ヨン様の妹…だと…!? (橘 ミコト)
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第一章 原作開始前・過去編
妹…だと…!?


「んぁ?」

 

 気付いたら大柄な男に抱きかかえられていた。

 すごい、おっきいです……。

 

 というよりもここどこ? 

 

「良かった。気が付いたんだね、那由他」

「はへ?」

 

 どうやら俺は地面に倒れていたらしい。

 どこかホッとした様子の男は片膝をついた状態で俺の背中に手を回し抱き起こしているようだ。

 

 てか『那由他(なゆた)』とは誰ぞ? 

 

 ……あ、俺だ。

 

 段々と鮮明になっていく思考に続いて、俺はポカンと開いた口が塞がらなくなった。

 

 

 ここ『BLEACH』の世界や! 

 やったぜ、斬魄刀振って破道の九十・黒棺とか撃てちゃうのん! 

 誰もが一度は言った事ある台詞「卍・解!」とか真面目に叫べるのん! 

 

 やったのん! 

 

 でも俺のお兄ちゃん、

 

「無理をしない方がよさそうだね。顔色が悪くなってきたようだ」

 

 タレ目気味の優しい目。見る者を安心させるような柔和な笑顔。溢れ出る慈愛が如き雰囲気とカリスマ。

 少しパーマがかかった濃いめの茶髪は天パだろうか。あと、イケメンがかけた眼鏡はどうしてこんなにも似合うのだろう。

 

 俺をお姫様抱っこの要領で横抱きにし丁寧に運んでいく様はザ・紳士。

 180cm前後はあるだろう高身長からも威圧感を感じさせないのは流石だ。

 

「どうしたんだい? 僕の顔に何かついているかな?」

 

 そりゃ見ちゃうでしょ。

 漫画で見た時よりもだいぶ若い感じだけど、だってヨン様だよ? 

 見るでしょ? 

 

 信じられるか? 俺の兄貴──『藍染惣右介』なんだぜ? 

 

 嘘だと言ってよバーニィ……! 

 

 

 

 

 

『ここで少し休んでいなさい』

 

 それだけ言い俺の部屋から出ていったヨン様、もといお兄様。

 

 よーし、まずは状況整理しようぜっ! 

 

 どうやら俺はTS転生したらしい。

 体は10歳程度の女の子のものだ。

 名前は『藍染那由他(なゆた)

 可愛いというよりも綺麗系の女神です。

 

 勝ったな。

 

 身長は160cm前後とこの年齢にしてはかなり高い方。

 茶髪なのはお兄様と同じだが、髪質は綺麗なストレート。いつもはサイドポニーに結わえているが、今は下ろしているため腰に届くほどの長さになっている。

 目元や顔つきはあまり似ていない。

 吊り目だし、どこか怒っているように見える。お兄様とは正反対の周囲を威圧するタイプの顔だ。

 まあ、顔つきはめっさ美人だと思うが。ちょっとテンション上がった。

 あと、どうやら俺は無口・不愛想・無表情の三拍子揃ったコミュ障らしい。

 

 これは怖がられますね。間違いない。

 

 家は中級貴族(?)の家のようだ。位とかはよう分からん。

 ただ、それなりに裕福な家のようである。俺の着替えとか手伝ってくれるお手伝いさんみたいな人もいたし。

 

 そういえば、原作漫画の『BLEACH』って途中までしか読んでなかったけど、ヨン様の過去というか出生って明かされてなかったよな。

 へえ、こんな家のお坊ちゃまん君だったのか。

 思わず物珍しそうにキョロキョロとしてしまう。

 

 といっても、俺はこれまで”ここ”で育った記憶を持っていた。

 

 そもそも、元から俺だったんだ。

 魂魄に残っていた(?)忘れてた前世を唐突に思い出したって感じ。

 だから別に魂魄が入れ替わったとかそういう話ではない。これはなんとなく分かった。

 

 その割にはなんで『俺』なのか。『私』じゃないの? 

 あれか。体は女、心は男。その名は名探偵、じゃないけどそういう感じの? 

 ま、いっか。俺は俺だし。

 

 あと、俺はこんな厳つい表情している癖に虚弱体質だ。

 

 どうやら霊圧が強すぎるらしく、対して魂魄の強度が貧弱なようだ。

 だから普段は霊圧を極力抑えるような訓練をしている。

 さっき倒れていたのもその関係だ。

 

 もしかして、俺って死神の才能があるのかもしれん。

 

 そうだよ。何といってもあの最強かつ最凶かつ最恐のラスボス、ヨン様の妹ちゃんですよ! 

 これは特記戦力「未知数の霊圧」待ったなし! 

 千年血戦編読んでないけど! 

 

 破面編終わって満足しちゃったんだよねー。

 その後の話も何となく知ってはいるけれど。

 

 でもでも、俺ってばめがっさ強くなれるんとちゃいますかぁ! 

 

 うっは、テンション上がってきた!! 

 

 ……魂魄の強度とかはどうしたら良いんですかね? 

 えぇぇぇ……。

 

 そして現実逃避は終わった。

 

「どうだい、那由他。少しは調子も良くなってきたかな?」

「はい、ご心配おかけしました」

「いや、無事なら良いんだ」

 

 閉じられていた襖に影が差し、廊下から声だけが俺の元へと届く。

 俺が返事をしたのを確認してから、ゆったりとした動作で室内へと入り俺の寝かされている布団の側へと座った。

 お兄様である。

 

 この”お兄様”って呼び方は、まあヨン様の本性を知らなかった当時の俺が兄を尊敬していたからだ。

 時々何故か恐怖を感じてはいたが。でも次の日にはケロッと「なんで怖がってたんだろ?」という感じに戻っていた。

 

 今は怖い。

 ただただ怖い。

 

 だって肉親の情とかあるわけないじゃん? 

 ヨン様じゃん? 

 じゃんじゃん? 

 

 やだなー、「用済みだ」とか言われて背後からハリベるのやだなー。

 二回だけ耐えれても意味ないやん。

 

「……」

 

 なんかヨン様がジッと見てくるぅ、なんでぇ? 

 とても怖いので止めて欲しいんですが。

 

 あれか? 

 もしかして俺がヨン様の野望を思い出した事に気付いたとか? 

 この人の頭の良さとか訳ワカメすぎて、どんなところからどういった思考にいっているのか全く分からん。

 

 でも、俺のこれまでの記憶によれば確かお兄様はまだ死神になってすらいなかったと思うのだが。

 真央霊術院への入学は決まっている、らしい。

 あまり詳しく教えてくれないんだよね。

 

 既に才能の開花を見せていると聞いたけれど、どうせ本気は隠してるんでしょう? 

 俺、BLEACHは詳しいんだ。(大嘘)

 

 まあ、全力を誰にも披露した事がないだろう事は本当だと思うけれど。

 

「お兄様は、死神になるのですか?」

 

 沈黙に耐えきれず思わずヨン様へ問いかける。

 特に深い意味はなかった。

 

 しかし、反応はヨン様にしてみれば劇的だった。

 

 伊達に妹として一緒に暮らしてはいなかったという事だろうか。

 眉がミリ単位でピクリと動く。

 それだけでなんとなく彼が驚いたのが分かった。

 

「うん、そうだね。力を持って生まれたんだ。皆の役に立ちたいと思うのは当然だろう?」

 

 相変わらずのにこやか微笑である。

 

「そうですか」

 

 特に意味もなく聞いたのだ。

 その後も特に言いたい事がある訳もない。

 

「那由他」

「はい」

 

 しかし、ヨン様は俺へと近づき、ゆっくりと俺の頭を撫でてきた。

 まるで壊れ物を扱うかのように、優しく、優しく、予想以上の慈愛が込められたものだ。

 

 今までの経験上では俺のお兄様は優しい。

 とても優しい。

 お優しいこと……。

 

 時折他人に対して見せる、『自分以外は無価値』とでもいうべき極寒に冷めた虚ろな目も俺に向けられた事はない。

 両親にすら見せるあの目に気付いているのは俺以外にいないのだろう。

 

 恐らく魂魄に残っていた前世の記憶が時々コンニチワしていたのだと思う。無意識に。

 別に記憶が蘇る前からヨン様の狂気を察していた訳ではない。

 

「寂しくさせてすまないね。でも、必要な事なんだ」

 

 そら強くなりたいんだったら死神になりたいわな。

 

 護廷十三隊にはまだ自分より強い人がたくさんいるだろうし。

 この時期なら、という前置きが付くが。

 

「いえ」

 

 言葉少なく俺は答える。

 

 若干寂しく感じているのは事実なのだ。

 

 これまでお兄様と過ごしたのは十年くらい。

 現在の隊長格に誰がいるかなんて知らないが、ヨン様がまだ死神にすらなってない事を考えれば……今は原作開始の200年前くらいかな?

 過去編でヨン様が出た時は既に副隊長だったから、そこから少なくとも今は50年以上離れている、と予想。

 適当に考えてみたが俺にはこれ以上どうしようもないと思われる。

 

 だって、そもそも虚弱体質すぎて俺が死神になる未来が見えないんだもん! 

 

 始めはBLEACH転生ヒャッホイ! とか思っていたが、現状を理解すればするほど黒棺は無理ゲーじゃねと感じる。

 斬魄刀どころか浅打すら握れない可能性が高い。

 

 筋力とか体力とか以前の問題なのだ。

 霊圧を解放して本気出そうとしたら魂魄はじけ飛びそうになるんだもん。

 無理やん? 

 

 魂魄の強度的に出せる霊圧は最高でも席官クラス。

 でも、それで動けるのは数分だけである。

 つまり、どれだけ頑張っても平隊員レベルの実力しか安定して活動できないのだ。

 死神になるくらいならいけんじゃね? 

 

 けれども、そもそも親が許す訳がない。

 一応貴族だし。一応女の子だし。

 こんな虚弱な子を化け物の前にポーンって放り出すほど非情な親ではないんさね。

 あと、政略結婚の仕込みは始まっているし、鍛錬は霊圧のコントロール以外はさせてくれない。

 

 もうダメだぁー! おしまいだぁー!! 

 

 で、原作開始したらどうせ没落するでしょ、この家。

 だって藍染家ですよ。そしてヨン様のご実家出身の俺。

 

 許 さ れ る は ず が な い 。

 

 他家に嫁入りしてたらワンチャンあるとは思うが、正直どんな仕打ちを受けるか分かったものでもない。

 

 万策尽きたわ……。

 

 どんどん落ち込んでいく俺。

 あまり表情には出てないだろうけど、雰囲気は割と伝わるものだ。

 相手はあのお兄様ですしおすし。

 

「済まないね」

 

 そんな簡単な言葉で俺の今世破滅に導かないで? 

 

 あ、そうだ! 

 そもそも死神になる前なんだから、今の内に暗躍とか止めてもらうよう頼めばいいんだ! 

 

 うはは、勝ったな! 

 

「お兄様」

「なんだい?」

()()()()()()()()()()()()()

 

 再びヨン様の眉が動く。

 先ほどよりも少し大きい。

 

 こやつ、やはり暗躍する気満々じゃったか……! 

 

 俺は頭の上に置かれていたヨン様の手を両手で包み、自分の胸の前へと持ってくる。

 真摯に、そう真摯にだ。

 まだそこまで闇落ちしていない今のヨン様なら、まだ間に合う! 

 

 って信じてる! 

 

 ただの願望である。

 泣きそう。

 

 少し潤んできた瞳でヨン様の目をじっと見つめる。

 彼も俺から目を逸らさない。

 

 届け、この想い! 

 

 チートと呼ばれるほどの力を身に着けながら、より高みを目指す男、藍染惣右介。

 読者からはヨン様なんて愛称を付けられ、良くも悪くも人気の高いキャラだった。

 そんな彼が、何の因果か今は俺の兄である。

 ならば、俺がここで何の手も打たず、将来起こる惨劇を見て見ぬフリをするべきではない。

 

 俺は安全な未来が欲しい。

 

 気軽に「卍・解!」とか叫びたい。

 笑いながら「地に満ち 己の無力を知れ──破道の九十・黒棺」とか言いたい。

 できれば詠唱破棄で上位鬼道をオサレにブッパしてみたい。

 

 ……なんか物騒だな? 

 まあいいや。

 

「ただの死神か……。那由他は一体、僕がどんな死神になると思っているんだい?」

 

 まさかのデッドボールが飛んできた。

 

 え、待って、これ試されているのでは……? 

 もしかして意味深に聞こえちゃった? 

 俺はただ「暗躍なんてしないで普通に勤めて下さいねっ!」って意味だったんだが。

 あ、それじゃ「お前の考えなんてズバッとマルッとお見通しだ!」って言ってるようなもんか。

 オゥノォ。

 

「失礼しました」

 

 秘技・謝ってお茶を濁す。

 

 いやぁ、ヨン様相手に誘導とか出来る訳ないんだよなぁ。

 驕り高ぶったわ、俺。てへぺろっ。

 

「別に謝る必要はないよ」

「ただ」

「うん、何だい」

「うるさくなりそうなので」

 

 ぶっちゃけ僕は平穏に暮らしたいだけなんでしゅ、ほんと。

 自己中なクズでごめんなさい……。

 

「そうかい……。じゃあ、そろそろ僕は失礼するよ。那由他も今日はこのまま休んでいなさい」

 

 それだけ言うと、本音暴露をした俺を置いてヨン様は静々と部屋から出ていった。

 

 意外と上手くいった? 

 変に関心持たれてないよね? 

 

 しかし、これからどうすっぺ。

 このままじゃ原作暗躍まっしぐらなんじゃが。

 

 せめてこのペラッペラな魂魄強度を上げる手段はないだろうか。

 そしたらヨン様譲りの化け物霊圧で俺がヨン様の暴挙を止める、止めたい、止められるかなぁ……? 

 

 ……無理じゃね? 

 

 

 

 

 閃いたわ。

 

 

 

 ヨン様と一緒に暗躍する側に回ればええんや!!

 

 

 

 お兄様と一緒に愉悦しよう!

 でも戦力としては期待しないでね?

 

 

 天才かっ!?

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 私は彼女の部屋の襖をそっと閉め、思わず出た笑みに驚いた。

 

 昔からあの子には何度驚かされているのだろう。

 

 思わず邪悪な笑みが零れそうになってしまった。

 

 

 小さい頃から私は優秀だった。

 同年代に比べて、などという小さな話ではない。

 この世に私に比肩するものが存在しないのではないかという次元での話だ。

 

 どのような分野にも先達という者はいる。

 そのため、私の知らない事を知っている者たちも、始めはそれだけ多くの数がいた。

 

 しかし、それらはすぐに私にとって無価値となった。

 

 彼らの愚昧さには憐れみすら覚えたほどだ。

 

 何故思いつかない──それは少し考え方を変えれば思い浮かぶだろう? 

 何故予想できない──それは類似の例が過去にいくつもあったではないか。

 何故出来ない──私ならば一刻もかからず習得できる。

 

 何故、何故、何故。

 

 あまりに、あまりに程度が低すぎる。

 世の中にはそのようなモノばかりが溢れていた。

 

 その度に、私は度し難いほどの怒りと絶望を覚えた。

 

 誰も私についてこられない。

 他者へ教えを乞う事を良しとしている。

 

 どうしてだ。

 

 どうして理解できる範囲で思考を放棄する。

 どうして全ての可能性を考慮しない。

 どうして出来ないと諦める。

 

 

 ──どうしたら、この感情を理解してくれる? 

 

 

 反して、私に対しては憧憬ばかりがついてまわる。

 

 嫉妬するのも馬鹿らしい、とでも言うように。

 羨む気も起きない頂だ、とでも言うように。

 

 ただ私は憧れを集め、私のようになりたいという者が周囲に築かれた。

 

 それは、誰も私を理解できないと同義であった。

 

 

 

 憧れとは、理解から最も遠い感情なのだと。その時に私は初めて理解した。

 

 

 

 そして、知識については諦めた。

 

 知識など生きていれば勝手に身に付く。

 そして、私よりも優れた『知恵』を持つ者は、ついぞ現れなかった。

 

 次に求めたのは”強さ”だった。

 

 尸魂界には世界の秩序を守る死神の集団『護廷十三隊』が存在する。

 死神の敵である虚を倒す者たちだ。

 

 つまり、彼らは『力』を持っている。

 

 力とは、別に腕力の事だけを指す言葉ではない。

 知力に関してはもう諦めたが、他にも多くの力はある。

 

 そして、護廷十三隊は私の求める、自分よりも優れた力を持つ者が見つかる可能性が一番高い場所だった。

 

 より自身を高める。

 生きている意味を実感できる。

 

 

 

 ──始めは、それだけのつもりだった。

 

 

 

 

 私には妹がいる。

 

 彼女は才能の塊だった。

 

 特に死神の強さと同義とされる霊圧など、兄である私に比べても遜色ない。

 私の()()()実力と比べてだ。特筆すべき才能である。

 

 しかし、何よりも彼女の特異性を語るならば、その真理を見通す『目』であった。

 

 彼女はあまり感情を表に出さない。

 決して無表情という訳ではないが、美しい子に育った分少し迫力があるのだろう。

 彼女を理解する前に周囲は彼女から逃げていった。

 

 私は逃げなかった。

 

 私は常に、自身が負ける事を期待し、そして打ち勝つ事を夢見た。

 常勝無敗など、生に何の恵みも齎してはくれない。

 しかし、他者に負ける事を良しとした考えなど、唾棄すべきものだ。

 

 私は矛盾の塊である考えを抱きつつ、都合上最も近しい者を観察していた。

 

 

 ──その硝子玉のように透き通った藍色に輝く大きな瞳は、私の本性を決して逃しはしなかった。

 

 

 気付いたのは、私が両親へ冷ややかな目を向けていた時だ。

 

 自身の息子に才能があると分かると飛んで喜び、その分娘にかけた期待が裏切られた時にはため息をついていた。

 

 他者の表面しか見ていない。

 愚かで、恐ろしく理解力の乏しい人種だった。

 

 妹を擁護するつもりなどないが、彼女が私に劣っていると何故すぐに決めつけるのか。

 私にはその想像力の無さが理解できない。

 

 

 そんな私を見ていた妹の視線を感じふと振り返ると、彼女は私を見て──恐怖していた。

 

 

 私は他者に自身の本心を見せないようにしている。

 人当たりの良い、優しい少年を演じていた。

 その方が都合が良いからだ。

 

 自身の考えが一般的ではない事。

 他者に迎合しない者は爪弾きにされやすい事。

 

 私の目指す力を考えれば、他者は利用した方が都合が良いのだ。

 ならば、他者が率先して手を貸すように誘導してやれば良い。

 それだけだ。

 

 

 けれども、妹『那由他』は私の本質をただの一瞬で見極めた。

 

 

 私は歓喜した。

 

 どれほどの識者でも見抜けなかったものを、彼女は傍目で理解したのだ。

 その結果、どのような感情を私に抱いても構わない。

 

 

 

 次の日から、私は幼い妹の面倒を積極的に見るようになった。

 

 彼女の態度は変わらなかった。

 まるで、昨日の出来事などなかったかのように、私を”兄”と平然と呼ぶ。

 

 

 ──この子も怪物だった。

 

 

 なんとか醜悪な笑みを見せないように口に緩い弧を描く。

 

 彼女は自分が恐れるものに対してすら拒絶を示さない。

 

 それはまるでおとぎ話の聖女のようである。

 誰もを平等に愛するのではない。

 

 

 誰をも平等に裁けるのだ。

 

 

 そこに私情が入る事はなく、常に彼女の視点は俯瞰的。

 

 

 ──まるで神の視点である。

 

 

 欲しいと思った。

 この彼女に我慢できない感情を与えたいと思った。

 恐怖し、涙し、怒り、恨み、誰かを彼女の手で傷つけさせたい。

 

 彼女の神性を、この私が犯したい。

 

 那由他が私の本性を呆気なく見破れた時点で、私は敗北を胸に刻まれた。

 

 世界の理不尽さに絶望しかけ、されどきっと何かあるはずだと藻掻いていた私にとって、それは希望の光だった。

 

 他人であれば笑って流す程度の事だろう。

 負けたのなら悔しがるべきだろう。

 

 しかし、私には違う。

 

 

 私にとっては、違うのだ。

 

 

 

 

 しかしある日、私に落胆が襲い掛かった。

 

 彼女の弱さが露呈したのである。

 

 それは魂魄の強度。

 彼女は己の持つ膨大な霊圧に対して、その魂魄は通常に比べても非常に脆かった。

 

 体は丈夫である。

 しかし、それ以前に魂が耐えられない。

 医者も那由他の魂魄の改善は出来なかった。

 

 なんという事だろうか。

 

 やはり無能には任せておけない。

 この私が認めた人物なのだ。

 この私のあずかり知らぬところで勝手に堕ちてしまうなど許されない。

 

 そこから私は使えるものを全て使って書を漁った。

 何か解決できる方法があるのではないかと。

 

 そして、見つけたのだ。

 

 

 

 

 私は期待した。

 

 那由他を私と同じ土俵へ誘う術を探していたら、なんと地から空へ羽ばたく道標を見つけたのだ。

 まだ具体的な手法は分からないが、きっと到達してみせる。

 

 私と那由他。

 二人で至るのだ。

 

 どちらが天に立つべきか、私と那由他で決めるのだ。

 

 そんな考えで那由他の訓練中にも悦に浸っていたからか、彼女がいつの間にか霊圧の暴走を起こしかけていた。

 

 普段は慌てる事のない私でも、流石にその様子には焦った。

 下手をすれば魂魄が傷ついてしまう。

 それでは魂魄の次元を上げるどころか、その過程すら耐えられなくなるかもしれない。

 

 急ぎ干渉し那由他の様子を見るが、どこか呆けているようだ。

 

 念のため部屋へと運び、少し時間が経ってから様子を見てみれば、彼女は私に怯えたような顔をしていた。

 兄妹としてそれなりの時間を共に過ごしている。

 分かりにくいとはいっても一般の範疇に収まる妹の変化に、私は部屋に運んでから声をかけてみた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そして、那由他からかけられた言葉だ。

 

 始めに感じたのは怒りだった。

 声を荒らげるような無様は晒さなかったが、弱者である事を良しとするような発言だ。

 いや、落ち着け。

 

 

 彼女がそのような意図で、わざわざ懇願してくるだろうか?

 

 

 死神になるべく準備をしていた段階で、彼女は既に何かに気付いたのだろう。

 私の仮面すら容易く剥がす彼女だ。

 鍛錬の際の変化を感じ取ったのかもしれない。

 

 しかし、その差異と死神の在り方が結び付くのだろうか?

 

 一瞬疑問に思うも、どこまで分かっているのか確かめるために問いかける。

 

「ただの死神か……。那由他は一体、僕がどんな死神になると思っているんだい?」

 

 私の質問に対して、那由他は謝罪を返した。

 

 

 自分が切っ掛けだと気付いて……!? 

 

 

 彼女は聡い。

 普段であれば、私の問いを避けるような謝罪などしないだろう。

 

 

 であれば、『ここでは話すべきではない内容』と判断した、という事だ。

 

 

 恐らく、私が考えている事を正確に把握している訳ではないのだろう。

 しかし、その切っ掛けを自分が与えたと感づいたのだ。

 

 私が書物を読み耽りだしたのも、その時期も、どのようなところで読んでいたのかも。

 那由他は把握していたのだ。

 そして、私が周囲の人間に価値を見出せない中、自分に向ける私の視線の意味も察していた。

 なにせ私が他人に向けている考えを一瞬で読み取った彼女だ。

 そのくらい造作もないのだろう。

 

 しかし、彼女は知らないはずだ。

 

 私が知った情報を、家に軟禁状態にされている那由他が知りえるはずがない。

 知り合いも少ないのだ。彼女に都合よく情報を渡す人物がいるとも思えない。

 

 けれども、彼女は私の行おうとしている計画が負の側面を持つ事を理解したのだ。

 

 彼女を見れば分かる。

 那由他は私を止めたいのだ。

 そして、それが自分のせいで行われると分かっているのだ。

 

 何故だ。

 何故分かった。

 そもそも、

 

 

 ――何故、君は弱者の味方をする……?

 

 

 しかし、その疑問も

 

 

「うるさくなりそうなので」

 

 

 私は嗤いそうになった。

 弱者を煩わしく思う気持ちは私と変わらないようだった。

 

 

 ──面白い。

 

 

 どうやって真相にたどり着いたのかは分からない。

 

 それが面白い。

 

 「私は分かっています」という態度を示してくるのは非常に好戦的とも言える。

 さらに言えば、那由他が私に拒絶の意を示したのは初めてかもしれない。

 

 彼女の性格は分かっているつもりだが、どうやら私好みに育てられたようだ。

 

 

 ──私は止まらないよ、那由他。

 

 

 

 

 私は意識を現在に戻し、閉じた襖の向こう側へ再び笑みを浮かべる。

 

 

 今の君の魂魄を補修するのではなく、魂魄そのものを高次元の存在へと昇華させれば良いのだ。

 

 

 霊圧を持っている彼女は死神としての素質がある。

 むしろ体は健康体なのだから必要十分以上の才能と言って良いだろう。

 

 ならば、この方針は間違いではない。

 研究は進んでいないが私が完成させてみせる。

 

 

 

 

 ──『死神と虚の境を無くす』という研究を。

 

 

 

 

 彼女の部屋の前から離れる時、私に懇願してきた際の那由他の泣きそうな瞳が脳裏をよぎった。

 



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制御…だと…!?

 ヨン様の斬魄刀が始解したらしい。

 

 

 早くない? 

 まだ真央霊術院に入ってそんなに経ってないよ? 

 

 これが公式チートの力なのか……。

 

 ちなみに、同期ではないものの同年代にあの天才『浦原喜助』と瞬神『四楓院夜一』がいるようだ。

 あと、一年の時の現世研修の時に引率してくれた六回生が、あの『平子・ハゲ・真子』だったみたい。アンチじゃないよ? むしろ好きだよ? 

 

 黄金世代じゃん。

 幻のシックスメンどころか定員から一人足りないけど。

 

 次の黄金世代はやっぱりルキアとかの副隊長同期組なるんですかね。

 こっちも五人……いや、69入れたらギリ五人。

 幻の六人目は青鹿君、キミに決めた! 

 いや、幻だったら蟹さんの方が幻っぽいけど。

 

 マジでどうでもいい事を考えてしまった。

 

 それよりもヨン様ですよ、ヨン様! 

 

 これでぶっ壊れ斬魄刀『鏡花水月』が解禁された訳です。

 きっとすぐに霊王とか五大貴族とかの世界の成り立ちを知っちゃうんだろうなぁ。

 鏡花水月使えば忍び込み放題だもんね。

 

 そう考えると、ヨン様の入学前に俺が余計な事を言った感が凄い。

 

 ガバ理論で「ヨン様と一緒に愉悦すればええやん!」なんて考えたが、果たしてそんな事できるのだろうか。

 

 よく考えなくても、どうせ滅却師が尸魂界へとその内攻めてくるのだ。

 白いヨン様がいたら負けない気もするが、そうなるとヨン様は強さを求めていない事になる。

 

 

 

 そんなヨン様ちゃうやんっ!

 

 

 

 これだから中途半端に知識だけもってる凡人は。

 本当にすみませんでした。

 俺のせいでヨン様が闇落ちするとは思えないけど、ていうか死神になる前から闇落ちしてたっぽいし。

 

 時々感じた恐怖は今でも覚えてますことよ? 

 

 

 さて。

 では、こっから俺はどう行動すべきだろうか。

 

 未だに実家からは殆ど出してもらえず、基本的に霊圧を解放する事は禁止。

 お兄様は長期休暇に時々顔を出しにくるくらいで、現在そこまで会う機会はない。

 

 ある意味、何か行動を起こすならばお兄様が離れている今がチャンスな気もするが……。

 

 

 絶対バレるって。

 間違いない。

 

 

 ヨン様こえぇよぉ。

 何もしてなかったとしても「何かしてるんじゃ?」と疑心暗鬼に陥れる天才だよぉ。

 

 

 やっぱりここは無難に魂魄の強度を高める方法を模索するのが賢明なのかなあ。

 

 胡散臭い駄菓子屋店主がまだ死神になったばかりらしいから、多分まだ虚化の研究とかは進んでない気がするけど。

 でも、浦原喜助の前任十二番隊隊長、後の零番隊南方神将『曳舟桐生』さんとか、可能性としては北方の『修多羅千手丸』さん辺りが思いついていたりはしそう。

 

 流石に所詮学生のヨン様もまだ虚化とか思いついてないじゃろ。

 だって崩玉作るの浦原さんやし、ヨン様が再現しようとしても出来なかったんでしょ? 

 ヨン様も浦原喜助の才能は認めていた訳だし、現状の研究成果から虚化とかはね、流石にね。

 

 ……フラグかな? 

 

 少し寒気を感じてブルリと身が震える。

 

 え、ウソ、もしかして思いついちゃってるとか? 

 ありえないはありえない、だっけ。

 一応、もう思いついて行動を開始している前提で考えてみようか。恐ろしいわ。

 

 

 なんだか桐生さんが義魂の概念を既に確立しているようで、そこから発明された義魂丸によって現世駐在隊士の活動範囲がグッと広がったとかいう噂を女中から聞いた。

 

 これ応用したら私の魂魄強化とかできない? 

 まあ、どうやって話を通すのかって問題はあるんだけど。

 

 私が元気に活動する方法としては、単純な考えで二つ。

 

 ・霊圧を魂魄に合わせて抑える

 ・魂魄を霊圧に合わせて強化する

 

 現状は前者の方法を採って普通に暮らしている訳だけど、こうなると死神としての実力が頭打ちになってしまう。平隊士レベルで。

 ヨン様と戦う事を考えるならどう考えても無理ゲー。

 

 だから、俺はどうにかして後者の魂魄を強化する術を見つけたい。

 

 後は”改造魂魄”とか? 

 でもあれ良いイメージないんだよ。

 コンは良いんだけど、死体を虚に特攻させるための計画でしょ? 

 

 生き残るために考えてるのに、死体を使う事を前提に考案された技術はちょっと……。

 

 まあ、詳しい理屈とかはチンプンカンプンなんで、有効そうなら吝かでもない。

 

 

 

 

 そんな感じでうんうんと無い頭を唸って打開策を考えていたある日の事だった。

 

 

「どうもー☆」

「ほう、こやつが惣右介の妹御か。中々に凛々しい顔をしておるの」

 

 

 なんか浦原喜助と四楓院夜一が家に来た。

 

 すごいびっくりした。(小並感)

 

 まさかお兄様とこの二人が家に遊びに来るくらい仲良しだとは思ってもみなかった。

 

 あれ、ヨン様って浦原喜助の事めっちゃ嫌いだったんじゃないの? 

 

「那由他、挨拶を」

「藍染那由他です」

 

 簡潔に答える。

 突然すぎて上手く対応できなかった。

 もっとも、元々口下手だから余裕を持っていても大して変わらなかったと思うが。

 

「ボクは浦原喜助って言うっス。これでも藍染サンの先輩に当たるんですよー」

「儂は四楓院夜一という。まあ、この胡散臭い奴と同じあやつの先輩じゃな」

 

 俺の自己紹介に一瞬ポカンとした顔をした二人だったが、何が可笑しいのかクスクスと笑い名乗ってくれた。

 めがっさええ人たちやん。

 

「すみません。那由他は少し人見知りする子でして」

「構わん構わん。別に畏まって欲しい訳でもないしの。むしろこやつの態度の方が良いくらいじゃ」

「そうっスね。ボクもそっちの方が気楽で良いっス」

 

 俺の顔見ての第一印象で気楽という言葉を吐ける人など初めて見た。

 やっぱり観察眼とか凄いのだろうか。しゅごい。

 

 じゃあ、俺の考えはお兄様にも筒抜けなわけだ。

 

 ポーカーフェイスが役に立たない事が間接的に証明されてしまった。

 なんてこったい。

 

「名前を聞いて那由他も分かったと思うけれど、二人とも貴族の方々だ。あまり失礼のないようにね」

「かーっ! 惣右介は相変わらず堅っ苦しい奴じゃのお! わざわざ言葉にせんでも良いじゃろうに」

「そういう訳にもいきません。特に四楓院殿には」

「お主にも喜助くらいの緩さが必要じゃ」

「あれ? ボクに対する遠回しな嫌味っスかね?」

「気のせいじゃろ」

 

 随分と仲が良いですね。(困惑)

 

「ほれ、お主らが馬鹿な事をやっとるせいで那由他が困っておるではないか」

 

 どうして分かるんですかね。(大困惑)

 

 俺の表情ほとんど変わってないんだよあぁ。

 

「不思議そうッスね。まあ、夜一さんはお家柄ッスよ」

「喜助、お主とてそういう人の腹を読むのは得意じゃろ。儂だけ変な奴扱いするでない」

 

 お兄様がニコニコしているのが怖い。

 

 絶対なんか理由がある。

 そうに決まっている。

 でもその理由が分からん。

 

 一体どういう事だってばよ! 

 

「まあ、今日は少し顔を見に来たようなもんじゃ。そう緊張せんでも良い」

「そうそう。藍染サンも気楽にして下さいッス」

「それだと兄と妹どちらを呼んでおるのか分からんではないか」

「んー。じゃあ、お兄さんの方を藍染サン、妹ちゃんの方を那由他サンにしましょう」

「どうしてじゃ?」

「そりゃあ呼ぶなら女の子の名前の方が良いからに決まってるじゃないッスか!」

「那由他、喜助を殴って良いぞ」

 

 できません。

 

「そろそろ本題に」

 

 しばらくわちゃわちゃとクッチャべっているのをポカンと眺めていたら、お兄様が微笑みながら話を進め始めた。

 

 本題? 

 

「おお、そうじゃったな。喜助」

「はいッス」

 

 チラリと視線を合わせたのは浦原さんと夜一さん。

 なんか四楓院様と呼ぶな、なんて言われたので仕方なく下の名前で呼ぶ事になった。

 浦原さんも「是非とも喜助サンって!」と言っていたが勿論遠慮させてもらっている。

 

 いや、呼んでもいいんだが、一瞬お兄様の圧が増したのが怖かったんだ。

 

 霊圧じゃなくて笑顔の圧だから背中を向けていた二人は気付いてないだろうけれど。

 

「では、ちょっと失礼して」

 

 ゴソゴソと懐から何かの機械を取り出す浦原さん。

 この人、既に発明家だったのか。さす浦。

 

「藍染サンから那由他さんの魂魄の状態を聞いたので、何かお力になれるかと思ったんスよ」

「残念ながら、こやつの作った物は本物じゃ。試してみる価値はあるじゃろうと感じての」

 

 驚いてヨン様を見る。

 微笑みを返された。

 

 い、一体どんな悪魔的思考で話したんだっ!? 

 

 怖いよぉ。

 ヨン様こわいぉ……。

 これが何の布石になるか分からないよぉ。

 

「ふーむ」

「どうじゃ、喜助?」

「非常に珍しい、と言えますね。魂魄そのものには問題ありませんし、霊子の組成にも問題はないです。藍染サンが仰ったように膨大すぎる霊圧が魂魄に見合っていないだけッスね。つまり、霊圧を抑える事ができれば那由他さんは普通の生活を送れます」

「して、それは可能なのかの?」

「ボクを誰だと思ってるんスか?」

「胡散臭い奴じゃの」

「酷くないッスか!?」

 

「それで、その道具とは?」

 

「あ、はい。これッスよ」

 

 一瞬だけお兄様から漏れ出た霊圧に二人がビビる。

 珍しっ。お兄様が普通に威圧したよ。

 

 そして、浦原さんが取り出した二つ目の機械はブレスレットのような物だった。

 

「これを両方の手首につけて下さい。霊力の噴出口である霊穴を強制的に塞げます」

「無理やり塞いで大丈夫なんじゃろうな?」

「はい。普通なら出口を失った霊力が暴走するんスけど、正確には那由他さんの霊圧制御を補助するようなものッス」

「まあ、詳しい事は儂には分からん。惣右介」

「はい。那由他、浦原さんの能力は僕も信頼している。どうか付けてくれないかな?」

 

 ほんとにこの人お兄様? 

 もしかして鏡花水月なんじゃない? 

 

 でも俺、まだお兄様の始解とか見てないんだよね。

 てことは本物。

 マジもん? マジポン? 

 

「はい」

 

 特に逆らう理由もないので、大人しく腕輪を付けてみる。

 

 少し息苦しいものや体の重みが増えたのを感じたが、気分は逆にずっと良くなった。

 今までは体の怠さや慢性的な頭痛、吐き気、体の節々の痛みなどなど、色々と体調的な悩みがつきまとっていたのが嘘のようだ。

 多分、霊圧による身体能力のブーストが消えたせいで体を重く感じたのだろう。

 

「凄い……」

 

 さす浦。

 でもこの発明品、確か空座町決戦で崩玉藍染を自爆させたアレと似たような物じゃない? 

 ヨン様に見せていいん? 

 

 今の時点でそんな予防線張れる訳ないですよね。知ってた。

 

 確か、浦原さんはヨン様とは逆の発想における天才だ。

 ヨン様は未来予知かと思う程の予防線や暗躍をごまんと張り巡らせるが、浦原さんは起こった出来事に対する最善手をすぐに選択できる奇才。

 

 つまり、起こってもない事に対する手を打つ思考をあまり持っていないのだ。

 現世へ追放されてからは藍染に計画に対するカウンターを用意していた訳だし、そこまで間違ってもいないと思う。

 

 この人も「主人公の味方」っていう補正があるけど、よく考えたらヤバイ人種だからなぁ。

 

 天才ってヤバイ奴しかいないのか。ヤバイな。

 

「どうだい、那由他」

「はい、気分がとても軽くなりました」

 

 お兄様の目が笑ってない気がする。

 それは俺に対してか浦原喜助に対してか。

 

 恐らく両方だと思う。

 

 浦原さんは言わずもがなだけど、ヨン様好みの膨大な霊圧が俺からなくなっちゃったしね。

 正確には無くなった訳ではないんだけどさ。

 

 これでMAXレベルが平隊士かー。

 

 でも、霊圧制御が上手く行ければ席官も夢じゃない? 

 まあ、魂魄強度は変わってないから解放した瞬間破裂しますが。なにそれこわい。

 

 

 

 何の問題も解決してないんだよなぁ……。

 

 

 

「まあ、根本的な問題は解決してないんスけどね!」

 

 浦原さんもそこは当然分かっている。

 

「ボクの方でもどうにか出来ないか考えてみます」

「ありがとうございます」

 

 しかし、これで俺が日常生活をする分には何も問題がなくなった。

 平とは言え、死神になれるだけの力も安定して振るえる。

 

 死神になるかどうかは少し考えようと思うけれど。

 

 ヨン様以前に虚にすら殺されそうだからね。

 

 でも、ヨン様と愉悦したいなら死神にはなるべきだよなー。

 

「いいっスよー。何か困った事があったらまた教えて下さい」

「では、儂らはお暇するとしようかの」

「お見送りします」

「気にせんでも良いのじゃが……」

「そういう訳にも参りません」

 

 苦笑する二人を伴って部屋を出ていくお兄様。

 ふと、俺の方へと振り返ると、

 

 

「良かったよ、那由他」

 

 

 割と邪悪な顔で嗤っていた。

 

 俺「ありがとうございます」ってお礼言ったくらいなんだけど、何がヨン様にとってプラスに働いたのか分かんない。(白目)

 

 ねえ、何が良かったのぉ? 

 めっちゃこわいぉ……。

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 私は失望した。

 

 浦原喜助にである。

 

 彼は真央霊術院の先輩に当たったが、今まで出会ってきた凡愚とは一線を画す才能を持っていた。

 知力でもって私と同等と感じさせたその叡智は瞠目に値する。

 

 だからこそ、彼が那由他にどういった手法を取るのか気になった。

 

 

「那由他さんの霊圧制御を補助するようなものッス」

 

 

 その言葉を聞いた時、私は失望したのだ。

 

 私や那由他に並びうる才を持ちつつ、彼は弱者の理論を展開していた。

 

 お前ほどの才能があるにも関わらず、何故お前は動かない。

 何故他者からの支配を唯々諾々と受け入れ続ける事が出来る。

 

 凄いと口に出して驚いていた那由他に対しても、私は絶望しかけた。

 

 しかし彼女の目を見て、それは早計であったと知る。

 

 

 ──どこか不服そうな色を宿していたのだ。

 

 

 あれは自身の安定化に喜んでいた表情ではない。

 

 そうだ。

 彼女は私と同じように、弱者に寄り添う事なく高みを目指せる人物だ。

 

 ならば、力を押さえつけられた環境に甘んじるとは思えない。

 

 その片鱗が見えただけで、私の胸中は安堵に襲われた。

 

 

 驚く。

 まだ自分にもそのような感情があったのかと。

 

 もはや他者に期待する事などないと、そう思っていた私だが、やはり那由他は私にとって特別であったらしい。

 

 

 

 その後も表面的な付き合いを浦原喜助とは続けた。

 

 奴の頭脳から導き出される研究成果は、失望したとは言え私をして賞賛に値するものが多かったからだ。

 それを抜きにしても、死神となった私は他者から羨望の眼差しを受けられるように振舞った。

 

 全ては那由他と私が神の高みを目指すために。

 

 そして、鏡花水月を使い死神と虚の垣根を超える研究を続けていた時だった。

 

 浦原喜助も私と同じ仮説へと至ったのだ。

 

 再び、私は奴へと期待した。

 

 一度は裏切られたものの、考え方や倫理観など簡単に変わる。

 主観などという矮小なものに囚われる個人という存在は少しの出来事で影響を受ける。

 

 そのため、私と同じ発想にたどり着いた彼がどのような形で研究を進めるのか非常に興味があった。

 しばらくは私の研究を秘匿し、彼の動向を探るのが得策だろう。

 

 

 

 しかし、いずれ時が来たら──。

 

 

 

 私の隣には、浦原喜助が立っているのだろうか。

 

 

 

 

 いつものように、鏡花水月を使い私は研究を続ける。

 

 今までは机上の空論であったのだ。

 すぐに結果を出せるとは思っていなかったが、やはり中々に難航していた。

 

 まずは那由他の魂魄を安定させる必要がある。

 つまり、死神の虚化を第一段階として研究を進めていた。

 

 

 

 その結果、私は見つけてしまった。

 

 

 

 ──この世の成り立ち、霊王と五大貴族の原罪を。

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく放心していた。

 

 私は、神の頂きにたどり着けば『力』を手に入れられると錯覚していたのだ。

 

 神など初めからいなかった。

 

 神と崇められてきた霊王ですら、弱者のための人柱でしかなかった。

 

 

 

 私は再びこの世に絶望した。

 

 

 

 

 

 何故だ。

 何故だっ。

 何故だっ! 

 

 

 何故だぁっ!! 

 

 

 何故、力を持つ者が導く事を放棄する!? 

 

 何故、弱者に利用されるだけの存在であろうとする!?

 

 世界の均衡を保つため? 

 

 違う、違うっ! 

 

 それは敗者の理論だ! 

 

 

 

 勝者とは常に世界がどういうものかでは無く、どう在るべきかについて語らなければならない!!!! 

 

 

 

 私はこれからどうすべきなのか。

 

 決まっている。

 

 

 

 耐え難い天の座の空白を終わらせる。

 

 

 

 これからは──私が天に立つ。

 

 

 

 

 

 

 霊王を堕とす。

 

 

 そのためには霊王と同格の、超越者としての霊格へと至らなければならない。

 

 元は那由他が切っ掛けで始めた研究だが、彼女はまるで私を導いてくれたかのようだ。

 あの子の目はどこまでも真実を見通すのだろうか。

 素晴らしい。

 

 たとえ、偶然であったとしても重なれば必然だ。

 

 那由他にはきっと才能を超えた“ナニか”があるのだろう。

 

 

 それは『未知』。

 

 

 私に常に“知らない”や“足りない”を那由他から教えてもらえる。

 それだけで、あの子は私にとってとても価値ある宝石のようだった。

 

 

 しかし、いくら鏡花水月があるとはいえ、私一人だけでは手が足りない部分も出てくる。

 

 知力の問題ではなく物理的な問題だった。

 

 

 

 そんな時である。

 

 

 

 

 

 

 世界を憎み、憎悪し、狂気に犯されながらも世界を愛そうと努める男。

 

 

 

 

 ──東仙要と出会った。

 

 

 



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崩玉…だと…!?

 

 時間が経つのは早いもので。

 

 俺が浦原さんのおかげで霊圧のコントロールに成功してから数十年が経った。

 

 

 

 人間の頃なら随分と長い時間だと感じたものだが、霊圧の解放(腕輪付き)が許された反動でヒャッホイ斬拳走鬼をしていたおかげか驚くほど速く時が過ぎた。

 光陰矢の如し、とはよく言ったものだ。

 

 

 

 そして、お兄様は”副隊長”なんて役職になっていた。

 

 

 

 ──原作における過去編が始まるのも近いのだろう。

 

 

 その間に変わった大きな出来事としては俺も”死神”になった。

 もちろん平。

 

 随分と悩んだ……なんて真面目な答えを言えたら良かったのだが、俺が死神になった理由としては『やっぱ斬魄刀が欲しいわ!』という至極単純な理由である。

 欲望に負けたクズゥ……。

 

 

 ちなみに見た目も二十台前半くらいにまで成長した。

 

 外見年齢で言えばお色気担当乱菊さんと同じくらいである。

 そこ、リョナの人とか言わない! リョナは桃ちゃんと蟹さんとハリベる人でしょ! BLEACHのリョナ枠多すぎんよ……。

 

 色気に関しては……胸はどちらかと言えばある方、だと思う。

 BLEACHで言えば七緒以上チルッチ未満って感じ。分かりにくいな……。

 

 でもでも、TS転生したんなら気になるところやろ? 

 

 幸い筋骨隆々なメスゴリラになる事はなかった。

 むしろスレンダー系。

 肩幅とか腰回りとか腕や手首の細さとか。強く抱いたりしたら折れそう、ってくらいには華奢。

 

 これは死神になるまでヒッキーだったから仕方ないとは思うけれど。

 しかし、浦原さんに霊圧抑制装置を貰ってからは普通に斬拳走鬼の修練してたんだがなあ……。

 

 霊圧これ以上上げてどうすんじゃいって総隊長他隊長格みんなに怒られてからは控えてるけど。

 

 鬼道とかなら良いじゃん? 

 黒棺とか出したいじゃん? 

 じゃん?(涙目)

 

 つまり、スタイルはとてもよろしい。

 

 性能(パイオツ)の差が戦力の決定的差ではないと教えてやる! 

 

 誰に? 知らん。

 心が男なのに男に恋する訳ないやろ。(真顔)

 

 あと、顔面は相変わらず女神である。

 

 無口・不愛想・無表情でキッツイ顔した女神だ。

 異論は認める。むしろ反論して欲しい。

 

 そして身長は既に170を超えた。

 

 でけぇ……。前世の俺と同じくらいある……。地味に虚しい。

 

 

 

 

 

 話を戻そう。

 

 死神になる事に親は大反対だったのだが、そこはお兄様のおかげである。

 口でヨン様に勝てる訳ないんだよなぁ。

 

 なんで味方してくれたのかは謎だけど。

 

 どうせ布石でしょ? (達観)

 

 

 んで、俺の学生時代はカットしよう。

 

 ぶっちゃけ特に話す事もない。

 

 特の一組だったが可もなく不可もなく。

 その時はお兄様も席官に入った程度の権力しかなかったので、特に親族贔屓という特典もなく。

 

 ふつーに六年かけて卒業、からの入隊である。

 

 マジで普通。俺の人生みたい。

 

 笑える。

 

 いや、ヨン様の妹って時点で普通じゃないか。

 

 笑えん。

 

 

 

 しかし、実際これからどうするか。

 

 本当に予定は未定である。

 行き当たりばったり。お先真っ暗、五里霧中、君に夢中。

 

 ヨン様に夢中にならざるを得ないんだよなぁ……。

 

 

 良い事って言えば、曳舟さんが零番隊に行く前に少し俺の体の様子を見てもらえた事だろうか。

 

 

 俺特製の義魂丸なんか作ってもらえた。デジマ? 

 

 魂魄の強度を治すような薬ではなかったが、()()()()()()()()()()()()()()()とか言うチートアイテムである。

 自分の本気をチートとか言うのも少し恥ずかしいが、もう泣いて喜んだね。

 

 ヨン様もこれにはニッコリ。(暗黒微笑)

 

 どうやら義魂と俺の魂魄を共存させることで疑似的に魂魄を二つに増やして霊圧に耐えうる強度にしているらしい。

 しかも、曳舟さん曰く重度の副作用らしいが、意識が二つに増えるようで、ラノベみたいな並列思考も可能ときた。

 

 聞いた話では魂魄クローン技術に近いようだ。

 

 だから使うと俺の魂魄が疑似魂魄から影響を受ける可能性もあるとのこと。

 

 それマ? だいじょび? 

 

 

『あんまり気軽に使わないように』

 

 

 なんてグラマラスボディになった曳舟さんから言われてしまった。

 

 飲んだら霊圧のステージ上がっちゃうんだろうか……。

 

 

 

 しかし、俺の霊圧に関しては結構有名だったらしい。

 

 あのお兄様が他人の目に触れるように調べまわっていたとか。

 はたから見たら「妹想いの優しい兄」だ。

 

 

 これ絶対本命暗躍の隠れ蓑に使われただけじゃないですかやだ~。

 

 

 なんて思いつつも、こっからヨン様陣営に付くか護廷十三隊サイドに付くか。

 その辺りが未だに自分の中でも決まっていない。優柔不断である。

 

 そんなだから始解も会得できないんだよー。

 

 

 

 始めはさ、ヨン様の味方で良いかなって思ったの。

 でもね、俺の魂魄について親身になって相談に乗ってくれる人の多い事多い事。

 

 

「久しいの那由他! どうじゃ、仕事は慣れたか?」

 

 いつの間にか二番隊の隊長になっていた夜一さん。

 

「お、藍染の妹やないか。どや、風船みたいに破裂しとらんか?」

 

 五番隊の平子隊長。

 

「ふむ。良い顔をしておる。……六番隊に来る気はないか?」

「父上、初対面の相手に威圧感を出さないで下さい……」

 

 六番隊の朽木親子こと銀嶺隊長と蒼純副隊長。

 

「いやぁ、君みたいに可愛い子がそんな霊圧持ってるなんて凄いよね~」

「隊長、女子に色目使う暇あったらはよ仕事してください」

 

 八番隊の京楽隊長と矢胴丸副隊長。

 

「ま、稽古つけて欲しい時は言え」

 

 九番隊の六車隊長。

 

「おお、体調良い時は外に出てみるもんだな! お互い体には気を付けてな!」

 

 十三番隊の浮竹隊長。

 

「辛気臭ぇ顔してんなー、那由他!」

「女の子の味方、志波一心です! よろしく!」

 

 ルキアの心の師匠・志波海燕さんと苺パッパこと一心さん。

 てかこの二人と縁を持てるとは思っていなかったから結構ビビった。

 

 二人とも俺と同じ平の時代なんだから、何となく歴史を感じる。

 海燕さんも異様に気さくだし。

 

「お主は死神の中でも特殊じゃ。体に異常を感じた際は直ぐに四番隊舎へと向かうように」

「私が直接見ますから、どうかお気軽にどうぞ」

 

 総隊長とか初代剣八さんとか、気軽に行ける訳ないじゃん。

 気遣ってくれるの嬉しんだけどね? 

 

 他にも三番隊の射場副隊長とか、まだ隊長になってないローズさんこと鳳橋さんとか。

 ラブさんとか白ちゃんとかひよりちゃんとか。

 大前田副隊長や山田副隊長からも声をかけられたのは凄いビビった。

 流石に鬼厳城隊長は話しかけてこなかったけど。

 

 

 それでも、俺が誰かとすれ違う度に何かしら声をかけてくる。

 

 

 

 ちょっと俺の霊圧、有名すぎ……? 

 

 

 

 平の隊士の癖して異様に隊長格や席官方と親密に話してんだから、どうしたってやっぱり目立つ。

 誰かに「お前調子乗ってんじゃね?」とかいじめられないか心配だ。

 

 まあ本来はラスボスであるヨン様とタイマン張れる霊圧持ってんだから注目されるのも当然と言えば当然なんだが。

 だって普通の隊長格よりも霊圧だけ見れば強いんだもん。

 

 俺、平なんです。これでも。

 

 困っちゃうな~! (ドヤァ)

 

 本気出したら頭(と体)がパーン! なんですけどね。

 

 致命的すぎるんだよなぁ……。

 

 

 

 その中でも一番俺に声をかけてくるのが二番隊にて第三席まで出世していた浦原さんだった。

 

 

 

「おろ、那由他サンじゃないっスか」

「どうも」

 

 俺は相変わらずの不愛想である。

 

 しかし、俺の態度を気にする人は階級が上の人ほど少ない。

 やはり人の上に立つ人は器も大きいのだろう。

 

「お加減はどうッスか?」

「問題ありません」

「そうッスか」

「はい」

 

 

 か、会話が続かねぇ……。

 

 

 分かってる。分かってはいるんだ。俺のせいだって。

 

 浦原さんは俺が喋るの苦手だって知ってるから、無理に話しかけてこないだけなんだ。

 本当はずっと喋っててくれた方が楽なんだけど、善意で無言の領域展開をしているんだ。

 

 これぞ無言空処。いつまでたっても沈黙が終わらない! 

 

 

「もう少しッス」

 

 

 と思ったら終わった。

 

 何がもう少し? 

 前後の説明省いても凡人の俺には理解できないんス。

 

 

「待ってて下さい」

 

 

 ニヤッと悪戯小僧のような、けれども少しやつれた笑みを見せて、浦原さんは去っていった。

 

 なんかだいぶお疲れのご様子ですが……結局何を言いたかったのかはさっぱりである。

 

 天才は訳ワカメ。

 はっきり分かんだね。

 

 

 

 

 数日後、『崩玉』とか言う原初にして最恐のアイテムが世に生まれた。

 

 

 

 

 そして、お兄様が俺のところへやってきたのは、さらに数日後だった。

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 浦原喜助が『崩玉』という物を創り上げた。

 

 

 

 同じく世界に絶望していた『東仙要』を迎え入れ、有象無象を対象に実験していた最中の話だ。

 

 すぐに詳しい資料を()()()部下に運ばせ目を通す。

 

 こういう時のために副隊長という地位に就いたのだ。

 素早く情報を整理し、必要なものだけを抽出していく。

 

 

 そして、それは私の人生にとって二度目の敗北を決定づけるものだった。

 

 

 

 ──浦原喜助は『死神と虚の境界を無くす』ための道程を作り出した。

 

 

 

 未だ私が至っていない領域に、後から参入した浦原喜助の方が早く正解へとたどり着いたのだ。

 

 私は歓喜した。

 

 やはり彼は私に比肩しうる。

 むしろ、私が彼を追い越すべき壁と定められるのだ。

 

 興奮した。

 これほど興奮したのは那由他の目を見た時以来かもしれない。

 

 私はすぐさま必要最小限の仕事を済ませ、二番隊隊舎へと飛んでいった。

 

 

 

「”これ”は使えないッス」

 

 

 

 しかし、浦原喜助の言葉は私の期待を大きく裏切るものだった。

 

 彼が何を言っているのか分からない。

 

 どうしてだ。

 “それ”は我々を新たな霊格へと押し上げる事の出来る代物なのだぞ。

 

 

 

「“これ”は、自分で作っておいてなんですが……あまりに危険すぎまス」

 

 

 

 ……危険? 

 

 つまり、

 

 

 

「虚の力を手に入れた者の自我の崩壊は尸魂界にとって危険です。そうでなくとも魂魄の崩壊を招く恐れが高い。

 

どれだけ強大な霊圧があっても、

魂魄の脆い那由他サンに

使う訳には、いかないんですよ……」

 

 

 

 

 お前はまだ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鏡花水月を駆使してでも手に入れた崩玉の資料。

 それらを用いて、私は自身の手でも崩玉を創り上げる事にした。

 

 もう奴に期待する事はないだろう。

 

 これ以上の絶望を与えられる前に、私は自身から浦原喜助を切り捨てる事にしたのだ。

 

 私はどれだけ他人から裏切られれば済むのだろうか。

 

 

 

 ──それでも、私は那由他を切り捨てる事だけはなかった。

 

 

 

 あの子が弱者であるはずがない。

 

 那由他は私に初めて敗北を教えたのだ。

 

 

 初めて私に対して恐怖を見せたのだ。

 初めて私が干渉した者なのだ。

 初めて私に期待を持たせたのだ。

 初めて私を興奮させたのだ。

 初めて私が堕としたいと思ったのだ。

 初めて私の本質を見極めたのだ。

 初めて私に並ぶ才を見せたのだ。

 

 初めて他人への価値を教えてくれたのだ。

 初めて未知を教えてくれたのだ。

 初めて天の道標を示唆したのだ。

 

 

 初めて、私が育てたのだ。

 

 

 初めて──私のあるがままを受け入れてくれたのだ。

 

 

 誰にも理解されないという孤独を、那由他は抱きこんでくれたのだ。

 

 私の願いを知りながら、それに恐怖しながら、それでも私を兄と呼び、変わらぬ瞳を向けてくれたのだ。

 

 

 私に対する天啓と思うほどだった。

 

 

 分かるまい。

 

 誰にも分かるまい。

 

 

 

 

 

 

 要に話をした時には、私にはこの世を正しい方向に導こうという決意があった。

 要の言う「正義」がこの世界にはあるのだと思っていた。

 

 

 力ある者が弱者の上に立ち、自らの考える理想の世界を成す。

 

 

 暴君ではない──それは己の欲望のみによって動く者だからだ。

 独裁者でもない──それは己の恐怖によって支配する者だからだ。

 

 

 

 私は、神となるのだ。

 

 

 

 信仰され、崇拝され、畏敬の念を抱かれ。

 

 そうして人々は私の下に、己があるべき姿を受け入れる。

 

 人権や尊厳、権利に主張。

 

 それらは全て弱者を守るための詭弁にすぎない。

 

 自然の摂理に反している。

 

 世の中は、世界は、全て一つの大いなる力によって支配されるべきだ。

 

 

 

 そして、私はその支配を許さない。

 

 

 

 自分でも嗤ってしまう。

 

 矛盾している。

 そう、私は矛盾しているのだ。

 

 己に敗北を刻む者を求め、己の上に立つ者を堕とし、己の下に立つ者を安寧に導く。

 

 地に這う事を許さず、見上げる事を嫌悪し、見上げられる事を唾棄した。

 

 ならば私に安息を齎す存在とは、私の『横』にいる存在しかいないではないか。

 

 

 

 しかし、私は並び立つ者なき天に立つと豪語した。

 

 

 

 これを嗤わずにいられるだろうか。

 

 

 

 ああ、そんな私を嗤ってくれるかもしれない人がいたな。

 

 笑ってくれるだろうか、君は。

 

 悲しみに顔を歪めてくれるだろうか。

 

 恐怖に、憎悪に、喜悦に。

 

 その藍色に輝く大きな瞳を、私に向けてくれるだろうか。

 

 

 

 私の横に、いてくれるだろうか。

 

 

 

 

 ──那由他。

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 藍染様は、幼子だった。

 

 

 不敬と取られても構わない。

 

 しかし、歌匡(かきょう)を失った私の道標となった主は、私と同様に世界に迷い込んだ幼子だった。

 

 貴族の闇。世界の闇。霊王という存在。

 今まで知らなかった真実を知り、私は藍染様に忠誠を誓った。

 

 全ては「正義」のため。

 

 では、正義とは何か。

 

 

 ──世界を正す事である。

 

 

 では、藍染様は世界をどのような形へと正そうとしているのか。

 

 

 

 全ての罪も、正義も。

 贖罪も懺悔も。

 暴力も慈愛も。

 喜びも悲しみも。

 

 生も、死も――。

 

 

 

 全ての責を藍染惣右介(じぶん)が負うと、誰にも犯させぬと。

 

 微笑みの奥に揺らめく業炎を垣間見た。

 

 

 

 藍染様の導く果ての世は、遠く見えぬ理想郷。

 

 果てどころか縁もが見えぬのだ。

 

 どこまでも続く地平線。遠い彼方。

 されども、決して迷わぬ。

 どれだけ時間がかかろうとも、いつかたどり着けると信じて。

 

 

 そして、その背は哀愁に包まれていた。

 

 

 何故、この人はここまで悲しい背をしているのだろうか。

 

 理想を目指す、燃えるような願望を持っているのではないか。

 仲間すら見捨てる非情さを持っているのではないか。

 

 私を殺してくれると言った言葉に嘘はなかった。

 

 

 ならば、何故彼はここまで必死なのだろう。

 

 

 まるで見捨てられないように。

 まるで母親の背を追うように。

 まるで絶望から逃れるように。

 

 

 何故、藍染様は、時折後ろを振り返る。

 

 

 まるで付いてくる者がいるか確認するように。

 まるで亡くした長年の友を想い返し悼むように。

 まるで振り切り置いてきた恋人の幸せを願うように。

 

 

 私には分からない。

 

 しかし、あのお方がこの世界に絶望している事だけは、はっきりと分かった。

 

 ならば、私は『正義』を成すまで。

 

 『正義』とは何か。

 

 

 

 ──『義』である。

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 突然ヨン様がやってきた。

 

 キョドった。キョドるわ! 

 

 特に何かある日でもなし。俺から用事がある訳でもなし。

 

 ヨン様の用事? 

 

 

 分かる訳ないだるおぉぉぉっ!? (必死)

 

 

 こちとら霊圧の高さと『あの藍染惣右介の妹』っていうネームバリューだけで生きてんだ。

 察しの良さを期待されても困る。

 

 ほんと困るんですぅ……。

 

 

「粗茶ですが」

 

 とりあえず出した茶。

 必要か? 多分必要やろ。

 そもそもここは紅茶だったか?

 混乱の極み。二重の極み。ア゛ァーって叫んでも良い?

 

「いきなり押しかける形になってしまって済まないね」

「いえ」

 

 そう思うんだったら遠慮して欲しい。

 心の準備は必要。

 

 慢心、環境の違い。

 

 死神になって隊長たちからチヤホヤと気遣われて調子乗ってたかもしれない。

 釘を刺されたのだろう。

 

 

 ──『所詮、君は私の手駒の一つでしかありえない』

 

 

 とか言われそう。

 オマケに暗黒微笑を添えて。

 

 桃ちゃんと同じポジションだよ。

 

 

 ──『憧れは、理解から最も遠い感情だよ』

 

 

 あ、それは言われてみたいかも。

 

 ハリベってもいわれてみたい。

 ハリベるなら何だかんだ生き残れるし。痛いの嫌だけど。

 

 虚圏で余生を暮らしてみたい。畑とか耕してみたい。作物育たないだろうけど。

 

 

 

「君に言わなければいけない事がある」

 

 

 俺の現実逃避が一周回ったあたりで一蹴された。

 

 空気が重いよぉ。

 いつもの朗らかな笑みを見せて? 

 俺、真面目は雰囲気ダメなの。

 ふざけたくなっちゃうのん。

 流石にヨン様の前でふざける勇気はないが。

 

 姿勢を正す。

 

 お兄様がわざわざ前置きをしてまで言いたい事だ。

 

 絶対に碌でもない事だ。

 

 

「那由他は……、体の調子はどうだい?」

 

 

 ヨン様が言葉を濁した……だと……!? 

 

 どれだけ重要な事を言うつもりなんだ。

 というか、何故に俺に言うんだ。

 妹だから? そんな訳ないだろ馬鹿野郎この野郎。

 

「普段通りです」

 

 いつもの不愛想さんが良い仕事してくれました。

 俺の混乱を抑え込んでぶっきらぼうな返答をオートで返してくれます。一家に一台レベル。

 

「そうか」

 

 俺の出したモノホンの粗茶をズズッと啜るお兄様。

 もうちょい良い茶葉にすれば良かった。

 

 時々だけど総隊長とか来るから用意はしていたんだ。

 

 ごめん、お兄様……。

 

 

「美味しいね」

 

 

 嘘ぉっ!? 

 

 

 案外ヨン様は馬鹿舌? 

 

 いや、あのオサレなヨン様に限ってそんな事はありえない。

 恐らく俺を気遣ってくれたのだろう。

 

 

 

 

 なんで? 

 

 

 

 

 それだけの爆弾発言をするって事ですか? 

 大穴としては粗茶と思ってたのが実は上物。

 

 ゆっくりと粗茶(暫定)を置くお兄様。

 

 

 

「那由他は、“強さ”を求めているかい?」

 

 

 

 そして、言葉を発したヨン様の意味が分かってない凡骨は俺です。

 

 ゴメン。

 

 ヨン様の発した言葉の意味を分かってない凡骨が俺ね。

 

 この凡骨めぇぇぇ! 

 

 

 

 脳内がスパークしてる。

 スパーキングしてる。

 

 空っぽの方が夢を詰め込めるらしいよ? 

 スパンキングじゃないから安心して。MよりもSな俺です。

 

 そういう問題とちゃうよね、違うね。

 

 本当に混乱してるの。

 

 

「どういう意味でしょうか」

 

 

 努めて平静な声を出せる俺の体は本当に優秀だと心底思った。

 

 でも確か俺のポーカーフェイスってヨン様に効かないんだよね。

 ダメじゃん。万策尽きたわ。

 

 

「浦原三席が先日創り出したモノは知っているだろう?」

 

 

 微笑を絶やさないお兄様だが、何かいつもと違う。違和感だ。

 不思議、というよりも不自然である。

 

 あのヨン様がこんなあからさまな演技をしているのだ。

 

 俺はしばらく蝙蝠のようにヨン様と護廷十三隊の間をフラフラとしていたかったが、お兄様の言っているモノとは『崩玉』の事だろう。

 年貢の納め時だろうか。

 

 いい加減に決めなければならない。

 

 俺がヨン様と護廷十三隊のどちらにつくのかを。

 

 

「私は──」

 

 

 

 俺は、この時の選択を後悔していない。

 

 しかし、時々思い返すのだ。

 

 もし違う選択肢を掴んでいたら、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄様と共に在ります」

 

 

 

 

 

 ヨン様は、それはそれは邪悪な微笑みを見せてくれた。

 

 

 

 



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市丸…だと…!?

たくさんの評価、お気に入り、感想、本当にありがてぇです!
ありがとう、そして、ありがとう!

もっとくれてもええんよ……?(小声)
特に感想。


 「一緒に愉悦しましょっ!」って言ったらヨン様が今後の計画をあっさりゲロった。

 

 そんな簡単に俺の事信じるの? 

 結構意外。

 いや、別に裏切るつもりとかないけど。

 

 これはあれか、俺の裏切り程度では揺るがない計画が既に動き始めているって事だろう。

 

 崩玉がもう出来てるんだから、これからは流魂街の人々をダイソンしていくのでしょうか。

 まさに鬼畜の所業。

 俺も一枚どころか何枚もカミカミする事になる訳ですが。

 

 

 

 本当に良かったのかなぁ……。

 

 

 

 今更ながらに不安になってきた。

 

 漫画を読んでいた時は「これぞ悪役!」とかキャッキャして喜んでいたけど、いざ本当に悪役側になると良心ががが。

 

 

 なんてビビりまくっていた俺だが、その日の内に東仙さんを紹介された。

 相変わらずのドレッドヘアー。カッコイイです。

 

 

「今後、那由他には要の補佐をしてもらうよ」

「那由他様、どうぞよろしくお願いいたします」

 

 

 何故敬語? 

 

 

「藍染様の妹君です。敬意を払うのは当然かと」

 

 やめて。(切実)

 

 

 やめてくれませんでしたぁ……。

 

 

 死神としては要っちの方が先輩なんだから。俺は貴方みたいにお兄様に忠誠を誓った訳でもないから。

 

 

 

 ただ、なんかヨン様が話をしに来た時の違和感を見たら、なんて言うか

 

 

──寂しそうだなって。

 

 

 最終決戦で藍染と戦った一護の言葉もあながち間違ってなかったって事だろうか。

 

 俺とO☆HA☆NA☆SIした後のヨン様とかウッキウキしてるもん。

 妹なめんな、見りゃ分かる。

 

 いつもと変わらぬ微笑だが、なんとなく雰囲気が明るいのだ。黒い方に。

 黒いのに明るいとは、これ如何に。

 

 

 で、何の手伝いかって言えば、やはり流魂街ダイソン計画だった。

 

 

 これどうすっぺ。

 

 原作通りならここで乱菊の魂削って市丸参入フラグが立つ訳だけど。

 

 やっぱヨン様陣営には狐野郎が不可欠だよね。

 SS編の藍染暗殺(笑)事件も彼の舞台だし。

 

 乱菊さんには犠牲になってもらうか。

 

 良心どこいった。

 

 別に死ぬわけでもないし、これは許容範囲内でしょう。メイビー。

 

 

 

 

 

 という訳で、やってきました流魂街。

 

 まずは治安の悪いところから適当にダイソン。

 本当に衣服だけ残して消滅しちまったよ……。

 

 要っちは顔色一つ変えていない。

 俺も変えてない。

 

 無表情先生は今日は元気です。

 

「那由他様は……いえ、なんでもありません」

 

 要っちの俺を見る目が少し変わった。

 なんか絆が生まれた気がする。

 

 別に無感動って訳じゃないので。別に人消しといて何も感じない訳じゃないので。

 

 そんな畏怖しているような雰囲気やめて。ほんと。

 

「次へ行きましょう」

「はっ」

 

 だからやめてよぉ……。

 

 

 

 

 そんな日々をしばらく過ごしていたら、いつの間にか市丸が真央霊術院に入学してた。

 

 

 えっ!? 

 

 

 俺いつ乱菊ソウルを吸い取ったん? 

 マジで気が付かなかったんじゃが。

 

 流魂街に行った時、一回だけ市丸くんには会った事があるけれど、その時はまだ乱菊さん拾ってないって言ってたし……。

 

 あの時は普通に俺の事を怖がってたっぽいから「関係ないとこで会っちゃったかー、変に原作と変わらなきゃ良いなぁ」なんて呑気に考えていたのだが。

 

 まあ、どうせ乱菊ソウルは回収予定だったし、市丸も無事にヨン様劇場の一員となったのだ。

 それで良しとしよう。

 

「市丸ギン言います、よろしゅう頼みます」

 

 ニコニコ、いや、ニヤニヤ? した顔で挨拶された時は何故かヒェッてなった。

 

 ごめん、君のハニーをこれ以上傷つける気はないから。俺は。

 

 

 何十年も霊圧コントロールに命かけてたから一応席官に入っていた俺を、市丸くんは一年ちょいで抜いて五番隊三席になった。

 

 知ってたけどさぁ……。

 これだから天才は……。

 

 

 ちなみに、俺は五番隊の八席です。

 

 

 霊圧を抑えた状態で斬拳走鬼を磨きに磨きまくったら、かなり高いレベルで扱えるようになったためである。

 基本の霊圧は平状態なのだが。

 

 だって始解くらいはしたいじゃん? 

 

 席官にはなれたのに、まだ出来ないんだよ……。

 影で馬鹿にされているかもしれない。

 

 それにヨン様と戦うにせよ、護廷十三隊と戦うにせよ、基礎練度を上げておくに越した事はなかったし。

 結構な時間をかけてわふーしていた。

 

 瞬歩は夜一さんに習ったし、回道は卯ノ花隊長、斬術は銀嶺隊長、鬼道はハッチさんに習えた。

 オールスターかよ。

 

 時々ヨン様も稽古をつけてくれた。

 

 なんか視線に含みがあって怖かった。

 

 そのおかげかそこら辺の死神や虚の霊圧で威圧されてもそよ風だし、鬼道も中位までなら詠唱破棄は余裕。

 ただし、上位の鬼道は試させてすらもらえない。せやろな。

 

 強いのか弱いのかよく分からん。

 いや、弱くはないだろうけど。

 

 大虚以上が相手だと千日手になる感じ。

 お互いに決定力がなくなる。

 

 生存能力だけはピカイチです。

 

 そのため、俺は討伐部隊を率いる役職に放り込まれた。

 あと、死ぬほど書類仕事を振られる。

 

 霊圧を解放さえしなけりゃ普通の体ですからね。

 体力は結構ある方なんです。

 

 

 この俺の在り方は、なんというか平隊士たちの目標となっているらしい。

 

 

 霊圧を死神の強さと同義とみなす文化なのだが、俺がそれを抜きにしても高い技術と練度を身に着けたためだ。

 

 始めは調子乗ってるとか言われて虐められないかヒヤヒヤしていたが、どうやら杞憂に終わったらしい。

 流石はあの藍染副隊長の妹だ、なんて言われている。

 

 知らん内に人気者になっていた。

 

 

 アハハハハ! いや~困ったなぁ! (ドヤァ)

 

 

 時々鋭い目を飛ばしてくる我らがハゲ隊長は目が笑ってないけれど。

 あと、市丸くんも時々笑ってない。

 

 

 他に変わった事と言えば、十年くらい前に鳳橋さんが三番隊隊長に就任。

 最近では曳舟さんは零番隊へ栄転。海燕さんは副隊長へ。

 

 

 つまり、浦原さんが十二番隊隊長になった。

 

 

 マジで魂魄消失事件の秒読み開始時期にきている。

 

 

 まあ、そんな感じだ。

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 ボクは死神になった。

 

 全ては乱菊が泣かんで暮らせる世界にするって話なんやけど、その壁いうか、立ちはだかる人達がえらい人たちやった。

 

 

 ──東仙要。

 

 

 なんや詳しい話は聞かせてくれへんかったんけど、どうも貴族のゴタゴタに巻き込まれたらしい。

 藍染副隊長を主ゆうんは少しおもろかった。

 

 あの人が目指す世界、なんてボクは大して興味あらへん。

 

 そら皆が平和に暮らせるんやったら良い事なんやろな。

 

 

──ただ、その犠牲の中に乱菊が入ってるんやったら話は別や。

 

 

 あの日、ボクは乱菊を見つけた。

 

 最近、人が消えるゆう噂を聞いとったけど、別に自分と関係あらへんと思っとった。

 

 それが変わったのが、あの日やった。

 

 なんとなく拾って、何となく一緒に過ごした日々。

 

 始めは何でこないな事してんのやろ、って不思議に思っとった。

 それでも、乱菊はボクの隣にいてくれた。

 

 横に人がいるって、なんや随分と安心するもんなんやな。

 知らん内に寂しかったんやろか。

 ボクにはよう分からへん。

 

 ただ、暖かかったんや。

 

 自分で体温を調節する事もできへんボクには、

 

 

 ──乱菊が横におったんは、えらい心地よかったんや。

 

 

 そんな彼女の笑顔だけを、ボクは見たかったんやと思う。

 

 人が消える噂を少し調べてみよう、なんて柄にもない事を考えてもうた。

 

 

 

 せやから、あの出会いは必然だったんとちゃうかな。

 

 

 

「……市丸ギン」

 

 

 そん時はごっつ驚いた。

 何でボクなんかの名前を知ってんや。

 

 長い綺麗な茶髪を頭の横に結わえた女の人。

 えらい綺麗やなぁって感心したわ。

 

 ただ、その藍色の大きな瞳には少し意外そうな色が隠れとった。

 

 これまで一人で生きてきたんや。

 ある程度の腹なら読める自信ちゅうもんはあった。

 

 それでも、この人の目が真っ直ぐにボクを射抜いた時には、心臓が止まるんちゃうかと思った。

 

 綺麗やった。

 

 全てを見透かすような、果て無き夜空を詰め込んだような色。

 乱菊は豪華な花みたいやけど、この人は月みたいな静かな美しさがあった。

 

 ボクは固まったように相手を見つめてもうて、一瞬だけ周囲を見渡したその人にも反応できひんかった。

 

 せやけど、次の一言は無視できんかった。

 

 

 

「少女を、拾いましたか?」

 

 

 

 止まっていた心臓が跳ねる。

 

 ボクの事を知ってるんなら、もしかしたら乱菊の事も知ってるかもしれへん。

 

 直感やった。

 

 

 ──きっとこの人が、人が消える事件の犯人や。

 

 

 そないな相手に馬鹿正直に乱菊の事を話す訳あらへん。

 

 相手は死神。

 少し怖がった様を演じつつ、ボクは無言で首だけを横に振る。

 

 

「そうですか」

 

 

 女の表情は変わらへん。

 どうでも良い事だと言わんばかりや。

 

 

 ──どうでも良い? 

 

 

 その瞬間、ボクの頭は今まで経験した事がないような怒りを覚えた。

 

 乱菊はボクが見つけた時は倒れてはった。

 

 つまり、この女は人をなんとも思っとらへんゆう事や。

 

 別にボクかて人に威張れる善良な心を持ってる訳やあらへん。

 

 ただ、この女に乱菊は汚されたんやって、

 

 

 

 それさえ分かれば十分やった。

 

 

 

 

 その後、ボクは真央霊術院に入った。

 普通に入ったんやけど、ボクはえらい優秀やったらしい。

 

 あないな事をしていた女はガキやったボクからしても、そないに“強い”とは思えへんかった。

 

 

 せやけど、入学して情報を集める内に、あん女がとんでもない化け物やって事を知った。

 

 

 

名前は──『藍染那由他』

 

 

 

 今は八席ゆう、まあそれなりの地位におるらしい。

 そんな中で一番際立っていたのが彼女に対する周囲の評価やった。

 

 曰く、高い霊圧を持ちつつも基礎を疎かにせず、様々な業務・任務を要領よくこなす。

 曰く、女性死神協会や他隊舎にて師事を乞う向上心を常に持っている。

 曰く、怖い顔をしておきながら頼まれ事は断わらないお人よし。

 曰く、部下を始めとした周囲の人間に位関係なく平等に接する器の大きい人物。

 

 

 ──恐ろしいと思ったわ。

 

 

 そん人、沢山の人消してんのやで。

 誰も気づいてあらへんのか。

 

 そして、あん女は実力に反して魂魄が弱いらしい。

 

 もしかして、自分の魂魄を強うしたいから他の人の魂魄を奪っとんのやろか。

 せやったら人の評判は滑稽やな。

 

 真逆やん。

 

 ボクはあん女に負けへんように強うならんとあかん。

 

 その結果が『神童』や。

 なんや簡単に手に入った称号やけど、別に大した価値もあらへん。

 

 

 

 入学後しばらくした時、藍染惣右介ゆう副隊長さんがボクに会いにきはった。

 

 どうやらボクを五番隊に迎えたいらしい。

 

 名前を聞いてピンときた。

 こん人は、あの女の関係者や。

 

 

「君はどういった死神になりたい?」

 

 

 藍染副隊長がボクに聞いた言葉や。

 

 決まっとる。

 

 

 

「ボクらを支配しようとしはる奴に負けたないですね」

 

 

 

 あん女の掌でボクが躍らされるんは良い。

 

 でも、乱菊だけはあかん。

 

 

 そんな支配は、許さへん。

 

 

「ふふっ……そうかい」

 

 そん時の藍染副隊長の顔は、一言で言えばえらい悪い顔やった。

 

 あん女の時が止まった凪みたいな静かな瞳より、よっぽど人間らしゅう思った。

 

 

 

 そっから、ボクは藍染副隊長の手駒んなった。

 

 どうやらあの事件は藍染副隊長の指示でやっとったらしい。

 なら、ボクの復讐の矛先は藍染副隊長になるべきや。

 

 そう考えなおそう思った時に、彼はポツリと言ったんや。

 

 

 

「これは、那由他と私の辿る頂の裾野にすぎない」

 

 

 

 ああ、あかんわ。

 復讐の対象が二人に増えただけやん。

 

 藍染八席もそうやけど、藍染副隊長も化け物やった。

 この人ら兄妹らしいし。

 

 何でボクなんかの名前を予め知ってたんか。

 乱菊を拾った事を確認してきたんは何や意味があるからか。

 

 もしかしたら、ボクがこうして虎視眈々と獲物を狙っているのもバレてるのかもしれへん。

 

 藍染八席の考えを読み解く事だけでも大変やのに、あん女が優男になったような人までおる。

 

 ほんま、そないなとこまで似ないでもええんとちゃうかな。

 笑えんわ。

 

 より慎重に。

 より綿密に。

 より狡猾に。

 より強かに。

 

 ボクはいずれ訪れる瞬間をただただジッと待ち続ける事に決めた。

 

 今は藍染副隊長の忠実な部下を演じさせてもらいますわ。

 

 

 

 こないな事せんでも良い方法は、多分あるんやろな。

 

 せやけど、ボクはそないに頭が良うないんや。

 他の人はボクの事を「神童」なんて呼ばはるけど、そないなもんあの二人を見とれば分かる。

 

 何の意味もない称賛や。

 

 あの人らの力は底が知れへん。

 東仙五席にも見せとらん。

 

 いや、力だけやのうて考えそのものが読めへん。

 あの人らがそこまでこだわる『力』ゆうもんがフワッとしすぎなんや。

 

 せやかて、並みの実力者やないって事は分かる。

 

 なら、ボクは機会を伺うまで。

 

 

ボクは蛇や。

 

 肌は冷たい。心は無い。

 

舌先で獲物探して這い回って

 

気に入ったやつを丸呑みにする。

 

そういう生き物や。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも決めたんや。

 

 ボク、死神になる。

 

 死神になって変えたる。

 

 乱菊が

 

泣かんでも済むようにしたる。

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 最近、凄い市丸くんに絡まれる。

 

 別に煽られてるとか、そういう雰囲気じゃないんだけど。

 なんかこちらに探りを入れられている感じ。

 

 

 そっか、君はヨン様に復讐したいんだもんね。

 

 

 なら妹である俺から情報を得られないかと考えても不思議ではない。

 

 まだ原作に比べて子供っぽいからか、なんとなく可愛がってしまう。

 オサレに煙に巻く、なんて出来ないが、

 

 

「なんで始解を隠してはるんです? ほんまは出来はるんでしょ?」

「力不足ですから」

 

 対話はできてるんだけど名前を教えてもらえないんです。

 

「藍染副隊長のご兄妹やなんて、兄妹揃ってえらい凄いお家なんですね」

「家はあまり関係ないのでは?」

 

 俺は魂魄がポンコツですしおすし。

 

「藍染八席~。少し稽古に付き合ってくれはりませんかぁ?」

「私などでは力不足でしょう」

 

 お前三席やろ。俺八席。

 ヨン様にでもお願いしろよぉ。マジで。

 

 

 とか、こんな風に俺の周りをちょろちょろしている。

 

 まあ、お兄様よりも御しやすそうというのは分かるが。

 

 周囲には一足飛びに三席になった市丸くんが俺に懐いているように見えるらしい。俺と市丸を微笑ましげな視線で見つめてくる。

 別に俺はこの子のお姉さんでも、ましてやお母さんでもないんじゃが……。

 

 とか思っていたらやってきた。

 

 

 

 

 

「さて、諸君。まずはお疲れ様、とでも言っておこうか」

 

 とある晩。

 お兄様に呼び出されて秘密のサバトを行う。

 

 ここには要っち、市丸くん、そして俺と劇団員がフル出場であった。

 

「これまでは流魂街にいた人々を使って実験を行ってきたが、必要なデータは既に揃った」

 

 てことは? 

 アレですか? 

 

 

「次は死神を対象とした実験を始めようか」

 

 

 魂魄消失事件待ったなし。

 

 

 

 

 まずは平隊員からという事で、よく虚討伐に出る俺にお鉢が回ってきた。

 

 や、生存能力だけが取り柄なんだから、俺の隊から消失者でたら疑われるのでは……? 

 

 

「那由他はいつも通りで構わないよ」

 

 

 あ、察し。

 

 やっぱり俺は隠れ蓑に使われるんですね、知ってた。

 

 じゃあ、なんでわざわざ俺に任せるみたいな言い方したんですかね? 

 

 

「何時も助かっているよ、那由他」

 

 

 何でぇ……? 

 僕何もしてましぇ~ん。

 

 ほんとよ、ほんとなのよ? 

 

 確かに流魂街の時は俺が崩玉(仮)を持ってうろついてたりしたけれど。

 

 そこまでヨン様のお役に立ててないのでは? (使命感)

 

 ハッ!? 

 

 これは……洗脳されている!? 

 

 

 鏡花水月だから仕方ないよね。(諦めの境地)

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 那由他は私が何か言わずとも己の役割を理解していた。

 

 

『藍染様の仰っていた意味が分かりました。那由他様は──成すべき事を成せる方です』

 

 

 要は言っていた。

 

 彼女が流魂街の人々に向ける霊圧は()()()()()()と。

 

 つまり、憐れんでいたのだ。

 快楽という刹那的なものではない。

 

 反して、彼女の行動には無駄がなかった。

 

 それだけで、彼女の一見すれば能面のような顔が思い浮かぶ。

 

 

 必要だからやる。

 

 

 その強き意思を、要は十分すぎるほどに彼女の霊圧から読み取っていた。

 

 浦原喜助のように弱者の表面を見ている訳ではない。

 資料で見たかつての山本元柳斎重國を彷彿とさせる苛烈さを、その静かな水面の底に落としていた。

 

 

『私は世界への絶望を経験しました。ですから、少ない犠牲の上で多くの人々を導ける。そう割り切っています。しかし……』

 

 

 

 ──那由他様は、もっと大きなものを見据えていらっしゃる。

 

この世の理不尽を、経験せずとも理解しています──

 

 

 

『藍染様と共に在る。その言葉に偽りはないでしょう』

 

 

 那由他を疑っていたわけではない。

 ただ、他者から見てもそう感じさせるだけのモノを彼女は持っていたのだ。

 私の口角は自然と上がる。

 

 

『藍染副隊長も大概ですけど、あんお人もまあどえらい人ですわ』

 

 

 ギンは言う。

 

 

『裏であないな事をぎょうさんしてはる癖に、日ごろは聖人かて思いますもん』

 

 

 弱者に寄り添い、自らを高め、周囲の羨望を集める。

 

 私も行っている事だが、那由他は自らの霊圧を隠してはいない。

 そして、魂魄の脆弱さという本来ならば弱点となる部分で憐憫を誘う事に成功している。

 

 私のような信頼を勝ち取る行動ではなく、周囲に『手を貸したい』と思わせる行動を常にとっていた。

 

 一種のカリスマである。

 私とは違った角度でのアプローチ。

 これで護廷十三隊におけるほぼ全ての人々の誘導が可能になった。

 

 五番隊隊長である平子真子は疑惑を持っているようだが、那由他に対しては疑念よりも親切心の方が強いのだろう。

 

 より扱いやすくなったと言える。

 

 

 これを鏡花水月を使っていない那由他が行っているのだから恐ろしい。

 

 

 この私に感嘆の思いを抱かせるのは流石と言うべきだろうか。

 

 私の願いをすぐさま看破し、そのために最適な行動をとる。

 更に言えば、その行動は昔からの延長線上でしかないのだ。

 

 幼い頃に私の本質を見極めた那由他は、こうなる事が分かっていたのだろう。

 

 だからこそ、あの日の私の遠回しな問いに対しても必要最低限の答えでもって答えた。

 

 

 私の望んでいた言葉をもって。

 

 

 あの子は未だ始解すらしていないのにだ。

 

 恐らく、彼女の斬魄刀がこれ以上霊圧を上げ魂魄に負荷がかかる事を危惧しているのだろう。

 これは今後の研究によって解消されるはずである。

 

 むしろ、虚の力を手に入れた際に、どのように進化するのか非常に興味深い。

 

 

 ──やはりあの子は素晴らしい。

 

 

 ギンの話を持ち掛けてきた時もそうだ。

 

 

『私の周りをうろちょろしていますが、よろしいですか?』

 

 

 私も分かっていた。

 彼が本心から私に恭順している訳ではないという事を。

 

 色々と嗅ぎまわられている事を察したのだろう。

 

 優秀な子だ。

 

 質問という形を取ってはいても「よろしい()ですか」ではなく「よろしいですか」。

 つまり、那由他は私の思考を読んでいた。

 

 

『適当に遊んでおきます』

 

 

 言葉を返さず微笑みを返すだけでこの答えだ。

 彼を懐柔できないだろう事も察していたのだろう。

 その上でこちらから切り捨てる気がない事も。

 

 支配を許さぬと言った彼がどこまで高みについてこられるか。壁と成りうるか否か。

 彼女は“遊び”の中で判断すると言った。

 

 面倒臭そうな雰囲気を出す彼女の頭を少し撫でてあげれば憮然とした顔を返される。

 

 

『お兄様。慢心、環境の違いです』

 

 

 そうだ。

 

 私は神へと至るのだ。

 

 如何に周囲が有象無象ばかりとは言え、注意を要する人物は幾人か存在している。

 

 このようなところで躓く訳にはいかない。

 

 

 恐らく並みの死神では崩玉の力に耐えられないだろう。

 つまり、実験には隊長格ほどの力を持つ者が必要だ。

 

 始めは適当な奴に原因を被ってもらおうと思っていたが……。

 

 

 

 

 

 この際だ。

 

 那由他の助言に従い排除できる者は排除しておこう。

 

 三番隊隊長の鳳橋楼十郎。

 五番隊隊長の平子真子。

 七番隊隊長の愛川羅武

 九番隊隊長の六車拳西。

 

 この辺りは扱いやすそうだ。

 

 古参の隊長格は厄介だが……八番隊の副隊長くらいなら誘導も出来る。

 京楽と浮竹は時灘の事件で関わりを持っていた。

 彼に黒幕を肩代わりしてもらおう。

 

 いや、待て。

 

 

 

 ──崩玉の危険性を訴えていた浦原喜助を黒幕に仕立て上げる。

 

 

 

 これは面白い事になりそうだ。

 

 奴を完全に排除する事は出来ないだろうが、現世に追放する事で動きを阻害する事は出来る。

 

 

 浦原喜助の能力は本物だ。

 

 現世に行っても何かしらの手段を講じるだろう。

 崩玉を持っていき、何かしらの封印を施す。そのあたりだろうか。

 

 ではどこに。

 

 あれは破壊できぬ代物。

 己の監視下におけない場所へ封印するとも思えない。

 現世への追放ならば、重霊地に居を構えるはずだ。

 

 ……義骸を使うか。

 

 ならば、都合の良い死神を確保したいと考える。

 

 

 

 

 こちらが用意してやれば良い。

 

 

 

 それだけで行動の幅は限られてくる。

 

 現世駐在隊士には今後()()()をしておこう。

 

 

 思考が加速する。

 

 現在の実験成果を見る限り、後100年は動く事が出来ない。

 

 それまでに死神以外の手駒も欲しいところだ。

 崩玉との同化までには時間がかかる。

 私が完全な物を作れれば良いが、少なくとも今はまだ可能ではない。

 時間稼ぎが必要だ。

 

 どうせ切り捨てる事になるだろうが──那由他の人望を持ってすれば虚すら手懐けられるかもしれない。

 

 

 まずは那由他の虚化。

 

 

 これで魂魄強度は理論上問題ない。

 より上がるだろう霊圧全てを十全に使えるかはまだ分からないが、少なくとも今よりかは力を振るえるはずだ。

 

 那由他の目が脳裏に浮かぶ。

 

 あの子はどこまでも私を高みへ連れていってくれるらしい。

 

 単に実験を繰り返すだけでなく、今後の事を見据える切っ掛けを与えてくれた。

 些細な言葉一つで、である。

 

 

 私は天に座してみせる。

 

 

 待っていてくれ、那由他。

 

 

 

 

 

 

 

 ──『私と共に在る』と言った妹よ。

 

 



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芽…だと…!?

