好感度数値が見えるようになった。仲のいい彼女達は〝13〟だった。泣きたい。 (鹿里マリョウ)
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好感度数値が見えるようになった。仲のいい彼女達は〝13〟だった。泣きたい。

あけましておめでとうございます。
今年最初の投稿です。
数話くらいで完結させようかなと思います。


 身体が熱い。

 

 腹の奥底から炎が吹き出て身体中を駆け巡っているかのような苦しさに魘されている。

 

 分からない。どういう状況だ?

 

 熱い。

 

 ただ熱い。

 

 思考も焼ききれて脳が機能しない。

 

 熱い。

 

 熱い。

 

 熱い熱い熱い熱い!!

 

 

「熱いッッ!!!!」

 

 絶叫が口から飛び出した。

 

「・・・・・・え?」

 

 気がついたら、ベッドの上であった。

 

「夢?」

 

 身体を焼く熱さは消えている。しかし、吐き気を催す不快感は一向に引いてくれない。

 汗で張り付く寝巻きがこれまた不快感を増幅させるのに手を貸していた。

 

 鬱陶しい朝日、最悪の気分だ。

 

「水、飲みたい・・・・・・」

 

 とにかく何でもいいから気分をリセットしたい。

 自室のドアを捻る。

 押し寄せる廊下の冷たい空気が心地よい。

 

 

「──朝から情けない顔ですね、兄さん。癪に障ります」

「うおお!?ビビったあ!!」

 

 誰もいないとタカをくくって廊下で深呼吸を繰り返していたが、なんか目の前に妹がいた。いつも通りの羽虫を見るような冷たい視線。

矢羽猪(やばいの)秋葉(あきは)。俺、矢羽猪(やばいの)直来(すぐくる)の妹。鋭い目つきが特徴の秋葉だが、いかんせん他のパーツも整いすぎているので、むしろ厳しい視線もクールビューティーを彩る一因としてプラスに働いていた。

 烏の濡れ羽色のロングヘアは淀みなく、スレンダーな身体と完璧なマッチングを魅せる。

 学校でもモテのモテらしい。というか毎日のように告白されているのを見る。

 目付きが悪いだけの俺と大違いだぜ。

 しかもこの女、思春期真っ只中である。お兄ちゃんに当たる態度が人に対するそれじゃない。彼女の目には俺がハエに写っているのかもしれない。

 最悪の朝がもっと最悪の朝になってしまった。秋葉のことが嫌いな訳では無い。ただ苦手だ。いや、怖いと言った方が正しいのか。特にその睨むような視線が。

 

 しかし、そんな全自動お兄ちゃん拒絶マシーンがなんだって俺の部屋の目の前に待機しているのか。

 

「どうした秋葉?お前が呼びに来るなんて珍しい」

「拒否します。なんで私が兄さんの質問に答えなきゃいけないんですか。あとその喋り方不快です。今後二度とやらないで下さい」

 

 え?拒否されたんだけど。キレそう。・・・・・・ん?

 

「・・・・・・なんですか、じっと見つめて。まさか実の妹である私に欲情して視姦しているのですか。いよいよもって終わってますね。私以外の女性にやったら即刑務所行きですよ」

「そんなことしないよ!!?お兄ちゃんをなんだと思ってんの!!?」

「妹を性的に捉える変態だと思っていますが、違うのですか?」

「ちげえよ!!逆によくそこまで思ってて一緒に暮らせんな!?・・・・・・俺はただ、お前の頭の上にある数字が気になっただけだ」

 

 そう、この妹、何を思ったのか頭の上に〝15〟という数字を浮かばせているのだ。最新のファッションだろうか。最近の若い子が心配になる。

 

「数字?なんのことです?とうとう脳みそまで不良品になってしまいましたか?」

「いや、頭の上に浮かんでるピンクのやつだよ。〝 15〟ってのが浮いてんじゃん」

「はあ?兄さんのお巫山戯に付き合っている暇はありません。風紀委員の仕事がありますので、先に学校に行きます。兄さんも、遅刻はしないで下さい。私の信頼にまで関わりますので」

 

 ため息混じりに踵を返す秋葉。分からん、あの数字は何なんだ。アレつけたまま学校行くのか。それでいいのか風紀委員。

 階段を降りて玄関へと向かう後ろ姿に、心の中で問いかけてみるが、当然答えなどはなかった。

 

 

 因みに登校中に調べて見たが、あの数字のやつは出てこなかった。

 でもよくある2021メガネはあった。あけましておめでとうございます。

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 おい、聞いてくれ。俺のクラスの連中が皆頭に数字をつけてる。何を言ってるか分からねえと思うが、俺の方が分かんねえから!!舐めんなよ!!?(錯乱)

 

 登校中は殆どの人間に数字はなかった。

 俺のクラスの中だけで流行っているのだろうか。

 大体の人間が4か5を乗せている。

 しかし、誰一人として自分の頭の上の異物について触れない。どころか視線も意識さえ向けないのだ。

 これはおかしい。最新の流行、しかもクラス中それで持ちきりになるほどの物だとしたら、この浮く数字の話題で持ち切りになっている筈だ。何かがおかしい。まるで誰も、数字が見えていないかのように生活している。

 

 本当に、見えてないのか?

 

 思い出すのは、今朝の悪夢。

 あの灼熱によって俺の脳みそは、本当に不良品になってしまったのかもしれない。

 

 俺の頭が壊れていると確信を得たのは、すぐ後のHRだった。

 

 中年の先生が入ってくる。その頭にも、5の数字。

 平然と本日の伝達事項を伝えていく。

 彼は巫山戯るような教師ではない。そんな教師がこの異常ファッションを注意しないわけがないし、まして自分も参加するなど有り得ない。

 

 確信。

 俺の脳みそは、不良品になった。

 

 一瞬ドッキリの可能性を疑ったが、それもない。だって俺ボッチだから。・・・・・・ボッチだから!!なんか文句あるかクソがッ!!〇ね!!

 

 HRが終わり、急いで携帯で検索をかける。

 

 人、頭上、数字──検索。

 

 嘘をついた回数?うちのクラス正直者すぎ。

 残りの寿命?あと数日で何が起こんねん。

 好感度?俺嫌われすぎじゃん。

 

 ・・・・・・え、流石にそんなに嫌われてないよね。

 皆一桁だよ。あ、もしかして10が最大?

