結界の中ッ!?」

 

 

 初めてこの地に足を踏み入れた時、ダ・ヴィンチはここがキャメロットとは別の場所だと思っていた。『水鏡』などという対象を過去に送る転移魔術を行使するモルガンの居城故に、門を基点に対象を別の場所に転移させる事など容易いと考えていたからだ。広さから考えても、城下町を含めたキャメロット全域よりも遥かに広大だという要素も、彼女がここがキャメロットとは異なる場所だと考えた理由の一つだ。

 しかし、その考えは誤りだと気付かされた。ここは結界の中だ。太古の時代、ディスフィロアが生息していたという“最果ての地”に酷似した結界の中なのだ。

 

 鏡が砕けるような音を立てて砕け散る空間の穴を、ディスフィロアの巨体が潜り抜けていく。直後、この結界の要となっていた存在が消えたからか、景色がその穴に吸い込まれるように動き始めた。

 動き始める景色と同様に穴に吸い込まれていく立香達だが、彼女達に出来る事はなにもなかった。なにか一つ行動を起こす暇さえなく、景色は“最果ての地”からキャメロットのものへと移り変わったからである。

 

 

「……ここって……」

「キャメロット、ですね……ぇ……?」

 

 

 周囲の確認をしようと視線を動かしていたマシュの体が、空を見上げて固まる。

 なにを見つけたのかと立香達も視線を上げ、渦を巻く暗雲を視界に収めた。

 

 

「……ヤベェ。この気配、アイツだ……ッ!」

 

 

 グリムが渦の中心にいる存在に気付いた瞬間、そこから一つの巨大な黒い隕石が落ちてきた。

 

 否、隕石ではない。あれは断じて隕石などではない。

 

 あれは生物だ。確かにこの世に存在していた、一つの命だ。滅びを齎す為にこの島に招かれた、三つの厄災の内の一つ。

 凶気を齎し、一度は救世主達さえ破った古龍種。その名は―――

 

 

「マキリ……ノワ……」

「あ、あそこ、ディスフィロアがッ!」

 

 

 天空より来る漆黒。その奥にいるであろう存在の名をマシュが口にすると、ダ・ヴィンチがマキリ・ノワより少し手前の方角を指差す。

 

 翼を雄々しく広げて飛翔するディスフィロアは、自身の周囲に炎と氷の渦を形成。それを竜巻状にして身に纏い、自身を一本の槍へと変化させる。

 

 

「グルォアアアアアアアアァァァッッッ!!!」

 

 

 竜巻が生み出す烈風に乗せられた咆哮がキャメロット全域に轟き、そして―――氷炎の竜巻と暗黒の凶星が激突した。

 

 

 

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「……で? テメェらがお母様の言ってた、私を助けに来た連中ってか? まさかアルム・カンパニーの連中だなんてな……」

 

 

 スプリガン達との戦闘後、救出対象に怯えられてしまったがなんとか部屋に入れてもらったK達。安堵の表情を浮かべる彼らだが、逆にバーヴァン・シーは各々損傷の具合が違うものの、まだ辛うじて原形を保てている全身白タイツを着た彼らに顔を顰めている。

 

 

「どうだい? 驚いただろう?」

「驚きすぎて一回心閉ざしたわ。久しぶりだったぜ、カリアとの訓練以来だ」

(自分のサーヴァントとの訓練で心を閉ざすのか……? いったいどんな内容なんだ……。いや、それにしても……)

 

 

 アンナから伝えられた話では、彼女は現在魂が腐りかけており、まともに動く事も出来ないはず。しかし、そのような気配は微塵も感じない。モルガンが用意したこの部屋に彼女の魂を癒す力があるという話も聞いているので、恐らくそれが関係しているのだろう。それか、バーヴァン・シー本人が、自分の魂が腐りかけている状況でも意識を保てる強靭な精神を持っている可能性も有りうる。

 

 

「どっちもだ」

「は?」

「自分の身になにが起きてんのかはわかんねぇけどよ、時々意識が消える事は何度かあった。その頻度もこの部屋のお陰で大分治まったし、仮に気を失いそうになっても根性で持ち直してる。こんな状況でも私の様子を確認するなんてな。悪くねぇ観察眼だ」

「まさか、今の一瞬で読み取ったのか……?」

「貴族に顔売るにも、顧客が『Bhan-Sith(私の店)』になにを求めてるのか確認するにも、まずは相手の目、次にその奥にある考えを読み取れるよう心掛ける。そうすりゃ、(おの)ずと戦いでも有利に立てるようになる―――カリアの受け売りだけどな」

『はァッ!? あの女がテメェにンなもん教えてたのかァッ!? 気持ち悪ィ誰だよそいつッ!』

『バルカンッ! 口を挟まないッ!』

 

 