たくさんの評価・お気に入り・感想、そして誤字報告まで……本当にありがとうございます!
この作品、ニ話時点で黄色バーだったんですぜ? たまげたなぁ……。



「ぐっ!? 儂について来るとは、本当に大した奴じゃのぉ!」

「夜一さんのおかげです」

「ならば、まだ負けられんわ!」

 

 ボクの視線の先では夜一サンと那由他サンが鬼事をしてます。

 鬼事と言っても瞬歩を使っての稽古。

 

 『瞬神』の異名を取る夜一サンについていけるのは、今のところ那由他サンと……砕蜂サンくらいでしょうかね?

 

 砕蜂サンも才能があるようで、最近は夜一サンのお気に入りッス。

 勿論、一番のお気に入りは那由他サンみたいですが。

 

 それを少し寂しそうな顔で見つめていた砕蜂サンに気付いたのか、那由他サンは砕蜂サンとも仲が良いですね。

 

 砕蜂サンも彼女を姉のように慕っていますし、顔に迫力のある彼女の事を理解して下さる方が増えるのは嬉しいものです。

 

 

 

 崩玉を作ってからしばらくが経ちました。

 

 

 

 藍染サンに「これは使えない」と言った時の事を思い出します。

 

 彼は期待を裏切られたような顔をしていました。

 当然でしょう。

 私だってそうですし。

 

 なんて、都合よく自分を被害者にするのも逃げッスね。

 

 ボクは那由他サンを救えると思っていました。

 

 今思うと自惚れッスよ。

 ボクは当時の曳舟隊長にも目をかけてもらえて、色々と成果を出し、『技術開発局』なんて組織を立ち上げ、その局長になったんスから。

 

 まあ調子に乗っていたんでしょう。

 

 ――自分なら出来るって。

 

 新たな方法を模索してはいますが、どうも上手くいかないです。

 普通なら魂魄と霊圧は相関関係がありますから、那由他サンが特殊すぎるきらいはありますが。

 

 

 那由他サンの本来の実力を発揮できるようにすれば、尸魂界の平和は盤石なものになります。

 あの総隊長ですら認める霊圧ッスから。

 

 特殊な状況を考慮して兄である藍染サンのいる五番隊へ配属されましたが、隊首会ではどの隊が受け入れるかでひと悶着あったそうですし。

 総隊長ですら一番隊にと思っていたようですから、相当な期待のされ具合ッス。

 

 そんな彼女の魂魄を改善するために期待されていたのが、ボク。

 

 

 つまり、ボクは役目を果たせなかったという訳ッスねえ。

 

 

 天才だとか色々言われてきましたが、いやはや。

 伸びた鼻を折られた気分スよ。

 

 

 

 ただ、だからと言って諦めはしません。

 

 

 

 役目、というのも勿論ありますが、ボク個人としても那由他サンを助けてあげたいです。

 

 それはボクだけじゃないッスけどね。

 

 護廷十三隊にいる殆どの方が願っているんじゃないッスか?

 

 

『浦原のアホンダラァ! お前は何のために隊長やっとるんじゃいボケェ!?』

 

 

 なんて、ひよ里サンに飛び蹴りされたのも良い思い出です。

 

 彼女も那由他サンと仲良いッスからねえ。

 ほぼ同期でしたし。

 

 あの乱暴な口調も那由他サン相手には柳に風なので、どこか気楽に話せているようです。

 よく矢胴丸サンと久南サンと四人でお茶してるみたいですし。

 羨ましいッスねえ。

 

 

『彼女にはもう上級鬼道以外教えるものがないデスヨ……』

 

 

 有昭田サンも彼女の才能には困っているようでした。

 

 那由他サンも結構忙しいはずなんスけどねぇ……。

 ほんと、体力と要領は人並み以上です。

 

 那由他サンは「教える事がもうない」とまで言っていた彼の元へ、今でも足繁く通って鬼道の研鑽を積んでいるそうですが、真面目というか何というか。

 

 

『私の事を“師匠”と呼んでくれるんデスヨ? ()()を使うのが夢だって、普段の表情からは考えられないほどキラキラとした瞳をしていました。これでは師匠失格デスヨ……』

 

 

 歯痒い思いをしているのは彼だけじゃありません。

 

 

『始解が出来んって、しょっちゅう言ってくんねんアイツ。俺にどないせいっちゅうんじゃ』

 

 

 平子サンも呆れたような疲れたような愚痴をよく零しています。

 

 

『俺は普通の事しか言えんわ。那由他の霊圧なら始解どころか卍解が出来ても驚かへんけどな。……他人頼りで悪いとは思っとる。せやけど、どうにか出来んのは──お前だけやで』

 

 

 言われなくても分かってるッスよ。

 

 表情が見えにくいだけで那由他サンが優しい心を持っている事は平子サンも当然分かってます。

 

 良く喋る平子サンとの相性がちょっと悪いだけッス。

 だから始めは彼も少し苦手意識を持ってたらしいッスけど、最近は平子サンも慣れてきたのか良く一緒にいるのを見かけます。

 

 

『アイツもうどっかの副隊長とかで良くねぇか?』

 

 

 あのぶっきらぼうな六車サンまでこれッスからねえ。

 

 

『白哉の嫁に――』

『父上……』

 

 

 この親子も那由他サンを相当気に入っているようですし。

 

 

『彼女の心は美しい音楽を奏でているよ。少し、その表現が苦手なだけさ』

 

 

 威圧的な顔がどうにかならないかと鳳橋サンのところへ顔を出してもいました。

 

 

『回道も基本的な事は全て教えました。とても勤勉で優秀な子ですよ、彼女は』

 

 

 おまけに卯ノ花サンからもお墨付き。

 

 

『ああいう気の強そうな子は弄りたくなるんだよね~』

『おい、やめとけよ。本気で嫌われるぞ?』

『分かってるって~』

 

 

 京楽サンや浮竹サンも随分と那由他サンの事を気にかけている。

 

 

『浦原喜助よ。技術開発局を認可した理由の一つは……分かっておろう?』

 

 

 総隊長からの恫喝まがいの激励には涙が出そうッスね!

 

 

 

 そんな中でも、特に仲が良さそうなのは志波家のお二人です。

 

 

「おう、那由他! 一緒に飯行こうぜ~!」

「な、那由他さん! 僕も一緒でいいですかぁ!?」

「うるさい奴じゃのぉ」

「構いません」

 

「それはご飯を一緒しても良いって事でしょうか!? それとも煩くても良いって事でしょうかぁ!?」

 

「本気で煩いぞ、こやつ」

「どちらも構いません」

 

「イヤァッフゥーーー!!!」

 

「……家の親戚がすまん」

 

 

 どうやら十番隊の志波一心サンが那由他サンに憧れを抱いているみたいです。

 

 しょっちゅう出汁にされている十三番隊の海燕サンは少し鬱陶しそうですが、彼も本気で嫌がっている訳ではないのでついでとでも思っているのでしょう。

 

 那由他サンも彼ら二人には心を許しているようで、普段より少しだけ顔が柔らかく見えます。

 

 

 ……これは藍染サンに()()()でもした方が良いんスかね? 

 

 

「夜一さん」

「うむ。今日はここまでにしておこうかの」

「ありがとうございました」

「構わん構わん。儂も息抜きに丁度良い。書類仕事ばかりじゃ肩が凝るからのう」

「……」

「この助平。どこを見ておる」

「一心……お前なぁ」

「ちちちちち違うでありますよ!?」

 

 姦しいやり取りを微笑まし気に見てる那由他サン。

 まあ、無表情ではあるんスけどね。雰囲気ッス、雰囲気。

 

 と、彼女がこちらの方へとやってきたッスね。

 なんでしょうか? 

 

「浦原さん」

「はい。どうしたんすか?」

「ご迷惑、おかけします」

「……いえ、不甲斐なくてすみません」

「そのような事は」

「あるんスよ」

 

 ボクの研究が自分のせいだとでも思ってるんスかね、この子は。

 

「浦原さんは必要な人です」

「アハハ、励ましてくれるんすか?」

 

 

 

「いえ、私にとって──()()()()()()()()()()()()()なので」

 

 

 

 口下手な彼女らしい、とても真っ直ぐな想いでした。

 

 ここまで言わせてしまうなんて……我ながら情けないッスねぇ。

 

「では、失礼します」

「那由他サン」

「はい」

「ありがとうございます」

 

 ボクの言葉に深く頭を下げて、彼女は志波サンたちと去っていきました。

 

 

 

「喜助」

「夜一サン」

「お主は励んでおる。それは儂も、皆も分かっておる。しかし……その程度でお主が音を上げる訳がなかろう?」

 

 彼女がニヤリと揶揄うように笑いかけてくる。

 

 まったく。

 ボクの周囲の女性たちは、ボクをやる気にさせるのがお上手ッスね。

 

「那由他は既に斬拳走鬼の基礎を極めてしまっておる。今のあやつではこれ以上の成長は見込めん」

「夜一サンから見てもそうですか」

「恐ろしいほどの才能よ。総隊長殿が特別に目をかけたがるのも道理じゃな」

 

 どこか誇らしげに、しかし寂しそうに夜一サンは呟く。

 

「普通ならば斬拳走鬼を行えば霊圧が上がり、その分より高度な事へ手を付けられるはずじゃ。しかし、那由他は魂魄の問題から精密さを鍛える他ない」

 

 誰もが分かっている事です。

 

 このままでは彼女の才能は朽ちてしまうのみとなる。

 

 藍染サンが必死に彼女を救う術を探しているのも当然です。

 

 

「あん? 那由他はおらんのかいな」

「平子サン」

「那由他なら海燕と一緒に飯に行きおったぞ」

 

 自然と名前を外される一心サンに涙を禁じ得ないッス。

 

「あちゃー、入れ違いかいな。今日中に仕上げたい書類任そ思っとったのに」

「その程度自分でやらぬか、戯けめ。お主が隊長じゃろうが」

「副隊長の藍染サンに任せれば良いんじゃないッスか?」

「アイツも見つからんねん。兄妹揃ってどこほっつき歩いとんや」

「だから那由他は飯じゃ」

「ツッコミどころそこッスか?」

 

「那由他ー! ウチと飯行かへんかー!?」

 

「なんや煩いのが来よったわ……」

「な、ハゲ真子!? なんでお前がここにおんねん!」

「俺がおってもええやろがっ! 後ええ加減ハゲ言うなやボケ!」

「ハゲをハゲ言うて何が悪いんじゃボケェ!!」

 

 ひよ里さんのドロップキックが平子サンに見事に突き刺さりましたね。

 まあ、大丈夫でしょ。

 

「で、那由他はどこおんねん?」

「飯にいったぞ」

 

 夜一サンも面倒になってきてますね。

 先ほどよりも適当な対応ッス。

 

 

「かー! 那由他の人気高過ぎやろ! 昨日も別のアホと飯行っとるんやで、アイツ!」

 

 

 その言葉だけで、彼女がどれだけ皆に愛されているかが分かります。

 

 ハンデを抱えた那由他サンを、皆が助けたいと思っている。

 

 

「じゃあ、ボクも頑張るとしますかねー!」

 

 

 これ以上情けない姿を、あの子には見せられないッスね。

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 今日は海燕さんと一心さん、三人で晩御飯だ。

 

 いやぁ、俺BLEACHの中でルキアと苺が一番好きなんだよね。

 その関係者と仲良くなりたいやん? 

 

 なんか一心さんはよくご飯に誘ってくれるし、海燕さんも付き添いみたいな形で一緒の事が多い。

 

 普通に嬉しいわ。

 アイドルとの握手会気分。

 

 斬拳走鬼も楽しいしね。

 

 高度な事は魂魄の関係で出来ないけど、その分細かい作業とかが上手くなっているのが分かりやすい。

 

 鬼道は込めた霊圧によってモロ威力が変わるから、小手先ばっかり上手くなっていくけど仕方ない。

 

 こないだは『疑似重唱』とかいうのを覚えた。

 

 まあ、解放する必要量が増えるから低位の鬼道でしか使えませんが。

 

 教えてくれた大前田副隊長とハッチさんは凄いと褒めてくれたけど、俺は黒棺を撃ちたいんじゃぁ……。

 オサレに詠唱破棄して余裕の笑顔とか浮かべてみたいんじゃぁ……。

 

 そう言ったら可哀想な奴を見る顔された。

 

 ごめんなさい、調子乗りました。俺じゃ無理ですよね……。

 

 魂魄強度以前に普通に難しいみたいだし。

 隊長格でも使える人少ないんでしょ? 

 

 僕八席。

 無理ですわー。

 

 霊圧込めすぎて自爆しそう。

 繊細な操作は上手くなったけど、それも中位までだし上位も同じ感じで扱える気はしない。

 

 一回も使ったことないものを本番でだけ使えると思うほど甘い難易度じゃないだろう。

 

 そもそも魂魄の問題で使えません。(無慈悲)

 

 

 瞬歩は夜一さんと鬼ごっこしてたらなんか上手くなってた。

 

『二番隊にこんか?』

 

 なんてお誘いも受けてしまった。

 普通に嬉しい。

 

 でも、ヨン様から離れるのもそれはそれで怖いんだよ……。

 

 

 斬術は銀嶺隊長に、白打は夜一さんと拳西さんにそれぞれ教えてもらってるが最近どんどん厳しくなってきててちょっと辛い。

 

 夜一さん以外の人は始解で殴り掛かってくるのやめてもらえませんかね?

 俺が持ってるの始解も出来ないただの斬魄刀なんすけど。

 

 鍛錬後にはご飯とか奢ってもらえるから鍛錬には行くけどさ!(現金)

 

 

 

「──ど、どうでしょうか!?」

 

 

 あ、ヤバ。

 

 一心さんの話を全く聞いてなかった。

 

 とりあえず頷いとこ。

 

「おい那由他。別にこいつに無理に合わせなくても良いんだぞ?」

 

 海燕さんは呆れ顔である。

 

 ゴメン。マジで話聞いてなかった。なんて? 

 

 俺が小首を傾げると「ハァ……」なんて深いため息を海燕殿に吐かれてしまった。

 海燕殿ぉ……。

 

「お前はホントお人好しと言うか何と言うか。あれだ、無防備ってやつだ」

 

 そんな事はない。

 

 どうせヨン様にずっと監視されてるだろうからな! 

 ある意味24時間体制の最高級セキュリティだと思う。

 

「こりゃ分かってねぇ顔だわ……」

 

 またしてもため息をつかれた。

 海燕殿ぉぉぉ……。

 

「ま、そこがお前の良いとこでもあるんだけどな!」

 

 海燕殿ぉぉぉぉ! 

 

 今度は眩しい笑顔である。

 テライケメン。苺に似てるから余計にそう思うわ。

 

 思わず視線を一心さんの方へ移す。

 

 なんか安心するわぁ……。

 

 父性を感じる。

 俺より年下らしいけど。

 

「ハ、ハヒュッ!」

 

 なんか過呼吸なってない? 

 大丈夫? 

 

 近寄って背中をさすってあげよう。

 

 ほれ喜べ。美女の介抱やぞ? 

 一心くんなら嬉しいやろ? 

 

「ヒュィッ!?」

 

 何故か酷くなった。

 なしてや。

 

「那由他、やめてやれ。それ以上は一心が保たない」

 

 えー、美女のナデナデよ? 

 何でさね。ブーブー。

 

「そういうところが……って、言っても無駄か」

 

 またしてもご尊顔が曇ってしまわれた。

 

 

 何か目覚めそう。

 もうちょっと困らせたい気分。

 

 

「一心殿」

「ハイ!?」

「大丈夫ですか?」

「モチロンデス!」

 

 元気の良いお返事だこと。

 

 じゃあ、今度は海燕さんの頭をヨシヨシしてみよう。

 

 

 ──ナデナデ。

 

 

「バッ!? おま、何!?」

 

 

 うはは、何これおもしれー! 

 

 

「てめ、ワザとだな!? 副隊長を揶揄ってんじゃねーぞ!?」

 

 速攻でバレた。残念。

 

「ったく。で、どうすんだよ?」

 

 何が? 

 

「一心と逢引きすんのか?」

 

 

 

 

 ……逢引き? 

 

 

 

 

 あ、デートの事ね。

 

 

 

 

 ……なんで? 

 

 

 

 

「こいつ分かってなかったのか……。藍染副隊長も過保護すぎんだろ」

 

 それは絶対ない。

 

「オ、オレは那由他サンに、ソノ! 憧レテマシテ!!」

 

 あ、そういう事ね。

 

 ほーん。

 

 ふーん。

 

 

 

 

 ──ニヤァ

 

 

 

 

 一心さんはどうせ現世に行って黒崎真咲さんと結婚して一護をもうけるのだ。

 別に一時の憧れくらい構いやしない。

 

 いやぁ、人気者って辛いね!

 

 俺にとってもアイドルから“二人でお出かけ”というシチュエーションに誘われたようなもの。

 

 特に断る必要もない。

 

 

 ここはちょっと、

 

『黒崎一護』に対する布石を与えてみようか。

 

 

 俺の存在でもし一護が生まれないとかなると大惨事だからね。

 俺は是非とも君の曇り顔を見せて欲しいわ。

 

 個人的には苺とルキアがBLEACHの絶望顔二大巨頭なんだよ……フフッ。

 

 死神代行消失編以降はよく知らんけど……まあなんとかなるやろ。

 頑張れ、主人公。キミの湿った輝きに期待する!

 

 

 まあ、要はちょっとしたテコ入れである。

 

 流石のヨン様でも分かりはすまい。

 

 生まれるどころかまだ一心さんはお相手と会ってすらいないのだ。

 これでバレたらマジモンの未来予知である。

 

 

 ……フラグかな?(再び)

 

 

 だだだだ大丈夫やろ! 

 でも心配だから意味深にしとこ。(小心者)

 

 まあ、今回は一心くんを適当に少し揶揄うだけですよ。

 

 

 

 ハッ! 

 

 

 ヨン様、これが愉悦でしょうか!? 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 今日は待ちに待ったあの那由他さんとお茶する日である。

 

 男・志波一心! 

 気合入れて参りましょう! 

 

 

 いや、流石の俺でも分かっている。

 あの人との『お茶会』である。決して逢引きではない。

 

 

 分かってはいるさ~♪

 

 

 ルンルンと小躍りしながら待ち合わせ場所に行くと、あまり見慣れない普段着姿の那由他さんがいた。

 

 ヤバイ。待たせてしまったか!? 

 

 

「すみません! お待たせしてしまったみたいで!」

「いえ、今来たところです」

 

 

 ねえ、聞いた? 

 今の聞いた? 

 

 まるで恋人みたいじゃ~~~ん!! 

 

 顔がデレッとならないように気を付ける。

 普段から凛々しい姿の那由他さんに無様は晒せない。

 

 口元は許そう。ニヤつくのは仕方ない。

 だって、男の子だもんっ!

 

「今日はなんだかいつもと雰囲気が違いますね!」

「そうでしょうか?」

 

 那由他さんは自分の服を確認し始める。

 

 や、別に似合ってない、どころかメッチャ似合ってるんで何も心配いらないんですよ? 

 

 ただ、そういった天然ぽいところが可愛い。

 普段の美しくキリリとした姿も良いが、今の姿は可愛い。

 

 

 

 けれど、那由他さんは可愛いだけじゃない。

 

 実力も凄い。

 尸魂界中に名が轟くほどである。

 

 何せ霊圧が桁違いに高い。

 

 隊長格で見ても、恐らく山本総隊長に次いで大きいだろうという話だ。

 

 この若さで、である。

 

 更に、それに増長せず基礎の斬拳走鬼を磨きに磨いており、色々な隊舎へ顔を出しているほど。

 あの卯ノ花隊長に師事し回道まで習っているそうだ。

 

 向上心の塊である。

 

 更に更に、彼女は魂魄が生まれつき弱いらしい。

 そのため、あれだけ膨大な霊圧を使いこなせないとか。

 

 それに挫けず、自分に出来る修練を何十年も続けてきたようだ。

 

 そして、現実に五番隊第八席という結果を残している。

 

 

 

 これで憧れるなって方が無理だろぉーーー!? 

 

 

 

 那由他さんは俺たち平隊士の『目標』であり『憧れ』だ。

 

 いや、平だけでなく席官もその姿勢に感銘を受けて彼女に続こうとしている。

 

 俺も頑張ってきた甲斐あって、今度席官への昇進試験を受けられる事になった。

 

 せめて、何か彼女に恩返しがしたい。

 一方的だとは分かっていても、普段からご飯に誘ってきたのだ。

 それくらいは許されるだろう。

 

 今日の本来の趣旨はそこである。

 

 ……決して忘れていた訳ではない。

 

 

 

 道中は小粋な話術で彼女を楽しませ、海燕に聞いといた美味しいと有名な茶店に入る。

 

 珍しい事に那由他さんも今日を楽しみにしてくれていたようで、時折だが口が緩い弧を描く事もあった。

 

 

 

 これは……もしや、芽がある……だと……!?

 

 

 

 なんて思っていた矢先の事だった。

 

 茶と甘味を頼んでしばらくした時。

 

 

「一心さん。大事なお話があります」

 

 

 なんという事でしょう。

 あの那由他さんから話を振ってきてくれたではありませんか。

 

 俺は姿勢を正して精一杯のカッコイイ顔を作る。

 

「はい、僕の方はいつでも」

 

 少し先走ったかもしれん。

 

「とても大事な事です」

「はい」

「よく、聞いて下さいね……?」

 

 あ、あの那由他さんがどこか恥ずかしそうにしているだとぉ!?

 

 普段が無表情だからか、少しの変化でもその威力が半端ない。

 

 ヤバい、緊張してきた。手汗が、手汗が! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方は、後に大切な女性と出会うでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はい?」

 

 

 

 

 

 

 

「もし誰かを救う時は迷わず向かってください」

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 

 

 

 

 

「私は、貴方の行く先を ()()() しております」

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 男・志波一心。

 

 

 初恋はあっけなく散った。

 

 

 

 




ヨ「…!?」(スッ

ヨ「ニヤニヤ」(スッ…



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とある出来事:十番隊の場合

 

 

 俺──志波一心は打ちひしがれていた。

 

 

「な、なぁ、一心? 那由他さんをお茶に誘っただけでも凄いぞ……?」

「そうそう。その結果、たとえ玉砕してもな」

「おい!?」

 

 

「うおおおおおおお~~~~~~ん!!!」

 

 

「面倒になると思った……」

「いや、これは那由他さんと二人きりで茶屋に行ったやつが受けるべき報いだ」

「私情が入りすぎだろぉ」

 

 

 麦酒を片手に飲んだくれている俺だが、そうでもないとやってられん! 

 こいつら二人は告白する場を整える事すら逃げた弱者だ! そうだ! 

 

「あの日の俺、志波一心は確かに浮かれていた!」

「せやな」

「思わず慰める側の同僚が標準語すら忘れる一心の姿で酒が進むわぁ」

「だまらっしゃい!?」

 

 ここには、学院の頃から仲の良い……悪友か? 

 まあ、今日という日──那由他さんにお祈りをされた日に付き合ってくれる気の良い奴らだ。

 

 三人で行きつけの居酒屋へと繰り出したのはまだ日が落ちきっていない頃。

 事の顛末を興味津々に聞いていた内の一人は、だんだんと面倒そうな顔になっていたがとやかく言うまい。

 

「俺はよぉ、那由他さんとお出かけできるって思ってからは、そりゃぁもうルンルンだったわけよ」

「ルンルンとか、現世の言葉でも学んできたのか? 俺は知らんけど、お前知ってる?」

「いや、知らんが話しの本題はそこじゃねぇ」

 

 茶化してくる剽軽なやつ。小言は多いが面倒見の良いやつ。

 どちらも俺にとって得難い友人だ。

 だから、こんな愚痴にも付き合ってくれる。

 

「俺はなぁ──」

 

 

「おーっす! 一心いるぅ? 那由他さんに玉砕した会があるって聞いてきたんだけど!」

 

 

「お前らなぁぁぁぁ!!??」

 

 

 俺をからかうのが9割だろうが、俺を心配してが1割くらいはあると信じてるぞ!? 

 いや、分かってるよ! 

 俺が那由他さんと(ねんご)ろな関係になれる訳が無いって! 

 

 でもさぁ、なんか、こう、あるじゃん!? 

 

 

「一心、お前は大きな失態を犯したんだ」

 

 

 いま来た一人目が俺の肩に手を回しながら、いきなり語りだした。

 しかし、俺の失態だと? 

 

 それは気になる、話しを続けてくれ。

 

「那由他さんには常に総隊長みたいな人が付いてる。鬼道とか霊圧とか、チャチなもんじゃぁねぇ。俺は大きなモノを味わったぜ」

「それ、大きなものよりも小さい君が那由他さんに付いて回ってたから気付けただけでは……?」

「あと、鬼道も霊圧も随分とデカイ要素だからな」

「コマケェことはいいんだよ……」

「大きなモノって、お前、もしかして」

「ばっか!? 俺は那由他サンを尊敬してますから!? そんな、そんなそんな胸になんて視線が行くわけ」

「アホは見つかったようだな」

「あっ……」

 

 こいつらと話してると楽になる。

 

 俺はこうやって、バカみたいな話しをしてくれる友に救われている。

 そして、そんな奴らと一緒に戦っている。

 

 じゃあ、那由他さんには()()()()がいるのか? 

 

 そこは少し疑問だった。

 

 

 

「おら! 一心の失恋祝いだ! 飲もうぜ!」

 

「大概失礼だな、お前ら!?」

 

 

 そうやって笑って暮らしている。

 笑って暮らせている。

 

 そういった世界を作るのが、死神の仕事だと思っている。

 だから、俺は那由他さんにフラれても笑うだろう。

 

 強がりじゃないんだからね!? 

 

 



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白哉…だと…!?

日間一位、あざますっ!!
泣きそう。


 

 一心さんが『隊長に俺はなる!』とか言い出したらしい。

 

 どこぞの海賊王よりかはなれると思うけど。

 急にどうした? 

 

 今度、席官試験を受けるらしいし原作じゃ真咲さんと出会うまで十番隊隊長だったしね。

 君ならきっとなれるよ。

 

 時間がある時にでも激励にいってあげよう。

 

 現五番隊八席だからね! 

 きっと気合も入るだろう。私に憧れてるって言ってたし。

 

 と思って十番隊隊舎に行こうとしたら海燕さんに止められた。

 

『ほんと立ち直らせるの大変だったんだからな……。これ以上刺激しないでくれ、マジで』

 

 どこか疲れた様子で愚痴のようなものを言われた。

 

 何事? 

 

『いや、予想はついていたんだ。きっとお前に悪気はないんだろうさ。むしろ無理矢理にでも止めなかった俺が悪い。……ただな? こう、もっと婉曲的にな?』

 

 かなり婉曲表現したと思ってたんだが……。

 

『駄目だ、こいつ分かってねぇ……。とりあえず、あの人の悲哀を仕事の方に誘導させた俺を労ってくれ……』

 

 よく分からんが撫でれば良いのか? 

 

 

『だっからそういうとこだっつぅんだよ!!??』

 

 

 理不尽だよぉ……。(涙目)

 

 俺はただ「憧れの人よりも側にいてくれる大切な人が見つかりますよ」って意味深に教えてあげただけなんだが。

 憧れとか言われると照れるがヨン様も言ってるだろ? 

 正確にはまだ言ってないけど。

 

 きっと、それは好きって感情からは遠いんだ。

 

 恋人のように相手を受け入れ理解するためには憧れからは離れなさい、というありがたい俺の訓示だぞ? 

 

 流石ヨン様、いい事言うわぁ。

 

 黒崎真咲さんにも憧れなんてもん持たれたら大変だからな。

 今の内に憧れと恋心は別物だって教えられてよかったよ。

 

 そして、あのポカンとした顔の一心さん。

 面白かったわ。ククッ。

 

 

 いい事したわ、俺!  

 

 

 別に俺の事を好きとまでは思ってなかっただろうけど予防接種みたいなもんやろ。

 今の内に憧れに抗体持っといて。

 

 

 

「何じゃ、今日は随分と機嫌が良さそうじゃな?」

 

 先日の事を思い出して心でニマニマとしていたら、一緒に歩いていた夜一さんから声をかけられた。

 

 相変わらず夜一さんは人を良く見ていらっしゃる。

 なんで分かるのかなぁ……? 

 

「ふっ、今日は喜助も気合が入っておったしのお」

 

 何か浦原さんにあったんだろうか? 

 

「奴は今、『蛆虫の巣』という場所に行っておる。とある人物に会いにの」

「……涅マユリ」

 

 夜一さんが驚いた顔で俺を見た。

 

 そういや、この時期のマユリンって蛆虫だったな。

 浦原さんのおかげで技術開発局副局長兼十二番隊第三席になるんだっけ? 

 

 ひよ里ちゃんが苦労しそうだなー。

 

 他人事である。

 愚痴ぐらいは聞こう。

 

 どうせもうすぐしたら暫く聞けなくなるんだから。

 友達のよしみだ。

 

 

 

「お主……どうしてそれを知っておる?」

 

 

 

 あ、ヤベ。

 

 夜一さんが普段とは違う剣呑な気配を出し始めた。

 そら隠密部隊としては蛆虫の人物を知ってるなんて見逃せないわな。

 

「砕蜂に」

「あやつがそのような事を……?」

 

 訝しげだ。

 

 そら適当に言ったからな! 

 

 しかも砕蜂ちゃんは「夜一様ぁぁぁ!」って言うくらい忠誠心高いからね。

 

 関係者で俺と一番仲が良い子。それで咄嗟に思い浮かんだからってだけで謂われなき罪を被せてしまった。

 後で謝っとこ。

 

『もう、那由他姉様はしょうがないですね!』

 

 とか言って許してくれるだろう。

 流石そいぽんチョロイ。

 

 

 いや、だから夜一さんを説得できてないから。

 

 

「危険分子をまとめて」

「しかし、既に収容されとる者じゃぞ?」

「お兄様も」

「ああ……」

 

 

 

 そこで納得するんか。(困惑)

 

 

 

 自分で言っといてなんだが、それで良いのか隠密機動総司令官及び同第一分隊「刑軍」総括軍団長、護廷十三隊二番隊隊長! 

 肩書長いんじゃぁ! 

 よく覚えてたな俺。仲良いからね! 

 

 そいぽんと早口言葉代わりにして遊んだ肩書だ。

 ちなみに、彼女はいつも“総括”のあたりで噛む。「しょうかちゅ」になる。

 

 可愛いかよ。

 

 なお、俺は口下手でも滑舌が悪い訳ではない。

 文字の羅列を口から繰り出す事など朝飯前である。

 

 文章にするのが苦手なだけだ。単語の羅列ならいける。

 なにその謎仕様。

 

 

 しかし、まさか「お兄様」の一言で納得してくれるとは思っていなかった。

 

 俺の言葉だけ取ればお兄様が危険分子みたいなんじゃが。

 ……困った。間違ってないわ。

 

 

「……全く。あまり褒められた事ではないぞ? 次からは事前に言え。儂を通した方が早い」

「はい」

 

 ゴメン、そいぽん、お兄様……。

 那由他は悪い子です……。

 

「どこへ?」

 

 とりあえず話題を変えよう。

 夜一さんが忘れてくれる事に期待。

 

「話題を逸らす気満々じゃろ、那由他」

 

 バレてーら。

 

「ふんっ。まあ良い。後で惣右介に聞けば分かる事じゃろ」

 

 

 マジでごめんなさい、お兄様! 

 

 

 後がめっちゃ怖いんじゃが。これで捨てられたりしないよね……? 

 

「今は朽木家へ向かっとる。那由他に会わせたい坊がおっての」

「白哉殿?」

「なんじゃ知っておったか」

「銀嶺隊長から」

「あの爺、那由他に唾つけておったか……」

 

 いや、白哉の奥さんは緋真さんでしょ? 

 俺がなる訳ないじゃん。

 むしろ俺が恋のキューピッド役買って出るわ。

 

 あ、そうだ。ダイソンのついでに探しとこ。

 

 崩玉できたし、マユリンも出所するし、死神で実験始めたし。

 

 

 そろそろかー。

 

 

 副隊長組との女子会は結構楽しかったんだけどな。

 少し寂しくなる。

 

 ま、原作通りだから大人しく虚になってもらおう。

 

 大丈夫、死にやしないから。

 

 

「着いたぞ」

 

 なんてぼんやりと考えていたら朽木家の豪邸に着いた。

 

 四楓院家へ遊びに呼ばれた時も思ったが、五大貴族パネェッス。

 お家が超デカい。迷子になりそう。

 

「儂にちゃんとついて来るんじゃぞ?」

 

 子供じゃないんだからさぁ……。

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

「白哉」

 

 庭でいつもと同じように素振りをしていた時だった。

 爺様に私の名前が呼ばれる。

 

 いつも厳めしい顔をしているが、爺様は現朽木家当主として、そして六番隊隊長として活躍されている私の誇りだ。

 

「爺様!」

 

 思わず顔に笑顔が灯る。

 

 当然のように忙しい爺様と顔を合わす機会も最近ではめっきり減った。

 今日はゆっくりしていかれるのだろうか。

 

「客人じゃ」

「客人?」

 

 瞬間、嫌な予感がしたと同時に私の横顔へ何か柔らかいものが当たった。

 

 

「!? こんの化け猫!」

 

 

 どうせアイツだ。

 四楓院家当主の癖に俺をいつも揶揄って遊んでくる性悪。

 

 私は条件反射で手に持つ木刀をソイツめがけて横薙ぎに振るった。

 

 

「ん?」

「なに?」

 

 

 私の視界に一瞬だけ惚けた声を漏らした四楓院夜一が映る。

 

 なんだと? 

 何故、化け猫がそこに? 

 

 瞬歩で移動したのかと最初は思ったが、未だ隣には気配がある。

 

 じゃあ、私の横には誰がいるのだ? 

 

 疑問が胸中に浮かぶも既に腕は振り始めている。

 思考の空白を埋めるように『パシッ』と乾いた音が鳴った。

 

 呆然と隣を見上げる。

 

 随分と大柄な女だった。

 

 いや、大柄といっても体は華奢だ。

 身長が高いだけである。

 

 その女が私が振るった木刀を何かで弾いたようだ。

 恐らく“縛道の八・斥”だろう。

 

 

 その女が、何故か私に抱き着いていた。

 

 

 

「可愛くて、つい」

 

 

 

 私の頭を抱きしめている女は平坦な声で意味の分からない事をいった。

 目の端には笑い転げている化け猫と満足そうな顔で顎に手を当てている爺様がいるが……。

 

 どういう事だ? 

 

 可愛い? 

 

 誰が? 

 

 

 ……私が? 

 

 

 と、同時に私の頬に当たっている柔らかい感触のモノが何か理解出来た。

 

 

 

「なぁっ!? な、な、なな、な、なぁぁあ!?」

 

 

 

 途端、顔が沸騰する。

 

 頭が整理出来ない。

 

 木刀すらも手から零れ落ちた。

 

 化け猫は息をするのも苦しそうだ。

 

 私も押し付けられたもののせいで少し苦しい。

 

 なんだこの柔らかいモノは!? 

 

 

「失礼しました。あまりに可愛かったもので」

 

 

 すると、女はスッと私から離れる。

 

 瞬きの合間に離れたので体がついていかない。

 虚空に向かって手をワタワタとさせている私だけが残った。

 

 

「ぶわっぁはっはっはっはははははあああああ!!」

 

 

「笑い過ぎだ!?」

 

 遂に床をダンダンと叩き始めた化け猫に真っ赤なままで怒鳴る。

 

 なんだ、つまり、揶揄われたのか? 

 

 キッと鋭い目つきで離れた女を見る。

 

 服から見るに死神。

 頭の横で結った長い茶髪や容姿は綺麗だが、如何せん顔が怖い。

 爺様で慣れていたつもりだったが、思わず「うっ」と声が漏れてしまった。

 

「藍染那由他です」

「は?」

「藍染、那由他です」

 

 別に聞き取れなかった訳ではないのだが。

 

 名乗った、という事なのだろう。

 調子が狂う。

 

「朽木白哉だ」

 

 一応返しておいた。

 

「知っています」

 

 

 こ い つ !  

 

 

「ひぃぃぃいい、くっ、苦しっ、苦し、ひゃひゃっははひゃひゃひゃ!!」

「いい加減うるさいぞ四楓院夜一!?」

 

 収まりかけた顔の火照りがまた再燃し始める。

 

 

 なんなんだ、この無表情な女は!? 

 

 

 四楓院家の関係者か? 

『藍染』という苗字に聞き覚えは……五番隊の副隊長が確か藍染だったか。

 

「いやぁ、良いもんをみれたわい。那由他を連れてきた甲斐があったのぉ!」

「儂も良い物が見れた。やはり白哉の妻には」

「銀 嶺 殿 ?」

「う、むぅ……」

 

 化け猫が爺様を笑顔で威圧している。

 少し前に隊長になったばかりとは言え、奴は四楓院家現当主。

 爺様とはある種対等な関係だ。

 

 少し悔しい。

 

「ほれ、白哉坊。女子の柔肌はどうじゃった? ホレ、言うてみい」

 

 ニヤニヤとした顔が鬱陶しい事この上ない。

 

「儂の時よりもなんだか嬉しそうじゃったのぉ。儂は少し寂しいぞ、白哉坊。ついに色を覚えてしまったか?」

 

 こいつは一体何をしに来たんだ!? 

 

「っと、あまり揶揄っていても時間が勿体ないの。今日は、ほれ。そこにおる那由他を紹介しに来たのじゃ」

「藍染那由他です」

 

 何回名乗るんだ、この女は。

 

「どうやら大層白哉坊の事が気に入ったようじゃのお。これは()()()()()()が笑顔で朽木家に乗り込んでくるかもしれんぞー?」

「ふんっ! 死神だろうと返り討ちにしてやろう」

「なんじゃ、それほど那由他を嫁に欲しいのか?」

「ち、違っ!?」

「なんじゃー、何故そこまで強く否定しておるのじゃー? 怪しいのー?」

 

 時間が勿体ないんじゃなかったのか! 

 

「白哉は才があるものの、少し頭に血が上りやすい。常に泰然自若としている那由他殿に鍛錬に付き合ってもらおうと思っての。儂が呼んだ」

「爺様が……?」

 

 あの爺様がそういうのだ。

 恐らく、実力は高いのだろう。

 

 待て。

 

 ……『藍染那由他』? 

 

 

「あの霊圧ばかりが高くて扱いは下手と噂の藍染那由他か?」

 

 

 ギンッと音が鳴りそうなほど女の視線が強いものに変わった。

 迫力が凄い。

 思わず落ちてしまっていた木刀をすぐに拾い上げ構える。

 

 いや、させられた。

 

 それだけの気迫があった。

 

 こいつ、ただものじゃない。

 

 腐っても四楓院家の当主が連れてくるような奴だ。

 甘く見る訳にはいかない。

 

「ほうほう。一瞬で白哉に構えさせたか。流石じゃな」

「扱いが下手? 巷ではそんな評価になっておるのか?」

「そうらしい。儂も詳しくは知らんがな」

「かぁー。皆も見る目がないのお」

「下は知らぬが上は別よ」

「それはそうじゃろ」

 

 呑気に話している爺様たちに気を割く余裕がない。

 

 女の霊圧は確かにそこまで高くないが、練られ具合が尋常じゃなかった。

 霊圧にこのような扱い方があったのか。

 

 自然と頬に冷や汗が流れる。

 

 暴風のように周囲へ撒き散らすものではなく、まるで静かな湖面に放り投げられ体が沈んでいくような重たさ。

 手足の自由が利かず、対面しているだけで息が上がりそうだ。

 

「まあ、那由他の息抜きのようなものじゃ。白哉坊は遊んでもらうが良い」

 

 舐め腐って!? 

 

 私は手にグッと力を込めて瞬歩を使って藍染那由他に接近した。

 

 相手は木刀すら握っていない事に、この時の私は気付く余裕さえなかった。

 

 

「!?」

 

 

 視界から相手が消える。

 

 こちらの瞬歩よりも早く動いただと!? 

 ならば、後ろか! 

 

 素早く後ろへ一閃。

 しかし、空を切った。

 

 上だったか! 

 

 慌てて空を見上げるがそこにもいない。

 

 ならば、どこに……! 

 

 

 ポンと頭に手が置かれた。

 

 

「は?」

 

 我ながら間抜けな声だったと思う。

 

 

 何故ならば、()()()()藍染那由他がいたからだ。

 

 

 しかし、体は日々の鍛錬を裏切らなかった。

 頭で考えるよりも先に目の前の存在へ木刀を振りぬこうとする。

 

 それでも、

 

 

「”縛道の一・塞”」

 

 

「なぁっ!?」

 

 私は一瞬で体中を拘束された。

 速度、構成、効果範囲。どれもが今まで見たことがない完成度。

 

 これが……縛道の一? 

 体中の自由を奪われるようなものだったか? 

 

 六十三の”鎖条鎖縛”ではなく? 

 

 確かに目に見える形での拘束ではない。

 後ろ手に手首と足首を縛られているような感覚だ。

 

 だが、しかし、この強度は何だ。

 

 改めて目の前を見上げる。

 しかし、奴は俺の隣にいた。

 

 どういう、ことだ……? 

 

 

「訳が分からん、という顔じゃな」

「爺様」

 

 不敵に笑う爺様が縁側から降りてきて私の側へと寄る。

 

 

「今のは瞬歩で消えたのではない。“縛道の二十六・曲光”じゃ」

 

 

 爺様が子供へ言って聞かせるような、ゆっくりとした口調で話し始める。

 

「正確には疑似重唱の詠唱完全破棄、じゃがな。全く、とんでもない事をする」

 

 “疑似重唱”? 

 

 そんな私の疑問を読み取ったのか、爺様は話を続けた。

 

 

「同じ鬼道を同時に使用する事じゃ。本来は威力を高めるために分散しないのじゃが、今回は那由他殿自身を隠すためとお主に幻影を見せるための二つに使っておった。那由他殿は始めに“曲光”で自身を消すと同時に白哉の横へ移動。次に白哉の反撃を見越して“曲光”による幻影をお主の目の前に再現してみせた。つまり、お主はずっと誰もいないところへ向かって木刀を振っていたに過ぎん

 

 

 絶句した。

 

 なんだ、それは。

 

 

「さらに言えば、“塞”を防がれた時のために目くらましの“縛道の二十一・赤煙遁”と捕獲用に“縛道の九・崩輪”を。白哉坊が下がった場合には“縛道の三十七・吊り星”でもって釣り上げる。そこまで那由他は準備しておったぞ? 二十番台や三十番台を完全詠唱破棄で行使できる那由他じゃ。わざわざ“塞”を詠唱破棄という形で口に出したのも釣りじゃよ。まあ、結果からしてみればあまり意味はなかったかもしれんがの」

 

 

 全く、気が付けなかった。

 

 次期朽木家当主として修練に明け暮れていた私は、周囲からの期待に応えるための努力と、それに見合う成果を出してきた。

 

 しかし、

 

 

「気付いておるようじゃな。彼女が使ったのは全て中下位鬼道。

──お主が『既に習熟した』と、馬鹿にしておった位階の鬼道じゃ

 

 

 本当に、言葉が出てこなかった。

 

 藍染那由他は一体どれだけの策を張り巡らせていたと言うのだ。

 

 疑似重唱と多重詠唱を別々に使っていたとでも言うのか? 

 

 なんなのだ、その練度は……。

 

「これで分かったか、白哉よ。お主はまだ驕るには足りん」

「……はい」

 

 私には、頷く事しか出来なかった。 

 

「那由他殿は霊圧を万全に使用する事は出来ん。つまり、鬼道そのものにそこまでの霊圧は籠っておらん。だからこそ儂らも見抜けた。しかし、それ即ち相手が劣っていると、果たして言えるかのお?」

「……言え、ません」

 

 いつの間にか庭の砂利の上で私は正座していた。

 

 確かに、私は驕っていたのだろう。

 爺様や父様に届くとは思っていなかったが、そこらの死神に負けるとも思っていなかった。

 

 その上、私が軽視していた下位の鬼道でもって完封された。

 まだ手を残していたにも関わらずだ。

 

 

 これが──藍染那由他。

 

 

 他人の評判に踊らされ、調子に乗っていた私に発破をかけるために爺様が呼んだのだろう。

 出会った瞬間とは対照的に、私は冷や水を頭から被せられた気分だった。

 

 

「私が手解きしましょう」

 

 

「え?」

「白哉殿なら、すぐに私など越せるでしょう」

「それは願ってもないが……那由他殿も随分と忙しいのではないか?」

「いえ、それほどでも」

「嘘をつくでない! いい加減お主は休暇というものを知れ!」

「休暇は貰っています」

「鍛錬しておったり他所の隊舎で仕事の手伝いをする事を休暇とは呼ばん!」

 

 唖然と目の前の様子を眺めていたら、藍染那由他から困ったような雰囲気が出ていた。

 表情は変わっていない。無表情のままだ。

 

 つまり、彼女は不器用なのだろう。

 

 何事にも真っ直ぐに、努力を惜しまず、己の欠点を理解しながら、それでも前へと進める人なのだろう。

 

 

 ──トクンと鼓動が跳ねる。

 

 

 驚いて思わず自身の胸に手を当ててしまった。

 更に慌てて姿勢を正し前を向くと、

 

「白哉坊よぉ~、那由他は止めておいた方がよいぞ~? 優し~いお兄様がおるからのう?」

 

 ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべた化け猫がこちらを向いていた。

 

 四楓院夜一のこの嗅覚は何なのだ!? 

 

「ぐっ!? つ、次は負けない!」

 

 私はそれだけ言ってその場を瞬歩で離れる。

 耳まで赤くなっているのが自分でも分かった。

 

 違う、これは、緊張だ! 

 

 藍染那由他の実力は認める。

 だが私の──とにかく認めん! 

 

 

「こりゃ春は近いかのぉ」

「銀嶺殿、十番隊の噂を知らんのか?」

「なんじゃ?」

「いや、なんじゃ……悪い事は言わん、止めておいた方が良いぞ」

 

 

 

 そんな会話を背後に聞きつつ、私はとにかく駆けた。

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 はあぁ……白哉きゅんカッコ可愛かった……。

 

 俺のあるかどうかも分からない乙女心がキュンときた。

 乙メン心だろうか。

 

 原作開始時点の冷徹な白哉もクールで良いが、やはり反発心の強い頃の白哉くんは良い。とても良い。ちゅき。

 

 

 まあ、一番はチャン一とルキアだけどな! 

 

 

 出会い頭にいきなり抱き着いたのは不味かった。

 我慢できなかったんだよね。

 

 後に冬獅郎きゅんに会った時も注意しなければ。

 君は桃ちゃんと一緒に曇っててくれればそれで良い。

 俺のファン心を抑える修練をしなければ。

 

 より不愛想になりそうで怖い。

 

 苺とルキアに会った時とか怖いなー。大丈夫かなー。

 奇行に走らないようにしとかないと。

 

 

 でも、いきなり殴ってくる事ないんじゃない? 

 

 ついいつもの癖で反応しちゃったじゃないか。

 これは銀嶺隊長たちのせいだ。俺は悪くない! 

 

 ただ、白哉から「霊圧高いだけのグズ」呼ばわりされたんは非常に悲しかった。

 

 いや、その通りなんだけどね……。

 

 思わず涙が出そうになるのを堪えたら、メッチャ敵意向けてくるやん? 

 

 涙に気付かれないように曲光と予備で赤煙遁を瞬時に張った俺は偉い。

 突っ込んできた白哉くんをどうすれば良いか分からなかったから、その後は危なくないように大人しくさせたんだけど。

 

 流石に隊長格としょっちゅう鍛錬してれば、この時期の白哉くんなど敵ではないさ。

 

 原作開始時期なら確実に負けてた。

 だから心配しないでも良いよ? 

 

 むしろ、俺が白哉くんのご尊顔を眺めたかったから「訓練手伝いますよ!」って言ったら何故か夜一さんに呆れながら説教された。

 

 

 海燕さんしかり、なんだか最近説教ばかり受けている気がするぅ……。

 

 

 

 

 そんなこんなで、時間がある時には朽木家へ行って白哉くんと遊んでいた。

 

 彼はすぐにムキになったり動きがまだ単調だからか、とりあえず俺は負けてない。

 でもきっとすぐに追い越されるだろう。

 

 だって原作だと隊長だよ? 

 

 勝てる訳ねー。

 

 

 なんて呑気な日常を送っていたら、

 

 

 

 

「今日、山本総隊長からの招集があった」

 

 いつものヨン様劇場が始まった。

 

 今は夜中。皆が寝静まり、人の動きが極端に少なくなった時間。

 浦原さんが作ったとかいう霊圧遮断コートを拝借して使っているが、細かい事はどうでも良い。

 

 

「案件は 『魂魄消失事件』 について。これに対して、六車拳西を含む九番隊の精鋭が調査に当たる事になった。明日の朝一で彼らは尸魂界を立ち流魂街へ向かう」

 

 

 わーお。

 

「ちょうど良い機会だ。この際、隊長格を使った虚化の実験を行おう」

 

 もう、さも「丁度良い」っていう風に言ってるけど、全部ヨン様の掌の上なんでしょう?

 

 さあ、始まるザマスヨ!

 

「要は六車拳西と共に調査に同行。ギンは私と一緒に実験の準備をしようか」

 

 行くでガンス! 

 

 ……あれ、俺は? 

 

「九番隊の虚化が起これば彼らの霊圧反応を観測できなくなる。総隊長はすぐに他の隊長格をこの調査へ投入するはずだ。隊長格が消えるなど護廷十三隊にとって異常事態、実力があり古参の朽木銀嶺、京楽春水、浮竹十四郎は尸魂界の守護につき動かないだろう。救護担当である卯ノ花烈と隠密機動を配下に持つ四楓院夜一も同じだ。そして浦原喜助は隊長になったばかり、他のある程度は経験を持つ隊長格数人が向かってくるだろう」

 

 フンガァァー!

 

 スラスラと出てくるヨン様の推測に少しテンションが上がってきた。

 

 合ってるよ。合ってるよ、ヨン様! 

 流石ヨン様お兄様ぁ! 

 

 

 

「そこで――那由他には九番隊が消滅した後の救援隊に混ざって欲しい」

 

 

 

 え? 

 

 ……どうやって? 

 

 だって、隊長格しか入れないんでしょ? 

 俺じゃ無理じゃね? 

 

 

 

「きっと、浦原喜助が動くはずさ。那由他は彼と行動を共にすれば良い。

 

──私が何も言わずとも分かっているだろうがね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワッカンネッェェェェェェ!!???

 

 

 

 

 

 

 

 え、マジでどうしよ!? 

 

 とりあえず浦原さんについていくのは良いけど、マジでその後どうすんの!? 

 

 

 

 

 

 

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 不愛想さんの仕事に殺意を覚えた瞬間だった。

 

 




ヨ「楽しみにしているよ」(ニコニコ
ギ「何してくれはるやろ」(ワクワク
カ「きっと凄いに違いない」(キラキラ

ナ「  」(チーン


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虚化…だと…!?

!Caution!
今回はオリジナル鬼道が登場します。苦手な方はご注意下さい。



 

 次の日の朝。

 日中は特にやる事のなかった俺は、適当に流魂街へと散歩に出ていた。

 

 最近は何かしようとしても誰かに止められるのだ。

 もっと斬拳走鬼させてよぉ……。

 

 本日は前から申請していた休日。

 

 と言っても、ヨン様から『この日は休暇申請をしておくと良い』なんて言われていたからだけど。

 

 日程がドンピシャ過ぎて引く。

 マジであの人の頭ん中どうなってんだよ……。

 

『魂魄消失事件』の調査は九番隊。

 だから、俺はぶっちゃけどこでどのような調査を行うかは分かっていない。

 

 確か朝一では先遣隊が出て、その後に拳西さんとかが出張るらしいけど。

 

 まあ、俺の出番は浦原さんが飛び出してからっぽいので、それまではのんびりとしていよう。

 

 何を求められているのか全く分からない俺は思考放棄をしてその辺をブラブラとしていた。

 そして「そろそろお昼かー」なんて考えていた時だった。

 

 

 

 

 

「う、うわあああああぁぁぁぁぁ!!??」

 

 

 

 

 どこかから少年たちの悲鳴が聞こえてきた。

 

 驚いて霊圧探知をしてみると、割と近くに虚の気配を感じる。

 恐らく巨大虚。

 

 席官レベルでないと対応できない。

 

 今までは崩玉(仮)を使って流魂街の人々を吸引していたが、流石にこの状態を見過ごす事は死神として許されないだろう。

 霊圧遮断コートも持ってきてないし「気付きませんでした」は通用しない。

 

 俺、一応は五番隊の第八席だしね。

 

 

 すぐさま瞬歩を使い、声の元凶へと急ぐ。

 どうやら襲われているのは霊力持ちの子供のようだ。

 

 霊力持ちと言っても、所詮は流魂街で暮らしているただの子供。

 虚に会ったら何も出来ずに喰われるだろう。

 

 

 ──少し急ぐか。

 

 

 懐から小さな麻袋を取り出す。

 

 中には曳舟さん特製の義魂丸が入っているものだ。

 曳舟さんの神髄を込めた義魂丸らしいので、浦原さんやお兄様も頑張ってくれてはいるが、未だに複製には至っていない。

 補充のない弾丸のようなものである。

 

 一応、似たようなものは浦原さんが作ってくれたが、性能としては曳舟さん製には劣っていた。

 というよりも改造魂魄に近い。つか改造魂魄。

 

 俺がきっかけで作られるとは思ってなかったわ。

 

 この浦原製義魂丸は曳舟さんが”重度の副作用”と危惧していた意識の分裂が極端に起こる。

 曳舟さんのは”コンピュータ”みたいな感じだが、浦原さんのは”もう一人のボク”状態だ。

 

 そのため、まだ実用段階ではないらしい。

 

 

 そして、今は俺一人。

 

 ただでさえ決定力のない俺だ。

 あまり時間をかけると襲われている子を危険に晒してしまう。

 

 何気に初めて使う曳舟さん製義魂丸に緊張しながらも、俺は一粒、それを飲んだ。

 

 

 

 瞬間、体の中でもう一つの自我が産まれた。

 

 

 

 主張はしてこない。

 しかし、自分とは別の自分の意識という、なんとも形容し難い存在。

 

 本来は魂を肉体から強制的に抜き取るものなのだ。

 俺の魂魄に疑似魂魄をぶち込んで、無理矢理に共存させているようなもの。

 

 けれど、思ったよりも気持ち悪くはない。

 流石っす、曳舟さん。

 

 

 これなら、()()()()()()()ならいける。

 

 

 瞬歩に込める霊圧を上げる。

 問題は……ないな、よし。

 

 そして、当社比で3倍ほどになったスピードに乗って駆け付けた現場は、既に何人かの犠牲が生まれていた。

 

 

「Uroooooooo!!」

 

 

 不気味な雄たけびを上げる虚。

 四足歩行型で背中から触手のようなものが出ているタイプだ。キモイ。

 

 チラリと見た触手の先には一人の少年が絡めとられていた。

 まずは助けるか。

 

 一閃。

 

 今までにない霊圧で持って切りつけた斬魄刀は、虚の触手をいとも容易く断ち切った。

 

「うわぁぁあ!」

 

 重力に従って落下していく少年を空中でキャッチ。

 ちょっと俺の胸で苦しいかもしれんが我慢してくれよ。

 

 目を白黒としている少年を確認する。

 怪我はないようだ。

 

 後方に目を向けると、驚いたような数人の少年たちもいた。

 

 さっさと巨大虚(こいつ)を片付けましょうかね。

 

 正直、霊圧の上限が上がって気持ち良い。

 霊圧開放を出来るって素晴らしいわ。

 

 まだ全力は無理だけど。

 

 折角だから上位鬼道とか試してみたいが、これは訓練じゃない。実戦だ。

 あまり遊ぶわけにもいかない。

 

 

なら──慣れている下位鬼道でもって蹂躙してしんぜよう。

 

 

 思いついてはいて、簡単な事なら試したものがある。

 

 その時は霊圧が足りなさすぎて大した威力じゃなかったが、今なら本来の威力で出せるだろう。

 

 斬魄刀を虚に向ける。

 かっこつけだ。ぶっちゃけ意味はない。俺のテンションを上げるという意味はあるが。

 

 

「破道の四・白雷、”疑似重唱”──」

 

 

 俺の背後の空間が揺らぐ。

 

 

 

「 “ 百雷(びゃくらい) ” 」

 

 

 

 俺の周囲から百門の破壊光線が迸った。

 

 ただの英雄王のゲート・オブ・バ〇ロンのリスペクトである。

 

 ただし、俺の構成密度と霊圧を甘く見るなよ? 

 

 術の起点を指先じゃなくて空間に固定するってかなり大変なんだぞ? 

 めっちゃ頑張った。頑張りどころが違う気もするが、まあ細かい事は気にするな! 

 オサレは何よりも優先されるのだ。

 

 

 もんの凄い音と破壊の嵐が吹き荒れた。

 

 

 自分でも引く。

 

 え、こんな威力出る? 

 一応、元は破道の四なんだけど……。

 

 周囲の木々はなぎ倒され、地面にはぽっかりと大きなクレーターが出来ていた。

 

 モチのロン、虚は跡形も無く消し飛んでいる。

 

 断末魔の悲鳴すら許さなかった。

 

 

 お、おう……ちょっと予想外。

 

 

 二次災害みたいなの起きないよね? 

 周囲の人たちに被害出てない? 

 

 後ろを振り返ってみると、爆風で吹き飛んだ少年たちが転がって目を回していた。

 

 マジでゴメン……。

 

 

 とりあえず、地面に降りて抱えていた少年を自由にしてあげた。

 

 なんか物凄いキラキラとした目を向けてくる。

 

 ふっ、君も俺に憧れてしまったかい? 

 

 まあ、自分で言うのは何だが、今のは俺でもかっこよかったと思う。

 オサレかどうかは別問題だ。

 そもそも、俺はOSR値に詳しくない。概念は知っているが。

 

「怪我は」

「だ、大丈夫です!」

 

 思ったよりも元気そうである。

 まあ、良かった良かった。

 

 そういえば、義魂丸の効果ってどれくらい続くのだろうか? 

 

 なんて考えていたら疑似魂魄の気配が消えかかっていた。

 

 アブねっ! 

 霊圧抑えて抑えて……よし。

 

 しかし、この少年は俺の霊圧を近くで受けても平気、とまではいかないが大丈夫そうである。

 

 将来有望そうだ。

 

 

 ──将来有望? 

 

 

 そういえば、どこかで見たことあるような顔つきをしている。

 

「名は」

「あ、はい! ()()()()()って言います!」

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

やっちまったぁぁぁぁ!? 

 

 

 

 

 

 ヤベェ、拳西さんじゃなくて俺が助けちまった! 

 

 どうしよう、これじゃ69に憧れを持てなくなってしまう! 

 

 ええと、ええと……。

 

 

 

「私は69が好きです」

 

 

「は?」

 

 

69(シックスナイン)が、一番好きです

 

 

 自分でも何言ってんだと思うよ? 

 

 でも、69は69の入れ墨がなきゃ69じゃないだろぉ!? 

 

 もう無理矢理にでも『69』を意識に刻み込ませなあかんねん! 

 

 

 ──100年後くらいに気付いたが、彼がむっつりスケベになったのは俺のせいかもしれない。

 

 

「なんだ、こりゃぁ……」

 

 俺が檜佐木少年に対し必死こいて69、69と繰り返していたら、誰かが焦ったように飛んできた。

 

 あ、拳西さんだ。

 

「那由他じゃねぇか。こりゃ一体どういう事だよ」

 

 修平くんがいるんなら調査地もここら辺だよねぇ……。

 どうしたもんかね。

 

 お兄様の計画に支障をきたしたら不味い。俺が殺される。

 

「虚討伐を」

「お前、今日は休みって言ってなかったか?」

「はい」

「なんつーか、ほんと相変わらずの馬鹿だな、お前」

 

 何で唐突に馬鹿にされてんのぉ!? 

 

 いや、確かにバカみたいな出力で鬼道ブッパしちゃったけど。

 

 自然破壊と引き換えの人命救助だよ! 

 護廷十三隊っぽいだろ! 

 

 要っちの視線、目は見えてないだろうけど、が痛い。めっちゃ見てくるぅ……。

 

「まあ良い。で? そのガキが襲われてたのか? 俺らも虚の気配に感づいてこっちまで来たんだが……出遅れたようだな」

 

 興味深そうに周囲の様子と霊圧を探っている拳西さん。

 なんか面白そうな顔してんなぁ。

 

 

「それで、なんで那由他ちゃんは『69』を連呼してたの?」

 

 

 白ちゃぁぁぁあああん!? 

 

 

「ん? 『69』?」

「拳西のお腹に書いてあるやつ?」

「ばっか、お前。これは『69』じゃねえ! 『陰陽』だ!」

 

 

 エッ!? 

 

 

「そうだったの?」

「あったりめぇだろ。なんで69とか意味分かんねぇもんを書いてんだよ」

 

 そういうもんだとばっかり。

 だって師匠が決めた事なんだもん。

 

「そもそも、『陰陽』って何?」

「現世で知ったんだが、陰陽師とか言う鬼道っぽいのを使う連中が大事にしてた考え方だ。なんかカッコイイだろ?」

 

 それなら、6か9の穴の部分を黒く塗りつぶしてよ。

 にわか感が半端ない。

 

「そうなんだー。拳西のお腹を見る度にリサちゃん『厭らしいやっちゃな』って言ってたけど、なんで厭らしいの?」

「別に厭らしくねぇけど!?」

 

 なんかわちゃわちゃしてきた。

 そうだ、ここは修平くんを理由にここから離れよう。

 

「この子を安全な場所まで送ります」

「そうか? 悪ぃな」

「いえ」

 

「那由他!」

 

「はい」

「帰ったら、ちょっくら稽古しようぜ?」

 

 うわぁ、悪そうな顔していらっしゃいます。

 

 だけれども、それは叶わないのですよ。残念ながら。

 

 悲しいなー。

 

 ペコリとお辞儀だけして、その場を俺は瞬歩で離れた。

 

 

 修平くんはキチンと安全なところへ運んだ後にバイバイしたのだが、

 

 

「あの、名前は!?」

「……藍染那由他です」

 

「那由他さん! 俺、那由他さんみたいな死神になってみせます!」

 

 

 

 だから違うだろぉぉぉ……! 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 眠れないです。

 

 

 今日、『魂魄消失事件』の調査へ向かった六車サンと久南サンの霊圧反応が消失しました。

 

 

 明らかな異常事態ッス。

 

 総隊長は早急に後発隊を立ち上げ派遣しました。

 

 ボクも参加しようとしましたが、総隊長に一蹴。

 ひよ里サンを先走って現場へ向かわせてしまったのは悔やんでも悔やみきれません。

 

『彼女は強いよ、ウチのリサちゃんほどじゃないけどね』

 

 京楽サンの仰っているように、ボクはひよ里サンの帰りを信じて待つのが正しいんでしょうね。

 

 でも、

 

 

 

 

「喜助殿」

 

 

「鉄斎サン……止める気ですか?」

 

 

「いえ、共に四楓院家で一時期お世話になった身。貴方を一人では行かせませんぞ。そして──」

 

 

「な、那由他サン!?」

「私も止めたのですが、どうやら相当に意思は固いようです」

「しかしっ!」

 

 彼女は強いッス。

 それは知っています。

 

 しかし、今回の『魂魄消失事件』。これは恐らくボクがずっと研究していた虚化の弊害です。

 

 

 つまり、誰かが虚化の研究をしているという事。

 

 

 そして、その”誰か”で思い当たるのはと言えば──。

 

 そんな場所に那由他サンを連れていける訳がありません。

 

 もしボクの予想が当たっていたら、那由他サンには相当なショックを与える事になるでしょう。

 ボクが那由他サンの改善を目指して行っている研究ですら、彼女は心を痛めているのです。

 

「駄目ッス」

「勝手についていきます」

「だから……!」

 

「ここで霊圧を開放しても良いですよ」

 

「「!?」」

 

 そんな事をしたら那由他サンの体が保ちません。

 それくらい那由他サンだって分かっています。

 

「それだけの、覚悟って事ッスか」

 

 那由他サンも、今回の事件の首謀者が誰か気が付いたって事でしょうか。

 ならば、彼女が家族として止めたいと思うのも当然の事。

 

「……分かりました。でも、無理だけはしないで下さい。約束です」

「はい」

 

 あまり当てになりませんが、言わないよりかはマシでしょう。

 

 

 こうして、三人で森を駆け抜けた先にいたのは、

 

 

 

「おや、もう来たのか。浦原喜助」

 

 

 

 予想通りの人物でした。

 

「あんまり当たって欲しくなかったんスけどねぇ」

 

 緩い言葉を吐きながらも、体の隅々にまで神経を行き渡らせる。

 何通りかはありますが、どのような手段で虚化へ誘導するか気が抜けません。

 

 周囲を見渡します。

 

 三番隊隊長・鳳橋桜十郎。

 七番隊隊長・愛川羅武。

 九番隊隊長・六車拳西。

 

 八番隊副隊長・矢胴丸リサ。

 九番隊副隊長・久南白。

 鬼道衆副鬼道長・有昭田鉢玄。

 

 そして、十二番隊副隊長・猿柿ひよ里。

 

 五番隊隊長の平子サンはまだ辛うじて意識はあるようですが、どこまで保つのやら……。

 

 惨憺たる有様ッスね。

 笑えないッス。

 

 予想していた中でも最悪の現状でした。

 

 

 被害者も……加害者『藍染惣右介』も。

 

 

「……こんな事して那由他サンが喜ぶとでも思ってるんスか?」

 

 言ってから失言だったと気付きます。

 

 慌てて那由他サンを横目に見ますが、彼女の顔はいつも以上に強張っていました。

 霊圧の揺らぎも強い。

 

 やっぱり連れてくるべきではなかったッス……! 

 

 

 

「破道の八十八・飛竜撃賊震天雷砲!!」

 

 

 

「縛道の八十一・断空」

 

 

 

 鉄斎サンが上位鬼道を放ち、すぐさま藍染サンが縛道でもって迎え撃つ。

 

 大鬼道長の上位鬼道を詠唱破棄した断空で防ぐッスか! 

 

「ば、馬鹿な!? 私の飛竜撃賊震天雷砲を詠唱破棄で防ぐなど……!?」

 

 これは藍染サンが実力を隠していたって事でしょうね。

 予想はしてたッス。

 

 那由他サンの実力を鑑みるに、藍染サンの実力も恐らく高いだろう、と。

 それに、わざわざ藍染サンがこの場にいるという意味はもうボクたちには隠す必要がない、という事ですかね。

 

 つまり、このままではボクも消される! 

 

 斬魄刀を開放しようと柄に手をかけた時でした。

 

 藍染サンの行動の方が早かったのです。

 

 

 

「ぐぅっ!?」

 

 

 

 慌てて声の方へ振り向くと、

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガァァァァァアアアアアアアアアア!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 那由他サンの顔面に、虚の仮面が浮かんでいました。

 

 

 

 

 

 

「藍染サンっ!!!」

 

 

 

 

 

 この人は、本当に手段を選ばなくなってしまったんスね!! 

 

 普段は感情の起伏が少ないあの那由他サンが、ここまで苦しそうな声を上げている姿など初めてみました。

 

 いえ、今はそんな呑気な事を言っている場合じゃありません。

 

 どうするべきか。

 

 

 

 救ってみせます。

 

 必ず!! 

 

 

 

 

「君は勘違いしているようだね、浦原喜助」

 

「何ですって?」

 

 耳朶にスルリと入ってきた藍染サンの言葉に思わず反応してしまう。

 

「那由他は既に死神などという枠に囚われる範疇を超えている。にもかかわらず、未だ魂魄という存在によって制限されているのだ。……愚かだとは思わないかね?」

 

「自分の妹を”愚か”なんて言うんスか? 普段からは考えられない言葉ッスね」

 

「それこそ愚かな思考だよ、浦原喜助。私はその枠に当てはめようとする君たちを指して愚かと言ったんだ」

 

 

「ぐっゥゥウウゥゥッゥゥウアアアアア!!」

 

「喜助殿!」

 

 

 これ以上は那由他サンの魂魄が保たない! 

 

 藍染サンから注意を逸らせない今、どのような手を打てば皆を……! 

 

 

 

「これより禁術を行使します!」

 

「鉄斎さん!?」

 

「”時間停止”と”空間転移”です! この場で見た事はお忘れくださいますよう!」

 

 

 

 場が二転三転しています。

 

 しかし、まずは虚化を施された皆さんの安全を確保するべきッスね。

 

 

 

 

 

 そんな時。

 

 

 

 

 

 

 那由他サンが一つの義魂丸を口へ入れました。

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、彼女の霊圧が膨大に上がります。

 

 普段の凪いだ静かな湖面を思わせる美しい霊圧は見る影もなく、荒々しい暴風が物理的な圧力となって周囲へと吹き荒れました。

 

 

 

 

「な、何を!?」

 

 

 ──するつもりですか。

 

 そう問いかける前に、

 

 

 

 

 

 

 

「彼方を駆けよ──『天輪』」

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の口から、聞いたことのない()()()()()()が紡がれたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

「流石だよ、那由他」

 

 

 

 背筋を駆けのぼる、薄ら寒い声が聞こえました。

 




ちょっと長くなりそうなんで分割します。
本日の夜には続きを投稿できる、と思います、多分、恐らく…。なので、しばしお待ちを。


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謀略…だと…!?

 

 す、すんげー苦しかった……。

 

 何アレ? 

 あれが体が弾け飛びそうになる感覚? 

 

 ビビッたぁ……。

 

 なんてゼーハー言っていると気が付く。

 

 

 ここどこ? 

 

 

 武家屋敷を思わせる質素な趣き漂う館。

 広い広間のような場所で四つん這いになっていた俺は思わず周囲を見回してしまう。

 

 

『お待ちしておりました』

 

 

 突然声が俺にかかる。

 

 ギョッとして前へ顔を向けると、そこには超絶イケメンが正座していた。

 

 え、誰? 

 

 

『今まで姿をお見せできず申し訳ありませんでした。しかし、それも貴方様を想えばこそ』

 

 

 恭しい態度で三つ指をついて頭を下げるイケメン。

 

 いや、誰だよ。

 

 なんとなく一護に似てる、てか『黒崎一護』そっくりやん。

 

 え、マジで? 

 

 

『私は貴方様の半身。魂魄の現身。さすれば、貴方様の()()()()()が私の容姿に反映されているのでしょう』

 

 

 そんな事あるんだ……。

 イメージとしては斬魄刀そのものに具現化した際の”体”が備わっているものだとばかり思っていた。

 

 ってか、俺どんだけ苺の事好きやねん。

 

 それならルキアでもよくない? 

 どちらかと言うと美少女の方が……あ、ウソですよ! だからそんな悲しそうな顔しないで! 

 

 

 あ、やっぱして? (ゲス顔

 

 

『分かってはいましたが……。ともかく、今は話を進めましょう』

 

 なんか丁寧な言葉で話す苺とか違和感が凄いんじゃが。

 

『もう一人、紹介しておかなければならない者がいます』

『オレだよー! オレオレ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……えっ!? 

 

 

 

 

 

 

 

 君は、”もう一人のボク”!? 

 

 

 うっわ、俺と外見そっくり! 

 てかまんまか。

 

 ほーん。

 俺って傍から見ればこんな感じなのか。めっちゃ美人じゃん。

 

 でも顔はにこやかな笑顔だ。より美人度が増していると言っても過言ではない。

 むしろ海燕さんみたいな気さくな雰囲気が全面に出ており、勝気な吊り目や不適に笑っている口元、流れるように伸びた煌びやかな茶髪、出るとこは出てる高身長な俺の華やかさをより良い意味で引き立てている。

 

 何それ羨ましい。

 

 

『お前、義魂丸飲んだだろ? オレがその疑似魂魄』

 

 

 マジでっ!? 

 

 これが曳舟さんから見た俺だとでも言うのか! 

 ありがてぇ! 

 

 あれ? 

 でも曳舟製薬印の義魂丸って自我が極力抑えられてたはず。

 

『ああ、それな。虚化で魂魄がしっちゃかめっちゃかになった時に、なんかオレも取り込まれちまった。んで、お前の魂魄の影響受けて本来のお前の性格が再構成されたっぽい。てへっ』

 

 くそぅ、俺の顔でそんな愛嬌のある仕草と言葉が吐けるなんて……! 

 

『まぁまぁ。俺は別に他人から見える訳でもないしな。ここ、お前の精神世界やし』

 

 あ、そっか。

 なんとか俺のプライドは保たれた。

 

 何十年も女で暮らしてたら、それなりに見た目は気にするようになる。

 

 

 あ、そっか。ここ精神世界か。

 

 

 今更ながらに俺は現状を理解する。

 

 って事は苺似のイケメンは、俺の斬魄刀か! 

 

 理解おっせぇな、俺! 

 

『その通りです』

 

 理解が遅い事に頷かれた訳ではないだろう。きっとそうだ。そうだよな? 

 微笑むような優しい笑顔に免じて言及はすまい。

 

 ヨン様とは違った純度100%の善意を感じる。

 

 なんか涙出そう……。

 

 

『ここからが本題ですが、”彼”は現状、貴方様の魂魄と交じり合った状態です』

 

 なんか真面目な話になりそうだったので、俺も黙って正座をし姿勢を正す。

 

『つまり、虚化とオレの影響でお前の魂魄強度はかなり上がった。本気はまだ無理だろうけど……まあ、40%くらいなら今すぐでもいけんじゃね?』

 

 マジでぇ! 

 超嬉しいんですけど! 

 

 

 って、そうだよ虚化だよ!? 

 

 

 俺、ついにヨン様に切り捨てられちゃうんじゃないですか!? 

 

 うわーん、やっぱり何か失敗したんだぁ……。

 

『それは早計です。あの人は嬉しそうな表情をしていました』

『あれは何か実験が上手くいった時の顔ですな』

 

 つまり? 

 

『お前で何かの実験でもしてたんじゃね?』

 

 やっぱり手駒の一つじゃったか……。

 

『でだ。ヨン様に認めてもらうためには、やっぱり強さを見せとくのが一番だろ?』

 

 せやな。

 

 

『そこで、魂魄強度も上がった貴方様のため、ようやく私の”名”を教える事が出来るのです』

 

 

 お? 

 

 おぉ。

 

 おぉっ!? 

 

 てことはだ! 

 

『遂にオレの始解が火を噴くZE☆』

 

 いや、俺のだろ。

 

『こまけぇ事はいいんだよ。あ、あとそうだ』

 

 ん? 

 

『虚の力を手に入れたんだ。しかも魂の混ざったオレがいる。ただ、しばらくは霊圧の開放は出来るだけ控えといてな。馴染んでねーし。

 それと、当分は無理だろうが鍛錬して”破面の力”を使いこなしてみせろ。

 

 

帰刃(レスレクシオン)でオレを呼び出せるぜ? 

 

 

 

 マジでぇぇぇぇぇぇ!!?? 

 

 

 

『多分』

 

 急に不安にさせないでよ……。

 

『貴方様の斬魄刀は私なのでお忘れなく』

 

 こんなイケメン忘れる訳がない。

 

『では、私の名を教えましょう。この場は彼と共に貴方様の魂魄を全力で支えます。しかし、長くは保ちません』

 

 

 ん? そういえば俺ってばどうして精神世界になんか来たんだっけ? 

 

 

『外の戦いは続いてっからねぇ。まあ、始解でなんとかヨン様を納得させてどうぞ』

 

 

 

 

 

 忘 ☆ れ ☆ て ☆ た ! 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

「彼方を駆けろ──『天輪』」

 

 

 厳かとも言うべき清廉な言葉が木霊した。

 

 私の堪え切れぬ衝動は口をついて出てしまう。

 

「流石だよ、那由他」

 

「!? 藍染サン! あの子を誰よりも救おうとしていたのはアナタだったはずです!」

 

 浦原喜助が吼える。

 普段の飄々とした様子すら見せないという事は、それ相応に焦っているという事だろう。

 

 やはり、奴は未来への想像力が足りない。

 私が認めるほどの優秀な頭脳を持っているのだが、情けない事だ。

 

 

「傲りが過ぎるぞ浦原喜助。最初から誰もあの子を救う事など出来ない。君も、僕も、神さえも」

 

 

「な、何を言って」

 

「彼女は救われるのではない──我々を救うのだよ。その慈悲深き”眼”によって、全ての人物を裁いてね」

 

「……結果もメチャクチャですけど過程を説明できないのは研究者として失格ですよ?」

 

「理解できないという事は、所詮君はその程度だという事だよ」

 

 隊長格で虚化の実験を行い、浦原喜助と共に現れた那由他にも虚化を施す。

 そうすれば、浦原喜助は他の者たちと同様に那由他の事も救おうとするだろう。

 

 つまり、崩玉を使うはず。

 

 私をして厳重と言わざるを得ない管理をしている崩玉だ。

 浦原喜助自身に使わせないといけない。

 

 そして、那由他の霊圧であれば崩玉による回復で他の者たちよりも早く順応し意識を取り戻すだろう。

 

 

 そこで那由他が浦原喜助を襲えば良い。

 

 

 中央四十六室には既に根を回している。

 

 浦原喜助が審問にかけられた際には「藍染那由他は浦原喜助の悪逆非道な事件による被害にあったが、強い意思によって心を取り戻し果敢にも立ち向かった」と判断される。

 ここで崩玉が手に入れば良いが、浦原喜助の事だ。恐らく無理だろう。

 浦原喜助が拘束されたと知れば四楓院夜一も動くだろう。

 

 それでも、逃げるとしたら現世しかない。

 

 尸魂界内の穿界門は全て護廷十三隊が管理している事から考えると、流魂街からの脱出。

 恐らく、四楓院夜一と親交の深い門番・兕丹坊、すなわち白道門から脱出するはず。

 

 隊長格の私、三席のギンや調査隊に同行していた要はすぐに動くわけにもいかない。

 

 しかし、那由他ならば──。

 

 そんな期待をこめて好きにさせてみたが、まさかこの場で崩玉を使わずに虚化を制御してみせるとは! 

 

 

 ──君は私の想像を超えたよ、那由他。

 

 

 それはもはや創造だ。

 新たな価値を創造している。

 

 

 ──さあ、次はどうするんだい、那由他? 

 

 

 荒波が如く渦巻く霊圧が段々と収束していく。

 いや、これは収斂(しゅうれん)といった方が良いだろう。

 

 練り上げられ、形を小さく変え、周囲への影響を極力少なくしていく。

 

 嵐の前の静けさ、といったところかな。

 

 虚の仮面は右側の目のみを覆っている。範囲がかなり小さい。

 これは虚化がまだ進みきっていないのか、それとも彼女が完全に制御しているからこそ外見が殆ど変わらないのか。

 

 興味深い。

 

「浦、原さん……離、れて」

「那由他サン!」

 

 浦原喜助に忠告……。

 

 ふむ。

 どうやら那由他は浦原喜助を逃がすらしい。

 

 この場合はどういった事が想定されるだろうか。

 

 大鬼道長の握菱鉄裁がいるのだ。

 先ほど使おうとしていた”空間転移”と”時間停止”を用いれば問題なく十二番隊舎、すなわち崩玉の元まで飛ぶだろう。

 

 それと、那由他の力を確認する事もできる。

 

 虚の力をあまり公には……いや、浦原喜助の実験によって不幸にも身に着けてしまったとすれば良い。

 

 総隊長を始めとした皆は那由他の才能を欲している。

 例え虚の力だとしても那由他が完全に制御できているのならば切り捨てるとは考え難い。

 

 むしろ、那由他の魂魄の問題がある程度は解消されるのだ。

 浦原喜助を裏切り者として断罪するだろうが、その点についてのみは感謝すらするだろう。

 

 それならば、わざわざ浦原喜助についていく必要性は薄い。

 

 中央四十六室の決定に逆らう者が現時点でいるとも考えられない。

 崩玉は浦原喜助が脱出する時にでも改めて那由他が向かえば良いだろう。

 

 

 なるほど。

 

 

 つまり、君は私に己がどれだけの力を付けたか見せてくれるためだけにここに残ると言うのだね。

 

 

 構わないとも。

 

 計画に支障はない。

 そもそも崩玉も現世へいったところで消えるわけでないのだ。

 後100年くらいはゆっくり寝かせて問題ない。

 

 いずれ浦原喜助を表へ引き出すだけだ。

 

 元はそのように考えていたのだから、なおさら問題などない。

 

 

「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ」

 

 

 那由他の口から詠唱が漏れる。

 

 三十番台の破道? 

 

 彼女なら詠唱完全破棄でも容易く行使できる位階だ。

 虚の力を手に入れた今となっては上位の鬼道すら片手間に出来る事だろう。

 

 ならば、

 

 

「蒼火の壁に双蓮を刻む 大火の淵を遠天にて待つ──破道の七十三・双蓮蒼火墜

 

 

 やはり! 

 

 今まで試す事すら叶わなかった上位に位置する鬼道を使えるようになっている。

 

 浦原喜助や握菱鉄裁も驚愕の表情。

 

 那由他は出来て五十番台だった。

 それがこうも容易く行使できるとは。

 

 蒼炎が眼前に迫りくる。

 

 私とした事が。

 受けるか防ぐかで迷ってしまった。

 

「何してはるんですか。あないなもん受けたら流石の藍染副隊長でも大変でしょう?」

 

 ギンが私と一緒に瞬歩でその場を離れる。

 受けてみるのも一興かと思ったのだが……。

 

 どうやらギンは私よりも那由他の方を警戒しているようだ。

 

「ここは私が」

 

 平子真子との争いで少々霊圧が減っている要が前へ出ようとした。

 

「いや、不要だよ。彼女は僕をご所望のようだ」

 

 この場で彼女の晴れ舞台を誰かに渡すなどあり得ない。

 

 

 私はまだ彼女には鏡花水月を使っていない。

 

 よって、純粋な斬拳走鬼によって彼女の強さを測れる。

 ここで完全催眠など無粋だ。

 

 そして、彼女の目を催眠で曇らせるなど、私の矜持が許さなかった。

 

 

「さあ、君の強さを見せてごらん、那由他」

 

 

 那由他が斬魄刀を構える。

 

 浦原喜助も遅れて構えた。

 

 哀れだな。

 那由他の意図にも気が付かない。

 

 貴様は邪魔だ。

 

「縛道の七十九・九曜縛」

 

「なっ!?」

 

 まだ戦闘経験が浅い。

 研究者の性だろうか。

 

 隊長格としての力を持ってはいてもまだまだだ。

 

 しかし、握菱鉄裁は厄介だ。

 

「この程度で止められるとお思いか!」

 

 ……もって数秒か。

 やはり、私もまだまだ足りないという事だろう。

 

 

 しかし、数秒あれば十分。

 

 

「浦原さん、皆さんを、頼みます」

 

 

 こちらに始解した斬魄刀を構えながら那由他は言う。

 早くここから離れろと。

 

 

 彼女の斬魄刀は美しい変化を遂げていた。

 

 

 刀身がないのだ。

 

 

 鍔は偃月、柄は漆黒に染まっている。

 実にシンプル。

 だが、それ故に能力は一見して判断する事が難しい。

 

 刀身が見えていないだけでそこにあるのか、はたまた刀身を他の形に変化させているのか。

 

 彼女の強さは既に隊長格と同等の位置にある。

 

 しかし、逆に言えばまだその程度だ。

 

 ここで出し切らせて早く虚化に慣れてもらおう。

 

 

「……。すぐに戻ります。鉄裁サン」

「承、知!」

 

 悔しそうな顔が実に滑稽だ。

 

 私は歪む口元を隠しもせずに、消えゆく浦原喜助たちを見送った。

 

 

「さて、那由他」

「はい」

 

 先ほどまでの苦しそうな演技ももうない。

 

 いつもの楚々とした顔に戻っている。

 

 やはり面白い子だよ、君は。

 

「君の力を試してみようか?」

 

 一瞬だけ藍色の瞳を大きくさせた那由他は静かに斬魄刀を構えた。

 

「もう斬魄刀の能力は把握しているね?」

「はい」

「よろしい。では、来なさい」

 

 

 

 その後、ギンと要に止められるまで私たちの舞踏は終わらなかった。

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

「那由他サン!?」

 

 鉄裁サンの鬼道によって研究室へと戻り、すぐに崩玉を使っての回復に努めました。

 

 これは使う事なんてない、と思ってたんですけどねぇ……。

 

 しかし、事態は緊急を要するもの。

 分の悪い賭けだとしても、四の五の言っている時間すら惜しいです。

 

 そして、私が平子サンたちに崩玉を使用してしばらく経った頃。

 

 那由他サンが戻ってきました。

 

 

 

 

 全身が血みどろのボロボロになって。

 

 

 

 

「無茶はしないって言ったじゃないッスか!」

「喜助殿、それより早く手当を!」

「っ!」

 

 あの場に一人残った彼女がこうなる事なんて分かっていたはずです。

 

 ああ、やっぱりボクは”正解を選ぶだけ”が取り柄のクズですねぇ……。

 

「浦原、さん」

「まずは治療を。すぐに四番隊の卯ノ花隊長へ──」

 

「浦原さん」

 

 彼女の力強い声に視線を戻します。

 

 体中に傷がついていて見るだけで痛々しいです。

 しかし、その瞳には有無を言わさぬ迫力がありました。

 

「私はお兄様を、逃しました」

「……そうッスか」

 

 恐らく、ワザとでしょう。

 

 彼女の優しさを知っている身としては、彼女に兄を討てというのが酷だという事くらい分かります。

 それくらいの人情は持っているつもりです。

 

 

「すみま、せん……」

 

 

 それだけ呟いて彼女は気を失いました。

 

 薄っすらと目には涙すら浮かんでいます。

 

 どれだけのものを彼女に背負わせてしまったのでしょうか。

 本来ならば、その実力を遺憾なく発揮して歴史に名を残す死神となれるのに。

 

 これも、私が足りないせいですかね……。

 

 しかし、事ここに至っては藍染サンの暴挙を許す訳にはいきません。

 いくら那由他サンのためとは言え、護廷の隊長格を何人も手にかけたのです。

 

 まずは総隊長に報告し、しかる後に──。

 

 

 

「浦原喜助殿。中央四十六室からの捕縛命令が出ております。抵抗なさらぬように」

 

 

 

 参りましたね。

 

 既にボクは藍染サンの術中って訳ですか。

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 目が覚めたら朝だった。

 

 いつの? 

 あれから何日経ったん? 

 

 でも俺生きている。

 

 

 

 ヨン様審議に受かったんだ! 

 

 

 

 マジで焦ったよ。

 浦原さんについていったら虚化させられるんだもん。

 そういう事は事前に教えて欲しい。

 

 でも、結果としては俺の魂魄強度も上がってるし、始解も開放できたし。まあその点は感謝しても良い。

 

 上から目線でごめんなさい。

 勿論めっちゃ感謝してますとも! 

 

 で? 

 あれからどうなった? 

 

 確か、斬魄刀の始解をしてヨン様と凄いバトルを繰り広げた後、「ほら、もう自由だよ」ってパズーの鳩みたいに開放されたのだ。

 

 苦労して十二番隊舎まで行った後、浦原さんに介護してもらったような気がするんだけど……。

 

「気付かれましたか」

 

 側には卯ノ花隊長。

 ここ四番隊舎か。ちょっとびっくりしたわ。

 

 で、どうなったん? 

 

「元十二番隊隊長の浦原喜助は非道な実験を自身の部下を含めた数名の隊長格に行い中央四十六室によって有罪の判決が下りました。貴方はあれから二日ほど眠っていたのですよ」

 

 俺の欲しい情報を的確にくれる卯ノ花さん、流石っす。

 

「そうですか」

「あまり驚いてはいないのですね」

 

 そら大まかに原作通りだしな。

 

 俺が虚化したって事以外は。

 

「貴方に関しては、確かに魂魄強度が上がっていました。また、今の様子を見ても正気を保っている様子。じきに総隊長がいらっしゃって詳しく話されるでしょうが、貴方に関しては当然ですが無罪です」

 

 良かったー。

 ヨン様に呆れられたら一緒に始末されてたでしょ。

 

「……そして、浦原喜助は四楓院夜一の幇助(ほうじょ)によって尸魂界から姿を消しました」

 

 驚いた方が良いのかな? 

 とりあえず、精一杯目を大きく開けてみる。

 

「四楓院夜一は虚と判断された実験対象の隊長格全員を拉致。貴方も同様に連れ去られようとしていたのですが、寸前で気が付いた藍染副隊長によって阻止されました」

 

 おう。俺も現世へ連れてかれるとこだったのか。

 別に連れてかれても良いっちゃ良いんだが、ヨン様が阻止したって事は駄目だって事だ。

 

 気を失ってて良かった!

 意識があったら俺にその判断は出来んかったわ。

 

 セーフ!

 

 演技でも何でもなく普通に驚いてるなう。

 

「護廷十三隊は浦原喜助によって、大きくその力を削がれ威信は地に落ちました。新たな隊長格には多くのものが求められます」

 

 卯ノ花さんの話は終わらない。

 まあ、既定路線とは言え尸魂界にとっては前代未聞の大問題なのだ。

 

 一応、真剣に聞いとこ。

 

 

 

 

 

 

「そこで、新たな隊長に、那由他さん、貴方が選ばれるでしょう

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

 

 ……は? 

 

 

 

 

 

 

「浦原喜助の実験とはいえ、結果的には貴方の力は隊長格に匹敵するまでに安定化されました。今までの業務に対する姿勢や功績を考慮しても当然の異動でしょう」

 

 

 

 

 ちょ、ま。

 

 

 

 

「お兄様の藍染副隊長も五番隊隊長へ昇進が決まっており、那由他さんに対しても全ての隊長格が賛成の意を示しています。ふふっ、あの十一番隊にも認められているなんて、流石ですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヨン様ぁぁぁぁぁあああああああ!!??

 

 

 

 

 




明日も時間あるんで、余裕あればお昼と夜の二回投稿します。
まだ一文字も書いてないけどね!


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隊長…だと…!?