 いや、俺を嫌いな秋葉が15なんだ。100が最大じゃね。

 

 好感度。

 考えてみれば、俺が嫌われすぎなこと以外、あらゆる辻褄が合ってしまう。

 

 数字を浮かべているのは、俺のクラスメイトや先生と妹の秋葉のみ。

 関わったことの無い人は好きも嫌いも存在しない。故に好感度が存在しない。

 一流ボッチの俺は他クラスとは交流がない。だからクラスメイト以外は数字がない。

 

 ・・・・・・何だか信ぴょう性が出てしまった。

 ・・・・・・え?じゃあもしかして俺って嫌われてるのでは?おいおいおい、死んだわ俺。

 

「大丈夫?スグクル君。顔色悪いよ?」

「天使?」

 

 頭を抱える俺を覗き込んできたのは、マジで天使と見まごう美貌を持った超がつく美少女だった。

 

「て、天使?ち、違うよ?私春香だよ?隣の席の」

 

広角(こうかど)春香(はるか)。クラスのマドンナ。というか学校のマドンナ。

 茶髪気味のボブカットとまん丸お目目は元気を振りまいている。あと胸が大きい。言い換えるとおっぱいがいっぱい。

 誰にでも、それこそこんな俺にでも優しい人気者。文化祭で行われたミスコンでは四人同率という結果ではあったものの、優勝を手にした広角さんの優しさが染み渡る。

 因みに同率四人の中にはマイリトルシスター秋葉も名を連ねる。

 

「ありがとう広角さん。でも大丈夫だよ」

「もう!スグクル君!春香って呼んでくださいっていつも言ってるじゃないですか!」

 

 し、下呼びか・・・・・・はっはーん、さてはお前、俺の事──

 

 〝13〟

 

「ゑ?」

「どうしたのスグクル君?凄い顔だよ?」

 

 一旦目を擦る。

 もう一度広角さんを見る。

 

「・・・・・・ゑ?」

「す、スグクル君?」

 

 深呼吸。

 脳を落ち着かせる。冷静になった頭で、広角さんを見る。

 

「・・・・・・ゑ?」

「あ、あのぅ、なんか喋って欲しいっていうか・・・・・・」

 

 広角さんが何かを言っているが、俺の耳には全くと言っていいほど届いていなかった。

 俺の視線は、彼女の頭上に固定されていたのだ。

 

 ・・・・・・あ、あの優しい広角春香が、

 広角さんが、

 春香さんが、

 

 

 ・・・・・・好感度、13・・・・・・?

 

「大丈夫?保健室行く?」

 

 じゃあ、なんだ?アレなのか?こんなキモ男にも優しくしてる私カワイーみたいなことに利用されているのか俺は。

 は?死にたくね?

 いやいや、まだ、まだ好感度と決まったわけじゃない。落ち着くんだ。

 

「保健室行った方がいいよね。連れてってあげるからね」

 

 椅子に項垂れる俺との距離を心配そうに近づいてくる。

 ・・・・・・心配そう、な顔なのだろうかこれは。なんか息が荒いし、にじり寄ってくる広角さんに脳内が警報を鳴らしているんだが。

 

 息を飲んで広角さんから後ずさる。

 そんなやり取りをしていると、視界の端から殺気を感じた。

 我がクラスの男子たちである。

 そんな嫉妬隠さないことある?っていうぐらいのおどろおどろい視線である。

 彼らの頭上の数値が下がって2や3となった。

 

 クラスの人気者と仲良くして下がるものとは?

 

 好感度。

 

 ・・・・・・じゃあ俺は?

 

 き、嫌われ者・・・・・・?

 

「さ、スグクル君。一緒に保健室行こう?大丈夫、怖くないよ。何にもしないから」

「い、いや、一人で行くよ」

 

 悲しいことに、本当に悲しいことに、高い確率で頭上の数字は好感度を表すものだろう。

 ならば13なんて数値の広角さんとはあまり行動を共にするべきではない。お金巻き上げられそう。逃げよう。

 

「ううん、何かあったら危ないから。一緒に行こう」

「だから一人で──」

「一緒に・・・・・・ね?」

 

 広角さんが顔を間近まで迫らせてきた。有無を言わせぬ威圧感。

 鼻先が触れ合いそうな距離に、胸がドキドキする。勿論、恐怖で。

 ヒッ、と掠れた悲鳴を震わしてしまう。

 

 彼女の瞳には、光がなかった。

 吸い込まれそうな程の、虚ろが渦巻いていた。

 

「えへへ、二人っきりで、一緒に、行こう?」

「は、はひ・・・・・・」

 

 もう俺は頷くしか無かった。そこ、ダサいとか言わない。

 何故か満面の笑みで先導する広角さんの後ろを追従する。

 消えない広角さんへの恐怖と、後にした教室から零れる怨嗟の舌打ちに板挟みされた俺は、ただ身を縮ませるしかないのだった。

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・因みに、矢羽猪直来は知らないことだが、この好感度、上限は〝10〟である。

 であるなら、好感度〝13〟〝15〟というのは・・・・・・。

 

 

 

 

 




ま、まさか俺がこんなに嫌われているなんて!しかも優しかった広角春香さんにまで!で、でも大丈夫、俺にはまだ仲のいい後輩がいるぜ!きっと60くらいはある筈だ!次回、『後輩、13』


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不良後輩(犬)

急いで書いたから微妙な出来になってしまいました。後で書き直すかも。


広角春香(こうかど はるか)
誰にでも優しいクラスの人気者。たまに肉食獣の目になる。
好感度〝13〟

矢羽猪秋葉(やばいの あきは)
矢羽猪直来の妹。兄に対して超毒舌で、冷たい態度をとる。しかし、その裏に隠された本性は・・・・・・。
好感度〝15〟


 保健室でベッドに座っている。

 保健室の先生も席を外しており、ただ俺が独りボケーッと静けさを感じるだけの時間。

 現在他の生徒達は授業中である。しかし、だからといって背徳的な高揚感が来るわけでもない。そんな気分にはどうしてもなれない。

 言ってしまえば、俺は放心状態であった。

 

 原因は間違いなくクラスの皆特に広角さんに嫌われていることが発覚したことだ。

 せめて広角さんは50くらいあって欲しかった。今まで向けてきた笑顔は仮初だったのか。もう誰も信じられねえぜ。

 これからの学校生活が不安でしかない。休み時間には携帯を弄って外界との関係を遮断しよう。弁当は一人で黙々と食べよう。放課後は直ぐに帰ろう。・・・・・・いつもの俺じゃん。

 逆にこれでどうやって嫌われたんだろう。

 

 まあとりあえず広角さんには近づかない方がいいよな。

 マジであの天使スマイルの下で何を考えてるのか分からん。こわい。

 さっき授業のチャイムがなった時も謎にごねてきたし。私も一緒にサボりますとか、保健室でもできる授業があるからとか、優しくするよとか。

 完全に肉食動物の目だった。怖かった。

 

「はあ、俺は最早誰を信じれば・・・・・・」

 

 溜め息が虚しく空気に溶ける。水を張ったような静けさが再び落ちる・・・・・・かとも思ったのだが、

 

 

「ナオキ先ぱぁああああああああい!!!」

 

 保健室のドアが壊れんばかりの勢いで開かれた。

 そして人間離れした速度で俺の懐にダイブをかます女子生徒。

 

「ナオキ先輩、ナオキ先輩ナオキ先輩ナオキ先輩ナオキ先ぱああああい!!」

 

 犬耳にも見える軽めのツインテールを振り回して、その女は俺の腹に頬ずりしてくる。

 

「ナオキ先輩大丈夫っすか!?何処か具合悪いっすか!?それともさぼりっすか!?」

 

 グイグイと顔を近づけて、彼女は心配そうに眉をひそめている。

 可愛い八重歯と首のチョーカーがチャームポイント。妹や広角さんにも引けを取らない犬っ子美少女である。

 名前は辺和(へんわ)夏海(なつみ)。俺が妹以外で交流のある唯一の後輩である。

 

「スグクルな、ナオキじゃなくて」

「了解っす!ナオキ先輩!」

 

 ・・・・・・。

 俺の名前の直来(すぐくる)だが、ご覧の通りナオキと間違えやすいのだ。

 そして夏海は毎回間違える。何度注意しても訂正しないところを見ると、わざとやっているのだろう。仲のいい奴らのお決まりの掛け合いみたいなもんだ。

 

 まあ、この子も〝13〟なんですけどね!!クソが!!

