ウタウタイの兄 (とちおとめ)
しおりを挟む



初めましての人は初めまして久しぶりの方は久しぶりです。

おそらく7から8年前かな。
書いていた作品を記憶を頼りに再び書いてみました。

たぶんある程度は内容が変化するとは思いますが、あまり不幸な描写がないような明るい話にしたいと思います……死者は結構出ると思いますが。


 その時のことは今でも覚えている。

 まだ幼い頃、手の中にあった小さな種を庭に植えたんだ。するとみるみる大きくなって、綺麗な白い蕾が現れた。

 

 突然のことで驚いたが、俺はどこかこの花に懐かしい何かを感じた。幼いという一面を抜きにしてもこんな異常な光景を目撃すれば怖がるだろう、でも俺は不思議とその花に吸い寄せられた。

 

 大きな花の蕾、たぶん物凄く重いんだろうなと漠然とした感想を抱く。よく根元から折れないなとか思ったけど、そんなことよりも俺はその花のことが知りたくてすぐに気にならなくなった。

 

 近づく、何か鼓動のようなものを感じる。

 近づく、何か温かいものが心を覆う。

 近づく、触れたいと願う。

 

 距離が0になり、俺はその蕾に触れた。するとどうしたことか、その蕾はまるで俺が触れるのを待っていたかのように花開く。

 

 一枚、また一枚と花弁が開いていき、現れたのは6人の女の子。

 

「すぅ…すぅ…」

 

 規則正しい呼吸をして眠り続けるその姿に俺は見惚れていた。

 6人とも髪の色も違えば仄かに感じる雰囲気も違う。ただ似ている点があるとすれば顔立ちか、姉妹のようなその6人の美しさは現代において同じ人とは思えないほどに整ったモノだった。

 

 どうして花の中から女の子が、そんな俺の疑問も一人の女の子が目を覚ましたことで吹き飛ぶ。

 

「……? ここは?」

 

 目を覚ましたのは長い銀髪の女の子だ。目元を擦りながら周りを見渡し、俺の姿を確認して視線を固定する。

 

「……あの」

 

 こう言う場合どんな言葉を掛ければいい? その問いかけをしようにも両親は出かけていてこの場に居るのは俺だけだ。助け舟を出せる相手は当然ながら居ない。

 

「君は……」

 

 彼女から聞こえたそれは言葉としてはあまりに短すぎる。けれどもとても綺麗な声色をしていた。思わず彼女の声で歌を聴きたいと思ってしまうくらい、それほどに綺麗な声だった。

 彼女は俺を見つめ、ゆっくりと手を伸ばす。

 

「……っ」

 

 話を戻すが目の前の存在は美しい女の子とはいえ未知の存在だ。それ故に頬を触られれば体が強張る。だけど、体はそんな反応をしても恐怖心は抱かなかった。いや違うな、抱けなかったんだ。

 

「あぁ……どうしてこんな」

 

 その女の子が涙を流していたから。

 

「自分でも分からない。どうして涙が流れるのか……でも、君を見ていると懐かしさが溢れる。愛おしさが溢れるんだ」

 

 そう言って俺は抱きしめられた。

 感じる温もりと柔らかさ、それ以上に感じたのは彼女から伝わる慈しみのようなもの。

 

「ゼロ」

「え?」

「私の名前だ」

「ゼロ…」

 

 ゼロ、そう彼女は名乗った。

 

 そうだ。何度思い返しても俺と彼女たちの時間はここから始まったんだと記憶に刻まれている。

 

 ここから語られるのは何てことはない。このような突拍子のない出会いの果てに家族となり、流れるように彼女たちの兄になった俺の平凡な物語だ。

 

 ただ、俺を取り巻く環境は残念ながら平和とは言いづらいんだなこれが。彼女たちと過ごすことでこの世界の知らない側面を知ることになり、時に巻き込まれたり時に知らぬ間に処理されていたりと、まあそれはこれから語っていけば分かることか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さむっ」

 

 学校帰り、既に夕暮れということもあって肌寒さが目立つ頃合いだ。

 春が終わって少し、今から夏になるという季節ではあるがやはり暗くなってくると冷え込むことは多々ある。

 ポケットに手を突っ込み、家に帰るまでの帰路を歩く。今現在いる場所は帰り道の途中にある公園で、俺は何とも言い難いデジャブのようなものを目の前の光景に感じていた。

 

「何にも出てくんなよ……」

 

 ボソッとそう呟きまあ無理なんだろうなと苦笑する。そんな俺の予感を的中させるかの如く、俺に向けられたであろう男の声が響いた。

 

「こんな時間に人間が独り歩きとは不用心だな。運の無いことだ」

 

 目の前に降り立つコートを着た怪しい男、そんな男の背には黒い翼が生えていた。それはコスプレでもなく正真正銘の本物、男の意思に従うように微妙に動いたりしているので飾りとは到底思えない。

 

「堕天使」

 

 短く目の前の男をそう結論付けた。

 別に俺が中二病とかそう言うものではなく、信じられないことにこの世界にはそう言った異形の存在が居るらしい。それを知ったのは以前にもこの黒い翼を持った男に襲われたことがあるからである。だからこの光景がデジャブだと言ったんだ。

 

「ほう、我らのことを知っているか。珍しいことだ」

「以前襲われたことがあるからな。何だよ暇なのか?」

「暇ではない。貴様のような不穏分子を消すという重大な仕事をしているのだから」

 

 不穏分子、前の男もそう言っていた。別にこんな異形の奴らに比べれば俺はただの人間、普通の一般人というやつなんだが。ただ、俺の家族に関してだけ言えばその限りではないけど。

 

「私を前にして逃げ出さない胆力は立派だが面白くないな。死に際なのだ、泣き喚いて助けを乞えばもしかしたら助かるかもしれんぞ」

 

 そんな光の槍みたいなモノを出されて言われても信じられるかっての。

 俺は人間でやつは堕天使、力の差なんてモノは明白、むしろ戦うことすら烏滸がましいことだろう。だが俺はそんな危機を目の前に恐れてはいなかった。それは別に死ぬことが怖くないとか、頭がイカレてて恐怖を感じないとかそんなことではない。

 

 答えは単純だ――俺は死なないという確信があるから。

 

「……やっぱり、この繋がりは安心できるな」

「? 何を言っている」

 

 俺の呟きに男が聞き返した。

 

「安心できるって言ったんだ」

 

 心に広がる安堵という温もり、それを感じながら俺は笑顔で男に告げてやった。男からすれば俺が何を言っているのか理解は出来ないだろう。これは俺にしか理解できないことだから。

 

「まあいい。死ね!」

 

 男が光の槍を振りかぶる。しかし、その腕が振るわれることはなかった。

 

「……は?」

 

 その気の抜けたような声は男からだ。どうしてそんな声を出したのか、その答えは簡単で、投げようと思っていた槍を投げられなかったからである。一体どうしたのかと男が視線を向けると、そこにあるべきはずの自身の腕がなかった。

 

「ぐああああああああああああああっ!!」

 

 腕がないことを認識し、ようやく痛みが脳に届いたのか絶叫をあげた。

 正直なことを言えば俺もいつそれが起きたのか分からなかったけど、ボトッと音を立てて落ちた男の腕の断面は綺麗に切られている。それこそハムをスライスするかの如く綺麗にだ。

 

「全く、だから学校まで迎えに行こうかと毎回言うんだ」

 

 その声はとても綺麗なモノだった。

 いつの間に居たのか、俺のすぐ傍に降り立った銀髪の美女。目に毒とも言えるような服装……いや、これはもう服じゃなくてただの白い布だ。

 

「流石に学校まで来てもらうのは恥ずかしいだろ」

「何を今更。もっと恥ずかしいことをいくらでもする仲じゃないか」

 

 ニヤッと揶揄うようにそう言う彼女、その美しすぎる美貌もあってとても様になる。

 

「ありがとうゼロ」

「ううん、当然のことをしたまでだよ」

 

 そう、これが俺の恐れていなかった理由だ。銀髪の美女――ゼロは過去の事情により今は俺の妹という立場になる。後5人妹が居るわけだけど、それぞれが個性があって尚且つ恐ろしいくらい強いのだ。俺の中にある何か、それがゼロを含めた妹たちと繋がっているせいか俺に危機が迫ると彼女たちにも伝わる。この繋がりがあるからこそ、俺は自分は死なないと自信を持てるんだ。

 

「……まあ情けないとは思うよ。俺はただの人間だしさ」

「何を言ってるんだ。普通の人間なんだから気にすることじゃない。ああいうのは私たちに任せておけばいいんだよ。君は安心して私たちの傍に居ればいいんだ」

 

 薄紅色の瞳に見つめられ、俺はそうだなと頷いた。俺の反応に満足したのかゼロも微笑み、手に握られた血が付いた剣を振る。ビタッと血が地面に飛んだ。

 

「ふざけるなああああああああっ!? なんだ貴様はああああああああああ!?」

「うるさいな。近所迷惑って言葉知ってる?」

「舐めているのか女! 私を何だと思っている!?」

「うるさいカラスだよ。それ以外に何がある?」

 

 ゼロの性格を知っているからこそ煽りまくってるなと男の方が気の毒になる。逆上した男が残った手に槍を握って突っ込んでくるものの、ゼロの姿が消えたかと思えば……。

 

「死ぬのは君だ。さようなら」

 

 男は脳天から一刀両断され、そのまま死体は残ることなく風に溶けるように消えていった。

 ゼロは最初からそこに何もなかったかのように気にすることなく俺の隣に並び、握っていた剣をどこかに消して微笑むのだった。

 

「さ、帰ろうか」

「うん」

 

 あっさり? 淡白? この妹たちと過ごしていたらこれくらいどっしり構えてないと生きていけないんだ。

 

「なあゼロ」

「何かな?」

「寒くないの?」

 

 いや、そりゃ聞くよねって話だ。俺でさえ肌寒さを感じるのに、彼女の大事な部分程度しか隠してない服……布を見てしまうともっと寒くなってしまいそうだ。

 

「なんだ。もしかして激しい運動で温めてくれるの?」

「……帰るぞ」

「ふふ、残念だ」

 

 何が残念か。

 しっかし今が夕暮れ時で本当に良かった。何の偶然か人っ子一人居ないから今のゼロの姿を見る奴は居ない。一人居たけどそいつ今消えちゃったしな……。

 そうして特に誰の目にも触れることなく自宅に着いた。

 ゼロと話をしながらで油断していた俺は、全くの予期しない角度からの声に心臓を跳ねさせる。

 

「おかえり兄さん」

「うおっ!?」

 

 奇襲だ敵はどこだ!!

 って冗談は置いておいて、ヌルリと陰から出て来たその子の正体に気づき俺は安心した。良かった、家族だわ。

 

「ビックリしたぞスリイ、頼むから普通に出迎えてくれ」

「ごめんなさい。でも、外で待ってる方が家で待つより早く兄さんに会えるから」

 

 長すぎる紫色の髪から覗くその目は暗く濁っているが、これも妹の一人と思えば可愛いモノだ。

 

「そっか。ありがとなスリイ。でも寒いから家に入ろう」

「うん」

 

 頭を撫でてやるとご満悦と言わんばかりに口元が緩んだ。

 ゼロとスリイを引き連れて帰宅、するとただいまと口にするよりもバタバタと駆けてくる音が。

 

「おかえり兄様!!」

「お~う。ただいまフォウ」

 

 茶色のツインテールを揺らしながら出て来た子、この子もまた妹の一人だ。

 

「ゼロ姉様、ちゃんと消した?」

「もちろんだ。脳天からバッサリとな」

「当然だよね。兄様に危害を加えようとしたんだから」

「少し勿体ない。実験とかに使えるのに」

 

 物騒な話をする妹たちを置いてリビングに向かう。

 トントンとリズムよく包丁の音が聞こえる中、料理中だった女の子が振り返る。

 

「おかえりなさい兄様。今トウとファイブがお風呂に行っていますのでお待ちいただけますか?」

「大丈夫だよ。それにしてもいい匂いだなぁ」

「ビーフシチューです。腕によりを掛けて作りますから期待してくださいね」

 

 そう言って調理を再開した。

 黄色のボブカットを揺らし少し他の妹たちに比べると小柄な体系のこの子はワン、礼儀正しくて料理が上手な子だ。この家の家計はほぼワンが掌握していると言っても過言じゃない、トウも料理が得意でよく作ってくれる。次点でフォウも料理は出来るけどワンとトウには及ばないって悔しがっていたっけ。

 今風呂に行っている二人が出るまで手持無沙汰になったな……俺はソファに座って待つことにした。

 

「ねえ兄さん、やっぱり学校まで迎えに行くべきだと私は思うんだけど」

 

 隣に座ったフォウがそう提案してきたが、女の子に迎えに来てもらうってのはどうなんだ?

 

「“六花”が要らないって言うんだからそれでいいだろう。どんなに離れていても私たちは繋がっている。だから心配がないってのは君自身理解しているはずだけど」

「それはそうだけど……」

「……私のお守りもあるから大丈夫」

 

 スリイが指を指すと俺の鞄に引っ付いている小さい球体関節人形がギギギっと動いた。毎回思うけどこれデザインもそうだけど目が光ったりして怖いんだよな。でも妹からの贈り物だから外すに外せないんだよ。

 

「相変わらず趣味の悪いデザインね……」

「むっ」

 

 フォウの言い草にスリイが不満を露わにした。

 そんな中、ドタドタとまた大きな足音が聞こえてきた。その足音は廊下から聞こえてきて段々と近づいてくる。そして――。

 

「兄ちゃん帰ったの!?」

「お兄様お帰りに!?」

 

 ほぼ裸の二人がリビングに現れたが……君たち、後ろを見た方が。

 俺がそう口にする間もなく、お玉を持ったワンが二人の背後に立ち、脳天目掛けてお玉を思いっきり振り下ろすのだった。

 

「お前たちはちゃんと服を着ろ!!」

 

 コンコンと音が聞こえ二人の悲鳴が木霊する。

 あぁ今日も賑やかだなと、俺は二人の悲鳴を聞きながら思うのだった。




ワンの髪色が分からない。

金髪ではないし銀髪でもない……なので金で書いてみます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 ワンが作ってくれた夕飯を食べ終え、少しゆっくりした後風呂へと向かう。それにしても今日の夕飯も色々と大変だった。

 

『兄ちゃんこれどうぞ!』

『兄様これも美味しいよ!』

『お兄様こちらはいかがかしら?』

 

 トウとフォウ、そしてファイブが競い合うようにあ~んをしてくるんだもんな。いや、それ君たちが作った料理じゃないでしょって言う前に、食事中は静かにしろとワンの雷が落ちた。目にも見えない動きで三人を静かにさせたワンは流石としか言いようがない。

 ゼロは自由奔放、トウは常識はあるが少し空回りすることが多い、スリイはあまり物事に興味を示さず静か、フォウも常識人と言えば常識人だがタガが外れると凄い、ファイブは収集癖があるがすぐに飽きたりして大変……うん、ワンが居ないと俺だけじゃ手綱を握り切れる自信がないな。

 

「よっこいしょっと」

 

 脱衣所で服を脱いで風呂場へ。

 体と頭を入念に洗い、いざ湯船へと浸かる。体の芯まで伝わる温もりに思わず吐息が零れる。

 

「いい湯だ」

 

 基本的にうちの風呂の順番は様々だが、家事をしてくれるワンを除いた妹たちが俺より先に入る。よく一緒に入ろうと誘われることもあるが、ある程度自制が効くフォウを除き他の面々と入ったが最後物理的に食われることは確定なので断らせてもらっている。

 

「高校生にしては爛れすぎてるんだよなこの生活」

 

 血の繋がりが無いのもあるが、何より妹たちの体はある意味で特殊だ。力を使えば性欲が溜まりそれを発散する必要が出てくる。最初は戸惑いと事務的な感覚だったが、今となってはちゃんと大切な存在として認識している。世間からどう思われようが、もうこの在り方を俺は変えることはできない。

 もう少し温まるか、そう思っていると脱衣所の扉が開いた。

 

「……あ、兄様ですか?」

「ワンか? すまん今入ってる」

 

 どうやらワンと鉢合わせしたみたいだ。さっきも言ったようにワンは家事を終わらせてから風呂に入るため、こうして遅めに入った俺と時間が被ったりすることがある。

 

「すまん、これから入るならもう出るよ――」

「その必要はないですよ兄様」

「え?」

 

 どういうことだ? 思わず立ち上がろうとした体が動きを止める。今の言葉の真意を聞こうとして口を開こうとしたその時、向こうでシュルシュルと服を脱ぐ音が聞こえる……まさか。

 俺のその予想は的中し、ワンが入ってきた。申し訳ない程度に体の前でタオルを持っているがそれだけだ。上も下も大事な部分は全く隠れておらず、当のワンは全く気にしてないのか俺を見つめて笑みを浮かべている。

 

 

「せっかくですし一緒に入ってしまいましょう」

「……そうだね」

 

 上がりかけていた腰を再び下ろした。

 たぶん俺が風呂に入っている時に来たのは偶然だろうけど、こうして入ってきたのは絶対にワンの意思だ。ゼロに次ぐお姉さんではあるが、こうやってお茶目な面も持っている。というよりも、断ったら断ったで悲しそうにするだろうし、そんな顔を見たくないという気持ちもあったのだ。

 

「兄様、今日のビーフシチューはどうでしたか?」

 

 髪を洗いながらワンがそう聞いてくる。

 

「美味しかったよ。こう言うと捻りがないって思われるかもしれないけど、ワンが作ってくれる料理はどれも絶品だ」

 

 本当に美味しい、そうとしか言いようがないのだ。姉妹の中でもワンは万能というか基本何でもできる子である。もちろん最初は料理も覚束なかったが、近所の書店で料理の本を買って勉強をしたおかげか今のように料理スキルが身に付いたのだ。

 

「兄様にそう言ってもらえることが私にとって一番の幸せです。これからもどうか兄様の為に作らせてください」

「うん、俺の方こそお願いするよ。もうワンのご飯がないと生きていけなさそうだ」

「ふふ、それは流石にオーバーでしょうけど……分かりました。もっと兄様を虜にしてみせましょう」

 

 既に虜になっているんだけどね。

 髪を洗い終え、体も清めたワンが浴槽に向かってくる。普通の家の浴槽よりはそこそこ大きいため、二人は問題なく入れる造りだ。

 

「……ふぅ~。気持ちいいですね」

「だなぁ」

 

 二人してのんびりと湯船に浸かる。無防備に俺の対面に座るワンを眺めてみる。これは他の姉妹にも言えることだが、本当に同じ人間なのかと疑いたくなるほどの美しさだ。確かに家族としての贔屓目はある程度は仕方ないとしても、たぶん俺以外の人間でも同じことを思うはずだ。

 

「兄様? どうかされましたか?」

 

 ジッと見つめていたのを不思議に思ったのかコテンと首を傾げてワンがそう聞いてくる。姉妹の中では一番お姉さんっぽいワンだけど、こういう仕草はやっぱり俺と同じ子どもなんだなと苦笑する。

 

「ワンは綺麗だなって。そう思ったんだ」

「……その、いきなり綺麗って言われるのは恥ずかしいです」

 

 頬を赤くして身を縮みこませるワン、うん綺麗って言ったけど可愛いもありますねこれは。ワンは恥ずかしさを誤魔化すつもりだったのかは分からないが、可愛い掛け声を出して俺に飛び付く。

 

「ちょ!?」

 

 いきなりのことでビックリしたが、しっかりと受け止めることに成功した。ワンは一度俺の顔を見上げた後、背中を俺に向けて体を預けてきた。

 

「私を揶揄った罰です。これくらいはいいですよね?」

 

 舌を出してそう言う様子に俺は頷くことしかできない。だけど……この体勢は非常にマズい。おそらくはワンも気づいているんだろう、揶揄った罰というのは建前でこうしたかったんだろうなぁ。

 

「兄様、固くなってますよ?」

「……そりゃ仕方ないと思う」

 

 いや、誰でもそうなっちゃうでしょ。

 こちとら思春期の高校生だし、いくらワンたちの体を見慣れているとはいえ仕方がないことだ。というよりもワンと一緒に風呂に入ることになった時点である程度こうなる予想はしていた。

 

「もう私たちの後には誰にも入りません。ですから……?」

 

 そこでワンが何かを感じたのか黙り込む。

 

「……分かっている。兄様は明日学校だし負担は掛けさせない」

 

 虚空に語り掛けるワン、すると俺でも感じ取れる空間の揺らめきが見えた気がした。

 

「ガブリエラからです。あまり兄様に負担は掛けるなと」

「あぁ……本当に“あの人”はうちの良心だよな」

 

 

 黒くて大きくて頼りになる存在、それを思い浮かべていたその時唐突に唇を塞がれた。

 

「っ!?」

「あむ……ちゅる……」

 

 啄むようなキスから始まり、徐々に舌を入れてくるワン。唇が離れワンの顔を見た時、彼女の顔は既に情欲に染まっていた。

 

「兄様、お願いします。もう我慢できません」

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 風呂から上がった俺は台所に行き、冷蔵庫から牛乳を出して飲んでいた。少し疲れていたのもあるし喉が渇いていたためだ。風呂に行ったのに何故疲れたか、それはご想像にお任せしよう。

 コップを持ったまま涼もうと庭が見渡せる縁側に向かう。するとその場には既に先客が居た。

 

「ゼロ?」

「? 六花か。何とも情けない妹の声が少し聞こえたけど」

「言わないでくれ」

「まあいいさ。今日はワンに譲ってやる」

 

 ゼロの隣に座って庭に視線を向ける。真っ白で大きな花が月明かりを浴びて輝いている。その様は幻想的であり神秘的だ。

 

「いつも思うけど、本当にどうなってるんだろうなこの花」

 

 こうやって咲いた時から決して枯れない花。嵐が起きても、突風が吹いても、雪が積もっても、真夏の体温に晒されても決して枯れることのない花だ。

 

「詳しくは私でも分からない。けど、この花は私たちと六花を巡り合わせてくれた花……既視感は相変わらずあるけど、思い出せない以上考えても仕方のないことさ」

 

 ゼロの口ぶりは気になるけど、本当に気にしていなさそうな様子に少し安心する。俺にとっても妹たちにとってもこの花はよく分からない存在だが、確かに俺たちを巡り合わせてくれた存在でもある。それにこう言っては何だが、こうやって庭に大きく咲いているから守り神みたいな感じにも思ってるんだよね。

 

「六花、少し膝を貸してくれ」

「いいよ」

 

 ゼロが俺の膝を枕にするように横になった。ゼロは男勝りというか気の強さが売りみたいな部分はあるけどこうやって甘えてくることももちろんある。こうなった時、頭を撫でてあげると更に喜んでくれるのだ。

 綺麗な銀の髪を撫でると、サラサラと撫でる側の俺も気持ちいいと感じるほどの質感だ。

 

「君に触れられると安心できるんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え?」

 

 どこか暗くもあり儚さを持ち合わせたその表情に俺は視線を釘付けにさせられた。俺の漏れた言葉にゼロはどうしたのかと聞いてくる。

 

「私何か変なことを言ったかな?」

「……いや」

 

 気のせい? それとも無意識に出た言葉なのか? 非常に気になるが、今気持ちよさそうに横になっているゼロを見ていると聞こうという気持ちも失せてしまう。何となく、今は俺自身もこうして居たいと思ったからだ。

 

「別にいつだってこうしてあげるけど」

「これでも長女だからな。妹たちの前でこんな姿は見せたくない」

「今日の帰り際の言葉をそっくりそのまま返そうか。何を今更言ってるんだ」

「……ふん、うるさい」

 

 それっきりゼロは庭の方に体を向けてしまい表情は見えなくなったが、こうして頭を撫でていると嬉しそうな感情が伝わってくるかのよう。そんな中、遠くの空に何やら紫色の光の柱が一瞬見えたような気がした……疲れてるのかな? そう思った矢先ゼロが呟く。

 

「スリイか。何か見つけたみたいだ」

「……え? 今スリイ出掛けてるの?」

「あぁ。アイス買うってコンビニまで」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。道はちゃんと覚えてるし何より、襲われたりしても問題はない」

「いや相手が」

「死ぬんじゃない?」

 

 ……軽く言ってくれるねゼロさん。

 とりあえず、俺はゼロの頭を撫でながら無事に帰って来てくれと願うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

 片手にアイスの入った買い物袋を持ちながらスリイは空を見上げた。スリイの視線の先に居るのは黒い翼を羽ばたかせる人外――堕天使だ。

 堕天使はスリイの姿をその目に映し残虐そうに表情を歪める。

 

「女の独り歩きは感心しないぞ。私のような者に見つかってしまうからな」

 

 その男の様子から明らかにスリイを狙っていることが窺える。

 

(夕方に兄さんも襲われて、今度は私か。暇なの? 堕天使って)

 

 決してそうではないだろうが、スリイの特異性が堕天使を引き寄せたと言ってもいいかもしれない。長い髪の内側から覗く瞳は気怠そうで、堕天使に対しスリイが全く警戒はおろか認識さえしてるかどうか怪しいと思わせる。そしてそんなスリイの反応は堕天使からしても予想外のモノだった。

 大凡の力無き人間は堕天使のような超常の存在を目にすると恐れ助けを乞う。それは今まで堕天使が殺してきた人間全てに共通することだった。

 

(なんだこの女は……何故私を恐れない)

 

 理解が出来ない、それに尽きる。

 

「……帰ろう。兄さんの分も買ったし一緒に食べなくちゃ」

 

 スリイはついに堕天使から視線を外した。もうそこに何も居ないと言わんばかりに踵を返し、スリイは愛する兄の待つ家へ足を動かす……さて、別にスリイは堕天使のことを気にしていないわけではない。単純に興味がないため心底どうでもいいと思っている故の行動である。

 このスリイという少女は興味のないモノにはとことん興味がなく見向きもしないが、逆に興味があったりするとその執着度は相当なのが特徴である。

 

「私はチョコ、兄さんはイチゴ、ゼロ姉さんはマンゴー、ワン姉さんはミント、トウ姉さんはバニラ、フォウはミカン、ファイブはグレープ」

 

 ……この女、本当にもう堕天使の存在を認知していないようだ。

 ゆっくりと猫背のように踵を返していくその姿に怒りを覚えるのは堕天使だ。何故恐れない、何故たかが人間に無視されなければならないのか、一般の人間を遥かに超えた超常の存在である堕天使としてプライドが許さなかった。

 堕天使はその手に光の槍を生成し、真っ直ぐにスリイの頭を目掛けて投擲する。

 そのまま進めばスリイの頭を貫通し辺り一帯を真っ赤な血で染め上げることだろう。だがそうはならなかった。スリイが少し上半身を逸らしたことで、光の槍はスリイに当たることなく地面に突き刺さった。

 

「なっ!?」

 

 まさか避けられるとは思っておらず驚いた堕天使だったが、スリイはそんな反応すらも気にすることなくそのまま歩いていく。ブチっと堕天使の中で何かが切れた。

 

「この女風情があああ!? 私を舐めるのもいい加減にしろおおおおおおお!!」

 

 新しい槍を生成して今度はスリイの進む先に立ち塞がった。流石に目の前に立たれればスリイの意識は堕天使へと向く。スリイの視線を受けながら堕天使は大きく叫ぶように言葉を発する――その言葉がスリイの怒りの引き金を引くとも知らずに。

 

「人間風情が舐めた真似をしてくれるな! いいだろう女、ならば貴様の目の前で貴様の大切な存在を殺してやる。惨たらしく、バラバラに引き裂いてやる! その上で貴様も殺してやる。もう許しを乞うても楽には殺さんぞ!!」

 

 変なプライドを気にするがあまりに出た大人気の無い言葉、だがその言葉はスリイの意識を引っ張り上げ閉じられていた怒りの感情を呼び起こす。

 

(……殺す? 私の大切な存在を……兄さんを? 誰が殺す……こいつが? ……殺す)

 

 スリイにとって兄は何よりも大切な存在だ。それこそ他の姉妹の誰よりも大切、だからこそ冗談であっても兄に害を及ぼすなどという愚かな言葉を聞き逃すことはできない。

 気怠そうだった目は確かな意思を宿し、真っ直ぐに堕天使を見つめた。

 

(……何だ?)

 

 そしてその変化は堕天使自体も感じていた。先ほどまで感じなかった明確な殺意、それをスリイの目を通してダイレクトに感じているのだ。マズい、本能で堕天使はそう悟った。故に直感に従い堕天使は羽を羽ばたかせてこの場から離脱することにした――しかし。

 

「……なあああ!?」

 

 ある程度飛び上がった段階で地上に叩き落された。

 何が起きた、何がこの身に起きたのか、それを確かめる中堕天使は自分の羽が綺麗に手折られている事実に気づいた。

 

「な、何が起こっている!?」

 

 自身の身に起きた異変に頭がパニックになる……チャキンチャキンと音が聞こえる。音が聞こえる方に目を向ければスリイが特徴的な形と大きさをした鋏を持っていた。

 

「気が変わった。実験道具になってもらう」

 

 その言葉の意味を堕天使は理解することが出来ない。

 スリイは買い物袋を大切そうに抱えながら歌い始めた。

 

“弾きたもうれ、弾きたもうれ、第三の歌――古ノ傀儡”

 

 その歌声はとても綺麗だった。思わず聞き惚れ命の危険を忘れさせてしまうほど、だがすぐに異変は訪れた。何かが生まれる、それは多数の影。堕天使を取り巻くように、決して逃がさないと言わんばかりに現れる無数の傀儡たち。

 

“彼岸を望みし、轟魔の力、輪廻を拒む破戒の兵団”

 

 堕天使の心に諦めが生まれる。

 どうして自分はこんなものに手を出した、何故、どこで間違えたのか。

 

“理性と秩序の宿業を灰燼に返さん”

 

 傀儡の兵団はスリイの意思の元に集う。

 その数は数えきれず、皆に意思が宿っているのか紫の目が輝く。

 

“侵せ、アルミサエル”

 

 今ここに、堕天使の運命は確定した。




6000文字超えて少し反省、次回からはもう少し短くします。

PS、意外と覚えてくれている方が多くて驚いています。
   とてもありがたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



「……頼む。殺してくれ……っ」

 

 スリイの目の前に居る堕天使の姿は見るに堪えなかった。傀儡たちの鋭利な刃先でめった刺しにされ、まるで子供がサッカーをするように好き勝手に弄ばれる。体のいたる所に穴が開き死んでもおかしくないのに、何かの不思議な力によってその命は繋ぎ止められていた。

 

「まだダメ。もう少しこの魔法の強度を調べないと」

 

 スリイが視線を隣に居た傀儡に向ける。すると傀儡はその尖った腕を堕天使に向けて突き刺す。

 

「ぎゃああああああああっ!?」

 

 既に何度叫んだか分からないのだろう、それでも痛覚が残り続けている以上痛みを感じてしまう。耐え難い苦痛が脳に伝わり、痛みでおかしくなってしまわないように叫び声が自然と出てしまうのだ。早く殺してくれ、早く楽にしてくれ、そう願う堕天使を嘲笑うようにスリイの実験は続く。

 

 刺す、悲鳴が上がる。

 刺す、悲鳴が上がる。

 刺す、少しだけ悲鳴が弱くなった。

 刺す、声を上げなくなった。

 治療、傷を再生させる。

 刺す、悲鳴が上がる。

 刺す、刺す、刺す……。

 

 本来であれば憩いの場であるこの公園、正に今だけは公開処刑場のようだった。辺り一面に血が飛び散り、不気味な傀儡たちが無数に蠢く世界……地獄としか言いようがない。

 

「……この強度ならある程度は耐えられるの? なら――」

 

 そこでスリイの肩を一体の傀儡がトントンと突いた。

 興味あることに執心するスリイにとって、夢中になっていた時に水を刺されるのは何よりも嫌う行為だ。もちろん兄である六花は別で、姉妹たちもある程度なら許せるのだが、それがただの傀儡となると話は変わる。

 

「うるさい」

 

 振り向きざまに手に持っていた鋏で頭を串刺しにしてやろうとして、その傀儡がどうして自分の邪魔をしたのかを知る。

 

「……あ」

 

 スリイの視線は傀儡の手元に固定された。傀儡が持っているのはスリイが持っていた買い物袋、それを見てようやくスリイは傀儡の意図を理解した。この傀儡はおそらく、早く帰らないとアイスがダメになってしまうと伝えたかったのだろう。その証拠に傀儡である以上人形と同じなので表情の変化はないが、心なしか困っているようにも見えるのが不思議である。

 

「帰ろう」

 

 一瞬にして優先順位の格付けに変更が行われた。幸いに夜で気温が冷えていることもあり溶けてはなさそうでそれにまず安心する。

 買い物袋を受け取ると、何やら傀儡がスリイに対して親指を立てるようにグッとした。何故かその仕草が気に入らずスリイは傀儡を思いっきり蹴り飛ばした。吹き飛んだ傀儡は少しグッタリと横になっていたが、すぐに何事もないように立ち上がる……しかし。

 

「……?」

 

 片方の腕がもげていた。

 傀儡はもげた腕を見て、そしてスリイとを交互に見る。周りの傀儡たちは我関せずではあったが、その傀儡に近づき肩を叩いて慰めているようで大した友情だ。

 

「……はぁ。仕方ない」

 

 その一連のやり取りを見ていたスリイは気怠そうに溜息を吐き、瀕死状態の堕天使に近づいた。

 

「……うあ?」

 

 治療されることもないので死ぬのを待つのみ、そんな堕天使にやはりスリイは容赦がなかった。自身が持っていた鋏を腕の付け根付近に合わせ、そしてチャキンと斬り落とした。

 

「ぐああああっ! あ?」

「うるさい」

 

 ぐしゃっと顔を踏み潰されようやく堕天使は絶命することができた。

 スリイは堕天使の斬り落とされた腕を器用に蹴り、腕のもげた傀儡の元へ。

 

「それを持って帰りなさい。素材にして新しい腕にしてあげる」

 

 スリイの言葉に傀儡は大喜びだ。まるで“ご主人お優しい一生ついていきます”と言わんばかりの歓喜の舞を披露している。

 いい加減に帰らないとアイスが危ない、そう思って足を動かそうとした時真紅の転移陣が現れた。まだそこから何かが現れたわけではないが、流れ出る魔力の奔流で何人かは分かる。

 

(……数は4人、大したことはない)

 

 その身に秘める力も大したことはない、それどころか全くの脅威にならないとスリイは結論付けた。魔法陣の光が一際輝き、スリイが予測したように4人の人物が現れた。

 

「これは一体……あなたは何者かしら?」

 

 真紅の髪を持った女性がスリイに問いかける。だがスリイにはそれに答えるつもりは一切ない。理由は簡単、アイスの方が大事だからだ。

 現れた一向に背を向けたまま歩き出すスリイを見て、女性が唯一の男子に指示を出す。すると男子はその手に剣を持って攻撃してきたが……それを受け止めたのは傀儡だった。そして、傀儡の紫の目がぐにゃりと歪み――爆ぜた。

 大きな轟音を齎した爆発は男子を呑み込み、比較的離れていた女性たちも悲鳴を上げる。スリイはそれに対して最後まで振り向くことなくその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

「帰ってきたな」

 

 横になっていたゼロがそう呟くと玄関が開く音が聞こえた。暫く待っているとスリイが買い物袋を持って現れた。

 

「おかえり」

「ただいま」

 

 表情の変化は非常に分かりにくいけど、たぶん今笑った気がする。

 いつの間にかゼロは起き上がっていて俺から離れていた。どうやら本当に妹たちにはあの姿は見られたくないらしい。

 

「アイス買ってきた。兄さん、一緒に食べよ?」

「ありがとな。いただくよ」

 

 そう言って渡されるのはイチゴ味のアイス、良く分かっていらっしゃる。

 

「ゼロ姉さんはマンゴー味」

「もらう」

 

 そこはお礼を言おうぜ、って言ってもゼロは意地でも礼は言わないんだろうな。スリイも特に気にした様子がない、他の妹たちのは明日食べてもらうと言って冷凍庫にしまった。

 

「そう言えば兄さん」

「う~ん?」

「兄さんと同じ制服を着た人を見たよ」

「へぇ~? 買い物の途中で?」

「帰りに見た」

 

 そうだったのか、でもこの様子だと何かマズいことになったとかではなさそうかな。ゼロも特に何も言わないしきっと大丈夫……だと思う。

 

「紅い髪の胸の大きな人」

「ふ~ん」

 

 あれ、一人だけ頭に浮かぶ人がいるぞ。

 オカルト部とかいう良く分からない部活の部長をやっていて学園の二大お姉さまって言われてる人だ。名前はリアス・グレモリー、話したことはないけどうちの学園じゃ一番有名と言っても過言じゃないからな。

 

「あれ、人間じゃないよたぶん。おそらくだけど、悪魔」

「……マジで?」

「うん」

 

 本当にスリイが見たのがグレモリー先輩だとしたら……えぇ、うちの学園ってどうなってるんだ。接点がないから話すことはないから一安心だけど、これから彼女を見る目が少しだけ変わりそうで不安だな。まあ普通通りにしていれば問題はないか。

 

「何かあれば言え。私が処理する」

「私でもいい。何なら今から行って――」

「やめようね二人とも。学園の先輩なんだから」

 

 やるって言葉が妹たちだと完全に殺るになるから心臓に悪い。

 それから3人で世間話を交えつつアイスを食べ終えた。ゼロが先にもう寝るからと部屋に向かったが、スリイは俺の傍から離れない。

 

「……ごめん兄さん。私」

「そんな予感はしてた。部屋に行こうか」

「うん!」

 

 元気に返事をしたスリイを連れて自室に戻り……そして数時間後。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 一糸纏わぬ姿でスリイが俺の腕を抱いて眠っていた。決して離さない、そう言わんばかりにガッシリと腕を抱いて眠りに就いている。

 

「……眠ったか」

 

 気持ちよさそうに眠るスリイの頭を撫でる。

 くすぐったいのか頭を揺らすも起きることはなかった。一度こうやって眠るとゼロとワンを除いて他の妹たちはすぐに目を覚ますことはない。それだけ熟睡しているということなんだろう。

 以前にフォウがスリイと喧嘩した時に“冷徹無表情女”とか言ってたけど、このあどけない寝顔を見るとそんなことが言えるはずもない。スリイの寝顔を見ていると段々と眠くなってきた。

 

「おやすみ、スリイ」

 

 そして俺もすぐに眠りに就いた。

 

 

 

 

 

 それが夢だと気づいたのはすぐだった。

 スリイの隣で眠ったはずなのに、今俺は森の中を走っているからだ。木々が存在するだけで出口は見えず、ただ闇雲に俺は走っていた。

 

「くそ! まだ追ってくるのか……まだ走れるか⁈」

「大丈夫だ! でもこのままじゃいずれ追い付かれる!」

 

 誰だ? 俺は一体誰の手を引いて走っている? 分からないことだらけの中、俺はそれでもずっと走り続ける。何故かは分からない、ただ手を引いているこの子だけは助けたいと思った。

 でも、それは出来なかった。

 

「っ……」

 

 不意に倒れ込む。

 何故、どうして、答えは簡単だった。左膝に一本の弓矢が突き刺さっていたんだ。

 

「……毒か」

 

 矢先に塗られていた毒が体を侵す。夢だというのに、その感覚はどうしてか鮮明だった。倒れ伏した俺に女性は近づき、矢を抜こうとするが出来なかった。

 

「俺はここまでだ……逃げろ」

 

 口が動く、けど違和感はなかった。俺の言葉に女性は嫌だと首を振る。

 

「何を言ってるんだ……二人で逃げるんだ! この先に行けばきっと大丈夫だ!」

 

 女性は俺の体を抱えようとするが、全く体に力の入らない男を支えるほどの体力は残っていなかった。くそ、くそと汚い言葉を発しながらも決して俺を置いていこうとはしなかった。

 