 小鳥の小さな嘴から、その外見に似合わぬ男の声が聞こえた途端、アンナの怒号と共に『イッテェッ!?』と再び男の声が飛び出した。

 

 

『ごめんね、バーヴァン・シー。私のサーヴァント(バルカン)、君のサーヴァントと生前面識があってね。話を聞く限り色々違うところがあって驚いてたの』

「へぇ、うちのカリアと面識あんのか。さっきの声、バルカンだろ? アイドルイベントで聞いた声と同じだったし。……あれ、じゃあなんであいつら話さなかったんだ……? 生前に関わりあんなら多少はなにか話す事でもあるだろ」

『あぁ~……ちょっと、ね。そ、そんな事より、早く行こう? 目的は果たしたんだしッ! あ、その前に渡さないといけないものがあるんだった。K、持ってるよね?』

「あぁ、もちろん」

 

 

 言ってKが取り出したのは、青白い宝石が中心に嵌め込まれた、爬虫類の卵のようなフレームが特徴的な腕輪だった。

 受け取ったバーヴァン・シーがそれを右手首に装着すると、「おっ」と目を見開いた。

 

 

「凄いな、本当に体が軽くなった。流石お母様♪」

『……やっぱり』

「あ? なんだよ」

『それ、絆石だよ。もうずっと見ていなかったから確証は持てなかったけど、君が付けてるのを見てやっと納得がいった』

「絆石……確か、救世主トネリコの伝説にも登場してたな。確か、最初の妖精騎士がその加護を受けてたって」

 

 

 これがそうなのか、とバーヴァン・シーはまじまじと右手首に装着した絆石を見つめる。

 最早御伽噺の域となっている物語に登場する妖精騎士に加護を与えたというそれからは、しかし強大なパワーを感じられなかった。

 

 

(本当にこんなのが、初代妖精騎士に力を与えたのか……? それとも、これだけじゃ足りないなにかが―――)

「それについての話は仕事が終わった後でいいだろ。気になるのは帰り道だ。戻ると言ったって、あの道をまた戻るのか……? モザイクの道だったり鉄球が転がってきたり……正直精神的に疲れるから行きたくないんだが……」

「そういえば、帰り道がどうなっているかは訊いていなかったな……。まぁ、またあの道を通るとなってもやるしかないか。まずはこの部屋を出よう」

 

 

 言って、Kは外へと続く扉を開ける。

 またあの道を通るのか、と身構えた彼らだったが、しかし開かれた扉の奥に広がっていたのは、キャメロット城内の廊下だった。

 

 

「ここは……僕らがあの通路に入る前にいた廊下だな」

『バーヴァン・シーが自分の意思で出るって判断した場合は、途中の通路は全部なくなるんだろうね。あれ、そうなるとスプリガン達はどこへ……』

「気にしても仕方ねぇだろ。ほら、さっさと行こうぜ。この城の出方もお母様から聞いてんだろ?」

「あぁ、有事の際の脱出口があるらしい。そこを経由して離れよう。アンナ、ガイドを頼むよ」

『任せて。……いや、待って』

 

 

 頷いた小鳥がKの肩から飛び立とうとして、突然動きを止めた。

 どうしたのかと訝しむK達だが、小鳥は動かない。が、次の瞬間、操縦しているアンナの気持ちを表すように小鳥が慌しく飛び立った。

 

 

『この気配……やっぱり、気のせいじゃなかったんだ……。まさかあの子までこの世界にいるなんて……ッ』

「アンナ、いったいどうしたんだ。なにを感じたんだッ!?」

『マキリ・ノワッ! マキリ・ノワが来るッ! ボレアスッ!』

 

 

 アンナが己が従えるサーヴァントの片割れの名を叫んだ瞬間、K達の目の前の空間が黒く捻じれ始める。

 身構えるバーヴァン・シーだが、ペペロンチーノが「大丈夫よ」と落ち着かせる。そこから現れるのは、小鳥を通じて言葉を届ける彼女のサーヴァントだから。

 

 これでバーヴァン・シーをグロスターまで連れ出せば、それでこの仕事は終わる―――が、いつまで経っても()の姿は現れない。

 

 

「……アンナ。ボレアスは……」

『ボレアス? どうしたの?』

『……出来ない』

『え?』

『出来ないんだ、マスター。強力な結界が張られている』

『えッ!?』

(な、なんだと……ッ!?)