 

 夏海の頭上にはこちらを嘲笑っているのかとすら感じられる〝13〟の文字。

 

 さて、まずいことになった。とても。

 何がマズイって、この子、ここら辺じゃ知らぬ者はいないクレイジー不良ガールなのだ。

 不良集団四十人を一人でのしたという伝説すら持っている。てか俺その現場にいたし。なんならその大蹂躙スマッシュフリョウーズの原因俺だし。

 

 経緯を流れで説明すると、俺が不良に絡まれた。夏海が来た。ボコボコにした。以上だ。

 最初俺に絡んできたのは数人の不良だったが、夏海の一流アクション映画でも白目を剥く体捌きに恐れをなした不良が、途中数十人の仲間を呼び出すなんてアクシデントもあったが、来たヤツらも一瞬で血祭りに上げられていた。

 頬を興奮に染めながら敵を屠っていく光景は一つのトラウマといっていい。

 着いたあだ名は、〝狂狼〟。

 

 そんな辺和夏海の好感度が、〝13〟。

 恐怖である。

 この人懐っこく頬ずりしてくる笑顔の下には、どんな悪魔が潜んでいるのだ。

 俺を油断させる笑顔。敵意など感じられない。しかし彼女の好感度が分かると、途端に寒気が腹の底から湧いてくる。

 

「ナオキ先輩?」

「ひいっ!?」

 

 表面に出さないようにしていた感情の機微も、彼女には容易く見破られた。

 

「どうしたんすかナオキ先輩、今日なんか変っすよ?」

 

 夏海が自分の顔を俺の顔へと突き合わせてくる。

 やだかわいい。と思ったのも一瞬、いや二瞬。・・・・・・三瞬。好感度激低の殺人マシーンに詰め寄られた恐怖に身を固める。

 

「ま、待て!ステイ!夏海ステイ!」

 

 かなり気が動転していた。

 恐怖のあまり突いて出た言葉は、彼女のような強者へ口にするには不遜過ぎるものだった。

 夏海の不良としてのプライドに触れた──

 

「なんすか!?犬ごっこすか!?わんわん!」

 

 わけでもなくすげえ乗り気だった。

 

「わんわん!ナオキ先ぱ〜い!わふわふ〜」

 

 いや乗り気だな。

 予想外に過ぎる夏海の反応に、当惑していると、目の前で驚くべきことが起きた。

 

 〝14〟

 

 ・・・・・・上がった。

 好感度、上がった。13から14に。

 そうか、当然だ。だって好感度である。下がりもすれば上がりもする。周りからの評価が低すぎるが故にこんな当たり前のことすら失念していた。抜け落ちていた。

 低いなら、上げればいいのだ。

 嫌われている状態から好かれることは難しい。プラスして俺は家族以外と対面するとテンパるタイプの人間である。

 だが、不可能ではない。この状況を抜け出す方法がある。その事実が何より俺の心を照らした。

 

「先輩、先輩先輩先輩。すぅーーー、ぁあ!先輩の匂いすごいっす!すぅーーー」

 

 きっと夏海後輩は犬が大好きなんだろう。八重歯とか首のチョーカーとか犬っぽいし。

 だから彼女には犬関係の遊びをふっかけまくったら好感度上昇が狙えるだろう。

 

「──んっ、はぁ♡先輩♡先輩ぃ♡♡もっと♡もっと先輩のすごいの欲しいっすぅ♡♡」

 

 目じりが下がり息を荒らげている。なんかエロい。

 よく分からないが喜んでくれているのは確かだ。このまま続けよう。

 

「やめられないっす♡こんなの、中毒になっちゃうっすぅ♡♡♡」

 

 

 

 教室に戻るのも怖かった為、一通り辺和夏海と戯れた後、この日は早退した。因みに夏海の好感度がまたひとつ上がって〝15〟までいった。まずまずの成果だ。これからも頑張ろう。

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

「スグクル君お見舞いに来たよ!!」

 

 授業の終了をチャイムが告げたおよそ三秒後、広角春香は保健室のドアを破壊も辞さない心持ちで開放する。

 

 ──が、そこに目的の人である矢羽猪直来はいない。代わりに可愛らしい後輩がベッドに顔を埋めて悶えていた。

 

「はぐぅ♡♡ナオキ先輩ぃ♡♡♡アタシ、犬っす♡♡ナオキ先輩の忠犬っす♡♡♡♡飼ってくださぃ♡♡躾てくださぃぃ♡♡♡♡」

「──は?」

 

 知らないメスがいる。スグクル君はいない。私がいない間にスグクル君に擦り寄っていた。私の、スグクル君に。コイツが?

 

「・・・・・・おい」

「次会った時は、頭撫でて欲しいっす♡♡そ、それから、お散歩もしたいっす♡♡首輪引かれて、ナオキ先輩のペットだって脳髄まで刻まれたいっす♡♡♡♡」

「おいっ!!」

 

 普段の広角春香を知るものなら、間違いなく耳を疑い現実を疑うであろうどす黒い声音が張り裂けた。

 

「・・・・・・チッ、うっさいなぁ。今忙しいんだよ。消えろ」

「あなた、一年生の辺和夏海だよね?あのさ、今後一切スグクル君に近づかないで貰えるかな。あなたみたいなのがスグクル君の隣にいると彼が汚れちゃうの」

「は?お前こそ男子共に股開いてろよ、ちやほやされたいんだろ」

 

 不良と人気者。対極に位置する二人が、真っ黒な殺気をぶつけ合う。全ては、愛しい人の隣を勝ち取るために。

 矢羽猪直来の預かり知らぬところで、彼を巡る怪獣対戦が行われているのだった。

 

 

 

 




辺和夏海(へんわ なつみ)
不良。つよい。あだ名は〝狂狼〟。しかし近頃は〝忠犬〟というあだ名を触れ回っているとか。因みに「〜っす」という敬語は主人公以外には何があっても使わない。
好感度〝13〟→〝15〟


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毒舌妹(破滅願望持ち)

まだ前話投稿してから2週間くらいだと思ってたら1ヶ月たってた。草(ごめんなさい)。


 好感度を上げる。その為に、俺がやるべきこと。

 ・・・・・・ダメだ、何にも思いつかない。そもそも碌な友人の一人もいないのだ。どうすれば仲良くなれるかなど、知るはずもないだろう。

 

 ソファに身を沈めながら、ため息を吐く。

 曇った心を少しでも紛らわす為にキンキンのコーラを流し込んだ。

 喉を焼く炭酸に爽快感を感じると同時に、陰鬱な思考も振り払われた。

 

「はぁーー、なんで俺、こんな嫌われてんの・・・・・・」

 

 体に悪そうな焦げ茶に沈む氷をカラコロ転がして音を楽しむ。なんだか大人になった気分だぜべいべー。

 そんな馬鹿な遊びをしていると、玄関から扉を開ける音が響いた。

 

「おかえり、秋葉」

「兄さん、早退したと聞きましたが?」

 

 帰ってくるなり詰め寄ってくる秋葉。相変わらず〝15〟の数字。

 

「おいおい、先ずはただいまだろ」

「早退の理由を説明して下さい」

 

 風紀委員の秋葉にサボったなんて知れたらまずいので、ゴリ押しで話題逸らそうとした。全然無視されたけど。

 

「ただいまが聞こえないぞ!」

「説明して下さい。詳細に。成り行きを、一つ一つ」

「秋葉、おかえり・・・・・・」

 

 秋葉からただいまと帰ってくるまで俺はどんな要求にも応じないぞ!