「ふざけるな……ふざけるな! なんで、どうしてこうなる!? どうしてこの世界はこんなにも!!」

 

 その言葉の真意は分からない、ただ世界そのものに対して途方もない憎悪を感じさせるのは確かだ。そうこうしているうちに集団の近づく音が聞こえる。夢の中の俺は最後の力を振り絞るように声を荒げた。

 

 

「走れよ! 生きて……生きてくれよ……こんな世界でも俺は……君に生きてほしいんだ。だから頼む……生きろ薄紅!!」

「っ!!」

 

 たぶん夢の中の俺にとってこの女性、薄紅というのか。彼女の存在はとても大切なモノなんだろう、だからこそこうやって動けなくなっても彼女の身を案じている。

 薄紅……どことなくゼロに似ている気がする。ゼロの目の色もこの女性と同じ薄紅色だ。

 

「……君はひどい男だ。私が君からの頼みを断れないことを分かっているくせに。紫紺だってそうだ……あいつも自分の好き勝手なことばかり言って死んで」

 

 立ち上がれない俺の頬を撫でる薄紅と呼ばれた女性、その顔は涙でグシャグシャだった。

 

「本当にひどい。こんな希望も何もない世界を君は生きろと言うんだから」

 

 そう言って俺たちの距離は0になった。

 そこまで追手は来ているというのに……けれども、この時間はいつまでも続くような永さだった。

 

「なあ。もし生まれ変わることがあったら、私たちはまた会える?」

「……そうだな。それこそ神のみぞ知るってやつだろ。でも、会えるんじゃないかな? お互いが会いたいって思うのなら」

「そうか……神なんぞに祈るのは癪だけど、君に会いたいという願いくらいは神に祈ってやる」

 

 薄紅は背を向け、走って行った。俺は彼女に置いていかれた形になるけど、心は穏やかでこうして良かったのだと満足している。おかしな話だ……これはただの夢のはずなのに。

 

「愛してるよ――」

「……はは、俺もだ――」

 

 そこで、この夢は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

「っ……はぁ! はぁ!」

 

 唐突に目を覚まして俺は周りを見渡す。

 何か夢を見ていたような気がする。あまり気持ちの良いモノではなくて、何か胸の内がざわざわするようなそんな夢を。

 

「兄さん、大丈夫?」

 

 既に起きていたのか、スリイが心配そうに俺を見つめていた。相変わらず素っ裸で目のやり場に困るけど、今は彼女のそんな気遣いがありがたかった。

 

「あぁ大丈夫――」

 

 その瞬間、バンと部屋のドアが開いた。

 

「兄ちゃんおっはよ~~~!!」

 

 元気な掛け声を上げて姉妹一の元気娘であるトウがジャンピングダイブを仕掛けて来た。

 

「ぐほっ!?」

 

 短い青い髪が特徴の頭がそのまま俺の腹部へ強襲炸裂、まだ朝飯を食ってないのに何かが逆流しかけた。

 

「う~ん朝は兄ちゃんの匂いを嗅ぐところから始まるんだよねぇ」

 

 クンクンと匂いを嗅ぎながらスリスリと胸元に頬を擦り付ける。腹部の痛みが若干引いてきたところで俺はようやく起き上がった。トウは相変わらず俺に抱き着いたままだが、傍に居た全裸のスリイの存在に気づく。

 

「スリイちゃんどうして裸……あ、そういうこと。いいなぁ」

 

 羨ましそうに見つめてくるトウにスリイはドヤ顔をして胸を張る。

 

「ふっ」

「むっ」

 

 君たち、変なところで張り合わないでくれ。さてと、トウが来たのならこれからご飯ってことかな。それなら早く降りないと。そう思って立ち上がった俺にスリイが抱き着いて来た。

 

「昨日は凄かった。ねえ兄さん?」

 

 問いかけは俺に対してだが、スリイの視線はトウに向いている。ふふんと鼻を鳴らすスリイの姿に、トウは対抗心を燃やしたのか空いている俺の腕を取った。

 

「ふ~んだ! 別にいいもんね。スリイちゃんより私の方が兄ちゃんを満足させる自信があるし!」

「……は?」

 

 スリイのドヤ顔が崩れた。スッと空気を斬る音がする。いつの間にかスリイが取り出し突き出した鋏をトウが素手で掴んでいた……俺を挟んで喧嘩をするんじゃない。

 スパーンと二人の頭を叩く。俺の力程度じゃ痛くも痒くもないだろうけど、一旦にらみ合いを止めて二人は頭を抑えながら俺を見つめた。

 

「姉妹で喧嘩はするなって。仲良くしろ」

「……でもスリイちゃんが」

「トウ姉さんが……」

「分かったな?」

「……はい」

「……うん」

 

 俺も兄として姉妹の喧嘩の仲裁くらいはできる……ただ、ゼロとワンの喧嘩だけは次元が違い過ぎて避難する羽目になるけどな……あれは喧嘩じゃなくて戦争だし。

 

「トウお姉さま? お兄様を呼びに行ったのでは――」

 

 ……あぁ。

 額に手を置いて溜息を吐きたい気分だった。長い金髪を揺らして現れたのは末っ子のファイブ、彼女は引っ付いている俺たち三人を順に見つめ、何を思ったのか正面から俺に抱き着いた。

 

「うふふ♪ 何となく理解しました。お兄様はわたくしの大きな胸が一番大好きですよね?」

 

 もう勘弁してくれ……。結局三人に抱き着かれ動けなくなった俺はフォウが現れたことで漸く解放された。これから学校に行かないといけないってのに朝からひどく疲れた気分、珍しくゼロが姉妹の目の前で元気付けてくれたくらいだ。

 

「全く、トウ姉様もスリイ姉様もファイブも仕方ないんだから。少しは兄様の苦労を――」

「貧乳お姉さまの言うことは届きませんわ~」

「あ? 今なんつった?」

「貧乳お姉さまと」

「表出ろやぶっ殺すぞ牛女ああああああああああっ!!」

 

 後はワンに任せよう。

 

「それじゃあ行ってくるよ」

「いってらっしゃいませ」

 

 笑顔のワンに見送られて家を出た。さて、今日も1日頑張るぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「こわ~いお姉さまが暴力を振るってきますぅ」

「気持ち悪い声出してんじゃねえよクソがあああああああ!!」

 

 パリン!!

 

『……あ』

「お前たち、覚悟はいいな?」

 




木場君は生きています安心してください。

というか自分無印の15巻までしか読んでないんですよね。
近い内に買おうと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 駒王学園、それが俺の通う学園の名前だ。

 全校生徒の数はそれなりに居て、この辺りでは一番大きな高校と言ってもいいだろう。

 

「おはようさ~ん」

 

 教室に入り挨拶をすると聞いてくれた人が挨拶を返してくれる。うん、やっぱり挨拶をして返事が返ってくるのは気持ちがいいな。

 机に座って鞄を置くと、見計らったかのように一人の女子が歩いてきた。

 

「おはよう六花」

「? あぁおはよう藍華」

 

 わざわざ傍に挨拶をしに来てくれたのはクラスメイトの女子、桐生藍華という名前の三つ編み眼鏡娘だ。こんな如何にも文学少女な風貌ではあるが、別に委員長と言うわけではないし大人しい性格をしているわけでもない。どちらかと言えばぶっ飛んだ性格をしている女の子である。

 

「ねえ、今何か失礼なことを考えなかった?」

「まさか」

「……あなたのポーカーフェイスは本当に分からないわね」

 

 溜息を吐きながら俺の前の席に座った。

 さて、俺たちがお互いを名前呼びするようにクラスメイトの中では親しい仲とも言えるだろう。もちろん最初の方は全く接点がなくて話なんてしなかったけど、あることを切っ掛けに俺たちは友人になった。

 

「やっぱり女の人の扱いに慣れてると表情を取り繕うのも上手いのかしら?」

「誤解を招く言い方をするんじゃない……って言いたいけど、女性に慣れたって言うのは間違いないな」

 

 藍華の言葉にしみじみと思う。

 妹たちはそれぞれタイプが違うから当然接し方も変わってくる。たぶんだけど世に居るほとんどの女性のタイプは網羅している妹たちじゃないかな。

 

「かといって軽いわけじゃないし、だからこそワンさんたちもあなたを信頼してるのね」

「己惚れるわけじゃないけど信頼はしてもらってると思ってるよ」

 

 今藍華がワンという名前を口にしたから分かると思うのだが、全員ではないが藍華はうちの姉妹と顔見知りである。俺と藍華がこうして友人になった切っ掛けに実を言うとワンがその中心にいるのだ。

 

「懐かしいわね。偶然買い物に行ったら困った美人さんが居たんだもの。それで惣菜とかタイムセールの場所を全部教えたんだから」

「その節はありがとな。ワンも藍華には感謝していたよ」

 

 本来俺が一緒に行けば良かったのだが、ワンは一人でも地形の把握含め買い物もちゃんと出来るようにと一人で出かけたことがある。その時に出会ったのが藍華で、今彼女の口から語られたエピソードがあったわけだ。

 今はああやって俺を含め姉妹たちを家事で支えてくれているワンだが、最初は本当に何も知らなかったんだ。

 

「俺の方がビックリしたからな? 家に帰ったら話したことがない同級生が居たんだから」

「私だって驚いたわよ。どこか聞き覚えのある声がしたと思ったらあなたが帰って来たんだから」

 

 あの時は本当に驚いた。

 ちょっと悩みを抱えていたトウを外に連れ出してのデート、その帰りだったんだから。デートの終わり際に“また”堕天使を不幸な目に遭わせてしまったけど……その疲れが残った状態での藍華との邂逅だったわけで。

 

「一度作り方とか調べたら出来ちゃうんだもの。思わず料理人目指したらって言っちゃった」

「へぇ、それで?」

「料理を作る相手はあなたと妹たちだけだからそれは出来ないって」

「……そう」

「ふふ、今頬が緩んだわよ?」

 

 うるせえ、でも嬉しかったのは事実だ。

 

「ワンさんもあなたの喜んでくれる姿が何より嬉しいって言ってたし愛されてるのね~?」

「そうだなぁ。俺は幸せ者だよ本当に」

 

 口に出してみて改めてそう思える。

 心の底からの感謝を藍華も感じ取ったらしく、俺を見つめる彼女の目は優しかった。こんな風に藍華は他者を思いやって気遣える優しさを持った女の子だ。だから少し見た目は地味かもしれないけどモテる要素は多い……それでもこいつに彼氏が居ないのはまあ、色々と残念な所があるからなんだよなぁ。

 

「ねえ、失礼なこと考えてない?」

「分かったか?」

「……そこはさっきみたいに誤魔化しましょうよ」

 

 普段お前に揶揄われている仕返しだよ。

 そんな風に藍華と話をして時間を潰していると、校門の方で何やら賑やかな声が聞こえた。俺と藍華は揃ってそちらに視線を向ける。

 

「グレモリー先輩と姫島先輩か。相変わらず大人気ね」

「だな。ファンクラブもあるんだっけ?」

「確かね」

「ほ~ん」

 

 視線の先では二人の二大お姉さまが慕ってくる生徒たちに囲まれている。

 リアス・グレモリー先輩に姫島朱乃先輩……二人とも美人でスタイルが良い人気の先輩だ。おそらくこの学園に通っている人であの人たちを知らない奴はいないんじゃないかな。それくらいあの二人は人気者である。

 

(……悪魔ね)

 

 妹たちと過ごす中で、この世界には色んな神秘が溢れていることを知った。

 堕天使、悪魔、天使、他にも神やら何やらが生きている世界らしい。何時からこの世界はそんな人外魔境になったのか……というかそんな悪魔がこんな身近に潜んでいたのも結構な驚きだけど。

 

「どうしたの? ジッと見て」

「……いや」

 

 生徒たちの声に笑顔で答えているあの顔の裏にどんな姿を持っているのか、興味がないわけではないが自分から首を突っ込むつもりはない。別に我が身可愛さがないわけではないが、俺が望むのはあくまで戦いとかそう言ったモノに極力関わらずに妹たちと過ごす平和な世界だから。

 

「見惚れてるわけじゃないのね」

「確かにとんでもない美人だとは思うけどそこまで……かな」

 

 まあ、欲望に忠実な奴もいるようだけどさ。

 

「おい見ろよ元浜! 相変わらずエロい体してやがるぜ!」

「素晴らしいな。上から99、58、90! グレモリー先輩なんて戦闘力だ!!」

 

 ……お前ら、周りの女子の目がヤバいことになってんぞ。

 今グレモリー先輩たちを見て興奮してるこの男子は松田と元浜と言い、この学園では変態3人組と呼ばれているクラスメイトだ。

 

「相変わらずねあいつら、けれど元浜のあの能力は素晴らしいわ」

 

 キランと眼鏡が光った藍華である。

 なんでも聞くところによるとあの元浜は眼鏡を通して女子を見るとスリーサイズが分かるらしい。つまり今口にしたサイズはグレモリー先輩のスリーサイズになるわけだが……こいつらその発言が周りを敵に回すって理解してるのかな。

 

「まあスカウターの意味では私も負けてられないわ」

「張り合うんじゃねえよ」

 

 先ほど、藍華に残念な部分があると言ったがこいつも元浜と同じで眼鏡を通して男を見るとナニのサイズが分かるらしい。……この学園、このクラスは一体どうなってるんだ。

 

「安心しなさい。あなたはとても立派よ」

「うるせえってば!!」

 

 そうだよこれさえなければ藍華は良い奴なんだよ。

 ニヤニヤと眼鏡を通して見てくる藍華に耐えられなくなって視線を逸らすと、ある意味でこの学園において有名なやつが登校してきた。

 

「みんなおはよう!!」

 

 そう言って爽やかに挨拶をしてきたのは兵藤一誠だ。だが兵藤の挨拶に返事をする奴は居ない、その理由は単純明快でさっき言った変態3人組の最後の一人がこいつだからだ。松田と元浜だけでなく男子と話をする姿はそこそこ見るが、女子と話をする姿は本当に見ない。ついこの間も剣道部の着替えを覗いたとかあったしよくこいつら無事だよな。

 けど、なんか兵藤のテンションがいつもより高いな。何かあったのか?

 藍華も気になるのか俺と一緒に兵藤に視線を向ける。兵藤は松田と元浜に近づき、心底嬉しそうに口を開いた。

 

「実は俺、彼女が出来たんだよ!!」

 

 その発言に男女問わず驚愕の視線が向けられた。

 

「……嘘でしょ」

 

 藍華すらも思わず眼鏡がズレる衝撃である。その彼女発言はただの虚言であると思われたが、どうやらその彼女とツーショットの写真があったらしく、兵藤に嬉しそうに抱き着く女の子の写真を見て松田と元浜が血涙を流していた。

 

「時におかしなこともあるものね」

「まあな。ただ兵藤は見た目イケメンだし変態な部分直せばモテそうなんだけど」

「ねえ六花。死んでも治らないって言葉知ってる?」

「……辛辣っすね」

 

 そんなこんなでいつものように始まった学園での日常だが、特に何事もなく時間が過ぎて行った。

 休憩時間に職員室に用があったその帰り、目の前から歩いてくるのはグレモリー先輩と姫島先輩だ。二人は仲良さそうに喋りながら歩いている。周りの生徒が道を開けているその様はまるでモーセの奇跡のよう、ある意味でこれもこの学園の名物みたいなものか。

 

「祐斗の怪我が大したことなくて良かったわ」

「そうですわね。しかしあれは一体何だったのでしょうか」

 

 ちょうど横を通り過ぎる時の会話だ。

 俺にとってその会話が意味するモノは分からなかったが、俺は思わず問いかけてしまった。グレモリー先輩にではなく姫島先輩に対して。

 

「ファイブ?」

「……はい?」

 

 目をパチクリとさせて俺を見つめる姫島先輩……しくじった。どうして姫島先輩に問いかけたのか分からないが、まるでそこにファイブが居るような錯覚を感じてしまった。そんなはずないのに……昨日スリイとすることして寝たから疲れが溜まっていたのかもしれない。

 

「すみません。姫島先輩の声が知り合いに似ていたものでつい」

「あら、そうでしたか。何か粗相をしてしまったのではと思ってしまいましたわ」

「申し訳ありませんでした。以後気を付けます」

「ふふ、お気になさらないでください。それにしても、間違えてしまうくらい声が似ていると言うのは珍しいですわね?」

「あはは、そうですね。本当にそっくりでした」

 

 良かった、姫島先輩がこうして笑ってくれる人で。

 

「すみません引き留めてしまって。それじゃあ俺はこれで」

「はい。また機会があればお話ししましょう。リアス? 行きましょうか」

 

 去って行く二人の背中を見送って俺も教室へと戻るのだが、その最中で学園一のモテ男とも言われている木場祐斗を見たのだが……。

 

「木場君大丈夫?」

「喧嘩でもしたの?」

「大丈夫だよ。昨日ちょっとあってね」

 

 女子に囲まれているのはいつも通り、だが顔に絆創膏を貼っていた。珍しいなモテ男、あいつが喧嘩とかするような奴じゃないのは知っている。だから何かあったのだろうけど、木場とは合同授業の時に話をする程度だからわざわざ聞きに行く必要もないか。

 

「……帰り、何か買って帰るか」

 

 学校だと言うのにファイブのことを思い浮かべたからか、何か妹たちの喜びそうなものを買って帰りたい気分になった。昨日はスリイがアイスを買ってくれたし、俺は近所で美味しいと評判のイチゴ大福を人数分買うことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ、何で私が付いてこないといけないの?」

「ええ? スリイちゃんずっと家に籠りっきりだと不健康だよ」

「ちゃんと出歩いてるからいい」

「夜でしょ? ちゃんと太陽の光を浴びないと!」

 

 トウの言葉にスリイは心底めんどくさそうな表情だ。スリイはある意味でヒキニート一歩手前、基本何か実験かパソコンで遊ぶのが日常であり、日中はほぼ外に出ることはない。六花とのデートは例外だがそれだけだ。

 

「家も家で騒がしいでしょ?」

「……確かに」

 

 スリイは頷いた。

 今朝、フォウとファイブが大きな喧嘩をしてそれをワンが止めたのだが……いまだに少しバチバチした空気を出している。主にファイブが煽ってフォウが噛みついているだけなのだが、その煽るモノがフォウの一番気にしている小さな胸だから仕方ない。フォウにとって胸のことで揶揄われるのは宣戦布告に近く、しかも相手が姉妹一の巨乳を持った末っ子ともなれば最早開戦待ったなしなのだ。

 

「胸くらい気にしなくてもいいのに」

「スリイちゃんそれフォウちゃんの前で絶対に言っちゃダメだよ?」

 

 いつか言いそうだなと、トウは気怠そうに頷くスリイを見て思った。

 そのまま気ままに散歩をする二人が訪れたのは毎度おなじみの公園である。二人の目の前で小さな子供が遊んでいた。

 

「子供って可愛いよね。そうは思わない?」

「……別に」

 

トウの言葉に興味なさげに呟いたスリイはそのままベンチに座った。もう動く気がなさそうな様子にトウが苦笑していると、あっと子供の声が響いた。

 

「……あ」

 

 トウが視線を向けると、子供が持っていた風船が手から離れてしまい木に引っ掛かっていた。空に飛んでしまわなかっただけマシだが、どうあっても子供だけでは取ることが出来ない高さである。風船を見つめる子どもの目は段々潤んでいき、このままだと泣いてしまうのは必然だった。

 目の前で小さな子供が泣きそうになっている、それをトウは見逃すことができない。

 

「お姉ちゃんに任せて」

「ふぇ?」

 

 子供にそう言ってトウはジャンプをした。

 普通の人間ではないトウだからこそ実現できる常識外れのジャンプ、木に引っ掛かっていた風船を器用に外して子供に差し出した。

 

「……凄い。お姉ちゃん凄い!!」

「えへへ、どういたしまして」

 

 笑顔で受け取った子供にトウも満面の笑みを浮かべた。

 子供はトウに大きく手を振って走っていく。行き先はどうやらアイスクリームの移動販売をしている車だ。店員と一緒にお金の計算をしているその姿は微笑ましく、思わずちゃんと買い物が出来るようにと祈ってしまうほど。

 

「トウ姉さんは子供が好きだよね。どうして?」

「……そう言われると困るけど、どうしてだろう」

 

 自分でも良く分からない、小さな子供を見ると何故か守ってあげなくちゃという気持ちになる。時々、子供の集団を見ると自分の中の何かが悲鳴を上げる幻聴を聞くこともあるが、それでもトウにとって小さな子供は守らなくてはならない大切な存在だという認識がある。

 

「スリイちゃんだって兄ちゃんの子供を産んだりしたら分かんないよ?」

「……なるほど。想像出来ないけど……それは幸せな光景かもしれない」

「うんうん! 好きな人の子供を産むって本当に幸せだと思うよ!」

 

 いつかそんな日が来てほしい、トウはそれを願い続けている。

 

「……あ」

 

 そんな幸せな妄想を頭の中で繰り広げていた時、スリイが小さく声を上げた。一体どうしたのかとスリイが見つめる先にトウも目を向けると、そこに居たのはさっきの子供とガラの悪い男。子供の持っていたアイスクリームが地面に落ちて、男のスーツにベッタリとアイスが付いていた。

 おそらく余所見でもしていたのだろうか、それでぶつかってしまったのかもしれない。

 

 子供が謝る、だが男は怒りに身を任せて子供を強く蹴り飛ばした。子供の持っていた風船は再び手から離れそのまま空へと消えて行く。子供はお腹を抑えながら咳をしてとても苦しそうだ。だが男は更に子供の頭に足を乗せて地面に押さえ付けた。

 

「……………」

 

 一連の光景を見てもスリイの心に響くモノはなかった。

 だが、スリイはそこで横を見る。

 

「……………」

 

 無言で立ち上がったトウは幽鬼のようにその場へと向かっていった。スリイはこれから起こる惨状を思い浮かべ……特に何もしなかった。

 やはり興味がない、だからこそ動くつもりもなければそれに割く気遣いもない。

 

「……太陽の光が暑いなぁ」

 

 空を見上げてのんびりとそう呟くのだった。




ちょくちょくトラウマを刺激するスタイル

流石にあんな胸糞な描写はしないですけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 放課後、藍華を含めたクラスメイトに挨拶をして教室を出た。兵藤たちは終礼が終わってすぐに覗きに行くぞと声高に叫んで走り去っていってしまった。兵藤……お前彼女出来たんだからそういうのやめた方がいいと思うぞ本当に。

 いずれ本当に学校から居なくなってしまうのではと思う中、下駄箱で靴を履き替え歩いていると何やら校門が騒がしい。

 

「……なあ、あの子めっちゃ可愛くね?」

「胸でけえなぁ……おい声掛けてみろよ」

 

 なんだ、誰か他所の学校の女の子が彼氏を待ってたりするのかな。そんなことを考えていると少し気になるのは確かで、俺も他の野次馬のように一体どんな子が居るのか視線を向ける。そして固まった。

 

「……………」

 

 長い金髪、男好きするグラマラスなスタイル、幼くも見えるが立派な大人にも見えるアンバランスな美貌……ファイブやんけ。

 思わず足を止めた俺の視線の先で一人の男子がファイブに声を掛けるも、ファイブは特に相手をすることはなく男子が肩を落としていた。物珍しそうに見る者、遠目に眺めてくる者、話しかけてくるその悉くに興味の無さそうなファイブの視線が俺を捉えた。

 

「……あ!」

 

 パッと無表情から一転して笑顔に変わったファイブ、そんな彼女のリアクションを見て俺に視線が集まるのは必然だった。

 

「お兄様~!!」

 

 パタパタと駆け寄ってきてそのまま抱き着いて来た。

 ふわっと広がる花の香り、押し付けられる胸の感触と非常にドキドキする場面ではあるのだが如何せん場所が悪かった。せめて校門の向こう側ならまだ良かったのだが、まだ一応学園の敷地内なんだよな。つまりはそういうことだ。

 

「あ~……ファイブ、ここ学園なんだが」

「? そうですわ。お兄様の通う学園ですよ?」

「……そうなんだけどさ」

「変なお兄様。ささ、帰りましょ?」

 

 そう言って自然に俺の腕を抱きしめてきた。そうだった……ファイブは少し天然が入ってたな。ファイブに腕を引かれるように俺は半ば諦めた気持ちで多くの視線の中を彼女と歩いていた。学園から離れても下校する生徒は多く俺とファイブに視線が注がれた。

 

「お兄様どこか寄られたりしますか?」

「あぁ、イチゴ大福をみんなの分買おうかなって」

「まあ! あの美味しいお店のですか? 嬉しいです!」

 

 そう、俺が買おうとしているお店のイチゴ大福はかなり評判が良い。今のファイブの反応からもそうだが妹たちの間でも絶賛されているのだ。相変わらずファイブに腕を抱かれるように街中を歩いていく。それにしても……本当にファイブに視線が集まるなと感じていた。

 二度目になるがその美貌もそうだけど、やはり一番はその大きな胸が原因かもしれない。自身のスタイルの良さを自覚している服装で、胸の谷間が強調されているため男の視線を集めている。胸の大きさを誇りに思っているファイブにとって集まる視線は何のその、もっと見ろと言っているわけではないが集まる視線なんて石ころ程度にしか思っていないんだろう。

 

「いらっしゃいませ~」

 

 イチゴ大福を売っている昔ながらの店に着いた。

 

「イチゴ大福を7つお願いします」

「畏まりました」

 

 後ろに引っ込んでいった店員がすぐに戻ってきた。

 

「お客様、今ちょうどサービスしてまして5つ以上お買い上げになると1つオマケになるんですが」

「……あぁ」

 

 なるほど、それは素晴らしいオマケだ。なので6つ買うことにして1つをオマケとしてもらうことにした。

 

「別にそのまま8つでも良かったけど仕方ない。戦争が起きるからな」

「……そうですわね。前に一回ありましたもの」

 

 隣でぐへぇと端正な顔立ちを歪ませてファイブが呟いた。前に一回と言っても結構昔のことになるわけだが、1つ多く買った時最後の1つを巡って戦いが起きた。俺とワンは参加しなかったが、残りの妹たちで争奪戦。普通の女の子なら髪の引っ張り合いとかで終わるのかもしれないが……うん、思い出すと胃が痛くなるからやめておこう。

 

「お姉さまたちは卑怯ですわ。トウお姉さまとわたくしは空を飛べないから圧倒的不利でしたし……」

 

 喧嘩、戦争、何があったかはご想像にお任せすることにしよう。

 

「フォウとは仲直りしたか?」

「……えっと~」

 

 この様子だと喧嘩したままか。

 まあ別に根本的な部分で姉妹仲が悪いわけではないのですぐにいつも通りに戻るわけだけど、何度も言うが一度喧嘩が始まると規模が違い過ぎて大惨事になるんだよこれが。

 

「ありがとうございました~!」

 

 買い物袋を手に店を出た。

 よし、これで用はなくなったし帰ることにしよう。そう思ったがファイブが寄りたいところがあると言ったので付いていく。辿り着いた場所は花屋だった。

 

「お兄様、ここを覚えていますか?」

「覚えてるよ」

 

 ファイブが懐かしむように店を眺めて俺にそう聞いてきた。この花屋はずっと昔、ファイブと初めてデートをした帰りに寄った花屋だった。当時は妹の中でもトウとフォウ、ファイブに関しては自身のコンプレックスというか欠点というか、その部分を気にしすぎる余り少し大変な時期があったのだ。

 

「あの時は悩んでいたのが馬鹿みたいでした。お兄様を想う気持ちは本物で、消えてなくなることなんてないと分かっていたのに」

 

 ファイブは気に入ったモノはどうしても手に入れたいという欲求があるのだが、それを手にした瞬間に飽きてしまうという悪癖を持っていた。

 

『お兄様は好きです、大好きです! でもこんなにも好きなのに、もしお兄様と想いを交わすことが出来たその瞬間この想いが消え去ってしまうと考えたら怖いんです!!』

 

 モノを集めるのと想いを抱くのは違うだろう、けれどずっとファイブはそれを気にしていた。俺を好きだと、愛しているという気持ちが消えてしまい興味がなくなってしまう。それは自分自身ではない、それは自分では断じてないと涙を流していた。

 

「あの時は本当に困ったぞ。そんな自分は殺してくれってゼロに言うくらいなんだから」

「……結局心配なんて必要のないモノでしたけどね」

 

 ファイブの言う通り、デートの後に本当の意味でファイブと関係を持っても変化はなかった。それどころか、更に想いが強くなったのか逆に遠慮がなくなったくらいだけど。

 けれど何度思い返してもあの時は心臓に悪かった。俺を好きではない自分は必要ない、だから殺してくれとゼロに懇願し、あのゼロが珍しく狼狽したくらいなのだから。もちろん馬鹿なことは言うなと俺を含め他の姉妹たちも羽交い絞めにする勢いで止めたけどさ。

 

「もうあんなことは言わないでくれよ。絶対に」

「言いませんわ。自分だけ消えてなくなればいい、そんな考えは自己完結していていいのかもしれません。ですが残されるかもしれない人の気持ちというものを思い知ってしまいましたから」

 

 そうだな、けどそれを分かってくれたのならもう心配はないと思う。今傍で笑顔を浮かべているファイブを見て俺はそう思った。

 

「さあお兄様、思い出巡りもこの辺にして帰りましょうか」

「そうだな」

 

 再び大事そうに腕を抱き抱えるファイブと共に俺は改めて帰路に就くのだった。

 帰宅して玄関を開けた時、パタパタと駆けてきたのはフォウだ。

 

「おかえりなさい兄様――」

 

 笑顔で俺にそう言った矢先、ファイブを見て眉を吊り上げる。流石に俺が傍に居るところで喧嘩はしないだろうが……ファイブが一歩前に出て口を開いた。

 

「フォウお姉さま、朝は申し訳ありませんでした」

 

 そう頭を下げ謝罪をする。フォウは目を点にして驚き、先ほどまで抱いていた怒りをどこに吐き出そうか迷うようにオロオロとしているが、少しして落ち着いたのかファイブを見つめて言葉を返した。

 

「……ふん、もういいわよ。姉である以上妹を許すことも大切なことだしね」

 

 腰に手を当てて余所見をしながらの言葉だが、ファイブに対する雰囲気が柔らかくなったのを感じる。俺はそんなフォウの様子に苦笑し、よく許したなという意味を込めて頭を撫でた。

 

「あ……えへへ」

 

 フォウは照れくさそうに、けれども甘えるようにはにかんだ。そんなフォウを見て、あらあらと口元に手を当てながらファイブが口を開いた……この瞬間、俺は限りなく嫌な予感がするのだった。

 

「フォウお姉さま、女性の価値は胸で決まるわけではありませんわ。これ以降フォウお姉さまの胸は一切の成長を見せないとは思いますが、気を落とす必要はないのです」

「うん……うん?」

「大丈夫ですわ。胸が大きくならなくてもわたくしが慰めて差し上げます。ささ、フォウお姉さま。思う存分わたくしの胸に飛び込んでください」

 

 両手を広げてフォウを迎え入れようとするファイブ。フォウは最初固まっていたが、徐々に目に涙が溜まって行って……あぁこれはもう駄目だ。

 

「そ、そうよ……女の価値は胸じゃない……胸じゃないもん! 胸じゃ……ないんだからぁ!!」

 

 ファイブさん……あなたの思いやりはどうやらトドメを刺したようだぞ。結局その後フォウは泣き止むまで俺に抱き着いて離れなかった。ファイブの言葉に心をズタズタにされたフォウだったが、暫くの間俺に甘えたおかげで気を持ち直したらしい。

 

「兄様、やっぱりファイブは敵よ」

「……そうか」

 

 フォウの親の仇を見るようなその目に俺はただそう返すしかなかった。離れないフォウを連れてリビングに行くと珍しくトウがソファで横になって寝ており、スリイがノートパソコンを膝の上に載せてゲームをしていた。

 

「あ、おかえり兄さん」

「ただいま」

 

 フォウに大福を冷蔵庫に入れておいてくれと言づけ、眠っているトウに視線を向けた。いつもは部屋で寝るはずなのにどうしたのだろう、その疑問に答えてくれたのはスリイだった。

 

「気にすることはないよ。ちょっと疲れただけらしいから」

「そっか」

「うん」

 

 そう言うとスリイはパソコンを持ってそのまま俺の隣へ。肩を引っ付けるように傍に座り、再びパソコンでゲームを再開した。手元が忙しなく動いていてカチャカチャとキーボードを叩く音が響く。

 

「こっち側も~らい!」

 

 とスリイと反対方向に戻ってきたフォウが腰を下ろした。

 

「スリイ姉さま、ゲームのやりすぎで目を悪くしない?」

「しない。私たちの体はゲームをやった程度でどうかなるほど軟じゃない」

 

 そりゃそうだ、スリイの力強い一言に思わず吹き出してしまった。フォウの言葉に答えたスリイが手元をクイっと動かすと一体の関節人形が現れた。人形は俺に一度頭を下げ、キッチンからコップを出してジュースを注ぎ始め、ストローを刺して戻ってきた。

 

「……あむ」

 

 人形が差し出すように口元に来たストローをスリイが口に含んで飲み始める。

 

「なんて勿体ない使い魔の使い方……」

「結構器用に動くんだな」

 

 絶句するフォウとは反対に俺はその尖った腕で良く今の一連の動きが出来るなと感心していた。スリイがジュースを飲み終えると人形は役目を終えたがその場に留まっている。見た目は俺の鞄に付いている人形と同じで不気味だが、こうしてスリイに仕えているのを見ると少し可愛いと……思えないな。

 

「よいしょっと」

 

 人形を抱えて膝の上に持ってくると結構軽い、紫の目がゴリゴリ動いて気持ち悪いが試しに頭を撫でてみる。……ツルツルだ。感覚的にはボーリング球を触っているような感じである。

 

「名前なんだっけ」

「アルミサエル」

「ほ~ん」

 

 アルミサエルと言う名の関節人形に俺はこんなことを聞いてみた。

 

「スリイの世話は大変だろう?」

「(コクンコクン)」

「あぁ?」

「(ブンブンブンブン!!)」

 

 スリイのドスの利いた声に涙目になったようにも見えた。何だろう、こうしてジッと見ていると仕草も相まって可愛く見え……ないなやっぱり。

 

「……え? う~ん」

 

 何かを考え込んだフォウ、暫くして俺にこんな質問をしてきた。

 

「ねえ兄様、ゾフィエルも兄様に撫でてもらいたいって」

「……うん?」

 

 ゾフィエルってドラゴンじゃ……。ビックリするほどに大きなドラゴンだし無理でしょ。そう思っていたのだがどうやら小型化できるらしい。良くも分からないままに頷くと空間が歪んで小さな一匹のドラゴンが現れた。

 

「おぉ……」

 

 そのドラゴンはアルミサエルを尻尾で弾き飛ばして俺の膝の上に座る。吹き飛んだアルミサエルだったが気にするなと親指を立てていた……何だアイツかっこいいじゃねえか。

 

「ふわぁよく寝た」

 

 そこで新たにリビングに現れたのはゼロだ。寝起きなのか髪の毛がボサボサだけど、それよりもなんつう恰好をしてるんだお前は……。

 

「あぁ帰ってたのか。お帰り六花」

「ただいま……ゼロ、なんだその恰好」

「? 何か変かな?」

 

 上にシャツしか着てないじゃん、しかもそれたぶん俺のだよね。下は何も穿いてないから下着丸見えだし、明らかに女性として色々捨ててしまっているような姿だ。

 

「ゼロ姉様その恰好は流石に……」

「今更だろそんなものは。私に女子力なんか期待するな」

 

 女子力以前の問題じゃないのか。

 ゼロは特に俺たちの視線を気にせずに見た目を正すこともなくソファに座って胡坐を掻く。パンツは丸見えだし胸も見えそうだし……これワンが居たらまた雷が落ちるぞたぶん。

 

「……………」

 

 でも、それでも決してその美貌を損なわないんだから凄いと思う。姉妹みんなに共通することではあるが人並み外れた美貌は年を跨ぐごとに美しく洗練されていく。街に出た時に傍に俺が居てもナンパをしょっちゅうされるのも頷ける。

 

「全く……ん?」

 

 ゼロに対して人知れず溜息を吐いたその時、俺はトウの体が震えていることに気づいた。

 

「トウ?」

 

 俺が問いかけたのを切っ掛けにみんながトウに視線を向ける。一体どうしたのか、近づいた時トウの頬を涙が流れるのを見た。俺は思わずトウに近づき、肩を叩いて声を掛ける。

 

「おい! トウどうした!」

 

 肩を揺らすとトウはゆっくりと目覚め、俺を見つめて抱き着いて来た。

 

「兄ちゃん……兄ちゃん兄ちゃん!!」

 

 幼い子供が泣くようにトウは俺を抱きしめて離さない。胸の中で泣き続けるトウに困惑するが、傍に来たゼロに視線を向けても首を振るだけだ。俺はトウが落ち着くまで背中を撫でていた。

 そして――。

 

「えへへ、ごめんね兄ちゃん。なんか怖い夢見てたみたい」

「夢を?」

「うん。詳しく覚えてないけど……凄く気持ち悪くて、怖くて、でも兄ちゃんの声が聞こえて目が覚めたんだ。また兄ちゃんに助けられたね」

 

 いつにない弱々しい姿にたまらず俺は再び抱きしめた。

 

「心配したんだぞいきなりだったから」

「ごめんね。ねえ兄ちゃん」

「うん?」

「もう少しこうしてていい?」

 

 その問いかけに俺はもちろん頷くのだった。

 暫く震えはあったが後に治まりいつものトウが戻ってきた。元気いっぱいで天真爛漫なその姿に俺を含め姉妹のみんなも安心した。

 

「……………」

 

 ただ一人、ゼロだけは難しそうな顔をしていたけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い世界だった。

 トウは一人その世界を歩く……そして、目の前に現れたのは異形だった。白い色をした巨大な姿、どこか人のようにも見えるが、確かに言えることは目の前の存在は化け物だということ。

 

「……っ!!」

 

 ここは一体何なのか、理解できない光景を前にトウは剣を構える。しかし、その剣を構えた時トウは己の体が震えていることに気づいた。

 

「……どうして……なんで震えてるの? なんで……なんでなんでなんで!!」

 

 分からない気持ちに恐れが勝る。

 目の前の存在を見た時、心がすり減る錯覚を覚える。ダメだ、この場に居てはダメだと心が叫ぶ。それでもトウの足は動いてくれない。

 

『ママ……ママ……だっこ……だっこ……だっこ……』

 

 その声を聞いて涙が溢れる、何なんだ……この気持ちは一体何なんだと声を荒げても答えてくれる存在はどこにも居ない。

 

「助けて……助けてよ兄ちゃん!! たすけてえええええええええええっ!!」

 

 

 枯れそうになるまで叫ぶ、叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで……。

 

『あそ……ぼ……おねえ……ちゃ……お歌……きかせ……て……』

「いやあああああああああああああああああああああっっ!!!!!」

 

 暗闇の中で心は壊れそうになる。

 でもそんな時だった……声が聞こえたのは。

 

『おい! トウどうした!』

「あ……」

 

 暗闇の世界に光が差す。

 そう言えばと、トウは思い出した。かつて自身の筋力の異様な発達に恐れ兄に触れられなかった時、手を握って掛けてくれた言葉を。

 

『ほら、大丈夫だろ? だから抱えなくていい、泣きたくなったら呼んでくれ。いつでもどこでも出来る限り駆け付けるから。兄貴は妹を守るもんだ……まあいつも助けられる側ではあるけどな』

「にい……ちゃん……!」

 

 目が覚める……そこでトウの悪夢は終わりを告げた。

 

「兄ちゃん……兄ちゃん兄ちゃん!!」

 

 目が覚めた時、トウは何か怖い夢を見ていたのだとして詳しい内容は覚えてなかった。けれどそれで良かった。傍に大好きな兄が居てくれる、それだけで心を覆っていた何かが消えていったから。

 