 ──『魂魄消失事件』。

 

 あれから結構な時間が経った。数十年くらい。

 

 俺は形ばかりの隊首試験を受け一発合格。

 晴れて七番隊の隊長となった。

 羅武さんの後任である。

 

 つまり、

 

 

「那由他隊長! 任されておりました任務完了のご報告に上がりました!」

 

 

 ワンちゃんの上司である。

 

 

 

 

 あああぁぁぁ、原作が崩れるぅぅぅぅ……。

 

 

 

 

 七番隊の隊長は狛ちゃんでしょぉ! 

 

 彼は現在副隊長。

 総隊長が拾ってきて死神になったので、お爺ちゃんへの忠義は勿論なのだが、

 

 

「それで、次はどのような事をすればよろしいでしょうか!」

 

 

 何故か俺にも尻尾振ってんだよなぁ……。

 

 

 始めはこんなんじゃなかった。

 何せ、俺は元八席だ。しかも()()()卍解できなかったし。

 虚化なんて本来は死神の敵である力を使える、というのも周囲の目には異様に映っただろう。

 

 元は五番隊であったし七番隊は完璧にアウェー。

 前から仕事の手伝いとかで、ちょくちょく顔を出していたからそこまでの反発はなかったものの、やはり就任当初は周囲の反応もどこかよそよそしかった。

 

 ただし、隊長に就任する時に総隊長のお爺ちゃんに言われた言葉があるので、何だかんだ頑張っている。

 

 

『如何に隊長格の霊圧を扱えると言っても貴様はまだ卍解を会得しておらん。今は緊急事態につき隊長に就いてもらうが、後任を育て上げてみせよ。

 

 ──勿論、それまでにお主が卍解を会得していれば、話は別じゃ』

 

 

 

 出来るようになったけど絶対に隠しとこ。(使命感)

 

 

 

 それで、事件後に副隊長に就任した狛村左陣さん。

 

 お互いに口達者ではないのもあって、

 

『これを』

『はっ』

 

『あれは』

『問題ございません』

 

 なんて業務に関係する事で端的なやり取りをする程度だった。

 

 それがいつの間にか、

 

 

『那由他隊長ぉぉぉぉ!』

 

 

 になったんだ。

 

 何故? 

 

 ワンちゃんは隊長になるべき子だ。

 だから俺が「貴方は隊長となるべき器です」とか「私など簡単に越えられます」とか「期待しています」とか言いまくって鍛錬に仕事に付きまとって懇切丁寧に教えていただけなんだが……。

 

 

 現在、お兄様は五番隊の隊長。

 つまり、“藍染”という隊長が二人いる状態だ。

 非常にややこしい。

 

 そのため、俺は皆に「下の名前で構いません」と言っていたのだが、流石に平隊士には酷だったようである。

 まあ隊長から、気軽に下の名前で呼んでね、なんて言われても困るだけだろう。

 

 ヨン様の事は「藍染五番隊隊長」、俺の事は「藍染七番隊隊長」と呼び分けられている。

 

 面倒だと思うんじゃが。

 

 ただ、昔から仲の良かった隊士や席官クラスになると「那由他隊長」と呼んでくれる。

 ありがてぇ。

 

 ちなみに、修兵くんの現在は七席。

 真央霊術院の頃から有望株なだけある。

 入試には二回落ちたのも原作通り。

 

 それでも諦めなかったのは救われた時のインパクトが強かったからだろうか。

 失敗したなぁ……。

 ちゃんと69してくれるだろうか。まだやってないんだよね。ほんと心配だわ。

 

 

 勿論、他の副隊長組も死神になっている。

 

 阿散井恋次、吉良イヅル、雛森桃。

 

 

 

 そして、朽木ルキア。

 

 

 

 そう言えばだが、緋真さんは俺が見つけた。

 

 修兵くんの件で「今後は何が何でも原作通り進めてやる!」と息巻いて原作キャラを探し回ったのだ。

 

 初めは別に原作通りじゃなくても良いかな、なんて考えていたのだが、やはり自分のせいで師匠の世界が崩れるのは悲しくなったのだ。

 

 と言っても、破面編以降は詳しく知らんので崩玉藍染と無月一護が戦うところあたりまでしか出来ないだろうけど。

 更に言えばヨン様のご機嫌如何では原作ブレイクも辞さない。

 

 流石に死んでまで、とは思っていないのだ。

 

 そういう訳で、俺は流魂街で原作キャラを勧誘しまくった。

 

 

『その力を人の役に立てなさい』

『は、はい!』

 

 下級貴族出身である吉良イヅルくんは普通に会いに行った。

 中級貴族かつ隊長という事で結構豪勢な持て成しを受けてしまったが、そのお返しに時々稽古もつけてあげた。

 

 だって「故に、侘助」聞きたいじゃん? 

 絶対聞きたいでしょ!? 

 

『優しさは力ともなるのです』

『ふぁ、ふぁい』

 

 桃ちゃんも無事勧誘。

 相変わらずの美少女だった。負けそう。愛嬌に関しては勝負にすらなってない悲しみ。

 

『死神になれば、誰も傷つけないで済みます』

『あ、ありがとうございます!』

『……ふんっ』

 

 桃ちゃんに渡りをつけた後は彼女へ目を光らせて、お祖母ちゃんを凍死させようとしていた冬獅郎きゅんも死神に勧誘しておいた。

 俺の斬魄刀の能力とオリジナル縛道で氷結化を抑制させてあげるオマケ付き。

 

 桃ちゃんには感謝されたし、「傷つけない」が琴線に触ったのか冬獅郎きゅんもふてぶてしいながら興味津々だった。

 

 ゴメン、乱菊さん。貴方の出番を奪ってしまったよ……。

 

 まーた市丸くんに目の敵にされそう。

 いや、原作知識なんてないだろうから被害妄想だってのは分かってるんだけどね。

 

 でも、何か俺を見るあの子の目がいつも笑ってないんだよなぁ。

 

 やはり事件直後の異動で三席の市丸くんが五番隊副隊長になったのに、元八席の俺が七番隊隊長へ飛び級しちゃった事が気に食わないのだろうか。

 今は君も三番隊隊長なんだから、そこまで根に持たなくても……。

 

 ま、彼は蛇で狐だしね。今更か。

 

 

『う、おぉ……すげぇ』

『私にも! 私にも出来ますか!?』

『私が保証しましょう』

『マジかよ!?』

『恋次よりも私の方が早く出来るようになってみせる!』

『いーや、俺だね!』

『なにおう!?』

『二人とも優秀ですよ。私は知っています』

『『はいっ!』』

 

 この二人を流魂街の戌吊まで行って見つけるのは地味に大変だった……。

 

 隊長がそう簡単にそんなところまで行けんよ。

 これも俺の鰤愛が成せる業だろうか。

 

 二人にはどう説得したもんかと思案した結果、とりあえず実力で捻ってあげた。

 あと、鬼道も少し披露。

 

 折角だからと危険性が低く派手なものにしたら目をキラキラさせて喜んでくれた。

 

 

 これでその時点での原作主要キャラはコンプリートだ。

 後は知らん。疲れたし。

 

 

 一応、真央霊術院への推薦状は俺が出しといた。

 あと、ついでと思って夜一さんの後を継いだ弟の夕四郎くんに頼んでみたら二つ返事で書いてくれた。ほんと良い子。

 

 そのせいか、ルキアが特組になっていたのは不味いかと思ったけど、無事に白哉が回収。

 結果、特組から一年で卒業というギンの偉業に並ぶものを打ち立ててしまった。

 

 その分、十三番隊で苦労しているようなので、せめてものお詫びにとよく面倒を見てあげている。

 

 実際、既に結構強いんだよね。

 下位席官には相当してるんじゃない? 

 

 まあ、そんな事は白哉兄様が許しませんが。

 

 銀嶺さんが引退。蒼純さんは殉職。緋真さんも死去。

 こんな状態じゃ奥さんの忘れ形見みたいなもんであるルキアを溺愛しても仕方ないよね。

 

 彼がショボーンとしている時は流石に慰めてあげた。

 小さい時からの付き合いだ。それくらいはしてあげる。

 口下手すぎて慰めになったかはしらんが、出来る限り側にはいてあげた。

 

 そういえば、緋真さんを紹介した時は衝撃の顔していたけど、やはり一目惚れだったんだろうか? 

 

 その()()()始解を会得してたし。

 

 やっぱり『散れ“千本桜”』はカッコイイよね! 

 別に解号は“咲き誇れ”でも良いとか思ってたんだけど、散った方が儚くてオサレなんだよなぁ。

 

 練習にも一杯付き合ってあげたが、その頃から感情をあまり表に出さなくなっていた。

 少し寂しかったが原作白哉っぽくなったので嬉しくもある。

 

 

 ま、現状はそんな感じ。

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 那由他隊長は、私──朽木ルキアの『憧れ』だ。

 

 お腹が減るばかりで何も良い事が無いと思っていた霊力の使い道を示してくれた恩人。

 真央霊術院に入学する際にも推薦状を頂き、何故か朽木家へ養子へ迎えられた後も事あるごとに面倒を見てもらった。

 

 一緒に暮らしていた恋次は知っていたが、聞いた話では同期の雛森殿や吉良殿も那由他隊長に声をかけられたらしい。

 

 私たちは皆が特組。

 吉良殿に至っては主席だ。

 

 やはり力を見抜く“目”を持っているのだろう。

 流石の慧眼と言わざるを得ない。

 

 そして、そんなあの方のお眼鏡に適った私たちは誇りを胸に真央霊術院の門を叩き、今では死神の一員として尸魂界の平和に貢献できている。

 

 

 全てはあの方のおかげだ。

 

 

 昔にあった事件の影響で当時第八席からの異例の抜擢だったそうだが、今ではあの方を侮る者など存在しない。

 そもそも、どうやら実力はあったが体質の影響で十全に力を振るえなかったようである。

 私の所属している十三番隊の隊長、浮竹隊長と似ておられる。

 

 それならば、むしろそれまで八席だったのが可笑しいのではないかとすら思う。

 

 

 あの方は素晴らしいのだ! 

 

 

 総隊長を含めた皆が認める霊圧。

 常に真摯に取り組む業務への姿勢。

 皆の命を第一とした任務遂行率。

 忙しい中でも私のような新しく入った隊士たちに時間を見つけては様々な事を教えて下さる熱心さ。

 誰に対しても丁寧な口調や優しい態度、上品な所作に誰もが見惚れる美しさ! 

 

 どうやらご自身では顔付きを気にされているようだが、そのようなものは些細なものだ。

 むしろ、その際立つ高潔な精神と凛々しいお姿は男女問わず絶大な人気を持っている。

 

 もし隊長格の中で誰が一番素晴らしいかと問われたら、他の隊長格には不敬だと思うが、私はいの一番に那由他隊長の名を上げるだろう。

 

『那由他隊長は総隊長と同じく尊敬に値する人物だ。()()()()もどうやら知っているようで、されどもそんな事など関係ないとでも言うように皆と変わらぬ態度で接して頂ける……いや、失礼。今の話は忘れて欲しい。それだけでなく、ワシに格別の期待を持たれているようでな。暇さえあれば稽古をつけて頂き、仕事に関しても随分と手を借りておる。どうやらワシを次期隊長にと考えておられるようだが……ワシにはあの人以外の隊長など考えられんよ』

 

 仕事の関係で七番隊隊舎へ向かった際に会った狛村副隊長。

 

『朽木ルキアか……。那由他姉様からの寵愛を受けているからと言って調子に乗るなよ』

 

 私を威圧しながらも那由他隊長を大事に想っている二番隊の砕蜂隊長。

 

『あん人はまあ、怖い人やからなぁ』

 

 どこか可笑しそうに揶揄いながらもあの方を認めている三番隊の市丸隊長。

 

『ふふっ。数十年に渡り立派に隊長を務めているだけでも素晴らしい事です』

 

 四番隊の卯ノ花隊長は那由他隊長の回道の師匠らしい。

 

『実は卍解も出来るんじゃないの?』

『隠しているって事か? それはないんじゃないか?』

『いや~、分からないよ? 始解の能力ですら誰にも見せた事ないんだし。お兄さんとは正反対だよねー』

 

 八番隊の京楽隊長、十三番隊の浮竹隊長。

 

『あの人は、まぁ……今でも俺の憧れだよ』

 

 十番隊の志波隊長も。

 

 

『僕の自慢の妹だよ』

 

 

 また、那由他隊長の兄君である藍染五番隊隊長も素晴らしい人格者だと聞く。

 五番隊の皆に先と同じような質問をすれば、彼らは「藍染隊長です」と口揃えて言うと確信する程度には信頼が厚い。

 彼らにとっては『藍染隊長』とは藍染五番隊隊長を指すのだ。

 那由他隊長の事は藍染七番隊隊長と呼んでいる。

 

 それほどだ。

 

 やはりこのご兄妹は凄い。

 

『……藍染那由他が死神の務めを果たしてきた事は、私が何よりも知っている』

 

 私の義兄様も六番隊の隊長を務めているが、どうにもとっつき辛いのだ。

 私にも必要最低限の事でしか声をかけられぬ。

 

 尊敬はしているのだが、あまりに求められる内容が難しすぎて私は応えられていない。

 呆れさせてしまっているのではないだろうか。……気が重い。

 

『いつか死合ってみてぇなぁ』

『駄目だよ剣ちゃん! 那由他ちゃんはやちるの友達なんだから!』

 

 十一番隊の更木隊長に草鹿副隊長までもこんな感じなのだ。

 

 他隊の副隊長や、席官も。皆が皆『那由他隊長は素晴らしい』と口をそろえて言っている。

 

 

 私に声をかけて下さったのは、そこまでの人物なのだ。

 

 

 分かってはいたつもりだが、護廷十三隊に入ってからは開いた口が塞がらなかった。

 

 同期である恋次や吉良殿、雛森殿も「那由他隊長に恩返しをする」と死神になってからは特に気合を入れている。

 

 

 そして、私の面倒を那由他隊長と同じ、いや、それ以上に見てくれているのが、

 

 

「おう、朽木! 今日も鍛錬するぞー!」

 

 

 同じ十三番隊における副隊長。

 

 

 

 ──志波海燕殿だ。

 

 

 

 この人は五大貴族の一つである朽木家の、形ばかりではあるが、出身の私に対して凡庸な態度で接してくれる。

 遠巻きに眺められてばかりだった私などを気にかけてくれる。

 

 この人も尊敬できる、頼れる人だ。

 

 

 そんな海燕殿には奥様がいる。

 

 十三番隊第三席の都殿だ。

 那由他隊長とは違った柔らかな美しさと優しさを持つ女傑であり、私の目標の一つである。

 

「──今回の虚は、なんだかきな臭ぇ。気を付けろよ、都」

「あら、貴方が私の心配をしてくれるんですか?」

「バッ、バッカ!?」

「ふふっ」

 

 私にとって、理想の夫婦である。

 仲睦まじく、お互いを信頼しあい、共に前を向いて相手の隣を胸を張って歩いている。

 

 

 しかし何故か。

 

 

 今回の虚討伐は生還者がいないからだろうか。

 

 

 調査という死ぬ確率が低い先遣隊を都三席が率いていく後ろ姿を見送った時、

 

 

 

 

──私は、これまでにない胸のざわめきを覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 はーい、恒例のサバト。はっじまっるよ~! 

 

「実験の経過はどうだい?」

「はっ! 死神の魂魄を融合させて作り出した虚『メタスタシア』は順調に成長しています。しかし……」

「期待したほどではない、か」

「……その通りです」

 

 要っちがヨン様にご報告しているのは、ルキア随一の曇らせポイント『メタスタシア』。

 

 

 

 

 これほんっっっっと楽しみにしてたの!! 

 

 

 

 

 だってルキアの今後に大きな影響を与える事件だよ? 

 

 海燕さんとは仲良く付き合ってきたけど、ルキアのための生贄になってもらおう! 

 だって原作でそうだったんだから、

 

そうするのが当然でしょ──? 

 

 まあ、それ抜きにしてもルキアが絶望してワナワナ震えている姿は是非見てみたいしね。

 

 そのためにルキアを探し出したようなもんなんだから。

 この時のために隊長の仕事頑張ってたようなもんだからぁぁあ! 

 

 

「那由他、君はどう考える?」

 

 

 ちょ、いきなり話振らないでヨン様ぁ……! 

 

 全っ然お話聞いてませんでした。

 ちょっと悦ってトリップしておりましたとも、ええ。

 

 でも何か言わなきゃなー。

 

「志波海燕と浮竹十四郎が出ます」

「確かに。そろそろ隊長格として見過ごせない被害になってきただろうね」

「既に志波都三席が調査隊を率いて出立したとの報告も」

「あん虚なら、志波三席の体乗っ取るんちゃいます?」

「すると、十三番隊の隊舎での被害が出るかと。そうなれば……」

 

「別にメタスタシアが討伐されても何も問題はない。あれは虚を死神にする実験の一つの過程に過ぎない。むしろどこまで死神を取り込め制御し、どの程度の力を付けられるのか。その凡その目途はついた。──もう用済みだよ

 

 これぞヨン様劇場! 

 

 俺も少しテンションが上がって参りました! 

 

「虚圏の制圧ももうすぐ終わる。やはり障害と成りえたのは大帝くらいだったか」

 

 そうなんです。

 実は虚夜宮は既に陥落しておりますのです。

 

 まだ破面化はしてないけど、そろそろなのかな? 

 

 バラガン爺もあっさり下した時点でヨン様の敵は既に虚圏にはいない。知ってたけど。

 

「ならば、我らに繋がる痕跡を消しメタスタシアは始末されるまで観察する、という事でよろしいでしょうか」

「構わないよ」

 

 あ、待って! 

 

「ならば私が」

「那由他様が……?」

「へぇ……」

「後は君の好きにすると良い」

 

 出ました、好きにしていいよ発言! 

 あざッッッス! 

 

 やったぜ、これですぐ近くでルキアちゃんの絶望顔が見られる! 

 

 俺があんまり干渉しても海燕さんとの交友が深まらないと思ったから、一応接触は控えるようにしてたんだよね。

 まあ、ルキアが視界に入るのに構えないとか無理だったので、結局それなりに絡んではいたのだが……。

 

 それでも、ルキアはしっかりと海燕さんと信頼関係を築いていた。

 

 これぞ天(師匠)の導きよ。

 

 

 さーて、ヨン様のお墨付きも貰ったし、折角なんだからもう少し劇的に演出してあげようかな? 

 

 

 海燕さんを失ったルキアの心の支えになってあげて、後の収穫に対する期待を上げるのもアリか。

 

 苺がいない今、ルキアには俺の望みを存分に叶えてもらおう。

 

 いやぁ、ヨン様の妹として転生した時はどうしようかと思ってたけど、何だかんだ今の状況めがっさ楽しんでますね、俺! 

 

 

 

 そうだなぁ、俺の始解を使って救うと見せかけて海燕さんを殺させるか。

 

 浮竹隊長は邪魔だな。

 

 代わりに俺が付いてく事にでもしようかしら? 

 

 

 

 

 

ふふっ──楽しみだなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれから数十年。随分と虚化の影響が出てきたようだね。――楽しみだよ、那由他」

 

 

 




次話は多分、今日の21時くらいかと。
前後する可能性は十分あるんで、まあのんびり待っていて下さればありがたいです。


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殉職…だと…!?

遅刻しました、ごめんちゃい。
このエピソードほんに好きなんです……。


『貴方様』

 

 ──ん? 天輪じゃん、どったの? 

 

 

 俺は今、虚の調査から帰ってきた都三席が寝かされている十二番隊舎の屋根の上に霊圧遮断コートを着た状態で待機している。

 

 ヨン様からのGOサインは出たし、メタスタシアもきちんと都三席の中に入っているようだ。

 

 後は……あ、起きた。

 

 うむ、バッサバッサと警備の人を切り倒している。

 

『私は貴方様の斬魄刀となった時点で、貴方様の生を照らし、御身をお守りする事を誓いました』

 

 お、おう。

 なんか凄くカッコイイ事を突然いわれた。

 

 苺のイケメンで言われるとキュンとくる。

 

 やめてよぉ。これからのルキア顔への期待と混ざって変になっちゃう。

 顔は相変わらずの無表情先生ですが。

 

『貴方様は……本当に海燕殿を見殺しにする気か?』

 

 ──え? うん、原作展開だし問題ないよ~。

 

 天輪が何を言いたいのか今一つ分からない。

 

『ならば、貴方は何のために私を振るう』

 

 それは……何のためだろ? 

 

『貴方は誰のために私を振るう。誰かではなく、己のためであればそれで結構。しかし、それは己を護るためでなければならない』

 

 ──なんか、もしかして少し怒ってる? 

 

『己の欲のみを反映した刃など、容易く折れます』

 

 

 ヤベェ、現状以外でも比較的に欲しか反映してねぇ……。

 

 

 でもなんか含蓄がある、というか、なんか、こう──()()()()()()? 

 妙に実感こもってると言うか、そんな感じが言葉から伝わってくる。自分の半身とはよく言ったものだ。

 

 ならばなおさら、そんな自分で見たこともないものを語る──()()()()()()()()()

 

 

『今は私の事はよろしい。貴方の覚悟と誇りを聞いております』

 

 

 おう、これガチなやつだ。

 

 

 どうしよ、ヨン様相手に必死こいて生きてきただけで特に人生の目標とか指針がない。

 自分の斬魄刀相手に適当な事言ってもすぐに看破されるだろう。

 

 なら別に取り繕わなくって良いか。

 

 

 

 ──俺の誇りは、(キャラ)愛だよ。

 

 

 

『愛、ですか』

 

 

 ──憧れてたんだ。ずっとその生き様や試練に立ち向かう姿に心を震わされた。

 

俺にはきっと真似できない。だからこそ憧れた。

 

でも、天輪とか力をこの世界で貰えたんだ。

 

なら、その顔を近くでみたいって思っても不思議じゃないだろ? 

 

 

『なるほど。貴方様の力は“愛”だったのですね』

 

 納得してくれたっぽい。

 正直に話してみるもんだ。

 

『その憧れの人物に関しては、聞かないでおきましょう』

 

 天輪は少し寂しそうに笑って言う。いい顔。

 

『きっと()()()()()()も喜ばれる事です』

 

 うん? なんでここでお兄様? 

 まあ、キャラの一人として悪役としては勿論好きだけど……。

 

『私も定まりました。貴方様が愛に殉ずるというのなら、貴方様の斬魄刀として私は貴方様と共におります』

 

 よく分らんが、ま、いっか。

 

 

 

 でも天輪と話して気が付いた事がある。

 

 俺は今まで何をしようとしていた? 

 

 もっと悲劇的に()()演出する。

 海燕さんをルキアに殺()()()

 浮竹隊長は()()

 

 おいおい。

 

 何言ってんだ、俺? 

 

 

 

 

 伏線や流れを無視しちゃダメゼッタイ!! 

 

 

 

 

 アブねえぇぇぇ! 

 俺はとんでもない事をするところだった。

 

 ルキアに殺させても彼女の罪悪感は大きくならないだろ! 

 彼女の覚悟が決まる前に海燕殿の意思によって殺さざるを得なかったからこその悲劇なんだ! 

 

 俺が演出したり横槍いれたら折角の名シーンが穢れるわ! 

 

 浮竹隊長は邪魔? 

 

 バッカ野郎おめぇ! 

 浮竹隊長がメタスタ海燕を圧倒できたにも関わらず持病の発作によって隙が出来たからメタスタ海燕は逃げれたんだ。そんで、その先にいたのがルキアなんだ。

 

 全て必然であり、無駄な流れなど一つもない。

 

 

 

 つまり、俺の介入する余地なし!! 

 

 

 

 静かに木陰から“ルキアの悲壮な顔”と“満足そうな海燕殿”のご尊顔だけ見て撤収しよう。

 

 うん、そうしよう。

 

 

 なんて一人で勝手に納得していると森に消えた都三席を追って海燕さん、浮竹隊長、そして我らがルキアちゃんが隊舎を飛び出していった。

 

 

 よーし、じゃあ俺も追いかけますか。

 

 う~ん、名シーンを穢さず近くで生鑑賞。

 贅沢ですなー! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて思ってた時期が俺にもありました。

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 都三席たち虚調査隊が帰ってきた。

 

 私──朽木ルキアも喜んで隊舎から飛び出し都三席を迎えようとした。

 

 しかし、伝えられたものは私をいとも容易く暗闇へと叩き落した。

 

 

 ──三席以外が全滅という結果でもって。

 

 

 都三席の命に別状はないみたいだが、それでも三席が負けたのだ。

 相手は並みの虚ではない。

 

 奥さんが眠っている姿を、海燕殿は白くなるほど拳を握りしめ、歯を食いしばり見つめていた。

 

「俺が行きます、隊長」

「……分かった」

 

 浮竹隊長は眉間に皺を寄せながらも海燕殿の出立を許可。

 私も準備に追われる事となった。

 

 その晩である。

 

 

 都三席の様子が急変した。

 

 

 普段はお淑やかで、嫋やかで、優しく、誰にでも微笑む可憐な華のような顔も、今では狂気の喜悦に滲んでいる。

 

 都三席が寝かされていた隊舎周辺を警備していたものを、あろうことか都三席が斬ったのだ

 

 

「都!?」

 

 

 海燕殿も慌てた様子で庭先へと飛び出してくる。

 続いて浮竹隊長や虎徹四席と小椿四席の両四席。

 

 私は呆然とした面持ちのまま、血の滴る刀をぶら下げるよう持ち嗤っている都三席を眺める他なかった。

 

 

 なんだ。

 

 誰だ、あれは。

 

 

 

 あんな姿は、都三席ではないっ!! 

 

 

 

「てめぇ……都を操ってんのか……!?」

 

 

 怒りに震える海燕殿から、地を這うような低い唸りが漏れる。

 

「!」

 

 その声に反応したのか、都三席は海燕殿へと斬りかかろうとした。

 

 

「……!」

 

 

 しかし、その切っ先は振り下ろされない。

 

 何かを迷うように。

 何かを堪えるように。

 何かに怯えるように。

 何かに謝るように。

 

 都三席はその顔を歪めていた。

 

「都……」

 

 海燕殿が呟いた言葉には、どれだけの想いが込められていたのだろうか。

 

 付き合いの短い私などでは計り知れないものだ。

 

 それでも、その熱量や想いの強さだけは分かった。

 

「っ!」

 

 瞬間、都三席は踵を返し、隊舎の屋根を越えその場を去っていった。

 消えた先からは別の者が斬られたのだろう。断続的に悲鳴やうめき声が聞こえてくる。

 

 普段の都三席は、決してそのような事をする方ではない。

 

 つまり、先ほど海燕殿が言っていたように彼女は虚に操られているのだろう。

 そして、恐らくは都三席の力を手足のように振るえている。

 

 その実力は三席。

 

 十三番隊の上から数えて三番目の実力者だ。

 

 

「隊長!!」

 

 

 海燕殿が咆える。

 

 無理もない。

 いや、私も冷静を装っているが、その腸は煮えくり返るようだった。

 

 我らの都三席を、虚は愚弄したのだ。

 

 我らの誇りを穢したのだ。

 

 

 絶対に、許せん!!! 

 

 

 

「分かった、俺も行こう」

「浮竹隊長!?」

 

 思わず声を上げてしまう。

 

 隊長は体が弱い。

 その実力は隊長に相応しいものだが、如何せん体がついてこないのだ。

 

「お願いします」

 

 けれども、隊長の体を誰より知っているであろう副隊長の海燕殿は感謝と共に頭を下げていた。

 

 やはり、私にはまだこの方々を知るには早いのだろう。

 傍目に見ても分かる信頼関係を築けている様子が、このような状況なのに羨ましかった。

 

 私は卑しいな……。

 

 認められ、褒められる事を求めている。

 誰かに「お前が必要だ」と声をかけられる事を望んでいる。

 

 私は、私がここいる意味を他人に依存しているのかもしれない。

 

 死神にも那由他隊長が誘ってくれたからなった。

 仕事も海燕殿や浮竹隊長が喜んでくれるからやった。

 

 私は、浅ましいな。

 

 

「朽木!」

 

 

「はいっ!?」

 

 突然大声でかけられた声に飛び上がりそうになる。

 音の出所は隣からだった。

 

 

「お前も俺と一緒に来い! いざという時は、頼んだぞ?」

 

 

 そこには、優しい笑顔を浮かべる浮竹隊長がいた。

 

 ああ、この人は……。

 

 これが隊長の器なのだろうか。

 

 いや、そんな簡単な言葉に、この想いを押し込めたくない。

 

 私が望む言葉を、私が望んだ時に言ってくれる。

 それは優しさなのだろう。

 それは期待なのだろう。

 

 そして、私はそれに応えたいのだ。

 

「はいっ!」

 

 気合を引き締め返事をする。

 

 優しい笑顔の浮竹隊長。

 悪戯小僧のように口角を吊り上げて笑う海燕副隊長。

 

 そして、この場へと導いてくれた那由他隊長を胸中で想う。

 

 隊長と副隊長の想いに応えるためにも、私は全力であろう。

 

 私は、全力でありたいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは……!?」

 

 都三席を追って森へと入りしばらく経った頃。

 

 見せびらかすように枝へとひっかけられている死覇装を海燕殿が見つけた。

 近くには斬魄刀も落ちている。

 

 そんな、あれは……

 

 

 

都三席、の……? 

 

 

 

 私は膝から崩れ落ちそうになる体を精一杯の強がりで奮い立たせる。

 

 近くに憎き虚がいるはずだ。

 

 都殿を、その尊厳を、我らが誇りを! 

 

 汚泥のような悪辣な手によって、貶めた元凶がいるはずだ!! 

 

 すぐさま斬魄刀を抜き放ち構える。

 周囲に気配はない。

 霊圧探知が得意な方でもないが、都三席を倒すほどの虚だ。

 それ相応の反応がないのは可笑しい。

 

「……見つけたぜ」

 

 流石と言うべきだろう。

 

 私がキョロキョロと周囲を見渡している間に、海燕殿は一点を見つめていた。

 浮竹隊長も同じ方角を見つめている。

 

 

『なんだ気付いたか。その服で釣るつもりだったんだがのぉ』

 

 

 私の背筋を悪寒が走る。

 

 奴の霊圧を感じて分かった。

 

 こいつっ!? 

 

「てめぇ、今まで()()()()()()()()()……?」

 

 海燕殿が凄みのある声で虚を威圧する。

 

 しかし、虚はどこ吹く風。何が可笑しいのか、「ゲヒャヒャ」と品の無い耳障りな嗤い声を上げる。

 

 

「隊長、お願いです。──俺一人で行かせて下さい

 

 

「……ああ」

 

 海燕殿の覚悟に浮竹隊長は一つ、静かな頷きをもって答えた。

 

「なっ!? 海燕殿、私がまずは奴の様子を探るべきでは!?」

 

「朽木」

 

 隊長の一言で黙らされた。

 

 普段の穏やかな声とは違う、芯の通った声だ。

 

 これには、逆らえない。

 

 

 海燕殿は無言で虚の前へと飛び出すとキッと目つき鋭く相手を見つめた。

 

『ヒヒヒ、まずはお前が相手か、小僧?』

 

 虚が喋る。

 かなりの知能を持っているようだ。

 

 これも犠牲になった死神の数が多い事を表しているのだろう。

 

 海燕殿は黙ったままだ。

 

『ククッ、先ほどの女死神がよほど大事な存在だったと見える。これならばもう少し利用していれば良かったか』

 

「都を操って同士討ちさせたのか?」

 

『操る? クフフフッ、違うなぁ。あの時既に、儂はあの女の中におったんじゃよ。残念だよ、あの女を食い尽くす、その姿を見せつけられなくてなぁ!』

 

 なんと、卑劣な……!

 

 都三席を想うと涙が込み上げてくる。

 しかし、今はまだ泣けない。

 今は海燕殿が虚と対峙しているのだ。

 

 ならば、私は副隊長の背を、しかとこの目に焼き付けてみせる。

 

 海燕殿の霊圧が爆発的に上がった。

 私との稽古では見せない、本気のものだ。

 

 周囲の物を吹き飛ばすような圧力に、一瞬だけ虚は怯んだように見えたが、

 

 

 ──最後には嗤ったように見えた。

 

 

 見間違い? 

 

 いや、あれは……恐らく違う! 

 

「海燕殿!」

 

 私は慌てて叫ぶが遅かった。

 

 瞬きの内に虚へ肉薄しその両手を叩き切った海燕殿は、そのまま虚の背後へと回り斬魄刀を開放しようとする。

 

 

「水天逆巻け! “捩花”!!」

 

 

『触れたな?』

 

 

 

 海燕殿の、斬魄刀が──消えた……だと……!? 

 

『儂の触手にその夜最初に触れた者は、斬魄刀を失う! それが儂の能力の一つじゃぁ!』

 

「ぐっ!?」

 

 斬魄刀を失っては海燕殿は無手になる。

 これはもう覚悟云々の話ではない。

 

 海燕殿までやられてしまう!? 

 

 しかし、飛び出そうとした私の肩を、隣の人は強く引き留めた。

 

「浮竹隊長っ!?」

「朽木、手を出すな」

「しかしっ、このままでは海燕殿がっ!?」

「……朽木、戦いの意味は二つある」

「え?」

 

 

「“命”を守るための戦いと、“誇り”を護るための戦いだ」

 

 

 私には、その時の浮竹隊長の言葉の意味が分からなかった。

 

 今も海燕殿は虚相手に素手で奮戦している。

 

 何故、私はそんな彼を近くで眺めているだけなのだろうか。

 

 手を貸してはダメ? 

 

 意味が分からないではないか。

 

 

 このままでは……海燕殿は死んでしまうかもしれないのですよ? 

 

 

「おらぁぁぁぁああああ!!」

『ぐぬぅっ!?』

 

 ただ、喜ばしい事に形勢は海燕殿の有利。

 

 このまま何事もなければ勝てる! 

 

 そう、思ったのは束の間。

 

『どうした、他の死神の力を借りないのか?』

「てめぇなんて、俺一人で、十分だよ……」

『そうか。ならば貴様にも愛する妻と同じ報いを与えてやろう』

「何っ!?」

 

 海燕殿がそう言葉を発した直後だった。

 

 虚の口から何かが飛び出し、それを防いだ海燕殿の腕に当たった。

 

 

 そして、そのまま海燕殿の腕に吸い込まれるように消えたのだ。

 

 

「海燕、殿……?」

 

 

 嘘だ。

 

 

 そんなはずがない。

 

 

 けれど、先ほど虚は「愛する妻と同じ報い」と言っていた。

 

 

 都三席は、どうなった? 

 

 

 同僚を、仲間を、部下を──操られ切っていた。

 

 

 そんな事ある訳がないっ!? 

 

 海燕殿はきっと防いだのだ。

 その証拠に、ほら、今もそこに佇んで……たた、ずんで……。

 

 

『ヒ、ケヒッ! ケヒヒッ……ヒャーッハッハッハッハ!!!』

 

 

 海燕殿の口から、悍ましい嘲笑が迸った。

 

 嘘、だ……。

 

「朽木、逃げろ」

 

 浮竹隊長の方を見る。

 最早、音がしたから振り向いたという反射に近い。

 

 何も考えられない。

 

 どうして。

 

 何故。

 

 どうして? 

 

 なんで? 

 

 何故。

 

 どうして? 

 

 どうして、

 

 

「朽木、逃げろ!!」

 

 

 体が勝手に動いた。

 

 歯の根は合わなくなりカチカチと音が鳴っている。

 

 腕も足もどうやって動いているのか分からない。

 

 ただひたすらに隊長の命令によって動いている絡繰りのようだった。

 

 

 ──『“命”を守るための戦いと、“誇り”を護るための戦いだ』

 

 

 唐突に浮竹隊長の言葉を思い出す。

 

 “誇り”とはなんですか? 

 

 どのようにしたら手に入れられますか? 

 

 何をすれば“誇り”と成りますか? 

 

 

 どうして、命よりも大切だと言えるのですか……? 

 

 

 分からなかった。

 私には、何も分からなかった。

 いや、分かりたくないのかもしれない。

 

 

 

 海燕殿を失わせた誇りなど、私はいらないっ!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『那由他隊長は、どうして死神になったのですか?』

『そうですね』

 

 何故、今思い出すのか。

 

 それは真央霊術院に入ったばかりの頃。

 私の様子をよく見に来てくれる那由他隊長の気を引きたくて、何気なく聞いた質問だった。

 

『貴方たちのため、でしょうか』

『え?』

『貴方たちの顔を見るために、死神になったのだと思います』

 

 その顔は普段と同じ無表情。

 どこか人を威圧するような顔。

 

 しかし、そこには確かな“慈愛”があった。

 

 流魂街出身の私を見るため? 

 困惑した。

 

 そして、気づいた。

 

 この方は、皆の()()()()()()()に死神になったのだ。

 

 尸魂界、貴族、流魂街、平民。

 

 分け隔てなく“愛”しておられたのだ。

 

 

 その瞬間、私はこの方の“誇り”に触れたのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 足が止まった。

 

 命あっての物種だ。

 それはどう取り繕っても私の本心である。

 

 

 であれば、“誇り”は無価値なのか? 

 

 

 誰がその誇りを護る。

 誰がその誇りを抱く。

 

 ──誰がその誇りを継ぐ。

 

 海燕殿は誇りをもって戦った。

 

 それを汚すべきでないと、浮竹隊長は仰った。

 

 ならば、私は何なのだ。

 

 その誇りに背を向けているだけでないか。

 それで良いのか? 

 

 今まで、あの人に向けられた信愛は何だったのだ。

 今まで、あの人に向けていた信愛は何だったのだ。

 

 

 ──私は、何のために死神になった? 

 

 

 踵を返す。

 

 何をしたいのか分かっていない。

 何を成せるかも分かっていない。

 

 

 けれども、何に突き動かされているのかは分かっている! 

 

 

 斬魄刀を抜く。

 拳に力を籠める。

 

 どうすれば良いかは分からない。

 

 それでも、どうしたいかは分かる。

 

 

 

 私は、海燕殿の誇りを、心を、護りたいのだ!! 

 

 

 

 

「朽木!? どうして戻ってきたっ!?」

 

 浮竹隊長が海燕殿を乗っ取った虚と対峙している。

 

 しかし、発作がこの最悪の時で起こったようだ。

 押さえた口元から赤黒い血が滴っていた。

 

 

「私が、私がっ! ……私が海燕殿の誇りを穢させやしないっ!!!! 

 

 

 雄叫びを上げ虚へと向かっていく。

 

 体が重い。

 

 いつもの鍛錬よりも、心が重い。

 

 この重さは、海燕殿に対する想いだ。

 

 決して無視するな。

 

 背負っていくのだ。

 

 彼の意思を、心を、誇りをっ! 

 

 私は受け継ぐと決めたのだっ!! 

 

 虚がニヤリと笑う。

 

 私の実力などでは、奴に一蹴されてしまうのかもしれない。

 

 しかし、しかし、しかし! 

 

 ここで背を向ける事など出来るだろうか。

 ここで逃げかえる事など出来るだろうか。

 

 

 

 

 私には――出来ないのだああああああああああああああああ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく、頑張りました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声は、とても美しい音を奏でた。

 

 まるで心を癒す音色。

 落ち着き、無条件で安心するような、覚えてもいない母の背を幻視した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼方を駆けよ──『天輪』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柔らかい霊圧に包まれる。

 

 全てを許す、慈母が如き温かさ。

 

『な、なんじゃ、お前は!?』

 

 虚が動揺している。

 

 この方の霊圧が虚にだけ向けられているのだろう。

 高度な霊圧操作だが、この方ならば造作もないはずだ。

 

 

 

 

 

 

光牙(こうが)堕衝(ついしょう)

 

 

 

 

 

 

 天から光の柱が降り立つ。

 

 夜闇を切り裂き、周囲を真昼のように明るく染め上げる光量に思わず目を閉じた。

 

 凄まじい霊圧を感じるが、意外な事に風圧や砂礫といったものが飛んでこない。

 

 恐る恐る目を開ける。

 

 

『な、なんじゃ……お前は何なんじゃぁぁぁぁあああ!!??』

 

 

 海燕殿の形をした虚の手足は捥がれ、胴体と頭部のみとなっている。

 

 その姿は海燕殿の普段の快活さからはほど遠く、酷く醜い。

 

 形だけ似ても意味はないのだ。その事がはっきりと分かった。

 

 

「不思議ですか?」

『その力、()()()()()()()()()()()()っ!? 隊長格の強さは儂も知っておった! だからこそ儂も多くの死神を喰らい力を付けたのだ! だが、しかし、それでも! その強さは何なのだっっっ!!!』

 

 

「私の斬魄刀は光を操ります。その熱量すらも」

 

 

 これには私だけでなく浮竹隊長も驚愕した。

 

 なんだ、その凄まじい能力は。

 それでは、人の目が見える場所や物、全てを対象に攻撃も幻惑も見せる事ができる。

 

 これが、那由他隊長の斬魄刀の能力っ! 

 

 

『そんな馬鹿な話があるかぁぁぁああああっ!!』

 

「縛道の七十五・五柱鉄貫」

 

『がぁっ!?』

 

 片手間に上位鬼道でもって虚の動きを封殺する。

 詠唱破棄でこの速度と精度……。本当にこの人は凄い。

 

「ルキア」

「は、はいっ!?」

 

 まさか声をかけられるとは思っておらず上擦った声が出てしまう。恥ずかしい……。

 

「貴方の悲壮な覚悟、しかと見届けました」

 

 どうやら見られていたらしい。

 どうしてここにいるのか等の疑問は尽きないが、今は危地を救って頂けたのだ。

 私は赤くなっていく顔を隠すためにも深く礼をする。

 

「その全てを、私の胸に刻みましょう」

 

 頭が上がらない。

 この人はどこまで器が大きいのか。

 

「しかし」

 

 一度言葉を区切ると、那由他隊長が私の傍に寄ってきた。

 そして、私の頬を掴むとグニッと外へ引っ張る。

 

「っ!!??」

「貴方が死んでは意味がありません」

 

 まさか那由他隊長がこのような事をするとは夢にも思っていなかった。

 確かに、見た目に似合わず案外お茶目というか天然という話は聞いた事があったが……本当だったのか。

 

「本当は出るつもりはありませんでした」

 

 私の頬から手を放し、那由他隊長は話を続ける。

 

「心配させないで下さい」

 

 少々疲れたようなため息を吐かれ、私は恐縮する事しか出来なった。

 

 た、確かに少し気分に酔っていたかもしれない。

 一部始終を見られていたかと思うと顔から火が出そうだ。

 

 途中で手を出さなかったのも、浮竹隊長が言っていた“誇り”を重んじての事だろう。

 

 私も自分の浅慮を恥じ入るばかりだ。

 

 しかし、

 

 

「わ、私は! 間違った事をしたとは思っておりません!」

 

 

 那由他隊長は少し驚いたように目を大きく見開くと、

 

 

「それでこそルキアです」

 

 

 本当に、本当に珍しい、というよりも私は初めての経験で、

 

 

 

──薄っすらとだが、とても優しい笑顔を浮かべていた。

 

 

 

「那由他、世話をかけて悪かったな……」

「浮竹隊長っ!」

 

 そうだ、浮竹隊長! 

 私は何を呑気に那由他隊長と話していたのだっ!? 

 浮竹隊長は血を吐いて蹲ってたんだぞっ!? 

 

「も、申し訳ありませんっ!!??」

「いや、いいさ。いつもの発作だ。そこまで心配しなくても良い」

 

 力なく笑う浮竹隊長への罪悪感が凄い。

 

「この虚は捕獲して十二番隊へ搬送しておきます」

「……そうだな。この虚の能力は危険だった。調べられるなら調べた方が良いだろう」

「後の事は私にお任せ下さい」

「いや、そこまで世話になる訳には……」

「ご自身の体調を見てから仰っては」

「これは、ははは……。じゃあ、すまないがお願いできるか」

「問題ありません」

「重ねてすまない、恩に着る」

「いえ」

 

 そうして、幾人もの犠牲を出した虚事件は終わりを迎える。

 

 海燕殿という大切な恩人の背を、私は見る事しか出来なかった。

 

 しかし、その雄姿は私の心に宿っている。

 

 

 ──貴方の心は私が受け取りました、海燕殿。

 

 

 そう思って、虚の方へ向いた時だった。

 

 

 

 

 

 

ニヤァァァァ

 

 

 

 

 

 

 その顔に怖気を覚え、咄嗟に声を上げようとするが──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「那由他隊長ぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時にはもう、海燕殿と同じように口から吐き出した何かを那由他隊長は受け止めてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿なっ!? 那由他の縛道に掛かっておきながらまだ動けたのかっ!?」

 

 

 那由他隊長の実力は総隊長も認めている。

 それ故に油断した! 

 先ほどの歯牙にもかけない実力差を見ていたのも一因だろう。

 

 しかし、これでは海燕殿の二の舞に……!? 

 

 

 

「問題、ありません……」

「那由他っ!」

「那由他隊長!?」

「私は既に、虚の力を身に、宿しています……」

「それとこれとは話が別だろ!?」

「そう、ですね」

「くっ、四番隊舎へすぐに向かう! 朽木!」

「はいっ!」

 

 この人も失うなどありえない。

 

 絶対に、あってはならない! 

 

 私は浮竹隊長の代わりに那由他隊長を担ぎ四番隊隊舎へと急いだ。

 

 

「絶対に、絶対に救ってみせます……っ!!」

 

 

 恐らく、私は泣いていたのだろう。

 

 海燕殿の時は誇りの意味を受け取り、それに対し涙を流すのは侮辱だと思えた。

 

 しかし、今は違う。

 

 ただ、この人が無事であって欲しい。

 

 それだけを願った。

 

 

「素敵な、顔ですね……」

 

 

 どこか落ち着いたような笑顔で、私の頬に流れる涙を拭われる那由他隊長。

 

 こんな時にまでっ! 

 

 

 

 絶対に強くなる。なってみせる。

 

 私に心を預けてくれた海燕殿にも、私に誇りを教えてくれた浮竹隊長にも、私の笑顔を見たいと言った那由他隊長にも。

 

 

 その背を守れるくらいには、私は強くなってみせる……!!! 

 

 

 

 

 十三番隊副隊長・志波海燕の殉職は、私に新たな誓いを打ち立たせた。

 

 

 

 




次話は明日の19時になると思いますです。


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追放…だと…!?

遅くなってごめんちゃい☆
そして感想等ありがとうございます。めっちゃ励みになってます!

今回は主人公視点無しです。


「那由他サンの斬魄刀の能力が分かりました」

 

 

 ()()()は町外れの工場跡地に来ています。

 

 ここは藍染サンの手によって虚として断罪された元護廷の隊長格が身を潜めている場所です。

 

 

「……それで? その能力ってのはなんやねん」

 

 

 代表して平子サンが口を開きました。

 その顔は苦虫を噛み潰したように渋いです。

 

「光の操作です。鬼道系に属するでしょうが、あまりに珍しい能力なので正確な分類は難しいですね」

「そか」

 

 簡単な答え。

 

 珍しいだけでなく非常に強力な能力ですが、それでも皆の反応は淡泊です。

 

 それも当然でしょう。

 

 約80年前、私たちは尸魂界を追われました。

 その際にアタシたちと共に藍染サンに立ち向かった那由他サンは、今でも護廷の死神として活躍しています。しかも、七番隊の隊長として。

 

 それは良いのですが、藍染サンも同じように五番隊の隊長に就任したのが皆の顔を曇らせている理由でした。

 

 

 つまり、藍染サンの犯行を黙認してるってことッスね。

 

 

「那由他は結局、ウチらを売ったってことかいな」

 

 ひよ里サンが苛立たし気に言葉を発しました。

 彼女は護廷にいた頃、那由他サンと仲が良かったですからね。

 未だに信じられないのかもしれません。

 

「その話は何回もしただろ? いい加減割り切れって」

 

 愛川さんがため息交じりに応えます。

 

「せやけど、あたしかて信じられへんわ。エロ本貸し合った仲やのに」

「おまっ、那由他に又貸ししてたのかよ!?」

「ツッコミどこそこか?」

 

 矢胴丸サンの言葉で驚愕する愛川サンに六車サンの冷静な指摘が入ります。

 

「那由他ちゃんも興味津々やったで?」

「意外すぎる……」

 

「んな話はどーでもええねん」

 

 平子サンの一声で、再び場は静寂に包まれました。

 

「那由他は藍染とつるんどる。それが分かれば十分や」

「今では藍染隊長、デスからね……」

「元から藍染側なのか。兄貴を捨てきれなかったのか。まあ、俺は後者だと思いてぇなぁ」

「あのバカ野郎め……」

「野郎ちゃうやろ」

「リサは黙ろうな」

「じゃあ、私たちが仲良かったのも演技?」

「あの音色で演技だったら、これは僕のセンスも鈍ったのかな」

「鏡花水月ちゃうん?」

「それは()()()()()って話し合っただろ?」

 

「だぁぁっぁああ! うっさいわボケ! ウチが那由他をぶっ飛ばしたる!!」

 

 皆の会話にひよ里サンの堪忍袋の緒が切れました。

 

 

 それもこれも、未だに皆さんが那由他サンの事を割り切れていない、というのがあります。

 

 

 藍染サンは優しく柔和な笑顔が印象的な人格者として有名でしたが、隊長格として何度も会う度に皆さんは思っていたんです。

 

 ──この人、本当は笑ってないのでは? 

 

 それは小さな違和感ッス。

 護廷の仲間を疑うのも罪悪感がありましたが、何か一線を引いてるように彼がアタシたちと距離を詰める事はありませんでした。

 特に平子サンが顕著でしたね。

 

 人と一定の距離を取る、というのも人の性格がありますが、あの藍染サンがそのような態度を取る事に感じた直感は誤魔化せなかったものです。

 

 今思えば、恐らく鏡花水月の隠蔽でしょうね。

 五感を騙せても何が切っ掛けで気付くか分からない。

 用意周到で誰にも気付かれぬよう物事を進めていた藍染サンだからこそ、他人に近づきすぎないようにしていたのでしょう。

 そして、自らに心酔させ疑う余地を奪っていく。

 

 その用心深さがアタシたちの違和感となって、藍染サンからの排除対象へとなったようですが。

 

 

 何より、彼は那由他サンのために動いています。

 

 

 その溺愛ぶりは護廷でも有名でしたからね。

 

 十番隊の一心さんが告白した時は離れたところから見守り、その後は十番隊舎へ()()()にまで行ったそうですから。

 ファンクラブも藍染サンが公認した範囲でしたし、隊士の間で『鉄の掟』なんてものを徹底させていたそうです。

 告白厳禁、自身からの身体的接触の禁止、ご飯は常にツーマンセルで誘う、などなど……。

 

 

 いやぁ、立派なシスコンッスね! 

 

 

 これに気付いていなかった那由他サンも那由他サンで凄まじい鈍さですが……。

 

 まあ、だからこそ彼の行動理由も分かるのです。

 

 そこまで追い詰められていた。

 どんな非情な手段であろうと、彼女を必ず救ってみせるという強い意思を感じます。

 

 その被害に遭ったアタシたちでも、藍染サンに業を煮やしながら納得はしてしまえているのですから。

 

 だからこその距離感だったのかと、今ならば考えられるのです。

 

 

 しかし、那由他サンは違います。

 

 

 彼女はむしろこちらへ積極的に関わろうとしていました。

 

 まるで怖がらせてないか、不快感を与えていないか。

 野良猫に近づく猫好きみたいでしたね。

 

 皆に好かれるように、皆を大切にしたいという感情が近くにいるだけで分かりました。

 

 自分の顔も気にしているのでしょう。

 出来る限りの事をして皆との関係構築に奮闘する彼女の姿は微笑ましいものでした。

 

 そういった行動の端々に出る感情のようなものを、皆はいつの間にか察知できるようになっていたのです。

 

 藍染サンが必要最小限の行動で最上の結果を出すのだとしたら、那由他サンは必要以上の準備と労力をかけて最上の結果を出している感じでしょうか。

 

 だからこそ、その姿勢をアタシたちは好ましく思っていました。

 

 

 そして、あの運命の晩。

 

 彼女は藍染サンに立ち向かっていました。

 

 あの時の顔を、アタシは忘れる事が出来ません。

 

 普段以上に怯え、どうすれば良いか分からない。親に捨てられないよう、必死に縋りつく子供のような顔でした。

 無表情だとしても長年の付き合いです。それくらいは分かります。

 

 当時、気を失っていた他の皆さんも後に話に聞いただけで悲痛な表情を浮かべていました。

 

 現世へ逃げる際には夜一サンのおかげで何とかなりましたが、那由他サンだけは藍染サンの手によって阻まれました。

 他の方々は良いけれど、那由他サンは彼にとっても特別なのでしょう。当たり前ですね。

 

 夜一サンも「藍染は許せん。しかし、那由他が藍染の側を選んだ理由も……分からんでもない」と言っていました。

 那由他サンを奪い取られた際に何か感じるものでもあったのでしょう。

 

 尊敬していた兄が非道に手を染めていた。

 それも、自分のせいで。

 

 心優しい彼女の事です。

 そんな兄を自分から切り捨てる事など出来なくても仕方ないと言えましょう。

 

 

 

 ──最悪の展開としては、アタシたちの知っている那由他サンなど存在せず全てが鏡花水月による幻だった、という場合です。

 

 

 

 しかし、これはないだろうとアタシたちは結論付けていました。

 

 

 何故ならば、藍染サンが那由他サンを説得できるとは思えないからです。

 

 

 鏡花水月を他人に使う場合、幻を作り出す本人の協力が必要不可欠です。

 何せ、同じ人物が二人いる状態になる訳ですからね。

 

 そして、藍染サンが鏡花水月を会得しアタシたちに披露したのは護廷に入ってから。

 それまでの那由他サンが本物であるのは確実です。

 

 更に言えば、那由他サンは随分と多忙でした。

 

 休暇という名の世話日、なんて隊士たちの間で囁かれていたくらい皆の世話を焼きたがる子でした。

 

 藍染サンも強制的に言う事を聞かせるタイプではありません。

 

 非情であり外道であろうと、そこには一種の美学が存在し、彼の矜持によって行動が決められている。

 アタシはそう感じています。

 何より、あそこまで大切にしていた妹を無理矢理従えるとも思えませんし。

 

 

 そして大きな疑問点として、あのタイミングで那由他サンを仕向けてくる理由がないのです。

 

 

 藍染サンが那由他サンの魂魄を改善させるために虚化の研究をしていたのは分かります。アタシもそうですし。

 しかし、アタシたちの前で見せつけるように虚化させたのは疑問が残るのです。

 

 あの流れならば、アタシたちが那由他サンと一緒に現世へ逃げようとする事は想定できたはず。

 あのタイミングでは、アタシたちは那由他サンを全面的に信じていました。だからこそ一緒に現世に逃げようとしました。

 にも関わらず、那由他サンは護廷の死神のまま。

 わざわざアタシたちが那由他サンを奪還する事を藍染サン自らが阻止しています。

 阻止するのであれば何故、あの時に虚化を? 

 アタシの崩玉すら用いずに安定化できるのならば、後でやれば良かった話です。

 

 藍染サンなら、そのままアタシたちと共に現世へ向かわせてスパイのように那由他サンを使っていても可笑しくありません。

 

 藍染サンが完全催眠を自慢気に語っていたのは平子サンが聞いています。

 それなら那由他サンの姿も鏡花水月を使っていたと考えるのが普通ですが、先の理由以外にも虚化に耐えられる人物は隊長格以上の霊圧を持つ人ですから、あの場にいたのは那由他サン本人だと考えられます。

 

 次に那由他サンをわざわざアタシと一緒に行動させた事。

 

 これはアタシの油断を誘い、最終的には崩玉を奪うためでしょう。

 けれども、那由他サンはそれすらも出来ないボロボロな状態でアタシの前へと現れました。

 結局彼女はアタシたちが逃げだすまで昏睡状態であり、崩玉を奪うどころか動くことさえ出来ていません。

 

 そんなミス、藍染サンがするでしょうか? 

 

 そして、アタシにこれら疑問を残している点も気になります。

 

 

 ──まるで、那由他サンを溺愛するあまり、彼女が好き勝手動くのを藍染サンがフォローしているようです。

 

 

 結果的に、アタシたちは那由他サンを疑いきれていません。

 

 それすらも藍染サンの策略だとすれば、これは大変に厄介な問題ッスね。

 

 ただ、一番厄介なのが、

 

 

 

「ああ、それと。那由他サン、殺されたらしいですよ?」

 

 

 

「「「は?」」」

 

 

 皆さんの声が綺麗にハモリました。

 結構気持ちが良いっすね。

 

「ちょ、ちょい待ちぃ! なんで藍染がそないな事許すねん!?」

 

「藍染サンも拘束されたみたいッスよ? 一時的な措置らしいですけど」

 

 

「「「はぁっ!?」」」

 

 

 もう一度ハモリましたね。

 ちょっと面白いッス。

 

「ど、どういう事や!? 一から説明せい!」

「分かってますよぉ」

「な、何が何やら……」

「ちゃんと説明するッスよー」

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

「零番隊より藍染那由他を虚として処理せよ、との命が下った」

 

 

「なっ、待って頂きたい!?」

 

 私は総隊長の言葉にすぐさま反論した。

 

「り、理由を! 理由をお聞かせ願いたいっ!!」

 

 総隊長の表情は真剣そのもの。

 当たり前だろう。

 この場に呼ばれている隊長たちも皆が表情を強張らせている。

 

 私──砕蜂もその一人だ。

 

「……虚の力を持ちつつも制御を行えていた藍染那由他に虚化の影響が見られた。先の事件によって更に虚を身に宿した彼奴を、これ以上は容認出来ん」

 

「これまでの彼女の功績を無視してもですかっ!!」

 

 咆える。

 

 しかし、これまでではなくこれからの話をしているのだ。

 些か頭に血が上っていると言えよう。

 

 分かっている。

 

 分かっているが……! 

 

 

「無論じゃ」

 

 

 総隊長の言葉に言葉を無くす。

 拳を強く握りしめながらも一歩踏み出した足を元に戻した。

 

 ただし、この決定には疑問点が尽きない。

 

 何故今頃になって? 

 あの事件は数年前の話だ。

 今では那由他姉様も通常業務に戻っておられる。

 なにより、そこまでの変化は……た、確かに少し直情的になった気はするが。

 

 

 そもそも、零番隊が動くほどの案件だろうか? 

 

 

 少々きな臭い。

 

 これは虚化云々ではなく、那由他姉さま本人に零番隊が動くほどの理由があると考えられるだろう。

 

 私は忘れていない。

 

 80年前、忠誠を誓っていた夜一様が尸魂界に反旗を翻し罪人として逃げていった事を。

 

 また繰り返すと言うのか? 

 

 あの絶望を、もう一度味わえと言うのか? 

 

 そんなもの、私が絶対に認めないっ! 

 

 

 

『砕蜂』

『那由他姉様……』

 

 あの時、悲嘆に暮れ、自身がどちらへ進めば良いかも分からなかった頃。

 

 私は那由他姉様と共に在った。

 

 あの人は口が上手くない。

 だから、ただ側にいて頭を撫でてくれただけだ。

 

 普段からよく共にするが、その時も基本的には私が一方的に喋るだけだった。

 それでも、那由他姉様は慈しむような顔で私を見つめ可憐に首をコクコクと振り相槌を打ってくれる。

 

 いつもの無表情。

 それを馬鹿にする者も、感情が薄いと考えるものもいない。

 ただ表現を上手く出来ないだけなのだ。

 

 だからこそ、その動かぬ口元よりも、彼女の目がものを言う。

 

 常に他者を慮る目だ。

 

 この世の全てを愛し、抱きしめられるかのような、優しい目だ。

 

 

『私がいます』

 

 

 あの時の言葉が、私を立ち直らせたと言っても過言ではない。

 

 ああ、私にはまだこの人がいる。

 

 私をいつも可愛がってくれ、私は常にその大きな背中に寄り掛かっていた。

 

 ──那由他姉様の支えに私もなろう。

 

 そう、素直に思えた。

 

 そして、もしかしたらこの時。

 

 

 私は那由他姉様を愛してしまったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 その那由他姉様が虚として処されるだと? 

 

 

 馬鹿も休み休み言えっ!! 

 

 

「……俺もその命には違和感を覚えます」

 

 言葉を零したのは十三番隊の浮竹だった。

 

「彼女は隊士皆のためを想って行動しています。身に虚を宿しているのは確かですが、その制御にも成功していたはずです。何故今更になって」

 

 

「控えよ、浮竹」

 

 

 総隊長の重い一言が場を支配した。

 

「これは王族特務案件に匹敵する。我らに逆らうという選択肢は、最早ない」

 

 その言葉だけで察した。

 察せざるを得ない。

 

 ──総隊長も、苦慮の末判断したのだという事を。

 

 あの人に目をかけていたのは総隊長も同じだ。

 

 それが虚と判断される。

 きっと何か救う道はないかと探した事だろう。

 側に立つ雀部も黙して伏している。

 その心中を慮っているのだろう。

 

「反抗の余地ありとして、既に兄の藍染惣右介は拘束済み。この場での決定に異議を唱える者は同じ処罰を受けると肝に銘じよ」

 

 無理もない。

 

 奴の溺愛っぷりは誰でも知っている事だ。当然の処置だろう。

 

 歯を食いしばる。

 

 こんな事が、あって良いのか? 

 

 

「失礼します!」

 

 

「何事じゃ!」

 

 隊首会に飛び込んで来たのは見知らぬ顔。

 恐らく一番隊の者だろう。

 

 しかし、この場に口を挟むなどよっぽどの事態だ。

 

 

 ──まさかっ!? 

 

 

「藍染那由他七番隊隊長が逃亡! 現在は瀞霊廷を出て流魂街におり、取り押さえに向かった者多数が無力化されております!!」

 

 

「……死した者は?」

「おりません! すべて縛道による拘束です!」

「……そうか」

 

 なんという、事だ……。

 

 那由他姉様……。

 

 那由他姉様。

 

 那由他姉様っ。

 

 

 那由他姉様っ! 

 

 

「待て、砕蜂!」

 

 誰かの声が聞こえる。

 

 そのような雑事に気を取られる暇はない。

 

 せめて一目。

 

 あの人をこの目で見なければ、悔やんでも悔やみきれないっ! 

 

 

 

 

「那由他姉様っ!」

 

 追い付いた。

 追い付けた。

 

 その人は斬魄刀を抜くこともなく、ただ苦し気な顔で周囲の人を優しく地面へと抱き下ろしていた。

 

 那由他姉様が、表情を変えているなんて……。

 

 私でも数回しか見たことのないものだ。

 それほどの苦痛なのだ。

 この人の心が悲鳴を上げているのだ。

 

 私に続いて続々と隊長格が集まる。

 

 しかし、言葉を発する者はいない。

 

 それはそうだろう。

 

 この光景を見るだけで分かる。

 

 何故、この人を虚として断じなければならない? 

 

 

 誰よりも清らかで、優しく、高潔な心を持つこの方を、どうして斬り捨てる事ができようかっ!? 

 

 

「京楽っ!」

「ここで睨めっこしててもしょうがないでしょ」

「それは、そうだがっ!」

 

 八番隊の京楽春水が斬魄刀を抜いた。

 

 普段はふざけた態度ばかり取る奴だが、その実力は確かである。

 

 如何に那由他姉様と言えど、縛道のみで立ち向かえる相手ではない。

 

 どうする。私はどうすれば良い。

 

 頭の整理が追い付かない。

 混乱してグチャグチャだ。

 

 ただ、私はこの人を救いたいのだ。

 

 共に歩んでいきたいのだ。

 

 それだけ、なのに……っ! 

 

「逃げ場はないよ。というより、どこへ逃げようとしてるの?」

「皆さまに迷惑はかけません」

「うーん、現状かかってるんだよね~」

「……申し訳ありません」

「謝られちゃったよ。どうしようかね、これ」

 

 京楽は飄々と声をかける。

 那由他姉様はいつもと変わらぬ平坦な声だ。

 

 だが、その声には後悔の念がこれでもかと込められていた。

 

 

「……私が虚となれば、刃を向けやすいですか」

 

 

 え? 

 

 今、この人は何と言ったのだ? 

 

 虚となれば? 

 

 そんな、自ら罪を被ると言うのか……? 

 

(けい)を虚にはさせぬ」

 

 声は朽木白哉のものだった。

 

「せめて、死神として裁こう。零番隊に、渡しはせぬ……!」

 

 その信念に、幾人かの者が斬魄刀を抜いた。

 

「那由他隊長。貴方は、このような時のために、ワシを育てられたのですか……? こうなる事が分かっておられたのですか? 何十年も苦しんでおられたのですか? 何故……何故、ワシに話して下さらなかったのですかっ!? それほどまでに、ワシは、ワシはっ! 頼るに値しなかったのですかっ……!?」

 

 私が飛び出し、すぐに総隊長が副隊長以下席官にも招集をかけたのだろう。

 相手は那由他姉様だ。何も可笑しな事はない。

 

 七番隊副隊長、狛村左陣は震える声で那由他姉様へと訴えかける。

 

「僕は、貴方の苦しんでいる顔なんて、見たくない、です」

 

 三番隊第三席、吉良イヅル。

 

「私たちは、那由他隊長に憧れて、これまで頑張ってこられました!」

 

 五番隊第五席、雛森桃。

 

「俺は強くなりましたよ。貴方のおかげです。でも、今で満足する訳ないんですよ……。貴方が、目標なんすよ!」

 

 十一番隊第六席、阿散井恋次。

 

「俺が死神になったのも、那由他隊長のおかげなんですっ……!」

 

 九番隊副隊長、檜佐木修兵。

 

「那由他……」

 

 十番隊副隊長、松本乱菊。

 

 

「藍染七番隊隊長!」「俺たちが不甲斐なくて、すいやせんっ!」「嫌だ、こんな事って……」「なんで、なんでだよっ! ちくしょう!?」

 

 続々と集まってくる隊士たち。

 

 八番隊の伊勢副隊長、七番隊の射場副隊長、四番隊の虎徹副隊長、十番隊の日番谷三席まで、

 

 

 これだけの人に、この人は愛されてきたのだ……。

 

 

 

「射殺せ “神槍”」

 

 

 

 途端、底冷えのする声が響いた。

 

 そして、鮮血が舞う。

 

「「「なっ!?」」」

 

 

「市丸、貴様ぁぁぁあああああ!!!」

 

 

 頭の血管が切れたかと思った。

 

 それほどの憤怒だ。

 

 他の皆が驚く中、私は市丸の胸倉を掴む。

 

「ちょぉ、待ってぇな。ボクは命令に素直に従っただけですやん」

 

 ヘラヘラとした顔をぶん殴ってやりたい衝動に駆られる。

 

 しかし、言っている事も真実だ。

 

 私たちは感情で二の足を踏んでいただけで、行いとしては奴の方が正しい。

 

 苛立たし気に振り返ると、既に那由他姉様は消えていた。

 

 市丸の斬魄刀で吹き飛ばされたのだろう。

 

 地には僅かな血痕のみが残されていた。

 

 

「ちゃんと殺しときましたよ?」

 

 

 ブチギレそうになるが、肩を強く掴まれた。

 

 振り払うように向き直ると、そこには浮竹がいた。

 

「那由他は死んだ……そうだろ?」

 

 そして、気付いた。

 

 

 ()()()()()()()()()、という意味を。

 

 

 

「那由他隊長っ!」

 

 

 

 遅れてきたのは、確か……十三番隊の朽木ルキア、だったか? 

 

 那由他姉様から特別に可愛がられていた奴だ。

 

 ちっ! 

 

 

「そんな……那由他、隊長……」

 

 

 現場の血痕を見て察したのだろう。

 詳しくは後で浮竹が説明するだろうし、ここで言う訳にもいかない。

 

 

 

「あ、ああぁぁ……あああぁぁぁぁぁぁ……!!!」

 

 

 静かに慟哭し、蹲る朽木に仲間が寄り添う。

 

 誰もが沈痛の面持ちで項垂れていた。

 

 あの人ほど素晴らしい死神が、かつていただろうか。

 

 どうしてこのような事になった? 

 

 決まっている。

 

 

 

 

 

虚化などという実験を行った、浦原喜助のせいだ。

 

 

 

 

 

 朽木ルキアの嘆き悲しむ声を背後に、私は浦原喜助に憎悪の念を燃やしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、私たちは藍染那由他という人物を失った。

 

 

 

 そして、その数年後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──十番隊隊長の志波一心が失踪したのだ。

 

 

 

 



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とある出来事:七番隊の場合

 

 

「……那由他隊長、いなくなったんだよな」

「ばか、お前!?」

「でも、そうじゃん?」

「それは、そう、だけど……!」

 

 

「なんでそんな事が言えるの!?」

 

 

 とある女性隊士が叫んだ。

 七番隊舎は、恐ろしいほどの静けさだった。

 

 隊長の側にいた人だけではない。あの人に触れ合った人皆が思った。

 

 

 

 

 

 

 なぜ? と。

 

 

 

 

 

 

「俺らはさ、那由他隊長から“名前で呼んで欲しい”って言われてたよな?」

 

 口火を切った事務担当の死神が言う。

 彼は最初、とても強い情熱を胸に灯していたらしい。しかし、実力的な問題から事務方に配属となったようだ。

 

「どれだけ、俺らはあの人と向き合えたのかな」

 

 彼の言葉に多くの者が下を向く。

 彼女は元々五番隊であり八席。しかも、体に敵となる虚の力を宿していた。

 これは有名なことで、公言こそされていないが事実と認識されている。

 

 そんな隊長に対して、僕らは距離を置いていた。

 一番に距離を詰めようとして矢面に立っていたのは狛村副隊長だ。

 

「貴殿らの想い、儂が背負おう」

 

 そう言って、緊張した面持ちで隊長と接していた。

 

 しかし、隊長は決して怖くもなければ、()()()()()()()()()

 

 

 

 

「……これを」

「はい」

 

 

 僕が那由他隊長と仕事を共にする機会があった。

 その時は随分と静かな人だと思ったが、緊張感が強くてよく分からなかった。

 

 

「……これを。そこに」

「はい」

 

 

 なんとなく柔くなった雰囲気に首を傾げながら、それでもどうしたら良いか分からなかった。

 

 

「……これを。そこに、置いてください」

「はい」

 

 

 不器用なだけだと、察した。

 

 僕のような一般隊士に緊張されているとは思ってもみなかった。

 ただ、那由他隊長ほどの人の話題は噂でも広がりやすく、気づいたら皆が「あぁ、那由他隊長ってそういう人なんだ」という共通認識が出来ていたのは少し笑った。

 

 そうすると逆に勇者みたいなやつが出てきて。

 

 

「那由他隊長! 俺の事も下の名前で呼んでもらえないですか!」

 

 

 なんて。

 いや、嘘だろ。マジか。尊敬するわ、その勇気。

 

 

「では、〇〇。この仕事を次にしてくだい」

 

 

 彼が名乗る前に把握してるの!? 

 

 調子に乗って次々に名乗りだす七番隊士の皆には笑ったけど、もちろん僕も名乗った。

 

 

 

「☆☆くん、これを貴方に任せたいです。貴方は~が得意でしょうから、これはやりがいのある仕事だと思います」

「□□さん、これは貴方の好きなことに近いのですが、$$さんが苦手な分野なのでフォローに回ってくだされば嬉しいです」

「%%くんは経理より庶務の方が向いていますね。男性として不満かもしれませんが、私はしっかりと貴方を評価していますよ」

「&&さん、これはどういう事ですか? 貴方ほどの人がこのようなミスをするとは思えません。理由があるのでしょう?」

 

 

 

 那由他隊長は皆を見ていた。

 

 はじめは疑心でもって見ていた隊長格としての資質を、行動によって示して頂けた。

 だからこそ、皆が衝撃を受けている。

 

 那由他隊長がいなくなったという現実を。

 

 

 

「あの人の名前を呼んでも、届いてなかったのかもな」

 

 

 

 彼は純粋な力でもって護廷に貢献したかった。しかし、それを出来るだけの実力が無かった。

 だからこそ気になったのかもしれない。

 

 あの人が、僕らへ教えてくれた愛よりも、返せるものが無かったという事に。

 力が無くても、伝えられる愛があると教えてくれたように。

 

 

 

 

「那由他隊長……いなくなったんだよなぁ……!」

 

 

 

 

 嗚咽を抑える事なく漏らした彼の言葉に、僕らは何も言えなかった。

 

 

 



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ホワイト…だと…!?

「隊長を辞めます」

 

 

 市丸くんにぶっ飛ばされて尸魂界から逃げる数日前にヨン様へ言った言葉だ。

 

 まさか、それからすぐに実行してくれるとは思ってもみなかったが。

 

 

 海燕殿事件の成り行きでメタスタシアを取り込んでしまった俺に、もうこれ以上の原作ブレイクをする気はない。

 

 だってあそこでルキアが突っ込んでいくとは思わなかったんやもん。

 何でそんな事したん? 下手したら死んでたよ、君? 

 

 

 君は俺に曇り顔を見せるんだから、そんなとこで死んじゃだめでしょ? 

 

 

 それに苺が死神になれないじゃん。

 そんなの原作ブレイク以前の問題よ。

 俺は苺の曇り顔も見たいのっ! 

 

 ただ、間近でルキアの苦し気な泣き顔を見れたのはとても良かった。これには俺もニッコリ。

 

 あと、アーロニーロはごめんよぉ……。

 あの名シーンを再現出来ないと理解した時は本気で凹んだ。

 

 

 俺の大好きなルキアの名シーンがぁぁぁ……。(号泣)

 

 

 

 

「……どうしてだい?」

 

 ヨン様は暗黒微笑を携えながら聞いてくる。

 これは返答次第でご機嫌を損ねるやつですね。分かります。

 

「ワンちゃんがいますので」

 

 おっと、本音が零れ過ぎた。

 

「なるほど」

 

 え、今ので理解できたの!? 

 思考が異次元すぎて言った俺の方が困惑するわ。

 

「狛村左陣は君に心酔している。君の表現も的を射ているだろう。今までは那由他が隊長であった方が都合が良かったが、卍解を隠している君に対して既に卍解を会得している狛村左陣を隊長に据えるのは、山本元柳斎が初めに言っていた通り理にかなっている」

 

 なんか好解釈してくれた。

 ありがてぇ。

 

「それに虚圏では“(エスパーダ)”も揃った。誰かが面倒を見る必要もあるだろう。既に那由他を隊長に留めておく理由も少ない。──好きにすると良い」

 

 頂きましたっ! 

 “好きにすると良い”! 

 

 これで七番隊の隊長に狛ちゃんがなってくれる! 

 

 良かったー。

 

 射場さん含めのダブル副隊長って異例過ぎて総隊長の目が怖かったんだよねー。

 めっちゃ睨んできてたし。

 

 俺が(建前上)卍解出来ないんだから副隊長を二人でってゴリ押ししたんすよ。

 射場さんをわざわざ十一番隊から引っ張ってきた甲斐があったわ。

 

 これで隊長はワンちゃん、副隊長は広島弁。

 原作開始時点の七番隊はやっぱこれでしょ! 

 

「それで、隊長を辞めた後はどないしはるんですか?」

 

 市丸くんがすかさずツッコんでくる。

 それな。

 

「先ほど藍染様が仰ったように虚圏の管理をするのではないか?」

 

 ナイスフォロー要っち。

 

「いや、管理はしなくて良い」

 

 あるぇ……? 

 

「那由他の魂魄強度を上げるとしよう。那由他、虚圏の虚を好きに喰らうと良い

 

 oh……デンジャラス……。

 そんなカニバリズム的なサムシングはグロいのでノーセンキューなのですが。

 

「そろそろ零番隊が那由他の中の“()()”に気付き動くはずだ。それを利用すれば那由他は自由だよ」

 

 偶然すらも必然にする。これぞヨン様劇場。

 

 

 で、俺の中の“欠片”って何……? 

 

 

 要っちや市丸は訳知り顔(?)でウンウン頷いている。

 

 ちょっとぉ、仲間外れは良くないよぉ……。

 

「那由他は虚圏で寛いでいれば良いさ。今まで励んできた分ね」

 

 急に優しくなって怖いんじゃが。

 そして教えてくれる気がないのも分かったでござる。

 

 

 

 そんな訳で、俺はしばらく虚圏で虚を喰っちゃ寝ハピハピしていた。

 

 

 

 それにしても、逃げる時の皆の表情は良かったなぁ~。

 

 俺も「辛そうな顔しなきゃっ!」って使命感で必死こいて顔面筋動かそうとしていたけど効果はあっただろうか? 

 ぶっちゃけ、どれくらい顔が変わっていたのか自分ではよく分かっていない。

 

 そして市丸はナイスだった。

 

 京楽さんが割と殺る気満々でビビッて「虚化しなければ本気で来ないよね?」って聞いたら皆で刀抜き出すんだもん。そらビビるわ。

 思わず市丸くんにアイコンタクトしたら速攻で神槍出してくれて本当に助かった。

 

 君は命の恩人だよ。

 

 ただね、ガチで()()()()()()()のはどうかと思うんだ……! 

 

 そこは演技で良いんだよ、演技で。

 割と本気で焦って防いだじゃないか。そんな防ぐ事前提の信頼はいらない。重い。

 おかげ様で肩をザックリやられたよ。すごい痛かった。(小並感)

 

 

 で、虚圏で虚を探して三千里以上を歩いた訳だが、いつの間にか“刃”を含めた最上級大虚(ヴァストローデ)からすら恐れられるようになったのは少し切ない。

 優しく食べてあげただろぉ? 無表情だったけど。

 

 別にカニバった訳ではない。カーニバルみたいな勢いで食べてたが。

 流魂街でダイソンしていた時と同じ要領だ。

 

 

 虚見つけて懲らしめて斬魄刀でダイソン! 

 

 以上! 

 

 

 やってる事まんま虚圏の虚そのものなんだよなぁ……。

 

 

 なんか当たり前のようにヨン様に言われたから「そうなんだー」としか考えてなかったが、これって結構凄い事じゃね? 

 最早“暴食(グロトネリア)”じゃね? 

 いや、別に取り込んだ虚の能力を再現出来たりはしないんだけど。

 

 そこら辺──って言っても随分探したが──にいた最上級大虚は殆ど喰ったから、もう俺の霊圧半分くらい虚だし。

 

 今までの癖で霊圧は無意識レベルで抑えられているから、よく探らなきゃ俺の中の濃厚な虚の気配には気が付かれないだろうけど。

 苺と会った瞬間に敵認定されるのも悲しいから、虚の方の霊圧を集中的に抑えてはいる。

 

 ただ、俺に虚をダイソンできる能力があるとはここに来るまで知らなった。

 あれかな? ヨン様謹製の崩玉(仮)で再虚化したからかな? 再破面化みたいなノリでやられたんだよな……。

 

 どうやら俺の魂魄を強化するというよりも、今までの実験データを元にした改善だったらしい。

 つまり、死神に寄生する虚の能力を改造して虚を吸収する能力にしたようだ。

 

 

 もう俺の魂魄、色々混ざったり弄られまくったせいで原形がないんじゃがぁ……。

 

 

 それでもしっかり自我を保てているあたりは流石ヨン様なのだろうか? 

 

 ただ、魂の半身である“天輪”なんかはとてもご立腹だ。

 お兄様の事も『本当なら今すぐ斬りたい』とか言ってたし。

 

 物騒だよぉ。チャン一顔で曇ってくれるのは嬉しいが。

 

 ともかく、こんな状態の魂魄を卯ノ花さんとかに見られたら一発アウトなので、やはり隊長辞めてて良かった。

 

 まあ、こうなったのは虚圏で虚食べ放題してたからなんだけどね! 

 

 あと、試してみたら他者に俺の虚の力を割譲する事も出来たので、アーロニーロにはさっさとメタスタ君を返してあげた。

 

 感覚としては人間に死神の力を渡すのに近い、と思う。やったことないから分からんけど。

 

 その結果、なんかアーロニーロには凄い恐縮された上に、他の“刃”からはめっちゃ世話を焼かれるようになったのだが……やっぱみんな強くなりたいのかな? 

 いや、嬉しいんだけどね。俺は本来あるべきところへ返してあげただけよ? 

 

 でもやったぜ! これで原作再現できる! 

 

 なんかルキアの覚悟の仕方が既に違うんだよなぁ……。

 

 あそこで突っ込む子じゃなかったでしょ? 

 これじゃアーロニーロ海燕殿が出てきても普通に倒しそう。

 

 だから、虚のみんなは俺の事をそんなに怖がらなくても良いと思うんじゃが。

 生きるのが俺の魂魄の中か虚圏かの違いくらいよ? 

 俺も割と本能と欲で生きてるから一緒一緒! 

 

 まあ、“もう一人のボク”みたいに精神世界で自我を保てている奴はいないが。

 

 

 ──そう考えると、“もう一人のボク”って何者? 

 

 

 いや、曳舟さんから貰った疑似魂魄だからね。

 零番隊の力は凄いって事やろ。

 

 でもあいつ自分の事を“虚の力”って自慢してくるんだよな。

()()()()()()使()()ってうるさいし。

 

 使う機会ないねん。

 “天輪”使う事すら稀やぞ? 

 後、出し惜しみした方がOSR値溜まりやすいんでしょ? 

 

 最後の言ったら凄い納得されたのも腑に落ちんけど。

 

 ま、いっか。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで数年を虚圏で過ごしていた俺にお兄様から一報が届いた。

 

死神代行、という者が生まれたようだ』

 

 なんでも、一応殺された事になっている俺だが、結局は生きている俺の観察を合法的にするために浮竹さん発案で生まれた役職らしい。

 勿論、建て前は別に説明しているだろうが。

 

 俺の現在地を掴めてはいないだろうけれど、監視は重霊地である鳴木市に範囲を絞ったようだ。

 俺が本当に虚になって現世の人間襲ってたら尸魂界もたまったもんじゃないだろうしな。

 他の地域で大きな事件でも起きてなけりゃ鳴木市に根を張ってみようという思考は理解はできる。

 

 ただ、俺が原因で死神代行が生まれるとは思ってもみなかった。

 

 ごめん、銀城……。

 俺のせいで死神に裏切られるっぽいわ。

 その理由までは知らんけど。

 

 まあ、しばらく月島さんとかとキャッキャウフフしてて。

 

 破面編以降どうなるか俺も詳しく知らんねん。

 なんか無月で死神の力を失った苺を曇らせてから復活した能力を奪って更に曇らせるんでしょ? 

 

 なにそれ楽しそう。

 

 それで銀城が死神に復讐したい、んだよね? 

 俺の知っている情報なんてそんなフワッとした感じのものだ。

 

 まあ、その原因が俺になるっぽいので、少しくらいは様子を見た方が良いかもしれない。

 

「お兄様」

「何だい?」

「私は現世にも少し行った方が良いでしょう」

「……そうだね。君の姿を少し確認させてあげよう」

 

 はい、ヨン様からのGOサイン、頂きましたー! 

 

 

 

 

 そんな訳で現世へと時々顔を出していた俺だったが、ある日、一心さんを見つけた。

 

 

 

 

 

 オマケでホワイト。(白目

 

 

 

 

 

 雨が降りしきる中、始めは見間違いかと思った。

 思わず二度見してしまったし。

 

 一心さんが現世にいるって、それってそういう事でしょう? 

 消えまくる死神の調査でなんやかんやして一人で現世まで飛び出してきちゃったあれでしょう? 

 

 あ、現世の駐在隊士が斬られた。

 一心さんが気付いてホワイトに瞬歩で近づき戦闘が始まる。

 

 しばらくしたら真咲さんがやってくるんだろうな。

 

 予期せぬ形で原作シーンに遭遇した俺は霊圧遮断コートを羽織ったまま野球観戦のように近くのビルの屋上へと身を潜める。

 

 おー、「剡月」だ! 

 中々きちんと鑑賞する機会が無かったんだよね。

 一心さんも何故かよそよそしかったし。時々ご飯とか一緒に食べには行っていたけど、二人で行くって事はあの茶屋に行ったきりだなぁ。

 まあ、それは良いんだけど。

 

 

「……成程。全身は黒いし孔も何やら塞がっちゃいるが……霊圧は虚に間違い無えようだ……!」

 

 

 キャー! 一心さんカッコイイよー!! 

 

 久々に見れた原作ママの光景に俺はキャッキャと喜ぶ。

 

 

 しかし、真咲さん! 真咲さんはいずこぉーーー!? 

 

 なんか一心さんめがっさ苦戦しとるんですけどぉ!? 

 

 なんてテンパってたら、

 

「無断出撃かいな。こら問題になりそうやなァ」

「良いじゃないか。予想外の収穫だ」

 

 隣にヨン様劇団員たち、ギンくんと要くんの降臨である。

 

 急に来るのは心臓に悪いから止めて? 

 

「あれは()()()()()()()()()()()()“試作品”でね」

 

 そして、我らが劇団長ヨン様も当然のようにいる。

 

 あと、なんか当たり前のように話しかけられたが、一応俺も霊圧遮断コート着てんです。

 そんなにバレバレだった? 

 霊圧コントロールには一家言あると思っていただけに地味に凹む。

 

 違う、そういう問題じゃない。

 

 

 ちょっっっっと待って……! 

 

 

 え、アレは俺を前提に作られた虚なの? 

 あと、だから真咲さんはどこだってばよ。

 

「“試作品”ではなく“ホワイト”とお呼びください。奴はこれまでに創り上げた凡百の虚とは次元が違います。()()()()()()()()()()()()()“死神の魂”で創り上げた虚なのですから」

 

 要っちのこだわりはこの際どうでも良いんじゃ。

 

 あれ? 

 

 でも、原作だと確か“ホワイト”が初めて“死神の魂”を元にして創った虚じゃなかったっけ? 

 なんで()()()()()()()()()()()()()()()()()の? 

 

 確か俺がメタスタ君の観察に行く時に誰かが言ってたよね、そんな感じの事。

 

 

 もしかして──俺のせい? 

 

 

「全ては那由他の魂魄強度を上げるためだよ。多くの虚を喰らってそれなりの強度にはなってきたようだが、やはり死神の魂を使った方が効率が良さそうだね」

 

 

 

 

 はい、俺のせいでしたぁ! 

 

 

 

 

 え、待って、それで海燕さんが死んでホワイトが生まれるの!? 

 

 原作ガン無視じゃんっ!? 

 

 そんな設定無かったよ、当たり前だよ、だって俺原作にいないんだもん! (混乱)

 

 

 更に待って! 

 

 

 

ここで俺が介入しなきゃ、もしかして一護生まれないんじゃね……? 

 

 

 

 そう考えると、なんだか“天輪”が苺の姿をしているのにも意味があるような気がしてきた。

 

 流石に焦る。

 ここで一心さんと真咲さんが出会わないなど許されない。

 

 俺は霊圧探知の範囲を広げ、必死の思いで真咲さんを探った。

 

 ……いた! 

 

 少し離れたところに二つのかなり強い霊圧反応がある。

 

 一人は真咲さんだとしたら……もう一人は雨竜パッパか! 

 

 おのれぇディケイドォォォォォ!

 貴様のせいでこの世界が崩壊したらマジで絶許! 

 

 俺はいてもたってもいられずその場から離れ真咲さんの元へ動こうとする。

 

 

 

「那由他は彼に興味がないと思っていたんだが……何か気になる点でもあるのかい?」

 

 

 

 途端、お兄様の聞いた事もないような冷たい声が俺の首筋を撫でた。

 思わず体が凍り付く。

 

 え、急にそんなブリザード吹く? 

 

 隣の要っちと市丸くんも冷や汗浮かべてるじゃん。

 圧迫面接は良くないよぉ。

 

「近くに滅却師と思われる霊圧があります」

「ほう……滅却師か」

 

 こんな時でも動く不愛想さんの仕事に諸手を上げて喜ぶ俺。

 

 どうやら“滅却師”という単語にしっかりと興味を持って頂けたようだ。

 これには他の二人もニッコリ。安堵的な。

 

「面白い。良いよ、那由他。好きにしなさい」

 

 はい、頂きましたっ! 

 

 という訳で瞬歩を使い速攻でその場から離れる。

 勢いつけ過ぎて足場を壊さないように気を付けながらも、俺に出せる最速で離れた。

 

 

 めっちゃこえぇぇぇぇ……!!?? 

 

 

 何が逆鱗に触れたのか分からんが、何で一心さん助けようとするだけであんななったの!? 

 

 確かに助けようとは思ったけど、死神人生としてはほぼ終わるからさ! 

 ヨン様お好みの才能の塊みたいな息子さんもつくって下さるし! 

 

 俺は苺の顔見たいし! 

 真咲さんには一心さんと出会ってもらわなきゃ困るし! 

 

 ほら、win-winだろっ!? 

 

 そんな説明出来る訳ないけどなぁっ! 

 

 とにかく、真咲さんを霊圧で釣るべく、俺は霊圧遮断コートを急いで脱ぎ、虚の方の霊圧のみを上げる。

 伊達に虚圏で虚を喰っちゃ寝してないわ! 

 

 瞬間、結構な重圧を世界に与えてしまった。

 

 アブネ、焦って変な出力で出しちった。適度な量に調節しないと。

 尸魂界からも観測されたろうな、今のは……。大丈夫かな? 

 

 まあ、今はそんな事気にしていてもしゃーなし。

 

 よっしゃ、滅却師のお二人発見! 

 

「「!?」」

 

 突然現れた俺に二人は驚き、何やら光の弓を咄嗟に構えている。

 何だっけ、あれ、弧雀だっけ? 

 普通にカッコイイんだよな。ちょっと使ってみたい。

 

「行かなければ後悔しますよ」

「!」

 

 そして、端的に真咲さんへと話しかけた。

 

 あんまりのんびりとしている時間はないので、少し急かす感じになるが仕方ないだろう。

 俺は彼女が原作通りに「自分が助けられる人は誰でも助けたい」という想いを持っている前提で話している。

 

 そうでなきゃ、こいついきなり何言ってんだ状態である。かなり痛い子。

 

「悪いが僕たち純血統滅却師(エヒト・クインシー)は易々と血を流すべきでは無いんだ」

 

 しかし、そんな俺に反応したのは雨竜パッパこと石田竜弦さん。

 うむ、クール系イケメンだな。影を落としてあげたい。

 

 どうやら今まで二人が揉めていた内容を俺が既に把握している事を察したらしい。

 

 流石、将来の総合病院院長。

 今はまだ高校生のはずだったが、きっと頭の出来も良いのだろう。

 

「私は、行くよ」

 

 そして、こんな不審者である俺に数瞬の迷いすら無く断言できる真咲さんは凄いと思う。

 俺が言うのもなんだけど。

 

「やめろ!」

「私ねっ!」

 

 真咲さんは引き留めようとする竜弦さんを一喝で黙らせた。

 おぉ、地味に凄い。

 

「竜ちゃんがおば様のことや滅却師のこと、その先の未来のいろんな事まで色々考えて行動するの、そういうのすごく竜ちゃんのいいところだと思う。でも──」

 

 そして、真咲さんは顔だけをくるりと竜弦さんへと振り向かせ、とても力強い目をして言い放った。

 

 

 

「仕来りに従って、今日できることをやらないで、誰かを見殺しにしたあたしを──明日のあたしは許せないと思うから」

 

 

 

 泣きそう。

 このセリフを側で聞けたことを神に感謝します。オーマイ……。

 

 表情が変わらんから、心の中で滂沱の涙を流す。

 

「? 貴方、泣いてるの……?」

 

 俺は驚いて真咲さんを見つめる。

 別に目から雫が零れていた訳ではない。

 

 それを、今さっき会ったばかりの真咲さんに指摘されるとは。

 

 やっぱりこの人はそういうところが凄い。

 改めて感動した。

 

「待て! そいつは虚だ!」

「気配はそうだね。でも、きっと大丈夫だよ」

「何を根拠に……!?」

「女の勘、かな?」

 

 悪戯好きのようなニシシッと笑った顔がとってもキュートです。

 俺の心が浄化されそう……。

 

「私を信用して頂けるのですか」

「うーん、信用っていうか、信頼?」

 

 何が違うんだ? 