 

 全くもって噛み合わない、というか噛み合せる気もない会話にいい加減痺れを切らしたのか、秋葉は更に詰め寄ってくる。

 え?何こいつ、こっわ。

 

 密着しそうになる細い体に、俺は思わず後ずさった。

 秋葉が一歩進む。俺が一歩下がる。

 ちょwwwこっち来んなwww。

 

 じわりじわりと後退していく俺の背が、遂に硬い感触にぶつかった。

 壁まで追い込まれてしまったのだ。

 ちょ待てよwほんとに何?てか目こわw人殺す目してるww。誰殺すんだよwww・・・・・・え、俺じゃね?

 

 俺は逃げ場のない小動物のように固唾を飲むことしかできない。

 そんなか弱い俺を無表情、しかし異常な威圧感を持って睨む肉食獣は、いきなり両手を俺の顔の真横の壁にぶつけてきた。

 素手とは思い難い轟音が耳間近で破裂。

 ・・・・・・壁ドン通り越して壁ドギャンッだった。心臓飛び出るかと思った。

 迫力満点の壁ドギャンッに、退路も戦闘意志も削ぎ取られてしまい、俺はすっかり身を縮める。

 

「兄さん、今日の早退の理由を、詳細に、正確に、入念に説め──?」

 

 至近距離でのダイナミックお説教が始まろうとした時、しかし突然秋葉は眉をひそめて言葉を区切った。

 

「・・・・・・兄さん、臭いです」

 

 

「ゑ?」

 

 

「早急にお風呂に入ってきてください。兄さんを問い詰めるのはその後にします」

 

「ゑ?」

 

 壁ドギャンッが解除される。風呂に行けということらしい。

 

「しっかりと、隅々まで洗うんですよ?」

 

「ゑ?」

 

 純粋にショック。ただただショック。

 幽鬼のように覚束無い足取りで風呂場へと向かう。

 頭が真っ白なまま服を脱ぎ、

 温水のシャワーを浴びて漸く、俺は我を取り戻した。

 

「・・・・・・ぐすん」

 

 シャワーの水が、何故か少しだけしょっぱい。

 

「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおらあああああああああああああ!!!!」

 

 そして、皮膚が捲れんばかりの勢いで全身を洗うのだった。

 

「うわああああああああああああああああああああぁぁぁああああああん!!!!!」

 

 

 ■■

 

 

「皮膚がいたい」

 

 赤く染まった体が外気に触れるだけで痺れを告げる。

 バスタオルで俺の赤ちゃん肌を優しく拭き取る。

 

「ん?服用意されてんじゃん」

 

 籠の中に丁寧に畳まれた俺の部屋着が置かれていた。

 秋葉が用意してくれたのだろう。嫌いな俺にも優しさを向けてくれる。天使か?

 

 染み渡る優しさを噛み締めながら服を着る。擦れる布が肌を嬲るが、それも気にならない。いや、むしろ気持ちいい。・・・・・・なんかいい匂いもするし。最高だ。

 

 気分上々で洗面所を後にする。

 ・・・・・・あれ?これ秋葉が用意したんだよな。この服俺の部屋に置いてたと思うんだけど。おかしいな、秋葉って頑なに俺の部屋にだけは入んないのに。

 まあ、大方俺がリビングに置き忘れたとかだろ。気にしても仕方ねえや。

 

 

 ■■

 

 

 〝17〟。

 

「え?なんで上がってんの?」

 

 リビングに入って先ず目に入ったのは、ソファに無言の圧を伴い腰掛ける秋葉と、その頭上の〝17〟という数字。

 

「・・・・・・・・・・・・何を意味不明なことを言ってるんですか兄さん。いいから聞いてください」

 

 ???何故か秋葉の好感度が〝15〟から〝17〟に上がっている。俺の風呂中何があったの?

 いやでも口角はいつも以上に下がってるから怒ってることは確かなんだよな・・・・・・分からねえ。

 

「──はぁぁ。・・・・・・前々から言っている通り、兄さんの学校内での行動は私の評価にも関わってくるんです。学校では優等生を演じてください」

 

 やけに長い溜息の後、秋葉は俺への不満を吐き出した。

 

「それ俺にはハードル高いんですけど」

 

 耳ダコになる程聞いた言葉だが、休み時間を寝たフリでやり過ごす俺には土台無理な話だ。

 

「家では素でいいですから。兄さんのそのみっともない姿を見るのは私一人で十分でしょう」

 

 自己犠牲の精神を実兄に対して使ってくるんだけどこいつ。

 

「まあ、努力はするよ」

 

 努力はな!結果が伴わなくても、努力はするから!

 ここに居座っては長くなるので、早く退散するに越したことはない。

 そそくさと自室に戻る。

 

「──兄さん」

 

 だがその途中で呼び止められてしまった。

 

「まだ何かあんのか?」

「ええ、一つだけ」

 

 秋葉が呼び止めてまで聞きたいこと?何だろ。

 

「今日、辺和夏海と会いましたか?」

 

 あ、やばい。

 

「兄さん、何度言えば分かるんですか。あの女とは金輪際関わらないでください」

 

 この女、ものっすごい辺和夏海を毛嫌いしているのである。

 風紀委員と不良。まさに犬猿の仲だ。

 

「ど、努力はするよ。ハハハ」

 

 俺だって近づきたくないのが本音。好感度〝15〟の不良とか怖すぎる。しかし、夏海は俺がどこにいても直ぐに現れるのだ。

 前の修学旅行にまで現れた事件は普通に引いた。不良のフットワークの軽さは異次元らしい。

 

 微妙な笑みを浮かべながら、俺は足早に自室に逃げるのだった。

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

「早急にお風呂に入ってきてください。兄さんを問い詰めるのはその後にします。しっかりと、隅々まで洗うんですよ?」

 

 兄さんを風呂に行かせた後、私 、矢羽猪秋葉はこっそりと洗面所に侵入する。

 

「・・・・・・兄さんから、あの女の匂いがしました。辺和夏海、あの雌犬が。下品に擦り寄りやがって・・・・・・」

 

 腹の底から沸き上がる激怒の熱が、思わず口から零れる。

 幸い、シャワーの音が少しの物音はかき消してくれた。

 

「兄さんが汚れてしまいます・・・・・・それはダメです。私が守らなきゃ」

 

 洗濯カゴの中から、一番上のワイシャツを取り出す。

 先程まで兄さんが着ていたワイシャツ。

 食虫植物の甘い蜜に誘われる虫の如く、無意識のうちにワイシャツを掴む手が持ち上がっていく。

 白い布地に、鼻先を埋めた。

 

「〜〜〜〜っっっ♡♡♡♡♡♡」

 

 瞬間、脳まで突き抜ける魅惑の香り。

 視界がフラッシュをたかれたように点滅し、平衡感覚すら怪しくなる。

 