「……うん、もう大丈夫」

 

 不思議と心は晴れやかだった。

 六花だけでなく、ワンたちにも異様に心配されてしまったが、それも確かな姉妹仲を感じられてトウは嬉しかった。

 漠然としている怖い夢、それが何を意味したのかは分からない。それでも、もう大丈夫だと断言できる。自分は一人じゃない、温かくて大好きな家族が傍に居るから……もう大丈夫だ。

 




最後の場面はyoutubeでも見ることが出来るんですが、この時のトウの慟哭が本当に聞いていて辛い。声優さんの演技も凄いし……うん、何と言うか本当にやるせない終わり方です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 基本的に俺の休日の過ごし方としては家に居ることが多い。友達と遊びに出かけることもあるがその頻度はそこまで多くはなく、ほとんどを妹の相手をすることに費やしている。本当に時々のことになるが、この間のトウみたいに不安定になることもあるため、出来る限り傍に居たいと思っているのだ。

 

「さあフォウちゃんやるよ!」

「分かったわ。……今日は失敗しない!」

 

 台所でトウとフォウがクッキー作りにチャレンジ中だ。ワンに次いで料理の出来るトウはこうしてお菓子作りなどをすることが多く、フォウもトウに教えてもらうことがあるためこのような光景も珍しくない。外に視線を向ければ花壇に水やりをしているファイブも見えた。

 

「ゼロとスリイは相変わらずおねんねか」

 

 基本惰眠を貪るのが日常と化している二人だからなぁ……また夕方くらいに目を覚ますのだろう。リビングでのんびりとファイブの鼻歌、後ろではお菓子作りをしている賑やかなやり取りをBGMにしつつ時間を潰しているとワンが声を掛けてきた。

 

「兄様、もしよろしければなんですが……」

 

 おずおずと声を掛けてきたワンは買い物袋を持っている。それを見て俺はワンが何かを言う間もなく頷いて立ち上がるのだった。

 

「よし、買い物行くか」

「あ……はい!」

 

 ゼロに次ぐ姉としてあまり我儘は言わず、休日くらいは休んでほしいと言う気持ちがあるのかお出かけの誘いも我慢していることを知っている。だからこそ、少しでもワンがこんな仕草を見せたら俺から誘うことを心掛けているのだ。

 

「じゃあワンと買い物行ってくる」

「は~いいってらっしゃい!」

「いってらっしゃい兄様に姉様!」

「あぁ、行ってくるよ」

 

 ワンと一緒に外に出るとそこそこ温かな日差しに目を細める。大体ここでトウであったりファイブならすぐに腕を抱いてくるんだろうけど、ワンはそんなことはしない。まあ、その視線は俺の手元を見ているけど。

 

「手繋ごうか」

 

 驚くように目を見張るも、ワンは照れくさそうにしながらもしっかりと手を繋いできた。

 

「兄様はよく気づいてくれますね。私の気持ちに」

「いや意外と分かりやすいと思うけど」

「え? そうですか?」

 

 ワンはどちらかと言えば顔に出るタイプだと思ってる。本人からしたら無意識なんだろうけど、さっきの俺の手を見つめているとことか凄く分かりやすかったし。

 

「……そうですか」

「それに」

「??」

「こうして俺から言わないとワンはあまり甘えてくれないし」

 

 そう言って笑いかけると顔を伏せてしまった。しかし繋がれていた手の力は更に強くなった。そのままワンと手を繋いで街へと向かい、切れかけていた日用品などを買って商店街へ。

 俺もこうしてワンと買い物に来ることが少なくないせいか、普段買い物する時に知り合ってであろうワンの知り合いとも顔馴染みになっている。

 

「おや、いらっしゃいワンちゃん。今日はいいお肉が入ってるよ」

「本当ですか? 是非見せてください」

「お~いワンちゃん。こっちにも新鮮な魚が入っとるけみてみぃ!」

「凄いピチピチですね。でも……どうしましょうか」

「ワンちゃん美人じゃけんオマケしたらい。安くするで?」

 

 こうして見てみると、小柄な女の子が商店街の人に気に入られている光景でとても微笑ましい。ワンもそうだが他のみんなも超常的な力を保有し、尚且つ使い魔のような存在も使役している。だからこそ彼女たちは1人であってもこの街程度なら壊すことくらい容易だろう。そんな強すぎる力を持った女の子が、こうして多くの人に慕われているのは俺としても自分のことのように嬉しく感じる。

 次はこれを買え、その次はこっちをと普通に買うより大分安く買えたせいか結構な量だ。ワンも途中からは流石に商店街の人たちの太っ腹な対応に困っていたが、そんな困惑を押し切るほどの心遣いに結局根負けしていた。

 

「毎回こうなんですよね。心遣いは有難いですけど、どこか悪い気にもなってしまって」

「……まあ確かにそれは思ったけど、断るに断れないなあれくらい慕われたら」

「そうですね。本当にみなさん良い方々です」

 

 さて、後は帰るだけだが今日は珍しくもう少し2人で居たいとワンが言ってきた。俺はそれを断るつもりはなく了承した。

 

「じゃあ毎度おなじみの公園に行きますか」

「あそこですね。分かりました」

 

 いつもいつもあの公園が出てくるけど、帰り道だから丁度いいんだ。そんな中、俺はワンと歩く途中で見覚えのある男子を見つけた。

 

「……兵藤?」

 

 そう、視線の先に居たのは兵藤だった。彼は黒髪の女の子と腕を組んで歩いていた。恥ずかしいのかガチガチの兵藤と違い、女の子は押せ押せな勢いで兵藤に視線を向けている。なんだ、本当に付き合ってたのか。

 

「兄様?」

「おう悪い。今行く」

 

 ま、あんな奴でもクラスメイトだからな。色々と問題を抱えている男ではあるけど、そんなあいつを好きになった子が居るなら大切にしてほしいと思ってる。とはいっても、あの女の子が兵藤の本性というか変態な部分を知っているかどうかは分からないけど。

 

「ふぅ。疲れましたね」

「そうだな。よっこらせっと」

 

 休日にしては人が居ないけどこう静かなのも悪くない。

 ワンとのんびりしていると、ふとワンが黙り込んだ。そして辺りを見回して何かをした。

 

「人払いの魔法のようなものです。これでここ一帯には人は来ません」

「ほ~」

 

 特に変化がないようにも見えるけど……まあ俺に分からないのは当然か。

 

「少し外の空気を吸わせるのも悪くはないなと思いまして。おいで、ガブリエラ」

 

 ワンが手を翳すと魔法陣が現れ、そこから現れたのは黒い影。その影は徐々に形を成し、そしてその姿を目の前に見せた。

 

「……ドラゴンにしては小型? でも迫力あるよなやっぱり」

 

 スリイやフォウのドラゴンと比べると小さいものの、その身に秘める力は圧倒的なモノだと知っている。それこそ俺のようなただの人間は一瞬で殺されてしまうくらいだ。

 黒のドラゴン、ガブリエラの瞳が俺を捉える。

 初めて見た時は怖くて震えたけど、ちゃんと意思疎通が出来るのを知ってからは怖くなくなったんだよな。厳ついドラゴンの顔、だが……ある意味で聞こえてくるその声にも俺は恐れを抱けなくなったわけなんだが。

 

『久しぶりじゃない六花。元気そうで嬉しい限りだわ』

 

 ……そうなのだ。

 このドラゴン、野太い声のオカマ口調なのである。いやぁ初めて聞いた時は思わず聞き返したよね。誰もドラゴンが言葉を話すとは言えオカマ口調とは思わんだろうに。

 

「久しぶりだな。相変わらずそうで安心したよ」

『相変わらずって何よ。アンタがアタシをどんな目で見てるか気になるわね?』

「カッコいいドラゴンって思ってるけど?」

『カッコいいじゃなくて美しいと言いなさい。そっちの方が嬉しいわ』

 

 そう言ってフンと顔を背けたガブリエラに思わず苦笑してしまう。

 

「兄様、少しお手洗いに行ってきます。ガブリエラ、万が一はないだろうけど兄様を守っていてくれ」

「おう、いってらっしゃい」

『この結界をすり抜けるほどの手練れが居るかしら。まあ安心していってらっしゃいな』

 

 近くのトイレに向かうワンの背中を見送り、俺はその場に寝転がった。

 

「あぁ~。偶にはこうやって日向ぼっこするのも悪くないな」

『アンタそれ背中汚れるわよ? ちょっと起き上がりなさい』

「? 分かった」

 

 ガブリエラにそう言われ起き上がった。ガブリエラは体勢を低くするようにその場に座り込み、視線を俺に向けて口を開く。

 

『背もたれになってあげるから感謝しなさい。汚れるよりはいいでしょう?』

「……そっか。ありがとう」

 

 なら近くのベンチに座ろう、っていうのは野暮な言葉か。

 ガブリエラの体を背中にして座る。ひんやりとした竜の鱗の感触を感じて程よい気持ちよさだ。

 

「それにしても何度見ても驚きだよな。こうしてドラゴンと話が出来るなんて」

『何よ。ミハイルとも話は出来るでしょう?』

「それはそうだけどさ。ミハイルの場合はなんと言うか……大変なんだよ」

『そうね。あの子はとにかく甘えるばかりだしアタシのように理知的でもないもの。クソガキよクソガキ』

「そこまでは思わないけどさ。でもあれはあれで子供っぽくて可愛いじゃん」

『どこがよ。喋ったらキンキンする声でうるさいったらないわ』

 

 歯に衣着せぬ物言いだがこれがガブリエラだからなぁ。けど意外と俺を含め妹たちのことを見てくれるドラゴンでもあって、とても優しい性分というのは分かるんだ。頑なに認めようとはしないけどね。

 

『アタシとしてはアンタの心配をしてるけどねぇ。あの小娘たちの相手は大変でしょうに』

「もう慣れたよ。それに昔と違って本当の意味で愛してる。だから問題はないかな」

『そう……それならいいわ。食って寝てヤることしか考えてない女が多いもの。アタシはいつアンタが音を上げるか心配していたんだから』

 

 食って寝てヤるしか考えてないはひどいな……でも、案外分からないでもないのが微妙なところだ。視線の先でワンがこちらに戻ってくるのが見えた。蹲るガブリエラを背もたれにしている俺を見てワンは少し驚いたがすぐに微笑んだ。

 

『いい笑顔をするじゃない小娘が。あれもあなたのおかげなのかしら?』

「俺だけじゃないよ。俺たち家族はみんなで支え合っているようなものだから」

『……そう。何よ。アンタもいい顔で笑うじゃない』

 

 そうか、それは嬉しい限りだよ。

 

「……なあガブリエラ」

『う~ん?』

「最近思うんだよ。もしみんなと会ってなかったらどうだったのかなって」

『……ふ~ん』

 

 たぶん傍に妹たちが居ないだけで普通の人と変わりはしなかっただろう。でも、こんな幸せな日々を過ごしてしまっては到底手放したくないと思ってしまう。まあ、そんなもしもを考えても仕方ないことだがふとした時に考えてしまうのだ。

 

「あの花は奇跡を起こしてくれた。当時は大変だったけど、今は本当に感謝してる。俺と妹たちを会わせてくれた奇跡にさ」

 

 ずっと枯れないままのあの花、あの花は本当に俺に奇跡を――。

 そこまで考えた時、ガブリエラが俺の思考を切るように話しかけて来た。

 

『ねえ六花。アンタは今小娘たちと会えたことを奇跡奇跡って言ってるけどそれは違うわよ?』

「え?」

『奇跡なんかじゃない、会うべくして会った。必然よ必然』

 

 それはどういうこと、そんな俺の疑問にガブリエラは答えてくれた。

 

『奇跡というのはね、“起こらないからこそ奇跡”と呼ぶの。だからアンタと小娘たちが出会ったのは奇跡なんかじゃなくて必然なのよ』

「……そいつは」

『そもそもそんなに大切に思うのなら、小娘たちとの出会いを奇跡なんていう抽象的な言葉で片付けるのはやめなさい。いいこと? アンタと小娘たちが出会ったのは奇跡じゃない、ひ・つ・ぜ・ん・な・の!』

「お、おう……」

 

 まるで言い聞かせるように顔を近づけて言わないでほしい、ないとは思うけど食われるかもしれないと思って怖くなるから。

 

「ただいま戻りました兄様。ガブリエラもすまないな」

「おかえり」

『たっぷり出してきたかしら?』

 

 言い方よ言い方。

 とりあえずそろそろ帰ろうという話になり、ガブリエラは再び消えることになる。純粋な疑問だけどどこに消えるんだろうか、使い魔が生きる亜空間みたいなもんでもあるのかな。

 

『それじゃあね六花。精々小娘たちと幸せに暮らすことね』

「あぁ。また話しようぜ」

『それくらいならお安い御用だわ。ワン、ないとは思うけどまたくだらない用で呼び出したら承知しないわよ』

「くだらない用?」

『国から国へのお使いだったり? 気持ち悪い腹黒偽善気質の我儘に付き合わせられたり、蟹が食いたいからって海に行かせられたりね』

「……何の話だ?」

『例えよ! 竜種をそんなくだらない用に付き合わせるなってこと! それじゃあね!!』

 

 そんな言葉を最後にガブリエラは消えた。

 最後の言葉がどういったものかは分からないが……何だ、蟹が食いたいからってどういうこと? 思わずワンと目を合わせて今の言葉について考えるが答えは出ない。結局何のことか分からないまま、俺とワンは揃って家に帰るのだった。

 

「ありがとうございました兄様。今日は助かりました」

「いや俺も楽しかったからな。また遠慮なく誘ってくれ」

「……ふふ、分かりました。またその時はお願いしますね」

 

 荷物を持ちながらリビングに入ると、トンと胸に何かが飛び込んでくる感触。

 

「おかえりなさいお兄様!」

「おっと……いきなりだなファイブ」

 

 これはたぶん待機してたなきっと。えへへと笑みを浮かべながら胸元にスリスリと頬をくっ付けてくる姿にやっぱり末っ子だなと頬が緩む。

 

「兄様、もらいます」

「悪いな」

 

 持っていた買い物袋をワンに預け、ファイブにくっ付かれたままソファに座る。

 

「兄様、クッキー食べてみて!」

「フォウちゃん頑張ったんだよ」

「おぉ、美味そうだな。どれどれ」

 

 いろんな形もあるし、チョコを混ぜたのもあるっぽい。トウとフォウが作ってくれたクッキー、贔屓目は入るかもしれないが店で買う物よりも遥かに美味しかった。

 

「はい兄様、あ~ん」

 

 口元に持ってきたクッキー、それは横から掻っ攫うようにファイブが食べる。

 

「とっても美味しいわフォウお姉さま」

「……この子は本当に!!」

 

 けど、美味しいって言われて嬉しいのか頬は緩んでるけどな。

 嬉しいけど怒りたい、そんな矛盾を抱えて悩むフォウに苦笑しながら、俺は何故かさっき街で見た兵藤と女の子を思い浮かべる。

 

「兵藤……上手くやれたかな」

「兵藤?」

「クラスメイトの奴でな。女の子とデートしてたんだ。あいつガチガチに緊張してたっぽいからどうなったかなって」

 

 同じクラスメイトだし絡みはなくて上手くいってほしいとは思う。けど、あんなに兵藤にアピールするくらいならよっぽど好きなんだろうなあの子。それなら心配はするだけ無駄かもしれないな。

 

「兄ちゃん、こっちも食べてみて!」

「おう」

 

 トウからクッキーをもらいながらさっきのガブリエラの言葉を思い返す。

 起こらないからこそ奇跡、だから出会ったのは必然……か。奇跡という言葉を信じる人にとっては身も蓋もない言葉かもしれないけど考えさせられる言葉ではあった。

 

「みんな、ありがとうな」

「え?」

「兄様?」

「??」

 

 キョトンとする3人が可愛くて思わず苦笑が零れる。

 そうだな、大切にしていこう。この出会いを……これからもずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……夕麻ちゃん? 今なんて」

「聞こえなかった? 死んでって言ったの」

 




本格的に絡むときはエクスカリバー編ですねおそらくは。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



『なんで……どうしてボクがこんな目に遭ってるの?』

 

 目の前の白いドラゴンから今にも泣き出しそうな声が聞こえる。彼の名はミハイル、ゼロを支えるドラゴンでもあり俺にとっても大切な家族みたいなものだ。

 そんな彼が今、目の前で二対の巨人に拘束され動きを封じられている。

 

「良い子だよエグリゴリ、そのままミハイルを抑えておいて」

『嫌だよ離して!! ゼロ! ボクを助けてよおおおお!!』

 

 エグリゴリ、大きな二体の巨人はトウの使役する魔獣である。ドラゴンのミハイルより遥かに大きな体、そんな巨体に押さえ付けられてはミハイルと言えど動くことはできない。

 ミハイルの叫びを聞いてもゼロは首を振るだけだった。

 

「ダメだ。ここまで放っておいた私も悪いけど、現状を打開するためにはやらなくちゃいけないんだよ」

 

 ゼロの言葉を聞いてミハイルは絶望したように涙を流す。

 心が痛い、すぐにトウに拘束を外すように言いたくなるほどだ。だが心を鬼にしろ、ここでやめてしまってはまた振り出しに戻るだけだ。

 俺は妹たちを従えるようにミハイルの前に立つ。

 

『六花……助けて……お願いだから!』

「……許せミハイル。もう止まれないんだ」

『……あぁ……ああああっ!!』

 

 一旦ミハイルに背を向け背後を向くと、得物を構えた妹たちが居る。

 

「ゼロ、やるぞ?」

「あぁ。いつでも準備は出来ている」

「ワン」

「兄様の指示さえあればいつでも」

「トウ」

「仕方ないけどやるしかないよね」

「スリイ」

「……めんどくさい。でも兄さんがやるなら是非もない」

「フォウ」

「私はいつでも兄様に従うよ。だから任せて兄様!」

「ファイブ」

「気は進みません……ですが、やるしかないでしょう」

 

 ……よし、みんな覚悟は出来たようだな。

 俺もみんなと同じように得物を構え、そして大きく号令を掛けるように声を張った。

 

「みな、かかれい!!」

『いやだああああああああああっ!!』

 

 俺の指示に従うように全員がミハイルに飛び掛かった。

 

 

 さあ始めるとしようか――ミハイルの体を綺麗にするぞ!

 

 

「くっさ!! 私が言うのもあれだけど何でこんなになるまで臭いが酷くなるんだ!!」

『ボクは何もしてないよ! ただずっとそのままで居ただけだもん!』

 

 そう、俺たちがやっているのはなんてことはない……ミハイルの体から発せられる臭いがあまりにもキツいので綺麗にしようと計画を立てたのだ。それにしてもこうやってブラシを持ってミハイルに近づいているわけだがしんどいぞ。スリイが通販で選んでくれたマスクが意味を成さないんだが……。

 

「臭い……臭い臭い臭い! もう帰りたい!!」

「フォウちゃん早すぎるよ! もう少し頑張って!!」

 

 トウとフォウも涙目だ。

 俺なんかより遥かに頑丈な体をしている彼女たちがこの有様なのだ。どれだけミハイルの臭いが凄いモノか想像するに難くない。

 ゴシゴシと擦ると嫌な色の水が流れ、更に臭いが纏わりついてくる気がする。

 

『別にいいじゃんこんなことしなくても!! ボクは気にしないから!!』

「私たちが気にするんだ! 君の背中に乗った時思わずゲロ吐きそうになったんだぞ!?」

『吐いてもいいじゃん! ボクはゼロのゲロを被っても気にしないよ?』

「そこは気にしろ!!」

 

 もう自棄になったのかゼロはミハイルの背中に飛び乗り汚れることも恐れずに磨いていく。

 

『あ、あははははっ! やめてそこ擽ったいよ!!』

「動くんじゃない!」

『あいたっ!?』

 

 ゼロの渾身の拳がミハイルの頭に炸裂した。大人しくなったミハイルの体を俺たちは必死に擦っていく。

 

「兄様、無理はなさらずに」

「大丈夫だ。まだいける」

 

 ワンが労わるように心配してくれるが、女性に任せて男の俺が先にリタイアは恰好が付かない。ゼロに続くように背中に飛び乗ったトウとフォウに勇ましさを感じつつ、俺は傍に居たファイブに声を掛けた。

 

「ファイブ、大丈夫か?」

「大丈夫です! まだわたくしはやれますわ!!」

 

 ……すんごい涙目なんだけど。

 それにしても……俺は改めて妹たちを眺める。俺と妹たちはみんな清掃員のような恰好をしているが、俺はともかくとして絶世の美女と言っても過言ではない妹たちがみんなこんな格好をしているのはかなりレアだ。まあこの臭いが蔓延る空間に普段着る服で近寄りたくはないよな。

 

「……?」

 

 ふと、黙々とミハイルの体を磨くスリイが目に入った。

 周りを一切気にすることなく、ただ目の前のミハイルの体の一部を凝視しながら手を動かしている。俺は少しスリイを見て意外に思っていた。俺が居るからということで参加してくれたわけだが、すぐにめんどくさくなってやめると思っていたのだ。

 よし、俺も頑張らないと! そう思って手の動きを再開させたのだが……俺はスリイの口元がモゴモゴと動いていることに気づいた。首を傾げながらも俺はスリイに近づいてみる。スリイは俺の接近に気づくことはなく、ずっと小さな声で喋り続けていた。

 

「人間と違う悪魔と堕天使の体は構造は似ているが魔力の巡りなどによって強靭となっている。しかし傷が出来れば血が流れるし内臓も傷を負えば人体に多大なるダメージを受ける。それは何回にも及ぶ実験で分かったことでもあるけど、ある意味で当然の結果でもあった。でも、もしも二つの体の強靭さを足した場合はどうなるのか。やはりと言うべきか拒絶反応は起きる。何度やっても適合することはない、分かりやすい反応を見るために意識を残したまま進めるけどやっぱり上手くいかない。上手くいかないし何よりうるさくて実験どころじゃない。でも私は閃いた。そうだ、結合させるのではなく混ぜ合わせるように融合させればいい。実験はある程度上手くいった。合成魔獣――キメラのような中途半端な結果となるが概ね成功とも言える。これを元にアルミサエルと融合させても素晴らしいデータが取れた。次は出来れば天使の体を使いたい、更に望めるならいくら体を傷つけてもすぐに再生する素体なら喜ばしい。どこかに居ないものか居たのなら必ず生け捕りにするそしてもっとデータを……あぁ、臭い」

 

 ……うん、あまり気にしないでおこう。

 そう思ってスリイから視線を外そうとしたその時、スリイの体は力が抜けたようにふらっと揺れる。俺は思わずスリイの体を抱き留めた。

 

「兄さん……ごめん、無理」

 

 スリイ、リタイア。

 太陽の光が当たらない陰にスリイを横にして、俺は再び作業を再開させた。相変わらずミハイルはくすぐったいからと暴れているが、段々と臭いの方もある程度はマシになっていった。始めた当初は涙目だったみんなも余裕が出来たのか表情に明るさが戻る……これは臭いが薄まったのか、それとも単純に慣れたのかは分からないが、願わくば臭いが軽減されたことを祈ろう。

 それから数時間後。

 

『わああああっ! なんだか生まれ変わった気分!!』

 

 わ~いと楽しそうに空を飛ぶミハイルだった。あれからの激闘の末、ミハイルの体は見違えるほど綺麗になり臭いもなくなった。

 

「ミハイル! 結界の外に出るなよ!」

『分かってるよ~!』

 

 あぁそうか……結界を張ってるからこうして空を飛んでても騒ぎにならないのか。いやそれは当然のことなんだけどさっきまでの戦いで頭がおかしくなってたのかもしれない。

 

「……あぁ……臭いが追いかけてくる」

 

 俺の膝を枕にしているスリイは嫌な夢を見ているようだ。悪夢に魘されているような表情を見て俺はスリイの頭を優しく撫でた。暫くすると苦しそうな表情から一転して気持ちよさそうに寝息を立て始めた。

 そんなスリイの様子に笑みを浮かべるとゼロが飲み物を持って近づいてきた。

 

「六花、今日はありがとう」

「どういたしまして。それにしても本当に大変だったな」

「あぁ……まさかここまでとは思わなかった」

 

 背中合わせになるようにゼロが座り体重を掛けてくる。女性ということもあってやっぱり軽い、さっきまで鼻を摘まんでいないと耐えられないくらいの臭いを纏っていたゼロだが、今はもう綺麗にして花の香りが漂ってくる。

 

「どうした?」

「いや、いい匂いだなって」

 

 こういうことを女性に言うのはあれかもしれないが、本当にいい香りがするんだよな。姉妹のみんながそれぞれどこか花のような香りを纏っている。目を瞑れば傍に香水が置かれていると言われても信じてしまう自信がある。

 

「自分では分からないけどな。ま、私の匂いくらい慣れているだろう? ベッドの上でいくらでも」

 

 そう言って体勢を変えて俺に抱き着く形になる。

 背後から腕を回されることで、ファイブほどではないにせよ抜群の柔らかさが背中に当てられた。ゼロは俺の肩に顎の乗せる形になるので、少し視線を横にずらせばゼロの顔がすぐ傍にある。

 

「……六花」

 

 ゼロの顔が近づき、そして――。

 

「ゼロ姉さん」

 

 あと少しでキスをするという時、寝ているはずのスリイの声が響いた。膝で寝ているはずのスリイが目をカッと見開き、近づいていたゼロの唇を人差し指で抑える。

 

「今兄さんに甘えているのは私、ゼロ姉さんはダメ」

「君がそんなことを言う権利はないと思うけど」

「ある。兄さんの一番は私だから」

「……へぇ?」

 

 その瞬間、空気が軋んだ気がする。

 睨み合うゼロとスリイに間に挟まれていることで寿命が縮みそうだ。だけど、そんな俺を助けてくれる女神が現れた。

 

「あ、ゼロ姉ちゃんとスリイちゃんが兄ちゃんに甘えてる! 私も交ぜて!!」

 

 どーんとトウが抱き着いて来た。

 

「やっぱり兄ちゃんは温かいなぁ。そう思うよね? ゼロ姉ちゃんにスリイちゃんも」

 

 無邪気な笑顔に思わず二人は毒気を抜かれたのか頷く。トウの登場で二人の間に流れていた不穏な空気は鳴りを潜めた。それから残りの妹たちも合流してのんびりとした時間が過ぎていく。そんな中、スマホが着信を知らせるように震える。

 表示された名前を見て俺は珍しいなと思った。

 

「もしもし――アコールさん?」

『もしもし六花君。元気にしていますか?』

 

 電話をしてきたのはアコールさん、外国にいる父さんと母さんの仕事を手伝ってくれている人だ。よく家に来てくれたこともあるため、俺を含め妹たちもアコールさんとは顔見知りになる。

 

「元気だよ。いきなりでびっくりしました」

『申し訳ありません。こちらの用がいち段落したので少し声を聞きたいなと思いまして』

 

 両親がどんなことをしているのか詳しくは知らないけど、よくアコールさんは付き合ってくれるなと感謝している。

 

『本日電話をしたのは声を聞きたいなと思ったこともそうですが、六花君――体の調子はどうですか?』

「体の調子ですか? 特に何もないですけど」

『そうですか。それなら良かったです。妹たちに関してはどうでしょうか、何か悪夢に魘されたりはありませんか?』

 

 えらくピンポイントに聞いてくるな……。

 でもそれならあるか、俺はトウの身にあったことを伝える。

 

『なるほど……』

 

 そこで黙り込んだアコールさんだが、すぐに明るい声で言葉を続けた。

 

『傍に六花君が居るなら大丈夫でしょう。お兄ちゃんとして、しっかり妹たちを見てあげてください』

「それはもちろんですけど、何か気になることでも?」

『いえ、実はこちらで占いに詳しい方が居られましてね。その方が知り合いの誰かが悪夢をみているかもしれないとそんな占いの結果を出したんです。それで気になったのですよ』

「へぇそんなことが」

『はい。ですから気にしないでください。……あ、はい! 今戻ります! それでは六花君、また電話しますね?』

「あ、分かりました。父さんたちにもよろしく伝えてください」

『承知しました。それでは失礼します』

 

 その言葉を最後に電話は切れた。

 

「アコールから?」

「あぁ。体調はどうかって」

「ふ~ん」

 

 ゼロは興味を失くしたのかそれ以上は聞いてこなかった。

 かくして今週の日曜日はこれで終わることになる……そして、俺は次の日に学校に行った時異常事態とも言える場面に直面するのだった。

 

「いや本当に居たんだよ夕麻ちゃんは! ほら! スマホにも……あれ?」

「なあイッセー、妄想の中で彼女を作るのは勝手だけどよぉ」

「そうだぜ? 現実を受け入れろって」

「違うんだよ! 確かに居たはずなんだ!!」

 

 学校で兵藤が彼女が居たことを再び口にしているが、クラスの誰もがそれを信じなかった。それは松田と元浜も同じで、兵藤の言葉を妄想としか信じていない。

 

「……どういうことだ?」

 

 確かに学校で兵藤はスマホに撮影されていた写真を披露していた。その時はみんなが信じたし、何より俺は土曜日に兵藤が女の子と出掛けていたことを知っている……おかしい。それが嘘だったとかそんな反応ではなく、本当にみんな最初から兵藤に彼女は居なかったという反応だ。

 

「兵藤に彼女って……ねぇ?」

 

 傍に来た藍華も信じていない様子だ。

 ……これは何かが起きている、俺はそうとしか思えなかったが、何となく厄介ごとの匂いがするので首を突っ込むことはやめておく。俺だけが知っていて他のみんなが忘れている、それを異常と言わずして何と言うのか、とりあえず何も起きないといいんだけどな。

 




本格的に絡むのはエクスカリバー編と言いましたけど、その時に姉妹の誰かが少し辛い目に遭うことになるのかなと。そこがたぶん一番最初の山場ですね。

DDの方のストーリーを知られている方はあ……ってたぶん勘付くと思いますけど、とある姉妹の子と凄く噛み合わせがいいイベントなんですよね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 結局、兵藤の彼女騒ぎは周りが全く信じることがなくそれ以上のことはなかった。兵藤はずっと彼女は居たはずだと口にしていたが誰も取り合わない。兵藤には悪いと思うが、やっぱり俺一人だけ覚えているというのは本来あり得ないことだろう。だから俺から兵藤に話をすることはなかった。

 

「……ふぅ」

 

 時は流れ放課後、何の繋がりか分からないが兵藤は突如教室に現れた木場に連れて行かれた。今までに見たことがない組み合わせに女子は悲鳴を上げ、男子は物珍しそうにしていた。そんな中、俺も荷物を纏めて帰る準備をしていたその時、普段話したことがなかった二人に絡まれることになった。

 

「おい“神里”!! 先週にお前を迎えに来た巨乳美人は誰なんだ!?」

「お前普段静かだから目立たないと思ってたのにあんな可愛い子の知り合いがいんのかよ!」

 

 ……めんどくさい。

 松田と元浜にこんなことで絡まれるとは思っていなかった。まあ確かにファイブとのやり取りは多くの人が目撃したことだけど、それをこんな風に聞かなくてもいいんじゃないか?

 

「別にいいだろ。帰るぞ俺は」

 

 荷物を持って立ち上がった俺の肩を元浜が掴む。こいつ、たぶん俺が何か教えないと手を離すつもりはなさそうだな。別に妹だからと伝えればそれで終わり、だけどこいつらにファイブのことはおろか他の妹たちのことについて何一つ答えたくなかった。

 

「……?」

 

 思わず舌打ちしたくなったその時、鞄に吊らされている関節人形の目が光った気がしたが……そこで俺とこいつらの間に割って入る存在が居た。

 

「は~いそこまで。そうやって他人の関係に土足で踏み込むのはやめた方がいいんじゃないかしら」

「き、桐生……」

 

 藍華は俺の肩を掴んでいた元浜の腕を離し、二人をキッと睨むように見つめる。眼鏡の奥から覗く眼光に少しばかり怖気づいたのか二人は一歩下がった。

 

「な、なんだよ桐生。お前そいつのこと気になんのかよ」

 

 そんな中学生が言いそうな言葉に藍華は肩を竦めて溜息を吐いた。困った子供を見るような目で二人に対して口を開いた。

 

「そうね、少なくともあなたたちよりは“色んな意味”でいい男だとは思っているわ。でも彼には守るべき大切な存在が既に居るんだもの、残念だけど間に入る余地はないわね」

 

 そこで藍華は一歩を前に踏み込む。

 

「今日はもう帰りなさい。色んな意味で雑魚の二人」

 

 色んな意味で雑魚、普通の人なら首を傾げるこの言葉だが、藍華が言うと少し別の意味が込められている。それを二人は理解したのか、脇目も振らず走り去っていってしまった。

 

「ふぅ、悪は敗れたり」

 

 突如の乱入だったがありがたかった。藍華に礼を言おうと思ったのだが、何故か藍華はあははと目を泳がせながらこちらに振り向く。

 

「……えっとね、そのう……ごめんね六花。色んな意味で良い男って言葉、六花の六花がご立派っていうのも伝わったかも?」

「……は?」

 

 藍華の言葉を聞いて周りを見れば、女子は顔を赤らめて口元を抑えてるし、男子はどこか眩しいモノを見るような目で俺を見ている……あぁなるほど。

 俺は黙って鞄を肩に掛けてそのまま教室を出るのだった。

 

「待ちなさいって六花。悪かったわよ」

「別に怒ったりはしてないけどさ」

 

 怒ってはない、恥ずかしかっただけだ。

 校舎を出て藍華と一緒に下校する。思えばこうして藍華と二人で帰るのも珍しくはない。男と女が二人で一緒に帰ったりすると色々と噂されたりするものだが、藍華が元々持っている評判と俺たちの接し方が合わさって変な勘繰りをされることもあまりない。

 

「巨乳美人って言うとファイブさん?」

「正解。校門で待ってたからびっくりしたよ」

 

 藍華がうちで面識のある妹はワン、トウ、フォウ、ファイブの4人だ。ゼロは日中は寝てるしスリイも似たようなものだから顔を合わせることはほぼない。俺にとっては可愛い妹だけど、その特異性故に他の人への接し方はどうかと心配になることもある。藍華の場合は特に何事もなくコミュニケーションは取れているみたいなので安心している。

 

「それだけ大好きなのね。可愛い妹が居ていいじゃない」

「そうだな。俺には勿体ないくらいだよ」

 

 藍華と会話をしながら道を曲がると、目の前に一匹の黒猫が現れた。俺と藍華をジッと見つめながら微動だにしない。

 

「あら、可愛い猫ね。毛並みも綺麗だし飼い猫かしら?」

「どうだろうな」

 

 しゃがみ込んで手招きすると黒猫は真っ直ぐにこちらに向かって来た。指先と俺の顔を交互に見ながらある程度時間が過ぎ、警戒が解けたのか頭を手に擦りつけて来た。

 

「可愛いなぁ」

「そうね。よく猫の動画をネットで見るけど気持ちが分かる気がするわ」

 

 抱き抱えても暴れないし人懐っこい猫なのかもしれないな。けど……この学校の近くは家が多いし誰かの飼い猫の線は濃厚か。捨て猫でこんなに毛並みの整った子はまずいないとは思うけど。

 暫く抱き続けていると黒猫が何かに反応した。視線をキョロキョロと動かして見つめた先にあったのはお馴染みの関節人形だ。目がピカッと光り、体がバッと動き出した。見つめていた黒猫は毛が逆立ったようにビックリして俺の手元から飛び降りた。

 

「おっと……まあこれにはビックリするよなぁ」

 

 関節人形を手に取っても動きが止まない。

 

「何それ……気持ち悪いわね」

「スリイ……妹がくれたお守りだよ」

「へ、へぇ……」

 

 引いたその表情に俺は仕方ないと思う。だって俺も気持ち悪いって思ってるし、というかフォウも言ってたけどこのデザインはお世辞にも趣味が良いとは言えないからな。

 この関節人形があまりにも気持ち悪かったのか黒猫は走り去っていってしまった。少しだけ勿体ないなと思いつつも、気を取り直して足を動かすのだが……俺はそこで3人の女性を見た。

 

「それでどういたしますか?」

「近い内にあの子が来るからそこからよ」

「りょうかいで~す」

 

 背の高い女、ちっこい女……そして――。

 

「……っ」

 

 思わずリアクションを取りそうになったが何とか抑える。3人のうちの1人は俺が土曜日に見かけた黒髪の女、兵藤に引っ付いていた女の子だ。彼女たちは俺たちの存在など最初からなかったかのようにそのまま歩いて行ってしまった。黒髪の女が一瞬こちらを見た気がしたが、特にアクションもなかったため気にする必要はないだろう。

 

「それじゃあ六花、またね」

「おう。また明日」

 

 藍華と別れて改めて帰路を歩く。

 先ほど見た黒髪の女、あの子は確かに存在していた。俺の見間違いでなければあの時兵藤と一緒に居た女の子のはずだ。でも……兵藤の様子からあの子に関する全ての情報が消えてしまっている現状。本当に一体どうなってるんだ?