 

「信頼はね。信じるだけじゃなくて頼るの。私は貴方を頼りにしている」

 

 その顔は、とても真剣なものだった。

 

 うわぁ、俺は凄い貴重な瞬間に立ち会っているかもしれない。

 

 

 これが黒崎一護の母親──『黒崎真咲』。

 

 

 一心さんが“太陽”と形容するのも分かる。

 

「では、ついてきてください」

「行ってくるね、竜ちゃん」

「真咲っ……!」

 

 追いすがるように伸ばした竜弦の手はフラフラと力なく虚空をさまよい、やがて体の横へとダラリと下がった。

 彼も彼で好きなキャラではあるんだけどね。

 

 ゴメン、でも今はちょっと真咲さんを借ります。

 

 

 俺は瞬歩で移動する。

 

 真咲さんも俺に難なくついてきていた。

 流石、現滅却師最強と噂される人だ。

 

 そして、すぐに一心さんとホワイトが戦っている姿が目に入る。

 

 既にヨン様に背中から斬られた後なのだろう。

 多くの血を流し、なんとか踏ん張っている状況だが辛うじて、という感じだ。

 

「っ!」

 

 真咲さんがすぐさま滅却十字から弓を形成、矢を放ち一心さんからホワイトを引き離すように牽制する。

 

「何だ……あいつは……!?」

 

 一心さんが驚き真咲さんを見つけ、

 

 

「なっ!? 那由他隊長っっ!?」

 

 

 俺もついでに見つける。

 

 って、あ。

 

 

 

 

 何俺まで普通に登場してるんじゃい、ボケェ!!?? 

 

 

 

 

 しまった、真咲さんを案内だけして後は隠れてるつもりだったのに! 

 

 ヤベェ、どうしよう!? 

 

 

 なんて俺が一人動揺していても戦いは続く。

 

 

 ホワイトの迅さに動きを捉えきれない真咲さん。

 

「それなら」

 

 すると、武装を解いて手をホワイトに向けて差し伸べた。

 

 あ、これアレや。

 とりあえず原作通りにホワイトが真咲さんに寄生できそうでホッとする。

 

 そんな俺の考えなど知らない真咲さんへ飛び掛るホワイト。

 

 

「よし。つ―かま―え……たっ!

 

 

 捨て身の攻撃。

 自分の肩口を噛ませてホワイトを捕まえた真咲さんは、至近距離からホワイトのこめかみを撃ち抜いた。

 

 ホワイトは衝撃に吹き飛ばされる事はなく真咲さんの肩に嚙みついたままだったが、すぐに全身の力を抜き弾け飛ぶ。

 

 ──よし、なんとか原作通り! 

 

 一人、心の中でガッツポである。

 

「あいつを一人でやっちまうとは……嬢ちゃん一体何者だ……?」

 

 一心さんの言葉に、ふぅと息を吐いていた真咲さんがビクリと体を震わせ反応する。

 全身ボロボロではあるものの、そこは護廷の隊長。

 自分が討ち倒すべき敵を代わりに退治してくれたんだから、礼ぐらいはするだろう。

 それに、一心さんは結構な女好きだし。

 

 美少女JKである真咲ちゃんにこのタイミングで声をかけない訳がない。 

 

 ただ、滅却師と死神だからね。

 

 一心さんはまだ気が付いてないっぽいけど、真咲さんからしたら先祖を虐殺した死神に対して、そら初めは気まずいわな。

 

 そんな死神が相手でも助けようとするんだから、本当にこの人は聖人君子。

 

 原作苺の「皆を護りたい」っていう想いも亡き母から受け継いだのだと分かる。エモイ。

 

 

「私は、黒崎真咲──滅却師です」

 

 

 しばしの無言を挟んで、真咲さんは覚悟を決めた顔で一心さんの問いに答える。

 

 

「そっか滅却師か! 実物見るのは初めてだ!」

 

 

 そして一心さんの言葉に、驚いた表情を返していた。

 

 

 

 

 

 あぁぁぁぁ……尊いんじゃぁぁぁぁ……。

 

 

 

 

 ここは俺が邪魔する場面では決してない。

 

 邪魔者は静かに去るのみ……。

 

 

「で、那由他隊長もありがとうございます!」

 

 

 やっぱり見逃してくれないかぁ……! 

 

 

「いえ、私は何もしていません」

「そんな事ないよ! 私をここまで案内してくれたでしょ? そのおかげで、こうやって誰かを助けられたんだから、それは貴方のおかげだよ」

 

 やめてぇ! これ以上俺の良心を刺激しないでぇ! 

 俺は苺が産まれて欲しいだけなんですぅぅ! 

 

 

 幸いな事に、俺の経緯を知っている一心さんはこの場にいる俺の事を深くは追及しなかった。

 

 まだ俺の事を仲間だと思ってくれているようで何よりです。

 

 

 そして、一心さんは尸魂界へと帰っていったのだが、

 

 

 

 

「ねえ、貴方。私の住んでる家に来ない?」

 

 

 

 

 ねえ、君の家って石田君の家でしょぉ? 

 

 君が勝手に決めていい訳じゃ、あ、こら、やめろ! 

 無理矢理連れて行くな! 

 

 

 これ以上ややこしい事になるのは嫌なのぉぉぉぉ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な!! 自爆したと言う事は標的虚化だけじゃない……最終段階の“転移”まで行ったという事だ……それを滅却師に……!」

 

 死神の虚化の為に創ったのに、滅却師に反応した事に失敗だったと失望する要。

 

 だが、私は那由他が引き起こした騒動の様子を興味深く感じていた。

 

 

 当初の目標から逸れたものが、当初の目標を超える事もあるのだろう。

 

 

「そう悲嘆する事もない、要」

「しかし……」

「死した死神から容作られた虚が、敢えて最も自らと相反する存在である滅却師を選んだ。──その先を見てみたいとは思わないか?」

 

 私の言葉に要は考えるように押し黙る。

 ギンは特に口を挟まずにいつも通りの微笑を浮かべているだけだ。

 

 これも君の導く頂きに繋がるのだろうね。

 

 私は眼下にて滅却師の少女に腕を掴まれ引っ張られていく妹を見守る。

 

 

 

 

 ──楽しみだよ、那由他。

 

 

 



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再会…だと…!?

いつも応援ありがとうございます!
最近、感想返せてなくてごめんなさい! でもちゃんと全部読んでます!


「無断出撃は罪なれど、即断速攻により隊士の犠牲は必要最小限に抑えられ、ひいては現世の被害も軽微なものに留めることとなった。よって──此度の隊規違反は不問とする!」

 

 

 俺──志波一心は無言で総隊長に頭を下げる。

 

 勝手に飛び出したが、なんとか温情を貰えたようだ。

 

 それもこれも、

 

「報告には虚の異様さとそれを手引きしたと思われる謎の襲撃者()()しか記述が無いが……書き漏らしは無いとして良いのじゃな? 他には何も特筆すべき事は無かったと」

「はい」

 

 那由他隊長とあの滅却師の嬢ちゃん、二人のおかげだ。

 

 

 “滅却師(クインシー)”は約200年ほど前に死神が滅ぼした存在だ。

 

 

 人間たちの暮らす『現世』、死した者が暮らす『霊界』、そして虚の蔓延る『虚圏』。

 この三界における魂魄量のバランスを取るのが死神に課せられた役割である。

 そのため、死神は現世にて成仏できずに留まっている霊“(プラス)”を魂葬で霊界へと送り、人を襲う化け物“虚”を退治して現世の安定化を図っている。

 

 しかし、死神だけで全ての人々を救える訳ではない。

 

 虚との戦いで殉職する事の多い死神は、その絶対数が足りないのだ。

 また、虚に立ち向かえる力を持つためにかかる期間もそれなり。

 

 これに対して、人間はただやられる事を良しとしなかった。

 

 己の力で霊子を操り、虚を葬る術を身に着けた者たち──滅却師。

 

 彼らの目指したものは敵の消滅である。

 

 俺たち死神は虚を倒してもその魂魄までは消滅させない。

 けれども、奴らは違う。

 

 存在そのものを()()()()()()()()のだ。

 

 それを魂のバランサーである死神は容認できなかった。

 

 その結果、千年前から続く滅却師と死神の争いは、約200年前に死神の勝利という形をもって終止符を打つことになった。

 

 

 ってのが、俺の知っている滅却師のあらましだったんだが……。

 

 

「まさか生き残りがいたとはなぁ」

 

 何とは無しに呟く。

 

 いつもの様に副隊長の乱菊から逃げ、俺は太めの木の枝を寝床替わりにして仕事をサボっていた。

 

 何故、あの嬢ちゃんの事を総隊長に報告しなかったのか。

 自分の事ながら正確には分かっていない。

 

 滅却師の存在なんて総隊長に伝えたら、きっと粛清が彼女を待っているのだろう。

 

 命を張って自分を助けてくれた彼女なのだ。

 流石にそれは不義理すぎないか? 

 

 なんて思ってはみるが、どうも自分的にはしっくりこない。

 

 なんか気になるんだよなぁ……。

 

 そもそも、彼女は俺が死神である事などは分かっていたのだ。

 分かった上で、俺を助けたのだ。

 

 しかも、俺が対峙していた虚は隊長である俺が手こずるほどの強敵。

 

 それを先祖の仇っていうもん飲み込んでまで助けたんだ。

 

「黒崎真咲……つったか」

 

 すんげぇ度胸持ってんな。

 その後、俺に襲われるとか考えなかったのだろうか。

 

 いや、返り討ちにできると思っていたのかもしれない。

 何せあの黒いのを一発で仕留めてたし。

 それはそれで、俺の隊長としてのプライドがなぁ……。

 

 まあ、んなあるかどうかも分からないものはどうでも良い。

 

 

 それよりも気になるのは、俺を背後から襲った奴だ。

 

 

 如何に強い虚と戦っていたとしても、背後をそう簡単にとられるような柔な鍛え方をしていないつもりだった。

 

 何故全く霊圧を感じなかった? 

 しかも、傷跡は刀傷だ。

 つまり、下手人は死神である。

 

 そう考えると、直後に嬢ちゃんを連れてきた那由他隊長の事を思い出す。

 

 あぁ、もう隊長じゃないんだよな……。

 

 誰よりも皆を想っていた、今なお慕われ続ける元七番隊の隊長。

 俺の──初恋の人。

 

 流石にもう引きずっちゃいない。100年も前の話だ。

 ただ、それでもあの人への憧れが薄れる事だけは無かった。

 

 那由他さんが来る直前で俺を斬った下手人は消えた。

 那由他さんは、どうやら黒崎真咲を連れてきてくれたようだった。

 

 つまり、下手人は那由他さんが助っ人を連れてくる前に俺を始末しようとしたが、それが間に合わなかったって感じか? 

 

 それなら、もしかすると那由他さんは俺に傷を負わせたのが誰か知っている? 

 

 

 もしかして――浦原喜助か?

 

 

 そういや、虚と戦っている時に別の巨大な虚の霊圧を感じた。

 目の前にいた奴がガキに見えるほどの霊圧だ。

 あれは最上級大虚の数体分に匹敵する力だと思う。そして、同じ場所から那由他さんの霊圧も。

 

 十二番隊の涅隊長も、

 

『虚圏にて観測されていた最上級大虚の霊圧が何体か消失したヨ。三界における魂魄のバランスに関してはまだ問題ないけれど、これ以上続くのは問題ダネ』

 

 と言っていた。

 

 虚圏の虚を現世に送っている奴がいる……? 

 

 

 だとすると……現世へと渡った那由他さんが、その虚を退治しまくっていたんだろう

 

 

 那由他さんから感じる虚の霊圧も前に比べて大きくなっていたのは、少しずつ体を蝕まれたからだろうか。

 しっかし、最上級大虚数体分の強さにまで育っているとは、流石と言うべきなのだろうか。

 俺なんか赤子の手を捻るレベルだろう。しかもそれを制御出来てるっぽいし。

 

 マジでやべぇな、あの人……。

 

 しかし、総隊長も那由他さんの活動を黙認しているようだ。

 

 魂魄バランスを崩すようなら対処するだろうが、今はまだそこまででもない。

 最近は落ち着いたようだし。

 

 流石にあの人の霊圧には気付く。

 何十年も見てきたからな。

 

 あの人の霊圧を観測すると、常に虚の霊圧とあるそうだ。

 どうやってかは知らないが虚圏にも行ってるらしい。

 

 まあ、十中八九虚の退治をしているのだろう。

 

 現れたら危険な最上級大虚を何体も葬ってる訳だ。

 

 やっぱあの人は変わんねぇな。

 

「……もう一回会って、キッチリ礼でも言ってくるかな」

 

 思い浮かべた二人の姿。

 

 幸いにも、突如現世に現れた最上級大虚――あの黒い奴が何故現れたのか調査を行う必要がある。

 もう那由他さんが解決しちまったかもしれないが……。

 それならそれで構わない。

 

 っていうか、あんまあの人に頼りすぎるのも悪ぃな。

 

 もう既に死神としての地位を奪われたのだ、あの人は。

 それでも、皆の平和を願っているのだ。

 

 なら、俺は俺で胸を張れる事をしなくちゃなんねぇ。

 

 丁度鳴木市は十番隊の管轄。

 相手が最上級大虚なら隊長である俺が現世に行くべき。

 

 おっし、何の問題もねえな! 

 

 

 そうして、俺は再び現世へ向かう準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 俺は現在、シンプルながらもしっかり女の子の部屋をしている真咲ちゃんの部屋に居候している。

 

 

 ホワイトを倒した真咲さんに連れられて石田家へ連れていかれそうになった俺。

 

 そんな彼女の行動を止めたのは、クール系イケメン石田竜弦さんだった。

 

『連れていける訳ないだろう……』

 

 呆れたように呟く竜弦さんに俺も全力で頷いた。

 

 だって俺、君たちの天敵である死神と虚のハーフみたいなもんですよ? 

 しかも石田家って滅却師の総本山みたいなもんでしょ? 

 

 許される訳がねぇ。

 

『で、でも! この人のおかげで助けられたんだし、なんか行くとこなさそうだし!』

『捨ててきなさい』

 

 俺は捨て猫か何かか? 

 

 真咲さんが泣きそうな顔で必死に竜弦さんを説得しようとしているが、彼は当然のようにNOを連呼する。

 

『私は問題ありません』

『ほらぁ!』

 

 違うよ、真咲ちゃん。

 俺は「心配しないでも大丈夫だから放っておいて」って意味で言ったんだよ? 

 別に石田家で針の筵になっても無問題とか、そういう意味じゃ決してないよ? 

 

『……分かった。どうやら霊圧を完全に消す術も持っているようだし納屋にでも』

『私の部屋で良いよ!』

 

 アイエエエ! 竜弦サン!? 竜弦サンナンデ!? 

 

 まさか竜弦さんが折れるとは思ってもみなかった。

 真咲さんの押しの強さ、恐るべし。

 

 

 こうして、お家の人に隠れひっそりと石田家に居候する事になってしまった俺。

 

 

 浦原さんの霊圧遮断コート持ってて本当に良かった。なきゃ速攻でバレてたよ。

 

 しかし、マジでこれからどうなるんだろう……。

 

 っていうか、このままだと俺は浦原さんと接触する事になるのでは? 

 マズくない? 

 

 だってお兄様の暴挙を見ていながら一緒に仲良く隊長やってたんだよ? 

 

 これはフルボッコ確定ですわ……。

 まあ、仮面の軍勢(ヴァイザード)相手でも逃げおおせるくらいの実力はあると自負していますが。

 

 ただ、この時代での俺の原作知識が曖昧なんだよねぇ。

 

 俺が知っている流れは以下の通り。

 

 ➀一心さんがホワイトとバトる。

 ②一心さんヨン様から斬られる。

 ③真咲さんがホワイトを倒し寄生される。

 ④真咲さんが虚化する。

 ⑤浦原さん登場。

 ⑥一心さんが死神の力を失う代わりに真咲さんを助ける。

 ⑦人間として暮らし医者になった一心さんと真咲さんが結婚。

 ⑧一護誕生。

 

 俺が知っている流れなんてこんなもんだ。

 

 苺出生の秘密って千年血戦編で明らかになるやん? 

 俺、その頃の鰤ちゃんと読んでた訳じゃないからさ……。

 

 なんとなくは知っているものの、詳しくは知らない。

 今となっては致命的すぎる。

 

 

 だって、④がいつ起こるか分からんのやもん! 

 

 

 もう散々原作に介入しまくってしまったせいでどの程度の差異があるかもわからんが、この④の時期が分からなければ俺は彼女の元を離れるのも怖い。

 人知れず真咲さんが魂魄自殺してたら俺も自殺してしまうかもしれん。

 

 そういう訳で、結局俺は彼女の部屋に居候する事になってしまった。

 

 お兄様に怒られなきゃ良いけど……。

 

 

 真咲さんの側を離れて部屋に置き去りにされても困るので、彼女が学校へ行く時も俺はついていく。

 勿論、霊圧遮断コートを羽織った上で霊圧を極小まで抑えた状態でだ。

 

 一人で浦原さんと会うなんて恐ろしすぎる。

 

 学校の授業を窓の外の木に座って眺める。

 なんか懐かしいなー。そういえば学校のお勉強ってこんなんだったわ。

 

 何だかんだ授業をエンジョイしてしまった。

 暇だししょうがないよね。

 

 そういえば虚圏はどうなってるかなぁ。

 “刃”の皆は元気だろうか。

 

 そして、部屋で普通にくっちゃべってたら家の人に不審に思われるだろうから、夜には真咲さんとお散歩をしている。

 

 彼女は俺の事をあれこれと聞いてくるが、俺は口下手もあって上手く会話を続けられない。

 基本的には彼女が俺にずっと語り掛けている形だ。

 傍から見たら真咲さんが可哀想な子になってしまうので、出来るだけ人通りが少ない道を歩く。

 

 このように、俺の日常は虚圏での荒んだものから随分と華やかなものに変わってしまった。

 

 この間、お兄様から何の連絡もないのが少し怖いが、まあ「好きにすると良い」という言質を貰っているのだ。

 便りがないのは元気な証拠! 那由他は今日も元気ですよ、お兄様! 

 

 

 

 そして、ホワイト事件から数日が経った頃。

 

 

 俺たちの前に浦原さんが現れた。

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

「お久しぶりですね、那由他サン」

 

 先日感じた強大な虚の気配と、あれは志波一心サンの霊圧でしょう。

 これを、アタシは藍染サンの手引きによるものだと確信をもって調べました。

 

 予想通り、その場に参入した滅却師の少女『黒崎真咲』には虚が宿っています。

 

 100年以上に渡り虚の研究してきたアタシです。

 見ただけでもある程度は分かります。

 

 しかし、予想外だったのは彼女の隣に那由他サンがいた事です。

 

 やはり、彼女は藍染サンの手を取ったのでしょうか。

 虚が宿った黒崎サンの経過観察をしているのでしょうか。

 尸魂界から追われたのもこのために……? 

 

 数々の疑問がアタシの中で渦巻ますが、今はまだ情報が足りません。

 

 如何に霊圧遮断コートを着ていても、目視で認識してしまえば意味はないのです。

 

 数日間を、アタシは二人の女性の調査に当てました。

 傍から見ると完全にストーカーなのは地味に精神に来ましたが……。

 義骸を簡単に脱ぐ訳にもいかないッスからね。

 尸魂界に発見されるリスクは出来るだけ抑えなければなりませんし。

 

 

 こうして観察した結果なのですが……今回に限って言えば、那由他サンは“白”でしょう。

 

 

 まず、彼女たちのやり取りは普通の友人のように気安いものでした。

 

 那由他サンは口が上手くありませんが、それでも黒崎サンとの会話を楽しんでいたのは雰囲気で分かります。

 その様子は今まで見た事がないほど嬉しそうなものでした。

 

 時折警戒するように周囲を見渡す時はこちらがバレないかヒヤヒヤしたものですが、彼女の視線は基本的に黒崎サンに釘付けッス。

 

 随分と彼女にご執心のようですね。

 

 黒崎サンが鏡花水月にかかっているとは考えづらい状況ですから、あそこにいるのは那由他サンで間違いありません。

 黒崎サンが彼女の事を「那由他さん」と呼んでいる事も確認済みです。

 

 まるで姉妹のように仲良さげな二人を、疑う事の方が難しいです。

 

 しかし、そのような演技を彼女の兄である藍染サンは誰にも気付かれずに続けていました。

 油断は禁物ッスね。

 

 ただ、出来れば演技ではなく、本心から黒崎サンに寄り添っているもんだとアタシも思いたいものです。

 

 

 だから、アタシも覚悟を決めて那由他サンの前へ姿を現しました。

 

 

 ここで、彼女を見極めます。

 

 

「……浦原さん」

 

 彼女はどこか気まずい様子でアタシから目線を逸らしました。

 

 どうやら罪悪感を抱いてはいるようです。

 それだけで少しホッとしてしまう自分に苦笑いが浮かぶッスね。

 

「無事で、良かったです」

「貴方がそれを言います?」

「申し訳ありません」

 

 すぐさま謝罪をしてくる那由他サン。

 腰を直角に曲げ、頭をこれでもかと下げている姿には、こちらも少し戸惑ってしまうほどでした。

 

「そう仰るって事は、自分の立場も分かってるって事ッスか?」

「私では……お兄様を止められません」

 

 頭を下げたまま、苦しそうに呟かれた言葉。

 

 そうですね。

 彼女はそういう人でしたね。

 

 彼女の心根が変わってないようで安心したと同時に、藍染サンに怒りが湧きます。

 

 彼女を救うための行いで、何故彼女が傷ついていると分からないのか。

 それでも貴方の側を選んだ那由他サンが、どのような気持ちで貴方の行いを見ていたか。

 誰に相談する事も出来ず、己の中で背負うと決めた彼女の悲壮な覚悟に、貴方は気付けないのですか──藍染サン? 

 

 でも、同時に那由他サンへも少し怒りを覚えました。

 

「貴方は周囲からどのように見られているか、もう少し理解する必要があるッスね」

 

 ビクリと肩を震わせる那由他サン。

 

 これはあれっすね、きっと断罪されても仕方ないって思ってるやつッスね。

 アタシはただ、平子サンたちにお仕置きをしてもらって彼女の協力を取り付けたいだけなんですが。

 

「っ! 待って!」

 

 と、ここで隣で事の成り行きを見守っていた黒崎サンがアタシと那由他サンの間に両手を広げて入ってきました。

 

 彼女にとって、既に那由他サンは他人ではないのでしょう。

 数日間だけですが、二人を見ていたアタシにですら分かります。

 

「詳しい事は分からないけどっ、でも、那由他さんはきっと後悔してる!」

 

 彼女の発言に那由他サンは恐る恐る顔を上げ、黒崎サンの背を見つめます。

 那由他サンも黒崎サンと知り合って数日です。

 多分、「何で?」って感じッスかね。

 

 だから言ったんスよ。

 那由他サンは他人からどう思われているか、もう少し理解した方が良いッス。

 

「貴方が誰かも、那由他さんとどういう関係なのかも、過去にどんな事があったかも、私は知らない。でも、これだけは言える!」

 

 黒崎サンの視線は強いです。

 何が何でも、自分の背に控える那由他サンを守ろうという、強い決意を感じます。

 

 その瞳は那由他さんとは違う煌めき――“太陽”のように輝いていました。

 

 月と太陽ッスか。

 

 これは惹かれ合うのも当然ッスかね。

 そして、アタシが彼女たちに人間的魅力を感じるのも必然でしょうか。

 

 さながら、アタシたちは地球ってところでしょう。

 

 空から温かく照らされ、安心して眠れる時を与えられ、命を育み、慈しむように看取られる。

 お互いが別の優しさを周囲に与え、どちらかが欠けた事など昔から無かったと錯覚してしまう。

 

 こう考えると、驚くほど二人の関係性がしっくり来るのも不思議なものッス。

 

 人間関係は出会ってからの時間だけじゃないって事ッスね。

 アタシの方が那由他サンとは長い付き合いではあるのですが、少し妬けるッス。

 

 

「私は、困っている親友を放っておく事なんて出来ない!!」

 

 

 黒崎サンの言葉に、那由他サンは目を丸くしました。

 

 ほら、黒崎サンは貴方の事を“親友”って呼んでますよ? 

 

 というよりも、アタシは完璧に悪役ですねぇ……。

 どうしましょうか? 

 

 アタシを前にした那由他サンに動く気配はありません。

 この様子ならば落ち着いて話す事もできるでしょう。

 平子サンたちが納得するかはちょっと分かりませんが……。

 

 まあ、それもこれからの話し合い次第でしょうか。

 

 なんて、思わず彼女たちの友情にホッコリとしていた時でした。

 

 

 

 

 

「浦原喜助ぇぇぇぇえええええ!!!」

 

 

 

 

 憤怒の形相でアタシに向かって斬魄刀を振り下ろしながら降ってくる、

 

――志波一心サンが現れたのです。

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

「何故お母様に告げ口をした!?」

 

 僕──石田竜弦は側付きのメイド、片桐に詰問するように問いかけた。

 

藍染那由他(かのじょ)は真咲の客人だ! それに、死神と虚の力を両方持つなど、お母様に知られたらどうなるかお前も分かっているだろう!?」

 

 失敗した、と思った。

 

 霊体とは言え、霊力持ちは食事を必要とする。

 その分のフォローを真咲が己の霊力で補っていたのだが、流石に普段と変わらぬ食事では回復が追い付かない。

 

 そのため、片桐に彼女の食事を少し変えるように頼んだのだ。

 

 その際に必要最低限の理由のみを語ったつもりだったが、僕は彼女を信頼しすぎていたのかもしれない。

 せめて藍染那由他の存在は伏せておくべきだった。

 

 今更ながらに後悔が付きまとうが、もう遅い。

 

「真咲様は虚の攻撃で傷を負っており、正式な滅却師の治療術式を行わなければ将来の石田家の血が濁ってしまう可能性があります。それに、やはり死神に肩入れするべきではありません!」

 

 片桐の言い分は尤もだ。

 

 僕も分かっている。

 

 

 ――真咲は、僕の婚約者である。

 

 

 お互いに純血の滅却師。

 既に真咲のご両親が他界してしまった以上、この血を守るためにも、僕と真咲の結婚は定められたものだった。

 

 しかし、僕は真咲を──愛していた。

 

 高校生の僕が何を言っているんだとは思う。

 けれど、彼女の幸せそうな顔を見るだけで、僕の心はいつも救われていた。

 

 その笑顔を守るためなら……。

 

「そんな理由で──」

 

 思わず漏れてしまった僕の発言に、片桐は唖然とした顔を晒した。

 当然だろう。

 

「“そんな理由”!?」

 

 片桐は声を荒らげた。

 しかし、激昂はしなかった。

 

 ただ悲しそうに、信じられないように、裏切られたように。

 その声をただ震わせて僕に訴えかけるだけだった。

 

「それが全てではないのですか!?」

 

 片桐の言葉全てが僕に刺さる。

 そうだ、僕は昔からそう言ってきた。

 片桐にも言い聞かせた。

 

 全ては、

 

 

「坊ちゃまは仰ったではありませんか!! 真咲様との結婚は、滅却師の未来の為だと……!!

 

 

 僕は結局、己の心を曝け出す事に恐怖を覚えたのだ。

 

 もし、彼女に拒絶されたら。

 もし、彼女の笑顔が曇ったら。

 もし、彼女を幸せに出来なかったら。

 

 それならば、彼女のしたい事を、僕は支えようと決めたのだ。

 

 そして、それは僕を幼い時から支えてくれている、幼馴染でもある片桐を裏切る行為だった。

 

 ああ、僕は愚かだな。

 

 勉学だけが出来ても、何も救えやしない。

 

「っ!」

「坊ちゃま!?」

 

 片桐の悲痛な声を背に、僕は家を飛び出した。

 

 本当に僕はどうしようもない。

 

 親からの期待、片桐からの信頼、真咲からの信愛。

 

 どれも中途半端に受け止めている。

 

 何故信じられない? 

 

 自分の努力を、自分が進む道を、彼女の心を。

 

 

 何故、僕は信じきれないんだっ──!? 

 

 

 行く当てもなく、ただ夜道を駆ける。

 

 

 そして、肌がヒリつく程の膨大な霊圧の衝突を感じ取った。

 

 

「なっ!?」

 

 この霊圧は……先日の死神のものか! 

 

 しかし、ならば相手は? 

 

 混乱する頭を何とか整理しようと、霊圧を感じた周囲を霊圧探知で探る。

 

「……真咲?」

 

 そして、そのすぐ側に、真咲がいる事に気が付いた。

 

 何故? 

 

 また、君は死神を救おうというのか? 

 

 己の身を削ってでも、他者を助けたいと思うのか? 

 

 

 僕はただ、君の笑顔が見たいだけなのだ。

 

 

「くそ、くそっ、くそっ、くそぉぉぉおおお!!」

 

 僕は自身の不甲斐なさを吐き出しながら、現場へと急いだ。

 

 こんな自分は、きっと真咲には相応しくないのだろう。

 

 親から決められた婚約者。

 

 そんな僅かな関係性で、僕は君を手に入れられるとは思えていない。

 

 

 太陽のような君の笑顔を、僕は下から見上げる事しか出来ていないのだから。

 

 

 

 

 

 現場で見つけたのは、怒りの形相で刃を振るう死神と、それを必死に受け止める謎の男。

 

 そして、戸惑う真咲に、

 

 

 ──藍染那由他の姿だった。

 

 

 




次回、『修羅場』
デュエルスタンバイッ!


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修羅場…だと…!?

今話、結構長いです。14000文字ちょいあります。ご注意を。
分割しようかとも考えたのですが片桐のシーンまで書きたかったんじゃぁ……。


 

 あ、ありのまま今起こった事を話すぜ! 

 

 

 ──浦原さんに向かって一心さんが空から降ってきた。

 

 

 何を言ってるか分からないかもしれないが、俺も分かってない。

 

 浦原さんに「ヨン様に歯向かえる訳ないやん?」って喋り、「悪い事したとは思ってるの、でも原作でそうだったんだから仕方ないじゃん!」って内心で思っていた時の事だ。

 

 しかも一心さん殺意バリバリ。

 どしたん? 

 

 この間、尸魂界に帰った時は和やかな雰囲気だったやん。

 一心さんに修羅は似合わないよ? 

 

 一刀修羅ならぬ一心修羅ってか? 

 やかましいわ。

 

 なんて硬直してたら雨竜パッパこと竜弦さんもやってきた。

 

 

 もうカオス。

 

 訳が分からないよ。

 

 

「え? あ、え?」

 

 俺の前にいた真咲さんもこれには困惑。

 当たり前だよね。

 

 つい先日に助けてあげた人が、今度は目の前の人に斬りかかってるんだから。

 

 これも俺の影響なのだろうか。

 こんな変化は望んでなかったんじゃが。

 

「ちょっ!? 待って、くださっ!?」

「てめぇのせいで、てめぇのせいでぇぇぇ!!」

 

 苺パッパはバーサーク状態です。

 駄目だこの人、早く何とかしないと。

 

 とは思っていても、あんまりな事態に俺の体は固まったままだ。

 

 どうしてこんな事になってるん? 

 

 浦原さんと一心さんって協力体制取るんじゃなかったっけ? 

 確か、一心さんが浦原さん製の特殊な義骸に入って真咲さんの側に居続ける事で彼女の虚化を防ぐんでしょ? 

 

 こんな険悪な雰囲気じゃ、ありえない展開としか思えないけど。

 

「真咲!」

 

 ここで真咲さんを護るナイトが如く、竜弦さんが真咲さんを手元へ引っ張ってこの場から離れようとする。

 

 待って! 

 この場に俺を置いてかないで!? 

 

 あれ、原作ってこんなんだったっけ? 

 

 いや、違うよね!? 

 

 知識薄い俺でも分かる。

 これは原作とちゃう。

 

 さっきから思考がループしているが仕方ないですよ。

 混乱の極致である。

 

「りゅ、竜ちゃん! 止めないと!?」

「馬鹿! あれは死神の問題だろう!? 僕らには関係ない!」

 

 その通りなんだよなぁ。

 でもこの場に残っては欲しい。

 

 キーポイントは真咲さんを助けるっていう一致団結。

 

 ここで纏まるためにはそれしかない。間違いない。

 

「ぐっ!?」

 

 と思ったら真咲さんが急に倒れた。

 

 何事? 

 

 え、もしかして……? 

 

 

 このタイミングで虚化が始まった!? 

 

 

 ナイスすぎる真咲さん! 

 流石だよ親友! 

 

 へいへいへい、そこの二人! 

 仲良くバトってる場合じゃないよ! 

 

 一心さん、愛しの真咲ちゃんがヤバイよ! 

 浦原さん、早くなんとかしてあげて! 

 

 俺にはどうしたら治るか分かんないの! 

 

 

 あ~~ん、那由他困っちゃう☆

 

 

「! 浦原喜助っ! この子も実験に使ったって言うのか!?」

「ち、違うッス! いや、ホント!?」

 

 浦原さんもテンパってる。

 

 自分が虚化の実験で尸魂界を追われたって事に仕立て上げられているのは知っているのだろうが、まさかここまで苛烈に恨まれているとは思っていなかったのだろう。

 

 だって原因はヨン様だからね! 

 

 ぶっちゃけ俺も何でここまで一心さんが怒っているのかはよく分からない。

 君にはそこまで迷惑かけてなかったと思ってたんだけど……。

 

 俺が人気者すぎたって事ですかね……? (ドヤァ

 

 いや、普通にホワイトの件で迷惑かけたわ。

 ごめんよぉ……。

 

「那由他サンの虚化をアタシのせいだって思ってます?」

 

 エッ!? マジで!? 

 

 いや、そっか。

 虚化の実験してたのは浦原喜助。

 お兄様は何も知らなかった事になっている。

 

 それが現在の護廷の認識だ。

 

 ならば、俺が虚化したのも、過去に隊長格が何人も虚化されたのも……全部、浦原さんのおかげじゃないか……!? 

 

 って、ふざけている場合ではない。

 しかし、ここで気付く浦原さんの才能に痺れる憧れるぅ! 

 

 まあ、普通の思考してたらそう考えるよね。

 

 俺の脳味噌がポンコツ過ぎただけです。ごめんちゃい。

 

 

 よっし浦原さん、そんな感じで何とか苺パッパを説得しといて! 

 俺はその間に竜弦さんを何とかするから! 

 

 これは役割分担だ。

 決してバトルに巻き込まれるのが怖かった訳じゃない。いいね? 

 

 一心さんの猛攻を必死の表情で紙一重に切り抜けている浦原さんは流石です。

 

「石田さん」

「っ! 君が、君が真咲と関わるからこんな事になったんだ!」

「まずは真咲さんの状態を──」

 

「触るなっ!」

 

 おぉう。

 めっちゃ拒絶された。

 

 最近は全肯定の真咲さんとばかり喋っていたからか少し心に効くものがある。

 

「真咲が……彼女が何故こんな事になったと思っているんだ……!」

 

 力なく体を横たえている真咲さんを、竜弦さんは震える腕で抱きかかえている。

 

 真咲さんは額に脂汗を浮かべており、先ほどまで朗らかな笑顔で俺と話していたとは信じられない。

 胸と首の間辺りにも何か穴のようなものが開いている。

 

 間違いない。

 

 虚化だ。

 

 俺が原作再現のために真咲さんを連れて行ったのは確かだし、竜弦さんの言う事もごもっとも。

 

 

 だからこそ、彼女をここで死なせる訳にはいかない。

 

 

 君には苺の母親になってもらわなければならんのだよ! 

 

 

 俺は竜弦さんの側に片膝をつくようにしゃがみ込み、そのまま彼の頬を軽く叩いた。

 

「……は?」

 

 ほんとゴメンね? 

 でもちょっと落ち着いて。

 あと、俺がやる事を黙って見てて欲しいから、ちょっと放心しててくれるとありがたい。

 

 クール系イケメンが間抜けな顔で頬に手を添えている姿を見てちょっとやる気出た。

 

 よし! (現場ネコ感)

 

 俺は未だ争っている二人の方へ視線を移す。

 

 浦原さんが結構ボロボロで危ない。

 二人とも始解はしていないが、モチベの問題か一心さんがだいぶ浦原さんを押している。

 

 これ以上の放置は色々と不味いだろう。

 

 うーん、捨て身とかやりたくないんだけどなぁ。

 でも俺が普通に制圧しても良い事にはならない気がする。

 

 ここは少し悲劇のヒロイン味を出してみるべきだろうか? 

 

 止めて! 俺のために争わないで~! 

 

 みたいな感じで。

 

 実際、一心さんは俺が虚化したのは浦原さんのせいだと思ってる訳ですしおすし。

 ここは俺が介入しないと収まりがつかないのではないだろうか。

 

 真咲さんを放置するのは心配だが……。

 

 あ。

 

 私にいい考えがある! 

 

 思いつくと同時、俺は真咲さんの胸元へ手を添える。

 

「な、何を」

 

 竜弦さんは未だに呆然とした状態だ。

 

 別にそんな強くはたいてないよ? 

 ちょっと良い感じの音が鳴るように工夫してはたいただけで。

 

 まあ、彼の事は少し置いておこう。

 

 真咲さんは人間。

 滅却師であるため霊圧は高いが、人間である事に変わりはない。

 

 虚化は本来なら死神の魂魄を強化する為のものだった。

 だが、本来の目的外である滅却師に対して行使した結果、真咲さんはこんな苦しそうな状態になっているのだろう。

 

 霊圧の高さという点だけでみれば、彼女は浦原さんの手で虚化を使いこなしていても可笑しくはない。

 

 

 

 つまり──彼女が死神の力を持てば良い。

 

 

 

 最近は虚ばっかり食べていたから、すっかり虚の霊圧が馴染んでしまったが、俺の死神としての力も結構なものだ。

 多少分けた程度では虚になる心配もない、はず。

 

 正直、俺の虚の力を吸収する能力を使えば真咲さんを助ける事だけなら可能だ。

 

 しかし、そうなると一護に虚の力が受け継がれない。

 一護の才能の一片を俺が奪ってしまう事になり、ヨン様にも勝てなくなるだろう。

 

 それは流石に不味すぎる。

 

 なんだかんだ、俺は苺に勝って欲しいのだ。

 

 ヨン様と一緒に他人の不幸を見るのはそれなりに楽しいが、苺が負ける姿を見たい訳ではないのだ。

 

 だから、なんとしてでも真咲さんにはホワイトを宿したまま一護をもうけて欲しい。

 

 ついでに言えば、俺の力を分け与える事で苺が強化される可能性もある。

 

 ヨン様の事だ。

 越える壁は高い方が好みだろう。

 恐らく、俺の行動に対して苦言を呈する事はない、と信じてる。

 

 不安なのは原作でルキアが苺に力を渡した時のように、俺の力が根こそぎ真咲さんへと流れる事。

 

 確か、あれは崩玉のせいだったんだよな? 

 

 でも、死神の力を渡すルキアは海燕殿事件で罪悪感を抱いたまま死神を続けていた。

 一護は皆を護れる強さを欲した。

 

 二人の願いを叶える形でのあの状況だったはず。

 

 であるならば、俺がここで真咲さんに死神の力を与えても問題ない。

 

 俺は死神の力を失いたくないし、真咲さんも恐らく死神になりたいとは思っていないだろう。

 

 あれ? それじゃルキアから苺への受け渡しにも支障が出るんじゃ……?

 

 ええい、今は置いておこう!

 未来の自分に丸投げだ!

 

 

 大事な事は今俺が真咲さんに死神の力を渡したとしても、それは応急処置である点だ。

 

 

 本来は隊長格である一心サンの全霊圧でもって抑えつけていたホワイトである。

 俺の力をちょこっと渡した程度では焼け石に水だろう。

 

 だから、この場では争っている二人を止めるだけの時間を稼げればそれで良い! 

 

 

 お、我ながら良い感じの考えではなかろうか? 

 

 

 という訳で、早速真咲さんに俺の力を少し分けてあげた。

 

 アーロニーロ君に力をあげた時と同じ要領である。

 問題はない。

 

「な、これは! 貴様、真咲に死神の力を与えたのかっ!?」

 

 純血の滅却師である事に拘りをもっていた竜弦さんだ。

 そら怒るわな。

 

「一時的な措置です」

「それでもっ!」

「他に方法がありません」

 

 あるかもしれんけど、俺には思い浮かびません。

 とりあえず、俺は断定して押し切った。

 

 竜弦さんも、これには二の句を継げなくなったようだ。

 実際、彼も真咲さんを救いたいとは思いつつも具体的な行動を思いついている訳ではないだろうしね。

 

「少し真咲さんをお願いします」

「き、君は……どうするんだ?」

「二人を止めます」

 

 驚いた顔をする竜弦さん。

 

 そんな驚く事? 

 真咲さんを救えるのは今のところ浦原さんしかいないんだから、どうにかして駄菓子屋まで連れてってもらわなきゃ駄目でしょ?

 

 問答無用で霊力を真咲さんへ流す。

 

 うん、やっぱり問題はなさそうだ。

 

 じゃあ次は、

 

「では」

「君は!」

 

 早速浦原さんと一心さんの元へ向かおうとしたら竜弦さんに大声で止められた。なんぞ? 

 時間ないんだからハリーアップ! 

 

 

「君は、どうしてそんなに強いんだ……?」

 

 

 どういう意味じゃ? 

 まあ、確かに強い方だとは思うが、竜弦さんには20%くらいしか見せた事ないはずなんだけど。

 

 これはあれか。

 好きな人を護るためにはどうしたら良いですかってやつか? 

 

 気持ちは分かるよ。

 結果だけ見れば一心さんに真咲さんをNTRされたようなもんだし。

 

 きっと竜弦さんは物事を難しく考えすぎちゃって動けなくなるタイプの人なのだろう。

 

 原作でも息子である雨竜君とのバッドコミュニケーションを何度見たことか……。

 

 

「助けるのに理由が必要ですか」

 

 

 思わず言葉がポロリと零れてしまった。

 

 そうだよなー。動く目的とかあった方がやる気も出るしなー。

 真咲ちゃんを助けるためにも、何かしらの言い訳みたいなもんが欲しいんじゃろ。

 

 でも彼がやる気を出す理由って真咲ちゃんなんじゃないの? 

 どうアドバイスしたもんか……。

 

 俺は苺を見たい。

 真咲さんが死んだらおじゃんなんだから、助けるに決まっとる。

 それだけの理由。

 

 あと、原作キャラから親友とか呼ばれて内心でワッショイしてる。

 もう原作ブレイク待ったなしっぽいから、少しくらい仲良くしてもバチは当たらんでしょ。

 

 諦めたとも言う。

 

 ただ、それ聞くの今じゃなくても良くない、竜弦さん? 

 

 しかし、

 

「っ!」

 

 何故か俺の言葉で近年稀に見る素敵な曇り顔になった竜弦さん。

 

 えっ、なにコレ。

 予想外のご褒美。

 

 そのご尊顔をしっかりと拝見したかったが、残念ながらそんな時間的余裕もない。

 

 まだ何も助言してないけど……。後でたっぷり構ってあげるから待っててね! 

 

 

 物凄く後ろ髪を引かれつつ、俺は未だ斬魄刀を振るっている一心さんたちの間へと立ちはだかる。

 

 

 そうだ。

 

 事が終わったら、チャン一までの繋ぎに竜弦さんで遊ぶのも面白そうである。

 

 

 愉しみが増えた。

 

 

 

 なんて思ってたら、

 

 

 

「月牙天衝!」

 

「啼け“紅姫”!」

 

 

 

 え? 

 

 ちょ、待っ!? 

 

 

 

 両サイドからの攻撃にサンドイッチされた。

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

「浦原喜助ぇぇぇええええ!!!」

 

 こいつが、こいつが全ての元凶! 

 

 俺が、ここでこいつを斬る! 

 

 失った隊長格の人たちが、それで戻ってくる事はない。

 那由他さんも尸魂界に戻ってくる事はない。

 

 分かっている。

 

 分かっていても、我慢など出来る訳がねぇ! 

 

 俺たちから大切な人を奪った報い、ここで奴に叩きつける! 

 

 それでも、浦原喜助は元十二番隊の隊長だ。

 油断するつもりはない。

 

 今回はきちんと許可を取ってからきたため、俺は限定霊印を付けている。

 せいぜい今出せる力は全力の20%ぐらいだろう。

 

 しかし、奴も霊圧を迂闊に放出する訳にもいかないはず。

 

 ここで俺に合わせて霊圧を出せば、奴は自分の居場所を護廷に教えるようなもんだ。

 

 まあ、俺に見つかった時点で遅かれ早かれの問題だろうが、今すぐに援軍を呼ばれる訳にもいかないだろう。

 

 怒りに身を任せて伝令神機で連絡する前に斬りかかっちまったのが悔やまれる。

 今さら連絡する暇もねぇ。

 

 それでも、俺が始解したら確実に護廷の方で異変に気付く。

 

 初めはそう考えてすぐに始解しようとしたが、そうすれば浦原喜助もすぐに始解で応戦してくるだろう。

 

 義骸に入っているらしい奴の実力を無暗に引き出す必要もない。

 現状では俺が浦原喜助を圧倒出来ている。

 最悪、ここで時間稼ぎをしていれば誰かが気付く。

 

 それに、ここには那由他さんもいる。

 

 浦原喜助を挑発したりする必要性は薄い。

 ただ、奴が逃げられないように俺が攻め立てれば──勝機はある! 

 

「くっ! 分かってはいましたが、アタシは相当恨まれているようですねっ!」

 

 どの口がほざく! 

 

 貴様の行いによって、どれだけの人が悲しみに暮れたか! 

 

 俺の頭を憤怒が支配しそうになる。

 

 いかん。

 冷静になれ。

 

 浦原喜助は技術開発局の初代局長。

 

 相当に頭も切れる。

 下手に相手の挑発に乗るのは悪手だ。

 

「話をする気は無いって事ッスか。それなら──那由他サン!?」

 

 奴の言葉で一瞬だけ注意が逸れる。

 

 クソっ! 

 さっき挑発には乗らないって考えたばっかだってのによ! 

 

 しかし、奴の声には確かな焦りが含まれていた。

 演技にしては迫真である。

 

 そう思った瞬間、俺の背後で霊圧の変化を感じ取った。

 

 この変化は……! 

 

「那由他隊長!」

 

 慣れ親しんだ呼び名がつい口を突いて出てくる。

 

 これは、あの嬢ちゃんに死神の力を与えたのか!? 

 そんな事したら、ただでさえ不安定な那由他さんの霊圧が虚に浸食されやすくなるんじゃねぇのか!? 

 

 あの人はほんっっっとに自分の事なんか二の次だな! 

 

 那由他さんにちょっと怒りが湧いてくる。

 いい加減自分の事を考えて欲しい。

 

 でも、これで彼女はあの滅却師の嬢ちゃんを救おうとしている事がはっきりと分かった。

 

 つまり、目の前の男は──敵だ! 

 

 分かり切っていた事を再度胸の中で反芻する。

 決意を新たに、俺は手に持つ斬魄刀の柄を強く握りしめた。

 

「那由他サン! それは危険です! 貴方の身が保たない!」

 

 しかし、浦原喜助の言葉で疑問が芽生えた。

 

 今の発言は、まるで那由他さんの身を案じるものだ。

 何故? 

 奴は那由他さんたちを虚化させた元凶のはず。

 

 それが、どうしてあの人の心配をしている? 

 

 俺の迷いを感じ取ったのか、浦原喜助は今度は俺に対して話しかけてきた。

 

 それも相当に切羽詰まった、必死な声色だった。

 

 

「このままでは黒崎真咲サンは魂魄自殺を引き起こします! アタシには、彼女を救う手立てがある!」

 

 

 その言葉に、俺は思わず体の動きを止めてしまった。

 

 彼女を救う? 

 

 自分が彼女をこんな姿にしたんじゃないのか? 

 

 

 ええい! 

 それも舌先三寸なんだろ!? 

 

 本当に頭が良い奴はやりにきぃな! 

 

 

 一気に決める! 

 

 話はそれからだ! 

 

 

 

 

「燃えろ──“剡月”!!」

 

 

 

 

「……っ、駄目ッスか!」

 

 苦虫を噛み潰したような顔になった浦原喜助は、ついに斬魄刀を構えた。

 

 今までは手に持つ杖で俺の攻撃を受けていたが、どうやら仕込み刀だったようだ。

 スラリと抜き放った斬魄刀が月明りを受けてきらりと光る。

 

 半身になって片手で斬魄刀を構える浦原喜助の雰囲気は一変していた。

 

 帽子を目深に被っているため、その表情までは良く見えないが、奴の鋭い眼光だけは分かった。

 

 つまり、ここからは本気で来るって訳か。

 

 

 上等! 

 

 

「月牙天衝!!」

 

 

「啼け“紅姫”!」

 

 

 お互いに始解の状態で攻撃が交錯する。

 

 その瞬間。

 

 

 

 

 一人の影が、間に割って入った。

 

 

 

 

「「は?」」

 

 

 思わず浦原喜助と声が被る。

 

 え、待って、いや、今のって……? 

 

 

 

「止まって、下さい……」

 

 

 

 攻撃の衝撃による土煙が晴れた後。

 

 そこに立っていたのは、血だらけになった那由他さんだった。

 

 

「那由他サン!?」

 

 浦原喜助は血相を変えて那由他さんへと走り寄る。

 

 反して、俺はその場で固まったままだった。

 

 

 どうして? 

 

 

 疑問ばかりが脳内を渦巻く。

 

 そいつは、浦原喜助は貴方を陥れた奴ですよ? 

 

「少しは自分の身を案じて下さいっ! これじゃアタシがひよ里サンたちに殺されるじゃないですか!?」

 

 素っ頓狂な声を上げながらも、浦原喜助は必死の形相で那由他さんへ回道をかけている。

 

「一心、さん」

「無理に喋らないで下さい!」

 

 ゴフッと一度咳き込み、俺の名を呼ぶ那由他さん。

 浦原喜助に止められながらも、彼女の瞳は揺るがない。

 

 何かを俺に伝えたいのだろう。

 

 那由他さんなら、俺の攻撃をモロに受けずに流す事だって当然出来たはずだ。

 それをせずに受けたのは──俺たちの争いを止めたかったから? 

 

 混乱した頭をなんとか奮わせる。

 

 今は那由他さんの言葉に耳を傾けるべきだ。

 

「浦原さんを、信じて下さい」

 

 那由他さんの側で片膝をつくように寄ると、彼女は途切れ途切れの言葉を吐いた。

 

 しかし、その言葉は目の前の大罪人を信じろというもの。

 収まりかけた混乱が再び鎌首をもたげる。

 

「信じられないなら、私を」

 

 そんな俺の困惑を察したのだろう。

 続く言葉で、俺は本当に言葉を無くした。

 

 

「貴方を信じる、私を信じろ」

 

 

 こんな強い語尾で話す那由他さんを初めて見た。

 

 いつも丁寧な口調で話す彼女に慣れていたとか、そういう次元じゃない。

 

 それほどの想いを持って割り込んだのだ。

 そして、話を聞かせるために、自らの身を犠牲にしたのだ。

 

 

 こんな事まで貴方にさせて……信じない訳にはいかないじゃないですか。

 

 

「浦原喜助」

「はい」

「那由他さんの言葉に免じて、とりあえずは信じてやる」

「ありがとうございます」

 

 一度言葉を区切り、俺は浦原喜助の顔を見つめる。

 

 真剣な表情だ。

 昔に見たヘラヘラとした、真意を掴ませないような顔はそこにはない。

 

「この嬢ちゃんを──黒崎真咲を、アンタなら救えるのか?」

 

「はい」

 

 信じよう。

 

 浦原喜助を信じるんじゃない。

 

 

 俺が信じると信じてくれた、那由他さんを俺は信じる。

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 アタシは後ろに付いて来る二人の姿を後ろ目に確認します。

 

 一心サンは那由他サンを、もう一人の滅却師の方が黒崎サンをそれぞれ運んでいる状況です。

 

 流石にアタシに運ばせるほど信用はされていないみたいですね。

 まあ、当然と言えば当然だと思います。

 

 那由他サンには感謝しないとですね……。

 

 まさか、あそこで身を張って止められるとは思いませんでした。

 彼女からしてみれば、アタシも一心サンも等しく守るべき対象なのでしょう。

 

 しかし、これで一心サンもアタシの話を聞いてくれるようになったのですから、頭が下がる思いッス。

 

 藍染サンの犠牲者をこれ以上増やしたくはありません。

 

 それは那由他サンも同じでしょう。

 だからこそ、彼女はずっと黒崎サンの側にいたのかもしれません。

 

 ──アタシがその内に姿を現す事も見越して。

 

 やっぱり藍染サンの妹サンですね。

 そういう謀でも得意なんでしょうか。

 あまり彼女にはそういう嫌らしい考えを持って欲しくないと思うのもアタシの我が儘でしょうか。

 

 そして、これでハッキリとした事があります。

 

 

 それは、彼女が本心では藍染サンを止めたいと思っている事です。

 

 

『私では……お兄様を止められません』

 

 

 これが彼女の本心でしょう。

 

 詳しくは後で聞くつもりですが、今はまず黒崎サンですね。

 

「こちらです」

 

 アタシの言葉に二人は無言で頷きます。

 だいぶ顔が固いですね。

 果たして、どこまでアタシの話を聞いてくれるやら。

 

 これから語る内容を考えるだけで少し気が重くなります。

 

 しばらく走り、アタシの基地となっている「浦原商店」についたのですが、今は鉄裁サンには表に出てこないでもらいましょう。

 話がややこしくなりそうですし。

 

 入口をくぐり、奥の部屋へと案内。

 特に周囲を見回す事なく、真っ直ぐにアタシへと付いて来る二人からは覚悟を感じられました。

 

 これは気が重いの何のと言っている場合でもないでしょう。

 黒崎サンの状態を考えれば当然の考えでもあります。

 

「まずは、アタシの話を聞く気になってくれてありがとうございます」

「御託はいい。とっとと話せ」

 

 一心サンは随分とぶっきらぼうです。

 

 ここで雑談してる暇もないので、お言葉に甘えて本題へ入りましょう。

 

 

「この子、黒崎サンの症状は“虚化”と言います。元はアタシが那由他サンの魂魄事情を改善するために考案した理論でした」

 

 

「何……?」

 

 一心サンの目線が厳しくなります。

 彼が知っている内容との齟齬があるからでしょう。

 

「事実です」

 

 アタシの言葉に口を閉ざすお二人。

 話を続けろって事ですかね。

 

「虚化とは、先ほども言ったように那由他サンの魂魄を改善する目的で考えました。つまり、本来なら死神の魂魄を強化する為のものだったのですが、本来の目的外である滅却師に対して行使した結果が現在の真咲サンの状態です」

「真咲は、真咲は元に戻るのか!?」

 

 我慢できなかったのでしょう。

 滅却師の男性、確か石田竜弦サン、でしたっけ。彼がアタシの話を遮るように食って掛かってきます。

 

 

「いえ、“元”には戻りません」

 

 

 アタシの発言に二人は絶句しました。

 

 話が違う、と言わんばかりです。

 このままでは口論になりそうなので、アタシは彼らが口を開くよりも説明を続ける事を優先しました。

 

「“元に戻す”事は出来ませんが、“命を救う”事は出来ます」

「どういう事だ?」

「虚化をした魂魄は、症状が進行すると元の魂魄と虚が混在した状態となり理性を失った怪物になります。けれども、最終的には魂魄自身と外界との境界までをも破壊し自らの意志とは無関係に自滅してしまうのです。──これを『魂魄自殺』とアタシは名付けました」

「つまり、この嬢ちゃんはこのままだとその魂魄自殺をするって事だな?」

「はい、その通りッス」

 

 石田サンはアタシの言葉に動揺を示しますが、意外にも一心サンは冷静です。

 これも那由他サンへの信頼でしょう。

 

 心中でもう一度彼女へお礼を言い、アタシは彼女を救う道について、本格的に話し始めました。

 

「アタシはこの虚化について100年間研究してきました。当然、虚化の弊害を知っていますし、魂魄自殺を防ぐ手段も見つけています。──それは、()()()()()()()()()を魂魄に直接注ぎ込むこと」

「相反するもの……まさかっ!?」

「虚化の鍵である“境界線の破壊”は魂魄のバランスを崩すことによって引き起こされます。逆を言えば、相反する存在によって逆側にバランスを引き戻す事によってそれを防ぐ事も可能なのです。ただし、この方法で防ぐ事が出来るのは魂魄自殺のみです。彼女の命を救い、虚化させず、人間のままの存在に留めるためには、()()()()()が必要なんです」

 

 一心サンは難しい顔をしたまま黙り込んでいますが、石田サンは何かに気付いたのでしょう。

 その顔を驚愕に歪め、ワナワナと体を震わせています。

 

「つまり、必要なのは彼女が死ぬまで片時も傍を離れず、彼女の虚化を抑え続けられる相反する存在」

「嘘だ!!!」

 

 石田サンが堪え切れず大声を上げました。

 

 ……切れる人だ。理解が早いです。

 

 しかし、

 

「納得がいかないのは解ります。ですがアナタに選択肢はありません」

 

 アタシの言葉で更に悲痛な顔になり俯く石田サン。

 申し訳ありません。

 けれども、アタシに出来る事にも限りがあるのです。

 

 

「選択肢があるのは──アナタですよ、志波一心サン」

 

 

「……俺?」

 

 やはり分かってなかったようですね。

 思わず内心で苦笑が零れます。

 

 彼とは那由他サン経由で少し話したことがある程度の間柄だったのですが……。いやはや、どうやら昔から良い意味で変わっていないようで何よりです。

 

「ここにアタシが造った特殊義骸があります」

 

 アタシは人間の魂魄から造った義骸を見せ、ここに入る魂魄は完全な人間として包み込まれると説明します。

 中に一心サンが入れば“死神と人間の中間の存在”になり、一心サン自身が滅却師の彼女と相反する存在になれるのです。

 

 しかし、これは選択肢のように見せていても一択です。

 

 黒崎サンを救う術が他にない以上、一心サンはきっとアタシの提案を受け入れるでしょう。

 那由他サンがいなかったら聞く耳を持たなかったでしょうが。

 

 ただ、それを抜きにしても死神である彼にはデメリットが多すぎます。

 

 

「この義骸に入っている間、アナタは死神の力を使う事はおろか、虚を見る事すらできなくなるでしょう。そして恐らく一度この中に入れば──アナタは二度と死神には戻れない」

 

 

 かなり厳しい話だとは分かってます。

 

 

 この義骸を“虚化を抑えるワクチン”として機能させるには、黒崎サン自身の魂魄と宿った虚の両方に霊子の紐付けをしますが、これは魂をつなぐ紐です。

 とてつもなく強く、その紐が繋がっている間は義骸から出る事も出来ません。

 

「その期間は黒崎サンの魂魄と内なる虚が“紐”から解き放たれるまで。つまり──」

 

 

 

「分かった。やる!」

 

 

 

「「え?」」

 

 これには石田サンとハモってしまいました。

 

 いえ、一心サンなら恐らく承諾するだろうとは思っていたッスよ? 

 ただし、ここまで即断即決するとまでは、流石のアタシでも考えていませんでした。

 

 

「死神辞めて一生そいつを護りゃいいんだろ! そんなもんやるに決まってんだろうが!」

 

 

 恐ろしく簡単に決めたように見える一心サンですが、無論未練はあるのでしょう。

 

 ですから、アタシは野暮な事を聞くべきではないと思います。

 

 しかし、

 

 

「未練に足を引っ張られて恩人を見殺しにした俺を、明日の俺は笑うだろうぜ!」

 

 

 それでも、彼は敢えて口にしました。

 己の未練を、決意を。その行く先は自分で決めると。

 

 これが那由他サンの背を見てきた方なんでしょうかね。

 

 とても大きく、誇らしいものを感じずにはいられません。

 

 勿論、彼に影響を与えたのは那由他サンだけではないでしょう。

 多くの先達、後輩、上司、同僚。彼の取り巻く世界はそのまま、今の尸魂界を照らす光になったのではないでしょうか。

 

 

 だからこそ、惜しい。

 

 

 彼のような死神を、今ここでその未来を閉ざしてしまう事に、アタシは拳を強く握ります。

 

 せめて、彼の意思を尊重しましょう。

 彼が進む道を祝福しましょう。

 二人が歩む未来を、影ながらに支えましょう。

 

 それが、今のアタシに出来る、精一杯の賛辞ですから。

 

「それでは、こちらへ。まずは彼女の精神世界へと入り、宿った虚に飲み込まれようとしている黒崎サンを助けてあげて下さい。後はアタシが何とかします」

「つまり?」

「目の前の虚をぶっ倒せばOKッス!」

「よっしゃ! 分かりやすくていいな!」

「……もう、疑わないんスね」

「ん?」

 

 言うつもりはなかったのですが、思わず本音が出てしまいました。

 

 那由他サンのおかげとはいえ、一心サンは変わらずアタシを警戒していたはずです。

 それが、何故か今ではとても協力的。

 

 どういった心変わりをしたのか、少しが興味が出てしまいます。

 

 これも研究者の性ってやつでしょうか。

 

「別に、大した事じゃねぇよ」

 

 一心サンは照れたように顔を背け、ぶっきらぼうに答えます。

 

「アンタの言葉に嘘は無かった。俺がそう、感じただけだ」

 

 この人もこの人で不器用な人ですねー。

 そこが魅力的にも見えるのでしょうが。

 

 ニヤッと笑ってしまったアタシに気味が悪いものを見た顔を向けてくる一心サン。

 

 まあ、ここで時間をかけてる暇はありません。

 さっさと始めましょう。

 

 

「那由他サンの状態は小康状態ですが、今すぐどうこうという話ではありません。それに精神世界ですからね。時間の事は気にせず暴れてきちゃって下さい!」

 

 

「おう!」

 

 

 その数分後。

 

 黒崎サンの容体は安定。

 

 

 ──そして、一心サンは死神の力を失いました。

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 僕は彼らのやり取りを、途中から呆けた顔で見つめている事しか出来なかった。

 

 何故、僕ら滅却師のためにそこまで出来る? 

 

 お前たちが滅却師を滅ぼしたんだろう? 

 死神としての力を失うのだぞ? 

 

 何故、そこまで割り切れる……? 

 

 

 僕の家にとって、滅却師とは全てだった。

 

 

 滅却師としての力を磨き、滅却師としての血を絶やさず、滅却師としての務めを全うする。

 

 そう教え込まれてきたのだ。

 

 父は己の研鑽に全精力を注いでおり、母も僕が真咲と結婚して純血統の滅却師を後世に残す事を求めた。

 その在り方に疑問を感じる事はあっても、「そういうものだ」と思う事で納得もしてきた。

 

 だからこそ、側仕えの片桐にも同じ言葉を繰り返してきたのだ。

 

 誰よりも僕を想い、誰よりも僕を案じてくれた彼女に、僕はその考えを強いたのだ。

 

 目の前の光景は、まるでそんな僕の考えを根底から覆すものだった。

 

 

「ここ、は……」

 

 僕の側で藍染那由他が意識を取り戻す。

 

 

『助けるのに理由が必要ですか』

 

 

 彼女の言葉を思い出す。

 

 それは僕の心に燻っていた想いを正確に射抜くものだった。

 

 藍染那由他は、ただ助けたいと思ったから動いたのだ。

 それは目の前で行われている事と同じである。

 

 

『未練に足を引っ張られて恩人を見殺しにした俺を、明日の俺は笑うだろうぜ!』

 

 

 志波一心、と言ったか。

 

 彼の考えは僕には理解できない。

 

 力を失っても明日は笑えるのか? 

 関係ない他人のフリもできるのだぞ? 

 仲間を裏切る事に等しいのだぞ? 

 

 本当に、分からない。

 

 

 そしてそれは、僕の滅却師として目指すべき理想が、崩れた事を意味していた。

 

 

「成功です」

 

 浦原喜助という男の声で、僕の意識は現実に戻される。

 

 成功? 

 

 

 つまり──真咲は助かったのか? 

 

 

 僕は何も出来なかった。

 

 みっともなく倒れた彼女を抱きしめ、彼女を助けようとする周囲の人々へ感情のままに怒鳴り散らしただけだ。

 

 酷く……惨めだ。

 

「黒崎サンに那由他サンの霊力が少し宿ったからでしょう。安定にも然程手間がかかりませんでした。……ただ、あまり無茶な事はしないで欲しいッスね」

「すみません」

 

 藍染那由他が起きた事に気付いていたのだろう。

 額の汗を拭うために手の甲を動かす浦原喜助は、僕の隣の女性へと声をかけていた。

 

「那由他さん」

 

 今度は志波一心か。

 どれだけ彼女は周囲から信頼を寄せられているのか。

 少なくない憧憬の視線を女性へ向ける志波一心は、先ほどの悪鬼羅刹かと思う人物とはほど遠い。

 

 彼女は、どのような人物なのだろうか。

 

「はい」

 

 無表情。

 

 もしかしたら初めてその顔をしっかりと見たかもしれない。

 僕にはそこまで余裕が無かったのだろうか。

 自嘲気味に乾いた笑いが漏れそうになる。

 

「俺を信じてくれて、ありがとうございました!」

 

 頭を下げる志波一心。

 

 それだけで人間関係が分かる。

 いや、分かってはいた。その関係性の一端を再び垣間見れただけだ。

 

「よく、やりましたね」

 

 ゆっくりと寝台から降りた藍染那由他は、予想外にしっかりとした足取りで志波一心へと近づき彼の頭を優しく撫で始めた。

 

 これには流石の彼も照れ臭かったようで、慌てて彼女と距離を取っている。

 

 

「那由他サン。これで黒崎サンの容体は安定したと言えます。しかし、一心サンが黒崎サンから離れ過ぎたらアウトです。そして──それは貴方も一緒です

 

 

 浦原喜助の言葉に、藍染那由他は少し驚いた顔をしてみせた。

 僕がそう感じただけで、実際の表情は全くと言っていいほど変わっていないのだが。

 

 思ったよりも感情が表に出やすい、分かりやすい人なのかもしれない。

 

 

「虚化を抑えるために使ったのは“人間と死神の中間に位置する力”です。しかし、その力の中に少なからず那由他サンの力が混じりました。不確定過ぎて確実な事は言えませんが──那由他サンが黒崎サンから離れると、内なる虚を一心サンだけでは抑えきれない恐れがあります」

 

 

 これには僕も驚いた。

 

 つまり、志波一心だけでなく、彼女すらも行動の制限がかかるという事だ。

 

 彼女へ視線を向ける。

 

 

「受け入れましょう」

 

 

 唖然とした。

 

 何度、僕は今日だけで死神に驚かされているのだろうか。

 

 志波一心には事前に説明があった。

 あるようでない選択肢だったが、それでも彼は自分の意思で真咲を救うために死神の力を捨てた。

 

 しかし、彼女は、

 

『他に方法がありません』

 

 ただその場にいた真咲を救うための行いで、確認もされずに彼女と共にある事を選べると言うのか? 

 

 目を見る。

 揺らぎなどない。

 

 彼女は、本心から真咲の側にいる事を覚悟している。

 

「確認すら出来ず勝手に巻き込んでしまい、すみません」

「いえ」

 

 藍染那由他は首を横に振り、

 

 

「私が選んだ道ですので」

 

 

 端的に、覚悟を示した。

 

 

「失礼する」

 

 僕はもう、この場にいる事が出来なかった。

 

 後ろも確認せず、あれだけ大切だった真咲すら置いて。

 

 外に出た際に水が僕の全身を濡らす。

 いつの間にか雨が降り始めていたようだ。

 僕は傘を持っていない。

 いきなり家を飛び出したのだから当然だろう。

 

 

「坊ちゃま」

 

 

 そんな僕に、一人の女性が声をかけてきた。

 

 僕とそう年の離れていない、いつも側で見守ってくれた人──片桐叶絵。

 

 

「帰ってお母様に伝えると良い。竜弦に滅却師を守り通す資格などないと」

 

 

 何も守れてなかった。

 現実に向き合えなかった。

 そこまでの覚悟を、僕は持てなかった。

 

 笑ってしまう。

 

 今までの人生をかけて積み上げてきたものは、何の価値もないものだと、分かってしまった。

 

 

「帰りません」

 

 

 いつもは僕の言う事を素直に聞く片桐が、今日に限って言う事を聞いてくれない。

 

 苛立たしさが募る。

 

 八つ当たりだ。分かっている。

 

 それでも、今は一人にして欲しかった。

 

 

「……帰れと言っている」

 

「帰りません。坊ちゃまを一人にはいたしません」

 

 

 何故分かってくれない。

 

 ここに来たという事は、真咲がどうなったのかある程度は把握していたはずだ。

 にも関わらず、僕は今一人なのだ。

 

 何故、今日に限ってここまでしつこく絡んでくる! 

 

「片桐っ……!」

 

()()()

 

 苛立ちをそのまま言葉に乗せようとしたその時。

 片桐が僕の言葉に音を重ねてきた。

 

 本当に珍しい。

 

 そして、名前を呼ばれたのはいつ以来だろうか。

 

 幼い頃は当たり前のように呼び合っていた名前。

 それを、主従の関係として一線を引いたのはいつからだろうか。

 

 

「お忘れですか? 生涯の全てをかけて竜弦様へお仕えする事が、この片桐の務めです」

 

 

 彼女の言葉で過去の記憶がフラッシュバックする。

 

 彼女の母に連れられ、おどおどとしながら僕と初めて会った日を。

 彼女が初めて僕へと笑いかけてくれた日を。

 

 彼女が初めて、僕の側にいると誓ったあの時を。

 

 

「初めてお会いしたあの日から、片桐の人生は竜弦様のものです。……ですからどうか、どうか悲しまないで下さい」

 

 

 僕は片桐に背を向けたままだ。

 彼女から僕の顔を見る事は叶わない。

 

 それでも僕を泣いていると表現する彼女に、僕は本当の涙を流した。

 

 すぐに雨に流される。

 

 いや、これは雨だな。

 

 僕の涙は、誰にも見られてはいない。

 

 だから、

 

 

 

「竜弦様が悲しまれれば、片桐の心は張り裂けます」

 

 

 

 ──君が、泣かなくても良いんだ。

 

 

「もういい」

 

 振り返る事なく、片桐に声をかける。

 

 僕は彼女の顔を見ていない。

 彼女も、僕の顔を見れていない。

 

 それで良い。

 

 それが、良いんだ。

 

 

 

 

「帰ろう」

 

 

 

 

 

 その日、僕は黒崎真咲という大切な人を失った。

 

 

 彼女が僕の日常から消えるまで、彼女の隣に立つことは終ぞなかった。

 

 

 そして、志波一心と藍染那由他、時々浦原喜助という不思議な人物たちとの日常が始まる。

 

 

 失った太陽の輝きを、僕はきっと生涯忘れる事はないだろう。

 

 

 しかし、その代わりに、

 

 

 

 

 

 

 ──僕は、ずっと変わらず側にいてくれた人を見つけた。

 

 

 



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オレ…だと…!?

 ──こらアカンわ。

 

 

 ボクは隣で黙ったまま画面を見つめる藍染隊長を盗み見る。

 今は静かやけどいつ爆発するか分からへん。

 

 何せ、愛しの妹ちゃんが見ず知らずの人間を助け、あの志波一心と一緒にいる事が確定。

 

 いやぁ、アカンやろ。

 

「ふふっ、ふふふふふ」

 

 わ、笑っとる……。

 えらい怖い笑い方してはる。

 

「あ、藍染様」

 

 東仙隊長も恐る恐るといった様子やし。

 無理あらへん。

 ボクかてこの藍染隊長に話しかけるんは恐ろしいわ。

 

「何かな、要」

「いえ、その……那由他様に関しては、今後どのようにするおつもりで?」

「そうだね」

 

 思わずゴクリと唾を飲み込んでまう。

 

 ピリッとした空気が場を支配し、

 

 

「好きにさせよう」

 

 

 予想外の藍染隊長の言葉に一瞬ポカンと口を開けてもうた。

 

「よろしい、のですか?」

「ああ、構わないとも」

「何故か、お聞きしても?」

 

 東仙隊長にとっても予想外やったらしい。

 

 ボクも後学のために聞かせてもらいましょ。

 

 

「黒崎真咲は人間とは言え、滅却師、死神、虚の三つの力を持っている。更に言えば那由他の力も混じった。もしかすると、“欠片”が混じっている可能性がある」

 

 

 まあ、確かにごっつ珍しい存在になりはったんや。

 

 藍染隊長が興味を引かれるんは分かる。

 

 せやけど、

 

「その、時々言うてる“欠片”ってなんですか?」

 

 少し探りを入れてみましょ。

 どうせ煙に巻かれるやろうけど、()()()()()()見せられて、ヒントぐらいはもらわな割に合わんわ。

 

 誰も彼もが那由他ちゃん、那由他ちゃん。

 えらい気持ち悪い。

 

 ただ自分の好き勝手動いとるだけですやん。

 

 何であの滅却師の女の子を助けたんかは知らんけど、どうせ碌でもない事に使うんやろ。

 

 虚の食べ方教えたんは藍染隊長やけど、普通の精神しとったら自分の中に虚を取り込むなんて嫌悪感の方が強いはず。

 それを躊躇なくしはるんやから、もうバケモンやで、あの人の精神。

 どういう頭しとったらあないな事した後で被害者と平気な顔して会えんねん。

 

 まあ、昔から知っとったけど。

 

 しかも質が悪い事に、皆の前でやってる事だけ見れば、確かに良い人に見えるんやわ。

 

 護廷に居た頃はアホみたいに仕事と斬拳走鬼しとったし、現世では自分の身削って人助けやろ? 

 そんで誰にでも優しくて? 実力もあって? 部下に限らず下の者を積極的に指導し? 自身が傲る事もなく? 上への敬いを忘れず? 手が空いた時には他の仕事を手伝い? 自らの研鑽にも余念がなく? 現世に追放されてもかつての仲間を恨むんやなく、せっせと虚退治に人助け? オマケで誰から見ても美人な女性と来たもんや。

 

 そら人気が出ても仕方あらへんわ。

 ボクかてその姿しか知らんかったら「世の中にはこないな人もいはるんやなぁ」なんて感心する事しか出来へんもん。

 

 で、裏でやってる事は? 

 

 流魂街の人たちをぎょうさん消滅させ? 死神もついでに消して? 自分を助けようとしてくれはった人を大罪人に仕立て上げ? 魂魄の中に虚をどんどん取り込み? 虚からすら恐れられる存在になりはって? 折角手に入れた力を何故か他の虚にあげるいう意味分からん事やって更に虚を怖がらせ? 平和に暮らしとった女子高生を戦いに巻き込み? 今まで熱心に自分を慕ってくれてた後輩から死神の力を奪わせ? 滅却師の男の子に無力感を植え付け? 何も知らん女子高生から親友呼ばせて? 自分が陥れた人を利用してその近くに平気な顔して潜り込む? 

 

 あん人、人を嵌めて不幸にさせるんが趣味なんやろか? 

 

 同じ被害者面して近くから顔を見て内心で喜んでるんやろか? 

 

 アカン、アカンわ……。

 ちょっと異常な嗜好過ぎてボクじゃ理解できひんわ。

 

 ほんま、立派な藍染隊長の妹ですよ。

 これはどっちなんやろな。

 

 藍染隊長が那由他ちゃんに似とるのか、那由他ちゃんが藍染隊長に似とるのか。

 

 まあ、どっちでもええか。

 どっちもどっちやし。

 

 この兄妹、ほんまおっそろしいわぁ……。

 

 100年くらい側にいはるけど、隙ゆう隙が全くあらへん。

 

 せやけど、焦る事やない。

 何百年でも待ったる。

 待って、待って、待って。

 

 

 ――そんで、ボクがしっかり殺したる。

 

 

 で、何やったっけ? 

 ああ、那由他ちゃんの中にある“欠片”の話やったな。

 

「君は不思議に思わなかったかい、ギン? 那由他が尸魂界を追われた時、その命を下したのは零番隊だった。私であれば中央四十六室を使ってもっと簡単に同じ結果を残せただろう。つまり、零番隊が動いたのは全くの偶然だ」

「恐ろしいですわぁ。偶然をしっかり利用してはるんですもん」

「問題は、どうして零番隊が動いたか、だ」

 

 ボクの言葉に微笑みだけを返し話を続ける藍染隊長。

 

 ああ、これアレや。

 話したかったんやな。

 

 

「その理由こそが那由他の中に眠る“欠片”の存在さ。遥か遠くを見つめる“目”の持ち主、彼女が謡う世界は愛に包まれている。それは私たちを頂へと導く賛歌。そして、そこには()()()()()()()()()()だ。……()()()()()の事を考えたらそのまま、という訳にもいかないがね」

 

 

 何を言ってるか全く分からへん。

 

 こうなった時の藍染隊長の言葉はまともに考えても分からんから、あまり気にせんようにしとる。

 

 

「彼女は弱者に寄り添う事を良しとしない。いや、()()()()()()()。ならば、人の倫理観というものを彼女から奪ってしまえば良い。それは正に全ての者を裁く“神の目”と成り得る」

 

 

 う~ん、シスコン拗らせとるなぁ。

 

 ようはアレやろ。自分の妹を自分の理想の存在にしようって事やろ? 

 

 やっぱり兄妹揃ってヤバイ人たちやなぁ。

 

「だから、僕は彼女に虚を喰わせた」

「そうなのですか?」

 

 お、東仙隊長が復活しはった。

 ボクだけであのポエムに付き合うのは勘弁やわ。

 

 助かりますー。

 

「勿論さ、要。那由他は虚の制御を完璧にこなしている。何故か? ()()()()()()()()()()()からさ。ならば、後はその背を少し押してあげれば良い」

 

 あら、東仙隊長も黙ってもうた。

 

 やれやれやなぁ。

 これじゃボクが藍染隊長の話に相槌打たんといかんわ。

 

「それで、志波一心はどないしはるんです?」

「いずれ殺す」

 

 おぉ、返答早っ。ごっつ殺意高いわ。

 

「しかし、今ではない」

 

 いつもの笑みに凄味がある気がするんやけど、これ気のせいやないんやろなぁ。

 

「折角あの那由他が導いた舞台なんだ。今はまだ鑑賞を続けよう」

 

 なんやっけ。『遥か遠くを見つめる“目”の持ち主』やった? 

 意味はよう分からんけど、未来でも見えてるゆう事やろか。

 そんな訳あらへんて。そないな事死神の力を超えてますもん。

 

 

 ──死神の力じゃ、ない? 

 

 

 今、あん人に宿ってるのは死神と虚の力だけ。

 

 ってことは虚の力で? 

 

 いや、ありえへん。

 

 あの虚を作ったのは東仙隊長や。既存の技術の延長に過ぎひん。

 

 滅却師? 

 

 いや、それもありえへん。

 

 元々が死神なんや。そんな特殊な産まれともちゃう。

 現世に行ってからもずっと観察してたんやから、何か異常があればボクも気づける。

 

 

 藍染那由他には、ボクの知らへん“力”が産まれた時から宿ってるゆう事ですか……。

 

 

「しかし、それでは浦原喜助の元に那由他様がいるのは不味いのでは?」

 

「なに、那由他を僕の元へ戻す方法などいくらでもある。──全ては僕の掌の上さ

 

 画面に悦の顔で視線を向ける藍染隊長に、ボクはブルリと身震いした。

 

 

 

「ふふっ、楽しみだよ。那由他」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 やっぱり名言は人の心を動かす。はっきり分かんだね。

 

 一心さんと浦原さんにダブルパンチくらった時はどうしようかと思ったけど、カ〇ナの名言で一心さんを動かせた。

 ほんと良かった。ほんと……。

 

 これで何とか既定路線には入ったっぽい。

 

 ただ、俺が真咲さんから離れられなくなったのは完全にイレギュラー。

 マジでどうすっぺ、この状況。

 

 あと、浦原さん。

 

 この後は、恐らくだが仮面の軍勢のとこへ拉致られるのだろう。

 

 お兄様に怒られるかなぁ、大丈夫かなぁ。

 とっても心配です。

 

 

「那由他サン」

 

 と、浦原さんに話しかけられた。

 

 さあ、どんと来い! 

 でも出来るだけ優しくしてね? 

 

「次は那由他サンの()()に入ります」

 

 先ほど飛び出すように出て行った竜弦さんを気にしているのだろう。

 出入口をチラリと見つつも、浦原さんは体を俺の方へ向け話を進め始めた。

 

「那由他サンは虚化を制御出来ています。しかし、恐らくその浸食を完全に止められている訳ではありません。貴方から感じる虚の霊圧は確実に前より増えています」

 

 まあ、それは虚を喰いまくったせいだと思うけど。

 

 それを治療出来るって事? 

 さす浦。

 

「アタシは滅却師の“光の矢”と“人間の魂魄”からワクチンを作り、それを虚化した幾人かの死神の魂魄に注入しました。そして、それによって100%の魂魄自殺を防ぐ事に成功しました」

 

 一心さんに特殊義骸を説明していた時もサラッと言ってたけど、その材料どうやって手に入れたん、この人? 

 

 人間の魂魄を集めるって、結構な重罪だよ? 

 まあ、今更尸魂界の法に縛られても仕方ないのは分かってはいるが。

 

 何だかんだ浦原さんもヤバイ側の人だよね。知ってた。

 

 で、そのワクチンと俺にどんな関係が? 

 

「虚化とは、本来は元の魂魄と虚が混在した状態となり理性を失った怪物になる症状です。それを那由他サンが自力で制御できているのは──曳舟さんが作った義魂丸に理由があります

 

 まあ、せやろな。

 アレ飲んで落ち着いた訳だし。

 

 

 一心サンは義骸に入った事で俺をもう認識できていない。

 

 傍から見たら浦原さんが一人で喋っているように見えるだろう。

 それでも真剣な表情で聞いている。

 詳しい事はチンプンカンプンなんだろうけれど。

 

 多分、俺を救うためと言いつつ、俺に危害を加えないか見張っている感じだろう。

 ありがてぇ。その優しさを今後は真咲さんに向けてくれ。

 

「アタシが理論立てした“死神と虚の境界を無くす”考え方は、元は曳舟サンの研究を引き継いだものなんです。那由他サンの魂魄を改善するために、あの人も考えていた手法を別の方向から再構築したのがアタシの理論に当たります」

 

 え、そうだったんだ。

 

 曳舟さんとはそこまでの付き合いでもなかったのだが……。

 ありがたい話である。

 

 おかげで那由他は今日も元気ですっ! 

 

 ん? 

 つまり? 

 

「通常の義魂丸は死神の魂を元にした疑似魂魄の作成によって効果を発揮します。しかし、那由他サンに与えられた義魂丸は違います。死神に死神の魂魄を与えても魂魄のバランスは崩れません。強度に難のある那由他サンの魂魄に限って言えば悪化させるだけでしょう。そこで、曳舟サンは考えました。──虚の魂魄を与えれば良いと

 

 お? 

 

 おぉ……。

 

 おぉっ!? 

 

「つまり、曳舟サンが作り那由他サンに与えた義魂丸には虚の魂魄が込められていました。曳舟サンの理論が“死神+虚”の足し算でバランスを崩す方法だとしたら、アタシの理論は“死神×虚”という掛け算でバランスを崩すようなもの。同じ結果のように見えますが、曳舟サンの考えでは魂魄の中に虚の魂魄が残る事を意味します。──この那由他サンの中に残った虚の魂魄によって虚化が制御された。アタシはそう考えました」

 

 ちょ、ちょっと待って! 

 

 ってことは、俺の中にいる“もう一人のボク”ってのは本当に虚だったのか!? 

 

 アイツ、本当の事言ってたのか! 

 信じてなかったわ、スマン! 

 

「何故、虚である魂魄が那由他サンに力を貸しているかは分かりません。しかし、虚は自我を保ち己の欲望を満たす“何か”を常に探しています。恐らく、那由他サンの底に眠っていた欲望を引っ張り出し、どうにかして叶えさせようとしていたはずです。よって、那由他サンは本来より攻撃性、ないし嗜虐性を発露している可能性があるんです。思い当たる事はありませんか? 普段は考える程度、もしくは無意識に願っていた欲望を我慢する事が最近はなくなってきている、とか」

 

 分からん……!? 

 

 いや、でも待って?

 

 確かに最近はやたらめったら“誰かの曇った顔”を見たいと感じていた。

 

 初めは苺とルキアだけ、とか思っていたのに、最近は誰でも良いと考えている。

 

 原作展開にさせる事を理由にして、とにかく誰かを不幸にしたい。

 そんな欲望に駆られている。

 

 虚圏でもそうだ。

 

 普通なら虚を喰らうなんて気持ち悪いと思うはず。

 なのに、何で俺は嬉々としてやっていた。

 どうして虚に恐れられる事に悦を感じていた。

 

 何故、虚を追い立て、相手に恐怖心を刻んでから喰っていた……?

 

 今思い出すと吐き気すら込み上げてくる。

 

 

 どうしてだ? 

 

 いつから──俺はこうなっていた?

 

 

 海燕さんとメタスタシアの事件を思い出す。

 あの時も、確か自分の感情が暴走しそうになっていた。

 

 “天輪”に諫められたけど……結局のところ目的自体に変化はなかった。手法が変わっただけだ。

 

 

「仮定ばかりですみませんが、恐らく虚は那由他サン──貴方を乗っ取ろうとしています」

 

 

 呆然とした顔のまま浦原さんの目を見る。

 

 真剣な表情だ。

 

 嘘は言っていないのだろう。

 

「貴方の実力は相当なものです。虚も無暗に手を出せなかったのでしょう。ですから、このように何十年もかけて、貴方に気付かれないように、友好的なフリをして、貴方を蝕んでいたはずです」

 

 浦原さんは俺から視線を外すと、おもむろに棚から一つの箱を取り出した。

 

 開ける。

 中には一本の注射器が入っていた。

 

「これは先ほど説明した“ワクチン”です。これを今から那由他サンの魂魄に注入します。これにより、貴方は虚の力を借りずとも魂魄を制御できるはずです。しかし、それを虚が許すとは思えない。抵抗するはずです。つまり、精神世界で虚を屈服させる必要があります

 

 ははっ、苺の修行かよ。

 

 変な笑いが心中で漏れる。

 

「一心サンは既に死神の力を失い、アタシも那由他サンのフォローをこちらでしなければなりません。そもそも、誰かの力を借りて虚を屈服させたとして、いずれまた同じ事が起こります。那由他サン。貴方が屈服させる必要があるんです」

 

 俺は、頷きを返す事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 ▽△▽

 

 

 

 

 

『あーあ、上手くいってたんだけどなー』

 

 

 声が聞こえる。

 

 俺のよく知っている声だ。

 

 ただ、自分の声を外から聞くと普段と違った印象を受ける。

 

『ま、お前に“帰刃”を使わせられなかった時点で俺の負けだよ。使ってたんなら一気に浸食が進んだんだけど』

 

 ──じゃあ、お前は大人しく俺に従うのか? 

 

『まさか』

 

 “オレ”が嗤う。

 

 無表情なものではない。

 

 喜悦が滲み、人の不幸を喜ぶ顔だ。

 

『オレはオマエだ』

 

 “オレ”が言う。

 

『オマエが心の奥底で願ってたものを、オレが引っ張り出してやっただけだ。オレに怒るのはお門違いですぜ?』

 

 ──そうなんだろな。

 

『だから、オレの好きにさせろよ。オマエの体を使わせてくれ。そしたら──オマエの望みも叶うんだからよ

 

 俺は無言で斬魄刀を構える。

 

『申し訳ありません』

 

 “天輪”の声が聞こえた。

 

 その音にはこれでもかというほどの悔しさが籠っている。

 しかし、それを聞いても、以前のように嗤えなかった。

 

『私が気付いていれば、このような事には……!』

 

 “天輪”すらも騙せてたのか、こいつ。

 本当に俺かよ。いや、違うんだったな。

 

 ──“天輪”、ゴメンな。俺が不甲斐なくて。

 

『そんな事はっ!』

 

 ──いや、俺はちょっと不用心すぎたらしい。お兄様の妹に生まれて、才能もあって、皆からチヤホヤされて。きっと調子に乗ってた。

 

 返事はない。

 

 でも、俺は続ける。

 

 ──これもお兄様の策なんだろうな、多分。だったら、俺は俺の願いでもって、目の前のオレをぶっ倒す。

 

『その願いとは』

 

 “天輪”の言葉に力が宿る。

 

 流石だよ、ほんと。

 こんな俺と一緒にいてくれるって、結構大変だったんだろうな。

 これからもきっと迷惑かけるわ。

 

 それでも、俺と一緒にいてくれるって、俺は“天輪”を信じてる。

 

 俺の願いは何だ。

 

 初めはキャラ愛だった。

 

 しかし、俺のこの想いを歪めて叶えたのが“オレ”だ。

 

 アイツの言ってる事は間違ってない。

 

 俺は確かに、一護とルキアの曇り顔を見てみたいと思っていた。

 

 だから、この場で願うのは、

 

 

 ──困った顔だ

 

 

『……は?』

 

 “天輪”の困惑した顔が見えた気がする。

 

 今は俺の斬魄刀となっている彼の姿は見えない。

 それでも何となく分かった。魂の半身だしね。

 

 

 ──困って、拗ねて、挫折して……

 

      それでも諦めない

 

        目の前の道を全力で進む

 

          力強い意思を持ち

 

            人を護るために

 

 

()人を()るためでも全てを振るえる

 

 

そういうヒーローを、俺は見たいんだ──

 

 

 

 俺には他人の不幸を喜ぶ部分が確かにある。

 

 それを否定はしない。

 

 でも、本当に見たかったのは、それでも立ち上がる主人公の煌めきだったのだろう。

 

 

『私は、貴方と共に』

 

 

 ──ありがと、“天輪”。あとゴメンな。

 

 

 “天輪”は困ったような苦笑を返してくれた。

 

 そんな、気がした。

 

 

 もう原作なんか知ったこっちゃねえ。

 

 

 俺は一護を守る。

 

 ルキアを守る。

 

 真咲さんを守る。

 

 一心さんを守る。

 

 

 お兄様の事だ。

 

 俺がこうなったのも、これからどうなるかも、全部予想はしているのだろう。

 

 ある意味、原作再現を一番しているのはお兄様かもしれない。

 

 

 だからどうした。

 

 

 俺の存在程度で一護はきっと止まらない。

 

 俺すらも助けようとするだろう。

 

 一護の中に入るだろうユーハバッハのおっちゃんには悪いが、これは俺には止められないんだ。

 

 ヨン様がいるからな。

 確実に一護は死神となるはずだ。

 

 ならば、せめて、それまでは。

 

 俺が彼らの盾となろう。

 

 平和な日常を守ろう。

 

 

 それが、せめてもの贖罪だ。

 

 

 あー、でもいつか俺はヨン様によって一護の敵にさせられるんだろうか。

 怖いなあ。

 

 俺の屍を越えていけー、とかリアルでやる可能性があるとは思ってもみなかった。

 

 

 

『もう話は終わったかー?』

 

 ──なんだ、律儀に待っててくれたのか? 