「にいさん♡これっ、すごいです♡♡♡」

 

 兄さんの匂いが、頭の奥までガツンと響いた。

 

「にぃ、さん♡♡にぃさんっ♡♡おかしくなっちゃいます♡♡にいさんに♡あたまこわされちゃいます♡♡♡♡」

 

 ちなみに彼女は知りえないことだが、兄、矢羽猪直来は今日、朝の悪夢や学校でのあれこれでいつも以上に冷や汗というものをかいている。つまり、そういうことである。

 

「すぅーーー♡♡すぅーーー♡♡♡・・・・・・・・・・・・チィッッッッ!!」

 

 しかし唐突に、本当に唐突に、蕩けきった瞳が一転、凄まじい舌打ちを繰り出した。

 恍惚から一転、ふつふつと煮え滾る怒りに奥歯を噛む。

 

「辺和、夏海ィ!!!!」

 

 兄さんの素晴らしい香り。

 簡単に私の脳みそを壊し得る魔性の香り。

 そんなこの世で最高の価値を有するとさえ言える至高の香りに、穢れが混じっている。

 卑しい雌犬の獣臭。

 兄さんの香りが良すぎるが故に、その不純物がこの上なく不快だった。

 

 ・・・・・・許さない。

 アイツさえ居なければ、私は今頃完膚なきまでに兄さんの匂いに叩きのめされて、破壊されて、グチャグチャにされて、染め替えられて、狂わされて、支配されて、理性も知性も吹き飛んで、正真正銘兄さん以外何も見えない傀儡になることができていただろうに。

 兄さんに徹底的に壊される。一つの至高である。それを邪魔された。最早生かしておけない。兄さんを汚す者が生きていていいはずがない。

 

「兄さんは私が守ります」

 

 ワイシャツを自分の体に押し付けて、アイツの匂いを上書きする。

 

「他の雌共に、穢させるものか・・・・・・っ!!」

 

 固く誓い、

 気を、引き締めた。

 

 ──それにしても、私は今兄さんとドア一つ挟んだだけの場所でこんな痴態を晒しているんですね・・・・・・♡♡

 

 今一度現状を見直し、

 気が、緩んだ。

 

 

 

 兄さんのワイシャツの匂いを私で上書きした後、私の部屋にストックしてある兄さんの部屋着を洗面所に残して出た。

 それもまたしっかりと体に押し付けてマーキングした物だ。兄さんの匂いと私の匂いが混ざるところを想像すると身体が熱くなる。・・・・・・あとこれは不純物では無い。何故なら兄さんと私は運命で結ばれているからだ。寧ろ正しい状態。

 

 さて、次はリビングでやるべきことがある。

 

 乱れた息を一度整え、リビングに入った。

 他のものには一切の目もくれず、〝ソレ〟へと一直線に進む。

 コーラである。

 コーラの入ったコップを手に取ったのである。

 ・・・・・・兄さんの、飲みかけのコーラである。

 

 兄さんはだらしの無い性格で、偶に飲みかけのコップを放置する。(兄さんの可愛いポイントでもあります)

 その飲みかけのお茶やらに私は毎度口をつける。

 間接キスなどというちゃちなものでは無い。この行為はお互いの愛を確かめ合う求愛行動なのだ。(一方的なものではありません。決して)

 

 兄さんと溶け合ってひとつになる感覚。何にも変え難い快感。本当に、いつも壊されそうになってしまう。ギリギリで踏みとどまれる私は凄いと思う。

 

 ・・・・・・さて、そろそろ兄さんもお風呂から上がってくる頃合でしょう。やるなら急がなければなりませんね。

 

 

 ──深呼吸。精神を落ち着けて、兄さんの全てを感じるよう全神経を研ぎ澄ます。

 

「──んっ」

 

 コーラを、飲んだ。

 

「っっっ♡♡♡♡♡♡」

 

 広がる風味。口が幸せに満たされる。

 

 くぅっ♡き、きたっ♡♡いま♡兄さんと♡ひとつになってるぅ♡♡♡♡兄さん♡♡にぃさん♡♡♡♡

 

 あぁ、コレだ♡やはり、この頭を壊されそうになる感覚、たまらな────

 

 パチンッ、と口の中でなにかが弾けた。

 

「あぇ?」

 

 瞬間、脳天まで、重い快楽の爆発が轟いた。

 

 くぅふッ!!!??!??・・・・・・はぎゅぅふッッ♡♡♡♡♡

 

 えっ♡♡な♡なにこれ♡♡♡しらなぃ♡♡♡こんな♡♡きもちいいの♡♡♡♡しらなぃ♡♡♡♡♡

 

 パチパチと、口の中で快楽の花火が絶え間なく爆発する。

 

 あああぁぁあああぁ♡♡♡♡たんしゃん♡♡♡たんしゃんだめっ♡♡♡♡たんしゃんしゅごい♡♡♡♡♡♡くちのなかで♡♡にぃさんはじけてましゅ♡♡♡♡

 

 そう、コーラの炭酸が、彼女の口内を蹂躙していた。

 彼女は、毎回お茶やジュースで自我崩壊寸前まで行っていたのだ。コーラなんて刺激の強いものを飲んだら・・・・・・。

 

 しぬっ♡♡♡♡しぬっ♡♡♡♡♡♡にぃさんにころされりゅっ♡♡♡♡♡♡♡♡脳みそぐちゃぐちゃに溶かされて♡♡もどれなきゅなりゅっ♡♡♡♡にぃさんにころされて♡♡♡♡にぃさんなしじゃ生きれない廃人にうまれかわっちゃいましゅっ♡♡♡♡♡♡

 

 いや、そうはならんやろ。

 

 あああ♡♡だめっ♡♡♡♡廃人なんかになったら♡♡♡♡もうにぃさんにさからえない♡♡♡♡♡♡にぃさんの命令ぜんぶきく奴隷になる♡♡♡♡♡♡家族の関係から♡♡主従関係に格下げされちゃう♡♡♡♡♡♡そんなのやだ♡♡♡♡ぜったいやだ♡♡♡♡あっ♡♡♡♡でも♡♡むりだっ♡♡♡♡♡♡むりっ♡♡♡♡こんなのがまんむりっ♡♡♡♡わたし♡♡ここでおとされりゅんだ♡♡♡♡にぃさんにころされりゅんだ♡♡♡♡あぁ♡♡きっとにぃさんが私に堕ちろって命令してる♡♡だって♡♡こんなにきもちいいもん♡♡♡♡蔑んだ目で見下しながら♡♡堕ちろって♡♡♡♡あああ♡♡♡♡堕ちます♡♡♡♡矢羽猪秋葉♡今日からにぃさんの奴隷です♡♡♡♡絶対服従を誓います♡♡♡♡とりかえしのつかない屈服宣言します♡♡♡♡たくさんこき使ってくだしゃい♡♡ああ♡♡♡♡おちる♡♡おちるぅ♡♡にぃさん♡♡にぃさん♡♡♡♡♡♡

 

 

 理性を手放す。もう、二度と戻ることは無い。しかし引き換えとして、この世のものとは思えない快楽を得られるだろう。

 矢羽猪秋葉が、堕ちる。

 ──その、寸前。

 

「おっ、服用意されてんじゃーん」

 

 洗面所からの呟きを、耳が捉えた。

 

 ──あっ。

 