 こんな風に心配していた俺だったが、ビックリするほどにあの女の子に関する謎はそのまま空気に流れるように風化していった。それから彼女に出会うことはなく、彼女と兵藤の関係がどうなったかも気づいた頃には気にならなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 とある夜のこと、スリイとフォウが外に居た。

 彼女たちの目の前に居るのは傷だらけの悪魔――正確にははぐれ悪魔と呼ばれる存在だ。元々主が居た悪魔だったが、主殺しという禁忌を犯し悪魔の住まう冥界から指名手配された存在のことをそう呼ぶ。

 

「貴様ら……一体何者だ」

 

 はぐれ悪魔、かつてバイザーと呼ばれた女がそう問う。

 さて、どうしてこんな現状になってしまったのか。それはバイザーにとっては不運が重なってしまった結果でしかない。いつものように夜に出歩こうとしたスリイに心配だからと付いて来たフォウだったのだが、何か妙な気配をフォウが感じたのだ。

 

『スリイ姉さま、あっちから変な気配がするよ』

 

 スリイはさして興味がなかったが、フォウが行くのならと気怠そうに付いて来た。そしてその場にこのバイザーが居たというわけだ。

 バイザーからすれば少し覚えのない異質な魔力をその身に宿す人間ではあったが、上質な食い物に違いはない。少しの問答の後、襲い掛かったがフォウに返り討ちにあった……ただそれだけのことだ。

 

「……あなた、随分と酷いことをしたみたいね」

 

 バイザーはここでおそらく一般人を食ったのか血と肉が散乱している。フォウはそれを見て不愉快そうに眉を顰めた。

 

「それが……貴様に何の関係がある……ぐああああっ!」

 

 バイザーがそう口にした瞬間、フォウが腕を引き千切った。言葉にするのも憚られるような音が聞こえ、鮮血が噴水のように溢れ出る。のたうち回るバイザーの体を抑えながら、フォウは悲しそうに表情を歪ませて言葉を続ける。

 

「私だってこんなことはしたくない、でもこんな酷いことは許されないわ。何の罪もない人を傷つけるなんて私は許すことはできない!」

 

 そして残された反対側の腕を引き千切る。

 

「あああああああああああっ!!」

 

 バイザーの絶叫が辺りに木霊する。

 

「ねえ私の顔を見て、悲しそうでしょう? 悲しいよ、こんな酷いことをあなたにしないといけないのだもの。でもね、これは無残に食われた人たちの報いなの」

 

 異形と化している下半身を引き千切る。

 腕と違い何倍もの太さのある肉体だ。腕を引き千切ったのとは比べ物にならないほどの血が噴き出した。さしずめ真っ赤な噴水のように周りに赤色が広がっていく。

 

「分かってちょうだい。これは罰なの、あなたの罪に対する罰」

「……ぐっ……っ!」

 

 いくら悪魔であろうと血が失われれば命の危険に陥る。血とはその肉体を動かす燃料のようなもの、それがなくなれば死は免れない……まあ、フォウにバイザーを生かすつもりは一切ないのだが。

 フォウは視線を下に向ける。そこは引き千切られた下半身の付け根部分、内臓のようなものがうねうねと動いている不気味な光景だ。フォウはそこに左手を突っ込み、内臓を引っ張り出すように力を込める。

 

「っ!!!!!!!!!!」

 

 バイザーからすれば痛みを超えた理解のしようがない感覚だろう。腕を落され、下半身を落され、痛みで脳が麻痺しているような状態に追い打ちを掛けるようにこの残酷な仕打ちだ。僅かに痛みを感じるがそれだけで、体の中にある大切なモノが徐々に抜き取られていくような変な感覚を感じている。

 

「あなたはどれだけの人を食べたの? この中に一体どれだけの罪を抱えているの? 許されない、許されちゃいけない。分かってくれるよね? あなたはとても酷いことをしたのよ」

 

 失われていく意識の中でバイザーが最後に見たモノは、自分の目を刳り貫くように指を突っ込んでくるフォウの姿だった。

 

「……フォウ、もういい?」

「うん。悪は去ったわ」

 

 全身を血塗れにしながらフォウはスリイに振り返った。

 無関心を貫くスリイではあったが、今の光景を見て思うのは一体酷いのはどちらなんだと言う言葉だ。まあ飛び出た内臓その他をアルミサエルを使って回収したスリイがフォウに何かを言う資格はない。原型でかろうじてその死体がバイザーであると認識できる肉の塊を背にその場を去ろうとしたその時、スリイにとって見覚えのある赤色の転移陣が出現した。

 

「……あの時の」

「?」

 

 二人の視線の先で転移陣の光が収まり、5人の姿が現れた。

 

「……これは……っ! あなたはあの時の!」

 

 1人を除く4人の視線がスリイを捉えた。濃密になる敵意と警戒、それを受けてもスリイは相変わらず興味はなさそうだ。

 

「ぶ、部長……なんすかこの匂いは……それにあれは」

 

 ツンツン頭の男子、兵藤一誠の指さす先にあるのはバイザーの死体。それは部長と呼ばれた女性、リアス・グレモリーですらも目を背けてしまうほどの光景だった。

 しかし、目を背けてばかりもいられない。リアスはスリイのことのみ警戒していたが、傍に居る血塗れのフォウを見てこの惨状の原因を理解する。

 

「あなたね、そのはぐれ悪魔を殺したのは」

「そうよ。酷いことをしたのだもの、私は殺された人たちの無念を晴らしただけ」

 

 何も間違ったことは言っていない、そんな表情のフォウにリアスは更に警戒を強くする。リアスたちからすれば未知の力を持った存在故に警戒するのは当然のことだ。しかも、この駒王町はリアスが魔王から直々に管理を任されている土地でもある。

 

「話を聞かせてもらえるかしら? あなたたちは何者で、一体何をしたのかを」

 

 リアスの問いに最初に動いたのはスリイだった。動いたとは言っても彼女たちに目を向けず、ただこの場から帰るために足を動かしたのだ。スリイの思惑とは少々違うが、フォウもフォウで少しリアスたちに対して思うことがあった。

 

(兄様と同じ学校の人よね、それならあまり問題事を起こしたら兄様に迷惑が掛かるかも。それは避けないといけないわ)

 

 スリイに続くようにフォウもこの場から去ろうとする。

 リアスは傍に居た女性、雷の魔法を扱うことのできる姫島朱乃に目線で指示を出す。朱乃はその指示に従い、動きを阻害する程度の雷を二人に放った。

 

「……まあそうなるよね」

「……………」

 

 苦笑したフォウは必要最低限の動きで雷を躱し、スリイもその攻撃を躱した。だが、その雷の攻撃が少しばかり不規則な動きをしてしまった。別にスリイやフォウの体を傷つけることはなかったが……ブツッと何かが地面に落ちた。

 

「……?」

 

 それはスリイの持ち歩く鋏に付けられていたストラップ、かつて六花とデートに行った時に景品で取ったものでそのままくれたものだった。愛らしい顔をしていた犬のストラップだが、雷の力で焦げてしまい見る影もない。

 足が止まったスリイをフォウが訝しむ中、スリイは小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

「――殺す」

 

 




※安心してください、死にません。


話は変わりますが、DOD3のストーリーは人を選ぶ話とは思うのですが、個人的に是非BGMを聞いてほしいなと思っています。

どのボス戦も素晴らしいのですが、特にお勧めするのはトウが使役するエグリゴリとラファエルの時に流れる曲です。めっちゃかっこいいので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

贖え

 兵藤一誠にとってまだ数日しか経ってないが怒涛の日々だった。

 天野夕麻と名乗り告白してきた女の子は堕天使と呼ばれる存在でありその目的は一誠の命だった。どうしてそうなったのかも分からずに殺され、次に目を覚ませば裸のリアスが目の前に居ると言うご褒美タイム。そして世界に存在する神秘の存在を知り、リアスが部長を務めるオカルト研究部が悪魔の集まりなのだと知った。

 

『ハーレムも夢じゃない!? おっぱいに囲まれた夢のような生活、うおおおおおおっ!!』

 

 普通の人間ではなくなり、悪魔として生き返ったからこそ開き直って大きな目標を掲げた。そのためにはまず自分が殺されてしまった原因である“神器”と呼ばれるモノを使いこなせるようになること。リアスや朱乃、同級生の木場や後輩の小猫と関わりながらの悪魔ライフが幕を開けた。

 大変なことが多くある、それを実感した矢先に一誠はこの世の不条理を知る。

 

「……何だよこれ……何なんだよ」

 

 はぐれ悪魔の討伐、その目的のために向かった先に居たのは二人の美少女だった。リアスや朱乃、小猫と言った美少女に引けを取らない美しさ、それこそ普通の人間では到達することのできない美の境地……実を言うと一誠は少し見惚れていたのだ。

 だが、そんな彼女たちの美しさも無残な死体が傍にあるとなれば不気味に思えてしまう。リアスが何者かと問いかけたが答えるつもりはないらしく、彼女たちはこの場から去ろうと背を向けた。朱乃が雷を放つと、特に被弾したわけではなさそうだが紫髪の少女――スリイが振り返った。

 

「っ!?」

 

 心臓を鷲掴みにされるような錯覚を一誠は覚えた。ズンッと空気が重くなったような感覚、それは一誠だけでなくリアスたちも感じたのか一気に表情が強張った。

 スリイが放った歪な殺気、それを受けてリアスたちは一層警戒心を強めたが一誠だけは少し違った。殺される時に感じた殺気など生温い、だからこそ恐れたのもあるがもう一つ……何かが叫んでいる。己の中の何かが逃げろと警告している。

 

(……何だ? あの女の子……じゃない。でもあの子から感じる何かだ)

 

 本能的な何かがスリイではない、彼女に関わる何かから逃げろと警告をしているのだ。薄っすらと感じる恐怖、それは自身の中にある何者かと共通しているような……一誠はスリイを見つめながら漠然とそんなことを考えていた。

 

「ぶ、部長! 逃げましょう! よく分かんないんですけどマズい予感がするんです!」

「一誠!? ……っ」

 

 一誠の必死な訴えにリアスも耳を傾ける。確かにスリイたちのことは気になっているが、放たれる殺気は尋常ではない。この地を預かる者として問い詰めなければならないが、自身の眷属を大切に想うリアスの愛情がこの場からの撤退を選択した。

 

「朱乃! 転移の準備を!!」

 

 そう言ってリアスは後悔する。

 確かに自分たちは悪魔として優れた存在だ。だがそれは自身の考えを押し通して上から目線に立っていいわけではない。無意識の根底にあった無用なプライド、それが前に出てしまい朱乃にスリイたちに対しての威嚇を指示してしまった。

 

(……話を聞かせてと言って手を出したのはこちら……もう、どうして私はこんなにも!)

 

 後悔先に立たずとよくぞ言ったものだが、今この場において後悔というのは最も遅すぎる言葉だ。

 ヒュッと何かが空気を斬る。それに反応したのは木場、彼は剣を両手に生み出して自身の前でクロスさせながらリアスの前に立った。その防御の壁に突き刺さったのはスリイが手にしていた鋏。

 

「……遅い」

 

 鋏が飛んできたと思えば、その鋏を手に持つスリイが目の前に居た。まるで時間を跳躍したような早すぎる動きに木場は目を見開いて驚き、その隙を突くように鋏が腕に突き刺さる。

 

「っ!!!!」

 

 握っていた剣を落してしまうほどの激痛だ……しかもそれだけじゃない。本来鋏とは閉じたり開いたりする構造をしている。スリイは腕に突き刺した鋏の刃を広げた。するとどうなるか、腕という肉に突き刺さった鋏の刃が広がっていく。嫌な音を立てて腕の肉が口を開けた。

 

「祐斗!!」

「させません……!」

 

 小猫が拳を突き出す。

 リアスの眷属の中で最も力のある拳がスリイに迫るが、スリイはその拳を掴んだ。渾身の一撃はいとも容易く止められ、それどころか逆にこちらの拳を握り潰すように力が込められた。スリイの指が手に食い込み、小猫はたまらず腕を離そうともがくがその強靭な力にビクともしない。

 朱乃の雷、リアスの滅びの魔力が迫りようやく回避行動を取ることによってスリイは距離を離した。

 

「今よ!」

「はい!」

 

 この場から撤退するための転移陣が発動する。

 しかし、どこからか現れた関節人形が転移に干渉して上手く作動しない。リアスはその人形目掛けて魔力を放つと、直撃を受けた人形は跡形もなく消滅していった。リアスが受け継いだ滅びの魔力、それは触れた存在を跡形もなく消滅させる力を持っている。消えた人形を見てスリイはリアスだけを見つめた。

 

「――面白い。逃がさないわ」

 

 ストラップがダメになったことへの憎悪、新しく見つけた研究対象への好奇心、その両方を歪に滲ませるスリイの表情だ。もうすぐ転移陣が発動する……そこでずっと眺めているだけだった一誠が恐怖に体を震わせた。

 一誠の視線が向くのはスリイ、彼女は小さく呟いた。

 

「贖え――」

 

 重くなる空気、何かが空間を這い出てくる……しかし、それは実現しなかった。

 

「そこまでよ、スリイ姉さま」

 

 もう一人の女の子、フォウがスリイを背後から抱きしめ何かを呟いた。それを聞いてスリイの表情は一気に崩れ、オロオロするような不安顔となって緊張した空気は綺麗に蒸散した。リアスたちは何が起きたのか分からなかったが、転移が発動しこの場からの撤退に成功するのだった。

 その場に残されたのはスリイとフォウのみ、フォウは大きく溜息を吐いた。

 

「全くもう、こんなところであれを呼び出したら街が壊れちゃうでしょ? 兄様の住む場所全部壊すつもりなの?」

「……違う……でもあいつらは……!」

 

 ただ一言、兄のことを出されてしまってはスリイも刃を収めるしかない。スリイが呼び出そうとしたものは強大な力を持った存在、それこそミハイルやガブリエラを以てしても恐れさせる存在だ。怒りに我を忘れていたとはいえ、冷静に考えればやり過ぎだったとスリイは反省する。

 

「スリイ姉さまが反省って明日は槍が降るのかしら」

「……む。私だって反省くらいはする」

 

 フォウの物言いに不満そうにスリイは言い返した。しかし……先ほどまで残酷な惨状を生み出したとは思えないほどの明るいやり取りだ。

 全身真っ赤で血塗れ状態のフォウは言わずもがな、木場の返り血を浴びたスリイもそれなりに血がこびりつている。完全に殺人犯のような姿だ。

 

「ねえフォウ、あの紅髪は学園に居るのよね?」

「紅髪ってあの? 兄様の先輩になるんだしそうじゃないの?」

「そう……ふふ……フフフフフフフフフッ!!」

「兄様の迷惑になるから妙なことはしちゃだめよスリイ姉さま」

「……しないわ」

「私の目を見て言ってよ……」

 

 そっぽを向いたスリイにフォウは肩を竦めた。

 

「私がしっかりしないと。ワン姉さまと私くらいだわまともなのは」

 

 うんうんと頷くフォウにスリイは何とも言えない目を向けた。先ほどの光景を見てしまったら誰もフォウをまともだとは思わないだろう。どんなに卑劣であり残酷なことをしたとしても、何かのためという大義名分があれば己の所業を正当化するフォウだ……何を言っても無駄だと姉妹全員が認識している。フォウ自身もそんな自分に気づいてはいるが、そう簡単に元からの在り方を変えることはできない。そんな風に考える自分、他者への劣等感もあって感じる嫌悪は大きかった。しかし、劣等感があってもフォウはフォウで、フォウにしかない魅力があると六花が教えてくれた。そのこともあって、フォウの自分に対する見方は若干変化している。

 

「ほら、スリイ姉さま帰るよ」

「分かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでスリイは疲れてるのか」

「うん」

 

 夜、外に出かけていたスリイとフォウが帰ってきた。帰って来て早々風呂に向かった二人だったが、長風呂するフォウと違いスリイはすぐに上がった。リビングに現れたスリイはそのまま背中から俺に抱き着きずっとこのままだ。

 聞いた話だとはぐれ悪魔と呼ばれる存在が居て、それとひと悶着ありその後も取るに足らないが更に騒ぎがあったと、それでお疲れのご様子らしい。

 

『兄さんは聞かない方がいいかも。ちょっと……ね』

 

 厄介ごとの匂いを感じたのでその言葉をありがたく受け取らせてもらった。

 さて、スリイとフォウのことは一先ず置いておいて。今は珍しくゼロの姿もリビングにあった。フォウを除く姉妹全員が今この場に居るわけだが、俺たちは全員向かい合って座っている。

 

「さて、次は私の番だ」

 

 ゼロが手に持ったサイコロを投げた。

 そう、どうしてこうなったのかは分からないが、ファイブが持ち出して来たボードゲームで遊んでいた。ゼロは最初そんなガキ臭い遊びが出来るかと言っていたものの今はもうご覧の通りだ。

 

「6だな……お、喜べ六花。私と結婚だ」

『っ!?』

「おぉ、ってなると資産が共有になるのか?」

「そういうことだ。夫婦になるんだから」

 

 ……おかしいな、笑顔のゼロとは別に空気が冷たいんだが。

 

「兄様とゼロが結婚? は?」

「兄ちゃんと結婚するのは私のはずなのに……」

「寝取るマスとかはないのでしょうか」

 

 物騒な空気を醸し出しつつゲームは進行していく。ゼロは器用に離婚マスを回避していき資金を増やし、他の妹たちも春は訪れないが桁外れの資金を量産していく。

 

「お、三人目の子供だ」

「……そうだね」

 

 資金の多さを競うはずなのにいつの間にか金では買えない幸せ自慢になっていく。瞳孔が開いたかのようにゼロを凝視するワンは怖いし、結婚できないって泣きそうになっているトウとファイブを慰めないといけないし……あれ、ボードゲームってこんなに気を遣うゲームだっけ。

 

「ほれ……5」

 

 俺の振って出た目は5、トントンと駒を動かして付いた先の文字は……離婚。

 

「……あ」

「っ!!!!!」

「やったあああああ!!」

「流石お兄様ですわ!!」

 

 離婚して流石って言われるこの気持ちは何なんだろう。呆然とするゼロに申し訳ない気持ちになりながらも夫婦関係は解消された。そして、ワンの振った目によって俺とワンが結婚することに。

 

「兄様、末永くよろしくお願いします!」

「おう……じゃあ振るぞ」

 

 振った目は3、進んだ先はイベントの発生だった――意見の相違により離婚。

 

「……………」

「短い結婚生活だったな。まあこういうこともあるさ」

「ワン姉ちゃん元気出して!」

「お兄様の番に回っての離婚、きっと一方通行の愛だったんですね」

 

 ファイブ、もう変なこと言わないでくれ……ワンが泣いちゃってるから。気を取り直してサイコロを振ると、今度は俺とファイブが結婚することに。

 

「これが本来の世界線です」

 

 ファイブがサイコロを振る――離婚。

 

「そうだな。これが本来の世界線だな」

「流石だねファイブちゃん。すぐにフラグ回収するんだもん」

「なんでですかあああああああ!!」

 

 結局その後、トウと結婚することになり資金は潤沢に子供は五人産んでゲームは終了した。トウが腕を組んで笑顔になっているところに、風呂から帰ってきたフォウがリビングの惨状を目の当たりにして一言呟いた。

 

「一体何があったの?」

 

 そのフォウの問いかけに唇を尖らせたファイブが答えるのだった。

 

「とんだクソゲーですわ」

「何が!?」

 

 結局、何とも言えない空気の中ボードゲームは終了した。

 その後、俺の部屋にはスリイが居た。スリイが持っていたのは前に俺が当てた犬のストラップだ。焼け焦げて見る影もないけど、あれからずっと持っていてくれたことに嬉しさが募る。

 

「ごめん兄さん。ダメにしちゃった」

「謝る必要はないよ。また今度代わりの買いに行こうか」

「うん」

 

 なるほど、ずっと帰って来てから浮かない顔をしていたのはこれが理由だったのか。俺の言葉を聞いて安心したのかスリイはベッドに座る俺の横に腰を下ろした。そして持ってきていたパソコンを開いてゲームを起動する。

 

「ここでやるの?」

「ダメ?」

「いいよ別に。……にしてもなんか暗いゲームだな」

 

 スリイが操作しながらゲームが進行していくが、ストーリーがやけに重たい。スリイは表情を変えることなく黙々と手を動かす。

 

「ねえ兄さん……この主人公はどんな気持ちなんだろう」

 

 ドラゴンに跨り、魔獣と化した妹と戦うステージだ。さっきの魔獣になった妹の顔は中々心に来るものがあったけど、いくらゲームとは言え自分のことのように考えたくはないな。

 

「きっと辛いんじゃないか?」

「……だろうね。でも殺さなくちゃいけない」

 

 戦いが終わり、妹の亡骸を抱く兄の姿……めっちゃ救いのないエンディングじゃん。

 

「奇跡を信じた先にあったのが更なる絶望、中々考えさせられるゲーム」

「……俺はもっと明るいゲームがいいな」

「じゃあ兄さん一緒にこれやろ?」

「なにこれ」

「壺に入ったおっさんを操作して上層を目指すゲーム」

「……面白いの?」

「分からない。物は試しってことで」

「へぇ」

 

 この後物凄くイライラした。




別にDD側のキャラたちは嫌いではなく寧ろ好きです。

嫌いなのは名前は忘れてしまったんですがシスターばっか集めてグへへしてるやつくらいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



「……何してんの?」

 

 リビングに降りた俺の目の前でゼロが腕を組んで立ち、その前にはファイブが土下座をして頭を下げていた。二人を困った顔をしながら眺めていたワンの傍に向かい事情を聞いてみた。

 

「取っておいたプリンをファイブが勝手に食べてしまったようで、それであのようなことに」

「……あぁ」

 

 何だそんなことかと俺は肩の力を抜いた。ゼロは結構甘い物が好きでよく買ってきている。彼女の性格から勝手に食べでもしたら怒りを買うことは想像に難くないが……実を言うと俺は少し感動していた。俺は二人の傍に近寄り、ゼロの頭を撫でる。

 

「……何だこの手は」

「いや、感動してるんだよ俺は。ゼロが手を出してないことに」

 

 そう、俺はゼロが手を出していないことに感動したのだ。過去に一度、それはもう大変なことが起きた。あの時はトウとフォウが当事者だったが、まだ俺も彼女たちも小さかった頃にケーキを勝手に食べられたゼロが激怒し、それからトウとフォウが逃げ回るという事件が起きた。

 

「あの時のことを言ってるのか? もう私はあんなにガキじゃない、すぐに手は出さないよ」

「……ゼロ!!」

 

 バッと抱きしめた。

 何度も言うがあの時のことを思い出せるからこそこの感動もひとしおだ。そうだな、ゼロも立派に成長しているんだよな。

 

「……おっとすまん、思わず嬉しくて抱きしめちゃって」

「いい。おい、離すな」

「はいよ」

 

 離れようとした俺にゼロがそう言ってきたので再び抱きしめる。どこか嬉しそうに頬を緩めたゼロはファイブに再び顔を向けて口を開いた。

 

「今日は許してやる。今度からは気を付けろよ」

「分かりました……」

 

 ファイブは立ち上がり俺に小さく頭を下げてサッとリビングから出て行った。どうやらよっぽど怖かったんだろうことが窺える。ゼロを抱きしめたままソファに座ると、ワンが俺とゼロの分の紅茶を淹れて持ってきてくれた。

 

「全く、プリンを食われたくらいで情けない」

「プリンくらいだと? 私がどれだけ楽しみにしていたと思ってるんだ」

「……私に絶対に食べるなと念を押すくらいだからな。分かってるよそれは」

「その通りだ。それに長女として妹には威厳を示しておかないとな」

 

 威厳の示し方の方向性がおかしいんですがそれは……。

 ワンが淹れてくれた紅茶を飲み、俺はとりあえず過去に起きたようなことにならなくてよかったなと溜息を零した。

 

「確かにあれは酷かったですね……ゼロ?」

「……分かってるよ。確かにあれは私もやり過ぎた……ちょっとだけ」

「ちょっとだけ?」

「もう済んだことだからいいだろう!? 私も子供だったんだ!!」

 

 ただの子供はあんな騒ぎ起こさないと思うんだけどな。

 俺はゼロの体温を間近に感じつつ、あの時のことを思い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 その日、神里家に激震が走った。その騒ぎは些細なすれ違いから起きたのだ。トウとフォウが二人でリビングに居た時、少し小腹が空いたからと冷蔵庫を開けるとそこにケーキが置かれていた。あ、丁度いいじゃんとそんな感覚で二人で分けて食べることにしたのだ。

 

「美味しかったね」

「うん、誰か買ってきてくれたのかな」

 

 姉妹揃ってスイーツ好きなのものだから、ケーキを食べた後の二人は大変ご満悦だった。しかし、この行動が後の悲劇を生むことになるとは誰も思わなかった。

 ケーキを食べてのんびりしていた時、ゼロがリビングに現れた。冷蔵庫を覗いて首を傾げ、机の上に置かれていた皿とフォークを見て固まった。そして――。

 

「おい、ケーキを食ったのは君たちか?」

 

 その声に二人は特に何も考えずにうんと頷いた。その瞬間、ゼロから放たれる強烈な殺気に二人は腰を抜かす勢いで一歩後退。自分たちが何を仕出かしたかを明確に答えを導き出した。

 

「ねえトウ姉さん、もしかしてあのケーキ……」

「……私たち、もしかしなくてもやっちゃったかな?」

 

 冷や汗をダラダラと流しながら二人でコソコソと話していると、ゼロが一歩を踏み出した。その一歩は巨人のものかと言わんばかりに重く、二人はひっと恐れるように声を出した。ケーキを食べられたくらいで怒るな、お姉ちゃんなら我慢しろと普通の家庭なら言われる言葉だろう。しかし残念かな、普通の姉妹ではないんだこの子たちは。

 一歩ずつ踏み出してくるゼロに命の危険を感じた二人の行動は早かった。フォウが即座に魔法を発動させ転移、トウもそれに引っ付く形で家から姿を消した。消えた二人を見てゼロは憤怒に身を燃やすように一言ボソっと呟く。

 

「逃がすか」

 

 そこから地獄の鬼ごっこが幕を開けた。

 

「何あれ、ゼロ姉さま物凄く怖いんだけど!?」

「兄ちゃんは学校だしどうしよう……ワン姉ちゃんは!?」

「ワン姉さまはお料理教室に行ってるから無理!」

「そんなぁ……」

 

 日本の遥か上空、気温が下がり切るほどの高度にトウとフォウの姿があった。フォウが召喚した空を駆ける船に乗り、とりあえずゼロから逃げてほとぼりが冷めるまでここに居ようという魂胆だ。しかし、そんな彼女たちをゼロは逃がしはしない。

 何かの羽ばたく音が聞こえる、嫌な予感を感じた二人が視線を向けると……そこにはミハイルに跨り追いかけてくるゼロの姿があった。

 

「いやああああああああああっ!?」

「悪魔ああああああああああ!!」

 

 お互いに抱きしめ合って好き勝手言う。どうやらよっぽどゼロの形相がヤバかったようだ。

 

『ねえゼロ、やっぱり話し合うことって大切だと思うんだよボクは。姉妹なんでしょ?』

「うるさい、こいつらはやってはならないことをしたんだ。良く言うだろ? 食べ物の恨みは恐ろしいって」

 

 獰猛そうな笑みを浮かべたゼロは二人を視界に収めて声を荒げる。

 

「君たち、よくもこんな寒い場所に逃げてくれたな!? おかげで凍死するかと思ったぞ!?」

「それはゼロ姉さまがいけないんでしょう!?」

「そうだよ! そんな薄着してるから寒い……くしゅん!」

「トウ姉さまは人のこと言えないからね!?」

 

 どうやらまだまだ余裕はあるようだ。

 ゼロは剣を構えてミハイルの背に立つ。どうやらこのまま乗り込んでくる勢いだ。

 

「内臓引き摺り出してのた打ち回らせてやるから覚悟しとけ!!」

 

 あかん、これはほんまにやられる――トウとフォウの心が一致した瞬間だった。

 やらないとやられる、フォウとトウも構えた。そしてフォウがトウに暫く時間を稼いでほしいと言った。

 

「了解!」

「任せたよトウ姉さま!」

 

 フォウは跳躍して船のマストを登っていく。ゼロはフォウの背中を見送ったが残っていたトウに斬りかかった。大きな音を立ててぶつかり合う剣と剣、トウは迫り来るゼロの形相にやっぱり怖いと感じながらも力の限り腕を振り抜いた。

 ブオンッと大きな音を響かせてゼロの体が吹き飛ぶ。姉妹の中でも強靭な筋力を持つトウだからこそできることだ。空に投げ出されたゼロの体をミハイルが背で受け止めた。

 

「馬鹿力が……?」

 

 そこでゼロは頭上を見上げた。

 そうして響き渡るのはフォウの歌声、その歌に呼応するように船を魔法陣が取り囲む。

 

「魅せたもうれ、魅せたもうれ」

「第四の歌、古ノ絶盾」

「現人に許されし力、主を護る最強の城」

「汚されし汝の贖罪を、虚空に刻み込まん」

 

 ――船が姿を変える

 

「防御ろ、アルマロス! ってもうどうでもいいからとにかく私たちをゼロ姉さまから守って!!」

 

 姿を変えた船は巨大な城へと姿を変えた。このアルマロスは本当に城にしか見えないがフォウの使役する魔獣である……二度目になるが城にしか見えないが魔獣である。

 

「何が魔獣だよ……これじゃあ城じゃないか。でもいいだろう、こんなもので遮られるってんなら遮ってみせろ! トウ! フォウ!!」

『……ボクたちは一体何をやっているんだろう』

 

 こうして人知れず日本の遥か上空で、ゼロの駆るミハイルとフォウが召喚したアルマロスによる空中戦が幕を開けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……悪かったよ。姉妹喧嘩にしては本気になりすぎた」

 

 喧嘩って規模じゃないよねあれは……。家に帰ると珍しくワンが怒っていて、ゼロとトウにフォウが土下座してたんだもんなあれはビックリした。

 イチゴ大福の時も似たようなものだったけど、あの時はもう少し被害が軽かったから良かった。そんな経験があったからゼロがファイブに手を出さなかったことに感動していたんだ。人間、成長するんだと実感したよ。

 

「六花、少し私を馬鹿にしすぎだろ」

「あ、声が漏れてた?」

「顔を見れば分かる」

「それは失礼」

「……ったく」

 

 ゼロはそっぽを向いてお菓子に手を伸ばして食べ始めた。

 

「でもそんな騒ぎだったのによく収まったよな」

「二人を炙り出すためにゼロが頭を打った振りをして記憶喪失を装い、それを本気にしたトウとフォウが泣いてしまったんです」

「……えぇ」

 

 喧嘩はするけど、基本的にみんなゼロのことが大好きだからなぁ……もしかしてそれを利用するなんていうことを。つーっとゼロに視線を向けると気まずそうに顔を逸らしていく。うん、確信犯だわ。

 

「さ、さ~て私は部屋に戻ろうかな。それじゃあな二人とも」

 

 逃げるようにゼロはリビングを出て行った。

 

「あれでも私たちの姉ですから。頼りにしている部分はあるんですけどね」

「……だな」

 

 ワンの言う通り、何だかんだみんなゼロのことは頼りにしている。ぶっきらぼうな部分はあるけど、本当に根は優しいから。

 

「そう言えば兄様、転校生が来たとお聞きしましたが」

「あぁ」

 

 藍華にでも聞いたのだろうか、ワンに言われ俺は頷いた。

 最近うちのクラスに転校生が現れた。名前はアーシア・アルジェントと言ってとっても可愛い女の子である。最初は外国人ということもあってみんな緊張していたのだが、彼女の人柄が周りの人を惹き付けるのかすぐに人気者になった。更に驚いたことが日本語が驚くほどに上手で、兵藤と楽しそうに教室でも話をしていた。

 

「挨拶くらいしかしてないけど良い子だったよ」

「なるほど。藍華からも聞きましたけど珍しいくらいにお人好しでもあるそうですね」

 

 あれはお人好しというか世間知らずな気もするけどな。けどどうして兵藤とあんなに仲が良いのかは分からなかった。本当に兵藤のことを信頼しているみたいで、まるで恋をしているような目だった。藍華はどういう繋がりなのか面白がっていたし、松田と元浜は前の彼女騒ぎの時と同じく血涙を流す勢いだったけど。

 

「安心しました。兄様に危害を加える者でないのなら安心です」

「心配しすぎじゃない?」

「そんなことはありません。もし兄様に何かあったらと思うと私は何をするか分かりません」

 

 一番自制が利くであろうワンがこれだからな……でもここまで想ってもらえることは素直に嬉しい。リアス先輩たちは悪魔ではあるらしいけど、今のところ俺への接触はないしあまり考えすぎても仕方ないことか。

 

「……………」

 

 ただ、アルジェントさんと話した時に聞いたあの言葉は一体何だったんだろうか。藍華が親友だからと俺をアルジェントさんに紹介したのだが、あの時彼女は一瞬驚いたように俺を見つめてボソッと呟いた言葉がある。

 

『……天使様?』

『へ? 六花が天使? ぷぷっ!』

『す、すみません私ったら変なことを言ってしまって!』

 

 あの後ずっと笑っていた藍華は少し鬱陶しかったけど、なんだ? 俺って天使に見えるの? そんな可愛らしい顔してないぞ俺は……。結局笑い続ける藍華を軽く小突いてその話は有耶無耶になった。けど第一印象としてはアルジェントさんは本当に良い子だと思う。藍華も気に入ってたしクラスメイトである以上仲良くしていきたいものだ。

 

「さて、それでは私は夕飯の用意をしますね。今日は肉じゃがを作ろうかなと」

「お、いいじゃん肉じゃが。言う人が言うにはお嫁さんに一番作ってもらいたい料理らしいよ」

「お嫁さん……お嫁さん……はい! 精一杯作らせていただきます!」

 

 俺も何か手伝おうかと提案したのだが、キッチンは私の戦場ですと追い出されてしまった。ああなったワンは頭が固いから何を言っても無駄だろう。俺は相変わらず咲き続ける白い花の元へ向かった。

 

「……いつも変わらないな。これからもずっと俺たちを見守ってくれよ」

 

 そう問いかけると、一瞬花が光ったような気がしたが俺は気のせいかとその場から離れる。さてと、夕飯の用意をするワンを見守るとしますか。

 

 

 

 

 

 

 

 家の中に消えて行った六花を一匹の蝙蝠が見つめていた。その蝙蝠は六花の後ろ姿を見届けどこかへと去って行ってしまう。……だが、何かを覗くということはまたそちらに覗かれていることも無いとは限らない。

 蝙蝠が消えて行った先をゼロが、彼女の薄紅色の瞳が鋭く見つめていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10

アンチ・ヘイトはスリイがキレたみたいに戦うシーンがあってリアス側が怪我する描写があるから付けたんですよね。後何かしら登場人物と戦うからです。決して悪く書くためとかそんな意図はなかったので申し訳ありませんでした。


 もしかしたら少し疲れていたのかもしれないな。

 

「……ふわぁ」

 

 大きな欠伸をしながら俺は起き上がった。夕飯を済ませて部屋に戻りそのまま横になっていたら眠ってしまったらしい。ぼんやりとする頭が徐々に覚醒していき意識がハッキリしてくる。

 

「……にい……ちゃん」

「?」

 

 そこで俺は横から聞こえて来た声に目を向ける。いつ来たのかは分からないがトウが眠っていた。姉妹一の元気娘だけど、やっぱりこうやって静かに眠っている姿は可愛らしい。もちろん寝顔が可愛いというのは姉妹全員に共通するんだけどね。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 うさみみフードが着いたパーカーパジャマを着て体を丸めている眠り姫、こうやってじっくり眺めて思うのは本当にうちの姉妹は顔面偏差値が高すぎる。学校ではグレモリー先輩や姫島先輩、同級生で言うならアルジェントさんという人間離れした美少女も居るには居るのだが、やはり俺にとっては妹たちが一番かもしれない……うん、完全に身内贔屓が入っているな。

 今更な自分の考えに苦笑していると、トウがゆっくりと目を開けた。目元を擦りながら俺を見つけると、ふにゃっと表情を崩して抱き着いてくる。

 

「兄ちゃんだぁ♪」

 

 お腹に抱き着いてグリグリと頭を擦りつけてくる仕草が可愛くて思わず頭を撫でる。暫くそうしていたのだが、手を離すと切なそうに見つめてくるので再び撫でると気持ちよさそうに目を細めた。

 

「兄ちゃんに撫でられるの好きだなぁ」

「言ってくれればいつでもするよ」

「そんな優しい兄ちゃんが私は好き」

「俺もトウが好きだよ」

「うん知ってる……えへへ」

 

 トウは甘えるようにまた抱き着いてくる。そして、少しだけ真剣な声音でこんなことを口にした。

 

「ねえ兄ちゃん、私たち姉妹が家族になって嬉しかったかな?」

「……え?」

 

 こんな問いかけは今まで一度もなくてビックリした。しかし俺が返す言葉は決まっていた。

 

「嬉しかったよ。当時は賑やかな暮らしになるのが単純に嬉しかったのもあるけど、今はトウたちと過ごす世界が何よりも好きだ。今更居なくなられたら困るくらいに」

「……そっか……えい!」

「っ!」

 

 可愛い掛け声の後に俺はトウに押し倒された。俺の心臓の鼓動を聞くかのように耳元を当てながらトウは言葉を続ける。

 

「時々思うの。私は兄ちゃんに出会わなかったらどうなってたのかなって」

「……………」

「大好きな兄ちゃんが居る。姉妹みんなで仲良く暮らせてる……その中心には兄ちゃんが居て、そんな輪の中で暮らしていけることが私は何よりも嬉しいの」

 

 トウの言葉を聞くと俺も思うことがある。みんなが傍に居てくれるからこそ、今俺はこんなにも幸せなのだ。前にも似たようなことを考えたことがあるかもしれないが、今更妹たちに出会えなかった世界のことを考えても仕方ない。俺たちはもう出会ったんだ。出会ったのなら自信を持ってこれからの未来を思い描けばいいんじゃないかって思ってる。

 

「自分でもどうしてそんなことを思ったのかは分からないよ。でもね、何となく自分の中の何かが叫んでいる気がするの。その幸せを手放すなって、もう心から幸せになってもいいんだよって」

「それは……」

 

 ……それは気まぐれなのか、そうしないといけないと思ったのか分からない。ただトウが今にも消えてしまいそうな気がして、俺はそんなトウを力強く抱きしめた。トウは驚いた様子だったが、トウももっと強く抱き着いてきた。

 

 

「私は筋力が何故かよく発達して、力加減が出来なくてドアノブを壊したりとかしたよね。でもその度に兄ちゃんは私を慰めてくれた。もしかしたら兄ちゃんを傷つけてしまうかもしれないことに恐れて、触れられなくなっていた私を」

「……そんなこともあったな」

「普通の女の子ならこんな悩みを持たなくてもいい、最初から“こんな力なんてなければいい”って思ったこともあるの。でも、そんな私を変えてくれたのが兄ちゃんだった。怖がることなく、自分の一部として受け入れる切っ掛けをくれたんだよ」

 

 昔、俺はただ自分に出来ることを精一杯やりたいと思ってトウに接し続けていた。義務感とかそういうのではなく、単純に兄として妹を助けたいと思ったから。思えばこうしてトウが抱いていた気持ちを聞いたのは初めてかもしれない。

 

「今は当然だけど違うの。この力も、エグリゴリにラファエルだってそう。私を構成する力の一部、壊すのではなく守るための力……うん、自信を持って言えるよ。私はこの力を頼りにしてる。もういらないなんて思わない、これからもずっと向き合っていく大切な力なんだって」

 

 そう言ってトウは満面の笑みを浮かべた。

 そうだな……昔のトウは本当によく泣いていた。でもあれから笑顔が溢れて、今では姉妹の中で一番笑顔が多い子になった。元々愛情表現というか、素直に感情を表に出す子ではあったけど、どんな場面を見ても笑顔の方が圧倒的に多い。

 

「そんな風に笑ってくれるトウが一番だな。トウに泣き顔は似合わない」

「えへへ、そっか。うん、兄ちゃんや姉ちゃんたち、妹たちが居てくれるならずっと笑顔で居られる。だから兄ちゃん、ずっと傍に居てね?」

 

 その問いかけに俺は力強く頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ、神里六花。特におかしな点はないわね」

「そうですわね。いくら調べても不自然な点は……いえ、あの子たちがそうですけれど」

 

 駒王学園の一角、オカルト研究部の部室でリアスと朱乃が一枚の写真を眺めて頭を悩ませていた。まだ一誠が悪魔に転生する前に一度、そして最近本格的に交戦したスリイとフォウの関係者と思われる男の子。

 

「学園でも評判は悪くない、むしろ良い方よね」

「ええ、物腰も柔らかいですし仲の良い友人もそれなりに居るようです。……ねえリアス、私たちはまず不確定要素だから危険という考えを外してみるべきじゃないかしら」

「……分かってるわ。土地を任されているから、そんなものは他の人たちからしたらただの押し付けだものね。任されているから答えなさい、答えないのなら敵と見なす……ふふ、大した傲慢な考え方だわ」

 

 人間とは違う悪魔だから、そんなプライドが少しばかりあったのも確かだ。その考えが災いしあの時、スリイからの猛反撃を食らう結果になった。それがたとえ攻撃の意図はなく足止めのつもりだとしても、あちらが攻撃と受け取ってしまったのならこちらに非がある。

 

「あの紫の髪の子、茶髪の子もだけど言葉に出来ない空恐ろしさを感じたわ。明らかに普通じゃない、むしろあの時イッセーがあんなに強く警告してくれなかったら……私は自分を含めあなたたちを失っていたかもしれない」

「リアス……」

 

 リアスは自身の眷属を大切に考えている、何よりも大切で絶対に守らないといけないと思っている。だからこそ、あれほどに強い力を持った存在を警戒するのだ。

 

「せめてこちらに敵対の意思が無いことが分かればいいのだけど……」

 

 幸い今日使い魔の目を通して彼女たちと六花が関係者ということが判明した。学園の生徒ではない彼女たちにコンタクトを取るのは難しいかもしれないが、生徒である彼なら話を聞けるかもしれない。そう考えた時、二人しかいないはずのその場に声が響いた。

 

「ちょうどいいな。ならその話をしようじゃないか」

「え――」

 

 その瞬間、扉が両断されるように斬られた。突然のことに驚いていたリアスと朱乃だが、すぐに警戒態勢を取る。カツカツと足音を立てて入ってきたのは美しい銀髪、薄紅色の瞳に抜群のスタイルを露出の多い服で晒す女性――ゼロだった。

 

「すまないな。結界が張ってあって普通に入れなさそうだったから斬って入らせてもらったよ」

「斬ったって……」

 

