【本編完結】ただ、幼馴染とえっちがしたい (とりがら016)
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本編
第1話 そして勘違いは始まった


 ──春。

 

 温かな風が緩やかに吹き、陽気な日常を桜色で彩る季節。全国の学生が新たな生活を始めるこの日、みんなは何を思うだろうか。

 新たな生活に浮足立たせ、始まる学生生活に夢馳せる者。引っ込み思案で、友だちができるか不安になる者。人それぞれ様々な思いがあり、様々な願いがある。

 

 学生たちが様々な思い、願いを抱える中。高校生活二年目に差し掛かった俺、氷室(ひむろ)恭弥(きょうや)は、こんな思いを抱えて校舎へ足を踏み入れた。

 

 俺はただ、幼馴染とえっちがしたい。

 

 これは、俺が幼馴染とえっちするために奮闘する物語である!

 

 

 

 

 

 俺の幼馴染の話をしよう。

 

 俺の幼馴染の名前は夏野(なつの)日葵(ひまり)。美しく輝く黒い髪をポニーテールでまとめ、形のいい胸にすらっとした手脚、抜群のプロポーションを持つ大きなお目目がとってもチャーミングな女の子である。

 更に、勉強が少し苦手で運動が得意。誰とも分け隔てなく話す明るさの化身。こんな素敵な女の子が幼馴染である俺は人生の勝ち組だと、そう思っていた。

 

 しかし男、氷室恭弥は女、夏野日葵と疎遠になっていた。

 

 家は近く、高校も一緒。だが以前のように仲良く話すことはなく、それぞれ仲のいい男女と話すばかりで、恋愛のれの字も見えてこない。

 

 俺は日葵が好きだ。でも以前仲の良かった幼馴染とどう話していいかわからず、幼馴染とえっちしたいという欲望が抑えきれないのである。

 

「なぁ、どうしたらいいと思う?」

「君の純情な思いが、なんでいきなり性欲に直結したかわからないんだけど」

 

 放課後の教室。俺の胸中を打ち明け、相談をしている相手はメガネをかけた、男にしては可愛い容姿の親友、織部(おりべ)千里(ちさと)。昨年の文化祭で女装させた際、あまりに可愛くなりすぎて本当にアレがついているのかという疑惑が学年中で広まったという経歴を持っている。

 

 千里は親友も親友、大親友も大親友で、竹馬の友であり、相棒であり仲良しであり茶飲み友だちであり、ベストフレンドであり相棒である。つまり親友。

 

 そしてその親友は俺の純情がなぜ性欲に直結したかわからないと、アホな返答をしてきやがった。これには俺もやれやれと肩を竦めるばかりである。

 

「あのな千里。俺たちは男子高校生だろ?」

「うん」

「幼馴染が可愛いだろ?」

「うん。夏野さん可愛いよね」

「つまりえっちしたいだろ?」

「ちょっと待って、今君の純情を見失った」

 

 頭を抱える千里に、仕方ないなと小さく息を吐く。こいつは頭がいいが、理解するまでに時間がかかる。一度覚えたことは忘れないが、習得に時間がかかるタイプだ。ちなみに俺は逆で、習得は早いが大体のことは忘れるタイプ。互いの弱点を補い合う最高のパートナーが俺たちだ。

 

「まだ付き合いたいって言うならわかるんだ。でもなんでその、えっちしたいってことになるの?」 

「うーん? 聞こえなかったな、もう一回言ってくれ」

「だから、なんでえっちしたいってことになるの?」

「もっと短く言って」

「えっちしたいの?」

「お願いします!」

 

 容赦なしに殴り飛ばされた。いやだって、千里可愛いし、声も幼いからいけるかなって。ついてるかついてないか確認したくなって。

 

「ふざけるなら帰るよ?」

「待て! 俺はふざけてない!」

「ふざけてなくて僕に欲情したんだったら余計帰りたいよ!」

 

 そういうな。さっきは確かに欲情したが、千里が男だと思い直したらギリギリアウトだった。ん、いやセーフか? 千里はいいやつだし、一緒にいたら楽しいし、つまり俺は千里とえっちがしたい? ん?

 

「恭弥の目が怪しくなってきた」

「まぁ冗談だ冗談。俺がえっちしたいのは日葵だけだ」

「だからそこが『好きなのは』とかならわかるんだけど……」

 

 やはり千里は理解が遅いらしい。なぜ男子高校生の『好き』が『えっちしたい』に直結するのがわからないのだろうか。これはかみ砕いて教えてやる必要がある。

 

「つまりな、俺は日葵と幼馴染で、俺は日葵が好きで、日葵のことを思うと胸が苦しくて苦しくてたまらないんだ」

「うん。それくらい好きなんだね」

「それがえっちしたいに直結するってことを説明すると、俺はショートケーキを食べる時、いちごの種をわざわざ取り除いて最後に食べるってことを時々するんだ」

「……?」

「今俺ですらわからないように説明した」

「それ説明って言わないよ」

 

 流石千里だ。これは一本取られた。俺が一本取らせたってところもある。

 

 さて、あまりふざけすぎると千里が機嫌を損ねて帰ってしまう可能性があるので、すでに帰ってしまおうとしている千里の前に立ち引き留める。帰ってしまう可能性をこの一瞬で引き当てるとは思わなかった。

 

「なに」

「いやだから、俺はお前とえっちがしたいんだって!」

 

 あ、言い間違えた。なんとかして引き留めようと気が動転していた。千里の肩に手を置いて言ってしまったからリアルすぎて言った俺が引いている。

 千里も青い顔をしてドン引きしている様子だった。いや、ごめんて。言い間違いだって。ん? 千里どこ見てるの? あ、指さした。教室の入り口見ろって? なんだどうしたどうした。

 

「……」

 

 教室の入り口。そこには、ドアを開けた姿勢で固まっている俺のプリティな幼馴染、日葵がいた。

 

「……」

「……」

「……ごめんね」

 

 マズいものを見たと顔に書いてある日葵はそれだけ言い残してドアをぴしゃりと勢いよく閉めて教室から走って去っていく。残されたのは千里の肩に手を置く俺と、青い顔で教室の入り口を指し続ける千里。

 

「……危なかった。聞かれるところだった」

「聞かれてたよ! めちゃくちゃ聞かれてたよ! 追って説明しろよ! 何現実逃避してんだよ!」

「いや、なんか会って話すの恥ずかしいし……」

「どこで純情発動してんだよおい! どうすんだよ! 夏野さんが言いふらしたら僕たち男同士でクラス認定カップルになっちゃうよ!」

「いや、まて! お前にアレがついてなければ俺たちは男女カップルになる! おいこら見せろ! 脱げ!」

「ぎゃー! 恭弥がおかしくなった! 先生、先生―!」

 

 千里を押し倒し、ベルトに手をかける。そうだ、男同士でカップルと勘違いされるのが嫌なら、千里が女の子だったらいいんだ。別にクラスの連中は俺と千里がカップルだったとしても応援してくれそうだが、当の本人である俺たちは御免こうむる。俺たちは女の子が好きな男の子なんだ。それが嫌なら、千里が女の子だったらいいんだ。

 

「ほんとにやめて恭弥! 君は今おかしくなってるんだ! 冷静になって!」

「おかしくなんてねぇよ! おかしいって言ったらお前のがおかしいだろ! なんでそんな可愛い顔してんだよ! 華奢すぎんだろ! 人類の神秘かよ!」

「ひ、人のコンプレックスをずけずけと! 僕だって君みたいなイケメンに生まれたかったよ! 性格は残念だけど!」

「性格の話は今するなよ! くそ、いいからさっさと」

 

 ガラガラ、とドアを開く音が聞こえた。まずい、先生か? 先生にこんなところを見られたら、俺の成績が下がってしまう。いやでも、『俺だから』でいつも通りだなってことで済まされないか? それで済まされたらもう俺の成績なんてないようなもんだけど。

 

「いや、先生違うんですよ。これは──」

 

 先生に言い訳をするため振り向いて、教室の入り口を見た。

 

 そこには、千里を押し倒している俺を見て固まっている、俺のビューティな幼馴染、日葵が立っていた。

 

「……」

「……」

「……ごめんね」

 

 それだけ言い残し、日葵は強めにドアを閉めて走って去っていく。残されたのは、千里を押し倒している俺と、押し倒されている千里。

 

「……危なかった。もう少しで見られるところだった」

「見られてたよ! その現実逃避するクセやめろよ! 今度こそ追え! 追って事情を話せ!」

「なぁ千里。今更追って事情話したところで信じてもらえないと思うんだ」

「僕だって薄々気づいてるよチクショウ!」

 

 千里に蹴り飛ばされて仰向けに倒れる。教室の天井をこんなじっくり見る機会なんてないだろうな。すぐに起き上がればいいのだが、今は起き上がる気になれなかった。

 

 ただ、日葵に現場を見られたことは最悪だが、それを言いふらすようなことはしないはずだ。あいつはいいやつで、こんなデリケートな問題をむやみやたらに話したりはしない。

 

「大丈夫だ。日葵は言いふらさない。これは俺だけの問題で、俺が日葵の誤解をとく、それだけの話だ」

「……まぁそうだろうけど。早めに誤解解いてね? 夏野さんだけとはいえ、君とそう思われるなんてごめんだよ」

 

 わかってるって、ごめんな。と言って二人で帰って、次の日。

 

 中庭で二人昼食を取っている俺たちのところに、日葵と仲のいいクラスメイト、朝日(あさひ)光莉(ひかり)が小走りでやってきた。

 

「二人とも、付き合ってるんだってね。頑張ってね」

 

 そう言って、悲し気に俺たちを見てから小走りで去っていった。

 

 千里に襟首を掴まれた。

 

「言いふらしてるじゃねぇか……」

「ま、待て待て! 日葵はそんなやつじゃない! きっと日葵以外の誰かが昨日のやり取りを聞いていて、そいつが言いふらしたんだ!」

「どっちにしろ僕は君に怒る権利がある」

「そ、それに朝日だけが俺たちに声かけてきたってことは、そんなに広まってないってことじゃないか!? 冷静になれって! 俺たち親友だろ!?」

「君のせいでカップルになってるかもしれないんだよ!」

「なってない! まだ間に合う!」

 

 激昂する千里をなだめていると、パシャリとシャッター音が聞こえた。そちらを見ると、髪を金に染め上げたちゃらけたクラスメイト、井原(いはら)(れん)がスマホのレンズを俺たちに向けていた。

 

「よう二人とも! 昨日のやつ聞いちまって、お節介心が働いちまってさ。みんなで応援しようって言っておいたぜ! 頑張れよ二人とも!」

「……」

「……」

「千里。ここは一時休戦してやつをぶち殺そう」

「流石は親友。僕もそう思ってた」

「え? なに? 俺も一緒に飯食っていいの?」

 

 井原のクソを二人で締め上げ、「ごめんなさいぃぃぃいいい!!」と泣いて謝らせた。

 その後教室に帰ると、朝は普通に思えていた視線がとてつもなく生暖かい視線に思え、俺と千里は同時に顔をひきつらせた。

 

 これは、最悪のスタートを切った俺が、幼馴染とえっちするために奮闘する物語である。

 



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第2話 そして勘違いは加速した

 あれから数日経って。

 とりあえず下手に動いたら状況が悪化するだろうと、俺と千里はいつも通りすごし、誤解が解けるのを待っていた。いつものように二人で昼食をとり、二人で帰り、二人で遊び。いつもやっていたこれらを突然やめたら、こっちが意識しているみたいになるから逆に気にせずやってやろうと、今日この日を迎えた。

 

 俺と千里が見ているのは、学校内に張り出された掲示板。そこに毎日貼りだされる、新聞部の『光生(こうせい)新聞』。この高校の名前がつけられたこの新聞は、新聞部が「面白い」と思ったことを全校生徒にお届けするものであり、毎朝校門前で配られて、一部は掲示板に貼りだされる。

 

 その新聞には、『やっぱり付き合っていた! 二年A組の美男カップル!』というタイトルで、俺と千里が俺の家に入って行く写真が一面となっていた。

 

「……」

 

 千里が、俺を見てくる。「君がいつも通りにしようって言ったんだよね?」と目で訴えかけてくる。いや、違うんだ。普通さ、こういうのを貼りだす新聞部の方が問題じゃない?

 

「これで勘違いが全校に広まったね」

「あぁ千里。何か声に色がない気がするんだが、調子でも悪いのか?」

「かもね」

 

 千里が伸ばしてきた手をさっと避ける。今俺の首狙ってたよね?

 

「そういえば恭弥。──僕、君より少し足が遅いけど、君より体力あるんだよ?」

 

 言い終わる前に、俺は走り出していた。俺を殺して『俺と千里がカップル』という事実をなかったことにしようとしている、もはや俺を親友だとは思っちゃいない悪魔から逃げるために。ここが学校の廊下だなんていうことを無視して輝く明日のために全力疾走する。

 

「おい待て! どうすんだアレ! 完全に付き合ってるカップルのそれじゃないか! あんなお互い見つめ合って笑って家に入るところなんて、勘違いですなんて言えると思う!?」

「知らねぇよ! 文句ならあんなもんを記事にした新聞部に言え!」

「元々は恭弥があんなことするからこんなことが起きたんだろ!」

「過ぎたことを言っても仕方ない! これから二人でどうしていくかを考えよう!」

「そういうこと言うから勘違いが加速するんだろ! もういい! 君を殺して僕は一人で生きていく!」

「落ち着け! まずは落ち着いて立ち止まって深呼吸しろ! 廊下を走っちゃいけませんって習わなかったのか!」

「教室で親友を押し倒しちゃいけませんって習わなかったのか!」

「習わねぇよそんな性教育! 大体普通に考えりゃダメだってわかんだろ!」

「そう思ってるならなんでやったんだよ!」

「気が動転してたんだよ!」

 

 生徒の間をすり抜けて疾風となり駆けていく。途中先生に怒られた気もしたが、幸い今はホームルーム前だ。先生も自分のことで忙しくて俺たちのことを指導している場合じゃないだろう。ククク、やはり俺は賢い。

 

 無我夢中で走っていると、文化部の部室棟への連絡通路が見えた。マズい、この朝の時間に活動している部活なんてあるはずがない。このままいけば、俺は背後の悪魔によってズタズタに引き裂かれ、見るも無残なオブジェと化してしまう。オブジェとなった俺は日本最高峰の『美』として総理大臣の手元に置かれることだろう。

 

 そんな未来だけは避けなければならない。俺は自分のラッキーを信じて、文芸部のドアに手をかけ、押した。

 

 ガチャ、と音を立ててドアが開く。最高だ。俺は神に恵まれている。

 すぐに部室へ入って、内からカギを閉めた。これでやつは入ってこれない。千里、俺の勝ちだ。

 

「……氷室くん?」

「ん?」

 

 勝ち誇って汗を拭っていると、可愛らしい女の子の声が聞こえた。振り向くと、そこにはクラスメイトである朝日の姿が。あぁ、確か文芸部だっけ。部員も少ないしなんでそんなとこに入ったんだろう、って思ったことを覚えている。朝日が部室にいてくれたおかげで俺は助かったんだ。感謝してもしきれない。

 

 そんな俺の大恩人である朝日は、自分の体を隠しながら、恐怖を帯びた目で俺を見ていた。

 

「いきなり部室に入ってきて、カギを閉めてって、あの、嘘だよね?」

 

 ──マズい。もしかしたら朝日の目には俺が性犯罪者に映っている。そりゃそうだ。いきなり一人でいる部室に入ってきた男が、急いでカギを閉めたんだから。女性なら警戒して当たり前の出来事だ。

 

 これは一刻も早く誤解を解かないといけない。千里と喧嘩して追われて逃げてきた、それだけでいいんだ。その後ついでに千里と俺は付き合っていないということを言って、朝日からそれを広めてもらおう。俺賢すぎないか?

 

「いや、違うんだ──」

 

 完璧な計画を頭の中で立て、いざ実行しようとした時。部室のドアをドンドンと叩く音が聞こえた。

 

『おい恭弥! ここにいるんだろ! はは、僕を捨てて逃げる事なんて今まで一度もなかったのに、あんな情報が出てマズいと思ったら逃げるのか!』

「あんな情報が出て……? まさか、織部くんとは遊びで、次は女の子を手籠めにしようと……?」

「おい千里! 少し黙ってくれ! お前もこれ以上被害を増やしたくないだろ!」

 

 あんな情報が出てマズい(千里に殺される)と思ったら逃げるのかってことなのに、あんな情報が出てマズい(千里とは遊びだったのに本気にしやがって。俺は女の子が好きだってわからせる必要がある)と思ったら逃げるって勘違いされてる! しかも今回は俺しか損しない!

 

『何が黙れだ! こうなったら今まで僕に働いてきた数々の所業を謝ってもらうまで君を許さない!』

「ひどい、氷室くん、織部くんをおもちゃにしてたんだ」

「ウワー! ほんとに静かにしてくれ! このままじゃ俺が性犯罪者になっちまう!」

『僕を教室で押し倒した時から君は立派な性犯罪者だ!』

「やっぱり」

「どうしてこうなるんだ!!???」

 

 ドアを開ければ殺される。ドア越しに静かにさせる方法を考えろ。このままじゃ勘違いが加速して本気で俺が警察に連れて行かれる。

 いや、待て。俺と千里は親友なんだ。『ここに朝日がいる』ってことを千里にわからせれば、あいつは静かにしなきゃいけないってわかるんじゃないか? あいつはそれくらい理解できる頭脳がある。

 

 俺は、あいつを信じる。

 

「朝日、誤解なんだ! まずは話を聞いてくれ!」

「近寄らないで!」

『おい! そこに朝日さんがいるのか!? 何しようとしてるんだ! もう完全な性犯罪者じゃないか!』

 

 失敗したァ!! これをやるなら最初にやるべきだった! そうだよ、今朝日は俺が『性犯罪者』ってイメージしかないから聞く耳持たないだろ! しかも千里にも誤解されてるし! 味方ゼロになっちゃったじゃんか俺! 

 クソ、どうする。この場を切り抜ける最高の一手がどこかに転がっているはずだ。考えろ。俺の今まで過ごしてきた十数年、ここで散らせるわけにはいかないんだ。

 

 ──その時、天啓が降りた。千里と朝日、どちらの誤解も解ける最高の一手を。

 

「──俺は、日葵が好きなんだよ! お前も知ってるだろ千里!」

『知ってるけど、それとこれとは話が別……いや、そうか。恭弥が好きなのは夏野さんで、その純情だけは本物だから……』

 

 勘違いだね? 千里の言葉に、ガッツポーズ。

 

 結局、親友を信じる。それが俺にできる最高の一手だ。千里は頭がいい。答えに辿り着ける情報が散りばめられていれば、冷静に判断を下せる頭脳の持ち主だ。俺がここ数日、日葵の魅力について語ったことが功を奏した。

 

「さぁ、お前も一緒に勘違いを解いてくれ、千里!」

 

 親友を迎えるために、カギを開けてドアを開く。

 

 するとドアに体重を乗せていたのか、ドアが開いたことでバランスが崩れ、千里が倒れこんできた。咄嗟のことに反応できず、ただ千里に怪我をさせまいと華奢な体を抱きながら床へ倒れこんだ。

 

 密着する俺と千里。それを見ている朝日。

 

「……やっぱり、二人はそういう関係なんだね」

 

 悲しそうな顔をして去っていく朝日を、俺たち二人は呆然とした顔で見送った。

 

「「……違うんだー!!」」

 

 文化部部室棟に、男二人の叫び声がこだまする。

 

 そして俺たちは朝のホームルームに遅刻した。それによって、『あの二人、朝から……』と更に変な噂が拡大した。

 

 

 

 

 

 昼。俺たちはいつもの中庭で、二人仲良く肩を落として沈んでいた。ちら、と見ると、廊下の窓から俺たちを見る生徒の姿。

 

「……どうしよう」

「もう俺、千里でいい気がしてきた……」

「それだけはやめてよ……」

 

 食べ物が喉を通らない。華々しい高校生活二年目がスタートするはずだったのに、なんだこれは。日葵とえっちするっていうゴールがどんどん遠のいていくばかりか、俺はそのレースにすら参加させてもらえないじゃないか。

 非常にマズいどころの騒ぎじゃない。『日葵と恥ずかしくて話せない』んじゃなくて、『日葵が俺と話したくない』レベルまで落ちている。やだほんとにもう。泣きそうなんですけど?

 

「なぁ千里。お前ほんとに女の子じゃないんだよな?」

「女の子じゃないよ……僕も今、自分が女の子だったらなって思ってるよ……」

 

 普段冷静で常識人な千里もこのありさまである。いや、まぁ千里が女の子だったらこの勘違いも全部解決するからそう思うのも無理はないけど。

 

「なんか色々ごめんね……もう僕という存在がダメな気がしてきた……なんで僕こんな女顔なんだ……」

「おい千里、そりゃ違うって。これは全部俺が悪いことで、千里に責任なんて一切ない。すべては千里が女顔だから悪い」

「あれ? 今速攻で矛盾して僕に責任押し付けなかった?」

 

 千里がおかしなことを言うので、スマホをいじって「んなバカな」と笑って返す。俺が千里に責任を押し付ける? そんなこと今まであったか? 両手の指じゃ足りないくらいしかないぞ、そんなこと。

 

「お?」

 

 たまたま開いたスマホの画面に、一件の通知が届く。『文芸部部室にきてください』という簡素なメッセージの送り主は、俺たちが今朝勘違いを加速させた朝日。

 

「なんだ、告白かよ。モテる男は辛いな」

「僕にもきてるし、なんでこの状況でそんなポジティブなことが言えるの?」

 

 千里がスマホの画面を見せてくる。そこには、『ごめんね、文芸部の部室に来て欲しいんだけど、今大丈夫かな?』というメッセージが来ていた。おい、なんで俺にはあんなメッセージで、千里にはこんな親しそうなメッセージなんだ?

 

「あぁ、千里お前女の子だと思われてんじゃね? はは、だから砕けた感じのメッセージなんだな」

「ぶっ飛ばすぞ」

「ひぃ」

 

 殺意の衝動に駆られた千里とともに、文芸部の部室へ向かう。もしかして俺たちをはめようとしてるんじゃないのか? ドア開けた瞬間に下着姿の朝日がいて、大声出されて俺たち捕まるんじゃないのか? それで千里は女顔だから女の子だと勘違いされて、俺だけ捕まるんじゃないのか? なんてこった。俺は不幸の星の下に生まれたイケメンの王子様だ。

 

 そんなことを考えていると、文芸部部室前に辿り着いた。

 

「ヘビが出るか、(じゃ)が出るか」

「悪いことしか待ち受けてないじゃん」

 

 えへへ。と笑って誤魔化してドアを開ける。そこには当たり前だが朝日がいて、中央の長方形のテーブルにあるパイプ椅子に座って、本を読んでいた。

 

 黒いボブカットに、黄色いヘアピンがチャーミングな朝日は、日葵ほどじゃないが可愛い顔をしている。身長も小柄で、日葵ほどじゃないが男子に人気があると言われても素直に頷ける。あとおっぱいがおおきい。

 

 朝日は俺たちが入ってきたことに気づくと、本を閉じて俺たちを真っすぐな目で見つめながら、

 

「──二人って、付き合ってないよね?」

「「そうなんだよ!」」

 

 新たな味方との会話は、テンションが上がって無許可で朝日の手を握ってしまった俺と千里の謝罪から始まった。



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第3話 協力者と、決意

「さて、朝日。なぜ俺たちが付き合っていないという真実に辿り着いたか、教えてもらおうじゃないか」

「何で偉そうなの? 恭弥」

 

 許可なく手を握ってしまったことを謝罪して、朝日の対面に二人で腰掛ける。

 いやぁ、朝日は天才に違いない。よく俺と千里が付き合っていないとわかってくれたな。やっぱりいるところにはいるんだ、俺と同じ天才ってやつが。

 

「えっとね、今日の朝氷室くんが日葵のこと好きって言ったでしょ?」

「あぁ言ったな。ちなみに日葵には言ってないよな?」

「言うわけないじゃない。新聞部じゃあるまいし」

「評判悪いね、新聞部」

 

 新聞部の発行する光生新聞は結構な人気だが、一部の生徒からは嫌われている。それは、俺たちの事例と同じような、『実際にあった出来事に憶測を脚色しておもしろおかしく仕立てあげる』という手法を好ましく思わないからであり、朝日もその素晴らしい精神の持ち主だったようだ。

 

「正直、新聞見てやっぱりそうなんだって思っちゃったけど」

「腐ってんのかお前の目は」

「恭弥! 相手は女の子だよ」

「男の子相手でもダメだと思うけど……」

 

 千里が俺に毒されているところが垣間見えたところで、どこか居心地悪そうにしている朝日が遠慮がちに口を開く。

 

「で、ね。あの時は焦って勘違いしちゃってたけど、よくよく思い返したら、織部くんは氷室くんが日葵のこと好きって言ったときに、全然怒ってなかったから。ふつう、カップルの片方が別の人のことが好きって言ったら怒るかな、って思って」

「つまり俺のファインプレーってわけだ」

「いや、僕のファインプレーでしょ」

「ここは二人のファインプレーってことで」

「仕方ないな。僕らは親友だからね」

「本当に付き合ってないんだよね?」

 

 おうとも、と言いながらがっちり千里と手を合わせる。

 やはりあの時の俺の判断は間違いじゃなかった。親友を信じてよかった。流石俺の竹馬の友である。伊達に女顔じゃない。

 

 

「勘違いが解けてよかった。マジで気が気じゃないんだよ、ここ最近。歩いてるだけで周りから変な目で見られるしよ」

「ほんとに。この前なんて先輩の男子に『うまくやれよ』って肩撫でられたし。彼氏に何か嫌なことされたら相談に乗るって言ってくれたけど」

「織部くん、気を付けてね。その先輩、多分いやらしい目で織部くんのこと見てるから」

 

 千里が一瞬生命活動を停止して、それから俺を見て、朝日を見て、テーブルに突っ伏した。

 

「あぁ、それで朝日に頼みがあるんだ」

「え? 織部くんすごい勢いでおでこテーブルにぶつけたけど……」

「よくあるんだよ。こいつ、可愛い顔してるからそっちの趣味の男に狙われて、でもその時はそれに気づかなくて、後から気づいて自分の顔を呪うってやつ」

 

 こいつはそっち系の趣味の人に狙われるために生まれてきたのかと言うほど狙われる。警戒心がないのかと千里に言ったことがあるが、「信じたくないんだ」と悲しそうに言われたら俺も黙るしかない。なんなら俺もそっち系の人だと現在進行形で全校生徒に勘違いされてるし。

 あれ? 俺もしかして千里を狙ってるそっち系の人から、(命を)狙われてるんじゃね?

 

 辿り着いた憶測に絶望し、千里と同じようにテーブルに突っ伏した。痛みで忘れられるかと思ったが、俺の優秀な頭脳に絶望的な憶測がこびりついて離れない。

 

「それで、頼みなんだが」

「そのまま話すんだ……」

「俺たちが付き合ってるっていう勘違いを解くのを手伝ってくれないか。手伝ってくれるなら、マッサージに洗濯、一緒にデート親に挨拶結婚なんでもするから!」

「バカ! 君には夏野さんがいるだろう!」

「背に腹は代えられないだろ!」

「あの、私と結婚することを犠牲だって捉えるのやめてくれない?」

 

 突っ伏しながら言い合う俺たちに、朝日の冷たい声が突き刺さる。朝日なのに冷たいとは、矛盾している。俺面白い。おもしろポイント二点。

 

 でも確かに今のは失礼だった。女の子に対してなんてことを言ってしまったんだと後悔の念に駆られながら、頭を上げてもう一度下げて誠意を示す。

 

「ごめん、いくら日葵の方が完璧に女の子として魅力的だからって言いすぎた」

「人って簡単に死ねるらしいんだけど、知ってる?」

「おい千里、どうやら俺は簡単に殺されるらしい」

「謝った方がいいと思うよ」

「お前は見えないのか。朝日にビビり散らしてすでに土下座をかましている俺の潔さが」

 

 美人ほど怒るとはよく言ったもので、千里の殺気よりも冷たく鋭い殺気を浴びせられた俺は目にもとまらぬ速さで土下座した。地面に頭をこすりつけ、なんとか許しを請おうと必死である。

 そこで俺は、テーブルを挟んでるから土下座なんて見えやしないということに気づいた。なんてこった。やりぞんだクソ。俺が頭を下げる事なんて滅多にないんだぞ?

 

「織部くん、もしかしなくても今広まってる勘違いの原因って氷室くん?」

「このろくでなしと人でなしと僕を比較して、どっちが原因になりそうなのか考えてみてほしい」

「氷室くんが原因なんだね」

「おい、即答はないだろ即答は」

 

 せめて少しは考えて欲しい。俺も客観的に見て俺が原因だとは思うが、少しくらい俺に気を遣って考えるふりくらいしてくれてもいいだろう。なんて思ったが、俺の朝日に働いた失礼の数々を考えれば当然の結果だった。

 俺は客観的に自分を見れる人間。すばらしいと思わないか?

 

「それで、勘違い解くのを手伝ってほしいんだっけ」

「そう! ごめんな、千里が変なこと言って脱線させまくって」

 

 ものすごい勢いで千里に足を踏まれた。痛すぎて死ぬかと思って俺は一度死んだ。

 

「ひ、氷室くん? どうしたの、いきなりびくびく体を震わせて……」

「恭弥は釣り上げられた魚のモノマネが得意なんだ。ぜひ見てあげてほしい」

「千里、爪が割れた。確実に爪が割れた」

「それで、どうかな? 協力してくれる?」

 

 無視しやがったこの野郎。人の足の爪割っておいて素知らぬ顔しやがって。そりゃ俺が千里に何もかもを押し付けたっていう極悪非道のドチクショウを働いたことは事実だが……事実だからそりゃ千里も怒るか。俺の足の爪を割るくらいですむなら優しいもんだろう。

 

「いいよ。織部くんがかわいそうだし」

「ありがとう!」

「俺はかわいそうじゃないの?」

 

 どうやら朝日の俺に対する評価は地に落ちたようである。地に落ちるような評価があったかどうかも甚だ疑問だが、むしろここからは上がることしかないと思ったらやる気も出てくるってもんだ。俺は素でクソだと千里に常々言われてるから、上げては落とす未来がなんとなく見えるが。

 

「つっても、どうやって勘違いを解くか……正直俺もう手遅れだと思ってるんだよな」

 

 全校生徒に広まっている時点でもう詰んでいるようなものである。これは高校生活を捨てて、大学生になってから日葵とえっちするしかない。間違えた。勘違いを自然消滅させるしかない。

 

「朝日さんの誤解が解けた理由を考えたら、それが一番なんだろうけど……」

「流石に氷室くんと言えど、全校生徒の前で日葵に告白は無理だもんね」

「流石にっていう枕詞が気になるけど、無理だな。俺にそんな度胸があったら今頃俺と日葵は仲良しこよし、二人で一つになってる」

「ふーん。キモ」

 

 俺は涙した。朝日は女の子から『キモ』と言われた男のダメージを理解していないんだ。ほらみろ、珍しく千里が俺を撫でて慰めてくれている。ありがとう千里。俺、強く生きるよ。

 

「ん? じゃあもう勘違いはそのままにして、なんとか氷室くんが日葵と付き合ったら、自然と勘違いもなくなるんじゃない?」

「んー、なるほど、ハードルは高いが……」

 

 少し考えてみる。勘違いをそのままに、俺が日葵と距離を縮めて付き合った未来を。

 

「ダメだ。勘違いをそのままにしてたら、『あいつ、男を捨てて女と付き合いやがった。とんでもなく残虐なクソ野郎だ』って思われて、結果千里が慰められてちやほやされる未来しか見えない。そんなのは我慢ならん」

「恭弥、君が我慢ならないのは君が残虐なクソ野郎って思われること? それとも僕がちやほやされること?」

「千里ほど俺のことを理解してるやつなら後者だって思うだろうが、これが後者なんだよな」

 

 手の甲で頬を殴られた。軽い力だったからそこまでダメージはないが、痛いことに変わりはない。すぐ手出すなよ、嫌われるぞ?

 よくよく考えれば千里に手を出させるようなことをさせるのは俺しかいないので、千里が嫌われることはなかった。忌々しい。

 

「ならどうしよっか……今更付き合ってないんですー、って言っても信じてもらえそうにないもんね」

「僕と恭弥だから、何かよくないことが起きて勘違いが加速するとしか思えない」

「奇遇だな、俺もだ。やっぱり親友だな」

「こんな友情の確認の仕方嫌なんだけど」

「奇遇だな、俺もだ」

 

 友情っていうのはもっと熱い場面で感じられるものなのに、なんだこの傷のなめ合いみたいな友情の確認方法は。俺たちらしいと言えば俺たちらしいが、陥っている状況を考えるとたまったもんじゃない。俺と千里が付き合ってるっていう事実……事実じゃない。勘違いがいつ保護者の耳に届くかと思うと、気が気じゃない。新聞が貼りだされて俺たちに先生からのアクションがなにもないってことは、先生も信じてるってことだし。

 

「もうこの際、付き合ってることを認めてどっちかが振ったら?」

「俺たちもう終わりにしよう」

「ひどい、僕とは遊びだったんだね……?」

「見ろ、こうなる」

「いや、理解できないんだけど?」

「つまり、俺と千里は基本ノリがいいから、なんか面白そうだなって思ったらそういう方向にもっていってしまう」

「我慢しなさいよ!」

 

 キツい口調で朝日がお叱りになられたので、千里と揃って頭を下げた。同時に、キツい口調がなんとなく素っぽい感じがして、頭を上げてみると恥ずかしそうに手を口で押えながら誤魔化すように咳払いする朝日の姿があった。

 

「そっちのが素なのか?」

「わ、忘れて。ほら、キツい口調ってあんまり男の子は好きじゃないでしょ?」

 

 恥ずかしそうな朝日に、俺と千里は顔を見合わせる。

 

「そんなことないと思うよ?」

「自分らしくが一番だろ。着飾らない自分が一番魅力的って相場は決まってんだよ。ほら俺を見ろ」

「ごめんね。恭弥の言ったことは人によるけど、朝日さんの場合は素敵だと思うよ」

「どういうことだコラ」

「君がクソって言ってるんだよ」

 

 人のことを地球上でもっとも汚いカタカナ二文字で片付けるってどういう教育受けてるんだこいつ? むしろ俺が悪い教育を受けてきたのか? まったく、反省しろよな俺の歴代担任。俺をクソに育てやがって。

 

 朝日はしばらく考えた後、意を決したように自分の頬を叩いた。

 

「ん、よし。なら素でいくわ。ありがとう」

「はは、いいよ金なんて」

「お金の話したつもり一切ないんだけど?」

 

 声のトーンが一つ下がり、凛とした声色に変わった朝日。うん、やっぱりこっちの方がいい。飾らない感じがして俺は好きだ。もちろん一番好きなのは日葵だ。あれ? 日葵に比べたら大したことなくね?

 まぁ、日葵に比べたら大したことはないが、素を出しても男子には大人気だろう。証拠に、千里も余裕そうな表情で「そっちの方が素敵だよ」と言って朝日を照れさせている。余裕そうじゃねぇか。

 

「話がそれたわ。えっと、結局どうしよっか。二人が付き合ってるっていう勘違いを解くためには……」

「自分を飾らないこと」

「恭弥?」

 

 そして、今朝日が俺たちに素を見せてくれたことで、俺は気づいた。自分を飾らない、それが一番だと。

 

「周りになんて言われようと、俺たちは付き合ってないって言い張り続ける。そんで、十月にある文化祭。有志で立てるステージで、俺は日葵に告白する」

「そうすればみんなも、『あれ、付き合ってないっていうのホントじゃね?』って思ってくれるってことだね」

「でも、大丈夫なの? 別に文化祭で告白しなくても……」

「俺は日葵が好きだから、その気持ちは飾らない」

 

 おぉ、と千里が感心したような声を出した。朝日も目を丸くして俺を見て、俺の純情にあてられたのか頬を少し赤く染めている。

 

「だから二人とも、その日まで、俺が文化祭で日葵に告白して、日葵とえっちするその日まで協力してくれないか?」

「「えっちする?」」

「あ」

 

 間違えたんです! 間違えてないけど間違えたんです! という俺の悲鳴もむなしく、二人の手によって俺はボコボコにされてしまった。そしてそのまま放置され、俺は午後の授業に遅れることとなる。

 

 なんか俺、遅刻してばっかじゃね?



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第4話 私は戦場を駆ける泥まみれの弓兵

「ゴールデンウィーク?」

「そ、再来週にあるでしょ? せっかくの休みなんだから、日葵と予定立てて遊びなさいよ」

 

 朝日に協力してもらうことになってから、俺たちは朝の時間早めにきて文芸部室に集まり、作戦会議という名の雑談に興じることが日課になっていた。「他の部員はこねぇの?」と聞くと、「ほとんど幽霊部員だし」と悲しい答えが返ってきた。文芸部が活動していると聞いたことはなかったから驚きもしなかったが、こいつはなんで文芸部に入ったんだろう。本を読んでるところとかよく見かけるけど、単純に好きなんだろうか。

 

「いい考えだね。今のままだと文化祭で恭弥が夏野さんに断られてみじめになる未来しか見えないし」

「まだわかんねぇだろうが!」

「本当にそう思ってる?」

「あぁ。俺は基本的に嘘つきだからな」

「つまり思ってないってことだね」

 

 まったく思ってない。だって今のところ昔仲が良かったっていう接点しかないし、俺に向けられた言葉だってあの日の「ごめんね」が高校生活で初めてだったんだ。そんな俺が日葵に告白してオッケーもらえてえっちできるって? 冗談だろ。俺はポジティブだが、現実を見れるクールな男である。

 でもちょっと可能性あるんじゃない? 俺、昔日葵と相当仲良かったし。歳重ねるにつれて自然と疎遠になっただけで、日葵も俺とえっちしたいと思ってるかもしれない。いや、俺は日葵とえっちがしたい!

 

「でもよく考えてみてくれ。まったく日葵と会話してない俺が、どうやって遊びに誘うんだ? 自慢じゃないが、俺はへたれなんだ。その辺りよく考えて、慎んで発言してほしい」

「みっともないことを堂々と恥ずかしげもなく言うんじゃないわよ」

「は? 俺みたいなイケメンがへたれってむしろ可愛いだろうが。ぶっ飛ばすぞ」

「ごめんね朝日さん。恭弥にはどうやら教養が足りていないらしい」

「いいわよ織部くん。氷室は顔がいいだけのバカってわかってるから」

「はは、よせよ。照れるな」

「ごめんね朝日さん。恭弥は自分に都合のいいことだけを抽出して聞き取るクセがあるんだ」

「いいわよ織部くん。氷室はバカだってわかってるから」

「俺のいいとこゼロにすんじゃねぇよ」

 

 まだ顔がいいって言ってくれたから許してやったが、俺をただのバカだって言うんなら我慢ならない。俺はイケメンで、その上性格がクソで頭もそこそこいい女子からモテたことのない完璧な男だ。あれ? 今俺無意識のうちにいいとこと悪いとこのクソミルフィーユ作ってなかった?

 

「でも、氷室が日葵を誘えないならどうしましょっか」

「あと最近気になってるんだけど、なんで俺は呼び捨てで、千里はくんづけなんだ?」

 

 親近感がわいてむしろいいなんてことはない。俺は基本的に器の小さい人間で、おざなりにされているのをビンビンに感じ取っている。被害妄想だということなかれ、俺に話しかける時と千里に話しかける時、朝日の声のトーンは千里に話しかける時の方が少し高い。つまり俺は、遠回しに「お前は眼中にない」って言われてるんだ。

 

 こんなことを許していいのか?

 

「え、その……織部くん、可愛いじゃない? だから、くんづけが抜けないっていうか、別に氷室は気安い関係だなって思うからで、悪い意味はないのよ?」

「やっぱいいやつだなァ朝日は! そうだよ、俺たち友だちだもんな!」

「朝日さん。どうやら僕は君に対する評価を改めなきゃいけないみたいだ」

「ご、ごめん! 織部くん!」

 

 いいんだよ、どうせ僕は女顔なんだから、あはは。と千里が壊れ始めた。哀れ千里。いくらお前が女顔にコンプレックスを抱えていようと、お前は可愛い。多分彼女にしたいランキングを開催したらトップ5に名を連ねるくらい可愛い。

 

「さて、女顔はほっといて作戦を考えようか」

「あんたほんとろくでなしね」

「千里をこんな風にしたのはどこのどいつだ?」

「知らないわよ」

 

 こいつとは気が合うかもしれない。さっきごめんって謝っておいてさらっと「知らないわよ」と言ってのけるこのメンタル。俺と同じろくでなしの匂いがする。

 

「勇気だして誘ってみたら? 案外頷いてくれるかもしれないわよ?」

「断られたら俺はその場で首を掻き切って苦しみながら死ぬ」

「日葵にトラウマを植え付けるのはやめなさい」

「その前に俺の自殺を止めなさい」

 

 どうやら朝日の中では俺よりも日葵の方が大事らしい。ひどい、友だちなのに。俺は朝日のこと信じてたのに。

 

「千里はいつだって俺を優先してくれるよな?」

「当然だよ。君が自殺するくらいなら、今までの恨みを込めて僕が殺す」

「ほら見てみろ朝日。俺と千里はすばらしい絆で結ばれてるってのに、お前は俺の命をないがしろにしやがって」

「織部くん、私よりひどいわよ? ちゃんと理解できてる?」

 

 朝日が心配そうな目で俺を気遣ってくる。千里が朝日よりひどいなんて、そんなばかな。こいつは常識人だ。朝日みたいな俺と同類のろくでなしよりひどいなんてそんなことがあるはずない。俺が今まで千里にやってきた所業を考えれば、千里が俺を殺したいなんて当然のことだからな。

 あれ? 俺殺されるようなことはしてなくね?

 

「現実的なのは、朝日さんが夏野さんを誘って、偶然を装って僕らが合流するって形かな」

「でも日葵はあんたたちが付き合ってるって思ってるのよ? 逆効果じゃない?」

「日葵からは『俺と千里がデートしてる』ってなるわけか。地獄だな」

 

 容易に想像できる。千里と一緒にいる俺が偶然を装って日葵と出会い、日葵に気を遣われて「ごめんね?」と言われている姿が。俺何回日葵に謝らせれば気が済むんだ?

 

「それなら氷室だけ私たちのところにきて合流したらいいんじゃない?」

「俺は千里のサポートがないと喋れる自信がない」

「そんな面白そうな現場、僕が行っちゃだめな理由がわからない」

「なんなのあんたら……」

 

 千里の『面白そう』っていう言葉が気になるが、こいつは俺と一緒にいてくれたら絶対にサポートしてくれる。時々クソが垣間見えるが、こいつは友だち想いで本当にいいやつなんだ。あと女顔なんだ。

 ただ、どう考えても街中でバッタリは『俺と千里がデートしている』現場にしか見えない。俺は千里と遊びたいし、千里も俺と遊びたい、むしろ俺で遊びたいと思っているはずだが、その現場を日葵に見られたら一発アウト。

 

 なにこの問題、難しすぎる。すぐさま義務教育に取り入れるべきだ。俺が何も思いつかないのは、この問題を義務教育に取り入れなかった日本の教育が悪い。つまり俺はまったく、何一つ悪くない。

 

「……デートしてるって思われてもいいんじゃない?」

「まさか織部くん」

「おい千里。悪いが俺は日葵一筋で」

「僕が恭弥のこと好きになったみたいな反応やめてくれない? 誰がこんな肥溜めみたいに汚い性格のやつなんか」

「お前はもっと俺と親友だってことを自覚した方がいい」

 

 親友に肥溜めって表現使うって聞いたことあるか? そりゃ俺自身も人に自慢できるような性格じゃないって思ってるが、肥溜めは言いすぎだろ。肥はいいが勝手に溜めるな。

 本当に嫌そうな顔をした千里はなぜか俺を軽くビンタした後、指を立てて作戦を説明し始める。

 

「つまり、僕たちと朝日さんたちが一緒にいなきゃならない状況を作り出すんだ。例えば満員のファミレスで相席とか、相席じゃなくても近くの席なら会話したっておかしな話じゃない。最初は朝日さんから、もしくは僕から会話を始めて、一緒に遊ぶ流れにすればいいんだ」

「へー。織部くんって氷室と違って頭回るんだね」

「おい。朝日は俺と千里をわざわざ比べる理由を、千里は俺をビンタした理由を教えてもらおうか」

「「ムカつくから」」

「よし」

 

 理由のない暴言や暴力は許せないが、理由があるならいい。その理由がちゃんとしていれば何も言うことはない。いやまて、ちゃんとしてたか? 俺はなんとなく許してしまっていないか? それは二人のためにならない。二人が間違ったことをしたら止めてやる、ちゃんと叱ってやる。それが友だちってもんじゃないのか?

 

 でも朝日は可愛いし、千里は親友だし可愛いし、許してやろう。俺は寛大な心の持ち主である。

 

「それじゃ私は日葵を誘うから、詳細決まったら連絡するわね。織部くんに」

「うん、ありがとう。いつでも僕に送ってね」

「実はお前ら俺のこと嫌いだな?」

 

 二人は返事をせず仲良く部室から出て行った。あーあ。泣いちゃうもんね。俺高校二年生にもなって、一人で泣いちゃうもんね。

 

 

 

 

 

 私、朝日光莉には親友がいる。

 夏野日葵。可愛い名前に可愛い容姿に可愛い性格。まさにこの世の可愛いの頂点に立つ、可愛い女の子で、恵まれた容姿にクソな性格にクソな性格にクソな性格のクソの頂点に立つ、クソみたいな男の幼馴染だ。

 

 高校一年生の時からずっと一緒で、日葵と一番仲のいい友だちは私だという自負もある。

 そんな世界一可愛い日葵と友だちである世界一恵まれている私は、とてつもなくめんどくさい状況に置かれていた。

 

「私、いつになったら恭弥と話せるのかなぁ」

 

 ──めんどくさい幼馴染同士をくっつけるキューピッド。どうやら私は神にそのめんどくさい役割に任命されてしまったようだ。

 私たちの通う光生高校は屋上が開放されていて、私と日葵はいつも屋上で昼食をとる。なぜ屋上かといえば、中庭でクソと織部くんがいつも昼食を食べているからであり、それが見えるから日葵が屋上以外で昼食を食べたがらないのだ。

 

「だーかーら。日葵から話しかければ尻尾振って喜んでくれるわよ」

「でも恭弥、織部くんと付き合ってるもん!」

 

 そして、勉強が少し苦手なこの子は、それ以外だと更にポンコツになり下がる。それがまた可愛くて可愛くてたまらないのだが、今回の場合においてはそのポンコツがはちゃめちゃにめんどくさい。

 

 日葵は氷室……クソのことが好きだ。好きなのに、全然話しかけない。その理由も『おおきくなって恭弥がカッコよくなって緊張しちゃうから』なんていう「天使か?」と思ってしまうほど、いや天使だった。日葵は天使。となると私はキューピッドなんておこがましい。私は戦場を駆ける泥まみれの弓兵がお似合いだろう。

 

 そしてクソも日葵のことが好き。両想いなのにお互い話しかけない。そしてクソは織部くんと付き合っているという噂が広まる始末。この前日葵に「確かめてきてくれない?」と言われて私が二人と話し、「付き合ってないみたいよ」と言っても「恭弥は隠したいに決まってるもんね……」とひとつも信用してくれなかった。でも可愛いから許す。

 

 そんなこんなで私はクソと織部くんに協力し、日葵にも協力するというややこしめんどくさい状況に置かれている。なぜ人の青春の手助けをしなければならないのだろうか。私の青春はどこに行った。今春よ? 春。青い春と書いて青春で今は春真っ盛りなのに、私の青春はどこにも転がっていなかった。むしろ私が日葵とクソの青春を転がしている。

 

「だからそれも勘違いだって」

「でもいつも一緒にいるし、いつも一緒に帰ってるし、いつも一緒に遊んでるし」

「男友だちなら普通じゃない?」

「恭弥が織部くんの肩を掴んで『俺はお前とえっちがしたいんだよ!』って言ったのも、恭弥が織部くんを押し倒してたのも全部普通なの?」

「訂正。あいつらはおかしいけど、付き合ってないの」

「うぅ……こうなったら私も光莉と付き合ってるってことにして、恭弥の気を引こうかな」

「え、いいの?」

「え?」

 

 めちゃくちゃ咳払いして誤魔化して、「なんでもないわ」とクールに決めておいた。危ない。あの二人と朝一緒にいるせいで、アホがうつってきてる。まさか私がここまで欲望に忠実になるとは思わなかった。ひどい疫病だ、あの二人。

 

「そんなバカなこと言わないの。それより、ゴールデンウィーク一緒に遊ばない? あのバカと仲良くなるための作戦会議もかねて、ぱーっと遊びましょ」

「うん、いいね! ……それより、光莉?」

「なに?」

「光莉って、恭弥のこと『バカ』っていうくらい仲がよくなったの?」

 

 日葵は、私が朝二人と話していることを知っている。それは私が「情報収集してきてあげる」と言っているからで、日葵も快く「お願いね!」と言っていたはずだった。

 それなのになぜだろうか、この殺気。私があのクソと仲良くなったとおぞましい勘違いを原動力に、世界一仲良しである私に殺気を向けてきている。

 

「まさか恭弥のこと好きとかじゃないよね?」

「誰があんなバカのことを! 織部くんならまだしも」

「またバカって言った! 光莉がバカって言うのは仲いい子に対してだけって知ってるよ!」

「待って! 私は日葵一筋だから! 落ち着いて!」

 

 可愛らしく怒り始めた日葵から逃げ出して、その途中。

 

 あれ、これあのクソと似たようなことしてない? と思ってしまった私は、絶望に打ちひしがれて床に倒れ、あのクソに『殺す』というメッセージを送った。次の日殺した。



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第5話 男子高校生の悪いところ

「おい、朝きて早々俺をボコボコにした理由を教えてもらおうじゃねぇか」

「ねぇ織部くん。昨日気づいたんだけど、私段々このクソと行動が似てきてるの」

「恭弥、君が悪い」

「俺が知らない間に法律が変わったのか?」

 

 朝。いつものように文芸部を訪れた俺は、朝日に胸倉を掴まれて往復ビンタをかまされた。一緒に部室へ入った千里はその光景を止めもせずいつも自分が座っている席にゆっくり座って、暴力の嵐に晒されている俺を楽しそうな顔で見つめていた。

 俺が何をしたって言うんだ? 俺と行動が似てきてビンタされるなら、俺は将来自分の子どもにビンタされるのか? なんだその家族。愛の証明が歪すぎる。

 

「それより朝日さん。昨日メッセージありがとね。五月三日の十三時からでいいんだよね?」

「えぇ。朝から遊んでお昼食べに行って、そこでって感じ。あんたたちが入った店に行くから、当日連絡お願いね」

「俺に共有されてないんだけど?」

「僕が把握しておけばいいんだよ。君は僕についてくるだけでいい」

「朝日。俺は千里と結婚しようと思う」

「そう。日葵には私から伝えておくわ」

「腎臓でいいか?」

「口止めするならせめてお金にしなさい」

 

 口止め料として腎臓を提供しようとしたのだが、朝日に「気持ち悪いからやめて」と断られてしまった。まぁ口止めも何も千里と結婚するってのは冗談だから俺が腎臓を提供する必要はないんだが。

 なんだかんだ言ってこの二人が俺に予定を伝えないのは、俺が変に緊張しないためだろう。俺は予定を伝えられると、何か自分がふざけられそうなところを探してふざけてしまうクセがある。だからこそ二人はそれを警戒して予定を伝えない。緊張してねぇじゃねぇか。

 

「氷室、あんた当日緊張して話せないなんてヘマしないでよ?」

「バカ言うな。俺が日葵の前で緊張しないとでも思ってるのか?」

「そこは強がろうよ」

 

 ただ俺は普通に緊張する。だってそうだろう。好きな女の子と話せと言われて緊張しない男がどこにいる? どれだけイケてる男でも、心のどこかで小さな緊張と不安を抱えて好きな女の子と話すんだ。じゃあ俺は? 無理に決まってる。無理無理。だって日葵可愛いし。好きだし。えっちしたいし。

 

「つってもさ、緊張するに決まってんだろ? 本気で好きなんだよ。うまく話せるわけがねぇ」

「……あんたって時々、こっちが恥ずかしいくらい純情よね」

「こっちが照れちゃうよね。それを本人に言えればいいのに」

「あ? 俺が気持ち悪いって言われて人生が終わるに決まってんだろうが。なめんな」

「君が一番君のことを舐めてるとおもうよ」

 

 それは俺のことを評価してくれてるってことでいいのかな? いやぁ千里はほんとに俺のことが好きだなぁ。まぁ親友だしな? そりゃ俺のことが好きに決まっている。ただ千里がどれだけ俺に本気でも、俺には日葵がいる。ごめんな千里。俺が色男なばっかりに。

 

「じゃあ朝日さんがよければだけど、朝日さんを夏野さんだと思って練習してみたら?」

「それは朝日に悪いだろ」

「大丈夫よ。あんたに何言われても虫が飛んでるくらいにしか思わないから」

「言ったな?」

 

 吐いた唾は吞めねぇぞ。俺の純情っぷりをぶつけて、めちゃくちゃ恥ずかしい思いさせてやる。見よ、俺の日葵に対する純度100%の想いを!

 

「日葵、俺とえっちしてくれ」

 

 思い切りビンタされた。部室に入った時の往復ビンタは戯れ程度の威力だったが、今回は全力だった。肉が肉を激しく打つ音。俺の頬には季節外れの紅葉が咲いていることだろう。それくらいの威力で振りぬかれた朝日の手は、俺の頬を正確に撃ち抜いた。

 

「虫が飛んでたら叩くわよね」

「そうだね。仕方ないよ」

「おい千里、俺の歯見てくれ。あるか? ちゃんとあるか?」

「うん、多いよ」

「多いの?」

 

 スマホを取り出して内カメにし、自分の歯を確認する。うん、白い。じゃない、ちゃんとある。多いってなんだ多いって。叩かれたら増えるってなんだ。ビスケットか俺の歯は。

 

 にしても朝日の野郎、本気でぶっ叩きやがって。俺の純情を踏みにじりやがった。絶対に許せねぇ。ただ俺は「えっちしてくれ」って言っただけなのに。

 叩かれて当然だわ。むしろこの程度ですんでありがとうと言うべきだろう。

 

「でも本心なんだよ。わかってくれ」

「踏まれたいの?」

「いいんですか!?」

 

 冷たい声で「踏まれたいの?」と言った朝日じゃなく、千里に腕を踏まれた。ブレザーを汚さないように上履きを脱いでくれているところに優しさを感じ、やはり千里は親友だと実感する。体重かけきてるからすごく痛いけど。利き腕である右腕を踏むなんて、俺が甲子園を目指すエースピッチャーならめちゃくちゃ怒ってたぞ。俺がエースピッチャーじゃないことに感謝しろ。

 

 もし俺がエースピッチャーだったら、日葵はマネージャーになってくれただろうか。いや、なってくれないに違いない。俺がエースピッチャーであろうと疎遠であることには変わりない。いやでもエースピッチャーだぞ? 俺野球のこと詳しくないけど、エースピッチャーって絶対モテるだろ。つまり日葵も俺に惚れてマネージャーになってくれて、うふふのふである。

 

「俺、エースピッチャーになります」

「うち甲子園常連校でめちゃくちゃ野球部強いけど、頑張って」

「マネージャーくらいはしてあげるわ。頑張って」

「止めろ。友だちが無謀な挑戦しようとしてるんだぞ。止めろよ」

「背中を押してあげるのが友だちでしょ?」

「間違ってることは間違ってるって言うのが友だちなんだよ!」

「あんた生き方間違えてるわよ」

「心に来ることは言わないのが友だちなんだよ!」

 

 千里の足をどけて、憤りながら自分の椅子に座る。こいつらほんとにわかってるのか? 俺がもし万が一、ものすごい才能を発揮してエースピッチャーになったらもう一緒に遊べないかもしれないんだぞ? エースピッチャーって忙しいんだぞ? 多分。

 

「でもあんた運動神経いいわよね。バカみたい」

「朝日は俺を純粋に褒めるってことができないのか?」

「ごめん。口が勝手にあんたの悪口言っちゃうの」

「まぁまぁ。バカなのは事実だし」

「勉強はできるんだよ!」

 

 せっかく褒めてくれたと思ったのに! 朝日はやっぱり俺のことが嫌いなんだ。でも嫌いってアピールするやつほど相手のことが好きだと俺が勝手にとった統計で証明されている。つまり朝日は俺のことが好き。

 ふっ、モテる男は辛いぜ。

 

「つかなんで俺が運動神経いいってこと知ってんの?」

「うち野球部が強いから、それ関係で秋に運動系のイベント多いでしょ? 球技大会に体育祭にマラソン。それ全部であんたが活躍してるんだから、流石に知ってるわよ」

「ほんと、恭弥って性格で損してるよね」

「そこそこいい頭にいい容姿、更に運動神経抜群。こいつらを打ち消すほどの性格って、俺どんだけクソなんだよ」

 

 俺、自分の性格クソだと思うけどそんな振り切ってクソじゃないと思うんだけどなぁ。だって勉強はできるのよ? カッコいいのよ? 運動神経いいのよ? なんでこれでモテないんだよ。俺の性格悪すぎだろ。クソ性格め。俺の邪魔しやがって。

 

「あぁそうそう。だから秋は恭弥が少しモテるんだよね。『あれ? もしかして氷室くんっていい男?』ってなるんだけど、現実を知って去っていくんだ」

「容易に想像できるわね」

「俺性格矯正しようかな……」

「そうなると僕は君の親友をやめる」

「なんで?」

「面白くないから」

 

 ……性格を矯正するとモテるが、千里に親友をやめられてしまう。悩みどころだ。女をとるか、千里をとるか。究極の選択。男は一生で女は一瞬というが、その一瞬を積み重ねれば一生となる。

 

「……なら俺はこのままでいるか。千里と親友やめたくねぇし」

「僕は信じてたよ、恭弥」

「今認めるなら怒らないわ。あんたたち付き合ってるでしょ?」

 

 ふぅ。男同士の友情を見てすぐ付き合ってるって言うなんて、発情期かこいつ? 少子高齢化の原因を、男同士のカップルが大量に生まれてるからだと思ってんのか? 少子高齢化の原因はシンプルに貧困だからに決まってんだろ、バカが。

 

「ん、待てよ? 体育祭は九月だが、マラソンと球技大会は十一月。つまり告白に成功すれば、俺は日葵に応援してもらえる……?」

「私も応援してあげるわよ」

「よかったな千里。朝日が応援してくれるってよ」

「いらないかなぁ」

「ほんと失礼よね、あんたたち」

 

 朝日は確かに可愛くていいやつなんだが、なんか違うんだよなぁ。いや、朝日も俺のことなんか違うどころかまったく違うって思ってるだろうけど。ほら、気が合うというか、めちゃくちゃ友だち感が強い。これは俺の意見で千里が朝日をどう思っているかわからないが、さっきの反応を見る限り俺と似たような印象を朝日に抱いているに違いない。

 

 恋愛漫画によくあるが、男同士の親友、女同士の親友、そこから一組男女カップルが生まれると、あまりものでカップルが出来上がるという法則。あれは俺たちの場合だと当てはまりそうにない。

 俺が日葵と付き合えないからっていうわけじゃないよ?

 

「ま、無駄話はこれくらいにして。ほんっとーに当日ミスるんじゃないわよ?」

「フォローにだって限度があるからね。最後は結局自分の力でどうにかするしかないんだから、頑張って」

「俺は日葵の私服姿を見て倒れない自信がない」

「わかるわぁ」

「え?」

「あ」

 

 しまった、と慌てて口を抑える朝日。今「わかるわぁ」って激烈にだらしない顔で言ってなかった? 俺の気のせい? いや、千里も俺に「今の見た?」と目で語り掛けてくる。聞き間違いじゃないし見間違いでもない。

 

「はは、随分仲がいいんだな。朝日がそんな顔するなんてよっぽど日葵のことが好きなのか?」

「べ、別に好きとかそういうんじゃ、いや好きなんだけど、私は氷室みたいに濁ってないし純粋に好きだし、あれよ、友だちとしてよ?」

 

 怪しいか? 怪しいね。アイコンタクトで千里と意見を一致させ、尋問を開始した。

 

「朝日。俺は人の趣味に口出すようなタイプじゃないし、誰だってどんな意思を持っていていいと思う。だから教えてくれ。お前は日葵のことが恋愛的な意味で好きなんだな?」

「だから違うって言ってんでしょ! あれよ、そうやって聞かれたら照れちゃうくらい日葵のことが好きっていうのは事実だけど、私は男の子が好きなの!」

「おいおい告白されちまったよ千里。どうしよう」

「君、自分が男の子代表だと思ってたの? 思い上がるなよカス」

「もっと優しい言葉使え」

 

 俺のメンタルだって無敵じゃないんだぞ。ちゃんと傷つくんだぞ。というか今傷ついてるんだぞ? お前ら俺になら何言っても平気だろみたいな顔してズバズバ言葉の刃で斬りつけてくるけど、俺しっかりダメージ貰ってるし、毎晩自分の部屋で泣いてるんだからな?

 日葵とえっちできないから。

 

「ほんとか? にしては気持ち悪い……悪い。気持ち悪い顔で『わかるわぁ』って言ってたけどな」

「今言い直そうとしてやっぱり適切な表現だったから押し通したわね? でもほんとよ。もし私がそういう意味で日葵のことが好きなら、あんたに協力するわけないじゃない」

「んー、それもそうか」

「そうよ。もし万が一私が日葵と付き合ったらおっぱい見せてあげるわよ」

「千里。日葵と朝日が付き合う作戦考えてくれ」

「君は清々しいほど性欲に忠実だね。了解」

「了解してんじゃないわよ!」

 

 僕も男の子なんだよ? と本来ならきゅんとくるセリフを最低な場面で言ってのけ、朝日の冷たい視線を二人そろって浴びて、なぜか俺だけビンタされてから教室に向かった。

 お前から言ったのに。お前から言ったのに!

 

 

 

 

 

 次の日。掲示板前。

 

 新聞には、『また二年A組! 今度は美女カップル! 放課後の教室で、「私は日葵が好きなの!」と大胆告白!』とあり、夕日をバックに真剣な顔をした朝日と、世界一可愛い日葵の写真が載せられていた。

 

「……」

「……」

「あれ、あんたたちそこで何してんの? 何か面白いことでも書いてる?」

 

 掲示板の前で立ち尽くしていると、朝日が罪人であるという自覚を持っていない、『私清廉潔白ですよ』と白々しく笑って俺たちに手を振りながら近づいてきた。

 掲示板を指す。朝日が新聞を見た。そして俺を見た。

 

「……おっぱい見せろやっ!!」

「待って! 勘違いなの! これ全部嘘なの!」

「朝日さん。君は僕たちの信頼を裏切った。つまり、取り戻すにはおっぱいを見せてもらうしかない」

「織部くんってそんなキャラだったっけ!? と、とりあえず部室行きましょ、部室! そこで詳しい話を」

「まぁ廊下でおっぱい出すわけにはいかないもんな」

「ここは素直に従ってあげようよ」

「これが勘違いだってわかったら、あんたたち本気でぶん殴るからね?」

「バカなこと言うな。俺は初めから勘違いだってわかってたさ」

「まったくだね。あまり僕たちを舐めないで欲しい」

 

 俺と千里は思いっきり殴られた。千里が殴られるってことは本気で怒っているらしい。でもお前がおっぱい見せるとか言うから、見せるとか言うから!

 

 男子高校生は、おっぱいの前では知能がゼロになってしまうのである。そういう悲しい生き物なんだ。



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第6話 俺たちが一番面白い

「やっぱり怪しいと思う」

「何が?」

 

 放課後、教室、二人きり。私が節操も何もない獣であればよだれをまき散らすであろうこのシチュエーションで、日葵はじとっとした可愛すぎる目で私を睨んでいた。なんでこんな可愛いんだろう。比べるものじゃないってことはわかっているが、日葵と私を比べたら私なんて可愛げのかけらもない。すぐに手が出るし、あのクソにセクハラされたところで可愛らしい反応一つできない。

 まぁ、あのクソはクソだが、嫌がる相手にセクハラするようなやつじゃないってわかってるからで、本当に気安い友だち……友だちって感じがするからっていうのもあるけど。

 

「恭弥のこと好きでしょ」

「だから違うっての。どこをどう見てそう思うのよ」

 

 このお姫様はあのクソのことが好きすぎて、あのクソに近づく女の子全員が敵に見えるらしい。あのクソに話しかける女の子がいるといつも睨んでいるからこれは間違いない。親友である私ですらこうして疑う始末。普通ならめんどくさいなと突っぱねるところだが、可愛いから許しちゃう。

 でも日葵が知らない女の子ならともかく、私は親友。私の性格もわかってるはずで、私の態度を見ればあのクソのことを好きじゃないっていうのはわかるはずだ。私も日葵が誰のことが好きで、誰のことが苦手かっていうのはなんとなくわかるし。

 

「いつも目で追ってる。恭弥と話すとき楽しそう。他の男の子と話すときの三倍笑ってる」

「確かに他の男子と比べたら仲いいかもしれないけど、たまたま気が合うだけよ。好きとかそんなのないって」

 

 日葵が私のことを見てくれてた??? 嬉しすぎる。嬉しすぎて明日あのクソには優しくしようかなって少し考えて、やっぱりやめとこうってなるくらいに穏やかな気持ちになれた。

 ただ、少し注意するべきかな。いつも目で追ってるのは、万が一織部くんとそういう雰囲気になったとき助けに入れるようにだし、楽しそうなのはあいつも私も気を遣わないからで、男子ではあのクソと織部くんだけが素で話せる相手だからで、そうなると笑顔が多くなるのも当然。

 だけど、そうか。周りから見たらそう見えるのも無理はないかもしれない。反吐が出るわ。

 

「あのね、一応言っておくけど、私はあいつと付き合うくらいなら日葵と付き合うわよ。それくらい私は日葵が好きなの!」

 

 いつまでも疑われるのは嫌だから、はっきり言っておく。今日葵に言ったのは、『男をとるくらいなら日葵との友情をとる』という意味だ。つまり、『もし仮に好きだったとしても、日葵が好きな相手なら自分は身を引く』という意味でもある。

 

「……へへ、そっかぁ。そっかー」

 

 私の言葉を聞いて、へにゃりと笑った日葵は嬉しそうに私の手を握ってきた。可愛すぎる。

 これで私があのクソのことを好きだって疑われる心配も、疑われてもいちいち言われる心配もないだろう。私は、日葵の味方なんだから。

 

 

 

 

 

「つまりね。日葵が可愛かったってこと」

「なるほどな。悪いな。一瞬でも疑って」

「いいのよ別に。日葵は可愛いんだから」

「えっと、待って二人とも。朝日さんは夏野さんが可愛いって連呼してただけだよね? 何を伝えたの? 何が伝わったの?」

 

 部室について朝日から聞いたのは、『日葵が可愛い』ということ。これ以上わかりやすい説明はないのに、千里は何を困惑しているんだろうか。

 

「あのな、つまり日葵は可愛いだろ?」

「うん、夏野さん可愛いよね」

「そういうことだよ」

「恭弥。君って夏野さんの名前を使えばなんだって解決すると思ってない?」

 

 当たり前だろ。日葵の名前を出せば全人類がひれ伏し、その可愛さと美しさに目を焼かれ、結果平和な世が訪れる。日葵はこの世の頂点であり、答えだ。説明に日葵の名前が入っていた以上、納得しない道理がない。

 

「織部くんって結構頭よくないのね」

「そう言ってやるな朝日。千里は結局凡人の域を出ないんだよ」

「『日葵』が理解できないなんて、かわいそう……」

「君たちはもしかして概念のことが好きなの?」

 

 何言ってんだこいつ。俺たちは日葵のことが好きに決まってるだろ? まったく、理解の遅いやつだ。こんなやつと親友だったのか? 俺は。

 常識人すぎて誇らしいな。

 

「ってか新聞部やりすぎだろ。もし本当に付き合ってたとしても付き合ってなかったとしても、こんな形でバラすのは趣味が悪すぎる」

「そうだね。去年まではもうちょっと節度を守ってた気がするんだけど……」

「そういえばそうね。今年になってからなんかなりふり構わないっていうか……」

 

 千里と目を合わせて頷き合い、立ち上がる。やはり考えていることは一緒だったようだ。

 これ以上新聞部に何かされて、取り返しのつかないことになったらダメだ。いつか戦わなきゃいけない相手だった。そいつらが向こうから喧嘩を売ってきた。ここで黙ってちゃあ、男が廃るってもんだ。

 

「あんたたち、どこ行くの?」

「新聞部に行ってこようかと思ってね」

「なんで今更? あんたたちの記事が出た時は、おとなしくしてたのに」

「──男が戦う時は、いつだって女の為だって決まってんだ」

「は? ダサ」

「お前には心がないのか?」

 

 ま、頑張って。と言って手をひらひら振る朝日を部室に残し、新聞部のところへ向かう。

 ……ついてこないのかな? 朝日、俺に協力してくれるって言ってたのに。まぁ、今日記事を出されたばっかで乗り込むところを誰かに見られたら、あることないこと噂されるってのもあるか。

 

「しっかし、多分今回のって俺らのせいだよなぁ」

「恭弥もそう思う?」

 

 自分たちの記事が出た時は黙っていて、日葵たちが記事にされた瞬間戦いに行くのは俺たちのせいだからってのもある。考えすぎかもしれないが、二年A組である俺たちを狙って、新聞部が二年A組に張っていた可能性がある。だからこそ日葵たちは新聞部の餌食となった。

 そう考えてしまうと、戦わずにはいられない。なんてカッコつけてるが、一番は『これ、また俺たちの記事書かれるんじゃね?』と不安になったからである。男が戦う時は、いつだって女の為だって言ったが、それも結局巡り巡って自分の為だ。騙されたな、朝日め。

 

 ただ、千里は本気で責任を感じて新聞部に行こうとしているんだろう。こいつは俺と違って、根っこからの善人だ。時々腹黒さを見せちゃいるが、それはおふざけの範囲。俺は千里がいいやつだってことを知っている。

 

「新聞部が二年A組に張ってるって思ったんでしょ? また僕たちが記事にされたらたまったもんじゃないからね」

「俺の信頼を返せ」

 

 こいつ俺とほとんど一緒の思考じゃねぇか。なんなの? 俺ってウイルスかなんかなの? 千里って一年の時は純粋でノリがいいだけの可愛い男の子だったのに。どうしてこうなってしまったんだ。俺は千里の親に謝った方がいいのか? あとお姉さんにも謝った方がいいのか? 何回か会ったことあるけど美人だったよな。もしかして俺とのラブストーリーが始まるんじゃないのか?

 

「ついたね、新聞部」

「朝活動してる文科系の部活ってここくらいだもんな」

 

 俺が文芸部部室に逃げ出したあの時、もちろん新聞部も選択肢に浮かんだが、ここに逃げ込むのはネタを提供するようなもんだ。いや、逃げ込まなくてもネタ提供してるんだけども。

 

「開けるぞ」

「どうぞ」

 

 ドアノブに手をかけ、ゆっくりドアを開く。

 

 中は、壁一面に写真、メモが貼りつけられており、中央には小学校の時に班で給食を食べる時のように向かい合わせにくっつけられた机が置かれていた。隅のテーブルの上には何台ものカメラ、その反対側の隅にはプリンターが三台。

 そして、窓側に大きなデスクが一つあり、そこに一人の首からカメラをぶら下げた女子生徒が座っていた。中にいたのは、その女子生徒一人だけ。

 

 その女子生徒は俺たちに気づいた瞬間、小走りで俺たちに駆け寄ってきた。

 藍色のカチューシャで前髪が目にかからないようにして、同色のメガネをかけている。スカートから伸びる脚は黒いタイツで覆われており、おとなしい印象を受けるが、

 

「噂のお二人が新聞部に!? まさか情報のご提供ですか! 私、興奮します!」

 

 鼻息荒く詰め寄ってきたことで、その印象は一瞬で崩壊した。

 

「あ、申し遅れました! 私は新聞部部長、一年の白鳥(しらとり)(つづる)です! つづちゃんって呼んでください!」

「一年で部長? すごいんだな、つづちゃん」

「はい! 新聞部では、一番情熱のある者が部長になれるのです! さ、お座りください!」

 

 ぱたぱたと走り回って椅子を二つ並べて、その対面に一つ椅子を用意する。流されるままに俺と千里は並んで座った後、つづちゃんが対面にある椅子に座った。

 

「さて、お二人の馴れ初めについてお伺いしてもよろしいでしょうか!」

 

 メモ帳とペンを取り出して、可愛らしい目を見開き興奮した様子で俺たちに聞くつづちゃん。

 しかしこのまま流されていてはダメだ。俺たちの目的を思い出せ。

 そう、俺たちは戦いに来たんだ。

 

「あれは一年の春、入学式の頃だったな」

「……え? 話すの?」

「別に減るもんじゃないからいいだろ。つづちゃん可愛いし」

「そういえば君、年下にものすごく甘かったね……普通につづちゃんって呼んでるし」

 

 そう、俺には中学三年の妹がいる。妹というのは可愛いもので、散々「クソ」だと罵られても可愛いことこの上ない。妹を可愛がりすぎた俺は、その影響で年下に激甘になってしまった。近所の子どもを集めて遊ぶおじいちゃんがごとく。

 

 だから、ちょっと教えてあげてもいいかなと思ったのである。ほら、キラキラした目して可愛いじゃん。

 

「……僕たちは一年の時も同じクラスだったんだ」

「それでこそ千里だ」

 

 うんうんと頷く俺に、微笑む千里。やはり親友はこうじゃないといけない。

 

「つづちゃん、千里を見てどう思う?」

「可愛らしいお顔だと思います! お身体も華奢で女の子みたいで!」

「そう、女の子みたいなんだ。そんなやつを見過ごす俺じゃない。俺は入学式のあの日、『男装趣味か?』って言ったんだ」

「まったくデリカシーないよね。モテない人の特徴だよ」

「ってあの日同じことを言われた。それが最初の会話だな」

 

 今でも覚えている。入学式が終わって自分たちの教室に入り、諸々終わった後。クラス全員の自己紹介の時に千里を目に付けた俺は、速攻で千里のところに飛んで行ったんだ。『こんな女の子みたいなやつは、絶対面白いやつに違いない』ってな。

 

「でも、バカにしたわけじゃなかった。本心から女の子みたいだとか、可愛いとか言ってきてね。今までは初対面でそうやってバカにされてきたから、正面から本心で褒められると……正直、ちょっと嬉しかったな」

 

 照れて笑う千里にこっちまで恥ずかしくなり、二人揃って顔を赤くさせているとつづちゃんがカメラで俺たちを撮った。

 

「美しかったものですから、ごめんなさい」

「美しい、か。いや、それなら仕方ない。実際俺たちは美しい」

「存分に撮っていいよ。それくらいで気を悪くなんてしないから」

「ありがとうございます! やっぱりお似合いのカップルですね!」

「あぁ。俺たちはお似合いだな」

「ちょっと照れるけどね」

 

 照れ臭いながらも笑い合っていたその時、新聞部のドアがものすごい勢いで開かれ、俺たちは一斉にそちらを見た。

 

 そこには肩で息をしている、とても怒った様子の朝日。朝日は大股で俺たちの前に立つと、大きく息を吸い込んだ。

 

「──なに協力しちゃってんのよ!!!!!!」

 

 声の衝撃で俺たちは椅子ごと後ろに倒れる。実際はそんな衝撃はなかったが、めちゃくちゃ怒ってたからおっかなくて少しでも距離をとりたかった。

 そんな願い空しく、朝日は俺と千里の胸倉を掴んで引き寄せる。

 

「正直『男が戦う時は、いつだって女の為だって決まってんだ』って言ったときちょっとカッコいいって思ったのに、様子見に来たらちっちゃくて可愛い後輩の女の子にネタ提供してんじゃないわよ! やっぱあんたら女の子らしい子が好きなんじゃない! これだから男ってやつは、男ってやつは!!!」

 

 そのまま俺たちを前後に揺らし、本音と怒りをぶちまけてきた。揺れる脳で「おち、お、おちつけ!」と声を絞り出すが、朝日は聞く耳持たず俺たちの脳を揺らして殺そうとしている。いや、違うんだ。途中から忘れてたけど最初は戦おうとしてたんだって!

 

「……修羅場? 三角関係? いや、四角関係!」

「み、みろ朝日! お前の後ろで、勘違いしたつづちゃんが新たな記事を捏造しようとしてる!」

「つづちゃんってなによ! すっかり仲良くなったみたいで、楽しそうね! 楽しそうね!!」

「落ち着くんだ朝日さん! 完全に目が覚めた! というより僕は恭弥に付き合わされただけで、僕も被害者なんだ!」

「おい汚ぇぞ千里! お前も最後ノリノリで『ちょっと照れるけどね』って言ってただろうが!」

「はぁ!? ちゃんと耳ついてんのかこのイケメン!」

「言ったなこの美男子!」

「褒めるか喧嘩するかどっちかにしなさいよ!」

 

 朝日は俺たちを勢いよく床に叩き落し、腰に手を当てて俺たちを見下ろした。女性にいじめられて悦ぶ趣味の人であればたまらない光景だろうが、俺たちにとっては恐怖でしかない。クソ、こんなに怒るとは思ってなかった。やっぱりこいつも新聞部に対してブチギレてたんだ。だからこんなに怒ってるんだ。

 

「で、あの記事書いたのも、こいつらの記事書いたのもあんた?」

「? はい! 読んでくださったんですか?」

「読んでくださったんですか、じゃないわよ! 人の付き合い面白おかしくでっち上げて、私たちの被害考えたことある!? こいつらならまだしも、私たちは本当に付き合ってないのよ!」

「おいお前何自分だけ助かろうとしてんだ! 俺たちも付き合ってねぇよ!」

「説得力ないのよ! 頬赤く染めて見つめ合うって普通の男友だちがやると思う!?」

「──自分の普通を、人に押し付けてんじゃねぇ!」

「説教っぽく言えば押し切れると思ってんじゃないわよ! そういうところにあんたのクソみたいな性格が表れてんの!」

「朝日さんは僕と同じくらい恭弥を理解してるかもしれない」

 

 ほんとだよな。今説教っぽく言ってうやむやにしようとしたのに、まさかそれを言い当てられるとは。でも朝日もいけないと思うんだよ。自分たちだけ助かろうとするなんて、俺たちも本当に付き合ってないのに。

 

「……ごめんなさい。私、その一瞬一瞬で一番面白いって思ったものを、みなさんに届けずにはいられなくて」

「そりゃ仕方ないよな。面白いって思ったんだもんな。でもダメだぞ? あの記事で傷ついた人がいるんだから。もうこんなことしないって約束できるかな?」

「でもでも、絶対に面白いと思うんです。特に氷室さんと織部さん!」

「面白いかぁー。仕方ないなぁー」

「織部くん。氷室の両親に謝っておいて」

「殺すのはやめときなよ」

 

 今俺がつづちゃんと話している裏で俺の命のやり取りが行われていた気がするんだが、気のせいだろうか。

 俺も考え無しにつづちゃんにデレデレしてるわけじゃない。つづちゃんと仲良くなれば、俺たちの記事を訂正してもらうことだってできるかもしれないんだ。つづちゃんが可愛いっていうのが一番の理由だが、打算があるのも間違いない。

 

「んー、でも幸い、朝日たちは取り返しつくんだよな」

「なにがよ。あんたたちみたいなことになる可能性だってあるじゃない」

「俺が付き合ってないって言ったら信じられない。信頼度が低いから。逆に、日葵か朝日が付き合ってないって言ったら信じてもらえる。信頼度が高いから」

「朝日さん。恭弥自身にこんなこと言わせないでよ。恭弥って結構メンタル弱いんだから」

「ごめん」

 

 謝られてもそれはそれで心にくる。

 

 でも、そうか。自分で言ってて気づいたが、俺たちはもう取り返しのつかないところまできている。新聞で『俺たちが付き合ってたっていうのは間違いだった』って出しても、俺が新聞部を脅したっていう風にしかとらえられないだろう。俺は悪い方向には信頼度が高い。

 

 それなら、だ。

 

「つづちゃん。俺たちならネタにしていいから、朝日たちの記事は訂正してくれないか? 俺たちも朝日たちも本当に付き合ってないけど、せめて朝日たちだけは」

「……でも、いいんですか? その、氷室さんたちにも悪いこと、しちゃってますし」

「俺たちが一番面白いと思ったんだろ?」

 

 つづちゃんに目線を合わせるため、膝を少し曲げて前かがみになる。

 つづちゃんは不安そうな目で俺を見ていた。この子だって、悪いことをしたって自覚はある。ただ、『面白いものを届けたい』っていう純粋な想いであんなことをしちゃっただけなんだ。そこに悪意は一切ない。

 

 俺はそういうやつ大好きだからな。

 

「なら思う存分ネタにしてくれ。大丈夫、今更周りに何言われたって気にしねぇよ」

「朝日さん。こうやってたまにカッコいいから、僕は親友をやめられないんだ」

「……氷室が壊れちゃった」

「朝日さん。実は君、この中で一番性格悪いよね?」

 

 次の日、新聞には日葵と朝日が付き合っている、ということの訂正があった。やっぱりいい子じゃねぇかと千里と笑い合いながら、いつものように文芸部の部室へ入る。

 そこには朝日とつづちゃんがいた。「密着取材です!」らしい。

 

 は?



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第7話 僕たち付き合ってたんだっけ?

 休日。休日である。俺が「今更周りなんて気にしねぇよ」と言った割には突き刺さる好奇の視線にビクビクする必要がない休日。あのつづちゃんとかいうちっこい悪魔、俺が千里と付き合ってないって知ってても思う存分ネタにしやがるし。いや、俺がしろって言ったんだけど。

 ともあれ、今日はそんな必要がまったくない。いつも通り千里が家にきて、遊んで、一日を過ごして終わるだけの平和な日。来週いよいよ日葵と千里とついでに朝日と遊ぶ日を控えているのが悩みの種だが、気にしていたって仕方がない。今この瞬間、一瞬一瞬を大事に生きよう。

 

 ベッドから起き上がり、自室からでる。俺の家は二階建ての3LDKで、二階に俺と妹の部屋、ベランダがあり、一階に夫婦の寝室がある。

 ちなみに日葵の家はここから100メートルくらい行ったところにあり、千里は俺の家にくるとき、時々日葵と会うらしい。死ね。

 

 俺の休日は朝八時に起床するところから始まり、一階に降りて顔を洗い、歯を磨き、優雅な朝食をとる。休日はだらけるのが一番だというやつがいるが、こういうところで健康的な生活をすることによって、男ってやつは磨かれていくんだ。

 いつものように朝八時に起きた俺は階段を下りて洗面所へ向かった。すると、妹の(すみれ)がちょうど洗面所から出てきた。今日も俺とよく似た鋭い目とふわふわした髪がチャーミングなやつである。ちなみに俺の髪質はふわふわなんかじゃない。

 

「おはよう薫」

「おはよー。相変わらず性格に似合わず規則正しいね」

「どこがだ。俺は性格も生活も規則正しいだろ」

「は? アホじゃん」

 

 俺の休日、というより毎日は妹の罵声を浴びることから始まると言っても過言ではない。俺と薫は起きるタイミングも洗面所に行くタイミングも大体被り、だからこそ俺の一日初めの会話は決まって薫とだ。

 世の妹と仲が悪い兄貴諸君、羨ましいだろう? 俺は可愛い妹と毎日喋れるんだ。大体罵倒だけど。

 

 顔を洗って歯を磨き、リビングへ向かう。ありがたいことに母はいつも早起きしてくれて、家族全員分の朝食を用意してくれている。母親の鑑だ。俺は将来絶対に両親を楽させると誓っている。うまくいけば。

 リビングにはすでに俺以外の家族が集まっており、俺が座るのを待ってくれていた。待たせるのも悪いのですぐに座り、母さんの「いただきます」に続いて父さん、俺、薫の三人で「いただきます」と手を合わせ、朝食を食べ始めた。

 

 我が家の朝食は和食。白いご飯に味噌汁に魚の切り身。ちなみに俺は味がわからない男だから焼き魚を食べても種類がわからない。舌がバカと言えば聞こえは悪いが、俺は何でもおいしいと思える贅沢な舌だと思っている。

 あぁ、なんと幸せな一日だろう。好奇の視線に晒されることなく、おいしい朝食を食べ、優雅な一日を過ごす。俺はきっと神に恵まれているに違いない。

 

「あ、恭弥。先生から聞いたんだけど、千里ちゃんと付き合ってるんだって?」

 

 神は死んだ。

 

 冷静に振舞い、箸を静かに置く。手を付けようとしていたお魚が「食べてくれないの?」と語り掛けてきているようだった。すまない。俺は平和な日常に突如として舞い降りてきた極大の核爆弾を処理しなければならない。その時まで待ってくれ。

 

「はは、母さん。何言ってるんだ? 俺が千里と? そんなことありえないだろ。なぁ薫、父さん」

「千里ちゃんなら不思議でもないけど」

「千里くんだもんなぁ。いや、役割的に千里ちゃんの方がいいのか?」

「役割とか生々しいこと言ってんじゃねぇよクソ親父」

 

 薫と父さんは納得の表情で頷いていた。どころか「やっとか」と呆れた顔すらしている。いや、現代日本に置いて男と男が付き合うことに抵抗ないのは大変すばらしいことだけど、もっと動揺するとかないの?

 

「兄貴、逆の立場で考えてみて」

「何を」

「あたしの兄貴はほぼ毎日女の子みたいに可愛い男の子を連れてきて、お互いを親友だと認め合ってて、家族以上に通じ合ってて、やけに距離が近い。これで不思議に思えると思う?」

「付き合ってるじゃん」

「付き合ってるよ。兄貴と千里ちゃんは」

 

 なんだ、俺と千里は付き合ってたのか。それなら別に騒ぎ立てる必要もないだろう。俺と千里が付き合ってなかったら訂正する必要があったが、周りも認めているなら落ち着いて朝食を食べて、いつも通りの一日を過ごそう。

 

 そうしてぽつぽつ会話しつつ朝食を食べていると、スマホに一件メッセージが届いた。

 

「悪い、千里からだ」

「千里ちゃんなら仕方ないわね」

「あんま待たせちゃだめだよ」

「相手を安心させるのも男の甲斐性だからな」

「わかってるっての」

 

 一言断りを入れてメッセージを見ると、『親から付き合ってるの? って聞かれたけど、僕たち付き合ってたんだっけ?』とメッセージがきていた。それに『今更何言ってんだ? 俺たち付き合ってるだろ』と返すと、『そうだよね。ごめん、変なこと言って』と返ってきて、そこでメッセージは途絶えた。

 千里の親にも話が行ってるのか。まったく、生徒が付き合ってるとかそんなデリケートな話、生徒の許可もとらずに親に言うなよ。絶対担任だな。あの年中タバコ吸いまくってて渋いイケメンの適当な教師。名前なんだっけ。女子生徒にそこそこ人気だから忌々しくて覚えてねぇや。

 

「そういや今日の昼千里くるから」

「いちいち言わなくていいわよ。ご飯も五人分用意してるから」

「そうだよ。お母さん兄貴のせいで一人分多く用意するのくせになっちゃったんだからね」

「まぁ飯食う時の人数は多ければ多いほどうまいからな」

 

 食べ終わって食器を片付けながら言うと、それが当然のことかのように返される。そういえば千里と親友になってからうちにこなかった日なんて数えられるくらいしかないもんな。そりゃそうなるか。

 

 千里がくるまで暇なのでランニングに出て、帰ってシャワーを浴びて、薫の愚痴に付き合う。何? 男に言い寄られてる? なら兄貴に俺がいるって言っとけ。大体のやつは諦めてくれる。クソと義兄弟になるのは嫌だろうからな。

 

 そんなこんなで、スマホに『もうすぐつくよ』というメッセージが届き、玄関へ向かう。靴を履いてドアを開けると、インターホンを押そうとしている千里の姿があった。

 

「よう」

「よっ」

 

 お互い軽く手をあげて挨拶し、千里を家へ迎える。「ただ……お邪魔します」と言ったのが聞こえていたのか、母さんがキッチンから「ただいまでいいのよー」と家中に響く無駄にデカい声で言った。

 それに頬を赤くした千里が、「ほんとにご飯頂いていいの?」と遠慮がちに聞いてくるので、「俺とお前の仲だろ」とイケメンスマイルで返す。今更遠慮することないだろ。休日家にきたら大体一緒に食べてるんだから。

 

「あ、千里ちゃん。こんにちは」

「こんにちは、薫ちゃん。あとちゃんづけはやめてね?」

「じゃああたしにもちゃんづけやめて」

「そんなこと言っても、前呼び捨てにしたらすごい恥ずかしそうだったから」

「……なんか呼び捨てにされたら千里ちゃんが『男!』って感じがして恥ずかしかったんだもん」

 

 二階から降りてきた薫が千里に気づき、ぺこりと頭を下げる。千里は薫のことを本当の妹のように可愛がってくれていて、薫も千里に懐いているが、なんとなく怪しい感じがする。少し何かあれば、薫が千里のことを好きになるような……。

 まぁでも、千里なら薫を任せても安心だろう。リーサルウェポンの『兄貴が俺』も通用しないし、文句のつけどころがない。

 

「千里と義兄弟か。悪くないな」

「その場合どっちが弟になるんだろうね?」

「兄貴は兄貴っぽいけど、しっかりしてるのは千里ちゃんだよね」

「は? 俺のどこがしっかりしてないって言うんだ?」

「生活はともかく、性格」

「話にならねぇな。千里、手洗ってこい」

「話にならないのは君の性格だよ」

 

 追い打ちをかけるな。

 

 先に薫とリビングに入り、自分の場所に座って千里を待つ。リビングには既に父さんがいて、今か今かとご飯を楽しみに待っていた。このおっさん、母さんのご飯が世界で一番うまいと豪語している妻大好き人間である。ちなみに父さんも俺と同じく味がわからない人間なので、『料理を作った人が誰か』というのが判断基準になっている。

 

 テーブルの上に並べられているのは、金に輝くオムライス。千里が言っていたが、「君が味のわからない人間だってことがもったいないくらいおいしい」と母さんの料理をべた褒めしていたので、千里がくると母さんは料理にちょっと気合いを入れる。いいかっこしぃなんだ、うちの母さんは。

 

 母さんも座って少し後、千里がリビングに入ってきた。

 

「おばさん、おじさん、お邪魔してます」

「あらいいのよお姉さんなんて。ねぇあなた?」

「ははは。世界で一番尊敬しているカッコいいお兄さんなんて、千里くんは口がうまいな」

「兄貴の幸せな頭って、間違いなく遺伝だよね」

「俺はあそこまでひどくない」

「あれくらいひどいと思うよ」

 

 俺の隣に座りながら、さらっと俺の両親を『ひどい』と認めてみせる千里。そんなことを言われても気を悪くするような両親ではないので、「確かに、恭弥の頭はひどいわよねぇ」「あぁ、ひどい」と仲良く夫婦で笑い合っていた。

 

 虐待か?

 

「それじゃ、冷めないうちに、いただきます」

『いただきます』

 

 うちの家族はテーブルマナーが非常にいい。父さんと母さんはそれぞれの両親に『どこへ出しても恥ずかしくないように』と叩きこまれたらしく、俺と薫はそんな両親の姿を見て自然と覚えた。ちなみに千里は最初からマナーがよかった。

 

「それにしても、まさか二人が付き合うなんてねぇ」

「僕もびっくりしてます。まさか恭弥となんて」

「そうだよなぁ。俺日葵が好きだったのに」

「ほんとにね。いっつも日葵ねーさんのことばっか喋ってたのに」

「ははは。日葵ちゃんのことほんとに好きだもんなぁ、恭弥は」

 

 ははは。と笑い合いながら違和感を覚えた。家族全員、そして千里も違和感を覚えたらしく、全員食事の手が止まる。

 

 始まりは、母さんからだった。

 

「……恭弥、日葵ちゃんのことが好きだったわよね」

「兄貴、日葵ねーさんのことめちゃくちゃ好きだよね?」

「恭弥、日葵ちゃんが好きで好きでたまらないんだよな?」

「恭弥、僕たちって付き合ってたっけ?」

「……」

 

 家族から『俺が日葵を好きだ』ということを再確認され、千里と目を合わせた。そしてお互い同時にスマホを見て、朝送りあったメッセージを見る。

 

 もう一度目を合わせてから、同時に叫んだ。

 

「「俺(僕)たち付き合ってねぇよ!!!!!!」」

 

 お互い同じ場所に、同じ力でスマホを放り投げる。なんだあれ、なんだあのメッセージ。あれ送ったの本当に俺か? あれ送ってきたの本当に千里か? なんでどっちも受け入れてるんだ? 受け入れすぎてもう昼だぞ。どんだけ時間かけたノリツッコミだよ!

 

「そう、そう! あまりにも恭弥と千里ちゃんが付き合ってるっていうのが自然すぎたから受け入れちゃったけど、恭弥日葵ちゃんのこと大好きじゃない!」

「兄貴が日葵ねーさん以外と付き合うなんてありえないもんね。びっくりした。あまりにも違和感がないから」

「危なかった。父さん、千里ちゃんとの明るい家族計画を立ててたぞ。もう少しで家を買うところだった」

「僕もあっさり家族に受け入れられたから『ほんとにそうなんじゃないかな?』って思っちゃったよ! 最悪だ! 完全に恭弥に毒された!」

「俺のせいじゃねぇだろ! 大体、あっさり受け入れる家族の方に問題がある! その受け入れてしまった原因はなんだ? 俺と千里が仲良すぎたからだ! つまり千里が悪い!」

「その論法でいくなら君も悪いだろ! クソ、姉さんに『私が叔母になれないのはちょっと寂しいけど』って悲しそうな顔させちゃったじゃないか!」

「もしかして薫も寂しかったのか? ごめん! 俺が勘違いしてすぐに訂正できなくて!」

「兄貴の遺伝子って最悪じゃない?」

「それはつまり両親の遺伝子もってことになるから、お前の遺伝子も最悪だぞ」

 

 薫はショックを受けたのか持っていたスプーンを落とし、父さんと母さんの顔を交互に見た後テーブルに突っ伏した。兄貴は妹に勝てないもんだが、時に兄貴は妹を完膚なきまでに負かす力を持っている。俺の才能が怖い。

 家族は俺が日葵のことを好きだってことを知っている。小さい頃いつも一緒にいて、あの頃純粋だった俺は「将来日葵とけっこんする!」と可愛らしく騒いでおり、疎遠になってからも俺が日葵の話ばかりするので、家族の間でそれは常識となっていた。

 その常識を脅かしたのが千里という存在である。まさか俺自身も『千里と付き合っていること』に違和感を持たないなんて、結構学校での視線がダメージになっていたのかもしれない。

 

「千里、もっと男らしくなってくれないか?」

「なれたらなってるよ!」

 

 本当に悲しそうな顔をして叫んだ千里に謝って、いつも通り一日を遊んで過ごす。

 

 でもよかった。うっかり日葵の前で「俺たち付き合ってます」なんて言うことがあったら最悪だった。来週はこんなことがないようにしよう。



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第8話 今日という日は、大いなる第一歩になる

 ──ついにこの日が来た。俺が男になる日、五月三日。いつもなら集合場所へ千里と一緒に行くところを、緊張しすぎて気を遣わせては悪いので、先に行ってもらった。今千里は駅前のファミレスで一人待っている。

 そう。今日は偶然を装って俺と千里、日葵と朝日の二組が合流し、一緒に遊ぶ日。はっきり言うと千里と朝日が、俺と日葵が会話できるように協力してくれる日だ。

 

 姿見の前で変な格好じゃないか確かめる。

 青のジャケットに白のシャツ、黒のパンツとシンプルなスタイル。薫曰く、「兄貴は元がいいんだからシンプルな方が似合うよ」とのことで、一番身近な異性の言うことを信じることにしてシンプルにまとめた。

 しかし、こうして見ると俺カッコいいな? 目はキリっとしてて鼻筋通ってて、しかも小顔。質の硬い短めの髪が、オトナでアブナイ雰囲気を醸し出している。もはやこの世最高峰の美と言っていいだろう。

 

「よし」

 

 自分に気合いを入れて部屋を出て、階段を下りる。下りた先には薫がいて、俺を頭の先からつま先まで見ると、右手でオッケーサインを作った。

 

「ん。ほんとに元はいいね。今日はデート?」

「んー」

 

 靴を履いて、ドアに手をかける。そして少し振り向いて、イケメンすぎる笑顔を薫に向けた。

 

「俺が男になる日、かな」

「あと何回聞くんだろーね、そのセリフ」

 

 いってらっしゃい、という愛しの妹の見送りを背に、俺は勇気の一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

「一名様ですか?」

「いえ、待ち合わせしてるんで」

 

 猫を被った完璧スマイルを披露して、窓際の方にいるという千里の姿を探す。あんな女顔はすぐに見つかるので、待ち合わせの時は便利だ。

 いつものように、千里はすぐに見つかった。軽く手をあげて声をかけようとしたところで、千里も俺に気づいて手をあげる。

 

 そして、もう一つ、お互いに気づいた。

 

 千里の服装。青いジャケットに白のシャツ、黒いパンツ。俺のピシッとしたやつとは違って少し緩いが、これは、その、あれだ。

 

「──マジかよ」

「恭弥。僕は今日ほど君と仲がよかったことを後悔した日はない」

 

 ペアルック。しかも上半身だけなんていうちゃちなもんじゃない。上下完璧に色を揃えた、誰がどう見ても『そう』としか見えないペアルックだ。俺本当にこの格好で千里と同じテーブルに座んなきゃいけないの? もう既に何人かが俺たちのこと見て「ペアルックだー」って言ってるの聞こえてるよ? 

 

 流石に現実逃避をしてここから逃げ出すわけにもいかないので、千里の正面に座った。そのまま二人して窓の外を眺め、同時にため息を吐く。

 

「終わったな」

「うん。せめて中にきてるものの色が違ったら脱げばよかったんだけど、全部一緒はチェックメイトだ。ごめんね恭弥。僕がこんな服着てきたばっかりに」

「いや、千里のせいじゃねぇよ。ここは俺と千里の友情を確かめ合えたってことで、前向きに捉えよう。それに、まだ手はあるはずだ。なんとか近くに服売ってるとこないか探して、それで──」

「あらあんたたち偶然ね。ゴールデンウィークでも二人で遊ぶなんて、随分仲、が……」

 

 聞こえてきた朝日の声に天を仰いでから振り向いた。

 そこには黒を基調とし、白いラインが入ったパンツにオレンジのナイロンパーカーの今すぐに喧嘩を売ってきそうな服装をした朝日。

 そして、白のワンピースに暗いオレンジのカーディガンを羽織った天使がそこにいた。隣に立つ朝日がもはや土にしか見えないくらいの光を放ち、あまりの眩しさに一瞬脳が揺れ、幻なんじゃないかと一度きつく目を瞑ってから開く。

 

 やはり天使がいた。

 

 その天使は、俺と千里を交互に見て、悲しそうに、気まずそうに目を逸らすと、朝日の服の端を掴んで「邪魔しちゃ悪いから……」と可愛すぎて死にそうになるくらいバチボコに刺激的な声を絞り出す。

 そんな天使日葵に朝日は一瞬だらしなく表情を緩ませるが、日葵に見られないうちにキリっと表情を引き締めて、千里の隣に座った。

 

「せっかくだし、一緒に食べましょ。日葵も、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ──そうか、お前が神だったのか。少々強引な気はするが、こうなると日葵は座らざるを得ない。それも、俺の隣に。俺の隣に!

 日葵はしばらく悩んだ後、俺の顔も見ずにそっと隣に座る。俺の顔も見たくないのだろうか。俺の顔を? 顔はいいのに? むしろ容姿しか自信がなくて困ってすらいるのに?

 

 いや、でもいい。朝日が強引に座ってくれたおかげで、俺と千里のペアルックがうやむやになった。最初ペアルックだとわかったときは地の底に沈むほどの絶望を覚えたが、今となっては笑い話。

 

「光莉、やっぱ悪いよ。二人とも、ペアルックで出かけるくらい仲いいんだから」

 

 何が笑い話だクソが。笑ってみろよ。今の俺のこの絶望的状況を笑ってみせろよ! 最悪だ! 好きな女の子に男同士のカップルだって勘違いされた挙句、更にペアルックで出かけるほどのステージに上がってると思われてる! 俺はこの先どうやって生きていけばいいんだ!

 

「ペアルックなのはどうせ偶然よ。こいつら、付き合ってるって勘違いされるくらい仲いいんだから」

 

 朝日。俺日葵がいなかったらお前のこと好きになってたよ。

 すごくない? 俺たちのペアルックにフォローを入れつつ、「こいつらは付き合ってない」って勘違いを否定しにいく言葉。それを今の一瞬で生み出したっていうのか? さてはこいつフォローの達人だな? 俺の親友は俺の正面で頭を抱えてるってのに。この役立たずが。

 

 朝日の言葉に対する反応を見たいが、日葵をまともに見れるはずがない俺は頭を抱える千里を見つめるばかりである。こいつほんと髪さらさらだな。ほとんどケアしてないっていうのにこの艶、このさらさら感。この前薫が「千里ちゃんずるい」って嫉妬してたのも頷ける。

 

「ほら、その、すごい熱い視線送ってるし」

 

 あーあ。あーあ。やっちゃったよ。日葵を見れないことが裏目に出たよ。千里に熱い視線送ってるって勘違いされちゃったよ。千里も顔上げて俺をびっくりした目で見ちゃってるよ。

 違うからな? 俺は日葵を見れないだけで、お前に熱い視線送ってたわけじゃないからな? 仕方なくだ。窓の外眺めるなんて失礼にもほどがあるから、仕方なくお前を見るしかなかったんだ。

 

「……もうさっきから謝ってるじゃないか。偶然ペアルックになってごめんって。そんなに怒らないでよ」

 

 役立たずなんて言ってほんとごめん。そうだ、千里もフォローの達人なんだ。千里と朝日がいれば俺は今日日葵と話すことができる。輝かしい未来への一歩を踏み出すことができる。

 ここで俺が返事することで、『偶然ペアルックになった』という事実が完成する。まずはそこの勘違いを解消するところからだ。

 

「ほんとだよ。ほとんど同じ格好したやつがいて、それが千里なんてマジでびっくりしたわ。まぁ悪い気はしねぇ、ん、だけど」

「おい」

「おい」

 

 やっちまったぁ!! ほんとに悪い気はしないから悪い気はしないって言っちまった!! 千里と朝日から「おい」って思わず言われちゃうほどやらかしちゃった! これじゃ『偶然ペアルックになった』んじゃなくて、『偶然ペアルックになったけど、俺たち通じあってるね。えへへ』じゃねぇか! 

 俺はバカだ。クソ野郎だ。これだけフォローされておいて、自分の手ですべてを台無しにする男。あれ、すべてを台無しにする男ってカッコよくね? カッコよくねぇよ。なんだそのクズ野郎。今すぐ死ね。クズ野郎は俺だ。じゃあ今すぐ死のう。

 

「光莉、やっぱり私たち邪魔だよ。違う席いこ?」

「あ、ちょっと」

 

 日葵が立ち上がる。朝日が心配そうな目で俺を見た。朝日は優しいな。失敗した俺を心配してくれるなんて、本当にいいやつだ。きっといい相手見つかるよ。俺は日葵一筋だけど。

 

「……」

 

 そして、千里は黙って俺を見ていた。いつもは穏やかな目を細めて、何も言わず、引き留めようとする様子もなく、ただ見ていた。

 やっぱり、こいつは俺のことをよくわかってる。偶然ペアルックになるのも当然だ。ここで、今ここで、無理やりにでも俺が日葵を止めなきゃこいつは俺が日葵と話す機会を失うってことをわかってるんだ。実際、俺は今日一日日葵と話せる気がしなかった。あまりにも可愛くて、綺麗で、輝いて見えたから。

 

 親友の無言の後押しに答えなきゃ、親友でも男でも、氷室恭弥でもない。

 

「日、葵」

 

 絞り出した声は、ひどく情けない声だった。いつものように人を煽ったり、バカにしたり、ふざけたりしている時のような軽い調子の声ではなく、震えて、人に届けるようなものじゃない搾りカスのような声。

 日葵の背中に向けて放った声に、日葵が肩を震わせて立ち止まった。

 

「あー、その、なんだ。……久しぶりに、一緒に飯食わねぇか」

 

 頬を掻きながら、不器用に言葉を紡ぐ。色気の欠片もない、女性への誘い文句としては0点の言葉の羅列。

 でも、これが今の俺の限界だった。真っすぐ日葵を見ることができず、横目で見ることしかできないへたれの俺の、最大限。

 

 そんな俺の最大限は、日葵に届いた。

 

「……うん、わかった」

 

 日葵が振り返った瞬間に目を逸らすと、日葵がまた隣に座る。心なしか、さっき隣に座った時よりも距離が近い気がして、顔が熱くなった。俺はこんなに純情だったのかと自分でも驚きながら、恐る恐る横目で日葵を見た。

 

「お」

「あ」

 

 お互い横目で、目が合った。慌てて目を逸らし、熱くなった顔を手で扇いで冷ます。

 今日葵俺のこと見てたよな? すごくない? 日葵が俺のこと見てたぞ。父さん、母さん、薫。日葵が俺のことを見てくれた。俺、やったよ。しかも会話できたよ。あれを会話って言えるかどうかは微妙だけど。でも俺やったよ!

 

 心の中で自分の奮闘に自分自身で心を打たれ噛みしめていると、目線を逸らした先にいた千里が、『がんばったね』と口パクで俺に伝えて、穏やかに微笑んだ。

 

 お前さては、メインヒロインだろ。可愛さと尊さの化身かよ。

 

 しかし俺には日葵がいる。千里のヒーローは他の誰かに任せることにしよう。

 『ありがとな』と口パクで伝えて微笑みで返すと、千里は歯を見せて笑った。

 朝日がドン引きした目で俺たちを見ていた。



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第9話 これくらいがちょうどいい

「……」

「……」

 

 俺たちはカラオケにきていた。昼食を食べ終わった後、朝日がカラオケに行こうと提案し、千里がそれに乗っかり、俺と日葵は流れでついていって、千里と朝日に任せていたら笑顔の二人に「じゃあ二人ずつ、違う部屋でね」と言われ、訳の分からないまま日葵とともに同じ部屋へ押し込まれた。

 当然、先に押し込まれたのであいつらがどの部屋にいるのかもわからない。逃げ出そうにも逃げ出せない。しかもめちゃくちゃ狭い部屋でソファも一つしかないから日葵がめちゃくちゃ近いし、なんだろう。あいつらは俺を殺したいのか?

 

「……」

「……」

 

 ダメだ、会話できない。飯食ってる時はぽつぽつ何か話してた気もするが何も覚えてないし、それにあの時はあいつらがいたからまだ緊張が和らいでた。

 でも今は完全に二人きり、しかも密室。そして距離がめちゃくちゃ近い。緊張でどうにかなりそうだ。これ以上どうにかなったら俺何も考えられないくらい頭おかしくなるんじゃねぇの? 元々頭おかしいんだし。

 

 どうしよう、歌うか? 何を? この地獄みたいな雰囲気で、何を歌うってんだ? ラブソングなんて歌おうもんなら俺は歌ってる途中に意識が飛んで、見たこともないひいじいちゃんひいばあちゃんの顔を拝めることだろう。つまり自殺だ。俺は自殺趣味なんてまったくないし、この先するつもりもない。

 

「……」

「……」

 

 お互い目を逸らして、ただ時が過ぎていく。あいつら、俺が一人で日葵と話せると思ったのか? そんな度胸あったらずっと日葵と仲良しこよしでやってるわ。あいつら俺のこと全然わかってない。ショックだ。あいつらとは今日限りで友だちをやめようと思う。

 

 とりあえずと充電器からとってテーブルの上に置かれたマイクがとても悲しそうな雰囲気で転がっている。人の声を届けるために生まれてきたこいつは、今この場においてただの置物になり下がった。だがこのゴールデンウィークという時期、こいつもめちゃくちゃ働いただろうからこんな時くらい休んでもいいだろう。俺は慈悲深い人間だ。決して歌う勇気がないからとかではなく、俺が慈悲深いがためにマイクを握らないだけである。

 

 なんて現実逃避してる場合じゃない。さっき千里に『助けて』ってメッセージ送ったら『頑張って』って返されたし、あいつら本当にこのまま二人でいさせる気だ。恐ろしいこと考えやがる、同じ人間とは思えない。

 

 一体どれくらい時間が経ったのかわからないくらい、俺たちは特に動くことなく、ただじっとしていた。

 

「──、」

 

 そんな空気を打ち破ったのは、辛うじて『音』と認識できるくらいの声で何かを言った、日葵だった。

 何を言ったのかまったく聞こえなかった。そもそも言葉だったのか今の? 俺が聞き逃しただけじゃないよな? 今日葵何も言ってなかったよな?

 でも、ここで何か返さないと今後一切喋れない可能性がある。ここはクールに聞き返そう。

 

「んぁ?」

 

 間抜けな声出しちゃった。なんだよ「んぁ?」って、寝起きかよ俺。いや、俺は寝起きいい方だからもうただの間抜けでしかない。クソ、いつものクールでカッコいい冷静な俺はどこに行ったんだ? 日葵の前じゃ全然冷静でいられない。

 

「え、と」

 

 服が引っ張られる感触。俺の服を引っ張るやつなんて、この空間に一人しかいない。

 見ると、日葵が俺の服をちょこん、と小さく引っ張っていた。

 そういえば、こいつは人の服を引っ張るクセがあったっけ。話を聞いてほしい時とか、構ってほしい時とか、遠慮がちに服の端をつまむんだ。

 

「カラオケ、久しぶりだね」

 

 久しぶり。カラオケにくるのが? 『久しぶりなんだよね』なら日葵だけのことを言ってることになるが、『久しぶりだね』となると、『俺とくるのが久しぶり』ってことか? そんな幸せなことあったっけ。

 

 あった。確かあれは──。

 

「薫と日葵の母さんで行ったときか。小学校の頃」

「そう。まだちっちゃい頃だから覚えてるか不安だったけど、そっか」

 

 そっか? 『不安だったけど』って言ったってことは、それに続く言葉は『覚えててくれたんだ』でいいのか? それとも『はぁ、やっぱ覚えてやがったかこいつ気持ち悪い』なのか? 2:8で後者の勝ち。俺の人生は終わった。

 

「久しぶりに会いたいな。薫ちゃん」

「あぁ、そういや薫も会いたがってたな」

 

 ぼそぼそと、お互いいつもの数倍小さい声で会話する。会話できてるだけで奇跡なんだから、声の大きさなんて二の次だ。今はとにかく話すことだけに集中する。

 緊張で変な汗が出てきた。俺変なにおいしてないよな? 変に思われてないよな? 千里と話すときなら当然、朝日と話す時にもそれほど気にしていない些細なことも、日葵と話している時は気になって仕方がない。

 

「ほんと? 嬉しい。……私と恭弥、全然喋らなくなっちゃったから、薫ちゃんとも全然会えてないんだよね」

「……もういつから喋ってないか覚えてねぇな」

 

 自然と、目が合った。ファミレスにいた時は逸らしたのに今は逸らすことができず、日葵の綺麗な目をじっと見つめる。

 モニターに流れているアーティストの声よりも、自分の心臓の音の方が大きく聞こえた。モニターに映るどんなアーティストよりも、日葵の声が綺麗に聞こえた。

 

「そう、だね。自然と。男の子と女の子だからって、自然と仲良くするのやめちゃって、そのまま」

「今思えばバカらしいよな。んなこと言ったら俺、今男と付き合ってるって勘違いされてんだぞ? そんなやつが性別気にするわけねぇのに」

「あ、そっか。ごめんね? 織部くんと付き合ってるのに、私と一緒なんて」

「それ、それなんだよ」

 

 緊張しながらも、気分が高揚しながらも、いつもの調子を取り戻していく。

 

「俺千里と付き合ってねぇんだって。あの日見たアレは勘違いなんだよ」

「うそ。あんなことしてて付き合ってないなんて信じないもん」

「いや、だから、詳しくは説明できねぇけど、とにかく付き合ってないんだ、俺たちは」

「肩掴んで、真剣な目で、え、えっちしたい、とか言ってたのに?」

「言ってたのにだ」

「織部くんを押し倒して、ぬ、脱がそうとしてたのに?」

「してたのにだ」

 

 懐かしい感覚だった。日葵と普通に話して、お互いの顔を見て。そういえばいつも距離は近かった気がする。周りにバカにされながらも、思春期に突入するのが遅かった俺は「友だちと仲良くて何が悪いんだ?」と一日中首を傾げていた。そして首を痛めた。

 

「まぁほら、俺頭おかしいだろ? んで気が動転すると更におかしくなるだろ? あれはそういうことだよ」

「確かにそうだけど」

 

 認めるのかよ。

 

「なんか、はっきりとは信じられないけど、信じる」

「え、マジ?」

「まじ」

 

 嘘だろ。あんな光景見て信じてくれるのか? 俺ってそんなに信用あったっけ? 犯罪者を除けばこの世で一番信用ならないやつだっていう自負があるのに、こんな簡単に信じてもらっていいのか?

 

「……ね、恭弥」

「ん?」

 

 返事をすると、日葵が顔を俯かせた。俺がイケメンすぎたからとか? いや、日葵からすれば俺の顔なんて生ゴミに等しいから、きっと耐えきれなくなったんだろう。かわいそうに俺。でも日葵が可愛いから許す。

 

「あの、ね。私ね。今、恭弥と話せて嬉しい」

「……」

 

 ……夢? 俺と話せて嬉しいって?

 いや、そうか。そりゃいくら俺だとはいえ、幼馴染は幼馴染。ずっと仲良くしてきたやつと話せなかったら寂しいに決まってる。これはそういうことだ。それ以外の何でもない。

 

「だからね。学校でも、話しかけていいかな?」

「……」

 

 おい、学校でも話しかけていいかな? って聞こえたぞ? ほんとに? 俺と? そりゃ俺も日葵と話したいけど、あまりにも俺に都合がよすぎておかしい。これもしかして、日葵も俺のこと好きなのか?

 勘違いするな。男はちょっと女の子に優しくされるだけで「俺のこと好きなのかな?」って勘違いしてしまうんだ。そうやって失敗を積み重ねる。俺はそんな非凡なやつらとは違う。

 

 そんな無駄なことを考えていると、くい、と俺の服の端を引っ張って日葵が少し顔を上げて俺を上目遣いで見た。

 

「……だめかな?」

「よろしくお願いします」

 

 果たしてこの世の中に『好きな女の子に服の端を引っ張られて上目遣いで見られ、だめかな?と聞かれてそれを断れる男』はいるのだろうか。いるはずがない。なぜならこれは男を殺す必殺技。いつの時代も変わらない、究極のリーサルウェポン。例え計算でやられていたとしても、好きな女の子からのこれには逆らえるはずがない。それに逆らう理由もない。

 

「そっか!」

 

 食い気味の「よろしくお願いします」に、日葵は笑顔を咲かせた。

 久しぶりに見た気がする。一年二年と同じクラスだったから、自分以外に向ける笑顔は何度か見ていたが、こうして自分に向けられる日葵の笑顔を見たのは、何年ぶりだろうか。

 

 小さい頃は思いもしなかった。こうして日葵に笑ってもらえることが、こんなに幸せなことだなんて。

 

「なんか、不思議な感じ。毎日見てたはずなのに、恭弥がおっきく見えるもん」

「近くで見る事なかったからな。それに男は中学高校のどっちかで急激にデカくなるもんだ。千里はそんなにだけど」

 

 あいつ160くらいしかねぇんじゃねぇの? 俺が183であいつが俺の胸あたりの身長しかないから、大体それくらいだ。あいつ見た感じ日葵と同じくらいだし。

 

「……やっぱり、恭弥って織部くんと仲いいよね。あんなに息の合ってる男友だち初めて見た」

「なんか波長合うんだよなぁ。マジであの高校にしてよかったわ。千里みたいなやつこの先二度と会えないだろ」

 

 ほんとは日葵が光生高校に行くって聞いたから光生高校に決めたんだけど。

 

「ふん、私には光莉がいるもん。光莉は可愛いし、カッコいいし、綺麗だし、いい子だし、運動神経いいし、頭いいし、いいとこ挙げたらキリがないんだから!」

「あ? 千里の方が完璧な親友に決まってんだろ。いいか、千里はあんなに可愛い見た目してるけど男らしくて、頭が回って、運動神経悪いかと思いきやそうでもなくて、何より一番に俺のことを考えてくれてる。あんな親友他にいねぇよ」

「光莉の方が完璧な親友です! 私が悩んでたらいつでも相談に乗ってくれるし、勉強いっつも見てくれるし、さらっと車道側歩いてくれるし、ドアはいつも開けてくれるし、階段とか上るときもいつも後ろにいてくれるし!」

 

 紳士すぎるだろ。なんかそれ親友ってよりカップルじゃね? 俺がなろうとしてるポジション既に埋まってね? 

 協力してくれているはずのやつが、最大のボスとして君臨していた。こいつはやばい。俺が告白したところで朝日と比べられて、「光莉の方がいい」って言われる未来が見えた。そして俺は学校中に『千里と付き合ってる』って勘違いされたまま、本当に千里と付き合うことになるんだ。

 いや、千里と一緒に風呂入ったことないし、あいつについてるかどうか確認したことはない。だから千里がまだ女の子である可能性は残されてる。確か六月に修学旅行があったから、その時がチャンスだ。

 

 なんのチャンスなんだ?

 

「はん。日葵も千里と話せばわかるさ。千里がどれだけ優れていて素晴らしい人間かをな」

「……そういえば恭弥って最近光莉と仲いいよね。もしかして、光莉のこと好きなの?」

「は? ないない。恐ろしいこと言うなって」

 

 俺が否定した瞬間、部屋のドアが開き、悪魔が襲来した。

 悪魔の名は朝日光莉。朝日は一直線に俺のところまで歩いてくると、俺の襟首をつかんで日葵から引きはがした。

 

「別に私もあんたに何か思ってるわけじゃないけど、即答はムカつくわ」

「落ち着け朝日! お前案外器小さいぞ!」

「落ち着いてほしいなら宥めなさいよ! なんで煽ってんのよ!」

「それは恭弥の性格がクソだからだよ。まったく、これだから親友の僕がついていないとダメなんだ」

「あとあんた織部くんのこと褒めすぎなのよ! 私の隣で嬉しそうにしてて鬱陶しかったんだから!」

「あれ、朝日さんもでしょ? 夏野さんに褒められてでれでれしてたくせに」

「え、そうなの?」

「ち、ちがっ、いや嬉しかったけど、でれでれなんか」

「嬉しい!」

「氷室。今日は気分がいいから見逃してあげるわ」

「俺お前とは一生の付き合いになる気がするわ」

 

 俺と日葵が作り上げていたいい雰囲気は乱入者とともにぶち壊れ、そのままの勢いで四人でカラオケを楽しんだ。

 今はこれくらいがちょうどいい。これくらいでいい。バカにされて、日葵の前でうまく笑えなくて、愛されてもいなくて。それくらいがちょうどいいんだ。

 

 こっから一歩ずつ進んでいこう。こいつらがいてくれるなら大丈夫だ。



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第10話 朝の作戦室

「何も大丈夫じゃないんだけど?」

「何がですか?」

「あぁいいわよつづちゃん。どうせくだらない内容だから」

「恭弥の話を真面目に聞くくらいなら、音声認識アプリと一時間会話する方が有意義だよ」

 

 お前らの中での俺に対する好感度どうなってんの?

 

 ゴールデンウィークが開けて三日目。あの日、カラオケで「学校でも話したい」と言っていた日葵。当然俺はうきうきしながら登校し、さぁ話しかけてくれと日葵を見ると、絶対に目を逸らされる。話しかけてくれる様子も何もなく、昨日今日と過ごしてしまった。

 俺、日葵と距離縮まったと思ったんだけど、なぜか元通りになってしまった。

 

「さて、そこでお前らに俺と日葵がスムーズに会話できるような作戦を考えてほしい」

「氷室先輩から話しかけたらいいんじゃないですか?」

「正論ね。この話は終わりよ」

「そういえばこの前僕が歩いていた時、目の前に石ころが転がっていたんだ。どう思う?」

「千里、それは俺の話が転がる石ころよりも内容で劣るって言いたいのか?」

 

 千里は俺を無視して、「ほら、これがその写真」と言って朝日とつづちゃんに見せていた。なんで撮ってんだこいつ。ふざけて言っただけじゃなくてもしかして本気で石ころが気になったのか?

 ……日葵日葵と言いすぎたかもしれない。もう少し千里に構うようにしよう。俺以上におかしくなられたら手に負えない。

 

「こういうのって女の子は勇気出せないんですから、男の人から声をかけてあげないと」

「つづちゃん。唯一俺の相談に乗ってくれているところ申し訳ないが、それは無理だ」

「恥ずかしいからとか言うんでしょ?」

「そう言うってわかってるから聞く気起きないんだよね」

 

 どうやら千里と朝日は俺のことを理解しすぎているが故に無視していたらしい。そう思えば気分がいい気もしなくもないが、それは俺のことを『無視した方がいい存在』だと思っていることということに気づき、二人に対してあっかんべーをしておいた。

 

「先輩、えっと、その、気持ち悪いですよ?」

「せめて言いよどむことなくさらっと言ってくれ」

 

 気を遣われると余計に傷つく。おいそこの二人、爆笑するな。つづちゃんは年下だから許してるが、お前らが失礼なこと言ったら足の二本や三本折るからな? ちなみに、足は三本もない。

 そんな俺を軽く見ている二人も、流石に俺の親友と日葵の親友と言うべきか。拗ね始めた俺を見かねて、俺の相談に乗り始めてくれた。

 

「恥ずかしいっていうのは仕方ないけど、あの日の会話を聞いていた限り進歩したのは間違いないよ」

「そうね。勘違いもなくなったみたいだし、あとはどっちかが勇気を出せばいいだけの話じゃない。気長に行きましょ」

「そうだな。いつ日葵から話しかけてくれるんだろうなぁ」

「先輩って清々しいくらい男らしくないですよね」

 

 うるせぇよ。

 

 新聞部に突撃したあの日から、俺たちの輪に入ってきたつづちゃんだが、驚くほどになじんでいた。俺と千里と朝日は頭がおかしいからつるんでいてもなんら問題はないんだが、つづちゃんはただのいい子。たまに容赦ない言葉をぶつけてくるだけの常識人。もちろんクズでもなんでもない。

 ただ、「俺たちと一緒にいて頭おかしくならないのか?」と聞いた時、「おもしろいので!」と返してきたので、つづちゃんは頭がおかしい片鱗を覗かせている。

 まぁ今のところは唯一の常識人であり、俺の癒しでもある。好き勝手攻撃してくる千里と朝日と違って、俺を気遣ってくれてまさにいい後輩。

 

「こらつづちゃん。恭弥だってたまには、すっごくたまにはいいところあるんだよ?」

「あ、いただきました」

 

 俺の肩を撫でながらフォローする千里という画を、つづちゃんは一瞬でカメラに収めにこにこ笑顔。やっぱりまともじゃねぇやこいつ。いくら俺が「ネタにしてもいい」って言ったとしても、ちょっとくらい遠慮するだろ。てかしてくれよ。今俺と千里の日常が新聞のコーナーと化してるんだぞ? 何コーナー化してるの?

 

「おい千里。あんまり撮影に協力するようなことはするなよ」

「ごめんごめん。ちょっと、自分が新聞のコーナーになってるっていうのが気分よくて」

「織部くんってゴミと負けず劣らずよね」

「今俺のことナチュラルにゴミって言わなかった?」

「いくらゴミがゴミだからってゴミ呼ばわりしないわよ」

「ゴミ呼ばわりしながら言ってんじぇねぇか」

 

 俺朝日に嫌われすぎじゃね? なんかしたっけ。失礼な行動失礼な言動失礼な思考、それくらいしか心当たりがない。うん、千里に対してやってることの方がひどいから、まだ嫌われる要素はないはずだ。そもそもひどいことすんなって話だが、口と体が勝手に動いて脳が勝手に考えてる。つまりこれは俺のせいじゃない。

 

「んー、でも確かに私と話してる時でも氷室を気にしてるのはめちゃくちゃムカつくし氷室を殺したいくらいだから、どうにかした方がいいかも」

「千里、すぐにどうにかしよう」

「織部先輩。少し泳がせましょう!」

「ごめん恭弥。悩んだんだけど、泳がせることにしたよ」

「即答してたしつまりお前は俺に死んでほしいって思ってるんだな?」

 

 千里とつづちゃんは少し似ていて、『面白い方』に物事を転がそうとするクセがある。俺はいつか千里がつづちゃんを利用して、新聞を通して学校を支配しようとしないかが心配だ。千里ならやりかねない。いや、千里ならやってくれる。

 

 何を期待してるんだ? 俺。

 

「どのみち氷室は殺すとして、どうしましょっか」

「俺は何のために頑張ればいいんだ? どっちみち死ぬじゃん」

「いっそのことまず朝日先輩をオトすっていうのはどうですか?」

「つづちゃん」

「はいっ!」

「朝日さん。年下を脅すのはよくないよ」

「名前呼んだだけよ?」

「お前に名前を呼ばれるってことがどんだけ辛いことか理解した方がいい」

 

 足を踏まれそうな気配がしたので、俺の足があった位置に千里の足を持っていって、朝日に千里の足を踏ませた。隣で悶絶する千里。気分がよくなって笑っていると、頬に千里の張り手が飛んできた。被害者増やしただけじゃねぇか。

 

「つづちゃん。氷室は叩かれて悦ぶタイプの変態だって新聞に書いておいて」

「おいふざけんな! 俺はいたってノーマルな趣向の変態だって書いとけよ!」

「変態はいいんですね……」

「おい。朝日さんは僕を踏んだことを、恭弥は朝日さんに僕の足を踏ませたことを謝ってもらおうか」

「ごめん」

「ごめん」

「よし」

 

 俺たちは素直なのである。よく考えれば千里に張り手されてるし謝り損じゃね? と思ったが、先に悪いことをしたのは俺なのでここは仕方なく謝ってやることにしよう。多分謝り損って口にしたらまた殴られるし。

 

「あれ、私って氷室に踏まされただけだから悪く無くない? 謝り損じゃない」

「それもそうだね」

「俺も張り手されたから謝り損じゃね?」

 

 また張り手が飛んできた。おかしい。朝日が許されたなら俺も許されていいはずなのに。めちゃくちゃ手加減してくれてるからそこまで痛くないけど、これはおかしい。だって俺は朝日に暴言吐いて、朝日が踏もうとしてきたから身代わりに千里を選んだだけなのに。

 

 完全に俺が悪い。

 

「あ、あれいいんじゃない? 今日の六時間目、来月の修学旅行実行委員を二人決めるでしょ?」

「あぁ、あのうちの担任が仕切んのめんどくせぇから生徒にやらせようってことで考えだしたやつな?」

「先輩先輩。それって記事にしちゃだめですか?」

「あの人結構適当なところあるからそれで楽なところもあるんだよ。だから記事にすんのはやめてくれ」

「あの人を記事にしようって思ったら教師として適当すぎて、辞任させられるかもしれないわね」

 

 一年の頃も担任だったのに名前すら覚えていない俺たちの担任は、水曜日六時間目のLHR(ロングホームルーム)の時間。いわゆる学級会のような時間として設けられているこの時間に、先生は一切何もしない。「適当にやっておいてくれ」と一言言ってだらけ始める。もうほぼ休み時間と一緒だ。

 学級委員も「お前とお前」と適当に決めて、体育祭で誰がどの競技に出るかという話し合いも「適当に決めてくれ」。真面目な生徒が「私たちばかりに任せないでください!」と抗議すれば、「だってお前ら、教師が仕切ったら仕切ったで文句言うじゃん。めんどくせーじゃん。生徒の自主性を重んじてるっていうことにしてくれ」。

 

 そのくせ、俺と千里が付き合っているという情報は家族に伝えるというクソっぷりである。伝えなきゃいけないことを伝えずに、伝えなくていいことを伝えるってどういうことだよ。しかもなんであんな先生が女子人気いいんだよ。あれダークでクールとかじゃなくてただクズなだけだぞ? クズなら俺でよくね?

 

「あれ、恭弥がやればいいんじゃない?」

「日葵と一緒に? 氷室が立候補したとしても、日葵が立候補できるとは思えないんだけど」

「お話を聞いてる限り恥ずかしがり屋さんですもんね」

「……実行委員になって、班行動の時間を作って、その班を男女混合にすればいいってことか」

「その通り」

「時々、あんたらが通じ合いすぎて怖いわ」

「そうですか? 素敵だと思いますけど」

 

 ネタとして素敵ってことだろ。カメラで俺らのこと撮ってんの見えてんだぞ?

 

 そうか、そういうことか。話す機会がないなら、話す勇気がないなら無理やり話せる機会を作ればいい。あの時千里と朝日が俺と日葵を一緒の部屋にぶち込んだ時のように。

 そして今回はあの時みたいにいきなりやられるわけじゃない、俺がその場を用意する。つまり、話す機会をいくつも作り出すことが容易ってわけだ。今のはげきうまジョーク。

 

「それに、恭弥がなれなかったとしても僕か朝日さんが……僕がなればいい」

「織部くん。今なんで私を選択肢から抜いたの?」

「朝日先輩が夏野先輩のこと好きだから、自分と一緒になるように修学旅行をいじくるんじゃないかって思ったんじゃないですか?」

「当たり前じゃない。修学旅行なんて私と日葵がペアで、あとはその他有象無象で行動すればいいのよ」

「さてはお前クズだろ。まったく、同じ人間だとは思えないぜ」

「少なくとも恭弥と朝日さんは同じ種族だよ」

 

 千里の襟首をつかんで前のめりにさせ、そこをすかさず朝日がビンタする。

 まったく、俺たちが同じ種族? どこをどう見たらそう思えるんだ。確かに今息ぴったりだったけど、同じ種族では断じてない。同じクズだが朝日の方がひどい。もしかしたら朝日のクズさ加減の前じゃ俺のクズも霞むかもしれないほどだ。

 

「んー、でもあれだな。実行委員って放課後残んなきゃいけねぇんだろ? めんどくせぇな」

「……そうだね。でも夏野さんと一緒にいられるようにするなら、頑張るしかないんじゃない?」

「私たちもできるだけあんたが実行委員になるようにするから、頑張んなさいよ」

「もしなれなかったとしても、私が新聞で情報操作しましょうか?」

「つづちゃん。君将来犯罪とかするなよ?」

 

 可愛らしく首を傾げるつづちゃんに、「心配なさそうだな」と納得して頷いた。



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第11話 実行委員を決めよう!

「えー、LHRの時間だ。今日は修学旅行の実行委員を決めようと思うので、決めてくれ」

 

 そう言って我らが担任は教壇から降り、教室の隅っこに椅子を持って行ってそこに座って寝てしまった。

 

 六時間目、LHRの時間。修学旅行の実行委員を決めるこの時間、普段の俺なら「早く誰か立候補しろよ」と思いながら日葵を見つめていただろうが、今回は違う。

 すぐに手を挙げて立候補すると、俺のことだ。どうせみんなから「何か変なこと考えてるんじゃないか?」と疑われるに決まっている。ここは少し待って、みんなから「早く誰か立候補しろよ」という空気が流れだしてから立候補する。これで完璧だ。

 

「はい! 実行委員つったら俺しかいなくね?」

 

 バカが現れた。

 バカの名前は井原蓮。俺と千里が付き合っていると勘違いされる原因となったあの日、俺たちのあれこれを目撃して、あろうことかクラスに広めやがった極悪人。そうだ、こいつ目立ちたがり屋でバカでバカだった。どうする? ここで俺が立候補したら、あのバカと一緒に実行委員になってしまう。

 

 いや、でもバカだし俺の言うこと素直に聞いてくれるだろ。めっちゃバカだし。

 

「んじゃ、俺も」

 

 やれやれ、誰もやりたくないなら仕方ないな。あくまでそういう雰囲気を醸し出しつつ手を挙げる。井原が「お、恭弥と一緒にできんのか! 楽しそうじゃん!」とバカみたいに喜んでいるが、俺はお前と楽しくやるつもりなんて毛頭ないし、むしろ立候補を取り下げてくれとすら思っている。

 まぁでも、これですんなり決まっただろ。話し合いは終わりだと実行委員らしく締めにかかろうとすると、誰かがぽつりと声を漏らした。

 

「バカと氷室にやらせていいのか……?」

 

 漏らしたその声は、クラス全員を巻き込むように伝播していく。

 

「そうだ、バカと氷室にやらせたらどうなるかわからない」

「バカはともかく、氷室くんがやばくない?」

「うん。絶対バカを裏で操って好き勝手する」

「まともな人とならともかく、バカと組ませたらダメだな」

 

 俺と井原の評価が抜群に悪いことを忘れていた。いや、井原というより俺の評判が悪いんだろう。井原はバカだがいいやつで、友だちも多くクラスのムードメーカー的存在。対して俺はクズ。信頼なんてあってないようなもんだ。

 このままじゃマズい。俺が実行委員になれない可能性が濃厚になってきた。クソ、バカが立候補しなきゃ俺が先に手を挙げて、とりあえず俺だけ実行委員決定みたいな流れにできたのに。

 

 少し離れた席にいる千里を見る。千里は俺と目が合った後、仕方ないなと言わんばかりにため息を吐いて、美しく手を挙げた。

 

「──僕と一緒なら、大丈夫じゃない?」

 

 流石だぜ親友。一体何をする気かは知らないが、あとは任せておけば大丈夫だろう。千里は頭が回るから、なんとか俺を実行委員にしてくれるはずだ。

 

「織部くんがいるなら安心ね!」

「んじゃあバカと織部でいいか?」

「え、でも織部くんと氷室くんって付き合ってるんでしょ? 一緒にさせてあげようよ」

「織部もそれ目的で手を挙げたんだろうしな!」

「ふっ、それならこの俺様も身を引かざるを得ない……! あとは頼んだぜ!」

 

 あーあ。そういや俺と千里付き合ってることになってんだった。日葵の勘違いが解けたから油断してた。そうじゃん。俺たち普通に付き合ってることになってんじゃん。やりにくいじゃん。修学旅行って学年単位だから当然実行委員は他のクラスとも話し合うから、他のクラスからも「やっぱり二人は……」って思われるじゃん。

 これ以上の被害拡大は避けたい。あくまで俺の目的は文化祭で千里との交際を否定しつつ日葵に告白すること。そのためにはじわじわと「あいつら付き合ってないんじゃね?」という疑問を拡大させていくのが重要だ。

 

 頼むぞ千里。俺たちが付き合ってないと言いつつ、俺を実行委員へと導いてくれ!

 

「はは。僕たち付き合ってないんだけど……うん。僕と恭弥なら息もあってるし、恭弥を止められるのは僕しかいないから」

「ヒュー! それで付き合ってないなんて嘘だろ!」

「氷室くん! 織部くんを泣かせちゃだめだよ!」

「なぁ、ホントに織部って男なのか?」

「バカ。氷室の前では女になるんだよ」

 

 なるわけねぇだろ。

 

 つか千里も何余計な言葉足しちゃってんの? 息もあってるのは本当で、俺を止められるのは千里しかいないってのもあってるけど、そんなこと言ったらノリのいいクラスメイトは騒ぐに決まってんだろ。まったく、親友だから許すけどな。

 

 千里の惚気(と思っている)クラスメイトが千里を囃し立て、大盛り上がりしているのを呆れて眺めていると、俺の肩を後ろから誰かが叩いた。

 振り向くと、朝日。そういや後ろの席だったなと思いながらぼんやりしていると、朝日がこっそり耳打ちしてきた。

 

「ちょっと、このまんまじゃ勘違い加速するわよ? 何か言った方がいいんじゃない?」

「んー、そうか。ノリいいから絶対この勢い止まんねぇもんな」

「うん。あんたはどうでもいいけど、このままだと織部くんがかわいそうだから」

 

 俺はどうでもいいのかよ。

 

 なんて言いつつ、朝日が俺と千里を心配してくれたのはわかってる。朝日はいいやつだ。俺と同じクズのにおいがするけど、いいやつであることは間違いない。だって日葵の親友だし、日葵の見る目が間違っているわけがない。

 そんな朝日の心配を有難く受け取って、俺はこの現状を収めるべく「おいおい」と言ってから、

 

「俺たちが付き合ってるわけないだろ? なぁ千里」

「うん、恭弥」

「こんなに可愛らしく『恭弥』って言うのに付き合ってないわけないでしょ!」

「織部が可愛いから付き合ってるのは間違いねぇ!」

「氷室くんさいてー。あとで謝っておきなよ?」

「なぁ朝日。これは俺が悪いと思うか?」

「織部くんが悪いわね」

 

 余計なことを言わず千里に話を振って、千里が俺の名前を呼んだだけでこれだ。俺まったく悪くないだろ。朝日も珍しく千里の方が悪いっていうくらいだ。これは確実に千里が可愛いのが悪い。っていうか千里、下の名前で呼んでるの俺だけだから余計に悪いんだよ。そりゃ疑われるわ。

 あと、やっぱり俺と千里が付き合ってたら千里は女役に見えるのね。別に、男同士が付き合ったとしても女役とか必要ないと思うんだけどなぁ。

 

「いや、だから違うんだって! 僕と恭弥は付き合ってないんだって!」

「あ、織部くん赤くなってる!」

「マジじゃん! かわいー!」

「世界一可愛いんじゃね?」

「織部くんの可愛さは世界一!」

 

 確かに千里の顔は赤くなってる。でもあれ恥ずかしいんじゃなくてただ単にブチギレてるだけだぞ。あいつ、あんな顔してるのに可愛いとか言われんの嫌いだからな。俺とか朝日とか、ある程度仲よかったら全然許してくれるけど、あんまり喋ったことのないやつから言われるとムカついて仕方ないってこの前言ってた。慣れろや。

 千里がクラスメイトから一斉に『かわいい攻撃』を受け、ブチギレそうになりながらも俺に視線を送ってくる。なんとかしてくれ、ってことだろう。ただ俺はこれ以上何か言うと俺と千里が付き合っているという勘違いが確信に変えられそうなので、無視することにした。

 

 しかし。千里をあっさり見捨てた俺とは違い、ある人物が叫び、クラスに静寂をもたらした。

 

「いい加減にしなさい!!」

 

 机を勢い良く叩いて立ち上がり、憤怒の表情を浮かべた朝日である。

 そうか、こいつ千里のことも友だちだって思ってて、そんな千里が嫌な目に遭ってるから庇ってくれるんだな。やっぱりいいやつだ。千里をあっさり見捨てた俺とは段違いにいいやつだ。きっと、友だちが嫌な目に遭うのが許せないんだろう。

 

「世界一可愛いのは日葵に決まってるでしょ!!」

「光莉!?」

 

 許せないのはそこかよ。

 違ったわ。こいつ、千里が嫌な目に遭ってるのが許せないんじゃなくて、『世界一可愛いのが千里』って言われてるのが許せないだけだわ。日葵大好きだもんな。日葵可愛いもんな。俺も世界一可愛いと思う。

 でも立ち上がってから「やっちゃった……」みたいな目で俺を見てんじゃねぇよ。絶対助けねぇからな。

 

「朝日さん? 確かに夏野さんは可愛いけど……」

「びっくりした。光莉ちゃん結構おとなしいイメージあったから」

 

 そういやこいつ外面はそんな感じだったな。気色悪いったらありゃしねぇ。

 

「ん? ちょっと待て。そういやこの前新聞で訂正されてたけど、朝日さんと夏野さんが付き合ってる、みたいな……」

「あ! そういうこと!? 実はあれ間違いじゃなくて、本当に付き合ってるみたいな!」

「マジかよ! 美男同士と美女同士で付き合うって、お前ら少子高齢化に貢献してんじゃねぇよ!」

 

 そして、朝日の余計な言葉で『日葵と朝日が付き合っている疑惑』がまた浮上する。朝日も朝日でほとんど日葵と一緒にいて他のやつらとはあまり一緒にいないという俺にとっての千里タイプ。日葵と付き合っていると言われても違和感がないことが、クラスメイトの興味に火をつけていた。

 

 流石にマズいと思った朝日が俺に顔を近づけてきて、耳打ち。「くすぐったい」と顔を赤くしてはしゃげば速攻でビンタ。お前、俺の頬は簡単に殴っていいもんじゃないんだぞ?

 

「どうしよう氷室……」

「知らねぇよ」

「ちょっと! 今まで私たちがあんたのことどうにかしてあげてたんだから、今回はあんたがなんとかしなさいよ!」

「俺も今ちょっとびっくりしてんだよ。なんで俺が何もやらかさずに、お前らが何かやらかしてんだよ。自分のポジションわきまえろよ」

「うっさいわね! 日葵は可愛いんだから仕方ないでしょ!」

「確かに……。たく、今回は日葵の可愛さに免じて助けてやるが、お前自身でどうにかさせるからな?」

 

 日葵と朝日が付き合っていないということを証明するためには、『朝日が男を好き』、もしくは『日葵が男を好き』と証明する必要がある。当然日葵に負担をかけるわけにはいかないので、ここは朝日に頑張ってもらうことにしよう。

 

「待て待て。それはこの前の新聞で間違いでしたって言われただろ? 第一、朝日には好きな男がいるんだよ」

「氷室くんがまた嘘ついてる」

「嘘つきは氷室の始まりって言われるくらい嘘つきなんだから、誰がお前の言うことなんか信じるかよ」

「ほんとだって。なぁ朝日?」

「え、えぇ!?」

 

 珍しく顔を赤くして慌てる朝日に内心ほくそ笑む。ざまぁみやがれ。俺が綺麗さっぱり気持ちよく助けると思ったのか? 今まで殴られた分、お前には恥をかいてもらう。ククク、自分と日葵が付き合っていることを否定するためには俺の話に乗るしかない。さぁどうする?

 

「い、いるわよ。いるわよ!!」

「えー、嘘! 誰!?」

「どうしよう、もしかして俺かも」

「いや俺だろ!」

「俺に決まってる!」

「わちきに決まってる!」

 

 なんか一人称がめちゃくちゃ個性的なやついたぞ。あとで友だちになろうかな……。

 しっかしこう見てみると、やっぱり朝日って男子人気すごいんだな。男子のほとんどが期待してるし。

 まぁ朝日は外面完璧で、自分のきつい口調を気にしておしとやかにするくらい人の目を気にする可愛らしい一面もある。その可愛らしさは嘘じゃなくて、本当に持っている朝日自身の可愛らしさだろう。顔もいい、おっぱいも大きい、クズだけどいいやつ、おっぱいも大きい。おっぱいが大きいから、おっぱいが大きいだろう。

 途中からおっぱいに脳を支配されてしまった。つまり何が言いたいかっていうと、朝日は男子の人気が出て当たり前のやつだってことだ。そんな朝日の好きなやつがいるって言われたら、食いつくのが年頃男女ってもんだろう。これで俺と千里が付き合っているということも、日葵と朝日が付き合っているっていうことも自然と忘れ去られるに違いない。

 

「うー……」

 

 気づけば教室は静まり返っており、立ち上がっている朝日にクラス全員の視線が注がれている。

 朝日は顔を赤くして、俺を睨んでいた。ハハハ。クラスメイトの前じゃお前は借りてきた猫。俺を罵倒することもできなければ、殴ることもできない。つまり俺が完全優位に立っている。朝日に注目が集まって自由に動けない今、俺は無敵だ。多分この後朝日に殴り殺されるけど、仕返しできるところで仕返ししておかないとな。

 

「ひ、光莉!」

 

 ガタン、と大きな音を立てて椅子が転がり、勢いよく立ち上がって静寂を打ち破ったのは、日葵。

 朝日に注がれていた視線は、自然と日葵へと吸い込まれる。

 

「無理に言う必要ないよ。好きっていう大事な気持ちは自分の中にちゃんとしまって、ほんとうに信頼できる相手、伝えたい相手に伝えるものだから」

 

 クラスの何人かは綺麗すぎる日葵の言葉と姿に死んでいった。かくいう俺もその死人の一人、いや筆頭であり、今後の人生を改めようと決意しているところである。

 

「日葵……」

 

 朝日はそんな日葵の光にあてられて、頬が緩まないように必死になっている。はた目からはわからないが、今まさに顔の筋肉と格闘しているところだろう。俺も日葵が大好きだからわかる。アレは耐えられないよな。耐えるのきついよな。俺は、俺だけはお前の味方だ。頑張れ。

 

「……でも今庇ったのって、嘘でも自分の彼女が他の男好きだって言ってほしくないからじゃね?」

 

 しかし心がないやつはいるもので、どうしても日葵と朝日が付き合ってるっていうことにしたいらしい。俺は今日、あいつを殺すために鬼になろうと思う。日葵とえっちするっていうゴールは遠のくが、これも日葵、ついでに朝日のためだ。千里にも手伝ってもらって、俺は千里と地獄に落ちよう。

 

 再び広がり始めた疑惑を終わらせるために、立ち上がろうと足に力を籠める。これはもうノリのよさで片付けられるもんじゃない。ただのゴシップ大好き人間どもだ。一度ぶっ飛ばしてやらないとわからないんだ、こういうやつらは。

 

「──教師として言わせてもらうが」

 

 俺の決意に割り込んで、教室の隅で眠っていた先生が低く、渋い声でクラス全員を黙らせる。お前が教師として何か言うことあんのかとツッコみたい俺を含めたクラス全員はなぜか、言葉を発せないでいた。

 

「人の色恋、興味あんのはわかるがあんまり突っついてやるな。夏野も言ってたが、そういう大事な気持ちは言いふらすもんじゃない」

 

 立ち上がり、ゆっくり歩いて教壇に立つ。

 

「あったかく見守ってやりゃあいい。囃し立てて成り行きで出来上がった恋は恋じゃない。……ま、朝日の好きな男が気になるなら、ちょっと待ってりゃすぐ答えはわかんだろ」

 

 先生は、小さく優しく微笑んだ。

 

「朝日ほどの女の子なら、どんな男でもすぐに振り向くだろうからな」

 

 きゃー! というほとんどの女子の黄色い声。自分から注目が外れたことで俺に制裁を加える朝日。肩を竦める千里、ほっとする日葵。

 先生らしいところあるじゃん。と感心していたのも束の間、「じゃあ実行委員はクラス委員にやってもらうか。そっちのが無難だろ」と言って俺は実行委員の地位から蹴り落とされた。

 

 最初っからそう言えや。あのクソ教師、自分がいいとこ持っていける場面がくるまで待ってやがったな? 俺は騙されねぇぞ。なぜならあの教師からは、俺と同じクズのにおいがする。

 朝日に顔面を机にこすりつけられながら先生に恨みを晴らすべく先生の名前を聞くと、「は? それはあれよ……そういえば名前聞いたことないわね」と謎に包まれた答えが返ってきた。

 

 なんかのうさんくさいネット記事で見たが、女の子は男のミステリアスな部分も好きらしい。俺も名前非公開にしようかな?



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第12話 中間テストの勉強についてのあれこれ

「中間テストが迫っている」

「うん、そうだね」

 

 中間テスト10日前となった今日、昼。いつものように中庭のベンチで昼食をとっている俺と千里。

 学生なら、テストが迫っているとなれば少しでも焦るのが普通だろう。ところが俺と千里は普通にそこそこ勉強ができるので、流石に勉強無しでとはいかないが苦労して勉強する必要もなくいい点をとることができる。

 

「定期テストなら問題ないでしょ。実力テストとかなら恭弥は苦労するだろうけど」

「だなぁ。そろそろ大学受験の勉強考えないとな」

 

 俺は習得が早いが忘れやすい、千里は習得が遅いが忘れにくい。つまり俺のいい点数はその場しのぎのいい点数であり、少し経ってから同じ内容をするとボロボロになる可能性が高い。だから、受験勉強は早めに始めて少しでも定着させておく必要がある。

 

「恭弥って恭弥なのに、そこらへん真面目だよね」

「俺みたいなやつが高卒だと、どこもとってくれないだろうからな」

「自覚あるんだね。でも大卒でもとってくれるところ少ないと思うよ」

「じゃあ自分で企業起こしたらいいだろ。大学は経営学科に決まったな」

「面白そうだったら協力するよ」

「面白いに決まってるだろ。俺だぞ?」

「ふふ、そうだね。じゃあ、高校卒業してからも一緒だ」

 

 そうやって笑い合いながら飯を食っていると、ふと気づいたことがある。

 中間テストを利用して、日葵にお近づきになれるんじゃね?

 日葵はこう言っちゃなんだが頭があまりよろしくない。勉強をしてもいい点数をとれるかどうか微妙なところで、中途半端な点数を取って終わることが多い。つまり、日葵に勉強を教えるなんていう素敵なことができるかもしれないということ。

 

「千里」

「夏野さんと勉強会? 僕に頼むより、朝日さんに頼んだ方がいいんじゃない?」

「俺は時々お前と通じ合いすぎて怖いよ」

「僕は親友って感じがして誇らしいけどね」

「はは、こいつめ。んなこと言うから勘違いが収まらないんだろうが」

「こういうこと言われて恭弥悪い気してないから勘違い収まらないんでしょ?」

 

 俺の負けだ。俺は千里にこういうことを言われて素直に喜ぶ純情ボーイである。ほら、だって親友から親友だって言われて嬉しくない親友がどこにいるんだ? 親友親友うるせぇな。

 けど、そうか、勉強会か。やるならどこでだろう。俺の家? 俺の家きちゃったりする? 家近いしちょうどよくね? そう、これは何もやましい気持ちも何もなく、ただ効率とその他諸々を求めた結果によるものであって、勉強するっていうことを一番に考えた結果だ。俺は薄汚れた精神の持ち主だが、それくらいの分別はつく。

 

「なぁ千里。勉強会にかこつけて、どうやったら日葵とえっちできると思う?」

「相変わらず欲望にまみれてるね。生き恥晒してみっともないと思わないの?」

「あのな、男子高校生が好きな子と一緒の部屋。これだけでもうえっちだろ?」

「なんで僕が間違ってるみたいな風に言うの? 我慢ならないんだけど」

「お前が間違ってるからだろ。お前は黙って俺と日葵がえっちできるような作戦を考えればいい」

「っていうわけなんだけど、朝日さんどう思う?」

 

 千里の言葉を聞いてすぐにその場から逃げようとするが、いつの間にか俺たちの前に立っていた朝日に確保される。腕をがっちりつかまれて、普段なら嬉しいはずの腕にあたる柔らかい感触も「死ぬ前にいい思いさせてやるよ」と言われているようでものすごく恐ろしい。

 

「楽しそうな話してたわね」

「よう朝日。今日も毎朝のぼる太陽がごとく、俺を照らしてくれるんだな。お前がいなきゃ俺という存在は輝けない」

「つまり逃がしてくれってことね?」

「話が早くて助かる」

「話がわかるとは言ってないわよ」

「千里」

「諦めて」

 

 一本背負い。一本背負いである。決して軽くはないはずの俺の体は軽々と持ち上げられ、背中から思い切り叩きつけられた。俺の運動神経を信頼しての一本背負いだろうが、ろくに受け身もとれないやつにやったら大事故だぞこれ。

 

「まったく、いい話持ってきてあげようと思ったら、相変わらず欲望にまみれてるのね。あなたを育ててくれる両親に申し訳ないと思わないの?」

「申し訳ないと思うから一度挨拶にきてくれ。俺が生まれてきた理由がわかる」

「行かないわよ。あんたの両親なら、勘違いして結婚させられそうだし」

 

 いや、俺の両親も俺の妹も俺が日葵大好き人間だってことを知ってるはずだからそれはないはずだ。「あらあら、愛人?」「恭弥、家は二軒の方がいいか?」「ふーん、おっぱい大きいもんね」程度のことしか言わないはずだ。

 まともなやついねぇじゃねぇか。

 

「あんた、さっさと起きなさいよ。パンツでも見ようとしてるわけ?」

「は? お前はアリに欲情すんのか? しねぇだろ?」

 

 腹の上に座られた。ちょ、出る。食ったばっかの妹特製サンドイッチが出る。「お母さんに追いつきたいから」って日々頑張ってる薫の頑張りを吐いてしまう。

 

「それで、織部くん。ちょっと勉強会しない? って誘いにきたんだけど」

「いいの? 一応男だよ? 僕」

「いいのよ。日葵も織部くんなら大丈夫だろうし」

「おい今日葵って言ったか? さっきのことは謝るから俺も参加させてくれ」

「今すぐ謝りなさい」

「俺はお前のパンツにすごく興味がある」

 

 額にチョップを受けた後、立ち上がった朝日の蹴りを腰にくらった。そのまま朝日は千里の隣に座って、地面にうずくまる俺を冷たい目で睨みつける。

 クソ、そんなことするから最近朝日の素がバレてきて、一部の男子から俺が「羨ましい」って思われるんだぞ? 知ってんのかお前。俺が汗水たらしてそう言っている男子に「マジでやめとけ」って説得してることを。

 

「あんた、ちゃんとした犯罪者になる前に更生した方がいいわよ」

「こういうこと朝日にしか言わねぇって。冗談だってわかってくれるから」

「……そ、ならいいけど」

「朝日さんって結構チョロいんだね。ははは」

 

 千里がぶん殴られてベンチから叩き落されたところで、俺が朝日の隣に座る。

 少し距離をとられたことに悲しくなりつつ、勉強会の詳細について聞き出す。

 

「ってか、朝日からそういう話持ってきてくれるの珍しいな。頼んだらやってくれる優しいめちゃくちゃいいやつだけど、日葵と二人で勉強会したいと思ってた」

「普通に褒めるのは調子狂うからやめなさい。まぁ本音を言えば二人で勉強会したいけど、日葵も自分から『学校でも話しかけていい?』って言っておいて、それができてないっていうのが気になってたみたいだから」

「めちゃくちゃ嬉しいんですけどー!」

「キモイわよ」

「お前、そろそろ女の子の『キモイ』の威力理解しろよ?」

「してるから言ってるのよ」

 

 恐ろしすぎる。こいつは男を殺す兵器として大成できる才能を持っているに違いない。朝日の隣にへらへらしながら何事もなかったかのように座ってる千里には効かないだろうが、俺のように一般的な男の子にはかなり通用する。

 それにしても、そうか。日葵も気にしてくれていたのか。てっきり「あいつ本気にしてるんだけど。キモくない?」って思われてるかと思った。日葵がそんな子じゃないとは思いつつも、そう思わざるを得ないくらい話しかけてくれないから。

 

「ま、今だって日葵も一緒に誘いに行こって誘ったのに、なんか照れ臭いからってこなかったから勉強会しても変わらないかもしれないわね」

「死ぬ気で連れて来いよ無能」

「織部くん、こいつの家の宗派知ってる?」

「浄土真宗本願寺派」

「俺を殺して葬式のためにお焼香の勉強しようとするな。あとなんで千里は俺の家の宗派知ってんの? 俺ですら知らないのに」

 

 朝日は俺を殺して素知らぬ顔で葬式に行くつもりだったのか? 恐ろしすぎるだろ。サイコパスが過ぎる。大体そんなことしたら千里がブチギレるに決まってるだろ。今普通に宗派教えてたけど。

 そんなことより勉強会か、楽しみすぎる。楽しみすぎてにやけが止まらなくて千里と朝日にこっそり「キモイ」と言われるくらいだ。

 

 泣くぞコラ。

 

「それで、どこでやろうって話なんだけど」

「あぁ、それなら俺の家にしてくれ」

「殺すわよ?」

「俺まだ何にも言ってねぇだろうが!」

「先が予想できるから殺すって言ったんだと思うよ」

 

 本当に変なこと言うつもりはなかったのに、ひどすぎる。ついに泣いてやる。高校二年生の男が女の子と女の子みたいな男の子にいじめられて泣いてやる。そうすれば日葵も何事だと思って慰めてくれるに違いない。その後事情を聴いて俺が悪いと知って、俺を優しく叱ってくれるんだ。

 

 毎日泣こうかな?

 

「いや、ほんとに変な意味じゃないんだよ。薫……妹が日葵に会いたがってたからさ。俺のせいで会わせてやれなかったし」

「日葵はあんたと会いたくないだけで、妹さんとは会えたんじゃないの?」

「朝日さん。妹さんは自分が夏野さんと会って話したら、話せてない恭弥がかわいそうだからって我慢してたんだ」

「は? ほんとにあんたの妹?」

「ほんとに俺の妹。俺もびっくりしてる」

 

 薫は俺と両親と一緒に過ごしているからか、少しおかしなところはあるが常識人。更に真っ当に育ったためかなりいい子。そして美人。どこに出しても恥ずかしくない妹だ。俺がいつか薫の夫に「お兄さん」と呼ばれる日がくるのかと思うと、悲しくて寂しくて、だけどどこか嬉しくてもやもやする。

 シスコンだと笑うことなかれ。家族なんてそんなもんだと思ってる。

 

「ちょっと会ってみたいわね……。あんた顔はいいし、どうせ可愛いんでしょ?」

「おい、妹を変な目で見るなよ」

「見ないわよ。男でも女でも、綺麗な顔してたら目の保養になるでしょ?」

「まぁ恭弥の妹を見たいっていう気持ちはわかるよ。びっくり箱みたいなドキドキ感があるよね」

「俺の妹を勝手にエンターテイメントにするな」

 

 まったく、俺に妹がいるって聞いたやつの反応は大体こうだ。俺の妹だから何かあるはずって、面白い何かを期待して会いたがる。薫は本当に可愛くて美人でいい子なだけなのに。だからみんなびっくりした後薫のことが好きになる。日葵も、遠い記憶じゃめちゃくちゃ薫可愛がってたし。

 

「じゃあそういう風に伝えておくわ。日程は明日から放課後ずっとで、休みの日もでいい?」

「なんだ。神様だったんなら言っておいてくれよ。貢物は何がいいんだ?」

「あんたの誠意」

「千里。神様ってないものねだりが好きなのか?」

「身に付けなよ」

 

 俺に誠意なんてものがあったら俺じゃないだろ。そういうと、二人は納得した顔で頷いた。



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第13話 家に女神が舞い降りた

 木曜日、俺の家、放課後。

 

「おじゃまします」

「おじゃましまーす」

「ただ……おじゃまします」

 

 日葵、朝日、千里の三人が、勉強会をするためにやってきていた。あと千里今ただいまって言いかけてたよな? お前もうただいまって言っていいよ。おじゃましますって言いづらいだろ?

 

 家に入ると、二階からどたどたと騒がしい足音が聞こえてきた。薫には昨日、放課後日葵がくるって言ったからそわそわしながら待っていたんだろう。証拠に、階段を下りてきた薫のいつもあまり動かない表情は、少しにやけていて本当に嬉しそうな顔をしている。

 

「い、いらっしゃい日葵ねーさん! えっと、おっぱい大きいお姉さんは初めまして、恭弥の妹の薫です。千里ちゃんはおかえりなさい」

「久しぶり、薫ちゃん」

「初めまして、朝日光莉です。……ねぇ、ちょっと何点かツッコみたいところあるんだけど」

「おっぱい大きいお姉さんって言ったのは俺の妹だから頭がおかしくて、千里におかえりって言ったのはもうそういうことだ」

「なるほどね。それにしても、あんた顔がいいから大体予想はついてたけど、薫ちゃんめちゃくちゃ可愛いわね」

 

 朝日が薫を見ながら言った言葉に、俺は薫の前に立って朝日の邪な視線から薫を守る。こいつめ、日葵だけでは飽き足らず薫にも手を出そうってのか? お兄ちゃん許しませんよ?

 

「……あんた私をなんだと思ってるの?」

「女に欲情するクズ。妹はやらんぞ」

「もし仮に私が女の子に欲情する美少女だとしても、薫ちゃんに手だしたらあんたと義理の家族になっちゃうじゃない。吐き気がするわ」

「俺はクズって言ったんだぞ? 何勝手に美少女に塗り替えてんだよ」

「あら、自分で言うのもなんだけど私可愛いと思うけど?」

「うん、朝日さん可愛いよ。正直未だに話してて緊張しちゃうし」

「……クズ、部屋に案内しなさい」

 

 照れてやがる。俺が何言っても照れない朝日が、千里の適当な「可愛いよ」で照れてやがる。これだから千里はずるいんだ。そういうことをサラッと言ってのけるから、女の子から可愛い可愛いって言われていても男らしさとのギャップでコロッとオトしちゃうんだ。

 日葵もその毒牙にかかったらダメだから、今のうちに千里を殺しておこうかな?

 

「兄貴、飲み物持っていこうか?」

「あぁ大丈夫だ。朝日にやらせるから」

「いいの?」

「やっぱり俺が手伝おう。朝日は俺を毒殺する気だ」

「あんたにやらせると私と織部くんを毒殺するでしょ。申し訳ないけど、薫ちゃんにやってもらいましょ」

「朝日さん。一般家庭に毒はないし、そもそもお構いなくっていう選択肢はないの?」

「図々しい女だぜ。親の顔が見てみたいな」

「プロポーズ?」

「は? キショ」

 

 朝日に床に叩きつけられ、「織部くん、案内して」という朝日の声とともに全員階段を上がっていった。毒どうこうじゃなくて俺実力で殺されんだろこれ。段々朝日の俺に対する制裁に躊躇がなくなってきてるし、俺が朝日の手によって殺される日もそう遠くはない。

 ていうかそもそも制裁に躊躇があった日なんてなかったな。

 

「薫ちゃん。四人分は大変だろうから、私も手伝うね」

「ありがとー。……兄貴も寝てないで、手伝って」

 

 全員上がっていったと思っていたが、女神が残っていた。女神は女顔悪魔と図々しいクズとは違い、薫の手伝いを申し出て、そんな薫は俺が日葵のことが好きだと知りつつさりげなくサポート。この場には女神しかいない。人間出来てるってこういうことだよな。見習えよあのクズども。

 

 ゆっくり立ち上がって、薫に対して頷く。今更日葵が俺の家にいるっていうことを意識してしまい、日葵の顔がまったく見れない。あとなんかいい匂いする。二階からは肥溜めみたいなクソのにおいがする。きっと根っこから腐った性格のクズが二匹くらいいるんだろう。

 

「三人とも、仲いいんだね」

 

 薫を先頭にキッチンまで歩いて行く。その途中、日葵が小さな声で俺に話しかけてきてくれた。夢かもしれない。

 

 仲いい、か。確かに仲はいいかもしれない。三人が三人ともに気を遣わないし、全員クズなように見えて器が大きいから大体のことは何でも許せる。本当に危ないラインは踏み越えない、心地いいところで罵りあっている感じだ。

 俺と千里もそうだが、千里と朝日も、俺と朝日も互いに波長が合うんだろう。一緒にいて居心地がいい。日葵と一緒にいると幸せの絶頂。千里と朝日なんてカスに等しい。

 

「まぁな。長い付き合いになりそうだなって思うくらいには仲いいと思う」

 

 これは本当に。あいつらを前にするとまず罵倒が先に出るが、これは本当にそう思っている。あいつらと一緒に居ない未来の自分が想像できない。というか未来の自分がそもそも恐ろしくて想像できない。俺なにやってるんだろ。俺何かできるんだろうか。頭はいいし顔もいいし運動もできるけど、クソ性格で仕事がなくなりそうだ。

 

「そっか……いいなぁ」

「いいなぁって、日葵も仲いいだろ?」

「ずっと話してなかったのに?」

 

 光莉とは仲いいけど、織部くんともあんまり話してないし。と口の先を尖らせながらぶつくさ文句を言う日葵は世界一可愛い。愛しすぎて愛しくて、愛しいから愛しい。これがどれくらい愛しいかというと愛しくて、つまり愛しさの頂点にたつ愛しさ。

 にしても、そうか。さては俺たちが仲良さすぎて寂しいってことか? でも俺ら三人のコミュニケーションって特殊すぎるから、日葵が入り込む余地がないというか、そもそも日葵って根っこからめちゃくちゃいい子だから入り込ませたくないというか、日葵を汚したくないというか。

 

 そういえば、日葵は寂しがり屋だったことを思い出す。これは入り込ませたくないって思っていても、何らかの形で四人仲良く肩を組めるような関係を築き上げるべきだろう。

 

 無理じゃね?

 

「二人とも、手伝わずにお喋りってどーいうこと?」

「あ、ごめんね薫ちゃん!」

「お前を信頼してのことだ。ほら、俺が手伝うよりもお前一人でやった方が絶対においしくなるに決まってるだろ? あと抹茶を点ててるように見えるんだが、気のせいだよな?」

「点ててる」

「結構なお点前じゃねぇか……」

 

 なんかシャカシャカシャカシャカ聞こえるなって思ったら、お前何してんの? 勉強会なのに結構なお点前してどうするんだよ。あと、お点前ってあんまり茶道で言わないらしいね。知らんけど。

 

「そういえば茶道では結構なお点前でってあんまり言わないらしーね。知らないけど」

 

 お前は確実に俺の妹だ。

 

 茶を点てている薫を「すごー……」と可愛らしい声を漏らしながら見ている日葵に笑って、棚からお茶菓子を取り出す。確か父さんが楽しみにしていたお高い和菓子だったはずだ。どうせ味もわかんねぇバカだから食っても構いやしないだろう。

 

「あ、それお父さんが楽しみにしてたやつじゃん。ダメだよ」

「千里が食ったって言うわ」

「じゃあ大丈夫だね」

 

 俺の家族は千里が大好きであり、「いつお嫁に……あ、男の子だったわね」と毎日母さんから言われるくらいだ。その後に「日葵ちゃんとはどうなの?」と次点に日葵を持ってくるポンコツっぷり。大罪である。実の母親じゃなけりゃ打ち首にしていたところだ。

 

「ふふ、相変わらず仲いいんだね」

「まー兄貴はクズだけど、優しいしね。距離が近いほど仲よくなるタイプじゃない? 日葵ねーさんもわかるんじゃない?」

「えっ……その、うん」

 

 わかってないじゃん。無理やり頷かせたみたいになってるじゃん。これが「え、そんなこと言わせないでよ恥ずかしい!」ならどれだけよかったことか。恨むぞ薫。俺は今とても悲しい。もうお前は俺の妹でもなんでもない!

 妹じゃなかったら普通に恋愛対象になってしまうので、やっぱり妹だっていうことにした。妹と恋愛するのは物語の中だけでいい。いや、現実にあってもいいけど俺たちがそうなるって考えたら吐き気どころの騒ぎじゃない。

 

「それとさ、さっきの兄貴と千里ちゃんと朝日さんが仲いいって話だけど」

 

 お盆に人数分の抹茶を置いて、薫は日葵に可愛らしい笑顔を向けた。

 

「あたしがねーさんって呼ぶのは、日葵ねーさんだけだからね?」

「な、何言ってるの薫ちゃん!」

 

 ……?

 

「本当に何言ってるんだ?」

「兄貴って頭いいクセにポンコツだよね。だからモテないんだよ?」

「はぁ!? 俺がモテてないって!? 勘違いするなよ。俺が女の子と付き合ったら薫が寂しい思いするだろうなって思うから、俺は薫のために彼女を作ってないだけであって別にモテてないわけじゃない」

「去年のバレンタイン」

「ゼロだけど? なんだコラやんのか」

「……あたしあげたじゃん」

 

 なんだこの妹可愛いな。自分のあげたチョコがカウントされてなくて拗ねてんのか。ほんと、なんで俺の妹なのにこんなにいい子に可愛く育ったんだろうか。もしかして義理の妹だったりする? もしそうでも俺驚かないぞ。だって俺の妹にしちゃいい子すぎるもん。

 

「薫ちゃん、やっぱりお兄ちゃんのこと大好きなんだね」

「……別に? そりゃ、家族だから好きなのは当たり前じゃん」

「はっはっは。ほら、もっと甘えてくれてもいいんだぞ? なんせ俺はお兄ちゃんだからな。はっはっは」

「おにーちゃん、すき」

「うわ、キショ」

「日葵ねーさん。この人でなしどうにかして」

「んー、えーっと、こら。ダメでしょ?」

「はいっ! 反省します!」

「バカじゃん」

 

 吐き捨てた薫はお盆を持ってさっさと歩いて行ってしまう。父さんが楽しみにしていた和菓子を手に、その後ろをついていき、スカートを履いている薫と日葵を気遣って俺が先頭に立って階段を上がって、自分の部屋のドアを開けた。

 

「おーい、愚民どもに恵みを……」

 

 そしてそこには、ベッドの下に潜り込んでなにやら探そうとしている朝日と、それを見てけらけら笑っている千里の姿があった。

 

「あ、ありがと恭弥、薫ちゃん、夏野さん。ほら見て。ベッドの下にえっちな本隠してるよって嘘教えたら、バカみたいにお尻振って探してるんだ。みんなで笑ってあげよう」

「お前って振れ幅大きいタイプのクズだよな。いや、部屋の主いない時に好き勝手探そうとするのもどうかと思うけど」

「ちなみに兄貴ってそういうの一切持ってないですよ。信じられないでしょうけど」

「嘘っ!? こんな性欲の化身みたいな男が!?」

 

 朝日は驚きながら失礼なことを言って、騙した千里を締め上げる。千里が俺に向かって必死に手を伸ばしてくるが、これに関しては千里が完全に悪いので無視して、座る用のクッションを人数分放り投げてからテーブルの上に菓子を置き、続いて薫が抹茶を置く。

 

「薫がなんで俺がそういうのを持ってないか知ってるのか聞きたいところだが、本当に持ってないぞ。そもそも年齢的に買えないし、あんまり興味もないしな」

「そういえば、恭弥の卒業アルバムは机の引き出しに入ってるよ」

「この流れで卒業アルバムの話をした意図を教えてもらおうか」

「へぇ。ってことは日葵の小さい頃の写真もあるのよね?」

「ちょ、光莉! 恥ずかしいから!」

「朝日、お前人の部屋の机の引き出しをよく断りも入れず開けられるな?」

 

 朝日が無遠慮に引き出しを豪快に開けて、卒業アルバムを引っ張り出す。小学校の時のやつと、中学校の時のやつ。結構頻繁に見返しては思い出に浸ったりしたもんだ。もちろん思い出に浸る目的しかない。他の目的なんかまったくない。

 

 朝日が卒業アルバムを広げ、全員でアルバムを見始める。どうでもいいけど、いつ勉強始めるの?

 俺の疑問をよそに、卒業アルバム観賞タイムが始まった。



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第14話 スーパーでのごちゃごちゃ

「お、(ひじり)さん」

「あ、恭弥くん」

 

 土曜、近所のスーパー。今日も日葵とその他が勉強をするために家にくる上、今日明日は「子どもがきたらゆっくり休めないから、二人でどっか行くか!」「いいわね」というナチュラル畜生両親が旅に出ていないため、飯の材料と適当なお菓子を買いに来ていた。薫は連れてくると色んなところを連れまわされて、薫が可愛くて服を買ってあげてしまいそうになるので置いてきた。

 

 そうしてスーパーで買い物をしていると、見知った顔を見つけた。

 

 織部聖。あの女顔の親友である大学二回生の千里の姉。千里によく似ていて、というより千里が聖さんに似ているのだが、かなりの美人だ。日葵には負けるが。

 

「結構久しぶりだねぇ。恭弥くんが二年生になってから初めてじゃない?」

「ですね。そっちの家に遊びに行くことあんまりないですし。あ、千里をいつもお世話してます」

「千里がいつもお世話になってますって言われたとしても、『いえいえ』って普通は言うのに、自分から言うの?」

 

 口元に手をあてて、上品にクスクス笑う聖さん。なんだろう、兄弟の中にクズがいるとまともに育つ法則でもあるんだろうか。俺の妹の薫もそうだし、聖さんもそうだし。

 それにしてもほんと千里に似てるなぁ。これで千里に似た性格だったらヤバかったぞ俺。日葵か聖さんかで悩む自信がある。単体の力なら日葵の方が上だが、聖さんを選べば千里がついてくる。

 

 俺が選べる立場なのかって? 口に出さなきゃ気持ち悪い妄想も犯罪じゃないんだよ。

 

「すみませんね。いっつも千里借りちゃって」

「いいわよ。今日も勉強会するんでしょう? ほんと仲いいのね。付き合ってるって言われても信じちゃったもの」

「ほんとに違いますからね。いやマジで」

「ふふ。わかってるわよ」

 

 あー、やっぱ年上の女の人って包容力がすげぇや。おっぱいは同じ位大きいのに、朝日とはえらい違いだ。なんだよあのクズ。無駄にデケェ乳ぶら下げやがって。クズはクズらしく貧相な胸でコンプレックス抱えときゃいいんだよ。

 

「あれ、氷室? そっちの人は……もしかして、織部くんのお姉さんですか?」

 

 聞こえてきた声に顔を背ける。噂をすればというやつか。いや、噂なんてまったくしてないし、俺の中で悪口言ってただけだけど。

 

 恐る恐る声の方を見てみると、見慣れたクズが外行きの笑顔を浮かべていた。

 

「こんにちは。織部くんの友だちの朝日光莉っていいます」

「千里の姉の織部聖です。よろしくね」

 

 おっぱい同士が向かい合って頭を下げ挨拶を交わす。ふむ、こうしてみると立派なもんだなぁ。制服じゃあんまりはっきりわからないが、私服となるとなんともまぁ、うん。俺は日葵一筋だが、やっぱり立派なもんがあったら目が行ってしまう。男の子だし。

 

「おいおっぱい。あと少しで約束の時間だけど、今買い物してて間に合うのか?」

「えぇ。いつもお邪魔するだけじゃ悪いから、お菓子かなにか買っていこうと思って。……今私のことおっぱいって言わなかった?」

「は? そんなはずないだろ。おっぱいさんからも何か言ってあげてくださいよ」

「一応おっぱい呼ばわりでも上下関係はしっかりしてるのね」

 

 朝日に締め上げられている俺を、聖さんはうふふと笑いながら見ている。ぜひ助けてほしい。仕方ないじゃん。目の前に立派なもんぶら下がってたら男はそれに脳を支配されてしまうんだ。決して俺が悪いんじゃない。二人がそんなものを持っているのが悪い。

 それより、朝日ってマジでいいやつだな。千里なんてうちにくるのが当たり前になりすぎてお土産なんて買ってきたことないぞ? 

 

「騒がしいと思えば、恭弥か。朝日さんはともかく、姉さんも一緒になって何してるの?」

「千里。いや、聞いてくれよ。朝日が俺におっぱい呼ばわりされたっていいがかりつけてくるんだ」

「女性にそんなこと言うなんて、君は相変わらずクズだね」

「何言ってんだよ。お前この前ケツ振ってる朝日見て爆笑してたクセに」

「あら、そうなの? 千里」

「じゃあまた後でね。僕は他に欲しいものがあるから」

 

 華麗に去ろうとした千里の頭を掴んで、床に叩きつける。死んだか? と心配する俺をよそに、千里の頭をぐりぐりと床に押さえつけながら朝日に向かって謝罪した。

 

「ごめんなさいね。この子、心を許した相手にはとことん失礼になっちゃうの。直しなさいっていつも言ってるんだけど」

「あぁ、いえいえ。私たちなりのコミュニケーションってやつですから、大丈夫ですよ」

「あらあら。ハワイでいいかしら?」

「弟と相性のいい女の子見つけたからって新婚旅行の行き先を勝手に提案しないでくださいよ」

 

 聖さんは千里のことが大好きで、心配性。女の子みたいな見た目をしていて、基本的に優しいが心を許した相手にはとことん失礼という二クセ三クセある千里に、彼女ができるかどうか、結婚できるかどうかをものすごく心配している。千里が俺と遊び始めて、初めて聖さんに会ったときも「ついに……」って反応してたし。

 聖さんは朝日を見て気に入ったようだが、今のところ俺はないと思っている。よくて友だち以上恋人未満。それが千里と朝日の関係を表すのにぴったりだ。息はめちゃくちゃ合うし、美男美女でお互いのことをよく理解している。更にどっちも頭がよくて、将来の心配もまったくない。

 

 お似合いすぎてビビる。

 

「朝日、結婚式には呼んでくれよ?」

「織部くんとはしないけど、まぁ私が誰かと結婚するってなったら普通に呼ぶわよ? 友だちじゃない。このクズ」

「おいよせ、普通に友だちとか言われると照れるじゃねぇか」

「恭弥。君は今罵倒されたことに気づいてないの?」

「お前は早く頭を上げろよ。すげぇ見られてるぞ」

 

 おでこを赤くしながら埃を払い、周りを確認する千里。まったく、千里が騒ぐからめちゃくちゃ見られてるじゃねぇか。俺はおとなしくしてたってのに。

 

「あれ、夏野さん?」

「あら、千里のお友だち?」

 

 は? 日葵がいるわけないだろと千里の視線の先を見ると、そこには本当に日葵がいた。勉強会のメンバーが同じ時間、同じ場所にいるなんて偶然にもほどがある。どうせなら日葵と二人がよかったけど。お前らなんでここにいんの? 俺と日葵の時間を邪魔するんじゃねぇよ。

 

 声をかけられた日葵は、なぜか呆然として俺たちを見ていた。その表情が少し悲しそうに見えて、かと思えば俺たちに辛うじて聞こえるくらいの声でぽそりと呟いた。

 

「……恭弥が、ハーレム築いちゃった」

「日葵。私がこいつのハーレムの一員に見えるの? ぶっ飛ばすわよ氷室」

「なんで俺がぶっ飛ばされるんだよ」

「はは。でも恭弥なら二股くらいはしそうだよね」

「三股……」

「おい夏野さん。もしかしてハーレムの一員に僕も入ってるの?」

 

 朝日が「聞き捨てならないわ」と日葵を引っ張ってきて、騒がしい一団に日葵が加わる。「私ハーレムの邪魔にならない?」と脅えた様子の日葵に「千里の姉の織部聖です。よろしくね」とのほほんと自己紹介する聖さん。

 

 収拾つかねぇなこれ。

 

「日葵。俺がハーレム作るようなやつに見えるか? 俺は意外にも一筋だっての」

「自分で意外にもって言っちゃダメでしょ」

「ちなみに私は作るように見えるけど、あんたがクズだから作れないって思ってるわ」

「あら、私は恭弥くん好きよ? ちょっとわんぱくだけどいい子じゃない」

「好きなんですか!!?」

 

 日葵が珍しく大声を出して聖さんに詰め寄る。あれか、「こいつだけはやめておいた方がいいですよ」ってことか? 最近やっと普通に話せるようになったのに、日葵はまた俺と距離を取るのか。クソ、これが「うそ、こんな綺麗な人が恭弥のこと好きなんて。私焦っちゃう!」みたいなことだったらすごい嬉しいのに。

 

「えぇ。だって私と恭弥くんが結婚したら、千里と恭弥くんが兄弟になるでしょ? 楽しそうじゃない」

「はは、冗談がすぎますって。聖さんは素敵な人ですけど、俺好きな人いますもん」

「好きな人いるの!?」

「夏野さん、恭弥から離れて。恭弥が死ぬ」

「はい、おとなしくしなさい」

 

 いきなり近くに来た日葵にびっくりしてドキドキして鋼のように動かなくなった俺を、千里と朝日が日葵を俺から引きはがすことで救出してくれる。

 危なかった。あのままだったら俺うっかり告白してフラれるところだった。それでトチ狂って千里か朝日に告白するところだった。

 

「聞いてないー……何年も話してないからそりゃ聞いてないだろうけど」

「あのね日葵。氷室の言うことは全部戯言なの。無視しておきなさい」

「そうだよ夏野さん。恭弥は生身で誠実に喧嘩売ってるとんでもないクソ野郎なんだから、その場逃れの嘘に決まってるじゃないか」

「恭弥くん、お友だちなのよね?」

「俺も今心配になってたところです」

 

 ふざけてんのかこいつら。俺がまだクソだってあんまり知らない日葵にあることあること吹き込みやがって。その場逃れの嘘っていうこと以外は全部本当じゃねぇか。俺のことを理解してくれていて嬉しいぞ、俺は。

 それにしても、日葵も恋バナみたいなやつが好きなのか。誰が誰を好き、みたいな話に盛り上がる可愛らしい女の子なんだな。朝日はその辺りまったく興味ないけど。つづちゃんのゴシップ癖で「この人とこの人が噂になってるんです!」と聞かされても「ふーん。日葵が誰かと付き合ったってわけじゃないなら興味ないわ」と一蹴していた。多分朝日は日葵が誰かと付き合ったら、その日葵の相手を殺すと思う。

 

「……まさか二人のどっちかが恭弥と付き合ってるとか? それで私を必死に止めてるの?」

「誰があんなクズと。顔と頭と運動神経がいいくらいのクズじゃない」

「僕らは親友だからね? さっきから普通にハーレムの一員にしたりしてるけど、僕は恭弥の親友だから」

 

 朝日、お前罵倒してるつもりだろうけどめちゃくちゃ褒めてるぞ。超優良物件じゃん俺。競争率も低いし、狙うなら俺しかないだろ。朝日に狙われても困るから日葵にぜひ狙ってほしい。狙ってくれたらすぐに契約成立させるのに。

 

「恭弥くん、ここは恭弥くんが何か言わないと収まらないんじゃない?」

「んー、じゃあ僭越ながら」

 

 このまま騒いでいてもお店の迷惑になるので、俺が男らしく一言ズバっと言ってやろう。そう決意して、日葵の前に立つ。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「緊張してんじゃないわよこのポンコツ!」

「清々しいくらいに役立たずだね」

 

 日葵の前に立って何か言おうとした俺は、緊張して何も言い出せなかった。だって日葵可愛いし! 緊張するだろ! 好きな子が目の前にいるんだぞ!? 流れで話しかけるのはいけるけど、改めて話しかけるのは無理なんだよ!

 

 結局俺たちは店員さんの「他のお客様のご迷惑になりますので……」の一言で気まずさを感じながらスーパーを出て行った。

 

 お前らのせいだからな? と言った俺に白い目が浴びせられたのは言うまでもない。



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第15話 薫のことが大好きな人たち

「今日と明日ご両親いないの? じゃあ泊まりで勉強会しない?」

「はは。何mmがいい?」

「恭弥。流石にゴムは生々しすぎるよ」

 

 スーパーで聖さんと別れ、そのまま俺の家へ集まり、両親が今日明日いないことを知った朝日からとんでもない提案がぶちかまされた。思わずゴムのmm数を提案してしまったのも仕方ないというものだろう。

 流れるように俺をビンタした朝日は、日葵と千里に「どう?」と首をちょこんと傾けて聞いていた。お前そんな可愛い仕草できるのな。朝日なのにドキッとしちゃったじゃねぇか。

 

「僕は薫ちゃんがよければ全然いいよ」

「薫は普通にいいって言うだろうな。あいつ寂しがりだし、人多い方が好きなんだよ」

 

 薫の部屋の方からドン、と壁を叩く音が聞こえた。余計な事言うなってことか。でも事実じゃん。小さい頃は俺の後ろをちょこちょこ歩いて、俺がいなくなったら泣き出すくらい寂しがりだったじゃん。はぁ、あの頃の薫は可愛かったなぁ。今も可愛いけど。

 

「日葵は?」

「え、えっと、いいのかな? 一応私たち男女で、その」

「いくらこのクズが性欲の化身でも手は出さないわよ。ヘタレだし」

「誰がヘタレだコラ。手ぇ出すぞ」

「朝日さん。確かに恭弥はヘタレでどうしようもないクズでゴミで呆れかえるほど男として価値がないド底辺のカスだけど、一応男なんだ。警戒はしておいてね」

「薫ちゃんと一緒に寝たら安全でしょ。こいつ、薫ちゃんには優しさしか見せないし、薫ちゃんが近くにいるのに変なことしようと思わないでしょ」

「やっぱり朝日さんは恭弥のことわかってるね」

「あの、俺がボロクソ言われたことに関してはノータッチですか?」

 

 俺何もしてないのにメタクソに言われたぞ? 一瞬気のせいだと思っちゃったくらいボコボコに言われたぞ? なんで誰も否定しないんだよ。「あぁ、そうだよね」くらいで話進めてんじゃねぇよ。何「恭弥のことわかってるね」って得意気に語ってんだよ。

 

「でも、着替えとかどうするの?」

「取りに帰ったらいいんじゃない? あ、でも私ちょっと家遠いわね」

 

 ここで俺は朝日の狙いに気づいた。

 こいつ、日葵の服を合法的に着ようとしてるな?

 

 おかしいと思ったんだ。こいつはセクハラに耐えうる性格とノリをしているくせに、貞操観念はしっかりしてるから異性の家に泊まるなんて言い出すはずがないんだ。何か目的があるに違いないと思っていたが、まさか日葵の服を着ようとしているとはな。流石策士。味方にすると頼もしいが、傍目から見るとここまで醜悪で気色の悪いものだとは思わなかったぜ。

 

「薫ちゃんに貸してもらおうかしら」

「狙いは薫だったかっ!!!!!」

「うわ、こわっ。何よあんた」

「お前なんかに薫を渡すか! 俺は今のところ薫の相手に考えてるのは千里しかいないんだ! 親友と愛する妹が結婚して、生まれた子どもを俺が抱いて泣くってところまで計画してるのに、それをお前みたいな胸がデカいだけのクズに壊されてたまるか!」

「何をどう勘違いして暴走してるか知らないけど、殺すわね」

 

 俺は殺された。

 

 薫がめちゃくちゃ壁を叩いている。あいつ、千里とどうこうっていう話題を出すとめちゃくちゃ恥ずかしがるからな。肉親以外で一番距離の近い異性だし、やっぱり何か思うところはあるんだろう。千里はへらへらして「幸せそうだねぇ」とのほほんと言っているが。

 

「それで、日葵はどう?」

 

 ボコボコになった顔面を鏡で整えていると、朝日が日葵に再度聞いていた。本音を言えばぜひ泊まってほしいが、緊張でどうにかなりそうな気もする。よく考えれば俺の部屋に日葵がいるってだけでもとんでもないことなのに、うちに泊まるだって? ここが人生のゴールですか?

 

「……恭弥、今日泊まってもいい?」

「もちろんです!!」

「欲望が隠しきれてないね。気持ちが悪い」

「相変わらず気持ちの悪い顔ね。ママのお腹の中から出直してきなさい」

「ばぶばぶー。恭弥ちゃんでちゅー」

「グェォォオオオ」

「光莉、女の子が出しちゃいけない声出しちゃってる」

 

 俺の渾身の赤ちゃんものまねで朝日を倒してやった。大金星である。俺に失礼なこと言うからそうなるんだ。代償にこの部屋にいる俺以外の人全員が真っ青な顔をしていて、薫の部屋から物音が聞こえなくなったが安いものである。

 

「朝日さん。二度と恭弥にあんなことさせないでほしい」

「ごめんなさい……まさかあそこまで気持ち悪いと思わなかったの」

「そ、そうかな? 可愛かったよ、恭弥」

「まずはその青い顔を治してから慰めてもらおうか」

 

 安いものといいつつ、あんまりな反応に結構なショックを受けていた。千里と朝日に青い顔をされてもなんのダメージもないが、日葵に青い顔をされるとかなりのダメージだ。もしかしたら可愛いと思ってくれるかもと思ってやったのに、やはりダメだった。そりゃ高二男子の赤ちゃんものまねなんて気持ち悪いに決まって……。

 

 千里なら可愛いんじゃね?

 

「じゃあ千里は赤ちゃんになるとして、今から着替え取りに行くか?」

「私はそうしようかな」

「あ、なら薫ちゃんに服借りていいか聞いてきてもいい? 下着は別で買うけど」

「あぁ、俺がまとめて聞いてくるわ。ちょっと待っててくれ」

「あれ、なんで僕が赤ちゃんになることに誰も触れないの?」

 

 日葵と朝日と赤ちゃんを部屋に置いて、隣の薫の部屋に移動する。妹だとはいえ女の子。しっかり二回ノックして「誰の部屋がトイレなの」と不機嫌そうな顔の薫がドアを開けてくれた。

 

「いいか?」

「いいよ。サイズ合うかな?」

「あいつ胸デカいくせに背は低いから大丈夫だろ。ったく、慎みもてよな。下品ったらありゃしねぇ」

「悪かったわね」

「それにしても朝日ってめちゃくちゃ可愛いし綺麗じゃね? 俺初めて見た時求婚しそうになったもん。二人でじっくりゆっくりチューリップを咲かせようかと思ったね」

「それ球根。焦りすぎて面白くないわよ」

 

 流石の朝日でも薫の前では表立った暴力は働かないらしく、俺の頬をビンタした。表立った暴力働いてんじゃねぇか。

 

「やっぱり服貸してもらうのに本人が頼まないのは、って思ってね。ごめんね薫ちゃん。嫌なら言ってくれていいから」

「あ、いえ。見てられない顔で汚い人なら嫌ですけど、朝日さんすっごく綺麗で可愛いですし、いくらでも」

「氷室、薫ちゃんめちゃくちゃいい子ね」

「お前は薫が思いっきり区別してたのを聞き逃してるぞ」

 

 俺だってそりゃきったないやつに服貸すのは嫌だけど、わざわざ口に出して言うことか? 薫はまともに育ったが如何せん正直すぎる。かと思えばはっきりしないところもある。あれ? もしかしてまともじゃなくないか?

 いや、ここは普通の女の子だと思っておこう。これくらい普通だ。朝日に比べりゃ可愛いもんだ。朝日はおかしい。クズ。ハハハ。

 

「そういえば気になったんですけど、朝日さんって兄貴と千里ちゃん、どっちの方が好きなんですか?」

「何でそんなこと聞くの? 友だちとしてならどっちもで、男してならどっちも好きじゃないけど」

「朝日。お前のその素直なとこめちゃくちゃ好きだわ俺。今俺はとてつもなく感動している」

「なによ、気持ち悪いわね」

 

 俺なんてついさっき朝日のことをクズって言って心の中で笑っていたのに。俺の方がクズじゃねぇか。朝日は友だちとして俺のことが好きって言ってくれたのに。

 薫は朝日の言葉を聞いて「えっと」と言葉を詰まらせた後、小さな声で話し始めた。

 

「兄貴がこんなんだから、日葵ねーさんが離れていった時兄貴と仲のいい女の人って全然いなくて。『あんな社会不適合者もらってくれる女の子いるのかしら』って母さんも心配してて」

「おい待て。母さんそんなこと言ってたの? 俺息子だぞ?」

「だから、ちょっと安心したんです。日葵ねーさんがまた遊びにきてくれるようになったのもそうだけど、兄貴のことちゃんとわかってくれてる朝日さんがいてくれたのが。安心していいんだって思えて」

 

 俯きながら話した薫を、朝日が急に抱きしめて撫でまわし始めた。目を白黒させる薫を強く抱きしめながら、朝日が俺を見る。

 

「この子、私の妹の朝日薫っていうの。よろしくね」

「鮮やかに戸籍変更してんじゃねぇよ」

「だって、めっちゃくちゃいい子じゃない? あんたの妹がこんな風に育つわけないもの。私の妹しかありえないわ」

「俺が兄貴でもお前が姉貴でも、薫はこういう風に育ってただろうよ。俺とお前はそんな変わんねぇし」

「誰がクズよクズ。クズはクズらしく部屋の隅の埃でも食べてなさい」

「あ、この前兄貴が千里ちゃんに言ってたのと同じセリフ」

「嘘よ……」

 

 目から光を失い、朝日はその場に跪いた。そんなにショックなの? 俺と同じセリフ言ったこと。それはそれで俺もショックなんだけど。

 それにしても、薫マジでいい子だよな。朝日の言う通り俺の妹がこんな風に育つわけねぇよ。反面教師みたいなことだろうか。それにしては俺とちょくちょく似ているところはあるから、薫の根っこがめちゃくちゃいい子なんだろう。こんな妹を持てて俺は幸せだ。

 

「ね、薫ちゃん。私のことも光莉ねーさんって呼んでくれない? お願い」

「え、えっと……どうしよう、兄貴」

「呼んでやったらいいんじゃね? 減るもんでもないだろ」

「だめ!」

 

 何を躊躇しているのかと不思議に思って、今回は朝日に加勢してやっていると、俺の部屋から日葵が飛び出してきて薫を抱きしめた。

 

「ねーさんって呼んでもらうのは私だけなの! 光莉はだめ!」

「ずるい! 私も薫ちゃんからねーさんって呼ばれたい! だって可愛いじゃない! 私一人っ子だから下の子欲しかったの!」

「恭弥と結婚すれば、薫ちゃんからねーさんって呼んでもらえるよ?」

「冗談やめなさいよ。氷室と結婚するくらいならこれから一生全裸で生活した方がマシよ」

「それ以上に俺と結婚することは恥ずかしいことなのか?」

 

 流石に全裸で生活するよりはマシだろ。マシだよね? みんなも何か言ってやってよ。目を逸らしてないでさ。

 

「にしても、薫めちゃくちゃ人気だなぁ」

「そりゃあね。可愛いし美人だし、性格もいいし人気にならない理由がないよ」

「……」

「あ、薫ちゃん赤くなってる! 織部くん、もっと薫ちゃんを褒めて!」

「光莉、薫ちゃんはおもちゃじゃないんだから。やめてあげよう?」

「薫」

「!!」

 

 千里が薫を呼び捨てにすると、薫は顔を真っ赤にして部屋へ逃げ込んだ。けらけら笑っている千里の頭を殴り、一言。

 

「あんまうちの薫をいじめんなよ」

「はは、ごめん。可愛くてつい」

「なら仕方ない」

「薫ちゃん可愛いものね。仕方ないわ」

「もう、三人ともひどいよ?」

 

 ひどいのはこいつだ。これで好きだからからかってるとかならいいんだが、千里にそういう気持ちは一切ない。ないはず。

 

 ないよね?



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第16話 大人の階段をのぼる

 リビングで勉強を続け、正直もう勉強しなくても余裕で点数は取れそうだったので、寂しがって俺たちのところに来た薫に勉強を教え、夜になり俺と薫で飯を作って食べた後。

 

「……」

「どうしたんだ朝日のやつ?」

「恭弥の料理の腕がよくて、自信を喪失してるみたい」

「兄貴って大体なんでもできるからね」

「確かに朝日料理下手そうだもんな」

「ひ、光莉は上手だよ! 自分で上手だと思ってたから、多分こうなったんだと思う」

「まさか日葵にとどめ刺されれるとは思ってなかったわ……」

 

 朝日が床に倒れこんだ。どうでもいいけど、お前食器片づけるの手伝えよ。苦笑いしながら日葵がお前の分運んでるじゃねぇか。

 つーか何がショックなのかね。俺に負けたから? それとも女として男に料理で負けるのがショックだったとか? 料理に男も女も関係ないだろとは思うし朝日もそういうタイプだと思っていたが、簡単には割り切れない何かがあるのかもしれない。

 

「まぁ気を落とすな。朝日くらい可愛い女の子なら、たとえ俺よりマズい料理でもおいしいって勘違いしてくれるさ」

「あんた、慰めるの下手ってよく言われない?」

「慰めるつもりで喋ったことが一度もない」

「省みなさい」

 

 朝日に殴られたので、いつの間にか日葵と一緒に洗い物をしてくれている千里に告げ口すると、「君が悪い」と一蹴されてしまった。悲しい。あとお前なんで日葵と一緒に洗い物してんの? 俺の気持ち知ってるよな? どけやこの女顔。メスにされるために生まれてきたような顔と体しやがって。

 

「薫ちゃんがね。『日葵ねーさんと一緒に兄貴が洗い物したら、絶対緊張してお皿とかいっぱい割るから』って」

「そんなはずねぇだろ。貸してみろ」

 

 布巾を手に取って千里が濯いだ皿を受け取ると、「手伝ってくれるの? ありがと」という日葵の声が聞こえ、耳から脳を溶かされてしまった俺は見事に皿を落とした。しかしその皿は割れる前に俺が落とすことを予測していた千里にキャッチされ、俺が手に持っていた布巾も強奪される。

 

「わかった?」

「俺はどうやら情けないやつらしい」

「知ってるよ」

 

 しくしく。俺は泣きながらリビングへと戻った。

 リビングには薫を可愛がっている朝日と、顔を赤くして可愛がりを受け入れている薫がいた。俺もまぜてもらおうかな?

 

「近づいたら殺すわよ」

「薫を人質にとるなんて、この外道!」

「殺されるのは兄貴だよ」

「お前、自分の兄貴が殺されるってのに冷静すぎるだろ」

 

 どうやらここにも俺の居場所はないようなので、「ゴムはしとけよ」と言って自分の部屋へ向かうことにした。リビングを出る時、「する場所がないわよ」と俺の背中に朝日の声が投げかけられ、確かにと思った後にそういうことじゃないよな? と首を傾げながら階段を上がる。

 みんな俺に構ってくれないから先に風呂に入ってやろう。一番風呂は一番えらいやつが入ると決まっているんだ。

 部屋に入り、パンツを取り出そうと衣装ケースを開ける。そこで、俺は考えた。

 

 日葵が泊まりにきてくれているこの状況、俺は勝負おパンツを履くべきなんじゃないのか?

 ただ、勝負おパンツを履いてそれを千里に見られたとしたら、「何期待してんの?」って冷めた目で見られ、今後一生ネタにされる。薫にも見られてみろ。軽蔑した目で俺を見て、「何考えてんの」って言われるに決まってる。

 だが、勝負所であることは間違いない。ならば勝負おパンツを履かずに一体何を履くというのだろうか。ここで勝負おパンツを履かないなら、もはや俺は何も履かない。そして俺の下半身は儚い状態になるのである。うふふ。面白くない。

 

 よって俺は、パンツを履かないことにした。勝負おパンツを見られたら恥ずかしいしな。

 

 パンツ以外の着替えとバスタオルを手に、階段を下りる。何かものすごい間違いをした気がするが、俺はいつだって正しい選択をしてきた。間違えたから今学校で俺と千里が付き合ってるって言われてる気もするが、それも気のせい。いつか正しくなる。

 

 俺は風呂が好きだ。心が汚い俺はせめて体は綺麗にと心掛けている。誰の心が汚いって?

 

 スキップしながら脱衣所へ入り、秒で服を脱ぎすて洗濯機へシュート。薫は親父のパンツと一緒に洗うのは嫌がるが、俺のパンツと一緒に洗うのは嫌がらないのでまったく問題ない。いつかそういう日がくるのだろうかと思うと悲しくなるが、そうなっても広い心で受け止めてやろうと俺は全裸で頷いた。

 

 激烈に頭の先からつま先まで有能な俺は、既に風呂を沸かしている。基本的に熱いものが好きであり、熱いものが冷め始めたらあまり食べたくないし、ぬるいお湯は大嫌い。味がわからないくせにこだわりが強いんだ、俺は。参ったか。

 

 風呂に入り、頭、顔、体と順に洗い、湯船につま先からゆっくり入って行った。そういうえばシャワーよりもお湯につかって体をこすった方が汚れはとれやすいって聞いたことがあるが、あれ本当かな? そんなことやって薫にバレた日には地獄を見るよりも恐ろしい目に遭わされそうだから絶対やらないけど。

 

 あまりあいつらを待たせるのも悪いので、いつもより短めに済ませて風呂を出る。イケメンな俺が更にイケメンになったことを感じながら、髪を拭いて体を拭いて、全裸のままドライヤーで髪を乾かし、服を着た。なんでパンツないんだろうと思ったが、そういや勝負おパンツ履いたら恥ずかしいからだったなということを思い出し、パンツ以外はきっちりと身につけた。

 

 そこで、脱衣所のドアが開く。スライド式のドアの向こうから顔を出したのは、千里だった。

 

「あ、やっぱりお風呂入ってたんだ」

「おう。悪いな」

「君の家なんだから、誰も文句ないよ、っと」

 

 千里にしては珍しく、何もないところで躓いて俺の方に手を伸ばす。咄嗟だったため俺は反応することができず、千里の手が俺のズボンを捉えた。そして流石千里と言うべきか、俺のズボンをずり下ろしながら自分が床に倒れこまないように、膝をたたんで衝撃を殺し、なんとか倒れずに跪く状態に留めた。

 

「おい、大丈夫か?」

「危なかった。うん、大丈夫。ごめんね? 恭……」

 

 千里は、正面を見て固まった。

 ずり落ちた俺のズボン。ノーパンの俺。ちょうど千里の前にある俺の決戦兵器。

 

「なんかすごい音したけど大丈……」

 

 ドアの向こうから中を覗く朝日。ずり落ちたズボン。ノーパンの俺。千里の前にある俺の決戦兵器。

 

 千里を見た。真っ白な顔をして冷や汗をだらだら流していた。きっと俺も同じ表情をしていることだろう。これは流石にヤバい。薫や日葵じゃなかっただけマシだろうか。いや、誰にしたってマシなことなんてない。

 

「……そういうことね」

 

 朝日はそれだけ言って、脱衣所にいる俺たちと自分の世界を切り離すかのようにドアを閉めた。

 

「千里。なんか朝日が納得してたけど、どう思う?」

「冷静にさっきの状態を分析しよう。下半身裸の君、ちょうど君のモノが顔の前にある僕。それを見ていた朝日さん。そして僕と恭弥は学校で付き合ってるって噂になっている」

「朝日は勘違いだって知ってるけどな」

「僕は、また勘違いされるような現場だと思うけど」

 

 ふむ、と千里を見る。

 俺の股間の前に千里の顔があり、上目遣いで俺を見つめていた。

 

「あ、ヤバイ。今すぐそこをどいてくれ。早く」

「え、あ、うん。いや、ごめんね。ほんとに」

 

 千里は気まずげに俺のソレから顔を背ける。千里の優しさに涙しながら、俺はゆっくりとズボンを上げた。チクショウ、俺がパンツを履いていれば、こんなことにはならなかったのに……!

 

「どう、しよっか」

「正直に言うしかねぇだろ。千里が俺のモノを欲しがった間違えた。千里が躓いて俺のズボンを下ろしただけだって」

「今絶対に君に説明させないでおこうと決意したよ。あとなんでノーパンなの?」

「だってお前俺が勝負おパンツ履いたらバカにするじゃん」

「……どういうこと?」

 

 どうやら千里には俺の高尚な思考が理解できないらしい。可哀そうに。ついでに俺と親友なばっかりにこんな目にばっか遭わされて可哀そうに。

 

「いい? 僕が説明するから、君は何も言わないでね」

「安心しろ。そんなにいっぱい喋んねぇよ」

「一言も喋るなって言ってるんだよ」

 

 ドアを開け、二人でリビングに向かう。リビングはすぐで、そこには日葵と朝日、薫がいた。

 

 朝日は俺たちを見ると不自然なくらい猛スピードで目を逸らした。

 

「千里、泣きそうだ」

「僕も。どうしようだめかもしれない」

 

 露骨な朝日の反応に俺たちは精神的に大ダメージを受け、あまり弱音を吐かない千里がついに弱音を吐いた。そりゃたまったもんじゃないよな、あんな勘違いされたら。

 

「あ、朝日さん。さっきのはその、勘違いだよ。いつもの」

「そ、そう。うん、わかってるわよ。あんたたちっていつもそうだもんね。ちゃんとわかってますとも織部さん」

「おい、変な階段上ったと思われてるからさんづけされてるぞ」

「僕は朝日さんの上下関係の基準がそれってことにまずびっくりしてるよ」

 

 俺もだよ。どうやら朝日も俺に似て気が動転しているとポンコツになるらしい。普段はすごい頼りになるのに。お前もしかしてうちの子か? 薫が朝日の家の子か? そうじゃなきゃおかしいぞ。俺に似すぎだろ朝日。

 

「二人とも、なんでずっと立ってるの?」

「は、ははは。そういやそうだな。座ろうぜ千里」

「そうだね恭弥。座ろうか」

 

 アイコンタクトを一つ。そして俺たちは風のような速さで朝日を挟み込むようにして座った。一瞬何が起こったかわからないと俺たちを交互に見た朝日は、俺の股間と千里の口を見た。お前絶対勘違いしてるだろ。

 

「ど、どうしたのよ氷室さんと織部さん」

「まずさん付けをやめてくれ。そんな不名誉な敬称いらねぇんだよ」

「簡単に説明するね。僕がこけた。僕がズボンを掴んでしまった。ずり落ちた。恭弥がノーパンだった。あぁなった。わかった?」

「待って、なんでノーパンなのよ」

「勝負おパンツ履いたらバカにされるから」

「……どういうこと?」

 

 日葵と薫に聞こえないようこそこそ話していると、千里とまったく同じ反応が返ってきた。なんでわかんねぇんだろこいつら。やっぱり俺のことまったくわかってねぇな。

 

「……わかった、あんたたちならありそうね。ちょっと気が動転しちゃった。ごめんなさい。ちなみに日葵には言ってないわよ」

「そうか。流石朝日。ちなみに日葵『には』ってどういうこと?」

「恭弥」

「ん?」

 

 千里が指をさす。その先を見た。

 薫が俺たちを気まずそうに見ながら、妙に日葵に優しくしていた。

 

「薫。ちょっと話そう」

「や、やだ」

「あ、氷室が死んだ」

「薫ちゃんにちゃんと拒絶されることなかったからね。仕方ない。薫ちゃん。ちょっとお話しよっか」

「……何もしない?」

「ははは。僕が何かするわけないじゃないか。朝日さん。僕だけだと心が折れそうだからついてきてほしい」

「情けないわね、あんた」

 

 千里と朝日が立ち上がり、一瞬で薫を挟み込む。俺、さっき千里とあれやってたんだよな。すげぇ怖いじゃん。

 

「恭弥、薫ちゃんと喧嘩したの?」

「ん? いや、ちげぇよ。第一それなら日葵に薫の説得を頼むわ」

「? なんで?」

「だって俺以外で薫が一番信頼してんの日葵だろうからな。なんとなくわかるんだよ」

「……そっか」

 

 日葵が嬉しそうににこにこしてる。可愛い。日葵も薫のこと好きだからなぁ。

 

 この後、薫がなおも気まずそうにしながら「勘違いしてごめん」と俺に謝ってくれた。しばらくは千里の口と俺の股間を薫が見れなかったのは言うまでもない。そもそも俺の股間を見ることなんて今までまったくない。



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第17話 関係性

「なぁ、修学旅行の夜みたいに『好きな子せーので言おうぜ』っつってどっちも言わない遊びしようぜ」

「え? いやだけど」

 

 千里にフラれてしまった。つれないやつである。

 

 色々あった今日。女性陣は妹の部屋へ、男性陣は俺の部屋へ分かれ、明日早起きして勉強を始めるという多分果たされることのない約束を交わしてから俺たちは布団に入った。

 思えば千里と一緒に遊ぶことは何度もあったが、一緒に寝ることは数えるほどしかなかった。ちなみに俺は床に布団を敷いて寝ていて、千里には俺のベッドを使ってもらっている。「女の子扱いしてない?」という千里の言葉に、「うん」と正直に答えたら指を折られかけてしまった。バイオレンスがすぎる。

 

「にしてもさ、俺日葵が泊まりに来てくれたのに何もなかったんだけど。どういうこと?」

「君がヘタレだからじゃない?」

「俺思ったんだけどさ、千里がいるからだと思うんだ。千里がいるとなぜか日葵と何も起こらず千里とばっかり何か起きる」

「それも君のせいじゃない? や、確かにズボン下ろしたのは僕だけどさ」

「お前もうちょっと自分の可愛さ自覚しろよ。俺が紳士じゃなかったらもう終わってるぞお前」

「自覚してるから一番ヘタレな君と一緒にいるんだよ」

 

 なるほどな。まぁ千里はそういう趣味じゃなくても抱けてしまいそうなくらい可愛いから、ヘタレな俺と一緒にいるのが一番安全なのかもしれない。実は俺はヘタレじゃないんだけど、千里の信頼を裏切るわけにはいかないからここは甘んじて受け入れておこう。俺は本当にヘタレじゃないんだけどな。

 

「もしかしたらさ。夜トイレに起きたら日葵とバッタリ会うみたいなことになるんじゃね?」

「なくはないかもね。一緒の家にいるんだし」

「おい一緒の家にいるとか言うのやめろよ。興奮するだろ」

「大丈夫だとは思うけど僕に近寄らないでほしい」

「大丈夫って断言できないからお前見るのやめとくわ」

「正直っていいことばかりじゃないんだよ? 時に友情に亀裂を入れる」

「友情から愛情に変わるなら安いもんだろ」

「代償が高いんだよ」

 

 冗談だよと一笑する俺に、「じゃあこっち向いてみろよ」と千里が低い声で俺に言ってきたので、「ごめんむり」と返すとベッドに置いてあるクッションを俺に向かって投げつけてきた。

 

「これ、仲のいい男女のコミュニケーションみたいになってるってこと気づいてんのか?」

「……君にばかり原因があるみたいな言い方してごめん。僕が十割悪い気がしてきた」

「お詫びに下脱いで見せてくれ」

「僕何回も男だって言ってるよね? 女だったら多分恭弥のこと好きになってるし、学校で勘違いされてるようなややこしいことにはなってないよ」

「ドキーン。俺の心臓が高鳴った」

「その反応ができるってことは君にそっちの気がないってことだね。安心したよ」

 

 流石千里。俺は緊張してると途端に喋らなくなるからな。それかいつもより支離滅裂な言動になるかのどっちかだ。

 女だったら俺のこと好きになってるってのは嬉しい話だが、逆もまた然り。俺が女だったら千里のことを好きになっていただろう。これは恋愛感情とかそういうものじゃなくて、ただ単純にずっと一緒にいたら楽しいのは誰か、みたいな色気もへったくれもない感情だ。

 

「今思うと朝日が男じゃなくてよかったわ。朝日が男だったらぜってー負けてるもん」

「朝日さん恭弥と似てるもんね」

「あ、俺と似てるんだったら大丈夫じゃん。負けねぇわ」

「夏野さんが恭弥のこと好きだっていうことは考えないの?」

「俺がそんな思考を持てるならヘタレになんかなんねぇよ」

「恭弥って変なところ自信ないよね」

「期待しすぎはよくないんだよ。特に色恋で期待しすぎると失敗する」

「期待しすぎてなくても、僕と付き合ってるっていう噂が流れる大失敗してるけど?」

「むしろそれで日葵と話せるようになったってとこあるから、これは成功だ」

「前向きなのはいいことだね。ちなみに僕は失敗だと思ってる」

 

 確かに。千里にとって何の得もないもんな。俺は日葵と話せるきっかけが生まれた、みたいなところがあるからプラスって言えなくもないが、千里はマイナスもマイナス。元々女顔でそういう層に大人気だったのに、俺との噂が流れたことで人気が加速したまである。俺が日葵と付き合い始めて、千里が俺と付き合ってなかったってことがわかったらすぐに襲われそうな勢いだ。

 

「千里。お前だけは守ってやるからな」

「ほんとに頼むよ。怖いんだ。なんで僕男から襲われることに脅えなきゃいけないんだよ。どうせなら女の子に襲われたいよ」

「そっちのお姉さまにも需要あるんじゃね? 可愛がってもらえそうだろ」

「どうせならってだけで、僕は常にからかって僕が笑えるような女の子がいい」

「出たなクズ。お前そんなこと許してくれる女の子いると思って」

 

 待て。常にからかって僕が笑えるような、だと?

 思い返せば、千里に常にからかわれて、千里が楽しそうにしている女の子に心当たりがあるぞ。まさかとは思うけどな。ははは。千里に限ってそんな、ははは。

 

「まさかとは思うけど、お前薫のこと好きじゃないよな?」

「それ聞いちゃう?」

「どういうことだテメェ……」

「待って。ベッドに上がってこないで。二重の意味で危険を感じる」

 

 聞き捨てならない言葉にベッドへ上がり、馬乗りになって千里の顔のすぐ横に手を置いて逃げ道を塞ぐ。返答によっちゃただじゃおかねぇぞこいつ。

 

「確かに可愛い可愛い俺の妹を任せるならお前しかいないと思ってたが、実際にそうとなると話は違う。薫がお前のことが好きならまだしも、お前が薫のことを好きなのは許さん」

「なんでって聞いてもいい?」

「薫から好きになったなら応援できるけど、薫は押しに弱いから押し切られる可能性がある。だから俺が守るって決めてるんだよ」

「恭弥ってシスコンだったっけ?」

「家族は好きだ。誰だってそんなもんだろ」

 

 同じ体勢のまま言葉を交わす。全然薫のこと好きって言わねぇなこいつ。もしかして俺の早とちり? 嘘? 恥ずかしいんですけど。

 

「恭弥ってちょこちょこ素敵なこと言うからずるいよね。素敵なこと言う前に大体の女の子が離れていくからモテないんだけど」

「知ってるならサポートしてくれ。いや、俺は日葵一筋だからやっぱサポートいらない」

「サポートしてるよ。君がヤバい奴に見えるようにね」

「いらないって言った手前怒れねぇじゃねぇか。ぶっ殺すぞ」

「めっちゃキレてるじゃん」

 

 中学まではそこそこ女の子と話す機会はあったのに、高校に上がってから妙に話す機会減ったなぁって思ってたらこいつのせいだったのか。確かに千里と波長が合いすぎるから暴走してたってのは否定しないが、まさかそれも千里の計算だったなんて。俺は仲良くなる人間を間違えたかもしれない。

 でも千里いいやつだし面白いしいいや。

 

「お前、なんてことしてくれたんだ……もしかしたら女の子と話せてたら、日葵とも早く話せたかもしれないんだぞ?」

「どうかな。……最初の話に戻るけど、僕は薫ちゃんの味方だよ」

「夫になりますってか? いいだろう。まずはお兄ちゃんを倒すところから始めてもらおうじゃないか」

「じゃあ夏野さんの前でキスしようか」

「お前の勝ちだ。薫は好きにするといい」

「引き分けだよ。それをすると僕も死ぬ」

 

 俺は日葵に嫌われることはなくとも「やっぱり織部くんと付き合ってるんだね」と思われて、千里は「やっぱりそっちの気があるんだね」と思われて二人とも死ぬ。ダメだ。そうなると俺が千里と人生を共に歩む未来しか見えない。

 でも待てよ、千里の容姿なら「恭弥に無理やりやられたんだ……」って言えば恐らくまかり通るそうなると俺だけ終わりだ。『男の親友に欲情した挙句女の子の前でそいつを襲ったクソ野郎』になってしまう。恐ろしい奴だぜ、千里。今引き分けだって言ったのも俺を油断させるためだな?

 

「で、そろそろどいてくれない? いくら恭弥とはいえ、ずっとこの状態は気まずいんだ」

「あ、悪い。薫のこととなると頭に血が上っちま、」

 

 どこうとしたその時、ずっと手をついていたからか力が抜けて、肘が折れ曲がった。そのまま体勢を崩して。

 

 俺と千里の体が見事に重なった。

 

 その瞬間、俺と千里はすぐにドアへ目を向ける。俺と千里がこうなった時、必ずと言っていいほど誰かがくるんだ。経験でわかる。流石に慣れた俺たちは体を重ね合いながら、必死に言い訳を考えていた。

 

 だが、俺と千里の予想に反して誰も入ってこない。なんだ、心配のし過ぎか。俺はゆっくりと体を起こしながら嫌な汗を拭い、千里と目を合わせて一言。

 

「……こっちのが気まずくね?」

「奇遇だね。僕もそう思ってた」

 

 俺たちは頷き合った後、今あった出来事を朝日に報告して、なんとか笑い話にしようと決意して布団に入った。

 

 ちなみに千里は妙に柔らかかったし、甘い香りがした。フェロモン出してんじゃねぇよカス。

 

 

 

 

 

 

 夜、同じ部屋に日葵がいる。もう一度言おう、日葵がいる。一緒の部屋に。夜。うふふでえへへである。断っておくが私に同性愛の趣味はなく、ただ可愛いものが好きで好きでたまらないだけだ。

 だから私は日葵が好きで、一緒に泊まれるってなったその時、寝る時に日葵に抱きついてやろうと考えていたのだが、困ったことがある。

 

「日葵ねーさんってまだ兄貴のこと好きなんだよね?」

「うっ……う、ん」

 

 私の目の前に、可愛いのが二人いた。

 

 そう、可愛いの二人を前にした私は、「どちらに抱き着けばいいのか?」と天才的な脳をフル回転させているのである。日葵に好きとか言われてて薫ちゃんに兄貴って呼ばれてる羨ましいクズにはぜひ死んでほしい。

 

 それにしてもあのクズは顔がいいから妹も可愛いと思っていたが、まさか性格もいいなんて。性格も可愛いし顔も可愛いし、もはや私の妹なんじゃないかって思い始めている。私も可愛いし性格もいいし、疑うところなんてどこにもない。

 

「ふふ。私ね、日葵ねーさんが兄貴と話してるところ見てると嬉しいんだ。どっちも応援したくなっちゃうし、どっちも大好きだから」

「薫ちゃんありがとう……!! 私も大好きだよ!」

「は? 私もだけど?」

「ひ、光莉? なんでキレてるの?」

「なんでもないわよ。キレてもないし」

 

 私の悪い癖は考えるよりも先に口に出してしまうところだ。日葵と薫ちゃんが可愛すぎてうっかり大好きって言ってしまった。あと薫ちゃんに大好きって言われたクズはぜひ火葬されてほしい。

 

 はぁ、なんでこんな妹が育つのかしら。だってあいつよ? 生ゴミの擬人化よ? 生ゴミと天使が兄妹っておかしくない? ここは私と姉妹で天使と天使の方がいいに決まってる。薫ちゃんもそう思ってる。

 

「薫ちゃん。私のことも光莉ねーさんって呼んで!」

「ねーさんって呼ぶのは日葵ねーさんだけなので、ごめんなさい」

「薫ちゃん、氷室の彼女は日葵しか認めないだって。日葵も可哀そうに」

「光莉って恭弥のこと嫌いなの……?」

「あいつと付き合うのは可哀そうだと思うけど、嫌いじゃないわよ。気も合うし悪い奴じゃないし、友だちとしてなら好き」

「……光莉ねーさん」

「嬉しいけどめちゃくちゃ複雑だからやっぱりやめてもらっていい?」

 

 どうやら薫ちゃんにねーさんって呼ばれるのはかなり不名誉な称号であるらしい。ねーさんって呼ばれるってことはつまり『氷室の彼女として認められる』ってことだから。

 

 ……いつか織部くんも「千里ねーさん」って呼ばれる日がきやしないだろうか。そうなったら笑ってやろう。

 

 あいつらの事故をすぐに笑ってやれるのは、今のところ私しかいないだろうから。



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第18話 スマートなお誘い

「これを見て欲しい」

「修学旅行のしおり……?」

 

 朝。いつものように文芸部室に集まった俺、千里、朝日、つづちゃん。俺は三人に相談をするために、俺の悩みの種である修学旅行のしおりを机の上に放り投げた。

 

「修学旅行の際、自由時間がある。行き先は大阪。そして自由時間は班行動でもなんでもなく、好きなやつと回っていいことになっている。ここまで言えばわかるな?」

「つづちゃん。簡単に言うと、恭弥は夏野さんを誘えないからどう誘ったらいいかな? ってなさけなくも僕たちにその方法を考えてくださいって頭を下げてるんだ。さぁ罵ろう」

「ちなみに昨日、日葵めちゃくちゃ男子に声かけられてたわよ。みんな偉いわね。勇気を出して声をかけるってすごいことだと思うわ」

「ちゃんと殺しておいたか?」

「当たり前じゃない。あ、ごめん今のなし。日葵がちゃんと断ってたから、私が手を下すことはなかったわ」

「殺したくて仕方なかったってことか。千里、つづちゃん。俺が日葵と行動を共にできて、なおかつ朝日に殺されない方法を考えて欲しい」

「楽しんだ後に殺されるというのはどうでしょう?」

「俺の命をあまり軽く見ないでほしい」

 

 名案と言わんばかりに指を立てたつづちゃんの案を一瞬で却下する。殺されない方法っつってんだろ。なんで殺されることに関しては諦めるの? それなら命優先して日葵との行動を諦めろよ。ていうか朝日は日葵を誘っただけで殺すなよ。

 

「別にあんたなら殺しはしないわよ。訳の分からない男子が今更声かけてたからムカついただけ。あんたと織部くんなら問題ないわ」

「俺と日葵だけで行動させるっていう選択肢はないのか?」

「殺すわよ」

「殺してんじゃねぇか」

 

 殺しはしないって言った後にすぐ殺害予告なんて、こいつはおかしい。おかしいから日葵と一緒に行動はさせないべきだ。当日なんとかこいつのおかしさを周知させて自由行動の時間宿で休ませてやろう。俺と日葵の幸せな時間に朝日は邪魔だ。

 でもやっぱり日葵と二人きりなんて緊張して何も喋れなくなってどこにも行けなくなって男として終わりそうだからついてきてもらおう。こいつは優秀なサポート役。俺のポンコツをなんとかカバーしてくれる兵士である。

 

「どうせ一緒に回ることになるなら朝日さんから言っておいてよって言おうと思ったけど、面白いから恭弥に誘わせよう」

「いいですね! その場面を撮って浮気男として氷室先輩を取り上げましょう!」

「おい朝日。悪魔が二体いる」

「仕方ないわね。天使の私が味方してあげるわ。あんたが誘いなさい」

「一瞬で寝返ってんじゃねぇよ牛」

「どこ見て言ってんの? 吸わせてあげましょうか?」

 

 むせた。ちくしょうこの女、俺が吐いた暴言に慣れてそんな返しをしてくるとは。暴言吐く割には俺が初心だってこと理解してきやがったな? くそ、ここでお願いしますとかなんとか言えば「キモ」と言われてビンタされるのがオチだ。つまり俺は恥ずかしさを抱えたまま「ぐぬぬ」と黙り込むしかない。

 

「え? それはつまり僕も吸っていいってこと?」

「違うわよ。死になさい」

 

 おっぱいを前にして知能がゼロになった千里が殺された。あいつあんな顔していざという時には性欲に正直すぎる。いけるかもと思ったらすぐ行く。その姿勢、嫌いじゃないぜ?

 

「うーん、修学旅行ですか……数日先輩たちに会えないと考えると、寂しいですね」

「つづちゃんに吸ってやるから、我慢しててくれ」

「あんた、『お土産買ってくる』を『吸ってくる』と間違えたって自覚ある?」

「つづちゃんも胸差し出さなくていいから。カメラ構えてるの見えてるよ」

 

 スクープのためなら己の身も差し出すというのか。見上げた根性だ。その根性に免じて俺の性欲からの言い間違いをなかったことにしてくれると大変助かる。

 

 許されなかった俺は朝日にビンタされて床へその身を放り出した。この女、自分に対するセクハラには甘いのに、自分以外に対するセクハラには鬼のように厳しい。いつもより三倍くらい痛い。クソ、言おうと思って言ったわけじゃないのに。

 

「あんたたちと自由時間一緒に過ごすの不安になってきたわ」

「確かに。日葵が可愛いから向こうの男どもに絡まれないか心配だ」

「それは普通に殺すから問題ないわよ。私が不安なのはあんたたち」

「僕は朝日さんが逮捕されやしないかって不安だよ」

「面白い記事書けそうなんでついていっていいですか?」

 

 確実に面白いことになるとは思うがダメだ。それはつづちゃんにとって面白いだけであって、今の会話を聞く限りだとつづちゃんの手にかかれば俺たちの誰かが社会的に死ぬ。その筆頭は俺と朝日、日葵過激派である。

 

「でも大阪の人ってフランクなイメージありますから、先輩たちほどの美男美女なら絡まれてもおかしくないですね」

「おいおい俺と日葵が美男美女なんて照れるって」

「あんた以外の三人のことに決まってるでしょ? 照れるわ」

「つづちゃんが恭弥と僕を見ながら美男美女って言ったことを見逃す僕じゃない。どういうことか説明してもらおうじゃないか」

「えへへ」

「おい。つづちゃんの『えへへ』が可愛いから許してやれ」

「そうよ。『えへへ』、可愛いじゃない」

「君たちは年下と可愛いものに弱すぎる……!!」

 

 仕方ない。だってつづちゃん可愛いし。大体のことなら許せる自信がある。朝日もあんな記事出した相手だから最初はつんけんしていたが、一緒に話しているうちにめちゃくちゃつづちゃんのこと好きになってるし。初対面であれほど薫を好きになったくらいだ。可愛いもの相手ならすぐに好きになってしまう変態なんだろう。キモ。

 

 でもよく考えてみれば、ヤンキーくらいには絡まれそうだ。だって俺以外の三人美少女だし。一人紛い物が混ざってるけど、もう紛い物じゃないくらいの美少女っぷりだから美少女ってことでいいだろう。

 男からすると、美少女三人を侍らせるスーパー美男子は面白くない。変な因縁をふっかけられる可能性だってある。やばい。そうなったら俺がカッコいいとこ見せられるチャンスじゃん。なんか千里が知略で突破するか朝日がイケメンムーブかまして切り抜けるかの未来しか見えないけど、俺はそこまで情けなくないはず。

 

「まぁ今時絡んでくるヤンキーなんていないわよ。こんな時代にそんな非生産的なことするやつらがいたら天然記念物よ。大事にしてあげましょう」

「千里、ヤンキーになれば朝日が大事にしてくれるらしい」

「僕もこれ以上殴られたくないからヤンキーになろうと思う」

「殴られないように性格を改めればいいと思うんですけど……」

 

 それは無理だ。俺と千里は同時に首を横に振った。

 

 まぁ朝日は基本的に優しいし、ヤンキーになる必要もないだろう。ヤンキーになって朝日に殴られなくなったところで、同じヤンキーに殴られる未来が待っている。本末転倒だ。もしかしたら朝日はそうなることを予想して『大事にしてあげましょう』なんて言ったのかもしれない。恐ろしすぎる。

 

「ん、そろそろ時間ね。じゃああんたは頑張って日葵を誘いなさいよ。怪しくなったらサポートしてあげるから」

「朝日先輩やっぱり優しいですね! 頼りがいがあって好きです!」

「あらそんな。そんなそんな。ふふふ」

「恭弥、どう思う?」

「褒めておいてもしもの時に扱いやすくしようとしてると思う」

 

 邪悪な考えを持つ俺と千里は朝日の手によって制裁され、見事朝のHRに遅刻した。あいつが一番邪悪だろ。

 

 

 

 

 

 

「──夏野さん、俺と付き合ってください!」

「へ?」

 

 バカなやつがいたもんだ、と。好きな人が告白されているのにも関わらず、俺はそんなことを思っていた。

 

 休み時間、教室。シチュエーションはそんなところで、いや、付け加えるのであれば、今告白した男子をにやにやしながら見ている男子が数人いるってところか。大方、修学旅行誰誘う? みたいな話をしているうちにそういうことになったんだろう。学生なんてノリだけで生きている生き物だ。ありえない話じゃない。

 

 正直、俺はそんなバカに向ける意識なんざ持ち合わせちゃいなかった。なぜなら俺の後ろの席には、日葵に近づこうとする不埒な輩を片っ端からぶち殺す修羅がいるからである。

 

「落ち着け、落ち着け! お前女の子がしちゃいけない顔してるぞ!」

「止めないで氷室。我は日葵に近寄る不埒な者どもの一切を塵と化す暴虐の化身」

「ダメだ恭弥。朝日さんキャラが変わるくらいブチギレてる」

 

 流石と言うべきか、千里はバカが日葵に告白した瞬間、朝日の身を案じてすっ飛んできた。正直こうなった朝日を一人で抑え込める自信がなかったから大変ありがたい。

 しかしどうするか。もう朝日のおっぱい揉みしだいて怒りの矛先を俺に向けるか? そうしたら一瞬の幸福と引き換えに地獄への切符を手にすることになるが、他の誰かが死ぬくらいなら安いものだろう。

 

 千里に視線を送る。え? なに? あぁ、そういう……。俺じゃなきゃだめ? ちょうどいいからそうしろ? はいはいわかったよ。

 

「朝日に殺されんなよ」

「君の勇気が花開けばね」

 

 キザなことを言って、千里はウインクを一つ。はぁ、千里がなんとかしてくれりゃいいのに。なんで俺なんだ。

 アイコンタクトで話し合った結果、『俺が日葵を修学旅行の自由時間に誘って、遠回しに断れるようにしろ』ってことになった。確かに、多くの目に晒されながら告白された日葵が告白を断りやすいのは、これが一番かもしれない。

 大勢の前で告白を受け、それを断るのがどれだけ難しいか想像に難くない。なんせ日葵は優しい子だ。どうすれば相手が傷つかないか、もしかしたらバカのことが好きな女の子がどういう気持ちになるか、なんてところまで考えているかもしれない。

 

 それを救えるのは、日葵のことが世界一好きな俺しかいないだろう。

 

「ちょっといいでしゅか」

 

 噛んだ。緊張しすぎた。最悪だ。後ろで千里が爆笑しているのが聞こえる。だって仕方ないじゃん。日葵を誘うんだぞ? そんなことをするってのに緊張しないってのは無理がある。そりゃ噛む。

 

「な、なんだよ」

 

 バカが俺を見る。邪魔するなってところだろうか。

 

 さて、どうしよう。何も考え無しにきてしまった。俺がやるべきことは日葵を誘うこと、それは間違いない。それプラス俺の立場も考えよう。俺は千里と付き合っていると勘違いされていて、もしナンパみたいに日葵を誘えば評判が悪くなる。俺の信頼が落ちれば勘違いの解消も遠のいてしまう。

 つまり、できるだけスマートに日葵を誘って、救出する。それが俺のやるべきこと。

 

「正直、すごいと思った。人に好きって伝えることはかなり難しいことで、めちゃくちゃ勇気がいることなんだ。どういう経緯であれ、それができたお前を俺は尊敬する」

「え、あ、うん。ありがとう?」

「俺はその気持ちを否定することはできない。好きな子と修学旅行を一緒に楽しむ。男なら誰だって一度はする想像だ。ちなみに俺は千里と一緒に楽しむことは決定してるが、そういう意味じゃない。勘違いしないでほしい。俺たちは付き合ってない」

「そんな言い方したら余計怪しまれるよ……?」

 

 いきなり現れた俺に困惑している日葵に言われ、『失敗した』と思いながら言葉を続ける。

 

「つまり何が言いたいかと言うとな。言葉がまとまってない。少し待ってほしい」

「お前何しに来たの?」

「なんかうまい言い回しないかなと思ってさ。考えてたんだけど無理だったんだよ。可哀そうな俺をどうか慰めてくれ。俺は今とてつもなく恥ずかしい」

「知らねぇよ」

 

 バカはどっちだろうか。これじゃ俺はただ場をかき乱すだけかき乱すお邪魔虫。男と女のロマンスを期待する観客から大バッシングを受け、評判はダダ下がり。満足するのは俺の醜態を見て爆笑している千里だけ。助けてくれ。

 

 日葵を前にするとどうもだめだ。いつもならもっとうまく回る口が全然うまく回ってくれない。ほとんど意味のない言葉を並べるだけで、結論はいつも先送り。

 

「アー、うん。今までのやつなしにしてくれ。ストレートに言うわ」

「は? なにを」

「日葵。一緒に修学旅行を楽しもう。自由時間、日葵と一緒に回りたいんだ」

「──」

 

 日葵が目を見開いて、俺を見る。自然と差し伸べた俺の手を見て、俺の顔を見て。

 

 日葵は、俺の手を取った。

 

「──うん、嬉しい」

「……って、朝日が言ってたぞ。あはは。ほんと仲いいよな」

「このヘタレ!」

 

 後ろから朝日が走ってきて、その勢いのままに俺にビンタ。かと思えば朝日は千里とハイタッチをかまし、千里がローリングソバット。

 

 俺は星になった。

 

「ほんと男としてダメね。最初から私が誘えばよかったわ」

「まぁまぁ朝日さん。恭弥も頑張ったんだから」

「そう思うならなんで蹴ったの……?」

 

 駆け寄ってきてくれた日葵に涙しながら声を絞り出すと、「あまりにも熱烈に誘うから嫉妬しちゃった」との一言。沸き立つクラスメイト。ぽかんとする俺。笑う日葵と朝日。

 

「織部くん、ほんとに恭弥のことが好きなんだね。あ、友だちとしてだってことちゃんとわかってるよ?」

 

 いや、違うんだ日葵。あの、あの野郎……!

 

 俺を見て笑う千里の目が、『こうした方が面白いでしょ?』と語っていた。面白さのためなら親友の恋が遠ざかろうともそっちを優先する、悪魔がそこにいた。

 

 勘違いは深まった。千里を問い詰めると「無意識だった。ごめん。ほんとうにごめん」と後悔の念に駆られながら必死に謝罪。お前なんなのほんと。



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第19話 ナンパナンパ

 校区内にある大型デパート『ルミナス』。私はそこに修学旅行で着る服を買いに一人で訪れていた。新しい服を着て行って日葵に「可愛い!」と言ってもらうためである。

 それがいけなかった。

 

「ねぇ、いいっしょ? 一緒に遊ぼうよ」

「可愛いのに一人はもったいないって。な?」

 

 私に絡む性欲で行動するバカ二人。髪も染めていかにもチャラい猿。

 ナンパ。ナンパである。こんな進化した現代に古典的なナンパをしてくるやつがいるのかと感心するくらいのナンパである。普段なら嬉しい、それこそあのクズや織部くんに言われても嬉しい「可愛い」という言葉は不躾な目で見てくる猿に言われても気持ち悪いだけだ。あのクズもそうだけど、おっぱい見すぎじゃない?

 

 がちゃがちゃ騒いでいる猿の声を右から左へ流しながら、どうしようかと考え込む。見るからに知能指数が低そうで、話も通じそうにない。IQの差が大きいと会話ができないらしく、大天才である私とこの猿どもで会話が通じないのは自明の理。さっき「結構です」ときっぱり断ったのにも関わらず、私がどこかに行こうとすると道を塞いでくる。

 

 殴り倒すのもありだが、それで変な恨みを持たれてストーカーになったら怖い。私だって女の子だから、正面からやれば勝てる自信はあっても付きまとわれるのは怖いのだ。

 こんな時少女漫画なら、未来の彼氏が颯爽と現れて助けてくれるものだが、現実は非情。絡まれている私を見ても知らないフリをする有象無象があちらこちら。どうやら人類は発展とともに人情を失ったらしい。

 

 困ったな、と猿どもから視線を外して助けてくれる人がいないかと探していた時、近くで私を見てめんどくさそうにしている見知った顔を見つけた。

 

 氷室恭弥。たった今私に存在が気づかれたことを察して、あろうことか逃げ出そうとしているクズの中のクズ。

 

「あ、氷室じゃない!!!!!」

 

 猿どもの鼓膜を潰すかの如く、逃がすまいと氷室を呼ぶ。しかしあいつはクズなので、「俺は氷室じゃないですよ?」みたいな顔をして去っていこうとした。ほんとにクズねあいつ。

 そんな氷室は、私の目線の先にいる氷室に気づき、「フラれたの? 可哀そうに」と更にエンジンがかかってしまった。あのクズを頼ったのが間違いだった。織部くんだったらまだ可能性があったのに。

 

「……氷室―」

「愛しの氷室くんは俺たちを怖がって逃げていきました」

「っつーわけで、俺たちと一緒に遊ぼうぜ?」

 

 ぞわ、と鳥肌が立つ。私の腕を掴もうと猿の手が伸びてきた。もう仕方ない。周りの目もあるが、ぶっ飛ばしてふん縛って警察呼んで突き出そう。

 そう決意して拳に力を籠めた私の肩を、強引に引き寄せる手。

 

「いやーははは。あの、ははは」

 

 私を胸に抱いた氷室は、「やっちまった俺。殺されんじゃね?」と考えていそうなほど冷や汗を流し、へらへら笑っている。こういう時少女漫画なら「俺のなんで、触らないでくれますか」くらい言うだろうに。

 

「ちょっと、助けにくるの遅いわよ」

「朝日なら一人でどうにかできるって思ってたんだよ。決してめんどくさかったわけじゃねぇぞ」

「はいはい。怖かったのね。自分より強そうなおにーさんが怖かったのね」

「正解」

 

 正解。

 

「あー、ってわけでお兄さん方。お兄さん方にはもっといい女の子がお似合いなので、引き下がってくれませんかね?」

「私いい女でしょ。ぶっ飛ばすわよ」

「は? いい女ってのは日葵や薫のことを言うんだよ。クズは口閉じて空気だけ吸って正義に脅えながら生きてろ」

「あら、それならあんたもクズだから私たちお似合いってことね」

「俺はイケメンな上に超性格いいだろうが」

「さっき逃げようとしてたの見逃してないわよ」

「クズ同士仲良くしよう」

 

 猿を放置して二人で話していると、いつの間にか猿は消えていた。もしかして呆れてどこかへ行ってしまったのだろうか。氷室らしい撃退方法である。ただいつも通り話しているだけで撃退できてしまうなんて、やっぱり氷室はおかしい。

 

 ここで、私は今の状況のものすごさに気づいた。多くの目があるデパートで、氷室に抱き寄せられて、氷室の胸に顔を寄せる私。

 

「……」

「……お前、もしかして俺にときめいてる?」

「ただ恥ずかしいだけよ。さっさと離しなさい」

「俺だいぶ前に肩から手離してるけど」

 

 ほんとうだ。私の肩に氷室の手がない。つまり私は自分の意思で氷室にすり寄ってるように見えるってこと?

 周りを見る。おばちゃんたちがあらあらうふふと私たちを見ていた。

 

 そっと氷室の胸に手を添えて、体を離す。これでも助けてもらったんだ。照れ隠しに殴り飛ばすのは流石にダメだろう。

 

「お前ずっとそうしてると素直に可愛いのにな。クズなのが本当に残念だ」

「あんたって時々普通に褒めてくるわよね。あわよくばを狙ってるの?」

「日葵よりいい女になって出直してこい。俺は日葵以外見えないけどな」

「出直す意味ないじゃない」

 

 顔が熱い。日葵がここにいなくてよかった。こんなところを見られてたら「光莉、やっぱり」と暗い声で言われて、必死に弁明しなきゃならなかった。織部くんに見られても勘違いはしないだろうが、「朝日さん。あれ、朝日さん? 朝日さん朝日さん」とニヤニヤしながら核心に触れずいじってくるに違いない。知り合いがいなくてよかった。

 

「んで、どこ行くんだ?」

「え?」

「え? って、何か買いに来たんだろ?」

「そうだけど、なんであんたに言わなきゃいけないの?」

「ついてくって言ってんだよ。またさっきみたいなことあったらめんどくせぇだろ? 俺は見た目がいいから、男除けに使わせてやるって言ってんだ。泣いて喜べ」

 

 織部くんが言っていた、「恭弥はずるいんだ」っていう意味、めちゃくちゃ分かった気がする。なんだかんだ根はいいやつってこと知ってるからあんまりギャップはないけど、これがもし氷室のことをあまり知らない子がやられたらイチコロだろう。顔はいいから。

 

「日葵に見られても知らないわよ?」

「あ、そうか。もし日葵がいたら勘違いされても困るな。よし、一人で行ってくれ」

 

 氷室を殴り飛ばし、引きずって連れて行った。

 

 

 

 

 

 

 校区内にある大型デパート『ルミナス』。僕はそこに修学旅行で着る服を買いに一人できていた。

 恭弥を誘ったところ、「俺は日葵を誘って買い物に行きたいと思う」と言って断られ、どうせ誘えずに一人できてるんだろうと恭弥を探しにきているのだが、少し困ったことが起きた。

 

「っべ、めっちゃ可愛いじゃん。一緒に遊ばね?」

「いいとこでいいことしようぜ、な?」

 

 ナンパ。ナンパである。

 

 なんで僕なんだよ。こういうのって夏野さんとか朝日さんとかの役回りじゃないの? そこを僕か恭弥が助けに入るってやつじゃないの? なんで僕なんだよ。なんで僕なんだよ!!

 

 取り乱した。落ち着こう。ここは冷静に、僕は男ですと言えば引き下がるはずだ。

 

「あの、僕男なんです」

「嘘つくなって。こんな可愛いのに男の子なはずないだろ?」

「仮に男の子でも君くらい可愛かったらオッケーっしょ」

 

 オッケーじゃねぇよ。

 

 これは本当に困った。朝日さんみたいな腕っぷしは僕にはないし、まさかここで下半身を晒して男を証明するわけにもいかない。第一僕が男でもオッケーって言っているド変態がいるから逆効果になりかねない。なんで可愛いんだよ僕。ふざけんな。

 にしても、高校に入ってナンパされるのは初めてかもしれない。遊びに行くときは大体恭弥と一緒だったからナンパ除けになったし。それが一人で行った瞬間にこれだ。僕なんで女顔なんだ。悔しい。恭弥になりたい。

 

 周りは誰も助けてくれない。見て見ぬふりをする恭弥みたいな……けふんけふん。クズばっかり。クソ、僕どう見てもか弱いだろ。誰か助けてよ。

 

「てか何でそんな性的なの君? 襲われても文句言えねぇよ?」

 

 非常に気持ちが悪い。誰が性的だよこの猿。僕は普通に生きてるだけだ。ちょっと普通の男の子より柔らかくていい匂いがするって言われてめちゃくちゃ女顔なだけなんだ。

 

 めちゃくちゃ性的じゃねぇか。

 

「……うぅ」

「ばっ、なに泣かしてんだお前!」

「いや、そういうつもりじゃないんだって! ご、ごめんね? 言い過ぎだったよな」

 

 本当に悲しくなったことを利用して、泣き真似を発動する。こう見えて僕は演技派だ。流石に泣いている僕を無視する人はいないだろう。

 ほら、遠くから走ってきて猿から僕を庇うように立ってくれたカッコいい人が……。

 

「織部くんに何してるんですか!」

 

 やべ、夏野さんじゃん。息切らしてるじゃん。遠くから僕を見つけて駆けつけてくれた感じじゃん。

 情けなくなってきた。なんで僕女の子に助けてもらってるの? なんで僕が助ける側じゃないの? 神様は残酷だ。僕をいじめて楽しんでるんだ。

 

「ち、違うんだよ! なんかこれは、不幸な事故っつーか」

「事故でもなんでも、女の子……女の子を泣かせちゃダメです!」

 

 おい夏野さん。僕を女の子ってことにしないでほしい。

 

「ナンパするならもっと誠実に、優しくしてください。そうすれば女の子も応えてくれますから」

「え、じゃあ俺たちと遊んでください!」

「お断りです! いこ、織部くん」

「はぃ……」

 

 かっっっこいい……。

 

 僕の手を引いて前を歩く夏野さんがとてつもなく綺麗に見えた。いや、元から綺麗で可愛い人だからそれは当然なんだけど、さっきの行動がカッコよすぎて二倍くらい綺麗に見えた。恭弥が女神だって言うのも頷ける。

 

 しばらく歩くと夏野さんは手を離して、深い息を吐いた。

 

「怖かったぁ……。ごめんね織部くん。女の子って言っちゃったり、急に手掴んだりして」

「や、いいよ。むしろありがとう。久しぶりにナンパされたから困ってたんだ」

「そ? お節介じゃないならよかった!」

 

 恭弥とは確実に釣り合わない。人間ができすぎている。親友がフラれる未来を考えるととてつもなく悲しい。今度会ったら慰めてあげよう。

 

「……んーと、ね。織部くん。ちょっとお願いごとしてもいい?」

「助けてもらったんだから僕にできることならなんでも言ってよ」

「ありがと。……別に、深い意味はないんだけどね。恭弥ってどんな格好が好きなのかなぁって、よかったら、一緒に服見てくれると嬉しいなぁ、とか」

 

 もじもじして、ちらちら僕を見る夏野さん。その頬は可愛らしくピンク色に染まっていて、まさに恋する乙女。

 

 なるほど、勝ち戦か。恭弥を慰めるのはなしにしよう。

 

「うん、いいよ。夏野さんとデートなんて、恭弥には悪い気もするけどね」

「きょ、恭弥は関係ないよ? うん、ほんとに」

 

 わたわたと手を振って否定する夏野さん。確定だ。これは確実に恭弥のことが好きだ。

 綺麗だった夏野さんは恭弥のことを想った瞬間に可愛くなり、それがどこか面白くてくすくす笑ってしまう。

 

 不満気に僕をじとっと睨んでくる夏野さんに「ごめんごめん」と謝って、二人並んで歩きだした。



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第20話 試着室トラブル

「お、これいいんじゃね? ぜひ試着してみてくれ」

「紐水着持って店内うろつけるあんたの気がしれないわ」

 

 せっかく水着コーナーから持ってきたのに、極悪非道な朝日にひったくられ殴られてしまった。似合うと思ったのに。

 

 ブティック。女性ものが置いてあるところに男が入るのは難易度が高いと思春期男子は思うだろうが、俺はそうでもない。薫の買い物に付き合ったり、そもそも俺に羞恥心なんてものは日葵に対して以外存在しないので、下着売り場でも水着売り場でも堂々と練り歩くことができる。お客さんがいい気しないからほとんどしないけど。

 しかし、似合うと思ったんだけどなぁ。

 

「オレンジって朝日似合うと思うんだよな。やっぱり着てみねぇ?」

「オレンジ好きだけど、紐の時点で色なんて関係ないでしょ」

「あ、好きなんだ。やっぱり俺の見る目は間違ってなかったな」

「調子乗んなクズ。大体あんたの意見なんて聞いてないのよ。私は日葵に可愛いって言ってもらうために買いに来たんだから。ね、どっちがいいと思う?」

「秒で意見聞いてんじゃねぇか」

 

 黄色いロゴの入ったTシャツとそれと色違いのオレンジのTシャツ。正直さっきの流れならオレンジに決まってんだろと口汚く罵りたかったが、朝日の中では微妙に違うものがあるのかもしれない。

 

「いや、どっちにしろオレンジだわ。黄色も似合うけど、どっちかしか買わないってんならオレンジ」

「そ。まぁ買わないけど」

「俺の貴重な時間使わせてる自覚あんのか?」

「美少女とデートできてるっていう自覚あるの?」

「あぁ。正直緊張してる」

「無表情で言っても説得力ないわよ」

「まぁ思ってもないこと言ってるしなぁ」

 

 朝日が選んだあとで試着するための服めちゃくちゃ持たされてるし、ついていくって言わなきゃよかったって後悔してるところだ。確かに朝日は美少女だが、日葵と比べるとどうも……つーか俺的には千里の方がかわいい。愛嬌的な問題で。流石にこれを言うとかわいそうなので心の内に秘めておこう。

 

「ちなみに私と織部くん、どっちの方がかわいいって思ってる?」

「千里千里。あ」

 

 最初に刺激されたのは、聴覚。俺の頬から鳴ったパァン! という音。それから一瞬後、ビンタされたということに気づいた。なに、達人なのこいつ? 腕の振りとか見えなかったんだけど。

 

「正直すぎるのよあんた。ここは普通『朝日に決まってるだろ?』って言うとこでしょ?」

「でもお前俺の嘘見破るじゃん」

「思ってもないこと言う時思ってもないこと言ってますみたいな顔してるからでしょ。もっとポーカーフェイス学びなさい」

「朝日も嘘で朝日のがかわいいって言われるの嫌だろ?」

「別に? かわいいって言われるの気分いいじゃない」

 

 ブレねぇなこいつ。

 

 でも褒め言葉をまっすぐ受け止められるっていうのはいいことだ。俺もイケメンって言われるとまっすぐ受け止めるし、褒められたら謙遜なんて一切しない。だって俺イケメンだし。事実を言われてるのに否定するってバカのすることじゃないか?

 

「じゃ、試着するから見張っておいて」

「なにを?」

「かわいい私の着替えを覗こうとするやつがいるかもしれないでしょ」

「あぁなるほど。わかった、料金設定は?」

「金払えばいいってわけじゃないのよドクズ」

 

 朝日は勢いよくカーテンを閉めて俺を視界から消した。

 あれ? 『着替えを無料で覗かせたくないから、お金を受け取っておいて』ってことじゃなかったのか? 女の子って難しいな。朝日くらい可愛くておっぱい大きい女の子なら、着替え覗ける権利なんてめちゃくちゃ高く売れそうなのに。

 

 まぁ朝日はそんな軽い女の子じゃないし、軽く扱っていい女の子でもない。ちなみに俺は朝日の友だちなので安く設定してくれるだろうと信じている。

 

 財布を取り出して中身を確認していると、試着室から朝日が顔だけ出してきた。

 

「あんたなんで一万円私に差し出してるの?」

「え、これで見せてくれるんじゃねぇの?」

「百万円持ってきなさい。そしたら見せてあげてその後殺すわ」

「俺が金払う意味がまったくねぇじゃねぇか」

 

 催促かな? と思って一万円を差し出すとそうではなかったらしい。仕方なく一万円を財布にしまって、「で、どうしたんだ?」と兄貴っぽく優しく微笑む。

 

「あんたそうしてたらモテそうなのにね」

「マジ? ちなみに朝日は惚れる?」

「中身を知ったら速攻でさよなら」

「福袋って買うまでが楽しいもんな」

「あんた自分のこと福袋って言って悲しくならないの?」

「誰が福袋だコラ!」

「情緒どうなってんのよ。それで、ちょっとお願いしたいことが……!」

 

 言葉の途中で朝日が目を見開き、どうしたのかと頭の中に疑問符を浮かべていると、突然朝日に腕を引っ張られて試着室に引きずり込まれた。え、うそ。俺今からおいしくいただかれちゃうわけ?

 

「い、いくらですか」

「静かにしなさい! あといくら積まれても売らないわよ!」

 

 俺は紳士なので朝日を見ないようにじっと朝日の体を見つめながら間違えた。上を見上げ、一瞬で目に焼き付けた朝日の下着姿を、いや見ちゃいない。朝日が一番似合う色の下着をつけていたなんてこと俺は知らない。

 

「一体どうしたんだ? オレンジ色の下着なんて着て」

「引きずり込んだ理由を聞きたいのね。あんた気が動転するとポンコツになるクセ治した方がいいわよ」

「朝日はすぐに手を出すクセを治した方がいい」

 

 自白してしまった俺はわき腹をつねられて悲鳴をあげそうになるが、静かにしなさいと言われた手前鋼の精神でもって悲鳴を抑える。てか静かにしろって言うなら俺に暴力働くなや。大声出すぞ?

 大声出したら俺が捕まるということに気づいた。俺大ピンチじゃん。

 

「で、あんたを引きずり込んだ理由だけど。いたのよ」

「誰が」

「日葵と織部くんが」

「なるほどな。俺は千里を殺せばいいってことか?」

「私もそうしたいところだけど、ちょっと待って」

 

 そうしたいところなのかよ。

 

「……日葵に私とあんたが一緒にいる状況見られたら、どう思われると思う?」

「休みの日、一緒に服を見に来た男女二人。なるほどね?」

 

 つまり、朝日はそう思われることを回避するために俺を引きずり込んだってことか? なんていいやつなんだ。

 ……待てよ。

 

「引きずり込んだらダメじゃん。まだ試着室の前にいたんだったらナンパから助けてボディーガードにって説明できるけど、一緒の試着室に入ってたら終わりじゃん。言い訳しても無駄じゃん」

「…………」

「返す言葉がねぇじゃねぇか」

 

 こいつも俺と同じく気が動転したらポンコツになるのかよ。前から知ってたけど、自分が関わってくるとこうも悪い方向に事を運ぶようになるとは。いつも俺を助けてくれる朝日はどこに行ったんだ?

 っていうか、ちょっとほんとにヤバイ。せめて服着てほしい。ずっと上見てるのきついし、なんなら朝日が引きずり込んだ態勢のまま動かないから柔らかいの当たってるし。こいつほんとにポンコツだな。もしかしたら俺よりポンコツなんじゃねぇの?

 

「朝日、離れて服を着てくれ。このままじゃ俺がマズい」

「あ、ご、ごめん。すぐ着るわね?」

「その間俺が外の様子ちらって見て、隙を見て抜け出す」

「ちょっと、大丈夫なの? このままここで待っておいた方が」

「女の子と試着室にずっといるって、好きな子相手じゃなくても緊張するだろ。大丈夫、俺に任せろ」

 

 意を決してカーテンを少し開け、外を見る。

 

 ちょうど試着室の前を通りがかった千里と目が合った。

 

「え? 恭」

 

 千里の腕を掴んで引きずり込む。大声を出さないように口を塞いで、着替えている朝日が見えないように壁に押さえつけた。

 

「ふぅ、危なかったぜ」

「……!!」

「なにやってんのよあんた!」

「だって! 完全に目が合ったし! テンパるし!」

「織部くん日葵と一緒にきてるのよ? 織部くんがいなくなったら日葵が不思議がるに決まってるじゃない!」

「あ、そうだテメェ! 何日葵と一緒にデートしてやがんだ! おい、何か喋れよ!」

「あんたが口塞いでんのよ!」

 

 あ、そうだった。うっかりしていた俺は潤いのある千里の唇から手を離し、千里の弁明を待つ。

 

「……恭弥だって」

「ん?」

「恭弥だって夏野さん誘うって言って、朝日さんとデートしてるじゃないか」

「……いや、違うんだよ。千里、これはな?」

「朝日さんと遊ぶから僕と一緒に行かなかった。これがどういうことかわからないほど僕はバカじゃない。……まさか、恭弥が僕に嘘つくなんて思ってなかったけど」

「違うんだ、話を聞いてくれ!」

「ねぇ、男二人の修羅場を見せつけられてる下着姿の私に何か言うことない?」

「ごめん! 早く服着てくれ!」

 

 クソ、いつもの千里らしくない。千里ならちゃんと話を聞いてくれるはず。どんなことがあってもまず話を聞いて、それから自分で判断するやつだった。千里から逃げて文芸部室に逃げ込んだあの日でさえ、俺の話をちゃんと聞いてから怒ってた。

 なのに今は話すら聞いてくれない。虫の居所が悪いのか?

 

「千里、落ち着いて話を聞いてくれ。まず、朝日と今日会ったのは偶然なんだ」

「試着室に一緒に入ってたのに?」

「それは全部このアホが悪い」

「それはほんとよ織部くん。私が氷室を引きずり込んだの」

「朝日さんからのアプローチってこと?」

「おい大事なところ端折るな。千里、丁寧に説明するからちゃんと聞いてくれよ」

「……うん」

 

 千里を落ち着かせるように背中を撫でて、順を追って説明していく。

 

「まず、俺は朝日がナンパされていたから仕方なく助けた」

「……ナンパ」

「おう。で、朝日を一人にしておくとまたナンパされてもって思ったから、朝日についていくことにした」

「ついていく」

「それで、朝日が試着するから見張っとけって言われてる時に、朝日が千里と日葵を見つけて俺を試着室に引きずり込んだ。朝日が気を遣って、俺と朝日が一緒にいるところを日葵に見られたら付き合ってるって思われるんじゃないかってな」

「……」

 

 千里がじとっと着替え終わった朝日を見る。朝日は珍しく狼狽えて、「ごめん……」と素直に頭を下げた。うんうん。全部お前が悪いんだからな?

 

「……僕のことは助けてくれなかったのに」

「助けてくれなかった?」

「んーん。ごめん。ちょっと気に入らないことがあったから、気が動転してた。そういうことだったんだね」

 

 流石千里。ちゃんと話を聞いてくれたらわかってくれた。気に入らないことっていうのが気になるが、何かあったんだろうか。親友である千里が嫌な思いをすると俺も嫌な思いになるかと言われればそうでもないが、心配ではある。多分千里もナンパされたとかそんなところだろうから、あえて突っついて思い出させるようなことはしないが。

 

「……ちょっと待てよ。おい千里。お前が日葵と一緒にいる理由はなんなんだ?」

「あ、そうじゃない。返答次第では殺すか沈めるわよ」

「どっちも死ぬと思うんだけど……恭弥たちと一緒だよ」

「一緒て、もしかして日葵がナンパされてたの……? 許せねぇ」

「お前もっと自分が女の子ってこと自覚しろ」

「う、うん。そうそう。夏野さんがね。あはは」

 

 朝日と目を合わせる。織部くんがナンパされたのね。あぁ、間違いない。目で言葉を交わし、頷き合って突っつかないようにしようと決めた。

 

「あ、そうだ、夏野さん。流石にこれ見られるとマズいから、僕が出て行ってそれとなく誘導するね」

「おい気をつけろよ? 俺さっき外見て隙見て出るわっつってお前と目が合ったんだから」

「はは、恭弥じゃあるまいし。そんなことあるわけないじゃないか」

「ここにいるよー」

「外から日葵の声が聞こえてきたんだけど、聞き間違いだと思うか?」

「聞き間違いだと思いたいわね」

「聞こえなかったってことにしたら幸せになれるよ」

「聞き間違いじゃないよー!」

 

 完全にいるじゃん。カーテン挟んですぐそこにいるじゃん。あーあ。俺たちの冒険はここで終わりだ。俺は千里か朝日と結婚して、クズ家族として世界的に有名になってハリウッドデビューするんだ。始まりじゃねぇか。

 

「ねぇ、ここはあんたたちをボコボコにして誰かわからないようにするっていうのはどう?」

「誰かわからないようになるより先に僕らが死ぬに一億ドル。つまりその案は却下だ」

「ここは千里が俺たちの声を出せるっていう特技があるってことにしよう」

「僕出せないからすぐにばれるよ?」

「出せるようになりなさい。声帯引きちぎってあげるから」

「引きちぎってあげるってなんで仕方なくみたいに言ってるんだよ。嫌に決まってるだろ」

「頼む、千里が出て行くしかないんだ。俺と朝日はまだ日葵と会ってないから、どうしても不自然になる」

「ここに光莉の靴あるよー」

「お前何靴なんて履いてきてんだよ」

「文明人らしい生活くらいさせなさいよ」

 

 お前みたいなクズは裸足で歩いとけやボケ。

 

 しっかしマズい。悉く俺たちの作戦が日葵に否定されていく。っていうか日葵遊んでないか? もっと怒っててもよさそうなもんだけど、くすくす笑ってる声聞こえてるし。焦ってる俺たちを笑ってるんじゃないか?

 

「……日葵、笑ってる?」

「……っ、ごめんごめん。全部聞いてたよ。でも私を仲間外れにしたから、ちょっといじめちゃおって思って」

「そ、そういうことだったのね。いくらでもいじめてくれていいのに。あ、危ない。ちょっと、趣味悪いわよ?」

「欲望を言い切ってたぞ」

「危ないどころの騒ぎじゃなかったね」

 

 朝日がカーテンを開けながら欲望を口にし、「私なにも言ってないけど?」みたいな顔で俺たちを見てくる。これ以上何か言うと殺されるので、千里と頷き合って朝日の失言をなかったことにした。

 

「もう、いっつも三人で楽しそうにしてるんだから」

「違うわよ。私はこいつらに巻き込まれてるの」

「でも光莉、二人と一緒にいるとすっごく楽しそうだよ?」

「……否定しないけど、日葵が一番よ」

「ほんと? 嬉しい!」

「見ろ千里。あれがこの世の『美』だ」

「あれが『美』か……」

 

 二人で『美』を鑑賞していると、日葵と朝日の意識がこっちに向いていない時に千里がこっそり話しかけてくる。

 色? オレンジ。そうそう。あれはすごかったね。



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第21話 下駄箱告白相談

 下駄箱を開けると、一つの手紙。開くと、『今日の放課後、校舎裏で待っています』という文。

 これは、あれだろうか。告白、みたいな。

 

「こういうのって、女の子から男の子にするものなんじゃないの……?」

 

 思わず独り言をぽつりと呟いて、ため息を吐いた。

 

 

 

 

 

「え? 記事にしていいってことですか?」

「あんたは人の色恋を記事のネタとしか捉えてないの?」

「失礼ながら、朝日先輩に告白なんて面白い方だなと思って」

「ほんとに失礼ねあんた。年下じゃなきゃぶん殴ってたわよ」

「だからってストレス発散に俺を殴るのはやめてもらおうか」

 

 朝、文芸部部室。気が重そうに入ってきた朝日に何があったのかと聞いてみると、『告白っぽい手紙が入っていた』と相談された。つづちゃんの言う通り、朝日に告白しようなんて面白いやつだ。確かに見た目はいいし性格もクズだが根はいいやつで頭もいいから惚れてもおかしくないが、こいつと付き合ったら命がいくつあっても足りやしない。常に受刑者のような気分で過ごさなければいけないだろう。

 

「でも告白って嬉しいものなんじゃないの?」

「嫌よ。忘れたの? 私仲いい相手以外には外面マックスなんだから」

「つまり、本当の自分を知らないくせに告白しようとしてんじゃないわよってことか? テメェが見せてねぇくせに勝手言ってんじゃねぇよボケが」

「違うわよ。断るのに体力いるからに決まってるじゃない」

「結構気遣いますよねー。仮にも自分を好きになってくれた相手ですから、適当には扱えませんし」

「え、つづちゃん告白されたことあんの?」

 

 いや、つづちゃんは可愛いからそりゃあるだろうが、ちょっと性格というより行動がおかしいから一切ないと思ってた。それにどっちかって言うと恋愛相手って言うより庇護対象みたいな感じだし。まぁそこから発展して恋愛感情を持ってもおかしくはないと思うけど。

 

「断るのは確定なんだね」

「当たり前じゃない。日葵との時間を削ってまで男と一緒にいようとなんて思わないわ」

「俺たちと一緒にいる時点でその理論は通じないぞ」

「あんたたちは友だちじゃない。それとこれとは話が違うわ」

「千里。朝日の素直なところ俺すごい好きなんだけど、めちゃくちゃ照れる」

「クズはストレートな好意に弱いからね。おめでとうクズ」

「織部先輩も顔赤くなってますよー」

 

 にやにやと俺たちを見ている朝日から顔を逸らす。クソ、こいつ普通に俺たちのこと友だちとか言ってくるし特別扱いするから照れるんだよ。俺も友だちだと思ってるし特別だとは思ってるけど、口に出されると調子狂う。いつもクズって罵って暴力振るってくるクセに、ストレートに好意伝えてくるとかずるいだろ。

 

 ……もしかして俺もストレートに好意伝えたら朝日照れるんじゃね?