 火を灯したのは、微かな未練と絞りカスの理性。

 兄さんの奴隷に叩き落とされるのは幸福の極みではあるが、同時に兄さんの妹という立場が崩れ去る恐怖もあるのだ。

 そしてその、私の中の〝妹〟が、霞に消えようとしていた最後の理性が、〝兄〟という存在の再認識により、今まさに手から飛び立つ私そのものを死に物狂いで捕まえた。

 

 何とか、本当にギリギリで、私の理性は踏みとどまる。

 

 ──が。

 その結果、もっと悲惨なことが起きてしまった。

 

 本来、己が尊厳全てを贄に得られる絶大な快楽。

 ギリギリ過ぎたのだ、理性を取り戻すのが。私の脳は、既に私が尊厳全てを投げ捨てたという信号を全身へと送信してしまった後だった。

 つまり何が言いたいかと言うと、その快楽が襲ってくるということだ。

 しかも、さらに、その上、あろうことか、取り戻したての理性とは、いわば眠りから覚めた直後の脳と同じ状態。まだ、上手く働いていないのだ。そういった脳は通常の何倍も()()()()()。だってまだ狂えるほどの起動がなされていないのだから。

 

 そうして引き起こされるのは、本来狂ってしまうほどの衝撃が、決して狂えない状態の体に流れ込むという現象。

 

「こほっ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」

 

 脳を直接殴られたような重い快感。

 如何ともし難い衝撃に、決して女子高生がしてはいけない表情を晒してしまう。

 

 まっへぇ♡♡♡♡まっへぇ♡♡♡しぬぅぅ♡♡♡♡ほんとにしんじゃうからぁああああ♡♡♡♡♡♡

 らめっ♡♡♡♡にぃさっ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡はやく♡♡♡♡♡♡くるわせてぇ♡♡♡♡♡♡こんなのたえられないぃぃぃ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡おねがっ♡♡♡♡しましゅっっ♡♡♡♡♡♡わらひのりせいぃ♡♡♡♡もてあそぶのらめぇぇ♡♡♡♡♡♡

 

 ホワイトアウトする視界。しかしその脳は依然として鈍らず、新鮮な快楽に蹂躙され続ける。

 私の中で、兄さんの存在がドンドンと肥大化していくのを感じる。愛が、膨れ上がる。

 

 にぃさ♡♡♡♡♡♡♡にぃさ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡つよっ♡♡つよすぎましゅ♡♡♡♡♡♡こんにゃの♡♡♡♡じぇったいかてましぇん♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡

 

 〝15〟→〝16〟

 一つ、己の中で愛の枷が外れた気がした。

 

 あ゙っっ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡いまの♡♡♡♡しゅごっ♡♡♡♡♡♡あたまっ♡♡♡♡にぃしゃんに♡♡♡♡つぶされりゅう♡♡♡♡♡♡

 

 〝16〟→〝17〟

 

 あぎゅふっっっ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡んぅっ♡♡♡♡すき♡♡♡♡♡♡すきでしゅ♡♡♡♡♡♡♡♡にぃしゃん♡♡♡♡♡にぃしゃぁん♡♡♡♡♡♡♡♡

 

 いつの間にか、身体中の感覚が薄れ、ソファにへたりこんでいた。

 

 はぁーーー♡♡はぁーーー♡♡にぃしゃんぅ♡♡

 

 身体が限界を迎え、指一本すら動かないままソファに沈む。

 濁流のような熱が漸く引いていく。長い拷問がやっと終わるらしい。

 少しづつ息を落ち着かせた。

 時折快楽の残滓が脳天から駆け落ち、その度に身体を震わせる。

 

 ──んくぅ♡にぃさん♡すき、です♡はふっ、はっ♡愛して、ます♡♡

 

 ゆっくりゆっくりと、思考力が戻ってきた。だが、暫くはここを動けなそうだ。

 もうすぐ兄さんもリビングに来てしまうだろうし、急いで回復しなければ・・・・・・。

 

 

 ■■

 

 

 軽い瞑想に瞼を閉じること数分。

 熱い疼きを完全に抑えられた訳では無いが、何とか平静を保てるぐらいには復活した。

 と、ちょうどそこで、リビングのドアが開く。

 当然出てきたのは、私の匂いが染み込んだ服を着る兄さん。

 

 ・・・・・・っ♡

 

 ──はっ!?危ない、風呂上がりの兄さんに悩殺されるところでした。

 

 一瞬で沈めた情欲がぶり返しかけた。

 集中しなければ直ぐに持ち上がってくる口端を努めて押し下げ、内心を悟られないようにする。

 

「え?なんで上がってんの?」

 

 はぐぅっ♡♡♡♡

 ま、まさか、密かにニヤけたことがバレた!?

 だ、ダメです!そんな事になったら、家族に欲情する変態の烙印押されちゃいます・・・・・・♡

 

「・・・・・・・・・・・・何を意味不明なことを言ってるんですか兄さん。いいから聞いてください」

 

 私は今ちゃんと言葉を発せられているだろうか?もしかしたらバレているんじゃないか、そんな考えが脳を鈍らせる。

 

「──はぁぁ♡♡・・・・・・前々から言っている通り、兄さんの学校内での行動は私の評価にも関わってくるんです。学校では優等生を演じてください」

 

 

 ・・・・・・

 

 

 結局、兄さんが部屋に戻るまで私が変態だという事実に気づかれたのかは分からなかった。

 しかし、何はともあれ、今日も狂わずに耐えきれたのだ。

 毎日、私は兄さんに壊されそうになるが、ギリギリ耐え抜いている。

 耐えれば耐えるほど、壊れた時に襲い来る快楽の津波は大きくなることだろう。その日のことを夢見て、私は毎度正気を守り続けているのだ。

 

 ・・・・・・まあ、そんな私の精一杯の努力も、兄さんにただ一言「堕ちろ」と言われてしまえば、一秒とかからず崩れて消えるのだが。

 私が今まで我慢に我慢を重ねて積み上げてきた努力を、片手間に、手軽に、お構い無しに、まるで目障りな羽虫を払うかのような雑さで、いとも容易く潰されてしまう光景が、脳内スクリーンに映し出される。

 まずい、再度身体が火照ってきた。兄さん、素敵すぎます。

 

 ・・・・・・しかし、最近兄さんの衣服や飲み物から感じる快楽が増している気がする。

 もう、私が狂ってしまうまでそう時間は残っていないのかもしれない。

 その時が来れば、私の秘めた心も露見して、きっと兄さんに蔑まれてしまうだろう。そうして、その後、兄さんの命令がなければ何もできない私を、命令されればどんなことだってする私を、嘲笑しながらも便利なペットとして飼ってくれるのだ。

 

 その素敵な日々を夢想して、私は残り少ない理性を守る。

 

 だが、狂う前に、やっておかなくてはならない事がある。

 辺和夏海。奴を殺す。それと、今日の兄さんから感じたもう一つの雌の臭い。おそらく、兄さんのクラスメイトのあの女だろう。前に兄さんを欲情の篭った目で見つめていたことを覚えている。こいつも、生かして置いてはダメだ。

 兄さんに危害を加えそうな奴らは、一人残らず排除してやる。

 

 ・・・・・・だから、

 

 

 だから、それも終わって、いつかその日が来たら、思いっきり壊してくださいね、兄さん♡

 