 そんじょそこらの力の持ち主では絶対に破ることのできない結界……それを破ったということは自分たちよりも完全な格上、何よりもゼロの姿は使い魔を通して見ていた。つまり、六花の関係者でありあの時自分たちと戦った二人の関係者ということだ。

 

「お、いい椅子だな。フワフワだ」

 

 剣を置いて呑気にそんなことを言うゼロ、リアスと朱乃は相変わらず恐れながらも警戒心を解かないが……ある意味でこうして六花の関係者が現れたことは僥倖だった。

 

「さっきの口振りだと話を聞いていたみたいね?」

「あぁ、単刀直入に言おうか――六花に関わるな」

 

 その瞬間、対面に座っていたリアスは自分の首が体から離れるのを幻視した。ハッとして首元に手を当てるとちゃんと繋がっていて脈を打っている。不安そうにする朱乃の手が肩に置かれ、少しではあるが落ち着きを取り戻した。

 

「私たちのことを色々と調べたみたいだが、先日スリイとやり合ったんだって?」

「……スリイ?」

「紫の髪で鋏を持ったやつ、あの子は私の妹になる」

「妹……そうだったの」

「言ってしまえば六花以外の女はみんな姉妹になる。ちなみに私が長女な」

「そう……」

 

 聞いていないのに次々と開示されていく情報、困惑しながらもちゃんと記憶していく。

 

「私たち姉妹はみんな“そこそこ”戦える力を持っている。だから襲ってくる堕天使やはぐれ悪魔を殺すことはよくあるんだ。六花も堕天使に襲われたことがあって、その流れでこの世界にそう言った人外がいることも知ってる」

「そうだったのね」

 

 その可能性は考えていた。

 それならもしかしたら六花は自分たちが悪魔ということも知っていたのか、それを聞くと拍子抜けするほどあっさりとゼロは答えてくれた。

 

「さて、ここからが本題――私がここに来た意味、そして六花に関わるなという理由になる」

 

 足を組みなおしてゼロは言葉を続けた。

 

「私たちは別に世界をどうこうしようとか、誰かを殺そうとかそんなことを考えているわけじゃない。ただ六花といつまでも幸せに過ごしていければそれでいいんだ。君たちと敵対するつもりはない……まあスリイのことに関しては目を瞑ってくれとしか言えないけれど」

 

 木場や小猫に関しては小さくない怪我をしたものの、あれは自分の判断ミスだとリアスは受け止めている。ゼロの言葉を聞いて文句を言うつもりは一切なかった。そして、ここまでの話を聞いてリアスはゼロが話す前にここに来た明確な理由を察することが出来た。

 

「なるほどね、悪魔の私たちが少しでも関わることで神里君の世界に干渉しないよう止めに来た。それが本題かしら?」

「あぁ、理解が早くて助かるよ。ただでさえ“私たちみたいな爆弾”を抱えているんだ。他のことで気を割かせたくはない」

「……優しいのね」

「惚れた男に尽くしたいって思うのは女の性だと思うけど」

「……ふふ、そう」

 

 情愛に厚いグレモリー家の娘だからこそ、ゼロが本当に六花を、そして家族のことを想っていることが伝わってきた。これで実は嘘で、次の瞬間には剣で刺されたりするなら大した役者だが……リアスはゼロの言葉に頷いた。

 

「分かったわ。こちらから神里君に干渉はしない、もちろんあなたたちにも。その代わり――」

「あぁ、敵対しないし手を出すこともしない。私たちが手を出すのは六花を、私たちの世界を壊そうとするものだけだ」

「それでいいわ……ふぅ」

 

 短い時間だったがゼロとの話は無事に終わった、リアスは小さく溜息を吐いた。ゼロが部室に来た時は思わず殺されるかと思ったほどなのだから。

 後ろで話を聞いていた朱乃もとりあえずは安心してもいいと思って笑みを浮かべた。いつも客人に淹れるようにお茶を出す。

 

「どうぞ」

「お、気が利くな」

 

 そのままグッと飲む。

 

「あら、毒が入ってるとは思わないのね」

「毒が私の体に効くか」

「……どういう理屈なのよ」

 

 あなた人間よね? そんな言葉は呑み込んでおいた。

 

「美味しいお茶だな」

「ありがとうございます。嬉しいですわ」

「……??」

 

 ゼロはギョッとするように朱乃を見た。どうしたのかと朱乃が首を傾げていると、ゼロがこんな提案を口にする。

 

「すまない、ゼロお姉さまって言ってもらえるか?」

「はぁ……ゼロお姉さま?」

「もう少し高飛車な感じで」

「ゼロお姉さま」

「もう少し生意気っぽさを入れて」

「ゼロお姉さま!」

「……なるほど、もういい悪かった」

「どうしたのよ」

「いや……世界には似た顔が三人居ると聞いたことはあるけど、声もそうなんだな。いや、私には同じ声にしか聞こえなかったけど」

 

 うんうんと唸るゼロを見て朱乃は以前に六花に聞かれたことを思い出した。

 

「そう言えば以前神里君に誰かに声が似ていると言われたことがありますが」

「ファイブという一番下の妹だな。もし機会があれば聞いてみるといい、目を瞑って聞けばどちらか分からなくなりそうだ」

「それは少し楽しみですわね」

 

 そんなこんなで、突然ではあったが話し合いは終わった。ゼロとしては六花の安全を、リアスたちからすれば強大な力を持ったゼロたちが敵対しないことを知ることが出来た。もちろんすぐに信用することは難しいかもしれないが、リアスはゼロが家族のことを語る時の優しい目を信じることにした。

 

「リアス・グレモリーよ。そう言えば自己紹介をしてなかったわね」

「姫島朱乃です」

「ゼロだ。今後よろしくすることはないかもしれないけど」

 

 その時はその時というやつだ。

 部室を出て行くとき、思わずリアスはゼロに聞いた。

 

「ねえ」

「なんだ?」

「寒くないの?」

「……六花と同じことを聞くな君は」

 

 誰でも聞くわよ、そんなツッコミは言わないことにしたリアスだった。

 




あくまで姉妹のみんなは六花命なので、敵対しなければ問題はないかなと。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11

「――ということがあったわけだ」

 

 夜、どこかに出かけたゼロが帰って来て色々と話を聞くことになった。まず悪魔であるグレモリー先輩に接触し、お互いに干渉しないことを約束したらしい。俺としてはいきなりのことでビックリしたが、これで妹たちとの生活が守られるのなら何も言うことはない。

 

「また任せっきりだったな」

「気にするな。いいか六花、私たちは君との生活を守るためなら何だってやる」

 

 ゼロはスッと近づいてきて抱き着いて来た。

 

「私だって怖いんだよ。いつ何があるか分からない、それこそ君の身に何かあったらと思うと……」

 

 こんな時、何も力を持っていない自分が惨めに思えてしまう。結局俺は守られるだけの存在、堕天使に襲われた時だってゼロたちが居なければ俺は無残に死んでいただけだ。こうして元気に過ごしていられるのも全部、ゼロたちが居てくれるからだ。

 

「こら、何を考えているかは敢えて聞かないけど本当に気にしなくていいんだよ」

 

 トンと体を押されて俺はベッドに腰を下ろす形になった。そしてゼロに頭を抱きしめられてそのまま胸元に誘われる。ファイブに次ぐスタイルの良さだからこそ、こういう体勢になるとその大きな胸に挟まれてしまう。本当に恥ずかしい、恥ずかしいけど……とても落ち着くんだ。

 

「戦いなんてものは力を持つやつに任せればいい……それに、六花だって守ってくれているだろう?」

「え?」

 

 顔を上げてゼロの顔を見た時、彼女はいつになく優しい表情だった。

 

「私たちの心を守ってくれている。君が傍に居てくれることで、私たちは私たちで在れるんだ」

「……ゼロ」

 

 どうしてかは分からない、ただそうしたかった。

 俺はゼロの背に手を回すように抱きしめた。ゼロは強い、いつだってそうだった。けど、こうして抱きしめてしまえば普通の女の子のように小さい。ゼロは……ゼロたちはこの体に、一体どれだけの強さを秘めているのだろう。少しだけしんみりしながら俺はそんなことを思った。

 

「ふふ、君に抱きしめられると安心するよ。なあもっと強く抱きしめてくれ」

「分かった」

「その代わり、私も思いっきり抱きしめるから」

 

 それから暫くお互いが満足するまで抱きしめ合っていた。そして、ゼロが満足したかと思いきやベッドを背に押し倒される。

 

「ここまで良い雰囲気で私を部屋に帰らせる気?」

「……あはは、それは出来そうにないか」

「もし帰れって言われたら私は泣いてたぞ」

 

 そうして近づいてくる唇、触れ合うだけのキスから徐々に激しく舌も絡ませ合う。股を擦りつけるように動かし、更に手も下半身に伸びてきた。

 

「さあ六花、たっぷり愛し合おう」

 

 その問いかけに俺は頷くのだった。

 ただ……こうなると明日の朝はまた寝不足になりそうだな。そんな不安を抱きながらも、俺はゼロとの行為に及ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 ゼロがグレモリー先輩と話をしたおかげか、悪魔とかそう言った件で俺が呼び出されたりすることはなかった。ただ学園内で目が合ったりすると挨拶をしたり、時間があれば話をする程度にはなった。グレモリー先輩たちは俺との話題に気を遣っているようで申し訳なくなるけれど。

 そんな風に時間が過ぎていくと、ふとワンがこんなことを口にした。

 

「学園……ですか。少し気になりますね」

 

 妹たちはその性質上学園に通うことは……どうにかすれば出来たのかもしれないが、色々と問題があるだろうとして見送ったことでもあった。よくよく考えれば幼いころから一緒に生活してきて、ワンが学園に関して気にしたのはこれが初めてのような気がする。

 学園に通うことは出来なくても、どうにか一緒に歩けたりはしないだろうか……そう思ってグレモリー先輩に言ってみるとこんな返答が。

 

『あら、それならいいモノを用意してあげる』

 

 笑顔で渡されたのは駒王学園の女子生徒が着る制服だ。しかも特殊な魔法が施されているとかで、普通の人にはワンがそこに居るのが当たり前のように認識される代物らしい。だから学園の生徒ではないワンが歩いていても違和感はないそうだ。

 

「ど、どうでしょうか兄様」

 

 目の前でクルッとスカートを揺らして回ったワンに俺は少し見惚れてしまった。ワンの私服でも大層な美少女ぶりだが、こうして制服を着ているというのは不思議な感覚と共にワンの魅力がこれでもかと溢れている。普段のワンは凛々しくはあるけれど、こうして制服を着ていると本当に年相応の女の子にしか見えない。

 

「可愛いよ凄く」

「……うぅ」

 

 頬を赤らめて俯いてしまった……可愛いかよ。

 ゼロはゲラゲラとお腹を抱えて笑い、トウとフォウにファイブは羨ましそうに、反対にスリイは興味はなさそうだった。

 ワンを連れて外に出て学園に向かう。一度帰って来てから今からまた戻るのも変な感覚だけど、ワンに学園がどのような場所か体験してもらえると思えば悪くはない。学園に向かう中、ワンはスカートが気になるのかしきりに視線を動かしている。

 

「普段スカートは穿きませんから気になりますね」

「……あぁ」

 

 普段のワンはスカートなんて全く穿かないからな。そもそもがあまり露出の多い服装を好まないのもあってワンは基本ピシっとした服装だから。

 

「……兄様、腕をよろしいですか?」

 

 頷くとワンは腕を組んでくる。

 こうして制服姿のワンと歩いていると……まあ普通の人は特に何も思わないんだろうけど学生同士のデートにでも見えるのだろうか。

 

「……もしかしたら、こうして学校に一緒に行ったりする世界があったりしてな」

「それは……とても素敵ですね」

 

 ないものねだり、というわけではないが俺たちが生きているのはこの世界だ。……とはいえ、ワンが一緒に学校に通えるのだとしたら色んな意味で大変そうだな。

 

「きっとモテるんだろうなぁ。毎日告白とかされたりして」

「だとしたらその方々には申し訳ないですね。私は兄様を愛していますから」

 

 それで俺が嫉妬の目で見られたり……あるのかなぁ。

 ワンと笑顔で談笑しながら歩いていくといよいよ学園が見えてきた。部活動をする人の声が響き渡る中、ワンはキョロキョロと辺りを見回す。

 いつもより若干子供っぽいその反応に苦笑してしまう。それから校舎に入ってもやっぱり誰もワンを気にした様子はない。ワンが試しにこんにちはと声を掛けても挨拶が返ってくるだけ、凄いな魔法。

 

「……あ」

「?」

 

 ワンが目を留めたのは音楽室のピアノだった。

 

「触ってみる?」

「いいのですか?」

 

 特に何も言われないだろうし俺は頷いた。音楽室に足を踏み入れたワンはピアノへ一直線に向かう。そして触ってみて、一つずつ音を鳴らしていく。

 

「……すぅ」

 

 そして音を奏でだした。

 ……そう言えばワンは基本何でも出来る子だ。文武両道とでも言うのだろうか、おそらく今弾いているモノに曲名なんて存在しないだろう。ただワンの思う音を奏でている……不思議なことに、ちゃんと音と音が繋がっていて聞いていて気持ちがいい。俺は暫くの間、ワンが奏でる音を目を瞑って聞いていた。

 

「……兄様?」

「……お?」

 

 いつの間にか終わっていたようだ。傍に来ていたワンに声を掛けられ我に返った。

 

「……凄いなワンは。思わず聞きほれてたよ」

「ふふ、思うがままに音を出していただけですけど」

 

 だからこそ凄いと思うんだけどな。

 それから向かった先はいつも俺が居る教室、ワンは俺の席に座って大きく息を吸う。

 

「ここが兄様がいつも勉強されている場所なのですね。……不思議な感覚です」

 

 指先で机をなぞりながら目を瞑ってこの場所の空気を堪能しているようだ。そんなワンを眺めながら俺も微笑ましい気持ちになる。そんな中、俺は教室の隅に何かが落ちているのを見つけた。それはどうやら学生手帳で、申し訳ないが誰の物か確認するために中を見る。

 

「……なんだ、兵藤のか」

 

 この学生手帳は兵藤の物だった。

 もうクラスに居ないのは当たり前だが……もしかしたらオカルト研究部の部室に行けば居るか?

 

「兄様、それは?」

「あぁ。兵藤……グレモリー先輩の部活に入ってるやつだ」

「悪魔のですか」

 

 ま、ゼロから話を聞いてるしワンも知ってるか。

 このまま机に突っ込んでおいてもいいのだが、流石に学生手帳はそれなりに大切な物になる。なら直接渡した方がいいだろう。校舎から出てオカルト研究部の部室に向かう中、俺は段々とワンの表情が硬くなっていくことに気づいた。

 

「ワン?」

「兄様、何か大勢いるようです。気を付けましょう」

 

 まあ何かあったとしてもこれを渡すだけだから問題ないさ。

 部室の前に立ち、コンコンとノックをしてもすぐには出てこない。暫くして扉が開くと、姿を現したのは姫島先輩だった。

 

「あら、神里君……それに」

 

 ワンを見て一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにどんな用件かを聞いてきたので兵藤に学生手帳を持ってきたことを伝えてもらった。

 

「俺に? ……あ、すまねえ神里。落としてたのか」

「あぁ、机に突っ込んどいても良かったんだけど大事なもんだからな」

「サンキューな! ……って誰だその美少女は!?」

 

 おい、耳元で声を出すな耳がキーンとしたぞ。

 ワンを見た兵藤の反応はまあ予想できたものだった。ワンはぺこりと頭を下げるだけで特に反応することはない。別に見るつもりではなかったが、こうして兵藤を言葉を交わすと少しではあるが向こうの光景が見えるわけで。グレモリー先輩とは別に、中央に居る時代遅れのホストみたいな恰好をしている男とその男を取り巻くように女が多数いた。

 

「……じゃあ帰るわ俺」

「あぁ……今ちょっと取り込み中でさ」

 

 だろうな、そのまま踵を返そうとしたのだが……そこで男の声が響いた。

 

「なあリアス、まさかあんなただの人間とも交流をしているのか?」

「ライザー、今この場に彼は関係ないわ。話を逸らすのはやめなさい」

「そうだな。おい、そこの人間。とっとと帰るといい、ここはお前のような奴が来る場所じゃない」

 

 ……なんだこいつは。

 思わず足を止めて振り返ってその顔を見た。どこまでも俺を……この場合は人間か、それを見下すような物言いと表情は決していい気分はしない。けどやっぱりそうか、グレモリー先輩と話をしている以上あの男と女たちは人間ではなさそうだ。

 

「何だその目は。人間風情がこの俺に生意気な目を――」

 

 おっと、ジッと見つめたのがマズかったみたいだ。

 彼らに背を向けて歩き出した時、何か後ろでバタバタと音が聞こえた。俺はそれが気になったがワンに声を掛けて帰ることにするのだった。

 

「ワン、帰ろうか」

「はい。帰りましょう兄様」

 

 部室の場所から離れるとワンが再び腕を組んでくる。

 

「……なんか、悪い気持ちにさせちゃったかな?」

「いえ、兄様は悪くなどありませんよ。あのゴミ……コホン、とにかく気になさる必要はないかと」

「そっか。よし、なあワン。このまま帰るのも勿体ないし、制服デートにでも行かないか?」

「制服デート……はい! 是非行きたいです!」

 

 少しだけ怖い顔をしていたワンだったがすぐに笑顔になってくれた。せっかくだし、今のワンと写真とか撮るのもいいかもしれない。俺はワンと共に、今日だけになるかもしれない制服を着たワンとのデートに繰り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六花とワンが去り、部室のドアが閉まった時一誠はその場に腰を下ろした。直接向けられたわけではないのに、身がくすみ上がるほどの殺気に腰が抜けてしまったのだ。そしてそれは一誠だけでなく、リアスたちとその他の来訪者たちも一緒だった。

 

「……何だあの女は……おいリアス。何だあれは!」

 

 人間でありながら生意気にも目を向けて来た六花に生意気だと告げた瞬間、ワンから放たれた殺気に男――ライザーは思わず立ち上がった。眷属たちはライザーを守るために動くことも出来ず、ただ怯えているだけだった。

 そして……。

 

「……………」

 

 銀髪のメイド、現魔王の妻でもある立場のグレイフィアも頬を流れる冷や汗を抑えられなかった。魔王の妻として、そして最強の女悪魔の座を争うほどの実力者でもあるのに、ワンから放たれた殺気にグレイフィアが出来たのはリアスの前に立って壁になることだけだった。

 

(……彼女だけじゃない、何かもう一つ強大な力を感じましたね。あの雰囲気は――)

 

 そこでグレイフィアが見たのは一誠だ。ドラゴンの力を宿す一誠、彼と同じか……もっと大きな何か、一つ言えることは気配は正しくドラゴンのそれだった。

 結局それから話は終わりに向かい、ライザーは自分の眷属を引き連れて帰って行った。残ったグレイフィアは当然のようにリアスに話を聞こうとする。

 

「お嬢様、あれは……彼女は一体何ですか?」

 

 その問いにリアスは小さく溜息を吐き、力強く口を開いた。

 

「グレイフィア、悪いけど話すことは何もないわ。これからレーティングゲームに向けてみんなと話をしないといけない、帰ってくれる?」

「……畏まりました」

 

 気にならないわけがない、だがグレイフィアはリアスから聞いてくれるなという雰囲気を感じて一先ず追及を止めた。戻ったら夫でもあり魔王でもある男に報告……もリアスの表情が過ってやめておくことにした。どうしてかは分からない、ただそうした方がいいという直感を信じることにした。

 

「……ふぅ、一瞬見えましたがあれが彼女の武器でしょうか」

 

 六花が振り向いた時には既に消えていたが、一瞬だがワンが輪っかのような武器――所謂“戦輪”のようなものを手に持っていたのが見えた。……気になることはあるが、何はともあれ。

 

「全く、サーゼクスと旦那様にも困ったものだわ。ああは言ったけど、こんな形で結婚だなんてリアスが反発するに決まってるでしょうに」

 

 これは一度女としてお灸をすえないといけないか、指をぼりぼりと鳴らしながら頓珍漢な提案をした男共のことを考えるのだった。

 




ワン(なんだこいつぶっ殺したろか)
ガブリエラ(やっちゃいましょうかね)

ゴゴゴゴッ!!!

ライザー「なんだあの女は!?」
リアス(聞かないでお願いだから!!)
グレイフィア「お嬢様彼女は一体」
リアス(あ、お腹が痛くなってきたわ)
イッセー「やべえ美少女だった」

という話でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12

 姉妹の中でワンの次にまともを自称するフォウの朝は早い。目が覚めればすぐに身だしなみを整え、リビングに向かい先に起きていたワンの手伝いをする。基本的に他の姉妹はゼロとスリイを除いてまだ起きる時間ではないため、必然的にこの時間にリビングに集まるのはフォウとワンの二人だけだ。

 

「さてと、後はパンを焼いて……フォウ、そろそろ兄様を起こしてきてくれるか?」

「うん。分かったわ」

 

 ワンに指示されて六花の部屋に向かう……まあ、何かない限り基本六花を起こすのはフォウの役目みたいな部分がある。他の姉妹が気まぐれで早起きしたり、そもそも六花が起きていたら残念だが……まだ六花が眠っていたらフォウにとってある意味で至福の時間が訪れる。

 

「兄様? 入るよ?」

 

 控えめにノックをして声を掛けながら入るが、今日はどうやらまだ六花は夢の中のようだ。掛け布団を蹴飛ばして寝ているその様子は、少しだけ幼く見えてフォウは笑みを零す。眠った六花の傍に近寄り、ベッドに腰かけても六花はまだ目を覚まさない。

 

「……兄様」

 

 顔を近づけて大好きな兄の顔を覗き込む。そうだ、この瞬間がフォウにとっては至福の時間。六花と話が出来るだけでも歓喜に見舞われるが、こうやって一方的に顔を覗き込むのも大好きだ。大好き、愛している、どんな言葉を並べても尚足りないほどの愛をフォウは六花に抱いていた。

 手をそっと握ってみる。女であるフォウとは違い男性としての大きな手、フォウはこの手で頭を撫でられるのが好きだった。不安も何もかもを吹き飛ばしてくれるこの手が……大好きなのだ。

 

「兄様、昔の私は本当にめんどくさかったよね」

 

 過去に戻れるなら六花に迷惑を掛けるなと殴り飛ばしてしまいたい衝動に駆られる。

 かつてのフォウは他者への劣等感の塊だった。ゼロのように美しくない、ワンのように何でも出来るわけではない、トウのように愛らしさがあるわけではない、スリイのように頭がいいわけではない、ファイブのように自分の体に絶対の自信を持っているわけじゃない……自分には何があるのだろう、それをフォウはずっと考えていた。

 表面上では偽ることが出来ても、心の中では激しい嫉妬心に苛まれる。たとえ嫉妬しているとは言っても、フォウにとって姉妹は大切な存在だ。自分の勝手な薄汚い劣等感を当たり散らしていいわけではない、だからこそフォウはギリギリの段階で踏み止まっていた。

 

「ねえ兄様、覚えてる? 兄様がキョトンとした顔で私に可愛いし綺麗だよって言ったこと」

 

 あれはふと零れた言葉だった。

 どうして私は他の姉妹のように容姿が優れていないのだろう、そう言葉にした時六花はキョトンとした顔だった。

 

『いや、フォウも凄いレベルの美少女だと思うんだけど。え? 俺の感性がおかしいの?』

『……え?』

 

 姉妹に私は可愛いのかとか、容姿のことを聞いたことはない。だからこそ、面と向かって美少女と呼ばれたのは初めてだった。

 

『可愛いし綺麗でしょ。言っとくけど、容姿だけじゃなくて他の良い所なんて俺はいくらでも言えるぞ?』

 

 そこから始まる六花が思うフォウの良い所発表会だ。マシンガンのように止まることが無い六花に、結局フォウが恥ずかしがってやめてと言うまで続いた。結局の所、劣等感なんてものは自分がどう思うかで変わってくる。もちろん、今でも他の姉妹に対して嫉妬をすることはあるが、それで自分を下に見るようなことは少なくなった……いや、むしろなくなったと言えるかもしれない。

 

「私は私、私が姉妹の誰かになれないように、姉妹の誰かが私になることも出来ない」

 

 ゼロではなくワンでもない、トウでもなくスリイでもない、そしてファイブでもない。自分はフォウという一人の人間だ。六花に出会い、彼を好きになりそして好きになってもらったフォウという存在なのだ。だからこそ、そんな自分に自信を持てないようではいつまで経っても前に進むことは出来ない。

 寝ている六花の手を握り、そのまま頬の位置に持ってくる。

 

「兄様、兄様は大したことはしてないって言うかもしれないけどそんなことはないよ。私は兄様が居てくれたから、兄様の言葉があったから救われたの。……ふふ、何度お礼を言ったか分からないけど、本当に感謝しているんだよ?」

 

 心の底からのお礼をあなたに、そんな風にフォウが浸っていると頭を不意に撫でられる。

 

「……あ」

 

 ビックリして視線を向けてみれば六花が目を開けていた。どうやらフォウが握っている手とは反対の手で頭を撫でているらしい。フォウは一瞬固まっていたが、すぐに頬を赤くしてもしかしてという気持ちになる。

 

「兄様……もしかして……」

「……あぁ、といってもついさっき起きたばかりだから全部は聞いてない」

 

 全部じゃなくても聞いていたということでは……フォウはたまらなくなって六花の胸に顔を埋めた。正直体の関係すら持っているのにこんなことで照れるなと言う人は言うかもしれない。だがそれでも恥ずかしいモノは恥ずかしいのだから仕方がない。

 

「そんな風に思えることも、俺のことや妹たちのことをそこまで思えるのもフォウの優しさだよ。俺はそんなフォウが好きだって自信を持って言えるぞ」

「……えへへ、そっか」

「おう」

 

 単純? でも仕方がないだろう。好きな人の言葉一つでここまで心が満たされるのだ。それは即ち、自分は幸せだということの証明でもある。フォウはこのまま六花の温もりに触れていたいところだったが、本来の用事を思い出して思わずあっと声を漏らした。とはいえ六花もそれが分かっていたのかすぐに用意をするように起き上がった。

 

「おはようフォウ」

「おはよう兄様!」

 

 今日も素敵な一日が始まる……もちろん下りた時にワンに遅いと文句を言われてしまったが、それでも六花から受け取った言葉は何よりも嬉しくて、そしてフォウの活力になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み、弁当を食っている俺たちの組み合わせは少しばかり珍しかった。俺と藍華が隣同士、そして対面に座るのが兵藤とアーシアさんだ。今までアルジェントさんと呼んでいたが、本人から是非名前で呼んでほしいと言われたのでそのようになった。

 

「それにしてもワンさんが来てたなんて……しかも制服! どうして呼んでくれなかったの!?」

「いやだってお前もう帰ってたじゃん」

「それはそうだけど!」

 

 どうやら制服姿のワンが見れなかったことがご立腹らしい。握っている箸を折らん勢いでブンブンと振り回す藍華にアーシアがオロオロとしていた。そして兵藤はというと……。

 

「……神里、お前は既にハーレムを形成してたのか?」

 

 藍華がワンの話題をするということはそれなりの話になるわけで、それで俺には慕ってくれる妹が六人居るという話になり兵藤が何故か羨ましがっていた。そうは言ってもお前グレモリー先輩と仲良いしアーシアさんと一緒に暮らしてるんだろう? それならいいじゃないか。

 流石に藍華が傍に居るので悪魔などの話は出来ないが、何となく藍華は普通に受け入れそうな気がしているのは何故だろう。本当に何となくだけど。

 

「兵藤、制服姿のワンさんはどうだったのよ?」

「とんでもない美少女だったぜ」

「……くぅ! アンタの目を潰して記憶を引っ張り出したい!」

「物騒なことを言うんじゃねえ!」

 

 本当に箸を兵藤に目に突き刺そうとするものだから思わず藍華を羽交い絞めにする。

 

「藍華、ほら」

「? ……っ!!」

 

 俺が見せたのはスマホの画面で、その画面に映っていたのはあの後デートした時に撮ったものだ。俺の横で制服姿のワンが控えめにピースサインをしている。

 

「か、かわいい……」

 

 スマホをぶんどって暫く眺め続ける藍華、これで満足してくれるなら放っておくことにしよう。俺は俺でワンが作ってくれた美味しい弁当をしっかりと味わう。

 

「美味しそうなお弁当ですね。それはどなたが作られたんですか?」

「ワンだよ。俺の弁当とか、普段の食事は全部あの子が作ってくれてる」

「そうなんですか? 凄いですね、本当に美味しそうです!」

 

 本当に美味しいんですよ。

 

「あ、そういえば――」

 

 そこで兵藤がアーシアさんに聞いた。

 

「なんでアーシアは神里を初めて見た時に天使様って言ったんだ?」

 

 お、それは俺も気になっていた。まさか本当に天使のような愛らしい顔にでも見えたのか? 兵藤と一緒にアーシアさんを見つめると彼女は藍華に聞こえないように意識したのか小さな声で教えてくれた。

 

「えっと……自分でも良く分からないんですけど、何となく天使様のような気配を感じて」

「……もしかして神里って天使なのか?」

「馬鹿言え、俺は純度100%の人間だ」

「だよな。部長たちもそう言ってたし」

 

 これで俺が人間じゃなかったら自分でビックリするぞ。とりあえずアーシアさんが俺を天使様と呼んだのは気配のようなものを感じたかららしい。……あぁでも、確かゼロを除いた妹たちの使い魔って天使のようなものと聞いたことがあるような……気のせいか? また今度聞いてみることにしよう。

 俺と兵藤のやり取りを眺めていたアーシアさんがクスクスと笑みを零した。俺と兵藤がどうしたのかと視線を向けると彼女は一度謝って教えてくれた。

 

「こうして普通の学生さんのような生活が出来ていることに感謝しているんです。イッセーさんに出会って、みなさんに出会って、そしてこの学校でもたくさんの友人が出来ました。私、本当に幸せです」

「……へへ、そっか」

 

 ……なるほどな、これが色んな人を惹き付けるアーシアさんの笑顔ってやつか。兵藤とアーシアさんの間に何があったかは詳しく知らないが、こうやって知り合った人が笑っているのは嬉しくなる。兵藤もそんなアーシアさんを見て嬉しそうに笑っていた。

 アーシアさんは兵藤の笑顔を見て頬を赤らめている……ふむ、やっぱりアーシアさんは兵藤のことが好きみたいだな。アーシアさんは目を瞑って胸の前で手を組んで祈る。

 

「主よ、感謝します。私にこんな出会いを――っ!!」

 

 その祈りの途中でアーシアさんはいきなり頭を抱えるように蹲った。俺はどうしたのかと不安になったが、兵藤の口からその理由が語られた。

 

「悪魔になったからお祈りすると頭痛がするんだよ。アーシア、気を付けような?」

「うぅ……またやっちゃいましたぁ」

 

 ……へぇ、悪魔の体って案外そんな弱点があるんだな。

 けどああやって神にお祈りをする人を近くで見たのは初めてかもしれない。教会とかに行けば会えるのかもしれないけど、自分からそんな所に行くほど神への信仰心はないからな俺には。

 

「イッセーさんに神里さんはお祈りとかしたことはないんですか?」

「俺はあるぜ! 前を歩く女子のスカートが捲れるように風を吹かせてくれって!」

「ただの変態じゃねえか」

 

 まあこいつがこういうやつってのは知ってたけど、それを女子の前で堂々と言うなよな。けど……神にお祈りね。俺も特にしたことはない……いや、おそらく誰もが通った道だとは思うけど一つだけあった。

 

「受験に合格するようにって祈ったことはあるかな。言っちまえばそれくらいだけど」

 

 普通に生きてる人なら神という存在にそこまでの意識を割くことはないだろう。神の教えがどうとか、祈れば伝わり必ず助けてくれるとか聞くけど……それで本心から神を信仰するのは何かの宗教に入ってるやつくらいなものだ。

 

「なるほど……うぅ、でも祈りは小さい頃からの教えみたいなものでしたから変な感じです」

 

 妹たちも特に神なんて信じてないし、ゼロに関しては生理的にそう言った存在に対して嫌悪感も感じるらしいけど。……神を信じるアーシアさんを言葉で泣かせそうだなゼロだと。出来るだけこの二人が出会うことがないよう祈ってみようか。な、居るかもどうかも分からない神様よ。

 

「よし、そろそろ教室に戻ろうぜ」

「分かりました! ……桐生さん?」

「……はっ!? 帰るの? 分かったわ」

 

 お前どんだけ俺のスマホ見てたんだよ……。

 それから藍華にスマホを返してもらったのだが……物凄く写真を欲しそうにしてたんだが、流石にワンに断り無しで勝手にあげるのはダメだろう。

 

「そう言えばどんな話をしてたの?」

「あぁ、アーシアさんは幼いころから神様に祈ってたんだと。だけど理由があって今出来なくなったから不思議なんだとさ」

「ふ~ん。別にお祈りくらい普通にすればいいのに」

 

 一般的にはそんな反応になるよな。

 藍華は悪魔のことや堕天使のことは知らない、だからこそ――。

 

『神を愛せば神に愛されるんだよ! ねえ、そうなんだよ!!』

 

 「……?」

 

 何か囁くような声が聞こえて俺は振り向いたが、目の前に広がるのは代り映えのない廊下だ。

 

「どうしたの?」

「……いや」

 

 空耳か、俺は不思議そうにする藍華に何でもないと告げて歩みを再開させる。

 ……けど、神を愛せば神に愛される……ね。生憎とそんなもんを愛する余裕は俺にはない。妹たちだけで十分だよ、愛する存在ってのはさ。

 そこでふと、俺は何故か分からないがゼロが言っていた言葉を思い出した。

 

『絶望なんか世界を探せばいくらでもあるだろ。でもね、君に降りかかる絶望なら逆に私たちがそれを覆い尽くすほどの絶望を与えてやる。君に手を出すってことはそういうことなんだよ』

 

 言葉は怖かったけど頼もしかった……そして、愛されてるなと実感もしたのだ。

 




最初はワンのデートの続きを書いてたんですけど、プリクラ撮りながら繋がったりしちゃう描写になって可能な限り誤魔化しを入れながらやったんですけど、完全に引っ掛かるなと思って消しました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13

 学校で六花が藍華にワンの写真をもらえないかと話をされている時間より少し後、その話題の人物であるワンは六花を含めた妹たちの着る服を畳んでいた。六花の下着を見ると少しだけ早くなる鼓動に気づき、流石にそこまで自分は変態ではないと首を振って平常心を保つ。

 

「これはゼロの、トウの、スリイの……」

 

 妹たちの服と下着を間違えることなく分けていく。こうして見てみると雰囲気もそうだしその佇まいも完全にお母さんのそれだ。六花の両親は海外に仕事に行ってて家事全般を仕切るワンなので、あながち神里家のお母さんと言われても違和感はないかもしれない。

 真面目で勤勉、そんなワンだからこそフォウを除いた妹たちがめんどくさがる家事を率先して行っている。もちろんワンは嫌がっておらず、むしろ進んでやりたいと思っているほどだ。

 

「誰かの役に立つのは好きだ。……そして――」

 

 ワンが思い浮かべるのは六花、ワンは六花に抱きしめられるのが好きだ。そのまま頭を撫でてもらえれば幸せは天元突破するし、キスとかその先までされると周りが見えなくなるほどに六花に甘えてしまう。ゼロに次ぐ姉として、妹たちの模範であるようにと考えているワンだが、六花の前なら本当の意味で気を張らない姿を晒すことが出来る。姉ではあるが、それでも兄に甘えたい妹でもある。だからこそ、ワンは六花と二人っきりになると甘えてしまうのだ。

 

「……ふぅ、少しゆっくりしようか」

 

 ずっと同じ体勢だったから少し肩が凝ってしまった。腕を回して解し、よし続きをやろうとしたところで壁に掛かっていた制服が目に入った。

 学園で六花がリアスにもらった制服だ。特殊な魔法が施されており、部外者のワンが着ても違和感なく見られる代物。この制服はワンにとって、六花との新しい思い出を作ってくれた服でもある。

 

「制服でのデート……楽しかったな」

 

 本当に楽しかった、それが素直な感想だ。

 いつもの私服と違い、制服を着てのデートはワンにとって新鮮な感覚だった。ワンと言う浮世離れした美しさを違和感として認識されないということはつまり、普通の女の子として見られるということ。六花と一緒に買い物をしている時、店員から六花を彼氏ですかと聞かれたことがあった。妹です、そう答えようと思ったのだが、少しだけ見栄を張りたくなってしまった。

 

『そ、そうです!』

 

 普通の人間に対してワンは基本物怖じしたりはしないし言葉に詰まることもない。だがその発言だけは緊張を伴った。六花も聞いていたしもしかしたら迷惑な言葉だったか、言ってしまった後にそんな後悔に駆られもした。けれど六花は一瞬驚いた様子だったが、すぐにワンの肩を抱いて『彼女なんです』と言ってくれた。

 

「……うぅ」

 

 何度思い返してもあの言葉はとても嬉しくて、同時に恥ずかしさを思い出してしまう。頬に集まった熱を気にしながら、ワンは六花と一緒に買い物を楽しんだ。そして、極めつけはプリクラというものをやりたくなったこと。トウが以前に六花とデートをした時に撮ってきたそれを見て、機会があれば自分もやってみたいと思っていたのだ。いい機会だった、六花と一緒に色んな装飾を施しながら楽しむ時間は本当に楽しかった……けれど、狭い機械の中とはいえ六花と二人っきり……甘えたい自分が出てきてしまった。

 

『兄様……私、体が熱くて』

 

 自分たち姉妹は性欲が強い、それはこの体が抱える宿命とも言えるモノだ。いつもの凛とした自分と違う、そうは思っても体が疼いて仕方がなかった。もう抑えられない、その様子は六花も分かっていたのかもしれない。幸いに人払いの魔法が使えるし音も消すことが出来る。だからこそ心配はない……というのもおかしな話だが、誰かに見られる心配は微塵もなかった。

 

「……はぁ。私はこんな破廉恥な女だったのか」

 

 性欲に関してはある程度制御が出来ると自負しているが、こんなことがあった後ではそんな自信も失われていく。しかも一度始めてしまえば五感が常人よりも発達しているこの体のせいで本当に耐えられない……つまり何が言いたいかと言うと感じすぎてしまうのだ。

 幸いと言うべきか、普段は自分で制御できるのは助かった。六花とそういう雰囲気になった時のみタガが外れてしまうのは良いことなのか悪いことなのか分からないが。とはいえ、だ。

 

「……また制服デートしたいな」

 

 しわにならないように制服を手に取った。デートなんて今まで数え切れないほどにしてきたが、こう言った形でのデートも癖になってしまう。どうやらワンは自分が思っているよりも、六花と言う存在に溺れているらしい。いや、それこそ今更なことかもしれない。

 

「兄様、好きです。早く帰ってこないかな」

 

 制服を手に持ってワンは早く六花が帰ってくることを望む。

 ……そんな様子を僅かに開いたドアから覗く瞳が6つ。

 

「……ワンお姉さま、どうしたんです?」

「顔を赤くしたと思ったら切なそうな表情……」

「きっと兄様を想ってるのよ。私には分かるわ!」

 

 トウとフォウ、ファイブがワンを盗み見ながらそう話す。妹たちに見られているとも知らず、ワンは六花のことで頭がいっぱいだ。しわにならないようにと思っていたはずなのに、ついつい力が入ってしまって強く握ってしまう。

 暫く制服を見つめたワンはあるものを保管している場所に向かう。それは六花と一緒に撮ったプリクラの数々。一枚一枚がワンにとっての大切な思い出となる……けれど、最後の方に行った時にワンは顔を赤くしてボソッと呟く。

 

「……流石にこれは持っていられないな」

 