 

「朝日、好きだ」

「隙? あんたに晒す隙なんてないと思うけど」

「失敗したね恭弥。普段の行いが行いだから、君が朝日さんの命を狙ってると思われてる」

「てか隙晒さないって友だちじゃなくね? 安心くらいしろよ」

「男の子と女の子ですからねー。特に先輩たちみたいな男の子相手なら警戒しますよ」

「つづちゃんって実はしっかりしてるな?」

 

 というかこの中で一番しっかりしてるんじゃないか? 変な記事書いても学生生活を問題なく過ごしている……いや、つづちゃんの学生生活を一から百まで全部見たわけじゃないが、毎日ここにきているから問題なく過ごしているんだろう。それができているのなら立ち回りがうまいってことだ。もしくは何を言われても気にしない激つよメンタル。千里にはないものだ。

 

「じゃなくて、あれよ。どう断ったらいいと思う?」

「え? 殴らねぇの?」

「殴るのはあんたと織部くんだけよ」

「恭弥。僕はまかり間違っても朝日さんを好きにならないと誓ったよ」

「告白すると殴られるらしいからな。まぁ俺には日葵がいるから大丈夫だ」

「別に求めてないけど、正面切って好きにならないって言われたらムカつくわね」

 

 朝日が拳を握ったのを見て二人揃って頭を下げる。違うんですよ姉御。へへ、俺らちょっとおふざけが好きでしてね。決して姉御に魅力がないってわけじゃないんでさぁ。

 それにしても、告白される方って確かに困るよな。前日葵が告白された時もめちゃくちゃ困ってたし。される方っていうか断る方か。もし断ったとしてそれがバレて、その相手を好きな女の子がいたら「何アイツ、調子乗ってんじゃないの?」って変な恨みを持たれるかもしれないし。

 

「要するに、波風立てないような断り方したいってことだよな?」

「そうねぇ。相手が誰かもわからないし、先輩とかなら楽に断れるんだけど、同じ学年ならそうもいかないじゃない?」

「それが噂になったりしたらめんどくさいですもんねー」

「逆恨みされたりとかね。そうなったらあんたたちを肉壁にするから問題ないといえば問題ないんだけど」

「『私を守って』とか可愛らしい頼み方できねぇのか」

「僕は薄いから肉壁に向いてないよ」

「お前はさりげなく逃れようとしてんじゃねぇよ。一緒に死ぬぞ」

「いただきました!」

 

 写真を撮られ、記事にされることが決定してしまった。見出しは『美男子カップル、心中宣言!』ってところだろうか。俺近いうちに死ななきゃいけないの?

 

 文句は言ったが、朝日が逆恨みやらなんやらされたら流石に守ろうとは思う。日葵の親友だし、俺の友だちだしいいやつだし。人間一度は経験あるとは思うが、『こいつとは長い付き合いになるな』『こいつめちゃくちゃ波長合うな』って思う人が一人はいるだろう。俺にとってのそれが千里と朝日。そして日葵は一生をかけて愛し抜くと誓った人。キャッ、恥ずかしい!

 

「何頬抑えていやんいやんってしてるのよ。殺すわよ?」

「この程度で殺されたら、俺お前の前で迂闊に動けねぇよ」

「大丈夫。恭弥が殺されそうになったら僕は逃げるから」

「『僕は大丈夫だから安心して』ってことですね。これぞ愛!」

「うるせぇよお前も一緒に死ね」

「いただきました!」

 

 また頂かれてしまった。俺は何度差し上げれば気が済むんだ?

 

「っつーか、ここにきての告白ってやっぱ修学旅行が関係してんのかね?」

「修学旅行終わってから、一緒に回りたかったってなるのが嫌とかあるのかもね」

「私日葵以外と回る気はないわよ。あんたたちはおまけの中のおまけ」

「頂点じゃん! やったな千里!」

「そこで満足するなんて、小さい人間なんですね!」

「つづちゃん。君は先輩をもっと敬った方がいい」

「恭弥を敬うところなんてないでしょ」

 

 あるだろ。イケメンで頭よくて運動神経よくてスタイルよくて性格はいいところを全部打ち消すくらいのクズ。

 つまり敬うところは一つもない。

 

 あーあ、俺も敬ってもらえるような人間になりてぇな。どうすればいいんだろう。後輩に優しく接したら「あの先輩、年下に手を出そうとしてる?」って噂になるだろうし、先輩として貫禄見せようとしたら「あの先輩、偉そうじゃない?」って噂になるだろうし、俺の性格が治らない限り無理な気がしてきた。ってことは一生無理だ。はは、クソだクソ。

 

「はぁ、あんたたちが告白してきたんだったらすぐに断れるのに。織部くんならちょっと怪しいけど」

「恭弥。薫ちゃんには謝っておいてくれ」

「チャンスだと思ってすぐ飛びつくんじゃねぇよ。お前が魚だったらすぐに死ぬぞ」

「織部先輩おいしそうですもんね」

「つづちゃん。二度と僕に近寄らないでほしい」

 

 椅子を引いてつづちゃんから距離をとる千里。立ち上がって千里に近づくつづちゃん。千里は立ち上がってつづちゃんから逃げ出すが、つづちゃんはカメラを構えて千里を追いまわし始めた。

 

「で、どうしたらいいと思う?」

「部室で追いかけっこが始まったのは放置するんだな。まぁ多分千里が酷い目に遭うだけだから俺も構いやしねぇけど」

「構えよ! 僕が後輩においしく頂かれようとしてるんだぞ!」

「魚だけにおいしいネタをってことですね!」

「面白くねぇよ!」

「どうでもいいけど、織部くんって余裕なくなると氷室みたいな口調になるわよね。元からその口調なら男らしくなるのに」

「聖さんに止められてるんだってよ。女の子が強がってるように見えて可愛いからって」

「なるほどね」

 

 いわゆるギャップというやつだ。千里が男らしい口調で喋っていると、今みたいな喋り方をしている時よりも断然目を引く。簡単に言うと可愛さが増す。『僕は男なんだ!』と騒いでいるみたいで可愛くて仕方ないというのは聖さん談。

 

「あ。あんたが私の彼氏ってことにしてやっぱなし。気持ち悪いこと言わないでよ」

「俺何も言ってないのにフラれてひどく傷ついたんだけど?」

「何言ってんのよ。私の誘いを断るっていうとんでもなく苦しいことをさせないであげたのに」

「は? お前の誘いを断んのに何の労力も必要ねぇよ」

 

 俺の足の感覚がなくなった。朝日に踏まれたんだろうってことしかわからない。ちゃんと足がついているか確認するのが怖いので、努めて冷静に振舞おうと思う。

 

「はぁ、はぁ……つ、疲れた。つづちゃん思ったより体力あって必死になってた」

「撮影は体力勝負ですからね!」

「千里。顔赤くしてはぁはぁ言ってるとエロいからすぐに落ち着いてくれ」

「あんたは取り繕うことを覚えなさい。織部くん、気にしないでね。ものすごくえっちよ」

「お前も抑えきれてねぇじゃねぇか」

「朝日さんがえっちって言うとえっちだよね」

 

 こいつも相当じゃねぇか。ものすごくわかるけども。

 

 アホなことを言った千里と深く頷いていた俺が朝日のビンタによって制裁され、一息。そろそろ朝日の相談に乗ろうとしたところで、予鈴が鳴った。

 

「さ、解決したところで教室に行くか」

「そうだね。人の悩みを解決するっていうのは気分がいいなぁ」

「お昼日葵に相談するわね」

「おいおい俺たちは親友だろ? もちろん俺も一緒に相談に乗るさ」

「氷室先輩も魚ならすぐに死にますね」

「夏野さんにいただかれるなら本望じゃない?」

 

 今俺は日葵を利用した朝日につられたんだけどな。



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第22話 校舎裏、好意

「え、告白!?」

「かもしれないってだけよ」

「よく考えたら朝日に告白なんて自殺行為だもんな」

「私に喧嘩を売るのも自殺行為だと知りなさい」

 

 昼、屋上、ベンチ、昼食、相談。それは俺が朝日に制裁されたところから始まった。

 朝日に「朝呼び出しの手紙が入っていた」と聞かされた日葵はとてもかわいらしくびっくりして、俺も日葵の可愛らしさにびっくりした。なんでこんなに可愛いんだろう。あとなんでこんなに頬が痛いんだろう。これは朝日にビンタされたからだ。

 

「それで、どう断ったらいいかと思って。こいつらは役立たずだったから日葵に聞こうかなって」

「誰が役立たずだよ。お前が俺たちを活かしきれてないんじゃないのか?」

「あんたたちが私に合わせなさい。この愚図ども」

「はは。愚図だってよ千里」

「どもって言ってるのが聞こえなかったの? そこから君を省くとなると、夏野さんが愚図ってことになるけど」

「は? 俺が愚図に決まってんだろ愚図。調子乗んな」

「そもそも愚図じゃないとかは言わないの?」

 

 流石日葵、その発想はなかった。罵倒され慣れ過ぎてて愚図っていうのを普通に受け入れてしまった。そういえば俺愚図じゃないし。決断するまで早いし。その決断が正解かどうかは別として。

 ていうか日葵ってお弁当作ってきてるんだな。……俺に作ってきてくれたりしないかな? いくら積めば作ってきてくれるんだろう。すぐにお金は用意できないから俺の体の一部とかでもいいのかどうか。

 

「千里、俺の価値ってどれくらいだ?」

「ゴミ」

「ありがとう。お金にするわ」

 

 千里の有難い助言により日葵へお金を献上することが決定した。あとは日葵との交渉……の前に日葵過激派の朝日を通す必要がある。朝日に黙ってお弁当を作ってきてもらってそれがバレたら、朝日が修羅になって俺を八つ裂きにし、日葵が作ってきてくれたお弁当を横取りして平らげる可能性がある。

 

 とんでもねぇやつだぜ。

 

「うーん、相手がどんな人かもわからないのに断るの?」

「どんな人かもわからないから断るのよ。知らない人と付き合える?」

「ほら、織部くんかもしれないじゃん」

「僕が朝日さんに? ははは、ハーッハッハッハ!」

「殺すわ」

「待て朝日! 千里はただ面白くて笑ってるだけなんだ!」

「恭弥、火に油注いでるよ?」

 

 こら、と千里と二人して日葵からおしかりを受け、「日葵が言うなら仕方ないな」「夏野さんが言うなら仕方ないね」と二人で朝日に謝った。朝日は俺たちを羨ましそうに見ていた。お前日葵から怒られたいの? ふふ、日葵からの「こら」を受けられるのは俺の特権……。

 そういえばさっき千里も「こら」って言われてたな。あとで殺しておこう。

 

「仮に織部くんだったとしても多分断るわよ。普段がこれじゃあね」

「光莉って二人とこうやって遊んでるのに、付き合うってなったらちょっと乙女な感じになりそうだもんねー」

「わかる。男に名前呼びされたら照れるタイプと見た。いけ千里!」

「……」

「死んでる……」

 

 千里に朝日の名前を呼ばせて朝日を照れさせようとして千里を見ると、既に千里は朝日の手によって沈められていた。お前、名前呼ばれたくないからってそこまでする? っていうかやっぱり恥ずかしいんじゃん。ったく、乙女なんだから。

 

「氷室はともかく、織部くんは表情作るのうまいから照れそうでいやなのよ」

「確かに演技派だもんな。つまり俺なら名前呼びしてもいいってこと?」

「気持ち悪いけどあんたなら別に何も思わないわね」

「気持ち悪いって思ってんじゃねぇか」

 

 気持ち悪いって言われて名前呼びする勇気なんて俺にはない。日葵も「やめときなよ」みたいな目で俺を見てるし、これで朝日の名前を呼んだら日葵を裏切ることになる。それは万死に値する行為であり、俺は自分で自分を許せなくなって自害する。そして英雄として後世まで語り継がれる。

 

「つか、馬鹿正直に行かなきゃいいんじゃね? 手紙無視すりゃあ相手も察してくれんだろ」

「せっかく勇気出して手紙くれたんだから、誠実に答えたいでしょ? そんなんだからあんたはクズなのよ」

「ほんとに、人の気持ち考えろよ千里」

「僕も同じこと思ってたから甘んじて受け入れるけど、人に押し付けた時点で君の方がクズってことが証明された」

 

 負けた。

 

 にしても、朝日に告白しようとしてるとんでもなく勇気のあるやつっていったい誰なんだろうか。俺と千里がいるせいでクラスメイトには段々化けの皮が剥がれてきてるから、多分クラスメイトじゃない。他のクラスか、もしくは他学年。

 いや、もしかしたら化けの皮が剥がれているからこそクラスメイトからか? 本当の朝日って素敵。好き! みたいな。はは。バカじゃね?

 

「んー、でも光莉が織部くん以外の男の子隣にいるのって想像できないなぁ」

「最近ずっと一緒にいるからってだけでしょ。っていうか付き合わないって言ってるのに」

「千里。なんで俺は選考から漏れたんだと思う?」

「男としての完成度」

「じゃあお前バチボコに低いじゃねぇか」

 

 背中を優しく撫でられた。俺にはわかる。「次はないよ?」ってやつだ、これ。ただの暴力よりよっぽど怖い。俺は今精神を千里に支配された。千里に逆らえない体にされてしまった。

 

 なんかエロくね?

 

「正面からごめんなさいっていうのが一番いいんじゃない? 大丈夫、光莉に何かあったら私が守ってあげるから!」

「何か起きないかな……」

「守ってもらいたいからって変な断りすんじゃねぇぞ」

「そうなったら僕ら守らないからね」

「あら、守ってくれるつもりだったの?」

「当たり前だろ。友だちなんだから」

「流石に僕らもそこまでクズじゃないよ」

「……」

「あ、光莉照れてる」

「うるさい」

 

 なるほど確かに。こりゃ惚れても仕方ない。

 

 

 

 

 

 さて。

 

 放課後、校舎裏。案の定見に来ようとした男二人を締め上げて帰らせて、「日葵、一人だと心細いから、隠れて見ててくれない?」と上目遣いで頼むと、「光莉。相手の人は勇気を出して光莉に想いを伝えようとしてるんだから、それを見られるのって嫌がるんじゃないかな」と正義の言葉で殴られ、私は一人で校舎裏にきていた。クズには日葵の言葉がよく効く。

 

 正直、心細いっていうのは本当だ。なんなら恥を忍んであいつらに隠れて見ていてもらうっていうのも考えたくらいだ。だって、男ってのは基本的に信用しちゃいけない生き物で、逆上して何をされるかわかったものじゃない。だから、男であるあの二人に見ていてもらって、万が一の時に助けてもらう。

 でも結局、私の方があいつらより強いから恥を優先して帰ってもらった。まったく、情けないわねあいつら。

 

「ん?」

 

 私を呼んでおいて待たせるなんていい度胸ね。ぶん殴ってやろうかしら? と思っていたその時、相手が校舎裏にやってきた。

 

 綺麗な人だな、と思った。肩まで伸ばした髪に、儚げな瞳に薄い唇に綺麗に通った鼻筋。スカートから伸びた足は長く、身長も日葵より高いくらい。多分167くらいはあるだろう。スレンダーな美人だ。

 

 スカート?

 

「……」

「きてくれたんやね、朝日さん」

 

 スカート。

 

「えっと、一応クラスメイトなんやけど、私のことわかる?」

「スカート」

「私のこと衣類って認識してたん?」

 

 スカート。

 

「……いや、ごめん。そういう世界もあるわよね。気が動転してたわ。えっと、岸さんよね? (きし)春乃(はるの)さん」

 

 岸春乃。クラスメイトで、幼い頃に関西から東京へ引っ越してきたらしく、未だに関西弁が抜けていない明るい子。頭の方がよろしくなく、運動神経は抜群。その程度のことしか知らないが、日葵と織部くん以外に関心がほとんどない氷室よりはマシだろう。

 でも、そうか。スカートか。違う、女の子か。うん、まぁ氷室と織部くんがあんな感じだし、同性愛っていうの? そういうのがあるって知ってたけど、まさか自分がその立場になるなんて。

 

「それで、今日呼んだ理由なんやけど」

「やっぱり胸がいいの?」

「当てつけかコラ。デカいモン持っとる優越感かコラ」

 

 違うらしい。男は私の胸を見てくるから女の子もそうかと思っていたが、となるとどこを好きになってくれたんだろうか。

 

「うーん、やっぱり顔?」

「……なんか勘違いしてへん?」

「え? どうにかして私を犯そうとしてるんじゃないの?」

「思考回路不思議選手権チャンピオン? そんなわけないやろ」

 

 どうやら私はチャンピオンらしい。明日あいつらに自慢してやろう。

 

「なんだ。あんな手紙だったから告白と勘違いしちゃった」

「確かにややこしかったかもせんけど、普通犯すって発想なるか?」

「好きになったら犯したいって思うものなんじゃないの?」

「うーん、否定はせんけど……あと、口調素の方でええで」

「あ、知ってるんだ」

「まぁ、それが今日呼びだした理由とも重なるところはあって……」

 

 私の外向けの口調が素じゃないってことを知ってるってことが、呼び出した理由に重なる? どういうことだろうか。私の素の口調に関係すること。えっと、素を出すのは親しい人相手で、つまり私の親しい人に関することってことだろうか。

 

「氷室くん、なんやけど」

「あぁ、氷室のこと好きなの? やめときなさい」

「やめときなさいって、なんで?」

「……冗談のつもりで言ったんだけど、ほんとなのね」

「こんなん取り繕ってもしゃあないやろ?」

 

 どうやら気持ちのいい性格らしい。氷室ってそういう性格好きそうだからちょっと厄介だ。これを日葵が知るととんでもないことになる。よかった。日葵が帰っててほんとによかった。あの子大人しそうに見えて氷室過激派だから、岸さんが血祭りにあげられるところだった。

 

「へー、氷室をねぇ。それで、なんで私を? 氷室に直接告白すればいいじゃない」

「言うても氷室くん私のこと知らんやろうしな。ほら、いっつも織部くんと一緒におるやろ? あと時々朝日さんと、そのまた時々夏野さん。知らんやつから告白されても困るやん」

「だから私に氷室との懸け橋になってほしいって? 自分でアプローチしなさいよ」

「するで。でも、氷室くんって織部くんと付き合ってるって噂やろ? 流石に人の男奪おうなんて思われへんし、そこらへんの事実確認しようかなって」

 

 するで。がカッコよすぎる。この子本当に氷室が好きそうだ。きっと日葵が一番なのは変わらないんだろうけど、それでもこの子に対する好感度は大分高くなるに違いない。だって私がこの子のこと好きになってるんだもん。氷室も同じに違いない。認めたくはないが、私とあいつは似てるから。

 

 ……私は、なんて答えるべきだろうか。日葵のことを考えるならここで氷室と織部くんが付き合ってるって答えて、岸さんに諦めさせるのが一番いい。もし付き合ってないってことがバレたとしても、私が岸さんに恨まれるだけ。

 

「ねぇ、なんで氷室が好きなのか聞いてもいい?」

「氷室くんってまったく自分を飾らんやろ? そういう人めっちゃ好きやねん」

 

 なるほどね。確かに自分を飾らないっていう点においてはあいつは頂点だ。飾らないっていうのが好みのタイプっていうならこれ以上ない相手だろう。

 

「それに、おもろいし。……漫画ドラマ映画みたいに特別な出会いでもなんでもないけど、それでも氷室くんのこと好きになってもうたから。頑張れるなら頑張りたい」

「付き合ってないわよ、あいつら」

 

 こんな真っすぐに氷室のことが好きだって言っている子に嘘をつけなんてできるわけがない。

 大丈夫。日葵が氷室を取られることはない。私は、日葵が好きな氷室を信じる。

 

「言っとくけど、サポートはしないわよ」

「もしかして、朝日さんって氷室くんのこと好きなん?」

「友だちとしてはね。あと、光莉って呼んでいいわよ」

「……じゃあ私のことも春乃って呼んで、光莉!」

 

 はい、かわいい。

 

 氷室がこの子に惚れたら、氷室をボコボコにしてやろう。それから私が日葵を慰めて、うふふのふである。

 

 

 

 

 

「さぁ千里。岸が俺のこと好きだって盗み聞きしてしまった哀れな俺に何か助言をくれ」

「刺されて死んじまえ」

「ふっ、モテる男は辛いぜ」

 

 校舎裏、朝日と岸からは見えない場所。そこで俺と千里は二人の会話を盗み聞きしていた。俺の名前が出た時点で「お?」と思ったが、ここで下手に動くとバレる可能性があったためじっとしていると、まさかの俺が好きだという言葉。

 

「ほんとに辛いよね。好きなタイプだからって落ちちゃだめだよ」

「ほんとにな。岸めっちゃ好きな性格だわ俺。日葵のが好きだけど」

 

 あぁいう気持ちのいい性格は大好きだ。それは日葵もそうだし、千里もそうだし朝日もそうだしつづちゃんもそう。俺の周りは気持ちのいい性格の人で溢れている。

 そんな子が俺に好意を持ってるって知ったら、日葵一筋だと決めていても動揺するのは仕方ない。仕方ないって思ってほしい。だって俺男の子だし。

 

「ま、誠実に向き合いなよ。僕は馬に蹴られて死にたくないから傍観するよ」

「頼む千里。俺には(俺を助けてくれそうな人が)お前しかないんだ」

「仕方ないなぁ。親友だからね。何かあったら助けるよ」

 

 チョロいぜ。



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第23話 氷室クイズ

「おはよう!」

「お、おはよう」

 

 岸が俺を好きだと聞いた次の日。朝のホームルームを終えた俺の席に岸がやってきた。太陽のような笑顔を浮かべる岸に、クズの俺は眩しくて直視できず目を逸らしてしまう。別に俺のことが好きな女の子と話すのが恥ずかしいから目を逸らすわけじゃない。決してそんなことはない。

 

「えーっと、私の名前覚えてる?」

 

 ここで覚えてないと突き放しても、岸が悲しい思いをするだけだ。いくら興味ないっていうことを示してもこの子は諦めないだろう。昨日の会話を聞いただけだがそれくらいのことはわかる。っていうか興味ないなんてことないし。俺、岸にめちゃくちゃ興味津々だし。

 

「岸だろ。岸春乃」

「わ、覚えててくれたんや!」

「当たり前だろ? クラスメイトの顔と名前くらい覚えてるって」

 

 これは嘘。話したこともないやつの名前は全然覚えてない。薄情とかそんなんじゃなく、ただ話すこともないのに名前覚えても無駄だろうって思うからだ。薄情じゃねぇか。

 でも、岸はまだ覚えてる方だった。金の髪は目立つし、背が高いし美人だし、指定よりスカートを短くしてるから目に毒だ。性欲を隠すことを知らない男どもは岸の脚をちらちらと盗み見ている。そういう視線、女の子は敏感だから気を付けるんだぞ?

 

「どうしたん? 私の脚見て」

 

 ほらな。

 

「あぁ、綺麗だなって思ってな。よっぽど自信あるんだな」

「肌見せられるんは若いうちだけやしな。自分で言うのもなんやけど見苦しいもんやないし!」

 

 見苦しいどころか美しい。脚が長いってそれだけで綺麗に見えるのに、シミ一つなく程よく筋肉がついていて、それでいて触ったら気持ちいいんだろうな、と見た目でわかる柔らかさがある。

 

 俺キショくね?

 

「春乃、気をつけなさいよ。そいつ女の子をいやらしい目で見るから」

「むしろ俺にいやらしい目で見られることをありがたく思え」

「私は女として自信持てるし、別に悪い気せんけどなぁ」

「朝日。どうやら岸は今からパンツを見せてくれるらしい」

「よかったわね。入るお墓は決まってるの?」

「俺を殺した後のことを心配してんじゃねぇよ」

「別に見せてもええで?」

 

 え゜、と間抜けな声を出して岸を見ると、スカートの端をつまんでひらひらさせ、にやにやしながら俺を見ていた。

 見せてもええで? それはつまりパンツを? 岸みたいな美人な女の子が?

 待て待て、これは罠だ。俺が飛びついた瞬間笑いものにするに違いない。その時はなぜかドキドキしている朝日も笑いものになる。つまり俺と朝日が『岸のパンツに夢中になったド変態』としてこの先の学生生活を過ごさなければならない。

 

「ふ、冗談だよ。お前のパンツになんか興味ねぇっての」

「……そっか!」

 

 明るく笑う岸に、そういやこいつ俺のこと好きなんだよな、ということを思い出す。ってことは今のは自分をそういう目で見てくれてるかどうか確かめるやつだったんじゃないのか? それを今興味ないって言っちゃったのはかわいそうなことなんじゃないのか? いやでも男なら誰でもこう答えるだろ。ここで飛びつくやつは性犯罪者だけだ。俺は正しい行動をした。

 それに、今まであまり会話したことがない俺に対して、「見せてもええで?」って言ってきた岸の方がおかしい。俺はおかしくない。俺は悪くない。

 

「これでも見た目には自信あるんやけどなぁ。興味ないかー」

 

 口の先を尖らせて、「私不満です」とアピールする岸。

 

 ずるい。岸が俺に好意を持ってるって知ってるから変な罪悪感がある。それを知ってなきゃ「は? 日葵以下のゴミがほざいてんじゃねぇぞ」って吐き捨てるところなんだけど、俺は正直な人間だから自分のことが好きな人を雑に扱えない。そんなお目が高い人間の価値なんてオメガ高いに決まってるから。これは面白くない。

 

「男の子って美人さんのそーいうやつ見たいって思わへんの?」

「俺はそこらの猿とは違うんだよ。紳士の中の紳士。ジェントルマンオブジェントルマン。愛した人のものしか興味ないのさ」

「おっぱい触らせてあげましょうか?」

「はい!!」

「こういうやつよ、こいつは」

「あはは! ええやん可愛くて!」

 

 見事に釣られてしまった。このクソ野郎、「おっぱい触らせてあげましょうか?」って言ったからクラスの男子のほとんどが朝日の方見たことに気づいてねぇのか。もっと自分の体大事にしろよ。千里でさえも口パクで「もしかして僕に対して言ってた?」って聞いてきてるし。んなわけねぇだろ女顔。

 

「おい、可愛いっていうのは千里相手だけにしろ。俺はイケメンすぎてもはや芸術の域に突入してるほどのイケメンだ」

「確かに。氷室くんカッコいいもんなぁ」

「……」

「照れてんじゃないわよ」

「だって。俺普段罵倒されてばっかだから……」

「はぁ? ひどいやつがいたものね。私がなんとかしましょうか?この生きる価値のない塵芥」

「筆頭がお前だよ同じ穴の狢」

「……二人とも仲ええんやなぁ」

 

 羨むような岸の言葉に、二人顔を見合わせて同時に鼻で笑う。そして二人同時に肩を竦めて「やれやれ」と首を横に振ると、二人同時にお互いを指した。

 

「「こいつとはありえない」」

「双子でもそんなピッタリ行動合わんわ。仲の良さぶつけて疎外感与える攻撃でもしてんのか?」

「恭弥が浮気したと聞いて」

「あ、本妻や」

「やれやれ、行動と言動がぴったり合ったくらいで恭弥と仲良しなんて。僕は恭弥とアイコンタクトできるし、恭弥の考えてることなんて手に取るようにわかる」

「私もなんとなくわかるわよ」

「僕は完璧にわかるって言ってんだよ!!」

「なぁ岸。こいつら何で喧嘩してんの?」

「氷室くんのことで喧嘩してるんやで。今のところ織部くんが一方的に喧嘩売ってるだけやけど」

 

 千里俺のこと好きすぎないか? わざわざそんなことで張り合わなくてもいいのに。っていうか張り合ってほしくない。教室でそんな張り合いされたらますます俺と千里が付き合ってる疑惑が深まっていってしまう。

 

「そこまで言うなら恭弥の歩く時のクセを答えてもらおうか!」

「そこまで言ってないわよ。氷室は歩く時、時々すり足するクセがあるのよね。右足の方が比率高くて、大体地面を蹴るように擦るわ」

「恭弥の性格!」

「クズ。でも根っこまでクズじゃなくて、自分の知ってる人が危ない目に遭ってたらめんどくさいと思っててもなんだかんだ助けにきちゃう。あと純情、初心」

「ふむふむ」

「おい岸、何勉強してんの?」

「や、氷室くんと仲良くなるなら聞いといた方がええかなーって」

 

 まぁ確かに、千里は俺以上に俺のこと知ってるし、なぜか朝日も俺のこと理解してるみたいだし、この言い合いを聞いていれば俺のことは理解できるだろう。つかシンプルに恥ずかしいんだけど。クズだけでいいじゃん。根っこまでクズじゃないとか、純情とか初心とか言わなくていいじゃん。俺いい風に言われるの慣れてないんだよ。

 

「恭弥が性欲を向ける割合!」

「織部くん7割私に2割、あと1割はその他」

「氷室くん?」

「岸、想像してみてほしい。お前が男で、同性のめっちゃくちゃ可愛い親友がいて、女の子じゃないからお触りオッケー。変なこと考えるなって方が無理じゃないか?」

「氷室くんは悪くないな」

「そうだろ?」

 

 俺は常日頃から日葵とえっちしたいって言ってるが、それは性欲どうこうじゃなくもっと尊いものであり、薄汚れた性欲を向けているのは千里と朝日に対してが多い。千里に関しては不可抗力で、朝日に関してはがっつり性欲を向けている。バレてるとは思ってなかったけど。

 ていうかこれ日葵にも聞かれてるんだよな? マズくね? すぐ止めないといけないんじゃね? でも俺のこと理解してくれてるってのが気分いいから、止めることを躊躇してしまう。恥ずかしいが、気分がいい。

 

「──小さい時の恭弥の夢は?」

 

 さてどうしようかな、と考えていると、言い合っている二人に割り込んできた声があった。

 

 穏やかな、女神のような笑顔を浮かべている日葵、参戦。

 

「……それは、聞いたことがないな。どうせ恭弥のことだからサッカーボールの黒い部分とかじゃないの?」

「お前は俺のことをなんだと思ってるんだ?」

「フケ」

「朝日は俺のことをこき下ろしたいだけだろ。フケってお前」

「ん-、ここは意外に大黒柱とかちゃう?」

「岸さん正解。恭弥は家族のことが大好きだから、自分でも家庭を持って、なおかつ相手の家族と自分の家族を一度に養えるような、立派な柱になりたいって言ってたんだよ」

「子どもの頃のこいつは可愛かったんでしょうね」

「立派な子どもじゃないか」

「やった、あたった!」

 

 俺そんなこと言ってたの? 親感動して泣くだろそんなの。そんで俺がこんな風に成長しちゃったから親悲しくて泣くだろ。俺が本当にそんな夢を持っていたとしたら、今の両親の俺に対する雑な扱いも受け入れるしかない。

 

「恭弥が小さい時に言ってた、五十音の中で一番好きな一文字は?」

「え? おっぱいじゃないの?」

「パンツに決まってるじゃない」

「一文字つってんだろバカども。あとなんで自信満々なんだよ」

「ん、とか?」

「正解は『ひ』。……私の名前の最初の文字で、『ひ』って言うと口が笑顔の形になるからって」

 

 俺は机に頭を打ち付けた。俺そんな恥ずかしいこと言ってたの? 純粋激クサボーイじゃねぇか。よかった。そのまま成長してたらクサいセリフばっか吐くキザマシーンになってた。黒歴史、完全な黒歴史。日葵は俺を辱め殺したいんだ。きっとそうだ。

 一番好きな一文字を『ひ』って日葵に言ったのは、その頃の俺の精一杯の愛情表現だったんだろう。遠回しだしキザだしクサいし恥ずかしいし最悪だ。俺は死ぬ。誰の目にも触れないところでひっそりと死んでやる。

 

「じゃあ最後。恭弥が今までで一番名前を呼んだことがある人は?」

「僕」

「織部くん」

「織部くん」

「よく考えろよ。高校だぞ。出会いは高校だぞ?」

「私は私だと思うな。恭弥、正解は?」

「俺に聞くのかよ」

 

 えぇ、俺が今まで一番名前を呼んだことがある人? 日葵は話さないようになってからの期間が長いし、千里は高校からだし、日葵の名前は他の人相手でも出している時はあるが、それでも一番と言っていいかどうか。

 

「あ。薫だ」

「……」

「うん、単純に薫が一番多い。家で死ぬほど呼んでるしな。ウザがれるけど」

「なーなー、薫ちゃんって誰?」

「恭弥の妹」

「なるほど、氷室くんはシスコン」

「ここまで妹と仲のいい兄貴って見たことないわよね」

「うー、薫ちゃんに負けた!」

 

 え、日葵負けて悔しいの? それってどういうこと? 俺のこと好きなの?

 

 いや、そんなはずはない。日葵は俺みたいなやつを好きにならないし、俺のことを好きになるなら朝日のことを好きになるはずだ。期待するな。

 

 ……でも、俺の話題に積極的に割り込んできたし、ちょっとは期待してもいいのかな?



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第24話 屋上五人

「修学旅行?」

「うん、一緒に回ってもええかなって」

 

 昼、屋上。朝日の相談に乗って次の日である今日、俺と千里はいつものように中庭へ行こうとすると、岸が朝日へ「一緒に食べへん?」と一言。それを了承した朝日は俺たちを見て、「ほら、あんたたちもきなさい」となぜか俺たちを誘い、日葵がいるのに断るはずもない俺が見事に食いついて結果、俺たちは屋上で昼食をとっていた。

 朝日は何を考えているんだろう。朝日は俺が日葵のことが好きで、岸が俺のことが好きってことを知ってるはずで、わざわざ同じ場所に集める必要もないと思うんだが……もしかして俺と日葵が仲良しこよしであることを岸に見せつけて、諦めてもらおう作戦か? 

 

 無理だろ。それ意識したら俺が日葵と喋れなくなる。ヘタレだし。

 

「私はいいわよ。男一人に女四人になっちゃうけど」

「ならないけど? 男二人だけど?」

「朝日今ナチュラルに千里を女とカウントしたな」

「しゃあないしゃあない。あまりにもメスすぎる」

「もう、ダメだよ? 織部くんは男の子なんだから」

「そうだ。僕は男の子だ。謝れ三人とも」

「俺今のに限っては女扱いしてねぇぞ」

 

 でも日葵に「もう、ダメだよ?」って言われてるのが羨ましすぎて俺も悪いことにしておいた。日葵に優しく叱られるのクセになる。俺変態だけど? やんのかコラ。

 

 岸が千里をメスって言った時、千里が気分悪くするかなって思って見てみたが、全然そんなことはなかった。知り合って間もない岸に言われたのに嫌な気分にならないってのは珍しい。仲いい相手に言われる分には問題ないけど、仲良くない相手に言われるのは嫌なはずなのに。

 もしかして、千里も岸が俺のこと好きってことを気にしてるんだろうか。それとも俺たちにメス扱いされすぎてもはや慣れたか?

 

「私もいいよ。人数多い方が楽しいし!」

「別に断る理由ねぇしな」

「うん。常識人欲しいって思ってたところだしね」

「やた! ありがとー!」

「なんで私に抱き着くのよ!」

 

 俺たちから了承を得た岸は、朝日に抱き着くことで喜びを表現。朝日ってこの中で一番背が低いから、背の高い岸に可愛がられているとすごく和む。いつもはあんなにバイオレンスなのに、今は可愛い女の子にしか見えない。

 もしかして岸を隣に置いておいたらストッパーになるんじゃないか? 俺たちに手を出そうとしたら岸に抱き着いてもらおう。ふふふ。これで俺たちの未来は安泰だ。

 

 岸が朝日を可愛がっているところをボーッと見ていると、日葵が俺の方に近づいてきた。突然のことにびっくりして死にかけたがなんとか耐えて、「どうした?」と聞いてみる。

 日葵は少し拗ねた様子で、俺の制服の端を引っ張った。

 

「光莉が私以外の女の子といて楽しそうで、嬉しいけどもやもやする」

「朝日は日葵が一番好きだから心配しなくていいって。あいつ絶対自分の命よりも日葵をとるぞ」

「夏野さん第一だよね。自分の中での基準が夏野さんとそれ以外」

「今は岸の腕の中で可愛くなってる朝日を見て笑ってやろう。ハハハハ」

「確かに可愛いかも」

「……離しなさいよ」

「やー。思ったよりやわこくて。めっちゃ女の子の体してるなぁ」

 

 あながち朝日への告白の手紙でも間違いじゃなかったんじゃないか? 岸めっちゃくちゃ幸せそうな顔してるぞ。でももっとやってほしい。朝日がされるがままってめちゃくちゃ珍しいしいい気味だから。そうなってる間は俺たちに暴力振るってこないし。

 今のうちにおっぱい揉んでもバレないんじゃねぇの?

 

「バレるよ」

「だよなぁ」

「? なんの話してるの?」

「男の話」

「ロマンの話さ」

「?」

 

 どうやら千里も同じことを考えていたらしい。こいつ可愛い顔して結構性欲に正直だよな。これで『好き=えっちしたい』を理解できないんだから意味が分からない。ただおっぱいが好きなだけなんだろうか。それとも朝日が好きとか? よく考えれば千里がセクハラ発言するの朝日に対してだけだし。

 

 それにしても、千里と日葵に挟まれているといい匂いがめちゃくちゃする。女の子特有のあれだ。フェロモンってやつだろうか? 好きな相手はいい匂いがするって言うが、あれは本当だと思う。

 あれ? じゃあなんで千里はいい匂いするの? 元から? こいつどんだけ女子力高いんだよ。

 

「や、やっと解放された……」

「やぁ。僕もやっていいかな?」

「ん? 私に抱き着いてほしいってこと? ええでー」

「いやっ、ちがっ」

 

 千里は岸の腕の中に閉じ込められてしまった。あーあ、朝日より可愛いわ。

 

「ちょっと春乃。織部くん男の子よ? もうちょっと警戒しないと」

「可愛いからオッケー! それに私あんまそういうの気にせえへんし」

「朝日。ちょっと日葵を連れて屋上から出て行ってくれ」

「欲望丸出しになってんのよクズ。それにしてもいじくられる織部くんえっちね」

「お前も欲望丸出しになってんだよドクズ」

「でも光莉よりなんかこう、色っぽいというか……」

「朝日。日葵が言うにはお前より千里の方が女子力高いらしい」

「当たり前じゃない」

 

 当たり前なの?

 

「……ほんまに男の子? 体柔らかすぎひん? 肉付きが女の子のそれなんやけど」

「や、くすぐったい! ど、どこ触って、というかどこ触ろうとしてんだよ!」

「あるかないか」

「あるよ! やめて! 岸さんも嫌でしょそこ触るの!」

「千里やったらノーカンやろ」

「何親近感湧いて名前で呼んでんだよ! 僕男だぞ! 性別一緒じゃないぞ! た、助けて恭弥! 痴女、痴女がいる!」

「よかったじゃん」

「よくねぇよ! 『お似合いだね。ウフフ』じゃねぇんだよ! 親友の股間がまさぐられようとしてるんだぞ! 助けろよ!」

「そういえばこの前流れ星を見たのよ」

「なんでこのタイミングでロマンチックな話してんだよ! クソ、夏野さん! もう君しかいない! 今思えばクズ二人に期待する方が間違いだったんだ!」

「お願い事したの?」

「ロマンにつられてんじゃねぇよ!!!!!」

 

 うわあああああ!! と叫んで暴れ、千里は岸の腕の中から抜け出し、俺へ向かってダイブしてきた。岸に色々されたから本能的に女の子を怖がっているんだろう。安心させるために俺の胸へしなだれかかる千里の背中をゆっくり撫でてやる。俺さっき見捨てたけど。

 

 うわ、こいつの体柔らかっ。

 

「なーなー氷室くん。ここだけの話、ついてるん?」

「俺も見たことないんだよ。だからまだついてない可能性がある」

「織部くん、恭弥から離れて」

「夏野さん。僕は男だ。安心してほしい」

「男でも安心できないのよ。そんな顔で男の胸に顔寄せるってもうセックスじゃない」

 

 お前俺がナンパから助けた時こんな顔で顔寄せてきただろ。あれセックスだったの? あとあの時より今の方がいい匂いするのなんでなの?

 

「ん-、やっぱり恭弥の近くが一番安心するね」

「はぁ? 氷室くん。そこのめちゃくちゃ可愛いメスどうやったら譲ってくれるん?」

「俺になれ」

「無理なこと言ってんじゃないわよ」

「光莉ならいけると思うけど……」

 

 俺もいけると思う。この中で一番可能性あるの朝日だし。だから千里も朝日にはめっちゃくちゃ気安いんだろうな。俺と似てるから。

 もしかして、日葵も朝日が俺と似てるから親友だったりしない? 無意識に俺を求めてたりとかしない? しない。あぁそう。

 

「つーか不用意にそういう発言するなよ。勘違いが加速するだろうが」

「恭弥だけは僕に何もしないってわかってるから」

「あーあ。犯されちゃった」

「夏野さん。光莉って結構おかしな人?」

「恭弥たちといると特にね」

 

 本当に朝日の外面は完璧だと思う。未だに朝日が『おとなしそうな女の子』って思われてることが信じられない。クズと暴力で形成されてるようなやつだぞこいつ。どこがおとなしいんだよ。しかもセックスとかえっちとか言うし、おっぱい触らせてあげるとか見せてあげるとか言うし。

 

 ドチャクソえっちじゃねぇか。

 

 まったく、よくない。男に対してそういう冗談はよくない。これから先も言ってほしいから特に注意しないけど。俺たち相手じゃなかったらひどい目に遭いかけて朝日が撃退していた。撃退できちゃうのかよ。

 

「さて、次は氷室くん可愛がろかな」

「待て待て。今服脱ぐから」

「恭弥さいてー」

「おい、男の俺を可愛がる? 冗談はやめろ」

「なるほど、夏野さん使ったら氷室くん操れるってことか」

 

 俺の最大の弱点がバレてしまった。

 

 てか今流れで俺のことをおいしく頂こうとしてなかった? 岸も『好き=えっちしたい』の思考の持ち主なら、俺服脱いでたらめちゃめちゃにされてたぞ。よかった。日葵がさいてーって言ってくれて。可愛かったし。あれを言ってくれるなら俺は一生最低でいいかもしれない。多分一生最低だし。

 

「それにしても、氷室くんカッコいいし、織部くん女の子みたいな顔してるし、なんでモテへんのかなーって思ってたけどそらそうやわ。二人が仲よすぎる」

「そうなのよ。そのせいで私なじめなくてなじめなくて」

「光莉は一番なじんでると思うよ」

「俺たちもそう思う」

「僕らと肩を並べられるのは朝日さんしかいないよね」

「自害すればいいの?」

「そんなに嫌なの?」

 

 こいつ本当に自覚ないのか? 朝日は完全に頭おかしいし、俺と似てるって言われるくらいだから相当だぞ。まさに女版の俺。まぁ俺が女になったらもっと美人に決まってるから、劣化版女版の俺。劣化俺。俺より下。ははは。

 

「光莉は告白とかされへんの? 夏野さんは前されとったけど」

「あんまりされないわね。男子の視線は感じるけど」

「私もあれが久しぶりだなぁ」

「氷室。日葵に告白したやつを片っ端から燃やしていくわよ」

「あぁ相棒。今夜はステーキにするか」

「こ、断ってるから! 全部断ってるから!」

 

 日葵が俺と朝日の腕を掴んで必死に止めてきたので、仕方なく止まる。日葵に告白なんて、とんでもないことしやがる。もしその現場に朝日がいたらそいつは死んでいた。俺がいてもそいつは死んでいた。クソ、俺が日葵に告白する勇気がないからってバカにしてんのか? 

 日葵が人気だってことはわかっていたが、何度か告白されてたなんて知らなかった。これは焦る。もしなんでもこなせるスーパー美男子が現れたら、日葵をとられてしまう。

 

 あれ? なんでもこなせるスーパー美男子って俺じゃね?

 

 安心した。俺が俺以外の有象無象に負けるわけがない。朝日は少し危ない。



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第25話 修羅場なりかけガールズ

「岸さんって絶対恭弥のこと好きだよね」

「ん? 好きやで」

 

 放課後、誰もいなくなった教室。私の前で、修羅場が始まろうとしていた。

 

 放課後になっていつものように日葵と帰ろうとした時、日葵が私と春乃を呼び止めて、何を話すのかと思えばこれ。いつかくると思っていたが早すぎる。春乃が何かおかしな行動をとったわけでもなく、むしろ普通にしていたと思うのになんでわかったんだろうか。氷室のことが好きな人にだけわかる何かがあったとか?

 

「恭弥にこのタイミングで近づいてくるっておかしいもん」

 

 なるほどね。確かに、あいつは信じられないくらいクズでいつも織部くんが近くにいるから女の子は近づいてこない。そんな中春乃が近づいてきたから、氷室のことが好きに違いないって思ったんだろう。それ以外考えられないっていうところにあいつのヤバさがうかがえる。

 

「ん-、夏野さんって氷室くんの幼馴染やんな? やっぱ好きなん?」

「すっ、好きとかそういうのとはちょっと違うけど、えっと、なんていうかその」

「光莉。この可愛いのどうしたらええん?」

「何かしたら殺すわよ」

「ヤバ」

 

 春乃を睨みつけると両手をあげて降参ポーズ。可愛いのは大いに同意するし私も日葵をいじくりまわしたいが、それをやってしまうと私が何をするかわからないので我慢する。クソ、こんなに日葵に想われてるあいつが羨ましい。あいつを殺せば私に対象が移り変わるんだろうか。今度やってみよう。

 

「確実に好きやん。別に隠すことなくない?」

「でも、岸さん恭弥のこと好きなんだよね? その、邪魔しちゃ悪いかなって」

「今日氷室くんに関するマウント取ってきといてよう言うわ」

「あれ酷かったわね。何人か察したんじゃない?」

「ひ、光莉! 私は恭弥のことが好きとかじゃなくて」

「もう隠す意味ないわよ。バレバレだし」

「恭弥って呼ぶときいっつも笑ってるもんな。わっかりやすいわぁ」

 

 え、うそ。と自分のほっぺをむにむにしている日葵が可愛すぎて私は死んだ。

 

 実際、クラスの何人かは気づいていてもおかしくない。日葵の恭弥に対する反応が他の男子に対する反応と比べて違いすぎる。まだ幼馴染だからって片付けられる範囲ではあるが、もう表情が恋する乙女だ。近くで見られたら誤魔化しきれない。

 

「なーなー。なんで氷室くんのこと好きなん?」

「え、あ、うー……」

「……」

「光莉、なんで手わきわきさせてるん?」

「恥ずかしがる日葵が可愛すぎて、ちょっと」

「ちょっとの先に続く言葉によっては通報せなあかんやけど」

「大丈夫よ。言わないから」

「通報案件なんかい」

 

 やらなければ犯罪ではない。

 

 いや、流石に可愛すぎる。恥ずかしがる日葵可愛い。HHK。恥ずかしがる日葵可愛い。氷室を想ってるってところが非常にムカつくが、日葵のこんな表情を見られるなら感謝してやらないこともない。

 

「なんか、こういうところが好きっていうのはあんまり思い浮かばないかも。気づいたら好きになってたっていうか、もちろんカッコいいし優しいしちょっぴりへたれなのが可愛いし、手先は器用なのに性格が不器用なところもすっごく好き」

「好きなところが湯水のように溢れ出とるやないか」

「今氷室ってどこにいたっけ?」

「光莉は羨ましすぎて氷室くん殺そうとすんなや」

 

 だって。日葵に好き好きって言ってもらえるの羨ましすぎじゃない? 私が男だったらよだれをまき散らして襲い掛かっていた。私が女の子で美少女でよかった。私は礼儀正しく我慢強い可憐な美少女である。

 それにしても、お互いがお互いのことを好きすぎる。最近マシになってきたが、氷室は日葵と話すときめちゃくちゃ緊張してるし、日葵は氷室と話しているときにやけすぎ。なんとか表情を保とうとして奇跡的に女神のような微笑みになっているが、あれはちょっと危ない。氷室に勘づかれたら即ゴールインしてしまう。私は一応協力しているが、極力日葵との時間を多く取りたいので付き合うのはまだにしてほしい。

 

「そんなに好きなんやったらもっとガンガンアプローチしたらええやん」

「岸さんはいいの? 私が恭弥のこと好きで、私がアプローチしたら自分に振り向いてくれないかもしれないのに」

「なんで? 相手を選ぶのは氷室くんで、誰が誰を好きになろうと勝手やろ?」

 

 変なこと言うなぁ。と本当に不思議そうな顔をしている春乃がカッコよくて好き。

 

 普通なら日葵に氷室が好きかどうか聞かず、自分勝手に氷室へアプローチしておけばいい。わざわざ日葵に発破をかけるようなことをせず、自分だけが得するように動いた方が氷室を手に入れられる可能性は高い。

 

 それをしないから危ないんだ。何から何まで氷室好みすぎる。氷室好みの子が氷室へ積極的にアプローチする、この状況がどれだけヤバいかというと、どれくらいヤバいんだろう?

 氷室からすれば、幼馴染補正のない日葵からアプローチを受けている、といったところだろうか。終わり終わり。耐えられるわけがない。

 

「あのね岸さん。恋は戦争だよ。仲良しこよしでなんとかなるものじゃないの!」

「武器だけ持って戦争参加してへんくせに何言うとんねん。氷室くんが白旗あげんのをただ待ってるだけやろ? ほんまに欲しいんやったら落としにいかな」

「だからそこよ。日葵に発破かける意味がわからないの。だって黙って春乃が氷室にアプローチした方が勝率高いじゃない」

「ん-、それはそうなんやけど。えーっと」

 

 言い淀んで、春乃が日葵を見てから私を見る。何か困っているような目に、なんとなく察した。

 

 これ、氷室が日葵のこと好きってことに気づいてる?

 

 確かに、氷室はわかりやすい。日葵が氷室に対する扱いが他の男子と違うように、氷室も日葵に対する扱いが他の女子と違う。クズなところがほとんど出ない。つまり、氷室は日葵の前では『イケメンで運動神経がよくて頭もよくて料理もできて優しい、ちょっとえっちで悪ガキっぽい幼馴染』になる。

 

 なんだその完璧な男。私にもくれ。

 

 私の予想が当たっているなら、春乃は信じられないくらい性格が気持ちいい。自分が氷室のことを好きだから自分だけよければいいってわけじゃなく、氷室が日葵のことを好きかもしれないって思ったから、氷室の気持ちを優先して日葵に発破をかけているんだろう。私が惚れそう。

 

「まぁ横取りする形みたいになんのもなぁって思って。氷室くんを彼氏にしたいんなら、全力でぶつかって、恋敵全員本気でぶっ倒して私が氷室くんの隣に立ちたいねん。せやから、発破って言うより宣戦布告? になるんかな?」

「……光莉、どう思う?」

「百点満点氷室が好きな性格」

「だよねぇ……」

「お、そうなん? 嬉しい!」

 

 カッコよくて気持ちのいい性格、見た目が美人、そしてちゃんと女の子。もう日葵がいなければすぐにゴールインしていただろう。あと織部くんもいなかったら。織部くんもなんだかんだで氷室の隣にいたがるし、氷室に彼女ができるってなったらちょっと抵抗しそう。氷室以外とは根本的に合わないからだとは思うけど。氷室に合うってことはつまり私とも合うってことになるが。

 

「あとさ、修学旅行一緒に回りたいって言うたやん? 私としては氷室くんとデートっぽいことしたいけど、女同士争ってせっかく楽しい修学旅行がぐちゃぐちゃになるのもいややし、そこは普通に友だちとして楽しも―って言おうかなって」

「あぁ、それなら大丈夫よ。私と織部くんがいたらなんとなく面白くなるから」

「そう! 私光莉に対しても焦る部分あるんだからね!」

「なにが?」

「光莉、なんかちょっときっかけがあったら恭弥のこと好きになりそうだもん!」

「えー? ないわよ」

 

 氷室はイケメンでスタイルがよくて頭がよくて料理もできて運動神経もよくて、私と波長が合って気軽に話せていざという時は助けてくれる根っこの性格の良さがあって、クズみたいな発言しつつも一線は踏み越えずちゃんとした気遣いが見えて、一途で初心で純情で。

 

「……ないわよ?」

「はい確保」

「無実よ! そんなはずない! 私は氷室を好きになんかならない!」

「そう思おうとしてるだけちゃうん? 氷室くんって知れば知るほど好きになるタイプやし」

「スルメみたいに言ってんじゃないわよ!」

「ねぇ光莉。私に遠慮して気持ち隠してるとかじゃないよね?」

 

 一旦冷静に考えてみる。あいつと付き合ったら楽しくて面白いことはまず間違いない。でも、あいつの隣にあいつの彼女として立っていることがどうしても想像できない。あいつの隣に立つなら、あいつの暴走を止めて、失礼なことを言われてぶん殴って、バカなことを言い合って笑い合う、そう、男女の親友みたいな関係が一番しっくりくる。あいつの彼女になるとすれば日葵が氷室から離れて行って、お互いいい年齢になって「結婚しねぇとなぁ」っていうあいつの言葉から「じゃあお互い独り身だし」とノリでそうなる以外思い浮かばない。

 

 つまり、そんなことはありえない。日葵が氷室から離れていくことなんて絶対にないから。

 

「ほんとにないわよ。そりゃあいつのこと友だちとして好きだし、ドキッてすることもないわけじゃないけど、男と女なんてそんなもんでしょ? 親友以上にはならないわよ」

「んー、確かに、光莉と氷室くんって友だち! って感じやもんな。どっちかって言うたら千里の方が危ない気するわ」

「織部くん本当に可愛いもんね。織部くんが本気で恭弥が誰かと付き合うの嫌がったら、恭弥踏みとどまりそうだし」

「ありえる。あいつらおかしいのよ。付き合ってるって噂流れても仕方ないくらいに仲いいし」

 

 なにより織部くんが性的すぎる。織部くんが女の子だったらもう日葵でも負けそうだ。織部くんが男を見せた時なんてまったく見たことないし、もしかしたらもうすでに氷室へ自分が女の子だってことを明かして、隠れて色んなことをしているかもしれない。

 

「……よく考えたら恭弥の周りって男の子より女の子の方が圧倒的に多いよね」

「織部くんがいるから他の男子避けてるんじゃない? ほら、織部くん女の子みたいだから色々いじられるじゃない。ネタの範疇を超えたしつこいいじりとかされそうだし、何より会話とかが大体二人で完成されるから他が必要ないのよ。私ならそうするわ」

「女の子もそんなにおらんちゃう? 私に夏野さんに光に、他誰かおるん?」

 

 聖さんに、つづちゃんに、あと一応薫ちゃん。なるほど。

 

「まぁ氷室に好意寄せてるのはあんたたちだけだから安心しなさい」

「いつの間にか女の子増えてそうでこわい……」

「蹴散らしゃええねん」

 

 春乃、ちょっと男らしすぎない?



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第26話 椅子になる男

「千里。修学旅行の部屋一緒の部屋にしといたぞ」

「そういうつもりじゃないんだろうけど警戒してしまう僕を許してほしい」

「俺も俺の名前の隣に千里の名前書くのなぜか緊張したからお相子だ」

「僕たちの友情はここまでだ」

 

 どうやらここまでらしい。

 

 修学旅行まで一週間を切った今日。自由に部屋割りを決めていいということで、俺は真っ先に飛びつき俺と千里の名前を書いた。

 クラスの人数は40人で、男子が22人に女子が18人。当然男子と女子の部屋は分かれており、男子の部屋が5つ、女子の部屋も5つ取っているらしい。

 

 貼りだされた男女別の部屋割り表に気づいたクラスメイトたちが次々に名前を書いていく中、ちょんちょんと可愛らしく肩をつつかれた。千里か日葵だろうなと振り向いてみると、そこにはクズ、いや朝日。

 

「どうしたクズ」

「死ねゴミ。あんた、とんでもないことしたわね」

「俺にとんでもないこと言ったわね。何が?」

「真っ先にあんたと織部くんの名前書いたことよ」

「それの何がとんでもないんだよ」

 

 朝日が部屋割り表を指さし、つられて部屋割り表を見た。

 綺麗に俺と千里が避けられ、男子の他の部屋が完璧に埋まっている。あれ? 男子22人で俺と千里が一部屋で他が全部埋まってるってことは、俺と千里二人きりじゃね?

 

「おい、とんでもないことしてるぞ俺」

「とんでもないことしてるのよ」

「とんでもないことしてくれたね……」

 

 周りを見れば、男どもが歯を見せて「こういうことだろ?」と得意気に笑っている。俺たちに気を遣ったつもりかあのバカども。これじゃ「え、修学旅行に部屋で二人きりってもうセックスしてるよね?」という噂が流れてしまう。

 このままじゃマズいと、歯を見せて笑うどころかダンスまで始めた井原とかいうバカを誘うことにした。

 

「井原。俺たちの部屋にこないか?」

「3Pってこと?」

「地獄に落ちろ」

 

 バカの指を曲がってはいけない方向に捻じ曲げて、千里と朝日のところへ戻る。あいつを誘ったのがバカだった。バカだから乗ってくるだろうと思って誘ったが、想像以上にバカだった。何が3Pだよ。やるなら二人きりでやるっての。

 

 違う。やらない。俺はやらない。

 

「恭弥。君が僕をいやらしい目で見たその瞬間僕は君と縁を切る」

「そうなると開き直るからやめてくれ」

「ったく、ほんとあんたたちってバカね」

「光莉」

 

 天使の声が聞こえてきた。天使日葵は朝日の肩に手を置いて、顔を真っ赤にしてぷるぷる震えている。あれは、恥ずかしさと怒りがごちゃまぜになっている表情。話せていなかった時期、ずっと日葵を見ていた俺ならわかる。

 

 キショくね?

 

「あれ、何?」

「あれって?」

「部屋割り表」

「なんだ、お前も何かしたのか?」

 

 やれやれ、こいつも人のこと言えねぇじゃねぇかと呆れながら女子の部屋割り表を見ると、朝日の字で朝日と日葵の名前が書かれており、その二つの名前をハートで囲んで『仲良し♡』と書かれていた。

 

「なんであんなことするの!」

「ひどい。私と日葵は親友だと思ってたのに……!

「え、あ、違うの。私と光莉は親友だけど、あんなことしたら恥ずかしいって」

「私との友情は恥ずかしいんだ……」

「おい。日葵の優しさにつけこんで自分を正当化しようとするのはやめろ」

「ほんとにクズだね。ちなみに今君たちの愛の巣に岸さんの名前が追加された」

「じゃまするで」

「邪魔者は殺すに限るわね」

「お前そのバイオレンス癖どうにかしろ」

 

 目を真っ黒にして岸を殺そうとする朝日を俺と千里の二人で止める。俺も日葵に向ける愛情は大分キショいが、朝日の日葵に対する愛情も大分キショい。そんなとこまで似なくてよくない? お前外面取り繕わなくていいの? あんなことしたらお前の本性バレるぞ?

 

「ええやん友だちなんやから。仲良し♡やろ?」

「あんた私をいじくりまわすもの。嫌よ」

「夏野さん。私にいじくりまわされてる光莉可愛いよなー?」

「うん。すっごく可愛い」

「はぁ、私と春乃の仲を疑うなんてひどいんじゃない? 氷室」

「お前クズにパス出せばなんとかなると思ってんじゃねぇぞドチクショウが」

「有罪。よって恭弥と二十四時間密着の刑に処す」

「おい千里。俺何も悪いことしてないだろ?」

「私と密着できるなんてご褒美じゃない」

「は? お前本当にご褒美の意味知ってるのか?」

 

 朝日の椅子にされてしまった。椅子になるまでの記憶がまったくない。俺何されたの? 頭とお腹が痛いってことはわかるけど、それ以外がまったくわからない。朝日のお尻が柔らかいってことくらいだ。でも千里の方が柔らかい。

 

 あいつそろそろ男名乗るのやめた方がいいと思う。

 

「でも一部屋に氷室くんと千里だけってちょうどええな。遊びに行きやすいやん。な? 夏野さん」

「えぇ!? ダメだよ。女の子が男の子の部屋に行くのも、男の子が女の子の部屋に行くのもダメって先生に言われたでしょ?」

「そうよ。行くならあんただけで行ってきなさい」

「岸。性犯罪の匂いがするから絶対朝日も連れてこい」

「それはそれで性犯罪の匂いがするのよこの変態」

「恭弥見て。朝日さんの『変態』を聞いて蹲ってる男子がいるよ」

「残念ながら俺は今朝日の椅子になってるからまったく見えない」

 

 ていうかなんで朝日が俺を椅子にしてるのを誰も咎めないの? すごくみじめなんだけど。日葵くらいは止めてくれよ。俺椅子になってるんだぞ? 人間としての尊厳踏みにじられてるんだぞ? ここにいる全員この扱いが正しいって思ってんのか? ショックだ。神は俺を完全に見放した。

 

「それに、高校の修学旅行なんてもうないんやで? 怒られても楽しんだもん勝ちやろ」

「ん、んー……。そう、かも」

 

 神は俺を見守ってくれているらしい。うそ。俺の部屋……俺と千里の部屋に日葵がくるの? これは千里を朝日と岸の生贄に奉げて日葵だけを部屋に呼ぶしかない。申し訳ないが千里には死んでもらおう。あいつもあれで男だから、朝日と岸の美人可愛い二人の生贄になるのは本望だろう。さようなら千里。俺の幸せのために死んでくれ。

 

 いやしかし、これは本当にいいぞ。もし誰かにバレたとしても、俺と千里の部屋に女子三人がくるってことは俺と千里が付き合ってないってことを遠回しに証明できる。俺と千里が付き合ってるなら、女子がくるのを絶対に拒むはずだからな。これはいい。バレてもバレなくても天国だ。

 

 天国? もしかして俺は死ぬのだろうか。あまりにも幸せ過ぎる。

 

「タイミング的にお風呂の後? 最悪じゃない。お風呂上りを氷室に見せたら襲われるに決まってるわ」

「流石に風呂上りを殺そうとは思わねぇよ」

「殺人的な意味の襲うじゃないわよ。性的な意味よ性的な意味」

「あーっはっはっは! 面白いこと言うなぁ!」

「椅子になりながら笑ってる恭弥の方が面白いよ」

 

 千里はあとでぶっ飛ばす。お前は俺のなけなしのプライドを刺激した。最悪のタイミングで俺が椅子になってることに触れやがって。どうせ椅子になるなら日葵か千里の椅子がよかった。まって今のなし。日葵の椅子になりたかった。

 

「光莉、そろそろどいてあげたら?」

「日葵も乗りたいの? 言っとくけど乗り心地醜悪よ」

「最悪とかじゃねぇのかよ」

「まぁ光莉も醜悪な人間やからぴったりなんやろうなぁ」

「岸さん。君って何気に毒吐くよね」

「事実を吐くだけやで」

「そういや俺びっくりしてるんだよ。俺たちに絡む人間がまともな人間なはずないって思ってたのに、岸はまともだった」

「私も助かってます」

「私も助かってるわ」

「僕も助かってる」

「今二人犯罪者が紛れ込んでたな」

 

 千里と朝日が睨み合う。お前らだよお前ら。俺と同じく犯罪者予備軍のお前ら。俺と同じくクズで最低でどうしようもないお前ら。

 俺もとんでもなく最悪なやつだな。いつか日葵に捨てられるんじゃね? 拾われてもないけど。

 

 それにしても、風呂上がりの日葵か。この前泊まりに来たとき見たが、あれはやばかった。どれくらいやばいかって、どれくらいやばいんだろう?

 あれだ、千里よりもやばかったって言えば誰にでも伝わるか。同性の可愛い男、同性だから触っても全然いい男の風呂上り、いい匂いを漂わせながら頬を紅潮させてにっこり微笑む千里よりもやばかった。朝日はまぁうん。道端の石よりは綺麗だったんじゃね?

 

 なんてことを言っているが、日葵と朝日と岸の三人は文句なしに見た目がいい。中身もいい。そんな三人が風呂上りに部屋にきてくれるっていうのは男の夢だと言っても過言じゃない。そこに千里もいるっていうんだからとんでもない。俺はさっきから何で千里に性的な目を向けてるんだ?

 

「? どうしたの恭弥」

「千里。俺がお前と二人きりの時にお前に何かしそうになったら遠慮なくキスしてくれ」

「殴ってくれと間違えたんだね。殴るどころか締め殺すから安心して」

「ちょっと、私たちが行くんだから死体は隠しておきなさいよ?」

「夏野さん。こいつらかなりおかしない?」

「だから私がいるの。私がいないとこの三人社会に出られないから」

 

 そんなことはない。流石に俺でも社会に出ればちゃんと適応する。でも日葵にずっと一緒にいてほしいから社会に適応しないでおこうと思う。一人で何か事業を起こそう。でも一人じゃ寂しいから社会のはみだしものの千里と朝日を誘おう。俺たち三人が集まったらどうなるかわからないから、日葵も放っておけないに違いない。

 

「氷室、織部くん。私、日葵から愛しすぎて社会に出したくないって言われちゃったわ」

「耳にクソ詰めて喋ってんじゃねぇよクソ」

「この中では僕が一番マシだってことをわからせなきゃいけないみたいだね」

「この中で一番メスの間違いだろ?」

「女の私を差し置いてそれを言うってことはバトルするってことね」

「待て。俺はまだお前の椅子になってるってことを思い出せ」

「夏野さん。二人がいじめるんだ」

「え、えーっと。よしよし」

「「何日葵によしよしされてんだよ!!!!!」」

「これが『怒り』なんやな……」

 

 千里が椅子になっている俺に勝ち誇った目を向けてくる。もう怒った。お前を文化祭でアイドルにしてやる。俺がプロデューサーになる。そしてうっかりプロの目に留まって、俺とお前で芸能界デビューしてやる。



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第27話 新幹線メス

「あれ、新幹線の窓って美少女が映るんだな」

「僕のことを言ってるなら今ここで恭弥に襲われたって悲鳴をあげてやる」

「そうなったら開き直る」

「待って。僕が悪かった。話し合いをしようじゃないか」

 

 修学旅行、当日。修学旅行が楽しみすぎて寝れなかったなんてことはなく、むしろぐっすり二時間も寝て迎えた今日。当然のように俺と千里は二人席に座って、新幹線の中で友情の対話を楽しんでいた。

 

 自由な校風が売りのうちの高校は、泊まるホテルだけが同じで行動はほとんど自由。ただし事前に教師が選んだ場所以外は行くことができないというルールがあり、毎年のようにそのルールを無視して違うところに行く生徒が多数いるらしい。ただうちの校長は「自由だしいいんじゃない?」とこの方針を変える事はせず、うちの担任は「普段はぶられてるやつが見えてくるからな。そいつらには教師が大金使っていい思いさせるって決まりなんだよ。つまりゴミを買うのと一緒ってことだ」と清々しいほどのクズっぷり。

 

「ついたら即ホテルで、そっから自由行動だろ? 自由すぎねぇかうちの高校。よく問題起きてねぇよな」

「普段から抑圧がないからだろうね」

「はぁ、俺は日葵とえっちしたいっていう欲を抑えてるってのに」

「あんた、後ろに私たちがいること忘れてるの?」

「あぁ日葵。今のは朝日が言った」

「ちなみに日葵は寝てるわ。今日が楽しみであまり寝れなかったみたい。可愛すぎてさっき食べたわ」

「つまりお前が日葵ってことか。結婚してくれ」

「ちなみに日葵が寝てるっていうのは嘘よ」

「おいおい千里、何求婚してるんだよ? 修学旅行だからって浮かれやがって」

「寝てるのはほんとよ」

「いい加減にしねぇとブチ犯すぞクソアマ」

「なんで僕を見ながら言うの?」

 

 危ない。あまりにもメスな千里が隣にいるから思わず千里を見ながら言ってしまった。あと体を隠して俺から距離をとるのは様になってるからやめてほしい。

 

 後ろをそっと見てみると、日葵が寝ていた。激カワ。もう美術品じゃん。日葵が美術じゃん。なんでこんなに可愛くて美しいの? なんで日葵の隣に俺がいないの? クソ、信じられないくらいのクソ野郎が日葵の隣にいるなんて耐えられない。

 

「おい朝日。千里と席交代しろ」

「恭弥と朝日さんが交代するんじゃないの?」

「俺を寝ている日葵の隣に置く危険性を考慮しろ」

「そんなやつの隣に座りたくないわよ。私だって自分の体が大事なんだから」

「ナイスジョーク! アハハ」

「織部くん、ものすごく重いおもり持ってる?」

「俺におもりくくりつけて海に沈めようとするんじゃねぇよ」

「魚が死んじゃうもんね」

「俺そんなに汚い?」

「心が特に」

 

 バカ言うな。俺の心はめちゃくちゃ綺麗だ。日葵に対する想いは綺麗以外の何物でもない。他は汚いって言われても仕方ないと思ってる。

 まったく、隙あらば俺のことを殺してこようとしやがって朝日のやつ。ぶっ殺してやろうか? 俺が負けてぶっ殺される姿しか思い浮かばないけど。

 

「そういや修学旅行ってカップル量産されるらしいな。自由が故に」

「デートできるチャンスだしね」

「そういえば私も男子の何人かに誘われたわね。全員胸見てたから断ったけど」

「だから男子の数減ってたのか」

「殺してないわよ」

「ちゃんと全員揃ってたよ。忌々しいことに」

 

 朝日はともかくなんで千里は忌々しいとか言っちゃってんの? せっかく全員揃って修学旅行これたのに。まぁ俺ほとんど名前知らないけど。

 

 ここで千里と仲がいい俺はピンときた。朝日が誘われたという話題から、男子に対して忌々しいって言うってことは、それはつまりそういうことなんじゃないか?

 

「お前もしかして男子に誘われたのか?」

「……」

「ちょっと氷室。織部くんはあんたの手でメスにしないとダメじゃない」

「こいつは元からメスだろ。ってか俺と付き合ってるってことになってるのに誘ってくるバカがいんのか」

「……付き合ってるってことになってるから、そういうのもいけるって思われたんじゃないの?」

「ごめん」

 

 なるほどな。今まではめちゃくちゃ可愛い男の子で気になってて、それが男と付き合いだしたってなったからそこに飛びついてきたのか。俺から千里を寝取ろうとするなんていい度胸じゃねぇか。俺は日葵と薫の次に千里を大事にするって決めている。だから日葵と薫が危なくなったら千里は見捨てる。ごめん千里。

 

「そいつの顔と名前は? 修学旅行名物の木刀で叩き潰してやる」

「あんたは剣術すらできそうだからやめなさい」

「流石に言わないよ。僕が危なくなったらいうけど」

「危なくなってからじゃ遅いだろ。俺はお前に危ない目に遭ってほしくないんだよ」

「いやでもこういうのってプライバシーに関わることだし」

「お前が大事だって言ってんだ」

「んぅ……恭弥? どうしたの?」

「あぁ気にするな日葵。信じられないくらいどうでもいいことだ」

「そうよ日葵。おはよう。一番最初に私におはようっていいなさい」

「君たちなんかきらいだ」

 

 千里が殻に閉じこもってしまった。その隙に座席の隙間から朝日と目を合わせて頷き合う。

 千里から目離すなよ。織部くんに近づこうとするやつらからもね。

 

 アイコンタクトを交わし、念のため注意しておこうと二人で決めた。普段からメスだなんだって言っちゃいるが、千里にとってはデリケートな問題。俺たちは仲がいいから許してくれるし、何もいやらしいことをしないってわかってるからいいが、本当に性的な意味で近づこうとしてくる男はダメだ。千里にとっちゃ恐怖の対象でしかない。男なのに信じられないくらいのザコパワーの千里じゃ襲われたらすぐ終わりだ。

 

「……って、恭弥!? こっち見ないで!」

「日葵に拒絶された。俺は今から死のうと思う」

「違うわよ。女の子なんだから、寝起きの顔見られるの恥ずかしいに決まってるじゃない」

「あれ、朝日俺んち泊まったとき思い切り寝起きの顔でおはようって言ってこなかった?」

「あんたなら別にいいでしょ。気を遣う必要なんてないんだから」

「確かに。お前の裸見ても指一本動かねぇ自信あるわ」

「あら、なら今日見せてあげましょうか?」

「そういやつづちゃんが写真撮ってきて欲しいって言ってたんだ。その時に撮ろう」

「恭弥」

「おい朝日。今つづちゃんがどうとかっていう車内アナウンス流れなかったか?」

「苦しい言い逃れね。有罪よ」

 

 有罪判決を受けた俺は日葵の「ばか」という言葉にとどめを刺された。可愛すぎる。日葵がばかって言ってくれるなら俺は一生ばかでいい。あぁ、どうかこんなばかな俺を救い上げ、人生という華々しいロードを俺とともに歩いてくれないだろうか。太陽に顔を向けるひまわりのように、輝かしい未来へ向かって。

 

 ばかと言われたのが破壊力高すぎて頭がおかしくなっていた。これ以上おかしくなったら一周回ってまともになる。

 

「そういえばつづちゃんってどんな子? 後輩で新聞部の部長さんっていうのは知ってるけど」

「いい子だな。なんか無性に可愛がりたくなる」

「動物で例えるなら犬ね。ずっと尻尾振ってる感じ」

「会ってみたい……」

「ただ面白いもののためなら理性も倫理観も捨てる」

「だから言ったでしょ。獣だって」

「会いたくない……」

 

 日葵とつづちゃんが会う日が遠ざかってしまった。まぁ一回記事のネタにされてるし、苦手意識持ってても不思議じゃないけどな。日葵はそんな子じゃないって知ってるが、少し思うところはあってもいい。

 

 でも結構相性いいと思うんだよなぁ。暴走気味のやつって大体日葵と相性いいし。なんだろう、日葵と一緒にいると暴走気味のやつが浄化されるっていうか、ちょうどいい感じになるっていうか、俺たちが一瞬で爆速になる動力だとしたら、その爆速すら緩く見せられる世界そのものを作り上げるのが日葵。つまり日葵が世界。日葵が正しい。

 

「それにしても恭弥、最近女の子と一緒にいることほんと増えたよね」

「お、復活したか。そうだなぁ、日葵に朝日につづちゃんに岸。一年前とは比べ物にならない」

「四人程度で比べ物にならないって、あんたどんだけ悲惨な学生生活送ってたのよ」

「女だけが学生生活じゃねぇんだよ。なぁ千里」

「何言ってるの? 僕は女の子だよ」

「千里がおかしくなった!」

「気を確かに持つのよ織部くん!」

「もう僕が女の子なら全部丸く収まる気がしたんだ。あはははは」

「おい朝日! 千里とめちゃくちゃセックスして男の自覚植え付けてやれ!」

「こうなったら仕方ないわね……! 織部くん。トイレに行くわよ」

「ま、待って待って! 二人とも落ち着いて!」

 

 朝日に指示を飛ばす俺、真剣な顔で頷く朝日、朝日を全力で止める日葵、立ち上がる千里。

 

「……どうやら僕は男の子らしい」

「朝日とセックスって考えたら反応したんだな。よかった。お前は立派な男だよ」

「性欲に嘘はつけないものね」

「よかったぁ……」

 

 日葵がめちゃくちゃ安心している。ごめんな? 俺たちが騒ぎ過ぎた。でも千里が『自分が女の子なら』って言うなんて一大事なんだよ。それされると俺も受け入れてしまいそうになるから。

 だってよく考えてみろ。日葵を除けば千里なんてめちゃくちゃ理想の女の子だぞ? 自分のバカに付き合ってくれて、見た目もめちゃくちゃよくて、何があっても一緒にいてくれるっていう安心感。日葵がいなかったら絶対付き合う。

 

「氷室。念の為お風呂の時ちゃんとついてるか確認して」

「あぁ。でも千里の体を恥ずかしくて見れなかったらごめん」

「その可能性があるなら僕は君とお風呂に入らない」

「確かホテルに大浴場あったわよね?」

「じゃあ織部くん連れて行ったらダメじゃない?」

「夏野さん?」

「あ、ごめん! えっと、織部くんって可愛いから、みんな困っちゃうかなって」

「ついてるのに?」

「ついてるから困るんだよ」

 

 ついてないやつが入ってきたらもうそういうことだから開き直れるが、ついてる女みたいなやつが入ってきたら、「あれ? 俺って女の子が好きなんだよな?」っていう気持ちにさせられるから一番たちが悪い。こいつほんとに連れて行かない方がいいな。

 

「ご飯とお風呂の時間は決まってるから、一般客とはそんなに会わないと思うけど……」

「子どもがいたら最悪だよな。千里を見たら性癖が歪む」

「もう決めた。意地でもお風呂に入ってやる」

「悪いことは言わない。やめた方がいい」

「僕に何かあったら恭弥に守ってもらうし。ね?」

「……仕方ねぇなぁ」

「あんた、なんだかんだ織部くんに甘いわよね」

「……ふーん」

 

 え、日葵なにその反応。



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第28話 スから始まってワールドで終わるワールド

「俺は右のベッドで千里は右のベッドな」

「同じベッドに聞こえたんだけど気のせい?」

「あぁ、悪い。ホテルで同じ部屋に入ったからセックスするのかと思った」

「二度と僕に話しかけるな」

 

 大阪につき、宿泊するホテルに入った途端俺たちの友情は終わりを告げた。

 

 大阪。普通に生活しているだけで笑いが身に付き、喋りも自然とうまくなる笑いの聖地。岸も確か大阪出身だったから、修学旅行というよりは里帰りに近いだろう。

 雰囲気はガチャガチャしてるというか、元気というか、岸みたいな喋り方の人がめちゃくちゃいる。方言なんだからそりゃそうだとは思うが、違う国の言葉みたいでちょっと慣れない。テレビでよく聞く関西弁でこれなんだから、沖縄とか九州とかにいったらもう違う国の言葉みたいじゃなくて違う国の言葉なんだろうな。

 

「……千里。関西弁で喋ってみてくんね?」

「なんで?」

「ほら、よく言うだろ? 方言使う子は可愛いって」

「方言のイントネーションなんかすぐにマスターできるわけないやろ? 大体のことはなんでもできるけど、すぐにできるわけちゃうんやから」

「人はお前を天才と呼ぶ」

「恐縮です」

 

 まぁほとんどイントネーション真似るだけだからね。と千里は完璧に関西弁を披露した。なんだろう、この、関西弁の破壊力。一気に親しみが出るというか、距離が近くなったというか、日葵も喋ってくんねぇかな。多分エセになって関西人が怒ってそれでもなお日葵は可愛いんだろうけど。

 

「そういや千里、プール行くっつってたけどちゃんと上持ってきたか?」

「僕この顔と体で十数年生きてるんだよ? 流石に持ってきてる」

 

 大阪にはアミューズメントプールとめちゃ広温泉が一つになったとんでもない施設がある。なんつったっけ。スウィートラブワールド? とにかくスから始まってワールドで終わる名前だった気がする。

 で、プールに入るってなったら問題は千里だ。千里はこんな顔と体をしてるからまず間違いなく女の子と間違われる。男風呂なら下も見えるし問題ないと言えば問題ないのだが、プールは隠すこと前提。下だけ隠していると、上を隠していない女の子と思われてしまい、変態に襲われてしまうかもしれない。そうじゃなくても、気持ちの悪い目で見られてしまう。

 

 というわけで、千里はラッシュガードを着用しなければならないってわけだ。

 

「脱衣所とか憂鬱なんだよね……僕が脱ぐまで、というか脱いでからもじろじろ見られるし」

「ここは俺が近くでガン見することでもはや気にしなくなるっていう作戦はどうだ?」

「それはちょっと恥ずかしいかな。気持ち悪いし」

「ん-、無理しなくてもいいんだぞ? 他に行くところなんていくらでもあるし」

「いや、絶対に行く」

 

 着替えと水着の入ったバッグを手に、千里は綺麗な笑顔を俺に向けた。

 

「女の子の水着姿が見られるなら、僕は変態に魂だって売るさ」

「それでこそ俺の親友だ」

 

 でも日葵の水着姿見たらぶっ殺すぞ、と釘を刺すと、「それは無理でしょ」と返ってきた。俺も無理だと思う。

 

 

 

 

 

「女の子の分は男が出すものだから、ここは俺に任せろ」

「君が五人分のお金を払おうとしてる理由を説明してもらおうか」

「お前男か女か怪しいから、現時点では女だと判断した」

「異議なしよ」

「ほな着替えは私たちと一緒やな」

「ホテルも私たちの部屋にくる?」

「千里、お前は男だ」

 

 日葵が千里を部屋に誘い始めたので、千里の分を除いて券売機に金を突っ込む。そのまま四人分の券を買って、一枚ずつ女子三人に手渡した。

 

「え、ほんとに買っちゃったの? ちょっと待って、払うね」

「いいのよ日葵。男が甲斐性見せようとしてるんだから、黙って受け取るのが女のマナーよ」

「これ適当言うてるだけで、お金浮くから喜んでるだけやで」

「そんなわけないじゃない。ちなみに私は人にものを奢るやつのことを心底バカだと思ってるわ」

「ひ、光莉! 買ってもらったんだからそんなこと言わないの! ごめんね、ありがと。恭弥」

「恭弥が死んだ」

 

 日葵からの「ありがと」を受けて俺は一瞬意識を失った。危ない。三途の川で潜水してたぞ今。ところで三途の川を渡らずに潜水して溺死したらどうなるんだろう?

 

「気にすんな。女の子はおしゃれにお金かかってるんだから、その分を男がデート代払うのは当然だろ」

「ちなみにこのセリフ、さっきホテルで『これ言ったらカッコよくね?』って何度も練り直したセリフだよ」

「ちょっとカッコいいって思っちゃったじゃない。あんた時々そういうこと言うから嘘かほんとかわかんないのよ」

「練り直したってだけでほんまに思ってるかもせんで?」

「恭弥優しいから。うん、ちゃんとカッコいいよ」

「恭弥が再び死んだ」

 

 日葵から「カッコいい」と言って貰えた俺は確実に一度死んだ。俺の命はどうやら知らない間にバーゲンセールされているらしい。死人どもがこぞって俺の命を買いに来ている。俺の命は日葵に奉げると決めているため、死人どもに買われないよう俺の命に『SOLD OUT』の値札を貼り付けて、現世へ舞い戻った。

 

「でも、お金大丈夫なの? あんた、その理論で行くとこの先ずっと奢りよ?」

「朝日からその心配されるとは思ってなかったな。まぁ大丈夫だよ。俺怪しい稼ぎがあるんだ」

「それもしほんまにあっても言うたらあかんやつやで」

「本当のこと言うと、親の金使って株やらされてるんだよ。当たればその分け前の何割かもらえるんだ。俺の両親はバカだから天才である俺に頼るしかない」

「一回めちゃくちゃ負けて僕に泣きついてこなかったっけ?」

「あ、一年の秋くらい? あの時恭弥すごく痩せてたもんね」

「へぇ。めちゃくちゃ面白いわね」

「俺の不幸がそんなに面白いのか?」

 

 あの時はすごかった。俺と両親で家族会議を行い、薫には内緒にすることを決めて、負けた分を取り返そうと株を必死に勉強し、結局父さんが運で取り返した。俺必要ねぇじゃねぇか。

 なぜ高校生の俺が株をやらされるか、それを両親に聞いたところ、「恭弥が普通に社会で生きていける姿が想像できないから」らしい。つまり、働かずに生きていける方法を教えてくれているというわけだ。立派な両親だぜ。腸が煮えくり返る思いだ。

 

 受付を通り、靴を脱いで入ろうとすると朝日が俺を連れて他の三人から距離をとった。何事と耳を傾けると、朝日が顔を近づけて俺の耳元でぽそりと囁く。

 

「靴脱ぐ姿っていいわよね」

「とてもいい」

 

 俺と朝日は握手をした後、二人で靴を脱いで館内に入った。どうやら俺と朝日は性癖も似通っているらしい。

 

「なんか俺めっちゃ見られてね?」

「美少女四人連れ歩いてるからちゃう? この色男」

「僕、周りの人殺してくるね」

「あんたメスにしか見えないのよ。諦めなさい」

「お、織部くんはちゃんと男の子だよ! 男の子!」

「どこらへんが?」

「……生物学、的には」

「それ以外は女の子にしか見えないってことだね。ありがとう。この中じゃ夏野さんの言葉が一番信用できるよ」

「つまり殺人を決意したってわけか。止めるぞお前ら」

「もう春乃が抱き上げてるわよ」

「哀れ」

 

 殺人衝動に駆られた千里が岸に抱え上げられ、羞恥に顔を赤く染めてその顔を両手で隠している。女の子と間違えられている男が女の子に抱え上げられ、それを周りから見られるなんて恥ずかしいなんてもんじゃないだろう。男としてのプライドがぐちゃぐちゃにされてしまっている。

 

「ここカラオケとか卓球とかもあるんだね」

「ゲームセンターもあるみたいね。あとで氷室抜きでやりましょうか」

「壮絶ないじめだ。千里、なんとかしてくれ」

「岸さんに抱え上げられてるこの現状をなんとかしてくれ」

「千里は渡さんで」

「日葵、あそこにクレーンゲームあるぞ。なんか欲しいものあるか?」

「ほんとだ。えーっと、なんかあの、ぽやぽやした犬!」

「朝日さん。君は僕を見捨てないよね?」

「ぽやぽやしたって可愛すぎでしょ。仕方ないから右腕を捧げるわ」

「じゃあ朝日の右腕でクレーンゲームするか」

「だめだ岸さん。こいつらサイコすぎる」

「もうほぼ犯罪者やん」

 

 俺と朝日が協力してなんとか朝日の右腕を取ろうとしていると、日葵が慌てて止めに入った。朝日が日葵に右腕を捧げたいって言ってるから協力してただけなのに、日葵は慌てんぼうだな。俺と朝日は揃って肩を竦め、やれやれと首を横に振った。

 朝日の右腕でクレーンゲームができなくなった俺たちは、男と女に分かれ脱衣所へ向かう。

 

「先にプールで待ってるからな」

「私たちが先に待つわ。勝負よ!」

「ナンパされたらめんどくせぇだろ。いいから俺らを待たせるくらいのつもりでゆっくりこい」

「……」

「光莉が時折みせる氷室くんの優しさにやられた!」

「恭弥のあほ」

 

 日葵からの「あほ」という言葉に撃ち抜かれ、倒れた俺を千里が引きずる形で脱衣所に入る。

 

 脱衣所から男性風呂に直接行けるようになっており、脱衣所の中にエレベーターがあってそこからプールにも行ける。すべてはここで完結すると言っても過言じゃない。

 

 さて。

 

「やっぱ見られてるな」

「恭弥、背中に隠れていい?」

「お前そんなことするから間違えられるんだぞ」

「怖いものは怖いだろ」

 

 まぁめちゃくちゃいやらしい目で見てきてるしな。『あれ、女の子が男の脱衣所に? いや、そんなはずない。でもあんなに可愛いのに男のはずもない。っていうことはそういう趣味か? お近づきになってもいいのかな?』って思ってるにおいがプンプンするぜ。

 

「逆に堂々としても、それはそれで結局見られるしなぁ」

「なんで僕が男だってわかっても見てくるんだろう」

「合法的だからだろ」

「後ろ暗い言い方はやめてくれない?」

 

 できるだけ人がいない方に移動して、端っこの方のロッカーを使う。千里に気を遣って千里に背を向けながら服を脱ぎ、水着に早着替えした。俺の無駄な特技、早着替え。特に脱ぐのが早い。男らしくて困るぜ。

 

「こっち向かないでね?」

「いちいち確認してくるな。興奮するだろ?」

「興奮するなよ」

「じゃあ衣擦れの音聞かすのやめてくれ。艶めかしいんだよお前」

「出るんだから仕方ないでしょ?」

「興奮するんだから仕方ないでしょ?」

「仕方なくないよ。大罪人め」

 

 ……今振り向いたらどんな格好してるんだろ。別に男同士だしいいよな? ちゃんとついてるかどうかも怪しいし、その確認だけ。もし女の子だったらここに入ってきちゃいけないし、うん。ちょっと見るだけ。せーので、せーので見よう。

 

「せーの!」

 

 振り向いた俺の視界を、一枚の布が塞いだ。匂いでわかる。これは、今日千里が来ていた服。脳を犯すこの甘い香り、間違いない。

 

「ばか。こっち向かないでって言ったでしょ?」

「俺と結婚してくれ」

「悪くないかもね。ぜひ死んでくれ」

「めちゃくちゃ嫌がってるじゃねぇか」

 

 千里の服を顔からどけると、既に水着へ着替えていた。性的だった。



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第29話 水着姿を褒めるのは難しい

 女性陣より一足早くプールに到着した。競技用プールなんてものはなく、ただ浮いているだけで緩やかに流れていくことができる流れるプール、各所に設けられている水を用いたアトラクション。ここから見える限りでは浮き輪のボートに乗った水上のジェットコースターみたいなのが見える。

 

「あれに俺と千里が乗ったら、確実にとんでもないことが起きるな」

「絶対にやめとこうね。君のものを咥えるなんてハメになったら僕は死ぬ」

「ハメ?」

「まずは君を殺す」

 

 踏み込んで殴ってこようとした千里は、下が濡れているからか足を滑らせて俺の方に倒れこんできた。千里が地面に倒れないように腕を取って、空いた手を腰に回しこけた勢いを殺しながらしっかり受け止める。

 

「うわー。殺されてしまうー」

「クソムカつく。朝日さんに言いつけてやる」

「朝日は濡れた地面なんて関係なく俺を殺せるだろうからやめてくれ」

「実践してあげましょうか?」

 

 化け物の声が聞こえたので振り返ってみると、そこにはオフショルダーのオレンジ色の水着を着た朝日がいた。

 腕の中にいる千里を見る。

 朝日を見る。

 

「ふっ」

「私が織部くんに負けてるって言いたいのね? オフショルダーよ? おっぱい大きいのよ?」

「どんだけ見た目よくても性格のクズさが透けて見えるんだよ」

「私の方が勝ってるって認めたら、好きなだけ見ていいわよ」

「朝日の優勝!」

「隙あり」

 

 千里から離れて朝日の方を振り向いてサムズアップすると、目から色を消した朝日のビンタによって制裁されてしまった。漁船の主かよこいつ。釣りうますぎねぇか?

 

「朝日さん、綺麗だね。ちょっと目のやり場に困るけど」

「見なさい氷室。これが模範解答よ」

「こいつ、さっきの好きなだけ見ていいって発言聞いて、最初から褒めりゃ好きなだけ見ていいんでしょ? って解釈してるだけだぞ」

「言っとくけど3秒以上見たら殺すわよ」

「は? 話が違うじゃないかクソアマ」

 

 千里も俺と同じくビンタによって制裁された。お前ほんとそういうとこだぞ。なんでそんないらないところだけ男らしいんだよ。お前の男らしさ性欲だけかよ。

 

 まぁ、ふざけてはいるが朝日は文句なしに綺麗で可愛いと思う。身内びいきもあると思うが、そこら辺で泳いでいる女の子より断然朝日が勝ってる。改めて思うが、俺の周りの女の子ってレベル高くね? それはつまり俺の男としてのレベルが高いことの証明じゃね?

 

「そういえば、なんで朝日さんだけ先に来てるの?」

「そうだ。お前のことだから日葵の着替え見たいと思ってたのに」

「バカね。日葵の水着見るなら、一番最初はプールでがいいに決まってるでしょ。楽しみにしたいじゃない」

「お前着替える日葵と一緒にいたら衝動が抑えきれないだけだろ」

「ふふ、図星よ」

「恭弥。早く朝日さんを病院に連れて行った方がいい」

「これ以上は日葵が危ないかもな」

 

 かくいう俺も千里と一緒にいたら危ない感じはあるのだが、自分のことは棚にあげさせてもらおう。第一、千里が悪いんだよ。なんでこんなメスなんだこいつ。千里のことだから気づいてるだろうけど、周りにいる男がお前のことめちゃくちゃ見てるぞ。朝日はさっきのビンタのせいで怖がられてるぞ。

 

「っていうか、あんたも人のこと言えないでしょ? 日葵の水着姿なんて耐えられるわけないじゃない」

「上等だコラ。俺の鋼の精神見せてやるよ。もし耐えられないと思ったらあの怖そうな水のジェットコースターお前と一緒に乗ってやる」

「なんであんたがご褒美で私が罰ゲームなのよ」

「千里、ご褒美の意味って地獄と同じ意味だっけ?」

「難しいところだね」

「黄泉の国へのジェットコースターに乗せてあげるわ」

 

 どうやら俺は日葵の水着姿に耐えられなかったら朝日に殺されるらしい。浮き輪ボートの上で死ぬ俺。恐らくカッコいいに違いない。遺影はそれにしてもらおう。ははっ、浮き輪ボートの上で死ぬ写真が遺影なんて、イエーイって感じだな。おもしろいおもしろい。

 

 それにしても、中々出てこない。女の子の着替えは時間がかかると言ったり言わなかったりするが、かかりすぎじゃないかと思う。まぁ日葵だし、俺のことを好きになってくれた岸だし、何があっても許すつもりではあるが。幼馴染と俺を好きになる確かな目。大事にしなければ男じゃない。

 

「朝日。二人とも遅くね?」

「どうせ恥ずかしがってるんでしょ。男の子に水着姿見せるのって結構勇気いるものよ」

「それはつまり、朝日さんは僕たちを男だと意識してないってことだね?」

「女の子とゴミ」

「おいおい。俺のどこが女の子なんだよ」

「黙れ」

「黙れ?」

 

 お前から喧嘩売ってきといて黙れってなんだよ。俺そんなにおかしなこと言ったか? あと女の子って言われてむっとしてる千里。かわいいからやめなさい。お前そんなんだから女の子って言われるんだよ。

 

「んなこと言って、実は恥ずかしいんじゃねぇの? 朝日も女の子だからな。しかもそんな肌見せる水着、恥ずかしくないはずがない」

「私の肌に恥ずかしいところなんてあるはずないでしょ?」

「アハハハハハハ!!」

「おい朝日。あんまりおもしろいこと言うなよ。千里が爆笑してるだろ?」

「あんたたちこそ私のこと女の子だと思ってないでしょ?」

 

 ごめ、ごめん、なさい……と言っている千里を締め上げながら、じとっと俺を見る朝日。親友の死を悟りながら、俺は朝日のおっぱいを見ながら言った。

 

「立派な女の子だ」

「うんうんって頷いて納得してるところ悪いけど、しっかり殺すわね」

「見ていいって言ってたじゃん!」

 

 拳を握り振りかぶる朝日から必死に逃げようと背を向ける。あいつシャレになんねぇ。グーって絶対痛いだろ。グーはダメだろ。俺なんでプールに来てグーで殴られなきゃいけないの? 心当たりは死ぬほどあるが、納得いかない。

 

「プールサイドで走っちゃいけませんって習わなかったの?」

「プールサイドで殺人しちゃいけません!」

「それは習わなかったわ」

「じゃあお前は人として失格だ! 習わなくてもわかるんだよ!」

 

 まさか身近に殺人鬼がいるとは思わなかった。こいつはただの日葵が好きな変態でクズだと思ってたのに。大体おっぱい見たからってなんなんだよ。出してるくせに見るなってめちゃくちゃじゃね? 俺やっぱり悪くないだろ。クソ、揉んでやろうか。

 

 揉んだら本気で殺されそうなのでやめておこう。しっかりそれを胸に刻んで頷いていると、朝日に捕まった。

 

「あら、あんた意外といい筋肉してるのね」

「ここは俺のいい筋肉に免じて許してくれ」

「織部くんに分けてあげなさい」

「分けられるなら分けてやりてぇよ」

「恭弥、朝日さん」

「ち、千里? お前、朝日に殺されたはずじゃ」

「あっち見て」

 

 絞め殺されたはずの千里が側に立って指さす方向を朝日と一緒に見る。

 

 日葵と岸がいた。ヤバかった。

 

「さ、地獄行きのジェットコースターに行こう」

「仕方ないわね。織部くん、説明頼んだわよ」

「恭弥。日葵さんと岸さんと僕を残していくと、ナンパされるかもしれないよ?」

 

 日葵の水着姿に耐えきれそうにもなかった俺は、朝日と一緒に逃げようとした自分をぐっとこらえ、振り向いた。

 

 水着自体はシンプルな黄色のビキニ。そう、シンプルなんだ。シンプルイズベスト。いや日葵がベスト。ナンバーワン。チャンピオン。向かうところ敵なし。俺は一生日葵の味方。つまり俺もチャンピオン?

 混乱してしまうくらいものすごく綺麗で、可愛かった。恥ずかしいのか頬をピンク色に染めているのもグッド。ここが黄泉の国だと言われても違和感がないくらい幸福だ。

 

 そして日葵の隣に並んでいるためかなり霞んでいるが、岸もすごい。ワンピースに見えるが、あれはいわゆるモノキニというやつだろう。ウエスト部分、横腹の布がなく、前から見るとワンピース、後ろから見たらビキニに見えるえっちなやつだ。しかも黒色。セクシービームじゃねぇか。

 

 セクシービームってなんだ?

 

 振り向いた俺の視線に気づいたのか、日葵が岸の後ろに隠れた。可愛い。結婚してほしい。

 

「やー、ごめんなぁ。夏野さんが恥ずかしい恥ずかしい言うて。こんなに可愛いのに」

「だ、だって、変じゃないかなって」

「んなわけないやろ。なぁ氷室くん?」

 

 なんで俺に振るの? 今うっかり「はい! えっちしたいです!」って言いそうになったじゃねぇか。あの野郎、俺をはめようとしやがって。俺は日葵とハメたいってのに。

 

 間違えた。

 

 しかしここで言い淀んでいると日葵が自信をなくしてしまう。なんで自信がないのかわからないくらい可愛いんだ。隠れられるともったいない。もっと見たい。

 

 視界の端で日葵の水着姿に耐えきれず、千里に支えられる朝日を捉えながら精一杯の笑顔を向けた。

 

「変どころか、女神なのかと思ったぜ。ヴィーナス誕生。100点満点。めちゃくちゃ可愛い」

 

 千里を見る。俺変なこと言わなかった? 言ってた? でも大丈夫? 何を根拠に? さぁ?

 

 前を見ると、岸が口に手を押さえて笑いをこらえている。どうやら俺は変なことを言ってしまったらしい。俺が何を言ったのか記憶がない。ただ思い浮かんだ言葉を並べただけだ。もしかしたら「えっちしたい」って言っちゃった? はは。もしそうだったら死ぬか。

 

 どこで死のうかな、と死に場所を探していると、日葵が岸の後ろからゆっくり出てきた。顔を俯かせているのを見て、俺マジで何言ったんだと不安になる。もしかして日葵に「きらい」って言われちゃう? 言われたら間違えて千里を抱くかもしれない。傷をいやしてもらわないといけない。その場合千里は深く傷つく。誰だ千里を傷つけようとしてるやつは?

 

 そんな俺の心配も杞憂に終わった。日葵が顔をあげるとそこにあったのは、笑顔。

 

「ありがとっ、恭弥もカッコいいよ!」

「恭弥!?」

 

 破壊力満点ラブリープリティーバズーカが直撃した俺は、その場に倒れこんだ。隣を見ると朝日も倒れている。直撃しなかったのにその様とは情けねぇ。

 

 日葵と岸が近づいてくる音が聞こえる。どうやら俺の死に場所はここだったらしい。

 

「恭弥っ、起きないと僕がキスするぞ!」

「え、いいんですか?」

 

 言葉につられて起きた俺は、千里の手によってまた眠らされた。なにも殴らなくていいじゃん。



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第30話 ウォータージェットペア

「ちなみに私は?」

「すんごいセクシー」

「せやろ? ふふん」

 

 岸がかわいい。

 

 しっかし、セクシーすぎないか? セクシーすぎて岸に周りの男の視線が集まるかと思いきや、なぜか千里がめちゃくちゃ見られている。この中で一番簡単そうだからかな?

 日葵はめっちゃくちゃしっかりしてるし、朝日は生粋のファイターだし、岸はノリが良さそうだが身持ちが堅そう。千里は押せばいけそう。なんか小動物感がすごい。

 でも残念ながら男なんだよなぁ。残念じゃないって人もいるだろうけど。

 

「とりあえず入りましょうか。さ、日葵。私の腕に絡みつきなさい」

「プールに突き落としたらこのバカも治るだろ」

「朝日さん。衝動を抑えなきゃ恭弥が朝日さんに抱き着くらしい」

「命拾いしたわね。私が」

「命なくなるくらいいやなの?」

 

 ぴゅー、と音が聞こえてきそうなくらい颯爽と逃げ出して、朝日が一番乗りでプールに入った。あいつ、大人びて見えて結構子どもっぽいよな。さっぱりしてるように見えて結構乙女だし、ギャップの化身じゃねぇか。

 

「このままあいつが流れていくところを見ておいてやろう」

「いじわる言わないの。行こ、恭弥」

「ぇ?」

 

 これが幻覚じゃなければ、日葵が俺の手を取ったように見える。うそ。柔らかい。千里と同じくらい柔らかい。なんで俺、手握ってもらえてるの? 今日死ぬことの暗示? あぁそうか、どうりで幸せ過ぎると思った。

 だって、水着姿の日葵が見れたし、美少女に囲まれてるし、ホテルは千里と同じ部屋だし。待って、千里は違う。いや、そうでもあるんだけどこの並びに入れるのはおかしい。

 

「ふーん。ほな私も」

「じゃあ僕も」

 

 俺の空いた手を岸が取って、俺の背中に千里が貼りついた。なんだこの状況。モテ期か? そういえば岸は俺のことが好きなんだった。じゃあ日葵は? いや、これはあれだ。幼馴染だからか。そうに違いない。じゃあ千里は? え、千里はなんで?

 

「親友を持ってかれたからなんかしなきゃと思って」

「まったく、お前は俺のことが大好きなんだな?」

「バカ。そりゃ親友なんだから好きに決まってるだろ?」

「美少女が手ぇ繋いでるのに男同士でいちゃいちゃせんといてくれる?」

「ふふ。私は仲がよくて素敵だと思うよ。ちなみに、本当に付き合ってないんだよね?」

「素敵だと思うって言いつつ何か思うところがあるんじゃねぇか。付き合ってない。ほんとに。俺も今疑ってるところだけど」

「日葵と手を繋いで、随分楽しそうね」

「今俺の明日があるかどうかも疑ってる」

 

 スロープを下りてプールに入ると、般若のような表情の朝日が待っていた。この世界がRPGなら確実にラスボスクラス。勝てるわけがない。俺はしがない村人Aだ。しかし俺には女神である日葵がついている。そしてこのラスボスは日葵にだけめっぽう弱い。他にはめちゃくちゃ強い。

 

「こ、こうでもしないと恭弥がプールに入らなさそうだったから」

「どうせ私を一人にしようと思ってたんでしょ? 罪二つね」

「あと氷室くん、この中では光莉に一番興味ないで」

「氷室と春乃に罪一つずつ」

「あれ?」

「残念だったね岸さん。朝日さんは夏野さん以外には平等なんだ」

「なんや。てっきり氷室くんだけ攻撃するもんやと思ってた」

「そう思って俺の罪をいたずらに増やそうとしたことは認めるんだな?」

 

 俺から目を逸らし口笛を吹く岸。無駄にうまい。口笛全国大会があったら上位入賞を狙えるレベルでうまい。こういう時ってへたくそな口笛吹くもんなんじゃないの? 口笛うまかったら注意しようにもできないじゃねぇか。

 

 残念なことに朝日と合流したことで日葵と岸の手が離れ、千里も俺の背中から降りる。よかった。日葵と手握ってるのもそうだったが、千里が柔らかい体押し付けて吐息が首筋に触れるもんだからちょっと限界だったんだ。あと岸は俺の指いじくって遊ぶし。エロイんだよド痴女が。

 

「あのボート乗るやつって何人までいけるんかな?」

「到着地点まで行ってみるか。日葵こういうの苦手だし、いけるかどうかも見といた方がいいだろ」

「はー出た出た幼馴染アドバンテージアピール。でも残念だったわね。私は日葵と一緒に遊園地に行って、無理やりジェットコースターに乗せて泣き顔見て果てしなく興奮したわ」

「最近気づいたんだけど、恭弥より朝日さんの方がヤバいよね?」

「今更気づいたか。こいつは本来なら近づかない方がいいタイプの人間だぞ」

 

 恥ずかしい過去をバラされた日葵が朝日をぺちぺち叩いているのが可愛すぎて死ぬ。そんな可愛い攻撃を最低のド級クズである朝日が受けているのが我慢ならん。あいつは今すぐ処刑するべきだ。俺が内閣総理大臣になったら朝日を真っ先に牢獄に入れ、檻の外に日葵の写真を貼り付ける拷問をしようと思う。

 

 日葵の可愛い攻撃を受けて「でへへ」とだらしなく笑っている朝日を「キショいな」と思いながら見ていると、岸がすいーっと優雅に近づいてきた。

 

「なーなー。氷室くんと織部くんって女の子とあぁいうの乗るの大丈夫なタイプ?」

「相手さえ嫌がらなけりゃな。朝日は嫌がっても一緒に乗って嫌がらせする」

「僕も恭弥と同じかな。どうして?」

「ん-、ほら。異性とやったら緊張して楽しまれへんっていう人おるかもせんやろ? それやったらもったいないなーって思って。ちなみに女子陣もオッケー! よかったな男子諸君!」

 

 岸がいい子すぎて好きになりそう。タイプの違う日葵じゃん。千里もクズだからいい子の岸が眩しすぎて目閉じてるし。わかる。眩しいよな。それに岸がまともだからいつもより暴走しちゃうところあるよな。つまり俺が何かやらかしたら岸のせいだ。まったく、困ったやつだぜ。

 

「つっても別に男同士で乗って女同士で乗ってってのでもいいんじゃね?」

「えー? 女の子と乗りたくないん? ハプニングあるかもせえへんで?」

「お子ちゃまめ。ハプニングに期待して俺が釣られるとでも? ところで岸。あとで一緒に乗らないか?」

「ええでー! 千里もあとで一緒に乗ろな!」

「助けて恭弥。岸さんが人から見られないことをいいことに僕をいじくりまわす気なんだ」

 

 水のジェットコースター、ウォータージェットというらしいそれは、途中筒に包まれたコースを進む。やろうと思えばその中で色んなことができるとは思うが、流石に水に流されながら、しかも浮き輪ボートの上でなんて無理だろう。

 でも、岸めちゃくちゃ運動できそうなんだよなぁ。もし岸が超人的な身体能力を持っていたら千里はやられるかもしれない。ふむ。

 

「朝日と乗っても地獄だから、千里が一緒に乗って安全なのって日葵しかいなくね?」

「恭弥と乗ると何か起こりそうだしね。そうと決まれば夏野さんを誘ってこよう」

「いい度胸ね。遺言は?」

「助けて恭弥」

「ちなみに俺は朝日の味方だ」

「もうだめだ。僕は今日ここで死ぬんだ」

 

 いつの間にか攻防を終えていた朝日が、背中に日葵を隠して千里を睨みつけていた。これは死んだな。

 

「日葵は私と乗って色々あって結婚するに決まってるじゃない。バカね」

「バカはお前だ大バカ。見ろ、日葵が困ってるだろ?」

「日葵が? 私と結婚するのが困るって? そんなわけないじゃない。ねぇ日葵?」

「えっと、男の子と結婚したいかな」

「春乃。私のおっぱいあげるから一緒に泣いてくれる?」

「私がおっぱいないことへの当てつけか? 別に気にしてへんわぶっ殺すぞ」

「あーあ。岸が殺意に芽生えちゃった」

「大丈夫だよ岸さん。僕にもないから」

「それもそか。胸だけが女ちゃうしな」

 

 いや、織部くん男の子やろ。と言われることを想定していたであろう千里はあっさり受け入れられたことが受け入れられないらしく、呆然として俺を見た。

 そりゃそうなるって。だってお前明らかにメスだもん。

 

 騒ぎながら移動していくと、ウォータージェットの到着地点についた。基本的にプールは道路のような幅の道をすいすい泳いでいくといった感じだが、到着地点は広く切り取られており、例えるなら駐車場。浮き輪ボートが到着するところと区切るようにコースロープが張られており、ボートを受け止める職員さんが数人いる。

 

 そしてちょうど、筒の向こうから浮き輪ボートに乗った人がかなりの勢いで滑り降りてきた。隣で「うわ」と声を漏らす日葵の可愛さにふやけ死にそうになる。

 

「持つところが三つ。最大三人乗りなんかな?」

「ってなると三人と二人に分けて乗るか。どう分ける?」

「えぇ……私乗れるかなぁ」

「乗れる乗れる。乗りましょう。ぜひ私と乗りましょう」

「はぁはぁ息漏れてるよ朝日さん。性犯罪者は人間ですらないってことを自覚したほうがいい」

「らしいわよ氷室」

「は? 俺は千里以外にいやらしいことしたことねぇよ」

「なんで織部くんならセーフ判定なん?」

 

 そりゃあれだろ。男同士だし親友だし。それに事故だし。

 

 さて、どうしようか。俺もできるなら日葵と乗りたいが、ここで日葵と乗りたいって言いだしても変になる。「え、なんで私と? キモ」って思われたら俺が立ち直れない。つまり、自然に日葵と一緒に乗れる流れに持っていかなければならない。

 

 全員ペアになれるよう何回も乗るってのが確実だが、ただでさえ怖がっている日葵が何回も乗るかってことを考えるとナンセンス。最初の一回目で日葵と一緒にならないと意味がない。

 

「……」

「……」

 

 朝日もそれがわかっているようで、俺を睨みつけていた。日葵と一緒に乗りたい朝日さえどうにかすれば、俺は日葵と一緒に乗れる。でもやつは強敵だ。日葵と一緒にいるためなら何でもするモンスター。一筋縄ではいかない。

 

「ん-、夏野さんは誰と乗りたいん? この人とやったら安心するー、みたいな」

「その聞き方されると答えにくいなー……」

 

 嘘だろ岸。これで俺が選ばれたら嬉しすぎる。しかしこれは博打。その聞き方なら日葵は男をまず選ばない。恥ずかしいからだ。ただ、俺には体重がある。俺と一緒に乗ると重心がしっかりする。まだ俺に勝ち目はある。俺に勝ち誇った目を向けてきている朝日に泡を吹かせてやる。

 

「岸さん、かなぁ」

「お、なら最初は私と乗ろか!」

 

 俺と朝日は泡を吹いて沈んだ。千里は爆笑していた。

 いや、まだ俺は諦めていない。日葵が楽しいと思えば、二回目があるはず!



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第31話 悲しみのウォータージェット

「ま、待って待って! 心の準備させて! 深呼吸させて!」

「押してもろてええですよー」

「かしこまりました!」

 

 きゃああああぁぁぁぁぁぁ……!! と、筒の奥に日葵の声が吸い込まれるようにして、日葵と岸を乗せたボートが出発した。

 日葵がボートに乗ってから数分、日葵は「待って待って!」と騒いでいた。これが他のやつなら鬱陶しいことこの上ないが、日葵ならとてつもなく可愛く思える。うん、怖がる日葵可愛い。残念なのは俺が日葵と乗っていないことだ。

 

「はぁ。まさか乳だけ女と乗ることになるとはな」

「はぁ。まさか塵ほどの価値もない最底辺のゴミと一緒に乗ることになるなんてね」

「やんのかコラ」

「あ? 生身で筒に向かって投げ飛ばすわよ?」

「いいのか? そんなことしたら投げ飛ばすときに俺におっぱい触れちまうぞ?」

「どうせ死ぬんだしいいんじゃない?」

「人の死をよしとするんじゃねぇよ」

 

 大体相手が死んでも触られるのは嫌だろ。まったく、自分の体は大切にしてほしいもんだ。性欲まみれの男子高校生としては大事にしてほしくないが、朝日は友だちだから仕方ない。もし触らせてくれるとしても、日葵に見られたら終わりだしな。クソ、俺に気がねぇくせに見せつけるような水着着てんじゃねぇよ。

 

「まぁそんな乳触ってもなんとも思わねぇけどな」

「さっきからちらちら見てるのわかってるのよ? ふふん。所詮男って猿ね」

「おい千里。俺たちは猿だから触っても許されるらしい」

「じゃあ失礼しますウキ」

「死ぬ前にいい思いしたいっていう意味なら別にいいわよ」

「……」

「これ以上千里を誘惑するのはやめてくれ。このままじゃ死を選びかねない」

 

 朝日の胸をガン見しながら悩み始めた千里を、朝日から庇うように立つ。性欲だけはいっちょまえに男な千里には刺激的すぎる。俺もおっぱい触って親友が死ぬなんてことは避けたい。「あの人、おっぱい触って死んだ人の親友らしいよ」って言われ続けるのは嫌だ。

 

「ごめん、つい。織部くんって可愛い顔して性欲丸出しだからなお可愛いのよね」

「は? わかる」

「僕は一人で行くからね。君たちとなんて一緒にいられるか!」

「お前がこれを一人で乗るむなしさに耐えられるなら別にいいぞ」

「犯されるよりマシだよ」

 

 どうしよう。もしかしたら千里と部屋に戻った時、めちゃくちゃ警戒されて目も合わせてくれないかもしれない。冗談なのに。可愛いものが好きな朝日は多分冗談でもなんでもないけど、異性に対しては一歩下がるから冗談みたいなもんなのに。いくら千里が可愛いからって、流石に手を出すようなマネはしない。俺がそういう趣味なら一瞬で手を出してゴールインしてるところだが、生憎そういう趣味でもないし。

 

「それじゃ次のグループ乗ってくださーい! あ、男の人は後ろにお願いします」

 

 ぐちゃぐちゃ喋っていると、俺たちの番が来た。ボートには縦に三人並んで乗り込むようになっており、俺は職員さんに言われた通り一番後ろに乗り込む。

 

「おい。僕も男の人だぞ」

「客観的に見ろ。この三人の中に俺しか男の人はいない」

「そうよ。男だって言い張るのはいいけど、周りから見た自分の印象を考えなさい」

「プールっていいよね。泣いても潜ればバレないんだから」

 

 千里が泣いてしまった。俺が千里の頭を、朝日が背中を撫でて慰めながら全員で乗り込む。自然と千里を守るように真ん中に座らせて、先頭が朝日になった。もし途中敵がいても朝日が蹴散らしてくれるから安心だ。

 

「じゃあ準備はいいですかー?」

「大丈夫か千里?」

「織部くん、怖かったら言うのよ?」

「優しくするな! 大体君たちのせいで僕がこうなってるんだぞこのチクショウどもめ!」

「よさそうですね。いってらっしゃい!」

 

 どこがよさそうなんだ? と疑問に思ったときには俺たちを乗せたボートが筒の中へ突入した。

 思ったよりも勢いが強く、引っ張られるような感覚とともにボートによってあげられる水しぶきを体中に浴びる。「うおおおおお!!」と叫ぶ朝日と、「ひゃあああああ!!」と可愛らしく叫ぶ千里。逆だろお前ら。俺冷静になって叫ぶ声も出ねぇじゃねぇか。

 

 滑り落ちていく勢いそのままに、地面と水平にぐるんと大きく一回転。また下って、一瞬上に上がったかと思えば落下と同じくらいの急角度で一気に滑り落ちる。

 

「おおおおおおおおおお、っぱいが揺れてる!!!!!」

「やっと男らしい叫びかと思ったら男らしすぎだろ!」

「あんた何を楽しんでんのよ! って、あら、振り向いたら水に濡れた美少女とぼろ雑巾がいたわ」

「あれ、先頭に牛がいるじゃねぇか。これは荷馬車だったのか?」

「殺すわ」

「なんで朝日さん動けるんだよ! 身を乗り出したら危ないからちゃんと捕まってて!」

 

 朝日が片手を離して俺を殺そうとしてくる。どんな体幹してんだよこいつ。化け物だろ。人間じゃねぇ。俺しがみついてるだけで精いっぱいなのに。まさか俺を殺すっていう執念で無理やり動いてるのか? カッコいいじゃねぇか。

 

「くっ、ここは水に濡れてドチャクソエロくなった織部くんに免じて許してあげるわ」

「助かった! ありがとう千里! お前が性的でよかった!」

「普段かけてるメガネがないのも一万性的ポイント!」

「夏野さんに言いつけてやる」

「俺たち親友じゃないか」

「永遠とも言える固い絆で結ばれてることを忘れたの?」

「うるさい! 女みたいな僕にかかれば、男同士の友情も女同士の友情も崩壊させることができるんだぞ!」

 

 マズい。千里が本気を出したら友情を崩壊させることなんて容易い。女の子みたいな千里は女の取り合いで男同士の友情を演出し、内に秘めた男らしさと優しさで女の子に近づいて女同士の友情を崩壊させる友情破壊モンスターになる。それはダメだ。そうなったら俺か朝日が責任を取って千里と結婚するしかなくなる。そして俺は日葵と結婚するから、千里と朝日が結婚することになる。

 

「友人代表スピーチは俺でいいか?」

「なんの!? それよりもうすぐ出口だから、口開けてると水いっぱい飲んじゃうよ!」

「この先に日葵のいるプールの水があるってことだから、口を開けておけってことね」

「とんでもねぇ変態がいる」

 

 きっと先頭ではおおまぬけに大口を開けた朝日がいることだろう。お前顔はいいんだからあんまり間抜けな表情すんなよ。ギャップがあって可愛いだろうが。

 

「はっ、ここは『怖かったぁ!!』って泣いておけば日葵に慰めてもらえるんじゃない!?」

「とんでもねぇ天才がいる」

「君たちもうほんとにいい加減にしろよ!」

「「うえーん! 怖いよー!」」

「下手くそどもが! 溺れ死ね!」

 

 千里の信じられない暴言とともに、俺たちは筒の中から外へ飛び出した。勢いのままに水の上を滑り、バランスをとることが難しくなった俺たちはボートと一緒にひっくり返る。

 ふふ、このまま泣き顔晒しながら水の上に出たら日葵が慰めてくれるに違いない。よしよしして「怖かったねー」って言ってくれるに違いない。そのまま結婚しよう。

 

 期待とともに水面へ出る。勢いよく出すぎて怖がってたなんて嘘だろって思われかねないが、日葵は優しいから気にしないはずだ。さぁ、俺を慰めろ日葵!

 

「うぅー……」

「おーよしよし。もう大丈夫やからなー」

 

 目の前には、コースロープの向こう側で岸の胸に縋り付いている日葵と、その日葵の頭を撫で、背中をぽんぽん叩いている岸の姿があった。岸は俺たちに気づくとカッコよく俺たちに向かって手をひらひら振ってくる。

 

「お疲れさん。夏野さんがこんな状態やからどっかあがって待っとこうと思ったんやけど、『みんなをまってる』って聞かんもんやから。怖がってる仲間が欲しかったみたいやけど、おらんみたいやで? 夏野さん」

「うっ、いいもん! 別に怖くなかったし」

「えー? きゃー! って叫んどったのに?」

「あ、あれは岸さんでしょ! 私叫んでないもん!」

「あー、そういえばあれ私やっけ。うん、私やったな」

「その顔ムカつく!」

 

 きゃーきゃー楽し気に騒いでいる日葵と岸。いつの間にか言い合っていた二人は下の名前で呼び合うようになり、綺麗な笑顔で笑い合っていた。

 

 その様を見せつけられているのが俺と、いつの間にか俺の隣にいた朝日。

 

「……」

「……」

「あんた、ひどい顔してるわよ」

「朝日もな。泣きまねのつもりが、ほんとに泣いちまうなんてお笑いだぜ」

「あんたも泣いてるじゃない」

「そう見えるか?」

「涙は出てないけど、心が泣いてるわ」

 

 色を失った声でぽつぽつと会話していると、俺と朝日の頭に柔らかな小さい手が乗せられた。その手は優しく俺たちを撫でて、冷え切った心に確かな温かさを与えてくれる。

 

「よしよし。僕がいるじゃないか」

「「千里ママ……」」

「テメェらみたいなクズガキいらねぇんだよ」

 

 慰めてくれるのかと思ったら違った。トドメ刺しにきやがった。千里は俺たちの頭に乗せた手に力を籠めて俺たちの顔面を水面に叩きつけると、可憐に水面を移動して日葵たちのところへ行った。

 

 日葵たちと合流し、きゃいきゃい騒ぐ三人。水面から頭だけ出して、朝日と一緒に三人をゆったり眺める。

 

「まぁ、激カワだからいいわ」

「なぁ朝日。俺より岸のが断然イケメンじゃね?」

「今更ね。男らしさと可愛らしさ、その他諸々すべてで負けてるわ。日葵は諦めなさい」

「それはお前も岸に負けてることの証明になるぞ」

「おっぱい大きい方が女として勝ってるのよ」

「お前その価値観今すぐ直した方がいいぞ」

 

 そうなると日葵より朝日のが勝ってることになるし。それは絶対にありえない。日葵が神だとしたら、朝日は無。無である。比べるまでもない。

 

「ここで争っていてもしょうがないわ。氷室、知ってる? ここのエリアに水着で入れる温泉があるらしいわよ」

「異性の親友はお前しかいないと思ってた」

「奇遇ね、私もよ」

 

 朝日と手を取り合い、力強く頷き合う。そんな俺たちを、三人が微妙な目で見ていた。なんだその目はコラ。泣くぞ。

 



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第32話 温泉バイオレンス

 日葵に慰めて貰えなかった俺は、その悲しみを引きずりながらプールのエリア内にある温泉に向かっていた。しかし温泉に近づくにつれその悲しみは喜びへと変わり、むしろ悦びとも言っていいくらいだった。

 よく考えてみたら、俺はどこからどう見ても勝ち組じゃないかと思ったからだ。女の子みたいな親友、激烈はちゃめちゃドチャクソ可愛い幼馴染、胸がでかいクズ、めっちゃくちゃ気持ちいい性格の美人。この四人に囲まれているイケメンで非の打ち所がない俺。勝ち組だ。これから会う人全員見下すことにしよう。

 

 それに比べたら日葵に慰めて貰えなかったことなんてやっぱりいやだ。何が勝ち組だクソが。死ね朝日。

 

「わ、結構広い! 200人くらい入れそう!」

「198人は私が蹴散らすから2人で入りましょう」

「温泉を血の海にする気か。俺は生かしてくれ」

「ところで朝日さん。お金って好き?」

「何命乞いしてんねん。止めろや」

「僕らにそんな力はない」

 

 日葵といたいがために何かしようとする朝日を止めるなんて、この世から争いの種をなくすくらい難しいことだ。つまり絶対に無理だけどいけると信じたいレベルの話。ただ俺たちは正直者なので、無理なものはすぐに無理と判断する。

 

「ほら。擦りつぶされて赤い液体になりたくなかったら私と日葵を残して散りなさい」

「光莉。私みんなで入りたいな」

「さぁあんたたち。私と温泉の中で仲良くしましょう」

 

 いくわよー! と元気に右腕を高くつきあげて、先頭に立ってそのまま温泉へ入っていく朝日。そんな朝日を指して、日葵にちょっと聞いてみる。

 

「扱いやすいと思ってる?」

「えへへ、うん。ちょっとね」

 

 舌をちろっと出して、ウインクをかましてくる日葵。は? 可愛い。

 

「日葵が人を雑に扱うってあんまイメージないなぁ。そんだけ仲ええってこと?」

「雑に扱ってるつもりはないよ。ただ言うこと聞いてくれるだけで」

「バカな男みたいなやつだな」

「恭弥、そこに水面があるんだ。ぜひそこで自分の顔を見るといい」

「何が言いたいんだ?」

「それがわからないから君はバカなんだよ」

 

 千里の口がうますぎて俺はクールにその場を去り、朝日の隣に体を沈めた。朝日が一人で寂しそうだったから一緒に入ってやろうと思っただけであり、劣勢になったから逃げたわけじゃない。クソ、あの女顔め、バーカバーカ。

 

「ちょっと、近くに寄らないでくれる? 妊娠するじゃない」

「あぁ悪い。離れるわ」

「え? ほんとに妊娠するの?」

 

 朝日を妊娠させるといけないので、言われた通り距離をとる。自然と千里の隣になったのはもう俺たちはそういう運命にあるんだろうと割り切って、体の芯から温めてくれる温泉で一息ついた。

 

「ねぇ、ほんとに妊娠するの?」

「おい、お前が離れろって言ったのに近づいてくるなよ」

「だってみんなこっちにいるじゃない。それで妊娠するの?」

「恭弥、何の話?」

「俺が近くにいると妊娠するって言ったから、危ないと思って離れてきたんだ」

「僕に近寄るな」

「織部くんは女の子だったの……?」

「間違えた。僕に近寄れ」

「それもそれでちゃうと思うけど」

 

 千里がメスすぎて妊娠の危機を感じ取ってしまった。でもこいつのことだから妊娠しても不思議じゃない。そうなったら相手の男をぶち殺してやろう。俺の千里を妊娠させるなんて許せるわけがない。相手の男をぶち殺して俺がパパになる。じゃあ千里はママ? まぁメスだしいいだろ。

 

「なぁなぁ、ここだけの話、光莉って女の子のこと好きなん?」

「はぁ? 確かに日葵のことは愛してるけど、恋愛対象は男の子よ」

「自分で説得力失ってんじゃねぇよ。第一男の子が好きならこのウルトラ美男子を前にして平静を保てるわけがない」

「……?」

「本当に不思議そうな顔をするな。傷つくから」

 

 お前も何回か顔はいいって褒めてくれてたじゃん。ほとんど顔しか褒められたことないけど。もしかして俺は顔だけの男? いや、時々千里が俺の事を優しいって言ってくれるから顔だけの男じゃないはずだ。ちなみに千里は性欲以外は女。

 

「でも光莉が男の子のこと好きって聞いたことないかも」

「別に、恋愛対象が男の子だからってほいほい好きになるわけじゃないでしょ」

 

 視界の端で岸の肩がびくっと震えた。そういや岸って俺のこと好きなんじゃん。あれ、岸ってめっちゃ綺麗じゃね?

 危ない。俺のこと好きになってくれたからって岸がめちゃくちゃ魅力的な女の子に見えてしまった。あれか。好きって言われてから意識するみたいなやつ。俺を惑わせやがって。ただ千里に惑わされまくった俺にはまだまだ足りない。残念だったな?

 

「えー、光莉可愛いのに。好きな男の子できたらすぐに付き合えるんじゃない?」

「日葵、もう一回言って」

「え? 光莉可愛いのに」

「もう一回」

「ひ、光莉可愛いのに」

「見た? これが結婚よ」

「光莉可愛い」

「光莉可愛い。よかったね朝日さん。これで僕ら四人は夫婦だ」

 

 俺と千里はいつの間にか沈められていた。チャンスだと思って目を開けて三人の体を見ようとすると、目の前に朝日。目が合っている。隣を見た。千里も目を開けていた。ははは。なぁ千里?

 

 俺と千里は朝日に抱え上げられ、処刑の準備が整ってしまった。お前体のどこにそんなパワー隠してるんだよ。その乳全部筋肉なの? そこからパワー抽出してるの?

 

「さぁ、お湯の中で目を開けて私の体を見ようとした罰を受けなさい」

「はっきり言おう。お前はこの中で一番魅力がない」

「恭弥―!」

 

 正直に告白すると思い切り放り投げられ、水面にたたきつけられた。お前、他の客がいないからってハジケすぎだろ。普通だったら出禁レベルだぞ。まぁ誰もいないから出禁はできんってな! うふふ。

 

「織部くんは私の体を見ようとしてたのよね?」

「朝日さん、いや光莉。僕は君を一目見た時から君に夢中で仕方なかったんだ。僕をこんな風にしてしまう君にも責任があると思わない? だから、ここは許してほしいんだ。僕たちの将来のために」

「は? 責任なんてないし許さないけど」

 

 千里が投げられ、俺の隣にお湯の柱が出来上がる。千里、それはだめだ。朝日がキレてないときに言わないと、朝日は恥ずかしがらない。状況が違えばめちゃくちゃ照れて「本当に朝日か?」ってなるくらい可愛かったと思うけど。

 

 数秒立って、お湯の中から千里がひょっこりと顔を出す。そして俺と目を合わせて頷いた。

 

「どこで間違えたんだろう?」

「本心じゃなかったからだろ」

「結構本心なんだけどなぁ」

「うぇっ、な、なに言ってんのよ!」

「恭弥、朝日さんはこうやって照れさせるんだ」

「師匠……」

「殺すわね」

「今のは織部くんが悪い」

 

 千里が再び宙を舞う。よかった。俺も「師匠……」って言ってたから殺されないか不安だったが、セーフだったらしい。俺がセーフになるくらい千里が酷かったってのもあると思うが。まったく、乙女の純情を弄ぶなんてひどいやつだぜ。

 

 千里に追撃をしかける朝日に見つからないようゆっくり日葵たちのところへ向かう。悪いな千里。お前には生贄になってもらう。しくしく。親友の死を悟って俺は泣いた。

 

「恭弥恭弥。どうやったら光莉とそんなに仲良くなれるの?」

「あれが仲良く見えるなら目玉を取り換えた方がいい。あれは狩る側と狩られる側だ」

「そう見えんこともないけど、傍から見たらめっちゃ仲良しやで」

「まぁ気は合うからな。千里が俺と同じくらい仲良くしてるのって朝日くらいじゃね?」

 

 日葵の隣にいた岸がそっと離れたのを見て、どぎまぎしながら二人の間に入る。数か月前の俺が今の状況にいたら死んでいただろう。幸せすぎて。これを耐えれるようになったんだから大したものだ。

 

 朝日とじゃれあってる千里を見て、傍から見たら俺と千里ってあんな感じなのかなって思う。千里が俺以外と仲良くしてるところなんて見たことなかったし、改めて見ると新鮮だ。っていうか水に濡れた千里がメスすぎてメス。おっぱいがあるのに朝日が負けている。哀れ朝日。

 

「光莉って恭弥と似てるし、案外あの二人付き合っちゃうのかも」

「ないだろ。っていうか薫が千里のことを好きな可能性があるから、万が一にでも薫を悲しませないために俺が認めない」

「薫ちゃんって氷室くんの妹ちゃんやっけ? 会ってみたいなぁ」

「すっごく可愛いよ! もうね、すっごく可愛いの!」

「氷室くんがカッコええからそうやろなって思うわ。性格は?」

「これがクズじゃない。驚け」

「嘘やろ……」

「呆然とするくらい驚いてんじゃねぇよ」

 

 こいつほんとに俺の事好きなのか? クズなのに? いや、クズだからこそか。聞いたことがある、クズの男が好みの女の子がいるって。日葵もクズ男が好きだったらいいのに。

 しかし、なんで薫の話をするとみんな会いたがるんだろうか。ただ薫が大事だって言って可愛いとかいい子とか言ってるだけなのに。だからじゃねぇか。

 

「ほんで、薫ちゃんが千里のこと好きなん?」

「かも。一番身近な家族以外の異性だからってかもしんねぇけど、ちょっと態度がなぁ」

「確かに、織部くんの前だと女の子って感じかも。私の前だと妹! って感じなのに」

「あ、なんかムカついてきた。千里ぶち殺すか」

「岸さん。この状況を説明してほしい」

「千里が殺されるらしいで」

「なるほど。逃げよう」

「私もいるわよ」

「夏野さん! そういえば外にも温泉があったんだ! みんなで行くのなんて素敵だと思わない!?」

「ふふ。そうだね、行こっか」

「ちゃかちゃか動きなさい。日葵が外に行きたいって言ってるのよ?」

 

 千里が日葵を使って朝日を操縦する術を身に着けてしまった。朝日、人間として一番簡単なんじゃね? 日葵がやれって言ったらなんでもやるだろ。今のは日葵は優しいから、千里が何も言わなくても助け船出してくれたとは思うけどな。日葵は優しいから。日葵が優しいから! つまり日葵はこの世の頂点。ふっ、またこの世の理を説いてしまった。

 

 俺がこの世の理を説いていると、ふと気づけば周りに誰もいなかった。どうやら俺を放置してみんな行ってしまったらしい。日葵と岸以外許さねぇ。



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第33話 メス温泉

「どうしてもなんだな?」

「どうしてもだ」

 

 男子脱衣所、大きめのタオルで千里を覆い隠す俺。タオルから顔を出して俺を睨みつける千里。何を言い争っているのかといえば、決まっている。

 

「僕は、下半身しか隠さない!」

「考え直せ!!!!!」

 

 そう、千里が下半身しか隠さないと言うのだ。

 

 ここで千里について振り返ってみよう。頭が回る、性欲が強い、生活できないほどではないが目が悪い、可愛い、女の子みたいに可愛い、というか女の子、千里はメス。

 そんなメスが上半身裸で温泉に入るなんて、ありゃりゃこりゃりゃである。

 

「俺はお前のためを思って言ってるんだよ!」

「逆に考えてみてよ。ここで上半身を隠して温泉に入ったら、僕は完全にメスだと勘違いされる」

「お前はメスなんだよ!」

「僕は男なんだよ!」

 

 だめだ。今は修学旅行中で人が少ないが、子どもだっている。子どもからしたら千里はお姉ちゃんに見えて、でもお姉ちゃんじゃなくて、え? つまりどういうこと? って混乱して性癖が歪みに歪むに決まっている。千里のためだけじゃない。千里の上半身を隠すことは、未来を守る子どもたちのためでもある。千里が下半身しか隠さず温泉に入ってしまったら少子高齢化に貢献してしまう。

 

「っていうかなんでお前体毛そんなに薄いの? そんなんで男だって誰が信じるんだよ」

「うるさいよ! ちくしょう、なんで僕性欲ばっかあって男性ホルモン少ないんだ。僕の性欲は仮初だっていうのか?」

「あぁ。お前は完全なるメスだ。わかったら上半身を隠せ」

「じゃあ、恭弥が見てみてよ! 流石に顔がどれだけ女でも、体まではそうじゃないはずだから!」

「誰が見るか! 俺が千里の体見てたっちゃったらどうすんだ!」

「恭弥がそういう目で見なければいいだけの話だろ!」

「無理だ!!!」

「断言しないでよ!!!」

 

 いや、その顔と体で反応するなってのは無理でしょ。

 

 千里がメスたる所以。それは顔だけではない。フェロモンがごとき甘い香り、女性らしい曲線を帯びた体、流石に胸は膨らんでいないが、そんなことは関係ないくらいにメス。こんなメスが男なんて誰が信じるんだ? きっと、千里が温泉に入れば他の客の不躾な目にさらされ、幾人もの男たちの性癖を歪ませることだろう。

 

「なぁ、確認するけどお前本当に女の子じゃないんだよな?」

「ついてるから確かめてみてよ」

「やめろ。俺は性癖歪みたくないんだ」

 

 ただでさえ今上半身と下半身をぎりぎり隠せる程度のサイズのタオルだから、白い太ももがえっちだっていうのに。その奥にあるものを見たら性癖が歪む自信がある。俺に日葵がいなければ絶対に歪んでいる。

 

「なぁ頼む。女の子なら女の子だって言ってくれ。漫画や小説の世界ならお前絶対女の子なんだよ。俺という主人公に近づくために男を演じている美少女なんだよ。お前もそうだって言ってくれ!」

「──もういい!」

 

 千里は俺を突き飛ばし、自分を覆っていたタオルを取っ払った。

 

 千里はメスだが男だから当然と言えば当然だが、やはり胸はない。それでも俺の予想通り、胸のない女の子で通ってしまう上半身。

 自然と、下半身に目が行っていた。もしかしてついてないんじゃないかと淡い期待を込めて移した視線の先にあったのは。

 

「……いや、普通にえっちだぞ?」

「もう君とは口を利かない!!」

 

 ぷりぷり起こった千里は下半身にタオルを巻き、驚く男どもの視線に晒されながら温泉へ向かった。

 下半身までさらしてもメスにしか見えないってどんだけポテンシャルあるんだあいつ。

 

 

 

 

 

「周りの人の視線がこわい」

「だから言ったろ?」

 

 温泉は広く、様々な種類の温泉がある。ジャグジーはもちろん、岩盤風呂や水風呂、打たせ湯や周りに魚が泳ぐ水槽のあるものまで。

 そんな色々ある温泉の中で、俺と千里は檜風呂に入っていた。それは千里が他の人の視界から守りやすいよう四角形の風呂だからであり、俺は千里を隅に置いて千里を他の男の視線から庇うように湯へつかっている。

 

「口きかないって言ってごめん。恭弥の背中があるだけでこんなに安心するんだね」

「お前自分がどんだけメスか自覚しろよ? 必死に目を逸らそうとしてた男たちばっかだっただろ」

 

 千里の後を追って温泉へ行くと、男性客にちらちら見られている千里が上半身と下半身をタオルで隠し、涙目になっていた。お前そんなことするからメスだって言ってんのに。下半身だけ隠すって決めたなら堂々としてりゃいいんだ。堂々としててもメスなんだけども。

 

 千里は俺の姿を見つけると、速足で俺のところまでやってきて、俺の背中に隠れた。男なのに女の子みたいな顔と体してて行動がほぼ小動物。あーあ。もう何人か性癖歪められちゃっただろこれ。とんでもねぇやつだな千里。

 

「なんで僕こんなにメスなんだ……」

「あの、恨み晴らすように俺の背中小突くの可愛いんでやめてもらえます?」

「……僕って時々無意識にこういうことするけど、もしかして潜在的にメス?」

「間違いなく」

「そんな……」

 

 やっと自分が完璧に近いメスだってことに気づいたか。まったく、俺が親友じゃなかったら今頃ひどい目に遭ってたぞこいつ。極悪人に騙されたら特殊性癖のお方のもとへ一直線だ。だめだ、俺が絶対に守らねぇと。

 

「ねぇ恭弥。どうやったら男らしくなれると思う?」

「男の視線を怖がらない。堂々とする」

「君は自分に容赦なく降りかかる性的なものを見る目を知らないからそんなことが言えるんだ」

「その点朝日ってすげぇよな。絶対めちゃくちゃ見られてるだろうに」

「ほんとにね。むしろ誇りに思ってるところあるし」

 

 朝日は俺たちによく自慢の胸を使って冗談を言ってくる。女の子は男のそういう目に敏感だって言うし、朝日もあぁ見えて乙女だから敏感なんだろう。でも、朝日は基本的に「見たいなら見ろ」っていうスタンスだ。あいつになんでって聞いたら、「見られて恥ずかしいものじゃないもの」と答えるに決まってる。

 

「あ、お前女の子と付き合えばいいんじゃね? そうすりゃ自然と男らしくなるだろ」

「付き合うって、誰と?」

「素敵な女の子めっちゃくちゃいるだろ。朝日につづちゃんに……す、すみ、れ」

「渡したくないなら無理に言わなくていいよ」

 

 それと、結構デリカシーあるんだね。と俺の背中で千里がくすくす笑う。

 

 俺が岸の名前を出さなかったのは、自分を好きになってくれた子を他の男に薦めるのはなぁ。って思ったから。それをあっさり千里に見破られたらしく、なんとなく気恥ずかしい。

 

「でも、確かにそうだね。絶対に僕男として見られてないけど」

「当たり前だろ」

 

 後頭部を殴られた。ごめん、つい口が滑っちゃった。

 

「大体、朝日さんは僕のこと友だちとしか思ってないし、つづちゃんはネタだとしか思ってないし、薫ちゃんは恭弥の友だちとしか思ってない」

「うーん、一理ある」

「恭弥。今君の後ろをとってるっていうことを忘れてない?」

「全員千里にべた惚れ。みんな千里が世界一男らしいって言ってた」

「ははは」

 

 千里は笑いながら俺の首を絞めてきた。おい、メスが薄い格好であんまり密着してくるな。頼むから。窒息とかそういうのが気にならないくらいメスなんだよお前。

 

 優しく千里の腕をたたいていると、拘束を解いてくれた。危なかった。俺が日葵大好きで本当によかった。こいつ俺を信頼しすぎなんだよ。男はオオカミなんだぞ? 性欲の前では「あぁ、もういいか」ってなっちゃう可能性を秘めたただの獣なんだぞ? そこらへんをわかっていない。だから千里はメス。証明完了。

 

「冗談はさておいて、僕あんまり恋愛ってわかんないんだよね」

「お、愛の伝道師に相談ってか?」

「は?」

 

 は? だけ言ってくるのはやめてくれ。怖いから。

 

「まぁいいや。僕は恭弥の隣にさえいられればいいから」

「俺のこと好きすぎだろ。俺とゴールインしようとしてんの? ごめん、俺には日葵がいるんだ」

「君と夏野さんが結婚したら僕もおじゃましよう」

「俺が二股してるって思われるだろ。ふざけんな」

「多分朝日さんもくるから三股だね」

「その場合は日葵が二股になる」

 

 あいつ、日葵が結婚したら絶望に打ちひしがれてどうにか日葵の子どもと仲良くしようとするんだろうな。完璧な犯罪者だ、怖すぎる。ちなみに俺も俺以外の男と日葵が結婚したらそうする。

 でも確かに悪くないかもしれない。俺と日葵が結婚して、千里と朝日が遊びに来て。岸は、どうだろう。遊びにきてくれるならきてほしい。俺たちクズ三人相手は日葵だけだと手が回らないから。

 

 ……まて、もし息子がうまれたら、千里に性癖歪まされるんじゃね? 大人の色香を獲得した千里に純粋な心を蹂躙されるんじゃね?

 

「千里。俺はお前を許しはしない」

「またバカなこと言ってる。心配しなくても君の息子を惑わすようなことはしないよ」

「なんでわかるの? 普通に怖いんだけど」

「恭弥はわかりやすいんだよ。朝日さんもそう思ってる」

 

 こいつ俺のこと本当に好きなんじゃねぇの? どうしよう。岸と千里、二人の美少女から好意を寄せられるなんて。でもごめん二人とも。俺には日葵がいるんだ。きっと俺は来世でも日葵を好きになるから、永遠にごめん。くっそー、モテるってつらいぜ。

 

「……ねぇ、恭弥」

「お? えらく改まって、どうした? ウンコか?」

「どうか死んでくれ」

 

 少し真剣な色を帯びた声だったからウンコだと思ったが、違ったみたいだ。ウンコ以外で真剣になることなんてあるのか?

 

「僕、薫ちゃんのこと好きだから将来兄弟になったらよろしくね」

「おー。あいつ今受験期だからアタックしすぎないでくれよ」

「うん。そのあたりはちゃんと気を遣うよ」

「ならいい」

 

 そうかー。千里は薫のことが好きなのか。まぁ結構他の女の子に対する態度と違ったもんなぁ。そうだそうだとは思っていたが、まさかそうだとは。

 

「よし、そろそろ違うとこ行くか。俺の背中に隠れとけ今薫のこと好きって言った?」

「あ、ようやく気付いたんだね」

 

 うそ。千里が、薫のことを? ほんとに? いや、ほんとなんだろうけど。慌てて振り返って千里の目を見ても、嘘を言っているようには見えない。親友だからわかる。本気だこいつ。

 

「なら殺すしかないかぁ」

「女の子と付き合ってみたらって言ったのは君だよ?」

「だって薫のこと好きだとは思わないじゃん! やだやだ! 薫は俺の妹なんだー!」

「きも。薫ちゃんが僕と付き合うって決まったわけじゃないでしょ?」

「きもってお前。いや、お前めちゃくちゃいいやつだし、メスだメスだって言ってるけどいい男だよ。お前になら薫を任せられるし、文句ないっちゃないんだけどなぁ」

「……なにそれ」

 

 俺の言葉に、千里は歯を見せてうれしそうに笑う。

 

「やっぱお前メスだわ」

「君の妹だからって遠慮しようと思ってた心は今失った」

「うそでしょ」

「ふん。なんならこれからは恭弥のこと義兄さんって呼ぼうか?」

「仕方ない。薫はお前にやろう」

「クズの王」

 

 だって、千里の「義兄さん」が可愛かったんだもん!!!!!!




あーあ、みんながあまりにもメスメス言うからオス出してきちゃった。


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第34話 お風呂上り

「女の子のお風呂は長いって聞いたんだけど?」

「あんなものびゃって入ってびゃって洗ってびゃって出るだけでしょ」

「夏野さんの裸」

「耐えられなかったのですぐ出てきました。ごめんなさい」

「正直でよろしい」

 

 温泉からあがった後の集合場所である、座敷、ソファーやテーブルなどが並べられている休憩所で女性陣を待っていると、ピンクの館内着を着た朝日がやってきた。いくら朝日といえども風呂上りの女の子はやはり素晴らしく、おっぱいも大きい。

 しかしやはり耐えられなかったみたいだ。日葵のことが恋愛的な意味で好きじゃないっていうのが信じられないくらい日葵のことが好きな朝日が日葵の裸に耐えられるとは思っていなかったが、こうも予想通りだとは思わなかった。

 

「綺麗すぎて死ぬかと思ったわ。ところで、ソファーに座ってるのはいいんだけどなんで隣に座ってるの? 普通向かい合わない?」

「朝日さんだけがくると予想して、朝日さんが座りやすいようにしてたんだ」

「別に、あんたたちの隣に座るのなんて気にしないわよ。氷室はクズでドブだし、織部くんはほら、ね?」

「ドブの隣は気にするだろ」

「朝日さんの言いたいことはわかった。つまり僕は君の裸を見てもいいってことだね?」

「それは嫌。絶対触ってくるじゃない」

「は? 当たり前だろ」

「死になさい」

 

 呆れながらため息を吐いて、俺たちの正面に座る。朝日が座るときに朝日の胸をめちゃくちゃ見ていた千里は流石というべきか、こういうところが性に必死すぎて逆にかわいい。千里もそういう目で見ていい相手と見ちゃいけない相手がわかってるからな。にしてももうちょっと隠せとは思うけど。

 

「千里、そんな朝日の胸ばっか見るなよ。いくら胸しか取り柄がないカスだとはいえ、女の子だぞ? 失礼だろ」

「あんたは今私に失礼をやらかしたことを自覚しなさい」

「ごめん朝日さん。あまりにも君の胸だけが魅力的で」

「あんたたちがついに熱い夜を過ごしたって噂流すわね」

「ところで朝日、俺はお前に忠誠を誓いたいんだがどう思う?」

「ずるいよ恭弥。朝日さんは今から僕の女王様になるんだ」

「あんたたちにプライドはないの?」

 

 プライドなんてものがあったらクズなんてやってられねぇんだよ。

 

 しっかし、こいつももったいないことしたなぁ。日葵が好きなら、死んでもその姿を目に焼き付けるべきだった。我慢できないからすぐに出てくるなんて二流も二流。きっとこれから先『あのときもっと日葵を見ていればよかった』と後悔するだろう。バカめ。チャンスをものにできないやつに日葵は手に入れられない。

 

「あ、氷室。織部くんついてた?」

「あぁ。えっちだったぞ」

「なるほどね」

「朝日さん。あんまり公の場でついてるついてないって言わない方がいいし、僕は恭弥の評価に納得いかない」

「え、ついてたんでしょ? えっちじゃない」

「ついてたらえっちに決まってるだろ。バカだなお前」

「僕がおかしいのか……?」

 

 やれやれと朝日と同時に肩を竦める。俺やけに朝日と動き被ること多いな気色悪い。

 

 やはり、ついていたらえっちというのは間違いではなかったらしい。同意してくれるのが朝日だというのが少し不安だが、この場ではえっち派2にえっちじゃない派1でつまり千里はえっち。また俺の賢さが証明されてしまった。

 ついてなかったらついてなかったでそれはそれでえっちなんだけどな。

 

「そういえばあんた、日葵の裸がどんなのだったかって聞いてこないのね」

「俺も流石にそこまで終わってねぇよ。この目で見るまでのお楽しみって決めてるんだ」

「終わってるじゃん。夏野さんに不誠実だからとかじゃないの?」

「見直したわ、氷室」

「君たち、もしかして病名のある精神状態?」

 

 もしかしたらそうかもしれない。この病の名前は『恋』。ふっ、決まったな。俺がカッコよすぎて困っちまうぜ。

 

 でも俺おかしなこと言ってないと思うんだ。日葵の裸どんなのだったって聞きたいのは本当。だって好きな子なんだし、そりゃ気になる。ただ今ここで聞いてしまったら、いざ見るってなったときに感動が薄れてしまう。だから聞かない。ほら、何もおかしいことないじゃないか。

 まぁ朝日が俺を見直したってことはおかしいことなんだろう。朝日のクソめ。なに見直してんだゴミが。

 

「ねぇ氷室。いいこと教えてあげよっか?」

「千里。どうやら俺は一足早く大人の階段をのぼるらしい」

「朝日さん。3人でなんて素敵だと思わない?」

「今の会話を録音したわ」

「おいおい千里。俺の声真似うますぎないか?」

「いや、今のは朝日さんの一人芝居だよ。たいしたもんだ」

「え、うそ? 朝日すごくね?」

「あんたたち、いいことって聞いたらすぐにえっちなことだって思うのやめなさい」

 

 男の子だから仕方ないじゃん。人生で一番元気な時なんだから許してほしい。朝日は見た目いいから、日葵がいるのに釣られちゃったじゃねぇか。おのれ悪女め。いくら俺が魅力的だからって性欲で釣ろうとは下品なやつだ。

 

「あのね氷室。日葵と春乃があんたの体がカッコよかったって言ってたわ。羨ましいから殺すわね」

「いいことか悪いことかわからないけど嬉しすぎる。俺殺されるみたいだけど」

「確かに、恭弥の背中って安心するよね」

「無自覚にメス晒してるわよ」

 

 千里は絶望に打ちひしがれてテーブルに突っ伏した。こいつ、薫の前じゃ全然メスにならないのになぁ。っていうことはつまりそういうことか。薄々気づいてたけど、なんで俺確信しなかったんだろう。露骨じゃん。

 

 日葵と岸が俺の体がカッコいいって言っていたなんて、信じられない。信じられないくらい嬉しい。確かに俺はいい体をしているが、まさか褒めてくれるなんて。朝日に褒められてもなんとも思わないが、あの二人からなら素直に受け取れる。

 

「ちなみに織部くん。二人とも『織部くんには負けた』って口をそろえて言ってたわ。よかったわね」

「それで僕が喜ぶと思った?」

「え、チャンピオンだぞ? 嬉しくねぇの?」

「メスのチャンピオンだよね? ぶっ殺すぞ」

「キレるメス」

「あはは、手術が捗りそうね」

「ひとつも面白くねぇんだよ!! 君たちが脳の手術をしろ!!」

 

 俺の脳に悪いところなんてない。悪いところがないから怖いんだ。なんで俺はこんなにクズなんだろう?

 

 千里に負けたって二人は言ったらしいが、日葵は負けてない。岸も多分負けてない。朝日は負けている。同じ『クズ』というスタートラインからメスっぽさで勝負したら負けるに決まっている。圧倒的メスの千里が相手なんだ。勝てる理由が一つも見つからない。ちなみに俺は男らしさで岸に負けている。というか岸が可愛くて綺麗でカッコいいから完璧すぎて何でも勝てない。なんだあの完璧人間。関西弁使ったら俺もあんな風になれるのかな?

 

「あとね、私がまだ日葵の裸に耐えてた時に話してたことなんだけど、あんたたちが誰のこと好きなのかって話」

「日葵」

「あんたは知ってるから別に興味なかったんだけど、織部くんの好きな子興味あるのよね。私って言われたらどうしようって思っちゃったわ」

「ごめんなさい」

「氷室、もしかしてこれ私フラれた?」

「お前にしては賢いな」

 

 本当に不思議そうな顔で「私がフラれた……?」と首を傾げる朝日。朝日くらいの女の子相手なら、「私のこと好きなんじゃない?」って感じのこと聞かれたら普通動揺くらいするもんな。それが正面切って迷わず「ごめんなさい」だ。相手が悪かったな。これで朝日が千里のことが好きで、探りを入れるつもりでさっきみたいなこと言ったんだったらかわいそうだが、本当に自分がフラれたことが不思議なだけみたいだ。自信家すぎる。

 

「私じゃないなら一体誰なの? 私以外の人間を好きになるなんてありえ……あぁそういうことね。応援するわ」

「なんで俺を見ながら言ったんだ?」

「もうそういうことじゃない。そうね、確かに付き合ってるっていうのは嘘だったみたいね。『まだ』付き合ってないのね」

「朝日さん。言っとくけど僕の好きな相手は恭弥じゃない」

「あら、じゃあ私がもらっちゃおうかしら」

「は? 冗談きついって。罰ゲームもいい加減にしろよ」

 

 頭を掴まれてテーブルに叩きつけられる。手の動きが見えなかった。これが、達人。

 

「私だってあんたみたいなクズじゃなくて、カッコよくて運動できて勉強できるスーパーエリートがいいわよ」

「そのカッコよくて運動できて勉強できるスーパーエリートがこちらの恭弥です」

「どうも、スーパーエリートです」

「クズ以外のって枕詞がつくわ」

「そのクズがこちらの恭弥です」

「どうも、クズです」

 

 どうやら俺もフラれてしまったらしい。悲しい。女の子にフラれるのってこんなに悲しいんだな、えーんえん。

 まぁこんなドぐされ胸おばけにフラれてもなんのダメージもない。俺をフるなんて思い上がりも甚だしいな。恥を知れ。

 

「ていうか、『恭弥じゃない』って言い方するってことは好きな子いるってこと?」

「薫ちゃん」

「へー。薫ちゃんね。確かにめちゃくちゃ可愛いしいい子だし、好きになるのも無理ないわ。流石私の妹」

「隙あらば俺の妹の戸籍を変更するな」

「だってあんたと同じ血が流れてるとは思えないもの。にしても、そう。薫ちゃんね。頑張りなさいよ」

「うん、ありがとう」

「……朝日、取り乱さないんだな。俺が聞いたときは一瞬現実を受け止められなかったのに」

 

 朝日は涼しげな顔をして千里にエールを送った。まぁこいつにとって薫は可愛い女の子ってだけだし、家族である俺よりは驚きが少なくてもおかしくない。うっかり朝日を俺と重ねて考えてしまっていた。

 

「なんで取り乱すの? 織部くんが薫ちゃんのこと好きってだけでしょ」

「えーーーーーー!? 織部くん、薫ちゃんのこと好きなの!!!??」

「取り乱してる子つれてきたで」

「ね、ほんと織部くん! 薫ちゃんのこと好きなの!?」

「待って夏野さん! 君が僕に近づくことで僕の死も近づくんだ! 主に二人の手によって僕の死が実行される!」

 

 日葵が慌ただしく走り寄ってきて千里に詰め寄る。お風呂上がりの日葵に詰め寄ってもらえるなんていう羨ましい現場を見ることしかできない俺は、千里に殺気を放っていた。それに気づいたらしい千里は小声で俺と、俺と同じく千里に殺気を放つ朝日に「違うんだ!」と言っている。

 

 お前の意思なんて聞いてねぇよ。

 

「す、好きだよ。うん」

「へー! そっかー、織部くんが、そっか!」

「日葵、なんか嬉しそうね?」

「うん! 織部くんなら安心だなって思って!」

「らしいわよ氷室。どう思う?」

「俺は右腕と右足な」

「じゃあ私は左腕と左足ね」

「まだ僕の命を諦めてなかったのか!!???」

 

 日葵に詰め寄られ、日葵に認められ、そんなやつを俺と朝日が許すはずがない。

 

 千里をめちゃめちゃにした後、『千里をめちゃめちゃにした』と薫にメッセージを送った。

 『まだお昼なのに?』と返ってきた。やっぱ兄妹だわ。



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第35話 卓球の勝者

「卓球やろ、卓球!」

 

 という岸の一言で、俺たちは卓球場に来ていた。プールもあって温泉もあってゲーセンもあって卓球場もあって、至れり尽くせりである。俺が大阪にくるって知ってこんなところ作ってくれたのかな?

 

「今思ったけど、卓球って最大2対2よね? 私は日葵と組むから、あんたたちはそこで見てなさい」

「『無』と対戦する気かお前は。仕方ないから俺と岸が相手してやるよ」

「運動能力お化けが組むんじゃないわよ。ハンデとしてあんたは死になさい」

「ほな千里一緒に組もか!」

「つまりお前らは俺をハブりたいってことでいいんだな?」

「きょ、恭弥。私と組む?」

「うえーん! 日葵に捨てられたー!」

「この女号泣してやがる……」

 

 お前そんな簡単に号泣するならあの嘘泣きの時にしとけよ。そうやって泣いてたら日葵もあの時絶対慰めてくれただろ。

 ……日葵によしよしされてやがる。「ご、ごめんね! 光莉と組むから!」と慌てて子どもをあやすように。俺も号泣したらよしよししてくれるんだろうか。なぜか千里に慰めてもらう未来が見えたが、多分気のせいだろう。

 

「仕方ない。俺は審判に回るか」

「ただ勝負やるだけだと味気ないからご褒美とか用意しときなさいよ。使えないクズね」

「勝ったチームは薫とお話できます」

 

 全員のやる気がぐーんと上がった。薫大人気じゃん。俺より人気じゃね? っていうか俺そもそも人気なくね? なんかムカついたので、『許さねぇ』と薫に送っておいた。『ごめんなさい……』と返ってきた。かわいい。わけのわからない兄のメッセージに対応するなんて、いい妹の鑑だな。もう誰にも渡さない。ごめんな千里。

 

「これ何点先取?」

「遊びだからルール守る必要ないし、5くらいでいいんじゃない?」

「じゃあ日葵のチーム5点からでスタート。はい勝ち。朝日は俺の独断で負け。岸は俺の独断で勝ち」

「やった!」

「横暴よ! 私に薫ちゃんの声を聴いて興奮させなさい! 間違えた! 薫ちゃんとお話させなさい!」

「俺がお前と薫を会話させたくない理由が自分でわかっただろ?」

「僕は?」

「お前に薫はやらん」

 

 薫を任せるなら千里しかいないと思っているが、それとこれとは話が別だ。薫は可愛い妹、親友だからといってほいほい渡すわけにはいかない。というか本音を言うと誰にも渡したくない。俺は日葵と結婚してそこに薫を迎え入れ、仲良く暮らしていくんだ。俺めちゃくちゃ気持ち悪い。ゴミが。

 

「なーなー。なんで私は勝ちにしてくれたん?」

「薫が懐きそうだから。薫の影響にいい人とは積極的に触れ合わせるようにしてるんだ」

「確かに。薫ちゃん絶対春乃のこと好きだよね」

「なんや照れるなぁ」

「ちょっと氷室。薫ちゃんは私のことも好きよね?」

「目が怖いって言ってたぞ」

 

 朝日が膝から崩れ落ちた。お前かわいいものに対する欲を隠さないからそうなるんだぞ? 薫は警戒心が強いから、そういう視線に敏感なんだ。薫に何度男子についての相談をされたかわかったもんじゃない。薫に寄りつく男子には俺の存在をちらつかせればいいという神アドバイスで薫は安全になったが。

 

「ちなみに恭弥。僕のことは普段なんて言ってるの?」

「クズカスゴミ。二度と近寄ってほしくないって言ってた」

「恭弥きらい」

「うそうそ。千里のこと世界一愛してるって言ってた」

「薫ちゃんはもらっていくね」

「ふざけんなゴミ。死にてぇのか?」

「氷室くんの情緒どうなってるん?」

 

 薫を渡したくないという気持ちと、千里に嫌われたくないという気持ちと、やはり薫を渡したくないという気持ちの戦争が俺の中で起きていた。だって千里メスじゃん。ってことは子ども生まれないじゃん。女の子とメスの結婚って子ども生まれるんだろうか? そうなるとどっちが妊娠するんだろう。生物学的には薫だが、千里なら妊娠してもおかしくない。

 

「ってわけで岸、薫と話していいぞ。許可は取ってある」

「卓球してへんのに? やっていいんやったらするけど、薫ちゃんすごいな……」

 

 ほんとにすごいと思う。『俺の友だちと話してくれない? 女の子』って送ったら『いーよ』と返ってきた。普通知らない人、しかも年上で家族の友だちなんて気まずいだろうに。やはり薫はいい子。千里みたいなクズメスにはあげられない。

 

「じゃあほい。朝日にだけは絶対渡すなよ」

「千里にはええの?」

「いいよ。薫も千里と話したいだろうしな。許さないけど」

「どっち?」

 

 スマホを岸に渡しながら千里を睨みつける。親友を応援したい気持ちが妹を大事にしたい気持ちを邪魔してきやがる。いや、逆か? 俺にとって薫と千里のどっちが優先なんだ?

 考えてみよう。薫と千里が溺れていて、どちらか一人しか助けられない。そんな時、俺はどっちを助ける? 答えは両方。俺に不可能はない。ふっ、決まったぜ。

 

「春乃いいなー。ねぇ恭弥、私も薫ちゃんと話していい?」

「日葵ならいくらでも。薫も喜ぶ」

「じゃあ僕は?」

「埃でも食ってろ」

「だめだ朝日さん。恭弥が妹ガチ勢すぎる」

「こうなったら色仕掛けしかないわね。いきなさい織部くん」

「色仕掛けなら朝日さんじゃないの?」

「織部くんの方がメスだからに決まってるじゃない」

 

 千里と朝日が取っ組み合いを始めた。岸はこの隙にと通話ボタンを押し、コールが二回鳴った後薫の「もしもし、兄貴?」という薫の激烈プリティーな声が聞こえてきた。哀れな愚民の千里と朝日のためにスピーカーモードにしておくという俺の優しさである。

 

「あはは、ごめんな? 私お兄ちゃんやなくて、岸春乃っていいます」

『あ、ごめんなさい。恭弥の妹の薫です』

「いきなりやったのにありがとうなー。受験で忙しいやろうに」

『別にいーですよ。こちらこそ、兄貴のいきなりに付き合っていただいてありがとうございます』

「氷室くん氷室くん」

「どうした?」

「結婚しよ」

 

 薫の声に聞き惚れていた千里と朝日は顎が外れるくらい口を開き、日葵は腕をばたばた振りながら焦り散らかし、俺は「お願いします!」と言いかける口を必死で制しながら、唇を震わせて「え?」とだけ聞いた。無理無理。こんなこと言われてまともな言葉喋れるはずがない。

 

「や、ごめん。薫ちゃんが可愛すぎてぜひ妹にしようと」

「バカね春乃。薫ちゃんの戸籍を変えればいいだけじゃない」

「バカはお前だ。どうしても薫を妹にしたいなら俺と結婚するがいい」

「薫ちゃん。薫ちゃんもこんなクズじゃなくて私がおねーちゃんの方がいいわよねー?」

『兄貴がいなくなるのは困ります』

「ハーッハッハッハ! 残念だったなぁ朝日!」

「男除けに便利だもんね」

『そうですね』

「道具じゃねぇか」

 

 え、薫俺のこと兄じゃなくて男除けの道具だと思ってたの? ショックなんだけど。愛情込めて育ててきたのに……。その愛情が行き過ぎだっていう自覚はある。

 

『岸さん、今兄貴たちと一緒にいるんですよね?』

「うん。私と氷室くんと千里と、日葵と光莉」

『うーんと、日葵ねーさん、岸さん。兄貴が暴走すると思うけど、よろしくお願いします』

「朝日さん。僕たちが除外された理由を一緒に考えよう」

「難しいわね。あまりにも美しすぎるからかしら?」

「クズだからだろクズども」

『兄貴とほぼ同類だし』

「ってことはお前らが美しすぎるからだな。俺と同類だ」

 

 まぁ千里は言わずもがな、朝日も可愛いし綺麗だし、一理ある。美しすぎるから問題ってか? 薫のやつも口がうまくなったもんだ。でもこの中で一番美しいのは日葵だから、薫の目は曇っている。兄として情けないぜ。

 

「任されてもうた。これは氷室くんと結婚してもええってこと?」

「だ、だめ! 恭弥はその、どうしようもないから!」

「朝日、一緒に泣いてくれ。お前ならわかるだろ? 今の俺の気持ち」

「日葵にどうしようもないって言われるなんて、気持ちいいじゃない」

「日葵。友だち選びは考えた方がいい」

「そうだね」

「なんで千里が答えんの? 俺の親友であることを後悔してんの?」

 

 俺の親友なんて誰にでもなれるものじゃない。俺についていけるやつって時点で大分限られてくる。あと面白いやつ。あれ、結構簡単じゃね?

 

『ん-、なるほど。岸さん、今度うちにきてくださいね。直接会いたくなっちゃいました』

「私薫ちゃんと結婚するわ」

「え!!!?? 私もしたい!!!!!」

「日葵。朝日を黙らせてくれ」

「こら光莉。おとなしくしなさい」

「クゥーン」

「なんで夏野さんの前じゃこんなアホになるんだろう……」

 

 絶対こいつ俺よりやばいって。俺のことよく注意してくるけど自分のこと棚にあげすぎだろ。なんだよ「クゥーン」って。ちょっとかわいいじゃねぇか。今度千里にもやってもらおう。きっと朝日よりもかわいくて性的に違いない。朝日もそれは認めるだろう。

 

『ふふ。なんか嬉しいです。兄貴のこと理解してくれる人がこんなにいるなんて』

「あぁー。薫ちゃん好きです付き合ってください」

『ごめんなさい。私好きな人がいるんです』

「好きな人がいるの!!!?? お兄ちゃん聞いてないよ!!!??」

『言ってないもん』

「ひ、日葵。どうしよう。俺たちの薫が。俺たちの薫が!」

「よしよし。私もちょっと寂しいけど、妹離れしないとね」

「なんで付き合える前提で話してるん?」

「薫の好意を跳ねのけられる男なんてこの世に存在しない」

 

 あれ? 今日葵がよしよししてくれなかった? とぼんやり考えながら薫はすごいだろうと胸を張る。ってかおい、薫に好きな人がいるって聞いてドキドキしてんじゃねぇよ千里ぶっ殺すぞ。

 あーあ。これで同じ中学の男子とかだったら面白いのになぁ。千里フラれねぇかな。応援したいけど応援したくない。全然文句はないはずなのに、薫が俺より千里を選んで、千里が俺より薫を選んだってのがなんかムカつく。

 

「薫。帰ったらみっちょり聞かせてもらうからな」

『なんかいやだ。日葵ねーさんと岸さんに聞いてもらうからいい』

「お、なんでも言うて! おねーさんが相談に乗ったろ!」

「薫ちゃんからのお願いなら断れないなぁ。うん、じゃあお姉ちゃんと恋バナしちゃおっか!」

「氷室さん。ここでも私の名前を出さないなんて、おたくの妹さんにはどういう教育をされてるんですか?」

「可愛く美しくいい子になるよう教育してます」

「よくやった」

 

 朝日と握手して頷きあう。こんなことしても薫の相談には乗れないというのに、哀れなやつだ。

 

「恭弥。僕の名前が出なかったのはつまりそういうことだと思う?」

「思い上がんなクズボケカスゴミ。二度とその口開くんじゃねぇぞノミ以下の価値しかねぇただの肉が。ぐちゃぐちゃにしてやろうか?」

「こわ」



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第36話 バイキングキング

「ゲーセンで勝負よ!」

「勝負っつったって何で?」

 

 そういえば卓球やってなくない? という朝日の言葉で仕方なく俺が相手をしてボコボコにしてやり、その後。

 俺に大敗を喫した朝日は、俺に指を突き付けて勝負をしかけてきた。俺の手持ちにポケットなモンスターがいないというのに物騒なやつである。

 

「何でって、いっぱいあるでしょ? レースとか、ガンシューティングとかパズルゲームとか」

「あ、恭弥と岸さんのガンシューティング? 見てみたい! 絶対カッコいいもん」

「お? ほならやる? 氷室くん」

「日葵が見たいって言うなら仕方ねぇな」

「私との勝負を無視してんじゃないわよ!」

「朝日さん、なんでそんなに勝負にこだわるの?」

「こんなクズに負けてるっていうのがむかつく」

「仕方ないでしょ。恭弥は根っこからどうしようもないくらいクズな代わりに、なんでもできる脳と体をもらったんだから」

「お前はもっと遠慮した言い方をしろ」

 

 なんだどうしようもないくらいクズって。どうしようもはあるだろ。ほら、こうやって友だちと遊べるくらいにはクズじゃない。クズだなっていう自覚はあるけど、まだギリギリ社会に出られるレベルだとは思ってる。ただ上司ガチャに失敗したら立場が悪くなってすぐにクビにされるような気もしてる。

 やっぱり起業して、千里を迎え入れるしかないな。クズだけ集めると会社が崩壊するから、日葵と岸にも来てもらおう。朝日はいらない。

 

「でも光莉、氷室くんに勝つのって無理ちゃう? 素人同士の戦いやったら絶対負けへんやん氷室くん。最初っからある程度はできてまうんやから」

「ま、才能ってやつかな?」

「なまじ才能があるから余計クズが際立つんだよね。だから『才能あってすごい!』っていうより『なんでもできるからムカつく』って思っちゃうんだって。これ周りの人8割の意見」

「え、俺8割にそんなこと思われてるの?」

「そりゃそうよ。あんた嫌われてるもの」

「そ、そんなことないよ! みんな恭弥のことたまーに優しいよねって言ってるし……」

「なるほど、ヤンキーがたまーにええことしたらよく見えるあれやな」

「人を詐欺師みたいに言うな」

 

 意識して優しくしようとしてるならそれは詐欺師だが、俺はいつも普通に、自分らしく過ごしているだけだ。つまりそれは俺の元来からある優しさであり、断じて詐欺などではない。俺はめちゃくちゃ優しい人間であり、でもちょっとクズな部分が表に出すぎてしまうだけだ。

 

 しかし、なんでもできるからムカつくって、できねぇやつの僻みは見苦しいなぁ。

 

「あ、クレーンゲームとかならいいんじゃね? 日葵もなんか欲しいやつあるって言ってたろ」

「! うん、あのぽやぽやした犬!」

 

 なんかめちゃくちゃ嬉しそうだ。そんなにあの犬欲しいの?

 

 日葵が欲しいと言っている『ぽやぽやした犬』は、ぽやぽやしていた。いや、なんて言えばいいんだろうか。間抜け可愛い? 半開きの目に灰色の体に垂れた耳。「こいつ、俺がいないとダメだな」と思わせてくるような見た目をしている。足を開いてちょこんと座っている形のぬいぐるみだ。サイズはちょうど肩に乗るくらいの大きさだろうか。

 

「なるほどね。日葵を喜ばせた方が勝ちってことね。日葵、一万円あげる」

「喜ばせるって結果だけもぎ取ってどうするんだよ。クレーンゲームであのぽやぽやした犬取った方が勝ちってことでどうだ?」

「織部くん。氷室はクレーンゲーム得意なの?」

「物が増えるからやらないって言ってたから多分得意ではないんじゃないかなぁ」

「こういうのって確率って言うし、ええ勝負にはなるんちゃう?」

「とれちゃった」

「何無言でトライして一発成功してんのよ!」

 

 ぽやぽやした犬の両脇に手を挟み込んで抱き上げて朝日の前に掲げると、朝日が俺の脛にローキックを放った。なんで。なんか話してるし今のうちにやっとこうかな? ってやってみたら取れちゃっただけじゃん。確率が向こうから寄ってきたんだよ。俺はなにもしていない。

 

「この、やる気ない顔してんじゃないわよこいつ。そんな顔してるからこんなクズに取られるのよ。絶対あんた野生忘れてるでしょ。ご飯与えられて食べて寝るだけの生活してたらぶくぶく太って早死にするわよ。もっと健康的な生活しなさい」

「お前もしかしてぬいぐるみと話してる? いや、バカにはしねぇけど話すにしては尺長くね?」

「勝負する前に勝負が決まっちゃったからイライラしてるんじゃない?」

「なるほどな。まぁこれで俺が朝日より上だってことが証明されちまったんだが。ほい日葵。勝者である俺からのプレゼントだ」

「わ、ありがとー!」

「私にもありがとー! って言って!!!」

「はいはいおちつこなー」

 

 泣きわめき始めた朝日が岸に取り押さえられる。犯罪者ってあぁいう風に無力化されるんだろうな。もっとも、俺が朝日の立場なら同じようなことになっていたかもしれないが。

 だって、目の前で他のやつが日葵にプレゼントして、日葵が「ありがとー!」って言ってるところなんて見たくない。絶対に「俺に言ってくれ!」って言うし、泣きわめきはしないが静かになって無言でいじけるかもしれない。哀れ朝日。俺が優秀すぎてごめんな。

 

 日葵は俺から犬を受け取ると、子どものような笑顔を浮かべながら犬を抱きしめる。あ、ムカついてきた。なんで犬が抱きしめられてて、俺は抱きしめられてないの? 俺もよしよしされたいんだけど。

 

「千里、ぬいぐるみになれる力とか持ってない?」

「織部くん。悪いことは言わないからさっさとその力を私に行使しなさい」

「残念だけどそんな力はないよ」

「役立たずが」

「あんたなんのために生きてるの?」

「性格終わっとるなぁ」

 

 終わってるって言い方するな。それ一番ダメな表現方法じゃね? 取返しつかないってことじゃね? いや、そういえばさっき千里が取返しつかないって言ってたな。じゃあ合ってる。

 

 まさか、俺が自分で与えたものに嫉妬することになるとは思わなかった。でも、日葵が笑ってるならそれでいいかもな、なんて思えてくる。

 

 そんなわけない。あのぬいぐるみ、日葵が心の底から気に入る前に八つ裂きにしてやろう。クソ野郎が。ズタズタにして苗の養分にしてやる。

 

 

 

 

 

 いくら自由行動とはいえ、飯はホテルで食べる。修学旅行ではいつも豪華なバイキングがあるところを選んでいるらしく、それは校長の「飯も自由な方が楽しくない? バイキングって飯の頂点じゃない?」という考え。俺もそう思う。

 

 バイキングのいいところは、自分の好きなものだけ食べられるところ。ホテルの食事では出されるものが決まっており、食べられるか食べられないかわからないものまでついてくる。あのなんか、肉とかに乗ってる葉っぱとか。前「ホテルが出してんだから食べられるだろ」と思って食べたら飾りだったらしく、その経験を活かして別のところで葉っぱをよけて食べたら一緒に食べて楽しむものだったとかなんとか。ややこしいんだよクソが。食べてくださいとか食べないでくださいとか書いとけ。

 

 会場は白いテーブルクロスが敷かれた丸いテーブルの五人席が複数。各所に肉や魚、スープや飯、更には俺には何がおいしいかわからない高級食材まで。多分なんか優美な感じの音楽が流れており、エレガンスでビューティフルだ。俺には何もわからない。

 

「恭弥っておしゃれとは程遠い人間だよね」

「男らしさが一番なんだよ」

「まったく、品がないわね」

「光莉も人のこと言えないと思うけど……」

「皿の上見たら一発やもんな」

 

 会場についた瞬間、俺と朝日は肉の方に飛んでいき、そのまま好き放題皿にうまそうなものを盛っていった。おかげで俺と朝日の皿の上はうまそうなものでぐちゃぐちゃである。でも人間ってこれが一番うまく感じると思うんだよ。マナーなんてクソくらえだ。ちゃんとした場じゃなければこれくらいがちょうどいい。

 

 対して、千里と日葵、そして岸。皿の上は上品な盛られ方で、種類ごとに隙間が空いている。俺と朝日のようなぐちゃぐちゃにはなっておらず、前菜、副菜とちゃんと分けられてもいた。ところで前菜と副菜ってなんだ?

 

「でも男って大体こうだろ? 周り見てもこんなのしかいな……あ、千里はメスだから別だぞ」

「僕もぐちゃぐちゃにしてくる」

「あんたがそれやってもかわいいだけよ。やめなさい」

「何しても可愛くなるんやからずるいよなぁ」

「お、織部くん。泣かないで?」

「うぅ……こういうところで綺麗に盛り付けた方がカッコいいと思ったのに」

 

 カッコいいのはカッコいい。千里のイメージにも合ってるし間違ってない。ただ千里がどうあがいてもメスなだけだ。

 

「どうせ、恭弥と朝日さんはバイキングのマナーとかも知らないんでしょ」

「おいしそうに食べるんでしょ? 任せなさい」

「残さず食べるんだろ? 俺に任せろ」

「合うてるといえば合うてるな」

「それが一番だよね」

 

 それ以外のマナーなんて存在しない。うまそうに食べて完食する。これが飯においての唯一のマナーであり、最上級のマナー。これを守れないやつに飯を食う資格はない。

 

「まぁ然るべき場所だったら俺も朝日もいただきますちゃんとするって」

「今待ちきれなくなっていただきますって言ったよね」

「もぐもぐ。ちょっと氷室、いくらおいしそうだとはいえ、みんなでいただきますしないとダメじゃない。気持ちよく食べられないでしょ?」

「あれ、光莉の皿の上がもう半分なってるんやけど……」

「光莉ってご飯食べるのすごく早いんだよ。おいしければおいしいほど」

「獲物取られへんようにする動物みたいやな」

「えへへ」

「野生を褒められて照れてんじゃねぇよ」

 

 しかしこう見ると化け物だな。ハムスターみたいに頬をパンパンにしたかと思えば、すぐに口から物がなくなって幸せそうな笑顔。めっちゃくちゃ汚いのに可愛く見えてしまう俺がいる。

 でも実際、おいしそうに食べる女の子は可愛い。遠慮してちまちま食べるより、俺はそっちの方が好みだ。もっとも遠慮してちまちま食べるってことは一緒に食べてる俺の目を気にしてるってことだから、それはそれで可愛いんだけど。俺の自意識過剰の可能性もあり、その子は普段からそんな食べ方をしているのかもしれないが。

 

 千里はお上品に綺麗に食べ、日葵も岸もそこまで変わらない。ただ、岸は盛り付けは綺麗だが、食べ方はそれはもううまそうに豪快に食う。マナーを気にするけど、我慢ができないタイプと見た。

 

「あれ? あんた私のご飯食べた? もうないんだけど」

「人のせいにすんじゃねぇよブラックホール。お前がものすごい速さで完食したんだろうが」

「乙女がそんなことするわけないじゃない。氷室、一人ですぐに立つのは恥ずかしいから早く食べて私についてきなさい」

「もう食べた」

「流石」

「褒めるなよ」

 

 流石にこいつも一瞬で食べてすぐに取りに行くのは恥ずかしいという気持ちはあったのか。まぁなんだかんだ言って女の子だし、何もおかしくはない。

 

「あ、これおいしかったのよね。名前もわからないお肉」

「わかる。全部取って行っちまおう」

「流石にそれはダメよ。他の人も食べたいかもしれないじゃない。二切れくらい残しておきましょ」

「お前優しいんだな」

「ふっ、できる女は違うのよ」

 

 肉を二切れだけ残し、残りは仲良く朝日と半分こして皿の上に乗せる。さっき使った皿の上に乗せてしまったが、乗せてしまったものは仕方ないだろう。一度使った皿を持ってうろつくのはマナー違反っぽいが、許してほしい。そうしてしまうくらいご飯がおいしいんだ。

 

「こういう時に野菜食べるのって意味がわからないのよね。日葵は別だけど」

「あぁ。結局野菜って草だもんな。マジで意味わからん。日葵は別だけど」

「日葵野菜ばかり食べてて心配だわ。もっとお肉食べて力つけなきゃ」

「お前肉ばっか食ってるからパワーあるのか。胸もデカいし」

「おっぱいとお肉って関係あるのかしら? そうなると春乃はどうなるの?」

「栄養を常に放出してるんだろ。お前はため込んでるからパワーがあるし胸もデカい」

「パワーとおっぱいに変換されるくらいなら身長が欲しいわ」

「お前さっきからおっぱいって言うのやめてくれない? 飯中だぞ」

 

 さっきから周りの視線が痛いんだよ。主に男子。朝日がおっぱいおっぱい言うから飯に集中できず興奮しちゃってるだろ。あと俺もついでに見られて嫉妬の目線突き刺さってるだろ。まったく、朝日は地味に男子に人気なんだからあまり不用意な発言はしないでほしい。

 

「さて、粗方荒らしつくしたし戻るか」

「そうね。またお皿の上が山になっちゃったわ」

「どうせすぐに削れるんだから気にするな」

 

 それぞれ山を作ってテーブルに戻り、ふと思いついて千里をスマホで撮り、薫に送ってみた。『なに? 兄貴と千里ちゃんやっぱり付き合ってますって報告?』と返ってきたので、『付き合ってないけど可愛いだろ?』と送ると、『かわいい』と返ってきた。千里に見せると絶望していた。



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第37話 千里のタオル

「お前ら! 絶対に千里のことを見るんじゃないぞ! 性癖歪んでも知らねぇぞ!」

「やめろ氷室! 俺たちを誘惑するようなことを言うんじゃねぇ!」

「俺たちは普通に風呂を楽しみたいんだ! 『クソ、覗きできるようなところじゃねぇのか。あれ? そういえば女みたいなやついるから覗きする必要なくね?』と思ってしまった俺たちの心を呼び起こすな!」

「クソ、千里どうする! ここは獣ばかりだ!」

「そこまで言うならもう性癖を歪ませてあげよう」

「ウワー! 千里が脱ぎ始めた!」

「退散、退散ーッ!」

 

 お風呂の時間、脱衣所。

 

 千里を背中に庇い、男どもの視線から遮って口論していると、千里が脱ぎ始めたことにより性癖の歪みを恐れた男どもが蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。千里は俺の背後でぐすんぐすん言いながら脱いでいる。ごめんて千里。

 

「もういいんだ。僕は男から見ても女の子から見てもえっちなんだ……。ねぇ恭弥。今僕たち付き合ってることになってるから、ひっついても文句言われないよね?」

「俺が死ぬ」

「僕がみんなの視線に晒されるよりはマシだよ」

 

 いやお前、付き合ってるって勘違いされてるのにそんなことしたら確信に変わっちゃうじゃん。「あいつ、自分のメスの裸見せたくないから庇ってやがる」って思われるじゃん。普通に見られると千里が嫌な思いするから見せたくないっちゃ見せたくないんだけど、そういうことじゃないんだよ。

 

 幸い、今の時間は俺たちの学校のバカどもしかいない。だから未来ある子どもの性癖を歪ませることはないが、しっかり性欲を持った猿どもの性癖が歪む可能性がある。これの何がヤバいかというと、千里に恋してしまうやつが現れるかもしれないということだ。

 それに、千里を誘ったというやつがいるかもしれない。そいつにだけは千里の裸を見せるわけにはいかない。

 

「仕方ねぇ。ちゃんと隠れとけよ?」

「ん、ありがと」

 

 このメスが。かわいいこと言ってんじゃねぇよ興奮するだろ。しおらしくなったらお前100%メスなんだから。作られたメスなんじゃなくて天然もののメスなんだから。希少価値なんだから。天然記念物人間国宝なんだから。

 

 前回の反省を生かした千里は胸までタオルを巻き、俺の背中にぴったり張り付く。親友である俺たちはぴったり息が合うからか、千里が俺の背中から離れることなく風呂へと歩いて行ける。二人三脚しても普通に走る速度と変わらないんじゃねぇの俺たち。息合いすぎだろ。

 

 スライド式のドアを開け、大浴場へ入る。流石に今日行ったところよりは狭いが、十分広い。スタンダードな風呂がいくつもあり、左手の方にはサウナ、その近くに水風呂、右手奥には洗い場があり、大浴場入ってすぐにかけ湯がある。大きな壺が二つ置かれており、恐らくお湯と水が入っているんだろう。そこにいた男どもが水をかけ合って遊んでいたが、俺を見ると、正確には俺の背中に隠れている千里を見るとどきまぎしながらすたこら去っていった。

 

「千里、かけ湯だ」

「周りに人は?」

「今散っていった」

「そう……」

 

 悲しそうに呟きながら、千里は俺の背中から恐る恐る顔を出す。その瞬間正面の風呂に入っていた男どもが顔を背け、「明日の明日って明日だっけ?」と支離滅裂な会話を始めた。明日の明日は明後日だぞ。

 

「……恭弥。僕が前に出てかけ湯しちゃうと、みんなに僕が見えちゃうよね?」

「そうなるな。でも仕方ねぇだろ」

「恭弥、かけてくれない?」

「おっ」

 

 正面の風呂に入っている男どもが湯の中へ潜り、ばしゃばしゃと両腕を動かして暴れてからまた水面へ浮上してきた。多分俺と同じことを考えてしまったんだろう。何を考えたとかそんなことは生々しくて言えないけど、発言には気を付けて欲しい。

 湯ね。湯をかけてほしいのね。もちろんわかっていますとも。俺は清廉潔白、身も心も綺麗な男。何もいやらしいことは考えていない。

 

「よし、かけるぞ」

「ちょっとまって。こっち見るの?」

「見ないとかけれねぇだろ」

「えーっと、変な気持ちにならない?」

「バカ。敏感になりすぎだっての。俺に対してだけは安心しろ」

「それもそうだね。ありがと」

 

 湯をすくい、振り向く。穏やかに微笑んでいるタオル一枚の千里がいた。

 

「ごめん」

「恭弥。なんで僕に背を向けたかを説明してもらおうか」

「千里。かけ湯の壺はデカいから周りからは見えない。俺がかけなくても大丈夫だ」

「正直に言ったら怒らないから」

「興奮しました」

「このクソ野郎め!」

「いぎゃあ!」

 

 背中に張り手をくらい、痛みに悶える俺を放置して千里が艶めかしく、じゃない。普通にかけ湯をした。俺はその光景から必死に目を逸らしながら、かけ湯をする。なんかめちゃくちゃ冷たいけど今そんなことは気にしていられない。

 

「恭弥、そっち水だよ? 平気なの?」

「あぁ。俺と結婚してくれ」

「気が動転してるんだね。まったく」

 

 水をかけたことでブルブル震えている俺に、千里がゆっくりと湯を浴びせてくれる。「仕方ないなぁ」と言わんばかりの表情は、手のかかる弟、いや彼氏、いや親友を見る目をしていた。マズい、考えるな。いやらしいことは考えるな。こういう時は身近な男のことを考えるといいって聞く。千里じゃねぇかクソが。

 

「ほら、背中貸して?」

「おう。洗い場でいいか?」

「うん。マナーだからね」

「お前って結構マナー気にするよなぁ」

「ん-、他人の視線を気にするからかな。ほら、マナー守ってないと嫌な目で見てくる人いたりするでしょ?」

「それお前がメスすぎるから見てるんだよ」

「それはないでしょ」

 

 それがあるんだよ。

 

 洗い場へ向かうと何人か男どもがいたので、「俺の後ろには千里がいる」と言うと、全員が頭の後ろでタオルを結んで目を隠した。その中には井原の姿もあり、見当違いの方向に親指を立てている。

 

「俺らのことは気にするな! 彼女の裸は見ないぜ!」

「お前基本いいやつなのにバカだよな。もしかして全員目逸らしてるのもお前の指示?」

「おう! だって自分の彼女の裸見られるの嫌だろ?」

「それはそうだけど、そもそも俺たち付き合ってないんだよ」

「いや、それならそんなくっつかねぇだろ! いいから気にすんな! 俺ら、絶対見ねぇから!」

「サンキュー」

 

 お前いいやつだけど、お前が俺と千里が付き合ってるって言いふらしたこと忘れてないからな。俺は執念深い人間なんだ。もっといいことして返してもらわないと許さない。

 

 できるだけ千里が周りから見えないように隅っこへ移動し、完全な角にある洗い場へ千里を座らせて、俺がその隣に座る。隣に裸の千里がいるって考えるとすごくいけない気持ちになってしまうが、「千里は男、俺には日葵がいる」と自分に言い聞かせて平気な風を装って髪を洗い始めた。

 

「なにかやけに大げさに目を逸らすと思ったら、井原くんが指示してたんだね」

「あいつ結構気が利くやつなんだよ。だからバカでも信頼は厚い。あぁいうやつが社会に出て成功するんだろうな」

「井原くんを嫌いな人なんていないんじゃない? 彼女がいるって聞いたことはないけど」

「バカだから好意に気づかねぇんだよ。その代わり、あいつが本気で誰かを好きになったら十割付き合えるだろ」

「夏野さんが相手でも?」

「その時は俺が井原を殺す」

「じゃあ十割じゃないじゃん」

「そもそもあり得ないから確率の計算にカウントしないんだよ」

 

 日葵を好きになったら俺か朝日が確実に殺す。だからこれを確率計算にカウントしちゃダメだ。絶対に無理だってわかってるからな。あくまで可能性がある相手となら十割付き合えるって話だ。

 

 あっちの方で「井原が多分こけた! でも見えねぇから助けらんねぇ!」「風呂入ってるやつきてくれ! 井原が多分こけた!」「でもそっち織部がいるんだろ!? 行ったら見えちまうじゃねぇか!」「バカ、タオルで目を隠せ!」「それだ!」とバカな会話が聞こえてくる。タオルで目を隠したらお前も見えないだろ。

 

「しゃーねー。ちょっと行ってくるわ。俺のタオルやるから体隠しとけよ」

「うん。待ってるね」

「ほいほい」

 

 男らしくどこも隠さず井原の事故現場へ行くと、井原がV字開脚をして倒れていた。なんでこんな面白い倒れ方をしているのかわからないが、隣に座って意識の確認をする。

 

「おい、生きてるか?」

「ヤバイ。俺頭打った。バカになってるかもしんねぇ」

「なら正常だな。立てるか?」

「おう。立てるぜ」

「なら最初っから立っとけお騒がせ野郎が」

「俺注目浴びるの好きだからさ。ワリィ!」

 

 言って、井原がのろのろと起き上がる。ただ目をタオルで隠してるため、手探りで恐る恐るといった感じだった。仕方ないから手を貸して、近場にあった椅子に座らせると、歯を見せてニカっと笑って「さんきゅー!」と一言。もう許そうこいつ。こんな純粋でいいやつに怒れねぇよ俺。だってこいつが俺と千里のこと広めたのだって、本気で付き合ってるって信じてたから先に言いまわって「応援しよう!」ってことだったんだろ? お前みたいないいやつは絶対幸せになってくれ。

 

「もう俺は大丈夫だからさ、織部んとこに戻ってやれよ」

「もうこけんなよ?」

「大丈夫! あ、それとさ」

「なんだよ」

 

 井原は目が見えないはずなのに、正確に俺に近寄ってきて耳打ちしてきた。怖い。

 

「なーんか、織部んことやらしい目で見てるやついるかもしんねぇ」

「それは全員だろ」

「バカ。俺らは万が一のために目を隠してるだけで、人の彼女見るわけにはいかねぇって意識のが強いんだよ」

「そうじゃねぇやつがいるって?」

「多分な」

「じゃあ今千里に話しかけてるやつがそうってことか?」

「ば、バカ! 早く助けに行けよ!」

「大丈夫だろ」

 

 こいつ俺のこと二回もバカっていいやがって。お前がバカなんだよバカ。やっぱり許さねぇ。

 

 千里を助けに行かないのは、理由がある。今この状況で俺が入るとややこしくなるかもしれないし、第一もし『そういうこと』だったとしても、それは当人同士で解決できるならそうするべきだ。俺の出番は、千里が本当に危なくなった時。

 

「大丈夫って、織部に何かあったらどうすんだよ。俺たち目見えてないんだぞ?」

「井原。千里もちゃんと男なんだよ」

 

 え? とバカを晒している井原には見えていないだろうが、千里は言い寄ってくる男の腕に俺が渡したタオルを巻き付け、それを引っ張りバランスを崩させて仰向けに倒れる男の後頭部を手で支え、そのままゆっくりと寝かせる。それから「しつこい」と言い放つと、機嫌悪そうに俺の方へ歩いてきた。

 

「俺のタオル」

「ごめん。でもあぁいうことでしょ?」

「ん-、まぁ、千里が無事ならそれでいいけどな」

「え? なに? なにがあったんだ?」

「なんにも。ありがとね井原くん」

「ん? ありがとうってならどういたしまして!」

 

 千里の井原に対する好感度が上がった気がした。なんでだろうと首を傾げると、アイコンタクトで「あとで教えるね」とのこと。まぁどうせ井原がいいことしたんだろうと勝手に納得し、あまり気にしないようにして風呂を楽しんだ。何人かの性癖が歪んだ。



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第38話 1111へ

「千里。風呂上りのお前と二人きりになってドキドキしている俺を許してほしい」

「僕は絶対に君を許しはしない」

 

 最近度々俺たちの友情に亀裂が入る気がするんだが、気のせいだろうか。

 

 風呂に入って部屋に戻り、就寝時間が近づいている頃。いよいよ今日のメインイベントが目の前まで来ているというときに、このメスは俺を誘惑してきやがった。俺だからよかったが、他の男なら耐えきれずに千里を襲い、返り討ちにされていたことだろう。俺なら返り討ちにされないとかそういう話じゃないぞ?

 自分の体を隠すように枕を抱いている千里の写真を撮り薫に送りつけて、ため息を吐く。千里が薫のことが好きだと聞いてからちょくちょく薫に千里の写真を送っているのは、千里のメスさ加減を見せて千里はメスだと薫に植え付けるためだ。千里と付き合うなら、千里のメスも受け入れるような人じゃないといけない。千里がメスだとわかりつつも一生一緒にいると言える人じゃないといけない。嫌がらせに見えるが、これは千里のためである。

 

 そんなのは言い訳。メスすぎてフラれちまえ。

 

「ねぇ恭弥。いい加減僕の写真を薫ちゃんに送るのやめてくれない?」

「なんでだよ。『ねぇ、本当に男の子なの?』って好評だぞ」

「薫ちゃんには僕が男だって認識してもらわないと困るんだよ」

「俺は薫に千里が男だって認識されたら困るんだよ!」

「いいじゃないか別に。君も薫ちゃんを任せるなら僕って言ってたじゃん」

「は? 言ってないけど? 自分の都合のいいように記憶改竄してんじゃねぇよゴミ」

「ちなみにボイスメモ録ってる」

「お前さては結構前から薫のこと好きだったな?」

「うん」

 

 俺から目を逸らし、頬を赤く染めて頷くメス。お前完全に恋する乙女の表情じゃねぇか。そんなんで夫になろうとしてんのか? 薫の方がよっぽど男らしいしカッコいいぞ。なんせ俺の妹だからな。

 

 しっかしまぁ、流石にこれ以上千里の写真を送り続けると薫が勘付きかねない。薫は賢い子だから、「もしかして千里ちゃんが私のこと好きとか?」ってとんでもない察しのよさを見せる。そうなる前に止めないと流石に千里がかわいそうだ。

 

「ったく、それを隠して俺と親友やってたなんて信じらんねぇな。もしかして薫目的で近づいたのか?」

「それは違う。恭弥が恭弥だから親友になったんだ」

「薫に千里はやらん。俺がもらう」

「今日から君との縁を切ることにした」

 

 そんな簡単に縁が切れる親友ってあるかよ。

 

 千里と話しながら薫へカモフラージュのために『だいちゅきだよ~』とメッセージを送り、『キモ。死ねば?』と送られてきてうんうん頷く。正しい反応ができていて俺は満足だ。っていうか薫ずっと俺が送るメッセージに一瞬で返事してくれるけど、勉強してんのか?

 

「おい千里。薫が勉強してないかもしれない」

「大丈夫でしょ。薫ちゃんは君から悪いところをとって性別変えたような子なんだから、何も心配ない」

「神の子かよ」

 

 それならなんの心配もないな。今思えば薫が勉強について悩んでるところ見たことがないし、信じられないくらい要領がいいから、どうせ『この時間帯に兄貴から連絡きそう』って察して待っててくれてたんだろう。察しがよすぎて化け物かと疑ってしまう。ふふ、かわいらしい化け物だぜ。

 

「それにしても、朝日さんたち遅いね。お風呂あがったらすぐ来るって言ってたのに」

「女の子は色々準備大変なんだよ。気長に待とうぜ」

 

 俺はジェントルマン。女の子に優しい紳士である。朝日は別。

 

 

 

 

 

「なにしてるん?」

「日葵が今になって恥ずかしくなったみたいで、恥ずかしがる姿が可愛らしいからしゃぶりつくそうとしてるの」

「なるほど。警察か病院どっちがええ?」

 

 私は犯罪もしてないし頭もおかしくないのに、春乃は何を言ってるんだろう。

 

 お風呂から上がって部屋に戻って、さぁクズのところに行こうとしたその時。日葵が今になって恥ずかしくなったらしく、ベッドの隅で布団にくるまり、抗議の視線を送ってきていた。ベッドの上であんなに可愛らしいことをするっていうことはつまりもうそういうことであり、春乃には出て行ってもらわないといけない。でもそうすると春乃はクズのところに行って、なんだかんだあってクズと春乃の距離が縮まって、なんだかんだで日葵が傷ついたらだめだから、私は何もできないということになる。クソめ。

 

「なー日葵。そんなに恥ずかしいん?」

「だって、男の子の部屋ってだけで緊張するのに、お風呂上りで、しかも恭弥がいるんだよ?」

「初心やなぁ。こういう時は好きな人にアピールする絶好のチャンスやで? お風呂上がりの女の子なんか好きな子やなくても興奮するに決まってるやん」

「ふふ。私が氷室と織部くんを悩殺しちゃうかもしれないわね」

「はは。それはないやろ」

「は?」

 

 私の美貌と色気をもってしてそれはないやろ? それはないでしょ。だってあいつら私のこといつもいやらしい目で見てきてるし、お風呂上がりの私に耐えられるわけ……うん、耐えてたわ。氷室の家に泊まった日、明らかに私に対してだけ反応が普通だったし。なんで織部くんの方に反応すんのよあのクズ。私にも反応しなさいよ。

 

「ん-、日葵が行かんなら私だけで行ってこよかなー」

「そ、それはダメ!」

「なんでー?」

「だって春乃、恭弥のこと好きなんでしょ? 春乃すっごく可愛いし綺麗だし、恭弥が春乃のこと好きになったら困るし……」

「絶対抱くわ」

「かわええのはわかるけど、犯罪はあかんで」

 

 とびかかろうとした私の首根っこを摑まえて、春乃が私を宙ぶらりんにする。そのままお姫様抱っこされて、春乃の綺麗な顔を下から眺めさせられた。結婚してほしい。

 

「日葵。これはチャンスやで? まぁそれは私にとってもなんやけど、ここで氷室くんにアピールできたらグンって距離縮まるやん? 大丈夫。氷室くんってあぁ見えてめっちゃ優しいから、変な反応なんかせえへんよ」

「……ほんと? 私、変じゃないかな」

「うん、ちゃんと可愛いで。氷室くん、直視できひんちゃうかな?」

 

 なるほど。日葵はただ恥ずかしかったんじゃなくて、お風呂上がりの自分を見られるのが不安だったのね。そういえば氷室の家に泊まった時も逃げ回っていい香りまき散らしてたし、そんな日葵が一緒の部屋にいるなんて耐えられないだろう。うーん、好きな人に可愛くみられるかどうかが不安なんて乙女心、私にはない。好きな人がいないから。

 

 どこかにいないかしら。氷室から悪い部分取り去ったような男の人。……女の子ならいるけど、残念ながら私は男の子が好きな女の子。チッ。

 

「それに、私も日葵が来てくれへんかったら寂しいな」

「……行く」

「ん! ありがとうな!」

「私こそありがとう」

「春乃。二人で友情育んでるところ悪いんだけど、お姫様抱っこされてる状況恥ずかしいから下ろしてくれない?」

「いやや」

 

 いやや。可愛いから許してあげよう。私は寛大な人間なのだ。

 

「ほな見つからへんように行こか」

「光莉をお姫様抱っこしてたら目立つと思うけど……」

「確かに。お姫様抱っこされてる私可愛すぎて目立つかもしれないわね」

「そういうことじゃなくて」

「私は可愛くないんだ……」

「ん-ん。可愛いで、光莉」

「あ、よろしくお願いします」

「光莉。今のプロポーズじゃないよ」

 

 びっくりした。あまりにもカッコいい笑顔で可愛いって言ってくれるものだからプロポーズされたのかと思った。何この子。カッコよくて可愛くて性格いいって無敵じゃない。まぁ私も同じなんだけど。違うところと言えば、胸の大きさと身長くらいかしら。

 

「……光莉。ちょっと相談なんやけど、おっぱい揉んでもええ?」

「いやらしい揉み方じゃなかったらいいわよ。別に減るものでもないし」

「じゃあやめとこ」

「いやらしい揉み方しようと思ってたってことね。それは日葵にしかさせないわよ」

「私は一生やらないよ?」

「一生やってくれないの!?」

「もう出るから静かにしてなー」

 

 まさか私の魅力的なおっぱいをいやらしく揉まないなんて思いもしなかった。日葵と乳繰り合ってきゃっきゃするという私の夢は潰えた。えーんえん。

 部屋を出て、ドアを閉じる前に鍵を持っているかどうかを確認してからドアを閉める。オートロックだから、鍵を忘れたらクズのところで寝ないといけないものね。私は別にいいけど、日葵と春乃が可哀そうだ。別にいいっていうのは襲ってきても返り討ちにできるからであり、それ以外に理由はない。

 

 あいつらの部屋はそこまで遠くなく、階が違うだけ。私たちが9階で、クズどもが11階。エレベーター前は先生が見張っているというのを事前に知らされているが、今の時間帯は私たちのクラスの担任。どうせ見つかっても見逃してくれるに違いないので、普通にエレベーターの方へ向かう。

 

「あ、先生こんばんはー」

「おう。氷室たちの部屋は11階だぞ」

「知ってる! あ、他の先生に私たちのこと言わんといてな」

「何が? お前らは長めのトイレに行くだけだろ」

「そういうことにしてくれるってことね。相変わらずクズなんだか優しいんだか」

「俺はクズで、お前らがいい子なんだよ。何も問題起こさないって信じてるから、こうして送り出してるんだ。問題起こしそうなやつらはちゃんと止めるさ」

 

 壁に寄りかかって、エレベーターに乗り込む私たちに手をひらひらと振る先生。日葵がぽやーっと先生を見ているのに気づいてねこだましすると、肩をビクッと震わせて我に返った。

 

「どうしたの日葵?」

「わっ、えっと、なんか先生ってなんとなく恭弥に似てるなーって」

「確かに。氷室くんに落ち着きと大人っぽさ足したらあんな感じかもなぁ」

「クズか優しいかわからないってところも似てるわね。顔もカッコいいし」

「恭弥も先生も優しいよ」

 

 日葵は天使よ。

 

 11階で下りて、氷室たちの部屋へ向かう。部屋番号は1111。部屋を選ぶときゾロ目だったから選んでしまったらしい。バカじゃないの?

 

 部屋にはすぐについた。1111のドアの前に立って日葵がお上品に三回ノック。ドアの向こうから「あぁ、日葵か」「なんでわかるの? 気持ち悪いよ」といういつも通りのバカな会話が聞こえてきたかと思うと、ほどなくしてドアが開いた。

 

「よう。遅かったな」

「ん、ごめんね?」

「きたで。愛の巣におじゃましてごめんな?」

「織部くんは無事なんでしょうね」

「無事だ。ちゃんとベッドの上でビクついてる」

「恭弥。話がある」

「どうやら千里が俺に話があるらしい」

「会話せずにぶち殺されそうやな」

 

 殺気をまき散らす織部くんの方を振り向かず、あははと乾いた笑いの氷室は、私を見て一言。

 

「ところで、なんで朝日はお姫様抱っこされてるんだ?」

 

 忘れてた。



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第39話 テクニシャン

「ところで何か甘い香りがするのは私たちのせい?」

「千里」

「あそこで春乃にいじくりまわされてる?」

「千里」

「この中にいる誰よりも明らかにメスな?」

「千里」

「私よりもブサイクな?」

「オメーのがブサイク」

 

 気づいたら仰向けに倒れて天井を見上げていた。一体何が起きたんだ?

 

 日葵たちが部屋に入ってきてすぐ、岸が「なんやあの性的な生き物」と言って千里に襲い掛かり、メスだと言われつつも風呂上がりの女の子との触れあいに文句があろうはずもない千里はそれを受け入れ、千里のベッドの上でいちゃいちゃしている。ベッドの上でいちゃいちゃと言ったらなにかいやらしく聞こえるが、別に千里が撫で繰り回されてるだけだ。

 

 十分いやらしくね?

 

「恭弥、大丈夫?」

「おう。今のは俺が悪かったしな」

「自覚あるなら控えなさい」

「控えられるなら控えてんだよ」

 

 のそりと起き上がり、俺のベッドに座っている朝日へ吐き捨てるように言葉をぶつける。何お前俺のベッドに断りもなく座ってんだよ。俺のベッドに座っていいのは日葵と千里と岸だけだぞ? つまりお前以外。お前は床に這い蹲って埃でも舐めてろ。

 

「つか日葵。なんでずっと立ってんだ? 適当に俺のベッドに座れよ」

「さりげなく自分のベッドに誘導してんじゃないわよスケベ。私が座ってあげてるんだからいいでしょ?」

「座らせていただいてありがとうございますと言え」

「あら、女の子のぬくもりはおきらい?」

「すきです!!」

「正体を現したわね。日葵、こいつは性犯罪者だから織部くんのベッドに座りなさい」

「あっちはあっちで……」

 

 千里のベッドの上では、「あ、だめ、岸さん! これ以上やられると僕は本当にメスになる!」「ええやん別に。気持ちええやろ?」といやらしいことが行われている。普通に撫でてるだけなのに千里があぁなるなんて、岸は恐ろしいやつだ。

 

 そんなベッドに座るなんて誰でも嫌だろう。自分にもいやらしいことをされるんじゃないかって不安になる。だから朝日も俺のベッドに座って……よく見たら座ってねぇじゃねぇか。空気椅子してやがる。そんなに俺のベッドに座るのが嫌か?

 

「助けて恭弥ぁ」

「この際立派なメスにしてもらえ」

「じゃあ私たちは私たちで暑い夜を過ごしましょ、日葵」

「光莉が怖いから、恭弥間に入って」

「え、やだよ。あいつ絶対性犯罪者じゃん」

 

 言いながら、日葵の言うことに逆らえない俺は朝日の隣に座る。俺を睨みつけてくる朝日を無視していると、恐る恐る日葵が俺の隣に座ってきた。

 

「いっ」

「い?」

「胃袋の上の春」

 

 あまりにもいい匂いがしてきたから思わず「いい匂い!!!!!」って叫びそうになったところを、なんとか誤魔化す。危ない。『い』から始まる俺の中の単語のボキャブラリーが豊富でよかったぜ。何か失敗した気がするが、絶対に気のせいだろう。俺の人生に失敗はない。

 

「ふぅ、堪能した堪能した」

「おかえり春乃。ところであそこでビクビクしてる織部くんに心当たりは?」

「さぁ? どうしたんやろ千里」

「あんたも知らないのね。ところで私の後ろに回り込んでる理由を教えてもらえる?」

「わかった」

「あ、やっぱり」

 

 いいぃぃぃぃぃぃ!! と叫びながら、朝日の姿が視界の端から消え失せる。俺の後ろで甘い声と暴れる音が聞こえるが、気づかないフリをしておこう。どうせ朝日が岸にもみくちゃにされているだけだ。めっちゃくちゃえっちだろうが、隣に日葵がいる状況で見れるはずがない。俺がいやらしい人間だと思われてしまう。

 

 そういや俺、さっき女の子のぬくもりが「すきです」って言ってなかった?

 

「ごめんね。きた途端に騒がしくして」

「いいよいいよ。千里は岸に弄り回されて悦んでるし。ちなみに千里が悦んでたことは薫に報告しようと思う」

「薫ちゃんのことだから、『男の子だし仕方ないでしょ』って言うよ」

「確かに。めっちゃくちゃ大人びてるしなあいつ」

 

 だから時々見える子どもっぽさが可愛いんだ。今でも子どもっぽさが見えると頭をなでなでして「死ね」って言われている。死ね?

 

「でも、織部くんが薫ちゃんのこと好きだなんてびっくりしちゃった」

「なんとなく気づいてたけどなぁ。あーいやだ。千里が俺の実家に挨拶に来る日がくるかと思うと震えが止まんねぇよ」

「その時は私も一緒にいてあげるね。恭弥だけだと暴走しそうだし」

「いや、どうせ日葵も薫が離れていくの嫌がって泣きつくだろ」

「そんなことないもん!」

 

 多分そんなことあるぞ。日葵は薫のこと溺愛してるし、薫を見かけたら両手をつないでぴょんぴょん跳ねるくらいに大好きだ。可愛すぎかよ。

 きっと千里が「娘さん、妹さんを僕にください」と親父と俺に挨拶しにきた時、その場に日葵がいたら「薫ちゃんは私のだもん!」って暴れる。薫も薫で「日葵ねーさん」って唯一「ねーさん」って日葵のことを呼ぶくらいだから、その暴走を見て薫も嬉しくなって、結果「娘さん、妹さん、義妹さんを僕にください」ってなる。あれ? 俺と日葵結婚してね?

 

「ある。だって日葵、薫のことめちゃくちゃ好きだろ?」

「好き」

 

 俺のことが? と聞き返そうと開きかけた口をぐっと閉じて、言葉を飲み込んでから別の言葉を吐きだす。

 

「だから目に浮かぶんだよ。千里が挨拶しに来た時、薫に抱きつきながら恨めしそうに千里を睨む日葵の姿が」

「……しちゃうかも」

「そうなると千里が可愛そうだからやめてくれ。多分うちの母さんしか千里の味方にならない」

「ん-、でもそうなると恭弥は織部くんと薫ちゃんの味方になるでしょ?」

「は? 俺が薫を千里にやるとでも?」

「だって、恭弥と織部くんは親友だし、恭弥は薫ちゃんのことが大切だから。きっと、口ではどんなこと言ってても、二人がちゃんと付き合ってるなら、恭弥は二人の味方するよ」

 

 微笑む日葵から目を逸らし、指先で頬を掻く。クソ、やりづらい。俺は普段クズとしか会話してないから、純度100%の天使との会話がすごくやりづらい。浄化される。俺のクズが浄化されて俺も天使になっちまう。なんだよこの笑顔、みんなを幸せにするリーサルウェポンじゃねぇか。俺は一度ならず二度も死んだ。

 

「うん、そう考えると私は無理だなぁ。薫ちゃんが私から離れていっちゃうみたいで、なんか寂しいもん」

「そりゃねぇって。薫は日葵のことが一番好きだから、薫と千里が結婚しても……薫と千里が結婚!!?」

「いいこと言おうとしたのに、僕への怒りに脳を支配されてる愚か者がいるね」

「あ、織部くん。大丈夫?」

「うん。なんてことはないよ」

 

 お前服はだけて顔めっちゃ赤くてえっちだぞ。というのはやめておいてやろう。こいつも女の子の前ではカッコつけたいんだ。どんだけカッコつけても可愛いだけって言うのも更にやめておいてやろう。

 

「ひどい目に遭った」

「ふふ。でも羨ましいなぁ。春乃、私にだけやってくれないんだよね」

「え? やってもええの?」

「えっと、やってほしいかどうかは別として、なんか仲よさそうでいいなーって思って」

「お、かわええこと言うやんか、この!」

「わ!」

 

 俺の背後からひょっこり顔をだした岸が、日葵に飛びついて日葵を撫でまわす。ただ、それは千里にやったようないやらしい手つきではなく、慈しむかのような、優しく、ただただ幸せになれるような手つきでふんわりと撫でまわしていた。

 

「お。日葵めっちゃええ匂いするなぁ。肌も綺麗やし、ほんまに同じ人間?」

「そんなこと言ったら春乃もだよ? くっついてるとじんわりあったかくなってくるし、安心するなぁ」

「せやろ。本気出したら光莉みたいになれるで?」

「……遠慮しとく」

 

 後ろから日葵を撫でる岸に日葵が寄りかかり、自分を撫でる岸の手に自分の手を重ねながら岸を見上げる日葵。可愛すぎてどうにかなりそうだったが、そういえば朝日はどうなったんだろうと朝日が見えているであろう千里を見ると、千里は首を横に振った。

 

「見ない方がいい。ちょっと刺激的すぎる」

「息すら聞こえねぇんだけど、もしかして死んだ?」

「快楽に支配されて死んだかもね。今度供養してあげよう」

「生きてるわよ……っ! 春乃、まさかあんたがこんなテクニシャンだなんて思わなかったわ……。日葵から離れなさい。日葵をビクつかせるのは私よ。あ、日葵は私が守るわ」

「隠しきれへん欲望が顔を覗かせてるな。日葵は渡さんで」

「あ、氷室。服装整えるから振り向くんじゃないわよ」

「はいはい。別にお前の乱れた姿なんて全然見たくねぇよ」

「はぁ!? 私の乱れた姿を見たくない男なんてこの世に存在するの!!!??」

「僕は見たいよ」

「メスは黙ってなさい」

 

 しゅん、と千里が落ち込んでしまった。いかん。千里がメス扱いされることに対しての耐性が低下している。これじゃ徐々にメスを受け入れてしまう可能性がある。千里はメスだけどメスじゃないって言い張るところがメスなのに、受け入れてしまうと結果的にメス要素が薄れてしまう。そんなの千里じゃない!

 

「おい朝日なんてこと言うんだ。千里はこう見えて男らしいところあるんだぜ?」

「言ってみなさいよ」

「日葵、岸。何か思いつくか?」

「私らに振った時点で思いつかへんって言うてるようなもんやで」

「もう、またそんなこと言って。織部くんもちゃんと男の子らしいところあるよ?」

「じゃあ教えてよ夏野さん」

「……えっと、戸籍上は」

 

 千里が俺たちに背を向けた。時折体を震わせているのは、どう考えても泣いているからだろう。

 

「あーあ。千里が声を押し殺して泣いちゃった」

「日葵。謝っときなさい」

「一番常識人な日葵からのそれは一番きついからなぁ」

「ご、ごめんね織部くん! 違うの、思いつかなかっただけなの!」

「何が違うんだよ! 夏野さんにまでメスって言われるなんて、僕にはもうオスとしての価値がないんだ!」

「お前には薫がいるだろ? はぁ!? テメェ俺の薫に手ぇ出そうとしてんじゃねぇよ!」

「セルフでキレてんじゃないわよ」

「感情が忙しい人やなぁ」

 

 だって千里が俺の薫を……! こうなったら薫に千里の泣き顔を送ってやろうとスマホを取り出すと、ちょうど薫からメッセージが届いた。なになに? 『もうそろそろ寝るね。おやすみなさい』。しばらく待つと、二頭身にデフォルメされた可愛らしい柴犬が布団に入っているスタンプが送られてきた。

 

 みんなに見せた。みんなほっこりした。



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第40話 テーマパーク

 大阪にある、超巨大テーマパーク。恐らく今回の修学旅行で大半の生徒が目的にしているであろうそこに、俺たち5人はやってきた。

 

 テーマパーク全体に走るカラフルなレールは、どう見ても日葵が苦手な絶叫マシン、ジェットコースターのもの。渦を巻いたり何回転もしたりと忙しいレールを見て、早くも日葵の頬が引きつった。

 

 せっかく大阪にきたんだからとここへ行くことは満場一致で決定、するかと思いきや、日葵だけ嫌がったのは、『朝日に絶叫マシンに乗せられるから』らしい。今も目を光らせてすべての絶叫マシンの位置を把握しようとしている朝日を見ればそれが真実かどうかなんて一目瞭然だ。

 

「さて、何から乗る?」

「絶叫マシンに乗って私が日葵に抱き着いてもらって日葵の泣き顔を見る以外の選択肢なんてこの世に存在するの?」

「光莉きらい」

「この世の終わりみたいな表情で光莉が死んでもうた」

「悪は去った」

 

 早くも4人になってしまった俺たちは巨大な園内マップの前に立ち、どこに行こうかと相談しあう。日葵は絶叫マシンがダメで、他4人、いや3人は特に苦手なものはない、はず。隠してるっていうのもあるかもしれないが、少なくとも俺と千里は何も苦手なものはない。

 

「ゆったりしたものに乗ろうよ。ゆっくり動く乗り物に乗りながら物語を見てくやつ」

「乗りたくないもん乗ってもしゃあないもんな」

「私は絶叫マシンに乗りたい! のーりーたーいー!」

「こら! わがまま言わないの! でっかいおっぱいぶら下げてるのに、ほんと子どもなんだから!」

「ばぶばぶ言ったら吸わせてあげるわよ」

「ばぶばぶ」

「ちくしょう! 千里を弄びやがって、許さねぇ!」

「日葵。ストーリー見るよりこっちのがおもろいんちゃう?」

「恭弥たちが気になって集中できなさそうだしね……」

 

 確かに。流石に他のお客さんがいたら俺たちもおとなしくなるとは思うが、思うだけ。もしかしたら耐えきれなくなって騒いでしまうかもしれない。黙ったり動かなかったりしちゃうと死んじゃうんだ、俺たちは。

 ばぶばぶ言いながら朝日の方へよちよち歩き出した千里の首根っこを掴み、本気の抵抗を受けながらどこへ行こうかと考える。せっかく5人できたんだから5人で一緒のものに乗りたいし、ってなるとゆったりしたアトラクションしかなくなるんだが……。

 

「あ、お化け屋敷はどう? あの向こうに見えるアホみたいに怖そうな病院」

「いやっ!」

「日葵が嫌がるなら朝日の思うつぼだろ。もっとこう、朝日が喜ばずに日葵が喜びそうなところに……」

「……」

「おやおや? 静かだね、朝日さん」

「幽霊とかお化けとか全然怖くないわ」

「それ、怖がる人しか言わんセリフやで」

 

 意外だ。朝日のことだから幽霊とかお化けとか相手でも「私の方が強いわ」と言って平気な顔して蹴散らすと思ったのに。まさか朝日がお化け怖いなんて、可愛いところあるじゃねぇか。

 朝日が怖がっているところを見てみたい気もするが、日葵も嫌がってるからド級に怖そうなお化け屋敷、もといお化け病院はなしだろう。残念だ。朝日が怖がってるところを写真に収めていじりまわしてやろうと思ってたのに。

 

「……光莉、お化けこわいの?」

「怖くないわ! えぇ、断じて。ふふん。なんなら私が日葵を守ってあげましょうか?」

「うん、お願いね」

「え?」

 

 ……これまた意外。いや、意外でもないのか。今まで朝日に絶叫マシンに乗せられていたんだから、仕返しのチャンスがきたらそりゃ無視しないだろう。

 つまり、日葵は朝日がお化けを怖がっていると知って、何が何でもお化け病院に入ろうとしているんだ。

 

「私、怖いからちゃんと守ってね?」

「日葵。こっちから行かなきゃ守る必要もないわ。私は日葵が危ないところに行くのが我慢ならないの」

「これが日葵を絶叫マシンに乗せて、その泣き顔を楽しんでいた女のセリフです」

「外道」

「生きる価値あらへんな」

「織部くん。あとでおっぱい触らせてあげるから私の味方しなさい」

「恭弥、岸さん。朝日さんのなにが悪いって言うんだ?」

 

 あっさりと寝返った千里を見て、俺はすかさずスマホを取り出して薫にメッセージを送る準備を終えた。内容は、『千里が朝日のおっぱいに夢中』。

 

「薫に言いつける」

「はぁ、最低だね朝日さん。生きてて恥ずかしいと思わないの? かわいそうな人だね」

「ちなみにもう薫に言いつけてある」

「このドぐされ野郎め!! ぶち殺してやる!!」

「『私のってどうなのかな?』って返ってきたぞ。つまり俺がお前をぶち殺すってことだ」

「え、脈ありじゃん。やったー!」

「感情がジェットコースターみたいになっとるな」

 

 薫に『薫が世界一だよ♡』と送って『キモ。二度と帰ってこないで』と返ってきたのを確認してから、スマホをそっとしまう。どうしよう。家がなくなってしまった。これは日葵のおうちに行くしかないかな?

 さて、千里が薫という最大の武器によって俺たちの陣営につき、4対1だ。賛成派4人と反対派1人。岸は行くとも行かないとも言っていないが、俺たち側に立ってるから賛成派ってことだろう。

 

「くっ、怖いわよ、怖いわよ! バカにすればいいじゃない! 普段は怖いものなしみたいな顔してるのにお化けなんていう幼稚なものが怖いなんて、ぷーくすくすって!」

「怖いものなんて誰にでもあるだろ。バカになんてしないさ」

「あれ、氷室くんのことやから絶対バカにすると思ったのに」

「夏野さん」

「あぁなるほど」

「? 私がどうかしたの?」

 

 気にするな、と日葵に向けて手を振ってクールにキメる。俺が朝日をバカにしなかったのは、「お化けが怖いなんてダサい」ってバカにするとそれは日葵もバカにしていることになるからだ。間接的に日葵を傷つけてしまうなんて俺には耐えられない。ちなみに朝日のことは心底バカにしている。朝日のくせにお化けが怖いなんてクソダサくね? 信じらんねぇ。

 

「光莉、私が嫌がってるのに絶叫マシン乗せたよね」

「それは私も悪かったわ」

「悪いのはお前だけだよ」

 

 なんでちょっと助かろうとしてんだよこいつ。もう無理だぞ。どんだけごねても『まぁ朝日だし』って理由で逃げられない。日葵と千里と岸が本気で嫌がったら全員『仕方ないか』って思うが、朝日と俺に関してはどれだけ嫌がっても無駄だ。普段の行動がクズ過ぎて優しさが向けられることはない。え? 俺もなの?

 

「行ってくれなきゃもう光莉と口きかないもん」

「さぁ行くわよあんたたち。何もたもたしてるの?」

「朝日さんにとって、夏野さんと話せないのは死ぬのと一緒だからね」

「俺たちに泣きついてくる姿が目に浮かぶ」

「氷室くんらに泣きついたら相当やな」

 

 相当だ。朝日は何があっても俺たちに助けは求めない、はず。基本的に一人で解決できるし、何より俺たちに借りを作りたくない、というより俺たちに期待していないからだ。俺と千里は自分で言うのもなんだがハイスペック。しかし致命的な場面でポンコツをやらかす。相談に乗るだけはできるが、解決なんて多分しない。役立たずなんだ俺たちは。

 

 少し震えているように見える朝日を先頭に、ヤバげな雰囲気を醸し出す病院に向かって歩き出す。テーマパーク内に病院を建てるってどんな発想したらそうなるんだよ。廃病院は怖いっていうイメージはあるが、「じゃあお化け屋敷を病院にしちゃおう」なんてことにはならないだろ。

 それをしてくれたおかげで、俺は朝日の怖がる姿を見ることができるのだが。

 

 そして、俺は密かに期待していることがある。それは、漫画とかでよく見る「きゃっ!」と女の子が男の腕にしがみつくアレ。日葵はお化けが怖い。ということは「きゃっ!」ってなる。そして俺は男、千里はメス。つまり俺の腕に日葵がしがみつくっていうことだ。天才過ぎて自分が怖い。

 ただ、怖いのは岸の存在。岸は俺よりカッコいいから、日葵が岸を頼る可能性がある。岸もお化けを怖がってくれたならよかったが、めっちゃくちゃ平気そうな顔してるから絶対怖くないだろこいつ。人を守るために生まれてきたのか?

 

「な、氷室くん」

「ん? どうした岸」

 

 そんな人を守るために生まれてきた岸が、並んで歩く俺と千里のところにきた。前では日葵と朝日がお互いびくびくしながら近づくホラー病院に歩みが少しずつ遅くなっている。

 

「あれな、結構有名なやつなんやけどどんなんか知ってる?」

「いや、知らねぇ」

「あ、そうなんだ。結構面白そうだよ」

「千里は知ってんの?」

「なんとなくね。クラスのみんなが話してたから、それをちょこっと聞いてて」

 

 俺日葵と千里と岸と朝日と、時々井原の声以外遮断してるから全然知らなかった。ってことは俺たちの学校のやつらもきてるかもしれないってことか。

 

「一回の定員は40名。イメージとしては探索型ホラー脱出ゲームみたいなやつであってる?」

「合うてる合うてる。本気で怖いもんが追いかけてきて、それから逃げながら病院内を探索して脱出するのが目的やねん。おもろそうやろ?」

「あの二人泣くだろ」

「しかも捕まったらリタイア。一度入った人はもう二度と入らないって泣くほど怖いらしい」

「あの二人死ぬだろ」

「ちなみにこの説明は受付とかで一切されへんねん。事前情報仕入れんかったらわけのわからんまま追いかけられて、何回かはわざと逃がされるっていう鬼畜ぶり」

「あの二人死んだな」

「で、岸さんが僕たちのところにきたってことはあの二人に教えるつもりはないんだね?」

「もちろん!」

 

 人を守るために生まれてきたかと思っていた岸は、人を殺すために生まれてきたの間違いだったらしい。怖がりの二人にこれを教えないなんて、顔ぐちゃぐちゃになるくらい泣いちゃうぞあの二人。日葵はそれでも可愛いに決まっているが、朝日は見るに堪えない。いや、見た目はいいんだろうが素を知っている俺はそんな朝日を直視できない。流石に申し訳なさが勝つ。

 

「これを二人に話たんは、ちょっと協力してもらかなーって思って」

「協力?」

「そ。せっかく入るんやから、怖かっただけやなくて楽しかったってなったらええなって思って。せやから、何があってもあの二人を守り切ってほしいねん。もちろん全員で脱出したいけど、何があるかわからんしな」

「あぁ、確かに。僕たちがそれを知らないままだと、みんなパニックになっちゃうもんね」

「それならあの二人に教えてもよくね?」

「それはほら。こういうのって、男らしさ見せるチャンスやん? 頼りにしてるで、二人とも!」

 

 俺と千里は一瞬岸に惚れて、俺は日葵がいることを思い出し、千里は薫がいることを思い出して我に返った。恐ろしいぜこの女。



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第41話 犠牲者

「俺らはDゲートだって。行こうぜ」

「……」

「……」

「喋らんくなってもうた」

「表情も固まっちゃってるね。ははは」

 

 何が面白いんだお前。日葵が怖がってるんだぞ? それにしても朝日が怖がってる姿は面白いな。ははは。

 

 ホラー病院の受付までたどり着いた俺たちは、「Dゲートへ向かってください」以外何も言われず、言われるがままDゲートへ向かった。本当に何も説明しないんだなぁと思いながら少し歩くとDゲートにたどり着く。

 

 回すタイプのドアノブがついた両開きのさび付いたドア。血文字に見える『D』の字がドアに刻まれており、上の方には非常口のマークがあった。

 

「もうだめ。今日ここで私は死ぬんだわ」

「まだ何も起きてねぇだろ。しっかりしろ」

「うぅ、怖い……」

「無理はするなよ日葵。俺がついてるからな」

「ちょっと、私にも優しくしなさいよ」

「おーよちよち。こわいでちゅねー?」

 

 ぶっ飛ばされた。お前その腕っぷしがあったら何も怖いものなんてないだろふざけんな。いや、お化けとか幽霊とかって触れないんだっけ? じゃあ怖いものはある。ふっ、俺は平等な人間なんだ。

 

「なぁ千里。あの血文字って俺の血で書かれたやつか?」

「安心して。血は出てないから」

「血『は』って、他に何か問題があるように聞こえるんだけど」

「千里。それ以上はあかん」

「え? うそ。俺に何が起きてるの?」

 

 ねぇ、教えてくれない? と千里と岸の周りをうろちょろする俺を二人は完全に無視して、怖がる日葵と朝日を元気づけている。なんだお前ら。もう守ってやんないもんね! きらいだ、きらい!

 

『えー、当院にご来院のみなさま、全参加者のゲート到着を確認いたしました。この放送後、開いたゲートからご入場くださいませ』

 

 日葵と朝日の肩がびくっと震え、「なんだ、人か……」と同時に安堵の息を吐く。言ってしまえば病院の中に入っても出てくるのは仮装した人か趣味の悪い機械だぞ。流石にこれを言うと雰囲気壊れるから言わないけど。

 

 放送が終わり、しばらくするとゲートがゆっくりと開いた。重い金属音とともに開いたゲートの向こうには、薄暗く不気味な病院の廊下が見える。明かりはぼんやりとした電灯のみ。足場はかろうじて見えるくらいだった。

 

「ほな行こか」

「まって! 心の準備させて!」

「いやー! 引っ張らないで春乃!」

「岸めっちゃ楽しそうだな」

「人をいじめるの好きなんじゃない?」

 

 そういえば朝日と千里をよくいじるし、めちゃくちゃいいやつだけどいたずら好きなのかもしれない。それでいて周りのことをよく見てよく考えてるんだからずるいやつだ。あんなの向かうところ敵なしじゃねぇか。もちろん周りが全員味方になってくれるっていう意味で。

 

 俺たち全員が病院に入ると、ゲートがものすごい勢いで閉まった。ホラー映画でよく見るあれである。かなり大きな音を立てて閉まったゲートに、「きゃっ!」「うおっ!」と二人が悲鳴をあげた。どっちが日葵でどっちが朝日かは語るまでもない。

 

「ちょ、こわっ。今にも血まみれの患者の霊が出てきそうな雰囲気じゃない!」

「そんな具体的な例出さないでよ光莉!」

「誰がネクロマンサーよ!」

「霊じゃなくて例だぞ朝日」

 

 雰囲気を壊すまいと口を手で押さえて笑いをこらえている岸の姿が見える。岸は平気そうだな。千里もきょろきょろ周りを見て余裕そうだし、怖いの苦手っていうのを隠してましたってやつはいなさそうだ。

 

「こんなところになんていられないわ! 入ってきたゲートから」

「鍵がかかってる。どんな力を加えても、押しても引いてもスライドしようとしても開かない。おあつらえ向きに鍵穴があるから、鍵を探さないと出られないんじゃないかな?」

「冷静すぎてムカつく!!」

「おい朝日。そんな大声出すと幽霊が寄ってくるかもしんねぇぞ?」

「や、やめてよ恭弥。でも念のために、静かにしてくれない? 光莉」

「それが姫の命とあらば……」

「おかしくなってんのか普通なのかどっちなんだこれ」

「元からおかしいんやろ」

 

 間違いない。俺は納得して頷いた。まぁでも日葵は美しすぎて姫みたいなものなんだし、さっきの朝日の発言は何もおかしくないだろ。ってことはまだ冷静ってことだ。

 

「ん-、でも探すったってどこ行きゃいいんだ? 地図もなにもねぇし、とりあえず歩き回ってみるか」

「無理」

「恭弥。朝日さんは無理らしい」

「なら捨てていけ」

「無慈悲よ! 怖がる女の子を捨てていくなんて男とは思えないわ!」

「朝日さん。僕の手を握って」

「お、メスが張り切っとるわ」

「君たちとはここまでだ」

 

 キレた千里が一人ですたすたと歩いて行ってしまった。朝日が名残惜しそうに千里に取られていた手を見つめている。何? もしかして手を握っててもらいたいの? 可愛いじゃねぇか。

 

「おい千里。こんなところで離ればなれになったら死ぬぞー」

「ふん。そうやって余裕ぶっこいていればいいさ。いずれ僕がいなくなって後悔する時がくるんだ」

「お前こそ俺らがいなくなって後悔するぞ」

「そんなことあるはずない」

 

 千里がきっぱり言い切ったタイミングで、突然俺たちと千里を隔てるようにシャッターが下りてきた。ガシャン! と無慈悲な音を立てて、俺たちと千里は見事に分断される。

 

「後悔したか?」

『後悔したよ。助けてくれ』

 

 千里といえど、本気で一人になったら心細いらしい。まぁ雰囲気すごいしなここ。幽霊が怖くなくても不気味で怖い。そんなところに一人で放り出されるなんてたまったもんじゃないだろう。仕方ない。バカなメスを助けに行ってやるか。

 

「おい、そこから動くなよ。どこにいるかわかんなくなったら合流できねぇから」

『ねぇ恭弥。後ろ見てみたんだけど、とてもこの世のものとは思えない生き物がいるんだ。僕はどうするべき?』

「おい、冗談言って怖がらせようってか? ならこっちには朝日がいる。どうだ怖いだろう」

「どういう意味か聞かせてもらおうかしら」

『確かに怖い。いやそうじゃなくて、冗談じゃないんだ! 確実に僕を仕留めようと近づいてきてるんだって! あ、こんにちは。へへへ。僕は織部千里。決して悪いやつじゃない。名前を聞かせてくれる?』

 

 べごん! とシャッターが突き破れるほどの勢いで何かに殴りつけられ、シャッターはその形を容易く変えた。いや、変えられた。見えなくても想像できる。恐らく千里の言っていたことは本当で、千里の近くにはこの世のものとは思えない何かがいる。

 

『恭弥。今までありがとう』

「おい千里! そっちで何が起きてるんだ!」

『ちゃんとみんなを守って、みんなで脱出してね』

「おい千里! 千里!」

 

 暴れまわる音が聞こえる。あぁ、きっとこのシャッターの向こうでは千里があられもない姿になってその魅惑的な体をねぶりつくされているんだ。なんてこった。俺の千里が汚されちまった!

 

「氷室くん! はよ助けに行かな!」

「くそっ、日葵、朝日! 怖いと思うけど、ついてきてくれ!」

「織部くんが大変なんだもん、怖いなんて言ってられないよ!」

「いってらっしゃい」

「このクズが! 八つ裂きにしてやる!」

 

 恐怖に体を震わせて目を泳がせている朝日を横抱きにして、走り出す。ぶるぶる震える柔らかい感触を楽しむ暇もないまま、必死に。

 

「氷室くん、どこ行く!?」

「外観見た限り、こっちに行けばエントランスがある! ここの病院の構造がどうなってるか知らねぇけど、そこに行けば地図があるはずだ! そうじゃなくても、エントランスからアクセスできないところなんてそうそうない!」

「なるほど、確かに! 頼りになるね、恭弥」

「私は? 私は頼りになる?」

「テメェ自分の状態よく考えて発言しろ! とにかく、千里を助けるのが最優先だ! 鍵だなんだってのはその後──」

 

『ご来院の皆様にお知らせいたします。一人死にました。残り三十九名、残り三十九名』

 

「千里が死んだァァァアアアアア!!?」

「うそやろ、千里……」

 

 千里が、死んだ。嘘だ。そんなことはありえない。あいつのことだから、あとで平気な顔してひょっこり出てくると思ってた。っていうか『死にました』ってそんなはっきり言うか普通? もっとこう脱落とかリタイアとかそういう言い方しろよ。ジョークにしては悪質すぎるぞ。

 

「クソ、よくも千里を……! 根絶やしにしてやる!」

「ぶへっ」

 

 怒りのあまり横抱きにしていた朝日を落としてしまったが、気にしていられない。千里が殺されたと知った俺に、他を気遣う余裕なんてない。

 

 まずは、千里がいた場所だ。そこに千里を殺したやつがいるはず。どんな手を使ってでも俺がぶち殺し、千里の仇をうつ。立ち止まっていた俺は怒りに任せて走り出そうとした。

 

 その時、後ろからそっと優しく抱きしめられた。

 

「日、葵?」

「落ち着いて、恭弥」

 

 怒りという熱に支配されていた体が、別の熱に移り変わっていく。なんで日葵が、俺に? この世の春か?

 

「織部くんなら、大丈夫。絶対生きてる。あんな簡単にやられちゃうような人じゃない。それは、恭弥が一番わかってるでしょ?」

「──」

 

 そう、だ。千里は、あんな簡単に死ぬようなやつじゃない。きっとどうにかして生き延びて、俺たちの前に現れるはずだ。

 

「千里は、生きてる」

「うん」

「まだ、全員で帰れる」

「うん」

「──ありがとう、日葵」

「うん。これでも幼馴染ですから!」

 

 俺から離れた日葵を見ると、にっこり笑って可愛らしく力こぶを作っていた。本当は怖くて仕方ないだろうに、俺を止めてくれた。こんなにいい女の子、生涯、世界中どこを探したって見つからないだろう。

 

「私を落として日葵といちゃつく気持ちよさっていうのを教えてもらいましょうか」

「最高」

「貴様だけは許さん」

 

 鬼と化した朝日が襲い掛かってきた。お前が一番怖いよ。



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第42話 Q:千里はどこにいるでしょう?

「さて、千里のアホが死んだことだし、鍵探してさっさと脱出するか」

「あんたさっき織部くんが死んですごいキレてなかった?」

 

 人は前を向ける生き物なんだ。

 

 周りに注意しながらエントランスに向かう。その間もちょくちょく放送が入り、既に参加者は32人にまで数を減らしていた。早すぎない?

 

「こうなると、俺たち以外の参加者にも協力してもらうことも考えないとな」

「いやよ。どうせ死ぬならいい思いしてから死んでやるって襲われるに決まってるじゃない」

「あー。確かに、それだと日葵と岸が危ないな」

「私を除外した理由を教えてもらおうじゃない」

「魅力」

 

 首を絞められた。まずい。このままじゃ化け物より先に朝日に殺されるかもしれない。いや、朝日は化け物みたいなもんだからどうせ一緒か。それなら知らない化け物より知ってる化け物に殺される方がいい。

 そんなわけない。殺されるのはいやだ。

 

「や、光莉は氷室くんが背負ってるから安全ってことちゃうん? もしもの時は逃げれるやろ?」

「ふふん。情けないね光莉。平気そうな顔して、自分の足で歩けないほど怖いなんて」「日葵もぶるぶる震えながら春乃に手を握ってもらってるじゃない」

「む。こ、これは春乃が怖いって言ってたから!」

「うん、ありがとうな日葵」

「おい朝日。これ以上つっつくと岸のイケメンが発揮されるだけだからやめろ。俺がみじめになる」

「……わ、私を背負ってくれてるからあんたも十分イケメンよ」

 

 朝日がフォローに回るくらいだから相当なんだろう。俺と岸の差ってやつは。

 

 今、俺は朝日をおんぶして移動している。背中に当たる柔らかい感触がもうそれはほんとうにありがとうございますと言ったところだが、朝日との距離が近いということはそれすなわち死の距離と近いということを意味しており、背中に当たる感触を楽しむ余裕なんて全然ある。男の性欲は時に死の恐怖を凌駕する。

 

 しっかし、まさかここまで怖がるとは思っていなかった。『歩けない……』なんて朝日の口から出るとは。こいついっつもこうだったら可愛いのに。日葵には負けるどころか比べるっていうステージにすら上がることができないけど。

 

 クソ、なんで俺が日葵と手を繋げないんだ? それもこれも朝日が悪い。朝日が俺に腕を伸ばして「おんぶ」なんて言うから、いつもの朝日とのギャップがありすぎて可愛くておんぶしてしまった。「仕方ねぇな」って付き合う五秒前の男女みたいなやり取りしちまった。実際にはこの後ろの女は黄泉への片道切符をたたき売りしてくるとんでもない悪魔だが。

 

「お、そろそろエントランスっぽいな」

「よし氷室、止まりなさい。春乃、日葵を置いて一人で偵察しに行って」

「ようその状態で偉そうに指示できるなぁ。日葵、ちょっと待っててな?」

「うん。早く帰ってきてね?」

「大丈夫。心配することなんてなんもないよ」

 

 心の中で号泣している俺の頭を、朝日がよしよしと撫でてくれる。お前が優しくしてくるんじゃねぇ。本気で情けないだろ。それを狙ってやってきてるんだろうけども。

 

 岸が日葵と手を離し、一人でエントランスを見に行く。壁に張り付いてエントランスを覗き込み、鋭くカッコいい目つきでエントランスを一通り眺めてから、柔和な笑顔を浮かべて戻ってきた。

 

「オッケー。人影もなんもなし。足音も聞こえへんかったから、おるとしてもどっかに隠れてるとかやな」

「は? 隠れてそうな場所もその足で探してきなさいよ」

「おろすぞお前」

「ごめん……」

 

 きゅ、と俺に回している腕に少し力が入る。

 

「なぁ日葵、岸。朝日が可愛いぞ」

「光莉は元々すっごく可愛いよ?」

「ほんまは誰よりも乙女やしなぁ。普段があれやから、ギャップってやつ?」

 

 ずっとしおらしくしてたら死ぬほど男が寄ってくるだろうに。まぁずっとしおらしい朝日なんて朝日じゃないから、それをやってたら絶対止める。こいつは口からクソ吐いてるくらいがちょうどいいんだ。

 

 それにしても本当に朝日がかわいい。今もエントランスに入るってなったら未知の領域が怖いのか、俺の背中に顔をくっつけて見ないようにしてるし。なぜか日葵と岸が「ふーん」って俺を見てるのが怖いし。そういや岸って俺のこと好きなんだっけ。そりゃ面白くねぇわ。

 

 エントランスは待合室のように長椅子が並べられ、その何個かは真っ二つに折れたり、クッションが破けて中身が飛び出ていたり、赤黒い何かが付着していたりと不気味な雰囲気を醸し出している。床何て何かが這いずり回ったような跡があるし、それが見えるように廊下よりも照明を明るくしているところが腹立つ。

 

「館内地図どこやろ?」

「でっかいボードがあると思ったんだが、そうじゃないみたいだな」

 

 背中で震える朝日をあやしながらエントランス内を探し回る。もしかしたらここに鍵があるかもしれないから、念入りに。

 

「……氷室と春乃はなんで怖くないの? 頭おかしいんじゃない?」

「怖くないわけちゃうけど、怖がってるだけやったら守るもんも守られへんやろ?」

「ちょっと待って。俺もカッコいい怖くない理由を考える」

「理由もなく怖くないんだね……。それもすごいけど」

 

 岸め、先に答えてるんじゃねぇよ。どこまで俺を情けなくすれば気が済むんだ? もしかして俺の立場をゴミクズにするのが目的なのか? 残念だったな。俺に立場なんてものは存在しない。

 

「お」

「ん? なんか見つけたん?」

「地図っぽいの。てか地図だなこれ」

「わ、恭弥お手柄!」

「氷室。私が見つけたってことにしなさい」

「視界塞がっててどうやって見つけるんだよ」

 

 受付の方で地図を見つけた、と言うと、日葵がてててーと可愛らしく駆け寄ってきた。岸を引っ張って駆け寄ってくるその可愛らしい姿に死にかけつつ、朝日を支えていて両手が使えないためなんとか片手で地図を開く。

 

「ご丁寧にゲートの場所まで書いてくれてるな」

「いち、にー、さん……うわ、8階もあるやん。全部探すの大変やでこれ」

「えー、運よくすぐ見つからないかな……」

「大丈夫よ日葵。私が守ってあげるから」

「背負われてるお前が何言っても説得力なんてねぇんだよ」

 

 どういうつもりなんだこいつ。俺に背負われて守ってあげるって、現時点で一番守られてるのお前だからな?

 でも「いざという時は囮にして」ということかもしれない。元々そうするつもりだったが、朝日が自分からそういうなら絶対にそうしてあげよう。俺は優しいやつである。

 

「まずは千里が、その、うーん。はちゃめちゃになったとこ行く?」

「少なくとも無事ではないだろうな。ちなみに千里のとこ行くのは反対だ」

「え、織部くん助けに行かないの?」

「確実にその周囲に化け物がいるからでしょ?」

「朝日の言う通り、千里は化け物に襲われた。ってことはその周囲に化け物がいる可能性が高い。だから、千里がいたとこってよりも千里が行きそうなとこに行った方がいい」

「そんなん言うても千里は地図ないんやで? 行きたいとこ行かれへんやん」

「何言ってんだ? 千里が地図を持ってたら行きそうな場所、地図を持ってなかったら行きそうな場所くらいわかるだろ」

 

 なんせ俺たちは親友だからな。そう言って迷わず歩き出すと、後ろで日葵と岸が「ほんまに付き合ってないんやんな?」「うん、その、はず……」と会話を交わしている。え? 親友ならそれくらいわかるものなんじゃないの?

 

「朝日も日葵が同じ状況になってたら行きそうな場所わかるよな?」

「当たり前じゃない。まったく、親友の力を舐めすぎなのよ」

 

 だよな。よかった。朝日が同意したってことはおかしいってことだ。自分がおかしいってことに気づけてよかった。

 

 千里が行きそうな場所。千里の状況と性格を考える。千里はとんでもない化け物に襲われ、逃げ回っているはずだ。ただ、千里がたたいたずらに逃げ回るとは思えない。これからも逃げ回ることを考えれば、全力でずっと逃げることはせず、ある程度距離を離せばどこかに隠れるはずだ。それも、出口が一か所じゃないところに。

 

 なんていうやつは千里検定一級に落ちます。確かに千里の行動パターンを考えればその可能性もなくはないが、俺くらい千里を理解していると別の回答を導き出せる。

 

「で、結局どこなん? 千里がおりそうな場所って」

「決まってるだろ」

 

 千里は気が動転したらポンコツになる俺と朝日と違って、ある程度は冷静でいられる。そしてあいつは性格が悪い。これは善悪で見てってわけじゃなく、捻くれている。『まさかそんなところに』ってところに行く。なぜなら、これはリアルすぎるゲームみたいなもので、結局相手をしているのは人間だ。つまり、虚をつける相手なんだ。

 

「一切の逃げ道がない場所。それでいて入りにくい場所。すなわち!」

 

 女子トイレ! あいつの性格、性欲を考えればそこしかない。

 

 意気揚々と言い放った俺に、女の子三人からの冷たい視線が向けられた。お前のせいだぞ千里。



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第43話 ヒーロー参上!

「おかしない?」

「何が?」

 

 俺の予想をもとに千里のところへ向かっていると、周りを見渡していた岸がそっと呟いた。何がおかしいんだろうか。朝日の頭が?

 

「いや、もう10人近く参加者減ってるのに、私ら一回も化け物に会ってへんやん?」

「運がいいってことじゃないの?」

「ん-。もしかしたら、誰かがめっちゃ引き付けてるとかあるんちゃうかなーって」

「好都合じゃない。その間にさっさと鍵取って脱出しましょう」

「おい朝日。もしかして千里を置いていくわけじゃないよな?」

「もし、そうだって言ったら?」

 

 俺は朝日をそっと下ろして歩き始めた。岸も俺に続いて歩き始め、日葵は置いて行かれる朝日を気にしてちょこちょこ後ろを振り向いている。

 

「ごめんなさい! 謝るから置いて行かないで! 怖いの! ほんとに歩けないの!」

「自らのクソを反省したか?」

「した! だから連れてって! 連れてってくれたらおっぱいでもなんでも触らせてあげるから!」

「いいかお前ら。俺はおっぱいにつられたわけじゃない。朝日に反省の色が見えたから連れて行くんだ」

「ふぅん」

「へぇ」

 

 日葵と岸が冷たい視線を俺に浴びせかける。化け物より怖い。俺の背中で「あー、安心する……」と言いながらぎゅっと俺にしがみついている朝日が一番怖くないってどういう状況だこれ。あと朝日、お前無防備すぎるぞ。いくら朝日に対して何も反応しない俺だからといって、そんな体押し付けられたら反応するものも反応するぞ。男は狼だぞ。

 いやしかし、ここで変なことを考えてしまっては朝日の信頼を裏切ることになる。だから背中にあたる柔らかい感触を楽しんで目いっぱい変なことを考えよう。

 

 朝日の信頼? それって男の性欲よりも大事なことなんですか?

 

「千里のおったとこって、確か診察室がめっちゃあったとこやんな?」

「おう。その近くに女子トイレがあるから、多分そこに千里がいる」

「や、そうやなくて。なんか診察室って化け物おるイメージあるなぁって」

「うっ、やめてよ春乃。怖いこと考えないようにしてたのに」

「私が守ったるから安心し」

 

 いちゃいちゃしている日葵と岸に、俺は血涙を流した。俺の肩から顔を出して「氷室は私を守ってくれるのよね? 素敵よ」と言っているドチクショウを無視して、誰にもバレないようにしゃくりあげる。早く帰ってきてくれ千里。お前がいないと俺はものすごく悲しい。

 

『──っ!!』

 

 そんな俺の願いが通じたのか、遠くで千里の声が聞こえた。何を言っているのかはわからなかったが、俺が聞き間違えるはずがない。

 あの耳から脳を溶かすようなメスの声は、間違いなく千里だ。

 

「正面十字路通路の右側辺りから千里の声が聞こえた!」

「うわ、キショキショセンサー発動してるじゃない。キモ」

「尻撫でるぞクソアマ」

「いいわよ?」

「え?」

「ほら、遠慮しないで。ほらほら」

「え、あ、う……」

「実は純情な氷室くんたぶらかすのは後、いや後でもやったらあかんけど、今は千里や!」

「光莉。あとで話があるから」

「ひぇ」

 

 俺をいじめて楽しんでいた朝日が日葵と岸から怒られ、顔を真っ白にして俺の背中に顔を引っ込める。俺を盾にしてんじゃねぇよこのゴミ。俺の純情を弄びやがって。お前いつか本気で触るからな? 覚悟しとけよ。俺も返り討ちにあう覚悟しとくから。

 

 どこに化け物がいるかわからないので、慎重に進んでいく。もしかしたら角から突然出てくるかもしれない。そうなったらおしまいだ。朝日を背負っている俺と日葵と手をつないでる岸の機動力なんて知れたもの。きっとどちらかが……いや、日葵を助ける精神マックスの俺と朝日がやられてしまうだろう。朝日も今は怖がっているが、日葵が危なくなったら絶対に助ける。こいつの日葵に対しての想いだけは信頼できる。

 

『──や、恭弥ぁ!!』

「ち、千里が襲われてる!?」

「なんやて!? 確かに、アレは必死に彼氏の名前を叫ぶメスの鳴き声!」

「ちょっと! 早く動きなさい氷室! 織部くんのいやらしいシーンを見逃しちゃうでしょ!」

「もっと危機感持ってよみんな! ……あれ、待って」

「どしたん日葵?」

「なんか、すごい足音聞こえない?」

 

 日葵の言葉に、全員一斉に静かになって耳を澄ます。すると、聞こえてきた。今俺たちが向かおうとしていた、千里の声が聞こえてきた方向から、無数の足音が。

 

 直後。俺たちの前を千里が横切った。一瞬見えたその表情は必死で、確実に何かから逃げている。あの千里を見て足音の正体が何かわからないほど俺たちはバカじゃない。

 

 千里が俺たちに気づかず駆け抜けていった後、千里を追うようにして十数の化け物が俺たちの前を横切った。四肢を地面にはりつけて高速で動かす化け物、腕が不自然に膨張している化け物、内臓が見えるんじゃないかと思うほど深い傷を負っている、真っ黒な体色の化け物。バラエティーに富んだ化け物が千里を追って、俺たちの前から消えていった。

 

「……千里には犠牲になってもらおう」

「あれ、どうすりゃええんやろなぁ……」

 

 俺が決断し、岸が対処法に迷っている中、日葵と朝日は気絶しそうなほど震えていた。

 

 

 

 

 

 僕が、何をしたっていうんだ。

 

 シャッターが下りて腕がぼこぼこした化け物に襲われて、必死にその巨体を潜り抜けて女子トイレに逃げ隠れたら、まさかの個室すべてから化け物が登場。化け物を寄せるまいと必死に悲鳴を押し殺して逃げ出すと、逃げた先にも化け物。なんだこれ。ドタバタコメディ主人公かよ。

 

 何かさっき恭弥たちがいたような気がしたけど、もう戻れない。なぜなら僕の後ろにはもう何体かわからないくらいの化け物がいる。百鬼夜行だ。僕は化け物の長になれるかもしれない。ははは。化け物の力で日本を統一でもしようかな?

 

「面白くねぇよチクショウ! 助けて恭弥! 夏野さん! 朝日さん! 岸さん! もうメスでもなんでもいいから、僕がヒロインでいいから僕をヒーローみたいに助けて!!」

「ヒーロー参上!」

 

 え、と間抜けに呟く僕の横を誰かが走り抜け、その誰かが手に持っていたお札を通路の床に貼りつけた。

 すると、僕を追ってきていた化け物たちが一斉に足を止める。なんでだ。あのお札を嫌がってる?

 

「お札の効力は3分間! その間ここを化け物が通ることはできねぇらしい! 織部が化け物引き付けてくれてたおかげで、いーいアイテム見つけたぜ!」

 

 その誰かは振り向いて、人懐っこい笑みを浮かべた。

 

「さ、今からこの井原蓮のことをヒーローと呼んでくれ!」

「井原くん!!」

「ヒーローって呼んでくれないの!?」

 

 追われている僕のもとへ颯爽と駆けつけたのは恭弥でもなく夏野さんでもなく朝日さんでもなく岸さんでもなく。バカだけど底抜けに優しいみんなからの人気者、井原くんだった。

 

 井原くんはちら、と化け物を確認すると、僕の手を取って走り出す。正面には階段が見えるから、恐らく二階に上がるんだろう。

 

「え、井原くん?」

「わり。ほんとなら氷室のところに連れて行ってやりたいけど、どこにいるかわかんねぇ氷室を探すのはちっと非効率! だから」

 

 僕の手を引きながら井原くんは振り向いて、にかっと笑った。

 

「氷室を探す前にさっきみたいなアイテム見つけて、氷室の危ないところに駆けつけるヒーローになろうぜ!」

「……はい!」

 

 僕が本当のメスなら井原くんに惚れていたところだった。めちゃくちゃ危なかった。

 

 

 

 

 

「もし逃げ切ってるなら、千里は間違いなく二階に上がる」

 

 千里が走っていた方向には行かず、俺たちは迂回して二階への階段を目指していた。階段は二か所あり、東側と西側。千里が走っていった方向は西側で、今俺たちが向かっているのは東側。幸いと言うべきか、化け物のほとんどは千里を追っているだろうから、今東側は手薄のはず。

 

「なんで二階に?」

「化け物の体力がどうかは知らねぇけど、千里の体力は結構お化けだ。体の効率的な動かし方を知ってる。だから、差をつけるなら階段を使うのが一番なんだ」

 

 千里の体力がお化けということは俺の体力もお化けということになるが、それは置いておいて。

 千里は元々足が速い。それこそあんなむちゃくちゃな体した化け物なんてすぐに撒けるくらい足が速い。それでも撒けていないってことは、化け物が全力疾走しているからだろう。全力疾走していない千里と全力疾走の化け物。差をつけるなら、その体力をすぐに消耗させるのが一番だ。

 

「で、千里の反対側の階段から行く理由は安全だから。正直もう千里と会える気はしてない」

「はっきり言うなぁ」

「めっちゃくちゃ広いんだよこの病院。お互いの位置がわかってるならまだしも、お互いの位置もわからず闇雲に探すと化け物の餌食だ」

「大声出すのは?」

「それこそ化け物の餌食だろ。絶対逃げ切れる策があるなら別だけど」

「ところで二人がまだ現世に帰ってきてないんやけど」

「よっぽど怖かったんだろ。そっとしとこう」

 

 俺の背中に朝日、岸の背中に日葵。千里を追っていた化け物を見た後日葵の腰が抜け、日葵も岸におんぶされている。朝日は言わずもがなで、二人とも恐怖によって言葉を失い、ただ背負われるだけの人形と化してしまった。

 

「でも、ろくに一階探索せんと二階に上がるってことは、千里と合流すんのを諦めてないってことやろ?」

「……ンアー、うん、まぁ。親友だし」

「かわええなぁ」

「いや、だってさ。いくらクズって言われても、あんな目に遭ってる親友ほっとくほどクズじゃねぇよ。絶対諦めた方がいいってわかってても、そんなお利口さんな回答で見捨てるなんて親友じゃねぇ」

「うわ、カッコええ。もしかして化け物?」

「化け物とのすり替わりを心配するほど変なこと言ったか?」

 

 失礼なやつめ。俺は取り返しのつく状況ならいくらでも見捨てるが、取り返しのつかない状況なら絶対に見捨てない。俺のこれからの人生に千里がいないなんて考えられないからな。ちなみにこれは親友としてであって、特別な感情があるわけじゃない。

 

「ほんじゃ、二階で千里見つけよか!」

「俺なんだかんだ言って最上階まで見つかんない気してるんだよ」

「私も」

 

 ははは、とやけくそになって笑いながら、俺と岸は二階への階段を上っていった。



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第44話 小休止

「地図じゃ二階は外来部門と人工透析って書いてたけど……」

「なるほどなぁ。こら厳しいわ」

 

 フロア的には、診察の順番を待つためにクッションが敷かれた長椅子が並べられ、診察受付、そして複数の診察室があるといったなんの変哲もない作り。エントランス同様クッションが破けて綿がはみ出ていたり真っ二つに折れていたりするが、構造的におかしなところはどこにもない。

 ただおかしなところがあるとすれば、その長椅子に人の形をした何かが俯きながら座っているというところだろうか。

 

 数は5。男性が3人に女性が2人。その全員の血色は悪く、肌の色は黒に近い灰色。明らかに参加者じゃない。千里を追っていたやつらよりはマシだろうが、どう見ても化け物。

 

「俯いてるってことは、視界では判断しないってことか?」

「大きい音は出さん方がええかもな」

「ったく、朝日が心ここにあらずでよかったぜ。起きてたら絶対叫んでた」

「えっ!? なによあの化け物!! 絶対バレたら追いかけられるじゃない!! 退散よ、退散!!」

「ほらな?」

「最悪のタイミングで起きたな。うちの日葵は起きてもびくびく震えるだけの可愛い子やっていうのに」

 

 ほんとに交換してくれ。マジで。しおらしくなって可愛くなったと思ったらこれだよ。乳がでかい化け物寄せマシーンになっちゃったよ。

 

 朝日が大声を出したことで、案の定化け物たちが俺たちの方を一斉に見る。首だけを素早くぐるんと動かす不気味な動きで睨まれた瞬間、朝日が大声を出しそうになるのを必死に手で口を抑えて阻止する。うわ、唇やわらかっ。

 

「もむもむ」

「あ、だめ。俺の手を唇でもむもむしないで……」

「キモいで。ほんでどうする? まだ動いてきてないけど、一歩踏み出した瞬間襲われる気するんやけど」

「しばらく待とう。また俯いたら、今度はゆっくり静かに動いて、診察室に入るんだ」

「診察室に化け物がおったら?」

「即逃げる」

 

 結局それしかない。『この中に化け物がいるかもしれない』『この先に化け物がいるかもしれない』なんて考えていたら、どこにも行けない。だったら『いたらすぐ逃げる』っていう心構えをしてどんどん進んでいった方が全然いい。

 

「朝日。怖いなら目ぇ閉じて背中に顔くっつけとけ」

「うん。ありがと」

「おい、どうなってんだ? 朝日が可愛いぞ」

「光莉。もうそろそろ自分の足で歩いたほうがいいと思うよ?」

「氷室の背中、楽だし居心地いいからいや」

「私の背中のが居心地ええで?」

「そしたら氷室が日葵を背負うことになるじゃない。こんな獣に日葵を背負わせるなんて考えられないわ」

「そんな獣に背負われてるのが自分だってわかってんのか?」

「化け物に襲われるくらいなら、氷室に犯された方がマシだもの」

 

 お前そういうこと言うなよ。ほんとそういうこと言うなよ。おっぱい触らせてあげるとかいくらでも見ていいとかさぁ。男を誘惑するようなこと言うんじゃねぇよ。お前見た目めちゃくちゃいいんだから、男は誰だって反応しちまうだろうが。犯すぞコラ。

 

「氷室くん……」

「恭弥……」

「待って。今の俺悪く無くね? 朝日が勝手に言っただけじゃん。それに俺が朝日を襲おうとしても返り討ちにされるだけだし」

「あら、あらあらあら。襲おうとする気持ちはあるってわけ?」

「調子乗ってんじゃねぇぞゴミ。あそこでバカみてぇに項垂れてる患者の一員にしてやろうか?」

「絞め殺すわよ」

「ふっ、俺は気づいたんだ。俺を殺すってことはつまり、お前を運んでくれるやつがいなくなるってこと! つまり俺はお前に対して強気に出ることができる! はーっはっはっはっは!!」

 

 ダン! と統率のとれた足音が5つ聞こえた。歩く音というよりは、力強く立ち上がる音。立ち上がる音。それが5つ。そしてこれが聞こえる前に、俺は大きな声で笑っていた。

 項垂れていた化け物の方を見る。全員が立ち上がって、暗闇で光る目を俺たちに向けていた。「ひっ」と小さく悲鳴を漏らした朝日が俺の背中に顔をひっつけて、日葵は可愛らしくぎゅっと目を閉じて岸の背中に顔をひっつける。

 

 もはや日葵と朝日の保護者と化した俺と岸は顔を見合わせ、「あはは」と笑いあった。

 

「……氷室くんのあほ!」

「ごめんなさい!」

 

 5体の化け物が走り出すと同時に、俺たちも走り出す。

 

 向かう先は三階。千里は上へ上へと上がっていくはずだから、下に戻っても仕方ない。二階はもう無理だ。千里がいるなら全部千里に任せよう。頼むぞ千里。死んでくれるなよ。

 

「岸すごっ! 人一人背負っててそのスピードかよ!」

「氷室くんに言われたないわ! それよりどうすんねんこれから!」

「三階近くの部屋に逃げ込む! 見たところ部屋には鍵がついてるから、中から鍵閉めりゃ逃げきれんだろ!」

 

 猛スピードで階段を駆け上がり、踊り場を出てすぐの部屋を開けて中に入る。全員が入ったのを確認してから扉を閉めて、きちんと鍵を閉めた。しばらくしてから扉がバンバン! と勢いよく叩かれ、日葵と朝日がぶるぶる震えている。かわいい。

 

 開かないとわかると、化け物どもは扉を叩くのをやめて去っていった。足音的にまた二階へ戻っていったんだろう。っていうか二階専用の化け物とかじゃないんだな。普通に三階まで追ってきやがった。……ってことは千里はあの化け物の軍勢をずっと引き連れてきてるってこと? 死んだな。

 

「ふぅ。作戦通りだ。俺が天才すぎて痺れる」

「……氷室くん氷室くん」

「どうした?」

 

 扉の方を向きながらうんうん頷いている俺の肩を叩く岸。振り向くと、岸が部屋の中を指しているのでその先を見た。

 

「三階って何があったっけ?」

「……救命救急センターと、手術室」

 

 ここは、手術室なんだろう。手術台らしきものがあり、その手術台は何かはわからないが赤い何かがぶちまけられている。なんだろうなあれ。あはは。

 

 その他には知識のない俺には何かわからない物々しい機械に、手術で使うであろう器具類。そして、壁にかけられた巨大なモニター。

 

「……残り患者?」

「21名。おまけに階層ごとの人数も書いてるな」

 

 巨大なモニターには、一番上に『残り患者21名』と黒いバックに明るい緑の文字で表示されており、同じ配色で簡易地図とともに、階層ごとの人数も記載されている。

 俺たちがいる三階は4名。つまり俺たちだけ。二階は2名。四階に7名、五階、六階に3名、七階に2名。……1名がないってことは、千里は他の誰かと行動してるってことか? いやらしいことされてないよな?