 

『まあ、ぶっちゃけ俺に勝ち目はねぇし。最上級大虚数体分だよ、オレの実力? ここ精神世界なんだからオマエは全力でしょ? 無理ゲーじゃね?』

 

 ──それでも諦めないとか、お前も不器用だよな。

 

『オマエに言われたくないなー』

 

 カラカラと笑う“オレ”に俺は構えた。

 

『で? どう倒そうとする?』

 

 ──決まってんだろ? 全力だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──卍・解──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

「那由他さんをこうさせたのは、お前じゃねぇって事だな、浦原喜助?」

 

 

 アタシの処方した注射により精神世界へと入った那由他サンを眺めていたら、一心サンから唐突に声をかけられました。

 

 彼の視線は未だ寝台で横になっている黒崎サンへと注がれています。

 

 彼女はしばらくしたら目を覚ますでしょう。

 そこは問題ありません。

 

 そして、黒崎サンと離れてはいけないと言っても、町一つ分くらいの距離なら大丈夫ですし、普通に暮らす分には問題はないでしょう。

 

 ですから、彼が心配しているのはそこではありません。

 

 

「はい。元凶は──現五番隊隊長、藍染惣右介によるものです」

 

 

「藍染隊長が……?」

 

 一心サンは信じられないという顔でもって、アタシの方へ向き直りました。

 

 そうですね。

 藍染サンは誰からも信頼を寄せられる人格者として振舞っていますから、困惑するのも無理はありません。

 

「これから話す事は全て真実です」

 

 そう前置きして、アタシは100年前に起こった『魂魄消失事件』について一心サンに語りました。

 途中で口を挟むこともなく、彼は静かに目を閉じてアタシの話に耳を傾けています。

 やはり、覚悟が違うのでしょうかね。

 

 既に死神の力を失った彼。

 

 ならば、ここでどのような真実を知ろうとも、護廷へと情報を持って帰る事は叶いません。

 

 むしろ先ほど助けた黒崎サンを危険に巻き込む恐れすらあります。

 そんな事、一心サンは許さないでしょう。

 

 アタシの打算……ッスね。

 

 今、護廷に真実が伝えられても混乱を招くだけ。

 そして、その隙に藍染サンが中央四十六室を操って自分に有利なように事を運ぶだけでしょう。

 

 尸魂界から離れてしまっているこちらから行動を起こすのは危険すぎます。

 

 

 ですから、()()()()()()()()()()が尸魂界へと乗り込んで別の事件を起こす。

 

 

 これで護廷は藍染サンから注意が逸れるはずです。

 そのタイミングで藍染サンが動かないはずがありません。

 

 アタシたちはその隙に藍染サンを討つ。

 

 これが現状考えられるベストです。

 

 問題は誰が尸魂界へ表立って乗り込むか、ですが……。

 適当な人物が今のところいないのが問題ッスねぇ。

 

 まあ、今は那由他サンの回復を待ちましょう。

 

 那由他サンがアタシの監視下にいる現状、藍染サンもアタシを警戒するはずです。

 今すぐに動く事はかえって不味いでしょう。

 

 那由他サンの魂魄へ干渉した事は、彼女が藍染サンの元へ戻ったらすぐにバレる事。

 ならば、彼女をアタシたちで匿う他ありません。

 黒崎サンとの関係上、一心サンたちと一緒に暮らすのが妥当っすね。

 

 しばらくはアタシの家で問題ありませんが、もう人間として過ごすしかない二人に、滅却師からも絶縁されるであろう黒崎サン。

 アタシの手を借りずとも、その内勝手に自立する事でしょう。

 

 まあ、金銭的な余裕がアタシにある訳でもありませんしね! 

 

 

 あと10年から20年くらいッスかね。

 

 それくらいは大人しくしておきましょう。

 

 

「ん……」

 

 

「那由他サン、お加減はどうッスか?」

 

 どうやら那由他サンが目を覚ましたようです。

 

 片手間で魂魄の補助を出来るくらいに安定してたんで、そこまで心配はしていなかったッスけど。

 まあ、無事に帰ってこられたようで良かったッス。

 

「問題ありません」

 

 少し確認しますが魂魄も問題なし。

 

 いや……これは? 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 アタシは思わず那由他サンの顔を真正面から見てしまいます。

 

 相変わらずの無表情です。

 綺麗な顔をしてはいますが、そこに感情は見えません。

 

 まあ、今までの行いが誘導されていたと知れば無表情にもなるでしょう。

 

 皆を裏切ってまで側にいようとした兄にされていた事を知れば、尚更。

 

 藍染サンならば、那由他サンの変化に気付いていたはずです。

 それを敢えて無視していた。

 

 その考えの全てを見通せる訳がないですが、彼は那由他サンを死神以上の存在へ昇華させたかったのだと思います。

 

 ──彼女がどうなろうとも。

 

 歪んだ愛情です。

 

 

 しかし、それらを抜きにしても藍染サンが彼女を特別視する理由が分かりました。

 

 

 なるほど。

 尸魂界を追放された切っ掛けは零番隊だと聞いていましたが、“これ”なら零番隊が動くはずです。

 だから藍染サンも阻止できなかったのでしょう。

 

 

 無暗に騒ぎを大きくしては、那由他サンが()()()殺されていました。

 

 

 そして、那由他サンの魂魄が異様に脆い、というよりも()()()だったのは“これ”が原因に違いありません。

 

 本来は存在してはいけないモノですね。

 

 何せ、“本物”は()()()()()()()()はずですから。

 

 零番隊が見逃せるはずがありません。

 きっと、今後は貴族子飼いの死神が疑わしき人間たちを次々と殺していく事になるのでしょう。

 

 確か、死神代行になった人は“欠片”を集めていたと聞きます。

 目的は“欠片”を宿した人たちを普通の生活に戻してあげるという、至極慈善的なものだったはずですが……。

 

 彼もこのままでは危険です。

 

 しかし、彼を助ける手段は乏しいッス。

 

 下手に介入すれば零番隊に察知され、今度こそ那由他サンを始末されます。

 

 見て見ぬフリ……するしかないッスかね。

 

 

 つまり、“これ”は矛盾の塊です。

 何故、存在しているのかすら分からないッス。

 

 

 ──那由他サンには『霊王の目』が宿っている。

 

 

 これは、迂闊に誰かへ話す訳にもいきませんね……。

 

 能力の予測はつきますが、下手に取り除いたらどんな影響が彼女に出るかも分かりません。

 

 なんだか物凄いモノを背負った気分ッスよ。

 

 まあ、今は嘆いても仕方ありません。

 

 まずは、

 

 

 

「那由他サン──これから貴方を平子サンのところへ案内します。良いッスね?」

 

 

 

 しっかりと頷いた彼女の瞳に、もはや迷いはありませんでした。

 

 

 




連載開始時からあった那由他ちゃんの設定を一部公開。


・藍染那由他
那由他には並行世界や未来すら見通せる「霊王の目」が宿っている。詳しい能力や影響については今後の本編にて。
元々の才能と霊王の力が合わさり霊圧が馬鹿高くなった。ちなみに、浦原喜助が霊圧抑制装置をくれなかったら、その後の成長速度についていけず体がポンしてた。実は命の恩人。
しかし、霊王宮にいる霊王には目が残っている。
つまり、霊王の目が現実として複数存在している事になり、那由他の魂魄の中に宿る存在自体が矛盾していたため彼女の魂魄は脆かった(シュタゲ味)。これは、並行世界に存在するかもしれない“目を失った霊王”の目を宿している事を意味する。そして、それは今の霊王を守る零番隊に許容される事はなく、霊王の欠片を求めている貴族にも命を狙われるだろう事は想像に難くない。そのため、藍染は那由他の欠片について明言する事を極力避けていた。
これにより、那由他には死神、虚、霊王の三つの力が宿っており、始解・卍解、帰刃、完現術を扱える可能性を秘めている。(現状では完現術以外を使用可能)

*勿論、ヨン様もこれらの事には気が付いている。本来は目の仇にしている霊王の一部だが面白いと判断し黙認。他にも理由はあるが、そのあたりは後日本編で。


やっと伏線回収できた! やったぜ!



あと、本作は”愉悦”作品です。

次話以降も愉悦要素が出てきますので、苦手な方はご注意下さい。


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目標…だと…!?

愉悦タグは一度も消してないよ……?(涙目


 ──案外しっかり抵抗してんじゃん。

 

 精神世界にて“オレ”と対峙してから少し。

 

 卍解して一気に決めるつもりだったが、それなりに手こずった。

 伊達に最上級大虚数体分の霊圧を持っていた訳ではないって事だ。

 

『やっぱ強いなー』

 

 ──まあ、それが俺の人生の目的の一つでもあった訳ですし。

 

 地面に大の字になって寝転がる“オレ”に近づいて側に座る。

 

 もう、こいつに力は残っていない。

 別にほっといても良かったのだが、何となく話をしてみる気に俺はなった。

 

 ──これで、お前の影響は無くなるのか? 

 

『ま、殆どな』

 

 完全に消える訳じゃないのかぁ。

 それはそれで不安である。

 

『オレはオマエだって言ったろ? オマエがどれだけ綺麗事を言ったとしても、オマエが他人の不幸を嗤う存在である事に変わりはねーよ』

 

 それもそうか。

 

 俺は別に改心したという訳ではない。

 ただ欲求のみに支配される事がなくなった、考え方のベクトルが変わったというだけだ。

 

 “人を不幸に陥れ生の喜びを実感したい愉悦部”から“絶望の淵から這い上がる人を見たい愉悦部”になっただけである。

 

 結局クソやんドSやん……。

 

『何となく分かってんだろうけど、これからはオレの“力”も問題なく使える。……んで、これからどうするつもりだ?』

 

 平子さんのところ行くとか、黒崎家にご厄介になるとか、恐らくそういう事を聞きたい訳ではないだろう。

 

 俺も悩んではいるので即答できなかっただけだ。

 

 俺の目標は苺とルキアを曇らせる事。

 これに変わりはない。

 いや、原点に帰ったと言うべきだろうか。

 

 ただ、どうやって曇らせようかって話よ。

 

 二人には死んで欲しくないし、あまりに精神的負荷を与えてヨン様に負けるのも嫌なのだ。

 苺が自分の生まれた時からヨン様の玩具だったとか知った時に、完璧に心が折れる事は避けたい。

 情緒コントロールが難しいな……。

 

 やはり、ここは俺が傷つくべきなのだろうか。

 

 黒崎家と共に過ごす事になるのだし、一護とは幼い時から一緒に暮らす事になる。

 別に死神になる前から曇らせる必要はないし、しょっちゅう見てたらカタルシスも半減だ。

 そのため、死神になるまでは俺が死神である事を隠し、SS編でヨン様と対峙した時に俺が斬られる、とかどうじゃろ。

 

 ヨン様にとって俺は裏切り者も同然である訳だし、恐らく簡単に斬り捨ててくれる事だろう。

 

 

 問題は死神になる際に出会うルキアだ。

 

 

 俺と一心さん、ルキアは顔見知りだ。

 既に死神すら見えない一心さんがどうやって誤魔化してたのかは知らんけど、恐らく原作じゃ顔見知りじゃなかったんだろう。

 浦原さんとは面識が無かったはずだし、そっちは大丈夫なはず。

 

 下手に姿を見せずにコッソリと見守るくらいで良いかなぁ。

 

 既にルキアとは護廷の頃に関わりを持ってるし、この関係性のままでも俺がヨン様に斬られれば曇ってくれそうな気はする。

 

 崩玉ヨン様になる前のヨン様だし、俺が一方的に殺される事もないだろう。

 普通に抵抗できるだけの実力は持っているつもりだ。

 

 ルキアや苺がヨン様に斬られる瞬間に身代わりになればいっか。

 でも破面とかどうすっかなぁ……。

 

 やっぱり苺の味方? 

 それともヨン様に回収される? 

 

 俺の意思は別として、霊圧自体はヨン様好みだろうし何かの実験にでも使われるのだろうか。

 

 お、それならそれで良いじゃん。

 きっと苺が俺を取り返しに虚圏へ乗り込んでくる事になるわ。

 織姫ちゃんポジションだ。

 その時に決死の覚悟で挑む悲壮な顔を観察できれば万々歳である。

 

 相当ガバい考えな気がするが、ぶっちゃけ頭の良くない俺にそれ以上の考えは浮かばなかった。

 

 とりあえず、死神になるまで苺を可愛がってあげよう。

 話はそれからだ。

 

 

『どうやらまとまったみたいだな』

 

 ──オマエの影響で自分の欲望自覚しちゃったじゃん……

 

『そら良い事だ』

 

 ニヤニヤとしている俺の顔を見ると、なんて言うか、違和感? 

 せめてもう少し清楚系な表情してくれませんかね。イメージが悪いんだよ。

 

 ──ただし、誰も彼もを絶望させるなんて事しねーよ? 

 

『わぁってるって』

 

 ほんとかよ。嘘くせぇ。

 今までだって俺の事を騙してたくせによー。調子いい奴。

 

『さっきも言ったろ? オレはオマエの潜在意識を呼び起こしただけだ』

 

 分かってるっつの。

 

 話してると自分のクソさ加減に辟易しそうなので話を終わらせるために立ち上がる。

 

 

『忘れねー事だな』

 

 

 背を向けて“オレ”から離れようとした俺に、奴が声をかけてくる。

 

 

 

『オマエは立派なクソ野郎だよ。

 

誰かの不幸を喜ぶ奴にまともな感性なんか期待すんな

 

だから、オマエは開き直って一護とルキアを弄べば良いさ』

 

 

 

 ほんと碌な事言わないな“オレ”……。

 俺の良心穿って楽しいんでしょ? 流石“オレ”だよ、いや()か。

 

 複雑な気持ちを抱きながら、俺は精神世界を出る。

 

 

 俺は“BLEACH”という作品を一護とルキアのダブル主人公だと考えている。

 

 二人がどのような苦境においても立ち上がる姿を見た。

 どのような絶望にも屈せず、更なる力を身に着けて立ち上がった。

 お互いを信頼し合い、その背を預けて戦っていた。

 

 そんな姿が好きだ。

 

 だからこそ、

 

 

 ──その姿が更に煌めくためには、より深い絶望が必要なのだ。

 

 

 それを出来れば用意してあげよう。

 

 俺が傷つく程度で奮起するのならお安い御用だ。

 

 君らを決して死なせやしない。

 

 凶刃から守ろう。

 心に寄り添おう。

 愛をもって接しよう。

 

 その方が、君たちはより輝ける。

 

 理不尽な敵を払える。

 

 俺に素晴らしい感動を与えてくれる。

 

 

 

 

 

 ――っていう、まぁ、自分の欲望を考えたらそんな話ってこと。

 

 

 

 

 

 本気でやろうとまでは正直そこまで思っていない。

 

 

 色々と今後の事について物騒な事を考えてしまったが、俺は曇った顔の主人公を思い浮かべて内心でニヤニヤと嗤っているだけで個人的には十分なのだ。

 

 前はこんなでもなかったのに、なんか開眼したくさい。

 

 ほんと、“オレ”は余計な事してくれたわ。

 

 

『……はぁ』

 

 

 “天輪”のため息で、今度は純粋に笑いそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 那由他さんが目を覚ました。

 

 俺のせいで巻き込んだようなもんだ。

 無事である事に心底ホッとする。

 

 ただし、彼女もあの嬢ちゃんから離れられなくなった。

 

 

 つまり──那由他さんと俺との同棲が始まる。

 

 

 いや、未練はないよ? 

 別に引きずってねーし? 

 ドエラい振られ方された時の傷心は確かにあったが、思い返してみれば誠実な対応でもあった。

 

 そんな那由他さんと一つ屋根の下。

 

 いや、別に隣の部屋とか家借りれば良いって話もあるんだが、真咲ちゃんの事を考えればいつでも相談できる同棲ってのが一番良いと思う訳ヨ。

 

 

 いやぁ~~まいったなぁ~~! 

 

 

 とりあえず、俺は真咲ちゃんから離れる事が出来ない。これは確定。

 那由他さんも離れない方が良い。

 

 こっからの生活をどうするかねぇ……。

 

 なんて一人で悶々とこれからの生活を考えていた。

 

「すみません、その……」

 

 那由他さんが困ったような声を上げる。

 珍しいっちゃ珍しいが、別にこの人は無感情な訳でもない。

 どちらかと言うと分かりやすい方だ。

 付き合いが短いと取っ付きにくい印象を受けるが、それなりに話していたら口下手なだけと分かる。

 

 だから、今も何かに困ったのだろう。

 

「どうしたんスか?」

 

 浦原喜助が答える。

 那由他さんは今、奴が用意した義骸に入ったところだ。

 

 俺が解決できる問題でもねぇだろうし、ここはアイツに任せておこう。

 

 

 先ほど浦原喜助──いや、助けてもらったんだし、浦原さんとでも呼ぼうか。一応先輩だし。

 

 彼に聞いた話を、俺は未だに咀嚼できていない。

 

 俺の知っている藍染隊長は、皆から好かれる立派な隊長だった。

 物事には真摯に取り組み、部下の事も思いやっている。

 仕事は早いし、藍染隊長の色が五番隊にも行き渡って他隊の同位の席官よりも五番隊は優秀と言われていたほどだ。

 

 そんな人が全ての元凶……。

 

 (にわ)かには信じられない。

 

 けれど、那由他さんは浦原さんの事を信用しているようだ。

 なら、俺がここで変にツッコんで場を搔き乱すのも良くないだろう。

 

 まあ、一応警戒だけはしとくけどな。

 

 で、那由他さんはどうしたんだ? 

 

 

「実は、その……胸を支える物が欲しいのですが……」

 

 

 思わず彼女の胸元を凝視する。

 

 彼女が入った義骸は浦原さんが作った特殊な物だと聞いた。

 それは、性差や体格に左右される事もなく、入った魂魄を反映して人間としての見た目になるらしい。

 

 つまり、義骸へ適当に服を着せた後に那由他さんが中へ入ったのだが……。

 

「あ、これはうっかりしてましたね。那由他サンほど()()()()()をお持ちの方がこの義骸を使うのは初めてだったので」

 

 那由他さんの胸は、ぶっちゃけデカイ。

 

 十番隊の副隊長だった乱菊よりかは小さいだろうが、男として十分な魅力を感じるサイズだ。

 隠れ巨乳と噂されていた四番隊の虎徹副隊長とどちらが大きいか、なんて下世話な話を飲みの場で野郎共と語り合ったのも懐かしい。

 

 つまり、那由他さんの胸はデカイ。

 

「さらしがあれば」

「いやいや、現代の女性はブラってものを付けてるんスよー」

「……持っているのですか?」

「そんな変態みたいな目で見られるのは心外ッス……。流石に持ってないので、そこらで買ってきましょう」

 

 

「俺がひとっ走り行ってきます!」

 

 

 全力で請け負った。

 当然である。

 

「そ、そのためにも、那由他さんの大きさを確かめたく……!」

「一心サン……下心が露骨過ぎますって」

 

 呆れられた。

 那由他さんは分かるが浦原喜助! オマエなら俺の気持ちも分かるはずだろぉ!? 

 

「でも、サイズが分からなければ買えないのも事実っすね……。ご自身で行きます? 適当に包帯でも巻いていれば……」

 

 

「下が67の上が89です」

 

 

「「え?」」

 

「私もブラくらいは知っています」

「いや、そういう問題じゃなくてッスね……」

「現世任務で時間が出来た時に測ってもらった事があります」

「あ、那由他サンも女性っぽい楽しみ方を知ってたんスね……」

「失敬な」

「いや、これは、その……ハイ、スミマセン」

 

 浦原さんが平謝りしている。

 どうやら俺の発言は那由他さん的に問題が無かったらしい。

 

 んで、これってもしかして。

 

「一心さん。ご迷惑をおかけします」

 

 俺が買いに行っても良いって事だよな! 

 

 俺が選んだ下着を那由他さんが着ける……。

 うっ、少し興奮してきた。

 

 

「那由他さん!」

 

 

 と、ここで女の子の焦った声が響く。

 そうだ。この場にはもう一人女性がいたわ。

 

「ダ、ダメだよ! そんな簡単に教えちゃったら!?」

 

 わたわたと慌てた様子で那由他さんへと駆け寄るのは、先ほどまでの苦痛が嘘みたいに元気な少女──黒崎真咲だった。

 

「そうなのですか?」

「そうだよ? 女の子の大切な体なんだから」

 

 俺が精神世界であの子に宿る虚をぶった斬った時は裸で絡んできた癖に。どの口が言ってんだか……。

 

「そうですね、失念していました」

「でしょ? 買いには私が行ってくるから!」

「はい、ありがとうございます。……少し内なる虚と話しすぎたようです」

 

 その発言は看過できなかった。

 

 話した? 虚と? 

 

 もしかして、この人は──

 

「那由他サン」

 

 すかさず、浦原さんが間に割って入る。

 

「虚は虚です。自我を見失わないよう、注意して下さい」

 

 その顔は真剣だ。

 無事に意識を取り戻したから、全部綺麗に解決したのかと思ってたが……どうやらそういう訳でもないらしい。

 

「分かっています」

 

 那由他さんは静かに頷く。

 しかし、その顔にはどこか影がある。

 いや、これは……諦め? 違う。

 

 ──喜び? 

 

 色々なもんがごっちゃになってて、流石に俺には分からねぇ。

 でも、この人はまた何か厄介なもんを背負ったのだろう。

 

 それだけは分かった。

 

「ただ、あの虚も私の一部だと、理解しただけです」

「違います。虚は虚です」

「いえ、違いません」

 

 俺に口を挟めるもんでもなかった。

 俺の中には虚がいないんだから、那由他さんの心中を完全に理解する事は難しい。

 

 

「私が思い、行ってきたことは──全て私の一部です」

 

 

 それは覚悟とも取れる独白だった。

 きっと、何か目を背けたくなるような出来事もあったのだろう。

 

 だけどよ、それがどうした。

 

「俺は那由他さんと一緒にいるぜ」

 

 那由他さんがこちらを向く。

 相変わらず綺麗な目だ。

 どこまでも内心を見通すかのように澄んだ眼。

 俺は、この人に恥じないように、この人を護れるようになんなきゃなんねぇ。

 

 実力は那由他さんの方が上だ。

 おまけに、俺は死神の力も失っちまっている。

 

 だから、俺は人としてこの人を支えたいと思った。

 

 

 

 

「貴方が側に寄るべきは、私ではなく真咲さんです」

 

 

 

 

 人生二度目のフラれ文句は、流石に結構キツかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺らはお前の事を信用してへんで、那由他」

 

 

 那由他サンの準備が整い、一心サンと黒崎サンを鉄裁サンに任せた後。

 アタシは那由他サンを連れて平子サンたちの元へとやってきました。

 

 まあ、予想していた事とはいえ、なかなかに手厳しい事を言いますね、平子サンも。

 

「分かっています」

 

 しかし、那由他サンも覚悟をもってここへ来ているのでしょう。

 その目に不安の色はあっても揺らぎはありません。

 

「ほなら、俺らの前によう顔出せたな、え?」

 

 平子サンの圧迫面接が続きます。

 

 他の方も表情は硬いです。

 内心の葛藤は出さないようにしているのでしょうね。

 

 ここへ来る前に、アタシは平子サンたちに事のあらましを伝えています。

 

 つまり、那由他サンの行動や藍染サンの元に戻れない事は既に理解しているのです。

 

 それでも敢えてこうやって接するのは、ある意味彼らなりのケジメなのでしょう。

 

「私は、皆さんを見捨てました」

 

 那由他サンが口を開きます。

 もっと他の言い方があるでしょうに。

 不器用な人です。

 

「お兄様の側を選びました」

 

 平子サン他、誰も反応をしません。

 じっと那由他サンを見つめています。

 

 この人たちもこの人たちで那由他サンの本心を見極めようとしていると分かります。

 

「それでも、真咲さんを見捨てる訳にはいきませんでした」

 

 那由他サンが彼女にどのような想いを抱いているのか。

 その全ては分かりません。

 

 それでも、とても大切な存在だという事は分かりました。

 

 何故、そこまで彼女へ肩入れするのか。

 藍染サンへの抑止力となると考えている……? 

 

 彼女の“目”は霊王のものです。

 

 魂魄に宿っているとはいえ、霊王の目は未来すら見通せます。

 

 つまり、真咲さん、もしくは彼女に連なる者が藍染サンへの決め手となるのかもしれません。

 

 全ては那由他サンが藍染サンを止めようと思索している前提での推測なので、あまり楽観視もできませんが……。

 少なくとも、アタシの中で黒崎サンに対する関心が高まったのも確かでした。

 

「なんでや?」

 

 そこには平子サンも気づいたのでしょう。

 短い言葉で那由他サンへ問いかけます。

 

 

「お兄様を止める英雄のために」

 

 

 この言葉で確信できました。

 

 確実に黒崎サンはキーパーソンになります。

 今後も要観察ッスね。

 

 ただ、那由他サンの“目”を平子サンたちに話すかどうかは躊躇いを拭えません。

 

 何故なら、アタシたちがこうやって藍染サンに嵌められ尸魂界を追われた未来というものを、那由他サンは見ていた可能性が高いからです。

 よって、彼女は分かっていて藍染サンを見逃したと考えられます。

 

『魂魄消失事件』の際にアタシについて藍染サンの前へ立ったのも、その未来を覆したいと考えてだったと予想するのが精神衛生上は良いのですが……。

 

 

 那由他サンの言う()()()()()()アタシたちが追放されたと考えるのが妥当かもしれません。

 

 

 アタシたちが追放される事が英雄の誕生には必要な過程だった。

 

 彼女が事件後も護廷に残ったのは今が“英雄のいない時代”だから。

 アタシたちに友好的なのも英雄の成長に力を借りるため。

 そして、黒崎サンを助け藍染サンの元から離れたのも英雄の誕生を決めるターニングポイントだったから。

 

 そう考えれば割と彼女の行動もしっくり来ます。

 

 ただし、これはあくまでもアタシの推測です。

 この予測を知れば平子サンたちは今後も利用される可能性を危惧して那由他サンを排除するかもしれませんし。

 

 もし、那由他サンが未来を救う道のために“今”を選んでいるのだとしたら、彼女の行動を妨げるのはデメリットでしかありません。

 

 

 これが逆に、未来を藍染サンに捧げるための行動ならば……。

 

 

 未来視ってのは流石にズルいっすねぇ。

 アタシもその判断をこの場で下すのは不可能です。

 

 ですから、最大限の警戒をもって貴方を観察させてもらいますよ、那由他サン。

 

 

 

 もし、貴方が世界の平和を脅かすものだと判断できた場合は、

 

 

 

 

アタシが貴方を殺します。

 

 

 

 

 

 

 その後、表面上とは言え協力関係を築いた仮面の軍勢と那由他サンは、ひよ里サンのドロップキックを皮切りに那由他サンがボッコボコにされて纏まりました。

 

 彼女が抵抗しなかったのはせめてもの贖罪でしょうかね? 

 

 ボロ雑巾のようになった那由他サンを見たのは初めてなので、アタシは少し笑ってしまいました。

 勿論、その後は綺麗に治してあげましたよ? 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

「予想通りだ」

 

 

 私は那由他を映す画面を見ながら満面の笑みを浮かべた。

 

 やはり彼女は私を打倒しうる壁を用意するつもりだった。

 あの子の行動を全て好きにさせたのも、この確信を得るため。

 私を理解し、いと高き天へと座する試練を那由他は用意してくれるのだ。

 

 ──素晴らしい。

 

 

 那由他の“目”はたかが未来を見通すだけのものではない。

 

 

 もっと大きな特異性を内包している。

 

 私が超越者としての霊格に至るためには浦原喜助の崩玉が必要だろう。それは確かだ。

 

 しかし、その頂をどのように定義するか。

 霊王に代わり、世界を支配すれば済むのか。

 

 いや、違う。

 

 

 彼女の望む世界こそが頂だ。

 

 

 彼女が望めば、私は天に立てる。

 

 そして、那由他も立てる。

 

 本来はあり得ない、天に二物が立つ事を可能とする、究極的な“未来を選び取る力”。

 

 

 ──“自身の望む未来を引き寄せる”

 

 

 これこそが那由他が持つ“霊王の目”の本来の能力だ。

 

 彼女はその力を遺憾なく発揮している。

 

 全ての者を自らに好意的に誘導し、自らが望む未来を不自然なく取捨選択している。

 彼女が関わりたいと思った人物との縁が出来るように、世界は導かれているのだ。

 

 私すらもその呪縛からは逃れられない。

 

 そして、ギンが私や那由他に敵意を抱いているのも、全ては彼女がそう望んだから。

 

 逆を言えば、彼女は望んでいるのだ。

 

 

 私が天に立つ道を歩む事を。

 

 

 このまま彼女に導かれるままならば、私も那由他に絶望していたかもしれない。

 彼女こそが支配者であり、私が被支配者という構図が成り立つ。

 

 しかし、あの子は私に越えるべき壁を用意した。

 

 那由他の能力も十全ではない。

 あくまで不自然なく導く程度のものだ。

 周囲の願いを取り込み、己が望む世界を構築する。

 本人がそれを為すだけの力を持ち合わせていなければ叶えられる事もない。

 

 

 よって、私が那由他の力と壁を超える事も不可能ではない。

 

 

 那由他の指す英雄は黒崎真咲に連なるもの。

 私はその出現を待つ事としよう。

 

 そして、決めようではないか。

 

 君の用意した試練を乗り越え、私が君の支配すら手中に収めた時──。

 

 

 

 果たして、嗤っているのがどちらなのかを。

 

 

 

 私は那由他を手放すつもりはない。

 

 今までのあの子の行動を見る限り、那由他にとって“私”は重要なファクターと成りうるのだろう。

 そして、それはギンや要も同じだ。

 

 この神の戯曲を私が乗り越え、あの子の拵えた英雄が倒れた時、那由他は私のモノとなる

 

 そのためなら、私は君の敵となってあげよう。

 君に刃を振るってあげよう。

 君の愛するキャラクターたちを、私が存分に絶望させてあげよう。

 

 君の望みは分かっているよ、那由他。

 

 

 ──私を倒す英雄が見たいのだろう? 

 

 

 笑みが深まる。

 

 ここまで私を理解してくれる人物はきっともう二度と現れないだろう。

 

 私に並び立つ存在を用意してくれるというのだ。

 歓迎しない訳がない。

 

 英雄の精神を高めるため、実力を磨き上げるため、世界を導くために。

 私は丁度良い存在だったと言う訳だ。

 

 愚かだな、ギン。

 

 君の願いはきっと那由他によって叶えられるだろうに。

 それに気づかず彼女の成す事ばかりに目を囚われるからあの子の本質を君は見誤っている。

 

 那由他は、君の味方なのだよ、ギン。

 

 自身の命を狙う者すら抱きこむ包容力。

 未来を見通し、望む世界を創り上げる能力。

 私の願いを理解し、敵対という道を選ぶ判断力。

 

 

 ──全てが私の思い通りだ。

 

 

 最終的には、私が手に入れた崩玉に那由他の魂魄を取り込めば良い。

 

 彼女は私の中で永遠に生き続けるのだ。

 

 私は君を愛しく思うよ、那由他。

 

 

 

 

 

「実に、実に楽しみだ……そうだろう、那由他?」

 

 

 

 

 那由他の全てを手に入れるのは私だ。

 

 “英雄”などには渡さないよ……?

 

 

 私の言葉にビクリと肩を震わせる存在は、既に私の目に入っていなかった。

 

 

 

 




結論『那由他≒崩玉』


あと念のため。
本作は”愉悦”だけじゃなく”勘違い”タグもあります。

つまり本作は、あまり深く考えず「愉悦できたら良いな」程度の思いを抱いている那由他の目測をヨン様が深読みした結果、那由他が思ってた形とは違うもののちゃんと愉悦展開になる、っていう全体的な流れを意識して書いています。

その辺りを察して今後をご覧頂けるとありがたいです……!


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結婚…だと…!?

 ──あれから二年が経った。

 

 

 その間の事と言えば、俺たちが人間の生活に慣れるために費やされたと言っても過言ではない。

 

 戸籍や何やのややこしい諸々は全て浦原さんが用意してくれた。

 オマケに俺たちが自立できるまでの金銭的援助もある程度はしてくれたのだ。

 

 ほんと助かります。

 

 拝んでおいたらヘラヘラした顔で笑われた。

 

 

 人間として暮らしていく。では、まずは何をすべきだろうか。

 そう考えた時に、やはり金がないと困るよなぁ、なんて考えていたら真咲さんが、

 

『これ使って!』

 

 とか言ってポンと大金を渡してきた。

 こんな金額初めて見たよってぐらいの。

 

 どうやら、ご実家の遺産らしい。

 

 今までは石田家に厄介になっていたため都度払っていたらしいのだが、虚に死神と色々混じってしまった真咲さんを石田家が受け入れる事はない。

 行く当てが無くなった者同士協力しよう、という事らしいが……。

 

 いやぁ、金銭的には真咲さんにおんぶに抱っこです! 

 

 申し訳ねぇ……。

 でもやっぱり助かりますぅ。

 

 とりあえず、俺はバイトを始める。

 と言っても簡単なものだ。

 現世の常識とか流石に200年も死神やってりゃ少し疎くなる。

 

 バイトをしながらの情報収集みたいなものだ。

 

 業種は配達。

 顔面偏差値的には問題ないが、顔面筋の問題がありすぎて接客業は不可能。

 すっかり魂魄の落ち着きを取り戻した俺は体力にも自信がある。

 人間として力を使わずに暮らすのならば何も問題はない。未だに本気は出せないだろうが。

 

 

 そして、一心さんが医者になった。

 

 人間になったとしても誰かを助けたいのだと思う。

 あと、護廷にいた時の知識・技術の中で現世で使っても問題なさそうだったのが医学だったからだ。

 知っている通りの道に進もうとしていたので、とりあえず応援だけは全力でしておいた。

 

 応援する、と言ってもこの考え方は俺にも当てはまる。

 

 卯ノ花さんのところで伊達に回道を学んではいない。

 ある程度の知識なら持っているし、真咲さんと離れられない以上は俺も将来的に一心さんのお手伝いでもしよう。

 

 医師免許についてはこれも浦原さんが用意。

 

 いやぁ、これ闇医者だよね? 

 そもそも戸籍……深く考えてはいけない。

 

 あまり目立つ訳にもいかないので、しがない小さな町医者として生活する形だ。

 

 とは言っても、建物や機材等、準備にはそれ相応の時間と金がかかった。

 

 金銭面は俺のバイト代と浦原マネーと真咲マネーでカンパである。

 俺の持ち分が1%いくかいかないかくらいだったのは泣けるな。一心さんはそれでも喜んでくれたけど。

 

『この金は必ず返します』

 

 なんて言っていたが、別に気にしないでいいのよ? 

 どうせ大した金額じゃないし。ほんとなのが悲しみ深い……。

 

 それよりも凄いのが、一心さんの頭の良さよ! 

 勉強期間一年もないんですぜ? 

 浦原さんのスパルタにヒーヒー言っていたのを俺と真咲ちゃんで面倒見てあげてたけれど、その時だけは幸せそうに緩んだ顔になっていたな。

 

 掃除洗濯炊事の家事一般は俺も真咲ちゃんも一通りできる。

 ついでとばかりに浦原商店のお手伝いもしてあげたらめっちゃ喜ばれた。

 

 近所の子供にラスボス扱いされて玩具の鉄砲向けられたのは結構心にキタけど……。

 

 水鉄砲を顔にかけるのは止めてよぉ。服ならその内乾くからさ、上半身あたりを狙って欲しい。

 そんな感じの事を言ったら容赦なく服にかけてきた。こんのクソガキどもが……。

 そして、何故か真っ赤になって去っていった。何事? 

 

 悪は勝つ! はーっはっはっはっは! 

 

 あー、虚しい……。

 

 

 で、竜弦さんも医者を目指したようだった。

 

 高校を卒業後、一発で医学部に受かっている。

 やはり成績優秀だったんやな。

 

 滅却師としての自信が無くなった、というよりも進むべき道が分からなくなったんだっけ? 

 そう思って素直に彼に「どうして医者を目指すのですか」と聞いたら、

 

『滅却師は儲からないので』

 

 おぉう、リアリスト……。

 まあ、ぶっちゃけどうやって稼いでんだろうとは思っていたけど。

 

 相変わらず側には片桐さんがいるが、二人の距離は何となく近い気がする。

 これは片桐から石田になるのも近いのだろうか? 

 

 祝福するよ! 

 結婚式には呼んでね! 

 あ、ドレスとか何も持ってねぇ……。

 

 

 そして、真咲さんは大学生。

 

 今では元気に日々を過ごしている。

 これも一心さんのおかげだと感謝しっぱなしだ。

 

 そして、二人の距離は

 

 

 ──友人くらい? 

 

 

 なんか思ってたんと違うんじゃがぁ……。

 

 これも俺の影響なのか? やっぱりそうなのか!? 

 

 真咲ちゃんは一心さんに感謝している。これは確か。

 そして、少し気になっている。これも確か。

 

 本人に聞いたし。

 

 真っ赤な顔して「ちちち違うよっ!?」とか何故か俺にいい訳始めたが。

 やれ「私なんかじゃ無理」、やれ「邪魔する気は無い」、最後には「那由他さんこそ」なんて拗ねたような寂しそうな顔で追及を受けるに至った。

 

 あの反応は流石に好意を持っていると考えて間違いなかろう。

 

 どうして最後に「応援してます!」なんて言われたのかは分からん。いや、マジで分からんねん。

 何の応援? バイト? それともその後の進路? まだ誰にも相談してなかったんだけど……。

 

 ま、いっか。

 

 いや、だって恋愛的な心の機微は俺には分からん。

 

 何百年も女やってて、色恋を未だに理解できていない俺は世間一般的に言えば喪女と評されるのだろうか。

 相手いないんだもん。特に欲しいと思っている訳でもないけれど。

 

 しかし、男に対して全く魅力を感じない訳でもない。

 

 子供の頃は『男』という意識が強かったが、今では同時に『女』でもあると思っている。

 体は女だしね。普通に色々と女性の嗜み的な知識を得て実行せざるを得ないでしょ。約200年間。そら慣れるわ。

 まあ、よく無防備だの羞恥心だのと女性死神たちから口酸っぱく説教されてはいたが……。

 

 無意識の行動は男準拠なんだよねぇー。

 

 それでも、いつか俺も結婚とかせなあかんのかなー、なんて考えが時々浮かぶのだ。

 その流れで時々自分の理想のタイプというものも考える。

 

 まあ、現状ではダントツで苺なんだけど。

 

 結婚するなら苺がいいなぁ。

 あれ? でも原作のチャン一って何か結婚したとかいう噂を聞いた事はあるんだが……。忘れたわ。

 

 ま、こんな下らない事を考えても仕方ない。

 俺の相手なんてどうでもええわな。

 

 ぶっちゃけ未だに男の価値観で動いてるし。

 乙女チックな思考の男みたいなもんだろ。それはそれで少し嫌だな……。

 いや、だから、

 

 

 ──真咲ちゃんと一心さんの関係を進展させねばならない。(使命感

 

 

 しょうがない。

 ここは俺がお節介おばさんに成らざるを得ないようだな! 

 

 なんか知らんが竜弦さんと片桐さんは既に仲良し。

 放っておいても雨竜くんはその内に産まれそうである。

 

 という訳で、事ある毎に俺は真咲ちゃんと一心さんが二人になるようセッティングを施した。

 

 ご飯や買い物に始まり、ちょっとした時間や休日など。ありとあらゆる時間を二人で過ごすように誘導した。

 途中からは流石に気付いていたようで、二人とも少し気まずそうにしていたが……互いに良い感じで意識しているのだろうか? 

 

 ほんまに分からんマッカラン。

 

 んで、俺は一人寂しくビールを片手にテレビを見ております。

 

 

 ビバ現代生活!! 

 

 

 いやぁ、海外のお酒って美味しいのね! 

 え、国産? ビールってドイツじゃないの? 

 

 ま、美味けりゃ良し! 

 

 別に酒には弱い訳でもない。尸魂界に居た頃から飲んでいた。

 ただ、自分一人で気ままに飲む、という事は現世に来てから初である。

 

 ちなみに、今俺が住んでいるのは賃貸アパートだ。

 

 真咲マネーが手に入ったのもあるが、俺のバイト代がそれなりに貯まったという事もあり浦原さんにお礼を言って借りた部屋である。

 

 黒崎診療所が出来てからは一心さんが一人暮らし。

 俺と真咲ちゃんがその近くのアパートで一緒の部屋を借りて住んでいる。

 

 初めは真咲ちゃんと一心さんの二人で診療所に住めばええやんなんて思ったが、流石に恋人になっていない内からはやり過ぎだと思い控えた。

 俺でもそれくらいは分かる。

 

 ちなみに、一心さんは真咲マネーで開業できたのだからと言って『黒崎』の名を診療所につけている。

 そのため、本人も建前上『黒崎』を名乗っていた。

 

 戸籍上では二人は“遠縁の親戚”になっているらしい。

 真咲ちゃんが天涯孤独の身上を知っている人はそこまで多くないので、「なんか見つかった」みたいなノリで押し通すようだ。

 浦原さんの匠の業が光るね。

 

 

 そして、便宜上とは言え同じ姓になった二人の関係は一歩近づいたと考えても良いだろう! (確信)

 

 

 という訳で、俺は恋人のいない新社会人がした初めての一人(二人)暮らし状態である。

 

 つまり、好き勝手に日々を過ごしている。

 

 バイトして、浦原さんとこで店番して、近所のガキどもに水鉄砲向けられて。

 で、時々勉強してる。

 

 医学の知識は俺もしっかり確認しとかないとねー。

 時々浦原さんにも手伝ってもらっているから、もう少ししたら黒崎診療所でナース那由他ちゃんになるゾ!(キラッ☆)

 

 

 まあ、現状はそんな感じ。

 

 

 マジで真咲ちゃんと一心さん、ちゃんとくっつくんだろうな? 

 凄い心配なんじゃが……もう少しプッシュしてみる? 

 

 倍プッシュだ! 

 

 流石にそろそろウザがられそうなんで止めときます……。

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

「それで、何故、貴様が、僕に相談してくる?」

 

 僕──石田竜弦は目の前に座る死神、いや、元死神に鋭い目を向ける。

 

 当の本人は頭を手で搔きながらどこかソワソワとしていた。

 鬱陶しい事この上ない。

 

 そもそも、どうして僕が志波一心の相談に乗らなければならない。

 

「不愉快だ、帰る」

「まぁー待て待て待て! 片桐さんの時には俺が相談に乗ってやったろぉ~」

「気色悪い声を出すな。虫唾が走る」

「最近のお前、えらい口悪くなったよなぁ……」

 

 引きつった顔で僕を押しとどめる志波一心に、僕は眉間に皺が寄るのを自覚した。

 

 片桐との事を話したのは一生の不覚だった……! 

 

 女性との接し方なんて真咲相手でしか知らない。

 ただ、真咲は片桐とは真逆の性格だ。片桐への参考には全くならなかった。

 

 そして、何をトチ狂ったのか、僕は目の前の元死神の助言を受けてしまったのだ。

 

 今更ながら本当に後悔している。余程切羽詰まっていたらしい。

 そう考えると少し可笑しく思えるが。

 

「さっさと済ませよう」

「おぉ! 恩に着るわ!」

 

 これ以上まとわりつかれても迷惑である。

 ならば、手早く用件を済ませた方が利口だ。

 

 それだけである。

 

 決して片桐との仲が上手くいった礼などではない。

 

「それで?」

 

 僕が軽く促すと、奴は再び頭をポリポリと弄り始めた。

 気色悪い。

 

「いや、実はな、そのぉ~……。那由他さんの事なんだけどな?」

「藍染那由他さん、か?」

 

 これは少し意外だった。

 

 僕はてっきり真咲の事について聞かれると思っていたからだ。

 

 藍染那由他について、僕が知っている事は少ない。

 あの一件以来、何かと僕と片桐の世話を焼いて来るお節介な人程度の認識だ。

 

 いや、僕たちだけではない。

 

 目の前の元死神と真咲の仲も取り持とうとしている。

 しかも、中々に手際が悪く不器用にもほどがあるらしい。

 

 恐らく本人はさりげなく二人の時間を作ろうとしているのだろうが、あからさまに過ぎ逆に二人が気まずくなって会話も思ったように続かない。そんな話を浦原喜助経由で聞いた。

 

 もう関わりを持つつもりなどなかったのだが、何故か志波一心──ああ、そういえば建前上で『黒崎一心』と名乗っていたか、とにかく、こいつが中心になって他の死神たちとの関係は続いている。

 僕を支えてくれている片桐のフォローも何だかんだやっていたようだ。

 

 それさえなければ聞く耳も持たないのだが……。

 

「那由他さんの行動が奇抜過ぎて、俺もどう真咲ちゃんに接したら良いか分かんないんだわ」

 

 なんだ、結局真咲の話ではないか。

 遠回りな言い方をしても面倒なだけだ。単刀直入で端的に、要点を押さえて理路整然と語って欲しい。

 

「つまり、真咲との距離を縮めたいが方法が分からないという事か?」

「まあ、簡単に言えば」

 

 イラッとする。

 それを僕に聞くか? 

 デリカシーがないにもほどがある。

 

 確かに、僕は真咲の事を吹っ切れた。全ては片桐のおかげだ。

 今は側に彼女がいてくれるおかげで、僕は新たな道を目指し進む事が出来ている。

 そして、そんな彼女を助けてくれた一人が、何だかんだで目の前にいるこの男だ。

 

 だが、それでも。

 

 僕に、真咲と恋仲になりたいという相談をするか? 

 

「いや、お前にこんな事を聞くのはどうかと俺も思ってるよ?」

 

 どうやら黒崎一心もそれなりの感性は持ち合わせていたようだ。

 

「ただ、他に適任者が思い浮かばないっつうか、那由他さんの目を誤魔化せそうで的確なアドバイスくれそうだったのが竜弦しかいなくてな……」

 

 それは……そうかもしれない。

 

 浦原喜助はきっと面白半分で藍染那由他へ情報を横流しするだろう。

 奴はそういう男だ。

 

 藍染那由他に悪意はない。それは分かっている。

 壊滅的に色恋に向いていないだけだ。彼女の相手になる奴は相当な苦労を強いられるだろう。

 それでも他人の世話をしたがる人なのだから、質が悪いとしか言いようがない。善意である点が尚更。

 

 これら二人に相談を持ち掛ける事など、確かに出来ないだろう。

 

 ならば片桐に相談すればと思うが、なるほど。どちらにしろ僕に話を通しておこうという、こいつなりの筋の通し方だったか。

 

 それならば理解できる。

 

 黒崎一心はまだ現世に来てそれほどの時間が経っていない。

 これまで開業医になろうとして勉学漬けであり、開業してからは個人営業のようなものだ。他者との接点はそこまで多くないだろう。

 他にこんな相談を出来る相手がいないというのも頷ける話ではある。

 

 ため息をついてしまうが。

 

「……普段はどのような会話をしている?」

 

 一応、話くらいは聞いてやろう。

 

 僕の態度は素っ気ないものの、黒崎一心は喜色の宿った顔で身を乗り出してきた。

 暑苦しい、近づくな……! 

 

「主に真咲ちゃんの大学生活と、俺の仕事の調子がどうかっていう、まあ世間話みたいなもんだな」

「そこを変えてみたらどうだ?」

「と言うと?」

「恐らく、真咲は藍染那由他、さんに遠慮している」

「ああ、それなぁ……」

 

 これには奴も気付いていたようだ。

 

 いや、流石に誰でも分かるだろう。

 真咲は良い意味で真っ直ぐで裏表がない。

 気付いていないのはポンコツな思考回路を持つ藍染那由他くらいだろう。

 

 無表情で不愛想だが、しっかりとコミュニケーションは取れるし、少し話せば彼女の残念具合も分かる。

 

 自身が美しいという評価に分類される女性であり、男性から容姿やスタイルが魅力的に映るという事を全くと言って良いほど理解していない。

 対人関係が苦手などと思っていそうだが、その割には他者への介入を積極的にしてくる。

 後先考えず、「何とかなるだろう」という思考が透けて見える行動力だ。

 

 その行動が人助けに繋がっており、結果としては良い方向へ転がる事が多いようだが……見ていて非常に危なっかしい。

 

 お人好しな二人の事だ。

 そんな彼女の善意を無為に出来ないと思い、どこか遠慮してしまっているのだろう。

 

 勘違いして欲しくないが、僕は別に藍染那由他の事が嫌いな訳ではない。

 

 良い人だとは思うし、真咲を助けてくれた一人として恩義を感じてもいる。

 

 

 ただ……残念な人だと思っているだけだ。

 

 

「貴様の問題もあるだろうが、真咲自身の問題でもある。そこは二人で話し合って解決しろ。少なくとも、藍染那由他さんに真咲の前でデレデレとするのだけは止めておけ」

「お、おう。そうだよな……」

 

 思えば、真咲はこいつに助けられてからずっと彼を意識している。

 

 恋心とまで言えるかどうかは分からないが、これまでずっと僕は彼女を見てきた。

 その程度の変化なら分かる。

 

 この男も同じだ。

 

 女好きなのは確かだろうが、真咲に対してはどこか真摯な対応をしている。

 

 

 藍染那由他が余計な事をしていなければ、もう少し早く付き合っていても可笑しくはない。

 

 

 本当に、あの人は……。

 

 真咲や黒崎一心と離れられない関係上、二人が彼女の事を意識し遠慮するのは当然だ。

 彼女の行動はそれを更に意識させているだけである。

 

 二人が自然と接していられるのは、藍染那由他が関係なく一緒にいる時だろう。

 

 軌道に乗り始めた診療所の様子を、真咲はよく見に行っていると聞く。

 二人にとってはその程度の時間を取れれば関係を進めるのに十分だろう。

 

 だからと言って、僕が藍染那由他に忠告に行くつもりもない。

 

 

 

 ……叶絵に少し話してみるくらいはしてやるか。

 

 

 

 何かを決心したような黒崎一心が感謝を言い僕の前から去っていく。

 

 その後ろ姿を見ながら、僕も大概お人好しだと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

「私、どうしたら良いのかな……」

 

 儂──四楓院夜一の目の前には黒崎真咲がおる。

 

 今は猫になっているため、彼女はしゃがんで儂に話しかけておるのじゃが……。

 傍から見たら猫に話しかける寂しい奴じゃの。

 

 まあ、人目のない時には儂も普通に喋っておるし、話相手になるくらいなら構わん。ぶっちゃけ暇じゃしの。

 

 喜助の話を聞き、特殊な体となった黒崎真咲の事は知っておる。

 那由他と一心が世話を焼いたようじゃな。あやつららしい。

 

 そして、目の前の少女、いや、もう女性と言うべきかの。彼女はその恩義を二人へと感じている。

 その想いが、いつの間にか恋心へ変わったようじゃ。勿論、男である一心への。

 

 それがどうにも引け目を感じる要因になっておるようじゃのぉ。

 

 同じく助けてくれた二人にも関わらず、一心の方へだけ特別な感情を抱いてしまっておる事に本人も少し戸惑っておるらしい。

 

 そんなもん、気にせんでも良いと思うのじゃが。

 一緒に助けたはずの喜助を何の疑問もなく除外している時点で答えが出ておろうに。

 

 それと、真咲と関わるのはどうせ那由他のお節介じゃろ? 

 昔からどこか直情的なところがあるからの、あやつには。

 

 仕事も鍛錬も目の前の事に全力じゃったし、死神としての才は見た事がないほどのものを那由他は持っておる。

 しかし、人の機微に気が利くやつとはあまり思っておらん。

 

 ただ、どうやら那由他は真咲と一心の気持ちを察して二人をくっつけようとしてるようじゃ。

 

 まったく、あやつは……。

 

 もう少し上手いやり方があるじゃろうに。

 不器用にもほどがあるぞ。

 

 儂もため息をついてしまうわ。

 

 普段は決して頭が悪い訳でも気が利かない訳でもないんじゃがのぉ。

 これは那由他の春は当分先じゃな。

 

 と、いかん。今は目の前のこの子じゃったな。

 

「あのね、夜一さん。私……一心さんの事が好きみたいなの」

 

 ほぉ、その自覚はあったのか。

 これは一心の春は近そうじゃ。

 

「でも、きっと一心さんは那由他さんの事が──好き」

 

 

 んんんんんん!? 

 

 

「あの人、いっつも那由他さんにデレデレしてるし、チラチラと胸とかお尻見てるし……私のは見ないのに」

 

 これは……嫉妬か? 

 

 いかん、いかんぞ一心! 

 

 お主の紳士な対応が逆に真咲など眼中にないと受け取られておる! 

 ここは儂がフォローしなければならん! 

 

「あやつは女好きなだけじゃ、那由他を好いておる訳では……」

 

 そういえば、百年ほど前に一心が那由他相手に玉砕したという話を聞いたの。

 

 

 お、おい、まさか、あやつ! まだ那由他の事を諦めきれていないなどと抜かす馬鹿な事はあるまいな!? 

 

 

 あやつの態度を見ておれば、那由他は“憧れ”であり真咲には“寄り添いたい”という想いを抱いておるのは分かっておる。

 

 儂とて女子じゃ。

 色恋とて少しは憧れがあるし、傍から見た恋心を察するくらいは出来る。

 

 しかし、一心が那由他に抱いている今の想いに恋が入っていないと言い切れるだけの自信はない。

 

 ど、どうする、儂!? 

 

「那由他さんは、一心さんと、その、付き合うつもりはないみたいだけど……別に嫌いって訳じゃないだろうし、お互いに信頼している感じもするし」

 

 まあ、那由他を見れば一心に気が無いのは確かじゃ。あの二人がくっつく心配は無用と言えよう。

 しかし、じゃからと言って一心が真咲に乗り換える、などと言う軽薄な男でもない事は分かる。

 

 これは一心の本心を確かめた方が良いのじゃろうか? 

 

 それなら儂が聞くよりも真咲本人が確認した方が良いじゃろな。

 そうすればあやつも決心がつくじゃろうて。

 

 

「ここはアタシにお任せを!」

 

 

 ……まーた面倒な奴が出おったのぅ。

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 今日は竜弦さんと叶絵さんの結婚式である。

 

 

 意外にも二人の友人知人が大勢呼ばれ、式や披露宴は中々に盛大なものだった。

 

 石田家がどうやって結婚を許したのか知らないが、二人の親族も出席している。

 まあ、小さい頃からの幼馴染だし、片桐家も純血統ではないとは言え滅却師の系列らしいし。

 真咲ちゃんが竜弦さんのお相手対象外になった時点で選択肢の幅も少なかったのだろう。

 

 この際に、俺は石田宗弦さんと知り合った。

 

 竜弦さんのお父さん、雨竜くんのお爺ちゃんである。

 なんか求道者のような虚無僧のような、なんとも厳つい雰囲気を纏った人で少しビビった。

 

 しかし、人に接する態度は好々爺然としていてとても気の良いお爺ちゃん。

 人も見かけで判断してはいけない。はっきり分かんだね。

 

 少し話をしてみたが、どうやら彼は滅却師の在り方に疑問を持っているようだった。

 

 初めは滅却師の技術を磨く事に心血を注いで家庭を顧みる事などなかったそうだが、竜弦さんと叶絵さんの関係を見て考えを変えたらしい。

 元は人を護るための技術。それがどうして同じ目的を持つ死神と敵対しなければならないか。

 そんな禅問答のような事を日々瞑想して過ごしているんだと。

 

 マジで修行僧みたいな人だな……。

 

 

 さて、話を式に戻そう。

 

 俺も今日はきちんとお洒落している。

 

 薄い水色のワンピースタイプのドレスだ。髪もいつもと違ってアップに纏めてもらっている。

 中々に上品な令嬢になっているのではないだろうか。見た目だけは。

 

 真珠のネックレスなんかも付けて、リサちゃんや夜一さんにお化粧もしてもらった。

 今までほぼスッピンだったから、自分じゃあんまり上手く出来なかったんだよね……。

 流石に子供の落書きみたいな妖怪になる腕前じゃないが、それでももっと上手くやってくれる人に任せた方が良い。

 

 そのおかげか、参列者から男女関係なく視線をちょくちょく貰っている。

 

 地味に気持ち良いな! 

 

 死神の頃はそこまで露骨な視線を向けられた事などなかったが、時にはこういう有名人気分も良いものである。

 

 

 さて。

 

 本日、浦原さんは何やら仕込みをしたそうだ。

 残念ながら彼が式に呼ばれる事はないそうだが、演出の方をプロデュースしたらしい。楽しみである。

 

 俺と同様にお呼ばれした真咲ちゃんは叶絵さんの姿にキャーキャー言ってはしゃいでおり、そんな彼女の様子を一心は苦笑の顔で微笑まし気に見守っている。

 

 なんか良い雰囲気じゃない! 

 

 俺がお節介おばちゃんを始めてからしばらくした後、俺は叶絵さんに呼び出され言われたのだ。

 

『私にお任せ下さい。那由他様は、ほんのすこし見守るくらいの方がよろしいかと』

 

 えぇ~。アレ、結構楽しかったのに。

 なんて不満を感じ取ったのか、叶絵さんが苦笑を零していたのは印象深かった。

 あの人、何でも受け入れる凄い懐が深い人なんだもの。

 

 え、俺ってもしかして余計な事してた? 

 

 その後も竜弦さんや夜一さん、浦原さんにまで『手を出すな(意訳)』と言われションボリしていましたよ。

 

 あっれ~?(困惑)

 

 可笑しいなぁ、俺の(偏った)知識によればあれで進展すると思ったんじゃが……。

 

 

『ここで、新郎新婦よりサプライズがございます』

 

 

 なんて事を思考の片隅で考えていた時の事だった。

 

 お、これが浦原さん秘伝の恋愛奥義かな! 

 でもあの人の恋愛感性もポンコツな気がするんだけど大丈夫? 

 まあ、夜一さんやリサちゃん、白ちゃんに鳳橋さんも手伝ったとか聞いたから変な事ではないだろうけど。

 

 ナチュラルに外されるひよ里ちゃんは友だね。

 

 

『新郎新婦の仲を取り持ったお二人に、感謝のお手紙です』

 

 

 おぉ、手紙ね! 定番だね! イイネ! 

 ご両親に対する手紙もあったけど、それぞれの親友に対する手紙か。

 しかし、竜弦さんがよく書いたな……。

 

 と思ったら、どうやら叶絵さんから二人に対する手紙らしい。納得。

 

 二人との出会いから竜弦さんと仲を深める切っ掛け、その際に二人が助けてくれた思い出。

 情緒溢れる優しい言葉と、それを奏でる叶絵さん自身の声が非常に合っている。

 

 出会ってからそこまでの時間を一緒に過ごした訳じゃないが、それでも叶絵さんの感謝の気持ちがこれでもかと込められた素敵な手紙だった。

 

 うん、泣きそう。

 心の中では号泣している。

 

 こういう時ぐらい泣かせてくれよ、無表情先生ぇ~。

 

「そんなお二人に、私は感謝の念が絶えません」

 

 叶絵さんの言葉が途切れる。

 

 その顔は慈母のように柔らかく、とても温かみに溢れた笑顔だった。

 

 真咲ちゃんを“太陽”とよく形容するが、彼女は陽だまりみたいな人だ。

 真夏のような燦燦と降り注ぐ恵みではなく、心を軽くする包容力と母性を持っている。

 

 ここに少しだけ(かげ)りを加えたら、凄い未亡人感があると思ってしまった俺は死ねば良いと思う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()、幸多からん事を願います」

 

 ん? 終わった? 

 

 あれ? なんか普通に良い内容だったけど……これで終わり? 

 

 こんなんで二人の関係が次のステップいけるの? 

 

 俺は真咲ちゃんと一心さんへと視線を移してみる。

 

 

 二人の顔は恥ずかしそうで誇らしそうで、そして僅かに頬を染めていた。

 

 

 う~~~~ん!? 

 

 進んでいる。

 俺でも分かる。

 この変化は分かる。

 

 何だか二人の想いが吹っ切れた感じ。

 

 周囲も微笑ましそうに二人を見つめている。

 

 いや、俺も嬉しいんだけどね? 

 なんて言うか、納得いかない。

 

 あっれぇ~? 

 

 俺の何がいけなかったのかも、これでどうして上手くいったのかも分からない。

 やはり、俺に恋愛は数百年早かったようだ。

 

 とりあえず、こんな雰囲気の二人を俺が邪魔する訳にもいかない。

 

 披露宴が終わった後、俺はそっと二人から離れて一人で帰った。

 流石に勝手に帰ったら心配するだろうから「急用が出来たので先に帰ります」と一声だけ伝えたのだが、

 

「うんっ!? う、うん、分かった!」

「お、おう! いえ、はい! 分かりました!」

 

 なんて二人してキョドっていましたよ。

 

 あら^~。

 お邪魔虫は早々に退散するといたしましょう。

 

 

 

「いや~、上手くいったようッスねぇ」

「そのようです」

 

 すぐに家に帰るのも何なので、俺は帰りがけに浦原さんのとこへ押しかけた。

 

 いや、何か幸せそうなカップルを二組も見ちゃって、少し切なさが……。

 俺の側に一護かルキアでもいてくれたらな~。

 

「どうして上手くいったか分からない感じッスかね」

 

 そして、そんな俺を揶揄うように浦原さんが声をかけてくる。

 

 悪いかよ。

 分からんよ。

 

 俺がやっていた事は逆効果だったっぽい事は理解できましたけどね!? 

 

「まあまあ。別に那由他サンの事を邪険にした訳じゃないッスよ」

 

 ヘラヘラとした顔が妙にムカつく。

 八つ当たりですが、何か? 

 

「ただ、二人には二人のペースがある。それだけッスよ」

 

 何か含蓄があるような無いような言葉でお茶を濁された。

 言ってる意味は分かるんだけどね。

 

「恐らく、少ししたら真咲さんが一心さんのところへ転がり込んで一緒に住む事になるんで……那由他サンは余計な事しないで下さいね?」

 

 

 ほら~~~!! 

 

 やっぱり俺がやる事は面倒にするだけだって思ってるんじゃんかぁ~~~!? 

 

 

 俺はさっさと帰ってふて寝した。

 

 

 

 その一年後。

 

 

 

 

 

 一心さんと真咲ちゃんが結婚した。

 

 

 

 

 

 解せぬ。

 

 いや、いいんだけどね? 

 むしろ望んでたんだけどね? 

 

 なんかなぁ~……。

 

 




性格における虚の影響もなくなり、”死神として超優秀”というフィルターが薄い人たちから見た人間としての那由他は『ポンコツ思考の残念な美人』という評価に落ち着くの巻。
でも好かれてはいるからっ!(必死


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誕生…だと…!?

 

 一心さんと真咲ちゃんが結婚してから一年後。

 

 

 ついに、この時がやってきた。

 

 

 

「は~~い、一護きゅ~ん! パパでちゅよ~~~!!」

 

 

 

「ぺっ」

「なんかすんげぇ俺に対して愛想悪いんですけど、この子……」

「あらあら。ほら、ママですよ~」

「きゃっきゃ!」

「あんまりだぁ~~!?」

 

 俺の目の前で、黒崎一家が和気藹々としている。

 

 なんとかここまで来れたよ、パッパ。俺のパパ、今何してるか知らんけど。

 ついでにお兄様も何してるか分からん。

 

 

 現世に定住してから四年。

 

 

 恐ろしいまでに音沙汰のないお兄様に戦々恐々としているが、

 

「ほら、那由他さんも抱いてあげて」

 

 真咲さんから笑顔で渡されたリトル一護を抱きかかえる。

 緊張でいつも以上に俺の顔面が強張っているのが分かった。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

 反応が、ない! 

 

 

 いや、俺が無表情でジーッと見つめているからかもしれん。

 ここは柔和な笑顔……出来ないわ。

 少し話しかけてみるか。

 

「一護くん。藍染那由他です」

「あぅー」

「貴方を初めに取り上げたのは私です」

「あぁー」

「この世界で、貴方が初めて触れたのが私という事です」

「おぉー」

「貴方の二人目のお母さんみたいなものです」

 

「いや、ちょっとそれは違うと思いますよ、ボク!?」

 

 ちっ、良いところで一心さんに止められた。

 

 しかし、苺はパパの事なんか気にも留めず俺の胸元をペチペチと叩いている。

 ポヨンポヨンと跳ね返るのが面白いのだろうか。

 

 好きなだけ遊ぶと良いさ。むしろ俺を弄んで欲しい。

 俺は君の一喜一憂する姿に全生命力をかける所存なのだから。

 今は“喜”の時間だ。

 

 “憂”はあと……9年後くらい? 

 で一回あって、その6年後にはビッグウェーブが俺を待っている。

 数年間の雌伏を経るのだ。

 

 でも、割と今も至福。

 

「ふふっ。どうやら一護は那由他さんの事が好きになったみたいですね」

 

 真咲さんの言葉に俺の心が綻ぶ。

 

 

ああ^~。苺がくっそ可愛いんじゃぁ~~……。

 

 

 こんな可愛い子を曇らせようとか思ってるのか、俺は? 

 でも見たいんだよな~。

 これはアンビバレンツですわ。

 

 この子を甘やかしてすくすくと元気に育てたい。

 俺の事を「お母さん!」とか呼んで欲しい。

 別にパパの方はいらないが。

 

 シングルマザーでいんじゃね? 

 苺とかめっちゃ尽くしてくれそう。ニヤけるわ。

 

 

「お、俺にも抱かせて下さいよ~」

 

 なんて俺の桃源郷的妄想も一心さんによって粉砕された。

 こんの野郎。

 

 しかし、一心さんの家族に向ける愛の深さも理解しているつもりだ。

 

 これは原作云々でなく、この四年間を側で見てきた俺の感想である。

 真咲さんをとても大事にし、苺が産まれる時を今か今かと待っていた時の姿は少し可愛かった。

 

 流石に俺が苺を独占する訳にもいかない。

 ここはお父さんに譲るとしましょう。

 

 そう思って、俺は一護を一心さんに渡そうとした。

 

「あぁぁぁ~~~!!」

 

 しかし、それはよりにもよって苺によって阻まれる。

 彼が俺の胸元の服を掴んで離さない。もはや服どころか俺の身の肉を掴んでいる。

 赤ちゃんの癖に案外握力あるのね。

 

 おやおや、そんなに俺の事が好きなのかい? 

 

 それとも、一心さんの事がそんなに嫌いなのかい……? (震え声)

 

 

「なん……だと……!?」

 

 

 そのセリフをこんなところで聞く事になるとは思ってなかったわ。

 いや、気持ちは分かるんだけどね。

 

 一心さんがあまりに哀れ過ぎる。

 

 唐突な彼の曇り顔にもあまり悦は感じない。

 やはり苺かルキアだな。

 

「私は貴方の側にいますよ」

 

 何とは無しに、俺は一護へと話しかける。

 

 

「私は、貴方をいつでも見守っています」

 

 

 目を離さずに見ているよ。

 君が色々な人を助ける姿を、俺は心待ちにしているんだ。

 

 

「那由他さん。私よりもお母さんみたいですね」

 

 真咲さんが可笑しそうに笑う。

 一心さんは涙目だ。

 

「なんだか、とっても優しい目をしています」

 

 真咲さんも母になったからだろうか。

 とても母性的な雰囲気がある。

 

 少し前までは元気一杯な女の子って感じだったのに、今では立派な女性だ。

 

 段々と落ち着きが出てきたな、とは思っていた。

 しかし、それでも少女のような無邪気さが真咲さんには変わらずあるのだ。

 常に周りを明るくし、皆を引っ張る牽引力がある。

 無理矢理ではなく、付いて行きたくなる。

 

 引かれ、惹かれ、魅かれる。

 

 そんな女性になっていた。

 

 だからだろうか。

 子を産む苦しみを味わい、いざ自分の子を腕に抱えた彼女の顔を見た時。

 

 ──ああ、これが母親の顔か。

 

 なんて、妙な感傷を覚えたのだ。

 やはり子を産むというのは、精神的に大きな影響があるのだろう。

 

 俺に自覚できる日が来るかは怪しいものがあるがな。相手いねーし。

 

「一心さん、那由他さんに見惚れたりしたら駄目ですよ?」

「ししししませんことよっ!?」

 

 真咲さんから急に話を振られた一心さんが慌てる様子に、真咲さんは再び笑った。

 俺はいつも通り無表情ではあるのだが、腕の中にいる苺はきゃっきゃと喜んでいる。

 

 

 とても、温かな家庭だ。

 

 

 俺がこんなところに交じっていて良いのだろうか。

 ふと疑問に思ってしまう。

 

 俺はこの世界においてイレギュラーな存在だろう。

 

 原作に出てくる事もなければ、その影響で今がどう変わっているかも分からない。

 

 それでも、目の前の光景は、とても好きだ。

 そう、素直に感じられた。

 

 内心の邪悪さんもこれには目を瞑ってくれるようである。

 

 

 

 だからという訳でもないが、俺はこの町の平和を全力で守っていた。

 

 

 

 真咲さんが妊娠した辺りから、妙に虚の強さとその出現頻度が上がったのだ。

 

 出来る限り現世の駐在隊士に任せてはいるのだが、それが難しそうな場合は浦原さんが作った霊圧遮断コートを羽織って虚の後ろから斬り捨て御免している。

 死神に見つかる訳にもいかないので、始解もせず霊圧も出さずの力任せのぶった切りだ。

 

 まだ俺にとって強力な個体は出ていないので苦戦する事もない。

 しかし、このペースだと10年後くらいには始解しなければ倒せないレベルの虚が現れるかもしれなかった。

 

 これ、お兄様の差し金かなぁ。刺客的な。

 やっぱり裏切り者には制裁を、的な感じだろうか。

 

 今のところ俺が瞬歩で虚の後ろを通り過ぎざまに真っ二つにしているから、駐在隊士からしてみれば突然虚が裂けたようにしか見えないだろう。

 

 けれども、虚のレベルが上がれば現世に来る人の実力も上がっていく。そうすればいずれ俺とかの存在がバレる。

 護廷が易々とこの変化を見逃すとも思えない。

 

 どうすっかなぁ……。

 

 そして、この段々と出現する虚の強さが上がっている事から、俺は一つの可能性を考えていた。

 

 

 もしかして、この流れでグランドフィッシャーが来るのだろうか。

 

 

 真咲さんはまだ滅却師の力が残っているが……。

 

 そういえば、

 

 

 

──何で真咲さんはやられたんだっけ? 

 

 

 

 

 そうだよ。

 

 真咲さんは人間とはいえ、滅却師の力がまだ残っている。

 一心さんが虚を抑えつけるために死神の力を失っただけだ。

 

 それで真咲さんが虚に殺される? 

 

 どうしてだ? 

 

 とても大事な事を忘れている。

 それは分かる。

 

 

 しかし、何を忘れているのかを思い出せない。

 

 

 原作の知識って言っても死神で長年過ごしているのだから、どうしたって抜けは出るのだ。

 もしかしたら、俺が読んでいた破面編以降で明らかになった事実なのかもしれない。

 そこら辺からはにわか知識なのだ。より覚えていない可能性が高い。

 

 ヤベェなぁ……。

 

 

 真咲さんが死ぬのは一護の「守る」という、その後の彼の想いの根幹を決定づけるような出来事だ。

 

 

 だから、俺が介入して真咲さんを助けるのは本来ならやるべきではない。

 それは分かっている。

 

 しかし、これまで黒崎一家と過ごし、真咲さんの煌めきを見てきた俺にしてみれば、彼女を失う事に対する恐れがあった。

 

 もし、俺がグランドフィッシャーから真咲さんを守れば真咲さんは生き残るのか? 

 一護は守る事に情熱を燃やさなくなるのか? 

 ルキアとの出会いに支障は? 

 そもそも、一護が世界を救うために自らを追い込む修行や戦いの場へ身を投げるのを、真咲さんは黙って見ているだろうか? 

 

 

分からない。

 

 

 分からない事が、こんなに恐ろしい事だとは思ってもみなかった。

 

 考えてみれば当たり前なのだ。

 むしろ、未来を知っている方が可笑しい。

 

 俺が如何に原作知識なんていうあやふやなモノに縋っていたかが理解できるわな。

 

 

 苺を抱きながら、そんな事を思っていた時だった。

 

 

 

「!?」

 

 

 

 俺の目の奥、脳味噌に直接電極を刺されたような刺激が頭を駆け巡る。

 

「「那由他さんっ!?」」

 

 いち早く俺の変化に気付いた一心さんに一護を預け、驚いた二人の声を聞きながら、俺は頭を抱えて壁際へ寄り掛かった。

 

 

 なんだ、これ……? 

 

 

 頭痛は感じない、ただ脳に直接情報をぶち込まれ処理速度が追い付かないような、そんな感覚。

 目の前で見ている光景と別の光景がダブる。

 

 この光景は、なんだ? 

 

 ただただ感覚が鋭敏になっていく。五感以外の感覚器官がいきなり現れたようだ。

 第六感で劇場版の予告ダイジェストで見ている、とでも言えば良いのだろうか。分かりにくいな。

 

 

 ただ、とにかく、気持ち悪い。

 

 

 

 

 ──それは、小学生ぐらいの一護が、

 

 

母が眠る布団に縋り、

 

 

泣きじゃくっている光景だった。

 

 

 

 

 真咲さんの遺体ってどうなったんだっけ? 

 

 グランドフィッシャーに襲われて亡くなったのは知っているが、体は喰われて無くなったのか? 

 それとも、魂魄の抜けた抜け殻みたいな肉体だけが残るのか? 

 

 今の光景はなんだ? 

 

 見えた光景の真咲さんは肌ツヤも良かった。

 眠っていたようにしか見えない。

 

 しかし、同時に見えた一護の様子から、彼女が亡くなった光景なのではないかと予測できる。

 

 どちらにしろ、俺がグランドフィッシャー相手に介入したかどうかの指標にはならない。

 

 くそっ、もっとちゃんと原作を覚えておくべきだったか。

 今更過ぎるな。

 

 ただ、一つ分かった事がある。

 

 理屈じゃない。

 直感のようなものだ。

 けれども、俺にはそれが避けられない出来事である事が理解できた。

 

 

 

 

 

真咲さんの”死”は、避けられない。

 

 

 

 

 

 

 △▽△

 

 

 

 

 

 

 

 俺が看護婦さんとして黒崎診療所で働き始めて9年ぐらいが経った。

 

 

 やっぱり看護婦は白よりピンクでしかもミニスカですよね! 

 という趣味全開の俺の意見は一心さんから即採用。

 

 俺はピンクのミニスカ天使として日々ご近所の人達に笑顔(無表情)を振りまいている。

 

 初めて着た時はコスプレ感が凄かったし、なんか真咲さんが一心さんに笑顔で怒っていて怖かったが……。

 概ね平穏な日々を過ごしていた。

 

 ついでに言えば、当初はお爺ちゃんたちの俺に対するセクハラが酷かったが、俺が無表情で見つめ返すと気まずそうに手を背に隠すのも落ち着いた。

 流石に尻を撫でさすられれば怒るわ。

 

 別に暴力は振るっていない。

 ただ、尻を撫でているお爺ちゃんの手を見てから、特に払う事もせず相手の目を見つめるだけだ。

 これが一番効くと少し経ってから学んだ。

 

 虚は相変わらず出てくる。

 

 そろそろ俺でもキツくなってきた強さだ。

 現世駐在隊士が席官でも対応出来ないレベル。

 

 はっきり言って異常だ。

 

 まだ始解するほどではないが、それも危うい。

 浦原さんに霊圧遮断コートを改良してもらい、俺が始解しても少しの間なら瀞霊廷に察知されない性能のものを作ってもらった。

 

 ただ、俺の斬魄刀って弱点がハッキリしてんだよねぇ……。

 現世で、しかも雨の日の夜とかなると実力の一割くらいしか出せない。

 

 

「那由姉~!」

 

 

 苺も健康に育ち、今ではもう9歳である。

 時が経つのは早いもんだ。

 死神の感覚だと9年なんてあっという間だからな。

 

 しかも、苺は俺の事を“お姉ちゃん”として慕ってくれている。

 

「お帰りなさい」

「ただいまっ!」

 

 それもこれも俺が苺に構いまくったからだ。

 

 もう彼が可愛いのなんの。

 これまで出会えるのを待っていた反動か知らんが、真咲さんも苦笑するほどだった。

 

 そして、俺に負けじと対抗してきたのが一心さんである。

 

 結果、一心さんは苺だけでなく双子の娘、遊子ちゃんと夏梨ちゃんにも毛嫌いされている。

 

 いや、原作通りの関係性ではあるんだけどね。なんかゴメン……。

 

 

 そうそう、遊子ちゃんと夏梨ちゃん! 

 

 この二人も俺が産婆さんとして取り上げ産湯に浸からせたのだ。

 もはや黒崎一家は俺の手で生まれたと言っても過言ではなかろう! (過言)

 

 苺は苺で好きだし可愛かったのだが、女の子はまた違った面で可愛い。

 

 こちらもやはり俺が構い倒していたら、夏梨ちゃんはツンデレに遊子ちゃんは無邪気に俺へと懐いてくれた。

 

 マジでBLEACH世界に来れて良かったと感無量である。

 内心で何度泣いた事か。

 

 一心さんは子供たちのあんまりな態度にガチで泣いてた。

 流石に慰めてあげた。

 

 

 真咲さんの産後の経過も良好。

 体調にも問題なく、元気に家事を切り盛りしている。

 

 妊娠期間中の不便や家族が増えてかかる手間を考えて、俺は一護の妊娠が発覚した時からアパートを引き払い黒崎家へご厄介になっている。ご夫妻に無理矢理拉致られた形で。

 

 それは流石にと初めは遠慮したのだが、押しの強い二人に無理矢理連れてかれたのだ。

 

 遊子ちゃんと夏梨ちゃんが出来る営みダイジョブ? と心配したが、そこは夜一さんや叶絵さんのフォローがあってなんとかなった。

 俺が「誰それのところへ用事があり本日は帰ってきません」と伝える感じだ。

 

 何と言うか、夫婦なんだからね。

 家族みたいな付き合いしてても、俺は本来部外者だし。

 時々二、三日連続で外泊したりといつ致したのかはなるべく分からないように気を使った。

 

 そこら辺は開けっ広げというか、真咲さんの性格に救われたと思う。

 

 一心さんに救われた時も彼女、すっぽんぽんだったからね。

 成長してそれなりの恥じらいも覚えたようだが、それでも随分と大らかというか何と言うか。

 

 風呂上りにバスタオルすら巻かずにリビングを歩いている事もある。

 

 その時は苺が真っ赤になって怒鳴っていたが……実は小さい時から苦労していたんだね、苺。

 でも恥ずかしそうにしている君はとっても素敵な顔をしていたから、俺は心の中でニマニマしながら見つめていたよ。フフッ。

 

 今は家族皆が喧しいながらも笑顔に包まれている素敵なご家庭へとなった。

 

 

 

 そして、真咲さんの“死”が迫ってきている。

 

 

 

 黒崎一家と仲良くなればなるほど悩んだ。

 

 本当に救う道はないのか。

 俺に出来る事はないのか。

 

 結局した事と言えば家事手伝いとかいう子供にでも出来る範疇。

 

 家の中に俺の一室まであるのだ。

 俺を姉と慕ってくれる三人の子供がいるのだ。

 俺を信頼している二人の友人がいるのだ。

 

 ヨン様から裏切り者と思われている時点で、俺には一護を助ける道しか残されていない。

 

 その過程で、苺の曇り顔をチラッと見れたら満足できる。

 その程度のものなんだ、俺の願望なんてものは。

 

 だから、わざわざ自分がこの一家を絶望へと誘う必要性は薄い。

 

 一護とルキアが出会い、ルキアが尸魂界へと連れ去られる時の無力に塗れた表情とかを観察できれば良いじゃん。

 原作通りの展開なんだし、俺がどうこうする問題でもないだろう。

 

 

 

 しかし、俺の内なる虚が囁くのだ。

 

 

 

『認めろよ』

 

 

 ──違う。

 

 

『オマエはクソ野郎だぜ?』

 

 

 ──言われなくても分かっている。

 

 

『真咲さんが死んだ時、悲しみに暮れる一護の顔を間近で見たいだろ?』

 

 

 ──真咲さんを、失いたくない。

 

 

『諦めろって。原作通り、既定路線なんだ。オマエが悪い訳じゃないぜ?』

 

 

 浦原さんの治療のおかげで、俺の意識は落ち着いた。

 あの後に虚を喰らった事もない。

 

 しかし、中に虚がいる事に変わりもない。

 更に言えば、俺は虚の言葉を受け入れていた。

 

 当然だ。

 

 

 奴の言っている事は俺の本心であるのだから。

 

 

『だったら、愉しめよ』

 

 

 虚の声が心の中で反響する。

 

 

『我慢するだけ無駄だぜ? “天輪”も納得してるぜ?』

 

 

 ──そんな訳っ!? 

 

 

『本当さ』

 

 

 そんな、どうして……? 

 

 あの天輪が虚と同じ思いを抱いている? 

 そんな訳があるか。

 これも虚の戯言だ。

 そうに決まっている。

 

『貴方様』

 

 “天輪”の声が聞こえる。

 

『黒崎真咲の“死”は、避けられません』

 

 どこか遠く聞こえる。

 

『それは貴方様も理解しているはずです。ですから、どうか御心を痛めないで欲しい』

 

 それでも、俺は黒崎家の一員として……。

 

 

『虚の戯言に乗れと言っている訳ではありません。ただ、貴方の成すべき事を成さればよろしい』

 

 

 “天輪”の声にハッと我に返る。

 

『例え結末が“死”であろうと、その過程は変えられる』

 

 どこか寂し気な声色で、どこか達観したような価値観を語る“天輪”。

 

 どうしてそんな顔をする。

 胸中に去来する寂静感に息が詰まる。

 

 何が、何が“天輪”にこのような事を言わせるのだ。このような事を言わせる原因は何だ。その思考の過程は何だ。

 分からない。

 

 現世に来てからの13年間。

 俺は“天輪”に助けられてきた。

 全てを救う一護のように、俺は“天輪”に助けられたのだ。

 

 その中に眠る諦観の念に気付きながら、俺は彼を頼りにしたのだ。

 

 

『分かったろ?』

 

 

 俺の混乱と困惑の狭間。虚が俺の思考に割り込む。

 

『オマエが何をしようと死ぬんだ。なら、愉しめば良い』

『私は貴方様の心を、少しでも救いたい』

『だから迷いなく動けや』

『それが貴方の心に従う事ならば』

 

 

 

 

『『黒崎真咲を、グランドフィッシャーから守れば良い』』

 

 

 

 

 同じ言葉でも、言っている意味は違う。

 

 虚は過程で愉しめと言い、“天輪”は過程に後悔を残すなと言う。

 

 そうだな。

 そうだわ。

 

 俺は一護の曇り顔が見たい。

 

 それ以上に、彼が理不尽な現実に立ち向かう姿が見たい。

 

 そして、その現実は避けられないのだ。

 

 ならば俺の行動は一つだろう? 

 

 

 

 ──真咲さんを守ろう。

 

 

 

 例え彼女にいずれ死ぬ運命が待ち構えていても、俺はその場において後悔のないように生きる。

 

 その過程に必要なのは、一護の決意を促す出来事だ。

 

 真咲さんが傷つく姿でなくともよい。

 

 

 

 ──俺が傷つけば良いじゃないか。

 

 

 

 真咲さんの代わりに俺がグランドフィッシャーに襲われよう。

 真咲さんが襲われていたら俺が身代わりとなろう。

 一護の目の前で、無惨に蹂躙された俺が、彼の記憶に残るほどの血を流そう。

 

 

 そうしたら、きっと彼は未来の世界を救えるようになる。

 

 

 ああ、でも虚を用意してるのってお兄様だよなぁ。

 

 俺はもしかしたらそのまま殺されるのだろうか。

 嫌だなぁ。

 

 せめてヨン様を倒す一護の姿は見たかった。

 

 それでも、俺は黒崎家の盾となろう。

 一護の成長を促す一粒の種であろう。

 彼が無力を自覚する契機となろう。

 

 その想いこそが、君を君足らしめる力の一つとなるのだから。

 

 ついでに打ちひしがれた顔を魅せてくれるだけで、俺は大満足である。

 

『ちなみに、今日が“その日”ですぜ、()殿()

 

 虚の声が聞こえる。

 

 俺は内心でニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 これが虚と同調するって事なのかなー。

 

 一度覚悟が決まったからか、俺は呑気な考えを抱きながら黒崎家を出る。

 

 

 簡単に外へ行くとだけ告げた俺に、一心さんは鋭い目を向けてきた。

 

 もう虚の気配、恐らくグランドフィッシャーだろう。その霊圧を感じ取れる。

 一心さんが気付けるとも思えないんだが、なんでだろうね。これが愛の力ってやつ? 

 

「那由他さん」

「なんでしょう」

 

 しばらく無言の時間が過ぎる。

 

 何と言うのか悩んでいるのだろうか。

 それとも、こんな雨の中どこに行くのか心配なのだろうか。

 

 彼のお人好しにも慣れたが、いざ自分の身を呈して愉悦を味わおうとしている俺に、彼の言葉は結構刺さる気がする。

 

 

「……()()が、傷つく姿は見たくありません」

 

 

 簡単な言葉だった。

 

 だからこそ、万感の想いが込められていた。

 

 うんうん。分かっているよ。

 真咲さんと一護には傷一つつけさせないさ。

 

「分かっていますよ」

 

 さて、行こうか。

 

 ニタニタと嗤う虚。

 渋い顔をしている“天輪”。

 

 そして、薄っすらとした笑顔を浮かべた俺。

 

 一心さんが驚いたような、緊張したような硬い顔を向けてくる。

 

 こういったタイプの一心さんの顔は初めて見たな。

 やはり俺の覚悟が出てしまっただろうか。どこか悲壮感を感じる。

 

 だーい・じょう・ぶい! 

 

 俺が傷つくだけなんだから。

 

 黒崎一護も傷つかない。

 黒崎真咲も傷つかない。

 黒崎一心も傷つかない。

 勿論、遊子ちゃんや夏梨ちゃんも傷つかない。

 

 何も心配する事なんてないでしょ? 

 

 でも、そうだなぁ……。

 

 

 

 

 

やっぱり、俺が傷つく事で君たちが悲しんでくれる事は期待するなぁ……。

 

 

 

 

 

 この日、俺は自分が心底“愉悦”を感じる奴だという自覚を得た。

 

 

 

 



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運命…だと…!?

BGM / Rie fu『Life is like a boat』/ アニ鰤1stED
を聞きながら書きました。



 あたし──有沢たつきは、()()()が大嫌いだ。

 

 

 嘘みたいにハデなオレンジ色の髪。

 ヘラヘラとした締まりのない笑顔。

 ヒョロヒョロで見るからに弱そうな奴。

 

 ──黒崎一護。

 

 初めて会ったのは4歳の時。

 あたしが通っていた道場にいきなりやってきた。

 

 嘘みたいに綺麗なお母さんと、嘘みたいに無表情なお姉さんに両手を握られて、それは嬉しそうに笑っていた。

 

 アイツを一目見てなんでイラッとしたのかはよく分からない。

 

 実際に相手をしてみると凄く弱いし。

 上段で一発! 10秒かからなかった。

 弱い癖にヘラヘラしていたのが気に食わなかったのかもしれない。

 しかも負けるとすぐ泣くし。

 

 だけど一番の理由は、アイツを迎えに来た人が見えた瞬間、どんなに泣いていてもすぐ笑顔に変わるところだろう。

 

 一護を迎えに来るのはお母さんの時もあればお姉さんの時もある。

 二人が一緒に来る時もある。

 

 ニコニコと太陽みたいな笑顔で眩しい人。

 物静かで月のように優しい人。

 

 正反対みたいな二人だったけど、その仲はとても良さそうだった。

 

 女であるあたしから見ても、とても綺麗な人たち。

 初めて見た時は一護よりもこの二人に見惚れてしまったのは内緒だ。

 

 そして、どちらも一護の事をとても大切にしてる事が見ているだけで伝わってくる。

 一護と話す時の目や仕草、そして嬉しそうに彼女たちへ笑いかけるアイツの姿を見ていれば嫌でも分かる。

 

 別にあたしの両親の事を冷たいとか、そういう事を言いたい訳じゃない。

 ただ、一護のあの安心しきったような甘えん坊な態度が癪に障る。

 

 二人の姿が目に入ると、アイツはすぐにニコニコと笑うのだ。

 目の端に涙を浮かべながら、それでもアイツは笑うのだ。

 

 男が負けて泣きわめいた挙句、すぐにヘラヘラしてんじゃねぇ! 

 

 そんなアイツが、あたしは大嫌いだ。

 

 

 しかし、随分と年の離れたお姉ちゃんだなと思っていた。

 

 お母さんが綺麗とは言っても、流石に無理じゃないか? 

 一護が「那由姉ちゃん」と呼んでいるから勝手に姉と思っていたのだが、別にあたしは間違っていないと思う。

 

 そんな疑問が浮かんでは沈み始めた頃。

 静かなお姉さんは一護の家である”黒崎診療所”で働いている看護婦さんだという事を知った。

 小さい頃から知っているから、あの人の事を姉と呼んでいるだけらしい。

 

 けっ! 