 

 

 

 




矢羽猪秋葉
もうただのドM。兄に壊されたい系妹。
実は昔は兄を毛嫌いしていた。毒舌はその時の名残。あと兄がいつか自分に暴力で返してくれるんじゃないかという打算もある。殴られた瞬間壊れる。
余談だが、兄の部屋には入らない。何故なら兄の匂いに包まれると壊れるから。

好感度〝15〟→〝17〟
因みに壊れた時の好感度は〝40〟を超える。


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タイトルなんも思い浮かばん

遅くなってすみません。今年は滅茶苦茶忙しくなりそうなので、更新ペースさらに遅くなると思います。来年になったら帰ってくるので、よろしくです。


 朝、強い光が瞼を焼く。どうやら、珍しく早起きできたらしい。

 昨日見たあの悪夢が再来するとかもなく、至って健康的な熟睡だったからか、スッキリとした寝覚めだ。

 軽く尾を引く眠気を欠伸で振り払いながら、リビングに向かう。すると、奥のキッチンから包丁がまな板を叩く音が響いてきた。

 

「今日は早いんですね、兄さん。朝早くから兄さんの顔を見なければならないんて・・・・・・」

 

 早起きして怒られることある?

 

 リビングと地続きになっているキッチンを覗くと、やはりと言うべきか、〝17〟を浮かべる秋葉の冷気を纏った眼差し。ありありと拒絶の色示す眼光に、寝起き早々げんなりと気分が落ち込んだ。

 

「もうすぐ朝食の準備ができますので座っていてください」

「な、なんか手伝おうか?」

 

 今更だけど妹のご機嫌取りに努める兄って情けなくない?いや、まあ、今更なんだけど。

 

「は?兄さんに家事をやらせるわけないじゃないですか。少し考えたらわかるでしょう?」

 

 切れ目の双眸を一層細めて吐き捨てるように責めてくる。信頼の薄さが伺えるね。

 

「それに、兄さんの手がかかった料理を食べるなんて、想像しただけで震えてきます」

「・・・・・・え、酷くない?」

 

 本気で顔を青くして戦慄く秋葉に、お兄ちゃんは震えそうだよ。

 

 目尻を濡らしてテーブルの椅子に腰掛ける。

 包丁のトントンリズム以外に音のない気まずい空気を残して、時計の針が焦らすようにゆっくり進んでいた。

 

 

 暫くして、秋葉は白米やら味噌汁やら魚やらを持ってきて慣れた手つきで食卓を準備し始る。

 今日は和風の朝食らしい。

 

 流石の俺も悪いと思い、手伝おうと腰を持ち上げた。

 ・・・・・・が、秋葉に凄まじい眼光で制されて無言で再び腰を落とす。こわい。

 

 目の前に並べられていく和食の数々に、居心地の悪さを抑えて座るしか無かった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 またまた沈黙の時間の後、やっとのことで朝食の準備が全て完了。

 秋葉も俺の斜め前に座る。・・・・・・そんなに離れなくてもよくない?

 

 きっちりテーブル上で一番遠い席に陣取る秋葉。

 何気ない日常の嫌悪が実際かなり心に刺さるのだ。本当に心の底から拒絶していますと見せつけられているようで。

 

「・・・・・・何見てるんですか、さっさと食べてください」

「あ、おう」

 

 食事を、誰かが一家団欒の場だとか言っていた。ソイツはこの光景を前にしたらなんと言うのだろう。

 無言。

 悲しげに鳴る箸の音、それが響いてしまう程の沈黙である。

 なんと息苦しい場なのだ。

 ただただ気まずいだけの食事を、俺はいつもの様に急いでかきこみ、食べ終わった。

 

「ご馳走様でした・・・・・・」

 

 そそくさと食器を洗い場まで持って行く。

 

「──兄さん」

「・・・・・・なんだ?」

 

 食事中に秋葉から話しかけてくるなんて。珍し過ぎて反応が遅れてしまった。

 

「食器はそこに置いておいてください。勝手に洗われても迷惑です」

 

 最早この家で俺がしていいことを探すのすら難しいかもしれない。ここ俺の家でもある筈なんだけど。

 

「あ、はい、じゃあお願いします」

 

 低姿勢。低姿勢を意識するのだ。

 取り敢えず低姿勢でいれば人として大事なもの以外を失わないで済む。

 へへへっ、と薄く笑いながらコップに残った飲みかけのお茶を洗い場に捨てた。

 

「──ぁっ」

 

 飲みかけのお茶が水道に落ちる音に紛れて、とてもか細く、女の子らしい声が微かに聞こえた。

 

 ・・・・・・え?なんだ今の声。秋葉か?いや、あんな声を冷徹を押し固めたような秋葉が出すか。でも、確かに聞こえたよな。

 

「・・・・・・なに突っ立てるんですか。これ以上兄さんと同じ空間にいるのは限界なのでさっさと部屋に戻ってください」

 

 こちらには目線すら向けないで、秋葉は上品に箸を動かしている。

 その姿に、か弱さなど微塵も無い。堂々と、凛とした姿だ。

 やはり、先程の声は聞き間違いだったらしい。まだ寝ぼけているのかも。

 家を出る時間までまだ少しある。部屋に戻って二度寝しよう。

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

「──兄さん・・・・・・♡」

 

 兄さんがリビングを後にした瞬間、私は表情筋の制御を手放した。

 

 ・・・・・・危ない。あともう少しで、兄さんの前で下品に蕩けた顔を晒してしまうところでした。

 

 兄さんが同じ空間にいる。それだけで自然と身体が反応する。

 特にあの時、私があさましくも兄さんの飲みかけのお茶を確保しようと画策した時。

 まるで私の心を見透かして、見下して、嘲笑うかのように、お茶を流しに捨てられた。

 私が喉から手が出る程欲したものを、目の前でいとも容易く散らしてしまう兄さん。

 理性が兄さんの気まぐれで転がされている。

 それを理解した瞬間、私は雑魚なんだと否が応でも再認識させられて、思わず兄さんの足元に土下座屈服宣言しようと思った。

 しかし、幸か不幸か、私はその時全身を流れる快楽の電流に腰が抜けていた。土下座以前に、椅子から移動することさえ叶わなかったのだ。

 もしも腰が抜けていなかったら、私は今頃兄さんの足元で無様に這いつくばって足を舐めていただろう。もしくは、四つん這いで椅子になっていたかもしれない。今までの鬱憤晴らしに、サンドバッグになるなんてことも・・・・・・。

 最高の妄想が頭を巡りはするが、身体への直接的な刺激がないため、生殺しである。

 

 焦れったい思いを強制される。おそらくこの身体のほてりは学校に行った後も暫く続くだろう。狂おしい程に腹の奥が疼くのに、それを収めることなく一日を過ごせと言われているのだ。拷問のような、生き地獄のような一日が始まる。

 

 だが、だがそれでも、この苦しみも兄さんから与えられたモノだと意識すると、お腹の奥がより一層、きゅぅっと締め付けられてしまうのだった。

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 電信柱の上に、羽休め中の鳩が一匹。

 下の塀では、その呑気な姿を数匹の猫が凝視しながらしっぽを揺らしていた。

 平和な光景を横目に、仮眠のおかげか普段よりスッキリとした頭で俺はいつもの通学路を進む。

 地獄の朝食から一時間ほど。あまりの気まずさに落ち込んだ心持ちも、今は大分マシになった。

 ちょうどその時だ。普段より些か軽い足取りな俺の前方から、何かが猛スピードで迫ってきた。

 