 

「詳しい位置わからへんのはあれやけど、休憩エリアっぽいなここ」

「鍵もついてるし、化け物からのヘイト分散させようと思ったら人が多いところ行った方がいいしな」

「ナチュラルに他の人を囮にしようとしてるわね。この人でなし」

「お前は守ってやるって言ってんだよ」

「え、ドキーン」

「光莉、余裕そうだね。恭弥の背中から降りようか」

「助けて恭弥くん。日葵がいじめるの……」

「うわ、名前呼びの違和感すごくてキショ」

 

 首に爪を立てられた。危ないぞおい。ここで大怪我させて俺を手術台に乗せる気か? あとくっついてくるのはやめてくれ。柔らかくて誘惑に負けてしまう。もう暴力だろこれ。

 しかし、朝日が恭弥くん、か。うん。日葵がいなきゃ好きになるところだった。こいつ見た目いいし性格はクズ。やっぱ好きになることなんてねぇわ。ただでけぇ肉ついてるだけのクズじゃねぇか。

 

 よし。ただのでけぇ肉なら押し当てられてても問題ないよな?

 

「確かこの上はナースステーションと病室だけやんな? 三階バーッて見ていく?」

「そうだな。なんか探索必要そうなところ……あれ、確か三階って院長室みたいなのなかったっけ?」

 

 救命救急センターと手術室と同じ階に院長室って趣味悪いし、絶対何かあるじゃんって思ったことを覚えている。片手だけで地図を開くと、確かに三階には院長室が存在した。

 

「見るならここだろうな。俺たちをあのモニターで『患者』って表現してる以上、何かあっても不思議じゃねぇ」

「うん。私もそう思う、けど……二人とも、疲れてへん?」

「背負ってもらってるのに疲れてるなんて言えないよ。二人は?」

「私は疲れたわ!!」

「私は大丈夫!」

「俺も大丈夫。朝日は疲れてるらしいからここに置いていく」

「うそうそ! ねぇ氷室、あんたってカッコいいわね。どう? キスしない?」

「は? ウンコ飲めっつったらテメェ飲めんのかよ」

「私とウンコを同列にしたあんたを私は許しはしない」

 

 朝日が俺の背中から離れて、一瞬で俺を抱え上げて手術台に放り投げる。そのまま俺にまたがって両手で拳を握り、にっこり微笑んだ。

 

「これより殺しを始めます」

「うそ」

 

 俺の顔面目掛けて拳が振り下ろされる。それを超人的な反射神経によって避け、手術台が軋む音に冷や汗を流しながら朝日に待ったをかける。

 

「おい朝日! 俺がいなくなったらお前は終わりだぞ!」

「あんたは殺してもしなないようなやつだから大丈夫よ。死になさい」

「待って!」

 

 俺の顔面目掛けて拳が振り下ろされ続ける。なんとか避けられる速度だからよけ続けることができるが、なんでこいつ俺の顔面だけ執拗に狙ってくるんだ。俺のビューティフェイスに嫉妬したか? ふっ。カッコいいってのは罪だぜ。あともうそろそろほんとやめてほしい。さっきまでにっこり笑ってたのに今無表情だし。本気で殺す気じゃん。

 

「はーい。もうやめよな光莉。特殊なセックスしてるようにしか見えへんから」

「特殊なセックスは日葵としかしないわ」

「絶対しないよ」

「え!? しないの!!!?????」

 

 床に手をついて落ち込む朝日。お前男の子が好きって言ってたろ。なんで日葵とセックスしたがってんだよ。しかも特殊なやつ。マジで油断ならねぇ。

 

 少し乱れた呼吸を整えながら落ち込む朝日を見下ろしていると、ふわりと俺のいる手術台の隣に日葵が立った。もしや俺はもう死んでいて天使が迎えに来てくれたのかと思ってしまうくらいの天使ぶりに目を奪われていると、その天使は俺の耳にそっと囁く。

 

「光莉が疲れたって言って恭弥の背中から離れたのはね、そうしないと恭弥が休まないからだと思うよ」

「……マジ?」

「ふふ。自分勝手に見えて、ほんとはみんなのこと気にしてるんだよ?」

 

 言って、日葵は柔らかく女神の笑みを俺に向けた。俺は溶けた。



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第45話 死

「院長室っつーから、何かとんでもないもんでもいると思ってたけど」

「三階きてからなんも出てけえへんなぁ」

 

 手術室を出て、院長室。こういうところの『長』ってつく部屋って何か出てくるのがお決まりだと思っていたが、俺の予想を裏切って何も出てこない。どころか、不気味なくらい今までと雰囲気が違い、まるで院長室だけ普通の病院のような、まったく廃れていない綺麗なままの部屋だった。床に血もまき散らされておらず、明かりもちゃんとついている。

 

「ん、机の上になんかあるな」

「氷室、見なさい」

「はいはい。怖いなら目ぇ閉じとけよ」

「べ、別に怖くなんかないんだからねっ!」

「古のツンデレやん」

 

 似合うっちゃ似合うけど、狙いすぎ感強いからやめた方がいい。朝日は自然体が一番いいんだ。やっぱりよくない。こいつクズだし頭おかしいし。

 

 机の上にあった日記帳のようなものを手に取り、中を見てみる。そこにはプリントしたかのような綺麗な字で、日付とともに様々な文章が書かれていた。見た目通り日記のようである。

 

「なになに? 『私は、何のために医者をしていたのだろうか。最愛の娘を亡くし、妻を亡くし。一番守りたい者を守れず、何が医者か。この悲しみを他の人に味わってほしくない。私は、ある研究を開始した』」

「あ、うん。そういうこと……」

「これで察せないやつはバカね。もういいわよ氷室。怖い言葉が出る前に読むのをやめなさい」

「『私の研究には、人体実験が不可欠。しかし、私一人の手では人を集めることはできない。そこで、テーマパークを経営している友人に、よくあるホラーハウスのようなものを装って、人体実験の素材を頂けないかと提案した。人道を外れていることはわかっているが、友人も多くの人を笑顔にしたいという願いを持っている。そして、そのためであれば多少の犠牲も厭わないと言ってくれた』」

「春乃……」

「よしよし。怖くないで」

 

 岸の手を握ってぷるぷる震える日葵を、岸はそっと抱きしめる。俺の背中でぶるぶる震えて「うぇえええ……」って泣いてるクソも引き取ってくれ。もうデケェ赤ちゃんじゃねぇかこいつ。ミルク出そうな乳してるくせに本人が赤ちゃんってどういうことだコラ。今のは最低なセクハラ。

 

「『一度に40名。何も知らずにここへ連れてこられた彼ら彼女らには、それぞれ最後の憩いとして病室を用意した。もっとも、そこにたどり着けるかどうかは別の話だが……』」

「それ、私らの病室が用意されてるってこと?」

「そこに何かあるかもな。動けるか? 二人とも」

「無理」

「私は、大丈夫」

「おい。日葵が大丈夫って言ってんだからお前も大丈夫だろ」

「いーやーだー! 怖いもんは怖いもん! 私は行かないわよ!」

「まぁ俺が背負ってるから強制連行なんですけどね」

「うえーん! 日葵助けてー!」

「恭弥。光莉が落ち着くまで待ってあげてもいいんじゃない?」

 

 日葵は私が守るとか普段から言ってるくせに、自分が追い詰められたらこれだ。情けない。俺も日葵は絶対守ると誓ってるが、自分が追い詰められても日葵に助けを求めることはない。絶対に千里に助けを求める。あいつなら俺のために死んでもいいだろうからな。

 まぁ、仕方ない。日葵がそういうなら少し休んでから行こう。正直なところ、脱出の糸口が見つかったからすぐに病室へ向かいたいが、急いでも仕方ない。それにこんな精神的にぐちゃぐちゃな朝日を連れて行ったら、化け物を見るたびに叫んでしまって俺たちはすぐに見つかってしまう。

 あれ、そうなったら朝日を捨てたらよくね?

 

「しゃーねー。三階は何も出てこないし、ちょっとここで休んでから」

 

『院長先生が三階手術室に現れました』

 

 時が止まったかのように、俺たち全員の動きが止まる。三階、手術室、院長先生。俺たちがいるのは三階で、俺たちがさっきまでいたのが手術室で、今いるのが院長室で。

 

「……『この日記を読んだ君は、すぐに病室へ向かうといい。そうしなければ日記を読まれて恥ずかしくなった私が、君を迎えに行くだろうから』」

「なんでそれ今読むのよ! 早く逃げるわよ!」

 

 朝日に馬を扱うように叩かれて、院長室を飛び出る。そのまま手術室とは逆方向にある階段へ向かおうとしたが、好奇心が勝ってちらっと手術室の方を見てみた。

 

 手術室前、廊下。生き残っている明かりの下に、それはいた。

 

 真っ白な肌、これは外国の人のような白ではなく、ペンキをそのまま肌に塗りつけたかのような真っ白。目は黒で塗りつぶされており、赤黒く染まった白衣の下には、つぎはぎの体が見える。

 そして、その右手には誰かの腕が握られていた。

 

「岸、日葵。先に行け。俺は後ろを走る」

「え、どないしたん?」

「絶対後ろ見るな」

「ちょっと氷室。どうしたの?」

「朝日。もしもの時は俺と一緒に死んでくれ」

「あんた真剣な顔と声でそういうこというとちょっとドキッとしちゃうからやめなさい」

「光莉?」

「ひぃ」

 

 日葵と岸に前を走らせて、その後ろを朝日を背負った俺が走る。後ろから足音は聞こえないが、あんなとんでもなく不気味なやつ、足音が聞こえてなくたって距離を詰めてきそうだ。

 

『君たちは、Dゲートからきた子たちだよね? それなら、六階に行くといい。そこに君たちの病室がある』

 

 放送に乗って、不気味な男の声が聞こえてきた。完全に俺たちに向けての言葉。なんだこれ。迎えに行くって言ったり、俺たちの病室を教えたり、何がしたいんだ? もしかして病室に行ったら詰み、みたいなことにならねぇよな?

 

「ろ、ろろろろろろろろ六階よ! 六階に行きなさい!」

「クッソ、罠じゃねぇよなこれ!」

「わからへん! でも行くしかないやろ!」

「いつ襲ってくるかわからないもんね。急ごう!」

 

 全員で頷いて、一人は号泣して、階段を一つ上ったその時。

 

 後ろから、べちゃべちゃと高速で何かが動く音が聞こえた。そんな音がすれば振り向いてしまうのは当然のことで。

 

 振り向いた俺たちが見たのは、さっきの院長先生らしき化け物が、首を90度傾けて、凶悪に笑いながら俺たちに向かって走ってきている姿だった。

 

 腰が抜けた日葵を岸が即座に支えて背負い、俺はすぐに前を向いて白目になった朝日を背負いながら階段を駆け上がる。

 幽霊とかお化けとか怖くないって言ったけど怖ぇよあれ。なんだよあの足音。血の海を走ってるみたいな音。首も90度傾ける必要ないだろ。絶対走りにくいじゃんあれ。なぁ、なぁ!

 

「岸! 六階までノンストップで駆け上がる! いけるか!?」

「日葵背負ってて無理なんて言われへんやろ!」

「確かに!!!」

 

 普段の俺では考えられないほどの速さで階段を駆け上がる。人間の本気が窮地にこそ発揮されるっていうのは本当だったらしい。後ろからべちゃべちゃ聞こえるから、余計足に力が入る。

 

「六階! 岸は右で、俺は左を見る!」

「私らの名前がある病室見つけたら報告やな、了解!」

 

 六階に上がると、ほぼ一本道の廊下に出た。誰もいない、一本道の廊下。ここにいたはずの参加者はどうなったんだろうか。もしかしたらその参加者はすでにやられていて、その参加者を殺した化け物がどこかにいるかもしれない。

 

 走る、とにかく走る。べちゃべちゃという足音が近づいてきているのは気のせいだろうか。きっと気のせいじゃない。確実に、あの化け物は距離を詰めてきている。早めに病室を見つけないと、誰かがやられる。

 そうして焦る俺の目に、ある病室の表札が飛び込んできた。そこには、俺たちの名前が刻まれている。

 

「岸、見つけた! こっちだ!」

「ナイス! 飛び込め!」

 

 急いでドアを開けて中に入り、岸と日葵が入ったのを確認して、目の前まで院長が迫ってきていたことに絶句しながらドアを閉める。怖すぎる。朝日より怖い。朝日はめちゃくちゃ可愛い気がしてきた。そりゃそうだろ。あんな化け物と比べたら朝日なんてめちゃくちゃ可愛いに決まってる。

 

「つ、疲れた。精神的な疲労がすごい」

「……なぁ、これドアの前で待たれとったら詰みちゃう?」

「言うな」

 

 日葵と朝日の口から魂が抜けていっている。この場にいる全員が気づいてるんだ。この病室に何かなきゃ俺たちは終わりだって。

 

 病室は、シンプルな作りだった。6つの真っ白なベッドがそれぞれ2つずつ向かい合うように並べられており、ベッドごとに仕切るためのカーテンがある。ただ、そのうちの1つのベッドはぐちゃぐちゃになっており、あくまで『俺たち』の部屋だってことだろう。

 

「とりあえず、何かないか探そう。あのドア突き破ってきても不思議じゃねぇ」

「そやな。っていうても、間違いなくあれやろうけど……」

 

 岸の言葉に小さく頷く。

 

 病室の中央。そこに、小さなテーブルがあった。その上には『D』というタグがつけられた鍵が一つ置かれていた。

 Dゲートの鍵。俺たちがずっと欲しがっていたそれが、目の前にあった。

 

「他に何かねぇのか……?」

「あかん。鍵以外はなーんにもあらへん。あと日葵と光莉がノックダウン」

「言ってやるな。俺でも怖かったんだ」

 

 岸はよく耐えてると思う。よく見たら顔色が悪いし、絶対に怖くないわけじゃない。ただ、その背中に日葵がいるから怖がってられないんだ。強くてイケメンすぎるだろ。花丸あげちゃう。

 

 なんてふざけてる場合じゃない。ドアの前に院長がいて、対抗手段はゼロ。……ん? いや、そうでもない。

 

「どうする? 氷室くん。自分が囮になるって言うたらぶっ殺すで」

「ちょっと言いかけてたじゃねぇか。いや、んなこと言わねぇよ。しばらく休んでおこう。大丈夫だ。俺たちは絶対助かる」

「現実逃避ちゃうよな?」

「違う」

 

 ドアを隔てたこの状況。思えば、文芸部部室に突入して、朝日に勘違いされたあの時もそうだった。

 あの時も、俺はドアの向こうにいる千里を信じていた。

 

『──恭弥、お待たせ! 出てきていいよ!』

 

 ドアの向こうから聞こえてきた親友の声に笑って、鍵を手に取りドアを開ける。

 

 そこには、額にお札を貼り付けられて動きを止めている院長、膝に手をついて過呼吸気味になっている井原。

 そして、走ったからなのか、頬を紅潮させて笑う千里がいた。

 

「化け物に貼ったら3分間動きを止めるお札、通路に貼ったら3分間化け物がそこを通れなくなるお札。これを見つけた僕を褒めてくれてもいいんだよ?」

「愛してるぜ、千里」

「いや、まじ、織部はや、すぎ」

「あれ、井原くんやん。うちのメス助けてくれたん?」

「その話はあと! その手に持ってるの鍵だよね?」

「おう。あとはこいつで外に出るだけだ」

「流石親友」

「お前もな」

 

 笑いあってから、走り出した千里の後ろについていく。井原が「え、もう行くの!?」と言っているのは無視。

 ふっ、やっぱり俺の親友は最高だぜ。カッコよく助けにきた場面でも相変わらずメスだったが、最高だ。どうあがいてもメスだけど。あとで薫に『千里がメスだったぞ』って送っておこう。

 

 階段を駆け下りて、すぐに一階にたどり着く。こんな状況になっても起きない朝日には苦笑するしかない。日葵も「んぃ? あれ、織部くん?」ってぽやぽやしながら起きたってのに。結婚してくれ。

 

 一階に下り、走り続ける。自然と道を覚えている俺が千里の前に出たのは、以心伝心の適材適所ってやつだろう。俺と千里は通じ合っている。

 少しして、Dゲートが見えてきた。

 

「千里! 俺このゴミ背負ってるから鍵うまく開けらんねぇ! 頼む!」

「了解!」

 

 握っていた鍵を投げ渡し、千里がDゲートの鍵を開ける。井原がバカのくせにお札を全通路に貼っているのを見て見直しながら、一刻も早く出たかった俺たちは井原を置いて外に出た。

 

 瞬間、空気が変わった。思ったよりも精神的にきていたんだろう。体が軽くなり、力が抜けていく。後ろでドサッという音が聞こえたのは、俺が朝日を落としたからだろう。バン! という音はドアが閉まったからだろう。あれ? そういえば井原はどこだろう?

 

 後ろを見る。お尻をさすっている朝日、俺と同じくドアを見ている千里、ほっと胸を撫でおろしている日葵、何かを察して笑っている岸。

 

 そこに井原の姿はなかった。

 

「……井原は死んだ」

「井原くーん!!!!???」

「惜しい人を亡くしてもうた……」

「ちょっと氷室! 私のお尻と井原、どっちが大事なの!?」

「あ、そうだ。光莉、ちょっと話があるんだけど」

 

 日葵に連れていかれた朝日も死んだ。ウケる。



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第46話 この世で一番怖いもの

「めっっっっっちゃ怖かった!」

 

 ホテル、俺たちの部屋。今日も今日とて日葵と朝日と岸がやってきており、その口から出たのはやはり今日のテーマパークでのアレ。

 ちなみに当然といえば当然だが、あれはアトラクションの一種なので井原は生きていた。正直内容が内容だっただけに本気で死んだと思っていた。同じことを思っていたのか、千里が井原を見つけた瞬間飛びついたのを覚えている。おかげで俺と千里と井原の三角関係が疑われた。クソクソクソクソ。

 

「あはは。光莉、氷室くんにめっちゃ頼ってたもんなぁ」

「ふふふ。そうだね」

「氷室。あんたのせいで私の明日が危ないわ」

「お前のせいだろ」

「まったく。女の子のせいにするなんて男の風上にも置けないね」

「は? メスが吠えてんじゃねぇぞ。今日も大浴場で数人の性癖歪めたくせに」

 

 今日も大浴場は大騒ぎで、千里を見ないようにと男どもが必死になっていた。ただ、井原だけは様子が違っていて、何か千里と距離が縮まっているような、うーん。

 

「氷室がクズじゃなかったら危うく惚れるところだったわ。頼りになるし、顔はカッコいいし、運動できるし頭いいし、悪いところないじゃない」

「朝日さん。最初に一番のウィークポイント言ってるよ」

「でも、ほんとに頼りになったよ。恭弥も春乃も、織部くんだって助けにきてくれたときカッコよかったし」

「常識人の夏野さんがカッコいいって言ったから僕はオスだ。どうだ参ったか」

「常識人やから一番お世辞言うやろ」

 

 千里は俺たちに背を向けて布団にくるまってしまった。あーあ。千里が傷ついちゃった。

 

 タイミング的には完全にヒーローだった。窮地に現れるヒーロー。完璧なタイミングで、完璧なメスを晒したのが千里。カッコいい登場しても可愛くなるしメスになるってどんなポテンシャルだよこいつ。

 

「ふん。仲良く四人で一緒にいた君たちには僕の苦労がわからないんだ」

「おい。俺は朝日を背負ってたんだぞ。苦労も苦労だろ」

「朝日さんを背負うなんて、背中におっぱいむぎゅむぎゅじゃないか!!!!!」

「応!!!!!!」

 

 二人まとめて締め上げられ、床に放り出された。美人で可愛い女の子三人を見上げられるなんて、幸せですね俺は。へへへ。

 にやついた顔をひっぱたいて元のイケメンフェイスに戻し、さりげなく日葵の隣に座ろうとしたところを朝日に妨害される。お前今日は助けてやったんだから譲れや。何? それとこれとは話が別? 俺もそう思う。

 

 座っている位置的には、俺のベッドに日葵、朝日、俺の順。千里のベッドに岸、岸の膝の上に千里。膝の上に千里?

 

「恭弥。捕まった。どうか助けてほしい」

「よかったな。おっぱいぎゅむぎゅむだぞ」

「何言ってんの。ないじゃん」

「じゃかしぃわカス。ぶっ殺すぞ」

 

 千里が締め落とされた。あいつ今日一人きりになるわ殺されるわ大変だな。俺はああはならないようにしよう。もうなってる気もするけど。

 

「いや、今日一番すごかったのは岸だと思うんだよな。怖いだろうに、守るっていう気持ちだけでずっとついてきてくれたし。カッコいいし美人だし最強じゃん。ちなみにこれは千里を『ないじゃん』っていう発言するよう導いたから、殺されないように褒めてるわけじゃない」

「言わんかったらええのに。小さいのは嫌い?」

「いえ! 好きです!」

「だから織部くんのことが好きなのね」

「ひどい勘違いしてんじゃねぇよ逆絶壁」

 

 千里はあるとかないとかじゃないだろ。あったらそれはメスじゃない、女の子だ。千里はないからメスなんだよ。わかってねぇなこいつは。まだまだ千里のことを理解していない証拠だ。千里検定三級レベル。死んだほうがいい。

 

「っていうかあんたおっぱいならなんでも好きなんでしょ?」

「バカ言うな。バカ言うな」

「図星やん」

「おっきくなくてもいいんだ……」

 

 日葵がぺたぺたと自分のお胸を触っている。気にしてたのかな? 日葵ならどんな大きさでも愛せる自信がある。いや、愛す。暑い夏に食べたいのはアイス。うふふ。

 

 しかし、意外に女の子って胸の大きさ気にするんだな。胸が大きいと色々めんどくさいから気にしないと思ってた。いやでも、好きな人がいたら気にするもんなのか? 男=巨乳好きみたいなイメージあるし、薫も気にしてたし。え、ってことは薫に好きな人がいるってこと? それは千里? 死んでくれ千里。

 

 さっき岸に締め落とされてたわ。悪は去った。

 

「それより、私は氷室くんと光莉の距離の縮まり方に違和感があるんやけど」

「ん?」

「え?」

 

 隣にいる朝日を見る。確かに、昨日よりも近い気がした。距離が縮まるって精神的なことを指すのが多いのに、物理的な距離が近いのかよ。

 

「ん-、ずっとおんぶしてもらってたからじゃない? 別に、こいつなら気にすることないし」

「まぁそうだな。いやらしい目で見るけど恋愛対象にはまったくならない」

「え? こんな美少女なのに?」

「ははは」

 

 笑っただけなのに張り倒された。ここあの病院より危険じゃねぇか。化け物よりも元気な朝日の方がよっぽど怖い。怖いし痛い。

 

 でも、おんぶしていたときに背中に当たっていたおっぱいは確かに気持ちよかったし非常に興奮したが、いやらしい目で見るだけで恋愛感情は一切わかない。俺が日葵大好き人間だということもあるとは思うが、男って言う単純な生き物の精神構造を考えると、あんだけ密着してたらちょっとは恋愛感情わくと思うんだけどなぁ。

 

「朝日さん、恭弥と似てるからそういう風に思えないんでしょ。近すぎるからってやつじゃない?」

「生きてたのかメス」

「せめて千里って呼んでほしい」

 

 復活した千里が岸の隣にぽすん、と座る。

 俺と朝日が似ている。まぁ、それは否定しない。こいつクズだし、日葵大好きだし、クズだし。性別が変わっただけの俺じゃないかって思うことがある。怖いもの苦手じゃないけどね?

 

「や、わからへんで。そういうやつに限ってさらっと付き合ってたりするんやから」

「そうなの光莉?」

「ぜ、絶対付き合わないわ! なんで私がこんなカッコよくて運動できて頭のいい男なんかと!」

「千里。俺って超優良物件?」

「見た目はね? 中に入ると穴だらけのクソ物件だよ」

 

 これが俺と千里と朝日に当てはまるんだから恐ろしい。全員見た目はいいが、中身はとんでもなくクズでカスでゴミ。人類で一番のクズトリオ。へへ。人類で一番なんて、照れるぜ。

 

「光莉、知ってる? 光莉が恭弥に二股かけられてるんじゃないかっていう噂流れてるの」

「もしかしてその二股のうちの一股に僕が入ってる?」

「そらそうやろ」

「恭弥。そうらしい」

「俺は一股もかけてねぇよ」

「ほんと失礼ね。それ噂してるやつ連れてきなさい。引っこ抜いてあげるわ」

 

 何を?

 

 俺と朝日が噂されるってのは、ない話じゃない。朝日が話す男っていえば俺か千里で、千里はメスだからそんな噂にはならない。つまり自動的に相手は俺しかいないわけで、ってなると朝日は『俺と千里が付き合ってないっていう嘘を信じ込み、俺に手を出されているかわいそうな女の子』になるってわけだ。これが俺と千里が付き合ってないっていうことがわかっても、俺と朝日の噂は消えやしない。

 

「二人とも距離近すぎるからなぁ。そら無理もないで」

「そうだよ。それに光莉、お、おっぱぃ触っていいとか、そんな冗談ばっかり言うから」

「氷室、ティッシュある?」

「日葵のおっぱい発言で鼻血垂らしてんじゃねぇよ」

 

 ほんとどうしようもないやつだな。こんなやつと俺が噂になってんのか? 信じらんねぇ。俺は朝日と一緒になって鼻血を拭きながら、不名誉な噂に憤慨した。

 

「さて、噂を絶つには氷室を殺すしかないって話だったわね」

「俺の命を絶つ話なんてしてねぇよ」

「ほ、ほら。光莉も恭弥と噂になったら困るでしょ?」

「別に困らないわよ。言いたいやつが言ってるだけでしょ? 私たちが付き合ってないんだから、堂々としておけばいいじゃない」

「俺朝日のこういうところ好き」

「恭弥と似てるから僕も好き」

「つまり千里は氷室くんのことが好きってことやん。結婚おめでとう」

「え!? 恭弥と織部くん結婚するの!?」

「しないぞ?」

 

 よかったぁ。とほっと息を吐く日葵。安心するってことはつまり、俺と千里が結婚する可能性があるって思ってるってこと? 千里はメスだけど男だぞ? 結婚するわけないだろ。俺が結婚したいのは、日葵ただ一人だけなんだから……。きゃっ、恥ずかしい!

 

「あんたたちが同性での結婚っていう前例を作れば、私と日葵も結婚しやすいからぜひしなさい」

「僕には薫ちゃんがいるから、恭弥と結婚しないよ」

「俺は今から薫の千里に対する評価を下げる作戦に入ろうと思う」

「ちなみに僕は今朝から薫ちゃんとメッセージを送りあってる」

「わ、私の薫ちゃんが」

「私の妹をたぶらかすなんて、織部くん最低!」

「薫は朝日のじゃない。でも日葵の妹」

「それじゃあんたと日葵が結婚してるみたいじゃない。殺したわ」

「氷室くんが死んどる……」

 

 一瞬で殺されてしまった。こんな武力があるなら化け物なんて怖くなかっただろ。一撃で倒せただろ。なんならあの場で一番頼りになっただろ。ある程度は味方である俺に暴力振るいやがって、許せねぇ。ここは俺が男だってことを見せつけるために、ネット上での攻撃でねちねちと追い詰めてやる。

 

「うーん、私らから見たらただの制裁やけど、なんも知らん人から見たらいちゃいちゃに見えるんかもなぁ」

「つまり普通にいちゃいちゃしたら暴力に見えるってこと?」

「それは間違いない。精神的な暴力がすぎる」

「ねぇ恭弥。キスしましょ」

「ぐわぁああああ!!」

「恭弥が血反吐吐きながら死んだ……」

「日葵。私流石に泣きそうなんだけど」

「よしよし。あとで話があるからね?」

「あ、はい」

 

 気持ち悪すぎて血反吐を吐いてしまった。女の子にこの反応は失礼だと思いつつも、死ぬほど気持ち悪かったから仕方ない。

 

 それにしても、最近日葵と朝日はよく話してるなぁ。仲良しで羨ましい。



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第47話 お土産を買おう

「ねぇ恭弥。薫ちゃんがお土産ほしいみたいなんだけど、何が欲しいか教えてくれないんだ。どういうことだと思う?」

「知らねー!!!!!!!!」

「普通に考えたら、千里が選んでくれる気持ちが欲しいとかちゃうかなぁ」

「もう薫ちゃん絶対織部くんのこと好きじゃん……もうやだ。私の妹が遠くに行っちゃう」

「私がいるわよ日葵。さぁ私の胸に飛び込んできなさい」

「朝日さんの胸に飛び込めると聞いて」

「動画保存、送信」

「ちょっと待て。誰に動画送ったの?」

 

 そりゃ薫にだろ。

 

 三日目。自由行動なためもちろん行く先々での資金は自分のお金から。よって、三日目くらいになると高校生である俺たちはどこでも遊べなくなるくらい金が尽きてしまう。そのため、修学旅行は二泊三日、つまり今日はお土産を買って、そのまま帰る日だ。

 俺のスマホにはつづちゃんから『お土産と写真期待してますね!』というメッセージ、両親から『あのメスと同じ部屋だって言ってたけど、セックスは何回した?』というメッセージ、薫から『やっぱ大きい方がいいんじゃん』というメッセージが届いていた。やったぜ。聖さんにも千里の写真めちゃくちゃ送ったから、次会った時お金貰えるし。最高である。

 

「ん-、お土産迷うわね。ねぇ、どれで殺されたい?」

「木刀の前で悩んでると思ったら冥途の土産考えてたのかよ」

「光莉絶対木刀似合うやろなぁ」

「春乃も似合うと思うよ」

「僕は僕は?」

「え、織部くんは……うん。かわいいと思うよ?」

「血涙流しながら俺を見るな」

 

 木刀持てば僕だってカッコいいよ! ほら! と 木刀を引き抜いて掲げる千里が可愛かったので、岸が木刀を取り上げて俺が千里の背中をぽんぽんと叩いて慰めてやった。こいつ、日葵にもいじられるようになったとか相当だな。許さねぇ。

 日葵にいじられるってことはつまり、いじってもいい相手、仲のいい相手だって認識されてるってことだ。許せない。これが許せるわけない。薫だけじゃなく日葵まで俺から奪おうってのか?

 

「朝日。いい木刀を選んでくれ」

「あんたにも、殺したい相手ができたのね」

「あぁ。近すぎて見えてなかったみたいだ」

「あれって朝日さんのことか僕のことか、どっちだと思う?」

「千里」

「恭弥、君には聞いてない。だから僕に突き付けている木刀を下ろすんだ」

 

 怯える千里がかわいそうだったので木刀を下ろし、元あった場所に戻す。木刀買うやつバカにしてたけど、手に取ってみると結構カッコよくてほしくなる。絶対使う場面ないけどほしくなる気持ちがわかってしまった。

 

 そんな俺以上に馴染んでいるやつが朝日。木刀を数回振って、「ここにいたのね……」と木刀を見ながら呟いている。このままツッコまずに放置しておこう。どうせ恥ずかしくなってやめるだろ。

 

「恭弥恭弥。木刀振るうたびに揺れてるんだけど」

「お前そういう発言するたびに薫に報告されるってわかってんのか?」

「薫ちゃんには僕のありのままを受け入れてもらおうと思って」

「ちなみに『千里はやっぱり大きい方がいいみたいだぞ』って送ったら、『そう』って返ってきたぞ」

「電話してくる」

 

 千里が走って俺たちから距離を取り、電話を始めた。「違うんだ。違うんだよ。ほら、魚だって餌があったらとびつくでしょ? 何? 魚は考える脳がないけど、僕には考える脳があるからタチが悪いって? やるね」とバカみたいなことを口走っている。流石俺の妹。バカには簡単に言いくるめられない。

 

「なーなー。帰ったら薫ちゃんに会いにいってもええ?」

「ん、いいぞ。岸なら悪影響まったくないだろうし」

「ちょっと、日葵が悪影響与えるみたいな言い方やめなさいよ」

「テメェが悪影響だって言ってんだよ」

「私のどこが?」

「その手に持ってるお尻の形をしたプリンはなんだ?」

「おしりプリンよ」

「商品名は聞いてねぇんだよ」

 

なんだよおしりプリンって。ケツ出したときの効果音みたいになってるじゃねぇか。ところでそれどこに置いてたの? あそこ? サンキュー。

 

「買うとるやん」

「うちの両親こういうの好きなんだよ。バカだから」

「あ、恭弥のご両親にもお土産買った方がいいかな?」

「朝日。これが結婚の挨拶だ」

「じゃあ私も氷室のご両親にお土産買うわね」

「は? 何が結婚の挨拶だよバカじゃねぇの?」

「ねぇ春乃。私ってここまで嫌がれるほど?」

「せやで」

 

 うそでしょ、と朝日がおしりプリンを持ちながら呆然と立ち尽くした。日葵が必死にそんなことないよ! とフォローを入れているが、おしりプリン持って立ち尽くすやつはそんなことあると思う。いや、むしろこういうやつほど一緒にいて気楽だからモテるのか?

 やっぱねぇわ。気楽すぎて恋愛感情がわかない。無理無理。キショキショ。

 

「ふぅ。薫ちゃんの声って可愛いね。思わず声に出して言っちゃったら、照れて黙っちゃったよ。ふふ」

「言っとくけどお前の声の方が可愛いぞ」

「あ、どこ行くの織部くん!」

「ほっといたれ日葵。男の子には人に見せたくないもんもあるんや」

 

 腕を組み、目を閉じて彼方に顔を向ける岸。こいつもしかして女の子にモテるタイプの女の子か? カッコよすぎるしイケメンすぎる。しかも可愛い。無敵。きっと岸と結婚する男はどちゃくそ幸せになるに違いない。あ、興奮してきたな。

 

「ねぇみてみて日葵。おしりプリン買っちゃった」

「おかえり光莉。ねぇ、男の子が人に見せたくないものって何?」

「え? 小さいちん」

「しーっ、やで」

 

 岸が朝日の口に人差し指を当てることで、女子高生が往来で男性器の名前を発することは阻止された。その代わり岸の「しーっ、やで」にやられた男女がちらほらいる。かくいう俺もその一人だ。かっこかわいい。日葵もにへらとして「春乃かわいい……」と呟いている。日葵も可愛いぜ。ふっ。

 

「てか、あのメスほっといたらナンパされてまうからはよ追わんと」

「私たちの中で一番弱そうだものね」

「なんか捕食してくださいオーラがすげぇんだよな」

「あはは……」

 

 日葵が否定しないのは、一度千里をナンパから助けたことがあるからだろう。日葵に助けてもらうなんて、あいつ羨ましすぎないか?

 

 涙目になりながら走り去っていってしまった千里の後を追う。あいつ、本当においしそうに歩くからマジでナンパされるんだよな。男なのに。まぁあんなにメスだったら仕方ない。むしろあいつがメス過ぎるから悪い。

 

 結構遠くまで行ってしまっていたようで、しばらく歩いたところでやっと見つけた。

 

 三人のお姉さんたちに囲まれてデレデレしている千里の姿を。

 

「あれを撮って薫に送ろうと思います」

「名案だね」

「電話で釈明した直後やから、どんな反応くるんかなぁ」

「もしかしたら『光莉ねーさん……』って言って私に慰めて貰おうとするかも。ぐへへ」

 

 よく考えると、薫が千里に好意を持っていたらあれを見せられたら傷つくかもしれないので、スマホをポケットにしまって千里を助けるためにお姉さんたちのところへ行く。やれやれ、仕方ねぇな。ここは外も中もイケメンな俺が、華麗に助けてやるか。

 

「私の時はすぐにきてくれなかったくせに……」

 

 後ろの不満そうな朝日の言葉は無視して、お姉さんたちに声をかける。

 

「ちょっとすみません。その子俺の連れなんで、勘弁してもらえませんか?」

「わ、女の子みたいに可愛い子で遊んでたらイケメンが釣れてもうた!」

「ほえー、モデルみたいにカッコいい……」

「修学旅行中なんやろ? お姉さんたちといい思い出作らへん?」

「よろしくお願いします! あ、間違えた。いや間に合ってます。失礼を承知で言いますが、お姉さんたちより素敵な女の子待たせてるんで」

 

 行くぞ、と千里の手を取って日葵たちのところへ戻ると、なぜか日葵と岸が恥ずかしそうに俺から目を逸らし、朝日が俺を不満そうに見てため息を吐いた。なんだやんのかコラ。

 

「あんた、私の時はぜんっぜんスマートじゃなかったのに、何今の」

「朝日さん。恭弥が一度欲望に脳を支配されたことを忘れちゃいけない」

「欲望まみれだったメスガキが、ほざいてんじゃねぇよ」

「恭弥、朝日さんがこわい」

「俺のイケメンがよっぽど気にいらなかったみたいだな」

 

 あと前朝日をナンパから助けた、助けた? 時との差も気に入らないんだろう。でもそりゃ差はあるに決まってるくね? だってナンパされてたのは千里だし、日葵がいるし、日葵の前でお姉さんに従順になるなんて醜態、俺には晒せない。

 

「ん? ははーん。お前もちゃんと女の子扱いされたかったんだな? 安心しろ。素敵な女の子の中にお前も一応入れておいてやったぞ。感謝してくれ」

「ばっかじゃないのバカ。そんなことより、照れてる日葵と岸が可愛いからどうしてくれるのって言ってるの」

「朝日さんも照れてるじゃん」

 

 事実を抹消するために千里は消された。朝日のそういうのに触れたらそうなるに決まってるのに、バカなやつだ。

 にしても、素敵な女の子って言っただけで照れるなんてやはり日葵は可愛い。岸も可愛い。というか岸何度も言うけどずるすぎる。こういう時「あはは、ありがと!」って言ってくれるといいのに、ちゃんと照れるって女の子すぎて可愛い。とんでもねぇ女の子だ。

 

「あー、びっくりした。氷室くん、顔はええからふっつーに照れてもうた」

 

 そして岸は俺のことが好きであり、多分顔がいいから照れたんじゃなくて、好きな人に素敵な女の子って言われたから照れたんだと思う。岸が俺のこと好きだなんて知らなきゃよかった。可愛く見えて仕方がない。

 

「うん。恭弥って時々すっごくカッコいいから、照れちゃうね」

 

 しかし日葵が世界一。ナンバーワン。この世の生物の頂点。今日も日葵が可愛すぎて世界が美しい。

 

「恭弥がちやほやされてる。気に入らない」

「あら、メスが嫉妬してるわ」

「は? 黙れボールみたいな胸してるくせに。二つもボール持って、ドッジボールでもするつもりなの?」

 

 せっかく復活した千里はまたもや八つ裂きにされた。いや、お土産買おうぜ?



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第48話 ひみつ

 修学旅行が終わって、なんやかんやあって帰宅。次の登校は土日を挟んでのため、修学旅行での疲れをとることができるってわけだ。そんなに疲れてないけど。

 

 そんなこんなで今日は土曜日。いつものように規則正しい時間に起き、規則正しい時間に飯を食って、規則正しい生活を送りながら何をしようかなと悩んでいると、インターホンの鳴る音とともに、俺の部屋の前を慌ただしく走り抜けていく音が聞こえた。

 

 薫の友だちか。と深く考えずベッドに寝転んでから、あれ? にしては慌てすぎじゃね? と首を傾げる。確かに薫は友だちが大好きで、結構頻繁に友だちの話をしてくれるくらい友だちの事が好きだが、こんなに慌てることはなかった。ってことは友だちじゃない?

 

 そっと耳を澄ませてみる。すると、いつもより控えめな声量で「おじゃまします」というメスの声が聞こえた。

 

 スマホを見る。今日は特に約束していない。じゃあ薫と個人的に約束してうちにきたってことか? じゃあつまり男女のあれこれってことか?

 

「……えーんえん!」

 

 悲しくて泣いた俺は財布をひっつかんで部屋を飛び出し、目を丸くした二人の間を抜けて家を飛び出した。

 

 

 

 

 

「ってわけなんだ」

「えらく真剣な声で『話があるんだ』って電話してきたから何事かと思ったら、私の貴重な休日を返しなさい」

「何事かと思って心配してきてくれたのか。いいやつだな朝日」

「友だちだもの。当然でしょ?」

 

 家を飛び出した俺はこのことを誰かに吐き出したいと思い、日葵に連絡しようと思ったがデートって思われたら恥ずかしくて、岸に連絡しようと思ったら岸が俺の事好きだってのを思い出して恥ずかしくなり、結局朝日に電話した。

 朝日に『話があるんだ』というと、『わかった。前のファミレスでいい?』と何も事情を聴くことなく、しかもすぐに飛んできてくれた。本当にいいやつなんだなこいつ。いつものクズが信じられないくらいだ。

 

「私もノリで薫ちゃんは渡さないって言ってたけど、別にいいんじゃない? 織部くん性欲に正直なだけで悪いやつじゃないし、それはあんたが一番わかってるでしょ?」

「それとこれとは話が別なんだよ……薫が俺に確認もせず、千里が俺に何も言わず二人で約束して会ったっていう事実が心にきてるんだよ……」

「意外と繊細なのね」

 

 よしよし、と対面に座っているため腕を伸ばしても届かないからなのか、足で俺のすねを撫でてくる朝日。エッロ。

 

「だってさぁ。俺もノリで千里を殺すだとかなんとか言ってるけど、ふっつーに応援するぜ? 節度のあるお付き合いなら全然いいんだ。何も隠さなくてもよくね?」

「まぁ、気を遣ってるのよ。あんた薫ちゃん大好きじゃない? 万が一にでも止められる可能性があったり、乱入される可能性があったりしたらそりゃ教えるわけないでしょ」

「うぅ……俺の妹と親友が俺を除け者にした……」

「もう、別に薫ちゃんだって織部くんだって、あんたを除け者にしようと思ってしたわけじゃないわよ。ただあんたが邪魔だったの」

「テメェ慰める気あんのか」

「だって事実じゃない」

 

 ちゅー、とアイスコーヒーを飲む朝日にムカついた俺は、仕返しに足で朝日のすねを撫でてやると、朝日はびくっと肩を震わせて俺を睨みつけた。ふふ、この距離じゃお前も暴力振るえないだろ。はーっはっは!

 足を踏み砕かれた。俺はもう歩けないかもしれない。

 

「変態。へんたーい」

「えっちな催眠音声みたいな罵倒はやめろ。ここをどこだと思ってるんだ」

「ファミレスやろ?」

「あんまりこういうとこでそんなこと言うのよくないよね」

「ほら、日葵と岸もそう言ってる。これで三対一だ」

「くっ、日葵と春乃が言うなら認めるしかないわね。ところで氷室。なぜか私に殺気が二つ向けられてるんだけど心当たりはない?」

「さぁ? 俺もなんかマズいなと思ってるけど、日葵と岸が偶然俺たちを見つけただけだしなぁ」

「そうね。観念したわ」

 

 朝日は遠くを見つめながらそっと息を吐いた。いつもなら興奮してやまない、隣に日葵が座ってくれるという事実から逃れるように。なんか日葵にこにこしてるけど目が笑ってないし、そんな目で見られていたら目を逸らしてしまうのもわからなくはない。おまけに岸も似たような目で朝日を見てるし。なんだこれは?

 

「薫ちゃんからね。『兄貴に構ってあげてください』って連絡きたから、織部くんに連絡したら『あのファミレスに行けば会えると思うよ』って自分は行かない前提で話してるから、あーそういうことかーって思って。来てみたら。楽しそうだね光莉?」

「まったく、傷心なら私らも呼んでくれたらええのに。水臭いなぁ氷室くん」

「氷室、なんとかしなさい」

「無理だ」

「潔いわね。気に入ったわ」

「えへへ」

 

 日葵と岸が怖い目を向けてきたので、朝日と一緒に目を逸らす。なんで俺がこんな目に遭ってるの? あれか。俺が朝日だけを誘ったからか? そりゃ日葵は薫のことで自分が呼ばれなかったら怒るのも無理ないし、岸は俺のことが好きだから朝日と俺が二人きりっていうのが面白くないんだろう。そういうことか。やっちまったな俺。

 でも二人と会うとは思わないじゃん。実際薫が気を遣ってくれなかったら二人はここにきてないし、こんなことにはならなかった。クソ、薫め。でも可愛いし優しいからオッケー!

 

「それで、薫ちゃんと織部くんが恭弥に内緒で二人だけの約束してたの?」

「すげぇな日葵。まだ何も言ってないのに」

「恭弥のことだもん。恭弥が家を飛び出しちゃうなら、除け者にされて悲しいからかなーって思ったから」

「おー。氷室くんのことよくわかってんねんなぁ」

「おい朝日。羨ましいからって俺を蹴るのやめろ」

「うるさい」

 

 ちゃんとした会話してくれ。うるさいって言われると黙るしかねぇじゃねぇか。

 

 うーん、どうしよう。日葵が俺のことわかってくれてて嬉しい。話してなかった期間大分あったはずなのに、それでも俺のことわかっててくれるなんて。つまりそれは俺が成長しないクソガキだってことになるが、日葵が理解してくれてるならなんでもいい。……流石に成長してないなんてことないよね?

 

「ん-、それは悲しいなぁ。それって、氷室くんと光莉が私らに内緒で二人で会う約束したってことやろ?」

「例えるならそうだね。うん、それは寂しいかな」

「おい、謝った方がいいらしいぞ」

「は? 私が土下座してるのが見えないの?」

「俺も土下座してるから見えねぇんだよ」

 

 これはどう考えても俺が悪いので謝っておく。朝日が謝る必要はないと思ったが、朝日は岸が俺のことを好きだって知ってるから、それに対する罪悪感だろう。そんなこと気にしてらんないわよ、って言いそうだが、朝日はこう見えて愛だの恋だのには律儀な性格をしてるんだ。乙女だし。

 

 っていうか考え方変えれば俺今めちゃくちゃ幸せじゃね? 美少女に囲まれながら美少女に土下座できるなんて、そうそうないぞ。俺は世の中の男どもの頂点に立っているのかもしれない。まったく、俺の才能ってやつが怖いぜ。

 

「でも織部くんも織部くんだよね。やましいことないなら恭弥と私に一言あってもいいのに」

「……え? それってもしかしてやましいことがあるかもしれないってこと?」

「やらしいことかもしれないわね」

「ひ、氷室くん落ち着いて! 顔が鬼みたいなっとるから!」

「離せ! あのサル畜生が! 俺の妹に手ェ出すとはどういうことだ!!!!」

 

 岸に押し倒されながらもがくが、全然拘束が解けない。あれ、力強すぎね? 女の子相手だから本気で抵抗してないってのもあるが、それにしたって力が強い。まって、抑えつけられる。ドキッてしちゃう。ちょっと無理やり感ある方が好きなの、私。

 あまりにも動揺していい女みたいなことを言ってしまった。俺がおとなしくなったからか、岸はそっと俺から体を離して「もう暴れんといてな?」と優しく微笑む。俺が女だったら惚れてたぞ。あれ? 岸は女の子じゃね? なんで俺が女だったらっていう仮定が出てくるんだ。

 

「まぁ流石に織部くんも中学生に手は出さないでしょ。ほら、恋愛的に好きな相手ってすっごく大事にしたいじゃない? 薫ちゃんもすぐにそういうことしたいとは思わないはずよ」

「……」

「……」

「朝日。二人が黙った」

「ふぅ、バカね。本気で好きな相手になら触ってほしいって思う子もいるのよ」

 

 意見変えやがったこいつ。『私わかってますよ』みたいな顔してるけど、二人の反応見て即座に意見変えやがった。冷や汗流してんの見えてんぞコラ。

 

「いや、でも、流石に勉強じゃないかな。薫ちゃん受験生だし」

「今日うち両親いないんだよな……」

「まだ付き合ってへんやし、大丈夫ちゃう?」

「薫はしっかりしてるけど、一定以上の好意を持ってる相手からの押しに弱い。千里は性欲の化け物」

「……あんた、心配しすぎよ。薫ちゃんが可愛くて仕方ないのはわかるけど、織部くんのことも信頼してあげないと。織部くんの親友はあんたでしょ?」

 

 え、なにこいつ。めちゃくちゃいいこと言うじゃん。それ言われたら俺千里を信じるしかないじゃん。ていうかこいつ本当に朝日か? なんか今日優しくね? もしかして俺のこと好きになっちゃったり……それはないか。朝日が人を好きになったら、俺くらいわかりやすいだろうし。

 

「大丈夫よ。織部くん性欲お化けだけど、ちゃんと人を思い遣る心があるんだから。それは薫ちゃんに対してだけじゃなくて、親友であるあんたに対してもね。あんたに顔向けできないような真似、織部くんは絶対しない。ね?」

「……いい女だなぁお前」

「当たり前よ。おっぱい大きいもの」

「ワレコラボケカス。喧嘩売っとんのか?」

「いやーんこわーい。助けて日葵―」

「知らない」

「あ、待って日葵。そこ移動しないで。春乃がきちゃう」

 

 あぁぁぁぁ……とこちらに手を伸ばし、女子トイレへ連れていかれる朝日。何が起こるんだろうとドキドキしていると、日葵が隣に座ってきたことでさらにドキドキした。お隣いいですかってやつですか?

 

「……」

「……あの、なんか近くないですか?」

「知らない」

「えぇ」

 

 なんで怒ってるんだろうと思いつつも、可愛いのでケーキを奢ってあげた。すぐに機嫌が直って笑顔で「ありがとー!」と言ってくれた。かわゆ。絶対結婚しよう。

 

 ちなみに朝日は泣きながら帰ってきた。何されたの?



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第49話 えーんえん!

「あれ、母さん。薫いねぇの?」

「え? 薫なら千里ちゃんと遊びに行ったわよって、もういない……」

 

 

 

 

 

 千里に電話をかける。でない。薫に電話をかける。着信拒否。

 昨日に引き続き、千里と薫は俺に内緒で会っている。ふざけてやがる。昨日のは俺が焦って飛び出しちゃったみたいなところもあるから、もしかしたら一緒に遊ぶつもりだったのかもしれないと思えたが、今回は完全に除け者だ。悲しい。悲しすぎる。

 

 千里、お前がその気なら俺にだって考えがあるんだぜ。俺に妹がいるように、お前には姉がいる。お前が俺の妹に手を出すなら、俺もお前の姉に手を出してやる!

 

「聖さぁーん!! 千里が俺を見捨てたぁー!!」

「あらあら」

 

 なんて思っていたが俺には日葵がいるし、千里によく似ている聖さんを見たら泣けていたので、俺は今織部家、聖さんの部屋でよしよしされていた。ふぅ、やはり千里に似てるから落ち着くぜ。性欲なんてものは一切わかないし、俺にとっても姉さんみたいなもんだからな。

 ちなみに聖さんに泣きついたのは昨日みたいに朝日に連絡したらなぜかごちゃごちゃのめちゃめちゃになるからで、別に日葵と岸が怖かったからじゃない。

 

「聖さん、聖さん!」

「ん-? 恭弥くんに内緒で、千里と薫ちゃんが遊んでる? しかも昨日から? 恭弥くん仲間外れにされちゃったのね。かわいそう」

「エスパーかよ」

 

 俺「聖さん!」しか言ってないのに完璧に当てられてしまった。もしや俺の心の中を読めるっていう千里特有のスキルも持っているのか? 千里の姉ってだけで? 恐ろしいぜ。思わず甘えたくなっちまうくらいだ。別に聖さんが俺に対して警戒心も何もなくオープンだから甘え放題だぜぐふふってわけじゃない。

 

「千里が薫ちゃんのこと好きだってことは知ってたけど、突然ね」

「え、知ってたんですか?」

「もちろん。『僕は恭弥が姉さんに手を出したら許せないんだ。そんな僕が薫ちゃんに手を出していいと思う?』って一日三回相談されてたから」

「飯のペースで相談してんのかよ」

 

 まぁ聖さんの『甘えたくなってしまうオーラ』に甘えてしまうのはわかるが、同じ内容の相談を一日三回って地獄だろ。する方もされる方も。聖さんのことだから女神のような包容力で受け止めてあげたんだろうけどな。ったく、聖さんがいくら素敵だからって甘えすぎだろ。シスコンかよ。

 

「恭弥くんは薫ちゃんを渡したくないわけじゃなくて、ただ内緒にされるのが寂しいのよね?」

「そうなんですよ! 千里は俺の親友で薫は俺の妹なのに、俺に内緒で遊ぶなんて寂しい!!」

「ふふ、子どもみたいでかわいい」

「え、これがプロポーズですか」

「いいわよ? 私恭弥くん好きだし」

「よろしくお願いしまいや俺には日葵がいるんで」

「危なかったわね」

 

 くすくすと笑う聖さんに、額から流れた変な汗を拭う。危ない。聖さんが千里に似すぎていて危うくプロポーズをオッケーしてしまうところだった。今のがプロポーズかどうかも怪しいところだが、俺はイケメンで非の打ち所がないからプロポーズで間違いないだろう。

 って、俺千里が女の子だったら恋仲になるくらい好きみたいな感じになってね? 聖さんが千里に似てるからってつまりそういうことだろ。違うんです。ほら、メスだけど男の千里には色々とアレだけど、その色々とアレを聖さんに対しては色々とソレしていいってことになるから、無理ないよね?

 

「うーん、でも千里に限ってそれはないと思うなぁ。だって、千里は恭弥くんのこと好きだし、いくら薫ちゃんが好きだからって恭弥くんに内緒にするなんて考えられないもの」

「だって俺応援したいですけど、いざ二人がそういう雰囲気になったら全力で邪魔しますもん」

「それなら絶対内緒にするわね。だめよ? 人の恋路を邪魔しちゃ。薫ちゃんの相手がどうしようもない人だったらいいけど、千里はそんな人じゃないんだから」

「聖さん。どう間違えたらあなたみたいな姉からあんな弟ができあがるんですか?」

 

 聖さんがいい人すぎて千里の姉かどうか疑わしくなる。まさに聖人。聖さんの聖は聖人の聖。マジで聖さんの悪しき部分を抽出したのが千里なんじゃね? 千里のいいところは聖さんの名残、みたいな。ありえる。じゃないと聖さんみたいな姉がいるのにあんなクズに育つのはありえない。

 

 それはうちの薫にも言えることなのでこのことを考えるのはやめにしよう。

 

「ん-、そうだ。千里が恭弥くんに内緒で薫ちゃんといいことしようとしてるなら、恭弥くんも私といいことする?」

「い、いいことってなんですか、はぁはぁ」

「目に見えるくらい興奮し始めたわね」

 

 性欲わかないっていうのは嘘。こんなドチャクソ綺麗な人にそんなこと言われたら、男子高校生は誰だって興奮する。井原だったら「それセックスってことっスか!!?」ってびっくりしながらベルトに手をかけるに決まっている。俺は日葵がいるし鋼の精神を持っているからなんとか「はぁはぁ」と興奮するだけにとどめたがな。俺めちゃくちゃいい男じゃん。

 

「いいことってなんですかって、それは、ね?」

 

 聖さんがベッドに上がって、ぽんぽんと自分の隣を叩く。

 

「やってみたらわかるんじゃない?」

「……ま、まぁベッドに座るだけですよね。俺にとっちゃいいことなんで、ベッドに座るってのは」

 

 恐る恐る聖さんの隣に座る。一体今から何が始まるんだろう。そう思ってドキドキしていると、聖さんがそっと俺の耳に顔を寄せた。

 

「ちなみにね」

「は、はい」

「恭弥くんの動きを予測した朝日ちゃんが今この家にいます」

「おはよう氷室。楽しそうね?」

 

 聖さんの地獄の宣告とともにドアが開け放たれ、そこから魔王が降臨なされた。ご立派なおっぱいの下で腕を組んで、聖さんの隣に座っている俺を睨みつける。

 

「また落ち込んでるかと思ったら、随分元気そうじゃない。私の心配返しなさい」

「え? 俺のこと心配して、わざわざ行動予測して先回りしてたの? 俺のこと絶対好きじゃん。でもごめん。俺には日葵がいるんだ」

「聖さん。あとでクリーニング代渡しますね」

「ベッドが血まみれになるってことね。了解」

「朝日、待て! 今のは可愛い冗談じゃねぇか! そもそも俺は朝日が俺のこと好きになってくれたら嬉しいし、朝日って優しくて綺麗で可愛くておっぱい大きいし、でも俺には日葵がいるから諦めてもらおうと思って!」

「ふふ。腰を入れたパンチしてあげるわ」

 

 俺は朝日にボコボコにされ、聖さんのベッドに座った朝日の足置き台にされてしまった。ちょっとドキドキしてしまうのは俺が変態だからじゃないと思いたい。

 

「うふふ。恥ずかしがらなくていいのに。私が玄関のドア開けた瞬間、『氷室きてませんか?』って肩で息してたじゃない」

「あ、あれは、その……ちょっと、考えたんです。私から日葵が離れて行ったらって思ったら外面ではどう振舞ってても耐えられないだろうなって。それが妹まで離れていくってなったらって想像しちゃったら、今氷室の側にいてあげられるのは私しかいないかなって」

「おい、正直すぎるのもいい加減にしろ。見てみろ俺の頬を伝う涙を」

「そうなるくらいなら、冗談に聞こえないように『寂しい』って言いなさいよ」

「いやん。好きになっちゃう。結婚して」

「20後半になって、お互いいい人いなかったらいいわよ」

「じゃあダメだ。俺には日葵がいる」

「私も日葵がいるわ」

 

 どうやら俺と朝日は結ばれない運命にあるらしい。あーあ。今俺は一人の女の子と結婚できるチャンスを失った。まぁ俺は日葵と結婚できるし、朝日と結婚できないからって何も思うところはない。朝日にはどこかの知らない誰か……いや、いいやつと結婚してもらおう。

 ……日葵と俺が結婚して子どもができて、その長男を狙いに来る可能性も考慮しておこう。

 

 ぐすんぐすんと泣いていると、オレンジ色のハンカチがふわりと俺の顔にかけられた。誰のものかなんて聞かなくてもわかる。遠慮なくハンカチで涙を拭い、鼻をかんだ。体重をかけられた。内臓飛び出るかと思った。

 

「二人とも、すっごく仲いいわねぇ」

「聖さん。俺が泣きながら死にかけてるのが見えないんですか」

「私の足で死ねるなら本望じゃない?」

「あ? クセ―んだよカス。俺の服が腐ったらどうしてくれんの?」

「そう」

「顔! 顔を踏むな! クサくないクサくない! ってかむしろいい匂いする! なんか、なんだろう、この」

「言わなくていいわよバカ!」

 

 顔を蹴られて床をゴロゴロ転がった。借りたものだからとハンカチを握りしめ、汚さないようにしたことを褒めてほしい。俺の涙と鼻水でぐちゃぐちゃだけど、俺の涙と鼻水なんて死ぬほど汚いからいいだろう。死ぬほど汚いのかよ。

 

「ったく。あんたって顔いいから泣いてもカッコいいのね。面白いから写真撮っとくわ」

「バカっ、やめろ! 恥ずかしいじゃねぇか!」

「ノリノリのポーズと笑顔してるわよ、恭弥くん」

 

 まぁ朝日相手にそんな羞恥心ないし。千里なら多少恥ずかしい気もするけど、異性である朝日なら別に。多分こんな姿晒して恥ずかしくないのは朝日だけだと思う。クズだし、異性だし、強がる必要ないし、相手が日葵だったら男の背中ってやつを見せないとダメだから、泣くなんてもってのほかだ。

 いや、でも、私にだけ見せてくれる弱い姿っていうのもいいのかも? 今度日葵の前で号泣してみようかな。

 

「いや、悪い。ハンカチぐちゃぐちゃになったから、俺のものにするわ」

「洗って返しなさいよ。それがまかり通るならあんた私の靴下で涙拭こうとするでしょ?」

「なんで俺が一番欲しがるものを靴下だと思ったの? ド変態じゃん俺」

「あら、靴下が好きなの? 私のでいいならあげましょうか?」

「今履いてるやつでお願いします聖さん! ほらな? 俺はどこも変態な部分がない」

「二重人格なら早めにお医者さんの世話になりなさい」

 

 幼い時に両親が「流石にこの子ヤバくないか?」ってことで一通り病院には行ったからその疑いはない。あの両親マジで心無いだろ。普通息子のことを精神異常者だと思うか?

 

「まぁ、今後寂しくなったらすぐ連絡しなさい。あんなことになりたくないから、日葵と春乃にも連絡するけど」

「なんであんなことになったんだ……? 俺が色男だからか?」

「バーカ。そんなわけ……ん? そんなわけないでしょ」

 

 今何でちょっと悩んだの?



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第50話 六月二十二日

「恭弥今日は僕先に帰るねそれじゃあ」

「あ、え、え……?」

 

 月曜日。いつものように日常を過ごし、千里と帰ろうとするとめちゃくちゃ早口でまくし立てて千里は去っていってしまった。何か嫌な予感がして薫に電話すると、着信拒否。昨日から思ってたけど、出ないならまだしも着信拒否ってなんだよ。

 

「まーたなんかあるわね、あれ。まぁ男なんてそんなもんよ」

 

 その様子を見ていた朝日が座っている俺の隣に立ち、頭をぐしゃぐしゃと撫でてくる。やめろ。朝日なんかに母性を感じた日には俺は自分が信じられなくて自殺しなきゃならない。あれ? 朝日が死んだら俺死ぬ必要なくね?

 

「光莉。なんで恭弥の頭撫でてるの?」

「あ、はい。すみませんでした」

「まーまー。氷室くんがこんな顔しとったらしゃあないやろって、ほんまにひどい顔しとるやん」

 

 自分がどんな表情かはわからないが、俺の顔を覗き込んだ岸が本気で心配そうな顔をしているから相当なんだろう。日葵も朝日の手首を掴みながら「大丈夫?」と俺に聞いてくれている。え、俺の心配してくれるんですか? やばい。朝日が心配してくれるより嬉しい。朝日、優しいかと思いきや俺が今日ハンカチを忘れたと知ると「は? 借りたものも返せないの? 死んだ方がいいんじゃない?」って言ってきたから嫌いだ。

 

「でも、そろそろ許せないわね。氷室がこんなに寂しがってるのに薫ちゃんを優先するなんて」

「うーん、今日は薫ちゃんじゃないかもしれないよ?」

「氷室くんより優先順位高いって相当ちゃう? それこそ薫ちゃんくらいしかおらんやろ」

「なんで……なんで俺に内緒なんだ……俺は薫の兄貴で千里の親友なのに……」

「そういや新聞にも『二人の仲に亀裂か!?』って書かれとったしな」

 

 つづちゃん容赦なさすぎだろっていうか敏感すぎだろ。つづちゃんには何も話してないのに、ゴシップレーダーで感じ取ったってのか? だって今日の新聞にそれが書かれてたってことは、少なくとも土日のどっちかに俺たちのすれ違いを確認したってことだろ? シンプルに怖い。

 

「……いや、まぁ、このままじゃダメかもなぁ。よく考えたら俺より薫を優先してくれるなら、むしろ安心だし。薫のことを一番に考えてくれてるってことじゃね?」

「私はもし日葵に彼氏ができたとして、私を放置して彼氏ばっかに構ったら嫌よ」

「ほら、薫は俺の妹だろ? 俺だって千里がどこの誰かもわかんねぇ女の子におアツなら朝日と同じだけど、そうじゃないからなぁ」

「一緒よ。だって親友だもの」

 

 行儀悪く俺の机に座り、気に入らないと言わんばかりに鼻を鳴らす。おい、そこに座ったら日葵が見えねぇだろ。どけ。

 

「恋人ができたから、できるからってないがしろにしていい親友なんていないの。親友を名乗るなら、恋人と同じくらい大事にしなきゃダメじゃない」

「気ぃつけなあかんな、日葵」

「私は光莉をないがしろになんてしないもん」

「そもそも彼氏作らないで!!!!!!!」

「おい、静かにしろよ。窓にヒビ入ったじゃねぇか」

「うそ」

「うそだけど」

 

 俺の骨にヒビを入れられてしまった。

 

 でも、そうだよなぁ。俺も日葵と付き合ったとしても千里をないがしろになんて絶対しないし、したくないし。千里もそうだと思ってたけど、そうじゃなかったのか。なんかそれは、うーん。寂しいというかなんというか。

 

「おにーさんおにーさん。寂しいなら今日一緒に遊ぼか!」

「そうだよ! 恭弥も、私たちと一緒なら寂しくないでしょ?」

「仕方ないわね。どうしてもって言うなら一緒にいてあげないこともないわよ?」

 

 昨日と言っていることが違うので昨日こっそり録っていた朝日の熱いセリフを流そうとすると、朝日に全力で止められた。お前やっぱ恥ずかしかったのかアレ。ちなみにつづちゃんに渡したらすごい喜んでたぞ。喜んでたっていうか悦んでたくらい。うん。マジマジ。

 

 

 

 

 

「あれ、俺なんで岸に背負われてんの?」

「光莉にボコボコにされて気ぃ失ったからやで」

 

 はっと目を覚まして周りを見てみると、俺の家がある住宅街。どうやら岸が背負って連れてきてくれたらしい。隣には日葵もいて、その隣に犯人がいる。感動的セリフをみんなに聞かせてあげようとしただけなのに俺を気絶させるなんて。

 

「あ、おはよう恭弥。さっきからね、光莉に『恭弥の何を止めてたの?』って聞いてるのに教えてくれないの。あれなんだったの?」

「あぁ、あれな。あれは……」

 

 そこで、日葵の奥にいる朝日の目を見た。その瞬間脳が高速でフル回転する。そうだ、土曜日俺と朝日が日葵と岸に内緒であっててあんなことになったんだから、今これを説明するとつまりまた二人で会ってたことの証明になってしまう。つまりそれはなんか気まずい雰囲気になって日葵と岸が笑顔で「ふーん」ってなる時間が訪れてしまう。まるで浮気がバレた時のように。俺浮気したことないし絶対しないけど。

 

 ってなると、どうする。正直に言うのは論外。でもどう嘘つくんだ? 朝日が嫌がるような、みんなに見せてほしくないもの。それを俺が持っているっていうところまでは日葵と岸は理解しているはずだ。そこから外れることだけはしちゃいけない。

 

「ほ、ほんとに大したものじゃないのよ。ね? 日葵、もういいじゃない」

「大したものじゃないのに光莉が恭弥を気絶させるわけないもん」

「そうでもないんちゃうかな……」

 

 それはそうでもないと思う。

 

「あっ、あれよ! こいつ、あの病院で私を背負ってた時、私のおっぱいの感触レポート書いてたらしくて、それを朗読しようとしたの!」

「おい待てコラテメェ! 俺をとんでもねぇ変態に仕立て上げようとしてんじゃねぇ!」

「いーや書いてるわね! 私が嫌がるいやらしいことをするのめちゃくちゃ好きでしょ!」

「大好きです! おい日葵、岸、朝日の言うこと信じるなよ!」

「氷室くん、今自分自身で自分の信用落としとったで」

「恭弥って結構脊髄で喋っちゃうから……」

 

 人を脳無しみたいに言うのはやめてもらおうか。

 

 クソ、朝日め。俺が本当のことを話せないのをいいことに好き勝手言いやがって……。いや、でもよく考えたら本当のこと言ってよくね? 土曜だって表立った被害受けたの朝日だけだったし、って思ったが岸のことを考えると言わない方がいいか。ナルシストみたいになるけど、俺が朝日と会ってたってことで岸に傷ついてほしくない。

 いやでもでも、本当のことを言った方が誠実じゃないか? 後で嘘がバレたらやましいことがあったみたいじゃないか。あの時は全然そんなやましいことなかったし、俺が聖さんの脱ぎたて靴下を欲しがったことくらいだ。めちゃくちゃやましいじゃねぇか。

 

「……話したくないならいいよ。恭弥と光莉の、二人だけの秘密なんでしょ?」

「実は昨日氷室と会っててあんまりにも寂しそうな顔してたから優しい言葉かけたら泣き出しちゃったの。それでハンカチを貸してあげたんだけど、私の優しい言葉が氷室に録音されてて、それが恥ずかしくて聞かれてほしくなかったっていうことよ」

「お前日葵が悲しそうな顔したからって全部喋りやがったな! 日葵に弱すぎだろお前!」

「そうなんだ恭弥」

「あ、そうです」

「氷室くんも弱っ」

 

 岸。俺と朝日が日葵に逆らえると思うのか? 逆らえるわけないだろ。だって俺たちは日葵が大好きなんだから。日葵に逆らうくらいなら死ぬ。そういう人間なんだ。

 

「別に、二人で会ってたからって怒らないのに」

「ひ、聖さんもいたわよ。昨日、薫ちゃんと織部くんがどこかに出かたから、氷室が聖さんに慰めてもらおうと」

「光莉はなんでそれがわかったの? 聖さんから連絡がきたの? それとも恭弥から?」

「……よ、予測です」

「へぇ、愛やなぁ」

「岸。おろしてくれていいぞ」

「もうちょっとこのままでええやん」

 

 へ、へへへ。なにやらマズい空気ですね。日葵めちゃくちゃ笑顔で素敵じゃないか。それなのに怖いのはなんでだろう。俺何も悪いことして……ないこともないのか? 悪いことしてるな。そもそも、俺が昨日聖さんのところへ直行せずに、この三人全員に連絡すればよかったんだ。

 

「恭弥、私たちに連絡してくれなかったんだ」

「ごめん。そうだよな。土曜のことがあったんだから、最初っから三人に連絡したらよかった。これは俺が完全に悪い。なんで朝日が怒られてるかわからないけど、朝日は俺を心配してきてくれただけなんだ。だから何も悪くない」

「え、あ、うぅ……」

「あーあ。怒るつもりで話振ったのに謝られたから言葉失ってもうた」

「こいつこういうとこズルいのよね。さ、わかった? 私が何も悪くないってこと」

「光莉はそういうとこクズやんな」

 

 え……!? と本気でびっくりしている朝日。いや、朝日は本当に悪くない。どうせなら気を利かせて朝日が二人に連絡してくれていればと思わないこともなかったが、朝日は俺を心配してくれただけなんだ。朝日が二人に連絡してくれていればこんなことにはならなかったことも確かだが、朝日は悪くない。

 

「……もう。そんなすぐに謝られたら何も言えないじゃん。でも、次からは私と春乃にも連絡すること! わかった!?」

「承知いたしました!」

「あはは。まぁ今回は私らも悪いしなぁ」

「は、春乃!」

「? 日葵と岸は何も悪くないだろ」

「私も悪くないわよ」

 

 お前は罪から逃れようと必死になってんじゃねぇよクズ。

 

 そろそろおりよか、と岸が俺を下ろし、そういえばもうそろそろ俺の家かとぼんやり考える。え、今から日葵が俺の家にお邪魔してくれるの? 嘘でしょ。部屋掃除したっけ。あ、毎日掃除してるわ。俺偉すぎね? こういうとこで差が出るんだよな。男ってやつは。

 ……でもどうしよう。流石にないと思うけど、家で千里と薫がすごいことしてたら俺立ち直れないぞ。いや、ない。流石にない。千里は中学生にいやらしい真似するようなやつじゃないし、薫もそんな軽くない。第一俺が帰ってくるってのがわかってるのにそんなことするってどんだけクズなんだよ。千里はそこまでクズじゃない。

 

 家に到着し、日葵と岸の歩く速度がゆっくりになる。自然と朝日が隣にきて、「お前何隣に来てんだよ」と睨みつけると「あんた、油断すると日葵の隣に行こうとするでしょ」と睨み返してくる。正解。

 

 仕方ないので、隣にいるのが日葵じゃないことにため息を吐きながら鍵を開け、ゆっくりとドアを開いた。



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第51話 びっくりした?

「誕生日おめでとう!」

 

 ドアを開けるとメスが両腕を広げ、満面の笑みで俺たちを出迎えた。あまりの可愛さに朝日と一緒に「は?」と言って、お互い顔を見合わせる。

 

 六月二十二日。千里が薫とあれこれしてるんじゃないかとやきもきしてたから忘れてしまっていたが、今日は俺の誕生日だった。

 

「あ、そういえば今日俺の誕生日だったな」

「あ、そういえば今日私の誕生日だったわね」

「え?」

「え?」

「はいはーい! 今日の主役二名様ごあんなーい!」

「ほら、靴脱いで。行くで!」

 

 わけがわからないまま靴を脱ぎ、日葵と岸にリビングへ連れて行かれる。千里はにやにやしたまま俺たちの後ろを歩き、何の説明もないままリビングに入った。

 リビングにはテーブルを囲んで、薫、カメラを構えたつづちゃん、ひらひらと手を振る聖さん、そしてなぜかクソバカの井原。お前とそこまで仲良くなった覚えはないけどまぁ許してやるとして。

 

「どういうこと?」

「僕も驚いたよ。修学旅行の時、薫ちゃんから恭弥の誕生日を祝いたいって言われてさ。せっかくだから盛大にやろうと思って夏野さんに相談したら、朝日さんも誕生日が同じだって言うから。ここまで言ったら、君なら理解できるでしょ?」

「……つまり、俺と朝日に自分の誕生日を忘れさせる出来事をぶつけて、その間にサプライズの準備を着々と進めてたってか?」

「大正解! 君のことだから、親友である僕と愛する妹の薫ちゃんが君に内緒で会ってたら、気が気じゃないだろうと思ってね。朝日さんの方は夏野さんになんとかしてもらおうと思ってたんだけど、朝日さんは思ったよりも恭弥のことが? 大切? 大事? 親友? みたい? だったから?」

「殺そう」

「えぇ」

 

 ムカついた俺は更にムカついているであろう朝日と一緒に千里をボコボコにした。それを誰も止めないのは、これが俺たちらしいとわかっているからだろう。クソ、お前がいなかったせいでお前の分俺が朝日にボコボコにされてたんだぞ? わかってんのかこのメス! この、この!

 

「……段々読めてきたぞ。新聞で俺と千里の仲に亀裂がって記事があったってことは、つづちゃんは俺たちのすれ違いを知ってたってことだ」

「つまり、監視役ってとこですね!」

「ってことは聖さんも知ってたんですか?」

「ふふ、ごめんね?」

「あと井原はなんでいるんだ?」

「ひどくね!? 俺ら友だちじゃん!」

「病院でお世話になったから、僕が呼んだんだ」

 

 それはそれでちょっと思うところあるんだけど、まぁいいや。

 

 納得いかない、と俺と朝日は腕を組んで口の先を尖らせる。同じ仕草をしてしまったことが気に食わなくて腕を解くと、朝日も同じタイミングで腕を解いた。そして同時に口を開いて「マネするな」。

 

 喧嘩売ってんのかこいつ?

 

「……今思ったんだけど、私はこのサプライズに踊らされて、氷室にあんな恥ずかしいこと言っちゃったってこと?」

「あ、姉さんから聞いたよ。聞いたよ? 聞いたんだ。聞いちゃった! ふふふ。いやぁ、僕がいなくても恭弥の親友はいなくならなさそうで安心したよ。なんだっけ。えーっと、『今氷室の側にいてあげられるのは私しかいないかなって』だっけ? ヒュー! これからも恭弥の側にいてあげてくださいね! ぷぷぷ」

「落ち着いて光莉! わ、私はすっごく優しくて素敵だと思うよ!」

「今日はおめでたい日なんやから! あと千里もクズやらかさんくて鬱憤たまってるからって言いすぎや!」

「やけにテンション高いと思ったら……」

 

 ぎゃーぎゃー騒ぐ千里と朝日を無視して、薫の隣に座る。俺が隣に座った瞬間ビクッとした薫を見て笑いながら、薫の背中を優しく叩いた。

 

「別に気にしてねぇよ。俺のこと考えてやってくれたんなら、むしろ嬉しいくらいだ」

「……ん。でも、ごめん」

「いいって。兄貴は妹に振り回されるくらいがちょうどいいんだよ」

「じゃあもう一つごめん。さっき井原さんと連絡先交換しちゃった」

「井原テメェ!! テメェを男として再起不能にしてやる!!!!!!!」

「ちなみに私も薫ちゃんと井原さんと交換しましたよ!」

「つづちゃんにまで手ェ出そうとしてんのかテメェ!!」

「えー!? だって仲良くなりたいじゃん! ちょ、誰か助けて!」

 

 俺が薫のことになったら止まらないと全員知っているからか、助けを求める井原から全員目を逸らす。最後の希望とばかりに井原が薫に目を向けるが、薫はつづちゃんに写真を撮られて照れていた。あとでちょうだいつづちゃん。もちろんです? 優しい子だね君は。あとで五万くらいあげるからね。

 

 なんだかんだで、俺が井原をぶち殺して朝日が千里をぶち殺して、死体が二枚重なったところで仕切り直し。俺と朝日のことを考えてくれて千里も根回ししてくれたんだろうが、薫と遊んでいた事実は覆らないので死んで当然。

 

「つか、岸がここに来る途中に言ってた『私らも悪い』ってこういうことか」

「そーそー。いやー、光莉がここまでとは思わんかったから。ちょっと私も焦ったわ」

「だって、だって!」

「光莉はいい子だよー。何も恥ずかしいことないからね」

 

 朝日が子どもみたいに後ろから日葵に抱かれ、頭をなでなでされている。俺もあれしてほしい! 朝日ずるい! 俺もいい子だぞ! ぷんぷん。

 自分の気持ち悪さに吐き気を催して、それを察した薫に背中を擦られていると、死体になっていた千里が起き上がった。お前ほんとタフだよな。

 

「さて、恭弥、朝日さん。誕生日と言えばなんだと思う?」

「は? 殺されたいの?」

「だめだ恭弥。朝日さんの僕への殺意が未だに高すぎて会話ができない」

「千里、ちょっと待ってくれ。薫、千里と何してたんだ? 内容によっては俺も千里への殺意を高めないといけない」

「え、えっと、ん-。内緒?」

「千里を殺す」

「だめだ夏野さん。恭弥と朝日さんがこうなった以上、恭弥の幼馴染で朝日さんの親友である君がこの場を仕切るしかない」

 

 頬を赤く染めて俺から目を逸らし、「内緒?」。これ絶対何かあっただろ。千里テメェ俺たちのためっていうのを装ってちゃっかり距離縮めてんじゃねぇぞ。もう知らない。今日から俺の親友は千里じゃなくて朝日だ。朝日こそ俺の辛いとき側にいてくれる大親友だ。俺が日葵と結婚したとしても、俺と日葵の愛の巣に住むことを許してやろう。

 

「え、私? ん-、恭弥、光莉。誕生日といえばなんでしょーか」

「プレゼント―!」

「はい! プレゼントだと思います!」

「わ、正解! えらいねー二人とも」

「「えへへ」」

「姉さん。僕は二人のために頑張ったのに、友情を失ったかもしれない」

「よしよし。ところで薫ちゃん。これから私のことはおねーちゃんって呼んでいいからね?」

「ごめんなぁ井原くん。東京の電車の路線みたいにぐちゃぐちゃなとこ連れてきてもうて」

「岸さん! 井原さんが進行してる会話が多すぎて頭ショートしてます!」

 

 バカすぎだろ井原。聖徳太子みたいに10人の話聞けってわけじゃないんだから、これしきのことで頭ショートさせるなよ。まったく、これだから子どもは困るぜ。

 

 なんだかんだ、嬉しいとは思ってる。俺は今まで友だちはいたとしても、わざわざ家にきてまで祝ってくれる友だちってのはいなかった。それこそ千里くらいで、後は古い記憶では日葵。あれ、そういえば日葵も俺の誕生日祝ってくれんの久々じゃん。え、うそ。幸せすぎて死にそうなんだけど。

 

「それでねー。なんと、みんな誕生日プレゼントを用意してます!」

「えー!? みんなが!?」

「おいおいマジかよ! いやー、照れるぜ!」

「日葵が仕切りやからって、全力やな二人とも」

「あの二人はあぁいう浅ましい生き物なんだよ。ふぅ、低能を晒して恥ずかしくないのかな?」

「朝日さんのおっぱいに夢中なくせに」

「それは誤解なんだ薫ちゃん! 薫ちゃんと比べたら朝日さんのおっぱいなんてないに等しい!」

「え? 朝日さんのおっぱいはめちゃくちゃあるくね?」

 

 バカは黙っとけバカ。

 

 それよりも今千里さりげなく薫を口説いてなかったか? 口説き文句としては最低だったが、それでも薫は嬉しそうにしてるし。やっぱなんかあっただろこの二人。つづちゃんこの二人は追ってないの? え、追ってた? あとでどんなことしてたか教えてくれ。教えられない? それは教えられないようなことしてたってこと?

 

 千里を引きちぎることが決定した。もう俺に千里に対する慈悲はない。

 

「じゃあ私から。恭弥くんには七月後半にある花火大会のペアチケット。展望台で綺麗な花火見れるから、一緒に見たい人とぜひ行ってきてね」

「よし、一緒に行くか。薫」

「え、私?」

「薫を誘っておかないと、千里が薫を連れて行くだろうから早めに俺が守る」

 

 ペアチケットを薫に渡すと、「もうちょっとちゃんと考えて」と突き返されてしまった。めっちゃくちゃちゃんと考えたのに。論理的思考のもとの最適解なのに。

 

「ちなみに朝日ちゃんにも同じものをあげちゃいます。これで喧嘩することはないわよね?」

「ありがとうございます! 日葵と一緒に行きます!」

 

 頭を下げながら、朝日が大事そうにチケットを受け取る。聖さんが日葵と岸を見ながら言ったのは、もし俺が千里、日葵、朝日、岸のうちの誰かを誘ったときに喧嘩になってしまうからってことだろう。土曜日俺が朝日にだけ連絡しただけであぁなったんだ。俺がその中の誰か一人を誘ってしまえば、あの時よりすごいことになるに違いない。

 

「んじゃ、俺からは俺の連絡先ってことで! 嬉しいっしょ!?」

「いらねぇ」

「いらないわ」

「ひどくね!?」

「まぁまぁ二人とも。井原くんは急遽きてもらって用意ができなかったから、勘弁してあげて」

「は? 何喋りかけてきてんだカス」

「あんた口乳クサいわよ。ママのおっぱいでも飲んできたの?」

「おい。泣いてやろうか」

 

 しばらくは許さねぇからな。俺は男らしくねちねちするタイプなんだ。

 

「私からのプレゼントは、また後日! 写真をアルバムにして差し上げちゃいます!」

「おいおい。何万円渡せばいいんだ?」

「ちなみにいやらしい写真はありませんよ」

「え!? 日葵のマル秘お着換えシーンないの!?」

「はぁ、欲望丸出しでみっともねぇな朝日」

「自分の子どもが二人みたいになったらと思うと恐ろしいな……」

 

 おい岸、聞こえてるぞ。いいじゃねぇかこんな子どもになっても。強く生きることだけはできるぞ。社会に適応できるかどうかはともかく。

 まぁ天才と変態は紙一重っていうし、つまり天才=変態の数式が成り立つ。つまり俺は天才っていうことで、朝日も天才ってことだ。今日は天才二人が生まれた日。どんな記念日よりも尊い素晴らしい日だ。もちろん日葵の誕生日は殿堂入り。

 

 聖さん、井原、つづちゃん。ってくると次は誰だろうと思った瞬間、千里が真打ち登場と言わんばかりに立ち上がる。

 

「君たちのためだったとはいえ、結果的に傷つくことがあったのは否定できない。だから、その贖罪ってわけじゃないけど、絶対君たちに喜んでもらえるようなプレゼントを用意したんだ。受け取ってくれる?」

「はぁ、うるせぇよ。二度と話しかけてくんな」

「本当に気分悪いわね。あんたとは友だちだと思ってたのに」

「恭弥には現金五万円、朝日さんには夏野さん全面協力の夏野さん写真集」

「やっぱり俺たちは親友だ!」

「愛してるわ織部くん!」

 

 満面の笑みになった俺と朝日が千里に抱きつき、千里が満足気に頷きながら俺たちを抱き返す。やっぱり千里は俺たちのことをわかってくれている。こんな親友、世界のどこを探したっていやしない。

 

 なぜかリビング中から「何か違う」っていう声が聞こえてきたが、気のせいだろう。こんな美しい友情が何か違うなんてありえない。

 



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第52話 私からのプレゼント

 頂いた五万円を財布に突っ込み、どうやって日葵に貢ごうかなと考えている俺、日葵の写真集を眺めながらよだれを垂らし、だらしない顔でげへげへ言っている朝日。俺たちの欲を丸出しにするなんて、流石千里。俺の親友はお前しかいない。

 

「さてさて。次誰が渡すー? ……なんや。日葵と薫ちゃん恥ずかしそうやな」

「うっ、は、恥ずかしくないもん。ちょっと緊張しちゃってるだけで……」

「私も、別に、してません」

「氷室。あそこにいるのが私の嫁と妹よ。仲良くしてね」

「薫は俺の妹だから、俺は日葵と朝日と結婚したってことか?」

「氷室。あそこにいるのが私の嫁と私の嫁よ。仲良くしてね」

「薫と結婚したってことは俺とお前は兄妹か」

「逃げ場がない……」

「そんなに俺と近しい存在になるのが嫌か?」

 

 あんたもいやでしょ、という朝日の言葉に「違いない」と頷き、念のために朝日の視線から遮るように薫の前に出る。朝日は隙あらば薫を連れ去ろうとするから油断ならない。ちくしょう、俺は千里からだけじゃなく朝日からも薫を守らなきゃいけないのか。兄貴冥利に尽きるぜ。

 

「ほな、恥ずかしがり屋さんの二人は後々のお楽しみってことで、野郎どもー! 春乃ちゃんのプレゼントが欲しいかー!」

『うおおおおおおお!!!』

「騒いでくれたとこ悪いけど、千里と井原くんにはプレゼント用意してないで」

 

 え? と絶望した表情で両腕を掲げた状態で固まる千里と井原。アイドルみたいに聞いてきてくれたからみんなにプレゼントを用意してると勘違いしたんだろう。厚かましいやつらだぜ。今日は俺たちの誕生日だぞ? お前らにプレゼントなんか用意してるわけねぇだろゴミどもが身の程を知れ。

 

「ん-、でもなぁ。氷室くんには五万円、光莉には日葵の写真集。これ以上にほしいもんなんかないんちゃう?」

「確かに……」

「一理あるな」

「そこは嘘でも『そんなことない』って言えや」

 

 睨みつけてくる岸に「そんなことないです!」と朝日とデュエット。ちなみに俺がハモリ。それが面白かったのか岸は小さく笑って、「あかん。笑うてもうた方の負けや」と俺たちを寛大な心で許してくれた。流石、普段から「笑かしゃ勝ちや」って言ってるだけのことはある。

 

「でも実際、千里にプレゼントのクオリティで勝てるとは思ってへんかってんな。なんだかんだ言うて二人のこと理解してるんは……まぁ、日葵もそやろうけど、いろんな制限無視して二人の好きなもん用意できるんは千里やろうし」

「普通プレゼントに現金は選ばないものね。千里」

「あれ、姉さんもしかして怒ってる?」

「私も写真撮るの協力しましたけど、夏野さんすっごくご立腹でしたもんね!」

「あれ、夏野さんもしかして怒ってた?」

「だって、恥ずかしかったもん」

 

 千里が俺の方に逃げてきた。日葵からは何もされないだろうが、聖さんは弟である千里に容赦がない。頭を掴んで床に叩きつけることなんて普通にするし、どこぞの戦闘民族みたいな暴力なんて軽々しく振るう。『躾』に一番いいそうだ。聖さんの将来の旦那さんは尻に敷かれることだろう。

 何? 聖さんの尻に敷かれるだと? 羨ましいじゃねぇか……。

 

「まぁつまり、物で勝たれへんやったら気持ちしかあらへんなって思って」

「あぁ。千里のプレゼントなんて打算と『これで喜ぶんでしょ? 浅ましい人間だね』って心が透けて見えるからな」

「プレゼントとしては、『理解度』っていう点でしか評価できないものね」

「そこまで言うなら返してもらおうじゃないか」

「好きだぜ千里」

「愛してるわ織部くん」

「まったく、君たちは本当に僕が好きだね。ふふふ」

「きょ、恭弥? 好きっていうのは恋愛的な意味で……?」

「安心しろ日葵。俺は女の子が好きな男の子だ。確かに千里は丸々メスだけど、生物学的には男だから恋愛対象にはならない」

「えー? でも俺織部となら付き合えそうだけどなぁ」

「あかんこれはよ結論言わな収拾つかんわ」

 

 まったくその通りだ。薫なんて場がごちゃごちゃしすぎて静観することに決めたのか、暇を持て余して俺の手を膝に乗せてぐにぐにといじっている。それ可愛いからやめなさい。千里も隙を見て俺の手と自分の手を交換しようとするのやめろ。お前の手メス過ぎてすぐにバレるんだから。「あれ? このメスの手、千里ちゃん?」って薫に言われてお前が傷つくだけだから。

 

「ってわけで、私が用意したプレゼントはこちら!」

 

 言って、岸は俺と朝日に向かって何かを投げてきた。

 俺はそれを危なげなくキャッチし、朝日はキャッチしようとして失敗して床に落とした。「肌が瑞々しすぎるのも考えものね」と訳のわからない言い訳をしながら拾い上げたところで、岸が得意げに説明を始める。

 

「革製のブレスレット! しかも筆記体で今日の日付と名前が書かれてるおしゃれ仕様! ちなみに私も作ったから、三人だけのお揃いやで!」

 

 こげ茶色をベースにした革製のブレスレット。結合部分は編み込まれており、裏側に今日の日付、表側に俺の名前が筆記体で書かれている。え、筆記体で書かれた俺の名前、更にカッコよくね?

 

「そうそう、こういうのだよな。現金とかじゃなくて、お揃いのさ。すっげぇ嬉しい。ありがとな、岸」

「やっぱりこういうのってセンスよね。欲望まみれのプレゼントするやつなんてゴミよゴミ。ありがと春乃」

「そんなこと言ったら僕は薫ちゃんと夏野さんとお揃いのアクセサリーを買っちゃいます」

「締め上げよう」

「もう締め上げ終えたわ」

「ほんとだ……」

 

 いつの間にか俺の後ろで千里がぴくぴくと震えるだけのナマモノと化していた。早業すぎる。朝日がやりなれているのか、千里がやられなれているのか。恐らくどっちもだろう。

 そうして千里がもうすぐ死ぬというところで、日葵がじーっと早速つけた俺のブレスレットを羨ましそうに見ていた。何? そんなに可愛い顔しても俺のこれからの生涯と全財産と臓器提供しかしませんよ?

 

「三人だけお揃いなんてずるい」

「ん-? んふふ。羨ましいやろ?」

「私もほしい」

「ん-せやなぁ。じゃあ後で場所教えたるから、今度氷室くんと一緒に行って来たら? ブレスレットだけやなくて色んなアクセサリー作ってもらえるし、二人だけのお揃い作っても」

「な、なな何で恭弥とだけなの!? 三人だけお揃いずるいなーって思っただけで、私も同じものほしいなーって思っただけで、別に恭弥とお揃いのものが欲しかったわけじゃなくて」

「私とお揃いのもの欲しかったのよね!!!!!!!!!」

「ううん。三人がお揃いのもの持ってるなら、私と織部くんも三人と同じものほしいなぁって」

「冷静に返された……」

 

 温度差が激しすぎる。さては日葵、朝日の対応に関しては完璧になってるな? さっきまで顔を赤くして慌てて手をぱたぱたさせていたのに、朝日への返事はきょとんとして冷静に。流石に朝日がかわいそうに思えてきた。

 にしても、なんで岸は自分と俺と朝日にだけブレスレットを作ってくれたんだろう。岸なら五人分作ってきてくれそうなもんなのに。お財布事情もあるかと思うが、それならそれで「お金があらへんくて」ってはっきり言うだろうし、そもそもお金がないなら自分の分も作らないはずだ。日葵か千里が「自分の分もほしい」って言いだすことが予想できないやつじゃない。

 

「俺もほしいなぁ。どこで作れんの? 岸さん」

 

 お前は作るなバカ。

 

「そんじゃいよいよ日葵か薫ちゃんの番やけど……あかん。目に見えて緊張しとるわ」

「だいじょうぶだよー薫。よちよちー」

「触らないで」

「おい、今触らないでって聞こえたぞ?」

「あんたが薫ちゃんに言われたのよ」

 

 嘘だろ。薫と同じ声で「触らないで」って聞こえたと思ったらまさか薫が「触らないで」って言っただなんて。ただ俺は薫をよしよし撫でただけなのに。……いや、中学三年生の女の子に「よちよちー」はないか。いくら妹だとはいえ配慮が足りなかった。次からもよちよちしよう。薫可愛いし。

 割と本気で弾かれた手を死体になった千里で冷やそうとして「僕生きてるんだけど」と千里に手を掴まれて遮られながら日葵と薫を待つ。もしかしてプレゼント渡したくないとか用意してないとかじゃないよな? と不安になるが、二人がそんなことをするはずがない。千里と朝日と違って心があるんだ。俺と同じだな。

 

「はぁ、日葵。日葵の私へのプレゼントが『愛』だってことはわかってるから、恥ずかしがらなくていいのよ」

「お前が恥ずかしいんだよ発情猿」

「は? 私に恥ずかしいところなんてあるはずないでしょ。見なさいこの誰がどう見ても抜群の容姿」

「写真撮ってて思いますけど、朝日さん画になりますもんね! 画にはなりますもんね!」

「でしょ?」

「お前はつづちゃんが毒を吐いたってことに気づけ」

 

 画にはなるってそれ以外はダメってことだぞ。いい風に解釈するな。俺も前同じこと言われて「だろ?」って得意げになって、千里に「毒吐かれてるよ」って指摘されたからわかるんだ。つまりそれって俺と朝日の知能が同じってことじゃね?

 

「聖さん。織部のちんちんっていつからついてたんスか?」

「そうねぇ、いつごろだったかしら」

 

 井原はマジで黙っといてくれ。口説く気がまったく見えないから安心っちゃ安心だけど、話題が劣悪すぎる。お前以上にバカ丸出しにできる人間なんて存在しないだろ。あと聖さん、千里のって最初っから生えてたんじゃないんですか? 千里は後天的に男になった?

 

「ひーまーりー。引きずれば引きずるほど恥ずかしくなるで? ここはバンって女の度胸見せたれ!」

「わ、ちょ、待って春乃!」

 

 痺れを切らした岸が、日葵の背中を押して俺の前まで連れてくる。抵抗しながら俺の方へくる日葵はベリーキュート。朝日はあまりの可愛さにつづちゃんに札を渡して写真を撮ってもらっていた。つづちゃんが写真関連になると倫理観ぶち壊れんのを利用してんじゃねぇよ悪魔め。

 朝日に、俺もあとで払うから頼んだぞ。とアイコンタクトで伝えてから、俺の近くまできた日葵を見る。隣で「私じゃまかな?」と可愛らしく首を傾げる薫に、こっそり「めっちゃくちゃ緊張するから隣にいて」と頼れる兄貴らしく言ってやった。ふ、我ながらカッコいいぜ。

 

「ねぇ、私からじゃないの? なんで氷室が先なの?」

「緊張する方が先のがええんちゃう?」

「は!? 私にも緊張するでしょ! 日葵は私を愛してるんだから!」

「クソキショ粘着ストーカーみたいなこと言うなや」

 

 あまりにも暴言過ぎる。朝日も流石にショックだったようで、「それより重い愛よ?」と拗ねて、拗ねてねぇじゃねぇか。怖すぎる。

 

「ん、ん-……ん。恭弥、えっとね。ものじゃなくて、予約みたいなものなんだけど……」

「予約?」

「うん、ちょっと待ってね」

 

 言って、日葵はカバンをあさり始め、一枚の紙を取り出した。

 え、紙ゴミ? 日葵からもらえるものなら何でも嬉しいけど、紙ゴミ? 混乱する俺に、日葵はその紙を差し出した。

 

 その紙には、立ち並ぶ屋台と夜空に咲く花火が映し出されていた。どうやら祭りのチラシのようで、開催期間が書かれている。俺の間違いじゃなければ、さっき聖さんにもらったチケットと同じ場所で開催されるもので、ってことはあのチケットはこの祭りの花火を見るための……。

 

 祭りのチラシ? 予約?

 

「私からのプレゼントは、私とお祭りにいける権利、みたいな……」

 

 どうかな? と不安げに首を傾げる日葵に、俺はフリーズした。朝日は暴走した。



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第53話 気づき

「日葵! やめときなさい! こいつとお祭りなんか行ったらママになっちゃうわよ!」

「ウッキキ、ウキキウキキウキウキキウキウキキ?」

「『まったく、俺を猿と勘違いしてないか?』って言ってます」

「千里すご。なんでわかるんや」

 

 そりゃ俺の言いそうなことなんて手に取るようにわかるからだろ。

 

 日葵が俺を祭りに誘った。この事実に俺はフリーズし、朝日は大暴れし、朝日が岸と聖さんに抑えられ、俺が薫にほっぺをつんつんされて起動。ようやく事態を把握した俺、そしていまだに暴れようとしている朝日、恥ずかしそうな日葵。どう見ても穏やかじゃない状況になっていた。

 

「ウキ、ウキキキキウキ、ウキキウキウキウキキウキキキキ」

「千里、なんて言うてるん?」

「『こんにちは』って言ってるね」

「猿語燃費悪すぎやろ」

「なにふざけてんのよあんたら! 日葵が氷室を祭りに誘うっていう腐れイベントが発生したっていうのに!」

「腐れて」

 

 朝日も日葵大好き人間だから、日葵が俺だけを誘ったのが許せないんだろう。まぁ日葵も、久しぶりに幼馴染二人だけで一緒にいたいって思ってくれたから誘ってくれただけで、そこにまったく男女のアレはない。

 

 なんて思えるほど、流石に俺は現実を見れない男じゃない。今までのことを考えるとこれは勘違いじゃ片付けられない領域にまで来ている。

 本当に信じられないが、これって、つまりそういうことだよな。

 

 日葵を見てみる。俺から恥ずかしそうに目を逸らし、薫に手をにぎにぎされている日葵。可愛さの化身。なんで恥ずかしがってるかを考えてみる。ただ単に恥ずかしがりやさんだから? それもある。でも、一番は。

 

 俺のことが好きだからじゃないかって、思ってしまう。

 

「恭弥、返事は?」

「おう、そりゃもちろん」

 

 行くぜ、と答えようとした時、暴れる朝日と、それを抑える岸が目に映った。結局演技だったが、俺から千里が離れた時に隣にいてくれた朝日と、俺を好きだと言ってくれた岸。いや、岸のことが気になるのはわかる。ここで日葵の誘いに乗ったら、岸はいい気しないだろうから。

 じゃあ、朝日が気になるのはなんでだ? 恋愛感情なんて一つもない。それは本当だ。自分が気づいていないだけとかそんなんじゃなくて、本当にこれっぽっちも。

 その答えは、千里を見た瞬間にわかった。

 

 そうだ。俺は多分、千里が俺から離れていった時と同じように、朝日から日葵を離れさせるのが嫌なんだ。

 

「……もちろん、みんなで行こうぜ。これって、そういうことだよな?」

 

 俺が今選べる、最適解。自分勝手で独りよがりだけど、勘弁してほしい。結局俺はヘタレでどうしようもない男なん、

 

「ぶっ!?」

 

 俺の答えに日葵の眉が悲しそうに垂れた瞬間、両側の頬をビンタされた。そして続けざまに頭を掴まれ、足払いをかけられて、床に叩きつけられる。死んだか? 俺。

 

 俺ぐらいになると手の感触でわかる。俺をビンタしたのは、千里と朝日。っていうか手の感触どころか、俺の腹に千里が座っていて俺の額を朝日が抑えつけているから間違いない。

 

「あんた、日葵からのお誘いを断るなんてどういうことよ!!!??」

「テメェはどうしてほしいんだよ! つかなんで千里は俺を殴ったんだ!」

「ノリで……」

「俺が悩んでたからとかじゃないの!?」

「何で悩んでたの?」

 

 にやり、と音が聞こえるくらい、千里は笑った。あーあ。こいつほんとにいやらしいよな。色んな意味で。

 この中で、俺が岸からの好意を知っていて、俺が日葵のことが好きだってことを知ってるのは千里しかいない。だからこそ、俺が悩むってことはわかってたんだろう。流石俺の親友。憎たらしくてむしろ好きだ。来世では俺をペットにしてくれ。

 

「……いや、ワリィな、と。ほら、最近いつも五人一緒だろ? だから、二人きりってのも、お前らを仲間外れにしてるみたいで」

「バカね。仲間外れでもなんでもすればいいじゃない。どうせ日葵とあんたが二人きりになるなんて私が許さないんだから」

「そうそう。君がここで素直に頷いたって、そんな面白そうな現場僕が放っておくわけがない」

「ま、二人で行ってもどうせ五人になるから別にええよ、ってこと!」

 

 朝日を俺から引きはがして放り投げ、俺をのぞき込んでにかっと笑う岸。そして、岸はそっと俺の耳元に顔を寄せて、俺にしか聞こえない程度の声でぽそりと囁いた。

 

「せやから、私のことは気にせんでええで」

 

 は?

 

 俺が何か言う前に岸は俺から離れて、先ほどのような元気な笑みじゃなく、綺麗な、女性らしい笑みを浮かべた。その頬が赤く染まっているのは俺の気のせいじゃないだろう。

 

 もっとも、『俺が岸からの好意に気づいていることを岸が知らない』ていうのは気のせいだったみたいだが。

 

「恭弥。女の子って怖いね」

「聞こえてたのか」

「ははは。君の返答で確信に変わったよ」

 

 またカマかけやがったのかこいつ。将来ロクな死に方しねぇぞ。

 

「で、ここまで言われて『よし、みんなで行くか!』って言うほど、君はヘタレでもバカでもないよね? クズ」

「クズは消えねぇのかよ」

「それが君じゃないか」

 

 俺の腹から降りて薫に投げキッスをかました千里を庭へ放り出してから、日葵のそばに座る。薫がそそくさと距離をとるのを見てできた妹だと頷きつつ、聖さんとつづちゃんに『薫を井原から守ってください』とアイコンタクトを送り、二人から敬礼が返ってきたのを見て日葵に向き直った。

 

「日葵」

「はい! なんですか!」

「そんな畏まられても……」

 

 俺が名前を呼んだ瞬間、姿勢を正して目を死ぬほど泳がせ始める日葵に思わず笑ってしまう。これがついこの前まで会話すらできなかった男なんて、誰が信じるだろう。

 思えばいつもそうだった。俺は日葵に対して思い込みが激しいし、思い入れも激しい。もしかしたら今考えてることだって思い込みかもしれないし、もしそうだったらめちゃくちゃ恥ずかしい。この答え合わせは日葵としかできないだろうから、流石にすぐ答え合わせができるほど、俺に男らしい度胸はない。

 

「すぐに朝日が邪魔しにきて、なんだかんだでいつもの五人になると思うけど。それまでの日葵の時間、俺だけにくれないか」

「……!」

 

 日葵は泳がせていた目を俺に向けて、顔を真っ赤にしてぴしっと固まった。つづちゃんがフラッシュをたいて俺たちの写真を撮っている。空気読んでくれ。井原でさえ何か言いたそうにしてるのに、必死に口を自分の手で押さえて我慢してるってのに。いややっぱ井原もだめだ。気が散るんだよテメェら。聖さんもあらあらうふふしないでください。それはシンプルに恥ずかしいんで。

 

「……はぃ」

「アー!! 耐えたわよ! 日葵が返事するまで耐えたわよ私! 褒めなさい! あんたたち私を褒めなさいそして今から私の時間アイラブユー日葵ハッピーバースデー私!!!!!」

「日葵が光莉に飛びつかれておっぱいで窒息しとる!」

「なんだって!?」

「やっぱり千里ちゃん、おっぱいが好きなんだ」

 

 おっぱいで窒息というワードに反応した千里が庭から舞い戻り、本能に従ったがために薫から悲しそうな目で見られてしまう。ふはは、ざまぁみやがれ。

 

「ぶはぁーっ! 死ぬかと思った! しゃべっちゃだめだと思って息止めてた!」

「井原くん。別に息はしててもよかったのよ?」

「あっ、そうじゃん! 聖さんすげー! 頭やべぇ!」

「ふぅ、いい写真が撮れました! ところでこれを新聞の記事にしても」

「ダメに決まってんだろ」

「いち、にぃ、さん」

「つづちゃんが札を数え始めた! 恭弥の目を塞がないとあっさり堕ちる!」

「ふふん。なら私のおっぱいで氷室くんを窒息させるしかあらへんな!」

「ないもので窒息なんてできないでしょってしまった!!」

 

 千里が俺の家の庭に植えられてしまった。メスが生る木が育つと思うと少し楽しみな気もする。薫もじょうろを取り出して水をあげ始めた。なんだかんだたまってたんだな、薫。

 そろそろ千里のクズもどうにかしないとなと思いつつ、日葵が本気で窒息しそうなので朝日を日葵から引きはがす。やっぱりとんでもねぇ武器持ってんなこいつ。

 

「はぁ、はぁ、ちょっと氷室。顔真っ赤にして『はぃ』っていう日葵を前にして、私が少し我慢したことを褒めなさい」

「褒めるから少し落ち着け。顔赤くして制服乱れてはぁはぁ言ってるとめちゃくちゃエロいから」

「うーん、確かに」

「リビングデッドがいるわね」

 

 恐らく『制服乱れて』あたりで復活してきた千里を、あえて薫の隣に座らせる。これでおとなしくなるはずだ。

 俺の狙い通り効果はあったようで、薫にじーっと睨まれた千里が正座して縮こまっている。今薫の近くには聖さんもいるから、聖さんからもにこにこと見つめられるおまけつきだ。千里にとってあんなに恐ろしい場所はないだろう。

 

「って、そうよ! 私へのプレゼントは!? 私への、日葵からの、プレゼント!」

「あぁ、そういや日葵、光莉にえだまめ用意した言うてたで」

「えだまめ!!!!!???」

「ち、違う違う! 適当なこと言わないで春乃!」

「三つ入ってるかしら……」

「おい日葵。えだまめでもよさそうだぞ」

 

 もはや日葵からもらえるならなんでもいいんだろこいつ。まさか日葵があげるとも思えないが、ゴミでも喜びそうだ。「宝物にするわね」って言って、金庫まで買ってその中にゴミを入れるに違いない。

 

 わかる。

 

「えっとね、光莉には、これ」

 

 日葵が光莉に渡したのは、細長い黒い箱。ネックレスケースじゃないかと思って朝日の肩越しにのぞき込むと、案の定ネックレスケースだった。

 朝日が箱を開けると、銀のチェーンに、黒いパズルの装飾品がぶら下がっている。ってことはペンダントか。え? ネックレスとペンダントの違いってなんだっけ? わからん。ムカつく!

 

「……hikariって彫られてて、なんか、ハートの片側に見える空白があるんだけど、これってもしかしてお揃いのペンダントで二つ合わせるとハートができあがるよとかそういうこと? そういうことよね?」

「うんっ! かわいいなーって思って、ほら!」

 

 言って、日葵も同じペンダント、いや、色はピンクゴールドで、『himari』と彫られているパズル型のペンダントを取り出し、嬉しそうに身に着けた。

 

「光莉光莉。光莉もつけて、二人で合わせてハート作ったら? って、立ったまま死んどる……」

 

 あまりの幸福に、朝日が逝った。ただ、本望だろう。二つ合わせればハートが出来上がるアクセサリーを貰えたんだから。

 羨ましい!!!!!



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第54話 離れ

「さてさてさて! 次は薫ちゃん、だね!」

 

 色んな恥ずかしさを誤魔化す様に大声を出し、薫を盾にする日葵。あんな素敵なプレゼントくれたんだから恥ずかしがらなくてもいいのに。まったく、可愛いやつめ。え、まって、可愛すぎない? 軽々しく『可愛いやつめ』って言えないくらい可愛くない? しかも可愛いのが可愛いのを盾にしている。可愛いが掛け合わさって可愛いの二乗。

 

「んぇ、えー……別にもう、よくない? ほら、日葵ねーさんのプレゼントでクライマックスって感じしたし」

「光莉はどうかわからないけど、恭弥は薫ちゃんからのプレゼントの方が嬉しいに決まってるよ!」

 

 悩みどころね。他の誰かと薫を比べるなら間違いなく薫だと即答するが、日葵と薫を比べると……は? 究極の選択か? 俺がどちらかを選んだその時、どちらかが悲しむって考えたら自惚れすぎだ死ね俺。まだ日葵がそうだと決まったわけじゃない。

 

「……兄貴って、私のこと好きじゃん」

「おう。好きだし愛してるし一生大事にするぞ」

「キモ」

 

 俺の愛が二文字で片付けられてしまった。キモってお前。こうも愛情表現はっきりしてる兄貴なんて、日本のどこを探しても俺くらいしかいないぞ? もっと有難がってくれ。

 

「プレゼント何がいいかなーって考えたんだけど……兄貴、過保護だし、私に男の子の影があるとめちゃくちゃキレるし」

「そりゃそうだろ。どこの誰とも知らん男に薫はやれないからな」

「僕相手でもキレるクセに……」

 

 だってお前男だけどメスじゃん。どこの誰とも知ってるけどメスだし。千里が男の中の男だったら俺も黙っていたが、メスなら黙っちゃいない。将来千里と薫が結婚して子どもが生まれた時に、その子どもが友だちに「お前んち、なんで母ちゃん二人いるの?」って言われかねない。それは面白い。

 

「だからね、兄貴には安心してもらいたくて。正直、私も兄貴離れしなきゃと思ってたし」

「千里。兄貴離れっていう言葉の意味を教えてくれ」

「君から薫ちゃんが離れる」

 

 そんなことがあっていいのか? 俺から薫が離れる? もしかして、高校生になったら家を出て寮で暮らすとかか? ふざけんな。それじゃあ俺の知らないところで薫が俺の知らない男と話して、薫が危ない目に遭うかもしれねぇじゃねぇか。そんなことがあっていいはずがない。

 

「俺を捨てるのか……?」

「最後まで聞いて。で、志望校決めたんだ。ちゃんと考えて、ちゃんと決めた。聞いてくれる?」

「朝日。俺の鼓膜をぶちやぶってくれ」

「任せなさい」

「光莉ー。おいでー」

「わんわん!」

「今躊躇なく氷室くんの鼓膜破ろうとしとったよな……」

 

 手のひらで俺の耳を思い切り叩こうとした朝日は、日葵に呼ばれて攻撃を中断する。びっくりした。まさか本当に鼓膜破られそうになるとは思わなかった。普通躊躇しない? 躊躇するっていうかそもそも破ろうとしなくない? なんであいつやる気満々で俺の鼓膜破ろうとしてんだよ。さては俺が日葵から祭りに誘われたことをまだ根に持ってるな?

 

「私ね」

「千里。ハンカチ貸してくれ」

「もう拭いてるよ」

 

 涙が出た時のためにハンカチを借りようとしたが、どうやら俺はもう泣いていたらしい。なんかやけに千里が俺に近づいてハンカチを俺の目元に当ててくるなーって思ったらそういうことだったのか。なんで気づかなかったんだ俺?

 

 そうやってふざけて話を逸らそうとしたが、薫は俺をまっすぐ見て目を逸らそうともしない。……妹の成長を見るのも、立派なプレゼントかと覚悟して、「あ、私のハンカチ返しなもごもご」と空気を読まずに口をはさんできた朝日が日葵に口を塞がれて視界の端に消えていくのを見送ってから、薫の言葉を待つ。

 

 緊張した、薫の重い口からゆっくりとそれが告げられる。

 

「──兄貴と、同じ高校に行こうかなって」

「んだよ俺から離れるとか言っといて俺のこと大好きじゃんいやーそうだよな薫って俺のこと大好きだし俺も薫のこと大好きだし俺から離れるわけがないっていうかにくいな薫これもサプライズだったのか騙されたぜ俺寂しくて泣いちゃったじゃんでも可愛い妹のやることだから何でも許」

「そこまでだ恭弥。流石に気持ち悪すぎる」

 

 薫への想いを吐き出すだけの機械になっていた俺のスイッチを千里が切った。あんな普通に考えれば気持ち悪いと思われるであろう言葉をつらつら並べても、ここにいる人間全員が引いた様子を見せず、俺から一歩距離をとった。普通に引かれてんじゃねぇか。

 

 ただ、薫だけは呆れたように笑い、言葉を続ける。

 

「でもね、同じ高校に行くのは別に兄貴と一緒のところがいいからとかじゃなくて、ちゃんと見てほしいの。妹じゃない私を、兄貴がいなくてもちゃんとできるんだっていう私を」

「え、やだ。そんなの俺が認めたら薫が俺から離れていくじゃん」

「そのために同じ高校に行くって言ってるんじゃん」

「だってそれはつまり薫が俺から離れていくってことだろ?」

「うん。だからちゃんと見てて」

「でもそれ俺が認めたら薫が俺から離れていくじゃん」

「そのために同じ高校に行くって、何回も同じこと言わせないで!」

「同じこと何回も言う薫も可愛くね?」

「うん、可愛い」

「俺の妹に色目使いやがったな」

「理不尽だ!」

 

 千里を屍にしてから、薫に向き直る。あーあ、千里に可愛いって言われて照れちゃって。お前もしかして千里と一緒にいたいからくるんじゃないだろうな? 俺から離れるためってのはカモフラージュじゃないよな? もしそうだったら泣くぞ俺。すでに兄貴離れしてるじゃん。悲しいじゃん。

 

「いや、思ったんだけどさ。兄貴離れしなくてもよくね? 仲良しこよしでよくね?」

「だってこのままじゃ私彼氏もできないじゃん」

「一生作らないでほしい」

「いや。だって子ども欲しいもん」

「薫ちゃんに、子ども……」

「日葵! 大丈夫!?」

 

 今までなんとか耐えていた日葵が膝から崩れ落ちた。薫が俺から離れていくってことは、日葵からも離れていくってこと……にはならないけど、薫の口から「彼氏がほしい」「子ども欲しい」と聞いてショックを受けたんだろう。日葵も俺と同じくらい薫が大事だし、ずっと子どもだと思ってたからな。

 

 それが、嫌なんだろう。もしかしたら今まで俺が薫から遠ざけていた男の子の中に好きな男の子がいたのかもしれない。それだったらめちゃくちゃ悪役じゃん俺。でも妹のために悪になるってカッコよくね? 悪い? そう。

 

「それに、兄貴も妹離れしないとね。兄貴にもし彼女ができて、兄貴が彼女より私を優先しちゃったら即破局するかもしんないし。ね? 日葵ねーさん」

「うぇえ!? わた、私!? ど、どーだろ。私は薫ちゃんのこと知ってるし、薫ちゃんのことも大好きだから、そんなことにはならないと思うけど……」

「あれ、今薫ちゃんそういう話してたのか? てっきり夏野さんに客観的な意見を求めたと思ったんだけど」

 

 ところで客観的ってなんだ? と首を傾げているバカは本当にバカだ。お前誰もがつつこうとしなかったところを無遠慮につつきやがって。

 薫は、俺にもし彼女ができてっていう言い方しかしてない。でも日葵はもし自分が俺の彼女だったらっていう仮定で喋ってしまった。井原が触れなきゃさらっと流すことができたのに、井原のせいで日葵が顔を真っ赤にして、朝日が違う感情から顔を真っ赤にして俺を睨みつけている。死んだか、俺。

 

「ふふ。日葵ねーさんなら心配なさそーだけど、他の人がどうかはわかんないし。お互いの将来のために離れた方がいいかなって」

 

 いやまて。それなら俺と日葵が付き合えば薫は俺から離れる必要がないってことだ。……それを今ここで言う度胸はまったくないが、つまりそういうこと。俺は将来的にそうなりたいって思ってるし、だから薫は俺から離れる必要が……。

 あぁでも、薫も彼氏欲しいんだもんな。薫が、俺から離れて貰わないと困るんだ。

 

「それにね。兄貴が今まで過保護だったおかげで、私にもちゃんと好きな人できたし。私、兄貴に安心してもらえる自信あるよ」

「日葵、武器を持て」

「わかってる。行くんだね?」

「仕方ないわね。私も付き合うわ」

「なんでみんな殺意に溢れた目で僕を見てるの? ……岸さん助けて!」

「無理やなぁ」

「見捨てるにしては早すぎるでしょ」

 

 薫を奪われたくない俺と日葵、個人的に千里を殺したい朝日、そんな激ヤバ集団に勝てないと判断した岸、今から殺される千里。薫の好きな人が千里だって決まったわけじゃないが、十中八九そうだろう。そうじゃなきゃどっちみち許さない。千里ならまだ許せるかな? ってラインなのに。もちろん井原だったら即殺す。

 

「ふふ。それとね、みんなみたいに立派な誕生日プレゼントにはならないかもしれないけど、ケーキも作ったんだ。多分兄貴好みの味になってるから、朝日さんには申し訳ないけど」

「は? 妹系美少女の手作りケーキ? 氷室。私あんたの友だちでよかったわ」

「妙な友情の感じ方してんじゃねぇよ」

「ねぇねぇ薫ちゃん。一瞬だけ氷室と付き合うから、今後ずっと私のこと光莉ねーさんって呼んでくれない?」

「光莉?」

「冗談はあかんなぁ」

「氷室。私の棺桶に薫ちゃんのケーキ入れておいて」

「全部食うけど……」

「私は一生あんたを許さない」

 

 自滅しただけなのに逆恨みされてしまった。おとなしくしときゃいいのに、俺と同じで余計なこと言って窮地に陥るアホだ。それは千里にも当てはまるから、クズはもはやそういう運命なのかもしれない。

 

 正座して覚悟を決めた朝日から視線を外し、「そういえば」と薫を見る。

 

「朝日へのプレゼントはケーキ以外に用意してんの?」

「うん。これ」

 

 言って、薫は何の変哲もないUSBメモリを取り出す。USBって、卒業記念みたいだな。まぁあんまり会ったこともないし、趣味もあんまりわからないから無難と言えば無難か。流石俺の妹。

 

「小さい頃の日葵ねーさんの写真が入ってます」

「流石氷室の妹!! ありがとー!!」

 

 流石俺の妹。



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第55話 別に他意はない

「で、どういうつもり?」

「なにがー?」

 

 薫ちゃんのドチャクソ激うまケーキを頂き、氷室があまりのおいしさと妹が自分にケーキを作ってくれたという感動で泣き出したところで解散。織部くんだけが残ったのは氷室に何か言うことがあるのか、それとも薫ちゃん目当てか、どちらかはわからないがまぁどうせメスだし気にすることはないわね。

 私の隣には春乃。目を細めて睨みつけたつもりなんだけど、春乃は何も堪えた様子もなくからから笑っている。

 

「なにって、ずっと日葵に塩送るような真似してるじゃない。少しはあんたも氷室にばんばんアプローチしないと取られちゃうわよ?」

「別に、氷室くんは物ちゃうしなぁ。それに、何個か布石は打ってるし」

 

 明るい雰囲気を持つ春乃は、結構頭が回る。それは勉強的な頭の良さじゃなくて、どうすれば日葵が積極的になれるか、どうすれば氷室が自分を気にしてくれるか。それらを考えて実行し、思い通りにいくだけの頭がある。

 でも、私から見ればどうも自分じゃなくて日葵を優先している気がする。今日のこともそうだし、今までだって。

 

「氷室くんは普段バカやってるけど、頭は悪くないし、鈍感でもない。気づくもんにはちゃんと気づく。元々相手は幼馴染で、しかもずっと好きやった相手やろ? ふっつーに考えなしにアプローチしても、勝ちの目は一切ないやん」

「襲いなさい。あんたが氷室と付き合ってくれたら日葵が氷室と付き合うことはないわ」

「あれ、私を心配してくれたんちゃうんや」

 

 春乃が全然アプローチしないのに怒っているのは春乃を心配しているのもそうだが、氷室と日葵が付き合うってことを考えると腸が煮えくり返るからだ。日葵も氷室のことが好きだし、もしそうなったら応援しようと思ってはいたがどうにも耐えられそうにない。氷室は日葵に対してになるとどうも自己評価が低くなるから、そのあたりも気に入らない。

 

「てか、氷室くん初心やしな。普段あんなに口汚く下品なこと言うといて、実際そういう下品なアピールしたら引いてまうかもせんし。多分、氷室くんって物語みたいな恋愛のが好きやと思うねん」

「実際、小さい頃からずっと幼馴染のことが好きって、物語みたいよね。まぁ日葵が相手だから仕方ないんだけど」

「ほんまに、一途やんなぁ」

 

 とろん、とした目で頬を少し赤く染め、短く息を吐く春乃。あぁ、氷室のそういうところが好きなのね。むしろそれ以外にいいところないみたいなところもあるけど。

 まったく、なんであんなやつがモテるんだろう。日葵と春乃よ? 女神と女神よ? いい子過ぎて私が少しいい子に見えるくらいのいい子よ? それに対して氷室はドクズ。なんで氷室を好きになるんだろう。自分にないものを持ってるからとか? なるほど。私と氷室は似てるから、そう考えればなるほど。だから私は氷室に惹かれないわけだ。

 

「……って、にしても日葵を手助けする意味がわかんないのよ。正面からぶつかり合って勝ちたいっていうのはわかるんだけど、元々勝ち目ないのにもっと勝ち目なくしてるじゃない」

「ん? だって、あんなに可愛い二人、応援したくなるに決まってるやん」

「自分の恋愛感情抜きにしても?」

「そ。それに、日葵のことが好きやのに、罪悪感やらなんやらで私と付き合ってもらっても嬉しないし、お互い全力でぶつかってそれで負けるならしゃあないなって思えるやん?」

「つまり、日葵が全力じゃないのに、それに勝っても……ってこと?」

「そ」

 

 それはなんというか男らしいというか。悪い言い方をすると損な生き方をしてるなぁ、と思う。確かに、好きな人がいる相手を奪い取って、でもその人は好きな人のことをずっと想ってて。そうなったらむなしいかもしれない。でも、氷室は相手のことをちゃんと見てくれるし、付き合ったらちゃんと好きになってくれると思う。好きな人のことを忘れることはできなくても、恋人のことをないがしろにすることは絶対にない。

 

 あれ、私氷室に対する好感度高くない?

 

「それより、光莉はほんまに氷室くんのこと好きちゃうん?」

「好きよ。友だちとして」

「どう見ても怪しいんやけどなぁ……」

 

 男女間の友情は成立しないっていうのはよくある話で、友だちのつもりでもどうしても性差っていうのはあるもの。ふとした時に相手の性を意識するし、それは氷室だって私だってそうだ。病院の時はうっかり好きになりかけてしまった。そんなことになったら私は日葵にゲボ吐くまで殴られることだろう。

 

「んじゃあ氷室くんとえっちなことはできる?」

「は? 春乃は虫とセックスしろって言われたらできるの?」

「好きな人を虫に例えられた私の気持ち考えろや」

 

 氷室とセックスなんて、デカい頭のいいカブトムシに襲われるようなものだ。絶対嫌。あいつ才能めちゃくちゃあるから絶対うまいし、もしそうなったら私もノリノリで屈しないプレイしそうで嫌だ。私と氷室と織部くんはノリで生きてるところあるから、後々のことは無視してやってしまいかねない。

 ……って思う程度には、嫌悪感ないっていうところがヤバいかなとは思ってる。恋愛感情はまったくないのに。

 

「大体、私が氷室のこと好きになったらハーレムじゃない。私、日葵、春乃、織部くん」

「一人メスが混じっとるな」

「メスだからいいじゃない」

「……ん? それもそか」

 

 少し、考えてみる。私と氷室が付き合う可能性。日葵にフラれて、春乃にもフラれて、なんだかんだ色々あって二人で酒を飲んで、流れで寝て、なぁなぁで一緒にいて「そろそろ結婚するか」っていうあいつの一言。うん、これしかありえない。日葵が氷室をフるなんてありえないし、春乃もフラないし、つまりありえないってことね。

 

「そもそも、私が氷室のこと好きだったらライバル増えて不都合じゃない?」

「なんで? ぶちのめす相手が増えるだけやん」

「男らしすぎでしょ。惚れるわよ」

「やめてくれ」

「そんなに嫌がらなくても……」

 

 私を好き勝手いじったくせに。あんなに私の体中を好き勝手……あ、好きになっちゃう。私、女の子を好きになっちゃう。

 

「あ、そやそや。お祭りなんやけど、浴衣着ていく?」

「えー、めんどくさい。私が浴衣なんて来たら男どもを悩殺しちゃうに決まってるじゃない」

「千里のが破壊力高いで」

「確かに……」

 

 あいつ、メスだから女の私より普通に破壊力あるのよね。女の子じゃないのに女の子みたいだからこその破壊力。可愛いと思っちゃいけないのに明らかに可愛い。色んな感情で見る人を殴りつけてくる人間兵器。

 でも流石に浴衣でこないでしょ。もし着てくるなら絶対負けるから私は絶対に浴衣を着ていかない。むなしくなるだけ。絶対私より織部くんのがナンパされるし。絶対に助けてやんないしむしろ人気の少ない場所をナンパしてきた人に教えてあげよう。

 

 なぜか氷室が颯爽と助けにくる場面が思い浮かんだ。やめよやめ。

 

「……氷室くんって、浴衣好きやと思う?」

「それは日葵か織部くんか薫ちゃんに聞かないとわかんないわよ」

「光莉は好き?」

「好き。可愛い」

「じゃあ着ていこ」

「おい。私を仮想氷室にするな」

 

 いくら似てるからってそんなとこまで一緒なわけないじゃない。似てるところと言えば性格と好きな人と食の好みとだめだめ。似すぎてる。仮想氷室にされても仕方ない。終わり終わり。私は氷室光莉です。氷室恭弥の双子です。おっぱいが大きいです。あ、隣にない人がいるわね。かわいそうに。

 

「どしたんこっちみて」

「殺さないで」

「?」

 

 よかった。うっかり憐れんでしまったから察せられるかと思ったけど、春乃にその能力はないみたいだ。氷室あたりなら「今おっぱいのこと考えてた?」ってデリカシーの欠片もなく言ってくるけど、あれがおかしいんだ。春乃が普通。ちなみに織部くんは「おっぱいのにおいがするな……」って言いながら近寄ってくる。あいつ薫ちゃんのことが好きなら本当にいい加減にした方がいい。

 

 まぁ私が魅力的すぎるのが悪いっていうのもあるんだけどね? ふふふ。

 

「いきなり笑いだしてどうしたん。キショいで」

「ひどい」

 

 こんな美少女にキショいなんて。そんなこと氷室と織部くんくらいしか言ってこないのに。結構言われてるわね?

 

「はぁ、とりあえず、私はどっちも応援してるから。何か協力してほしいことがあったら遠慮なく言いなさい」

「うん。頼りにしてるで。って、あれ? なんか連絡きてへん?」

 

 春乃に指摘され、ポケットに入れているスマホから鳴る音に気付く。学校が終わると同時に通知をオンにしてるのに、自分で気づかないなんて流石、可愛いわね私。

 

 春乃に断りを入れてからスマホを取り出し、届いたメッセージを見る。相手は氷室からで、それを伝えると春乃もスマホをのぞき込んだ。

 

「……『話したいことがあるから、戻ってきてくれないか』やって。私のこと応援してるんやっけ?」

「ははは」

 

 不穏な空気を感じ取った私は、その場から走って逃げた。あれ、こんなことしたらやましいことがあるって言ってるようなもんじゃない? でもやましいことないから、一切ないから。

 

 あの場にいてそのまま殺されるよりはマシだ。

 

 

 

 

 

「お、悪いな。わざわざハンカチ取りに来てもらって」

「……話したいことってそれ?」

「おう。渡すの忘れてたと思って」

「明日でよくない?」

「バカかお前。明日になったら忘れてるに決まってるだろ」

 

 肩で息をしながらきた朝日にびっくりしながら、朝日に借りたハンカチを返す。そんなに返してほしかったのか。そんなものなら貸さなきゃいいのに。

 

「あんたねぇ、ややこしいのよ」

「だって普通にハンカチ返すって言ったら、明日持って来いって言うだろ?」

「信じられないほどクズね。安心したわ」

「朝日が安心してくれてよかったぜ。ところでなんで俺の腕を掴んでるんだ?」

「曲げるのよ」

 

 左腕の感覚がなくなった。利き手を残してくれたのはせめてもの優しさだろう。まったく、朝日は優しいやつだな。

 俺に制裁を与えた朝日は、「もう用済んだわよね?」と言って俺に背を向け、帰ろうとする。外は暗くなり始めていて、朝日は女の子。ふむ。

 

「……なんでついてきてるのよ」

「送ってこうかと思ってな。こんな時間に女の子一人で帰らせんのもなんだし」

「こんな時間に女の子一人でこさせといて?」

「さっきと今では気分が違うんだよ」

 

 朝日は俺から目を逸らして、頬を赤くしている。こいつ、女の子扱いされるの実は好きだしな。俺相手でもときめいてしまうくらいだから、乙女濃度高すぎる。将来ろくでもねぇ男に騙され……騙されたらぶちのめすだろうから安心っちゃ安心か。

 

「ったく、あんた今日誕生日でしょ? 家でゆっくりしとけばいいのに」

「お前も今日誕生日だろ。万が一があったら俺がお前の両親に顔向けできねぇよ」

「会わないで。二人があんたにあったら、なしくずしで婚約させられそうだから」

「両親まで似てんの?」

 

 俺の両親は俺が日葵のこと好きって知ってるから婚約させるなんてことはないが、もし俺に好きな人がいなければ俺が女の子を家に連れていった瞬間に式場を予約することだろう。おかしすぎねぇかうちの親。

 

「……それと、これ」

「?」

 

 朝日がいる方とは逆の方を向いて、差し出す。牛のキーホルダー。

 

「なんか、誕生日って知ったのに何も渡さねぇのは気持ち悪くてな。さっき千里を送るついでに買ってきた」

「私のプレゼントをついでにするなんていい度胸じゃない。しかも牛って、どういうこと?」

「パイはない」

「他意はないって言いたかったのね」

 

 俺の手からキーホルダーをひったくり、不機嫌そうに鼻を鳴らす。牛みたいな乳だから牛を買ったわけじゃないのに。ったく、考えすぎも困りもんだぜ。牛みたいな乳してるくせによ。

 

「……ま、まぁ、ありがとね」

「お前ずっとそうしてりゃめちゃくちゃ可愛いのにな」

「は? いつも可愛いでしょ」

「おう」

「……」

「千里直伝、朝日を照れさせる方法」

「死になさい」

 

 牛のキーホルダーを付けた鍵で刺されそうになったので、まだ感覚が残っている右手で受け止める。こいつこんなに手首細いくせしてどっからそんな強靭なパワー出してんだ? 体の使い方ってやつだろうか。それにしても体の使い方ってどことなくえっちじゃね?

 

「まぁまぁいいこと教えてやっから。ここらへん日葵の家近いんだよ」

「私が知らないとでも?」

「ちなみに遊びに行ったことは?」

「ない頃から知ってるわ」

「こわ」

 

 ──気づける要素はいくらでもあった。日葵の家が近くにあって、俺たちは隠れもせずにじゃれあって、しかも全員が解散した後に二人きりで。

 

 これが原因で、また勘違いが生まれるなんて、俺はどうやら勘違いってやつに愛されてるらしい。



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第56話 勘違い潰し

 昼休み。なぜか、僕は夏野さんに呼び出されて、校舎裏まで連れてこられた。

 夏野さんが僕を呼び出すのは珍しい。いつも大体朝日さんが飛びついてきて岸さんもそれに乗っかり、朝日さんか岸さんのどちらかが僕らを呼ぶっていうのがお決まりだったのに、今日は夏野さんが僕のところに一直線にきて、有無を言わさず連れてこられた。恭弥と朝日さんが授業を思い切り寝て過ごしていたから止められることはなかったけど、この状況をあの二人に見られたら僕の未来はないのでどうか一生目を覚まさないでほしい。

 

「ね、織部くん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「何? 薫ちゃんのこと?」

「ん-ん。や、それもちょっと気になるけど」

 

 じゃあ恭弥のことか、と僕はあたりを付けた。夏野さんが僕に話があるなら、十中八九氷室兄妹のことだ。恭弥の親友は僕だって自負してるし、薫ちゃんのことだって大好きだから、同じく恭弥と近しい存在で薫ちゃんが大好きな夏野さんなら、氷室兄妹のこと以外ありえない。

 

「恭弥のことなんだけどね」

「恭弥がどうかした? 何かひどいことでもされた?」

「ん、ん-。どうだろ?」

 

 え、マジかあいつ。デリカシーの欠片もないクズだと思ってたけど、夏野さんを傷つけることだけはしないと思ってたのに。いやでも待て。夏野さんが勝手に傷ついてるだけで、なんてことないことかもしれない。夏野さんに関係することなら恭弥は信用できる。

 

「昨日ね。解散した後、すぐに家に帰ったんだけど」

「うん」

「しばらくしたら恭弥の声が聞こえたから、もしかして会いに来てくれ……今のなし。えっと、お、お散歩でもしてるのかなーって」

 

 夏野さんって絶対恭弥のこと好きだよね。わかりやすすぎる。恭弥もわかりやすいし、なんだ、あの付近で育つとわかりやすくなるのかな? 薫ちゃんもわかりやすくて可愛いし。

 

「で、話しかけようと思って外見たらね。……恭弥と光莉がいて、恭弥が光莉の手を掴んで、見つめあってたの」

「うん、なるほど」

「ね、織部くん。二人って、付き合ってるのかな」

 

 悲しそうに俯いて、声を震わせる夏野さん。

 夏野さんにとって恭弥は好きな人で、朝日さんは親友。もしそうだとしても、納得できないところはあってもどこか一歩引いてしまうところがあるんだろう。夏野さんはきっと、嫌だと思っても言うことができない。裏切られたと思っても、きっと朝日さんを許してしまう。だって、それくらい恭弥と朝日さんはお似合いに見えるから。二人が付き合ったら、幸せになるだろうなって自然と思えるから。

 

「いや、そんなことはまったくないよ」

 

 でもそんなことはありえない。二人が付き合うなんて考えられない、までは行かないが、恭弥に「朝日さんと付き合える?」って聞いたら「犬に首輪つけられて散歩に連れていかれる方がマシだ」と答えるに違いない。つまり、それほど屈辱的ってことだ。

 

 僕が否定すると、夏野さんは少し顔をあげた。まだその顔には不安が貼り付いていて、信じ切れていないみたいだ。はぁ、まったく。

 

「あのね、夏野さんって恭弥のこと理解してるようであんまり理解してないよね」

「なっ、理解してるもん! いっつもずっと見てるし!」

「僕だってずっと見て……んん。違うんだ。あの、見てて面白いからね?」

「織部くんとも付き合ってる……?」

「いや、落ち着くんだ夏野さん。どちらかと言えば僕は突かれる側だし何言ってんだ僕はほら、僕の好きな人は薫ちゃんだから。恭弥となんてありえないから」

「つかれるがわ?」

 

 夏野さんが何か考え始めたので、どうしたのかな? と待っていると、みるみる顔が赤くなって僕から気まずげに目を逸らした。

 

「た、たしかにね」

「おい夏野さん。そこを広げないでもらえないだろうか」

「ひ、ひろげ」

「夏野さんってもしかして結構むっつり?」

「ち、ちがう! 光莉が私の反応楽しんでよくそういう話してくるから、その、変に知識ついちゃったっていうか」

「とんでもないことしてるね朝日さん」

 

 この絵に描いたような純真無垢な夏野さんになんてこと教えてるんだ。「ふふ、日葵を汚せるのは私だけなのよ」なんて優越感に浸ってそうで非常にムカつく。やっぱりクズだ。あのクズは二度と薫ちゃんに近寄らせないようにしよう。

 

「……ふぅ、ご、ごめんね。ちょっと慌てちゃったっていうか」

「いや、僕もごめん。先に大慌てしたのは僕だ」

 

 顔の熱を冷ますように手でぱたぱた仰いで小さく息を吐く夏野さんはなるほど可愛い。朝日さんも可愛いし岸さんも可愛いと思うが、こうも純粋に可愛いと思えるのはものすごいことだと思う。なんというか、言動や行動に裏がないというか、そこにいるだけで人に安心感を与える何かがあるというか。

 

 恭弥がずっと好きでいるのも頷ける。こんな人が幼馴染だったら人生壊れるでしょ。ただまぁ、親友の好きな人だから評価が高くなってるっていうのはあるかもしれないけど。

 

「話を戻すね。恭弥は絶対朝日さんと付き合うことはないし、朝日さん側からしてもそう」

「わかんないじゃん」

「わかるよ。あの二人は確かに息ぴったりで、からかい合うしボディタッチ多いし話も合うし信頼し合ってるけど……ん?」

「ほんとに付き合ってないの?」

「怪しくなってきた……」

 

 いや、怪しくはない。僕からすれば、っていう枕詞はつくけど。

 僕は恭弥が夏野さんのことが好きってことを知っている。恭弥のそれは単純な好きじゃなくて、決してブレることのない、恭弥っていう人間を形成する一本の芯として存在しているほどの、人生の核と言っていいほどのもの。だから僕からすれば恭弥が夏野さん以外と付き合うなんて思えないし、いくら迫られたって付き合わず、絶対に夏野さんを選ぶって思ってる。……アプローチの仕方によっては、ちょっと怪しい部分があるけど。

 

 ただ、それも『夏野さんにフラれたら』っていう前提がいるんだ。どれだけアプローチしても、夏野さんと付き合える可能性が少しでも残っていれば、恭弥は絶対に夏野さんを選ぶ。

 

 でもそれを夏野さんに説明することはできない。つまり今、僕は『息ぴったりでからかい合っててボディタッチが多くて信頼し合っている男女』を、『君のことが好きだから絶対に付き合わないよ』というリーサルウェポンなしで『付き合っていない』ということを証明しなければならない。フェルマーの最終定理くらい難しい。

 

 なんであの二人あんなに仲いいの? そのせいで夏野さんが傷ついてるんだけど。恭弥もさ、夏野さんが好きなら他の女の子といちゃいちゃなんかするなよ。そういう人だって思われてもいいの? 僕はもうそういう人だって思われてるけど。

 朝日さんもさ。夏野さんが恭弥のこと好きって知ってるならちょっとは気を遣おうよ。夏野さんのことが大事なのはいい。夏野さんから男を遠ざけるのもいい。でも君が恭弥の隣にいたらダメじゃないか。遠ざけるなら、君が夏野さんの隣にいないとダメじゃないか。結局さ、恭弥の隣が居心地いいんでしょ。でも君にとっての一番は夏野さんなんじゃないのか? まぁ僕も今夏野さんと二人きりなんですけどね。

 

 おい、人のこと言えないじゃないか僕。クズが。ぜひ死んでくれ。

 

「でも、考えてみてよ。恭弥も朝日さんもいっつも付き合うのはないって言ってるでしょ?」

「それは隠したいだろうし、口ではなんとでも言えるよ?」

「いや、わかるんだよ、僕にはね。これでも恭弥の親友やってるし、朝日さんとだって気が合う」

「私は恭弥の幼馴染だし光莉の親友だもん!」

「確かに、朝日さんに関しては夏野さんの方が理解してるかもね。でも、恭弥に関しては僕の方が上だ。恭弥の考えてることなんて手に取るようにわかるし、何なら行動の予測だってできる」

「じゃあじゃあ、今恭弥がどこで何してるのか当ててみてよ」

「ん-、そうだね。ちょっといいかな?」

 

 スマホを取り出し、恭弥に電話をかける。ぷ、というコール音の始まりの音を少し聞いただけで、恭弥は電話に出た。

 

「やぁ恭弥。今屋上にいて僕らを見下ろしてるところだと思うんだけど、どう?」

『言いたいことはそれだけか』

 

 屋上を見ると、修羅二人と隣で爆笑している女の子がいた。ほらね? と目だけで夏野さんに伝えると、悔しそうに肩を震わせて僕を睨みつけてくる。

 

「ちなみにやましい話は何もしてないよ」

『殺してやるって言ったのが聞こえなかったのか?』

『氷室。もうそいつに喋らせる必要はないわ。いえ、そうね。織部くん、地獄で会いましょう』

『アハハハハハ! 逃げた方がええで千里! 足速いんやろ? ククッ』

 

 会話が通じなさそうなので電話を切る。屋上の方を見ると、僕を見下ろしてから二人が屋上から姿を消した。恐らく僕を消しに来るんだろう。あーあ。僕はここで終わりだ。

 

「じゃあそういうことだから。僕は逃げるね」

「……あれ? なんで、恭弥が怒ってたの?」

「僕が薫ちゃん好きって言っておきながら、夏野さんと二人きりになってたからでしょ」

 

 納得する夏野さんに、相変わらずよく回る口だなと自分で思う。別に、どっちもお互いのことが好きなんだから言っちゃってもいいんじゃないかって思ってしまうが、こういうのは自分で気づくものだろう。

 それに、岸さんのプランもある。それがどんなものかはわからないけど、僕はあくまで中立だ。誰の味方でもないけど、誰の味方にもなる。結局、僕にとっては恭弥が幸せならそれでいいんだ。

 

「あ、あとさ。まだ恭弥と朝日さんが付き合ってるって思うなら、考えてみてよ」

「え、なにを」

「朝日さんがさ。夏野さんが本当に傷つくようなことすると思う?」

 

 あ、と小さく声を漏らして夏野さんが固まった。

 

「親友ならさ、信じてあげなよ。疑ってもいいけど、今までの自分たちを考えてみたら最後には絶対信じられるから」

 

 僕の親友だって今は怒って僕を殺しにこようとしているが、頭の片隅では僕が夏野さんとやましいことをしていないってわかってる。まぁ、今回の場合は夏野さんと二人きりになったっていう事実だけで殺しにきてるんだろうけど。

 

「織部くん!」

「ん?」

「ありがと!!」

 

 夏野さんに背を向けて走り出すと同時に声をかけられて、振り向くと綺麗な、太陽に照らされる花のような笑顔でお礼を言ってくれた。それに手をひらひら振って返すと、殺人鬼二人から逃げるために必死で足を動かす。

 

 ほんとにさ。親友どもは、親友のありがたみをわかってほしいもんだ。

 

「そう思わないかい?」

「選ばせてやろう。生きるか死ぬか」

「じゃあ」

「死になさい」

「選ばせろよ!」

 

 あっさり恭弥と朝日さんに捕まった僕はまた殺された。ループもの主人公かよ。



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キャラまとめ

感想の方でヒロイン紹介をして頂けたので、それならこっちでもやっておこうかと思いました。ババロア。


●いつもの五人

 

氷室(ひむろ)恭弥(きょうや) 男 17歳

 

誕生日:6月22日

 

好きなもの:鏡に映った時必ずカッコいい自分

 

嫌いなもの:シャワーを出した時最初の方にでる水

 

弱点:慌てるとポンコツになる

 

人物紹介

 

 クズ。

 クズながらも根っこの部分に善性が残っている。ただそれが発揮されるのは自分に近しい人間に対してのみで、親しい人間以外から見ればただのクズ。知れば知るほど好きになるかもしれないスルメのような人間。

 頭がよく、運動もできて高身長でイケメン。質の固い短めの黒髪に、キリっとした目つき。女の子をドキッとさせるがクズなのですぐに離れていく。

 

 幼馴染の日葵が好きで、えっちしたいと思っているが、クズなクセに初心なので多分無理。

 千里とは親友で、最近よく殺したりするがかなり信頼している。アイコンタクトはお手の物。

 朝日に対してはなんとなく長い付き合いになりそうなクズだな、と思いつつ可愛い、いいやつと好感度は高い。

 岸が自分に好意を持っていることを知っているため、少し距離を測りかねている。更に人間性が自分の好みドンピシャのため、危険を感じている。

 

 

 

織部(おりべ)千里(ちさと) メス(男) 16歳

 

誕生日:2月14日

 

好きなもの:自分を男だと自覚させてくれる性欲

 

嫌いなもの:あまりにも自分がメスすぎること

 

弱点:慌てると少しポンコツになる

 

人物紹介

 

 クズ。

 身内には全力でクズで外には案外まとも。

 ふわっとした明るい茶髪にメスのような顔と体、更にフェロモンと思わしき甘い香りを持っており、実際メス。男らしさに憧れを抱いている。可愛らしい目を誤魔化そうとメガネをかけるという無駄な足掻きをしている。

 薫のことが好き。運動能力は平均値だが、足が速く体力がそこそこある。

 

 恭弥は親友。付き合っていると勘違いされているが、そんな中でも「好きなの?」と聞かれれば迷わず「好き」と答えるレベルで信頼してるし隣にいたいと思っている。もちろん恋愛感情は一切ない。

 日葵に対してはまったくクズを発揮せず、よき友人であろうと努力している。ただ自分が薫のことが好きだと発覚した今、時々敵意を向けられている。

 朝日は普通に友だちとして好き。可愛いしいい人だしクズだと思っている。恭弥に似すぎていて恐怖すら覚えている。

 岸に対しては隙あらば可愛がられるため、警戒心を抱いている。ただある意味一番の常識人であり、更に岸がいるとふざける方に突っ走れるため好感度は高い。

 

 

 

夏野(なつの)日葵(ひまり) 女 16歳

 

【挿絵表示】

 

 

誕生日:8月8日

 

好きなもの:みんなといる時間

 

嫌いなもの:恭弥に対して悩みすぎてしまう自分

 

弱点:自己評価が低い

 

人物紹介

 

 聖人。身内にも聖人で外にも聖人の聖人。

 いわゆる優しい普通の可愛い女の子。勉強が少し苦手で他は問題ないレベル。

 美しく輝く黒い髪をポニーテールでまとめ、形のいい胸にすらっとした手脚、抜群のプロポーションを持つ大きなお目目がとってもチャーミングな女の子(恭弥評)。

 誰とも分け隔てなく話す明るさの化身で、男子からめちゃくちゃな人気だが朝日の手によりその男子たちは日葵に対する恋愛感情を失っている。

 

 恭弥は幼馴染。しかし恭弥が好きすぎてうまくしゃべることができず、恥ずかしがりやで可愛い。

 朝日は親友。愛情表現が激しすぎる気もしている。朝日は日葵から好きと言ってもらえたら喜ぶが、恥ずかしがり屋なので全然言えない。

 千里は密かに頼りにしている。恭弥と朝日と近しい唯一と言っていい存在で、仲良くしたいなと思っている。あとメスだから安心する。

 岸にはかなり感謝しているが、サポートされすぎて罪悪感を持っている。可愛くて素敵でカッコいい女の子だと思っている。

 

 

 

朝日(あさひ)光莉(ひかり) 女 17歳

 

誕生日:6月22日

 

好きなもの:かわいいもの

 

嫌いなもの:日葵に仇なす存在すべて

 

弱点:責められると弱い

 

人物紹介

 

 文芸部所属のクズ。

 黒いボブカットに黄色いヘアピンをしていて小柄でおっぱいが大きい。

 身内には全力でクズで外では猫をかぶっているクズ。

 恭弥と似ているところが多々あり、周りからしばしば仮想恭弥として扱われる。

 乙女。仲のいい男の子に下の名前で呼ばれると間違いなく照れる上、可愛いと言われても間違いなく照れる。

 

 恭弥とは異性の親友っぽい関係。無意識のうちに結婚を想像できるほど好感度が上がっているが、不思議なことに恋愛感情は一切ない。

 日葵は大好き。日葵に近づく男は全力で排除する。日葵に名前で呼んでもらうことが人生で一番の幸せ。

 千里はよくからかって遊んでいる。恭弥と似ている、そして千里は恭弥の親友、となれば馬が合わないはずもなく、二人でいるといいコンビとして機能する。

 岸のことを少し心配している。岸が恭弥のことが好きだと知っているため、岸がサポートばかりしていることに対してもやもやしている。

 

 

 

(きし)春乃(はるの) 女 16歳

 

誕生日:11月11日

 

好きなもの:一本筋が通っている人 面白いこと

 

嫌いなもの:特になし

 

弱点:特になし

 

人物紹介

 

 聖人。

 肩まで伸ばした金の髪に、儚げな瞳に薄い唇に綺麗に通った鼻筋。さらに綺麗で長い手足にスレンダーな美人さん。

 関西出身で関西弁で話す明かるさの化身。運動能力は恭弥とタメを張れる。

 雰囲気が柔らかく、誰とでも分け隔てなく接する元気っ子。その性格は男らしさ満点で、岸を知るものに岸のことを聞くと、まず最初に「イケメン」と返ってくる。

 勉強ができるという頭のよさではなく、計画的な頭の使い方がうまい。更に察しがいい。

 

 恭弥の飾らないところが好きで、恋愛的な意味で好き。恭弥に好意がバレていることを早い段階から察していた。

 千里を可愛がることを生業にしようと思っている。一度千里に「ぼ、僕は男だぞ!」と可愛がっている最中に言われた際、「ん?」とイケメンスマイルで返し、千里を見事メスにした。

 日葵のサポートを積極的に行っている。日葵はサポートしないと恭弥に積極的になれないため、『全力でぶつかって勝ちたい』という男前な信条の下、サポートしている。

 朝日が責められると弱いことに一早く気づき、朝日を可愛がっている。地味に朝日に対しての評価はかなり高い。

 

 

 

●時々出てくるひとたち

 

氷室(ひむろ)(すみれ) 女 14歳

 

誕生日:7月28日

 

好きなもの:家族

 

嫌いなもの:虫

 

弱点:自分のことを大切にしてくれている人たちが大体厄介

 

人物紹介

 

 恭弥の妹。

 「名前はすみれにしよう! 菫より薫の方がカッコいいし可愛いから薫にしよう!」という経緯で名前を付けられた。

 恭弥の妹とは思えないほどいい子であり、恭弥の妹だなと確信するほど可愛い。

 幼い頃から恭弥に可愛がられ続け、兄の背中を見て育ったためまともになった。反面教師というやつである。

 ブラコンの気があり、兄のことはクズだと思っているが一番信頼している。

 自分が兄の彼女、もしくは将来のお嫁さんと認めた相手に対してのみ「ねーさん」と呼ぶ。これは初心な兄に対してのサポートであり、また、自分が認めたとしても兄にその気がなければ「ねーさん」と呼ぶことはない。

 千里と怪しい関係になるんじゃないかと周りに疑われている。

 

 

 

井原(いはら)(れん) 男 17歳

 

誕生日:4月9日

 

好きなもの:楽しいこと

 

嫌いなもの:楽しくないこと

 

弱点:バカ

 

人物紹介

 

 バカだけどいいやつ。

 恭弥のクラスメイトで、自分がいいことをしようと思って空回りすることが多々ある。恭弥と千里が付き合っているという噂が広がったのはその一部。

 恭弥と千里が面白いやつだとずっと思っており、仲良くしたいなと考えていた。

 思ったことをはっきり口にするタイプ。ただバカだがいいやつなので、それが悪い事態を招いたことは一度もない。

 

 

 

白鳥(しらとり)(つづる) 女 15歳

 

誕生日:10月30日

 

好きなもの:ネタになりそうなもの

 

嫌いなもの:バッテリーが切れたカメラ

 

弱点:ネタの前では倫理観が欠如する

 

人物紹介

 

 新聞部部長。ネタになりそうなものを日々探しており、ネタを見つけては倫理観を無視して新聞にする。ただ、その傾向も恭弥たちと出会ってから徐々にマシな方向へ転がっている。

 恭弥たちと頻繁に話しているが、自分のことは一切話さない。恭弥たちからネタを引き出そうと質問することが多く、その気にさせては写真を撮っている。

 

 

 

織部(おりべ)(ひじり) 女 20歳

 

誕生日:5月25日

 

好きなもの:かわいい子

 

嫌いなもの:千里を狙う輩

 

弱点:近寄り難い

 

人物紹介

 

 千里の姉。恭弥のことを気に入っており、よくからかう。

 千里に厳しく、他には甘い。ただ、それは内に入った人物に対してのみであり、普段は冷たい印象の美人。

 お酒に強く、18歳の頃から飲酒している。

 千里にお似合いの女の子を見つけると結婚させようとする悪癖がある。

 

 

 

担任(たんにん)

 

人物紹介

 

 恭弥のクラス担任。その誕生日、好きなもの嫌いなものは誰も知らず、名前すらもわからない。

 クズか甘いだけなのかよくわからない人。

 渋いカッコよさを持ち、女子生徒から人気がある。日葵からどことなく恭弥に似ていると思われている。

 

 

 

両親(りょうしん)

 

人物紹介

 

 恭弥の両親。恭弥の両親ですと紹介されれば納得するほど恭弥の両親。



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第57話 将来に向けて

 最近よくクラスメイトから、朝日と岸とお揃いのブレスレットをしていることを指摘される。千里と付き合ってたんじゃなかったの? とか、二股? とか、三股? とか。井原に聞いてみたところ、俺は『三人をたぶらかしている最低のクズ野郎』という結論で落ち着いているらしい。何落ち着いてんだぶっ飛ばすぞ。

 

「というか朝日。お前がそれ付けてきてるから俺が勘違いされるんじゃねぇか。外せ」

「は? あんたが外したら丸く収まるじゃない。別に、女の子同士お揃いのもの付けてるのは何もおかしいことないんだし」

「岸から貰ったプレゼントを外せって? 俺そこまでクズじゃねぇよ」

「ちょっと思ったんだけど、氷室って私以外の女の子への扱いめちゃくちゃよくない?」

「朝日に気を遣う必要なんてねぇだろ」

「……まぁ、いいわ」

 

 どうやら嬉しかったようで、恥ずかしがっているのを悟られたくないのか朝日は俺から離れて行って、日葵に駆け寄って行った。

 

 昼休み、屋上。いつものように五人で集まり昼飯を食べる時間。今日は「私もちゃんと料理できるんだから」と一人でも大丈夫アピールをしたかった薫に弁当を作ってもらっている。あいつそういうことするから俺が溺愛するのに、その辺りちゃんとわかってるんだろうか。

 

「氷室くん氷室くん。期末テストが迫ってきてることについてどう思う?」

「別に、普通にしてたら赤点取ることないから特に何も」

「恭弥こんなこと言ってるけど、赤点どころか70点以下はまず取らないんだよね。ムカつくと思わない?」

「日葵何てこの前の中間テスト赤点回避がギリギリだったくらいなのにね。いっつもそれくらいの点数なんだから二、三週間前には勉強しなさいよ」

「光莉が『勉強と私どっちが大事なの!!』って言うから……」

「お前のせいじゃねぇか。偉そうに説教垂れてんじゃねぇぞ」

「乳も垂らしてるくせにね」

「ハリあるわよ」

「言わんでええねん。セクハラに怒れや」

 

 朝日はもうセクハラで怒る次元にはいない。今だって胸を張って千里の視線を釘付けにしてるし、元々内に入った人間なら気にしないタチなんだろう。乙女なクセに「減るもんじゃないし、見られるくらいならいいわよ。それって私が魅力的だからってことでしょ?」って堂々と言いそうだ。揉んでやろうか?

 

「そういや岸はどうなんだ? 勉強」

「ん-、可もなく不可もなく。勉強したら70は超えるかなってくらいやなぁ」

「は? あんたみたいに金髪の元気っ子はアホでなんぼでしょ。どう見ても頭良さそうなのに勉強が苦手な日葵に謝りなさい」

「フォローすると見せかけて日葵を攻撃してんじゃねぇよ。お前が謝れ」

「朝日さんこそ、乳ばかりに栄養がいって成績よくないんじゃない?」

「あれ? じゃあなんで私と春乃は成績がどっこいどっこいなの?」

「ええ加減にしときや」

 

 朝日が「ひぃ」と小さく悲鳴を漏らし、日葵の後ろに隠れた。日葵が俺の隣に移動して朝日の壁の役目を放棄した。そりゃさっき攻撃されてたもんな。守る筋合いはないっていうかいきなり隣にこないでください。いい匂いするので。

 こう、なんて言うの? 少し動くだけでふわっと香ってくるこのいい匂い。男からは絶対にしないやつ。千里? あいつはメスだから話が違うだろ。

 

「せやったら、別に日葵が勉強苦手やとかやなくてそろそろ勉強しとかへん? ほら、二年の今頃って結構受験に響いてきそうやし」

「あー、考えてもなかった。受験、受験ねぇ」

「恭弥はまず間違いなく心配ないとして、三年生になってからひぃひぃ言うよりは今からやっておいた方がいいかもね」

「織部くんが当たり前のこと言ってるの久しぶりに聞いた気がするわ」

「そ、そんなことないよ?」

 

 は? 何日葵にフォローされてんだ千里コラ。まさか二人で話してた時に何かあったのか? いや、あったに違いない。こいつ日葵の前ではいいカッコするところあるからな。今日葵の前なのに朝日にセクハラしてたけど。

 

 にしても、受験、受験か。志望校なんて決まってないし、そもそも考えてなかったし夢もないし、正直クソバカ大学じゃなきゃどこでもいいんだよな。

 

「みんな志望校とかあるん?」

「日葵と同じ大学」

「恭弥と一緒の大学」

「氷室くん、日葵。罪深いとは思わへんの?」

「いやぁ……」

「えへへ」

「シンプルに照れとんちゃうぞ」

 

 俺もそうだったらいいなぁって思ってた。あわよくば日葵と同じ大学に行きたいなって思ってた。朝日がついてくるのがクソおまけアンハッピーセットだが、まぁいいだろう。

 

「春乃はどうなの? 志望校」

「氷室くんと同じとこ」

 

 俺と日葵が同じタイミングで咳き込み、千里は俺の、朝日は日葵の背中を同時に擦る。訓練されすぎだろこの親友ども。

 ってか岸、俺に好意がバレてるって知ってるからってガンガン攻めてくるなよ。日葵がいるんだよ? それで日葵ももしかしたら俺のこと好きかもしんないんだよ? というかこのタイミングで咳き込むってそういうことじゃないの?

 

 そろそろ誰かに相談するべきだろうか、これ。俺一人じゃ脳がパンクしそうだ。このままじゃ脳がパンクして溢れ出した俺の細胞を千里がかき集めて、いい値で売られてしまう。

 

「な、ななななななな」

「『なんで恭弥と同じとこなの?』って言いたいらしいわ」

「今やりたいことないし、とりあえず氷室くんと同じとこ入っとけば間違いないやろうしな」

「確かに。恭弥って何も考えてないように見えて堅実なところあるからね。将来苦労しないレベルの大学には行くと思うよ」

「……そういうことなら」

「じゃあ私も氷室と同じとこにしようかしら」

「えぇ!?」

 

 日葵、もうちょっとうまく隠してくれ。可愛すぎて俺が死ぬ。

 

「日葵もとくにやりたいこと見つかってないでしょ? それなら、みんな一緒に同じ大学でいいじゃない」

「で、でも恭弥のレベルでしょ? 大丈夫かな……」

「そのために今から勉強するんやん!」

 

 岸が日葵の背後に回り込み、そのまま後ろから抱きしめる。朝日が暴走しそうだったのであらかじめ取り押さえておいてよかった。後ろから羽交い絞めにしてるから絵面的にアレだけど。

 

 あ、こら、暴れるな。ちょっと色々マズいでしょうが。

 

「別に、毎日みっちりやるわけやなくて、ちょっとずつ。ほんまにやり通したいことがあるなら、それに対する努力は嘘つかへんよ」

「んん……」

「みんなと一緒の大学、行きたない?」

「……行きたい」

「ほな頑張ろ!」

 

 優しく日葵の頭をわしゃわしゃ撫でて、「きゃー!」と悲鳴をあげる日葵に「にゃはは」と笑う岸。

 

 それを見て突然朝日が抵抗を止めたかと思うと、俺に背を向けたまま見上げるようにして俺の胸に頭をこつん、と当てて、一言。

 

「マズくない?」

「あぁ、マズい」

 

 何がマズいかって、俺は『男として』朝日は『親友として』マズい。あんな気遣い完璧なイケメンに勝てる気がしない。なんだあのイケメンは。何食ったらあぁいう風になるの? 俺は何を食ってこんな風になっちゃったの?

 

 あぁ、あの母親の手料理食ったらそりゃこうなるわ。おのれ母親め。これからは毎日薫の手料理を食べてやる。羨ましいか千里、ベロベロバー。

 

「恭弥。偏差値的にはどれくらいのとこ行こうって思ってたの?」

「60くらいじゃね? そんくらいあったら十分だろ」

「ろくじゅっ……」

「日葵が絶句しとる」

「ふふ、ふふふ。あほかわいい日葵かわいい」

「恭弥、その羽交い絞めにしてる変態をどうにかしてほしい」

「どうにかなってるからこうなってんだろ」

「頭がどうにかなってるからとかじゃなくて」

 

 どうにかするったって、もう無理だろこいつ。日葵を見てるだけで栄養補給されるような変態だぞ? 日葵から意識を逸らすには俺がおっぱいを揉むしかないが、そんなことしたら俺は殺される。あと多分朝日からだけじゃなくて日葵と岸からも殺される。もしかしたら朝日からの制裁が一番軽いまである。

 

 岸が日葵を解放し、それを見た朝日が俺の手をぽんぽん叩く。もういい? 止めてくれてありがとう? あぁ、あのままじゃお前岸を葬りかねなかったもんな。いいってことよ。

 

「氷室くんが60くらいのとこいこーって思ってんやったら、今日この話して正解やったな」

「今から勉強しておけば安心だからね」

「私は安心じゃないんだけど……」

「私が手取り足取り胸取り股取り教えてあげるわよ」

「余計なもんが二つほど入っとるな」

 

 岸、許してやれ。そいつは日葵に対して欲望を抑えることができないどうしようもない羨ましいやつなんだ。俺はこんなに我慢してるってのに。

 

「それに、光莉が教えるよりも氷室くんが教えた方がええんちゃう? 正直自分の勉強なんかほとんど必要ないやろ?」

「流石に受験勉強ってなったら勉強いるけど、まぁ教えるのも自分の勉強になるだろうしな」

「……? 私が、恭弥に勉強教えてもらうってこと?」

「せやで」

「それってつまり、私が恭弥に勉強教えてもらうってこと?」

「うんうん」

「え、それなら私が恭弥に勉強教えてもらうってことだよね?」

「あれ、もしかして私の言い方が悪かったん?」

「そうよ。謝りなさい」

「夏野さんを甘やかしすぎだよ」

 

 千里が朝日に注意すると、朝日は本当に不思議そうな顔で首を傾げた。日葵を人類の頂点に置いている朝日のことだから、日葵は本当に何も悪くないと思っているんだろう。まったく、その通りだぜ。

 

 俺が日葵に勉強を教えるってことはつまり、近くにいってここはこうだよ、あ、ごめん手が触れちゃった、いいよ私こそごめんね、うふふってことになるってこと? なんだそれ最高じゃん。朝日がその場にいたら俺は殺されるだろうけど、殺されても悔いはない。

 

「まぁ日葵だけじゃなくて私も教えてもらうけど。この前一緒に勉強した時わかりやすかったのよね」

「は? 嫌だけど」

「そんなこと言ってても結局教えてくれるってわかってるわよ」

「え、本気で嫌なんだけど。図々しいんだよお前」

「人の殺し方を教えてあげるわ」

「俺は前から朝日に勉強を教えたいと思ってたんだ」

 

 いや、ほんとにね。でもこいつ距離がめちゃくちゃ近いから時々当たるんだよなぁ。恋愛感情がないって言っても性的な目で見ないってわけじゃないから、ちょっと困る。ほら、周りには日葵と岸がいるわけで、ね? 俺も嬉しがるだけじゃダメというか、誠実な対応を取らなきゃいけないというか。

 

 まぁ朝日は虫かなにかだとでも思えばいいか。うっかり叩いちゃうかもしれないけど別にいいだろう。俺の命が一つなくなるだけだ。



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第58話 閉じ込められた!

「なーなー氷室くん。これ、どういう状況?」

「どういう状況って」

 

 体操服姿の二人。扉が閉まっている、明かりのついていない体育倉庫。びくともしない扉。

 

「……エロ漫画?」

「思っても言うなや」

 

 よくあると思ったんだもんと拗ねる俺は岸に頭を叩かれた。

 

 経緯を説明しよう。

 

 男女合同、体育館で体育を行い、バスケを男女混合でチームを組んでやっていた。ただ俺と岸の運動能力が桁違いだったため大顰蹙を買い、片付けを押し付けられた。今更そんなことで怒らない俺は激昂しつつ岸とゼッケン、バスケットボールなどを片付け、体育倉庫の隅の方でボールを片付けていたら突如扉が閉まり、まぁ誰かのいたずらだろと気にすることなく片付けを終え、扉を開けようとしたらまったく開かない。

 

 これは誰かがエロ漫画みたいな展開にしようとしてるとしか思えない。

 

「うーん、今が夏ってのが最悪だな。汗で服が透けちまうかもしれねぇ」

「……光莉が相手やったら絶対凝視するやろうに、ちゃんと目ぇ逸らしてくれるんやな」

「いや、そりゃあ」

 

 胸の起伏ないし。と言いかけて、そういうことじゃないと首を振る。

 

「岸相手にそんな不誠実な対応できないだろ」

「……ふーん。なんで?」

 

 面白いものを見つけた、と言葉に感情を乗せて岸がじりじり迫ってくる。クソ、朝日なら恥ずかしがって沈黙してくれるのに! 今思えばあいつ一番扱いやすいぞ。ちょろくて心配だ。は? ちょろくて乙女でおっぱい大きい女の子? あいつステータス高すぎだろ。

 

「なんでって」

「私が、氷室くんのこと好きやから?」

「ぇい!?」

 

 え、今ここで言うの? もっとほら、ムードとか……もしかして今ここで俺のモノを貰おうとしてる!? やばい、俺の初めてが奪われる! 俺の初めては日葵のために守り抜こうって決めてたのに! クソ、それでも収まらない。落ち着け俺の男の部分。お前は日葵相手にしか反応しないはずだ。

 そんなことないわ。朝日にも岸にも千里にも反応してたわ。

 

「ハハハ! や、今のは告白とかちゃうよ。事実確認? みたいな」

「あ、そうなの。びっくりした。生でいいのかなって思っちゃったぜ」

「飛躍しすぎやろ脳内ドピンクお花畑が。ムードってもん考えろドサンピン」

「お前ほんとに俺のこと好きなの?」

 

 ドサンピンって言われたの初めてなんだけど。ひどい罵倒じゃね? 俺のこと好きなら出てこない罵倒じゃね? つまり岸が俺のこと好きっていうのは嘘? 俺をからかってる? ひどい。俺の純情を弄びやがったな。

 

「まぁ別に私はええけどなって何服脱いでんねん」

「え? 脱いでねぇけど」

「無意識で性行為の準備しとんちゃうぞ」

 

 自分の体を触ってみると地肌の感触。右手には体操服と肌着。「いや、暑かったしな?」と言いわけしながらそそくさと脱いだものをまた着て、深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

 落ち着け、俺。二人きり、暗がり、暑さ。その相乗効果でやられるな。俺には日葵がいる。俺には日葵がいる。俺には千里もいる。何言ってんだ俺千里はいらない。やっぱりいる。

 

「氷室くん、別に脱いでてもええで? 暑いやろし」

「いや、俺の肉体なんて美しすぎるだろ?」

「いや別に、え? 『見てて気持ちいもんじゃないだろ?』に対する答え準備しとったんやけど」

「客観的に見ていい体してるからな、俺」

「普通は謙遜するねんで」

「俺が普通に見えるか?」

「ごめん」

「よし」

 

 まぁ流石に女の子の前で裸になるような最低な真似はしないけどな。さっき最低な真似したような気もするけど気のせいだろう。もししていたとしてもそれは俺じゃない俺で今の俺は俺である俺だ。

 

 は?

 

「でもそんなに離れんでもええんちゃう?」

「声の距離的に真後ろに岸がいる気がするんだけど、気のせい?」

「真後ろにおるで」

「メリーさんかお前。離れろ」

「えー、せっかく二人きりやのに」

 

 岸の手が俺の手をそっと取り、俺の耳に顔を近づけた。

 

「な、あかん?」

 

 弾かれたように動き出し、俺は中央にある積み重ねられたマットの上にダイブ。体勢を整えてから正座し、上半身を纏う衣服を脱ぎさった。

 

「──致そう」

「なんや紆余曲折を経て、武士みたいに覚悟決めとる……」

 

 よいしょ、と俺の前に軽く腰かけた岸を見て、はっと我に返る。危ない。気が動転して武士の一面が出た。久しぶりに出たな、武士の一面。これが生まれて初めてだ。久しぶりじゃねぇじゃねぇか。

 

 マットに腰かけて足をぷらぷらさせながら、岸は俺を見る。汗をかいているからか、ぴたりと顔に貼り付いた髪を色っぽくかきあげて、ふわりと笑った。

 

「なんもせんから大丈夫やで。ちゃんとした告白は、もっとちゃんとするし」

「な、何もしないのか……」

「ちょっと残念がってるやん」

「そんなことないし! あ、ごめん。女の子に失礼なこと言った。本当はそんなことなくもない」

「……そか」

 

 短く言って、岸は前を向く。耳が少し赤くなっている岸にこっちも恥ずかしくなり、岸から目を逸らそうとした時、自然と岸の体に目が行く。

 

 気を遣って見ていなかったが当然と言えば当然、肌着を身に着けているから大丈夫かと思いきやちょっと透けて黒いの見えてるじゃねぇかごめんなさい。

 

「え、どうしたん?」

「びびぶぶば」

 

 いやらしい光景から目を逸らすために慌ててマットに顔を押し付け、不思議そうな岸に「気にするな」と返す。これは岸が自分で気づいて隠してもらうしかない。男の俺から指摘したら恥ずかしいだろうから、それがベストだろう。ていうか黒ってあなた、セクシーオブセクシーじゃありませんか?

 

 そういえば俺、朝日の下の下着も見たことあったんだっけ。朝日は下で岸は上。どうせなら逆の方が……一体俺は何を考えてるんだ? 普段ならこんなこと考えないはずなのに。それは嘘。多分考える。

 

「クソ、うっかりいやらしい雰囲気になりそうだぜ……」

「気ぃ遣わんでくれるんは嬉しいけど、女の子と二人きりであんまそういうこと言わん方がええで」

「誰のせいだと思ってんの?」

「そーいうこと考えてまう自分のせいちゃう?」

「ひぎぃ」

 

 返す言葉もございません。俺は今岸に敗北した。そうだよ、こういうのって大体男が悪いんだから。男が猿なのが悪いんだ。男が我慢したらどうにかなる話なのに、誘惑してきたからとかわけのわからないこと言って自分を正当化しようとするクズなんだ、男ってのは。

 

 でもでも岸さん。下着透けさせるのはえっちすぎるでしょ。俺じゃなきゃいきり立って襲いかかってたぞ。多分千里と井原はしないだろうけど。

 

「あー、岸。今更だけどスマホとかないよな?」

「持ってきてへーん。まぁせやけど、そのうち助けにきてくれるやろ」

「今六時間目で、あとはホームルームだけ。俺たちがいないってなったらあいつらが捜しに来てくれるからな」

「多分日葵だけちゃうかな。きてくれんの」

「あのクズ二人は面白そうだから放置しそう」

「ちなみに氷室くんが外におる状況で、千里と光莉が閉じ込められとったら?」

「笑う」

「だけ?」

「だけ」

 

 じゃあ日葵しかけえへんやろな。と断定した岸に首を傾げて、少ししてから俺のクズとしての意見を聞いたんだということに気づく。嘘だろ。クズとしての俺を信頼したってこと? つまり俺がクズだって思ってるってこと? 大正解。岸は賢い。100点。

 

「あ、せや。誰がきてくれるか勝負せえへん? 私が勝ったら次の土日のどっちかでデートってことで」

「日葵だけだろ」

「勝負にならへんやん」

「じゃあ多分あの三人がきてくれるだろ。クズ二人は放置したいだろうけど、日葵に嫌われたくない朝日とじゃあついていこうっていう千里で」

「言われたみたらそうやな……ほな私は大穴で光莉だけ!」

「一番ないだろ。あの乳がでかいだけのクズが俺たちを助けに? ははは」

『聞こえてるわよ』

「岸、助けてくれ」

「助けを求める相手一瞬で変わってもうたな」

 

 だってほんとに朝日がくるとは思わないだろ! ってかなんでこいついっつも俺が悪口言ったタイミングでくるんだよ! 俺を制裁するために生まれてきたんじゃねぇの? そんなに俺と一緒にいたいの? 可愛いやつめ。ほんとは俺のことが好きなんだろ。ちなみにこれを言うと確実に息の根を止められるので調子に乗らないでおこう。

 っていうか俺さらりと俺に得のない勝負させられてなかった? 気のせい?

 

「光莉ー。ちなみに一人?」

『一人だけど、なんで?』

「うそだろ」

「よっしゃ、私の勝ち」

 

 は? 朝日が一人? なんで? お前だけがきたせいで俺負けちゃったんだけど。何きてんだよ。くるにしても日葵と千里連れて来いよ役立たずが。そんなんだから胸ばっかでかくなって身長伸びねぇんだよ。

 

『なんでもいいけど開けるわよ』

「あ、ちょっと待って。私上透けてるから、上着みたいなんあったらほしいな」

『持ってきてるわよ。私は世界一気が利く女なんだから』

「流石光莉!」

 

 おいちょっと待て。岸、今上透けてるからって言わなかったか? 気づいてたのかテメェ。気づいてて俺の前で無防備晒してやがったのか。こっち見て片目閉じて舌ぺろって出してんじゃねぇよ可愛いなお前許す。

 

 ガチャガチャと鍵を動かす音が聞こえ、扉が開く。扉の向こうには当たり前だが朝日がいて、扉が開いた瞬間岸に向かって上着を投げ渡した。

 

「ありがと!」

「まったく、氷室と一緒にいて上が透けるなんて考えられないわ。絶対襲われてぐちゃぐちゃにされるじゃない」

「俺が返り討ちに遭ってな」

「……そ、そうね」

「?」

「お」

 

 何かおかしい朝日の様子に目を光らせた岸が、ぴゅーと飛んで行って朝日に抱き着く。

 

「どしたんどしたん? 今明らかに自分が襲われることしか考えてなくて、返り討ちの選択肢思い浮かんでないみたいな『そ、そうね』やったけど」

「わー! 何全部言ってんのよこの、汗臭……くない!? あんなとこにいたのに!」

「わ、そう? なんや照れるなぁ」

「私のが恥ずかしいのよ! この!」

 

 ふむ、そうか。

 

「つまり朝日はたまってるってことか?」

「へし折ってあげるわ」

 

 後日千里に聞いてみると、俺はあの後朝日に引きずられながら帰ってきたらしい。目を覚ました時千里に着替えさせてもらってる時だから、勘違いしてビンタしちゃったことは謝ろう。

 でも千里、「普通逆じゃない?」ってお前そろそろ危ないぞ。



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第59話 上か下

 土曜日。岸から一方的に取り付けられた約束の日。校区内にある大型デパートルミナスで集合とのことで、また朝日か誰かがいてナンパされてないだろうなと恐れながらルミナスに入る。

 ルミナスの中は大型と言っていることもあって色んな店がある。服、飯、美容室、雑貨、ペットショップなどなど、ここで一日潰すことなんて千里にメスを自覚させるくらい容易い。

 

 一階には円形のベンチがあり、その真ん中が花畑になっていたり木が植えられていたりと、夏に有難い涼し気な雰囲気だった。一階中央噴水付近にいるというメッセージを受けて、スマホをポケットにしまって岸を探す。

 岸は美人だから目立つだろ。俺の周りにいる人は特徴があって探しやすくて助かる。千里はメス、日葵はオーラ、朝日は胸、岸は美人。さらに俺はイケメンというもうテレビに出れるんじゃないかっていうくらいのオールスターっぷり。もちろんリーダーは日葵。

 

 ただ、俺以外がナンパされる確率が高い。その中でも千里が一際ナンパされるのは周知の事実。あいつ、歩いてるだけでうまそうに見えるからほんとどうにかした方がいい。

 

 噴水に向かって歩いていると、すぐに岸を見つけられた。黒色の肩だしカットソーに綺麗な脚を惜しげなく晒す短めのデニムパンツが超セクシー。声をかけたら遊んでくれそうなんて思うことなかれ。

 俺が見たのは、声をかけられたであろう女の子を男から守り、男を追い払う岸の姿だった。女の子を背中に庇って男が去ったのを見ると、少し屈んで女の子と視線を合わせ、小さく首を傾げて優しく微笑んだ。

 

 あーあ。女の子が顔真っ赤にして目ぐるぐる回し始めちゃった。お前そのカッコよさちょっとくらい千里に分けてやれよ。不公平だろ。

 

 とりあえずこのままだと岸がお姉さまと慕われそうなので、それもいいがこのままじゃ俺がみじめだから声を掛けに行く。

 

「岸、悪い。待たせた」

「ん-ん! 全然待ってへんでー」

「ほわぁ!? 美男美女!?」

 

 岸に声をかけると、女の子が奇声をあげて俺と岸がびくっ、と肩を震わせる。

 近くで見ると、結構幼い。前髪が長めのショートボブ、片側を耳にかけて少し大人っぽく見えるが、見たところ高校生になったばかりか、それともなっていないかくらいの年齢だろう。なんだあの男、ロリコンかよ。今度見かけたら千里って呼ぶことにしよう。

 

 女の子は俺たちがびっくりしているのに気づいたのか、手をわたわたと動かしてから頭を下げた。可愛いなこの子。

 

「し、失礼しました! あまりにもカッコいい女性に助けられたかと思ったら美男が登場したので、ここが楽園かと気が動転してしまい!」

「お、カッコいいか。ありがとうな」

「え、カッコよ……」

 

 なんかこの子俺たちのテンションと似たようなものを感じるな。もしクラスメイトだったら今の5人が6人になっていそうな、そんな感じがする。もしくは遠くから岸を眺めてきゃーきゃー言っているファン。今も顔を手で覆って、指の隙間から岸を見てきゃーきゃー言っている。

 

 俺は?

 

「ぐ、ぐぐぐ。あ、お、お礼! お礼しなきゃです! 助けてもらったお礼を」

 

 言葉の途中で、岸が俺の腕を抱いて女の子に向かってウィンクを一つ。

 

「ごめんな。私ら今日デートやから」

「あ、むり。ここを死に場所と見つけたり」

 

 イケメン可愛い岸の攻撃をもろに受けて、女の子は膝をついた。岸は楽しそうにけらけら笑っている。お前この子で遊ぶなよ。反応よくて面白いのはわかるけど。

 

「お、おなまえ、おなまえだけでも」

 

 膝をつきながら口をぱくぱくと動かして、必死に名前を教えてほしがっている女の子。女の子としてどうなんだそれと思ったが、まぁ朝日の方が女の子としてより人として終わってるから全然セーフだ。

 

「ん-、そやなぁ。そういうのんのために助けたわけちゃうから……」

 

 そっと俺の腕から離れて、岸が女の子を抱き起こす。それだけでショート寸前だった女の子は、次の岸からの一言で脳が爆発して死んだ。

 

「次会った時、いっぱい仲良くして?」

「あぁぁぁ……」

 

 女の子は「あ。あ……」と声を漏らすだけの人の形をした置物になってしまい、岸はその子をベンチにそっと座らせて、

 

「さ、行こか!」

「人の性癖を狂わせるのは楽しいか?」

「にひひ。ちょっとやりすぎてもうたかな?」

 

 哀れ。名も知らぬ女の子、強く生きてくれ。

 

 

 

 

 

「実際さ。岸のイケメン力大気圏突破してると思うんだよ」

「ん-? 氷室くんもイケメンやと思うけどなぁ」

「俺は大気圏で焼け落ちて地の底に突き刺さってる」

「行くところまで行きそうやけど結局いかれへんってことやな」

 

 俺の腕に抱き着いたのはあの子で遊ぶためにやっていたことらしく、今は普通に手をつなぐこともせず隣を歩いている。あんなことされたら誘惑に負けてしまいそうになるからちょっと安心するところもあるが、やはりそこは男の子。めっちゃくちゃ残念な気もするというかめっちゃくちゃ残念だ。胸がない胸がないと千里と朝日がよくバカにしているが、ちゃんと柔らかかったし。岸はそういうのを意識させるためにわざとやってきたりするから油断ならない。

 

「言うても私、動物とか好きやしかわいいとこあるんやで?」

「偏見で大変申し訳ございませんが、犬を見て『きゃーかわいいー!』じゃなくて『おいで』ってイケメンスマイル浮かべると思うんです」

「負けました」

「やはりか」

 

 しかも小型犬じゃなくてバチクソ強そうな大型犬の方が似合いそうだし。いや、小型犬も似合うといえば似合うし女の子と犬の組み合わせなんて可愛いに決まってるけど、それ以上にイケメンが強すぎる。

 

「や、ちゃうねん。もう無意識というか、庇護欲わいたらそうなってまうねん」

「根っこがカッコいいんだろ。俺と一緒で」

「さりげなく自分をええ風に言うなや。一本の芯で辛うじて耐えてるだけの腐りかけ根っこやろ」

「ちょっとふざけただけでサウザンドナイフ投げてくるな」

 

 刺さりすぎて死ぬ。こいつ、こんなこと言ってくるくせに俺のこと好きなんだぜ? 信じられるか? 俺は信じられない。あれか、好きな相手にだけあたりが強くなるみたいなやつ? それか岸にここまで言わせる俺がすごいとか? 多分後者だ。俺はすごいやつだからな。

 

「せやったらペットショップ冷やかしにいってみよーや。私のかわええとこ見せたるわ」

「可愛いとこって意識して出すもんじゃないと思うんだよ。ほんとに可愛い人って」

「正論で殴ってくんなや。殴るぞ」

「物理で殴るのはやめてくれ」

 

 いや、岸も可愛いぞ? ただ、そうやって可愛いとこ見せるぞーって言って出す可愛さより、自然と出る可愛さの方が絶対に可愛い。俺が時折出る朝日の可愛さにきゅんとくるのと同じだ。ちなみに日葵にはずっときゅんきゅんしている。胸が締め付けられて何度胸がなくなったかわからない。

 

 岸がどうしてもと譲らないので、ペットショップを冷やかしに行くことにする。俺もよく薫と一緒に行って、薫が無言で『飼いたい』とじーっと俺を見てくる激かわビームを撃ってくるからペットショップは好きだ。小さい頃なんか犬が入ってるケースの前に座って動かなくなる忍法激かわ地蔵の術使ったくらいだし。俺に訴えても飼えるわけないのにそれをやってしまうところがどちゃくそ可愛かった。

 

「私将来犬飼いたいねんなー」

「ドーベルメン?」

「なんでドーベルマン複数飼わなあかんねん。ポリスちゃうんやぞ」

 

 めちゃくちゃ似合うと思うんだよな。なんか岸って『正義』って言葉似合うし。ぜひドーベルマンを飼って千里を生け捕りにしてほしい。あいつ存在するだけで性癖歪めるからもう犯罪者みたいなもんだろ。

 

「ほら、もっとかぁいらしい犬おるやん。もこもこしたやつ」

「あぁ、ドーベルメン?」

「さっきからドーベルマン大量に納品してくんなや!」

「似合うと思って……」

「似合う言うてくれんのは嬉しいしドーベルメン、ドーベルマンもかわええやろうけど、やっぱ小型犬やなぁ」

 

 店員さんの「いらっしゃいませー」という元気な声とともに店内に入る。ペットショップは結構広く、爬虫類、鳥類は別の区画に、今俺たちが入ったところは哺乳類がいるところで、フロアの天井をぶち抜いて二階まであり、さらに触れ合いもできるという暇つぶしには最適な場所。

 

「……なんかケースの中のわんちゃんねこちゃんが騒ぎ始めたんやけど」

「なんか俺めっちゃ動物に懐かれるんだよな。触れ合いコーナーいくといっつも上に乗られるんだよ」

「下に見られてんちゃう?」

「うそだろ」

 

 そんなことある? いっつも満足げな顔で俺の上に乗るから、てっきり居心地がいいのかと思ってた。そうじゃなくて俺がクズで生物として下だから、自分より下がいることで安心してただけだったのか。許せねぇあいつら。千里をぺろぺろさせていやらしい光景を演出するための道具にしてやる。

 

 まぁそんなはずはない。ただただ俺に懐いてくれているだけだろう。岸は悔しくて俺が下だって言ってるだけだ。ふふふ、子どもっぽいところあるんだな。

 

 そんな子どもっぽい岸はゆっくりケースの方に近づく。すると騒いでいた犬がぴたりとおとなしくなって、また一歩岸が近づいた瞬間一斉におなかを見せた。

 

 服従のポーズである。

 

「……いや、こういうんちゃうねん」

「躾が楽でよさそうだな」

「ポジティブに考えればそうやな。でもなんか、ペットってもっと対等というか、家族みたいなイメージあるやん?」

「あるな」

「これどう見ても『上』と『下』やん」

「動物の本能で岸が『上』だと思ったんだろうな」

「……ん? ってことは私が氷室くんより上ってこと?」

「やってやろうじゃねぇか」

 

 二人並んで触れ合いコーナーに向かう。犬が服従せずに俺に乗ってきたら俺の勝ち、服従したら岸の勝ち。カフェでの奢りをかけていざ勝負!

 

 全員服従した。岸は勝ったのに微妙そうな表情で、「なんかちゃうんよな……」と呟いている。やっぱ警察犬とかが向いてるんだって。



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第60話 幼馴染はみた

 春乃から、ブレスレットが作れるところを教えてもらって、土曜日。

 この前織部くんをナンパから助けたルミナスにそれがあるらしく、私は下見にきていた。ほら、あの、どんなものが作れるかなーって見に行くだけで、春乃たちとは別のもの作れないかなーとも思っちゃったりして、あれは誕生日プレゼントだし、それとお揃いのものを作るのも違うかなーって思って。

 

 落ち着こう、深呼吸。

 

 うん、最近なんか春乃どころか光莉もちょっと怪しくなってきたし、恥ずかしがってなんかいられない。じみーに恭弥の隣行ったりしてるけど、向こうは意識してくれてるかわかんないし、光莉との距離すごく近いし、放課後教室で勉強してる時も二人でじゃれ合ったりしてるし。その時は織部くんも混ざるけど、やっぱり光莉は恭弥とだけ距離近いし。

 

 うー。やめよ。光莉は恭弥のこと好きになることはないって言ってたし、織部くんも言ってた。親友なら、信じないと。

 

 油断ならないのは、春乃。最近恭弥と距離を詰めていってる気がするから、警戒しておかないと……でもサポートしてもらったしなぁ。でも春乃も全力でぶつかりたいって言ってたしなほわああああああ。

 

 目の前に飛び込んできた光景に、慌てて物陰に飛び込む。いた。恭弥と春乃がいた。でーとだ。デートだ!

 

「光莉! ルミナスにきて!」

『もう向かってるわ』

 

 なんでも私から「ルミナスにきて」って言われる気がして向かっていたらしい。ちょっと怖いよ。

 

 

 

 

 

「さて、状況を説明してもらえる?」

「なんでメスがいるのよ」

「なんで僕がいないと思ったの?」

 

 やれやれ。恭弥いるところに僕あり。そもそも、僕自身恭弥の恋を応援しようと決めてるんだ。あらかじめ薫ちゃんに『恭弥に動きがあったら教えて』って言ってるから、今日だって朝に『兄貴が出てったよ。ルミナスに行くって』と聞いたからここにいる。元々恭弥と岸さんの姿を捕捉していた僕にとって、夏野さんと朝日さんを見つけるのは容易だった。天才過ぎるな、僕。

 

「ムカつくからあとで殺すとして、なんで私を呼んだの?」

「それがね、恭弥と春乃がデートしてて、それで」

「あれ、今僕の命があっけなく散ってなかった?」

「当たり前じゃない」

 

 当たり前? そう。僕もそんな気がしてたからこれ以上触れないでおこう。僕が傷つくだけだ。

 

 もじもじしている夏野さんに、朝日さんは腰に手を当てて呆れたようにため息を吐こうとして夏野さんの可愛さに負け甘やかしモードに入ろうとしていた。すかさず僕が朝日さんを止め、口を挟む。

 

「あのね、夏野さん。恭弥と岸さんがデートしてるのはわかるけど、それでどうしたいの? 邪魔したいの?」

「えっと、それは」

「ちょっと! 何日葵をいじめてんのよ!!!??」

「厄介乳だけお化けは黙っててくれないか」

 

 僕が黙らされた。処理を終えた朝日さんが手についた埃を払い、夏野さんに向き直る。

 

「でも織部くんの言うことももっともよ。日葵が氷室のことが好きっていう忌々しい事実は知ってるけど、春乃もそうじゃない。恋は平等よ。まぁその権利を掴みに行けばの話だけど」

「……」

「おい、僕と同じようなこと言うなら僕をぼこぼこにする理由ないじゃないか」

「厄介乳だけお化けって言ったわよね?」

「それか……」

「なんでそれ以外だと思ったのよ」

 

 言われなれてるかと思って。でもそうだよね。女の子に対する言い方じゃなかったね。君も男に対する扱いしてこないときあるからお相子だと思うけど、僕は男だから寛大な心で許してあげよう。クソ女め。

 

「あ、ちなみに僕も岸さんが恭弥のこと好きって知ってるからね。見てればわかる」

「状況的にそうなるものね。織部くんがバカなら話は違ったけど」

「っていうか恭弥に対する態度見てたら、大体の人の好感度わかるんだよね」

「こわ」

「あ、それはわかる」

「ひぃ」

 

 朝日さんが怯えてしまった。いや、でも考えてみてよ。夏野さんみたいな聖人ならみんな好意的に接してくれるだろうけど、恭弥みたいなドクズに対してはみんな好意的じゃない。むしろ好意的に接する人の方が少ないくらいだから、自然と恭弥に対する好感度が見えてくる。

 

 今のところ、夏野さんからは恭弥に対してすきすきオーラが出ていて、岸さんからもすきすきオーラが出ていて、朝日さんからはぼんやりとしたすきすきオーラが出ている。うーん、なんか朝日さん最近怪しいんだよなぁ。今度突っついてみようかな。いや、おっぱいじゃなくて。

 

「……なら、邪魔しちゃ悪いかな」

「逆よ。邪魔していいの」

「うん。今のところ恭弥は誰の彼氏ってわけでもないんだから、いいんじゃない?」

「で、でも、私が恭弥とデートしてたらって考えると」

 

 ぼんっ! と音を立てて顔が真っ赤になり、目をくるくる回し始めた夏野さん。自分が恭弥とデートしてたらって考えると邪魔されるの嫌だからって言おうとしたんだけど、恭弥とデートしてるところ想像して恥ずかしくなったんだね。なんだこの可愛い人は。朝日さんが可愛さのあまり吐血したじゃないか。

 

「それなら、今度夏野さんから恭弥をデートに誘うしかないね。それで岸さんとイーブンだ」

「わ、わた、わたしが、恭弥を?」

「な、なつ、夏野さんが、恭弥を」

「あんた、日葵をバカにしたわね?」

「か、かげ、過激派すぎる……」

 

 襟首を掴まれて持ち上げられる僕を見て、夏野さんが必死に止めてくれる。この感じだと夏野さんが恭弥をデートに誘っても朝日さんが邪魔しに行くだろう。それを止める権利は僕にはないけど、この親友の可愛らしい幼馴染のためなら僕は絶対に止める。

 そうすれば僕と薫ちゃんのこと認めてくれるかなっていう気持ちもなきにしもあらず。へへへ。

 

「うー、だって、今恭弥と春乃がやってるみたいに、ふ、二人でカフェに入って、二人で楽しくおしゃべりして、みたいなことしないといけないんだよね?」

「デートは人それぞれよ。楽しくおしゃべりしなくても心地いいってこともあるし、あぁいう風にする必要はないわ」

「はは。付き合ったこともないクセに知った風な口叩いてて滑稽だね」

 

 今僕首つながってるよね? よし。見えない速度でビンタされたから心配になってしまった。そんな怒らなくても、朝日さんの言ってることは間違ってないから自信持っていいのに。

 

「そうね、私が氷室と行ってもあぁはならないだろうし、日葵が思うようにデートすればいいのよ」

「なんで光莉が恭弥と行ったらっていう仮定が出てくるの?」

「……ただの例えよ。例え。人それぞれっていうね? だから落ち着きなさい日葵。織部くん。私の体の一部の写真、どこでもいいからあげるわ。助けなさい」

「僕に任せてほしい」

 

 パチン、と指を鳴らして夏野さんの前に出る。その瞬間、夏野さんに顎を指で支えられ、少し持ち上げられた。顎クイというやつである。

 

「いい子だから、どいて」

「はぃ……」

「このメス! 何へたりこんでるのよ! ほんとどうしようもないメスね!!」

 

 だって、無表情の夏野さんが怖カッコよかったんだもん! 僕悪くないもん! あんなのされたら誰だってメスになるよ! 僕が一際メスのポテンシャル高かっただけで……ぐすん。もういいし。僕には薫ちゃんがいるし。

 

「さぁ、私が納得するような言い訳してみて」

「言い訳していいわけ?」

「ふふふ」

「ごめんなさい! ちょっとふざけたくなっちゃって、ほら、こういう時ってユーモアが大事でしょ!?」

 

 そんな、朝日さんの激うまジョークが効かないなんて! まぁあんなゴミみたいなダジャレをよくこんな場面で言おうと思ったものだ。やっぱり朝日さんはおかしい。恭弥とタメを張れる。

 朝日さんが諦めたのか、胸の前で十字を切ろうとしておっぱいに邪魔されて、ぷるんと揺れた。よし。

 

「何ガッツポーズしてんだ千里」

「あ、恭弥。聞いてよ。朝日さんの胸が揺れたんだ」

「何……?」

「神妙な面持ちで『何……?』ちゃうねん。どういう状況?」

 

 結構前から僕たちに気づいていた恭弥と岸さんがへたり込んでいた僕を起こし、状況を聞いてくる。なんで気づかれたかって言うと、そもそも僕が二人からぎりぎり見えるような位置にわざといたからだ。恭弥なら、その意味を正しく理解してくれると思ったから。

 

「あ、氷室! 氷室ー!」

「おい、どうした朝日。なんか目の前に怖い顔した日葵がいるけど」

「ふふふ」

「光莉。日葵がなんか聞きたそうにしてるで」

「誤解なの! そしてここは二階なの! えっと、詳しくは何も言えないけどとりあえず助けなさい!」

「何をどうやって?」

「あとここ三階やで」

 

 朝日さんが恭弥を盾にしたから、夏野さんが余計怒っている。この前親友を信じたらって言ったけど、信用できないような動きめっちゃくちゃしてるしなぁ。二人は異性の親友って感じなんだろうけど、傍から見るとそうは見えない。自分に自信がなさそうな夏野さんからすれば、結構不安なんだろう。

 

「ん-、あ、そういやそうだ」

 

 その不安を取り除けるのは、この場では恭弥だけだ。あるいは僕でも可能かもしれないが、ここで僕がでしゃばる必要はないだろう。

 

「日葵。ちょうどいいからブレスレット作りに行くか? お揃いの欲しいって言ってただろ」

「ぇ」

 

 これをいつもやってればいいのに、と肩を竦めると、いつの間にか隣に来ていた朝日さんも一緒に肩を竦めていた。おいクズ。「逃げ切った」みたいな顔してんじゃねぇよ。

 

「岸もいいか?」

「ん? ええで! みんなで一緒の方が楽しいやろし!」

「ん、悪いな」

「気にせんでええって」

 

 笑いながら横腹をつつく岸さんを、羨ましそうに見つめる夏野さん。

 

 そんなに羨ましいって思うなら、そろそろ自分から行動すればいいのに。ほしいものには強欲に行かないと、ね。朝日さん。

 

「は? 何こっち見てんのキショいのよあんた」

「やってやろうじゃないか」

 

 負けた。腕一本に負けた。泣いている僕は恭弥に背負われ、周りの視線を一身に受けながらルミナス内を回った。

 いいし。あとで薫ちゃんに慰めてもらうし。あ、恭弥、なに? お前薫と連絡とってるだろって? ははは、恭弥の許可なしにそんなまさか。ただごめんなさいと言わせてほしい。

 

 許されなかった。僕の分のブレスレットには『メス』と刻まれた。泣いた。



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第61話 クライマックスジェットコースター

「ねぇねぇ聞いて聞いて土曜日私美人に助けられちゃってぐふぅ薫ちゃん今日も可愛いむり……」

「もう慣れて」

 

 月曜日、教室。家では兄貴がうるさいから、その分できない勉強をしていると、仲良しの友だち……兄貴風に言うと親友である天海(あまみ)ゆりがハイテンションで突撃してきた。つまり私は家でも学校でもろくに勉強できないというわけである。

 

 出会いは中学二年生の時。ゆりが転校してきて、私を見つけた瞬間膝から崩れ落ちて「この世の宝……」と言ったことから。おかしな人をどうにも放っておけないようになっているらしい私は、ゆりと一緒にいるのが普通になった。

 

「それで、どうしたの?」

「あ、そう! 土曜ね、ルミナスでね、美人さんにね、ナンパから……ナンパから助けてもらったの私。あぁぁぁしぬ。今思い出しても美人すぎてしぬ。薫ちゃん。一人は寂しいから、私の葬式では隣で寝てて」

「一緒に火葬されろってこと?」

「あぁー!! 薫ちゃん死んじゃやだー!!」

 

 座っている私に飛びついて、大股開いて私の上に乗って体を擦りつけてくるゆりに男子の目線が集まるのを感じ、一睨みして男子から視線を外させる。まったく、油断も隙も無いというかゆりは油断も隙もありすぎる。かわいい女の子なんだから、もっと自分が見られてるってこと意識しないと。

 

「落ち着いてゆり。美人さんに助けてもらったの?」

「助けてもらったのぉおおお。あのねあのね、金髪で身長高くて、すっごいカッコいいのにすっごい可愛くて!」

 

 何か思い当たる節がある。兄貴からよく聞く友だちの話でイケメンで可愛い女の子がいるって聞いたことがある。

 日葵ねーさんは金髪じゃない。朝日さんも金髪じゃない。千里ちゃんも金髪じゃない。ってなるとっていうか最初から選択肢は一つしかなかった。

 

 岸さん。すっごくカッコよくて、すっごく可愛い人。見た感じ兄貴のことが好きみたいで、その趣味はどうかと思うけどあの人が兄貴のお嫁さんになってくれるなら安心だ。それは日葵ねーさんにも同じことが言えるけど。

 

「そしたらね、デートの待ち合わせしてたみたいで、すっごくカッコいいお兄さんが、あぁ美男美女。あの時あの場所がこの世の果て。あれ薫ちゃん、なんで死んでるの?」

「ゆりは死んでないから。幸せで極楽浄土に行ってないから」

 

 ぽんぽんと背中を叩き、頭を優しくなでると「むふー」とご満悦。感情が常にクライマックスなジェットコースターみたいな子だけど、ゆりはすごくいい子で可愛い子だから好きだ。でも、兄貴にゆりの話をすると絶対「何? 薫の親友? スーツで挨拶するか」と言いかねないし、ゆりも兄貴は顔がいいから「ウェッ、薫ちゃんのおにいたま美男すぎ……すき……」ってなりかねない。お互いのために知り合いにならない方がって。

 

 岸さんがデートの待ち合わせで、相手が美男? もしかして、

 

「ねぇゆり。その男の人がどんな人だったかって覚えてる?」

「えっとね。身長高くてスタイルよくて、髪が短くてキリッとした目で、でも全然怖くなくて優しそうな感じで」

 

 今のところ全部当てはまっている。兄貴は身長高くてスタイルがいいし、質の固い短めの髪にキリッとした目つき。そして全然怖くなくて優しい。ほぼ決まりだろう。

 

「あ、それでね。お礼したいなーって思ってお名前聞こうと思ったんだけど、『次会った時、いっぱい仲良くして?』っておねーさんに言われちゃってあがががががが」

 

 恐らく岸さんであろう人のイケメンをその身に受け、それを思い出したゆりが壊れてしまった。よくあることなので放置し、ゆりの体越しに勉強を再開する。

 恐らくというか、絶対岸さんと兄貴だ。兄貴はルミナスに行くって言ってたし、その日の夜千里ちゃんから『恭弥と岸さんと合流。夏野さんと朝日さんもいるよ』って楽しそうに騒いでる五人の写真が送られてきたし。

 

 どうしよう。私としてはゆりと兄貴を合わせたくないんだけど……兄貴がクズ過ぎて幻滅されても困る、というか私が嫌だ。ほんとは優しいのに、クズが目立つから兄貴が悪く言われるのは嫌い。ゆりがそんな子じゃないってわかってても、万が一を考えたらちょっと怖くなる。

 

「はっ! どうぞご指導ご鞭撻のほど!」

「おはようゆり」

「えっ、薫ちゃんからおはようって言ってもらえた幸せこれで悔いはない」

「ゆり、起きて」

「しゃきーん! 薫ちゃんの目覚ましでゆりちゃん完全復活! あれ、何の話してたっけ」

「美人さんなおねーさんと美男のおにーさんの話」

「そー! 私どうしてもお礼したくてというよりどうしてももう一度会いたくて! これじゃあ勉強にも手をつけられないの! お願い薫ちゃん! 協力して!」

「……今日の17時から空いてる?」

 

 気は進まないけど、大丈夫だとは思う。ゆりと兄貴を信じよう。

 

「ん? 空いてるよー!」

「ん。ちょっと待ってて」

 

 ほんとはよくないけど、スマホを取り出して兄貴に電話する。コールが鳴った気配すらなく兄貴が神速で電話に出て、『どうした?』と聞かれる。私が朝学校から電話をかけることなんて一度もなかったから心配してくれてるんだろう。なんとなく焦りと心配が伝わってくる。

 

「兄貴。今日家に友だち連れて行ってもいい?」

『ん? いいぞ。懐石料理作って待っとくわ』

「やめて。それでね、岸さんも連れてこれる?」

『岸を? なんで……あぁ、もしかして土曜日の?』

「ん」

『おっけ。ちょっと待っててな』

 

 電話の向こうから「おーい岸ー」と岸さんを呼ぶ兄貴の声が聞こえる。しばらくすると、てってってっと軽快なリズムを刻んだ足音が聞こえ、「岸さんやでー」という岸さんの可愛らしい声が聞こえてきた。多分兄貴から呼ばれて嬉しいんだろうな。かわいい。

 

『薫が今日家にきてほしいって。ほら、土曜日の』

『ん-? ほえー。すごい偶然もあるんやなぁ。薫ちゃんのお友だちやったんや。もちろんおっけーやで!』

「兄貴。岸さんにありがとうございますって伝えておいて」

『聞こえてるで!』

「もしかしてスピーカーにしてない?」

『あぁ。朝日に見つかって千里にも見つかって、スピーカーにしろって二人からシャーペンを首に突き付けられたんだ』

『おはよう薫ちゃん。今日は私も行くわね』

『もちろん僕もね』

『私も行くねー!』

 

 やっぱり日葵ねーさんもいたんだ。ってなるとこれはまずい。

 

 ゆりは可愛いとかカッコいいとか美人とかそういうのに弱いどころの騒ぎじゃない。で、あの五人は美男美女の集まり。多分ゆり死んじゃうんじゃないかな。

 

「ありがとね、兄貴」

『ん? 気にすんな』

 

 じゃあ、と言って電話を切る。最近、放課後学校に残って勉強してることは知ってるからちょっと申し訳ないけど、兄貴のことだからそんなことを言っても「場所が変わるだけだろ?」って言うに決まってるから、自己満足のお礼だけ伝えた。ほんとに、私には優しいから。

 

「おにーさんと話してたの? すっごいにこにこしてたけど」

「……うん。あとにこにこはしてない」

「してたよー。みんな薫ちゃんが可愛すぎて悶え死んじゃったんだから」

 

 え、と周りを見てみると、男子は一斉に私から目を逸らし、女子はうふふと笑っていた。顔が熱くなる。ほんとににこにこしてるつもりはなかったのに。

 

「おーよしよし。恥ずかしかったねー。あ、可愛い薫ちゃんが私の腕の中にだめだしんだ」

「むぐぐ」

 

 私の頭の後ろに腕を回し、意外と大きい胸に顔を押し付けられる。恥ずかしがってる私の顔を周りから隠そうとしてくれてるんだろうけど、これはこれで恥ずかしい。あと私を抱きながら死なないでほしい。

 

 ……これで死にかけてるんだから、放課後どうなるんだろう。供養の準備はしておこうと胸に誓い、息が苦しくなってきたのでゆりの腕をタップした。

 

 

 

 

 

「ナンパから助けた?」

「そう、岸がな」

 

 放課後、帰り道。五人一緒に住宅街を歩き、そういえば今日家に行く理由を説明してなかったなと思い、別に千里と朝日だけだったら説明しなくてもよかったが、日葵がいるから説明する。感謝しろよクズ二人。

 

「ルミナスって結構多いよね、ナンパ。中学の頃から一人で行かないようにって言われてたし」

「は? 日葵ナンパされたことあるの? 教えなさい。そのナンパしたやつを絞め殺すから」

「私はないよー」

「はぁ!? 日葵をナンパしないなんてほんと見る目ないわね!」

「お前をナンパするなんてほんと見る目ないよな」

 

 右足がないんじゃないかと思ってしまうくらい感覚がなくなったので、千里に肩を貸してもらう。そんなに怒らなくてもいいじゃん。冗談だって。朝日は魅力的で素敵でおっぱいが大きいからナンパされるのも無理はない。ここポイントな。

 

「そういえば朝日さん、恭弥にナンパから助けてもらったんだよね」

「そうなん? やっぱ氷室くんでも人の心はあるんやな」

「岸は俺を植物かなんかだと思ってるのか?」

「助けてもらったっていうか、氷室のおかしさに向こうがビビッて逃げていったっていうか」

「えー、でも助けてもらうのいいなぁ」

「ん? 羨ましいん? 日葵」

「あ、えと、ナンパから助けてもらうのって女の子の憧れというか、ね!」

「それ私に聞くん?」

 

 イケメンの岸に聞いても無駄だぞ。岸は絶対に助ける側だから。ナンパされたとしても絶対にうまいことかわすから。ほんとに弱点ないなこいつ。弱点まみれの千里を見習えよ。まず男なのにメス。最大の強みであり弱みでもある。

 

 この中でナンパに弱いのは千里と朝日だな。千里はメスだし、朝日は気が強いけど意外と怯んだらそのまま、みたいな感じになりかねない。まったく、二人とも俺が守ってやらねぇとな。

 

「もう帰ってるかな薫」

「開けたらわかるでしょこのゴミ。さっさとしなさい」

「乳くせぇな。ちゃんと搾ってきたか?」

 

 後ろで修羅が誕生した気がするが、その対応を日葵と岸に任せて鍵を開ける。ちなみに千里は鍵を開ける俺の前に逃げ込んだ。お前、そんな縮こまったら可愛いからやめろ。

 

 修羅から逃げるためにドアを開け、中に入る。うしろで「光莉、落ち着いて。ね?」と優しく日葵が言うと「ばぶぅ」と光莉が気色の悪い声で鳴き始めたので、多分もう大丈夫だろう。

 

「ん? あぁ、薫の友だちか」

 

 ドアを開けると、ちょうど階段から降りてきた、土曜日岸が助けた女の子と目が合った。俺の後ろからみんなが続々と「おじゃまします」「ただいま」と言って入ってくると、女の子がガタガタ震え始める。

 

「お。やっほ。思ったより早く会えたなー」

「あ、あぁ」

 

 女の子だけ地震に遭ったんじゃないかと思うくらい震えたかと思うと、目の焦点が合わなくなり、やがて膝から崩れ落ちて階段を転がり落ちる。なんとなくそうなるだろうなと思ってあらかじめ階段下に待機していた俺は、女の子が怪我をしないように受け止めた。俺、この体勢に日葵となりたいのに。

 

「ば、うわぁあああああ!! 神級美男美女アイドルグループだぁああああああ!! 神様お父さんお母さん私をこの世に生み落としてくれてありがとうもう死ぬね私死ぬねうふふふふ」

「仲良くできそうだね」

「間違いなくこちら側だわ」

 

 クズ二人と同時に、俺も頷いていた。向いてるよ、俺たちに。



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第62話 さわげ!

「え? この顔で男? うそ神秘。どう見ても女の子なのにすごいかわいい」

「やってやろうじゃないか」

「ゆりちゃんが100%正しいからやめとけ」

「どっからどう見てもメスなんだから受け入れなさい」

 

 俺の家、リビング。薫の勉強を邪魔して申し訳ないと思いつつ、俺たち五人と薫、ゆりちゃんで駄弁っていた……と言っていいのだろうか。

 ゆりちゃんが俺たちを見ては悶え見ては悶え。どうやら見た目がいい男女を見るのが好きらしく、「やば、カッコよ。美しい。綺麗。可愛い」とぶつぶつ呟き続けている。俺たちは見た目だけはいいからな。日葵と岸は中身も完璧だけど。

 

「はぁ、ったく。年下の子がいるんだからちょっとはまともに振舞おうとは思わねぇのか?」

「恭弥。なんでスーツ着てるの?」

「は? 薫の親友がいるんだから当たり前だろ」

「恭弥ずるい。私もスーツ着たいのに」

「はぁああああスーツ姿のお兄様カッコいい結婚してほしい」

「薫ちゃん苦労してんねんなぁ」

「とても」

 

 正直、安心した。薫は友だちの話をまったくしないから、もしかして俺のせいで孤立してるんじゃないかって思ってたんだ。だから、ゆりちゃんが「すすすすす薫ちゃんの親友の天海ゆりですぅううう!!」って言ったとき心底安心した。急いでスーツを着た俺は何もおかしなことはない。

 

「まぁ確かにこいつら見た目はいいけど、騙されちゃダメよゆりちゃん。中身はとんでもなくクソなんだから」

「ほわあああ勝気な感じなのに身長低くて可愛くてお胸おっきいかわいい」

「薫。この子は話を聞かない子なのか?」

「私とも時々会話できない時あるから」

 

 顔がいい男女に目がないなら、当然薫もその対象だろう。学校に行けば毎日会うはずなのにまだ慣れないとは、筋金入りがすぎる。朝日が日葵のこと好きなのと同じレベル、いや表に出すぎな分ゆりちゃんの方がヤバいかもしれない。

 

「そや。また会えたし連絡先交換せえへん?」

「春乃様と!!!?? 私が!!!?? そ、そんな、いいんですか? 私の連絡先を春乃様のスマホに登録するなんて、クソ塗りたくるのと一緒ですよ」

「大丈夫でしょ。氷室の連絡先が入ってるんだから」

「ははは。朝日の連絡先も入ってるしな」

「「は?」」

「なかよし……むり、尊い……」

 

 立ち上がって睨み合っていると、ゆりちゃんが顔を覆って倒れてしまった。俺たちのどこが仲良しに見えたんだろうか。仲悪くはないけど、一触即発だったろ。どう見ても喧嘩一歩手前だったろ。

 ただ、仲良しと言われたら喧嘩してしまえばそれを否定してしまうことになるので、朝日と頷き合ってそっと座った。俺は年下には優しいんだ。素敵すぎる。

 

「なーなーゆりちゃん。連絡先交換してくれへんの?」

「ひぃ! 美しすぎる顔が近づいてきてる! ごめんなさい、私はあなた様の隣に立てる、ましてや同じ空間に存在してはいけない矮小な存在なのです。ゆるしてゆるして」

「えい」

「ぴゃあ!?」

 

 倒れているゆりちゃんの顔を覗き込んだ岸は、何やらぶつぶつ言っているゆりちゃんにそっと覆いかぶさった。あいつほんとおちょくるのというか、からかうのというか、いじるの好きだよな。朝日も千里もすぐターゲットにされていじくりまわされてたし、もうそういう趣味なんだろう。エッロ。

 

「残念だったな千里。いじくる対象が変わって」

「ははは。僕は男だからね。そもそも女の子にいじくり回されるなんておかしな話だったんだ」

「え? あっ、ごめんね?」

「ちなみに今の日葵の『ごめんね?』 はナチュラルに織部くんが女の子だと勘違いしてたことに対する『ごめんね?』 よ」

「嘘だろ……」

 

 体中の穴という穴から千里の魂が抜けていくのが見える。日葵って無意識に人の急所を抉ることあるからなぁ。急所抉った後慌てて「ちがうのちがうの!」って手をわたわたさせるのがたまらなく可愛い。俺の嫁になってほしい。

 

「ぐすん。傷ついた。慰めて薫ちゃん」

「いい度胸じゃねぇか」

「織部くん。私は暴力振るわないから安心してね?」

「朝日さん……」

「私でも止められないわ。安易に薫ちゃんの名前を出したことをあの世で悔いなさい」

 

 朝日がまた胸の前で十字を切ろうとして胸に当たり、ぷるんと揺れたのを千里が目を光らせて凝視していたことで薫にも見捨てられ、日葵の呪詛の如き囁きにより千里は抜け殻になった。一体何を言われたんだ……? っていうか日葵に耳元でぽそぽそ言われるの羨ましすぎる。やっぱ殺そうこいつ。

 

 朝日が既に手を下していた。早業がすぎる。

 

「おっしゃ連絡先ゲット!」

「汚された……いや洗われた? 春乃様と関わって汚れること絶対ないもん。洗われた。洗われちゃった私」

 

 死骸になった千里を薫がつついてるうちに、向こうの攻防も終わったらしい。満足気な岸が明るい笑顔で、顔を真っ赤にしたゆりちゃんが口の端から声を漏らしている。あの子本当に耐性ないんだな。あそこまで正直だと、普通だったりブサイクだったりの顔してる人がゆりちゃんと関わったらその人傷つくだろ。自分は美しくないんだって。

 

「今度遊ぼうな? でも受験生やっけ」

「受験なんて知ったこっちゃないです! 春乃様と遊べるのであればそれ以上に大事なことなんてありません!!」

「私は?」

「うそうそうそうそ薫ちゃんが一番大事すきー!」

 

 ちょっと寂しそうな薫に、ゆりちゃんが異次元の跳躍を見せ飛びついた。そのまま二人揃って床の上に倒れ、ゆりちゃんが薫の肩にぐりぐりと頭を押し付けている。

 

「氷室。私もアレを日葵にやろうと思う」

「胸が邪魔で無理だろ」

「あら、なんなら試してみる?」

「は? お願いしま」

「氷室くーん?」

「光莉ー?」

「「はいっ!」」

 

 にこにこ。笑いながら俺たちの名前を呼んだ日葵と岸に、俺と朝日は姿勢を正しながら縮こまる。あはは。違うんですよ。これは、ね?

 

「ちょっと、あんたがなんとかしなさいよ」

「お前が変なこと言うからだろ」

「あんたがセクハラするからでしょ」

「んなこと言ったらお前もセクハラだろ。ところで本当にやってくれるんですか?」

「あんたはウンコで体を洗えって言われてできるの?」

「夏野さん、岸さん。この二人は有罪だ。存分に裁いてあげて」

「テメェこのメス何起き上がってきてんだコラ!!」

「あんたは部屋の隅でケツひくひくさせて口から涎垂らす置物にでもなってなさいよ!!」

「生きる価値のねぇクズが!!」

「ほんと、死んだ方がいいんじゃない?」

「起き上がっただけなのにこの仕打ち」

 

 もちろん、俺たちは裁かれた。朝日は日葵に耳元で「変態」と囁かれ大興奮の後死滅し、俺は岸に「氷室くん、そういえば男の先輩に熱い視線送られとったで」と正面から言われ深く傷つき床に顔を擦り付けるくらいダメージを負った。そんな。その役回りは千里のものじゃないのか? 何? イケメンをとるか可愛いをとるか? 知らねぇよそんな世界俺に知らせないでくれ。

 

「ごめんねゆり。騒がしくて」

「ん-ん! 楽しくて綺麗で面白くて可愛くてカッコよくて、え? 私今から殺されるの?」

「死刑の前にいい思いさせるとかそういうのじゃないから」

 

 少し服装が乱れた薫を見る千里を日葵と一緒に処刑し、また落ち着いてテーブルを囲む。約一名また消えていったが、いつものことだから誰も気にしない。ちょっと前までは俺と一緒にやられてたのに最近お前ばっかだな。ざまぁみろ。

 

「にしても、こんなに褒められると流石にちょっと照れてくるなぁ」

「褒め足りないくらいですというか褒めてるつもりもなく事実をただ述べているだけです!! お兄様はカッコいいし春乃様はカッコよくて可愛いし日葵様はあったかくなるし可愛いし光莉様は乙女で可愛いし!」

「ちょっと、褒めても何も出ないわよ?」

「おいおい、ゆりちゃんはそういうつもりで言ったんじゃねぇよ」

「なんで二人とも財布から万札出してるん?」

 

 気分がよくなっちゃって……。

 

「でもすごいね。あんまり光莉と話してないはずなのに、乙女だってわかるんだ」

「え? だって私的に一番可愛いですもん。表に出ない可愛さって破壊力すごくないですか? 時々お兄様に対してすっごく可愛くなってますもんはぁすてき」

「へぇ」

「ふぅん」

「今のは私悪くないと思うの」

「俺もコメントしづれぇよ」

 

 何? 俺が悪いの? そりゃ朝日も女の子なんだから、異性に対して意識するときくらいあるだろ。この中で男って言ったら俺しかいないんだし許してやってくれ。あとゆりちゃんは正直すぎるし思ったことをすぐに言うクセを治してくれ。いや、治さなくてもいいけどちょっと気を付けてくれ。俺たち全員厄介なもん抱えてるんだから。

 

「それに薫ちゃんの新しい一面見れてすごく嬉しいですまさか薫ちゃんが千里様のこと」

「あー! わー!」

 

 珍しく大声を出してゆりちゃんの言葉を遮り、薫が慌ててゆりちゃんの口を抑えた。ゆりちゃんが白目を剝いたのは「美少女の手がくちに、むり、しあわせ」ってところだろう。

 

 それにしても、この慌てよう。別に好きじゃないなら「何言ってるの」って感じでいいのに、慌てて止めるってことはつまりそういうことなんじゃないか?

 

「ふぅ、やれやれ。モテる男はつらいな」

「恭弥ぁ。私たちの薫ちゃんが女の子のこと好きになっちゃったぁ」

「落ち着け日葵。千里はメスだ」

「僕は男だって言ってんだろ!!」

「男なら薫を渡さないために死んでもらおう」

「僕はメスです」

「ちなみにメスでも死んでもらう」

「そんなことだろうと思ったよ!」

 

 逃げ出す千里、日葵に褒めてもらうために足をかけて転倒させる朝日、怪我しないように優しく抱きかかえ、衝撃を逃がす様にそっと床へ千里を寝かせる岸、床に寝た千里にまたがり拳を構える俺、スマホでカウンターを用意する日葵。

 

「待て。君の言うことを何でも聞こう。だから落ち着くんだ」

「金輪際薫に近づくな」

「それは私がいや」

「薫ちゃんの拒否を受けて氷室くんが死んだ!」

「ちょ、僕の上で死ぬな! 重い!」

「あれ、なんで寝てるん光莉?」

「え? 日葵が乗ってくれるのかと思って」

「美しさと動きの情報量が多い……しあわせ……」

 

 後日聞くと、俺は本当に白目を剥いて泡をふいていたらしい。千里のフェロモンと柔らかさしか覚えてないわ。



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第63話 一週間前

「さぁもう期末テストは来週ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか」

「僕は問題ないかな」

「私もまぁ」

「私もおっけーやで」

「むりぃ……」

 

 案の定一人だけ問題ありの人を見つけた。

 

 勉強できるかどうかで分けると、俺はできる、千里もできる、朝日もできる、岸はやればできる、日葵はやってもできないことがあるしできるやつはとことんできる。ただその振れ幅が大きいため赤点を取るのもちょくちょくある、というのは朝日情報。日葵は低得点が恥ずかしいらしく、まったく教えてくれない。

 これが千里か朝日ならめっちゃくちゃにバカにしてやるのだが、日葵となれば話は別。ここはちゃんと俺が教えて「恭弥すてき。結婚して!」ってなるしかない。ふふふ。俺の未来は明るい。

 

「ふふふ」

 

 約一名俺と同じことを考えているであろう乳デカクソお化けは無視して、日葵が座っている席に移動した。びくっと震えたのは俺のことが好きだから緊張して、だと思いたい。

 

「何が危なそうなんだ?」

「控えめに言うとね、ぜんぶ」

「国語もダメそうだね。控えめの意味もわからないらしい」

「は? 日葵が黒って言えば黒で白って言えば白、死ねって言ったら死ぬのよ」

「光莉が甘やかし続けてるのが原因ちゃうんかなぁ」

「日葵は甘やかしに甘えるようなやつじゃねぇよ」

「ほな実力ってことか」

「うえぇぇ……」

「日葵が泣いちゃったじゃない! 今パンツ脱ぐから待ってね」

「ちなみに涙では妊娠しないぞ」

 

 え……? とスカートの中に手を入れて固まった朝日から目を逸らす。お前男が俺しかいないからって無防備すぎだろ。まったく、俺はお前なんかに興味がないからお前のパンツを見たってなにも思わないし、むしろ気持ち悪いくらいだから別にいいけど。ところで朝日次の休み空いてるかな?

 

「本気は置いといて、日葵って好きなことに対しては飲み込みすごく早いのよね」

「置いとくのは普通冗談ちゃう?」

「数学って何の役に立つの……日常生活で絶対使わないよ……」

「∀」

「あー! 恐らく数学で使う記号みたいな笑い方したー!」

「氷室、今のどうやったの?」

「いや、日常で使うよってことアピールしようと思って」

「使い方完全にちゃうやろ」

「このバカが勉強できるっていうんだから世の中不公平よね」

 

 まぁでも俺は勉強したその時は問題なく試験突破できるけど、しばらくしたら全部忘れるからあんまりいい頭はしていない。その点千里なら一度覚えたことはほとんど忘れないし、勉強の仕方なら千里に聞いた方がいい気もする。

 ほら、俺はなんとなくできちゃうけど千里はちゃんと理解してできるから。

 

「仕方ないわね。私が教えてあげるわ」

「夏野さん、やめた方がいいよ。きっと見返りにものすごいもの要求されるから」

「しないわよ。婚姻届けに判を押してもらうだけだから」

「人生の一番の選択を勉強の見返りに求めてんじゃねぇよ」

「光莉って日葵のこと引きずって一生結婚できなさそうやなぁ」

「日葵は私と結婚するんだもん!」

「しないよー」

「あの、なんだ。お前は可愛いしいいやつだし、絶対いい人見つかるって。な? だから泣くな」

「ふぇ、ひっ」

 

 泣き出した光莉が泣きながら俺の方によちよち歩いてきたので、頭をぽんぽん撫でて慰めてやる。よしよし。日葵に結婚しないって言われるなんてこの世の終わりと一緒だからな。俺にも気持ちがよくわかる。だからひ、朝日も俺の気持ちをわかってくれ。今日葵と岸がめちゃくちゃ怖い目で俺たちを見てるから。

 

「ほら、なんなら俺が朝日に合うやつ探してやるよ。どんな人がいいんだ?」

「日葵みたいなひと……」

「日葵が子ども生むしかあらへんな」

「え? それって日葵が男とセックスするってこと?」

「ひ、光莉! はっきり言わないで!」

「許せない……あ、この世の男を根絶やしにすればいいんだわ」

「待て! 俺さっきまでお前のこと慰めてただろ!」

「せめてもの情けでおっぱいで殺してあげるわ」

「なんだって!?」

「アホが釣れとんな」

 

 千里がシンプルに締め上げられているのを見て、やはり嘘だったということを確信する。おっぱいで殺すって言って釣っておいて普通に殺してくるなんて悪魔だあいつは。危うく「お願いします!」って言うところだった。

 

「次はあんたね」

 

 逃げ切ったと思ったのに……。

 

「朝日、落ち着け。俺はお前のためならなんでもするし、足を舐めて忠誠を誓ってもいい」

「いやよ。あんた足に興奮するタイプの変態に決まってるからご褒美になるじゃない」

「どさくさに紛れてご褒美を貰おうとしたことは謝る! でも俺はお前の味方だ!」

「ほんまなんかい」

「足かぁ……」

 

 いや、朝日ほど可愛い女の子なら正直便以外はご褒美にならね? 俺だけ? もしかして俺すごい気持ち悪い流れで特殊性癖暴露しちゃった? 

 おい岸、足組んでぷらぷらするな。お前基本的に何やってもエロいかカッコいいか可愛いんだから。ちなみに今は千里が復活するくらいエロい。

 

「ん? そういえばあんた、聖さんから靴下貰おうとしてたわね」

「恭弥。詳しく話を聞かせてもらおうか」

「違うんだ! あの、違うんだよ!」

「言い訳思いつかへんくらい事実なんやな」

 

 いやほら、いやらしい気持ちはまったくないんだよ。ただいつも一緒にいるめちゃくちゃ可愛いけど男な千里によく似た正真正銘の女の人で美人で綺麗な聖さんから今はいてる靴下を貰えるってなったら誰だって頷くじゃん! 俺悪くないじゃん! むしろ男のくせに可愛くていい匂いして誘惑すらしてくる千里が悪いんじゃん!

 

「ちなみにちなみに、氷室くんはこの四人の中なら誰の靴下がほしいん?」

「特殊性癖AVの導入かよ。それ聞いてなんの得があんの?」

「ちょっと待って。今僕を数に入れなかった?」

「ぬ、脱いだ方がいい?」

「触ってみないとわからないこともあるから、その方がいいわね。私が渡すから脱いで私にちょうだい」

「渡すなよ日葵。そいつ日葵の靴下持って逃げるつもりのやべぇやつだぞ」

「食べるのよ」

「なおやべぇよ」

 

 キショすぎだろこいつ。どう性癖を拗らせたらここまでおぞましくなるんだ? いい人見つかるって言ったけどこいつには一生見つからない。こいつのこういう部分を知ったら絶対逃げ出す。逃げ出さないのは俺か千里くらいのもんだろう。千里も「やばいねあさひさん」って棒読みで言ってるから、ちょっと理解できるところあるんだろうし。

 

「みんな落ち着こう。ちなみに僕は薫ちゃんの脚が綺麗だと思ってる」

「テメェ二度と薫に近寄るんじゃねぇぞ」

「土曜日勉強を教えるために君の家に行く約束をしています」

「薫。どういうことだ?」

『兄貴。いきなり電話かけてこないで。ゆりが死んじゃうから』

 

 薫が一瞬で出るからいきなりになるんじゃないだろうか。そのせいでゆりちゃんが『お兄様の声!?』って八倍再生くらいで言って机をなぎ倒してぶっ倒れちゃうんだから。

 

『次の土曜日のことだよね? 千里ちゃんが教えてくれるって言うから、甘えよかなって』

「絶対邪魔してやる」

『兄貴邪魔だからお出かけしてて』

「もしもし薫ちゃん? 恭弥が死んじゃったからかわったよ。ちなみに織部くんは私が頼んで光莉と春乃に縛り上げて貰ってる」

「ヘルプ! ヘルプ!」

『……勉強してるんじゃなかったの?』

「あはは……」

 

 もうだめだ。薫に邪魔って言われた。きっと千里とえっちなことするから俺に家にいてほしくないんだ。クソ、父さんに言ってやりたいが薫の邪魔をしたくない。俺だけは薫の敵であり最大の味方でいてあげたい。うぅうぅうううう。

 

『……集中できないならさ。土曜日日葵ねーさんの家で兄貴と勉強したら?』

「えぇ!!!?? わ、わた、私の家で、きょ、恭弥と!?」

「私も行くわよ」

「私も行くで」

「あ、そ、そうだよね……」

『日葵ねーさんかわいい』

「な、なにがぁ!?」

 

 すべてが。

 

 薫と話してる時の日葵は、なんとなく一番素が出る気がする。朝日や岸といるときも素っちゃ素だが、朝日はアレだし、岸はイケメンで頼れる感が強いし、なんだかんだ一番古くから日葵のことを知ってる女の子は薫だからな。気を遣う必要がまったくないんだろう。

 

『ふふ。別に強制じゃないからしなくてもいいよ』

「す、する。勉強しないと危ないし……」

『それならちゃんと頑張らないとね。兄貴。ふざけないでちゃんと教えてあげてね』

「薫ってもしかして俺のお姉ちゃんだったりする?」

「ちょっと出来すぎよね。ほんとに同じ遺伝子?」

「仕方ない弟を優しく見守る姉みたいな感じなっとるな」

「んー! ん-!」

『兄貴は兄貴ですよ。いっつも頼りにしてます』

「薫……」

 

 感動したいところだけど、いつの間にか猿轡までされている千里が気になって仕方ない。そこまでしなくてもいいと思うんだけど、多分朝日が楽しくなっちゃったんだろう。ってか千里エロっ。女の子ですら出せないような色気出してやがる。今の千里を描写したら完全にR-18指定だ。

 

『じゃあね。ゆりを引きずって帰らないといけないから』

「あれ、もう完全下校時刻だったんだ」

『うん。日葵ねーさんも早く帰ってね。兄貴がいるから帰り道は大丈夫だと思うけど、気を付けて』

「私がついていくから大丈夫なのよ?」

「お前を送る手間が増えるからやめろ」

「ふーん。い、いい心がけね」

「光莉が女の子扱いされて照れとる」

 

 マジでちょろいなこいつ。褒め続けた後に「おっぱい揉ませて」って言ったら揉ませてくれるんじゃねぇの?

 頭の中でシミュレーションしてみたら俺の死体が見えたので、やめておこうと思う。ほ、ほら。俺は日葵一筋だから元々やる気なんてまったくなかったしね?

 

『兄貴も、みんなが許してくれるからってあんまり調子に乗らないようにね』

「薫も千里が家にくるからってハメ外さないようにな」

『はっ、外さないし!』

「外しとけ外しとけ。どうせ千里は血祭りにあげるんだから」

『……頑張ってね千里ちゃん』

 

 その言葉を最後に薫との電話は終わった。千里が殺されないように目をうるうるさせて上目遣いで見てくるが、そんなことで俺たちの心が揺れるはずもなく拘束を解いて目いっぱいよしよしした。ずるいぞお前。



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第64話 まじめな話。動き出す話。

「実際さ、千里のどこが好きなんだ?」

「っ!?」

 

 水曜、夜。

 

 今までノリで千里を殺害してきたが、そろそろ聞いてもいいんじゃないかと思って薫の部屋を訪れて単刀直入に聞いてみると、薫は面白いくらい顔を真っ赤にしてベッドの隅へ逃げていった。

 

 は? かわゆ。

 

「す、好きなんて言ったっけ?」

「いや、見りゃわかるだろ」

「兄貴に言われたくないんだけど……」

 

 え? 俺はポーカーフェイスが得意だからわかりにくい人間として有名なんだけど……。ほら、千里がいっつも隣にいるからわかりやすいって思われてるだけで、俺の考えてることを正しく理解できる千里がおかしいんだよ。俺はめちゃくちゃわかりにくい人間……わかりにくい人間って付き合いにくくね? じゃあ普通の人間ってことにしよう。俺は普通。

 

「俺としてはさ。千里は信頼してるし、もちろん薫だって信頼してる。だからその、なんだ。二人きりで会ったとしても滅多なことはしないって思ってるんだが、一瞬の気の迷いで過ちをおかしちまうのが人間だ。つまり俺は千里と薫がセックスしないかが心配なんだよ」

「この世に妹に対してセックスって言葉吐く兄貴、兄貴くらいだよ」

「え、うそ。勲章もの?」

「誇らないで」

 

 なんでだ。オンリーワンなんて勲章ものだろ。ってなるとさっきのは訂正しないとな。俺は普通じゃなくて特別なんだ。ふふ。人間はいつだって自分のことを特別だと思い込んで生きて、いつか自分が特別じゃないと気づくものだが、俺は特別だったってわけだ。気分がいいぜ。

 

「……別に、兄貴が心配してるようなことはしないよ。千里ちゃんがどうかはわかんないけど、そんな場合じゃないし。私は普通に勉強教えてもらうつもり」

 

 薫は恥ずかしさを誤魔化すためか、枕を抱きながら俺から目を逸らして答えた。こんなに可愛い女の子を前にして、男が我慢できるとでも思ってんのか? 甘い。どうやら俺は薫を甘やかしすぎたらしい。ここは俺が男がどんな生き物かを教えなきゃいけないらしい。

 

「薫。男は絶対に信じちゃダメだぞ。一生を添い遂げる覚悟ができるんなら、そいつのために人生捧げていいって思えるんなら信じてもいい。ただ、男は性欲に生きる生き物だ。相手に好意があるってわかってるなら、倫理観投げ捨てて獣になっちまうんだよ」

「でも千里ちゃん、絶対手は出してこないよ」

「俺もそう思う」

「うん。だって、性欲振りかざしてるのも、それが唯一『自分が男だ』っていう証明になるから縋ってるだけだもん」

 

 思わず、目を見開いた。俺はわかりにくい人間だと思っていたが、存外わかりやすい人間だったらしい。表情を取り繕う暇もなく驚きを前面に出し、ぽつりと「わかってたのか」と呟いた。

 どうりで、千里がセクハラした報告を薫にしてもあんまり気にしないはずだ。ちょっとは不機嫌になっても、薫はすぐに千里を許していた。薫のことだから千里は自分のものじゃないって自分を律してるのかと思っていたが、それがわかっていたなら納得だ。

 

「今はさ。兄貴たちがネタにしてるけど、千里ちゃんにとって自分が女の子みたいってことはすごいコンプレックスだもん。仲いい人たち以外から女の子扱いされるとすっごい不機嫌になるし」

「薫、千里のことよく見てるんだなぁ」

「だって。兄貴が、初めて胸を張って『親友だ』って言った人だから」

 

 今度は、薫は俺の目を見ながら言った。

 

「千里ちゃんのどこが好きって聞いたよね。私、千里ちゃんが、兄貴のことが好きだから好きなの」

「……もしかして薫って俺のことめちゃくちゃ好き?」

「うん。家族だもん」

 

 体中の水分が涙となって溢れ出した。うそでしょ。俺クズなのによく愛想つかさずに妹やってくれてるなーって思ってたけど俺のこと家族として愛してくれてるなんて。俺は今日死んでもいい。今ノリで日葵に『薫が俺のこと好きって言ってくれた』ってメッセージ送っちゃったし。普段から積極的にメッセージ送れよ俺。そんなんだからヘタレって言われんだぞ。

 

「なんかね、これ兄貴に言うの恥ずかしいんだけど、ほら。私って兄貴と違って普通じゃん」

「俺も普通だけどな」

「ほざくな」

 

 ほざくな?

 

「でもね、理想があるの。過ごすなら、楽しい毎日がいい。くだらないことで笑い合って、くだらないことで笑わせて、どんなにクズでも誰かを想いやれる、そんな人と一緒にいたいなって」

「……あぁ、確かに。それなら千里はぴったりだな」

「でしょ? だって、兄貴の親友なんだもん。それに、兄貴の親友と付き合っても、もし結婚しても。それなら、私のことが大好きな兄貴がもし私に会いたくなったら会いやすいだろうし」

「……薫ー!!」

 

 薫に飛びついて抱きしめて、頭を思い切り撫でまわした。なんだこの愛しすぎる妹は。ほんとに妹か? 日本全国の妹ってやつは「は? きも」とか「死ね」とか平気で言ってくるんじゃないのか? それなのにうちの妹はめちゃくちゃ兄貴想いでめちゃくちゃ可愛い。俺の妹は世界一。偉すぎるから総理大臣にしてあげてくれ。

 

「ちょ、抱き着くな!」

「ははは! 俺のことが好きなんだろ? 照れるな照れるな!」

「それとこれとは話が別──」

「おい、ちょっとうるさいぞ。近所迷惑を──」

 

 じゃれあう俺と薫のもとへ、父さんがやってきた。

 ベッドの上にいる俺たち。乱れる服装、抵抗する薫。

 

「母さん! かあさーん!!」

「おい待て! これは勘違いで」

「子どもができるかもしれん! 今日は一階で何も知らないフリをしておこう!」

「勘違いしたなら止めろや!! 兄妹でガキをサクセスしようとしてんのを認めようとしてんじゃねぇ!!」

「おいおい。愛の前では性別も血縁も関係ない。そして俺は今日何も見なかった。いつか、お前の口から話してくれるのを待つことにするよ」

「だからちげぇって!! 父親として間違ってるぞあんた!!」

「カメラ持ってきたわよ」

「でかした母さん!」

「なんで夫婦揃って間違ってんだよ!! どっちかが間違ったら片方が正すのが夫婦なんじゃねぇのか!!」

「なるほど、お前らはそうありたいってことだな」

「イカレてんのかテメェら!! そこに正座しろ、俺が親ってのがどういうもんか教えてやる!!」

「今から結婚するってことね?」

「母さん。印鑑を」

「薫。これからは俺が育てていくからな」

「黙ってみてたけど、殺人だけはやめて」

 

 あと、十分育ててもらってるから。という可愛らしい薫の言葉に、両親と俺は三人揃って薫に抱きついた。

 

 

 

 

 

「薫ちゃんに、告白しようと思う」

「そうですか……」

「ほんとに興味なさそうな反応はやめてほしい」

 

 水曜、帰宅後。

 

 あらかじめ織部くんから『話がある』と言われていた私は、ちょうど二人の家の中間くらいにある公園で織部くんと二人きりでベンチに座っていた。まさか私が可愛すぎて告白してくるんじゃないかと思っていたが、まったく違った。告白ってところまでは一緒だからまったくってわけじゃないんだろうけど。

 

「それ、私に言う必要ある?」

「いや、薫ちゃんと僕が付き合うってことはさ。僕が恭弥から離れることが多くなるってことなんだ。最近、実際そうだったでしょ?」

「へぇ、それで?」

「頼まなくてもいいだろうけど、朝日さんには恭弥の隣にいてほしいなって思って」

 

 これは、あの日私が『氷室の隣にいられるのは私しかいない』って言ったことをからかってきてるんだろうか、と思ったけど、織部くんの雰囲気がからかってくるときの雰囲気とは違う。時々、稀に、極稀に見せる真面目なときの織部くん。その真面目な姿を見せる時は、大体氷室関係っていうのはやっぱり二人の仲を疑ってしまう。

 

「別に、薫ちゃんと付き合ったからってあんたと氷室が親友だっていうことは変わらないじゃない」

「恭弥はきっと、薫ちゃんより自分を優先されたら怒るだろうから」

 

 確かに。「俺から薫を奪っておいて、薫じゃなく俺を優先するだと……?」ってブチギレて織部くんの命が終わる未来が見える。多分そうなると日葵も直接手を下すだろう。薫ちゃんのことになると、氷室と日葵は恐ろしいくらい気持ちが一つになるから。忌々しい。

 

「だからって私に全世界クズ決定戦チャンピオンを押し付けないでくれる?」

「まぁまぁ、落ち着いて聞いてよ銀メダリスト」

「勝手に準優勝させてんじゃないわよ」

 

 まったく、私は銅メダリストでしょうに。ちなみに織部くんが銀。もしかしたら氷室と二人で金メダルをもらっているかもしれない。

 

「正直、僕が薫ちゃんに対して積極的にアプローチできるようになったのは朝日さんのおかげなんだ」

「は? なにかした覚えないけど」

「朝日さんはさ。夏野さんの気持ち知ってるでしょ? だけど恭弥から離れることは絶対ないし、恭弥が一人になってたら絶対に駆けつけてくれる。朝日さんはさ、例え自分が夏野さんから恨まれようとも、自分が正しいと思ったら、友だちが傷ついてるって思ったら駆けつけられる、そんな素敵な人なんだ」

「……」

「こうして褒めると照れるのも、可愛らしくてポイント高いよね」

「べらべら喋んな。メスクサいのよ」

「うそ」

 

 自分の手のひらに息をあてて口臭チェックした織部くんは、「そもそもメスくさいってなんだ?」と首を傾げていた。織部くんが首を傾げると可愛いからやめてほしい。私が可愛く映らない。

 

「っていうか、私の幸せも考えなさいよ。もし私に素敵な王子様が現れたら、平気で氷室を見捨てるわよ?」

「え? 朝日さんって恭弥のことが好きじゃないの?」

「は? 何ふざけたこと言ってんの?」

「え、だってさ」

 

 気づいてない? 朝日さん、最近夏野さんを目で追うより、恭弥を目で追うことの方が多いよ。

 

「……?」

 

 言われたことを理解できなかった。それは私の頭が壊滅的に悪いからじゃなくて、ただ単純に自覚がないというか、そんなはずがないって思ったから。

 

「気づいてなかったんだ。まぁ、なんとなく理由はわかるけどね」

「ちょっと」

「君たちは、人を好きになったら、その根っこまで好きになる。だから、無意識に人への好意に蓋をするんだ。朝日さんは夏野さんが大好きなのに恭弥のところに駆けつけられたのも、『自分はそうならない』って自分を誤魔化してたからだったのか。どっちにしろ朝日さんは駆けつけたと思うけど」

「まって」

「好意に蓋っていうのは()()()()かもしれないけどね。恭弥は小さい頃から夏野さんが好きだから、今更揺らぐことがないって思ってる。僕から見れば、恭弥と朝日さんの方がお似合いというかなんというか、思うんだよね。出会う順番が違っていれば、夏野さんの位置にいたのは朝日さんなんじゃないかって」

「やめて!!」

 

 声を張り上げると、織部くんは眉尻を下げて「ごめん、言い過ぎた」と言ってハンカチを渡してきた。それを見て、自分が泣いていることに初めて気づく。

 それを受け取らずに、あいつから返してもらったオレンジのハンカチで自分の涙を抑えた。

 

 あいつのことなんて、好きじゃない。友だちとしては好きだけど、恋愛的な意味で何てもっての外。あいつは顔と頭と運動神経がいいだけで、クズで、一緒に居て心地いいだけで。

 

 小さい頃からずっと、日葵のことが大好きなクソバカ野郎なんだから。

 

「……勝てっこないじゃない」

「うん」

「どっちもよ。日葵の中にはいつだってあいつがいるし、あいつの中にはいつだって日葵がいる。こんなの、挑む方がバカじゃない」

「うん」

「春乃が羨ましいって思った。あの二人の間に入って自分の気持ちをぶつけるその姿が、すっごく綺麗に見えた。カッコいいなって思った」

「うん」

「だから『恋愛感情が一切ない』なんて自分を納得させて、友だちとしてあいつの隣にいようと思った。自分が、傷つきた、く、ないから」

「うん」

 

 なのに、なんで、今更。

 

「そんなこと、言わないでよ。やっと、やっと、()()と誰が付き合っても、日葵が私の側から離れても、笑って『よかったね』って言えると思ってたのに!」

 

 結婚まで想像できたのは、どこかでそうなったらいいなって思ってたから。『お互いいい相手がいなかったら』って思ったのは、『それ以外に勝ち目がない』って思ったから。

 

「あんた、何がしたいのよ。それがわかってて隣にいろって、私に氷室が好きだって自覚させて、それを諦めてあいつの隣に友だちとしていろってこと!?」

 

 立ち上がって、織部くんを睨みつける。いつになく真剣な表情で、こうしていたら女の子だって言われることはないのにな、なんて思えるくらいカッコよく見えた。

 

 自分を隠さず生きてる姿に、()()憧れた。

 

「結局甘えたんだよ、朝日さんの優しさに。どっちに転んでも朝日さんは夏野さんのために恭弥の隣にいてくれるだろうなって。それに、きっと今動かないと未来の朝日さんが後悔する。僕だって、今ここで朝日さんにこのことを言わなかったことを後悔する。親友の恋路をかき混ぜないようにって、一人の女の子が傷つくことを認めたら……」

 

 きっと恭弥は僕を許さない。

 

 なんて、真剣な顔して、まるであいつのことならなんでもわかってますみたいな顔して、男前な顔してハッキリ言ったから、私は思わず笑ってしまった。

 

「あんた、最低のクズね。何がしたいのかさっぱりわかんない」

「はは。朝日さんもね」

「は?」

「『自分らしくが一番だろ。着飾らない自分が一番魅力的って相場は決まってんだよ』」

 

 にやりと笑って、織部くんは立ち上がる。

 はぁ、とため息を一つ。こいつと比べたら、私とあいつはマシな方だ。こいつが一番のクズ。自分勝手で自分のことしか考えない、でも他人を思いやって、人の気持ちを無視して他人にとっての最適解を弾き出す正真正銘のドクズ。

 

「これで私が塞ぎ込んだらどうするつもりだったのよ」

「そこは恭弥か夏野さんか岸さんが助けてくれるでしょ」

「丸投げね。男として恥ずかしくないの?」

「ははは。いや、これでも人を見る目には自信があるんだ」

「そう。見る目ないわよ」

「かもしれないね」

 

 まずは、日葵に言おう。ごめんなさいって。今まで黙っててごめんなさいって。

 

()()。もし私が日葵と危ない感じになったら助けなさいよ」

「流石にそこはね。自分で蒔いた種だから。しっかりサポートするよ、()()

「気安く名前呼ぶんじゃないわよ」

 

 怒りを込めてぶっ飛ばすと、千里は頬を抑えてほんとに訳が分からなさそうな顔をしていた。いい気味だ。

 

 誰かにとってはわからないけど、私にとっては優しい()()に、「気づかせてくれてありがとう」と嫌味をたっぷり込めて言うと、親友は「えっと、余計なことしちゃったかな……?」と冷や汗を流していた。




ジャンル:現代/恋愛


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第65話 名前で呼んで

「おはよう恭弥」

「おうおはよう朝日……ん?」

「どうしたの?」

「え、いや、ん? あれ? うん? うーん、うんうん」

「うんうんうっさいのよぶっ飛ばすわよ」

「あぁ、朝日おはよう」

「さっき挨拶したでしょ」

 

 いや、なんか『恭弥』って呼ばれた気がしたから、もしかしたら朝日じゃないんじゃないかって思って。でもこの罵倒は間違いなく朝日だな。安心した。

 

 日葵とよく話すようになって、岸ともつるむようになってから解散した朝の作戦室。なにやら今日はつづちゃんが渡したいものがあるということで、久しぶりに俺、千里、朝日、つづちゃんの四人で集まっていた。俺と朝日にだけ渡すもんあるっつってんだからテメェはどっか行けや千里。薫と仲良しこよしでもしてればいいんじゃないですか?

 

「ふっふっふ。いやーお待たせして申し訳ございませんでした! お二人に渡す誕生日プレゼントが出来上がったので、お渡ししようかと!」

「ありがとうつづちゃん」

「なんで千里がお礼言うのよ」

「え? あれ、うん? いや、いやいや? いやいやいや」

「いやいやうっさいのよ幼児じゃあるまいし。死にたいの?」

「あぁ、朝日おはよう」

「もしかして私挨拶してなかった?」

「いや、してた。うん。気にしないでくれ」

 

 いや、なんか『千里』って呼んでた気がしたから、もしかしたら朝日じゃないんじゃないかって思って。でもこの罵倒は間違いなく朝日だな。安心した。なんか千里が笑い堪えてるのが気になるけど、どうせ大したことじゃないだろう。考えてるように見えて脳みそ空っぽだからなこいつ。

 

「お二人に渡すプレゼントなのですが……じゃん!」

 

 言って、取り出したのは二つのアルバム。『氷室せんぱぁーい』と書かれたオレンジの表紙のアルバムと、『朝日先輩』と書かれた青色の表紙のアルバム。なんで俺だけ白バイに乗ったら性格豹変する人みたいな『先輩』の言い方なの?

 

「こっちは氷室先輩に、こっちは朝日先輩に!」

「……つづちゃん。俺は察しがいい方なんだけど、このアルバムの色の意味は?」

「氷室先輩には青が似合って、朝日先輩にはオレンジが似合うかなーって」

「それなら逆じゃね? 俺にオレンジで朝日に青って」

「ふっふっふ。なんと、お二人により仲良くなってもらうために、そのアルバムにはお互いのお写真が入っています!」

「ぶっ」

 

 千里が噴き出して、「失礼」と言いながら爆笑している。失礼するなら笑い堪えろや。何が面白いんだ? 『私の写真で盛るバカが。死ね』って朝日が今から俺を殺すからか? 覚悟はできてる。まぁつづちゃんからのプレゼントだから手放す気はないんですけどね?

 

「ふぅん。別に、こいつの写真貰っても……んーん。ありがとね、つづちゃん」

「はい! お二人が仲がいいのは知っていますが、喧嘩もよくしてるので! ムカついたらぐっとこらえて、家に帰って写真を一枚焼いてスッキリしましょう!」

「それより憎しみが増すと思うんだけど。え、しないよな? 朝日」

「それをやったら私の家が燃えるわ」

「アルバムごと燃やしてそれが燃え広がるくらい俺にムカついてるってこと?」

「……言わなきゃ、だめ?」

「そんな可愛らしいセリフ、こんなバイオレンスな場面で使ってんじゃねぇよ」

 

 胸の前でぎゅっとアルバムを抱きしめて、上目遣いで俺を見る朝日。正直可愛すぎるし形が変わったおっぱいが非常にグッドだが、これに飛びついてしまうと俺は一瞬で塵と化すので、誤魔化すようにアルバムを開いて「へー、よく撮れてるなぁ」と言って話を逸らす。

 

 あれ、写真の中の朝日可愛くね? だって写真なら暴力振るってこないじゃん。ただの可愛くておっぱいが大きい女の子じゃん。アイドルの写真集じゃんこんなの。

 

「あんた、写真の中ならただのイケメンね。アイドルの写真集じゃないこんなの」

 

 同じこと考えてんじゃねぇよ。いや、俺はカッコいいんだけどね?

 

「あれ、っていうか怒んないの? てっきり『私の写真で盛るバカが。死ね』って言ってくると思ったんだけど」

「別にいいわよ。つづちゃんからのプレゼントだし、それに怒るほど人間出来てないわけじゃないし。……ちょっと、恥ずかしいけど」

 

 あれ????? 朝日が可愛い????? 確かに今までも可愛かったけど、なんか違うぞ。今までの朝日と違うぞ。シンプルに可愛いぞ。なんだ今の。いきなり女の子らしさ全開にしてんじゃねぇよ。それやられたらただの魅力的な女の子だぞお前。いいのか。魅力的でいいのかお前。

 

 ……朝日が魅力的で俺が困ることってなんだ? 何もないよな。うん、何もない、はず。

 

「そういえばなんとなくお二人の似合う色は青とオレンジかなーって思ったんですけど、色相環で見たら青とオレンジって相性いいらしいですね!」

「ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

「お前ずっと笑ってんな」

「いくら恭弥の顔が面白いからってそんなに笑うと失礼よ」

「さっき俺のことイケメンって言ってなかった? ってあれ、うん? んん?」

 

 あれ、また俺のこと『恭弥』って呼ばなかった? 気のせい? 俺疲れてる? 写真越しに見た朝日の幻影に囚われてる? それじゃあ俺が朝日に『恭弥』って呼んでもらいたいみたいじゃん。ないない。……ないこともない? やだ。仲良しみたいで嬉しいじゃない。うふふ。

 

「ところで朝日先輩。恭弥ーとか千里ーってお二人のこと名前で呼ぶようになったんですね! 素敵です!」

「だよな! 勘違いじゃないよな! 下の名前で呼んでたよな!」

「別に、もう苗字で呼ぶような仲じゃないでしょ?」

「まぁそうだな、光莉」

「き、気安く名前で呼ぶんじゃないわよ!!」

「おかしくね!?」

 

 思いっきりビンタされた。さっき苗字で呼ぶような仲じゃないって言ったよな? 聞き間違いじゃないよな? はっ、さては『呼び合う』じゃなくて『呼ぶ』だから、俺は名前呼びを許されてないってことか? クソ、光莉め。俺に暴力を振るいたいからハメやがったな?

 

 こうなったら心の中では光莉って呼んでやる。口に出すと殴られるからな。ふふふ、俺は小さい男なんだ。

 

「ち、千里。俺間違ってないよな? 今のそういう流れだったよな?」

「何言ってるの? 朝日さんを名前呼びしたら殴られるに決まってるじゃないか」

「それもそうか」

「何納得してんのよ!」

「テメェが殴ってきたからだろうが!」

「まーまー。朝日先輩も照れちゃっただけですよ! もう一回トライしてみましょう!」

「つづちゃん。俺が胸倉掴まれて殴る準備されてるのにもう一回言って無事だと思うか?」

 

 あとおっぱいがいい眺めなのでやめてください。お前そういうことするから男子におっぱい見られるんだぞ。激しい動きしすぎなんだよ。揺れたら男子は見ちゃうんだよ。みんなにも好きな子がいるだろうに惑わせんじゃねぇよ悪女め。

 まぁ見た目で言えば日葵と光莉と岸が3トップだから、光莉のことが好きな男子も結構いるだろうけど。

 

「名前呼ぶたびに殴られるんじゃ、一生名前で呼べないね。いやぁ残念だ。僕たちはこんなに朝日さんと仲良くしたいのに」

「いいじゃない。苗字で呼んでたのが下の名前に変わっただけよ?」

「いや、不公平だ。俺も朝日を名前で呼びたい!」

「そうだ! こんな横暴は許されない!」

「あんたが私のことを下の名前で呼んだら、日葵と春乃が……いや、そうね。別に、呼んでいいわよ」

「なら胸倉を掴むのをやめてもらおうか」

 

 思ったよりあっさり離してくれた。てっきり「いやよ」って言うと思ったのに。それで俺が名前で呼んでやっぱり殴られるみたいなのを想像してたのに。やっぱなんか変わったかこいつ? 調子悪いの? これは診察しないといけないかもしれない。いや、やましい意味はないんだ。

 

「もう殴るなよ」

「殴らないわよ。下の名前で呼ばれたってなんてことないし」

「光莉」

「……ん」

 

 あの、なんてことないならそんな恥ずかしがって目を逸らして頷くのやめてもらえません? お前今日死ぬほど可愛いぞ。どうしたの? 俺まで照れるんだけど。つづちゃんはいい笑顔で俺たちのこと撮ってるし。あ、あとでちょうだい。こんな可愛い光莉滅多に見れないから。

 

「いやぁ、光莉さんが名前呼びを許してくれて嬉しいよ」

「気安く名前で呼ぶな」

「いや、千里。びっくりした顔で俺を見られても……」

 

 なぜか千里は名前呼びを許されないらしい。確かに暴力は振るってないけど、あまりにもかわいそうじゃね? 俺としては薫が嫉妬する要素が減るならそれに越したことはないけど、もし光莉がそういう考えで名前呼びを許さないならむしろ俺だろ。光莉と名前呼び合った瞬間日葵と春乃に捕獲される未来が見える。ははは、モテモテだな俺。

 

「あれ、織部先輩は名前呼びしちゃだめなんですか? 氷室先輩はいいのに? あ、もしかして氷室先輩のことが好きとか!」

「好きよ」

「え?」

「わ!」

「へぇ」

 

 俺は単純にびっくりして、つづちゃんは可愛らしく笑って、千里は面白そうなものを見るように。

 どういう意味? 光莉が俺のこと好きって、あぁ、そうか。

 

「友だちとしてか。お前ややこしいこと言うなよ」

「どっちだと思う?」

「は? どっちって」

「どっちの意味で、好きだと思う?」

「さては俺のこと男として好きだな? まぁわかるよ。俺は男として大変魅力的だからな。カッコいいし頭いいし運動できるし優しいし、好きにならない理由がない」

「ばーか」

 

 光莉はアルバムを大事そうに抱えて、ドアの方に向かった。そして、予鈴が鳴ると同時に振り返って、見たこともないような可愛い笑顔で。

 

「知ってるわよ」

 

 そう言って、逃げるように部室から出て行った。

 

「……え?」

「織部先輩、大丈夫ですか? 笑いすぎて過呼吸になってますけど」

「いや、違うじゃん。もっとさ、こう、なんか、笑いというか、甘酸っぱいのは無しというか、今までそれでやってきたじゃん。ピンクな雰囲気なんてなかったじゃん。どういうこと? 前振りが長いタイプのやつ? 俺が調子乗ったところを仕留めようっていう作戦? オイコラ千里テメェ何か知ってんだろ笑ってねぇでなんか言えよ、なぁ」

「いやっ、まさか朝日さんがここまでなんて思ってなかったから……あははははははははは!!」

「待てコラ説明しろ! 逃げるな! なんで俺が、俺が! 四人の女の子から好かれるハーレム主人公みたいになってるんだ!!!??」

「おい。今まさか僕をハーレムの一員にしてしかも女の子ってハッキリ言いやしなかったか?」

 

 いや、だってさ。

 

 答えは決めてたはずなのに、こりゃねぇよ。俺は人の気持ち考えないタイプのクズじゃないんだから。

 

 心配なのは、日葵と光莉。俺の勘違いじゃなきゃ、なんかヤバイことになる気がする。

 俺の心配がわかったのか、千里は『わかってるよ』とでも言いたげにウィンクしてきた。ちくしょう可愛いなお前クソ。



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第66話 ごめんね

 ついにこの時がきたか、と唾を飲み込んだ。

 

 校舎裏、秘密の話をするならここでというお決まりのポイントに、夏野さんと朝日さんはいた。それを二人から見えない、だけど声が聞こえる距離で僕と岸さんが盗み見ている。

 なんで岸さんが。岸さんも一緒に聞くべきじゃないのかって、現状を知っている人がもしいれば言うかもしれない。でも、岸さんは大丈夫。

 

「いやぁー。やっと自覚したんか」

「ほんとに、苦労したよ。本来なら自分で気づいてもらえればよかったんだけど」

「気づかんというか、気づかんようにするやろ。そういう子やし」

 

 岸さんはとっくに気づいていたからだ。思えば、朝日さんをちょくちょくつついたり、朝日さんに『気づけよ』のサインを岸さんは送っていたんだ。『本当に気づいてないのか』っていう意味を込めて。

 

「いや、ありがとうな千里。もしかしたら仲こじれてたかもせんのに」

「僕は朝日さんを信じただけだよ。朝日さんは、誰よりも優しいから」

「氷室くんに似てな」

「恭弥はクズだよ。まったく、僕がいないと女の子を泣かしちゃうところだったんだから」

 

 その恭弥は、僕ら全員から『今日は用事がある』と言われた瞬間「寂しくないもんね!!!!!!」と言って井原くんと一緒に帰っていった。

 最近、恭弥はよく声を掛けられる。それは僕ら五人が同じブレスレットをしていて、明らかに聖人である夏野さん、岸さんと仲良くしているからで、となれば恭弥も『クズ』という印象はあっても『大丈夫な人なのかな?』って思われるのが自然だ。

 

 一度話しかけ、恭弥のことを知ればもうおしまい。沼にハマれば抜け出せない、そんなとんでもない人だから。

 

「お、そろそろ喋りそうやで」

「喋りだすの遅すぎだろクソヘタレめ」

「一番心無いんは千里やと思うねん」

 

 それは言うな。

 

『日葵。あのね、話したいことがあるの』

『うん』

 

 緊張する朝日さんと違って、夏野さんは堂々としていた。堂々としていて、いつもの優しくて可愛らしい夏野さんからは想像もつかない凛とした姿。朝日さんから何を言われるかわかっている。

 

「っていうわけじゃなくて、ただなんか真面目そうだから真面目にしてるだけに5千万」

「日葵って結構抜けとるからなぁ」

 

 恭弥と一緒にいれば、夏野さんのことも大体わかる。夏野さんはしっかりしているように見えて抜けていて、抜けているかと思えばめちゃくちゃしっかりしていてカッコいい。僕をナンパから助けてくれた時がいい例だ。普段はおっとりぽわぽわ、締めるところは締めれるときは締める。

 

『えっと、その……ご、ご趣味は』

 

「光莉が緊張しすぎておもんないボケかましとる」

「朝日さんって恭弥と一緒で気が動転してるとポンコツだからね……」

 

 ほんとによく似ている。僕が『出あう順番が違えば、夏野さんの位置に立っていたのは朝日さんだった』って言ったのは何も嘘じゃない。恭弥と朝日さんはよく似ているどころか違うところと言えば性別くらいで、生まれた時から一緒だったのかと疑うくらい息が合っている。恭弥に夏野さんっていう幼馴染がいなければ、朝日さんの一人勝ち……いや、まぁそれは岸さんにも言えることだけど。

 

『え、趣味? ん-。改めて聞かれるとすぐには思い浮かばないかも……』

 

「アホやなぁ日葵。かわいい」

「夏野さんは真面目だよね。恭弥なら『は? おもしろくねぇぞ。ウンコと一緒に脳みそも排便したのか?』くらい言うのに」

「好きになる要素どこにあるん?」

「僕が君たちに聞きたいよ」

「千里も似たようなもんやろ」

 

 言い返せないので、夏野さんと朝日さんの会話に集中するフリをして逃げた。岸さんが頭を撫でてくるが、僕は二人の会話に集中しているので気づかないというフリをしておこう。

 

『そ、そう。……いや、違うの。したいのはこんな話じゃなくて、ひ……』

『ひ?』

 

 朝日さんは一瞬黙って、勢いよく首を横に振る。胸も揺れる。そして朝日さんは覚悟を決めた表情で夏野さんを見て、言った。

 

『恭弥のことなの』

『恭弥のこと? なになに? あれ? 今恭弥って言った?』

 

「ひぃ」

「あはは。日葵の嫉妬は私のと違ってナチュラル嫉妬やからなぁ……」

 

 夏野さんがにっこり笑って、朝日さんの方へ一歩踏み出す。それでも朝日さんは逃げずに、夏野さんの目を見て二本の足でしっかり立っていた。

 すごい。僕なら絶対に逃げ出すのに。普段優しくて聖人な夏野さんが怒るとめちゃくちゃ怖いんだ。「もう、ぷんぷん!」って怒ってくれるならどれだけ楽なことか。恭弥はその怒り方が好きだよって言ってみようかな?