 女としての恥ずかしい部分をすべて曝け出し、丁度写真が撮られた瞬間がワンの一番良かった瞬間……情けない顔だ。思わず見ていられず大きな音を立てて隠すように引き出しにしまった。そこで冷静になり気づけたのだろう、盗み見る妹たちの視線に気が付いた。

 

「お前たち、何をしている」

「マズいですわ!」

「逃げるが勝ち!」

「ちょ、ちょっと置いていかないでよ!!」

 

 別に怒りはしないのだが、妹たちはさっと逃げて行ってしまう。ワンは見られていたことに少し溜息を吐き、妹たちにですらあの写真を見られるわけにはいかないなと考える。もしゼロなんかに見られたらずっとネタにされて揶揄われそうだ。それこそ鬱陶しくなって戦いが勃発するかもしれない。

 

「……残りの洗濯物を畳もう」

 

 洗濯物が畳み終えたら冷蔵庫の中身が少し寂しくなってきたので食材の買い出し、それから……っと、神里家の小さなお母さんは本日の予定を改めて組み直すのだった。

 ……けど、それでもたとえワンでも疲れが出ることはある。少しだけ眠ろうと、ワンはリビングのソファに横になるのだった。

 

「……すぅ……すぅ」

 

 無防備な寝顔に規則正しい寝息、そして時を刻む時計の音だけがその空間に響いている。そんな時にドアがガチャッと音を立てて開いた。ワンはその音に少し身じろぎしたが起きることはなく、入ってきた人物は一瞬目を丸くしたがすぐに静かにしようと足音を立たなくした。

 

「すっかり眠ってるな」

 

 入ってきたのはゼロだ。もう昼を過ぎているというのに今起きたのか髪の毛が酷いことになっている。爆発しているわけではないが、それくらいにボサボサで普段の綺麗な銀髪は見る影もない。ただこんな風になっていても少し手入れをすれば艶がありサラサラな銀髪になる……世の女性が妬みそうな髪だ。

 働いたら負けという文字が入ったシャツに下は下着のみ、女としての何かを捨てたようなその姿に六花が居たら間違いなく溜息を吐くことだろう。

 

「お、あったあった」

 

 冷蔵庫からコーラを出してコップに注ぎ、そのまま腰に手を当ててグッと喉に通す。強い刺激が喉に伝わるが炭酸はこれが良いんだとゼロは飲み干した。潤った喉に満足したゼロはワンの傍に近寄って彼女の顔を覗き込んだ。

 

「……やっぱり違和感があるな。けどこの違和感は悪くない」

 

 ゼロが口にした違和感、それはワンと共に同じ屋根の下で暮らしていることを指している。自分とワンは決して相容れない、敵対している方がしっくりくる……どこかそんな考えがあった。しかしこうして平穏に暮らしていることをゼロは嫌ではない。妹たちが居て、六花が居て、そこに自分が居ることが何よりも幸せだと感じている。だからこそ、こうやって時折胸に抱く違和感は決して悪くないと口にしたのだ。

 

「普段こんなことは言わないからな。よく聞いておくように――ありがとな、ワン」

 

 優しく、決して起こさないように注意を払いながらワンの頭をゼロは撫でた。いつもいつも部屋に持ってきてもらうから今日くらいは自分で下着とかを片付けよう。そう思ってゼロは並べてあった自分の下着と服を手に持ちそのまま自室に戻ろうとしたのだが……あぁ神よ、あなたは残酷だ。

 

「……?」

 

 どうしてそこを見たのか分からない、ただ少し不自然に引き出しが開いていたのだ。その場所に吸い寄せられるようにゼロは向かいその引き出しを開いた……そして、見つけてしまった。

 

「……あ」

 

 駒王学園の制服に身を包み、六花の六花に串刺しにされながらも蕩けた表情でカメラに目を向けて喜ぶワンの姿……ゼロ、最高のネタを掴んだ瞬間だった。

 

「……ぅん……ううん」

 

 そこで目が覚めたワン、ワンは目を擦りながらゼロの背中を見つめた。

 

「……ゼロ? なんだ、今起きたのか」

 

 ワンの問いかけにゼロは反応しない、ワンがどうしたのかと首を傾げるとゼロはヒラヒラと手に持ったそれを見せた。

 

「……っ!?」

 

 若干寝ぼけていた頭が一気に覚醒した。

 ワンは戦輪を取り出してそのままゼロに向かい、ゼロもワンを迎え撃つように剣を構えた。神里家のリビングにて今、ツートップの実力を持つ妹二人がぶつかった。

 

「ワン、随分と楽しいことをしてたみたいじゃないか」

「黙れ! ゼロ、それを渡せ!」

「はん! こんなネタになるもの簡単に渡せるとでも!!」

 

 ワンを振り払うようにゼロは剣を薙ぐ。そしてそのまま裸足で外に出てミハイルを呼び出した。

 

「来いミハイル!」

『なになに~!?』

 

 光と共にミハイルが現れ、ゼロはその背に乗って上空へと飛び立つ。もちろん一般家庭からドラゴンが現れたらパニックになるため、不可視の魔法も忘れずに使っておく。物凄い勢いで空に飛んだゼロとミハイルを追うためにワンもガブリエラを呼び出した。

 

『全くこんな用でアタシを呼び出すなんて……まあでも、女としてあの顔は致命的よね』

「いいから追うぞ!」

『分かったわよ。仕方ないわね』

 

 ガブリエラもミハイルに勝るとも劣らない速度で飛翔した。だが僅かながらガブリエラの方がスピードが速く、徐々にその距離は縮んでいく。ある程度の距離になった時、ワンはガブリエラの背中からミハイルの背に居るゼロに飛び掛かった。

 再び剣と戦輪がぶつかり合う。ミハイルは自身の背で行われる戦いに恐怖心が勝り、思わず体勢を崩してしまった。

 

「ちっ!?」

「っ!?」

 

 ミハイルの背から落とされた二人だが、そのまま攻撃の応酬が続く。こんな不安定な戦いだと言うのにゼロは写真を手放さない……凄まじい執念だ。お互いに重い一撃を放ちその距離が離され、再びお互いの相棒の背中に飛び乗る形となる。

 

『ねえゼロ、一体何があったのさ』

「ワンにとってぜっっっっったいに見られたくないものを手に入れたんだよ」

『へぇ~なにそれ~!』

「ミハイル、見たら殺す」

『ええ~!?』

『これじゃあ子供の喧嘩じゃないの』

 

 ゼロからしてもワンを振り切るのは難しい、だがそれでも逃げ切ればとっても楽しいことになる。しかし、今だけは運と言うモノはワンの味方をしたらしい。一際強い風が吹き、一瞬の隙を突くようにゼロの手から写真を吹き飛ばした。

 

「あああああっ!?」

 

 そしてそれをワンは見逃さなかった。

 

「今だ!」

『わかってるわよ!』

 

 こんなくだらない争いでも主人の必死な想いには答える、ガブリエラのブレスが写真を撃ち抜き消し炭にすることで恥ずかしいあの姿は闇に葬られることになった。

 

「あ……あぁ……」

「ふん、正義は勝つ」

 

 心底悔しそうなゼロにドヤ顔で勝利宣言をするワン……さっきと真逆の表情である。空を飛びながら二対のドラゴンはお互いに顔を見合わせる。

 

『ねえねえ、結局ボクたちはなんで戦ったの?』

『アンタはそのまま純粋で居なさいな。くれぐれも主人に似るんじゃないわよ?』

『う~ん? うん! 分かった!』

 

 そこは頷くなよ、そんな思いの込められた拳にミハイルが泣くのもお約束だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は過ぎる。

 リアスの婚約騒動が六花の与り知らぬ場所で解決され少しした時、六花の前に二人の人物が現れる。

 

「やあ、君が神里六花君かな?」

「……(ペコリ)」

 

 以前見た銀髪のメイドであるグレイフィア、そして彼女を従えるリアスと同じ髪色の男性……何かめんどくさいことが起こる予感を感じる六花だったが、そんな男性の元に紅い魔法陣が現れる。

 

「なんだ、来たのかいリア――」

 

 ガツンと、一発の拳が男性の頬をぶち抜いた。そのあまりの速さに男性はおろかグレイフィアも目を丸くするほどだった。魔法陣の光が収まり現れたのは肩でぜぇぜぇと息をするリアスと六花に向けて手を振る朱乃の姿。

 

「全くもうこの人は!! ごめんね神里君、何も気にしなくてもいいからね?」

 

 気絶した男性の胸倉を掴んでリアスは再び魔法陣で消えてしまった。グレイフィアは消える直前、小さく溜息を吐いて六花に顔を向けて一言。

 

「ご迷惑をおかけしました」

 

 そう言い残し消えてしまった。

 

「……何が起きたのよ」

 

 呆然とする六花から至極当然の疑問が口にされるのだった。




姉妹の笑顔はたくさん書いていきたいです。

エクスカリバー編に関しては少しご容赦を。

ヒント、実験の犠牲になったのはどんな人たち?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14

 俺の前に現れた二人の人物、銀髪のメイドさんと紅い髪の男性についてグレモリー先輩が教えてくれた。男性はグレモリー先輩の兄であり悪魔が住まう冥界を統べる魔王の一人で、メイドさんはそんなお兄さんの嫁さんらしい……すまん、情報量が多すぎるんだが。

 どうして俺の前に現れたのか、単純に興味を持ったかららしいがどうして俺に興味をという疑問は尽きない。とりあえずあの人に関しては気にしなくていいとグレモリー先輩が言っていたので気に留めなくてもいいだろう。魔王がどんな存在なのか分からないが、めんどくさいことになりそうな気しかしない。

 

「……兄さん、何か別のことを考えてる?」

 

 おっと、どうやら考え事をしていることに勘付かれたらしい。俺の右腕を抱きしめるようにしているのはスリイ、彼女は俺の顔を覗き込むように見上げていた。女性は勘が鋭いというが、どうやらそれは嘘ではないらしい。確かにこうして妹とはいえ女の子と二人で出かけている時に別のことを考えるのはマズかったな。

 

「ごめんな。さて、デートに集中しよう」

「うん。でも……」

「どうした?」

「謝る必要はないよ。どこまで行っても今兄さんを独占しているのは私だから」

 

 ギュッと少しだけ腕に込められる力が強くなった。

 基本スリイは昼間は寝ていて夜に行動することが多いのだが、今日は珍しく起きていた。それでちょうど俺が暇しているのを見てスリイがデートに誘ってきたのだ。いつも昼間はパジャマ姿しか見ないのにこうして私服を着込んでいるスリイを見るのは若干新鮮な気分である。

 

「……?」

「兄さん、こっち」

 

 目の前に怪し気なフードを被った二人組が居た。体のライン的に女性……かなこれは。ただこんな真昼間からその出で立ちは少し異様で、スリイが俺の手を引いて端に寄ったが安心してくれ。こんなの前にしたら誰だって自主的に道を譲る。

 

「兄さん、あれたぶん裏の人間。目を合わせないで」

「分かった」

 

 この街裏に繋がりのある人物多すぎ問題。

 スリイと一緒に件の二人から距離を取って歩く俺たち……だったが、目を向けないでいたつもりがふとあることで向けてしまう。それはある意味でどうしようもないことだった。

 

「……ゼノヴィア、お腹空いたんだけど」

「我慢しろ。後少しで――」

 

 その声に俺は……いや、スリイも目を丸くしながら視線を向けた。しかも足を止めるというオマケ付きだから向こうの二人もどうしたことかと俺たちを見る。

 

「……どうも」

「? どうも」

「こんにちは?」

 

 クールな声と可愛らしい声、俺とスリイは二人に妙な視線を向けられながらもお互いに目を見合わせる。

 

「……スリイ、あれは振り向いちゃうって」

「うん。普段の声のトーンは違うけど、前に試しにってお酒飲んだ時の声に似てる」

「あぁ……」

 

 スリイの言葉を聞いて俺は深く頷いた。

 さて、俺たち二人がどうしてこのような会話をしているのか……簡単な話だ。言ってしまえば以前にもあったが姫島先輩と同じ現象だ。フードを被っていて見えづらいが、髪の長い女の子の声がゼロに似ていた。普段の声のトーンとは違うが、それでも凄く似てると思ってしまうくらいにはそっくりだ。

 

『少し気分が良くなってきたな。味も良いし』

『ふ~ん。ねえゼロ姉ちゃん、試しにこの漫画のキャラの台詞言ってみて!』

『いいだろう。今の私は寛容だからな……えっと何々? “闇に飲まれよ!”でいいのか?』

『普段なら絶対言わないであろう台詞をこうも易々……お酒恐るべし』

 

 

 いや未成年だから……ゼロたちは年齢不詳だしいいのか? う~ん。っと、そんな風にスリイの言葉で思い出した過去の光景だったが、ハッと我に返って目の前の二人に意識を戻す。相変わらず二人は俺たちを見ているが、特にこうしていても何もないため彼女たちには悪いがそのまま去ることにした。

 

「スリイ」

「うん」

 

 一緒に歩き出そうとしたが、肩に手を当てられて動きを止められる。俺の肩を掴んだのは青い短い髪の女だ。その女はいきなりこんなことを言いだした。

 

「こうして出会ったのも何かの縁、君は主……神を信じるかい?」

 

 その問いに俺はあぁと頷いた。

 

「受験の神様なら信じてるよ」

「……受験?」

 

 首を傾げる彼女を振り払うように俺は歩みを進めた……のだが、スリイがボソッと呟く。

 

「くだらない問いかけ。神っていう存在が人を助けることなんてない、やつらがするのは人の不幸を嘲笑うこと」

「なっ!?」

 

 スリイの言葉に信じられないと言わんばかりの目をしている。後ろに控えるゼロ似の声の子も似たような目だ。スリイはもう興味がないと言わんばかりに振り返り、俺の腕を抱いて歩き出した。俺としてもスリイがあそこまで言うとは思っておらずビックリしたが……まあ確かに、神が人を助けることはないというのは同感だ。ま、ただ単に居ても居なくてもどっちでもいいって思ってるだけなんだけどさ。

 そのまま歩いていく俺たちの背に声が届く。

 

「嘆かわしいな。罰当たりなことだよ本当に」

 

 まあ神とかそう言ったものを崇拝する連中からすれば異端なんだろうな。俺には良く分からないけど。

 

「嘆かわしいな。そんなものに縋るあなたたちが」

 

 間を置かずにスリイのカウンターが放たれた。

 思いっきり背中に敵意を感じるんだが……結局彼女たちとの邂逅はそれで終わった。敵意を感じた時スリイが手元に鋏を持っていたから少し怖かったんだ。

 

「はぁ……にしても何だったんだあれは」

「何のこと?」

 

 ……そしてもう忘れてらっしゃる、流石ですよスリイさん。

 謎の二人組のことは気になるが、今はスリイとのデートに集中することにしよう。とはいえデートとはいってもスリイが相手だと甘酸っぱいイベントとかはそうそうない。スリイが行く先がゲームショップだったりするからだ。

 

「これいい」

「コントローラー?」

「うん。前に買ったやつスティックが壊れちゃったから」

 

 結構ガチャガチャと激しく使ってたもんな、パソコンのゲームならキーボードとマウスを使ってるのも見たことあるけど手元が見えない。何をしているのか分からないレベルで手元が動くから画面を見るよりそっちを見る方が楽しかったりする。

 

(……若気の至りか、少し悪戯したこともあったな)

 

 ゲームに夢中なスリイの……その、何だ。大事な部分を弄るというか、スリイは段々と息が荒くなるけど手元が狂うことはない。まあ結局そんなことをするということはお互いに昂っているわけで、結局ベッドに行くことになるんだけど。

 

「もういいのか?」

「うん。兄さん、お腹空いた」

「了解。ファミレスにでも行くか」

「あそこ? うん、分かった」

 

 妹たちと出掛けた時によく行くファミレスに入って注文する。お互いにあ~んをしたりしながら主食を済ませ、スリイが美味しそうにデザート食べるのを見つめていると背後に座っている人たちの声が聞こえて来た。

 

「りっちゃんすぐ彼氏出来て羨ましいなぁ」

「ふふん、まあアタシみたいな美人だと男なんて向こうから寄ってくるからさ」

「自信過剰じゃない? でも、本当にアンタは美人だからその通りなのよね」

 

 何とも言い難い会話の内容に思わず苦笑してしまう。そこまで大きな声でもないから周りの迷惑というわけでもないけど、すぐ後ろに居るものだからその内容がバッチリこちらの耳に届く。

 

「ねえりっちゃん、いい男の人紹介してよぉ」

「えぇ困っちゃうな。でも何人か候補は居るから教えてあげてもいいわよ」

「……はぁ、天狗になっちゃってまあ」

 

 それにしてもここまで言うくらいならそんなに美人なのかな。そこで俺はスリイを見つめてみる。伸びるのが早いがきちっと手入れされている髪は綺麗だし、顔立ちはモデルなんて目じゃないくらいに整っている。スタイルも抜群だし性格も……性格は一旦置いておこうか。俺にとっては可愛い妹で、大切な家族で、愛する人で……そうだな、どんな存在が居たとしても俺にとってスリイを含めた妹たちが何よりも――。

 

「兄さん?」

「おわっ!?」

 

 向かいに座っていたはずのスリイがいつの間にか隣に居た。吐息が届くほどの距離、どうやら彼女がここまで近づくのに気づかないくらい考えに没頭していたらしい。

 

「……なあスリイ、やっぱり何を考えても俺は君たち妹が大切だよ」

「あ……っ!」

 

 肩を抱き寄せて思いっきり抱きしめる。ファミレスの中だろうが知ったことか、俺は周りを気にすることなくスリイの体温を感じていた。

 

「……ふふ、私も兄さんが大切。大好き、愛してる。ずっと一緒に居たい」

 

 暫くスリイと見つめ合っていると、背後に居た女性たちが立ち上がる音が聞こえた。彼女たちは話をしながら俺とスリイが座る場所を横切る。

 

「りっちゃん約束だよ?」

「任せなさいって。超絶美人のアタシが紹介するんだから大丈――」

 

 途中で声が途切れた。

 なんだと思って俺がそちらに視線を向けると、彼女たち……正確には真ん中に居た女性が俺の腕に抱かれているスリイを見て目を見開いていた。なるほど、この子が自信満々だった女の子か。確かに美人だとは思うけど俺の心には何一つ響かない。あぁスリイという比較対象がそもそも勝負にならないのか。

 

「……凄い綺麗」

「超絶美人だわ」

「っ……帰るわよ!」

「あ、待ってよりっちゃん!」

「……(ペコリ)」

 

 

 そのまま彼女たちはファミレスを出て行った。

 彼女たちを見ていたスリイは小さく首を傾げていた。

 

「……どうして私を見てきたの?」

「さあな。勝てないって思ったんじゃない?」

「? ただの人間に私は負けない」

「あはは、そうだな。うん、そうだ」

 

 俺にも声が聞こえていたくらいだしスリイも聞いてておかしくないと思ったけど、どうやら本当にデザートに夢中で気にならなかったみたいだ。不思議そうに見つめてくるスリイが可愛くて頭を撫でた。サラサラとした感触に癖になりそうである。

 

「兄さん、兄さんに撫でられるの好き。もっと撫でて」

「分かった」

「……♪」

 

 それから暫く、俺はスリイが満足するまで頭を撫で続けるのだった。

 

「今日は良い日だった。みんなに自慢しないと」

 

 再び腕を組んだスリイがそう言った。

 できれば喧嘩にならないように、煽ることがないように注意をしようとした時、鼻がムズムズとして大きなくしゃみが出た。次いで喉に違和感を感じて咳が出る。

 

 

「げほっ……こほっ!」

 

 ……少し喉がイガイガするか? もしかして風邪?

 

「兄さん風邪?」

「……いや、どうだろうな。一応咳止めくらいは飲んで寝るよ」

「うん。そうした方がいい。兄さんにはずっと健康で居てもらいたいから」

「そうだな。スリイたちには心配掛けないようにするよ」

「うん♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

「こほっ! こほっ!」

「トウ、風邪か?」

「あはは、おっかしいな。ちょっと喉の調子が悪いのかなぁ」

 

 リビングでのんびりしていた咳をしたトウにワンが視線を向けた。普通の人間より遥かに丈夫な体を持つ彼女たちだ。風邪なんてものからは縁遠いはずだが、もしかしたらある意味で奇跡のような限りなく低い確率でトウは風邪を引いたのかもしれない。

 

「……?」

 

 ふと、トウは辺りを見回した。相変わらずの神里家のリビング、ワンが傍に居るだけで特におかしなことはない。だが……トウは何かの違和感を感じるのだった。

 

「……声?」

 

 分からない、何か幼い子供の声のようなものが聞こえる。

 何人もの子供が混ざり合ったような……楽しそうな声、苦しそうな声、悲しそうな声、ありとあらゆる感情を混ぜ込んだような声が僅かに聞こえる。以前見た夢のような何かを想起させるが、幸いにもパニックになるほどではない。

 

「トウ?」

「あはは、ごめんワン姉ちゃん。ねえ、何か手伝うことはない?」

「そうだな……それじゃあ――」

 

 ワンと共に家事を始めるとその声は聞こえなくなり、気のせいかとトウは家事に集中した。

 

 ワンとトウが二人並んで家事をしているその時、庭に咲いていた花に僅かな変化が起こる。白色の花びらが僅かに青白く輝き、そして真っ赤に染まるように色を変えた。だが、その変化もすぐになくなり元通りの白い花となった。

 

「……?」

 

 近くで花の水やりをしていたファイブが何かを感じて首を傾げるも、やっぱり気づけるものは何もない。少しだけ強い風が吹き花も揺れる。ファイブが掛けた水が一粒、また一粒と落ちていく。まるで花が泣いているようにも見えたのは考え過ぎだろうか。




「な、なんだよこれ……」

「外に出ていろ! おいリアス! それからそこの眼鏡もだ。精々気を抜いて結界を弱めるなよ! やつの毒が外に漏れださないようにな!!」

『ゼロ! どうするの!?』

「まずは蜘蛛の動きを止める。それからトウを気絶でもさせて止める。安心しろ、殺しはしないさ」

『分かった! 頑張るよ!』

次回、祝福の天使


みたいな次回予告を書いてみる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2月14日

一休み回。
次回は本編。


 これは物語が始まる少し前、高校1年の2月14日のお話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 バレンタイン、それは世の男子が待ちに待ったイベントの一つではないだろうか。

 恋人がいるならその相手からチョコをもらったり、そうでないなら気になる子からチョコがもらえるかと一喜一憂したり、義理チョコでもいいからもらいたいと願う男子と様々だ。

 

「……みんなソワソワしてるな」

 

 机に座って俺は周りを眺めていた。

 女子は女子で気になる子に顔を真っ赤にしてチョコをあげたり、義理チョコを何食わぬ顔で配っている子もいる。男子は男子でチョコをもらえて喜んだり、その相手に親の仇でも見るような目で睨んだりと忙しそうだ。

 

「六花」

 

 俺の元に近づいてきたのは藍華、彼女の手には綺麗な包みがされた物が。

 

「はい、チョコ」

「いいのか? ありがとう」

 

 ここに通うようになってから知り合ってもうすぐ一年経つことになるわけだけど、まさか藍華からチョコをもらえるとは思わなかった。

 

「何よその顔、私だってチョコくらいあげるっての」

「そんな変な顔をしてたか?」

「私からもらえるとは思わなかったみたいな顔してたもの」

「……鋭すぎて怖くなるよ」

 

 どうしてこう女性って生き物は勘が鋭いのだろうか、うちの妹たちも大概だけど藍華も鋭い。藍華は俺の隣の席から椅子を拝借して座った。それから朝礼が始まるまで駄弁るわけだけど、そこでクラスメイトの一人である片瀬という女の子が近づいてきた。

 

「おはよう神里君。チョコだよ」

「サンキュー」

「ちゃんと食べてよ? それじゃあね」

「あぁ」

 

 手を振って片瀬が離れて行く。

 

「片瀬さんとも親しいの?」

「親しいと言うか……まあ色々あってな」

「? まあ言いたくないなら無理には聞かないわ」

 

 こうしてチョコを二つもらったわけだけど、こういうのが普通だよな? うん、これが普通だ。去年のことを思い出すと少し疲れが出てくるが……今年も少しは覚悟しておいた方がいいかもしれない。

 

「仮に私たちが六花にチョコをあげなくてもいくつかは確定でもらえるし幸せ者ね?」

「……そうだね」

「??」

 

 首を傾げる藍華に見つめられながら、俺は少し遠い記憶を呼び起こすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 六花が遠い目をして去年のバレンタインを思い起こしているその時、神里家のリビングに六花の妹たちが勢揃いしていた。六人の前にはチョコの材料、作るための道具、そして姉妹それぞれの髪の色と同じエプロンが置かれていた。

 

「さて、今年もこの時期が来たわけだけど……私はまず言いたいことがある」

 

 皆の中央に立つワンが言葉を続ける。

 真剣に聞こうとしている妹たちとは別に、ゼロはめんどくさそうに欠伸をしていた。そんなゼロの様子を見てワンの眉間に皺が出来上がり、そして強い口調で言い放った。

 

「まず、体にチョコを塗って私を食べては禁止だ」

「なん……だと……」

 

 呑気に欠伸をかましていたゼロが呆然とした。そう、何を隠そう去年のバレンタインでゼロが実践したのがこれだ。体の大事な部分にチョコを塗りたくり、六花の部屋に突撃して色んな意味で美味しく頂かれたのだ。

 その時のことを思い出したのかフォウがゼロを見ながら口を開く。

 

「流石にあれはゼロ姉さま下品よ。やっぱりちゃんと手作りチョコを――」

「……ほ~?」

「な、何よ?」

 

 ゼロはフォウのこれでもかと見つめながらカウンターをするかのように言葉を返す。

 

「あの時チョコと六花のアレが混ざったモノをおいひ~♪ って言いながら一心不乱に口に含んでいたのはどこの誰だったかなぁ?」

「言わないでえええええ!!」

 

 フォウ、撃沈。

 次にワンが視線を向けたのはスリイだ。

 

「チョコに媚薬を入れるのも禁止だ」

「っ!?」

 

 ビクッとスリイの体が震えた。どこから仕入れてきたのか分からないが媚薬入りのチョコを六花に渡そうとして、それに気づいたワンが六花の口に入る前にスリイの口に押し込んだ。段々と荒い息を吐くスリイを縛り付けて放置、その時のことを思い出したのかスリイは顔を青くする。

 

「あれは死ぬかと思った。体が火照り続けてるのに動けないから」

「結局解放された後に慰めてもらったではありませんか」

 

 してもらわないと狂っちゃうなんて言われたら六花も拒絶できなかった。ただ縛り付けたワンも若干罪悪感を感じたのは確かだった。本当に切なそうで辛い表情をしていたし、スリイが座っていた場所は洪水でも起きたのかと言わんばかりだったのだから。

 結局色々と問題があったがちゃんとしたチョコを作ったのはゼロとスリイを除いた妹たち。

 

「というわけで、今回は姉妹揃ってちゃんとしたチョコを兄様に贈ろう」

「賛成!」

「もちろんですわ」

「分かった!」

「……はぁ、仕方ないか」

「兄さんに喜んでもらう」

 

 そこからは大変だった。

 各々がイメージするチョコを作るのだが、お菓子作りに慣れているトウとフォウを除いてワンは目が離せない。それでも何とか姉妹のみんながチョコを作ることが出来た。丁寧な作りのもあるし、不格好な形のもあるがそこは個性のようなものだ。六花に食べてもらいたい、そんな想いがこれでもかと込められているので形なんて些細な問題だ。

 

「美味しそうですね……少し食べてみたい気持ちもあります」

「余分に作ってある。食べてもいいよ」

「本当ですか!?」

「私も食べる!!」

 

 パクパクと口に運ぶトウとファイブを見てワンは笑みを浮かべた……だがすぐに、何故か分からないが溶けたチョコレートを魔法を使って保存した。チラチラと周りを見たがそれに気づいた者はおらず、ワンはふぅと息を吐き出した。

 そして時は流れて夕方、六花が帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

 ベッドに腰を下ろして俺は妹たちからもらったチョコを見た。

 どれを誰が作ったのか分かってしまうのは個性が出ているからだろうか、俺はまず少しだけごてごてした形のチョコを手に取る。

 

「これはゼロかな?」

 

 口に含むとチョコ特有の甘い味が広がる……うん、美味しい。

 夕飯を食べた後なので申し訳ないが今日中に全部は食べられない。残りは明日にでも食べようと思って保存しようとしたその時、俺の部屋にいきなり魔法陣のようなものが現れた。

 そこから現れたのはワン……なのだが、彼女は服を着ていなかった。

 

「わ、ワン!?」

「……兄様!」

 

 服を着ていない、それは大きな問題だ……だが、どうして大事な部分にチョコを塗っているんだ? 俺の脳内にかつてのゼロの姿が思い出される。まさか、あの真面目なワンが? 困惑する俺にワンが顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうに口を開く。

 

「わ、私を食べてください!」

「……………」

 

 ……あれ、夕飯の時に私を食べて作戦はダメだと言われたってゼロが言ったような……ジリジリと近くに寄ってくるワン、こうなると俺自身逃げられらないのは今まで妹たちと接してて理解してる。正直なことを言えば俺も男、このシチュエーションに何かを思わないわけじゃない。

 試しに上半身に塗られているチョコを舐めてみた。

 

「はあああんっ!?」

 

 ……あかんって、今の声聞こえたんじゃないのか?

 姉妹の中で特に感じやすいワン、舐めただけでこれなので色々とマズいかもしれない。けどもう俺自身止まる気が無いのも確かだった。ワンの肩に手を当ててもう一度、そう思って近づいた時今度は魔法陣が五個現れた。

 

「……あ」

 

 蕩けた表情をしていたワンの顔色が変わる。

 魔法陣の光が消えた時、今のワンと全く同じ状態の妹たちが俺の部屋に勢揃いした。最初に飛び込んで来ようとしたのはトウ、フォウ、ファイブの三人だが現状を理解したのか動きが止まる。

 

「なんだ、考えることは結局同じじゃないか。流石姉妹だな」

 

 いや、何冷静に状況を分析しているのよ……。

 俺はこの後の流れが理解できてしまい血の気が引いていく。瞳に期待を滲ませる妹たちに見つめられ逃げ場がなくなったその時、ゼロがいつにない可愛らしい声で囁いた。

 

「頑張れ、お兄ちゃん♪」

 

 なるほど、死ねってことですね。

 翌日、学校で藍華に物凄く心配されたのは言うまでもない。何があったのと聞かれても、馬鹿正直に言えることでもないため困ったものだ。

 結局流石にやり過ぎたと妹たちには謝られたが……俺にとってバレンタインが来るのが怖くなるようになったのはある意味仕方がないことだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

踊祝/ラファエル

DODじゃなくて舞台はDDなんでね……きっと大丈夫。


 気のせいだろうか、日に日に体が重くなっていく気がする。

 風邪のような倦怠感、だが熱はないし症状も出ない……単純に怠さだけを感じるかのようだった。ただいつもより少し元気がないと言うだけで学校には行っていた。藍華は気づいてくれて心配してくれたが、笑っていられるほどの元気はあった。

 

「……………」

 

 夕方、ゆっくりと足を進めながら家までの道を歩く。

 重い、早く家に帰って横になりたい、そんな一心で俺は歩いていた。そう言えばだけど、最近木場の様子がおかしいと兵藤が言っていた。学校で時折見かけることがあるが、確かに表情がどことなく曇っていると言うか、何かに追い詰められているように見えた。

 考え事をしていると家が見えてきた。まだ少し明るいので鼻歌を歌いながら水やりをしているファイブの姿があった。……何だろうこの感覚は。彼女の姿を見た時、何故か俺は力が抜けるように安心したんだ。彼女が……彼女たちがそこに居てくれる、それが嬉しくて、涙が流れそうなくらいに嬉しかったんだ。

 

「あ、お帰りなさいお兄様……っ! お兄様!?」

 

 ファイブが駆け寄ってくる……あれ、段々と視界が下に向いていく。目の前も暗くなっていくようだ……誰かに抱き留められる。これはたぶんファイブかな……ありがとう。そう口を動かしたつもりだけど、果たしてファイブに届いただろうか。

 

「お兄様!? お兄様!!」

 

 ……愛おしい妹の叫ぶ声を聞きながら、俺の意識は闇に沈んだ。

 

 

 

 

 

 家の前で六花が倒れた。

 それは神里家に大きな激震を走らせた。姉妹が全員六花の元に集まり、ベッドで眠る彼を心配そうな眼差しで見つめている。スリイを筆頭に魔法で六花の体を癒しているのは単純に、彼女たちの魔法が現代の医学より優れているからだ。

 

「……いきなり倒れたのか?」

「はい……おかしな点はないんですよね?」

 

 ファイブの問いかけにワンとスリイが頷いた。

 六花の体におかしな点はない。逆に全くの正常と言ってもいいほどだ。どうして倒れたのか、何故意識が戻らないのか、その理由が全く見当が付かない。

 

「最近お疲れだったけどここまで? いや、だけどこれは……」

「……うん。普通じゃない」

 

 スリイの言葉に一同は沈黙する。

 そんな中、フォウが口を開いた。

 

「何だろう、この胸がザワザワする感じ……分からないけど、凄く気持ちが悪い」

 

 胸がザワザワする、その意見には全員が同意した。六花が倒れてから感じる胸騒ぎ、肌にこびり付いて離れない不快感が払しょくできない。

 そんな中、ゼロたちは明確に感じ取るモノがあった。それは戦いの音、どこかで大きな戦いが行われていることを明確に察知する。その魔力の波はここまで届き、偶然かどうか分からないがその魔力の揺らぎに反応するように六花が苦しそうに声を漏らす。

 

「学園の方向か?」

「あぁ、派手にドンパチやっているようだな。迷惑なことだよ全く」

 

 ゼロが剣を持って窓際に立った。どうやらこの六花を苦しめる助けをしているであろう元を断ちに行くようだ。だが、そこでゼロは首を傾げた。こういう時に絶対に悲しみ、六花に声を掛け続けるであろうトウが異様に静かなのだ。

 

「トウ?」

「……………」

 

 ゼロの問いかけにトウは反応しない。ゼロだけでなく、それ以外の妹たちもどうしたのかとトウに視線を向けた。

 

「……声が聞こえる……子供たちの声が」

「はぁ?」

 

 自分の問いかけに答えず何を言っているんだとゼロは訝しむ。トウはゆらゆらと幽鬼のような動きでゼロを押し退け窓際に立ち、そのまま大きく跳躍して駆けて行った。

 

「っ……おい! くそ、様子が変だな。六花を頼むぞ?」

「分かった。……ゼロ、くれぐれも気を付けて」

「あぁ」

 

 ゼロに対してワンは基本心配の声を掛けることはない、だが今だけは違った。トウの様子から肌で感じる嫌な予感、それを感じての心配の言葉だ。ワンの言葉を受け取ったゼロはミハイルを呼び出して空を駆ける。その最中、ゼロは庭に咲く花が輝いていたのを見たが今優先すべきはトウだと考え、彼女の背を追いかけるようにミハイルに指示を出すのだった。

 ゼロがミハイルの背に乗って飛び去ってすぐ、フォウも窓際に立った。

 

「私も行ってくるわ。ワン姉さまたちは兄様の傍に居て!」

 

 そうしてフォウの背中も遠くなっていった。

 残ったワンたちは六花の傍へ。手を握って早く目が覚めてくれるようにと願う。ファイブは今にも泣きそうに六花を見つめ、スリイも気怠そうな表情を一切見せずに真剣な表情で六花を見つめていた。

 

「……ゼロ、フォウも。トウを頼んだぞ」

 

 ワンが祈るようにそう呟く。

 彼女たちの兄であり心の拠り所でもである六花はまだ目を覚まさない。

 

 

 

 

 

 

 

 駒王町に襲撃を掛けてきた堕天使幹部のコカビエルにリアスたちは手も足も出なかった。木場が過去を乗り越える形で神器の更なる力の解放、バランスブレイカーも発動するに至ったがそれでもコカビエルには届かなかった。

 己の内に秘めるドラゴンと言葉を交わし、赤い龍の力を使えるようになったイッセーを含めても勝利には届かない。だが、そんな戦いの中に降り立った存在が居た――イッセーが宿す赤い龍の対となる白い龍を宿す少年だった。

 少年――ヴァ―リは白い龍の力を十全に扱うことができ、イッセーたちが苦戦したコカビエルを意図もたやすく無力化するのだった。

 

「精々強くなってくれよライバル君。俺を失望させてくれるな」

 

 気絶したコカビエルを抱え、ヴァ―リが飛び立とうとしたその時だった。パリンと、小さくリアスたちが張った結界を割る音が響いた。それは外部からの侵入者を意味していた。

 

「……誰だ?」

 

 小さな着地音を立てて青い髪の美女が降り立つ――トウだ。

 ゼロの妹でもあるトウだがリアスたちはまだ会ったことがなく首を傾げている。今この場に居るグレモリー眷属、シトリー眷属、そしてヴァ―リは突然の乱入者に嫌でも視線を惹きつけられた。

 

「声が……聞こえる……そこから……声が」

 

 焦点の合ってない目でトウが見据える先にあるのは木場が持つ剣だ。木場は突然目を向けられたことに驚くが、いきなりトウが頭を抱えて苦しみ始める。

 

「嫌だ……思い出したくない……思い出したくない! いやああああああっ!!」

 

 

 尋常ではない様子にイッセーたちは乱入者ということも忘れて困惑する。アーシアにいたっては己が持つ癒しの力を使おうと駆け寄るほどだ。アーシアが駆け寄りトウに触れようとした時、ゼノヴィアが聖剣を構えるようにアーシアの前に立った。

 

「……っ!?」

「あ……」

 

 いつの間に取り出したのか分からない、トウの剣が庇ったゼノヴィアに振り下ろされた。見た目は華奢なのに、そこから伝わる力の重みは凄まじい。聖剣に罅が入るのを見たゼノヴィアはすぐにアーシアを突き飛ばすも、トウの力に耐えられずそのまま吹き飛ばされた。

 

「……うああ……っ!!」

「っ……待っててください! すぐに――」

 

 アーシアが神器の力をトウに使おうとした正にその時だった。アーシアの行方を遮るように一本の剣が地面に突き刺さる。もう少しズレていたら頭から綺麗に貫通していたかもしれないことにアーシアは顔を青くした。

 

「今近づくと危ない。全く、手間を掛けさせてくれるな」

「……ゼロ……姉ちゃん……」

 

 剣の元に降り立ったのはゼロだ。

 錯乱した様子のトウだがゼロの声を聞いて一旦ではあったが正気を取り戻したかにも見えた。だが、すぐに再び苦しみ出す。

 

「ゼロ姉ちゃん……怖い……怖いよ……まるで自分じゃない何かになりそうなの……嫌だ……嫌だよ……っ!!」

 

 苦しむトウの様子を冷静に分析するゼロだったが、リアスが声を掛けて来たことで視線をそちらに移す。

 

「ゼロ! 彼女もあなたの妹なの?」

 

 あぁと小さく頷く。

 トウの様子、そしてここに来るときに見た花の様子……そして、今かすかに感じる得体の知れない何か……ゼロがトウの傍に近づこうとした時、まるで全てを拒絶するようなトウの悲鳴が響き渡った。

 

「あああ……ダメ……消えちゃう……全部……嫌――」

「っ……気をしっかり持てトウ!!」

「いやああああああああああああああああっ!!!」

 

 悲鳴と共にトウの体から魔力が漏れ出た。

 それは波紋のように広がり、まるで何かを呼び出す歌声にも聞こえる。ゼロはすぐにこの魔力の放出が何を意味するのかを理解し、トウを包む魔力に向かって斬りかかった。

 魔力の波はまるで壁のようにトウを守っていて刃が通らないがそれで良かった。

 

「祝……福……せ――」

「フォウ! 飛ばせ!!」

「分かったわゼロ姉さま!!」

 