 

 

 ボレアスからのまさかの返答に、カドックの脳は鈍器で殴りつけられたような衝撃に襲われた。

 

 

『どういう事……? “禁忌のモンスター”である君の転移を阻む者なんて、それこそ冠位(グランド)か……』

“禁忌のモンスター”(我らの同類)、またはそれに等しき存在だ』

『っ、みんな、急いでそこから離れてッ!! そっちには―――ボレアス達に匹敵する奴がいるッ!』

「行くぞ―――ッ!!」 

 

 

 “禁忌のモンスター”に匹敵する強力な存在。まともに戦っては勝ち目などない。

 Kの叫びに全員が即座に動き出した、次の瞬間だった。

 

 

「うぉッ!?」

「なんだ……ッ!?」

 

 

 ドォオオオオン―――ッ!!! と、城中を揺るがす衝撃が走った。

 突然の衝撃を前に堪らずK達が崩れ落ち、頭上から降り注ぐ破片から頭部を護る。

 

 

「アンナッ! なにが起こってるんだッ!?」

『ディスフィロアとマキリ・ノワッ!! 外で戦ってるッ!!』

(……っ、ディスフィロアがッ!?)

「ま、待てバーヴァン・シーッ!」

 

 

 アンナからの報告を受けた瞬間、バーヴァン・シーは跳ねるように廊下を走りだした。制止しようとカドックが叫び、ペペロンチーノが追おうとするが、再び走った衝撃に足を取られ態勢を崩してしまった。

 

 

「カイニスッ! 連れ戻すんだッ!」

「応ッ!!」

「―――ッ」

 

 

 この中で特に身体能力の高いカイニスが、Kの指示を受けて駆け出す。

 しかし、カイニスの接近に気付いたバーヴァン・シーはほぼ反射的にフェイルノートを奏でる。不可視の斬撃に気付いたカイニスがトライデントで防ぐが、直後に凄まじい勢いで無数の斬撃が飛んできた。

 

 薙ぎ払う隙すら与えずに繰り出され続ける斬撃にカイニスが動けない間にバーヴァン・シーは距離を稼いでいくも、その前に巨大な氷の壁が立ち塞がった。

 

 

「行かせません」

「そういうわけには、いかねぇんだッ!」

「なッ!?」

 

 

 壁を作ったのはアナスタシア。が、次の瞬間に氷の壁はフェイルノートで一点のみに集中して攻撃した事で亀裂を走らせ、直後に殴り壊したバーヴァン・シーに度肝を抜かれた。

 

 焦って氷の壁を今度は五枚出現させてカイニスも追跡を続行するが、彼らの追跡と妨害を以てしてもバーヴァン・シーは止まらない。

 

 

「陛下、陛下……お母様ぁあああああああッッッ!!!」

 

 

 焦燥に叫んだバーヴァン・シーは、遂に彼らを振り切って走り去ってしまうのだった―――。

 




 
・『ウッドワス』
 ……これまでは目の前にいるパーシヴァルの首を獲る事しか考えていなかったが、マキリ・ノワの出現により理性を取り戻した。もし仮にパーシヴァルの『眩き選定の槍(ロスト・ロンギヌス)』と激突していた場合、両者共に相打ちになっていた。

・『マキリ・ノワ』
 ……オークニーでの復活後姿を消していたが、女王軍と円卓軍/ノクナレア軍との戦争の最中に再び現れた。ブリテン島を滅ぼすという目的を果たす為に招かれた、同胞の喚び声に応えた形で―――。

・『カリア』
 ……カリアがバーヴァン・シーに戦闘の知識を授けていると聞いたバルカンは彼女がそんな事をするなどあり得ないと叫んだ。が、ルーツはカリアが別人またはオルタである可能性はないと断言している。
 生前のカリアと、死後に英霊となったカリアの違い。それはアヴァロン・ルフェ終了後の幕間にて。

・『絆石』
 ……モルガンがバーヴァン・シーの魂の負荷を抑えるべく用意したマジックアイテム。ただ装着しただけでは負荷を抑えるだけだが、それ以上の力を振るうには、とある条件を満たす必要があるのだが……。

・『結界』
 ……“禁忌のモンスター”であるボレアスの転移すら阻む最上級の結界。これを行使できるのは冠位(グランド)か、ボレアスら“禁忌のモンスター”に匹敵する何者かしかいない。モルガンも彼らに並び得る神域の魔術師ではあるが、彼女が展開したものではない。


 なんとかいつものペースで更新できましたね。仕事をしながらこのままのペースで投稿し続けられたら最高なので、これからも頑張っていきますッ!

 前書きでも書きましたが、今回でこの作品は100話目を迎えました。皆さんがお気に入り登録をしてくれたり感想を書いてくれたりしてくれたお陰でここまで来れました。改めて、本当にありがとうございます。
 これからもこの作品を通し、皆さんの考えや想いを聞かせてくれたらと思います。そして、良ければこれからもルーツ達の物語、そしてシュレイド異聞帯の行方を見届ければと思います。ルーツの話はシュレイド異聞帯に入ればたくさん書けると思いますので、もうしばらくお待ちください。

 それではまた次回ッ! 100話到達、ありがとうございますッ!


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