 

『日葵。今まで黙っててごめんね。私──』

『そっか』

 

 朝日さんの言葉を遮って、夏野さんが眉尻を下げて呟いた。思わず僕と岸さんは顔を見合わせて、また二人の方を見る。

 

『好きなんだね。恭弥のこと』

 

 ちょっと、意外だった。夏野さんは恭弥のことが大好きで、恭弥のことってなると目の前が見えなくなるくらいだと思っていたから。

 ……いや、意外でもないか。

 

「やっぱ親友やねんなぁ」

「だね」

 

 羨ましそうにする岸さんに気づかないフリをして、静かに笑う。『親友』なんて、それこそありふれた言葉で当てはめようと思えば誰にでも当てはめられるものだけど、これほど胸を張って『親友』だと言える人はいないと思う。僕にとっても、朝日さんにとっても。

 

『え、あれ、怒らない、の?』

『ん-ん。織部くんも言ってたし、好きじゃないっていうのはほんとかなって思ってたけど、気づいてないだけなんだろうなってなんとなくわかってたし』

 

「千里何言うたん?」

「親友を信じてあげて、みたいなことを」

「ほーん。ええやつのフリしたってこと?」

「何を。僕はいいやつだよ」

「ははは」

 

 なんだその乾いた笑い。僕はいいやつだぞ。身内に対してだけ。恭弥のため以外なら波風立てない解決策を用意できる有能だぞ。

 

 なるほど、クズか。

 

『それに、恭弥は誰のものでもないから。()()私の彼氏じゃないし、私に怒る権利はないなって……牽制する権利はあるけど』

『……』

『正直ね、嬉しいなって思ってる。光莉と同じ人を好きになれるって素敵なことだなって』

 

「千里」

「負けた。夏野さんの前で自分のことがいい人だなんて誰が言えるんだ?」

 

 なんだあの聖人。可愛くて聖人。無敵かよ。今までのこと考えたら「裏切ったんだね」って言って険悪になってもおかしくないのに。

 

 ほんと、綺麗な人ばっかりだ。

 

『で、でも、私。日葵に協力するって言ってあいつに近づいて、あいつに惚れちゃって、そんなの最低じゃない!』

『最低じゃないよ』

 

 泣きそうになっていた朝日さんを優しく抱きしめて、夏野さんがゆっくり頭を撫でる。いつもの朝日さんなら大喜びして叫びながら裸でリンボーダンスしそうになるくらいのことだけど、流石の朝日さんでも時と場合は弁えるみたいで、少し肩を震わせただけだった。

 

『恭弥だもん。好きになっちゃうのは仕方ないよ』

 

「……なんというか、その、うーん、どうなんだろうね」

「私の方がわかってるっていう牽制なんか、ただ単純に聖人なんか」

 

 恭弥のことに関しては暴走気味になるからもしかしたら牽制かもしれないけど、多分違う。

 

 だって、僕はあんなに優しい顔する人を見たことがない。

 

『……何それ。私のことが恭弥のこと知ってますよーって意味?』

『ん-? どうだろ。えへへ。情けない話だけど、私まだ緊張して恭弥とうまく喋れないし、光莉や春乃みたいに積極的にいけないし、恭弥のことはなんとなくわかるってだけで、ほんとに理解できてるのは光莉なんじゃないかなって思ってる』

 

 むすっとした声で言う朝日さんに、夏野さんは変わらず優しく語り掛ける。残酷というかなんというか。朝日さんからすれば「裏切ったな!」って言われた方が楽だったろうに。クズでおかしいように見せかけて、誰より女の子な朝日さんだから。

 

『光莉は、恭弥のどんなところが好き?』

『ぇ』

 

「岸さんは?」

「筋通ったところ、気持ちいいところ、おもろいところ……んー、いっぱい?」

 

 は? なんだこの可愛い人は。僕に薫ちゃんがいなかったら猛アタックしてフラれてメスにされるところだった。

 

 朝日さんが夏野さんの腕の中で真っ赤になってもじもじしている。朝日さん、ずっとあぁしてればめちゃくちゃ可愛いんだけどなぁ。いつも可愛いけど、ほら、ぶっ飛ぶことが多いから朝日さんの魅力を最大限に理解できている人はすごく少ないと思う。

 

『言わなきゃだめ?』

『言うまではなしませーん』

 

「あかん、可愛い。千里、あの二人持って帰ってもええ?」

「恭弥に聞いて」

「じゃあ私が氷室くんに持って帰ってもらお」

「エッッッッッロ」

 

 エロすぎて危うくエッロって言うところだった。危ない。岸さんなら笑ってくれるだろうけど、流石に女の子に対してハッキリ言うことじゃないからね。ところで岸さん、すごく笑ってるけどどうしたんだろう。

 

『えっと……うん。ぜんぶ、かも』

 

「わかる」

「千里。それ私が言わなあかんセリフなんやけど」

 

 結局恭弥って、仲良くなったら全部魅力的に見えるんだよね。本当に人を傷つけるようなことは言わないし、ちゃんと相手のことをしっかり考えて、ギリギリのラインを攻めてくる。ギリギリを攻める時点で人間として終わってるかと思う人もいるかもしれないけど、僕にはそれすら魅力的に見える。きっと朝日さんも同じなんだろう。

 

『私も、ぜんぶ好き。カッコいいところも、頭がいいところも、何でもできるところも、えっちなところも、優しいところも、何にも考えてないように見えて、実は真面目なところも、ぜんぶ。だからね』

 

 夏野さんはそこで言葉を切って、朝日さんを優しく見つめた後僕らの方を、正確には岸さんを見た。

 

「ごめんね。負けないよ、光莉、春乃」

「バレてたか!!!!!」

 

 岸さんが飛び出して、夏野さんと朝日さんに飛びついた。朝日さんが「え、春乃!?」とびっくりして、今までのことが聞かれていたことに気づき更に真っ赤になる。

 

 ……正直僕も数に入れられるかと思ってドキドキしていた。そうだよね。流石にこの場面でそれはないよね。

 

「うーん、ちょっと寂しいなぁ」

 

 当然、僕の言葉は誰にも聞こえておらず、女の子三人は仲良くきゃっきゃっ騒いでいた。



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第67話 助けてくれ

 ついに、この日がきてしまった。

 

 日葵の家、日葵の部屋。そこにいる俺、日葵、光莉、岸。

 気づいちゃったんだ俺。これが今どういう状況か。

 俺のことを好きかもしれない日葵に光莉、俺のことが好きな岸。つまり俺は今、ド緊張している。

 

「何度きても思うけど、興奮するわね」

「なんでお前ベッドで寝てるの?」

「は? 興奮したからに決まってるじゃない」

「抑える努力をしろ」

 

 あと今日あなたスカートなんだから、ベッドでごろごろするんじゃありません。見えちゃうでしょ? いや、もしかしてそういう作戦かもしれない。あえて見せることによって女を意識させる、みたいな。それなら見ても文句ないよね?

 

「恭弥、見ちゃだめだよ?」

「あ、はい」

「見ちゃだめというより止めへんの? あれ」

「前止めにいったら引きずり込まれたから……」

「お前ほんといい加減にしろよ」

「別に恭弥が止めにきてくれてもいいのよ?」

「そ、それはだっ」

 

 光莉の言葉に慌てた日葵がベッドの方に行った瞬間、光莉が引きずり込んで布団をかぶった。漁がうますぎる。餌の撒き方と誰がどんな餌が好きかをちゃんとわかってやがる。

 

「止めにいかへんの?」

「はぁ、俺が二人の乱れた姿を見たいとでも思ってんのか? そんな浅はかな人間に見える?」

「ベッドから目ぇ離してへんで」

「それはほら、なんかあるじゃん」

「言い逃れできると思ってんか?」

 

 からから笑いながら言う岸は、すすっと俺の隣に近づいてきた。テーブルの上に広げられた勉強道具が悲しそうにしている中、岸はそっと俺の膝の上に手を置いて、

 

「私らもベッド行く?」

「よしきた」

「楽しそうね二人とも」

「なんの話してたの?」

 

 見事につられた俺は、いつの間にか服装が乱れた様子もなく俺たちの向かい側に座っている日葵と光莉に睨まれていた。にゃははと笑う岸は敵だと断定し、俺一人でこの場を切り抜ける決意を胸にスマホを取り出した。

 

「千里、助けてくれ」

『もう、僕がいないと何もできないんだね』

「あ、千里や。薫ちゃんおる?」

『恭弥から電話がかかってきて僕の隣から離れて行っちゃったけどちゃんといるよ』

「お前とはもう二度と口を利かない」

『うそだろ』

 

 電話を切って『覚悟しておけ』と千里にメッセージを送り、『恭弥こそ』と返ってきたのを見て腸が煮えくり返る思いになり、去年の千里の女装写真を大量に送ってやった。男として死ね。

 

「あいつほんとクズだな。兄貴に対しての配慮がない」

「千里に『お兄ちゃん』って呼ばせればプラマイゼロじゃない?」

「は? 最高」

「え、じゃあ私はお姉ちゃんって呼んでもらえるの?」

「日葵、やめときなさい。あいつはお姉ちゃんって呼んで興奮するような変態だから」

「ここにお兄ちゃんって呼ばれて興奮する変態がおるで」

「殺してくれ」

 

 俺は変態じゃないし。ただ千里が『お兄ちゃん』って呼んでくれたらめちゃくちゃ可愛いだろうなーって想像してうふふって思っただけだし。変態じゃねぇか。

 いや、これはあれだよ。千里が悪いんだ。千里が可愛いのが悪い。俺は悪くない。

 

「待て。それならお前らは千里に『お姉ちゃん』って呼ばれて可愛いと思わないのか?」

「かわいい」

「は? 最高」

「かわええに決まっとるやろ」

 

 俺の勝ち。俺は何も間違ってなかった。あと光莉、俺と同じ反応するな。そんなんだから俺と似てるって言われるんだぞ。え? 俺と似てる? 最高じゃん。なら俺と同じ反応するのも無理はない。

 

 千里のメスを再確認したところで、本題の勉強に入る。次の月曜日にはもうテストなので、だらだらしている暇は……俺にはあるが、日葵にはない。流石にちゃんと勉強しないとマズいからな。光莉が「あんたのせいで日葵の点数が悪かったんだけど、どう思う?」って言って殺しに来るから。

 

 白い丸テーブルを囲んで、淡い青色のカーペットの上でカリカリカリカリお勉強。俺の背中にもたれて「暇やー」と言っている岸に「勉強は?」と聞くと、「集中力のスイッチ切れてもうた」と一言。入ってすらいなかっただろ。

 

「ちょっと春乃。勉強しないのはいいけど脱いでくれない?」

「邪魔しないでくれない? って言いたかったんやな」

「日葵の部屋にいるからって邪念渦巻きすぎだぞお前」

「春乃! 暇なら私の勉強見てよ!」

「何がわからんか明確にしてから出直して」

「はい……」

「はぁはぁ、わ、私が、教えてあげましょうか?」

「同じいやらしいことなら、なんでこんなに胸おっきなるんか教えてほしいなぁ」

 

 ジャパニーズニンジャのような動きで光莉の背後に回ると、岸が光莉の胸をそっと持ち上げる。と同時に、「んっ」と光莉がいやらしい声を漏らしたので、俺はあらかじめ自分を殴って床に倒れておいた。これで光莉の暴力から逃げられるはず。だってもう制裁されてるんだもん。

 

「……あの、ごめんな?」

「んっんんっ! 何が? 私は咳を抑えてただけよ。だから胸から手を離しなさいブチブチにするわよ」

「ほい。……そんな感度よかったかなぁ」

「や、やめて! 恭弥初心だから頭抱えて震えちゃってる!」

 

 違うんだ日葵。決して俺が初心だからとかそんな恥ずかしいことが原因じゃなくて、ただ光莉の痴態を見てしまったがために制裁されないかどうか不安だから、『俺は見ても聞いてもないですよ』アピールしてるんだ。断じて光莉がエロ可愛くて見ることもできないくらい恥ずかしいからとかじゃない。

 

「あのとき光莉のおっぱい背中に押し付けられとっても平気やったのになぁ」

「押し付けるおっぱいないやつが何か言ってるわね」

 

 光莉がやれやれと首を振った瞬間、岸は光莉の肩に手を回して抱き寄せて、指を光莉の顎にそっと添えて、耳元で囁いた。

 

「なんか言うた?」

「ひゃい……なにもいってません……」

「ほわー。春乃カッコいい……」

「恐怖と興奮で感情がぐちゃぐちゃになってる顔してるな」

 

 自分の強みを見せつつ相手を封殺する最強の手腕。あれ俺もほしい。

 っていうかもしかしたら光莉は俺のことが好きじゃないんじゃないか? 日葵と岸にもいつも通りだし、ちゃんと今だって顔赤くして岸をぽーっと見つめてるし、あれもからかっただけなのかもしれない。うん、そうだ。きっとそうに違いない。

 

「もう、二人とも。恭弥がいるんだからそういうことしちゃだめだよ?」

「……そうだったわね。この猿に発情されても困るし」

「は? 誰が発情すんだよ揉むぞコラ」

「発情しとるやん」

「ちなみに言っとくけど、まだ揉ませないわよ」

「まだ?????」

「そ、まだ」

 

 ふふん、と笑う光莉を見て、日葵ががくがく震えている。わかりやすすぎるぞ日葵。ほんとにそのわかりやすいの可愛いからやめてくれ。なんで俺は今まで気づいてなかったんだ? そんなはずがないって思ってたとしてもわかりやすすぎるぞ。日葵に対する自己評価低すぎどころの騒ぎじゃない。

 

「きょ」

 

 もし、俺の考えが当たっているのなら、日葵はずっと俺のことが好きでいてくれたのかもしれない。だからだろう。

 

「恭弥は、私のおっぱいが一番揉みたいんだもん!!!!!」

 

 たまりにたまったものが一気に爆発した。そんな印象だった。顔を真っ赤にして、叫び、目がぐるぐる回っている。多分、自分で何を言っているのかも理解できてないんだろう。一つ言えることは、めちゃくちゃ気まずいけどめちゃくちゃ可愛いってことだけだ。

 

「おい岸。笑ってないで、なんとか言ってやってくれ」

「ぐっ、うひっ。な、なんとか言うんは氷室くんちゃうん?」

「ご、ごめんね日葵。私が変なこと言っちゃったから、思わず変なこと言っちゃったのよね」

 

 たまらず光莉がフォローに回るくらいだから相当だろう。よかった。これで「どうなの恭弥!?」って聞かれたら俺は逃げるしかなかった。いや、そりゃ揉みたいけど、それをこの場で言うってどうなんだ? 無神経が過ぎるだろ。それを言ったら日葵も無神経ではあるかもしれないけど、日葵はいつだって正しいから無神経じゃない。無神経であったとしても無神経が正しい。つまりどういうことだ?

 

「……!!」

「恭弥。日葵がさっき自分が何を言ったのか気づいちゃったわ。でも恭弥は何も聞いてないわよね?」

「あぁ。実は昨日鼓膜が破れたんだ」

「じゃあなんで返事しとんねん」

 

 負けました。

 

「う、え、えっと、ち、ちがうの。思わず言っちゃったっていうか、このままじゃ光莉が恭弥に揉まれちゃうって思ったから、その」

「や、ほんとに何も聞いてないわよ。というより日葵はさっき何も言ってなかったわよ」

「せやで。やから気にせんでもええよ」

「でもさっき春乃、自分の胸ぺたぺた触って気にしてたよ」

「おい、何攻撃してきとんねん」

「春乃の胸がないのはいつものことじゃない」

「顎ブチ抜いたらァ!!」

「待て、落ち着け! 胸がなくても尻や脚がある!」

「そこは小さくても素敵とか褒めろや!」

「そう言ったつもりだったんです!」

 

 岸からヘッドロックを受け、そのまま床に叩きつけられる。フォローしたんですよ僕。ほんとに。あと密着するとドキッてするからやめてほしい。ちゃんと柔らかいし。普段イケメンなんだから女の子らしさが見えるとドキッてするんだよほんと。

 

「ふん……別に胸なくてもええし。胸だけが女の子のよさちゃうし」

「そうそう。岸はすっげぇ美人だし、脚長いし、めちゃくちゃ綺麗だなって思ってる」

「……ふふ。あかん、にやけてまう」

「ふーん。私のことはどう思ってるの?」

「わ、私のこともどう思ってるか聞きたいな」

「おい千里。助けてくれ」

『二度と口利かないんじゃなかったの?』

「それでも出てくれるお前が好きだ」

『僕も好きじゃなきゃ出ないさ』

 

 このまま日葵と光莉を褒め千切ると羞恥心で死にそうになるので千里に逃げた。二人は不満そうにしているが、許してほしい。俺ヘタレなの。初心なの。可愛いでしょ?

 

『女の子三人に囲まれた気分はどう?』

「千里の大切さを実感した」

『離れてても僕に逃げるくらいだからね。でもみんなはいい気しないんじゃない?』

「千里ならしゃあないな」

「千里なら仕方ないわね」

「うん。織部くんなら仕方ないよ」

「らしい」

『もしかして僕、恭弥の正妻か何かだと思われてる?』

「親友だろ」

『……わかってるじゃないか』

 

 電話の向こうの千里が嬉しそうにしていた。ほんと可愛いなこいつ。愛してるから今すぐここにきてくれ。俺がどうにかなって結果死ぬから。



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第68話 もうちょっとだけ

 ついに、この日がきてしまった。

 

 薫ちゃんの部屋、僕と薫ちゃんの二人きり。年頃の男女二人が同じ部屋に二人きりなんてやることは決まっている。

 

 勉強。はークソクソ。こんな大事な子に手を出せるわけないでしょ親友の妹で本当に好きな子だよ? いくら僕が男らしくて性欲強いからって、考え無しに手を出すほどバカじゃない。というか、手を出した瞬間恭弥が薫ちゃんの変化を感じ取って僕を殺しに来るに決まっている。だから手なんて出せるはずもない。

 

 そんな妹ガチ勢のお兄さまは、自分に好意を寄せてくれている女の子三人と一緒に勉強会……まぁ勉強なんてしてないだろうけど、勉強会という名目で女の子の部屋にお邪魔しているところだ。羨ましいなんて思うことなかれ、どうせ追い詰められてぶるぶる震えるだけのドヘタレになってるだろう。ふふ、情けないやつだ。

 

「何笑ってるの?」

「いや、恭弥の現在を想像したらちょっとね」

「日葵ねーさんに朝日さんに岸さんだもんね。兄貴ヘタレだし、ひぃひぃ言ってそう」

「そういう薫ちゃんは積極的だね」

「……なに」

「なにも」

 

 隣に座っている薫ちゃんに笑いながら言うと、少し頬を赤くした薫ちゃんに睨まれてしまった。こんなに可愛らしくていい子とあのクズが兄妹なんて信じられない。夏野さんの妹だって言われたらしっくりくるけど……もしかして夏野さんの妹を拉致ったのか? ここの家族ならありそうだ。

 

「そういえば、最近どうなってるの? 兄貴の周り」

「どうなってると思う?」

「最近兄貴頭抱えてるから、日葵ねーさんと岸さんだけじゃなくて朝日さんも兄貴のこと好きなのかなーって思ってる」

「正解。流石恭弥の妹」

 

 これだけ兄のことを理解してくれている妹が世界のどこにいる? ここにいる。わぁ!

 それにしても、そうか。薫ちゃんの前で頭を抱えるくらい悩んでるのか。そりゃまぁ僕だってあの三人に好きになってもらえたらそうなる自信しかないけど、恭弥が薫ちゃんの前で参る様子を見せるなんて相当だ。恭弥は薫ちゃんの前では頼れる兄でいたいはずだから、本当に弱ってるところは見せないはずなのに。

 

 これは、うん。告白とか言ってる場合じゃないな。

 

「?」

 

 僕の視線を受けて、可愛らしく首を傾げる薫ちゃん。僕は今日、この子に告白するつもりだった。それはつまり、恭弥から少し離れることを意味する。僕が薫ちゃんと付き合ったってなったら、恭弥は僕に薫ちゃんを優先しろって言うに決まってるから。言う通りにしないと絶対ブチギレるし。

 

 ただ、恭弥の現状を考えると今ここで僕が離れるわけにはいかない。だって薫ちゃんの前で弱った姿を見せるくらい悩んでるなら、親友である僕が手を貸さないなんてそんな冗談ないだろう。

 

 なにより面白そうだ。

 

「薫ちゃん薫ちゃん。薫ちゃんはやっぱり、夏野さんがお姉さんになるのが一番?」

「ん-、どうだろ。私個人としてはやっぱり日葵ねーさんがいいけど、兄貴が選んだ人なら誰でも」

「なんで?」

「兄貴と仲良くなれるならいい人に決まってるから」

 

 大正解。

 

 というか、恭弥はいい人としか仲良くしないところもある。誰とでも普通に喋るけど、あんまり気持ちよくない人と付き合うと、自分の周りにいるいい人がいい気持ちにならないからっていう周り優先の考えで。まったく、見えないところでいい人ぶるんだから恭弥はずるい。

 

「千里ちゃんってさ、兄貴のこと好きだよね」

「うん? 好きだよ」

 

 好きじゃなきゃあんなクズと一緒にいないでしょ。いや、なんて言うんだろう。クズだけどクズじゃない、そんな魅力的なところが恭弥にはあるから。あと何より面白い。一緒にいて退屈しない。あんな人世界に二人といないでしょ。

 

 ……朝日さんがいたな。

 

「最初ね、千里ちゃん見た時びっくりしたんだ。すごく可愛い女の人連れてきたから、ついに日葵ねーさんを諦めたんだと思って」

「薫ちゃんが慌ててご両親に連絡して、ご両親が仕事を切り上げて急いで帰ってくる大騒ぎだったからね」

 

 あれは今でも忘れない。僕が初めて恭弥の家に来た時、ちょうど薫ちゃんがリビングから出てきたところで僕を見た瞬間目を見開いて、スマホを取り出したかと思うと「兄貴が日葵ねーさん以外の女の人を連れてきた!」とご両親に連絡。それから数十分で医者を連れたご両親が帰宅し、恭弥はめちゃくちゃ診察された。お義父さんは僕を見た時男だってわかったらしいけど、お義母さんと薫ちゃんは完全に僕のことを女の子だと思ってたし。慣れてるけど。

 

 とにかく、勢いが凄まじかった。恭弥の勢いをさらに増したような二人がご両親で、気が動転したらポンコツって言うところが似てしまった薫ちゃん。ご両親の前では恭弥が常識人に見えるっていうもはや異世界のような空間。こんなところ、一度知ったら離れられないに決まってる。沼だ沼。

 

「男だってわかってもまだ大騒ぎしてたしね」

「兄貴が友だち連れてくることなかったから。『薫に会わせたくない』って言ってたし」

「ふふ、僕は恭弥の信用を勝ち取ったってわけだね」

 

 よく殺されるけど。

 

「兄貴ね、家にいると千里がー千里がーって千里ちゃんの話ばっかりするんだよ? 付き合ってるって言われても疑問に思わないくらい千里ちゃんのことが好きなの」

「僕らは親友だからね」

「うん。だから私も千里ちゃんが好き」

「あはは。ありがとう」

「いや、ありがとうじゃなくて」

 

 ずい、と僕と体を重ねるように身を乗り出して、薫ちゃんが僕の目を真っすぐ見てくる。あれ、今どういう状況? どういう状態? 昔話に花を咲かせて和む雰囲気じゃなかったっけ。なんでこうなってるんだ?

 

「いや、待つんだ薫ちゃん」

「なにを」

「僕の予想ではもうすぐ恭弥から電話がくる」

「そんなわけ」

 

 瞬間、恭弥専用に設定している着信音。僕がそれを取り出すと同時に、薫ちゃんが僕から一瞬で離れていった。

 なんとなくかかってくる気がしてただけで本当にかかってくるとは思っていなかった僕は、親友のファインプレーに喜びつつそれを顔に出さないようにしながら電話に出る。

 

『千里、助けてくれ』

 

 まぁそうだろうなとは思った。今の恭弥の状況を考えると、僕に助けを求めてくることはわかってたから。仕方ないなぁこの親友は。

 

「もう、僕がいないと何もできないんだね」

 

 仕方ない親友め。そんなんだから僕と付き合ってるって噂が流れるんだぞ。だからあれは決して僕が女の子みたいだからじゃなくて、恭弥が悪い。

 

『あ、千里や。薫ちゃんおる?』

 

 やけに恭弥の近くから聞こえる岸さんの声にさては朝日さんが夏野さんに何かしてるところを、岸さんがちゃっかり恭弥の隣を取ったんだな? と思いつつ、僕から離れて不満そうにしている薫ちゃんを見て答える。

 

「恭弥から電話がかかってきて僕の隣から離れて行っちゃったけどちゃんといるよ」

『お前とは二度と口を利かない』

「うそだろ」

 

 本当に電話が切られ、直後に『覚悟しておけ』と恭弥からメッセージが届く。それに対し、僕は色んな意味を込めて『恭弥こそ』と返すと、めちゃめちゃに腹が立ったのか恭弥から僕の女装写真が送られてきた。なんだこの可愛い子。僕か。

 

「ごめんね薫ちゃん。恭弥と僕は縁が切れたかもしれない」

「一生ないと思うよ」

「僕もそう思う」

 

 恭弥は勢いだけで喋ることが多々ある。脊髄で喋ってると言っても過言じゃない。だから恭弥がノータイムで喋ったことは大体信じない方がいい。あとは長く付き合って、恭弥の声色からそれが本当かどうかを見極めることが必要だ。ちなみにさっきのは本気だった。

 

「兄貴タイミング悪い」

「むしろ恭弥にとってはよかったんじゃないかな」

「千里ちゃんにとっては?」

 

 僕にとっては、どうだろう。僕は今日告白するつもりできて、でも恭弥の現状を考えてやめておこうって決めたばかりだ。そこに薫ちゃんからの告白。

 

 簡単に言うと、僕は今恭弥をとるか薫ちゃんをとるかの二択を迫られている状態だ。さて困った。答えはすぐ決まったが、なんて言おうかすごく困る。

 

「ねぇ薫ちゃん。今すぐに答えなきゃだめ?」

「どうせ断るんでしょ」

「え」

 

 なんでわかったの、と聞こうとした。でも、今ここで僕がそれを聞くのはあまりにも無神経すぎる。そんなことないよって言うのも違うし、困った。僕は恭弥と朝日さんに比べて土壇場に強い方だけど、好きな子の前だとどうも弱い。

 

 恭弥に対してなら何でも言える。朝日さんに対しても何でも言える。何を言ったって二人は僕を嫌いにならないって信じてるから。

 

 でも、薫ちゃんに対しては臆病になってしまう。なんでかって、そりゃあ好きな子には嫌われたくないし、嫌いにならないって信じていても臆病になるのが人間ってものでしょ。僕らはクズはクズだけど、人の道から外れているわけじゃない。

 

「今、千里ちゃん兄貴のこと考えてる。今兄貴から離れたくないって」

「……」

「わかるよ。千里ちゃんの考えてることがわかるくらい、好きだから」

 

 死ぬほど嬉しいんですけどー!! と叫びたくなる僕の心を殴りつけ、薫ちゃんの言葉を待つ。こうしてみると、本当に薫ちゃんは夏野さんに似ている。どこまでもいい子で、相手のことを思いやれる。そして可愛い。

 

 もしかして、好きになる女の子まで親友と一緒なのかと心の中で苦笑していると、薫ちゃんがそのタイミングで綺麗な笑顔を僕に向けた。

 

「私は、兄貴の親友の千里ちゃんが好きだから。ちゃんと兄貴の親友やって、それから答え聞かせてね」

「僕が幸せにしてみせます」

「どっちを?」

「どっちも」

 

『おい千里。助けてくれ』

「二度と口利かないんじゃなかったの?」

『それでも出てくれるお前が好きだ』

「僕も好きじゃなきゃ出ないさ」

 

 またすごいタイミングでというか、恭弥からかかってきた電話を取る。薫ちゃんは、穏やかな笑顔のまま僕と、僕越しの恭弥を見ていた。

 

「女の子三人に囲まれた気分はどう?」

『千里の大切さを実感した』

「離れてても僕に逃げるくらいだからね。でもみんなはいい気しないんじゃない?」

『千里ならしゃあないな』

『千里なら仕方ないわね』

『うん。織部くんなら仕方ないよ』

『らしい』

「もしかして僕、恭弥の正妻か何かだと思われてる?」

『親友だろ』

「……わかってるじゃないか」

 

 恭弥だけじゃなくて、僕の周りの人みんな。

 

 僕が、恭弥の親友だって言ってくれるなら、もうちょっとだけ僕は恭弥の一番でいよう。恭弥が僕の一番でいよう。

 

 今日。僕は親友っていう称号に甘えて、好きな女の子を一度ふった。



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第69話 生死

「あそこに日葵がいるの見える?」

「おう」

「ちなみにどういう状態に見える?」

「テストができなくて屍になってる」

「つまりチャンスってことね」

「おい、腕捲りして何を企んでやがる」

 

 三時間目までのテストが終わり、放課後。テスト期間はただただ成績をあげるためのボーナスタイムであり、午前で学校が終わる素晴らしい期間。俺にとってはそうだが、日葵にとってはそうではないらしく、テスト初日の今日、まったく手ごたえを感じず打ちひしがれていた。

 

「まぁ土曜は結局勉強できひんかったしなぁ」

「そもそも、学校でもないところで恭弥がいたら勉強できないに決まってるでしょ?」

「言っとくけど俺は一番勉強しようとしてたぞ」

「はぁ、誰? ちゃんと勉強しようとしなかったやつは」

「僕その場にいなかったけど朝日さんだと思うんだ」

「大正解や。クッキーあげる」

「わーい!」

 

 個包装されたクッキーを岸から受け取った千里はすぐに包みを開け、両手で持ってもくもく食べ始めた。なんだお前その可愛い食べ方。途中で気づいて片手で持ってんじゃねぇぞ。お前がメスだってことはバレバレなんだから。

 

「どうせ四人でいやらしいことしてたんでしょ? これだから年頃の男女は。僕と薫ちゃんはちゃんと勉強してたっていうのに」

「そういえば千里。お前薫から告白されて断ったらしいな」

「朝日さん、岸さん。僕が逃げる時間を稼いでくれ」

「もう捕まってるから無理やで」

「諦めなさい」

 

 千里の柔らかい手を掴み、にこにこ笑いながら睨みつける。

 

 土曜日、日葵の家から帰ると薫から話があると言われ、これはお付き合いしますっていう報告か? と心の準備をしてから薫の部屋に行くと、『千里ちゃんに告白したんだけど、ふられちゃった』と薫に笑って言われた。

 千里のことだから、何か事情があるんだと思う。でもそれは薫よりも大事なことなのか? この世に薫より大事なことが千里にはあると? 許せねぇよ千里。俺はお前なら薫を大事にしてくれると思ってたのに。

 

「君の怒りももっともだ。そりゃそうだよね。薫ちゃんのことが好きだって言っておきながらフるなんて、君にとっては万死に値することだろう。でも聞いてほしいんだ」

「うんうん、聞かせて? 織部くん」

「僕を殺せ」

「日葵がきた瞬間に諦めたわね」

「レベル1でラスボス2体倒せって言われてるようなもんやからなぁ」

 

 薫ガチ勢の俺と日葵を前にして千里はすべてを諦め、膝をついた。本当の妹のように可愛がっている薫のことともなればテストのことなんてどうでもよくなったらしい。今度日葵が落ち込んでたら薫に『日葵ねーさん。がんばって』って言わせたらすぐに立ち直るんじゃないだろうか。

 

「ま、落ち着きなさい二人とも。千里と薫ちゃんが納得してるならいいじゃない。馬に蹴られて死にたくなかったらこれ以上首突っ込むのはやめといた方がいいわよ」

「え? 光莉って馬だったのか?」

「死ぬとか殺すとかで私を連想するな」

「蹴り殺されるってドキドキするよね」

「変態は黙っとこな」

 

 床に膝をついたままの千里を岸が足で小突くと、千里は「あんっ」とえっちな声を出して体をビクつかせた。教室の外から「なんだ今のエロい声」「性的すぎる」「ちょっとトイレ行ってくるわ」という声が続々聞こえてくるほどいやらしい声を出した千里を見て、岸が腕を組んで首を捻った。

 

「どうしたの? 春乃」

「いや、もしかして私、千里に女の子として負けてへん?」

「おい、それは僕を女の子として扱ってなきゃおかしな日本語だぞ」

「確かに千里は性的だけど、岸のが十分女の子らしい。いいか? メスと女の子は違うんだよ」

「なんで話を進めるの?」

「そうそう。春乃ってみんなからカッコいいーとかイケメンーとか言われてるけど、ちゃんと女の子らしいし可愛いよ!」

「朝日さん。もしかして僕って無視されてる?」

「というかズルいのよね。普段カッコいいのにちゃんと女の子だから、余計可愛く見えるんだもの」

「無視してんじゃねぇよ牛女。脳みそ空っぽだからそんなにだらしない胸してるんだろうね。下品でとても見ていられないよ」

 

 気づいたら千里が後ろのロッカーに頭を突っ込んで腕をだらんと垂らし、床に膝をつき、どう見ても後ろからお願いしますという体勢で沈黙していた。どうせ光莉に余計なこと言って制裁されたんだろう。微かに「無視しろよ……」という千里の声が聞こえる。

 

「なんやそんな褒めてもらったら照れるなぁ」

「ほら、そういう笑顔とか可愛いんだよ。普段カッコいい女の子の可愛らしい笑顔って男的にすげぇクる」

「私の笑い方はどう?」

「邪悪。あ、違うんです」

 

 気づけば俺も千里の隣のロッカーに頭を突っ込んで、千里と同じ体勢になっていた。背中に感じる柔らかい感触は光莉の尻だろう。

 

「素直に褒めればよかったのに」

「いや千里、わかるだろ? 光莉相手ならなんか、言わなきゃって気持ちになるんだよ」

「わかるよ。だからつい僕も思ってることを言っちゃうんだ」

「思ってもないことを言いなさいよ」

「俺たちは正直だからな」

「椅子にされたいの?」

「もう椅子にしてるだろ」

 

 クソ、光莉め。前椅子にされたときはなんとも思わなかった……わけじゃないけど、あの時よりドキドキする。俺を気遣ってかはわからないが、前と同じように接してくれるのはありがたい。でも、あんなこと言われて何も思わないほど俺は枯れてない。だから前と同じ距離感でこられるとちょっとドギマギしてしまう。

 

「もう、光莉? 恭弥を椅子にするのはダメだよ?」

「いや、まず暴力を咎めなあかんやろ。この三人はこういうもんやから別にええとは思うけど」

「よくない! 暴力反対!」

「あと千里は自分で抜け出せんのになんでまだ頭突っ込んでるん?」

「恭弥一人で頭を突っ込んでるのは可哀そうでしょ?」

「俺もう抜け出してるぞ」

「マジかよ」

 

 喋る尻が千里へと進化し、千里を放置して元の席へと戻っていた俺たちのところに歩いてくる。「気づかなかった僕を間抜けだと笑うがいい」と言われたので日葵以外の三人で爆笑すると、千里は涙目になってぷるぷる震え、「しらない」とそっぽを向いた。可愛すぎか? こいつ。

 

「おいおい、拗ねるなよ千里。この前井原に聞いたいい情報をやるからさ」

「なに?」

「女子数人が千里のことが気になってるらしい」

「僕には薫ちゃんがいるからまったくいい情報じゃないね」

「ちなみに男と男の絡みが好きらしい」

「本当にいい情報じゃねぇじゃねぇか」

 

 つまりそれは俺にとってもいい情報じゃないってことだ。まさに諸刃の剣。千里に追撃を仕掛けるために俺もダメージを負った。ふ、死ぬときは一緒だぜ。

 

 でも実際、千里も人気はあると思う。女の子っぽいってことは少し男らしさを見せるだけでカッコよく見えるし、千里は優しいしいいやつだし、ゲスでクズでどうしようもないやつだが、仲良くなれば好きになってしまってもおかしくない。俺が女だったら間違いなく千里を選ぶと見せかけて一人で生きていく。

 

「でも、そんなん言うたら氷室くんも結構人気やで」

「最近私たちと仲良くしてるから、危険がない人間だってわかったんでしょうね」

「恭弥はずっといい人だったのに……」

「おいおい、ついにモテ期到来か?」

「あんたの普段の行動を教えてあげたら『やっぱり』って顔して去っていったわ」

「岸。この悪魔なんとかしてくれ」

「あれおもろかったなぁ」

「日葵。この悪魔二人なんとかしてくれ」

「あはは……」

「千里。この悪魔二人と天使を何とかしてくれ」

「犠牲者が増えるよりはいいと思うよ」

「俺に興味を持った人を犠牲者って呼ぶのはやめろ」

 

 んなこと言ったらこの場にいる全員犠牲者じゃねぇか。おい岸、「犠牲者でーす」って言って笑うのやめろ。日葵が「ぎ、犠牲者です」って真似してブチクソ可愛いじゃねぇか。

 

 ほんとに、なんで俺に興味を持ってくれるんだろう。確かに俺はカッコよくて頭がよくてなんでもできて素晴らしい男だが、そんなにいい人間じゃないのに。ただ男として頂点に君臨しているだけで、なにも大したことはない。

 

「でも実際さ。僕らが仲良くしてるのを見て『大丈夫かも』って言って近づこうとしてくる女の子なんてほんとに恭弥を好きじゃないんだから、別にいいんじゃない?」

「そうそう。結局、そういうやつって恭弥の外側だけ見てるのよ」

「私は内側も知って隣にいるのよっていうアピール? 大胆やなぁ光莉」

「そうよ。私はこいつの外側だけじゃなくて、内側も知って、自分で隣にいるって決めてここにいるの。ぽっと出のやつがきゃーきゃー騒いでんじゃないわよ」

「わ、私もずっと恭弥のいいとこ知ってたもん!」

「うん。氷室くんと一緒におると全然退屈せぇへんよな」

「千里。実はここは俺が世界で一人取り残されて、極限状態の中で見た妄想だったりしないか?」

「君一人が残るような世界ならもう終わってるからありえないよ」

 

 確かに。俺って生命力強そうな感じがしてるけど、いつの間にか死んでそうだしな。新種の猛毒のダニに殺されてそう。そんでそれが原因でそのダニが「キョーヤ」って学名つけられそう。名誉なことじゃねぇか。

 

「ったく、そんな俺のことが大好きなお前らに免じて、俺からご褒美をやろう」

「え、なになに?」

 

 目を輝かせてわくわくする日葵の前に、問題集と参考書を置いた。

 

 日葵が死んだ。

 

「人殺し!」

「いや、同じ大学に行くなら結構ヤバいな、と思いまして……」

「でも日葵に問題集と参考書って、こめかみに銃口みたいなもんやで?」

 

 こめかみに銃口突きつけられて死んでしまうなら、やっぱり大学のレベル下げようかな……。

 でも、まだ二年生の夏だから諦めるには早い気もする。正直どこの大学に行ってもなんとかなるだろとは思っているが、学費諸々のことを考えるとやっぱりレベルは下げたくない。公立でできるだけ金がかからないところにいって、薫のためにうちのお金を残しておきたい。

 

「ちなみに、ご褒美っていうのは嘘じゃない。勉強を頑張ったら海が待っています」

「え?」

「薫がさ。また日葵と話せるようになったんだから、日葵と一緒に遊びたいんだってよ。勉強に関してはまぁ大丈夫だろ。俺の妹だし」

 

 日葵の目に生気が戻る。日葵は目先に明確なご褒美が待っていると頑張れてしまう、可愛らしい性格の持ち主だ。その性格に薫が合わされば、そりゃやる気は出るだろう。

 

「あと『兄貴と仲良くしてくれてる人とも遊びたい』って言ってたね。まったく、ほんとにいい妹だよね。大好きだぜ」

「流石私の妹ね」

「流石私の妹やな」

「誘拐犯が二人いるじゃねぇか」

 

 問題集と参考書を手にやる気に満ち溢れている日葵には、「これなら日葵ねーさんもやる気出るでしょ?」と言っていたのは黙っておこう。絶対傷つくから。



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第70話 特別感

 テストが終わり、夏休みまであと一週間を切った今日。日葵は何科目か大丈夫と思える程度の手ごたえはあったようだが、数学は間違いなく追試だと泣いてしまっていた。そんな日葵の涙を舐めとろうとする光莉を止め、岸がイケメンを発揮して日葵を慰めているところに、俺と千里にある人物からメッセージが届いた。

 

 土曜日、空いていますか。という簡素なメッセージ。その場で俺と千里は目を合わせ、空いていると送り、土曜日。

 

「あ、あわわ……アァ……」

 

 ルミナス。その一階。

 

 俺たちの目の前には、白目になりかけているゆりちゃんがいた。

 

「あの、ゆりちゃん?」

「ひぇえ! 急に声かけないでください千里様! あなたの鈴の音のように美しく可愛らしい声は私の耳には刺激的すぎまするゆえ……」

「ゆりちゃん。なんで俺たちを呼んだんだ?」

「びゃあ! お、おにおにおにお兄様! そ、そんなカッコいい声で私の名前を呼ばないでください孕んでしまいますひぃ」

「とてつもなく面白いなこの子」

「僕を呼んだってことは、ちょっと覚悟してたんだけどね……」

 

 そう。千里は、薫をフった。許されざる行為だが千里のことだから何か理由があるんだろうと思い、薫もそこまで落ち込んでいなかったからまぁ許しはしないが殺すのはやめておいてやろう、と思っていたところにゆりちゃんからの連絡。

 ゆりちゃんは人のことがよくわかっている。初対面で光莉を乙女だと言ったからそれは間違いなく、だとすると薫の変化にもいち早く気づいたはずだ。だから薫から『千里にフラれた』と聞いていてもおかしくはない。

 

 てっきり、そのことに怒ったゆりちゃんからのお叱りを受けるのかと思っていたが……。

 

「はっ! そうでした! おのれイケメンと美少年。私を美しい容姿と美しい声でたぶらかすなんて、ありがとうございます!」

「どういたしまして」

「あぁそんなお兄様。私にどういたしましてなんて恐れ多いですどうか『この豚め。裸になってテメェのクソ汚ねぇ舌で床掃除でもしてろ』と罵ってください……」

「なぁ千里。俺はゆりちゃんが心配になってきた」

「顔がいいってだけの男に騙されそうな気が……」

 

 なんだこの『どうしようもないから俺がついていないと』って思わされるとんでもない魅力は。薫が親友だって言うわけだ。薫もゆりちゃんが心配で心配で仕方ないんだろう。『私がいないとだめだから』って理由で一緒にいてそうだ。……あれ? 俺と千里と似てね?

 

「ん、んんっ! まったく、どこまで私を惑わせれば気が済むんですか。落ち着いて聞いてくださいね」

「ゆりちゃんが落ち着こうよ」

「誰のせいで荒ぶってると思ってるんで、」

「誰のせいなん?」

「ぴゃああああああああああ!!!!???」

 

 ゆりちゃんの言葉を遮るように、そっと後ろからゆりちゃんを抱いた女の子。

 

 岸である。ゆりちゃんを抱いたまま指をそっとゆりちゃんの顎に沿えて、肩ごしの自分が見えるようにそっと首の角度を変えた。

 

「久しぶり、ゆりちゃん」

「あ、あががが。ぐ、ぎぎぎぎぎぎ」

「おい岸、離れろ! ゆりちゃんが死ぬ!」

「ていうかなんでここにいるの?」

「ん-? もうすぐ薫ちゃんの誕生日やから、なんか用意しとかなあかんなーって」

「そ、そそそそそうです薫ちゃんの誕生日だから薫ちゃんが大好きなお二人をおよよよよよびししししし」

「なるほど。あれ? でもそれなら夏野さんも」

「俺たち二人であぁなって、岸でこうなってるんだから、顔のいい人を減らしたかったんだろ」

「ぷしゅう」

「お、ダウンしてもうた」

 

 岸の腕の中でショートを起こし、がくりと脱力。ゆりちゃんもたまらないだろう。普通にイケメンな俺と、男のくせに女の子みたいに可愛い千里と、女の子なのに男よりイケメンでただ時折見せる女の子らしさが抜群に可愛い岸。ジャンルの違う良さに囲まれたらそりゃゆりちゃんならこうなる。

 

 かわいそうに。俺たちの容姿がいいばっかりに。

 

「岸、薫の誕生日覚えててくれてたんだな」

「私記念日とか好きやからな。それに、そうやなくてもあんな可愛い子の誕生日、一回聞いたら忘れへんよ」

 

 ゆりちゃんをベンチに寝かし、膝枕をしながら言う岸からなんとなく目を逸らし、逸らした先で千里と目が合って、『羨ましくなっちゃった?』と目で語り掛けてくる。べ、別に岸の膝枕羨ましいなって思ったわけじゃないんだからね!

 

「あとあと。そろそろええかなーって思ったんよ」

「なにが?」

「もう恭弥くんって呼んでもええ?」

「いいよ」

「なんで千里が答えんの?」

「やた! じゃあ私のことは春乃って呼んでな?」

「ちょっと待て。ちょっと待て」

「いやなん?」

「いやというか、なんか照れ臭いというか恥ずかしいというか」

「光莉を名前で呼ぶのは恥ずかしくないん?」

 

 うっ、と言葉に詰まる。「ふこうへいだー!」と隣で騒ぐメスは二の腕を掴むことで黙らせて、考える。おい千里、体びくってさせるな。エロイだろうが。

 

 確かに、光莉はすぐに名前で呼べた。名前で呼ぶ前から心の中じゃちょくちょく間違って名前で呼んでたし、抵抗がなかったというか、そもそもあの時点では光莉が俺に好意を持ってるってわかってなかったからというか。

 

 でも岸は違う。最初から俺に好意があるってわかっていて、それで名前を呼ぶっていうのはちょっと、いやかなり照れ臭い。

 

「なんかその、状況が違うというか」

「ぶー。春乃ちゃんを名前で呼べるチャンスやのに」

「ほら、その、ね? あの、いやね? 改めて名前で呼んでって言われると恥ずかしいんだよわかるだろなぁ千里ダメだこいつメスだったわ」

「それに性格真っ黒やから名前呼びくらいどうってことないやろ」

「ねぇ。君たちさては僕のことが嫌いだな?」

「好きだぞ」

「好きやで」

「……そ」

 

 頬をピンク色に染めてぷいっ、と顔を逸らす千里は完全にメス。お前もうメスじゃなくなることを諦めた方がいいって。男になるのは薫の前だけでしか無理だろ。無意識にメスすぎるんだよ。

 

「っつかその『恭弥くん』ってのが照れくさいんだよ。なんでくんづけなの? 呼び捨てでいいじゃん呼び捨てで」

「ん-。その、ちょっと恥ずかしいんやけどな? 日葵も光莉も千里も『恭弥』って呼び捨てやん? やから、うん、私だけ『恭弥くん』って呼んだら、特別感出てええなーって思って」

 

 おいおいおい。おいおいおい。おいおいおいおいおいおいおい。

 

 岸が可愛すぎて思わず三三七拍子を刻んでしまった。応援団長か俺は。

 

 は? 俺の好意を持ってるってわかってる女の子からのアプローチ可愛すぎだろ。これに耐えられる日本男児いるの? いたらそいつは人間じゃないし男じゃないし4番打者でもねぇよ。

 

「なぁ、あかん? あかんなら、我慢する」

「……春乃」

「!」

「これでいいんだろクソ! おい千里笑ってんじゃねぇテメェ!」

「うひゃひゃひゃひゃ! 恭弥、まるでラブコメ主人公みたいだね! うふふ、似合ってると思うよ?」

「犯す」

「え、あ、やめてほんとに。ねぇ許して」

「本気で怖がってんじゃねぇよテメェ俺が本気みたいになるだろうが!」

 

 周りの人も俺を見てくるし。いや、違うんですよみなさん。こいつ女の子みたいだけど男なんです。え? なお悪い? 俺もそう思います。

 

「……」

「……おい春乃。なんか喋れよ恥ずかしいだろうが」

「ん、ふふ。なんや照れるなぁって」

「おい千里。俺を殴れ」

「わかった」

「躊躇しろよ!」

 

 ノータイムでグーを突き出してきたので、慌ててその拳を手のひらで受け止める。相変わらず柔らかい千里の手にやっぱメスだなこいつと思いつつ、少し恥ずかしさが誤魔化されたのを感じる。危ない危ない。岸……いや、春乃が女の子らしいとものすごい破壊力だから死ぬほど困るんだよな。それは光莉もそうだけど。

 

 ちなみにその時々出る破壊力を常に弾き出し続けるのが日葵。とんでもねぇよ。

 

「ん……。あれ、私ふぁああ!?」

「あ、ゆりちゃんがまた気絶してもうた」

「春乃、もうやめてやれよ。膝枕してたら一生起き上がれねぇって」

「そうだよ岸さん。いたずらの度が過ぎてる」

「千里は薫ちゃんの膝枕から離れたいって思うん?」

「恭弥。君がおかしい」

「お前は起きた瞬間寝るだけのおもちゃになりたいのか?」

 

 でも、確かに。日葵の膝枕と光莉の膝枕と春乃の膝枕なら離れたくない……俺何ナチュラルに光莉と春乃の膝枕のこと考えてるの? ん、あぁ、多分身近な女の子だからだそうに違いない。俺の気持ちが揺れてるとかそんなんじゃない。俺は一途、俺は一途。

 

「とりあえずどうしようか。ゆりちゃんが起きないと動けないし」

「起きるまで待ってても起きた瞬間寝るし」

「ん-、残念やけど膝枕はやめとこか」

 

 言って、岸は自分のバッグにタオルをかけて、枕のようにしてゆりちゃんの頭の下に差し込み、立ち上がってぐっと伸びをする。綺麗な体のラインが浮かび上がり、咄嗟に目を逸らすとまたにやついた千里がいた。お前ずっと俺のこと見てるな?

 

「あ、そや。夏休み海行くって言うてたやん? ゆりちゃんも一緒にって思ったんやけど」

「多分死ぬぞゆりちゃん」

「服着ててこれだからね。水着姿なんて見たら人生終わるでしょ」

 

 もしかしたら水着姿見る前に、着替えの段階で死ぬかもしれない。日葵と光莉と春乃と薫と一緒に着替えるって、ゆりちゃんからすれば天国であり地獄だろ。仕方ないから俺が変わってあげようかな?

 

「でもゆりちゃんかわええし、一緒に行きたいなぁ」

「ん……あれ? 膝枕は?」

「お、ちょうどええわ。ゆりちゃん、私らと一緒に海行かへん?」

「ミッ!!!!!???」

「もう人殺しだろお前」

 

 起き上がったゆりちゃんがまた殺された。一緒に海って言葉だけでこれなんだから、実際に海行ったら絶対死ぬだろ。

 

 ……でも、薫も喜ぶだろうから一緒にきてもらいたい。日葵も、薫の親友と仲良くしたいだろうしな。



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第71話 ところでプレゼントは?

「薫の好きなもの?」

「はい! いっつも一緒にいますけど、あんまり知らないなーって思いまして!」

「いっつもあんなリアクションしとったらそらそうやろな」

「意識保ってる時間の方が短そうだしね」

 

 今も俺たちとは逆の方を見て喋ってるしな。通行人がびっくりしてるからやめておきなさいと言おうとしても、俺たちの方を見たらまともに喋れなくなるかもしれないからこの状況を許すしかない。この子、この先まともな生活できるのか?

 

「この中で薫ちゃんの好きなもの一番知ってるの恭弥くんちゃう?」

「好きなものなぁ。別にゆりちゃんが選んだものならなんでも喜ぶと思うけど」

「どうせなら目いっぱい喜んでもらいたい! じゃ! ないですか!」

「かわえぇなぁゆりちゃん」

「ひぃかわいいとかやめてくださいほんと私にはもったいないおことば可愛くないです私なんか、え? そういえばあなた方の中に私が入っていいんでしょうかぜんっぜん釣り合っていないのでは!?」

「んなことないぞ」

「うん。ゆりちゃん可愛いしね」

「あぐぅ」

 

 余計なことを言った千里をしばきつつ、ゆりちゃんが気絶していないか確認する。ゆりちゃんに対して可愛いとかそういう褒め言葉は禁句だ。いや、言いたくなるのはものすごいわかるし実際めっちゃ可愛いけど、キャパオーバーでまた気絶されても困る。千里と春乃は面白がってゆりちゃんを攻め立てようとするから、俺がしっかりしておかないと。

 

「う、うぐぐ。可愛いなんてお世辞でも嬉しいですほんとにありがとうございます」

「いや、『可愛い』は『可愛い』だろ。お世辞でなんて言わねぇよ」

「むり」

「恭弥。根っこの善さを出す場面間違えてるよ」

「実は恭弥くんも楽しんどるな?」

 

 だって面白いしこの子……。裏表がなくて可愛い。あと真正面からイケメンって褒めてくれるから非常に気分がいい。ほら、俺って結構褒められるけど、侮蔑の目向けられることの方が多いから。

 

 ゆりちゃんが気絶から復活して、俺たちはぶらぶら歩き、薫への誕生日プレゼントを探していた。元々俺と千里は用意しているものがあるから、春乃とゆりちゃんが薫に渡すプレゼントを探しているんだが、春乃はもう決めたようでにこにこ笑いながらゆりちゃんいじりを楽しんでいる。悪魔め。ぜひ俺もいじってください。

 

「色々考えたんです。アクセサリーとかどうかなーって思ったんですけど、薫ちゃん可愛いから私なんかがあげたアクセサリーつけて可愛さが減ったら申し訳ないなーとか、でも薫ちゃん何でも似合っちゃうんだろうなーとか」

「アクセサリー……。恭弥、薫ちゃんの指のサイズ教えてくれる?」

「なんで知りてぇか言ってみろ」

「え、襟首掴むのは無しじゃない? 落ち着こう。一旦落ち着こう」

「千里千里。薫ちゃんと結婚したいん?」

「したい! あ」

「なるほどな」

「ハメやがったな!?」

 

 ハメられるお前が悪い。あと千里がハメられるってなんかエロイよな。

 

 死体を引きずりながら歩く俺たちに向けられる視線を右から左へ。「わ、わたしも引きずっていただいても……」と危ない目をしているゆりちゃんの声も右から左へ。俺の手をちらちら見ている春乃の目には気づかないフリをして、薫は何をもらったら嬉しいかなと考える。

 

 薫の好きなものと聞いて一番最初に浮かぶのが家族、友だち。物欲がほとんどなく、寂しがり屋の薫は誰かと一緒にいれたらそれでいいっていう天使みたいな子だ。もしかしたら天使なんじゃないかって思ったがあの両親から天使が生まれるわけがないので、人間でありながら上位存在に近しい崇めるべき存在だと俺は認識している。

 

「だから、薫の誕生日ってちょうど夏休みだろ? いっぱい遊んでいっぱい構って、他の日よりも特別な一日にすればそれだけで満足だと思うけどなぁ」

「薫ちゃんと一緒に過ごす日はいつだって特別です!」

「千里、薫はゆりちゃんに任せることにするわ」

「女の子みたいな男が女の子に負けるってそんな惨めな話ある?」

「引きずられてる今が惨めやないとでもいうんか?」

 

 春乃にナイフを振り下ろされ、深く傷ついた千里は沈黙してしまった。いや、その、千里にも男らしいところあるって。惨めなんかじゃないって。ほら、体ふにふにするしいい匂いするしめちゃくちゃ可愛いし、「僕が男だって意識させればギャップでカッコいいのでは?」って筋トレし始めてもまったく効果が出ない人類の神秘だし。

 

 情けねぇなこいつ男として恥ずかしくねぇの?

 

「ゆりちゃんはほんとに薫のことが好きなんだな」

「大好きです! 薫ちゃんに彼氏さんができたらちょっと嫉妬しちゃうかもってくらい好きです! でもでも、彼氏さんと一緒にいる薫ちゃん絶対可愛いから応援します! 薫ちゃんが選んだ人なら絶対にいい人でしょうし」

「まぁ僕はいい人だからね。任せてほしい」

「テメェこの前薫のことフっただろうが」

「薫ちゃん泣いてるかもしれんのやぞ。わかっとんのか?」

「それを言われるのは本当に心にくるからやめてくれ」

「あ、あの!」

 

 言葉のナイフで春乃と一緒に千里をズタズタにしていると、ゆりちゃんがこっちを向いてぎゅっと両手を握って何かを必死に伝えようとしていた。俺が隙を見せた瞬間に千里はすっと立ち上がり、埃を払ってゆりちゃんの背後に回る。お前ゆりちゃん盾にしてんじゃねぇよクズが。恥ってもんを知らねぇのか?

 

「薫ちゃん、千里様にフラれちゃったって言ってて、それを聞いた時はなにー!? って思ったんですけど、ぜんぜん悲しそうじゃありませんでした。にこにこ笑って、仕方ないなーみたいな感じで……でも!」

 

 ゆりちゃんは振り返って千里を見る。そして人差し指を立てて、少し責めるように千里にそれを向けた。

 

「あんまり女の子を待たせちゃだめですよ! 薫ちゃんはいい子だから待っててくれますけど、だからっていつまでも待たせていいってわけじゃないんですから!」

「……うん。ありがとう」

「薫ちゃんを悲しませたら、お兄様もそうですけど私も許さないんですからね!」

「なぁ春乃。どうにかしてゆりちゃんを俺の妹にできねぇかな?」

「薫ちゃんとゆりちゃんが結婚すればええんちゃう?」

「は? 天才」

「お、お兄様が私のお兄様に!? 素敵すぎるもうやだ私をころして……」

 

 さっきまで凛としていたゆりちゃんは、いつもの調子に戻ってふらふらとし始め、俺の方にもたれかかってくる。倒れないように肩を支えると、「ぴゃあ!?」と言って遠くへ逃げ、遠目で見てもわかるくらい深呼吸してからこっちに戻ってきた。

 

「し、失礼いたしました!! あまりにも素敵すぎるお兄様との家族生活を想像し、脳がパンクしてふらふらしちゃってお兄様にご迷惑を……」

「いや、全然悪い気しないから何も気にしてない」

「恭弥との家族生活って、まるで恭弥とゆりちゃんが結婚するみたいだね」

「けっ!!!!!?????」

「お、ゆりちゃん満更でもないん? でも恭弥くんは渡さへんで」

「かっ!!!!!!?????」

 

 『結婚!?』『可愛すぎる!?』ってところだろう。ゆりちゃんは俺と春乃を交互に見て、目をぐるぐる回して顔が真っ赤になっている。ゆりちゃん見てるとめちゃくちゃ和むな。

 春乃はいきなりのアピールやめてください。心臓に悪いので。あとそういうことしたら千里が面白がって笑うからめちゃくちゃムカつくし。こいつ俺の色恋を面白いものとしか見てねぇだろクソメスが。親友なら素直に最高のサポートしてくれよ。何春乃の前で俺と春乃以外の女の子を結婚させようとしてんの? 春乃が神対応してくれなかったら俺慌てるだけだったぞ?

 

 情けないのは俺もだった。誰か殺してくれ。

 

「ふぅ、ふぅ……お兄様、モテモテなんですね。日葵様に光莉様に春乃様。薫ちゃんのお兄様ですから当たり前といえば当たり前なんですけど、物語みたいで憧れちゃいます」

「あれ、わかるの? 薫ちゃんから何か聞いた?」

「はい! 薫ちゃん、お兄様の話いっぱいしてくれるので!」

「え、やだ、嬉しい」

 

 俺の話をしてくれてるなんて、なんて可愛いんだ。今日帰ったらいっぱいよしよししてあげよう。それで「何触ってんの。キモい」って言われるんだ。薫は俺のことが大好きだけどボディタッチ系のスキンシップは恥ずかしがるからな。俺が感動のあまり抱き着いたりとかしたときは「仕方ないなぁ」みたいな感じで受け止めてくれるけど。女神か?

 

「お兄様の文句言うんですけど、いっつもにこにこしてて可愛いんです。お兄様に親友ができてよかったとか、やっとわかってくれる人ができたとか、いっつも可愛いんですけど、お兄様の話をしてくれる時は特に可愛くて」

「愛しすぎかよ」

 

 あまりにも愛しくなったので薫に『愛してるぞ』と送ると、すぐに『知ってる』と返ってきた。千里に見せると千里も対抗して『愛してるよ』と送ると、『付き合ってもないのにそんなこと言わないで』と返ってきていた。千里は泣いた。そりゃそうだろ。

 

「そういえばこの前、『花火断っちゃった』ってちょっと拗ねてましたよ」

「恭弥。僕が薫ちゃんと一緒に行くから安心してくれ」

「当日までお前の命があると思うんじゃねぇぞ」

「でも、その日は日葵と一緒にお祭り行って、そのあと私らに乱入されるんやろ? その後に薫ちゃんと花火見に行くん?」

「乱入する側が普通乱入されるって受け身の言葉使わないと思うんだよ俺」

「二人とも。ゆりちゃんが多分浴衣姿を想像してショートしちゃった」

「この子多分世界一幸せだな……」

 

 でも、そうか。祭りは日葵と一緒に行って、途中で乱入されて、そのあと花火。光莉と俺がペアチケットを一枚ずつ持ってるから、俺は薫と一緒に行けばいいと思ったが、そうなると光莉は日葵を誘う。つまり、春乃があぶれるんだ。

 そうならないためには日葵を選ぶ……日葵と光莉と春乃がいる状況で? 無理だろ。俺そんな図太くねぇよ。心に決めた相手とはいえ、俺に好意を持ってくれてる二人の前でそんなことできねぇって。

 

「……あ」

「どうしたの恭弥?」

 

 もしかしたらお前を選ぶかもしれない。ごめん。謝罪を込めて「なんでもねぇよ」と言うと、千里は納得した様子で「いいよ、別に」と答えた。



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第72話 なにする?

「文化祭の話だが、二年生は舞台で劇かなんやかんやする決まりになってるから適当に決めてくれ。学年で優秀賞に選ばれたら打ち上げの金を出してくれるらしい。俺は打ち上げめんどくさいからぜひ頑張らないでくれ。それじゃあ」

 

 そう言って担任は隅の方に椅子を持って行って、そこに座り沈黙した。

 

「清々しいほどクズだな。職務放棄じゃね?」

「え!? 恭弥がこの場を仕切る!? あんた、成長したのね」

「俺がお前に何をしたって言うんだ?」

 

 丸投げした担任に呆れ、同意を求めようと光莉に話を振ったらいきなり大声でこの場の仕切りにされてしまった。クラスのやつらが「氷室くんで大丈夫なの?」「いや、でも最近マシになったって話だぜ」「女子全員サンバ衣装でパンチングマシーン選手権とか言い出さないかしら……」と俺の仕切りに乗り気じゃないのが唯一の救いだ。あとサンバ衣装パンチングマシーン選手権やりそうに見える? 俺。どんな風に見えてんだよ。

 

「でもみんな、聞いてほしいんだ。恭弥の発想は言っちゃなんだけど飛んでる。誰もが思いつかないようなこと、思いついたとしても一つ二つ外れた発想ができるってことだ。だから、優秀賞を狙うなら恭弥を中心に置くのが一番確率が高い」

「流石彼女!」

「氷室くんのことよくわかってるんだね!」

「ヒュー! 見せつけてくれちゃって!」

「彼女がこう言うなら仕方ねぇな! 頼むぜ氷室!」

 

 お前、俺をひどい目に遭わせたかったんだろうけど、『彼女』って言われて傷ついてんじゃねぇよ。へらへらしながら「彼女じゃないよー」って言ってるのは流石というほかないが、あの顔は内心めちゃくちゃキレてる。

 

 仕方ないなとため息を吐きながら、全員が俺を求めているなら応えるのが男。立ち上がって教壇に立ち、クラスを見渡す。日葵、千里、光莉、春乃、井原、その他。こういう時クラスメイトの名前思い浮かばないのがマジで俺がクズなんだってことを実感させてくれる。

 

「さて、みんな。ここに立ったからには、俺にはこの場を仕切る責任があって、この場を仕切る責任がある。つまりそれはこの場を仕切る責任があるってことで、この場を仕切るしかないってことだ」

「今何言うか考えてるところやから待ったってな」

 

 よくわかってるじゃねぇか……。

 

 立ってみたはいいものの、何も思い浮かばない。正直文化祭って言ったら日葵に告白するって決めただけで、それすらも危うくなっている現状。日葵に告白するってことは、それまでに光莉と春乃との決着をつけなきゃいけないから、8月から10月まで、実は俺に余裕なんて一切ない。

 

「とりあえず何をするか決めたらいいんじゃね? 劇とか歌とか」

「みんな。とりあえず何をするか決めよう。まずこれを決めないと話が進まない」

「自分の意見みたいに言ったわね。恥ずかしくないの?」

「あれ? そういえば光莉は文芸部だったよな? 劇の脚本なんてお手の物じゃね?」

 

 言うと、クラスのあちこちから「そうじゃん」「朝日さんなら問題ないかも」「最近氷室と仲良さそうだし、相性いいんじゃね?」と口々に賛同の声。人間ってのは楽したい生き物だから、自分が楽できると思ったら平気で他人を祀り上げる。まだ猫を被っている(と思い込んでいる)光莉は「は? 調子乗ってんじゃないわよ」と言えるはずもなく、鬼の形相で俺を睨むのみだ。多分はやまったな俺。

 

 光莉が逃げ場を見つけられず立ち上がり、俺の背後に立つ。耳元でボソッと「どこからがいい?」と最初に切り刻む場所を選択させてくれる慈悲を与えてくれたが、まだ死ぬわけにはいかないのでさっき適当に思いついたことをべらべら喋り、なんとか誤魔化せないかなとクラスに提案を始める。

 

「まず一つ。光莉は文芸部だがほぼ幽霊部員。いい脚本を確実に書けるとは限らない」

 

 チョークを手に取って、俺の背後に立っていた光莉の肩に手を置いてどかし、みんなからは見えないからと光莉が俺の脛を蹴ってくるのに耐えながら黒板の上にチョークを走らせた。

 

「だから、脚本をカバーする要素が必要だ。まず、見ていて見苦しくない出演者」

 

 『顔』と書いてストレートすぎるなと思った瞬間光莉が消してくれたので、『容姿』と書き直して光莉と一緒に頷く。

 

「んで、ただ飯食うためには優秀賞に選ばれる必要がある。優秀賞は客の投票で決定されて、投票権を与えら得るのは公平を期すために学校外の人たち。それも学生以外」

 

 『ターゲット:学生以外』と書いて、一度みんなの方に振り返る。

 

「学生以外の人たちが見たいものは何だと思う?」

「夢?」

「千里、夢は見るもんじゃない。叶えるものだ」

「嘘言うてる顔してるで」

「名探偵は黙っててくれ」

 

 茶々を入れてくる二人は置いといて、みんなが口々に考えを言ってくるが、全部外れ。クオリティの高い劇? そんなもの今時ネットに転がってる。お笑いもネットに転がってる。

 

「そう、今はなんでもかんでもネットで見れる時代。そんな中で需要があるのは、ネットで見れないもの。もしくは、見れるとしても倫理観その他諸々が邪魔して見れないものだ」

 

 そして、黒板に『日常』と書く。光莉から「私ここにいる意味ある?」という目で見られたが、いつか出番渡すからちょっと待ってて。

 

「『日常』。高校生以下には高校生活への期待を、高校生以上には懐かしさを。俺たちド素人の高校生が優秀賞を狙うなら、この『需要』を攻めるしかない」

「ほんとうに」

「ほんとうに需要があるのかと思う人がいるのもわかる。ただ、自分からすれば普通でありふれた物語でも、他人からすれば劇的だ。日常っていうのは得てしてそういうものなんだよ。んで」

 

 新たに黒板へ『青春』という文字を刻む。

 

「高校生活と言えば『青春』だ。中学のころと比べて体も心も成熟して、恋に勉強に真っ盛り。この要素はターゲットの需要とも合致する」

 

 『日常系青春ラブコメディ』。黒板に大きく書いてからチョークを置き、その文字を強調するように黒板を強く叩いた。痛かった。

 

「俺たちがやるのは劇じゃない、日常をそのまま舞台上に持っていくだけだ。これなら下手な演技も必要ない。見苦しくもなんともない。脚本は光莉がなんとかしてくれる。こいつでただ飯食うぞお前ら!!」

 

 ノリだけはいいみんなは『ウオオオオオオオ!!!!!』と腕を突き上げて大合唱。その間に光莉の方へ近づいて、こっそり会話する。

 

「あんた、最後にさりげなく丸投げしたわよね」

「だって俺脚本無理だし。まぁここまで言えばお前もわかるだろ。一番全部見れてるのはお前だろうしな」

「流石に嘘は入れるわよ」

「じゃないと困る」

 

 大合唱が鎮まって、教卓の前を光莉に譲る。にやにやする千里、にししと笑う春乃、不安そうに光莉を見る日葵。この中で分かってるのは千里と春乃だろうな。日葵はちょっと鈍いところあるし。

 

「今の話で、大体の話は出来上がったわ。申し訳ないけど、独断でメインキャストも決めた」

「一体誰なんだ……」

「選ばれた人責任重大やなぁ」

 

 白々しく言う二人に、ドキドキして「誰なんだろう……」という表情の日葵。日葵可愛すぎる。ずっとそのまま純粋でいてほしい。

 

「メインキャストは恭弥、日葵、春乃、千里、そして私。この五人が中心よ」

「えぇ!? 私!?」

「うわー、まさか僕だったとは!」

「うそやん! 私にできるかなぁ!?」

 

 『日常系青春ラブコメ』。自分で言っておいてなんだが、こんなに当てはまるやつら、俺たち以外にいないだろう。

 まぁ正直劇をやるのはめんどくさいが、光莉が脚本やるってなら書きやすい方がいい。光莉が書きやすいのが何かって言ったらもう日常的なこと以外思い浮かばなかった。クラスのみんなが俺の適当な考えを受け入れてくれてよかった。馬鹿どもめ。

 

「これで書きやすいだろ? 感謝してくれ」

「そもそもあんたが私に脚本押し付けたんでしょ」

 

 覚悟しときなさい。と言い残し、光莉は自分の席に戻っていってしまった。俺殺されるの? 殺されたこと何回もあるから、まぁ仕方ないかと思ってしまっている自分が怖い。慣れちゃだめじゃね?

 

 その後、適当に他の役割を決めて解散した。そういえば脚本押し付けられてキレてたけど、そもそも俺を仕切りに推薦したの光莉じゃね?



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第73話 ナイスプレイ

 負けないよと宣言したものの、勇気が出ない。

 

 夏休み初日。お祭りがあと一週間とちょっと。私としては、恭弥ともうちょっと距離を縮めたいなーなんて思ったり思わなかったりしてるわけで、つまり、その、お祭りの前に、恭弥と二人きりでデートしたいなぁなんて思い続けて恭弥に何も連絡できないまま今日。

 

 恭弥にとってもらったぬいぐるみを抱いて、ぽふんとベッドにダイブした。

 

 ほんとにまずい。光莉も春乃も積極的だし、元々恭弥と普通に話せてたからこのままじゃどんどん差をつけられる。春乃のことも名前で呼ぶようになったし、恭弥見るからにどぎまぎしてるし、そこが可愛いんだけど私以外にどぎまぎしてると嫉妬しちゃう。

 光莉は前よりボディタッチは少なくなったけどやっぱり距離が近いし、春乃は多分計算で恭弥をどぎまぎさせてるし、ほんとに危ない。私の方がずっと恭弥と一緒にいたのに、いつの間にか空気になってる気がする。この前の文化祭のやつも全然喋れなかったし……。というかなんか恭弥と光莉が中心になって、しかもなぜか私もメインキャストになったし……。

 

 うだうだ考えても仕方ない。待っていても好きな人が振り向いてくれるとは限らない。どころか、恭弥の周りには素敵な女の子がいっぱいいるからこのままじゃ負けちゃう。

 

 意を決してスマホを握り、電話をかけた。短いコール音の後に『もしもし』と言う可愛らしい声が聞こえる。

 

「織部くん、相談があるの!」

『君は僕を殺したいの?』

 

 なんで? と聞くと、織部くんは『いや、いいんだ』と言ってから、いつものファミレスに集合することになった。

 

 

 

 

 

 夏野さんは僕を殺したいのだろうか。

 

 僕と夏野さんが二人きりで話していると、夏野さんのことが大好きな二人に見つけられて必ず僕が殺される。どこから嗅ぎ付けてるのかは知らないけど、多分恭弥のことだから「なんかそんな気がした」って言って僕のことを見つけるし、朝日さんも「なんかそんな気がした」って言って夏野さんのことを見つけるんだろう。あの親友どもめ。僕のことを理解してくれてるみたいで嬉しいじゃないか。

 

 殺されるのに嬉しい訳ねぇだろゴミが。中立でみんなをサポートする僕の気持ちにもなれよ。

 

「あ、ごめん織部くん。待った?」

「そういうデートっぽいセリフは恭弥のためにとっておいたら?」

「もう、照れさせようとしてるんでしょ」

 

 先にファミレスに入って待っていると、ほどなくして夏野さんがやってきた。涼し気な恰好ながらも肌の露出は最低限。清楚で可憐っていう言葉がよく似合う。

 夏野さんをからかうと、少し口の先を尖らせて頬をうっすらピンクに染めながら僕の対面に座った。夏野さんと薫ちゃんって似てるところあるから、少しドキッとしてしまうのは許してほしい。

 

「ふふん。織部くんいっつもからかってくるから、もう慣れちゃいました」

「ちょっとほっぺピンクになってるよ」

「いじわる」

 

 誰か助けてくれ。朝日さんと岸さんみたいに時折見せる可愛さでもなく、真正面からの怒涛の可愛さ。薫ちゃんと一緒だ。今僕は可愛さに殴りつけられてノックアウトしそうになっている。僕がポーカーフェイス上手でよかった。

 

「どうしたの織部くん。調子悪いの?」

 

 ポーカーフェイスが上手なはずだから、夏野さんから何か言われた気がしたけど気のせいだろう。

 

 店員さんに適当に注文し、アイスコーヒーとアイスココアが届き、アイスコーヒーが夏野さんの前に、アイスココアが僕の前に置かれ、店員さんが去っていったところでお互いの飲み物を交換。あの店員許さねぇ。僕がアイスコーヒーよりもアイスココア飲むように見えたのか?

 

「織部くんは嫌だろうけど、織部くんの方が可愛いって言われてるみたいでちょっとショックだなぁ」

「どっちが可愛いっていうよりも、どっちが大人っぽいかってことだと思うよ」

「わ、じゃあ私大人っぽく見えるってこと?」

「認めたくないけど、少なくとも僕といたらそう見えるんじゃないかな」

「やった! 嬉しい」

 

 なんだこの純粋な人は??? いつも恭弥と一緒にいるせいか、クズで薄汚れた僕の心にめちゃくちゃダメージがくる。この世界がファンタジーなら夏野さんは絶対賢者か勇者だ。そして僕ら三人は勇者によって屠られるに違いない。僕以外の二人が誰かは言うまでもないだろう。

 

「それで、相談って恭弥のことだよね?」

「……うん。ごめんね? 自分から直接は勇気出なくて」

「にしても奥手過ぎない? 朝日さんと岸さんを見なよ。僕が女の子で恭弥のことが好きだったらもう諦めてるレベルですごいじゃん」

「織部くんが女の子だったらもう付き合ってると思う」

「おい。正直がいつも美徳になるとは限らないんだぞ?」

 

 大体、僕がもし女の子だったとしたら恭弥は絶対気を遣う。そもそも僕が男で女の子みたいな容姿だったから恭弥が話しかけてきたんだから、僕が女の子だったら今みたいな関係になってない可能性すらある。

 

最悪じゃんそれ。男でよかった。

 

「具体的な相談内容は? 大方夏祭り前に恭弥とデートしておきたいってところだろうけど」

「なんでわかるの?」

「恭弥と一緒で夏野さんはわかりやすいんだよ」

「恭弥と一緒かぁ。えへへ」

 

 えへへじゃねぇよ。可愛いかよ。それを恭弥の前でいつもやればいいのに……いや、結構やってるか。でも薄いんだよなぁ。夏野さんが薄いというか、朝日さんと岸さんが濃すぎるんだけど。だってクズな割に乙女とイケメンだけどしっかり女の子だよ? 夏野さんは言ってしまえば普通の可愛い女の子だ。めちゃくちゃいい人で可愛いけど、強烈な個性がない。だからあんまり印象に残らないというか、アピールが足りないんじゃないかなぁって思ってしまうんだろう。

 

 恭弥にとってはそこにいるだけでアピールになるんだけど、夏野さんがそれに気づくわけもないしなぁ。やっぱりデートするっていうのが一番になるのか。

 

「普通に誘おうとしても勇気出ないんだよね?」

「メッセージ送ったら、待ってる時間ドキドキして死んじゃいそうだし……」

 

 恭弥はすぐにメッセージを見て「なんて返そう。なんて返せばいいと思う?」って僕に聞いてきて、結構な時間待たせてしまうだろうから夏野さんは死ぬ。今の恭弥は色々めんどくさいこと考えるだろうし、返事まで結構時間が空くのは確実だ。

 

「それに、もし断られたらって思ったら不安になっちゃって」

「絶対断らないよ。家族が病院に運ばれたとかがない限り」

「そうかなぁ」

 

 夏野さんは、自信がなさすぎる。鏡を見て自分のことを可愛いと思ったことがないんだろうか。ないんだとしたら全人類に喧嘩を売ってるのと同じだ。そんな容姿をしていて可愛いと思ったことがないって、嫌味じゃなくても嫌味に聞こえる。ちなみに僕は自分のことを可愛いとしか思えない。畜生が。

 

 でも、好きな人に対して臆病になってしまうのはわかる。恭弥もそうだったし、やはり幼馴染だからか、恭弥と夏野さんはちょくちょく似ているところがある。恭弥も普段自分のことをイケメンだとか頭がいいだとか言っているくせに、夏野さんに対してだけはすごい臆病だ。めんどくせぇなこいつら。

 

「こんなこというのもなんだけど、恭弥は一緒にいたいと思う人間以外とは付き合わないよ。だから友だちが少ないんだけど、例えば井原くんに誘われたら一緒に遊ぶだろうし、普段一緒にいる人の誘いを断ることなんて絶対ない。そこは自信持っていいよ」

「……ありがとう。優しいんだね、織部くん」

「ふっ、惚れた?」

「あー。薫ちゃんがいるのにそういうこと言っちゃだめだよ」

「あの、正論で殴りつけてくるのはやめてください」

 

 何も言えなくなるんで。

 気まずさで縮こまる僕を見て、夏野さんは「冗談ってわかってるよ」とおしとやかに笑った。夏野さんのことだから本気で咎めたんだと思った。あ、冗談でもだめ? はい。肝に銘じます。

 

「うーん、メッセージがドキドキするなら電話にすれば?」

「で、でんわ!? だめだめ、だって恭弥の声が耳元でなんて」

「スピーカーにすれば?」

「へぇ!? だめだめ恭弥の声が部屋中になんて」

「外でスピーカーにしたら?」

「やだ! 会話内容聞かれちゃうもん!」

「帰るわ」

「わーまってまってごめん!」

 

立ち上がって帰ろうとする僕の腕を掴んで「帰らないで!」と縋りつく夏野さん。画が非常に危ないので慌てて「わかった、わかったから!」と言って元の場所に戻る。危なかった。あのままじゃ彼女を捨てようとしている彼女と間違われるところだった。二重に間違えてんじゃねぇぞカスが。

 

「あのね夏野さん。君がこのまま直接アプローチできないなら、朝日さんか岸さんに恭弥をとられちゃうよ?」

「光莉か春乃か織部くんに……」

「僕を登場人物に入れるのはやめてもらおうか」

 

 夏野さんはいじるというより本気でそう思っていそうだから怖い。僕はこんな見た目でもちゃんと女の子が好きだし、男は恋愛対象に入らない。男から見た僕が恋愛対象に入るかどうかは別の話だけど。

 

「恥ずかしいのもわかるけど、ちゃんとアプローチしなきゃ。恭弥とデートしたくないわけじゃないんでしょ?」

「したい」

「じゃあ電話しよう。どうせ恭弥のことだから暇してるよ」

 

 もしかしたら朝日さんか岸さんと一緒にいるかもしれないから、それもよくないのかもしれない。邪魔をしたって形になるしね。

 

「ほんとにするの……?」

「うん。思い立ったが吉日だよ。ってそうか、僕の前じゃ恥ずかしい?」

「ちょっと恥ずかしいかも」

「それじゃあこういうのはどうだろう」

 

 自分の居場所を知らせるように手をあげると、その人は僕たちの方へ歩いてきた。入れ替わるように僕は立ち上がって、その人の肩を押す。

 

「夏野さんが話あるんだってさ。聞いてあげてよ」

「は? おい千里、俺お前と遊ぶんだと思ってラフな格好してきちまったんだけど」

「大丈夫、カッコいいよ」

 

 この場に現れた恭弥を見て、目を丸くして口をぱくぱくさせる夏野さんに笑って「頑張って」と言ってからその場を去る。ふっ、我ながらスマートだぜ。僕がいいやつ過ぎて困る。



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第74話 しんぱい

「やぁ」

「あぁちょうどよかった。今心臓が欲しかったところだったんだよ」

「一つ質問なんだけど、君は僕を殺す気でいる?」

「答え合わせは必要か?」

「人間は話し合いができる生き物なんだ。少し落ち着こう」

 

 落ち着こう、だって? どの口がほざいてんだこいつ。

 

 俺が怒っている理由は一つ。誰の許可も得ずに日葵と二人きりでいたことだ。よく考えたら俺を途中で呼んでくれたし、あれのおかげでデートの約束もできたからナイスなサポートな気もするが、だからって日葵と二人きりでいていい理由にはならない。これはこれ、それはそれというやつだ。

 

 そんな俺の怒りを無視して、千里は「ただいま」と言って俺の家に入り、まるで自分の家かのような慣れた動きで二階に上がっていった。ぷりぷりと動くケツが艶めかしく見えるのは流石メスと言ったところだろうか。

 

「今日は薫いねぇぞ」

「ゆりちゃんと勉強だよね。知ってるよ」

「は? なんで知ってんだテメェ、答えろ」

「おたくの妹さんから聞いてもないのに送られてきたんだけど、君はそれをどう思う?」

 

 屍と化した千里を引きずって俺の部屋に入り、千里をベッドの上に放り投げる。ボロボロの千里がベッドに倒れていると妙なエロさどころかドストレートなエロさがあって大変マズい光景だが、今は千里のエロさよりも俺の千里に対する怒りが負けている。負けてるのかよ。

 

「ったく、今回はお前のエロさに免じて許してやる。今更お前と薫のことに関して怒っても仕方ないしな」

「ちょっとまて。じゃあなんで僕をボコボコにしたんだよ」

「は? ボコボコになる前となった後じゃなった後の方がエロいからだろ」

「えっち。やっぱり僕のことをそういう目で見てたんだね」

「おい、あんまりそういうこと言うなよ。うっかり興奮しちまったらどう責任取るつもりだ?」

「ほんとにごめん」

 

 こいつは自分が簡単に人の性癖を歪められる武器を持ってるっていう自覚がないんだろうか。俺が理性のない獣だったらどうするつもりだったんだ? まぁ俺が理性のない獣だったらそもそも親友になってないだろうけど。

 ベッドの上に千里といると危険なので、椅子を引っ張り出してそこに座る。千里が首を傾げて自分の隣をぽんぽんと叩いた。あまりにもメス過ぎるその行動を無意識でやってるんだから恐ろしいんだよお前。なんか俺の前だといつもより何割か増してメスなのはなんなの? もしかしてお前俺のこと好きなの?

 

「あ、そうそう。今日来た理由なんだけど」

「お、おう」

 

 ベッドの上でぺたん、と座る千里。両手の指を絡ませて自分の膝の上に置き、俺を見上げるその姿はメスとして完成されていた。本当にこいつに薫を任せていいんだろうか。いやでも流石に薫の前じゃ男らしいよな?

 ……今度薫に聞いてみよう。男らしくなくてもいいっちゃいいんだが、将来生まれてくる子どもが「なんでうちはお父さんがいないの?」って言われたら流石の千里も立ち直れないだろうから。俺は爆笑するけど。

 

「夏野さんとデート行くことになったんでしょ?」

「……おう」

「恭弥一人で大丈夫かなって思って」

「ついてきてくれるんですか!!!!!???」

「そこは『俺一人でも大丈夫だ』ってカッコつけようよ」

 

 なんて言いつつ俺に頼られていることが嬉しいのか、にこにこしている千里。恋愛的な意味じゃないけど、こいつ俺のこと本当に好きだよな。普段男アピールしようと必死になってるのに、俺の前じゃメス全開になるくらい気を許してるんだから。

 男友だちに使う表現じゃないけど、ドチャクソ可愛い。俺の性癖が歪んでいないのが奇跡かと思うくらいだ。

 

「いや、よく考えてみてくれよ。俺が日葵と二人きりだぞ? そうなったら俺はただのイケメンで頭がよくて運動ができる性格のいい男になっちまうじゃねぇか」

「悪いところが見当たらないんだけど」

「その代わり緊張で喋れない」

「ヘタレが。本当に玉ついてるの?」

 

 脱いでみる。

 

「ついてるぞ」

「確認させてくれって意味じゃねぇよ!」

「いや、俺も不安になって……」

「恭弥は僕なんかより男らしいんだからついてるに決まってるだろ!」

「お前もついてない可能性あるじゃん」

「ついてるわ!!!!!」

「待て!! 落ち着け!!」

 

 ベルトを解こうとする千里を必死に止める。何やってんだ俺は。下半身丸出しでメスみたいな女の子、いや男の子が脱ごうとするのを必死に止める。なんつー光景だこれ。見ようによってはベルトを解こうとしてる下半身丸出しで準備万端の俺と必死に抵抗する千里って図にならね?

 

 ふぅ、今日が平日でよかったぜ。両親がいたら絶対部屋に入ってきて「あ、結婚する?」って式場を用意されるところだった。

 

「兄貴、千里ちゃんきて──」

 

 ガチャ、というドアが開く音とそこから顔を覗かせる薫。下半身丸出しの俺。ベルトに手をかける千里。

 

「よう薫。ゆりちゃんはどうしたんだ?」

「……ん、気絶しちゃったから帰ってきた」

「あぁ、まだ慣れないんだね。薫ちゃんは可愛いから仕方ないけど」

 

 触れ合っている手を通して、千里と意思疎通。『ここは普段通り会話してこの姿を幻ということにしよう作戦』。それを決行し、自然に会話を始める。薫が俺の下半身をちらちら見て気にしているが、幻だと思っているはずだ。俺たちの作戦に隙なんてあるはずもないからな。

 

「えっと、なにしてたの?」

「あぁ、聞いてくれよ薫。俺今度日葵とデートすることになってさ。それの相談というかなんというか」

「恭弥が一人じゃ不安だって言っててね。どうしようかなーって思ってたところさ」

「……えっと、なにしてたの?」

「おいおい、聞いてなかったのか?」

「恭弥、仕方ないよ。薫ちゃんは勉強で疲れてるんだ」

「えっと、ナニしようとしてたの?」

 

 まさか、気づいてるのか? と千里の手を指で撫でると、いや、まだ大丈夫なはずだ、と千里が指で撫で返してくる。そうだよな。まだ薫は核心に触れていない。触れてた気もするけど。

 

「薫、疲れてるなら部屋に戻って寝ておけよ。勉強を頑張るのはいいが、やりすぎも逆効果だ」

「なんで兄貴は下半身丸出しで千里ちゃんのベルトに手をかけてるの?」

「おいおい、思春期か? 俺の下半身が丸出しだって?」

「ははは、そんなはずないじゃないか。やっぱり疲れてるんだよ薫ちゃん」

「写真撮って日葵ねーさんとつづちゃんさんに送っていい?」

「考えうる限り最悪の二人を提案してきてんじゃねぇよ」

「君は恐ろしい子だ、薫ちゃん」

 

 日葵に送られたら俺が死ぬし、つづちゃんに送られたら俺と千里が死ぬ。あの子は嬉々として夏休み明けに下半身丸出しの俺とベルトに手をかけた千里を一面にした新聞をばらまくことだろう。どっちにしろ日葵にバレるじゃねぇか。

 

「……そういう関係なら、言ってくれたらよかったのに」

「ち、違うんだ薫ちゃん! この光景を見られたら違うんだって言っても説得力皆無だけど、違うんだよ! 何が違うの? って言われても違うんだとしか言えないけど違うんだよ!」

「そうだ! 俺は自分に金玉がついてるか確認しようと思っただけなんだ!」

「そうだ! そして僕も自分に金玉がついてるか確認しようとしたら、恭弥に止められただけなんだ!」

「受精できるかどうか確認しようとしたってこと?」

「オイ、テメェか薫に受精って言葉教えたのは!!!??」

「そんなプレイまだしねぇよ!!」

「なに今後の可能性を示唆してんだ!!」

 

 こいつどういう状況で薫に受精って言葉教える気だ? とんでもねぇド変態じゃねぇかこいつ。流石の薫も引いて……引いてるよな? なんかぽわぽわしてるように見えるのは気のせいだよな? え、うそ。俺の後ろをてちてちついてきていた薫はどこに行ったの? 男の前で女の顔する薫なんか見たくないんだけど。

 

「あ、そうか。お前をメスにすればいいんだ」

「丸出しにした下半身の使い道を見出してる!? 落ち着くんだ恭弥! 君がその結論に至った理由はなんとなくわかるけど、僕をメスにしたって何の解決にもならないぞ!」

「薫。実は勘違いじゃないんだ」

「勘違いだ薫ちゃん! よく考えてくれ、恭弥と僕はどっちもおかしいけど、どっちの方が信用できるかを!」

「兄貴」

「よくできた妹だなチクショウ!!」

 

 千里のベルトを外そうとする俺のアソコを、千里が叫びながら蹴り上げる。一瞬俺は天国に行き、じいちゃんばあちゃんに挨拶してから舞い戻ってきたときには薫に慰められている千里の姿があった。

 

「妹の前で下半身丸出しにして床に倒れる気分はどうですか」

「暴走が過ぎました」

「ごめんなさいは?」

「ごめんなさい」

「よし」

 

 薫の前で下半身丸出しで正座する俺、ベッドの上の薫と千里。なんだ俺は人権のない召使いか? 下半身丸出しにさせるなら上も脱がせろ。

 

「兄貴は暴走癖あるの自覚しなきゃだめだよ」

「してます」

「なおだめじゃん」

「だから日葵と二人きりになったら俺は暴走するかもしれないぞ。いいのか?」

「あれ、私いま脅されてる?」

 

 あれ、俺いま世界一情けない? 妹と親友の前で下半身丸出しで正座って、世界のどこにこんなやつがいるんだ? ここにいるわ。こんにちは。

 

「……ほんとは二人きりが一番いいと思うけど、兄貴がしんぱ……ん、日葵ねーさんが兄貴になにかされないか心配だし」

 

 薫は照れ臭そうに俺から目を逸らし、俺を警戒している千里の手を取った。

 

「私たちがついていってあげてもいい、よ?」

「え? なに? 僕?」

「……!!?」

 

 なんだ、どういうことだ? つまり俺は薫が千里と距離を詰めるために利用されたのか今? いやそんなことはないはず。薫は俺と日葵を心配してくれたんだよな?

 

 薫が頬を赤くして千里を見ていた。

 

「千里。薫に何かしたらわかってるな?」

「今日でよくわかったよ。二度と近寄らないでくれ」

「じゃあ薫とは結婚できないな」

「僕に近寄ってくれ」

「いいの?」

「こないで」

 

 薫に拒否されてしまった。俺下半身丸出しだもん、そりゃそうだ。



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第75話 なやみ

 明日、明日だ。

 

 明日、俺は日葵とデートに行く。実際には千里と薫もいるけど、二人には遠くにいてもらって俺が変なことしないか見張ってもらう役だ。俺も変なことをする気なんてまったくないが、人間っていうのは自分でやらないと思っていてもやってしまうもの。俺や光莉なんてその節しかない。

 

 デート、デートである。日葵と二人きりになることなんて、あの日のカラオケ以来じゃないだろうか。手とかつないじゃったりするのかな? いやまだそれは早い。というより今の中途半端な状態、気持ちのままそんなことはできない。

 

 俺は、もしかしたら日葵、光莉、春乃の三人から好意を寄せてもらっている。信じられない話に思えるがこれは多分マジで、マジなのかと疑ったがマジである。

 春乃は確定、光莉はほぼ確定、日葵はほぼほぼ確定。そして俺はクズのくせに誠実でいたいから、付き合ってもいないのに手をつないだりとかそういうことは、俺に好意を寄せてくれている女の子に申し訳ないからできない。光莉をおんぶしてたのはノーカン。あれはお守りみたいなものだ。おっぱいは柔らかかった。

 

 俺は、日葵が好きだ。それは絶対だし、変わることはない。ただ、他の二人からの好意を簡単に切り捨てられるかと言えばそうじゃない。

 

 光莉。クズで日葵が好きで、おっぱいが大きくて可愛くて身長が低くて、誰かを心から想えるとてつもなくいいやつ。一緒にいると楽しいし、俺と似た思考をしていて俺なんじゃねぇかって思うくらい俺。私たち、元々一つだったんだねというやつだ。

 

 春乃。イケメンでカッコよくて可愛くて美人で、何事にも真正面からぶつかっていく気持ちのいいやつ。一緒にいると楽しいし、面白いことが好きだから人の道を外れない程度には倫理観を無視することもある。

 

 贅沢すぎやしないか。全員文句なしに素敵な女の子で、誰か一人とだけ親交があったら間違いなくその子を好きになるような容姿と性格。俺はのほほんと真剣な恋愛をしたかったのに、俺が恋愛をすることによって誰かを傷つけてしまう。なんて罪作りな人間なんだ俺は。クソ、俺がいい男であるばかりに。

 

 なんてふざけちゃいるが、俺はいい男なんかじゃまったくない。自他ともに認めるクズだ。身内以外の人間に興味なんて微塵もわかないし、どうなったっていいと思ってる。その代わり身内はめちゃくちゃ大事にするし、めちゃくちゃ優しくする。というか勝手にそうなってる。だから俺のいいところは身内に甘いところだけ。あとカッコよくて頭がよくて運動ができる。

 

 は? こんな男好きにならないやついるの?

 

 いないな。そうか。俺が好きになってもらえるのは必然だった。なんであんな素敵な女の子たちが俺を好きになってくれたんだろうと思っていたが、俺が素敵だったからだ。うんうん。それなら仕方ないよな。

 

 そういうことじゃないんだよ。どういう風に立ち回れば傷つけないで済むかってことだ。俺が世界で一番苦手なものは女の子の涙。悲しくて泣いてるところなんて見てられない。つまり、悲しいだけじゃなくて清々しい涙ならいいんだ。

 

 一人一人と真摯に向き合って、ちゃんと気持ちに応える。正面からぶつかる。俺はヘタレだヘタレだ言われているが、そんなことができないほどヘタレ。ダメじゃん。

 でも普通そうじゃない? 俺普通の男子高校生……いや普通とはちょっと外れてるかもしれないけど、特殊能力を持ってるわけでも世界を救えるわけでも体の構造がおかしいわけでも人の気持ちを踏みにじれるわけでもない。そんなやつが自分に好意を向けてくれてるってわかってて、うまい立ち回りなんてできるか? 千里みたいな人でなしならできただろうが、俺には無理だ。

 

 日葵といたらめっちゃくちゃ緊張するし、光莉といたらいつも通り振舞おうとしてもやっぱりどぎまぎするし、春乃は狙って押してくるからどぎまぎするし、光莉と春乃がいいやつすぎて好意が一切ないなんて言いきれなくなってる。

 

 光莉のおっぱいが大きいところと日葵が大好きなところと、他人を思い遣れるところと乙女なところと、そういうちゃんと乙女なところが出た時にめちゃくちゃ可愛いところが好きだ。

 春乃のカッコいいところと気持ちのいい性格と、笑いを大切にするところと周りをよく見ているところとエロいところと、時折見せる俺に対しての華が咲いたような笑顔が綺麗で可愛くて好きだ。

 

 日葵の、すべてが好きだ。

 

 うん、好きだから好きだ。だから俺の中での答えが揺らぐことはない。日葵が本当は他の男が好きで、その男と付き合ったとしたらもしかしたら光莉か春乃のどちらかを選ぶかもしれないけど。

 それならそれで、光莉と春乃は応援してくれるんだろうな、と思う。日葵が他の男が好きだからチャンスだと思うんじゃなくて、俺が日葵のことを好きだから他の男に取られるんじゃないって背中を押してくれると思う。完全な想像だが、確信でもある。

 

 だって、光莉と春乃は俺が日葵を好きだってことがわかってる。それでもアプローチしてくれてるから。

 

「幸せ者だと思わないか?」

「びっくりしたよ。僕がいるのに一人で黙って何か考え始めるから」

 

 俺のベッドで寝転がっている千里に話しかけると、「やっと帰ってきた」と呟いて俺の方に体を向ける。ごめんね? 明日日葵とデートだと思ったら色々考えちゃって。でも俺が何を考えてるのか察して、俺が考え終わるまで口を挟んでこない千里のそういうところ、好きだぜ。

 

「モテる男は辛いんだね」

「つらい。めっちゃ悩む」

「そんなに難しく考えなくていいと思うよ。君は夏野さんのことが好きなんだろ? じゃあそれだけでいいじゃん。それさえ間違えなければ、君なら君にとって正しい選択はできるはずだから」

「簡単に言ってくれ」

「今そうやってうだうだ悩まなくても、実際そういう状況になれば君は人を傷つけないように立ち回ることができる。不器用に見えて器用なんだから、大丈夫だよ」

「千里が言うならそうなんだろうな」

「ん。親友の僕が言うんだから間違いないよ」

 

 お前ベッドで横向きになって寝て俺に微笑みかけるんじゃねぇよ。お前もしかして俺に好きになってほしいの? うっかりベッドインしようとしてベッドインしちゃったじゃねぇか。

 

「恭弥?」

「変な意味はないんだ」

「なんで僕の隣で寝るの? 座ってればいいのに」

「まぁまぁ親友。いいじゃねぇか、男同士が一緒にベッドで寝てもよ。俺たちは親友なんだから」

「……仕方ないなぁ」

 

 チョロすぎ。親友だから百万貸してくれっつっても「仕方ないなぁ」って貸してくれないかな。これは俺と千里の勝負だ。俺がいかに千里の許容範囲を見極めるか。脱いでくれは多分アウト。自分に実害さえなければいいはずだ。ただ、仲良しな感じがすることならセーフな気もする。一緒のベッドで寝るなんて男同士なら気持ち悪さしかないはずなのに、千里にとってはこれが仲良し判定になっている。頭おかしいんじゃねぇのこいつ。いい匂いするし。

 

「ねぇ恭弥。もし明日夏野さんに告白されたらどうするの?」

「……どうすっかなぁ」

「なんで悩んでるの?」

「ほら。光莉と春乃が俺のこと好きでいてくれてるだろ? それなのに二人がいないところでその告白をオッケーして、次会った時付き合いましたって報告するって、二人からしたら嫌だろ。同じレースに参加してたのに、いきなり失格にされたみたいな」

「なるほど、難儀な性格だね」

「でも断りたくないし。俺どうすればいい?」

「もし告白されたら僕が狙撃してあげるから大丈夫だよ」

「俺の命の心配がでてきたんだけど」

「まぁなんとかなるでしょ」

「俺の命をその程度の言葉で済ますな」

 

 あとお前日葵と薫の前で俺を殺すってどんなド外道だよ。サイコパスじゃねぇの? あれか、そんなことができるのは親友である僕だけだろうからとか? ふざけんじゃねぇよテメェクソメスが。俺はしようと思えばお前で欲情できるんだぞ?

 

「あとさ。夏野さんなら恭弥と似たようなこと考えてると思うんだよね。二人がいないところで私だけ告白するなんてって」

「……お前、いつの間に日葵のこと理解できるようになったの?」

「恭弥は夏野さんの幼馴染で、僕は恭弥の親友。そりゃ理解もするし仲良くもなるさ」

 

 こいつ、日葵が薫とちょっと似てるからって手ェ出そうとしてんじゃねぇだろうな? もしそうなったら俺はお前に手を出すぞ。二度と男に戻れねぇような地獄を見せてやる。俺を見る度体が震えるようにしてやる。

 まぁ、千里だから心配はいらないだろう。日葵と二人きりになっているところをみるとつい激昂してぶち殺してしまうこともあるが、千里に限って俺を裏切るような真似はしないって信じてる。こいつもクズで性格悪いけどいいやつだから。

 

「ま、難しいことは気にしないで、明日は普通に楽しんだらいいと思うよ。せっかくのデートなんだから」

「お前絶対俺を見捨てるなよ。俺は日葵と二人きりになったら途端にポンコツになるんだから」

「夏野さんと二人きりだとただのイケメンになるもんね」

「元々死ぬほどイケメンなのにな」

「死ねばいいのにね」

 

 え?

 

「僕らも僕らで楽しませてもらうけど、ちゃんと見てるから安心して」

「ん?」

「どうしたの?」

「いや、気のせいだよな」

「変な恭弥」

 

 なんか死ねばいいのにって言われた気がしたが、くすくす笑う千里が可愛いので気にしないことにした。



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第76話 どうぶつのくに

 『どうぶつのくに』。巨大な施設の中にある動物園で、それぞれの動物に合わせた空調管理、環境整備など、まさに動物のためにあるようなところ。真夏でも利用できる動物園として有名であり、昔から大人気の施設だ。

 

 小さい頃何度かきたことがある。それこそ日葵と一緒に、家族ぐるみで。

 

「久しぶりだね!」

「日葵とくるのはそうだな。ちょくちょく薫にせがまれてきてたけど」

 

 薫は動物と触れ合えるこの場所が好きで、よく連れて行ってくれと頼まれていた。そのたび動物と一緒に写真を撮らされて、薫が可愛すぎて俺の心が持たない、天国であり地獄でもある場所。

 

「えー、でも恭弥ばっかりに集まって、薫ちゃん拗ねてたんじゃない?」

「薫も俺に近寄ってれば恩恵受けられるからな」

「ほえー。仲良しさんだね」

 

 おかげで周りの大人たちからはほんわかした目で見られていた。ぴったりくっついた兄妹に群がる可愛い動物。しかも俺はカッコよくて薫は可愛いときたもんだ。ここにきたときだけは薫が俺にくっついて離れないから、俺はここが好きすぎて仕方がない。

 ……日葵もくっついてくれないかな? 

 

「ワンちゃんのとこ行こ!」

「犬チクショウのところか。オッケー」

「あまりにもひどい呼び方……」

「あいつらが飛びついてくるのは、懐いてるんじゃなくて俺を下に見てるからかもしれないことが判明したんだよ」

 

 俺に懐いて飛びついてきてくれるならそりゃ可愛いが、俺を下に見てるなら話は別だ。可愛いなぁと撫でる行為が犬チクショウの中ではマッサージに変換されているということで、つまり俺は無意識にご奉仕させられているということになる。人間様である俺が、犬チクショウに。

 

「ん-、そんなことないと思うけどなぁ。みんな『恭弥だー!』って喜んでくれてると思うよ?」

「そんな千里みたいな犬いるか?」

「織部くんそんな感じなんだ……」

 

 だってあいつ俺のこと好きだし。俺がいるのといないのとじゃ態度結構変わるし。俺といるとテンション上がってちょっと暴走気味になったりするし。ったく、可愛いやつめ。

 

 隣同士、並んで歩きながらゲートをくぐる。その先には芝生が広がっており、様々な種類の犬が思い思いに駆け回っていた。

 そのうちの数匹が俺の姿を見つけると、勢いよく俺に向かって走ってくる。

 

「この瞬間いつも怖いんだよ!」

「あはは! やっぱり大人気だね!」

 

 あっという間に10匹程度の犬に囲まれて、じりじりと距離を詰められてから一斉にとびかかられる。俺はそのまま芝生の上に倒れこんで、体中を踏み荒らされ顔や手をべろべろ嘗め回された。もう狩りだろこれ。

 

「よいしょ」

「……!?」

 

 いつ解放されるのかと犬に身を任せていると、俺の隣に日葵が寝転んだ。日葵は俺を見てにっこり笑うと、俺の顔に貼り付く犬をひょいと抱き上げて自分の胸に抱える。は? 犬チクショウが日葵の胸に? ちょっと変わってくれませんかねお犬様。

 

 日葵に抱かれた犬が気持ちよさそうに撫でられているのを見てか、他の犬も徐々に日葵の方へ集まりだした。なんてことはどうでもよく、俺は今隣で寝ている日葵が気になって仕方がない。俺の隣に日葵が寝ている? これはもう実質セックスでは? だって字面だけ見たらもうそういうことだろ。ふっ、恥ずかしいぜ。まさかこの現場を千里と薫に見られることになるとはな。薫にはちょっと刺激が強すぎるかな?

 

「薫ちゃんの気持ちわかるかも」

「え? 恥ずかしいのか?」

「はずかしい?」

「こっちの話だ気にしないでくれ」

 

 びっくりした。兄と姉のように慕っている姉のセックス現場を見た時の気持ちがわかるって言ったのかと思った。危ない。千里は俺のこういうところを注意したってのに。思考が暴走するとよくない。ここは一旦犬を撫でて落ち着こう。

 

 そうと決めて撫でてみると、まず違和感を覚えた。毛というよりも髪のような、さらさらしていて柔らかな感触。こんな犬いるんだなと思ってそっちを見ると日葵の頭の上に俺の手。はははやべぇや隣に日葵が寝てるからって気が動転して日葵と犬間違えちゃったわ。顔真っ赤にして黙りこくってら。

 

「……」

「……」

「……いや、違うんだよ日葵。これはな、そう。違うんだ」

「……」

「おい犬ども。何空気読んで固まってんだ。踏み荒らせ。俺に構わず踏み荒らせというか俺に構って踏み荒らせ。あぁ日葵。俺はもちろん日葵を撫でようとしたんじゃなくて、犬を撫でようとしてたんだ。ほら俺は頭がおかしいだろ? 人と犬を間違えてしまうとんでもない大馬鹿野郎なんだ。だから決してやましい考えなんて一ミリもなくて」

「わんっ」

「うそだろ」

 

 顔を赤くして固まる日葵に長々と言い訳していると、犬の鳴き声の物まねとともに日葵が俺の肩を枕にした。ふわりと女の子特有(※例外あり)のいい匂いが犬の獣臭さをかき分けて俺の鼻を狙撃し、脳天まで撃ち抜かれる。俺の肩を枕にしたことでさらに真っ赤になった日葵を見て追い打ちをくらい、俺も黙ってしまう最悪の事態に陥った。おい、犬どもなんとかしろ。いや、俺たちを周りから見えないように囲うんじゃなくて。なんでそんな気遣えるの? って思ったらよく見たらお前らずっとここにいるやつらじゃん。久しぶり。元気にしてた?

 

 なぁ日葵。俺が悪かったよ。俺が犬と間違えて撫でるなんていうクソみたいなことしたのが悪いよ。でも慣れないアプローチして自滅されたら俺も困るよ。俺は大体なんでもできるけどポンコツなんだぞ? そこんとこわかってんのか?

 

「……ね、寝心地はいかがですか?」

「……さ、さいこう、です」

 

 それでも沈黙したままじゃだめだと思って聞いてみたら最高だって。ははは。この世の幸せを凝縮した世界がここにある。幸せすぎて怖い。助けてくれ。遠くでこの状況を見て爆笑しているであろう千里。耐えられないよ俺。今までこんなぐっと距離近くなることなかったのにいきなりこんなの耐えられないよ!

 

「た、助けて恭弥ぁぁあああ!!」

「え?」

「織部くん?」

 

 心の中で助けを求めた相手から助けを求められた。あいつ、遠くから見守って何かあった時サポートするって言ってたくせに……。

 

 日葵の肩にそっと手を回して一緒に体を起こして、千里を探す。あのメスを探すのは簡単で、なんかエロい雰囲気を感じる方を見ればすぐに見つかる。

 

 今回もすぐに見つかった。そして、見つけたことを後悔した。

 

 俺が視線を向けた先。そこには、めちゃくちゃでかくて強そうな犬に抑えつけられて腰を振られている千里と、その光景を子犬に囲まれながら無の表情で見ている薫がいた。

 

「恭弥っ、ごめん、ごめんね! 僕じゃどうにもできなくて、力も全然敵わなくて!」

「おい。俺の妹の前で情けない姿を晒してる気分はどうだ?」

「仕方ないだろ! 薫ちゃんの方には可愛らしい子犬が寄ってくるのに、僕はなぜか大型犬ばっかに襲われたんだから! ちくしょう、僕は犬から見てもおいしそうなメスに見えるのかよ!」

「ねぇ薫ちゃん。ほんとうに織部くんでいいの?」

「……う、んん」

「悩まないで薫ちゃん! あと恭弥早く助けてよ!」

「あ、あぁ悪い。結構エロくて見惚れてたわ」

「近寄るな」

「わかった。行こうぜ日葵、薫」

「うえええぇぇえええん!!!!!」

 

 千里が泣いてしまったので、急いで救出した。結構本気で怖かったみたいで、ぐすぐす泣いているところを薫に慰めて貰っていた。それ多分余計情けなくなるから放っておいてやれ。ほんとに。

 

 

 

 

 

「薫ちゃんの勉強の息抜きってことできたんだけど、まさか偶然会うなんてね。そういえばここ犬と触れ合えるらしいよ?」

「記憶から消そうとしてる……」

「しっ、薫ちゃん。こういうのはなかったことにしてあげるのが一番だよ」

「多分またあそこにいる少年の性癖歪んじゃったよなぁ」

 

 かわいそうに。もうノーマルじゃ満足できなくなってしまったんじゃないだろうか。犬と触れ合いにきただけなのに、新たな性の目覚めに触れるとは。こいつほんとこの世界がエロ漫画だったら死ぬほど犯されてんじゃねぇの?

 

「ごめんね二人とも。デートしてたんでしょ?」

「そっ、それなら私たちもごめんね? デート中なのに」

「ん-ん。日葵ねーさんと一緒に遊べるの嬉しいもん。謝んないでいいよ」

「ん-ん。千里と一緒に遊べるの嬉しいもん。ただ謝れクズが。僕がメス過ぎるあまり二人の邪魔をしてしまい誠に申し訳ございませんでしたと頭を下げろ」

「兄妹でこうも違うのか……」

 

 当然だろ。サポートしてくれるはずのやつが犬に腰振られてて助け求めてきたんだぞ。情けなさが服着て歩いてんじゃねぇよ。誰の許可得て人の形してんだテメェ。

 

 まったく。まぁ薫が日葵と遊べて嬉しそうだからよしとしよう。薫はほんとに日葵に懐いてるからな。もしかしたら千里もそれを察してわざと襲われたのかもしれないし。いや、ないな。素のポテンシャル一本で犬のオスを目覚めさせたんだこいつは。とんでもねぇ野郎、じゃない、メスだぜ。

 

「もっとさ、こう、襲ってこない動物と触れ合いたいと思わない? 僕が襲われるからとかじゃなくて、薫ちゃんも夏野さんも危ないと思うんだ」

「お前が襲われるから危ないんだぞ」

「千里ちゃんを襲わない動物……いるかな?」

「うさぎさんとかなら大丈夫じゃないかな。小さいし」

「確かにな。うさぎになら千里も負けることはないだろ」

「確かに。それなら薫ちゃんも夏野さんも安心だね」

 

 こいつ、頑なに認めない気か。さらっと薫の手を取って歩き始めた千里の背中を追い、「逆だぞ」と言うと千里が振り返って「試したのさ」とウィンクを一つ。あぁ、こいつ多分まだ心ボロボロだな、と察して、日葵と頷きあって万が一にでも千里が襲われないようにしようと固く誓いあった。



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第77話 うさぎ

 もふもふ。もふもふもふ。

 

「ぶばぶぶぶぶ」

「また囲まれてる……」

「うさぎまみれ……かわいい……」

「顔の上に乗られてるけど、あれ息できてるのかな?」

 

 普通に窒息しそうだったので顔の上にいるうさぎをどけて、すぐ側に座っていた薫の膝の上に乗せる。薫の表情がふにゃりと笑顔になったのを見て頷くと、別のうさぎが俺の顔の上に乗ってきた。何? 俺の顔の上順番待ちでもされてんの?

 

 またも窒息しそうになっている俺の顔の上からうさぎをどけたのは、日葵。自分の膝の上に乗せて慈悲深い笑みでうさぎをなでなでしている。俺もなでなでしてほしい。

 

「恭弥ってなんでそんなに動物に好かれるんだろうね。人からは人気ないのに」

「動物ってのは人の内面を見るんだよ」

「内面見られたから人が離れていくんじゃないの?」

「兄貴ってクセあるからね」

「俺はお前らがいるだけで十分なんだよ」

「そんな大事に思ってくれてるならどうか殺すのはやめてくれ」

「今現在兄貴の前で可愛い妹の隣陣取ってるカスを殺すなって?」

 

 こいつ、開き直りやがったのか俺の前で堂々と薫といちゃつこうとしてやがる。お前フッたクセにそれはどうよ。薫が満更でもなさそうだからひとまずは許してやるが……。ふん。俺に似て心が広い薫に感謝するんだな。

 

「でもほんとに羨ましいよねー。私もうさぎさんに埋もれてみたい……」

「兄貴の隣に寝たらいいんじゃない? さっきもしてたじゃん」

「み、見てたの!?」

「あんな桃色の空気出されたら見るよ。目の前が地獄だったし……」

「あの、忘れてくれない? 普段男らしい僕の痴態は恥ずかしいんだ」

「どうやら俺とお前じゃ男らしいの意味が違うらしい」

 

 俺の前で千里が男らしかったことなんてないだろ。大体メスかメスで、時々メスで稀にメス。つまりいつもメスだ。フェロモンまき散らして恥ずかしくねぇの? 男らしいっつったら俺のようなやつのことを言うんだよ。好きな女の子の前でドギマギしたり、女の子からのアプローチにドギマギしたり、普段べらべら喋るのにそういう雰囲気になったら言葉が何も出てこなくなったり。

 

 ……今度春乃に男らしさってやつを教えてもらおうかな。

 

「うー……薫ちゃん、他の人に言わないでね?」

「別に。あんなこと、昔はよくやってたじゃん」

「む、昔でしょ昔! 小学生とかそれくらいのとき! 今とはその、ちょっと、状況が違うと言うか……」

「へぇ。恭弥、へぇ」

「ちなみに薫も一緒になってやってたぞ。あれは可愛かったなぁ」

「余計なこと言うな」

 

 ぺち、と薫におでこを優しく叩かれるという幸せダメージ。今も可愛いけど、あの頃も可愛かったなぁ。俺のことも日葵のことも大好きだから、日葵が俺の隣にくると薫も慌てて俺の隣に来て、俺の手を掴んで自分の頭に持って行って「撫でろ」って目で訴えてきてたっけ。は? 可愛すぎて死ぬんだけど。

 

「薫ちゃんはずっと可愛いよねぇ。後ろちょこちょこついてきて、振り返ったら手を握ってきて。うちに連れて帰りたいもん」

「僕も」

「何同じ感じで同意してんだテメェ。日葵は純粋さマックスだけどお前は邪マックスだろ。何年か後にしろ」

「はは。わかったよ義兄さん」

「調子乗んなよ腕と脚つなげるぞコラ」

「なにその怖い言葉……」

 

 せめて呼ぶならお兄ちゃんにしろよ。義兄さんも可愛いと言えば可愛いけど、やっぱりお兄ちゃんが一番可愛い。時々薫に「呼んでくれない?」って言っても「は? キモ」とすごく軽蔑した目を向けられるから、もう千里しか呼んでくれる人はいないんだ。

 まぁでも俺はわかってる。薫は「お兄ちゃん」って呼びたいけど、年齢を考えると恥ずかしいから呼べないだけなんだ。ほんとは「兄貴」よりも「お兄ちゃん」って呼びたいに決まってる。

 

「そういえば薫ちゃんっていつから恭弥のこと『兄貴』って呼ぶようになったの? 『おにーちゃん』っていうの可愛かったのに」

「いいじゃんべつに。この年でお兄ちゃんって恥ずかしいし……」

「じゃあ僕をお兄ちゃんって呼ぶのはどう?」

「なにが『じゃあ』なんだよ。どさくさに紛れて俺からお兄ちゃんの称号を強奪してんじゃねぇぞ」

「あとお兄ちゃんって感じじゃないし」

「あぁ確かに。爽やかイケメンで優しかったらお兄ちゃんって呼びやすいかもね。僕のような」

「お前血のつながってない年下の女の子に『お兄ちゃん』って呼ばせるヤバさわかってんのか?」

「犯罪じゃないから」

「犯罪じゃないからオッケーって人としてどうよ?」

 

 薫の妹力強いから『お兄ちゃん』って呼んでもらいたい気持ちはわかるけどな? でもお前そろそろ危ないぞ。薫は心が広いから大抵のことは許してくれるが、しつこすぎると嫌われる。今だって「呼んでみようかな……」って悩んで、何悩んでんの? お兄ちゃん許しませんよ俺以外の男をお兄ちゃんって呼ぶの。

 

「でも夏野さんは『ねーさん』って呼ばれてるじゃないか。不公平だと思わない?」

「日葵は小さい頃から薫と一緒だったんだ。お姉ちゃんみたいなもんだろ」

「そうだよ! 私は薫ちゃんのお姉ちゃんだもん!」

「一時期疎遠だったのに?」

「的確に嫌なこと言ってんじゃねぇよ」

 

 心がないのかこいつは。日葵が「それは、その……」って返す言葉なくなってるじゃねぇか。それに疎遠だったのは俺と日葵で、日葵と薫は別にそんなことなかったし……薫が俺に気を遣って日葵と会わなかっただけだし……。

 

「日葵ねーさんは日葵ねーさんだもん。疎遠だったとか関係ない」

「薫ちゃん好き……」

「僕も」

「おいクズ。そろそろ便乗するのやめろ」

 

 なんでこいつは姉妹(仮)の美しい愛情に割って入れるんだろうか。これは男らしいっていうのか? いや、ただクズなだけだ。俺は光莉を含めた三人の中で千里が人間的に一番クズだって思ってる。死ぬほどクズな根っこを立ち回りでどうにかカバーしてるだけだろこいつ。

 光莉はクズと言えばクズだけど、根っこの善良さが透けて見えるしな。俺も同じく。むしろ俺は周りがクズだって言ってるだけでクズじゃない可能性すらある。いつの時代も先頭を走る人間は、最初は誰にも理解されないもんだからな。

 

「ねぇねぇ薫ちゃん。将来ペット飼うなら何がいい?」

「メスがいるからいい」

「おい恭弥。お宅の妹の教育はどうなってるんだ?」

「至極まともだぞ」

「ほ、ほら。織部くんがいるからいいって意味だよ! 織部くんをペット扱いしてるんじゃなくて」

「どういう意味であろうと薫ちゃんが僕を『メス』だって言った事実は変わらない」

 

 ここは僕のオスを見せてあげるべきか、と悩み始めた千里にうさぎの大群を突撃させ、もふもふでノックダウンさせる。千里可愛い動物似合いすぎだろ。日葵と薫と張り合えるレベルで可愛いじゃねぇか……。

 

「ん-、ペットかぁ……。ね、恭弥はペット飼いたいって思う?」

「ペットなぁ。犬飼うと千里が襲われるし……」

「子犬なら大丈夫だよ」

「いや、俺デカい犬のが好きなんだよ。カッコいいから」

「君との友情はここまでだ」

「トラウマ植え付けられてる……」

 

 どうやらデカい犬を飼うと千里が家に寄り付かなくなるようなので犬は無し。いや、別に千里のことは考えなくてもいいと思うけど、やっぱり親友だし。結婚してからも仲良くしたいし、千里がくるってことは薫も一緒にきてくれるだろうし。

 

「猫は?」

「多分平気な顔して一日中乗ってくるから無理だ」

「兄貴、猫に一番好かれるもんね。今はマシだけど、小学校の頃野良猫の大群引き連れてたし」

「あれ可愛かったなぁ」

 

 可愛かったけど恐ろしかった。普通に歩いてたら後ろが騒がしくなって、振り向いたら野良猫が列作ってたんだぞ。俺が気づいた瞬間に飛びかかってきたし、なんだ。俺は野良猫に親近感持たれる何かがあるってのか? 多分だけどあんまりよくないだろそれ。野生が一番似合ってるってことじゃねぇのか?

 

「でも見てみたいかも。恭弥がお仕事行くとき、絶対『いかないでー!』って足にしがみつくよ」

「かわいい……。兄貴と一緒に住もうかな」

「多分僕の方が可愛いよ」

「お前にプライドはないのか?」

 

 いくら薫と二人切りがいいからって、プライド投げ捨ててのそれはどうよ。確かに千里のが可愛い気もするけど。仕事行くときにしなだれかかってきて「行かないで……」って言われたらすぐ寝室に行くけど。俺千里と一緒に住もうかな?

 

「うん、ペットは飼わなくてもいいかもな。子どもできたら考え変わるかもしんねぇけど、生活に支障をきたす未来しか見えん」

「いいなぁ。私もペットで生活に支障きたしてみたい……」

「いや、実際ものすごいぞこの体質。鳥とかはまだマシだけど、哺乳類に異常な好かれ方するんだ」

「千里ちゃんと一緒だね」

「僕のは本当に異常だから比較対象に持ってこないでほしい」

 

 千里は、その、ね? メスとして見られてるっていうかなんというか。アレは流石の俺もちょっと気の毒になったし。千里は一生ペット飼っちゃダメだろうな……。多分年とっても若々しいままな気がする。それかとてつもない美人になるかのどっちかだ。こいつに自分の息子を会わせるのだけはやめておこう。性癖を歪められる。

 

「ケージに入れられるうさぎさんならいいかもね! 家で放し飼いにしてみたい!」

「一瞬で矛盾してるぞ。結局俺の上に乗ってきて生活に支障きたすじゃん」

「うさぎなら大丈夫じゃない? 体小さいし、千里ちゃんじゃないから負けないでしょ」

「流石の僕でもうさぎには負けないよ?」

「うさぎにもフレミッシュジャイアントっていうデカいうさぎがいるぞ」

「それには負けるけど」

 

 負けるのかよ。

 

 ……って、あれ? というか今自然と俺と日葵が一緒に暮らす前提みたいな会話してなかったか?

 日葵を見てみる。にこにこして首を傾げた。どうやら気づいていないらしく、無意識だったんだということがわかる。それはそれで恥ずかしいんだよチクショウ。

 

 にやにやしてる千里の顔にうさぎを押し付けて、熱くなった自分の顔にもうさぎを押し付けた。やだやだ。脳内桃色の男子高校生はこれだから。



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第78話 氷室テスト①

 夏休みのある日。宿題は早めに終わらせよう、じゃあどうせならみんなでやっちゃおうと俺の家のリビングに集まった今日この日。俺たちが集まれば宿題なんてできるはずもなく、千里が神妙な面持ちで五枚の紙を取り出した。

 

「恭弥理解度チェックテストです」

「待てや」

 

 大至急千里をリビングから連れ出して、女性陣に聞こえないようひっそり話す。

 

「何考えてんだテメェ。俺が言うのもなんだけどあの三人に俺の理解度チェックってヤバいだろ。修羅場になるとは思わねぇけど何か遺恨的なやつ残るぞ。お前最近サポートするフリして自分が面白けりゃいいと思ってないか?」

「これが意外なことに100%僕が楽しむためにやってるんだ」

「予想通りだわクソが。あと五枚ってなんで俺もやらないといけないの?」

「模範解答があったら喧嘩にならないでしょ。私の方があってる! みたいな」

「そもそも喧嘩の種になるようなもん持ってきてんじゃねぇよ。いいか? 今から戻っても『ごめん、さっきのはなし』って平気な顔して言え。俺は平和に暮らしたいんだよ」

「わかった。僕も君の親友だ。君が嫌がるようなことは絶対にしない」

 

 まっすぐ俺を見つめて頷いた千里を信用してリビングに戻り、「悪いな」と全員に謝ってから千里を見て「さぁ言え」と促す。俺の視線を受けた千里が「任せて欲しい」と頷いてから。

 

「制限時間は10分間。空欄はすべて埋めるように。もちろんカンニングはなし。これで今現在誰が恭弥を一番理解してるかがわかるね」

「待てや」

 

 大至急千里をリビングから連れ出して、女性陣に聞こえないようひっそり話す。

 

「何ルール説明しちゃってんの? 何やる気煽ってんの? さっき俺の言ったこと伝わってなかったのかよ。耳ついてんのかテメェ」

「見たらわかるでしょ」

「見りゃわかるけどそういうこと言ってんじゃねぇよテメェ鼓膜ぶち抜いてんのか頭がワリィのか? どうすんだよ三人ともペン握りしめて今か今かと答案用紙が配られんのを心待ちにしてるじゃねぇか」

「いや待って恭弥。これは僕が楽しむためっていうのもあるけど、他に狙いがあるんだ」

「聞こうじゃねぇか」

「それを説明するから、一旦リビングに戻ろう」

 

 疑いながらも、千里と一緒にリビングに戻る。千里が答案用紙を全員に配っているのを見ながら、「男同士でこそこそ何話してたの?」と聞いてきた光莉に「お前が今日もハンプティダンプティ二匹つけてんなって話してたんだよ」と返し、地獄を見せられた。

 

 そして千里がスマホでタイマーをセットし、全員を見てから。

 

「それでははじめ!」

「覚えとけよテメェ」

 

 そうなんじゃないかって思ってたけど「面白そうだから黙っとくか」って流されてた俺も俺だけどさ。

 まぁこのメンツなら修羅場にならないだろうなっていう安心感があるからだし、そもそも俺が模範解答になるなら誰もが外すような答え方すればいいだけだしな。

 

 でも俺は自分に嘘をつけないから真面目にやろうと思う。

 

 ところどころ訳の分からないところがある問題を10問答えてペンを置くと、俺以外の全員がまだ回答を終えてなかった。そんなに難しい問題があるとは思えないが、なんでこんなに時間がかかってるんだろう。あと問題作った張本人の千里がなんで頭抱えてんの? 自分で悩むような問題作んなよアホかよ。

 

「そんなに悩む問題あったか……?」

 

 あまりにも悩んでいるので思わず声に出して言うと、全員から頷きが返ってきた。

 

「恭弥くんってわかりやすいようでわかりにくい人やから、気分で答え変えたりするやろ?」

「ほんとに読めないのよね。決まりきった答えもあるといえばあるんだけど、『こう答えた方が面白そうだな』ってそれすらも変えてきそう」

「恭弥ってどんな人だったっけ……」

「僕が作っておいてなんだけど、題材がややこしすぎた」

「みんなして俺を異常者みたいに言うのやめてくれない?」

 

 お前らほんとに俺のこと好きなの? 実はスパンの長いドッキリで、実は俺のこと好きでもなんでもなくて、むしろゴミクズだと思ってるとかない? そっちのが納得できるぞこの仕打ち。やりたくもねぇテストやらされて異常者扱いされるって。俺がやらせてるならまだしも、勝手に吊るし上げられて攻撃されてるだけじゃねぇか。

 

 なんとか全員が回答を終わらせたところで終了を告げるアラームが鳴った。全員が自信なさげな表情でペンを握りしめてるのを見て俺は何を思えばいいんだろう。複雑すぎる。

 

「まったく自信ない……」

「これどういう風に採点するん?」

「恭弥に問題と答え言ってもらおうか」

「あとで恭弥の答案用紙も見せてもらうわよ。書いた答えと別の答え言いかねないし」

「俺どんだけややこしい人間なんだよ」

 

 そんなに変なことしないだろ俺。これまで真面目に真っすぐに生きてきたってのに。

 

「じゃあ行くぞ、一問目。『氷室恭弥のカッコよくてものすごく頼りになる親友は誰?』」

「まぁこれは僕だよね」

「存在しねぇよこんなやつ。自分を測る物差しブチイカレてんのか?」

「私は『いない』って書いたで」

「私も『いない』って書いたわ」

「私も『いない』って書いたよ」

「は? いじめか?」

 

 親友ってだけなら千里だったが、カッコよくて頼りになるっていう余計な枕詞がついてるから千里じゃない。どこにカッコいい要素あるんだよ。可愛さしかないじゃんお前。

 

「二問目。『氷室恭弥の好きな食べ物は?』せっかくだから全員の回答聞いていくか」

「僕は『わからない』って書いたよ」

「何で出題者が諦めてんだよ」

「私は『目玉焼き』って書いたで」

「私は『ハンバーグ』」

「私は『グレイビー』って書いたわ」

「春乃と日葵はわかるけど光莉はおかしいだろ。二人の回答と合わせてロコモコ作りにいってんじゃねぇか」

 

 いや、春乃と日葵の回答もわかんねぇよ。高二にもなって好きな食べ物『目玉焼き』とか『ハンバーグ』とか言うやついるか? いるだろうけど俺そんなやつじゃないだろ。ちょっとカッコよく見られたいからそんなザ・男の子な食べ物言わないだろ。

 

「正解は『薫が作ってくれるお弁当』でした」

「は? そんな単純な答えでよかったの?」

「考えすぎてもうた!」

「小さい頃狂ったようにハンバーグって言ってたからそうかと思ってた……」

「グレイビーが好きじゃないってどういうことよあんた」

「お前考えすぎとかじゃなくてまっすぐ俺がグレイビー好きだと思ってたの? グレイビーがどんな味かも知らねぇよ」

「ロコモコに使うのは知ってたんだ……」

「だって『groovy』と似てるじゃん」

「だって?」

 

 千里と光莉が「なるほど」と頷き、日葵と春乃が首を傾げたところで三問目。

 

「三問目。『氷室恭弥の嫌いなものは?』」

「『面白くないこと』」

「私も似たようなこと書いたなぁ」

「私は、『薫ちゃんに害のあるものすべて』って書いた」

「え? 『シャワーを出した時最初の方に出る水』じゃないの?」

「何正解してんのお前?」

「うそでしょ」

 

 光莉の答案用紙を見ると、確かに『シャワーを出した時最初の方に出る水』と書かれていた。怖いんだけど。なんで当てられるの? こんなん薫しか知らないと思ったのにっていうか薫にしか言ったことなかったのに。

 

「ほえー。なんで当てれたん?」

「あぁ、確かに恭弥のお風呂にカメラ仕込んでればわかるかもね」

「勝手に私を犯罪者にしてんじゃないわよ。まぁちょっとね」

「……悔しい!」

 

 ふふん、と得意気な表情の光莉に、感心する春乃、悔しがる日葵。それを見て千里は面白そうににやにやしている。お前好みの展開になってきたか? くたばれクズが。

 

「四問目。『道を歩いていると何か困っていそうなお婆ちゃんがいました。それを見捨てた後の氷室恭弥の行動は?』いやこれさ。なんで見捨てる前提なの? 俺見捨てるって思われるくらい心無いやつだと思われてんの?」

「僕は『見捨てたことが気になって、やっぱり戻って渋々助ける』」

「同じやで」

「同じよ」

「同じく……」

「正解だよテメェら。俺の小心者見透かしてんじゃねぇよ」

 

 恥ずかしすぎだろこれ。全員俺の小心者理解してるってとんでもない恥ずかしさだろ。『渋々』まで当てられてるのが恥ずかしすぎる。いや、なんかさ。罪悪感あるじゃん。一回見捨ててるし。だから『俺は優しい人間じゃないけど、仕方なく助けてあげますよ』感出さなきゃフェアじゃないじゃん。なにが?

 

「五問目。『氷室恭弥が今一番投げたい変化球は? 実際に投げられなくても可』誰がわかんだよこんなの。俺だって初めて考えたわ」

「僕は『高速スライダー』」

「私は『高速フォーク』」

「私は『高速シンカー』ね」

「私は『高速シュート』」

「なんでお前ら俺が高速投げたいと思ってんの? さてはお前ら俺のことバカだと思ってんだろ」

「正解は?」

「正解は『インハイにボール一つ分外れるストレートからアウトローへのチェンジアップ』」

 

 なんで全員「そっちか……!」みたいな顔してんの? 俺普段から『インハイにボール一つ分外れるストレートからアウトローへのチェンジアップ』投げたそうな顔してるってこと? 俺そんな技巧派エースみたいな顔してるかな……。

 

「いやでもほんと、わかりやすいようでわかりにくいよね。この問題だってみんな悩んだでしょ?」

「恭弥くん緩急好きそうやもんなぁ」

「性格悪いものね。でも『高速ってカッコよくね?』って思ってそうって考えちゃって……」

「素直に『インハイにボール一つ分外れるストレートからアウトローへのチェンジアップ』って書けばよかったなぁ」

「なんで素直に書けばそれが出てくるのかがわかんねぇんだけど」

 

 確かに最初の方はみんなあんまり悩むことなくて、中盤あたりから悩み始めたけどまさかこれで悩んでたとは。普通これって「わかんないから適当に書くか」ってやつだと思うんだけど。

 

「今は朝日さんだけが三問正解で、他は二問正解か」

「こっから巻き返すで!」

「でも正直ここからは運なのよね……」

「恭弥が回答するときどういう気分だったかによるもんね」

「今気づいたんだけど、これ新しいタイプのいじめだったりしない?」

 

 全員が首を傾げた。遠回しに「お前はわかりにくい人間だ」ってめちゃくちゃ言われてるような気がしたけど気のせいだったのかな……?



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第79話 氷室テスト②

 気を取り直して、第六問目。なんか流されて普通に答え合わせしてるけど、これってやる意味あんの? 今のところ俺の人間性をバカにされてるとしか感じないから、俺にとって損しかない。もっとみんないい答えを書いてくれてたら「お前ら……!」ってなったのに、地味な言葉の暴力でボコボコにされてるだけだ。

 

「六問目。『将来の夢が特にない氷室恭弥ですが、何に向いていると思いますか?』なぁ、もう問題じゃなくね? アンケートだろこれ」

「ちなみに僕は『芸能界』って書いたよ」

「は? 嬉しいんですけど」

「芸能界っておかしい人たちの集まりでしょ?」

「じゃあ俺普通だから無理じゃん」

「おかしいのの地球代表がほざくんじゃないわよ」

「日本飛び出してんじゃねぇか」

 

 日本代表じゃなく地球代表って、俺どこと戦うんだ? あと俺が地球代表ならお前らも地球代表だろ。何「やれやれ、仕方ないなこいつは」みたいな顔して肩竦めてんだクズ二人。常人の皮被れてすらいねぇんだぞお前ら。自覚してんのか?

 

「私は『何にでも向いてる』って書いたで」

「はい。春乃が正解しました」

「ぺっ、調子乗りやがって」

「あんたが何にでも向いてる? 寝ぼけてんじゃないわよぶん殴るぞ」

「わ、私は『先生』って書いたけど、光莉はなんて書いたの!?」

 

 ただ春乃が正解しただけなのにクズ二人が荒んでしまった。春乃が正解したからというより俺が『何にでも向いてる』って調子乗った答えを書いたことがムカついたからだと思うけど、そんなに気に入らない? あまりにも態度が豹変したから日葵が慌てて話変えようとしてるじゃん。可愛いじゃん。あと先生って多分うちらの担任と俺を重ねてね? 今何してんだろあの先生。夏に弱そうだから死んでんじゃねぇか?

 

「私は『クズ』って書いたわ」

「向いてるっていうよりもうクズやしなぁ」

「もうなってるものにはなれないし」

「そうよね……ちょっと考えすぎたわ」

「きょ、恭弥。落ち着いて、ね?」

 

 立ち上がって拳を握りしめた俺を見て、日葵が慌てて止めに入る。わたわた腕を振って必死な日葵がとても可愛いので怒りがどこかへ吹っ飛び、「まぁ俺クズだしなぁ」とニコニコ笑いながら座った。日葵が可愛かったらクズと言われてもなんとも思わないものなんだなぁ。クズどもとは大違いだぜ。

 

「七問目。『氷室恭弥は将来何人子どもが欲しいでしょう』……」

 

 ちら、と千里を見る。にやにや笑っている。これ、かなり遠回しなドセクハラだろ。つまり『私はあなたと結婚したら何人ほしいです』って発表していくようなもんじゃねぇか。俺の希望を当てるように見せかけたセクハラじゃねぇか。最低だな。失望した。ところでみんな何人ほしいのかな???

 

「僕は『18人』かな」

「甲子園出場できるじゃねぇか。そんなに産んだら嫁壊れるだろ?」

「甲子園とお嫁さん、どっちが大事なの?」

「それ俺が甲子園に夢見てる前提の話じゃん。完全に嫁のが大事だって」

 

 こいつさっきの問題もそうだけど、野球にハマってるのか? いや、18人ってワードから甲子園を導き出した俺が悪いのかこれ? 

 でも千里のことだから「野球って男らしくない?」って言って野球を始めだしてもおかしくない。そんでいざ入部したら着替えるときに全部員からの視線が突き刺さって泣きながらやめて俺のところに走ってくるんだ。仕方ないやつめ。

 

「恭弥くんは『二人』ちゃうかなー」

「私も『二人』って書いたわね」

「私は『二人で、お兄ちゃんと妹』って書いたよ!」

「日葵花丸。俺は『兄貴と妹の二人』って書いた。まぁ二人でも正解だろ」

「じゃあ夏野さんには5万点でいいかな?」

「おう」

「異論ないわ」

「待て待て。そういうの普通最後の問題でやるもんちゃうん? なんでこんな中途半端なところで大どんでん返ししとんねん」

「春乃この画像見て。色んな岩」

「しばくぞ」

 

 いい音を鳴らして叩かれる光莉。あいつ時々クソしょうもないダジャレ言うよな。もしかしたらあいつには才能がないのかもしれない。俺たちクズは思いついたら喋ってしまうクセがあるから仕方ないと言えば仕方ないけど。全員直した方がいいなこの悪癖。

 

 今のところ日葵がさっきの完璧回答で+2点して、日葵と光莉が二点、春乃が二点、千里が一点。千里はさっきの問題も当てられただろうが、俺に甲子園って言わせたいから18人って書いたんだろうし全員並んでるようなもんだ。

 

「八問目。『氷室恭弥は大体なんでもできることで有名ですが、そんな氷室恭弥が苦手なものはなんでしょう』」

 

 これは結構困った。俺に苦手なものなんて存在しないし、天才すぎるから苦手なものを探す方が難しい。いいところなら死ぬほどあるのに。俺の苦手なものを探すなんて東大受験より難しいんじゃないだろうか。一応答えは用意したけどあんまりしっくりこないし、当てられるやつはいないと思う。

 

「僕は『恋愛』って書きました」

 

 爆弾投げてんじゃねぇよテメェ。いや苦手っちゃ苦手だけども。得意だったらこんな事態には陥ってないけども。日葵のことがずっと好きだったのに一回疎遠になって、なぜかハーレム主人公みたいな状態になってる時点で恋愛が苦手なことは明らかだけどそこには絶対触れちゃダメでしょ。バカなのかこいつ。女の子三人が一斉に「そうなの?」って目で……あぁ、光莉と春乃は「でしょうね」って目してら。なんなら春乃も『恋愛』って書いてるじゃん。

 

「私は『人付き合い』……」

「おい日葵。俺がコミュ障だって言いたいならストレートにそう言ってくれ」

「確かに恭弥は喋れるタイプのコミュ障だけど、元々人が近寄ってこないんだから苦手とかじゃないわよ」

「だよねぇ。光莉はなんて書いたの?」

「『小学校中学校の頃の仲もよくないあまりしゃべったこともない同期との会話』」

「は? 正解」

「これ絶対光莉も苦手なことやろ。恭弥くんのサンプルを自分にしてるやろ」

「そんなことないはずがないじゃない」

 

 じゃあそうじゃねぇか。

 

 似てる似てるとは思ったが、二問もばっちり、しかも絶対合わないようなやつを当てられてしまうと、やっぱり俺と光莉は似てるんだなぁって思わされる。というか似てるどころの騒ぎじゃないだろ。もしかして薫は朝日薫で光莉は氷室光莉だったりしない? 誕生日一緒だし双子じゃない? ……まぁありえないか。光莉は可愛いけどうちの両親と似てないし。隔世遺伝だとしても光莉と似た容姿の人はいなかったはずだ。

 

「確かに恭弥って仲のいい人以外とはほとんど喋らないもんね」

「喋っても面白くねぇもん」

「わかるわ。私の貴重な時間を割いてあげてるんだから、面白い話の一つや二つしてほしいわよね」

「傲慢すぎだろお前。引くわ」

「わかるって言いなさい」

「わかる」

 

 睨みつけるのは無しでしょ。俺どんだけ光莉にボコボコにされてきたと思ってんの? 睨まれたら条件反射で服従しちゃうに決まってるじゃん。千里もわからなくていいのに「わかる」って言っちゃってるし。俺たちはもう二度と光莉に勝てないのかもしれない。

 

「九問目。今のところ光莉が一番当ててるけど、別に一番だからとかビリだからとか、どうせ俺なんて理解できるはずないんだから気にすんなよ」

「でも恭弥に理解してるって思ってもらいたいもん」

「僕はこんなテストしなくても君のことを理解してるってわかってくれてると思うけどね」

「言っとくけどお前今のところビリだからな」

 

 光莉が4点、日葵が3点、春乃が2点、千里が1点。まさかの親友がビリというとんでもない事態に陥っている。お前本当に俺とアイコンタクトできる人間と同一人物か? 薫に夢中で俺のことないがしろにしてんじゃねぇのか? ……いや、まぁそれでいいんだけど。

 

「九問目。『氷室恭弥は娘になんて呼ばれたい?』」

「『パパ』」

「『パパ』」

「『パパ』」

「『パパ』」

「はい正解正解。恥ずかしいよほんとなんなの? 辱め殺す気かよ」

「グーチョキパーで右手も左手もパーで『パパ』って娘に覚えこませてそうよね」

「もし俺がそうなってたら殺してくれ」

「わかったわ」

「今じゃない今じゃない!」

 

 座頭市みたいな持ち方でペンを握りしめて立ち上がった光莉に、慌てて千里を盾にする。盾にするなら日葵が一番有効だが、日葵を盾にするのは俺が許せないし、盾にした場合光莉が怒り狂う。春乃を盾にするのも俺が許せないし、つまり盾にするなら千里しかいない。でも千里も簡単に殺されるから、盾としてゴミなんだよなぁ。

 

「でもそういえば薫ちゃん、チョキとチョキで『にぃに』ってやってたよね?」

「やってた。可愛すぎて俺は八回死んだ」

「将来的に僕は君の弟になるから、僕もやってあげようか?」

「多分可愛いからやってくれ」

「頼むから嫌がってくれ」

 

 年齢的にきついけど、見た目は可愛いから大丈夫だろ。そこに薫がいたら軽蔑されるだけだし、子どもがいたら『もう一人のお母さん何やってるの?』って言われるだけだし。どっちにしろかわいそうだな薫。

 

「じゃあ十問目、最後の問題だな。……『あなたは氷室恭弥からどう思われていると思いますか。氷室恭弥はどう思っているかを答えなさい』」

 

 はぁ。

 

「これは恭弥から言ってもらおうか! まずは僕から。ほら恥ずかしがらずに!」

「クソ野郎」

「またまた。ちゃんと書いてること言ってくれないと、書いてる……」

 

 だって親友よりも先にクソ野郎が思い浮かんだから……。

 千里は現実を受け止めきれないのか、「照れ隠しか。やれやれ」と肩を竦めて遠くを見つめだした。多分あれ結構ダメージ入ってるな……。あとでフォローしておいてやろう。

 

「ん-、次誰が言うてもらう?」

「わ、私はいつでもいいわよ?」

「わ、私もいつでも、いいですよ!」

 

 怪しい答え方をした二人に苦笑して、春乃が男らしく「ほな次私が言うてもらお!」と笑顔を一つ。あの、順番決めるのはいいんですけど答えるこっちが一番恥ずかしいんですよ?

 

「あのですね」

「うん?」

「そのー」

「うん」

「えっと」

「うん」

「……」

「……」

「みなさん、あとで文章で送るので、勘弁してもらっていいですか?」

「へたれ」

「へたれ」

「へたれ」

「へたれ」

「うるせー! なんとでも言え! 薫に慰めて貰うもんね!」

 

 俺はその場から走り去り、薫の部屋に突撃して一瞬驚いた薫に「うるさい」と部屋から放り出されて、自分の答案用紙を置いてきたことに気づいた。最悪だ。



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第80話 答え

 恭弥はあまり嘘をつけない人間だ。十問目なんて適当に可愛いとか面白いとか書けばいいのに、全員自分のことを好きかもしれないってわかってるから、自分も真剣に書かなきゃなんて、クズのくせに真正面からぶつかりにいく男気もあるわけのわからない人なんだ。

 

 恭弥が残していった答案用紙を拾い、みんなを見る。みんなの目は答案用紙にくぎ付けで、自分がどう書かれていたのか気になって仕方ないと顔に書いてあるどころか朝日さんは「私がどう書かれているのか気になって仕方ないわね」と口に出して言っている。もうちょっと隠せ。

 

「千里千里。まだ内容言わんでええけど、どんな感じのこと書いてるん?」

「すごい本心。単語とかで済ませるんじゃなくて、ちゃんと思ってること書いてるね」

「聞きたいような聞きたくないような……」

「千里のことクソ野郎って書くくらいだから、私のことはシンプルに『おっぱい』って書いてると思ってたんだけど……」

「自分のことシンプルに表したらおっぱいやと思ってたん?」

 

 シンプルに表すと『可愛い』とかになると思うんだけど、そのあたり恭弥を信用していないというか、まだ女の子として恭弥と接することに慣れてないというか、岸さんならともかく、朝日さんって元々恭弥と男友だちみたいな距離で接してたからまだその感覚が抜けないんだろう。朝日さんは今でも恭弥に気を遣わせないようにその距離感を保とうとしてるけど、もうちょっと積極的に押していってもいいのになんて思っちゃったりする。

 

「みんな、聞きたい?」

「恭弥くんが恥ずかしがって逃げるくらいやし、しかも答案用紙置いて行ってるし、よっぽどのこと書いてるんやろなぁ」

「気が動転するとポンコツになるものね。もちろん聞きたいわ」

「で、でも悪いこと書かれちゃってたらどうしよう……!」

 

 それはないでしょ。夏野さんのことを悪く書くなんて、恭弥が一生かけてもできないことなんじゃないかな。もしかしたら好きな人だからこそ書けるっていうのもあると思うけど、そもそも夏野さんに悪いところなんて一つも見当たらないし。岸さんも欠点ないし、朝日さんはクズ。

 

「大丈夫だよ。夏野さんの悪いところなんて見当たらないから。自分では欠点って思ってても、他人から見れば魅力的に映ったりするものだよ」

「……千里って優しい時はちゃんと男らしく見えるのよね」

「あ、わかる。恭弥くんとおったらほぼほぼメスやのにな」

「うん。恭弥といるときの織部くん可愛いもん」

「もしかして僕がメスメスって言われるのは恭弥のせいなのか?」

 

 恭弥の前で可愛くなってる自覚なんてないけど……。ただ気を張らなくていいだけで、別にいつも通りだ。僕はそう思ってる。

 

そんな100%気を許している僕のことを『クソ野郎』と書いている答案用紙をスマホで撮って、それをみんなに送って個人個人で見てもらうことにした。僕が口で言ってもいいけど、今思ったら僕の言葉で聞くよりも、恭弥が書いた文字を見た方が嬉しいだろうし。気遣いできる僕最高にカッコよくない?

 

「……おぉ」

「……」

「……」

 

 三人の反応を見ると、みんな嬉しそうだった。岸さんはにやけてしまうのを抑えようと口元に手を当てながら顔を赤くし、朝日さんは口をきゅっと閉じて、スマホを両手で握って俯き、夏野さんは顔を真っ赤にして目をぐるぐる回している。愛されてるなぁ恭弥。一緒にいると楽しいし、なんでもできるから職に困ることはないだろうし、身内はめちゃくちゃ大切にしてくれるし、好きになるのも無理はないと思う。僕には負けるけど、人間的に魅力的なんだよね。僕には負けるけど。

 

 改めて答案用紙を見る。三人のことはしっかり書いておいてなんで僕は『クソ野郎』って書かれてるんだと思ったけど、それだけ仲がいいっていう風に捉えておくことにした。一人だけ特別感出てるっていう風にも見えるしね。ふふ、きっと恭弥はドストレートにクソ野郎って思ったからそう書いたんだろうけど、なんとなく僕のことをどう思ってるかを僕に知られるのが一番恥ずかしかったんじゃないかなって思ったりもする。女の子に普段思ってること伝えるより、男同士の方が恥ずかしいもんね。

 

「あいつ、よくこんな恥ずかしいこと書けるわね」

「ふふ。でも嬉しいなぁ。こういうのちゃんと書いてくれるんや」

「ね。一言でも嬉しいのに、こんなに書いてくれるなんて爆発しちゃいそう……」

「バカ真面目に書かなくていいのにね」

 

 適当に書いたら失礼なんて思えるの、今どきの男子高校生には珍しい。なんか普通の道から外れてる気がするから今どきの男子高校生のくくりに入れていいのか疑問だけど、僕からすれば結構すごいことをしてる。自分でやらせておいてなんだけど。

 

 ちゃんと読むと僕まで恥ずかしくなってくる。けど、みんなめちゃくちゃ何度も読み返してて僕に構ってくれなさそうだから、僕も読んでおこう。恭弥が戻ってきたらちゃんといじれるように。

 

 岸さん。『性格がすごい好き。まっすぐで、ノリがよくて、関西弁だと言葉の強さがそのままツッコミの質につながるし、ちゃんと周りを見てくれてるから安心してふざけられる。春乃がいると場の空気が悪くなることがない。気持ちのいい人だなぁって思う。見た目はもちろん綺麗で、内面がカッコよくて、でもちゃんと女の子。照れても誤魔化すことなくしっかり照れるところを見せるのがずるい。あんなん可愛いに決まってるでしょ』。

 

 朝日さん。『めちゃくちゃ気が合う。出会ってそんなに経ってないはずなのに、光莉ならこうするだろうな、光莉今こう思ってるだろうな、っていうのが大体わかる。クズだなと思うことはあっても根っこは俺と一緒でめちゃくちゃ優しいし、人のことを心から想って寄り添える素敵な人だなと思う。俺もそうだけど。普段あんな風なのに誰よりも乙女だからすごくずるい。あんなん可愛いに決まってるでしょ』。

 

 夏野さん。『聖人。日葵を嫌いになる人なんて存在しないと思う。説明の必要がないくらい死ぬほどいい子。日葵を嫌いになる人なんて人じゃない。いつも隣にいるメスみたいなクズで汚れた心を一瞬で浄化してくれる。誰にでも優しくできる優しさの擬人化。日葵がいると安心する。いつも暴れて申し訳ございません。見捨てないでくれてありがとう。日葵が幼馴染でよかった。見た目は語るまでもなくパーフェクト。天は二物どころか死ぬほど物を与えた』。

 

「内面が真っ先に出てくるのが恭弥らしいね」

「外見褒められるより嬉しいなぁ」

「なんか私にだけ張り合ってきてるんだけど」

「僕はなんとなく恭弥の気持ちわかるよ。いつも大体朝日さんとふざけるから、純粋に褒めようとしてもなんかふざけたくなっちゃうんだよね」

「でもなんか特別感あって羨ましいんやけど」

「ふふん。しばらくこれをネタにいじってあげましょう」

 

 それ多分いじろうとしたら自分も恥ずかしくなるやつだと思うよ。岸さんは普通にこれをネタにしていじれそうだけど、朝日さんって結構恥ずかしがり屋だから。あの日の文芸部室でのアレは奇跡っていうくらい押せ押せだったし。

 

「でもこう見ると、『クソ野郎』ってだけ書かれてる千里はかわいそうやな……」

「むしろ親友だからこそだよ。『言わなくてもわかってるだろ?』ってことだね。ふふ、恭弥ったら」

「単純にクソ野郎だと思ったからだと思うわよ」

「血も涙もないな君は」

「恭弥ってこういうの正直に書くしね……」

「最近思うんだけど、僕をいじるときって夏野さん積極的に参加するよね」

「恭弥くんの親友やからもっと仲良くなりたいんやと思うで」

「は? 可愛さの化身」

「あんた今日葵に色目使ったわね」

「岸さん。恭弥にはよろしく言っておいてくれ」

「抵抗くらいせえへんの?」

 

 朝日さんの前で夏野さんを『可愛い』なんて言った時点で僕の負けだ。僕が悪い。もうそう思うことにした。色目なんて使ってないけど、そんなこと言ったって朝日さんは頭がおかしいから聞きやしないだろう。

 

「千里ちゃん」

「あれ、薫ちゃん。どうしたの?」

 

 僕が朝日さんに胸倉を掴まれて殴られるかと思ったその時。薫ちゃんがリビングにやってきて僕に声をかけ、僕は殴られた。殴られるのかよ、普通止まらない?

 

「兄貴が答案用紙がー答案用紙がーって言って、下に下りないの? って聞いても下りようとしないから、どうしたのかなーって」

「あぁ。恭弥の理解度チェックテストやってね。その最後の問題に、みんなのことをどう思ってるかっていうのがあって」

「バカ正直に書いちゃったんだね」

 

 薫ちゃんはそっと僕の隣に座って、答案用紙をのぞき込む。おいおい。みんなの前だぜ? そんな積極的にこられちゃあ僕も男を見せるしか、あ、夏野さん。なんですかその目は。はいはい、なるほどね? 慎みます。

 

「うわ、恥ずかしい」

「兄貴のこういうの見せられるってたまったもんじゃないでしょうね」

「完全に身内やしなぁ。でも私らはちゃんと嬉しいで?」

「うん。なにも恥ずかしいことなんてないよ」

「や、恥ずかしいよ。なんていうか、その、なんでこう、女性関連は真面目になっちゃうんだろ……」

「いいことじゃないか。だらしないよりは断然いいよ」

「うーん」

「もしかしたら薫ちゃんにとっての恭弥くんって『お兄ちゃん』やから、男っぽいのはあんまりよく思われへんのかもな」

 

 薫ちゃんが一瞬固まって、恥ずかしそうに首をぶんぶん横に振った。可愛い。あと髪が当たって痛い。

 

「ち、ちがいます。ただ身内のこういうのを見ると恥ずかしいだけで、兄貴が兄貴じゃないみたいとかそういうのは一切ないです」

「は? 何この子。可愛すぎるからキスするわね」

「そこの夏だからって胸にスイカ二つ詰めた浮かれガール。欲望は抑えるように」

「あんたも失言は控えるようにしなさいよ」

「はぁ。薫ちゃん。このままだと僕が危ないから、朝日さんに『おねえちゃん。やめてあげて?』って可愛らしく言うんだ」

「どうぞ朝日さん」

「おねえちゃん。やめてくれない?」

「スイカ割りしてあげるわね」

「僕の頭蓋骨をスイカと見立てるのはやめてくれ」

 

 朝日さんに頭を割られた。ちょっとふざけただけなのに、しくしく。



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第81話 追い出されました。

「誕生日おめでとう! これ『一日なんでも言うこと聞いてあげる券』!」

「はい」

 

 7月28日。意気揚々と薫の部屋に入って誕生日プレゼントを渡すと、突き返された。何々? 兄貴がいるだけで十分だよって? へへへ、嬉しいな。

 

「友だちくるから出てって」

「俺が何をしたって言うんだ?」

 

 ゆりはいいけど、他の友だちに会わせたくないということで俺は本当に放り出されてしまった。おい、夏だぞ今。夏に無計画で放り出されるやつの気持ち考えたことあんのか? スーツも着替えさせられるし。これじゃあ薫の友だちに会えないじゃないか。

 仕方ない。こんな時は千里に連絡だな。どうせあいつのことだから暇してんだろ。あいつ俺以外の友だち……いるにはいるけど、夏休み一緒に遊ぶような友だちはいないはずだ。まったく、あいつは俺がいないとダメなんだから……。

 

 スマホを取り出して千里に電話をかけるとすぐに出た。俺もそうだけど、出るの早すぎて少し気持ち悪い。

 

「おい千里。薫に家から放り出された」

「だと思って迎えに来たよ」

「メリーさんかよお前。俺の背後とってんじゃねぇぞ」

 

 電話越しと背後からと二重に聞こえた千里の声に振り向くと、爽やかな笑顔を貼り付けた千里がひらひら手を振っていた。俺もある程度千里の行動は予測できるけど、もうこいつのは異常だろ。盗聴器でも仕掛けられてんの? マジか、じゃあ昨日やった俺のオペラごっこも聴かれてたってこと? 恥ずかしい!

 

「薫ちゃんから友だちがくるって聞いてたからね。絶対恭弥と会わせたくないだろうから放り出すと思ってた」

「なんで俺に会わせたくないんだ?」

「君、見た目はいいからね。でも中身がとてつもないから、友だちに変に思われたくないんでしょ」

「俺が薫の友だちの前で変なことすると思うか?」

「どうせスーツ着てたんでしょ。十分変なことしてるよ」

「は? 薫と仲良くしてくれてる子と無礼な服装で会うわけにはいかないだろ」

「その考えが変だって言ってるんだよ」

「出た出た。勝手に自分の物差しで普通を決めつけて、それで測れないものを変っていうやつ。お前、変わっちまったな」

「恭弥が変わってるんだよ」

「俺は常にこうだぞ」

「だから変わってるって言ってるんだよ」

 

 家の前にいて薫の友だちと会ったら薫がブチギレる可能性があるので、家の前から離れながら会話する。クソ、寂しいな。薫は俺よりも友だちを優先するんだと思ったけど俺より優先したい友だちが薫にいて嬉しい。これはやはり挨拶するべきでは? もしかして薫の出てっては菓子折りを買ってきてってことでは?

 

「千里。この付近の高級和菓子店を調べろ」

「そう言うと思って調べておいたよ」

「有能」

「一件もなかった」

「は? 使えねぇなお前。ほんとに義務教育終えたのか?」

「これは僕のせいなの……?」

 

 俺があってほしいと思ってるんだから見つけなきゃだめだろ。この付近にないとか関係ねぇよ。そういう時は『この付近にはないけど一番近いのならここ』って提示しろ。そんな遠いとこ行きたくねぇから跳ねのけるのは間違いないけどな。

 

「そういえばさ、夏野さんはいいの? 薫ちゃんの誕生日なんていち早く祝いたいだろうに」

「夜プレゼント渡しに来るってさ。ちなみにこれ『夜日葵ねーさんがプレゼント渡しにきてくれるって』って言ってきたときの薫の笑顔の写真」

「すべての国境にこれを設置したら争いはなくなる」

「そして薫の争奪戦が始まる」

「武力を行使された時点で僕は負けるなぁ」

「お前の争奪戦も始まるぞ」

「恭弥の争奪戦は始まってるよ」

「その話はやめてくれ」

 

 夏祭りが近いからあえて考えないようにしてたのに。あのテストやって以来なんとなく顔合わせづらいフリして平気で会ってるし。でもこの前光莉がいじってこようとして自分で恥ずかしくなって「い……う……」ってなってたのは面白かった。「赤ちゃんかよ」って言ったら「あんたのが赤ちゃんでしょ。おっぱいに夢中じゃない」って返ってきたからものすごく安心した。やっぱり光莉は光莉だぜ。

 

「うーん、夜、夜か。僕も行こうかな」

「言っとくけど俺も両親もいるぞ」

「邪なことは10割しか考えてないよ」

「『しか』じゃねぇよ。10割考えてたら他の思考は存在しねぇんだよ」

「むしろさ。夜に好きな子と会えるっていうシチュエーションで邪なこと考えない男が存在するの?」

「負けました。俺を殺せ」

「ちょうど夏祭りに花火があるね」

「打ち上げようとしてんじゃねぇよ」

 

 うっかり綺麗な花火になってそれを見たすべての人を魅了してしまったらどうするつもりだ? 俺のことだから十分あり得る。でもあの花火打ち上げるやつって人も打ち上げられるのかな? 今度千里で試してみるか。多分千里ならなんだかんだ生き延びることできそうだし、殺され慣れてるし。

 

「いやね。どうせ夏休みだし、そのまま泊まるのもいいなって思って」

「あー。いいんじゃね? 千里ならいきなりきていきなり泊まっても許されるだろうし」

「流石に連絡はするよ」

「いいってさ」

「もうしてる……」

 

 泊まる話が出た瞬間に両親へ連絡すると、二人から『避妊はするなよ』と返ってきた。あの両親ワンチャン千里が女の子だと思ってんのか? だとしても避妊はするなってのはおかしな話だけど。あの二人孫の顔見た過ぎだろ。教育に悪い代表だから子ども生まれても絶対会わせてやんねぇ。千里の次に会わせるの嫌だわ。

 

「じゃあ適当に遊んで、僕の家寄ってそのまま恭弥の家にいこっか」

「だな。とりあえず飯食おうぜ飯。もうすぐ昼だってのに、昼飯食わねぇまま放り出されたし」

「何食べたい?」

「回るお寿司を楽しみたい気分」

「だと思って調べておきました。こっちだよ」

「もう結婚してくれ」

「ふふ。考えといてあげる」

「は? 犯す」

「悪ノリしたのは謝るから本当にやめてくれ」

 

 悪ノリしてオッケーしてくれるかと思ったのに……。オッケーされても絶対やらないけど。だって千里男だし。エロいし可愛いし女の子みたいだけど男だし。夏なのに汗臭くないどころかいい匂いするけど男だし。お前ほんとに男か?

 

 てくてく歩いて回転寿司へ向かう。そういえば千里と二人きりで遊ぶ機会ってめっきり減ったなぁ。最近は大体五人だったし、結構久しぶりで嬉しいかもしれない。千里と二人きりだと気を張る必要まったくないし、居心地がいい。

 

「はぁ。千里には一生隣を歩いてもらいたいな」

「何? プロポーズ?」

「いや、千里と二人だと一番力抜けるからな」

「ふーん。そっか」

 

 あらあら嬉しそうにしちゃって。そういえばごめんな、あの時『クソ野郎』って書いて。あの時はそう思ったし今もそう思ってる。でもほら、男同士って褒めるの照れ臭いじゃん。女の子の方が素直に褒められるじゃん。千里ならわかってくれてるだろ。むしろ俺の行動予測できてそれが理解できないって意味がわからない。

 

 寿司屋に到着し、店内に入って待合室に向かう。

 

「でもさ、恭弥のこと理解できるっていうなら、朝日さんも変わらないんじゃない?」

「あー、まぁな。思考回路ほぼ俺だし。もしかして寿司食いに来てるかもな」

「ははは。もしそうだったら男らしさを強調するために残してる陰毛を全部脱毛してもいいよ」

「あら、あんたたち偶然ね」

「おう光莉。一人できたのか?」

「台本作るリフレッシュにね。それより千里どうしたの? えらく落ち込んでるけど」

「あぁ気にするな。今さっき千里から陰毛が消えうせることが決定しただけだ」

「あの、恭弥。さっきのはなかったことにしてくれない?」

「よくわからないけど、男らしくないわよ。どうせ自分から言い出したことなんだから、男らしくパイパ」

「おい待て。流石の俺でも寿司屋でそんな卑猥な言葉は言わないぞ」

「むぐむぐ」

 

 とんでもないことを言おうとした光莉の口を慌てて塞ぎ、何か言いたげに動く唇にくすぐったさを感じて手を離す。陰毛も結構アウトだけど、その言葉は完全にアウトだろ。俺より考えなしだなこいつ。

 

「乙女の唇に気安く触れるなんて、これは奢ってもらうしかないわね?」

「は? お前の唇に触った手をべろべろ嘗め回さないだけありがたく思えよ」

「ちゃんとした大犯罪者じゃん。君との縁はここで切ろうと思う」

「いいけどちゃんと脱毛しろよ」

「頼むから逃がしてくれ」

「別にいいじゃない脱毛ぐらい。どうせ千里のことだからあったとしても極薄なんでしょうし」

「朝日さんは僕がどれだけ男らしさに固執してるか知らないんだ」

「というかそもそも陰毛って男らしいのか? 陰ってついてるから男らしくなくね?」

「あんたって時々ものすごいバカな理論振りかざすわよね。一理ある」

「バカが二人いますね……」

「三人だぞバカ」

 

 モニターのパネルを操作して、三人で予約を取って椅子に座ると、千里と光莉が俺を挟む形で俺の隣に座った。両手に華とはこのことだな。

 

「あ、そういや光莉。今日の夜日葵が薫にプレゼント渡しにきてくれるんだけど、どうする?」

「夜に行っても邪魔でしょ? また別の日にちゃんと渡すわよ」

「ちなみに僕は夜行ってそのまま泊まるよ」

「日葵は?」

「どうだろうなぁ。家近いし、帰るんじゃね?」

「あ、泊まってってお願いしたらいいよって言ってくれたって」

「春乃も呼びましょうか」

「でもそんなに大勢いいのかな」

「『精力は持つのか?』って言ってるから多分オッケーだな」

「あんたの両親早く何とかした方がいいわよ」

 

 俺もそう思う。



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第82話 おとまりはじまり

 夜。一旦光莉と別れ、千里と一緒に俺の家へ行き、半ば強引に家族だけの薫誕生日パーティに千里が参加して、両親から俺が選んだのは千里だと勘違いされ、「あとは若いものだけでゆっくり……」「私たちは二人でホテルに行ってくるから」と聞きたくもなかった行き先を教えられ、薫と一緒に複雑な気持ちになり、千里から「三人目も可愛いんだろうね」と言われてからしばらく。

 

「おじゃましまーす!」

「おじゃまします」

「おじゃまします……あれ? おじさんとおばさんいないの?」

「いらっしゃい。父さんと母さんは俺たちに気を遣ってか自分たちのためにかどっちかは知らねぇけど、外に泊まるってさ」

「兄貴。余計なこと言わなくていい」

 

 余計なこと? と首を傾げる日葵とは違い、光莉と春乃はすぐに合点が言ったようで春乃は苦笑い。光莉は「三人目のお祝いも考えないといけないわね」と一言。自分の親のそういうの想像するの無理だからやめてほしい。いや、俺が余計なこと言ったから悪いんだけど。

 

「とりあえずあがってくれ。リビングで千里が待ってる」

「今日の主役は薫ちゃんちゃうん?」

「あいつ人の家で図々しいわね。骨の形変えましょうか」

「そんな怖い言葉使うんじゃねぇよ。見ろ、お前がそんな怖い言葉使ってる間に薫が日葵に抱き着かれて可愛いことになってるだろ」

「私もまざっていやらしいことしてくるから、恭弥と春乃は先行ってて」

「なんだって!?」

「バカのメスが釣れたじゃねぇか。戻れ戻れ」

 

 メスを蹴り倒してリビングの隅に転がし、全員を迎え入れる。こいつからしたら薫がいやらしいことになるならめちゃくちゃ見たいのも無理はないが、日葵と光莉がいやらしいことになっているのは見せられないし、そもそもいやらしいことをさせないし。妹の誕生日に俺の家族全員が性的なことしてるって最悪だろ。欲望濡れすぎる。

 

「恭弥。僕は薫ちゃんの隣に座ろうと思うんだけど、どう?」

「見ろ。日葵が薫の隣に座って薫を撫で繰り回している。つまりどういうことかわかるか?」

「え? 僕も薫ちゃんを撫で繰り回せばいいの?」

「お前に人並みの知能を求めたのが間違いだったな。すっこんでろカスって言ったのがわからなかったのか?」

「醜いお兄ちゃんたちね。薫ちゃん、私もそのいやらしい触れ合いに参加してもいい?」

「可愛らしいじゃれ合いがいやらしく見える光莉も十分醜いやろ」

 

 日葵と春乃以外は薫に近づけると危険だと判断し、日葵と春乃に薫の隣に座ってもらって、日葵の隣に光莉を座らせると本末転倒もいいところなので春乃の隣に座ってもらい、万が一が起きた時のために光莉の隣に俺が座って、その隣に千里が座るという形でテーブルを囲む。これで千里が何かしようとしても止められるし、光莉が何かしようとしても止められる。薫の誕生日にとんでもないことが起きたら最悪だからな。もう身内で最悪なこと起きてるけど。

 

「じゃあ改めて、薫ちゃん誕生日おめでとー!」

「俺たちを代表して千里からパラパラのプレゼントです」

「よしきた」

 

 本当にパラパラし始めた千里を無視してケーキを取りに行く。テーブルの上にケーキの箱を置くと、元々誰も見ていなかった千里のパラパラへの興味が全員から消えうせるのを感じた。

 

「これあそこのやつ! あの、高くて普段行けないケーキ屋さんの!」

「『オラクル』やっけ? 恭弥くん大奮発したんやなぁ」

「井原があそこの息子らしくてな。薫の誕生日があるって言ったら、特別に安くしてくれた」

「え、うそ。あとでお礼言わなきゃ」

「電話はするなよ。俺と千里と父さん以外の男の声は極力聞かないようにしろ」

「そうだよ。井原くんは人がよさそうに見えて女の人をすぐいやらしい目で見る性欲の塊なんだから」

「井原くんの視線をおっぱいに感じたことはないわね」

「はい千里の負け。男なら一度は光莉にバレるレベルでおっぱいを見るはずだからな」

「うそだろ……? あ、薫ちゃん違うんだ。薫ちゃんも一度は太陽に目を向けるでしょ? それと一緒なんだよ。あと僕のパラパラどうだった?」

「知らない」

「恭弥。今度薫ちゃんにパラパラについて教えといて」

「そういうことじゃねぇんだよ」

 

 なんでこいつは軽蔑されたってことがわからないんだ? いや、わかってるけど現実から目を逸らしてるのか。でも今のは千里悪くないだろ。光莉が変なこと言うから千里も乗るしかなかったんだ。俺も乗ってたし。そのせいで日葵から微妙な視線送られてるし。春乃は「しゃあないなぁ」みたいな感じでいてくれてるけど。素敵です春乃さん。

 

「全員の好みわかんなかったから適当に買ってきたわ。薫は抹茶で光莉はミルクレープ、千里はチョコでいいよな?」

「ん、ありがと」

「はぁ? ミルクレープ? いちばんすき」

「僕がチョコなんていう子どもみたいなやつ好きなわけあるんだよなこれが」

「なんか悔しいんやけど」

「うー、ずるい! 私も恭弥が選んでくれたやつがよかった!」

「全部俺が選んでるぞ」

「違くて!」

「これじゃないかなって自分に合わせて選んでほしかったってことだと思うよ。日葵ねーさんも春乃さんもかわいそう」

「日葵はショートケーキが好きだったよな」

「……うん」

 

 自信がなかったし外したら恥ずかしかったから言わなかったけど、小さい頃はケーキならショートケーキをよく食べていたことを覚えている。最後にいちごを残しておいて、いちごをじーっと見てくる薫によくあげていた。自分も食べたいはずなのに、薫がいちごを貰って喜んでいる姿が見た過ぎて、日葵はショートケーキに乗っているいちごを食べたことがないんじゃないかってくらいあげていたはずだ。

 

 どうやら当たっていたようで、日葵は嬉しそうに笑いながら頷いた。よかった。一応買うときにみんな何が好きかなって考えておいて正解だった。

 

「えー。私だけ考えてくれてないん?」

「いやさ、薫は妹だし、日葵は幼馴染だし、千里は親友だし、光莉は同類だからなんとなくわかったけど、春乃はもう想像するしかなかったんだよな。だから外してるかもしんねぇけど」

「ちなみにチーズケーキが好きやで」

「俺は今自分の才能が恐ろしいよ」

「うそ。もしかしてチーズケーキ買ってくれたん?」

 

 答え合わせと言わんばかりに俺が箱を開けてケーキを中から取り出すと、ミルクレープ、抹茶ケーキ、チョコケーキ、ショートケーキ、そしてチーズケーキ。見事全員の好みをドンピシャで当ててしまった。俺もしかして天才なのでは? もしかしてどころか確実に天才だろ。いやぁ、本当に信頼できる人間ってのは、人の好みも容易く当てることができるんだよな。

 

「あれ、そういえば今日泊まるのが決まったのにいつ買ったのよこれ」

「ん? 父さんと母さんが出て行った時、千里と薫に気を遣って俺も一瞬出ていってな。そん時に」

「え、恭弥くんが自ら二人きりに?」

「薫の誕生日だしな。ちょっとくらい好きな人と二人きりになってもいいだろ」

「恭弥、ありがとう。僕たちは一生親友だ」

「千里ちゃん、『しめしめ。あのバカ薫ちゃんと僕を二人きりにしやがった。バカなやつだね。今日を薫ちゃんの女としての誕生日にもしてあげよう』って一人で笑ってたよ」

「千里、話がある」

「この中に僕を助けてくれるもの好きはいる?」

「織部くんほんとやだ」

 

 日葵からの「ほんとやだ」は流石の千里でも効いたようで、血反吐を吐く勢いで倒れこんだ。この中で薫と並んで常識人だし、本気で「ほんとやだ」って言われたらめちゃくちゃ傷つくだろう。俺も言われたら立ち直れる自信ないし。でもお前そんくらいのことやったから仕方ないぞ。っていうかそれを聞いても普通に接してくれる薫に感謝しろよ。

 

「薫ちゃん、考え直しなさい。確かに千里はそこそこいいやつだけど、それが全部帳消しになるどころかマイナスに振り切るくらいのクズよ」

「そういうところもぜんぶひっくるめて好きだから好きな人なんです」

「ねぇ恭弥、考え直しなさい。明らかにあんたと血がつながってないわ」

「俺もそう思う」

「ほんまにそやんな。日葵の妹って方がしっくりくるわ」

「日葵の妹か。それならディープキスしてもいいかしら?」

「なんで日葵の妹だったらディープキスしていいことになんの?」

「だめだよ光莉! 薫ちゃんにそんなことは一生させません!」

「それはどうかな」

「黙ってろ万年発情期のクソメスメガネ」

 

 こいつ、俺に対して「薫ちゃんとセックスしたんだ」って平気で言ってきそうで怖いんだよ。俺そんなこと言われたらマジで泣くからな。千里なら薫を任せていいって思ってるけど、妹が男のものになったって知ったら体中の水分が絞り切れるまで泣くし搾り切れてからも泣く。

 でも、千里は俺が本当に嫌がることはしないはずだから大丈夫だとは思う。どっちにしろ俺が勝手に想像して泣くんだけど。あ、想像したら泣けてきた。

 

「ちょっと。せっかく薫ちゃんの誕生日なのに、千里と薫ちゃんがセックスしたら薫ちゃんが完全に千里のものになったって思っちゃってそれを想像して泣きそうになってるんじゃないわよ」

「お前怖いんだけど。俺の考えてること100%ぶち抜いてくんのやめてくんない?」

「でも確かにきついよなぁ。よー考えたら恭弥くんにとっては親友が自分の妹とそういうことするんやから、付き合い方変わってまいそうやわ」

「す、薫ちゃんの前でそんな話しないで! ケーキたべよ、ケーキ!」

「ねぇ恭弥。僕を嫌いにならないでね?」

「ならねぇって。ほら、フォーク配るぞ」

「……あれ? 僕のは?」

「手で食え」

「嫌いになってるじゃねぇか」

 

 許せ。妹の相手を嫌いになるのは可愛い妹を持つ兄の宿命なんだ。



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第83話 正直ピンク

「あれ、恭弥は食べないの?」

 

 薫の口元にケーキを持っていって、「あーん」している日葵がふと、ケーキを食べていない俺に聞いてきた。節約のためにと自分の分は買わなかったが、やっぱり気にしてくれるんだ。恭弥嬉しい。

 ただ、節約のためだけに買わなかったわけじゃない。俺がケーキを買ってきて、でも自分の分は買ってきてなくて、今日は薫の誕生日。申し訳なさを感じた薫は、俺に対して「あーん」をしてくれるはずというとんでもなく天才的な発想に基づいた革命的計画。歴史に名を遺すこと間違いなしだ。

 

「いや、俺は井原と一緒にちょっと食べたからな。大丈夫」

「もう、一人だけ食べてないのはみんな気を遣うんだよ。ほら、口開けて」

 

 あーん。とやってきたのは可愛らしい笑顔でフォークに突き刺したチョコケーキを突き出す千里だった。お前何してくれてんの? 俺はお前じゃなくて薫に「あーん」ってしてもらいたかったんだよ。何迷いなく「あーん」してんだよ。男同士だぞ? でも男同士って気にならないくらい可愛いから食べちゃう。あーん。

 

「ふふ。おいしい?」

「んまい。サンキュー千里」

「……」

「光莉、全部食べてもうたな……」

 

 あーんしている俺たちを見て、光莉は自分の皿の上を虚無の瞳で見つめていた。その皿の上には何も乗っておらず、同情するような視線を春乃が向けている。おいしくてすぐに食べちゃったんだよな。光莉のそういうとこ可愛いと思う。ほんとに。

 

「なんで私って食べ物に対して見境ないのかしら……」

「お昼も30皿ぐらい食べてたよね。地味に僕たちの方にお皿寄せて食べてないことにしようとしてたし」

「千里も『ここで全部払ってくれると男らしいわよね』っていう悪魔のささやきに乗せられて奢らされてたし」

「いやしい上にクズやん」

「三人でご飯食べに行ってたんだ」

「偶然会ってね。私、出かけると恭弥と会うこと多いのよね」

「マジで考えてることがほぼ同じなんだよな。ここまでいくと気色ワリィ」

「あら、こんな美少女と考えてることが同じなんて誇らしいと思わない?」

「気色ワリィって言ったのが聞こえなかったのか?」

「一度許してあげたのがわからなかったの?」

「考えてること同じなのが光栄すぎて、照れ隠ししちゃったんです」

 

 危ない。薫の誕生日が俺の命日になるところだった。俺がすぐに謝ったからか、光莉は握りしめていた拳を開いて、俺の太ももをゆっくり撫でる。それはそれですごく怖いからやめていただきませんか。セクハラですよ? 何? 男の急所ってこの先にあるのよね、だって? (タマ)握られてるし玉握られるじゃねぇか。

 

「なーなー、恭弥くん。私のケーキ食べたい?」

「恭弥は僕のケーキだけで十分だってさ」

「もぐもぐ」

「千里ちゃん、いいの? ほとんどあげちゃってるけど」

「朝日さんもそうだけど、黙って食べてるところが可愛くてつい」

「あんたバカじゃないの? 好きな子の前で他の女の子と褒めるんじゃないわよ」

「めっちゃ嬉しそうにしてるやん」

「光莉って仲良しの人からの褒め言葉に弱いから」

 

 光莉と二人そろって「でへへ」と照れてしまった。よく考えたら「可愛い」って言ってくれたのは千里だから、男である俺は男に「可愛い」って言われたことに対して何らかの気持ち悪さを感じるのが普通なんだろうけど、全然嫌悪感がない。可愛い人が可愛いって言ったらそりゃ似合うに決まってるし違和感もなにもないしな。

 

 正直なところ、光莉がおいしいものを食べているときはかなり可愛い。女性的というよりもほんわかするというか、にこにこしながらもぐもぐしてるから。食事のマナーで言えば薫に負けてしまうが、可愛さで言えば薫の勝利。あーあ。完全敗北しちゃった。でも仕方ないだろ。薫って小動物みたいにちみちみもくもく食べるんだから。日葵も薫の隣でだらしない顔してずっと見てるし。

 

「ん-、そか。おいしいしせっかく買ってきてくれたんやから食べてほしかったんやけど」

「じゃあ私が恭弥に食べさせてあげるわよ。私を挟んでだと食べさせにくいでしょうし」

「ほなどけや牛」

「……? あれ、今もしかしてすごい暴言吐かれた?」

「気にすんな。事実だし」

「あぁ。まぁ春乃なら私が牛に見えても仕方ないわね」

「ははは。搾りつくしたるわ」

「え、お願いします」

「光莉。多分えっちな意味じゃないよ」

「あまりにもイケメンで物を言わせない表情だったからつい……」

 

 光莉越しだけど「搾りつくしたるわ」って春乃が言っているのを聞いてしまい、少し反応してしまう。いや、仕方ないと思うんだよ。別にいやらしいこと考えてたわけじゃないけど。日葵が光莉と春乃のやりとりを聞いてすぐに『えっちなこと』だと判断したことに興奮したわけでもないし、「搾りつくしたるわ」って聞いて千里が体を震わせたのがエロかったからってわけでもない。ただあの、その、あれですね。

 

「兄貴。兄貴の周りって下ネタ多いよね」

「す、薫ちゃん! 私は言ってないよ!」

「でもいち早く反応してるじゃん」

「……」

「は? 脳内ピンク日葵可愛すぎ。これは私とえっちなことしてもらうしかないわね」

「ピンクじゃないもん!」

「別に恥ずかしいことちゃうやろ? 高校生なんやからそういうこと知ってても考えててもおかしないって」

「えー、だって……」

 

 日葵が恥ずかしそうにしながら俺をちらちら見てくる。あぁ、俺がいるから恥ずかしいって? なんだなんだ可愛いやつめ。一応千里も男なんだけどと思ったが、千里は男だけどメスだから別に恥ずかしくはないんだろう。もしかしたら女の子同士でも恥ずかしいのかもしれないが、俺にそういうことを聞かれるよりは断然マシなはずだ。

 ここで日葵に対して「恥ずかしいやつだな」なんて言ったら日葵は顔を真っ赤にして逃げ出してしまう可能性があるので、スマートに肯定するべきだ。ふっ、俺がいい男すぎて俺自身が困っちまうぜ。

 

「俺はすごく興奮する。あぁ……」

「自分で失敗したと思って『あぁ……』って言ってんじゃないわよ」

「あーあ。日葵が顔真っ赤にして固まってもうた」

「女の子の前で猥談なんて最低だね。恭弥がそんな人だとは思わなかった」

「かちんこちんになっちゃった」

 

 薫が固まった日葵をぺちぺち叩いている。可愛い。

 

 しかししまった。思わず思ったことを言ってしまった。これだから嘘をつけないってのは困るんだよな。正直すぎるってのも考えものだ。隣で光莉が「でも仕方ないわよ。興奮するもの」と全然頼りにならないフォローをしてくれている。お前のフォローはまったく効果ないんだよ。だってフォローっていうよりただの共感だし。ただの変態の仲間入りだし。

 ここはフォローの達人である千里に頼るしかない。アイコンタクトを送ると、「本当に君は僕がいないとだめだね」と呆れたように笑ってから口を開いた。

 

「夏野さん。そういうこと考えちゃうのは何も恥ずかしいことじゃないよ。岸さんも言ってたけど、普通のことなんだから」

「でも恭弥が興奮するって言った」

「恥ずかしい人間の言うことなんて気にしなくていいよ」

「おいまて。誰が恥ずかしい人間だって?」

「さっきドストレートに『興奮する』って言うたくせに、なんでまだ逃げられると思ってん?」

「そうよ。認めなさい」

「お前はこっち側だろうが」

 

 春乃側にすり寄っていった光莉を引き寄せて肩を組む。これで逃げられねぇぞお前。お前と俺は同類だ。お前も日葵がいやらしいことを考えているっていう事実に興奮するどうしようもない恥ずかしいやつだ。一緒に地獄まで落ちようぜ。

 

「……ちょっと、いきなり抱き寄せたらおっぱいがぶるんってなって千里にいやらしい目で見られるからやめてくれない?」

「あぁ大丈夫。流石に薫ちゃんの前で朝日さんのおっぱいを見るなんてことはしないよ」

 

 そう言っている千里の手からは血が流れていた。お前、そこまでして自制するなんて……どうしようもないやつだな。そうまでしないと自制できないクソ野郎。幻滅したぜ。

 

「いや日葵、ごめんな? さっきのは口が滑ったというかなんというか、光莉も何とか言ってやれ」

「なんとか」

「もう、そんな面白くないことしたらだめだぞ?」

「えへへ……」

「ぶっ殺すぞバカども」

「恭弥。春乃がブチギレたから私たちこれまでにしましょう」

「お互い命は惜しいもんな」

 

 おでこを指でつん、とした瞬間に春乃からどころか日葵からも殺気を感じたので慌てて離れる。だめだ、不誠実だった。光莉とだと結構ノリでこういうことしちゃうから大分危険だ。光莉も俺のこと好きならもっと照れてもよくね? 抱き寄せられた瞬間「きゃっ」って言ってもよくね? 真っ先におっぱい見られる心配してる場合じゃないだろ。千里なら「わっ、もう、なに?」って微笑みながら言ってくれるぞ。

 

 は? 付き合ってくれ。

 

「兄貴、そんな女の人にべたべた触っちゃだめ」

「確かにな。汚れちまうし」

「ノンデリカシー。私に汚いところなんて存在しないわ」

「なら確かめさせてもらうとしよう」

「千里。ちょっと出よか」

「あ、はい」

 

 千里が俺を見て助けを求めながら春乃に連れられて行った。死んだわあいつ。薫がいなかったら春乃も許してたんだろうけど、薫の前だと流石にやりすぎだよなぁ。薫はまったく気にしてないって言いつつもやっぱりいい気持ちはしないだろうし。

 ……?

 

「薫、千里と二人きりのとき何してたんだ?」

「あ、私も気になってた! 織部くんがセクハラしてもあんまりむってしないし」

「ちょっと、日葵が恥ずかしがるのやめちゃったじゃない。もうちょっとだったのに」

「何がもうちょっとだったかは聞かないでおいてやるよ」

「……聞きたい?」

「お前さ、最低な場面でことごとくいいセリフ吐いてくるよな。いざそうなったとき撃つ弾なくなるぞ」

「そのときは銃で殴るのよ」

「男らしい……」

「二人とも。日葵ねーさんが放置されてむってしてるからやめてあげて」

「口を閉じてるってことはマウストゥマウスね? あかせあさい」

「舌だしながら任せなさいって言うなよ。差し込む気満々じゃねぇか」

「ちなみにちょっといちゃいちゃして満足してるだけだから、気にしないで」

「さて、千里を殺しに行くか」

「もう殺したで」

「ひぇ……」

 

 手をパンパンと払いながら春乃が戻ってきて、俺の近くに千里が放り投げられた。あーあ、ボロボロになってすごくえっち。



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第84話 部屋割り

「部屋割りの話だけど、僕は薫ちゃんと寝るからあとの有象無象は好きにしていいよ」

「俺は今から千里を永遠に眠らせてあげようと思います」

「許可します」

「助けて朝日さん! 岸さん! 恭弥と夏野さんに挟まれた!」

「ええなぁ」

「日葵に挟んでもらえて悪いことなんかあるの?」

 

 光莉と春乃に見捨てられた千里を眠らせて、せめてもの情けで薫の隣に寝かせてやった。千里の頭の側に薫が座り込んで千里のほっぺをむにむにしているのが大変気に入らないが、あとで薫に頼んで俺もしてもらえばいいかと自分を納得させ、ひとまず許してやることにする。俺は心が広いんだ。

 

「しかし、部屋割りか。薫の部屋に四人は流石にきついよな?」

「いけないこともないけど、寝る時ぎゅうぎゅうになっちゃうかも」

「さぁいきましょう」

「光莉には廊下で寝てもらおう」

「え、更にぎゅうぎゅうになっちゃうじゃない。うふふ」

「テメェだけ廊下で寝ろっつってんだよ」

「……一緒に寝てくれないの?」

「おい千里。今夜は一人で寝てくれ」

「じゃあ廊下に恭弥と朝日さん、薫ちゃんの部屋に僕と薫ちゃん、恭弥の部屋に夏野さんと岸さんでいい?」

「……はっ、だめ!!」

「一瞬恭弥くんの部屋で寝れるからって妥協しかけとったな?」

 

 千里の復活が最近早くなってる気がする……。

 

 俺の部屋のベッドなら人二人くらいは平気で寝られる。それは薫の部屋も同じで、お互い来客用に布団が一セットずつあるから、薫の部屋に俺の来客用の布団を持って行って、俺と千里が同じベッドで寝るっていうのが一番いいんだろうけど……。

 

「うーん。親の寝室使うか。薫は日葵と寝たいだろうし、光莉と春乃は一階の寝室で寝てくんね?」

「は? 私から日葵を奪う気? あんたがそのつもりなら窒息死させるわよ」

「せめて楽に殺してくれ」

「胸で」

「今日が俺の命日だ」

「浅ましい人間だね……」

「千里が言うなや」

 

 おっぱいで殺されるってさ、男の夢の一つだと思うんだよ。だから釣られても仕方ないというか、そんな目で見て欲しくないというか。おい日葵。「いけるかな……」って自分の胸触るな。いけるいけない以前に俺を殺すことを許容するな。あ、春乃は無理だから気にすらしなくていいぞ。どちらかというと脚で殺してくれ。

 

 俺は変態か???

 

「私はええで。日葵と光莉を離すのが最優先やし」

「えー。でもいいの? 普段恭弥の両親がセックスしてるベッドで寝るのよ?」

「おい。息子娘の前であんまりそういうこと言うんじゃねぇよ」

「ははは。まぁ流石に中三と高二の子どもがいるからもうしてないでしょ。ねぇ薫ちゃん」

「……」

「あれ、恭弥?」

「……」

「私、おじさんとおばさんと次会ったとき目合わせられないかも……」

 

 気にしないでくれ日葵。そう、あの、あの両親ならあり得るかなってだけで、実際に目撃したとかそんなんじゃないから。父さんがこの前「夫婦の仲良しの秘訣はセックスだ!!」って言ってたけどそんなことないはずだから。

 ……まぁそんなことないはずだけど、なんか両親の部屋で寝てもらうのは申し訳なくなってきたな。もしかしたら変な空気にあてられて光莉と春乃がいやらしくなって……元々いやらしいから問題なくね?

 

「もう私の部屋でいいんじゃない? 日葵ねーさんは私が守るから」

「恭弥ぁ。薫ちゃんが私を守るってー!」

「よしよし。嬉しいけど寂しいよな」

 

 一瞬で感激して喜んで俺に抱き着いてきた日葵をよしよし撫でる。あんなに可愛かった薫が立派になって……。俺がとんでもなく変人なせいで変人ばっかりと会わせて申し訳ない。しかもそのうちの一人を好きになるなんて。まともに育ったように見せかけて、俺は薫の一部分を歪めてしまったのかもしれない。

 

「……もしかして、私のせいで部屋割りもめてたりする?」

「今気づいたん? 光莉が性欲の化身やからもめてんやで」

「え? 春乃も揉めてるの? 揉む胸ないのに」

「おい。なんで今この流れで喧嘩売ってきとんねん」

「あーあ、女の争いは醜いね。薫ちゃん。僕たちはベッドの上でいやらしく争うことにしよう」

「おっぱいおっきくないけどいいの?」

「岸さんより全然あるよ」

「ええ度胸しとるやないかお前ら!! 全員まとめてかかってこいや!!」

「春乃はすらっとしてるし、脚長くて綺麗だから胸なんて気にしなくていいと思うけどな」

「うん。モデルさんみたいだもん」

「いやんもう恭弥くんと日葵大好き!」

 

 春乃が飛びついてきて三人そろって床に倒れ、春乃が三人密着するようにぎゅーっと抱きしめてくる。まってやめて! 俺が女の子だったらまだしも俺は男の子で、こんなことされたら俺の男の子の男の子が男の子になっちゃう!! 顔近いよ! 二人とも綺麗だし可愛いよ! キスしちゃおうかな?

 

「ごくり。僕も恭弥が大好きだからまざってこようかな」

「あんたいつか薫ちゃんに愛想つかされるわよ」

「千里ちゃんのこういうところはもう仕方ないので大丈夫です」

「薫ちゃん。こういうところを許しちゃうと調子乗っちゃうんだから、ちゃんと手綱握っとかないとだめよ? なんでも許すのがいい女ってわけじゃないの」

「……光莉の姐さん」

「あれ? 朝日さん背中に入れた墨、薫ちゃんに見せたことあるの?」

「はぁはぁ薫ちゃん。見せてあげるからお姉ちゃんと一緒にお風呂入りましょうね」

「待てや性犯罪者」

「薫ちゃんに何する気?」

「千里。今まで助けなくて悪かったわね。だから助けなさい」

「死になさい」

「おぼえてろ」

 

 俺たちがくんずほぐれつしてる間に薫と一緒にお風呂に入ろうとした不届きものを日葵と一緒に成敗し、「日葵からの攻め……あんっ」と悦んでしまった光莉に日葵から軽蔑の目を……あれ? 「悪くないな」て顔してるぞ???

 俺が知らない間に日葵が変態になってしまった……光莉のせいだ。いやでも変態の日葵も悪くないな。むしろいいな。光莉のおかげだ。花丸あげちゃう。

 

 それにしても困った。いつものことだけど話が進まない。もはや何の話してたっけってレベルで進まない。あとさっき女の子の柔らかさを教え込まれたから脳が働かない。いい匂いしたし。普段千里で慣れていなかったら俺は今頃脳がショートしていた。

 

「……なんか、光莉さんと一緒の部屋怖くなってきた」

「何も怖くないわよ薫ちゃん。流石に私も本気であんなことやそんなことするのも悪くないわね」

「だから怖い言うとんねん。少しは自制しろや」

「でも、ほんとにしないと思うよ? 今までされたことなかったし」

「夏野さん。多分それ夏野さんの純粋さにかこつけて色んなことしてると思うから、実はあてにならないんだ」

「は? 何余計なこと教えてんのよ」

「そして今あてにならないことが確定した」

 

 とんでもない危険人物だな光莉。女の子同士なら何してもいいって思ってんのか? 男の子にも同じことしてくれ。いや、させてくれ。初めてだけど優しくするし、ほら、下着姿見た仲じゃん? あの頃はなんとも思って……なかったことはなかったかもしれないけど、見たことは事実だし。

 ……思い出すのはやめよう。うん。何がどうってわけじゃないけど、ナニがそうなりそうだし。そういえばあの時千里もいたよな。そっちのことを思い出して萎えさせ……萎えないな。どうしようもねぇや。

 

「じゃあ俺と千里が親の寝室で寝るか。別に気にしねぇだろ?」

「うん。恭弥と一緒のベッドってところがちょっと怖いけど」

「おいおい。俺が千里を襲うとでも思ってんのか? おい薫、確か父さんと母さんの部屋に縄あっただろ。あれで俺を縛ってくれ」

「余計怖くなったしそもそもなんでご両親の部屋に縄があるの? しかもなんで縄があることを知ってるの?」

「普段縄使ってるんだ……」

「日葵ねーさん。非常時用に使えるかもしれないってお父さんがこの前買ってきただけだよ」

「薫ちゃん。事実でも時に言うてええ時とあかん時があるんやで」

 

 日葵が頭を抱えてうつぶせになってしまった。めちゃくちゃ恥ずかしかったんだろう。両親の部屋、縄って聞いただけでそういうプレイをしてると勘違いしちゃったんだから。でも俺たちくらいの年齢になると普通そういう発想になるし、そういう発想してしまうような話の流れだったから仕方ないと思うけどな。普通だよ普通。しかも日葵がそういう発想したっていうのが可愛すぎるからむしろいいことだ。恥ずかしいことじゃない。でも恥ずかしがってくれると可愛いから恥ずかしいことだと思っておいてほしい。

 

「でも私うまく縛れないよ?」

「仕方ないわね。私が縛ってあげる。結構得意なのよ」

「なんで得意なんだお前」

「シミュレーションしてたの」

「犯罪者がおるな」

「優しくしてね……?」

「まずい、恭弥が興味津々だ」

「よくも悪くも性に対してまっすぐすぎんねん全員」

 

 性とかそういうのじゃない。もし万が一を考えて縛ってもらうだけで、別に俺は縛られて興奮するタイプでもないし、あわよくば縛られている時に誘惑されてお預けされたいタイプの変態でもない。ちなみに今俺はほぼ自白している。

 冗談は置いといて、俺と千里が両親の部屋で寝るってことでいいだろう。男はそういうのあんまり気にしない、というか俺と千里がそういうのを気にしないタイプだし、両親がそういうことをしているっていう事実はそりゃちょっと変な感じはするけど、男と女だから仕方ないって思えるし。薫はめちゃくちゃ嫌だろうけどな。

 

「じゃあ薫の部屋に日葵と薫、俺の部屋に光莉と春乃でいいだろ。俺と千里は両親の寝室な」

「じゃあ次はお風呂入る順番を決めましょうでも今日人数多いから何人かは一緒に入った方がいいわねさぁ日葵行きましょう」

「え、あ、ちょっ、待って!」

「あまりにも早業……」

「なるほど、僕もあぁすればいいのか」

「薫はお兄ちゃんと一緒に入ろうな」

「やだ。春乃さんと入る」

「お、一緒に入ってくれるん? やった!」

 

 じゃあ俺と千里が一緒に入るか。と言ってからおかしいことに気づき、気が動転した俺たちはお互いを殴った。なんでだ。



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第85話 おふろふろ

「ごくり。今薫ちゃんがお風呂に入ってるのか……」

「やんのか?」

「あ、いや、何もいやらしいことは想像してないよ? ほんとに」

 

 お風呂の時間。じゃんけんの結果日葵と薫が一番最初に入ることになり、次に光莉と春乃、その次に千里、その次に俺だ。別に光莉と春乃も別々でいいと思ったんだが、光莉が「私が春乃と入ったら、日葵が嫉妬すると思わない?」という低脳を晒し、春乃がそれに付き合わされている。

 ちなみに今光莉と春乃は、光莉がお風呂に突撃しようとしているのを春乃が必死に止めようとしてくれているところで、リビングには俺と千里しかいない。

 

「それにしてもさ。三ヶ月で大分周りの環境変わったよね」

「あ、そういえば三ヶ月しか経ってねぇのか。色々ありすぎてもう五年くらい一緒にいる気持ちだったわ」

 

 そうか、そう言われればそうだな。春乃に至っては三ヶ月よりも短いし、そう考えるとめちゃくちゃな速度で仲良くなってるなぁ。光莉もそうだし、春乃もそうだし、つづちゃんとか井原とかゆりちゃんとか、一年の頃の俺じゃあ考えられないくらい交友関係が広がっている。ほら、俺って人を選ぶからさ。もちろん俺が選ぶ側。

 

「それで結局まだ本命は夏野さん?」

「あの、その話やめてくれませんか。するとしても二人きりのときに……」

「二人きりになったら君、僕を襲うでしょ」

「襲わねぇよ。なんか色々あって体重なったり抱きしめたりはするかもしんねぇけど」

「本当にやめてくれ。僕がうっかりメスになったらどうするつもりなんだ?」

「もうなってるものにはなれないだろ」

「言いやがったな」

 

 俺を殴ろうとしてきた千里の手を掴み、その勢いを利用してこちら側に引き寄せながらくるっと回転させ、俺の胸に背を預けるように座らせる。そのまま暴れられないように右手で千里の両手首を拘束し、両脚を上から千里の股の間に入れて、脚も動かせないようにしっかりロック。

 

「わかったか?」

「僕は僕が情けない……」

 

 手首を拘束され、股を開かされ、千里は自分が情けなくなって泣き出してしまった。制裁しようと思ったら一瞬で拘束されたんだもんな。可哀そうに。必死に力入れて抜け出そうとしても可愛いだけだしな。あれ、もしかしてこの場面の写真撮って売りだしたら億万長者になれるんじゃね? 女の子みたいな男の子って美形ってことだし、男にも女にも需要があるって最強だと思うんだよな。

 

「よし千里。俺のお小遣いになってくれ」

「何考えてんのよあんた」

「お前が何考えてんだよ」

 

 千里を拘束しながら頼み込んだちょうどそのタイミングで光莉がリビングにやってきた。なぜか後ろ手に縛られて、足首も縛られてなんかちょっとえっちな感じになっている。

 光莉は縛られた状態のままぴょんぴょん跳んでテーブルの方に来て、そっと座り込んだ。千里は揺れる胸に夢中だった。

 

「聞いてよ、ひどいと思わない? 私はちょっとお風呂に突撃して裸の日葵と薫ちゃんと絡み合いたかっただけなのに、春乃が私を床に張り倒した挙句縄を持ってきて縛り上げたのよ。ところで二人とも。私がこの状態のまま日葵の目の前に倒れて置いたら、日葵は触ってくれると思う?」

「お前が100%ひどい」

「ふむ、それは僕も触っていいってことかな?」

「今の録音したで」

「岸さん。ちょうど僕は君に人生を捧げたいと思っていたところなんだ」

「股開きながら言われても……」

 

 縄を担いだ春乃も戻ってきて、光莉の隣に座る。なんか女の子が縄持ってるとドキドキしますね……。

 

「ねぇ春乃。なんで美少女である私が縛られてるのに、千里の方がエロく見えるの?」

「メスとしてのポテンシャルで大負けしてるんやろ。私も勝たれへんし」

「恭弥。試しに今千里にやってることを私にしてみてくれない?」

「普通に俺が興奮してしまうからお断りします」

「光莉今何言うた?」

「あの、その、同じ体勢になれば勝ち負けわかりやすいかと思って……」

「僕が縛られればいいんじゃない?」

「なんで千里は協力的やねん」

「勝てる勝負だからじゃねぇの?」

「多分春乃に縛ってもらえるからだと思うわよ」

「正解!」

「踏むぞコラ」

「え? ぜひお願いします」

 

 千里は足を思い切り春乃に踏まれて絶叫した。多分踏んでもらいたかったのは顔だったんだろう。まさか純粋な暴力を振るわれるとは思いもしなかったに違いない。「足ある? まだ足ある?」と涙目になって俺を見てくるので、興奮しそうになったから千里を解放した。お前ほんとマズいって。

 

「てか女の子が男の子に軽々しくそういうことしてって言うたらあかんやろ?」

「でも男にメスとして負けてるって言われて納得できないでしょ!」

「千里は次元がちゃうから別に……」

「それもそうね」

「恭弥。今夜は君の腕の中で眠らせてくれ」

「泣くなよ……」

 

 いつもは千里をいじる側の俺が思わず慰めてしまうほど悲しそうな目をしていた。そうだよな。女の子に女の子として負けるって言われたらショックだよな。でも安心しろ。メスとして負けてるってだけで別に女の子として負けてるってわけじゃないぞ。まったく、千里は女の子じゃないんだから、そこら辺勘違いしてるよな千里は。

 

「あがったよー、って、今どういう状況……?」

「多分光莉さんがお風呂に突撃しようとして、それを春乃さんが止めるために光莉さんを縛ったんだと思うよ。千里ちゃんが泣いてる理由はまぁその、メスどうこうのあれじゃない?」

「名探偵かよ」

「薫ちゃんが同じ学年やったらなぁ……」

「春乃の負担が減るものね。薫ちゃん一番まともだから」

「負担積極的に増やしてる光莉が言うんかそれ」

「増やしてるからといって縄で縛る実力行使はやめなさい」

「そうやないと止まらんからやろ」

 

 春乃が縄を解き、「これが自由ね……」と光莉が呟いてから、日葵に対して「じゃあ春乃とお風呂行ってくるわね。春乃と! お風呂に!」と猛烈なアピールをかましたが、日葵は首を傾げて「? いってらっしゃい!」と爽やかに送り出した。リビングから出てすぐのところで嗚咽が聞こえたのは気のせいじゃないと思う。

 

 しかし、風呂上がりっていいな。なんかこう、色気が増すというかなんというか、思わず「綺麗だな」って口走ってしまいそうになるというか、破壊力が割り増しされるというか。

 

「恭弥、どうしたの? じーっとこっち見て。……ちょっと恥ずかしい」

「あぁ、俺の目は俺とは別の意志を持ってるんだ。だから気にしないでくれ」

「余計気になると思うよ」

「日葵ねーさんが綺麗だから見惚れてたんじゃない?」

「あはは。そんなわけないよ」

 

 といいつつ何かを期待するようにちらちら俺を見る日葵。可愛すぎて俺の細胞が大喜びしている。しかしここで認めてしまうと俺がものすごく恥ずかしいし、かといって否定すると日葵が悲しむ。つまり俺が恥ずかしくないように肯定するしかないってことだ。そんなことできるの? と思うことなかれ。俺は天才であり、未来の日本を背負って立とうとしたら全国民に批判される男である。つまりポテンシャルはあるけど認められない。悲しい。

 

「あぁ、正直ドキッてした。女の子の風呂上りって色っぽいよな」

「はぁ、ダメ男め」

「なんだと?」

 

 千里に引き寄せられて、日葵と薫に聞こえないよう耳打ちされる。ちょ、顔近い。

 

「女の子を平等に扱うことは、女の子を傷つけないこととイコールにならないんだよ?」

「……」

「ちゃんと目の前にいる女の子を褒めてあげないと。思ったこと言うのは得意でしょ?」

「いや、でも、うーん」

「えぇ!? 夏野さんが綺麗すぎて見惚れてドキドキして仕方なかっただって!!!!???」

「やりやがったな」

 

 日葵も「えぇ!?」ってびっくりしてるじゃねぇか。純粋なんだから騙すようなマネするんじゃねぇよ。何? じゃあ真実にすればいい? お前ほんといい性格してるよ。地獄に落ちろ。じゃあ君も地獄にきて? ふふ、仕方ないなぁ~。

 

「あー、その、なんだ。千里の言っていたことは事実であり事実じゃないというか……うん、綺麗で見惚れてた。ました。です」

「……ふ、ふーん」

「日葵ねーさんがのぼせました。顔がまっかです」

「そ、そー! のぼせちゃったの! 暑いね! 薫ちゃん」

「のぼせるほど入ってなかったよ」

「あの一瞬で敵に回る手法、見たことがあるな……」

「ちょくちょく俺たちがやってることだな」

 

 一瞬味方について墓穴を掘らせ、敵に回る。これが追い詰める時に有効な手段の一つだ。ただ相手を間違えるとボコボコにされるのでやめておいた方がいい。俺たちはやめられないからボコボコにされるけど。

 うーん、「日葵ねーさん可愛い」と言って日葵をよしよししている薫も可愛い。というかあの二人組み可愛すぎる。世界平和の象徴? この世の理の答え? この世のすべての概念を作りし者? 可愛いをぶち抜いてもはや神々しい。

 

「……恭弥。そういえば僕も夏野さんを姉さんって呼ぶべきかな」

「薫と結婚したとしても義理の姉ってことにはならないからやめとけ」

「でも夏野さんが期待した目でこっちを見てるよ」

「あいつ弟妹が欲しかったタイプだからな。でも同級生に姉さんって呼ばれるのはきついからやめとけ日葵」

「織部くん。恭弥のことお兄ちゃんって呼んでみて」

「なんで僕がそんなこと。何とか言ってやってよ、お兄ちゃん」

「お兄ちゃん大好きと言ってみてくれ」

「実の妹の前でよくやるね」

 

 しまった。違うんだよ薫。俺は浮気してたわけじゃなくて、ただ千里の『お兄ちゃん』があまりにも可愛かったからつい頼んでしまっただけで、何もやましいことはなくて、ただ千里の『お兄ちゃん』が死ぬほど可愛かっただけなんだ!

 

 言い逃れできねぇなこれ。

 

「ふん。そんなに千里ちゃんからのお兄ちゃん呼びが気に入ったなら、私は日葵ねーさんの妹になります」

「妹にします!」

「じゃあ僕も夏野さんのことをお姉ちゃんって呼べば全員家族になれるってことだね?」

「お前は時々ものすごく天才だよな。まかせた」

『私も家族になりたいわ!! 日葵お姉ちゃん!!』

「あいつなんで聞こえてんだ……?」

「夏野さんと薫ちゃんは寝る時武器を持っておいた方がいいかもしれない」

 

 のちに、光莉はこの時のことを「なんかビビッときたのよね」と供述していた。俺も時々そういうことがあるので納得し、なぜか全員に化け物を見るような目で見られてしまった。やれやれ。俺たちくらいのレベルになると、常人には理解できないんだろうな。



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第86話 すけべ

「ごくり。これがみんなが入ったお湯か」

「そうやってお前が変なことすると思って入りに来てやったぞ」

「わっ!」

 

 お風呂。千里の番になってさぁ俺は何をしようと思ったところ、「そういえば女の子四人が入ったお湯があるんだよな……」と気づき、万が一千里が変なことをしないように見張りに来た。ら、俺が入った瞬間に胸と股間を隠した。あ。やばい。

 

「恭弥、もしかして僕に変なことしにきたんじゃないんだろうな!」

「待て! 確かに俺は今お前に性的興奮を覚えたが、決してそういうつもりできたんじゃない!」

「だったら前隠してくれ! 男同士でもそれ見せるのは嫌、って、うわ、でか……」

「おっきぃ……って言ってくれ」

「くたばってくれ」

 

 シャンプーのボトルをフルスイング。そのまま俺を風呂から押し出して、完全に締め切られてしまった。全裸のまま脱衣所に転がって、どうしようかと顎に手を添える。

 一度脱いだ服をまた着るのはなんかばっちくて嫌だし、どうせ脱いじゃったならこのまま待とう。千里の入浴をすりガラス越しに見てたら時間なんてすぐに過ぎるだろ。

 なんて、今までの俺ならそうやってバカみたいにまたトラブルを起こしていたが、今の俺は違う。ふふふ、一度着た服をもう一度着るのが嫌なら持ってきた着替えに着替えればいいんだ。それで万事解決。

 

「着替え忘れた……」

 

 つまり俺は全裸のまま二階に上がり、着替えを持ってこなければならないということ。クソ、なんていうことだ。千里が残り湯をすすり散らかさないようにと慌てて風呂に突入したのがマズかった。

 全員の位置を把握しよう。千里は風呂、他四人はリビング、のはず。そして二階に上がるにはリビングの前を通らないといけない。でも全力で走ったら全裸ってことはバレなくね? 俺足速いし。なんだ。簡単じゃん。

 

 思ったよりも簡単にいきそうだと安心した俺は脱衣所の扉を開けた。春乃がいた。扉を閉めた。

 

 なんてこった……! よりによって動体視力、反射神経、周辺視野、その他運動能力において最高値をたたき出す春乃に出くわすなんて! 絶対見られた! 俺は見られて喜ぶタイプの変態じゃないのに! 多分。悪くないとは思ってる。

 

『恭弥くん、何してるん?』

「いや、気にしないでくれ」

『や、千里が今お風呂入ってるのに全裸で脱衣所におったら気にするやろ』

「ちなみに俺は脱いでいない」

『私の目から逃れられると思ってん?』

「バトル漫画かよ」

 

 しかし、そうか。見られたか。いや、でも下は見られていない可能性がある。俺の肌色率の高さをぱっと見で判断して全裸って決めつけたのかもしれない。だって俺開いて春乃を見てすぐに閉めたし。

 

『ん-、まぁ恭弥くんのことやからやましいことはないんやろ? 何しに行こうとしとったん?』

「あぁ。着替えを忘れてな。取りに行こうと思ってたんだ」

『脱衣所から薫ちゃん呼んだらよかったんちゃう?』

「今千里が入ってるのになんで俺が脱衣所にいるんだってなるだろ?」

『それもそか。じゃあ私が取りに行こか?』

「お、サンキュー。じゃあ適当に俺の部屋あさって持ってきてくれ」

『おっけー』

 

 ふぅ。これで一安心だぜ。

 

 ……いやまて。春乃が俺の部屋をあさって着替えを持ってきてくれるってことは、俺のパンツも春乃が持ってくるってことで、つまり俺がどんなパンツを持ってるか知られるってこと。やばい。それは恥ずかしい。でも今俺がここにいることがバレるわけにはいかない。もしかしたら『千里と一緒にお風呂に入ろうとしたド変態』と勘違いされるかもしれない。

 

 けど、ここは走って二階に上がって、春乃を止めるしかない。そして俺の裸を見ないようにしてもらいながらリビングに戻ってもらうしかない。

 

 そうと決まればいざ出陣! 脱衣所のドアを開けた。光莉がいた。脱衣所のドアを閉めた。

 

『あんた意外とおっきいのね』

「ちょっと小さく『きゃっ』って言ったの聞こえたぞ」

『忘れさせてあげましょうか?』

「楽しい思い出だけはどうか壊さないでくれ」

 

 なんでいるの? 今千里が入ってるから? 千里が風呂に入ってるからそれによってあふれ出る特殊なフェロモンに引き寄せられてきてるの? じゃあ薫がこないとおかしいだろ。薫がいてくれたら一番だったのに。別に俺の全裸見ても何も思わないだろうし、いろいろ察して「着替え持ってきたらいいんだね」って言ってくれるはずだ。じゃあそもそも春乃に「薫呼んできて」って言えばよかったじゃん。アホ。

 

『千里を襲おうとしてたの? ほどほどにしなさいよ』

「正直アリだけどやらねぇよ」

『……私も混ぜてもらってもいい?』

「お前は本気でやめてくれ。冗談じゃすまなくなるだろ」

『千里相手でも冗談じゃすまないっていうか千里相手の方が冗談じゃすまないでしょ』

「確かに」

 

 いや、そうなったらどっちも冗談で済ませるつもりはないけど。あ、変なこと考えないようにしよう。今自分が全裸だってことを忘れるな。もし万が一みんなの前に出ることがあって、その時にそびえ立ってたら最悪だ。みんな一生目を合わせてくれなくなるに違いない。

 

『あ、春乃。どこ行ってた、の、よ……』

「? おいどうした光莉。ちょっと様子が」

『う、ウワー!! 春乃が恭弥の着替え持ってにやにやしてるー!!』

『ちゃ、ちゃうんや! ちゃうねんてこれは! ほら、私いつもにこにこしてるやん!』

『いーや私にはわかるわ! あんた今いやらしいこと考えてたでしょ! 恭弥の着替え持っていやらしいこと考えてたでしょ! ふん、変態の目を甘く見ないことね!』

『くっ、ところで光莉。その扉の向こうに全裸の恭弥くんがおるで』

『さっき見たわよ。想像通りだったから別に思うことはないわ』

『普段想像してるんや』

『ウワー!!!!!!』

 

 光莉が倒れた音のしばらく後に脱衣所のドアが少し開き、綺麗な手の上に乗った俺の着替えが差し出された。さっきの会話を聞いてちょっと変な気持ちになりながらそれを受け取ると、手をひらひら振って引っ込んだ。

 

「……大丈夫かなぁ」

 

 めちゃくちゃ大声で騒いでたけど。日葵と薫にも聞こえてたよなぁ、あれ。

 

 

 

 

 

「何があったのか、説明してくれる?」

 

 日葵ねーさんがブチギレた。原因はわかり切っていて、さっき聞こえてきた兄貴の着替えがどうこうの話だろう。それでなんでブチギレるか。兄貴の着替えを勝手にとったから、光莉さんが兄貴の裸を想像したことがあるとか、別にそういうのじゃなくて、ただ単純に兄貴の裸を見たであろう光莉さんと春乃さんが羨ましいからだと思う。日葵ねーさんって聖人のフリしてるただのいい人で、普通にえっちなこと考える女の子だし。

 

「はい! 春乃が恭弥の着替えに顔擦りつけて『えへへ。ここに恭弥くんの細胞が』ってにやついてました!」

「せめて『これが恭弥くんのにおい』みたいな可愛らしい感じにせえや。細胞フェチって聞いたことあんのか?」

「は? 人の服のにおいかぐのが可愛らしいわけないでしょ。犯罪者よ犯罪者。男でも女でも関係ないわ」

「光莉。これ私の髪留め」

「スゥゥゥゥゥゥゥゥーーーー」

「ここに犯罪者がおるな」

 

 反射的ににおいを嗅いでしまった光莉さんが正気に戻り、数回こっそり嗅いでから日葵ねーさんに髪留めを返す。髪留めを渡されただけで脳が壊れて嗅ぐだけの変態マシーンになるんだから、光莉さんは本当に日葵ねーさんが好きなんだろう。好きの形はちょっと歪んでるけど、日葵ねーさんが相手なら無理もない。

 

「春乃はなんで恭弥の着替え持ってたの?」

「恭弥くんから着替え持ってきてって頼まれてん」

「なんで恭弥は脱いでたの?」

「知らん。多分千里と一緒に入ろうとしたんちゃう?」

「なるほどね……じゃあ春乃、もう一つ聞くね? 春乃はなんで脱衣所に行ったの?」

 

 ぴりっと張り詰める空気。お互いの目を見る日葵ねーさんと春乃さん。暇になったのか私を軽々しく持ち上げて膝の上に乗せて撫でまわしてくる光莉さん。ちょ、やめて、空気読ん、は? 胸でか。

 

「あの時点で春乃が脱衣所に行く理由はないはずでしょ? 恭弥からスマホで連絡きたならわかるけど、それなら薫ちゃんに連絡するはず。しかも、そもそも恭弥はスマホを置いて行ってる。なんで脱衣所に行ったの?」

「……恭弥くんが脱衣所に向かうのを見て、頃合いを見て脱衣所に行きました」

「それは、恭弥の裸を見れるかもしれないから? 頃合いを見て?」

「いやぁ? そんなんちゃうよ? ただ出てくるの遅いなーって思っただけで、ほんまに、そんなやましい気持ちは一切」

「ないって言いきれる?」

「正直ありました……」

「そもそも恭弥が脱衣所に行ったことに気づいたなら、その時に声かけるもんね。その時は織部くんが入ってたんだから」

「もうやめて……私が浅ましかったんや……」

「……私も見たかったのに!!」

 

 ほら。日葵ねーさんはそういう人なの。むっつりすけべというやつだ。ブチギレ、というよりはただ羨ましかった、という方が正しいかもしれない。兄貴って妹の私から見てもいい体してるなーって思うし、兄貴のことが好きならその裸を見てドキドキしたいっていうのもわからなくはない。私も、千里ちゃんのは見たいし。

 

「春乃と光莉ばっかりずるい! 私とそういうハプニングほとんどないのにー!」

「私のは狙いに行ったとこあるしなぁ。光莉は別やけど」

「わ、わた、わたわたしも狙いに行ったわよ」

「光莉さん『きゃっ』って言ってた」

「ありゃりゃー薫ちゃん聞こえてたのー? 可愛いわねぇうふふふふふふふふ」

 

 後ろから抱きしめられて、私の頬に頬ずりしながら横腹を揉んでくる。普通にセクハラ。くすぐったいし! ……ここに千里ちゃんがいなくてよかった。女の子しかいないならいいけど、千里ちゃんに見られたら流石に恥ずかしいい。

 

「あー! 薫ちゃんに頬ずりしていいのは私だけなのに!」

「薫ちゃんは誰のものでもないわ。おかしなこと言うわね」

「恭弥の裸見たし普段想像して興奮してるくせに!」

「はぁ!!!?? 私がいつ恭弥の裸想像して興奮してるって!? そんなことするくらいなら日葵の裸想像して大興奮するわよ!!」

「私が守ったるからな」

 

 春乃さんが騎士のように日葵ねーさんを背に庇い、光莉さんと対峙した。光莉さんは「薫ちゃん、何かおかしなこと言ったの?」と聞いてきた。いや、あなたあなた。



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第87話 女子会

「みなさんってうちの兄貴のことが好きなんですよね?」

「うぇっ」

「好きやで」

「みぃっ!?」

 

 私の部屋、私を含めて女の子四人。「どうせなら女の子だけで集まりたいなー」ということで、男を追い出して今。千里ちゃんがどさくさに紛れて入ってこようとしていたのをあえて受け入れると、「もういいもん!」と言って逃げて行ってしまった。多分受け入れられたのが自分が女の子だって言われたみたいで耐えられなかったんだろう。ならやらなきゃいいのに。

 

 そんなこんなで、どうせならと兄貴のことをどう想ってるのか聞いてみようと思ったら、春乃さん以外ひどい反応。純情って感じ。春乃さんも純情なんだろうけど、根がイケメンすぎるから「好き」って認めることができるんだと思う。ほんとに気持ちのいい人だなぁ。

 

「な、なんでいきなりそんなことを? きょ、恭弥のことはす、すすすす好きだけど」

「日葵ねーさん落ち着いて。ちょっと気になったの。妹として、なんであんな兄貴を好きになってくれたのかなって」

「こっちが聞きたいわよ。なんであんなやつのこと好きになっちゃったのかって」

「私は疑問もなく好きやけどなぁ」

「は? 何? 私も疑問もなく好きだけど? 喧嘩売ってるの?」

「にひひ。光莉かわええなぁ。別に、好きなもんは好きなんやから、そんなん気にする必要ないで?」

「はぁ? なにも気にしてないけど? 春乃の方がまっすぐな好意だから私のこれってどうなのかなとか思ってないけど? 勝手な想像やめてくれる?」

「光莉さんかわいい」

「うるさーい!!!!!!!」

「いっちゃんうるさいで」

 

 下の階から「近所迷惑考えろよぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!!」と光莉さんに対抗する兄貴の大声が聞こえてきた。しばらくして光莉さんのスマホに『近所迷惑考えた?』というメッセージが届く。すかさず光莉さんは私の写真を撮って兄貴に送信すると、『世界一可愛い。すべてがどうでもよくなった』と返ってきて、光莉さんは勝ち誇ったような笑顔。どういうこと?

 

「でも、そういえば二人はいつから恭弥のこと好きになったの? 私は」

「昔からでしょ、知ってるわよ」

「恭弥くんって昔どんな人やったん?」

「先にいつから好きになったか教えて!」

「ちっ、逃げられへんか……」

「日葵ねーさんこうなったらしつこいですよ」

「日葵に一生しつこくしてほしい……」

 

 変態がいる。

 

 光莉さんは見れば見るほど、聞けば聞くほど兄貴と似ている。行動も言動も。今のだって光莉さんは女の子だから声に出して言えるけど、兄貴は声に出せないから心の中で思っただろうし、思考回路がほとんど一緒で、動きもすごく似ている。誕生日も一緒だし、もしかしたら双子なのかもしれない。

 ……お姉ちゃんって呼んでみようかな?

 

「ん-、そやなぁ。私は一年の文化祭の時かな?」

「文化祭? 何かあったっけ」

「あのとき恭弥くんのクラス喫茶店やってたやろ? 希望者だけ執事服とメイド服着るやつ。あれで恭弥くんが千里にメイド服着せて大騒ぎしてるの見て、おもろそうな人やなーって」

「あんた趣味悪いわよ。その場面見て好きになる人そうそういないと思うけど」

「もちろん、きっかけがそれやっただけで他にも色々あるで?」

 

 千里ちゃんのメイド姿可愛かったなぁ。あれは周りの女の子の自信という自信をへし折るくらいすごく可愛かった。兄貴も執事服着て接客するときはほんとの執事みたいに丁寧だったから、その一瞬だけ人気が出てたし。千里ちゃんと一緒にいるといつも通りになるから、「あぁ、あの二人は付き合ってるんだ」って勘違いされて恋愛的な意味で人気になることはなかったけど。千里ちゃんほんとじゃまだな。

 

「その色々はまぁ、色々なんやけど。光莉はいつから好きになったん?」

「さぁ。気づいたら、って感じね」

「どうせ私に遠慮して恭弥が好きっていう気持ちに蓋してただけだから、結構早い段階で好きになってたと思うよ」

「そ、そんなわけないじゃない。想像力豊かねほんと」

「恭弥くんの見た目は?」

「超好み」

「恭弥の性格は?」

「一緒にいて飽きない」

「ほら」

「ハメやがったな」

 

 うん、まぁ仕方ない。兄貴はカッコいいしスタイルいいし、性格に難はあるけどつまらない男ではない。好きになる要素はいくらでも詰まってるけど、見る目がないというかそもそも見る段階までいかないっていうのが兄貴。仲良くなる前に離れていくから、好きになる要素を見るまで行かないんだ。

 兄貴の性格はクズ。仲いい人が困っていてもその人が自分の力で切り抜けられそうならまず助けない。「俺は人の成長を妨げたくないんだよ」って言い訳するけどあれは完全にめんどくさいだけだ。無条件で助けるのは私と日葵ねーさん、春乃さんくらいだろう。つまり、クズ以外は助ける。

 

 でも友達想いで人たらし。一度仲良くなればずぶずぶ魅力にハマっていく沼のような人。沼に入りたい人なんていないから近寄ってこない。けど、安心した。高校生になって、やっと沼に入ってくれる人たちが現れたから。

 

「あのね、ずるいと思わない? 普段は雑に扱うくせに、女の子扱いだけはちゃんとするのよ? 私、根が乙女なのよ? きゅんってするに決まってるじゃない」

「兄貴、両親から『女の子には優しくしろ』って教えられてるので」

「ほえー。ええご両親やなぁ」

 

 正しくは『女の子に優しくしたらヤらせてくれる可能性が高まるから優しくしておいた方が性生活が充実する』だけど。いい両親だとは思うけどまともな両親ではない。

 ちなみに私は『恭弥が認めた男とだけ仲良くしろ。あいつはまともじゃないけど見る目はめちゃくちゃある』と言われた。それは本当にそう思う。兄貴の友だちに悪い人なんて一人もいないし。性格に難がある人はいっぱいいるけど、性格が悪い人は絶対いない。

 

「でも牛とか乳だけ女とか乳にしか栄養いってないからそんな変なことしか考えられへんやろ乳ボール女とか言われてんのにそれはええの?」

「最後のは何か個人的な恨みを感じたけど、別にそんなことで嫌いになったりしないし、おふざけの範囲だしね。私がそういうの嫌がる人だったらそんなことしてこなかったでしょうし。何より私をそういう目で見てくれてるっていうことだから、その、う、うれ、嬉しいと、言いますか……」

「自爆しとるやん」

「日葵ねーさん。いい親友見つけたね」

「ふふ。かわいーでしょ?」

 

 日葵ねーさんも可愛いよ。

 

 うーん、それにしても兄貴のことを好きになってくれた人たちがなんでこんなにいい人たちで、しかも可愛くて美人なんだろう。性格がよくて優しくて可愛い幼馴染に、おっぱいが大きくて気が合いすぎる可愛い女の子に、カッコよくて美人で優しくて、気持ちのいい性格の女の子。兄貴にはもったいなさすぎる。こんな素敵な女の子のうち二人をフるんだから、兄貴はとんでもない大罪人だ。

 

「千里ちゃんに見られるのはどうなんですか?」

「あんなの同性に見られてるのと一緒でしょ。ノーカンノーカン。見られて減るもんじゃないしね」

「一理ある」

「お、織部くんもちゃんと男の子だから、ね? 警戒してあげないと」

「千里は絶対変なことしてこないからいいのよ。変な発言はしても、薫ちゃんを裏切るようなことは絶対しないわ。だってそれ、恭弥を裏切るってことだもの」

 

 兄貴と千里ちゃん二人へのハマり具合で言えば、光莉さんが一番かもしれない。あの二人のことを一番理解しているのは光莉さんだと思う。兄貴単体ならわかんないけど、二人のことなら間違いない。この先どう転んだとしても、三人が一緒にいる未来が簡単に想像できてしまう。

 千里ちゃんはいやらしい、振りをしている。性欲に忠実になることで男としての自分を保ってるだけで、ほんとは誠実な人だ。だから絶対に人を裏切らない。もし万が一人を裏切るとしても、兄貴だけは絶対に裏切らない。千里ちゃん、まだ兄貴との交際を疑ってしまうほど兄貴のこと好きだし。つまり、兄貴の妹である私を裏切ることも絶対ない。

 

「でも言うても男の子なんやから油断したらあかんで。いけると思ったらいくのが男の子なんやから」

「恭弥と千里に関しては心配してないわ。信頼してるし」

「むしろ恭弥なら油断しておいた方がいいと言いますか……」

「へー。日葵ねーさん襲ってほしいんだ」

「そんなこと一言もいってないけど!!!??」

「私は日葵を襲いたいわ。失礼します」

「確保」

「違うんです! あの子が誘惑してきたんです!」

「光莉もおっぱい揉んでいいよって言うてほんまに揉んできたら叫ぶやろ?」

「殺すわ」

「強き者……」

 

 あと日葵ねーさんは別に誘惑してないよ。ただちょっと脳内がピンクなだけで、襲ってほしいとも言ってないし。好きな人には触ってほしいって思ってるのはほんとだと思うけど、実際そうなったらお互いに初心すぎて無理だと思うし。兄貴はほんとヘタレだから、妹として情けない。千里ちゃんで結構慣れてるはずなのに、変な慣れ方しちゃったんだろうか。なんだかんだまがい物だし……。

 

 でも、光莉さんとは距離すごく近いんだよね。今日も肩抱き寄せたりしてたし。あれって、今までがそうだったからこれからもそうしておかないと意識しちゃう、みたいなことなんだと思うけど、光莉さんはボディタッチ多い方が嬉しいから兄貴が緊張しないようにじゃなくて自分のためにそうしてるんだと思う。策士め。日葵ねーさんは奥手がすぎるからあんまりそういうところで差をつけようとするのはフェアじゃないからやめてほしい。

 春乃さんもすっごく考えて動くタイプだろうし、恥ずかしがって縮こまるタイプでもなさそうだ。元々性格的に兄貴の好みだから、かなり押していけば押し切られそう。なんだかんだ兄貴の隣に立って一番画になるの春乃さんだし。カッコよすぎる。

 

「……日葵ねーさん、お祭りのとき頑張ってね」

「な、なにを?」

 

 そんなんだから遅れをとるんだよ、まったく。



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第88話 姉妹、ベッドの中

「日葵ねーさんは奥手すぎ」

「そ、そんなことないもん」

 

 日葵ねーさんにしがみついて離れようとしなかった光莉さんを春乃さんが気絶させ、引きずって部屋から出て行って。私と日葵ねーさんは同じベッドに入って、向かい合って寝ていた。同じベッドで寝てたら女の私でもドキッてしちゃうくらい可愛くて素敵な女の子である日葵ねーさんは、押せば絶対に振り向くどころか応えてくれるのに、恥ずかしがり屋すぎて奥手すぎて恋愛下手。

 うちのヘタレの兄貴にも言えることだけど、お互いを触れちゃいけない何かだと思ってる節もある。昔はあんなに仲良かったのに……。

 

「昔の方が積極的だったよ。さりげなく兄貴の手握ったり」

「あ、あの頃は恭弥すごくふらふらしてたから、仕方なくで……」

「昼寝してる時こっそりキスしようとして、気配を察知して兄貴が起きたり」

「ほ、ほら。そういうのに興味が出るお年頃ってあるでしょ?」

「兄貴に抱き着こうとして、カバディだと勘違いした兄貴に避けられ……あれ、もしかして兄貴が悪い?」

「私もそんな気がしてきた……」

 

 乙女の純情を弄んだ上、日葵ねーさんに女性を意識するようになったから距離をとる。なんて自分勝手なんだ。こんな可愛い日葵ねーさんを放置するなんて……おかげで兄貴に変な気を遣った私も日葵ねーさんに会えなかったし。

 寂しかったんだぞとアピールするためにベッドの中で手を握って胸に頭でぐりぐりする。こうすると日葵ねーさんはとろけた表情になって可愛がってくれる。大体の年上はこれでいちころだと兄貴が言っていた。多分あれは自分に実践してほしいからだと思う。

 

「私は日葵ねーさんを応援してるから。夏祭り頑張ってね」

「……うん、ありがとね。薫ちゃんも頑張って!」

「私は千里ちゃんが役目終わるまで頑張らなくていいの」

「役目?」

「兄貴の親友をまっとうするらしいよ」

 

 ほんとばか。私が相手じゃなかったら愛想つかしてたよ。女の子よりも親友を優先するなんて……なんで許してるんだろう。兄貴を認めてくれる人、仲良くしてくれる人っていう好みのタイプが悪いんだ。でも仕方ないと思う。あの兄貴は絶対干渉してくるし、そうなると兄貴とうまくやれる人じゃないと私の彼氏にはなれない。ほんと厄介だなあの兄貴。

 

「ふーん。薫ちゃんより恭弥を優先するんだ」

「ほら。今ちょっと兄貴の周りややこしいことになってるでしょ」

「ややこしいこと?」

「ちなみに日葵ねーさんは当事者だよ」

「……ごめんなさい」

 

 小さく頭を下げた日葵ねーさんの頭を撫でて、「よかろう」と許してあげる。これは兄貴が悪いんだし、日葵ねーさんは何も……まぁ早めにアプローチしてればこんなことにはならなかったけど、悪くない。むしろ光莉さんと春乃さんがおかしいんだ。あんな兄貴のことを好きになってくれるなんてありえない。人生に一度のモテ期が今きてるんだろう。

 

「ねぇ薫ちゃん。薫ちゃんはお兄ちゃんの彼女さんには誰がなってほしい?」

「お兄ちゃんっていうのやめて」

「可愛いのに……」

「もう中学生だし」

 

 まったく失礼である。大体、いくら可愛く見えたって中学生が『お兄ちゃん』なんて恥ずかしいことこの上ない。私は人並みに羞恥心があるんだ。兄貴とは違う。そもそも私が『お兄ちゃん』って言うのは似合わないし……兄貴は喜ぶだろうけど。

 

「一番は日葵ねーさんだよ。一番好きだもん」

「自分の感情を抜きにすると?」

「一番合うのは光莉さんで、性格的に何の問題も起こらなさそうなのが春乃さん。日葵ねーさんはふつう」

「うっ」

 

 涙目になった日葵ねーさんを抱き寄せて、背中をぽんぽん叩いてあげる。

 日葵ねーさんも自分でわかってたと思う。光莉さんが一番兄貴と合っていて、春乃さんはカッコいいし頭がいいからずっと円満でいれそうだけど、自分は何もない。ただ幼馴染ってだけで、ずっと好きだっただけ。でもそれが大きいと私は思う。どんなに波長が合う人でも、どんなにいい未来を築ける人でも、想い続けてきた時間と熱には勝て……ないかもしれない、から。

 

「日葵ねーさんは極端に自己評価低いし、すぐ自己嫌悪に陥るし、兄貴にいっぱい迷惑をかけると思う。光莉さんは基本的に自己評価高いし、春乃さんは賢いからそういうところ絶対に見せないし、何か不満があったらすぐに言えちゃうし、この中で一番めんどくさいって思われるのは日葵ねーさんだね」

「うええぇぇぇ……」

「何回か千里ちゃんに助けられたことあるでしょ。千里ちゃんそういうとこ絶対気づくから」

「貶された上に惚気られたぁ……」

「でも一番応援してるの」

 

 私が心配なのは、光莉さんは兄貴と思考回路がほぼ同じだから落ちるときは二人でどこまでも落ちる。春乃さんはすぐに軌道修正できる人だから、落ちるとしても面白ければいいと思って一緒に落ちる。

 でも、日葵ねーさんは普通だから。兄貴の家族としては、日葵ねーさんが一番安心できる。合う合わないも考えていない。だって、昔からお互いがお互いのこと好きなんだからそんなこと考える必要まったくない。

 

 それが『相手のことを好きじゃなきゃいけない』っていう変な感情だったなら別だけど。

 

「自分のないものに惹かれるって言うしね」

「私が持ってるものなんて、恭弥なら絶対持ってるよ……」

「そんなことない」

 

 普通さ、謙虚さ、可愛さ、御淑やかさ、社交性、優しさ、その他諸々。兄貴が持っていないものを一番持っているのは日葵ねーさんだ。

 ……こう考えてみると、日葵ねーさんって中身は普通、いや普通というには優しすぎるけど、いつものメンバーの中ではかなり普通なのに、なんでこんなに可愛く見えるんだろう。普通だからだろうか。光莉さんがクズ:可愛さ=7:3で、春乃さんがイケメン:可愛さ=7:3でやっているのに対し、日葵ねーさんは可愛さ:10だからだろうか。なるほど。そりゃ可愛いわけだ。

 

 私も日葵ねーさんのこと好きすぎない?

 

「うー、ねぇねぇ薫ちゃん。夏祭りどうしたらいいと思う? どうやったら恭弥、私のこと好きになってくれるかなぁ」

「も」

「も?」

 

 もう好きだよと言おうとした口を急いで閉じて、気にしないでと首を横に振る。兄貴とか千里ちゃんとか光莉さんとかならめちゃくちゃ追及してくるところを、日葵ねーさんはいい人だから「そう?」と引き下がってくれる。まったく、あの三人も日葵ねーさんを見習え。

 

「普通に楽しめばいいと思うよ。肩肘張っちゃうとろくなことにならないから。兄貴も日葵ねーさんも。日葵ねーさんはただでさえ普段からポンコツなのに」

「ぽ、ポンコツじゃないもん!」

「ちょっとマシな気が動転してるときの兄貴と同じくらいだよ」

「相当だ……」

「相当だよ」

 

 二人とも緊張してたらとんでもないことになると思う。一切喋れなくなって、少しでも肩が触れ合おうものなら二人してびっくりして、屋台を一つ潰すくらいの大暴れは確実にする。兄貴なんか邪念を鎮めるために射的で全景品倒すか、金魚すくいで金魚という金魚をすくいまくるか、どちらにせよ商売を潰すことは間違いない。私も射的と金魚すくいやりたいからそれは阻止しなければ。

 

「たのしもーってくらいの気持ちで十分だと思うよ。好きになってほしいとか、緊張するようなこと考えなくていいの」

「でも好きになってもらいたいし……」

「日葵ねーさんはいつも通りが一番可愛いの! 変なことして空回りして台無しにしたくないでしょ?」

「したくないです……」

「じゃあ普通に楽しも。兄貴って初心だから、女の子と出かけるってなったら絶対緊張してるだろうし」

「私がしっかりしてないといけないってことだね」

「そーそー」

 

 兄貴なんてヘタレで男らしくないどうしようもない人なんだから、余裕を持ってリードしてあげないと緊張してとんでもないことになる。それに、お互いそれぞれの自然なところを見て好きになったはずだから、今更着飾ったって……それはそれで二人ともお互いを褒め合うだろうけど。お互いがお互いを無条件で好きだし。なんで付き合ってないんだろほんと。お互い奥手すぎる。明治時代の恋愛でももっと進んでるよ。

 

「私も、なんとか日葵ねーさんと兄貴が二人きりでいられるようにするから。光莉さんが乱入しないように」

「わ、私はみんなでお祭り回るのもいいと思うけど……」

「逃げようとしてる」

「うっ、ごめんなさい……」

「どうせ光莉さんと春乃さんに『負けないよ』とか宣言しちゃったりしたんでしょ? それならチャンスはモノにしないと」

「聞いてたの!?」

「大体想像つくの。兄貴と一緒でわかりやすいから」

「恭弥と一緒……えへへ」

 

 おいおい。可愛いじゃん。これを常に兄貴の前で出せるようになれば、いくらヘタレの兄貴と言えど距離は縮まるのになぁ。

 

 なんにせよ、勝負は夏祭り。ここで何か仕掛けなきゃ、光莉さんと春乃さんに置いて行かれてしまう。誰と一緒になっても幸せになれるだろうけど、私はやっぱり日葵ねーさんに頑張ってほしい。

 

「……ゆ、浴衣とか着ていったら気合い入りすぎって思われて引かれないかな。ねぇ、どう思う? 着ていっていいと思う?」

「大丈夫かなぁ……」

 

 これ以上言ってもわからなさそうなので、日葵ねーさんに背を向けて寝てやった。ふん。少しは自分で考えなさい。



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第89話 両腕両脚

 緊張する。

 

 夏祭り当日。緊張して歩く時同じ側の腕と脚が出るならともかく、両腕両脚を一緒に出して歩くというよりジャンプし始めた俺を見て、薫は頭を抱えていた。

 

「緊張するのもわかるけどさ」

「どうしよう薫。俺このままじゃ愉快なおもちゃと勘違いされちまうよ」

「似たようなものだから勘違いされても別にいいとは思うけど」

 

 そうなの?

 

「このままじゃ隣を歩く日葵ねーさんが可愛そうだし……」

「早くどうにかしてくれ」

「自分でどうにかしようとは思わないの?」

「日葵に対しての緊張をどうにかできてたら、今頃俺と日葵はカップルになってるだろ」

「たしかに」

 

 クソ、緊張の表れ方が特殊すぎる。せめてうまく喋れないとかならいいのに、口は面白いくらいに回って、体が思ったように動かない。いや、むしろいいのかもしれない。日葵と二人きりで夏祭りを満喫ってなったら、勢い余って抱きしめてしまうかもしれないし、犯罪者になるくらいなら歩くとき両腕と両足が一緒に出る方が断然いい。

 問題は、不審者として通報されるかもしれないからどのみち犯罪者になるかもしれないってことだ。

 

「……仕方ない。ほら、いこ」

「お?」

 

 薫が俺の腕とって、玄関に向かう。両腕両脚が同時に動きそうになるが、薫が腕を組んできているからそれをやってしまうと薫を吹き飛ばしてしまう。なんとか俺の体に言うことを聞かせて、ガチガチになりながらもなんとか普通の人間らしい歩行に成功した。

 

「お祭りの会場までこうしてあげるから、それまでになんとかしてよ」

「……成長したな」

「せくはら」

「そういうことじゃないんです!」

 

 思い切り足を踏まれた。違うって。あの、なんかこう、こうして側にいるとやっぱり大きくなったんだなぁって思っただけで!

 でもセクハラだって思われるってことは、俺の普段の言動がとんでもないってことだろう。薫の前では気を付けることにするか。無理だな。

 

「でもいいのか? 同級生に見られたりするんじゃねぇの?」

「別に。兄貴をあんな状態で日葵ねーさんの隣に送るよりマシだよ」

「あんなのが兄貴って思われるよりマシか」

「それに、嫌じゃないし。兄貴見た目いいから男除けになるもん」

「俺から離れるって言ってなかったっけ?」

「時と場合によります」

「ずっとくっついててほしいよぉ……」

「きも」

「シンプルに傷つくからやめろ」

「シンプルにきもいからやめて」

「ごめん」

「よし」

 

 まったく、いい妹を持ったぜ。どうせ男除けになるとか言いつつ俺とくっつきたかったんだろ? ふふ。俺はきもいな。ぜひ死んだ方がいい。

 男除けっつったら、ちょっと心配なことがある。もし薫が千里と付き合うようになってデートに出かけたとして、めちゃくちゃナンパされそうなんだよな。千里は普段俺と一緒にいるからされなかっただけで元々ナンパされやすいし、薫は可愛いし、二人一緒にいたら女の子二人にしか見えないし。俺、毎回デートについていこうかな?

 

「もうすぐ駅だから流石に恥ずかしいだろうし、一旦離していいぞ」

「はい。だめそうだね」

 

 薫が離した瞬間両腕両脚を同時に動かしてジャンプし始めた俺を見て、薫はすぐに腕を組んでくれた。いつもすまないね……。

 

「ちなみに腕を組んでほしいからってわざとやってるわけじゃない」

「もしそうだったらぶっ飛ばすから」

「悪くないね」

「日葵ねーさんに、兄貴に襲われたって言うよ」

「死刑判決しかしない裁判長より残酷なことすんじゃねぇよ。ごめんね?」

「いいよ」

 

 日葵は信じないだろうけど、薫にそんなことを言わせてしまった俺を日葵は軽蔑するに違いない。もしかしたら信じるかもしれないし、そうなったら終わりだ。俺は色々終わる。多分最初の方はみんな俺の味方になってくれるけど、勘違いに勘違いが重なって結果俺一人になる。なんか俺はそういう星の下に生まれてる気がする。そして明日には何事もなかったかのように元通りになってると思う。

 

「……! 兄貴、隠れて」

「ん?」

 

 腕を強く引っ張られ、ビクともしなかった俺は悔しそうにしている薫の頭を撫でながら物陰に移動する。ごめんなお兄ちゃん化け物みたいな身体能力で。基礎能力値が違うんだよ。

 

「友だちか?」

「うん。ゆりもいたから、見つかるとちょっと……」

「あれ? 薫ちゃんのかほり……」

「おい。ゆりちゃんは大丈夫な子なのか?」

「ゆりはいつも大丈夫じゃないよ」

 

 ゆりちゃんは冗談で言っているわけではないようで、友だちを数人引き連れて俺たちのところへ歩いてくる。なんだあの子恐ろしすぎねぇか? 俺と千里がお互いの居場所をなんとなくわかるくらいとんでもないぞ。

 

「……仕方ない。ここは私だけ出て行くから、ちょっと待ってて」

「お兄様のかほりもする……」

「恐怖っていう感情の意味を理解した」

「なんなのあの子……」

 

 香りじゃなくてかほりって言うから余計怖いんだよ。変態感増してんだよ。普段めちゃくちゃ可愛らしい子なのに、追われる立場になるとこうも恐ろしいのか。

 

「……まぁいっか」

「いいのか?」

「どうせブラコンだって思われてるし、関係ない」

「でも思われるのと確定するのじゃ違うだろ」

「もう。私がいいって言ってるんだから」

「あ! き、きききききききき気のせいだったかも!!!!????」

 

 むすっとしながら薫が出て行こうとしたその時、様子がかなりおかしくなったゆりちゃんが爆走して俺たちから離れていった。どうしたんだろう……。

 

「……多分、私たちがいることに気づいて、私が兄貴と一緒にいることをみんなに知られたくないってことにも気づいて、離れて行ってくれたんだと思う」

「俺たちの周りに集まる変態はいいやつらばっかだな」

「ほんとにね」

 

 俺たちに気づいたからあんなことになってたのか……。ゆりちゃん祭りにきて大丈夫なのか? うっかり春乃たちに会ったら死ぬんじゃねぇの? いつも会ってる薫にですらあぁなるのに。

 

 せっかくのゆりちゃんのサポートを無駄にはできないので、少し時間を離して電車に乗り込む。周りからは人前でも腕を組む恥ずかしいカップルだと思われているようで、微笑ましく見られたり妬みの目で見られたり、とにかく視線が集まって気持ちがよかった。まぁ美男美女だからな。でも男に薫が見られるのは気に入らないので、俺の背中で視線から薫を守る。

 

「壁ドン?」

「あ、ほんとじゃん。初?」

「初。家族からってきもいね」

「なぁ。きもいって言うのどうかやめてくださいませんか?」

「傷ついてる」

「いくら家族からでも、女の子からのきもいは傷つくんだよ」

「そう。ごめんね?」

「すぐ謝ってくれる薫すき」

「きも」

「え?」

 

 今もしかしてきもって言われたかな? まさかな。と思いながら電車を降りる。駅前で待ち合わせだったから、もしかしたらもう日葵はいるかもしれない。

 

「兄貴、緊張してる。落ち着いて」

「お、おう」

 

 意識しだした途端、腕を組んでくれているのにも関わらず両腕と両脚が同時に出そうになり、慌てて修正。うわ、ぎゅって腕組んで俺を見上げる薫が可愛い。ほんとに俺の妹か? 俺の妹だな。俺の妹じゃないならこんなに可愛いわけがない。

 

 駅を出て、日葵の姿を探す。流石に集合時間の40分前ともなるといるはずもなく、普通にいた。いるじゃねぇか。

 

「なぁ、なんであんなに早いの?」

「さぁ、楽しみだったんじゃない?」

「マジか、可愛すぎかよ。第一声どうしたらいいと思う?」

「浴衣似合ってるな、とか」

「浴衣を褒めた途端日葵が恥ずかしくなって、俺も恥ずかしくなって、沈黙が訪れる未来が見える」

「ダメ男女め……」

 

 仕方ないじゃん。深い青がベースの生地に、白い花柄の浴衣。まさに日葵って感じの、清楚で落ち着いた可愛い浴衣。というか日葵が可愛いから何を着ても可愛いに決まってるんだけど。薫もそう思わない? そう思う? だよな。遠くの方で「ひっ、ま!!!!!????」って死にかけてるゆりちゃんもそう思うよな。多分駅を出た瞬間に日葵を見てしまったんだろう。ゆりちゃんは祭りに参加する前にリタイアだ。

 

「それより兄貴、また緊張してるから。このままだと私も一緒に行かなきゃだめになるよ?」

「もうそれでもいい気がしてきたんですが、いかがでしょうか?」

「私も兄貴と日葵ねーさんと一緒に回りたいけど、それはだめ」

「だよなぁ」

 

 三人で回るのも昔みたいな感じで楽しいと思うけど、それはだめだよなぁ。今回は日葵が俺の誕生日プレゼントとして用意してくれたやつだし、二人きりじゃないとおかしい。乱入してくる気満々の人たちがいるけど、それはそれとして。

 

「とにかく、なんとか両腕と両脚を一緒に出さないようにしないと。日葵ねーさんに引かれても知らないよ?」

「俺はすでに惹かれてるさ。ふっ」

「あぁ、そう」

「おい。本当に興味がなさそうな反応はやめろ」

「だって面白くなかったし……」

「正直は時に刃となるんだぞ。しかと胸に刻め」

「あれ、恭弥? 薫ちゃん?」

「「あ」」

 

 腕を組みながら顔を寄せ合って会話していると、すぐ側まで日葵が来ていた。あ、やばい。近くにいるとほんとすごい。可愛いとか美しいとか通り越して神々しい。天界から降臨なされた方ですか?

 

「ひ、日葵ねーさん。これは違うの。別に私も一緒に回るってわけじゃなくて」

「別に三人でもいいよ?」

「そうやって緊張しなくなることに安心するからだめだって言ってるんだよ?」

「うっ」

「薫?」

 

 薫は俺の腕を引っ張って、空いた手で日葵の腕をとって、有無を言わさず俺の腕に日葵の腕を絡ませる。

 

「色々説明省くけど、こうしておかないと兄貴は両腕と両脚を一緒にだしてジャンプしちゃうから、今日一日はこの状態で!」

「え」

「それじゃあ二人とも、楽しんでねー」

「え」

 

 去っていく薫。腕を組んでいる俺と日葵。柔らかい感触。ふわりと撫でるような甘い香り。気温とは違う暑さ。

 

「……似合ってるな、浴衣。可愛い」

「え、あ、う……」

 

 そして俺は気まずさをぶち壊すためにとりあえず喋ろうと思って、更に気まずい雰囲気にしてしまった。でも恥ずかしがる日葵がとてつもなく可愛くて俺の命のストックが一つ減るくらいだったので、よしとしよう。



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第90話 初めの屋台

「……ね、ねぇ。ほんとにこうしてなきゃだめなの?」

「……だめなんだ。ほんとに。なぜか知らないけど歩こうと思ったら両腕両脚が一緒に出ちゃうんだ」

「そうなんだ……」

 

 腕を組んで、祭りの会場に向かう。俺たちと同じく祭りに行くであろう人たちが大勢おり、満員電車ほどとは行かないが、人混みが苦手な人はたまらないだろうという程度の人で道が埋め尽くされている。この中に薫がいるのかと思うと心配になるが、千里たちと合流していれば朝日か春乃が守ってくれるだろうから心配いらないだろう。千里? 無理無理。

 

「薫ちゃん大丈夫かな……光莉もちっちゃいし、人混みに流されてないといいけど」

「光莉はパワフルだし、薫も守ってくれるだろ。大丈夫だ」

「ん、春乃もいるしね」

 

 日葵も千里の名前を出さない辺りちゃんとわかってるんだな。千里が役に立ちそうにないってことを。

 多分、千里は薫が人混み流されそうになったら慌てて手を掴むけど、力が足りなくて一緒に人混みに流されるタイプだ。それはそれで離れ離れにならないから心配いらないんだけど、そうなると次はナンパされるんじゃないかって心配が出てくる。祭りなんかそれ目的のやつらがちょこちょこいるだろうしな。光莉と春乃は、まぁ、光莉はともかく春乃は心配いらないだろう。ナンパされても切り抜けられるイケメンさだから。

 

「……で、できれば、今日はずっと二人きりがいいね」

「……えっと、どういう意味で」

「た、誕生日プレゼントだから! 私と一緒にお祭りに行けるっていうプレゼントだから、私一人で恭弥を楽しませたいなって思ったり、思わなかったり」

 

 ちらちら。時折俺を見ながら、恥ずかしそうに俯いてぽそぽそ話す日葵。可愛いオブ可愛い。俺を悶え殺す気だろうか。ただでさえ今腕組んでるから色々限界だっていうのに。ほら、俺って健全な男子高校生だし? 女の子にずっと密着されて思うところがないほど枯れてないし? 俺の俺が俺になっても仕方ないだろう。日葵めちゃくちゃ可愛いし。

 

「恭弥、織部くんとか光莉とか春乃とかと一緒にいる方が楽しいだろうけど……」

「え、なんで?」

「だって、私って面白いこと言えないし、性格だってその、飛んでないし」

「性格に対して『飛ぶ』って言葉使う時点でしっかり影響受けてるから大丈夫だろ」

「うそ」

 

 なぜか日葵はちょっとショックを受けていた。自分が一番まともだと思ってたから、染められつつあることが信じられなかったんだろう。でも一番まともって言ったらなんとなく春乃な気がするんだよな。イケメンだし運動能力高いし、個性は強いけどそんなにおかしなことをするわけでもない。少なくとも日葵と春乃を比べてどっちがまともかった聞かれたら悩むくらいにはまともだ。

 千里と光莉? 今クズの話はしてねぇんだよ。

 

 祭りは街の一区画を会場にした大規模なもの。結構有名で、学生が夏休みどこに行く? って話をしたら真っ先に話題に上がるほど定番でもある。俺も何回かきたことあるし、去年は確か千里ときたはずだ。行く屋台行く屋台でカップルと勘違いされたことを覚えている。あの時の千里は人混みの熱気と気温で汗かいて死ぬほど色っぽくなってたから仕方ない。

 

「やっぱりすごい人だね」

「あぁ。離れないようにしないとな」

「……離れる心配はない、けど」

「あぁぁああぁ。そうだな」

 

 慌てすぎて『あぁ』に少しビブラートがかかってしまったが、気にしていないはずだ。俺いつもこんな感じだし。

 腕組んでるのが当たり前みたいな感じになっててちょっと忘れてた。そうだよ、離れる心配ないじゃん。さっきの俺の発言、腕組んでること意識させる変態みたいじゃなかった? 最悪だ。きもすぎる俺。こんな男絶対に死んだ方がいい。

 

「やっぱり、恭弥の体ってしっかりしてるんだね。ぎゅってしてると安心感あってふわふわしちゃう」

「特に鍛えてるわけでもないんだけどな。天性ってやつ?」

 

 あぁぁぁあぁあああぁあぁぁあ。もっとぎゅってしてください。俺の腕を日葵の一部にしてください。照れ笑い可愛すぎるのでやめてください。なんだ、今日が命日か? ここが俺の死に場所か? ならば悔いはない。いさぎよく散るだけだ。南無。

 俺は何も感じていませんよ? っていう風にカッコつけるのがきつい。ほんとだったらさっき声に出して「抱きしめていいか?」って言いたかったのに。言いかけたのに。相手が光莉ならもう何も聞かずに抱きしめてぶち殺されてたのに。世の中難しいぜ、まったく。

 

「い、一応聞くけど変なとこあたってないよね?」

「あたたたたたたたたたぞ?」

「恭弥?」

「あ、聞こえづらかったか。当たってないぞ」

「そっか、よかった」

 

 いきなり変なことを言うから動揺してしまった。咄嗟に『俺はちゃんと言ってたけど聞こえづらかったからもう一回言うぞ』ムーブできたから切り抜けられたものの、このままじゃいずれボロが出てカッコ悪い俺が晒されてしまい、結果俺の価値は日葵にとってゴミにまで成り下がる。ぐすん。そうなったらゴミを見るような目で俺を見てくるんだ。え? 興奮してきたな。

 

「ん、ついた! 何から見に行く?」

「日葵は?」

「任せるよ。恭弥が行きたいところが一番楽しくなるだろうし」

「は? 可愛い」

「???」

「??????」

 

 思わず口走ってしまった言葉に、日葵が首を傾げて固まった。あの、傾げるなら俺がいる方とは逆の方に傾けてくれませんか? 俺の肩に頭を預ける感じになっちゃってますよ。だから俺も困惑してるんですよ。

 

 いや、しまった。あまりにも可愛いから可愛いって言ってしまった。恋人同士でもないのに。日葵は恥ずかしがり屋だからこれから先ずっと沈黙してしまう可能性すらある。今も顔を真っ赤にして俺の肩に頭を預けてぷるぷる震えてるし。クソ、可愛いの一言だけでこれって更に可愛いじゃねぇかその自覚はあるの? 可愛いんだぞお前は、コラ!

 

「まずは腹ごしらえするか!!!!!」

「えっ、あっ、うん!!!!!」

 

 俺に合わせなくてもいいのに、混乱しているからか大声で返事する日葵。周りから注目が集まるが、『俺は何も言っていませんよ?』みたいな顔して不思議そうに周りを見てやったら全員怖がって俺から目を逸らす。勝ったぜ。

 

 どこかぎこちない日葵を連れて、俺もぎこちなくなりながら何か食べるものがないかと探す。祭りと言えばたこ焼きとか焼きそばとか、頭の悪い人間の食べ物とは思えないこれでもかと濃い味を追求し、味覚を冒涜する食べ物が真っ先に思い浮かぶ。もう固形のソース食ってるのと同じで繊細さもへったくれもないものでも、祭りの時に食べるとなぜかおいしく感じるんだよな。俺は元々味覚しっかりしてないからなんでもうまいんだけど。

 

「日葵って苦手な食べ物ないよな?」

「うん。げてもの? じゃなきゃなんでも食べれるよ」

「祭りにゲテモノはないだろうからなんでもよさそうだな」

 

 明らかに街を歩いていたら職質されそうな人が店番をしている『蜂の巣の東区』という屋台を無視して、定番の屋台を探す。ちくしょう気になるじゃねぇか。蜂の巣の東区ってどのあたりだ? 区によって味が違ったりするの? というかよく考えたら蜂の巣ってゲテモノでもないよな。高級なはちみつは巣ごと食べるって言うし。でも祭りだぞ? 祭り一発目で『蜂の巣の東区』を食べることってあんのか? いや、ないだろ。気をしっかりもて俺。

 

「東区と西区って味が違うんですか?」

「明日は昨日の一昨日で今日だよぉ」

 

 ダメだ。ちょっと気になって店番してる人に話しかけてみたけど話がまったく通じない。俺の軽率な行動のせいで日葵が「あの人、ここにいていい人なのかな……」といらない心配と恐怖を覚えてしまった。なんだよさっきのセリフ。哲学か? 俺に意味深な問いをしてたのか?

 

 しばらく歩いているとたこ焼きの屋台を見つけた。ただ不思議なのは、たこ焼きの屋台が二つ隣同士並んでいる。大きな祭りだから離れたところに同じ屋台があるのはわかるが、なんで並んでいるんだろうかと思ってよく見ると、片方のたこ焼きの屋台には、『たこ焼き かもしれない』と小さく『かもしれない』と書かれていた。

 

 はぁ、俺がそんなもの食べるわけないだろ? ちょっとかもしれないって部分が気になるけど、そんなギャンブル性祭りにはいらないし、ふざけすぎだ。俺以外の人に買ってもらってくれ。

 

「かもしれないってどういうことなんですか?」

「お、いらっしゃい! そんなに不思議なことはしねぇよ。ただたこじゃない何かが入ってるかもしれねぇってだけだ!」

「たこ焼きかもしれないやつを一つ!」

「あいよ! たこ焼きかもしれないやつを一つね!」

 

 気づけば俺はたこ焼きかもしれないやつを一つ買っていて、しかも8個入りだった。これにゲテモノ入ってたら最悪だぞマジで。イカとか普通に食べれるやつにしてくれよ?

 

「よかったの? 千円したけど」

「え、そんなにしたの?」

「え、うん。気前よく払ってたからいいんだろうなとは思ったけど、ちょっと気になって。半分払うね?」

「いや、いいって千円くらい。んなことより食べようぜ。たこ焼きかもしれないやつ」

「ん、ありがと」

 

 たこ焼きかもしれないやつを二人で覗き込む。見た目は普通のたこ焼きで、パブロフの犬が如く見るだけで唾液が出てしまいそうになるくらいおいしそうな見た目をしていた。だしとソース、鰹節と青さの香り。食欲をこれでもかと刺激してくる、兵器と言っていい食べ物。しかしその中にはたこ以外のものが入っているかもしれない。

 

「……まぁ、変なものは入れないよな」

「い、一緒に食べてみよ。死なばもろとも!」

「応!」

 

 お互いつまようじを持ち、たこ焼きを一つずつ刺して同時に口へ運ぶ。変なものは入っていないだろうと思いつつも、少し警戒してしまうのは仕方ないと思う。

 口に運んでまず感じたのは、甘さだった。たこ焼きの生地にしてはふわふわしていて、噛めば溶けていくチョコの味。少ししてから、ホットケーキの生地と味が似ていることに気づく。当たりな方かと思ったが、甘いやつにたこ焼きと同じトッピングがされている時点で外れだ。口の中がぐちゃぐちゃになっている。

 

 日葵は何が入っていたんだろうと見てみると、日葵は微妙そうな表情で首を傾げていた。

 

「……? どうしたんだ日葵」

「うなぎ……」

「うなぎ……」

 

 喜んでいいのか悪いのか、多分おいしいはおいしいんだろうけど微妙なんだろうな、と想像して、俺も微妙な顔をしてしまった。



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第91話 いけ! 花火大会!

「乱入はやめておきましょう」

「お」

「せやなぁ」

「あら」

 

 駅に集合した僕たちは、隠れて恭弥たちについて行っていた。途中で薫ちゃんと合流して、恭弥と夏野さんがたこ焼きかもしれないものを食べ、くじ引きでポケットティッシュとつまようじを当てて、腹いせに射的で景品を荒らしつくした頃。

 朝日さんと岸さんは恭弥と夏野さんに背を向けた。

 

「いいの?」

「あんなにくっついてたら、乱入するのもね。今までが今までだったし、今日ぐらいはいいわよ」

「みんなで楽しみたい気もするけど、また今度海行くしな。なー? 薫ちゃん!」

「わぷ」

「は? 薫ちゃんを独り占めする気?」

 

 朝日さんと岸さんは薫ちゃんに抱き着いて、くしゃくしゃに撫でまわし、薫ちゃんが目を回している。

 うん、そうか。確かに今乱入したところで、恭弥からも夏野さんからもあんまりいい風には見られない。元々乱入するとは言ってたし、あの二人も許してくれるとは思うけど本音では二人きりでいたいはずだ。

 

 けど、そんなこと気にせず自分に正直に生きればいいのに。朝日さんも岸さんも、恭弥と夏野さんを二人きりにするのは嫌なはずだ。あの二人に限って急激に進展することはないとは言っても、お互いがお互いのことを好きなんだから万が一がないとは言い切れない。

 それに、花火のチケットもあるし。二人にとってのチャンスはいくらでもある。

 

「あーあ。これで恭弥と夏野さんが林の中でえっちしても知らないよ?」

「ここら辺に林がないから大丈夫よ」

「林あってもせんやろ。あの二人考えてることがピンクなだけで、小学生くらい初心なんやで?」

「わからないよ。お祭りとかそういうイベンドってタガが外れてもおかしくないからね。ところで薫ちゃん。人気のないところって興味ない?」

「ある」

「ちょっとゴムハメしてくるから二人とも待っててね」

「行かせへんし、仮に行かせてヤってきたとしても合流するわけないやろ」

 

 こんなところで『ゴムハメ』って言うな、と岸さんにビンタされ、岸さんが『ゴムハメ』と言った事実に少し興奮しつつ、「薫ちゃんが悪いんだよ」と責任転嫁すると、「恋人になってからね」とウィンクしてくれた。は? 骨抜きにする気か?