 

 随分と甘えたがりのガキだと思った。

 毎日のように顔を合わせているだけで姉ちゃん呼びかよ……。

 

 とか思っていたら、なんと一緒に住んでいるらしい。

 自分の隣の部屋が那由姉ちゃんの部屋なのだと、一護はいつものヘラヘラとした顔で言った。

 

 随分とまあ、仲が良い家族だなと思ってはいたが、まさかそれほどとは。さすがに驚いた。

 

 空手の試合やイベント事には、一護の家族は勢ぞろいする。

 小学生になってからは、授業参観でも皆来ている。

 

 お父さんが喧しいから凄く目立つのだ。

 一護はいつも少し恥ずかしそうにしているが、それでもやはり嬉しそうだった。

 

 元気な父、明るい母、優しい姉。

 三人の愛情をたっぷり受けて育ってきたんだな。

 出会ってから一年後くらいに双子の妹が産まれたとも言っていたが、ほんとに賑やかな家族だ。

 

 その中で一人しずかーにしている那由他さんという人は結構異様に映るけど。

 

 まあ、別に怖い人だとは思わない。

 一護以外の子にも優しいし、怒っているところなど一度も見た事がないのだから、怖いと思う方が無理があった。

 

 ただ、近所のじいちゃんの話だと怒った時はメチャクチャ怖いらしい。

 あの無表情で視線を逸らさずにジッと見てくるんだそうだ。何で怒られたのかは知らないけど。

 

 それは……確かに怖いかもしれない。

 

 

 とにかく! 

 あたしはアイツが嫌いなんだ! 

 

 だから、あたしは事ある毎に一護をぶっ飛ばしていた。

 勿論、空手でだ。イジメなんてダサい事はしない。

 

 その度にアイツは泣いていた。

 

 そして、最後には笑っていた。

 

 

 

 

 

「一護、アンタさ、ユウレイが見えるってほんと?」

 

 ある時、小学校の奴らが一護にはユウレイが見えている、なんて言っている話を聞いた。

 そんな訳ないじゃん。

 あの泣き虫がユウレイなんて見たらピーピー泣いてお母さんかお姉さんのとこへ逃げてるよ。

 

「……見えないよ、そんなの」

 

 ほーら。だと思った。

 ったく、アイツら適当な事言いいやがって……。

 

 何でも、一護は時々何もないところをボーッと眺めていたりする事があるそうだ。

 そこまで一護をじっくり見てた事なんてなかったから気付かなかった。

 

 でも、あの一護だし。

 ボケーと突っ立ってるだけだとしても不思議ではない。

 

 

 今ではあたしたちももう9歳。

 

 空手の腕も上がってきたのは良いんだけど、時々、ほんとーに時々! 一護にも一本取られる時が出てきた。

 すっごい悔しいんだけど……。

 

 あたしはあんな泣き虫の甘えたがりでヘラヘラと笑ってばかりいる奴に負けない! 

 

 そう思って過ごしていた。

 

 

 そんなある日。

 

 

 

 一護が突然学校を休んだ。

 

 

 

 珍しい。

 いつもは少し体調が悪くても来るくらいなのに。

 何かあったのだろうか? 

 

 ハッ!? 

 

 何であたしがアイツの事を心配しなくちゃなんないんだ! 

 次にあった時にぶっ飛ばしてやる。

 

 

 

 

 

 しかし、それから一護はしばらく学校に来なくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

「あっ!?」

 

 オレ──黒崎一護の側を大きなトラックが横切る。

 水たまりを思い切り踏んでいったタイヤが、俺にバケツの中身をぶっかけたような量の水を運んできた。

 

 

「あらあらあら、悪いトラックね。大丈夫、一護?」

 

 

 父ちゃんと一緒に風呂入った時みたいだ。

 思いっきり被った水で目を上手く開けられない。

 

 それでも、横を見上げる。

 

 

 そこには、大好きな母ちゃんがいた。

 

 

 

 

 ──今日は、6月17日。

 

 

 

 

 何日か前から降り始めた雨が続いて、道にはいくつものおっきな水たまりが出来ている。

 川の水も大変になってきて危ないから近づいては駄目だと聞いた。

 

「ゴメンね。ほら、交代しよ。お母さんが道路側を歩くよ」

「いいの、オレこっち! オレ雨ガッパ着てるからヘーキだもん! 今みたいのから母ちゃん守るんだから!」

「あら、頼もしい」

 

 母ちゃんは嬉しそうに笑う。

 

 その顔を見れただけで言ったかいがあった。

 

「でも、ダーメ!」

「わぷっ!?」

 

 視界を何か柔らかいもので覆われる。

 少しビックリしたが、そこからは母ちゃんの匂いがした。安心する。

 

「組み手で1回もたつきちゃんに勝てない内は、道路側を任せられません」

「こ、こないふぁいっふぉんとっふぁお!」

「何を言ってるか分かりませ~ん」

 

 顔に押し付けられた物で顔を優しくこすられる。

 たぶん、ハンカチだ。

 

「こないだ一本取ったよ!」

「は~い、綺麗になった」

 

 悪戯した後みたいな顔で母ちゃんが笑っている。

 その顔は、ずるい。

 俺が怒っても話を聞かないやつだ。

 

 母ちゃんがヒラヒラとしているハンカチが目に入る。

 

 最初は母ちゃんの匂いがしたけど、その内那由姉の匂いもしてきた。

 

 那由姉はオレのもう一人の母ちゃんみたいな人だ。

 だけど、那由姉に向かって「母ちゃん」と呼んだら父ちゃんがすっ飛んできた。

 何か不味かったのだろうか。

 

 那由姉は「もう一回、ゆっくり、どうぞ」なんて珍しく鼻息荒く言っていたから呼んであげたら抱きしめられた。

 

 どうしたら良いか分かんなくてキョトンとしてたら疲れた顔の父ちゃんと楽しそうな顔の母ちゃんが見えた。

 母ちゃんは「これで那由他さんと私は姉妹かな~」なんて言っていて、父ちゃんが「勘弁してくれ~!」って言って診療所に駆けて行ったけど……何だったんだろ? 

 

 でも、その後に母ちゃんから「呼び方が一緒だと、どっちが呼ばれたか分からないでしょ?」って言われて納得した。

 

 だから、オレは那由姉の事を”那由姉”と呼んでる。

 初めは”那由姉ちゃん”だったんだけど、少し前に何となく恥ずかしくなって変えた。

 

 それに、今は4つになった妹たちがいる。

 

 遊子と夏梨だ。

 母さんに似て明るい子が遊子、那由姉に似て仏頂面なのが夏梨。

 思わず「夏梨は那由姉が産んだの?」って聞いたら一瞬だけ場が凍った。ちょっと母ちゃんが怖かったけど、まあ良い思い出の一つ。

 

 オレは母ちゃんが好きだ。

 

 だから、妹が産まれた瞬間は嬉しかったものの、産まれるまでの間と産まれた後、母ちゃんがオレに構ってくれない時間が増えて不満だった。

 

 そんな時に側に居てくれたのが那由姉だ。

 

『貴方の側にずっといますからね』

 

 那由姉は口下手だった。

 オレも上手い方じゃないけど、それでも口数はオレよりすげぇ少ない。

 

 別に話しかけても無視されるとかいう訳じゃない。

 むしろ、しっかりとオレの目を見てくれる。それだけで嬉しかった。

 

 父ちゃんも母ちゃんもそうだ。

 

 オレの事をしっかりと見てくれる。

 それが、たまらなく嬉しかったんだ。

 

 だから、母ちゃんが遊子と夏梨にばっか構っていても、少し寂しかったけど、でも仕方ない事なんだなって思った。

 

 そんな妹たちも少し大きくなってきて、俺の事を”一兄”と呼んでくれる。

 嬉しかった。

 妹が、家族が増えるっていうのはとても良い事なんだなって、もう一回分かった。

 

 俺は毎日が楽しい。

 

 だから、ずっと笑っていられる。

 

 ただ、悩みがない訳でもない。

 

 

 ──オレには、ユウレイが見えるのだ。

 

 

 初めに気付いたのはいつだっただろうか。

 覚えていない。

 それくらい、オレにとってユウレイって存在は当たり前にいる人たちだった。

 

 あんまりハッキリと見えるもんだから、正直生きている人なのか死んでいる人なのかの区別がつかない。

 

 この間たつきちゃんに聞かれた時は一瞬だけドキッとした。

 けど、大抵はヘラヘラと笑っていれば流れていく話でもあった。

 

 大した事ないと、思っていた。

 

 纏わりつかれるのは面倒くさいし、ちょっと邪魔だなと思う。

 でも、彼らは皆少し悪戯する程度。酷い事をしてくる事もない。

 

 オレが出会ったユウレイがたまたまそうだったのかもしれないけど、実際に酷い目に遭った事がないのだから、特に気にすることもないと。

 

 

 

 そう、思っていた。

 

 

 

「さ、行こ!」

 

 母ちゃんがオレの頭をわしわしと撫でる。

 ちょっと父ちゃんに似た撫で方。

 でも、すごい優しい。

 

 オレは母ちゃんが怒ったり泣いたりする姿を一度も見た事がなかった。

 

「母ちゃん。手、つないでいい?」

「あたりまえじゃん!」

 

 オレの不満や不安を、いつの間にか察して手を差し伸べてくれる人だ。

 

 どんな嫌な事があっても母ちゃんの側にいるだけで忘れられる。笑っていられる。

 

 オレだけじゃない。

 

 遊子や夏梨、父ちゃんに那由姉だって母ちゃんの事が好きだ。

 きっと、家の中は母ちゃんを中心に回っているのだろう。

 そして、そんな母ちゃんに照らされてオレたちは笑っていられる。

 

 父ちゃんはふざけてばっかだし、遊子も夏梨もまだ小さい。

 オレがしっかりしなきゃと思っている。

 

 でも、オレの家には那由姉がいる。

 

 あの人はオレたちの行く先を静かに照らしてくれるお月様みたいな人だ。

 オレたちの先頭に立って皆を引っ張るのが母ちゃんなら、那由姉は一番後ろからオレたちを見守る人だ。

 

 寂しい時や悲しい時。嫌な事があって泣きそうな時。

 

 オレの側には必ず那由姉がいた。

 

『貴方は強い子です』

 

 那由姉はオレの事をいつも”強い”という。

 その頃はまだ道場でたつきちゃん相手に一本も取れた事がない、オレに。

 

『私は知っています』

 

 静かな顔で、感情を表に出さない。

 それでも、オレの頭をゆっくりと撫でてくれるのはとても気持ち良かった。

 

 たつきちゃんに何でいつも怒られるのかは分からないけど、二人の母ちゃんがいるオレは、とても幸せな奴なんだろうなとは思っている。

 

 だから、オレは大きくなったら二人を、家族を護るんだ。

 

 ちょっと前に、父ちゃんが言っていた。

 

『”一護”って名前はな。何か一つのモノを護り通せるようにって、そういう願いを込めて付けた名前なんだ』

 

 その時、俺は母ちゃんを護りたいと思った。

 でも、母ちゃんは二人いる。困った。

 

 少し悩んだ後、何も護るモノは一つじゃなくても良いと気付いた。

 

 だから、オレは二人を護るんだ。

 

 いつもオレを護ってくれる二人を、オレは護れるようになりたかったんだ。

 

 

「あれ?」

 

 

 雨がザーザーと降っている。

 

 かなり強い。

 

 道を歩いている人もいないし、通り過ぎる車も少なめだ。

 

 それなのに、オレは一人の女の子を見つけた。

 

 傘も差さずにフラフラと。

 今にも飛び込みそうな感じで川べりと歩いていた。

 

 

 

 そして、俺には生きている人と死んでいる人の区別はつかなかった。

 

 

 

「ちょっと待ってて、母ちゃん!」

 

「え?」

 

 最初は母ちゃんたちを護りたいと思っていた。

 父ちゃんに聞いたのもオレがもっと小さい頃の話だったからだ。

 

 でも、今では二人の妹もいる。

 ついでに父ちゃんも……前からいるけど。

 

 とにかく、オレは思ったのだ。

 

 妹が産まれて、護る対象が増えて。

 そんな大切な人たちのために道場にも通い続けて。

 今ではあのたつきちゃんから時々だけど一本取れるようにまでなれた。

 

 少しずつだけど、強くなれていた。

 

 

「一護!?」

 

 

 母ちゃんの焦った声が聞こえる。

 

 でも、オレの耳には入っていなかった。

 いや、ちゃんと聞こえてはいた。

 ただ足は止まらず、母ちゃんの声を無視したみたいになった。

 

 

 もっと、もっと。

 

 オレは、たくさんのモノを護りたいと思うようになった。

 

 

 

 そんなヒーローみたいなものに、オレは成りたかった。

 

 

 

 

 

 

「だめ! 一護!!」

 

 

 

 

 

 

 何が起こったか分からなかった。

 

 

 川に飛び込みそうだった女の子のところへ駆けた。

 

 

 女の子が体を傾けて、倒れるように川の方へ落ちて行きそうになった。

 

 

 オレはその子に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 ──そこで、オレの意識は途切れた。

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 ヌチャリ。

 

 

 何かが頬に触れた感触で起きる。

 

 

 手で触れてみた。

 

 

 赤かった。

 

 

 すぐに雨で流される。

 

 

 体が少し痛い。

 

 

 ここは、どこ? 

 

 

 周囲を見渡してみる。

 

 砂利が敷き詰められた場所だった。

 すぐ近くに川が流れている。

 仰向けに倒れたオレの視界の端には電車の道が見えた。

 ガタンゴトンと音が聞こえる。

 明かりは少ない。

 道路に光が点いていても可笑しくないような暗さ。

 そういえば、今って何時なんだろう? 

 電車の音が遠ざかる。

 先ほどまでの騒音が嘘のように静かになった。

 電車の明かりもなくなり、周りはほとんど真っ暗だ。

 ああ、そうか。

 オレが落ちたから、道路の明かりが見えないのか。

 なんとなく分かった。

 オレは生きている。

 体のあちこちが痛いが、それでも生きている。

 あの子は大丈夫だろうか。

 少し心配だ。

 もう一度、周りを見回してみる。

 見当たらない。

 どこに行ったんだ? 

 

 

 

 

 

「一護! 那由他さん!!」

 

 

 

 

 母ちゃんの声が聞こえる。

 ああ、さっきは母ちゃんを無視しちゃったなあ。

 後で謝らなきゃ。

 でも、あの女の子を放っておくことなんて出来なかったんだ。

 オレの事を強いって言ってくれる那由姉にも誇れるような。

 そんな、強い男にオレは成りたいんだ。

 それで、母ちゃんたちに、遊子に夏梨。

 ついでに、父ちゃんも。

 オレの家族をオレが護るんだ。

 名前みたいに、オレの名前に負けないように。

 オレは、家族みんなを。

 そんでもっとたくさんの人を。

 オレは護れるようになりたいんだ。

 だから、あんまり怒らないでくれると嬉しいなぁ。

 オレも大丈夫だし。

 女の子がどこ行ったのかは分からないけど。

 いないなら、きっと大丈夫なんだろ。

 別にありがとうって言って欲しかった訳でもない。

 オレが助けたかったんだ。

 助ける事で、家族に胸を張りたかったんだ。

 オレは凄いだろって。

 父ちゃんと、母ちゃんたちの息子は凄いんだぞって。

 そうやって、褒めてもらって、喜んで欲しかったんだ。

 

 

 だから、何で母ちゃんが泣きそうな顔をしているのか分からなかった。

 

 

 オレは母ちゃんの怒った顔も泣いた顔も見た事がない。

 

 そんな母ちゃんが、たぶん、泣いていた。

 

 雨が混じってよく分からない。

 

 でも、きっと、あの顔は、泣いていたんだ。

 

 

「待ってて、いま、そっち、に……!」

 

 

 母ちゃんが苦しそうに蹲るのがチラリと見えた。

 いつも元気な母ちゃんがだ。

 しかも泣いていた。

 オレが護らなきゃ! 

 体中が痛い。

 そんな泣き言いってられるか! 

 オレが護るんだ。

 家族を、オレが! 

 オレが護るんだ!! 

 んだよ! 

 さっきから体に乗ってるの!? 

 重い、苦しい、邪魔だ。

 どけようと触る。

 ヌチャッと嫌な音がした。

 触った感じも気持ち悪い。

 ヌルヌルしている。

 何だっけ。

 ああ、あれだ。

 

 包丁で腹を裂いて内臓を取り出した時の魚の感触に似ているんだ。

 

 母ちゃんたちの手伝いでやった事があるが、アレは好きになれない。

 気持ち悪い。

 何なんだよ、”コレ”。

 思い切って手をかける。

 少し温かい。

 なんだ……”コレ”? 

 さっきまで見ていなかったモノを見てみる。

 まず目に入ったのは赤茶色。

 雨を吸い込み、ツヤツヤとしていて綺麗だった。

 触り心地は悪い癖に。

 次に暗闇に溶けるような黒っぽいものが見えた。

 そういえば、那由姉はいつも黒っぽい服着てたな。

 美人なんだからもっとオシャレでもすれば良いのに。

 関係ない事が思い浮かぶ。

 

 

関係ない事だ。

 

 

 そうだ、関係ない。

 

 そんな事がある訳がない。

 

 だって、那由姉は今日、家にいるって言ってた。

 

 だからあり得ない。

 

 ”コレ”は那由姉とは関係ない。

 

 そうに決まっている。

 

 

 

「一心、さん! 那由他さんが、那由他さんが……!!」

 

 

 

 母ちゃんの聞いた事のないような声が聞こえる。

 

 なんだ、これ。

 

 咳き込みながらも必死に父ちゃんを呼んでいる母ちゃん。

 

 なんだ、これ。

 

 さっきまで、オレは普通に歩いていて。

 

 母ちゃんと手をつないでいて。

 

 家族を、護るんだって。

 

 もっとたくさんのものを護るんだって。

 

 そう、思って……。

 

 

 

 

 

「無事、ですか……?」

 

 

 

 

 オレの胸元から何か音がする。

 

 違う。

 

 そんな訳ない。

 

 

 

 

「良かった……」

 

 

 

 

 だから、その顔でオレを見ないでくれ。

 

 那由姉にソックリな顔で、オレを見ないでくれ。

 

 

 

 

「二人が無事なら、それで良い……です」

 

 

 

 

 胸元にいた”ソレ”は、ガクッと力が抜けたようにオレに乗りかかってきた。

 

 

 

                                なにが   

         

             う 

 どうした                分    

                        か

                          ら       だって

     違 う           ど        な

             違う       う    い  

                    し        起こって

                   て

 違う

           違 う

         

 

                       違う

 

        違

          う                 違

                            う 

      違     違う

      う

                    違  う

 

                               違   う

 

 

 

 

 

 

「貴方は、強い子、です」

 

 

 

 

 音が聞こえる。

 

 音が聞こえる。

 

 すぐそばから。

 

 音が聞こえる。

 

 

 

 

「誰かを、護れる子……です」

 

 

 

 

 そうなりたい。

 

 そうでなければならない。

 

 オレは、家族を……護る? 

 

 目の前の、”コレ”は? 

 

 

 

 

 ──()()()は? 

 

 

 

 

 雨に濡れた赤茶色の髪。

 

 綺麗で、真っ直ぐと長く伸びた髪を、いつも母ちゃんは羨ましがっていた。

 

 オレも好きだ。

 

 触っていて気持ち良い。

 

 そんな髪に、赤黒いものが混じっている。

 

 

 

 

 血だ。

 

 

 

 

 もう、気付かないフリは無理だった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ああ、あ……あぁぁ……」

 

 

 

 

 

「大丈、夫……これで貴方は、皆を護れる子に、なりま──ガフッ!?」

 

 

 

 

 ゴプッと音がする。

 

 彼女の口から今度は真っ赤な血が漏れた。

 

 オレの視界が真っ赤に染まる。

 

 

 抱きしめられた。

 

 

 抱きしめ返す。

 

 

 オレの口からは言葉にならない無意味な音が零れるだけだ。

 

 

 

 

 

「私は……貴方の側に、いますから……」

 

 

 

 

 抱きしめられていた手からも、力が抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()は護れなかった家族の体を抱きしめながら、

 

 

 

 

 自分の無力さを呪い、泣き叫ぶ事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 



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聖別…だと…!?

昨日は体調崩しちゃって投稿できませんでした、ゴメンちゃい…。


「那由他サン!?」

 

 一心サンからの連絡は突然でした。

 そして、何より信じられないものでした。

 

「くそっ!? 俺んとこじゃ応急処置がせいぜいだ!」

 

 すぐに黒崎診療所へと向かったアタシたちを、一心サンの怒声が迎えます。

 それだけ切迫した状況という事でしょう。

 

 一心サンは白衣を真っ赤に染め上げ、手を使わずに肩で支えた電話に怒鳴っています。

 

 その手元には、血濡れで横たわる──那由他サン。

 

「アタシに見せて下さい!」

 

 現場は一心サンが一人で見ている。

 アタシも加わった方が良いでしょう。

 

「! 浦原さんか! 助かる!」

 

 ここにはアタシの他にも夜一サンに仮面の軍勢のみなさんが来ています。

 那由他サンが重体と聞いて居ても立っても居られない。

 そんな皆さんの気持ちは痛いほど伝わってきますし、彼らは皆が元護廷の隊長格。本職ではないにしろ多少なりとも医学の知識を持っています。

 何か手伝える事があると踏んで付いてきてもらいました。

 実際、診療所には那由他サンを除けば一心サンしか手を貸せる人物がいません。連れてきて正解でした。

 

「あんたらは……いや、今は良い」

 

 一心サンと仮面の軍勢に面識はありません。

 アタシの誤解は解けましたが、それでもいきなりこんな大勢を連れてくれば驚くでしょう。

 

「真咲サンは?」

「無事だ。一護もな。今は家の方にいてもらってる」

「白サン、ひよ里サン、六車サンはご家族のフォローに回って下さい」

 

 大雑把な性格の人達はこの狭い診療所では邪魔になってしまう可能性が高いです。

 適材適所に仕事を任せましょう。

 

 こういう時は、何か仕事をしていなければ落ち着かないでしょうし。

 

「分かったよ!」

「なんでウチがそないなこと……!」

「ひよ里。ここは喜助の言う通りにしろ。俺らがここにいても邪魔なだけだ」

「……チッ! 那由他に何かあったらタダじゃおかへんで!」

 

 ひよ里サンの罵倒で少し気分が楽になりました。

 不思議なものですね。

 

 しかし、そんな事はひよ里サンに言われずとも分かってますよ。

 

「鉄裁サン、有昭田サンと愛川サンは那由他サンへ回道を! 平子サンと夜一サンはアタシの補佐、鳳橋サンと矢胴丸サンは一心サンの補佐にそれぞれ付いてください!」

 

「「おうっ!」」

 

 愛川サンと矢胴丸サンは気合の入った返事をしました。

 性格が出ますね。

 

 こんな呑気な事を考えていても、手を休む事なく動かします。

 

「これは……、酷いデスネ……!」

 

 酷い。

 

 有昭田サンの一言が那由他サンの現状を端的に表しています。

 

 背中から腹にかけて一撃。

 しかも臓器がごっそりと持っていかれています。

 

「竜弦! 急患だ! 何!? 片桐の家でも倒れる者が大勢!?」

 

 一心サンも電話を矢胴丸サンに持ってもらい那由他サンの治療に当たります。

 

 竜弦さんは、確か総合病院に今は勤めているんでしたっけ。

 そこでも急患が多数、しかもその人たちは片桐家の者。

 

 

 つまり、滅却師。

 

 

「そっちじゃ受け入れられないのか!?」

「一心サン。那由他サンの体は義骸です。普通の人間に対する治療だけでは不十分でしょう。むしろアタシたちで治療を施した方が良いッス!」

「くっそ……!」

 

 頭を一度振って一心サンは那由他サンに集中し始めます。

 

 先ほどの情報を考えるならば、今回の事件は那由他サンを襲ったわけではないようッスね。

 

 恐らく、本当に狙われたのは真咲サン。

 それを那由他サンが庇ったのでしょう。

 

 相変わらずですけれど、自分の身も大切にして下さいって何回も言ったッスよ! 

 

 ただ、気になる点も多数あります。

 

 真咲サンは虚に襲われました。これは恐らく藍染サンの手によるものではないかと推測できます。

 少し前から空座町あたりで虚が頻出しており、那由他サンは人知れず皆を護ってきました。

 

 仮面の軍勢の皆さんは死神に見つかるリスクを負ってまで人助けをしたい訳ではないようです。

 そう考えると、那由他サンの特異性の一端が垣間見えますね。

 

 これに対し、片桐家の方々は虚に襲われた訳ではなさそうです。

 

 突然倒れる者が続出。

 それも倒れる人と具合が悪くなる人の2パターン。

 更に、石田家の人で倒れたのは竜弦サンの奥さんである叶絵サンのみ。

 

 そして、真咲サンも那由他サンに助けられた時から具合が芳しくありません。

 

 今は自室で横になり、一護サンと一緒にいるそうですが……。

 そちらは白サンやひよ里サン、六車サンに任せましょう。

 

 しかし、同じ滅却師でありながら違う容体。

 

 この共通点と相違点を考えれば思いつく事があります。

 

 

 倒れたのは──混血統滅却師(ゲミシュト・クインシー)

 

 

 本来は純血統滅却師である真咲サンは虚に襲われた際に内に虚を宿す体となってしまいました。

 その点から導き出されるのは、既に純血統ではないと判断されたのかもしれません。

 石田家を追い出されたのも似たような理由でしたし。

 

 つまり、狙われたのは滅却師の中でも純血統ではない人々。

 

 藍染サンが滅却師を狙う? 

 

 可能性は低いです。

 

 藍染サンの狙いは死神、虚の境界を越えた超越者へと至る事。

 恐らく目的は霊王の地位の簒奪。

 

 ならば、滅却師相手に力を奪ったりする行動を起こすとは考えにくいです。

 

 虚は藍染サンの行動。

 滅却師が倒れたのは別の人物が引き金を引いた。

 

 

 これは、たまたま同じタイミングで起きただけの別の事件

 

 

 そう考えるのが自然、ですかね。

 

 まだ情報も足りませんし、あまり断定するのも良くないでしょうが……。

 アタシはある種確信のようなものを抱きました。

 

 

「喜助、義骸ならば一度魂魄を抜き、新しい物へ移せば良いのではないか?」

 

 夜一サンの鋭い指摘に我に返ります。

 

 ありがたいですね。

 こういう時も冷静である夜一サンみたいな人は。

 

 今は余計な事を考えずに、目の前の那由他サンを救う事が先決ッスね。

 

「ええ、那由他サンが使っていたのが普通の義骸ならそれでも良かったんス」

 

 ですから、アタシもできるだけ端的に必要な事だけを述べます。

 

 義骸は魂魄を収める器のようなもの。

 それがある程度損傷したところで魂魄そのものに支障はありません。

 

 ただ、肉体を傷つけた痛みやショックが魂魄へ影響し、義骸を移し替えた瞬間に魂魄の傷が義骸にフィードバックする可能性があります。

 そのため、義骸の治療を行い魂魄自身が「自分は無事だ」と認識できるまでの治療は必要って事ッスね。

 

 逆を言えば、傷を完全に回復させる必要もない。

 

 応急処置を行い小康状態になった時点で魂魄を抜き取り移せばいい訳ッス。

 

 しかし、

 

「那由他サンが使っているのはアタシが作った特殊な義骸です。これは瀞霊廷からの霊圧探知に引っかからないよう、特別に魂魄が持つ虚の霊圧をも抑えるようにしたものです。しかし、那由他サンはその魂魄が弱い。ですから、魂魄と義骸との結びつきを特に強くしています。つまり、肉体の損傷がそのまま魂魄の損耗に繋がります」

 

 ああ、こういう時に研究気質ってのは鬱陶しいッスね! 

 手短に説明しようとしても説明する事が多すぎて全然簡単な話になりません。

 

 

「このままでは、那由他サンは死にます!」

 

 

 息を呑む雰囲気が伝わりました。

 

「せやったら、俺らが霊力を渡せばええんか?」

 

 平子サンが口を開きます。

 思わず振り返り顔を見つめますが、その顔は真剣でした。

 

「舐めんなや、喜助。()()を見殺しにするつもりなんて、俺にはあらへんで」

「それ、那由他サンに直接言って下さいね?」

「目ぇ覚めたら言ったるわ」

 

 今の那由他サンは危険です。

 

 人間として義骸の中に入り過ごしてきた期間もそれなりにあります。

 より結びつきが強くなっていてもおかしくない。

 自己治癒能力もありますが、この状態では回道なしで命を繋ぎ止められません。

 

 藍染サン。

 

 那由他サンを、貴方は失っても良いのですか? 

 那由他サンのために暗躍していたのではないのですか? 

 

 今回の事は事故? 

 しかし、ならば何故あのタイミングで真咲サンを襲ったのか。

 まるで図ったかのように同時に倒れた滅却師の人々。

 

 藍染サンが誰かと協力している? 

 

 いや、考えられないッスね。

 理由は()()藍染サンが誰かの力を借りるとは思えないからッス。

 

 って、だからアタシは事ある毎に考え込む癖をどうにかしなきゃいけないッスね! 

 

 

「那由他サンの魂魄に直接霊力を叩きこみます。外傷は縫合しますが、あまりに損傷が酷い。それだけでは那由他サンの魂魄強度が保ちませんし回復する目処は立ちません。そのための輸血のようなものです」

「どうすれば良い、喜助。回道とは違うのか?」

 

 

「これは霊圧による根本的なショック療法ッス。人間に対する電気マッサージで心停止した那由他サンを無理矢理戻す感じです。ただし、それは那由他サンの魂魄を圧迫する事に繋がります。つまり、内なる虚を刺激する。……目が覚めた後の那由他サンを、今までの那由他サンと同じと思ってはいけません」

 

 

「なっ!? そんな馬鹿な話があるか!!」

 

 夜一サンがすぐに反応します。

 当たり前ですね。

 

「こいつは護ったんやで!? 自分の大事なもんを、自分が大切にしたいもんを! 自分よりも大切なもんを!!」

 

 今度は矢胴丸サンが声を荒らげました。

 

「落ち着きぃ、リサ」

「せやけど真子!」

「分ぁってるわい、ボケ。那由他が暴れたら俺らで止めたらええだけの話やろ」

 

 平子サンの言葉にハッとなった矢胴丸サンが口を閉じます。

 

「せやから、喜助。遠慮なく持ってき」

「ありがとうございます」

 

 こうして、アタシは平子サンたち隊長格の霊力を義骸を通して那由他サンの魂魄に注ぎ、その修復に成功しました。

 

 状態は安定。

 なんとか山は越えましたね。

 

 後は、目が覚めた後の那由他サンがどうなっているか。

 

 これは実際に起きてもらわないと分かりません。

 

 

 一晩中、緊張しっぱなしだったので流石に疲れたッス……。

 

 今は診療所の待合室、その一角の長椅子に座ってボンヤリとしています。

 

 治療中にも考えていた予測。

 

 混血統滅却師を狙ったのは分かるんスけど、何が目的なのかハッキリしないのが。

 これは一度竜弦サンに話を聞きに行った方が良いッスかねぇ。

 それに、真咲サンも入院が必要になりそうです。

 那由他サンと違って人間である真咲サンを治療するならキチンとした病院の方が良いでしょう。

 

 しかし、今まで誰が那由他サンの言う英雄なのか分からなかったのが痛かったッス。

 

 真咲サン本人かもしれないし、息子の一護サン。もしくは娘の夏梨サンや遊子サン。

 可能性としては一護サンと仲の良い有沢サンってのもありましたからねぇ。まだ開花はしていないですけど才能はありそうでしたし。

 

 藍染サンの事でしょうから、那由他サンをいつも見ているはずです。

 それ故の虚の強さと出現頻度でしたでしょうし。

 那由他サンが始解するかしないか絶妙なラインの強さで誰が英雄かを測っていたのでしょう。

 

 彼女が本気で守る存在こそが“英雄”であると当たりをつけるために。

 

 しかし、予想に反して彼女は全ての人物を護っていた。

 予測を絞るという狙いに関しては全然捗らなかったでしょうね。

 

 だからこそ、今回で彼女が切り捨てられない存在が分かりました。

 

 藍染サンも那由他サンを殺すつもりまでは無かった。

 だから、虚は瀕死の那由他サンを追撃する事なく姿を消したんでしょう。

 彼の目的は達成したようなものですからね。

 

 真咲サンではなく、那由他サンが庇ったのはその息子サン。

 

 つまり、世界を救う英雄となる運命を那由他サンが見通したのが、

 

 

 

 ──黒崎一護、君ッスね。

 

 

 

 

 ただし、一番不可解な点は那由他サンの実力でこれほどの大ケガを負う事。

 

 普通ならば相手の虚が相当強力な個体だと考えられますが、感じた霊圧はそこまででもありませんでした。

 “霊王の目”を持つ彼女なら、真咲サンが体調を崩すタイミングを察知して急いで駆け付けたって感じッスかね。

 

 それにしたって、那由他サンがここまで一方的にヤラれるなんて……どう考えてもおかしい。

 

 まさか、那由他サンの力が封じられた? 

 どうやって? 

 

 藍染サンが那由他サンの力を抑えるとは考えにくいです。

 第三者の介入? 

 だとすれば、この第三者は滅却師の人達が倒れた原因である可能性が高いですね。

 そう考えると、尚更藍染サンとの協力関係の線は薄いと判断できます。

 

 とはいえ、複数の、しかも特定の滅却師のみを対象として何かを施せる人物など……待って下さい。

 

 滅却師の力を操れるのは滅却師のみ。

 少なくとも、滅却師の力を継いでいる人物でなければなりません。

 その上で今回のような事が起こせる可能性があるのは……。

 

 これは急いで竜弦サンに連絡を取らなければいけないかもしれないッスね。

 一心サンも無関係という訳ではありませんし、真咲サンの件を含め一緒に行って聞いてきた方が良さそうッス。

 

 アタシの推測が正しければ、藍染サンとはまた違った人物との争いになる可能性が高い。

 千年前の戦いの再来です。

 いや、このままじゃ三つ巴になる。

 

 不味いッスねぇ……。

 

 そして、那由他サンの力を一瞬とは言え奪えたのが()()()だとしたら、那由他サンには滅却師の力すら宿っている事になります。

 

 死神である那由他サンに? 

 そんな馬鹿な……“霊王の目”の影響ッスか? 

 確かに、可能性が一番ありそうなのは“ソレ”ッスけど……いやいや。

 

 

 

 だとしたら、霊王と滅却師は──。

 

 

 

 え? 

 

 

 

 もしかして、アタシ、何かとぉぉぉっても不味い事に気付いちゃいました……? 

 

 これは尸魂界の貴族にアタシも消される……なんだ、今の状況と変わらないッスね! 

 

 

 どうやら那由他サンが持っているのは“欠片”かと思っていたら、“パーツ”そのものっぽいです。

 

 霊王の欠片を宿している方は人間で何名か知っていますが、今回の件で那由他サンほどの影響を受けた方は見つかっていません。

 

 アタシ一人が抱えるには大きすぎる問題ですよぉ。

 これは竜弦サンだけじゃなく、夜一サンや平子サンたちにも相談した方が良さそうですね。

 那由他サンがこうなってしまった以上、隠すのも無理がありそうですし。

 

 

 

 何で隠してたってすごい怒られそうッスねぇ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクの目の前にはさっきから一っ言も喋らん藍染隊長がおる。

 

 

 あぁ……アカン。ほんまお腹が痛くなってきたんやけど……。

 

 そら那由他ちゃんがあないなれば怒るわ。

 どうやら予定とは違ったようやし。

 

 いつもは「計画通りさ」なんて余裕かましはる人が固まったまま動かへん。

 

 東仙隊長も藍染隊長から無意識に漏れとる霊圧に当てられてピリピリしとる。

 普段は高すぎて認識する事も難しい霊圧やけど、極力抑えとるから逆に分かってまう。

 

 こら相当に頭きとるんやろなぁ。

 

「黒崎一護を守る際に、那由他の霊圧が上がらなかった」

 

 声色だけで見ればいつもと変わらんものが聞こえる。

 あの優しい藍染隊長さまや。

 

 確かに、それはモニターしとったボクも驚いたわ。

 

 いつもは霊圧遮断コート着とるのに、あの時は着てへんかったし。

 いくら霊圧制御に長けとっても魂魄体である那由他ちゃんの霊圧が低いまま虚の攻撃を受けるなんて死ぬようなもんや。

 逆に瀕死になった時の方が霊圧を感じるんやもん。

 

 そらおかしいわ。

 

「原因は“霊王の目”を通しての干渉。……ふふっ、千年前の死に損ない風情が」

 

 アカンわぁ……。

 

 もうちっとちゃんと説明して欲しいわ。

 ボクらは藍染兄妹みたいに頭ようないんですよ? 

 

「あの那由他がただ弱者を助けるだけとは思えない。つまり、僕の壁となるべく“英雄”として見初められたのは黒崎一護。これは確定だ。しかし、虚の攻撃を敢えて受ける必要性は皆無。よって、これは外的要因によるもの」

 

 と思っとったらなんや説明してくれはるらしい。

 そういう空気読むとこは流石ですわ。

 ありがたいこっちゃ。

 

「今の様子を見るに死神や虚の力を奪われた訳でもない。ただ、あの瞬間に力を出せなかった原因……“霊王の目”以外にありえない。そして、その“目”に干渉できるのは霊王の落とし子であり滅却師の始祖である男──ユーハバッハ以外にありえない」

 

 なんや、新しい名前が出てきはったけど……随分と重要な情報が混ざっとらん? 

 

 霊王の子が滅却師の始祖? 

 そら不味い。

 そんなん貴族共が絶対に認めへんやつやん。

 

 ああ、だから死神代行が集めとった“欠片”持ちを片っ端から回収しとるんかね。

 

 そろそろあん死神代行にも直接危害を加えに行きはるんやろな。

 

 おお、怖い怖い。

 

 

 ま、ボクには関係あらへんけど。

 

 

「正確には霊王の力の一部が人型を象ったモノ、だろう。これは記述が少なくてね。流石の僕も断定はできない」

 

 藍染隊長の話が続く。

 

 東仙隊長は貴族の闇に繋がる話やからか、その気配に怒気が混ざっとる。

 みんな血気盛んやなぁ。

 

「そんな彼、ユーハバッハは千年前に山本元柳斎によって倒されたが、特筆すべき能力を持っていた。──『魂を分け与える能力』だ。そして、これを応用すれば“分け与えた魂を回収する事が出来る”。つまり、倒されたと言っても復活する事ができるのさ。これらの点から滅却師の力はユーハバッハ、ひいては霊王の力に由来するものであり“霊王の目”を持つ那由他の力を奪える可能性がある。本来は“欠片”程度の残滓で直接干渉は出来ないのだが……那由他の中には“欠片”よりも大きく強大な霊王の“パーツ”としての目が入っていたようだ」

 

 話がややこしくなってきたんやけど、要は那由他ちゃんの中身にがっつり霊王の体の一部が入っとって、それをユーハバッハゆう霊王の力を操れる男が回収しようとした。そのせいで本来の力が出せへんかったゆう事か。

 

「それって、那由他ちゃんは滅却師として判断されたゆう事ですか?」

「正しくは“滅却師の力も操れる死神”だろう。まあ、奴からしたらどちらにしろ不純と判断される存在さ」

 

 死神は自身の持つ霊力で戦闘を行う存在。

 魂の半身である斬魄刀が主武装なんやから、そら死神の強さ=霊圧という価値基準にもなりますわ。

 

 対して、滅却師は自らの霊力でもって大気中の霊子を操るみたいやわ。

 

 つまり、那由他ちゃんはやろう思えば自身の体内からも体外からも力をもってこれるゆう訳ですか。

 

 ああ、その未来を読み取るゆうんが後者な訳やな。

 

 えらい能力持ってはるなぁ……。

 もしかしてこれ、ボクの狙いも分かってるんやろか?

 その上でこんな好きにさせられてるんやろか?

 

 心の中を覗かれとるみたいで、えらい気色悪い。勘弁して欲しいわ。

 

 まあ、那由他ちゃんの情報が手に入るんは僥倖や。

 

 たとえ未来を知られていても、その程度でボクは諦めへん。

 

「今回の滅却師が倒れたのも、ユーハバッハが行った力の回収の影響だろう。そして、それが一瞬とは言え那由他にも適用された。……ふふっ」

 

 ゾワッと総毛立つ。

 

 今まで見た中で一番ドエライ殺意やわ。

 

 

 

 

 

 

「今はまだ復活していない。ならば、復活した際に僕が引導を渡してやろう。──那由他の力は全て僕のものだ。ユーハバッハ、君の思い通りにはさせないさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 一護が来ない。

 

 学校もそうだけど、道場にも来ない。

 

 こんなにアイツと顔を合わさないのは久しぶり、いやもしかしたら初めてかもしれない。

 別に大して日が経った訳でもないんだけど、数日間まったく見ないし何しているかも分からないのは何だか気持ち悪かった。

 

 だから、あたし──有沢たつきは学校を休んでるアイツを探した。

 

 まあ、通学路の途中で見つけたら、ぐらいの気持ちだ。

 別に一護がズル休みをしていると思っていた訳でもない。

 

 

 ただ、なんとなくだ。

 

 

 だから、一護を見つけた時は驚いた。

 

 何してんだって、いつもみたいに適当に声をかけるつもりだった。

 でも、出来なかった。

 

 那由他さんが怪我をしたってのは聞いた。

 

 真咲さんも体調が悪くなって入院したって。

 

 いつも診療所にいる人がいなくなったんだ。

 しかも、一護が大好きだと言っていた二人が同時に。

 

 だから随分と落ち込んでいるんだろうな、とは思っていた。

 

 でも、二人とも死んだ訳じゃない。

 それなら一護もしばらくしたら元気になるだろ。

 

 そう、考えていた。

 

 

 噂話でも聞く。

 何でかは知らないけど、どこで那由他さんが怪我したのかは知っている。

 

 

 川原だ。

 

 

 救急車を呼ばれて、少し近所でも話題にもなっていた。

 

 そんな場所にわざわざ近づく奴なんていない。

 

 あたしも誰かいると思って見に行った訳じゃない。

 

 

 

 けれども、そこに一護はいた。

 

 

 

 一護は河原を歩いていた。

 

 学校のカバンを背負って、誰かを探すみたいにウロウロ。

 

 疲れたらその場にしゃがみこんで。

 

 しばらくしたら立ち上がって、またウロウロ。

 

 

 初めて見つけた時は、あたしも呆然とした。

 

 アイツのあんな顔なんて、初めて見た。

 

 

 逃げるようにその場から去ったあたしは、次の日にまた河原へ行った。

 

 もしかしたら、あの日はたまたまだったのかもしれない。

 そんな願望みたいなもんを抱いて、あたしはまた、一護を見つけた。

 

 

 

 昨日と同じだった。

 

 

 

 毎日毎日、一護はそんな事をしていた。

 

 

 

 見ていられなかった。

 

 

 

 

 そんな日が何日か続き、あたしはようやっと決心がついた。

 

 今日こそは一護に話しかける。

 

 何しょぼくれてんだって。まだあの二人は生きてるだろって。

 

 そうやって、励ましてやるつもりだった。

 

 

 

 そして、再び河原に行った時。

 

 

 そこには見知らぬおじさんとお姉ちゃん、あたしより少し上くらいの女の子の三人がいた。

 

 

 

「一護。てめぇはそれで良いのか?」

 

 

 

 おじさんが一護に話しかけている。

 

「護りたいもんを護れなかったって、それでいじけて何もしねぇで。また大切なもんを無くすのか?」

「拳西、そんな言い方」

「白は黙ってろ」

 

 お姉ちゃんがおじさんを止めようとするが、おじさんは構わず言葉を一護に投げかける。

 

「おめぇは何のために道場に通っていた。おめぇは何で強くなろうとしていた」

 

 一護は蹲り顔を伏せたままだ。

 それでも、体が震えているのは遠目で分かった。

 

「喜助の奴から聞いたで。おいガキ、話聞けや。那由他はお前みたいなボンクラを“強い”ゆうとったそうやないか、ええ」

 

 今度は、ガラの悪い女の子が口を開く。

 

「誰が見ても分かんで。今のお前は弱いわ。だーれも護れん。今のままならな。なら、那由他が言っとった言葉の意味は“強うなれ”って事や。誰にも負けんように、誰でも護れるように」

 

 初めは一護がイジメられてるのかと思った。

 

 だけど、違う。

 

 これはきっと励まされてるんだ。

 

 あたしは駆けだした。

 

「おい、聞いとんのか、アホガキ!」

 

 女の子の方がイライラしてきたのか、一護の胸倉を掴んで無理矢理立たせる。

 

 

「おい、やめろよ!」

 

 

「あ?」

 

 こ、こわっ!? 

 

 でも、あたしだって空手やってんだ。

 一護が頑張ってんのを一番知ってるのはあたしだ。

 だから、こんな人に一護の“強さ”を語って欲しくなかった。

 

「誰やねん、このガキ」

「あれじゃない? “英雄”の可能性があるって言ってた女の子」

「あん? それって真咲んとこに関係ある奴じゃなかったか?」

「私も詳しくは知らないよー」

 

「何ごちゃごちゃ言ってんだ! 一護を離せよ!」

 

 あたしは女の子の手首あたりを掴む。

 

「関係ない奴は黙っとけや、ボケ」

「いや、関係あんじゃねぇの?」

「知らんわ!」

 

 くそっ、あたしの知らない事をペラペラと!? 

 

「あたしが強くなってやるよ!」

 

 だから、これは口から勝手に出た言葉だった。

 

 元々、あたしが道場に通っていたのも“なんとなく”だ。

 

 才能があったのか、実力がどんどん上がっていくのが楽しかったのもある。

 それでも、特に何か強くなる目的があった訳じゃない。

 

 だから、あたしは言ったんだ。

 

 

「一護は強い! それはあたしが一番知っている! だから、一護より強いあたしが一護も守ってやる!」

 

 

「へぇ~」

 

 おじさんが何かニヤニヤとしだした。

 

「一護、お前実はモテんのな」

「バッ!? 違ぇ! そういう話じゃない!」

 

 あたしは少し赤くなった顔を誤魔化すために怒鳴った。

 

 本当にそういう事じゃない。

 

 あたしは一護の事が嫌いだ。

 

 だけど、一護の強さは知っている。

 

 そんな一護を馬鹿にされるのが許せなかっただけだ。

 

「……義骸に入ってるとは言え、俺に啖呵きるとは良い根性してんじゃねぇか」

「おい、拳西。まさかこのガキの面倒も見る訳やないやろな……」

「見る」

「じゃあ私もー」

「かぁぁぁぁ! 本当にお前らのその脳味噌筋肉で出来とる思考は腹立つわー!」

「オマエが言う、それ?」

 

 あたしは目を白黒としてしまう。

 

 何だか、さっきまでの真剣な雰囲気がどこかへ飛んで行った。

 

 

「いいぜ、嬢ちゃん。俺は六車拳西ってんだ。俺がお前を──強くしてやる」

 

 

 凄い上から目線だった。

 

 でも分かる。

 

 このおじさんは、強い。

 

 これでも空手をやってんだ。ある程度なら分かる。

 

 

「で、オマエはどうすんだ、一護」

 

 

 一護を振り返る。

 

 

 

 

 

 

 そこには、目に炎を灯したアイツがいた。

 

 

 

 

 

 

 いつものヘラヘラとした顔じゃない。

 

 

 

 

 

 

 一護は、再び立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、焦った。

 

 ほんとに焦った。

 

 あそこまで重傷にするつもりはなかったんだけど、なんかノリで行ったら腹の辺りをごっそり持ってかれた。

 人体錬成なんてしてないんだけど。真理の扉は開きそうになった。

 

 グランドフィッシャーが相手なんだから、キチンと怪我できるように霊圧をめがっさ下げたんだけど少し下げ過ぎたかもしれない。

 

 

『貴方様』

 

 

 “天輪”の声が聞こえる。

 

 どうやら重症ゆえに精神世界へトリップしてしまったようだ。

 

 ──いやぁ、ゴメンね! なんか思ったより

 

『正座です』

 

 oh……。

 

 そこには既に正座しているオレがいた。

 

『ハロー、俺! いやぁ、良いモン見れたね!』

 

 “天輪”さん、全然反省してないですよ、この子。

 

 まあ、俺も少しやり過ぎたかなぁって感じはしている。

 

 ただ、一護の顔を見た瞬間に血をゲロったのは不可抗力にしたい。

 あんな素敵な曇り顔になっているとは思ってなかった。

 心拍数上がってなんか出てきちゃったんだ。

 

 そのせいかそこで意識を失っちゃったけど。

 

『正座です』

 

 “天輪”の厳めしい顔が見える。

 

 これは怒ってますね。

 

 まあ、俺が大ケガしちゃいましたし。

 大人しくオレの横に座る。

 

『貴方様の“愛”は異常です』

 

 あ、そっちだったか。

 

『今更じゃね?』

 

 ──うんうん。

 

『何仲良くなっているのですか……』

『いやぁ、オレは虚と言ってもその精神性は俺準拠だし? 趣味趣向も同じだし? 仲良くならない訳がないって言うか』

『外の様子は知っていますか?』

『あれ? スルー?』

 

 ──そういやどうなってんの? 

 

『オマエの治療を黒崎一心と仮面の軍勢がやった。ま、問題ないだろ。んで、黒崎真咲も体調を崩して入院。一護は意気消沈。フフッ、かーわいそう!』

 

 オレがすっごい良い笑顔。

 

 なんかその話の流れで笑っているのを傍から見るとドン引きだな。

 見た目は俺だし。

 

 あ、外から見た“愉悦で顔を歪ませる姿”ってこんなんなんだな。

 

 絶対外に出さないように気を付けよう……。

 

『確かに愛する者を護る行動でした。そこは良いのです。しかし、何故あそこまで霊圧を下げたのですか?』

『そらお前、グランドフィッシャーの攻撃をそのまま受けてもかすり傷一つ付かないじゃん』

『わざわざ傷つく理由は?』

 

 ──えぇっと、そのぉ。

 

『一護の成長を促すために決まってるダルォ!?』

 

 なんかオレが急に立ち上がった。

 

 どうしたどうした。

 

『一護は将来、世界を救う英雄になる! そのためには、この時期にグランドフィッシャーによって傷つけられた身近な人の存在が必要不可欠なんだよ!』

 

 ──俺もそう思う! 

 

 とりあえず便乗した。

 

 いや、だってそれは本当にそうだと思うし。

 

『そこまでして彼に英雄となって欲しいのですか』

 

 “天輪”の顔は渋い。

 

 どうやら魂の半身とは言っても、俺の前世の記憶を共有している訳ではなさそうだ。

 その点、俺と混ざったオレはなんか知識として知っているらしい。

 性格も俺から影響を受けたんだから、なんか思考としては『一護とルキアで愉悦したい』ってのに全振りしているようだ。

 可愛そうな苺とルキア……。

 

 ──苺が英雄にならないなんてあり得ない。

 

『そこまで、ですか……。分かりました。しかし、必要以上の怪我を負う必要はないのでは?』

 

 ──俺もそれはそう思う。

 

『では、何故……?』

 

 

 

 

『いや、それはコイツのガバだろ』

 

 

 

 

『は?』

 

 ──うん、なんか霊圧操作ミスったっぽい。

 

『へ?』

 

 ──いやぁ、今後の展開的にグランドフィッシャー倒す訳にもいかないし。

 

『何故?』

 

 ──苺が仇を取るのが大事なんだよ。

 

『……はぁ』

 

 ため息をつかれた。

 すっごい疲れた顔をしている。

 

 なんか、ゴメン……。

 

 

『ユーハバッハの“聖別(アウスヴェーレン)”も問題なく起こったっぽいし、良かった良かった』

 

 

 ん? 

 

 ああ!? 

 

 ──そうだ、“聖別”! おま、それ覚えてたのかよ!? 

 

 真咲さんが死ぬ理由! 

 

 すっかり忘れてたけど、確かユーハバッハのおっさんにエナジードレインされるアレでしょ! 

 フワッとした知識だが仕方ない! 

 

『まあ、正直オマエには関係ないし』

 

 ──いや、あるでしょ!? 真咲さん助けられるかかかってんだから! 

 

『だーかーらぁ、黒崎真咲は助けられないって言ってんじゃん』

 

 ──マジ? 

 

『元が元気だから死ぬまでには時間がかかるだろうけど、いずれ死ぬ。これは“天輪”も言ってた事だ。だから確定事項として考えた方が良いぞ』

 

 そっかぁ……。

 

 まあ、原作通りではあるんだけど、やっぱり少し複雑。

 

『そういえば、浦原喜助が治療の際に“虚が活性化する”と言っていましたが……』

 

 チラリと“天輪”がオレを見る。

 

 え、そうなん? 

 

『いや、別に主殿をどうこうとか考えてないよ? 放っておいても俺の望みを果たしてくれそうだし』

『それはそれで問題なのですが』

『別に全ての人を不幸にしようって訳じゃねーんだ。世界の英雄を作ろうってだけ』

『随分と傲慢な考えですね』

 

 うん、確かに俺もそう思うわ。

 すげぇ今更感あるけど。

 

 あくまでアシスト。

 必要な経験を苺に積ませたら、後はきっと自由にキラキラと輝いてくれる事だろう。

 

 すっげぇ楽しみ。

 

『はぁ……』

 

 なんかまたため息つかれたぁ……。

 

『まあ、こっからは苺が死神になるまで特にやる事もねーし。気楽にのんびり苺とイチャコラしてようぜ』

 

 ──それな! 

 

 

 

 

 

 こんな呑気な考えで、俺が目を覚ましたのはあの事件から一週間くらい経った後だった。

 

 

 

 

 

 

 そして俺がこの時怪我をした理由が、何故かユーハバッハのおっさんのせいにされていると知ったのは、それから数年後の事だ。

 

 

 

 

 

 

 




ウラ・ヨ「ユーハバッハァァァ!!」

ユ「何もしてないんだよなぁ……」


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修行…だと…!?

 六車のおっさんに稽古をつけてもらい始めてから4年が経った。

 

 中二になった俺とたつきは体も出来始めており、今までの特訓のかいもあってかそれなりに良い体格になったと思う。

 まあ、たつきは女だから俺とは違ってガタイが良くなった訳じゃねぇけど。

 

『良いか。那由他を襲ったのは”(ホロウ)”って呼ばれるバケモンだ』

 

 初めて聞いた時は驚いた。

 

 いくら幽霊が見えるって言っても化け物なんて見た事がなかったからだ。

 

『オマエたちにはそのバケモンと戦う術ってやつを教えてやる。厳しくいくからな、覚悟しとけよ』

 

 その言葉通り、六車のおっさんの稽古はすげぇ厳しかった。

 

 空手も習っていたし体術には少し自信があった俺だが、それでもあの人の方が数倍強い。

 何度か挫けそうになるほどだ。

 

 しかし、

 

『那由他は俺より強いぜ?』

 

 嘘だと思った。

 

 あの那由姉がそんなに強いとは思えない。

 

 けれども、あの日。俺を護ってくれたのは、確かに那由姉なのだ。

 だったら俺はグダグダ考えたりせずに体を動かした方が前に進めていると感じられる。

 

 

『虚なんてバケモンが何でオマエたちの前に出ないか知ってるか? ――那由他がオマエたちを護ってっからだ』

 

 

 六車のおっさんのその言葉だけで、俺は稽古についていけた。

 

 

 那由姉がどうしてそんな事出来るのか、とか。

 那由姉はただの看護婦じゃないのか、とか。

 そんな話、俺には一度もしてくれたことがない、とか。

 小さな疑問や不満はたくさんあった。

 

 でも、那由姉は俺たち家族だけじゃなくて、もっとデカイもんを護っていた。

 

 あの細い体で、大切なもんを死ぬ気で護っていた。

 

 そして、俺が弱いせいで死にそうになった。

 

 

 

 ――それが分かれば、俺にとっては十分だった。

 

 

 

 なんでたつきまでそんな我武者羅に強くなろうとしているのかは不思議だったが、

 

『一護より弱いとか、あたしのプライド的に無理』

 

 なんて生意気な口をきくから気にしない事にした。

 

 ただ辛いだけじゃなく目的もあり、そしてライバルとも言える相手がいる。

 師匠はメチャクチャ強くていつまで経っても背中に追いつける気がしない。

 

 でも、だからこそ。俺はひたすらに強くなる事を目指す事が出来た。

 

 その中でも一番難しかったのが、”霊圧”ってやつを感じる事だ。

 

『”虚”ってのは普通の人間には見えねぇバケモンだ。だから、まずは奴らを感じ取れるようになんなきゃ話にならねえ』

 

 そう前置きして六車のおっさんは俺たちに”霊圧”とかいう奴をぶつけてきた。

 言葉通り、()()()()()()んだ。

 

『霊圧は物理的な重さみたいなもんがある。だから、弱ぇ奴が受けたら魂が保てねぇ。初めは小指くらいのやつからいくが、段々大きくしていくぞ』

 

 どうやら、その霊圧とかいうものを体に受ける事で俺たちの中にある才能みたいなもんを呼び覚ますつもりらしい。

 俺は初めから幽霊が見える体質だからか何とかその感覚みたいなもんを掴めてきたが、たつきはかなり大変そうだった。

 

『ワッカンネー!?』

 

 とか息も絶え絶えになって霊圧を受けるたつきに少し優越感を持ったのは流石に話さない方が良いだろう。

 体術は俺よりも強ぇしな。なんで俺より体が小せぇ癖に強いんだよ……。

 

 

「せやっ!」

「うらぁ!」

 

「脇が甘い! もっと腰落として相手の死角を狙え!」

 

 今日も六車のおっさんの稽古でたつきと組手をする。

 

 この人の教えはかなり実践的だった。

 

 型や寸止めが当たり前の空手に対して、どうすれば相手を簡単に無力化できるかに重点が置かれている。

 初めは随分と手間取ったが、最近じゃ慣れたもんだ。

 むしろ、髪色を理由に絡んでくる不良共を怪我させないで倒す方が難しい。

 

 そして、

 

「言ってんだろ! 集中も乱すな! 霊圧がブレてんぞ!」

「「はいっ!」」

 

 俺とたつきの二人は、既に霊圧のコントロールに成功していた。

 

 霊圧の知覚を会得した後は体全体に霊圧を均等に纏う方法を。

 次に、意識的に体の一部だけを強化する方法を学んだ。

 

 これで手足に霊圧を込めて、瞬発力や打撃力、防御力を高める事が出来る。

 

 なんか”瞬歩”とかいう縮地みたいな事も出来るようになったし。

 

『オマエらほんと才能あんなぁ……那由他が目をかける訳だわ』

 

 なんて六車のおっさんが零した言葉に、俺とたつきはキョトンとした後に目を見合わせガッツポーズしたのも懐かしい。

 

 

「今日はオマエらに”コレ”を使ってもらう」

 

 そう言って渡されたのは木刀だった。

 今までは体術が基本だったが、今度は武器の訓練をするらしい。

 相手はバケモンなんだし、そら武器があった方も良いだろう。

 

「これは今までの応用だ」

 

 たつきと共に姿勢を正し、気合を入れる。

 そんな俺たちの様子におっさんはニヤリと笑い、

 

「これまでは体に纏っていた霊圧をそれにもまとめてかけてみろ」

「そんな事できんのか?」

「出来なきゃやれなんて言わねぇよ」

 

 それもそうか。

 

 六車のおっさんの修行は厳しかったが、それでも出来ない事をやれと言われた事はなかった。

 初めは無理だと思って、気付いたら出来るようになっていた。

 

 すげぇ良い師匠だと思う。

 

 だからこれまでもついていけたし、強くなっているという実感も得られた。

 

 正直、このおっさんは何者なんだと思う事は多々ある。

 

 那由姉の古くからの知人、みたいな事を言っていたけど……。昔からウチにいる那由姉がこの人に会った事なんて見た事がないぞ? 

 それに虚なんて化け物との戦い方まで知ってる。

 那由姉もそうだが、武闘派の霊媒師みたいなもんだろうか?

 

 でも那由姉も知っているみたいだったし、あまり深くは考えない事にした。

 

 いつも那由姉が心配そうに様子を見に来てくれるが、俺はもっともっと強くなんなきゃならねぇ。

 

『もう少し大きくなってからでも』

 

 なんて言う那由姉の言葉は、少し罪悪感があるが、無視してきた。

 

 今度は、俺が護るんだ。

 

 護れるように、強くなるんだ。

 

 

 お袋ももう長くないらしい。

 

 

 総合病院に入院しているが、日に日に弱っているのが分かった。

 

『那由他さんとお父さんの言う事をちゃんと聞くのよ。あと、遊子と夏梨の事もよろしくね』

 

 昔とは違う力ない笑みに、俺はぎこちない笑みしか浮かべられていないだろう。

 でも、俺は家族を護りたいのだ。

 

 もうあんな想いは……二度とごめんだ。

 

 

 だけど、まだ俺は──弱い。

 

 

 

 そんな修行に明け暮れていたある日。

 

 

 

 診療時間前のウチの扉を叩く音が聞こえた。

 

 

 

「まだやってないんすけど……」

 

 

「助けて!」

 

 

 

 俺の言葉を遮り悲痛な叫びをあげたのは栗毛色の髪をした女子だった。

 俺と同じくらいの年頃。ただし、随分と華奢というか可愛らしい、たつきとは随分と違う雰囲気の女子。

 

 思わず目をパチクリとさせてしまったが、彼女が背負っている人を見て俺の頭は一気に血の気が引いた。

 

 

「親父!!!」

 

 

 彼女が背負っていたのは、血まみれになった男性だった。

 一目で分かる。

 これでも医者の息子だ。

 

 これは、ヤバイ! 

 

「なんだよ~一護、一人で学校に行くのが寂しいからってパパと学校に行くのは」

「ふざけてる場合じゃねぇ!!」

 

 俺の雰囲気でただ事ではないと察したのだろう。

 

 いつも馬鹿ばかりやっている親父の目つきが変わった。

 

 

 ──その数時間後に、男の人は息を引き取った。

 

 

 男性を背負っていた女子は泣きじゃくり、俺は救えなかった命に歯を食いしばった。

 

 分かっている。俺にはどうしようも出来なかった。

 

 どうやらこの人は交通事故に遭ったらしい。

 そして、この女の子は彼の妹のようだ。

 二人きりの兄妹だと。

 

 4年前の光景が俺の脳裏にフラッシュバックする。

 

 こいつも、あの時の俺みたいに、自分の無力を嘆いているのだろうか。

 それとも、親しい身内が突然傷ついた不幸を呪っているのだろうか。

 

「織姫!?」

 

 男の人が亡くなりしばらくすると、何故かたつきがやってきた。

 

 ああ、なんか一年くらい前から仲が良い女子が出来たって聞いてたけどこの子だったのかよ。

 

 なんで俺の周りには、こんなに理不尽な出来事が多いんだ……。

 

 

 これが、俺と井上織姫との出会いだった。

 

 

 決して良い思い出じゃない。

 

 けれど、何かを命を賭けてでも護りたいと思う気持ち。

 もっと自分が強くなりたいと願う気持ち。

 

 そんなものを共有できてしまったこの経験は、きっと俺たちのこれからの根っこになっていたんだと思う。

 

 

 だからだろう。

 

 俺とたつきの鍛錬を見に来た井上まで、

 

『あ、あたしも! あたしも強くなれますかっ!?』

 

 なんて必死の顔で六車のおっさんに懇願した事に、俺はそれほど驚かなかった。

 

 初めは渋っていたおっさんだが、井上の根気に負けたのか、最低限の護身術だけは教える事にしたようだ。

 

 

 それからは三人での稽古が始まった。

 

 

 たつきと俺は虚を倒せるように霊圧を上げ、それを操る特訓を。

 井上は己の身を護れるように体術を重点的に学んだ。

 

 

 

 

「あれが虚だ」

 

 

 

 

 そして、高校に上がる直前の時期。

 

 

 俺たちはついに実戦へと踏み込んだ。

 流石に井上は連れてきていない。

 才能はあるそうなのだが、どうもまだ霊圧がなんなのか感覚的に理解できていないようだ。

 あいつは護身が基本だったし、別に危ない目に自ら遭う必要もないだろう。

 

 しかし、俺たちは護るために強くなってきた。

 

 今日はそのための踏み絵のようなものだ。

 

 それでも、

 

 

 

 

「Aoooooooooo!!」

 

 

 

 

 今まで、どうして気が付かなかったのか。

 

 こんな化け物が、街中にいたなんて……。

 

 

 白い仮面のようなもので顔を覆い、手足は異様に細長かった。

 体は辛うじて人型をしているが、大きさも雰囲気も全く違う。

 そして、胸には大きな穴のようなものが開いている。

 

 

 完全に、バケモンだった。

 

 

「あ、あんな化け物相手に、あたしたちが勝てる訳……」

 

 俺の隣でたつきが震え始める。

 

 今まで鍛えてきたのは確かだ。

 けれど、本物の化け物の姿と霊圧に、俺たちは完全に怖気づいていた。

 

 

「今のオマエたちなら倒せる。俺が保証してやるよ」

 

 

 おっさんの声が俺の背筋を震わす。

 

 

「オマエたちは、どうして強くなろうとしてきたんだ──?」

 

 

 拳を握る。

 体の震えは止まらない。

 

 それでも、俺とたつきは同時に一歩目を踏み出した。

 

「一護、あんた斬撃飛ばすの得意だったよね」

「おう」

「あれやってよ。その隙にあたしが一発ぶちかます」

「いや、俺が……」

「肉弾戦はあたしの方が強いの知ってるだろ」

 

 反論できないのが悔しい。

 仕方なくたつきの言葉に頷く。

 

 化け物の弱点はおっさんから聞いている。

 

 顔の仮面だ。

 

 そこを狙う! 

 

「いくぞっ!」

「いつでもっ!」

 

 俺が木刀を構えると同時にたつきは走り出し、虚空へと足を広げ羽ばたいた。

 

 俺は六車のおっさんの知り合い――確か浦原さんっつったか?――に教えてもらった気光弾みたいなやつを斬撃に乗せる! 

 

 

いっけぇぇぇぇ! 

 

 

 

──月牙天衝ぉぉぉぉお!!!!

 

 

 

 親父が「これぞ我が家に伝わったであろう伝説の必殺技だ!」とか言っていた技名を叫ぶのは少し、だいぶ、かなり恥ずかしいが! ……こうした方が何故か上手くいくのだ。

 

 ほんと、なんでだろうなぁ……。

 もはや羞恥心は捨てた。

 

 いや、今はビルの屋上にいて人目もないが、流石に人前で叫ぶのは恥ずかしい……。

 

 

 俺の斬撃が空気を裂いて虚へと飛来する。

 

 ただし、威力は距離に比例して減衰していった。

 まだ霊圧の制御が下手くそなせいだ。

 心の中で臍を噛む。

 

 しかし、虚の注意を俺に引き付けられた。

 

 

「Urooooooooo!!!」

 

 

 まるで餌を見つけたかのように喜色の籠った雄叫びが聞こえる。

 

 それだけで十分だった。

 

 

 

「あんたの相手はあたし」

 

 

 

 たつきが瞬歩を使って虚へと背後から迫る。

 

 一般人には視認できない速さだ。

 

 女子中学生が空を駆けるとか、どこの映画だって話だよな。

 つか、俺より速いしコントロール上手いのが悔しい。

 

 

 

 

 

「六車流拳術(けんじゅつ)・流星(あらため)──」

 

 

 

 

 

 たつきが腰だめに拳を構えるのが見えた。

 

 霊圧の暴風があいつの拳に収束していく。

 

 ――ありゃ決まったな。

 

 初めの恐怖などいつの間にか消えていた。

 

 一瞬気を抜きそうになったところでおっさんから霊圧が飛んでくる。

 

 アブネっ!? 

 まだ敵を倒してねぇんだ。戦場で気を抜くのは命取り、だったか。

 こりゃ後で怒られんだろうなぁ……。

 

 内心ではため息をつきながらも俺はたつきのカバーに入るため瞬歩を使いその場を離れる。

 

 まあ、結果から言えば必要は無かったんだけどな。

 

 

 

 

 

龍聖拳(ドラゴン・バスター)ァァァァァアアアア!!!」

 

 

 

 

 

 たつきの拳が虚の仮面を直撃、粉砕。

 

 拳からビーム砲を出してるみたいな馬鹿力。いや、霊圧馬鹿?

 

 とにかく、虚はたつきによって粉々になった。

 

 

 

 ……あと、そんな大声で叫んだら人に見られんぞ? 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 うそ────ん……。

 

 

 

 とある晩。

 

 六車さんから「面白いもんが見れるぞ」なんて悪戯小僧のような笑顔で言われたので外に出てみたら虚を見つけた。

 そこまでは良かった。

 

 

 数年前。

 

 お兄様もあれで俺を始末出来たと思ったのか、倒れた後からは何故か虚の出現頻度も落ち着き、少しのんびりと日常を過ごしていた俺だ。

 

 いや、でもあのヨン様だし……。

 理由は良く分からんがどうせ布石なんじゃろ?(諦め

 

 そして、何故か六車さんに弟子入りした苺に少し焦ったが、「まあまだ死神になった訳じゃないし空手の延長やろ」なんて思っていた俺を殴りたい。

 

 たつきちゃんだけじゃなくて、いつの間にか織姫ちゃんまで修行に加わってるし。

 俺の知らない展開になってきて段々と焦燥が募っていた今日この頃だ。

 

 今日呼び出したのは六車さんで、俺も特に霊圧遮断コートを着ていない。

 突如現れた虚にどうしようか一瞬悩んでしまった。

 

 

 その隙に行われたのが苺とたつきちゃんによる虚の粉砕劇だ。

 

 

 え、なんで? 

 なんで苺が既に月牙天衝を撃ってんの?

 まだ生身の人間だよね? 

 たつきちゃんとか普通に瞬歩してるんだけど? 

 しかも最後の何? 

『六車流拳術』って何ィィィ!? 

 

 いや、知らん知らん、マジで知らん。

 

「どうよ?」

 

 混乱しまくり硬直していた俺の隣に、空から六車さんが降ってきた。

 ついでに浦原さんも降ってくる。

 

「流石だな。アイツら才能の塊だわ。教えてて面白れぇし、どんどん霊圧の扱いも上手くなってる」

 

 六車さんが満足そうに一人頷きながら話し始める。

 

 ちょ、待って。

 俺の脳味噌じゃ現実についていけてないから。

 

「一護は両親があれだし分かるが、たつきは普通の人間の癖に霊圧が結構上がってきてる。席官レベル、いや、下手すりゃ隊長格ぐらいの実力になるぞ」

 

 嘘ぉ!? 

 

 た、確かにどっかで『有沢たつきの才能は隊長格以上!?』なんて考察記事を見た記憶があるけど……。

 それにしたって凄すぎない!? 

 

「黒崎サンは体に死神、虚、滅却師の力が宿っているのは確かです。それが開花するかと思っていたんスけど」

「何か()()()()が力を貸すのを渋ってるな。虚との戦いが切っ掛けになりゃいいんだがよ」

「そうッスねぇ」

 

 おぉーい。

 俺を置いて話を進めないでくれ。

 

 渋ってるのは斬月のおっさんだろうけど、じゃあ今使えてる力は虚の方? マジで? 

 

 いや、でもあの霊圧は……。

 

「今死神の力を使えてんのは真咲から引き継いだ那由他の力のミソッカスだろうな」

 

 

 

 

 あぁ~ん、俺のせいじゃんっ☆

 

 

 

 

 じゃあ、たつきちゃんは? 

 

「たつきさんの力は純粋に彼女の才能ですね。凄いものッス」

 

 マジかー……。

 

 何でか知らんが開花しちゃってんのかぁ。

 原作だと普通の女子高生だったはずなんだけどなぁ……。

 

 思わず遠い目をしてしまう。

 

 これから俺、どうすれば良いん? 

 

「なんか不満そうな顔だな」

「元からです」

「そうケチケチすんなよ。どうせオマエも一護を鍛えるつもりだったんだろ?」

 

 SS編入るくらいにな! 

 

 死神になってもない内からこんなに強くする気はなかったよ! 

 

「心配なのは分かるッスけど、男の子に対してあんまり過保護は逆効果ッスよ? 最近少し反抗期気味みたいじゃないッスか」

 

 痛いところを突きおる……。

 

 そうなのだ。

 苺を構い倒しているのは昔から変わらないのだが、中学生になったあたりから恥ずかしいのか抱き着かせてくれない。

 あーんもさせてくれない。

 一緒にお風呂も入ってくれない。

 一緒の布団で寝てくれない。

 

 遊子ちゃんは優しいから一緒に色々してくれるのだが、どちらかと言えばお兄ちゃんに甘えたい様子。

 夏梨ちゃんも反抗期まっしぐらだ。

 

 お母さんは悲しいですっ! 

 

 誰もお母さんと呼んでくれないのは当たり前だが。

 お母さんは真咲さん一人だよね。それで良いんだよ。

 ただ少し俺が寂しいだけ。

 

 そんな愚痴を日々真咲さん相手にしていた。

 

「あらあら」なんて微笑まし気に頭を撫でられるのはバブ味が凄かった。

 俺の方がすっごい年上なんだけどなぁ。

 

 そんな真咲さんも今では寝たきりだ。

 

 もう自分の力で体を起こす事も出来ないし、日中でも殆どは寝て過ごしている。

 竜弦さんからも長くないと言われた。

 

 叶絵さんが倒れてから三か月で亡くなったのに対して、流石の生命力だろうか。

 

 竜弦さんも奥さんが亡くなってるのに、献身的に真咲さんの状態を見てくれている。

 そのせいか、だいぶ雨竜くんとのコミュニケーションが不足しているようだ。

 元々不器用そうだからあまり変わらなかったとは思うが……。

 

 そんな暗くなりがちな一団を明るく盛り上げてくれるのが我らが一心さん。

 

 彼には日々お世話になって助けられている。

 本当に良いお父さんだよ。

 

 真咲さんのいない黒崎家の家事全般は俺がナースとの兼業でこなしているし、一心さんも凄いありがたがってくれている。

 まあ、お互い様ってやつですかね。

 

 

 そんな感じで比較的平穏に最近は過ごせていると思っていたのにぃ……。

 

 

 少し先のビルに着地した苺とたつきちゃんがハイタッチしている。

 ハイテンションだ。

 そりゃ大虚ではないただの虚だし言葉すら喋れないレベルの相手だけれども、それでも相手は虚なのだ。

 人生で初めてきちんと対峙した明確な敵だっただろう。

 

 それを自分たちだけで退ける事が出来たのだ。

 

 俺の困惑は置いておいて、嬉しいに決まっている。

 

 俺は軽くため息を吐いた。

 珍しい事にきちんと吐けた。

 

 よっぽど心労がこの一晩で溜まったらしい。

 

 本当にここからどうしようかしら……。

 

 

「そして、報告です」

 

 

 浦原さんの言葉で顔を振り向く。

 

「今度、護廷から新しい現地駐在隊士が派遣されるそうッス」

「誰だ?」

 

 

 

「十三番隊所属──朽木ルキア

 

 

 

「知らねぇな」

 

 一人ゴチた六車さんをスルーして、浦原さんは俺を見つめてくる。

 

 このタイミングで来るかー。

 いや、確かに時期的にはこのくらいなのかもしれない。

 もう少しで一護たちも高校生だ。

 

 もう、そんなに経ったのか……。

 

「今まではアタシたちとも関係の薄い人たちばかりでしたが、今回は那由他サンを特に慕っていた死神です。恐らく──藍染サンの差し金でしょう」

 

 六車さんの霊圧で空気がピリッと静電気のように跳ねた。

 

「アタシはどうせ嫌われてるでしょうからねぇ。一心サンの時の二の舞はゴメンッスよ?」

「私も」

「いえ、これは那由他サンが対応するべきッスね」

 

 俺も浦原さんと同じように身を隠すつもりだったが機先を制された。

 

「藍染サンは確実に朽木サンを使って黒崎サンに接触するつもりです。その際のお目付け役、と言っては何ですが、それは那由他サンが適任でしょう。藍染サンも那由他サン本人が彼らの側にいると流石に手を出し辛いはずです」

 

 まあ、死んだと思ったら生きてたんだからな。

 警戒はするだろう。

 

 でも、それって俺が矢面に立つって事でしょう? 

 人使い荒いなぁ浦原さん……。

 

 あと、ルキアが攫われる瞬間とかどうしよう。

 

 流石に恋次とか白哉と顔を合わせるのは不味い気がするんじゃが。

 

 

 遠くで未だ無邪気にはしゃいでいる二人へ視線を移す。

 

 

 これから本格的に原作が始まるってのに、すでに原作が崩壊してるんだよなぁ。

 

 

 とりあえずは、苺が死神になるまでは様子見。

 

 

 その後は──臨機応変に対応しよう。

 

 

 うん、詳細は未来の俺に丸投げである。

 

 

「分かりました」

「お願いしますね、那由他サン」

 

 胡散臭い笑みを見せる駄菓子屋店主。

 

 俺はため息をもう一度吐こうとしたが、今度は出てくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一護。

 

 

 これから君の物語が始まるよ。

 

 

 俺は側で見てるから。

 

 

 君の雄姿を、この目と心に焼き付けるから。

 

 

 だから、君は君の望む世界を目指して突き進んでくれ。

 

 

 恐らく俺は今度こそお兄様に殺されるだろう。

 

 

 どのタイミングかは分からない。

 

 

 けれども、それでも君は止まる事はないだろうね。

 

 

 

「私は、貴方の行く末を見守りますよ、一護」

 

 

 

 

 

 

 

 ――君が絶望に抗い煌めく姿を、俺は何よりも心待ちにしているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




第一部・完っ!

次話から原作展開入りまーす
ただし、那由他のガバがどこまで影響するかは作者もよく分かってない模様
いや、ちゃんとプロットはあるんですけどね?
きっと想定外が起こる(確信


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第二章 原作開始・SS編
出会い…だと…!?


──空座町──

 

 

「この辺りか……」

 

 

 私──朽木ルキアは現世駐在隊士となった。

 

 ここに来るまでにどれだけの努力を行い、どれだけの苦痛に苛まれた事か。

 

 20年ほど前のあの日。

 私たちは大切な人を失った。

 

 しかし、それでもあの人は立ち止まらなかった。

 

 尸魂界を追われた身でありながら、現世の人々を救い続けている。

 直接この目で見た訳ではない。

 それでも、現世から届く報告を見ればあの人の善行である事が伺える。

 

 あの人は、那由他隊長はきっと変わっておられないのだろう。

 

 

 そして、数か月前のことだ。

 

 

『浮竹隊長! 私を、私を現世へ向かわせてください! 確かに、私は席官ですらないです。しかし、この二十年間を無為に過ごしてきたわけではありません!』

『……分かっているさ』

 

 前から打診していた現世への派遣。

 本来は隊の中でも下位の仕事であるのだが、とある場所ではその常識が通用しない。

 

『“空座町(からくらちょう)”。その特異性は朽木も分かっているだろう』

 

 浮竹隊長の重い声が響く。

 

 那由他隊長……那由他殿が追放されてから爆発的にその危険度と重要性が変化した地域、“空座町”。

 もはや席官でも上位の者が向かわなければ対処する事すら難しいほどの強力な虚がごまんと出る特異地だ。

 

『相変わらず、那由他の霊圧は確認できていない。確かに一番いそうな場所ではあるが……それは同時に那由他が狙われているという事だ』

『ですからっ!』

 

 だから私が行きたいのだ! 

 

 那由他殿を狙い虚を操る事が出来そうな奴など決まっている。

 

 

『私が必ずや、浦原喜助を討ちます!!』

 

 

 あいつのせいだ! 

 あいつのせいで……!! 

 

『無理だ』

 

 しかし、浮竹隊長は私の意見を一刀両断する。

 

『あいつはあれで元十二番隊の隊長だった。朽木の実力では返り討ちが関の山だろう』

 

 その通りなのだろう。

 だから、私は遮二無二な修練に励んだ。

 

 私だけではない。

 

 世話になった者みなが同じ想いを抱いて今まで生きてきた。

 

 三番隊の吉良副隊長。

 六番隊の兄様や恋次。

 五番隊の雛森副隊長。

 九番隊の檜佐木副隊長。

 十番隊の日番谷隊長と松本副隊長。

 

 特に、二番隊の砕蜂隊長や狛村隊長、射場副隊長を始めとした七番隊の人々の執念が凄い。

 狛村隊長は「いつか必ず! 憎き浦原喜助を討ち、隊長を連れ戻す!!」と口癖のように言っている。

 今では狛村隊長が七番隊の隊長なのだが、あの方は頑として七番隊の隊長は那由他殿だと聞かないのだ。

 

 分かっている。

 

 中央四十六室よりも上の王族特務案件で処分された那由他殿が、尸魂界へ帰ってくる事など不可能だと言う事は。

 

 皆が分かっている。

 

 では、この怒りは、切なさは、悲しみは、寂しさは。

 一体どこに向かえば良いのだろうか? 

 

 ただ、那由他殿の兄君である藍染隊長はあの日からでも変わらない。

 

 初めは随分と薄情な人だと思っていたが、雛森副隊長から話を聞き私は己の過ちを知った。

 

『藍染隊長は、以前にも増して仕事に取り組んでおられます。あまり夜も寝られていないようで……何と声をかけたら良いか』

 

 藍染隊長は隊長としての務めを果たし、覆せぬ理不尽に抗っていただけだった。

 己の目の節穴具合にはほとほと呆れる。

 

 

 それでも、私がこの時期に“空座町”へ向かいたい理由はあった。

 

 

『空座町にて、()()()()()那由他殿の霊圧が探知されたと噂になっております』

 

 

『人の口に戸は立てられぬ……かな』

『やはり!』

『ああ、そうだ』

 

 観念したのか、浮竹隊長は口を開き説明してくれた。

 

 本当に微弱──護廷の平隊士程度──な霊圧が十二番隊にて観測された事。

 那由他殿の霊圧に酷似していたが、不安定すぎて確証が持てない事。

 その時には、産まれたばかりの貧弱な虚の気配もあったが、そちらは一瞬で消えた事。

 

 そして、その他に未確認の霊圧が一つ感知された事。

 

『状況から判断して、恐らくは虚退治に出た那由他に第三者が介入。抗戦を避けた那由他が即撤退……というのが上の見方だ』

『那由他殿は、いつも霊圧を感じさせない徹底した隠密行動をしていたはずです。それが今回に限って微弱とは言え瀞霊廷に探知されたというのは……!』

『不意打ちで一発もらった……しかも浦原喜助の可能性があるな』

『ならばっ!!』

 

『……朽木みたいな奴が何人いるか知っているか?』

 

 私は口を噤む他になかった。

 

 平隊士である私が知っているくらいだ。

 皆がこの情報に飛びつき空座町行きを志願するのは目に見えている。

 

『今回の件は隊首会で審議した上で対応を検討する』

 

 浮竹隊長はそう言って、ゆっくりと部屋から出て行った。

 

 皆が願っている。

 あの人の無事を。

 あの人の帰還を。

 

 

 そして──浦原喜助の抹殺を。

 

 

 

「いかん……いかんな」

 

 私は思考を現在に戻し、思わず首を数度横に振る。

 

 例え殺したいほどに恨んでいようと、今の私の任務は現世の虚退治だ。

 表向きとはいえ仕事は仕事。疎かにして良い理由にはならない。

 

 隊首会で派遣者が私に決まったのは驚いたものだが、同時に私が認められたようで誇らしかった。

 

 ただ、恋次が悔しがるのは分かるが、砕蜂隊長がやたら敵視してくるのだけはどうにかして欲しい……。

 

 私は皆の期待と想いを背負ってここにいる。

 絶対に見つけてみせる。必ずだ。

 

 待っていろ、浦原喜助──! 

 

「強い魄動を感じる……が、何か不自然だな」

 

 私は瞬歩で夜の街の上空を渡りながら、虚の気配を辿っていく。

 

 虚は失った心を求め人を、霊的濃度の高い人物や“整”を襲う。

 だからその痕跡を辿ればある程度の出現場所は予測がつくのだが……。

 

 感覚的に私の霊圧探知が何か阻害を受けている印象を受ける。

 

 もしや、浦原喜助か……? 

 

 私は踏み込む足元に力を入れた。

 

 そして、一軒の家に入る。

 

 私は死神だ。人間などには見えない。

 傍から見たら不法侵入になるだろうが、見えない相手を不審者などという輩はいないだろう。

 気にするだけ無駄だ。

 

「近い……!」

 

 

 

「近い……! じゃあるかボケェ!!」

 

 

 

「!!??」

 

 私は唐突に背後から蹴りをくらう。

 な、何事!? 

 

「随分と堂々とした泥棒じゃねぇか、あぁ!?」

 

 驚き振り向いた先には派手な橙色の髪を持った男がこちらを指さし咆えている。

 

 え、見えている? 

 そんな馬鹿な。

 

「うるせぇぞ、一護ぉ!!」

 

 予想外の出来事にポカンと間抜け面を晒していた私に追い打ちをかけるように、また今度は別の男性が部屋に入ってきて男を膝蹴りする。

 

 な、何なんだ、一体……って!? 

 

 

 

「し、ししし志波隊長ぉぉぉぉぉ!!??」

 

 

 

 そこには、那由他殿とほぼ同時期に消息を絶った志波一心元十番隊隊長の姿があった。

 

 それほど親しい関係性ではなかったものの、那由他殿を通して面識くらいはある人物だ。

 那由他殿が追放された後は私の事を気にかけてもくれていた人物である。

 少々記憶よりも年を重ねているが、私が見間違うはずもない。

 

「志波……? こいつは俺の親父で黒崎だぞ? ってんな事はどうでも良い! おい親父、この家のセキュリティはどうなってんだ!?」

 

 男は私をもう一度指さしながら志波隊長に怒鳴りかける。

 

 親父? 

 

 父親? 

 

 こ、この男!? 一心殿の息子殿かぁ!? 

 

 え、え、え!? 

 

 一心殿に息子!? 

 

 現世で!? 

 

 死神が人間とこづ、くり……!? 

 

 前代未聞すぎて脳の処理が追い付かない。

 

「ん? 見ろって……何を見るんだ?」

「あ? 何ってこのサムライみたいな姿の──ん? そういやお前、なんか霊圧持ってんな」

「サムライ……霊圧……。あーお父さん、用事思い出しちゃったー!」

「「は?」」

 

 一心殿は焦ったように下手な棒読みで息子殿の部屋から出て行く。

 

「ちょ、ちょっと!? 一心殿!? 説明、説明をして頂こうか!?」

「親父には見えねぇよ。お前、幽霊だろ? 親父にはそういう奴は見えねぇから」

「何……?」

 

 息子がいるという事は一心殿は義骸に入っているのだろう。

 一体どこで手に入れたのかは分からないが、失踪する前に十二番隊から勝手に拝借でもしたのかもしれない。

 しかし、元護廷の隊長だぞ? 

 いくら義骸に入っているとはいえ、私の姿を認識できないとも思えない。

 

 一体、何が起こっている……。

 

 

「私は幽霊ではない。──死神だ」

 

 

 ここは情報収集した方が良い。

 私はそう判断し、何やら事情を知っていそうなこの男──黒崎一護に話をする事に決めた。

 

 

 

 

「なるほど。アンタは死神で、その“尸魂界(ソウル・ソサエティ)”ってところから虚を退治しに来てるってワケか」

「うむ」

「分かった」

 

 存外に理解が早かった。

 

 いや、これはある程度の情報を知っている者の反応だ。

 先ほど私を見て“霊圧”という言葉を漏らしていた事からも判断できる。

 

 そして、この知識をどこから得たかが問題だ。

 

 一心殿と一護の会話からは一心殿が説明したとは思えない。

 現世の隊士が話したならば報告が上がっているはずだ。

 

 

 であれば、浦原喜助に聞いたか、那由他殿に聞いたか。

 

 

 この二つが有力な候補だ。

 

 相手は一心殿の息子。浦原喜助との関わりがあるとは思えない。

 まずは那由他殿について探りを入れてみるのが得策か。

 

「今度はこちらが聞きたい」

「おう」

「藍染那由他、という名に聞き覚えは?」

「あん?」

 

 途端、一護の視線が厳しくなった。

 

 これは、当たりか! 

 

 私は思わず嬉しくなってしまう。

 あの方の知り合いにこうも早く会えるとは。幸先が良い。

 

「お前」

「朽木ルキアだ」

「あぁ、じゃあ朽木」

「ルキアで構わん」

「だぁあ! ルキア! てめぇ、あの人に何の用がある!?」

 

 短気な奴だ。

 騒々しい。

 

「先ほども言ったはずだ。今度はこちらが聞きたいと。質問には答えてもらおう」

 

 ここでみすみす重要な情報を逃す気はない。

 何が何でも喋ってもらうぞ、黒崎一護! 

 

 

「……俺の、お袋みたいな人だ」

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

「何度も言わせんな……」

 

 どこか照れた様子で頬を掻き視線を背ける一護の様子に、私は再び間抜けな反応しか出来なかった。

 

 

 

 お袋? 

 

 母? 

 

 

 

 

 

 は、はははははは母親ぁぁぁぁぁぁぁああああ!!??

 

 

 

 

 

 な、那由他殿が母親!? 

 

 と言う事は……那由他殿と一心殿が……? 

 

 マ、マズイ……私が砕蜂隊長に殺されてしまう……。

 

 これは絶対に口外しない方が、いやしかし、尸魂界へと帰れば報告しない訳にもぉ。

 そうか、那由他殿も義骸に入っていたから霊圧を見つけられなかったのか。

 義骸とは言え尸魂界の技術の粋を集めて創ったものだ。

 義骸同士でも致せば子供が出来るのだろう。

 

 知らなかったなー……。

 

 

 わ、私はどうすれば良いのだぁ!? 

 

 

「何一人で百面相してんだ?」

「するわ!?」

「おぉう!?」

 

 仰け反っている阿呆など気にしている場合ではないぞ! 

 本当にどうする! いや、分かってはいるのだ。報告する他ないと。

 いや、しかし……!? 