「──ぇぇぇん・・・・・・ぱぁぁあああい!!」

 

 少し小柄な人影の首には、犬の首輪かと見間違える程のサイズのチョーカーが爛々と存在感を放っている。

 数秒後の悲劇を予見して、息が止まる。

 

「──ぐふっ」

 

 猪と化した辺和夏海の顔面ダイブは、なんの減速も無く俺の腹へと突き刺さった。

 

「ナオキせんぱああああああい!!」

 

 受け止め切れず仰向けに倒れる俺の胸板に、追い打ちをかけるが如く好感度〝15〟の不良辺和夏海は頬ずりしてくる。

 

「すぅーーーっ────んぎゅふっっ♡♡♡♡あっ♡♡あぅあぅぅぅ♡♡♡♡ナオキせんぱぁぁぃ♡♡ナオキせんぱぁぁぃ♡♡♡♡」

 

 押し倒され青空を見つめる。これはどういう状況だろう。新手の辱めなのだろうか。通行人全てが五度見くらいして去っていく。

 これはこの子なりの嫌がらせなのかもしれない。しかしだとすれば、感性がズレているとしか言いようがない。

 

「わぅぅぅ♡♡♡ナオキせんぱぁぁぃ♡♡♡♡おはようっすぅ♡♡♡♡今日も、今日も犬ごっこたくさんしてほしいっす♡♡♡♡」

 

 どうやら犬ごっこが相当お気に召したようだ。辺和夏海の好感度上げは結構簡単にできそうだ。

 

「ああ、おは──」

 

 ──兄さん、何度言えば分かるんですか。あの女とは金輪際関わらないでください。

 

 おはよう、と夏海に返そうとする。が、ちょうどその時、昨日の秋葉の言葉が脳裏を掠めた。

 出かかった言葉がせき止められる。

 

 二人で登校してる姿なんて見られたら、俺殺されない?

 秋葉の冷たい眼差しが思い出される。同じ空間にいると常に向けられる、あの人でも殺すのかという目。

 記憶にこびりついた秋葉の眼光の冷たさが、俺の口を固く潰した。

 

「?どうしたっすかナオキ先輩?」

 

 唐突に言葉を区切った俺を訝しく思った夏海が、胸に埋めた顔を持ち上げてくる。

 しかし俺はその問いかけには応えない。彼女と会話したと知られただけでも、俺の家の中での扱いはミジンコを大きく下回るものになるだろう。その事態だけは避けなければ。

 この絶望的な日常の中でも、比較的肩の力を抜ける場所を手放したくはない。

 

 故に俺が選択したのは沈黙。無視である。しかし相手は不良少女、憤慨して殴られることもおおいに有り得る。なのでその時は、ごめんボーッとしてたで乗り切ろう。

 楽観的に過ぎる思考のもと、俺は素知らぬ顔で無視を決め込んだ。

 

「ナオキ先輩?ナオキ先輩?」

 

 俺の腹の上で、首を傾げている。

 ワンコみたいだ、と口に出したらボコされるんだろうことを思う。

 

 頭に疑問符を浮かべて俺の名前──いや、読み方間違えてるけど──を連呼したり、唐突に俺の胸板に頬擦りしたり、そのまま深すぎて死ぬのではと心配になるほどの深呼吸を繰り返したりと、持ち前の自由気ままさを存分に押し出してくる辺和夏海。

 そんな彼女は、何かを思いついたのか、深呼吸を中断した。

 

 夏海は手持ちのカバンを漁る。

 そして取り出したのは、一本の赤い紐だった。端は輪になっており、まるで犬の首輪の取っ手のよう。

 何をするのか、と静かに見守る俺の前で、夏海は首に巻かれたチョーカー、というか首輪と言われた方が自然な大きさのソレの、丁度正面に位置する金具部分に、その紐を取り付けた。

 次に俺の手を取る。

 嫌な予感をビンビンに感じた俺は、全力で拳を握るものの、その息の荒い笑顔には何一つの変化すらさせず、簡単に俺の指を一本一本外していく。

 強引に開かれた俺の掌に、紐の取っ手が乗せられた。

 地面に捨てようとする前に、今度は手を握らされる。圧倒的な力に、俺は抵抗すらままならなかった。

 

 こうして、首輪付き辺和夏海と、彼女を紐で繋ぐ俺が完成してしまった。

 

 妹どころか、普通の人に見られるだけでも社会的に抹殺されること間違いなしである。

 

 というか、もう既に通行人数名が引き気味にこちらを見ていた。朝の通学時間なのだ、周りに他の人がいるのは当然だろう。

 

 あ、ちょっと待ってやばい、あの人携帯取り出して通報しようとしてる。

 

 俺の視線の先には、こちらを怪訝な目で見つめながら、急いで携帯を操作するサラリーマンの姿。

 まずい、俺の人生が・・・・・・。

 

「──ひっ」

 

 突然、サラリーマンが息を詰まらせた。

 顔色はみるみる青くなり、狼に睨まれた兎のように身を固めている。

 息の仕方すら忘れたのか、パクパクと口が無意味に上下して、次の瞬間、彼の手から携帯が零れた。

 地面に落ちる携帯。その音で我に返ったのか、サラリーマンは足をもつれさせながら一目散に逃げてしまった。

 

 一連の流れを訳も分からず見ていた俺だが、一つだけ分かることがある。

 あのおっさんは、なにかに尋常じゃなく脅えていた。

 そして、彼が見ていたのは俺と夏海だ。そう、十中八九夏海が何かしたのだろう。

 

 恐る恐る、未だ俺を押し倒す夏海の方に目を向けてみると、予想に反して満足気な笑みを浮かべた顔があった。もっと怖い顔をしていると思ったんだけど。

 しっぽでもあれば滅茶苦茶に振り回してるんだろうという笑顔に安堵して息を吐く。

 

「さ、ナオキ先輩行くっす!」

 

 夏海が元気に立ち上がる。もしかしてこの子、このまま登校する気じゃないだろうか。

 

 首輪に紐をつけたまま堂々と進んでいく背中に、正気を疑う。

 

 その時、悲劇が起きた。

 

 ・・・・・・俺の事など気にしてないだろう夏海の歩み、首に繋がれた紐、それを持つ俺。

 

「────かふっっ♡♡♡♡」

 

 まあ、そうなるよね。

 

 首が紐によってつっかえる。

 締め付けられた喉から零れた悲鳴は、苦悶に染ったものではなく、むしろ抑えられない喜色が存分に滲んだ声色だった。

 

 ・・・・・・しかし、矢羽猪(やばいの)直来(すぐくる)は気づけない。彼女の欲情に気づけない。

 この男、鈍感である。というか、コミュ障である。好感度が見える見えない以前に、人の本質を見ようとしない。

 だから今も、夏海が肩で切る甘い息を、怒りの発露と誤認して白目を剥いているのみだ。

 

 己の周囲を囲む猛獣たちなどつゆ知らず、今日もいつもの一日がスタートした。

 

 




もうこの話の着地点見失ったんだけどどうしよう。


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