 

「千里、どうしたの? メスみたいな顔して」

「いつも通りやん」

「いや、違うのよ。いつもメスだけど、いつもより性的というか……発情してる?」

「僕を性欲の化身みたいに言うのはやめてもらおうか」

「周り見て見なさい」

 

 なんでだろう、と思いながら周りを見てみると、僕から目を逸らす大量の男の人。何人かは彼女に怒られていて、僕と目があったのにも関わらず逸らさない人もいる。欲望濡れの目だ。

 

「あんたが発情すると危険なのよ。淫気まき散らすから」

「女の人が一人も見てない気がするんだけど」

「そらメスやからやろ」

「僕ってそんなに性的かなぁ……」

 

 薫ちゃん含めて三人全員頷いた。嘘だろ。

 

 確かに去年の夏祭りでもすごい視線感じるなーって思ってたけど、これだったのか。恭弥がしきりに汗拭いてくれるからありがたいなーって思ってたけど、あれは汗をかいてる僕が性的だったからか。あの時も全屋台でカップルと勘違いされたし、なんで僕は男に生まれてきたんだろう……。

 いや、でも男でよかった。女の子だったら間違いなく恭弥に惚れてたし、そうなると勝ち目のない戦いに身を投じることになってた。ちゃんと女の子である僕なんて魅力半減だから、絶対に勝てないだろうし。

 

「というか、私たちが乱入したら恭弥が困るだろうし。ほら、聖さんから花火大会のチケット貰ったでしょ? 今のままなら日葵一択だけど、選択肢増やすとあのヘタレのことだから花火大会終わるまで悩むわよ」

「朝日さんなら、乱入して花火大会のことになったら恭弥は僕を誘うってこともわかってると思ってたんだけど。そうしたら朝日さんも同じチケット持ってるから、薫ちゃんと一緒に行って恭弥を独り占めにできたのに」

「き、気づいてたわよォ? さぁ、乱入しに行きましょうか」

「行かせるわけないやろ」

 

 多分気づいてなかったんだろう。その手があったか! と目を見開いた朝日さんはすぐに乱入しようとして、岸さんに羽交い絞めにされた。羽交い絞めにされるとおっぱいが強調されるから大変よろしい。あ、薫ちゃん。どうも、へへへ。なんでもないんですよほんとに。見てないしね。見てないよ?

 

「そういえば光莉さんは誰と一緒に行くつもりだったんですか?」

「ん? 千里と薫ちゃんにあげるつもりだったわ」

「それはだめですよ」

「だめだめだね朝日さんは。ねー薫ちゃん」

「は?」

「ちょ、キレないで」

 

 まだ羽交い絞めにされてるから僕は無事だけど、羽交い絞めにされてなかったら殺されるところだった。そんなにすぐブチギレなくてもいいじゃん。そりゃあいきなりだめとか言われたらムカつくだろうけどさ。

 別に、僕もふざけてだめだって言ってるわけじゃない。これは単純に、朝日さんと岸さんのためを思って言うことだ。

 

「ほら、恭弥と夏野さんが朝日さんと岸さんの知らないところで付き合うことになっちゃったらどうするの。いつの間にか負けてたって、それで納得できるの?」

「みなさんいい人ですから、我慢はしてほしくないんです。ステージにあがる権利を自分から手放すなんて、だめです。だめ!」

「え、可愛い……私と一緒に行かない? 薫ちゃん」

「おい待て今の流れでなんで私誘わんねん」

「目の前にあんな可愛い薫ちゃんがいて誘わないなんて、ありえる?」

「ありえへんな。行ってこい!」

「おい岸さん。ノリで負けても後悔するんじゃないぞ」

「春乃さん。絶対行ってください」

「あ、はい。すんません」

 

 行ったところで、恭弥と夏野さんの邪魔はしないと思うけど。もし万が一あの二人が展望台でいい雰囲気になって、帰ってきたら付き合ってましたなんてことになったら、この二人は納得できない。ちゃんとぶつかってちゃんとフラれたならまだしもね。

 でも、恭弥もそれをちゃんと理解してるから、きっとそういう雰囲気になっても告白はしないと思う。夏野さんから告白されても、一旦保留にすると思う。向き合わなきゃいけない子がいるからって。ほんと難儀な性格してるよね。昔から好きならすぐに付き合えばいいのに。

 

 普段クズで、変なとこ真っすぐだからみんな好きになったんだろうけど。

 

「さ、もうすぐ花火の時間だから行ってきたら?」

「ん。ありがとね、千里」

「二人もハメ外さんようにな!」

「ハメる場合って外さないことになるの?」

「だまれ」

 

 薫ちゃんにだまれと言われてしまったので黙って、離れていく二人に手を振る。そんなにひどい下ネタだったかなぁ。ひどい下ネタだったなぁ。

 

 二人と別れ、薫ちゃんと二人きりになる。さぁここからが僕の時間だ。好きな女の子と二人きり。恭弥もその状況だけど、ややこしさが段違いだ。これが勝利を約束された男の余裕。僕のことを好きな女の子が少なくて助かったぜ。

 

 ……いや、羨ましくないけど? ほら、僕はメスらしいし。男として恭弥に負けてても何の不思議もないし。

 ただ、いつもの五人から僕だけがはみ出したようで、やっぱりちょっと寂しい気もする。

 

「そんな顔するなら、行かないでーって言ったらよかったのに」

「そういうわけにもいかないんだ。僕が自分勝手好き勝手できないほど、僕はみんなのことを好きになりすぎた」

 

 自分の面白さ優先なら、どうにかみんなには我慢してもらって、恭弥の幸せだけを優先して好き勝手やってたのに、今はどうにかしてみんな幸せに、みんな納得してみんな笑顔で終われないか、そればっかり考えている。もちろん自分は抜きで、できればそこに自分もいればいいなと思いながらも、やっぱり少し遠慮がある。

 

「……むぅ」

「あれ、どうしたの?」

「仕方ないけどさ。私より他の人を優先してるとちょっとむってしちゃう」

「はは、ごめんね。でも、僕は恭弥の親友だからさ。恭弥と、恭弥の周りにいる人の笑顔を優先しないとなーって」

「兄貴は介護されすぎ」

「そうしたくなるくらい魅力的な人なんだから、仕方ない」

「……千里ねーさん?」

「絶対にやめてくれ」

 

 なんか僕も言いながら「あれ? なんか僕めちゃくちゃ正妻っぽくないか?」って思ってたけど。最後は「お前はいつも俺を見てくれてたよな」って恭弥から告白される未来まで見えたけど。恐ろしい。そんなことされたら僕も頷かない自信がない。いや頷かないけどね? 僕男だしね?

 

「ね、これからどうするの?」

「もしものすごい修羅場になった時のためにこの近くにいるのは確定として、ん-、何か気になる屋台とかあった?」

「くじ引き。なんかね、お揃いのアクセサリーみたいなのがあったの」

「おいおい。薫ちゃんはフルスロットルで可愛いな。僕を殺す気か? 初めて見た時から天使のような可愛さだと思ってたけど、まさか本当の天使だとはね。僕を天国に連れて行こうとしてるんだろう。ただどうかな。このまま地上で『愛』という名の天国を僕とともに築くって言うのは……まぁもういないよね。まってよ薫ちゃん」

 

 そういえば僕と腕は組んでくれないの? と聞くと、顔を真っ赤にした薫ちゃんがきゅっと手を握ってくれた。さいかわ。



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第92話 花火

「わ。結構広いんだね」

「人も結構いるんだな」

 

 花火の時間が迫ってきて、展望台に移動。展望台はとあるタワーにあり、360度外を見渡せるようになっていて、少し下を見れば祭りの様子が見える。あの中に千里たちがいるんだろうなと思ったが、そういえば光莉もチケット持ってたなぁということを思い出し、ふと周りを警戒し始めた。

 

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 

 光莉のことだから、「私の日葵と今日一日一緒にいられて幸せだった? じゃあ地獄に行きなさい」と言って窓をぶち破って俺をここから突き落としても不思議じゃない。常に背後は警戒しておかないと俺の命が危ない。

 まぁ、光莉なら千里と薫にチケットを渡すこともありえるけどな。あいつ、根っこがめちゃくちゃいいやつだし、自分を優先するように見えて基本的に他人優先だし。

 

「……カップル多いね」

「ペアチケットっつーくらいだからな。狙ってる客層がそこなんだろ」

 

 周りを見れば人目を気にせずいちゃいちゃするカップルだらけ。「やっと二人きりになれたね」と二人きりじゃないのに二人きりのつもりになっている異常者もいる。彼女も彼女で「え? 二人きりじゃないけど……」みたいな顔してるし。そこは乗ってあげようよ。ほら、気分とか雰囲気とかあるじゃん。

 でも、あれは男が悪い。例えば春乃が「やっと二人きりになれたな」って言ったらほんとに二人きりになった感じがするだろうし、事実二人きりなんだろう。二人だけの世界を作ってしまえばいいんだ。その世界を作れなかった男が悪い。いい男なら女の子を夢中にさせないとな。あれ? 春乃は女の子だぞ???

 

「わ、私たちも、カップルに見えてるのかなー、なんて」

「見えてるだろ。腕組んでるし、美男美女だし」

「……じゃあ、さ」

 

 日葵が「こっち見て」と言わんばかりに俺の腕をそっと引いた。視線を下げると、不安げに俺を見る日葵と目が合って、その可愛さに精神をぐちゃぐちゃに犯される。

 じゃあ、なんだ? ほんとのカップルになってみない、とか? 俺の勘違いじゃなきゃ日葵は俺のことを好きでいてくれている。だったらそう言われてもおかしくない。

 

 おかしくない、けど。なんとなくここでそれを言われたくないと思った。いや、なんとなくなんて逃げた言い方をしていても、なぜかなんてはっきりわかってる。

 

 日葵が、ゆっくり口を開いた。やめてくれ、と言いそうになるが、ここで日葵を止めたら日葵の気持ちはどうなるんだ、そもそも日葵は俺が思ってることを言おうとしてくれてるのか? そうじゃなかったら俺めちゃくちゃ恥ずかしいやつじゃね? でもこの表情って確実にそうだよななんてぐるぐるぐるぐる考えていると。

 

「日葵と一緒に生活とかけまして、数分先の恭弥と説きます」

「その心は?」

「どちらもしたい(死体)でしょう」

 

 俺が、()()を言われたくない理由が乱入してきた。

 

「光莉、春乃」

「やっほー日葵。花火楽しみね。空に咲く綺麗な花火と、地上に咲く真っ赤な汚い花火」

「命が燃える瞬間なんやから多分綺麗やろ」

「待て! せめて春乃は止める側に回ってくれ! おかしいじゃん。俺日葵と一緒にいただけじゃん!」

「一緒にいただけ? 私を差し置いて腕組んでるのに?」

「ち、違うんです。こうしてもらわないと俺両腕と両脚を一緒に出して、歩く度変なジャンプしちゃうんです」

「ほんまに? 日葵、ちょっと離れてみて」

「え……」

「あかんて光莉こらあかんわ。何あの残念そうな顔。可愛すぎてキスしたくなってもうた」

「するわね」

「待てや」

 

 目の前で暴れる二人を見て、自分がどこかで安心してるのを感じた。日葵もどこか残念そうにしながらも、やはり安心している気がする。なんで安心しているかまではわからないが、多分、俺と似たような理由だと思う。

 

「日葵、もしかして恭弥から離れたくないの?」

「そ、そういうわけじゃないけど、ほら、ね? 両腕両脚同時ジャンプって恥ずかしいから、恭弥が可愛そうだし」

「ほな離れて恭弥くんがそれをせんかったら問題ないわけやな?」

「え、あ」

「はい、離れましょうねー」

「あぁー!」

 

 光莉の怪力により俺から日葵が引きはがされる。俺に手を伸ばしてぱたぱたしている日葵の可愛さに悶絶している俺は、両腕両脚同時ジャンプをすることなく、ただその場に平然と突っ立っていた。

 

「嘘をつきましたね?」

「違うんです」

「日葵とくっつきたいからって嘘をつきましたね?」

「いや、薫に聞いてみてくれ。これは本当なんだ。なんなら駅までは薫に腕を組んでもらってた」

「薫ちゃんとくっつきたいから嘘ついたんか」

「聞いてみてくれ! ほんとに! 俺は嘘なんかついてないんだ!」

「そうなの? 恭弥」

「クソ、今から電話するから待ってやが」

 

 れ、と言ってスマホを取り出し、そっとポケットにしまう。そうだよな。今光莉と春乃がここにいるってことは、薫は千里と二人きり。邪魔しちゃ悪いか。薫も多分平気そうな顔してても緊張してるだろうし、今は二人だけの世界を守ってやることにしよう。忌々しい。

 

「あんた、そういうとこずるいわよね。あんたみたいなクズは家族想いじゃない上に友だち想いでもないのが普通なのに」

「千里と二人きりやから気ぃ遣ったんやろ? ええお兄ちゃんやなぁ」

「……」

「日葵、邪魔しに行こうとするなよ」

「だ、だってぇ」

 

 そっとスマホを取り出そうとした日葵の手を掴んで、めっ! と注意する。まったく、薫がやっと俺のお守りをやめて好きな人を見つけたのに。邪魔したくなる気持ちはわかるが、千里なら心配いらないだろう。人間出来ていないところはあっても、あいつはいいやつなんだからってことがわかってても薫が可愛すぎて邪魔したくなるんだよな。わかる。やっぱ邪魔しようかな?

 

「そういえば千里が寂しそうにしてたわよ。自分だけいつも五人からはみ出してるみたいって」

「確かに寂しそうにしとったけど、そんなはっきり言うてた?」

「なんとなくわかるのよ。あいつ、周りのこと気にしすぎるし寂しがりだし、めんどくさいわね」

「薫と一緒が不満ってことか? ヤリモク掲示板にあいつの写真のっけてやろうか」

「世界を支配できるレベルで人集まるからやめた方がええで」

 

 千里を奪い合う戦争とかマジで笑えないけど笑えるな。でもあいつメスメスしいから全然ありえる。女の子も千里のこと好きになるってことが薫で証明されたし、大阪でも普通にお姉さんにナンパされてたし、男女問わず大人気になって奪い合いが発生してもおかしくない。俺は遠くから見て爆笑する役になって、千里がそれに腹を立てて「僕には恭弥がいるんだ」って争ってる全員に言って、俺が殺される。は?

 

「薫ちゃんと一緒にいるのに寂しがるってすっごい失礼! 薫ちゃんが優しいから許してくれるけど、他の女の子なら……光莉と春乃は置いといて、他の女の子なら絶対怒ってるよ!」

「私なら『なら、私に会いたいって毎日寂しくなるような思い出作ったるわ』って言うかなぁ」

「私なら『その寂しさと私のおっぱいを天秤にかけてみなさい』って言うわね」

「春乃の大勝利。勝負にもならん」

「実際は?」

「ジャンルは違うけどいい勝負です」

「へぇ」

「ふーん」

 

 日葵と春乃からすごい目で見られたので、光莉の後ろに隠れる。殺気が強まった気がした。バカじゃん俺。光莉の後ろに隠れたら自然と光莉の胸に二人の目が行くじゃん。デカいじゃん。怒るじゃん。

 

「おーよちよち。怖いでちゅねー。男の子なら仕方ないのにねー?」

「はんっ。胸にしか自信ないからそんなことしか言われへんやろな」

「胸以外も自信あるわよ。人間性も素晴らしい……」

 

 光莉はそこで言葉を切って、日葵と春乃を交互に見た。そして頭を下げて、「負けました」と降伏宣言。負けてないって、負けてないって! 光莉もいいやつだから! ただあの二人が常時聖人なだけで、光莉もいいやつだって! 基本クズだけど! あぁ負けてるわ。敗北者が頭さげてらぁ。

 

「さぁ気を取り直して花火を見ましょう。せっかくきたんだから見なきゃ損よ」

「楽しみやなぁ。綺麗なもんは日葵とか光莉とか普段見てるから見慣れてるけど」

「わ、ありがと。ふふ。春乃も綺麗だよ?」

「おい光莉。俺はついさっきまで日葵と二人きりだったんだけど?」

「あの、その、気を落とさないで。明らかに今の日葵と春乃が今日イチでいい雰囲気だけど」

「俺があえて言わなかったことをはっきり言うんじゃねぇよ」

「これも優しさよ」

 

 何も優しくない。男として明らかな敗北をつきつけられることがどれだけきついことかわかってないんだ。あれ、でも春乃は女の子だから男として負けたわけじゃない? イケメンとして負けた? あれ? どういうこと?

 

 難しいから考えるのはやめにした。とりあえずデートは俺より春乃の方がうまそうだってことが判明した。へへへ、情けねぇや。

 

「なぁ日葵。今日楽しかったか?」

「? うん。楽しかったよ!」

「そか」

 

 ただちょっと不安になったので聞いてみると、一度首を傾げてから、笑って頷いてくれた。

 

 それと同時に、花火が打ち上がった。色とりどりの花火が空に打ち上がり、空を様々な色で塗りたくっていく。俺の方を見ていた日葵は最初の花火を見逃したようで、「わ、もうあがってる!」と目を輝かせて花火を見始めた。

 

「……花火を背にした日葵がこの世の頂点だったわ」

「あぁ、感動した」

「二人とも、花火見ようや」

 

 いやぁ、一発目にとてつもなく綺麗なもの見ちゃったからさ。

 

 なんて言ったものの、四人で見る花火は特別に綺麗だった。ここに千里と薫がいないことが残念だが、あの二人はあの二人で特別な花火を見ていることだろう。

 

「あ、ごめん光莉、春乃」

「なによ」

「んー?」

「浴衣、似合ってる。可愛いし、綺麗だぞ」

「しね」

「ありがとー!」

「今しねって聞こえたぞ?」



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第93話 祭りの終わり

「今思ったんだけど、花火より私の方が断然美しくない?」

「今思ったんだけど、花火より私の方が断然美しくない? って聞こえたぞ。正気か?」

「光莉はどっちかっていうと可愛いもんねー」

「そういうことちゃうんやでー」

 

 首を傾げる日葵に、春乃が優しく説明する。日葵は時々天然ぶちかますから可愛くて油断ならない。ただでさえ可愛いのに天然なんて必殺すぎる。俺を何回殺せば気が済むんだ?

 

 花火が終わって。俺たちは展望台から降りたところで千里と薫を待っていた。二人に気を遣って先に帰ろうかと思ったが、千里と薫から合流しようという連絡がきたのでこうして待っている。なるほどな。清い交際をアピールしておいて油断させようっていう手口か。日葵は騙せても俺は騙せないぜ。ふふふ。

 

「ねぇ、薫ちゃんが顔真っ赤にして千里に寄りかかりながら現れたらどうする?」

「ははは」

「そんなことしたら腕と脚を引きちぎって位置を逆にして、この世に生まれたことを懺悔させながら水責めする? エグいこと考えるわねあんた」

「今そんなに喋っとったか?」

 

 正しく俺の気持ちを理解してくれた光莉と握手し、「いきなり手握るな!」とブチギレられて殴り飛ばされる。前肩組んでもなんともなかったじゃん。なんで? 汗かいてるから? 別に気にしないのに。女の子って汗かいてても不思議と臭くないんだよな。うそ。人による。ちなみに千里はエロくなる。

 

「織部くんなら大丈夫だよ。普段えっちだけど、ちゃんと女の子だから」

「ちゃんと女の子大事にするとかやなくて、千里が女の子やから大丈夫ってことか。なるほどな?」

「日葵ってナチュラルに千里のこと女の子扱いするわよね」

「まぁわかるけどな。あんなに可愛くて男って方が信じらんねぇし」

 

 でも男なんだよなぁ。あれが男って、俺千里の千里見るまで信じられなかったし。あいつもうダメだろ。何人の性癖歪めれば気が済むんだ? 教師なんかもう完全な被害者だろ。女子生徒だけじゃなくて千里にも気をつけないと懲戒免職の可能性があるんだから。あれ? もしかして千里が一番向いてるのって詐欺師?

 

「てか、遅い」

「人が多いから仕方ないよ。でもちょっと心配かも……」

「千里はともかく薫ちゃんが心配ね」

「むしろ薫ちゃんはしっかりしてるから心配いらんけど、千里が心配やろ。あんな弱い生き物見たことないで」

 

 それだけは言ってやらないでくれって思っていたその時、「うぅ……ぐすんっ、ひっ」と泣いている千里と、その千里の手を引く薫の姿が見えた。お前さ……。

 

「遅れてすみません」

「多分聞かない方がいいんだろうけど、何があったの?」

「私がトイレ行ってる間に千里ちゃんがナンパされて、無理やり連れて行かれそうになったところを私に助けられて、安心と情けなさで泣いてる」

「いや、千里。お前悪くねぇって。な? ナンパしてくるやつが悪いんだよ」

「うぅ、いいよ。僕は男の皮を被ったメスなんだ」

「は? 剥き出しのメスよあんた。何勘違いしてるの?」

「やめたれや! 友だちに刺さったナイフ目掛けてハンマー振り下ろしてどうすんねん!」

 

 千里が大泣きし始めた。あーあ。お前が大泣きしたら周りの男女がお前の涙をぺろぺろしたくなるからやめろっていつも言ってるのに。仕方ないから、俺が千里を抱きしめて周りから隠す。ついでに頭を撫でて慰めると、俺の服をきゅっと握って少し落ち着き始めた。はいメス。

 薫が慰めるのが一番いい、なんてことはない。今千里は好きな女の子に助けられて情けなくて号泣してる。あと自分のメス加減に絶望してるから、女の子に慰められると余計惨めになる。俺が慰めてもどっちにしろ惨めだしメスなんだけどな。

 

「よしよし。可愛いなぁお前は間違えた。千里にも男らしいところあるって」

「裏切ったな」

「いや、だってさ。お前らこんなのに抱きつかれて泣かれて可愛いって言わない自信ある?」

「ない!」

「ないね」

「ないわな」

「あるわけないでしょ」

「きらいだ!!」

 

 俺から離れていこうとする千里の背中に「一人になったらまたナンパされるどころか攫われるぞ」と声をかけると、千里は「まぁ、僕が君たちを嫌いになるはずないんだけどね???」と周りを警戒しながら帰ってきた。あまりにもメスすぎて誇らしさすら感じる。

 

「あ、薫ちゃんが千里に嫌いって言われて泣きそうになってる!」

「ぐすん。ひどい、千里ちゃん……」

「演技だね。薫ちゃんがこの程度で傷つくはずがない」

「お前恥ずかしげもなくそういうこと言えるの、素直にすげぇと思うよ」

「でしょ? もっと褒めてもいいんだよ」

「貶しとんねんアホ。思い上がんなやクソメスが」

「やめときなさい春乃。こいつは罵倒すれば罵倒するほど悦ぶタイプのクズよ。ちなみに私もだから日葵、ちょっと罵倒お願い」

「光莉ってどうしてそんななの?」

「そういうタイプの罵倒はやめてくれない?」

 

 日葵、さっきなんか自分はまともだ、みたいなツラしてたけどお前もちゃんとまともじゃないって。人に対して「どうしてそんななの?」って言えるやつがまともなわけがない。俺たちと一緒にいると比較的まともに見えるだけであって、他の人といたら……いや、日葵は他の人に合わせることができる社会適合者だから、俺たちみたいな我が強い社会不適合者とは違うか。ちなみにここでの社会不適合者は俺と千里と光莉を指す。

 

「もう。演技だけど、冗談でもきらいとか言っちゃだめ。嘘ってわかっててもちょっと傷つくんだから」

「薫をちょっと傷つけた罪として島流しに処そうと思います」

「異議なし」

「ちょっと傷つけただけでこの仕打ち……?」

「女の子はちょっとでも傷つけたらだめなんだぞ」

「男としての正論ぶつけてくるのはやめてくれ」

「でも千里はメスやからええんちゃう?」

「これから二度と女の子を傷つけないと誓います!」

「ちなみに傷つけなくてもあんたはメスよ。残念だったわね」

 

 身も蓋もないことを言ってやるな。千里がどこで何をしようがどこで何を言おうがメスに変わりはないけど、本人にその事実を突きつけてやるのはあまりにもかわいそうすぎる。こいつだって男になろうと努力してるんだ。無駄な努力だけど。こいつマジで何やってんだろうな。無駄っていう言葉の意味知らねぇのか?

 

 ここでだらだらしていても仕方ない、と言うにはだらだらしすぎたがこれ以上だらだらしたらここで夜を明かしそうになるので、これ以上だらだらしないために「これ以上だらだらしてても仕方ないから行こうぜ」と言うと、光莉が「確かに、これ以上だらだらしてても仕方ないわね」と返してくれた。これ以上だらだらこれ以上だらだらうるせぇよテメェ。

 

「千里と薫は何やってたんだ?」

「それは僕がナンパされたことをいじってる?」

「普通に屋台の話だよ。被害妄想甚だしいな」

「君たちがいじってくるから……えっと、蜂の巣の西区」

「あれ西区あったんだ……」

 

 屋台がどういうシステムで設営できるようになるかは知らないけど、申請とか出さねぇのかな? もし申請、許可制のシステムだとしたら、蜂の巣の東区と西区を誰かが許可したってことになる。もしかしたら『面白そうだからオッケー』っていう俺たちみたいなやつがいるかもしれない。俺が許可出す側なら絶対許可出してるし。

 

「結構おいしかったよ。蜂の巣初めて食べたけど」

「あれ本当に蜂の巣出てくるんだ……。うーん、食べてみたらよかったかなぁ」

「店主が完全に狂ってたからやめといて正解だろ」

「そんなに狂ってたの?」

「話が全く通じない、年を重ねた上にイケメンでもなんでもない俺を想像してくれ」

「悪やん」

 

 俺もそう思う。要するに、会話能力がないどころか話しかけても意味の分からないことを喋って恐怖を植え付ける中年。意味の分からないことを喋って恐怖を植え付けるまでは俺もやるが、俺はイケメンだしスタイルいいし頭もいいし会話はできるから許されているところもある。俺も善か悪かで聞かれたら圧倒的に悪だろうけど。

 

「でも恭弥なら蜂の巣の屋台出してそうだよね。営業というか、集客も上手だろうから売り上げもありそう」

「去年の文化祭のときすごかったもんなぁ。見た目がええのもあるけど、千里使ってじゃんじゃん人集めとったし」

「あれは千里を使った漁だから、俺の手柄はまったくない」

「織部くん可愛かったねー。薫ちゃんも見たことあったっけ」

「ある。あれは正直女の子として自信無くすレベルで可愛かった」

「おい。僕は今男としての自信を無くしてるところなんだが?」

「まだ自信あったの? 図々しいわね」

 

 お前ら、もしかして千里のことが嫌いなのか……? そうならそうだと言ってやってくれ。千里があまりにもかわいそうだ。嘘。俺たちに言われる分には本気で傷つくことはないはずだから別にいいだろう。なんかさっきすごい泣いてた気がするし、今も口をきゅって閉じてプルプル震えてるけど、これはパフォーマンスだ。本気で傷ついてはいない。多分。きっと。

 

「これからどうする? そのまま帰るなら送ってくけど」

「そう? じゃあ死んでもらおうかしら。あ。お願いしようかしら」

「お前、俺に対して死んでもらうとか殺すとか言いすぎてクセになってんじゃねぇか」

「あ、言ってるとこ見慣れ過ぎて今の別になんもおかしないって思ってたわ」

「俺そのうち無実の罪で殺されんじゃね?」

「罪はあるでしょ」

 

 それは言わない約束でしょ。

 

「千里は絶対一人で帰しちゃだめだから、絶対送ってくぞ」

「お祭りの夜ってテンション上がった人いっぱいおるからなぁ」

「私は殴り倒して、春乃はアスリート並みの身体能力で逃げ切れるけど、日葵と薫ちゃんと特に千里が危ないわね。忌々しいことに日葵と薫ちゃんは恭弥がいるから大丈夫でしょうけど」

「忌々しいことに?」

 

 そりゃ光莉からすりゃ忌々しいだろうけどさ。むしろ感謝してほしい。光莉が送れないから俺が送るんだ。俺がいなきゃ光莉が送ることになっていて、結果光莉は一人で帰ることになる。いくら訳の分からない強さがあるからと言って、夜女の子が一人で歩くのは危険すぎる。なんだかんだナンパされてたし、光莉を狙う男なんていっぱいいるからな。

 

「そんじゃ、送ってくか。日葵、薫。帰るの遅くなるけどいいか?」

「大丈夫! 恭弥と薫ちゃんがいるし!」

「大丈夫。日葵ねーさんがいるし」

「大丈夫。薫ちゃんがいるし」

「おいメス。まさかまた俺の家に泊まろうとしてないよな?」

「だめ?」

「『もう布団用意してるぞ』だってさ。ようこそ」



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第94話 気づいたらいる人

「あぁ恭弥。この前日葵ちゃんと夏祭りに行ったんだろ? 何人だ?」

「それが子どもの人数のことを聞いてるとしたら、俺は父さんと縁を切らなきゃいけない」

「はぁ? 子どもの人数? 何言ってるんだ恭弥。俺は日葵ちゃんとの間にできた子どもは何人だって聞いてるんだぞ?」

「考える脳ついてねぇのかテメェ」

 

 8月2日。父さんに呼び出されてリビングにきてみれば、いつも通りの父さんを見せつけられた。なんでこの男から薫みたいないい子が生まれるんだ? 母さんも父さんとほぼ同じだし、薫が生まれる理由がまったく見当たらない。俺が生まれる理由はわかるどころか俺が生まれるだろうなっていう両親であることは間違いないんだが。

 

「まぁこの話は本題じゃない。いや、未来の孫の人数が何人かは本当に気になるところだが、俺はお前を信頼している。どんな手段を使っても血のつながってない女の子を妊娠させるだろうとな」

「倫理観ぶち壊れ言い回しすんじゃねぇよ。結婚するでいいだろ? なんでわざわざそんな生々しい言い回しすんだよ」

「いつからこの国は事実を言っちゃだめになったんだ?」

「言ってもいい事実と悪い事実を覚えるのがこの国の大人なんだよ」

「僕子どもだもん!」

「出てくわ」

 

 立ち上がってリビングを出て、リビングを出たところで母さんと出くわし、一本背負いされてリビングに引き戻される。いや、倒し戻される。何してくれてんだこのババア。俺が運動神経抜群じゃなかったら受け身とれずにとんでもないことになってたぞ? というか運動神経抜群でも息子に向かって出会い頭に一本背負いすんじゃねぇよ。

 

「恭弥、日葵ちゃんを妊娠させてしまったからって出て行くことはないわ。むしろでかした」

「いい年して脳内ドピンクすぎんだろ。違うからな? 責任をとるために出て行こうとしたんじゃなくて、クソ親父に愛想つかして出て行こうとしただけだからな?」

「あら、じゃあ私たちも恭弥と一緒に行きましょうか」

「家族旅行だな! よし、薫も呼ぼう!」

「どうやら俺の両親は話を聞けないらしいな……」

 

 もう千里呼んで千里の戸籍を氷室家のものに変えて、俺は織部家の子になろうかな。織部家もメスがオスの頂点に変わるんだから将来安泰だって喜ぶだろ。あんなメスが息子だと心配だろうし、いやぁ俺はいいことを考えるな。頭がよすぎるし気が利きすぎる。天才か? 天才でした。

 

「冗談は置いといて、海だ海。どうせなら日葵ちゃんの誕生日に合わせて行こうと思ってな。7日~9日の3日間で友だちに予定を聞いておいてくれ」

「千里は行けるってさ」

「相変わらず仲いいわね。もう連絡したの?」

「いや、今『7日~9日なら空いてるよ』って一方的に連絡がきた」

「流石千里くんだな」

「そういえば千里ちゃんは生物学的に妊娠できるの?」

「息子の未来の妻にしようとしてんじゃねぇよ」

 

 あと流石に怖かったから「お前どっかで見てる?」とメッセージを送ると、千里から『多分、行くなら泊まりで、夏野さんの誕生日に合わせると思ったから』と返ってきた。いや、そういうことじゃなくてそれを予想してたとしてもなんでドンピシャのタイミングでそれを送ってこれたのかって聞いてんだよ。

 

 まぁ千里だしいいや。ゆりちゃんへの連絡は薫に任せるとして、日葵と光莉と春乃に連絡しよう。

 

 ふっ、ここで気遣いも何もできない男なら、『海に行こうと思うんだけど、7日~9日空いてる?』って聞いて、海デートだと勘違いさせることだろう。しかし俺はちゃんと気遣いができるジェントルマン。ちゃんと『へ、変な意味じゃないんだけど、7日~9日、空いてるかな……? もしよかったら、海に行かない?』とメッセージを送る。元々海に行く話はしてたしちゃんと伝わるだろう。

 

 メッセージを送ると、すぐに帰ってきた。光莉から『部屋割りは私が決めていい約束だったわよね?』、春乃から『日葵の誕生日に合わせてかー! 素敵やな! おっけー!』、日葵から『ふ、二人きりで?』。

 

 一人わかっていない人がいますね……。

 

 光莉には『お前だけ一人だぞ』と返し、春乃には『お前が素敵だよ』と返し、日葵には『前言ってた、薫が日葵と一緒に遊びたがってるってやつのことだぞ』とはっきり返した。今頃恥ずかしがってるところだろうが、仕方ない。いくら日葵だとはいえ嘘はつけないからな。俺も二人きりで行きたいけど!

 

 メッセージはすぐに返ってきた。光莉から『ところで日葵の水着姿って全身セックス人間よね』、春乃から『恭弥くんも素敵やで』、日葵から『あー! あれのことね! 了解!!!!!! いけるよ!!!!!!』と返ってきた。一人付き合いを考えないといけないかもしれませんね。

 

「全員いけるってさ」

「おう。いやぁそれにしても、我が息子ながらモテモテだな。日葵ちゃんに光莉ちゃんに春乃ちゃんだったか? しかも全員可愛い、美人ときた!」

「一人を選べないならお父さんとお母さんが国の法律を変えるから安心しなさいね」

「俺のために国を動かそうとしてんじゃねぇってか、二人にそんな影響力ないだろ?」

「親は子どものためならなんでもできるんだよ」

「子どものピンチに駆け付けない親がどこにいるの?」

「もっと感動的な場面で言ってくれ」

 

 ほんとこの両親は言うことだけは立派だな。シチュエーションが完璧だったらものすごいカッコいい両親なんだけど、その完璧なシチュエーションに出会ったことがない。生まれて17年間でだぞ? 両親の尊敬できるところといえば俺と薫を育ててくれていることだ。俺たち二人はもうほぼ勝手に育ったようなもんだけどな。

 

「でも実際誰が本命なんだ? 昔から日葵ちゃんが好きだとはいえ、あんな可愛い子たちに迫られたら男としてたまらないだろう?」

「一人しか選べないのが辛いところよね。日本はほんと狭い価値観の中でしか生きられないから苦痛なのよ。守る必要のない古い風習を守って進化はあるのかしら?」

「俺もう行くかんな」

「まぁ待て。特に話すこともないけど待て」

「もうちょと上等な誘い文句覚えてから話しかけてこい」

 

 いけずー! と叫ぶ両親を放置して二階に上がる。薫は勉強しているところだろうから、海のことについて話すのはご飯の時でいいだろう。特にやることもないから部屋に戻って宿題でもするかと自室のドアを開けた。

 

「あ、恭弥。おはよう」

「おはよう。俺宿題しようと思ってたんだけど」

「そうだろうと思って僕も持ってきてるんだ」

「そうか。流石千里だな」

「だろう?」

 

 得意気な表情で胸を張る千里を持ち上げて、窓を開ける。千里が俺の腕の中で首を傾げているのを無視して、窓の外に放り投げるジェスチャー。

 

「え?」

「いや、不法侵入じゃん」

「僕と君の仲だから、なんだかんだスルーしてくれるかと……」

「親しき中にも礼儀ありって言葉を知らねぇのか?」

「知ってるからってそれを遵守する人種だと思うのか?」

「今すぐ土下座して謝るか、窓から捨てられるか、ケツにふてぇモンぶち込まれて鳴くか選べ」

「今すぐ土下座するから下ろしてくれ」

「土下座できねぇなら二択だな」

「おい。僕を殺したいなら素直にそう言え」

 

 殺したいわけがないので、ベッドに放り投げる。まったく、折角バカから逃げられたと思ったのに、またバカに付き合わなきゃいけないのか。俺の周りはバカまみれだな。日葵と春乃が恋しいぜ。やっぱりまともなやつはまともなやつとつるまないとな。千里と光莉はよそでよろしくやっといてくれ。

 

「あ、朝日さんから連絡きたよ。『あんたたち以外とよろしくできるわけないでしょって恭弥に伝えておいて』だって」

「スルーするにしては恐ろしすぎるだろ。なんで俺の考えてることと千里が俺と一緒にいることがわかったの?」

「恭弥の部屋のクローゼットに朝日さんがいるからじゃない?」

「おはよう」

「お前ら。現代にはインターホンっていう便利なものがあるってことを教えてやろう」

「ちなみに二人とも薫ちゃんに入れてもらったわ」

「薫がやったことなら仕方ないな」

「現代が差別を問題視してるってことを教えてあげようか?」

「メスは喋んな」

「これは教える必要がありそうね……」

 

 クローゼットから光莉が出てきて、我が物顔で俺の勉強机の椅子を引っ張り出して座った。薫が入れたならまぁいいけど、どっちにしろ俺が考えてることわかった理由がわからない……まぁ光莉だしそんなもんか。

 

「なんできたんだよお前ら。俺はお前らに用がないけど、会えて嬉しいぞ」

「喧嘩売ってんのあん……売ってないわね???」

「僕も今どうせ恭弥のことだから罵倒してきたんだろうと思って、恭弥の恥ずかしい写真を全知り合いに送る準備をしてたよ」

「詳細を教えろ」

「さぁ?」

 

 俺の恥ずかしい写真ってなんだ? 千里が俺の恥ずかしい写真を撮ることなんてないだろ。逆ならあるけど。おい光莉、興味津々に千里のスマホを見ようとするんじゃねぇ。何があるかわかったもんじゃないし、その言葉で釣ってとんでもなく下品なエロ画像を見せる腹積もりかもしんねぇだろ。キショ。友だちやめてくれますか?

 

「まぁ大したことない写真だよ。一年の時に、クラスのお店で女の子を侍らしてる写真だから」

「何が恥ずかしいんだ? 男として優れてる証だろ?」

「恭弥。こいつは自分がメスだから嫉妬してるのよ。みっともないわね。自分にできないことを恥ずかしいことだって決めつけて攻撃するなんて。だからあんたメスだって言われるのよ。ところで恭弥、この女ども今どこにいるか知ってる?」

「あぁ。全員俺が千里と話してるところ見た瞬間夢から覚めたよ」

「なんだ。まともな子たちだったのね」

 

 まったく、失礼しちゃうぜ。俺はただ千里といつも通り喋ってただけなのに。クズ全開で男同士なのにカップルみたいな雰囲気を醸し出してただけなのに。だからダメなんだよアホ死ね。

 

「それで、結局なんできたんだよ」

「台本のことでちょっとね。まずあんたたちに許可が必要だと思ったから」

「あぁ、いいぞ」

「うん。元からそのつもりだったしね」

「そ。ありがと」

 

 じゃあもうできてるから、と二冊の冊子を俺たちに投げ渡してきた。表紙には劇のタイトルだけが書かれている。

 

「……えぇ」

「ふぅん」

「何か文句あったら教えて。できる限り直すから」

「じゃあ俺に暴力を振るうのはやめてくれ」

「できないから無理よ」

「努力はしろ」

 

 しっかし、なるほど。なるほどね。確かにこういう方向で進めるようにはしたけど、うん。

 

 怖いなこれ。



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第95話 もうだめな人

「さて、薫ちゃんに家入れてもらったのはええけど、なぜか恭弥くんのクローゼットに隠れてた犯罪者への裁きを始めようと思います」

「思います」

「日葵からの裁き? ご褒美の間違いじゃないの? もっと日本語を勉強してきてから喋りかけてきてほしいわね」

「慈悲っていう言葉、光莉は知らんみたいやし必要もないみたいやな」

「は? ごめんなさい」

「慈悲が欲しいみたいだよ」

「本格的にやってまうか」

「こわ」

 

 どうやら私は今日、日葵の部屋で本格的にやられてしまうらしい。私は何も悪いことをしていないのに。でも日葵に本格的にやられるなら本望みたいなところもある。

 

 私が今こうしてどこから持ってきたのかもわからない縄に縛られて日葵と春乃の前にいるのは、私がつい昨日恭弥の部屋に入り、更にクローゼットに隠れていたからである。それでなぜ縛られなきゃいけないのかというと、この女の子たちは自分の好きな男の子のクローゼットに入った私を許せないというのだ。

 

「はぁ、私が恭弥のクローゼットに入って何かするとでも思うの?」

「恭弥くんってどんなパンツ持ってるん?」

「あいつ、種類によってちゃんと入れるところわけてたのよね。トランクスとボクサーパンツが半々くらいで、暗めの色が多かった気もする。ちなみにこれはくすねてきたパンツ」

「当たり前のように犯罪者宣言しとんな……」

「ひ、光莉。何枚かあるなら私が預かるよ? 光莉は何をするかわからないし」

「もうしたから意味ないわよ」

「おい」

 

 私から恭弥の、いや私のパンツを奪い取り、紙に『死刑』と書いて私に貼りつけた。パンツを盗んで色々しただけにしては重すぎる罪だとは思わない?

 

「そもそも、なんで私が恭弥のクローゼットに入ってたってことがバレてるの?」

「千里から聞いたで」

「織部くんから聞いたよ」

「まぁあいつは普通に殺すから、私を死刑にするのはその後にしてくれない」

 

 あのメス、面白いことになりそうだからって普通にチクりやがったな? だからあのメスはだめなのよ。いい人のフリしといて完全なクズなんだから。私みたいなファッションクズとは違う正真正銘のクズ。自分が面白けりゃ、恭弥が幸せならそれでいいみたいなイカレ野郎。いやイカレメス。

 

「ちょっと待ちなさい。恭弥のクローゼットに入っていたことを怒るなら、あんたたちもクローゼットに入ればいいじゃない。あいつならその程度で怒ることはないわよ。実際怒られなかったし」

「怒られへんかったらやってええってわけちゃうんやぞ」

「日葵は今薫ちゃんに恭弥が不在の時間を聞いてるところよ」

「ち、違うの! これはちょっと、その、薫ちゃんと二人きりで話したいことがあるからというかなんというかその、そういうそれじゃなくて」

「日葵も危険思想の持主やったとは……」

「驚きもなく片鱗しかなかったと思うけど」

 

 私からすれば、日葵が変態チックであることなんて別に驚きも何もない。元々日葵が変態チックであることは想像していたし、そうだったらいいなぁって思ってたし、私が恭弥のことで相談に乗っていた時も「あ、こいつやべぇな」って何度か思ったことがあるし、ちょっと妄想が激しい可愛い女の子が日葵だ。だから、私の甘い誘惑に心が揺らいでも仕方がないことだと言える。

 

 私の誘惑に耐えきれる春乃が異常なんだ。普通好きな男の子のクローゼットなんて入りたいと思わない? 思うでしょ。思わない方がおかしいのよ。だって好きな男の子で満たされるのよ? ほぼ子宮の中と同じよ? 好きな男の子のクローゼットは子宮なのよ?

 

 は?

 

「というか、千里をまず殺すべきでしょ。千里は私がクローゼットに入るのを黙って見てたんだから。千里の立場を考えると止めるべきだと思わない?」

「千里は別の場所で捕獲してるから大丈夫やで」

「え?」

「春乃。あんたの手が早すぎてお仲間がびっくりしてるわよ」

「私の独断やからな。最近千里暴れすぎやし」

 

 確かに。『僕一人仲間外れみたいで寂しい!』と言いつつ普通に干渉してきて普通に乱してくるし。そのくせ『僕は薫ちゃんとよろしくやっておくから』なんて平気な顔していちゃいちゃしだして。あいつは何度か痛い目に遭わせないとわからないんだろう。そして私は痛い目に遭わなくてもわかるから、どうか死刑はやめていただけないでしょうか。

 

「ねぇ春乃。好きな男の子のパンツが欲しいって思うのは悪いことなの? 至極当然のことじゃない? 好きな人のものが欲しいって思うことは、だめなことなの?」

「恭弥くんにばらすわ」

「やめなさい」

「やめなさいってことはあかんことってわかっとるんやんけ」

「ばらすっていうより、恭弥なら自分で気づくんじゃないかな。結構整理とかする人だし、数が減ってたらわかると思うけど」

「そんなわけないじゃない。そんなわけないじゃない」

「信じたくなくて二回同じこと言うてるやん」

 

 だってさっきから足元に置いたスマホに『恭弥』っていう人から着信が来てるんだもん。私が知ってる限り恭弥って言う名前の知り合いは一人しかいない。普通なら喜ぶところだけど、今この状況じゃ喜べるわけもない。ここはスルーが得策だろう。

 

「もしもし?」

『あれ、春乃? 光莉はどこに転がってるんだ?』

「春乃には何勝手に電話出てんのよって言葉と、恭弥にはなんで私が物みたいに転がってる前提で話してんのよって言葉を送らせてもらうわ」

『お前が俺のパンツ盗んだからだろ』

「新しい言語で会話しようとしないでくれる?」

「純日本製やで」

 

 そんなそんな。私が恭弥のパンツを盗んだなんて事実、さっき私が自白したけどないに決まってるじゃない。バカね。ほんとバカね。だって今恭弥のパンツを持ってるのは春乃で、私は恭弥のパンツを持ってないんだから。

 

 立場逆転。これを決め手に有利をとる。

 

「恭弥、よく聞きなさい。実は春乃に頼まれてやったことなの。現に今春乃は恭弥のパンツを手にご満悦よ」

『日葵』

「光莉が恭弥のパンツを盗んで、それを春乃が咎めて取り上げたんだよ」

『ありがとう日葵。さぁ死んでくれ犯罪者』

「確かに、犯罪者がのうのうと生きてるって思ったら怖いものね」

「じゃあ光莉は死んだ方がええな」

「言われてるわよ恭弥」

『頼むから会話をしてくれないか?』

「通じてないだけで会話はしてるわよ」

「それって会話って言うのかな……?」

 

 私が会話だって思っていれば会話なんだ。例え全部を適当に返してうやむやにしようとしていても、話をしているから会話。そもそも日本語の定義なんて時代が進むにつれて曖昧になっていくものだし、個々人がそれぞれの日本語に対して独自の解釈を持っていても何もおかしなことはない。日葵=全身セックス人間っていう日本語の定義も何もおかしくない。私は天才か?

 

「恭弥くん。とりあえず光莉が盗んだパンツは返すから安心してな」

『おう。それ履いて俺が妊娠しねぇか心配だけど』

「へぇ。千里が竿役だったんだ」

「色々想像した結果生生しい単語出すのやめろや。日葵が興味示してもうてるやろ」

「竿……つ、釣りのことかな?」

「おちんちんのことに決まってるじゃない」

『光莉。もう一度言ってくれ」

「じゃあまたな恭弥くん」

『あ、探さないでください』

 

 私に卑猥な単語を二度も言わせようとしたことで、春乃が少し低い声を出して電話を切った。切り際に恭弥が逃亡の準備をした気がしたが、多分無駄に終わるだろう。逃げ出したとしても千里はなんとなく恭弥の居場所はわかるだろうし、私は春乃に首輪をつけられて「ほな恭弥くんのおるところに連れてってもらおか」と言われる。私がなんとなくで行った場所に高確率で恭弥がいるから。とんでもないな私。

 

「光莉。あんまり男の子の前でそんな言葉使うもんちゃうで?」

「喜ぶからいいじゃない。それにそんな卑猥な単語じゃないでしょ? ただの性器よ性器。ぶち込むかぶち込まれるかの話なんてしてないし、ただの名称が卑猥何てありえないわ」

「日葵」

「は? いやらしすぎでしょ。私を言葉だけで昇天させる気?」

「光莉ってかなり危ない人だよね」

 

 どこが??? 私は日葵に対して膨大な愛を持っているだけだけど???

 

 はぁ、日葵にはわからないんだろう。自分がどれだけセックスかってことが。私からすれば、日葵は千里と同じくらいセックスだ。それを自覚できていないなんて、千里より危ない。千里は自分がセックスだってことを理解してるけど、日葵は自分がセックスだってことを理解できていないから、他人からセックスだって思われてるってことを理解していないってことで、つまりそれはセックスだ。

 

 うーん、マーベラス。

 

「光莉。頭が更におかしいフリしても解放せえへんで」

「私が元から頭がおかしいみたいな言い方しないでくれる?」

「おかしいよ」

「日葵からのシンプルおかしいよに対抗できる札があるなら見せてみぃや」

「殺しなさい」

 

 潔く負けを認めた私は、春乃から『倫理観』という言葉についての論文提出を命じられた。そんな言葉あるわけないのに、バカじゃないの?



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第96話 横暴だ!

「薫。お兄ちゃんと日葵の誕生日プレゼントを考える気にはならないか?」

「甲斐性なし。恥ずかしくないの?」

「薫は俺を傷つけるのが本当にうまいな」

「妹だから」

「え? 好き」

「きらい」

「え?」

 

 なんで俺は今嫌われたんだ? いや、気のせいだろ。薫が俺のことを嫌いになるはずがないからな。俺が薫を嫌いになることくらいありえない。つまり100%ない。なら安心だな。薫が俺を嫌いになることなんてあるはずないから。

 

「日葵ねーさんならなんでも喜んでくれるよ。物がどうこうよりも気持ちが嬉しいってタイプだし」

「それでもいいものをあげたいっていうのが普通だろ?」

「兄貴が普通を語らないで。大嫌い」

「俺が何かしたか? 薫からの大嫌いは死刑と一緒だぞ」

「ごめん。ちょっと軽率に嫌いって言っちゃった」

「ほんとは?」

「きらい」

「おい。好きって言うところで嫌いって言うところも俺は好きだぞ」

「へぇ」

「薫なんかしらない!!」

 

 薫がつれなさすぎるので部屋を飛び出し、千里に『薫が冷たい!』とメッセージを送ると、『海には僕も行くから、そのことで頭がいっぱいになってるんじゃない?』と返ってきた。当たり前のように『死ね』と送っておいて、光莉に『千里がお前のこと乳だけの脳無ドデカパパイのパイって言ってたぞ』と送り、春乃に『千里がこの前絶壁を見て「あ、岸さんだ」って言ってたぞ』と送った。死ね千里。

 

 一人の最低野郎をぶち殺したことで清々しい気分になり、さてどうしようと頭を悩ませる。日葵が何をもらっても喜ぶ子だということは百も承知だが、好きな子相手だからいいものをあげたいというのが本音。でも俺は女の子の気持ちなんてわからないし、何が一番喜ぶかなんて一ミリもわからない。ここは「俺がプレゼントだよ」って首にリボン巻いて光莉に絞められて死のうかな? 待て、なんで今俺は死んだんだ?

 

 悩みながらひとまず外に出て、地球温暖化に喧嘩を売りたくなるような暑さを感じて絶望しつつ、遠くの方に見つけた千里を見て逃げるために走り出す。やばいよ。遠目で見たけどあいつの顔めちゃくちゃキレてたもん。さっき光莉と春乃に送ったメッセージが原因だって絶対。

 

 俺が走り出すと同時に着信音。千里からだろうなと思いながら出るとやはり千里の声。

 

『覚悟しろ』

「覚悟して死ななくて済むなら覚悟するぞ」

『じゃあ覚悟してもしなくてもいい』

「つまり俺を殺すってことだな。理解した」

 

 通話を切って、全力で走りだす。それと同時にスマホを取り出し、光莉に『さっきのは冗談だ。ごめんな?』と送り、春乃にも『さっきのは冗談だ。ごめんな?』と送った。

 

 着信音。

 

『つまりそれはあんたが私のことをそう思ってるってことね?』

「敵が増えた」

 

 通話を切って、走り出す。着信音。

 

『恭弥くんほど頭回るなら、言葉はいらんよな』

「実は冗談ってのも冗談だ」

『千里から位置情報送られてきてるんやで』

「うそでしょ」

 

 通話を切って、耳を澄ます。すると俺を追う足音が増えていることに気づいた。早すぎだろあの二人。なんでもうきてるの? 元々俺に会いに来る予定でもあったの? 千里も千里で早かったし。もしかしたらみんな日葵のプレゼント買いに行こうって誘いにきてくれたとか?

 だとしたら俺はなんてことをしてしまったんだ……! みんなが純粋な気持ちで俺を誘おうとしてくれていたのに、みんなにひどいことをしてしまった。これは謝らなきゃいけないなって思ったけど、あいつらなら謝ったところで殺してくるに決まってるからほとぼりが冷めるまで逃げよう。冷めないほとぼりはない。

 

 いやでもどうしよう。千里と光莉からは逃げられるとして、春乃から逃げられるビジョンが全く見えない。一対一なら逃げられるとしても、千里と光莉がいるなら連携して追い詰めてくる智将プレイは絶対するだろうし、なんだよあいつ。頭が回って運動もできるって化け物かよ。誇らしくないの?

 

 しかしそれは春乃をどうにかすれば俺にも生き残るチャンスが生まれるってことだ。春乃さえどうにかすればあとはメスと乳。メス乳なんてとるに足らない。メスは近づかれてもどうにでもなるし、光莉は近づかれなければ大丈夫だ。近づかれた瞬間に終わる。純粋なパワーで捻り潰される。やっぱあいつもおかしいって。

 

 そうと決まれば、春乃をどうにかしないといけない。じゃあどうやってどうにかする? 春乃の性格を考えてみよう。イケメン。さらにちょっと怒っていても面白いことをすれば大抵は許してくれる面白い至上主義。つまりは俺が面白いことをすれば春乃は許してくれる!

 振り向いてみると、気づけば見えるところに春乃と光莉、千里がいた。俺は体を後ろに向けて、春乃の目を見たまま爆笑ジョークを叩きつける。

 

「ぱつんぱつんのおぱんつ!!!!!!!」

 

 春乃の足が速くなり、光莉の足が遅くなった。千里は呆れながら光莉を見て、速度は変わらない。

 

 おかしい。春乃に笑ってもらうはずだったのに、光莉のツボに入ってしまった。そういやあいつ時々わけのわからないところでしょうもないこと言い出すし、しょうもないことが好きなのかもしれない。いや、俺のさっきのやつは爆笑ジョークだからしょうもないことじゃないんだけどね? 春乃の笑いのセンスがずれてるんだろう。可哀そうに。笑いの聖地で育ったがばっかりに笑いに対してとがってしまって。

 

「恭弥くん。こんにちは」

「あ、こんにちは。もう隣まできてたんですね」

「さっきのなんなん? 全然おもろないけど」

「面白くないやつに面白くないって言うなよ。面白いだろ」

「おもんないって言うとんねん。ブチ転がすぞコラ」

「もっと一般人らしいことば使ってくれない?」

 

 今は夏。そして全力疾走しているからか、春乃は汗を流しており、シャツがぴたりと肌に張り付いている。非常にえっち。俺の視線は自然と春乃の体に注がれると思いきや、なんとなく恥ずかしくなったので目を逸らしてペースを上げる。

 春乃が難なくついてきた。なんなの君。

 

「なんで今目ぇ逸らしたん?」

「何にやにやしてんだお前。その様子じゃなんで目を逸らしたかって気づいてるだろ」

「春乃ちゃんの体が気になったん? 恭弥くんのえっち」

「え? 汗を飲ませてくれるって言った?」

「一撃目」

 

 足を蹴られて、走った勢いのまま地面をごろごろ転がる。しゃれにならん。俺が超人的な身体能力だったからよかったものの、これをやられたのが千里だったらいい感じに服が破けて超えっちなことになっていた。俺でよかった。俺だったから傷もなにもなかったんだ。傷も何もないのってやばくね? ほんとに人間か俺?

 

「春乃から誘惑してきたんじゃん! にやにやしながらそんなこと言われたら誰だって汗飲ませてくれると思うに決まってるもん!」

「頭おかしい恭弥くんの感性を一般て思うのやめてくれへん?」

「いや、一般的だって! なぁ光莉!」

「春乃。これは春乃が悪いわ」

「なぁ千里!」

「ほんとに。これは僕にも汗を飲ませるべきだ」

「人の道から外れた三人衆が喋っとんちゃうぞ」

「喋るのは許してくれ」

 

 人の道から外れた三人衆って酷い呼称だな。早く人間になりたい者たちか俺らは。配役もちょうど……女の子が一人にメスが一人に男が一人。ちょうどよくないですね。

 

「さて、春乃の汗は私も後で飲むとして」

「誰にも飲ませへんけど?」

「間違えたのよ。春乃の汗で私の体を洗ってもらうとして」

「酷く魅力的になってるね」

「単純に酷くなっとんじゃ黙っとれ変態どもが」

「そうだぞ」

「発端は誰やと思っとんねん」

「どうも、発端です」

「きゃっきゃっ」

「不用意にノリがいいとこうなります」

「「はい……」」

 

 きゃっきゃっと楽しそうにした千里が殺されてしまった。どう考えても一番罪が軽そうな人間を殺すのは、罪の重い俺たちに対する見せしめ。これはどうにかして切り抜けるしかないと思い、同じことを考えている光莉と目を合わせて頷き合った。

 

「落ち着け春乃。いくら光莉が春乃の汗を舐めようと舌を出して必死だからってやっていいことと悪いことと拭いちゃいけない汗がある」

「落ち着いて春乃。いくら恭弥が春乃の汗だくの姿に興奮して必死に匂いを嗅ごうとしててもやっていいことと悪いことと消臭しちゃいけない汗がある」

「「裏切ったな!!」」

「まぁ二人とも死ねばええか」

 

 とてつもなく怖い春乃の言葉を最後に、俺たちは殺された。殺された後起こされて、春乃から「日葵の誕生日プレゼント買いに行かへん?」とのお誘い。これを断るとまた殺されるので二つ返事で頷くと、春乃に担がれて連行された。あれ? 千里と光莉は?

 

 

 

 

 

「この横暴を許しちゃいけないわ」

「そうだ! 僕たちを一方的に殺しておいて、自分は恭弥とデート何て横暴がすぎる!」

「私たちはただ春乃の汗が欲しかっただけよ!」

「そうだ! 僕たちはただ岸さんの汗が欲しかっただけだ!」

「千里ちゃん……?」

「朝日さん。僕はどうやらここまでみたいだ。二人のデートの邪魔は一人で行ってくれ」

「千里……」



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第97話 何をあげましょうか

「なんか俺知らない間に連行されたんだけど、これ普通に誘拐じゃね?」

「私と一緒におりたくないん?」

「いたいから誘拐じゃないな」

「んふふ」

 

 なんだんふふって可愛いなお前。いくらでも誘拐してくれ。いやでも一緒にいたいから誘拐じゃない。でも今考えたら小さい女の子が他の男の人と一緒にいたいって言ってても、連れて帰ったら誘拐になるよな? じゃあ誘拐じゃね?

 

「しっかし、当たり前のようにルミナスにきたものの、日葵の誕生日プレゼントどうするか」

「まだ決めてへんかったんが意外やわ。恭弥くんのことやから数年前から考えてるもんやと思ってた」

「薫のは考えてるぞ」

「考えた結果があれやったん?」

「あれやったん? とはなんだ。俺の考え抜いた一品だぞ」

「恭弥くんのおやすみボイス入ったレコーダーが? あれキショかったで」

「おい。本当のことでもキショいとか言うのはやめろ」

 

 シンプルに傷つくだろ。

 

 いやでも、喜んでもらえると思ったのになぁ。薫はドン引きして「きも」って言ってたし、日葵と光莉と春乃は欲しそうにしてたし、千里は「僕も作ろうかな……」って言ってたし。千里は作ったらぜひ俺にくれ。

 というか、欲しそうにしてたのにキショかったって酷くね? 春乃は妹にそれを送ることがキショいって言ったんだろうけど、それでも酷い。自分のことを棚に上げてる。それは人間としてどうなんだ?

 

「はぁ、春乃がキショいって言わなかったら俺のおやすみボイスレコーダーあげようと思ったのになぁ」

「直接言ってもらいたいからいらん」

「うぃっ」

 

 照れてしまった俺は自身をグーで殴り、平静を取り戻す。直接言うってシチュエーションすごくね? それって同じベッドじゃね? 同じベッドでおやすみって言ってね? イケメンじゃね? ……なんか春乃と一緒のベッドに入ったら俺が春乃から「おやすみ」ってイケメンボイスとイケメンフェイスで言われる気がする。春乃イケメンすぎだろ。俺にイケメン度寄越せ。

 

「恭弥くんってさ。初心やから可愛えよな。いっつもどうしようもないことばっか言うてるしえっちやのに、いざ攻められたらたじたじやん」

「は? 俺がいつ攻められてたじたじになったんだ? 言いがかりはやめてくれよ」

「ほい」

「ひぎぃ」

 

 春乃が腕をとってきた。そのまま腕を抱かれて、少し下から見上げられる。なんだこの可愛いイケメンは。俺が女の子だったら絶対今落ちてたぞ。春乃は女の子だけど、女の子の方が春乃のことを好きになりやすそうだ。同性だからこそ伝わりやすいイケメンさもあるし。

 

「春乃。付き合ってない男女がこの距離感はいけません!」

「光莉」

「おいおい。おいおいおい」

「私の勝ち」

「待って。今対抗策を考えてるから」

「無理やろ。恭弥くんと光莉の距離感ってバグってるし」

 

 そんなつもりはないんだけど……。いや、光莉はさ、ほら。俺と似てるところあるし、なんか近しい感じがするんだよな。近くにいないと落ち着かないとまではいかないけど、めちゃくちゃ近くにいて違和感ないくらいには。でも抱きしめてたりしてるわけじゃないからいいと思うんだ。よくないか? よくないな。いやいいな。

 

「そういや光莉はプレゼント決めたんかな? 光莉のことやから決めてそうやけど」

「あぁ。あいつ水着姿で自分にリボン巻いて『さぁ、どうする?』って言うつもりだってよ」

「うわ、ほんまに? 相変わらず頭おかしいな」

「まさか先にやられるとは」

「お前もか」

 

 いいと思ったのになぁ。いい体した俺が水着姿にリボン巻いてたら、老若男女問わず全員が俺を欲しがることだろう。ちなみに千里はそれを素の状態でできる。あいつはただ服を着て歩くだけで老若男女が欲しがる。ほんとあいつの性格が終わっててよかった。これで聖人だったらあいつのことを好きになっていたかもしれない。

 まぁ今の性格でも好きなんだけどね? 友情的な意味で。

 

「春乃はプレゼント考えてるのか?」

「というかもう買ってるで。あとからドタバタすんの嫌やし」

「えら。ちなみに何かって聞いてもいい?」

「旅行先で渡すことになるやろうから、あんまりかさばるもんあげんのもあれかと思って」

「何渡すんだ?」

「水着。私プロデュースのかっわいいやつ」

「おいおい。紐はやめとけって」

「そうよ。興奮するじゃない」

「紐ちゃうし、いつのまにおってん光莉」

「さっきからいたぞ」

「春乃は私の気配を感じられないの?」

「クズにしかわからんのやろ」

 

 俺と光莉はお互い目を合わせて、肩を竦めた。やれやれ、俺たちがクズだって? 大したお目目をお持ちだことで。大正解。めちゃくちゃデカい花丸をあげよう。

 

 光莉がくるっていうのはなんとなくわかる。光莉なら追いかけてくるだろうし、俺に対して無意識に殺気を放つようなやつだからな。これで気づかない方がおかしい。

 でも、不思議なのは千里がいないことだ。千里と一緒に殺されていたはずなのに、なぜ千里はいないんだろうか。もしかして追い打ちしてきてからきた?

 

「千里はどうしたんだ?」

「春乃の汗どうこうって言ってたら、薫ちゃんに見つかった」

「あほやん」

「ざまぁみやがれ。これで薫に嫌われずに『わ、私の汗はどう?』って言われてたら俺立ち直れねぇよ……」

「勝手に想像して勝手に落ち込むなんてバカね」

 

 だって、薫ってちょっと俺に似てやらしいところあるし。ただ俺と違って積極的だから、そういうこともありえる。こわい。薫が俺より早く大人の階段を上るんじゃないかって想像したら怖くて怖い。どれくらい怖いかって言うと怖いから怖くて怖すぎるほど怖い。

 

「……もう、そんなに落ち込まなくていいじゃない。はぁはぁ。私が慰めてあげましょうか?」

「こんなに欲望丸出しの醜い人間がおるんやな」

「サングラス?」

「それは見にくい」

「背の高い人の後ろの席の映画?」

「それは観にくい」

「合衆国に加盟した21番目の州?」

「それはイリノイ」

「あー! 今ちょっと笑った! 見てみて恭弥!」

「なんやその言い方。赤ちゃんか私は」

「なんでお前らイリノイが21番目って知ってるの?」

 

 21って聞いて思い浮かぶのは光速のランニングバックしかないんだけど。絶対一生使わない知識じゃんそれ。いや、今使ったんだけど。まさか二人とも、こういうおふざけの流れがあるって予想して、お互いに勉強していた……? やるな。俺も負けていられない。でもこんなやりとりしてると他人に変な目で見られるから負けてていいや。ふぅ、やれやれだぜ。変人のお守りは疲れるな。

 

「何『ふぅ、やれやれだぜ。変人のお守りは疲れるな』みたいな顔してんのよ。あんたが変人筆頭でしょ?」

「俺の考えてることを一言一句当てれる時点でお前の方が変人だろ? は? 『私みたいな可愛くておっぱい大きい女の子が変人なわけないでしょ』だと? アホか。おっぱい大きい上に可愛いから変人に決まってるだろ。 え? 『正面から褒められるとちょっと照れる』? いや、やめろよお前。なんかこう、いつも通りおかしな行動だけしててくれると助かるというか……」

「なんか意思疎通できてるように見えるんやけど、もしかして今夏らしく怖い話してる?」

 

 光莉の考えてることなら手に取るようにわかるから仕方ない。だって俺が言いそうなことを言えば大体当たるんだから。この世界がバトル漫画だとして、俺と光莉が戦えばお互いがお互いの行動の先を読んで決着がつかないかと思いきや、俺が光莉の純然たるパワーで嬲り殺されて終わりだ。無慈悲。

 

「や、そんなことより。日葵の誕生日プレゼント決めな。こんなんやっとったらいつまで経っても決められへんで?」

「んなこと言ったってさぁ。一軒家かマンションかのどっちかで悩んでるんだから仕方ないだろ?」

「確かに。何LDKかにもよるものね」

「待てや。悩むスケールがちゃうやろ」

「でもLDKは欲しいだろ」

「リビングとかダイニングとかキッチンとかを指してスケール言うとんちゃうねん! 家はなし!」

「島?」

「バカね。国よ」

「あぁー」

「殺す」

「まって! 俺たちほんとにふざけてないんです!」

「そうよ! ただ真面目に言ってるだけなの!」

 

 なんで殺されなきゃいけないんだ! 俺たちはただ真面目に日葵のことを想ってプレゼントを考えてるだけなのに! ただちょっと愛情表現が重たいだけで、いやむしろ日葵に対してなら軽すぎるくらいだけど一般と比べると重たいってだけだ! 決してふざけてないし、財力がちょっと心配だけどなんとかなるかって思ってるくらいで!

 

「大体、そんなん誕生日にもらって素直に喜べる人間おるわけないやろ」

「私はめちゃくちゃ喜ぶわよ」

「クズアホゴミカスのいうことは聞いてへんねん」

「え、それってもしかして私のこと?」

「ちゃうわ。飴ちゃんやるから黙っとけ」

「わーい!」

 

 飴に夢中になったクズアホゴミカスを放っておいて、真剣にプレゼントを考えることにした。できれば手元に残るようなものにしたいけど、迷惑じゃないかなとか。食べ物あげたらなんか気持ち悪いって思われないかなとか。石油とか喜ぶかなとか。でもシンプルに石油あげても喜ばないだろうから掘り当てようかなとか。

 

 そう考えているうちに、一つの名案が思い浮かんだ。これなら、俺が緊張するってことと他の色んな懸念事項以外は何の問題もない!

 

「あ、名案が思い浮かんだって顔してる。どうしたの?」

「名案が思い浮かんだ!」

「へぇ、名案が思い浮かんだんや」

「あぁ、名案が思い浮かんだ!」

「中身のある会話しましょうよ」

「誰が言うとんねんハゲ」

「ねぇ。私に対しての当たり強くない?」

 

 ごめんな、と言って春乃が光莉の頭をなでると、「むふー」と言って満足気になっていた。チョロ。



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第98話 車中

 8月7日。この日が何の日かと言われれば、全人類が『日葵の誕生日の前日』と答える事だろう。ちなみに昨日は『日葵の誕生日の前々日』と答えるのが全世界の常識。そう答えないやつは人類じゃない。ちなみにいつものメンバーに『今日は何の日?』とわざわざ送ったところ、全員『日葵の誕生日の前日』って答えたから全員人類。

 

「安心したぜ」

「君がわざわざ送ってくるってことはそういうことでしょ」

「恭弥を知ってる人なら全員わかるわよ」

「そもそも同じ家にいたのになんで私にも送ってきたの?」

「だって喜びを分かち合いたくて……」

「それよりゆりちゃんもう死んでもうたけど、大丈夫なん?」

 

 大丈夫じゃないでしょ。だって合流した瞬間にぶっ倒れて日葵が慌てて駆け寄って、目を覚ましたかと思ったら「あ」と呟いてまた倒れちゃったんだから。ほんとに海行って大丈夫か? 全員の水着姿見たら絶対死ぬだろ。死ねて本望だろうけど。

 父さんと母さん相手なら大丈夫かなと思ったけど、認めたくはないが両親ともに美形だし、「え? 薫ちゃんのご両親?」と死にながら呟いてたし、多分無理だ。

 

「あらあら。顔がいい人に弱いっていうのはほんとだったのね。大丈夫?」

「アがが」

「姉さん。ゆりちゃんの顔掴むのはほんとにやめてあげて」

 

 海に行く、というので車を運転できる人間が複数必要だったため、聖さんにもきてもらった。聖さんは顔のいい人間に弱いゆりちゃんが面白いらしく、自分の顔を見せては遊んでいる。オイ春乃、やれやれみたいな顔してるけどお前も似たようなことしてたからな。むしろお前のが罪重いし。お前がゆりちゃんを助けたばっかりに、ゆりちゃんは命の危険を晒すことになるんだから。

 

「よし、どう分かれる? 俺と母さんはラブラブだから一緒だとして」

「あんまり子どもの前でそういうこと言うなよ。俺は父さんと母さんと一緒はいやだから、聖さんの車に乗せてもらう」

「僕と恭弥が離れることはあり得ないし、薫ちゃんと離れることもあり得ない上、ゆりちゃんが薫ちゃんから離れることはあり得ないから、これで決定だねよし行こう」

 

 誰かに何かを言われる前に聖さんの車に乗り込む。6人は余裕で座れる大きさだから、助手席は千里に譲って俺は一番後ろに座ろう。薫とゆりちゃんが隣同士になればあとはどうでもいいだろ。

 

「あれ。なんで千里が隣に座ってんの?」

「姉さんの隣何て、この年になって座りたくないに決まってるじゃないか」

「俺は薫の隣に座りたいぞ」

「きもいこと言わないで」

「はぁん! 薫ちゃんがきもいっておっしゃってる……」

「薫、そこの変態どうにかした方がいいぞ」

「身内の変態をどうにかしなくてもどうにかなってるから大丈夫」

「言うじゃん?」

「仲良しねぇ。準備はいい?」

 

 はーい! と俺だけが返事して、車が出発した。おい、返事しろよ。

 

 

 

 

 

「さて、みんなは恭弥のどこが好きなんだ?」

「そ、そそそそそそそそ」

「そんなこと何で聞くんですか!? って言ってます」

「あら、息子のことだから気になって当然じゃない?」

「い、いいいいいいいいいいい」

「いや、いやいやいやいやって言ってます」

「ほな通訳せんでもよかったやろ」

 

 恭弥が聖さんの車に乗り込んだ時点でなんとなく察しはついてたけど、なるほど。確かに恭弥の両親なら、恭弥がいたとしてもこの話題振ってただろうし、そりゃ一緒に乗りたくない。恭弥からすれば気まずいことこの上ないし。

 

「あれ、そういえばなんで私らが恭弥くんのこと好きって知ってはるんですか?」

「見ればわかる。恭弥のこと好きな頭のおかしい人間だってな」

「ごめんなさいね。お父さんデリカシーのないカスゴミ野郎なの。ご容赦お願いねジャリガールども」

「もうデリカシーとかの次元ちゃうやん」

「ジャリガールって初めて現実で聞いたわよ」

「え?」

 

 恭弥の幼馴染のあんたはそりゃ聞いたことあるでしょうけど。普通の人生を歩んでたらそんな言葉聞かないのよ。大体ジャリガールって何? 砂利ってこと? 確かに春乃の胸は砂利みたいなものだけど、私も一緒にしてほしくないわね。私は砂利どころか地球なんだから。アースガールって呼んで欲しいわ。

 

「なんで好きかって、そらおもろいしあんな人他におらんって思ったんで」

「俺」

「あら浮気? 最近三人目を作ろうと頑張ってるのに」

「今の恭弥と薫ちゃんには言っちゃダメよ」

「聞かなかったことにするね」

「高二と中三が聞いたら複雑以外の何物でもないやろうしなぁ」

 

 年の離れた弟妹は絶対に可愛いし、この二人の遺伝子なら年が離れていなくても可愛いに決まってるけど、そんなこと関係なく両親がこの年で子どもを作ったっていう事実が嫌だ。反抗期真っ盛りだったらもう反抗に反抗を重ねて犯行することだろう。あ、私うまい。かわいい。うまかわ。

 

 薫ちゃんっていうめちゃくちゃいい子が育ったのは奇跡だから、今度生まれてくる子もいい子に育ってほしい。まぁ恭弥は下の子を大事にするだろうし、薫ちゃんも大事にするだろうからそのあたりはあんまり心配していない。薫ちゃんを見習って恭弥を反面教師にして育てばすべてうまくいく。

 

「いやぁ、この中の誰かが未来の娘になるって考えたら興奮してきたな。母さん、今夜どうだ?」

「いいわね」

「海の中で」

「離婚しましょう」

「じゃあ結婚してくれ」

「はい……!」

「なにあのバカども。ムカついてきたわね」

「こら。ええやん仲良しで。羨ましいなぁって思うで?」

「私も恭弥に結婚しようって言ってもらいたいなぁ」

 

 私も、と言いかけて咳払い。私はそういうキャラじゃないからだめだ。むしろ日葵に結婚しようって言ってもらいたいというか言いたい。言おうかな? 言ったらワンチャンあるんじゃない? だって私日葵に絶交されるくらいのことは何回かしてるし、それでも一緒にいてくれるってことは私のこと好き意外ありえないでしょ。あ、すごい興奮してきたな。

 

「恭弥に頼めば言ってくれるんじゃないか?」

「無理ですよー。そんな簡単に言うような人じゃないですし」

「あいつそういう言葉は大事にするタイプ……いや、ふざけて言いそうではあるけど、女の子には絶対言わないわね」

「千里に言うのはセーフ?」

「メス相手だからアウトに決まってるじゃない。何言ってるの?」

「千里ちゃんってどこでもそういう扱いなのね」

 

 千里がメス以外の扱いされるところなんてあるんだろうか。絶対ない。あんな一から百までメスの化け物は、メスって言われる以外の選択肢がない。なんであんなにメスなのかしら。私にあのメス力があれば全人類の男は私に虜になっていたに違いないのに。まぁ今でも虜なんだけど。ふっ、美しすぎるっていうのは罪ね。

 

「それよりほんまによかったんですか? 宿泊代も全部だしてもろて」

「あぁ。未来の家族だと思えば全然苦じゃないし、なによりいつも恭弥と薫と仲良くしてもらっているお礼だ。全身全霊をかけて受け取ってくれ」

「お父さん。それだと重く感じちゃうわよ」

「すまん。神に感謝しろ」

「お父さん。それだと軽く感じちゃうわよ」

「色々謝れ」

 

 日本人が神に感謝とか言い出したら軽く感じるのはわかるけど、本気で信仰してる人もいるからね。ちなみに私は自分の家の宗教を全く把握していない。千里みたいに他の家の宗派を知ってることもないし、いたって普通の日本人だ。日葵はお焼香とかで気にして自分の家の宗派を勉強してそうだけど。

 

「それと、部屋割りはこっちで勝手に決めたからな。心配しなくても、ちゃんと男女別にしておいた。俺と母さんは一緒だけどな。ハッハッハッハッハ!!!!!」

「お父さん前見なきゃだめよ」

「あかん。なんかこの車乗ってるのこわなってきた」

「すぐ慣れるよ」

「日葵って常識人のフリして死ぬほど頭おかしいわよね」

「誰が言うとんねん」

「私は常識人のフリしてないもの」

 

 普段猫被ってるけどもうバレてるだろうし。それもこれも恭弥と千里のせいだ。あいつらが変なことをするから私も素を出さなきゃいけなくなって、男子から変な人気が出て、恭弥と他の男子を比べてしまって悪循環に陥る。クソ、あのスルメ人間め。また殺してやろうかしら?

 

「まぁ、俺からは多くは言わないが」

 

 首を傾げる私たちの方に振り返って、恭弥のお父さんはにかっと笑った。

 

「三日間、頑張れよ。あいつは初心だから、積極的に行けばチョロいぜ」

「お父さん、前見なきゃダメよ」

 

 今言わないであげてください。



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第99話 ホテル到着

「ひっっっろ」

「いや、その、なんていうか……お金ほんとに大丈夫なのかな」

 

 ホテルに到着し、部屋割りは俺と千里、両親、日葵と光莉と春乃、薫とゆりちゃんと聖さん。父さんが「おーしゃんびゅーというやつだぞ!!!!!」と元気いっぱいだったのでどんなとこかと思えば、結構すごいところだった。

 

 オーシャンビューというだけあって、海側に壁は一切なくガラス張り。そこから見渡す限りの海が見えて、白い砂浜も見える。多分あそこが海水浴場だろう。バルコニーに出ると更にはっきり海が一望できて、バルコニーにはジャグジー付きの小さめの温泉と小さなプールがあり、控え目な屋根の下に可愛らしいテーブルとベンチが置かれてある。

 室内はバルコニー側にクィーンサイズのベッドが二つ、少し離れてガラスの四角いテーブルを囲むようにソファが並べられている。すべて青と白をベースとした色で、床はクリーム色の大理石。カウンターが大理石になっているキッチンの近くには、木製の白いテーブルが置かれてある。

 

「なぁ千里。俺の両親は今日死ぬかもしれない」

「一泊どれくらいするんだろうこれ……食事はついてないって言ってたから、十万は超えないと思うけど……」

 

 多分七万か五万かそれくらいだろう。二人でそれくらいの値段だとすると、今回は両親、俺、千里、日葵、光莉、春乃、薫、ゆりちゃん、聖さんだから二十万以上はかかってる。頑張りすぎだろうちの両親。金には困ってないって言ってももう少し控え目にというか、日葵の誕生日に合わせたせいで日葵がめちゃくちゃ遠慮しちゃいそうだな。

 

「……まぁ、荷物置こう。値段考えて楽しめなくなっても仕方ねぇし」

「そうだね。ところでホテルの人が僕たちをまるでカップルを見るような目で見てたことには気づいた?」

「そこにゴムが置いてある」

「幸いここは沈める場所に困らないね」

「旅行先で殺人だけはやめてくれ」

 

 どこぞの名探偵が現れても困るし、いやまぁ俺たちなら推理モノを一瞬でギャグに染め上げる自信はあるけど、殺人は殺人。千里が逮捕されて聖さんが『千里が逮捕される』っていう事実に興奮しておしまいだ。あと俺はこんな広い部屋を一人で使うことになる。寂しすぎないか?

 

「あとで日葵たちの部屋にも行ってみるか。三人だとまた違うかもしれないし」

「そうだね。僕は薫ちゃんの部屋に行ってみようかな。いやらしい意味はないけど姉さんに連絡してゆりちゃんを連れだしてもらおう」

「おい、その手に持ったゴムはどういうつもりだ?」

「えへへ……」

「死ぬ覚悟、よしと見た」

「は? 恭弥が怖すぎて一瞬でゴムをゴミにしたのが見えなかったのか?」

「ちょっとだけ抜いただろ」

「今日は恭弥の体を舐めて綺麗にすればいい?」

「お。わかってるじゃねぇか」

「今の部分だけを録音した」

「足でも舐めましょうか?」

「君が興奮しちゃうから遠慮しとくよ」

 

 流石の俺でも千里の足を舐めて興奮はしねぇよ。しないよな? うん。俺の俺も興奮しないって言ってる。ちょっと自信なさげだったけど、男友だちに欲情するなんてありえない。いくら千里が女の子みたいっていうどころか完璧に女の子にしか見えないからって、いざそういうことができるかと言われれば話は別だ。でも念の為みんなに夜はこの部屋に入ってこないように言っておこうと思う。変な意味はないよ???

 

「飯食うところはこのホテルの近くにあるし、なんなら食材買うところもあるって言ってたよな」

「自由行動だー! って言ってたね。あれ十中八九恭弥のお父さんとお母さんが自由行動したいからだと思うけど」

「聖さんが『どこかに行くときは私に言ってね』って言ってくれた時、俺恥ずかしくて死んだ」

「死にそうになったっていうのはよく聞くけど、本当に死ぬのは君くらいだ」

 

 だってさ、一番の大人なのに『自由行動だー!』って肩ぶん回して、大学生の聖さんがめちゃくちゃ大人してるんだぜ? 息子として恥ずかしいったらないだろ。こんなとこ用意してくれてるだけで何も言えないっちゃ言えないんだけどさ。薫も恥ずかしそうにしててゆりちゃんによしよしされてたし。ゆりちゃんって薫に対してだけはちょっとマシなんだよな。やっぱり一年間一緒にいたから、ちょっとは耐性ついてるんだろうか。

 

 荷物の整理を終えて、いざ日葵たちのところに行こうと思ったその時。ドアをノックする音が聞こえた。この規則正しく控え目なノックの音は日葵!

 

「ちょっと待っててくれ日葵。今開ける」

「なんでわかるの?」

「ふふ。なんでだと思う?」

「キショこわ……」

 

 失礼がすぎる。

 

 どう見ても豪華な黒いドアを開けると、予想通りそこには日葵がいた。後ろには光莉と春乃がいて、光莉は「よ」と手を小さく上げて、春乃は「さっきぶりー!」と腕をぶんぶん振っている。

 

「荷物の整理終わった?」

「おう。ちょうど終わってそっちに行こうかと思ってた」

「よかった。入ってもいい?」

「いいぞー」

「恭弥と千里の愛の巣だって考えるとちょっと遠慮しちゃうわね……」

「ゴムは捨てたぞ」

「あ、やっぱ勘違いされてたんや」

 

 やっぱり全員気づいてたのか。まぁ明らかにホテルの人の目がすっごい生暖かかったし。にしても部屋入った瞬間に置くんじゃなくて、夜に俺たちが部屋を開けてる時に置いてくれとは思った。俺たち真昼間から開戦するような節操なしだと思われてるのか? そもそも開戦はしないんだけども。

 

「わ。やっぱり広い!」

「二人部屋でもこんなに広いのね……」

「そっちの部屋はどんなのだったんだ?」

「大体一緒やけど、バルコニーの方に洞窟つきの温泉あったで」

「洞窟」

 

 このホテルは何を目指してるんだ……? 洞窟のある部屋なんて聞いたことないぞ。前に北海道へ家族旅行行ったときに洞窟のある温泉は入ったことあるけど、部屋に洞窟って。めちゃくちゃテンション上がるじゃん。

 

「俺たちのところにも洞窟ほしかったなぁ」

「? なら来たらいいじゃない。一緒に入りましょうよ」

「えぇ!? 何言ってるの光莉! い、一緒になんてダメだよ!!」

「水着着ればいいんじゃない? 別に初めてじゃないんだし」

「恭弥恭弥。別に初めてじゃないんだしって興奮しない?」

「光莉。『別に初めてじゃないんだしって興奮しない?』って言ってるバカがいるぞ」

「やりやがったな」

 

 旅行先で殺人事件が発生し、ただまぁいつものことなので誰も触れることなく。日葵は「あ、うん、そういうこと……」と顔を真っ赤にしながら胸を撫でおろし、春乃は「みんなで温泉入るの楽しそうやなぁ」とにこにこしている。春乃はいつもよりテンション高い、というよりうきうきして可愛らしく見えるから、旅行でテンション上がるタイプか。イケメンのくせに可愛いとこ見せてんじゃねぇよ。

 

「結構広かったし、その時になったら薫ちゃんとゆりちゃんと聖さんも呼ぶ?」

「大丈夫か? ゆりちゃん死ぬだろ」

「目隠ししたらええやろ」

「せっかくのオーシャンビューなのに……」

「せっかくのオーシャンビューは私と日葵だけのものにしましょう。さぁ死んでいいわよあんたたち」

「一人すでに死んでるぞ」

「まったく、僕を殺すなんてひどいじゃないか」

「恭弥くんと千里って異常にタフやんな」

 

 光莉のおかげっていうか光莉のせいだろ。俺たちが何度光莉に殺されたと思ってるんだ? ちょっとやそっとじゃ殺され切れないぞ。えへん。

 

 しかし、それくらいの大人数入っても大丈夫なくらい広いのか。ってなると宿泊料金もっと高そうだよな……。大丈夫かな。これから先の晩飯がめちゃくちゃ質素になってたりしないだろうか。

 

「さて、これからどうしましょうか。とりあえずお昼食べに行く?」

「だな。薫たちにも声かけるか」

「移動手段は……」

「姉さんの車なら七人まで乗れるから心配いらないよ」

「よかった。うちの両親を恨むところだった」

「こんなところに泊まらせてくれるんだから、これ以上は期待しすぎだよ」

 

 流石日葵天使。さすひまてん。SHT。まぁ多分俺も日葵の立場なら同じことを思うだろう。俺は息子だから両親に対して何やってんだよと思ってしまうが、ここに泊まらせてくれる時点で大分ありがたい。普段仕事して疲れてるだろうから、こういうときくらいは二人でゆっくりしてもらうのも悪くないだろう。

 

「じゃあなんか適当にうまそうなとこ調べてから行くか」

「私海鮮食べたい!」

「さぁあんたたち。海鮮に行くわよ」

「力で押し通すのやめへん? や、ええけど」

「せっかく海が見えるんだし、そういうの食べたいよね」

「んじゃあ海鮮系でうまそうな店探すか」

 

 海鮮っていくら食べても飽きないんだよなぁ肉はほんとにそんな量いらないけど、海鮮はいっぱい欲しくなる。スーパーとかで買うと時々とんでもなくクサいやつあるから、こういうとこでおいしいものをいっぱい食べておかないとな。



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第100話 我慢できない人たち

 聖さんを呼んで飯を食いに行くことになり、車中。

 

 運転席に聖さん、助手席に千里、その後ろに光莉、日葵、春乃、その後ろに俺、薫、ゆりちゃんで座って、ちょっと狭いなと思いつつも薫と久しぶりの……久しぶりでもない密着ができて喜び、俺は薫に蔑んだ目で見られていた。いいじゃん。お兄ちゃん嬉しいんだから。

 

 この位置になったのは偶然でも何でもなく、千里を薫の隣にするわけにもいかず、かといって薫以外の女の子の隣にするわけにもいかないから助手席。そして俺はまぁなんやかんや色々あるから、薫以外の女の子と隣になるとごちゃごちゃぐちゃぐちゃするのでこうなった。仕方ない。

 

「へたれ」

「お兄ちゃんを責めるのはやめてもらおうか」

「お兄様と仲良さげな薫ちゃん可愛さの頂点……私は昇天しないように耐えきろうと挑戦……」

「ゆりちゃんが薫ちゃんの可愛さに思わず韻踏んでるやん」

「ラップって可愛い方の勝ちだから、恭弥は死になさい」

「俺はラップしてないし命を懸けた覚えもない」

「男らしくないわね」

「勝手に男らしさを横暴に測ってくんじゃねぇよ」

 

 俺は薫に抱きついてるゆりちゃんっていうげきかわ和み光景を見るので忙しいんだから。妹と妹と仲良しの可愛い女の子ってこんなにも目の保養になるんだな。なんだろう、いやらしい気持ちが一切わいてこない。視界の端で光莉のおっぱいが揺れたけどそんなの気にならない。ぶるんぶるん。薫は可愛いなぁ。

 

「日葵ー。恭弥が私のおっぱいを見てくるの」

「恭弥?」

「違う! 僕も見てた!」

「なんで千里は死にに来たん?」

「面白いかと思って……」

「千里。あとでお話ね」

「あ、そうですか」

 

 千里が意気揚々と参戦しにきて自爆した。お前何がしたかったんだ。バックミラーめちゃくちゃ見てるなって思ってたから見てるのはわかってたけど、わざわざ言わなきゃよかったのに。

 いや、待てよ。千里のことだから、俺からターゲットを逸らすためにわざと名乗り出てくれたのか? 流石親友。この恩は一生忘れないぜ。

 

「恭弥、光莉のおっぱい見てたの?」

「全然逸れてねぇじゃん」

「だって逸らしてないもの」

「お前のおっぱいの話じゃねぇんだよ」

 

 日葵が俺以外を意識していない。嬉しいけど嬉しくない。光莉もわざわざ日葵にチクらなくてもいいのに。なんで? 日葵にそんなことをバラして何が楽しいんだ。いくら俺をボコボコにするのが楽しいからって、精神的にもボコボコにしなくていいじゃないか!

 どうしよう。日葵はこうなったら納得するまで引き下がらない。どうにかして俺が光莉のおっぱいを見ていなかったってことにするか、光莉のおっぱいを見ていた正当な理由を考えるしかない。ただ、見てたってなるとどう考えてもアウトだからここは見ていなかったってことにしよう。

 

「おいおい日葵。俺が光莉のおっぱいを見ていただって? そんなことあるはずないだろ」

「はいぶるんぶるん」

 

 光莉が腕でおっぱいをさせて上下にぶるんぶるん。は? 見るだろ。

 

「見てるじゃん」

「おいテメェ卑怯だぞ!! ちったぁ淑女らしく振舞おうとは思わねぇのか!?」

「あら、きらい?」

「好きです!!!!!!」

「これやから男は……」

「あら、春乃もやってみればいいじゃない。あ、できないのか。ぷぷぷー。女を持って生まれなかった人は不憫、あ、ごめんなさい。冗談じゃない。ね? 旅行先なんだから楽しくしましょうよ助けて日葵!」

「今のは光莉が悪い」

「あぁ……」

 

 心なしか車の動きが早くなった気がする。人一人分の体重が消えたからだろうか。胸にもすごい重りついてたしな。

 ……あいつ、なんでいつも春乃をいじるんだろう。どうせ殺されるに決まってるのに。どうにかして優位性を保ちたいんだろうか。人間の醜い部分が出てるな。いやだいやだ。

 

 というかいくら俺相手だからってやっていいことと悪いことがある。そんなおっぱい支えてぶるんぶるんなんて好きな男に対してやることじゃないだろ。もっとさ、こうさ。好きな相手だからこその恥じらいとかあるもんじゃん。なんでそんなに恥じらいないんだよ。って言ったらどうせ光莉は「喜んで欲しいから」って言うに決まってるんだ。あと面白いから。

 

「兄貴。お金ってどうするの?」

「父さんからカード預かってる。カード使えなくてもいいように現金も」

「うちのどこからそんなお金が出てくるの?」

「色々成功したんじゃねぇの。まぁ俺の両親だから何も不思議じゃないな」

「なんかそのお金の出所怖いんやけど」

 

 俺に言われても。ただ両親の稼ぎがいいのは事実だし、俺もちょこちょこ手伝ってるし、これくらいの金が出てもまぁおかしくはないかな……くらいは思える。心配は心配だけど。両親が大丈夫だって思って金使ってるんだから、息子である俺が遠慮する必要はないとは思ってるから遠慮なく使うけどな。

 

「すぅーはぁーすぅーはっ!!!??」

「ところでゆりちゃんは何してるんだ?」

「美男美女が多すぎて、私の匂い嗅いで落ち着こうとして失敗してる図」

「そんなことしたら興奮するに決まってるのにね」

「千里の興奮とゆりちゃんの興奮を同じベクトルで捉えるなよ?」

「結構同じやと思うけどな」

 

 ちんちんあるのとないのとじゃ全然違うだろ。男と女ってのはそういうもんだ。

 

 でも、ゆりちゃんは心配していたほど死んでいない。死んでるっちゃ死んでるんだけど、まだ耐えている方だろう。聞くところによると、薫と一緒にトレーニングをしていたみたいだ。曰く、薫が撮ってきた俺たちの写真を眺めたり、録音した俺たちの声を聞きながら寝たり。楽しむために努力してきてくれたらしい。トレーニング方法が変態のそれだが、俺たちからすれば普通だから何の問題もない。

 

「でもゆりちゃん水着姿とか大丈夫なのか?」

「そうよ。日葵の水着姿なんて私がイチコロに決まってるじゃない」

「あれ、いま光莉の話だったっけ……?」

「ゆりちゃんの話やで」

「あっ! せっかく私が日葵の脳を破壊して好き勝手しようと思ってたのに、何してるのよ春乃!」

「おい大犯罪者。今すぐ車から降りろ」

「あ? やんのか」

「ひぇ……」

 

 ガンを飛ばされた俺は縮こまり「こわーい」と薫に抱きつくと、「離れろ」と一蹴された。仮にもお兄ちゃんに向かって離れろって、たくましく育ってくれて俺は嬉しい。でもできればもっと優しい言葉をかけてくれると嬉しいな。ほら、お兄ちゃん大好きとか、お兄ちゃんと結婚したいとか、お兄ちゃんイケメンとか。は? キショ。

 

「わ、みてみて! ぞうさんみたいな雲!」

「何?」

「なんだって?」

「よく見せてみなさい?」

「日葵。変態が三匹くらいおるけど、私が掃除しとくから気にせんといてな」

「まだ何も言ってないじゃないか!」

「そうだぞ! ぞうさんみたいな雲が気になっただけだ!」

「そうよそうよ! ぞうさんみたいな雲を見てる日葵が気になっただけじゃない!」

「有罪」

「千里、俺たちはセーフだぜ」

「ふっ、口を滑らせるなんて馬鹿だね」

「千里?」

「兄貴?」

「「ふぅ……」」

 

 光莉は春乃に睨まれ、俺は薫に睨まれ、千里は聖さんに睨まれ。参ったな。薫は直接的に殺してはこないが、俺に精神的なダメージを与えるのがものすごくうまい。だって「兄貴きらい」って言われたら一撃で俺は死んでしまうんだから。薫から嫌いって言われるのは背中にナイフ突き刺されるよりも痛いし辛い。どうかこれから先一回も言わないで欲しい。多分無理。でも薫が俺を本気で嫌いにならないって知ってるから全然大丈夫。

 

「兄貴きらい」

「恭弥が死んじゃった……」

「私が日葵にきらいって言われるようなものだしね。無理もないわ」

「いいなぁ恭弥。僕なんて今姉さんが運転してて制裁できないから、たまりにたまった制裁が降りてから降り注ぐっていうのに」

「制裁されるようなことせんかったらええやん」

「それができたら恭弥と親友なんてやってないよ」

「俺の親友であることがおかしいみたいに言うな」

「あ、生き返った」

 

 ふぅ、危なかったぜ。心構えをしていなければ一瞬で死ぬところだった。薫の隣で日葵の後ろで死ねるなら本望ってやつだが、まだ俺には死ねない理由がある。薫の花嫁姿を見てからじゃないと死ねない。でも見たら悲しさと嫉妬と怒りで死ぬ。は? 俺の未来は真っ暗か?

 

 いいこと考えた。いっそ千里も花嫁にすればいいんだ。そうすれば男にとられたわけじゃないからダメージも少なくて済む。こうなったら近くの花嫁体験ができる式場を予約しておこう。予行演習だ。ふふふ。千里もまさか花嫁にされるとは思っていまい。

 

「兄貴。そこ行ったらどうなるかって考えたりしないの?」

「? なにが」

「ん-ん。べつに」

 

 薫が「仕方ないやつだなぁ」と言わんばかりに俺を呆れた目で見てきた。なんだなんだ。もしかして「そこに言ったら兄貴と結婚したくなっちゃうからだめ!」ってか? ふふふ。俺が気持ち悪すぎて吐き気がしてきたな。



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第101話 だべりだべり

 俺たちが訪れたのは海の近くにある広い料亭。なんでも頼むメニューによっては自分で焼いたりできるらしく、カツオをステーキみたいに焼けると聞いてよだれをたらし、日葵に怒られたのはいい思い出だ。ちなみによだれをたらしたのは光莉。

 

「さて、何食べようかな」

「千里。お前その状態でなんか食えんの?」

「食べる時になったら戻ってるよ」

 

 聖さんの制裁を受け、顔をパンパンに腫らした千里を気に掛けるが、それもそうだな。千里は死んでも死なないし殺されても死なないし、怪我をしてもすぐに治る。事故ったら普通にそのままだけど、制裁とかそういう系のやつはすぐに治るのがお約束だ。

 

 座り順は長いテーブルの奥に千里、俺、薫、ゆりちゃん。それぞれ対面に聖さん、日葵、光莉、春乃。正面に日葵がいることでド緊張しそうだが、隣に千里と薫の安心サンドイッチがあるからまだ大丈夫。ふーふー。落ち着け俺。食事マナーは大丈夫な方だから、それで幻滅されることはない。むしろ食事マナーごときで幻滅されるなら俺はとっくに幻滅されてる。

 

「兄貴、何食べる? くらい聞きなよ」

「おぉ、そうか。千里、何食べる?」

「それを素でやってるから勘違いされるんだよ」

「なにが?」

 

 俺の胸の少し手前くらいまで既に治っている顔を寄せて、「おいしそうだね」とにこっと笑って俺を見る千里。おいおい。可愛すぎて可愛いという概念が塗り替えられそうなくらい可愛い。お前男とか嘘つくなよ。その洗練されたメスの動きを自然と出せるなんてもう男って名乗れねぇよ。

 ちら、と対面を見る。日葵はメニューを見て目を輝かせ、光莉はそんな日葵を見てよだれを滴らせ、春乃は光莉が何かやらかさないか注意深く見守っている。聖さんはうふふと微笑ましそうに見ている。なんか、あれだな。おっとりしたお母さんとしっかりしたお母さんに挟まれた娘二人みたいだな。片方の娘がとんでもないけど。

 

「うんんん。ぜんぶおいしそうで悩む……」

「気になるものそれぞれが頼んでわけっこすればいいんじゃない?」

「光莉にしてはええこと言うやん」

「そいつ、名案考え付いたみたいな顔してるけど日葵が食べたものを食べたいだけだぞ」

「は? 私は日葵のよだれを啜りたいの。勘違いしないでくれる?」

「お前年下の女の子の前でエグイ下ネタぶつけてくんなよ……」

「ゆりちゃんはめちゃくちゃ頷いてくれてるわ」

「あの子はかなりおかしいから別だ別」

 

 ゆりちゃんだったら例え腕毛でも美男美女のものなら喜んで食べるだろう。美男美女を神格化してるところもあるし、ただよだれは恐れ多いのか、「私なんかがいいのかな……」と薫に真剣な相談を持ち掛けている。薫は「そもそも啜れるわけないじゃん」とメニューを見ながら華麗に突っぱねていた。俺の妹がクール可愛い。ゆりちゃんも「んっ、そうだよねっ!」と顔を赤くしてにこにこしていた。ヤバいってあの子。

 

「恭弥は何にするか決めたの?」

「俺はカツオを焼きたい。やーきーたーいー!」

「私もやーきーたーいー!」

「ははは。クズゴミが駄々こねてると面白いね」

「光莉。こいつを面白い形に変えてやろう」

「御意」

「待ってくれ! もうすでに男なのに女の子みたいっていう面白さがあるじゃないか!」

「プライドかなぐり捨ててまで助かりたいんやな……」

 

 あと面白くないぞ。面白くないレベルで可愛いから。中身は面白いんだけども。

 

 さて、こうして遊んでいるといつまで経ってもご飯が食べられないのでそろそろ真面目に決めようと思う。ふざけすぎると怒られちゃうし。ふざけるときは節度を守ってふざけよう。

 

 店員さんを呼んで注文する。俺と千里はカツオのステーキ。どうやら千里は俺とどちらがいい焼き加減ができるか勝負したいらしい。ふふふ、いいだろう。男同士の勝負……かと思いきや光莉も同じものを頼んだ。羨ましくなったらしい。可愛いやつめ。

 聖さんはお刺身の定食。春乃は鯛だしのにごりそばと鯛めしのセット。薫とゆりちゃんは同じ海鮮丼。かわいい。

 そして日葵は悩みに悩んだ末、うにといくらのあいもり丼にした。「高いけど、ごめん!」と言った日葵が可愛かった。どうせ親の金だしいいのよ。むしろもっと食ってくれ。

 

「ふむふむ。値段的には日葵が一番高いわね」

「うぅ……だ、だってこういう時しか食べられないから」

「父さんも金使ってくれた方が嬉しいだろうから、むしろじゃんじゃん食べてくれ」

「え? 端から端まで?」

「食えるならいいぞ」

「多分いけるわよ」

「強い星の戦士かよ……」

 

 光莉はよく食べそうよく食べそうとは思っていたが、メニューの端から端まで食べられる強靭な胃袋の持ち主だとは思わなかった。いつもいっぱい食べてるからそんなにおっぱい大きいんだなぁ……。

 

「私、何か申し訳ないです。こんな美男美女に囲まれて、おいしいもの食べていいところに泊まれるなんて……え? もしかして私余命宣告されてます?」

「縁起でもないこと言わないで」

「やーん薫ちゃんすきー!!」

「春乃。私も今から薫ちゃんに抱き着いてくるけど見逃してね」

「私は別にええけど、日葵と恭弥くんが許さんと思うで」

「知ってる。肩が万力で挟まれてるのかと思って見てみたら日葵の手だったから」

「薫ちゃんの教育に悪いからだめです」

 

 光莉が薫の教育に悪いなら、俺と一緒の家で育つのはかなり教育に悪いことになるが、そのあたりどう思ってるんだろうか。俺は家族だからいいとか? へへ、照れるぜ。

 ていうか、日葵ってちゃんと光莉のことを危ない人だと認識してるんだな。普段ぽやぽやしててなんでも許してくれそうだから、ただの親友くらいに思ってるのかと思ってた。日葵がちゃんとした目を持ってて俺は嬉しいよ。

 

「ゆりちゃん結構平気な感じ? さっきから気絶することあらへんけど」

「はいぃぃいいい。まだ皆さんに名前を呼んでいただくのは慣れていませんが……あまり見ないようにすればなんとか!」

「ふーん」

「アッ」

「春乃さん!」

 

 春乃がゆりちゃんの顎に指を添えて自分の方を向かせ、悪そうに微笑んだ。超絶イケメンスマイルを正面から受けたゆりちゃんは顔を一瞬で真っ赤にし、薫にしな垂れかかる。あんなのされたら誰でもあぁなるって。春乃は自分のイケメンを理解しすぎだろ。あれで可愛いんだから最強すぎる。

 

「もう、ゆりをあんまりからかわないでください」

「にゃはは。かわええからついやってまうねんな。ごめんな?」

「よし」

「お前も可愛いけどやってくれないぞ」

「え……岸さんにやられて薫ちゃんに覆いかぶさろうと思ってたのに」

「幸せ二連撃受けようとしてんじゃないわよ」

「うふふ。私がやってあげましょうか? 千里」

「あ、すみません」

 

 聖さんに頼んだら顎に指を添えるんじゃなくて、顎にパンチを喰らわせて脳を揺らし、本気で気絶させにくることだろう。聖さんの前じゃ千里も思い切りはっちゃけられな……はっちゃけてるな。いつもより制裁が強いってだけで、それ以外はいつもと変わってない。こいつマジで我慢覚えた方がいいだろ。いつか死ぬぞ。制裁で。

 

「そういえば恭弥。ご飯食べた後はどこに行くの?」

「この近くに挙式が体験できるところがあってな。さっき予約した」

「きょ、きょきょきょきょきょきょ挙式!!!??」

「どうせ千里にウエディングドレス着せる気でしょ。期待してないわよ」

「期待ぃ? 光莉は何を期待してたん?」

「私が新郎で日葵が新婦になることを期待してたに決まってるじゃない」

「ブレねぇな……」

 

 一瞬光莉がウエディングドレス着て俺の隣歩きたいのかと勘違いしちゃったじゃねぇか。自意識過剰男が死ね。自意識過剰の男がこの世で一番恥ずかしいからな。あーやだやだ。一瞬でも想像してしまった自分を殺したい。ていうか死ね。

 

 ふぅ。こういう時は千里にウエディングドレスを脳内で着せて落ち着こう。目いっぱい笑ってやる……あれ、似合いすぎて全然笑えない。むしろ見惚れる。ウエディングドレス着た千里に「へへ。結婚……しちゃったね」って首傾げながら言われたら俺は可愛すぎて抱きしめてキスする自信しかない。ゴールインしたとしても何の後悔もない。嘘。薫から千里を取るのはだめだ。

 

「千里ちゃんがウエディングドレスなら、私がタキシードにしようかな」

「薫はすらっとしてるから似合うだろうな。でもせっかくだからウエディングドレス着て、千里の隣に立たせてもらえよ。未来の予行演習だと思ってさ」

「兄貴……」

「ウエディングドレスなんて着る機会そうそうないんだしよ。どうせなら好きな人の隣に立ちたいだろ?」

「恭弥って、やっぱりいいお兄ちゃんだね」

「こういう時だけ薫ちゃんが羨ましくなるわ」

「金あるし顔ええし優しいしな」

「一番最初に金を持ってくるのがリアルすぎる」

 

 小さく聞こえた薫の「ありがとう」に笑って頷いて、ぽんぽんと頭を撫でた。

 

 触らないでって言われた。なんで???



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第102話 誰と撮る?

「誰のカツオが一番よく焼けてると思う!!!!!???」

「うるさい」

「あ、はい」

 

 なんていう一幕もあり。

 

 ご飯を食べ終えた俺たちは、挙式体験ができる場所へ向かっていた。いくらなんでもうるさいはないと思うんだよな。うるさいは。

 ただまぁおいしそうにご飯を食べる日葵が可愛かったからよしとしよう。日葵のためならいくらでも払える。でも日葵は「ちゃんと自分のために使って!」って言うんだろう。遠慮なく高いもの食べたくせに、ちゃんとそういうのを気にする子なんだ。

 

「兄貴。ちなみにドレスって誰でも着れるの?」

「おう。誰が着ますーって予約は別に必要なかった」

「そか」

 

 薫がちょっとうきうきしてるのも可愛い。薫も女の子だから、ウエディングドレス着たいんだろうな。ふふふ。俺と一緒に写真撮ろうねぇ???

 

「着るたびお金かかったりしない?」

「しないしない。体験料だけ払えばいいってさ」

「ん。よかった」

 

 日葵もうきうきしてる。かわいい。うきうき日葵かわいい。

 

 ……そういえばさ。俺の勘違いじゃなきゃ中列三人組は俺のことが好きで、今から向かうところは挙式体験ができて、つまり修羅場というか地獄というかなんというかじゃね? 今気づいちゃったよ。「私が恭弥と撮るの!」ってことにならないかな。自意識過剰かもしれないけどならなくはない。

 それなら俺がタキシードを着なければいいのか。それだったら俺が写真を撮られることはないし、三人が喧嘩することもない。全員で一緒に撮るっていう超絶間男みたいなこともしなくてすむ。名案すぎる。天才か? 俺は。天才だったわ。

 

「お兄様は誰と撮るんですか?」

「千里」

「君、やっぱり僕と結婚したかったのか。ごめんね。僕には薫ちゃんがいるから」

「やっぱり織部くんのことが好きなんだ……」

「まぁ別に驚きはないわよ」

「恭弥くんと千里やしなぁ」

「兄貴……」

「違うんだ……違うんだよ……」

 

 だってここで女の子選んだら選ばれなかった女の子が出てくるわけじゃん? 俺にそんな決断できるわけないじゃん? だったら千里しかないじゃん?

 なんて言ってても、いつか選ばなきゃいけない日がくる。そもそも選ぶ選ばないが俺の早とちりかもしれないが、心の準備はしておいた方がいいだろう。あいつらのことだから、いつか俺を逃すまいと答えさせる場所を用意してくるだろうし。

 

 あーあ。そうなったら千里が助けにきてくんないかな。「やっぱり僕は恭弥と一緒にいたいんだ!」って言って。そうすりゃうやむやになって、俺から心が離れて……いや、それは失礼すぎるな。俺を好きになってくれたなら、誠実に真正面から答えないと。あー!!!!! 難しいよぉ!!!!!!!

 

「兄貴が行こうって言ったんだからね」

「早めに止めてくれよ……」

「自分の状況、もうちょっとよく考えなよ」

「身に染みてる」

 

 俺にだけ聞こえる声で話しかけてくる薫に、申し訳なくなって頭を下げる。薫は昔から俺のお相手を気にしてたからなぁ。薫からすれば日葵がいいんだろうけど、薫は俺が好きになった相手なら間違いないって思ってくれてるし。薫も大概ブラコンだよな。薫が俺のこと好きで嬉しいぞ?

 

「でも、せっかくドレス着るなら男女で撮りたいですよね……」

「!!! そっ、そうだよね! 男女で撮りたいよね!!」

「はぁんっ! 私の意見に日葵様が賛同して下さった……むりしぬ」

「ゆり。もう喋らないで」

 

 ほんとに。色んな意味で。

 

 ゆりちゃんの発言で俺の逃げ場がどんどんなくなっていく。聖さんもバックミラー越しに俺を見てにこにこしてるし。あの人こういう青春というか、ピンク色なこと大好きなんだよな。ったく、自分に相手がいないからって俺たちを肴にしないでほしいぜ。

 

 スマホに通知がきた。聖さんから『搾り取ってあげようか?』というメッセージ。俺は力強く頷いた。

 

「でもこの中に男の子一人しかおらんから、めっちゃ浮気してるみたいに見えてまうんちゃう?」

「おいまて。今僕を数から外した理由を教えてもらおうか」

「私、別に千里が男の子やないって言うた覚えないで」

「僕をいじめて楽しいか!! ふん!! 僕は薫ちゃんとしか撮らないからな!! 君は今僕と撮る唯一のチャンスを逃したんだ!!」

「いらんけど」

「姉さん。雨降ってるからワイパーやらないと」

「千里が泣いてるのよ」

 

 いくら好きな子じゃないとしても、女の子からはっきり「いらん」って言われたら傷つくよな……しかもその前にはっきり男扱いされてないし。春乃最近心開いてきてくれたのか、遠慮なくなってきて嬉しいけどあたりめちゃくちゃ強いな。かなり芯食た攻撃してくるじゃん。俺も気を付けよう。

 

「そ、それでさ。恭弥は誰と撮りたいの?」

 

 気を付けるべきは春乃じゃなかった。

 何かを期待するように俺を見てくる日葵が超絶可愛いが、この場でそれは答えられない。俺の中では答えが決まってるようなもんだが、どうしても二人の顔がちらついて答えられない。この二人に対する感情がなんなのか俺にはわからないから、こんな中途半端な状態で答えを出すようなことはしたくないんだ。でも、誰とも撮りたくないって言うわけにもいかない。だったら千里って言えばって思ったが、それは女の子と撮りたくないって言ってるのと同じことだ。

 

「……女の子同士で撮りたい!!!!! 日葵と撮りたい!!!!! それ以外譲らない!!!!!!」

「わ、ちょっ、光莉!?」

「ぶっ、こらっ! 暴れんな!!」

 

 俺がどうしようと頭を悩ませていると、光莉が暴れ始めた。両腕両脚をばたつかせて喚き散らす。どうしたんだろうとぽかんとしていると、光莉が一瞬こっちを見て指を一本立てた。

 

 あぁ、『貸し一』ってことね。はいはい。

 

「……いーい女」

「薫がそれ言うのかよ」

「私惚れちゃいそうになった」

 

 わかる。

 

 

 

 

 

「私、教会って初めてきたかも!!」

「ほえー。めっちゃ綺麗やなぁ」

「海の近くにあるからすっごく素敵!! さぁ日葵、私と結婚しましょう!」

「あはは! いや!」

「え……」

「朝日さんが崩れ去った……」

「得意なんだよこいつ。崩れ去るの」

 

 瓦礫になった光莉を放置して、手続きを済ませに行く。ここは普通に式場としても機能してるらしいが、頻度で言えば体験の方が高く、教会の近くに大きめの小屋が二つあり、そこで男女それぞれ着替えたり、髪をセットしたり、スタイリストさんが色々してくれるらしい。「女性7名ですか? やりますね!」と職員の若いお兄さんに言われたので、「あれ男なんです」と千里を指して言ったら、「????????????????」と初めて宇宙を見た人みたいな反応をしていた。

 

「支払い済ましてきたから、着替えに行こう」

「あら、私もいいの?」

「どうぞどうぞ。聖さんに着てもらうウエディングドレスが羨ましいです」

「ふふふ。あとで包んであげよっか?」

「え!!!!??? いいんですか!!!!!????」

「恭弥。僕とあそこの小屋でいいことしよう」

「あ、お兄さん。今から一人死ぬので料金安くしてもらえません?」

 

 してくれないらしい。しくしく。

 

 女性陣と別れ、男性用の小屋に入る。小屋の中は右側の壁一面が鏡で、左側に新郎が着るような服がずらりと並んで、中央正面の壁に試着室が5つほど並んでいた。服が並んでいるところをよく見れば、ウエディングドレスがあるのも見える。

 

「こっちにもウエディングドレスあるんですね」

「男性の方に着て頂くこともあるので」

「だってよ」

「僕は着ないぞ」

「着たら一万円あげる」

「さぁお兄さん。僕に似合うドレスを教えて下さい」

「え、あの……いいんですか?」

「あぁ。そいつが脱ぐところ見たらめちゃくちゃえっちなんで、着方とかは教えてやってください」

 

 千里のことだから着方を教えてもらえれば一人でできる……そもそもドレスって一人で着れるもんなのか? 無理だったら俺が手伝えばいいか。お兄さんに手伝わせたらお兄さんの性癖を歪めちゃうからだめ。今でさえちらちら千里のこと見てるのに。

 ……もし千里が襲われたら俺が助けないと。

 

「彼氏様……お客様はどうされます?」

「面白そうなんで一緒に撮りたいんですよね。お願いしてもいいですか?」

「やっぱり」

 

 やっぱり?

 

 何か気になる一言を残して、お兄さんは俺に合うものを探しに行ってくれたのか、服の森の奥へと消えていった。千里は他のお兄さんに連れられてドレスの方へ行ったので、もしかしたらひどいことをされているかもしれない。まぁ、こういうところで働いてる人なら優しいイメージあるし、襲うことはないだろう。多分。

 

「お客様、失礼ですが皆様ご友人で?」

「はい。ちょっと旅行にきてるんですよ」

「へー! みなさんお綺麗ですよね。お客様もカッコいいですし、どなたかとカップルなのかと」

 

 一人で暇していると、女性の職員さんが話しかけてくれた。よかった。こういうところに一人だと何していいかわからないんだよな。俺が勝手にタキシードの方に行ったら汚しちゃいそうで怖いし。

 

「カップルじゃないですね。友だち以上恋人未満って感じです」

「あら、じゃあ今日はお目当ての子と撮っちゃう感じですか?」

「はは。それが俺へたれなんで、さっきの千里っていう男の子と一緒に撮って終わりにしようかと思ってます」

「あぁ! そっちの方!」

 

 そっちの方?

 

「むふふ! でしたら私も気合い入れて探しますよ! お客様カッコいいしスタイルもいいのでやりがいがあります!」

「いや、あの、ちょっと」

「それでは!」

「そっちの方ってどういうことですか???」

 

 お姉さんが行ってしまった。……。

 

 なんか、またややこしいことになりそうな気がする。窓から見えた、ごついカメラを持った人を見つけてなんとなくそう思った。



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第103話 脳がやられた

「鏡を見たら死ぬほど美少女がいたんだけど、それは僕だったんだ」

「知ってるぞ」

 

 純白の、肩と背中を惜しげなくさらした綺麗なドレスに身を包んだ千里。顔には化粧も施されており、この後タキシード着る時も化粧してるんだろうかと思うと面白くてたまらないが、今は言わないでおいてやろうと思う。

 男性職員が一斉に目を逸らして、性癖の歪みを抑えようとしているのが更に面白い。いや、わかるぜ。こんなの見たら性癖歪んじゃうよな。メガネも外してるし、可愛いお目目がモロに見える。いつもメガネで軽減されている可愛さが全開で死ぬほど可愛い。

 

 しかし俺は千里の親友。伊達にいつも隣でメスを見てきていない。普通の男とは違い、千里に脳をやられるなんてことはなく、いつも通り振舞うことができる。

 

「あ、あの、恭弥? なんでお姫様抱っこを……」

「あぶねぇから黙ってろ」

「あ、はい……」

 

 ちなみに俺もタキシードに身を包み、女性職員から「ひぇえええええ」と言ってもらっている。俺顔とスタイルいいからな。そんじょそこらのモデルにも負けないレベルだと自負している。

 そしてそんな俺が千里を抱き上げた瞬間、仕事中なのに女性職員が一斉にスマホを取り出して俺たちをカメラに収めていく。男性職員はまだ目を逸らしているっていうのに、強い人たちだ。

 

「さ、いくぞ」

「うん」

 

 大きめの扉を抜けて、外に出る。女性陣はまだ準備ができていない……かと思いきや、タキシードを着た光莉と春乃がいた。おい、春乃が激烈に似合ってるんだが? 俺確実に負けてるんだが? どう責任取ってくれんだよ。春乃の方がカッコいいじゃん。女性職員がきゃーきゃーいいながら春乃取り囲んでるじゃん。

 

「ふぅ。逃げてきたわ」

「お前相手にされてなかったもんな。チビで胸がデカいだけの背伸びした女の子とびっくりするくらいのイケメンなら、そりゃ後者とるわ」

「なによあれ。私がうきうきして日葵と写真撮るんだー! ってこれ着たのに、春乃が悪ノリしてきたのよ。で、あれってわけ。こんな悲しいことある? しかもウエディングドレス着たとしてもあんたが抱いてる兵器の方が確実に可愛いし。八方ふさがりじゃない。めちゃくちゃあほくさいわほんと」

「……このままだと僕を三人が取り合う構図になってしまう」

「お前は俺のだ。取り合いなんて起きねぇよ」

「おいおい。あっちがイケメンかと思ったらこっちはピンクかよ。やってらんねぇや」

 

 口調を崩した光莉が小屋の方に戻っていってしまった。似合ってないこともなかったのに、もったいない。日葵と新郎新婦姿で写真撮るなんて今日しか無理だろうに。まぁあいつも新郎の頂と新婦の頂を見たらバカらしくなってしまったんだろう。

 このまま二人でゆっくりしていても仕方ないので、囲まれている春乃のところに行く。春乃を囲んでいた女性職員は俺たちを見て音が聞こえるくらい一斉に動き、噴水の縁に腰を掛け、脚を組んでいる春乃までの道が開いた。イケメンがすぎる。もしかしてイケメンって春乃の誕生とともに生まれた言葉?

 

「わ、千里めっちゃかわええやん! 予想の数倍上やわ」

「な。メガネとって化粧してるからそりゃ元からメスなのにもっとメスになるとは思うけど、ここまでになるかね。うっかりお姫様抱っこしちゃった」

「僕も心までメスになりかけた。恭弥、下ろしてくれ」

「いいぞ。すみません、ベッドってここら辺にあります?」

「助けて岸さん! 恭弥が初夜を共に過ごそうとしてる!」

「おめでとう」

「助けてって言ってるだろ!!!!!」

 

 華奢で力のない千里が暴れたところで痛くもかゆくもない。ただ柔らかい体が腕の中で暴れるだけだ。ははは。お前ほんとに男か? 俺があの日見たちんちんは幻だったんじゃないのか? まぼちんじゃなかったのか? まぼろちんじゃなかったのか?うふふ。

 

「はーい、こっち見て!」

「ん?」

「え?」

 

 くだらない、いや、スーパーおもしろいギャグを脳内で浮かべてくすくす笑っていると、突然声をかけられた。声の方を向きながら、俺と千里は『多分写真撮られるな』と考えつつ、どうせならノリノリで撮られようとイケメンスマイルを浮かべ、千里は女の子になり切って華が咲いたような笑顔。振り落とされないように俺に腕を回しているのがポイント高い。

 そしてフラッシュがたかれ、見るからに高級そうなカメラを構えている男の人がサムズアップ。俺たちも一礼してから春乃の方に向き直ると、春乃がなにやら呆れた顔で俺たちを見ていた。

 

「二人とも、あの人が誰か知ってるん?」

「いや、知らねぇ」

「僕たちがあまりにも綺麗すぎて撮りたかっただけじゃないの?」

「簡単に言うと雑誌に載るような写真を撮る人やって。流石に許可せんかったら載せるようなことはないけど、二人ともちゃんと断りや?」

「マジか。あとでちゃんと断っとこうぜ」

「そうだね。うっかり芸能界デビューしちゃっても困るし」

「なくはないからツッコみづらいな……」

 

 俺はイケメンでスタイルよくて、千里は人類の神秘だからな。男なのに完全なメス。これで一般人やってるなんて信じられない。一般人で腐らせるのはもったいない。芸能関係の人が千里のことを知ったら絶対に芸能界デビューさせることだろう。そうなったら遊ぶ時間が減るからなんとしてでも阻止しないと。

 

「てか、千里普段めっちゃメスいじり気にすんのに結構ノリノリやな」

「さっき恭弥が一万円くれるって言ったから、ノリノリじゃないとくれない可能性がある」

「金とプライドで金を選ぶ男ってポイント低いで」

「岸さんからのポイント低くてもいいもーん。僕には薫ちゃんがいるもーん」

「薫も金とプライドで金をとるような男は嫌だって言ってたぞ」

「恭弥。今すぐ着替えてくるから下ろしてくれ」

「いやだけど」

 

 おいおい暴れるな暴れるな。柔らかくていい匂いするだけなんだから。暴れたところでメスだってことがなおさらわかるだけだぞ。あと俺がお前と結婚したくなるだけだぞ。だから本気でやめてくれ。ここでお前と挙式あげるなんてことになったらとんでもない地獄が待っている気がしてならないんだ。

 

「それにしても日葵ら遅いなぁ。なんかあったんかな?」

「光莉も行ったっきり戻ってこないしな」

「さては何かあったのかも。恭弥。見に行くとしよう」

「ほんまのメスにしたろか?」

「す、すみません……ゆるして」

 

 千里の手をからめとり、顎クイして妖しく微笑んだ春乃に、千里はぷるぷる震えながら首を全力で横に振った。本気でメスにされると直感でわかってしまったからだろう。さっきプライドどうこうの話して千里が男を取り戻してなかったら、多分メスにされていた。メスになったら本気で求婚しちゃうからやめてくれ。あと千里に近いってことは俺にも近くなるから離れて欲しい。綺麗すぎて困る。

 

「あかん。千里が可愛すぎて本気で襲うとこやった。隔離しといた方がええでそれ」

「俺も薄々そう感じてたところだったんだよ。俺たちは慣れてるからまだ平気だけど、男の職員さん千里を直視できてなかったし」

「そら無理やて。生物兵器やもん。なんやろ、この、内側から野生を呼び起こされるような感覚? 千里見てたらガーって熱くなってくんねんな」

「恭弥。僕怖くなってきたんだけど」

「大丈夫。お前は俺が守る」

「ちなみに恭弥くんも熱にやられてるで」

「恭弥!!!!!???」

 

 そんなことはないって。千里がものすごく魅力的に見えるだけで、千里をどうにかしようなんて気持ちは100%ある。さて、どこでどうしてやろうか。

 

「恭弥、正気に戻って! 君がえっちしたいのは僕とじゃないはずだ!!」

「黙れ」

「あ……」

「黙るな千里!! メスなってもうてるぞ!!」

「はっ、危なっ! 普通にきゅんってしてどうするんだ僕!!」

「くっ、今薫ちゃん呼んでくるから! それまで耐えて!」

「待って! この状態の恭弥と二人きりにしないで!」

「ごめん! おもろそうやから行くわ!」

「おい、今もしかしておもろそうやから行くわ、って言った人ですか?」

 

 春乃が笑いをこらえながら走り去っていく。千里は怒りに顔を歪ませながら俺の胸に手を当てて距離をとるように押してくるが、ただただ可愛いだけ。お前そんなことすると俺が暴走しちゃうからやめろ。大人しくしてくれるだけでいいんだ。それだけでお前から放たれる強烈なフェロモンに対抗できる。はず。

 

「ち、千里。大丈夫だ。今なんとか落ち着いてる。そのまま何もしないでくれ。じっと固まってるだけでなんとかもとに戻れそうなんだ」

「あ、恭弥!」

「嬉しそうに笑うんじゃねぇ! 『いつもの恭弥だぁ!』じゃねぇんだよテメェかわいさ自覚しろクソメスが!!」

「喜んだだけでこんなに言われる……?」

 

 腕の中の可愛いやつをどうしてくれようか。いっそ噴水に投げ込んだら……だめだ。濡れて余計いやらしくなる未来が見えた。こいつのポテンシャルどうなってんだよ。どう転んでもいやらしくなる未来しか見えない。

 かくなる上は、俺の目玉を抉り取るしかない。嗅覚が残っていると千里の匂いが入ってくるから鼻も潰して、千里の声が聞こえないように聴覚も潰そう。

 

「千里。俺の目玉を抉り取ってくれないか」

「僕が目玉を欲しがってるように見えたの?」

「じゃなくて、目玉があるからお前が見えるんだ。だったらなくせばいい」

「なるほどね。君は気が動転してるんだ。一旦落ち着こう」

「お前のせいで落ち着けねぇんだよ!!」

「そもそも君が僕を抱くからだろ!!」

「仕方ねぇだろお前が可愛かったんだから!」

「正直嬉しくないこともないけど、いきなり抱くのはおかしいだろ! それもあんな乱暴に、反論も聞かずに黙れって言ってきてさ!!」

「はぁ!!? 口で塞いでほしかっただと!? お前がそんなこと言うからこんなことになってんだろうが!」

「誰が言うかそんなこと!! とにかく僕を離してくれ! これ以上君といると変なことされそうで」

 

 口論の最中、俺と千里を同時に叩く手。感触で光莉だとわかり、「どうした?」と聞くとどこかを指した。

 その先を見る。日葵がいた。めちゃくちゃ綺麗だけど、なんかめっちゃ気まずそうな顔してる。

 

「君が僕を抱くとか、仕方ねぇだろとか、全部聞こえてたわよ」

「あぁ、そうですか……」

「日葵、めちゃくちゃ恥ずかしがっててね。恭弥がなんて言ってくれるかなぁとか、変なところないかなぁとか」

「……」

「……」

「……ほら、私も付き合ってあげるから。誤解解きに行きましょ」

「愛してると言わせてくれ」

「また別の機会にね」



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第104話 隣にいくのは?

「な、なんだ! 勘違いだったんだ! あ、その、知ってたけど、そりゃ何回もあんなことやこんなことあったしね! えへへ」

「普通に疑ってる目してたわよ」

「私も近くで聞いとったけど、『やっぱり……』って言うてたで」

「まったく。俺たちはそんなんじゃないっていつも言ってるだろ?」

「あんたが千里をお姫様抱っこしてるからじゃない?」

「おい、聞いたか。君が僕をお姫様抱っこしてるからだぞ」

「おいおいマジか。俺が千里をお姫様抱っこしてるからだって?」

「広がりもなんもないならむやみやたらに喋んなアホども」

「言葉強すぎねぇ?」

 

 確かに今のは俺たちが悪かったけども。

 

 光莉はちゃっかりウエディングドレスに着替えて、日葵と腕を組んでいる。正直光莉は日葵と千里に比べたらあぁうんって感じだが、二人がとんでもないだけで光莉も十分綺麗。というか可愛い? 背が小さいから可愛さが勝つ。なんだろうこの、絶対必要ないけど守りたくなるというかなんというか。

 日葵は間違いなく綺麗。好き。嫁にしたい。一生に一回無許可で人に抱き着けるけどその後死ぬ権利があったら間違いなく今ここで行使して、光莉に邪魔されてそれで死ぬ。俺、光莉を許せねぇよ……。

 

「というか、織部くん綺麗だし可愛すぎ……私タキシードにしてこようかな」

「待ちなさい日葵。タキシードだと外と中身イケメンと外イケメンの二人がいるのよ。ドレスを着るより無謀だわ」

「でも男の子に負けるんだよ……?」

「何言ってんのよ、あいつはメスよ。性別すら超越した存在なんだから負けても仕方ないわ」

「千里。聞いたか? 光莉が日葵の負けを認めるくらいお前は完璧なんだ」

「実は一番ショックを受けてるところだよ」

 

 光莉は何があっても日葵が頂点って言うやつなのに、日葵の負けをはっきり認めた。光莉の日葵に対する執着が薄れたのか、千里がものすごすぎたのか、どちらかと言えば後者だろう。俺を好きになったからと言って日葵への執着が薄れるなんてことは絶対ない。俺か日葵どっちが好きかって聞いたら間違いなく日葵って答えるだろうし。

 

「さて。なんとなく察しついてるけど薫たちは?」

「ゆりちゃんが倒れちゃったから、薫ちゃんと聖さんが介抱してるの」

「ちなみに春乃のタキシードを見ただけで泡噴いて倒れたわ」

「まぁ仕方ないな」

「ゆりちゃんからしたらそれが礼儀だもんね」

「これに関してはほんまに倒す気なかったんやけどなぁ」

 

 いつもは倒すつもりでやってんのかよ。

 

 しかし、残念だ。ゆりちゃんもウエディングドレス着たかっただろうに、イケメンのせいで着れないかもしれないなんて。でもゆりちゃんのことだから着れなくても見れただけで満足だって絶対言うはずだ。だってそれくらいカッコいいんだもん。俺男なのに完全敗北してるもん。

 

「ん。ほな先に五人で撮ってもらおか!」

「このままじゃ結婚した二人を新郎一人と新婦二人が祝ってる図になっちまうから、流石に下ろすわ」

「でもそうすると全員で結婚するみたいになっちゃうわよ」

「この際全員ドレスを着るっていうのはどう?」

「おい。俺はお前みたいにメスじゃないからとんでもなく悲惨なことになるぞ」

「案外化粧したらいけそうやけどなぁ」

「見てみたいかも……」

 

 日葵に見てみたいって言われても絶対着ないからな。こういうのは女の子みたいな男がやるからまだ面白いんであって、俺みたいな完全な男がやったらキショいだけだ。見てみたいって思ってるのは日葵と千里と春乃だけ。おい、この場にいる過半数じゃねぇか。

 

「さっさと撮ってもらおう。このままじゃ変な流れで俺がドレスを着させられる」

「えー? 着てくれないのー?」

「日葵。タキシード姿の恭弥と写真撮られるのは今だけよ」

「絶対にドレス着ないで」

 

 そういうのは俺に聞こえないところで喋ってくれ。

 春乃が「どっちも着て撮ったらええんちゃう?」と言い出しそうだったので指でそっと唇を抑えてウインクし、「静かに」のジェスチャー。やり返された。俺よりカッコよかった。どうやら春乃は俺の男としての自信を根こそぎ奪いに来たらしい。もう自信ないから奪うものないぞ。

 

「どうやって撮ろうか」

「まず千里は真ん中だろ?」

「異議あり。紛い物の僕を中央に置くのはどう考えてもおかしい!」

「紛い物……?」

「???」

「?????」

「あぁそうか。僕は女の子だった。続けて続けて」

 

 千里がすべてを諦めたような表情で可愛いポーズを模索し始めた。お前、とるポーズ全部可愛いってどういうこと? 実は家でこっそり練習してた? いや、練習してる方がまだいいな。練習してなかったら素のポテンシャルでこれってことだから。多分練習してないだろうから、聞くのはやめておいてやろう。

 

「千里に中央でしゃがんでもらって、千里を挟むように日葵と光莉に中腰になってもらって、千里の後ろに俺たちが立つか」

「僕を中心に回ってる……」

「胸を寄せるポーズすればいいのよね?」

「おい。私に喧嘩売ってるんやったら正面からこいや」

「ぷぷぷ。被害妄想すご」

「春乃ストップ! 今着てるやつ借り物だから! 汚したり傷ついたりしたら弁償だから!」

 

 光莉に襲い掛かろうとした春乃を羽交い絞めにして、いい匂いと女の子特有の……一部女の子じゃなくても柔らかいやつはいるが、女の子特有の柔らかさを感じて、イケメンなくせにやっぱり女の子なんだなと思いつつ、「覚えとけよ」と光莉に睨みを利かせた春乃に震えあがって自分の位置に戻る。

 

「あ。恭弥側に日葵がいったら妊娠させられるから私がそっちに行くわね」

「妊娠させられてもいいからこっちにいるね」

「大至急」

 

 少し離れたところに行って、千里と春乃を呼ぶ。何やら火花を散らす日葵と光莉を置いて、俺たち三人を顔を寄せ合って会議を始めた。

 

「今日葵何て言った?」

「わからん。私の中の日葵のイメージが清純すぎて、いやそら脳内ピンクやったけど、あんなはっきり言うわけないと思って、何がなんやらわからんくなってもうた」

「僕は僕の中のオスが準備を始めた」

「嘘つけ」

「ないもん準備できひんやろ」

「僕はいつでも君たちのことを嫌いになってもいいんだぞ?」

 

 ほんとにな。なんでこんなに言われてて俺たちのこと嫌いにならないんだろう。まぁ千里ってドがつくほどのMだから何の不思議もないけどな。好きな女の子の前だとSになるタイプだけど基本はM。こいつ男であり女でもあって、SでもありMでもあるのかよ。四刀流奥義じゃん。

 

「そうじゃない。ちょっと整理しよう。日葵は今ドレスを着てちょっと気が舞い上がってる可能性がある」

「それか恭弥の隣を取られるかもしれないって思って気が動転したのかも」

「よう考えたら、恭弥くんの隣におられへんのって今の光莉の位置だけやしな」

「つまり俺が真ん中にいけばいいんじゃないか?」

「それや!」

「よし、なら早速提案しに行こう」

 

 名案を引っ提げて、火花を散らす二人のところに戻る。二人とも笑顔だがなんとなく笑っていないような気がして、光莉にしては珍しいな、とも思う。光莉なら日葵になんでも譲るというか、そういうイメージがあったのに。

 日葵も、光莉と争うイメージ何てまったくなかった。それだけ俺のことが好きってことかな???

 

「二人に提案がある。俺が真ん中に行くってのはどうだ?」

「ん-。ちょっとバランス悪いかもだけど、いいわね」

「私だけ妊娠させて欲しいからだめ」

「大至急」

 

 さっきの二人を連れて距離をとる。千里と春乃は笑いをこらえていた。笑い事じゃねぇよ。

 

「なんで妊娠したがってるの? ドレスに引っ張られすぎだろ。純粋のベクトル間違ってるよあの子」

「正直僕も責任感じてるんだ。僕らと一緒にいるからあんなにおかしくなったんじゃないかって」

「なくはないってか100そうやな。ていうか今思ったんやけど、日葵私のこと男としてカウントしてへん?」

「確かに。あの理論なら岸さんも妊娠するもんね」

「というか隣にいるだけで妊娠ってなんだよ。少子高齢化社会に対する秘密兵器か俺は」

 

 何千年後かの人類でも隣にいるだけで妊娠なんて無理だろ。セックスをいくら効率化しても交わらずになんてこと人類がするはずない。突き詰めたら動物だし、愛のある行為って素敵じゃん? はーきもきもしねしね。

 

「とにかく日葵がおかしくなってるからまず止めるところから始めないとな」

「どうやって止めよう。恭弥にゴムかぶせたら納得するかな?」

「タキシードゴム人間か。ええやん」

「何がいいの???」

 

 春乃。面白そうだからってなんでもやらせようとするのはやめてほしい。今日葵が妊娠妊娠って卑猥なワード口走ってるんだよ? どうにかしないとだめだろ。日葵は俺たちがおかしいことしてるのを見てあははって笑うか、困ってるかのどっちかだったのに。まさか日葵が俺たちを困らせる日が来るなんて……感動的じゃねぇか。やっと日葵もおかしくなってくれたか。

 

 俺、なんて言って日葵のご両親に謝ろうかな……。

 

「とにかく、妊娠はしないって説明した方がいい」

「どうやったら妊娠するかも教えた方がいいかもしれないね」

「千里ちゃん。誰にどうやって教えるの?」

「すーみれちゃんっ! 今のは聞かなかったことにして?」

 

 千里の背後に近づいていた薫に気づかないふりをしていたら、狙い通り千里は失言してくれた。しめしめ。これで薫からの好感度をどんどん下げて……下がんねぇか。けっ。流石俺の妹だぜ。千里を嫌いになんてなるはずないもんな。はーあほらしあほらし。

 

「ありゃ、ゆりちゃんは?」

「聖さんが、私が見ておくからいってらっしゃいって言ってくれたんです」

「流石僕の姉さんだ。クソみたいなタイミングで送り出しやがって」

「お前ってなんでそう心が汚いの?」

「自分を省みたらわかるんじゃない?」

「ははは。面白いこと言うなぁ薫は」

「冗談ちゃうで」

 

 んなこと知ってんだよ。

 

 さて、どうしよう。薫がやってきたところで日葵が止まってくれるか……。もしかしたら薫の言うことなら聞くかもしれない。そうだよ。日葵を止めるのに一番適任なのって薫じゃん。よく来てくれた!

 

「よし、いけ薫!」

「うん。いこ」

「?」

 

 薫が俺の腕を掴んだ。そのままずんずん歩いて行き、少しよろけながら薫と一緒に日葵と光莉の前に出る。

 そして薫が一言。

 

「うだうだしてるなら、私がもらっていきます」

「……えっ、かわゆ」

「……えぇ!?」

「薫ちゃん、僕は!!!!!???」

「ドレス着てるからやろ」

 

 薫の発言に一人は顔をだらしなく緩ませ、一人は驚愕し、一人はもっと驚愕し、一人は冷静にツッコんだ。なぜか薫はむすっとしていて、俺の腕を掴んだままカメラマンさんの方へ行く。

 

「お前、さては千里がドレス着てるから不機嫌なんだろ。ごめんて。あとで着替えさせるから」

「ちがう」

 

 下から俺をきっと睨みつけて、それから申し訳なさそうに俯いた。

 

「兄貴が困ってたから、つい……日葵ねーさん、怒ってないかな」

「おい!!!!!!!!! 薫が可愛いぞ!!!!!!!!!」

「兄貴きらい」

 

 小躍りしながらみんなに薫の可愛さを報告しに行ったら嫌われてしまった。なんで?



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第105話 下ネタフルスロットル

「ねぇ、途中から記憶がないんだけど、私変なこと言ってなかった?」

「大丈夫よ。日葵は可愛いから」

「あの、変なこと言ってなかった?」

「ほら見てみてこの写真。よぉ撮れてるわ」

「恭弥。私変なこと言ってなかった?」

「ところでゆりちゃん。具合の方はどうだ?」

「ゆりはさっき写真みてくたばったよ」

 

 くたばるって言い方しちゃだめでしょ。

 

 あの後。喧嘩しないようにしながら全員で写真を撮り、忌々しいことに千里もタキシードに着替えて薫と写真を撮り、おねだりするかのように俺をちらちら見る日葵の視線に気づかないフリをしつつ、タキシードを着た春乃にノリノリで腕を組まれてスマホで写真を撮られ、愕然とした日葵の背中を光莉が押す一幕もあったりしつつ。

 

「あ」

「どうしたの兄貴」

「そういやカメラマンの人に、雑誌とかは勘弁してくださいねって言うの忘れてた」

「あー。まぁ許可なく載せることないでしょ」

「ん? そういえばうまいことノせられてオッケーしちゃった気がするな……」

「千里。今何か言ったか?」

「大丈夫。未来の僕の命の心配をしただけさ」

 

 今すぐ殺してやろうかと思ったが、本当に載ると決まったわけじゃないから今は勘弁しておいてやろうと、自分自身の寛大さにもはや驚きすら覚えていると、光莉が振り向いて気の毒そうに目を伏せながら、

 

「あの人から名刺貰ったの。あげるわ」

「ん? そういや俺も貰った、な……」

 

 思い出したかのように名刺を取り出すと、『白鳥(わたる)』と書かれていた。白鳥。白鳥ね。なんか、メディア関連で白鳥って聞いたらあのネタに関しては倫理観ぶち壊れるかわいい後輩が思い浮かぶけど、まさかあの子の身内だってことはないだろう。それだったらほぼ間違いなく俺たちの雑誌掲載が確定するが、そんなはずない。今つづちゃんから『綺麗に撮れてますね!』ってメッセージが飛んできたけど絶対勘違いだ。

 

「ちなみに私らは断ったから、載るとしたら恭弥くんと千里だけやな」

「せっかく最近勘違いがマシになってきたのに……タキシードとドレスで写真ってもう確実じゃん……」

「恭弥が僕を抱き上げるからだめなんだ」

「テメェが許可するからだろうが!!」

「……どうしよう。恭弥と織部くんのことだから、ここからうっかり芸能界デビューとかしちゃったり……」

「ないない。人間性が問題ありすぎて芸能界から『うちはゴミ箱じゃありません』って言われるに決まってるわよ」

「は? 俺の人間性に問題あるはずはないだろブタ。胸だけぶくぶく太るしかできねぇからそんなくだらねぇ発想しかできねぇんじゃねぇの?」

「今問題が露呈したで」

 

 こんなこと千里と光莉にしか言わないもん! 多分。実はあまり自信がない。仲良くなったらうっかり言っちゃうかも。もちろん言う相手は選ぶけど、そもそもこういうこと言う時点で人間性が終わってるのか?

 いや、そんなことはないはずだ。人間性が本気で終わってるやつは友だちができない。俺には千里っていう親友がいるし……あれ? 俺友だち少なくね? 男友だちってあと井原くらいじゃね? うそじゃん。

 

「恭弥くん。これからどうする?」

「ホテルに行きましょう聖さん。あ、食材買いに行きましょう」

「おい!! 姉さんが満更でもない顔してるぞ!! ぶっ殺してやる!!」

「千里が手を下すまでもないわよ」

「いや、違うんです。あのね。マジで。男になればわかるって!! お姉さんからの『これからどうする?』の破壊力!!」

 

 聖さんみたいな美人に「これからどうする?」って聞かれてホテルって答えない男がどこにいるんだ? あんなこと聞かれたら誰でも火照るに決まってるのに! ふふふ。

 

「恭弥がえっちなのはいつものことだし……聖さんが織部くん似なのが気になるけど」

「別に千里にぶつけられない情欲を聖さんにならぶつけられるって考えてねぇぞ日葵。お前は脳内一番ピンク過ぎて飛んだ発想するから怖いんだよ」

「し、しないもん! 恭弥がえっちすぎるのがいけないんだよ!」

「襲う一歩手前のやつのセリフやん」

「私もよく日葵に対して言ってたわね」

「犯罪者が懐かしんどんちゃうぞ」

 

 俺がえっちすぎる……? 確かに人目を気にしない下品な発言はしてたけど、そんなにえっちかな。試しに薫に聞いてみると、「妹にそんなこと聞くな」と目で言われ、薫の向こう側から「めちゃくちゃえっちです……」とかすれた声でゆりちゃんに言われた。まだ寝てていいよ。無理しなくていいんだよ。

 でもそうか。好きな人ってえっちに見えるもんな。俺もずっと日葵のことえっちだと思ってたし、光莉はそんなこと関係なくおっぱいがえっちだし、春乃はすらっとしてて綺麗でえっちだし、聖さんはもうなんか、サキュバスみたいなえっちさがあるし。織部家どうにかしろよほんと。エロの擬人化が両親なの?

 

「聖さん。さっきの回答ですけど、俺たちが泊まるやらしくないホテルの近くに大型のスーパーあるんです。中に市場とかあるらしいんで、そこで色々買っちゃいましょう」

「やらしいホテルは行かなくていいの?」

「ビンビン!!」

「最低のタイミングで最低の効果音口に出すなや」

「あんたほんとクズね。見直したわ」

「あれ……?」

「ほんとに。相手が姉さんじゃなきゃ勲章ものだった」

「はるのはるの。恭弥が二人から評価されてる理由はなに……?」

「全員クズやからやろ」

 

 いや、あの、たったとかだといやらしすぎるかなと思って。そもそも言わなきゃいいじゃんとかそういうことは言われなくてもわかってる。言われなくてもわかっててもやっちゃうのが俺なんだ。これが俺です。どうぞよろしく。

 しかし、どうするか。両親は適当にどっかで食べてくるだろうから、八人分を俺が作る……できないこともないか。そんなに同時調理できる器具があるのか不安だけど、なんとかなるだろう。

 

「兄貴」

「んー? どちたのかなー?」

「ぶち転がすぞ。私も手伝うね」

「まじ? 相変わらず最高の妹だな。ところで今めちゃくちゃ下品で怖い言葉使わなかった?」

「気のせいじゃない? おにーちゃん」

「でへぇー」

「きも……」

 

 どうやら薫も手伝ってくれるらしいので、単純計算で一人四人分作ればいいんだ。これはめちゃくちゃ楽。そして天国。薫と一緒にご飯作れるってめちゃくちゃ嬉しいじゃん。これは、はりきっちゃおう、っかな?

 

「どうした日葵」

「……えーっと、そのぉ。なんといいますか。私も一緒にー、なんて」

「あー。でもキッチン狭いからな。千里外に吊るすか」

「君は論理的思考力を学んだ方がいい。何の解決にもなってないじゃないか」

「俺がお前を吊るすからキッチン一人分空くだろ」

「なるほどね? 僕の負けだ」

「なんで吊るされることに対しての抵抗がゼロなん?」

 

 はっ、とした表情のバカな千里は無視して日葵を見ると、むすっとして俺を見ている。なんでかな、なんて首を傾げるほど俺はバカじゃない。多分俺と一緒にキッチンに立ちたいって思ってくれていたからだろう。でもさ。無理じゃん。俺この前日葵と一緒にキッチンに立ったら面白いくらい一瞬で皿落とした男だぜ? 指全部切り落としても気づかないくらいのことはやらかす自信がある。前菜として俺の指のソテーを提供する自信もある。

 

「兄貴。ちがうじゃん」

「いやいや薫。わかるじゃん」

「ん-。それなら私が邪魔しないようにサポートするから、それならいい?」

「薫はいい嫁になるよ……」

「日葵ねーさん。三人で一緒につくろ」

「!!!!!!!! うん!!!!!!!!」

「わ、うるさくてかわいい。子宮が大至急孕めって言ってるわ」

「下品な上におもろないぞ」

 

 光莉の気持ちもわかる。めっちゃくちゃ嬉しそうににこーって笑って大きく頷くなんて可愛さの化身だろ。日本が可愛さで偉さを決めるのであれば、日葵は内閣総理大臣になっていただろう。ちなみに薫も内閣総理大臣。あぁー。国会にいる日葵と薫を想像したら可愛すぎて脳が三つに増えちゃったぁ。

 なんか今俺が怖いこと言った気がしたけど気にしない方向で。式場で結構時間を使ったのか、空が赤くなっている。海の近くだと空も綺麗で、街の方とは比べ物にならないほど透き通っているような気がした。気がするだけ。そもそも俺は空なんてあんまり見ない。

 

「どうせならデザートとかも食べたいわね。ホイップクリーム買いましょう」

「日葵に塗りたくって舐めようとしてんちゃうぞ」

「なんでわかったみたいな顔してるけど、朝日さんのこと知ってる人ならみんなわかると思うよ」

「えー。じゃあ日葵。私がクリーム口に入れるから、舌絡め合いましょう」

「なんでそれなら妥協すると思ったの……?」

「薫。ホイップクリーム買うととんでもないことになるから絶対買わないぞ」

「兄貴もちょっと期待してたでしょ」

「Huh??????」

 

 俺が? 何を? 期待してたって? 別にクリーム塗りたくるのがものすごくえっちだとか、舌絡め合うのがものすごくえっちだとか何も思ってないけど? 変なこと考えないで欲しいな。俺は純粋無垢でそっち方面のことは何もわからない好青年なんだから。

 

「ったく、光莉はほんとにしょうがないやつだな。ところでバターとかは欲しくないか?」

「いいわね」

「いいわねちゃうぞゴミ。どうせならストレートにいやらしいことせぇや。なんでちょっとマニアックな方に行くん?」

「えぇー!? バターがいやらしいことなの??? わたしぃ、お料理に使うかと思ってぇ、いいわねって言ったんだけどぉ」

「朝日さんの猫なで声って果てしなくきもいね」

「似合ってないよ光莉」

「薫見てくれ。鳥肌立ちすぎて産毛が全部抜けた」

「え、きも」

「あれ? もしかして今私が損した形?」

 

 煽ろうと思って慣れないことするから悪いんだよ。お前猫被ってると違和感すごいんだから。



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第106話 はじまらない

 食材を買って、日葵たちの部屋に全員で入る。別に俺たちの部屋でもいいんだけど、こっちの方が広いし。別に女の子の部屋に入れるっていう特別感に惹かれたとかそんなわけじゃない。ほんとだよ?

 

「さぁみんな! 手を洗いなさい!」

「恭弥が施設のマザーごっこしてる」

「おっぱい吸わせて私のことをマザーって呼ばせようかしら」

「一ネタのために乳首ささげんな。ほらいくで」

 

 あーん! と無様にわめきながら春乃に引きずられていく光莉と、自分の胸を気にしながらそれについていく日葵。おい、絶対血迷うなよ。光莉にならまだしも、日葵に「吸う?」って言われたら止まれる自信ないんだから。ネタ感なさすぎて。

 俺の中で湧き上がった煩悩を押し殺すために自分をビンタし、近くにいたゆりちゃんがびっくりして「ひゃうっ!」と肩を跳ねさせ、「ごめんね?」と謝るとゆりちゃんが倒れてしまった。仰向けに倒れながら「お兄様の優しい口調すき……」と幸せそうに呟いている。もうほんとだめだなこの子。

 

「もう。ゆりに気軽に話しかけちゃだめだよ」

「いっぱい喋って慣れた方がいいかと思って……」

「私ですら一年かかったのに、無理に決まってるじゃん」

「薫みたいな可愛さの頂点で一年なら、俺たちみんな頂点だから一年かかるな」

「今『光莉なら一瞬で慣れそうだな』って言おうとしたところ、私が近くにいるのに気づいて慌てて軌道修正したでしょ」

「おいおい。そんなはずないだろ? 俺はいつも光莉のことを可愛いと思ってるし、今すぐ抱きしめたいくらいだ」

「ん」

「ん?」

「ん」

 

 光莉が両腕を広げて、俺を見ながらちょこんと首を傾げた。え? なに? なにその可愛い仕草。どういう意図? もしかして俺が『今すぐ抱きしめたい』って言ったから? 抱きしめていいわよの図? どう思う薫。あぁ、俺が反撃の余地を与えたから悪いんだよな。知ってる。

 さてどうしよう。本音を言えば今すぐ抱き着いてあのおっぱいを顔面全体で堪能したいところだが、俺には日葵がいてそれどころか他にもたくさん人がいる。俺が欲望のままに行動した瞬間に俺の人生が終わるのは確定している。最後まで味方でいてくれるのは千里と薫くらいだろう。ちなみにこの中で本気の味方は千里だけで、薫は血がつながっているからという理由で味方はしてくれる。ほぼ敵。

 

「抱きしめたいんじゃないの?」

「まて光莉。確かに俺は抱きしめたいって言ったけど、それはなんというかその、えっと、いつもの軽い口がくるくる回ったというか」

「ふーん。冗談だったんだ……」

「あながち冗談じゃないと言いますか! 違うんだよ光莉! わかるだろ! 冗談じゃないけど冗談ってことにしたいんだよ!」

「いやなの?」

「いやなわけねぇだろ!!」

 

 はっとして周りを見る。いつものパターンなら誰かがこの現場を見ていて俺がぶち殺される。もしくは無視され始めるかのどちらかだ。しかし、今周りを見ても俺たちを見ている人はいない。俺結構大声出したから危ないと思ったんだけど、セーフか。ふぅ、危なかったぜ。これを日葵に聞かれていたら俺が光莉のこと好きだと勘違いされるところだった。

 

 ほっとして胸を撫でおろしていると、光莉が両腕を下ろしてくすくす笑い始めた。なんだテメェ。やんのか?

 

「ごめん。ちょっといじわるしちゃったわね」

「ほんとだぜ。お前だけは俺のこと全部わかってくれてると思ったのに。そういうことしないと思ったのに!」

「そういうことしたくなっちゃうんだから、仕方ないでしょ」

 

 俺のきゅんきゅんポイントを大量に稼いで、光莉はくしゃっと笑った。

 

「日葵とご飯作ってくれるんでしょ? 頑張んなさいよ」

「……おい」

 

 言いたいことは言ったのか、光莉はベッドへ向かって走っていき、思い切りダイブ。そのまま枕に顔を埋めて声にならない叫び。お前も無理してたのかよ。恥ずかしかったんならやめときゃよかったのにってか、そういうのも俺の前でやらないでほしいんだけど……。

 

「兄貴兄貴。なにあの可愛い人。兄貴は今幸せ者だっていう自覚ある?」

「男として一番難しい立場にいる自覚もある」

「そ。じゃあだめじゃん。光莉さんに『頑張れ』なんて言わせちゃ」

「は? 仰る通りじゃん」

 

 マジで情けない。そうだよなぁ。光莉は俺が日葵のこと好きって知ってんだよなぁ。それであれってどんだけいい女なんだよ。絶対幸せになってくれ。いやもう俺が養おう。あいつも日葵と一緒に暮らせるなら本望……なんか、それは違うか。それは違うな。違うよなぁ。でもそういうのが一番楽しいじゃんよぉ。ふえぇ。むずかしいよぉ。

 

「恭弥くん恭弥くん」

「お? どうした春乃」

「や、日葵が『恭弥の隣に立つからお風呂も入った方がいいかな……』って言うてたのを止めてきたから、褒めてもらおーと思って」

「最近日葵ねーさん暴走気味じゃない……?」

「今までライバルおらんかったから、いきなりでてきて脳が破壊されたんちゃう?」

「確かに。俺も風呂入った方がいいか……」

 

 そうだよな。日葵の隣に立つんだし、今夏だし、汗かいて汗くちゃいかもしれない。日葵に汗臭いって思われたらもう俺この先どう生きていいかわからない。日葵の汗の匂いなら全然クサいことないし、むしろ絶対いい匂いだから風呂に入らなくていいっていうかむしろ入らないで欲しい。きゃっ、言っちゃった!

 

「ちなみに今聖さんが内風呂使ってるで」

「何?」

「んで千里も引きずり込まれたで」

「薫。氷室家と織部家で仲良くしにいこう」

「ごくり。あっ、ちがっ、ちがうの! 今兄貴止めようとしたの! ほんとなの!」

「やっぱ兄妹って似るんやなぁ」

 

 聖さんと千里が一緒にお風呂だと? 最大火力えちえちボンバーじゃねぇか。あの二人に罪深いっていう意識はないのか? あまりのえっちさに薫が俺に乗せられちゃったじゃねぇか。かわいそうに。必死に春乃に縋りついて「ちがうの! ちがうんです!」って言ってるし。そんなに俺と一緒がいやか?

 

「うんうん。しゃあないよな。好きな人のそういうとこって見たくなるもんやって。薫ちゃんはなんもおかしないよ」

「違うもん……私そんな節操なしじゃないもん……」

「薫の周りは節操なしだらけだから、むしろそれくらいじゃ節操なしになんねぇよ」

「節操なし第一走者が偉そうに言うなや」

「第一走者だから言えるんだろ」

 

 というか俺より節操なしが二人ほどいるだろ。そのうちの一人が今全部のベッドに自分の匂い擦り付けようと必死でごろごろしてるし。多分あれ、日葵のベッドに自分の匂い付けたいけどまだ誰がどこで寝るか決まってないから、もう全部に自分の匂いつけちゃおうってことだろ。動物かよ。

 

「……春乃さんもそういうこと考えるんですか?」

「ん-? そういうこと?」

「好きな人の、その、裸を見たい、とか」

「おーっとっと。薫、それはやめておこう。お前は今珍しく気が動転していて、普段なら気を遣って聞かないようなことも聞いちゃう精神状態なんだ。ちょっと落ち着こう」

「見たいで」

「見ないで……」

 

 薫をそっと抱き寄せて、ふわりと笑いながら俺を見る春乃。イケメンかわいい。だって好きな人って俺のことじゃん。俺の裸見たいってことじゃん。そんな堂々と正面切って見たいって言わないで……。何? 兄妹どっちも攻略する気なの? 不可能じゃなさそうだから怖いんだよ。多分俺より先に薫が攻略されそうだし。春乃って多分、男より女の子をオトす方が簡単だと思うんだよなぁ。

 

「春乃さんが見たいなら、普通、なのかも」

「そーそー。春乃さんが見たいって言うてるんやから。それに、好きな人のこと知りたいっていう気持ちに、おかしいことなんかなんもないで。なー? 恭弥くん」

「俺より兄貴してるじゃん……」

「お姉ちゃんなんやけど」

 

 むっとして俺を見る春乃。かわいい。春乃の胸に頭すりすりしてる薫もかわいい。あーあ。ここが天国か。なんか視界の端でこっちを見ながらびくびく震えてるゆりちゃんがいる気がするけど、多分あの子も天国を見てるんだろう。俺と一緒だ。俺と一緒に行こう。

 

 ただこのままだとマズい。春乃のイケメンさとかわいさに押し切られる、と危惧していたその時。走ってこっちに向かってくる音が聞こえ、春乃の腕の中から薫を奪った人物がいた。

 

「わ、私がお姉ちゃんだもん!!」

「お、おかえり日葵。結局お風呂入ったん?」

「織部くんと聖さんが使ってたから入ってない……ねね薫ちゃん。私くさくない?」

「大丈夫。ちゃんとかわいいよ」

「えー? ありがと!」

 

 後ろから日葵に抱かれた薫はその状態のまま日葵を見上げ、腕を伸ばして日葵の頭を撫でる。「薫ちゃんもかわいい!!」と薫を抱きしめる日葵もかわいい。かわいいが大渋滞してるな。もしかしたらかわいさにやられて俺も可愛くなってしまうかもしれない。

 

「なんかほんまに姉妹って感じやなぁ」

「でしょ! 薫ちゃんは私の妹だから!」

「かわいい姉としっかりもののかわいい妹って感じだよな」

「……」

「兄貴が軽率にかわいいって言うから、日葵ねーさんが照れちゃいました。罪」

「罰」

 

 ベッドの方から枕が三連発で投げられた。全部キャッチして剛速球で投げ返し、俺に攻撃してきた乳デカの不届きものを沈黙させる。まったく、油断もすきもありゃしねぇ。いい匂いする枕投げてきやがって。

 

「ほな、邪魔なったらあかんし。私はゆりちゃん拾って離れとくわ」

「あ、ゆりをよろしくお願いします」

「ア」

 

 春乃がゆりちゃんを抱え上げた瞬間ゆりちゃんが目を覚まし、現状を一瞬で把握してまた気絶した。だめそうですね……。



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第107話 クッキングタイム

「おい。なんで正面に千里がいるんだ?」

「未来の妻を見るためにと、恭弥が心配で心配で」

「お風呂上がりの織部くんって色っぽいねー」

「日葵ねーさんに悪気はないから、勘違いしないように」

 

 俺も言わないようにしていたことを軽く言ってのけ、ダメージを受けた千里は、キッチンカウンターに座って俺たちを眺める体勢に入っていた。火照った体とシャンプーやボディソープのいい匂い、更に元々持っているフェロモンを醸し出し、頬杖をついて色っぽい雰囲気を演出しながらじーっと俺たちを見ている。

 ただ、よかったかもしれない。日葵と同じキッチンに立つってめちゃくちゃ緊張してたから、千里が近くにいてくれると多少は緩和される。なんか日常がそこにある感覚っていうの? とにかく千里が近くにいると安心感がすごい。もう結婚してんじゃねぇのこれ。

 

「何買ったんだっけ?」

「岩牡蠣とかうなぎとか太刀魚とかマグロとか?」

「あれびっくりした……。恭弥がいきなり『やってみてもいいですか?』って言って捌き始めたから……」

「なんかできるかなって思って。ちゃんと調べたし教えてもらったし」

「ほんとに才能の塊だよね。活かすところ間違えてるけど」

「才能に親でも殺されたの?」

「薫の両親は俺の両親でもあるってこと忘れてないか?」

 

 あれを親と思いたくない気持ちはわかるけど。

 

 さっき行ったところは魚一匹丸々売っているようなところで、一匹買ったらその場で捌いてくれる嬉しいサービスもあった。なんか面白そうだと思った俺は「やってみてもいいですか?」と聞いてみたら最初は若い人に断られたが、白髪で顔にどう考えても日常生活ではつかないような傷のあるおじさまが「やってみろ」と言ってくれて、そのおじさまに教えてもらいながら捌いたのが今ここにあるやつら。別れ際、「待ってるぜ」と言っていたのは俺を後継者と認めてくれたということだろうか。

 

 ……魚捌く専門の人ってお金どれくらいもらえるのかな。

 

「恭弥って恋愛以外はほんと完璧だよね。あ、性格は置いといて」

「人間として生きる上で重要なものが二つ欠けてんじゃねぇか」

「きょ、恭弥は優しいし、恋愛もちゃんとできるよ! 安心して!」

 

 もっと隠せ。『私がいるから!』っていうやる気を俺にわかるようにしないでくれ。かわいいから。ほんとなんでこの子こんなにわかりやすかったのに俺気づいてなかったんだろう。俺が信じてなかったからだろうけど。いやだって、好きな子が自分のこと好きなんて思うわけないじゃん。そんなバカなって思うのが普通じゃん。『もしかしてあの子、俺のこと好き?』って思うような自意識過剰のバカなんて小学生にしかいないだろ。

 

「そんなことないよ。あぁいうのって結局期待だから、モテてこなかった人はちょっと優しくされると『あれ……?』って期待しちゃうんだ」

「お前はさらっと俺の心を読むよな。まったくもう……」

「嬉しそうにしないで兄貴。きもい」

「織部くん。あとでそれのやり方教えて」

「恭弥と人として同じランクになればできるようになるよ。だからおすすめはしない」

「お前自分のこと最高ランクの人間だと思ってんの? 図々しいな」

「兄貴が言うな」

 

 厳しいことを言いながら、薫はひつまぶしのだしを作っていた。俺がひつまぶしにしようかな、と思っていただけなのにもうだしを作り始めるって、薫も俺と同じランクってこと? まぁ薫は言うまでもなく頂点だしな。疑う余地がない。あとなんでだし作れるの? 一回食べたことあるから? そう。

 

 どうやら薫も俺に似て天才だったらしい。俺は誇らしいよ。

 

「恭弥ー。マグロはどうする?」

「サラダ作っといてくれ。合いそうなやつ適当に買っといたから」

「アボカドー!!」

「日葵ねーさんアボカド好きだもんね」

「僕は薫ちゃんが好きだょ、おいまて恭弥。人に包丁を向けちゃいけないって習わなかったのか?」

「生憎家庭科の成績は満点だった」

「勉強だけできて身についてないタイプじゃん」

 

 日葵がアボカドを手にうきうきしながらドレッシングとマグロのつけだれを作り始める。薫もそうだけど、当たり前のようにだしとかドレッシングとか手作りするんだな。市販のやつも買ってるのに。俺に料理できる女だと思ってほしいの? 大成功だぜ。好き。

 

 さて、あとは岩牡蠣と太刀魚……聖さんがお酒飲むって言ってたから太刀魚はなめろうにして、岩牡蠣は刺身と酒蒸しにしよう。いい食材はあんまり余計なことしない方がおいしい。プロだったら別だろうけど、俺はプロじゃないしな。変なことして素材の味を落とすよりはよっぽどいい。

 

「……なんかさ。ぱぱっと作る料理決めちゃうのってカッコいいよね」

「わかる! 私が何にしようかなーってちょっと悩んでる時にもう全部決めちゃうんだもん。できる男って感じがしてすき」

 

 手に持っていた岩牡蠣を床にたたきつけそうになったのを、薫が俺の腕を掴んで止めてくれた。ありがとう。

 いきなりさ。すきとかいうのやめてくれよ。今のは純粋にうきうきしてすきって言っただけなんだろうけど、軽率すぎる。いつももじもじしてるくせに無意識だと好意めちゃくちゃ伝えてくれるんだな。愛してるぜ。

 

「千里ちゃんは料理しないの?」

「調べればできる程度かな。あんまり積極的にキッチンには立たないから、恭弥みたいに『これ作るかー』ってキッチンに立ってから決めるっていうのはできないかな」

「へー。織部くんって料理できそうなのに」

「それは僕が女の子みたいだから?」

「ん-ん。器用でなんでもできそうだなーって思ってたから」

「照れ照れ……」

「千里。お前は日葵の期待に応えられなかったってことなんだぞ」

「勝手に期待してるだけじゃん。知らねぇよ」

「私、ほんとにこの人が好きでいいのかな……」

 

 大丈夫大丈夫。千里も言っていい相手と言っちゃダメな相手くらいわかってるから。現に日葵は笑ってくれてるし。もしかしたら内心腸煮えくりかえってるかもしれないけど、少なくとも表面上は大丈夫だ。

 先にどの調理器具がどこにあるか確認しときゃよかったなと考えながら、多分ここら辺にあるだろと開けたら必ず欲しいものがそこにあるから結果オーライ。俺ってば天才すぎ? でもまぁこれくらい高級なホテルなら、一般的に置いてて一番取りやすいところに置くだろうから、探すのに苦労しないのは当たり前なんだけども。

 

「お前さ。もし薫と結婚しても料理薫に任せっきりにすんなよ。今の時代亭主関白なんてクソだからな」

「もちろん。家事も全部するよ。自分の家のことだしね」

「二人の家のことでしょ」

「恭弥恭弥。ここが地獄?」

「いい加減薫離れしろ。もし薫が千里のものになっても、薫が日葵を忘れることなんかないし、薫は日葵のことがずっと好きだから」

「そうそう。僕は薫ちゃんが夏野さんに会いに行くってなっても、それに嫉妬して止めるようなくだらない人間じゃないしね」

「すぐ会えるように近くに住めばいいしね」

 

 それはいいな。千里と薫が近くに住んでるなら、俺も薫に会えるし。俺が日葵と結婚してたらで、千里が薫と結婚してたらだけど。まぁどうせ千里とは死ぬまで一緒だし、ってなると離れたところに住んでてもめんどくせぇからどうせ近くに住むことになる。未来の俺の妻は幸せ者だな。超絶可愛い小姑が近くに住んでるっていうんだから。

 ……なんとなく、聖さんも近くに住みそうだと思ったけど気のせいだろう。確かに聖さんは千里のことが大好きだが、あの人もあの人なりの幸せを見つけてどこか違うところに住むはずだ。うん。なんか聖さんから男関係の話聞いたことないけど、あんな素敵な人、男が放っておくわけがない。

 

「恭弥って料理の隙間に洗い物やるタイプなんだ」

「ただぼーっとしてても仕方ねぇし。日葵、食器出しといてくれ。千里はもうすぐできそうだってみんなに言ってこいカス」

「はーい!」

「オッケー。あれ? なんか罵倒しなかった?」

「気のせいだろ」

「なんだ、気のせいか」

 

 千里がてててーとみんなを呼びに行き、その間に使った調理器具を洗い、拭く。薫がちょうど調理を終え、流れるような動作で日葵の出した食器にマグロとアボカドのサラダを盛り付け始めた。

 

「頼むわ」

「ん」

 

 (俺が持って行っとくから、その間に他の盛り付けも)頼むわ、がちゃんと薫に伝わり、日葵もオッケーサインを出してくれたのを見てテーブルに向かう。ちょうどみんなもやってきたところで、ゆりちゃんは目隠しをされて、春乃の服の裾を掴みながら歩いてきていた。

 

「あら、ありがとう恭弥くん。千里が邪魔しなかった?」

「隙あらば薫といちゃつこうとしてたこと以外は大丈夫でした」

「そう。じゃあ今夜一緒に寝ましょうか」

「ゴムは買っておきますね」

「おい待て。じゃあの意味もわからないし恭弥もすぐに乗るんじゃない」

 

 千里が俺から聖さんを引きはがし、光莉と春乃に睨まれているのを感じ取りながら、目を合わせないように配膳してキッチンに戻る。聖さんほんといい加減にしてほしい。お姉さんって立場を最大限に活かし過ぎだ。あの人そろそろ「えっちする?」って言ってくんじゃねぇの? 耐えらんねぇよ俺。

 

「はい、お願いします!」

「はぁい!!!」

「兄貴、楽しそうだね」

 

 聖さんに誘われたら断れないなぁと考えていたクソ野郎はどこへやら。日葵の笑顔によって純粋へと塗り替えられた俺は、うきうき気分でテーブルに向かう。

 

「あんた配膳係が似合うわね」

「あぁ光莉、ちょうどよかった。胸でテーブル拭いといてくれ。汚れたら適当に搾れば済むだろ」

「あんたなら優しく揉むのを許してあげてもいいわよ」

「は? ひどいこと言って申し訳ございませんでした」

「浅ましいな……」

「結局男は胸なのよ。残念だったわね春乃」

「ん-、殺そか」

「マジで?」

 

 バイオレンスなことになりそうなのでキッチンに戻り、日葵と薫と一緒に食材と食器をおぼんの上に乗せてテーブルに向かう。光莉がいなくなっていた。あぁ……。

 

「一人分多く作っちゃったな」

「どうせすぐ戻ってくるよ」

「光莉さんだしね」

 

 光莉に対する妙な信頼をもとに、「まぁ揃ってなくてもいいだろ」と今ここにいる全員で手を合わせていただきますをした。やはり光莉はいつの間にか口をパンパンにして幸せそうにしていた。



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第108話 お約束的なアレ。

「よう春乃。聖さんがお酒飲むって時点で嫌な予感はしてたけど、まさかここまでとは思ってなかった」

「なんとなく日葵が間違えて飲んでもうて、光莉がそれ見てかわいいー! みたいなんは予想しとったんやけど」

「まさか俺たちと日葵以外が間違えて飲むとは……」

 

 俺と春乃で食器を片付けながら、テーブルの方を見る。薫とゆりちゃんは二人でいちゃいちゃしていて、お酒がちょっと入ってるだけだからまだそれだけですんでいるが、千里と光莉がやばい。千里は聖さんの隣に座ってたから思い切り飲んだし、光莉は千里とは逆側で聖さんの隣に座ってたから、光莉もがっつり飲んだ。

 

 結果、光莉は日葵のひっつき虫になり、千里は体を赤くして隙あらば脱ごうとするいやらし爆弾えちちちモードになってしまった。脱ごうとするたび聖さんが止めているが、あれはもうとんでもなくやばい。

 

「ってか、薫ちゃんとゆりちゃんは多分酒蒸しであぁなってるやんな?」

「俺が見てた限りじゃ間違ってお酒飲んでたわけじゃないしな……ん-。酒蒸しであぁなるって聞いたことないから、大丈夫だと思ってたわ」

「まだ中学生やからなぁ」

 

 ほんとに。まだ可愛らしい感じになってるだけだからよかったけど、これで倒れられたりしたら聖さんにも申し訳ない。聖さんだってお酒の管理はちゃんとしてたし、ただバカ二人が聖さんを挟んでたからあぁなっただけで。クソ、俺もバカをちゃんと見ときゃよかった。バカなんだからバカやらかすに決まってるじゃん。聖さんも申し訳なさそうによだれ垂らしながら千里に服着させてるし。どこが申し訳なさそうなんだよ。

 光莉はいつも日葵にやりたいことを、お酒が入ってるからって合法的にやりたい放題してる感じだ。多分あれ素面だし。ちょっと顔が赤いけど、気色の悪い笑いが隠しきれていない。日葵は騙されてよしよししてるけど。俺にもしてくれ?

 

「マジでこういう時、春乃がしっかりしてくれてるから助かるわ。俺もしっかりしてるけど」

「恭弥くんって周り見てミスするかどうか決めてるとこあるよな。他がしてなかったらするし、してたらせえへんし」

「全員ミスったらとんでもないことになるだろ」

「私がおるやん? 日葵もおるし」

「男手はあった方がいいだろ?」

 

 もしほんとに誰かが倒れたりしたら運ばなきゃいけないし、そういう時に力仕事できるやつがいた方がいい。俺たちの場合俺か光莉か……多分春乃もできるな。じゃあ俺いらねぇじゃん。お酒飲んでこようかな?

 

「いつも悪いなぁ。周り見てしっかりしてくれて」

「悪いと思うなら慎んでくれへん?」

「慎み持てるような人間だと思うなよ。なめてんのか?」

「慎み持ってないことを誇りにしとんちゃうぞ」

「他に誇れることなんてないからなぁ」

「悲しい人間……」

 

 そうだと思うなら「そんなことないよ」とか言ってくれ。ほんとに俺がそれ以外誇りにできないみたいじゃん。ほら、カッコいいとか頭がいいとかさ。俺いいとこいっぱいあるじゃん。それ以上に悪いところ目立つじゃん。だから褒めてくれねぇんだよカス。省みろ。いやでーす!

 

 はぁ。

 

「でも恭弥くんって根っこの根っこは優しいやん。身内にだけは優しいみたいな。悪いとこばっかやなくて、ちゃんとええとこも知ってるで」

「そのほかにいいところを言ってみろ」

「かっこええやろ、運動できるやろ、頭ええやろ、おもろいやろ、妹想いやろ、友だちとかも大切にしてくれるやろ、初心でかわいいやろ」

「照れるからやめてくれ」

「言うてくれ言うたりやめてくれ言うたり、忙しいなぁ」

「そんなストレートに言ってくるとは思わないだろ!!」

「だってほんまのことやもん」

 

 最後の食器を片付けて、春乃は歯を見せて笑い、頬にピースを添えた。かわいい。そして見え隠れするイケメン。こんなストレートに褒めてくれる人、俺が女の子だったらイチコロだった。よかった俺男で。ちなみに千里ならもう堕ちてる。

 春乃がかわいくてカッコよかったのがむかついたので、ふん! と鼻を鳴らしてふんぞりかえってテーブルに向かう。後ろで春乃が「かわええなぁ」と言ってきたが、あのイケメンのいうことをいちいち聞いていると脳が破壊されるからあえて聞こえないフリをした。

 

「あ、恭弥。ありがとね、片付けてもらっちゃって。春乃もありがと!」

「あら、もう帰ってきたの? 私と日葵の時間を邪魔する気? 悪いけどそれは神に対する冒涜と同じことよ」

「あれ、光莉もう酔いがさめたの? さっきまでふにゃふにゃだったのに……」

「ふにゃふにゃぁあ」

「おいデカ乳クソキショ女。人に迷惑かけることしかできねぇなら今すぐ親御さんに謝ってこい」

「男なら女の子のことは嘘でも可愛いって言いなさい」

「お前は猫被ってない時が一番可愛いぞ」

「…………」

「牛が照れとるわ」

「牛???」

 

 さっきの仕返しに本心を伝えると、酒とは関係なく顔を真っ赤にして黙りこくった。光莉ってマジで乙女だよなぁ。俺も初心だからそんなところまで似るのかと恐れおののいてるけど、多分初心と乙女って違う意味だから大丈夫だろう。もはや何が大丈夫なのか何に恐れおののいてるのかもわからんが。

 春乃に牛と呼ばれた光莉は、日葵に嘘がバレたことを理解したのかそっと離れて、日葵に敬礼してから俺の方に逃げてきた。嘘ついてたことがバレたから怒られると思ったんだろう。こいつマジでクズだな。いつもは日葵のそばにいるくせに。

 

「ふふ。別に怒ってないよー。甘えてくれる光莉可愛かったし」

「勝ち誇った顔で俺を見てんじゃねぇよクズ。日葵に捨てられちまえ」

「そうなったらあんたが拾ってくれるんでしょ? おい、何本当に不思議そうな顔してんのよ」

「いや、日葵が光莉を捨てるわけないじゃんって思って……」

「そうだよ光莉。捨てるって思ってたんだ。悲しいな……」

「あーあ。光莉が日葵泣かした」

「涙全部飲んであげるわね」

「シンプルにこわ」

 

 舌を出してはぁはぁ言い出した光莉にスマホを向けると、すぐに舌を引っ込めて恥ずかしそうに俺を見てきた。いや、恥ずかしいなら最初からすんなよ。あと安心したぜ。舌出してるのが恥ずかしい行為だって認識はあったんだな。

 見たらダメな千里は置いといて、薫とゆりちゃんを見る。同じ椅子に、というか薫の膝の上にゆりちゃんが向かい合うようにして座って、すりすり体を寄せてにこにこしていた。人間サイズの犬みたいな感じで大変愛らしいが、薫がゆりちゃんと光莉を交互に見て心配そうな顔をしているのは気のせいだろうか。薫がゆりちゃんに対して何かしらの将来性を感じている気がしてならない。それも悪い方向の。

 

「ゆりちゃんは私になれる可能性があるわね」

「でもゆりちゃんって根っこからええ子やし、ええ子な光莉って考えたらめっちゃかわいない?」

「確かに!」

「え? 確かにって日葵、今の私はかわいくないってこと?」

「ん-ん。可愛いよ?」

「見なさい恭弥。これが妊娠よ」

「どっちが?」

「どっちがって、聞くこと間違えてるやろ」

 

 つい。だって、千里と薫なら流石に妊娠する方はわかるけど、どっちも女の子だからどっちかなって思って。何? どっちも? へぇ。

 

 バカな話は置いといて、どうしようかと首を傾げる。このまま風呂に入りたかったが、お酒を飲んだ後にお風呂ってどうなんだろうと思ってしまった。聖さんは慣れてるし、千里以外は大丈夫だろうけど、千里が危なそう。まさかこんな酒に弱いとは思ってなかった。弱いっていうより、慣れてない?

 今考えたら酒に弱い千里って最高の獲物じゃん。大学に行って新歓コンパで飲まされて眠らされてそのままお持ち帰られるタイプの人間じゃん。俺が守らなきゃ。

 

「んー、つってもこのままここにいても仕方ねぇし、水着持ってまた戻ってくるわ」

「ほい。待ってるで」

「あ、そっか、一緒にお風呂入るんだ……」

「いやらしいこと考えるんじゃないわよ」

「考えるくらいは許してくれ」

「正面切ってそれを言える度胸、買うわ」

 

 光莉とハイタッチをかまし、聖さんにお世話されている千里のところへ行く。見たところまだぽやぽやしていてむにゃむにゃしており、聖さんの表情がとてつもなくだらしなくなっていた。可愛くて仕方ないんですね。わかりますよ。俺も薫がこうなってたら聖さんみたいになる自信ありますもん。

 

「おい千里。一旦部屋戻って水着取りに行くぞ」

「あ。きょうやだ」

 

 舌ったらずに言いながら俺を見て、へにゃりと笑う千里。はぁーあ。抱きしめてキスしてもいいってことでしょうか。いいってことですね。俺は頭がいいからわかるんだ。これでキスしちゃだめって言うなら日本の法律と教育が間違ってる。

 

「水着だね。いいよー。いこ」

「ん? あれ。普通に話は通じるんですね」

「えぇ。いつもより二倍可愛くなるだけよ」

「は? ものすごすぎません?」

「ものすごすぎるから気を付けてね」

 

 俺ものすごい千里と一緒にいて精神保てる自信ねぇよ……。今も「ん、ごめんね。ふらつくからぎゅってしててもいい?」って俺の腕掴んでくるし。そのままもたれかかってきてぽやーってしてるし。掴んでる手で優しくにぎにぎしてくるし。なんだこいつ。俺を殺そうとしてんのか? 受けて立とうじゃねぇか。こちとら伊達にお前と親友やってねぇんだよ。ブチ犯して、違う。ブチ犯してやろうじゃねぇか。

 

「じゃあ、骨は拾ってくれ」

「もう諦めてるんや……」

 

 えへへー、と笑う千里を連れて、俺は部屋を出た。どうしよう。自分たちの部屋についた瞬間セックス始まったりしないかな……。



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第109話 風神雷神

「そういえば薫ちゃんとゆりちゃんも一緒に入るのかなぁ」

「どうだろうな。薫は俺と一緒に入りたくないだろうし、ゆりちゃんは一緒に入ったら死ぬだろうし」

「薫ちゃんは恭弥となら平気だとおもうよ?」

 

 部屋に戻って、色々準備をしながら、更にふらつく千里の介護をしながらゆったり話す。

 薫が俺と一緒にお風呂なんて、聞いただけでぶち殺されるに決まってる。薫は俺のことを慕ってくれてるというかもうだいちゅきだが、それとこれとは話が別だ。俺も薫と一緒にお風呂ってめっちゃ気まずいし、どうすればいいのかわからない。というかそれはつまり千里と薫が一緒のお風呂に入るってことだから、千里が薫をめちゃくちゃ見るところを見なきゃいけないわけで、ということは俺が千里をぶち殺さなきゃいけないってことか。

 

 酔ってるし今のうちに殺しとこうかな?

 

「……あー、あー。いや、やめとこう」

「なにが?」

「なにも」

 

 少し善性が働いて千里と薫だけで入らせてもいいかもなと思ったが、その場合俺は男一人で女の子に囲まれる天国のようで地獄の空間に放り込まれることになる。そうなったら俺はおしまいだ。緊張と興奮と興奮で興奮してしまう。

 修学旅行の時はお風呂に入ろう! って感じで入ってなかったから、あの時とはドキドキ度合いが違う。水着を着てるとしても俺の精神がぽっきり折れる。だからせめて同じ男が同じ空間にほし……。

 

 千里がいたとしても一緒じゃね? だってめちゃめちゃ色っぽいぞこいつ。

 

「おふろたのしみだねぇ。のぼせないようにしなきゃ」

「今の千里わかりやすいから、なんかあったら俺がなんとかするって」

「へへ。ありがと」

 

 しかもめちゃめちゃ可愛いぞこいつ。だめだ。千里を拠り所にしてたら一瞬で理性が崩壊してしまう。むしろ薫も一緒に入ってくれた方がいいかもしれない。ゆりちゃんにもそうだが、見ても興奮しない子がいた方が安心感がある。千里マジでどうなってんだこいつ。男のくせに男を興奮させてんじゃねぇよ。

 

「身内しかいないし、下だけでいいかな?」

「ふざけてんのか?」

「気にするの恭弥だけだよ……」

 

 結果的に全員気にするんだよ。お前が上着てなかったら俺が見ちゃうし、千里を見ちゃってる俺を他の人が見ちゃうし、間接的に全員見ちゃうんだよ。頼むから着てくれ。胸無くて下ついてる女の子って言っても過言じゃないんだから。

 西洋風の内装とは違い、館内着として用意されていた浴衣を持ち、下着やバスタオルを袋に入れて、自然と千里と腕を組んで部屋を出る。こいつ介護慣れしてきやがった。熱い体と赤い顔と柔らかい体が近くにあるってだけで俺の理性が殺されかけてるってのに、安心しきった顔で「えへへー」って寄りかかってきやがって。甘え上戸か? 最高じゃねぇか。

 

 すれ違う大人からは温かい目で見られ、同年代くらいの人からは羨ましそうな、または嫉妬した目で見られながら廊下を歩き、日葵たちの部屋へ向かう。そうだよな。千里って見た目女の子にしか見えないから、ただのカップルにしか見えないよな。どうしよう。これで次戻った時にまたゴム置いてたら。俺使っちゃうかもしんない。ゴムハメるだけハメて気を落ち着かせるかもしれない。

 

 流石にそんなことをしたら友情に亀裂が入るのでやめておこうと思う。ふっ、俺が理性的すぎて怖いぜ。

 

「ひーまーりーちゃん! あーそーぼ!!」

「すーみーれーちゃん! あーそーぼ!!」

 

 理性的な人間らしく、日葵たちの部屋の前で大声で日葵を呼ぶと、千里も乗っかって薫を呼んだ。すると中から慌てたような足音が二つ聞こえて、勢いよくドアが開く。

 

「恥ずかしいから! 早く中入って!」

「酔ってる千里ちゃんならまだしも、兄貴が先にってどういう……まって。なんかしてきた?」

「シてねぇよ」

 

 シてきたようにしか見えないってこと? 確かに千里、体重のほとんどを俺に預けてるけど。完全にデレデレ彼女のそれになってるけど。

 薫のせいで日葵からの疑いの眼差しも強くなったため、逃げるように二人の間を抜けて部屋に入る。そして振り向いた。

 

「水着着てんじゃん」

「先に着替えておいた方がいいかなーって思って! ど、どう?」

「……かわいいけど、言うの普通に照れるから聞かないでくれ」

「兄貴が言わないからじゃん。男らしくない」

「へへー。薫ちゃんいっつも可愛いけど、水着姿も可愛いね。似合ってる」

「……」

 

 薫が照れて黙ってしまった。かわいい。

 

 日葵は修学旅行の時に着ていた水着と同じで、ってことはまだ春乃はプレゼントしてないってことか。どうせなら海で見てもらおうってことだろう。楽しいことが好きな春乃らしい。

 薫は深い緑の水着で、がばっと胸が開いた三角ビキニ。おいおい。お兄ちゃんそんな刺激的な格好していいなんて言ってませんけど? おかげで千里がデレデレしちゃうじゃん。日葵も千里の視線から薫を守ってるし。でもそうすると千里が日葵を見ることになるから、つまり俺が千里の目を潰せばいいってわけだな?

 

「? どしたの、恭弥」

「なにも???」

 

 目を潰そうと千里の顔に手を伸ばすと、潤んだ目をきゅるんとさせて俺を見てきやがった。クソ、酔ってるから鈍くなってやがるこいつ。いつもなら瞬時に目を潰されるって気づいて転がって逃げ回ってなんだかんだで光莉に殺されるのに。ずるくね? いっつもメスでクズなのに、酔うとクズな部分が引っ込んでただひたすらに可愛くなるって。光莉もこうなってくれ。なんであいつ全然酔ってねぇんだよ。

 

「ちなみにゆりちゃんは?」

「なんとか目隠しして耐えてる」

「風呂入れずにぶっ倒れるのはかわいそうだからな。よかった。えっっっっっ」

 

 薫を見ながら歩いてたから気づかなかった。前を見ると、そこにはえちえち集団がいた。いや、えちえち集団が現れた。

 

 光莉はイメージカラーのオレンジの水着で、言うまでもなくばいんばいん。俺に気づくと少し恥ずかしそうにしながらも「遅いわよノロマクズ。いくら這いずり回るしか移動手段がないとはいえ遅すぎるのよ死んだ方がいいんじゃない?」と可愛らしい憎まれ口を、可愛らしくねぇよなんだテメェ負けてもいいからやってやらァ!!

 

「ん? ありゃりゃ。千里まだふらふらやん」

「あら、ほんとね。大丈夫? お風呂入れそ?」

 

 しかしそんな俺の怒りはえちえちの風神雷神を見ることにより吹き飛んでいった。

 

 セクシーダイナマイトボディの聖さんは紐でマイクロで黒。セクシースレンダーボディの春乃はお腹と背中がぱっくり空いているレオタードのような水着で白。二人ともどこで売ってるんですかそれ。二人の間で可愛らしいピンクの水着着てるゆりちゃんが「えちえちおーらをかんじるよぉ……」って死にかけてるじゃねぇか。やめてやれよ。

 

 あぁいいなぁ千里。俺も聖さんに優しく「お風呂入れそ?」って聞いてほしい。俺も酒飲もうかな???

 

「わ、ねえさんすごいの着てるね」

「お姉さんって感じがしていいかなーって思って。どう? 恭弥くん」

「お姉さんって呼べば奴隷にしてくれるって聞こえたんですが?」

「残念やけど言うてないで」

「ていうか春乃もなんだよその水着。似合ってるけど刺激的すぎじゃね?」

「ん-? んふふ。そやろ。誰かさんと違って胸無いから、こういう勝負の仕方のがええかなーって思って」

「おい。今私のことを胸にだけ頼ったパワーガールって言いやしなかったか?」

「パワーガールぴったりじゃん」

 

 春乃に知らしめるように胸を押し付けながら光莉が乱入し、聖さんを見て「えっっっっっっ」と言って何かを飲み込んだ。そうだよな。えっろって言っちゃったら女として負けを認めることになるもんな。でもお前色気では圧倒的に負けてるぞ。

 

「お、おにおにおにいさま。なんかいま私の周りにすごいのが集まってきてませんか」

「絶対目隠し外しちゃだめだぞ。多分死ぬ」

「……お聞きしますが、目の前に楽園があるとわかっていてそれを見ないバカがどこにいると思います?」

 

 武士のような覚悟を持ち、ゆりちゃんは目隠しに手をかけた。今死んでもいいから、楽園とも言える光景を目に焼き付けようと思ったんだろう。それなら止めはしない。俺もゆりちゃんと同じ立場だったら同じことをしただろうから。ゆりちゃん。君の名はこの地に刻ませてもらおう。

 

 しかし、そんなゆりちゃんの覚悟を阻む者がいた。目隠しに手をかけたゆりちゃんの両手を、二人の人物が片方ずつ掴んで抑えた。

 

「こーら。だめでしょ? 目隠し取っちゃったら、すごーいお姉さんがいっぱいいるのよ?」

「ゆりちゃんとも一緒にお風呂入りたいし、今は我慢して。な?」

 

 言って、優しくそっと目隠しを戻す聖さんと春乃。光莉は俺の後ろに隠れて「あれが『殺し』なのね……」と恐れおののいて、日葵は「ほあぁぁあああ」と色っぽい雰囲気に顔を赤くし、薫はシンプルにゆりちゃんの心配をしていた。わかる。だってあんなことされたら水着姿見なくても気絶しそうだし。

 

「あ、あが、あががががが」

「ゆ、ゆりちゃん大丈夫か!」

「しっ、兄貴話しかけないで! 今ゆりが心の整理してるから!」

「いやでもめっちゃ痙攣してるし口から泡が」

「大丈夫。楽しい思い出と引き換えに命をつないでるだけ」

「ゆりちゃんってなんでそんな悲しい生き物なんだ?」

 

 ちなみに薫曰く、楽しい思い出っていうのは街中で見た綺麗な人とかその程度のものらしい。俺たちみたいなのは強烈すぎて忘れられないんだとか。じゃあ理屈で言えば俺たちとずっと一緒に過ごして、さらに外に出さなかったら死ぬってことか。

 ……ちゃんと気にしておいてあげよう。薫の親友だし。なんか俺の友だちっぽい個性してるけど。



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第110話 ぼろりん

「……? もしかして薫ちゃんが水着で、一緒にお風呂に入るっていう状況?」

「お、現実を目の当たりにして酔いが醒めやがった」

「わ、どうしたの薫ちゃん?」

「……」

 

 外に出て、シャワーを浴びている時。隣に水着の日葵がいるっていうとんでもなく幸せな状況を、妹である薫で中和して、千里のお世話をしていた時。ふと千里の酔いが醒め、水着姿の薫を脳に焼き付けようと瞳をぎょろぎょろと動かし始めた。お前目悪いから見えねぇだろ。

 そんな千里が気色悪かったのか、それともただ単純に恥ずかしかったのか、薫が日葵の後ろに隠れてしまった。薫やめて。それやったらやっぱり千里が日葵を見ちゃうから。現に千里は今日葵の向こうにいる薫を見ようと必死になってるし。クソ、気に入らねぇ。俺の大事な大事な日葵を舐めまわすように見やがって。

 

「おい千里」

「ん? なんだい恭弥。そういえばごめんね? なんか色々お世話してくれてた気が」

「俺だけを見ろ」

 

 シャワーヘッドで殴られた。おま、お前。シャワーヘッドはダメだろ。俺じゃなきゃたんこぶの一つや二つや三つや四つや五つや六つできてたぞ。まったく、なんでこんな暴力的な子に育っちゃったのかしらね?

 

「よ、酔った僕に何もしてないよね!?」

「してないけど、胸隠して上目遣いで俺を見るんじゃねぇよ。新しい扉開けてやろうか?」

「日葵ねーさん。いこ」

「え、ちょっと気になるところ……」

「大丈夫。二人がそうなることはないから、先にお風呂行って待ってよ」

 

 千里が俺を警戒している隙に、日葵を連れて薫が行ってしまった。先に光莉や春乃や聖さんと入っていたゆりちゃんが気になってるっていうのもあるんだろう。あの三人、見た目だけで言ったら性的破壊力抜群だからな。多分ゆりちゃんは死んでるだろ。

 じゃなくて、こんな状況で千里と二人きりにしないでほしい。女の子とお風呂に入るっていうのに、なんで(女の子みたいな)男と二人切りなんだ?

 ……悪くないね。

 

「あーあ。恭弥が変なこと言うから薫ちゃんいっちゃった」

「お前が気色悪い感じで薫を見ようとするからだろ。でもさっきのも可愛かったぜ」

「おい。その彼女が可愛くて何をしてても可愛いとしか思えない彼氏みたいなやつやめろ。ほんとに酔った僕に何もしてないよね?」

「むしろお前が密着したりしてきたぞ」

「さぁ僕たちもお風呂にいこう」

 

 なんとなく覚えているところがあるのか、俺が言っていることが事実だとわかった千里は話を変えようと俺の手を引いてお風呂へ向かった。お前まだ酔ってんじゃねぇの? なんで手を引くの? お前手柔らかいんだから油断すんじゃねぇぞ。俺がその気になったら一瞬で押し倒せるんだからな?

 

 千里と一緒に歩いていくと、正面の方に洞窟が見えた。最初見た時は嘘だろと思ったが、マジで洞窟がついている。幻想的な見た目のお風呂には、やはり幻想的な美しさと可愛さを持つ女の子たちがいた。俺の手を引いている男の子の姉にあたるサキュバスも交じっている。

 

「やっときた。あまりにも遅いから千里とセックスしてるのかと思ったわ」

「お前はオブラートに包むってことを覚えろ」

「恭弥。それだと僕らがほんとにセックスしてたみたいになるから頼むから否定してくれ」

「ゆり! ゆりー!!」

 

 俺と千里のセックスを想像してしまったのか、ゆりちゃんが沈んでしまった。薫が必死にゆりちゃんをお湯の中から助け出すと、「死ぬ……ほんとに死ぬ……」とぼそぼそ呟いていた。可哀そうが過ぎる。俺と千里のセックスを想像して死ぬって世界一不名誉な死因じゃね?

 

「じゃあお邪魔します」

「はい、どーぞ!」

「恭弥。夏野さんの『はい、どーぞ!』が可愛かったからって固まるのはやめてくれ」

「千里が言うた『はい、どーぞ!』も可愛かったで」

「え」

 

 千里も固まってしまい、俺と千里はお湯に片足だけつかった状態で固まってしまった。まるで絵画みたくなってしまった。あれ? めちゃくちゃ芸術じゃね俺たち。この場面を絵画にしたらめちゃくちゃ売れそう。俺の部分だけ切り取られそう。は?

 ムカついたので千里をお湯に叩きつけたやった。水しぶきがあがり、びっくりした光莉にぶっ飛ばされていた。可哀そう。

 

「はぁ。お風呂に飛び込んじゃいけないって知らねぇのか?」

「恭弥が叩きつけてたような……」

「千里が足滑らしたんだよ。な? 信じてくれ」

「織部くんおっちょこちょいなんだね」

「お互いがお互いに盲目なんどうにかした方がええで」

 

 当然日葵の隣は緊張するので千里の隣に行こうとしたが、聖さんが千里を救出していたためえっちすぎて耐えられなくなり、光莉と春乃の近くも緊張するため薫の隣に行った。薫が呆れた目で俺を見てくるが、仕方ないだろ。そんな目で見てくるならお前千里の隣行ってみろ! 行けないだろ? だってお前俺の妹だもんな! やーいやーい! 俺の妹!

 やめよう。俺が悲しくなってきた。

 

「兄貴。お願いだからゆりに話しかけないでね」

「なんか俺がゆりちゃんにめっちゃ嫌われてるみたいじゃん……」

「私がお兄様を嫌うことなんてありません!! むしろ大好きです!!」

「待て、今のは違う。違うんだよ!」

 

 ゆりちゃんが俺に大好きと言った瞬間、そこはかとなく殺気のようなものを感じで必死で弁解する。過激派すぎだろ。ゆりちゃんだぞ? 多分この子顔がいい相手になら誰にでも大好きって言うぞ? だから恋愛的なそれとかじゃないんだって。

 

「ぷぷぷ。よかったね恭弥。ゆりちゃんに大好きって言ってもらえて」

「ゆりちゃん。千里のことはどう思う?」

「愛してます!」

「ちょっと待て。好きと愛してるじゃ話が違ってこない? 違うんだよ薫ちゃん。僕がこっそり手を出してたから愛してるって言われたんじゃなくて、ゆりちゃんはおかしいんだ」

「べつに」

「織部くん織部くん。薫ちゃんが『しらない』とか『べつに』とか言う時は大体拗ねてるときだよ」

「そもそも! 考えて欲しいんだ! 僕が誰に愛されていようと、僕が愛してるのは薫ちゃんだけなんだ!!」

「恭弥くん。千里の親友としてのあなたに聞くけど、来週の予定は?」

「式場を予約する上に俺にスピーチを頼もうとしないでください」

 

 千里の熱烈な叫びを聞いて、聖さんが俺ににじり寄って結婚式の相談をしにきた。正直聖さんが聖さんすぎて結婚式どうこうの話はまったく頭に入っていない。なんだこの人。雰囲気と見た目がいやらしすぎないか? ゆりちゃんも「いやらしセンサー! ビビビビビビビビ!!」って言ってるし。ほんと面白いなあの子。

 

「ふぅ、これだから男ってやつはだめね。こんなに可愛い女の子がいるのに、結局エロさに釣られちゃうんだから」

「ほんまにな」

「あの、春乃が同意するのはちょっと違うと思う……」

 

 日葵の言葉に俺と千里とゆりちゃんが深く頷いた。この中で聖さんとタメ張れるくらいえっちだぞ君。そんなえっちな格好自分から狙わないと無理だぜ。スタイルのよさを武器にして俺たちを殺そうとしてくるなんて、春乃は優秀な殺し屋だな。すでにゆりちゃんは五度死んだ。

 かといって、日葵と光莉がえっちじゃないかと言えばそうでもない。日葵はまぁ、えっちというより可愛さ抜群ラブ&ピースって感じだが、光莉はおっぱいだけで勝負できる。変化球を小細工だと思ってるタイプの投手だ。変化球を駆使して抑える投手を嘲笑うかのような180キロストレートを投げ込み、高笑いしながら四死球出しまくるタイプ。

 

 つまり化け物。そりゃあんなおっぱいしてるやつが化け物じゃないわけないでしょ。

 

「ん-、なぁなぁ恭弥くん。ちょっと聞きたいことあるんやけどさ」

「俺にはないぞ」

「なくても構わんで。この中で誰の水着が一番好き?」

「ち」

「千里はなしで」

「ちんちん……」

「なんで逃げ道なくなったらちんぽって言っちゃうのよ」

「おい、いやらしい音声作品みたいな言い方はやめろ」

「いやらしい音声作品……?」

「こら恭弥くん。日葵が興味示してまうからやめなさい」

「し、示してないもん!」

 

 俺もいやらしい音声作品のことはよく知らないから、「知らないもーん」と言ってかわいさアピールをしておく。水面を割る光莉の拳によって叩きのめされた。お前格闘漫画から現実にこんにちはしてきた感じの人? 水面割るなんて漫画でしか見たことないんだけど。あとで俺にもやり方教えてくれない? 何? 俺は弱いから無理? ざぁこざぁこ? 

 

「っし。裸にひん剥いて吊るし上げるか」

「そんなことしたら朝日さんが興奮しちゃうからやめときなよ」

「日葵の前で裸で吊るし上げられるって、光莉からしたらご褒美やしな」

「黙っときなさいよ!! せっかくやってくれそうだったのに!!」

「日葵ねーさん。親友は考えた方がいいよ」

「うん……?」

 

 日葵が首を傾げながら頷いた。そりゃそうだ。薫の親友もそこはかとなくというか結構というか大分おかしいからな。というかここにいる全員の親友は頭がおかしい。全員親友選びを失敗したんじゃないかってくらいひどい。いや、日葵と薫はおかしくない。むしろ、そういう視点から言えば光莉とゆりちゃんは親友選びに成功した形だろう。

 はぁ。どっちもいいやつで素晴らしい人間性なのは俺たちくらいだぜ。なぁ千里?

 

「ところで結局誰の水着が一番好きなの?」

「絶交してくれ」

「なぜ」

 

 なにが素晴らしい人間性だ。せっかく逃げれそうだったのに掘り返してくるとかドブのやることじゃねぇか。見た目女のゴミカスがよ。せめて地球の養分となって死んでくれねぇかな。俺こいつのこと普通に嫌いだわ。

 

 うそうそ。ちゅきちゅき!

 

「俺が誰の水着が一番好きかなんて、誰も気にしてないだろ? そんなことよりのぼせるといけないからそろそろ上がろうぜ。じゃあな」

「逃がすか!」

 

 どれだけ話していても逃がしてくれないだろうから、無理やり立って逃げようとすると、千里が俺の海パンを掴んだ。このままじゃ脱げてしまう! なんて慌てることはない。俺はとある理由から海パンがつっかかって脱げなくなってるんだ。ふふふ。脱げたら終わりだなマジでこれ。みんな俺から目を逸らしてるから絶対察してるけど。あ、聖さんだけ見てる。

 

「千里、離してくれ。俺はこの通りなんだ」

「……その、ごめっ、あ」

 

 千里も気まずそうに目を逸らし、俺の海パンから手を離そうとした、その時。俺の海パンを無理に掴みに来たからか、元から足元が安定していなかったようで、千里はそのままお湯の中にダイブした。

 

 俺の海パンをずり下ろしながら。

 

「……」

「……ふーん」

「ほーん」

「わ……」

「あらあら」

「──」

 

 光莉がちらちら見ながら、春乃が感心したように、日葵が顔を手で覆いながら、聖さんが穏やかに微笑んで、ゆりちゃんは死んだ。

 

 唯一反応してくれそうな千里と薫を見てみるが、千里は俺から潜水で逃げて、薫は俺を軽蔑した目で見ていた。こりゃ話しかけても死ねって言われるな。

 

 しかし俺は慌てない。今まで何度も修羅場を潜り抜けてきた俺は、この場においても最適解を出せる優秀な頭脳を持っていた。

 

「あぶねぇあぶねぇ。もう少しで脱げるところだったぜ」

「脱げてるわよ」

 

 俺の『脱げたように見せかけて実は脱げていなかった作戦』は光莉の手によって一瞬で台無しにされた。流石に無理があったかと思いながら、これでどうにかうやむやにできただろうと確かな自信とともに海パンを履き直す。

 

「さて、俺が誰の水着が一番好きか聞きたいんだったよな?」

「や、なんか違う意味に聞こえてまうからもうええわ」

 

 千里が遠くの方で、お湯の中で土下座しているのが見えた。いいよいいよ。後で絶対ブチ犯してやるから。



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第111話 お風呂上り

「いやぁ、何事もなかったいいお風呂だった!!!!!!!!!!」

「え? ナニのボロンがあったいやらしいお風呂だった?」

「光莉。もうちょっと慎みもたなあかんで」

「あいつに言いなさいよ」

「慎みっていうなら岸さんもだよ。あんな水着着て、僕が男の子だったら危ないところだったよ? あれ?」

「恭弥にあんなことされたからメスになっちゃったわね……」

 

 誤解を生むような言い方はやめろ。俺はただ千里を引きずり出して顔を至近距離に近づけて10分耐久レースしただけだろ。むしろ俺の方が危なかったわ。マジで千里を本気のメスにするところだった。まつげ長いし目くりくりしてるしいい匂いするし唇ぷるぷるだし、どう考えても女の子だろあいつ。

 

「慎みっていうのはあぁいうのを言うんだよ。見ろ。日葵が薫の髪を乾かしてあげている素晴らしいこの世の美を」

「その隣で姉さんがゆりちゃんを殺してるけど」

「さっき千里の真似して愛を囁いたらしいで」

「あら。脈ありってことじゃない。よかったわね千里」

「多分あの子、顔がよければ誰に愛を囁かれてもあぁなるよ」

 

 そんなことないだろ。ゆりちゃんだっていくら顔がよくても人は選ぶ。例えばクズが相手だったら靡かないだろうし……靡いてるわ。俺たちで靡くなら誰にでも靡くじゃん。はーあ、尻軽尻軽。薫の兄貴としてなんとしてでも守ってやらないと。

 実際、どうなんだろう。今は薫が隣にいるからなんとか無事でやっていけてる感があるけど、高校生になって薫が隣にいなくなったら、ゆりちゃん大丈夫なのか? もし顔がよくて性格が悪い男に引っかかったら、薫がブチギレて結果俺もブチギレて、日葵もブチギレて千里もブチギレてノリで全員ブチギレて、結果男が死ぬことになってしまう。

 

「ゆりちゃんも俺たちの高校にこねぇかなぁ」

「その方が絶対ええよな。っていうかゆりちゃんのことやからもう私らのとこに進路決めてんちゃう?」

「顔がいい人が確実にいるってわかってるからね。同じ料金なら可愛い風俗嬢がいる店に行くに決まってるし」

「あんたそんな例えしかできないから下品なのよこのゴミゲボ野郎。お母さんのケツの穴から生まれてきたの?」

「ナンバーワンで下品じゃねぇか」

 

 男でもあんまりゲボって言わねぇぞ。言うとしたら俺か千里くらいだ。つまりまともな人間は言わない。あれ? 俺と千里と光莉しか言わないって、いつもの三人じゃん。最悪。また俺たちが異常者であることが証明されてしまった。これは日葵にずっと一緒にいてもらって介護してもらうしかない。げへへ。

 

「というか、ねぇ恭弥。なんで日葵の髪がもう乾いてるの? 私がしゃぶりつくすつもりだったのに」

「お前に任せたら一生乾かねぇからだろ。薫も日葵の髪乾かしたがってたし、いいじゃねぇか。美しい姉妹愛にドブが混ざらなくてもさ」

「まぁ、薫ちゃんが相手なら仕方ないわね。今私のことドブって言った?」

「そういや千里って髪の乾かし方まで女の子みたいやったな。男の子って恭弥くんみたいにぐわーってイメージやったけど」

「春乃春乃。さっき恭弥が私のことドブって言ってなかった?」

「あの、無意識にメス晒してるって気づかされたら普通に傷つくからやめてくれない?」

「千里千里。さっき私がドブって言われたの。信じられる?」

 

 ドブがちょこまかと動き回っているのを無視して、日葵のところに向かう。ゆりちゃんが菩薩のような笑みを浮かべているのが気になるところだが、もう色んな事がありすぎて仏になっていてもおかしくないから気にしないことにした。よくあることだよな。色んなことがありすぎて仏になるって。

 

「兄貴。近寄らないで」

「おいよく見ろ薫。もう俺下半身モロ出ししてねぇだろ」

「お兄ちゃんのおっきっきって衝撃的だもの。仕方ないわ」

「恭弥、なんで後ろ向いたの?」

「気にしないでくれ」

 

 別に聖さんが『お兄ちゃんのおっきっき』って言ったから、それが琴線に触れたわけじゃない。後ろ向いたら光莉と春乃と目が合って、すべてを察せられたことも別に気にしてない。千里は複雑そうな顔をしていた。まぁお前からしたら姉だもんな。でも考えてみろ。お前にとっては薫が「お兄ちゃんのおっきっき」って言ったのと同じことだぞ。

 アイコンタクトでそのことを伝えてやると、千里も後ろを向いた。想像でそうなるって相当だぜあいつ。

 

「ふぅ、収まった。おいおいよかったな薫。日葵に髪乾かしてもらってよ」

「話しかけないで」

「す、薫ちゃん! 恭弥が泣いちゃうからだめだよ!」

「悪かったよ……素敵な女の子ばかりで興奮してしまった俺を許してくれ」

「恭弥くん。正直だったらいいってわけじゃないのよ」

 

 正直なのが俺のいいところなんです。

 

 でも、感触としては悪くない。日葵は照れてるし、聖さんはあらあらうふふってしてるし、ゆりちゃんは菩薩のような笑みで「わかります」って頷いてるし。後ろの三人の女の子も見てみると、全員照れて、一人がはっとして中指を立ててきた。お前が勝手に自分のこと女の子だと勘違いしただけだろ。お前そろそろほんとに危ないぞ。

 

 ただ、機嫌を直してほしい薫だけむすっとしていた。なんだろう。もしかして薫の水着姿を褒めなかったからかな!!!!???

 

「薫! 水着めちゃくちゃ似合ってたぞ! 一生掴んで離したくないくらいだったぜ!」

 

 薫が恐怖の表情を浮かべて逃げ出してしまった。ベッドの上に乗って脅えた表情で俺を見ている。なんで?

 

「恭弥くん。妹が兄の臨戦態勢を見せられて、しかもその後に水着姿を褒められる恐怖がわかる?」

「でも俺ら兄妹ですよ。恐怖感じるところなんて何もなくないですか? 漫画やアニメじゃないんですし」

「ん-。薫ちゃんって恭弥のそういうところ見たことなかったから、戸惑ってるんじゃない? や、私も見たことなかったんだけど」

「あー」

 

 確かに。妹の前で男なんて出さないし、出そうとも思わない。そうか。俺が俺じゃないみたいな感じしたから怖がってるのか。可愛いやつめ。じゃあ俺の萎えたあそこを見せれば……なんだろう。絶縁される未来が見えた。俺は自分で考えて行動しない方がいいんだろうか。

 

 どうやって薫の警戒を解こうかと考えていると、ふと俺の肩に柔らかく女の子らしい手が乗った。千里の手だ。

 

「恭弥。ここは僕に任せて」

「お前が服を着たら話だけは聞いてやる」

 

 千里の方を見ると、既に上を脱いでいてなにやらおっぱじめる気満々だった。ゆりちゃんは死んだ。

 こいつ、薫がベッドの上にいるっていう状況だけみて興奮しやがったな? やはり俺は薫の兄としてこいつを殺さなくてはならないらしい。もう日葵がロープで縛りあげて準備万端だから、あとは俺が手を下すだけだ。あと日葵、どこからロープ取り出したの? 何に使う気だったの?

 

「助けて姉さん! 可愛い弟が目の前で殺されようとしてる!」

「いつものことじゃない」

「いつものことだけど! なんかこう、朝日さんと夏野さんとじゃガチ度が違うんだよ! 朝日さんは殺し慣れてるから結果死なないけど、夏野さんは殺し慣れてないから殺されるかもしれないんだ!」

「手を下すのは俺だぞ」

「じゃあ安心か」

 

 やれやれ。千里は死んだ。

 

 流れるように死人が二人出たところで、日葵についてきてもらい、「ほら、恭弥もごめんなさいしてるから。ね?」と日葵に言ってもらい、薫と仲直りが完了した。まるで喧嘩した生徒同士を仲直りさせる先生のような手腕。惚れ直したぜ。今度から日葵先生って呼ばせてくれ。ついでに間違えてお母さんって呼ばせてくれ。かくなるうえはママって呼ばせてくれ。

 

「ごめん兄貴。なんか、兄貴に近づいたら妊娠しちゃうって思って……」

「そんなわけないじゃないか。まったく、薫ちゃんは可愛いなぁ」

「あーあ。薫が妊娠とか言うから変態のゴミクズが復活しちゃったじゃん。光莉。掃除しといてくれ」

「もうしたわよ」

 

 やれやれ。千里はいなくなった。

 

 今回光莉は千里に対して何も思うところがなかったはずなのにノリで殺してしまうとは、やはり以心伝心。俺と光莉は似た者同士。俺に嫌なことがあれば光莉も嫌な気持ちになるし、俺が嬉しい気持ちになったら光莉も嬉しい気持ちになる。俺が死んだら光莉も死ぬ。つまり光莉は俺を殺せない。

 

「やーいやーい! 乳デカお化けー!」

 

 やれやれ。俺は殺された。

 

「なんでいきなりそんなこと言うたん?」

「いや、論理的思考能力の下……」

「恭弥、あんまりそういうこと言うのよくないよ」

「はい! ごめんなさい!」

「こんなやつが論理的思考能力あると思う?」

「俺男だしなぁ」

「いきなり男女差をひけらかす嫌みったらしい男になるんじゃないわよ」

 

 この集団見たら男の方が論理的思考能力があるってあんまり言えないしな。全員何かしらの天才だし。日葵は可愛さの天才、光莉は暴力の天才、春乃はシンプルに天才、俺は大天才。千里も可愛さの天才、薫も可愛さの天才、聖さんはえっちの天才、ゆりちゃんは即身仏の天才。

 

 論理の欠片しかねぇじゃねぇか。

 

「おっしゃ! 全員お風呂あがって色々終わったから、ゲームしよか!」

「ゲーム?」

「色々持ってきてん。せっかくやしみんなで遊びたいなぁ思て」

 

 言って、春乃は自分の荷物からいくつかのボードゲームを取り出した。可愛いかよ。あれだよな。遊びたがる女の子ってとてつもなく可愛いよな。

 

「仕方ない。僕が『強さ』ってやつを見せてあげよう」

「私の足を舐めた人から助けてあげるわ」

「二人ほど競技を勘違いしてる人がいますね……」

 

 人と遊び慣れてないんだな。可哀そうに。俺は武器として持った鉄の棒を手に、悲しそうに肩を落とした。



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第112話 うんちの位置

「王様ゲームしない? 王様ゲーム。どうしてもいやらしいことがしたいの」

「お前もうちょっと欲望隠せ」

「あら、光莉ちゃん。私といやらしいこと、してみる?」

「よしよし、怖かったねー」

 

 何をしようかと全員でボードゲームを見ていると、光莉が「いやらしいことをしたい」と言い出した。俺も賛成だけど、流石に薫がいる前でそんなことできない。かと思えば聖さんがいやらしい雰囲気を醸し出して光莉を撃沈。聖さんのいやらしオーラに討ち滅ぼされた光莉は泣きながら日葵に慰められていた。俺も撃沈してください。

 

「これとかどう? 『イト』!」

「イト? なんだそれ」

「1~100の数字が書かれたカードが1枚ずつ配られて、テーマに沿ってその数字を表現して、小さい順から並べられたら成功、みたいな」

「例えば『強い動物』がテーマで、自分が持ってる数字が『90』ならうずらってこと?」

「千里がうずらをめっちゃ強いって思ってるならそれで合ってるで」

 

 なるほどね。価値観のずれを楽しむゲームってことか。俺たちまともな人たちばっかだから、案外すんなりいくんじゃねぇの? 何人か輪を乱しそうなやついるけどな。今それが露呈した千里とか、まだいやらしいことをしたがってる光莉とか。

 

「とりあえずやってみるか。薫とゆりちゃんもそれでいいか?」

「うん。いいよ」

「えぇ!? 私も一緒にやっていいんですか!!!!!!???? それは私も一緒にやっていいってことですか!!!!!????」

「せっかく一緒に遊びに来てるんだから、一緒にしよ?」

「ぁ」

「日葵ねーさん! 迂闊に優しくしないで!」

 

 一瞬ゆりちゃんが灰になった気がしたが、薫が肩を掴んで引き留めたことでなんとか現世にとどまった。わかる。日葵の『一緒にしよ?』を正面からくらったらそうなるよな。灰になってもいいやって思っちゃうよな。ハイになるし。うふふ。

 春乃が箱を開け、カードを配っていく。当然数字を言わずに表現して小さい順に並べることが目的なので、自分以外には見せない。春乃が1枚ずつ全員に配ると、お題カードをそっとめくった。

 

「『かわいいもの』やって」

「『日葵』」

「『うんち』」

「100と1が自首してきたね」

 

 光莉が日葵、俺がうんちと答えると、一瞬で俺と光莉がみんなの輪から外されてしまった。俺は光莉と目を合わせて首を傾げる。いや、光莉が100を持ってることは間違いない。なんなら光莉は『100』って言ってたし。でも俺は1じゃないんだよ。

 

「可愛いもの……『男の子』、とか?」

「姉さんが持ってる数字によっては、僕は姉さんと縁を切ることを考えなきゃいけない」

「犯罪行為はせんやろから大丈夫やろ。ちなみに私は『ゴールデンレトリバー』」

「私は『ネザーランドドワーフ』かなぁ」

「犬とかうさぎとかって言わずに微妙な違いをつけてきてるね」

 

 今のところ出てるのは『日葵』、『うんち』、『男の子』、『ゴールデンレトリバー』、『ネザーランドドワーフ』。かわいいものしか出てきてないな。全員60以上はある……あ、あれだぞ? 聖さん基準で考えて『男の子』をかわいいって言ってるんだぞ? 俺は別にかわいいなんて思ってないからな。だからそんな目で見てくるな光莉。俺がうっかり変な性癖になっちゃったらどうするんだ。

 

「私は『寝起きの兄貴』」

「私は『雲』です!」

「僕は『しそ』かな」

「薫ちゃんから見た寝起きの恭弥かぁ」

「薫ちゃんブラコンなとこあるし高そうな気もするけど、そこんとこどうなん? 恭弥くん」

「悲しいことに多分20から30あたりだと思う」

 

 自分で言うのもなんだが、薫は俺のことを慕ってくれている。けどそれは別に俺がカッコいいからとかじゃなくて、ただ単に俺が薫の兄貴だからであって、だから薫は俺に対してかわいいとかカッコいいとか、客観的に見て「そうだろうな」って感じることはあっても、薫自身が思うことはない。漫画アニメに出てくるようなブラコンじゃないんだよな、薫は。ちょっと怪しいけど。

 

「千里の『しそ』は多分20から30あたりね。寝起きの恭弥くんと同じくらい」

「じゃあ恭弥の方が下か」

「千里。お前は俺をしそより下だと思ってるのか?」

「カッコいいとかなら恭弥の方が上だろうけど、かわいいだからね」

「確かにな?」

「どっちにしろ葉っぱに負けてんのよあんた。恥ずかしいと思わないの?」

 

 そういえばそうじゃん。何が基準であろうと俺が葉っぱに負けてることには変わりないじゃん。でもいいか。しそおいしいし。しそ残すやつ信じられないんだよな。普通においしいし、内臓が綺麗になっていく感じするし。あくまで感じだけど。

 

「あんた食べた方がいいわよ。心汚いし」

「一緒に食べようぜ」

「えっ、う、うん……」

「光莉が乙女の顔してるけど、一体どこがツボやったん?」

「光莉って可愛いとこあるから、一緒ってだけで嬉しいんだよ」

 

 いや、『お前も心が汚いから一緒に食べようぜ』って意味だったんだけど、何? それを理解したうえで一緒ってのが勝っちゃったの? お前時々本気で可愛いのやめてくれない? なんだかんだ一番ダメージデカいんだよ。そんで俺からちょっと離れるんじゃねぇよ。『近くにいると恥ずかしいから離れちゃお』じゃねぇんだよ。

 

「次は、うーん、『雲』? ゆりちゃんにとって雲がどんくらい可愛いかわからへんけど」

「それくらいだと思いますよ。ゆりが高い数字持ってるなら絶対人物名出しますし」

「70以上なら全部薫ちゃんって言っちゃう!」

「ゲームが破綻するからやめて」

 

 そうなったらもう言い方で高いか低いか当てるしかないもんな。「薫ちゃん」なら70で、「薫ちゃん……♡」なら90。「薫ちゃん」って言って死んだら100。ゆりちゃんに100は引かせないようにしよう。死ぬから。

 今のところ順番的には『寝起きの俺』、『しそ』、『雲』か。俺が一番下ってのが納得いかないが、薫基準だしまぁ仕方ない。俺は薫のやることならなんでも許してしまう性格の持ち主なんだ。

 

「次は……えーっと、聖さん。『男の子』ってどんくらい可愛いと思ってます?」

「岸さん、聞かないでくれ。ここは僕の信じたい気持ちを優先してここに『男の子』を入れてくれないか」

「多分『雲』が50あたりで『ゴールデンレトリバー』と『ネザーランドドワーフ』が70とか80とかだろうからな」

「『男の子』が70とか80とか行くとちょっとヤバイ人に見えちゃうものね」

 

 なんか犯罪の香りがするんだよ、聖さんの場合。男の子からしたらどうぞ犯罪してくださいって感じだろうけど、千里からしたらやめてほしいことこの上ないだろう。実の姉がまさかショタコンかもしれないなんて。ちくしょう、俺がもっと若けりゃなぁ。

 でももっと若かったら日葵は俺のことを弟としか思ってくれなかっただろうから、これでよかったんだ。俺のことを弟扱いしてくれる日葵も見てみたい気もするけど……俺が小さかったら光莉もおっぱい飲ませてくれたかもしれないし……。

 

「あっ、ち、違うんだ光莉!!」

「? なにが? 別に『もし俺がもっと遅く生まれてたら、みんなが目いっぱい甘やかしてくれて光莉はおっぱいも飲ませてくれてたかもしれない』って考えてたことが違うって?」

「光莉! 恭弥がそんなこと考えるわけないでしょ!」

「ひ、日葵の言う通りだぞ! 俺がそんな変なこと考えるわけないだろ!」

「ちなみに飲ませてあげてたわよ」

「実は俺今3歳なんだよ」

「3歳の恭弥……」

「なんか流れ弾で変な妄想に入った子おるで」

 

 この中で3歳の俺を知ってるのは日葵と薫くらい。3歳つっても今とそんなに変わらない。それは嘘。3歳の頃の俺は可愛すぎて誘拐されかける度に頭がおかしいって判明してしまって放置されることが何度もあった。失礼すぎだろあの誘拐犯ども。ムカついたから犯人の特徴を絵にして警察に提出してやったわ。

 ていうか今更だけど、俺の住んでる町異様に誘拐犯多くね? ヤバいだろ。日葵と薫が被害に遭わなかったのが奇跡みたいなもんじゃん。

 

「うーん、ほな主観やけど、次は『ゴールデンレトリバー』で次は『ネザーランドドワーフ』っぽいなぁ」

「一番人気のうさぎだっけ? それを持ってくるってことは結構高いってことだよね」

「おいちょっと待て。うんちをスルーしてねぇか?」

「……まさかとは思うけど、うんちをここに入れるつもり?」

 

 俺と光莉は強く頷いた。俺も冗談でうんちが高い数字だって言うわけない。本気でうんちが高い数字だって言ってるんだ。

 

「恭弥の感覚がおかしいのはいつものことだとして、え、『男の子』より上なの?」

「個人の感覚の話だから別におかしな話じゃねぇだろ」

「限度があるやろ。『うんち』が『男の子』より上って、かつての自分より上って言うてるようなもんやで?」

「いやでも考えてみなさいよ。『うんこ』なら低いけど、『うんち』は可愛いじゃない」

「言ってることはわからなくもないけど」

「わかるんだ……」

 

 流石千里。クズは考えてることが違うぜ。ただこのままだと俺に巻き添えを喰らって千里と光莉までもが変な目で見られてしまうので、一世一代のスピーチをお見舞いしようと思う。

 

「いいか。『うんこ』は確かに下品だが、『うんち』っていうのは子どもとか子どもっぽい女の子とかが言ってそうな感じがある。つまり『うんち』には『子ども』と『子どもっぽい女の子』っていう付加価値があるんだ。これを踏まえたうえで今一度『うんち』の位置を考え直してほしい」

「……ほな『男の子』の上にしてみよか」

 

 結果、下から『寝起きの俺』、『しそ』、『雲』、『うんち』、『ゴールデンレトリバー』、『ネザーランドドワーフ』、『男の子』、『日葵』だった。笑ってる聖さんが怖かったのでみんな俺のせいにしてきたけど、いや、やべぇってあの人。今すぐどうにかした方がいいって。なぁ千里!

 

 千里が死んだ目をしていた。そっとしておこうと思う。



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第113話 飛び込むクズ

「なんか、お散歩行きたい気分!」

「日葵がお散歩行きたいって言ってるんだから、この首輪つけなさい」

「俺たちを犬にしようとしてるのがまず気に食わないし、なんで首輪持ってんの? お前」

「淑女の嗜み」

「聖さん。淑女代表として何か言ってやってください」

「持ってるわよ?」

「恭弥。君は聞く相手を間違えた」

 

 あの人絶対男の子捕らえて奴隷にする気じゃん。うふふふふって笑ってんじゃん。いいなぁ。俺も男の子だったら奴隷にしてくれたのかなぁ。多分その前に千里と会って性癖破壊されてたんだろうけど。織部家ヤバすぎじゃね? 姉弟で性癖破壊の二段階認証じゃん。なんてことしてくれんの?

 

「ほなまだ寝るには早いし出よか!」

「夜の海散歩したーい!」

「え? この世の美と一緒にお散歩……? ヴィーナス誕生を目の当たり?」

「だってよ千里」

「おい。もしや僕のことをヴィーナスだっていうつもりか?」

「そんなわけないだろヴィーナス」

「そんなわけないの意味、君と僕とでほんとに一緒か?」

 

 同じ日本語でも地域によって違う意味を持つってことは多々あるから、一緒じゃなくてもおかしくない。そんなこともわからないとは、ヴィーナスは頭が悪いらしい。

 

 一応外に出るということで、虫よけスプレーを噴射し、本当に酔いが醒めているかどうか確認してからでることにした。聖さんは平気なふりして結構ぽわぽわしていたので、うっかり男の子を誘拐してしまわないようにお留守番ということにする。「何かあったら呼んでね」と言える程度の意識は残っていたようだが、あの人帰ってきたら男の子のベッドとか作ってやしないだろうな……。

 

「んじゃ、ロビー集合で」

「遅れたら仰向けに寝転びなさい。顔踏んであげるわ」

「千里。お腹が痛かったりしないか?」

「あいたたた。僕はもうだめかもしれない」

「さいてー」

「恭弥。僕を乗せるのは金輪際やめてくれないか?」

 

 光莉が踏んでくれるというので、どうにかして遅れたい俺が千里にパスを出すと千里が見事なシュートをおみまいし、薫に軽蔑された。原因である光莉はけらけら笑っている。あいつら、俺たちがこういうことになるってわかっててあんなこと言うんだぜ? 悪魔じゃね? しかも自分に踏んでもらえることがご褒美だって思ってる自意識過剰。まぁご褒美なんですけどね。

 

「まぁ朝日さんのクサい足を顔に乗せられたら、鼻が曲がって死んじゃうからお断りだけどね。さぁ行こう恭弥。僕はお腹が痛いからウンコするけど、きっと朝日さんの足の臭いよりはマシだよ」

「ウンコしなくていいように腸を引きずり出してあげるわ」

「逃げろ!」

 

 千里が走りだし、俺は関係ないからと立ち止まってたら腹いせに腸を引きずり出されるので、慌てて追いかけるように走り出す。喧嘩売るようなことしなきゃいいのに。結局薫には軽蔑されたままだし。可哀そうな千里。ここにきて薫に軽蔑されてばっかじゃね? しめしめ。

 

 部屋に入り、念のため汚れてもいいような服に着替える。砂浜を歩くなら、なんだかんだあって海に放り投げられることもあるかもしれないし。というか多分そうなるし。光莉になにかやらかしてしまったら、制裁は必ず海を使った何かになる。間違いない。

 

「恭弥。浮き輪も持っていこう」

「ライフジャケットにしとこうぜ。こっちのが楽だ」

 

 汚れてもいいような服の上にライフジャケットを身につけて、俺たちは部屋を出た。これでボコられて海に放り投げられても安全だ。備えあれば患いなし。そもそも光莉に制裁されるようなことするなって話になってくると思うが、そりゃ無理だ。だってそういう流れにしなきゃ光莉はただ一人で騒いでる可哀そうな子になっちゃうし、何より光莉が寂しがる。あいつ、あぁ見えて乙女で寂しがり屋だからちゃんと構ってやらないと。

 

 ロビーに行くと、涼し気な格好をした日葵と春乃、薫、ゆりちゃん、そしてライフジャケットを身につけた光莉がいた。

 

「クズの中ではライフジャケット身に付けんのがトレンドなん?」

「よく考えなさい春乃。私があいつらを海に放り投げるのは当然として、私も何かしらやり返される可能性もあるわけじゃない。だから私たち三人がライフジャケット着てるのは当然のことなのよ」

「夜の海でそんなことしたら危ないよ?」

「日葵ねーさん。多分正論なんて聞かないし効かないと思うよ」

 

 どうやら光莉も俺たちにやられる準備をしてきてるらしい。これで光莉がライフジャケットを着ていなかったら俺たちはやり返すことができなかったが、着てるってことはやり返していいってことになる。俺と千里は目を合わせて頷き、背中から海に叩きつけてやろうと決意した。

 

「さぁ行きましょう」

「なんか漁師やと思われそうで嫌なんやけど」

「普通の砂浜で漁師がいるわけないじゃない。バカじゃないの?」

 

 光莉が春乃に担ぎ上げられた。

 

「ライフジャケット着てるのって便利やな。行こかみんな」

「まって! ちょっとバカって言っただけじゃない! 助けて日葵! 夜の海は冷たいよぉ!?」

「光莉が言語崩壊させてまで助けて求めてますが、どうしますか日葵さん」

「春乃。優しくしてあげてね」

「ん。殺しはせんよ」

「人殺しー!」

「殺しはしないっていってんだろうが」

「千里様千里様。ライフジャケット貸してください」

「ゆり。ライフジャケット着てたら海に投げてもらえるわけじゃないよ」

 

 漁師と思われるよりもひどい光景になってると思うんだけど、それはいいんだろうか。ライフジャケット着てる女の子を担ぐ女の子って、しかもその担いでる女の子を海に放り投げるっていうんだからもう通報ものだ。

 ここで俺は名案を閃いた。放り投げられて通報されるなら、俺たちも海に飛び込むことでカモフラージュになるんじゃね? せっかくの旅行で通報されても嫌だし、俺たちが海に入ることで無事通報されなくて済むならそれでいいじゃねぇか。聖人か? 俺は。

 

 千里と目を合わせる。千里は深く頷き、俺に理解を示してくれた。流石親友だぜ。

 

「おっしゃ、いくで光莉」

「え、うそ。ほんとに投げる気? 光莉ちゃんピンチ! 恭弥助けて! なんでも言うこと聞いてあげるから!」

「おい春乃。光莉を離してやれ」

 

 光莉と俺の一ラリーを聞いて、春乃が光莉を海へと放り投げた。綺麗な放物線を描いて海へと飛び込んでいく光莉を追って、俺はカモフラージュのために助走をつけて飛び、空中で回転しながら海へと着水する。100点の超人飛び込み。決まったぜ。

 千里も飛び込んでくれていることだろう。海に叩きつけられて現実と夢の間で揺れ動く光莉を救い上げてから、同じく水面に浮かんでいるであろう千里を探した。

 

 砂浜にいた。なんじゃあいつ???

 

「おい千里! ついさっき俺と海に飛び込もうって熱く約束を交わしたじゃねぇか!」

「え、飛び込むわけないじゃん。だってお風呂入ったし」

「あんた血も涙もないわね! 恭弥はこうして飛び込んできてくれたのに!」

「や、そもそもなんで恭弥くんが飛び込んでるん?」

「ほら、一人だけ海に放り込まれたら事件かと思って通報されるから、俺も飛び込むことによってカモフラージュになるかなって」

「あれ? じゃあ私が投げられるのを止めればよかったんじゃないの?」

「はは。光莉にひでぇ目に遭ってほしかったしな」

 

 頭を掴んで海に叩きつけられ、また引き上げられ、叩きつけられ、それの繰り返しで俺の酸素をみるみる奪っていく。途中で順応して普通に呼吸できるようになったが、シンプルに痛い。俺の美しい顔が腫れて異次元の美しさになってしまう!

 

「ひ、光莉やりすぎ! ストップして!」

「薫ちゃん。いいの? 実の兄がヤクザ映画クラスの拷問受けてるけど」

「兄貴なら大丈夫でしょ」

「嫌な信頼……」

 

 日葵にストップしてと言われたからか、俺の頭を掴んだまま海の中でストップさせる光莉。そうじゃないそうじゃない! 死ぬって! 流石の俺でも海で呼吸はできねぇって! やろうと思えばエラ呼吸できるかな? 人間にとってのエラってどこだ???

 流石にこのままじゃ死ぬので、光莉の腕をとって引っ張った。そのまま海の中に沈めると目とか鼻とかに海水が入って大変なことになりそうなので、申し訳なく思いつつそっと光莉を抱きとめる。そして瞬時に体を離した。

 

「……へたれ」

「おい。ついさっきまで俺に拷問しかけてたやつが乙女の顔してんじゃねぇよ」

「……織部くん。ライフジャケット貸して」

「いいよ。ちなみにあぁなるためには恭弥に拷問を仕掛けないといけないからそのつもりで」

「わかった!」

「待って日葵! 恭弥くんに抱きしめてもらいたいがあまり恭弥くんの命をないがしろにしてることに気づいて!」

「日葵に拷問か……」

「ありだなみたいな顔してんじゃないわよゴミ」

 

 ふん、と鼻を鳴らした光莉が俺の手を掴んで砂浜の方に歩いて行く。いやいや、さっきまで拷問してきた人にそんなことされてもときめかないキュンぜ? 無意識のうちにときめいちゃったじゃねぇかチクショウ。

 

「またお風呂に入らなきゃね。もう、春乃もやりすぎ!」

「ほんまにやるつもりはなかったんやけど、日ごろのあれこれがたまっとったみたいで……」

 

 全員が一斉に仕方ないみたいな顔をして、俺と千里と光莉だけが首を傾げた。なんのことだろうか。多分光莉が悪いんだろう。光莉と距離をとって千里の隣に行くと、千里と一緒に光莉を変なものを見る目で見始めた。やだわあの子。近づいたらクズがうつっちゃうらしいわよ。

 

「はぁ、仕方ないわね。恭弥。戻って一緒にお風呂入りましょ」

「おう。ん?」

「だ、だめだめだめ! 一緒にお風呂なんて、そんな」

「さっきも一緒に入ってたじゃない。人数が減っただけよ」

「やー、それはその、なんかちゃうやん?」

「ん-? 何が違うの? わたしぃ、わかんなぁい」

 

 嫌な汗が流れる。この三人ならそんな悪い空気にはならないと思うけど、万が一がある。千里にアイコンタクトを送って、千里は仕方がなさそうにため息を吐いた。

 

 そして、走り出す。しっかり助走をつけて、跳んだ。俺ほどとはいかないが、綺麗な回転とともに海へ着水。綺麗な水しぶきを上げて、爽やかな笑顔とともに言い放った。

 

「僕も一緒に入るよ!!」

「……すき」

「薫。今のがツボなの???」

 

 薫がはっとして首を横にブンブン振っていた。かわいい。




絵を勉強中(現在半年)の友だちに日葵を描いてもらいました。
あとは恭弥、千里、朝日、岸を描いてくれるらしいです。神です。


【挿絵表示】


キャラ紹介のところに随時追加していきます!
ありがとー!!!!!!!!


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第114話 再びお風呂

「あんたね、『千里と二人きりは危ないから一緒に入ってくれ』って、女の子に言うセリフ?」

「お前は俺が千里を犯し倒したら責任とれるのか?」

「私に責任問題が生じる理由がわからないわ」

「僕もイケメンと牛と入るくらいなら、薫ちゃんと入りたかったなぁ」

「恭弥。牛って誰のことだと思う?」

「自分の胸に手を当てて揉んでみろ」

「考えさせなさいよ」

 

 あの後。

 

 適当に濡れたままぶらぶらして、それから俺と千里と光莉の海水を浴びた三人は、いやらしいことをしないようにという日葵や春乃の監視の下、お風呂に入っていた。監視の方がいやらしいと思うんだけど、そこのところどうなんだろうか。まぁ俺の肉体美が気になるのはわかるけどねぇ?

 ちなみに、ゆりちゃんは「私には、死ぬ覚悟があります」と言って一緒に監視しようとして見事に撃沈。今は部屋に戻って聖さんに面倒を見られている。薫は監視に参加しており、倒れたゆりちゃんを気にしていたが、「薫ちゃん、私は置いて楽しんでて……」という遺言を聞いて、「まぁ自業自得だし」とドライに言い放ってここにいる。

 

「まったく。こんな美少女とお風呂に入れるんだから、ありがとうございますの一言くらい言えないの?」

「お前が『イケメンとお風呂に入らせて頂いて、感謝の極みでございます』って土下座したら一考の余地あり」

「つまり言わなくてもいいってことだよ。どうせ一考するだけでお礼なんて言わないんだから」

「片乳先見せでどう?」

「札束3つでいいか?」

「恭弥くん。一応監視してるってこと忘れたらあかんで」

 

 忘れてないけど、忘れてないけど! 光莉が片乳先見せなんて言うから。いやでも、見たところでなんだって言うんだ? むしろ片方見せてくれたらその先もあって然るべきだろ。つまり片乳先見せその先行きってことか? 札束3つじゃ足りねぇな。

 

「恭弥は仕方ないね。所詮はすぐおっぱいに釣られる愚かしい人間さ」

「むぎゅー」

「薫。光莉が胸を寄せたら千里がガン見した件についてどう思う?」

「千里ちゃんなら仕方ないと思うけど嫌だし、光莉さんも下品で嫌」

「千里を陥れようとしたら私の評価も下がってるんだけど、どういうこと?」

「僕に聞かれても……」

 

 光莉は薫が千里のこと好きってこと忘れてるんだろうか。そりゃ千里を誘惑するようなことしたら薫にも嫌われるだろ。俺も軽蔑したフリしとかないと日葵と薫と春乃に冷たい目で見られるから、軽蔑した目でおっぱいをガン見することにしよう。むほほ。

 

「恭弥、どこ見てるの?」

「母性」

「誤魔化せてるように見えて誤魔化せてないよ」

「恭弥って概念が見えるんだ……」

「誤魔化せとったわ」

「アホな日葵かわいい!」

 

 そういや忘れてたけど、日葵ってこの中で一番頭が……いや、一番頭が可愛いんだったな。だからと言って今のを母性って言葉通りに捉えるのは流石にとは思うけど、かわいいからよし。決して国語能力が低いわけじゃないしな。うん。そういうことにしておこう。

 

 もちろん俺が見ていたのは光莉のおっぱいであり、母性っていう概念じゃない。

 

「……光莉さん。どうしたらそんなにおっきいおっぱいになるの?」

「薫がおっぱいを大きくしたがってるぞ!」

「鼓を打てェ!」

「兄貴と千里ちゃん、きらい」

「君のせいだ」

「いや、お前のせいだ」

 

 視界の端で鼓をこっそり隠している日葵を見ながら、責任を押し付け合う。最終的に薫のせいってことに落ち着いた。だって薫が可愛すぎるからいけないんだ。薫には罪の意識がないのか? そんなに可愛いから俺たちみたいな変な奴に絡まれるんだぞ。しかもそのうちの片方は兄貴だぞ。どうだ参ったか。

 

「おっぱいを大きくする方法ね。ここだけの話、才能よ」

「恭弥のお母さん結構大きいから、薫ちゃんも絶対大きくなるよ! 大丈夫!」

「ん。おっきくなって千里ちゃんを見返してやる」

「愛されとるなぁ千里」

「君も人を愛するならおっぱいを大きくした方がいい」

 

 風呂桶を剛速球で投げ、千里の額を撃ち抜いた。ししおどしのような風情に溢れた音が鳴り、水しぶきとともに千里が湯の中へ沈んでいく。千里のことだろうから沈みながら光莉を見るだろうと思い、光莉を庇うように前に出て大開脚してやると、水中で大量の泡を吹いて水面に上がってきた。

 

「美しかった?」

「君が海パンを履いててほんとによかったと思った」

「よし、確定。光莉、薫。このバカ水中で光莉のこと見ようとしてたぞ」

「よくやったわ恭弥。あとで一緒に寝てあげる」

「違うんだ! 僕は恭弥を見ようとしてたんだよ!」

「え、いいんですか?」

「待て! 体を許した覚えはない!」

「チャンスがあったら飛びつく程度には千里のことアリやと思ってんやな」

「やっぱりライバルだ……」

 

 千里が言い逃れしようとして余計なことを言うから、日葵からライバル認定されてしまった。俺にはそんなつもりないっていうのに。もちろんさっきのは冗談で、いけそうだったら今夜やっちゃおうなんて思ってない。いくら千里が女の子みたいな顔と体と匂いだからといって俺はそこまで落ちぶれちゃ……落ちぶれてもいいんじゃね?

 だめだだめだ。俺には日葵がいる。それに千里よりも今俺の背中を足でいやらしく撫でてきてる光莉の方が断然興奮する。お前やめろよほんと、素肌同士の触れ合いってそれすなわちセックスだろ。

 

「光莉。そろそろやめてくれ。このままじゃお前の足を掴んで変なことをしてしまうかもしれない」

「あんたのその正面からとんでもなく変態なことを言ってくる精神力は見上げたものね。でもみんなの前じゃ恥ずかしいからだーめ」

「私も脱いで入る」

「光莉は水着着てるから、裸になればええやろ」

「春乃さんってそういう男らしさが裏目にでることありそうですよね」

「あーあ。薫ちゃんが岸さんを傷つけちゃった」

 

 私女の子やもん……と拗ねてしまった春乃を、薫が急いで「ごめんなさい!」と言って駆け寄り、慌てながらよしよしし始めた。薫が誰かを撫でてるところ可愛い。あと春乃はあえて見ないようにしよう。普段イケメンな春乃が撫でられてるって可愛くてのぼせてしまいそうだから。

 あと背中を足で撫でられるのは俺が移動すれば済む話だということに気づき、急いで移動して千里の隣に座った。千里が距離をとった。何? さっきのやつ警戒してるの?

 

「日葵も一緒に入るの? それなら出て行きなさいクソ男ども。ここは私と日葵の楽園と化すのよ」

「じゃあ僕は薫ちゃんを連れて部屋に行くとしよう」

「薫。犯罪者がいるから俺と一緒に行こう」

「春乃さん。私の部屋に連れてってください」

「おっけー! 私もゆりちゃん無事か気になるしな」

 

 千里は薫と部屋で二人きりになるために、俺はそれを阻止するために立ち上がると、薫は俺たちを無視して春乃と一緒に行ってしまった。そのせいで日葵も寂しそうな顔してるじゃん。あーあ。薫、春乃選んじゃったか。日葵ちょっと気にして「ふん。薫ちゃんは春乃の方がお姉ちゃんだと思ってるんでしょ?」って言いだすぞ。可愛いぞ。好きだぞ。

 

「日葵入らないの?」

「今思ったら水着中に着てないし……今から着替えるのも恥ずかしいし」

「あら、じゃあ舐めまわしてあげるわ」

「着替え手伝ってあげるわって言いたかったんだと思うぞ」

「欲望が先走るタイプのどうしようもない変態だね。見苦しい」

「三人とも結構そうだと思うけど……そうだ!」

 

 日葵がぱっと明るく笑ったかと思うと、笑顔のままてってってとステップを踏むように近づいてきて、足だけお風呂に入れた。

 

「足湯!」

「日葵の足近くのお湯はあとで私が飲むから、そのつもりでお願い」

「俺たちは今何をお願いされたんだ?」

「極力近づくなどころか、今すぐ出て行けって言われたんだと思うよ」

「光莉。お行儀悪いことしちゃだめだよ?」

「わんわん!」

「もうお行儀悪いじゃねぇか」

 

 舌をべろーっと出して犬の物まねをする、おっぱいの大きい水着姿の女の子。超特殊C級AVヒロインみたいで面白いから、しばらく放置しておこう。というかあいつ足近くのお湯飲むってなんつーマニアックな趣向してんだよ。俺でもそんなことしねぇわ。せいぜい近くに行って「あ、今日葵の足と同じお湯に入ってるんだ」って強く実感するくらいしかしねぇわ。今してるわ。

 

「恭弥が僕の隣から離れた」

「構ってほしい彼女みたいな言い方してんじゃねぇよ」

「あんた、もしかして日葵濃度を薄くしにきた?」

「日葵。こいつどうにかしてくれ。日葵のことが好きすぎてもう頭がアレになってる」

「好きすぎ!!!!???」

 

 そこだけ切り取るな。

 

「あ、光莉がか……こほん。光莉! 私のこと好きなのは嬉しいけど、あんまり暴走しちゃだめ!」

「心臓に誓いました」

「朝日さん。そういえばさっき夏野さんが朝日さんにキスしてほしいって言ってたよ」

「そうだったのね日葵! さぁ私と濃厚なキスをしましょう! もう口で妊娠しましょう!」

「よし、死ね」

 

 暴走しないことを心臓に誓った光莉は、暴走したことで死んだ。千里も死んでるようなもんだから、ここはもう俺と日葵だけの世界。旅行先で日葵と二人きりなんて、願い続けたシチュエーションだ。実際にはなんとかして日葵とキスしようとする変態と、「ちょっとのぼせてきちゃったかな……」と頬を赤くして色っぽいメスがいるけど。クソ、俺の心を乱してきてんじゃねぇよ。

 

「ん-、ほんとに恭弥と織部くんが一緒の部屋で大丈夫かなぁ」

「言ってそれしかねぇしな。なんだ? 俺が女の子の部屋にお邪魔していいのか?」

「お! そういう話になってるん!?」

 

 あ。なんか嫌な流れになってる。もう千里が笑ってる。

 

「恭弥くんならいやらしいことしてけえへんやろうし、別にええんちゃう?」

「さんせい!」

「まぁへたれだし」

「じゃあ僕は一人で寝ようかな」

「さっき恭弥くんと千里の部屋に薫ちゃん連れて行っておきました」

 

 千里は風となって俺たちの前から去っていった。……流石に手は出さないよね?



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第115話 回避せよ!

「俺はここで寝ないからな!」

「でも今から千里追いかけても部屋入れてくれへんで」

「ほかの部屋って言っても聖さんとゆりちゃんのとこだし……」

「恭弥のご両親はセックス中だし。諦めなさい」

「懸念も含めると2/3セックスじゃねぇか。どうなってんだ」

 

 流石に中学生には手は出さないだろうけど……。というか春乃、この状況にしたかったから薫を千里と二人きりにしたのか? 人の妹をなんだと思ってんだ。あと人の親友もなんだと思ってんだ。見事に二人ともつられて俺が大ピンチになってるけど。ほんとあいつらいい加減にしろよ。俺のことも考えてくれよ!

 何が大ピンチかって、男一人に女の子三人っていう状況がまずピンチ。そしてその全員が俺に好意を寄せてくれてるってのもピンチ。ピンチのワンツーパンチ。ははは。

 

「くっ、お、男はオオカミなんだぞ! ちょっと気を許したら食べちゃ」

「ん?」

「あ。召し上がれ」

 

 俺が男らしく腕まくりしながら襲うジェスチャーをとった瞬間、春乃のイケメンスマイルに正面から粉砕された。抱いてほしいメーターが視認できるなら、今の俺はマックスを突き抜けて天を貫き、一瞬で火星に到達して生活すら始めていただろう。微笑むだけで俺の抱いてほしいメーターに火星で生活させるとは、なんてやつなんだ。俺にもそれを習得させてほしい。

 まぁもともとイケメンだから必要ないんだけどな。ふっ。今日も俺のイケメンさをしらしめてしまったぜ。さっき春乃に敗北宣言したのは気にしないでほしい。

 

「ってか、俺が寝るベッドがないじゃん。こりゃ無理だわ。俺寝れないわ」

「床で寝なさいよ」

「あ、そこは誰かが一緒に寝るとかで大騒ぎするんじゃないんですね……」

「ゆ、床はかわいそうだから、私のベッドで一緒に寝る???」

「大騒ぎしたそうな子がおるわ」

 

 日葵と一緒のベッドで……? 俺変なことしない自信ないぞ。ドキドキして一睡もできない自信はある。っつーかそれは光莉と寝ても春乃と寝ても一緒だ。こんな魅力的な女の子と一緒のベッドで、変なこともせず安眠できる男なんてこの世に一人も存在しない。メスの千里ですらオスと化す。

 だから、なんとしてでも回避しなければならない。考えらえる選択肢としては、ベッドが空いている聖さんとゆりちゃんのところに行くか、いろいろ怖い両親のところに行くかのどちらかだ。

 

 なんて考えていると、着信音。スマホを見ると、父さんからだった。もしや俺の状況を見越して部屋にきていいっていうやつか!? 流石父さん。息子のことならなんでもわかってるんだな!

 

「もしもし!」

『俺と母さんは朝まで大盛り上がりだ』

「二度と俺に話しかけるな」

 

 怒りに支配された俺は乱暴に電話を切って、連絡先から父さんを削除した。なんで電話してきやがったんだあいつ。息子にそんなこと言うか普通? 俺だってもう高二なんだから気ぃ遣って部屋に行こうとすら思わねぇわ。あのジジイ薫にも同じ連絡してたら縁切ってやる。

 

 こうなったらもう聖さんとゆりちゃんの部屋しかない。ちょっとドキドキしながら聖さんに電話する。

 

『もしもし?』

「聖さん。色々あってそっちの部屋で寝かしちゃくれませんか」

『あら、いいの? 頂いちゃっても』

「失礼します」

 

 だめだあの人。あの人からしたら俺でも男の子なんだ。あのまま乗せられて行っちゃってたら頂かれちゃってて千里と兄弟になるところだった。いや、将来的には兄弟になるんだけども、まさかお互いの姉妹と一緒になるなんて親友が過ぎる。

 

 望みは絶たれた。流石に千里に連絡するなんていう無粋なことはできないし、薫もまた然り。ということは俺は今日ここで寝なきゃいけないってことで。

 

「ソファだ! ソファにしよう! な? お互い譲るべきところがあると思うんだ」

「床よ」

「お前は頼むから一緒に寝よって可愛いこと言ってくれ」

「一緒に寝よ?」

「いーや! 俺はソファで寝る!」

「言ってやったんだから一緒に寝なさいよ」

「わがままやなぁ。一緒に寝るのもいやで床で寝るのも嫌って」

「床で寝たくないのは普通だと思うよ?」

 

 いや、床で寝るのもありな気がしてきた。一番ダメなのは一緒のベッドで寝る事だから、それを回避できるならどこでもいいってところもある。それにソファで寝てたらもしかしたら誰かがソファにきて、朝起きたら一緒に寝てましたみたいなことになりかねない。だったら床で寝れば、流石に女の子だから床で寝たくないだろうし、そんなこともなくなるだろう。

 つまり、光莉はそのことも考えて床を推奨してくれていた……? なんてやつだ。俺に日葵がいなかったら間違いなく惚れてたぜ。今度遊び半分でハニーって呼んでやろうと思ったけど絶対地獄になるからやめておこう。

 

「わかった。なら俺は床で寝る」

「え? だめだよ恭弥。ゆっくりちゃんと休まないと、明日危ないよ?」

「俺天才だから大丈夫だろ。それに床も柔らかい気がしてるし」

「硬いで」

「事実を淡々と告げるな」

 

 んなことわかってんだよ。絨毯の上で寝ても元々の床が硬いから絶対背中痛いし、腰も痛むし、明日の海で痛い目に遭うことはわかってる。でも女の子と一緒に寝る方が痛い目見るに決まってるんだよ。

 

「クッションつなげて寝れば大丈夫だろ。そうと決まればおやすみだ! ほら自分のベッドに行けー!! あれ? なんで光莉と春乃は俺にぴったりくっついてるの?」

「さっき一緒に寝よって言ったじゃない」

「チャンスやと思って」

 

 行けー!! と言ったときに広げた両腕をかいくぐり、光莉と春乃が俺にぴとりとくっついた。正直夜に可愛い女の子にぴとりとくっつかれたら俺も俺で俺だから、俺が俺になって俺になる。は?

 つまりとんでもなくとんでもない。俺は同じ体勢のままなんとか逃げようとちょこちょこ動くが、光莉は俺との無意識化の意思疎通で、春乃は持ち前の身体能力でぴったりくっついてくる。お前ら急速に距離縮めすぎだろ。俺が煮え切らないから実力行使しにきたの? それ正解。

 

「ふ、二人とも! 不埒! 不潔! すぐに恭弥から離れなさい!」

「あら。ちょっと冷房効きすぎてるからあったまろうと思っただけよ」

「そーそー。恭弥くんも寒そうにしとったし」

「助けて日葵!」

「ほら! 恭弥も助けてって言ってる! ほらおいで恭弥」

「布団開けて自分の隣にこさせようとしてる人に言われても……」

「欲望丸出しの日葵も好きよ。でも譲らない」

 

 変な汗出てきた。夏だからかな? 違うな。女の子が俺を取り合ってくれてるっていうすごい幸せな状況だけど、同時にすごい気まずくてかなりマズい状況に冷や汗をかいてるんだ。どうしようこれ。俺が床で寝るってなっても光莉が怪力でベッドに引き上げてきそうな気がした。これは俺が外に出て砂浜で星を見ながら眠るのが一番いいんじゃないか? そんな気がしてきた。そうすればみんな平和で終わる。

 

「春乃。恭弥が砂浜で星を見ながら寝ようとしてるから絶対に放しちゃだめよ」

「おっけー!」

「お前恐ろしいってほんと。なんで俺の考えてることがわかるの?」

「砂浜で星を見ながら寝たいって顔に達筆で書いてあったわ」

「達筆なら悪い気はしねぇな……」

 

 こいつの俺との以心伝心レベルがものすごすぎる。俺の考えてることをピンポイントで当ててくるから油断ならないどころの騒ぎじゃない。こいつの前じゃ迂闊に変なことを考えられねぇじゃねぇか。試しに考えてみよう。やーいおっぱいがデカくて態度もデカいクズ女。時々見せる乙女が可愛くて好印象だぞー。

 

「……」

「? 光莉どうしたの? くっついてて暑くなった?」

「ほんまや、赤くなってる。無理はしたらあかんで?」

「うそだろ」

 

 思わず呟いた俺を不思議そうに見てくる日葵と春乃になんでもないと答えつつ、戦慄する。流れも何もなく、ただ考えたことなのに理解できるって、こいつ俺と脳が繋がってるとしか思えない。もしかして俺と光莉のファンタジーな物語が始まっちゃう? ダブル主人公で戦う物語がスタートしちゃう? ヒロインは日葵? それとも春乃? それとも千里?

 いや、流石に偶然だろう。光莉はちょくちょく俺の考えてることを口にして正解してきやがるが、俺と光莉がちょっと似てるからちょっと考えればわかることなんだろうし。偶然にしろ必然にしろ気にしないことにしよう。

 

 そんなことより、今の状況をどうにかしないといけない。三人の女の子を回避して一人で寝る方法はないか。無理だ。俺の優秀な頭脳をもってしても、可愛い三人の女の子に勝てるビジョンが見えない。

 

 俺がそうして絶望している時、俺のスマホから着信音が聞こえてきた。春乃に腕が触れるのを少し気にしながらスマホを取り出すと、画面には千里。

 

「もしもし! 千里!? どうした千里! 愛してるぜ千里!」

『わ。どうせ困ってるだろうなって思って連絡したけど、ほんとに困ってそうだね』

「おいお前ら。千里から電話きたから一旦離れてくれ。千里の声は集中して聞くっていう決まりがあるんだ。これを破ると死ぬ」

「みてみて。おっぱい」

「むひょひょー!」

「恭弥くんが死んでまう……」

『恭弥。今薫ちゃんを送り届けて君を迎えに行こうとしたんだけど、もしかしていらない?』

「いる! いるから! ほんと愛してる! 俺と結婚してくれ!」

『またいつかね』

 

 ふふ、と笑って千里は電話を切った。流石千里。俺のことをわかってくれてる。薫との時間じゃなくて俺を優先してくれるなんて、申し訳ないけどめっちゃ助かった。

 

「いやぁ、今から千里が迎えに来てくれるらしい。悪いな。一緒に寝られなくて」

「……恭弥、行っちゃうの?」

「行かないよォ??? 日葵とずっと一緒にいたいって思ってたん、だ~!」

「ここで部屋に入ってきた千里に感想を聞いてみようと思います」

「野垂れ死ね」

「以上千里からでした。おやすみな千里」

 

 日葵が可愛すぎて溶けてる間に千里がきたらしい。俺は慌てて千里に追いついて、縋りついてなんとか許してもらった。ありがとう。今度お詫びにメスにしてやるよ。



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第116話 拉致

 朝起きた。隣を見た。千里がいた。同じベッドの中に千里がいた。

 

「可愛い」

 

 可愛かった。

 

 いやいや、待て待て。千里が隣にいたことが衝撃的すぎたことと千里が可愛すぎたことが重なって言語能力が著しく衰退していた。なんでこんな状況になってるんだ? とりあえず布団を上げて自分の下半身を見てみるが、脱いでないしちゃんと服を着ている。なんかカピついてるわけでもない。なんだカピついてるって初めて言ったわ俺。

 冷静になれ。まずなんで千里が隣にいるか、考えられる可能性はなんだ?

 

 一つ。俺と千里がおセックスをしたから。これはない。さっき俺が自分で下半身を見て証明した。俺と千里がおセックスをしていたら、俺は絶対全裸で千里を抱きながら寝てるはずだ。今まで我慢してきた分を一気に発散するに違いないからな。

 

 二つ。千里が寝ぼけて俺のベッドに入ってきた。これはありそう。昨日俺の方が早く寝たし、千里が夜更かしして寝ぼけたまま俺のベッドに入ってきた可能性が高い。なんだ千里、そんなに俺と寝たかったのか? ふふ、可愛いやつめ。

 

 三つ。俺が寝ぼけて千里のベッドに入った。これもない。確かにこれは俺が寝たベッドだし、ベッドの位置が入れ替わっていない限りありえない。

 

 つまり、千里のうっかりさんでこんな状況になったんだな。ふっ、証明完了だぜ。このままじゃ俺が偉すぎて官僚にでもなっちゃうんじゃないかな???

 

「ん……」

「おはよう。起きたか?」

「おあよー」

 

 ぽやぽやしながら舌足らずに挨拶した千里に微笑んで、少しぼさついている髪を手櫛で梳いてやる。柔らかいなこいつの髪。撫でさせてくれって土下座したくなるくらい手触りいいじゃん。もしここに羅生門のババアがいたら確実に千里の髪をウィッグにしようと襲い掛かってたな。あれってそんな話だったっけ?

 

「……あれ? なんで恭弥が隣にいるの?」

「はは。お前が寝ぼけて俺のベッドに入ってきたんだろ?」

「???」

 

 千里が困惑したまま自分の下半身を確認して、ひとまず安心したように息を吐いた。起きてからやることがほとんど一致しているのは親友として誇らしい。同時に同じことを心配していることに危機感を覚える。だってお互いその可能性があるって思ってるってことだからな。あの三人も俺が千里を選んだらなんとなく許してくれそうだけど、薫が泣いちゃう。それはだめ!

 

「え、だってきのう、恭弥が僕のベッドに寝ぼけて入ってきたから、僕が元々恭弥が寝てたベッドに移動したんだよ」

「そんなまさか。俺寝相そんなに悪くねぇぞ?」

「息荒かったから、多分いやらしい夢見てたんだと思う」

「そりゃ千里の方行くわ」

 

 千里がどたどたと音を立ててベッドから転げ落ち、ものすごい速さで這いつくばりながら俺から距離をとった。そして自分のスマホを掴むと、一目散に電話をかける。

 

「助けて朝日さん! 恭弥に犯される!」

『日葵も連れて行くわね』

「混ざる気か畜生めが! 二度と僕に近寄るな!」

『ちなみにもうドアの前にいるわ』

 

 そして、ドアをドンドン叩く音が聞こえる。光莉のことだから千里の早とちりだってわかってると思うけど、もしかしたらこの機に乗じて日葵を交えていやらしいことをしようと考えているかもしれない。あいつは油断ならない変態だから、用心してかからねぇと。

 ドアの前まで移動して、ドアスコープから外を見る。水着姿の日葵を掴んだ光莉がいた。

 

「なにしてんだテメェ!!」

「これなら開けてくれると思ったから」

「ついに性犯罪に手を染めやがったか! 早く中に入れ!」

「大声を出してあげてもいいのよ」

「おい千里。ストリップショーをお見せしろ」

「それで朝日さんが喜ぶわけないでしょ」

「どんちゃんどんちゃん!」

「見ろ。どんちゃん騒ぎするほど楽しみにしてる」

「あの、早く入れて……」

 

 光莉とともに天を仰ぎながら二人を部屋の中に入れる。何もやましいことは考えてないんだ。ただちょっとね。

 

 誰も見ていないかどうか部屋から少し顔を出して確認して、人影が見えないことにひとまず安心してドアを閉める。振り向くと、夏らしい装いの半袖短パンの光莉に、よく見れば紺色の、もう見た目がいやらしい下着みたいな感じの水着を持っている日葵。あと服を脱ぎ始めた千里。ストリップショーしなくていいよ。

 

「どういうことか説明してもらおうか」

「恭弥聞いて! 朝起きたらね、春乃が水着くれてね、わーって喜んでたらね、今までの水着と比較したいから一回着てみてって光莉に私が今着てる水着渡されてね、着替えた瞬間拉致されたの!!!」

「死刑囚の言い分も聞こうか」

「罪状決まるの早すぎでしょ。違うのよ。なんかね。えーっと、その、日葵の恥ずかしい姿が見たかったの」

「何も違うことがない。死刑」

「夏野さん。朝日さんに嫌いって言ってあげて」

「……! それは、嘘でも言えないかな」

「あんたたち。今から私と日葵がセックスするから出て行きなさい」

「お前が出て行けアホンダラ」

 

 アホンダラは俺の言うことを聞かず、千里を連れて「じゃあ出て行くわねー」と言った。あれ? 言うこと聞いてるじゃん。なんで千里連れてくのかがわかんないけど。流れるように千里の水着も持ってるし。何? 新手の泥棒? 三世代目の方?