 

「そうだ、那由他殿!」

「あん?」

「那由他殿はどこにいる!?」

「あの人なら今日は用事があって出掛けるって……」

 

「「!?」」

 

 その時、恐らくは一護と同時に察知した。

 

 すぐ近くに虚の気配。

 

 こいつ、本当に霊圧の制御に成功してるのか。

 死神でもないただの人間が。

 

 ただ、両親が那由他殿と一心殿という事なら納得である。

 

 あの二人は元とは言え隊長格。

 ならば息子にその才能が受け継がれていても不思議ではない。

 

 いくら那由他殿が側にいると言っても、私は現世駐在隊士。

 私が対処するのが本来の筋だ。ここで動かぬ道理はない。

 

「貴様はここでじっとしておれ!」

「断る!」

「邪魔だと言うのが分からんのか!」

「へっ! この程度の奴なら俺一人でだって片付けられるんだよ!」

 

 明らかに調子に乗っている。

 

 言葉の節々に感じる自信から、どうやら一護は何度か虚を退治した経験があるようだ。

 なるほど。十二番隊が察知した“那由他殿に酷似した微弱な霊圧”というのはこやつのか。

 

 しかし、

 

「縛道の一! “塞”!!」

 

「──!?」

 

 まるでなっていない。

 

「て、てめぇ、何しやがった!」

「どうやら鬼道については教えてもらっていないようだな」

「鬼道……?」

「死神にしか使えぬ高尚な呪術だ。貴様は大人しくそこで転がっているが良い」

「くっそ!」

 

 ばたばたともがいているが、鬼道はその構築を読み取り構成を理解した上で相反する霊力を注ぎ込まなければ解除できない。

 如何に才能があろうとも鬼道の“き”の字も知らぬ若造に破れるような代物だとは思わぬ事だな。

 

「きゃぁっ!?」

 

「遊子の声だ……!」

 

 一護が私よりも素早く反応する。

 恐らく家族の一人なのだろう。

 このままでは不味い、早く虚を仕留めに行かなければ! 

 

「な、バカ! これを早く解け!」

 

 私はあやつの怒声を無視して扉を開ける。

 瞬間、虚の霊圧が私を襲った。

 

 昔の私だったら気後れするほどのものだ。

 

 しかし、今ならば問題ない。

 ただ、これほどの霊圧に気付くのが遅れたのが不可解だった。

 

 この霊圧の虚を「一人で片付けられる」と豪語していたな……。

 

 確かに、あやつの霊圧は高い。

 普段は抑えていたようだが、私の縛道を抜けようとした瞬間の霊圧は驚嘆に値するものだった。

 先ほどは「自力で解除するなど不可能」というような事を言ったが、あれでは保って数十秒だろう。

 

 流石、那由他殿のお子という事だろうか。

 無意識に口元が弧を描いてしまう。

 

 いや、いかん。

 

 まずは目の前の虚だ。

 

 急いで二階から一階へと移動。

 そこでは道路に面する壁に大きな穴が開き、一心殿と一人の少女が背から血を流している惨状が広がっていた。

 

 あの一心殿が不覚を!? 

 

 ちっ、どうやら霊圧制御の得意な虚だったか。

 油断できない。一護を置いてきてよかった。

 

 しかし、そのような虚相手に私がすぐに片を付けるというのも難しいか……。

 

 何を弱気になっている! 

 

 ここはあの那由他殿のご家族が住んでいる家! 

 

 

 私が必ずや護ってみせる!! 

 

 

 視線を穴の奥に向ける。

 そこでは、一人の少女が虚の手に捕まっていた。

 見る限り一護の妹君だろう。

 苦しそうに呻いている姿だった。

 

 ゆっくりと虚がこちらへと顔を振る。

 

 随分と余裕だな! 

 

 一足で虚の間合いへと入った私は斬魄刀を抜き放ち少女を掴んでいる腕を切り裂いた。

 

「Aaaaaaaaa!?」

 

 虚の悲鳴が鼓膜を震わす。

 

 くそ、切り落とすつもりであったが予想以上に硬い! 

 

 それでも虚は掴んでいた少女を手から離す。

 

「遊子!!」

 

 そこへ一護が滑り込むように入り込み、地面にぶつかる前の少女──遊子というらしい──を受け止めた。

 

 やはり大した時間稼ぎは出来なかったか……!

 

「てんめぇぇぇぇええええ!!」

「な、馬鹿者!?」

 

 家族を傷つけられ怒りが頂点に達したのだろう。

 一護は妹を優しく道路脇に横たえると、今まで抑えていたのか信じられないほどの膨大な霊圧を撒き散らし虚へと吶喊していった。

 

 死神の強さとは霊圧に直結する。

 

 これほどの霊圧を既に持っている一護ならば、問題なく打倒する事が出来るだろう。

 

 

 ──普段と同じであれば。

 

 

 あやつの手には何もない。

 当たり前だ。

 死神でもないただの人間が斬魄刀など持っている訳がない。

 

 つまり、怒りに身を任せた単なる特攻だ。

 

 霊圧を身にまとい、拳に特に霊圧を固めている様子から殴り掛かるようだが、

 

 

 

「後ろだ!」

 

 

 

「!?」

 

 

 

 虚が、()()()()()()事に気付いていない!! 

 

 

 

 その時の行動は咄嗟のものだった。

 

 後になって考えれば、私がもう一体の相手をすれば良かっただけの事。

 

 しかし、体が勝手に動いたのだ。

 

 

 那由他殿の背を追いかけ、その姿に憧れた。

 

 大きな不利を抱きながらも、誰もが認める実力と死神としての在り方を見せていた。

 

 あの人は()()()のだ。

 

 その背で人を護る、という事を。

 

 

 

「あああぁぁぁぁぁあああ!!」

 

「お前!?」

 

 気付いたら、私は一護の背後から迫る一撃を、体でもって受け止めていた。

 

 馬鹿か、私は。

 

 噛みつかれた肩口に激痛が走る。

 一応だが構えていた斬魄刀で虚の口元を切り裂く。

 悲鳴を上げて虚は口を離し後ずさった。

 

「そのケガじゃ無理だ、お前は下がってろ!」

「どの口が言うか……貴様の短慮が招いた事だろうに……」

「……すまねぇ」

 

 一護は虚から目を離さずも、一度私を抱えて距離を取った。

 

 ようやく冷静になったようだな。

 怪我を負った甲斐があるというものだ。

 

 しかし、

 

「下がるのは貴様だ、一護」

「な、馬鹿言ってんじゃ」

「馬鹿を言っているのは貴様だ」

「なっ」

「いいか、よく聞け」

 

 死神とは何か。

 

 人を護るのだ。

 

 魂魄の調停者としての役目が重要なのは分かっている。

 

 では、何故その魂魄を護るのか。

 

 魂魄とは何か。

 

 

 

 ──“人”だ。

 

 

 

 護廷とは、この世を、ひいては人を護る組織である。

 

 人がいなければ世は成り立たぬ。

 

 それを言葉ではなく行動で教えてくれたのが、那由他殿だ。

 

「私は死神だ。貴様ら人間の中では、死神は“死”を運ぶそうだな。だが、死神とは“死を齎す者”ではない」

 

 一護の息をのむ雰囲気が伝わった。

 私の拙い言葉で、どれほどのものが伝わるかは分からない。

 それでも、今ここで一護に任せて見物するような奴が、“死神”を語る訳にはいかない。

 

 

 

 

「死神とは、

 

――“人の魂を守護する者”だ!!」

 

 

 

 

 足に力を入れる。

 上手く入らない。

 ガクガクと揺れる。

 くそっ。

 私はこんなところで、倒れる訳にはいかないのだ。

 

「悪かった」

 

 耳に一護の声が届く。

 驚くほど静かな声だった。

 

「お前も、護る事に誇りを持ってたんだな」

 

 何に共感したのかは分からない。

 けれども、一護にとって“護る”とは特別な意味を持つ言葉だったのだろう。

 

「だったら、お前の力を貸してくれ」

 

 一護は私と背中合わせに立つ。

 

「俺には一人相棒みたいな奴がいる。でも、そいつは護るっつうか、“プライド”みたいなモンを抱えて戦う奴だ」

 

 それが誰なのかは知らない。

 ああ、もしかしたら“未確認の霊圧”と聞いていた人物なのだろうか。

 そうか、あれは浦原喜助ではないのか。

 それを聞いて少し安心してしまった。

 

「俺はあんたの想いを受け止める。無碍にはしねえ。馬鹿にもしねえ――だから、この場だけは俺に任せろ」

 

 その言葉が、どれほど私の胸を打ったか。

 どれほどの美辞麗句を並べようとも伝えられる自信はない。

 

 それほど、私は嬉しかったのだ。

 

 

 那由他殿の息子に、私は認められたのだ。

 

 

 

「ならば、私の力を与える」

 

 

 

「何?」

「貴様の霊圧は大したものだ。しかし、その扱いはどこか不自然に感じる。恐らく、死神としての力を理解できていないからだ」

「死神なんて存在もさっき知ったからな」

 

「だから、私の力を預ける」

 

 私の覚悟を悟ったのだろう。

 虚と対峙してから、一護は初めて私の方を向いた。

 

「貴様の両親は偉大な死神だ。その力を貴様が受け継いでいるのは、その霊圧を見れば分かる。であれば、私の力を渡す事で、貴様はきっと死神となれる」

 

 虚は動かない。

 まるでこちらを待っているようだ。

 不自然ではある。

 しかし、わざわざこちらから仕掛ける必要もない。

 

 

「貴様に、死神としての責を背負う覚悟はあるか」

 

 

「貴様じゃねぇ。──黒崎一護だ」

 

「お前ではない。──朽木ルキアだ」

 

 

「へっ、ルキア。覚悟があるかだって? んなもん決まってんだろ」

 

 私は斬魄刀の切っ先を一護の胸元へと軽く添える。

 一護は私の意図を察したのか、不敵な笑みを浮かべたまま、その抜き身の刀身を右手で握った。

 

 

 

 

 

 

「そんな覚悟──6年前にはもうしてんだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 その日、新たな死神が誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

 




書いてて気づいた。
私は展開速度が遅い(今更

でもチャン一とルキアの出会いはファンとして描きたかったんじゃぁ……


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日常…だと…!?

「これで歯車が回り始めた──って感じッスか?」

 

 

 一護とルキアの邂逅に胸を熱くしていた俺。

 

 少し離れたところから観察していたが、無事ルキアの力が一護に渡って本当に安心した。

 一護が予想以上に強くなってたから、かなり心配だったんだよね。

 

 いやぁ、良かった良かった! 

 

 なんてホッと一息ついた時だった。

 

 俺の側に帽子と下駄を履いた胡散臭い人が舞い降りる。

 なんかもうこの「お見通しですよ」って感じの雰囲気が胡散臭い。

 逆に凄いと思う。

 

 視線を少しだけ浦原さんの方へと向けるも、すぐ俺は視界の中心に一護の姿を収める。

 

 黒い死覇装(しはくしょう)

 肩に背負った斬馬刀が如き巨大な斬魄刀。

 ルキアは力を失ったのか、驚いた顔でその場にへたり込んでいる。 

 

「どうやら朽木サンの霊力を根こそぎ持ってったようッスね。たぶん、黒崎サンの想いに朽木サンが呼応しちゃったんでしょう。死神の力の譲渡は前例が殆どないですし、結構調整が難しいんスよ」

 

 へー、そうなんだ。

 なんか適当言ってる気がするが、まだこの時点だと崩玉の真の力みたいなものは誰も分かってなかっただろうし。

 メタスタ君事件でルキアがしっかり絶望していたって事かな?

 

 まあ、浦原さんの考えが妥当なラインなんだろう。

 よく知らんが。

 

「一番濃厚な線は“那由他サンが望んだから”ですが」

 

 ん? 

 何で? 

 

 俺が望んだら上手くいったんか。んな馬鹿な。

 

 浦原さんの頓智は俺には理解できんので謎かけはやめましょ? 

 

「まあ、これで黒崎サンは死神の力を覚醒させる事に成功しましたね!」

 

 ヘラヘラとした笑みで俺に声をかける浦原さん。

 やっぱり苺が特別ってもう気付いているのか。さす浦。

 

 まあ、真咲さんと一心さんの息子だしね。

 

 実際、鰤で出てきた技の全てを苺は行使できる才能を持っているわけだし。

 流石主人公、公式チートだね。

 そんなところも好き! 

 

 浦原さんの言葉をBGMに、俺の眼下では苺の無双劇が始まっていた。

 

 原作と違って虚が二体出た事には驚いたが……もしかしてお兄様?

 

 何か分からない事があったら大体はヨン様のせいやろ。もしくは浦原さん。(思考放棄

 

 しかし、元々の素質に加え、六車さんの稽古を6年も受けていたのだ。

 基礎は出来ている。

 既に相当強い。

 

 多分……護廷の副隊長くらいならもう倒せるんじゃ……? 

 

 霊圧だけなら隊長格と普通に渡り合えそうである。

 え、恋次大丈夫かなぁ。白哉も頑張れ!

 

 だだだ大丈夫! 今の苺は瞬歩もどきは出来ても鬼道とか全く知らんから!

 俺は白哉の“白雷”で鎖結と魄睡を打ち抜かれる苺の絶望顔に期待しているよ!

 死神の力の根本を破壊された後、その力を復活するための修行には俺も全力で付き合うつもりだったし。

 

 脳内でそんな風にこれからの展開に一人でキャッキャしている内に、苺はあっさりと二体の虚を蹂躙し一瞬で戦闘は終了した。

 

 

 さて、ここからどうすっかなぁ。

 

 

 まずは浦原さんに義骸を用意してもらうか。

 今後も諸々の備品は全て頼る事になる訳だし。

 原作通りルキアには浦原さんを頼ってもらうのが良さそうだ。

 

 でも、原作のルキアって何か初めっから浦原さんの事を知ってたっぽいんだよねぇ。

 

 尸魂界からの逃亡生活をしていたはずの浦原さんとどうやって知り合ったんだろ。不思議。

 

「とりあえず、義骸は用意しときましたよ」

 

 準備が良いなー。

 予測してましたってか? 

 胡散臭さに磨きがかかってますね。

 

「ルキアが義骸を受け取りに行くはずです」

「いや、それはないッスね」

 

 速攻で否定された。

 

 え、だって原作の雰囲気だとそんな感じじゃなかった? 

 

「アタシッスよ? 尸魂界から大罪人として追われてるんスよ? 朽木サンがアタシの所在を知ってる訳ないじゃないッスかー。見つかってたら打ち首獄門ッスよ」

 

 いや、確かにそうだとは思うんじゃが……。

 

 ああ、閃いた。

 

 人間に死神の力を譲渡した時点で既に魂魄法における重罪。

 一護と別れた後で困っていたルキアに手を差し伸べたのが浦原さんって寸法だったのかな!

 この時点でルキアは既に尸魂界からは行方不明扱いだし。

 雨竜くんが撒き餌で大量の虚を呼び出すまで、そいぽん率いる隠密機動に見つかってないのも浦原さん頼みで行方をくらませてたんでしょ。さす浦。

 

 ……どうしよ。

 

「言ったッスよ。那由他サンにお任せって」

 

 思考を読んだ上に語尾に音符でも付けてそうな声色はやめい。

 でも、どこかのタイミングで浦原さんとは知り合う訳だし、早い方が良くない? 

 

「一緒に行きましょう」

「やめましょ?」

 

 結構必死な懇願になってきた。

 

「一心サンみたいに斬りかかられるのはホント勘弁なんですよ~!」

 

 別にそこまで恨まれてはないと思うけど。

 一心さんの時は真咲さんが虚化するタイミングが被ったからだし。

 

 あれ、でも一心さんが登場した時はまだしてなかった気が……。ま、いっか。

 

「分かりました」

「助かります!」

 

 本気で感謝された。

 

 ぜってぇその内紹介すっからな! 

 待っとけよ! 

 

 では、とりあえずルキアの回収と、その後に苺に説明かなぁ。

 一心さんとも顔合わせてるっぽいけど、原作だと何故かスルーだったし俺も余計な事は言わない方が良いんかな。

 

 なるようにな~れ♪ 

 

 という訳で、俺は霊圧遮断コートを羽織った後に霊子変換装置を使い死覇装姿へと変わる。

 最近ではもう義骸との結びつきが強すぎて簡単に着脱できないんだよねぇ。

 この姿だと義骸本来の霊圧抑制も働くから大した力は出せないのだが、まあ、義骸をそこら辺に放置する訳にもいかんし。

 便利な道具を開発してくれた浦原さんに感謝である。

 

 ピョンと飛び降りる形で空中へと踊りだし、瞬歩を使ってルキアたちの元へ。

 

「え? 今すぐ行くんですか……?」

 

 なんて浦原さんの困惑の声を背に、俺は思考停止して苺たちの元へ飛んで行った。

 

 

 

「な……那由他殿ぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

 俺が姿を現した後、一瞬の静寂が場を支配する。

 そして、いの一番に俺へと飛び込んで来たのはルキアだった。

 おお、愛い奴よのぉ~。

 

 俺の胸に顔を埋めるルキアの頭を優しく撫でる。

 えぐえぐと泣き始めたルキアに、俺の心は更なる満足感を充填できた。

 

 おっと、“オレ”。今はお前の出番じゃない。

 

「久しぶりですね、ルキア」

「な゛ゆ゛た゛と゛の゛ぉぉぉぉ~~~!!」

「綺麗な顔が台無しですよ」

 

 内心では素敵すぎて小躍りしているが。

 

 と、俺の登場に斬魄刀を構えたままポカンとしていた苺が再起動する。

 

「その恰好、コスプレ……じゃねぇよな」

 

 どう? 似合う? 

 

 苺に初めてお披露目した晴れ姿を見てもらいたくて両手を広げてみる。

 霊圧遮断コートを着ているから今一つ見栄えは良くないが。

 

「バッカ!? もう俺は高校生だっつうの! 飛び込む訳ねぇだろ!?」

 

 え、コメントは無し? 

 お姉ちゃん寂しい……。

 

 ズビズビと鼻水まで流し始めたルキアの感激ぶりに言葉を暫く失い、苺はそのまま気まずそうにそっぽを向いた。

 

 え~、一言くらい何か、何かないのぉ~。

 本当は苺に褒められたくても我慢してたのにぃ。

 折角の初披露なのにぃ。

 

 やはり俺には圧倒的にOSR値が足りない。知ってた。

 

「なに不満そうな顔してんだよ……」

 

 遂には呆れられ始めた。

 しどい……。

 

「てか、このタイミングで来たって事は──説明してくれるんだろうな?」

「そ、そうです! 今まで何があったのですか、那由他殿!?」

 

 苺の言葉にガバリと顔を上げたルキア。

 その表情は涙等々で色々と崩れていたが瞳は真剣そのものだ。

 

 まあ、説明するつもりで出てきましたし。

 

「まずは傷の手当を」

 

 回道を使ってササッと二人の傷を治してあげた。

 その後には一心さんや遊子ちゃん、夏梨ちゃん。

 浦原さん謹製の記憶置換装置も忘れない。

 

 記憶置換を一心さんに使うかは迷ったが……何かルキアの気迫が凄かったので止めておいた。どしたん、君。

 

 応急処置とは言え家の穴も木材で適当に塞ぎ、とりあえず外からの目が気にならない環境を整える。

 本当は浦原商店にでも連れて行こうかと思ったが、浦原さんの悲痛な叫び声を幻聴したので止めておく。

 遊子ちゃんたちを放置するのも不味いだろうしね。

 

「さて」

 

 どこからどう話したもんか。

 

 やっとこさ一息つけた時には深夜を回っていた。

 遊子ちゃんと夏梨ちゃんはベッドへと運んだが、一心さんは何故かルキアと苺に蹴り起こされていた。父親の扱いが不憫すぎる。

 

 思わず「大丈夫ですか」なんて俺が声をかけたらルキアが凄い複雑そうな表情をしていた。

 君、そこまで一心さんの事が嫌いだったっけ……。

 俺がいなくなった後、一体何が二人の間に起きたんだ。

 

 一心さん。まさか俺のルキアに変な事してないよねぇ──? 

 

 再び義骸の姿へと戻った俺含め、三人からの圧力にしどろもどろになっている一心さんは役に立ちそうにない。

 ここは俺が話さなければならないだろう。

 でも俺口下手なんだよねぇ。大丈夫かしら。

 

「一護」

「おう」

「隠していてすみませんでした」

「……俺が弱かったからだろ」

 

 不貞腐れたように拗ねる苺の顔にキュンとしてしまう。

 いかん、話が進まん。

 

 えーっと、この時点で苺とルキアに開示して良さそうな情報は……。

 

「私は一心さんたちと、この家に住んでいます」

「どのくらいですか!?」

 

 速攻でルキアが食いついてきた。

 心配かけてごめんね。でもその顔が好きなのぉ……。

 

「15年ほど」

「一護、貴様はいくつだ!」

「は? 15だけど」

「ぐぅっ!?」

 

 何故かルキアがショックを受けている。

 なんなん?(困惑

 いや、ルキアの焦燥顔は好きだけどさ。理由が分からないと如何とも反応出来ない。

 

「出来、婚……」

 

 そういう知識は持ってんのね。

 まあ、女の子だし。耳年増というような年齢でもないが。

 

「いえ、違います」

「と、言うと?」

「愛し合っていました」

 

「ガッハァ!!」

 

「ルキア!? ほんとお前どうした!?」

 

 いきなり仰向けに倒れたルキアを仰天しながらも苺が支える。

 うんうん、苺は優しい子に育ったねぇ。お姉ちゃん嬉しい。

 

 で、ルキアどったん。

 

 真咲さんと一心さんが愛し合っていたのは当たり前でしょ。

 目の前に愛の結晶がいるんだし。

 

「しかも、愛し合って……()()!?」

 

 ルキアがよろけながらもゆっくりと立ち上がる。

 何か語尾に殺気を感じる。

 

「一心殿……これはどういう事か……? 今では愛していないとでも……?」

 

 一心さんは俺が渡した義骸に入ったルキアの姿を既に視認出来ている。

 ただ、それでも一心さんも訳が分からないといった表情をしていた。

 俺の顔面が動いたら同じような顔になってるよ。

 

「親父、ルキアに一体何したんだよ」

 

 流石の苺もこれには疑惑の視線を父親にぶつける。

 

「俺には何も情報入ってきてないんですけどぉ!? 理不尽すぎない!?」

「愛していないのか、と聞いています、一心殿……」

「お、俺は家族皆を愛してるぞ? 亡くなった母さんの事もな!」

 

 

 ──そうなのだ。

 

 

 真咲さんは、苺が高校に上がったとほぼ同時に亡くなった。

 苺の高校の制服を見て、満足そうに微笑んだ、その晩の事だった。

 

 遊子ちゃんや夏梨ちゃんは泣きじゃくっていたが、苺は泣かなかった。

 

 ただ強く、強く拳を握りしめ。

 火葬場で灰となっていく真咲さんを見送るように昇る煙を、ただジッと見つめていた。

 

 強い子になった。

 本当に、強い子になったね、苺。

 

 俺の方が泣きそうだったよ。

 やっぱり無表情先生は欠勤してくれませんでしたが。

 

「亡くなった……?」

 

 そこでルキアは動きをピタリと止めると胡乱気な視線で一心さんを射抜く。

 迫力凄いなぁ。ちょっと霊圧当ててるし。

 

「あ、ああ。俺の奥さん、真咲っつうんだけど、ついこの間にな、病気で亡くなった」

 

 少し空気が重くなりかけるが、一心さんがハッハと笑って誤魔化す。

 下手したら貴方が一番辛いでしょうに……。

 

「私もいます」

 

 ちょっと心配になって一心さんの側に寄る。

 

 この家にはまだ俺も、苺も、遊子ちゃんも夏梨ちゃんもいる。

 一家の大黒柱として変わらぬ馬鹿と笑顔を振りまいている一心さんだが、真咲さんが亡くなったのはつい先日だ。

 そこまで簡単に割り切れるものでもないだろう。俺だって結構辛いんだし。

 

 原作展開だと思ってはいても、出来るならば救いたかった。

 

 竜弦さんに話を聞きに行ったり、浦原さんに何か出来ないか相談もしてみた。

 それでも運命って奴のせいなのか、俺の願いは叶わなかった。

 

 いや、違うな。

 

 俺はどっかで諦めていた。

 これが既定路線なんだ。

 叶絵さんも亡くなったんだし、逆にここまで延命できただけでも良い事だ。

 

 そんな想いが胸の片隅で魚の小骨のように俺をずっとチクチクと刺激していた。

 

 だから、真咲さんが死んだ時も「やっぱりかぁ」なんて気持ちもあったのだ。

 

 

 そして、逆に言えば苺たちをしっかりと育てなければならないとも感じた。

 

 

 6年前なんて、遊子ちゃんと夏梨ちゃんはまだ5歳だ。

 母親に甘えたい盛りだろう。だから、せめてその寂しさを紛らわしてやりたいと思った。

 夏梨ちゃんには少し鬱陶しく思われてるっぽいけど……。

 

 それでも、俺は黒崎家へと居座り続けている。

 

 原作展開を考えるならば、俺はルキアと出会わないように家を出るべきだったのかもしれない。

 ここで俺とルキアが出会えば、尸魂界を出てからの事を追及されるなんて自明の理だ。

 その点を踏まえて浦原さんに対処して欲しかったんだが、まあ今となってはどうしようもない。

 

「那由他さん……」

 

 一心さんが肩にそっと添えた俺の手に自身の手を重ねる。

 流石にこの程度の身体的接触でギャーギャー言うほど狭量ではない。

 今までに育んできた家族としての絆もある。

 一心さんも女性として愛しているのは真咲さんただ一人。俺はそれが分かっているからこそ、こういった気兼ねない関係性を築けていると思えている。

 

 

「そんな、馬鹿な……ここまで一途……他の女に盗られ……つまり都合の良い、後妻……!?」

 

 

 五歳? 

 

 なんのこっちゃ。

 

「志波一心」

 

 ルキアは腰に一瞬手をやり、そこに何も無い事に気が付くと、今度は人差し指と中指を立てた握りこぶしを一心さんに向ける。

 おん? それ原作で見た事あるルキアの鬼道ポーズ。しかもいきなり一心さん呼び捨て。

 

「覚悟は良いか?」

 

 地を這うようなルキアの怨嗟の声が響く。

 

「え、何の……?」

 

 皆がキョトンとする中、

 

 

 

「死に晒せ! この女の敵がぁ!!!」

 

 

 

 ルキアの暴走で話は中途半端なところでお開きになった。

 

 流石に力を失ったばかりの彼女に鬼道を放つだけの霊圧は残っていなかったよう。

 ただし、それでも諦めず一心さんに殴りかかる彼女を必死で止める俺と苺。

 その様子を一心さんは怯えてガクガク震えながら見ていた。

 

 そらな。いきなり年下の女の子に呼び捨てにされて親の仇でも見るような視線で射抜かれたらそうなるわ。

 

 

 

 その後、俺の部屋にルキアが寝泊まりする事となった。

 

 

 就寝前に「那由他殿を悪鬼共の手から必ず私が護ってみせます!」とだけ意気込んだ彼女だったが、布団にくるまったらすぐに寝てしまった。

 何か追及されるかと思っていたが、どうやら結構な疲れがたまっていたようだ。

 

 明日はルキアの転校手続きとか諸々を朝に済ませてしまおう。

 その後に折を見て浦原さんを紹介するか。

 どのタイミングが良いんだろ。わっからんわぁ。

 

 

 次の日からルキアも空座第一高等学校に通い始めた。

 

 ルキアは昨日の夜に家へやってきた親戚、なんて都合のよすぎる記憶置換が発生したせいで遊子ちゃんと夏梨ちゃんもルキアが家にいる事を疑問に思っていない。

 ルキアはルキアで遊子ちゃんと夏梨ちゃんを猫可愛がりしているし、反して一心さんには生ゴミを見るよりも酷い視線を向けている。

 

 一心さんは泣いて良いよ……?

 

 俺で良かったら慰めるからさ。胸くらいならいつでも貸すよ。

 

 一応一心さんのフォローをしておこうと思ったが、ルキアは「分かっています」とでも言うような決意の籠った目で俺の下手くそな会話を遮るだけだ。

 

 苺も文句をグチグチと言ってはいたが、詳しい事は何故か聞いてこない。

 

 

 あれから結構日にちが経ったにも関わらず、結局何も話せていない現状の出来上がりだ。

 浦原さんも紹介できてないし……。

 そもそも、何で浦原さんと知り合えていないルキアの追手が来ないのか。

 

 

 まあ、都合良いからいっか!

 

 

 雨竜くんと苺が和解して、チャドと織姫ちゃんが覚醒して、後は白哉と恋次がルキアを回収してくれたらもう何でも良いよ。(遠い目

 

 

 

 

 ……結構あるなぁ!?

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

「転校生驚いたねー。黒崎くんと仲良かったんだぁ」

 

 あたし──有沢たつきは今、織姫の部屋にいる。

 

 呑気に言葉を漏らす親友だが、それで良いのか? 

 

「馬鹿じゃないの、アンタ!?」

 

 思いっきりツッコんでしまった。

 いや、だって、ねぇ? 

 

「織姫、一護のこと好きなんでしょ? なんでそこでチャンスを無駄にするかな」

 

 そうなのだ。

 あたしの親友──井上織姫はあたしの幼馴染、腐れ縁? の一護に好意を持っている。

 正直あたしからしたらアイツのどこが良いのかよく分からないが、まあ人の好みにケチをつけるつもりはない。むしろ応援している。

 

 あいつ、シスコンの気があるからなぁ……。

 

 これを機会にいい加減姉・妹離れをすれば良いと思う。

 

 まあ、家族を大事に想う一護の気持ちも分かっちゃいるんだけどさ。

 

「や、やっぱりそうなのかなぁ……」

 

 織姫はあたしと違って凄く女の子らしい。

 実はちょっと羨ましくも思っている。

 

 顔も整っているし、何より乳がデカイ。

 

 高校生男子にとっては目に毒なレベルだ。

 そんなもんをぶら下げてるんだから、一護に迫れば一発だと思うんだけど。

 まあ、そこであまり積極的になれないところも織姫の良い点と言えば良い点だ。

 

 なんて、今後の一護に対するアプローチについて織姫と語り合っていた時だった。

 

 

 

 ──バスン! 

 

 

 

 突然、織姫の後ろの方から何かが裂けるような音がする。

 

 驚いて音の方へ視線を向けると、そこには一体の人形が落っこちていた。

 

「ああっ! エンラク~!?」

 

 どうやら織姫のお気に入りの人形だったらしい。

 悲し気な表情と情けない声を響かせ、床に落ちた人形のところまで小走りで駆け寄っていった。

 

「ひどい~! なんでこんな裂け、てるの……?」

 

 織姫が拾い上げたエンラク(?)の顔は綺麗に裂けて中から綿が出ている。

 

 けれど、少し不自然な形だ。

 

 布の劣化ならばこんな鋭利な切り口にならない。

 

 そして、織姫が何か違和感を感じ取ったように言葉尻をすぼめさせた時だった。

 

 

 

 人形の裂け目から、化け物の手が伸び彼女の胸を貫いた。

 

 

 

「なっ!?」

 

 一目で分かった。

 

「“虚”!?」

 

 どうやってここに来たのか分からない。

 いや、たった今現れたのだ。

 しかし、どうして人形から現れたのか。どうして織姫の家に現れたのか。

 

 今まで見たのは外を徘徊していた。

 

 つまり、この虚は初めから()()()()()()ここに現れた! 

 

 師匠に聞いた。

 虚は霊的濃度の高い者のところへ現れると。

 織姫も数年前から師匠の鍛錬を受けている。

 護身術を基本とした型のようなものだが、それでもこうも突然襲われたら防ぐのも難しい。

 

 くそっ! 

 もっと普段から霊圧探知でもしてれば良かった! 

 

 ここにはあたしも含め二人の霊的濃度の高いらしい人間がいるのだ。

 襲われる可能性はむしろ高い。

 

 でも、

 

「なんで織姫を……?」

 

 咄嗟に距離を取るも部屋の中は狭い。

 見えた虚の手の大きさから考えて、ここでは碌に動けないだろう。

 

 そして、一番の疑問が織姫よりも霊圧の高いあたしを最初に狙わなかった事だ。

 

 織姫の方が狙いやすかったというのも分かるが、あれは完全な不意打ちだった。

 だったら、先にあたしを無力化した方が効率も良い。

 

 虚にそこまでの知能があるかは分からないが、あたしが立ち向かった虚は人語を介する奴の方が多かった。

 

 

『虚は元人間だ』

 

 

 師匠の言葉を思い出す。

 

 

『心を失った虚は心を求める。自分にとって大切な(もん)を、大切な人から真っ先に奪う。そういうバケモンになっちまった存在だ』

 

 

 何故、今この言葉を思い出したのか。

 

 認めたくないと心が叫ぶ。

 

 しかし、あたしは見てしまった。

 

 虚の仮面が一部割れている。

 

 もしかしたら、一護が既に交戦した後なのかもしれない。

 

 なんでよりにもよって()()()なんだよ。

 

 

 この人が、何で織姫を襲うような事をしてんだよ! 

 

 

 あたしはまだ弱い。

 

 才能はあるみたいだけど、それは人間としての限界を伸ばすものではない。

 あくまで霊力を持つ人間にしては強い、という意味だ。

 

『これを飲んだら、もう有沢サンはただの人間ではいられなくなります』

 

 胡散臭い男から貰った一粒のキャンディをポケットの中で握る。

 

 言っている意味は良く分からなかった。

 それでも、これは最後の手段にしろと伝えたい事くらいは分かった。

 

『何故、お前は強くなりたい。強くなってどうしたい』

 

 師匠は事ある毎に聞いて来る。

 

 あたしはその明確な目的を今まで持てずにいた。

 ただ、一護に負けたくないという、反骨心のようなものだ。

 

『これを飲んだら、貴方は霊体となります。そして、肉体の制限から解放された有沢サンの実力は、今の数倍にまで上がるでしょう』

 

 目的も朧げで、力に溺れる訳にはいかない。

 理想もなく、ただ駆ける事しか出来ないあたしに、今までこれを使うような覚悟は無かった。

 

『ただし、これを飲んだら()()()()()から命を狙われる、くらいの事は覚悟してください』

 

 目の前で織姫が倒れる。

 体から繋がった鎖を残し、織姫の魂だけが肉体から抜け壁へと叩きつけられた。

 

 虚が現れる。

 

 

 その虚は、三年前に死んだ──()()()()の顔をしていた。

 

 

 この虚に、この人に。

 あたしは拳を向けられるのか。

 別にお兄さんと親しかった訳ではない。

 それでも、無関係であった訳ではない。

 

 知り合いを、あたしは殺意で殴れるのか──? 

 

 永遠とも思える一瞬の迷いの時間が生まれる。

 戦闘においては致命的な差だ。

 

「あ」

 

 あたしの間抜けな声が虚ろに響く。

 

 戦場で迷うのは命取り。

 

 師匠、ごめんなさい……。

 

 

 

 

 

「てめぇ、何やってんだ! たつき!!!」

 

 

 

 

 あたしを掴むはずだった手は何かによって弾かれる。

 

 いや、分かっている。

 

 一護だ。

 

 ああ、あたしは一護に助けられたのか。

 

 どうしてだろう。

 悔しさよりも安心感が勝る。

 

 そして、それ以上の不甲斐なさがあたしの胸を貪った。

 

 一護は虚に怒りを示したのではない。

 あたしに怒ったのだ。

 親友を目の前で傷つけられ、対抗できる手段もあったのに。

 

 それでも拳を握れなかった、あたしに怒ったのだ。

 

 その時に理解した。

 

 

 

 

 

 ああ、甘えん坊だったのは──あたしだったか。

 

 

 

 

 

 

 その後、一護は織姫のお兄さんを助けた。

 

 最後は織姫の声で正気を取り戻したようだが、その光景をあたしは呆然と見つめている事しか出来なかった。

 

 あれだけ馬鹿にして嫌っていた一護が、ライバルになり相棒になって。

 あたしはいつの間にか満足してしまっていたのかもしれない。

 

 ははっ。

 

 今のあたしじゃ、あいつの横には立てないわ。

 

 

「たつき」

 

 

 一護があたしの目の前に立つ。

 

 その側にはこの間の転校生、朽木さんも立っていた。

 

 そういえば、“死神”って存在なんだっけ。

 あんまり理解できてないけど、一護の霊圧が増したのは朽木さんの影響らしい。

 

 あたしももっと強かったら、何か違ったのかな……。

 

 織姫は困惑しながらも成り行きを見守っている。

 あたしに失望したかなぁ……。

 

「おまえ、何で構えてなかったんだよ」

 

 一護の声が胸に刺さる。

 

 力を持っても、振るう勇気がなかった。

 

 6年前に『一護の強さを一番知っているのはあたし』なんて豪語しておいて、アイツならあたしの横に立てるなんて調子乗って。

 

 

 

 

 

 ほんと──なっさけないなぁ……あたし。

 

 

 

 

 

「ごめん」

「謝って欲しい訳じゃねぇ」

「ごめん」

「井上の兄貴だったからか」

「ごめん」

 

 

 

「後悔してんなら、謝るよりも前を向け!!!」

 

 

 

 一護があたしの胸倉を掴む。

 

 思わず跳ね上げた視線がカチ合った。

 

 

 

 

「てめぇの強さは俺が一番知ってんだ! 

 

 

そんな情けねぇ面を、俺はぜってぇに認めねぇ

 

 

誰よりも、俺の()()()()は強ぇんだ!!!」

 

 

 

 

 ポカンとした。

 

 ライバル、って……相棒じゃなくて? 

 

 いや、あたしも結構ライバルとして意識してたのは認めるけどさ。

 

 もっとこう、意気消沈の女子にかける言葉はあるんじゃない? 

 

 らしくない女々しい考えに笑いそうになる。

 

 

「相棒じゃないんだ」

「違ぇ。相棒は隣に並ぶやつだ。でも、ライバルは追いかけて、追い抜きてぇ奴だ。──相棒は気にかけても、ライバルは俺が心配するような奴じゃねぇ

「護りたい人は?」

「全部だ」

 

 一切の迷い無しに言い切れるこいつは凄いよ、ほんと。

 二人三脚で肩組んでる人が相棒で、徒競走の相手がライバルって感じかね。

 

 でも結局ライバルも守りたい中に入ってんじゃん。

 自分の言ってる事が矛盾してるって分かってんのかね。

 

 あたしの悩みがちっぽけなものに見えてきた。

 

 そうだね。あんたのライバルなら、ライバルらしくしなくちゃね。

 

「じゃあ、仲間は?」

「あ?」

「仲間よ、仲間」

 

 一護は面倒臭そうな顔をする。

 別に口が上手い訳でもないしね。

 

「背中を預けられる奴だよ」

 

 ぶっきらぼうに返される。

 ちゃんとした言葉で返ってくるとは思っていなかったので少し驚いた。

 

「じゃあ、あたしはライバルで仲間なのかー」

「くそっ、何か馬鹿にされてる気分だ」

 

 すっかり調子を取り戻したあたしに、一護は憎まれ口を叩く。

 

 

「ありがと」

 

 

「あん?」

 

 一度しか言わないっつうの。ばーか。

 

 

 

 

 

 

 その後は騒がしくも平穏な日常が過ぎた。

 

 

 何か改造魂魄とかインコに宿った子供の霊とか──6年前の事件を起こした虚退治とか。

 

 一護とあたしだけじゃなくて、那由他さんを傷つけた虚と知ったルキアさん含めた三人がかり。鬼の形相で返り討ちにしてやった。

 

 一護は本当は自分一人で仇を取りたかったみたいだけど、まあ那由他さんは今も元気だしね。

 確実に倒せる方法を選んだみたい。

 

 虚の方も「逃げ場なんかないんだぁぁあ!」みたいな悲壮な雰囲気で向かってきたが、何だったんだろうか。

 

 那由他さんも呆れたような諦めたような、妙な悲壮感を漂わせた顔(無表情)をしていたのを覚えている。

 そこら辺は付き合いが長いので雰囲気だ。

 

 ただ、その時は本気で嘆いていたようで、

 

 『あぁ、名シーンがぁ……一護の誇りがぁ……』

 

 なんて一生に一度見れるかレベルで凄い落ち込んでいたので、皆して焦ったものだ。

 

 

 

 そんな感じで過ごして数か月。

 

 

 一学期の期末考査が終わった後の事だった。

 

 

 あの日は今でも覚えている。

 今までの日常だとか、護りたいもののために頑張るだとか。

 毎日を精一杯に生きていたあたしたちの運命がガラッと変わった日だった。

 

 

 

 

 あたしはその日、“滅却師”という存在を知った。

 

 

 

 

 成績優秀な優等生で、取っつき辛い不愛想なクラスメイト。

 

 

 

 

 ──石田雨竜の“力”を知った。

 

 

 

 

 




グランドフィッシャー……
彼は尊い犠牲となったのだ、ヨン様の手によって。


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覚醒…だと…!?

すみません、今話はまるまる原作描写でしゅ…
まあ、たつきの立ち位置が変わっているんで全く同じって訳でもないんですが


 

「家まで付いて来る気かい? ──黒崎一護」

 

 

 僕──石田雨竜を下手くそに尾行している男に声をかける。

 

 父から軽く話だけは聞いていた。

 死神代行が新たに生まれたと。

 

 前任者を僕は知らないが、今回新たに生まれた死神代行とやらが同じクラスの黒崎である事はすぐに分かった。

 

 彼の霊圧が前日とはまるっきり変わっていたからだ。

 

 今までの霊圧とは赤子と大人ほども差がある。

 先日に比べ相当に強くなっていた。

 

 また、同じく霊圧を感じていた有沢さんからは特に変化を感じない。

 井上さんも同様だ。

 

 この三人からは出会った瞬間から霊圧を探知できていたのだが、彼らの反応を見る限り僕の霊圧に気が付いたのは有沢さんだけだろう。

 

 僕が教室に入る瞬間は必ずチラリと視線を向けられる。

 一応制御はしているのだが、それでも僅かな霊圧で気付かれているようだ。

 彼女の霊圧探知能力は中々に高いようである。

 

 対して、僕と同じ手芸部で接する機会も比較的多い井上さんは全く気が付いていない。

 

 いつもニコニコと僕に笑いかけてくるが、死神を師匠と呼んでいる人と仲良くなる気にはなれなかった。

 

 いや、それは彼女に限らない。

 

 黒崎も有沢さんも、僕は友諠を結ぶ気にはなれないのだ。

 

 

 ──僕が小さい頃に、祖父が他界した。

 

 

 寿命ではない。

 虚によって殺されたのだ。

 

 祖父──石田宗弦は立派な滅却師だった。

 

 滅却師の在り方を僕にいつも説いてくれる師匠だった。

 虚という人の敵に対して、人を護る術を教えてくれた尊敬すべき人だった。

 

 そんな彼も死んだ。

 

 死神に見殺しにされた。

 

 彼が虚の気配を察知し向かった先には五体もの虚がいた。

 一人では手に余る数だ。

 

 それでも、祖父は立ち向かった。

 

 

『人でも死神でも、悲しむ顔を見るのは、わしゃ辛い』

 

 

 そう言っていた祖父の顔は未だに鮮明に覚えている。

 

 虚を滅却する者と、送る者。

 その立場の違いによって争った過去を蒸し返し恨む事などしない。

 

 けれど、現世に生きている僕たち滅却師の方が現世に現れた虚に対処するのも容易だ。

 

 だから祖父は死神との協力体制を取ろうと努力していた。

 

 

 ──それを、死神は拒否した。

 

 

 いつも駆け付けるのが遅い癖に、『邪魔をするな』としか言ってこなかった。

 

 何故だ。

 

 何故救いの手を差し伸べるべき人の安全を考えていた祖父が切り捨てられねばならなかった。

 

 あの人が死ななければならなかった! 

 

 

 僕は死神を恨んでいる。

 

 黒崎を恨んでいる訳ではない。

 

 けれども、この町を護るのに、死神の力は必要ない。

 

 

 僕は滅却師の力を磨いた。

 

 祖父が目指した人の安寧を僕が護るために。

 死神に頼らずとも、僕自身が救えるように。

 

 

 しかし、この町には僕が感知するよりも早く虚を始末する死神がいる。

 

 

 悔しかった。

 まるで僕を嘲笑うかのようだった。

 

 認めたくなかった。

 

 己の無力を、僕は断じて認めたくなかった。

 

 父は滅却師としての道を捨て、僕の師匠であった祖父は死神によって他界した。

 既に滅却師として在る者は僕一人になったと言っても過言ではないだろう。

 

 今この町にいる死神については、先日転校してきた朽木ルキアを挙げられる。

 だいぶ力を失っているようだが、霊絡を見れば死神かどうかなど一発で分かる。

 

 そして、黒崎一護が姉として慕っている藍染那由他。

 彼女も死神だ。

 

 恐らく、この人が町に出没する虚を退治して回っているのだろう。

 

 迅速な対応においては、確かに感謝している。

 しかし、僕は死神を認める訳にはいかない。

 

 

 ──祖父を見殺しにした死神など、認めない。

 

 

「勝負しないか、黒崎一護」

 

 何か一人騒いでいる彼に僕は話を持ち掛ける。

 

 彼が接触してきたのだ。

 いい機会だろう。

 

 

 

「分からせてあげるよ。──死神なんてこの世に必要ないって事をさ」

 

 

 

 僕はそう言い、手に持つ虚を呼ぶ“撒き餌”を発動させた。

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 俺──茶渡泰虎は先日、不思議な存在を認識した。

 

 認識と言っても目に見えた訳ではない。

 見えないが、いた。

 そんな不可思議な存在だ。

 

 そして、あの日──インコを助けた時以来、ぼんやりとだが他の人に見えないものが俺には見えるようになった。

 

 恐らく、幽霊という奴なのだろう。

 

 俺自身から関わる事は殆どなかったが、知人から預かったインコの事件によって俺の認識は少し変わっていた。

 

 見えないけれど、分かる。

 そんな相手に対して、俺はどうすれば良いのか。

 助けを求められたら、俺には何が出来るのだろうか。

 

 あの時は転校生の朽木と一護に助けられた、らしい。

 

 中学の時から不良に絡まれやすい見た目をしていた俺と一護は相棒のような関係になっていた。

 いつの間にかだ。

 ただ、あいつは不良を退けても傷つける事は極力避けていた。

 

 俺は体格が良く、普通の人間なら耐えられないような事にも耐えられる体を持っている。

 

 だから無駄に暴力を振るう事を良しとしない。

 一護のスタンスも俺と合致していた。

 気が合う、というのも頷ける話だ。

 

 

『また人を殴ったのかい、ヤストラ』

 

 

 ──じいちゃん(アブウェロ)

 俺は俺を傷つける奴らと、どう向き合ったら良い。

 

 思い出す少年の日々。

 あの頃は売られた喧嘩に対して、全て俺は暴力でもって応えていた。

 

 

『おまえのその、強く大きい拳が何のためにあるのか、それを知りなさい』

 

 

 ──じいちゃん(アブウェロ)

 俺は貴方から大事な事を教わった。

 貴方の存在そのものが、俺にとっての光だった。

 

 だから考えたんだ。

 

 俺を傷つけた人を、俺はどうしたいのか。

 どうする事が、正しい道なのか。

 

 

『優しくなりなさい』

 

 

 ──じいちゃん(アブウェロ)

 俺は傷つけられる人を、少しでも護りたい。

 

 今ではそう考えられるようになったよ。

 全て貴方のおかげだ。

 

 そして、同じような考えを持つ相棒にも出会えた。

 

 傷つけられるのは痛い。

 傷つけられるのは嫌だ。

 傷つけられるのは悲しい。

 

 

 だったら、俺の知る理不尽から他者を護るためにこの拳を振るう事に、貴方は微笑んでくれるだろうか。

 

 

 

「バ、バカッ!? 来んな、アッチ行けぇぇ!!」

 

 

 

 その少女の声で、俺の思考が今に戻る。

 

 どうやら少し気を失っていたらしい。

 目に映る景色は横向きだ。

 倒れてしまっていたか。情けない。

 

 そうだ。

 今は何故か襲ってきたよく分からない幽霊のような奴と争っていたんだ。

 

 俺を狙ってくる奴。

 ならば、人気のない場所へ行けば周囲への被害も抑えられる。

 

 そう考え人気のない空き地を目指したが、そこには一護の妹とその友人たちがいた。

 

 どうやら、一護の妹にこの幽霊はしっかりと見えているようだ。

 なんとか彼女らを護ろうと動いたが、しっかりと見る事の出来ない奴を相手にするには無理があった。

 

 幽霊に殴られ地面へと転がり一瞬意識を失っている間に、その場にいた一護の妹の友人たちがこちらへと駆け寄ってくる。

 きっと彼女を心配しての事なのだろう。

 一護の妹は、そんな彼らを護りたいのだろう。

 

 ──皆がきっと、優しい心を持っているのだろう。

 

 

 

 俺は護ろうとした。

 

 

 

 顔も名前も知らない、けれども幼い命を護るべきだと感じた。

 

 自分以外の者が、誰しも誰かを傷つける訳ではない。

 自分よりも弱い存在は、この世界に多くいる。

 そんな存在に暴力を振るう人物は確かにいる。

 

 けれども、全ての人がそうではない。

 

 誰もが心には大切な人を宿している。

 護りたいと思う人がいる。

 傷ついたら悲しむ人がいる。

 

 自分よりも、尊いと感じる。

 

 俺が振るう暴力よりも、この大きな体よりも、この大きな拳よりも。

 よほど尊い存在だ。

 

 だから、俺はその得難き理想を護りたいと思った。

 

 俺の理想は見つかっていない。

 

 自分の護りたい存在が分からないからだ。

 命を賭けてでも護りたい大切な個人がいないからだ。

 

 じゃあ、俺は何のためにこの拳を振るう? 

 

 さっきも考えた。

 

 

 俺は、尊き存在を護るために拳を振るおう。

 

 

 自分にはない輝きを持つ人のための盾となろう。

 

 大きな体でもって、理不尽な暴力に立ち塞がろう。

 

 困難な壁をこの拳で打ち砕こう。

 

 

 

 

 ──じいちゃん(アブウェロ)

 

 俺は間違っていないよな。

 

 俺にとって大切なのは人よりもこの気持ちなのかもしれない。

 誰かを護るというこの気持ちこそが、俺の信念なのかもしれない。

 

 人よりも恵まれた“力”を持つ俺は、“憧れ”なんて持っていないんだ。

 

 何かに憧れ、追いかけるモノが見つからないんだ。

 

 でも、何かを追いかける人を助けたいとは思うんだ。

 

 家族を護る一護。

 親友を護る有沢。

 そんな奴らを助けたい井上。

 

 皆が、目指す理想を、俺も一緒に歩んでいきたいんだ。

 

 

 だから、俺が持つのは“憧れ”じゃない。

 

 

 周囲の人を、この目の前の少年少女たちを、体を張って護る俺の行いはきっと、

 

 

 

 

──俺の誇りを護る行為だ。

 

 

 

 

 分かってるよ。

 

 俺の拳が大きいのは何故か。

 

 俺の体がデカイのは何故か。

 

 みんなみんな、分かってるよ。

 

 

 

『ヤストラ、お前は大きい、お前は強い。──だから優しくなりなさい』

 

 

 

 ──じいちゃん(アブウェロ)

 

 

    だから少し、俺に力を貸してくれ。

 

 

 

 

俺はこの拳で、“人”を護る──! 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

「もー、こんな後片付け手伝わされるなら来るんじゃなかったなぁ~!」

 

 学校の窓がいきなり割れた。

 

 あたし──有沢たつきは自分がした訳でもない事の後処理を友人と一緒にしている。

 

 まあ、この子が愚痴言うのも分かるけどさ。

 

 霊圧探知をMAXまで上げる。

 やはりいる。

 

 体育館の屋根の上。

 虚だ。

 

 ただ、町のいたるところから虚の気配を感じる。

 うじゃうじゃと、どんどん湧いてくる。

 その濃厚な霊圧に少し吐き気を覚えるほどだ。

 

 同時に一護とクラスメイトの石田の霊圧も感じた。

 

 何が起こったのかは分からないが、どうやら二人は虚への対処を行うようだ。

 

 一護は霊圧制御が下手くそ過ぎて近くにいると周囲の霊圧を探る際の邪魔になる。

 いつもその馬鹿みたいに垂れ流している霊圧を何とかしろと言っていたが、先日から更に酷くなっていた。

 

 転校生の朽木さんの影響なのだろう。

 死神、だっけ。

 

 簡単な説明しか受けていないが、どうやら師匠もその死神という存在だったらしい。

 なんで話してくれなかったのかは知らないが、確かにいきなり話されても意味は分かんなかっただろう。

 そう考えると、難しい事を考えずに修行へ打ち込めていた。師匠の気遣いに感謝するべきか。

 

 あたしはもう一度チラリと体育館の方へ視線を向ける。

 

 そこには織姫がボンヤリとした様子で空を眺めていた。

 

 きっとこの子にも見えているのだろう。

 空を割るようにして次々と現れる虚の気配が。

 

 今すぐにでもこの場を放りだして、あたしも虚退治に向かった方が良いんじゃないだろうか。

 

 そんな考えが頭をよぎる。

 しかし、先日起こった織姫のお兄さんの事件が、未だにあたしの心に暗い影を残していた。

 

 あたしは結局、自分の大切な人を護りたいだけなのだろう。

 

 一護のように、皆を護ると言う覚悟を持てない。

 織姫が危ない時ですら勇気を振り絞れなかったのだ。

 

 あたしにはヒーローになる資質ってやつがないんだろうさ。

 

 でも、それでも良い。

 

 あたしは織姫を護りたい。

 

 皆じゃなくて良い。

 

 ただ、目の前で傷つきそうなこの子を護れればそれで良いのだ。

 

 だから、ここで織姫から目を離すのも怖かった。

 

 彼女も随分と強くはなったのだ。

 霊圧のコントロールも上手くなっていたし、体術も少しは見れるようになってきた。

 普段がのほほんとしているから向いていないと思っていたのだが、意外と才能はあるようだ。

 

 それでも、あの子の基本は“守”だ。

 

 自分から攻めたりする事には適性がない。

 性格の問題だろう。才能的には攻めでも行けそうな気はしてるんだけど。

 

「ね、早く帰ろ!?」

 

 織姫が突然な言葉を伝える。

 空元気だろう。雰囲気で分かる。

 

 さっきから感じる虚に怯えたのだと思う。

 

 あたしだけならまだしも、ここには普通の人間が多くいるのだ。

 

 虚が狙うのは霊圧の高い人間。

 ならば、その筆頭候補であるあたしたちがここから離れれば、ここにいる人たちの安全はある程度確保できる。

 

「あたし道着のままだから着替えてくるわ!」

 

 少しでも織姫を安心させてあげたくて、あたしはワザと何でもないような調子で言った。

 流石にこの恰好のまま帰る訳にもいかない。

 

 虚の気配は未だに濃いが、どうやら今学校にいる虚は自分から何かしでかすようなタイプではないみたいだ。

 

 やる気ならさっさと手を出しているだろう。

 静かにしている今の内に準備を整えた方が良い。

 

 そう判断したあたしは急いで着替えるために小走りで部室の方へと向かった。

 

 

 

 そして、あたしはこの判断が間違っていた事をすぐに思い知らされた。

 

 

 

 着替えが終わるとほぼ同時。

 

 学校中の窓が割れるような音と、何かが爆発したような振動が伝わる。

 

「織姫……? 千鶴?」

 

 さきほどまで一緒だった友人の顔が脳裏をよぎる。

 

 あたしは馬鹿だ。

 馬鹿だ。

 馬鹿だ! 

 

 どれだけ間違えれば気が済むのだろう。

 どれだけ後悔すれば気が済むのだろう。

 どれだけ──!? 

 

「何してんだよ!? お前ら!!」

 

 すぐに校庭へと戻ったあたしの目の前に広がっていた光景は、無数の生徒たちの群れだった。

 

 皆が傷つき血を流し、目は虚ろ。

 きっと正気ではない。

 

 そんな奴らが、織姫に襲い掛かっていた。

 

 彼女の制服は破れ、素肌の一部が露わになっている。

 一瞬で頭に血が上った。

 

 あの虚のせいか! 

 

 奴は自分が戦うのではなく、他者を操るタイプなのだろう。

 今までに戦った事のない奴だ。

 

 

 

 あたしは──あたしが許せない。

 

 

 

 平和な世界に暮らしてきて、自分もそれなりに強いと思っていた。

 

 でも、違うんだ。

 

 平和なんてちょっとした出来事で崩れる。

 あたしはそれをついこの間に経験したばかりだってのにさ!! 

 

 

 一護と初めて会った時を思い出す。

 

 

 ヘラヘラとした、ムカつく笑顔。

 男の癖にすぐに泣く。

 

 でも、それは安心する場所がどこかはっきり分かってたからだ。

 

 その場所が6年前に壊れた。

 

 

 

 あの時の事を思い出す。

 

 

 

 河原をうろつく一護の後ろ姿。

 

 そんなアイツにかかる師匠の声。

 

 

『お前はこのままで良いのか? 大切なもんを護れなくて、それで良いのか?』

 

 

 良い訳ないよね。

 

 あたしだってそう思った。

 

 でも、その決意は一護の方が圧倒的に強かった。

 

 何で強くなるか、アイツは明確な意思を持っていた。

 

 たぶんあたしは“憧れ”てたんだ。

 

 あいつの真っ直ぐな瞳に。

 

 あたしもそうなってみたいって。

 

 

 

 ──何で? 

 

 

 

 今まで何度も考えた。

 何で強くなる。

 

 何で。

 

 何で。

 

 何で。

 

 何で。

 

 答えは出そうで出てこない。

 

 

 

 

 それも、この間の事件ではっきりした。

 

 

 

 

 あたしは馬鹿だ。

 

 腕力にものを言わせて殴る事しか出来ない。

 

 だから、何で殴るのかを理解できたあたしは、もう振りぬく腕に躊躇いを持たない。

 

 

 持っては、いけないんだ。

 

 

「そこのデッカイ奴! あんたケンカする相手を間違えたね!!」

 

 

 あたしは校庭に降り立った虚に向かって叫ぶ。

 

 アホみたいだな。

 間違えてばっかなのはあたしなのにさ。

 責任転嫁もいいところだ。八つ当たりと言われても反論できない。

 

 

 でもさ、あたしは“プライド”持ってんだ。

 

 

 一護みたいに護りたいもんがデカい訳でもない。

 

 織姫みたいに傷ついた誰かに寄り添える訳でもない。

 

 

 ──じゃあ、あたしは何で強くなりたい? 

 

 

 瞳が燃える。

 

 霊圧が吹き上がる。

 

 決意が灯る。

 

 拳を握る。

 

 口元には笑み。

 

 射抜く眼光に、迷いはもうない。

 

 

 

 ああ、あたしは馬鹿さ。

 

 馬鹿で何が悪い。

 

 馬鹿なんだからさ、難しく考える事はないんだよ。

 

 

 全部を護る事なんて出来ないんだ。

 

 

 “憧れ”なんてクソ喰らえ!

 

 

 犬の飯にもなりゃしないよ!

 

 

 あたしが持つのは“覚悟”なんだ!

 

 

 何がなんでも貫き通す、芯が今までなかったんだ!

 

 

 

 だったら、一番大切なもんを護れば良い! 

 

 

 

「かかってきな!」

 

 

 

 あたしが護りたいもん。

 

 別に修行を始めた段階で持ってたものから探さなくても良かったんだ。

 

 今、あたしが、この場で! 

 

 

 

 

 いっちばん大事だって思うもんが、あたしの護りたいもんなんだ!!! 

 

 

 

 

 強くなる理由?

 

 

 決まってんだろ! 

 

 

 

 

 

 

「昔っから織姫を泣かす奴は、

 

 このあたしにブッ倒されるって決まりがあんのよっ!!

 

 

 

 

 

 

大事な織姫(しんゆう)を護るためだよ!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 最初に思ったのは、「ここから離れなきゃ」。

 

 次に思ったのは、「気付かなければ良かった」。

 

 昔のあたしだったら、きっと「気付かなければ良かった」が先に思い浮かんだ事だと思う。

 そうならなかったのは、多分黒崎くんやたつきちゃんたちと、何かを護るために強くなりたいと願い、そのための努力をしてきたからだと思う。

 

 でも、あたしはあんまり強くなれなかった。

 

 考え方が戦うって事に向いていないんだと思う。

 

 それでもあたし──井上織姫は黒崎くんとたつきちゃんの力になりたかった。

 

 あの日、お兄ちゃんが亡くなった時。

 あたしは黒崎くんの優しさに触れた。

 

 知り合いですらなかったあたしの心に寄り添ってくれた。

 

 自分の経験を話してくれて、だから自分は強くなって、今度は俺が護ってやるんだって、そんな強い瞳で語り掛けてくれた彼の姿を忘れられない。

 

 

 ──あたしは、その時に恋をしたのだと思う。

 

 

 ずっと眉間に皺を寄せて難しい顔をしているけど。

 皆は乱暴者だって敬遠しているけど。

 

 本当の黒崎くんは、人の痛みに気付ける人だから。

 誰かのために立ち上がれる人だから。

 

 どんな時でも前を向いて、真っ直ぐに進める人だから。

 

 だから、あたしは彼を好きになったんだ。

 

 そんなあの人に近づきたくて、あたしは“憧れて”いたんだと思う。

 

 でも、黒崎くんは挫けない訳じゃない。

 無敵のヒーローじゃない。

 落ち込みもすれば、泣く事だってある。

 

 お兄ちゃんを助けてくれたあの夜、黒崎くんが言ったんだ。

 

 

『兄貴ってのが、どうして最初に産まれてくるか知ってるか?』

 

 

 考えた事がなかった。

 ただ、先に産まれただけだって。

 

 

『後から産まれてくる……弟や妹を護るためだ!!』

 

 

 お兄ちゃんもそうだったのかな。

 あたしを護ろうと必死だったのかな。

 

 ううん、知ってる。

 

 お兄ちゃんは必死だった。

 あたしを護るために必死だった。

 

 だから、あの時の黒崎くんの言葉に、あたしは心が震えた。

 

 あたしは、誰かに護ってもらう事を、当たり前だと思っていたのかもしれない。

 

 

『兄貴が妹に向かって“殺してやる”なんて……

 

死んでも言うんじゃねぇよ!!!』

 

 

 この人は護れなかったんだ。

 

 “姉”を護れなかったんだ。

 

 だから妹は死んでも護る。

 そして、強くなって姉も護る。

 

 いずれ、大きな存在全てを護る。

 

 その覚悟をしたんだ。

 

 自らの弱さを知っているから、だから護りたいんだ。

 

 

 ──その瞬間、あたしはこの人を()()()()と思った。

 

 

 あたしを護ってくれたのは黒崎くんだけじゃない。

 

 たつきちゃんはあたしの手を引いてくれた親友だ。

 

 

 お兄ちゃんはあたしの髪を綺麗だと褒めてくれた。

 でも、中学の時に「その髪が気に入らない」って言われて同級生に髪を切られた。

 お兄ちゃんを心配させないために気分転換なんて言ったが、その時は酷く傷ついた。

 

 何がいけなかったのか。

 何が悪かったのか。

 何か気に入らなかったのか。

 何がきっかけだったのか。

 

 全く分からなかった。

 

 ただただ、悲しかった。

 

 

 そんなあたしを護ってくれたのがたつきちゃんだった。

 

 

 あたしに向かって怒ってくれた。

 あたしの話を真剣に聞いてくれた。

 あたしの側にいつもいてくれた。

 

 また髪を伸ばせたのもたつきちゃんのおかげだ。

 

 あたしはもう髪を短くする事はない。

 

 だって、あたしの髪の長さはたつきちゃんへの信頼の証だから。

 

 

 

 目の前でたつきちゃんが苦しそうな顔をしている。

 

 たつきちゃんの周囲にはたくさんの生徒がいる。

 

 虚はその向こう側で気色悪い声で嗤っている。

 

 なんでそんな事が出来るの? 

 虚だから? 

 人の心が分からないから? 

 だから、他の人を操って酷い事が出来るの? 

 分からない。

 あたしには分からない。

 

 

 でも、たつきちゃんは弱い人を傷つけない。

 

 

 たつきちゃんは自分の事を卑下する事がある。

 

 黒崎くんみたいにはなれないって、どこか諦めたような寂しそうな笑顔をする。

 

 

 そんな事ない!! 

 

 

 たつきちゃんは凄いんだ! 

 

 あたしのヒーローなんだ! 

 

 だから、そんなたつきちゃんを助けたいんだ! 

 

 

 

 

 必死に誰かを護ろうとする黒崎くんも! 

 

 

 

 必死にあたしを護ろうとするたつきちゃんも! 

 

 

 

 あたしにとっては憧れで、大切で! 

 

 

 

 でも、それだけじゃ駄目なんだ! 

 

 

 

 あたしは護りたいんだ! 

 

 

 

 大切な大切な、あたしの大切な人たちを護りたいんだ!! 

 

 

 

 もう護られるだけじゃ、駄目なんだ。

 

 あたしは前を向く。

 

 たつきちゃんを見る。

 

 正気を無くした生徒たちを見る。

 

 

 奥にいる、虚を見る。

 

 

 

 立ち上がる。

 

 足が震えて笑っている。

 

 だからなんだ。

 

 

 あたしの願いは、想いは、──今ここで、固まった。

 

 

 

 

 

 

 ──“憧れ”だけじゃ、護れない!! 

 

 

 

 

 

 

 あたしの霊圧が吹き上がる。

 

 

 

 あまり理解できていなかったモノが、今では手に取るように分かった。

 

 

 

 

 

『な、なんだい、コレ!?』

 

 

 虚が喋る。

 

 心を無くすってどんな感じなんだろうか。

 

 あたしの今抱いている気持ちは分からないんだろうか。

 

 少し悲しく感じる。

 

 だから、きっと虚は心を求めるのだろう。

 

 でも、この虚はやっちゃいけない事をしたんだ。

 

 あたしの大切な人を、傷つけようとした。

 

 

 

 今はそれだけで、あたしの気持ちは十分に前へ向かえる。

 

 

 

「たつきちゃんは言ってたね、ケンカを売る人を間違えたって」

 

 

『何が……!?』

 

 

「でもそうじゃない、あなたは傷つける相手を間違えたのよ」

 

 

 前を見る。

 

 

 前を見る。

 

 

 前を見る! 

 

 

 怖気づくな! 

 震えても良い。

 

 歩みを止めるな! 

 少しずつで良い。

 

 後悔するな! 

 泣いても良い。

 

 でも、

 

 

 

 

 

「たつきちゃんを傷つける人を、

 

 

あたしは絶対に許さない──!!」

 

 

 

 



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接触…だと…!?

 

 はい、雨竜くんの撒き餌入りましたー! 

 

 と言う訳で、俺はある程度の距離まで上空へ上がった状態で霊圧遮断コートを纏い皆の活躍を観察していた。

 

 

 お、チャドぉ! 

 

 彼の右手が真っ赤に燃えるぅ! 皆を護れと轟き叫ぶぅ! 

 いや、色的には真っ黒なんだけどさ。気分的には真っ赤。真っ赤な誓い的な。

 的な的な? 

 

 あ、今度はたつきちゃんが覚悟を決めたようだ。

 

 今までにない霊圧の上昇を感じる。

 でもなぁ、君はなあ……。

 尸魂界までルキアを一緒に助けに行くとか言い出したらどうしよう。

 まあ、もう既に結構な原作ブレイクが起きている気がするので今更ではあるが。

 

 そして織姫ちゃんが ”盾舜六花 ”を発動! 

 

 ”しゅんしゅん”って響きがなんか可愛いよね。織姫ちゃんっぽい。(個人的な感想

 でも能力はぶっ壊れチートなんだよなぁ。

 やってる事はヒーラーなんですけれど。

 

 ただ、六車さんとの稽古の経験で、後々にもしかしたら別の使用法を思いつく可能性はある。

 

 織姫ちゃんは強キャラの素質あるからねー。

 

 

 あ、大虚(メノス・グランデ)だ。

 

 

 よっしゃ、苺! 

 やったれー! 

 

 なんて心の中で皆の活躍をキャッキャしながら見守り俺は周囲の虚を狩っていく。

 

 だってねぇ……。

 雨竜くん、これで一般人に被害出たらどうする気だったんじゃろ。

 とりあえず、俺がカバー出来る範囲は何気に広いので可能な限り虚を駆逐していく。

 

 鬼道とか使ったら即バレしそうなので瞬歩と斬魄刀による一刀両断だ。

 

 俺の瞬歩は当時二番隊隊長を務めていた”瞬神”夜一さんとタイマン張れる練度である。

 流石に瞬閧は出来ないけどね。

 ……もしかして今なら出来る? 

 や、試す機会とかないけどさ。

 

 なんて呑気な事を考えていたら一護の霊圧の上昇を感じた。

 

 うんうん、良い感じに刺激されたようで何より。

 斬月のおっさんもこれで諦めてくれたかな? 

 なんか予想よりも覚醒が遅いんだよね。原作通りではあるけれど。

 

 六車さんとの特訓で基礎は出来てるし、霊力の知覚も把握している。

 霊圧コントロールは上手くないけど、でも全く出来ていない訳でもなし。

 

 ただ、霊圧の気配が俺のに酷似していたから、まだ斬月のおっさんは力を貸していなかったのだろう。

 

 今の霊圧は俺とは結構違う。

 まあ、部分的に似てるなって気配ではあるんだが、今までとは毛色が異なる感じだ。

 ルキアに貰った時も変化は起こっていたが、今ほど大きなものでもない。

 

 とりあえず、これで浦原さんとの特訓で”斬月”の名くらいは聞けるだろう。

 

 しかし、結局ルキアを浦原さんに紹介出来なかった。

 

 このイベントが起きたってことは今日か明日あたりにでも白哉と恋次がルキアを攫いに来るんでしょ? 

 浦原さんが必死になってルキアから逃げまくるから、どうしても紹介するタイミングが掴めなかった。

 

 良いのか? 

 

 ま、いっか。

 もうどうしようもなさそうだし。

 

『絶対に恨まれてます、殺されます……。一心サンに対する朽木サンの反応見たでしょ!?』

 

 なんて弁明があまりに必死だったので「お、おう……」なんて心の中で戸惑った肯定をする他なかった。

 

『那由他サンは言葉が足りません! 知ってましたけど、知ってましたけどね!?』

 

 俺がなんで説教紛いの愚痴を聞かされるのかは分からんかった。

 そんなん200年間そうなんだから、今更変えられんわ。

 これには鉄裁さんも苦笑い。

 

 いつの間にか浦原商店に住んでいたジン太くんと(ウルル)ちゃんはポカンとしていた。

 

『おい、店長。那由他に迷惑かけてんじゃねぇよ!』

 

 少し前まで近所のクソガキに混じって俺に水鉄砲を向けていたジン太くんも少しは俺を大事にする気になってくれたようで何よりです。

 健気に俺を庇ってくれる姿に思わずキュンときてしまったので頭を撫でてあげたら真っ赤な顔して手を払われた。

 ええぇ……。

 

 雨ちゃんには俺の無口・無表情・不愛想な圧が怖かったらしく、当初は相当避けられていた。

 すごく、悲しいです……。(小並感

 ただし、最近では自分と同じ人見知りなのだと、逆に親近感を持たれたようで懐かれ始めている。

 すごく嬉しいです! 

 

 まあ、そんな感じで原作では苺の助っ人に登場した浦原さんは俺にその役目を丸投げ中である。

 

 俺が雨竜くんの前に登場しなきゃ駄目なんかなぁ……。

 苺が大虚を倒せても有象無象のフォローはしてあげなきゃいかんしなぁ。

 

 まずは雨竜くんと苺が友情を育むまで待とうか。

 俺の活躍なんて必要最小限で良いのだ。

 

 苺も原作より強いし、もしかしたら俺の助けもいらんかもしれ──あ、マズイ。

 

 

 俺は最高速度で苺たちの元へ隕石の如き勢いで突撃。

 

 苺と雨竜くんのカバーしきれそうにない虚を粉々に粉砕した。

 あ、やべ。

 ちょっと焦って勢いつけすぎたわ。

 

 

 めっちゃ派手な登場になってしまったんご……。

 

 

「な!?」

 

 苺が俺の登場に目を丸くしている。

 まあ、驚くよね。

 

 それでも君の相手は大虚だ。

 

 

 余所見してると──死んじゃうよ? 

 

 

「ぐっ!?」

 

 そら見たことか。

 苺は大虚の蹴り一発で数メートルを吹き飛ばされる。

 

「この、やろっ!」

 

 それでもすぐに立ち上がる姿は非常にカッコイイ。惚れるわ。

 さっきも雨竜くんから聞いたお爺ちゃんの話で啖呵をきってたし。

 雨竜くんも自分の間違いと苺の真っ直ぐな態度で少しは彼を見直せたようだ。

 

 良いよね~、これぞ主人公って感じだよね! 

 

 さて。

 大虚相手に吶喊繰り返しても今の君の霊圧じゃ少し厳しいかなー。

 今の時点でも大虚も痛がってはいるようで攻撃は効いてるみたいだけど、倒すには随分と時間がかかりそうだ。

 原作よりは明らかに強いんだけど、流石に大虚に楽勝なんてレベルではない。

 

 近くを確認してみると、ルキア、チャド、織姫ちゃん、ついでにたつきちゃんの霊圧を感じる。

 少し遠くからは浦原さんをはじめとした皆の霊圧も。

 

 つまり、ちゃんと苺の活躍を皆が見れている状態にはなれたわけだ。

 重畳、ちょうじょー。何とか原作展開っぽい感じにはなってはいるので結構です。

 細かい点は見て見ぬフリだ、いいね? 

 

「一護、制御がなってません」

 

 とりあえずアドバイスっぽいものだけしてあげる。

 

「くっそ! 黙って見てろよ!?」

 

 男の子だねぇ。

 何? 俺にかっこつけたいの? か~わ~い~い~!! 

 手伝いたくなっちゃうから止めてよ~! 

 

「黒崎ではアレに勝てない! 那由他さん、でしたよね。ここは一先ず撤退して……!」

「何を言っているのですか」

「え……?」

 

 今逃げたら苺のカッコイイシーンが見れないだろぉ!? 

 

「信じなさい」

「信じ、る」

「私の一護は、強いですから」

 

 や~ん! ”私の”、なんて言っちゃったぉ~! 

 ちょっとテンションが可笑しくなってきてる。

 完全に心が乙女モードだ。

 ……何かキショイな。

 

 ええい、細けぇ事は良いんだよ! 

 

「何故、信じられるのですか? 貴方は死神だ! 人間じゃない!」

 

 おん? 

 何言ってんじゃこいつ? 

 

 まだこの時期の雨竜くんは捻くれてるからなぁ。

 他の人を巻き込んででも死神より優れている自分をアピりたかったんじゃろ? 

 まあ、誰に? って疑問はあるんだが……。

 自分の中の誇りやケジメみたいなもんかね。

 

「死神が”人”を信じたら駄目なのですか」

 

 ここは俺の苺愛について語ってやろう。

 そうすれば、君も原作みたいに苺との仲間意識を持てるでしょうさ。

 

「理屈よりも、大事な気持ちがあるのです」

「大事な、気持ち……」

「貴方は、何故、滅却師になったのですか」

「それは」

「お爺様と私は知り合いです」

「何だって!?」

 

 思い出すなぁ。

 竜弦さんと叶絵さんの結婚式の時、宗弦さんともお話ししたっけ。

 死ぬときは見てたけど、何かマユリ様が再利用するんでしょ? 

 下手にちょっかいかけて護廷に見つかっても嫌だったし。見て見ぬフリをしてしまった。

 ゴメンよぉ、宗弦さん……。

 

 しかし叶絵さん……あ、なんかちょっと悲しくなってきた。

 

「私にとって、とても尊敬できる方でした」

 

 叶絵さん、めっちゃ良い人だったからなぁ。

 亡くなった時は普通に悲しかったんよ。原作通りだけどさ。

 

「ならば! 何故、助けなかった!!」

 

 雨竜くんが吠える。

 

「助けたかった」

 

「なん、だと……?」

 

 でも叶絵さんって体が元々弱かったし、元気な真咲さんも結局救えなかったし……。

 俺の力じゃ無理だったんだ。

 運命力って言うんかな。

 ”オレ”も”天輪”も亡くなって当たり前、みたいな感じだったしさ。

 

「私の力不足です。しかし、無かった事にする気はありません」

「貴方ほどの力でも、救えなかったのですか……」

「私は神ではありませんので」

 

 あの人の微笑みを覚えている。

 あの人の優しさを覚えている。

 あの人の慈しみを覚えている。

 あの人の悲しみを覚えている。

 あの人の温かさを覚えている。

 あの人の愛しさを覚えている。

 あの人の苦しみを覚えている。

 

 あの人の、遺言を覚えている。

 

 

『那由他さん、竜弦様と、雨竜を……よろしくお願いいたします』

 

 

 俺は貴方の願いを叶えるよ、きっと。

 

 貴方の名前のように、絵に描いたような素敵な光景を叶えてみせる。

 

 それが、俺に出来るせめてもの手向けだ。

 

 

 

 だから雨竜くん、君には何としても苺の仲間になってもらわなければならん。

 

 

 

 やっばい。

 

 ちょーしんみりしてしまった。

 

 

「だから、貴方も目を背けてはなりません」

 

 雨竜くんは俺の言葉に従ったかのように、未だ果敢に大虚へと立ち向かう苺へと視線を向ける。

 弓の撃ち過ぎで血が滲んでいる拳をギュッと握っている。

 

 うんうん。

 これで少しは死神を信じる気にもなったでしょ。

 

「僕は、死神が嫌いです」

 

 せやろな。

 でも何だかんだ苺の事を仲間として信頼するから俺は君の事が好きだよ。

 

「でも、那由他さんの事は信じても良いと思いました」

 

 え、俺? 

 ちゃうやん、信じるのは苺やん。

 あれ、おかしいな……? 

 

「貴方が持つ高潔な精神は、僕の道に背きません!」

 

 そういうと、雨竜くんは苺の方へと走っていった。

 

 え、ちょ、ま!? 

 苺の邪魔せんといて!? 

 

「黒崎!」

「んだよ!?」

「那由他さんに、恥ずかしい恰好見せても良いのか!?」

「……あん?」

 

「死神は気に入らない! でも! 

 

 

 ──那由他さんを、僕は信じよう!!」

 

 

「……へっ! 当たり前だろぉが!!」

 

 ん~~~~!!?? 

 

 何か、思ってたんと違うんじゃがぁ!? 

 

 ハッ! そうか! 

 苺の良い点について語ろうと思っていたのに、結局は叶絵さんについてしか語ってねぇ!? 

 だから俺は計画立てちゃ駄目なんだよねぇ。行き当たりバッタリすぎる。

 

 これはお兄様も見限りますわ。

 

 あ、大虚の霊圧が高まってる。

 これはアレが来ますね。

 

虚閃(セロ)

 

「「!?」」

 

 俺の呟きみたいな言葉が二人の男子に届いたようだ。

 言葉の意味は分からないまでも、どうやら大虚が何かする事は分かったようである。

 

 

 

「「うおぉぉぉぉぉ!!!」」

 

 

 

 結果から言おう。

 

 

 大虚、倒しちゃったぁ……。

 

 

 撤退じゃなく。

 

 

 しかも苺一人じゃなくて、何故か雨竜くんまで参戦。

 

 

 

 う~~ん。

 

 これだけの霊圧をバラ撒けば護廷には速攻で情報が届くだろうな。

 もしかして、今夜の内にでも白哉と恋次が来ちゃう? 

 原作だと次の日だった、気がするんだけど……。

 

 

 ま、なんとかなるやろ! (思考放棄

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

『俺の姉貴は、虚に傷つけられた』

 

 

 僕──石田雨竜は今日の出来事と黒崎の言葉を思い出す。

 

 実力の程は底が知れず、常に無表情で何を考えているのか分かりにくい人、藍染那由他さん。

 

 それでも、彼女が日々虚を倒す姿や今日の振る舞いを鑑みるに、彼女は相当強い。

 それこそ僕が足元にも及ばない程度には。

 

 そんな彼女が、昔大怪我を負った事があるという。

 

 初めは信じられなかった。

 

『なんて言うか……俺は俺の同類を作りたくねぇんだ』

 

 黒崎の言葉が蘇る。

 

『私の一護は、強いですから』

 

 那由他さんが黒崎に寄せる信頼に胸が苦しくなる。

 

 あの時は咄嗟の事でつい下の名前で呼んでしまったが、今振り返ると恥ずかしい。

 僕が女性を下の名前で呼んでしまうなど今まで一度もなかった。

 かと言って、今更上の名前で呼ぶと不自然だろうか。

 

 僕らしくない悩みに頭を振ってしまう。

 

「はあ……僕らしくない」

 

 本当にそうだ。

 あの家族には振り回されてばかりいる気がする。

 

 何だかジッとしていられず家を飛び出し、何とはなしに夕飯を買いに出てきてしまった。

 

『那由他さんに、恥ずかしい恰好見せても良いのか!?』

 

 自分が黒崎にかけたセリフに今更ながら赤面してしまう。

 まるで僕もあの人に良い恰好を見せたいみたいじゃないか。

 

 那由他さんが黒崎を見つめる視線には、愛情がこれでもかと籠っていた。

 

 あまり彼女との接点はない。

 時々、虚を退治する彼女や黒崎たちと一緒にいた姿を見た程度だ。

 今日までは話したことすらなかった。

 

 だからこそ、彼女の感情が予想以上に大きなものである事に触れ、僕は動揺してしまった。

 

 何となく、あの人は僕の母に似ている。

 

 正直、あまり覚えてはいない母の姿。

 それでも時々思い出すのだ。

 母が僕に語ってくれた、親友とも呼べるような友人の話を。

 

『何か困った事があれば、那由他さんを頼りなさい。あの人はきっと力になってくれます』

 

 滅却師としての修行を始めたばかりの頃。

 病床に伏してしまった母へのお見舞いがてらで良く聞いた話だ。

 

 幼い時分は母が他の人の話をすることに軽い嫉妬を覚えていた。

 しかし、母が微笑みながら話す那由他さんとやらはどんな人なのだろうかとよく考えてもいたものだ。

 

 恐らく、今日あの人を下の名前で呼んでしまったのは母の影響だろう。

 

 またしても顔が赤面してくる。

 本当に僕らしくない。

 

 何なのだ、あの人は。

 

 死神のくせに……。

 

 いや、違うな。

 

 師匠の言葉も思い出す。

 

 あの人は、人と死神を分け隔てなく救いたいと思っていた。

 

 その意志を体現しているかのような彼女の姿に、僕は自分の浅はかさを思い知らされたんだ。

 

『石田。どんな理由があろうと、テメーが持ち掛けた勝負は山ほどの人間を巻き込むやり方だ』

 

 その通りだった。

 

 黒崎が静かに僕へ怒気を向けた表情は、彼の信念によほど反していたのだろう。

 僕だって同じはずだった。

 師匠の理念に憧れ、僕もそうなりたいと思っていたはずなのに。

 

 僕は今日、多くの人を危険に晒した。

 

 何故、あんなことをしてしまったのか。

 自分の短慮が招いた事態に苦虫を噛み潰したような顔をしてしまっているのが分かる。

 

 だからこそ、だからこそだ。

 

 

 ──今度こそ、僕は”人”を護ろう。

 

 

 師匠に”憧れ”るだけでは駄目だ。

 死神を目の仇にしても現実は変わらない。

 

 ならば、僕は僕に出来る事でもって、人を護ってみせる。

 

 そうしたら、那由他さんは僕の事も信頼してくれるだろうか……。

 

 

 そんな決意を固めた時だった。

 

 

「!?」

 

 少し離れたところから霊圧を感じる。

 かなり強い、しかも死神の霊圧だ。

 

「近くに……これは朽木さんか?」

 

 何が起こっているかは分からない。

 しかし、あまり良くない事のような、そんな直感を僕は覚えた。

 

「護る、か……」

 

 自分の傷ついた掌を見る。

 那由他さんに巻かれた包帯だ。

 

『よく、頑張りましたね』

 

 まるで子供のように頭を撫でられた。

 

 悔しかった。

 

 まるで僕も庇護の対象であるかのような態度。

 

 ──見返してやる。

 

 拳を握った。

 

 僕は護られるだけの存在じゃない。

 そのための力だ。

 そのために努力して手に入れた力だ。

 

 ならば、今度こそ間違えない。

 

 

 静かな決意を胸に灯し、僕は感じた霊圧の方へと駆けだした。

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 ──恋次が一護を切り裂いた。

 

 

 私──朽木ルキアのせいで、大切な友人が傷ついていく。

 

 先ほど現れた石田雨竜も私のせいで今は地に伏している。

 

 

 私の、せいだ。

 

 

 私が軽率に一護へと死神の力を与えたから。

 簡単にあやつへ頼ってしまったから。

 那由他殿と再会出来て舞い上がってしまったから。

 

 多くの人へ迷惑をかけている。

 

 そんな現実に、打ちひしがれる思いだった。

 

 

 いずれ離れなければならぬ場所なら、思慕も信愛も友情も、どれも枷にしかならぬ。

 

 

 分かっていたはずだ。

 

 

 本当に、本当に面倒な事だ。

 

 

 

 ましてや、それを羨んでしまうなど……。

 

 

 

「ワリーな、ここで死んでくれ」

 

 

 

 恋次──幼馴染である阿散井恋次の声が聞こえる。

 

 しかし、その音はどこか遠く感じた。

 

 私は重罪を犯したのだ。

 

 人間である一護に死神の力を与えたのだ。

 尸魂界で裁かれる事など分かっていた。

 

『貴方は私が護ります』

 

 あの日、那由他殿から声かけられた慈愛溢れる言葉に、私は安堵してしまっていた。

 この人に任せれば全て大丈夫だと、思考停止して安寧に身を委ねていた。

 

 恋次の斬魄刀が目に入る。

 

 既に始解した形状だ。

 

 斬魄刀は己の魂の半身。

 その名を聞く事によって、己の力を具象化した形へと姿を変える。

 

 一護はまだ、その領域まで達していない。

 

 当たり前だ。

 つい先日死神としての力を自覚したばかりなのだ。

 如何に才能があろうとも、始解した者とそうでない者の霊圧は数倍にも違う。

 

 今の一護では、恋次には勝てない。

 

 圧倒的な実力差、というほどのものではなかった。

 恋次も多くの負傷を負い、その身は既に満身創痍だ。

 

 しかし、立っているのも恋次だった。

 

 一護は肩口を大きく切り裂かれ地面に膝をついている。

 それでも逃げるぐらいの余力は残っているはずだ。

 傷の浅い内に逃げてくれ。

 

 そう、願っていた。

 

 だが、一護はこんな状況で逃げだす事もないだろう。

 

 それも分かっていた。

 

 

「ハッ! 案外大したことねーな……!」

 

 

「何?」

 

 一護の挑発に恋次が額に青筋を浮かべる。

 

 何をしている。

 

 いくら貴様とて、恋次だけでなく隊長には手も足も出まい。

 

 

 

 

 まだ、後ろに()()()()()()()()と思っている!? 

 

 

 

 

 

「那由他姉様はどこだ! 今すぐに吐けぇぇ!!」

 

 

 

 

二番隊隊長・砕蜂

 

 

 

 

「ねぇ、ボクらって来る必要なかったんとちゃいます?」

 

 

 

 

三番隊隊長・市丸ギン

 

 

 

 

「……」

 

 

 

六番隊隊長・朽木白哉

 

 

 

 

「浦原喜助の姿は……見えんか」

 

 

 

 

七番隊隊長・狛村左陣

 

 

 

 

「チッ! 朽木の霊圧が消えた時点で動いたと思ったが……少し早すぎたかもしれねぇな」

 

 

 

 

十番隊隊長・日番谷冬獅郎

 

 

 

 

 

 

 明らかな過剰戦力だ。

 

 私の霊圧を尸魂界の方で探知できなくなったとしても、これだけの大御所が一度に現世へ訪れるなど通常あり得ない。

 

 隊長格の霊圧は護廷隊士の中でも別格だ。

 その存在だけで現世の霊魂に影響を与えると言われている。

 

 そんな人たちが……5人? 

 

 何かの悪い冗談のように思えた。

 

 勝てる訳がない。

 

 このままでは一護が、殺されてしまう……! 

 

 

 

「お、お待ち下さい!!」

 

 

 

 私の悲鳴じみた声が響く。

 

 もはや周囲に気を使っている余裕はなかった。

 

「何だ」

 

 白哉兄様が答える。

 

 他の隊長格もチラリとこちらへ目線を向けた。

 

「い、一護は既に抵抗するだけの余力を残しておりません!」

「こいつが浦原と繋がってる可能性があんだろ」

「あり得ません!」

「何故、そう言い切れる?」

 

 日番谷隊長、狛村隊長と続く言葉に私の体が幾分か重くなったような気がした。

 

 霊圧を当てられている。

 

 余程殺気立っているようだ。

 

「な、馬鹿野郎! 俺はまだ戦える!」

 

 

 

「人間の分際で、隊長方の話に割り込むでない! 身の程を知れ!!」

 

 

 

「!?」

 

 一護の驚愕の顔に胸が締め付けられる。

 

 お願いだ。

 黙っていてくれ。

 生きてくれ。

 

 私のために傷ついた一護に対し、私はなんと無様で恥知らずな行いをしているのだろう。

 

 済まぬ。

 涙が溢れそうになる。

 

 それでも! 

 

 

 私はもう、誰も犠牲にしたくないんだ──! 

 

 

「なるほど」

 

 白哉兄様の言葉重く広がる。

 

「確かに、この小僧は──()に良く似ている。そして霊圧は()()()に」

 

 息が詰まる。

 

 そうなのだ。

 一護は、海燕殿に似ているのだ。

 

 父は一心殿なのだから、そこまで不思議な事でもない。

 

 そして母は那由他殿。

 

 

 そうなのだ。

 

 

 あの二人の面影をこれでもかと残している一護に、私は情を移し過ぎたのかもしれない。

 

 

「だから俺は──!」

「その場から一歩でも動いてみろ!」

「!?」

 

 

「私は貴様を、絶対に許さぬ……!」

 

 

 一護の表情が変わった。

 

 一瞬だけ呆然とした後、彼は斬魄刀を杖にゆっくりと立ち上がる。

 

 お願いだ。

 止めてくれ。

 

「泣きそうな顔で、そんなセリフ吐いてんじゃねぇよ……!」

 

 恋次に対しては勇勢であった時点で十分だ。

 これだけの隊長に立ち向かっては駄目なのだ。

 

 何故、分かってくれないのだ……。

 

「俺は決めたんだ!」

 

 一護が立ち上がる。

 

 手に持つ斬魄刀を構え、その矛先をこちらへ真っ直ぐと向ける。

 瞳は揺るぎない信念を宿し、その足はしっかりと大地を踏みしめた。

 

 

 

 

「もう、俺の実力不足で、大切なもんを手放さないってなぁ!!」

 

 

 

 私の目から、一筋の涙がこぼれた。

 

「そうか」

 

 視界の端が揺らいだ気がした。

 涙のせいではない。

 何故、私如きの実力で気付けたのかも分からない。

 恐らく、勘のようなものだろう。

 

 それでも、白哉兄様が動いたのが分かった。

 

「おやめください!」

 

 この言葉だけでは止まらない。

 

 すぐに一護の鎖結と魄睡が砕かれた。

 

 このままでは一護が死んでしまう。

 

 なんとしても止めなければ、何か、何か……!? 