 ゼロの指示を受けたフォウが転移の魔法陣をゼロを含めトウの足元に発生させた。緑色の光が止んだ時、すでにその場にゼロとトウの姿はなかった。フォウは一度大きくを息を吐いたが、すぐに再び表情を引き締めて転移の準備をする。

 

「待って! ゼロには借りがあるし、何より見過ごせることじゃない。私も付いていくわ!」

「はぁ? アンタに何が――」

 

 そこまで言いかけてフォウは思い直す。

 もしこれから転移した先で呼び出される存在が“アレ”だとしたら結界は必要になる。ならば使える魔力は多ければ多いと考えた。ゼロたちを飛ばした場所はかなり遠く、リアスを入れても一緒に飛べるのは後一人くらいか……そこまで考えた時、思いもよらない場所から声が掛かる。

 

「ある程度は聞いていたけど、リアスが行くなら私も行きましょう」

「会長!?」

 

 申し出たのはソーナ・シトリー。リアスと同じ悪魔でもあり、駒王学園の生徒会長を務める女性だ。フォウは咄嗟に二人の肩を掴んで転移の魔法を発動させる。残された者たちは呆気に取られていたが、ヴァ―リだけは違った。

 

「……アルビオン、あれは何だ?」

『分からん……だが、あれは単純な存在ではなさそうだぞ』

 

 ヴァ―リが感じ取ったモノ、それは言葉にしようのない歪な何かだった。強き者を求めるヴァ―リにとってゼロたちに興味を惹かれないことはなかった……しかし、彼女たちに宿る何か、まるで“概念そのもの”を僅かながら感じ取ったのだ。まるで殺してはならない、そう暗に脳に直接問いかけられるような何かを感じてヴァ―リは首を振った。

 

「まあいい、コカビエルを回収して終わりだからな。じゃあなライバル君、その内会うだろうが精々強くなってくれよ?」

「あ、あぁ……」

 

 次から次へと目まぐるしく動いた現状にイッセーも頭が追い付いていないのか空返事だ。さて、これにて表の戦いは終わりを迎え、次なるは語られない戦い……悲劇の世界で起きた争いの再現だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フォウの転移魔法の先でゼロは小さく舌打ちをした。

 周りに何もない広い場所、まるでこの地で戦えと言わんばかりだ。ゼロの視線の先には大きな巨体、生き物で例えるなら蜘蛛だろうか。黒い毛に覆われ紫の瞳を持った不気味な出で立ち、いくつもの足をウネウネと動かすその存在の名はラファエル、トウが使役する使い魔の一匹だ。

 

「……ゼロ姉ちゃん……っ!」

 

 苦し気なトウの姿、かろうじて自らを律しているのかラファエルは動かない。トウが自らの魔力を鎖としてラファエルを縛り付けているかのようだ。

 

「ゼロ姉さま!」

「……これは」

「……魔獣?」

 

 遅れるように三人もこの場に現れた。

 チラッとそちらに視線を向けたゼロだったがすぐにトウへと視線を戻す。まるで何か別の物に操られている……違うか、まるで内側の力に耐えられず暴走しているようにも見える。不安定にトウから放出される魔力がその答えを出していた。

 

「ゼロ姉ちゃん……お願い……して」

「……………」

 

 声は掠れていたが、その問いかけを聞いてゼロは言葉を返さない。

 

「……このままじゃ……傷つけちゃうの……ゼロ姉ちゃんもみんなも……兄ちゃんも……っ!」

 

 おそらく本能で理解しているのかもしれない、もうじき抑えられなくなる。そうなったら自らの意思なんて関係なしに力が振るわれることを予期しているのだ。そうなる前に……大切な人を、愛する人を傷つけてしまう災厄と化してしまう前に私を……と、トウは願っているのだ。

 トウの願い、だがそれにゼロが頷くことはなかった。

 

「悪いがその願いは聞けないな。以前にファイブにも言った通りだよ。姉にそんな願いをするなんて罰当たりな妹に育ったな?」

「……な……にを……」

 

 薄れゆく意識の中でトウは見た――頼れる表情の姉の姿を。姉妹の中でも一番強くて、カッコよくて、そしていつも見守ってくれた優しい姉だ。

 トウの瞳から涙が零れる。ゼロはその様子を見て必ず助けると決めた。自分たちは姉妹全員が揃ってこそ家族、一人でも欠けてしまえばそこに意味はない。それに誓ったのだ――どんな絶望が襲い掛かろうとも、六花たちを守るためなら振り払ってみせると。だからこそゼロはトウを見捨てることをしないのだ。

 

 

「トウ、君はここで終わりたいの? 六花とも別れることになって、私たちとも二度と会えなくなってそれでいいのか?」

「……いや……だ」

「だろう? それなら私に言う言葉は何だ?」

 

 ラファエルを縛る魔力の光が弱くなっていく。トウの瞳も光を失っていく……だが、しっかりとトウは口を動かしていた。

 

「た……す……て」

「……あぁ、分かった」

 

 ゼロが頷いた瞬間、ラファエルは完全に解き放たれた。

 体から発せられる紫色の瘴気、それはどんな強力な存在でも無力化してしまう猛毒の霧。ゼロはミハイルを呼び出して空に飛んだ。

 

「フォウ!」

「分かった。ほら、下品な乳のアンタと私とお仲間サイズのアンタ! 手伝ってもらうわよ!」

「げ、下品!?」

「……少し納得できかねますが」

 

 フォウが発動したのは強力な結界、ある程度なら暴れても壊れない強力なモノだ。リアスとソーナもフォウに魔力を供給する形で更に強固な結界となる。

 攻撃による振動も吸収するが何より、空気に溶ける毒すらもこの結界は通さない。これで心置きなくゼロは周りを気にすることなくラファエルに集中できる。

 

『ゼロ! どうするの!?』

「まずは蜘蛛の動きを止める。それからトウを気絶させる。安心しろ、殺しはしないさ」

『うん! 分かった!!』

 

 ミハイルもやる気は十分だ。ゼロはミハイルの頭を一度撫でて、そして……。

 

『安心しろ! すぐにそこに行って殺してやるよ!!』

 

 一瞬、異なった景色の中でそう叫ぶ自身の姿をゼロは幻視した。そのゼロの視線の先に居たのはトウだが、たとえ妹であっても気分次第ではそういうことも言うのでおかしくはないなと苦笑する。笑って意識を切り替えるとその映像は消え、今のこの世界にゼロの意識は戻ってきた。

 

「安心しろ、すぐにそこに行って助けてやる」

 

 妹に助けてと言われた以上、手を差し伸べるのが姉のすることだ。家では他の妹たちも、そして六花も待っている。必ず連れて帰る、今日起きたことは悪い夢……それでいいだろうとゼロは笑った。

 

「行くぞミハイル、くれぐれも毒を吸うなよ?」

『分かってるよ!! またあんなに苦しみたくないもんね!』

「また?」

『……あれ? なんでまたって言ったんだろう?』

「しっかりして――来るぞ!」

『うん!!』

 

 臨戦態勢を取るラファエルにゼロはミハイルと共に攻撃を開始する。

 

 絶望がなんだ、そんなものは手ずから振り払ってやる。そんな強い意志を携えて、神里家の頼れる長女が空を舞う。

 

 さあ、トウを救いに行こうか。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決着

「ちっ! 毒が邪魔だな」

『うん! 近づけないよ!』

 

 ラファエルと戦闘するに当たり、厄介なモノがある。それはラファエルの体から噴出する猛毒の霧だ。単に物理的な力同士のぶつかり合いならいくらでもやりようはあるが、空気に溶ける毒となると戦い方は限られてくる。とはいえ、こうして攻めあぐねてどんどん時間が過ぎていくのは避けないといけない。

 

「ミハイル!」

『うん!!』

 

 ゼロの指示を聞いたミハイルがブレスを放つ。

 全てを焼き焦がす威力を持ったブレスだが、やはり毒の霧が壁となってラファエルまで届かない。ラファエルはお返しと言わんばかりに毒を纏わせたブレスを放った。

 いくら毒を飛ばせるとはいえ、空を飛ぶミハイルにそれを躱すのは容易だった。こうして考えてみると、空を飛ぶ者と飛べない者で実質ゼロたちにアドバンテージがあるようにも思えるのだが、やはり近づきがたい毒が有効打を徹底的に封じている。

 ゼロはフォウたちに向けて大きく声を発した。

 

「フォウ、リアスにそこの眼鏡も力を抜くなよ! 結界が砕けないようにな!」

 

 

 ミハイルは大きく迂回するようにラファエルの頭上に飛んだ。ラファエルの不気味な紫の目がミハイルを追う。ミハイルは大きく口を開けて力を込め、そして一気に解き放った。

 

『いっけええええええ!!』

 

 ブレス、ブレス、ブレス、延々に撃ち続けるブレスの雨だ。一発に力を込めて放つより威力は落ちるものの、質より量だと言わんばかりの雨がラファエルを襲う。その光景はさしずめ流星群のよう、結界の中に万遍なく降り注ぐその攻撃にラファエルは逃げ場を確保できない。

 

「……ア……ッ」

 

 頭に乗るトウを庇うように足を上げて直撃のみを避ける。だが他の小型化したブレスはラファエルの体を焼き、そして地に付いていた足に当たって大きくバランスを崩した。

 

「今だ!」

『うん!』

 

 一瞬の隙も見逃さない、ゼロの指示を受けたミハイルは一気に急降下するように加速する。ミハイルは自身の尻尾を鞭のようにしながらラファエルの頭へ叩きつけた。紫の瞳が痛みに揺れ、ここぞと言わんばかりにゼロがラファエルに飛び移る。

 背中に飛び乗ったゼロは一気にトウに向かって駆けていく。意識があるのかないのか分からない状態のトウだが、一度眠らせてしまえばこの戦いは終わり……だが、そう上手くは行かないのが主人を守ろうとする使い魔の力だった。

 

「……っ!」

 

 ラファエルが大きく体を揺らしゼロの体勢が崩れる。人間と比べると遥かに大きな足が横なぎするように振るわれた。ゼロはそれを剣で受け止めるが、当然自分より大きな腕の力に耐えられるわけもなく、ゼロの体はラファエルの背から吹き飛ばされた。

 

『ゼロ!!』

 

 すかさず飛んできたミハイルの背に受け止められるが、そんな二人を狙うように猛毒のブレスが放たれていた。ミハイルが同じようにブレスを撃って相殺させようとするが咄嗟に放ったため威力は弱い。漏れ出た毒の一部が向かって来た。

 

「っ!」

 

 せめてあまり吸わないように、そうするかのようにゼロは口を服の布で覆うように防御する。しかし、そんな毒のブレスがゼロに届くことはなかった。

 もう少しで着弾するといった瞬間、真紅の魔力がゼロの前を横切りブレスを撃ち抜いた。ゼロが視線を向けた先に居るのはフォウと同じく結界の維持に務めているリアスだ。だが片手が赤く発光しており魔力の名残があることから、どうやら今のはリアスが放った魔法だと結論が出た。

 

「ラファエルの毒を相殺……いや違うな」

 

 本来魔力同士のぶつかりは衝撃を生む。だがリアスの魔力はそのまま素通りするように綺麗にブレスを打ち消した。そう、感覚としては消すという言い方が正しいのかもしれない。

 ゼロが驚いているようにフォウも驚いていた。

 

「私は滅びの魔力というものを受け継いでいてね。まさかそれがここで役に立つとは思わなかったわ」

「滅び……なるほどね。その下品な乳だけじゃないのね持っているのは」

「さっきから下品ってひどくない!?」

「うっさい! 巨乳はみんな死ぬべきなのよ! アンタ後で殺してやろうか!?」

「理不尽でしょうそれは!!」

「あなたたち集中しなさいよ!!」

 

 ……こっちはこっちでまだまだ余裕そうだ。

 頼むから喧嘩に発展して結界維持に影響を出すなよと困った顔で彼女たちを見つめるゼロだったが、足を損傷しても尚機敏に動けそうなラファエルの様子に難しい顔をしつつ、小さく溜息を吐いて剣の刃先を自らの腕に当てた。

 

『ゼロ? もしかして……』

「あぁ……ある程度は我慢するつもりだけど、六花が目を覚ましたら相手してもらわないとな」

 

 そう言って剣で腕に傷を入れる。

 ドバドバと流れる血はゼロの真っ白な服を汚し、彼女の体を赤く染め上げていくようだ。ゼロは一旦目を閉じ魔力を内側で増幅させ、そして一気に解き放った。

 

『……ッッッ!!』

 

 真紅の輝きを放つゼロにラファエルは恐れを抱いたのか後退りをする。ラファエルの巨体より遥かに体は小さいのに、今ゼロから感じる魔力の波はラファエルを覆い尽くすほどの力を秘めていた。

 

「……さて、一気にケリを付けるぞ」

『うん!』

 

 この状態はゼロだけでなく、繋がっているミハイルにも効果が及ぶ。今のこの状態はだだでさえ強い力を更に増幅させるモノではあるが、少しばかり困った副作用がある。まあそこは頼れる兄に付き合ってもらおうとゼロは小さく笑った。

 ミハイルが大きく息を吸い込みブレスを放った。そのブレスは今までの比ではなく、遥かに強い威力と速さを伴っていた。ラファエルは同じようにブレスで迎え撃つよりも躱した方がいいと判断したのか大きく体を反らす。

 ミハイルのブレスは躱すことが出来たが、すぐに頭上にゼロが剣を構えて落下してくる。

 

「はあああああああああっ!!」

 

 剣が振るわれる、ならば受け止めればいい……ラファエルは足で防御するが、受け止めた瞬間にその防御に使った足が断ち切られた。不気味な色の液体を放出しながら吹き飛ぶ足。ラファエルは痛みに耐えるように踏ん張りながらも、残された足でゼロへの攻撃に使用するが、それもゼロの剣の一振りで同じように切断された。

 半分もの足を失ったことでついにラファエルは体勢を大きく崩す。

 

「すまないな。だが君の主人を助けるためだ。我慢してくれ」

 

 そのゼロの声にラファエルは小さく頷くような動きをした。たとえ行動を強制されるようにゼロと敵対をしたとしても、その根底にあるのは主人であるトウを守るためだ。故にゼロの言葉にラファエルは頷くような仕草をしたのだ。

 ゼロは己の強化状態を解除して大きく跳躍する。

 頭を抱えて蹲るトウの肩に、ゼロはようやく触れることが出来た。

 

「ほら、助けに来たぞ」

 

 ゼロの声にビクッと体を震わせ顔を上げたトウは泣いていた。ゼロは困った奴だなと苦笑して、その震える体を抱きしめるのだった。

 

「だから言っただろう? 助けてやるって」

「……うん……うん!! ゼロ姉ちゃん……っ! うあああああああっっ!!」

 

 正気を取り戻したトウにラファエルを縛る魔力も解ける。もう大丈夫だと判断したのかフォウは結界を解いた。

 

「ゼロ姉さま! トウ姉さまも大丈夫?」

「あぁ……結構疲れたな」

「……ごめんねフォウちゃん」

 

 どうやら本当にもう大丈夫そうだ。

 

「リアス、あの時は助かった」

「ううん、無事なら何よりよ。けど、色々と聞きたいことはあるわ」

「分かってるさ。美味い菓子を用意してもらえるとありがたいな」

「……全くもう。分かったわ。それくらいお安い御用よ」

 

 すっかり友人のようなやり取りをするゼロとリアスにソーナは目を丸くしていた。リアスからそれとなく聞いてはいたが、ここまでの存在とは知らなかった。だからこそソーナの目には少し恐れがあるが、リアスがこうして友好関係を築けているなら安心してもいいかと大きく息を吐く。

 

「君もありがとな、眼鏡」

「眼鏡ではありませんソーナ・シトリーです」

 

 そこは訂正しないといけない、ソーナは眼鏡をクイっと上げて自己紹介をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……暗い夢の中を歩いている。

 さっきからずっとだ……終わりのない道を何の当てもなく俺は歩き続けていた。

 

「……何なんだここは」

 

 夢ならいい加減目が覚めてほしい、そう思っても醒めてくれないこれはもしかして悪夢? 妹たちの誰かが頬でも叩いて起こしてくれないだろうか、そんなことを思っていた時俺とは別に声が聞こえた。

 

「ここはいわば現実と夢の狭間のような場所ですよ六花君」

「え?」

 

 声のした方へ視線を向けると、そこには今外国に居るはずのアコールさんが居た。相変わらずデカいトランクケースを持っている出で立ちだがどうしてここに。

 

「私は貴方の知るアコールではありません。更に言えばこの個体の私と貴方は会うことはありません」

「……つまり?」

 

 ごめん、言っている意味が全く理解できないんだが。

 無理もないと目の前のアコールさんは笑った。アコールさんが腕を動かすとどこかの光景が現れる。その場所は見たことがないが……どこか廃墟のようにも見えた。

 

「この夢が醒めた時、あなたはここでの会話を忘れている。だからこそ、ある程度は干渉できるのです」

 

 映像の廃墟、そこに一人の女性が現れた。俺はその女性を見たことがある……ゼロだ。彼女が剣を持って戦っているのは……ワン?

 

「こことは違う別の世界、ゼロがワンと戦っている光景になります。他の姉妹を全て殺し、最後のターゲットであるワンを殺すために」

「ど、どうしてゼロがワンを……」

「ゼロの姿を見て何か変だと思いませんか?」

 

 そう言われて俺は改めてゼロの姿をよく見てみると、その異変に気付くことが出来た。彼女の右目だ……右目に花が咲いている。アコールさんに視線を戻すと彼女は頷いた。

 

「あの世界は絶望で溢れている。その根源とも言えるのがあの花になるのです。薄紅……あぁそうでした。“今の”あなたはこの名前を知らないのでしたね。では分かりやすく説明しましょう。既に彼女、ゼロは死んでいるんです」

「死んでる?」

「花の力によって生きている死体のようなものです。ゼロはあの花に世界を滅ぼすほどの魔力が備わっていることを知り、無理やり抉り出そうとしましたがその結果、花の防衛プログラムが発動しました。防衛プログラムによって生み出されたのは五人の少女、いずれもゼロには及びませんが強力な力を秘めた個体が生まれたのです」

「……待ってくれよ、それじゃあもしかして」

 

 簡単には理解できないが、点と点が繋がるように答えが出た。

 

「生まれた姉妹たちはそれぞれが花の力を持っている。つまり、世界を滅ぼす力が新たに生まれたということです。ゼロが行った姉妹の虐殺、それは世界の崩壊を阻止するためのものでした」

 

 世界の崩壊を防ぐためとはいえ姉妹を殺す……今のゼロからは想像が出来なかった。映像は変わり廃墟の中に巨大な六人の少女が出現し、それを白いドラゴンがブレスを放って消滅させた……そのドラゴンはたぶんミハイルで、彼は泣いていた。

 

「これにて世界の崩壊は阻止されました……しかし、それで終わらないのがあの世界。絶望という種は非常に根深く残り続け、次代に生きる何人もの人々を苦しめました……が、そこから先を知る必要はありません。たとえ忘れてしまうのだとしても、ただの人間が見るにはあまりにも残酷すぎる故」

 

 アコールさんのその言葉を最後に映像は消えた。

 

「世界は常に絶望と隣り合わせです。ですが、このような小さな奇跡が起こるのもまた事実。現に今、あなたと彼女たちは再び出会った。たとえ薄紅との関係だけとしても、その繋がりが今のこの世界に生きるあなたと彼女たちを巡り合わせたのです」

 

 アコールさんが指を指すと、そこには一筋の光が差し込んでいた。

 

「六花さん、私は思うのです。彼女たちは十分苦しんだ、だからこそもう笑っていいのだと。好きに生きていいのだと思うのです。そこに他者が介在する余地はない、幸せとは全ての生きる人に与えられる権利です。それは決して奪っていいモノではない。運命でさえも、神でさえも、何者にも奪う権利などないのです」

 

 ……そう、だな。幸せってのは誰にもなる権利がある。それを奪うことは許されないし、誰にも否定出来ることじゃない。

 

「その光の向こうで妹たちがあなたを待っています。今回のことはある意味分岐の一つでした。リアス・グレモリーと関係を築けていなければおそらく……いえ、それはもう関係のないことですか。ここでこうして話しても忘れてしまいますし」

「覚えている可能性は?」

「穴の開いていない針に糸を通せますか?」

「なるほど、つまり無理なんですね」

「はい、無理なのです」

 

 結局アコールさんが何を伝えたかったのか明確に理解したわけじゃない、けど……改めてゼロたちのことが知れた。忘れてしまうのだとしても、この邂逅は俺にとって本当に得難いモノだった。

 

「それじゃあ俺は行くよ」

 

 頭を下げるアコールさんに背を向けて俺は光の中に足を踏み入れた。すると体が何かに引っ張られる感覚を感じて俺の意識は覚醒する。

 

「……っ!」

 

 目が覚めた……俺の顔を覗き込む六人の女の子によるお出迎えだ。

 

「兄様!」

「お兄様ああああああああっ!!」

 

 最初にワンとファイブが飛び込んで来た。不思議と倒れる前の倦怠感は一切なく、本当に本調子に戻ったような感じがする。

 

「兄様良かった……本当に良かったっ!!」

「……兄さん」

 

 スリイとフォウも傍に寄り添ってきた。

 そんな中、俺は少し泣いた跡が残るトウに視線を向けた。トウは足を踏み出すのを躊躇していたが、こつんと背中をゼロに押されてそのまま俺の胸元へ。

 

「兄ちゃん……兄ちゃん! 本当によかったああああああ!!」

 

 まだどうして泣いているのか理解は出来ないが、何となく好きにさせたくなった。トウの頭を撫でていると妹たちみんなが優しく見つめている。……何か大事な夢を見ていた気もするが思い出せない。けどそれでも良かった。この妹たちの笑顔が、彼女たちが傍に居てくれるなら。

 

「みんな、心配掛けさせちゃったな」

 

 こうなると数日は妹たちの我儘に付き合うことになるかもしれない、大変だぞ俺。そう思った矢先、ゼロがニヤリと笑って背中から俺に抱き着いてきた。

 

「そうだなぁ、物凄く心配したぞ? それに大変なこともあったし、これは早速可愛がってもらわないと割に合わないな?」

「……自分病み上がりなんすけど」

「ふふ、休憩はやるよ」

 

 ……それは別の意味で倒れることになるのでは。




俺はこれからニーゴのイベントを走るからよ……止まるんじゃねえぞ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15

 妹たちが過保護だ。

 あれから俺が倒れて早三日、学校を少し休んで俺は家で療養している。別にもう体の不調はないし万全の状態なのだが、もう少し休むべきだと妹たちが家から出してくれなかった。

 心配してくれるのは非常に嬉しいのだが、こうも過保護だと息が詰まるというのも確かで……難しいところだな。

 

「兄様、何かしてほしい事ある?」

「してほしいことかぁ……」

「何でもしてあげるよ? 兄様が望むことならなんだって」

「うん?」

 

 ……ってこのネタはやめておこう。

 こんな問いかけをしてきたのはフォウだけど、他の妹たちも似たようなものだ。あのゼロまでもが世話を焼こうとするのだから如何にいつもと違うかが良く分かる。

 

「ゼロお姉さまとトウお姉さまは学園の方へ行っているのでしたっけ」

 

 ガシっと隣に座って俺の腕を抱いているファイブがそう聞いて来たので俺は頷いた。詳しくは聞いてないのだが、何でもトウが少し不安定になってしまい少し迷惑を掛けてしまったらしい。トウがグレモリー先輩たちに謝りに行きたいと言ってそれならとゼロが付いていった。

 

「俺も行くべきかって思ったんだけど、みんなに止められたしな」

「そんなのは当然です。兄様はまだ安静にすべきですので」

 

 対面に座るフォウの隣、ワンが頬を膨らませてそう言った。もう体は万全なのだが、やはりこんな感じで外出の許可は下りない。

 

「兄さんが心配なのは分かる。でもみんながそれだと兄さんの息が詰まる」

「……スリイ」

 

 俺の心を代弁してくれるかのような言ったファイブとは反対の位置に座るスリイに俺は呆れた目を送る……え? この場合感動とかそれに似た感情じゃないのかって? いや普通はそうだろうさ、でも普通じゃないから仕方ないよねって話だ。

 

「……スリイ、これは何かな」

「……足枷?」

 

 決して離れないようにと、スリイと俺の足を繋ぐ足枷のようなものがある。おかげで少し動くたびに一緒に動かないとだし、ジャラジャラと音がうるさいしで……一言言わせてもらえば、一番スリイの俺に対する気遣いがしんどいですはい。

 

「……まあでも」

 

 いきなり倒れてしまったら心配を掛けてしまうのは当然だろう。しかも病気とかそう言った類いのものではなく、本当に原因が分からないとなれば尚更だ。現代医学よりも妹たちが扱う魔法の方が優れている……というのは当たり前の話で、それでも説明のしようがないのだから。

 

「きゃっ!? お兄様……?」

「……兄さん?」

 

 両隣に居たスリイとファイブを抱き寄せる。

 いきなり抱き寄せられたことで困惑していたが、すぐに俺に抱き着いて来た。二人の温もりと近くで聞こえる息遣い、確かにそこに“生きている”という実感を感じると安心できる。

 

「むむ……私が隣に座れば良かった」

「みんな同じだろう。運がなかったと諦めよう」

 

 大丈夫、後で二人も思う存分抱きしめさせてもらうから。

 それにしてもこうやって妹たちに触れていると思うのは、俺は倒れていた時に何か妙な夢を見ていたような気がするのだ。それが何か当然のことながら思い出せないけど、何かとても大切なことを教えられた気がするんだ。何を、誰に、そんな疑問は尽きないが心のどこかでそれはもう気にする必要がないという変な確信があるのも確かなのだ。

 

「温かいな本当に」

「ふふ、ねえお兄様。わたくしの胸に顔を埋めてはどうですか? きっと気持ちいいですわよ?」

「うん」

「!?」

 

 ではお言葉に甘えて、俺は姉妹一の大きさのファイブの胸に顔を埋めた。いつもはここまで素直ではないつもりではあるが、なんだか無性に甘えたくなってしまったんだ。たぶん素直に甘えてくるとはファイブ自身思ってなかったんだろう、そんな驚きにも似た雰囲気を感じた。

 

「お、お兄様が今日は素直ですわ……」

 

 温もりと柔らかさを感じながら至福とも言える時間を過ごす。

 

「兄さん、次は私」

「おっと」

 

 そこそこに強い力で引っ張られ、俺の顔のポジションはスリイの胸元へと移動した。ファイブほどではないが、それでもしっかりとした弾力を持ったスリイの胸元……何だろう、とても子供になった気分がするぞこれは。

 

「兄さん、いい子いい子」

「俺は子供かよ……」

 

 いや自分で子供になった気分って思ったばかりなんだけどさ。でもスリイの声質というか、スリイに限らず妹たちはみんなそれぞれ綺麗な声だ。その中でも特に感情の起伏が乏しいスリイだが、こうして慈愛を感じさせる瞬間は妙に優しい声音をしている。柔らかいと言うか落ち着くと言うか、そんな感じの声をしているのだスリイは。

 結局その後は代わる代わるに妹たちに抱きしめられ誰が一番良かったとか、母性を感じたかを競う話に発展してしまい大変だった。

 

「……ふぅ、疲れた」

「ふふ、お疲れ様」

 

 事が済み縁側に俺とフォウの姿があった。気持ちの良い日差しを浴びながらフォウに膝枕をしてもらっている状況だ。結局のあの後も何か出来ることはないかなって聞いてきたフォウに、俺はそれなら膝枕でもしてくれないかと言ったらこうなった。

 

「兄様はもう少し私たちに甘えるべきだと思う」

「……結構甘えていると思うんだけどな」

 

 フォウに言われなくても甘えているつもりではあるんだけど……そうは見えていなかったのかな。兄として妹に頼りすぎるのはどうかと思うことも無きにしも非ずだけど、そもそもうちの妹たちと普通の妹では比べるベクトルが違いすぎる。

 

「相変わらず咲き続けてるなぁ」

「そうだね。私たちが生まれてからずっとだもんね」

 

 庭に咲いている大きな花……昨日ゼロが何か気になるように見つめ続けていたけど、本人に聞いたらもう心配する必要はないって言ってたしあれはどういう意味だったんだろうな。いつ見ても考えても不思議なだけの花、この花が枯れたりするときは来るのだろうか。

 

「……ふむ」

「兄様?」

 

 庭を見つめるように見ていた俺だったが、ふと視線の先を上に向ける。すると当然頭の後ろが膝になり、見つめる先には不思議そうに俺を見るフォウの顔がある。

 手を伸ばして頬に触れると擽ったそうにするものの、俺の手を拒むことはなかった。それどころか自分の手で俺の手を握り、更に頬に触れてほしいと言わんばかりに頬を当ててくる。

 

「フォウは可愛いな」

 

 以前に自分は可愛くないと不貞腐れることも多かったけど、雑誌に載ったりするようなモデルでは到底太刀打ちできない美貌を持っている。そして今伝えた言葉で照れてしまう仕草も可愛くて、自信を持ってほしい本当に。フォウは可愛いし綺麗だ……その言葉と気持ちに偽りは一切ない。

 

「ありがと、兄様」

「おう」

 

 そうしてのんびりと昼寝に移行する。暫く眠ることになるから頭を上げようとしたのだが、フォウにそのまま額を抑えるようにされてしまう。

 

「だ~め。このまま寝ていいよ?」

「でも疲れるぞきっと」

「そんな軟な体してないよ。それに今は私だけが兄様を独占してるの。だからダメ」

「……分かった」

「うん♪」

 

 フォウの言葉に甘えるように俺はそのまま眠りに就いた。とはいえ数時間眠っていたわけではなく、ある程度して俺は目を覚ました。相変わらず俺の頭はフォウの膝の上だったが、フォウもうつらうつらと頭を揺らしていた。フォウの背中にはいつの間に居たのか程よい大きさのゾフィエルが支えるように眠っていて俺はそんな光景に少し苦笑してしまう。

 

「……あ、兄様」

 

 起きた俺に気づいたのかフォウも目を覚まし、ゾフィエルが撫でてと言うように鳴いたのでその頭を撫でた。満足そうな雰囲気を醸し出し姿を消したゾフィエルをフォウと共に見送って、俺たちは特にすることもないのんびりな時間を再び過ごすことになった。

 

「……兄さん、少しお手洗い行ってくる」

 

 再びソファで隣に座っていたスリイがそう言って立つのだが、別にトイレに行くことを報告しなくてもとは思ったのだが、俺はすぐにその言葉の意味を理解した。

 

「少しの間お願いしていい?」

「了解」

 

 どうやらパソコンでゲームをしていた最中だったらしい。オンラインで繋がっているから勝手に切断するわけにもいかないのだろう。

 トイレに向かったスリイからヘッドホンを受け取って付けた。

 

「どうも、少しの間代わります」

 

 そう俺が口にすると返ってくる二つの声があった。

 

『あ、ロク君お久しぶりだね☆』

『久しいじゃねえか。元気してたか?』

 

 スリイとよくオンラインでゲームをする人たち、セラさんとソウトクさんだ。こうやってスリイが席を外すときに俺が代わりにやることも時々あって、その繋がりでこの二人ともよく話すことがある。セラさんは女性だけど少し……いやかなり賑やかな人で、ソウトクさんは大人の男性っぽいが面倒見の良さそうなお兄さんの印象を俺は抱いている。ちなみに、スリイはゲームだとサンと名乗っており俺も適当にロクと名乗ることにしている。

 

「ええまあ、一昨日ちょっと倒れちゃいましたけど」

 

 そう言うとヘッドホンの奥で何かが落ちる音が聞こえた。

 

『ちょ、ちょっと大丈夫なの!? サンちゃんのログインが途切れて何かあったと思ったけど……大丈夫なの?』

「だ、大丈夫ですよ。もうこの通りピンピンしてるからさ」

 

 よく話す仲になったせいかセラさんはよくこちらの心配をしてくれることがある。以前聞いたが妹さんがいるらしく、俺としてもこんなに優しいお姉さんを持った妹さんは大層可愛がられてるんだろうなって印象だ。もちろんセラさんだけではなくソウトクさんも心配してくれるのは同じだった。

 

『ちゃんと病院は行けよ? 人間の体ってもんは思ったより脆いんだからよ』

「あはは、了解です」

 

 病院に行く必要はないけど……それは言わないでおこう。

 

『そういや俺は暫くログインできねえかもしれん。ちと部下が不祥事起こしちまってその後始末と諸々があってな』

「へぇ、大変そうですね?」

『全くだぜ……ま、面倒ごとが早々に処理できたのは良かったがよ』

 

 ソウトクさんって社長か何かだっけ、あまり詳しくないんだよな俺。

 

『お仕事頑張れ☆ ちなみに私は人間界に……コホン、妹の授業参観が近い内にあるの。だからちょっと楽しみにしてるんだよね☆』

 

 え、授業参観って普通親が行くんじゃないのか? でもセラさんの口から授業参観って聞いて一つ思ったことがある。俺の通う学園、駒王学園もそろそろ授業参観がある時期だな。

 

「うちの高校もそろそろ授業参観ですね。相変わらずうちの親は来れないですけど」

 

 海外に居るし忙しいしで仕方ない部分があるからもう慣れたけどね。

 

『ロク君凄い良い子だから私が代わりに行ってあげてもいいんだけどなぁ……』

「それはそれで誰だってなりそうですね。セラさん優しそうなお姉さんって感じでみんなに自慢できそうですけど」

『も、もうロク君ったら! くぅ……妹にもロク君みたいな素直さが欲しい!』

『いや、話聞いてたらお前さん妹にちょっかい出しすぎだろ。そりゃ嫌われるって――』

『死んで♪』

『おまっ!? これ仲間にも弾当たるんだぞ!?』

 

 ……あぁ始まったよセラさんとソウトクさんの仁義なき仲間割れが。

 俺は隠れて二人のやり取りを見ているのだが、銃声を聞きつけて他のプレイヤーが集まってくる。けれど仲間割れしながらも敵のプレイヤーを見事に撃ち抜いてダウンさせていく様は流石としか言えない。

 

「兄さん、ただいま」

「お帰り」

 

 二人の壮絶な戦いを眺めているとスリイが戻ってきた。スリイに代わろうとして挨拶をすると、セラさんが思い出したようにこう言ってきた。

 

『近い内にゲームサークルのみんなでオフ会とか企画してるの☆ 良かったらロク君もサンちゃんと参加してね!』

「でも俺は部外者みたいなものですけど……」

『今更何気にしてんだよ。んなもん文句いう奴は居ねえさ』

『そうだよ☆ だから待ってるからね!』

「……分かりました」

 

 これはとんでもない約束してしまったかもしれん。スリイにヘッドホンを渡して俺は肩の荷が下りたように背伸びをする。そうしてスリイのプレイを眺めることになった……にしても本当に上手だよな、手元の動きが人間業じゃないし。

 

「セラ、35の方角に3人……うん……うん。分かった。私が一人でやる」

 

 一人対三人、だというのにあっという間に無力化したスリイに俺は小さく拍手を送る。そんな俺をチラッと見てスリイは口元を緩ませた。

 

「兄さんが見ている。負けられない」

 

 あ、スリイの目に火が灯った気がした。

 結局、そのマッチをスリイを含めたセラさんとソウトクさんが勝ったのは言うまでもない。

 

 それにしても俺気になっているのが……いつ学校に行けるのだろうか。藍華にもう少し休むって伝えないとかな。

 




一番の山場が前回だったので、これからは暫くこんな感じの緩い日常が続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16

 ようやく学校に行けるお許しが出たぞ……。

 妹たちからすれば可能ならば家に居てほしいということだが、学生である以上勉学を疎かにすることは出来ない。実を言うと許しが出たとは言ったが、これは俺が無理にでも押し通した結果やっと頷いてもらったようなものなのだが。

 

「よろしく頼むな。アルミサエル」

『(シャキン!』

 

 鞄にキーホルダーのように引っ付いた関節人形が三体とも敬礼するように答えた。前までは一体だったのだが、せめてこれくらいは今後連れて出るようにとのことで三体に増えたのだ。

 人間でいうところの顎の部分、そこを触るとくすぐったいのか身を捩る。一体を構っていると残り二体が自分も自分もと暴れるのを見て少し可愛く……は思えないなやっぱり。

 

「そろそろ学校だからな。動くなよお前ら」

 

 そう言うと再度敬礼をして微動だにしなくなった。こうしていると本当に趣味の悪いだけのただの人形だ。

 

「おはようさん」

 

 ガラガラと音を立てて教室に入るとみんなの目が俺に集まった。暫く休んでいたせいか物珍しい視線に晒されるも、俺はまあ仕方ないかと思い自分の席へ座る。

 

「おはよう六花。体調は大丈夫なの?」

 

 いの一番声を掛けてくれたのは藍華だった。俺がもう大丈夫だと告げると、藍華は本当にホッとしたように胸を撫で下ろす。どうやら結構心配を掛けてしまったようだな。

 

「連絡は取っていたけど、こうして顔を見るのと見れないのでは違うのよ」

「確かにな。心配させて悪かった」

「そう思うのなら何かスイーツでも奢ってほしいわね」

「了解」

 

 それくらいならお安い御用だ。藍華といつになるか分からないがそんな約束をした時、兵藤とアーシアさんが近づいてきた。そしてもう一人、どこか見覚えのある女の子……そうだ。俺に神がどうとかって以前聞いてきた女の子だ。なんでこの子が制服を着ているんだ?