 

「じゃ、日葵。せっかくならここで着替えさせてもらいなさいよ。あとで海で集合ね」

「え?」

「それじゃ」

「待って! もしかして今からいやらしい雰囲気なるってこと!?」

 

 とてつもなくデリカシーのないことを言いながら、千里は光莉に連れられて部屋から出て行った。

 ……もしかして光莉、日葵を俺と二人きりにさせようと無理やり? いやそんなはず、だって光莉にとってメリットなんか一切ないし、なんなら日葵に嫌われるリスクすらある。いや、日葵が人を嫌うことなんてほとんどないけどさ。

 

「……」

「……」

「も、戻るね? 光莉にはあとで言っとくから」

 

 俺と目を合わせて顔を赤くした日葵は、すぐに目を逸らしてドアの方へ向かった。

 

 その日葵の肩に手を置いて、俺の方を向かせて引き留める。日葵の素肌に触れた瞬間死ぬかと思うくらいの緊張が体を縛り付けてくるが、日葵に悟られないよう頬の内側を抉れるくらい強く噛んで正気を保ち、目を丸くする日葵に言い訳を始めた。

 

「や、あの、その。そのまま出るのはちょっと心配っつーか、水着姿で水着持ってホテルの廊下歩くって、変なやつに捕まったらどうすんだよ?」

「でもここで着替えるのもちょっと悪いかなって……」

「着替えるくらいなら別にいいって。海行くときは服貸すから、むしろ着替え終わるまで俺が出てくわ」

「え、一緒にいてほしい、な……」

 

 日葵を見ると、『思わず言ってしまった』という顔をした後、爆速で俺から顔を逸らして、ぴゅー、と音が聞こえてきそうな勢いで俺から見えないところまで離れていった。

 

「き、着替えるから! こっちこないでね!」

「お、おう」

 

 いつもはだらけている俺の胸の鼓動を鳴らす太鼓の達人が、まったく戦闘能力のない戦車の歌の譜面を演奏するくらいの勢いで働き始める。なんだあの可愛い生き物。真正面から照れ顔見せられる側の気持ちになってみろよ。いや、見せていただく側の気持ちになってみろよ。死ぬぞ軽く。可愛すぎて。俺が出てくわって言った瞬間しゅんとした表情で「一緒にいてほしい」って世界平和ここにありかよ。世界中に響くスピーカーがあればもう今この時点で戦争はこの世からなくなってたわ。

 

 心を落ち着かせるために深呼吸。日葵の残り香が鼻から入ってきた。自分で自分の頬を殴る。さっき抉るように噛んだ方の頬を殴ってしまい、痛みに悶絶。これくらいでいい。これくらいしないと俺は緊張と興奮でどうにかなりそうだ。もうどうにかなってるのか? 鏡を見る。うん、今日もカッコいい。

 

「もう、いいよー」

「おっけ」

 

 あくまで平静を保ちつつ、戦場に赴く武士の面持ちで一歩一歩歩いて行く。この先にいるのはこの世の頂点。この世の美。ぱっと見た感じいやらしい雰囲気の水着だったから、覚悟しなければならなぁあああああああああああああ。

 

 春乃とほとんどお揃いの、谷間とお腹と背中がぱっくり空いたレオタード型の水着。めっちゃくちゃ恥ずかしそうに体を隠している日葵が真っ赤。俺は変なことを言わないよう咄嗟に自分の膝を思い切り叩き、痛みで興奮を誤魔化した。日葵といると俺の体がもたない。

 

「……ねぇ、派手すぎない? これ……せっかくもらったから着たいけど、恥ずかしい……」

「超似合ってる。でも心配だな……絶対男どもに見られるじゃん」

「……恭弥は、私が他の男の人に見られるの、いや?」

「ん? めっちゃ嫌。今俺以外の世界中の男の目をどう潰してやろうかと考えてるところ」

「そっか」

 

 どうしてやろうか。まず手始めに千里からいくとして、父さんはあぁ見えて母さん一筋だから大丈夫。問題は海にいる俺たち以外の男だ。ただでさええちえちビームを放つ春乃と聖さんがいるのに、そこに単純な強さを持っている光莉と、清純さ満点なのにえっちな水着を着ている日葵まで合わさったら注目を集めて仕方がない。

 

 ……これは上着を着てもらうしかないな。だって見られるの嫌だし。

 

「俺の上着貸すから、これ着て行ってくれ」

「いいの?」

「俺が着て行ってほしいんだよ。もちろん似合ってないってわけじゃないぞ。むしろめっちゃ似合ってる」

「……ふふ。そっかそっか!」

 

 俺の上着を受け取った日葵は、それをぎゅっと抱きしめて嬉しそうにくるくる回りだした。なんで嬉しそうにしてるんだろう。あれ? 俺気が動転してて変なこと言っちゃった? 変なこと言ってないよな。念の為後で千里に確認しよう。あいつはいつも俺を肯定してくれるからきっと大丈夫だ。

 

 ……あれ? なんかさっきまでの俺の発言、日葵が好きみたいに聞こえね???



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第117話 海のナンパにご用心

「当たり前のようにゆりちゃんが死んだわけだけども」

「日葵ねーさん……」

「違うもん! あの、その、春乃がくれたから、せっかくだから着たいなって!」

「ちなみに光莉も嘘みたいに鼻血出して死んだぞ」

「あれは完全にコメディの住人やから大丈夫やろ」

 

 日葵に上着を着せて、細心の注意を払いながら海にやってきた。

 

 到着した瞬間、光莉が鼻息を荒くしながら「悪さをするのはこの上着か!」と言って日葵の上着をはぎ取り、「ウワー!!!!!!!!!!!」と言って鼻血を出しながら3メートルくらい飛んでいった。完全にコメディの住人である。

 綺麗な海の近くに赤い海を作る光莉、一方その頃ゆりちゃんは普通に死んだ。「清楚美少女えちえち水着核爆弾……」と言いながら幸せそうな顔で息を引き取ったのは記憶に新しい。あの子生きてる時間の方が短いんじゃねぇの?

 

「ん-。思ったより日葵がえっちすぎたわ。見てみ恭弥くん。そこら中の男がめっちゃ見てくるで」

「はい! シャバダバシャバダバ一等賞! シャバダバシャバダバ一等賞!」

 

 白目をむき、舌を限界まで伸ばして両腕両脚をばたつかせながら叫んでそこら中を走り回ると、日葵たちに寄せられていた視線が一切なくなった。

 

「これでどうだ」

「スマートって言葉覚えた方がええで」

「僕は気持ちの悪い兄に幻滅した薫ちゃんと遊んでくるね」

「日葵ねーさんと一緒にいるから、千里ちゃんはキショゴミと遊んでて」

「おい薫。今もしかしてお兄ちゃんのことをキショゴミって呼んでなかったか?」

 

 俺の疑問に対し、薫は舌をべっと出して日葵を連れて行ってしまった。元々薫が日葵と遊びたいって言って計画したから仕方ないけど、せっかく俺が男どもの視線から守ってやったのに薄情なやつである。

 千里も好きな子と海で遊べないとなってがっかりしてるかと思いきや、「ABBCEDDCFG……」とABCの歌に合わせて海にいる女性の胸を査定している。面白そうだったので千里の肩を叩き、血の海に倒れている光莉を指した。

 

「……H???」

「嘘だろ?」

「ほんとほんと。HでH」

「千里。私の方見たらぶっ殺すで」

「極A」

 

 血の海に死体が増えた。見たら殺すって言われてたのに……。

 

 薫が日葵を連れて行って、いつの間にかゆりちゃんが復活してそれに合流し、血の海に千里と光莉が沈んで、俺と春乃の二人になったところでふと大人三人組がいないことに気が付く。

 

「そういやうちの親と聖さんは?」

「えーっと、ん-、恭弥くんのご両親は頑張りすぎたとかで、聖さんは男漁り」

 

 ほら、と指さす春乃に従ってそっちの方に目を向けると、男たちを椅子とひじ掛けと飲み物置きと自動食べ物運びにしている聖さんがいた。あれ男漁りってよりただ男を奴隷にして楽しんでるだけだろ。まったく羨ましい。俺も聖さんの足置きにさせろ。

 まぁあれは別に注意しなくてもいいだろう。聖さんは彼女持ちに手を出すような人じゃないから全員独り身だろうし、聖さんにあんなことされて、もしくはあんなことできて喜ばない男がいるはずがない。逆にあれを止めたら俺が殺される。

 

「よし、じゃあ俺たちも海行くか」

「光莉と千里はほっといてええの?」

「どうせ海に行くって言ったら元気になるだろ」

「まぁそこに海があれば元気になるわよね」

「さぁいこう。海が僕らを待ってる」

「リビングデッド……」

 

 綺麗さっぱり血の海も消え失せ、千里と光莉が復活した。さっきの量を見る限り出血多量で死ぬ量だったけど、この二人なら大丈夫だろう。殺しても死なないようなやつらだし。

 

「今薫に近づいたら俺がめっちゃ引かれそうだから、近づかないように遊ぶか」

「情けない兄貴だね。僕は薫ちゃんに近づこうと思う」

「それは日葵に近づくってこと???」

「さぁこの四人でできる遊びを考えよう」

「情けないメスやな」

 

 情けないからメスなんだろ。と喉まで出てきたから気持ち悪くてそのまま言ってしまうと、千里は顔を赤くしてぷるぷる震えて怒り始めてしまった。ただただ可愛いだけなのでうふふと笑いながら光莉と春乃の三人で和やかに千里を見ていると、千里が憤慨して一人で海へと走っていってしまう。

 

 ナンパされはじめた。

 

「あーあ……」

「言わんこっちゃない」

「面白そうだからこのまま犯されるの待ってみる?」

「お前は悪魔か」

 

 いかにも金髪で「俺たちチャラいですよ」と見た目でアピールしてくるお兄さんにナンパされる千里。遠目から見ても泣きそうになっていてもう見てられない。なんであんなに可哀そうなんだあいつ。あいつだって好きであんな顔と体と匂いに生まれてきたわけじゃないんだぞ。あいつだって男らしくしたいんだぞ!

 

 面白いから一生あのままでいてほしい。

 

「ちょっとすんません。この子俺のなんで、手ェ出さないでくれます?」

「恭弥ぁ……」

「あっ、す、すんません。お兄さんの彼女さんでしたか。ははは……」

 

 千里の手を引いて抱き寄せ、お兄さんを睨みながら言うと、お兄さんは冷や汗を流しながら退散した。千里を狙うなら俺くらいカッコよくなってから出直せ。あと俺くらい頭おかしくなってから出直せ。それでも無理だから。

 

「あんたさ。あんたさ……うーん。なんかね。私の時と違くない???」

「だからさ。千里と光莉じゃ違うじゃん。千里は一人だったら確実に持っていかれるけど、光莉は一人でも相手をなぎ倒せるだろ」

「恭弥くん。光莉も女の子なんやからそんなん言うもんちゃうで」

「信頼の証だったのね。ならいいわ」

「ええんかい」

 

 俺の腕の中でほっと息を吐く千里を撫でながら、「怖かったねー」と言うと小さく頷いた。この可愛い生き物は俺のものです。誰にもあげません。

 

 あとで聖さんに挨拶しにいかなきゃ……。

 

「千里が傷心のままだと海で溺れ死ぬから、日葵と薫とゆりちゃんに喜んでもらえるような砂の建造物作らね?」

「今から私が全裸になるから、砂で固めなさい」

「なんでそれで喜ぶと思ったん?」

「こいつ頭おかしいんだよ。言ってやるな」

 

 光莉に伸ばしていた手を下ろして肩を竦める。危ない。ノリノリで光莉を脱がすところだった。合法的に光莉の裸が見れるからって調子に乗るところだった。そうだよな。おかしいよな。俺も一瞬いいアイデアだと思ったけどおかしいんだよな。光莉の砂の像(中に本人アリ)は男しか喜ばない。というか砂がいらない。

 

「ん-、せっかく近くに水場があるし、村でも作るか」

「村?」

「設計図は書き終わったよ」

「設計図?」

「ちょっと。私と日葵の愛の巣が設計図にないんだけど」

「それはいらんやろ」

 

 俺たちの村を作ろうプロジェクトが着々と進行していき、困惑していた春乃が光莉の『愛の巣がない』というクレームにだけしっかり反応した。それなら大丈夫だ。春乃は頭が回るし適応力高いし、すぐに村を作るのに手を貸してくれるだろう。

 海から道を作るように掘っていって、水路を作って川に見立てる。もうこれだけで村っぽい。あとは周囲に砂の家を建てれば完成だ。なんか水着の上から砂を塗りたくってるバカ女がいるけどそれは無視して俺も砂を塗りたくろう。

 

「千里千里。あの日葵大好きなバカ二人は、あれでほんまに喜んでくれると思ってるん?」

「いや、思ってないと思うよ。でもあれをしてたら、夏野さんが慌てて二人の砂を崩しにきてくれるでしょ? だから合法的に触れてもらえるんだ」

「あー! 千里が私たちの最高でクールな計画をばらしたー!」

「いや! まだ日葵たちにはバレてない! 戻ってくる前に早く塗りたくるぞ!」

「そうね。でも自分じゃ体全部に塗れないから、恭弥が塗ってくれない?」

「待てや! 海で特殊プレイ始めようとしてんちゃうぞ!」

「大丈夫だよ。恭弥はいやらしいものに耐性がないから、もう菩薩になってる」

 

 誘惑に負けてしまいそうだった俺は、心を無にして菩薩になった。ゆりちゃんにこっそり教えてもらったんだ。心を無にすれば、何事も冷静に見えて光莉のおっぱいが大きい。ん? 春乃の腕と脚が綺麗? ん? 千里の体のラインがセクシー? ん?

 

 冷静に周りのえっちなところが見えてくるだけだった。余計ダメじゃん。ゆりちゃんあてになんねぇな。あんなぶっ倒れてる子に頼ったのが間違いだった。俺にこれ教えてくれた時も結局ぶっ倒れたし。

 

「それにしても体についた砂が気持ち悪いわね。海に行きましょう」

「そうだな。ったく気色ワリィ。なんだってこんなに砂がついてんだ?」

「びっくりした目で僕を見ないでよ岸さん。あの二人が意味のある行動をするわけないし、自分の行動をいちいち覚えてるわけないじゃないか」

 

 ごちゃごちゃうるさい千里を放置して、光莉と走って海に飛び込んだ。光莉のジャンプの仕方がもう猿みたいに豪快だったのは気にしないでおこう。あんたね。女の子としての恥じらい持った方がいいよ。千里なら内股になってきゃって感じで飛び込んでたぞ。

 

「フゥー!! キモチィ!!」

「光莉。自分が女の子だって自覚をもっと持て」

「あぁん! 気持ちぃ!」

「なんてこと言うんだお前は!!」

「何やってるの二人とも……」

「嬌声が聞こえた思たら光莉か。ならええわ。……?」

「そういや日葵たちどこ行ったんだろうな。俺たちがこんだけ騒いでもこないなんて」

 

 毒され始めた春乃が首を傾げて困惑しているうちに、その事実に気づかないよう話題を変える。その事実に気づいちゃうと自分がとてつもなく低い位置まで落ちてしまった気がしちゃうからな。俺は気遣いができる男なんだ。

 

 ただ、適当に話題を変えたわけでもない。日葵なら俺たちがこんだけ騒いでたら自分だけ仲間外れにされた気がして寂しくて近寄ってくるだろうに、なんでこないのか不思議に思ってたところだ。俺と同じくらい日葵を理解している光莉も「たしかに」と頷いて周りを見て、俺と同じところを見て固まった。千里も同じところを見て固まっており、春乃も同じところを見て「あーあ」と誰かを可哀そうに思っているかのようなため息。

 

 俺たちの視線の先では、男どもに声を掛けられる日葵たちの姿があった。

 

「殺さんようになー」

 

 俺たち三人には春乃の声は聞こえておらず、三人で水面を走って男どもをぶちのめしに向かった。



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第118話 以心伝心

「大丈夫薫ちゃん!? 僕が興奮したいから脱いでみて! あ! 間違えた! 怪我がないか確認したいから脱いでみて!」

「兄貴。千里ちゃん沈めて」

「もう死んだぞ」

 

 千里がまた死んだ! 可哀そうに!

 

 ナンパ男どもは俺たちが海面を走ってきたことに恐怖し、情けない悲鳴をあげながら蜘蛛の子を散らすように逃げていった。海で本気でバタフライして人間から逃げるやつ初めて見た。俺たちはサメか何かか? つまりナンパ男どもは俺たちを褒めてくれてたってことか? だってサメってカッコいいし。もう、おジョーズな人たち!

 

「日葵、何もされてない? 大丈夫?」

「うん、大丈夫。ありがと光莉」

「ゆりちゃんは平気か?」

「私の心配なんてそんなそんなそんな、私の心配に貴重なリソースを割かないでください世界の損失でございます」

「薫。ゆりちゃんと一生親友でいてくれ」

「当たり前じゃん」

 

 こんな面白い子二人といない……まぁジャンル違いの面白い子は結構いるけど、俺たちの周りにいないタイプだからな。ぜひいい男を捕まえて、俺たちの近くに住んでほしい。ゆりちゃんの彼氏は大変だな。俺たちを見る度にゆりちゃんが倒れるって彼氏からしたら面白くないだろうし。

 

「みんな平気ー? なんか若干一名姿が見えへんけどそれはいつものこととして」

「千里の命を軽率に扱うなよ」

「散らした本人が何か言ってるわね……」

「ちなみに僕は生きてるよ。見て、ウニ」

「おいおい。逆立ちして陰毛見せてウニなんて下品なこと……ほんとにウニじゃん」

「なんで僕がそんなことすると思ったの?」

 

 俺たちに見せたかっただけならしく、千里はウニを「ありがとね」と言いながら海に戻した。ウニって一回拾ったら死んだりしない? 俺ウニについて詳しくないから何もわかんないけど大丈夫だよな。

 まぁいいや。ウニ如きに感情移入する心なんて持ち合わせてねぇし。

 

「まったく、俺たちから離れるからナンパされるんだぞ。ただでさえ魅力的なのにそんな水着着て……っていうか薫とゆりちゃん中学生なのに声かけるってやべぇな」

「ほんとにね。中学生に手を出すなんて頭おかしいんじゃない?」

「確かに。千里は頭おかしいわね」

「犯人の自供シーン初めて見たわ」

「薫ちゃん、ゆりちゃん。こっちおいで」

「夏野さん。僕を所かまわず女子中学生を狙うとんでもないド変態と勘違いしてない?」

 

 日葵はちょっと天然なところがあるのでほんとに千里が中学生を狙うド変態だと勘違いしたらしく、薫とゆりちゃんを自分のところに引き寄せて千里から守った。日葵が動くたびに日葵を見てしまい、それはつまり日葵のえっちな水着姿を見てしまうということで、つまりつまり俺はものすごいことになるわけであって、光莉と目を合わせて頷いてハイタッチまでしてしまうのである。

 そして同時に春乃を見て頭を下げた。お礼。よくやってくれた。日葵は自分じゃこんな水着選ばないし、頼まれても着ない。でも日葵なら誕生日プレゼントであげれば「じゃあ着たいな」って思ってくれる。春乃は日葵のことをよくわかってる。

 

「閃いた!」

「自分の脱ぎたてパンティあげようなんてとんでもねぇこと考えんじゃねぇよ」

「恭弥が私の考えてること当ててくる方がとんでもないわよ」

「光莉もよくやってくるじゃん」

「それもそうね。以心伝心って感じ???」

 

 光莉が俺の方にすすすと寄ってきて、周りに挑発的な目を向ける。最近光莉、めちゃくちゃ喧嘩売るようなこと言うよな。そのおかげで俺の精神がものすごいすり減るんだけど。俺の考えてることわかってるならぜひやめてほしい。それでも止まれないからするんだろうな。それもわかるからなおのことすり減ってくる。

 ほら、光莉の挑発に乗せられてまた嫌な空気が……。

 

「それは聞き捨てならないな朝日さん」

「何でお前なんだよ」

「やはり二人は……?」

「できてないからねゆり。千里ちゃんは私の」

「ぎゃひーん!!!! 薫ちゃんカワユス!!!!!!!」

 

 ゆりちゃんが気絶して海の中に沈みそうになったのを、春乃が一瞬で海の中を移動してそっと支える。身体能力が備わったイケメンってこんなに有能なんだな……。そのせいでゆりちゃんがまた死ぬんだけど。海の中で死んだら死んじゃうから死ぬ前に地上に行くか。

 

「恭弥と真に以心伝心なのは僕だ。伊達に恭弥の親友やってないよ」

「ふーん。正直親友ポジも私でいい気がしてきてるんだけど」

「なにおう!?」

 

 陸に戻りながら千里と光莉が喧嘩する。確かに同じクズだし光莉が親友ってのもしっくりくる。でもやっぱり親友って言ったら千里なんだよなぁ。なんかこう、光莉ほど以心伝心っていかなくてもなんかわかってくれてるというか、いつだって俺の味方でいてくれるっていうか。その、安心感的な? はっず。恥ずかしいから逆立ちして砂浜を走り回ってこよう。

 

「じゃあ今恭弥が逆立ちして砂浜を走りだそうとしてるってわかってたの?」

「そんなことしようとしてるのがわかってるならぜひ止めてあげてほしい」

「今思ったら光莉が恭弥くんと以心伝心って最悪やんな。単純計算でおかしいのが二倍になるし、そのおかしいのが射出されんのも早なるってことやろ?」

「私か春乃が以心伝心だったら、おかしいことしようとしたらすぐ止められるのに……」

「夏野さん。なんで僕を除外したの?」

「千里ちゃんは面白そうなら乗っかっちゃうからでしょ」

 

 俺が逆立ちして砂浜を走ろうとしたのを、薫が俺の腕をとることで阻止してくる。かわいい。薫が俺の腕をとってくれてるのに逆立ちなんてできるわけない。薫に怪我をさせることすなわち死罪。ちなみに泣かせても死罪。俺は早く千里が薫を泣かせないかとわくわくしている。やっぱり薫を他の男にやるのは、例え千里だとしてもまだちょっと、かなり、ものすごく抵抗があるし。

 ゆりちゃんをパラソルの下のビーチチェアに寝かせ、俺が日葵に着せていた上着を羽織り、その瞬間の日葵の不満そうな顔を見なかったことにしながら。話題は『俺との以心伝心』のままヒートアップしていく。

 

「大体以心伝心かどうか怪しいよ。『こう思ってるでしょ』って言ってみたら相手が乗ってくれたってことかもしれないし、恭弥と朝日さんならあり得そうだし、その点僕は恭弥のことならなんとなくわかるし、恭弥のいる場所もなんとなくわかる」

「私でかけたら大体会えるわよ」

「いいなぁ……」

「なんか親戚やったりせえへん? あまりにも似すぎてるやろ」

「薫。俺たちに親戚なんかいたっけ?」

「うちの両親、頭おかしすぎて親戚から敬遠されてるっていうのは聞いたことあるよ」

「だそうだ」

「せやろな」

 

 せやろな?

 

「逆に血のつながりなんて一切ないだろ。ほら、よく言うじゃん。この世には自分に似たやつが3人はいるって」

「顔の話やろそれ。誰が思考の話してんねんっていうか思考の話ならもうすでに3人揃ってるやん」

「私と日葵と薫ちゃん?」

「天使に交ざる泥ゲボがおるな」

「可愛い女の子に泥ゲボはあんまりじゃない???」

 

 春乃が光莉を『泥ゲボ』と称した瞬間頷いた俺と千里は当然のごとく光莉に殴り飛ばされ、二人揃って華麗に受け身を取って何事もなかったかのように輪に戻る。日葵も薫も春乃も気にしてないし、もはや俺たちが光莉にぶん殴られるのは日常になってるようだ。よきかなよきかな。は?

 

「血のつながりと言えば、薫ちゃんって恭弥より日葵に似てる気がするのよね。天使加減といい、常識さ加減といい、天然さ加減といい」

「天然じゃないもん!」

「日葵ねーさんは天然だよ」

「薫ちゃんも天然だよ」

「千里はメスだよ」

「おい。関係ない僕に銃口を向けるのはやめろ」

 

 サイレンサー付きの銃で発砲したのに気づかれたらしい。自分がメスって言われることにはほんとに敏感だな。じゃあナンパ回避しろや。テメェ無防備すぎるんだよ。サバンナでただただおいしい匂いを振りまいて全裸で歩いてんのと一緒だぞお前。俺たちがいなきゃ何回か食われてるぞ。食う前に止まる人もいるだろうけど、大多数は止まらないだろうし。

 

「もしかして小さい時に家泊まりに行って、そのまま薫ちゃんが恭弥の妹になったとか?」

「ありえる」

「ありえるんかい」

「あの両親と恭弥ならありえそうだよね……」

「それなら流石に私の両親が黙ってないと思うけど……」

「でも日葵のご両親って押しに弱いしなぁ」

「押しどうこうの話じゃないでしょ」

 

 薫が日葵の妹。まぁ似たようなもんだしなんの違和感もないけど、確かに俺は赤ん坊の薫を可愛がっていた記憶がある。両親を跳ねのけておむつを変えたりミルクをあげたり寝かしつけたり、それはもう両親からすれば大助かりなお兄ちゃんだった。父さんからは「普通俺たちが薫を可愛がりすぎて恭弥が寂しくなるのに、恭弥が薫を可愛がり過ぎて俺たちが寂しくなってるんだが???」と文句を言われた。当時3歳である。

 

「でも薫ちゃんは私の妹みたいなものだし、実際妹だし! ね!」

「日葵ねーさんって呼んでるしね」

「ええよなぁそれ。めっちゃかわええやん。私も薫ちゃんにねーさんって呼んでもらいたい!」

「千里ねーさん」

「君たち兄妹は僕を精神的に殺そうとしてくるよね。ちなみに僕はねーさんじゃないし女の子でもないしエースで4番でもない」

「エースで4番じゃないのは知ってた」

「他も知っておけ」

 

 可能性はあるから。

 

 そうやって話していると、ふと人が集まりだしているのが見えた。なにやらイベントが開催されるようで、そういえばと思い出す。

 

「確か父さんが、チームで参加できるイベントがあるとかないとか言ってたような……」

「5人一組で参加できるって書いてるわね」

「化け物視力化け物乳」

「乳は関係ないでしょ」

 

 5人一組っていうと、俺、千里、日葵、光莉、春乃……。

 

 薫がそっとゆりちゃんの方に引き下がり、「応援してるね」と笑ってくれた。天使。かわいい。絶対嫁にやらない。



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第119話 デスマッチ開幕

「さぁ『チームでつかめ! 温泉旅行ペアチケット』受付はこちらです!!」

「おい、5人チームでペアチケットを商品にする地獄みたいなイベントがあるらしいぞ」

「シンプルに優勝して私と日葵が行くでいいんじゃない?」

「シンプルの意味を勉強してきたほうがええで」

 

 なんで5人チームでペアチケットなんだよ。せっかくだし参加するけど。薫が応援してくれる気満々だし。薫が応援してくれるなら参加しない理由はない。ペアチケットなら父さんと母さんにあげればいいしな。

 

「参加で」

「ハーレムチームの参加ありがとうございます!」

「お兄さん。僕は男です」

「そういうプレイですか!? やりますねお兄さん!」

「おい。千里のせいで俺がとんでもない趣味のド変態だと勘違いされただろうが」

「僕も被害者だっていうことを忘れるな」

「それでは5番のゼッケンを着てお待ちください!」

 

 水着ゼッケン? やるじゃねぇか……。

 

 5と書かれた青色のゼッケンを手渡され、それをみんなに渡していく。光莉がゼッケンつっかっかた。エッロ。

 日葵はほっとしたような顔をしている。ゼッケンで見えてた肌が隠れるからな。俺も安心した。今でさえめちゃくちゃ男から視線が集まってるのに、肌が見えてたら余計だったし。よかった。これで殺す人数が減った。

 

「せっかくええ肌しとったのに」

「えへへ、ごめんね? でも恥ずかしいけど、可愛くて好きだよこの水着!」

「私も日葵のことが可愛くて好きよ!」

「あぁおいあんまり動くな。周りの男どもが胸めっちゃ見てるから」

「は? 美しいものを見せびらかして何が悪いの?」

「ははは。下品だからやめとけって言ってるのに気づいてないみたいだよ。幸せな頭してるね。バカみたいだ」

 

 チームの人数が4人になってしまった。どうせすぐ5人に戻るから頭から埋められた千里は放っておくとして、周りの参加者を見てみる。なんか筋肉質なオカマ集団はもう気にするだけ無駄だろう。関わるとろくなことにならないというか、もしあのオカマさんたちのターゲットが男だったら俺だけ標的にされるし。もしかしたらオカマレーダーは千里を男と判断するかもしれないけど、現状危ないのは俺一人だ。オカマには関わらないようにしよう。

 金髪の筋肉質で首元にタトゥーの入った色白のオカマさんに手を振られた。振り返した。投げキッスされた。

 

「どうしよう千里。俺今日食べられちゃうかもしれねぇ」

「よかったじゃないか。あの人みるからにいい人そうだし」

「金髪色白首元タトゥーオカマが? ぜってぇとんでもなくヤバイ職業の人だって」

「人を見た目で判断するのはよくないよ」

「……そうだな、メス。お前の言う通りだ」

「見た目で判断するなっつってんだろ」

 

 よし。千里でオカマを浄化した。気を取り直して他の参加者を見てみよう。

 

 ナンパ男どもがいた。あいつらは捻り潰して叩き潰す。「この世は地獄か!!!!??」ってびっくりさせてからぶっ殺してやる。日葵と薫とゆりちゃんに声をかけたことを死んでからも後悔させてやる。三途の川を航海させてやる。

 

「恭弥。あぁいう輩どもはビーチフラッグとかがあったら事故を装って触ってくるから、私かあんたが出て殺しにかかるわよ」

「何言ってんだ俺だけが出るに決まってんだろ。そんなやつらと女の子を一緒にさせらんねぇし」

「僕を数から外した理由を教えてもらおうか」

「メスやからやろ」

「多分織部くんが一番危ないよ?」

 

 日葵に言われた瞬間はっとして、千里は周りを見渡した。日葵たちに向けられている視線とは別に自分へ向けられている視線を感じたのか、千里が俺の背中に隠れる。お前そんなことするからメスだって言ってんのにまだわかんねぇの? 仕方ねぇメスだなぁ。可愛いからこっち見てきてるやつを睨んで追っ払っておこう。あ、オカマの人と目が合った。えへへ。カッコいい筋肉してますね。

 

「やっぱ狙われてるって……」

「恭弥くんカッコええしなぁ」

「あんな筋肉してたら恭弥でも負けちゃう……」

「逃げればいいだろ」

「ちょっと、いくらオカマだからって偏見の目で見すぎよ? あぁいう人に限って優しいに決まってるんだから」

「限ってとか決まってるとか偏見オブ偏見ワード使ってんじゃねぇよ」

 

 多分いい人なんだろうけど。悪い人だったら運営側が止めるだろうし。止める力がないから参加してる可能性もあるっちゃある。まぁ、こっちには運動能力が高い俺と春乃、怪力お化けの光莉、可愛さ満点天使の日葵、メスの千里がいるから何があろうと負けるはずがない。特にメス。メスすぎて何かしらの競技に参加したらみんな勝たせてくれるだろ。

 

「何するんやろうなぁ。多分海にちなんだなんかなんやろうけど」

「ビーチフラッグとかスイカ割りとかビーチバレーとか?」

「ビーチバレーもスイカ割りも、僕らのチームはボールとかスイカとかが増えたと思われるから不利だね」

「よかったらトスしてみる?」

「ぜひサーブさせてほしい」

「ちなみにあそこで薫が見てます」

 

 俺が指した方向には、サーブの体勢をとった千里にとんでもなく冷たい目を向ける薫の姿。隣には聖さんがいる。二重の意味でヤバイ。あ、聖さん薫を守ってくださってありがとうございます。本来ならうちの両親のポジションなのに。ほんと申し訳ない。侍らせてる男どもがいなければパーフェクトでした。 

 

「ハメやがったな」

「あんたがハメようとしたんでしょ」

「光莉、下品だよ」

「ハァハァ」

「日葵に下品って言われて興奮してんじゃねぇよドグサレ下痢わかめが」

「ドグサレ下痢わかめ???」

 

 ドグサレ下痢わかめが首を傾げている。俺が何か変なこと言ったみたいじゃん。誰もツッコまないしみんなお前のことそうだって思ってるんだよ。

 日葵にそう思われてることが快感で興奮し始めた上級変態は置いといて、そろそろ始まりそうだとビーチに設けられたステージに目を向ける。ステージ中央には運営のお姉さんとお兄さんがいて、日葵には完全敗北するがお姉さんは可愛く、お兄さんはカッコいい。完全に見た目採用だ。ったく。見た目採用なら、俺が運営してやろうかな?

 

『お集まりいただきありがとうございます! 僕は温泉旅行ペアチケット争奪デスマッチの司会進行を務めさせていただくビーチのお兄さんです!』

『同じくビーチのお姉さんでーす!』

「どうやら俺たちはとんでもないものに巻き込まれたらしいな……」

「現実でその言葉を聞くことになるとは思わなかったよ」

「デスマッチなら自信あるわよ」

「やる気たぎらせんなや。私も万が一デスマッチならまぁ安心っちゃ安心やけど」

「私、光莉なら負けないと思うけど危ない目に遭ってほしくないな」

「こういうのは運営を殺すのが相場なのよ。行くわよ恭弥」

 

 走りだそうとした光莉のゼッケンを後ろから掴んで、下がってきた光莉を抱きしめるかと思いきや砂浜の上にゆっくり倒す。あぶねぇ。女の子が前からきたから抱きしめそうになった。俺は今男の本能に打ち勝ったんだ! 千里にはわかんねぇだろうな。

 デスマッチは間違いだったのか、『すみません間違えました! デスマッチの司会進行を務めさせていただきます!』とシンプルなデスマッチに訂正された。夏だからってハジケすぎだろ運営。もっと大人しくなってくれ。光莉がやる気になったらどうすんだ?

 

『このデスマッチには3つの競技があります! まず1つ目!』

『不正解者にはビリビリ罰ゲーム!? クイズ大会!』

「せめて海にはかすめろや」

 

 なんだビリビリって。昭和芸人ここにありかよ。

 ……まぁ多分ビリビリって言ってもそんなに強くないだろうし、クイズ内容で海を絡めてくるんだろう。うちのチームに海に詳しい人はいないけど、現役の学生だから日葵以外なら多分大丈夫だ。あ、日葵が頭悪いって言ってるんじゃないよ??? ビリビリさせたくないだけだよ?

 

『2つ目!』

『チャンバラ!』

「チャンバラ」

 

 チャンバラと言いながら取り出したのは、刀を模したスポンジ製のおもちゃと、腕や脚に取り付けられるようになっているバルーン。あれを割られたら終わりみたいなやつか。なるほど。

 

「光莉だな」

「光莉やな」

「光莉だね」

「殺してこい、朝日さん」

「私バルーン二つ多いものね」

「割られてまえカス」

 

 光莉が胸を持ち上げた瞬間春乃が荒んでしまった。光莉はコメディから間違って現世にこんにちはしちゃった人だから、もしかしたら胸が割られる可能性もあるかもしれない。多分割られる前に相手のバルーン全部割るんだろうな。

 

『そして3つ目!』

『特設ステージでの水鉄砲合戦!』

「申し訳程度に海っぽい要素入れてきたな」

「特設ステージってあれかな?」

 

 日葵が指した先には、砂浜に白い板が乱雑に設置され、ビニールプールもいくつか設置されている場所があった。いつの間にできたんだあれ? なんか聖さんの奴隷が白い板運んでんなぁって思ってたけど、まさかあれ作ってたのか?

 

『詳しいルールは後程説明いたしますが、参加人数は1つ目から一人、一人、三人です!』

『よく考えて決めてくださいね! では、2分後にスタートです!』

「よく考えさせろよ」

「あの運営に何言うても無駄やろなぁ」

「じゃあ迅速に決めよう。クイズは恭弥でチャンバラは朝日さんで他三人は水鉄砲。よし決まり!」

「勝ち狙うならそれで決まりね。クイズなら恭弥が一番だろうし、殺しなら私が一番だろうし、運動系なら春乃一人で足りるだろうし」

「織部くん。私たちって無力……?」

「戦力には数えられてないらしいね……」

 

 適材適所ってやつだろ。ここが戦争国家なら千里は軍師だし、日葵は王女だし、そういう役回りなんだ。春乃は騎士で光莉はごろつきで俺はクイズ博士。クイズ博士?

 

 なんとなく参加競技の配役に納得いかないところもあるが、光莉の言う通り勝ちを狙うならこれが一番だ。運動系競技でのオカマさんたちが気になるが、春乃なら大丈夫だろう。日葵もやるときはやるし、千里は無理。

 

『さぁ、2分経ちました! それでは第一競技、ビリビリクイズ大会を始めたいと思います!!』

 

 回答者席が設けられたステージに上がると、ものすごい数のコードとつながっている物々しい機械を取り付けられた。

 

 もしかしてここが俺の死に場所?



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第120話 殺すつもりのやつ

『ビリビリクイズのルール説明です! クイズが出題されてから30秒回答時間が与えられ、見事正解すれば1ポイント! 不正解ならビリビリが体を襲います!』

『早押しにしたら答えないチキン野郎が出てくるのでこの方式にしました!』

「この運営法律に違反してたりとかしねぇのか……?」

 

 物々しい機械を取り付けられた俺を含めた参加者全員が不安そうな顔をしている。唯一不安そうにしていないのは俺に猛烈なアピールをしてきた金髪のオカマさんくらいだ。潜り抜けてきた修羅場の数が違うんだろう。ビリビリがきても全然効かなさそうな顔と体してるし。

 ただ、いくらビリビリが効かなくても正解しないと意味がない。そして俺は頭を使う競技には自信がある。というか体を動かす競技も自信がある。向かうところ敵なしじゃね? 俺。

 

 俺の勝ちは決まったな、と安心していると、俺の隣の回答席に座っている金髪のオカマさんがずっと俺を見ていることに気づく。目は合わせないようにしよう。目を合わせた瞬間俺の身にとんでもない不幸が訪れるに違いないし。

 

「あなた、結構やりそうね」

 

 話しかけてきやがった。流石に話しかけてくれた人を無視していいなんて教育を受けてないから、オカマさんの方を見て小さく会釈する。

 

「アタシはロメリア。ただのオカマよ。よろしくね」

「氷室恭弥です。よろしくお願いします」

「恭弥ちゃんね。覚えたわ」

 

 バチンと綺麗なウインクを決めるロメリアさんに微笑みを返し、正面に向き直る。ステージの下で俺を見ている四人から心配そうな目で見られていた。日葵と春乃はともかく、千里と光莉が心配そうな目で見てくるって相当だろ。大丈夫。なんか声色的にこのオカマさん、ロメリアさんいい人そうだし。

 

『それでは準備はよろしいでしょうか! いいですね! では第一問!』

『13枚の、大きさが均等なコインと天秤があります! そのうちの1枚だけ重さが違います! その1枚を見つけ出すのに、最低何回天秤を使えばいいでしょうか! 理由も含めてお答えください! では30秒! お手元のフリップにどうぞ!』

「こういうタイプのクイズ大会で論理クイズかよ」

 

 考えながらフリップに書き出してそれを合計30秒でやれって? それならそんな書けなさそうな問題出すんじゃねぇよ理由も含めてってことは考えるの必須じゃん。でもこれ多分手を止めたら書ききれないじゃん。どうしようどうしよう!

 

 まぁこれ結構有名な問題だし、そもそも知ってるから書けるんですけどね。

 

『はい30秒! 正解者は4番チームと5番チーム! 他はビリビリ!』

『スイッチィ!!! オン!!!!!!』

 

 俺とロメリアさん以外の悲鳴がステージから響き渡る。大丈夫かよほんとに。もしかして何かしらの生贄が欲しいからこの場にいる参加者で用意しようとしてない? 気のせい? もしくはこの極限状態で最高のパフォーマンスを発揮できる天才を発掘しようとしてる? じゃあ俺とロメリアさん長い付き合いになりそうじゃん。

 

「あら、結構有名な問題だと思ったんだけど……」

「俺も小学生の時やりましたよこれ。結構解くのに時間かかった記憶あります」

「小学生だもの。仕方ないわ」

 

 言葉の裏に『大人ならすぐわかって当然よね?』と込められている気がして、俺は苦笑するかと思いきや「大人ならすぐわかってほしいですね」と本音を言ってしまった。ステージの下で日葵が目を逸らしたのを見てすぐに失敗を悟ったが、日葵はまだ学生だしセーフセーフ。ていうか日葵なら何が何でもセーフ。日葵なら最終的に世界が許してくれる。

 

『では生きているうちに二問目に行きましょう! 二問目! この表をご覧ください!』

 

 お兄さんが取り出したパネルには、『は=6 1 す=3 3 の=5 5 け=?』と書かれている。

 

『? に埋まるものは何でしょう! それでは30秒どうぞ!』

「恭弥ちゃん。もう書けたでしょうしお喋りしましょ」

「ロメリアさん。俺に天才同士の会話を仕掛けてきてどうするつもりです?」

 

 『2 4』と書いたフリップを伏せて、ロメリアさんの方を見る。ロメリアさんは綺麗に頬杖をついてにこやかに俺の方を見ていた。カンニングってことでビリビリ流れねぇかな。

 

「ちょっとあなたに興味があって。可愛い女の子三人と可愛い男の子一人と一緒に参加する、カッコいいオトコノコ。興味が出ないオカマがいると思う?」

「俺はオカマの思考回路知らないんですけど……」

「釣れないわねェ」

『はい、30秒経ちましたー!』

『正解者は4番チームと5番チーム! 他のチームはビリビリが尾を引いて書けなかったようですね! ではビリビリどうぞ!」

 

 ならやめてやれよ。フリップに書かれてるミミズみたいな線が見えないのか? あれ答えわかってたけど書けなかったタイプのあれだろ。可哀そうに。一問目不正解だからそんなことになるんだよバーカ。

 

 はっ! 俺は一体なにを……?

 

『ちなみに、次のクイズが始まる前に回答権を放棄すればビリビリは回避できます! はい、4番チームと5番チーム以外放棄ですね!』

『しぶといチームが2つありますね! では第三問!』

「しぶといって言っちゃってんじゃん」

 

 マジで殺すことが目的……いや、そもそも待てよ。5人チーム参加でペアチケットが用意されていて、この理不尽レベルのビリビリ。もしや優勝者を出さないようにしてる? 優勝者を出さないようにして、司会の二人が余ったペアチケットをゲットしようとしてる?

 

『あなたは30メートルもある穴に落ちてしまいました! そこから出ようとしますが、1時間に3メートル上ることができ、しかしその後すぐに2メートル落ちてしまいます。あなたは何時間後に上り切ることができるでしょう!』

 

 『28時間後』と書いてフリップを伏せる。そもそも30メートルある穴に落ちたら死ぬだろと思ったが、落ちて上がることができてるってことは落ちても無事な状態で上がれる環境と道具があるってことだろう。危ない危ない。変な屁理屈で場を変な空気にするところだった。

 

「問題が簡単になったわね」

「適当にネットから拾ってきたんじゃないですか?」

「結構聞いたことあるようなものばかりだものねェ。もうちょっと楽しいクイズだと思ってたのに」

『はい30秒! 当然のように正解! ムカつく!』

『ほんとはあと二問くらいあったのですが、このままではポイントが開きすぎるため他チームにも3ポイント進呈して第一競技を終わりたいと思います!』

「いい加減にしろよクサレ運営コラ」

「まぁまぁ落ち着いて恭弥ちゃん。怒ってもいいことないわ」

 

 立ち上がって運営に文句を言ってやろうとした瞬間、背後からロメリアさんにねっちょり羽交い絞めにされた。がっしりした肉体が俺に張り付いてくるのを感じ、寒気とともに関節を外しながらロメリアさんの拘束から抜け出した。

 ロメリアさんは「ウブな子ね」と微笑んでいる。初心だけどそういうことじゃねぇんだよ。ただ身の危険を感じただけだよ。

 

「ふふ。ここから先も楽しみましょうね。それじゃ」

 

 それだけ言って、ロメリアさんは手をひらひら振って去っていった。なんだったんだあの人……。

 

 色々もやもやしたままみんなのところに戻ると、単純に喜んでくれている日葵、笑って出迎えてくれた春乃、面白くなさそうに白けている千里と光莉がいた。

 

「恭弥すごいすごい! やっぱり頭いいんだね!」

「結構知ってる問題ばっかだったからな。まぁ??? 知ってなくても??? 解けてたと思うけど???」

「素直に頷いときゃええのに」

「素直っちゃ素直だけどね。それにしても面白くない。恭弥がビリビリして死ぬのを期待してたのに」

「ほんとよね。期待を裏切られてショックだわ」

「お前らは俺が死ぬのを期待してたのか? そっちのがショックだわ」

 

 俺とロメリアさん以外死にかけてるけど。最後運営の標的が俺とロメリアさんになったからビリビリ喰らわなくて済んだけど、あれ以上続けてたらマジで危なかった気がする。あのビリビリ、コメディの住人じゃなきゃ耐えられない出力だっただろ。俺か光莉か千里にしか耐えられない。

 

「というか何よあの運営。2チームがとびぬけたら面白くないからっていうのはわかるけど、何も全チーム同じポイントにしなくてもいいじゃない」

「でも次は絶対勝てるし、その次も絶対勝てるし、問題ねぇだろ」

「またポイント調整入らんかったらええけどなぁ」

「流石にそんなにやっちゃったらクレームの嵐だろうから、ポイント調整は最初だけじゃない?」

 

 どうかなぁ。あの運営かなりのバカっぽいし、平気で『なんか気に入らないので今回の優勝者はなしとします!』って言いそうだ。もうそこまできたら面白いから許してあげようと思う。正直ペアチケットは使い道に困るし、それでもいい気がしてるしな。楽しむ場を設けてくれただけありがたいって思うことにしよう。

 

「次の競技は殺し合いだっけ?」

「えぇ。待っててね日葵。かならず敵の首を献上するわ」

「武士か。日葵好きすぎて武士の忠誠の誓い方してるやん」

「喜ぶかと思って……」

「どういう見積もりしてんだよ」

 

 首で喜ぶ現役女子高生がこの世のどこに存在するんだ? 流石の俺でも日葵がそれで喜んだら引く……うん、引く……かも、しれない。断定はできない。もしかしたら「え!? 首で喜んでくれるの!?」って狩りを始めるかもしれない。

 

 日葵が普通の子でよかった……。

 

『さて、少し休憩を挟んで第二競技へ参りましょう!』

『できればみなさん4番チームと5番チームを狙ってくださいね!』

「光莉」

「潰す」

 

 濡れた。



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第121話 侍ビーチ

 スポンジ製の刀を持ち、運営のお姉さんが私の頭と両腕、両脚にバルーンを取り付ける。「お胸にバルーンあるので二つ余計ですかね?」と言ってきたお姉さんに対し、「あれ、女性はみんなバルーンがあるものだと思ってたんですけど、お姉さんにはないんですね」とかましてやると、両脚のバルーンが奪われてしまった。やっちゃった。

 

 不公平だ! と騒ぎそうなうちのチームのクズは、「光莉なら大丈夫だろ」と安心してあくびをしている。……あれは安心しているのかただ興味がないだけなのか、返答によってはあいつの下半身についている小さなバルーンを潰したいと思う。

 

 チャンバラのステージはロープで区切られた砂浜の一部らしく、全チーム同時に対戦を行う混戦。全8チーム参加してるから、誰かを狙っている隙に殺す……バルーンを割ることも可能。私なら正面からぶちのめせるけどね。

 気になるのはクイズ大会に参加していた金髪のオカマさんがまた参加していること。運営が何も言わないってことはありなんでしょうけど、そのオカマさんが私をじっと見ているのがとてつもなく気になる。オカマだけど好きになるのはやっぱり女の子なの? それともどっちもいけるの? どっちにしろあの人だけには近寄らないようにしよう。

 

「こんにちはお嬢ちゃん。私はロメリア」

 

 向こうからきちゃったよ……。流石の私でも話しかけられて無視するなんていう教育は受けてきていないので、素直に返事することにすることにした。

 

「こんにちはロメリアさん。私は朝日光莉」

「光莉ちゃんね。ごめんね? 急に話しかけて。実は私、恭弥ちゃんにすっごく興味があってね」

 

 心の中で恭弥に敬礼。あんたは今日海にくるべきじゃなかったのよ。まさか私たちだけじゃなくてオカマさんにも好かれるなんて。でもオカマさんっていい男を見る目があるイメージあるし、これは恭弥がいい男だっていう証明にならない? ならない。だって恭弥はいい男じゃないから。

 なぜだかスポンジ製の刀を持つ姿が様になっているロメリアさんは、恭弥にウインクを一つかまし、凍り付く恭弥を見て微笑んでからまた私に目を向けた。

 

「一目見てビビビビビビビビビビビ! ってきたの」

「ビが多くないですか」

「それくらい衝撃的だったってことよ。私、あの子が欲しくてたまらなくなっちゃった」

 

 舌なめずり。これはあっちの意味で欲しくなったってことでいいのかしら。だとしたら恭弥が不憫でならない。ロメリアさんに頂かれる前に、私が恭弥の初めてを頂いてあげてもいいかもしれないって思うくらいには不憫だ。ん? いや、この作戦でいける? 「ロメリアさんが恭弥の初めてを狙ってたわよ。だから先に卒業させてあげる」って言えばいける? 完璧すぎる。ちょうど次は私と恭弥は競技に参加しないし、その間にやってしまおう。ふふふふふ。

 

「それでね、光莉ちゃん」

「あ、ごちそうさま」

「なにが?」

「こっちの話です」

 

 スポンジ製の刀で頭を叩いて正気を取り戻す。頭のバルーンが割れたけど、私からすれば大したことじゃない。なんかチームの人間から「バカじゃねぇのあいつ」って声が聞こえたのは気のせいだろうか。もし気のせいじゃなかったら大したことだからぶっ殺そうと思う。

 ロメリアさんは「あらあら、仕方ないわね」と言って自分の頭のバルーンを私にくれた。めちゃくちゃいい人じゃないこの人。

 

「本題なんだけど。あたしたち組まない? 正直、この中じゃ光莉ちゃん以外とじゃ楽しめそうにないから、早めに周りを片付けたいの」

「それ私が受け入れて、ロメリアさんに不意打ちする可能性あるじゃないですか。やめた方がいいですよ」

「お互い不意打ちする可能性があるから一緒よ。それに、光莉ちゃんならあたし以外は警戒する必要ないでしょうし」

 

 言われて、周りを見てみる。確かに、強そうなオーラが出ているのはロメリアさんくらいだ。なによオーラって。私いつからそんなの見えるようになったの? まぁ私くらいの天才になると見えるのも無理はないわね。

 

「それにしても、恭弥ちゃんってモテるのね。女の子三人からなんて、すっごく魅力的なコなんでしょうね」

「……わかるんですか?」

「私、『愛』にはビンカンなの。同じく『恋』にもビンカンよ」

 

 言って、ウインクを一つ。ロメリアさんただものじゃなさそうだけど、何者なんだろう。恭弥に興味があるとか言ってたし……。

 考えられるのは二通り。本当にただ恭弥が気になってるだけか、恭弥のことを知っていたか。後者なら多分恭弥のご両親の知り合いでしょうね。あのご両親ならロメリアさんみたいに強烈な人が知り合いでもおかしくないし。

 

「それじゃ、よろしくね。楽しみましょ」

「はい。お願いします」

 

 それだけ言ってロメリアさんは離れていった。ロメリアさんの言っていたことを信じるなら、ロメリアさん以外をぶちのめせばいい。1分もかからないと思う。いちいちバルーンを狙わなきゃいけないのがめんどくさいけど。

 

 軽いストレッチをして準備運動。運動する前にストレッチしておかないと体に悪い。男どもがストレッチしている私の体を見てくるのが鬱陶しいが、どうせ修羅の私を見れば目を逸らすだろうから気にしないでおこう。

 

「ねーお姉さん。超やる気じゃん? 女の子なのにすごいんだね。ね、よかったら俺が守ってあげようか?」

「結構です」

「えー? もしかして剣道とかやってんの? だから自信ありますみたいな?」

「やってないです」

「じゃあ俺が守ってあげる! その代わりさ、これ終わったら一緒に遊ばね?」

『さて、そろそろ始めたいと思います! 明らかな暴力はナシ! 制限時間は10分間! 残っていたバルーンがそのままポイントになります!』

『それではスタート!!』

 

 音が一つ。耳がいい人なら、あるいは目がいい人ならそれは一つじゃなかったっていうことがわかったかもしれない。恭弥や春乃、ロメリアさんなんかはそうだろう。パン、という弾ける音。それが私に声をかけてきたうざい男の頭と四肢から放たれて、少し遅れて男が尻もちをつく情けない音がひっそり落ちた。

 

「あんたが私についてこれるとは思えないわね」

『え、抱いてほしい……』

『カッコいいー!! 開始と同時に、5番チームが2番チームを瞬殺!』

「いいぞ光莉ー!!」

「光莉カッコいいー!!」

「ただの怪力バカやと思っとった」

「あれね。衝撃波で全部割ってるから怪力バカだよ」

 

 違うわよ。ちゃんと全部打って割ったわ。ちょっと脳が揺れるかもしれないくらい力込めた気もするけど、クソ野郎がクソみたいなことしてきてたからお相子だ。普通に暴力振るってもよかったかもしれない。

 

 さて、ロメリアさんが本当に他の人たちを倒してくれてたら何もしないのは申し訳ないから、次の人も殺……倒そうかな。

 

『あれ? 今瞬間移動しました?』

『瞬間移動したかと思ったら一瞬で7番チームのバルーンを全部割りましたね……』

「あいつ週刊少年ジャンプ新連載か?」

「ビーチ侍?」

「侍ビーチのが語感ええと思うんやけど」

「光莉って少年漫画似合うよねー」

 

 乙女に少年漫画が似合うはちょっと複雑な気もする。ただ日葵が言うんだから間違いないだろう。私は少年漫画が似合う女。それに少年漫画が似合うってことは活発で可愛くてカッコいいってことだろう。あれ? もしかして日葵、私に惚れてる?

 ふふふ。もうちょっとカッコいい所見せちゃおっかな?

 

『おーっと! ここで4番チームを囲んでいた1番チーム、3番チーム、6番チーム8番チームを吹き荒れる砂塵とともに瞬殺ー!!』

『あれどうやったんですかね……ちょっと現実に少年漫画の主人公が二人ほど紛れ込んでるみたいですね』

「恭弥。あのオカマさん何者?」

「知らねぇよ。でもなんかとんでもない人だってことはわかる」

「綺麗でカッコええ人やなぁ」

「なんか恭弥のことすごく見てる気がする……」

 

 今日も日葵の恭弥大好きレーダーは絶好調らしい。日葵は恭弥のことを狙う人を察知することができる。思えば、私が恭弥のこと好きなんじゃないかって何度も疑ってきたのもそのレーダーが働いていたからだろう。そのレーダーに千里が引っかかっているのが一番ヤバい気がするっていうのはあんまり触れない方がいいかもしれない。

 

「さ、これで二人きりになれたわね」

「予想はしてたんですけど、ロメリアさんめちゃくちゃ強いですね」

「光莉ちゃんもすっごく強くて驚いちゃった。あたしたち、いいお友だちになれそうね」

 

 なんでこんな強キャラ臭がものすごいんだろう。オカマってだけで強キャラみたいなものなのに、立ち振る舞いも見た目も完璧に強キャラ。というか実際に頭いいみたいだし四人一気に倒してたし、私と同じく生まれてくる世界を間違えちゃった人かもしれない。それは恭弥も千里も一緒だけど。

 

「それじゃ、やりあいましょ。あたしが勝ったら恭弥ちゃんをもらっていくわ」

「ぶっ殺してやるわ」

「あらやだ過激」

 

 私とロメリアさんのスポンジ製の刀がぶつかり合い、大気が震え、雲が割れた。ビーチに雨が降り注ぎ、私たちを中心に暴風が巻き起こる。

 それは流石に嘘だけど、とんでもないことに変わりはない。常人では目で追えない速度で刀をぶつけ合い、相手の目の動き、足の動き、筋肉の動きを見ながら相手の動きを予測して刀を合わせていく。お互いが未来を見ているかのような動きで、まるで二人だけ数秒先にいるかのような感覚に陥った。

 

「あれ覇気ってやつじゃねぇの?」

「朝日さん、素質あると思ってたんだよね」

「ほんまに少年漫画やん」

「すごー……」

 

 何度目かの打ち合いで、お互いが同時に距離をとる。恭弥とは常に以心伝心だけど、どうやらロメリアさんとなら戦いの時だけ以心伝心になれるらしい。お互いが常に戦いの最適解を弾き出し続けるから。

 

「これじゃあ」

「決着つきませんね」

 

 ロメリアさんが言うであろうことを先に言うと、ロメリアさんは嬉しそうに微笑んだ。

 そして、ロメリアさんは自分のバルーンを残り一つになるまで割った。残っているのは、左腕についているバルーン一つのみ。それを見て私も自分の左腕以外のバルーンをすべて割って、ロメリアさんと同じように微笑んだ。

 

「嬉しいわ光莉ちゃん」

「私も嬉しいです。やっと、本気を出せる人に会えた」

「あいつ、あんなこと言ってるけど毎日全力で俺たちを殺してるんだぜ」

「閃いた。ロメリアさんにうちの教師になってもらえば、僕らが殺される前に朝日さんとロメリアさんが戦って満足してくれるんじゃない?」

「まず光莉に殺されへんようにしようや」

「多分光莉のことだから難癖付けてお仕置きしにくると思うよー」

 

 日葵が私のことをクソ野郎だと言った気がしたけど、そんなことはないはず。それに、今はそれよりもロメリアさんとの戦いを楽しもう。

 

 足に力を入れる。膝を畳んで、ロメリアさんとの距離を詰めるためのばねを縮めた。

 

 そして、私とロメリアさんの影が交差した。



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第122話 参加メンバー

 なんかすごいものを見たような気がした。力と力、技と技のぶつかり合い。まるで光莉とロメリアさんが世界の中心にいるかのような感覚。いつも殺されてるから強い強いとは思っていたが、あんな少年漫画の主人公みたいな動きするとは思ってなかった。ロメリアさんもロメリアさんだし。なんなんだあの二人? 化け物じゃね?

 

「悔しい!!」

「惜しかったなぁ」

 

 ほんとに、光莉に勝ってしまったロメリアさんもかなりの化け物だ。光莉は腕を振り下ろすだけで海を割るくらいの力なのに、それを上回る技を持っている。オカマさんは強いって思ってたけどここまで強いとは思っていなかった。

 最後は一瞬だった。光莉とロメリアさんが交差して、悔しそうに光莉が膝をついた瞬間にバルーンが割れる音。ロメリアさんが「楽しかったわよ」という一言を置いて、第二競技はロメリアさんの一人勝ちで幕を閉じた。

 

「自信あったのに! 何あの人! 強すぎでしょ!」

「光莉もすっごく強かったよ? カッコよかった!」

「さぁくよくよしてても仕方ないわ。次いきましょう」

「お前ほど慰めがいのないやつはいないよな」

「慰めてもらった覚えもないわよ」

 

 そりゃ慰めてないし……。

 

 あれだけちゃんと戦って負けたなら、そりゃ悔しさはあるだろうけど清々しさもあると思う。めちゃくちゃ楽しそうな顔してたし。俺たちと一緒にいるときとはまた違う楽しそうな笑顔だった。俺も熱くなっちゃったし。光莉が斧を持って、春乃がレイピアを持って戦うところを想像しちゃったし。絶対似合うよな。光莉なら斧を棒切れみたいに振り回してくれるだろう。一振りで地面を叩き割ったり威圧で吹き飛ばしたり。春乃は華麗に受け流して一突きで仕留める。

 ちなみに日葵は笑顔だけで全員殺せる。日葵の笑顔に勝てる相手なんていない。千里は安全なところから指示を出す。俺は逃げ回ってなんやかんや生き残る。

 

 よし。俺たちがファンタジーな世界に行っても生き延びることができそうだな。

 

「……ちょっと気に入らないわね」

「何が?」

 

 日葵に褒めてもらって大人しくなった光莉が、またむすっとし始めた。その視線の先にはロメリアさんがいて、光莉につられて目が合ってしまいまたウインクされてしまう。本気で狙われてんじゃん俺。

 

「ほら、ロメリアさんが二回連続競技に出てたじゃない? それならこっちも出ちゃっていいんじゃないかなって」

「つっても春乃は絶対必要だし………………千里と日葵はかわいい」

「戦力にならないならならないって言ってくれないか」

「私運動はちょっとできるもん!」

「夏野さん。恭弥と朝日さんと岸さんと比べて、まだ自分の方が上だと言える自信があるならどうぞ言っていいよ」

「応援してるね!」

「なんか申し訳ねぇな……」

 

 確かに運動能力だけで言ったら俺と光莉と春乃だろうが、せっかくだし千里と日葵も楽しんでもらいたい。勝ちに行くっていうよりは楽しむことを目的にしたいし……光莉がロメリアさんと戦って少し熱くなってるから、ここは冷静になってもらえるよう説得しよう。

 

「光莉。どうせペアチケット貰っても仕方ねぇから、みんなで楽しむってのが一番じゃね?」

「何が仕方ないのよ。ペアチケット貰ったら私と日葵が頂くから何も仕方なくないわ」

「なんか頑張る気なくすわ」

「ついてきたかったら自腹でついてきてもいいわよ」

「行きたいけど、みんなを置いていくくらいなら行かなくてもいいかなぁ」

「なんかやる気なくなってきたわね。恭弥、千里。適当に死んできなさい」

「やる気とともに俺たちの命まで失おうとするな」

 

 本当に現金なやつだなこいつは。何か報酬がないと頑張れないのか? 悲しいやつめ。せっかく楽しもうとしてるのに台無しじゃねぇか。

 ただ、ペアチケットどうこうは抜きにして、どうせやるなら勝ちたいっていうのもまぁわかる。今のところロメリアさんとは一敗一分けだし、ここで勝っておかなきゃ負け越しで終わりだ。俺は負けてないけどね???

 

「ん-、ほなどうしよか。なんとなくなんやけど、光莉より千里のがええ気するねんな」

「は? 私がメスに負けるとでも思うの?」

「や、ほら。使うのって水鉄砲やん? 光莉って近接武器ならめっちゃ強いやろうけど、なんか遠距離になると途端にあかんようなる気すんねん」

 

 わかる。力にものを言わせたパワーオブパワーなら最強だけど、銃とかだと全部外してそう。最終的には「殴った方が早いわ」って銃で殴ってそうだし。しかも多分光莉の場合本当にそっちの方が強いしな。

 その点、千里は運動能力がずば抜けて高くなくても頭が回るし、何よりサポートが人一倍うまい。そして人の嫌がることをすることもうまい。チーム戦なら絶対仲間にほしい人材ではある。

 

「水鉄砲だとしてもそれで殴れば勝ちでしょ。バカね」

「パワーバカがいますね」

「開幕と同時にあんたにパワーを見せつけてやるわ」

「光莉。私と一緒に応援しよ?」

「はぁい!」

 

 両手を上げてにこにこする光莉がちょっと可愛かったので千里を殴って正気を取り戻し、いきなり殴られて困惑する千里に「綺麗だよ」と言って怖がらせることで『殴られた』という事実を頭から吹き飛ばしてやった。痛みと困惑を恐怖で上書きすることなんて、俺にとっちゃ造作もないことだ。

 

 なにはともあれ、うちのチームの出場者は決まった。俺、千里、春乃。俺と春乃が相手を蹴散らす役で、千里がゲームメイカー。俺と春乃がやられない限り倒されることはない最強の布陣。

 

「そういや水鉄砲って小学生以来触ってねぇな」

「あ、懐かしい! よく薫ちゃんも一緒に遊んでたよね」

「懐かしいわね」

「おい。日葵と一緒にいたいがあまり記憶に割り込んでくるな」

 

 俺と日葵の記憶に侵入してきた無礼者を蹴りだして、ゆっくり思い出に浸る。

 

 小学生の頃。すでに『俺』として完成されていた俺は、当時から頭が回って運動もできて、神童と呼ばれることを期待していた。実際は呼ばれていなかった。

 薫もやはり俺と同じ遺伝子だからか、頭もいいし運動もできる。だからなのか、水鉄砲を先に三回当てられた方の負け! というルールで遊んでも、俺か薫が勝つだけで日葵が勝ったことは一度もなかった。流石にダメだろうと思って俺と薫が同時に気を遣い、兄妹の戦いが勃発しても「仲間外れにしないでー!」ってへそ曲げてたな。可愛すぎる。俺の妻になってほしい。

 

 そんなことを思い出してたら、なんとなくまたあの三人で競技に参加してみたくなった。薫はそもそもチームにいないから無理だけど。惜しいことしたなぁ。千里なんか放っておいて、薫をチームに入れればよかった。千里と薫の頭の回転はどっこいどっこいどころか薫の方が頭回るだろうし。ちょっと天然だけど。

 

『さーて! 休憩時間は終わり、いよいよ最後の競技! 水鉄砲デスマッチは、トーナメント形式で行います!』

『こちらをご覧ください!』

 

 今からでもどうにかして千里を追い出せないかと頭を悩ませていると、第三競技の説明が始まった。ステージにお兄さんとお姉さんがあがっていて、注目が集まったと同時にお兄さんがパネルを取り出す。

 

 そこにはトーナメント表が書かれていた。俺が、俺たちが気になったのは4番チームのみ。順当にいけば決勝で当たる。というか順当にいくだろう。だから決勝までの戦いは全部スキップでもいい。どうせ勝つ戦いなんてみんなみたくないだろうし。

 

「トーナメント形式やったら人の交代もありなんかな?」

「確かに」

『なお、一戦ごとに参加するメンバーを変更してもいいですよ! ただし、ルールがあります!』

『このデスマッチでは、ゼッケンに向かって水鉄砲を撃ちます! ゼッケンは水に濡れるとスケスケになるので、それが死亡判定! 死亡したメンバーは、もうデスマッチに参加することはできません!』

「つまり、初戦で二人やられたら同じチーム内から参加してなかった二人と元々参加してた一人で次の試合に出れるけど、そこで二人やられたらもう一人で決勝行くしかない、みたいな状況になるってことか」

 

 つかスケスケって。運営がそんなこと言ったせいで光莉が「日葵。一番最初の試合一緒に行きましょう」って言ってるし。あれ絶対日葵のゼッケンを濡らすつもりだろ。もしかしたら開幕と同時に光莉が日葵を撃つかもしれない。そうなったら流石の日葵も怒るだろうから、日葵と光莉を一緒にしたらだめだ。光莉だけ『日葵を濡らすゲーム』っていう一人だけ違うゲームし始めそうだし。

 

『もちろんですが、元々参加していた三人がやられちゃったから、見ていた二人が途中参加みたいなことはなしです! 三人やられちゃったらそこで負け! これ覚えておいてくださいね!』

「光莉は不参加だな」

「水鉄砲握って殴りかかって不正行為って言われたらしょうもないもんな」

「なによ。ダメって言うの?」

 

 ダメでしょ。不満そうな光莉をよそに、ロメリアさんのチームの戦いが始まった。もうロメリアさんチームの勝ちで終わった。

 

 ……何があったの?



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第123話 バカの戦

『さぁ第四試合! クイズ大会では全問正解、デスマッチでは見事バトル漫画のような立ち回りを見せた5番チームと、一切いいところのない2番チーム!』

『そもそも4番チームと5番チーム以外いいところないですけどね!』

「さて、乳だけデカい役立たずが参加してるのはなんでだろうな」

「本命メンバーの温存作戦よ。話聞いてなかったの?」

「だからってザコと一緒にやるのもなぁ」

「ごめんね? 私も力不足だと思ったんだけど……」

「日葵はザコじゃないよー! チッ、光莉のせいで日葵がちょっと傷ついちまったじゃねぇか。死んで詫びろ」

「何? 私のせいで日葵が? 死んで詫びるわ」

「わー! 待って!」

 

 一回戦第四試合。つまり俺たちの出番。ベストメンバーである千里と春乃は今までの競技に参加してなかったから、一回戦から見せる事ないだろうということで俺、日葵、光莉の三人で挑むことになっている。

 正直、嫌な予感しかしない。日葵は俺や春乃までとは行かないけど運動神経いいしそこそこ戦えるだろうが、乳デカマウンテンゴリラは違う。何かやらかす気がしてならない。もし日葵がやられようもんなら水鉄砲で殴打して相手を殺すまである。

 

 俺がやらなきゃいけないのは日葵を守りながら相手を蹴散らすこと。光莉は自分の身は自分で守れるだろうし。というより光莉よりも光莉に殺されるかもしれない相手を守る戦いだ。

 

「そういえば2番チームってあのチャラい集団じゃない? 白い壁あるから見えなくて助かったわ。あんなの直視したらゲボ風呂に浸かるのと一緒だもの」

「光莉きたない」

「さっき恭弥にゲボ風呂って言わないと犯すぞって言われたの。信じて」

「じゃあ言わないでしょ」

「流石に『ゲボ風呂って言え!!』って言いながら犯されたくないわよ」

「俺の性癖をなんだと思ってんだ」

 

 えっちなことしてる時に「ゲボ風呂って言え!!」って言うのもおかしいし、そもそもゲボ風呂って言わないと犯すっていうのもおかしいし。なんでそれを言うことを強制するんだよ。どうせならもっといやらしいこと言ってもらうわ。

 ……いや、こいつ自ら嬌声あげるくらいだから言ってもらわなくても大丈夫か。「おっぱい揉む?」くらいは平気で言ってくるし。なんだこいつ。男子高校生の夢かよ。おっぱいデカくてえっちな発言いっぱいしてくるパーソナルスペース狭い女の子? 結婚してくれ。

 

『さて、準備はよろしいでしょうか!』

『みなさんに支給されるのはライフルとピストル! うまく組み合わせて戦ってください!』

「ライフルのが殴りやすそうね」

「相手のゼッケン濡らせば勝ちなんだからピストルだろ。ライフルは機動力が落ちる」

「私もピストルかなぁ。重いものもって移動するの疲れそうだし」

『よーい、スタート!』

 

 ルールは簡単。白い板で仕切られた砂浜上のステージで戦う。ゼッケンを濡らされればアウトなのがミソで、例えば顔を濡らされてもアウトにならないし、ゼッケン以外ならどこを濡らされてもいい。だから板から顔だけだして、相手を狙うってのもいい。

 

「さ、行くわよ恭弥」

「はいよ。日葵は後ろからついてきてくれ」

「え?」

 

 困惑する日葵を連れて、俺と光莉は左右に散開する。日葵は言った通り俺についてきてくれているが、何をすればいいのかわからないって表情だ。日葵が何かする必要もなく終わらせるのが俺たちの作戦……作戦というより、以心伝心に任せた強行なんだけども。

 

 いくら砂浜の上と言っても、走れば多少は音が聞こえる。つまり俺たちの位置は相手に筒抜け。待ち伏せされて水鉄砲で一撃、みたいなこともありえるだろう。ただ、こっちはこっちで相手のいる場所が大体把握できる。スタートと同時に走り出して、相手が走ってきてるから待伏せしようってなったなら、相手はスタート位置からほとんど動いていないはずだ。あとはもう反射神経の勝負。見つけた瞬間ぶっ放す。

 

「一」

「二ィ!!」

「うわっ、どっから出てきやがったんだ!?」

「うわっ、どっから出て、おっぱいでかっ!?」

 

 前方の板の向こうに気配を感じて、瞬時に加速して気配の方に一発。チャラい男のゼッケンが濡れ、向こうの方でも光莉がチャラ男を倒していた。なんか殴った音も聞こえた気がするけど気のせいだろう。っていうかあいつ、ライフル持ちながら俺と同じ速度で相手倒してんの? もしかして戦場で生まれた方ですか?

 

『予想通りと言えば予想通り! これで2番チームは残り一人です!』

『チャンバラで少年漫画ぶりの活躍を見せた化け物と、クイズを一瞬で正解していった化け物のツートップ! これは下半身にしか脳がついていない猿もたまりません!』

 

 俺たちのことを化け物って言ったり、チャラ男のことを下半身にしか脳がついていない猿って言ったり口ワリィなあのお姉さん。どっちも合ってるから文句言いづらいし。まだ俺たちは化け物じゃないって小さい声で言えるくらいだ。俺たちは化け物っていうか、その、なんだろう。やっぱり化け物じゃないのは俺だけで、光莉は化け物だ。だっておかしいもんあの戦闘力。地球代表かよ。

 

 二人を蹴散らした後は、一旦合流する。勢いで行ってもいいが、せっかくなら遊びたいし。それに、勢いだけでいくと万が一がある。ここは安全確実に、三人で仕留めるべきだ。

 

「さて、どうするか」

「もう勝ちは決まったようなものよね。多分あそこの角の板の裏にいるし」

「やっぱあそこか。光莉が言うなら間違いねぇな」

「二人ともなんでわかるの……?」

「「勘」」

 

 と、俺がチャラ男倒した時にチャラ男が一瞬見てた方向がそっちだったから。まったく、知能が足りねぇバカは狩りやすいから助かるぜ。今なんか最終的に負ける敵キャラみたいなこと考えちゃったけどノーカンで。その場合ロメリアさんが主人公になっちゃうから。誰が見たいんだよロメリアさんが主人公の物語。ちょっと面白そうじゃねぇか。

 

「でも角って外側から回り込めないのよね」

「一番外に設置されてる板の外側には出られないからな」

「じゃあ正面から行くしかないってこと?」

「その上相手もくる方向を一点に絞れるからめんどくさい」

「ふーん」

 

 光莉が鼻歌を歌いながら、チャラ男がいるであろう板の方へ歩いて行く。そして腰を落とすと、弓を引くように腕を引き絞り始めた。慌ててその光莉の腕をとって、板を壊そうとしているバカの暴挙を必死で止める。

 

「お前何壊そうとしてんの?」

「板を壊しちゃダメって言われなかったから」

「お前は机を破壊しちゃいけませんよって学校で習ったのか? 習わなかっただろ? それを常識って言うんだよ」

「常識の範疇に収まる女、面白いと思う?」

「じゃあ私面白くないんだ……」

「日葵は結構常識の範疇にいないわよ」

 

 同意しかけたところを寸でで踏みとどまり、「日葵は常識人だぞ」とフォローを入れておく。脳内まっピンクだったりド天然だったりそこからくる暴走があったりと俺たちと一緒にいたせいか非常識行動が目立つが、まだ日葵は常識の範疇だ。比較対象が俺たちだからってわけじゃ決してない。決して。

 

「板壊しちゃダメならどうするのよ」

「俺に考えがある」

「なになに?」

 

 可愛らしく首を傾げる日葵にノックアウトされながら、光莉の屍を踏み越えてチャラ男の正面に出る。あまりにも自然に出てきたからか、チャラ男はぽかんとした表情を一瞬浮かべ、その間に一発ゼッケンに向かって発砲。あっけなく勝利。

 

「ほんとは考えなんてない」

『決着! 5番チームの勝利!!』

『最後のはなんだったんですかね。チャラ男も警戒してたはずなんですが』

 

 簡単な話。2番チームのメンバーを確認していた俺は、残りの一人が一度俺と光莉と千里が蹴散らした男だってわかってたからだ。あの日葵と薫とゆりちゃんをナンパしてたやつ。あの時の恐怖からか、俺と目が合った瞬間めっちゃ固まってたし。いや、あの時はひどいことをしたもんだ。

 

「私何もしてない……」

「日葵はいてくれるだけでいいのよー! ちゅっちゅっ」

「ちゅっちゅって言いながら舌出してんじゃねぇよ淫乱女。ねぶり回してやろうか?」

「あんたって私に対するセクハラに躊躇ないわよね」

「光莉は私に対するセクハラに躊躇ないよね」

「恭弥。私の愛はセクハラって思われてたみたい」

「犯罪者ってよくそういう思い込みするよな」

 

 ストーカー行為を愛って言ったりさ。恐ろしいぜ。一回危なそうな大人が千里をストーカーしてたことを思い出す。気にしないようにしてたけどある時からデカい車でついてくるようになったから、流石に危ないと思ってそいつの前で千里を抱きしめて、激昂して降りてきたところをぶちしばいて一件落着。思い込みの激しいやつは怖いぜほんと。

 

 ……俺、千里の前だとヒーローみたいな大活躍してね? なんで日葵の前でそれができないの?

 

「お疲れー! 心配はしてへんかったけど、流石やな!」

「バカに相応しい強行策だったね。見苦しい」

「俺ちょっとそこの岩陰で千里ブチ犯してくるわ」

「このローション使っていいわよ」

「なんでそんなの持ってるの……?」

「多分日葵と使うためやで。そろそろ親友別の子にした方がええんちゃう?」

「夏野さん。よければ僕を君の親友にしてくれないか。さもないと僕がブチ犯される」

「犯さねぇよ。冗談だ冗談。ハァハァ」

「僕に近寄るな」

 

 数分後。気づいたら俺をめちゃくちゃ警戒する千里が出来上がってしまった。なんでだ? 俺に数分前の記憶がないことは確かなんだけど……。



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第124話 将来の夢

 あの後、二回戦も同じメンバーで戦って普通に勝ち、「もう私と恭弥だけでいいじゃない」と言った瞬間日葵が悲しそうな顔をしたところで『ここでお昼休憩です!』の一言。光莉が弁明できないままお昼休憩に突入した。

 てか今更お昼休憩って、あと一回やるだけだろ? なんでこのタイミングで? どうせお兄さんかお姉さんのどっちか、もしくはどっちもがお腹空いたからとかだろうけど。あの運営自由すぎんだろ。

 

「お疲れ様」

「お疲れ様。みんなカッコよかったわよ」

「姉さん。頼むから弟の前で男を椅子にするのはやめてほしい」

「座り心地いいのに……」

 

 口の先を尖らせて不満気に呟き、聖さんは侍らせていた男どもを解放した。全員が残念そうな顔をしていたのは流石聖さんと言ったところだろう。千里も本気出せばあぁなれるのに。女の子からはモテないけど男からはモテモテだぞ? 喜べよ。

 

「お昼にしよ、お昼! 海の家ってなんかテンション上がるねんなぁ」

「場所と雰囲気で飯なんかいくらでもうまくなるからな」

「そうね。だから消えなさい」

「それはもしかして俺がいたら飯がマズくなるってことか?」

「国語力が高いみたいで安心したわ」

 

 ムカついたので「やーい。お乳ウーマンチッチチチー!!」とバカにしたところまでは覚えている。俺は砂の味を楽しみながら、一人でゆっくりと起き上がった。もしかしたら決勝終わってるんじゃねぇかってくらいの勢いで昏倒させられた気がする。あいつから喧嘩売ってきたくせに理不尽じゃね?

 

 一人は寂しいのであいつらの姿を探す。どうせお昼休憩になって大繁盛している海の家にでも行ってるんだろう。今から行って「やっぱり恭弥がいないとダメみたい」ってみんなに言わせてやる。ふふふ。みんな俺のことが大好きなんだから。

 

「あら、私も大好きよ?」

「ヒェ、ロメリアさん……」

 

 気色悪い想像をしてにやにやしていると、背後からロメリアさんがぬっと現れて肩に腕を回してきた。やだ、すごい筋肉質……。俺が女の子なら思わず筋肉に触れて、上目遣いになって「抱いて」って言ってたところだった。千里なら言っていただろう。よかった、俺にメスの要素がなくて。

 

「置いて行かれちゃったの? 可哀そう。ねぇ、よかったらあたしと一緒にゴハン食べない?」

「そんなこと言って俺を食べちゃう気なんでしょ!」

「ほんとに食べちゃってもいいわよ?」

「許してください」

 

 顔を近づけてきたロメリアさんの拘束から必死の形相で抜け出して土下座をかます。ふっ、俺ほど謝るのが板についている男はいないだろうな。謝ってそれが受け入れられたことはほとんどないんだけど。よく誠意が足りないって言われるし。なんだよ誠意って。そんな見えないもんにこだわってるから人間はくだらないんだよ。

 

 そうじゃない。今はロメリアさんからどう逃げ出すかだ。

 

「ロメリアさん。そういえば俺海の家にあいつら待たしちゃってるんで、もう行きますね! 決勝戦楽しみましょう!」

「ねぇ恭弥ちゃん。将来の夢は何?」

「話聞いてねぇのかクソオカマ野郎。負けてもいいからやってやんぞ?」

「あら。いいの?」

「降伏するのでひどいことはしないでください」

 

 片膝をついて頭を垂れる。降伏宣言は早めにするのが吉だ。変に意地張って張り合って負けて好きにされるより、先に降伏して忠誠を誓った方がひどい目に遭いにくい。「じゃあ将来あたしと一緒に働いてもらおうかしら」って言ってるけどひどい目に遭いにくいはずなんだ。

 

「あたしね。バーのマスターをやりながら何でも屋やってるんだけど、結構有名なのよ? 知ってる?」

「いえ、存じ上げません」

「ホントに忠誠誓ってくれてるのね」

 

 頭を垂れる俺の頭を優しく撫でるロメリアさん。あ、ママ……。

 

 じゃない。何でも屋? そりゃロメリアさんくらいハイスペックならなんでもできるだろうけど、ハイスペックだからこそもっといい職につけそうなのに。頭いいし運動できるし、見た目だっていい。オカマなのがちょっとうーんって感じだけど、今の時代ならほとんどオカマなんて関係ないだろうし。俺もロメリアさんが許してくれるから「うわ、オカマだ!」みたいな反応してるだけで、実際はなんの偏見もない。

 

「何でも屋ですか。儲かってるんですか?」

「それを聞いてくれるってことはちょっと興味示してくれてるってことね。もちろん儲かってるわよ。バーも元々人気だし、何でも屋らしく幅広くなんでもやってるし。でもちょっと人手が欲しくなってきたところでね、あたしに似たコを探してたの」

「……???」

 

 ロメリアさんに似た子? それで俺を勧誘してる? つまり俺はオカマ? あらやだ。薄々そうだと思ってたケド、ホントにそうだったなんて。じゃあ千里に手を出しても問題ないわね。

 

 ふざけるのは少しだけにして、ロメリアさんに似てるっていうのは能力的な話だろう。頭のよさ、運動神経、あと見た目。俺が見る限りロメリアさんは俺よりハイスペックだし、俺たちの誰よりもハイスペックだっていうのは光莉が負けた時点で証明されている。

 

「……いやーでも、やっぱちゃんとした職について親を安心させたいっていうか、や、別にロメリアさんのやってることがちゃんとしてないって言ってるわけじゃないんですよ? だから犯さないでください」

「そんなすぐに犯さないわよ。もっとゆっくり、ね?」

「ゆっくりでもやめてほしいんですけど」

 

 何俺と熱い恋愛を楽しもうとしてんだよ。俺は日葵と恋愛したいの。ロメリアさんと恋愛なんかした日には「織部くんならわかるけど……」って言ってものすごい悲しそうな目で日葵に見られるだろう。俺も千里ならわかるのに……。

 

「それにね。約束もあるし、あたしはあなたにどうしてもきてほしいのよね」

「約束?」

「そ。噂をすればきたわね」

「おーい! 恭弥ー! ロメリアー!」

「久しぶりー!!」

 

 普段家の中で頻繁に聞いている声が、後ろから聞こえてきた。振り向いてみると、俺の両親がなぜかムーンウォークをしながら手拍子で独特のリズムを刻んで近づいてきていた。どうしよう。俺あんな人たちの息子だったの? なるべくしてなってるじゃん。

 というか。

 

「うちの両親と知り合いなんですか?」

「知り合いもなにも、同級生よ?」

「わっっっっっっ」

 

 か!!!!?? ロメリアさんどう見てもいってて20代後半くらいだぞ!? うちの両親も若々しいっちゃ若々しいけど「みえなーい!」って言えるくらいの若々しさだけど、ロメリアさんは若すぎる。ほんとに見えない。「みえなーい!」って言う時は「まぁ言われてみれば……」を内包しているが、ロメリアさんはガチで見えない。なんだこの人。老いに喧嘩を売って勝った方ですか?

 

「いや、悪い! 昨日ちょっとはしゃぎすぎてな。やっぱり妻との子作りセックスはやめられない。あ、恭弥。多分バチボコに仕込めたから弟か妹ができるぞ」

「俺が思春期だったらどう責任とってくれんだクソ親父」

「でも子育ての本に両親の仲がいいといい子に育つって書いてあったわよ?」

「俺がいい子に育ったのは俺自身の功績だ」

「いい子……?」

「ロメリア。確か医者の知り合いいたよな? うちの息子がどうもおかしいんだ」

「遅めの反抗期に入ってやってもいいんだぞコラ」

 

 なんだこの両親。俺は周りから見たらこんな感じに見えてるのか? だとしたらもうちょっと気を付けないと。こんなんで笑ってくれるのはうちの両親とロメリアさんだけだ。地獄の世代かよ。

 

「そうだ、ロメリアさん。結局約束ってなんなんです? 子どもが立派になったらロメリアさんにあげるとか? ハハハ。そんなわけないですよね。そんな子どもをモノみたいに」

「正解!」

「父さん母さん。俺は初めて家庭内暴力を振るおうと思う」

「待て待て。待て待て待て待て」

「今お父さんが必死に言い訳考えてるから待ってあげてね」

 

 ……なんか、認めたくないけど似てるなぁ。俺と父さん。マジでこの人の子なんだな。俺は絶対息子をオカマにあげるなんてことしないけど。父さんも日葵みたいな人と結婚したら暴走も止まっただろうに、なんでこんな自分と似たような人と結婚しちゃったんだろうか。ウザさ二倍じゃん。

 

「ふふ。ちょっと違うけどね。高校生の時、あたしが将来の夢を話したら二人がスッゴク応援してくれるって言ってくれて。『俺たちの息子はめちゃくちゃ優秀だから、息子がいいって言うならぜひ持って行ってくれ!!』って」

「テメェらが手伝えやゴミども」

「おい!! 某に向かってゴミとはなんだ!」

「あちきにゴミとはひどいでありんすインシャンプー」

「ロメリアさん。今日から俺の親になってくれませんか?」

「高校の時よりずいぶんひどくなってるわね……」

 

 あのロメリアさんが引いてる。包容力めっちゃありそうで撫でられた瞬間「ママ……」ってなったくらいなのに。どんだけとんでもないんだうちの両親。

 しかし、納得いかない。確かにロメリアさんのところにいけば将来安泰は間違いないんだろうが、誰かに敷かれたレールの上を走るのは随分気持ちがいいだろうな。だって将来の心配しなくていいんだから。

 

「んじゃあ大学入ったらバイト感覚でお邪魔します」

「オッケー! よかったお友だちも連れてきていいわよ。光莉ちゃんとか特に大歓迎!」

「危ねぇ仕事あるなら却下です」

「……イイ男」

 

 脱兎のごとく逃げ出し、海の家へダイブした。ダイブした先に千里がいて絡み合ってしまったが、「安心するー!」と叫んだ瞬間俺の居場所はなくなった。違うじゃん。種類の違うメスがあんなに怖いとは思わなかったって話じゃん。



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番外編 親友たちのファーストコンタクト

遅くなりすぎて本筋書ける気しなかったので、番外編でお茶を濁します。
更に短めでお茶を濁しに濁します。


「お前女の子みたいだな。ウケる」

「は?」

 

 僕の高校生活は最悪な形でスタートした。自己紹介で「氷室恭弥です。座右の銘は勇往邁進。好きな四字熟語は縦横無尽。好きなことわざは井の中の蛙大海を知らず。一花咲かすか基礎から学ぶか急がば回るか泣かすか笑かすか。今韻踏みました。あ、間違えました。妹が大切です。よろしくお願いします」とどこから間違えていたのかもわからないし意味不明すぎてもはや名前すら間違えてるんじゃないかって疑わしくなる氷室くん(暫定)のデリカシーのない一言によって。

 

 確かに僕は女顔だ。とてつもなく女顔だ。特殊能力を持った人じゃ無ければ、私服を着た僕を見れば100%女の子だって間違えるくらい女顔だ。だからって初対面なのに正面切って「女の子みたいだな。ウケる」はなくない? こんな女顔コンプレックスに決まってるだろ。

 

「いや、悪い意味じゃないんだ。ただ面白いなと思って」

「やってやろうか」

「え? いいんですか?」

「君とは二度と口を利かない」

 

 やってやろうかをセックスと勘違いするやつとは話もしたくない。自己紹介がまともじゃなかったから嫌な予感はしてたんだ。やっぱりまともじゃない。まともオブまともで可愛い夏野さんを見習うといい。爪の垢どころか体中舐めまわせばいいんだ。

 

「待て、言い方が悪かったのか? あなた様は女の子のようで大変おかしく思います? あんたは女の子みたいでめっちゃおもろいおもてます? 思わせてもろてます?」

「……」

「そうか。二度と口を利かないんだったな」

 

 そうだ。だからどっかいけ。どっか……なんで机の上に乗ってるの? なんで僕に向かってM字開脚してるの?

 

「これならどうだ?」

「本当に義務教育終えたの? 人とのかかわりが絶望的に下手くそな自覚ある?」

「いや、俺ちゃんとした友だちいたことねぇからわかんねぇんだよ」

「だろうね」

「は? だろうね? そんな失礼なこと言ってくるやつは友だちになってもらうしかない」

「やだよ。僕じゃなくてもいいでしょ」

「いやだ!! 俺は織部と友だちになるんだい!!」

 

 僕と友だちになりたいならどうかM字開脚をやめてほしい。君のせいでめちゃくちゃ注目されてるんだけど。元々女顔だから目立つのに、無駄に顔のいい氷室くん(暫定)が僕の目の前でM字開脚してるせいで余計注目が集まってる。

 これ以上は耐えられない。僕は氷室くん(暫定)を置いて席を立った。

 

「とにかく、もう話しかけないでね」

「あ、おい待て、俺M字開脚してるから動けねぇんだよ!」

 

 じゃあやめろや。

 

 

 

 

 

 激カワマブマブプリティエンジェルを見つけた。私は今日から勝ち組だ!!

 

「こんにちは! 私は朝日光莉。あなたのお名前は?」

「わ。こんにちは! 夏野日葵って言います。よろしくね!」

 

 夏野日葵。夏野日葵。夏野日葵。三回言ったら願い事が叶いそうなくらい尊くて可愛くて美しい名前だ。きっと偉い人に「夏野日葵です」って自己紹介したら「何!? 国民栄誉賞です!』と言って国民栄誉賞をもらえることだろう。

 なんなのこの可愛い生き物? ほんとに同じ人間? いや天使。夏野さんは天使。だから私と同じ人間じゃない。いや、神? こんなに可愛い子が天使なんていう枠で収まるわけがない。こんにちは神様。私たちを作り出したのはあなただったんですね。

 

「ごめんね。可愛いなーって思ったから話しかけちゃった」

「可愛いなんてそんなそんな……。朝日さんの方が可愛いよ! 私も可愛いなーって思ってたし」

 

 夏野さんから可愛いと言われた衝撃でその場に倒れこむ。視界の端に映ったイケメンが「わかるわかる」と頷いているのが気になるけど、「朝日さん!?」と慌てている夏野さんを安心させる方が先だ。首はね起きをして立ち上がり、「大丈夫よ!」と笑顔を見せる。これで安心してくれるだろう。

 

「恭弥みたい」

「恭弥?????????????」

 

 今夏野さんの口から男の名前っぽいのが出なかったか? 気のせい? 私の気のせい? はっ、もしかしてあの「わかるわかる」って頷いてたイケメン? そうに違いない。光莉ちゃんレーダーがビビビビビビビ。光莉ちゃんレーダーは夏野さんに関することならなんでもわかるのである。

 

「や、ち、違うの! えと、その、今のは……聞かなかったことにしてください……」

「じゃあお友だちになりましょう! うふふ! 恋バナ楽しいね!」

「ひぃ」

 

 今脅えた気がするけど気のせいよね???




めちゃみじかくてすみまセンター返し。


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第125話 誰が旅行に行きましょう

「なるほど。千里とセックスしたかったわけじゃなくて、ロメリアさんがご両親の同級生だっただけなのね」

「へぇ。千里とセックスしたかったのは驚かなかったけど、恭弥くんのご両親とあのオネエさんが同級生だなんて驚きね」

「聖さん。あなたの弟が男に狙われてる状況は絶対に驚くべきですよ」

「薫ちゃん。君の後ろに隠れさせて」

「水着はぎ取ってくるから嫌」

「織部くんそんなことするんだ」

「誤解だ!!」

 

 海の家にダイブして、千里とくんずほぐれつした後。なんとか誤解が解けて、俺はちゃっかり薫の隣に座っていた千里を邪魔するように間に割って入ろうとして、「いや、旅行先ぐらい一緒にいさせてやるか」と思い間に割って入った。気遣いなんてねぇよムカつくんだよバーカ。

 いやしかし、ほんとに驚きだ。なんか妙に俺を狙ってくるなって思ってたらまさか両親の同級生だとは。どうせなら日葵の両親と同級生で、「お互いの子どもを結婚させよう!」みたいな約束してくれてたらよかったのに。

 

「……兄貴。大学に入ったらあの人のとこいくの?」

「ん? まぁ悪い人じゃなさそうだし、金の匂いするしいいかなーって」

「千里ちゃん。兄貴が千里ちゃんより先にメスになっちゃう」

「僕がメスになる予定があるみたいな言い方をするのはやめてくれないか」

「もうメスやしな」

「一番ヤれそうだから男にめっちゃ見られてるし」

 

 俺がそう言った瞬間、千里が俺の方にすり寄ってきた。俺を男除けに使うんじゃねぇよ。自分でどうにかするくらいの男気ねぇのか? ないな。ごめん。

 今俺たち5人はゼッケンをつけているからいやらしい意味でじろじろ見られることはないが、「クイズ大会の……」「チャンバラの……」なんて声がちょこちょこ聞こえてくる。俺のは大したことないけど光莉のはものすごかったしな。映画のワンシーンって言われても信じてしまうくらいだ。

 

「む」

「どしたん日葵?」

「ん-、なんでもない」

「うふふ。恭弥くんが周りの女の子に見られてるから面白くないのよね?」

「ひ、聖さん! 違うよ恭弥、えっと、面白い! 面白いの!」

「弁解の仕方合ってるんかそれ」

「慌てる日葵かわ恭弥ぶっ殺す」

「日葵に対する可愛い気持ちより俺への殺意が勝ってんじゃねぇか」

 

 仕方ないだろ? 俺顔はいいんだから。しかも水鉄砲デスマッチで運動もできるのもわかって、クイズも全問正解したとなっちゃあ優良物件だって思われても仕方ない。実際そうだしな。千里あたりには欠陥住宅だって言われそうだけど。

 聖さんの言葉を聞いて、ちょっと周りを見てみる。確かに女の子がちらちら見てくれている気もするが、別に声をかけようなんていう気配もないし、ていうか日葵たちがいるから声かけてこないだろうし、俺が狙われる心配なんてないけどなぁ。ロメリアさん以外。

 

「私より胸の小さい人間が恭弥に興味を示すなんて、身の程をわきまえるって言葉知らないのかしら」

「光莉は厚顔無恥って言葉知らないのか?」

「誰がブスですって!?」

「知らないみたいだな。俺が光莉にブスなんて言うわけねぇだろ」

「……ふ、ふーん?」

「朝日さんって簡単な女だよね」

 

 千里の首が折れたのかと思うくらいの勢いで光莉が殴り、そのまま昏倒する。俺たちの活躍を見てぶっ倒れたらしいゆりちゃんの隣に倒れそうになったのを、薫が慌てて阻止し、ゆっくりと千里の頭を俺の膝の上に乗せた。なんで?

 

「一番自然かなって思って」

「それなら薫が膝枕してやりゃいいじゃん。俺は別に怒んないぞ」

「…………」

「あそこに無言で睨んでくる可愛い修羅がいますけど」

「可愛いなら大丈夫だろ」

 

 それもそうか、と言って薫は俺の膝の上から千里を奪い、俺と場所を交代して千里に膝枕。好きな子の素肌膝枕はさぞかし気持ちがいいことだろう。気絶してるけど。

 羨ましいな、と思ってちらっと日葵を見る。日葵は首を傾げて、にこっと笑い手を振ってくれた。ギザカワユス。俺はあまりの可愛さに光莉とハイタッチした。おっぱいが揺れた。

 

「チッ」

 

 春乃が舌打ちした。おっぱいを目の敵にしすぎじゃない?座ってる位置的に聖さんと光莉のおっぱい二大巨頭、二大巨乳に挟まれてるし、とんでもないストレスだろ今。通りすがりの男が「スーパーマリオの落下するところみたいだな」って言って去っていったし。なんだ今の男。面白そうだから声かけに行こうかな。

 

「ちょっとしばいてくるわ」

「落ち着いて春乃ちゃん。春乃ちゃんには春乃ちゃんのよさがあるんだから。ね?」

「そうよ。おっぱいが小さくたっていいじゃない。え??? 待って? 小さいおっぱいなんか存在するの???」

「見せたろか?」

「あ、優しくしてください」

「光莉がおちちゃった」

 

 春乃が煽りに対する新たな策、『イケメン対応』を身につけてしまった。ゼッケンの胸元を少し開けてカッコよく微笑まれたら誰でも光莉みたいになる。俺も覗き込もうとしちゃったくらいだし。あの綺麗でイケメンな女の子反則だろ。

 しかしこう見ると俺たちはとんでもなく顔面がいい集団だなぁとしみじみ思う。カッコ悪い、もしくは可愛くない人間が一人もいない。普通グループの中に一人はイケてないやつがいるのに。もはや芸能人じゃん俺ら。どっかにスカウトの人いないかな? 俺今のところオカマさんにしかスカウトされてないんだけど。

 

「にしても、やっぱり温泉旅行行きたいわねぇ。恭弥、ご両親にあげるつもりなんでしょ?」

「おう。誰が行くかって揉めるのも嫌だしな」

「俺たちはいらないぞ!」

「あなたたちで話し合って、誰が行くか決めなさい!」

 

 振り向くと、いつの間にかそこに父さんと母さんがいた。二人は同時に親指を立てて歯を見せて笑うと、そのまま肩を組んで走って去っていく。なんなんだあの人たち。いきなり現れてお助け情報だけ伝えて去っていくタイプのキャラ?

 

「ん-、ここは僕と薫ちゃんがいいかもしれないね」

「起きたならさっさと薫の膝からどけカスコラ」

「えー? 薫ちゃん。恭弥がいじめてくるんだ」

「女子中学生に膝枕してもらってる女の子みたいな男の子って、周りからどう見えると思う? 千里ちゃん」

「君は悪魔だ」

 

 そう言いながらどかない千里に顔を近づけると、千里が一瞬で起き上がって爆速で俺から逃げていった。キスされるとでも思ったんだろう。ふふ、可愛いコ。

 やばい。俺ロメリアさんに影響されてるかもしれない。俺がオカマになったらどうしてくれるんだあの人。やけに似合っちゃってすぐ受け入れられちゃうかもしれねぇじゃねぇか。

 

「どうせなら5人の間で決めたら? 頑張ったのはあなたたちなんだし」

「頑張ったって言うんやったら、一番活躍した二人が行くべきやんな」

「一番活躍した……」

「二人……?」

 

 俺と光莉が同時にお互いを見る。テメェ自分で活躍したって思ってるってどんだけ図々しいんだよ。俺も自分で活躍したって思ってるけど。だってさ。クイズ大会全問正解で、水鉄砲全参加だぜ? 光莉はチャンバラでロメリアさんに負けてるし、水鉄砲の決勝には出ない。全体的な出場回数は俺に次いで多い。

 

 活躍してるじゃねぇか。

 

「だ、だめ! そんな、男女で旅行なんてだめだと思います!」

「じゃあ兄貴と千里ちゃん? 女の子は三人だから、残った一人が可愛そうだし……」

「私は別にええで。日葵と光莉で行ってきても」

「見えた! これは私と日葵を隔離して、自分だけ男と遊んで熱い夜を過ごしたい女の顔!」

「勘がええ子やなぁ」

 

 春乃が光莉の首に腕を回して引き寄せる。あまりにもイケメンが近いものだから、光莉もドキッとしちゃってるし。乙女の顔してんじゃねぇよ。お前多分俺の前より春乃の前の方が乙女な顔してるぞ。別に悔しくはないけどね?

 

 というか、そうか。女の子二人が旅行に行くってことは残りの一人がこっちに残るってわけで……。したたかな女だぜ。でも嫌いじゃない。ふっ。

 

「なんだかんだ恭弥と千里が喧嘩しなさそうね。いいんじゃない? 男同士で行けば」

「そもそも、高校生だけで泊まれるところあるの?」

「安心して。旅行先の旅館はちゃーんと高校生だけでも泊まれるから」

「ロメリアさん。俺の肩に顎を乗せるのを大至急やめていただいてよろしいでしょうか」

「乗せ心地よかったのに、いけずね」

 

 いきなりロメリアさんが俺の肩に顎を乗せ喋りだした瞬間、体中の毛が逆立つのを感じた。寒気。寒気オブ寒気。俺の腰も撫でてきたし、この人本気で俺をいただこうとしてるんじゃねぇの?

 

 っていうか、

 

「なんで知ってるんです?」

「だってあの景品用意したのあたしだもの。恭弥ちゃんにきてほしくって」

 

 恭弥ちゃんにきてほしくって???

 

 俺が混乱していると、ロメリアさんは俺の耳元にそっと口を寄せて、俺にだけ聞こえる声で囁いた。

 

「悩める青少年を助けてあげたいと思って。悪い話じゃないでしょ?」

「……なんかすげー色々知ってそうですけど」

「当たり前よ。恭弥ちゃんのお父さんから連絡もらってたし。似たようなことあったしね」

 

 そして俺の頬にキス。俺は死んだ。日葵がそのキスを見て「あー!」と叫んだのが可愛くて復活した。可愛さは元気の源。命の母。

 

「だからどっちみちあたしが勝っても恭弥ちゃんたちが勝ってもあげるつもりだったの。そうね、未来への投資ってところかしら」

「ふっ、どうしても俺が欲しいみたいですね?」

「調子乗ってると食べちゃうわよ?」

「光莉、助けてくれ」

「あんた私の腕っぷしと最悪汚れ仕事させてもいいからって私だけ呼んだでしょ」

「さっき恭弥ちゃんをあたしの仕事に誘ったとき光莉ちゃんも呼んでって言ったんだけど、危ないことあるならお断りって言われちゃったのよ。愛されてるのね、光莉ちゃん」

「へ、へー??? ふーん??? えへ、はっ!」

 

 おい、どうしてくれんだロメリアさん。俺が庇ったこと暴露しちゃった上に光莉の可愛いところ見せられて、更に日葵と春乃が光莉を睨んでるんだけど。女と女の戦い勃発しそうなんだけど。何かき回しに来てんの? クソっ、こんな時は、

 

「千里!」

「楽しみだね、旅行!」

「能天気なメスが。結婚してくれ」

 

 能天気すぎてムカついたが、可愛いので許してやることにした。可愛さに感謝しろボケ。



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第126話 対ロメリア

『さて、水鉄砲殺し合いもいよいよ決勝戦です!』

『これに勝った方がペアチケットを手にできます。4番チームはメンバーを一回戦からそのまま固定で、5番チームはイケメン以外メンバーを変え、イケメンとどう見ても女の子なのに実は男の子らしいけどまぁ可愛いから女の子でいいか! という結論になりそうなメスを加えました!』

「千里がすべてを諦めた顔してもうた……」

「言い返せねぇしな」

 

 昼休憩が終わり、決勝戦。水鉄砲殺し合いなんていう物騒なネーミングへと姿を変え、ついにロメリアさんチームと戦う時がきた。ロメリアさん以外の二人は金髪と銀髪のオカマさん。金髪の方は赤いルージュをつけていて、銀髪の方は青いルージュをつけている。顔がめちゃくちゃ似てるから恐らく双子か兄弟かのどっちかだろう。ちなみにガタイはものすごくいい。

 

「あの人ら片手でバンバン重いライフル撃ってくるからなぁ」

「俺らにとってのピストルと一緒だぜあれ。どうするよ千里」

「今思ったんだけどさ。別に勝たなくてもよくない? どうせペアチケット貰えるんだしさ」

「はぁ。勝負事で負けてもええって考え方してるからメスやねん」

「あんまり言ってやるな。こいつはもう根っこからメスになっちまったんだよ」

「さぁ勝てる作戦を君たちに伝えよう」

 

 光莉の次くらい、もしかしたら光莉よりも扱いやすいかもしれない。というか基本的に俺と千里と光莉は扱いやすい。ノリがいいというか、そうした方が面白いだろうなって言う方に絶対転がっていくから。もう自分の意志なんてないに等しい。光莉なんて日葵に言われるがまま行動するしな。

 

 三人で身を寄せ合って千里の作戦を聞く。ふむふむ。なるほど。

 

「正面からやりあっても勝てねぇからって……」

「しょうがないでしょ。多分あの人たち本物の銃扱ったことありそうだし。どう見ても一般人じゃないもん」

「私と恭弥くんは運動できるいうても、光莉ほど規格外なわけちゃうしなぁ」

「あれは運動ってか戦闘力だしな」

 

 実際、一回戦二回戦と光莉は近づいて撃つしかできなかったし。壁の後ろから覗き込んで狙い撃つみたいなことは一切できないはずだ。あいつバカだし。待ってる間に「しゃらくせぇな」とか言って進軍するに決まってる。気持ちはわかる。

 対して、光莉と同じくとんでもない戦闘力を見せたロメリアさんは、徹底して狙い撃つ。他のオカマさんが縦横無尽に駆け回って相手チームをかき乱し、隙を見せた瞬間に撃ち殺すスタイルをとっていた。仕事人すぎてカッコよかった。それに比べてうちの光莉ときたら……。

 

 日葵はいるだけで俺たちの活力になるからよし。ヒーラーみたいなもんだ。常時自動回復型の。

 

『それでは、お互い準備はよろしいでしょうか』

『泣いても笑っても喚いても漏らしても最後の試合です! よーい、始め!』

 

 スタートの合図と同時に三人で動き出す。俺と日葵と光莉で組んでいた時とは違い、明確な目的を持った、統率の取れた動き。俺と春乃で千里を挟み、守るようにして移動していく。そして向こうの足音が聞こえた瞬間にハンドサインで方向を報告。徹底して向こうに場所をバレにくくしながらの移動。

 

 まず、俺たちにとって厄介なのがロメリアさんの存在。多分あの人は離れたところからでも正確に相手の位置がわかる耳を持っている。じゃなきゃ遠くからの狙撃なんてできない。もしくは双子のオカマさんが戦い始めた瞬間に大体で相手の位置を把握しているかのどちらかだ。

 どちらにせよ、相手に見つかる、位置を把握されるのは避けたい。

 

「オオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」

 

 だからこそやる。俺が叫び声をあげると同時に春乃が跳躍して俺の肩に乗り、更に跳躍。そして空中から双子のオカマの片方を狙い撃ちして、その間に俺と千里でもう片方のオカマさんを狙いに行く。

 

「いやんっ! やだぁ!!」

「あはんっ! 油断しちゃったん!!」

 

 千里の考えた作戦。それは『わざと死ぬほど位置をバラして意表をつき、春乃の運動神経に任せた狙撃前提の大博打』。もはや作戦ですらない。

 

 俺が大声を出して壁の向こうから注目を集め、その瞬間に春乃が跳躍して目線を上へ外す。そこから運動神経任せの狙撃と意識が上へ行っている間に俺と千里でもう一人を挟んで撃ち抜く。声的に春乃はやってくれたんだろう。マジでおかしくねぇか? 空から索敵して撃ち抜くってのを一瞬でこなしたんだぞ。光莉に並ぶバケモンだろ。

 

 俺が春乃の化け物加減に恐れおののいていたのも束の間。春乃の着地地点に戻ると、ゼッケンを濡らしている春乃がそこにいた。

 

「……ロメリアさん?」

「ロメリアさん」

「マジかよあの人……」

 

 どうやら、空にいる春乃を狙い撃ちして見事当てたらしい。あの人絶対本物の銃使ったことあるって。いや、それを言ったら春乃も怪しくなっちゃうんだけど。

 

「とにかく、これで2対1だ。二人で動いて挟めばいくらロメリアさんが相手でも勝てるはず……」

「あら、楽しそうな話してるじゃない?」

 

 ロメリアさんの声が聞こえた瞬間、千里に飛びついて回避行動。ロメリアさんの姿を探す前に行動しなければ、最悪どっちかがやられるかもしれない。「どこだ!?」なんてバカのやることだ。あの人相手ならその間に死ぬってマジで。

 砂の上を転がってさっき俺たちがいた位置を見ると、砂に穴が空いていた。あれ、ロメリアさんが使ってるのって水鉄砲ですよね……?

 

「あたしをいいオトコが挟んでくれるなんて、とっても刺激的……。でもごめんなさい。あたし、挟まれるより入れる方が好きなの」

「……千里、太陽をバックにしたロメリアさんが一瞬マジでカッコよく見えたのに、あの言動で全部恐怖に塗り替えられちまった」

「この世に直接的な表現してくるオカマより怖いものって存在するのかな……」

 

 ロメリアさんは、白い板の上に乗っていた。一人でどうやって乗ったのかとか、ライフルを一丁ずつ右手と左手に持ってるの化け物すぎねぇかとか色々言いたいことはあるが、とにかく2対1なら勝てるなんてのは甘い考えだったってことだ。

 

「春乃ちゃんの狙撃、千里ちゃんの作戦、恭弥ちゃんの判断、全部欲しいわぁ……。ね、あなたたち全員あたしのところにこない?」

「狙撃ってやっぱあぶねぇことしてんじゃないですか」

「やだ。忘れて?」

 

 腕が一瞬動いたのを見て射線を切れるところに移動する。移動しながら千里とアイコンタクト。どうする。あの化け物なら俺たちが構えた瞬間に撃ってくるだろ。春乃がやられたのが痛い。春乃なら構えながら避けて撃つくらいのことはできたはずなのに、いやまぁ俺もできると思うけど、撃ち合いに持ち込まれたら確実に負ける。俺は大人に片足を踏み入れた少年だからそれくらいわかる。

 

「さ、どっからでもかかってきなさい! あたしがあなたたちの心ごと撃ち抜いてあげる!」

 

 隙がないから無理です。クソ、千里なんとか考えてくれ! このままじゃ俺たち風穴開けられちまうよ!

 

「恭弥、よく聞いて」

「どうした、いい作戦思いついたか!」

「僕たちが束になって朝日さんに立ちむかうところを想像してほしい」

「したぞ」

「勝てた?」

「無理だった」

「つまりそういうことさ」

 

 千里が撃ち抜かれた。

 

「千里テメェ!! 諦めた上に俺を置いていきやがったな! 先に楽になってんじゃねぇよ! おい、千里!!」

「あとはあなただけよん」

 

 真上から声が聞こえた瞬間、ピストルの栓を開けて真上に投げながら横っ飛び。転がって勢いを殺しながら白い壁の後ろに移動して、千里から一瞬で奪い取ったライフルを構えて白い壁からロメリアさんの方を覗き込む。

 

「こんにちは」

 

 目の前にいたと脳が理解する前に引き金を引いて壁を蹴り、三角跳びして壁の上に乗ってそのまま壁から壁へと跳んで移動する。なるほど、こうやって乗ってたのか。案外できるもんですね。へへ。まぁ俺が天才だからなんですけど。

 

 ちくしょう。運営の人がゼッケンは水に濡れたらスケスケになるって言うからちょっと期待してたのに。スケスケ春乃とスケスケ千里を堪能する暇もねぇじゃん。あ、違うんです。千里のスケスケを堪能するつもりはなかったんです。ただ今口がすべっただけです。

 

 いつまでも壁の上にいると狙撃されて終わりなので、砂の上に降りる。今の砂の上に降りた音で位置は把握されただろうから、耳を澄まして音が聞こえた方にライフルを構える作業に入る。見えた瞬間ドカンだ。ぶち殺してやる。

 

「っぶね!?」

 

 なんて息巻いていると上から水が飛んできた。俺の大体の位置を把握してちょうど当たるように空に向かって撃ったんだろう。とんでもねぇや。なんだあの人。引き金引く音聞こえてなかったら終わってた。

 

「で、きますよね!」

「あら、バレてた?」

 

 跳んで避けた後、無我夢中で体を捻って無理やりロメリアさんがくるであろう方へライフルを向けると、運よく向けた方にロメリアさんが現れてお互いにライフルを突き付け合う状況になった。もっとも俺は砂の上に仰向けで寝転がっていて、ロメリアさんは俺を見下ろしている状態だからもう負けたようなもんだけど。

 

「ほんといい動きするわね。今すぐに欲しいくらい」

「俺ほとんど意識ありませんでしたよマジで。無我夢中で動いてたって感じです」

「恭弥ちゃん、一つの分野突き詰めたら頂点に立てるんじゃない? それくらい才能あ……?」

 

 ロメリアさんがなんかべらべら喋っていたので、遠慮なくライフルを撃つと命中。ロメリアさんの肉体がスケスケになり、俺はここで初めてスケスケゼッケンをゆっくり見れた。

 

「……ここは、ゆっくり語り合うところじゃないの?」

「勝ちゃ勝ちなんですよ」

『……決着ぅ』

『あのイケメン、絶対物語の主役にはなれないタイプですよね』

 

 イケメンで頭よくて運動神経いいなんて完全に主役だろ。わかってねぇなぁ。



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第127話 これからお風呂

「いやぁ勝った勝った! やっぱ俺って最強だなぁ」

「ロメリアさん、『楽しみにしててね』って言ってたよ」

「流石にあれはなぁ」

「うーん……」

「兄貴汚い」

「ふふ。恭弥くんらしくて素敵じゃない」

「??? なんでみんな微妙な顔してるのよ。勝ったからいいじゃない」

「この場において光莉の同意が一番ほしくない」

「味方してやったんだから私の奴隷になるくらいはしなさいよ」

「代償がデカすぎる」

 

 決勝戦が終わって。俺はステージに立ち、納得がいってなさそうな運営の人からペアチケットをもらって、爽やかな笑顔をお見舞いし、ブーイングを受けながらみんなのもとに戻った。ゆりちゃんは事情を知らないからか、「おめでとうございます! すごいんですねお兄様!」と可愛らしく笑顔を振りまき、聖さんは「お疲れ様」と包容力満点で迎えてくれて、日葵と薫は微妙そうな顔、千里はやれやれと肩を竦め、春乃は苦笑い、光莉は「よくやったわね」と満足気。

 

 一人いらない味方がいますね……。

 

「つか、本当にいいのか? 俺と千里がペアチケット貰っちゃって」

「ええよ。さっきそう決めたやん」

「どうせ私たちも行きたくなったら勝手に行くし」

「お金どうしよ……」

「日葵ねーさんもう行く気なんだ」

「薫ちゃん薫ちゃん。私たちも行く?」

「勉強」

「はぁい……」

 

 しゅん、とするゆりちゃんが可愛かったので「高校生になったらまたみんなで行こうな」と言うと、ゆりちゃんは「ひゃい!!!! いきましゅ!!!!!!!!!」と大声で叫んでから目をぐるぐる回し、「薫ちゃん、お兄様がいけめん……」と言って薫に抱きついていた。気絶しなくなったのはかなりの進歩だろう。あのまま気絶し続けてたら俺たちの高校に入ってからの生活がかなり危なくなるからな。「今同じ高校にみなさまが……!?」とか言って会ってもないのに気絶しかねない。

 

「恭弥と二人切りもそこはかとなく身の危険を感じるな……」

「ロメリアさんが用意してくれたところだから安心しろって」

「だからなおさら安心できないんだよ」

 

 確かに。千里にとっては俺にやられるか、ロメリアさん関係の人にやられるかの二択だしな。危険が二倍になってるわけだ。俺はやらないけどね? 多分。どうにかなったらやるかもしれない。そりゃそうでしょ。明らかにメスだもん。

 

 怪しげな会話をそこそこに、動き疲れたということでホテルへ戻ることに。薫について行こうとした千里をぶち殺して亡骸を引きずって部屋に戻り、仕方ないから俺が着替えさせるかと脱がそうとした瞬間に復活。少し残念な気持ちになりながら、ふとこれからのことを思い出した。

 

「あれ、俺今まで涼しい顔してたけど、今日日葵の誕生日じゃん」

「そうだよ。プレゼントどうするの?」

「いや、その……」

「あぁ。そういうことね」

 

 俺の顔を見て察した千里が、「それは頑張らないとね」とにやにや俺を見てきやがったので、「お風呂一緒に入ろうぜ」と怖い一声をかけて千里の手を引いて部屋についている露天風呂に向かった。

 ここに女の子はいないから水着を着る必要なんてないのだが、千里は思い切り自分の体を隠し、俺を警戒しながら風呂に入る。襲わないって。ちょっといやらしいなとかえっちだなとか思う程度だ。安心してほしい。

 

「でもさ、僕と君が旅行に行くってなった後にそれってちょっとインパクト薄くない?」

「マジでそうなんだよな。このペアチケットは想定外っていうか、でも日葵と一緒に旅行行くわけにもいかないだろ?」

「朝日さんと岸さんがいるから?」

「言わせんなカス」

「へたれ」

 

 うるせぇ。お前も同じ立場になったら「あ、えへへ」って笑うだけの機械に成り下がる。男はみんなそうなる。俺恋愛経験ないし。

 俺は、日葵が俺にしてくれたように日葵をデートに誘おうと思っている。それが誕生日プレゼント。日葵が行きたい行きたいって言ってたテーマパークがあって、そこに8月中で予定を合わせて行こうと思っている。

 

 これを光莉と春乃の前で言うだけでもきついのに、旅行に誘うなんて無理だ。日葵が行きたそうにちらちら見てたのは知ってたけど、俺にあの場で日葵を誘う度胸なんてない。なんか色々な感情が襲ってきて結果死ぬ。

 

「そう考えると8月中予定いっぱいになるね。あのペアチケットだって8月の22日でしょ?」

「んで、文化祭の準備もちょこちょこあるしな。日葵が暇してくれてたらいいんだけど」

「夏野さん人気者だしね。僕たち以外と遊ぶ約束あってもおかしく……いや、ないか」

「日葵の隣に光莉っていう化け物がずっといるからな。誘えやしねぇし、メッセージ送って誘ったとしても光莉がなぜか察知して『あれ、日葵誰かに誘われた?』って問い詰めるだろうぜ」

「ストーカーじゃん」

「それよりひでぇだろあいつ」

 

 同性だからって遠慮なしに日葵のことが好きすぎる。羨ましい。日葵と春乃ぐらいの距離感でも羨ましいって思うのに、光莉は日葵によしよしされたり抱き着いたり羨ましいことが多すぎる。俺も女の子に生まれればよかった。そうなるとメスの千里に抱かれそうな気もするけど、日葵といちゃいちゃできるならオッケー。

 

「光莉とか結婚指輪みてぇなの用意してんじゃねぇの?」

「ありえなくないから怖いんだよね。流石にそこまでの財力ないだろうから、婚姻届けとかじゃない?」

「どっちにしろ結婚しようとしてるヤバさが際立つな……。あいつ隔離しねぇか?」

「殺される」

「あいつから腕っぷしの強さ消せよ。傍若無人ここにありじゃん」

 

 あいつの無茶な言動行動も、あいつが強すぎて逆らえないからまかり通る。日葵が怒ってくれないと光莉は好き放題。このままじゃ日葵と結婚しても光莉がついてきそうだ。なんだその間男。最低じゃん。多分うちの両親は「やるなぁ!」って言うだけだけど。

 

「あ、そういや気になることがあってさ」

「なに?」

「ロメリアさんが、悩める青少年を助けてあげたいとか、似たようなことがあったとか言ってたんだけど」

「恭弥のご両親のことじゃない? 似たようなことって」

「だよなぁ」

 

 両親とロメリアさんが同級生で、悩める青少年、つまり俺を助けたくて、似たようなことがあったっていうってことは、かつて両親とロメリアさんが高校生だったときに、今の俺たちと似たようなことがあったってことだ。父さんがモテるとは思えないから、また別の仲のよかった人がいて、その人がモテモテだったんだろう。正直俺は今とてつもなく困ってるから、人生経験豊富そうなロメリアさんに助けてもらえるのはありがたい。

 

「ご両親から仲のよかった同級生の話とか聞いてないの?」

「聞かねぇなぁ。時々遊びに行ってるのは知ってるけど、父さんが『や、その、な。ははは!』って言って会わせてくんねぇんだ」

「浮気してるんじゃないの」

「お前よく息子の前で親の浮気疑えるな」

 

 父さんがそんなことするはずがない。父さんはあぁ見えて一途だし、今でも両親の仲はいいし、仲がよすぎて三人目を作ろとしてるくらいだし。あーあーマジかよ。今思い出した。そういや三人目ができるとかできないとかの話してたじゃん。これで浮気してたらマジモンのクズだろ。

 

「めっちゃくちゃ仲がよかったならうちに遊びに来てそうなもんだけどな」

「似たようなことがあったって言うなら、僕らくらい仲がいいと思ってもよさそうだしね。遠くにいるとか?」

「せっかくなら話聞いてみてぇなぁ。悩める俺を救ってほしい」

「自分でどうにかしようっていう気はないんだね」

「気はあるけど、方法がわかんねぇんだよ」

 

 全員笑顔で終われる方法なんて、世界のどこに転がってんのかね。もしあるならぜひとも教えて欲しい。

 

「……そういえば恭弥。男女比率が僕らと一緒だったとしたらさ、恭弥と同じ立場の人って恭弥のお父さんなんじゃないの?」

「俺薄々気づいてたけど口に出さないようにしてたんだよ。ほっといてくれ」

「あ、ごめん」

 

 自分の親父がモテモテだった話なんて聞きたくねぇだろ。いや、なんかこの先聞かなきゃいけない時があるような気もするけど。

 父さんがモテモテ、ねぇ。ありえないだろ。あんないい年してふざけてる、支離滅裂で家族想いのやるときはやる男なんて。顔もカッコいいし。はぁ。

 

「冷水浴びてくるわ」

「冷静になりたいんだね。いってらっしゃい」

 

 もし父さんが俺と同じ立場だったとしたら、父さんに相談しなきゃいけないってことになる。

 ……あの父さんに、かぁ。



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第128話 誕生日おめでとう!

「日葵のォォオオオオオオ!!!!! 17歳の誕生日にィィィイイイイイイ!!!! かんっ、パァァァァァァアアアアアアアイ!!!!!!!!」

 

 ハイテンションで乾杯の音頭をとる光莉。空間が裂けたような感覚があったが気のせいだろう。

 

 全員海での汚れを落とし、食材を買いに行って、「流石に日葵ちゃんの誕生日にセックスするのもなぁ」とやってきた両親を軽蔑し、日葵の誕生日会が始まった。料理を作ったのは俺と母さん。「恭弥と台所に立てるなんて、なんか私感動しちゃうわ。成長したのね」と予想外のタイミングで俺を泣かしにきやがった母さんは、今父さんの隣でうっとりと父さんを見つめている。息子の前で女の顔してんじゃねぇよ。

 

「おめでとう日葵! 誕生日プレゼントあげてるの今のとこ私だけかな?」

「みんな用意してくれてるのかな……? ちょっと申し訳ない気もする……」

「野郎ども!! ちゃんと日葵へのプレゼント持ってきたでしょうね!!!!???」

「隊長! 持ってきていないものは如何様にいたしましょう!」

「恭弥を殺せ!!」

「なんでだよ」

 

 千里が敬礼しながらノリノリで光莉に聞くと、どうやら誰かが日葵へのプレゼントを持ってきていなかったら俺が殺されるらしかった。多分あいつ俺を殺したいだけだ。日葵といちゃいちゃしたいから俺という存在は邪魔なんだろう。だったら最初なんで協力してくれたんだって話になるが、あいつは人に希望を持たせてそれを奪うことが何より幸福な極悪人。微塵も不思議な話じゃない。

 

「はい日葵ちゃん。誕生日プレゼント」

「ありがとうございます! これは……?」

「媚薬よ」

「母さん。たった今から俺は薫を連れて家を出ることにした」

「待って! お香タイプなの!」

「錠剤でもなんでも媚薬はアウトだアウト!! 日葵はまだ未成年だぞ!!」

「兄貴。成人してても誕生日プレゼントに媚薬はどうかと思う」

「薫の言う通りだ!!」

「成人してたらセーフって思ってたあたり、恭弥のおかしさが顔を覗かせたね」

「まともなフリしてても無理なのよあいつ」

 

 うるせぇ外野二名を無視して日葵から優しくピンクの箱に入った媚薬を取り上げ、父さんに「マジで頼むわ」と処分しておいてくれと媚薬を渡す。まさか聖さんに渡すわけにもいかないし、ここは父さんになんとかしてもらうしかない。

 

「任せろ!」

 

 そう言って頼もしく自分の胸を叩き、父さんは箱から媚薬を取り出して、おしゃれなろうそくのようになっている媚薬に火をつけた。

 

「何やってんだクソ親父テメェ!!」

「恭弥落ち着いて! 親は殴っちゃダメだって!」

「あかん消せ消せ! 恭弥くんのお母さんが持ってきた媚薬やったら本物の可能性しかあらへん!」

「このままじゃ千里が恭弥においしく頂かれちゃうわ!!」

「ふらふら……」

「ちょ、ゆり、大丈夫?」

「ふーっ!」

「おい親父!! 誕生日ケーキの前に媚薬の火を日葵が消しちゃったじゃねぇか!!」

「同じろうそくじゃん」

「全部の神経がねぇのかテメェは!!」

「なら喋れてないだろ」

「わかってんだよんなこと!!!!!!」

 

 父さんの胸倉を掴んでがくがく揺らすが、父さんは「いや、その、面白いかと思って」と訳の分からない言い訳をぼそぼそ呟いている。面白いからってなんでも許されると思ってんじゃねぇぞこのクソ親父。未成年だらけのここで媚薬って、捕まっても文句言えねぇからな? てかこの媚薬合法なのか? 怪しいやつじゃねぇよな?

 

「こら恭弥! お父さんにそんなことしちゃだめでしょ!」

「諸悪の根源がよく俺に れたな! つか内股になってんじゃねぇよ誰よりも媚薬効いてんじゃねぇか!!」

「何ッ、恭弥。俺と母さんは別室に行ってくる」

「みんな楽しんでね……」

「ウオアアアアアアアアア!!!!!」

「恭弥が壊れた!!」

「薫ちゃんも白目になってる!!」

 

 阿鼻叫喚の空気を作り出し、両親は部屋から出て行った。もう絶縁ものだ。この旅行終わったら荷物まとめて薫を連れて出て行こう。薫もゆりちゃんにすりすりされながら放心状態になってるし。あれ? ゆりちゃん媚薬効いてね?

 

「ちょ、ゆりちゃん大丈夫か?」

「だいじょうぶでふ」

「いつも通りなのか媚薬が効いてるのかわからないわね……」

 

 結構いつも通りな気もするけど、これでゆりちゃんに何かあったらゆりちゃんのご両親になんて説明すりゃいいんだ……? 俺の母さんが媚薬持ってきて、それに父さんが火をつけて、母さんに火がついて、父さんにも火が付きました??? 絶対後半二ついらねぇな。ゆりちゃんのご両親に怒りの火がつきそうだ。

 

「でもこのお香、普通のお香っぽいわね。お母さんなりの冗談だったんじゃない?」

「うん。なんとなく、恭弥のお母さんがお父さんと二人きりになりたくてやっちゃったみたいな感じする」

「それはそれできついんだけど」

「兄貴。家探しとこ」

「え、ご両親のもとを離れてもお兄様とは一緒にいたいってコト……? かわゆ……私はしぬ……」

「あ、いつも通りや」

「なんだ……」

「千里はなんで残念がってんだ?」

 

 こいつ、薫に媚薬効いてないかなって期待してやがったな? 疑いの目を向けると、千里は下手な口笛を吹くかと思いきやボイスパーカッションをしてごまかした。むしろムカつくから逆効果だぞそれ。仕方ないからセッションしてやるけど。

 

「じゃあ次は私から。最近あなたたちの高校の近くにスイーツバイキングできたの知ってる?」

「あ、知ってます! 行きたいなーって思ってました!」

「そこの無料利用権12回分。ひと月に1回行けば一年間楽しめるわよ」

「ほわぁああ……」

「嬉しすぎて日葵がアホになっててかわいい」

「聖さん聖さん。これって団体でもいけるん?」

「もちろん。5人までオッケーだったはずよ」

「やった! じゃあみんなでいけるね!」

 

 スイーツバイキング。確か話してたなぁ。ちらっと店の周り見たことあるけど、女の子ばっかで男は入りづらい感じだったのを覚えている。あんなところに日葵と光莉、春乃と千里を連れて入ったらめちゃくちゃなハーレム野郎じゃん。千里も男だけど女の子にしか見えないし。

 

 まぁ日葵と行けるなら気にしなくていいか!!

 

「ありがとうございます聖さん!」

「いいえ。いっぱい楽しんできてね」

「薫。俺は聖さんが俺の母親だったらなぁって思ってたけど、男侍らせてたからそんなことはなかったわ」

「私も途中までそう思ってたけど、どちらかというと侍らせる方がきついからそんなことはなかったね」

「何も悪いことをしていないうちの姉をこき下ろす理由を教えてもらおうか」

「もう言ったぞ」

「反論はありません」

 

 男を侍らせる母親と、普通のお香を媚薬だと言って渡す母親。どっちが嫌かって言われれば前者だ。なんかいやらしい血が自分に流れてると思ったら恥ずかしいし。あれ、そういえば千里も聖さんと同じ遺伝子なんだよな……。

 

「スイーツバイキングかぁ。太っちゃうわね」

「でも光莉ってお胸以外あんまりお肉つかないよね。羨ましい……」

「……」

「お腹にお肉がつかない代わりに、お胸にもお肉がつかない岸さんが嘆いています」

「ボケコラゴミカス。殺されたいんか?」

 

 春乃の修羅を見た千里は俺の背中に隠れて、「恭弥、岸さんを褒めてあげてくれ」と援護射撃を求めてきたので、「春乃はそのまんまでめちゃくちゃ綺麗だぞ」と言うと、「……うへへ。にやけてまう」と言って頬をムニムニしだした。は? かわゆさ大魔神大暴れ中。

 

「実際そうよね。春乃っておっぱいないの気にしてるけど、むしろない方が春乃らしいっていうか、シュッてしててカッコいいっていうか」

「うん! 全然ないわけじゃないし、私はカッコよくて綺麗で好きだよ、春乃」

「私と日葵、結婚します」

「おい絶壁小便女。私の日葵に手を出すなら胸を育ててからにしなさい」

「シュッてしててカッコいいって思ってる人に対して使う言葉じゃねぇな……」

 

 日葵に手を出された瞬間に敵とみなすって見境なさすぎだろ。春乃らしいとかカッコいいとか散々褒めてたのに絶壁小便女て。ひどすぎねぇか?

 ……いや、まぁ、なんとなくこの中で一番小さい気はするけど、絶壁とまではいかないだろう。実際に見たことないからわかんないけどね?

 

「それじゃあ私からというより私たちから。最近日葵ねーさんがパジャマ欲しいって言ってたから」

「私と薫ちゃんでお金出しあって買いました!!!!!! すみません!!!!!」

「え! ありがとー!!!」

 

 ゆりちゃんはなんで謝ったんだろう。私みたいなものがプレゼントを用意していてすみませんみたいな? どんだけへりくだってるんだ……。

 薫とゆりちゃんが渡したパジャマは綺麗に包装されていてあんまり見えないが、日葵がにっこにこですぐに包装を開けてその姿を見せた。

 

 襟が丸くなっている、落ち着いた雰囲気の紺色のパジャマ。生地は薄そうで、短パンっぽいから恐らく夏用。は? お揃いのパジャマ着て寝たいから今すぐ買ったところ教えてくれ。

 

「薫ちゃん。ゆりちゃん。それどこで買ったの?」

 

 先を越すんじゃねぇよド変態が。お前はオレンジが似合ってんだから紺はやめとけ。俺は紺が似合うから紺を買う。

 

「かわいい! 今日からこれ着て寝るね!」

「うん。絶対似合うし可愛いから」

「私が買ったパジャマを日葵様が着て寝る……?」

「そらパジャマやから着て寝るやろ」

「あ、春乃様からのつっこみ」

 

 倒れかけたゆりちゃんを薫が慣れた手つきで受け止めて、安全に椅子へ座らせていた。介護士かよ。

 

 ……さて、あとは俺と千里と光莉だけ。父さんもあげてないけど、この旅行がプレゼントみたいなもんだしノーカンだろう。やばい。緊張する。

 そんな俺の緊張を察したのか、千里が小さく笑って「次は僕だね」と立ち上がった。



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第129話 再確認

 今思えば千里と日葵の関わりってそんなになかったように思える。あるにはあるんだが、個人的な関わりがそんなにないっていうか、二人きりでいたのって片手の指で足りるくらいの回数しかないんじゃないだろうか。

 そんな千里が日葵に渡すプレゼント。日葵も俺以外の男からもらうプレゼントだからか、ちょっと緊張しているように見える。いや、見えない。そういや日葵って一番ナチュラルに千里のこと女の子扱いしてたもんな。そりゃ緊張しねぇわ。

 

「情けないことに結構悩んじゃってさ。喜んでもらえるかどうか不安だけど……」

「ん-ん! 悩んでくれたっていうのが嬉しい」

「光莉。千里が日葵に『悩んでくれたっていうのが嬉しい』って言って貰えてるけど、どうする」

「千里の形を変えてから考えましょうか」

「既に制裁加えてるやん」

 

 それだけじゃ生ぬるいってことだよ。

 

 千里が手に持っているのは小さな四角い箱。角の方が丸くなっていて、まるで指輪を入れる箱に見える。あそこから指輪が出てきたら俺マジで千里をぶっ殺しちまうな。ははは。

 

「気に入ってくれると嬉しいな。はい、どうぞ」

「え」

 

 千里が箱を開けると、そこにはピンク色の宝石がはめ込まれた指輪があった。千里を見た。ものすごい冷や汗を流していた。もはや冷や汗で元々の顔がわからないくらいに。それでもメスさマックスなのは流石と言うほかない。

 千里の様子を見るに間違えたんだろう。そもそもなんで指輪を持ってるんだっていう話になるが、それは多分いつでも薫に渡せるようにみたいなバカげた理由に違いない。

 

 親友の間違いにいちいち目くじらを立てる俺じゃない。ここは穏便に笑って見過ごそうじゃないか。俺は千里の首を締め上げながらそう誓った。

 

「ち、ちが……ちが……」

「きょ、恭弥ストップ! ストップ!」

「恭弥。日葵がストップって言ってるからその状態で止まりなさい」

「10数える間に殺してやる」

「薫ちゃん。愛しの千里が殺されかけとるけどええん?」

「しらない」

「千里ー。薫ちゃんも怒ってるわー」

「かひゅ」

 

 そろそろ危なそうなので下ろしてやると、「ごめん。ほんとにごめん。これは薫ちゃんにいつでも渡せるように持ち歩いてたやつなんだ。間違えた」とさっきまで首を絞められていたのにも関わらず流暢に喋り始めた。こいつ、殺されかけ慣れてやがる……!

 つか、そんな大事なものなら間違えるんじゃねぇ、よ……? いや、間違えないよな。もしかして今の、薫に対するアピールか? 僕はいつでもいいよみたいな? こいつ、日葵を利用してアピールしやがったのか?

 

「許せないわね」

「あぁ。万死に値する」

「え? 芸術テロリスト?」

「バンクシーに値する」

「友だちやめよかな……」

 

 光莉のしょうもない言葉に乗ってやったら、あまりのおもしろくなさに春乃から絶交宣言をされかけた。面白いものが好きだからってシビアすぎだろ。何回かは面白くないこと言っても許してくれよ。ていうか面白くないこと言う筆頭は光莉だし。

 

「こほん。気を取り直して」

 

 俺たちに殺されないよう警戒しながら、千里は別の箱を取り出した。指輪が入っている箱とは間違えようもない細長い、メガネケースに見える箱。それを開けると案の定メガネが入っていた。

 

「この前、ブルーカットレンズが欲しいって言ってたからさ。度は入ってないけど、家とかで使ってよ」

「わー! ありがとー!」

 

 千里がプレゼントしたのは、太い黒ぶちで、金の細い柄とブリッジのブルーカットレンズのメガネ。いつの間にそんな話してたんだ? まさか俺がいないところで日葵と会話を?

 光莉を見てみる。憤怒。どうやらそんなことを言ってたのは知らないらしい。

 

「恭弥、朝日さん。別に二人で会ったわけじゃなくてね、薫ちゃんに会いに行ったときばったり夏野さんと会ってさ。その時に聞いたんだ」

「薫に会いに行っただって?」

「地雷を避けたと思ったら避けた先に地雷があった……」

「だから会いに来るなら兄貴に言った方がいいって言ったじゃん」

 

 ほんとに。黙って会いに行くから印象悪くなるってのがわかんねぇのか? ちなみに会うって言われたら俺も一緒に遊ぶ。そして薫に嫌な顔されてとぼとぼ出て行く。しくしく。俺に味方なんていないんだ……。

 

 まぁ千里のことだろうし、勉強を教えるとかそういうので会ってるんだろう。薫は勉強を教わる必要がないし、わからないところがあったら俺に聞いてくれるからその必要はないんだけど、薫も千里と会う口実が欲しいだろうしな。あーあ。世界中がゲロまみれにならねぇかな。

 

「ねね、かけてみてもいい?」

「私によだれを? いいわよ」

「邪悪は滅んでくれ」

「なら一緒に死にましょう」

「え、ずるい! 私も一緒に死ぬ!」

「浪人八年目オフ会か。恭弥くんと日葵は死なせへんからな」

「おっぱいに嫉妬して私を死なせるのはやめなさい」

 

 春乃の『死なせないリスト』から光莉が漏れてしまった。多分三人の中で一番生命力が強くてしぶとそうだから自力でなんとかできるって思ったんだろ。春乃はなんであろうと人を見捨てるやつじゃないし。光莉がおっぱい煽りし続けたら多分殺されるだろうけど。

 

 千里が「いいよ」と言うと日葵はにこにこしながらメガネをかけた。あ。かわいい。少し大きめのメガネだからか、元々小さかった顔が更に小さく見える。かわいい。素敵。好き。なんかこう、普段メガネかけてない子のメガネかけてる姿って新鮮でいいよな。そもそも日葵なら何をかけてもつけても可愛いに決まってるんだけど。

 

「日葵がわいい!!!!!」

「おうち感増してかわええなぁ。めっちゃ似合ってるで」

「日葵ねーさんかわいい」

「うん、ぴったり。僕の目に狂いはなかった」

「やった! ありがと!!」

 

 ぴょんぴょん跳ねそうな勢いで喜んでいる日葵を見て、全員がほっこりした。かわいい。恋愛的な意味じゃなくてもう純粋にかわいい。人類の宝だろ。日葵を傷つけた人間は死刑にするべきだ。

 だってこんな純粋な子いないぜ? プレゼント一つで跳ねるくらい喜ぶって可愛さの化身じゃん。愛の獣になっちまいそうだ。

 

 俺が獣になるかならないかの瀬戸際で震えていると、日葵が俺を期待するような目でちらちら見てきていることに気づく。ここでなんで見てるんだろうなんて思う鈍感な男じゃない。きっと、俺にも似合ってるとかかわいいとか言って欲しいんだろう。みんながいる前で? ふふふ。恥ずかしいとかその他色々な事情があって無理。

 

「きょ、恭弥。どう?」

 

 無理だったはずなのに、日葵から直接聞いてきた。めっちゃ緊張して目が泳いでるし。そんなになるなら聞かなきゃいいのに。いいのに! かわいい! もう、仕方ないんだから。

 

「可愛いぞ。似合ってる」

「ふ、ふふ。そっか、そっか! えへー」

 

 光莉が日葵の可愛さにやられて首を180度回転させ背骨がすべて砕け、部屋中を跳ねまわってから元の姿に戻った。いや、実際にはそんなことなかったんだがそれくらいの衝撃を受けたっていうのが俺にはわかる。多分、今光莉に簡単な算数の問題を出しても「ひなげし」と答える。それほど脳が働かないくらい可愛さにやられたということだ。

 

「ぐ、やるわね……まさか私をこんなになるくらい追い詰めるほどのプレゼントをあげるなんて……」

「朝日さん頻繁にその状態になってるよ」

「日葵が着飾ったら大体こうなるしなぁ」

「しかし私だって負けてないわよ! 日葵! 私からのプレゼントを受け取りなさい!」

 

 そう言って光莉が取り出したのは札束。その瞬間光莉は「あ、これ直前でなしにしたやつ。ちょっと待って」と言って札束を懐にしまった。お前、いくらなんでも札束って……俺が一番最初の三択で消したやつじゃん。ったく、日葵に関することだとほんと頭のねじがぶっ飛ぶよなこいつ。

 

「これ!」

「? なにこれ」

 

 札束をしまって次に取り出したのは、1ページに写真が2枚程度しか入らないであろう小さなアルバム。日葵が不思議そうにそれを開くと、日葵の顔がみるみる優しい笑顔に変わっていった。

 

「私と日葵の思い出を詰めに詰め込んだアルバムよ!! 最近邪魔者が多いから、改めて私たちが親友だってことを再確認しないとね!!」

「親友ってより犯罪者だったしな」

「最上級の悪質ストーカーだよね」

「いつ日葵が襲われるかはらはらしてたわ」

「いちゃらぶえっちがしたいから襲うわけないじゃない」

「今はっきりえっちって言ったな?」

 

 こいつほんとに男だけが好きなんだよな? 両方ともいけるわけじゃないよな? 日葵相手ならワンチャンありそうなんだよな……。こいつの日葵に対する愛異常だし。多分俺も女の子だったら日葵とえっちしたいって思うから気持ちはわかるけどそれとこれとは話が別だ。クソ犯罪者め。今更親友アピールしても無駄なんだよ。

 

 見ろ。日葵が感極まって光莉に抱きついてるじゃねぇか。あ。

 

「千里、春乃、薫、聖さん……はいつの間にか潰れてるな。光莉のお墓を立てよう」

「葬儀は予約したよ」

「ご家族にも連絡したで」

「事件性ありそうだから警察にも連絡したよ」

 

 光莉は死んだ。



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第130話 男の勝負

「よし、じゃあ片付けて寝ましょうか。あ、春乃。何するか言えないけど、今日は別の部屋で寝てくれない?」

「恭弥くんのプレゼントがまだやし、絶対別の部屋は行かへんで」

 

 光莉がもはや性欲を隠すこともなく日葵に猛烈なアピールを送り、それを日葵が完全に無視して俺からのプレゼントをドキドキして待っている状況。それが今。

 さて困った。俺というやつは結構シャイボーイで、なんとも思っていない相手なら気軽に何にでも誘えるが、好意を持ってる相手だと気の利いたセリフの一つも言えなくなってしまう。親友だけにとどまらず、色んな人からへたれと呼ばれる所以がここにあった。

 

 なんか、いい感じに伝わってくれないかな。千里や光莉が相手だったら俺が何も言わなくても察してくれるのに、日葵はどうもそうはいかないらしい。日葵が俺の気持ちを何も言わなくても察することができていたら、そもそも俺の好意がバレるわけで、そう考えるとよかったようなよくなかったような。

 

「恭弥、もしかして日葵の誕生日プレゼント用意してないなんてことないでしょうね。もしそうだったら今日からあんたの名前は弥よ」

「神隠しかよ。俺の氷室恭を返してくれ」

「ほな私が苗字だけもらおかな」

「岸春乃氷室?」

「氷室春乃になろーっていうかわいらしいジョークやろが。激古漫才コンビみたいにしとんちゃうぞ」

「……! 恭弥、もしかして苗字をくれるの!?」

「落ち着け」

 

 日葵は思考が飛躍しすぎる。俺も苗字をあげたいのは山々だが、それはまた何年後かにしてほしい。そうだな、俺くらいになると大学生でもうすでにかなりの稼ぎがありそうだから、三年くらい待っていてほしい。そうしたら氷室日葵にしてあげるからね……。

 自分で言っていてキショすぎたので千里にも「キショッ」って思ってもらうために投げキッスをしておいた。無駄にいやらしい音をたてて投げられたキッスは、無の表情をした千里の手によって叩き落される。ひどい。俺からの愛をそんな風に扱うなんて……なに? はやくプレゼントあげろ? もう、せっかちな人……。

 

「ごほん。あー、日葵」

「はいっ」

「その、なんだ。なんか最近できたりできなかったりしたテーマパークだったりテーマパークじゃなかったりするところに行きたかったり行きたくなかったりするって言ったり言ってなかったりしたろ?」

「禅問答でもしてるん?」

「はは、見て薫ちゃん。君のお兄さんは女の子の前じゃまともに話せないらしい。そんな恭弥と比べてスマートな僕をどう思う?」

「兄貴の方が好感持てる」

「あぎ、ぐぎがぐぐぐ」

「まともに話せない部分を強調してどうするの……?」

 

 よし、俺にしてはスマートに聞けたな。みんなから酷評されてるような気もするし、なんなら「禅問答?」って言われたような気もするけど気のせいだろう。

 

 日葵は俺から聞かれて数秒首を傾げた後、俺が言ったことを理解したのか「あぁ!」と笑顔になって、

 

「うん! 光莉といこーって約束してたんだ!」

 

 光莉を見る。一瞬目が合って、その間にアイコンタクトを済ませた。はぁ、まぁそうだよなぁ。確かに俺とお前は似てるし、日葵が行きたいって言ってたら一緒に行こうって誘うよな。一緒に遊べるチャンスだし。これは俺が悪い。行きたいって言ってるところなんだから光莉と約束してるって思い至らなかった俺のミスだ。

 

「それがどうかしたの?」

「いや、うん。気にしないでくれ。ははは」

 

 困った。これじゃ俺のプレゼントがなくなってしまう。流石に光莉も「プレゼントを持ってこなかったな」って殺してくることはないだろうけど、日葵が悲しんでしまう。何かないか? 何もない。俺現金しか持ってない。女の子の誕生日プレゼントに現金なんて最低なことできないし、しようと思ってたことは一瞬あったけど流石の俺でもそれはやっちゃだめってわかってるし。

 

 せめて笑顔でいようとニコニコしながら日葵と見つめ合っていると、日葵がなにやら難しい顔で考え込んでしまった。何? 何だその顔。かわいいけどこわい。俺の品定めしてる? 脳内日葵会議勃発してる? この男は将来の夫に相応しくないんじゃないかっていう議題で脳内の日葵たちが論争を巻き起こしてる? やめてくれ。いつもの笑顔を振りまく日葵に戻ってくれ。

 

「朝日さん。君には恭弥のプレゼントをどうにかする義務がある」

「悪いとは思うけど、プレゼントは自分で考えるものでしょ? 助け船は出さないわよ」

「恭弥くんなら二重三重に考えてきそうなもんやけど、日葵相手やったらポンコツになるんやなぁ」

「兄貴って時々謎の自信で突っ走るときあるので、珍しいことじゃないですよ」

 

 ちくしょう。ちょっとだけ光莉が「あ、そういえば私その日予定できたのよね」ってさらっと言ってくれること期待したじゃねぇか。しないよな。日葵との予定をふいにするなんてこと光莉がするわけないし。

 

 日葵が俺をちらちら見ている。そして首を横に振ったり傾げたり、何を考えているかわからないけど首が大忙しだ。かわいい。もしかして俺への誕生日プレゼント第二弾? 可愛い私を見て?

 

「……恭弥」

「はいっ」

 

 バカなことを考えながら日葵を見ていると名前を呼ばれた。なんやかんやあって「もう二度と顔を見せないでください」とでも言われるんじゃないかとドキドキしながら返事すると、日葵はなぜか恥ずかしそうに俺を見ている。

 

「その、ね。勘違いだったら聞かなかったことにしてほしいんだけど」

「?」

「もしかして、その、プレゼントにね? 恭弥の誕生日に私がそうしたように、テーマパークに誘ってくれるつもりだったのかなぁ、って……そ、そんなわけないよね!! 今のなし!! 言ってみただけ!! いや、言ってない!! 何も言ってない!!」

「……」

「……」

「……」

「……そう、だったん、だ?」

「……」

 

 頷くのも恥ずかしいから顎をしゃくれさせ、目をひたすらに泳がせる。嘘だろ。バレるのってこんなに恥ずかしいの? 最悪だ。「うわ、この人自分とのデートがプレゼントになるって思ってるの……?」って軽蔑されるじゃん。めちゃめちゃ自分に自信ある人間だと思われるじゃん。あーあ終わった終わった。氷室恭弥の人生は今この瞬間終わりました。お父さんお母さんさようなら。また生まれてくる新しい命にご期待ください。

 

 日葵の顔を見れない。もしめちゃくちゃ気色の悪いものを見る目で見られていたらどうしようなんて思ったら見れるわけがない。そんな顔を見た日には国家を歌いながら国会議事堂の前で日本の国旗を燃やして暖をとる奇行をやってしまいかねない。

 

「光莉、ごめん!」

 

 国家ってどんな歌詞とメロディしてたっけな、と思い出していた時。日葵の謝罪の言葉が聞こえてきた。

 

「また今度いこ! 私ね、初めては恭弥に連れて行ってもらう!」

「そんなぁ!!!!!!???????」

「はいだまっとこなー」

「牛脂あげるからおとなしくしとこうね」

「ひり潰す」

「ひり潰す?」

 

 視界の端で千里が光莉にひり潰されているのが気にならないくらい、日葵の言ったことが理解できていなかった。

 初めては恭弥に連れて行ってもらう。初めては恭弥にもらう。初めては恭弥にあげる。え? つまり初めてのセックスをしようということですか?

 

 危ない。俺の人生が本当に終わるところだった。危うく「え、セックスしてくれるの?」って言いかけた。ホントに危ない。よく考えろ。日葵は光莉との約束は守りつつ、テーマパークに初めて行くときは俺と一緒に行きたいって言ってくれたんだ。つまり、俺のプレゼントを成立させてくれた。

 

「いいのか」

「うん。えへへ。恭弥といきたいなーって思ってたから、うれしい」

 

 思わず跪いて「結婚してくれ」と言ってしまいそうになるくらい可愛い。えへへ? うれしい? 俺を殺す気かこのかわいこちゃんは。もしかしたら俺は既に死んでいるのかもしれない。最後の脳の機能を振り絞ってなんとか見せてくれている幸せな光景なのかもしれない。だったら実際に結婚してるところ見せろやカス。

 

「日葵の初めては全部私にくれるって言ってたじゃない!!」

「言ってないよー」

「言うてないんやって」

「私が言ってくれてたらいいなーって思ってるんだもん!!」

「重症だ。薫ちゃん、救急車呼んで」

「手遅れだから呼んでも意味ないよ」

 

 何気に薫が一番ひどい。

 

 よし、周りの声がちゃんと聞こえるくらいには冷静になってきた。日葵が恥ずかしそうに俺を見て笑っている。あへぁー。

 

「恭弥が壊れた!!」

「え、うそ、どうしたの恭弥!?」

「今のうちにぶち殺して捨てておきましょう」

「隙を見て殺人しようとしてんちゃうぞ」

「日葵ねーさん。一旦兄貴から離れてあげて」

「え……」

 

 この日のそれ以降のことは覚えていない。ただ、意識を取り戻してスマホを見たら『日葵とでぇと!!』とカレンダーに恥ずかしげもなく記されていたのは確かだ。痛すぎだろ俺。



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番外編 気になる人とのファーストコンタクト

なんやかんや忙しいので、お茶濁しして多分土日お休みします!


「ん?」

 

 文化祭当日。私の何が悪かったのか、同級生の女の子から告白されそうな雰囲気を感じ取ったので一人で校内を回っていると、なにやらにぎわっている教室を見つけた。確かあそこは隣のクラスで、イケメンだけど頭がおかしい男の子と、どう見ても女の子にしか見えない男の子がいるクラスだったはず。

 そのクラスの前に人だかりができていて、しばらくしてちっちゃくておっぱいが大きい女の子が睨みを利かせ、「整列!!!!!!!」と怒号を放ち、人だかりを見事な列へと早変わりさせた。女の子なのに執事服を着てるのはなんでだろうと思ってたけど、あの睨みと怒号やったら納得やな。

 

 何があるのか気になったので、あのクラスから出てきた女の子に話しかけてみる。

 

「すみません。あのクラスなにやってるんですか?」

「喫茶店みたいな感じです。兄……ん-と、バカがバカやってるので、行かない方がいいですよ」

 

 そのままぺこりと頭を下げて行ってしまった。なんや可愛らしい子やったなぁ。なんとなく隣のクラスのイケメンくんに似てる気したけど。もしかしたらほんとにあのイケメンくんの妹かもしれない。兄……って言うてたし。

 

 うん、喫茶店か。どうりで執事服とかメイド服とか着てる人多いなぁって思ってた。っていうことは、あのイケメンくんが執事服着てるとか? あのおっぱい大きい子も可愛いし、あのクラスはレベル高いんかもせんし。

 

「うわぁぁぁぁああああああ!!!!!」

「おい、待て!!! メイド服着てご奉仕しろ!! 普段俺を誘惑してる罰をここで受けろ!!」

「いやだ!! 僕は見た目こんなんだからこそ女装はしないって決めてるんだ!!」

「女の子が女の子のカッコして何がおかしいんだ!!」

「僕は男だ!!」

「何ィ!? 男!? ならメイド服を着ろ!!」

「ちょ、やめっ」

 

 なんてことを考えていると、教室の中から騒がしい声が聞こえてきた。記憶違いじゃなければイケメンくんと女の子みたいな男の子の声。声まで女の子みたいやな。ほんまについてるんか?

 声を聞いている限り、どうやらイケメンくんが女の子にメイド服を着せようとしているらしい。だからあんな人だかりできてたんか。確かに、あの子がついてるかついてへんか結構噂になってるし、本物の女の子の裸に比べて合法的にいやらしいもん見れるしな。

 

「なんでみんな見てるだけなの! 助けてよ! 襲われてるんだよ僕!!」

「ハーッハッハッハ!! 俺は普段の行動がアレだから死ぬほど敬遠されてるんだよ!!」

「メイド服着るよ」

「おい。俺を憐れんで『せめて僕だけは味方でいよう』って気持ちでメイド服着ようとしてんじゃねぇよ」

「なんで味方やったらメイド服着んねん」

 

 思わずツッコんでしまい、慌てて口を抑える。でも周りはあの二人に夢中なようで、私を見ている人は一人もいなかった。敬遠されてる割には中心におるのが向いてるような気もするなぁ。

 

「よし。じゃあ俺が着替えさせてあげるから、乳首舐めてもいいか?」

「君は母親の子宮で文法を完璧に学んでから生まれ直してきた方がいい」

「俺をもう一度生むなんて母さんがかわいそうだろ」

「そう思うなら省みろ」

 

 私は、気づけば列の一番後ろに並んでいた。あの会話を聞いてそのテンポのよさと周りを惹きつける何かにわくわくしながら。私が入るころにはあの子はメイド服を着ているだろう。よく男らしいって言われる私よりはるかに女の子なんやろうなぁ。

 

「絶壁だから一人に決まってるわね」

「オイコラ待てや」

 

 どうやらさっきのおっぱいが大きい女の子はお客さんを案内する係のようで、私のところにくると私を一人だと決めつけて、「胸がないおひとり様です!!」と教室に向かって大声で叫び、私の胸を見て鼻で笑ってから「飽きたわ」と言って教室から可愛らしいポニーテールの女の子を引っ張り出してどこかへ行ってしまった。なんやあいつ。マイペースどころかちゃんとした社会不適合者やんけ。次会ったらぶっ殺したるわ。

 

 ムカつきながら列を進み、私の番が来た。窓から見えていたが、中はちゃんとした喫茶店のような内装で、窓際に木製のカウンターテーブル、教室に点々とおしゃれな木製テーブルと椅子、明らかにVIP用に見える赤いソファが壁際に並べられており、執事服、メイド服を着た顔のいい男女はVIP用のソファに座って接客している。

 

「おかえりなさいませお嬢様。ただいま男の子なのに女の子にしか見えない男の子が女の子のカッコしたもはや男の子ではなく女の子の男の子が空いておりますので、なんか面白そうだからお嬢様につけますね」

「手抜きの早口言葉か」

 

 教室に入った瞬間、イケメンくんが綺麗にお辞儀をしながら私を出迎え、隣に立つ激カワメイド姿の男の子……? を差し出してきた。あかん、可愛すぎる。何この子。なんか性的というか、ただ可愛いだけじゃないというか……。

 

「……あの、やっぱり恥ずかしいというか、着替えていい?」

「お嬢様、いかがでしょうか」

「いくらでも払うわ」

「スレンダー金髪美人お嬢様ご案内しまーす!!」

 

 うまいこと言うなぁ、と思いながらイケメンくんの後ろについていくと、VIP席に通された。私をソファに座らせると、私の前に二人が跪く。

 

「お嬢様。当店はまず初めにお飲み物を提供しております。コーヒー、紅茶、あとは忘れたのでメニューをご覧になって決めてください」

「ん-、コーヒーで」

「だと思ってもう用意しておきました」

 

 イケメンくんが指を鳴らすと、執事服を着たアホそうな男の子が私の前にあるテーブルにコーヒーを置いた。「砂糖とミルクは?」と聞かれたので「大丈夫」と答えると、「だと思って当店の砂糖とミルクはぜんぶ捨てました」と答えた。このクラスの赤字が確定した瞬間である。

 

「あの、跪くのやめてくれへん? なんか居心地悪いというか」

「では失礼します」

「恭弥、隣に座ってって意味じゃないと思うよ」

「隣に座ってって意味やで?」

「あ、そうなんですね。女の子にあんまり気安くしちゃダメだと思って……」

「お気を悪くしたのであれば申し訳ございません」

「申し訳ないと思うなら脚組むのやめぇや。や、気にしてへんけど」

 

 しかもいつの間にか自分のコーヒー用意して飲んでるし。私まだ飲んでへんのに。

 

「……楽しい人なんやなぁ」

「お、わかります? 俺楽しい人なんですよ」

「恭弥。お客さんだよ」

「ええよええよ。私砕けてる方が好きやし」

「よし」

「僕の骨を砕こうと拳を握るな」

 

 コーヒーを喉に流し込んで、ふわりと笑う。こんな言い方したら失礼やけど、この人毎日楽しいんやろうなぁ。友だちになれたらええんやけど……。

 

 この二人、付き合ってる噂あるしあんまり近づくのもよくないかな。



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第131話 起床

 長い夢を見ていたようだ。気づいたら家に帰ってたし、日葵から「なんかごめんね……」っていう内容のメッセージがしこたまきていて、千里からは「あの日の夜、薫ちゃんと……いや、なんでもない」っていうメッセージがきており、光莉からは「故」というメッセージがきており、春乃からは「一応言うとくけど、全体的になんもなかったで」というメッセージがきていた。

 とりあえず日葵には「今起きた。ありがとうございました」と返し、千里には「故」と返し、光莉には「プチトマト」と返し、春乃には「ありがとう。ちょうど千里から意味深なメッセージ送られてきたところなんだ」と返した。こう見てるとやっぱり常識人が誰かわかりやすいな。

 

 ベッドから起き上がって時間を確認する。俺が眠ったであろう日の翌日の8月9日、午後9時。全員帰った後だろうな。旅行最終日一緒に楽しめなかったことが心残りだが、それ以上に幸せなことがあったからいいだろう。日葵とデートだぜデート。一生ご飯を食べられないか日葵とデートかなら俺は日葵とデートを選ぶね。それくらい幸せなことだ。別にご飯を食べられなくても生きられるように体を作り変えればいいしな。

 

「あ、おはよう恭弥。起きた?」

「おう。悪いな、寝ちまって」

「寝ながら動いてたから大丈夫だよ」

 

 少しぼーっとしていると部屋に千里が入ってきて俺に近寄り、俺の髪を整え始める。一瞬妻になってほしいなと思ってしまったが思い直すこともなくやはり妻にしようと思う。日葵が本妻で千里が妻その2くらいでいいんじゃねぇの? ほら、性別は男だから別枠で迎え入れるみたいな。無理?

 

「寝ながら動いてたって」

「うん。今日の朝ごはんも昼ごはんも夜ご飯も食べてたよ」

「化け物かよ」

「うん」

「化け物なの?」

 

 さらっと化け物認定され、納得がいかないまま部屋を出る。流石に風呂は入ってないだろうと思い風呂場へ向かいながら、着替え持ってきてないけどまぁ家族と千里しかいないしいいかと開き直って風呂場の扉を開けるとそこに春乃がいた。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……えっと、閉じるかなんか言うかしてくれへん?」

「あ、綺麗な体ですね」

 

 ものすごい勢いで扉を閉められ、ドアに手をかけたままだった俺はその勢いにやられて廊下をごろごろ転がった。

 

 起き上がる。千里が爆笑している。

 

「おい、知ってただろお前」

「いや、知らなかったよ。流石の僕も女の子の恥ずかしいところをわざと見させようなんてこと考えないさ」

 

 まぁ確かに、こいつはクズだがそんなことは絶対しない。そんなことをしていたらちょうど下着姿になっていた春乃を見せてくれてありがとうございますとお礼をじゃなくて、なんて最低なことをするんだと「いけないぞ」と頭を軽く小突くところだった。

 

「……っていうかなんでいんのお前ら」

「やっと気づいたわね」

「千里。メスゴリラ連れてくんなよ。家がクサくなるじゃねぇか」

 

 光莉がどこからともなく瓶を取り出し、俺の頭に叩きつけた。おい、ちょっとした冗談に殺人級の制裁してんじゃねぇよ。相手が俺でやったのが光莉だったからゴミも怪我もなく済んだけど、相手が一般人だったらシャレになんねぇぞ。

 

「待て、悪かった。俺は光莉がもしメスゴリラだったらドラミングの度におっぱいがむにゅむにゅでえっちだなって言いたかったんだ」

「それならそう言いなさいよ。確実に仕留めてたのに」

「ぼ、ぼくは何も言ってないよ!」

「千里も同じことを思っていたらしい」

「地獄を見せてやるよ」

 

 バトルモノアニメのゲームに出てくる敵キャラの必殺技のときのセリフみたいなものとともに俺たちは地獄を見せられた。どれくらい地獄だったかと言うと、給料日に給料を全部抜き取られ、給料と同じ金額の枚数のうんちを拭いたトイレットペーパーが支給されるくらい地獄だった。めちゃくちゃ伝わりづらくて誇らしく思っている。

 

「まったく、相手が優しい春乃だったからよかったものの、私が見られてたら殺してたわよ?」

「見てねぇのに殺されてんだけど」

「僕も何も言ってないのに……」

「思うだけで罪なのよ」

 

 じゃあ俺光莉の前で迂闊に何も考えられないじゃん。ほぼ以心伝心だから変なこと考えたら一発で殺されるし。こうなったら心の中では光莉のことを褒め千切ろうかな? えーっと、胸がデカい、優しい、胸がデカい、強い、胸がデカい、面白い、胸がデカい、気が合う、胸がデカい、めちゃくちゃいいやつ、胸がデカい。

 

「おい、胸がデカいんだよお前!!」

「千里、何で私が怒られてるかわかる?」

「胸がデカいからって言ってるじゃん」

「いくら私のおっぱいが大きくて魅力的すぎて他のことが考えられないからって、そんなに怒らなくても……」

「ははは。おもしろいおもしろい」

 

 気づけば俺は庭にいた。千里も余計なことを言ったのか俺の隣に植えられており、土の中でこんにちは。適当なタイミングでお互いに土の中から抜け出すと、縁側に日葵と薫が腰かけて俺たちを見ていた。

 

「やばいぞ千里。俺たちが伝統的な日本庭園と勘違いされていた可能性がある」

「女の子二人の夢を壊しちゃったってこと……!?」

「バカ二人がなんかほざいてる」

「よかった。いつも通りの恭弥だ」

 

 今ので安心される俺って普段どう思われてんの? カッコいいとかより先に頭がおかしいがきてるんじゃね? 正解。日葵は俺のことをよく見てくれている。

 

「よう日葵。いきなり倒れて悪いな。実は千里に毒を盛られてたんだ」

「嘘だよ」

「おい!!!!!! 話を合わせろよ!!!!!!!!」

「合わせてほしいなら小声で言いなよ」

「兄貴、あんまり冗談言わないで。日葵ねーさんばか……あほ……どじまぬけ……純粋なんだからすぐ信じちゃうでしょ」

「薫ちゃんって夏野さんのことを慕ってるんだよね?」

「薫は身内には遠慮ないからな」

 

 つまり薫が暴言を吐いてくるとそれは信頼の証ということだ。それが信頼の証っていうところに氷室家の血筋を感じて俺はとても嬉しい。

 薫が暴言を吐く相手は家族と千里と日葵。めちゃくちゃ仲良しであまり暴言を吐いていないのはゆりちゃんに対してくらいだろう。ゆりちゃんといるときの薫はなんかお姉さんというか、「支えてあげなきゃ」っていう雰囲気を感じる。

 

 目を丸くして「じょ、冗談だったの……?」と恐る恐る千里を見る日葵に「冗談だぞ」と答えると、あからさまにほっとした表情で胸を撫でおろした。純粋すぎるだろ。普通毒盛られたって聞いて信じるやつが……いや、千里なら盛るな。むしろ水に毒を盛るとしたら水:毒が1:9になる割合で盛りそうだ。もはや毒に水を盛っている状態。

 

「あ、そうそう。なんでここにいるのかってまだ聞いてねぇぞ俺」

「夏野さんが恭弥のご両親に泊まりたいって言ってね。最終日倒れた……? ままだった恭弥がかわいそうだから、一緒にいたいって」

「千里ちゃん。兄貴なら途中から死んでたから聞いてないよ」

「あれ? それ織部くんが言ってたんじゃなかったっけ」

「千里ちゃんが殺された……」

 

 日葵が泊まりたいと言ってくれたことが嬉しすぎて昇天し、徳を積んでそうな人たちと「やっぱ俺地獄行きですよねー」と談笑していると日葵の口から実はそれを言っていたのは千里だということがわかり、怒りに身を任せて復活した俺は怒りに身を任せて千里に怒りを身に任せた。怒りに身を任せられた千里は怒りに身を任せた姿になって薫につんつんされている。道端に落ちてるうんちをつつくみたいに。

 

「ったく、ややこしいこと言いやがって」

「数分前の自分の発言を思い出して」

「そういえば日葵、父さんと母さんは?」

 

 薫に痛いところをつかれた俺は日葵に質問することで見事に話を逸らして見せた。これが年の功。悪いな薫。俺が大人すぎた。後二年くらいしたら俺と同じ景色が見れるだろうさ。

 

「あー、えーっと、ん-」

 

 ただ、なぜか父さんと母さんがどこにいるか聞かれただけのはずなのに、日葵は答えにくそうに視線を泳がせている。まさか死んだか? ありえる。俺が葬式で「両親は幸せ過ぎて死んでしまいました……」と涙する光景が目に浮かぶ。普段から「母さんを愛しすぎて死んじゃったどうしよう!!!!???」と困り果ててる父さんを見てるし。母さんも「その時は一緒よ……」ってうっとりしてるし。はじめてそれを聞いた小一の時、ゲボを吐き過ぎた記憶がある。

 

「病院? かな?」

「気を遣ってくれたんだな、ありがとう。あいつら子どもできたかどうか確認しにいきやがったな」

 

 気が早いだろ。昨日か一昨日ヤったなら三週間後とかじゃないとわかんねぇんじゃねぇの? 二人産んでるのになんでわかんねぇのかな。多分待ちきれなくて行ってるんだと思うけど、両親があんなだと思うと恥ずかしくて死にたくなる。

 薫も恥ずかしいようで、遠い目をして抜け殻のようになっていた。中三の娘がいる親のすることじゃねぇよ……。

 

「ちなみに男の子なら翔夜、女の子なら葵にするって言ってたよ」

「生き返って早々気分を悪くしてきたお前に、土の味を教えてやろう」

 

 知ってるよ、と言われたので俺も、と返すと、意気投合して仲良しになった。



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第132話 いつの間にかいる二人

「恭弥。実は三週間くらい前に子どもを仕込めてて、母さん妊娠してた。それじゃあ父さん仕事行ってくるから」

 

 8月11日。朝起きると、父さんが部屋に入ってきて衝撃発言を放り投げて俺の部屋で爆発させて「何もやっていませんよ」みたいな顔をして部屋を出て行った。廊下で足音が二つ聞こえるから、薫には母さんが言ったんだろう。

 

「……」

 

 なるほど。俺17歳、薫15歳、大学に入って一人暮らしすると未来の弟妹には覚えてもらえない可能性が出てくるな。父さんと母さんは見た目がいいから俺や薫と同じくハイパーイケメンかウルトラ美少女が生まれてくるに決まってるし、できることなら可愛がりたい。

 それなら一人暮らしするとしてもこの近くに住めばいいか。よし解決。この年になって両親があはんうふんしていたのは少しどころかかなりどころか猛烈に思うところがあるけど、両親の仲がよくて悪いことなんて一つもない。未来の弟妹が誕生することへの祝福に頭を切り替えよう。

 

 顔を洗いに行こうと思って廊下に出る。同じタイミングで廊下に出てきた薫と「おはよう」を交わすと、ふと物置に使っていたはずの部屋にドアプレートがかけられているのが見えた。

 

「『翔夜もしくは葵の部屋』……」

「気が早くない?」

 

 俺と薫の部屋がある方とは逆側にある物置が、未来の弟妹の部屋へと変化していた。恐る恐る中を覗いてみると、ベビーベッドなどの赤ちゃんグッズがてんこもり。

 

「吐き気してきた……」

「千里とセックスしたのか?」

「違うよゴミ。両親が浮かれすぎててってこと」

「びっくりした。薫も妊娠したのかと……今お兄ちゃんに向かってゴミって言った?」

 

 言ってないよ、と言ったので薫を信じることにしよう。俺に時々、極稀に、いや頻繁に暴言を吐いてくる薫と一緒に階段を下りて、一緒に洗面所へ向かい、一緒に顔を洗って歯を磨いて、一緒にトイレに行こうとしたところをビンタされ、代わりばんこでトイレを済ませた。いや、寝ぼけてたフリしてたんだって。じゃあ犯罪じゃねぇか。

 

 顔を洗ったからか、弟か妹ができるんだという現実を徐々に理解し始め、薫と目を合わせる。薫の表情は喜んでいいのやら悪いのやらといった風で、俺もその気持ちがものすごくわかる。母さんももう三十代後半だから、出産するってなったら心配だよな。てか三十代後半ってわけぇな。もうちょっと我慢できなかったのかうちの両親。

 

「兄貴みたいなのが生まれたらどうしよう……」

 

 どうやら俺とは違う心配をしていたみたいだ。

 

「俺みたいなのが生まれてもいいだろ。ほら、俺こんなんだけどなんとかうまくやってるじゃん」

「なんとかってつくから心配なの。それに、兄貴みたいにいい人に囲まれるかわかんないし」

「まぁ整った容姿であることに間違いはないから大丈夫だろ。人生顔なんだよ顔」

「現代と逆行してる……」

 

 もし俺がドブみたいな容姿だったらマジのドブだったけど、カッコよくてスタイルよくて頭がよくて運動ができるから許されてるみたいなところもあるし。でも顔がいいからこんな性格になってしまったみたいなところもある。ほら、顔がいいとちやほやされるし、調子に乗っちゃうじゃん? つまり俺のクソみたいな性格は両親のせいだ。

 

「うー、私ちゃんとお姉ちゃんできるかなぁ」

「小さい頃日葵と一緒にいただろ? なら日葵の真似すりゃいいんだよ。いいお姉ちゃんになれる」

「小さい頃の日葵ねーさん、兄貴に翻弄されてたイメージしかないし……」

「エルフの剣士か俺は」

 

 キッチンに行って、『お母さん、張り切っちゃった!』という置手紙をぐしゃぐしゃにして捨ててから朝食をテーブルへ運ぶ。途中で悪いことをしてしまった気持ちになって置手紙を拾い上げ、『ぐしゃぐしゃにしてごめん。いつもありがとう』と書いて元の場所に戻しておいた。そして二人でいただきます。

 

「そんなに暴れ回ってたっけ俺?」

「兄貴好奇心の塊だったから、興味あるものに吸い寄せられちゃって。それに日葵ねーさんがついていって、みたいなのが多かったよ」

「じゃあ一緒だろ。小さい子なんてふらふらするんだから、日葵みたいに弟妹についていってフォローしてやりゃいいんだよ」

「大体日葵ねーさんがこけたり溝にはまったりして兄貴に助けてもらってた」

「俺を見習ってくれ」

 

 そういえばそうだった。日葵って運動神経そこそこいいのに結構ドジだから、よくやらかしては泣いていたイメージがある。それをよく慰めてたなぁ。もとはと言えば俺がふらふらするから日葵に危険が及ぶんだけど。何してんだ昔の俺。日葵を危険な目に遭わせるとかバカじゃねの? 死ね。死んだら今の俺も死んじゃうからやっぱ死なないで。

 

「ん-、確かに兄貴見習えばいいかも。普段の言動行動はともかく、私に対してはいいお兄ちゃんだったし」

「もう一度お兄ちゃんって言ってくれ」

「言ってないもん」

「いやん! かわゆいわ!」

「消え失せろ」

「消え失せろ?」

 

 聞き間違いかな……と思いながら朝食を食べ終えて、一緒に食器を片付ける。俺と薫は休みであろうと健康的な生活を送るすばらしい兄妹なので、大体朝一緒に起きて一緒にご飯を食べて、一緒に片付けをして、お互い予定がなければ昼も一緒に食べる。仲良しすぎか? 世の兄貴どもは俺を羨ましがることだろう。こんなに可愛くて可愛くて可愛い妹と一緒にご飯を食べられるんだから。さっき消え失せろって言われたけど。

 

「兄貴、大学行ったら一人暮らしするんでしょ?」

「すぐこっちに帰ってこれるような場所には住む。弟妹が生まれるならお世話したいしな」

「そっか」

 

 ちょっと嬉しそうに微笑む薫の頭を撫でて、「腐るからやめて」と払いのけられる。照れ隠しか。かわゆいやつめ。

 

「薫は今日勉強?」

「うん。千里ちゃんがお昼からきてくれて教えてくれるって。兄貴には言わないでって言われた」

「ふーん。ゴムは?」

「妹に向かってゴムは? とか言わないで。する予定ないから持ってないよ」

「はぁ、薫は男をわかってねぇな」

「千里ちゃんはメスだし」

「そうじゃん。俺が間違ってたわ」

 

 俺が悪かったので土下座して謝り、「じゃあ勉強するから」と言った薫が部屋に入るまで土下座を続け、ドアが閉まる音が聞こえてから自分の部屋に戻る。

 さて、千里が薫と二人きりになりたいってことは俺は家から出て行かなきゃいけないってことだ。あいつこの期に及んで薫と二人きりになろうとするなんてどういうことだ? フったくせに。そういうどっちつかずではっきりしないところが男らしくないんじゃねぇの? とボイスメッセージを送ってから、手当たり次第知り合いに「今日暇?」と送る。そして連絡を送れる知り合いが10人もいないことに気づいた。俺は咽び泣いた。

 

 とりあえず寝間着のままはだらしないのでお着換えを開始。クローゼットを開け、中にいた光莉をそっとどかして着替え始める。この時期になると半袖で外に出かけても、どこかに入ると空調ガンガンでめちゃくちゃ寒いみたいなこともあるから何か上着一枚持って行かなきゃいけないのがめんどくさい。こともない。俺は感覚がバカなので空調ガンガンでも寒いなんて思わない。

 

「ちなみに今日暇よ」

「そうか」

 

 とりあえずやることないしランニングにいくか、とスポーツウェアに着替えて「留守番頼むわ」と光莉に伝えてから階段を下りる。まずは歩いて近くの公園まで行って、体を慣らしてから準備運動。そしてやりすぎない程度に走るのが健康のコツっぽく思えてくる。実際には知らん。

 

 そういえばなんで光莉が部屋にいたんだろうなーと思いながら公園まで歩き、準備運動。夏休み真っ盛りだからか、元気な子どもがちらほらいるのが見える。今は家で充分遊べるのに元気だなぁなんてジジイみたいなことを考えながら、走り始めた。

 

 そういえばなんで光莉が部屋にいたんだろうなーと思いながら走り、そういえばあれ光莉だったよなーと思いながら走り、あれ? なんで俺部屋に光莉いたのになんの反応もなかったんだ? と思いながら走り、怖くなって走って家に戻る。

 

「お前何で部屋にいるんだよ!!!!!!」

「あ、帰ってきた」

 

 そのまま靴を揃えることもなく脱ぎ散らかして勢いのままに階段を駆け上がり、自分の部屋に入ると光莉がクーラーをつけて涼みながら夏休みの宿題をしていた。俺の勉強机で。しかもアイスコーヒー飲んでるし。

 

「ほら。私って一人っ子じゃない」

「それで?」

「暇だからきちゃった」

「日葵のとこ行きゃいいだろ。なんでうちなんだ?」

「普通の家の人が、アポなしで突撃して快く迎え入れてくれると思う?」

「なるほどな。そりゃうちだけしかこれねぇわ」

「それに日葵と会うってなったらドキドキして緊張しちゃうし」

「俺にもドキドキしろや」

 

 仮にも男だぞ俺。なんで俺より日葵と会う方が緊張するの? すごくわかる。

 

 ていうかそうか、俺の両親が光莉を家に入れて……どのタイミングでこいつ俺の部屋に入ったんだ? もしかして俺が寝てる時? 怖すぎだろ。いくら光莉が可愛くておっぱいが大きいからとはいえそれはあまりにもおっぱいが大きすぎる。間違えた怖すぎる。友だちでも知らない間にクローゼットに人が入ってたら……俺ふつうにどかしてたな。怖くねぇややっぱり。

 

「お風呂入れといたわよ。着替えも置いてるから、汗流してきなさい」

「えっ」

「ちなみにセックスはしないわよ」

 

 しゅん。俺は肩を落としてお風呂へ向かった。色んな汗でぐしょぐしょになったスポーツウェアを洗濯機に放り込む。他の服と一緒に洗わない方がいいとか聞いたことあるけど知ったこっちゃない。飯はうまけりゃいいって言ってるくらいなんだからこんなこと気にしてたら爆笑もんだろ。うふふ……。

 

 爆笑もんではなかったので微笑みながら、全裸でお風呂に突入。先にシャワーを浴びていた千里に「あ、どうも」と挨拶をして、だからメスクサかったんだなと思いながらシャワーを借りて汗を流す。

 

「今日薫ちゃん借りるね」

「殺す殺す」

「助けっ」

 

 お風呂から上がり、光莉に「俺んちの風呂場に水死体あったんだけど、何か知らねぇ?」と聞いたら、「すぐなくなるから安心しなさい」と言われたので安心した。



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第133話 あーあ

「宿題なんてしゃらくさいことやってんじゃないわよ!!!!!!」

「????????」

 

 光莉が宿題をやっていたはずなのになぜか俺が「宿題なんてやってんじゃないわよ!」と怒られ、「千里と薫ちゃんの邪魔になるから」と家から引きずり出され、「なんか物産展やってるらしいわよ」と流れるようにデパートへ連れて行かれた。こいつ、もしかして今日俺をここに連れてきたいから家に突撃しにきたんじゃ……?

 

「さぁ、おいしいものを奢りなさい」

「俺に財布を期待するならそれ相応の可愛らしさを見せろ」

「あら、私は素のままで十分可愛いと思うけど?」

「へぇ。北海道の物産展やってるのか」

「無視はやめなさい。可愛いって言ったらしゃぶりつくしてあげるわよ」

「光莉。お前はそこそこ可愛いよ」

「こういう時に世界一可愛いじゃなくてそこそこ可愛いをチョイスするのはあんたぐらいね。気に入ったわ」

 

 気に入ったなら殴らないでくれませんかね……。

 

 まぁ今のは照れ隠しでそこそこって言っただけで光莉はめちゃくちゃ可愛いと思ってるから俺は悪くない。なんで殴ってきてんだこいつマジで。頭おかしいんじゃねぇの?

 

「人いっぱいいるわね」

「うまいもんいっぱいありそうだしなぁ」

「ウニホタテいくら牛ステーキ弁当っていうのがあるわよ」

「もう名前を捻る時代は終わったんだな」

 

 商品名が160kmストレート。やっぱり捻った名前にするよりこっちの方がいいよな。何が入ってるかわかりやすいし、ウニとかホタテとかが好きな人が目につきやすい。光莉が欲しそうにしてるけど値段がちょっとアレなので無視して、人混みをかき分けながら進んでいく。

 

 周りを見ると、家族やカップルが多い。売り場の人も積極的に声をかけていて、にぎやかというかなんというか。

 

「うるせぇな」

「あんたって時々本気で心無いわよね」

 

 いや、その、ほら。夏休みになると予定がなかったらほとんど家じゃん? だから人が会話してるところとかそんな耳にしなくなるじゃん? そのギャップよ。これが夏休みじゃなかったら普段から会話聞いてるしうるせぇとか思わなかったけど、本当だよ?

 

「光莉、はぐれるなよ。おっぱいでかいんだから」

「はぐれることとおっぱいが大きいことの因果関係を教えなさい」

「ほら、引っかかったり……」

「あんたにくっついてるから大丈夫よ」

 

 あぁ。だからやけに俺の背中が柔らかいと思った。なるほど、光莉が後ろからくっついてたんだな。やけに男から視線を感じるなと思ったら羨ましいとかそういう感じのやつね。どうだ羨ましいだろ。美少女のおっぱいを背中に押し付けてもらいながらおいしい食べ物を見て回ってるんだぜ俺。富豪のパイオニアか?

 

 ただまぁ、おっぱいが押し付けられたところで男の中の男である俺はまったく動じない。光莉をおんぶしたときもむぎゅむぎゅだったし、あの時に比べれば今はまだ控え目な方だ。俺は内心バックバクのドッキドキである。めちゃくちゃ動揺してんじゃねぇか。

 

「そういえば今日晩御飯いらないって言ってきてるのよね」

「へぇ。どこの草食って帰るんだ?」

「道草食わせて帰らせようとしてんじゃないわよ。もちろんあんたの家でご馳走になるわ」

「図々しい女だな。嫌いじゃないぜ」

「きゃっきゃっ」

 

 そこら辺に春乃いねぇかな……。光莉と二人きりだとどうもふざけすぎてツッコミがいなくなることが多々ある。もっとこう、場をビシッと締めてほしいんだよ。メリハリがない。ふざけ続けるのも楽しいけど周りから見たらただの痛いやつらじゃん。くっつきあっていちゃついてるカップルじゃん。

 

「恭弥、何食べたい?」

「ん-。せっかくだし海鮮系食いたいな」

「よく知らないけど、北海道と言えば海鮮って感じだものね」

 

 あと肉。とにかく飯がうまいイメージがある。たこわさとかうにいかとかも売ってるし、いやん、あたし迷っちゃう!

 

 せっかくだし千里と薫にも何か買って行ってやろうかな。あいつらのことだから俺の目がないところで二人でお料理してきゃっきゃしてるだろうけど、「こっちのがうまいぞ」ってクソ高い海鮮をボンって並べるのも面白いかもしれない。ぷぷぷ。飯なんか高けりゃ高い方が美味いに決まってるのにバカな奴らめ。

 

「……ねぇ恭弥。何かめちゃくちゃ見られてる気がしない?」

「ん? 俺が美男子で光莉が美少女だからだろ」

「……。え、えっと、恭弥がすごく見られてる気がするの」

 

 美少女って言われて照れてるなこいつと思いながら、周りを見てみる。確かに見られているような気がする。特に女の人からが多い。ふっ、困ったな。俺がカッコよすぎて虜になっちまったか? 無理もないな。こんなにカッコよくて性格がよくて運動ができて頭がいいスーパー美男子の虜にならない女の子なんてこの世にごまんと存在する。は?

 

「なんか、『カッコいい人いる!』みたいな感じの視線じゃないのよね。もっとこう、うーん」

「視線の正体をお教えしましょう!!」

 

 光莉が頭を悩ませていると、フラッシュとともに元気な声が聞こえてきた。無遠慮に人を撮ってくるやつには心当たりしかない。

 

「つづちゃん」

「あら、久しぶりね」

「お久しぶりです! そして週刊誌デビューおめでとうございます!」

「週刊誌デビュー?」

 

 バッとつづちゃんが見せてきたのは、恐らく女性週刊誌であろうもの。俺は男だから当然女性週刊誌を買ったことはないが、コンビニとかでよく見かける結構有名っぽい週刊誌……なんてことはどうでもいい。

 

 問題はその表紙。

 

 表紙には、タキシードを着た俺とウエディングドレスを着た千里がノリノリで写っていた。

 

「あぁ……」

「恭弥! 気を確かに!」

「結構評判いいんですよ! お父さんが撮ったこの写真! やっぱり被写体がよくて、先輩たちがお互い信頼し合ってるからいいものが撮れるんでしょうね!」

「人口呼吸いる?」

「舌を入れてくれ……」

「よし、大丈夫そうね。死になさい」

 

 大丈夫じゃなくしてんじゃねぇよ。

 

 そういえば、そうか。俺と千里撮られてたんだった。まさか無許可で載せるとは思わなかったから安心してたけど、つづちゃんのお父さんならお構いなしだろう。なんかつづちゃんが「私が先輩たちならなんだかんだ許してくれるって言っちゃって!!」って言ってるけど。何してくれちゃってんの?

 

「というかあんたこれ学校の連中に知られたらまた付き合ってる噂が加速するわよ」

「加速するどころかもうゴールインしてるんだけどこの写真。加速してゴールテープ切っちゃってるじゃん」

「私は応援してますよ!」

「うるせぇよ」

 

 さっきまではあんなおいしそうに見えた食べ物たちもまったくおいしそうに見えない。あ、あのまぐろおいしそうだな。あとで買って帰ろう。

 

 とりあえずこれは俺の中だけに閉まっておいて、千里には伝えないでおこう。もし学校で写真のことについて聞かれて「あぁ、あれのことね」なんて言ってしまえば載せる事を了承して撮ったと捉えられかねない。だから伝えないことで「なんのこと?」と自然と言わせるようにしておけば、勝手に撮られて勝手に載せられたとまだ言い訳でき……ねぇよそもそもなんで撮ったんだって話になるし。白鳥家マジで俺たちを追い詰めるために存在してんじゃねぇの?

 

「そういえばお父さんから定期的に被写体になってくれとの依頼がありますよ!」

「誰がなるか」

「報酬は弾むそうです」

「週9でいいか?」

「時空を超越してまでお金欲しがるんじゃないわよ」

 

 俺と千里くらいなら一回撮るたびに何万かもらえるだろうから、高校生にとってはものすごい報酬だ。代償は日本全国の人に俺と千里が恋人だと勘違いされ、俺が千里以外の子と結婚したら浮気だとか不倫だとか言われるだけだ。最悪じゃねぇか。

 

「ちなみにさ。この週刊誌って千里が男だってことちゃんと書いてる?」

「書いてますよ! そのあたりはしっかり気を遣ってます!」

「男だって書いてない方がいいんだよチクショウが」

「まぁ千里なら男でも女でも変わんないわよ」

 

 これでもう俺は街中を歩いてたら「女の子みたいな男の子と付き合ってる超絶イケメンだ……」って思われるじゃねぇか。これの何が嫌かって俺と一緒に歩いてる女の子が泥棒猫だって思われることなんだよな。というか日葵が泥棒猫だって思われることなんだよな。光莉と春乃は自分で跳ねのけるだろうけど、日葵は普通の女の子だし……。

 

「お父さんが芸能事務所から声がかかるかもって言ってましたよ。よかったですね!」

「女の子みたいな男の子と付き合ってるデラックスイケメンだからか? クソくらえ」

「そうなるとミラクル美少女の私にも声がかかるかもしれないわね」

「お二人とも幸せな脳みそしてますね!!」

 

 喧嘩売ってんのかこいつ。でも可愛いから許しちゃう。

 

 はぁ、まぁいいか。学校中での勘違いが日本全国に広がっただけだし。俺たちが気にしてなかったらみんな忘れてくれるだろ。クソ、なんで俺と千里こんな幸せそうな顔してんだよ。様々な障害を乗り越えてついに結ばれましたみたいな表情してんじゃねぇよ。なんでこんな表情できるの? 役者じゃん。芸能事務所から声かかったら頷いちゃおうかな?

 

 対人能力がバグってるから一瞬でクビにされる未来が見えた。俺は先見の明がある素晴らしい人間である。

 

「はーアホらしい。うまいモン食って忘れよう。つづちゃんも何か食うか?」

「いいんですか! ありがとうございます!」

「ちょっと、奢ってもらうことに対して申し訳なさとかないの?」

「そう言うなら光莉には奢らない」

「いやん。冗談じゃないん」

 

 くねくねしだしたので「ははは」と笑ってやると、「セクシーだった?」としつこく聞いてきやがった。うざかったのでシュークリームを買い与えると、にっこにこになって「ありがとー!!」とおおはしゃぎ。

 

 は? かわゆ。



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第134話 吐瀉物

「おじゃましまーす!」

「私がお邪魔してあげるんだからありがたく思いなさい」

「ぜひ帰ってくれ」

 

 光莉は俺を無視してずかずかと家にあがった。生きてて恥ずかしくねぇのかな。

 

 俺と千里の雑誌デビューという衝撃の事実を胸に抱え、うまいものを俺の自腹で購入し、なんで俺ばっかりが金払ってるんだ? という疑問も抱えつつ帰宅した。

 色々考えた結果、やはり千里にも同じ気持ちを味わってもらおうということで雑誌を持つつづちゃんもお迎えしている。なぜかやたら俺の家を写真に収めているのはどういうつもりだろうか。時々俺にカメラ向けてきてるし。

 

「つづちゃん。その写真どうするつもり?」

「お父さんにあげようかと思いまして!」

「とんでもなく恐ろしいことになりそうだからやめてくれ」

「ダメですか……?」

「いくらでも撮っていいよ!」

「ダメに決まってるでしょ」

 

 カメラをぎゅっと握って上目遣いでの「ダメですか……?」攻撃にノックアウトされ思わず許可を出すと、ちょうど二階から降りてきた薫に冷ややか目を向けられながら止められてしまった。いや、だって可愛かったんだもん。多分つづちゃんその仕草が可愛いって自分でわかっててやってるだろうけど、それが気にならないくらい可愛かったんだもん。

 

「つづちゃんさん。兄貴だけを撮るならいいですけど、家はやめてください」

「わかりました! ところで薫さん、氷室先輩と一緒に写る気はありませんか!」

「兄貴だけを撮るならいいですけど」

「わかりました! ところで薫さん、氷室先輩と一緒に写る気はありませんか!」

「兄貴だけを撮るならいいですけど!」

「わかりました! ところで薫さん、氷室先輩と一緒に写る気はありませんか!」

「NPCかよ」

 

 どうやらつづちゃんは折れる気がないらしい。確かに薫はめっちゃくちゃ可愛いから写真を撮りたい気持ちもわかる。俺も薫が許してくれるなら一日中写真を撮ってアルバムに収めて行きたいくらいの気持ちがあるし、むしろここで薫に折れてもらえれば俺も薫の写真を手に入れる事ができる。

 つまり俺はつづちゃん側に回ればいいということ?

 

「薫。そんなに断らなくてもいいだろ? つづちゃんが写真撮りたいって言ってるんだから」

「兄貴きらい」

「言ってるんだから、つづちゃん。早急に諦めてくれ」

「えぇー……薫さんの写真撮りたいのに……」

「いやん! しょぼんってしないで! 恭弥困っちゃうわ!」

「行きましょう薫さん」

「はい」

 

 頬に手を当ててくねくねする俺を放置して、薫とつづちゃんはリビングへ向かった。なんで俺が放置されたんだろう? わからない。薫もつづちゃんもちょっと変わってるところあるからな。それを受け入れてこその年長者。俺はクールに微笑みながら二人の後を追おうとして、ふと千里が姿を見せないことに気が付く。

 薫は降りてきたのに、千里が降りてこない。まさかあいつ、薫の部屋であはんうふんなことをしている……?

 

 俺は千里を血祭りにあげるべく、階段を駆け上がって薫の部屋に突入した。

 

「薫のパンツは俺が守る!」

 

 誰もいなかった。つまり俺は、妹の部屋に急いで突入して、一人で「薫のパンツは俺が守る!」と叫ぶとんでもないやつに成り下がってしまったということである。薫なら「何やってるの?」とただ単純な疑問をぶつけてくるだけで済ませてくれそうだが、一般人から見れば『妹の部屋に突入し、下着を死守しようとする色んな意味で危険な兄』に見えてしまうことだろう。俺は千里から薫のパンツを守ろうとしただけなのに。

 

「……何してるの恭弥」

「あ、千里。なんでお前薫のパンツ盗んでないの?」

「その手があったか! 流石の僕もそんな節操がないことはしないよ」

「隠しきれない欲望が飛び出してたぞ」

 

 冷静になってさぁ下に戻ろうとドアの方を見た時、ちょうど部屋の中を覗いてきた千里と目が合った。どこにいたんだろうと一瞬思って、まぁ薫の部屋にいなかったなら別になんでもいいかと結論を出し、「先に行ってていいよ」と訳の分からないことをほざく千里をひっつかんで下に降りる。

 

「つかさ、お前、女子中学生の下着に欲情して恥ずかしくねぇの?」

「好きな人の下着に欲情するのは当然のことじゃないの?」

「おいおい。負けました」

「おいおい。勝ちました」

 

 千里の言う通りだ。女子中学生の下着に欲情するのは性犯罪者の香りがぷんぷんするが、好きな人の下着に欲情するのは何も悪いことじゃない。ただ好きになった相手が女子中学生だったってだけで、じゃあマズいじゃねぇか。普通女子中学生を好きにならねぇって。いやでも薫くらい美少女で完璧な性格の持ち主なら全人類が好きになっても無理はない。きっと中学の男どもも薫のことが好きすぎてファンクラブどころか帝国ができあがってることだろうし。総帥は俺。つまり俺は中学生。

 

 ひっつかんでいた千里から手を離し、隣に並んでリビングに入ると、薫とつづちゃんが可愛らしく座り、光莉がテーブルの上におっぱいを乗せて「みてみて。おっぱい枕」と下品な一発芸を年下の女の子に披露していた。それで喜ぶと思ってんのかクソ女。俺たちは大喜びです。

 

「おい光莉。ぜひその枕で寝させてくれ」

「恭弥はぜひその枕で寝させてくれって言いたかったんだと思うよ」

「じゃあ100%伝わってるわよ」

「多分年下の女の子に下品なものを見せるなって言いたかったんだね」

 

 流石薫。俺の言いたいことをわかってくれている。あと光莉は「はいどうぞ」っておっぱい枕を見せびらかしてくるな。俺がうっかり「ウワーんママ!!」ってその枕で寝ちまったらどうするつもりだ。薫に縁を切られてつづちゃんに写真を撮られてそれが出回って、結果俺の人生が終わっちまうだろ。

 

「光莉。そろそろ自分のおっぱいを武器にするのやめてくれないか? 俺が性犯罪者になったらどう責任とるんだよ」

「私が受け入れるから性犯罪者にはならないわよ」

「薫、千里、つづちゃん。申し訳ないが少し家を空けてくれ」

「日葵ねーさんに連絡するね」

「実は今ビデオ回してます!」

「後で具合の方を教えてね」

「敵しかいないと思いきや味方してくれそうなやつがいるな……」

 

 思わず光莉の具合を教えてもらおうとしていた千里が、薫に睨まれて「違うんだ! ただ僕は朝日さんの具合がどうなのかと知りたかっただけなんだ!」となにも違わないことを言いながら弁解しようとしている。もしヤったとしても教えるわけねぇだろバカが。女の子とのそういうことを他の男にべらべら喋る男って最低だろ。

 

 あれ? 千里はメスだから喋ってもいいのか?

 

「そんなことよりご飯食べましょ! ご飯! 恭弥がいっぱいおいしそうなもの買ってくれたの!」

「朝日さんってご飯の前だと著しくIQが下がるよね」

「元からクソ低いだろ」

「一」

「恭弥。カウントが始まったからもう朝日さんに下手なことは言わないようにしよう」

「三つたまったら制裁されそうだな」

「一で制裁するわ」

 

 光莉が俺を引き寄せ、スマホを構えてパシャリと自撮り。流れるような速さでそれを誰かに送ると、一瞬で俺のスマホに通知が届いた。

 

「『光莉と一緒にいるの?』『楽しそうやな』。おい光莉。まさかお前、今の写真を日葵と春乃に送りやしなかったか?」

「えへへ……」

「もう、いけない子なんだからっ!」

「兄貴。ほんとにマズいことになると思うから逃げた方がいいよ」

「はは、まさか。『光莉が勝手に押し掛けてきたんだよ』って二人に送ったし、二人とも納得してくれるだろ」

「それを言われたら、多分お二人も押し掛けてくるんじゃないですか?」

「待ちなさい。私は恭弥に誘われたのよ」

「記憶力ゴミなのかテメェは。死にてぇのか?」

「あんた時々私が女の子ってこと忘れてるわよね?」

 

 俺は男女平等なんだよ。そもそも男にも「死にてぇのか?」なんて言っちゃダメだとか言う意見は一切聞かない。

 

 しかし、どうだろう。日葵が押しかけてきてくれるなら万々歳で、春乃も節度は守ってくれるだろうから別にいい。人の部屋のクローゼットの中で生活して、勝手にクーラーつけて勝手に宿題しながら勝手にアイスコーヒーを飲むとんでもないバカじゃないだろうから、別にいいんだよな。光莉は死んでくれ。

 

「ふむふむ。今押しかけてきてくれれば四人の修羅場が見れそうですね」

「もしかしてつづちゃん。僕を修羅場に参加させてる?」

「ヒロインレースが可視化できるなら間違いなく千里が先頭でしょうし、当然じゃない?」

「ネックなのは性別だけだもんね」

「薫ちゃん。本当に僕のことが好きなんだよね?」

「女の子に気持ち確かめるなんて野暮なことすんじゃねぇよ」

「君は僕を責める時だけイケメンになるのをやめてくれないか」

「千里ちゃんのことは好きだよ」

「恭弥がゲボ吐いた……」

 

 薫が他の男のことを好きだと言った事実に耐えきれず嘔吐する。光莉がすかさずバケツを持ってきてくれたから床にまき散らすことは避けることができた。光莉が持ってきてくれた水で喉に残った嘔吐物を吐き出しながら、なんだこの完璧な介護はと戦慄し、「あんたゲロ臭いから歯磨いてきなさい」と吐き捨ててきた光莉を見て安心感を覚える。光莉はこうじゃないとな。

 

「あれ待って。なんで光莉うちのバケツの場所知ってたんだ?」

「この前家に侵入した時、ご両親が教えてくれたわ」

「さらっと侵入って言ってんじゃねぇよ」

「なんでうちの両親も受け入れるんだろう……」

「まぁ恭弥と薫ちゃんの両親だしね」

「ものすごくやりそうですよね」

 

 ムカついたので両親に「今度から光莉を家に入れないでくれ」とメッセージを送ると、「あんなに可愛いのに?」と返ってきた。光莉を見る。「入れていいよ」と返しておいた。



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第135話 アホを連れて

 お盆。世間一般的には田舎に帰っておじいちゃんおばあちゃんとの触れ合いを楽しむ時期だろうが、俺の両親は残念なことに一族から嫌われているので、我が家は今日もどこにも出かけることなく自宅でのんびりである。

 流石に千里、日葵、光莉、春乃の四人も祖父母のところへ行っているらしく、俺の両親は「二人でラブラブ旅行に行ってきます」と家を飛び出し、薫とため息を吐いたのがついさっき。俺たちも連れて行けと言わないのは、旅行先で両親がはっちゃけるのを知っているからだ。ていうかお腹の中に子どもいるならもうちょっと大人しくしとけや。

 

「兄貴はあんな親にならないでね」

「日葵と結婚できたらあぁならないだろ」

「光莉さんと結婚できたらあぁなるような気がして」

「いや、多分あいつ子ども溺愛するタイプだから大丈夫だろ」

「光莉さんと結婚する可能性、否定しないんだ?」

「俺今から逃げるから」

 

 気まずい話題が薫から飛び出してきたのを聞いて、俺は即逃げ出した。家を飛び出して、行く宛もなくぶらついていると薫から『逃げるって言って逃げ出した人初めて見た』というメッセージが来て誇らしくなってしまう。また"兄"の威厳を見せつけてしまったな。

 

 さて、どうしよう。いつもの四人はいないし、俺にあいつら以外の友だちはいないし、いやいるっちゃいるんだけど急に連絡するような仲でもないし、てなると俺はお盆に男一人でだらだら過ごす、家族と縁を切られた独身男性のような一日を過ごさなきゃいけないってことになる。そんなやついるのか? いる。地球は広い。

 

「……」

 

 ただ、俺は基本的に一人じゃ寂しい人間なので知り合いがいるであろうところに行くことにした。

 『オラクル』。あのチャラついた下半身でしかものを考えなさそうに見えて実はいいやつ日本代表かもしれない可能性を秘めつつある井原の、両親が営むケーキ屋さんである。薫にもケーキ買っていってあげたいし、ちょうどいい。井原には俺の寂しさを埋める道具になってもらおう。

 

 は? 俺は井原如きに頼らなきゃいけないのか? ムカついてきたな……。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 お店に入ると明らかに顔採用っぽい可愛い女性店員、ただし日葵の方が確実に可愛いしなんなら日葵と比べることすらおこがましいレベルの女性店員さんが元気よくいらっしゃいませとご挨拶。そういえばお盆なのにお店やってるんだなと思いながら店内を見渡してみると、お盆なのに結構客が入っている。田舎にも帰れねぇ旅行もいけねぇ貧乏人どもなのかな?

 

「ん? お、恭弥じゃん! どったん? 暇してんの?」

「は? 何気安く下の名前で呼んでんだ? ぶちのめすぞカス」

「相変わらずバイオレンス! そういう時は甘いモンに限るっしょ!」

 

 店内でケーキを食べているお客さんにナンパを仕掛けようとして「ケーキおいしいっしょ? これ俺の父ちゃんと母ちゃんが作ってんの! マジスゲェっスよね!」と家族自慢をしてお姉さま方から微笑ましい目で見られていた井原が俺の姿を見つけ、爆速ですっ飛んできた。根っこの人の好さがビシビシ伝わってくるから別に下の名前で呼んでくれてもいいんだけど、千里が先に井原と仲良くなってたからなんとなく気に入らない。

 

「今日はアレがおすすめ! アレ! アレ? なんだっけ。恭弥知ってる?」

「全部じゃねぇの?」

「いいこというじゃん! そう! 毎日全部がおすすめできる超激ヤバな店なんだよウチ! んで、ケーキ買いに来てくれたん?」

「お前に会いに来た」

「ドッキューン! 俺と恭弥の心の距離が秒速0.1mm! 心の友とはこのことか!?」

「うるせぇな……」

「そういうことは思ってても言わねぇのが人間だぜ!」

 

 俺は人間じゃねぇってのか……? という俺のブチギレをスルーして、井原は頼んでもないのに俺を席まで案内し、「ちょっと待ってて!」と言って店の奥に引っ込んでいった。既にここへ来たことを後悔してるところだったから適当にケーキを買って帰ろうと思ってたのに、どうやら捕まってしまったらしい。

 

 まぁ別に悪いやつじゃないしいいかと自分を納得させ、井原がくるまで暇だからメニューを開く。俺と千里の例の写真が一ページ目にデカデカと載っており、『俺の親友たち! カッケカワイイ!!』とバカみたいな字で書かれている。あぁ、どうりでこの店に入ったら視線感じると思った。

 

「お、気づいちゃった!? 親友たちの結婚だからどうにかして祝いたいと思ってさ! 注目されんの好きっしょ?」

「井原。俺たち結婚してねぇし、この写真だって無理やり撮られたんだ」

「えぇ!? マジ!? ワリィ! すぐ抜き取るわ!」

 

 トレーに乗ったケーキとコーヒーをテーブルの上に置いてから、井原が店の中を走り回り「メニュー一ページ目の美男美女、実際には美男美男なんだけど、それ結婚してねぇって!! 超アツアツカップルってだけ!! そこんとこよろしくオナシャス!!」と叫び回り、いい汗を流してから俺の向かい側に座った。

 

「言ってきた!」

「今ほどお前に悪気があったらと思ったことはない」

「?」

 

 こいつの場合100%善意でやってるから殺しづらいんだよな。これをやったのが光莉とかだったらぶん殴ろうとして返り討ちにあうのに。俺がやられるのかよ。あの最強生物どうにかしろよほんと。

 

 誤解を解くのも面倒だからそのままにしておくことにする。『美男美男』って気になるワードが発せられたからか、余計に俺へ注がれる視線が多くなった気がするけど、学校にいるときに比べたらはるかにマシだ。

 

「千里とかは今日いねぇの? あ、そっかお盆じゃん! イツメンと遊べねぇから俺んとこきたってこと? 嬉しさマックスあざあざパーティじゃん! つまり今から恭弥んち行っていいってこと!?」

「薫がいるからだめだ。悪影響がすぎる」

「薫ちゃんいんだ! 恭弥がカッケェからそうだろうなって思ってたけど、薫ちゃん可愛いし美人さんだよな!」

「お前もしかして薫に色目使ってる?」

「あんだけ可愛くて美人なら使わなきゃ失礼っしょ! ま、中学生だから性欲とか全然わかねぇし、なんだろ。モデル見てる気分? みたいな?」

 

 『中学生だから性欲とか全然わかねぇ』って部分、千里に聞かせてやりたい。やっぱ犯罪者だってあいつ。『好きになったのが中学生だっただけ』って苦しい言い訳してる犯罪者だって。やっぱ殺しとこう。性犯罪者は社会に必要ない。

 

「それに恭弥と一緒で絶対いい子だから、俺仲良くなりてぇんだよなぁ」

「いいやつだなぁお前」

「だしょ? 俺いいやつなんだよ!」

 

 あ、ちなみにこのケーキ俺の奢り! と言って、トレーの上に乗っていたケーキを俺の前に置いてくれる。底抜けにいいやつだなこいつ。いつも日葵と春乃がクズの濃度に負けてしまうから、純度100%の善性を真正面から受ける事ってあんまりないんだよな……。新鮮すぎる。浄化されて俺もいいやつになってしまうかもしれない。

 

 いや、いいやつの井原が俺のことをいいやつって言ってたから俺もいいやつなんだろう。クズ卒業だ。メスクズと乳クズには悪いが、俺は一歩先を行かせてもらうことにする。

 

「でも薫ちゃん受験生だもんな。邪魔しちゃワリィか」

「井原アホだし、勉強教えられねぇしな」

「流石に高校入試レベルはいけるって! 多分」

「赤点とらなかったことある?」

「ねぇ!」

 

 こういうアホが実は頭いいとかならギャップでカッコよくなるのに、こいつは期待を裏切らずストレートにアホで追試の常連。我らが担任も「お前はほんとにバカだな」と呆れながら匙を投げるアホっぷりである。ちなみに我らが担任は基本的になんでも匙を投げる。クズ野郎が。

 

「お前大学とかどうすんの? このまま店継ぐとか?」

「店継ぐために色んな勉強しねぇとって思ってっから、実は最近勉強中的な? 大学も行こうと思ってっし!」

「偉すぎる……」

 

 アホの鑑じゃん。俺なんか受験勉強しなきゃと思いつつ「まぁ俺天才だし今からみっちりやらなくていいか」ってだらだらしてるのに。ちなみに日葵は毎日してるらしい。偉い! かしこい! すき!

 

「でも俺さー。教師もいいかなって思い始めちゃたりしてるところもあるんだよなー」

「教師? なんでまた」

「安定してっから!」

「アホにあるまじき考え方してるなぁ」

「安定は大事っしょ。好きなことは土台しっかりさせてからやりゃいいし」

 

 なぜか大人に見えてきてしまった井原を感心しながら見ていると、ふと井原の視線がどこかで固定された。そして井原は面白そうににやりと笑うと、席を立ちあがって俺の腕を掴んだ。

 

「面白いモン見つけた! 行こうぜ恭弥!」

「ちょ、どうしたんだよアホボケ!」

「なんか罵倒増えてね? まぁいいや! いたんだよ!」

「いたって、誰が!」

「先生!」

 

 言いながら井原が指した先には、我らが担任、クズなクセに顔がカッコいいから人気のクズ教師が、ぬぼーっとしながらぶらぶら街中を歩いている姿だった。

 

「俺ら先生の名前も知らないっしょ? 私生活も謎っしょ? だから尾行すりゃあなんか掴めるんじゃねぇのって思ってさ!」

「おいおい、尾行なんてするもんじゃねぇって。人には人の生活があるんだから」

「そのサングラスどっから取り出したんだ?」

 

 こんなこともあろうかと持ってきていたサングラスをかけ、こんなこともあろうかと持ってきていたマスクを装着する。ふふ、俺は少しだけ有名人だからこの格好をしていてもなんの違和感もない。俺から発せられるイケメンオーラだけが心配だが、それを補って余りある完璧な変装。バレるはずがない。

 

「よし、行くぞ」

「尾行なんてするもんじゃねぇって言ってなかったっけ」

「細かいこと気にするな。男だろ?」

「確かに!」

 

 お盆。みんなが旅行や田舎に帰っている中。

 

 俺はアホを引き連れてクズ教師の尾行を始めた。



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第136話 捕獲

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……いや、尾行だからって喋っちゃダメってわけじゃねぇぞ」

「え!? そうなの!!!!!????」

「ただ大声は出しちゃダメだ」

 

 はっとして口を塞ぐ井原は、正真正銘のアホらしい。いつも騒がしいバカが喋んねぇから『尾行中は喋っちゃダメ』だと思ってるんじゃないかと思ったが、まさか本当にそうだとは。そうじゃないって教えたら大声出すし、どうしようもねぇなこいつ。もっとちょうどいい声量できねぇのか。

 

 夏、東京、街中、尾行。何をしているんだろうとずっと思っているが、俺も担任の秘密というか、名前すら知らないのはそろそろどうかと思っていたので尾行することに何の不満もない。ただ暑くてめちゃくちゃ鬱陶しいだけだ。あるじゃねぇか不満。

 

「センセーどこ行くんだろうな?」

「成人男性が一人で行くとこなんて限られてるだろ」

「どこ?」

「は? 知らねぇよハゲ」

「俺なんか変なこと言った?」

 

 自分で考えることを放棄して人に聞こうとするやつが大嫌いなんだ俺は。俺に質問するなら美少女になってから出直してこい。ちなみに暴力振るってくる上に胸がデカいやつはアウト。俺が身構えちゃうから。

 

 先生はどこの店にも入る様子がなく、街中をぶらぶらしている。クズなクセしていっちょ前に清潔感溢れるカッコしてるから、元々いい顔も相まって通行人にちらちら見られているのが気に入らない。女子生徒に手を出すゴミ野郎だって叫び回ってやろうかな?

 

「やっぱこうして見てるとセンセーってカッケーよなぁ」

「顔はいいからな。あとスタイル」

「運動神経も頭もいいぜ!」

「ただクズだ。終わってるなあの先生」

 

 井原が俺を見て驚いた顔をしているのはなぜだろうか。アホがやっていることだから気にしないことにしよう。

 

 あーあ。先生がイケメン男性教師とかじゃなくて、美人でムチムチばんややいんの女教師だったらよかったのになぁ。「氷室くん、私と夜までイノコリよ」なんて言われて俺は光莉に殺されるんだ。待て、今何で光莉が俺を殺したんだ?

 

「ていうかなんであんなにクズなのに先生やれてんだろうな。生徒同士でもめ事とかあっても『今日も猿が吠えてるな』って言うような人だぞ?」

「センセーもめ事起きた時大体逃げるから、それ恭弥が言ったやつじゃね?」

「名探偵かよ」

 

 俺が言ったことを先生が言ったってことにして先生の評価を下げようと思ったのに。井原からの評価が下がったところで先生にとっちゃ太平洋上空にある雲くらい興味のないことだろうけど。

 いやだってさ、クラスメイトが『小学校の頃の給食、ご飯がおいしかったかパンがおいしかったか』で揉めて、殴り合い始めたんだからそりゃ猿って言っても仕方ねぇだろ。そもそも俺らのクラスおかしいんだよ。確実にバカをまとめてぶち込んでるだろ。まともなのは俺と日葵と春乃くらいだ。

 

「お、センセー誰かと話してるぞ!」

「あの先生なら逆ナンとかありそうだな。女子高生に話しかけられてそれが警察に見つかって大事になってクビになんねぇかな」

「なんでそんな恐ろしいことをすぐに考えられんだ?」

 

 普段から考えてるからだろ。

 

 先生の方を見てみると、確かに誰かと話している。金髪の筋肉質で首元にタトゥーの入った色白の綺麗でカッコいい人だ。金髪の筋肉質で首元にタトゥーの入った色白っていうワードが脳にへばりついてるくらい聞き覚えがあるが、気のせいだろう。結構離れてるはずなのに金髪の筋肉質で首元にタトゥーの入った色白の人の目が俺をロックオンしてるのも気のせいだ。

 

「おい井原、逃げるぞ」

「え? なんで?」

「やっぱよくないと思うんだよ尾行すんのって。俺の良心が働いちまってさ」

「良心働いたのに逃げるって言葉使うのおかしくね?」

「こういう時だけ賢いのマジでやめろよ」

 

 お前みたいなアホに正論言われるとドキッてするから。アホはずっとアホやって周りに『あ、こいつがいるなら俺は大丈夫だな』って思わせる存在であってくれ。

 

 いやそんなことはどうでもいい。先生とあの金髪の筋肉質で首元にタトゥーの入った色白の人が知り合いっていうのは気になるところだが、一刻も早くこの場から離れないと。俺は井原から目線を外してもう一度バレていないかどうか確認するために先生たちの方を見た。

 

 金髪の筋肉質で首元にタトゥーの入った色白の人、ロメリアさんが俺の方に全速力で走ってきていた。

 

「うわああああああああああああああああ!!!!???」

「ちょっと、何で逃げるのぉ? あたしといいことしましょうよ」

「ちょっ、恭弥!? いきなり引っ張んなって!」

「俺はお前のためを思ってやってんだよ! 一歩間違えたらお前もおいしくいただかれるぞ!」

「あら、可愛らしいお友だち連れてるのね」

「ほら見ろ!」

「可愛いだって。あの人いい人じゃね?」

「純粋培養液出身かテメェ!!」

 

 あの迫力見てそう思える人間、この世に井原くらいしかいねぇだろ。だってゴツイ首元タトゥーオカマが全速力で走ってきてるんだぞ? 地割れより怖いだろ。捕まったら何されるかわかったもんじゃない。実際は喋った感じ全然危ないことしてくるような人じゃないってわかってるんだけど、理解していても怖いものは怖いんだ。

 

「ねぇ恭弥ちゃん。恭弥ちゃんのお友だちも。よかったらあたしたちとお茶しない?」

「えっ、なんでもう並走してきてんの!?」

「俺もいいんすか! あざっす!」

「もちろん。恭弥ちゃんのお友だちなら大歓迎よ。あたしはロメリア。よろしくね」

「俺は井原蓮っていいます! よろしくお願いします!」

「順調に仲良くなってんじゃねぇよ!!」

 

 叫ぶ俺に、ロメリアさんの腕が伸びてくる。捕まるわけにはいかないとロメリアさんの腕を叩き下ろそうとするが、逆にその腕を掴まれて胸の中に引き寄せられてしまった。

 

「捕まえた」

「井原逃げろ! ここは俺が時間を稼いでおく!」

「悪い人じゃなさそうなのにそんなこと言うの失礼だって」

「お前本当にいいやつも大概にしろよ」

「いいやつすぎるやつにキレるのは、クズの特権だな」

「あら、センセも追ってきたの?」

 

 ロメリアさんに抱かれながら、いつも教室でしか聞かない声を聞いた。渋くてカッコいい、耳元で囁かれたら思わずビクビクしてしまいそうになるこの声は、まぎれもなく我らが担任のもの。

 そんな我らが担任は、俺を見て呆れながらあくびをしていた。

 

「で、なんで俺をつけてきてたんだお前ら」

「井原が尾行しようって言いだしました。俺はやめておこうって言いました」

「そうなんすよ! 俺が先生の秘密知りたいっつって恭弥誘ったんです!」

「俺も乗り気でした。すみません」

「蓮ちゃんの人の良さに敗北したわね……」

 

 先生は「まぁどうでもいい」と本当にどうでも良さそうに、まるで『道端の小石を踏んでしまった』くらいの感覚で吐き捨てて、俺たちに背を向けた。

 

「軽いもんならが奢ってやるから、騒ぎすぎて警察のお世話になるのだけはやめろよ。んなことになったら担任の俺が呼ばれそうでめんどくせぇから」

「二人にいいこと教えてあげるわ。センセはクズに見えてツンデレちゃんなだけなのよ」

「男のツンデレって需要ないでしょ」

「えぇー? きゅん! きゅん! しちゃわない?」

 

 先生が本当に嫌そうな顔をしてロメリアさんを睨みつけていた。俺もその顔したくなる気持ちわかります。気が合いそうですね。

 

 

 

 

 

「それで、ロメリアさんと先生ってどういう関係なんですか?」

「何年か前にあたしのお店にきてくれてね。それ以来大の仲良しなの」

「仲良くしてたら色んな情報くれるから仲良くしてるだけだ」

「なぁ恭弥。ロメリアさんのせいで先生がツンデレにしか見えなくなってきた」

「俺もだ。お互い殴って目を覚ますことにしよう」

 

 ダメよ? とロメリアさんにウインクされたので大人しくすることにした。

 

 あの後近くの喫茶店に入り、各々飲み物を頼んで一息ついて。まずは気になっていた二人の関係から聞くことにした。もしかしたら先生とも同級生なんじゃないかって思ってたけど、そうでもないみたいだ。もしそうだとしたら先生は俺の両親とも同級生ってことになるし、それはなんかちょっとやりづらい。

 

「それで同じ学校に通ってたってことも判明したの。すごい偶然よね」

「だから氷室の両親とも同級生ってことになるな。ざまぁみろ」

「生徒に対してざまぁみろって言う教師初めて見ましたよ俺」

「やったじゃん恭弥!」

「なんでお前はこれをプラスだと思えんの?」

「初めてって嬉しくね?」

 

 なんかこいつ将来大金持ちの女の子に気に入られて結婚して悠々自適な生活送りそうだな。純粋すぎるから大金持ちの女の子の親にも気に入られそうだ。クソ、俺もいいやつを演じておけばよかった。そうすれば日葵からも「純粋な恭弥好き!」と言って貰えて今頃うふふだったに違いないのに。

 でも女の子は男のキケンなところも好きって今朝総理大臣が言ってたから、俺はキケンであり続けようと思う。

 

「それにしても、恭弥ちゃん今日もいい男ね」

 

 危険と隣り合わせではありたくないんだけど……。

 

「あたしね、センセと恭弥ちゃんってスッゴク似てると思うの。違うところと言えば年齢くらいじゃない?」

「あ、それ俺も思ってました!」

「不本意ながらよく言われます」

「目上の人間に似てるって言われて不本意って言葉使うところがもう似てるわ」

「俺は礼儀くらいわきまえるぞ」

「俺も敬語使ってるので礼儀はわきまえてます」

「敬語使えばいいってもんじゃなくね?」

「ぐぅ」

 

 ぐぅの音は出たがぐぅの音も出ない。井原きらい。俺に正論ぶつけてくるやつは大嫌いだ。日葵は除く。むしろ日葵には叱られたい。「もう、こら!」って可愛らしくぷりぷり怒られたい。

 

「あ、そうそう。今日あたしがセンセと会った理由なんだけどね。今度恭弥ちゃんと千里ちゃんをお借りするから、その報告ついでなの」

「恭弥ロメリアさんとこ泊まりに行くのか?」

「あぁ。とんでもないよな」

「とんでもなくなるかはあなた次第よ?」

 

 先生が俯きながら俺に一万円を渡してきた。え? 最後にこれでいい思いしておけってことですか? それ受け取るとほんとに最後になりそうなのでやめておきます。

 

「いや、そういえばお前の両親に金借りてたこと思い出してな。返しといてくれ」

「自分でやれダボハゼ」

「俺にダボハゼって言ってきた生徒はお前で27人目だ」

「せめて初めてであってくれ」

 

 俺こんなんだしなぁ。とぼやく先生に、その場にいた全員が頷いた。



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第137話 許嫁

先週更新できなかったこと、ここに深くお詫び申し上げます。一生の不覚です。


「ところで、氷室は誰を選ぶんだ?」

「は?」

「いや、聞き方が悪かった。誰とセックスするんだ?」

「なお悪いんだよクソ教師」

「ダメよセンセ。こういう時は『誰と愛し合うの?』って聞かなきゃ。その方が素敵でしょ?」

「そもそも聞いてほしくないんですけど」

「誰とって、夏野さんと朝日さんと岸さんのこと?」

「井原は具体化してんじゃねぇよぶっ飛ばされてねぇのか」

「いやだけど」

「喧嘩売ってんのか?」

 

 井原は本当に不思議そうな顔をしていたので許してやることにした。俺はアホには優しいんだ。

 

 奢ってくれるからとほいほいついてきたものの、聞かされたのは担任が俺の両親と同級生で、ロメリアさんとも知り合いで、つまり俺の両親と担任とロメリアさんが同級生っていうとんでもなくヤな感じの事実。なんかこう、ロメリアさんはまだいいんだけど担任が両親と同級生ってのがいやだ。どうりで俺と千里が付き合ってるみたいなことを連絡してきたはずだぜ。クソ教師め、根絶やしにしてやる。

 

「いやな、流石にあそこまでわかりやすいと気になってしまって。悪い、聞き流してくれ」

「うそ。そこまでわかりやすいですか?」

「聞き流せって言っただろうがぶっ飛ばすぞ」

「ロメリアさん。この社会不適合者なんとかしてください」

「あなたも周りから見たらこう見えるのよ」

「嘘だろって顔してるけどマジだぜ!」

 

 なんだかんだで一番まともな気がしている井原が言うならそうなんだろうか……確かに不本意すぎて脳が一つ増えるくらいこの教師と似ているって言われることは多々あるが、そんなに? 俺流石に教師になったら生徒に対してぶっ飛ばすぞなんて言わないって。多分。うそ。ムカついたら言っちゃう。でも言っていい相手は見極めて言うよ? ほんとだよ?

 

「センセが気になっちゃうのも無理ないわ。あたしたちが学生の頃にソックリだものね」

「正確には、当時俺はそれを知らなかったんだけどな。氷室の両親に色々あったって教えてもらっただけだ」

「さて、俺はここで帰らせてもらうとしますか」

「え、聞かなくていいの? 面白そうじゃね?」

「両親の学生時代の話なんて聞きたくないに決まってるだろ」

「俺は聞きたいけどなぁ。父ちゃんと母ちゃん好きだし!」

 

 なんだなんだ。ここで俺が帰ったらまるで俺が両親のことが嫌いみたいになるじゃねぇか。

 まぁ知ったこっちゃない。高校二年生男子にとって両親の学生時代の話、それも色恋となると吐きたてのゲロくらい敬遠するべきものだ。流石に帰るのは失礼だから、俺の天才的な頭脳で説得することにしよう。

 

「先生。少しいいですか」

「氷室の両親も高校二年生のときに色々あったって言ってたな」

「聞く耳持たねぇじゃん……」

 

 そして俺は、聞きたくもない両親の学生時代の話を聞かされることになる。そういえば聞きたくない聞きたくないって言ってるけど、海行ったときなんか自分で聞こうとしてた気がするなってことを思い出して途中から全力で楽しんでいた。井原に「なんか旅行行きたくないって騒ぐけど、実際に行くとめちゃくちゃ楽しむ子どもみてぇだな!」と言われた。

 

 ムカつく!!!!!

 

 

 

 

 

「あれ」

「あら」

「わ」

「お」

 

 神奈川県某所。自然に囲まれた大きめの村。母方の祖父母の家があるここに帰省していた僕はふらふら散歩していると、見知った人を三人、同時に発見した。

 

「日葵ー!!! 会えて嬉しいわ!! 嬉しいわ会えて!! ここは敢えて嬉しいわ???」

「むぐぐ」

「……はぁ」

「おい。光莉の胸に埋もれる日葵を見た後、私を見てため息を吐いた理由教えてもらおか」

「自分の胸に手を当てて……あぁ、ごめん。ないね」

「よし、殺したる」

 

 田んぼの中っていうのは案外気持ちがいいらしい。僕は今身をもって知った。

 

 まさか帰省して田植えされることになるとは思っていなかった僕は、この場に物足りなさを感じながら体を引き抜いて周りを見た。

 

 見つけたのは、夏野さん、朝日さん、岸さん。恭弥を除いたいつも通りのメンバー。なんでここにいるんだろうと一瞬考えて、そんなはずないよなと笑いながら聞いてみることにした。

 

「みんなも帰省?」

「うん」

「そうよ」

「せやで」

 

 どうやらそうらしい。僕はため息を吐いた。

 

 僕ほど頭が回って想像力も豊かな人間だと色んな事が考えらえる。恭弥以外の四人の帰省先がここで、更に恭弥の両親は学生時代に何かあったみたいで、それも今の僕らと似たような状態だったらしくて。

 

 流石に僕らの両親がそうだったとは思えないけど、帰省先が同じだってことはなるべくしてこうなってるって思ってしまっても仕方ないと思う。

 

「ちなみに、みんな毎年ここにくるの?」

「ん-、毎年ではないかな? 小さい時に一回と、片手で数えられる程度?」

「私も日葵と同じよ。日葵と同じ」

「そんな強調せんでもええわ。私も日葵と同じ」

「あー!! 春乃が私の日葵を取ろうとしてる!! 殺すぞ」

「ガチの殺意向けてくんなや。のどかな風景台無しにする気か?」

 

 なんか、僕の予想が当たっている気がしてきた。こんな予想はよそうかな? ふふふ。面白くない。

 

 僕が考えたのは、僕たちは小さい頃会ってたんじゃないかっていうベッタベタな恋愛漫画展開。まさか現実にそんなこと起こらないよねなんて思うことなかれ。超人的破壊力を誇る胸デカお化けと、超人的身体能力を誇る胸ナシお化けと、どう見ても女の子にしか見えないお化けがいる。僕だけシンプルお化けじゃねぇかふざけんな。

 

 つまり、僕らの存在の時点で現実からはかけ離れている。だからどれだけ漫画のような展開が起こっても「まぁそうだよね」と受け入れる土台ができてしまっているのだ。

 

「あはは。もしかしたら小さい頃、僕たち会ってたかもしれないね」

「私と日葵は確か会ってたわね。間違いないわ」

「え、そうなの?」

「そうよ。永遠を誓い合ったのも確かその時。さぁ私と永遠の夜を誓い合いましょう」

 

 夏野さんにキスをしようとした朝日さんが、容赦なく岸さんに田植えされてしまった。一応女の子なんだけど、岸さんには関係ないらしい。

 

「ん-、でもほんまに会ったことあるかもな! そう考えた方がおもろくてええし」

「でも会ったことあるなら覚えてそうだけど……」

「確かに。岸さんは関西弁だろうし、みんな可愛いから忘れようがないもんね」

「わ。ふふ、なんか照れちゃうね。ありがと」

「!!!!!!!!!!!」

「田んぼの中で叫んどるな」

 

 夏野さんが可愛すぎて田んぼの中から叫び、田んぼから抜け出した朝日さんはおっぱいをばるんぶるん揺らしながら走って夏野さんに飛びついた。

 

 避けられた。

 

「あぁん! 私を避けるなんていけずな人! 私はこんなにも愛してるっていうのに……」

「ちょっと、その、汚れてるから」

「心もな」

「おい絶壁。今余計な一言を足したわよね?」

「余計な一言突きつけながら言うてくんな」

 

 うん、会ったことないな。恭弥は小さい頃から完成されてたっていうし、朝日さんもどうせ小さい頃からこうだったんだろう。そんなインパクトのある子どもと会ったことがあったら絶対覚えてるはずだし。

 

「そういえば小さい頃きたときは恭弥と一緒だったなぁ」

「ん? 恭弥くんも帰省先ここなん?」

「えっと、ちょっと言いにくいんだけど、唯一絶縁されてない親戚がここにいるらしくて……」

「きっととんでもなくろくでなしでクソ野郎なんでしょうね」

「何で朝日さんは会ったこともない人をそうボロクソに言えるの?」

「むしろ恭弥と血縁関係にあってそう思うなって言う方が無理でしょ」

「一理あるな」

 

 うんうんと頷く巫女装束を着たキリっとした女の子が言うように、恭弥の血縁関係でまともなのは薫ちゃんだけだ。そもそも血縁関係を恭弥の家族しか知らないんだけど、その3/4があれでは一理あるとしか言えない。まともな人は絶縁するに決まっている。悪い人たちじゃないんだ。ただ、悪い人たちじゃないってだけなのが問題ってだけで。

 

「ところで久しぶりだなぁ日葵。元気だったか? 恭弥のアホに何もされてない?」

「あ、自然と溶け込んでたから誰の知り合いかと思ってたら、夏野さんの知り合いだったの?」

「???」

「千里。この首の傾げようを見て日葵の知り合いだと思う?」

「どうやら不審者らしい。すぐに通報してあげよう」

「待て待て! まぁ待て! 待て待て待て!」

「待ってほしいなら弁解せえや」

 

 ……なんか、似てるなぁ。誰にとは言わないけど、ものすごく似てる。兄妹だって言われても信じる。むしろ疑う方が難しい。髪質も似てるし、目も似てるし、まさに女版って感じだ。薫ちゃんがこうならなくてよかったと本当に心の底から思う。っていうかなんで巫女装束なんだこの人。

 

 巫女装束の女の子は「全員変わりないようでなによりだ。うん」と一人納得したように頷いている。

 

「なぁ、私ら会ったことあるん? なんとなーく心当たりというか、そうなんやろなーって感じすることはあるんやけど」

「私の名前を聞けばピンとくるだろう。私の名前は氷室(ひむろ)恭華(きょうか)。恭弥とは将来を誓い合った仲で、所謂許嫁というやつだな」

「えぇ!? うそ!!?」

「嘘」

「近くに山があるからちょうどいいわね」

「確かうちに大きな袋があったはずだよ」

「私を殺す手筈を整えるのはやめてくれ」

 

 冗談じゃん、冗談。と何も悪いことをしていませんよみたいな顔をしながら涼し気にいう女の子……氷室さんに容赦なくビンタをかました朝日さんは、「感触ほぼ一緒よ」と僕にいらない報告をしてきた。一緒っていうのは、まぁ恭弥とってことだろう。

 

 恭弥の名前が氷室さんの口から出てきたってことは、十中八九血縁関係にある。両親のどちらかの御兄弟の娘さんだろう。いとこの存在は知らないって恭弥も薫ちゃんも言っていたのが気になるところだが、恭弥が小さい頃一回だけここにきたことがあって、以降はまったく帰省しなかったってだけだろう。

 

「てか、会ったことあるってことに対してはピンときてへんけど」

「あぁ、あれな。ピンとくるだろうってなんか言ってみたいなって思って。えーっと、私らが4歳? 5歳? くらいの時に一回だけ会ったことがある。そんときは恭弥もいたな」

「ちょっと待ちなさいよ。あんたみたいな変な子と会ったことあるなら絶対覚えてるはずよ」

「だから私は光莉のこと覚えてたんだろうな」

「氷室さんが一瞬で地に沈んだ……」

「さ、ここで話すのもなんだし、うちに案内するよ」

「そのまま喋るんだ……」

 

 どうやら、氷室さんの家は山の中にあるらしい。家というより多分神社だろう。ますますなんで覚えてないのかが不思議だけど、このカス、間違えた。氷室さんが教えてくれるだろうし、のほほんと構えていればいいかな。

 

 僕の、僕たちの帰省は、一人の女の子の登場によりかき回され始めた。氷室家本当にいい加減にしてくれ。



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第138話 目先に見える尻ぬぐい

「まぁ好きにくつろいでくれ」

「そういうことは家についてから言ってくれないかな」

「間を埋めたくて……」

 

 山道を歩き、氷室さんの後についていく。獣道のようなものではなく、人によって整備されている道で、地面がゴツゴツしているなんてことは一切ない。女の子になんの準備もなく山道を歩かせることが心配だったけど、それは杞憂だったみたいだ。というか元々夏野さん以外とんでもない化け物だし、地面がゴツゴツだろうと心配はなかったのかもしれない。

 

「それにしても意外やったなぁ。親戚がおるんやったら、その存在くらいは教えてくれてそうなもんやのに」

「私も覚えてないくらいだったから恭弥も覚えてないんじゃないかなぁ」

「それか教えたくもないような性格に難がある人とか」

「氷室家の人間はおかしいに決まってるから、別に気にすることないのに」

「それを私の前で言う勇気を称賛しようじゃないか」

 

 と言いつつほとんど怒った様子を見せないのは、やはり氷室家の人間ってところだろうか。そもそも氷室家を恭弥の一家しか知らないけど、それでも『氷室家』っていうカテゴリーが生まれるくらい強烈だ。

 氷室家の人間は、基本的に怒らない。パフォーマンスで怒ってるように見せることはあるけどそれはあくまでパフォーマンス。喜怒哀楽がイカレてるんじゃないかって思うことが多々あるくらいだ。多分恭弥なら親しい人を傷つけられでもしない限り大概のことは許せるんじゃないかな。なんだその優しい戦士みたいなやつ。

 

「それで、どのくらいでつくんだ?」

「なんで恭華がそれ聞いてくんねん」

「いや、覚えてるかなーって思って。ちょっと期待してさ」

「……」

「あーあ。岸さんが氷室さんを傷つけた」

「はぁ、胸とともにデリカシーまで失ったのね」

「胸は元々ないんだよ朝日さん。やめてあげよう」

「殺すぞ」

 

 山の中でふざけると本気で殺されかねないので、僕と朝日さんは手を上げて降参のポーズ。やれやれ、ジョークがわからない人だな。ほんとに関西出身か? いや、関西出身だから僕らを嫌いにならないでくれているのか。胸がないなんていうのを頻繁に言われるなんて、嫌いになられてもおかしくないから。

 

「緑がいっぱいあるから、夏なのに涼しいね!」

「懐かしいなぁ。あんときここに連れてきたときもそんなこと言ってたぞ」

「え、ほんとに?」

「実は私もそんなに覚えてないけど間違いない」

「間違いないがどういう意味か知らないらしい」

「田舎育ちだから教養がなくても仕方ないわね」

「光莉はなんでそう敵を作るような言い方しかできひんの?」

 

 多分敵ができても正面から打ち勝てるからだろう。あとシンプルにクズ。『これを言っちゃダメ』っていう倫理観は備わってるけど、考えるより先に口か手が出るタイプだから倫理観がまったく機能していない。ったく、原始人がよぉ……。

 

 でも確かに、夏野さんならいくつになっても言いそうだな、とは思う。夏野さんも思ったことを結構そのまま口にするタイプだし、感受性も豊かだから感動はまず間違いなくそのまま口にする。僕も「は? 夏に山? ふざけてんじゃねぇよ」って思ってたけど、いざ山に入ってみると結構涼しくてびっくりしたし。

 

 クーラーガンガンの室内の方がいいに決まってるけど。

 

「なぁ、もう歩きながらでもええんちゃう? 私らの関係性的なこと教えてくれんの」

「胸も風情もないなぁ。こういうのは思い出の場所でしっかりやるのがいいんだろ?」

「や、よう考えたら覚えてもない人についていってんのって危ないなぁって思って」

「……ぐすん」

「あー!! 春乃が恭華を泣かしたー!!」

「恭弥が泣いてるみたいでちょっとかわいい……」

「夏野さんの危ない発言は置いといて。だめだよ岸さん。こんなどこからどう見ても恭弥の血縁関係にある人を疑うなんて」

「せやから疑うんやろ」

「おい、氷室さん。僕らに近寄らないでもらおうか」

「今すぐ死になさい」

「今ので恭弥が普段どんな感じなのかわかっちゃったわ。とんでもねぇなあいつ」

 

 氷室家で本当に信じていいのは薫ちゃんだけだ。あとは信用ならない。恭弥もいい人みたいなフリしてるけど、いざというときは簡単に人を裏切れる人間なんだ。夏野さんと岸さんだけは絶対に裏切らないとは思う。あの野郎、クズなら裏切っていいって思ってる真のクズなんだ。

 

「氷室家の身の振り方をもう少し考えるとして、ほら、もうすぐだ」

 

 氷室さんがもうすぐ、と言って指さした方向には高くまで続く石畳の階段。上の方には大きな鳥居が見えるから、恐らく氷室さんの家は神社なんだろう。神社に住んでる人なんているんだろうかって疑問は氷室家だからという言葉ですべて片付く。多分家を追い出されて神社に寄生してるんだろう。十分ありえるどころか100%そうに違いない。

 

「この先に私の家がある。さぁ、誰が一番にくつろげるか勝負だ!!」

「あ、待って!」

「あぁ!!!!! 日葵が私以外の女の子を追いかけていった!!!」

「千里、疲れてへん? 大丈夫?」

「役割的なことを考えると、岸さんが一番疲れてそうだけど大丈夫?」

「まぁ、いつものことやろ」

 

 僕は岸さんに一礼してから、元気よく階段を駆け上がるみんなを追いかけるように階段を駆け上がり始めた。

 

 

 

 

 

「へー!!!!!!! そんなことがあったんスね!!!!」

「実の息子である俺よりびっくりするな」

 

 先生とロメリアさんから学生時代の両親の話を聞いて。「もうほぼ俺たちじゃん」とドン引きしていると、井原が隣でオーバーリアクション。聞き手としては最高だが、当事者でもないのになんでそこまで驚けるんだろうか。感情の動きが活発すぎねぇか?

 

「だからちょっと面白くてな。当時面識はなかったとはいえ、氷室の両親は結構な有名人だった。ロメリアもな」

「あたしたちの話って有名だったみたいでね。詳細まで知ってるのはそれこそあたしたちくらいだけど、触りくらいは……そうね、蓮ちゃんって恭弥ちゃんたちについてどこまで知ってる?」

「仲いい!!」

「恭弥ちゃん。この子純粋から生まれてきたの?」

「らしいですよ」

 

 ロメリアさんとしては「関係がこじれてそう」みたいな回答を期待してたんだろうが、井原にそんなものを期待しても無駄だ。純粋から生まれたようなこいつは見たまんまで物事を受け取るから。本当に珍しい人間すぎて俺は感心を通り越して恐ろしくなっている。なんでこんなクソまみれの社会でここまで純粋に育つんだ?

 

「まぁつまりだ。お前は両親を参考にするもよししないもよし。というかお前と両親は……父親は違う人間だから参考にする必要はまったくないけどな。さっきの昔話は戯言程度で受け止めとけ」

「戯言で済ませる範囲じゃ無くないっスか?」

「なんでお前は俺より先に反応するんだよ。いや、うん。確かに戯言で済ませるには無理があるというか……」

 

 昔話に出てきた登場人物。俺の両親に、ロメリアさんに、あと二人の女の子。そして母さんは、父さんの幼馴染の親友。ポジションを俺たちで置き換えると光莉ってことになる。性格的に見てもそんな感じするし。

 父さんも幼馴染が好きだった、らしい。ロメリアさんも当時父さんからしつこいくらいそのことを聞いていたみたいだし、ただそれでも父さんは母さんを選んだ。

 

「ちなみにお前の親父の幼馴染は夏野みたいな子だったぞ」

「は? 日葵みたいな子を選ばずになんであんなの選んだんだ? マジで意味わかんねぇ」

「俺もお前を見てその結婚は失敗だったと思ってるよ」

「もう、センセ。冗談でもそういうこと言わないの」

 

 多分本気で言ってますその人。そういう人なんです。モラルをすべて捨ててその代償に教員免許を手にしたような人なんです。

 

「まだ話してないこともあるからね。あんまり本人たちがいないところで言うのもよくないし」

「俺が聞いたのって登場人物と結果と簡単な流れだけですもんね」

「きっと色々あったんだって! 理由もなく一生の選択する男なんていねぇもん!」

 

 どうだろう。俺は今のところ母さんに既成事実を作られたからだと思ってる。それくらい幼馴染を選ばなかったことが信じられない。バカなんじゃねぇのか? 幼馴染を選ばないってそれはつまり幼馴染を選ばないってことだぞ?

 

「その辺りは楽しみにしててね。恭弥ちゃんと千里ちゃんがくるその日に、ちゃーんと呼んであるから」

「氷室。お前の親父が選ばなかった女と会う気持ちを一言で答えて見ろ」

「尻ぬぐい」

「やだ! ちゃーんとあたしたちで解決してるから大丈夫よ! 思うところはあるかもしれないケド」

「新学期お前がいなくても俺がなんとかしておいてやるよ」

「こんな時に頼りがい見せないでくれクソ教師」

「俺はなんとかしてくれないんスか!」

 

 関係ねぇだろと一蹴された井原は、「ケチー!」と言いながらストローを口の端で加えプラプラさせていた。これを癒しに感じた俺はもうだめかもしれない。



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第139話 あるあるの話

「つ、ついた……」

「日葵がビリか。仕方ない、罰ゲームを受けてもらおう」

「あんた日葵に何する気なのよ!」

「裸になって舌で私たちの汗を拭ってもらう」

「私は賛成よ」

「浅ましいにもほどがあるやろ」

 

 一着岸さん、二着氷室さん、三着僕、四着朝日さん、五着夏野さん。氷室さんが女版の恭弥だと仮定して、運動能力も同程度だとするとそれにすら勝てる岸さんはやはり化け物なんだろう。よく考えてみれば岸さんって恭弥と同じくらいの運動能力、というかそれ以上だし、もはやアスリートと言っていい。

 僕はほら、あれだ。男の意地ってやつ。もうちょっと早くいけたけど少し遅れたのは別に朝日さんの胸を見ていたからだとかそんなことはなく、夏野さんが心配だったからってだけで、ほんとだよ?

 

 僕の目に焼き付けたデカパイは置いといて、上がった先にあったのは神社でも何でもなく、和風豪邸。豪邸の扉まで続く石畳の中央に『氷室』と刻まれた石板が設置されており、その大きさは鳥居と同じくらい。自己主張が強いなんてもんじゃねぇなこれ。

 

「ここ、元々神社だったりしたの?」

「あぁ。神社だったけど廃れすぎて神主すらいなくなったから、ぶち壊して家にしてやった」

「バチ当たりすぎひん? 巫女装束着てんのが煽りにしか思われへんやけど」

「神は信じないタチなんだよ。神頼みなんて恵まれない人間のすることだからな。なぁ春乃」

 

 氷室さんは石板に磔にされてしまった。

 

 家主であるはずの氷室さんを置いて豪邸に入る。どこか懐かしいというか慣れた雰囲気を感じるのは、やはりここが氷室の一族の家だからだろうか。人の気配は僕ら以外に感じず、しゃきっとしたおじいさんとおばあさんが玄関にいるだけだ。気配どころか目の前にいるじゃねぇか。

 

「いらっしゃい。日葵ちゃんに千里ちゃんに春乃ちゃんにボケカス」

「12年ぶりくらいかねぇ。前あったときはあんなにちっちゃかったのに」

「……?」

「げててててて。そりゃ覚えてねぇか。まぁ色々話があるだろうしあがっていきな」

「おじいさん。覚えてないとかどうでもいいくらいツッコミどころがあるんだけどいいかしら」

「え? セックスしてくれるんですか?」

「とりあえず氷室家の本筋がおじいさんだってことは間違いないとして、さっき私のことをボケカスって言ったり信じられない笑い声出したりしませんでした?」

「ちょっと待って。今若さに釣られた俺に愛しのハニーが怒り心頭だから」

 

 違うじゃん。見てあの胸。爆弾。ともはや許してもらう気がまったくないおじいさんの弁解を聞いて、おばあさんは「どうせぴちぴちの子がいいんでしょ。ぷいっ」と膨れっ面。おじいさんが「うわ、キツ」と言ってしまったことで勝敗が決した。

 

 簡単に言えば、この敷地内に二つ目の死体が出来上がったということである。

 

「さぁさぁ上がって。ここまでくるのも疲れたでしょう。恭華の相手もしてくれてありがとうね。ここには同年代の子がいないからあなたたちがきてはしゃいでるだけだから、勘弁してくれると嬉しいです」

 

 おばあさんが話し始めた瞬間、僕らは一斉に夏野さんを見た。なんとなくおばあさんから夏野さんと同じ波動というか、雰囲気というか、似た何かを感じたから。恭弥のお父さんから恭弥と似た何かを、恭弥のお母さんから朝日さんと似た何かを感じるかのように。

 

「ただいまー。あれ、おじーちゃんがまた死んでる」

「こら、不謹慎なこと言わないの」

「不謹慎なことを言わせるなよ」

 

 おじーちゃん、と氷室さんが言ったってことはこの二人は祖父母だろうか。氷室さんのことだからまったく血のつながりのない老夫婦の家になんとか騙して住ませてもらうくらいのことはしそうだからまだ決定じゃないけど、さっきのおじいさんの言動を見るにまず間違いない。

 

 氷室さんは僕らの間をふわりと優しい花の香りとともに通り抜け、「おじいちゃん。起きて?」と甘い声でおじいさんに向かって囁き、「かわゆい恭華ちゃんの声!!!!??」とおじいさんが跳び起きたのを見てから僕らに向き直った。

 

「さ、簡単に説明しよう。私は氷室恭華。氷室恭弥の双子の妹だ。こっちは私のおじーちゃんとおばーちゃん。父方のな」

「どうも、おじーちゃんです」

「どうも、おばーちゃんです」

「へぇ、恭弥に双子の妹いたんだ」

「どうりで似てると思ったわ」

「きょ、恭弥のおじいさまとおばあさま!? あ、あの、はじめまして! 夏野日葵っていいます! 恭弥とは幼馴染で」

「ギピィ! 知ってる知ってる。こっちは覚えてるから」

「おじいさん。笑い声でキャラ付けしようとするのはやめなさい」

「……いや待てや!!」

 

 氷室さんが恭弥の双子の妹だというカミングアウトがあり和気あいあいとしていると、突然岸さんがいきり立って叫び始めた。生理かな?

 

「においがしないから違うと思う」

 

 僕の肩に手を置いて、なぜか僕の心を読んで更にいらない情報を教えてきた氷室さんは無視するとして、いや無視できねぇ顔がよすぎるでしょスタイルもいいしモデルかよ。やっぱりすごいな氷室家の血。僕のとこも大概だけど、一族全員美形ってとんでもない。おじいさんとおばあさんもめちゃくちゃ若く見えるし。50代って言われても驚かない。

 

「双子の妹!? 私ら恭弥くんから一回もそんなん聞いたことないで!?」

「……えー!!? 双子の妹!!?」

「まぁ氷室家だし」

「存在を知らない肉親がいても不思議じゃないわよね」

 

 うんうん頷き合っている僕らに頭を抱える岸さん。まだまだだなぁ。氷室家が金にも何もならないボランティアとかしだしたら今の岸さんと同じくらい動揺するけど、存在を知らない肉親がいたってだけでしょ? あるある。

 

「そもそも、なんで双子の妹やのに一緒に暮らしてへんねん!」

「双子が生まれたから一人くらいちょうだいって言って誘拐した」

「わ、私は止めたんだけどね? 恭華が私の指を、こう、ぎゅってして離さないものだから……」

「おい、どうなってんねん恭華のおじいちゃんとおばあちゃん」

「ちなみに私たちが会ったのが、両親が私を取り返しに来た12年前だ。私もまさか誘拐されたなんて思ってないから、実の両親が『一緒に帰ろう?』って言ってきたのに対して『は? バカじゃねぇの。ここが私の家なんですけど』って言ったらものすごい悲しそうな顔してた。謝りたい」

「あかん。なんか普段お世話になってる人の悲しそうな顔想像したら泣けてきた」

「……!!」

「朝日さん。一度誘拐が成功してる事例があるからって薫ちゃんを誘拐したら僕が許さないよ」

「お前如きに何ができる?」

「ラスボスの風格を醸し出すのはやめてくれ」

 

 存在を知らない肉親がいてもおかしくない、とはいえ誘拐はものすごい。流石に恭弥の両親はそんなことをやらかさないだろうし、氷室家にもジェネレーションギャップっていうものがあるのだろうか。この場合ジェネレーションギャップっていうのかどうか微妙だけど。

 でもなんとなく、代が移っていくにつれてまともになっているような気がする。恭弥は頭イカレてるけど倫理観はあるし、常識もあるし。誘拐は思いついて綿密な計画は立てても実行はしないだろうし。

 

「今もちょくちょくうちにきては説得しにくるなぁ」

「ちょっと前もきて、夏休み明けそっちに行くって言ったら大喜びしてたぞ」

「へぇそうなの……???」

「さ、おじーちゃんとおばーちゃんが現実を受け止める前に私の部屋へ行こう」

「え、恭華こっちにくるの?」

「同じ学校やったら手に追われへんやけど」

「ははは」

 

 氷室さんは乾いた笑いでお茶を濁し、おじいさんとおばあさんを玄関に残して僕たちを奥へ奥へと連れて行く。しばらくして背後で絶叫が聞こえ、同じタイミングで氷室さんの部屋に到着し、氷室さんが金庫くらい厳重なカギを扉にかけた。

 

「千里。女の子の部屋だからって興奮しないようにな」

「すんすん。はは。まさかそんな」

「千里がベッドにダイブしたように見えたけど、私の気のせい?」

「思い切りしてるで」

「お、織部くん! ダメだよそんなことしちゃ!」

「つい……」

 

 恭弥だ! って感じがしてやってしまった。匂いまでは一緒じゃないみたいでこの、なんだろう。完全にほぼ恭弥なのにちゃんと女の子ってところを見てしまうとどぎまぎしてしまう。もしかして僕、氷室家の人間を全員好きになってしまう遺伝子が組み込まれてるのか?

 

「まぁ千里ならいい。……で、でもあんまり匂い嗅ぐなよ。恥ずかしいから」

「はい可愛さセンサービンビンビン!! 千里と春乃はこの部屋から出て行きなさい。私たちは今から唾液を交換するから」

「きしょい言い方すんな。あとセキュリティが厳重すぎて出て行かれへんねん」

「初心なのは恭弥と一緒なんだ。ふふ」

 

 夏野さんが嬉しそうに頬をピンクにして微笑んでいる。多分夏野さんも氷室家を好きになってしまう遺伝子が組み込まれているんだろう。かわいそうに。生まれながらに地獄行きなんて。

 

 いやでも、びっくりした。まさかあんな反応するなんて思ってなかったというか、恭弥だ恭弥だと思ってたけどやっぱり氷室さんは氷室さんだ。ってなるとあんまり失礼があるといけないので、ベッドから降りてタンスを物色、間違えた。床に座ることにする。

 

「ねぇ」

「結構刺激的なの持ってたよ」

「でかした」

「おいそこのクズ二人。恭華が本気で顔真っ赤にしてるから謝れや。多分初心さで言うたら恭弥くんより上やぞ」

「織部くん。薫ちゃんには報告したよ」

「夏野さん。できれば今度からは『報告するね?』って脅してほしい。弁明する余地をくれ」

「ち、違うの日葵! 恭華があまりにもセックスだから仕方なかったの!」

 

 どうやら本当に薫ちゃんに言いつけていたらしく、直後に薫ちゃんから『刺激的なのがいいの?』と送られてきた。『はい!』と送ると、『反省してないじゃん。ばか』と返ってきて、以降何を送っても返事がない。

 

 ふっ。

 

「氷室さん。君の妹と喧嘩しちゃったんだけど、何かいい案ない?」

「恭華でいい。うーん、そういうのは人に頼らず自分で解決すれば?」

 

 ぐぅの音も出なかったので恭弥に『助けてくれ!』と送っておいた。



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第140話 昔話

 あれは、私たち5歳の頃。

 

「あれ? お前俺に似てね?」

「あれ? お前私に似てね?」

「ドッペルゲンガーって見ちゃうと死ぬらしい」

「ヤバ」

 

 帰省、というより今考えれば私を取り返しに恭弥たちはここへきていて、田舎すぎるから暇していた恭弥と私がバッタリ出会った。恭弥の後ろにはまだ小さい薫とおどおどしていた日葵がいて、思わず二人とも連れて帰ろうと思ったことを覚えている。

 

「おい日葵、薫。俺はどうやら死ぬらしい」

「え、死んじゃやだ……」

「おにーちゃんしんじゃうの?」

「おいテメェ。よくも俺の可愛い幼馴染と妹を泣かせやがったな」

「歩行者同士の当たり屋は聞いたことねぇよ」

 

 ん? とても5歳とは思えない? 私もそう思う。まぁあれだろ。私たちはおかしいからな。氷室の5歳はこんなもんだ。親がイカレすぎてて自分がしっかりしないとっていう意識が早々に植え付けられる。でも親の影響はしっかり受けるから大人びたクソ野郎が育つってわけだ。御見それしましたか?

 

「ところでせっかく会ったから自己紹介しよう。俺は氷室恭弥。俺の後ろにいる可愛いのが幼馴染の日葵で、ちっちゃくて可愛いのが妹の薫」

「氷室? 偶然だな、私も氷室なんだ。氷室恭華」

「名前まで似てんじゃん。キショ」

「思ってもそういうこと絶対言うなよ社会不適合者のゴミが」

「やまびこでもしてんのかテメェ」

 

 え? 可愛いって言ってくれてたのって? 言ってたぞ。いや、どっからどう見ても可愛いじゃん日葵。うん、可愛い。いやだから可愛いって。……もしかして私が恭弥に似てるからって可愛いって言ってもらうことが快感になってる? 本人に言って貰えばいいのに……。

 

 ただ、その可愛いのも人見知りだったようで、恭弥の後ろから少し顔を出して私を見ては引っ込んで、薫は暇になったのか恭弥の手をにぎにぎして背中に顔をすりすりしていた。可愛すぎて舌が五枚になるところだった。どういう感情表現なのかって? 知るかバカ。

 

「巫女装束ッて、神社の娘さんだったりすんの?」

「元神社をぶち壊したところに住んでる」

「神への冒涜じゃん。気が合いそうだな」

「神への冒涜で気が合いそうだって言ってくるやつと気が合いたくないんだけど」

「まぁまぁ、同じ氷室だし一緒に遊ぼうぜ。どんな家畜になりたい?」

「一回辞書で『遊び』って言葉調べてみろ。家畜なんて単語一切登場しないから」

 

 この時くらいから薫が前に出て私をじっと見るようになった。不服だが私と恭弥が似ていたからだろう。こてんと首を傾げて「おねーちゃん?」と言ってくれた時は可愛すぎて誘拐しようとして恭弥に殴り飛ばされた。薫は楽しそうだった。日葵は慌てていた。

 

「お、なんか可愛い子いんじゃん」

「おい待て。よく見ればちんちんついてるぞあいつ」

「なんでよく見ればわかるんだよ恭華。氷室家のお家が知れるぜ」

「お前も氷室だぞ」

 

 最初の餌食……最初に会ったのは千里だった。おいしそうな香りを振りまいて、普段優しくて穏やかなはずの老人たちが揃って欲情しかけているところに私たちが割り込み、「おまえ、うまそうだな」と声がかけたのがきっかけ。

 

「どうも。俺はこいつと忌々しい関係性かもしれないから名前を捨てることにした男だ。つまりお前も名乗らなくていい。さぁ遊ぼう」

「え?」

「おじいさんたち、ダメですよ! この子泣いちゃってるじゃないですか!」

「ほんとにダメですよ。5歳ぐらいと70以上のジジイはシャレになんねぇって」

 

 老人たちの勢いに泣いてしまっていた千里を日葵が庇い、薫が千里の頭を撫で、恭弥が千里を誘拐したことで犠牲者が増えた。あ、私は氷室に関わった人間のことを犠牲者って呼ぶことにしてるんだ。おい、なぜ一斉に頷く。そんなことないよってフォローしろ。だから私に犠牲者って呼ばれるんだぞ。

 

「どこからきたの?」

「Tokyo」

「オリンピック開催決定みたいに言うな」

「へー! 僕もなんだ。もしかしたら帰ってからも会えるかもね。ふふふ」

「二人とも、先に帰っておきなさい」

「俺とこいつはこのメスをブチ犯すことにしたから」

 

 もちろん本当にブチ犯していない。ほんとだぞ。だってまだ5歳だったし。そういう問題じゃない? じゃあどういう問題なんだよ答えてみろ。私は逆ギレが得意なんだ。気をつけろ。

 

 当時はブチ犯すっていう単語は私と恭弥にしかわからなかったから、日葵は「私たち抜きで遊ぶの……?」と悲しそうな顔をして、薫は「みはりが必要でしょ」と息巻いて……おい待て薫意味わかってんじゃねぇか。これは恭弥に教育方針について聞く必要がある。何? 親じゃなくて恭弥に聞くのかって? 氷室家の親がまともな教育してるはずねぇだろ。

 

 この時はまだよかった。おかしいのが二人に、まだ毒されていない純粋が二人、少し怪しいけどまぁまだ純粋かな? が一人。保護者が子どもを連れてるくらいの感覚だったしな。

 

 次に会ったやつが問題だった。

 

「キュピーン! ワーオ、かわいこさーん!」

 

 流石にまだ胸は出ていなかったが、それ以外はもう既に完成されていた光莉が現れた。氷室家でもないのにこのおかしさはまともじゃないと戦慄したことを覚えている。

 

「そこの顔が同じの邪魔者二人。そこの明らかなメスを連れて去りなさい」

「俺は今ここで少年法撤廃に動き出そうと思う」

「私たちの目の前に明らかな犯罪者がいるからな。数年でムショから出てこられても困る」

「はぁーん? あんたたちが誘拐犯なんでしょ。私にはすべてお見通しよ。今から人気のないところに連れて行っておいしくいただくつもりなんだっていうことが、ね!」

 

 多分氷室家の方がマシだと思えるくらいのイカレっぷりに、私と恭弥は頷き合って光莉を縛り上げ、袋叩きにしようとしたとき。「はぁはぁ、悪くないわね……」と興奮した光莉を見かねて現れたのが、イケメンオーラをこれでもかと輝かせ、私たちの手から光莉を奪い去った春乃だった。

 

「こら、いじめたらあかんやろ!」

「あ、そういえば自己紹介してたっけ? どうも、氷室恭弥と申します」

「氷室恭華です」

「氷室薫です」

「な、夏野日葵です」

「織部千里です!」

「朝日光莉よ」

「なんでこのタイミングで……? もしかして特殊なお遊戯やった? 邪魔してもうた?」

「うちの一族では誰かを縛り上げてから名乗るのが礼儀なんだよ」

「ドブみたいな礼儀やな。私は岸春乃。なんかほっとけんから勝手についてくで」

「いやん! 突いて食うだなんて、大胆!」

 

 せっかく助けてもらった光莉は気色悪いことを言って春乃に捨てられていた。日葵が助けなかったら芋虫みてぇに地面這いずり回ってやがて死んでいただろうに。日葵に感謝しろよ。先に私が反省しろっていう正論は言ってくるな。私は正論が大嫌いなんだ。

 

 そんなこんなで、私、恭弥、薫、日葵、千里、光莉、春乃の7人が揃い、私の家に行くことになった。この時、私は既に恭弥の両親と会っており、家に来た両親に対して帰らないと言った後。おじいちゃんとおばあちゃんは私が恭弥と薫を連れてきたもんだからびっくりしていた。二人は恭弥と薫を大層可愛がったが、二人の前から離れた後に「なれなれしいジジイとババアだな」とノンデリカシー発言をかましてきたから、血のつながりがあるとは思っていなかったんだろう。……いや、あいつなら血のつながりがあっても言うか。

 

 私たちが遊んだのはこの日だけ。次の日には全員帰ってしまい私だけが残され、恭弥から『また迎えに来る』っていう手紙をもらって既に12年。あいつはいつ私を迎えに来てくれるんだか。

 

「ちょっと待て」

「なんですか?」

「迎えに来るって手紙貰ったって、なんで?」

「恭弥は賢くないわけじゃないから、おじいちゃんとおばあちゃんの態度と、私と恭弥があまりにも似ていたことからある程度の察しはついたんだろ」

「で、『迎えに来る』っていう手紙を書くのがカッコいいんじゃね? って思って書いたってことね」

「氷室光莉か?」

「なってもいいならなるわよ」

 

 光莉が日葵と春乃に睨まれた。ウケる。

 

「しっかし、なんであの恭弥がこんなにモテるのかね。千里に日葵に光莉に春乃。美少女四人から好きになってもらう器じゃないだろ」

「僕を美少女とカウントした不届きものは君か?」

「うん」

「はっきり頷いてんじゃねぇよ」

 

 だって似たようなもんだろ。千里だって種類は違えど恭弥に惚れてることは間違いないんだし。

 私からすれば信じられない。恭弥が女の子から好意を持たれてるってこと自体が信じられないのに、それも複数。恭弥がモテてて私がモテないのは、この近くに同年代の男がまったくいないからだ。決して私が普段巫女装束を着ている頭のおかしい美少女だからってわけじゃない。

 

「クソ、ムカついてきたな。千里千里、セックスする? そうすりゃ私もモテたことになんだろ」

「多分君、手握ったくらいで顔真っ赤にするでしょ。申し訳なくてセックス何てできるわけないじゃん」

「今もめちゃくちゃ顔真っ赤やしな」

「あざとすぎない? 今時の女子高生がセックスって言ったくらいで顔真っ赤にするってあり得ないわよ」

「うるさい! そういう機会ないんだから仕方ないだろ!」

「僕が教えてあげよう」

「有罪」

 

 日葵が千里にスマホの画面を向けたので覗き込んでみると、ちょうど薫にビデオを送ったところだった。なんかスマホずっと向けてるなーと思っていたが、どうやら撮っていたらしい。

 

「……これもしかして、一歩間違えれば僕が女装した恭弥に言い寄ってるように見えない?」

「そこまで似てねぇよ」

「ちゃんとつくものついてるものね」

「やっ」

 

 みんなが一斉に私を見る。私の胸には光莉の手が置かれていて、私は口を手で押さえて涙目になり、顔を真っ赤にしてぷるぷる震えていた。

 

「……恭弥ばりのクズで生娘ってどんなギャップよ。萌え萌えキュンって感じね」

「も、揉みながら言う、な!!」

「夏野さん夏野さん。これは流石に僕悪くないよね?」

「見ちゃダメだよ」

「千里の顔が絶望の色で染まってもうた」



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第141話 同じ人?

「そういえばなんでセンセーになろうと思ったんスか?」

「あ? 舐めてんのか」

「今のが喧嘩売ってるように聞こえたなら、今すぐ先生をやめてくれ」

 

 じゃあお店に行かなきゃだから。と言ってロメリアさんが去っていき、「俺と会った後に何かあったら俺の責任にされそうでめんどくさいから、送ってく」と微塵も嬉しくない提案を受け入れた俺たちは、先生に付き添ってもらって帰路についていた。もうそろそろこの人を先生って呼ぶことに抵抗がでてきたが、立場上先生であることには違いないので先生って呼んでおこう。

 

 先生先生うるせぇんだよ。

 

「別に。ただなれたからなった」

「じゃあ偶然天職に巡り合ったってことっスね!」

「天職?」

「だって俺、センセーがセンセー以外のことしてるとこ想像できねぇっスもん!」

「……それは、先生以外の俺を見たことがないからだろう」

「素直に受け取っておけばいいんじゃないですか? 可愛い教え子からの褒め言葉なんですから」

「そうだな。お前と違って」

「向いてねぇよお前」

 

 俺も俺自身のことを可愛くないって思うけどさ。正面切って生徒にそんなこと言うやつ先生に向いてる分けねぇだろ。井原目ェ腐ってんじゃねぇの?

 

 明確な区別の意識を感じながら、ケーキ屋『オラクル』、井原の家の前についた。「あざっす!」と言って頭を下げ家に帰ろうとした井原は途中でこっちを、先生の方を見て、気恥ずかしそうに切り出した。

 

「えっと、そういや相談があるんスけど」

「なんだ」

「俺、先生になりたいんスけど、どう思います?」

 

 先生からすれば、生徒から先生になりたいって言ってもらえるのは嬉しいことだと聞くが、この先生はきっと無感情だろう。むしろ「こんなのになりてぇのか」って思ってる可能性すらある。思うどころかもはや言ってしまうんじゃないかという心配すらあった。

 

「……どう思うって、お前の人生だろ。周りのくだらない大人はしっかり生きろとか、しっかり大学入ってしっかり稼げるようになれだとかくだらないことを言うが、お前の人生はお前で決めろ。言うこと聞くのはいい親の言うことだけでいい。あとは好きなことやって生きられればそれでいいだろ」

 

 言いながら先生は懐からタバコを取り出し、火をつける。前に、路上喫煙はダメなので先生の口からタバコを取り上げると、「こういう風に、好きなことやって生きるには障害は多いがな」とカッコつけた。

 

「なりたいと思うならなりゃいい。なりたくないらならなきゃいい。そんくらいでいいんだ、人生や将来ってのは。なってから違うなって思ったら、『違いましたごめんなさい』でいいんだよ」

「……俺、センセーみたいになりてぇっス!」

「それはやめとけ。お前はきっと、いい先生になれるからな」

 

 井原は深々と頭を下げてから、家に入って行った。途中思い出したかのようにまた家から出てきて、「恭弥もまた今度な!」と手を振って、家に引っ込んでいく。俺もガラにもなく手を振って井原に応えると、先生にタバコを返しながら歩き始めた。

 

「お前はまかり間違っても教師になるとか言うなよ。俺みたいになりそうだ」

「じゃあ向いてんじゃないですかね。俺も」

 

 先生は驚いたような顔をして、俺が返したタバコをそっとしまった。凝りもせず路上喫煙しようとしたらぶん殴ろうと思ってたから安心したぜ。俺の手が薄汚い人間の血で汚れるかと思った。

 

「意外だな。お前は俺のことをかなり低く評価してると思ってたが」

「いいもんをいいと認められないバカじゃないつもりなんで」

 

 そもそも、根っから先までクズ人間なら人気なんか出るはずもないし。この先生が人気なのは、クズでありつつさっきみたいないいところ見せるからだろう。ギャップでってやつだ。正攻法じゃどうしようもねぇからギャップで勝負してるんだこの先生は。ったく、男らしくねぇ。

 

 しっかし、この先生結構モテそうなのになぁ。顔もスタイルもいいしギャップもあるし、これで女の影すら見えねぇのはどう考えてもおかしい。オカマの影ならあった、っていうか影どころかはっきり見えてたけど。

 

「まぁ、教師になるっていうなら止めはしないが、生徒にだけは手を出すなよ」

「俺は心に決めた相手がいるんで、その心配はないですよ」

「本当に?」

 

 家の前。ありがとうございましたと言って別れる前に、気になる言葉をかけられた。立ち止まって先生を見ると、俺を見ずに俺の家の表札をじっと見ていた。

 

「本当に、決めきれるのか。お前」

「……ずっと、決まってたんですよ。本当は」

 

 ありがとうございました。と言って家に入る。両親はまだ帰ってきていないらしく、リビングの方から「おかえりー」というマイラブリースウィートエンジェルシスター薫のハイパービューティフルキューティボイスが聞こえてきた。俺は小躍りしながらリビングに向かい、「手」と言われて洗面所に向かい手洗いうがいをしてからリビングに小躍りしながら入って「ただいま!」と言うと無言でスマホを突きつけられる。

 

 そこには、俺とよく似た、カッコいい系の美人さんが映っていた。そしてなぜか巫女装束。隣に千里がいるのが気になる。あれ、俺巫女装束着て化粧して千里と遊んだことあったっけ?

 

「兄貴。この人知ってる?」

「いや? え、これ俺じゃねぇの」

「これが兄貴だったら縁を切ろうと思う」

「俺じゃねぇなぁ」

 

 薫と縁を切られるのは嫌すぎて嫌すぎるのですぐに否定する。俺自身もまったく覚えがないから間違いなく俺じゃないし。だとするとこの子誰だ? なんか妙な親近感があるというか、薫に対して感じるような、この、愛しさみたいなのがあるような気もする。

 

「……恭華」

「あ」

 

 ふと、脳に一つの名前がよぎった。俺がそれを口にすると、薫も思い出したかのように可愛らしく口をぽかんと開く。

 

 そうだ、俺が5歳の頃。両親に田舎へ連れられて、暇を潰しに遊びに出かけたら出会った女の子。苗字が氷室で、ほぼ同一人物ってくらい俺と似ていたあの子。12年前で、しかも一日しか会っていないからほとんど忘れていたが、今思い出した。

 

 ……あれ? そういや、この写真に写ってる部屋見たことあるぞ。それに、12年前あそこにいたのは俺たちだけじゃなかった気がする。確か日葵もいたし、俺たちくらい頭のおかしい女の子もいたし、明らかなメスもいたし、関西弁の女の子もいた。

 

 そして、その面子に心当たりがある。ありすぎる。

 

「……兄貴兄貴。みんな幼馴染じゃん。よかったね」

「……俺にとっちゃ、幼馴染は日葵だけだ。今の今まで忘れてたしな」

 

 ふーん。と薫は興味なさそうに言って、どこかへ電話をかける。

 

 ほどなくして、相手が電話に出た。薫のスマホから聞こえるのは、脳を溶かすメス声。

 

『もしもし薫ちゃん? どうしたの?』

 

 千里だった。

 

「もしもし、千里ちゃん。ちょっと聞きたいことがあって」

『将来どんな家に住みたいかって?』

「ちなみに俺もいるぞ」

『恭弥、こうしよう。君も僕らの家に住んでいい』

「よろしくな、薫」

「私、千里ちゃんと二人で暮らしたい」

「千里。親友として死に方くらいは選ばせてやる」

『死に方を迫ってくるような人間を僕は親友だとは認めない』

 

 妹を俺から奪おうとする忌々しいクズの声の向こう側では、『薫? 恭弥? なんか二人の声が聞こえたぞ』と俺の知らない声が聞こえてくる。いや、知らないようで知っている声。薫も何かを感じたようで、可愛らしく首を傾げている。

 

「千里ちゃん。今近くに、恭華ねーさんいる?」

『いるぞ! 薫!! 恭華お姉ちゃんだよ!!』

「おい薫、俺を見るな。自分に対する異常な反応で身内であることを確信するな」

 

 スマホから聞こえてきたのは、綺麗な声。凛としていて透き通るような、それでいてどこか温かい声。なくしていた自分の半身を見つけたかのような感覚に襲われすらした。

 

「おい、恭華。お前もしかして俺の妹だったりする?」

『癪だけどな。何度私がお姉ちゃんじゃないのかって確認しても、どうやら私が妹らしい。っていうか、その様子だとやっぱり私のこと忘れてたな?』

「そのことは謝る」

『あまり忘れてたことを認めるものじゃないぞ。いや、下手な言い訳してもわかるけど』

 

 恭華の声が聞こえてくるたび、薫が喜んでいるのがわかる。尻尾があれば振っているなんて表現はよく使われるが、こういうときに使うんだなっていうくらいうきうきしている薫が可愛すぎて、恭華に見て欲しくてビデオ通話にしてしまった。

 

「おい見ろ恭華。これが俺たちの妹だ」

『恭弥を殺せば私だけの妹になるっていうのは本当か?』

「誰から聞いたかは知らねぇけどそれは本当だ。つまり俺がお前を殺すことは確定している」

『はっはっは! 薫は私を選ぶに決まっているから、私を殺したところでお前は恨まれるに決まってるさ! なぁ薫!』

「私、二人とも好きだから二人と一緒がいい」

「おい恭華。俺たちのところは雨が降ってきた。そっちは大丈夫か?」

『近くの川が氾濫してしまったらしい。大洪水だ』

「二人が泣いてるだけだよ」

 

 なんだろう、この、投げたボールが綺麗に捕球されて、ボールが構えたところに寸分たがわず投げ返されているような感覚。きっと、どこに構えていてもそこに向かって投げられるし、俺がどこに構えていても恭華はそこに投げてきてくれる。以心伝心ってやつか?

 

『あぁ、そういえば夏休み明けそっちに行くぞ。恭弥たちと一緒に住むことになった』

「ほんと!?」

『恭弥。恭華さんは薫ちゃんが可愛すぎて死んだから、これ以上は話せなさそうだ』

「こっちも兄貴が死んだからだめそう。またね」

『うん。あの、信じて欲しいんだけど恭華さんが倒れたからっていやらしいことしようとか思ってないからね?』

「わざわざ言うから余計怪しくなるよ」

 

 逃げるように千里が通話を切った。

 

 そうか、夏休み明け、恭華がこっちに……。

 

 ん?

 

「俺、短いスパンで妹出来すぎじゃね? いや、弟ができるかもしれないのか」

「大家族だね、うち」

 

 そういや恭華が身内だってすんなり受け入れるんだな、と聞くと、「氷室家だし」とたくましい答えが返ってきた。それ正解。




実際誰が好きって思われてるんだろうと気になったので、アンケートにご協力お願いいたします。


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第142話 旅館到着

「ようこそお越しくださいました。ロメリア様からお伺いしております。氷室夫妻様ですね?」

「こいつどう見てもメスですけど男なんですよ」

「あらあら。愛の前に性別は関係ないというご教授ですね。ありがとうございます」

「そもそも夫婦じゃねぇっつってんだよクソ女将。ロメリアさんから何聞いてんだ?」

 

 ロメリアさんがそんな冗談言うとは思えない。大方、「カッコいい男の子と女の子みたいな男の子がくるからよろしくね」くらいなはずだ。証拠に、「すみません、少し冗談で場を和ませようかと」と女将さんがお上品に笑っている。千里も初対面の相手からメス扱いどころか妻扱いされたから相当怒っているのかと思いきや、「いやいや、お気遣いありがとうございます」と女将さんの計算づくの胸チラですべてを許していた。

 

 ロメリアさんからもらった温泉旅館の宿泊チケット、その当日。俺の両親は「ゴムなんか持っていくなよ」と言っただけで快く送り出してくれて、聖さんは「嫌なときは嫌ってちゃんと言うのよ」と言われて送り出されたらしい。なんか俺が襲うみたいな感じに思われてる気がしてムカつく。ったく、浴衣姿の千里に欲情しなきゃいいだけの話だろ? 無理だな。

 

「お部屋にご案内いたします。お荷物は……」

「あぁ、大丈夫です。そんなに重くないんで」

「彼女さんの分も持って、素敵な方ですね」

「……あれ、そういや僕『荷物』って恭弥に言われたから自然と渡しちゃったけど、あれってそういうことだったの?」

「あまりにもメスすぎるから男らしく振舞おうと思ったとか別にそういうことはない」

 

 む、と口の先を尖らせて軽いパンチをお見舞いしてくる千里に胸をきゅんきゅんさせながら女将さんの後ろを歩く。

 

 旅館はめちゃくちゃ立派なところで、学生で旅行しよう! なんて計画しても絶対に泊まれないような高級旅館。俺みたいなやつが歩いていいのかと思ってしまうくらい綺麗に清掃されていて、なおかつ顔採用を疑ってしまうくらい美男美女の従業員。木のいい香りが心を落ち着かせてくれるかと思いきや、隣に並ぶメスから放たれる強烈なフェロモンに脳を犯されてしばらく、俺たちの部屋についた。

 

「では、ごゆっくりどうぞ。お食事の時間は午後6時となっておりますので、予定の変更等あればお申し付けください」

「はい、ありがとうございます」

 

 女将さんと別れ、部屋に入る。部屋は和室で、二人で使うには広すぎるほど。およそ6人で使っても十分すぎるくらいの広さがあり、家具の一つ一つも高級感が溢れていて、あれにうんこでもしようもんなら弁償しないといけないんだろうなって感じがする。それは高級じゃなくても同じ。

 

「お、お疲れ様。結構早めに来たんだね」

「あぁ、そうなんですよ。男二人旅ってあんましたことねぇなって思って、どうせならいっぱい満喫したいなって」

「用意とか色々あとにして、ちょっとおちつこっか」

「そうだな」

 

 これまた高級そうな座椅子に並んで座り、テーブルの上に置いてあった高級そうな和菓子を対面にいる女性に渡して、女性が淹れてくれていたお茶を一口飲み、

 

「それで、誰ですか」

「あ、よかった。あまりにも自然に振舞うから、もしかしてどこかで知り合ってたのかもって不安になっちゃってた」

「最近恭弥に双子の妹がいたことが判明したくらいですから。知らない人が自分たちの部屋にいたくらいじゃ驚かないですよ」

 

 そういえば恭華はあの日から薫と頻繁に連絡を取り合っているらしい。氷室で双子といってもやはり男女の違いがあるからか、俺と一緒にいるときよりも楽しそうにしているのが嫉妬で狂いそうになる。ずっと一緒にいたのは俺なのに、ぽっと出の恭華に薫を取られるなんて……!

 

 まぁ恭華も妹ってことには変わりはないから、許してやることにしよう。

 

「えっとね。私、ロメリアに呼ばれてここにきたんだけど、何か聞いてない?」

「いや、聞いてないですね」

「……恭弥恭弥。もしかしてそういうサービスだったりする?」

「よく見ろ。布団が敷かれていない」

「ほら、情緒を大事にするタイプなんでしょ。親睦を深めてからとか」

「聞こえてるよー」

「こいつがあなたとセックスできるに違いないって息巻いてただけで、俺は失礼なこと言うなって叱ってたんです」

「僕、こいつに襲われたことあるんです」

「汚ぇ!」

 

 千里みたいなメスが「襲われた」って言ったら事実になっちゃうじゃん。襲われないわけないって思っちゃうじゃん。対面の女性、そういえばよく見なくても美人さんが「あはは……」って俺から距離取りながら笑ってるし。十割信じてはいないけど警戒する余地はあるってことじゃん。

 

「……やっぱりあの二人の子どもならこうなるんだ」

「千里。嫌な予感がするから俺の鼓膜をぶち抜いてくれ」

「よしきた」

「あぶねェ!!!」

 

 もっちゃもっちゃと団子を平らげて、串を俺の耳にぶちかまそうとしてきた千里の腕を押さえ、そのまま押し倒す。「やっ」と思わず興奮してしまいそうになる声が千里の口から漏れ出るが、そんなのに興奮してる場合じゃない。

 

「なにすんだよ!」

「お前がなにすんだよ! 人の鼓膜ぶち抜こうとしてきやがって!」

「君が言ったんだろ!」

「それを軽々実行するやつの方が問題だろうが! 鼓膜だぞ鼓膜! 人の聴覚奪うことに対して気持ちが軽すぎんだろテメェ!」

「ふ、二人とも落ち着いて! その、絵面がちょっと」

 

 美人さんに言われ、ふと冷静に自分たちの姿を見てみる。

 

 乱れる服、抑えつける俺、抵抗し、顔が赤い千里。

 

「ふぅ、悪いな千里」

「股間を抑えながら下がったことについて、僕は聞いた方がいい?」

「それはお前がどれだけ魅力的かって話か?」

「わかった。聞かない」

 

 ほぼ教えたようなもんだけどな、と思いながら座り直し、「さぁ続きをどうぞ」と美人さんに促すと、なぜだか……いや、察しはついてるけどなぜだか懐かしそうな顔で俺たちを見て、穏やかに笑っていた。

 

「私ね。恭弥くんのお父さんの幼馴染、秋野(あきの)優姫(ゆうひ)です。よろしくね」

「すみませんでした!!」

 

 すぐに秋野さんと隣に移動し、土下座を披露。俺ほど土下座が似合う男はいないだろう。何度光莉に許しを請おうと土下座したかわからないほどだからな。

 

「ちょ、恭弥くん!?」

「父さんの罪は俺にぶつけて頂いて構いません! だからどうか、父さんに襲い掛かって妊娠し、家庭崩壊を起こすのだけはやめてください!」

「なんで謝られてるのかわからないし、そんなひどいことしない……しないよ!!」

「恭弥。『それもいいな』って顔をしていた秋野さんを見逃さなかった僕を褒めてくれ」

「ち、違うの! ほら、やっぱり好きな人だし! 一瞬迷っちゃうのは仕方ないでしょ!?」

「何も違うことないですよ。有罪です有罪。恭弥、君のお父さんはどうせ誘惑に負けて子どもを何人も作っちゃうようなろくでなしだから、僕たちでこの人をなんとかしよう」

「父さんは多分そんなことしねぇよ!!」

「怒るなら『多分』って言葉外してくれ」

 

 確証はないから……。父さんは母さん一筋だろうし、実際子どもの前でいちゃいちゃ、子どもの前じゃなくてもいちゃいちゃしてるから大丈夫だとは思う。思う。

 

 でも、相手がマズい。だって幼馴染だろ? 幼馴染って言ったらグーにとってのパーじゃん。勝てるわけがない。パーが迫ってきて「負けちゃえ。負けちゃえ」って言ってくるんだろ? 父さんグー出しそうだもん。つまりどういうことだ?

 

「と、とにかく! そんな謝ってもらうようなこと何にもないし、顔上げて……似てる」

「千里、助けてくれ。この人『恭弥くんならまだ独身だよね……』って悩む素振りを見せてる」

「よかったじゃん。一生独身の可能性が潰えて」

「俺は日葵と結婚するからそもそもそんな可能性ねぇんだよ!」

 

 危ない目になった秋野さんから距離をとり、メスの隣に座る。やはり落ち着く。帰るべき場所っていうの? そんな感じするんだよな。

 

 なんか俺が最終的に千里を選ぶ未来が少し見えてしまったので、自分で自分をぶん殴っておいた。千里と秋野さんが不思議がらないのは流石といったところだろう。千里は俺とずっと一緒にいるからで、秋野さんは似たような経験があるから。

 

「えっと、それでね。私が呼ばれた理由なんだけど」

「ごめんなさい」

「まだ告白はしてないよ」

「『まだ』……」

 

 千里が不安そうに俺の服の端をぎゅっと握り、その手に自分の手を重ねて『大丈夫』だと伝える。流石の俺も、いくら美人だからって父親の幼馴染は恋愛対象にならない。だって、その、歳が、ねぇ? 年齢なんか関係ないって言いたいところだけど、現実はそうもいかないし。

 

「恭弥くんのお手伝い? みたいな感じだって。なにか悩んでることないかなーとか、迷ってることないかなーとか。私たちのことも、参考になったらなって」

「詳細は聞いてないですしね……。でも、いいですよ。俺は俺なりに答え出すんで」「なんて言ってるけど恭弥はヘタレなんで、ぜひお願いします」

「押せばいけるもんね」

「そんなことないですよ!!」

 

 ……待て。押せばいけるってことは、つまり。うちの母親は、父さんに『押した』ってことか? そうじゃないと今の発言でないよな。

 

 秋野さんを見る。にっこり笑った。

 

「千里。俺を守ってくれ」

「え? ん……ふふふ。仕方ないなぁ。恭弥は」

 

 もしかしたら秋野さんに『押される』かもしれないと恐怖を感じた俺が千里に縋ると、千里は心底嬉しそうに笑って気持ち胸を張った。かわゆいメスだなぁ。




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第143話 行き遅れカウンセリング

「それで、聞きたいことはない?」

「父さんたちに何があったのかの詳細を。ロメリアさんは『詳しいことは本人たちから聞いた方がいいわ』って教えてくれなかったんですよね」

「わ。ロメリアの声真似そっくりだね」

「千里。俺を殺してくれ」

「君が死ぬなら僕も死ぬ」

「なるほどな?」

「今、僕が薫ちゃんと結婚するってなったら自害しようと心に誓ったね?」

 

 なんでわかったんだろうという動揺を隠すためにお茶をすすろうとして、いつの間にか空になっていたことに気づく。そんなに喉渇いてたっけなと首を傾げていると、秋野さんがすかさずお茶を淹れてくれた。なんかこの人の厚意って裏がありそうで正面から受け取れねぇんだよな……。

 ただ俺はお礼ができないほど落ちぶれてはいないので「ありがとうございます」と一言お礼を言って、何か変なものが入れられていないかにおいを嗅いでから千里に飲ませる。千里におかしな変化が表れなかったのを見て安心し、そこで俺は初めてお茶を飲んだ。

 

「おい。今自然な流れで僕に毒見をさせなかったか?」

「どうせ俺が死んだら千里も死ぬんだから、それなら千里だけ死んだ方がいいだろ」

「君の頭の中の等式と倫理観を叩き直す必要があるみたいだね」

「あの、それよりもまず毒見自体にツッコまないの……?」

「本当に申し訳ないんですが、秋野さんからほのかな犯罪臭がするので」

 

 ひぐぅ、と秋野さんが涙目になってめそめそしだした。あーあ。千里がまた女の子……女の人泣かせちゃった。

 

「おい千里、ひでぇじゃねぇか。秋野さんは俺に協力しに来てくれただけなのにまるで昔好きだった男の息子を危ない目で見る超ド級不審者に違いないみたいなこと言いやがって」

「君と僕の秋野さんに対する心象が同じみたいで安心したよ」

 

 だってこの人、見た目の若さを武器にして薄い格好してるし。ノースリーブでミニスカートって年齢考えたらしちゃいけない格好だろ。いや、しちゃいけないってわけじゃないけど、控えた方がいい格好だ。日葵なら絶対しない格好。それこそ春乃とかにうまく乗せられでもしないとこんな人に肌を見せるような格好はしないはずだ。格好格好うるせぇよ鳥か俺は。

 

「うぅ……いいもん私は一生過去の恋愛引きずる痛い独身女だもん……」

「俺が言うのもなんですけど、俺の父さんよりいい男なんてゴロゴロいると思いますよ。秋野さん綺麗で見た目もめちゃくちゃ若いですし、まだ選び放題なんじゃないですか?」

「……」

「千里。秋野さんは今誰を見てる?」

「恭弥」

「時には嘘をつくのも優しさだぜ」

 

 どうやら俺は秋野さんの選び放題にノミネートされてしまったらしい。ほら、俺は心に決めた人がいるので。このまま俺を狙ってると二重に失恋、しかも親子二代からっていうとんでもない傷がつきますよ。やめた方がいいです。

 

「っていうか、父さんのどこがいいんですか? あんなクズで見た目だけがいいような男」

「どうしたの恭弥? いきなり自己紹介しだして」

「あとで本気で襲ってやる」

「あ……」

 

 俺の冗談に千里は見事な絶望顔を披露。おい、冗談だって。秋野さんの俺を咎めるような目で見ないでください。あとお前絶望顔はちゃめちゃに似合うな。もうすべてに負けるために生まれてきたんじゃねぇの?

 

「こほん。えっとね。確かに、あの人はえっちだしどうしようもないし、見た目の良さと元々のスペックで何事もごり押しするような人だけど」

「千里千里。これ、日葵に同じこと思われてる可能性ってある?」

「同じ人としか思えないし、大いに」

 

 なんてこった……。日葵にえっちって思われてるって最高に興奮するじゃねぇか。間違えた。最悪だ。俺は純粋で誠実でハイパー紳士で売っていこうと思ってるのに。この前アイドルのオーディションに応募しようと思ったら、「これ以上犠牲者を増やすつもり?」って薫に軽蔑されたからすぐに取りやめたくらい俺は紳士なのに。どれくらい紳士なんだ?

 

「でもね。うーんと、千里くん」

「? はい」

「千里くんはさ。なんで恭弥くんと一緒にいるの?」

「なんでって……」

 

 千里がちら、と俺を見る。あまりにもメスすぎて可愛かったので思わず照れてしまうと、千里もなぜか頬を赤くしてぷいっ、と俺から目を背けた。

 父さん母さん。俺は今夜、オスになります。

 

「恭弥はクズだし変態だしスケベだし、見た目の良さと元々のスペックでごり押しするようなどうしようもない人間だけど」

「だけど?」

「……一緒にいて、これ以上楽しい人はいないから」

 

 耳まで真っ赤にして、俺とまったく目を合わせない千里。こいつ、自分から言うのはいいけど人に言わされるのめちゃくちゃ苦手だからなぁ。恥ずかしがって可愛いやつめ。あれ、ほんとに可愛いぞ? もしかして俺たち今新婚旅行にきてるんですか?

 

 千里の答えが満足いくものだったのか、にこにこしながら秋野さんが頷いた。それにさえ恥ずかしそうにしている千里がもう本当に可愛すぎたので写真に収め、薫に送ると『ねとられた』とメッセージが返ってきた。まだ寝てないぞ。

 

「ふふ。私も一緒。そんなどうしようもない人でも、一緒にいてこれ以上楽しいって思える人いなかったから。あの人と過ごす毎日が鮮烈で、すっごく面白くて。きっと、死ぬまで笑ってられるんだろうなって思えたから」

「……」

「なんで恭弥が照れてるのさ」

「いや、なんか、その」

 

 わかる? 自分の父親が母親以外の人間からめちゃくちゃ褒められてて、しかも惚れられてるって理解できてしまう複雑さ。しかも千里が俺と一緒にいる理由と、秋野さんが父さんのこと好きな理由が一緒って、まるで俺に対しても好きだって言われてるみたいで照れてしまう。俺は日葵一筋なんだけどな???

 

「みんなも一緒だと思うよ。あの人と恭弥くんは違うところがあるとは思うけど、みんな恭弥くんと一緒にいるのが楽しくて、恭弥くんとの時間が面白いから。それに、根っこまで曲がってるわけじゃなくてちゃんと優しいし」

「恭弥。褒めてくれてるからってセックスできるわけじゃないよ」

「ゴムがねぇだろ」

「そういう問題じゃないだろ」

 

 視界の端でゴムを取り出した秋野さんは見なかったことにして……。いや、違いますよね。俺と使うわけじゃなくて、淑女の嗜みとして持ち歩いてて、なぜか今のタイミングで取り出しちゃっただけですよね。

 ……俺、無事に帰れるかな。千里は言わずもがなクソザコだし、頼れるのは俺しかいない。

 

 秋野さんがぶんぶんと首を横に振って、ゴムをしまう。そうですそうです。血迷わないようにしてください。俺の両親びっくりするから。旅行から帰ってきたと思ったら当時の同級生、しかも幼馴染が息子の嫁になってるんだから。びっくりしすぎて死ぬかもしれない。流石にあの両親でもこのインパクトには耐えきれないだろう。

 

「ん、んん。それで、恭弥くんが聞きたいのって、なんでお父さんがお母さんを選んだのかってこと?」

「あ、それですそれ。今秋野さん色々こじらせちゃってとんでもないことになってますけど、どう考えても母さんよりマシですし、秋野さんを選ばない理由がないじゃないですか」

「えへへ、ありがと」

「恭弥! 騙されるな! 確かにめちゃくちゃ可愛いけど君には夏野さんがいるだろ!」

 

 あぶねぇ……。あまりにも日葵すぎて一瞬恋に落ちかけた。とんでもないことになってるっていう部分をすっ飛ばして褒め言葉だけ受け取って照れるところが日葵っぽかった。多分、この人も純粋なんだろうな。

 

「でも、秋野さんがその理由知ってるんですか?」

「えっと……」

 

 気まずそうに秋野さんが目を逸らす。心なしかその頬は赤く、それだけで俺は色々察してしまった。千里も察しているようで、額を抑えて天を仰いでいる。

 

「……責任、取らなきゃいけないからって」

「千里。俺はどうやらできてしまった子どもらしい」

「だ、大丈夫だよ恭弥くん! その時はできてなかったから!」

「おめでとう恭弥。『その時はできてなかった』って言葉で『責任』が何を表すかが確定したよ」

「両親が結ばれた理由が『性』って……俺やりきれねぇよ。なぁ、助けてくれ千里」

「残念だけど、それに関して僕は君を歪ませることしかできない」

「もう結構歪んでる」

「別の部屋を取ろう」

 

 別の部屋を取ろうと動き出そうとした千里の手を握り、体をびくつかせて大人しくなった千里を気にせず頭を抱える。いや、別にいいんだけどさ。男女の形は人それぞれで、そういうことから始まるものもあっていいと思うけど、ずっと好きだった幼馴染がいるのに別の女の子とそういう行為しちゃうのはねぇよ。

 ……でも、俺も断り切れる自信ないなぁ。断った時の表情とか気持ちとか想像したら、胸が締め付けられるどころの騒ぎじゃない。あいつらならそんなことしないって思ってても、確実になんて断言できないし。

 

「色々あったんだよ、色々。不幸とか色んなことが重なっちゃって、たまたまそういう空気になって、そうなっちゃったってだけ。だから、どっちかが襲ったとか襲われたとかそういうのじゃなくて、ちゃんと選んだんだと思うよ」

「それはそれで、なぁ」

 

 幼馴染を放ってぽっとでの女の子と一緒になるなんて、俺には考えられ……考え……考えられない。考えられない? うん。

 

「恭弥くん」

 

 うんうん頭を悩ませる俺の目を真っすぐ見て、秋野さんが優しく微笑んだ。何か見透かされているような、それでいてなんとなく懐かしいような、安心感。それを抱きながら、「はい」と返事する。

 

「『幼馴染だから』じゃなくて、ちゃんと見てあげて。一人の女の子として、記号としてじゃなくて。――君は、『何』かが好きなの? 『誰か』が好きなの?」




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第144話 お土産探しの探検

「秋野さんに何か言われたけど、初対面で知ったような口出してくんのウゼェから無視することにした」

「僕は時々、なんで君の親友をやってるんだろうって不思議に思うことがある」

「え??? 一緒にいて面白いからなのでは???」

「ここに、僕の手を握る君の写真がある」

「おいまて、それをどうするつもりだ?」

「地獄に落ちるなら一緒にってことだ」

「そうなると俺は開き直ってお前にキスをする」

「負けました」

 

 また今日も勝利を刻んでしまった。

 

 秋野さんは俺に意味深なことを言った後、「二人の旅行を邪魔しちゃ悪いから」と帰っていった。俺は秋野さんの言ったことを無視することに決めたので、あの人が来た意味は全くないということになる。ははは。無駄な言動行動ご苦労様。

 

 ったく、俺は日葵が好きだっていうそれだけのことなのに、幼馴染がどうとうかこうとかそうとかあぁとかごちゃごちゃうるせぇんだよ。好きなもんは好き、嫌いなもんは嫌い。そんだけだろうが。

 

「千里。気分転換に探検しようぜ」

「高校生になってまで探検って、仕方ないなぁ」

 

 立ち上がった俺の隣にぴとっとくっついて、二人並んで部屋を出る。距離が近くねぇか? と思ったときには千里が首を傾げながら俺から離れていった。無意識に出てしまったメス行動だったらしい。こいつ今日排卵日なんじゃねぇの?

 

 すれ違う人たちから「結婚した人たちだ……」という目で見られながら玄関の方まで歩く。そういえば俺たちタキシードとドレスでノリノリな結婚式の写真撮ってたんだっけ。あれが載ったやつが出版されてからまだそんな経ってねぇもんな。あーあ。俺らの高校だけの噂だったのに全国公認のカップルどころか夫婦になっちまった。

 

「恭弥恭弥。なんかすごく見られてるんだけど、僕もしかしてすごいカッコいい?」

 

 その事実に気づいていない哀れなメスに教えてやったらなんて思うだろう。とりあえずカッコよくはないので「カッコよくないぞ」と言ってやると、頬を膨らませて上目遣いで睨んできた。んなことするやつがカッコいいわけねぇだろバカが。可愛さ100%の商品をお届けしてんじゃねぇよ。

 

「あいつらにお土産買って来いって言われたし、先に見とくか」

「お店いっぱいあったもんね」

 

 旅館を出てすぐ。そこにはお土産屋さん、食事処と様々な店があり、江戸の町のような見た目をしている。都会生まれ都会育ちだから懐かしさなんてものは感じないはずだが、俺の中の日本人の血が騒いでいるのか、落ち着くような気もする。

 

「光莉には牛乳饅頭なんてどうだ?」

「自分で出して作れるでしょ」

「それもそうか」

 

 ひどいセクハラをしても殺してくるやつはここにいない。なんてすばらしい空間なんだ。どれだけクズをやらかしても無事でいられるなんてこの世の楽園か? 

 

 ただ、この隣にいるメスはいちいち俺の発言を記憶して、自分が窮地に立たされた時に「そういえば恭弥がこんなことを言ってたよ」って俺を売って自分だけ助かろうとするクズなので、迂闊な発言は控えようと思う。

 

「春乃……? いや、まな板か」

「またそんなベタな間違いを……あれ、岸さん? いや、看板か」

 

 高品質な看板を掲げ、高品質なまな板を売っているお店の人にお辞儀をしつつ、土産を探す。せっかくだし全員一緒のものっていうよりかはそれぞれの好みに合わせたい。こういうところでポイントを稼いでおかないと一瞬で見放されるからな。

 

「光莉は俺が好きな物買えばいいとして、日葵と春乃と薫とつづちゃんと……なんか女の子ばっかじゃね? 俺ってもしかしてモテモテハーレム主人公?」

「殺すぞ」

「ちょっとふざけただけでこの仕打ち……」

 

 でも実際、お土産買っていくような男友だち……まぁ辛うじて井原くらいしかいないし、本当に俺の周りは女の子ばかりだ。千里も四捨五入すれば女の子だし、これで宇宙のプリンセスがこようものなら俺は所かまわずスケベを働くエロガッパに成り下がってしまう。ただ人間性を考えると成り上がりな気もするので悪くない。

 

「あ、見て恭弥。木製の腕時計だって」

「お、マジだ。珍しい」

 

 千里が飾られている腕時計に可愛らしく駆け寄り、店員さんをほんわかさせながらするりと自分の手首に巻く。それを俺に見せつけて、得意気に笑った。

 

「どう?」

「あぁ。可愛い顔してる」

「顔面の話じゃねぇよ」

 

 憤慨した千里は腕時計を外して、「まったくもう」と可愛らしくぷりぷり怒りながら次の店へ向かった。一応「冷やかしてすみません」と店員さんに頭を下げて後を追う。

 

「ん-。土産何にすりゃいいかなぁ」

「……別に、なんでもいいんじゃない? 恭弥がこの人にこれあげたい! って思ったものが、その人が一番欲しいものだと思うから」

「俺は今真面目な話をしてるんだよ」

「僕は今真面目な話をしたんだよ」

 

 俺があげたいって思ったものが一番欲しいもの? ないない。そんなの俺のことが大大大好きで、それこそ代々大好きな子じゃなきゃありえねぇって。は? 黙れ。

 

 ……つっても、まぁ、心当たりはなくはない。けど、それで喜んでくれそうなのって日葵と春乃くらいだし、つづちゃんは表面上喜びつつ気に入らなかったら毒吐きそうだし、薫は普通にダメだししてくるし、井原は……喜んでくれるな、なんでも。あいつ俺のこと好きなんじゃねぇのか?

 

「ほら、これとかいいんじゃない?」

「ん?」

 

 千里が手に持ったのは、小さな折り鶴の装飾が付いたイヤリング。全員がつけているところを想像してみるが、折り鶴ってなるとどうしても和のイメージが強くて普段は合わないような気がする。

 

「いや、ねぇだろ。普段使えねぇし」

「別に、こういうのは置物として使ってもいいんじゃない? 見てるだけで可愛いし」

「え? 僕を置物として君の家に置いてほしい?」

「耳イカレたのかブチカス野郎」

「今『耳イカレたのかブチカス野郎』って言った?」

「耳は悪くないみたいだね。おかしいのは頭だったみたいだ」

「今更だろ」

「改めろよ」

「確かに」

 

 言葉で合戦をしながら、千里がさっきのイヤリングを購入する。「つけていきますか?」と言われるのは流石と言うべきか。なぜか千里が俺をちらちら見ているのが気になるところだが、「大丈夫です」とちゃんと断れたみたいで一安心。あいつ一瞬俺に「可愛い」って言われたいからってイヤリングつけていこうか迷ったのかもしかして。

 いや、ねぇな。つけるにしても、それをネタにしてほしいからだろう。

 

「それ誰のお土産なんだ?」

「薫ちゃん。あの子小物好きだし」

「じゃあお前を切り刻んでやるよ」

「小さいかったらなんでも好きなわけじゃないし、何でも好きだとしても人間のこま切れ肉はホラーすぎて誰も好きじゃないよ」

「安心しろ。薫に見せるつもりは一切ない」

「ならいよいよ僕が細切れにされる意味ないだろ」

 

 千里が大事そうにイヤリングをしまって、ゆったりと歩き始める。こいつはどうせ薫にだけ特別にお土産をあげて、他のやつらのことは俺に任せる気なんだろう。顔にも「僕は薫ちゃんにだけお土産を買って、他の人のことは恭弥に任せよう」って書いてあるし。うるさすぎんだろこいつの顔。

 

「つか、小物にしても部屋の雰囲気が和風じゃなかったらミスマッチじゃねぇの?」

「だからだよ。異質だからこそ、僕があげたものが特別になるんじゃないか」

「キショ」

「恋とか愛とかってそんなものだよ。独占欲の塊なんだ」

 

 ふーん、と適当に相槌を打つ。嫉妬と似たようなもんか?

 

「ほら、例えば薫ちゃんの部屋に友だちが遊びに来た時、僕があげたものが部屋に置いてあったとして、友だちがそれを見るでしょ? で、自然と『あれ誰からもらったの?』って話になると僕の名前が出て、それが噂となって広がって、自動的に薫ちゃんの周りへの牽制になるんだ」

「お前も狙われるから牽制にならねぇじゃん」

「その時は君が僕を守ってくれ」

「お前どんどん男としてのプライドが薄れてきてねぇ?」

「君の前なら男としてのプライドなんて必要ないでしょ。強がる必要ないんだから」

 

 千里が綺麗に笑って、話は終わりだと言わんばかりに「あ、あれおいしそう!」と店に向かって走り出す。

 

 びっくりした。一瞬新婚旅行にきたのかと思った。

 

 

 

 

 

「はぁーあ。今頃恭弥と千里はセックスしてるんでしょうね。ところで日葵、今夜空いてる?」

「今夜を誘う史上一番怖い前置きやな」

「今日は薫ちゃんのところに行くから空いてないよ」

「なにぃ!!? 薫ちゃんのところでイくですって!!!??」

 

 ええ加減にせぇよ、と縛り上げられてしまった。なぜだか縛られることが多くて最近クセになりそうでこわい。これが私の性癖になったらどう責任をとってくれるつもりなんだろう。

 

 恭弥と千里がいないから、自動的に私たちは三人で集まることになった。別に集まる必要もないんだけど、あの二人が旅行って嫌な予感しかしないからこうして集まって不安を和らげようという算段である。あと夏だから日葵の薄着も見れるし。はぁはぁ。いつになったらシャワーから日葵の汗が出てくるのかしら。

 

「なーんかあの二人がおらんかったら結構静かなもんやなぁ」

「ね。なんか落ち着かないというか、物足りないというか」

「濃くなる前の小休止だと思いましょ。どうせ二学期になったら恭華がくるでしょうし」

「光莉がおるだけで十分濃いで」

「ははは」

「や、冗談やなくて」

 

 冗談かと思って笑っていたらまさか本気だったらしい。春乃がおかしくなってしまった。私ほど薄い人間はこの世に存在しないのに。縛られながら言うのもなんだけど。

 

「ん? そういえば今恭弥いないから、恭弥の部屋漁り放題ね」

「!!!!!!」

「よし。私が二人を止めなあかんみたいやな」

「あ、ち、違うよ!? 私そんなことしないもん!」

「どうやろなぁ。犯罪者の光莉ほどとは言わんけど、予備軍みたいなとこあるし」

「おい。今私のこと犯罪者って言った?」

「せやから今そうやって捕まえてるんやろ」

「なるほどね」

 

 これは一本取られたわ。うふふ。



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第145話 恭弥のきもち

「ところで、結局誰を選ぶの?」

「……飯食ってる時にその話やめろよ」

「だって、この話するといつも逃げちゃうじゃん」

 

 お土産を見て、ある程度誰に何を買うか決めて、大浴場で男数人の性癖を歪めてから。俺たちは部屋に戻って晩飯を食べていた。

 俺は食えればもうなんでもいいくらいのレベルまできているのでどれだけ上等なものを食べているかなんてわからないが、千里がビビってるっていうことは高級なんだろうな、と思う程度だった。バクバク食う俺を信じられないっていう目で見てきてるし。いやでも、母さんの飯のがうめぇぞ。

 

「そんなに気になるか? 別に、千里には関係……」

 

 と、そこまで言って少し考える。これから先の人生千里と離れ離れになることなんてまず想像つかないし、そもそも千里は薫といい関係になることがほぼ確定してるから絶対と言ってもいい。そんな千里からして、俺のお相手が関係ない?

 

「あるな」

「でしょ」

 

 なぜか得意気に笑って、お上品に食事する千里は完全にメス。浴衣姿がエロイので、今夜襲おうと、いやまてマズい。千里を選ぶなんてことしたら色々マズい。なぜか千里も「……!」と言って受け入れる未来が見える。何も言ってねぇな。

 とにかくそんなことになったら頭のおかしいうちの両親以外から猛バッシングを受けそうなので、千里をビンタして気を静める。ふぅ。

 

「なんで今僕はビンタされたの……?」

「ちょっと俺の気が暴れてたというか」

「じゃあ自分をビンタしなよ」

「うるせぇよ」

「うるせぇよ?」

 

 千里を黙らせて、皿の上にある刺身を一気につかんで口に放り込む。うまいな。もはや何食ってんのかわかんねぇけど。

 

「……ほんとに信じられないことするね。もう味なんてわからないでしょ」

「ん? 魚なんて赤いか白いかだろ。それにうまいぞ」

「まったく。元々豪快な食べ方してたけど、そんなことはしてなかったのに……朝日さんに影響でも受けた?」

 

 確かに、朝日は俺より豪快に飯を食う。無人島で置き去りにされて、何か月もぎりぎりで生き抜いてきた人間が久しぶりにまともな飯を食う時くらい豪快に。それで下品に見えずうまそうに見えるってんだからあれはもう才能だろう。可愛いし。

 

「かもな。それかギリギリのところで保ってたもんが、あいつらと付き合い始めたせいでぶっ壊れたのかもしれねぇ」

「とっくにギリギリのところは突きぬけてたと思うけど」

「バカ言うな。俺は理性的でクールな人間だ」

「それならもっとモテててもおかしくなかったと思うよ」

「いいんだよ。俺は日葵にさえモテれば」

「じゃあよかったじゃん。多分夏野さん恭弥のこと好きだし」

 

 まぁ千里なら気づいてるよな、とぼんやり考えながら味噌汁を飲み干しごちそうさま。

 

 そうだよなぁ。よかった、って言えるはずなんだよ。俺がずっと好きだったのは日葵だし、今でも好きだし、日葵が俺のこと好きかも? ってなってる現状を、これほど喜べないのははっきり言って異常だ。もしかしたらそれがわかった瞬間俺は一度死んで、菩薩にでもなったのかもしれない。

 

「告白しないの? ほぼほぼ成功すると思うけど」

「しねぇだろ」

 

 少し空いていた千里との距離を詰めて、隣に座る。同時に「なんで近づいたんだ?」と首を傾げ、「なんで近づかれたんだ?」と千里が首を傾げ、元の位置に戻った。あぁそうか。食後のデザートに見えたんだ。千里が。

 

「成功しないって、なんで? 成功するし性交もするでしょ」

「おい、あまり俺を興奮させるな。手近で済ませちまうだろ」

「僕を視界に入れるな」

「わかった」

「本当に目を逸らされるとガチ感が増すからやめてほしい」

「はぁはぁ、わかった」

「薫ちゃん。とうとう僕が襲われそうなんだ」

『ハッピーバースデー』

「ハッピーバースデーなんて言葉を教えたのは君か?」

「言葉自体より用法を指摘しろよ」

 

 かなり身の危険を感じたのか、千里が薫と通話をつなげた。確かに薫の前で千里を襲うわけにはいかない。考えたな、千里。いや、襲うつもりなかったけどね? ほんとに。風呂上りとかヤバかったけど。

 

 ……千里、よく俺と一緒に風呂入れるよな。

 

 とにかくこのままだと本当に俺が千里を襲おうとしていたと薫に勘違いされるので、「俺は本当に千里を襲おうとしていたんだ」と弁明する。薫に通話を切られた。あれ?

 

「何言ってるの君」

「真からでた真」

「清々しいくらいに本心だね。出て行ってくれ」

 

 距離を詰めると面白いくらいに体をビクつかせてビビり散らしている。楽しいなこいつ。小動物みたいだ。俺となんかと親友やってなければ、今頃年上女性から引っ張りだこだったろうに。俺と一緒にいるばかりに頭がおかしい認定されてしまって非常に可哀そうだ。

 

「何もしねぇから安心しろって。冗談だ」

「……」

「おい、本気でビビるな。俺にその気があるなら、今までで手を出すタイミング何度もあっただろ?」

「もしかしたら出されてたかもしれない」

「誰が催眠術師だコラ」

 

 催眠ができるならとっくにやってるっての。間違えた。その、あれだ。催眠ができたらとっくに千里を虜にしてる。あれ? また間違えた。もういいや。俺は間違える人間でいよう。

 

 とりあえず勘違いさせたままだと危険なので、薫に『さっきのは俺が間違えただけだ』とメッセージを送ると、『今日葵ねーさんと朝日さんが千里ちゃん殺すっていきりたってるのを、岸さんが必死に止めてる』と返ってきた。恐らく、俺が取られたどうこうより、薫を好きと言いつつ俺を誘惑した千里に憤慨しているんだろう。俺じゃなくて千里が悪いって決めつけられるって、千里のメスポテンシャルどんだけだよ。

 

「……じゃなくて、さっきの話の続きだけど」

「え? 手を出していいってことですか?」

 

 いつの間にか殴り飛ばされていた。これ以上ふざけると友情に亀裂が入るかもしれないからおとなしくしておくことにする。そもそももうすでに亀裂が入っていてもおかしくないくらいの所業はしているかと思うが、千里は心が広いらしい。

 

「ほら、告白しても成功しないってやつ」

「あー、あれな」

 

 俺もびっくりした。千里が人間に関して読み違えることなんて早々ない……いや、俺の考えも合ってるかどうか微妙だし、そもそも最近まで日葵とろくに喋ってなかったからどの口が言うんだって話だけど、日葵に関しては俺の方がわかってる。

 

「他の女の子がちらついて、フラれるかどうかはともかくその場で答えを出すことは絶対ない。自分だけがっていうのがワリィって思っちゃうんだよ。日葵は」

「恭弥と似てるね」

「何が?」

 

 千里は俺の疑問に対し、お茶を飲んでほっと一息。なに落ち着いてんだテメェ。ブチ犯してヒィヒィ言わせてやろうか? いや、言わさせてください。

 

「他の女の子に悪いって思っちゃうってところ。結局、今の煮え切らない状態もそれが原因でしょ?」

「……そりゃあ、な。自分のこと好き……まぁ本当に好きかどうかはともかくとして、そんな子たちを放置して自分だけ浮かれチンポになろうなんざワリィって思って当然だろ」

「浮かれチンポがなんのことかわからないんだけど、説明してくれる?」

「証明してやろうか?」

「待って、理解した。もういい」

 

 立ち上がると手で制されたので、おとなしく座ることにした。チャンスだと思ったのに……。

 

 実際。日葵が俺のこと好きってのはほぼ間違いない……と思う。今までが今までだたから自信を持てなかったけど、自分たちの状況を客観視してみれば一目瞭然だ。俺は恋愛マスターじゃないからそれでも確信が持てないってところはあるが。

 ただ、日葵は他の二人と比べてそこまで積極性がない。それは、性格的にどうしても一歩引いてしまうから。『恭弥のことを好きなのは私だけじゃない』って思ってしまっている。俺はアイドルか。アイドルの一人占めはダメだってか? してくれ。思う存分。そうすりゃ俺も悩む必要まったくねぇのに。

 

「別にいいんじゃない? 朝日さんも岸さんも、それで納得できないような子たちじゃないでしょ」

「だろうな。あの二人ならなんだかんだ言いつつ受け入れてくれるとは思うよ」

「じゃあなんで迷ってるの?」

「……チラつくんだよ」

 

 この話題、めちゃくちゃ気まずいし逃げ出したい気持ちがめちゃくちゃある。でも、千里に隠し事なんてしても意味ないし、してほしくもないだろうし。千里が薫と付き合わずにいるのって俺のこれが原因だし。きっと、お節介にも心配してくれてるんだろう。いい親友を持ったぜ、本当に。

 

「チラつく?」

「日葵のこと考える度、光莉と春乃が。ちょっとは好きになってるんだろうな」

「まぁ仕方ないよ。あれほど魅力的な女の子たち、世界を探しても見つからない」

「だからだろうな。俺の今の気持ちになんとかして折り合いつけねぇとっていうか……」

「ちゃんとフリたいってこと?」

 

 千里の責めるような視線が俺に突き刺さる。

 

「残酷だよ、それ。結局、恭弥が気持ちよく夏野さんと付き合うためじゃん」

「わかってるんだけどさぁ。いや、なんつーか、結婚するまでは勝負できるって諦めないような気がするんだよ。フラないと」

 

 千里が目を逸らした。今自分で言ってて自意識過剰できもいなって思ってたんだけど、案外外れてもいないらしい。

 春乃はどうかわからない。でも、光莉なら絶対諦めない。だって、日葵に誰か別の男ができたとしても、結婚するまで俺は諦めないし、なんなら結婚してからも諦めない自信がある。犯罪者か俺は?

 

「……でも、このままだとほんとに煮え切らないままずるずる行っちゃうよ。なんとか決着つけないと、いつかとんでもないことになりそうだ」

「実際、俺の親はとんでもないことになったしなぁ。どうっすかなぁ」

「まずはさ。女の子の気持ちを知ることが大切だと思うんだ」

「俺が知っちゃったらもうゴールじゃん」

「そこで」

 

 千里が、俺にスマホを見せてくる。その画面は通話状態で、『恭華さん』と表示されていた。

 

「女の子の気持ちは、女の子に聞いてもらえばいい。そして恭華さんは恭弥の双子。薫ちゃんみたいに贔屓もない。これ以上の適任がいる?」

『いないと思うぞ。大船に乗った気持ちでいてくれ、お兄ちゃん』

「お兄ちゃんはやめろ。ってかお前気持ち聞こうにも距離が」

『私、今あなたの家の前にいるの』

「じいちゃんとばあちゃんは」

『止めてくるから蹴散らしてきた』

 

 鬼かこいつ。

 

『今まで離れ離れだったんだ。家族らしく、恋の手助けくらいはさせてくれ』

「助かるけど、お前恋愛のことなんかわかんの?」

『わかるもん!!』

 

 通話が切れた。千里を見る。千里が「ふっ」と笑った。

 

「そういえば、恭華さんはめちゃくちゃ初心だった。だめかもしれない」

「テメェ」

 

 数分後、恭華から『たすけて』と送られてきた。無視した。



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第146話 ミッションインポッシブル

 私は今、氷室家の前にいる。ド田舎の方ではなく、都会の方。

 

 夏休み明けこちらにくる予定だったが、行く予定があるのに田舎でじっとしているのがとてつもなく苦痛だったので、うるさいおじーちゃんとおばーちゃんを「行かせてくれないときらいになる」の一言で黙らせ、単身こちらに乗り込んできた。ちなみに部屋に『ごめんね。二人とも大好きだよ』と置手紙を残してきたのでアフターケアも完璧である。ふっ、自分の才能が怖い。

 

 いつまでも家の前で棒立ちしていては不審者に思われるので、インターホンを押す。ほどなくして、家の中からドタバタと騒がしい足音が二つ聞こえたかと思うとドアが勢いよく開いた。

 

「恭華!!」

 

 出てきたのは、お父さんとお母さん。お母さんが家を飛び出して私に飛びつき、少しよろめきながらも恵まれた身体能力を駆使して受け止める。お父さんが『出遅れた』という顔で曖昧に笑っていた。

 

 二人とも、裸足だった。

 

「おかえり、おかえり!」

「うん、ただいま。遅くなってごめんね」

「帰ってきてくれたなら怒らないさ。ほら、中に入れ」

「恭華ぁ。やっとうちにきてくれるのね。私、ずっと離れ離れなんじゃないかって」

「これからは一緒だ。時々向こうにも顔をだすけど」

「ほら、中に入れ」

「あんなとこ行ったら監禁されちゃうわよ! ずっとここにいて!」

「うーん、私もそんな気がするけど、それでも育ててくれたのは確かだから」

「中に入れっつってんだろ!!!!!!!」

 

 十数年帰ってこなかったことに対しては怒らなくても、中に入らなかったら激怒するらしい。「もう、そんなに怒らなくてもいいじゃない。カッコいいんだから」と変な形で両親の仲の良さを見せつけられながら、家に入った。

 玄関を見ると、靴が多い。可愛らしい靴と動きやすそうな靴とセクシーな靴。直感だけど、この三つが家族のものじゃないってことはわかる。

 

「今日誰か来てるの?」

「日葵ちゃんと光莉ちゃんと春乃ちゃん。薫に会いに来たみたいよ。ほんと、兄妹揃ってモテモテなんだから」

「モテモテと言えば、恭華は向こうで男に言い寄られたりしなかったか?」

「お父さん。メリケンサックつけてるように見えるのは気のせいか?」

「俺が拳を振るうか振るわないかは恭華次第だ」

「いなかったよ。そもそも同年代すらほとんどいなかったし」

「そうか。こっちで学校に行って言い寄られたりしたら俺に言えよ。砕くから」

 

 今お父さんに学校のことは話さないということが確定した。お母さんに言っても多分お父さんに伝わるだろうから家で学校の話はしない。した瞬間に死者が出る。

 自分で言うのもなんだけど、私はめちゃくちゃ顔がいいしスタイルもいい。この両親の娘だから当然と言えば当然。そして、容姿が良ければ男子はいくらでも寄ってくる。つまり私の意思に男子数名の命がかかっている。重すぎだろ。田舎に戻ろうかな?

 

「あぁ、部屋は恭弥の部屋を使ってくれ。双子だしいいだろ」

「うん。結構急に押し掛けちゃったし、ごめんな」

「謝るなよ」

「お父さん。何恭華に謝らせてるの? 殺すわよ」

「恭華。絶対に謝らないでくれ」

 

 私が背負う命が増えた瞬間である。なんかあれだ。離れ離れだった期間が長かったからか、愛が重い気がする。お父さんは普通にしてくれてるけど、お母さんがちょっと暴走気味だ。胸もデカいし。胸がデカいのは関係ない。

 

「じゃあ、部屋使わせてもらうよ」

「あぁ。好きに過ごしてくれよ」

「ここはあなたの家なんだからね」

 

 ちょっと照れ臭くなりつつ頷いて、階段を上がる。まったく、いい両親だ。氷室家が薫を除いて全員クズだとしても、根っこは温かい。人をダメにする家系だな。そりゃ日葵たちも恭弥に惚れるわけだ。ほぼクスリと一緒だし。中毒性高いタイプの。

 

 その子たちの、そして恭弥のサポートを私はしなくてはいけない。千里には苦労をかけた。『氷室』の恋のサポートなんて東大入試より難しいに違いない。それにいくらメスだとはいえ男だし、立ち回りにくさもあっただろう。いい親友を持ったな、恭弥は。

 それに、いい子たちに好きになってもらった。正直誰が嫁になっても将来は明るいだろう。

 

 兄の勝ち確人生に笑いながら、恭弥の部屋のドアを開ける。

 

 クローゼットの前で死闘を繰り広げる光莉と春乃、どちらに加勢しようか迷っている日葵がいた。

 

 ドアを閉めた。どうやら、数秒前の私の考えを改める必要があるらしい。

 

「恭華ねーさん?」

 

 恭弥の部屋で繰り広げられている地獄をどうしようと頭を悩ませていると、世界が愛すべき声が私の脳内を犯しつくし、一度フルーチェのようにぐちゃぐちゃにされてから綺麗に成形された。

 声の方を向くと、そこには。

 

 目を丸くして、とてつもなく可愛らしくびっくりしている薫がいた。可愛い。ヤバ。この子が私の妹? 遺伝子の勝利?

 

「薫」

「え、なんで。夏休み明けじゃなかったの?」

「巻いた。我慢できなくてな。今日からこっちに住むことになった」

「……そっか」

 

 薫が頬を紅潮させてくしゃりと笑った。おい。おいおいおい。恭弥はこんなに可愛い妹と毎日一緒に暮らしていたのか? ふざけんな。十数年無駄にしたじゃねぇか。こんな可愛い妹と一緒に暮らせないなんて死んでるのと一緒だろ。つまり私はまだ生まれたて? これは薫に面倒見てもらうしかない。ばぶばぶ。

 

「巫女装束じゃないんだね」

「流石にアレでこっちにくるほど非常識じゃない。この部屋の中にいるクレイジーガールズに常識を合わせるなら、巫女装束でもよかったかもしれないけど」

「きて早々ごめんね。さっきまで私の部屋にみんないたんだけど、光莉さんが『あんまり気にしないでほしいんだけど、私恭弥の服で布団を作って寝ようと思うの』って言って私の部屋から飛び出しちゃって」

 

 なるほど。クレイジーが光莉で、クレイジー(仮)が日葵で、常識人が春乃だったか。多分あの構図、光莉が恭弥のクローゼットを狙っていて、春乃がそれを止めて、日葵がどっちにつこうか悩んでいる、ってところだろうし。この家の中に犯罪者がいるのか……。

 

「いや、まぁ祖父母があれだから慣れてる。放置しててもいいけど、これから私が使う部屋を荒らされるのも癪だからちょっと止めてくるわ」

「え」

「?」

 

 薫がまた驚いた顔で私を見ていた。なんでびっくりしてるんだろう。まさか私が綺麗すぎてびっくりしたとか? わかる。私綺麗だもんな。でも薫の方が綺麗だし、可愛し天使だよ。ちゅっちゅ。

 

「私と一緒の部屋じゃないんだ……」

 

 そんなふざけた私の脳内を、薫の可愛らしい一言がぶち壊してきた。脳が破壊された。私の幸せ中枢が「もう死んでもいいくらいの幸せは得たな」と私を死へと誘おうとしている。私も同意見だ。でもここで死ぬと薫が悲しむから絶対に死なない。

 え? しゅんとしてるじゃん薫。私と一緒の部屋がよかったってこと? 可愛杉田玄白日本地図完成じゃん。興奮のあまりその地図で日本一周させる気か? また私が出て行ったら泣くぞ、両親。薫の悪女!

 

 ちょっと拗ねてしまった薫の頭を撫でる。恭弥は『薫の頭を撫でるとほぼ確実に叩かれるから、積極的に撫でることにしてるんだ』とヤバイことを言っていたが、薫はおとなしく撫でられている。やっぱり性別の違いだろうか。まぁいくら兄と言えど男だし、あんなにデレデレしてたら気持ち悪いしな。私が恭弥から薫のような扱いを受けたらと思うとゾッとする。

 

「まぁ、住む家は一緒なんだ。部屋が違ってもいつでも会える。一緒にいようと思ったらいつでも一緒にいられる。多分、お父さんとお母さんは薫が受験生だから気を遣ったんだろ」

「恭華ねーさんが一緒でも勉強できるもん」

「私が我慢できない」

「兄貴の部屋遠慮なく使ってね」

 

 納得されてしまった。ったく、便利だな氷室家の血ってやつは。非常識が常識としてまかり通ってしまう。

 

 薫とあとで一緒にお風呂入ろうねーと言ってから、ドアの前に立つ。さて、あのバカどもを制裁してやろう。恭弥がいないからって恭弥の私物であれこれしようとする不届きものには、妹である私からガツンと言ってやらなければならない。

 

 ドアを開ける。恭弥のパンツを被った光莉が春乃にキャメルクラッチされていて、日葵は二人の目を盗んでクローゼットにそろそろと歩き出していた。

 

「……一体何してるんだ?」

「え!? 恭華!? もしかして私に下着を渡すために遠路はるばる!!???」

「恭華。ちょっとこの大犯罪者オトすから待っててな」

「がっ……」

 

 光莉が倒れた。春乃は汗をかき、襟元をパタパタしている。は? エッロ。

 

「日葵。クローゼットに向かってるけどどういうつもりだ?」

「えっ!! えっと、その、ひ、光莉がっ! 光莉が漁っちゃったから、綺麗にしようと思って!」

「ひ、日葵は……日葵は、本当に綺麗にしようと思ってるだけなの、信じて、あげて……」

「おい変態。お前が庇うともっと怪しくなるってことを自覚しておけ」

「今変態って言ってくださいましたか?」

 

 こいつ本当に氷室じゃないのか? なんでここまで頭がおかしいんだ? 実は血が入ってるだろ。お父さんが他の女に手を出したんだろ。じゃないとここまで頭がおかしい説明がつかない。復活超早いし。

 

 光莉は立ち上がってパンツを元に戻し、日葵は私の後ろから薫に見られていることに気づき、「ち、違うの! 違うの薫ちゃん!」と必死になっている。可愛い。春乃は私に「あ、そうや。おかえり、って言うたらええんかな?」とイケメンスマイル。惚れました。私の一生をあなたにあげるので、あなたの一生を私に下さい。

 

「さて、私の邪魔をした恭華が私に脱ぎたてパンティをくれるって話だったわよね?」

「あげないけど」

「光莉。大口開けて驚いてるとこ悪いけど、光莉が一方的におかしいで」

 

 バカを放置して部屋の隅に荷物を置く。可愛い女の子が三人もいるからか、部屋が華の香り。天国かここは。

 

「はぁ、みんなして私がおかしい私が悪いって。じゃあいいわよ。ふん。私だけ恭華と仲良しこよしになって、これから恭弥のあれこれ伝えてもらえるようにするから」

「「恭華」」

「ひぇ」

 

 光莉の一言で、全員がおかしくなってしまった。思わず恭弥に助けを求めるが、全然返事がない。

 

「薫!」

「仲良くするのはいいけど、恭華ねーさんは今日私と一緒にお風呂入るんだからね」

 

 みんなほっこりした。可愛さは世界を救う。



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第147話 小休止

 明晰夢、というのを知っているだろうか。自分で夢だと自覚しながら見ている夢、さらに自分で夢のコントロールすらできてしまうなんていうものすごいやつだ。俺は基本的に夢を見ないし、夢を見ないっていうことは熟睡できているっていう証拠だからつまり俺は睡眠ですら天才だということ。

 

 そんな俺が、今夢を見ている。

 

「? どうしたの、恭弥」

 

 通っている高校の教室、目の前には千里。いや、正確には千里じゃないのかもしれない。

 

 顔はまったく変わっちゃいないが、明らかに違うところがある。胸。そう、胸がある。しかもスカート何て履いている。女だ。女になっている。メスじゃなく女。

 

 夢は、その人の願望の表れだっていう話もある。っていうことは女の千里とうふふふふしたいっていう願望が俺にあるってことか? バカ言え。千里は男で、俺の親友。確かにいい匂いするし柔らかいしめちゃくちゃ可愛いしどう考えても生まれてくる性別間違えてるけど、男だから千里なんだ。女になってほしいなんて一ミリたりとも思ったことはない。

 

 でもこの夢見続けようと思う。別に俺の顔を覗き込んできょとんとしている千里(女)が激カワパラダイスだったからとかそういうのじゃない。

 

「いや、なんでも」

「……恭弥がそう言うなら」

 

 ふにゃりと安心したように笑う千里。思わず求婚してしまいそうになったので自分の内ももを思い切りつねる。なんてことだ。日葵に対してはまったく好意を示すことができないのに、千里が女になっただけですぐ求婚しちゃいそうになるなんて。

 いやまて、これは夢だぞ? 求婚してもいいんじゃないか。どうせ夢だし、現実に戻って千里と顔を合わせても気まずいことなんてまったくない。だって現実でも何度か求婚しそうになったことあるし。いつも通りだ。

 

「千里。俺と結婚──」

 

 

 

 

 

「あ、起きた?」

 

 目が覚めた。そして頬に感じるこの温かさと柔らかさは千里のもの。まさか膝枕なんじゃないかと思ったが、肩枕だったようだ。残念なんてことはない。だってメスだけど男だし。残念というなら、

 

「もうすぐでお前とセックスできそうだったのに!! 犯され体質みてぇな見た目しやがってこのクサレゲボめ!!!!!」

「聞き捨てならないことが多すぎるんだけど」

 

 肩枕をしてもらったままだったからか、千里の声がめちゃくちゃ近くで聞こえる。びっくりした。耳に蜂蜜流し込まれたのかと思った。聴覚で甘さを感じた。このままでは脳がトロトロにされてしまうのでそっと離れて周りを見る。

 

 どこかの散歩道のようだった。旅行客がちらほらといて、名前のわからない花がたくさん咲いている。自然が多いからか、夏だっていうのになんとなく涼しい感じもした。

 

「いつ寝たんだ、俺」

「散歩してて、ちょっと休もうってベンチに座ったらいきなりね」

「なるほどな。それで周りのカップルや夫婦から微笑ましい目で見られてるわけだ」

「さっきお姉さんたちからも『あのカップルかわいい!』ってきゃっきゃされてたよ。どう責任取ってくれるの?」

「結婚しよう」

「腹を切れ」

 

 どうやら俺が寝ている間に江戸の世になってしまったらしい。切腹ってめちゃくちゃ辛いよな。介錯してくれる人がいたらすぐに死ねるけど、いなかったら痛いまま苦しんで死ななきゃいけないし、もちろん俺を介錯してくれる人なんているわけがない。クズだし。

 

 アホな思考をどこかへと飛ばして、伸びをしながら大あくび。閉じていた目を開けると、夢と同じように千里が俺を覗き込んでいた。

 

「なんだ? 顔がいいぞお前」

「うるさいよ。大丈夫? もしかして、その、色々考えすぎて精神的に疲れちゃってるのかなって思って」

 

 千里が、眉尻を下げて本気で俺を心配してくれていた。こいつ、ムーブが完璧にヒロインすぎねぇか? なんか俺の脚に手ぇ置いてるし。なんだこの手。いやらしすぎだろ。やんのかコラ。

 

 しかし、精神的に、ねぇ。確かに、言われてみればめちゃくちゃ考えてたかもしれない。だってアレだぜ? この世のどこを探してももう見つからないような素敵な女の子たち三人に好きになってもらってて、考えない男が世界のどこにいるんだ? 最近頭の中がごちゃごちゃになっててよくわかんなくなることが多々あるし、もしかしたら本当に精神的な疲労があったのかもしれない。

 

 ただ。

 

「んなことねぇよ」

 

 立ち上がって、二、三歩歩く。そして振り向いて笑ってみせた。

 

「女の子に好きになってもらってて、幸せ以外の言葉見つけられるか? お前」

「……恭弥がそう言うなら」

 

 ふにゃりと笑って、千里も立ち上がる。俺の隣にくるのを待ってから、二人で歩き出した。

 

「この散歩道の木ね。桜の木らしいよ」

「へぇ。春にきてたら立派なもん見れただろうになぁ」

 

 道と道を挟むように川が流れ、まるでアーチを作るように桜の木が整列している。桜が散る頃には、川の色が桜色になることだろう。

 

「次、春にここへ来るときには隣にいるのが女の子だといいね」

「なんで?」

「なんでって」

「そりゃあそん時まで決着ついてるといいけどさ。決着ついてても、俺はまたここに千里ときたい」

 

 風が吹いて、俺たちの背中を押す。木の葉が舞って、葉が一片千里の髪に落ちる。それを取って、太陽に透かした。

 

「千里は親友だからな。彼女だけじゃなくて、同じ位大事にしたい」

「……そういうの、なんで女の子に言えないかなぁ」

「男にだけ言えることも、女の子にだけ言えることも、どっちもあんだろ」

「じゃあ、僕は男でよかったよ」

「あぁ、俺も千里が男でよかった」

 

 なんとなく葉を持ったまま、千里と並んで散歩道を歩く。風で揺れる木々と川のせせらぎが心地よい音楽を奏で、俺たちの今を彩ってくれている気がした。

 

 

 

 

 

 

「なんで千里ちゃんのことが好きなのか?」

「あぁ。ちょっと気になってな」

 

 お風呂。薫とお風呂。もう人生に悔いはないと言ってもいいくらい幸せ。今全世界でお風呂にいる人間の中で一番幸せな自信がある。いや、幸せだ。

 

 向かい合うようにして湯船につかり、千里の名前を出した瞬間ほんのり頬が赤くなった薫を見つめる。カワユス。恭弥の部屋であれこれしていた化け物どもとは大違いだ。いや、あの子たちもあれはあれで可愛いところはあるに違いないが、ちょっと頭のネジが外れている。一人に至っては元々ネジがはめ込まれていなかったんじゃないかってくらいぶっ飛んでるし。

 

 あの子たちに恭弥についてのあれこれを聞こうと思っていたが、今の私じゃ手に負えないので薫と親愛を深めることにした。だって無理だろあれ。あの子たちの相手を一斉にしろなんて一休さんでも投げ出すぞ。

 

「それ、兄貴にも聞かれたなぁ」

「まぁ、あいつにとっちゃ大事な妹のことで、大事な親友のことだからな。そりゃ気になるだろ」

「うん。それに、兄貴には安心してほしいから、そういうのはちゃんと答えたいし」

 

 キスしていい?

 

「ん-と、ね。兄貴の親友だから」

「ブラコン」

「ふふ、仕方ないよ。あんなに愛してくれてたら、こっちだって同じくらい……は言いすぎかもだけど、大事だって思っちゃうよ」

 

 あーあ。あーあ! 私が薫とずっと一緒に暮らしてたらなぁ!! 私もめっちゃくちゃ愛してくれたんだろうなぁ!! クソッタレ! 全世界妹選手権堂々一位の薫と私が離れ離れだったなんて信じられない!!!

 

「あ、えっとね。恭華ねーさんのことも大事だよ。離れ離れだったけど、なんかね、恭華ねーさんと一緒にいると、胸のあたりがあったかくなるんだ」

「今薫を嫁にはやらないことが私の中で決まった」

「千里ちゃんなら、ちゃんと恭華ねーさんを納得させてくれるから。今はそれでもいいよ」

 

 千里が帰ってきたら殺してやろうと思う。私の可愛い可愛い妹をたぶらかしやがって……どっちかというと恭弥をたぶらかしている気もするけど、っていうかぶっちゃけ旅行から帰ってきたら二人が付き合ってるんじゃないかって危惧してるところもあるけど。

 

 確かに千里はいいやつだけどさ。こんなにいい子が好きになっちゃうくらいいいやつか? あいつ。

 いいやつだな。だって恭弥の親友だし。

 

「あ、そういうことか。恭弥の親友ならいいやつに決まってるしな」

「うん。兄貴の親友やれるのって、ずば抜けていい人くらいだしね。兄貴、嫌な人は名前も覚えないし。高校に入ってから兄貴から聞く名前、十人もいないんじゃないかな?」

 

 ちょくちょく連絡を取り合ってたから知っている。日葵に光莉に春乃に、つづちゃんに井原、そして千里。学校関係だとこれくらいか。交友範囲狭すぎないかあいつ。将来が心配になってくる。

 

「でも、あいつら異常に仲いいよな。きっと今頃二人でいちゃいちゃしてるぞ」

「ふふ、いいんじゃない? たまには男同士でゆっくりしなきゃ、息が詰まっちゃうし」

 

 薫に近づいて、抱き着いて髪をわしゃわしゃと撫でる。とんでもなくいい子だこの子は。世界の宝。いや、銀河の宝。この子が泣いた時は国をあげて原因を撲滅しなければならない。つまり私か恭弥が総理大臣にならなければならない。今私の夢が決まった。まずは手始めに選挙ポスターを作ろうと思う。

 

「わ、もう、なに?」

「はは。いや、薫は可愛くていい子だなぁと思ってな」

「恭華ねーさんも、可愛くて綺麗でいい人だよ」

 

 にへー、と笑う薫が可愛すぎて私は失神した。



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第148話 性いっぱい性別の証明

「ねぇ、恭弥。あの子」

「ん?」

 

 散歩をして、さぁ帰ろうと帰路についていた時。その子はいた。

 

 不安そうな表情で周りをきょろきょろ見て、泣くのを我慢している男の子。歳は五歳くらいだろうか。どう見ても迷子だが、迷子だと認めなさそうな気の強さを感じる。

 

「どうしよっか」

「子どもは俺の素晴らしい頭脳についてこれないからあまり好きじゃねぇ」

「頭のいい人は相手に合わせて話ができるものだよ」

「見せてやろうじゃねぇか」

 

 俺に喧嘩を売り、くすくす笑う千里を置いて男の子の前に立つ。俺が前に立つと男の子はビクッと震えてから、下から俺を睨みつけてきた。

 

「俺は迷子じゃない!」

「俺も迷子じゃねぇ!」

「何張り合ってるの。全然ダメじゃん」

 

 後ろから襟を引っ張られて、千里が前に出る。やけに女らしくしゃがんで男の子と目線を合わせると、安心させるためかにっこり微笑んだ。なんだこいつ。女神か?

 

「えっと、一人でここにきたの?」

「う……えっと、お母さんと」

「そっか。じゃあお母さんが迷子になっちゃったんだね」

「そ、そうだ! お母さんが迷子になっちゃったんだ! 仕方ないお母さんめ」

「ふふ、そうだね。じゃあ僕たちと一緒にお母さんを探してあげよっか」

 

 男の子は顔を真っ赤にしてこくりと頷いた。まぁ勘違いされるよな。千里はどう見ても女の子だし、どっからどう見ても聖母ムーブしてるし、五歳の男の子でも性を感じさせてしまうようなフェロモンをむき出しにしてるし、勘違いしない要素がない。こいつは人生経験が足りない相手の性癖を歪めることに対して右に出るものはいないからな。

 

 クソ、俺が不甲斐ないせいでまた一人の少年の性癖を歪めてしまうことになるのか……? いや、まだ千里が男だとはバレていない。このまま女だということにすれば性癖が歪むのは避けられる。

 

「姉ちゃん、女なのに僕っていうのか? 変だぞ」

「失礼な。僕は男だよ」

 

 終わった。俺のせいで少年の性癖が歪められてしまった。少年も「え、嘘だろ……?」って家に帰ったら家族が全滅してた時と同等の驚き方をしている。まだ現実を受け止め切れていないんだろう。

 

「いや、こいつは女の子だ。見ろ。どこをどう見て男だって思える?」

「そ、そうだ! 姉ちゃんは嘘つきだ!」

 

 あまりにも現実を受け止め切れないからなのか、少年が俺の方によってきて、俺の後ろに隠れながら千里に抗議の目を向ける。変なところで絆が出来上がってしまった。

 少年に嘘つきだと言われた千里は可愛らしくむっとして、それを見た少年がどきっとして、更にそれを見た千里が妖しく微笑んだ。

 

「じゃあ、見せてあげよっか? 僕が男だっていう証拠」

「見せてみろよ! 俺は信じないぞ!」

「おい待て千里。お前が下品な方法で男を証明しようってんなら俺は黙っちゃいられない」

「流石にそんなことしないよ。そうだなぁ」

 

 千里は俺に近寄ってきて、そっと耳打ちした。

 

「僕が男だってこの子に認めさせないと、僕たちが付き合ったって夏野さんたちに言いふらす」

「君。こいつはれっきとした男だ。俺はこいつの親友なんだけど、間違いない」

「う、嘘だ!! 嘘だって言ってくれよ!! 姉ちゃんが男だったら、俺もう女の子に対して夢も希望も持てねぇよ!!」

 

 推定五歳にしては賢い言い回しをするなこいつ。こんな将来有望そうな子の性癖を歪めてしまって本当にいいのか? と千里にアイコンタクトを送ると、君の性癖も歪めてあげようか? と返されてしまった。それだけは勘弁願いたいので、少年に千里が男だということを認めさせなければならない。そうしないと俺の未来が終わる。

 

「よし、なら少年。こいつのおちんちんを触ってみろ。ちゃんとあるから」

「ないもんは触れねぇ!!」

「いや、ある!!」

「いや、ない!!」

「いや、ある!!!!!!」

「いや、ない!!!!!!」

「おい千里、お前からも何か言ってやれ!!」

「死ね」

 

 地面に引き倒され、そのまま上に乗られて首を絞められた。ちが、違うんだ。俺はただ、お前が男だと認めてもらおうとしただけで……。

 苦しみながら少年に手を伸ばすと、少年が意を決したように俺を助けに入ってくれる。

 

「わかった! 姉ちゃんやめてくれよ! 俺が姉ちゃんのおちんちんを触るから!」

「そこじゃないよ!! 僕が男だって素直に認めてくれたらいいんだよ! なんで僕のおちんちんを触る触らないの話になってるんだよ!!」

「姉ちゃんが女の子みたいだからいけないんだろ!! 兄ちゃんを離せよ!!」

「僕も兄ちゃんって呼べよ!!」

「それは無理だ!!」

「じゃあ恭弥には死んでもらうしかない」

「わー!! わかった!! わかったから!!」

 

 少年が泣きながら千里に掴みかかると、千里はため息を吐いてから俺の上から離れた。すかさず少年が俺に寄りかかって「大丈夫か兄ちゃん!! ごめん! 俺が、俺のせいで!!」と号泣しているのを、優しく撫でて宥めてやる。

 

「ありがとな、助かった。お前がいなきゃ、俺は今頃天国に行ってたらふくおいしいものを食べながら綺麗な女の人たちを侍らせて、好きな時に寝れる夢のような生活を送るところだった」

「うぅ、ぐすっ、多分そっちのが幸せだと思う……」

「バカ言うな。あっちには千里がいねぇからな。そんなとこ幸せだとは呼べねぇよ」

「付き合ってるんだ!! やっぱり姉ちゃんは姉ちゃんじゃん!!」

「待て!! 男同士でも付き合ってるっていうのはあるだろう!!」

「僕たちはそもそも付き合ってないんだよ!!」

 

 千里の魔の手から守るために少年を抱きかかえ、油断なく千里を睨みつける。しばらく膠着状態にもつれ込んだ後、千里の「っていうか、そもそも僕ら何してたんだっけ……?」という言葉で全員が我に返った。

 

「そうだ。確か少年の親が迷子になったとかなんとかで。ところで名前何? 俺は氷室恭弥。気軽にビッグボスとでも呼んでくれ」

「ビッグボスが気軽だと思ってるなら君は義務教育を受け直した方がいい。僕は織部千里。よろしくね」

「兄ちゃんに姉ちゃんだな。俺は岸部学人!」

「恭弥。どうやら学人くんはまだわかっていないみたいだ」

「学人!! 今すぐ千里を姉ちゃんと呼んでやれ!!」

「わかった!」

「兄ちゃんと呼べっつってんだろ!!」

 

 千里が激昂するも、学人は一向に姉ちゃんとしか呼ばない。まだ頭が千里が男だと認めていないんだろう。そうだ。学人は賢い。千里が女だと思い続ければ、性癖が歪むことはないからな。天才か? 俺の生まれ変わりかもしれない。ということは俺はもう死んでいる……?

 

 自害するタイプの世紀末ヒーローみたいなことを言ってしまった。

 

「まぁまぁ千里。子どもの言うことだ。広い心で許してやろうじゃねぇか」

「……そう言われるとそうか。うん、まぁいいよ。姉ちゃんで」

「兄ちゃん。ここで子ども扱いするなって言ったらどうなる?」

「きっとこの話は終わらない」

「地獄じゃん。俺は賢い選択をすることにするよ」

「賢いやつだな。学人はきっと大ものになれる」

「へへへ……」

 

 学人を撫でて男同士の友情をはぐくんでいる俺たちに、千里の冷たい目が浴びせられる。なんだ、お前また性癖を歪めさせようとしてんのか? 俺もうっかりゾクゾクしちまったじゃねぇか。寸でのところで学人の目を塞ぐことに成功したから学人の未来はギリギリ守れたけど。

 

 とりあえず、いつまでも地面に寝転がっているのは不衛生極まりないので立ち上がり、辺りを見渡してみた。俺たちに向けられる奇異の視線はあるが、学人を探しているような人は見つからない。

 

「あれだけ騒げば向こうから見つけてくれると思ったんだけどな」

「ん、確かにそうだね。学人くん、どこでお母さんが迷子になったかって覚えてる?」

「ここから二駅離れたところ。いきなりいなくなったから、歩いてここまで探しに来たんだ」

「行動力アルティメットかよ」

 

 二駅分? それ結構な距離だぞ。大体4キロくらいはあったはず。大人が歩いて大体一時間くらいはかかるから、学人なら一時間半、もしかしたらそれ以上かかるかもしれない。その距離を一人で歩いてって、何してんだこいつ?

 

「も、元々目的地はここだったんだ! 俺はバカじゃないぞ!!」

「はぐれたところで待ってたら探しに来てくれたんじゃね?」

「……」

「恭弥。子ども相手に正論をぶつけるのはやめよう。大人げない」

 

 その手があったか、と驚いた後、座り込んで俯いてしまった。千里が責めるような視線を俺に向けてくる。ごめん。ごめんって。つい出ちゃったんだって。ほら、だって学人めちゃくちゃ賢そうだったから。子どもっぽいのに子どもっぽくなかったから平気かなって。はい。俺が悪いですよね……。

 

「ま、まぁアレだ。目的地がここっていうなら、旅行とかできたのか?」

「そう……」

「じゃあ俺たちと旅館に行こう。受付の人に言えば、もしかしたら学人のお母さんが連絡してきてるかもしれねぇし」

「そうか!! 兄ちゃん賢ェ!!」

「千里。子どもは可愛いな」

「数分前、君が子どもは好きじゃないって言ってたこと忘れてないよ」

「学人は好きだ」

「はいはい」

 

 ほら、行くよ。と言って千里が学人の手を取った。学人が感情をぐちゃぐちゃにして俺を見てきた。そうだよな。柔らかいもんな。男とは思えないよな。

 

 俺は学人を助けるために千里から引きはがし、肩車をしてやった。おい、微笑むな千里。うっかり夫婦と間違われたらどうすんだ。



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第149話 親族

「え?」

「俺たちは夫婦じゃねぇし、さっき愛を育んで子どもができて、更にその子どもが急成長を遂げたわけじゃないので勘違いしないでください女将さん」

「兄ちゃん。ここは空気を読んで氷室学人って名乗った方がいいか?」

「そうなると学人は二度とお母さんと会えなくなるぞ」

「姉ちゃんがお母さんになるんだろ? じゃあ会えるじゃん」

「なるほどな……」

「いい加減にしなよ」

 

 学人と口をそろえて「はい!」と言うと、千里は可愛らしく怒りながら「まったくもう」と呟いた。

 

 学人を肩車した俺と、その隣でもう母性しか感じられないような微笑みを浮かべた千里と一緒に旅館へ戻ってきた。時はすっかり夜であり、旅行中だからと羽目を外し過ぎたのか酔っぱらっている人たちがちらほらいる。学人の教育に悪いので、「あぁいうのになっちゃダメだぞ」と学人に言うと、「兄ちゃんみたいになるのとどっちがダメ?」と聞かれてしまったので、俺は黙るしかなくなってしまった。

 

「恭弥」

 

 千里が言うなら間違いない。酔っ払いのおっさんより俺になる方がダメだと学人に伝えると、「まぁそりゃそうか」と納得されてしまった。こいつ四肢ぶっちぎって鳥の餌にしてやろうか?

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。女将さん、岸部さんって人が今日この旅館に泊まるはずなんですけど、連絡とかきてたりします?」

「え? 岸部様ですか? 明日とお伺いしておりますが……」

 

 千里と一緒に学人を見ると、学人が俺たちから目を逸らした。冷や汗がだらだら流れている。

 

「おい」

「……あの、その、楽しみで。いてもたってもいられなくなって」

「だからって一人でここまでくるか普通? お母さん心配してるっていうか心配どころの騒ぎじゃねぇだろ」

「すぐに連絡しないと。女将さん、この子岸部学人くんって言うんですけど、どうも先に一人できちゃったみたいで。親御さんに連絡したいので、連絡先とか教えていただいてもよろしいですか?」

「えぇ、少しお待ちください」

 

 女将さんは裏に引っ込んで、電話番号が書かれた紙と電話の子機を持ってきてくれた。それを「この子はうちの子ですっていうんですか?」という余計な一言とともに渡してきやがったので、「将来ちゃんと作りますよ」と返すと、千里に殴られた。

 

「おい! 学人が乗ってんだぞ! あぶねぇだろ!!」

「恭弥なら大丈夫でしょ。信頼してるよ」

「そ、そうか。へへへ……」

「おい兄ちゃん。バカだろ」

「三振が取れるタイプのストレート投げてくるなよ」

 

 ありがとうございます、とお礼を言ってから少し離れて、すぐに電話をかける。『怒られる準備できてねぇよ!!』という顔をしている学人を無視してコール音を三回聞いた後、電話口から「もしもし!!?」という焦った女性の声が聞こえてきた。

 

「あぁ、すみません。えーっと、今旅館『花簪』にきている氷室恭弥っていいます。なんか、学人くんが道端にいるの見つけて今一緒にいるんですけど」

『学人が!!!?? 一人で!!!!??』

「うるせぇよ!!!!!」

「恭弥!! 落ち着いて!!」

「常識を身に付けろよ兄ちゃん!!」

「お母さん。学人くんは賢いですね」

『や、賢さが過ぎるやろ!! なんで一人で行ってもうてんねん!!』

 

 千里を見た。俺と同じ予感がしているらしい。二人で頷いて、学人を見た。学人は首を傾げた。……そりゃ学人は知らないだろうしな。

 

『ん? っていうか氷室? んでその常識のなさ、もしかして翔也くんの息子さん?』

「人違いじゃないですか?」

『人違いじゃないですか? ってセリフ、人違いじゃない時しか聞かへんで』

 

 関西弁、そしてこの鋭さ。どこか春乃を彷彿とさせる。おいおい。まさか全員揃っちまったのか? 父さんに母さんに、秋野さんに岸部さん。そして……ロメリアさん? おかしくねぇか。今のところ役割的に言えばロメリアさんが千里の枠になっちまうぞ。そりゃ色々気を回しそうだし性別を超越してる感もあるけど、そこ以外はまったく違うじゃん。千里も複雑そうな顔してるし。

 

『まぁ確信あるんやけどな。春乃から色々聞いてるし』

「あれ、春乃とお知り合いなんですか?」

『姪』

「世界は狭いなぁ……もっと広くていいのに」

「狭いからこうして兄ちゃんが俺のこと見つけてくれたんじゃん」

「学人くん。君オシャレ過ぎない?」

 

 しまいには息子がこんなにイケメン。5歳児とは思えない言い回しするなーって思ってたら、岸家の遺伝だったか。恐ろしすぎるだろ。一族が本気になったら日本中を虜にできるんじゃねぇの?

 

『いつか会いたいって思っててんなぁ。春乃も恭弥くんにおアツみたいやし』

「あんまそういうこと本人がいない場所で言わない方がいいですよ」

『どうせ本人もはっきり恭弥くんに好きとか言うてるんやろ?」

「あれどうにかしてくれませんか」

『ハハハ! 無理!!』

 

 まぁどうにかなるようならあんなことやこんなことしないよなぁ。どうせならめちゃくちゃ性格悪いとかだったらよかったのに、なんであぁも気持ちのいいというか、俺好みの性格してるんだか。美人だし。胸はないし。胸は関係ない。

 

『恭弥くんがおるなら学人も大丈夫やろ。ちょっと女将さんに代わってくれへん?』

「? いいですよ」

 

 女将さんに「代わってとのことです」と言って子機を渡すと、女将さんがそれを受け取ってしばらく話、頬を染めながら電話を切った。何言われたんだあの人。

 

「えっと、その、非常に申し訳ございませんが、本日は氷室様のお部屋で学人様を預かってほしいとのことで」

「……!!」

「おい学人脅えるな。大丈夫、俺が千里から守ってやるから」

「別にひどいことしないよ?」

「バカ言うな。お前性癖をこれでもかと壊そうとしてくんじゃねぇか。そんなお前が一緒の部屋で寝るだと? 犯されても文句言うんじゃねぇぞ」

「女将さん。別の部屋を用意してくれませんか?」

「よかったじゃないですか」

「この旅館は性犯罪を推進してるのか……?」

 

 それではごゆっくり、と言ってゴムを渡してくれた女将さんに感謝しながら部屋に戻る。いやぁ、気が利くぜ。部屋の中にぴったりとくっついた布団が並べられているのも更に気が利く。千里がものすごい勢いで離したから気遣いが無駄になったけど。

 正直、そうしてくれた方が俺も助かる。隣で寝てたら理性が持たない。そういえば俺、千里の肩借りて寝てたんだよな……?

 

「おい学人。男同士お互い守り合おう。千里に手を出しそうになったら思い切り殴るんだ」

「わかった! 任せとけ兄ちゃん!」

「なんで寝てる隣で大乱闘されなきゃいけないんだ」

「お前のせいだろ」

「僕だって好きでこういう風に生まれてきたわけじゃないんだよ!!」

 

 千里が激昂したため俺たち二人は悲鳴をあげながら部屋を飛び出した。まずい、学人がいるからって調子に乗りすぎた。このままじゃ「そんなに言うなら、試してみる? 僕と」と言われて理性を粉々にされるところだった。このままじゃ危険がすぎるから女将さんからもらったゴムを捨てて、「それなに?」と興味津々の学人に対し「避妊具」と誤魔化しながら旅館を練り歩く。

 

「忍者が使う道具じゃねぇってことか……」

「あぁ違う違う。男女の営みがあるだろ? あれで子どもができねぇようにとか、そういう目的て使うんだ」

「あれか! お母さんが毎晩うるせぇやつ」

「おいお前なんてこと教えてくれてんだよ。明日どんな顔して会えばいいの俺?」

 

 毎晩かよ。岸がそのまま成長したような人が毎晩……クソっ、俺には日葵がいるっていうのに! 興奮して仕方ねぇや……。とりあえず旦那さんが羨ましいので呪うことにした。

 

 いや、俺の方が幸せになるんですけどね??? むしろ俺が幸せ過ぎて相対的に俺以外の男が不幸だっていうまである。そんな俺の隣にいられる千里は幸せもの……あいつ男がどうか怪しいから別の話か。

 

「学人、風呂入るか? ずっと外にいたんだろ」

「入る! でも着替え持ってきてねぇ」

「脱衣所に浴衣置いてくれてるからそれ着とけ。パンツも買えるから大丈夫だ」

「何から何までありがとうございます」

「急に畏まるな」

 

 あらあら若いお父さんねぇ、という視線をおばちゃんたちから受けながら脱衣所に入る。俺まだ17だぞ。17で5歳の子どもいるってもう犯罪の香りしかしねぇじゃねぇか。俺はクズだけど、犯罪だけはしないんだ。ちなみに犯罪者みたいな考えはちょくちょく無意識でしてしまう。

 

 俺は捕まった方がいいかもしれない。

 

「一人で脱ぎ脱ぎできるか?」

「バカにすんな。殺すぞ」

「お前本当に岸家の血か?」

 

 もしかしたら俺の影響を受けてしまったのかもしれないと思い、明日土下座で学人のお母さんを迎え入れることが決定した。多分笑って許してくれるだろ。無理かな。無理だよなぁ。息子の口が信じられないくらい悪くなってるんだもんなぁ。

 

「よし、じゃあ入るか」

「でけぇ……」

「おいおい、どこみて言ってんだよ」

「大浴場」

「俺を殺せ」

「力が足りねぇ」

「あったら殺すのかよ。気に入ったぜ」

 

 ふっ、と二人で笑い合って、かけ湯をして一番大きな温泉に突入する。誰もいないので「飛び込めー!」という号令とともに二人でダイブした。大きな飛沫と小さな飛沫があがり、死体のようにぷかーっと二人で浮かび上がって同時に息を吐く。

 

「俺、ほんとに兄ちゃんの息子かもしれねぇ」

「せめて弟だと言ってくれ」

「兄ちゃん。俺と家族になる気はねぇか?」

「やだ、ときめいちゃう……」

「何やってるの二人とも」

 

 俺は聞こえてきたメス声に光の速さで反応し、学人を抱きかかえて千里が見えないように目を隠し、壁を向く。

 

「千里、なんでここにいるんだ」

「汗かいちゃったし、温泉に入ろうかなって。どうせ二人もいるだろうから」

「落ち着け。お前は綺麗な腕と脚をしていて、大変魅力的だからすぐさま視界から外れてくれ」

「……えっと、ありがとう?」

「なんでここで普通に照れるんだよチクショウ!! 行くぞ学人!! 悪魔から逃げるんだ!!」

「悪魔って搾り取るタイプのやつか!?」

「それよりエグイ!!」

 

 俺は学人を抱えて逃げ出し、思い切り仰向けに転倒した。千里が近づいてくる足音が聞こえた。

 

 死んだ。



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第150話 心の傷

「兄ちゃん。俺風呂の記憶がねぇんだ」

「あぁ、俺もだ。俺たちは風呂になんか入っちゃいなかったんじゃないか?」

「二人とも気絶しちゃったから、僕が色々洗って……うん、色々洗って部屋まで連れてきたんだよ」

 

 部屋、布団の上。千里から学人を守りつつ、記憶を探っていく。風呂に入ろうっていう話はした覚えがある。ていうかそもそも学人が風呂に入っていないから連れて行かない理由がない。その後どうなった? 二人で入ってて、そうだ、後から千里がきたんだ。それで千里がとんでもないから逃げ出して、転んで……。

 

 待て、さっき千里、色々洗ってって言ってなかったか? 色々?

 

 学人と顔を見合わせる。そして土下座した。

 

「すまん、俺が不甲斐ないばかりに、お前の初めては千里に奪われてしまった……!!」

「いや、いいよ兄ちゃん。兄ちゃんこそごめん。姉ちゃんとはちゃんとした形でそういうことしたかっただろうに」

「いや、俺が転んだのが悪いんだ。鋼の精神で耐えて、あのまま温泉の中にいればこんなことにはならなかった」

「脱ぐよ」

「ウワー!!! 落ち着け千里! 千里落ち着け!!」

「やめてくれ!! これ以上俺の性癖を歪めないでくれ!!」

 

 どうやら俺は土下座する相手を間違えたらしい。千里に向かって土下座して、ちらりと隣を見ると学人も千里に土下座していた。「なんだ、この感覚……?」と言って少し頬を染めているからもう手遅れかもしれない。俺、明日なんて説明すりゃいいんだろう。「どう見ても女の子にしか見えない男の子に性癖を歪められました」って言えばいいのか? 殺されんじゃねぇのか俺。

 

 千里はため息を吐いて、「いいよ」と一言。恐る恐る千里を見ると、浴衣写真集でも出したんですか? と言いたくなるほど可憐なポージング。膝を畳んで足先を右に流し、膝に右手を置いて、体を左腕で支え、小首を傾げて微笑んでいた。きっちり浴衣を着ているからか肌の露出はほとんどないが、むしろ体のラインがくっきり出ていて非常にえっち。

 

「これ以上俺の性癖を歪められた……」

「気を確かに持て学人! よく見ろ、あれはどこからどう見ても美しく可憐で素敵で色っぽい女の子だけど、正真正銘男の子だ!」

「嘘だ……嘘だ……あれで女の子なんて俺、もうやってらんねぇよ」

「確かめてみようか。一緒に寝る?」

「やめろー!! 学人をこれ以上傷つけるな!!」

 

 もう楽しむことにしたのか、千里はクスクス笑っている。そしてショックな出来事が多すぎて金縛りにあっている学人に近寄り、頬に手を添えて耳元に口を寄せた。

 

「ね? 僕のこと、知りたくない?」

「はい!! 知りたいです!!」

「テメェ千里!! こうなりゃ俺がお前を犯しつくして、お前を女にしてやるよ!!」

「うわあああああ!!! 待って待って恭弥ごめん!! 調子に乗っちゃっただけなんだ!!」

「これが許してられるか!! 大人しくしてりゃあ幼気な少年の心をこれでもかと弄びやがって! こいつには未来があるんだぞ!!」

「くっ、そもそも君たちが僕に対して失礼な態度とるから、あっ」

 

 千里の腕を掴んで押し倒し、見下ろした。不安げに揺れる千里の瞳を真正面から覗き込んで黙らせて、静寂が訪れる。次に鳴った音は、学人のごくりと喉を鳴らす音。

 

 先ほど温泉に入ったからか、千里の肌は瑞々しく、更に紅潮している。少し暴れたからか浴衣が少しはだけ、真っ白な肌が俺を誘っているかのように見えた。

 

「千里」

「じょ、冗談だよね恭弥? この世にはやっていいことと悪いことがあるんだよ?」

「ヤっていいことと悪いこと? 心配すんな。俺がよくしてやるよ」

「学人くん!! 大人の人呼んできて!!」

「乱交か!!!??」

「君はどんな教育を受けてるんだ!!」

「待ってろ!! 随分恰幅のいい男を連れてくる!!」

「せめて女の人を連れてきてくれ!! 僕へのダメージを増やしてどうするんだ!!」

 

 ……どうしよう。冗談のつもりで押し倒したら、案外悪くないどころか止まれる気がしなくなってきたぞ? 千里も俺に合わせてノってくれたけど、俺が中々どかないから本気で不安そうな顔してるし。「あの、恭弥。えっと、ほんとに? うそでしょ?」って震えた声で言ってくるし。

 

 マズいぞ。俺はこのままだと本当に千里を女の子にしてしまう。千里が屈しない未来もあるが、俺は千里を女の子にできる自信しかない。どうしよう。薫に怒られるどころの騒ぎじゃない。絶縁されるだろ絶対。でも薫いい子だから「千里ちゃんは千里ちゃんだから」って許してくれるかも。まぁ心は俺のものなんですけどねあはは。

 

「助けてくれ!!」

「どうしたの!?」

 

 俺が叫ぶと、部屋のドアが開いて綺麗な女性が現れた。

 

 浴衣を着たドチャクソ色っぽい秋野さんだった。

 

「恭弥。僕は自分が助かったことを喜ぶべきか、今から君が災難に遭うことを悲しむべきか。どっちにすればいいと思う?」

「千里、学人。一緒に逃げるぞ。流石に秋野さんも人前では俺を襲ってこないはずだ」

「あ、秋野さん。こんばんは!」

「こんばんはー。学人くん、ほんとにいるんだね」

 

 知り合い??????????? と首を100度くらい曲げると、学人が心底おびえながら「う、うん……」と答えてくれた。まぁそうか。当時の友人同士だし、知り合いでもおかしくない。

 

 とりあえず秋野さんがきて千里を押し倒したままだと色々マズいので千里の上からどいて、布団からもどく。秋野さんのあれこれを刺激しちまうと俺がとんでもないことになるからな。……日葵がこれくらい積極的になったらと思ったら結構興奮するけど、秋野さんは日葵じゃないし。

 

 学人は秋野さんの方へ走り寄ってダイブした。秋野さんは優しく受け止めて抱っこして、俺たちの方へ近寄ってくる。

 

「おい千里、どう思う」

「学人くんの初めては」

「秋野さんに」

「「奪われた」」

「アメリカドラマみたいな合わせ方するなよ」

「お前本当に5歳児か?」

 

 もしかしたら岸家の血を受け継ぐと5歳児から鋭くなるんだろうか。うちにほしいぞこの子。ふざけるのもできてツッコむのもできて、超万能プレイヤーじゃん。二刀流か? メジャーで成功するタイプか?

 

冬音(ふゆね)……学人くんのお母さんから頼まれてね。『あの子らだけやと面白おかしい通り越してまいそうやから、様子見てあげてくれへん?』って」

「そういう気遣いもマジで春乃だな」

「この良心は末代まで続いてほしいね……」

「俺で途切れそうな気がしてるんだけど」

「それはもしかして俺のせいか?」

 

 その場にいる全員が頷いた。影響される方が悪いんだよ。自分を持ってねぇからそんなことになるんだ。確固たる自分を持っていれば俺なんかに影響されることなんかねぇんだよ。

 

 そういえば学人は5歳児だったということを思い出し、仕方ないと頷いた。

 

「秋野さん」

「優姫」

「秋野さ」

「優姫」

「秋」

「優姫」

「調子に乗んなよ行き遅れが」

「ひぐぅ」

「なんてこと言うんだ恭弥!!」

 

 いや、ちょっとムカついちゃって……。あ、おい学人。「あと数年したら俺が貰ってやるよ」って秋野さんの頬撫でながらイケメンスマイル浮かべるな。その人もしかしたら本気にしちゃうから。子どもの言うことだからって「そうだねー。お願いしよっかな?」なんて言える精神状態じゃないんだから。

 

「私には恭弥くんがいるから」

 

 ほらまともじゃねぇじゃん。絶対病名のある精神状態じゃん。父さんと母さんは秋野さんほったらかして何やってんだ? 救わねぇとダメだろこんな哀れな人。二人がのほほんとしてるせいで息子の俺にしわ寄せがきてるじゃねぇか。

 

「……優姫さん」

「っ、はい!」

「恭弥、君ほんとに甘いよね」

「ちょっと想像しちまったんだ。日葵もこうなっちまうのかなって」

「あぁ……」

 

 やめてくれ。すべてを俯瞰から見れる千里が「あぁ……」って言うとほぼ確定したみたいなもんだから。いや、俺が日葵を一人にさせないから優姫さんみたいになることはないんだけど、ないんだけど!!

 

「優姫さんは、その、うちの両親とはそんなに会ってないんですよね?」

「うん。といっても年に何回かは会ってるけど、そんなに頻繁には会ってないかな」

「うちとは結構会ってるんだぜ。お母さんがほっとけないって言って」

「冬音さんはいい人だなぁ」

「え、なんで冬音はすぐに名前で呼ぶの……」

「学人がいるから、岸部さんって言うとややこしいでしょう?」

「あ、そっか」

 

 よかった。優姫さんが純粋でよかった。一瞬目が全部黒になったように見えた。めっちゃ怖かった。千里も「ひっ」って言って俺の浴衣掴んでぷるぷる震えたし。可愛いなお前。キスするぞコラ。

 

 優姫さんは脅える千里を見て首を傾げた後、学人をそっとおろしてきょろきょろ部屋を見て、押し入れの方へ歩いて行った。そしてそこから布団を取り出して、ばさりと俺の布団の隣に広げ始める。

 

「?」

「?」

「?」

「!」

「!」

「!」

 

 俺と千里と学人は揃って首を傾げた後、揃って気づく。

 

 こいつ、この部屋で寝るつもりだ……!!

 

 俺と千里は目を合わせて頷き、俺も協力する! と拳を握りしめた学人を見て三人で頷く。さぁ、この行き遅れを追い出す戦いをしようじゃねぇか……!!

 

「あ、ごめんね? もしかしたら一緒のお布団で寝ようって思ってた? 学人くんのお布団がなかったから出したんだけど……」

『すみませんでした』

 

 一斉に土下座した。すみません行き遅れとか言って。そうですよね。あなたは本来心の綺麗なお人なんですものね。俺は俺が恥ずかしい。こんないい人を行き遅れだって言って追い出そうとしていたなんて。そもそも俺の父さんと母さんが悪いんだろ。この人は何も悪くないだろ。ちょっとこじらせて好きだった男の息子を狙おうとしているだけ……とんでもねぇなこの人。

 

 三人で頷き合って、これ以上優姫さんを傷つけるのはやめにしようと心に誓った。俺たちはこれから、この人についた心の傷を癒していこう。

 

 優姫さんがもう一つ布団を敷き始めた。何してんだこの行き遅れ!!!!!!



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第151話 守るべきもの

「おはよーって、立ったまま寝とる……」

「おはようございます冬音さん、でいいんですよね?」

「うん、そやけど恭弥くん、なんで立ったまま寝とるん? 武士?」

 

 俺の布団に潜り込んでいる優姫さんを指さすと、冬音さんは「あぁ……」と納得してから俺をよしよししてくれた。おい、俺に母性で攻撃してくるな。うっかりバブッちゃったらどうするんだ。

 

「ちょっと待っててくれよママ。今優姫さん以外を起こすから」

「既に特殊性癖持ってるん? 教育大間違いしてるやん」

「それはそう」

 

 そもそも親に教育してもらった覚え何てまったくないし、薫の教育も俺が……いや、薫も自分自身で知識と教養と倫理を獲得してたな。どうやら氷室家は独り立ちが早い一族らしい。

 冬音さんを待たせるわけにはいかないので、千里と学人を起こすことにする。まず千里。学人が千里の寝姿を見たら性癖が壊しに壊されてしまうからな。俺ですらもうやばい。なんでこいつ絶秒なラインで浴衣はだけてんだよ。太もも胸元ちらりじゃねぇんだよなんでこいつ一切毛ぇ生えてないの? 男性ホルモン死滅してんの?

 

「おい千里。起きろ。大人の色気を携えた黒髪版の春乃がきたぞ」

「えっちすぎる……」

「冬音さん。どうやらあなたは寝言ですらえっち判定を受けるほどえっちらしいです」

「そんなこと聞きに来たわけちゃうんやけど……ええで起こさんでも。もしかしたら起きてるかなーって思ってきただけやし」

「そうですか……じゃあ俺と一緒に寝ましょう。あぁ間違えた。俺と一緒に寝ましょう」

「どうやら本心みたいやな」

 

 腕を組んで首を傾げる俺を見て、冬音さんは声を抑えて笑う。おかしいな。俺は『お一人にさせるのも申し訳ないですし、書置きか何か残して俺とその辺ぶらつきませんか?』って言おうとしたのに、いつの間にか人妻と一緒に寝ようとしていた。俺は悪くない。どっからどうみてもエロいって思わされてしまう冬音さんが悪いんだ。

 

「話し声で起こすのも悪いし、ちょっと出えへん?」

「はぁはぁ、いいんですか」

「人妻にその反応するって倫理観ぶち壊れとんか」

「あの両親の息子に倫理観を期待しないでください」

「威張るな」

 

 冬音さんはメモ帳を取り出し、さらさらと綺麗な字で『恭弥くん借りていきます。起きたら連絡頂戴なー』と書いて優姫さんの枕元……に置くと見せかけて、千里の枕元に置いた。大正解。優姫さんだけがそれを見てしまったら、「私の恭弥くんを!!!!!???」と意味のわからない妄言をぶちかましながら、女の尊厳を捨ててまでも俺を狙いに来るに違いないし。

 

「ほな、恭弥くんが用意済ませたら行こか」

「もう済ませてます。一睡もできなかったので」

「一瞬も油断できひんかったってことやな……」

 

 気の毒そうに見られながら、俺と冬音さんは部屋を出て、「プレイボーイよ。プレイボーイ」と女将さんに噂されながら旅館を出た。

 

 まだ朝だからか近くの店は開いておらず、ただ静けさと気持ちのいい日差しがそこにあるだけだった。

 

「ごめんな? こんなおばさんの相手させてもうて」

「興奮するので大丈夫ですよ」

「そうなると私が大丈夫やないんやけど」

「それに、おばさんって見た目じゃないですし。めちゃくちゃお姉さんじゃないですか」

「それだけ言うてくれとったらなぁ……」

 

 でも、ありがとうな。と言って冬音さんはふわりと笑う。ダメだ。春乃が母性と更なる色気を獲得して俺に殴りかかってきている状態だこれ。最強じゃん。向かうところ敵なし。冬音さんの旦那さん羨ましすぎんだろ。既に呪い殺されてんじゃねぇの? 冬音さんを嫁にできる幸せ以上の幸せなんてこの先見つけらんねぇだろ。

 

「そういえば、学人が迷惑かけへんかった? や、面倒見てもらってる時点で迷惑はかかってるんやろうけど」

「迷惑なんて思ってないですよ。賢い上に優しいし、波長も合う」

「それは不安やな」

「さっき俺が起こそうとしてたやついるでしょう? あいつ千里って言うんですけど」

「千里くんな。実際見るのは初めてやけど、えらい可愛らしい子やなぁ」

「あいつのせいで性癖歪んだ可能性があります。腹を切ってお詫びしますね」

「自然な流れで切腹しようとすんな。まぁええよ。自分がどの道進むかを決めるのは学人次第やし、別に悪いことちゃうやろ。どこの誰を好きになっても、ちゃんと好きって思ってたらそれに間違いなんてあらへんよ」

 

 うちの母親と代わってくれねぇかな……。なんだこの完璧な人。どうせ身体能力も高いだろうし、頭もいいだろうし、綺麗だし優しいしカッコいいし非の打ちどころがないどころの騒ぎじゃねぇよ。冬音さんと比べたら母さんは非そのものじゃん。

 

 ただ、冬音さんがこういう人で助かった。学人の性癖が歪んでしまったかもしれないってところが一番気になってたし、申し訳ないって思ってたから。一日会わなかっただけの息子が、いきなり『女の子みたいな男の子』を好きになってるって地獄以外のなにものでもないだろうし。俺の息子がそうなってしまってたらまず間違いなく千里を血祭りにあげる。

 

「でさ、正直春乃のことどう思ってるん?」

「どうって」

「好きか好きか」

「こういう時は二択を迫るものですよ普通」

「私からしたら、あんな子に好き以外の感情向ける方が不思議やし」

 

 確かに、と頷くと、冬音さんは嬉しそうににこにこ笑う。これ、やっぱり春乃から色々聞いてるんだろうなぁ。どこまで聞いてるかわからないけど、きっと少しだけ聞いていても大体の察しはついてるんじゃないかと思う。

 

「やっぱり幼馴染の子が一番好きなん?」

「はい。昔からずっと変わりませんよ」

「あちゃー。やっぱそうやんなぁ。ちなみに、えっちなことに興味ある?」

「俺を父さんと一緒の手順で堕とそうとしないでくれます?」

「春乃からそういう風に迫られて断りきる自信ある?」

「春乃はそういうことしないでしょう」

「ふーん」

 

 冬音さんが更に嬉しそうににこにこ笑う。なんだこの人可愛いな。姪が褒められてこんなに嬉しそうにするって、冬音さんの家族幸せが過ぎないか? そりゃ春乃もあんな子になるって。聖人振り切ってる。国会がこの人たちの家系だけになれば日本どころか世界中が平和になるに違いない。

 

「わかってると思うけど、覚えといてな。誰かを選ぶってことは、誰かを選ばんってことやから」

「それでずっと悩んでるんですよ。全員いい子で、好きだからめちゃくちゃ苦しいんです」

「いっぱい悩んであげてな。きっと恭弥くんやったら、選ばれへんかった子も納得するやろうし」

 

 くしゃくしゃと俺の頭を撫で、微笑む。これが母ってやつか……。破壊力すごいな。一生頼りにしちゃいそうだ。麻薬じゃんもう。一回摂取したら忘れられないやつじゃん。

 

「いた!」

 

 俺が冬音さんという母性の麻薬と格闘していると、俺の努力を一切無駄にするかの如く、俺の耳を激甘ボイスが貫いて、麻薬への抵抗が一切消え失せてしまった。はい、おっきな赤ちゃんのできあがり。あとで冬音さんの連絡先を聞こうと思う。こんなに頼れてカッコよくて綺麗な人はいないから。

 

 声がした方を向くと、走ってきたのか頬を紅潮させている千里。軽い身支度は整えてきたらしく、寝ぐせは見当たらない。

 

「このタイミングで走ってくるって、ヒロインか何かなん?」

「俺もそう思ってました」

「冬音さん、はじめまして。織部千里です」

「はじめまして。岸部冬音です。恭弥くん、このドチャクソ可愛い子って持って帰ってもええやつ?」

「俺のだからだめです」

「ヒロインやんけ」

 

 千里、俺を睨みつけて『せっかく冬音さんにあんなことやこんなことしてもらうチャンスだったのに』ってアイコンタクトしてくるな。お前睨んできても可愛いだけだってことそろそろ自覚した方がいいぞ。

 

「学人くん起きたので、戻りましょう。『秋野さんは俺が抑えておくから、早く!』って今抑えてくれてますし」

「あかん! 息子の貞操が散らされてまう!」

「流石に五歳児をどうこうなんて」

「恭弥くん、男の子ならわかるやろ。小さい頃のお姉さんの破壊力。抗う力も何もない時に、無理やり性をいじくられたらどうなるか!」

「なんて羨ましいんだ!!!!!!!!」

「恭弥!! 僕たちもぜひしてもらおう!!」

「なるほど。ドアホやねんな」

 

 不名誉な称号を与えられた俺たちは、学人の貞操を守り抜くべく走り出した。



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第152話 夏場に道端で気絶してるとこうなる

 強烈なキャラクターの優姫さんと賢すぎる5歳児の学人と、ドチャクソエロい人妻の冬音さんに別れを告げて自分の街へと戻り、「薫ちゃんに会いたい」とほざいた千里を仕方なしに連れて帰宅。

 

「ところでなんで千里が血祭りにあげられてるんだ?」

「あぁ。薫が千里のことを愛していることがわかった」

「なるほどな」

 

 千里を愛しているらしい薫は千里が血祭りにあげられている状況に慣れているのか、紅茶を飲みながら「おかえり」と一言。それは俺に対して? 千里に対して? それとも俺と千里がいる日常に対して?

 

 流石の恭華でも家で巫女装束は着ないらしく、Tシャツ短パンとラフな格好をしている。これで血が繋がっていなかったら思わず求婚してしまうくらい油断しすぎでドエロイが、血が繋がっていてしかも双子。むしろ「汚ぇもん見せてんじゃねぇよハゲ」と言ってしまいそうになる。

 

「汚ぇもん見せてんじゃねぇよハゲ」

「言ってるぞ」

 

 どうやら言ってしまったらしい。というか「言ってるぞ」って俺の考えてることわかるってこと? 双子かよ。双子だったわ。

 

「父さんと母さんは?」

「私のために毎晩ご馳走どころの騒ぎじゃないご飯を作ってくれるんだ。その買い出し」

「太っちゃうからやめてって言ってるんだけど、悲しそうな顔するから……」

「薫は太っても可愛いから大丈夫だろ」

「はぁ、わかってないな。そう言われても太りたくないのが女の子なんだよ。なぁ薫?」

「好きな人に好きって思ってもらえたらそれでいいかな」

「千里はどこだ?」

「お前のせいで血まみれだけど」

 

 恭華は自分が千里を血祭りにあげたことを忘れてるのか? 今も廊下で血だまり作って倒れてるじゃん。多分あと数分後には血だまりもなくなって傷一つない千里が平気で喋ってるだろうけど。あいつ人間じゃねぇって。

 

「ところで恭弥。お前は大層妹を大事にするそうだが、私は?」

「ところで恭弥。お前は大層妹を大事にするそうだが、私は? って聞こえたけど聞き間違いか?」

「おい薫。失礼だとは思うが恭弥に持病は?」

「バカ」

 

 薫にバカって言われてしまった。気持ちいいぜ……。

 

 薫と恭華を見て、ふむと頷く。薫のことだからあんまり心配はしていなかったけど、仲良くやれているみたいだ。まぁ恭華ってほぼ俺だし、違うところって言えば性別くらいだし、仲良くやれないはずがない。薫は世界一って言っていいくらい俺の扱いに慣れてるからな。

 

「妹を大事にするっていうか、薫を大事にしてる。恭華はほら、なんか自分でなんでもできそうだし」

「でも恋愛下手でめちゃくちゃ初心だよ。兄貴以上に」

「それに関しては頼らないでくれ」

「頼るつもりもないし頼れるとも思ってない」

「わかる」

「何してるの?」

 

 うんうんと恭華と頷き合っていると、綺麗さっぱり傷がなくなった千里が話しかけてきた。薫をちらりと見るとなぜかほわほわした空気を醸し出している。はぁ。わかりやすいところも俺に似ちまったか……。

 

 恭華とアイコンタクト。殺す? 殺す。

 

「兄貴。ねーさん」

「おうなんだ薫! 別に千里を殺そうとなんてしてないぜ!」

「そうだ薫。私たちを殺人鬼か何かだと思ってるのか?」

「じゃあ僕の首に伸びている手の説明をしてもらおうか」

「殺すためだけど」

「バカだなぁ千里は」

 

 千里は俺たちの手を掴んでおろし、男に手を掴まれたからかびっくりして頬を赤くしてしまった恭華を見て鼻で笑ってから薫の方に歩いて行った。そして薫の隣に座って、俺たちを見て一言。

 

「君たちは矛盾って言葉の意味を覚えた方がいい」

「前調べたけど、難しくてよくわからなかった」

「じゃあ道徳を学ぶといいよ」

「同じことを何度も言わせるな」

 

 あいつほんとうに仕方なくねぇか? あぁ、仕方ないやつだ。と恭華とアイコンタクトをとり、やれやれと首を横に振る。その間に千里は薫とにこにこしながら会話していてムカついたので今からあいつの靴にうんこをしてやることにした。ふふ、あいつもまさか靴じゃなくて足でうんこを踏むとは思わないだろう。

 

「恭弥。お前は薫に『靴にうんこをした兄の妹』という十字架を一生背負わせる気か?」

「目が覚めたぜ。ありがとな恭華」

「兄貴はうんこみたいなものだよ」

「恭華。聞き間違いか? 今薫が俺のことをうんこって言ってくれたような気がしたけど」

「ずるい! 私も言ってほしい!」

「薫ちゃん。今すぐここから逃げよう」

「私勉強するから。千里ちゃん、お願いしていい?」

「喜んで!!」

 

 俺たちが薫にうんこと言われたいがあまりに大暴れしていると、いつの間にか薫と千里がいなくなっていた。は? もしかしてあいつ、兄と姉がいる家でえっちなことするつもりか? そんなことしたら恭華が恥ずかしさと怒りで死んじゃうだろ。

 

「……」

 

 まずい。もう顔が真っ赤になっている。「りんごみたいで可愛いね」と言ったら落ち着くか? いや、怒りの矛先が俺に向いて俺がりんごみたいに真っ赤にされてしまう。血で。

 

「チッ、仕方ねぇ!」

 

 俺は恭華の手を引いて、家を飛び出した。このまま想像と妄想で恭華が死ぬ、もしくは俺が死ぬくらいなら千里に幸せな時間をプレゼントした方がまだマシだ!!

 

 恭華を連れて家を飛び出し、しばらく歩いて。やっと落ち着いてきたのか、恭華が「すまん。取り乱した」とTシャツを脱ぎながら謝ってきた。取り乱してる取り乱してる。

 

「何こんなとこで脱ごうとしてんだ!!」

「あつい」

「よく見ろ、ここは道端だぞ! こんなところで脱いじゃったらもうその、すごいだろうが!」

「あれ、恭弥? 隣にいる可愛い子誰?」

「あぁ井原! 今は取り込み中なんだ! ちなみにこいつは」

「私は氷室恭華。恭弥の妹で、最近こっちに越してきた。二学期から同じ高校に通うからよろしくな」

「よろしく! 俺は井原蓮!」

「脱ぐほど取り乱してるのに自己紹介できる精神状態なの……?」

 

 いつの間にかちゃんと着てるし。あれか。俺の前だからふざけてもいいやってやつ。そうだよな。流石に他人の前で脱ぐなんてことしないよな。どっちにしろ俺のせいでめちゃくちゃラフな格好のまんま外出ちゃったから、恭華めちゃくちゃ恥ずかしそうだけど。井原の目全然見れてねぇし。

 

「……? あぁそっか! ごめん!」

 

 井原は首を傾げた後、急いでと言った様子で目を逸らした。首もボキッと鳴っていた。

 

「どうした?」

「いや、なんか家でごちゃごちゃがあって思わず飛び出してきたって感じじゃね? だから恭華がゆるーいカッコしてんだろ? なら見んのは失礼かなって!」

「恭弥。もしかしていいやつか?」

「びっくりするだろ? いいやつなんだよこいつ」

「サンキュー! あ、そういや新作のケーキあんだけど、うち寄ってかね?」

「着替えてから行かせてもらおう」

「あ! じゃあ持ってくぜ! 家で待っててくれよ」

 

 じゃあまた後でなー! と手を振って走り去る井原。なんであんなにいいやつなのにモテないんだろう。まぁいいやつすぎるからか。顔も悪くねぇのになぁ。俺には大差で負けるけど。

 

「恭弥。いくら渡してるんだ?」

「井原がいいやつ過ぎるからって賄賂渡して友だちやってもらってるってか? あんまり俺を舐めんなよ。井原は誰にでもいいやつだ」

「舐めていて正解だった」

「あ、お前さっきからずっとブラ紐見えてたぞ」

 

 

 

 

 

「あれ、恭弥なんで死んでんの?」

「……ん? 井原か。おはよう」

「おうおはよう! なんだ、眠たかったから寝てたのか!」

 

 早とちりしたぜ! と言いながら伸ばしてくれた井原の手を掴んで起き上がる。おかしいな。俺はさっきまで恭華と一緒にいたはずだけど……。

 

「おはよう恭弥。おかえり」

「おうただいま日葵。悪いな井原」

「いいって! ケーキ持ってきたし、行こうぜ!」

「おう」

「うん」

 

 日葵と井原と並んで家に向かう。何やら頭が痛い気もするけど、道端で寝てたらそうもなるかと納得して、日葵を見た。

 

 心臓が爆発した。

 

「日葵!!!!!!??????????」

「わ! びっくりした!!」

「なんで日葵がここに!!!???」

「なんでって」

「俺が呼んだんだよ! 恭弥帰ってきたんなら誘っちまおうって思って!」

「一億円をプレゼントさせてくれ」

「恭弥がいんならそれ以上の価値あるし! っつーことでこれからも友だちでいてくれりゃあ万事オッケー!」

 

 俺は今この瞬間、一生をかけて井原を幸せにしようと決意した。こんないいやつが幸せにならないならそんな世界なんていらない。

 

「恭弥、ごめんね? 急にお家行くことになっちゃって」

「日葵ならいつでも歓迎だ。むしろ住んでくれ」

「え」

 

 しかし頭が痛いしぼーっとするなぁ。心なしか熱い気もするし。夏だから仕方ないだろ。あぁ、地面も熱い。あれ、なんで地面の熱さを感じてんの俺?

 

「っべ! すげぇ熱じゃん! すぐ運ばねぇと! 夏野ケーキ持って! 俺恭弥抱えっから!」

「え、私が恭弥を……あっ、えっと、わかった!」



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第153話 熱暴走

「ねーさん。兄貴と一緒に出て行ってねーさんだけ帰ってきて、めちゃめちゃな熱出した兄貴が井原さんに背負ってもらって日葵ねーさんと一緒に帰ってきたんだけど、どういうことか説明してもらえる?」

「話すと長くなる」

「いいよ」

「私が道端で気絶させた」

「簡潔で助かるよ」

 

 恭華さんが今僕の目の前で薫ちゃんにグーパンチをもらっていた。いいなぁ。

 

 僕が薫ちゃんの部屋で勉強を見ていた時、恭華さんが一人で帰ってきて「まぁ恭弥が怒らせたから一人で帰ってきたんだろう」とのほほんと思っていたら、井原くんと夏野さんが大騒ぎしながら「恭弥が倒れた!」って言って突撃してきた、というのが事の顛末。罪人は恭華さん。プリティ裁判長は薫ちゃん。証人は井原くんと夏野さん。勝者は僕。

 

 恭弥は今自分の部屋で涼みながら寝込んでおり、夏野さんが見てくれている。流石に病人に手を出さないだろうと判断、したかったけどそれはもう不安なので井原くんも部屋にぶち込んでおいた。あの聖人の前では夏野さんも妙な動きはできまい。

 

「あのね、兄貴は色々人間やめてるけどそれでも熱は出るし風邪も引くの。一歩間違えたら死んじゃうんだよ?」

「そうだよ恭華さん。人は殺しちゃダメなんだ」

「私はそのレベルの倫理観から叩きこまれなきゃいけない段階なのか?」

「実際そういうことしちゃったんだしごちゃごちゃ言わない」

 

 はい……と薫ちゃんの前で正座してしょんぼりしている恭華さんを見てうんうんと頷く。怒ってる薫ちゃん可愛い。僕も叱ってほしい。後ろからいきなり抱き着いて「わっ、もう、ダメだよ?」って言ってほしい。

 

「きゃっほー!!! タマランチ会長卒業証書授与!!!」

「ところで千里ちゃんにも何かした?」

「あいつはいつもあぁだろ」

「あぁごめん。気持ちがよくて」

「ちょっと黙ってて」

「はい」

 

 なぜか僕まで正座してしまった。僕何も悪いことしてないのに。いや、今までのことを含めるなら数えきれないほど心当たりあるけど、少なくとも今日は悪いことをしていないはずだ。ただ妄想が暴走してしまっただけで。

 

「あれ? 千里も怒られてんの?」

「あれ、井原くん? 性犯罪者の見張りはいいの?」

「性犯罪者?」

「日葵ねーさんのことですよ井原さん」

「そうだぞ井原。あいつはあぁ見えてちゃんと恭弥の影響を受けてるからな」

「そうよ井原。日葵と恭弥を二人きりになんてセックスの代名詞よ」

「まーまー。流石に日葵でも病人とセックスはせんやろ」

「ちょっと待て」

 

 いつの間にか怪人おっぱい(捻りなし。でもおっぱいは捻りたい)と怪人胸はないのにお色気えちちちビームが僕の隣にいた。どこから聞きつけた? こいつらがいると恭弥がゆっくり休めないこと確定じゃないか。

 薫ちゃんがこの二人を呼ぶなんていうヘマをするわけないし、井原くん……も報せはするかなーとは思うけど、案外めちゃくちゃ気を遣えるから「人を呼ぶのは違うっしょ」って連絡してないと思うし、恭華さんもこの二人の……というか朝日さんか。朝日さんのおかしさをわかってるから呼ばないはず。

 

「二人はどうしてここに?」

「日葵から大慌てで連絡があって」

「『恭弥が燃えた』言うてな」

「めちゃくちゃ慌ててるね……」

「それで隣から『落ち着け!』って井原の声が聞こえてきたものだから、日葵の隣に立つべきは私だと思って飛んできたわ」

「私は光莉を止めるためにきた」

「ありがとう」

 

 思わず岸さんの手を握ると、薫ちゃんから睨まれてしまった。ふ、可愛いハニーだぜ。そんなに嫉妬しなくても、僕は君だけのものなんだから安心していいよ。

 

 ……恭弥なら心読んで僕の気持ち悪い思考にツッコんでくれるけど、今いないから空しいだけだな。やめよう。

 

「朝日さん、岸さん。兄貴のとこ行くのはいいけど、絶対に静かにしてね」

「え!? 一緒に寝ていいの!?」

「やっぱり無理そうだから行かないで」

「聞いた? 千里。行かないでって言われたってことはつまり薫ちゃんは私の妹よ」

「よろしくお姉ちゃん」

「はぁ、はぁ」

「本当にダメそうだなー」

 

 井原くんは氷枕と冷えピタ飲み水と看病の準備をしながら冷静に朝日さんが「ダメ」だと判断する。井原くんに言われるなら本当にダメなんだろう。朝日さんもそう感じたのか、「じゃあ部屋に行ってくるわね」と階段の方へ向かっていった。

 

「あかんで」

「わー!! 離しなさい!! このままじゃ日葵が恭弥に添い寝して『えへへ』って顔赤くしながら微笑んじゃう、は? かわいい」

「病人が増えたな」

「ねーさん。兄貴と顔似てるんだし、朝日さんの欲望を満たしてあげたら?」

「薫。姉を軽く売れるほどたくましくなってお姉ちゃんは嬉しいぞ。あと双子だから仕方ないけど顔が似てるはやめてくれ」

 

 顔が似てるのは嫌なんだろうか。似てるって言っても男の子と女の子の違いはあるし、並べても普通に違いわかるし、気にすることないと思うんだけどなぁ。違いって言ってもイケメンか美人かってくらいだけど。

 まぁでも一緒の服装で髪型も揃えたら仲良くない人は一瞬首を傾げるくらいには似ているのは事実。でも性格は恭弥の数倍可愛らしいからやっぱり似ていないかもしれない。

 

「なぁ千里。いつの間にかめちゃくちゃ人きてるけどどうしたんだ?」

「あ、恭弥。みんな君を心配してきてくれたんだよ」

「それはありがたいな」

「ところでどうしてもう平気な顔して下りてきてるの?」

「日葵が看病しながら眠りこけたから、可愛すぎてすべてが回復した」

「わかる」

「だろ?」

 

 ふっ、と笑い合う恭弥と朝日さん。あれ、恭弥本当に大丈夫なのかな? 流石にあの熱がこの短時間で全部引くってことはないと思うけど……まぁ恭弥だし、そういうこともありえるのか。

 

「ところで朝日、今日も可愛いな。せっかく引いた熱もお前を見てるだけでまた燃え上がってきそうだぜ」

「ぇ……」

「薫ちゃん!!」

「ダメ!! 日葵ねーさんが幸せそうな顔して気絶してた!!」

 

 気持ちの悪いことを囁いて朝日さんを真っ赤にさせた恭弥がおかしいと判断した僕は薫ちゃんの名前を呼ぶと、流石妹というべきかすでに夏野さんの状態を確認しにいっていたらしく、結果『ダメ』だということらしい。クソ、夏野さんも囁かれてノックダウンさせられたのか!!

 

「はいはい。恭弥くんまだ熱引いてないみたいやから大人しく寝に行こう、なっ!?」

 

 頭から煙を出してノックダウン寸前の朝日さんを庇いながら恭弥の前に立った岸さん。しかし、恭弥が岸さんの腰に手を回してぐっと引き寄せ、耳元でそっと何かを囁いた。

 

 岸さんが顔を真っ赤にして膝から崩れ落ちた。

 

「岸さーん!! クソ、こうなったら僕が行くしかない!!」

「やめた方がいいよ千里ちゃん」

「あぁ、やめた方がいい千里」

「一番ダメだろ千里」

「君たちなんか嫌いだ!!! 僕は行くぞ!!」

 

 薫ちゃん、恭華さん更には井原くんにまでクソザコ認定された僕は憤慨しながら恭弥へ突進する。今に見てろ。僕が恭弥の親友だって証拠を見せつけてやる!!

 

「お、千里。今日も男らしいな」

「え、そう? えへへ……」

「こうも期待通りに役立たずだと清々しいな」

「あんな可愛く照れてるのに男らしいは無理あるでしょ」

「しゃあねぇなぁ。ちょっと行ってくる!」

 

 ちょっと引いててくれよ、な? と爽やかスマイルで僕をどかせた後、井原くんが恭弥の前に立った。あれ? あんまり聞こえてなかったけど僕ボロクソ言われてなかった? いや、そんなはずはない。だって僕は恭弥曰く男らしいらしいから。ふふ、やっと僕の男磨きが花開く時が来たみたいだね……!

 

「なぁ恭弥。ちょっとおでこ貸してみ?」

「取れると思うか?」

「ハハ! ちげーって。ちょっと手ぇ当てさせてくれって意味!」

 

 井原くんが恭弥のおでこに手を当てる。その瞬間、恭弥が口を開いてぺらぺらと井原くんを褒め始めた。

 

「なぁ井原。お前ってほんといいやつだよな。チャラチャラしてるように見えてめちゃくちゃ誠実だし、ふざけてる感じだけど普通にイケメンだし運動神経いいし、唯一の欠点であるバカっていうところも長所になり得るくらいいいやつだ。お前が友だちでよかったよ、俺は」

「ん? サンキュー恭弥。俺もさ、恭弥と友だちになれて嬉しいぜ。恭弥といるとおもしれぇし、他じゃ味わえないスリル? ってのが感じられるっつーか。できればさ、高校だけじゃなくて大学、そんで大人になってもずっと友だちでいようぜ」

「千里ちゃんが倒れた……」

「恐らくこれでもかと親友ムーブを見せられて自信が喪失したんだろう」

「僕の時より長尺で褒めてる……」

「違った。みみっちいだけだった」

 

 いやだって、誰が何と言おうと僕は恭弥の親友だし、それは揺るがない。そんなことより僕より長尺で褒めたのが許せない。だってそれ、僕に褒めるところがないみたいじゃないか! そりゃさ、井原くんはものすごくいい人で非の打ちどころがない素晴らし友だちだから……仕方ねぇわこりゃ。

 

「つかやっぱ熱あんじゃん! ほら、さっさと寝に行くぞ」

「でもせっかくみんながきてるんだし」

「恭弥がいりゃあみんないつでもどこでもきてくれるって! それにさ、熱あんのに無理されるより、元気な恭弥と遊びてぇから。ちゃんと寝て治して、そん時またいっぱい遊ぼうぜ!」

「……ほんとにいいやつだよなぁ井原」

「ん? そうか? サンキュー!」

 

 恭弥と井原くんは笑い合いながら階段を上がっていった。なんだあの気持ちのいい人間。ほんとに僕と同じ人類か? もしくは僕が人類じゃないのか? 僕含め恭弥にノックダウンされた役立たず三人衆はどんな顔してればいいんだ?

 

「あかん……耳から犯された。クセになる……」

「恭華さん。薫ちゃんの教育に悪いから目と耳塞いどいて」

「四つ同時に塞げって? 私はアシュラマンか」

「ちなみにすごく身近に教育に悪い人たくさんいるから、今更だよ」

 

 まったく恭弥は仕方ないなぁ。とため息を吐いていると、薫ちゃんにじとっと睨まれてしまった。え? かわいい。



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第154話 学校初日

 八月後半。数年前ならまだ夏休みだったらしいが、教育熱心になった昨今八月最終週は普通に登校日になってしまっている。めちゃくちゃめんどくさかったから恭華に「代わりに行ってきてくれ」と頼んでみたら、「私も今日から一緒の学校に通うんだぞ」と言われてしまった。は? くんなや。

 

「チッ、折角学校行事のめんどくさいやつ全部押し付けようと思ってたのによ」

「お前は家族を影武者としか思えないのか?」

「んなわけねぇだろ影武者。俺は家族を平等に愛してるんだ」

「隠しきれてないぞ」

 

 見破られてしまった。流石俺の妹。

 

 恭華は俺たちの通う高校に行ったことがないので、俺が案内する形で一緒に通学路を歩く。性別は違えどかなり似た顔をしているからか、街行く人たちに物珍しそうな顔をされ、その度に双子揃って舌打ちをしていた。見せモンじゃねぇんだよカスども。

 

「流石に同じクラスはねぇよなぁ」

「それはそうだろう。双子を同じクラスにするとややこしいことこの上ない。まぁ性別が違うからそこまででもないだろうが」

「俺が女装して化粧すればいいんじゃね?」

「『いいんじゃね?』の意図を説明してくれ」

 

 いや、みんなに『どっちが恭弥/恭華でしょう!』っていうゲームをプレゼントするのかと思って……。ちなみに見破れるのは千里と日葵と光莉と春乃。千里と日葵と春乃は普通に見破ってくれるが、光莉は拳を握ってビビった方が俺だと断定する。なんでしっかり躾けられてんだ俺は。

 

「とにかく、恥ずかしい真似はすんなよ? 兄貴である俺が頭下げねぇといけねぇんだから」

「私は既に恥ずかしい真似をした恭弥の双子の妹ということで初日を迎えるわけだが、そのことについての責任感はあるか?」

「?」

「私の言っていることがわからないなら、どうやら血のつながりは嘘だったらしい」

「いやん! そんな悲しいこと言わないでん!」

 

 無視されてすたすた先を行かれてしまった。あ、そっちじゃないよ。うん。あっちあっち。

 

 

 

 

 

「今日からこのクラスの一員になる。自己紹介」

「氷室恭華だ。そこで『え……なんか予想はできてたけどマジで同じクラスなんだ……』ってアホ面してる氷室恭弥の双子の……妹だ……!! よろしく」

 

 妹って言うのがそんなに嫌なの……?

 

 ってそうじゃねぇ。なんで同じクラス? 同じクラスに身内がいるって気まずいどころの騒ぎじゃねぇよ。薫なら大歓迎だけど、恭華となると話は違う。ほぼ俺じゃんだって。俺が影分身の術してるだけじゃん。クラスのアホ共も「かわいい!!!!!」「流石氷室家の遺伝子!!!!!」「ふんでください!!!」「腰を振らせてください!!!!」って大騒ぎして、おい待て最後のやつ。最後から二番目もひどいけど、お前がひどすぎて霞みに霞んだわ。

 

「一時間目は俺の担当だったな。よし、めんどくさいから質問コーナーとかにしておこう」

「先生。私をアイドルか何かと勘違いしてませんか? 一時間持ちませんよ、質問コーナーで」

「じゃあ質問ある人」

 

 俺以外のクラス全員の手が挙がった。アイドルより人気なんじゃねぇか?

 

「好きな食べ物はなんですか!」

「薫の作ってくれた料理」

「兄である氷室恭弥のことをどう思っていますか!」

「家族」

「いや、続柄とかそういうのじゃなくて!」

「は? それだったらはっきり言えよ。全員が全員汲み取ってくれると思うなカス」

「ありがとうございます!!!!!」

 

 恭華から罵倒された男子生徒(名前は知らない)が顔を真っ赤にして興奮しながらぶっ倒れ、クラスの男子どもから羨望の眼差しとともにブーイングを受けていた。おい。俺の妹だからバカみたいなノリが通用するって判断してんじゃねぇよ。普通初日にこんなことしたら心折れて学校こなくなっちゃうからな?

 

「随分人気者みたいね、恭華」

「ん? まぁ顔はいいしな。俺と一緒で」

「ほんとにね。恭華とならディープキス五時間くらいできちゃうわ」

「二度と恭華に近寄るなよ」

「バカね。立ち状態の攻撃よ」

「ジョウダンってか? 殺すぞお前」

「冗談じゃなさそうね……」

 

 質問(及びセクハラ)の嵐に晒されている恭華を指して人気者だと評す光莉。お前も人気者っちゃ人気者だぞ。俺たちのせいで化けの皮剥がれてきて、親しみやすい上に優しい上に可愛い上におっぱいが大きいから。光莉のことだから気づいてるだろうけど、夏服だと装甲が薄くなるから男子の目がすごいし。

 

「おい恭弥、助けろ。なんだこのクラス。人から知能を奪い続けた成れの果てか?」

「あぁ、勘弁してやってくれ。発情してるんだ」

「なぜ勘弁できると思ったんだ?」

「あばばばばばばばばば」

「見ろ。光莉が感電してる」

「しょうもないぞゴミ」

「うえーん! しょうもないって言われたぁ!」

「おぉ仕方ないなぁよしよし。ところで光莉。俺に向けられた殺気について責任を取る気はあるか?」

「ごめん」

 

 いつものノリで泣きついてきた光莉を撫でていると、二つ、いや三つ、いや四つの殺気が向けられてきた。日葵と春乃と千里と恭華。日葵と春乃はわかるけど、千里と恭華はなんでだよ。ん? 私の前で恥ずかしいことするな? ごめん、俺は生きてるだけで恥ずかしいらしいから許してくれ。ん? 今日まだ僕と話してないのに……だって? 可愛いなお前。結婚しよう。

 

 殺気から逃れるために光莉を引きはがし、なんとかカバーしようと思ったのか光莉が俺を殴り飛ばしたところで終わりのチャイム。ちなみに先生は既に教室にいないため、鳴ったと同時に全員が自由行動を始めた。

 

 もちろん行き先は恭華のところ。

 

「ちょっ、助けっ」

 

 人混みに埋もれていく恭華を見ながらうんうん頷いていると、日葵と春乃、千里が俺と光莉のところへやってきた。日葵は恭華を心配そうに見ながら、春乃はにこにこしながら、千里も意外や意外、心配そうにしながら。

 

「大丈夫かな、恭華……」

「明日には収まってるだろ。それにあいつにも友だちが必要だろうしな」

「どさくさに紛れてお触りとかしてへんとええけどなぁ」

「その手があったか!!!!!!」

「あんた、恭華が薫ちゃんの姉だってこと忘れてない?」

「つまり恭華に働いた狼藉はそのまま薫に伝えられることになる。終わったな」

「足を舐めまわして許してもらうことにするよ」

「なんでそれが狼藉やないと思えんねん」

「あと性欲を振りかざしてるところ悪いけど、夏のお前は誰よりもエロイぞ」

 

 千里をボコボコにしてやろうと言葉の暴力を振るってやると、千里がゆらりと俺に接近し、しなだれかかってきた。そのまま俺の胸に手を添えて、真下から俺を上目遣いで見つめた後、艶っぽい唇を俺の耳元にそっと寄せる。

 

「ほんとうにえろいか、確かめてみる?」

「ビンビンビンビンビン!!!!!!」

「千里!! もう証明は終わったわ!! 離れなさい!!」

「離れて織部くん!! ずるい!!」

「日葵はおとなしくな! 喋る度自爆しそうやから!!」

 

 あまりのエロさに正気を失っていた俺が本当の俺を取り戻したのは、光莉と春乃が俺から千里を引きはがしてくれた数分後だった。千里を見れば「ざまぁみろ!」と舌をべっと出しており、吸いつきたくなってしまったため自分をぶん殴って正気を保つ。クソ、千里のやつまたメスを磨いてきやがったな……?

 

「それにしても、まだ恭華への質問終わらないんだ……」

「恭弥の妹だし、そうじゃなくてもあの見た目だもの。興味津々になって当たり前よ」

「めっちゃ綺麗やもんなぁ。恭弥くんの家族ってみんな顔もスタイルもええよな」

「褒めても200万くらいしかあげれないぞ」

「今君を褒め続けることで生計を立てようと決意した」

「ってことは一生一緒にいてくれるってことか。よろしくな」

「あ……うん」

 

 にっこり微笑んで頷いた千里に脳を犯された俺は、もうキスしてしまおうと千里の肩に手を置いた。かと思いきや光莉に腕を掴まれて一本背負い。持ち前の運動神経で受け身を取った後、光莉の手からすり抜けて追撃から逃れるためにすり抜けた時の勢いのまま床を蹴り上げて距離をとる。

 

「やるわね……」

「ふっ、俺もやられてばかりじゃないってことだ」

「闘志を滾らせているところ悪いが、私を助けてくれなかったお前たちに話がある」

「あ、恭華お疲れ。セクハラしてきたやついなかったか? もしいたんだったら俺が殺してやるよ」

「大丈夫。周りの女の子が守ってくれた」

「ちゅっちゅっ。可愛いわね恭華。私とセックスしましょう」

「俺に勝てる自信しかないからって堂々とセクハラ働くのやめろ」

 

 あと女の子からのセクハラならそんなに効かないぞ。ほら、恭華も顔をちょっと赤くして黙っちゃったし。え、うそ? そんなに耐性ないのお前。ほんとに氷室家の血入ってんのか? 俺も結構初心な方だけどお前相当だぞ。田舎で育ったらそうなっちまうのか?

 

「あ、恭華! 学校では初めましてだね!」

「日葵。同じクラスになれて嬉しいぞ。よろしくな」

 

 日葵と話している恭華を見て閃いた。もしや恭華に俺と似た格好をしてもらって日葵と仲良くしていれば、それは俺が日葵と仲良くしてると同義なのでは? つまりそれは間接的セックスということでは?

 

「それが成り立つなら、いつか恭華が結婚した時あんたどう考えるつもり?」

「それとこれとは話が別だと切り離して考えられるような人間だと思うか? 俺が」

「思わないから聞いたのよ」

 

 俺が一本取られた瞬間、二時間目の予鈴がなった。そういえば先生から恭華の席の説明がなかったと思い至り、仕方がないからと俺の膝の上に誘うと頭を掴まれて机に叩きつけられた。何っ、この戦闘力、光莉クラス……?



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第155話 作戦会議……?

 日葵とのテーマパークデートが迫ってきている。

 当然ながら完璧かつスマートな俺は素晴らしいデートプランを完璧に準備し、当日着ていく服もおニューのものを用意した。数年間話していなかったにも関わらず日葵の好みを完璧に理解している(キショキショポイント80000点)俺の目に狂いはない。きっと俺の姿を見て「カッコいい! 結婚した!」といつの間にか結婚していることだろう。

 

「ってなってたらいいなって思ったんだが、どう思う?」

「先輩がいつも通りで安心しました!」

「つまりそうなるようなプランを考えてってことだね」

「反吐になったわ」

「反吐が出すぎてんじゃねぇか」

 

 登校が始まり、朝の文芸部室。迫ってきた日葵とのデートに緊張しすぎている俺は、何か準備しなきゃと思いつつ、日葵に嫌われたくなさすぎて考え込んでしまい、結果何も準備できていない。

 

「んー、夏野先輩と氷室先輩のツーショットを撮って、『ついに浮気か!?』っていう新聞を作ればいいってことですか?」

「『いいってことですか?』の文脈が全然わからねぇんだけど。あとついにって何? 俺そんな女の子にだらしなくねぇぞ」

「ちなみに僕とも付き合ってない」

「ちなみに私と日葵は結婚してる」

「光莉の戯言は置いといて、真剣に考えてくれないか?」

「人の好きって気持ちを戯言って……」

 

 俺もお前のその気持ちが不純じゃなかったら戯言なんて言わねぇよ。でもお前普通に興奮してるじゃん。日葵を前にしたらよだれ垂らすじゃん。何? だからって不純とは言えないでしょって? 確かに。俺もよだれ啜ってるし、人のことは言えなかった。

 

「ごめんね?」

「いいわよ」

 

 いいわよと言いながら俺の手を握り、力いっぱい潰されたような気がするけど気のせいだろう。

 ぷらぷらと感覚を失った手を振りながら、うーんと考え込む。ダメ元で相談してみたけどやっぱり駄目だったか。つづちゃんはナチュラルに倫理観欠如してるし、千里は一対一だと結構真剣に話聞いてくれるけど、大人数だとふざけるし、光莉はさっきから俺に殺気振りまいてるし。まだ怒ってんのかよお前。日葵の初めて奪って悪かったよなんて一ミリも思ってませーん!! やーい年中胸だけ雪だるまー!!

 

「今私のこと年中胸だけ雪だるまって思ったわね?」

「殺せ」

「最近恭弥は逃れられないって気づいて無抵抗を覚えたんだ。賢いでしょ?」

「罵詈雑言をやめればもっと賢いですねー」

 

 殺された俺を興味深そうにパシャパシャと撮ってくるので、死にながらキメポーズ。ふっ、今日も俺がカッコいい。こんな俺のことを好きにならない人間なんているのか?

 

「あっ、そういえば! 気持ちの悪い顔してるところすみません! 氷室先輩、双子の妹さんを犠牲にしていいですか?」

「新聞の題材にしていいですか? って聞いてきたんだよな。つづちゃん自身が『犠牲』って思ってるんなら絶対だめだ」

「どうしてもですか?」

「あれでも大事な家族だからな。兄貴として守ってやんねぇと」

「5万……」

 

 スマホを取り出し、恭華に通話。1コールで出てくれた愛しの妹に「学校の新聞に出るなんて素敵だと思わないか?」と聞いてみれば、『地獄に落ちろ』と言われて切られてしまった。

 

「僕が今の会話をリアルタイムで恭華さんに伝えてました」

「このクズ野郎!」

「金チラつかされて一瞬で家族を売ろうとしたあんたとどっちがクズだと思う?」

「キスするから見逃してくれ」

「……そういうのは、ちゃんとしてほしいからいや」

 

 はいはい。俺が悪い俺が悪い。なんだよお前クソかわいいじゃねぇか。千里も「え? これが朝日さん……?」ってもはや恐怖を覚えて壁まで逃げてんじゃねぇか。やめてくれます? その軽率に可愛いやつ。つづちゃんが「今の一瞬撮っておきましたので、あとで差し上げますね!」って言ってくれてるじゃねぇか。君ほんとに優秀だね。

 

「ふ、ふん! いつも私を乙女だなんだってからかってくるから仕返しよ! ざまぁないわね!」

「顔真っ赤だぞ乙女」

「無理しない方がいいよ乙女」

「誰よりも乙女だと思いますよ乙女」

「胸、足、腕」

「砕く箇所だけを伝えないでくれ」

 

 そのキレたらバイオレンスになる癖さえなかったらほんとにただただめちゃくちゃいいやつで可愛い女の子なのになぁ。あとおっぱいが大きい。これ重要すぎて試験に出すぎてもはや一生でないレベルだから覚えておくように。

 

「話が逸れた。そうだよ。日葵とのデートを成功させるために策を用意してくれって話。お前ら脳腐ってんのか? まじめにやれよ」

「それが人にものを頼む態度だと思ってるなら、いくら策を考えたところで無意味だと思うよ」

「脳腐ってるならなんで今立ててるんですか?」

「真正面から論理で戦いに来るのはやめてくれ」

 

 俺ノリだけで喋ってるから、正論言われるともうおしまいなんだよ。もうおシュウマイなんだよ。ぷぷぷ。

 俺の思考がある程度読める千里と光莉から冷たい目で見られている。いいじゃん別に。何の糧にもならないクソくだらないこと考えたって。何? そんなこと考える暇があるなら自分でデートプラン考えろ?

 

「考えられたら苦労しねぇんだよなぁ……」

「恭華はどうなのよ。女の子だし頼れるんじゃないの?」

「昨日ちょっと相談してみたんだけど、『で、でーと!? え、あ、いや、その、えっと……』って言った後顔真っ赤にして黙り込んじまった」

「可愛すぎない? 人間国宝? ちょっと舐めまわして揉みしだいてくるわね」

「それが人間国宝に対する仕打ちか?」

「私はその場面を撮ればいいってことですか?」

「つづちゃん。あとでちょうだいね」

 

 もちろん俺は薫からの千里の評価を血の底に落とすためにボイスレコーダーを常時起動しているので、今のも薫に送ろうと思う。ふふふ、死ね。千里。

 

 薫に先ほどの千里の言葉を送ると、メッセージが返ってきた。何々? 『ちょっともやってするけど私は千里ちゃんのこと嫌いにならないし、あんまりこういうことやられ続けると兄貴のことがいやになっちゃうからやめて』だって?

 

「ひ、氷室先輩が血反吐吐きながら乱回転して壁に叩きつけられた!!?」

「ちょっと、部室が汚れるじゃない」

「あ、氷室先輩の状態は気にしないんですね……」

「どうせ自業自得だろうから」

「自業自得って辞書引いたら『擬人化すれば氷室恭弥になる』って書かれてるわよ」

 

 ふぅ、とため息を吐き、床に倒れる俺の隣に光莉がしゃがみ込んで俺の顔を覗き込む。

 

「でも一応聞いてあげるわよ。何があったの?」

「薫が千里のこと嫌いにならないって……俺のこといやになっちゃうって……俺は一体これから先なんのために生きればいいんだ!!!!!!」

「地獄を味わってるあんたにいいニュースよ。そのセリフ聞いた千里が薫ちゃんに『結婚しよう』って言って、『軽率にそんなこと言わないで』ってフラれてたわ」

「僕を殺せ」

「そうか! 千里を殺せばいいんだ!」

「なんでそんな笑顔で殺人を口にできるんですか?」

 

 視覚刺激的にマズいので体を起こし、肩を落とす千里をぽんぽんと叩く。まぁ殺すのはやめておいてやるよ。よく考えたらそれが一番薫に嫌われそうだし。放置するのが一番千里が薫に嫌われそうだし。こいつ軽率にべらべら愛の言葉囁くから信用まったくないんだよな。カスが。男の風上にも……うん。置けないな。メスだしこいつ。

 

「それで、デートプランはいいんですか?」

「俺たちってなんでこう話が進まないんだろうな」

「進める気もない」

「進んでほしくもない」

「おいおい。そんなに俺がカッコいいか?」

「……?」

「……?」

「……?」

 

 三人揃って本当に意味の分からなさそうな顔をされたので、俺は泣こうと思って泣いた。涙っていいよな。目のゴミと心を洗い流してくれるんだから。ちなみに俺の心はゴミすぎるので全部洗い流されて、結果心を失うことになる。

 

「もう失ってるよ」

 

 千里曰く、もう失ってるらしい。じゃあ泣き続けておこう。

 

「……このままだと埒が明かないから話進めるけど、あんたからのプレゼントなんでしょ? だったらあんた自身で考えないとだめじゃない」

「俺も最初はそう思ったけど、びっくりするくらい思い浮かばないんだよ。助けてくれ」

「清々しいほど情けないですね」

「はぁ、男として僕を見習ってほしいね」

「織部先輩、冗談がうまくなったんですね!」

「おい。言っていいことと悪いことの判別がつかないのか?」

「新聞部部長なので」

「御見それしました」

 

 失敗した。こんなやつらに相談しようと思った俺がバカだったんだ。かくなる上は両親に……ダメだ。絶対子作りさせようとしてくる。なら先生? いや、先生はめんどくさそうな顔をしてから「めんどくせぇな」って言うに決まってる。せめて顔だけで止めときゃいいのに平気で言ってくるんだあの人は。

 

「思い浮かばないってなりながら必死に考えてくれるのが日葵は一番嬉しいんじゃない? 私は日葵の親友よ。信用しなさい」

「……普段のお前ならまったく信用しないところだけど、日葵の親友としてのお前なら信用できるな」

「一言多いわよ、アホ」

 

 俺が罵倒されたタイミングで予鈴が鳴り響き、光莉がドアへ向かっていく。そして、俺たちに背を向けたまま一言。

 

「あと、今の私にその相談するの結構むかつく」

 

 と言って、部室から出て行った。

 

「……」

「……」

「……」

「……さ。光莉と仲直りするプランを考えてくれ」

「クズ」

「クズ」

「お前らもいつも通りだったじゃんかよぉ……」



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第156話 ごめん

「さて、どうすればいいと思う?」

「お前は女性関係になると本当にポンコツだな」

「お前は恋愛関係になると本当にポンコツだよな」

「話はこれで終わりだ」

 

 家、俺の部屋。光莉とのことを誰かに相談しなければと思い立ったが、よく考えれば日葵と春乃は無理だし、井原はまだ俺と千里が付き合ってると思ってるし、千里はアレでつづちゃんもアレだから残されたのは薫か恭華か聖さん。薫には迷惑をかけたくないし、聖さんはなんかもう脳が犯されそうなので恋愛関係がポンコツな恭華しか残っていなかった。待て、俺の交友関係狭すぎないか?

 

「まぁそう言うなって。俺が兄貴でいてやってるんだぞ? 日頃の礼に相談の一つや二つ乗ってやろうって思えないのか?」

「恭弥が兄貴だから乗ってやろうって思えないんだよ」

「じゃあ今から他人だ」

「そうやって血縁関係を一文で切り捨ててくるから相談に乗りたくないんだぞ」

 

 だってあんまり双子って感じしないし何年間も離れてたし……。家で顔合わせて喋ったら大体同じ仕草で喋るし朝は同じ時間に起きるし、飯を食う早さも一緒だってくらいだ。魂から双子じゃねぇか。

 

 そんな魂の双子なら、絶対相談に乗ってくれるはずだ。なぜなら俺も最初は渋ってても絶対相談に乗るナイスガイだから。これで相談に乗ってくれなかったら恭華との縁は切ろうと思う。恭華も今まさに自分の血縁関係がかかってるとは夢にも思わないだろう。

 

「そういうのは本人と話し合えよ」

 

 まさか魂の双子に正論で殴りつけられるとは思わなかった。

 

「それができたら苦労しないと思いませんか?」

「やれ。不誠実を働いたのはお前だろ? だったら正面から謝る以外の選択肢なんてどこにあるんだ」

「ねぇと思ったからこうして他の選択肢がないか相談しにきてんだろうが」

「ならよかったな。ないってことがわかって」

 

 そうかぁ。やっぱ正面から謝るしかないかぁ。でもどうやって? 「お前の前で他の女の子とのデートの話してすみませんでした?」喧嘩売ってねぇかそれ。光莉ならちょっとすりゃあ許してくれそうなんだよなぁ。「あんたのことだし、別にいいわよ」って。

 

 ……でもそれじゃだめか。だめなのか。だめだよなぁ。

 

「よし。ちょっと言ってくるわ」

「塵はかき集めてやる」

「せめて骨残してくれることを祈っておいてくれ」

 

 恭華に背を向けて、戦場へと向かう覚悟を決める。俺こういうのは全然ダメだけど、今回ばかりはダメなんて言ってられない。光莉がいない日常は米のない茶碗と一緒だ。つまり茶碗。素敵じゃねぇか……。

 

「おい」

 

 ドアノブに手をかけたところで、恭華から声をかけられる。兄貴に向かって「おい」だと? とブチギレながら振り向くと、恭華が俺に近づいてきて背中をぽん、と叩いた。

 

「背中を押してほしいなら、次からはちゃんとそう言えよ」

「……今お前も嫁に出さないことが決定した」

「婿をもらう」

「そういうことじゃねぇんだよ!!!!!!」

 

 恭華が男を連れてきたら、恭華が選んだやつなら心配ないって油断させて一撃で殺してやろう。俺の妹たちは誰にもやらん。

 

 廊下に出てスマホを取り出し、光莉へ『話したいことがあるから少し時間をくれ』とだけ送って、家を出た。

 

「いいわよ」

 

 もういた。

 

「なんなのお前? もしかしてこの近くに引っ越してきたの?」

「違うわよ。私もちょうど恭弥に話したいことあったから」

 

 真剣な表情で俺を見つめる光莉。きっと俺と同じ内容だろう。光莉はいいやつだから、光莉から謝ろうとしているに違いない。流石にそれは情けなすぎるから先に謝ろうとした時、先に光莉が口を開いた。

 

「暑いから中に入れくらい言えないの? 気の利かないゴミね」

「汗クセェから入れたくねぇんだよテメェ。ぶちのめしてやろうか?」

 

 ぶちのめされながら家にあがられた。クソが。違うじゃん。もうあそこで話す雰囲気だったじゃん。確かにご近所付き合いとか考えたら中に入った方がいいけど、流れとかあるじゃん?

 光莉に引きずられながらリビングへと向かい、まるで人形を扱うかのごとく座らされる。そして光莉が俺の隣に座ってから、光莉がそっと話し始めた。待て、なんで隣に座ってんだ?

 

「朝のことだけど」

「悪かった」

 

 隣じゃなくて対面に座れやグレートバディが、と言いかけた口を咄嗟に「悪かった」の口に変え、そのまま発声する。当然光莉に向き直って頭を下げ、私服に着替えた光莉の生脚を見て「お、謝りラッキーとはこのことか?」と思うおまけつきだ。だからクズだって言われるんだぞ俺。 

 

「女の子ってそういう視線に敏感なのよ」

「悪かった」

「途端にさっきの謝罪が軽く感じてくるわね……」

 

 流石に俺もどうかと思ったので目を閉じる。クソ、「待て」をされてる犬ってのはこんな気持ちなのか? クセになりそうだぜ……だから犬は「待て」ができるんだな。

 

「別にいいわよ。あんたのこと好きだし。見られたって悪い気分じゃないもの」

 

 思わず顔をあげて光莉を見る。光莉は目を逸らして、顔を真っ赤にしながらもにょもにょしていた。

 なんだ? この可愛い生き物。ほんとに日頃俺を殺してる光莉か? 光莉がただ可愛くなったらおっぱいが大きくて可愛くていいやつで強い最強女の子様じゃねぇか。やめてくれませんか? 軽率に可愛いの。

 

 いや、違う。そんなことより。そんなことよりで片付けられないほどとんでもなく可愛いけどそんなことより、今はっきり俺のこと好きって言いやしませんでしたか? 間違いじゃないよな。『隙』じゃねぇよな。俺の命狙ってるってわけじゃねぇよな。だって文脈考えたら『好き』以外ありえねぇし。

 

 光莉は逸らしていた目を俺に向けて、ぴた、と一瞬固まってからまた何か言いたげにもにょもにょしている。もうとんでもなくとんでもないので、色々紛らわすために俺ももにょもにょすることにした。

 

「何してんの? キモイわよ」

「俺への暴言の鋭さ残してんじゃねぇよ」

 

 なんでもにょもにょしないの? てっきりそのモードに入ったら暴言こないって思ってたんだけど。あんな可愛いことして暴言は健在って誰が予想できるんだよ。ちなみに俺は予想してたからもにょもにょした。

 

「……あのね。今日ちょっと、あんまりいつもの感じで話せなかったじゃない」

「あぁ。テンポ悪かったしな」

「うん。それがね、寂しかったの」

 

 しゅん、と目を伏せてぽそりと呟くように言った光莉に頭を抱える。本当に光莉か? 全国の男子高校生を殺害するために生み出された可愛さミサイル搭載の最新鋭戦闘ロボじゃねぇのか? 素の戦闘能力も高い手の付けられない化け物を俺のところに寄越してきた理由はなんだ? いくら俺が将来有望だからってこんな最強兵器投入しなくてよくね?

 

「だから、思ったの」

 

 光莉は、俺の目を真っすぐ見て言った。

 

「もう終わりにしようって」

 

「思ったの。恭弥は私や春乃のことも考えてくれてるし、ちょっとはよく思ってくれてるってこともわかるけど、私がいるあの場所で、日葵とのデートの相談するってことは、やっぱり恭弥には日葵しか見えてないんだなって」

 

「ねぇ恭弥。私、あんたが好き。一緒にいると面白くて楽しくて、心の底から笑えて。クズなクセに思いやりがあって、家族とか友だちとかを本当に大事に想ってて。周りから何て言われようと、どう見られていようと、いつでも自分でいられて。ヘタレで変態でスケベでアホでバカでどうしようも、ない、最低のクズ野郎、で」

 

「捻くれてるけどまっすぐな、あんたが好き」

 

「……でも、知ってる。わかってる。あんたが、なんて言われようと日葵が好きだってこと」

 

「だから、ひとつだけ。ひとつだけ、ワガママ言ってもいい?」

 

「一日だけ、一日だけ。私と思いっきりデートしてください」

 

 

 

 俺が頷くと、光莉は笑って「ありがとう」と言ってから、リビングから出て行った。少しして玄関のドアの開く音が聞こえ、あぁ、光莉は帰ったんだなと当たり前のことを考えてしまう。

 

「兄貴」

 

 リビングで、しばらくぼーっとしていると薫の声が聞こえた。薫は俺の方へ歩いてくると、俺の頭を撫でながら。

 

「頑張ったね」

「……俺は、何もしてねぇよ」

「んーん」

 

 俯いている俺の顔を覗き込んで、優しく微笑みながら。

 

「好きって気持ちを受け止めるのって、すごく難しいことだから。兄貴がへらへらしてるように見えて、すごく悩んでたの知ってるよ。妹だもん。だから、頑張ったね」

「俺はただ、受け入れて、流されてるだけのクズ野郎だ」

「そんなことない。兄貴は、いっつもカッコいいよ。大丈夫。大丈夫だから」

 

 

 

 

 

「あれ、朝日さん」

「あんた、こういう時はいっつも出てくるわね」

「こういう時って?」

 

 いつもよりゆっくりと帰っていると、見知ったメス顔が声をかけてきた。こういう時に一番会いたくないやつ。無駄に察しがよくて、人のことを気にかけてる優しいクズ。

 

「……何かあった?」

 

 ほら。私のこと見ただけでこんなセリフ吐けるなんて、だから会いたくなかったのよ。

 

「何? 私を見ただけで何かあったって、一発狙ってんの? 殺すわよ」

「朝日さん。女の子にあんまり面と向かって言いたくないけど、ひどい顔してるよ」

「は? このウルトラ美少女捕まえてひどい顔って目イカレてるの?」

「恭弥には言えない。岸さんにも言えない。もちろん夏野さんにも言えない。だったら、僕くらいには吐き出そうよ」

 

 いっつもふざけてるくせに、こういう時はふざけてくれない。ちょっとふざけてくれればそれで笑って誤魔化せるのに、誤魔化しながらいつも通りになるのに、こいつはそれを許してくれない。

 

「……千里。私ね、恭弥のことは諦めることにしたわ」

「……そっか」

「アピールしたら鼻の下は伸ばすけど、ずっと日葵のこと考えてるのよ? あいつ。もうちょっと頑張ればいけたかなって思ったんだけど、でもね。やっぱり私」

「うん」

「日葵に、恭弥に。好きな人たちに幸せになってほしいなって思っちゃった」

「……朝日さんに、ひどいことしたね。僕」

「そんなことないわよ。むしろ、ありがとね。あんた、いい男よ」

「朝日さんはいい女だよ」

「知ってるわよ、バカ」

 

 女の涙は見ないようになんてキザなことを考えてるのか、私から目を逸らしている千里を軽く殴って、「ごめん」なんて言いやがったメスをもう一発殴っておいた。



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第157話 今なんでもって言ったよね?

「悪い、待ったか?」

「待ちまくったわよ。お詫びとして死になさい」

「デート開始時に死亡って聞いたことあんのか?」

 

 クソみたいなカードゲームの効果じゃねぇんだから。

 

 あの後。薫によしよしされ、目が泳ぎまくっている恭華にすら慰められ、「まぁ一番つれぇのは光莉だしな」となんとか立ち直り、迎えたデート当日。待ち合わせ場所に行くと睨みを利かせた光莉に死刑を告げられた。こんなのってねぇよ……。

 

「で、どこ行くんだ? 何も聞いてねぇぞ俺」

 

 ただ動きやすい服装と靴できてくれと言われた俺は、もしや決闘を行うんじゃないかと身構えてここまできた。さっき死になさいって言われたしほんとにそうかもしれない。クソ、こいつ。今の俺ならあっさり死を受け入れるだろうと踏んでのことか? え!? 踏んでくれるんですか!!!??

 

「踏まないわよ」

 

 どうやら踏んでくれないらしい。俺は落胆した。

 

「色々考えたのよね。あんたときゃっきゃうふふって、なんかちょっと微妙っていうか……したいけど、私たちにとっての百点じゃないのよね」

「光莉がそういうこと言う度に俺の心が削られていくことを覚えておいてくれ」

「ごめん。でも今日ぐらい許して。だめ?」

 

 両腕で大きな丸を作って歯を見せて笑ってやると、光莉がめちゃくちゃ睨んで舌打ちしてきた。覇を見せてんじゃねぇよ。

 

「だから、どうせならいっぱい勝負しようと思って」

「ついにきたか……」

「どう見ても人を殴るための棒を取り出してるのは触れない方がいい?」

「武器くらいはハンデとして許してくれ」

「言っとくけど殺し合いじゃないわよ」

 

 なんだ、違うのか。今日デートだって伝えたら恭華がパニックになって「とりあえずこれ持っていけ!」って護身用の警棒(棘付き)を渡してくれたから、使うのは今この時だと思ったのに。

 流石にデートともなると光莉はバイオレンスにならないらしい。今日の格好も前見たストリートヤクザみたいな格好じゃなくて、オレンジのブラウスに白いパンツと大人しめだ。おっぱいは暴れん坊だ。

 

「ほら、ここのすぐ近くにスポーツアミューズメント施設あるじゃない? 結構大きいやつ」

「『結構大きい』だけ言ってくれないか?」

 

 ぶん殴られた。全然バイオレンスじゃねぇか。俺を騙しやがったな?

 

「テニスとかバスケとかバッティングセンターとか色々入ってるところ。そこで勝負して、勝った方の言うことをなんでも聞くっていうのはどう?」

「はい! 質問です! なんでもってその、うふふ!」

「キショいわねゴミカス。四肢引きちぎられたいの?」

「なんで出会って数分でそんなにぽんぽんひどいことが言えるんだ?」

「なんで出会って数分でそんなに恥を晒せるの?」

 

 言い負かされた俺は、せめて表面上だけでも負けていないと主張するため「やれやれ」と肩を竦めた。俺と光莉以外に誰かいれば俺の負けを濃厚にさせるだけの行動だが、ここにいるのは俺と光莉だけ。つまり俺の負けを決定づけることは誰にもできない。どういう理論?

 

 俺が人生を賭してでも挑まなければならない超難問に頭を痛めていると、腕に柔らかいものが触れた。見てみると、光莉が腕を組んできている。

 

「おい。光莉が腕を組んできているってことは、光莉が腕を組んできているってことか?」

「そうよ。賢いわね」

「えへへ……じゃねぇよ。何してんの? 男は狼なんだよ? 今ここで『なんでも』を実行してやってもいいんだぞコラ」

「私に勝てたらね」

「しゅぽぽー!!!!」

 

 俺に触れている光莉の体温が高いというのは夏だからだろうなぁ、と適当に自分の中で誤魔化して、俺たちは目的地へ向かった。

 

 

 

 

 

「そういえばさ。俺流れるように『なんでも』を受け入れたけど、俺が勝てる道理なんて見つかんねぇんだけど」

「私、勝てない勝負はしない主義なの」

「弱い者いじめして楽しいか!」

 

 テニスコート。3セットマッチでものの見事に1セットも取らず大敗を喫した俺は、そもそも俺がスポーツにおいて光莉に勝てるわけがないという大宇宙の真理に辿り着いた。

 だってさ。いくら光莉が化け物だとはいえ多少男の俺が有利だと思うじゃん? それなのにさ。光莉のサーブを警戒するフリしておっぱい見てたら、ドパァン!!! って何かを破壊する音みたいなのが聞こえたと思ったら、もう背後にボールがあって、コートをよく見てみたら丸い焦げた跡があったんだぜ? 信じられるか?

 

 ちなみに俺がサーブしようとしたら光莉が眼光でビビらせてきて、全部へなちょこサーブになった。めちゃくちゃ調教されてんじゃねぇか俺。

 

「男に二言はないわよ」

「うふん。私女よ?」

「そう……」

「憐みの目で見るのはやめろ」

 

 指の上でラケットをくるくる回しながら憐みの目を向けてくる光莉。サーブでの破壊音が聞こえたからかネットの向こうにはギャラリーができており、今も黄色い声援が向けられている。光莉に。ぐやじい!!!!!

 

「よっしゃじゃあ次はバッティングといこうじゃねぇか!!」

 

 光莉の手を掴んでギャラリーをかき分けて、屋上へ向かう。俺くらいになれば一度案内板を見ればどこに何があるか瞬時に記憶できる。それは嘘。いつか千里と行こうと思って事前に調べていただけだ。

 

「勝負に使うマシンはこいつだ!」

 

 全方向の変化球があり、球速差による緩急はお手の物。タッチパネルでの操作で球速、コース、変化球を決めることができ、つまり『頭脳』でも勝負できるってことだ。

 

「光莉が打つ時は俺が球種とコースを選んで、俺が打つ時は光莉が決める。球数は27! 前に飛ばせた数が多い方の勝ちでどうだ!」

「……」

「光莉?」

 

 なんか静かだな、と思って光莉を見てみると、耳まで真っ赤にして俯いていた。なんでだと思ってちら、と目線を下に向けてみると、手。

 

「……お前、腕組んできたじゃん」

「……自分からするのは、その、心の準備、できてからやってるし」

 

 そっと手を離すと、弱弱しくぺちんと殴られた。なんだこいつ。手握られるだけでこんなに真っ赤になるの? 可愛すぎねぇかちょっと。こんな子が『なんでも』していいって言うのどんだけ勇気と決意がいるんだよ。あ、いや、それは絶対に勝てるからそんなに勇気とかいらねぇか。

 

 光莉は数秒間離された右手をじっと見た後、首をぶんぶん振ってケージの中へと入っていく。

 

「私が先攻でいくわよ! じゃんじゃんかかってきなさい!」

「よし」

「何であんたもバット持ってんのよ」

「つい……」

「私からすぐにバイオレンスを連想するのはやめなさい」

 

 光莉がかかってきなさいって言うからついデスマッチするのかと思って……。

 

「つかお前、ヘルメット。ほれ」

 

 気が動転していたのか、ヘルメットも被らずバッターボックスに立った光莉にヘルメットを被せてやると、光莉はヘルメットを片手で抑えて俯きながら「ありがと」とぼそっと呟いた。ふふ、わかってるぜ。そうやって可愛い行動して俺を動揺させて勝ちをもぎ取る気だろ? そんな手に引っかかるような俺じゃない!

 

 まぁ相手は女の子だし、最初はど真ん中に緩い球でいいだろ。

 

 快音。バァン! とボールがパネルにぶち当たる音。鳴り響くポップなBGMと『ホームラン!』というご機嫌な機械音声。

 

「あんたね、ど真ん中って舐めてるの? 勝負よこれ、勝負」

「だって光莉が可愛くて無意識に甘くなっちゃったんだもんよ……」

「かわっ……」

 

 んん! と光莉が咳払い。

 

「その手には乗せられないわよ。どうせ私を動揺させて勝ちをもぎ取ろうって気なんでしょ! そんな手には引っかからないわよ!」

 

 ど真ん中に緩い球。風を切る豪快なスイング。ぼすんとバックネットに当たり、ころころ転がるボール。

 

「……」

「……」

「……」

「……その、すまん」

「うっさいわね!! 早く次やりなさいよ次!」

 

 顔を真っ赤にして助っ人外国人のようにバットをぶんぶん振る光莉を見て、こいつやっぱ俺に似てんなぁと思いながら、容赦なく内角高め、胸元に豪速球を投げてやった。

 

 当てられた。もう終わりだ。

 

 

 

 

 

 勝負が一通り終わり、フードコート。

 

 テニス、バッティング、バスケ、フットサルなどなど。時間の許す限り勝負を繰り返し、嘘みたいに全敗した。なんだよこいつ。この世に生まれ落とされし神? そうじゃないと説明つかねぇんだけど。フットサルの時なんて稲光を背負う11人の一員かと思ったんだけど。

 

「流石になけなしのプライドがズタボロにされた」

「悪いわね。私がすごくて」

「まぁ? 俺が負けてあげたみたいなところもあるし?」

「はいはい。ありがとねー」

 

 にやにやしながら俺の頭を撫でてくる光莉。クソっ、もう何言ってもみじめになるだけじゃねぇか……! 生まれてから今までで一番の屈辱だぜ……!

 

「それで、約束よね? 負けた方が勝った方の言うことを『なんでも』聞くって」

「どうか命だけは」

「バカね。それなら勝負しないわよ」

「いつでも殺せるからってか?」

「そんなこと聞かないでよ、恥ずかしい……」

 

 頬を赤くして上目遣いで俺を見てくる光莉にデコピンをお見舞いしておいた。「冗談じゃない。もう」とまったく効いた様子もない光莉に恐れおののきつつ、心の準備をしておく。何言われるかわかったもんじゃねぇからな。もしかしたら「薫ちゃんをちょうだい」って言われるかもしんねぇし。

 

「じゃあ今から二つ言うわね」

「おい。一つじゃねぇの?」

「誰も一つなんて言ってないじゃない。むしろ二つで済ませてあげてることに感謝してほしいわ」

「この犯罪者め!」

「あんたもどうせ私に勝ってたら『一つって言ってねぇよな?』って言うつもりだったんでしょ?」

 

 図星だったので黙っておくことにした。また俺は光莉に負けてしまった。強すぎねぇかこの女。

 

「まず一つ目ね」

 

 光莉が俺の目を見て、何かを伝えようとしてくる。まさか、二つってことは薫と恭華を……? 今すぐ逃がさないと。俺のせいですまねぇ……!

 

「付き合った女の子のこと、絶対大事にすること」

 

 微笑みながら、光莉が優しく告げる。

 

「二つ目。もし、もしね? あんたがこっぴどくフラれて、一人になっちゃったら。その時、もう一回私、頑張ってもいいかな? ……それまでは、親友でいさせて」

「お前」

 

 『言うこと聞く』ってやつなのに、なんで俺に聞いてきてんだよ、なんて流石の俺でも言葉にできなかった。光莉が泣きそうな顔で言っていて、光莉の思ってることがわかってしまうから。

 

「……ありがとな、光莉。こんな俺を好きになってくれて」

「私が好きになっちゃったんだから、謝んなくていいわよ。バカね」

 

 俺は、言わなきゃならない。逃げ続けていたものに、今決着をつけないといけない。

 

「これからよろしく、親友」

「えぇ。よろしくね、親友」



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第158話 競技決め

「今から体育祭の出場種目決めるから、決めてくれ」

 

 LHRの時間。いつものようにクソ教師が教壇にすら立たず告げて、教室の隅っこにある椅子に座って眠り始めた。なんだコラ。推理でも始めんのか?

 

「体育祭っつってもなぁ。頑張ったって何ももらえねぇんだし、ウンコして帰るか」

「ウンコして帰ろうとしてるところ悪いが、お前が進行してくれ」

「俺と先生の仲なら仕方ないか……」

 

 俺に面倒ごとを押し付けてきやがった先生にムカついたので、『確実に何かやましい関係がある』演技をしてやった。これによりクラスメイトが「まぁ氷室の悪ふざけだろ」「氷室くん成長しないなぁ」「おい、キショいぞ氷室」「恭弥……そうだったんだ」と先生に対して軽蔑の眼差しを向けるはずが、俺だけ被害を受けている。あと日葵に勘違いされている。損な役回り引き受けた上に心がぐちゃぐちゃにされました。

 

「日葵、千里、光莉、春乃、恭華、井原。あと有象無象。出たい競技とかあるか?」

「なんでその六人の名前だけ呼ぶんだ!!」

「俺たちの名前も呼んでよ!! ジェラシーがムンムンしちゃうわ!!」

「悔しかったら俺に名前覚えさせてみろ」

「俺レレレミリシュエール・フォン・アンヴェットフェンフォンって言うんだ。よろしく」

「よし、レレレミリシュエール・フォン・アンヴェットフェンフォンは死刑だな」

「体育祭の競技で死刑って聞いたことないんだけど……」

 

 レレレミリシュエール・フォン・アンヴェットフェンフォンが処されたところで、競技リストを見ながら黒板に書きだしていく。うちの体育祭は特に変わったものはなく、100メートル走や部活対抗リレー、障害物競争や棒倒しクラス対抗リレーなどなど。この学校だけの競技を作ろうなんてはりきる教師はうちの高校にはいないらしい。

 

「足速いやつはリレーと100メートル走な!」

「っていうことは氷室と岸さんは確定で、恭華ちゃんはどう?」

「気安く名前を呼ぶなゴミ」

「ちなみに恭華は私と同じくらい速いで」

「三人決定! リレーと100メートル走って何人でなきゃなんだっけ?」

「リレーは四人で100メートル走は六人だな」

 

 正直どの競技でもいいから、俺と春乃と恭華の名前をリレーと100メートル走の欄に記載しておく。どうせなら日葵にカッコいいところ見せたいし、得意な競技にでるのが一番だろう。ふふふ。なぜか春乃がすべてをかっさらう気がしてならないが、俺の勘は案外あてになるから気のせいだろう。じゃあダメじゃん。

 しかし、競技数的に俺たちはもう他の競技でなくていいんじゃね? 騎馬戦は男全員出なきゃいけないからともかくとして、後はもう俺関係ねぇから誰かにバトンタッチしようかな……。

 

「リレー、あと一人なら僕が出てもいいかな? ちょうど男二人女の子二人でバランス取れるし」

「おい、誰か織部に計算を教えてやれよ。男一人と女の子三人だろ?」

「いや、これは氷室が織部に対してメスを教え込めてないからだ」

「織部くんかわいそう……。まだ手を出してもらえてないんだ……」

「キュピーン! これはもしや、リレーは棒を握っている女の子たちを至近距離で見れる最高の競技なのでは!? おい氷室、変われ!」

「投獄した」

「せめて通報のプロセス挟んでくれませんか……」

 

 俺たちも大概だけど、やっぱこのクラスおかしいよなと思いながらリレーの欄に千里を入れておく。あと可哀そうだからちゃんと千里の名前の上に『男』って書いておいてやった。「やっぱり織部には優しいんだな……」「愛されてるねぇ……」などとなぜか俺と千里が付き合っている疑惑が加速しているが、もう今更だから気にしないことにする。

 

 これでクラス対抗リレーに出る四人が決まった。俺、春乃、恭華、千里。連携っていう意味でも最高、運動能力的にも最高。向かうところ敵なし。すべてを置き去りにして一位になって日葵に褒めてもらうことにしよう。ふ、ふふふ。だ、ダメだって日葵……そんないい子いい子しないで……。

 

「恭弥が気持ち悪い笑み浮かべ始めたから、私が代わりに進行するわね」

 

 俺は気づけば頭を掴まれて教壇に叩きつけられていた。もちろんそんなことができるのは光莉以外存在するはずもなく、仕返ししてやろうと脇腹をつっついたら「やっ」と甘い声。

 

「その、女の子に暴力はダメだと思って、ですね。その、許してもらうことは可能でしょうか?」

「……まぁ、いいわよ別に。みんなも血は見たくないでしょうし」

 

 ほっ。どうやら命拾いしたみたいだ。多分この後みんなが見てないところで八つ裂きにされるが、お金を渡してうやむやにした後八つ裂きにされようと思う。俺が金を払う理由がねぇじゃねぇか。

 

「それじゃあ、日葵は私と二人三脚ね。これは決定事項。これより数分音を発したものは舌を抜き、目玉を抉り取る」

 

 直訳すると、『文句言ったら殺す』ということだ。いや、訳さなくてももうそういう言い方してたな。こりゃ失敬。

 

 光莉が静寂に包まれた教室に気分を良くしながら自分と日葵の名前を二人三脚の欄に記入し、ハートで囲む。日葵が恥ずかしそうにぷるぷるしているが、喋ったら殺されると思って必死に我慢している。光莉が日葵を殺すわけないのに……。

 

「障害物競争を乗り越えたら日葵と結婚できるって聞いたから、私出るわね」

「愛の障害物競争と勘違いしてるなら悪いけど、違うぞ」

「愛の障害物競争なら氷室も織部も夏野さんも出なきゃじゃん」

「仕方ないわね……」

 

 有無を言わさず障害物競争への参加が決定してしまった。なんだこいつ。デカい乳ぶら下げてクラスを支配しにきやがったのか? 揉んでやろうか。……受け入れられたら俺が死ぬから、やめておこうと思う。もう光莉に不誠実な真似はやめようって決めたんだ。

 

「というか、高校生で大玉転がしってあるのね。誰が出る?」

「え? 光莉が出るんじゃねぇのか。胸にデケェ玉二つもぶら下げてんのに」

 

 俺は光莉に持ち上げられ、千里の机に叩きつけられた。とんでもない衝撃音が響いたのにも関わらずこの高校ではこれが日常として処理される。「今の音は……レ#!」と絶対音感だと思われたいクラスメイトが全員に流されているのを可哀そうに思いながら、千里を抱え上げて膝の上に乗せ、千里の席に座る。

 

「ねぇ」

「あ、つい」

「いや、別にいい……よくない!!! 早くはなせ!!!!」

 

 むぎゅーっとしてぽんぽんしてたらふにゃーってなってたのに、何がお気に召さなかったんだろうか。まさか俺が危うくビンビンになりそうだったから……? だから千里がお尻もぞもぞさせてたのか。まったく。エロイったらありゃしねぇぜ。

 

 むっとしてぷんすこしている千里に優しく微笑み、「ごめんな?」と言ってから大体のことはなんとかしてくれる春乃様の方へ行く。俺に暴力働いてこないし、千里みたいに間違いが起きないし、一番安全だ。

 春乃は近づいてくる俺を見て、人懐っこい笑みを浮かべながら手をひらひら振ってくれた。可愛いなこいつ……。

 

「どしたん? 春乃ちゃんが恋しくなった?」

「それもあるし、春乃のところが命の危険が一番ないと思った」

「命の危険は大体恭弥くんが原因やと思うけど……」

 

 俺がいなくなったことにより、俺の代わりにと光莉が恭華を引っ張り上げ、二人で参加競技を決めていっている光景をのほほんと見つつ、あくびを一つ。いやぁ、春乃の近くは落ち着くぜ。なにせ問題が起きないからな。問題と言えば時折見せる春乃の仕草がエロくてたまらないくらいだ。大問題じゃん!

 

「でも一番安全って言うたら、日葵のとこちゃうん?」

「俺が耐えきれると思うか?」

「ふーん。私相手やったら耐えきれるん?」

「見なければ……」

「恭弥くんの視線は正直やもんな。えっち」

 

 にやにやしながら俺をからかってくる春乃。ちょ、やめろよ……みんないるんだぜ……? さっきから日葵が『無』の表情でこっちを見てきてもいるんだぜ? 「なんで私のところにきてくれないんだろ……しょうがないか。最近までずっと話してなかったし、みんなの方が面白いし……やっぱり恭弥って面白い子の方が好きなのかなぁ。しかもみんな可愛いし、自信なくしちゃうなぁ」って落ち込んでるし。待て、俺今ナチュラルに日葵の思考を読みやしなかったか?

 

「なーなー恭弥くん。二人三脚って男女でもありやと思う?」

「どうだろうなぁ。教師とか親御さんとかが黙ってねぇだろ。体育祭は保護者も見に来るし」

「せんせー! 二人三脚って男女で参加もおっけーですか!」

「ん? あぁ。当人同士で合意があればいいぞ」

「ちなみにセックスの話じゃないですよ先生」

「あまり俺を見くびるなよ」

 

 合意の話が出たからセックスのことだと思ったが、どうやら俺の早&とちりだったらしい。光莉も早とちりして黒板に『セックス』って書いちゃってるし。恭華が顔を真っ赤にして慌てて消さなきゃ大変なことになってたぞ、まったく。

 

「んー」

「? どうしたんだ? 春乃」

「やー、ちょっとな」

 

 春乃が立っている俺の顔を覗き込んで、少し頬を赤くしながらいたずらっぽく笑った。

 

「二人三脚、一緒に出てくれへん?」

「俺は春乃と密着していやらしいことをしない自信がないけど、いいか?」

「じゃあオッケーってことやな! 光莉ー! 二人三脚私と恭弥くんで出るわ!」

「えぇ!? 恭弥と春乃がっ……んんっ! きょ、恭弥と春乃ね。べ、べべべべ別にいいんじゃない? ふん」

 

 あいつ全然動揺隠しきれてねぇじゃん……。「いいなぁ」とか思うんじゃねぇよ俺の心抉り殺す気か。日葵も「あっ、えっ……うー」って言ってるし。ちなみに今のは『恭弥と春乃が!? それなら私が一緒にっ、あっ、でも光莉がるんるん気分で私と出るって書いちゃってるし……えっ、っていうことは当日みんなより近くで恭弥と春乃が二人三脚してるとこ見ないといけないってこと!? うー、どうしようどうしよう! でも私恭弥と二人三脚なんてしたら恥ずかしくて絶対うまく走れないし、光莉を振り切るなんて無理だし……!』って意味な。10割俺の願望。

 

 そうこうしている間に、二人三脚の欄に俺と春乃の名前が刻まれた。……さて。

 

「二時間寝ても身体が痛くならないマットってあったかなぁ?」

「一緒に探そか?」

 

 青少年の教育に悪すぎる春乃に「許してください」と謝罪すると、「嫌いやないやろ?」と一言。

 

 はいっ!! と大声で返事した瞬間、クラス中の女子から軽蔑の眼差し、日葵と光莉から殺気を向けられ、恭華からは絶縁された。



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第159話 まともとは無縁

 体操着に着替えた俺、春乃、日葵、光莉、千里、恭華。そして三つの紐があり、それを握った春乃が首を傾げている。

 

「恭弥くんだけ呼んだつもりやったんやけどな……」

「は? 二人三脚の練習でしょ? 私たちも出るもの。ねー日葵ー?」

「うん! 頑張ろうね光莉!」

「ところで、千里と私がここにいる理由はなんだ?」

「なんか僕が面白いかなって思って勝手に僕と恭華さんを二人三脚にエントリーさせちゃった」

 

 と、本人は言っているが、俺のことが心配してくれているんだろう。千里はもう神様視点で全部見えてるんじゃないかってくらい俺たちの事情を把握してるから、「二人三脚の練習とかやりだしたら、もしかしたら修羅場になりかねないな……」って考えて自分と、あと道連れに恭華をエントリーさせたのかもしれない。

 ただ、道連れにされた恭華は初心すぎるため、千里と二人三脚するという事実に目をひん剥いていた。

 

「へ、あ、え? 千里と、二人三脚?」

「そうそう。いやらしいことするけどごめんね」

「さてと、絞め殺すか。春乃、紐貸してくれ」

「殺人用の紐やないんやけど……」

 

 あのクソメス野郎、俺の妹ばっかり狙いやがって許さねぇ……! もしかして俺が好きすぎるが故に氷室家の遺伝子に惹かれちまうのか? だとしたら野郎、次は母さんまで……!?

 それはないな。流石の千里でもババアは対象外だろう。それに双子だからあんまりこういうこと言うのは気持ち悪くて嫌だけど、同年代なら恭華と二人三脚していやらしいことするなって言う方が無理がある。

 

「織部くん、ダメだよ? 恭華は恥ずかしがり屋さんなんだから、優しくしてあげないと」

「日葵。私は優しくするから安心してね」

「もう色々不安やし、日葵と恭華をペアにした方がええんちゃうか」

「はぁー??? それなら男同士と女同士で分けた方が健全だと思うんですけどー??? ……あ、それは無理な話ね。ごめんなさい」

「朝日さん。もしかして僕を女の子としてカウントした? やってやろうじゃねぇか」

 

 妹の想い人が死ぬのは見過ごせないのか、腕捲りして光莉に挑もうとした千里は恭華に必死に止められていた。恭華の運動能力は春乃とタメを張るくらいだって言ってたし、そりゃ千里を止めるくらい造作もないよな……哀れ。

 ただし、後ろから羽交い絞めにしていると胸が当たって千里がいい思いをしてしまうため恭華から千里を引っぺがして地面にたたきつけた。

 

「もう脳刻んだよ。遅かったね」

「俺が塗り替えてやるよ」

「ぁ……」

「はぁはぁ。日葵、安心していいわよ。日葵には私が刻み込んであげるから」

「なぁ恭華。『二人三脚の練習しよー!』って切り出す間もなくぐしゃぐしゃになってんやけど、対処法とか思いつく?」

「恭弥と光莉と千里を一緒にしたらダメだろうな」

「無理ってことかぁ」

 

 まぁそりゃあ俺たちはセットで動くみたいなところあるしな。俺たち三人が一緒にいなくても三人のうち二人は一緒にいることの方が多いし。なんかこう、ひかれあうって言うか、類は友を呼ぶっていうか。は? このクズ二人と同じ類だと? ぶっ飛ばすぞコラ舐めてんのか。

 

 このまま怒りを二人にぶつけるのもいいが、埒が明かないので練習を切り出すことにする。練習が始まった瞬間光莉は日葵の体温と柔らかさを感じ取ることに夢中になるだろうし、恭華に触れるであろう千里はぶっ殺して黙らせればいいだけの話だ。

 

「んで、春乃。練習っつったって、俺と春乃ならやんなくても合わせられんじゃね?」

「ん? んふふー。そ? まぁせやったら嬉しいけど、私も恭弥くんに触れられて平気でおれる自信ないし、その練習? みたいな」

「ならなんでここが保健室じゃないんだ?」

「恭弥。勘違いしてるところ悪いけど性行為の話じゃないよ」

 

 なんだ。春乃が頬赤くしてもじもじしながら言うもんだからてっきりセックスの話かと思っちまったぜ。つかあぶねぇなオイ。日葵の前で他の女の子に発情するなんて最悪じゃねぇか。今まで何度かしてきた気もするけどそれは気のせいだとして、さっきの聞かれてねぇよな……?

 

「日葵。恭弥は春乃とセックスしたいらしいわ」

「え……」

「おいコラ乳。ちょっとこっちこいや」

 

 日葵にとんでもないことを吹き込んでいる光莉をひっつかんで、そのまま引き寄せる。光莉は俺から目を逸らしてビブラートを利かせた口笛を披露した。二重にムカつくなこいつ。

 

「テメェ今何してた」

「ビブラート口笛」

「あとでやり方教えてくれ。お前日葵にとんでもねぇこと吹き込んでただろ」

「だってそうでしょ」

「バカ言うなよ? 俺がセックスしたいのは日葵だけだ」

 

 俺の言葉を聞いた瞬間、光莉がその胸についている殺人兵器を俺にむぎゅーっと押し付けてきた。

 

「どう?」

「千里! 胸元パタパタしてくれ!」

「? こう?」

 

 光莉の光莉にやられかけていた俺はしかし、千里の得意技『胸元パタパタ・ザ・エチチオブザウルトロン』によって正気を取り戻す。嘘。正気ではない。光莉がえっちすぎたのを千里のえっちすぎるので塗り替えただけだ。つまり、俺は光莉に欲情したんじゃなくて千里に欲情したことになる。だからなんだっていうんだ?

 

「ってか光莉、男に対して軽率にそういうことするのやめなさい。思わず揉みしだいたらどうするんだ?」

「私はいいけど?」

「失礼します」

「やめんか」

 

 二人揃って春乃に叩かれて引きはがされる。そして今俺がやらかしていたことの重大さに気づき、日葵を見てみればぷくーっと頬を膨らませてぷんぷんしていた。は? 可愛すぎか? なんだあの可愛さ。もう犯罪じゃん。なんてこった。俺の好きな人が犯罪者なんて。それでも俺は日葵が大好きだよ! ちゅっ。

 

「結局乳か? 乳がええんか? あんな自己管理がなってへんゴミの塊の何がええねん。言うてみろやコラ!!」

「待て!! 確かにおっぱいが大きいのは大変魅力的だが、春乃のお尻もきゅっとしてて触り心地がよさそうでめちゃくちゃいいし、脚だってすらってしてて撫でまわしたいなって思うし!!」

「胸がないからって僻むなよって言いたいのよね」

「そう!! いや違う何言わせてんだ光莉テメェ!!!!」

「私はあいつが兄で恥ずかしい」

 

 途中まで春乃を言い負かせそうだったのに、光莉が参戦して余計な一言を付け加えたせいで俺は春乃にビンタされ、もちろん光莉も脳天にチョップを喰らっていた。クソっ、これじゃあ俺は春乃に対して欲情してるアピールした挙句制裁されていいことねぇじゃねぇか!

 

 ビンタされた頬を抑えながら泣いていると、日葵が俺の前にしゃがみ込んだ。え? 天使?

 

「恭弥。私は?」

「おい恭華。俺は今いったい何を聞かれてるんだ?」

「多分『私の魅力的なところはどこ?』って聞かれてるんだと思うぞ」

「日葵!! 私が教えてあげるわよ!!」

「光莉は黙ってて」

「おーよしよし」

 

 意気揚々と踊り狂いながらやってきた光莉が一撃でやられ、とてつもないショックを受けたのか号泣してしまった光莉が春乃に慰められている。千里が「僕も号泣すれば女の子の胸で泣けるのかな……」と真剣に考えているのは放置するとして、今は目の前で起きたとんでもない問題をどうにかしなければいけない。

 目の前には今か今かと自分の魅力的なところを言ってほしがっている日葵。え? 女神?

 

 いや、そうじゃない。日葵は天使であり女神だけどそうじゃない。今はこの場をどうやって切り抜けるかだ。日葵の魅力的なところなんてそりゃもう星の数ほどあるしむしろ星の数が足りないほどある。なにやってんだ星もっと増えろ。だらしのねぇ。

 

「……やっぱりないんだ」

「え」

「光莉と春乃はすぐに出てくるのに私にはすぐ出てこないってことは、そういうことなんじゃないの?」

「バカ言うなよ多すぎてすぐには出てこねぇってだけだ。日葵が魅力的じゃなかったら全世界の女の子は魅力的じゃなくなる。なぁ恭華!!!!」

「そこで私に振るから恭弥はダメなんだぞ」

「恭華さん。ちょっと前までそこのポジションは僕だったんだけど」

「おい恭弥。日葵はいいとして、なんでこのメスも嫉妬してるんだどうにかしろ」

「ごめん」

 

 そっちはそっちでどうにかしておいてくれ。多分ノリで嫉妬してるように見せかけてるだけ……ちょっとぷくってむくれてるじゃねぇか可愛いなオイ。あとで押し倒してみようかな。

 

「……えへへ、そっかぁ。うん、それなら。ごめんね? 急に変なこと言って」

「いや、俺こそ悪い。気持ち悪かったよな? 尻だとか脚だとかおっぱいだとか」

 

 日葵の背後でおっぱいを持ち上げ、俺を釣ろうとしているカスはあとでぶっ飛ばすことにしよう。あいつ自分の体使って俺を陥れるのにまったく躊躇ねぇよな。いいことだぜ。眼福とはこのことだ。

 

「? 恭弥どうしたの? 私の後ろに何かある?」

「さぁ春乃!! 二人三脚の練習始めようぜ!!」

「お尻とか触らんといてな?」

「そんなぁ!!!!??? あ、今のは聞かなかったことにしてくれ」

「無理でしょ」

「はぁはぁ。日葵。私と汗まみれのセックスをしましょう。今のは聞いたことにして」

「やだ」

 

 光莉が膝から崩れ落ちた。悪は去ったな……。

 

 春乃が日葵と千里に紐を渡し、残った紐を俺と春乃の足に括り付ける。やだ、密着するのって結構恥ずかしいのね……。つか甘い匂いするし柔らかいし顔近いしなんだこれ。死刑か? なんか千里と一緒にいる時も同じような状況な気もするけど。

 

「……なんか結構緊張してまうな、これ。練習してよかったかも」

「……お、おう」

「……ほ、ほら、練習すんで! 手ぇ回して!」

「お、おう!」

「やっ、腰やなくて肩!! 肩!!」

「え!!!??? 尻!!!!??」

「ぶっ飛ばすぞコラ!!」

 

 

 

「いいなぁ」

「大丈夫? おっぱい揉む?」

「いらない」

「いらない……!!?」



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第160話 それぞれの相談

 どうしよう。

 

「日葵とのデート明日なんですけどぉ!!!!」

「兄貴うるさい」

「いやん! ごめんねぃ! 薫ちゃん!」

「うわ、キショ」

 

 兄貴には妹の罵倒がよく刺さる。

 

 俺がリビングのテーブルの上で踊り狂っているのには理由がある。そう、明日。日葵とのデートが明日に迫ってきているのだ。なんだかんだ明日のために服も買ったし靴も買ったし家の鍵も変えた。ちなみに家の鍵は関係ない。

 ただ、心の準備がまったくできていない。夏祭りの時みたいに後で千里たちと合流するなんて予定はないし、最初から最後まで二人でデートだ。そんなことがあっていいのか? 実はデートなんてまったくの嘘で、俺は今日死ぬんじゃないか? デートが嘘なら俺が死ぬ理由がなくないか?

 

「こんなのが兄貴だと十数年間恥ずかしかっただろう、薫」

「んーん。確かに恥ずかしいこともあったけど、私にとってはいいお兄ちゃんだから」

「おい。なんでおじいちゃんとおばあちゃんにさらわれたのがお前じゃなかったんだ」

「攫われるのが罰ゲームみたいに言うなよ」

 

 いや、本来の親元で育てられないから罰ゲームか。

 

 テーブルが汚れるからと恭華に叩き落されつつ、明日どうしようと頭を悩ませ、悩ませすぎて首を90度傾けてしまい、薫に怖がられてしまった。ふふ、脅える薫ちゃん可愛いね……。

 

 いつも余計なことを考えるから話が進まないんだ。ちょっと一旦整理しよう。

 

 俺は日葵のことが好きで、日葵も多分俺のことが好きだ。そしてお互いがお互いを前にすると緊張でおかしくなる。ポンコツになる。日葵は可愛いけど俺は情けないことこの上ない。だからこそ、明日は俺が平気なフリしてリードする必要がある。

 

「……なぁ薫、恭華……恭華はいいや。女の子をリードするってどうすればいいと思う?」

「なんで私が選考漏れしたんだ?」

「恋愛経験っていう点で薫に敗北してるから」

 

 恭華がテーブルに突っ伏して泣き始めた。その背中を擦って薫が慰めている。だから選考漏れしたんだぞ。

 

「んー。私は好きな人と出かけられるならそれでいいって思っちゃうから、リードしてほしいとかもないかな。むしろ、リードしようって無理してほしくないかも」

「は? 何このいい子。なんでこんな子を千里にやらなきゃいけねぇんだ?」

「やらなきゃいいだろ」

「流石双子。天才」

「恐縮」

 

 怒りのあまり涙が引っ込んだ恭華とハイタッチ。今まで千里の殺害は一歩手前で踏みとどまってきたが、双子の恭華も殺せというなら殺すしかない。あれ? 今殺す殺さないの話してたっけ?

 

 ……まぁいい。千里は殺さなくとも、いざとなれば本気でメスにしてやればいいだけだ。そんなことより日葵だよ日葵。

 

「あながち薫の言ってることは間違いじゃないぞ。恭弥が日葵をリードするなんて、まぁいけないことはないが無理だろ。緊張してボロボロになるに決まってる」

「そうなるくらいならいつも通りが一番いいんじゃない? それに、兄貴ならリードしようとしなくても自然とそうなってるだろうし」

「薫って地味に俺への評価高いよな」

「うん。日葵ねーさんと同じくらい大事にしてもらってる自覚あるから」

 

 あまりにも可愛かったので抱きしめてよしよししてほおずりしてやると、「やめろ。ゴミ」と突き放されてしまった。照れてるのかなと思って顔を見てみても本当にゴミを見る目で俺を見ている。好意って難しいんだなぁ。

 

「だから、普通にいけばいいんじゃない? 緊張してても、意識してくれてるって思えるから大丈夫だよ。……まぁ、日葵ねーさんなら『恭弥がいつもと違う……やっぱり私と一緒にいると楽しくないんだ』って思いそうだけど」

「日葵って基本ネガティブだよな」

「周りがポジティブすぎんだよ」

 

 千里と光莉はちょくちょくネガティブ入るけど春乃はポジティブまっしぐらだし、むしろ日葵が普通なんだよ。最近、っていうか結構前から俺たちにあてられてまともじゃなくなってきてるけど、それでも普通の部類だ。まず暴力を振るわない。ほら、普通。

 

「うーん、やっぱり兄貴が素直に言うしかないのかも」

「素直に?」

「日葵ねーさんと一緒だから緊張しちゃうって」

「ばっ、薫! そんなプロポーズみたいなことを恭弥に言わせる気か!」

「薫。あとで恭華に異性関係のこと教えておいてやれ」

「承知しました」

 

 もう初心どころの騒ぎじゃねぇよ。どんだけ箱入りで育てられたんだこいつ。

 

 しかし、素直に言う、かぁ。なーんかそのまま流れで告白とかしちゃいそうで嫌なんだよなぁ。いや、嫌じゃないけど、その、うーん。とにかく今はそういう関係になりたくない、なりたくないわけじゃない。なるべきじゃない? もういいやわかんねぇ。とにかく目いっぱい楽しみつつ、カップルにならないようにしたい。

 

 ……今の俺と日葵じゃめちゃくちゃ難易度高くね?

 

「かくなる上は!」

「私行かないよ」

「私も行かないぞ」

「そんなぁ!」

「二人きりのデートなんだし、二人で楽しまなきゃダメじゃん」

「それに私が行ったところで役に立つ姿が想像できるか?」

「できない」

「だろう」

 

 二人にはいざというとき乱入してくれと頼もうとしたが、恭華は恋愛関係になるとポンコツなので、いざというとき……いい雰囲気になった時に乱入してきたら「……ぁ」と顔を真っ赤にしながらガッチガチになって口から空気を漏らすだけの置物になる姿しか想像できない。それはそれで邪魔はできてるけど。

 

「どうせ日葵ねーさんもヘタレだから告白とかしてこないよ。大丈夫。兄貴の心配してるよーなことはないから。多分」

 

 やはり薫はわかってくれている。俺が日葵と今カップルになりたくないのは、まだ春乃と決着がついていないからだということを。はっきりと口にはしていないが、俺クラスに薫が大好きになれば目を見るだけでわかる。あれは、情けない兄貴を心配してくれている目だ! ちなみに恭華は恋愛関係がさっぱりだから「まだ恥ずかしいんだろうなぁ」くらいにしか考えていないはずだ。アホめ。

 

 春乃なら、日葵と付き合うことになったって言えば「そっか!」って笑ってくれるだろうが、あんなにアプローチしてきてくれた子に対し、そんな幕切れなんて不誠実が過ぎる。いや、それなら日葵とデートに行くのもどうなのって感じだけどそれは……その、ねぇ?

 

「まぁ一人で頑張るしかないかぁ」

「うん。頑張って、兄貴」

「頑張れ恭弥。いや、お兄ちゃんって呼んだ方がいいか?」

「二人とも。俺の両隣にきて『お兄ちゃん頑張れ』って囁いてくれ」

「二度と話しかけんな、カス」

 

 薫が大きな舌打ちを残してリビングを去っていってしまった。なぜ?

 

「……恭華はやってくれるの?」

「……し、仕方ないな」

 

 言ってみたら本当にやってくれた。どうやら恭華は押しに弱いらしい。俺はこの瞬間、絶対恭華を飲み会に行かせないでおこうと心に誓った。

 

 

 

 

 

『織部くん! 明日! 明日だよ! 明日恭弥とデートに行くの!』

「夏野さん。僕の着信履歴に夏野さんの名前が刻まれることの重大さにそろそろ気づいてほしいんだ」

 

 そういえば明日は恭弥と夏野さんのデートの日だなぁと家でのんびりしていたら着信音。スマホを見れば夏野さんから。胸の前で十字を切って出てみれば、案の定明日のこと。思わず文句を言ってみたけど、スマホの向こう側からは『?』。そろそろ夏野さんと僕が話してると僕が殺されるってことに気づいてほしいんだけどなぁ。

 

 まぁスマホの着信履歴見せなければいいだけの話だ。どっちにしろ何かやらかして殺されることが多いんだから、その要因が増えたところであんまり関係ない。

 

「それで、何で僕に連絡を?」

『あのね……その、ちょっと勇気が出なくて』

 

 なるほど。朝日さんと岸さんはダメで、薫ちゃんと恭華さんに電話したら恭弥が一緒にいるだろうから僕ってわけか。まったく。つくづく思うけど僕ってめんどくさい位置にいるよね。ほんとに。

 

「勇気が出ないって?」

『うん。ほら、恭弥と二人きりでデートでしょ? その、し、下着とか、気合い入れた方がいいかなって』

 

 僕は思わず周りを確認した。よし、恭弥と朝日さんはいない。そもそもここは僕の部屋だからいたらめちゃくちゃ怖いけど、今夏野さんからとんでもないことを聞いてしまったからそりゃ警戒する。あの二人は夏野さんのことに関してとなるとどこにでも現れる化け物だから。

 

 いないと確定した今、その質問には快く答えることができる。なんか下着のこと聞いてくるって僕のこと男と認識してない気がしてなんだかなぁって思うけど……おい、もしかして僕のこと舐めてんじゃねぇか?

 

『こんなこと言ってごめんね? 頼れる男の子が織部くんしかいないから』

「仕方ないなぁ」

 

 頼れる男の子が僕しかいないならそりゃ仕方ない。なにせ僕は男の子だからね。

 

「夏野さんの中で下着がどういう位置にあるかによるんじゃない?」

『? 胸と……その、』

「あぁ待って言わなくていい。そういう意味じゃないから。えっと、下着に気合いを入れることによってやるぞ! とか心の準備ができるとかない?」

『……そ、そういうこと。え、えっと、今のはボケてみただけだから!』

 

 可愛いなこの人。

 

『うーん。うん、その、いつもとは違う気分になるかも』

「違う気分?」

『デートのあと、っていうか……その……先を、想像しちゃうっていうか』

「姉さーん!! 姉さーん!!」

 

 ダメだ。これは僕が聞くべきことじゃない。大体なんでそんなことを彼氏でもない男に対して言えるんだ。いや待て、もしかしてさっき僕は夏野さんに嘘をつかれたんじゃないか? だって夏野さんって僕のことナチュラルに女の子扱いしてくる筆頭だし。許せねぇ!!

 

「はいはーい。どうしたの?」

「夏野さんが性的な相談を僕にしてくるんだ!! 助けて!!」

『なっ、せ、性的じゃな……いこともない、です。ごめんなさい……』

「あらあら。そういうことならお姉ちゃんに任せなさい!」

 

 これ以上聞くと僕が危ないと思い、スマホを姉さんに押し付けて逃げ出した。

 

 逃げ出して、数分してから気づく。あれ? 姉さんって恋愛に関してまともだっけ……?

 急いで部屋に戻ると通話は終わっていて、姉さんに「何を吹き込んだの?」と聞いてみても微笑むだけ。

 

 僕は先手をとって恭弥に「ごめん」と送っておいた。「なんか知らねぇけど、殺す」と返ってきた。いや、許せよ。



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第161話 デート①

「今日は日葵ちゃんを妊娠させる日だっけ? 頑張れよ」

「お赤飯はご近所さんに配っておいたわ」

「この両親は私が警察に通報しておくから、安心して」

「恭弥。どうして氷室家はこうなんだ?」

「俺が知るか」

 

 日葵とのデート当日。家族に見送られ家を出て、待ち合わせ場所である駅前に向かう。家が近いから迎えに行こうかと言ったんだけど、「待ち合わせの方が、その、デートっぽいから……」と日葵からの提案でそうなった。もう好意隠す気ないよねあの子。

 

 夏が終わり、秋が段々近づいてきているこの季節。一番過ごしやすくて好きだ。まぁ日葵がいればどんな季節も好きなんだけど、強いて言うなら今くらいが一番好き。でもそれよりも日葵がもっと好き! きゃっ、言っちゃった!

 道行く人も、俺がカッコいい真顔イケメンフェイスの裏でこんなことを考えているとは思うまい。そう考えればなぜだか人より優位に立った気分に浸れる。ほんとうになぜ?

 

 そんなこんなで駅前についた。休日ということもあってか人でごった返しており、日葵を見つけるのは至難の技、ヒアリを見つけるのは無理。ふふ。

 余計な思考に邪魔をされたが、俺からすれば日葵を見つけるなんて造作もないこと。あんなに可愛い女の子、俺が見落とすはずがない。ほら、そうこうしている間にもう見つけた。前髪をちょこちょこいじりながら、少し頬を赤くして俺を待っている、胸元がかなり開いていて脚がむき出しになるほどのショーパンの日葵が。

 

「千里。どういうことだ?」

『だからごめんって言ったじゃん』

「俺が納得できるだけの説明をしてくれ。なんで日葵がらしくもなくエッチオブザイヤーを受賞してるんだ? 俺はあまり気が長くない。簡潔に頼む」

『姉さん』

「だろうなチクショウ」

 

 千里が昨日謝ってきた。そして日葵の今の格好。これだけの要素があれば、聖さんが日葵に何かを吹き込んだと思うのが一番自然だ。日葵は肌を出すのが恥ずかしいと思うタイプ。そりゃ夏は多少出すけど、春とか秋とかは全然肌を出さない。そのおかげで俺が今まで生きながらえてきたみたいなところもある。

 

「千里。もしだ、もしだぞ? 日葵があの格好で俺におねだりなんかしてこようもんなら俺は手を出さない自信がない。聖さんはその責任取ってくれんのか?」

『どういう風にとってほしい? って言ってるけど』

「言いにくいけどセックスかな」

『言いにくいとは思えないほどスラスラ言ったね。死んでいいよ』

「やだぷー」

 

 しょうもない挑発をしてから電話を切る。よし、色んな緊張がほぐれた。やっぱり持つべきものは親友だぜ。

 

 別に、パフォーマンスでブチギレたけど日葵の格好が嫌ってわけじゃない。そりゃあもちろん他の男にいやらしい目で見られるのは我慢ならないどころか一人一人目を潰してやりたいくらいの気持ちにはなるがその程度で、日葵自身があの服を着てきたならそれはもう日葵の意思だ。それにどうこう言う権利なんて俺にはない。

 

 ただ、日葵は慣れない格好をしていて不安だろう。だから平静を装って、おかしくないぞと日葵に伝えてあげる必要がある。俺は日葵に近づいて、元気よく声をかけた。

 

「とってもエッチですね」

 

 すごく間違えた。

 

 クソ、俺の正直者!!!!! あまりにもエッチすぎるから伝えちゃったじゃねぇか!! 見ろ、日葵が固まって顔真っ赤になってんじゃねぇか!! え、可愛い。結婚した。

 

 開口一番セクハラされた日葵は、口をぱくぱくと動かして何かを言おうとしていた。恥ずかしさのあまり音を失ったかと心配していると、かすかに声が聞こえてくる。

 

「……ぃ」

「?」

 

 日葵の言葉を聞き逃すのは万死に値するため、耳を傾ける。すると日葵はぐいっと俺を引き寄せて、俺の耳に天使の囁きをおみまいした。

 

「そういう風に見てくれるの、うれしい」

 

 言って、日葵は俺から離れて顔を真っ赤にしてぎこちなく笑う。明らかに無理をしている。いつもなら慌てて支離滅裂な言葉を吐くのにそれをぐっと抑えて、最強の武器を手に攻め込んできている。ダメだ、勝てない。負ける。人類最終兵器か? 男だけの国があれば日葵を投入すれば一瞬で平和になるぞ。日葵を取りあって争いが起こるかと思いきや、日葵を頂点にした国家が出来上がるぞ。

 

 ……いやでも、この攻めも聖さんに言われたものなんじゃないか? 顔が真っ赤なまま元に戻らないし、無理しすぎ感がすごい。それなのに俯かず俺をじっと見てくるし、今日日葵は俺を殺す気なのかもしれない。

 

 日葵が頑張ってくれるのは嬉しい。けど、頑張りすぎても申し訳ない。そっちに夢中になってデートを楽しめないっていうのは嫌だから、どうにかしてリラックスしてもらわないと。

 

「日葵、肩の力抜け。あんまり無理しなくていいぞ」

「無理、するよ」

 

 日葵がきゅっと俺の服の端を指でつまんだ。

 

「恭弥との、デートだもん」

 

 あぁ、さようなら。父さん、母さん、薫、恭華。

 

 俺、死にます。

 

 

 

 

 

 エッチ・ザ・セックス。私が日葵を見た率直な感想はズバリそれだった。

 

「あんたがものすごく不安だからついてきてほしいって言ってきたからなによと思ったら、私へのご褒美?」

「恭弥へのでしょ」

「うぐぅ」

「あ、ごめん」

 

 千里がいつもの調子で言ってきた言葉に失恋のダメージを刺激された。こいつ、生かしちゃおけねぇ。

 

 昨日。「あー、明日恭弥と日葵のデートかー」としょんぼりしていると、千里から連絡がきた。『このままだと僕が殺される可能性があるから、デートの尾行を一緒にしてほしい』と。殺されるのはいつものことだから別にいいんじゃない? と思ったんだけど、まぁ、その、えっと、親友のデートだし。気になるものは気になるし。野暮だとは思ったのよ? でも、ほら。事件が起きるかもしれないし、ね?

 

「というか、ほんとにごめんね。よく考えれば朝日さんに尾行をお願いするってとんでもないことだよね」

「一つも気にしてないって言ったら嘘になるけど、別にいいわよ。それでもいいって思って今の位置を選んだんだから」

「それでも本当にごめん。配慮が足りなかった」

「……じゃあ、電車賃出しなさいよ。それで許してあげるわ」

 

 千里はかなり頑固だから、妥協点を探してあげないと折れてくれない。人によってはめんどくさいやつだって思うかもしれない。でも、私は美徳だと思う。

 

 日葵の格好の影響か歩き方がおかしい恭弥と、恭弥の服の端をつまんでいるぎゃんかわエッチモンスター日葵の後ろをこっそりついていく。普段の恭弥なら気づかれそうなものだけど、よっぽど余裕がないのか気づかれる様子はない。

 

「……」

「どうしたの? あんた」

「親友の僕が近くにいるんだから、ちょっとくらいは気づいてくれてもいいのに」

「それ、私のセリフなんだけど。軽率に私より可愛いのやめてくれない?」

 

 完全に嫉妬している。小さくむくれて面白くなさそうな顔をしている千里は死ぬほど可愛い。その道のお姉さまなら今すぐとっ捕まえてディープキスをしてしまいたくなるほど。ちなみにその道のお兄様でも同様。

 

 このまま可愛い千里と堪能するのも悪くないけど、少しくらいはフォローしてあげないといけない。親友のことに関してとなると面倒くさくなるメスの頬をちょんっとつついて、

 

「それくらい夢中になっちゃうのよ、好きな子が隣にいるとね。わかってやんなさい」

「……あぶな。薫ちゃんがいなかったら好きになるところだった」

「別にいいのよ? 乗り換えても」

「冗談」

 

 千里は私につつかれた頬を抑えながら、眩しそうに恭弥を見た。

 

「僕は恭弥ほどいい男じゃないから」

「メスだものね」

「いや、そういうことじゃなくて」

 

 あれ? 何かいいこと言った気がしたんだけどなぁ。と首を傾げる千里に笑いながら、背中をバシン! と叩く。

 

 私が否定したのは『男』っていう部分だけっていうことに気づいてるんだろうか、このメスは。きっと今日も『殺されるかもしれない』っていうのは口実で、親友の恋路がどうなるか気になって仕方がなかっただけでしょうし。

 

「あんたってほんと馬鹿よね」

「恭弥を好きになった人に言われたくないな」

「それあんたもじゃない」

 

 あ、そっか。じゃあ、お揃いだ。と言って微笑みかけてくる千里が妙にカッコよく見えてあきれ果てた私は、「見せる相手間違てんじゃないわよカス」と言って薫ちゃんに『千里に言い寄られたんだけど……』とメッセージを送ってやった。地獄を見ろ。

 

 『千里ちゃんはそんなことしないと思う』と返ってきた。ムカついた。



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第162話 デート②

 みんな、知ってるか。

 

 電車は、混む。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 日葵を扉側にして、所謂壁ドンの体勢で静止し、電車の揺れで体勢が崩れ、密着すること数分。俺は、『限界』の意味を知った。

 

 下を向けば、俺の胸にそっと手を置いて俯く日葵がいる。しかも今日の格好が格好だから、その、何と言いますか。えへへ。もう、わかるくせにっ!

 

 つまり、おっぱいがばんややいーんだった!!!!!!!

 

「……」

「……」

 

 下半身を動かせるだけの余裕があるのが唯一の救いか。こっちまで密着してたら軽蔑されるどころの騒ぎじゃなかった。ただの騒ぎになっていた。だって見てみろよ。俺がイケメンだからいいものの、こんなの美少女を追い詰めてるようにしか見えないぜ? それで下半身押し付けるってもう性犯罪者以外の何者でもないだろ。もちろん俺は違うけど、危うくモロチンするところだった。

 

 俺は死んだ方がいいと思う。

 

「……その、ありがと」

 

 日葵が俯きながら、ぽそっと呟く。

 

「守ってくれて、ありがと」

 

 思わず、「可愛すぎ警報発令!!!!! 世の男どもはまだ生きていたいのなら今すぐ鼓膜を潰せ!!!!!!!!」と叫んでしまいそうになった。ちなみに俺は鼓膜を潰す寸前で「日葵が可愛すぎて死んだ方が幸せでは???」と思いとどまった。俺は賢いのである。

 

 そんな賢い俺を、危うくよだれをまき散らし欲の限りを尽くす猿に変えてしまうほどの威力を日葵は持っていた。密着状態で耳まで真っ赤にしてぽそっと「守ってくれて、ありがと」だと? 愛しすぎバズーカかよ。抱きしめたいんですがいいですか?

 

 日葵の可愛さに脳がやられ、思考が回らなくなった俺を日葵がそっと見上げてくる。そして、俺の腰をそっと擦った。

 

「大丈夫? 辛くない?」

「ん、お、おぉん」

 

 我ながら気持ち悪い声が出たなと思いながら、なんでもないように笑ってみせる。正直辛いことには辛いが、駅に着くまでなら全然耐えられる。むしろ耐えなきゃ耐えられない。これは男の意地だ、プライドだ。もう一つの脳に屈することなんてあっちゃいけない。それが好きな子相手なら猶更だ。俺は紳士、俺は紳士。既成事実を作った母親の血が混じって入るが紳士なんだ。

 

 そんな紳士である俺の腰を、日葵がそっと抑えて一言。

 

「いいよ。我慢しないで」

 

 脳内に隕石が落ち、大地が砕け、俺のハイパー思考回路は焦土と化した。日葵の目が潤んでいる。潤んだ目で俺を見てるしその下におっぱいがある。待て、見るな!! 見ちゃダメだ!! 耐えろ、耐えるんだ氷室恭弥!! ここで耐えなきゃ男じゃねぇ!! クソ日葵め、俺をおさるさんにする気か!? 何を思って「我慢しないで」って言いやがったんだ!? いや、日葵のことだからきっと俺の俺のことなんて考えず、ただ俺が辛そうだったから言ったに違いない。ちょっと鈍いところあるから。あれ、何の話だっけ? そうだ、俺の下半身の話だ!! からあげはおいしい。

 

「いや、大丈夫だ」

 

 危ない。一瞬関係ないことを考えることで事なきを得た。あのままだと腰すら密着させてしまうところだった。よくやったぞ俺。よく耐えたぞ俺!! ハン。俺は所かまわず腰振るような猿じゃねぇんだ!! 女の子は大事にしなきゃいけないんだよ? そんなこともわかんないの?

 

「でも、つらそうだよ? ね? 私の方にきて?」

 

 誰ですかこの子をこんな風に育てたのは??? 俺の日葵がとんでもなくえっちになってるんだけど。なんだ? 人が多すぎて酸素が薄れて頭が回ってないのか? これ光莉が俺のポジションにいたらもう日葵がとんでもないことになってたぞ。あいつが我慢できるはずないんだから。俺だって我慢できるはずないのにめちゃくちゃ我慢してるんだから。じゃああいつも我慢できるか。

 

 いや、違う。そうだ。日葵の言葉は聞こえなかったことにしよう。なにか別のことを考えるんだ。萎える事を考えろ!! 身近な男のことを……クソ、出てくるな千里!! お前性的すぎるんだよ!!!

 

「恭弥」

 

 日葵が俺の名前を呼ぶ。柔らかい手で俺の腰を撫でる。バカかこいつ。アホかこいつ! 労わってるつもりか!? 労わってるつもりなんだろうな!! でもお前俺を殺しに来てんだよ!! 俺の理性を!!

 

 ……いや、でもさ。ここまでされたらもういいよね? 日葵も悪いみたいなところあるし。ここまで煽られてさ、何もしないっていうのもさ、男が廃るっていうか。

 

 そこまで考えて、俺は頭をドアに思い切りぶつけ、頭を冷やした。

 

「恭弥!?」

「気にすんな」

 

 アホか俺は、バカか俺は。日葵は変なことなんて一切考えず、俺を労わって言ってくれたんだ。だっていうのに邪な考えでただ性欲を満たそうなんざ不誠実すぎる。

 

「日葵、ありがとな。俺は大丈夫だから」

「ほんとに辛くなったら言ってね?」

「おう」

 

 その数分後、駅に到着して反対側のドアが開き、苦しい体勢からやっと解放された。俺は耐えた、耐えたぞ!!

 

「よし、行こうぜ日葵」

「うん。……ねぇ、恭弥」

「?」

 

 首を傾げて日葵を見ると、日葵はまたも顔を真っ赤にして、俺の耳にそっと顔を近づけた。

 

「私、そういうの含めて『いいよ』って言ったんだよ?」

 

 そんなに純粋じゃないもん。そう言って、恥ずかしかったのかぴゃーっと効果音が付きそうなくらい素早く先に行ってしまった。

 

「……」

 

 脳がかき混ぜられるって、こういう感覚なんだな。俺は死んだ。

 

 

 

 

 

 みんな、知ってる?

 

 電車は、混むんだ。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……あの」

「なによ」

「いえ、すみません」

「なにが」

「えっと」

 

 僕の体におっぱいがばんややいーんってなってる状態について、です。

 

 咄嗟に庇えたのは、我ながら男らしかったと思う。なだれ込んでいる人混みから朝日さんを庇ったまではいいけど、その向きが問題だった。僕と朝日さんは正面で向き合ったまま人混みに押されて、結果僕が朝日さんをドアに押し付ける形になってしまった。朝日さんの胸は僕に押し付けられている。

 

 やばい。ものすごくラッキーなはずなんだけど、朝日さんからくる制裁による命の危機への恐怖心の方がギリギリ勝ってる。今は混んでるから殺されないけど、ドアが開いた瞬間殺されるんじゃないか? 「いい夢見たかよ?」って一言言われて首を逆に回されるんじゃないか? クソ、なんでスマホがいじれないんだ。薫ちゃんに別れの言葉を言いたいのに!

 

 死への恐怖に怯えている僕に、朝日さんは少し身じろぎして、僕のおでこに手を伸ばしてぺちんと叩いた。

 

「いいわよ、別に。あんたから触ってきたんなら別だけど、ただの事故じゃない。そんなので怒るほど人間出来てないわけじゃないわよ」

「ほ、ほんとに?」

「ほんとに。それより、ありがとね、守ってくれて。男らしいとこあんじゃない」

「告白してくれたところごめんだけど、僕には薫ちゃんがいるんだ」

「ちなみに『男らしい』っていうのは告白じゃないわよ」

「何だって?」

 

 てっきり僕が男らしく見えるくらい男を意識したってことかと思って、つまり告白なんじゃないかと思ったけどどうやら違ったらしい。もしかして僕は今弄ばれたのか? ひどい人……。

 

 とにかくむぎゅむぎゅは許しを得たから、少し気が楽になった。だからと言って積極的に堪能するのは申し訳ないから、できるだけ意識を他に向けることにする。

 

 そういえば、恭弥たちは大丈夫かな。これだけの混雑だし、潰されてないといいんだけど……。

 

「朝日さん」

「なに?」

「恭弥と夏野さんも、似たような状況にいる可能性ってあると思う?」

「100」

「だよね」

 

 恭弥は絶対に夏野さんを守る。恭弥はそういう人だ。例え相手が夏野さんじゃなかったとしても、クラスメイトだったとしてもちゃんと守る。だから、恭弥と夏野さんが同じ状況になってる確率は100%。そして、そんな状況になって恭弥が耐えられるのかどうか。僕ならきつい。だって、今の朝日さんの位置に薫ちゃんがいるってことでしょ? 無理無理無理無理無理。思春期だぞ? 男子高校生だぞ? 好きなこと密着して我慢なんてできるはずがない。僧侶かよ。

 

「あの二人が、密着……日葵も随分なお花畑だものね。何か起きても不思議じゃないわ」

「何気にひどいこと言うね」

「どこが? 好きなこと一緒にいる女の子なら、お花畑でちょうどいいくらいでしょ」

 

 この人、知れば知るほど惚れる要素がわんさか出てくるんだよなぁ……。ほんとに恭弥と似てる。ギャップっていうのかな? 普段クズなクセにこういうところ男前で優しくて、普段クズなクセに乙女。あれ? もしかして朝日さんって僕が思ってるよりも可愛いのか?

 

 まぁ薫ちゃんの方が可愛いけど。ふっ。

 

「羨ましすぎてムカついてきたわね。八つ当たりしていい?」

「どっちが羨ましいの?」

「どっちも。今はね」

 

 というか気にしないようにしてるけど、もっと気ぃ遣いなさい。と言いながら叩かれてしまったので、はぁいと返事しておいた。



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第163話 デート③

「わー! 広い!!」

「まるでテーマパークだな」

「? テーマパークだよ?」

 

 電車での出来事が衝撃的すぎてテーマパークなのにテーマパークじゃないと思ってしまった人、だーれだ? 俺!

 

 あの後、改札前で顔を真っ赤にした日葵が「い、いこ!」と言って俺の手を引いて改札を出て、手を握られたことにどぎまぎしながら「道違うぞ」と訂正し、無事に辿り着くことができた。

 やはりできて間もないからか人も多く、カップルもちらほら見かける。俺たちも周りから見たらカップルに見えるんだろうかと思うとドキドキが止まらねー!!

 

 一旦心を落ち着かせよう。

 

「絶叫系は無理なんだよな?」

「んー、うん。でも、恭弥となら乗ってみたい、かも」

 

 もじ、と俺の手をきゅっと握って上目遣いで俺を見てくる日葵に、俺は死んだ。なんだこの可愛い生き物は? こんな子とデートにこれるなんて俺は一体前世でどれだけ徳を積んだんだ? その徳の恩恵を受けすぎて来世がとんでもなく不安なんだけど。家によく出る名前がわからないタイプの虫とかになって一瞬で殺されんじゃねぇの俺。

 

「じゃあチャレンジしてみるか?」

「……ちょっと、ゆったりしたので慣らしてからがいいと思います」

「無理しなくていいぞ。楽しむのが一番だからな」

「せっかくだから、恭弥と一緒にぜんぶ楽しみたいの!」

 

 あれ? 今抱きしめてもいいよって言った? 気のせい? 気のせいか。どうやら気のせいらしい。俺の中の理性ってやつがそう言っている。ところで俺、嫌いなんだよね。理性のこと。うまくいきそうな時ことごとく邪魔してくるじゃんあいつ。

 

 ただあいつには助けられたことも多いので大目に見てやることにした。寛大すぎて周りの人がみんなスタンディングオベーションしてくれているように見える。偉くなったもんだな、俺も。

 

「それじゃあどうする?」

「……あれ」

 

 日葵が指した先には、柵に囲まれた場所にある蝶を模した小さな乗り物。地図を見てみれば、『おでかけちょうちょ』と書かれている。どう考えても幼児用のアトラクション。

 

「楽だろうけど、耐えきれるか? 羞恥心に」

「むり……」

「もうちょっと頑張るか」

 

 小さく頷いて、地図を見ながらむむうと唸る日葵の横顔を見つめる。

 

 思えば、こうして隣にいる事自体が奇跡なんだよな、俺。二年になるまで全然喋ってなかったのに、今じゃこうしてデートするまでになってる。彼氏彼女ってわけじゃねぇけど、よく頑張ったなぁ、俺。俺以外にも頑張ってる奴なんてごまんといるし、むしろ俺は頑張ってない方だとは思うけど、今くらいはこの幸せにこぎつけた俺の努力を褒めたってバチは当たらないと思う。

 

「じゃあこの『ふたごボブカート』っていうのは?」

「双子のボブに乗るってのか……?」

 

 日葵に乗ってもらえるなんて、羨ましいじゃねぇかボブ。語尾がボブみたいになっちゃった。

 

「とりあえず行ってみるか」

「うん!」

 

 本当に双子のボブに乗るアトラクションならやらなきゃいいし。流石にそんなことはないと思うけど、今の時代何があるかわからないからな。実際、俺の周りで何があるかわからないレベルのことが頻繁に起きてるし。

 

「ってか、手……」

「え、あっ、ごめっ……」

 

 そういえばと、手をずっと握っていることを思い出す。俺としてはこのままでいいような気もするけど、流石に心臓が持たない。さっきから俺の心臓でお祭りどころか大祭りが開催されてるし。きっと今レントゲンを撮ったら俺の心臓がサンバを踊っているだろう。

 

 俺が指摘すると日葵は慌てて手を離そうとした。離そうとした。けど離さない。離さずに、言いにくそうに口をもごもごさせた後、ちらちらと俺を見ながら。

 

「あの、あの、ね? 人多いから、繋いでちゃだめ、かな」

「ビッグバン」

「え?」

「気にしないでくれ」

 

 あまりの衝撃に衝撃をそのまま口に出してしまった。え? 繋いでちゃだめ、かな? ここが死に場所か? 俺が日葵と手を繋いでていいっていうのか? ヤバイ。今更意識して手汗かいてきた。俺の手のひらにスプリンクラーついてんじゃねぇかってくらい出てる。もう一生水には困らないってくらい出てる。汗って水の代わりになんのか?

 

「……はぐれちゃ、だめだしな」

「うん、はぐれちゃ、いけないから」

 

 心なしか握る力が強くなったように思えた。手汗かきすぎて「ぐちょ」って音鳴らないかなって心配だったけどその心配は杞憂に終わり、上がってくる体温を自覚しながらしばらく無言で『ふたごボブカート』に向かう。なんだよ『ふたごボブカート』って。「これで行きましょう!」っていう会議想像したら笑えてくんだけど。

 

「恭弥」

「ん?」

「いっぱい楽しもうね」

「……おう」

 

 日葵も照れているのか、ぎこちない笑みの言葉に、俺もぎこちない笑みで返した。

 

 

 

 

 

「かーっ、やってらんねぇわ。なんであんなの見ないといけないのよ。地獄よ地獄」

「僕が呼んだせいで……」

「気にしなくていいわよ別に。私まだ失恋引きずってたし、むしろすっぱり諦められるいい機会だって思うことにするわ」

 

 私たちの前には、初々しいカップルが如く手を繋いで歩いている恭弥と日葵が見える。如くっていうか、もうそうにしか見えないんだけど、私が知ってる限りではまだ二人はカップルじゃない。誰がどう見たって両想いなのに、当人同士はお互い好きって言ってないもどかしいどころかムカつく状態。

 

「朝日さんって、本当に気持ちのいい人だよね」

「電車のおっぱいのこと言ってるの?」

「あれも確かに気持ちよかったけど。あ、失言でした」

「いいわよ。怒んないって約束だもの」

 

 殴られると思ったのか、半歩引いて威力を流す体勢に入っていた千里がぽかんと間抜け面で私を見てくる。どうでもいいけど制裁しすぎたのかしら。もう体の使い方が武術やってるひとのそれに見えるんだけど。

 

「それより、あれを見てるとその」

「岸さん?」

「……春乃、大丈夫かしら。このまま二人が付き合うってことになったら、やりきれないわよね」

「それはないんじゃないかな」

 

 当たり前のように言い切った千里は、前を歩く二人を見ていた。

 

「恭弥は岸さんが自分のこと好きだってこと知ってるし、気持ちを聞かないまま、断らないままっていうのはないと思う。それに万が一そうなったとしても、岸さんはそういうの含めて勝負してたんだと思うから、やり切れはするんじゃないかな」

「そうは思えないのよね。だって、春乃は恭弥に好きになってもらえるようずっと考えてたんだから。私みたいに衝動的な恋じゃなくて、ちゃんと考えてた分きついと思うわよ」

「……朝日さんって人のことよく見てるよね」

「あんたもね」

 

 千里は、いつも自分より他人を優先しているような気がする。他人の位置に収まるのは大体恭弥だけど、私のことを気にしてくれたり、それこそ忌々しいことに日葵の相談にちょくちょく乗っていたり。恭弥のことが落ち着くまでって薫ちゃんの告白断るくらいだし、結構難儀な生き方してるなぁと失礼ながら思ってしまう。

 

「でもこれでようやくもうすぐで僕も薫ちゃんとお付き合いできるね。いやぁ死ぬほど我慢したよ。信じられる? 『あの、迷惑だと思うけど、声聞きたいから、電話してもいい?』なんて言ってくれるんだよ? 可愛すぎて死ぬかと思ったね、僕は」

「失恋した私に対する喧嘩なら、そろそろ買うわよ」

「待って。死ぬほどごめん」

「いいわよ。好きな人に対する気持ちが止めらんないって知ってるから」

「じゃあお言葉に甘えて、この間ね」

 

 一発殴ると、「流石にだめか……」と頬を抑えながらへらへら笑っていた。まったくこいつは、他人のことばかりだと思ってたらちゃんと自分のこと考えてて、しかも考え始めたらそれに一直線ってどんだけタチ悪いのよ。薫ちゃんに今からやめときなさいって言っておこうかしら。そ、それで、わ、私にしてみない? って、うふふ。

 

「そうかぁ。もうすぐか。恭弥のことだからもうちょっと先になるだろうけど、うふふ。もうちょっとで薫ちゃんといちゃいちゃできるのかぁ」

 

 ……。

 

「ねぇ、千里」

「どうしたの? 朝日さん」

「大丈夫?」

 

 へらへらしながら私の方を見た千里が、ピタリと固まった。

 

「なにが?」

「出さないようにしてたんだったらごめん。でも、恭弥が誰かと付き合うことになって、千里が薫ちゃんと付き合うことになったらさ。恭弥と千里が遊ぶこと少なくなっちゃうでしょ? ここのことだって、恭弥は最初千里とくるつもりだったって言ってたし」

「……ほんとに、よく見てるよね」

 

 敵わないなぁ、と言って千里はため息を吐いた。そのまま恭弥と日葵がボブスレーのように前後に分かれて乗るカートに乗り込んで、コースを爆走し始めたのを見届けてからゆっくり話し始める。

 

「うん、寂しいよ、やっぱりね。僕らは親友だし、いつも一緒だったし、マジかって思われるかもしれないけど、付き合ってるって噂されてもまぁ悪くないかなって思う程度には心許してたし」

「マジか」

「マジ。だってさ、あんなに面白い人いないよ? 恭弥といると毎日が鮮烈で、白黒の景色だって独特な色に染められちゃう。その隣に立っていられるのって、すごく幸せなことだと思うんだ」

 

 それは、よくわかる。私もその幸せが欲しくて頑張ってたんだし。春乃だって、もしかしたら他の誰かも恭弥の隣に立ちたいって思ってるかもしれない。

 

 口では汚いことを言いながらも、相手のことを気遣っていてほしいときにいてくれる。気づいてほしいときに気づいてくれる。笑ってほしい時にわらってくれる。バカよあれ。もうバカ。

 

「でもさ。恭弥が隣にいたいって思ってるのはずっと夏野さんで、いつかはそうなるってわかってたから。多分、大丈夫。それに、まったく遊ばなくなるってわけじゃないし」

「高校出るまでは一緒にいてって言ってみたら?」

「……それは、やめておくよ」

 

 多分、それを言ったら恭弥は僕を選ぶから。と言ってみせた千里にヤバさを感じつつ、私も多分そうなんだろうなと思ってしまったことに更にヤバさを感じて、「あれ? 今僕ヤバいこと言った?」と言い始めた千里にまたまたヤバさを感じた。

 

 ……まぁでも、あいつの親友ならそんくらいヤバくなきゃ務まんないでしょ。あれ? それ私もってこと?



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第164話 デート④

「……」

「……」

 

 とんでもねぇぜ、『ふたごボブカート』。

 

 『ふたごボブカート』は、前後に分かれてカートに乗って決められたコースを爆走するアトラクションだった。通常なら少し離れてカートに乗るらしいが、係員さんが「あっ、カップルの方ですね!」と有無を言わさずカップル専用カートに俺たちを乗せ、俺が後ろに乗って前に乗った日葵をほぼ抱きしめた状態で数分間爆走したもんだからそりゃもう、ねぇ。

 

 お互い顔真っ赤で顔も見れやしねぇんだよ。係員さん「やり切った」みたいな顔してるし。ふざけんじゃねぇぞよくやってくださいました。めちゃくちゃ柔らかくていい匂いがして好きが溢れ出てきました。ありがとうございます。

 

「……た、楽しかったね」

「おう。怖くなかったか?」

「そんな余裕がなかったと言いますか……」

 

 えへへ、と顔を真っ赤にしながら困ったように笑う日葵を見て俺はノックアウト。つまり死んだ。あーあ、こんな可愛すぎる生き物の隣にいて生命活動続けられるやついんの? いないだろ。だって幼馴染である程度耐性ついてる(ついてない)俺が耐えられねぇんだから。

 

「でも、すっごくドキドキしたけど、恭弥の腕の中って安心するね」

 

 目を見て言うにはめちゃくちゃ恥ずかしいからか、下を見ながらそう言った日葵を見てしまった俺は「何か悪いことしたかな?」と考え込んでしまう。だってそうだろう。今から死刑を受けるから、最後の幸せにこんな可愛い日葵とデートさせてもらえてるに違いない。そうじゃないと説明がつかない。

 

 もはや俺が現実逃避にも近い思考をぐるぐる回していると、ふと左手に柔らかい感触が。ちらと見てみれば、日葵の手。

 

「……ここでは繋いでおくって、言ったから」

「……そうだな」

 

 もしかして、日葵さっきから「キスして」って言ってる? 言ってるよな? 思いきり抱き締めてキスしてって言ってるよな? 俺は天才だから間違いないはずだ。というか日葵くらい可愛い子なら「キスして」って言ってなくてもキスする価値あんじゃねぇか? 俺は捕まるけど捕まってもいいだろもう。

 

 ……こうして犯罪者が生まれるのか。勉強になったぜ。

 

「次どうする?」

「んーと……早めに挑戦しておこうかなって思って」

 

 日葵が指したのは、乗っている人すべてが叫んでいるジェットコースター。レールはこれでもかと渦を巻いていたり、もはや落下してるんじゃないかというくらい急角度がついていたりと、とても絶叫系が苦手な人が乗るものだとは思えない。

 

「ほんとに無理しなくていいぞ? 乗れるもんで楽しめりゃいいし」

「怖いけど、多分大丈夫」

 

 日葵は握っている手に少し力を込めた。

 

「恭弥が隣にいてくれるから」

 

 瞬間、俺の視界に変化が訪れた。人でごった返していたテーマパークは結婚式場へと変わり、更に俺と日葵の格好も新郎新婦へと変化している。

 

 そうか。俺は今、日葵からの一言で俺たちが結婚したんじゃないかと錯覚しちまってるのか。いや、錯覚じゃないかもしれない。だって遅いか早いかの違いだし。もうここでプロポーズしちまうか? 俺の一生を日葵に奉げちまうか?

 

 ……一旦ストップ。冷静になれ。俺はまだ、答えを出していい状態じゃないはずだ。単なる俺のワガママっていうか自業自得っていうかそれはもうほんと面倒くさいと思われることかもしれないけど、ゴールインするには準備が終わっていない。

 

「それじゃ、いこ!」

「おう」

 

 ただ日葵からしたら知ったこっちゃねぇしこの気合いの入りよう、もしかしたらもしかするのかもと思うと、今からその答えをどうしようか考えておかないといけない。

 

 ったく、モテる男って本当に辛いんだな。

 

 

 

 

 

「そういえば、薫ちゃんは大丈夫なわけ?」

「何が?」

 

 何が? と首を傾げる純度100%のメスの鼻をつまんで成敗。少し鼻が赤くなったことすら可愛さをプラスする要素にしかならないのは本当どうにかした方がいいと思う。

 

「私とこんなところにきて、よ」

「それって僕と朝日さんがどうにかなるってこと? 考えられないくらい面白いんだけど」

「考えられないくらい不快なんだけど。殺すわよ?」

「あっ、出店がある! 女王様に献上いたしますね!」

 

 一瞬にして奴隷を獲得した私は、奴隷からチュロスとココアという甘ったるい組み合わせを受け取り、なんで甘いものを見ながら甘いものを食べて飲まなきゃならないのよと思いながらも、折角買ってくれたんだからと文句も言わず口へ運ぶ。ふっ、私がいい女過ぎて日葵以外の女が霞んじゃうわね……。

 

 千里はちゃんとコーヒーにしたらしく、可愛らしくちゅーちゅー吸いながら私がチュロスを食べているところを凝視して、更に私の胸に視線を寄越す。

 

「考えられないくらい面白い割には、随分熱烈な視線じゃない?」

「性欲は沸くけど恋愛対象としては見れないみたいな。そういう感覚だよ」

「あんた、薫ちゃんいい子だからほとんど黙っててくれるけど、安心させなきゃダメよ」

 

 私でさえ恋愛ってなると不安になっちゃうんだから。私がよ? 可愛い生物以外はほぼ生きる価値無しって断定する私が、他人の評価なんて一切気にしない私が、好きな人のことになったら不安でいっぱいになる。だったら、普通の子である薫ちゃんがどれほど不安になるかは容易に想像がつく。

 

「私もあんたとどうこうなるなんて微塵も思ってないけど、客観的に見てる側はそうは思わないの。というか、そう思ってても『もしかしたら』を考えちゃうのよ。女の子と二人でいる状況も、『いいよ』って言っててもほんとは嫌だし、自分だけを見てほしい! って思うものなの。恭弥が大事なのはわかるけど、もうちょっと薫ちゃんを優先してあげなきゃダメよ?」

「あの、ぐぅの音も出ないこと言うのやめて。朝日さんが全面的に正しいなんて耐えられないから」

 

 だって、あんたおかしいもの。好きな子から告白されたのに、『親友の恋路が大変だから待って』って。それ、普通の子なら「は?」って言われて終わりよ? 私なら「じゃあ一緒にどうにかしましょ」って言っちゃうし。なのに薫ちゃんはちゃんと待って、しかも千里をずっと想い続けてる。それなのに千里が傍目から見たらちゃらんぽらんなんだから、そりゃちょっとは言いたくもなるわよ。

 

「でも僕が大事だって思ったのは、みんなだよ。中心にいるのは恭弥だけどさ。ほら、恋愛どうこうであの関係が崩れるのは嫌だなって思ったから、それなら薫ちゃんに愛想つかされたとしても優先したかったんだ」

「ばっかじゃないのあんた。はぁ? 愛想つかされたとしても? 薫ちゃんの前で絶対言うんじゃないわよそんなバカなこと。あと恭弥と日葵の前でも」

 

 ほんっとムカつく。『僕はみんなの輪を守る重要サポートキャラです』みたいな顔しちゃって。全員があんたの助け必要だと思ってんのかしら。私は、まぁ、助かったところがなくもないけど。

 

「言わないよ。朝日さんが相手だから言ったんだ」

「なにそれ、プロポーズ?」

「冗談は乳だけにしろよ」

 

 千里の口にチュロスをぶち込み、そのまま出し入れしてやった。「んっ、んぐっ、ぷぎゅっ」と言葉として意味をなさない音を発する千里に男の視線が集まり、次いで千里が男であることに気づいた女の子からも視線が集まる。

 

 これこそ、千里に疑似的にいやらしいことをさせて周囲にそれをアピールすることで、千里の尊厳を破壊する最終奥義! ちなみに私は身近で千里のいやらしさに晒されるため、ダメージは重大。

 

 流石にこれ以上やると警察が「大変だぁ!」と言って走ってきちゃうからやめておく。「ごめんなさい……」と酸欠気味になったからか頬を紅潮させ、はぁはぁ言いながら謝ってくる千里に性欲をこれでもかと刺激されつつ、私はこの最終奥義を封印することに決めた。地球が持たねぇやこんなの。

 

「ひどいめにあった」

「あんたの周りの方がよっぽどひどい目に遭ってるわよ。どれだけ性癖歪めれば気が済むの?」

「朝日さんのせいでしょ」

「そもそも、あんたが性的じゃなかったらこんなこと起きないわよ」

 

 ちなみにこんなこと、というのは千里に熱い視線を向けていた男どもが彼女に怒られるという惨劇のこと。何組かは「まぁあれは仕方ない」って許してくれてるけど、やっぱり自分の彼氏が他の女……男に目移りしているのは面白く思わない。

 っていうのを遠回しに伝えたつもりなんだけど、ちゃんと伝わってるのかしらこいつ。ちなみにこれは嘘。



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第165話 デート⑤

 恭弥に介抱してもらったり、恭弥を連れまわしたり、一緒に写真を撮ってもらったりしてると時間があっという間に過ぎていった。もう空は赤くなっていて、ちらほらと他のお客さんが帰っている姿も見える。

 

「もう結構な時間だなぁ。どうする? 日葵」

 

 私の方を見て小さく首を傾げる恭弥がカッコよくて可愛くて、つい目を逸らしながら「えっと」ととりあえず言葉を絞り出してから考える。

 できればもうずっと一緒にいたいし帰りたくないっていうのが本音だけど、そんなことを言って困らせるのもいやだから、次で最後、くらいがちょうどいいのかな。

 

 自分で『次が最後』なんて考えたくせにチクリとして、私の中で『最後と言えば』の観覧車を指した。

 

「観覧車、乗ろ?」

「……おう、いいぞ」

 

 恭弥の目を見て言うと、恭弥が少し目を逸らして答えてくれた。むふふ。恭弥が今日ずっと私を見て照れてくれてるのがものすごくうれしくてにやけちゃいそうになる。大丈夫かな、うっかりにやけて「変な女だな」って思われてないかな。

 でも、仕方ない。好きな男の子に『女の子』として意識してもらうことが、私にとってはすごく嬉しいことだから。……この格好はちょっと恥ずかしいけど、恭弥に意識してもらえたならこれくらいの羞恥心なんてことはない。恭弥の目が胸元にきてると逃げ出したいくらい恥ずかしいけど……も、もしこれ以上の関係になればそれ以上があるし。

 

「日葵、その、なんだ。ありがとな。今日付き合ってくれて」

「んーん。恭弥に連れてきてもらったんだし、それなら私がありがとうだよ」

 

 前を見ながら話す恭弥の横顔を見れるのは、今日だけは私の特権だ。そう思うと恭弥は私のものっていう感じがして少し気分がいい。……いつもは織部くんが隣にいるし、みんなの前で恭弥のことじーっと見てると変に思われるからあんまり見れないし。

 ほんとに、織部くんと恭弥は仲が良すぎると思う。危険な感じがする。織部くんが可愛いからそう思うのかもしれないけど、多分織部くんがちゃんと男の子らしくても危険だと思ってたはず。だって、恭弥も織部くんもお互いのこと想いすぎっていうか、悪いことじゃないんだけど『女の子が踏み込めないところ』でいっつも仲良くしてる二人に嫉妬しちゃうというか。

 

 あと、恭弥なら同性同士の恋愛に偏見とかなさそうっていうのも危険だって思う要素の一つでもある。

 

 ……聞いてみようかな? 織部くんのこと好きなの? って。

 

「おい日葵、ついたぞ」

「あっ、ごめん!」

 

 恭弥に声をかけられて意識が現実に移る。気づけば、恭弥と係員さんに見られていて、それが恥ずかしくて俯いてもう一度「ごめんなさい……」と謝った。

 

 そのまま係員さんに案内されてゴンドラに対面で座り、扉が閉められる。ゆっくりと地面から離れていく感覚に身を任せながら、恭弥を見た。

 

 ……え、恥ずかしい。真正面からの恭弥恥ずかしい! や、違う、恭弥が恥ずかしいんじゃなくて、恭弥の真正面にいるのが恥ずかしい! な、何か変なところないかな? 二人きりになりたいからって観覧車に乗ったけど、こんなに恥ずかしいなんて思わなかった!

 

 そこで私は閃いた! 真正面が恥ずかしいなら、隣に行けばいいんだ!

 

「きょ、恭弥。隣に、しゅわってもいい、でしょうか……」

 

 ウワー! 死ぬほど緊張して噛んじゃった! 変に敬語使っちゃったし! なんなのしゅわってもって! 石鹸? ボディソープのCM? つまり私は今から恭弥の隣で体を洗うってこと??? ハレンチここに極まれり……!

 や、ちょっと落ち着こう。大丈夫。噛むことなんてよくあることだし、恭弥はそんなこと気にしない。私が失敗してもいつも優しく見守ってくれるし。

 

 それにしてもあんまり反応ないな、と思って恭弥をちら、と見てみた。

 

 顔が真っ赤だった。

 

 え、かわいい。うれしい。私が隣に座っても何も思わないかなーって思ってたのに、ちゃんと恥ずかしがってくれるんだ。まだ座ってないけど、そっか。うん。

 

「待って」

 

 意を決して立ち上がろうとすると、恭弥が手で制してきた。

 

「立ち上がると危ないから、俺が参ります」

 

 言って、恭弥が立ち上がって私の隣にすっと腰を下ろす。

 や、やさしい、うれしい、すき! 「参ります」って私に引っ張られたのかな? 隣に座っても私の方全然見てないし、ちゃんと照れてくれてるのかな? うわだめだ体があつい。恭弥が隣に座ってくれるっていうのに座る位置ずらさなかったから右半身が恭弥にすごい密着してるしなんかいい匂いするしなんか体がっしりしてるっていうか、ボブカートの時も思ったけどすっごく安心するっていうか、いや安心以上にドキドキするんだけどなんていうかその。

 

 すごい、幸せ。

 

「……」

「……」

 

 どうしよう、言葉が何も出てこない。いっぱい話したいけど、それ以上にくっついてるのが幸せだから、これ以上は何もいらないんじゃないかなって思っちゃう。今までが今までだったし、全然喋らなかった頃に比べたらこれ以上は望みすぎかな?

 

 恭弥は今どんな顔してるのかな、と思って恭弥を見てみた。

 

「……」

「……」

 

 恭弥と、目が合った。夕焼けなんかじゃ誤魔化せないくらい顔が赤くて、それが可愛くて、でもやっぱりかっこいい。好き。

 

 ……手とか、繋いでみようかな。それは大胆? でももうこんなにくっついてるんだから、繋いでもいいと思う。うん。大丈夫。恭弥なら受け入れてくれるはず。だ、だって手を繋ぐだけだし? 今日ずっと繋いでたし? だから、

 

「……日葵」

「はいっ!」

 

 恭弥の声が近くてびっくりして、つい大きな声を出してしまう。でも恭弥は優しく微笑んでくれた。

 え、これもしかしてもしかする? 夕焼けに照らされて、観覧車で、二人きりで。いやでもそんなまさか。これ以上の幸せなんてあっちゃいけないと思う。もっとゆっくり段階を踏んでといいますか……。

 

「日葵、ちょっと前見てもらっていいか?」

「め、目を閉じるとかではなく」

「おう、前だ」

 

 うっかり口をすべらして「やっちゃった!」って思ったけど、恭弥は気づいてないみたい。よかった。キスのおねだりしてるって気づかれたらもう扉開けて逃げようかと思ってた。

 恭弥に言われた通り前を見る。そういえば、ほとんど下を見るか恭弥を見るかしかしてなかったから景色もろくに見ていなかった。でも、それならなんで前?

 

 その答えはすぐにわかった。前を見ると、私たちより一つ後ろのゴンドラの窓に張り付いてこっちを見ている、光莉と織部くんが視界に飛び込んできた。

 

「ぁ……」

 

 二人に見られていることがすごく恥ずかしくて、向かい側に座ろうと立ち上がった時、急に立ち上がったのとずっと緊張していたからか足がもつれてバランスを崩した。

 

 こけちゃう! と思って反射的に目を瞑る。でも、くると思っていた衝撃はこなかった。私の体に触れたのは鉄の感触じゃなくて。

 

「大丈夫か、日葵」

「……はい」

 

 すぐ目の前に、恭弥の胸がある。私の背中に、恭弥の手が回されている。っていうことは、これは、その、恭弥に、抱きしめてもらってるってこと?

 

「……」

 

 恭弥の心臓が、ばくばく音を立てている。これは、どっちなんだろう。私が怪我しそうだったからか、私を、抱きしめてるからか。

 

 抱きしめてるからだったら嬉しいなと思いながら、バランスを崩したことを言い訳にして下につくまで恭弥に抱きしめてもらった。

 

 

 

 

 

「光莉!!!」

「違うのよ。えっと、たまたま、そうたまたま! なんか道で倒れてるおばあさんを助けたらここのペアチケットもらって、行かないのも悪いなぁって思って」

「え! 大丈夫だったの? おばあさん」

「おいおい。可愛いかよ」

 

 観覧車から降りると、日葵が光莉のところへ一直線。そのまま顔を真っ赤にしながら文句を言っていたが、どう考えても嘘な光莉の言葉を真正面から信じてしまった。やっぱ純粋だよ日葵。

 

「お疲れ、恭弥」

「千里」

 

 光莉が日葵を抱きしめてすりすりしているところを羨ましいなと見ていると、メスが話しかけてた。俺の隣に立ってちょこんと小首を傾げて、覗き込むようにして俺を見ている。こいつ、無自覚でこれやってんのか?

 

「ごめんね、邪魔しちゃって」

「いや、心配してきてくれたってのはわかってるからな。俺も千里が薫とデートってなったらついてくし」

「それはほっといてよ」

「それはついてくだろ」

 

 千里ほどの男なら心配はいらないだろうけど、一応だ。いくら千里を信頼しているといっても薫は可愛い妹なんだ。デートくらいついて行かせてほしい。「ついてこないで」って冷たい目で言われる未来が見えるが、それでも俺はついていく。ふっ、俺の愛を受け止め切れる、かな?

 

「にしたって窓に張り付くのはねぇだろ」

「あはは。まぁ、僕もあそこまでしようと思ってなかったし、流石に観覧車に乗るのはやめておこうって言ったんだけどね」

「?」

 

 千里がそこで言葉を切って、日葵とじゃれ合っている光莉に目を向けた。なんだ、おっぱいの話か? 確かにあそこにはでかいおっぱいと見えそうなおっぱいがあって大変目の保養になるが……つか何日葵のこと視界に入れてんだ殺すぞコラ。

 

「朝日さんがね。『私たちがいることに気づく、っていうのがもしもの時の逃げ道になった方がいいでしょ』って言って、引っ張って行かれたんだ」

「……そうか、光莉が」

「その反応を見る限り、正解だった?」

「千里と光莉が俺に対してやることなら、大体正解だろ」

「ふふ、そっか」

 

 なんとなく気恥ずかしくなって、日葵と光莉に「帰るぞ」と声をかけた。日葵は「あ、ごめんね?」と申し訳なさそうにしゅんとして、光莉は「あんた、ご飯奢りなさいよ、ご飯。ぶん殴られたいの?」となぜか脅迫してきた。

 

 なので財布から札を取り出して黙らせてやった。結局は『財』なんだよな。



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第166話 体育祭①

 体育祭当日。

 

「校長が大勝したらしいから、一番成績優秀だったクラスに高級焼肉を奢ってくれるらしい」

 

 先生からこの言葉を聞いた時、初めて『一つになる』感覚を知った。クラスみんなと目を合わせずとも一つ頷き、必ずや成し遂げようと心に誓う。

 

「ちなみに、一人前いくらのところですか」

「2000から3000」

「光莉」

 

 光莉を呼ぶと、金属バットをこれでもかと詰め込んだ籠を一瞬で運び込んできて、そのうちの一本を手に取りスイング。いっそ暴力的ともいえる風切り音の後に、光莉は口からよだれを垂らしながら言った。

 

「武器の準備はできてるわ」

「千里」

 

 千里は体操着のジャージをはだけさせて目薬をポケットにぶち込んで、セットした髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて言った。

 

「誰かの地位を落とすなら任せて」

「ふっ、お前ら見ておけ! 俺の頭脳とこの二人の武器があれば、勝利に『約束された』という枕詞がつく!」

「光莉、だめだよ?」

「はーい!」

「千里。私は薫の姉だ。これがどういうことかわかるか?」

「へへ、靴でも舐めましょうか姉御」

「頭脳だけになってもうたな……」

 

 俺の後ろに控えていたはずの二人が、早くも弱点をつかれてリタイアしてしまった。おのれ! 相手が日葵と恭華だから強く出れねぇじゃねぇか! 幼馴染と妹が俺の敵に回るとは、運命ってのは残酷だぜ。

 だが、今の俺にはまだ手がある。

 

「?」

 

 俺の肩に手を置いて慰めてくれていた春乃を見ると、首を傾げることで返された。まだこいつは自分の力を理解できていないようだな。

 

 そう。小細工に頼らずとも、運動能力だけで俺たちは優秀な成績を収めることができる。春乃がその筆頭であり、俺もその一部。"だからこそ"汚い手は使わないという刷り込みが無意識レベルで発生する! 今日葵と恭華が汚い手を止めたことで、それは確実なものとなった! ここまでが俺の作戦だ!!