 

「おっす神里。元気になったみたいだな」

「神里さん、お体は大丈夫ですか?」

 

 どうやら藍華以外の人も心配してくれたみたいだ。

 

「もう大丈夫だ。ありがとう二人とも」

「はは、いいってことさ。ハーレムの師匠を心配するのは当然だぜ!」

「……なんだそれ」

 

 何だハーレムの師匠って。首を傾げる俺にアーシアさんは苦笑し、藍華は納得したように相槌を打つ。そしてもう一人、件の女の子が口を開いた。

 

「会うのは二度目になるな。今週転校してきたゼノヴィアだ。よろしく頼む」

「転校生……おっと悪い。神里六花、よろしく」

 

 なるほどゼノヴィアさんね……しかし転校生か。神がどうとか控えめに言ってちょっとおかしな人だけど、まあこうしてクラスメイトになる以上気にしても仕方ないか。

 

「初対面はあんな感じだったけど、気にしない方がいいよな?」

「そうしてくれると助かる……色々あったからこそ、考えることもあってな」

「ふ~ん?」

 

 疲れたように苦笑するゼノヴィアさんの様子に俺は首を傾げる。兵藤とアーシアさんに視線を向けても苦笑するだけだ。

 

「……何よ、私だけ除け者?」

 

 そして藍華はどこか気に入らなそうにそっぽを向いた。話に完全に付いていけないのは俺も同じだし、そう言う意味では藍華と似たり寄ったりだろう。ただ悪魔とか堕天使とか、裏の世界のことを藍華が知らないのであればその差は出てくる……か。

 

「何だよ除け者って。藍華はそんなこと気にするタマじゃないだろ」

 

 そう言うと藍華はまあねと頷きはしたが、やっぱり気に入らなそうにそっぽを向く。とはいえ、今はこうしてうちの妹と知り合いではあるが裏の事情を知らない藍華だが……まさかすぐにそのことを知ることになるとはこの時の俺は知るはずもなかったのだ。

 さて、時間は流れて昼休みになった。今日も今日とて藍華は当然として、兵藤やアーシアさん、更にゼノヴィアさんが加わった。

 

「それで兵藤、お前が朝に言ってたハーレムの師匠って何だよ」

「お、やっぱ気になるのかそれ」

「誰でも気になると思うけど……」

 

 こうして兵藤に聞いたわけだけど、何となく予想が付くのはどうしたことだろうか。俺が外に出ない間、騒ぎを起こして申し訳ないとゼロとトウの二人が謝罪に行ったが……たぶんその時なんだろうなぁ。

 

「知ってると思うけど妹さんが二人来たんだよ。その時に『うちの六花は凄いぞ。姉妹全員で相手をしても負けるのは私たちだ』ってな」

「……ふ~ん」

「あ、あわわ……」

 

 その語り口調間違いなくゼロだ……学校から帰ってきた時に面白そうに笑ってたのはこれが原因だったのか。俺が居ないときに……いやいや、居る時にも話されたくない話題ではあるが。兵藤はともかくとして、ゼノヴィアさんは興味深そうにしているが反対にアーシアさんは恥ずかしそうに顔を赤くしている。藍華にいたっては当然じゃないと言わんばかりの顔で頷いていた……なんでやねん。

 

「んでその後にトウさんが……うん、こっちまで恥ずかしくなる惚気というか……事細かにこういうことをしているんだよって教えてくれて」

「……何してんだよ」

「部長たちも興味津々に話を聞いててさ。あぁ……黙々とお菓子を食べてた小猫ちゃんが癒しだったなぁ本当に」

 

 一番恥ずかしいのは俺なんですけどね。

 

「そういう話を聞いて神里って凄いやつなんだなって思ったんだよ。俺もハーレム王になるとか言ったけどさ、既にそれを実現してる神里は尊敬に値するぜ。だから俺は師匠って呼んだんだ」

「そっか……そっかぁ……」

 

 静かに頭を伏せた俺、そんな俺の頭をよしよしと撫でる藍華……あはは、いつにもまして藍華の気遣いに泣きたくなるぜ。おっと、こうやって手が止まっていると弁当を食べる時間がなくなりそうだ。せっかくワンが作ってくれたんだしちゃんと食べないと。

 もぐもぐと食事を進めていると、何やらピリピリと肌に纏わりつく何かを感じた。藍華は気にして無さそうだが、兵藤たちの変化は火を見るよりも明らかで、彼らはハッとするように校門の方へ視線を向けた。

 

「な……あいつは!!」

「……どうして」

「っ!」

 

 食べかけの弁当を置いて三人は走って教室を出て行ってしまった。一体何事かと校門に視線を向けると人影が一つ見えた。結構距離があるため鮮明には見えないが、髪の色からしてたぶん外国人だろうか。ジッと見ていると兵藤たちがその人影に接近し、少しやり取りをしたところで件の外国人は踵を返して居なくなってしまった。

 

「知り合いなのかしら」

「あの様子だとそうなんだろうな。良い知り合いかどうかは分からないけど」

 

 兵藤たちの様子、そして何やら言い合っていたような雰囲気から友好的な知り合いではなさそうだ。悪魔になった兵藤たちの知り合いとなるとおそらく裏の世界に生きる存在……彼が居なくなった瞬間肌に纏わりつく何かが消えたことで、その疑念は確信へと変わった。出来ることなら関わり合いになりたくないと願う。主に妹たちが暴走しないのと俺の胃のために。

 さて、思えばそろそろ授業参観がこの学校でも行われる。俺にとって両親は外国に居るから来ないことは分かっているし、友人たちの親御さんが来るからと言っても別に大した行事ではない。けれど、どうしてか分からないが今年は何かが起きるのではないかと、小さな胸騒ぎを感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六花が学校に行っている間、家には当然のことながら妹たちが残っている。相変わらずゼロやスリイは部屋に閉じこもっているが、残りの妹たちはそうではない。直近で六花が倒れるという異常事態があったせいか、何か六花の身に起こってはいないかとソワソワするのも仕方のない事だ。特にワンの心配する様子は顕著だが、スリイが持たせたアルミサエルを通して何も伝わってこないということは六花の身に何も起きていないことの証明でもある。

 もちろんワン以外の妹たちも六花のことは心配だが、ワンのそれは行き過ぎじゃないかと苦笑してまうほどにはワンはソワソワしていた。

 

「もうワン姉ちゃん、貧乏ゆすりが酷いことになってるよ?」

 

 ついにトウからの指摘が入った。ワンは済まないと謝罪をしたが……やっぱり不安な気持ちを抑えることは出来ないらしい。だからこそ、今姉妹で遊んでいたゲームに負けるという展開になるわけだ。

 

「集中できていないとはいえ負けは負けだ。さて、罰ゲームは何だ?」

「そうだねぇ」

「……う~ん」

 

 何か勝負をするなら負けた者には罰ゲームを、それはある意味で神里家における決まり事でもあった。大体の遊びではワンが勝利するため罰ゲームとは無縁だったが、こうして負けてしまった以上ワンは潔く負けを認めるしかない。

 何かいい罰ゲームはないか、そこでパッと閃いたのかファイブがこう口を開くのだった。

 

「罰ゲームとは言っても酷いことは嫌ですし、一日私たちが指定した服装で過ごすというのはどうでしょうか。もちろん常識の範囲内で」

 

 一日コスプレをして過ごす、ファイブの提案に満場一致で決まった。となるとどんな服装になるか、過激なものでもいいが六花以外にあまり肌を晒したくないと考えるのは姉妹の共通点。そこでファイブが取り出したのはどうしてそんなものを持っているのかと言いたくなるモノ、シスター服だった。

 

「ふふ、神に仕えるシスターですが実は愛する者との秘め事にドハマり……なんてシチュエーションも昂るかなと思いまして用意していたんです」

「なるほど……」

「ワン姉さま? 何真剣に考えてるの?」

 

 とはいえ、ファイブの発想にそれ採用と心の奥底で呟いたのは全員だった。ワンは流れるように着替えを終わらせ、シスター服に身を包んで再びリビングに現れた。

 普段の服装とは違うその様子、しかしどこか様になるワンの姿に妹たちはおぉ~と拍手をする。

 

「胸の辺りがブカブカだけど悪くはないか」

「合わせたのはわたくしですからね。ワンお姉さまではそうなって当然ですわ」

「……(ピキッ)」

 

 相手がフォウではないのでファイブに煽るつもりは一切ない、しかしこういう部分に気を回せないのも末っ子所以とも言える。ワンも思わず手が出そうになったがそれを理解しているため、すぐに怒鳴り散らすであろうフォウとは違い怒りを瞬時に収めた。

 

「あ、そう言えば買い出しにもいかないといけないんだった。もしかして恰好は――」

「当然着替えちゃダメだよ! 今日はずっとそれで過ごしてね!」

「……分かった」

 

 それから妹たちに見送られながらワンは買い物をするために家を出た。シスター服を着ているというだけで注目を浴びるが、何よりワンの美貌もあって本当に似合っているのだから見惚れてしまう。あれは誰だと注目されるが、それがワンだと気づかれると商店街の人たちも『あ、ワンちゃんが話してくれる妹の無茶振りか』と温かい笑みに変わった。

 どうしてこんなことになったのかを持ち前のコミュニケーション能力で説明しながら、ワンは買い物を終わらせて帰路に就く。

 

「……………」

 

 そんな中、ワンはある一つの気配を感じ取っていた。家から出た時は感じなかったが、こうして帰路に就く少し前から感じていた視線と気配……これは悪魔だと、ワンは明確に答えを出した。悪魔でありそこそこの力を持っていると評価したが、ワンの力に比べれば雑魚と言っても差し支えない。家まで付いて来られても面倒だと、ワンはその気配を完全に脳裏に刻み込む。どこまで行っても追いつけるように、決して逃がさず確実に滅すると決めて。

 そう決めたワンだったが、道の突き当りを曲がって人の目が少なくなったその時、ワンはその悪魔に話しかけられた。

 

「やあ、ちょっといいかな。美しいシスターさん」

 

 話しかけて来た悪魔は顔立ちが整った男だった。しかし、その笑みの裏側から感じる邪悪さをワンは見抜いていた。男は徐々に近づいてくる……そして、何かを目配せさせた瞬間影から何かが飛び出して来た。ワンが着るシスター服に似た服装の女だったが、その女の腕は全く音を立てずに肩から斬り落とされた。

 

「……え?」

 

 悲鳴を上げる間もなく、次いで脇腹を大きく抉るように蹴り飛ばされた。男はビックリしたように目を丸くしたが、鋭く睨むようにワンを見て……そこで男はおかしいと考える。どうして見つめているはずの景色が段々真ん中を裂くように広がっていくのかと――男の意識はそこで潰えた。

 脳天から腰まで綺麗に両断したのは突如として現れた戦輪だ。両断され息絶えた男の体は存在する力を失ったのか消滅した。戦輪に付いた血を心底汚いと言わんばかりに見つめたワン、特に何の感慨もなさそうにその場を後にするのだった。もう彼女の脳裏にあったのはただ一つ、今日もまた美味しい夕食を愛する兄にご馳走しないと、ただそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今日もこれで終わりかな」

「えぇ。いい成果でしょう」

 

 日本とは違うどこかの国の奥地で男女がそんな言葉を交わしていた。男女ともに美しい容姿をしている二人、そんな中女性がスマホを見て口を開く。

 

「あなた、本当に私だけ戻っていいの? あなたも六花に会いたいでしょうに」

「はは、私はまだすることがあるからね。どちらも帰るのが無理なら母親の君が帰るべきだろう。というか気づいているかい? そろそろ六花に会わないと君も限界だろう?」

「……違いないわね。それじゃああなた、私はそろそろ行くわ」

「あぁ気を付けて。アコールが傍に居るから万が一はないだろうから心配しないでくれ」

 

 傍に控えていたアコールと呼ばれた女性に夫を頼むと言い女性はその場から離れた。ある程度離れた所で女性はスマホを操作して一つの写真を画面に映す。

 

「六花、お母さん帰るから待っててね」

 

 映っていたのは女性に抱かれる幼い六花、そして周りにいるこれまた幼い少女たち。普段忙しくてあまり帰れない、親としてどうかと思うがようやくひと段落したので面と向かって顔を見ることが出来る。女性にとって夫もそうだし少女たちも愛しているが、自分のお腹を痛めて生んだ六花に向ける愛情は生半可なものではない。生んだ時からずっと、女性は六花のことを考えなかった日はないのだから。

 

「ふふ、帰ったらどんな話をしようかしら。楽しみね、待っててちょうだい」

 

――可愛い可愛い私の子、今お母さんが会いに行くからね――




おや、この人は一体……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17

 真昼間からゲームに耽る女の子が居る。

 長い紫の髪を無造作に伸ばし、前髪の部分だけをヘアピンで止めていた。そんな少女――スリイの日課は主にゲームである。完全に陰に生きる人間のそれだが、どうもスリイにはこの生き方が性に合っているらしい。もちろんずっと家にこもりきりなわけではなく、六花にデートにでも誘われようものならオンラインの途中だろうと即切断して準備をするほどだ。

 さて、今日も今日とてスリイはとあるゲームのオンラインに潜っていた。スリイが好んでプレイしているのはFPS系のゲームで、そのオンラインで知り合った二人――以前に六花とも話していたソウトク、そしてセラと呼ばれている二人である。

 

『次のエリアちょっと最悪だね~。どうする?』

『アーマーが貧弱だから敵とかちあうのは勘弁したいが……移動しないとだな』

 

 ヘッドホンを通して聞こえる二人の会話を聞きながら、スリイはマップを開いてどう動けばいいのか的確にルートを計算する。段々と縮むバトルエリア、外に居た場合体力が徐々に削られていくので結局はこのエリア内で戦わないといけない。つまり外に逃げてやり過ごすなどといったことはできないのだ。

 

『サンちゃんどうする?』

 

 基本的にこの三人でやる場合各々の好きなスタイルで戦うのが主ではあるが、こういう緊迫した場面になるとよくスリイの意見が求められる。まあそれだけスリイの実力が高いというのもあるし、ソウトクとセラが絶大の信頼を置いているのもある。

 

「ちょっと待って」

 

 スリイはドローンを飛ばし周囲の索敵を開始する。このゲームで使われるキャラクターにはそれぞれ特徴的な特技のようなものが存在する。スリイが今使っているキャラクターはドローンを操作することで、少し離れた距離であっても姿を晒すことなく索敵することができるのだ。

 

「今マークしたとこ敵居ないよ。行こう」

『了解!』

『分かった!』

 

 一斉に駆け出し収縮するエリアから逃げるように中央を突き進む。そんな中、ひゅんと僅かだが風を切る音が聞こえた。スリイの画面には何も問題なし、横目でチラッと味方の体力ゲージを見るとソウトクの耐久が減っていた。

 

『この音の聞こえなさは本当やめてくれねえかな!』

『ドーム作るから回復して! 敵は……来てるよ!』

「大丈夫」

 

 耐久を回復させるソウトクを助けるようにスリイが前に出た。もちろん前に出るということは敵からも見えるということで無数の銃弾がスリイを襲う。しかしスリイは変幻自在の動きを見せるかのように銃弾を躱していく……もしここで隣に六花が居たならば、きっとスリイの意味の分からない手の動きにドン引きしていることだろう。

 もちろん躱していくとはいっても全てに当たらないわけではなく、ところどころ被弾することでスリイの耐久も減少していくが、それでもスリイは敵しか見えていない。銃弾を躱しながら狙いを付けてフルオートをぶっ放すと、そのほとんどが敵に命中し急激に耐久を減らし尽くしていく。

 

『あ、相変わらずすげえな……』

『敵にはしたくないね……っと、これでお終い!』

 

 セラと回復を終えたソウトクも合流し喧嘩を売ってきた一つのチームがあっという間に壊滅した。激しい戦いを終えたとあっても別にスリイは達成感や満足感なんてものは感じていない。今の戦いはこのマッチでのチャンピオンに近づくための些細な一戦にしか過ぎない。勝って当然、そんなことを思いながらスリイは淡々と物資を回収していく。

 

『一度でいいからどんな風に手が動いているのか見てみたいもんだな』

『そうだよねぇ。すっごく気になる!』

「? 撃てば当たるでしょ?」

 

 何を言っているの? そんな疑問を浮かべたスリイの言葉に一瞬の空白が生まれた。まあそれがスリイだし聞いても無駄かと、セラとソウトクの二人は気を取り直してゲームに集中することにした。それからエリアは段々と狭くなり、戦いも激しくなっていく。それでも三人は誰一人欠けることなくチャンピオンを手にした。

 

「お疲れ様二人とも」

『お疲れ様!』

『おつかれさんだ。最後はちとヤバかったけどな』

 

 確かに厳しかった。けれどもこうして勝利出来たのは間違いなく三人の連携があってこそだった。普段のスリイは兄以外にさして興味はないし労いの言葉を掛けたりすることは絶対にない。しかしこうやってゲームとはいえ繋がりを得た者たちには優しくなれる。こういうのもある意味ゲームが持つ力ではないだろうか。

 

「二人はまだする?」

『う~ん、そうだね。後一戦やろっか』

『了解だ。その前にトイレ行ってくる』

 

 ソウトクがトイレのため離籍したのでそれまで待つことに。そんな時だった――壁を通して大きな声がスリイの部屋まで僅かに響いた。

 

『なんだこのクソゲーは!! なんで最後に音ゲーを持ってくる!? ていうか画面を見て判断してるのに画面が見えなくなるってどういうことなんだ!?』

「……ゼロ姉さん」

 

 ゼロの怒りを孕んだ声がここまで聞こえて来た。珍しく朝から起きて暇をしていたゼロにとあるゲームを渡したのだが……見事にスリイの思った通りの反応だった。ゼロに貸したゲームは以前に六花と一緒にプレイしたゲームで、アクションゲーム主体なのだが最後の最後に何故か音ゲーが始まるという良く分からないゲームである。

 

『どうしたの?』

「……姉さんがゲームをやって荒れてる。ほら、例の最後に音ゲーが入るやつ」

『……あぁ。気持ちは分かるようん』

 

 どうやらセラも知っていて尚且つプレイしたことがあるような反応だ。セラはスリイと同じように雑多にゲームをプレイしている。今プレイしているFPS系であったりアクションだったりもそうだし、乙女ゲームもギャルゲーも鬱ゲーも網羅しているのでもはやオタクと言ってもいい。

 

『ロク君はやったの?』

「一緒にやったけど、赤ちゃん大量発生のエンディングでギブアップしてた」

『サンちゃん結構鬼だね……』

「ちゃんと謝ったもん……」

 

 あの時の六花の様子には本当に申し訳なさしかなかった。特に物語に関して感情移入をすることがないスリイは何も感じることはなかったが、どうやら普通の人にはかなり精神に来るゲームだったらしい。

 

「でもその後にギャルゲーを勧めておいたから元気は取り戻してくれたと思うの。私はまだプレイしてなかったけど、パッケージには可愛い女の子が映ってたから」

『へぇ』

 

 少しでも気分を回復させてほしいとギャルゲーを六花に勧めていた。ただ感想を聞いた時に何とも言えない表情を最初にしたのは何だったんだろう。結局ちょうど夕飯と重なったのでその話はそこで終わったのだが……今になってスリイは少し気になったのだ。

 

『ちなみにどんなゲームを?』

「主人公が文芸部に所属する……感じなのかな? タイトルにそう入ってたから間違いないはず」

 

 そう、確か……何とか文芸部って名前だった気がする。可愛い女の子が四人描かれていたはずだ。ヘッドホンを通して聞こえていたセラの声が何故だか途切れたのをスリイは訝しむ。そしてしばらくしてセラが一言。

 

『サンちゃん……あなたは本当に鬼だよ断言する』

「……どうして?」

 

 それからスリイは六花に勧めたゲームがどんなものなのか事細かに教えてもらい、六花が学校から帰ってきたら誠意を込めて謝ろうと心に決めるスリイだった。

 

『なんだこの空気……通夜みたいじゃね?』

『……まあ色々あったんだよ。ささ、気を取り直していこ!』

「……ごめん……ごめんね兄さん!」

『??』

 

 

 

 

 

 

 

 

「……? スリイ?」

 

 授業中、先生の話を聞いていると何故かスリイの声が聞こえた気がする。もしかして俺はそんなに妹たたちのことを恋しく思っているのかと苦笑したが、確かにそれも間違いではないなと納得した。

 

「……今日は早く帰るか」

 

 偶にはこんな日も……いや、偶にはではないか。妹たちは家族、だが家族であると同時にこれからずっと傍に居ると誓った子たちでもある。それは恋人として? それとも……好きとか愛していると口にしたことは何度もあるけど、明確にどんな存在なのかは言ってなかったっけ。まあ俺もそうだしみんな家族であることに満足しているんだけどね。

 そうして時間は過ぎて放課後になり、今日は珍しく一人で帰ることに。その帰り道に俺はまたあの綺麗な黒猫を見つけた。

 

「お、お前は……っていうかもしかして」

 

 その時、ふと昔のことを思い出した。母さんと二人で出掛けていた時、怪我をした黒猫を見つけたんだ。俺は何もできなかったけど、母さんが黒猫を少し抱いていたら傷は治っていて……よくよく考えたらあれって結構妙だよな。

 

「……ふむ」

 

 まあでも、もしかしたら母さんも不思議な力を持っていたり? ……いやまさかな。あり得ないことを考えて笑っていると、足元に黒猫が近づいてきていた。スリスリと体を擦りつけているその様子はとても可愛らしい……なるほど、猫が好きっていう人の気持ちが理解できてしまうなこれは。

 鞄に付けている三体のアルミサエルがプルプルと震えだしたが、静かにするように頭を撫でると大人しくなった。俺は屈んで黒猫の優しく撫で、抱き上げてみるとやっぱり黒猫は抵抗しなかった。

 

「人懐っこいなぁ……飼い猫なのかなやっぱり」

 

 この毛並みの綺麗さは間違いなく手入れがされている。だからこそ飼い猫だと思うんだけど、首輪とか分かりやすいモノは何も付けてない。抱き上げた黒猫は真っ直ぐに俺を見つめていて……うん、やっぱりこの子はあの時の猫かもしれない。

 

「なあ、もしかして昔に会ったことある?」

 

 猫に言葉が通じるわけがないだろう。けれど黒猫は俺の言葉を待っていたように鳴いた。何度も何度も、そうだよと言っているように鳴いていた。

 

「……何を言ってるのか分からないのは仕方ないけど、そう思っておくことにするか」

 

 俺もさっきこの子がやっていたように頬をスリスリすると、同じように頬をスリスリとしてきた。猫って可愛いね……心が癒されるようだ。

 

「にゃっ!」

「おっと」

 

 そこで黒猫は俺の手から飛び降りた。どうやら帰るみたいだな。黒猫は一度俺を見て鳴いた後、物凄い速さで走って行った。

 名残惜しさはあるけど、大体この道を歩く時に見かけるのでまた出会えるはずだ。何時になるかは分からないけど、また会えることを信じ俺は改めて家までの道を歩き始めた――その時だった。

 

「六花」

「……え?」

 

 背中から名前を呼ばれた。ドクンと跳ねる心臓、それは決してあり得ないからこそのビックリである。今の声は聞き覚えがある……いや、そんなものではない。だってこの声は俺の……。俺の困惑を他所に足音が段々と近づいてきて、信じられないという気持ちになりながら俺は振り返った。

 

「やっぱり六花だったわね。久しぶりだわ」

「か、母さん……?」

 

 振り向いた先に居た女性は間違いなく、正真正銘俺の母さんだった。突然のことに少し思考停止してしまったが、ぎゅっと抱きしめられたことで強制的に意識を引き戻されるかのよう。

 

「あぁ六花……私の息子。愛しい愛しい私の子」

 

 どうして母さんがここに居るんだろうか、確か父さんやアコールさんと一緒に外国に居るはずじゃないのか?

 

「母さんどうしてここに?」

「あら、お母さんが居たらいけないの?」

「そうじゃないって……ビックリするでしょ普通」

「ふふ、分かってるわ。そろそろ授業参観でしょ? 母親としてちゃんと出席しないとって思ってね!」

 

 ……あぁそういう。母さんならあり得そう、そう思ってしまうくらいに納得した。というか母さんいい加減離れてくれないかな。相手が母親とはいえやっぱりこういうのは恥ずかしいんだ。

 

「あ……もう六花ったら」

 

 そんな悲しそうな顔をしないでくれって……。

 改めて離れながら母さんを見てみた。170cmくらいの俺とそう変わらない身長の母さんは女性にしては長身の方だと思う。肩に掛かる程度の黒髪に整った顔立ち、外国人特有の綺麗な顔とも言える。そうそう、俺の父さんは日本人だが母さんは外国人になるのだ。

 神里アリーシュ、それが母さんの名前になる。

 

「コホン、電話はしてたけどこうして会えて良かった。元気そうで安心したよ母さん」

「……六花!!」

 

 ガバっと抱き着かれた。

 母さんは見た目クールというか、スレンダーで色白……父さんが言うにはエルフのコスプレが似合う人らしい。いやコスプレって……詳しく聞くと夫婦間の知ってはならないことを知りそうになるので怖くて聞けないけど。

 そんな母さんではあるけど……まあ見てもらったら分かるよね。こんな感じにとにかく俺を愛してくれている。母親に愛されるというのは息子として嬉しいけど、たまに度が行き過ぎているんじゃないかって感じることが多々あるのだ。

 

「母さん、周りの目があるから離れようよ」

「気にする必要はないでしょう? 久しぶりの親子の抱擁なんだもの」

「……何を言っても無駄だなこれは」

「うふふ~。六花ったら少し背が伸びたかしら。それにかっこよくなっちゃって。これはゼロちゃんたちと情報交換しないと!」

「……もう何も言うまい」

 

 みなさん、これがうちの母親です。

 

 

 

「……それにしても、やっぱりこの街って色んな気配があるのね」

「母さん?」

「“悲しみの棘”を使うことがなければいいけど――」

「かあさ~ん」

「なあに?」

「……帰ろうよ」

「えぇ分かったわ」

 

 




お母さん出せました。
普通のお母さんですみません。


さて、話は少し変わるのですがみなさんはアークナイツというスマホゲームをやっておられますでしょうか。

始めて半年経ったばかりですが、もし戦友枠空いておりましたら登録飛ばしてくれると嬉しがります。

よろしくお願いします!

追記、いっぱいになりましたありがとうございました!


それでは次回またお会いしましょう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18

「久しぶりの我が家だわ。やっぱりいいわねぇ……うん、温かいわ」

 

 あの後、まるで恋人のように腕を組んで俺は母さんと一緒に家まで帰ってきた。いつものようにワンが出迎えてくれ、母さんを見て仰天するように声を上げ、それを聞いて他の姉妹までもが玄関に現れた。どうしてここに居るのかの疑問は俺と同じように感じたようだが、トウとファイブの母さん大好きっ子がまず抱き着いた。

 

「……本来はこれが普通の光景なのに違和感しか感じないな」

 

 ソファに座ってトウとフォウ、ファイブに外国での話を聞かせている母さんを見つめながら俺はそう呟いた。居ないのが当たり前……と言うと酷いかもしれないが、それくらい母さんも父さんも居ないのが普通だったからな。ま、こんな光景が目の前に広がっているということで俺も嬉しいわけだが。

 

「授業参観の為に仕事を放り出して帰ってくるなんて……ふふ、流石はお母さまといったところですね」

 

 少し離れた所で母さんを見つめる俺の横でワンがそう言った。

 

「そうだな……本当にビックリしたよ。いきなり背後に外国に居るはずの母さんが現れたらさ」

「それは確かに色んな意味でビックリしそうですね」

 

 今思えばビックリってレベルではなかった気がするけどね。今更になるが、妹たちが普通の生まれではないことは当然として、そんな妹たちのことを母さんもそうだし父さんも受け入れている。当時はまだ俺も幼くて何も思わなかったけど、よくこの子たちを何も言わずに受け入れたなと思うよ今になってさ。

 

「……ま、今更考えても仕方ないか」

 

 何をどうしたってもう妹たちは正真正銘この家の家族なのだ。それは何があっても変わらないし変えるつもりもない。俺には何も出来ないけど、もしこの光景を壊そうとする者が現れたのなら……俺はたぶん、自分に出来る範囲で全力で抵抗するだろう。

 

「何を考えてるんだ?」

 

 後ろから抱き着くようにしてゼロからそう聞かれた。スリイはすぐに部屋に戻ったが、実を言うとゼロもずっと傍に居たのだ。俺はそんな難しい顔をしていたのだろうか、とはいえ別に聞かれて困るわけでもないので俺は思っていたことを口にした。

 

「安心しろ。そんなことには絶対にならない……そのための私たちだ」

「そうですよ。お兄様は何も心配する必要はありません」

 

 背後からゼロ、前からワンに抱き着かれながらそう言われた。二人の言葉は頼もしく、絶対の安心を齎してくれるがやっぱり何も力を持たない自分が情けなく思ってしまう。しかし、力なんてものは望んだ所で手に入るモノではない。

 

「そっか……情けないけど、頼りにしてるよ本当に」

 

 たぶん、このやり取りも何度もやってるんだよな。その度に俺は自分の無力さを嘆き、そんなことは気にするなと慰められる。ないものねだりをするつもりはない。それなら俺に出来ることはやはり……俺は一旦ゼロとワンの二人に離れてもらい正面に立ってもらった。

 首を傾げる二人を腕を広げて一緒に抱きしめた。

 

「ゼロにも以前言われたけど、俺はみんなの心を守りたい。兄である俺がどこまで支えになれるか分からないけど、一先ずそれくらいは頑張らせてくれ」

 

 たとえ無力だとしても、少しでもこの子たちを守ることが出来るなら俺はそれに全力を尽くす。この腕の中にある温もりを失わないためにも、何があっても俺は……って、なんか静かだな。何か言葉を返してくれると思ったけど、ゼロもワンも何も言ってくれなくて俺は少し不安になった。もしかして変なことでも口にしたかな、そう思って離れようとしたけどそれは出来なかった。

 

「……待て、今離れるな」

「え?」

「……その、顔が真っ赤なのであまり見られたくないといいますか」

 

 ……ふむふむ、この言い方だとワンもそうだしゼロも同じ感じなのかな。それは是非とも見てみたい気がするぞ。何とか二人の顔を見ようと思うのだけど、二人は俺の胸に顔を引っ付けるようにしているのでその表情を窺うことは出来ない。無理やりに離そうとしても当然のことながら二人の力に俺が勝てるわけもなく、結局そのまま二人は俺から離れなかった。

 ただ、俺たちはもう少しここがどこかを考えておくべきだったのかもしれない。どんな話をしていたのかはともかくとして、あくまでここはリビングで他の妹たちや久しぶりに帰ってきた母さんも居るということだ。

 

「あらあら……静かにしているからどうしたのかと思ったら」

 

 微笑ましそうにこちらを見つめる母さんと、ゼロとワンだけズルいと言わんばかりに不満たらたらの表情を向けてくる妹たちがこちらをジッと見ていた。これはこの後甘えさせろってせがまれるんだろうなと、俺がそう思ったように二人から体を離した俺は三人に抱き着かれることになるのだった。

 

「六花とみんなが仲良しなのはいいことね。さてと、今日は私もお料理に参加させてちょうだいなワンちゃん」

「あ、はい! 是非お願いします!」

 

 おっと、これは久しぶりに母さんの料理を食べれるのか。しばらく振りだし、いつになく夕飯が楽しみになってきた。もちろんワンの料理はいつでも楽しみにしてるし美味しいのは当たり前のことだけど、やはり母さんの料理を恋しく思っていたのも間違ってはいないのだから。

 

「ほら兄ちゃん、今度は私たちもかまってよ!」

「そうですわ! 二人だけズルいです!!」

「こら二人とも! あまり兄様を困らせないの!!」

「いいよ。それよりもフォウもおいで!」

「あ……兄様好き!!」

 

 それじゃあご飯の用意が出来るまで、甘えん坊な三人の妹の相手をするとしますか。

 しばらく三人とじゃれ合った後に出来上がった夕飯は大変美味しかった。母さんもしばらくこちらに滞在する予定らしいので、数日は今日みたいに賑やかな食事になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 六花の母であるアリーシュが帰ってきた初日の夕飯時は大変盛り上がりを見せた。話も尽きることはなく、ワンでさえも見習うことが多かった料理の数々は六花を含め妹たちに好評だった。夕飯の時間が終わり、六花が風呂に入っているのと同時刻――神里家のベランダには外の景色を眺めるアリーシュと、そして長女であるゼロの姿があった。

 

「それにしても本当に驚いたよ。まさか帰ってくるとは思っていなかったから」

「ふふ、ゼロちゃんにもサプライズになったみたいで良かったわ。本当なら夫も帰ってきたいはずなのにね。それに関しては申し訳なさがあるわ」

 

 今この場に居ない夫を想いアリーシュは切なそうに顔を伏せる。とは言っても、そんな申し訳なさも吹き飛ぶくらいに久しぶりに六花やゼロたちに会ったことで喜びの方が大きくはあるのだが。

 それからしばらく笑顔で世間話をするが、アリーシュが表情を引き締めてこう口にした。

 

「やっぱりまだ六花を狙うクズは居るようね。私たちはともかく、あの子はただ今を普通に生きているだけなのに」

 

 たとえ本人にその自覚はなくとも、六花に宿る何かしらの力は異形を引き寄せてしまう。それは単純な力でも、見えない超能力のようなものでもない。ただ何かを引き寄せてしまう、としか言いようがないものだ。

 

「そんなクズを掃除するのが私たちだ。万が一“君”に暴れられたら困るからな」

「……………」

 

 ゼロはアリーシュを母とは呼ばず君と言った。それに対してアリーシュは特に何も思うことはない、それが普通だと受け入れている様子だった。ゼロは決してアリーシュを母と認めていないわけではない。六花の母としてもそうだし、自分たちを受け入れてくれた心の広い女性として慕っているのも確かだ……だがそれでも、完全にアリーシュを受け入れることが出来ないでいた。

 

「ゼロちゃんはいつまでも私を警戒しているのね」

「それに関してはすまないとしか言えない。恩知らずとも、この家から出て行けと言われても仕方ないだろう。それでも私は君への警戒を解くことは出来ないんだ」

「ふふ、いいのよ。それは寧ろ当然のこと、この世に絶対なんてあり得ない。あってはならないことだけど、私の身に何かが起こらないとも限らないのだから」

 

 アリーシュ自身に問題があるわけではない……ゼロが感じている警戒を抱かせるのはアリーシュが隠し持っている武具にある。

 鎌のような形をした武器で“悲しみの棘”と呼ばれる武具だ。それはこの世界に存在する神器と似たようなものではあるが、実際には神器ではない。一言で言うならば、呪われた武具とも言える。

 

「どうしてそう思ったのかは分からない。だけど、その武器に関して嫌な予感と共に妙なビジョンが浮かんだのも確かだ。以前に話したことがあるだろう?」

「人間を殺し尽くし、その果てに同胞を殺し尽くし……そして自らをも殺したゴブリンの記憶のことね」

「あぁ」

 

 ゼロは以前このことをアリーシュに話したことがあったのだ。そして今口にしたビジョンはアリーシュも見ていた。悲しみの棘、禍々しい形状をした鎌をその手に取った瞬間脳裏に流れ込んで来たのだから。

 

「この鎌に宿る呪いは所有者の欲望を際限なく増幅させるもの。それを理解した時、私はこれを手放そうと思った。けど、どんな手を使ってもこれは私の手に戻ってくる……呪われた武具とはよく言ったものだわ」

「おそらく、そいつが君の手から離れるのは君が死んだ時だろうな」

 

 でしょうねと、アリーシュは笑った。アリーシュが死んで所有者が消えた時、また必然的に新しい所有者が生まれる。この武器に刻まれている運命はおそらく、そうやって繰り返されてきたのだろう。

 

「もし君がその鎌に飲み込まれ、我を失ったなら私が殺そうと考えていた。たとえ六花に恨まれようとも、居場所を無くしたとしても、私は誰よりも六花の方が大切だから」

 

 今は少し違う考えだけどと、ゼロは付け加える。アリーシュとしてもそのゼロの考えを否定するつもりはなかった。何よりも愛おしい息子を含めた家族に危険を及ぼすならば、たとえ自分であっても殺してくれと願うだろうから。

 

「……………」

 

 実を言えばゼロも見ていない、アリーシュだけが知っているこの鎌の記憶がある。自らを殺したゴブリンの手から離れた鎌は次なる所有者に拾われた――アリーシュにとって他人とは思えないほど自分に似通った魂を持ったエルフの女性、アリオーシュという名の女性の記憶だ。

 

「……ふふ、今はどうでもいいことね」

「何か言ったか?」

「いいえ、何でもないわ」

 

 たとえ自分に似ているとは言っても、ましてやその人本人と言われてもアリーシュは頷いてしまう自信があった。しかし、今生きている世界は紛れもなくこの場所……ここには愛する家族が居て、間違いなく自分は幸せだと断言できる。だからこそ、今は訪れることのない不幸なことを考えても仕方がないのだ。

 

「ゼロちゃん。言葉だけでは信用に足らないでしょう。でも私は大丈夫……六花が居て、夫が居て、そしてあなたたちがいるこの幸せを手放すことは絶対にしない。鎌の意思が何、呪いが何だというのかしら。どこまでも行っても私は私、それは絶対に変わることなんてない」

 

 たとえ何があっても自分自身を見失うことはない、そんな決意とも言える宣言にゼロはそうかと表情を和らげた。何度も言うが、別にゼロはアリーシュを嫌っているわけではない。何が起こるか分からない以上警戒するに越したことはないだけだ。しかし、今のアリーシュの言葉を聞いてゼロの中に確かな確信が出来た――この決意はおそらく、何人も跳ね除けることは出来ないのだろうと。

 

「あら、ようやく笑ってくれたわね」

「安心したんだ。君はやっぱり六花の母親なんだって」

 

 今日はもう話すことはないとゼロは踵を返した。ただ……アリーシュは若干不満そうに唇を尖らせた。

 

「でもいい加減私のこともお母さんって言ってほしいわね……嫌われているわけじゃないのよね?」

「当り前だ。むしろ好ましいとさえ思ってるよ」

「それならどうして?」

「……………」

 

 アリーシュの問いかけにゼロは空を見上げた。実を言えば、何故アリーシュのことを母と呼ばないのか、その本当の意味は理解していない。ただ心が拒絶しているのだ……何故だか分からない。母という存在そのものに対してゼロは良い感情を持っていない。

 

「良く分からないんだ。ただ、私の中に眠っている記憶がおそらく……母親という存在を遠ざけているのかもしれない」

「……そう」

 

 記憶、そんな抽象的なものだがアリーシュはそれ以上聞くことはしなかった。何か力になれないか、そう思案するアリーシュを横目で見たゼロは小さく溜息を吐き、そして振り返らずに足を進めた――最後にこんな言葉を残して。

 

「……まあでも」

「え?」

「努力は……変か。別に呼ぶくらいならタダだしね」

「ゼロちゃん?」

「おやすみ……母さん」

「っ!?」

 

 少しだけ肌寒い夜に、大きな一歩は確かにあった。

 

 

 

 

 冥界にて、魔王であるサーゼクス・ルシファーは頭を悩ませていた。

 

「リアスは何も答えてくれないし、関わってほしくはないのは分かるが……魔王という立場上無視するわけにもいかないんだけどね」

 

 サーゼクスの悩みの種は六花とその家族のことだ。詳しいことは分からないが、使い魔を通してコカビエルが倒された後のことはバッチリと記録出来ている。本当に彼らがこちらの敵にならないのか、それが分からない以上放っておくことが出来ないのだ。

 

「サーゼクス……私はリアスの意見に賛成です。確かに危険な気もしますが、リアスがあそこまで神里六花を庇うのです。何かがあるのは間違いないですが、あの子の必死な想いに応えるのも大切なことでしょう」

 

 グレイフィアの言葉にサーゼクスは分かっていると頷く。

 

「そうだね……。けれど私たちが何もしなくても、おそらくそれ以外の勢力が必ず接触を図るはずだ。神里君やそのご家族の意思に関係なく必ずね」

「……………」

 

 サーゼクスの本心としては守りたいのだ。妹であるリアスとも仲良くしているようだし、眷属の子たちともそうだ。だからこそ友好的な関係を結ぶことが出来ればとサーゼクスは考えていた。

 

「近い内に授業参観もある。その時にコンタクトを取ってみるよ。少し話をするくらいなら神里君も応じてくれるだろうし」

「大丈夫ですか?」

「彼に接触することで世界が滅びる……とかなら私も近づきはしないがね。それでも話が出来るのならそれに越したことはないさ」

「……………」

 

 決して悪意はない、それが分かっているだけにグレイフィアも止めづらい。どうか何事もなく……そうグレイフィアは祈るのだった。

 

 

 

 

 

 

悲しみの棘

 

 

この世界は不条理で溢れている。

どうすれば息子を、夫を、家族を守れる?

あぁそうか。この身と一つになれば守れるではないか。

 

息子の部屋に向かうと、新しく出来た娘たちと遊び疲れたのかぐっすりと眠っていた。

この愛らしい息子を、悪意が決して触れられないように私の中へ――

あと少しでその綺麗な首筋に私の歯が当たるその時、息子は小さく母さんと私を呼んだ。

 

私は正気に戻った。何をしようとしたのか自らを恐れる。しかし、その理由は分かっていた。

息子と一つになる? それで守れる? おかしな話だ。息子が笑い、健やかに生きている世界こそが私の求める世界だ。

 

膨れ上がる欲望、諍い難いこの衝動は私の身を焦がす。

しかし、私は屈するわけにはいかない。たとえいくつもの記憶が私を蝕もうとも、私は私だ。この世界に生きる人間であり、家族を愛するだけの母なのだ。

 

目の前で眠る愛おしい我が子、この子の未来を守ることこそが私の――。

もしもこの鎌の呪いに意思があるのだとしたら、お前は私が生きている間にたっぷりと後悔するといい。

お前を手に取った所有者はこういう女だと! 幾人もの生を狂わせたその呪いを、愛で跳ね除ける女なのだと!

 

母は強し、理解出来るかは分からないが覚えておくといいわ。




アークナイツの戦友いっぱいになりました。
重ねてありがとうございます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。