 

「よし春乃。お前の力を見せてやれ! 全力を出せば軽々と俺たちが優秀な成績を収めることができる!」

「うん。頑張る。せやから」

 

 春乃が俺の正面に移動して、じっと俺を見つめてきた。なんだこいつ美人だなと腹立たしくなり俺も見つめ返してやると、綺麗な指先で鼻をちょん、と押される。

 

「恭弥くんも頑張ってな? で、ちゃんと戦ってみんなで焼肉いこ?」

「……仕方ねぇなぁ!」

「おーい岸さん! ダニ! 開会式始まるよ!」

「おいコラメス。俺のことダニって呼びやがったな?」

「あとでちゅーしてあげるから許して。ね?」

「こっちこい」

「ワー!! 待って!! 腕掴むな!! 冗談だろうが!! 岸さん助けて! このままじゃ僕の唇が奪われる!! 高級焼肉より先においしく頂かれる!!」

「よかったやん」

「よくねぇだろうが!!!!!!???」

 

 というわけで、体育祭が始まった。

 

 

 

 

 

『第一競技は2年生競技、玉入れです! 2-Aと2-Bはグラウンドへ移動してください!』

「準備運動みたいなもんか」

「でも、ちょっと見た目違うね」

 

 待機場所からグラウンドへ出ると、そこには背負えるようになっている籠が約20個と、あちこちへ散りばめられている玉があった。玉入れと聞くと普通はお互いに籠が用意されていて、どちらがその籠に多く玉を入れられるか、っていう競技だと思うんだけどどうやら違うらしい。

 

『先攻は2-Bです! A組は二人一組のペアになって片方が籠を背負い、籠を背負った人をもう片方がおんぶしてください! そして、B組から逃げてください! 終了の笛がなった時点で攻撃終了! 籠を下ろし、玉の数を数えます! その後攻守を入れ替え、最終的に玉を多く入れた方の勝利となります! それでは作戦タイムどうぞ!』

「恭弥くん。組も?」

 

 説明が終わると同時、春乃が俺の手を握った。少しドキッとしてしまい更に目を逸らし、童貞丸出しの反応をしてしまった俺はなんとか取り繕おうと「み、みんなはどう思いますかね?」と震えた声で周りに確認する。ダメだこれ「どうもはじめまして童貞です」ってみんなに言ってるようなもんじゃねぇか。

 

「え、えぇ!? は、春乃が、恭弥と!? え、えっと、えーっと」

「いんじゃね? 高級焼肉食うなら、運動能力高いやつらが組んだ方がいいだろ!」

 

 なんとか妨害しようとした日葵を遮った井原の邪気のない笑みが炸裂する。日葵はそのまま尻すぼみに声が小さくなっていって、それをチャンスだと思ったのか光莉が「私におっぱいを押し当てる気はない?」とドストレートに声をかけにいった。

 

 その言葉に反応したのがうちのクラスの(バカ)どもである。

 

「朝日さん!! 俺が背負ってあげますよ!!」

「いやいや朝日さん!! わちきがおぶって差し上げやしょう!!」

「いやいやいやいや朝日さん!! 某の背に身を預ける気はありやせんか!!」

「は? 死ね」

「「「どひゃー!! 好きだー!!」」」

 

 『背負う』『おっぱい』という二つのワードから光莉を導き出した名も知らぬバカ三人に、女子全員から冷ややかな視線が向けられる。あ、いや、違った。日葵だけ「わぁ。光莉すごいモテてる……」ってちょっとほっぺ赤くしてる。バカ可愛い。

 

「ふっ、欲望丸出しでみっともねぇな春乃。俺たちはそんなこと気にする必要ねぇから、どっちが籠背負う?」

「んー、どっちがええかなぁ。ちなみになんでそんなこと気にする必要ないかって聞いてもええ?」

「失言だったって言って許してくれんのか?」

「ふーん」

「?」

 

 じとっと俺を睨んだ春乃が俺の背後に周る。まさか、首を絞めるために……? さようならみんな。俺はここで逃げる選択肢もあるけど、女の子の尊厳を踏みにじった俺は制裁を受けるべきだ。いやでもほら、仕方なくね? 光莉はおっぱい大きい=男子が夢中になるが成り立つなら、男が夢中にならない=春乃はおっぱい小さいが成り立つだろ。同様に確からしいだろ。

 

 首を絞められるならと、今のうちに酸素のありがたみを覚えておくことにした。息を思い切り吸って、吐く。この当たり前のようにできる行動が、まさか愛しく思える日がくるなんて、な。

 

 しかし、俺が思っていたようなことは起きなかった。首に回されると思っていた腕は肩から胸に回され、春乃の顔がすぐ隣に。そして、いつも『ない』って言っているものが、背中にあたって『ある』んだと認識させられる。

 

「なぁ、ほんまに気にする必要ないん?」

 

 ぼそっ、と囁かれて体から力が抜ける。力が抜けてへたり込んでしまうかと思いきや、春乃が俺をぐっと引き寄せたことによりへたり込むことはなかった。代わりにより密着した。ヤバイ。めっちゃ女の子じゃん春乃。いや、女の子だとはわかってたけど、ほら、確かにいつも可愛いし綺麗だけど、イケメンの方が目立つから。

 

 春乃の腕が俺の胸を撫でて、ゆっくり下へと向かっていく。

 

「気にしてへんようには、見えへんけど?」

 

 その瞬間。

 

 春乃が俺から離れ、それと同時に横からドロップキックをお見舞いされた。もうトラックにはねられたんじゃないかっていうくらい勢いよく吹き飛んで、置かれていた籠へと華麗にシュートされた俺は、こんな目に遭わせてくれやがったカスをぶち殺すべく立ち上がる。

 

「おい、誰だ俺をボールみてぇに籠へシュートしやがったのは!! 競技はまだ始まってねぇんだぞ!! ちなみに始まってたとしてもダメだ!!」

 

 籠から這い出て誰がやったんだと怒り狂う。位置的にありえるのは誰かなんて俺ならその理解に時間はかからない。ふっ、天才である俺を敵に回すなんざ愚の骨頂! 俺の優秀過ぎる頭脳がフル回転し、瞬時に答えを弾き出した。位置関係的に、今俺を睨みつけている恭華以外ありえない!!

 

「……」

「おい恭華。いくら妹だからってやっていいことと悪いことがあるぞ」

「ふ」

「ふ?」

「ふ、ふしだら!!」

 

 顔を真っ赤にして恭華が叫び、落ちていた玉を拾って俺に投げてきた。目を閉じてがむしゃらに投げたからか俺に直撃せず、近くにあった籠にその玉が収まり、玉の行方を見ている間に恭華がぴゃーと走って逃げていった。

 

「……恭弥くん。なにあれ可愛すぎん?」

「俺の妹だぜ。どうだ、羨ましいだろ?」

「恭弥くんと結婚したら私の妹にもなるってことやろ?」

「ちなみに僕は薫ちゃんと結婚するから、僕も弟になるよ」

「おとなしくしてると思ったら、最悪のタイミングで出てくんなやカス」

「ひどくない?」



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第167話 体育祭②

『それでは第一競技玉入れ開始!』

「氷室を殺せェ!!」

「応!!!!」

「なぁ春乃。なんで俺に殺意が向けられてんだ?」

「んー」

 

 春乃を背負いながら、なぜか俺にだけ向かってきた2-Bの男子の猛追から逃走を開始。バカなやつらめ。俺は確かに春乃を背負ってはいるが、そんなことは関係ない! 春乃は無駄な肉が一切ついてないから死ぬほど軽いぜ! 無駄じゃない肉もついてないけど。

 

「ほら、恭弥くんって女の子に囲まれてるやん? それに対する嫉妬ちゃう?」

「そうか! よし、それなら!」

 

 確かに俺は日葵に光莉に春乃に、あと妹だけど恭華とよく一緒にいる。モテないカスどもが俺に嫉妬するのも無理はない。それなら、その嫉妬を解消させるまでよ!

 

「よく聞けお前ら!! お前らも知ってるだろうが、俺は千里と付き合ってるんだ!!」

「氷室を許すな!!」

「織部はもう合法的に触れられる女の子みたいなもんだろうが!!」

「俺たちの法律の穴を返せ!!」

「春乃!! 嫉妬が増幅した!! どうする!?」

「アハハ!! あかん、ツボや!!」

 

 俺に恨みが募っていくのがめちゃくちゃ面白いらしく、俺の背中で春乃が楽しそうに爆笑する。クソ、それもこれも千里がメスすぎるのが悪い! 合法的に触れられる女の子っていうのは全面的に同意するけど、にしたってあいつは男だから嫉妬の対象になんねぇだろ、普通!!

 

 流石の俺でもこの大人数からの攻撃を捌き切るのは至難の業。どうにかして分散できないかと考えていると、俺の隣に千里を背負った恭華がやってきた。

 

「やぁ」

「おい千里。こういうのもなんだが、情けねぇとは思わねぇのか?」

「触れないでやってくれ。千里が性的すぎて、安全なのが私くらいしかいないんだ」

「哀れやな……」

「もう乗り越えたから大丈夫だよ」

 

 なるほど。千里は合法的に触れられる女の子みたいなもんだから、男子と組むのはアウト。だからといって千里は性的すぎるから女の子と組むのもそれはそれでアウト。なにより薫も見に来てるし、薫の知らない女の子と組むのはそもそもアウトだから、あとは知り合いしか残っていない。光莉は日葵と組むって聞かないだろうし、俺は早々に春乃と組むことが決まったからあとは……。

 

「井原は?」

「『ダチの彼女、あれ? 彼氏? どっちでもいいや! とにかくとる趣味ねぇからよ!』っていい笑顔で気を遣われたよ」

「私はいいのか? って聞いたら『双子だしな!』って言われた。あいつはよくわからん」

「というか恭華、平気なん? 千里一応男の子やし、密着してもうてるけど」

 

 その瞬間、恭華が面白いくらい顔が真っ赤になって更に足をもつれさせ、思い切りバランスを崩した。全力疾走で人を背負いながらこけたら大変なことになると慌てて助けに入ろうとするが、持ち前の運動神経で恭華が自力で持ち直す。ただし顔は真っ赤なままだった。

 

「春乃!」

「ごめん! 気にせぇへんようにしとったんやな!」

「い、いや、大丈夫だ。うん。大丈夫だし。千里はその、えっと」

「考えるな恭華! そうだ、この前父さんと母さんに無理やり一緒に風呂にぶち込まれた時に見た俺の裸を思い出せ!!」

「日葵ー!!!!!」

 

 光莉の叫び声が聞こえ、首を傾げながら声の方を見れば、光莉の背中で日葵が顔を真っ赤にしてほぼ気絶していた。

 

「あんたなんてこと言ってんのよ!! 日葵は脳内ドピンクでそういう想像すぐしちゃうんだから!!!」

「悪い!! あとなんでお前の周り誰もいねぇんだ!!」

「"覇気"よ」

「"覇気"、か……」

「変な納得してるとこ悪いけど、めちゃくちゃ追いつかれてるよ」

 

 あぁ、なんか後ろでめちゃくちゃ足音聞こえるなって思ったらそんなことになってたのか。マズい、このままだと集中砲火を受けて大量得点されちまう! 籠が小さいならまだしも、人一人入るくらいの大きさだから下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる!

 

 ……背に腹は代えられない、か。

 

「お前ら、よく聞け!!」

「どうした命乞いか!!」

「今俺を見逃してくれたら!! 千里のえっちな写真をあげます!!」

「神が降臨なされたぞー!!!」

「今すぐ武器を捨てろ!!」

「祝詞をあげろォ!!!」

 

 俺たちを追ってきていた男どもが持っていた玉がすべて天高く放り投げられる。俺は今、親友のえっちな写真と引き換えに勝利をもぎ取った。なんか隣からものすごい不満気なうえにどす黒い殺意感じるし、客席の方からも似たような気配感じるし、そこら中から「彼女の写真を他の男に……」「鬼畜……」「鬼の跡目……」と俺への誹謗中傷が聞こえてくる。

 

「恭弥」

「はい」

「なんで僕のえっちな写真を持ってるの?」

「え、お前は存在がえっちだからだろ」

「僕は氷室恭弥に縄で縛られて数時間舐りつくされました!!!!」

「おいテメェなんてこと言いやがる!!! 今すぐ撤回しろ!!!」

「恭弥。犯罪行為はダメだ」

「してねぇよ!! おい千里わかってんのか!! それお前にもダメージいくんだぞコラ!!!」

「恭弥くん。おろしてくれへん?」

 

 千里のこの一言が場内の混乱をもたらし、防御は完璧。攻撃に移った俺たちは化け物級の身体能力による暴力で2-Bを制圧し、完全勝利を手にした。

 

 

 

 

 

「お前らいい加減にしろよ」

「「はい……」」

「あのー。なんで私と恭華も正座させられてるんですか?」

「監督不行き届き」

「それは先生の役割じゃないか……?」

 

 恭華の鋭い指摘に、先生は微動だにしなかった。こいつ、聞こえなかったことにしてやがる……!!

 

 玉入れで勝利した俺たちだが、発言が大問題だったからか先生に呼び出され、四人仲良く正座している。ちなみに日葵は遠くで俺たちを見て羨ましそうにしている。多分仲間外れにされたみたいで寂しいんだろうな。カワユス。ただ背後で光莉がよだれたらしてるから気を付けてくれ。

 

「別に、普段教室であんなことを言っても構いはしないが、今日は保護者もきている。そんなところで縄縛り舐りつくしプレイ発言はかなりダメだ」

「言ったのは千里です」

「言わせるようなことを言ったのは恭弥です」

「私は被害者です」

「正直ちょっとおもろかったです」

「恭華以外完全にクロだな」

「っ」

「先生!! 確かにここに氷室が二人いるから氷室って言うとややこしいですけど、気安く恭華を名前で呼ばないでくれます!!?」

「めんどくさ」

 

 クソ、恭華が不意に男の人から名前呼ばれたから、顔赤くしてもじもじし始めたじゃねぇか!! あとめんどくさいって言ったかこの人。とんでもねぇクズだな。

 クズにドキドキさせられた恭華の背中を撫でてなんとか落ち着かせ、この人クズだから生徒に手ェ出しそうだなと思い、睨みつけて「恭華に手ェ出さないでくださいよ」と言うと、「俺がお前の両親と家族になりたいように見えるか?」と返された。じゃあ手ェ出さないな。安心した。

 

「お前らがどんなプレイをしていようと俺に止める権利はないが、それを公衆の面前で叫ぶのは違うだろ。自重しろよ」

「そもそもしてないんですけど」

「恭弥。僕としたくないの?」

「したいです!!」

「釣れました」

「釣られました」

「そうか」

 

 俺と千里は二人同時に先生の張り手をくらった。まさかこの時代に先生から暴力を振るわれるとは思わなかったぜ……。全面的に俺たちが悪いから教育委員会には訴えないでおいてやろう。あと一番悪いのはさっきから笑いをこらえてる春乃だと思うんですが。春乃に対する罰はないんですか?

 

「お前らが問題を起こすと焼肉もなくなるぞ」

「恭弥くん、もうふざけたあかんで」

「自信ない」

「私もふざけてへん恭弥くん見たくない」

「僕も」

「私は双子の兄がこれだって思われるのが嫌だからやめてほしい」

「は? どこに出しても恥ずかしい俺を捕まえてなんてこと言うんだ」

「だから嫌だって言ってるんだぞ」

 

 論破されてしまった。流石俺の妹、天才か? なんであの両親から俺と恭華と薫が生まれたのか甚だ疑問だぜ。両親の悪い部分は全部母さんの腹の中に置いてきたとしか思えない。

 だとしたら薫はお腹の中にいた段階で反面教師を見てたからあんないい子に育ったのか。納得した。

 

『次は2年生競技、借り物競争です! 参加者は入場ゲートにお集まりください!』

「ほら、いってこい」

「確か恭弥出るんだっけ?」

「なんか知らねぇ間にほとんどの競技出ることになってたからな」

「2-Bだけやなくて、うちのクラスからも恨みかってるからやろな」

 

 俺は優れた人間だから、嫉妬されて当然だろう。嫉妬と恨みはちょっと違う気もするけど気のせいだ。俺悪いことしてないし。多分。そういえば本物の犯罪者って自分が悪いことしたって思ってないよな。ちなみにこれは関係ない話。

 

 背中に「頑張れ」のエールを受けて入場ゲートに向かい、曲が流れると同時にグラウンドへ入場。借り物競争は玉入れみたいに殺伐としてないだろうから、気楽な気持ちでやれる。

 

『ルールは簡単! スタートの合図でスタートラインから走り出し、それぞれのコースに置かれた箱の中から紙を一枚取り出してください! そこに書かれているものを手にし、ゴールまで走りましょう! それでは第一走者の方はスタートラインに立ってください!』

 

 玉入れのように通常とは違うルールもない。ビリになったらクラスメイトからボコボコにされるくらいだ。光莉にいつもボコボコにされてるからその程度なら何も問題ない。

 

『位置について、よーいスタート!』

 

 持ち前の反射神経で好スタートを切り、一番に箱の前に到着する。慌てることなく箱に開けられた穴に腕を突っ込み、一枚の紙を掴んで取り出した。折りたたまれたそれを丁寧に開くと、そこには『好きな人』と書かれていた。

 

 さーて、どうしよっ、かな?



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第168話 体育祭③

 優秀な脳をフル回転させろ、俺! 『好きな人』ってなんだ? どういう視点から見て『好き』ってことなんだ? 何もここには『恋愛的な意味』なんて書いていない。そりゃあ世間一般的に『好きな人』って言ったら恋愛的な意味だって捉えるだろうが、そう捉えない人だっている。俺がそうだったってだけの話にすればいいんだ。幸い今日は薫もきている。そうと決まれば薫を……。

 

 いや、待て! ゴールした時にお題を確認されて、『好きな人』って発表されて、恋愛的な『好き』だって勘違いされたら? 全力で弁明できる自信はあるが、万が一のこともある。その万が一が起きた時、薫に変な目を向けられてしまう! それはダメだ。妹を守る兄として、危険な目には遭わせられない!

 

 それなら誰にするか。優秀な俺は既に答えを弾き出している。そう、薫がいるってことは父さんも母さんもいる。そして、父さんなら勘違いなんてされない! 母さんなら若いしもしかしたら勘違いされる可能性もあるけど、父さんならないだろ。『好きな人』で父親連れてくる? って思われたとしても、恋愛的な意味で『好きな人』を連れてくるのが恥ずかしいから父親を連れてきたって解釈されるだろうからな!

 

 俺の崇高な頭脳による計算が完了し、父さんのところへ走り出す。他のやつらも難題に引っかかっているのか、最初に動き出したのは俺だった。

 

 俺の家族は観覧スペースの最前線にいて、走ってくる俺を見てぶんぶん手を振ってくれる。もちろん薫は振ってくれない。むしろ自分の両側で勢い良く手を振る両親を鬱陶しそうにしている。かわいい。

 

「どうした恭弥! まさか、『この世で一番尊敬しているダンディすぎる人』というお題が出たのか!?」

「いえ、『この世で一番尊敬しているビューティーすぎる人』っていうお題が出たのよね!」

「そのお題なら二人のところにこないと思うよ」

 

 薫の言葉に深く頷くと、両親揃って「嘘だろ……?」と驚愕に目を見開いていた。いやだってダンディであってビューティーではあっても尊敬してるかっていうと……まぁ俺みたいなのを育ててくれるっていうのは尊敬に値するかもしれない。あと薫をこの世に産み落としたこと。

 

「そんなことより、父さん!」

 

 このまま両親に付き合っていると焼肉が遠ざかって行ってしまう。バカは早めに抑えつけて連れて行くに限る! 父さんを呼ぶと、流石と言うべきか「俺が必要なんだな?」とキメ顔で頷いてくれた。

 

『ちなみに、好きな人とか気になっている人とかお題にありますが、それは恋愛的な意味ですので!』

「役立たずが。俺の視界から消えろ」

「なんで俺は罵倒されたんだ?」

「役立たずだからじゃない?」

「兄貴の引いたお題が『好きな人』だからなんじゃない?」

 

 薫の可愛らしい目が俺を射抜く。まるですべてを見透かされているかのような視線に、俺はたまらず「はひぃん」と声を漏らしてしまった。セクシーすぎてごめんなさい。

 

「大方、『好きな人』で本当に好きな人を連れて行くのが恥ずかしいっていうか色々あるから、自分の中で散々言い訳してお父さん連れて行こうとしたんでしょ?」

「大正解。なんだ、俺のこと理解しすぎじゃん。俺のこと愛しすぎだろ」

「なんだ、薫は恭弥のことを愛してるのか」

「それじゃあ薫を連れていきなさい、恭弥。女の子に恥かかせちゃだめよ」

「あんたらが両親だと恥だから薫のために両親をやめてくれ」

「いやん! 寂しい! そんなこと言わないでん!」

「少なくともお父さんはやめさせるわ」

「頼んだ」

 

 野太い声でくねくねしながらクソキショいことを言いだした父さん、いや、もう知らない男の人。なんでこんな化け物が薫の近くにいるんだ? 殺そうかな。

 っていうかこんなことしてる場合じゃない。結局バカどもに時間取られてんじゃねぇか。クソ、どうする? 『恋愛的な意味で』って言われちまった以上、恋愛的な意味で好きな人を連れていくしかねぇじゃねぇか!

 

 思わず頭を抱えて悩んでいると、俺の肩に手を置かれる。見ると、父さん……いや、もう知らない男の人。

 

「恭弥。何を悩んでるんだ?」

「もう知らない男の人……」

「『好きな人』なんだろ? 選択肢は一つじゃないか」

 

 もう知らない男に人の言葉にはっとする。そうだ、何悩んでたんだ俺。『好きな人』なんて、最初から一人しかいなかった。悩んでたのがバカらしいくらい決まりきったことだった。

 もう知らない男の人に決意表明の意味を込めて頷くと、もう知らない男の人はにっと笑って俺と同じように頷いた。

 

「ありがとう、もう知らない男の人! 行ってくる!」

「おう、行ってこい! あと俺はいつ絶縁されたんだ!」

「さっきだよ」

「さっきね」

 

 さっきだぞ、と心の中で答えながら自分のクラスへ全力疾走する。何人かは俺に気づき、「氷室がきたぞ! 殺せ!」「待て、殺すのは焼肉を食ってからだ!」「いや、焼肉を食う直前だ!」「よし!」となぜか俺を殺す算段をつけられていた。俺いつの間にそんな恨み買ってたの?

 

 そんな有象無象はどうでもいい。俺は『好きな人』目掛けて一直線に走り抜け、ぽかんとしている『好きな人』の手を取り、有無を言わさず走り出した。

 そして、ゴールテープを切る。体育祭の実行委員が近づいてきてお題を確認し、俺の『好きな人』を見て満足そうに頷いた。

 

『2-A氷室恭弥さんのお題は好きな人! 連れてきたのは同じく2-A織部千里さん! 文句なしのゴールインです!』

「やったぜ千里!!」

「君本当にいい加減にしろよ?」

 

 握った手を思い切り振り払われ、下から睨みつけられる。ただ可愛いだけだから何も怖くないので頭をぽんぽんすると「まぁ、いいけどさ」と折れてくれた。チョロいメスだぜ、ほんとによ。

 

「でも、いいの? 新聞で書かれてるだけだったのに、恭弥自身がこんなことしちゃったらもう言い訳できないよ」

「いいよ、別に。つかワリィな、逃げ道になってもらってよ」

「親友でしょ。いちいち謝んない」

「そうか、ありがとな」

「ん」

 

 小さく頷いて微笑む千里。お前コラ、マジで好きになるぞテメェ。可愛いが過ぎるんだよバカが。わかってんのか? お前がそんなんだから付き合ってないっていう言い訳が通用しねぇんだぞ? 今まで歪めた性癖の数覚えてんのか。覚えてねぇだろうな。ちなみに俺のクラスはもう手遅れだ。

 

『さて、ここでお二人にインタビューしてみましょう! 体育祭のアツい雰囲気もいいですが、別の意味でアツい雰囲気も欲しいことでしょうし!』

「逃げるぞ千里!」

「ダメだ、囲まれてる!」

 

 にじり寄ってきた実行委員から逃げ出そうとするが、既に俺たちは囲まれていた。どこからこんなに出てきたんだとか他のやつらはまだゴールしないのかとか色々思うところはあるが、どちらにせよ俺たちを逃がしてはくれないらしい。

 千里とアイコンタクトをとり、なんとか切り抜けようと頷き合う。ごめんな千里、俺が連れてきたばっかりに。何? 僕こそこんな女顔でごめんね? お前は女顔ってだけじゃねぇんだよもうちょっと自分を理解しろバカ。

 

『さて、氷室さんに質問です! 織部さんのどこが好きなんですか!』

「普通にめちゃくちゃ可愛いところ、でもずっと可愛いんじゃなくてちゃんと男らしいところもあってそこがカッコいいところ、いつも周りを見てくれるところ、実は一番頼りになるところ、俺と一緒にいてくれるところ、俺と一緒に笑ってくれるところ、うん。ほとんど全部だな」

「……きょ、恭弥」

「悪い。ほんとに好きなところがあるから言っちまった」

 

 あたりから沸き起こる黄色い声援。俺も言いながら「やっちまってるなぁ」って思ってたけど、それ以上にここは誤魔化したくないって思った。いつも助けてもらってるのに、そういえばこうやって千里に対して思ってること言ってなかったなと思って。

 

『では、織部さん! 同じ質問よろしいですか!』

「……えっと、カッコいいところと、面白いところと、普段はクズなのに一線はちゃんと守ってて、気遣いもちゃんとできて、しかもそれがさりげないところ、僕のこと女だメスだって言ってくるけど、誰より僕を男扱いしてくれるところ、や、僕男なんだけど。あと初心なところ、危ないことから身を挺して守ってくれるところ……僕も、ほとんど全部かな」

「おい千里、お前まで」

「お返し」

 

 べっ、と舌を少し出してしてやったり顔の千里。そして沸き起こる黄色い声援。もはや今からキスするのかっていうくらいの盛り上がりようだった。

 そして俺たちは内心「どうしよう」と焦りに焦っている。そうなんだよ、俺たちこういうのノリでやっちゃうけど後先なんて考えてないんだよ。ただなんか面白そうだからやっただけなんだよ!

 

『まさに相思相愛ですね! ちなみに、新聞情報ではお付き合いされているとのことですが、どちらから告白したんですか!』

 

 言われて、思い返してみる。4月、教室、二人きり。……なんか俺、えっちしたいって言った気がするな。

 

「まぁ俺になんのか」

「まず付き合ってるっていうのを否定しないと」

「なんだ、嫌なのか? みんなの前で言うのが」

「そ、そりゃあ、うん。だって、普通じゃないし」

 

 千里の心が手に取るようにわかる。「やっちゃった!!!」って思ってるはずだ。俺も思ってる。「やっちゃった!!!」って思ってるとは思えないほど、頬ピンクにして指もじもじ絡ませながら目を逸らしてって完璧に可愛いけど、これでも千里は演技してるんだ。役者だろ?

 

 ──ここで、唐突に思いつく。千里も同じ考えに至ったようで、同じタイミングで目が合った。

 

 今、この場面。全員から注目されてるこの場面。もしかしたら、今が別れるチャンスなんじゃないか?

 俺が日葵と付き合うには、どうしたって千里との関係が障害になる。だからどこかで解決しておかないといけない。それが今なんじゃないか?

 

 千里と目を合わせて頷き合う。俺から始まったことなんだ、俺から切り出そう。任せろ!

 

 意を決し、別れの言葉を告げようとしたその時、それは現れた。

 

「──恭弥、それでこそ男だ!!」

 

 砂塵を巻き上げて、もう知らない男の人が俺の前に立つ。暑苦しく号泣しながら俺の肩に手を置いてきやがる不審者に俺と千里の冷たい視線が注がれた。

 

「この公衆の面前で想いを伝えあう姿、感動した!」

「いや」

「千里くん、普通じゃないなんて言うな! 確かに、世間一般から見れば普通じゃないかもしれない! でも、他でもない君自身が、君の『普通』を否定するな!!」

 

 ダボハゲの言葉に、数名を除いたこの場にいる全員が湧き上がる。なぁ千里、どうしたらいいと思う? 何? 結婚しよう? アリ。



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第169話 体育祭④

 昼。いくつかの競技を終え、それぞれの家族のもとへ言って弁当を食べる時間。

 

 家族じゃないのになぜか千里が俺と一緒に氷室家のところへ向かい、俺と千里は正座させられていた。俺たちの前でお冠なのは、腕を組んで冷ややか目を俺たちに向けてくださっている薫様である。

 ちなみに父さんはさっき母さんにどこかへ連れて行かれていた。南無三。

 

 俺と千里が正座させられて、薫がお冠で、その二組を交互に見て恭華が気まずそうにしている。こいつ、俺と双子の癖して結構常識あるっていうか、普通なんだよな。やっぱり田舎って心が綺麗に育ったりすんのかな?

 

「なんで正座させられてるかわかる?」

「おい、わかってんのか千里」

「兄貴」

「あ、はいすみません」

 

 いつもの調子でふざけようとしたら怒られてしまった。これはあまりふざけずにちゃんと真面目に聞いておいた方がいいかもしれない。毎回そうしろって言われるような気もするけど、そんなことができたら苦労なんてしてねぇんだよハゲ。

 

「察するに、僕たちに向けられてる視線が関係してると思うんだ」

 

 千里の言葉に、その場にいる全員が周りを見渡した。

 

 周囲の視線。全員ががっつり俺たちを見ているわけではないが、それでもかなり見られていることは間違いない。そしてちらほらと「あれが大胆告白の……」「お似合いカップルの……」「美少女に囲まれてうらやましいなあいつ、殺すか」と声が聞こえてくる。最近俺に対する殺意高くねぇか?

 

 そう。借り物競走で俺と千里、そして父さんが余計なことをしてから、ものすごい目で見られるようになってしまった。それが気持ち悪いとかじゃなくて祝福だとかプラス方面だからなおタチが悪い。だって、受け入れてもらえてるのに「実は嘘でノリでやっちゃっただけです」なんて言ったらとんでもなくバッシングを受けるに決まってる。まぁバッシングを受け続けた人生だからそれはそれで関係ねぇかと思ってしまうところもあるが、俺たちがバッシングを受けたら他のやつらにも迷惑をかける。

 

「そこまでわかっててなんでやっちゃうの?」

「思ってたこと言っただけなんだ……」

「僕が言うのもなんだけど、お義父さんが一番だめだと思うんだ」

「確かにお父さんもだめだったけど、発端は二人じゃん」

 

 返す言葉もなかった。

 

 俺たちが押し黙ったのを見てか、恭華が恐る恐るといったように薫に声をかける。「えっと……」と控えめにかけられた声に、薫はこてんと首を傾げて「どうしたの? 姉さん」と優しく答えた。は? かわいいんだけど。

 

「あの、二人も悪気があってやったわけじゃ……いや、悪気がないから一番駄目なんだが、ん? 考えれば考えるほど庇えないな。おい、猛省しろ」

「ミイラ取りかと思ったら最初からミイラじゃねぇか」

「はぁ、ほんとに恭弥の双子? 役立たずにもほどが……あぁ恭弥の双子だからか」

「おい。なんでお前は俺まで敵に回そうとしてんだ」

「癖で……」

「二人とも?」

「「はい」」

 

 クソ、いつもなら薫に見下ろされて怒られるなんてめちゃくちゃ嬉しいことなのに、事態が事態なだけに素直に喜べない。

 薫が怒ってるのは、色々原因があると思う。俺のことをよく思ってくれる人に対して不誠実だとか、千里が薫をフったくせに俺とあんなことをしたこととか、色々。そう考えたら俺たちめちゃくちゃとんでもないことしたんじゃねぇかって思ってしまうし、実際めちゃくちゃとんでもないことをしている。つづちゃんもさっき「号外! 号外です!」ってさっきのインタビューシーンを現像して記事にしてばらまいてたし。仕事早すぎねぇか?

 

「千里ちゃん。ほんとーに私のこと好きなの?」

「ぐっ!」

「がっ……」

「恭弥と恭華さんがものすごいダメージ受けてるけど……」

「シスコンのことは気にしないで」

 

 薫が、自分への気持ちを確かめるような発言をしただと? あまりの衝撃に俺と恭華はその場に倒れ込んだ。吐血もした。やるな、薫。俺たち二人を一瞬にして蹴散らすとは、流石俺たちの妹だぜ。

 

 倒れた俺たちを無視して、俺たちの頭上で会話が進んでいく。

 

「うん、好きだよ」

「みんなの前で、兄貴とあんなことしたのに?」

「それは、その、相手が恭弥だから」

「兄貴のことが好きなの?」

「……うん。好きだよ。でも恋愛的な意味じゃない」

「……だとしても、あぁいうこと他の人に言っちゃやだ」

「申し訳ございませんでした」

 

 千里が負けた。薫の可愛さに負けた。これは千里が悪い。むしろ千里しか悪くない。だから俺は悪くない。やっぱり頭がいいな俺。惚れ惚れするぜ。

 

 千里が倒れている俺たちの隣で土下座すると、薫はそっと千里の前にしゃがみ込んだ。そして俺の頭と千里の頭にぽんと手を置いて、静かに話し始める。

 

「兄貴と千里ちゃんが仲良しだっていうのはわかってるし、恋愛感情もないってわかってるけど、それでも周りは不安になっちゃうの。だって仲良すぎだし、千里ちゃんが女の子に見えるからってそれネタにしちゃうし。ふざけてるってわかってる。冗談で言ってるってわかってる。でも、好きとかそういう気持ちは、冗談でも他の人に言ってほしくないものなの」「……」

「……」

「ごめんね。信じてるけど、気になっちゃったから言っちゃった」

 

 薫の顔を見ると、本当に申し訳なさそうに眉尻を下げて笑っていた。恭華を見る。泣いていた。どうやら妹が立派に育ってくれていて感動したらしい。千里を見る。本当に申し訳なく思ってるのか、今にも腹を切りそうな表情をしていた。死は償いにならないんだぞ。

 

「ん、この話は終わり。ご飯食べよっか」

「……あの、僕は」

「聖さんに許可もらって引っ張ってきたから大丈夫」

「恭弥。私たちは席を外した方がいいだろうな」

「は? 薫と千里を二人きりにするわけねぇだろふざけんな」

「お前……」

 

 恭華から恐ろしいものを見る目で見られた。なぜだ?

 

 

 

 

 

 昼休憩が終わり、自分のクラスの席へと戻る。最初は出席番号中に並んでいたが、そんなことは知ったことかと好きに座り始めたクラスメイトに習い、俺たちは俺、春乃、千里、恭華、日葵、光莉の順で一列に並んでいる。出る競技が多い人が端っこに並んでいるので、俺が女の子に挟まれて周りから殺気を向けられることはない。なんだ? 女の子に挟まれるってめちゃくちゃエロいな。

 

「確か二人三脚ってこの競技の後やんな?」

「おう。ただ、普通の二人三脚かどうかめちゃくちゃ不安になってるけど……」

「まぁ玉入れもあんなんやったしなぁ」

 

 このクラスを放置してる時点でもうわかるが、この学校はちょっとおかしい。自由が校風とは言ってもこんなに自由なのは意味がわからん。校長も大体のことは「楽しそうならいいよ」って言うタイプだし、うちの担任も「俺に迷惑かかんないならいいよ」って言うタイプだし。

 だからこそ、普通の競技が続くわけがない。そんな俺の予想は今やっている競技が終わり、『少し準備しますのでお待ちください』というアナウンスの後、グラウンドに並べられ始めた様々な障害物を見て確信に変わった。

 

「……二人三脚?」

「いや、障害物競走に見えるな」

 

 平均台、地面に固定されたネット、並べられた麻袋、つるされたパン……どこからどう見ても障害物競走に使うようなものばかり。ただ、プログラムを見ても次の競技は『二人三脚』と書かれている。

 

「二人三脚障害物競走?」

「めちゃくちゃじゃん」

『準備が完了しました! 参加者の皆様はゲートにお集まりください!』

 

 不安に思いつつ、俺たちは立ち上がってゲートに向かい、並ぶ。並んでからしばらく立って、再びアナウンスがかかった。

 

『それでは、競技の説明をいたします! ただいまより行われるのは二人三脚障害物競走! 二人三脚の状態で様々な障害を乗り越えていただきます! おやおや、男女コンビもいらっしゃいますね? これはかなり密着する場面もありそうですので、色々期待ができそうです! が、二人三脚しながら競争というのは少し危険ですので、同じクラスの参加者が同時にスタートしていただき、全員で協力しながらという形をとらせていただきます!』

「大丈夫か恭華?」

「私より薫が心配だ……」

「僕は生まれ変わったんだ。恭華さんと密着しても、はぁはぁ。興奮しないよ」

「もうしとるやないか」

「恭華になんかしたらディープキスする」

「恭華さん。僕が何かしそうになったら遠慮なく殺してほしい」

「それはでぃ、ディープキスのほうがマシじゃないか……?」

 

 もしかしたら死んだ方がマシな可能性もあるんだよな……。薫にあぁやって言われた後に俺とディープキスとかもう死んだのと同じだろ。絶対めちゃくちゃ怒った上で悲しそうな顔するもん。

 

「うーん、ごめんね日葵。うっかり色んなところ触って絶頂しちゃうかもしれないわ」

「え……た、助けて恭弥」

「おい光莉。確かに色んなところ触って絶頂したい気持ちもわかるが、そういうのはちゃんとした手順を踏んでこそだろ? ところで俺とんでもない失言しなかったか?」

「日葵見たらわかると思うで」

 

 日葵を見る。めちゃくちゃ顔を真っ赤にして、もう競技できないんじゃないかってくらいふらついていた。まずい! このままだとふらついた日葵に対して光莉があんなことやこんなことをしてしまう!

 

「……それもそうね。ちゃんと日葵と愛し合いたいから我慢するわ」

 

 よかった。光莉がバカで。

 

『さて、それでは参加者の皆さん、入場してください!』

 

 アナウンスを合図に入場し、スタートライン、トラックの内側へと並ぶ。そして実行委員から足を結ぶ紐を渡され、それを受け取った春乃が何の抵抗もなく俺の左足と自分の右足にくくりつけた。

 

「……もうちょっと後でもいいんじゃねぇの?」

「んー? 照れとるん?」

「まぁそりゃあ、なぁ」

「……そか」

 

 なんとなく空気に耐えきれなくなり、そっぽを向くと日葵と光莉が視界に入った。めちゃくちゃ怖い目で俺を見ていた。

 千里と恭華を見た。千里は諦めたように首を横に振り、恭華は千里と密着しているからかそれどころじゃなさそうだった。

 

 ……この体育祭、どうしようかなって思うこと多くねぇか?



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第170話 体育祭⑤

 二人三脚障害物競走がスタートし、阿鼻叫喚ともいえる地獄が幕を開けた。

 

 基本的に、二人三脚は同性同士で組むものであり、女の子同士ならまだ見ていられるけど男同士はまぁひどい。二人で網をくぐるときに絡み合い、スプーンに乗せたピンポン玉を運ぶときはお互いの手を握り合い、吊されたパンはどちらかが行くかとタイミングを間違えてお互い顔をぶつける始末。

 故に、男同士で競技を終えた者の表情は、地獄を経験したものになっていた。

 

「僕らが組んでなくてよかったね……」

「多分あれとは別の意味でな」

 

 しかもあの大勢の前での告白の後だから余計にタチが悪くなっていたと思う。

 

 なんだかんだしていると、俺たちの番が近づいてきていた。恭華が緊張し、千里は飄々とし、日葵も緊張し、光莉は興奮している。春乃はいつも通りに見えるけど、少しだけ動きがぎこちないようにも見えた。

 

 ……うん。

 

「おいお前ら。この競技は同じクラスで協力する、って言ってたよな」

「うん。それがどうかしたの?」

「! ふっ、私はすべてを理解したわ」

 

 流石俺の同類とも言うべきか、光莉は「任せてくれ相棒」とでも言いたげな目を俺に向け、高らかに宣言する。

 

「つまり、協力なんて関係なく勝負して、誰かが勝ったら私が日葵を好きにできるってことね?」

「後ろの方が果てしなく不正解だアホバカボケ」

「罵倒はどれか一つにしなさい」

 

 協力関係なく勝負までは流石だと思ってたのに……。いや、後ろの方も流石光莉と言えば流石光莉と言えなくもないが、俺が思っていた流石とは違うから落第。今度薫に「光莉さん、きらい」って言わせるとんでもない罰ゲームをくらわせようと思う。

 

「んー、勝負っていうのはいいけど、どうせ恭弥のことだからそれだけじゃないんでしょ?」

「流石千里だな。ズバリ、一番最初にゴールした組は、最後にゴールした組になんでも言うことを聞かせることができる!」

「……!!」

「日葵とのペア解消するか悩んどるな……」

「うん、千里とはペアだし、恭弥は兄だからえっちなのはないな」

「そうか! 恭華と千里ならめちゃくちゃおいしそうじゃない!」

「きょ、恭弥……」

 

 えっちなことが苦手な恭華がそれがなさそうだと安心していると、光莉が容赦なくその凶刃を突きつけた。たまらず恭華が俺の方に近づいて助けを求めようとするが、千里とつながっているためこけそうになり、「おっと」と普段メス過ぎるのによりにもよってこんなところで男らしさを発揮した千里に受け止められた。

 

 結果、恭華は戦闘不能になった。

 

「これであとは恭弥を殺せば勝利は確定ね」

「ま、待って光莉! あとは普通に勝とう? ね?」

「春乃。このまま一位になっても恭華は妹だし千里は普段から好きにしてるし、俺勝っても旨味なくねぇか?」

「私はいっぱい可愛がりたいからあるけどなぁ」

「恭華さん! 起きて! 起きてくれないと僕がおいしくいただかれちゃう!」

「起きてほしいなら離れてやれ」

 

 密着してる限り恥ずかしくて起きれないから、そいつ。本当になんでそんな初心に育ったんだろうか。俺もそこそこ初心な自覚はあるけど、あそこまでじゃない。さっきは田舎で育ったからって勝手に納得したが、あの両親の血が流れていて、なおかつあの祖父母に育てられてここまで初心に育つわけがない。もしや、父さんが浮気を……?

 

 いや、どっちにしろ父さんの血が入ってりゃめちゃくちゃになるはずだし、突然変異だろ。

「う、うぅ……恭弥、助けてくれ。このまま千里と密着してあんなことやこんなことがあったら、薫に嫌われる」

「薫はそのあたりちゃんとわかってくれるって。むしろ恭華のこと心配してんじゃねぇかな」

 

 言って、薫の方を見る。少し離れた位置から俺たちを見ている薫の目は、大変面白くなさそうだった。

 

「まぁかわいいから大丈夫だろ」

「待って! 私はお姉ちゃんでいたいんだ! 恋敵として妹の前に君臨したくないんだ!」

「でも織部くん一途だから大丈夫だよ。織部くんが薫ちゃんを安心させてあげればいいんだから」

「甘いわね日葵。恭華は氷室家の遺伝子なのよ」

「千里特効ってことやな……」

「散々な言われようだけど、僕も危険だと思ってる」

「おいお前、俺から妹を根こそぎかっさらってくつもりか?」

 

 もしかして氷室家の遺伝子が優秀だということを理解して俺に接触を……? 違うな、俺から話しかけに行ってたわ。しかもなんか最初の方邪険に扱われた記憶あるわ。なんだよ妹が持ってかれるの俺のせいじゃん。

 そんなバカな話をしているうちに、俺たちの番がきた。いっせーのーでで立ち上がり、俺たちはすたすたと、千里と恭華はぎこちなく、日葵と光莉は「いっちにーいっちにー」というかけ声でスタートラインまで移動する。光莉の顔がとんでもなくだらしなくなっているのは見ない方がいいというか周りの人間に見せない方がいいかもしれない。もうなんか人じゃない。

 

「ふっ、僕はわかってるよ。最後に勝つのは僕たちだってことが」

「あん? 言ってくれんじゃねぇか。おい光莉。まずは千里をぶっ潰すぞ。恭華には怪我させんなよ」

「難しいオーダーね。了解」

「おい千里、私から離れろ。私まで殺される」

「僕の味方はどこだ?」

「ははは、冗談だよ」

 

 言いながら、千里の首に手を伸ばしていた光莉を目で制す。よく考えたら恭華の隣で殺人事件はしゃれにならない。なんでよく考えないとわかんないんだ?

 しかし気になる。千里は意味もない言葉を発さない。つまり、何か本当に勝てる理由があっての発言に違いない。でも、俺と春乃が運動能力で言えば一番で、日葵と光莉は息がぴったりだ。光莉が何か粗相をしない限りひとつのミスもなく走りきることができるだろう。

 

 ただ、千里と恭華は息がぴったり……じゃないってわけでもないが、それでも過ごした時間が短い。それに恭華はいくら千里がメスだとはいえ男の子が苦手だ。普通に考えれば一番不利。

 

「よく考えてみなよ。恭弥、君は恭華さんを危険な目に遭わせたくないから僕らを攻撃できない。そして朝日さんはあとで報復が怖いから攻撃できない。夏野さんが攻撃をよしとするとは思えない。そして、僕はそのあたり一切の躊躇がない!」

「ふーん」

「もらったよ、この勝負!」

『では準備はよろしいでしょうか! 位置について、よーい!』

 

 勝ち誇った表情の千里に適当に返事して、姿勢を低くする。春乃と目を合わせ、同時に頷いた。

 

『ドン!』

「じゃ、千里お先」

「今度から滑稽大魔神って呼ぶわね」

「えっと、ごめんね」

「実力で勝ってるなら邪魔するまでもないやろ、滑稽大魔神」

「……あー!! 待って!! クソ、行くよ恭華さん!! うさぎとかめだって最後に勝つのはかめだったんだ!!」

「え、ち、近い……!」

「この野郎!! かわいいぜ!!」

 

 背後で大盛り上がりしている千里・恭華ペアを放置して、全力疾走とはいかないまでも7割くらいの速度で走る。俺は合わせやすい速さで走ってるだけで、あとは春乃が合わせてくれる。なんでも、「ちょっと横目で筋肉の動き見たら合わせられる」らしい。それを聞いてから俺は春乃のことを化け物と呼んでいる。

 

「千里があんなポンコツやらかすの珍しいなぁ」

「薫に怒られたの気にしてたんじゃねぇの?」

「あー。あの借り物競走の時の? 好きな人やったら、私連れてってくれてもよかったんちゃう?」

「おい! 動揺しちゃうだろ!! その手の話やめろ!!」

「にひひ、すみませーん」

 

 もはやあまり前を見ず、お互いの顔を見ながら言葉をぶつけ合い、トラックを疾走する。 ほどなくして、最初の障害物が見えた。それはシンプルな平均台。走者の数に合わせて設置された三台の平均台の一番左、インコースにあるそれに横向きになって乗る。

 

「傍目から見たらおもろない? 今の光景」

「途端にすげぇ恥ずかしくなってきたんだけど」

「――まって、待って光莉!!」

「うぉおおおおおおおお!!!!」

 

 コースの後ろから聞こえてきた声に、二人で首を傾げて振り返る。

 

 そこには、紐の位置をずらして日葵を抱え、全力疾走してくる光莉がいた。

 

「恥ずかしい!! 恥ずかしいから!!」

「舌噛んじゃうからしーってしなさい!! あっ、おしっこじゃないわよ!!!??」

「おいテメェ光莉!! 二人三脚のルール破った上に日葵を辱めるたぁどういうことだ!!」

「むしろ恥ずかしいのは光莉の方やと思うけど……」

「うるさいわね!! 勝負と聞いたら負けるわけにはいかないのよ!!」

 

 光莉はそのまま跳躍し、平均台の中央へ着地する。そのまま二人三脚など知ったことかと日葵を抱えたまま全力疾走で平均台を渡りきり、再び地面に足をつけてから俺たちの方へ振り返った。

 

「そしてここでルールの変更を宣言するわ! 一位になった組が、他の組になんでも言うことを聞かせる!! フハハハハ!! 今から羞恥心に耐える練習をしておくことね!!」

「おい待て光莉ー!!」

 

 あいつ、日葵を抱えてハイになってやがる!! 今羞恥心に耐える練習が必要なのはあいつなのに!! なんだグラウンドで「おしっこ」とか「フハハハハ」とか。現在進行形の黒歴史じゃねぇか。

 

「クソ、春乃! 俺たちもすぐに行くぞ!」

「……なぁ、恭弥くん」

 

 平均台を渡り終えたところで、春乃が呟くように俺の名前を呼んだ。振り向くと、春乃がいたずらっぽく笑ってぐっと体を寄せてきた。

 

「さっきより速く走ったらすぐに追いつける。せやから、遠慮せんと全力疾走して。すぐに合わせるから」

「……それしかねぇか」

「うん。そんじゃ行くで。位置について、よーいドン!」

 

 俺と春乃とでは足の長さが違う、筋肉量が違う、骨格も違う。ただ、春乃は数度足をもつらせながらも、すぐに合わせてみせた。光莉のそれとは違い、二人三脚をしながらも一人で走っているような感覚に襲われる。

 

「相性ええんかもな、私ら!」

「かもな!」

 

 全力疾走する俺たちの耳に、後ろから「待って-!!」という声が聞こえてきた。無視した。



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第171話 体育祭⑥

「追いついたぜ光莉!」

「なっ、なんなのよその速さ! 人間じゃない!」

「息ぴったりやからこそできるんやで?」

「いっ、息ぴったり!!!??」

 

 日葵を抱えて爆走する光莉に並走する。正直俺も二人三脚で出せる速度じゃないって思ってるけど、俺と春乃ならまぁありえるんじゃないかって思ってしまう。あと息ぴったりに過剰反応する日葵かわいい。ふふ。お、俺と息ぴったりになりたいの、かな!?

 

「恭弥くん。隣でキモい顔せんといて」

「悪い。あまりにもイケメンすぎた」

「話が通じないのになんで息ぴったりなのよ」

「え? 恭弥カッコいいよ?」

「ぐわぁあああああ!!!」

「恭弥くん!!」

 

 不意に日葵から褒められたため面白いくらい動揺し、春乃とタイミングがずれてしまった。なんとか春乃が合わせてくれたから転倒はしなかったが、その間に光莉が日葵を抱えて走り去ってしまう。

 

「悪い春乃!」

「んーん。ちなみにそれどっちの意味で?」

「……ごめん!」

 

 動揺してタイミングがずれてしまったことと、春乃の隣で日葵の言葉に動揺してしまったこと。後者は触れないでいてくれると助かったんだが、そうもいかないらしい。春乃は不服そうに口をへの字に曲げ、そうしながらも俺にタイミングを合わせてくれている。

 光莉とのことがあったのになんで俺はこうやっちまうんだろうか。日葵のことが好きだからって言えば聞こえはいいが、だからって他の女の子をないがしろにしていい理由にはならない。

 

 ……ノリでどうこうならないのってあるんだな、やっぱり。

 

「恭弥くん」

「ん、わかってる」

 

 今は考えずに勝つことに集中、と言外に込められたそれを正しく受け取って、次の障害物に挑む。

 

 正面に見えるのは、吊されたパン。光莉は「いっぱい食べましょうねー」と日葵に赤ちゃんプレイを強要し、それを日葵が恥ずかしがって大幅なタイムロスをくらっている。何やってんだあいつ、クソバカか?

 

「恭弥くん、どっちが食べる?」

「あれ跳ばないと届かないよな?」

「光莉は日葵抱えてるから届いてるけど、通常は」

「なら俺が食う。俺のが背高いし」

「ん。なら任せるで!」

 

 俺たちなら間違いなくタイミングを合わせて跳べる。あのバカがタイムロスをくらっている間に俺がパンを食らってトップに躍り出る!! やば、ジョークうますぎ?

 

「待てー!!!」

「なにっ、このメス声は!?」

「誰がメスだ!!」

 

 背後からメス声と統率のとれた足音が聞こえてきた。振り向けば、そこには肩を組んで息ぴったりの二人三脚を見せる千里と恭華がいた。恭華の顔が赤くない異常事態を目にした俺は動揺し、少しペースが落ちてしまう。というか今さらっと春乃合わせてくれたよな? マジモンの化け物かこいつ。

 

「なんで恭華が恥ずかしがらんと千里と密着できてるんや!?」

「ふっ、滑稽だなお前ら」

 

 そのまま千里と恭華は俺たちを追い抜いて、「ふ、ふふふ。パンを食べ終わったらおっぱいあげるからねぇ!!!」と狂気に満ちあふれた光莉に怯えつつ、かわいらしくぴょんと跳び上がってパンにかじりついてもぎとった。そういえばあれその場で全部食べる必要ないんだよな……? 光莉、赤ちゃんプレイを強要するためだけにずっと立ち止まってんのかあいつ。抱えてることをいいことに……!! うらやましい!!

 

「むぐぐ!! むぐぐぐぐ!!!」

「なんかすごい作戦発表してるとこ悪いけど、パン食べたまんまやから何一つ伝わってへんで」

 

 こっちを振り向いて勝ち誇った表情の千里がむぐむぐ言っている。流石の俺でも何も伝わってこない。わかったことはむぐむぐ言う千里はかわいいということだけだ。

 どんな方法を使って恭華の羞恥心を取り除いたかはわからないが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。タイミングを合わせて跳躍し、涙目になっている日葵に興奮しながらパンをもぎ取って千里と恭華を追いかける。

 

「あ!!! 日葵に興奮してる間に追い抜かれてるじゃない!!」

「うぅ……色んな意味で恥ずかしい……」

「くっ、日葵! ゆっくり食べていいのよ!」

「光莉が食べてよー!!」

「えっ!!? いいんですか!!!!???」

「悪い日葵!! 食べきってくれ! 観客には子どももいるんだ!!」

「それに多分光莉が食べた方が時間かかってまうで!!」

 

 きっと光莉は日葵のかじった部分を「ここに日葵の唾液が……」とうっとりしながらべろべろ舐める。子どもに悪影響どころの騒ぎじゃないし、光莉の見た目を考えたら大人にも悪影響だ。悪いことを考えてる大人に撮られて変なことに使われたらしゃれにならない。

 ……なんかもう色々手遅れな気もするけど、気のせいだろう。

 

「えっ、僕らのことはもういいの!? ねぇ!! ほら、恭華さんが僕と密着しても平気そうだよ!!」

「どうせ千里は薫の夫になるから、じゃあ弟じゃんって思って平気なだけだろ」

「流石私の兄だな。私の思考はお見通しというわけか!」

「でも血がつながってないから普通に他人だし、千里はお前のこといやらしい目で見てるぞ」

 

 恭華が面白いくらいに動揺して千里を巻き込んで転倒した。その間に抜き去って次の障害物へ向かう。なんか今恭華だけじゃなくて千里も攻撃した気がするし、なんなら薫も不機嫌になったような気もしなくもないけど気のせいだろう。距離離れてるから聞こえやしないだろうし。

 

 なんにせよこれで千里と恭華は脱落した。『家族』と思い込む以上の手札があいつらに残されているとは思えない。後は、

 

「待ちなさい!!!」

「ね、ねぇ光莉。そろそろ下ろして……」

「日葵!! 私たちが勝つためにはこうするしかないの!! 勝てば他の四人を好きにできるのよ!!?」

「……」

「まずい!! 日葵が堕ちた!」

「俗っぽくてかわええなぁ」

 

 も、もしかして俺を好きにするつもり……!? 負けてもいいかもしれない。いや、ただそれは光莉に恭華が好きにされるということ。兄貴として光莉を一位にするわけにはいかない!

 ただ、このまま走っていれば俺たちの一位は確実だ。人一人を抱えた光莉と、息を合わせてほぼ全力疾走の俺たち。どっちが速いかは明白だ。

 

 次の障害物はピンポン球運び。スプーンにピンポン球を乗せ、数メートル先にあるプラスチックの筒にピンポン球を入れるだけのもの。全力疾走していると少しバランスが厳しいから少し速度を落として運び始める。

 少し遅れて日葵と光莉も到着。スプーンは二人で持たなければいけないため日葵は光莉を下ろし、俺たちに追走し始めた。

 

「はっ! 俺たちの勝ちは決まったみたいだな!」

「甘いわよ! 私には秘策がある!!」

「恭弥くん! 多分暴力や!! はよ逃げるで!!」

「光莉、暴力はだめだよ!」

「違うわよ!! 日葵がいるからそんなに危ないことできないし!」

「日葵がいなかったらやってたってことだよなそれ」

「うん」

「うんって……」

 

 日葵が光莉と一緒でよかったぜ。いや、よくないかもしれない。光莉と一緒にいるせいでめちゃくちゃ恥かいてるし。なんだあいつ、敵でも味方でも最悪じゃん。

 にしても、秘策? あいつに暴力以外の秘策なんてあるのか? あいつは口がうまい方じゃないし、表だった暴力の方が得意だったはず。そんなあいつの秘策なんて恐るるに足らん。

「マジックスペル! 『密着する日葵の温かさと柔らかさと甘い匂いと汗の匂い』!!」

「ひ、光莉!?」

「ぐっ!!」

「恭弥くん!」

 

 想像してしまう。日葵の温かさ、柔らかさ、そして匂い! 想像してしまったそのすべてが俺の脳を犯す!! このままではまずい! 想像してノックダウンすれば、日葵にも軽蔑されて春乃にも軽蔑される!!

 ……待て、春乃?

 

「ふーはっはっはっはっは!!!」

「なっ、何笑ってるのよ!!」

 

 一瞬ふらついた体を元に戻し、筒の中にピンポン玉を入れた。突然立て直した俺に春乃は不思議そうにして、光莉は焦って、日葵はまだ恥ずかしそうにしている。かわいい。

 

 考えてみれば、簡単なことだったんだ。確かにマジックスペルは効果的だった。しかし、今の俺にはそのマジックスペル以上の『リアル』を感じている!

 

「甘いな光莉!! 今俺は春乃と密着している!! つまり春乃の柔らかさ、体温、そして匂いをすべて感じることができるということだ!! 普段明るくイケメンな春乃がちゃんと女の子の柔らかさで優しさを感じさせる温かさで、ふわりと香る花の匂いが俺をその幻想から解き放ってくれる!! 『リアル』に勝る『幻想』など存在しなっ、アー!!!」

 

 声高々に勝利宣言をしていたその時、春乃と歩調が合わなくなり転倒。瞬時に春乃を引き寄せて抱き留め、自分を下敷きにする。春乃なら受け身をとれたはずだが、春乃が歩調を合わせられなくなったということは何か心の動揺があったということ! 庇っておいた方がいいはずだ。ふっ、俺がいい男すぎて困っちまうぜ。

 

「どうした春乃! お前がミスるなんて珍しい!」

 

 春乃は俺に抱かれたまま胸の手前でぎゅっと手を握り、ぽそっと呟いた。

 

「……はずい」

「……お、おう、ごめん」

「ふーはははは!!! 無様ね恭弥、春乃!! 私たちは先に行くわ!!」

 

 ピンポン玉を入れ終えた日葵と光莉が俺たちの隣を通り過ぎる。その去り際に、日葵が「いいなぁ」と呟いた瞬間、

 

「ウワー!!」

「ひ、光莉!?」

 

 光莉がその場で勢いよく一回転し、日葵を胸に抱きながら背中から転倒した。なにやってんだあいつ。

 

「何してるの!」

「え!? 私に抱きしめてもらいたいから『いいなぁ』って言ったんじゃないの!?」

「ち、あっ、ちがっ、えっと」

「じゃあなんでいいなぁって言ったのって言われることを恐れとるな……」

「それより春乃さん。俺たちそろそろ離れませんこと? グラウンドど真ん中でずっと抱き合うってよくないと思うんですよ、俺」

「恭弥くんが離してくれへんからやん」

「あ、はい」

 

 そっと離すと、俺からゆっくり離れて一緒に立ち上がる。騒ぎ過ぎたから千里と恭華が追いついてきているかと思ったが、ピンポン玉を運ぶときに手が触れあう度恭華が動揺しまくって全然進めていない。日葵と光莉は倒れながらどたばたしている。

 

 これは、勝った!

 

「よし、行くぞ春乃! ラストスパートだ!」

「うん」

 

 ちょっとしおらしくなっている春乃に気づかないフリをして、俺たちは再び走り始めた。



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第172話 体育祭⑦

 決着は、あっけないものだった。

 

 運動能力において一番劣っている千里・恭華ペアはお話にならないレベルで最下位。一位争いは俺たちと日葵・光莉ペアとなった。同じ麻袋に入り密着状態で体を揺らすという、青少年には死ぬほど精神的ダメージがくる障害物に手間取ってしまい、前を行く日葵と光莉を見て焦った俺の口から出た言葉が、勝敗を決めた。

 

 ──「俺が一位になったら、日葵に対して光莉の欲望を受け止めろって命令ができるんだぞ!!」

 

 よって一位は俺たち、二位は日葵と光莉、三位は千里と恭華という結果になった。

 

「ねぇ恭弥」

「なんだ?」

 

 競技が終わり、千里と密着状態にあり色々限界だった恭華がふらふらと消え、千里が薫に許しを請うために消え、俺の隣には光莉がいて、俺たちの視線の先には恨みのこもった目で光莉を睨んでいる日葵の姿があった。日葵の隣には春乃がいてなんとかなだめようとしているものの、日葵は頬を膨らませてご立腹の様子。

 

「あれから日葵が口きいてくれないんだけど、なんでだと思う?」

「それ本気で聞いてんのか?」

 

 俺がそうやって聞くと、光莉は本当に不思議そうな顔で人差し指を口元に添えて「ふにゅ?」と首を傾げた。ぶん殴ってやろうかと思ったけど相手は女の子だと自分を制し、俺の紳士っぷりに自分で驚愕しながら優しく光莉に接する。

 

「ムカつくんだよ、殺すぞ」

「は? 果てしなく可愛いでしょ」

「果てしなくはないだろ」

「えー? それって私が可愛いっていうのは認めるってことー? ぷーくすくす。まぁ仕方ないわよね。私ってすごく」

「可愛いぞ?」

「あっ……ぇぅ……」

 

 調子に乗り始めたのがクソウザかったので攻撃してやると、面白いくらいに顔を真っ赤にして俯いた。してやったりと勝ち誇った気持ちになるが、日葵の刺すような視線が俺に向けられ、そこに春乃の視線もプラスされてしまったので結果的に俺は敗北したのと同じになってしまった。なんだ? 俺はどこで間違えたんだ?

 

「んっ、んん! さて、私も二人三脚の時は流石にやりすぎたと思ってるのよね。つまり仲直りするために協力しなさい」

「ハン! じゃあ俺のケツでも舐めて懇願するんだな!」

「忘れられない思い出にしてあげるわ」

「ひぃん! お願いしますぅ!」

 

 イケメンなセリフの後に舌を出してべろべろと動かし俺に見せつけてきた光莉に、体を震わせながら懇願する。おい、俺が懇願してんじゃねぇか。流石俺が認めたライバル……!

 じゃあどこで舐めてもらおうかなと人気の少ない場所を探していると、俺の肩が誰かに掴まれた。さっきまで密着していたから誰のものかすぐにわかる。見れば、笑顔でブチギレていそうな春乃がそこにいて、同じく光莉が日葵に肩を掴まれていた。運動能力お化けな春乃と違い日葵は常識内の強さで光莉の肩を掴んでいるため、光莉は恍惚としている。

 

「あの、春乃さん。肩がミシミシって鳴ってるんですが……」

「日葵が怒ってんのに、ふざけるのやめぇや」

「光莉。私ほんとーに怒ってるんだからね?」

「ちっ、違うの! 違うの日葵! 私があまりにも日葵が好きすぎて暴走しちゃっただけなの!」

「今んところ被害者と目撃者と容疑者の証言が一致してるんやけど……」

「春乃。俺は悪くないと思うんだよ。邪悪は一人だけだと思うんだよ」

「ちょっと前の発言思い出してみ」

「『甘いな光莉!! 今俺は春乃と密着している!! つまり春乃の柔らかさ、体温、そして匂いをすべて感じることができるということだ!! 普段明るくイケメンな春乃がちゃんと女の子の柔らか」

 

 ちゃんとちょっと前のことを思い出したのに、春乃がえらくご立腹になって俺の口を手で塞いできた。せめてもの抵抗にもごもごしていると、「ちょ、こしょばい!」と言いながら笑いを堪える春乃の姿を見ることができた。

 何人かの男子が俺に親指を立てているのが視界に入り、仕方ねぇなと思いながら親指を立てて天高くつき上げ、そのまま下に向けた。お前らごときが春乃に欲情してんじゃねぇよゴミどもが。身の程を知れ、カス。

 

 俺と春乃がそんなやり取りをしている中、光莉は日葵に可愛らしく怒られており、デレデレした表情を隠そうともせず興奮していた。

 

「いくら私のことが好きだからって、保護者の方とか先生とか全校の生徒みんなが見てる前であぁいうことやっちゃいけないと思う!」

「うんうん」

「それに、光莉も危ないんだよ? 光莉可愛いんだから、その、え、えっちなこと言っちゃうと光莉がそういう子なんだって悪い人が勘違いしちゃうかもしれないし」

「うんうん」

「本当に恥ずかしかったんだからね! ……ま、まぁ反省してくれるなら、別にもういいけど」

「すきすき、ちゅっちゅっ」

「もうしらない」

 

 日葵はぷいっ、と光莉から顔を逸らし、応援席へと帰っていった。

 光莉は唇を尖らせてしばらく固まったまま日葵を目で追いかけ、そのまま首を傾げてまたしばらく固まった後、

 

「なぜ……?」

「クスリやってんのか?」

「ふっ、確かに。日葵という刺激的な女の子は、私にとって劇薬かも、ね」

「ちなみに日葵から『もうしらない』って言われると、結構頑固だからしばらく口きいてくれないぞ」

「うそだろ」

 

 光莉の表情が絶望に染められて、プラスの感情の一切が消え去っていく。光莉を構成するのは日葵への気持ちが9割と言っても過言ではない。光莉から日葵をとってしまえば、それはもう光莉ではないのかもしれない。でもおっぱいが大きいからやはり光莉は光莉だった。

 ただかなりショックだったらしく、光莉はそれから一切なんの反応も示さなくなってしまった。肩を揺すっても頭を叩いても尻を握っても一切反応しない。ちなみにやったのは春乃だぞ? 俺はやってないぞ?

 

「ん-、あかんなこれ。完全に何やられても反応せえへんわ」

「僕のこと呼んだ?」

「あぁ千里。今なら光莉のおっぱいを好き放題できるらしい」

「それじゃあ失礼して」

 

 本当に揉む気はないだろうが、千里が光莉の胸に手を伸ばすと一瞬光莉の姿がブレて、千里が吹き飛ばされた。地面を転がる千里は「お、オート反撃……?」と頬を抑えながら驚愕し、俺はそれを見てやはりと頷いた。光莉のことだ。暴力は身に沁みついていても不思議じゃない。春乃が殴られなかったのは女の子だからであり、別に触られてもいいからだろう。

 

「あれ、そういや薫ちゃんに許してもらったん?」

「二人三脚は仕方ないからって、そんなに怒ってなかったよ。面白くはなさそうだったけど」

「むしろさっきやろうとしたことの方が面白くなさそうだぞ」

「どうも。千里ちゃん」

 

 立ち上がった千里は恭華が連れてきた薫を見てすぐに土下座した。俺くらいになると香りで薫が近づいてきたかどうかわかるため、千里が光莉の胸に手を伸ばした時点で薫がいることに気づいていたがあえて言わなかった。なぜって? そっちの方が面白そうだったからさ。

 

「おい恭華。なんで薫を連れてきたんだ? 千里を地獄に落とせたのはかなりいいことだけど、クラスのやつがうっかり薫のことを好きになったらどうするんだよ」

「それは殺せばいいだろ。薫を連れてきたのは、光莉と日葵が喧嘩するだろうと思ってな。日葵を折れさせるには薫が一番だろ?」

「確かに。薫が日葵に頼めば一撃だもんな」

 

 日葵は薫にかなり弱い。薫ほど可愛くて優しくていい子が相手なら無理もないが、なんていえばいいのか。日葵に対する光莉からいやらしさをそぎ落としたかのような対応をする。だから大体のことであれば言うことを聞く。日葵がへそを曲げた時は大体薫がちゃんと日葵の話を聞いてちゃんと宥めてちゃんと納得させるというのがお決まりだったような気もするし、薫は対日葵最終兵器なのだ。

 

「本当は当人同士で解決した方がいいんだろーけど……」

 

 薫は光莉をつんつんと突いて、「ほんとに動かない……」と呟いてから日葵の方へと歩いて行った。

 

「なーなー恭弥くん。薫ちゃん私にくれへん? かわええしええ子やし、あんな完璧な子おる?」

「やらねぇよ。薫はどこにもやらん!」

「おい! 話が違うじゃないか!」

「恭弥。このメスは薫の前で光莉の胸に手を伸ばしておいて、面白いことを言うんだな?」

「あぁ、殺しといていいぞ」

「待」

 

 助けを求めるように俺へと腕を伸ばしてきた千里は無視することにした。恭華は俺より薫といた時間が短い分、まだ薫に対する気持ちにセーブが利かないんだ。だからこそ薫に不誠実な行動をとると問答無用で殺しに来る危うさがある。そして千里はその危うさに殺された。それだけのこと。

 

「えー、せやったら薫ちゃん妹にしたいんやったら恭弥くんと結婚するしかないんかぁ」

「おい、いやなことみたいに言うのやめてくれないか?」

「いやなわけないやん。恭弥くんのこと好きなんやから」

「そういうことさらって言うなよ! 意識しちゃうだろ!」

「意識してくれるん?」

 

 俺の顔を覗き込んで歯を見せて笑う春乃に不覚にもドキッとしてしまう。まずい、いつもなら助けてくれる千里は今恭華に殺されてるし、光莉は物言わぬ像となっている。今春乃からの攻撃を逃れるためには俺自身でどうにかするしかない。

 

「そ、そりゃあ、ね? 春乃みたいな女の子からそういうこと言われたら、ね?」

「そっか。うれしい」

 

 先ほどまでの明るさを前面に押し出す笑い方ではなく、ふわりと笑う春乃。時々こうして綺麗に笑うから、その度に俺はギャップで殺されそうになってるってことわかってんのか? わかってんだろうな。春乃はそういうのを計算でできる……いや、もしかしたらこれは無意識なのかもしれない。というかそうだろう。人の感情まで計算だと俺は思いたくない。

 ただそれとこれとは話が別。このままじゃ俺は春乃に攻め落とされてしまう! いや、落ちることはないけどその寸前まで行ってしまう恐れがある! 誰か助けて!

 

「えっと、ちょっといい?」

「薫?」

 

 そんな俺の情けない願いが届いたのか、申し訳なさそうに薫が声をかけてくる。春乃的にはタイミングが悪かっただろうに、春乃はまったく気にする様子を見せず明るく笑って「どうしたん?」と薫に視線を合わせる。あ、そういうとこ好き。

 

「日葵ねーさんがね、光莉さんとはしばらく口ききたくないって……」

 

 光莉は崩れ落ちた。



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第173話 体育祭?⑧

「うっ、うぅぅううぅぅぅぅぅぅううううう」

「その、元気出せよ。な? 日葵も明日になったら許してくれるって。ほら肉食えよ肉」

「ほらあーんして光莉。おいしい?」

 

 号泣しながら春乃からあーんしてもらい、肉を噛みしめる光莉。一番成績が優秀とはいかなかったものの、先生に「俺たちも頑張りました!! 焼肉行きたいです!!」と言うと、「もう予約してるし、親御さんに許可はとってある。行くぞ」と薄く微笑みながら一言。多分あれでうちのクラスの女の子は何人か先生に惚れたと思う。

 光莉はそんな余裕なかっただろうし、生憎俺もクラスの集まりを作ってほしくなくて余計な事すんなって思ったくらいだけど。

 

 なぜなら、今日葵と光莉は喧嘩している。そして日葵は薫から仲直りしてと言われても跳ねのけた。このことから今までで一番頑固になっていると言ってもいい。だから、焼肉に来ても一緒のテーブルに座ることはなく、他のクラスメイトと一緒に焼肉を楽しんでいる。恭華がなんとかしようと日葵の近くにいるが、他のやつらに話しかけられてあたふたしているばかりだ。可愛いなあいつほんと。

 

「でも、なんでだろうね。今までの関係考えれば今回のことでそんなに怒るかな? って思っちゃうんだけど」

 

 言いながら、千里は光莉の背中をぽんぽんと優しく叩いて慰める。流石にこの状態の光莉にセクハラしようなどとは思わないらしく、先ほどから慰めの言葉を投げかけている。

 

「ん-、どうだろうな。今まで許してきたからこそかもしれねぇし。そろそろ反省しろって時に光莉がふざけたから怒ってるとか」

「ふざけてないもん……」

「怒ってる相手に『すきすき、ちゅっちゅっ』はふざけとるやろ」

「私の日葵に対する気持ちが偽りだって言うの!!!??」

「すきすき、ちゅっちゅっ」

「どうしたの春乃? ディープキスなら受けて立つわよ」

 

 『怒ってる相手にすきすき、ちゅっちゅっがふざけている』ということをわからせるために光莉へ「すきすき、ちゅっちゅっ」と言った春乃だったが、光莉が一般人の感性から逸脱していたためその作戦は失敗に終わった。春乃は信じられないと目を丸くしている。

 

 なんかこれ見たらむしろ反省するのにいい機会なんじゃないかと思ってしまう。光莉が号泣しまくってるからかわいそうに見えるけど、因果応報っていうか自業自得っていうか。むしろ今までよく許してもらってたよなぁ。

 ……なんだろう。どうにかしてやろうっていう気がなくなってきてしまった。

 

「うぅ、うぅううう、ウー!!! ウー!!!」

「警報みたいな泣き声すな」

 

 ふざけられるくらいには平気そうだし。春乃もなんとなくそう思い始めてきたのか光莉を甘やかすことをやめたが、千里だけは変わらず慰め続けている。

 

「おい千里。あんまりやりすぎると調子乗るからやめとけよ」

「ん-。いや、大丈夫だよ。こうやってふざけてるけど、めちゃくちゃ傷ついてるだろうから」

「……もしかして薫にフラれたから光莉を狙ってんのか?」

「違うよ。ただ、恭弥から口をきいてもらえなくなったらって考えたら、僕でもこうなるなって思って」

「春乃、俺はどう思えばいい?」

「嬉しいとこなんちゃう?」

「むしろ申し訳ねぇよ。そんなに依存させちまってたのかって」

 

 え、千里俺と話せなくなったら号泣するの? 確かに親友だけど、そこまで思ってくれてたのか。やだ、うれしい! でも大丈夫なのか? なんか千里に俺以外の友だちができるビジョンの一切がかき消されたような気がするんだけど。あ、井原は別。

 もしかしたら千里の俺への依存もどうにかするべきかもしれない。もし俺が日葵と付き合うってなった時に、「僕と遊ぶ時間が減るから、いやだ!」って言われたらすぐに千里を突っぱねられる自信ないし。他でもない俺自身が千里に依存してるような気がするから、ちょっと距離とるか?

 

 ……いや、無理だな。ちょっと距離とるか? って思うくらいで距離とれるような関係じゃないし。あれ、もしかして俺千里のことが好きなんじゃね?

 

「うぅ、千里ぉ。私の味方はあんただけよ……」

「よしよし。でも夏野さんなんであんなに怒ってるんだろうね。や、怒るのは当然なんだけど、今までを見てるから不思議っていうか」

「だよなぁ。さっき光莉が謝りに行ってもふんっ! ってされたし」

「目の前で光莉が泣き始めた時は流石に動揺しとったけどな」

 

 もう「ご、ごめんね!」って寸前まで出かかってたしな。それくらい光莉は絶望に染まった顔で号泣していた。捨てられたみたいな顔をした後目尻に涙をいっぱいためて、「ごめっ、ごめん、ごめんなさい……」って言って泣き始めたからな。今までで一番可哀そうな人間を見たぞ俺は。

 

「せっかく、恭弥が私と日葵にセックスさせてくれるところだったのに……」

「ちなみに言うけど嘘だぞ」

「そうよね……今の私は日葵に触れる権利ないわよね……」

「セックスを『触れる』っていう生易しい表現で誤魔化しとんちゃうぞ」

 

 ……これは、重症だ。てっきり「嘘だぞ」って言った瞬間殺されると思ってたのに、まさか引き下がって自虐するとは。事態は思ってたより深刻かもしれない。

 俺としては、日葵のことだから『一回怒っちゃったからどこで許せばいいかわからない』んだと思う。日葵は全然怒ったことがない。大体のことは笑って許してくれるし、『もう!』って言うだけで済むし。でも今回はちゃんと怒ってしまったから、引き際を考えているんだと思う。だから、怒ってはいるだろうけど絶対に許さないとかそんなことはないだろうし、むしろ。

 

「なぁ光莉。落ち着いて聞いてくれよ」

「お餅の敷布団ってこと?」

「餅ついて敷いてくれって言ってねぇよ。クソくだらねぇな」

 

 しょうもないカスみたいなギャグを情けで拾ってやりつつ、俯いている光莉の顔を上げさせて目を合わせる。

 

 逸らされた。

 

「おい。俺の顔がブスすぎて見てらんねぇってことかテメェ。上等じゃねぇか」

「ご、ごめん。その、照れちゃうから」

「千里。このまんまの方がええんちゃう?」

「僕も真剣にそのことを考えてた」

 

 俺も一瞬考えてたけど、日葵と仲良くしてる光莉が本来の光莉だから、このままっていうのはありえない。しおらしい光莉がめちゃくちゃ可愛くて魅力的でもって帰りたいっていう気持ちもわかるが、ここは一旦落ち着こう。俺が落ち着けって言ったのになんで俺が落ち着いてんだ?

 

「仕切りなおすぞ。光莉、多分日葵も光莉と仲直りしたいって思ってると思うぞ」

「なんであんたにそんなことがわかるのよ」

「だって幼馴染だし」

「私は日葵の親友よ!」

「だったら俺は日葵の幼馴染だ!」

「だったら私は日葵の親友よ!」

「お互い違う武器ないんか? せめて同じ武器なら使い方変えろや」

「もう平気なんじゃない? 朝日さん」

 

 ちょっと調子は戻ってきたような気もする。でもこいつはふとした拍子に「でも私は日葵から口きいてもらえないから……終わりだぁ……」って言いそうだし。

 

「でも私は日葵から口きいてもらえないから……終わりだぁ……」

「俺の中の光莉の解像度高すぎだろ」

「えっち」

「もう一回言ってもらっていいか? あっ、違うんだ!! 今のは違うんだ!!」

「私も言うたろか?」

「座して待ちます」

「僕も」

 

 千里と並んで正座して待っていると、額に紙を貼り付けられた。はがして見てみると『バカとアホ』という文字。神と神みたいで気分がいい。

 

 しかし俺たちが騙されたことに変わりはない。俺は千里とともに立ち上がり、燃え上がる怒りを春乃と光莉にぶつけた。

 

「おい!! 俺たちに『えっち』って言ってくれる約束だったろうが!!」

「僕と恭弥は楽しみにしてたんだぞ!! 耳元で『えっち、へんたーい』って囁いてくれるのを!!」

「千里。ちなみにお前が囁いてくれてもいいんだぞ。今の感じで」

 

 焼きたての肉を数枚口の中に放り込まれ、口の中の皮膚が全部はがれた。責任を取って千里とは濃厚なキスをしたいと思う。濃厚なキスをしながら時々口を話して耳元にそっと寄せて「きもちいい?」って聞いてもらうんだ! ぐふふ。

 

「そんなに言うてもらいたいん? そういうんてシチュエーションが大事なんちゃう?」

「じゃあ『えっち』って言われる一番いいシチュエーションは何か選手権しようぜ」

「任せなさい」

「僕のためにあるような選手権だね」

「言う側だろ、お前は」

「死にてぇのか?」

 

 千里から殺意があふれ始めたので、迷いなく土下座を披露して薫が家で言っていた千里の好きなところをこっそり耳打ちすると、「むふーっ」とご満悦な様子で俺を許してくれた。許せ、薫。俺の命が助かるなら、「千里ちゃんに言わないでね」と言っていた情報を放出しても構わないだろう?

 

「まずは私からね。『日葵と二人きりで、優しいキスを数回してるときにそっと胸に手を伸ばした瞬間、日葵が漏らす「あっ……もう、えっち」』」

「ほんまに反省しとるんか?」

「反省の意味を知らない可能性があるね」

「ただ失意の底から復帰してくるだけの破壊力はあるな」

 

 これを言いたいがために失意の底から復帰してきたのかと思うと末恐ろしい。やはり光莉を構成するのは日葵への想いがほとんどだというのは間違いないみたいだ。

 

「ほな次私! 『前かがみになった時ふと胸が見えて、それに気づいた私から言われる囁くような「えっち」』」

「見えないものを見ようとしないでしょ」

「天体観測始めそうだな」

「あれは見ようとするんでしょ」

「それもそうか」

「それは私の胸に興味ないってことでええん?」

 

 襟を指でくいっとした瞬間、俺と千里の視線が春乃に注がれる。その瞬間春乃がにんまりと笑い、俺と千里は降伏宣言。同時に幸福宣言。そういやないないって言ってたけど今日あるって気づかされたばっかじゃん。……まぁ、前かがみになった時に見えるほどかって言われると、どうだろう。あはは。

 

「じゃあ次は僕かな。『抱き合ってるときに興奮してるのがばれて、薫ちゃんが微笑みながら言う「えっち」』」

「しゅぽぽー!!!」

「兄貴の前で妹の妄想ぶちまけるってどんな神経してんだ?」

「それで大興奮してる変態をスルーすんのもおかしいと思うんやけど」

 

 光莉は今に始まったことじゃないし、今は好きにさせておいた方が日葵のこと考えなくて済むだろうから。

 っていうか、なんか生々しいんだよな。むしろ実体験な気がしてならない。妙に熱がこもってたし、俺がいない間に二人で一緒いる機会結構あったし。それ以上の行為はないにしても、その程度の行為ならあってもおかしくない。

 

 聞いてみた方が早いか。

 

「なぁ千里。それって実体験?」

「い、いや? 違うよ?」

「別に怒らねぇよ。薫も受け入れてたんだろうしな」

「なーんだ。うん、そうだよ。薫ちゃんがぎゅってしたいって言ってくれてね。えへへ」

 

 指をパチン、と鳴らすと、俺の隣に日葵と恭華が現れる。千里の表情が絶望に染まった。

 

「らしい」

「許せないね。薫ちゃんはまだ中学生なのに。私の妹なのに」

「再確認するが、千里は薫に汚いものを押し付けたってことだよな?」

「待って! 不可抗力だ!! そっ、それにそれ以上の行為はしてないし!!」

「でも年上ならそうなっちまう可能性があることは全部避けるべきじゃねぇの?」

「ははは。殺せ」

 

 俺に逃げ道を塞がれた千里は殺された。



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第174話 独り占め?

 体育祭が終わり、日曜日。本来なら明日から学校だと憂鬱な気分になるところを、体育祭分の代休が月曜日に充てられるため今日と明日で二連休を味わえる。俺としては学校に行けば日葵に会えるし憂鬱でもなんでもないんだけど、まぁ、その、ね? 休みの日でも連絡すれば会えるからなんてことないんだよね!

 

 なんてことを思いつつ、今日会うのは日葵じゃない。焼肉から帰ろうとした時、春乃が俺にこっそり近づいてきて「なーなー。明日家行ってもええ?」と言われたもんだから何も考えずにOKしてしまった。何をするのかまったく聞かされず、相手が俺のことを好きな子だからか妙にドキドキしたまま今日を迎えてしまった俺は、とりあえず両親に春乃がくることを伝えると妙な含み笑いをしながら家から出て行った。あの両親、俺と女の子=セックスだと思ってる節あるよな。あんな大人ばっかりなら少子高齢化ももう少しなんとかなるだろうに。

 

「あ、あの、恭弥。私も出て行った方がいいか?」

「出てかなくていい。そういうことするわけじゃねぇし」

 

 恭華も両親の悪い影響を受けて家から出て行こうとするし。……あの両親、恭華に悪影響だからしばらく帰ってこなくていいのにな。薫はもう慣れてるから今更悪い影響は受けない、むしろもう受けきったみたいなところがあるけど。

 

「しっかし何しにくるんだろうな。勉強とかなら事前に言っておいてもいいだろうし」

「日葵ねーさんのこととか? でもそれなら千里ちゃんがいないのおかしいか」

「千里はあれでかなり気が遣えるやつだから、光莉のフォローをしてるのかもな」

 

 兄妹でリビングに集まり、のほほんとした時間を過ごす。恭華の言っていることもありえない話ではなく、なんとなく千里は俺の知らないところで光莉と色々やってそうな気がするんだよな。いやらしい意味じゃなくて。

 光莉が俺たちのことを名前で呼び始めた時も確かそうだ。千里は何か知ってそうだったし、今回も何かフォローしてそうな気もする。

 

 それを面白くないと感じるのが、我らがプリティーシスター薫だった。

 

「……そういうところが千里ちゃんのいいところだけど、もうちょっと私に構ってくれてもいいと思う」

「それなら私が代わりに構ってやろうじゃないか!!! さぁ思う存分いちゃいちゃしよう!!」

「なんなら三人でお風呂に入っちゃう!!!?? うふふ!!」

「兄貴とはきもいからいや」

「ふぅ。気持ちがいいぜ」

「いい医者を探しておくか……」

 

 いい医者だと? 俺の頭がおかしいとでも言いたいのだろうか。俺はただ妹からの罵倒に酔いしれていただけなのに。どうせ恭華も薫から「きもい」って言われたら「ひぐぅ!!」って言って気持ちよくなるに決まってる。……いや、恭華は普通に傷つくな。薫は俺なら言っても大丈夫だから罵倒してるみたいなところもあるし。

 

 それはそれとして、薫に寂しい思いをさせている千里をどうやって殺そうかと恭華と二人で相談しているとチャイムが鳴った。玄関に出ようと立ち上がろうとした俺を制し、薫が小走りで玄関へと出迎えに行く。

 

「なんか薫って春乃のこと好きなんだよな」

「むしろ春乃のことを嫌う人間なんているか?」

「いねぇけど、そういうことじゃなくて」

「恭弥くんが私のこと好きやからちゃう?」

「否定できないからやめてくんない? そういうこと言うの」

 

 俺と恭華の会話に割り込んできた不届きものは、俺の言葉を受けて「否定できひんかー」と嬉しそうに笑っていた。薫は春乃の腰に手を回して軽く抱き着いており、それを見た恭華が血涙を流したのは言うまでもない。

 

「す、薫。お姉ちゃんは私だぞ? 春乃はお姉ちゃんじゃないんだぞ?」

「私、春乃さんいっちばん常識あって安心するから好きなの」

「お、嬉しいこと言うてくれるやん?」

 

 春乃が薫の頭をくしゃっと撫でると、薫は目を細めて気持ちよさそうに受け入れた。俺が撫でようとすると「触るな、ゴミ」って言ってくるのにえらい違いだ。そのあたりはいくら家族とはいえ異性だからっていう理由で納得してるが、こうも見せつけられては面白くない。どうやら恭華も同じことを思ったらしく、俺たちは立ち上がってじりじりと薫に詰め寄った。

 

「はぁ、はぁ。今私たちが可愛がってあげるからな」

「い、いい子いい子してあげる」

「どうしよう春乃さん。ちゃんと怖い」

「今おとなしくさせるからちょっと待っててな」

 

 いつの間にか俺と恭華は腕を後ろに回されて布で縛られ、正座させられていた。あまりの手際に一瞬「ありがとうございます」と言いかけたが寸でのところで踏みとどまり、代わりに艶めかしくリップ音を鳴らすと恭華に容赦なく頭突きをくらわされた。

 

「薫ちゃん苦労してるんやな……」

「私の周りに異常者しか集まらないの、どうにかならないかな……」

「薫が可愛すぎて、みんなどうにかなっちまうのさ」

「私たちがおかしいのは薫のせいなんだぞ?」

「光莉さん」

「今化け物の話はしてないだろ」

 

 俺と恭華は薫の家族、そして千里も薫と関わりがあり、日葵も小さい頃から知っている。もしかして薫と関わったらおかしくなってしまうのではという理論は光莉という存在によって打ち砕かれた。あれはもう最初から取返しつかなかったし論外だ論外。

 

「まぁ薫が魅力的過ぎるって話はいつものことだから置いといて、今日は何しに来たんだ? 春乃」

「んー? 別になんにも?」

 

 俺と恭華が首を傾げたのを見て、薫は小さくため息を吐いた。そして「やっぱりわかってないんだ」と少し責めるような視線を俺に向けてくる。

 

「ハハ、どうやら恭弥はかなり鈍感らしいな」

「お前もわかってねぇんだろ」

「薫の視線は恭弥に向けられてたから私は関係ない」

「ほんと、兄貴は女の子のことわかってない」

「おい、どうやら私は女の子じゃないらしい」

「安心しろ。お前は俺と双子だ」

「納得したけど、慰めにはなってないな」

 

 俺と似てるってそんなに人生において汚点になるの? 言っとくけど俺が悪いんじゃないんだからな。代々続いてきた氷室家の遺伝子が悪いんだ。俺のこの性格も氷室家の血を色濃く受け継いできたからに他ならない。

 じゃあ薫はどうなの? って話になるかと思うが、薫は氷室家の突然変異だ。同じ話として考えないでほしい。

 

「女の子のことわかってないって言うけど、俺は童貞だぞ?」

「Q.E.Dやないか」

「どっ、薫の前で童貞とか言うな!!」

「兄貴。恭華ねーさんの前でそんな言葉使わないで」

「あれ? もしかして性教育に関して一番遅れてるって思われてるのか、私」

「ド処女だしな」

 

 ブチギレた恭華は俺を突き飛ばし、俺の腹を座布団代わりにして座った。これが肉親じゃなかったらご褒美だと喜んでいたところだが、肉親からのこれはただ単に苦痛……いや、悪くないな。妹がじゃれてきてるって思ったら可愛くてよし。

 

「薫も乗っていいぞ」

 

 答えはパンチだった。光莉のように容赦のないものではなく軽く小突く程度の可愛いそれに頬を緩ませていると、俺を覗き込んでくる影、春乃が優しく微笑むと、俺の耳にそっと顔を寄せてきた。

 

「私も乗ってええ?」

「ぶほぉおおお!! お願いします!!」

「うるさいオスだな」

 

 よっぽど俺が気持ち悪かったのか、恭華が俺の股間を踏み潰した。瞬間俺は声にならない悲鳴を上げ床をのたうち回り、最終的にうつ伏せになって腰を高く突き上げたとてつもなく情けない体勢に落ち着いてしまう。薫のあきれたため息と春乃のけらけらと楽し気な笑い声を耳にしながら、俺はめそめそと涙を流した。

 

「恭華は女の子の気持ちも男の子の気持ちもわからないんだ……ここがどれだけ大事な場所かわかってないんだ……」

「使う相手がいないのに大事なのか?」

「春乃、拘束解いてくれ。こいつは今言っちゃならねぇことを言いやがった」

「別に、私相手に使ってくれてもええで?」

「ふん、命拾いしたな。春乃が激烈えっち真拳の使い手だったことに感謝しろ」

「春乃さん。妹二人がいる前で兄貴誘惑しないで」

「はーい」

「まったく、春乃の冗談はタチが悪い。さ、恭華、薫。出ていけ」

「あまりにも性に忠実すぎるだろ」

 

 だ、だって春乃が私相手に使っていいってものすごくえっちなこと言うから……。なんか誰にでもそういうこと言うわけじゃないってわかってても心配になるな。多分俺が何もしないってわかってるから大胆な言葉使ってるんだと思うけど、あまりにもいやらしすぎる。そんなことしなくたって春乃は十分魅力的な女の子なのに。

 

「ってかあれじゃん。結局春乃がうちにきた理由なんなんだよ」

「んー、ほんまに用事はないんやけど、理由って言うたらあれやな」

 

 言って、春乃は少し恥ずかしそうに頬を赤く染めてにひひと笑った。

 

「せっかく日葵と光莉が喧嘩してくれてるんやから、その間に恭弥くん独り占めできるなーって思って」

「……なんか、らしくないな。春乃なら真っ先に仲直りするよう動くもんだと思ってたけど」

「あれは当人同士の問題やしなぁ。かなりこじれそうやったらそらなんとかしたいって思うけど、よう考えたら光莉の自業自得やし」

 

 やっぱりそこに行きつくよな。日葵は今まで何回も怒ってよかったのに全部許してくれてたんだから。日葵も意地を張ってるところがあるかもしれないが、むしろそれが光莉にとっていい薬になるかもしれない。

 ……仲直りした瞬間タガが外れて余計ひどくなる未来も見えるけど、気のせいだろ。

 

「せやから、今のうちに恭弥くんといっぱい仲良ししよーって思って!」

「さて薫。私たちは邪魔らしいから二人でどこかに出かけようか」

「あ、お気遣いなく! 恭弥くんの家族ならいくらでも仲良くしたいし、むしろ一緒におってほしいな」

「あ、好きです」

「もう落ちたか……」

 

 立ち上がって薫を連れてどこかへ行こうとした恭華が春乃の毒牙にかかり、告白。もちろん「ごめんなー。私恭弥くんが好きやから」とフラれていた。おい軽率に好きっていうのやめろって何回も言ってるだろ悪女め。

 

「でもなんもやることないってわけやないんやで? 私と恭弥くんがおるんやから、考えなあかんことあるやろ?」

「……あ」

「あぁ、命令か」

 

 逃げ出そうとした恭華が春乃に捕まり、がっしりと抱きしめて拘束される。

 そう、命令。体育祭の二人三脚障害物競争で一位になった組が、他の組になんでも言うことを聞かせることができるそれに、俺と春乃は見事一位に輝いた。

 

「別に、今でもいいわけだもんな?」

「せやなぁ。みんなより先に、恭華の分考えてもええなぁ」

「ゆ、ゆるして」

「あきらめよう。恭華ねーさん」

 



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第175話 羞恥心との戦い

「……」

「……」

「おい」

「恭華ねーさん、似合ってるよ」

「薫、ありがとう。でも私は笑いを堪えているクソ兄貴と春乃が許せないんだ」

 

 家のリビング。俺、恭華、薫、春乃。誰かが増えたわけでも誰かが減ったわけでもないが、ある一点が死ぬほど変化している。

 

 そう、恭華がフリッフリのメイド服を着て恥ずかしそうに俺たちを睨みつけていること。

 メイド服と言ってもえっちなご奉仕をしそうなミニ丈のものではなく、クラシックなロング丈のメイド服。お屋敷のメイドさんが着ていそうなそれを持ってきたのは春乃であり、廊下に隠していたのかにやにやしながらそれを披露したときの恭華の絶望に染まった表情は忘れられない。

 

「や、ごめんやん! でも恭華ってあんま私服でスカートとか履かんやろ? せやから可愛らしい恰好見てみたいなーって思って」

「だったら普通の服装でいいだろ! なんでメイド服なんだ!」

「そりゃお前、罰ゲームだもんよ」

「せやで。せっかくなんでも言うこと聞いてくれるんやから、普段やったら絶対着てくれへんもんチョイスせな。むしろおとなしめなやつにしたんをありがたく思ってほしいわ」

「辱められてありがたく思えるかばか!」

 

 顔を真っ赤にしていきり立つ恭華に、俺と春乃は爆笑で返した。別に似合ってないから笑っているとかではなく、めちゃくちゃ似合ってるからむしろ笑えてくるみたいなアレだ。そういえば恭華は向こうにいるとき巫女装束だったし、案外コスプレ的な衣装が似合うのかもしれない。

 まぁ俺の双子だし、見た目がいいからなんでも似合って当然なところはあるけどね?

 

「もういいだろ、着替える!」

「せっかくやし外出てみよか」

 

 リビングから出ていこうとした恭華の手を掴み、春乃がにっこり笑う。言われたことが理解できないのか恭華は数秒固まった後、助けを求めるように俺と薫に視線を送った。

 

「井原のとこバイト募集してねぇかな?」

 

 当然俺が味方するはずもなく、行先を決定する。こういう場面で俺に助けを求めてくるって恭華はほんとに可愛いなぁ。氷室家のくせに氷室家の人間に良心を期待するなんて、よっぽど大事に育てられたんだろう。愚か者め。

 ただ、薫は死ぬほど優しい。愛情表現だとわかっているが俺には冷たいのに、恭華には目いっぱい甘えるし、部屋に来て「恭華ねーさん、一緒に寝よ」とまで言ってくる始末。もちろん俺は対象外であり、勝ち誇った恭華の顔に恨みを込めながら寝るのが日常茶飯事。だからこそ、その恨みを晴らすためにこの罰ゲームはただでは終わらせない。

 

 恭華の視線を受けた薫は春乃と俺を一瞥した後、「うーん」と可愛らしく考え込んでから俺の方に寄ってきた。

 

「私ケーキ食べたいな」

「薫……!!?」

「お、ノリええやん薫ちゃん!」

 

 結構、意外だった。薫は恭華の味方をするとばかり思っていた。もしかしたら同性の姉に対してのいたずら心なのかもしれない。ことあるごとに「ねー、恭華ねーさんが可愛いんだよ」と俺に恭華がいかに可愛いかを力説してくるくらいだから、薫が恭華の敵になったのは恭華の可愛いところがもっと見たいから、だろうか。

 

「え……ほんとに? このかっこで外で歩くの?」

 

 薫まで敵に回った事実に恭華は絶望顔を披露し、それを見た薫はご満悦の様子。

 

 ……あんまり見たことがないな、薫のこういう表情。つまりあれか、薫のこの表情を引き出すためには俺もメイド服を着ればいいってことかな!!?

 

「違うよ」

 

 どうやら違うらしい。通販サイトでメイド服を買おうとした手を薫にがしりと掴まれてものすごい勢いで首を横に振られた。俺も似合うと思うんだけどな……。

 

「ほんまにいくでー」

「いや、だって! お前らはいいのか! メイド服着た女と一緒に歩くんだぞ! 恥ずかしくないのか!」

「恭華ねーさんちゃんと恥ずかしがるでしょ? だから罰ゲームか何かで着てるんだなーって思ってくれるだろうから、別に」

「俺が周りの目を気にすると思うのか?」

「そーそー。それに可愛い子と歩くのに恥ずかしいことなんてある?」

「……や、でも」

 

 まだもじもじしている恭華の背を押し、「さー出発!!」と元気に宣言した春乃に続き、俺と薫も後に続く。恥ずかしがっている割には恭華はそこまで抵抗せず、春乃に押されるがままになっている。

 

「……なぁ薫」

「なに?」

「もしかして恭華って、いじめられるのが好きだったりすんのか?」

「ん-、どうだろうね。恥ずかしいより楽しいが勝ってるとか? 恭華ねーさんも女の子だし、可愛い恰好するのが楽しいんじゃない?」

「そういうもんか」

「そういうもんだよ。だめだめですね」

 

 敬語を使った薫が可愛すぎて一目散に家を飛び出しウィンドミルを披露したところ、割と本気で止められた。アスファルトでやってて痛かったから助かる。

 

 

 

 

 

 大人気のケーキ屋、『オラクル』。井原家が経営している店であり値段も高いが、仲良くなればなんでもサービスしてくれる素晴らしいお店。

 

「は、早く買って帰ろう、な?」

「せっかくやし中で食べて行こか」

「鬼!! もうやだ! みんな変な目で見てくるもん!」

「恭華ねーさんが可愛いからだよ」

「あと俺がカッコいいからだな」

 

 キメ顔の俺をスルーして三人がオラクルへと入っていく。春乃と薫はともかく、恭華さっきまで入るの嫌がってただろ。羞恥心より俺に構う方が嫌なのか? まったく、可愛い妹め。

 

 むなしくなった心を誤魔化すようにスキップしながら入店する。井原がいたら面白いなと思って店内を見渡すが、残念ながら井原はいないらしくバイトらしき店員さんときゃーきゃー騒ぎなら春乃と恭華と薫がケーキを選んでいるところだった。

 

「あ、恭弥くん。先席行っといて! あとで持っていくわ!」

「ん、悪いな」

 

 恭華が店員さんから「すごく似合ってますねー! めちゃくちゃ綺麗! うちで働きませんか!?」と勧誘を受けたり「今度一緒に遊びません? 服見に行きましょう!」とナンパされたりしている姦しい話声を背に席へと向かう。なんか、あれだな。なんとなく肩身狭いな。

 

 せっかくならと外から見える窓際の席に座る。ここなら「あ、メイドさんがケーキ食べてる!」と外を歩く人が興味を持ってオラクルに入ってくれることだろう。友だちの店だから集客のことも考えてるんだ、俺は。うわ、びっくりした! 偉すぎて一瞬総理大臣になったかと思った!

 

「……むなしいな」

「お兄さん、今一人?」

 

 窓の外を眺めて呟くと、対面に誰かが座った。見ると、人懐っこい笑みを浮かべて俺に手を振る井原。

 

「あれ、今日いないんじゃねぇの?」

「今日手伝いの日じゃないから、奥にいたんだよ。でも恭弥がいたから会いにきちまった! つーわけでご一緒してもいいっすか?」

「おう。ちょうど俺もお前を探してたしな」

「相思相愛じゃん! ヤバ!」

 

 ちゅっ! と投げキッスをしてくる井原に笑いながら、「気分が悪いな」と冗談を返す。「ひでー!」とまったく気にした様子もなく井原が笑っていると、ほどなくしてケーキをトレーに乗せた春乃たちがやってきた。

 

「あれ? 井原くんやん」

「あれ? 岸ちゃんじゃん! 薫ちゃんもこんにちはー! 後ろにいるのは恭華ちゃん?」

「こんにちは、井原さん」

「……」

 

 恭華は春乃と薫の背に隠れて出てこようとしない。クラスメイトの井原に見られるのはかなり恥ずかしいんだろう。しかしそれを許す春乃ではなく、テーブルの上にトレーを置くと容赦なく恭華を前へと引っ張り出した。

 

「じゃん! どや井原くん! めっちゃかわええやろ?」

「ちょっ、春乃! 悪魔め! 一族郎党根絶やしにしてやる!」

「こわ」

 

 ついにブチギレた恭華が春乃に掴みかかろうとするが、恭華はいい子なので店の中で暴れることはしない。振り上げた腕をゆっくり下ろし、代わりに恨みの念を込めて春乃を睨むが、春乃は俺の隣に腰を下ろして「さ、ケーキ食べよか!」とガンスルー。涙目になった恭華を薫が慰める姿を見ながら、そこでふと違和感を覚えた。

 井原が反応を示さない。どうせ「お、めっちゃ可愛いじゃん! メイドって感じ!」みたいな反応すると思ってたのに。不思議に思って井原を見てみると。

 

 井原は目を丸くして、恭華を見ながら頬が少し赤くなっていた。

 

 ……あぁ、まぁそうか。俺にとっちゃ双子の妹だけど、井原にとっちゃ綺麗なクラスメイトだもんな。そりゃあその反応をしても無理はない。

 

「……おい井原、なんか反応してくれ。無反応は流石に泣くぞ、私も」

「……あ、ワリィ。その、なんつーか」

 

 恭華も気になったのか、それとも怒りの矛先を向ける場所がわからなくなったのか。井原に言葉をぶつけるとやっと井原が口を開いた。

 

「めっちゃ可愛くて見惚れてた! いつも綺麗だし可愛いしって思ってたけど、今は超がつくほどって感じだな!」

 

 いつものように明るい笑顔で、まったく邪気のない言葉で打ち返す。

 

 さて、これによって何が起きるか。恭華は道中すれ違う人の視線に晒されながら歩いてきたが、直接的な言葉は受けていなかった。さっき店員さんに可愛いとか言われていたが、あれは同性からの言葉。そして今は異性からの言葉。しかも同級生。極めつけに、恭華は異性関係が最大の弱点であり、そういうことにまったく慣れていない。

 

 結果、顔を真っ赤にして硬直し、空気を漏らすだけのメイド服を着た置物が出来上がった。

 

「恭華ねーさん」

「……」

「恭華ねーさん」

「……」

 

 最愛の妹である薫の声にも反応せず、時が止まったかのように硬直する恭華を見て春乃は爆笑、するのではなく店の中だからと口を手で押さえて必死に笑いを堪えていた。

 

「……? あれ、なんか気に障るようなこと言っちまったならごめん! でもマジで似合ってる!」

「ふっ、そ、そろそろやめたって。恭華めちゃめちゃ恥ずかしがってるから」

「? なんで恥ずかしいんだ? すげぇ可愛いのに」

 

 春乃がテーブルに突っ伏した。ぴくぴくと痙攣していることから、よっぽど恭華を無意識に攻撃する井原がツボに入ったらしい。ちょくちょく思うけど春乃っていじめるの好きだよな。俺もいじめてくれないかな?

 

「……ぁ」

「あ、動いた」

 

 俺がどうすれば春乃にいじめてもらえるか天才的な頭脳をフル回転させ始めたところで、ようやく恭華が音を漏らす。視線の先には井原がいて、どうやら井原に何かを伝えたいらしい。なんだこの初めて意味のある言葉をしゃべりそうな赤ちゃんを見守るみたいな状況。

 

「えと」

 

 恭華はもじもじして井原を見て、それから少し視線を逸らした。

 

「……ありがとう」

「? どういたしまして!」

 

 思わず俺もテーブルに突っ伏して笑いを堪える。純粋すぎる恭華と何もわかっていなさそうな井原にツボを刺激された。

 

「ぶっ、くく、ちゃんとお礼言えて偉いねぇ恭華ちゃん! 流石俺の妹だね!」

「今クラス全体に『恭弥にメイド服を着せられて辱められてる』って送った」

「恭華ねーさん。それどう覆ろうと恭華ねーさんがメイド服着たって事実が広まると思うんだけど」

 

 恭華が崩れ落ちた。なんでこういう自滅癖も似ちまったんだろうな。



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第176話 それぞれの密?会

「……死んどる」

「……」

 

 恭弥くんと会った次の日。体育祭の代休を利用して光莉に『明日遊ぼー!』と送って『私を笑いたいのね?』って返ってきたときも相当やなと思ってたけど、まさかここまでとは思ってなかった。

 光莉は常に俯いて定期的に「日葵……」と呟き、死にながら生きているという表現が一番合うような状態で私の前に座っている。ぱーっと遊んで気分紛らわせようと思ってたけど、会った瞬間カフェに入って休憩を選んだのは間違いやなかった。

 

「信じられる? 私この二日間、いや三日間日葵と連絡とってないのよ? もう飲まず食わずと一緒よこれ。私に必要な栄養がまったく足りてない」

「いつもご飯作ってくれてる親御さんに謝れ」

「私の親が栄養バランス考えてご飯作ってるわけないじゃない」

「ほなその胸についてるもんはなんやねん」

「才能」

 

 ムカついたから胸をちょっと突いてやると、ぴくっと反応して「はぁ、はぁ」と興奮し始めた。よし、まだ大丈夫やな。光莉に変態性が残ってるうちはまだ安心。

 ……こういう風に光莉の状態を確認してる私も、随分毒されてるんやなぁ。自分のことはもうちょっとまともやと思ってたんやけど、流石にあんな濃い連中と四六時中一緒におったらおかしくなってまうわ。

 

「てか、毎日連絡とってたん?」

「当たり前じゃない。私たち親友よ? 羨ましい? 羨ましいでしょ!」

「日葵なしで生きて行かれへん体になんのは勘弁やなぁ……」

「は? 日葵に依存すること以上に光栄なことはないでしょ。殺すわよ?」

「すぐバイオレンスになんのやめぇや」

 

 ほんとに、どうするつもりなんやろ。連絡とってへんだけでこれなんやから、明日になって日葵がまだ意地張って光莉を無視とかしてもうたらとんでもないことになりそう。日葵はええ子やから多分謝ると思うし、恭弥くんも恭華も千里も、もちろん私も日葵と光莉が仲悪そうにしてるのは見てられへんから「流石に……」って思ったらなんとかするやろうし。

 

「ねぇ春乃。体育祭でのことも今までのこともそしてこれから先のことも全部私が悪いって自覚あるんだけど、日葵許してくれると思う?」

「今までのことはともかく、これから先のことは自覚あるんやったらやめろや」

「じゃあ聞くけど!! 好きって気持ちはやめられるものだと思う!!?」

「あれ、恭弥くんに対してのそれはやめたんちゃうん?」

 

 顔を上げて詰め寄ってきた光莉にカウンターを食らわせると、ぴたりと固まってゆっくりと離れていく。そして目をたっぷりと泳がせた後、上目遣いで「き、気づいてたの?」と一言。なんやこの子可愛すぎんか? 一瞬一晩を共にするんかと思った。

 

「や、そら気づくやろ。私かて角度とかいろんなもんは違えど光莉と同じ立場っちゃ同じ立場やし。なんとなくな」

 

 光莉から恭弥くんへのアピールがおとなしくなったというか、光莉が恭弥くんのことが好きっていうのは変わってないんやろうけど、それを伝え続けるっていうことはやめたような、そんな気がした。恭弥くんも恭弥くんで、ある日を境に女の子扱いしてるっちゃしてるけどどっちかっていうと『かなり仲のいい友だち』みたいな感じで光莉に接するようになってたし。

 

「どこでどうやってどんな感じに折り合いつけたんか知らんけど、私に一言くらい言うてくれてもよかったんちゃう?」

「……や、これはもう個人的なことっていうか、私がそうしたことで春乃の気持ちとかに影響与えたりしたらいやだなって」

「他人のどうこうでブレるような半端な気持ちなら、最初から持たんわ」

「かっちょえぇ……」

 

 私なら光莉みたいなええ子ほっとかんやけどな、と言いかけたのをぐっと堪えて微笑みに変える。きっと恭弥くんもほっといたわけやなくて、ちゃんと考えて光莉と向き合ってくれたんやと思う。まぁ恭弥くんのことやから自分からってわけやなくて、ただその場その場に流されて受け入れてた、みたいなこともありそうやけど。そういうとこが可愛くて、なんだかんだ誠実やから好きやねんなぁ。

 

「……こういう話になっちゃったから聞いちゃうけど、春乃は勝つ算段あるの?」

「ん? まぁ学生のうちは無理やろな。色々やってみたけど日葵が一番好きっていうのは絶対やろうし」

 

 あっさり言った私に光莉は目を丸くして驚いている。そんなおかしなこと言うたか?

 

「え、じゃあ、え? もう諦めてるとか……?」

「んなわけないやん。学生のうちはって言うたやろ? 人生まだまだ先長いんやから、チャンスなんかいくらでもあるやん」

「あんた、私の日葵から恭弥を奪い取る気……?」

「どうやろ、そういう形になるんかな? でも無理やりとかそういう風には考えてへんで」

 

 多分このままいけば恭弥くんは今年のうちに日葵と付き合うやろうし、それは避けられへん。なんやろ、軽く聞こえるからあんまり言いたないけどそういう運命っていうか、そんな感じがする。

 

「春乃。あの二人は付き合ったらもうそのまま結婚まで行っちゃうわよ。別れるなんてありえない」

「やろなぁ」

「やろなぁって……」

「でも人生何があるかわからへんで? 普段の二人を見てたらそら別れへんやろうけど、二人の人生は二人だけのもんやないし、そういうのひっくるめてチャンス期待するしか今んとこ勝ちの目ないから」

「……辛くないの?」

「んなわけあるかい。こんなに人を好きになれるんやから、幸せ以外に言葉見つかる?」

「悪いことは言わないわ。私と結婚しましょう」

 

 指でバツ印を作ると、光莉が「あぁん!! フラれたぁ!!」と叫び、なぜかセクシーポーズをとった。ほんまになんでやねん。

 

 ……まぁ、なんかええ感じのことは言うたけど見ようによってはみっともなく縋り付いてるようにも見えるかもしれへん。でも、恭弥くんが日葵のこと好きやからって気持ちだけ伝えてはい終わりにはしたくない。だって、私が『好き』ってそういうもんやと思ってるから。気持ちに折り合いつけて、身を引いた光莉の『好き』を否定するわけやない。

 

 ただ、なんとしてでも恭弥くんの隣には私がいたいから。

 

「はぁ、なーんであんなクズが私たちみたいないい女に好きになってもらえてるのかしらね」

「好きになったもんはしゃあないやろ」

「あんたねぇ。そんなんじゃ婚期逃して一人寂しい人生送っちゃうわよ?」

「どうなろうと恭弥くんとは付き合い続けてくし、もちろん日葵とも光莉とも千里とも。せやから寂しくなんてならへん」

「えっ! それは私と結婚してくれるってこと!?」

「私が結婚したいのは恭弥くんやから」

「恋する乙女、強し」

「まぁでも」

 

 私は立ち上がって伝票を手に取り、見上げる光莉に笑顔を向けた。

 

「デートくらいはしたってもええで?」

「いやん! 好きになっちゃう!!」

「やめてくれ」

「急に突き放すな」

 

 冗談やんと笑いながら光莉の手を取って、楽しいデートへと向かう。私と遊んで日葵とのこと一瞬でも忘れてくれたらって思ったけど、そう簡単にはいかへんやろうなぁ。

 

 好きってそういうもんやし。

 

 ただちょっとムカつくから、刺激的な思い出にして塗り替えたろうかなとは思った。

 

 

 

 

 

「頼む!!」

 

 今俺は、窮地に立たされていた。

 

 場所はオラクル。昨日きたばかりだが今日は恭華と薫と春乃はおらず、俺の目の前には手を合わせて俺にお願いをしている井原がいる。

 そのお願いの内容は、

 

「恭華ちゃんと遊びてぇんだよ!」

 

 どうやら昨日の一件で恭華のことが気になってしまった井原が、恭華と遊びたいというもの。俺の可愛い妹に手ぇ出すとは上等だなってか俺と友だちになるやつってなんで俺の妹に手ぇ出そうとするの? おかしくねぇか。俺がもうそういうやつ集めてるみたいになるじゃん。俺が妹の平穏脅かしてるまであるじゃん。本人が脅かされてるって感じてるかどうかはともかくとして。

 

 井原はいいやつだ。顔はいいし運動できるし頭はそれほど良くないが、それは勉強ができないっていう意味で社会的に生きていくっていう意味ならむしろ頭はいい。それに気遣いができていつも明るくて周りを元気にしてくれる……あれ? 俺が断る理由どこにあるんだ? むしろ井原みたいないいやつが恭華をもらってくれるならこれ以上の安心はねぇんじゃねぇか?

 

 いや、ただ。

 

「お前、恭華のメイド服見た次の日にそれは邪すぎだろ」

「アー、まぁそう思われるよな。ただ、なんつーんだろ」

 

 井原は言いにくそうに一瞬視線を逸らし、また馬鹿みたいに俺の目をまっすぐ見つめた。

 

「なーんかさ。可愛い! とか美人! とか思っても、好き! とはならなかったんだよ俺」

「あーはいはい。昨日恭華見て新たな感情揺さぶられたからその感情の意味を確かめたいみたいなそういうやつ? 俺の妹を実験道具にするつもりか!!」

「突飛な想像マジ恭弥って感じ! やーでも意味を確かめたいとかそういうんじゃねぇんだわ。なんだろ、昨日恭華ちゃんもちゃんと女の子なんだなーって改めてわかった時、そういうの全部独り占めにしてぇ! みたいな感情がパーティ起こしててさ!」

 

 ……それってつまり好きってことなのでは? 早すぎねぇかほぼ一目惚れみたいなもんだぞ。なんか井原だったら一目惚れが一番似合う気がするし無理がないし別に思うところもないけど、なんか、なんだろうなぁ! この正面切って妹のことが好きって言われた時の気持ち! なんで井原クズじゃねぇんだよ応援したくなるじゃねぇかチクショウ!

 

「……あれ、てか恭華と遊びたいなら別に俺通す必要ないだろ。明日会えるんだからそん時誘えばいいだろうし」

「え、なんで? 恭華ちゃんって男苦手そうだし、恭弥がダメっつったら恭華ちゃんにとってもダメなんだろうなって思ったんだけど」

 

 俺は敗北を認めた。ダメなわけないじゃんこんないいやつ。これから先どこを探したって見つかんねぇよ。あぁこれで氷室家は安泰だ。恭華はまともっちゃまともだし井原はいいやつだし、初めて氷室家で素晴らしい遺伝子が生まれるかもしれない。

 

「っつーわけでお願いしてるわけなんだけど、ダメ?」

「ダメじゃねぇよ。その代わり、恭華の嫌がることすんなよ」

「おう、サンキュー! じゃあ早速明日連絡先聞くか!」

「ん? いや別に俺が教えるぞ」

「ダメだろそれ! フセージツ? ってやつだ!」

 

 俺はこの日、初めて男としての敗北を痛感して涙を流した。



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第177話 関係性

「意地張って無視しちゃってごめんなさい!」

「いいのよぉおおおお!! 私こそごめんねぇええええ!!!!」

 

 放課後、教室にて。

 

 一日中日葵と話せず死んでいた私は、日葵の謝罪を受けて無事息を吹き返した。恭弥たちを先に帰らせた時はついに絶交されるのかと思ったけど、やはり私と日葵は親友であり、生涯の友であり、運命共同体であり伴侶であり盟友であるらしい。私は号泣しながら日葵の胸に飛び込み、「今なら何やっても怒られないのでは?」という純粋な気持ちのもとこれでもかとほおずりをかます。ふふ、や、やわらか、い!!

 

「ほんとにごめんね? 光莉と話せてないっていう時なんかなかったから、どうやって話しかけようとか、どうやって謝ろうとかずっと考えちゃってて」

「いいの、いいの! 主観的に見ても客観的に見ても十割私が悪いんだし、日葵は謝らなくていいの!」

「……それで、えっとね」

 

 ビビッ! 日葵の体温が少し上昇した……? これは何か恥ずかしがっている証! え、もしかして私に告白してくれるとか? いやぁ、あはは、そんなそんな。私は告白どころかプロポーズを受け入れる準備もできてるけど、こんな教室でいきなりなんて。あ、仲直りセックスってこと!? ふふ、日葵ったら大胆!

 

「恭弥と春乃から、体育祭のね? なんでもいうこと聞くってやつで、その、もし仲直りできたら今日一日光莉をいっぱい甘えさせてあげてって言われてて」

「ちょっと待ってて日葵。心の友たちに連絡してくるから」

「わ、わかった」

 

 スマホを取り出しグループ通話を開始する。少しして聞こえてきたのは恭弥と春乃と恭華、そしてくぐもった千里の声だった。

 

『おう光莉、どうした?』

『こっちは私たちに黙って薫と放課後勉強会デートを約束していた千里をいかにして沈めようか相談していたところなんだが』

「そんなどうでもいいことはほんとにどうでもいいの。それよりありがとね恭弥、春乃。あなたたちのおかげで今日は熱い夜を過ごせそうだわ」

『反省してへんみたいやな』

 

 反省……? 日葵に甘えさせてあげてって命令をしておいて、白々しいセリフね。私が甘えていいってことはそれすなわちセックスだっていうのは恭弥と春乃ならわかっているでしょうに。

 

『あ、そうそう。どうせ光莉のことだから通話してくると思ってたから、今お前に対する命令を発表します』

『今日一日、日葵に性的な接触禁止! ってことで』

「マジかよ」

 

 私は膝から崩れ落ちた。日葵の可愛らしい心配する声が聞こえてくる。こんな、こんなことってない! 声を聞くだけで性欲が掻き立てられるのに、性的接触禁止だなんて! しかも日葵が甘えさせてくれるのに!? 心の友かと思ってたけど悪魔よ、悪魔! 信じられない。私たちの友情はどうやらここまでらしい。

 

『んじゃあまず手始めに、日葵ー? 聞こえとる?』

「うん、聞こえてるよ!」

『おっけー。光莉をぎゅってしてなでなでしたげて』

「了解です!」

 

 日葵が近づいてくる。さっきは恥ずかしそうだったのにやけにノリノリで、跪いている私をそっと胸に抱きよせると、そのまま柔らかく頭をなでてくれた。

 

「あ、あが、ぐぎっ」

「え、えっと、光莉が苦しそうなんだけど大丈夫なのかな……?」

『あぁ、それ喜んでるだけだぞ』

『あと性的なことができひんことに対する自制でそうなってるだけやから、大丈夫やで』

 

 日葵、いいにおい、柔らかい、手が優しい。あれ、むしろこれ性的なことしなくていいんじゃない? こうして抱かれて撫でてもらえてるってことは実質私は日葵の子どもってことよね? つまり日葵は私のママってことよね?

 ということはそれすなわち、私は日葵の子どもだから、ママのおっぱいを吸うことはなんにも性的じゃないってことよね!

 

『ちなみに日葵はお前のママじゃないからおっぱいを吸うのはアウトだぞ』

「今だけはあんたが私と同じ思考してるのが恨めしいわ」

「えっ!? そ、それって恭弥が私のおっぱい吸いたいってこと!?」

『これ以上墓穴掘らんようにするために恭弥くんは速攻で帰りました』

 

 ふっ、勝ったわね。日葵は私を抱きながら恭弥のこと考えてるから負けてるような気もするけど、恭弥が勝負を放棄したから私の勝ち。誰か敗北を教えてくれないかしら。

 

『ほな、これ以上は二人の邪魔なるから私もここらへんで失礼するわ』

 

 言って、あっさりと春乃がグループ通話を終える。そういえばどうでもいいから気にしてなかったけど結局千里はどうなったんだろう。多分死んでるから、明日さりげなくどうなったか千里に聞いてみよう。どうせ生き返ってくるし。

 

 そんなことより今は日葵の柔らかさを堪能するとき! と日葵に触れている肌に神経を全集中させていると、頭の上からため息の音が聞こえてきた。え、私を甘やかすのってそんなにストレス?

 

「日葵、無理しなくていいわよ? 別にあいつら見てないんだから、もう甘やかさなくても」

「あ、ううん違うの! 光莉可愛いしずっとこうしてたいくらい! さっきのため息は、その、光莉いいなぁって」

「それは体の相性がってこと!?」

「違うけど」

 

 違うらしい。

 

「恭弥と同じ思考ってところ。私から見ても似てるなーいいなーって思っちゃうから、ちょっと羨ましいなーって」

「あぁそういうこと。そうね、自分が持ってないものは羨ましいって思っちゃうものだけど、案外本人からしてみたらそんなにいいものでもないのよ?」

 

 例えば、恭弥の気持ちが誰に向いているのかはっきりわかっちゃったりとか。恭弥自身に恋してなかったらこれもプラスだとは思うけど、私の場合は違ったし。ほんとにあいつなんで私と似てるんだろ。人としての程度が一緒ってこと? 流石にそれはない。雲泥の差、月とすっぽん。私と恭弥はそれくらい人としての格が違う。

 

「でも、恭弥がしたいこととかほしいものとか知れたら、いっぱい喜んでもらえるでしょ?」

「私をいっぱい喜ばせてよ!! 今日葵と一緒にいるのは私でしょ!! 他の子の話しないで!!」

「えへへ、ごめんね? 可愛いなぁ光莉」

 

 おい、天使か? 自分でもクソめんどくさいムーブしたなと思ったのにより優しく抱きしめてなでなでされてるぞ。この子私のこと好きすぎない? それか底抜けに優しい? 答えはどっちも。つまり日葵は天使どころか女神。そんな女神の寵愛を受けている私はやはり天使。しかも可愛くておっぱいが大きい。

 

「にしても、ほんとに恭弥のこと好きよね。さっきの口ぶりだと恭弥の考えてることがわかったら全力で恭弥に尽くすんでしょ?」

「うん。だってす、好きだもん」

「私は?」

「もちろん光莉も好きだよ!」

 

 あーあ、光莉ちゃんわかっちゃうもんね。恭弥に対する好きと私に対する好きで熱量とか想いとか全然違うの。そりゃそうなんだけどやっぱり嫉妬してしまう。私のことだけ見てくれたらいいのにとか、私も小さい頃からずっと恭弥と日葵と一緒にいられたらよかったのにとか。日葵は私のこといいなって言うけど、私も日葵のこといいなって思ってるのにとか。

 日葵はそういうことを言っちゃうと本気で気にしちゃうから絶対言わないけど。

 

「ねぇ光莉。今日このままデートしにいこっか。仲直りもできたし!」

「あら、いいの? 私安い女じゃないわよ」

「えー? じゃあやめとこっかなぁ」

「すみませんでしためちゃくちゃデートしたいです。あわよくばその先にも行きたいです」

「それはだめ」

 

 それはだめらしい。まったく、高い女だぜ。

 

 

 

 

 

 千里を軽々しく殺そうとした時薫から連絡がきて、「千里ちゃんが無事じゃなかったら嫌いになる」と言われてしまったため千里を逃がし、春乃と別れて恭華と帰っている途中。

 

「あ、そういや恭華。今日井原から何か聞かれたか?」

 

 と、昨日のことがふと気になって聞いてみると、恭華はわかりやすく頬を赤くして目を泳がせ始めた。あ、これ何かあったな。

 ほんとにこれどうにかした方がいいよなぁ。俺も人のこと言えないけど、恭華はわかりやすすぎる。行くところに行けばあっさり悪い男に捕まってしまいそうな危うさがあるから、社会に出るまで、むしろ社会に出てからも俺が面倒見てやらないと。

 

「……その、相談してもいいか?」

「おう。なんせ俺は兄貴だからな」

「ありがと」

 

 いや、可愛すぎるので面倒見させてください。なんだなんだ、俺と双子だから俺と似たところがありすぎてちょっと嫌になるかなと思いきや、そういや俺自分のこと大好きだから嫌になるなんてあるはずもなく、愛しくて仕方がない。なんだしおらしく「ありがと」って。薫ならよっぽど弱ってないとそんなこと言ってくれないぞ。

 

「えっと、井原から連絡先聞かれたんだ」

「おう」

「で、恭弥の友だちだし、いい人だって知ってるから教えたんだ」

「うん」

「どうすればいいと思う?」

「何が?」

 

 数ターンくらい会話を聞き逃したのか? そんなはずはない。可愛い妹からの相談なのに俺が聞き逃すなんて絶対にありえない。っていうことは、恭華は俺なら伝わると思って言ってくれたってことだ。

 ならば考えよう。『井原から連絡先を聞かれて』『いい人だって知ってるから教えた』からの『どうすればいいと思う?』。恭華は男との関わりが極端に少ない上かなり初心だ。そんな恭華が男と連絡先を交換して悩むことと言えば、

 

「あぁ、そういうことか。別に気ぃ遣って連絡しようとか思わなくていいぞ。向こうが連絡してきてくれたら答えりゃいいし、もういいかなって思ったら途中で切ってもいいし。井原は無理に連絡するよりも、気ぃ遣わない方が嬉しいと思うぞ」

「あぅ、えっと、その、違うんだ。連絡先を教えた時にな?」

 

 あれ、『連絡先を教えたはいいものの、どうやって連絡をすればいいのかわからないし、連絡がきたときにどうすればいいのかもわからない』ってことじゃなかったのか? じゃあなんなんだ。なんで恭華はめちゃくちゃ恥ずかしそうにもじもじしてるんだ?

 

「……す、好きになったっぽいから、よろしくって言われて」

「ちょっと待っててね。お兄ちゃん井原と話があるから」

 

 俺は恭華を家まで送り届け、その足でオラクルへと向かった。



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第178話 クズVS聖人

「さて、井原。俺はお前に言いたいことがある」

「やべ、告白的な? ドキドキしてきたんだけど!」

 

 オラクルに突撃し、入ってすぐに見かけた井原を近くの公園へ連れ出して話し合いの体勢に入ると、俺の妹に告白したばかりだというのにいつもと変わらない調子で答える井原。こいつに限って冗談で好きとか言わないとは思うけど、告白した女の子の兄を相手にするにしてはいつも通りすぎないか? もしや好きって言うのは日常茶飯事だったりする?

 

 ……日常茶飯事でもおかしくないな。こいつ思ったことはすぐ口にするタイプだし。いいやつでバカすぎていい人止まりだったから今までそういう話がなかっただけで、女の子相手に好き好き言いまくっている可能性がある。もしそうだとしたら、恭華みたいな純粋培養液で育てられた箱入りどころか試験管入り娘は多大なショックを受けることだろう。

 

 だからこそ、兄である俺は井原が恭華を傷つけないように教育する必要がある。

 

「まず、恭華に好きって言ったのは本当か?」

「ほんとだぜ! だって好きだもんよ」

「……それに関しては、まぁ。恭華相手なら正解みたいなところもあるからまぁよしとしよう」

 

 もしかしてあいつ、私のこと好きなのか? なんて恭華が考え始めたら、恥ずかしくなって逃げだして、一生話せなくなるみたいなこともありえる。だから真正面から好意を伝えるのは間違いじゃない。そうすれば恭華は真正面から答えようとするし、なんなら意識もする。きっと今頃家で薫に「ど、どうしよう、どうしよう!?」って情けなく相談に乗ってもらっているに違いない。

 

「昨日俺の許可貰いに来た割には行動早いなとかそういうことも別に思ってないし、許可貰いに来るならもうちょっと俺に気を遣ってアプローチしろよとかも全然思ってない」

「実は気にしてね?」

「気にしてるに決まってんだろ!! 正しい行動を正しいと認めるのと、感情で認めるのは別の話なんだよ!!」

「じゃあどうしたら納得してもらえるんだ?」

「……いや、昨日の段階でそのあたりは口出さないようにしようって決めたから納得させてもらわなくてもいい。お前と恭華のペースがあるだろうしな」

 

 薫は中学生だし、絶対に守ってやらないといけないけど、恭華は同い年で井原も同い年。なら口を出しすぎるのはあまりよくないというか、出しすぎると恭華にも井原にも失礼だろう。だから、お節介を焼くのはこれで最後だ。ただし恭華と井原から相談された場合を除き、更に俺がどうしても気になった場合は除く。

 

「ただな、お前は思ったことすぐ口にしちゃうだろ? 可愛いとか好きとか綺麗とかそういうの全部。まずそういうのは恭華の前では我慢すること」

「え!? 言っちゃダメなのか!? 変な話だなぁ。あんな可愛いのに」

「あぁ、恭華に対してはいい。あれだよ、他の女の子に対してとか」

「あー、それは流石にバカでもわかるぜ。俺がそういうやつだってわかってても不安にさせちゃうもんな。大丈夫だって! 俺バカだけど、人を傷つけるタイプのバカじゃねんだわ! 『そういう人間』だってのを盾にするつもりはまったくナッシングトゥザフューチャー!」

 

 ……これもう俺が首突っ込む必要なくねぇか? どう考えたっていい未来にしか行かないだろ。むしろもう恭華のことをよろしくお願いしますって言いたくなってる。喉どころか舌まで出たわ。舌がもう「き」って言ってた。正直さっきまで「恭華の内面知らないのにいきなり好きってどういうことですか?」って思ってたけど、これからだよな。これからお互いに知っていけばいいんだ。

 

「あ、つーかさ。俺ら将来的にブラザーになるんじゃん? だったらそろそろ俺のこと名前で呼んでくれてもよくね?」

「お前が恭華と結婚したとしても井原だろ? 呼び方変える必要ねぇじゃん」

「いや、ほら! 仲良くなった証みてぇな? なんか寂しいんだよ! 恭弥って仲いい人のこと下の名前で呼ぶからさー」

「……じゃあこれからは蓮って呼ぶか」

「!! へへ、おう! よろしくな恭弥!!」

 

 この日、俺は初めて千里以外の男にきゅんときてしまった。

 

 

 

 

 

「薫を人生の先輩と見込んで相談に乗ってほしいことがある」

「人生の先輩は恭華ねーさんだと思うけど……」

 

 兄貴が家の前まで帰ってきていたのに恭華ねーさんを置いてどこかに行ったかと思えば、「ただいま」の次にやけに真剣な表情で言ってきた恭華ねーさんに冷静に返す。なんかほっぺ赤くして手をぎゅっと握ってすごく可愛い感じになってるし、私を先輩だって言うなら多分恋愛とかそういう方面の相談だと思う。っていうことは兄貴は恭華ねーさんの相手を見定めにいったとかそんなところかな?

 

 ……千里ちゃんみたいに殺されてないといいけど。

 

「あれだ。その……情けないお姉ちゃんだって笑わないで聞いてくれるか?」

「もちろん。それに、恭華ねーさんは情けなくないよ。確かにちょっとぽんこつなところはあるけど、私にとっていいお姉ちゃんだもん」

「私はこんないい妹に相談するのか……!!」

 

 ちゃんとフォローしたはずが、恭華ねーさんの中で何か葛藤が生まれてしまったらしい。あれかな、『いいお姉ちゃんでいるためにはもっと頼れるようにならないといけないから、相談なんてしてる場合じゃない』とか?

 

「ん-ん。いっつも守ってもらってばっかりだから、頼ってもらえるのってすごく嬉しいよ」

「こんないい妹はやはり嫁にやるべきじゃないな。明日も千里を殺すことにしよう」

「できれば好きな人の殺害予告は別でしてほしいけど……」

「私が言うのもなんだが、別でやればいいってわけでもないと思うぞ」

「それはほんとにそう」

 

 というかやっぱり今日も殺されたんだ。さっき電話がかかってきて『しばらく再起不能だから、ちょっと家にいくの遅れるね』って言われたからそうだろうなって思ってたけど、お互い懲りないなぁと思う。

 

 話がそれ始めているのに気付いたのか、恭華ねーさんがはっとしてまたもじもじし始めた。このまま待ってると兄貴が帰ってきてお父さんとお母さんが帰ってきてかなりややこしい事態になりそうだから私から聞こうかなー、と思い始めるのと同時に恭華ねーさんが話し出す。

 

「えっと、あの、男の子から好きって言われたらどうしたらいいと思う……?」

「もっと詳しく聞かせてくれる?」

 

 男の子から、告白。恭華ねーさんは美人だし可愛いしいい子だからそりゃ好きになる男の子はいくらでもいると思ってたけど、兄貴がいるから高校のうちは浮いた話なんてないと思ってた。相手によっては今兄貴の手によって浮いた話が沈められるかもしれないけど、妹としては恭華ねーさんの恋愛事情がかなり気になる。

 前のめりになって恭華ねーさんの言葉を待っていると、もしょもしょと詳しく教えてくれた。

 

「その、井原って知ってるだろ?」

「うん。兄貴の友だちの人だよね?」

「そう。その、井原から好きって言われたんだ」

 

 井原さん。兄貴の友だちで、よく一緒にいるってわけでもないはずだけどやけに兄貴からの評価が高い人。何回か話に聞いたことはある中で、悪い印象を受けたことなんて一度もなかった。そもそも、兄貴が男の人の話を私にするって時点でとんでもないことだから、そんな兄貴が私に話してくれた井原さんは相当いい人なんだと思う。

 つまり、浮いた話が沈められるようなこともなさそう。

 

「それで、連絡先交換しちゃって。なんか、こういう時どうしたらいいかわからなくて。井原は悪い奴じゃないって知ってるけど、いざ好きって言われるとなんて返せばいいのかなとか、そもそも明日どんな顔して会えばいいのかなとか」

「恭華ねーさんかわいい」

「私は今まじめな話をしてるんだ!」

 

 だから可愛いって言ってるのに。でも機嫌を損ねちゃったらいけないから「ごめんね」と一言謝っておく。

 

 私の感情は置いておいて、なるほど。確かに恭華ねーさんからすれば難しいどころの騒ぎじゃない。もともとそういう経験が一切ない上にそれに対する耐性もまったくないから、本当にどうすればいいのかわからないんだろう。ほとんど話にしか聞いたことないけど、井原さんなら絶対連絡してくれると思うし、恭華ねーさんが恥ずかしがってるからって連絡を返さないっていうのも申し訳ない。

 

 何より、『兄貴が認めた人』をここで手放すのはかなり痛い。あの過保護で愛情深い兄貴を正面から突破できる人なんて、それこそ井原さんか千里ちゃんくらいだろうから。

 

「連絡はきてみないとどうすればいいのかっていうのははっきりとわからないけど、ん-。恭華ねーさんはどうしたいの?」

 

 でも結局のところ、いくら兄貴が認めようが大事なのは恭華ねーさんがどうしたいかだと思う。恭華ねーさんにその気がないのに煽っても仕方ないし、相手にも失礼だから。

 

「えっと、わ、私は」

 

 私が聞くと、恭華ねーさんはたっぷりもじもじした後、俯きながら言った。

 

「仲良くは、したい。す、好きって言ってもらったのは、純粋に嬉しかったから」

「……」

 

 私のお姉ちゃんが可愛すぎる。これはなんとしてでも井原さんに恭華ねーさんをもらってもらわないと。井原さんがいい人だっていうのが前提だけど、それは兄貴が認めてるからクリアしてるって言ってもいいし。

 この瞬間、私は恭華ねーさんの恋愛を全力で応援しようと心に決めた。きっと恭華ねーさんのことだから「は、初めて付き合った人とは結婚しないといけないんだろう!?」って大慌てする未来も見えるし、恭華ねーさんのケアをしつつ井原さんとも連絡をとって「恭華ねーさんはそういう人なんです」ってさりげなくアピールしておかないと。

 

「仲良くしたいなら、いつも通りにしてあげて。困っちゃったらいつでも兄貴か私を頼ってくれていいし、井原さんに泣かされちゃったら私たちがこら! って言いに行くから」

「い、いつも通り……私のいつも通りってなんだ!?」

「恋愛関係にとっても初心で、どうしたらいいかわかんないって焦ってるのもいつも通りの恭華ねーさんだから、そのままでいいよ。きっと井原さんも、どうしようって恭華ねーさんが悩んでくれてるってわかってくれると思うから」

「そ、そうっ!?」

 

 恭華ねーさんが返事をしようとしたタイミングで、恭華ねーさんのスマホが鳴る。恭華ねーさんが慌ててスマホを取り出すと、わかりやすく顔を真っ赤にして私を見てきた。

 

「井原さんから?」

「で、電話じゃないのが救いだけど……な、なんてきたんだろうか」

「一緒に見ていい?」

 

 小さく頷いた恭華ねーさんと一緒にスマホを覗き込むと、そこには。

 

 公園のベンチで肩を組み合い、井原さんを見て仕方なさそうに笑う兄貴と、楽しそうに笑う井原さんの写真が『恭弥が下の名前で呼んでくれた記念! 恭華ちゃんにもあげる!』というメッセージとともに送られてきていた。

 

「……もしや、恭弥と近づくための道具にされた?」

「落ち着いて」

 

 恋愛経験がないとそういう変な勘違いもしてしまうらしい。勘違い、勘違いじゃない、よね?



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第179話 戦闘は日常

「恭華、最近なにか変わったことでもあった?」

「うぇええっ!?」

 

 昼、屋上。いつも通り六人で昼飯を食べていると、突然日葵がどちゃくそ可愛らしく首を傾げながら言った。

 変わったことと言えば、井原と連絡を取り合うようになったのと、その井原から好きだって言われたこと。もちろんそれに対する耐性なんて恭華は持ち合わせていないため、『なにかありました』と言っているのと同じくらいのわかりやすい反応を示した。恋愛関係に関してポンコツなんて誰に似たんだろうな、まったく。

 

「べ、別に、何もないぞ」

「そういえば恭弥は井原くんのこと蓮って下の名前で呼ぶようになってたよね。普通に井原くんと仲良くなったっていうのも考えられるけど、薫ちゃんといい関係になった僕としては何か理由があって恭弥と井原くんの距離が近くなったって思ってるんだ。じゃあその理由が何かっていうのと今の恭華さんの反応考えると、井原くんと何かあったのかなって僕は思うんだけどどうかな?」

「キショい名探偵がおるな」

「恭弥のことに関してガチすぎるのよねこいつ。寒気がするわ」

「自分のこと棚に上げとんちゃうぞ」

 

 むしろ日葵に対する光莉の方がガチだろ。俺に対する千里もガチで千里に対する俺もガチだから俺からは何も言えないけど。

 しかし、こうも饒舌に語ったってことは千里さては知ってたな? いや、知ってたっていうより察しがついてたって言うべきか。薫はプライベートなことは例え相手が千里であろうと教えないだろうし、蓮は「学校であんまり話しかけない方がいいよな? 恭華ちゃん俺と話してるってとこみんなに見られたら恥ずかしいだろうし!」っていう理由で目に見えるところで恭華と蓮は喋ってないし。

 

 ……でもよく考えたら恭華死ぬほどわかりやすいから、喋ってなかったとしてもちょくちょく蓮に対して反応してたしな。人の感情の機微に鋭いこいつらなら気づいてて当然か。

 

「まぁでも日葵。こういうのあんまり突っついてやるもんじゃないわよ。ただでさえ初心なんだからそっとしておいてあげないと」

「日葵のことやから察しついてなかったんやろうけどな」

「……? え、織部くんの言ってたこと合ってるの?」

 

 一人だけ鈍い子いたわ。流石日葵可愛い。一人だけきょとんってしてから申し訳なさそうに恭華を見ている。日葵は恋愛関係に疎いっていうかただ純粋なだけなんだろう。むしろ千里と光莉と春乃が鋭すぎるんだ。人のこと見すぎだろほんと。

 

「……合ってる」

「え! よかったね! 井原くんと仲良くなったんだ!」

「恭弥。あれだけ純粋なのに私からの愛ははっきりとセクハラだって認識してるのはなんでだと思う?」

「はっきりとしたセクハラだからだろ」

「夏野さんですらいやらしいことって認識させるくらい朝日さんが邪悪ってことでしょ」

「日葵がいやらしいことって認識するっていう言葉、えっちポイント五万点!!」

「なるほど、邪悪やな」

 

 ここに一人の邪悪が存在している同じ空間に、心から恭華が蓮と仲良くなっただけと疑わず、にこにこしている天使がいる。笑顔を向けられている恭華も顔真っ赤にしてて大変可愛らしいし、なんかあの二人と俺たちで住んでる世界が違うみたいな気がしてとても気に食わない。なんで俺たちは邪悪な化け物の相手してるのにあっちでは素敵な空間が広がってるんだ? おかしいだろ俺も混ぜろ。

 

「そっか! 恭弥も恭華が井原くんと仲良くなったから下の名前で呼ぶようになったんだね」

「なぁ恭華。もう言っていいか?」

「……恥ずかしいけど、このまま隠したままっていうのも嫌だから」

「おっけ。日葵、恭華は蓮に好きって言われて連絡先を交換したんだ」

「……えー!!」

「ぢゅひゅひゅ! 日葵可愛いねぇ!!」

「春乃、頼んだ」

「よしきた」

 

 驚く日葵が可愛すぎて暴走寸前になった光莉の処理を春乃に任せる。あいつつい最近セクハラのし過ぎで日葵を怒らせたのにまだやんのか? 自分にとって悪い記憶全部忘れるタイプなのかあいつ。俺と一緒じゃん。

 

 大声を出して驚いた日葵は頬を赤くして、目をきらきらさせながら『恭華に根掘り葉掘り聞きたい!』と態度で訴えかける。ただ、日葵も恭華は恋愛関係が苦手だって知っているから遠慮して言葉には出さない。つまり、この状態の可愛い日葵を永遠に見続けられるということ!

 

「ぢゅひゅひゅ」

「岸さん。処理する化け物が増えたよ」

「笑い声が邪悪すぎてわかりやすいから助かるわ」

 

 とんとんと肩を叩かれ、春乃がスマホを見せてくる。なになにと画面を覗き込むと、バニースーツを着てM字開脚を披露しているロメリアさんの写真がそこにあった。

 

「……楽しい思い出が78個くらい消えた気がする」

「そんくらい楽しい思い出あったんやったらこれからも増え続けるやろうし大した事ちゃうやろ」

「人の思い出をなんだと思ってんだ?」

「なんなら、今から私と楽しい思い出作る?」

「ハイッ!!」

 

 顔を覗き込みながら舌をぺろっと出した春乃に元気よく返事すると、冷たい視線を感じた。これは、日葵と恭華の視線!? どうする、性欲に正直なことはもう仕方がないこととして、何かしら弁解をしないといけない。このままだと俺は日葵と恭華にいやらしすぎる超絶イケメンだって嫌われる可能性がある!!

 しかし、俺は幾度も困難を乗り越えてきた。この程度の障害なんてへっちゃらさ。

 

「勘違いするなよ。俺は別に春乃と楽しく遊んで思い出を作ろうとなんてしてない。ただこれからベッドに行ってハッスルしようとしてただけだ。ところで千里、俺は今致命的に間違えた気がするんだけどそこのところどう?」

「君が間違いに気付ける人間で安心したよ」

「気づけても改めなかったら意味ないのよ」

 

 どうやら光莉の言う通りらしい。日葵はむっとして俺から顔を背け、恭華は冷たい視線をさらに鋭くし、「い、いやらしすぎるのは感心しないぞ」と一言言って俺から顔を背けた。ふっ、俺が間違っていたっていうのは正しかったみたいだな。流石俺。

 

「どうしようか……」

「いつも思うんやけど、なんでひどい目に遭うってわかってて積極的に遭いに行くん?」

「それは俺が"愛"に生きてるからさ」

「気分が悪いわね」

「人の愛をバカにすんじゃねぇよ」

「君をバカにしたんだよ」

「あぁ、ならいいか」

 

 俺がバカにされるのはいつものことだからな。全然知らないやつにバカにされたらそりゃ気分はよくないが、仲のいい人からバカにされたらそれはそれで"愛"だ。

 

「俺をバカにしてるならそれも"愛"だからな。むしろ積極的にバカにしてくれ」

「あんたって大事なところはっきりしないからクソダサいわよね。バカみたい」

「やっぱり傷つくからやめてくれ」

 

 千里が傍に寄ってきてそっと俺の目元にハンカチをあてる。あぁそうか、俺、泣いてたのか。あまりにも自然に涙が出すぎて気づかなかった。クソ、光莉からそれを言われると信じられないほど心にくるぜ。春乃が優しく微笑んで「そういうところもかわええやん」って言ってくれてるのが何よりの救いだ。こういうところで甘えるから俺はだめなんだよわかってんのか? 死ね俺。

 

「……」

「はぁ。あんたが泣き出すから日葵が心配そうにちらちら見てるじゃない。羨ましいわね。私も心配してもらいたいから腕の四本でも折ろうかしら」

「どんだけ腕あるんだお前。アシュラマンかよ」

「アシュラマンはこんなにおっぱいおっきくないでしょ」

「なんでおっぱいでアシュラマンって判断したと思ってんだ?」

「脳にいく栄養全部吸い取られたんやろ。哀れやな」

「おっぱいに栄養がいかない方が哀れだと思うわよ」

「千里、避難しよう」

「合点」

 

 胸がある方とない方でバトルが始まりそうな空気を感じ取り、日葵と恭華の方へ避難すると、日葵が「きょ、恭弥。大丈夫? なにか嫌なことあった?」とすかさず心配してくらたため、楽しい思い出が一つ増えた。確かに、このペースで増えてくなら忘れてもなんら問題ないな。本当に大事な思い出は忘れないだろうし。

 

 週刊少年ジャンプばりの戦闘を始めた光莉と春乃を眺めつつ、ちらと恭華を見る。俺たちがバカやっている間に日葵と色々話していたらしく、顔を真っ赤にして俯いていた。薫は年下だから守ってあげないといけないっていう気持ちが強かったから千里に対してあんなことになってたけど、恭華は同い年だから普通に恋バナがしたくなったんだろう。恭華とは違い日葵は恋バナでしか摂取できない栄養を補給できて満足そうだ。

 

「ふふ。恋っていいねー。最近恭華が可愛くなったなぁって思ったらそういうことだったんだ」

「こ、恋はしてない!! 私は井原のことす、好きじゃないわけじゃないけど、その、恋愛的な意味では好きとは言えないし、私は恋してるわけじゃない!」

「好きじゃないって言ったら自分のこと好きって言ってくれてる蓮に失礼だから言い切らなかった恭華は俺の妹なんだ。よろしくな」

「僕はもう一人の妹の薫ちゃんとよろしくしてるけど」

「さて、ここは屋上だったか……」

「僕を持ち上げた理由って聞いても大丈夫なやつ?」

「これから死ぬ奴に理由が必要か?」

「許して!!」

「ははは、冗談だよ」

 

 そういって笑ってから千里をぶち殺し、復活したのを見届けてから会話の輪に戻る。いつの間にか戦闘も終わったらしく光莉と春乃も楽しくおしゃべりしていて、もう日葵が聞いちゃったから詳しく聞いちゃえと恭華の恋愛模様で大盛り上がりを見せていた。

 

「あーあ。恭弥が僕を殺してる間に女の子の空間ができちゃった」

「なら俺たちは男の空間を作るか。じゃあ蓮のとこ行ってくるわ」

「ちなみに聞くけど、まさか僕を置いていこうとしてないよね?」

「俺は男の空間って言ったんだぞ」

「そうだよね。じゃあ行こうか」

「俺は男の空間って言ったんだぞ」

「上等じゃねぇか」

 

 ブチギレた千里から逃げるようにして屋上を飛び出した。結局途中で捕まってしまい、それと同時に予鈴が鳴って教室に戻ったところ、走りすぎて息が荒くなった千里を見て俺たちがセックスしてきたと勘違いされたのは言うまでもないだろう。やっぱだめだわこのクラス。



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第180話 Mr. Ms.

「ミスターコンにミスコン?」

「そうです! 先輩たちが出れば盛り上がるかなと思いまして、もう申し込んでおきました!」

「ちょっと待って。展開が早すぎる」

 

 つづちゃんが教室に突撃してきて俺と千里を引っ張り出し、何を言うのかと思えば何を言うのかと思っている間に呼び出された全容がわかってしまった。

 数週間後に控えた文化祭。うちの学校はイベントごととなると変な方向に力を入れることで有名で、今年は何をやるのかと思えばミスターコンにミスコン。うちの学校にしてはおとなしい方だなと肩透かしをくらったが、だからといって出たいかと言われるとそうじゃない。

 

「ミスターコンに出たら日葵と過ごす時間少なくなるじゃねぇか。何余計なことしてんだ?」

「優勝したら『かっこいいー!!』 って言ってくれますよ!!」

「おい。つづちゃんが気を利かせてくれたのに何文句言ってんだ千里。ぶっ飛ばすぞ」

「君ほど浅ましい人間、他に見たことないよ」

「えっ、俺しか目に映ってないってこと……?」

 

 冗談半分できゅん! ってしたらつづちゃんに写真を撮られる。そういやこいつ俺たちが付き合ってるっていう嘘を新聞のコーナーにしてる悪魔だったわ。迂闊だった。周りがぎゃーぎゃー勝手に言ってるのは気にしなきゃいいだけだけど、このままじゃ俺も千里と付き合ってるって勘違いして本当に付き合っちゃうかもしれないから気を付けておこう。一回そういう勘違いした気がするし。

 

 まぁ千里はふざけるところはふざけるけど、案外しっかりしてるところあるから安心しておいていいだろう。

 

「まぁ、君しか目に映ってないのは事実かもだけど」

 

 と、俺の隣にいるメスは少し頬を赤くして目を逸らしながら恥ずかしそうに答えた。お前があまりにもメスだから周りが大盛り上がりするんだろうがふざけんな。高校で俺がモテないのはほとんどお前のせいだからな? わかってんのか?

 

 相も変わらず俺たちを激写したつづちゃんは満足そうにむふーと一息。きっとミスターコンに出た俺たちを好き勝手記事にして、新聞で学校を盛り上げようと考えているに違いない。つづちゃん可愛いし好きなことに全力だからいいけど、相手が相手ならめちゃくちゃ嫌われることしてるよな、つづちゃん。

 

「あ、そういや一つ確認だけど日葵たちは勝手にミスコンに参加させてないよな?」

「もちろん! そのあたりの分別はついてますよ!」

「そのあたりの分別がついてるのに僕たちはミスターコンにぶちこまれたの……?」

「?」

「?」

 

 千里の言葉に首を傾げるつづちゃん。俺たちは好きにしていいって言ったのを拡大解釈してる香りだな、これは。俺たち相手なら何をしたって許されると思ってやがる。そろそろ俺たちの力が上だってことをわからせてやらないといけないみたいだな。

 

「つづちゃん。僕らは大抵のことなら面白おかしく処理するけど、だからといってなんでもやっていいわけじゃないからね?」

「……だめでした?」

「恭弥。女の子になんてひどいことを言うんだ」

「すぐ人のせいにするところ似てるよな、親友(俺たち)

 

 カメラをぎゅっと握っての上目遣いにぶん殴られた千里の責任転嫁が俺を襲い、俺たちは同じ穴の狢だと示す一言でカウンター。しかし千里には通用せず、むしろ親友の実感を得られてご満悦の様子。今更だけど俺のこと好きすぎねぇか? こいつ。

 

「ま、つづちゃんのターゲットが俺たちだけでよかった。あいつらが変な男たちの視線に晒されるってなるとムカつくからな」

「そうだねぇ。何があっても守るつもりだけど、懸念がないに越したことはないから」

「今思ったんですけど、女性側も氷室先輩に対してそう思ってるんじゃないですか?」

「……そういえば外部からも人がくるから、恭弥がクズだってこと知らない女の子が恭弥のこと見たら、すごいことになりそう」

「ただご安心を! そこは私が氷室先輩と織部先輩が付き合ってるっていう新聞をばらまくから大丈夫ですよ!」

「おい、それでもし俺と千里が一部から人気出て、あれよあれよと国のトップになったらどうするんだよ」

「ポジティブが行き過ぎてない?」

 

 まぁ、外部の人に俺と千里が付き合ってるって思われても別にいいし、なんなら千里とは一般誌デビューしてるから今更感もある。むしろあれはウェディングドレスとタキシードで載ってたから新聞の方がインパクト薄いだろうしな。

 どうせ、ただの高校生が付き合ってるどうこうの話なんてすぐに風化するだろ。俺ほどのイケメンってなると時間がかかるかもしれないけど、人の噂なんてそんなもんだ。

 

「つーか、俺たちミスターコンの話知らなかったけどなんでだ? そういうのって先生から聞くもんだと思ってたけど」

「おおっぴらに言って有象無象がきたら困るので、こちらからスカウトしてるんですよ! 私これでも実行委員なので!」

「あー、じゃあネタとかじゃなくてガチな感じなのか?」

「?」

「恭弥。これは僕たちがネタ枠だって思われてるって解釈で間違いない?」

「ふっ、そう怒るなよ千里。俺がイケメンすぎてネタをやってもネタにならないってことを当日思い知らせてやればいいんだ」

「あはは!」

「何笑ってんだクソガキ!!」

「ブチギレてるじゃん」

 

 ごめんなさーい! と笑うつづちゃんが可愛いので許してやることにした。ふん、俺が年下と可愛いのに弱いことに感謝するんだな。

 

 にしても、完全スカウト制か。こういう学校のイベントって陽気なやつが参加して盛り上げるってイメージだったけど、スカウト制っていうならマジのミスターコンなのかもしれない。運営側がネタ枠としてスカウトするってこともありえるだろうけど……あ、それが俺たちなのか。なるほどね? ムカつくぜ……。

 

 ただ、自分で言うのもなんだがちゃんとやろうとしても普通の人からしたらネタになるんだろうなってことはわかってるから、俺たちはいつも通りにしてればいいだろう。あれだよ、自分にとっての普通は他人にとって異常なんだ。俺たちは少し度が過ぎてるだけで。

 

「あ、ついでと言ってはなんですが、氷室先輩の妹さん、恭華先輩をミスコンに誘ってもよろしいでしょうか!」

「は? 恭華に悪い虫がついたらどうすんだ? お前責任取れんのかよ」

「恭華先輩がみんなに可愛いって言われてどうしたらいいのかわからず、でも褒められること自体は嬉しくて、恥ずかしさと嬉しさがごちゃまぜになった赤面を拝めますよ!」

「俺の妹の解像度高くねぇか? 誘っていいよ」

「兄としてそれでいいの?」

「いいの。よく考えたら変な虫が寄ってきたら潰せばいいだけだしな」

「いつもよく考える前にそうしてると思うけど……」

 

 心当たりがあるのか、千里は文句の色を込めて睨みつけてくる。いや、千里に関しては変な虫じゃないけど潰しただけだからな? 勘違いするなよ。

 

 しかし、恭華がミスコンか……。あいつは絶対断るだろうけど、つづちゃんにうまいこと乗せられて最終的にオッケーしそうだ。光莉くらい、いや光莉以上にちょろいし。恭華の将来が心配でならない。

 

「……ちなみになんだけど、恭華だけか? 日葵と光莉と春乃は誘わねぇの?」

「岸先輩は誘いますよ! 夏野先輩も誘おうかと思ったんですが、そうなると優勝させようと暴走するモンスターが出そうですし、そのモンスターは出場すると色んな意味で暴れまわりそうなのでやめました!」

 

 つづちゃんって記事を書いてるからなのか、人物像とらえるのめちゃくちゃうまいよな。今つづちゃんが言ったこと容易に想像できるし。春乃ならうまく立ち回って盛り上げてくれそうだけど、光莉は好き勝手暴れまわってすっきりしたらミスコンほっぽりだしてどこかへ行きそうだ。あいつ、何よりも日葵を優先するし。

 

「それでは、お二人とも快諾いただいてありがとうございました! ミスターコンとミスコン頑張ってくださいね!」

「おう。快諾する前に申し込まれてたけどな」

「……?」

「あはは! でも先輩たちなら快諾してくださると思っていたので!」

 

 それでは! と腕をぶんぶん振って去っていくつづちゃんを見送り、千里を見る。千里は首を傾げ、しばらく悩んだ後ぽつりと言葉を漏らした。

 

「ミスターコンと、ミスコン……?」

「……なるほどね?」

 

 さっきつづちゃんは俺たちに向けて『ミスターコンとミスコン頑張ってくださいね!』と言っていた。俺たちに向けて。

 

 千里を見る。うん、清々しいくらいにメスだな。

 

「ねぇ恭弥。僕男だよね」

「生物学上はな」

「まるで別の観点だと男じゃないみたいな言い方やめろ」

「いやぁ……」

「いやぁ……じゃねぇんだよ。僕の勘違いじゃなきゃつづちゃん僕をミスコンにエントリーしてるっぽいよね。怒っていいよねこれ」

「女の子のいたずらを許すのって男らしいよな」

「もう、仕方ないなぁつづちゃんは」

「ちょろすぎだろ。おもしろ」

 

 ブチギレた千里が俺を殺そうと追いかけてきたので、全速力で逃げ出した。すぐ人を殺そうとするよな、こいつ。

 

 

 

 

 

『ミスコン!!!!????』

「文字でもうるさいな……」

 

 恭弥が仲良くしているという後輩、つづちゃんが突撃してきたかと思えば、「恭華先輩、ミスコンに興味ありませんか!」と言われ、気づけばエントリーすることになっていた。私は詐欺に遭いやすいのかもしれない。実際誘拐されたしな。祖父母に。

 

 恭弥は私を誘っていいかどうかとつづちゃんから事前に聞かれていたらしく、私が出ることになったと報告すると「何かあっても俺が守ってやるから、そのあたりは安心しろ」と肩を叩かれ、薫からは「優勝祝い何がいい?」と可愛らしく聞かれた。愛しすぎないか? 私の兄妹。

 

 そして、もう一人報告しておかないといけないなと思ったのが井原。私のことをす、す、すす、好きって言ってくれたし、あんまりいい気しないかもと思ったから、一応。一応な?

 

 そしてメッセージを飛ばしてすぐの反応がこれだ。文字だけで明るさとうるささを表現できるのはもはや才能と言っていい。少し安心感すらある。

 と、安心する私の心臓をぶち破るかごとくスマホから着信音が鳴る。見れば井原からだった。慌てて恭弥に助けを求めようにも、井原と連絡しているところを見られるのが恥ずかしいからと部屋から追い出したことを思い出す。どうしようと迷いながらも、ここで無視するのは申し訳ないと混乱したまま通話に応答した瞬間、

 

『優勝おめでとう!!!!!』

「してないっ!!」

 

 大音量でお祝いの言葉。思わず大声で返すと、井原は『恭華ちゃん元気いっぱいじゃん! 嬉しいなぁ!』と何もわかっていなさそうな声が返ってきた。……まぁ、いいけどな。

 

『てかそうか。恭華ちゃんがミスコンでるならもう優勝じゃんって思ったけど、まだ開催されてなかったか! てかミスコンって文化祭でやんの? 今週の初耳学じゃん!』

「井原なら大体のことは初耳学だろうな」

『言えてるマエ・ロマエ!!』

 

 ちょっと笑ってしまいそうになったのをぐっと抑え、咳を一つ。不意打ちでくだらないことを言われると弱い。

 

「そ、それよりいきなり電話って、びっくりするだろ」

『あ、ワリィ! なんか祝わなきゃって思って! 嫌だったらすぐに切るわ!』

「……いやじゃ、ないけど」

『……』

 

 私が言葉を絞り出すと、スマホの向こうにいる井原が急に黙った。あれ、え? 私何かおかしなこと言ったか!? ど、どうしよう。同年代と喋ったこと全然ないし、最近は増えてきたけど周りがあれだから普通の人と喋るの慣れてないし、もしかしたら無意識のうちに変なこと言っちゃってたか!?

 

「い、井原、ごめん。なにか変なこと言っちゃってたか?」

『ん、あぁ、ワリィ! ちょっと!』

 

 井原にしては珍しく歯切れが悪いなと思い、また慌てる。付き合いは短いけど、井原はなんでもはっきり言うやつだ。そんなやつが言葉を濁すなんてよっぽどのことに決まってる。

 

「ごめ──」

『可愛すぎてビビってた!!』

 

 よくわからず謝罪の言葉を言おうとした私を遮って聞こえてきたのは、更に私を動揺させる言葉だった。な、なに? か、可愛すぎて? なにが? 私のどこが? ま、まったく、井原は変なやつだな。さっきの会話で私に可愛いところなんてなかっただろうに。ふん。私のことが好きだからって……す、好きだからってあんまり可愛いとか言いすぎると軽く聞こえるぞ!

 

『あと今更だけど、好きな女の子の声が近ぇからドキッとしちまって! あれ、俺キモイこと言ってね!? キモキモの実の能力者じゃね? カナヅチじゃね?』

「……もう、バカだなぁ井原は」

『あじゃじゃー!! ちなみにありがとうって意味な!』

 

 私が緊張しないようにしてくれてるのか、もしくは素なのか。アホなことを言う井原に緊張を解されて思わず笑ってしまう。恭弥が「そこそこ失言はあるけど人には絶対嫌われないいいやつ」って言ってたのはこういうことか。

 

 ……でも電話をするのはちょっと意識しちゃうから、それから一言二言交わして電話を切った。こういうのは余裕があるうちに切り上げるのがいいって薫が言ってたからな。私は学ぶ女なんだ。

 

「恭弥ー。もう入ってきていいぞー」

 

 井原との通話を終え、部屋のドアを開ける。そして伝わってきたのはドアと何かがぶつかる音。下に目を向けるとそこには恭弥が倒れており、そのそばに薫が座り込んで恭弥をつんつん突いていた。

 

「あ、恭華ねーさん」

「どういう状況だこれ」

「恭華ねーさんと井原さんの声が筒抜けで、兄貴が死んじゃった」

「……声でかいんだよ、あいつ」

「恭華ねーさんかわいい」

「うるさいぞ!!」

 

 ちなみに恭弥は「お、お兄ちゃんと呼んでくれ……」とうるさかったので願いを叶えてやると一瞬で復活したが、薫から「うわ、キモ」と言われあまりの衝撃に階段から転げ落ちた。あれが私の兄か……。



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第181話 夜の学校

 劇ってめんどくさくね? という誰かが放った鶴の一声で、映画よろしくカメラを回し高校生らしい日常を台本に合わせ撮影することになり、その最終日。

 元々、主演が俺たちハイパー天才だったため滞りなく(光莉の暴走は除く)撮影が終了し、外を見ると日が落ちるどころか沈みきっており、真っ暗になっていた。

 

「お疲れ」

「おう」

 

 撤収を始めるクラスメイトを横目に窓の外を眺めていた俺の隣に、いつも通り千里がやってくる。クズの担任が珍しく持ってきてくれた差し入れのジュースを俺に手渡して、ため息とともに疲れを吐き出した。

 

「なんか、演じてて思ったけど僕らってかなりおかしいんだね」

「改めて今までに何があったか考えてみたら、かなりな」

 

 だって言い間違えで親友にえっちさせてくれって懇願して、それを好きな子に聞かれて、翌日には親友と付き合ってるって学校中で噂になってて、好きな子の親友が協力を申し出てくれて、俺のことが好きな女の子が現れて……なんだ、俺は主人公だったのか。まぁ才能が溢れすぎてとどまるところを知らない俺なら当然、どころか主人公ごときで収まる器じゃないだろう。もう『氷室恭弥』という一つのコンテンツとしてやっていける自信すらある。

 

「僕、高校に入るまでは普通だったのに恭弥におかしくされちゃった」

「おい、まるで俺がお前をぶち犯してメスの悦びを教え込んだみたいな言い方はやめろよ」

「僕は今君と絶交したっていいんだぞ」

「俺から離れられないくせに、よく言うぜ」

 

 千里に向ってウィンクを決めると、千里は底冷えする視線を俺に向けて無言で去っていった。どうやら千里は俺から離れられるらしい。まさか、俺が千里のことで間違えるなんてな。

 

 ……もしかして今の一言が原因で絶交ってことないよな? 今までもよくあったし、さっきみたいなやりとり。よくあったこと自体がクソほどおかしいんだけど、俺たちにとっては普通だからなんてことないはずだ。でもなんとなく不安になってしまう。クソ、俺から千里が離れていく経験がなさすぎて死ぬほど動揺してるぞ俺!

 

 まぁどうせ俺のところに帰ってくるに決まってるし、いいか。千里は犬みたいなもんだし。

 

「おにーさん、今一人?」

「ちょうど二人になったところだ。お疲れ春乃」

「なんか今日キザやな。似合わへんで」

「正直は美徳だけど、俺に対してはやめてくれ」

「情けな」

 

 にひひと笑う春乃に傷つけられながらジュースを一口。あ、ぶどうジュースだ! おいしい!

 

「なんでこんなとこおるん?」

「……教室をぐるって見てみろ」

 

 素直に従って春乃は教室をぐるっと見渡して、少し考えてから「あー」と納得の声を漏らす。それから気遣わし気に、いや気遣ってねぇなこれめっちゃにやついてるわ。気遣う風を装って笑いこらえてやがる。とんだ悪女だな、可愛いぜ。

 

「井原くんと恭華がおらんな」

「大方、文化祭一緒に回ろうって誘ってんじゃねぇの。はーやだやだ! 俺のもとからどんどん妹が離れていく!! 俺がお兄ちゃんなのに!! 寂しいよぉ!!」

「アハハ! きしょ!」

「兄が妹を想う心の何がおかしいんだ! 笑うなァ!!」

「ガチギレやん。まーまー、井原くんも、それに千里もええ人やしそこは安心ちゃう?」

「違うんだよ……それはわかってんだけど、なんかさぁ。一番頼りにする相手が段々俺から別の男になるんだなぁって考えるとさぁ。うっ、ひぐぅっ」

「あーもうガチ泣きせんでもええやん。ほら、おいで」

 

 むせび泣き始めた俺を見かねてか、春乃が腕を広げて俺を迎え入れようとする。優しく笑う春乃に引き寄せられかけた俺は寸でのところで我に返り、無駄にその場でバク宙して華麗に着地し、キメ顔を春乃に向けた。

 

「その手には乗らないぜ」

「残念。弱みに付け込んだらワンチャンあると思ったのに」

「今のこの俺の寂しさを埋められるのは妹しかいないんだ!! あっちいけ!!」

「あ、うん、ごめんね?」

 

 腕を勢いよく振って叫んだ瞬間聞こえてきたのは、マイラブリースウィートエンジェル日葵の声。声の方向に目を向けると、日葵が申し訳なさそうに、悲しさを誤魔化すように笑っていた。そのまま日葵はとぼとぼと俺から離れていき、クラスの輪へと戻っていく。

 

「あーあ」

「ちっ、違う日葵!! 今のは春乃とじゃれて出たジョークなんだよ!!」

「黒板に書く時使うやつ?」

「チョークなんだよ!! おいぶっ殺すぞ光莉」

「日葵を悲しませたあんたをぶっ殺す準備が、私にはある」

「ヒェ……」

 

 春乃の後ろからひょっこり顔を出した光莉が放つクソ下らない発言にブチギレた俺は、光莉がひょっこり出した握り拳を目にした瞬間降伏した。この数か月で暴力を刻みつけられた俺は、光莉の覇気を前にすると無力になる。一般女子高生が持っていい戦力じゃねぇんだよこいつ。見た目背が低くておっぱいが大きい可愛い女の子なのに、戦闘力が一騎当千って頭おかしいんじゃねぇの?

 

 光莉は春乃の背後から出てくると、誰の席かもわからない机に腰かけた。そこがもし男子の席だったらいやらしい妄想のはけ口になってしまうと注意しようとしたが、「ここ女の子の席よ」と先に言われて言うことがなくなり、「ぶぶぴぴぷぅ」と訳の分からない効果音を発して誤魔化すことにした。何を誤魔化したんだ?

 

「珍しいな、お前が日葵とくっついてないって」

「今みんな文化祭一緒にまわろーって誘いあってるとこやから、日葵も声かけられるんちゃう? ええの?」

「もう私が約束してるからいいのよ。日葵が私を捨てるなんてありえないし」

「でもいつもやったら声かけさせることすら許さんやん」

「日葵が誘いを断ってるところを外から眺めて優越感に浸ってるのよ。まったく、恥ずかしいこと言わせないで」

「本当に恥ずかしいな」

 

 人として大事なもん全部捨ててきたのか? こいつ。日葵に依存しすぎだ……依存しすぎだろって思ったけど俺と千里も相当だってことを思い出した。ふっ、俺は自分を棚に上げない男。男らしすぎて逆に嫌になってきたな。俺の男らしさを少しでも千里に分けてやりたいぜ。

 

「つか俺誘われてないんだけど」

「当り前よ。私と日葵が二人で文化祭デートするんだから」

「えー、みんなで回らへんの?」

「えぇー? どうしよっかなぁ? どぉしてもって言うならぁ、考えてあげなくもないけどぉ?」

「日葵ー!! 文化祭一緒に回ろー!!」

「いいよー!!」

「そんなあぁあああああ!!?? 私と二人でイチャラブデートするんじゃないのぉぉぉおおおおおおんんんんん!!!!?!???」

「うわ、きたな」

 

 春乃からの誘いに日葵がすぐにオッケーを出したのを聞いて、光莉がものすごい勢いで涙とよだれと鼻水を垂らし、見ていられないくらいの顔面で叫び散らし始めた。女の子に優しい俺にしては珍しく咄嗟に汚いって言っちまったじゃねぇか。

 でも仕方ないと言い訳をさせてほしい。だって一瞬で顔から汁という汁を流し始めて汚い声で叫んで、しかも戦闘力高いんだぜ? 村人が頭抱える妖怪じゃん。

 

「うぅ、えぐっ」

「いい加減泣き止めよ……」

「あ、そういえば二人ともミスターコン出るのよね」

「急に泣き止むな」

「うおおおおおおんん!!!!!」

「よし」

「なにがしたいん……?」

 

 きゃっきゃっ。このおもちゃ、楽しい!

 

 ただ流石にうるさいから「泣き止め」と言っておもちゃを停止させ、会話に戻る。ミスターコンだったよな、確か。

 俺がつづちゃんに誘われた後、春乃にも声がかかったらしい。しかもミスターコンの方に。春乃は綺麗で可愛いからミスコンじゃねぇのかって思ったけど、よく考えるとミスターコンの方が票を集めやすいような気もする。可愛いからって男が票を入れて、可愛いからって女の子が票を入れる。もしかしたら最大のライバルになるのかもしれない。

 

「で、千里はミスコンね。春乃、あんたそのイケメンちょっと分けてあげたら?」

「分けても千里のメスに負けるから意味ないやろ」

「確かに。今もクラスの女の子誘って撃沈した男どもに声かけられてるしな」

 

 見ると、千里がクラスの男連中に囲まれて必死な誘いを受けている。表面上は笑っているように見えるが、あいつは悲しいことにそういう視線とか欲とかに敏感だから内心は怒り狂ってるに違いない。時々俺に視線よこして「こいつら、殺していい?」って目で訴えかけてきてるし。

 迷わず頷くと、千里は「そんなんだからいつまで経っても彼女一人できないんだよ。泥に腰でも振ってろよゴミども」と吐き捨てて俺たちの方へと帰ってきた。ちなみに男どもは「ありがとうございます!!!」と言ってブレイクダンスし始めた。

 

「おい、ちゃんと殺してこいよ」

「僕の言葉であんなに喜んでるところ見られたら、もうあの人たち高校生活で彼女できないでしょ? だからちゃんと殺してるよ」

「千里は敵に回さないようにしよう……」

「恭弥の敵になるなんてことないに決まってるじゃん。おかしなこと言うなぁ」

「信じられる? この二人、これを素でやってるのよ」

「信じられへんけど、日葵に対する光莉も大概信じられへんで?」

 

 俺と千里、光莉三人揃って首を傾げる。ふっ、勝ったな。俺たち三人がおかしくないと思ってて、春乃一人がおかしいと思っている。多数決で俺たちの勝ちだ! 俺たちがグローバルスタンダードなんだ!

 

「やっと抜けれた……」

「お疲れ日葵。人気者は大変やなぁ」

「お疲れ日葵。私の舌をタオルと勘違いしてくれていいから、汗拭いなさい」

「こいつが地獄に落ちたら真っ先に舌を抜いてほしいな」

「こんな化け物、地獄にすら行けないでしょ」

「じゃああんたたちが確かめてきなさい」

 

 瞬間、地を蹴り人の間を抜け、千里を光莉の方へ放り投げ犠牲にし、教室を飛び出した。濃い付き合いをしてきたからもう光莉が俺たちの命を散らそうとしてくるタイミングはお見通しだぜ!

 ……なんとなく、ほんとになんとなくだけど、日葵がきた瞬間に教室抜けちゃったから「やっぱり私と一緒にいたくないんだ……」って日葵が勘違いしてそうだな。流石の俺でも段々日葵の思考が読めてきたぞ。きっと今頃光莉が千里を殺している横で春乃が日葵を慰めているに違いない。やっぱ春乃なんだよなぁ。

 

 さて、今戻ったら確実に光莉に殺されるから夜の学校を楽しむことにしよあれぇええええええ???

 

 廊下を歩く俺の目の前からやってきたのは、肩を並べる恭華と蓮。恭華の顔は赤くなっていて、蓮は俺を見つけるといつものように「お、恭弥! 一人じゃん! もしかして俺を探しにきた感じ? 友情深めにきた感じ? やべ、嬉しさダイマックスしちまった!」と騒ぎ始めた。

 

「……あ、そうだ! 恭華! 俺たちいつものメンツで文化祭回るんだけど、恭華も一緒に回るよな!」

「あっ、えっと、その……」

「ワリィ恭弥! 俺が予約しちまったんだわ!」

 

 一瞬後、俺のむせび泣く声が夜の校舎にこだました。



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第182話 文化祭一週間前

「そういやあんた、文化祭で告白するって言ってたけど本当にするの?」

「俺そんなこと言ってたっけ?」

「貴様、日葵に対する気持ちで嘘をついたというのか?」

「確かに私は文化祭で日葵に告白すると申し上げました。誠に申し訳ございません」

 

 文化祭一週間前。外部からも人がくるということで学校全体を掃除しようというカスみたいな取り組みが行われ、俺たちのクラスは体育館を担当することになった。ちなみに俺と光莉以外誰もいないのは、掃除が終わった後「これだけ人数いたら決着つかないだろうけど、もしじゃんけんして負けたやついたらそいつに後片付け押し付けようぜ!」とクラスの誰かが言い出して、それに見事俺と光莉が敗北してしまったからだ。

 さらにちなみに言うと、日葵は手伝ってくれようとしたけど俺たちの不幸を笑う悪魔二人に連れていかれ、恭華は少し用事を済ませてから戻ってくる! と顔を赤くしながら俺に宣言しぴゃーっと去っていった。はは。

 

 そんなこんなで、『俺が日葵に告白する』という誰かに聞かれたらマズいことを言っても平気なのである。俺個人的には全然平気じゃねぇけど。

 

「でもさぁ、あんときとは状況が違うだろ? お前も状況を変えたうちの一人だけど」

「私とのそれは解決したでしょ? それに、春乃とだって、春乃はずっとあんたに好き好きって言ってるのにドロダボがヘタレて答え出さないままずるずるしてるのが悪いのよ」

「この件に関しては俺のことをドロダボって呼んだのは許すとして、こういう風に言い寄られた経験ねぇからんなこと言えんだよクソチビ」

「めちゃくちゃムカついてるってことはわかったわ」

 

 光莉は当然のように手に持っていたモップで俺をしばき、片手で俺を掴んで床に引き倒して俺の上に座った。こいつちょこちょこ俺の上に座るけど、もしかして俺のこと座布団とか椅子とかと勘違いしてる? だとしたらもうちょっと優しくしてやった方がいいかもしれない。まさかそんなとんでもない勘違いをしてしまうほど追い詰められてたなんて思いもしなかった。

 

 というわけで光莉を褒めてやることにした。俺が光莉を褒めるなんてめったにしないから、きっと嬉しいに違いない。

 

「光莉。お前の尻はいい感触だぞ」

「効率的に喉を潰された経験、ある?」

「今からするんだろうなっていう想像はつく」

「……ま、流石に声を奪ったら日葵が泣いちゃうからやめておいてあげるわ」

「その線引きができてどうしてお前は日常的に俺を殺してくるんだよ」

「胸に手を当てて考えてみなさい」

「え!? おっぱい揉んでいいってこと!!?」

 

 パンパンパンパン! という音が体育館に鳴り響く。男女のまぐわい的な音ではなく、俺の頬を光莉がビンタした音である。なぜ俺はビンタされたんだ? 「胸に手を当てて(はぁと)」って言ってなかったか? 俺の気のせいだろうか。

 

「気のせいよ」

「そうか」

 

 どうやら俺の気のせいだったらしい。俺としては光莉の言い方が悪かったと思うんだけど、この場にいるのは俺と光莉だけだから第三者の意見は聞けないし、ここはおとなしく引き下がってやることにしよう。俺は大人だからな。ビンタするときに揺れたおっぱいも見れたことだし。

 

「で、話戻すけど告白するの? しないの? しないなら私と付き合う?」

「おい、流れるように可愛いのやめろ。俺が意識しちゃってこの場でセックス初めても文句言えねぇぞ」

「やめなさい。体育館に最中の音が響き渡って興奮しちゃうじゃない」

「じゃあよくね?」

「確かに」

 

 ヒュウ! と二人同時に口笛を吹いて、話を戻す。軌道修正してくれる人がいないっていうのはやりにくいな。脱線が心地よくてずっと脱線してしまう。

 

 日葵に告白するかどうか。確かに俺は文化祭で日葵に告白するって言ったし、有志ステージで言うつもりだったけどミスターコンっていうおあつらえ向きな舞台も用意されている。ただ、それでも気になるのが春乃のこと。俺がもじもじしていても変わらず好きって言ってくれている女の子のこと。流石に答えを出さないまま日葵に告白っていうのは違うってくらいドヘタレな俺でもわかる。

 

「……でもどうしよう」

「あんた恋愛関係になるとほんとポンコツよね。かわいい」

「なぁ。ちょくちょく俺に惚れてるアピールするのやめてくんない? キュンキュンするだろうが」

「今思ったのよね。二人きりってチャンスなんじゃない? って」

「待て待て。お前諦めるとかなんとか言ってなかったか?」

「だからこうやって軽率にすきすきアピールしてるんでしょ?」

「好きっていう気持ちに軽率もクソもあるかよ」

「おいおい。イケメンかよ」

「恐縮です」

 

 えへへ、と笑い合ってから再び話を戻す。一生話進まねぇんじゃねぇのかこれ。いや、進んではいるけど、進んではいるけどなんだよなぁ。昔の大人気アニメくらい話が進んでいない。

 

「はぁ、あんたがはっきりしないから後片付けが全然進まないわね」

「あ! もしかして後片付け終わったら俺との時間が終わっちゃうからやらないんだろ!」

「それはないわよ。日葵が待ってくれてるはずだから」

「急に突き放すんじゃねぇよ。ノれよ」

「乗ってるけど……」

「なぁなぁ」

 

 あ、と俺と光莉以外の声に二人そろって間抜けな声を出し、聞き覚えのある声がした方を見る。

 そこには呆れた表情の春乃が腰に手を当てて俺たちを見下ろしていた。あ、ぞくぞくしちゃう……! いや、春乃の視線に性的興奮を覚えてる場合じゃない。どこから聞いてた? 体育館ってやつァ声が響くから、もしかしたらずっと筒抜けだったか?

 

「春乃、手伝いにきてくれたの?」

「そのつもりやったんやけど……あ、ちなみに恭華は日葵と千里に恋愛相談中やで」

「光莉、そのまま俺の上に乗っておいてくれ。枷が外れたら俺は何をするかわからん」

「いいけど、私のこと枷って言うのやめてくれない?」

 

 恭華が、恋愛相談……? あ、あれだよな。蓮から好きって言われてるから恋愛って言ってるだけで、恭華が蓮のこと好きになったとかそういうことじゃないよな。ははは。ま、まぁそうだとしても蓮はいいやつだから俺は応援するけど? ちなみに泣いてやめてくれるならいくらでも泣くけど?

 ……やめておこう。こういうこと繰り返してたら本当に妹から嫌われそうだ。

 

「で、お二人さん。私がおらんとこで私に関する作戦会議?」

「やっぱり聞こえてたのか……」

「そうよ。このバカがはっきりしないからどうすんのって言ってたの」

「いっそ体ではっきりさせてまうか」

「日葵呼んでくるから私たちも混ざっていい?」

「なんでお前らえっちに積極的なんだよ。俺を喜ばせてどうする気だ」

「好きな人やから言うてるんやけどー?」

「え!!!?? セックスがってこと!!?」

 

 なぜか大喜びで反応した光莉が春乃にチョップされ、「ごみぇえん……」とおとなしくなる。光莉がチョップされようがどうでもいいけど、俺の上で暴れないでほしい。いくら光莉が軽いとはいえ、内臓が圧迫されることに変わりはないんだからな? 知らねぇぞ。薫の弁当吐いちゃうぞ俺。

 

 というか、また。春乃はずっと正面から好きって言ってくれる。今みたいに俺がどうしていいかわからず黙ってても、にこにこ笑っているだけだ。これがからかってるとかならまだ話はわかるんだが本心っぽいし。だからこそ甘えてしまってる、みたいなところもあるかもしれない。

 

「なーなー光莉。どう思う? 私こんだけ好き好きって言うてるのになんも言うてくれへんねん」

「まったく、とんでもないヘタレね。これだけ好きって言ってくれてる女の子がいるんだから、ちょっとくらい触ったってバチ当たんないわよ?」

「思うてたんと違う援護やった」

「俺が好きっていう気持ちに付け込んでそういうことするようなやつに見えるか?」

「さっき私のおっぱい触ろうとしてなかった?」

「信じてくれ春乃。俺はそんなことしようとしてない」

「さっきからスカートの中覗こうとしてるのわかってんで」

「寝転がってる男の近くに立つ方がワリィんだろうが!!」

「逆ギレやん」

 

 失礼しちゃうぜ!! 校則より短いスカート履いて俺の近くに立って、まぶしい太ももちらちらさせやがって!! 寝転がってるのが俺じゃなかったら襲われても文句言えねぇぞ!! 光莉と春乃の二人なら返り討ちにするだろうけど!!

 いやさ、それとこれとは話が違うじゃん? あれだよ、試食みたいなもん。別にその食べ物自体に興味はないけど、もらえるならもらうみたいな。嘘だわ俺春乃に興味あるからまったくの嘘だったわ。

 

 でもほら、わかるだろ! 男ならそうなるんだよ! だからといって許されるってわけじゃないんだけどな!! 俺が悪い!!

 

「まぁ下に短パン履いてるから別にええんやけど。ほら」

「ちょっと春乃!!! それはあまりにもエッチオブザセックスよ!! 私と濃厚なキスを交わしながらベッドインしてぐちゃぐちゃになりたいって言ってるのと同じことよ!!?」

「悪い春乃。俺より先にとんでもない化け物が釣れた」

「こんなんが上に座ってて大丈夫なん? ストレスえげつないやろ」

 

 春乃がスカートをめくり短パンを見せた瞬間、俺に座っている光莉が興奮し始めた。こういうところ見るたびなんで俺こいつと友だちやってんだろうなって思うけど、こういうやつだから俺の友だちなんだろうな。親友だし。俺とほぼ一緒だし。

 まぁ、エッチオブザセックスっていうのには同意する。春乃もそうだってわかっててやったんだろうし、ほんとに悪い女だぜ。でも嫌いじゃないわよ?

 

「て、こんなことしにきたんちゃうねん。はよ片づけな日葵帰ってまうで?」

「あれ、はっきりしない恭弥を問い詰めにきたんじゃないの?」

「ん-、それはなぁ」

 

 春乃は少し悩んだ後、「まぁええか」と言ってから俺に笑顔を向ける。

 それは挑戦的な笑みで、もはや「いたずらをします」と宣言しているかのようにも見えた。

 

「文化祭、覚悟しといてな。ちゃーんと答えてもらうで」

 

 言って、春乃は俺たちがまったく進めていなかった片づけに向かった。

 

「あんた、文化祭の日死ぬかもしれないわね」

「他殺?」

「うん」



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第183話 幕を開けろ、文化祭!

 ついに、この日がやってきた。

 

『文化祭ということでテンションが上がる気持ちもわかります。ですが外部からも人がやってくる以上、光生の学生の名に恥じぬ行動を心掛けるようにしてください』

 

 文化祭、当日。朝早くから登校し、外部に門を開く前に体育館に集められ、校長からの開催の挨拶を聞いている。周りを見れば期待と興奮を抑えきれないのか、校長の話を右から左へと受け流し、そわそわしている生徒がほとんどだった。

 それは友だちと全力で楽しむとか、彼氏彼女と甘酸っぱい時を過ごすとか、この機会に彼氏彼女を作ろうとか、いろんな思いがあるだろう。

 

『つまり……今日という日を後悔しないように、全力で楽しむように!! 何かあったら全部責任取るから、青春しろよお前らァアアア!!!』

 

 そんな若人の青春を全力で応援するのが、うちの学校だ。

 

 10月29日。校長の宣言と生徒の歓声で、光生高校の文化祭が始まった。

 

 

 

 

 

 うちの高校の文化祭は忙しい。

 

 午前中にミスコンがあって午後にミスターコンがあって、それぞれの空き時間に有志のステージおよびクラス制作の劇や映画などがある。もちろん店なども出しているため、きちんと計画しなければ見たいものを見れないテーマパークのような装いだ。

 だからこそうちのクラスは時間がとられる劇ではなく映画を選択し、開催の挨拶が終わった瞬間青春を謳歌するために飛び出した。……校長はあぁ言ってたけど、問題起こすとしたら確実にうちのクラスだよな。

 

「さて、どうすっか。恭華は照れながら蓮とどっか行ったし、できれば遭遇したくないな」

「恭華さんと井原くんの邪魔したくないってこと?」

「いや、恭華と蓮がデートしてる姿を見たら何をするかわからん」

「井原くんが相手やったら緊張はあっても変なことはなんもないんちゃう?」

「無駄よ春乃。こいつの妹に対する愛に理屈なんて通じないんだから。私が日葵を愛するようにね!」

「ありがと光莉!」

「それにしても、私と日葵の結婚式のために随分な数の方がご来場いただいてるわね」

「違うぞ」

「もっと愛情込めて否定しなさい」

 

 そして俺たちも例に漏れず校内を練り歩いている。全校生徒にも外部にもどの時間にどこで何をやっているかをまとめられたガイドが配られているため、それとにらめっこしながら行きたいところを探している。結婚を除くと光莉の言った通り随分な数の人がきていて、すでにどこの店も繁盛している様子だった。

 

「ん? おや? 日葵、『ラブラブ度チェック! ラブラブな二人には景品も用意していますの店』っていうのがあるわよ!」

「うちの学力が疑われるような店名やな」

「でも二人って言ってるし、一人あぶれちゃうよ?」

「いいのよ。こいつらは私と日葵がラブラブを証明しているところを立って見させるから」

「せめて座らせろ」

「まぁまぁ。せっかくだからみんなで楽しめるところに行こうよ」

「千里のミスコンとか?」

「殺すぞ」

 

 笑顔で殺意を向けられた俺は全力で視線を逸らし、「なにがあったかなぁー!」とルンルン気分を装ってガイドに目を滑らせる。やはり触れてはいけないところだったらしい。いやでもさ、ミスコンと言いつつカッコいい人が出てくるみたいなことあるじゃん? そういう枠でいけば……無理だな。千里はあまりにも可愛すぎる。他の女の子を抑えて優勝するまである。恭華は可愛いし美人だけど緊張しすぎてなんのアピールもできずに票が入らないってのが想像できるし。

 

「なんで僕がミスコンに……やるからにはちゃんとやるけどさ」

「薫ちゃんも身にいくって言ってたよ! 頑張って織部くん!」

「あんた可愛いんだから自信持ちなさいよ」

「ありがとう夏野さん。あと僕別に可愛さに自信がないから気が進まないわけじゃないからね? 男だから気が進まないだけだからね?」

「まぁかわええのはかわええしな」

 

 千里本人はめちゃくちゃ嫌だろうけど、俺たちはめちゃくちゃ期待している。だって千里がミスコンに出るんだろ? こいつ空気壊すようなことはしないからちゃんとアピールするはずだし、つまりいじる要素が増えるってことだ。つづちゃんにも撮った写真高値で買い取るって約束してるし、弱みを握れるといっても過言じゃない。

 

「正直優勝できるだろ。ヨユーヨユー」

「……じゃあ恭弥。僕が優勝できたら今度一緒にどこか行こうよ」

「別に優勝しなくても行くっての」

「ナチュラルにいちゃつくのやめなさい」

 

 光莉に軽く叩かれて、そういえばと周りを見る。さっきからやけに視線を感じるなと思ったら、俺たちが美男美女だからってわけじゃなくて俺と千里に原因があったのか。さっきのやり取りした時視線の色が濃くなった気がしたし、なんなら入り口に『我が校が誇るベストカップル』って俺と千里が貼りだされてたし。いい加減にしろよあの後輩。

 

「……そういえば恭弥と織部くん、みんなから勘違いされたままなんだよね」

「私は時々勘違いじゃないんじゃないかって疑ってるけど」

「千里があまりにもメスすぎるっていうの差し引いても相当やもんなぁ」

「はーやだやだ。すぐそうやって人と人をくっつけようとしちゃってさ!」

「そう? 僕は悪い気しないけど」

 

 え? と聞き返す前に、千里は「あそこ行こうよ」と何事もなかったかのように笑って『罰ゲーム式人生ゲーム』という看板を指した。あまりにも可愛い笑顔で地獄の香りがする看板を指すその手腕、流石俺の親友だぜ。

 

 まぁ外部からも人がくるし、そこまでひどい罰ゲームはないだろうという結論に至って、俺たちは『罰ゲーム式人生ゲーム』を開いている教室へ入った。

 ちゃんと『光生生徒コース』と『外部のお客様コース』が用意されていた。しかもちゃんと地獄だった。

 

 

 

 

 

「薫、こっちだこっち。父さんと母さんはあっちだあっち」

「あ、いた」

「恭弥が指してる方を見たら『独房』って書かれてたんだが、気のせいか?」

「あそこでいちゃいちゃしとけってことじゃない? いきましょう」

「しょうがないなぁ」

 

 悪は去った。ちなみに『独房』はあまりにも行き過ぎた行為をしたやつらを閉じ込める地獄のような場所である。なんでも中にはロメリアさんがいるらしい。こわ……。

 

 薫は最初勉強したいから文化祭にはこないと言っていたが、千里がミスコンに出ると聞いてその時間だけは行くと心変わりし、今日葵と光莉と春乃に可愛がられている。薫が可愛がられてる姿って生きていくのに必要な栄養素のうちの一つだよな。わかる。

 

 ミスコンの開催場所は体育館。すでに多くの人が集まっており、用意されている席はすべて埋まっていて、立ち見の人も大勢いる。俺たちは時間管理が完璧なため、ちゃっかり座れているがそれでもいい席とは言い難い。多分今いい席に座ってるのは、どの店にもいかずここでずっと開催を待っていたミスコンガチ勢だろう。

 

「兄貴、恭華ねーさん大丈夫かな」

「いくら緊張してても可愛いものは可愛いし、見苦しいことにはならないから大丈夫だろ」

「それに、ちゃんと井原くんも見に来てくれてるしね!」

「よし」

「殺意あふれてるわよ。しまっときなさい」

 

 むしろ蓮が見に来てたらダメだろ。自分のこと好きって言ってくれた人の姿見つけたら、恭華ならぐしゃぐしゃに崩れて一文字ずつしか喋れないポンコツになる未来が目に見えている。

 ……ただ、ちょっと気になったのが『恭華から恋愛相談を受けていた』日葵が『蓮が見に来ている』っていうのを言ったことだ。もしかして恭華が蓮の気持ちに、今ここで答えるとかそういうの? ははは。ないだろ。もしそんなことがあったら俺は泣く自信がある。

 

「順番って出てたっけ」

「千里が最初で、恭華が最後やな。完全にネタ枠として千里置いてるやん」

「はぁ、わかってないわね。千里はガチなのに」

「ほんとに。千里ちゃん最初に置いちゃったらあとの人たちがかわいそう」

「ねぇねぇ恭弥。薫ちゃんって織部くんのその、可愛いところが好きなのかな」

「好きな人に対して厄介になるってのは氷室家の遺伝子が証明してるから、今のはそういうことだろ」

「恭弥、好きな人いるの?」

「アッ! もう始まるみたいですよ!」

 

 日葵からの質問を完璧に誤魔化して、幕が開き始めたステージへ目を向ける。視界の端に映った不満げな表情の日葵に申し訳なさが一瞬でマックスになるが、幕が上がったステージに立つ千里を見て申し訳なさが疑問に塗りつぶされた。

 

 ステージの上に立つ千里は、首から下すべてを黒い布で覆い隠していた。隙間から伸ばした手にはマイクが握られており、そこから聞きなれたメスの声、キメに行くときの「よく聞けば男って言えないこともないかな?」というトーンの声が体育館に静かに響き渡った。

 

『入口に貼りだされてたあれを見た人は知ってると思うけど、織部千里です。男です。そしてこれはミスコンです』

「お怒り表明してるじゃん」

「でもあれ外向けね。『ぷんぷん』って感じ」

「ちゃんとミスコンっぽく可愛らしく怒ってるやん」

「流石千里ちゃん」

「織部くんかわいい……」

 

 千里が喋り始めると同時、そこら中から恐らく俺たちのクラスの連中が「織部ー!! 結婚してくれ!!」「俺たちに合法を感じさせてくれ!!」と歓声を上げる。うちの学校の品性が疑われるからやめてくれ。

 

『いたずら好きな子にエントリーさせられて、今この場に立ってます。正直どうしようかなーって思いました。ほら、あるじゃないですか。ミスコンって言いつつ、かっこいいことして票集めて優勝するみたいな』

「それは無理だろ」

「それは無理ね」

「それは無理やな」

「や、やめてあげよ?」

「日葵ねーさん。仕方ないよ、無理なの」

「薫ちゃんまで……」

 

 まるで『僕でもそれができる』みたいな口ぶりに日葵以外の全員から否定の声があがる。どうあがいてもメスが目立つからカッコいいに振り切るのは無理なんだよな。そりゃ確かに千里にもカッコいいところあるけど、それで優勝できるかどうかって言われるとそうじゃない気もする。千里は男だから、カッコいいでアピールしてもって思われるだろうし。

 

 そして、それがわかっていない千里じゃない。やるからには全力、後先考えずに面白い方へ。そんなやつだから俺の親友を名乗ってるんだ。

 

『でも』

 

 言葉を短く切って、千里が体を覆っていた布を取っ払う。

 

 布の下にあったのは、青と白を基調にした可愛らしい色の衣装だった。流石にスカートではないがパンツの丈は短く、衣装にふわふわとした可愛らしいフリルが飾られていて、「あの子アイドルだよ」と言われてもすぐに信じてしまうような、ふわふわした優しい可愛さがそこにあった。

 

『これはミスコンだから! ──かわいい僕が、見たいよね?』

 

 千里の声の色が、変わる。辛うじて男と判断できる声から、媚に媚びたメス声に。耳から脳を直接犯し、体を溶かしてくるいっそ凶悪とも言っていいそれに。

 

『トップバッターだから、全力で盛り上げるよ! みんながついてこられないくらいに暴れまわっちゃうから、覚悟してね!』

 

 そして流れ始めた曲に乗せて、千里が優しく、しかし激しく歌声を乗せる。曲調がポップでありながら、その歌詞は決して叶わない恋を綴ったもの。深読みした人たちが「もしかして男だからってことを気にして……」「恋に性別は関係ないぞ!」と的外れな声援を送り始めた。多分、それも狙ってのことだろうけど。

 

「あれが俺の親友か。誇らしいな」

「ちょっと待って。私負けてない? 確実に私より可愛くない?」

「光莉。それで言うたら私ミスターコンにでるんやけど」

「……え、織部くんあんなに可愛かったの? え?」

「兄貴。悪い虫つかないようにしてね。私も頑張るから」

「おう」

 

 愛しの妹に短く返事して、俺を見つけた千里のウィンクにぐっと親指を立てた。



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第184話 氷室恭華の告白

「なぁ。井原は、なんで私のこと、す、すきとか、言ってくれるんだ?」

「おん?」

 

 なぜかあったトルコアイスを片手にベンチに座り、周りに人があまりいないのを確認してから絞り出した言葉に、井原はいつも通り間抜け面で首を傾げた。

 文化祭当日。一週間前に井原から誘われて、なぜか頷いてしまったことを後悔している。何を話せばいいのかわからない。緊張してアイスの味もわからない。なのに、私がこんな状態だっていうのに井原はにこにこと楽しそうにしていて、なんなら波のように押し寄せてくる人から守ってくれたり、いつの間にか支払いを済ませていたりと余裕すら見せている。私ができることと言えば、誰にでもこうなんだろうなと心を落ち着かせることくらいだ。

 

 それなのになんでまた心を乱すようなことを言ったのかというと、私が井原の気持ちにどう応えればいいのかを知りたいから。こんなに好きって全力でアピールしてくれてるのに答えを出さないなんて甘えたことしたくない。

 

「んー、えっと、本人にそれ言うの恥ずくね?」

「そもそも、真正面から好きって言うのも恥ずかしいと思うけどな」

「それな! でも伝えてぇって思ったからしゃーねーんよ、それは!」

 

 ぐ、またこいつは恥ずかしいことを……コーンに舌差し込んで上下させるようなアホなのに、段々それが可愛く思えてしまうから困る。

 ただ流石に行儀が悪い。ストレートにそう伝えると、井原はコーンに舌を差し込んだまま引っ込ませて豪快に口の中へ放り込み、数度咀嚼してから喉を鳴らして「申し訳!」と明るく笑った。行儀を怒られたやつのやることじゃないだろ。

 

「うーん、なんだろうな。なんか好きってなったんだよなぁ。恭華ちゃん可愛いし綺麗だしいい子だし、つかむしろ好きになる要素しかなくね?」

「……」

「あ、ほらあれだ! 隣にいたいなって思ったんだよ! もうそれ好きってことじゃね?」

「も、もういい」

「照れてるところもかわWIN!!」

 

 ピースを二つくっつけて『W』を作る井原から目を逸らす。くだらなかったから無視したとかじゃなくて、恥ずかしすぎて耐えられなかった。なんでこう、なんでこうストレートに言えるんだこいつは!! うちの兄はあんなのなのに!!

 でも、これでころりと落ちたらちょろいにもほどがある。恭弥たちには恋愛方面でポンコツだとか箱入り過ぎてもはや箱だとか好き勝手言われてるけど、そうじゃないってことを証明してやらないといけない。

 

「……」

「ん? 口パクパクさせてどしたん?」

 

 なんて思ってても、恥ずかしすぎて言葉が出てこない。こういう時に限って井原はいつもの明るい笑顔じゃなくて優しい笑顔で私の言葉を待ってくれる。なんだかんださっき「照れてる」ってはっきり言ったくらいだから、今も私が照れて何も喋れないってことがわかってるんだろう。こいつ、なんで今までモテてなかったんだ? おかしくないか?

 

 顔に上がってきた熱を冷ますのと、会話の空白を誤魔化すためにアイスを口に運ぶ。その動作すら「なんか恭華ちゃんって食べ方めちゃくちゃ綺麗だよな。可愛い!」なんて褒めてきやがるし。こいつ実は私のこと殺しにきたんじゃないか?

 

「でもそうだよなぁ。恭華ちゃんからしたら信用なんなくね? 会ってそんな経ってないのに好きですって言われてもって感じだよな!」

「あ、いや、そんなことは思ってないぞ。す、すきっていうのは衝動的なものだって理解してるし」

 

 主に身内がそういう恋だとか愛だとかの渦中にいるから。

 

「お、マジ? なら付き合っちゃう?」

「わ、私が井原を好きになるとかそういうのは別の話だろ!」

「えー。衝動的に好きになってほしいのになぁ」

「ならない」

「キビシー!!」

 

 流石恭弥の妹だぜ! と余計な一言を付け足して、井原が立ち上がる。伸ばされた手を見なかったことにして私も立ち上がると、井原は気にした様子もなく「そろそろミスコンの時間じゃんね?」なんてまた余計な一言をぶつけてきた。

 

「あ」

「ハハハ! だーいじょうぶだって! 恭華ちゃんならまんま出てきて一言も喋んなくても成立するくらい可愛いんだから!」

「それは井原が私のことす、すきだからだろ!」

「そりゃ確かに好きだけど、それ抜きにしてもそう思うんだけどなぁ」

 

 薫ならともかく、私はだめだ。だって恭弥の双子だし、性別が違うから全く一緒の容姿ってわけじゃないけど『女版の恭弥』って言われるのが一番しっくりくる。つまり、悪名が広まりに広まってる恭弥を思わせる私は断然不利……勝つつもりもないけど!

 

「なんにせよ応援するぜ! あ、でも恭華ちゃんが目立ったら恭華ちゃんのこと好きになるやつが増えんのか? やべ! 焦る!」

「……少なくとも、井原以上にいいやつはいないだろうけどな」

「恭華ちゃんのデレ入りました!! ありがとうございマァス!!」

「うるさい!! 行くぞ!!」

「怒りながらも一緒に行ってくれるのマジ天使って感じ!!」

 

 当然のように隣に並んでくる井原を睨みつけると、やはり楽しそうに笑った。

 

 

 

 

 

「で、散々ラブコメしてきた挙句、『みっともないところ見せて井原に軽蔑されたくない……』みたいなこと考え始めてド緊張してるってこと? 君ほんとに恭弥の妹?」

「う、うるさい! 第一千里がおかしいんだろ! いつもメス扱いされたらブチギレるくせに!」

「まぁお祭りだからね。その場に合ったことをしただけだよ」

 

 ミスコン、その待機所。ステージの袖にある更衣室で、私は緊張を解すために出番が終わった千里を捕まえて、いろんなことでぐちゃぐちゃになった感情をぶつけていた。

 

「なんか、盛り上げすぎちゃったみたいだけど……」

「他の子たちも可愛いのに、千里がとんでもないことするからハードル上がったんだろうが!」

「だって恭弥はあぁした方が好きだろうし」

「うわ、出た」

「人の友情を出たとはなんだ」

 

 そりゃ日葵も不安になる。千里は恭弥が好きすぎるんだよ。こんなに可愛くて恭弥の喜ぶことを率先してやって、何食わぬ顔で毎回恭弥の隣にいたら誰だって警戒するだろ。私もいつ恭弥が千里と付き合い始めて薫が泣き出すのかとハラハラしている。恭弥と千里が薫の悲しむことはしないって信じてるけど、それでも疑ってしまうくらいには恭弥のこと好きなんだよな、こいつ。

 

「というか、そうか、恭弥もいるのか……薫もいるんだよな……」

「あー、確かに身内に見られるのはきついかもね。僕もさっき姉さんから僕の動画と写真大量に送られてきたし」

「……」

「今恭弥ならやりそうって考えてた?」

「うん」

「ちなみに正解」

 

 あと薫も。薫っていつもは止める側なのに、私をいじるときだけ生き生きするんだよな。同性の姉だからか? そういえば日葵にもかわいいかわいいって言ってるし、もしかしたら恭弥に対する甘えたと別方面の甘えたなのかもしれない。私の妹可愛すぎないか?

 

「ところで、恭華さんは何するつもりなの? 別に何かしなきゃいけないってわけじゃないけど」

「ルールも何もないもんな」

 

 このミスコン、なんとルールがない。全員の出番が終わったら退場時に誰がよかったか票を入れて帰るっていういくらいで、あとは自由。出場者は何をしてもいいし、時間制限も一切ない。だからもう出て行って「こんにちはー、さようならー」でもいいんじゃないかって思ってる。

 

「出て行って挨拶だけっていうのは流石にダメだよ。恭華さんトリなんだから」

「うっ、で、でも」

「あーあ、いいのかなぁ。恭華さんがしょーもないことしたら、せっかく盛り上がってるお客さんたちが落胆して帰っちゃうだろうなぁ」

「……いじわる」

「バカ野郎! あんまり可愛いことするなよ! 恭弥が見てたらどうすんだ!!」

 

 千里が慌てて周りを見て、恭弥がいないのを確認するとほっと胸を撫でおろす。これを本気でやってるんだからそりゃあんなパフォーマンスするわな。

 

 でも、千里の言う通りだと思う。他人のことなんて知ったことかって言いたいけど、せっかく千里が盛り上げてくれたし、井原が応援するって言ってくれたし……なんだかんだ、恭弥も薫も井原も、何をしても全部肯定してくれそうな気はするけど。

 

「ま! 可愛いで勝負しても無理だろうね。もう僕が最大限可愛いをやっちゃったから。ははは。はぁ」

「自分でやったことなんだから胸を張れよ」

「いや、やったことに対して後悔はしてないんだけど……なんか、やってる最中楽しかったのが問題なんだよ。自分で違和感なかったのが嫌なんだよ」

「まぁ……」

 

 千里の後に出ていく女の子がみんな振るわない結果に終わってるのを見れば、そりゃ違和感なんてあるわけない。千里が自分で自分のことを可愛いって思ってたからこそ、あんなに可愛くて全員が千里に夢中になったんだ。

 

「……どうせ千里以降まったく結果が振るってないなら、別にいいんじゃないか? 全員を盛り上げなくても」

「僕は気分いいけど、催しとしては僕を最後に持っていくべきだったよね」

「そういうのが自信満々なあたりほんとに恭弥の親友って感じするな」

「でしょ」

 

 今のセリフでにこにこと大喜びなのはもうガチだろ。

 

「それよりもうそろそろだけど大丈夫? なんならもう一回僕が出て盛り上げてうやむやにしようか?」

「いや、大丈夫だ。春乃にわざわざ借りたんだし、無駄にはできない。それに、千里と話してたらある程度緊張ほぐれたしな」

 

 それに、実は何をやるかっていうのは決まってる。私みたいなやつが千里みたいなパフォーマンスをするのは無理だ。それに優勝なんてしなくてもいい。ただ、せっかくの祭りだから盛り上げたいのは盛り上げたい。

 

 それなら、勝手に盛り上がるようなものを提供してやればそれでいいと思うんだ。

 

「……それ、井原くんが見惚れてたやつでしょ? 恭弥にも恭華さんくらい度胸あったらなぁ」

「おい、それを言うな。緊張するだろ」

「いいじゃん。十割堂々としてるよりある程度緊張してる方が可愛くてさ」

「お前の方が可愛いぞ」

「テメェ」

 

 表情を怒りの色に染めた千里から逃げるように、ステージへ立つ。その瞬間、「あっ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」と呻く恭弥の声が聞こえてきた。私がこの格好でこの場に出ただけで、恭弥なら何をするつもりか察するだろうな。

 

 春乃に罰ゲームで着せられたメイド服。それを身に纏ってゆっくりとステージの中央へ向かい。正面を向いた。すぐに恭弥たちの姿を見つけることができたのは、きっとあいつらがめちゃくちゃ目立つからだろう。今にも暴れようとしている恭弥を、日葵と薫が必死に抑えていて、光莉は恭弥を抑える日葵にどうにかセクハラしようとしていて、春乃は光莉を抑えている。正直、恭弥がああなることに罪悪感を持たなくもないが、愛しの日葵と薫と密着できたから大目に見てほしい。

 

 そして、もう一人。特に大声を出してるってわけでも暴れてるってわけでもないのに、そいつの姿もすぐに見つけることができた。いつもとは種類の違う間抜け面で私をぼーっと見つめているのを見て、なんだかおかしくなって笑ってしまう。

 

 意図してはいなかったが、身内のおかげで緊張はほとんどなくなった。手に持っていたマイクをそっと口元に持って行って、声を乗せる。

 

『私には最近、気になる人がいます』

 

 「どうしよう! 恭弥が止まらない!」「ちょ、兄貴落ち着いて!」「よっしゃ、いけ光莉!」「御意」なんて声が聞こえてしまい、緩みそうになった頬をぐっと抑える。笑っちゃうからやめてほしい。

 

『き、気になるといってもす、すきとかじゃなくて、むしろ、向こうが好きって言ってくれるから、なんでだろうとか、その、私はあんまりそういうのよくわからないから、どうしたらいいのかわからなくて』

 

 「ぐっ……がんばれ、頑張れ恭華ー!!」「恭弥……偉いね」「井原さん相手だと兄貴ちゃんと応援してるのに、なんで千里ちゃんはまだ殺されるんだろ」「性格やろ」「性格でしょ」とまたあいつらの声が聞こえてくる。別に大声で話してるわけじゃないのに聞こえてしまうのは、やっぱりあいつらの声を聞きなれているからだろうか。

 多分、あいつらの声を聞いたら安心するからかもしれない。

 

『好きって言ってくれるお前にすぐ答えは出せない。でも、一緒にいて悪い気持ちにはならない。むしろ、何かよくわからない感情が浮かんできて……この感情がなんなのか、そもそも名前があるのかなんてわからないけど』

 

 すぅ、と息を吸い込む。私を見ている井原は、まだ間抜け面だった。

 

『──お、お友だちからお願いします!!』

「このクソ遺伝子!! やっぱり兄貴の妹じゃん!」

「待て! 俺のせいじゃないだろこれは!! 恭華がヘタレなだけだろ!!」

「お、おちついて薫ちゃん! 薫ちゃんも恭弥の妹だよ!!」

「でも恭弥にはあんなことする度胸すらないと思わない?」

「ほんまにな」

 

 今度ははっきりと聞こえてきたやり取りの後に、「お友だちじゃなかったの!!? ショッキングパーリーピーポー!!?」というアホな声も聞こえてきた。



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第185話 ミスターコン開催

「だって仕方ないだろ!! あの場で付き合おうなんて言えないだろ!!」

「や、でもあの流れやったら言うと思うやん?」

「実際、『あれ、これなら押せば行けるんじゃね?』なんて考えたやつもいたからな。全員俺と父さんと母さんがぶっ殺したけど」

 

 ちなみにそのあと両親はまた独房へと戻っていった。なんでも『懐かしい』らしい。学生時代なにやってたんだあの人たち。

 

 ミスコンが終わって、昼食の時間。適当に店で食べ物を買っていつも通り屋上へ集まり、ミスコンに出ていた千里と恭華をねぎらってやっている。結果はミスターコンが終わって、その集計が終わってから同時に発表されるらしい。まぁ多分千里の優勝だろう。恭華も話題性は抜群だが、どっちが沸かせたかって言えば千里だしな。

 

「それにしても織部くんほんとに可愛かった! いつから練習してたの?」

「これが忌々しいことに、『可愛いこと』に関しては練習しなくてもいいんだ」

「アイドルの才能あるわよ、あんた」

「千里ちゃんがアイドルになったら多分いっぱい嫉妬しちゃうから、だめ」

「さてと。保健室にでも行こうか薫ちゃん」

「お前だけでいいぞ」

「それは怪我するからって意味で合ってる?」

 

 どうやら千里は賢いらしい。俺の言葉の意味を正しく理解し、自分がボコボコにされるであろうことを察するとすぐに土下座を披露した。好きな女の子の前でする土下座ほど屈辱的なものはないだろう。その屈辱に免じて、今日は許してやることにする。

 ……よく考えたら俺も日葵の前で土下座したことある気がするな。土下座する心当たりが多すぎるから多分間違いない。

 

 にしても、本当に俺の妹とは思えない。恋愛関係はほんとにポンコツだと思ってたのに、ちゃんと自分でどうするべきか考えて、いろんな人が見てる前であれを言えるのは素直に尊敬する。まぁ蓮に顔を合わせるのが恥ずかしすぎてこっちに逃げてきたのは流石というべきか、『多分恭華ちゃん恥ずかしくて俺の顔見れねぇと思うから、しばらく友だちと回っとくわ!』と先に連絡を送ってきた蓮も流石と言うべきか。はぁ、もうゴールインじゃんこんなもん。

 

「そういえば、ミスターコンとミスコンの優勝者は同時発表で、同時にステージに立って一言ーとかあるらしいね」

「お前は一体何人の性癖を歪めるつもりなんだ?」

「仕方ないでしょ。僕は求められたことをやってるだけなんだから」

「付き合いたいのに待たされてるんだけど。求めてることやってもらってないんだけど」

「ふぅ……」

「光莉。鎖持ってる?」

「ちょうど拷問用のやつあるわよ」

 

 日葵とともに千里をしばきあげ、悪を滅したところで飯に戻る。ったく、千里もまだまだだな。よく知りもしない有象無象を盛り上げるために普段は嫌な女の子の恰好やって、しかも全力で可愛いアピールしたら嫉妬するに決まってるだろ。そっちには応えるのに私には……って。ちょっと考えりゃそういうわけじゃないんだけど、それで割り切れないのが恋ってやつなんだよ。ふっ、決まったぜ。

 

「まぁあれだな。ミスターコンの時は俺が守ってやれねぇから、蓮連れてくるか」

「えっ、あ、や、その、きょ、今日はちょっと……」

「確かに、女の子だけやと不安やもんなぁ」

「僕を女の子とカウントするのはやめろ」

「数時間前の自分を思い出してもう一回同じこと言ってみなさい」

「僕を女の子としてカウントしろ」

「してるぞ」

 

 光莉はかなり武闘派だがそれでも女の子。俺がいない間にまとめてナンパされる可能性もある。それなら蓮が一緒にいてくれた方がいい。多分薫と恭華が危ない目に遭ったらどこからともなく父さんと母さんが現れるだろうけど、それでもそもそもそういうことが怒らない方がいいからな。

 ちなみに当然のごとく千里はあてにならない。なんなら一番ナンパされるだろうし、一番どこかへ連れていかれそうだ。こいつやっぱり根っこは男だからか、変なところ警戒心緩いんだよなぁ。そこがエロくて、イイ!!

 

「さて、ほなそろそろ行こか恭弥くん」

「お、もうそんな時間か」

「ミスコンの話題が残ってるうちにミスターコンって話やったからなぁ。みんなもはよこな座られへんで?」

「うん! 楽しみにしてるね!」

「あんたたちならなんの心配もいらないわね」

「緊張するなよ」

「恭華ねーさんに言われたくないと思う」

 

 もうちょっとゆっくりしたかったな、なんて思いながら立ち上がって、春乃と一緒に体育館へ向かう。横目で春乃を見ても緊張した様子はなく、むしろ綺麗な口笛を吹いて余裕をかまし、俺の視線に気づいた瞬間小さく投げキッスをするお茶目も搭載していた。悔しいから俺も小さく投げキッスを返すと、「うわ、似合わんわぁ」と暴言を吐きつつ目を逸らし、少し頬を赤く染める。

 

 なんだ。ただの完璧か。

 

 ……清々しいくらいにいつも通りだな。覚悟しとけって言ってきたからちょっとはいつもと違うところあるかもって思ってたのに。こういうところが春乃らしさっていうか、いつも堂々としていて本当に気持ちがいいやつだなと思う。人として春乃以上に頼もしい人間なんていねぇんじゃねぇか?

 

「なーに? じろじろ見て」

「いや、春乃は春乃だなぁって思ってよ」

「そらここでいきなり私が岸春乃やないって言うたらビビるやろ」

「でもいきなり双子が生えてきたしなぁ」

「それは氷室家やから」

「確かに」

 

 氷室に関しておかしいことが起きても『氷室家だから』で通るの、改めて考えたらやばくねぇか? そんくらいとんでもない一族で恭華と薫が生まれたの奇跡じゃねぇか?

 そう考えたら俺が普通で恭華と薫が異常な気がしてきた。そうだよ、俺氷室家にとっての普通で育っただけじゃん。世間から見て異常なの俺のせいじゃねぇよ。ったく、氷室家め。氷室家のせいで面白おかしく育って、最高の友だちに巡り合えたじゃねぇか。ありがとう。

 

 体育館に入ると、すでにいい席を取っている人たちがいた。芸能人が出るとかならわかるけど、ただの高校のミスコンとかミスターコンとかでここまでやる気な人って相当ミーハーなんだろうな。いや、もしかしたら俺が出るからとか? まいったな、モテる男はつらいぜ。

 

 ……最近の俺の事情を考えたら冗談じゃないからやめておこう。

 

「恭弥くんは着替えるん?」

「俺はそのままでめちゃくちゃカッコいいから。それに映画のこともあるしな」

「そういえばミスターコン終わって発表終わってからやっけ。ほな私もこのままにしよかな」

 

 俺たちが着ているのは制服で、映画でも制服を着ている。ということは、映画を見た人は「あ! ミスターコンに出てた人だ!」とお得な気分を味わえるというわけだ。二流はミスターコンという箱だけで考えるが、俺はその先のことも考えている。あーあ。天才過ぎてにくいぜ。

 

「いや、なんか他に着ようと思ってたもんがあるなら合わせなくていいぞ?」

「別になんも予定なかったからええよ。色々衣装用意してくれてるって聞いたから、適当に選ぼかなーって思ってたくらいやし」

「度胸ありすぎだろ」

「誰が言うとんねん」

 

 俺に度胸なんてあったら色々丸く収まってたと思うんですが……。これを口に出したら流石に怒られるだろうから黙っておく。それくらいの理性は持っていることに自分で安心した。どうやら俺もデリカシーってやつを身に着けてきたらしい。

 

「つか順番俺が最後って、何を期待されてると思う?」

「その前が私やから、私が大本命で恭弥くんはオチ担当?」

「はぁ、わかってねぇなぁ運営は」

「めちゃめちゃわかってると思うけど……」

「そもそもさ、学生ってのは社会に出る前の好き勝手主張できる最後の場だぜ? だってのにこういう順番とかで役割与えちゃダメだと思うんだよな」

「そういうのを学ぶ場でもあるやろ」

「さて、負けたか」

 

 口で負けた俺は「別に気にしてないですよ」風を装い、拳を握りしめた。ぐっ、ふぅうううぅ……なんでもいいから文句言いたくなったから適当に言ったのに、真正面から説き伏せられたよぉ……。

 

 まぁ俺が負けるなんていつものことだ。気にすることじゃない。ただ人間は負けになれたらそこで成長が止まってしまう。よし、次は勝つぞ!! ふんふん!

 

「何思ってるか知らんけど、なんかきもいで」

「感覚で罵倒するな」

「恭弥くんわかりやすいからなぁ」

 

 そうやってくだらない会話をしていると、時間なんていうものはあっという間に過ぎていく。俺が春乃とずっと会話していたからか、周りの他の参加者に嫉妬を込めた目で見られているのはきっと気のせいじゃない。なんとなくだけど俺、この学校敵だらけな気がしてるんだよな。大体はあのメスのせいだけど。

 

 ミスターコンはしょっぱな千里みたいに全部をぶち壊すようなとんでもないやつが現れなかったことから、普通に盛り上がりながら進んでいた。春乃以外の参加者を知らない俺からしたら「なんか俺以下のやつらが頑張ってるなぁ」くらいの感想しか出てこないが、それでもスカウトされただけはあるのかちゃんと黄色い声を浴びながら帰ってくる。

 

「ん、もう私?」

「らしいな。俺のためにしっかりあっためといてくれよ」

「言うたやん。覚悟しといてなって」

 

 春乃は俺の顔を見ずに、一度も足を止めずステージへと歩き出す。そして春乃がステージへと足を踏み入れた瞬間、女子の歓声が聞こえてきた。あぁそういや、春乃って意識的にも無意識的にもイケメン振りまくからファン多いのか。俺もきゃーって言った方がいいか?

 

『どうも! 岸春乃って言います! 見ての通り女の子なんですが、どうも私ってかっこいいみたいで。可愛い後輩からミスターコン出てくださいって言われたんでのこのこ出てきました!』

 

 春乃らしい明るい声が体育館に響き渡る。袖から見ても春乃の周りが光って見えるから、もしかしたら光に関する能力でも持ってるのかもしれない。身体能力化け物だし。

 

『で、ミスターコンやから私のイケメン見せつけてもええんやけど、せっかくこういう場所立たせてもらえるんやから言いたいことぶちまけようって思ってます』

 

 春乃は、袖にいる俺を一瞥した。

 

『絶対に叶わん恋って、したことありますか?』



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第186話 がんばれ

『例えばの話。自分に好きな人がおって、その人は小さい頃からずっと好きな子がおって。でも自分はその人への好きって気持ちが止まらん、みたいな』

 

 一瞬で、覚悟っていうのはそういうことかと納得がいった。意外にも焦りは一切なくて、春乃ならそういうことだろうなって思ってた部分があったからかもしれない。

 

『そういう時って大体当たって砕けるか、気持ちに蓋するかのどっちかやと思うねん。だってその人は違う子が好きやってわかってるんやから。しかも十数年ずっと想い続けてるっていうマンガみたいな』

 

 客席にいる人で、春乃がそうだって勘づいた人は何人くらいいるだろうか。大体こういう例え話をするときは本人のことだって結びつけるのが自然だと思うから、よっぽど鈍くなければ春乃のことだって気づくはずだ。今更春乃が他人にどう思われようと気にすることはないと思うけど、それでも少し心配になってしまう。

 

 いや、俺が心配なんて偉そうなことは言えないかもしれない。春乃にこれを言わせてるのは他でもない俺だから。

 

『でも、私は当たり続けてもええと思うねん。だって止まらん気持ちならしゃあないやろ? もしかしたら振り向いてくれるかもせえへんし、不可能か可能かなんて自分がどう思うかで決まることやと思うから』

 

 それは、春乃の生き様を語っているようにも聞こえた。あれだ、『私を見ろ』って感じがする。言葉に熱がこもってるから、いきなり何言い出すんだっていう気持ちが一切わいてこない。俺が春乃と仲がいいからそう思うだけかもしれないが、きっとそうだからじゃないはずだ。

 だって俺は、春乃のことが嫌いだっていうやつを見たことがない。

 

『言いたいことは、もし自分の好きな人が別の子のこと好きって知ってる人がおったら。恋し続けることは、好きでいることはなんも悪いことやないってこと。好きって思い続けるのは辛いことやないってこと。むしろ、それだけ人のことを好きになれるっていう自分を誇りに思ってほしいってこと。誰かを想う気持ちが悪いなんてありえへん。そら相手からしたら迷惑とかそういうこと考えるかもしれへんけど、知ったことかと笑い飛ばしてこう言うたれ!!』

 

 一瞬、春乃がこっちを見てにやりと笑った。

 

『好きなんやからしゃあないやろって!! みんな、図々しく恋しよう!!』

 

 体育館が歓声に包まれる。拍手すら起きていた。この場所からは見えないが、立ち上がっている人もいるんじゃないかってくらいの音が体育館を揺らす。春乃の言葉が人の心を動かした証拠だろう。証拠に、「図々しく言うぞー!! 結婚してくれー!!」「踏んでくれー!!」なんて声も聞こえてくる。声は覚えたからあとでぶっ殺しに行こう。

 

 流石春乃だなと笑ってしまい、次は俺の番かと気合いを入れる。ここまで盛り上げてくれたんだから、この空気を壊すわけにはいかない。オチ担当なんて言わせない。

 

『で、もう一つ!! 言いたいことあんねん!!』

 

 そうして俺が気合いを入れていると、春乃が言葉を続けた。まさかこれ以上盛り上げるつもりかとあまりにもエンターテイナーな春乃に驚かされる。このままじゃマジで俺がオチ担当になっちまうじゃねぇか。

 

 そうやって余裕を保ってられたのは、この時までだった。

 

『実は私もそういう恋してるんやけど。もう相手の男がめっちゃめちゃヘタレで!! 私やなかったら愛想つかしてボコボコにして捨てるくらいの!!』

 

『まぁ、そんでも好きになってもうたんやからしゃあないんやけど。そういうとこまで可愛いって思ってまうのって恋の悪いとこやと思わへん? わかる?』

 

『でも! こんな可愛い私に好きになってもらっといて、しかもちゃんと好きって言うてるのにかわし続けて!! ええ加減クソやと思うから、ちゃんと答え出せや!!』

 

『好きって気持ちから逃げんな!! クソヘタレ!! 以上!! 岸春乃でした!!』

 

 言葉を吐き捨てて、春乃がこっちに歩いてくる。そして俺の正面に立つと、手に持っていたマイクをそのまま手渡してきた。

 

「こんぐらいせな、()()()()()はっきり言わんやろ?」

「……なんか、なんだろうなぁ。なんて言えばいいんだ、俺」

「情けなっ。泣きそうなってるやん」

「いや、だってよ」

 

 泣きそうなのは春乃だろ、と喉から出かかった言葉は、春乃の声に遮られた。

 

「ええから、がんばれ。恭弥くん」

 

 言って、笑って春乃が俺の背中を押す。振り返ろうとしたが、ここで振り返ったら春乃に顔向けができないような気がしてそのまま歩き出した。

 

 覚悟しとけってそういうことか。俺は春乃のこと全然わかっちゃいなかった。春乃にめちゃくちゃ甘えてたってことを思い知らされた。つか俺何回同じこと繰り返すんだ? 光莉のときもこうだっただろ。死ねよ俺。

 

 ステージの中央に立って。前を見る。

 

 その人のことは、すぐに見つけられた。

 

 

 

 

 

「ちょっと行ってくるわね」

「うん。いってらっしゃい」

「え、あ、えっと、光莉?」

「ごめんね日葵」

 

 春乃が袖に引っ込んでいったのを見て、席から立ち上がる。困惑している日葵のフォローは残ったやつらに任せることにした。

 

 体育館から出て、裏手に回る。体育館の舞台袖は外とつながっていて、外に出てるかなと思って見に来てみたら案の定春乃はそこにいた。

 

「あれ、光莉? どしたん?」

「どしたん? ってあんた」

 

 にかっと春乃が私に笑いかける。まるで何事もなかったかのように笑う春乃に呆れてデコピンをかますと、「あいたっ」と言っておでこを抑えながら睨みつけてきた。

 

「あんたねぇ、やりすぎ」

「やりすぎくらいがちょうどええやろ。あのヘタレは」

「それには同意だけど、よかったの?」

「ええんよ」

 

 春乃がぐっと伸びをして、空を見上げた。つられて見上げると鬱陶しいくらいの快晴で、10月だっていうのに日差しのせいで少し暑さすら感じる。

 

「損な性格ね。背中押すようなことばっか」

「アホか。このまま停滞してたら勝たれへんから進展させたんやろが」

「はいはい。偉い偉い」

 

 むんっ、とない胸を張る春乃の頭をぽんぽん撫でる。春乃は身長が高いから背伸びしてやっとなのがかなり恨めしい。なんか私がお姉さんになりたい姪っ子みたいになってるじゃない。我慢ならないんだけど。

 いや、これは春乃の背が高いのが悪いと八つ当たりしてやろうと春乃を見ると、

 

「あ、あれ」

「ちょ、なっ……もう!」

 

 春乃が泣いていた。自分でも泣くと思っていなかったのか、目を丸くして珍しく慌てている。

 

「や、はは。ごめ、ちょ、なんかとまらへん」

「いいから! あんたほんとバカね! アホ! まぬけ!」

「アハハ!! ほんまにな!!」

「笑ってんじゃないわよ!! ったく、」

 

 文句を続けながら涙を拭くためにハンカチを取り出した私に、春乃が抱き着いてくる。涙をそのままにして、肩を震わせる春乃に涙を拭くことを諦めてそっと背中に腕を回した。

 

「このまま」

「はいはい、泣き止むまでね。光莉ちゃんの温もりは安くないわよ」

「あんがと」

「いいわよ。ほんとに頑張ったわね。あのバカ、ここでヘタレたらぶっ飛ばしましょ」

「ふふ、うん」

 

 まぁどっちにしろ、女の子を泣かしたんだからあのバカは殴り飛ばそうと思う。ほんとどうしようもないゴミね、あいつ。

 

 

 

 

 

 春乃の言葉を聞いて、誰のことなんだろうって思えるほど私は鈍くなかったみたいだ。

 そして、同時にとてつもない罪悪感に襲われる。もし、春乃が言ってたことが本当で、最初からそうなんだったとしたら。私は、立場に甘えて色んな人を苦しめてた最低なやつだ。

 

「日葵ねーさん」

「薫、ちゃん」

「冷たく聞こえるかもしれないけど、恋して傷つくのは自己責任だから。日葵ねーさんが悪いなんてことない」

「でも、私」

「あはは。確かに夏野さんが自分のこと悪いって思う気持ちもわかるよ」

 

 ステージの中央に立つ恭弥を見ながら、織部くんは笑って言った。多分、織部くんも最初から全部知っていたんだと思う。

 

「好きになってもらってるくせに、何うじうじしてんだとか」

「う」

「好きなくせに、何うじうじしてんだとか」

「ぐ」

「なんで私には振り向いてくれないのとか、色々思うだろうね」

「……やっぱり」

「でもさ」

 

 織部くんは、恭弥から視線を外して私を見ていた。いつも織部くんは恭弥たちとふざけてたり、外からへらへら眺めたり、そういうところばかり見てたけど、今の織部くんはちゃんと男の子の目をしていた。

 

「やっぱり好きになっちゃったものは仕方ないんだよ。恭弥のことも、夏野さんのこともね。だから自分で色々納得して、ちゃんと道を選んだ。それを夏野さんが否定しちゃだめだよ。間違っても『自分は幸せになっちゃいけない』なんて思っちゃいけない」

 

 ドキッとした。それは、まさに私が考えていたことだから。自分だけ恋のライバルのつもりでいて、本当は最初から全部決まっていたなんて、そんなの。そんな人、幸せになっちゃいけないって。

 

「冷たい言い方になるけどさ、結局勝てなかったってだけなんだよ。だから夏野さんが胸を張ってあげないと、それこそふざけんなってなると思う」

「……うん」

「まぁそれはそれとして」

 

 織部くんはにやっと笑ってから、また恭弥の方を見た。

 

「一発くらい殴られた方がいいと思うよ。恭弥も夏野さんもさ」

「……そうだね! わかった! 殴ってもらう!」

「日葵、そろそろだ」

 

 隣に座っている恭華が、私の手を握った。

 

「流石に恭弥も今回は外さないだろ。ちゃんと聞けよ」

「うん」

「よし」

「恭華さんも隣にいる井原くんの声ちゃんと聞いてあげてよ」

「あ、もう俺喋っていい感じ?」

「だめ!」

「えー!」

 

 織部くんが恭華をからかって、井原くんがそれに乗っかって。きっと、自惚れじゃなかったら空気を柔らかくしてくれたんだと思う。私はそれに甘えて、くすりと笑った。

 

 そして、恭弥が口を開く。



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第187話 ただ、幼馴染とえっちがしたい

「ただ、幼馴染とえっちがしたい。そう思い続けた人生だった」

 

 え? という困惑が体育館中に広がっていく。この学校の生徒は、なんとなく春乃が言っていた好きな人っていうのが俺だってことがわかってたんだろう。だからこそ俺の第一声は困惑を生んだ。怒鳴られてもおかしくない。あの流れでまともなアンサーが返ってくるかと思いきや、ふざけたことを抜かしたんだから。

 

 ただ、俺は大真面目だ。

 

「そう、思い続けてた。だから傷つけた。俺が肝心な一歩を踏み出さず、居心地のいい環境に甘えて、間違った選択ばかりしてた」

 

 どこから間違えてたかなんて、そりゃもう随分前からだろう。日葵と話さなくなったその時から、俺は間違え続けた。

 

「もし間違えてたら俺はもうどうしようもないけど、さっきのはもう間違えるなよっていう激励に聞こえた」

 

 そもそも、言い間違えで千里に告白みたいなことして、それが学校中に広まって身動きがとり辛くなって、ただそれがきっかけで光莉と知り合ってなんだかんだで日葵と話せるようになって。そう思えば間違いってのも案外捨てたもんじゃないなって思える。

 それでも致命的な間違いってやつはあって、俺はそれをバンバンやってしまっていた。

 

 だから今度は間違えない。こんなみんなが見てる前でなんて想像もしたことなかったけど、どうせ俺は有名人だから遅かれ早かれ知られることになる。それに今更、他人にどう思われようが気にしない。

 

「俺は日葵が好きだ。……返事は、今じゃなくていいから」

 

 そして巻き起こる罵詈雑言の嵐。主にこの高校の男子生徒から。「今度こそ殺せ!!」「首を一回転させてやれ!!」「武器を持て!!」と色々聞こえてくる。そりゃそうだと思っても、やられるつもりはない。全員なぎ倒して日葵のところに戻って、それから答えを聞く。そうしなきゃ背中を押してくれたあいつらに顔向けできない。

 

「ちょっと待ったァ!!!」

 

 そんな俺の覚悟をぶっ壊したのは、体育館中に響く聞きなれたメス声だった。

 

「千里?」

「さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!! 君は僕と付き合ってるのに、まさかこんな堂々と浮気するなんて!!」

「いや、お前」

 

 千里がステージに上がり、一度袖に引っ込んでからマイクを引っ張りだしてきた。笑顔を浮かべて俺を見る千里に困惑を隠せず言葉を発せないままでいると、千里がわざとらしく泣き崩れた。

 

「ひどい、僕とは遊びだったんだね……! 学校どころか、雑誌にも認められたカップルだったのに」

「……」

「お願い、捨てないで!」

 

 何やってんだこいつ、ともはや呆れて見下ろしていると千里がいきなり抱き着いてきた。そして俺の耳に口を寄せて、俺以外に聞こえないようにそっと囁いてくる。

 

「ねぇ、恭弥」

「なんだよ」

「夏野さんと付き合ったらさ。一緒に遊ぶ時間減るじゃん」

「……」

「だから、最後に思いきりあそぼ?」

 

 ほんっとにこいつは、サポートしたり無茶苦茶にしたりサポートしたり無茶苦茶にしたり、今そういうんじゃねぇってわかんねぇのかなぁわかるよなぁ!? マジでとんでもねぇメスだなこいつここまでくると引くわ!!

 

 でも、千里の声が、すっげぇ寂しそうだったから。

 

「……っ、アー、あぁそうだよそうだよ!! お前とは100ッ、パァーセント遊びだ、遊び!! 俺との将来を期待してたんならご生憎!! いやァ楽しかったわお前との恋人ごっこ!! お前顔と体だけはいいからよォ、随分いい思いさせてもらったぜ!!」

 

 千里を突き飛ばし、表情を凶悪な笑みに変える。あーもう薫が怖いし光莉が怖いし春乃が怖いし恭華が怖いし日葵が怖いしみんなが怖い。マジで責任取れよお前。ほんっとうに俺たち二人最低なことしてんだからな? わかってんのか? 俺と遊べなくなるのが寂しいからってやっていいことと悪いことあんだろうが!!

 

「ずっと好きな人がいたんだったら、なんで僕を恋人なんかにしたんだよ!!」

「お前とえっちがしたかったからだよ!!」

「え!? あの教室で言われたことって本心だったの!?」

「おい素に戻るなバカ!! お前からやり始めたんだろうが!!」

「あっ、ひどい!! 結局僕の体しか見てなかったんだ!! 体目当てだったんだ!!」

 

 そこで、観客から笑いが起きた。その瞬間「あぁそういうことか」と納得する。

 こいつ、俺に向かってたヘイトを『茶番だった』ことにして軽減するつもりなのか。そううまくはいかねぇと思うけど、こうして一緒に大怪我しにきてくれるって。

 

「あぁそうだよ!! お前はすこぶるいい匂いだし体ふにふにしてるし抱き心地めちゃくちゃいいし、俺に全幅の信頼を寄せて無防備になる姿がとてつもなくたまらなァい!! これで欲情すんなっていう方が無理な話だろうがふざけんな!! 俺を舐めてんのかぶっ飛ばすぞテメェ!!」

「ちょっ、待って、どっち!?」

「本心だ!!」

「本心かよ!! クソ、えぇと、いやどっちにしろふざけんなだわ!! 僕をそういう目で見るな!! まさか君が性欲でしか僕を見てなかったなんて思ってなかったよ!!」

「お前が、性的すぎるのが悪いんだろうがァアアアアアア!!!」

「マジで本心で言ってんの!? 客席の人も何頷いてんだよ!!」

 

 だってそうだろ! お前ミスコンであんなことしておいて自分は性的じゃないって言うつもりか!? お前は性的なんだよ! なんでわかんねぇんだ!! 俺に話しかけるとき小首傾げて覗き込んできやがって!! それでメス扱いしたら怒る? ちゃんちゃらおかしいぜ!! お前はメスで、俺はオスで、お前はメスで俺はオスだ!!

 

「むしろ、俺はたぶらかされたんだ!! 純粋に日葵のことが好きだったのに、この魔性の悪魔に!! 同性だから触っても犯罪にならないし無防備だし!! なぁ、わかってくれるよなぁ!!? 信じてくれるよなァ!?」

「俺は信じるぞ!!」

「氷室は俺たち側だった!!」

「考えてみれば当然の話だった!!」

「なんで君の味方が増えてるんだよ、どう考えてもかわいそうなのは僕だろ!? それに同性でも触ったら犯罪だよ!!」

 

 観客から次々に声が上がる。「織部がフリーなら合法が返ってくるぞ!!」「頑張れ氷室ー!!」「織部くん、私は味方だからね!!」「そんな女の敵、ボコボコにしちゃえー!!」と、主にバカな男が俺の味方をし、他全員が千里の味方になっている。俺の味方は頭おかしいやつばっかりだな、誇らしいぜ!!

 

「恭弥ー!!」

 

 頭がおかしい味方のために次の攻撃を仕掛けようと口を開いた時、可愛らしい天使の声が俺の耳に届いた。

 

 見れば、日葵が立ち上がって俺に向かって手を振っていた。その隣では薫と恭華が中指を立てており、光莉が手をボキボキと鳴らしていて、春乃と蓮が爆笑している。

 

「私!! 恭弥と付き合いたいから!! 恭弥のことが好きだから!! 頑張って!!」

「……!! お前ら喜べ!! 世界一可愛い味方ができたぞ!!」

「氷室を殺せ!!」

「塵一つ残すな!!」

「生まれてきたことを後悔させろ!!」

「なんでだよ!!」

「アハハ!! 無様だね恭弥!!」

「織部を犯せ!!」

「なんでだよ!!」

 

 天使の声で翼を得たかと思いきや、嫉妬に狂った味方が俺の翼をもいできた。しかし頭のおかしい俺の元味方は千里を性的な目で見てるから、千里の敵であることに変わりはない!! それに、俺は日葵がいれば無敵になれる!! 日葵が応援してくれるなら俺は何度でも立ち上がれる!!

 

「なぁ、よく考えてみてくれ!! 俺のことが悪いと思ってるやつら!! 日葵がどういう子か知らないわけじゃないだろ!! 純粋でめちゃくちゃいい子で穢れを知らないパーフェクト天使!! そんな日葵が味方する俺が、悪いと思うのか!?」

「純粋でめちゃくちゃいい子で穢れを知らないから、恭弥みたいなやつに簡単に騙されるだろ!!」

「そうだ!! 夏野さんを守れ!!」

「悪を討てェ!!」

「これで完全に夏野さん以外君の敵になったね!! 僕の勝ちだ!!」

「千里、いいことを教えてやるよ。勝ちを確信した瞬間が、一番隙ができるってな!!」

「なっ、どんな作戦が」

「いいこと教えただけだ。策はない」

「みんな!! 恭弥を殺せ!!」

 

 雄たけびを上げながらステージへ乗り込んできた化け物から逃げ出して、袖から外に飛び出す。しかし出た先に俺を待ち構えていたやつらがいた。

 

 ブチギレている薫、恭華、光莉。爆笑している春乃と蓮。そして、日葵。

 

「兄貴。色々終わったら話があります」

「あ、はい」

 

 薫はもう人を見る目をしていなかった。これ千里もあとで怒られるだろ。死んだなあいつ。そして俺も。

 

「恭弥。私はお前と似た容姿をしてるんだが、それについてどう思う?」

「それはマジでごめん。親を怨め」

「このクズ!」

 

 あぁそうか。俺の顔をぼんやりと覚えてる人がいたら、恭華が俺だと勘違いする人もでてくるかもしれないのか。これはすぐに俺には可愛い双子の妹がいてめちゃくちゃいい子だってことを周知する必要があるな。

 

「ま、そこんとこは俺に任せてくれよ恭弥!! 恭華ちゃんをあぶねー目には遭わせねぇから!!」

「お前アレを見てもまだ俺に話しかけてくれるのか……?」

「親友っしょ? つめてーこと言うなよ!」

「ありがとう……恭華はやらんけど……」

「つめてーこと言うなよ!」

 

 いいやつが過ぎないかこいつ? 俺が邪悪から守ってやらねぇと。あ、俺が邪悪か。じゃあ死ぬか俺。

 

「恭弥。あんたのせいで春乃が爆笑しすぎて喋れなくなってるんだけど、責任とってくれる?」

「面白くてごめん」

「やっ、ほ、ほんまになっ! アハハ!! あかんわ、なんやねんこいつ!」

「地味にひどくねぇかその言葉」

 

 正直二人からはぶん殴られる覚悟してたから、何もしてこないのは意外だった。まぁ今俺追われてるから直接やらなくてもって思ったのかもしれないな。

 あ、そうだ俺今追われてんじゃん!

 

「やべぇ俺このままここにいたら殺される!」

「だから私たちがいるんでしょ。なんとかしといてあげるから」

「お二人さんはお二人さんでごゆっくり」

 

 え、と困惑する暇もなく俺の手を日葵が握る。

 

「みんな、お願い!」

 

 日葵のお願いに、みんなは腕を突き上げることで応えた。かっこよすぎておしっこちびるかと思ったわ。実際ちびった。それは嘘。

 

 日葵に手を引かれて校舎を走る。ミスターコンが開かれていたからか校舎内に人はあまりおらず、人とぶつかることなくある教室に飛び込んだ。

 

 2-A、俺たちの教室。

 

「なんで俺たちの教室?」

「灯台下暗しってやつ! まさか自分のクラスに逃げてるとは思わないでしょ!」

 

 自身満々の日葵が可愛いから「そんなことないぞ」という言葉は飲み込んで「流石日葵だな」と褒めておいた。誇らし気に胸を張る日葵がさらに可愛い。

 

 しかし、胸を張っていた日葵は突然何かを思い出したかのように目をきょろきょろと泳がせて、指をもじもじさせながら俯いた。

 

「えっと、それで、その、お返事、あれでよかったかな」

「アー、返事、返事ね? あぁうん、あっ、うん」

「……なんで、私あんな……勢いで言っちゃったんだろ」

「いや、嬉しかったから!! あの瞬間マジで嬉しすぎて死ぬと思ったから!!」

「え!? 大丈夫!?」

「は? 可愛いな」

「え、あ、ありがと……」

 

 なんでくだらない冗談にここまで本気のリアクションできるんだ。可愛すぎるだろ。他のやつが同じ事したら「くだらねぇこと言うな」ってぶん殴るのに、日葵はただただ可愛い。可愛すぎて死にそうだ。もしかして俺の殺し方を心得てるのか?

 

「ん、んー、やっぱりあれじゃ納得できないから、ちゃんと言うね!」

「待て! それなら俺もちゃんとやり直す!」

 

 そっちの方が日葵も返事しやすいだろうし、俺もちゃんとした告白をしておきたい。将来子どもに「どういう風に付き合ったの?」って聞かれてあの状況を説明するわけにはいかない。

 

「よし、行くぞ」

「はっ、はい!」

 

 日葵を正面から見つめると、日葵も見つめ返してくれる。顔は真っ赤で、目はうるんでいるように見えた。どこからどう見ても可愛い。好き。俺は日葵を愛するために生まれてきたのかもしれない。

 

 息を大きく吸い込んで、もはや祭りをやってるんじゃないかっていうくらいうるさい鼓動を落ち着かせる。ここで決めなきゃ男じゃない。俺は男、氷室恭弥だ。

 

 覚悟は、決まった。

 

「俺はただ、日葵とえっちがしたいんだ!!!!!」

「えっ!? あっ、よろしくお願いします!!!!!」

 

 何かを致命的に間違えた。そんな気がした。



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エピローグ

「なぁ父さん」

「ん?」

「母さんになんて告白して付き合ったんだ?」

「その話はやめておこう」

 

 父さんは苦虫をすり潰して粉状にし、その粉を一日中舌の上に乗せて生活しているときのような表情でそっぽを向いた。ちなみにそんな経験父さんにはないはず。

 

「というか、もうそんなこと気になるようになったのか。俺も初恋早い方だったからなぁ。遺伝だな」

「興味ねぇよ、ハゲ」

「なんでいきなり言葉で殴ってきたんだ?」

 

 テメェさっき告白のこと聞いてきただろうが、と頭を掴まれて揺らされる。度々こうしてお仕置きをしてくるけど、絶対痛くないしむしろ楽しいまであるからわざと父さんに暴言を吐いているのは俺だけの秘密だ。あ、いや、もう一人知ってる人いた。

 

「なになにー? 二人して可愛いことして、どうしたの?」

「母さん、聞いてくれよ。父さんが告白のセリフ教えてくれないんだ」

「あ、あー。あー、告白、告白ね」

「これはろくでもねぇってことだな。納得した」

「いや待て! 待て待て!」

「待っても何も出てこなさそうだからいやだ」

 

 気が動転するとほんとにどうしようもないな父さんは。こういうところ遺伝しなくてよかったとほんとに思う。気が動転してるときってあんまり意識ないからもしかしたら遺伝してるかもしれないけど。ていうか母さんも割とポンコツだから十割遺伝してるような気もするけど、考えないようにした方が幸せだってことを俺は知っている。

 

「んっ、んん! えーっと、どうしてそれが気になったの? もしかして好きな人ができたとか?」

「うん」

「へー、そうなんだぁ。えぇ!? そうなんだ!?」

「お、誰だ? 父さんの知ってる子?」

「うん」

 

 父さんはにやにやと、母さんは驚いてあたふたとしている。父さんの反応が気に入らないし母さんはもうちょっと落ち着いてほしい。まぁ、俺まだ小学校にも入ってないからそういう話は可愛らしいとかそういう捉えられ方するだろうから仕方ないか。

 

「マジか。もしかして織部っていう苗字だったりする?」

「血縁じゃん。ねぇだろ」

「だよなぁ。じゃあ誰だ? お前変だからそんなに友だちいないだろ」

「自分の息子に向かって変ってはっきり言う親がどこにいんだよ」

「そうだよ! ちょっと個性的なだけだよ!」

「フォローも下手ときましたか……」

「諦めろ。お前はうちの子なんだから」

 

 それはもう自意識が生まれた瞬間から諦めてる。息子に対してとんでもないこと言いつつ、愛情たっぷりだってこと知ってるし。いつも俺が寝ると覗きに来て「おいおい。愛しすぎだろ俺の息子」って言ってるの知ってるし。あとから母さんがやってきて俺の前でいちゃいちゃしだすし。ほんとどうにかしろよこの両親。

 

「まぁ教えてくれなくてもいいか。俺はお前を信じてるから、きっといい子なんだろうな」

「そうだね。もし困ったなー、ってなったらいつでも頼ってね」

「俺、光莉さんと結婚したい」

「お前のこともうぜってぇ信じねぇ」

「えっ、えー!!?」

 

 俺はただ、光莉さんと結婚したい。

 

 これは、俺こと氷室(ひむろ)夕弥(ゆうや)が、おっぱいの大きいお姉さんに性癖を狂わされ、結婚するために奮闘する物語である!




 というわけで本編完結です。ご拝読ありがとうございました。

 映画の内容は? 恭弥たちの大学生活は? もしかしたら色々気にしてくださっている方がいるかもしれません。ただ、この作品書こうと思えばいつまでも書けるので一旦終わらせておかないとダメだなと思いまして。もしかしたらあの続きは書くかもしれませんし書かないかもしれません。ただ、映画の内容が気になるのであれば第1話から読み返していただければと思います。

 現代/恋愛と言いながらギャグコメディを展開し続け、更にはラブコメをしだしたと思ったら作者がラブの部分に苦しむというカスみたいな地獄を生み出してしまった反省点はありますが、楽しかったのでよしとしています。

 内容面。暴言暴力下ネタ何でもありと人を不快にさせる要素のオンパレード。人を選ぶどころの騒ぎじゃない内容だったかと思います。まるで子どもがある程度文章力を得たかのような物語、お楽しみいただけたでしょうか。もしそうであったのであれば何よりです。何より意識したのはどの部分を読んでも笑っていただける、というところでしたので。だからこそラブの部分に苦しんだわけですが。誰か私にラブを教えてください。

 ところでちょくちょく感想で見かけましたifルートについてですが、少なくとも『恭弥が日葵のことがずっと好きだった世界線』で他の女の子とくっつくみたいなものは絶対に。もしかしたらその前提条件をひっくり返したものは書くかもしれませんが、別にそれって脳内で楽しんでげへげへすればよくね? と思っちゃうので期待はしないでください。申し訳ございません。

 プロットも何もなく書いていて、それぞれの話は書き始めたその時に考え始め書きながら考えて、出来たらすぐに投稿というスタイルをとっていたためか話としてはぐちゃぐちゃな印象があります。ギャグなので許して……。
 ただ、ラストだけは考えていました。ラストと言っても、『恭弥と千里がみんなの前で遊び始める』という部分です。千里は恭弥に対してクソデカ感情を持っているので、あぁやっちゃうだろうなと思ってしまいました。重ねて許して……。

 さて、あとがきはこの程度にします。このあとがきを読んでくださった方にご存知の方がいらっしゃるのであれば、プロットの書き方とラブの書き方を教えてください。

 改めてにはなりますが、ご拝読ありがとうございました。一旦本編は完結となり、蛇足として何か書くかも程度に思ってください。

 あと私の他の作品でこの作品内の会話で使ったネタが使われてるところを見たとしたら目を瞑ってください。内容覚えてないので把握していないんです。100%その場で考えて感性で書いてるので大目に見てください。

 それでは。三回目のご拝読ありがとうございましたを言わせてください。


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蛇足
第XX1話 親子恋愛相談室


 大きくなったら~と結婚する! なんていうセリフはありふれたものであり、それはパパであったりママであったり、あるいはお姉ちゃんであったりお兄ちゃんであったり。身近な年上の異性を指して結婚するなんて口にして、数年後『それはちょっと無理だな』と理解できた頃に周りからそのことについていじられて恥ずかしくなる、なんていうのはお決まりのパターンだ。

 

 ただ、少しここで待ったをかけたい。『それはちょっと無理だな』を後押しするのは、周りなんじゃないか? 本人からしてみれば本気の好きっていう気持ちを周りがからかって、『これはおかしいことなんだ』と解釈してしまって恥ずかしくなる。それは遠回しな気持ちの否定なんじゃないかと俺は思う。

 

「うーん、光莉とどうやったらセックスできるかか……」

「結婚な、結婚」

 

 そういう意味では、うちの父さんはかなり気持ちを理解してくれる方だろう。理解しすぎなところもあるけど。今も高校一年生の息子が「どうやったら光莉さんと結婚できると思う?」って聞いたのに、永遠の愛を誓いあう儀式が性行為にすり替えられたし。まだ性欲にまみれてんのかよこのおっさん。

 

 俺の想い人、朝日光莉さん。俺が小さい頃から遊んでくれるお姉さんで、母さんの親友であり父さんの親友でもある。性欲にまみれた父さんじゃなくても惹き寄せられてしまうほどの立派なお胸をお持ちであり、パワフルで面白い素敵な女性。

 ただ、年齢差はそこそこある。けど待ってほしい。小さい頃からめちゃくちゃ可愛くておっぱいの大きい人にいっぱい面倒見てもらって死ぬほど可愛がってもらって、パーソナルスペースなんて知ったことかとべたべたされたらそりゃ好きになるじゃん? ものの見事に性癖ぶっ壊されたね、アレは。もう俺の性癖『光莉さん』だもん。

 

 だからこそ、光莉さんには少年の性癖を歪めた責任を取ってもらうしかない。

 

「光莉は押しに弱いけど、いいやつだからなぁ。年齢差のこと考えて、夕弥にはもっと若くていい子がいるって思いそうなんだよなぁ」

「んなもん関係ねぇってこの前本人にいったけど、それでも無理だった」

「男らしすぎだろお前。本当に俺の息子か?」

「情けない理由で事実確認するな」

 

 光莉さんには小学生の頃からアプローチをかけている。最初の方は「えへへぇ、ありがとね!! 私も好きよ!!」なんてデレデレしながら答えてくれたものだったが途中から俺が『ガチ』であると察した光莉さんは「え、あの、その、え? ほんとに?」と年齢の割に(これは失礼)可愛らしい反応をした後、「や、確かに好きだけど、ね? その、お姉ちゃんと夕弥は年齢がね?」といつも決まった断りをぶつけてくる。

 ちなみに偶然それを聞いていた父さんは「お姉ちゃんって年じゃねぇだろ、ガハハ!!」と言った直後光莉さんに殺されていた。そういうとこだぞ。

 

「んー、光莉と結婚する方法かぁ。正直押して押して押して、それでも押せばなんとかいけなくもなさそうだけどなぁ」

「いやさ、光莉さんって俺のこと息子か弟か、そんな風にしか見てないと思うんだよ。そりゃ押せば結婚はしてくれそうだけど、なんかそれだと男女って感じじゃなくね?」

「じゃあ金稼げ。金稼いでデート誘って、本気だってことを知ってもらえ。あとは光莉がお前のこと男として意識するかしないかじゃねぇの」

 

 父さんは男らしいかと思えば男らしくなかったり、男らしくないかと思えば男らしかったりする。なんか変な魅力あるんだよな、この人。見た目もいいから女子生徒にも人気だし、そのせいで母さんが嫉妬してるし。ほんとやめてくんねぇかないくつになってもいちゃいちゃすんの。身内からするとウザくて仕方ねぇんだよカスが。

 

「にしても、母さんもそうだけど父さんって全然やめとけとか言わないよな」

「は? なんでんなこと言う必要あんだよ。好きになったもんは仕方ないだろ」

「普通は年齢差がどうとか世間体がどうとかで止めたりするじゃん」

「年齢差とか世間体とかで止まんの?」

「止まらねぇけど」

「じゃあ止めねぇよ。くだらねぇこと言いやがってぶちのめすぞガキ」

 

 今とんでもない暴言を言われた気がしたけど気のせいだろうか。いや、気のせいに違いない。俺の気持ちを知って肯定して応援してくれているこんないい父さんがまさか俺に対して「ぶちのめすぞガキ」なんて言うはずがない。だって息子だし。他人の子に対しても言わないのに息子に対してなんて余計言わないようなセリフだぞ。正気かこのジジイ。

 しかし俺は父さんがいつだって正気で本気だっていうことを知っている。信じられないことに。なんでこんな社会不適合者がうちの高校教師なんだ。日本の教育はどうなってんだ?

 

「まぁ、お前が光莉のこと好きって想ってる限りはできる限りのことはするよ」

「できる限りのことはするって言うやつほど信用できねぇんだよな」

「わかるー」

 

 適当に返事しながら立ち上がった父さんを見て、俺も椅子を引いて立ち上がった、そんな時だった。

 

 俺たちのいる生徒指導室のドアが開かれ、そこから二人の男女が顔を覗かせる。その二人は、俺と父さんがよく知っている二人だった。

 

「お、やっぱここにおった」

「相変わらず私物化してんのな! 何? また恋愛相談系?」

「おう。相変わらずうちの息子が光莉相手に拗らせててな」

「恭弥くんが学生の頃よりマシやろ」

「それ、言えテキーラショットガン!」

 

 春乃さんに蓮さん。二人は父さんと母さんの高校の同級生らしく、奇跡的にこの高校に赴任している。同級生三人が同じ高校で教師をやるなんて奇跡的だなと思いつつ、教師の数が少なくなってきているからありえる話ではあるのかと日本の未来を憂うことも忘れない。俺は日本の未来を背負って立つ男だからな。ふっ。

 

 岸春乃さん。「恭弥くんに価値感バグらされた!」と爆笑して結婚できず、バリバリ社会で羽ばたいてから「なんかおもろそうやし」と教職に就いたフットワーク激軽の美人さん。父さんは「なんか知らん間にいなくなったと思ったら養子連れて帰ってきたし、気が付いたら同じ職場だった」と恐怖体験が如く語っていた。

 

 井原蓮さん。父さんの双子の妹である恭華おば……恭華姉さんの旦那さんであり、感性が学生の頃からまったく変わらない、そこにいるだけで周囲が明るくなったかのように思えてしまうムードメーカー。生徒を怒っている回数よりも一緒になって怒られてる回数の方が圧倒的に多く、「宿題ってやる意味なくね? ねぇよな!」と言って生徒を盛り上げる姿がよく見られる。

 

「つかもしかして探してたのか?」

「完全下校時刻やからな。二人とも、ほっといたらずっとここおるやん」

「あ、もうそんな時間か」

「すみません春乃さん、蓮さん。愛っていうのはいくら語っても足りなくて」

「え? 夕弥、恭弥に愛伝えてたってこと?」

「恐ろしいこと言うんじゃねぇよテメェ!!」

 

 蓮さんに父さんが掴みかかると、「冗談だって冗談! いや、でも冗談じゃなかったとしても別によくね? 親子で愛伝えんのって悪いことなくね?」「確かに」と二人であほな会話を繰り広げていた。父さんは若い頃に比べて結構落ち着いたらしいが、やっぱり光莉さんとか蓮さんとか春乃さんと一緒にいるときはすごい学生っぽくなる。女子生徒から見ればそれが『カワイイ』らしいが、俺から見ればみっともない大人が更にみっともなくなったようにしか見えない。

 

「にしても、なんで夕弥は春乃さんのこと好きにならんかったん?」

「アッ、出たな! 年下をむやみにからかって楽しもうとする魔性の女!」

「めっちゃ人聞き悪いこと言うやん。せやなくてふつーに疑問。光莉を好きになるなら、私も好きになっておかしくないんちゃうかなーって」

「どうだと思う、蓮」

「母性につられるってのはしゃーねー話じゃね?」

「恭弥くん? 蓮?」

「「やっべ!!」」

 

 『母性』が何を指すかわからない春乃さんではなく、バカ男二人に殺気を放つとバカ男二人は生徒指導室を飛び出して逃げて行った。まぁ春乃さんも冗談で殺気を放ってるから、いつものノリみたいなやつだろう。ところで冗談で殺気を放つってなんだ?

 

 春乃さんは走り去っていったバカ二人に「ほんま、アホが」と吐き捨てて、俺を見てにっこり微笑む。なんでこんな優しい笑顔できる人があんなに鋭い殺気を放てるんだって疑問に思わなくもないけど、うちの父さんのデリカシーを考えれば自然なことだなと納得した。女の敵だしな、父さん。

 

「ほな帰ろか。言うても私まだ帰らへんけど、学校出るまでは送るで」

「校内デートってことですか?」

「あ、そんなこと言うんやったら今度光莉に『夕弥とデートした』って言うとこ」

「許してください」

「土下座までせんでも……」

 

 小さい頃から知ってる人だからとつい冗談を言ってしまった。光莉さんに俺が不誠実な人間だと思われたくないから、春乃さんは『土下座まで』なんて言ったがこれは土下座をするべきである。絶対やってほしくないって思ってるなら最大限誠意を見せなければ。

 

 父さんのような人でなしではない春乃さんは「嘘やん嘘。そんなん言わへんよ」と幼子をあやすかのごとく優しい口調で俺に言って、両手を俺の両脇に差し込んでひょいと持ち上げ立たされる。

 

「春乃さん美人なんですから、俺以外の男子生徒にこんなことしちゃだめですよ」

「ほーん? 私まだ美人で通るんや?」

「? もちろん。父さんにも聞いてみたらどうです?」

「その場合身内に修羅が生まれることになるけどええの?」

「ダメですけど……」

 

 冗談と軽口を投げ合いながら玄関ホールまで向かう。生徒指導室で父さんと話していた時は意識していなかったが、窓の外に見える空は赤く、ついでにグラウンドで父さんと蓮さんがけんけんぱをして遊んでいるのが見えた。何してんだあの人たち。

 

「楽しいのかアレ……」

「気ぃ合う人とやったら、大体なんでも楽しく感じるもんちゃうかな」

 

 そういうもんですか、そういうもんです。特に中身のない言葉を交わすと、いつの間にか学校の出口がすぐそこまでにきていた。

 

「じゃ、帰ります」

「うん、色々頑張りや。応援してる」

「春乃さんから応援されるなんて、ファンのやつらから殺されるな……」

「やっぱ親子やん」

「?」

 

 にひひ、と少女のように笑う春乃さんに首を傾げ、「もしかしてけんけんぱの『ぱ』って甘えじゃね!!!!???」というバカな言葉を聞きながら学校を出て、すぐにスマホを取り出す。

 

「愛しのマイハニー。あ、間違えた。光莉さん、今から帰るんで、待っててくださいね」

『はいはい。あのバカは?』

「蓮さんとけんけんぱしてました」

『けんけんぱの『ぱ』って甘えよね』

「俺もそう思います」

 

 類は友を呼ぶというのは本当らしい。あまり知りたくなかった事実に驚愕しながらとりあえず肯定を返すと、電話の向こうの光莉さんが満足そうに頷いたのがわかった。



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