 

 

 

 

 

 

「こ奴は──那由他殿のご子息です!!」

 

 

 

 

 

 

 白哉兄様の切っ先が一護の喉元でピタリと止まった。

 一護は反応すら出来ていない。

 目を見開いたまま、驚きの表情で固まっている。

 

 

 

 そして、周囲の空気も固まっていた。

 

 

 

 兄様がギギッと音がしそうな程の歪な動きでこちらを振り返る。

 

 初めて見るような姿に、場違いにも私も驚いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

『なん……だと……!?』

 

 

 

 

 

 

 皆の言葉がハモる。

 

 ど、どうすれば良い、この空気……。

 

 何か思っていたのとは違うが、とりあえず殺害は阻止できたから良しとするか……? 

 

 

 

 

 

 

「一護を殺されるのは困ります」

 

 

 

 

 

 凛とした声が響く。

 

 

 スタッと軽やかな音が聞こえた。

 

 

 

 

 

「私の()()()()()を──」

 

 

 

 

 

 抑揚のない声。

 

 

 一瞬で白哉兄様が距離を取りこちら側へと戻ってくる。

 

 

 

 

 

「殺すつもりならかかってきなさい」

 

 

 

 

 

 

 瞬間、隊長格すら遥かに凌駕する、圧倒的な霊圧の暴風が巻き起こった。

 

 

 

 




ヨ「甥ではない、認めん」
カ「……」


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とある出来事:SSたつきの場合

 

 

 どうしてかは分からない。

 

 けれど、あたしの足はすでに囚われていた。

 

 

「旅禍の一人を確保!」

「連絡を急げ!」

 

 

 あたしは、囚われの身となった。

 

 

 

 

 

 

 

「随分と安い檻だね。壊せそう」

「いやいや、これでも瀞霊廷が誇る牢獄だからね? そんな簡単に壊されたら困っちゃうよ」

 

 あたしの前には、ピンクの色が目立つ羽織を肩にかけた伊達男が笑っている。

 妙にムカつく。意味はない。

 

 

「君は侵入者として捕まったわけだけど、暴れた理由とか話してくれない?」

「そんな尋問で話すと思ってんの?」

「話さなくても分かる事はあるからねー」

 

 その瞬間、あたしは情報を渡さない事に徹した。

 師匠から教わった無視・無表情・無感動だ。

 師匠は言っていた。こういったタイプをどう言うか。

 

 こいつ、クソみたいに嫌らしいやつだ……!

 

「なんか不当な名称を与えられた気がするけど、どうしよっか」

 

 ヘラヘラとした顔がなんとなく昔の一護を思い出す。

 最近は見なかったが、見覚えがあった。

 ただ、こいつは一護みたいに素直じゃない。腹を見せてない面倒なタイプだ。

 

 

 

「僕は京楽春水っていう、まあ、それなりの立場の人なんだけど」

「だから?」

「返答してくれてありがと。だから君の友達がどうなってるか気になってるかなって」

「……」

「大柄な男の子は捕まったね。あと、細身のメガネの子も」

 

動揺させようとしている。

それくらいは、あたしでも分かる。

ただ、この後どうしたら良いのか分からない……。

 

 

「あと、そうだ」

 

 

少し勿体ぶるように男は人差し指を立てて笑った。

 

 

 

 

 

 

「素敵な女性は、一人いたよ?」

 

 

 

 

 

 

「織姫に何しやがったぁ!!!」

 

 

 

「そっか、彼女は織姫ちゃんって言うんだね。これはオレンジ頭くんにも使えるかなぁ」

 

 

 本当に、あたしは交渉とか舌戦はしたらダメなんだろうな。

 

 

「こいつ!? 織姫に何かしたらタダじゃおかないから!!」

 

「君がどうするって?」

 

「……!?」

 

「僕は何をするとも言っていないから、君が何をしたいのかも分からないな」

 

 

 

 とんだ、とんだクサレ道化師だ!!

 

 

 

「……あたしは、大切な人を守りたいから強くなったんだ」

 

「素敵な事だ」

 

「それを守れてないのが現状だ」

 

「悔しいねぇ」

 

 

 

「だったら、テメェを倒すには何かが知りたいよ。今のあたしじゃぁ、倒せないからねぇ」

 

 

 

「……そっか、それだけ大切な人だった訳だ」

 

 

 

「理解できなかったか? クソ野郎?」

 

 

 

「いいや、理解できたよ」

 

 

 

 

 

「だったら一発殴らせろ!!」

 

 

 

 

 

「残念ながら、それはできない」

 

 

 

 

 

 

 

 額に当てられた指先から霊圧が迸り、あたしは意識を手放した。

 

 



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予測…だと…!?

遅くなっちゃってすみません!


『那由他はきっと護廷を誘導しようとしている』

 

 ボクは現世に来る前に聞きはった藍染隊長の言葉を思い出す。

 

『朽木ルキアを現世に派遣させたのは那由他の今後の動向を監視する目的が強かったのだが……。朽木ルキアの魂魄に崩玉を忍ばせ、英雄に試練を与えようとしている。そして、その仲間集めも怠っていない。つまり、早々に何か動いてくるだろう』

『ボクには難しい事はよう分かりませんわ』

『何、簡単な事さギン。何かこちらがアクションを起こせば良い。そうすれば那由他が良いように扱ってくれるだろう』

 

 この信頼感の高さ。

 

 いやぁ、那由他ちゃんは相変わらずどこまで考えてはるんやろか。

 気味が悪くて仕方あらへんわ。

 

『那由他は己の力、”霊王の目”を使いこなしている。それは今までの出来事が全て彼女の思惑通りに進んでいる事から明らかだ』

『思惑通り?』

『そうさ、要。彼女は英雄を用意すると同時に、その存在に比肩しうる力を持つ者を見出した。中でも──有沢たつき。彼女は要観察だね』

『現状ただの人間ですが……。それよりは明らかな力の発現が認められた茶渡泰虎や井上織姫の方が重要な戦力になるかと』

『それは彼女の考えの表面しか読み取れていないよ、要。有沢たつきの真価はその霊圧探知能力にある。黒崎一護のライバル的ポジションについている事と言い、那由他は彼女こそ黒崎一護の成長に必要な人材だと考えているだろうね』

 

 目の前で吹き荒れとった那由他ちゃんの霊圧が段々と落ち着きはる。

 

 砕蜂ちゃんや狛村隊長は白目剥いて倒れそうになっとるし、朽木隊長は落ち着かない感じやな。

 日番谷隊長はポカンとした顔で固まったままや。

 

 こら皆情報を処理しきれとらんな。

 

 まあ、何でルキアちゃんがそないな勘違いしとるかボクにはよう分からへんけど……何や面白そうやし黙っとこ。

 

『そして、那由他はこう考えているはずさ。英雄の試練の一つに朽木ルキアを使い、黒崎一護を瀞霊廷へ送る。そして、朽木ルキアを救い出した瞬間に、次は那由他自身が彼の大義名分となって僕を打倒するように誘導。僕の壁として前に立ってくれる事だろう。黒崎一護の仲間の中では井上織姫を連れ去るのも良いだろう。そこは那由他の後で良いがね。彼女たちの力を狙ったと護廷に誤解させるには十分だ』

『……つまり、那由他様は藍染様が護廷を離れる際にワザと藍染様に戦いを挑み、負ける事で英雄の更なる進化を促す、と?』

 

 東仙隊長の理解が早すぎてボクが焦ってまったけど、ここではルキアちゃんを持ち帰ればええんやろ? 

 まさかルキアちゃんがこないな勘違いをしとるとは思っとらんかったけど。

 

 せやけど、那由他ちゃんがその勘違いに乗るような言動をとっとるゆう事は……ここは勘違いさせたままの方がええゆう事やろか? 

 

 今ここで那由他ちゃんや藍染隊長の邪魔をするんは得策やない。

 まだ早い。

 

 せやったら、ここは大人しくボクも動揺しといた方がええんやろな。

 

「どういう、事だ」

 

 お、朽木隊長が一番はよ復活しはった。

 意外やな。こん人まだ那由他ちゃんの事を忘れられてない思っとったんやけど。

 

「何故、兄が黒崎一護を庇う」

 

 あ、アカンわ。

 

 まだ頭が現実に追いついとらん。

 ここは一応、フォローしといた方がええんかなぁ。

 

「まさか現世でお子さん作っとるとは思いませんでしたわ、那由他隊長……ああ、今は那由他さん、なんて呼びはる方がええんかな?」

 

「那由他姉様にお子がいる訳がないだろう!?」

「那由他隊長のお子を傷つける訳がないだろう!?」

 

 ……もうこの二人、頭ん中がアカンわ。

 砕蜂ちゃんも狛村隊長も自分の仕事を忘れてはる。

 

 この人心掌握術は藍染隊長そっくりですわ。

 

 いや、頭ん中でどんだけ色々な事考えとるか分からん思考能力も桁外れなんやけどな。

 

「何や、そない驚く事ですか? そら二十年も人間として暮らしとったら子供の一人や二人くらい」

 

「三人いますが」

 

「  」

 

 あ、砕蜂ちゃんが倒れてもうた。

 

 ああ、そうゆう事ですか?

 

 

 ――ここで隊長格の戦力を削って強制的に尸魂界へと撤退させる。

 

 

 ホンマのボクらん仕事はルキアちゃんを囮にした浦原喜助の捕捉と処分。

 それが分かってんやろな。

 

 なら、表向きの理由であるルキアちゃんをさっさと連れ帰れば、黒崎一護が尸魂界へ向かう理由もできはるし、何より浦原喜助を動かす事も出来る。

 

 なんやかんや浦原喜助が動くんならボクらは結局損せえへんし、護廷としても黒崎一護を迎え撃つこれでもかゆう大義名分ができはる。

 例え那由他ちゃんの息子(笑)ゆうても、浦原喜助が裏で関わってんなら護廷が動かんはずがあらへん。

 

 更に言えば、ここで志波──ああ、今は黒崎一心ゆうんか──の名前を出せば護廷の反感を買えるやん。

 

 藍染隊長が「殺す」ゆうてはるんは那由他ちゃん知らんはずなんやけど……完璧なフォローやな。

 これで藍染隊長が手を下さんでも黒崎一心を処分できる下地が出来上がっとる。

 しかも、これで父親まで失えば黒崎一護は精神的にかなり追い詰められるやろな。

 

 そこでトドメの、ルキアちゃんを救えた思ったら今度は那由他ちゃんが藍染隊長に連れ去られる、と。

 

 那由他ちゃんは英雄を信じてはるみたいやし、その負荷が藍染隊長の壁になる成長に必要なんやろ。

 で、藍染隊長は自らを高める恰好の踏み台を手に入れる、と。

 

 

 うわ~、この兄妹えげつない事考えてはるわ……。

 

 

 ここまで予想して出てきたっちゅう事やん? 

 そら藍染隊長も『那由他に任せて良い』なんて言いますわ。

 

 ん? 

 

 せやったら、藍染隊長と仲悪いフリしとるボクは那由他ちゃんとも仲悪い方がええんやろか? 

 那由他ちゃんと会うんは20年ぶりくらいなんやけど……どういう感じで会話すればええん? 

 

 こら難易度高いですわぁ~。

 

 まあ、とりあえず那由他ちゃんに丸投げしときましょ。

 

「そないな霊圧振りまいても、殺気は込められてへんから大してこわないですよ?」

「これは……」

 

 何や言い澱んでもうた。

 マズイ質問だったやろか。

 

「威嚇、か」

「それです」

 

 朽木隊長の反応に速攻で食いつきはった。

 ああ、そこは察しておいてほしかったんやな。

 

 いや、せやからボクにそないな期待されても困るんですけど……。

 

 アカン、お腹痛くなってきはった……。

 

「……我らの標的は兄も気付いていよう」

「ルキア、のはずです」

「表向きは」

 

 那由他ちゃんの顔が渋くなった気がしはる。

 あの様子ならまだ浦原喜助は黒崎一護に隠したいゆう事やろか。

 

 流石にボクらの目的に気付いていない、なんて事はありえへんやろ。

 

「那由他姉様……お、おおおお、おっ、相手は、は……?」

「何のでしょう」

「黒崎一護の父君はどなたなのか、ワシも聞きたく思いますぞ」

「一心殿です」

 

 はい、黒崎一心の処刑が決まりましたわ。

 これで藍染隊長もご満悦やろ。

 

「……殺す。二撃もいらん。一撃で殺す。確殺だ。卍解でもって確殺だ」

 

 砕蜂ちゃんの瞳から光が消えてもうた。

 まあ、前からの入れ込みようは知っとったけど、那由他ちゃんの誘導はえらい凄いなぁ。

 

 じゃあ、ボクはあと何すればええんやろ。

 

 ああ、黒崎一護でも焚きつけとけばええんやろか? 

 他にはルキアちゃんをさっさと持って帰るくらいやし? 

 

「ち、違ぇ!?」

 

 と、思っとったら黒崎一護が何や声を上げた。

 

()()()は俺のお袋じゃねぇ!?」

 

 

『なん……だと……!?』

 

 

 あ、固まっとった人たちが一斉に息を吹き返しよった。

 

 いや、これマズイんとちゃう? 

 那由他ちゃんの計画的にアカンとちゃう? 

 

 う~ん、黙らせた方がええんやろか? 

 

「君は黙っとき」

 

 ボクは瞬歩で彼の背後へ移動、意識刈り取るくらいの強さに調節した手刀を振る。

 

「一護は殺させませんよ」

 

 何で那由他ちゃんが邪魔するん……!?

 

 振ろう思た手首をがっしり掴まれてんけど。

 その速度なんなんやろ。ボク、これでも現役護廷の隊長ですやん? 何で現役退いて20年も経っとる人の動きに追いつけないん?

 こん人、現世で人間やっとったんやろ?

 

 ボクのこれまでの努力とか軽く超えてくる才能に理不尽しか覚えませんわ。

 

 あれ?

 

 そもそも、何かボク間違った事したんかな?

 那由他ちゃん助けるつもりやってんけど。

 

 分からんわぁ~……。

 

 まあつまり、アホみたいな勘違いは直してええゆう事ですか。

 もっと誰にでも分かりやすく誘導してくれはりませんかね。

 

 帰った後で藍染隊長に霊圧あてられるのだけは勘弁したいんですわ。

 

「貴様、市丸! 那由他姉様になんて事をする!!」

 

 砕蜂ちゃんもかぁ~。

 もうボク黙っときますわ……。

 

 泣いてもええんちゃうかな。

 

「産みの親が違おうと、この子は私の息子です」

「だから違っ!? いつまで俺の事をガキ扱いすんだよ!?」

 

 そら護られとる内はガキ扱いやろ。

 何言っとるん、この子。

 

『那由他は黒崎一護の精神の拠り所となっている。彼女にとっては自身が傷つく事も計算の内だろう。そして、その絶望こそが英雄の進化に必要な過程であると見据えている。その点はよく覚えていてくれたまえよ、ギン』

 

 ああ、藍染隊長がなんやそないな事を言ってはったなぁ。

 

 う~ん? 

 

 とりあえず那由他ちゃんを少し斬ったらえんやろか。

 ああ、そうすればボクが護廷から睨まれて藍染隊長が自由に動けるんやな。

 

 憎まれ役か~。

 

 まあ、ええんやけど。今更やし。

 

「では、那由他姉様が好意を抱いている人物はいらっしゃるのですか!?」

 

 砕蜂ちゃん、まだその話続けるん? 

 

「私の好きな人はいますよ」

 

 

 

『なん……だと……!?』

 

 

 

 この下り、何回続けるん? 

 流石にもう飽きてきたんやけど。同じボケは二回までですやろ。

 

「ワシの知っている方でしょうか!?」

「ええ」

「私の知っている奴ですか!?」

「はい」

「……私の知っている者か?」

「もちろん」

「お、俺は……?」

「そうですね」

 

 何で皆一斉に聞いてはるん? 

 もうややわぁ、ボクまで聞かなあかんやないですか。

 

 なんや、適当にお茶らけとればええやろ。

 

 

「ボクの事が好きなんですか~?」

 

 

 

 

 

「好きですよ」

 

 

 

 

 

 

『……は?』

 

 

 

 

 

 

 あ、これアカン。

 

 地雷踏んだわ。

 

 

 

「い、いいいいいいいい市丸ゥゥゥゥゥゥ!!??」

「市丸隊長は兄君と仲が悪くて有名ですぞ、那由他隊長!?」

「おま、馬鹿!? それをここで言うか!?」

「……」

「に、兄様!? お気を確かに……!」

 

 え、もしかして那由他ちゃんの抹殺対象にはボクも含まれとるんですかね? 

 ボクが藍染隊長とか那由他ちゃんの隙を伺ってはるんバレバレ? 

 牽制? 嫌がらせ? 考えなし……な訳ないやろなぁ。

 

 まあ、これでボクの行動に対する注目度が抜群になったんやけど、なんやろ。

 

 

 

 

 納得できへんわぁ……。

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 早くルキア連れ帰ってくれないかな~……? 

 

 何故か隊長たちがわちゃわちゃし始めているから逃げても別に良いんだが、それだと俺がルキアを見捨てたみたいに見えちゃうじゃん。

 現時点で苺からあんまり疑いの眼差しは受けたくないんだけどなぁ。

 

 市丸だけじゃなくて皆好きだよ? 

 

 BLEACHに出てくるキャラは基本的にみんな好きだし。

 特に好きなキャラが苺とルキアってだけで。

 

 ただ、調子乗って苺の母親気取ってみたけど、本人から全力で否定されて結構悲しいんじゃ。

 

 霊圧ブッパしたのは、なんて言うか、ほら、ルキアが苺の事を俺のご子息なんて言うからさ。

 ちょっとテンション上がっちゃった。てへぺろっ☆

 

 周囲の整に影響与えたらマズイからすぐに控えたけど。

 白哉のフォローが光るね。俺的にポイント高いよっ!

 

 昔馴染みだし始解の訓練にも付き合っていたからか、市丸くんよりかは好きかもしれん。

 

 まあ、君には緋真さんという永遠の恋人がいるから俺なんかいらんだろうが。

 あと、そいぽんもワンちゃんも可愛いよね~。

 なんかじゃれてくる近所の子って感じ。

 冬獅郎きゅんには桃ちゃんがいるんだから、俺は出しゃばりません。

 

 ただ、現状のカオス具合がよく分からん。

 

「散れ”千本――」

「兄さまぁぁぁ!!??」

 

 一護もショック受けてるし、ルキアは何か向こうでキョドってるし。

 というか白哉のキャラ崩壊が酷い。 

 限定霊印受けてても霊圧が抑制されるだけで始解も卍解も出来るからね。

 でも被害者(?)であるはずのルキアが必死に兄の始解を止めている姿は何というか、シュール。

 市丸くんは無言でお腹さすってるし。

 

 なんなん? 

 

 まあ、一応苺のフォローでもしとく? 

 

「私が一番愛しているのは一護ですよ」

「それ母親としてだろぉ!?」

 

 いや、結婚するなら苺がいいレベルなんじゃが……。

 別に本気でしようと思っている訳でもないけれど。

 

 苺の相手として可能性があるのはルキアか織姫ちゃんかね。

 

 個人的にはルキアを推したいが、織姫ちゃんの恋が叶って欲しいとも思っている。

 悩ましいですな~。

 

 俺が邪魔する訳ないやん?

 

 脳内妄想で十分なんだ、俺は。

 男としての意識もあるし、ぶっちゃけパートナーとしての憧れはあるが、流石に致したいとまでは思っていない。

 

 いや、だって、ねえ?

 男らしさに萌えは感じるけどさ、恋の感情が燃え上がる事はありえないよ、流石に。

 やっぱ200年も生きてるからか、頑張ろうとする子を愛しく思っちゃうんだよねぇ。

 

 家族を護りたい一護。

 信愛に憧れるルキア。

 恋と友情に揺れる織姫ちゃん。

 過去から今を見つけたチャド。

 自身の在り方を自問する雨竜くん。

 あと、力を使う(しるべ)を得たたつきちゃん。

 

 みんな尊いし愛しい。

 

 大好きだし、可愛いし、愛してるし、キュンキュンしてしまう。

 

 つまり、男女の恋愛は俺にはまだ分かってないという事だ。

 そんな奴が結婚とか恋人なんて本気で考えている訳ないやん。

 

 あくまで理想とか憧れだよ。

 

 死神時代も好かれてはいただろうけどアプローチとかされた事ないし。

 やっぱり美女でもこの愛想の無さが駄目なんだろうな。

 

 ヨン様からは「那由他はそのままで良いんだ。むしろ僕から離れてはいけないよ?」なんて忠告ももらったし……。

 

 やっぱり男としての意識が強いと男友達くらいの感覚でしか想われていないのだろう。

 そいぽんは憧れが強いしね。

 

 俺の人間関係構築術が下手くそすぎて、今でも十分恵まれているのだ。

 

 高望みはいかん。苺とルキアの輝きを近くで見れるだけで満足です。

 

 なんて考えながら、この場はどうやったらまとまるのだろうと一応悩んでいた時だった。

 

 

「何やっとんねん、逃げるで」

 

 

 あら、平子さん。平子さんじゃないですか! 

 え、このタイミングで出てきて良いの? 

 

「その話術には寒気すら覚えるけど、今は良いわ」

 

 なんで? 

 俺ってば結構考えなしに喋ってるからどうにかしなきゃなと思ってるんだけど。

 まあ、考えてるだけで全く現実に活かせてない点でお察しだよね。

 

「な、誰だ貴様は!?」

「むぅ、新手か!?」

 

 そいぽんとわんちゃんが反応してる。

 この二人は特に俺の事を気にしてくれてるからな~。

 ちょっと曇らせたくなっちゃう要素多いんで心惹かれる部分はあるんだけど……。

 

 いやいや、俺は苺とルキアの活躍を見たいのだ! 

 浮気ダメゼッタイ。

 

「帰って報告しとき、()()()()()()()()()っちゅう事をな」

「市丸の事かぁあぁあ!」

「え、砕蜂隊長? ボク、別にそないな事考えとらん……」

「てめぇは別に処分されねぇよ。袋叩きにされるだけだ」

「えぇぇ……日番谷隊長、それ八つ当たりちゃいますん?」

「那由他隊長の伴侶として相応しいか、帰ってからワシがじっくりと判断させてもらおう」

「狛村隊長は那由他さんのお父さんか何かなん……? そもそもボクの意見……」

 

「「貴様! 那由他隊長/姉様が相手で不満があると申すか!!」」

 

「……」

「兄様、兄様あぁぁぁぁ!?」

「誰かボクに優しくしてもバチ当たらんよ……?」

 

 もう阿鼻叫喚すぎて訳ワカメ。

 

 てか、ルキア? さっきまでの悲壮感どこいったん? 

 実は君、結構余裕でしょ? 

 

 どうしよっかな。

 何か苺も意気消沈してるしさ。平子さんは引きつった顔してるしさ。

 

 あ、浦原さんの霊圧だ。

 みんな気付かないもんなんだね。

 

 でもここで言ったら余計混乱しそうだし、余計な事は言わんとこ。

 

「行くで」

 

 言葉少なに平子さんに促される。

 傷を負い過ぎて碌に動けない苺と雨竜くんをそれぞれ両肩に担いだ。

 

「ぜってぇもっと強くなってやる……俺に対する見方を変えてやるんだ……」

「……奇遇だね。僕も同じ想いを抱いたところだ」

 

 その決意をこの流れで得られたの?

 

 まあ、結果オーライだからヨシ!

 

 頑張ってルキアを救ってくれ!

 

「あ、那由他姉様!?」

「また会いましょう、砕蜂」

「はい! お待ちしております!!」

 

 え、俺が瀞霊廷に侵入する事バレてるん? 

 それってダイジョビ? 

 

「市丸隊長はワシが性根を叩きなおしておきます!」

「ちっ……。俺は別に……」

「……」

「にいさまぁぁぁぁ……」

「ボク、ほんま来なければ良かったわ……」

 

 

 

 

 

 こうして(?)ルキアは尸魂界へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 なんか思ってたんと全然違うんじゃが……?

 

 原作どこいったし。

 

 

 

 

 

 ん~、とりあえずルキアを助けに尸魂界へ行く苺たちの修行をしてあげようか。

 

 見た感じ何故か護廷の人達が思ったより()()()()()()()()し、俺が現場でフォローできないところの方が多いだろう。

 

 だって恋次は苺に勝てないやろと思ってたのに良い勝負するんやもん。

 俺の実力は普通の隊長格は超えてるはずだし。それでもあの五人が一斉にかかってきたら結構やばそうだった。

 まあ、相手は限定霊印あるし俺が卍解すれば負けんだろうけどさ。始解レベルじゃちょっとキツそう。

 

 苺大丈夫か……?

 

 原作より強いから心配してなかったんだけど、今日を見る感じ白哉に勝てる苺の未来が見えないんじゃが。

 これは浦原さんメニューに加えて俺も強化に役立ってあげた方が良さそうだ。

 流石に「ルキアを救えませんでした!」は避けたい。

 

 ただし、あんまりフォローしすぎても苺の輝きが減るから、尸魂界では京楽さんとか山じいとか強い人たちを俺が引き付ける感じに動けば良いだろうか。

 

 山じい動いたら詰むなぁ……。

 流石に卍解してもキッツイ。虚化を加えたら勝てるとは思うんだけど……。ぶっちゃけ勝率60%くらい?

 ”残火の太刀”の火力を俺の斬魄刀の能力で()()()()()()いけるかな……。

 

 いや、あれって”火”に効くのか?

 ()()()()()ワンチャン?

 

 あ、それなら帰刃(レスレクシオン)の方が良いかも。

 あっちなら炎熱系最強の”流刃若火”が相手でも火力負けしなさそう。

 あれだよ、”火”のエースに”マグマ”の赤犬が勝った感じのやつ。試してみないと何とも言えんけどさ。

 

 いずれにしろ、山じいに勝てるとは思ってないんよ。

 

 経験とかその他諸々で圧倒的に俺が劣ってるんだからさ、勝てる訳ないやん?

 

 どっちにしろ、最終的に俺はヨン様に殺されるか実験動物にされるんだろ?

 

 殺されそうになったら素直にやられた方が苺が頑張れるだろうしなぁ。

 今のお兄様がどれだけ強いかは知らんが、ラスボスに勝てるとまでは思ってないし。

 

 ぶっちゃけ、俺って虚相手にしかまともに戦った事ないから、どのくらい死神相手に戦えるか分かってないんよねぇ……。

 

 

 

 SS編の最終場面、マジでどうすっかな……。

 

 

 

 ノリと勢いで誤魔化すしかないか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、護廷の矛先をアタシや一心サンから市丸サンに向けた話術は見事ッス! あの発言量での誘導は流石です!! 助かりました!!! ……えげつなさが半端なかったッスけどね」

 

 那由他サンを絶対に敵にはしたくないです。

 今回でその想いが強まりましたね、ホント。

 

 しかし、これで那由他サンが市丸サン、ひいては藍染サンや東仙サンの動きに牽制をかけたのは伝わりました。

 

 市丸サンの行動は著しく制限されるでしょうね。

 その分、藍染サンと東仙サンはフリーになりますが、アタシの今後の計画を実行する点で考えてみれば、なるほど。藍染サンにはある程度動いてもらわないと困りますし、絶妙な一手と言えるでしょう。

 

 恐ろしい事です。

 

 これも”目”で見通したのでしょうかね。

 

 いえ、彼女に見えているのは恐らく未来の一場面や分岐する箇所のみ。

 具体的な場のやり取りは把握できていないはずです。

 

 この考えは那由他サンの行動が積極的なものでなく、あくまで見守るスタンスである事に起因します。

 

 彼らの行動を指示するのではなく誘導。

 これは彼らの本来の行いが未来に進む一番のカギだからでしょう。

 

 つまり、彼女はシチュエーションを用意するだけ。

 その後の展開を予知していても一言一句を把握しておらず、だからこそ自身の存在がイレギュラーとなる事を避けています。

 そして何よりも、彼女の困惑や葛藤が時々読み取れるのが大きいです。

 黒崎サンの修行に有沢サンや井上サンが加わる事も止めたそうでしたし。

 

 

 今は傷ついた黒崎サンの治療と、今後の方針について語った後日です。

 

『ルキアを助けにいく』

 

 その決意をした黒崎サンに同調したのは五人。

 

 茶渡泰虎。

 井上織姫。

 石田雨竜。

 有沢たつき。

 

 そして、藍染那由他。

 

 フォローとしてアタシや夜一サンが付きます。

 

 現世を手薄にする訳にもいかないので、今回は仮面の皆さんには残ってもらいましょう。

 そもそも、死神同士のいざこざは興味ないでしょうし。

 

 彼らの目的は藍染惣右介の打倒。

 

 それのみです。

 お留守番で決定ですね。

 

 という訳で、早速黒崎サンの修行パートになった訳ですが……。

 

「終わりですか」

「まだまだぁぁぁ!!」

「甘い」

「ぐぅっ!?」

 

 那由他サンが予想以上にスパルタっすねぇ……。

 

 那由他サンの愛情が親愛である事を再認識させられ結構ショックを受けていた黒崎サンと、何か井上サンも少しショックを受けていたのは……。逆に石田サンなんかの安堵したような反応も、ムフフ。

 

 いやぁ、青春は甘酸っぱいですねぇ! 

 

 石田サンは黒崎サンに触発されたのか、茶渡サンと訓練してますし。

 黒崎サンと井上サンだけでなくこの二人の面倒も那由他サンが見ているのは流石ッスかねぇ。

 

 ただ、アタシとしては井上サンは攻撃に向いていないと思っているのですが、

 

「織姫さん、拒絶する対象を明確に」

「っ……! はい!」

 

 随分と戦闘向きな訓練をするんですね。

 なんででしょう。

 

 ……黒崎サンだけでは足りない? 

 

 黒崎サンは自らの斬魄刀の名前を知る事に既に成功しています。

 常時解放型の斬魄刀なんて初めて見ました。

 

 黒崎サンと井上サンのコンビネーションを重視しているように見えるのは……井上サンの能力によるものですか。

 

 恐らく、彼女の能力は『事象の拒絶』。

 

 ”傷ついた”という事象を拒絶する事で回復し、”物体の結合”を拒絶する事で対象を切り裂く。

 

 いやぁ、随分とチートじみた能力な事です。

 その可能性を広げたいのでしょう。

 

 そして、藍染サンに届くためには現状の実力では圧倒的に足りない。

 

 その事実が彼女のスパルタ訓練に反映されているのでしょうね。

 今までは修行に難色を示していた彼女がここにきてやる気を見せている点も、彼女の知っている未来から少しずつズレてきているからだと予測できます。

 

 

 ――つまり、英雄である黒崎サンのみならず仲間の皆さんの強化が必至。

 

 

『私を始解させてみなさい』

 

 それがこの修行における合格点。

 無茶言いますよね……。

 

『出来たら、私の実力を少し見せましょう』

 

 お願いですから熱が入り過ぎて本気出さないで下さいね、那由他サン? 

 ここ、一応お店の地下なんで……。

 

 そもそも、

 

 

 

 

 

 

 ――貴方が本気を出したら、空座町が地図上から消えますよ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

「彼方を駆けよ──”天輪”」

 

 

 俺は那由姉の強さに愕然としていた。

 それは隣にいる井上もそうなのだろう。

 

 いつも優しく、俺たちを包み込んでくれるような愛情を与えてくれる人。

 

 そして、俺たちを陰に日向に護ってくれる人。

 

 ただ、俺はもう、この人に護られるだけの存在でいたくなかった。

 

 俺は──この人のガキじゃねぇ! 

 

 そう思って励んだ修行の最後。

 俺は那由姉の力の片鱗を垣間見た。

 

「とりあえずは合格ですが」

 

 那由姉がいつものように感情の起伏の少ない声で話す。

 

 しかし、この人から伝わる霊圧だけで俺と井上は地に膝をついていた。

 

 なんつう、圧力だよ……!? 

 

「あなたの持つ”月牙天衝”を、もっと強くなさい」

「どう、やって……!」

「貴方の”月牙天衝”は体内の霊力を斬撃として具象化し飛ばすものですね」

 

 那由姉は斬魄刀を構えたまま、俺の模倣となるべき技を繰り出した。

 

 

「光牙墜衝」

 

 

 瞬間、光の奔流が俺と井上を飲み込んだ。

 見ただけで分かる。

 むせ返るほど濃密な霊圧。

 喰らった時には「あ、死んだ」と感じるに十分なものだった。

 

 しかし、光が消え去った後の俺たちには傷一つついていない。

 

 どういう、ことだ……? 

 

「今は光のみを飛ばしただけです」

「え?」

「光に当たって痛みを感じた事がありますか」

「いや、ない、けど」

 

 あれには霊圧が宿っていた。

 にも関わらず、ダメージがない? 

 

「今の貴方の”月牙天衝”はただ霊圧を相手にぶつけているだけに過ぎません」

 

 那由姉は口下手だからか、俺が理解できるまでに随分と時間がかかったが、どうやら霊圧コントロールによって技の威力は桁違いに上がるらしい。

 

 那由姉は光を操る。

 その攻撃は、言ってしまえばただ眩しいだけだ。

 しかし、それで魂魄にダメージを与えるには()()()()()()()()

 そしてさっき俺が受けた技には霊圧が籠っていたが、俺と井上に当たる瞬間に霊圧を俺たちの魂魄に同調させたのだ。

 

 意味が分かんねぇ……。

 

 そんな事が出来るのか? 

 

「鬼道を相殺する技術の応用です」

「そんな異次元レベルの調整が出来るのに何で時々霊圧を馬鹿みたいに上げるんッスか? いや、目的は分かってるんですけど、心臓に悪いッス」

「……」

 

 浦原さんに指摘された時の那由姉の顔が気まずそうだったのは何でだろうか? 

 

 

 那由姉は俺たちだけじゃなく、チャドやたつき、石田の特訓にまで付き合っているそうだ。

 ここまで面倒みられて、しかも尸魂界にも付いて来るらしい。

 

 どうやら、那由姉は元々死神だったみたいだ。

 

 何かの事情で尸魂界を追われる事になったようだが、その詳細を語ってはくれなかった。

 

『私がお兄様に捨てられただけです』

 

 こっそりと教えてくれたのはこの一言だけ。

 那由姉に兄貴がいたなんて驚いたが、それ以上にこの人を捨てたというのが信じられなかった。

 

 以前、井上の兄貴相手に言った言葉を思い出す。

 

 妹を傷つける兄貴なんて、俺は死んでも許さねぇ。

 

 

 

 ──那由姉は、俺が護る。

 

 

 

 この人を捨てたとかいう兄貴、『藍染惣右介』にはぜってぇ一発ぶちかましてやる!

 

 そんで、俺がもう護られるだけのガキじゃない――”男”だって事を思い知らせてやる。

 

 

 

 俺はルキア救出と同時に胸に抱いた決意を新たにし、尸魂界へと一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

「あの、()()ほんまにやらんと駄目ですか?」

 

 ギンの言葉に私は満面の笑みで答える。

 

「前からの計画で伝えていただろう?」

「せやけど、ボクもう随分と皆から目の仇にされてるんとちゃいます?」

 

朽木ルキアの処刑に合わせて、必ず那由他は私の前に壁を用意してくれる。

 

そのためには、私がある程度自由に動ける場を用意する必要があった。

だからこそ、以前からギンには私と仲が悪い印象を周囲に与えるように動いてもらい、いざ動くタイミングになった際には私を()()()()()()算段だった。

 

「だからこそ適任なんじゃないか。那由他には感謝しないとね」

「はは……、そうですねー」

 

 ギンは引きつった笑みを残してこの場から去っていった。

 

 私の計画をフォローしながらギンに対して動くべきタイミングが今ではない事も伝える那由他の一言。

 ここまで私の予測を読み切った上でベストな動きを見せる那由他に私は笑みを深める他ない。

 

「那由他様は、市丸ギンを切り捨てるつもりでしょうか」

「違うね」

「では?」

 

 要は去っていったギンの方向へ顔を向けながら私へ問うてくる。

 

「簡単な事さ」

 

 笑みが深まってしまう。

 那由他が本気でギンの事を好いているとは思えない。

 

 ならば、彼女が用意したいのは、

 

 

「兄である僕と想い人であるギン、両方から同時に裏切られるシチュエーションを設定・演出したいのだろうね」

 

 

「なるほど」

 

 要が一度頷き、自身の見解を述べてくる。

 

「つまり、護廷と黒崎一派に精神的試練を与えつつ、未だ我らの側に付いている事を悟らせないための悲劇を演出する、という事ですね」

「その通りさ」

 

 彼女の謡う未来に心が躍る。

 

 さあ、早く来るといい、黒崎一護。

 

 君はその時に大切な人を再び無くす。

 私という悪を明確にする。

 立ち向かうべき大義名分を得る。

 

 さすがの浦原喜助と言えど、完璧に現世に馴染み周囲へ愛情を振りまく那由他を疑い切れてはいないだろう。

 

「素晴らしいよ、那由他」

 

 ここまでの擬態。私であっても騙されそうになる。

 未だその心は私のために動いてくれている事を知らなければ、私とて焦っていたことだろう。

 

 黒崎一心に関しては王鍵創成の時でも問題はない。

 

 まずは朽木ルキアから崩玉を取り出す方が先だ。

 

 

 

 ここからだ。

 

 

 ここから、私と那由他の歩む道が築かれる。

 

 

 那由他が育てた英雄が私の前に立つ光景を幻視しながら、私は悦に浸った笑みを零し続けていた。

 

 

 

 

 




次回からSS編に入りまーす


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侵入…だと…!?

珍しい那由他無双(が一瞬だけある)回


『じゃ、後はお任せしますね、那由他サン』

 

 浦原さんのそんな言葉に見送られ穿界門を抜けた俺たちルキア助け隊ご一行は、織姫ちゃんの機転によって空から射出されるように流魂街の地に降り立った。

 

 流石に浦原さんは裏方に回るようだ。

 夜一さんみたいに別の姿に擬態できてる訳でもないしね。外見で一発でバレる。

 

 大罪人として尸魂界を追放された浦原さんがおいそれと人目に付くような行動は無理でしょ。

 

 ただ、別ルートで尸魂界へは入るつもりらしい。

 

 あれ、原作だとお留守番じゃなかったっけ? 

 

 ま、いっか。

 

 こちらに来る前の花火大会で苺の決意も促せたし、チャドや織姫ちゃんも俺が声掛けしてみたら気合十分。

 ついでに雨竜くんも誘ってあげたら地味に嬉しそうだった。

 

 そして、やっぱりたつきちゃんも付いて来るのねぇ……。

 

 君は人間の範疇だから、正直死神相手に戦えるかは結構不安なんじゃが。

 まあ、好きな子ではあるし、いざとなったら護ってあげよう。

 

 て訳で西門──通称『白道門』──の兕丹坊フェイズに進んだんだけど、

 

 

「な、那由他さんじゃねが!?」

 

 

 なんて言われて苺vs兕丹坊戦はスキップされました。

 

 え? 

 

「すぐに開げっから、待ってぐんろ!」

 

 え、ちょ、苺の活躍ぅ……。

 

 ここで兕丹坊との友情が築かれるんじゃないんか? あれ? 

 

 しかもあれじゃん。流魂街の人たちに信頼してもらうには兕丹坊守らなあかんのに。

 あ、市丸くんが兕丹坊の腕切ってくれればええんか! 

 

 何も問題ないな! 

 

 いや、だから苺の活躍ぅ……。

 

 なんて一人ポカンと兕丹坊が門を開ける姿を見てしまっていた。

 

「那由姉ってマジで死神だったんだな……。しかもめっちゃ好かれてるし」

「師匠見てたら分かんでしょ」

「流石だよね!」

「ああ」

 

 苺にたつきちゃん、織姫ちゃんとチャドからの好感度が何か上がった。

 雨竜くんは? あ、眼鏡クイッてしてるだけで興味なさそうですね。

 

 

「あかんなぁ」

 

 

 と思ったら市丸くんが門の向こう側からこんにちわ。おひさー!

 

 サクサクと進んでいく展開に俺もご満悦である。

 

 別の手段で潜入しようと考えていただろう夜一さんがため息をついていたが、ピクリと身を震わせ市丸を見据える。

 隊長格とこんなに早く会う予定でもなかっただろうしね。

 

「……那由他。お主まさか」

 

 夜一さんの意味深な言葉を理解できない俺はとりあえずスルー。

 

 俺は一応原作展開に沿った行動に苺たちを誘導しているだけです。

 何か深い考えがある訳じゃありません。

 

 この後は空鶴さんとこ行って花火になれば良いくらいだし。

 

 ゆっくり見学でもしとこ。

 

 

「門番が負けるゆう事は、死ぬゆう意味やぞ?」

 

 

 おぉ、神槍出す? 出しちゃう!? 

 なんか久々に見るわ~。

 

 市丸くん渾身の名言も聞けたし、俺はここでやりたかった事が出来た。満足。

 

 さあ、後は苺の強化具合を確認できれば良いかなぁ。

 隊長格の始解を受け止められたら原作と同じくらいの力量差になってるんだろうし。

 

 苺を強化しすぎたかな、とも思ったが、現世で見た尸魂界の戦力を鑑みるに丁度良い塩梅かもしれん。

 

 

 頑張れ~、いち──ん? 

 

 

 市丸くんの構える斬魄刀の角度。

 

 あれは……不味くない? 

 

 殺意高め? 

 

 てか、まずは兕丹坊の腕を落とすんじゃ……。

 

 

 

「死にや」

 

 

 

 いや、駄目でしょぉぉぉお!? 

 

 

 

 咄嗟の判断で俺は神槍の伸びる軌跡に入った。

 

 間一髪である。

 流石に音の500倍とかいう速度では動けん。

 

 構えから狙いを読み取れてマジで良かった……。

 

 刃を逸らせなかった場合、恐らく苺の魄睡と兕丹坊の心臓あたりがお逝きになっていた。

 

 おいコラ市丸!? 

 てめぇなにさらしとんじゃボケ! 

 

 俺が神槍に合わせて斬魄刀を叩きつけた事で市丸くんの槍が天の方へと伸びて行った。

 

 兕丹坊も苺も……無事、ヨシ! 

 

 

 

 ヨシ、じゃねぇぇぇぇえ!?

 

 

 

 かんっぺきに計画が狂った!? 

 どうしよう、これじゃ空鶴さんとこに行けないんじゃ? 

 

「な、あの時の死神……?」

 

 苺と雨竜くんは何が起こったのかすら分かってなさそうなんだよなぁ。

 織姫ちゃんにたつきちゃん、それとチャドは初対面だけど、とりあえず敵っぽい事は分かったようだ。

 

 皆が臨戦態勢となる中、俺は内心でテンパり、夜一さんは驚くほど静か。

 

 夜一さん、ここは何か上手いぐらいにまとめてもらえませんか!? 

 無理ですか!? 

 

「那由他さんも来はったんですね~。こら大変になりますわ」

 

 対する市丸くんは余裕の表情である。

 てめ、こら。恨むからな。

 

「テメェ……!」

 

 と、ここで苺が俺に庇われた事に気付いたらしい。

 兕丹坊は斧こそ出さないものの、市丸くんにどう対処すれば良いか分からないようで門を支えながら少しオドオドとしている。

 

「い、いじまる隊長! こん人は那由他さんだべ!」

「そないな事は分かってますぅ」

「なら、何でそげな事するんだか!?」

「アホちゃう? 那由他さんは虚として処刑されたんや。ここにいて良い訳あらへんやろ」

「ぐぅっ」

 

 兕丹坊が論破された。

 うん、まあ市丸くんが言ってる事の方が正しいと俺も思うよ。

 

 何で俺見ただけでいきなり門開けようとしたの? 

 

 いや、その好意は嬉しいんだけどね、なんかな、ちょっと思ってた展開と違うんよ。すまんな。

 

「兕丹坊さんだけでなく、那由他さんの想いをも踏みにじる行いだな」

 

 ここで雨竜くんも参戦。

 苺の隣に並び立つように移動すると、その手に霊子を集め始めた。

 

「通してもらう」

「良く分かんないけど、アンタはぶっ飛ばす」

 

 次いでチャドとたつきちゃん。

 織姫ちゃんは後ろで瞬盾六花を展開し、いつでもサポートが出来るようにスタンバる。

 

 

 う~ん、この。(遠い目

 

 

 ここは市丸くんが神槍出して「バイバ~イ」するだけの場面なんじゃが。

 こんな事やってたら死神の人達どんどん集まってくんじゃん。

 

 ヤバくね? (今更

 

「市丸、っつったか」

「君は黒崎一護やな。知っとるで、那由他さんの()()なんやろ?」

「こっの……!」

「黒崎、早まるな。単なる安い挑発だ」

「分かってるよ!」

 

 お、これは俺でも分かるぞ。

 ガキ扱いされる苺に敢えて子供って言ったんだろ! 

 

 額に青筋浮かべてる苺は良い顔だなぁ。(現実逃避

 

「市丸がここに来ると分かっておったな、那由他」

 

 え、夜一さんにバレてる。なんで? 

 

「現世であのような言葉を市丸に向かって言ったのも、この瞬間を見越しての事か。自分に注目を集めて皆を自由に行動させる……最善じゃが一護は喜ばんじゃろな」

 

 何を言っているのかワカラナイ。

 どの()()の事を言ってる? 

 俺なんか言ったっけ? 

 

 ああ、

 

「ギンくんは好きですよ」

 

 これ? 

 

『!?』

 

 お、なんか皆一斉に反応した。ちょっと怖い。

 

「な、那由他さ~ん。冗談は程々にせんと、ボク勘違いしてまうやん」

「別に冗談でもないのですが」

 

 固まった。

 空気が。

 

「帰りますわ」

 

 市丸くんがくるりと回れ右する。

 

 え、兕丹坊は放っておいて良いの? 

 彼まだ門担いだままなんだけど。

 俺たち侵入できちゃうよ? 

 

 それで良いのか、隊長!? 

 

「でも」

 

 あんまりな出来事に皆が呆然としている中、顔だけ振り向いた市丸くん。

 

「ボク、揶揄うんは好きやけど、揶揄われるんは好きやないんです」

 

 霊圧が吹き荒れる。

 これ、ガチだ。

 

 何かお怒り? 

 

 

 ──瞬間、兕丹坊の腕が飛んだ。

 

 

「がぁぁぁあぁああああああ!!」

 

 一拍置いて、彼の激痛に呻く悲鳴が轟く。

 

 流石の俺も反応できなかった。

 隊長羽織で隠された構えを見破れなかったためだ。

 

 帰るフリしただけだったのか! 

 

 しかも無言の始解。

 殺意たっか……!? 

 

「このヤロォ!?」

 

 一番に反応したのは苺だった。

 市丸くんに接近する速度は中々のものだ。

 前の俺なら割と傍観できると思っていたレベルである。

 

 しかし、コレは不味い。

 

 

 

 ──市丸ギンが相当強い。

 

 

 

 完全に実力を見誤っていた。

 

 これが全ての隊長格に当てはまるんだとしたら、剣八とかマジでヤバイかもしれん。

 山じい? 

 会った瞬間に逃げるわ。

 

 

 なんてふざけてる場合じゃないっ! 

 

 

 ここでこれ以上の隊長格が集まったら詰む。

 俺は無言で苺の襟首を掴んで後ろへと放り投げた。

 

「な、那由姉!?」

「行きなさい」

 

 市丸くんが切り込んでくる。

 すぐさま斬魄刀を抜いて受け止めた。

 

 ついでに兕丹坊も悪いが蹴って後ろへ下がらせた。

 彼が支えていた門が自重に従って落下してくる。

 

「何や、そういう事ですか」

 

 市丸くんがポツリと呟いた言葉に疑問を覚えるも、ここで苺たちを始末される訳にはいかない。

 俺は元々このチームにはいなかった存在だし、俺が消えたら原作通り空鶴さんを頼って瀞霊廷へ侵入してくれる事だろう。

 

 足りない俺の頭で考えた精一杯の打開策だ。

 

 穴だらけ? 

 分かってんよ! 

 

 でも俺アホなんだもん、しょうがないじゃん!?

 

 苺の活躍を側で見たかっただけ、出来心なんですぅ!

 

 

「彼方を駆けよ“天輪”」

「どこまでやります?」

 

 市丸くんが慌てたように声をかけてくるが、そっか。

 

 良く考えればこの子、劇団員じゃん! 

 

 な~んだ、別にそこまで焦らなくても良かったわ。

 雰囲気がガチ目だったからつい慌てちゃったよ。流石の演技力だわ。

 

「私が()()()()()良いかと」

「ほな、少しだけ戦ったフリでもしときましょか」

「ええ」

 

 俺が捕まったら苺の活躍が高まりそうだし! 

 

 ……いや、待て。

 

 

 捕まったら俺が苺の活躍を見れないじゃん!? 

 

 

 え、や、どうしよ!? 

 

 一人で再びテンパり始めた俺を無視し、市丸くんは普通に斬魄刀を振るってくる。

 つか神槍でがっつり攻撃してくる。

 

 

 これ、本当にフリだよね? そうだよね……? 

 

 

「那由他姉様!」

「……!」

「那由他隊長!」

「いや~、不味い事になってるねぇ、これ」

「藍染那由他!」

「那由他ぁぁぁあああ!!」

 

 

 うわ、何かいっぱい来たぁ……。

 

 

 上から、そいぽん、白哉、ワンちゃん、京楽さん、冬獅郎きゅん、けんぱっつぁん。

 

 

 え、剣八も来てんの!? 

 ヤバイヤバイヤバイ! 

 

 門は!? 閉まってんな、ヨシ! 

 夜一さん、マジで頼みましたよ~。お願いだから空鶴さんとこ連れてって! 

 

 ここじゃ全力全開な隊長格を相手に周囲を気にする余裕がある訳がない。

 マジでお願いだよ、夜一さん! 

 

 ちっくしょー!? 

 

 こうなったらヤケだ! 

 

 そいぽんは夜一さんと仲直りして欲しいから速攻で遠くへぶっ飛ばす! 

 ワンちゃんはヨン様の黒棺要員なんだから同じく遠くへ吹っ飛ばす! 

 白哉は苺の相手して欲しいからやっぱりぶっ飛ばす! 

 剣八も以下略! 

 冬獅郎きゅんは市丸くんを疑って四十六室行ってどうぞ! 

 

 京楽さんは……何もねぇけどぶっ飛ばす! 

 

 ぶっ飛ばすってのは物理的にだ! 

 距離が離れれば何とかなんじゃろ!(思考放棄

 

 あ、ぶっ飛ばす系の技が一個しかない……。

 

 突っ込んでくるだろう、けんぱっつぁんは良いとしてだ。

 他の人たちはどうすっぺ。とりあえず威嚇だ。荒ぶる鷹のポーズでもしてみる?

 

 市丸くんとかに止め刺されたらどうしよ。

 俺は苺の目の前でヨン様に殺されるくらいの演出はしたいんじゃが。

 

 流石に隊長格複数を無傷で無力化できるほどの実力差はない、と思う。

 

 どっかでうまいこと逃げたい。

 市丸くんには攫ってとか言ったけど逃げたい。

 

 そんで陰から苺を見守りたい。

 

 卍解の修行の時だけ手を貸したい。

 後は最後の双極の丘で登場するぐらいの出現頻度で。

 

 市丸くんは早くヨン様のとこ行って喜劇開催してぇ……。

 要っちはここに来てないんだからさ、察してよぉ。

 

 山じいは……まだ動いてないな! 助かる!

 

 もう市丸くんに任せた方が良いかなぁ。

 なんかアクション起こしたらお任せしとこ。

 

 

 

 

 

 ただ、俺の今後のガバプランにプラス補正がかかると信じて!

 

 

 

 俺のなけなしのOSRムーブを見せてやんよ!

 

 

 

 オサレって何……?(震え声

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 私──砕蜂は約半月ぶりに那由他姉様と再会した。

 

 しかし、このような状況を望んでいた訳では断じてない! 

 

 何故、何故、姉様が侵入者として……。

 

 

「致し方ありません」

 

 

 那由他姉様の声が静かに響く。

 

 その声には覚悟が見て取れた。

 私たち全てを相手にするつもりだ。

 

 私は那由他姉様の実力を知っている。

 

 未だ私一人では及ばない力を、20年前に既に持っていた。

 

 しかし、私も何もしてこなかった訳ではない。

 那由他姉様が尸魂界から離れたあの日の後悔を、誰が忘れる事が出来ようか。

 

 だから私たちの誰一人として、今の己の力に慢心はしていないとも言えた。

 それでも、その力を那由他姉様に振るう事になるつもりはなかった。

 

 誰もがこの場から彼女に逃げて欲しいと思っていた。

 

 しかし、

 

 

「花風紊れて花神啼き、天風紊れて天魔嗤う──“花天狂骨”

 

 

「なっ!?」

「京楽!?」

 

 八番隊隊長・京楽春水が何の躊躇いもなく始解をした。

 奴がここまで素早い行動をするのは初めて見た。

 

「那由他ちゃん相手に、普通にやって勝てると思う?」

 

 京楽の顔は笑っていた。

 しかし、目は笑っていなかった。

 

 瀞霊廷中に伝えられた報告──流魂街における侵入者。

 

 これは確実に那由他姉様だ。

 この時点で、私たちは護廷の者として那由他姉様を拘束、ないし処断しなければならない。

 

 それでも……! 

 

 

「散れ──“千本桜”

 

「霜天に座せ──“氷輪丸”

 

 

 二人の隊長が解号を紡ぐ。

 

「待ってたぜぇ、この時をよぉ!!」

 

 そして、更木は静止をかける暇もなく那由他姉様へと飛び掛かっていった。

 

「ま、待て……!」

 

 私はここまで弱かっただろうか。

 こんな、ただの少女のように狼狽える事しか出来ない女だっただろうか。

 

 あの日、決意した私の覚悟とは何だったのか。

 

 様々な想いが胸中に渦巻き、結局は足を一歩も動かせていなかった。

 

 

 

「“天輪”、行きますよ」

 

 

 六対一だ。

 いくら那由他姉様でもただでは済まない。

 

 それでも、那由他姉様の背は伸びたままだった。

 

 

「おらぁ!!」

 

 

 更木が斬撃を繰り出す。

 霊圧にものを言わせた粗暴で力任せの一振り。

 

 

 

 ──その一撃は、虚空を斬った。

 

 

 

「どこを斬っているのですか」

 

 那由他姉様の言う通りだ。

 

 そこには()()()()()()()()()()()()! 

 

「天輪の力……光の操作かい!」

 

 京楽がすぐに絡繰りに気付きはしたものの、その攻略方法は思いついていない。

 その証拠に、奴は遠距離からチマチマと広範囲に及ぶ攻撃を繰り出して牽制しているだけだ。

 

 光の操作。

 

 分かってはいたが、あまりに強い……!

 

 

「そこかぁぁぁ!!」

 

 

 ただし、更木の嗅覚は異常だ。

 

 光によって視覚を誤魔化せていても霊圧までは消せない。

 僅かな感知──いや、勘だろう──によって、那由他姉様へと肉薄する。

 

 

 

 

 

「天輪の能力が、いつから()()()()だと錯覚していましたか

 

 

 

 

 

 瞬間、更木が吹き飛んだ。

 

 比喩ではない。

 

 その体が、遥か後方へと消し飛んだのだ。

 

 その距離は目測でも分からない。

 少なくとも、奴がこの場に復帰するまでに事は終わっているだろう。

 

 ……何が、起きた? 

 

 私はこれでも護廷最速を誇っている。

 

 夜一様がいなくなり、那由他姉様がいなくなり、私は自身の修練に血反吐を吐く思いで臨んでいたのだ。

 今では“瞬神”の異名を持っていた夜一様よりも速いという自負すらある。

 

 その私が、何をしたか分からなかった? 

 

 そんな、馬鹿な……。

 

 

「目に見える光は“可視光”と言うのです」

 

 

 那由他姉様がゆったりと片手で構えた斬魄刀を持ち上げる。

 その刀身は見えていない。

 柄と鍔が伺えるのみだ。

 

 

()()()()()()()()()とでも、そう、思っていたのですか」

 

 

 一瞬で皆が距離を取る。

 

 誰もが刃を振るいたくないという戸惑いを抱きながらも、相手の脅威を改めて認識したのだ。

 

 

「距離を取っても無駄ですよ」

 

 

 那由他姉様の声が場を支配する。

 

 ここまでの強さだったなんて!? 

 愕然とする実力の高さ。

 

 皆の心を砕くように、那由他姉様は常よりなお冷淡な音で耳朶を刺激する。

 

 

「既にここは、私の領域です」

 

 

 朽木が千本桜を躍らせる。

 日番谷が氷柱を現出させる。

 京楽が影に潜む。

 市丸が刃を伸ばす。

 狛村は今になって始解した。

 

 だが、遅かった。

 

 

 

 

 

 

「──秋霜(しゅうそう)烈日(れつじつ)──」

 

 

 

 

 

 

 瞬間、全ての攻撃が()()()()()

 

 

 皆の動きが一斉に止まった。

 

 舞い散る桜の刃も。

 貫き穿つ氷結も。

 

 周囲からは影が消え。

 伸びた刃は蜃気楼を刺し。

 

 振りかざした巨大な暴力も、熱波によって飛ばされた。

 

 

 そして、それら全てを成したのは、

 

 

 

「我が能力の神髄は──“太陽光”

 

 

 

 那由他姉様だけが、普段と変わらず動いている。

 

 

「地に降り注ぐ恵みは、遍く万物を照らします」

 

 

 声すら遠く感じる。

 

 すぐそこにいるはずなのに、この人の声をとても遠く感じた。

 

 

 

 

 

「日中の私は──無敵だと思ってください」

 

 

 

 

 

 誰もが息をのむ気配を感じた。

 しかし、声を上げる事が出来ない。

 

 それでも動こうとしたのは京楽のみ。

 

 しかし、

 

 

「“秋霜烈日”は私の霊圧が届く範囲、全ての対象を動く暇なく燃やします。動かない方がよろしいかと」

 

 

 その言葉で、指先一つ動かせなくなった。

 

「まいったねぇ……」

 

 京楽の頬に冷や汗が流れる。

 この真意を読みにくい男が本気で流す焦りだ。

 

 隊長格が六人も集まって、まさかここまで完封されるとは思ってもみなかった。

 しかも戦闘は一瞬だ。

 正直、戦闘らしい戦闘すら出来ていない。

 

 いや、私は動いてすらいないのだから、実質は五人のようなものだろう。

 

 ただ、この場の支配権は完全に那由他姉様に握られた。

 このままでは侵入した旅禍たちが好きに動くだけである。

 

 私はどうするべきなのだ。

 

 護廷の隊長として。

 愛する那由他姉様の妹分として。

 

 私は、どう動くべきなのだ。

 

 そんな時だった。

 

 

「なら、なんで殺さへんのです?」

 

 

 場の空気にそぐわない、剽軽とも言える声が届いた。

 

「兄……!」

 

 朽木が苦々し気な言葉を漏らす。

 

「だってそうですやん。まるで()()()()()殺したないって言ってるみたいですし」

 

 こいつ!? 

 那由他姉様の好意を愚弄するか!! 

 

「……違いありません。私は殺したくないです」

「ほなら」

「ならば、どうしますか」

「こうしますわ。

 

 

 

 

射殺せ──”神槍”」

 

 

 

 

 そうして、市丸は那由他姉様をその斬魄刀で貫いた。

 

 

 

 呆気なかった。

 

 あまりにも、あっさりとした幕引きだった。

 

 先ほどまでの圧倒的な強さも、威圧する霊圧も、何もかもが一瞬でちっぽけなものとなった。

 

 

 

「き、っっっっさまぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」

 

 

 

 私は我慢しきれず、いつの間にか市丸を殴り飛ばしていた。

 

 誰も、止めなかった。

 

「それが、それが貴様の答えか、市丸! それが貴様の、貴様のやるべき行いかぁぁぁ!!」

「何か間違ってます?」

「なっ!?」

 

 口から垂れる血雫を片手で拭い、市丸は僅かに霊圧を滲ませ私に問うてきた。

 

「瀞霊廷を守る、それがボクらの仕事ですやん」

 

 何も、間違っていなかった。

 

 ならば間違っていなければ良いのか。

 正しければ、その他全ては些事なのか。

 

 私は認めん。

 

 認められん。

 

 

 大切な人一人護れずして、何が護廷か……!? 

 

 

「行くのか」

 

 隣でただ静かに事を見守っていた狛村に聞かれる。

 意味を問うなど愚問だろう。

 

「ワシは行けん」

 

 狛村は総隊長に多大な恩義を感じている。

 この場に至って、今更那由他姉様の側に付く事など出来ないのだろう。

 

 しかし、私は違う。

 

 夜一様を失った。

 那由他姉様を失った。

 

 そして、また失おうとしている。

 

 血に伏した那由他姉様を見る。

 どこか諦めたような表情でこちらを見る彼女に、私の胸は苦しくなった。

 

「砕蜂!」

 

 誰かの声が聞こえる。

 それでも私は止まらなかった。

 

 那由他姉様を一瞬の内に抱きかかえ、その場を逃げるように去る。

 

 これからどうするべきか。

 

 分からない。

 

 ただ、分かる事もある。

 

 

 

 

 ──もう、この人を失いたくないのだ、私は。

 

 

 

 

 

 

▼△▼

 

 

 

 

 

 

『私が()()()()()良いかと』

 

 

 ボクが那由他ちゃんと刀を合わせた時に聞いた言葉や。

 

 初めはボクが捕えればええんか思っとったけど、どうやら本命は砕蜂ちゃんやったらしい。

 なんや分かりにくい指示ですこと。

 まあ、あん人の口下手は今に始まった事やないから良いですけどね。

 

 

 つまり、本気で殺すつもりやったボクの考えもお見通しっちゅう事ですか。

 

 

 確かに、何で最後の一撃を素直に受け入れたんかは不思議に思ってんけど、なるほどなぁ~。

 

 普通に那由他ちゃんと戦えば、護廷の面々なら無力化を狙いますわ。

 けど、正直那由他ちゃんほどの実力者を拘束するんは一苦労や。

 あん人なら霊力を分解する殺気石すらどないかしてまうんやないかって思いますし。

 

 せやったら、自由に行動できる形で攫ってもらう。

 

 

 これで護廷の戦力は分散を余儀なくさせられる、と。

 

 

 旅禍の黒崎一護一派と那由他ちゃんの両方に割けるだけの余力は、一応あるんやけど、片方があの那由他ちゃんやしなぁ。

 さっきも隊長格六人相手に動く事すら許さん環境をあっさり作り上げてもうた。

 

 あれは現護廷の戦力を分析したかったんやろな。

 

 今の那由他ちゃんがどうこうできるかどうか。

 現世におった分、そういった情報を更新しときたかったんやろ。

 

 ま、実際は藍染隊長みたいに歯牙にもかけんほどの実力差やったみたいやけど……。

 

 ボクはもう現世いった時にあん人の恐ろしさには気付いとったから気にならんけど、この場に残った隊長さんたちはショックやったんやない?

 

 そないな予測は置いといて、憂さ晴らしに一発入れさせてもらいましたし。

 まあここから護廷離れるくらいの間はまた大人しく嫌われ役やっときますわ。

 

 ゆうて大して跡に残らん場所に一撃を誘導されたんは流石やなぁ。

 多分無意識やろ、あれ?

 さも重傷そうなフリして諦めた顔しとったけど、あの無表情でそこまで演技できるんはえぐいわ。

 女優ですやん。

 あ、昔からせやったな。

 

 こっわ~。(笑

 

 ま、これで旅禍を見逃した件も不問になるやろし、その点だけは感謝しときますね、那由他ちゃん。

 

 後は藍染隊長の計画通りに動いて……那由他ちゃんはどうすんやろ?

 

 黒崎一護がルキアちゃんのとこに向かうのと那由他ちゃんを救いに行くん、どっちを優先するか判断しづらいなぁ。

 

 まあ、その辺りは藍染兄妹に任せとったら大丈夫やろ。

 

 

 もう、ボクは知りませ~ん。

 

 

 

 

 残りの仕事は藍染隊長を殺して、日番谷隊長と()()()()のとこに手紙を出すだけですやん。

 

 

 

 

 よう分からんけど、なんや那由他ちゃんが上手い事やるんやろ。

 

 

 

 




4月からお仕事爆増なんで、更新頻度が二,三日に一回になっちゃいます……。ごめんご。

次回、『雛森の悲劇』


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雛森…だと…!?

愉悦部の諸君! ワインの準備は十分か?



 ──隊首会が開かれる。

 

 その報だけなら驚かなかったけど、何故かあたしたち副隊長にも召集命令が出た。

 

 無理はないのだと思う。

 

 だって──那由他さんを救うために砕蜂隊長まで姿をくらませてしまったのだから。

 

「雛森……」

「あ、阿散井くん……」

 

『副隊長は副官章を付けて二番側臣室にて待機』

 

 それがあたし──雛森桃に下された命令だった。

 

「……話は聞いたかよ」

「うん」

 

 阿散井くんも辛そうな顔をしている。

 一緒にやってきた七番隊の射場さんは厳しい表情のまま拳を握りしめていた。

 

 射場さんは、きっと副隊長の中で誰よりも戸惑っているんだろう。

 

 

 元七番隊隊長・藍染那由他さん。

 

 

 その実力と分け隔てない態度は、みんなから絶大な信頼を寄せられていた。

 でも、20年くらい前に──虚として処理された。

 

 私たち護廷の抱える罪とも言うべき所業。

 

 何故、あの人が罰せられなければならなかったのか。

 未だにあたしたちは分かっていない。

 

 そんな人が尸魂界へと帰ってきた。

 

 それは素直に嬉しい。

 初めはそう、あたしも思った。

 

 けれど、あの人は王族特務案件で処分されたのだ。

 

 もしかしたら、()()()()()()()()()()()()

 

 そして、一緒に報告された旅禍の件。

 那由他さんが手引きしたと考えるのが妥当だ。

 

「何をしようとしてるのかな、那由他さん……」

 

 思わず漏れてしまったあたしの泣き言に、場の雰囲気が更に重くなってしまう。

 

「あん人が、何も考え無しに動くとは思えんけえ」

 

 すると、射場さんが静かに答えてくれた。

 

「ワシらの事を何よりも、誰よりも思いやって、そして導いてくれた人じゃけん。そん人が、このタイミングで動くんじゃ。……随分ときな臭い気配が漂っとる」

 

 そうなのだ。

 あたしには思い当たる事がある。

 

 藍染隊長の様子が少し前からおかしいのだ。

 

 しかし、何を聞いても答えてくれない。

 

 あたしは一体、どうしたら良いのだろう……。

 

 ずっと憧れてきた藍染隊長たち。

 この二人の異様な動きに、あたしたちは既に何かが動き出している事を感じ取っていた。

 

「……那由他さん相手に、隊長格六人で手も足も出なかったみたいだぜ」

 

 しばらくして、阿散井くんが口を開いた。

 その内容にあたしは驚愕してしまう。

 

 あたしたちは副隊長。隊のNo.2だ。

 そうは言えど、隊長との実力には大きな隔たりがある。

 隊長とは護廷において、それだけの戦力なのだ。

 

 そんな人たちが六人集まって、手も足も出なかった? 

 

 暗い気分になっていた心に、少し嬉しさが宿ってしまう。

 

「やっぱり凄いね、那由他さん」

「当たり前じゃけぇ」

「だよな……ま、喜ぶ訳にもいかねえんだけどよ」

 

 皆で苦笑してしまう。

 

 那由他さんは侵入者なのだ。

 

 敵、なのだ。

 

 敵がそれほど強いという事を喜んでしまうなんて、本当なら非難されるべき。十一番隊じゃないんだから。

 

 それでも、あの人の凄さを再確認できたあたしには、どうしても微笑みが出てしまう。

 

「それでよ」

 

 ここで再び阿散井くんが言葉を発する。

 ただ、その表情は真剣だ。

 

「これは内密で頼むぜ。これはとある人から聞いた話なんだが──」

 

 そう前置きして阿散井くんが話し始めた内容は、あたしたち誰の内にも燻っていた、確かな疑問だった。

 

 ──ルキアさんの処刑。

 

 一言で説明できてしまう出来事の中には、異例がこれでもかと詰まっている。

 彼女の罪状は霊力の無断貸与および喪失、そして滞外超過だ。

 その程度の罪で極刑という時点で異例なのに、義骸の即時返却・破棄命令、執行猶予期間の短縮、双極の使用。

 挙げればキリがない。

 

 明らかに、不自然なのだ。

 

 そして、阿散井くんの語り口から、この情報を彼に伝えたのは藍染隊長だとあたしは確信した。

 

 今まで五番隊で見続け、副隊長となってから側で支え続けてきたのだ。

 あの人の理路整然とした指摘は頭で簡単に思い浮かべる事が出来る。

 

「それって、あ」

「言うな、雛森」

 

 阿散井くんにピシャリと言われて口を噤む。

 

「あの人は何かを掴んでる。それも悪い状況に事態が動きそうだって事をだ」

 

 射場さんは腕を組んだまま阿散井くんの話に耳を傾けている。

 あたしも口を両手で抑えたままコクコクと首を縦にふった。

 

「恐らく、今やってる隊首会でもその報告をするんだろうさ。だから、今はあんまり変な事は言わない方が良いだろ」

 

 凄い。

 あの、って言ったら失礼だけど、阿散井くんがこれからの事をしっかり考えて動いている。

 あ、あたしも見習わなきゃ! 

 

 そんな時である。

 

 

 ──ガン、ガン、ガン、ガン!! 

 

 

「これは、侵入警報じゃと!?」

 

 射場さんがすぐさまに反応し、

 

「! 那由他の姉御!!」

 

 まるで疾風のように待機部屋を飛び出て行った。

 

「雛森!」

「う、うんっ!」

 

 阿散井くんに促され、あたしは慌てて立ち上がる。

 まずは藍染隊長に合流しなきゃ! 

 

 でも、

 

「隊長、副隊長が集まるこのタイミングで侵入……」

 

 明らかに作為的だ。

 内部に密告者が……? 

 

 それとも──。

 

 あたしの脳内で最悪の展開が思い浮かぶ。

 

 そんな、でも……!? 

 

 いや、侵入者が那由他さんなら、ありえない話ではない。

 

 ただ、先日の戦闘で「那由他さんが怪我を負った」という事をさっき阿散井くんから聞いた。

 市丸隊長の斬魄刀で貫かれたらしい。

 

 噂で聞いたけど……、那由他さんは市丸隊長に好意を持っているみたいだ。

 

 そんな相手に殺されそうになったあの人の気持ちは……。

 思わず眉間に皺が寄ってしまう。

 

 そうだ、市丸隊長。

 

 隊長になる前は五番隊の副隊長だったのに、藍染隊長との確執が囁かれている人。

 確かに、私の目から見ても二人の関係は良好とは言えなかった。

 

 もしかして、藍染隊長が疑っている人って……。

 

 頭を振る。

 

 そんな、同じ護廷の、しかも隊長だ。

 自分が疑うなど。

 

 

 しかし、あたしの心にはドス黒いものが生まれ始めている事を、自分でも理解できてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

『随分と都合良く警鐘が鳴るものだな』

 

 俺──日番谷冬獅郎は、旅禍の侵入に際し中断された隊首会の部屋を出る時に、その言葉を聞いた。

 

『……よう分かりまへんな。言わはっている意味が』

『それで通ると思っているのか? ──僕をあまり甘く見ない事だ』

 

 胸のざわつきを覚える光景だった。

 明らかに藍染は市丸を疑っている。

 

 そして、それは俺もだ。

 

 那由他が侵入し迎え撃った時。

 市丸は何の躊躇いもなく、あの人を刺しやがった。

 

 急所は外れたようだが、それは那由他の実力があってこそ。

 

 普通の奴なら心臓を貫かれる殺意の籠った刃だった。

 

 ただし、隊首会で市丸の追及はない。

 

 護廷に利する行為であると総隊長は判断した。

 

 砕蜂の行方と逃げた那由他、そして旅禍。

 これらの目的と今後の動きについての意見をまとめるような目的。

 

 何も間違っちゃいない。

 

 なのに、何なのだ。この焦燥感は。

 何かが動き出している。

 

 藍染が市丸相手に何か詰問しようとし、朽木ルキアの処刑に関して言及しようとした瞬間に鳴った侵入警報。

 

 先ほど藍染が言っていたように、あまりにもタイミングが良すぎる。

 

 そして、市丸の去り際の言葉……。

 

 

 

『なんや、ゆっくり警報聞いていかはればええのに。――もう聞けんくなるんやから』

 

 

 

 

「……雛森に一言だけ注意しとくか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

「射場さんと阿散井くんが、消えた……?」

 

 侵入者の報があっていの一番に飛び出した射場さんと阿散井くん。

 その目的なんて分かり切っている。

 きっと那由他さんを探しに向かったのだろう。

 

 ただ、あれから数日が経った今でも二人は帰ってきていないらしい。

 

 

 未だあたし──雛森桃はどう行動すれば良いか分からないままだ。

 

 

 三番隊副隊長の吉良君に相談をもちかけたのも、そんなあたしの弱さからだった。

 

「藍染隊長には話そうかとも思ったんだけど、それで射場さんや阿散井くんが罰を受けたりしたら嫌だし……」

「装着令の出ている副官章を外していくほどだ、その判断は間違っていないと思うよ」

 

 吉良君に渡した包みには、ポツンと残されていた二つの副官章が寂しそうに鎮座している。

 つまり、あの二人は副隊長という地位を失ってでも……いや、違う。

 

 多分、副隊長としてではなく、『射場鉄左衛門』と『阿散井恋次』として会いに行ったんだ。

 

 あたしにそこまでの覚悟が持てるだろうか。

 

 那由他さんには恩義を感じているし、憧れも抱いている。

 しかし、藍染隊長にも同じ気持ちを持っているのだ。

 

 どちらかを選ぶなんて、私には出来ない……。

 

 

 

 

 

 その数時間後の事だ。

 

 阿散井くんが重傷で四番隊舎へと運ばれたのは。

 

 

 

 

 

「戦時特例、常時帯刀許可……」

 

 少し前に告げられた事実に、あたしは恐れすら抱いていた。

 

 あたしは皆が平和に過ごせるようにと、そのために死神になった。

 

 那由他さんの背中を思い出す。

 藍染隊長の微笑みを思い出す。

 

 あのお二人は、常に皆の笑顔を護っていた。

 

 あたしは戦いたくなんてない……! 

 

 幸いにも、阿散井くんの命に別状はないらしい。

 射場さんはまだ見つかってすらいない。

 

 

 どうして、こうなっちゃったんだろう……。

 

 

 涙が溢れそうになる目に力を入れる。

 泣き言なんて許されない。

 あたしは五番隊副隊長・雛森桃だ。

 

 

 

 皆を──あたしが護るんだ。

 

 

 

『戦いを恐れるのは悪い事ではありません。その恐怖こそが、貴方を強くするでしょう』

 

 那由他さんの言葉を思い出す。

 

『力ある者は、その責務から目を背けてはいけないよ』

 

 藍染隊長の言葉を思い出す。

 

 

 この二人は、あたしの道しるべなのだ。

 

 

 だからだろうか。

 あたしはその夜、藍染隊長のいる部屋へと出向いてしまった。

 

 突然の訪問な上、あたし自身としても特に話したい事があった訳ではない。

 ただ不安で、安心を求めていただけだ。

 こんな弱いあたしが縋ってしまうなど、あの人にとって迷惑以外の何物でもないと思う。

 

 それでも、藍染隊長はあたしを優しく受け止めてくれた。

 

 

「す、すみません……!? あたし、いつの間にか眠っちゃってたみたい、で……?」

 

 起きた瞬間の寝ぼけた頭で大声を出してしまった。

 火が出るほど恥ずかしい……! 

 

 慌てて周囲を見渡すも、そこには既に藍染隊長の姿はなかった。

 い、今何時……!? 

 

 急いで身支度をして藍染隊長の部屋から飛び出す。

 

 定例集会に間に合うかなぁ!? 

 

 チラリと目に入った横道。

 確か、こっちに行ったら近道だった。

 本当はいけない事だけど……ごめんなさい! 

 

 あたしは通行止めの衝立をピョンと飛び越え、その先の道を急ぐ。

 

 

 

「良かった、これならなんとか間に合い……そ、う……」

 

 

 

 時間を確認し、安堵のため息をつく。

 

 前を見る。

 

 道を急ぐ。

 

 ここの道を右に曲がればもうすぐだ。

 

 曲がった。

 

 前を見る。

 

 

 

 眼前の壁面に、赤いものが垂れていた。

 

 

 

 え? 

 

 誰かの落書き? 

 

 こんな時に? 

 

 赤いものは、どうやら上から零れているようだ。

 

 視線を上にあげる。

 

 建物の奥の青空が映った。

 

 そんな青の中、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……藍染、隊長……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 あたしの憧れの人が。

 

 あたしの尊敬する人が。

 

 あたしの大好きな人が。

 

 あたしの目標である人が。

 

 あたしが支えてきた人が。

 

 あたしが追い付きたい姿が。

 

 

 

 

 

 

 

 

──壁面に、磔にされ、事切れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、あ、……え? なん、で? 何が? え? そんな、いや、え……?」

 

 

 理解できない。

 

 その光景を理解できない。

 

 したくない。

 

 認めたくない。

 

 どういう事だ。

 

 何が起こって。

 

 これは夢だ。

 

 

「いや……」

 

 

 だって、昨夜、あたしは藍染隊長と普通に、お話しして、慰めてもらって、温かい言葉で、胸も軽くなって、それで、自分の仕事を頑張ろうって、皆を護ろうって、その中には勿論藍染隊長もいて、あたしなんかが烏滸がましいとも思ったけど、やっぱりあたしはあの人の力になりたくて、支えられるようにあたしもしっかりしなきゃって、あと、出来たらもっとあたしの事を見て欲しくて、それで、それで。

 

 

 

「いや、いや、いや……!」

 

 

 

 あたしはまだ、この人の側にいたい。もう那由他さんみたいに失うのは嫌なのだ。あたしの大好きな人が、憧れが、遠くへ行ってしまうのは嫌なのだ。だから必死に努力した。副隊長にもなれた。全てお二人のおかげなのだ。那由他さんがいなくなっても、その真っ直ぐと前を見据えた目を覚えているのだ。側にいてくれた藍染隊長の、優しく頭を撫でる手の温かさを知っているのだ。

 

 

 それが、失われるなんて、信じたくない、のだ。

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「雛森君!?」

「雛森っ!?」

 

 誰かの声がする。

 

 知らない。

 こんな、こんなのっ、知らない!? 

 

 

「いや、いや、いやぁあぁ!? 藍染隊長、藍染隊長っ!!」

 

 

「なっ!? これは……!?」

「そんな……!」

 

 なんで、どうして、何で、何が起こってるの? なんで? 

 誰か教えて、教えてよぉ、藍染隊長がどうしてこんな目にあってるのよぉ……!! 

 

「いやぁぁぁあぁああああ!!」

「ひ、雛森君、落ち着いてくれ!?」

 

 藍染隊長が、藍染隊長が、こんなに血を流しているのだ! 

 指一つ動かさず、目は虚ろなままで、いつもの笑みもないのだ! 

 そんなこの人の姿を見て、どうして落ち着けるって言うの!? 

 

 誰だ。

 誰が、藍染隊長にこんな事をしたのだ。

 

 絶対に許さない。

 私から再び『藍染』を奪った世界など、どうして許す事が出来るか!! 

 

 

『気を付けろ』

 

 

 唐突に、シロちゃんの言葉を思い出す。

 

 そうだ、あの子は私に警告していた。

 

 

『藍染をあんまり一人で行動させるなよ。特に──』

 

 

 あたしは顔を上げる。

 知った霊圧を感知する。

 

 

 

 

 

『三番隊の市丸には気を付けとけ』

 

 

 

 

 

「なんや、大変な事になっとるなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前かぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斬魄刀を抜き放つ。

 

 殺す。

 殺す。

 殺す。

 

 殺してやるっ!? 

 

「雛森、まっ……!」

 

 止まらない。

 絶対に止まらない。

 許さない。

 

 もう、何もかもに憎しみを覚えてしまう! 

 

 

「どうして止めるの──吉良君!!」

「僕は三番隊の副隊長だ」

 

 

 そうして、あたしの刀は憎き市丸に届く前に、同期の吉良君によって止められてしまった。

 

「お願い、どいてよ吉良君」

「それは出来ない」

「どいてよ……どいて……」

「だめだ!」

 

 

 

 

 

「どけって言うのが、分からないのっ!!」

「だめだと言うのが、分からないのかっ!!」

 

 

 

 

 なら、あたしは全てを──燃やす。

 

 

 

 燃やし尽くす。

 

 

 

 この輝きは、藍染隊長と那由他さんへの憧れだ。

 

 

 

 月のように美しく、太陽のように熱い心を持っていたあの人への。

 

 

 

 陽だまりの様に朗らかで、あたしを優しく包んでくれたあの人への。

 

 

 

 

 

 あたしの憧れが、燃えたのだ。

 

 

 

 

 

 心が弾け飛ぶほどの、『()()()()()()への、私の想いなのだっ!! 

 

 

 

 

 

 

 

「弾け──”飛梅”ぇぇぇぇええ!!!」

 

 

 

 

 

 

「なっ!? こんなところで斬魄刀をっ……!」

 

 

 吉良君が慌てて飛び退るが、あたしの眼中にあるのはただ一人。

 

 

「市丸! 覚悟ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「どっちも動くなよ──?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、つがや、く……」

「日番谷隊長……!」

 

 何をされたか分からなかった。

 

 あたしの斬魄刀は、何故か床板を貫いている。

 

 全力だったのに。

 あたしの全身全霊をかけた始解だったのに。

 

 シロちゃんは、ただ私の斬魄刀を踏んでいるだけだ。

 

 それで全てが、あたしの全てが、抑え込まれていた。

 

「拘束しろ、二人ともだ」

 

 乱菊さんに素早く動きを封じられる。

 しかし、もうあたしに抵抗するだけの気力は残っていなかった。

 

「藍染隊長……」

 

 未だ壁に縫い付けられている憧れの人を見上げる。

 どうして、こうなっちゃったんだろう。

 

「那由他、さん……」

 

 情けなく、私はポロポロと涙を流す。

 

 もう、どうしたら良いのか、分からない。

 

 どうしたら、皆を護れますか? 

 どうしたら、貴方たちみたいになれますか? 

 どうしたら、あたしはもっと強くなれますか? 

 

 分からないんです。

 

 

 

 ──もう、分からないんです。

 

 

 

 市丸と何か話しているシロちゃんの姿も、滲んだ別世界の出来事にしか見えない。

 

 

 

 

 

 

……助けて、藍染隊長、那由他さん。

 

 

 

 

 

 

 

「これ、藍染隊長の部屋にあった、あんた宛の手紙よ。見つけたのがウチの隊長で良かったわね」

 

 

 五番隊の第一特別拘禁牢で呆然としていたあたしに、乱菊さんが一通の手紙を渡してきた。

 

 そして、その手紙を書いたのが誰かを理解した瞬間、あたしは信じられない顔をしていたと思う。

 

「他の誰かだったら証拠品としてあんたの所には届かなかった。何が書いてあるかは知らないけどさ、自分の隊長が最後に遺した言葉の相手が自分だったってのは、副隊長として幸せな事だよ。……大事に読みな」

 

 あたしは枯れたと思っていた涙を再び流す。

 

 藍染隊長。

 藍染隊長。

 藍染隊長……! 

 

 言葉も出てこない。

 届けてくれた乱菊さんに、あたしは深く頭を下げる事しか出来なかった。

 

 

 

『お待たせしました』

『救援に来たよ』

 

 

 

 真央霊術学院一回生の頃、あたしたちが魂葬実習で現世に向かった時の事を思い出す。

 

 突如現れた巨大虚相手に死と絶望を初めて覚えた。

 あの時の恐怖は忘れる事が出来ない。

 

 そして、そんな恐怖の塊を、あのお二人はいとも容易く払ったのだ。

 

『あ、あなた方は……! 藍染五番隊隊長に、藍染七番隊隊長!?』

 

 引率の檜佐木先輩の驚愕と尊敬の念も凄かったけど、あたしたち現副隊長の三人も目を離せなかった。

 

 陳腐な言い方になってしまうが、とても、とても凄かった。格好良かった。──憧れた。

 

 こんな風になりたいって、だから頑張ろうって。

 いつもあたしたちを気にかけてくれる藍染隊長たちに、私は全幅の信頼を置いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからこそ、読んだ手紙の内容を、私は一片たりとも疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──雛森が脱走した。

 

 

 そして、ほぼ同時に通達されたのが『朽木ルキアの処刑が明日』に変更された事だ。

 

 俺──日番谷冬獅郎はすぐに()を探す。

 

 ちくしょうっ!? 

 

 焦燥感と怒りで頭がどうにかなりそうだった。

 

 好意を寄せてきていた那由他だけに飽き足らず、その兄貴すら手にかける。

 極悪なんて言葉ですら生温い。

 

『次に血ィ流させたら、俺がてめぇを殺す』

 

 那由他が倒れたあの場で市丸に言った言葉だ。

 

 俺に死神としての標をくれた。

 家族を護る術を教えてくれた。

 

 それが大恩じゃなくてなんだってんだ。

 

 侵入者であり刃を向けつつも、それでも血を流さずに俺らを押しとどめたあの人の覚悟の、全てを市丸は侮辱した! 

 

 そして、四番隊に重傷で運ばれた斑目の証言だ。

 

 

『旅禍の師匠は、藍染七番隊隊長だけじゃないっす。──浦原喜助。今回の事件に、奴が一枚噛んでます……!』

 

 

 この情報は瀞霊廷中を震撼させた。

 

 何故、あの人が浦原喜助と組んでいる!? 

 

 つまり、俺たちの知らない真実が裏で蠢いているって事だ。

 

 

 

 100年前の事件の詳細は俺も把握している。

 

 そして、那由他はその事件の被害者だったはずだ。

 

 にも関わらず、被害者と加害者が今回の旅禍の稽古をつけていたという。

 

 旅禍はその大部分が捕まった。

 色黒の大男、眼鏡の白い奴、そして喧嘩の強い女。

 後は志波家のなんかうるさい奴がいるらしいが……今はどうでも良い。

 

 

 そして、護廷が浦原の情報を得たと同時、隊長格は真っ二つに分かれた。

 

 

 那由他さん側に付いたのは既に離れている二番隊隊長・砕蜂と七番隊副隊長・射場鉄左衛門を筆頭に、

 

 

 六番隊副隊長・阿散井恋次

 

 九番隊隊長・東仙要、同副隊長・檜佐木修兵

 

 十一番隊隊長・更木剣八、同副隊長・草鹿やちる

 

 十三番隊隊長・浮竹十四郎

 

 そして俺、十番隊隊長・日番谷冬獅郎と同副隊長・松本乱菊。

 

 

 意外だったのが、七番隊隊長の狛村も那由他側についた事だ。

 

 アイツは総隊長へかなりの恩義を感じていたはずだった。

 いや、那由他に対しても崇拝みたいな想いを抱いているのは知っているのだが……。

 

 それでも、狛村は明確に朽木ルキアを助けるために動き出した。

 

 

 

 合計で11人もの隊長格が那由他への協力を胸に抱き離反。

 

 

 

 隊長格26名の内、実に半数近くに上る数だ。

 

 

 

 平隊士もこれに続き、瀞霊廷は混乱の坩堝と化している。

 

 

 

 この内、旅禍の囚われた者を更木が救助。

 二番隊隊長の砕蜂に合流したらしい。

 

 いきなり現れやがった元二番隊隊長の四楓院夜一は朽木ルキアを救出に来たオレンジ頭と六番隊隊長・朽木白哉の戦闘に介入し、オレンジ頭を抱えて離脱。

 浮竹もこの時点で離反した。

 

 更に言えば、未だ瀞霊廷側に立っているとは言え、あの京楽が何も考えてない訳がねえ。

 どうせ浮竹と示し合わせてどちら側からでも援護できるように戦力を分散しただけだろ。

 

 細けぇ情報は入ってないが、オレンジ頭は十一番隊三席の斑目を撃破、同隊長の更木をも退け、阿散井とも一戦交えたそうだ。相当な実力者である。

 まあ、那由他が稽古つけたんなら妥当か……。

 

 十二番隊の涅も連絡が取れておらず、護廷の力は相当に弱まっている。

 

 

 

 

 ただし、総隊長が重い腰を上げやがった──! 

 

 

 

 

 危険な賭けだ。

 それは分かっている。

 

 しかし、藍染が殺されたという事は市丸が動いたも同義。

 

 そして那由他が尸魂界を追われた時も、侵入者としてやってきた時も。あの人に対して振るう刃に一切の迷いが無かったのは──市丸だけだ。

 

 この状況証拠だけでも、市丸が那由他を疎ましく思っていただろう事は読み取れる。

 そして、その兄である藍染が市丸を警戒していたのも頷ける話だ。

 

 これらの事実が噛み合った時、旅禍の奴が言っていた言葉が決定打となった。

 

 

『朽木ルキアを救い出す!』

 

 

 奴らの目的は朽木ルキアの処刑を止める事。

 藍染が生前に一番の疑念を抱いていた異例尽くしの処刑だ。

 先ほどの地獄蝶による猶予短縮も、よほど処刑を実行したい事の裏付けとして考えられる。

 

 この処刑には隠された陰謀がある。

 

 それを確かめるのに一番手っ取り早い方法は、

 

 

 

「市丸、探したぜ」

 

 

 

 市丸をフン縛って、その真実とやらを吐かせる事だ。

 

 

 

 そんな俺たちを嘲笑うように、市丸の掌で踊らされた雛森が俺に刃を向けてくるまで、そこまで時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 分からない、分からないの、シロちゃん……! 

 

 あたしはただ我武者羅に斬魄刀を振るう。

 

 

「バカ、雛森! 藍染がそんな事をお前に遺す訳ないだろ!?」

 

 

 でも、もうあたしにはこれしか縋るものがないの。

 

 

「だって、書いてあったもの!」

 

 

 乱菊さんに渡された手紙。

 

 そこには事件の真犯人──『日番谷冬獅郎』の名が刻まれていた。

 

 

「あたしだって信じたくなかった! でもあれは藍染隊長の字だった! 藍染隊長がそう言ってるんだもん!?」

 

 

 思考を放棄し、道しるべを失った今のあたしにとって、その手紙こそが全てだった。

 

 シロちゃんを、あたしの手で殺すしかないんだ。

 

 

「あたしはっ……、あたし、は……!」

 

 

 シロちゃんの顔が歪む。

 あたしを傷つけるのが嫌なんだ。

 分かってる。シロちゃんは本当は優しい子だって。

 だから、あたしを本気で斬らないって、そんな想いすら利用して。

 

 

 あたしは、醜い。

 

 

 でも、もう、どうしたら良いか、

 

 

 

 

「何が正しいかなんて、もう、分からないんだよぉ……っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「心配いりません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方は、この後にも必要な子です。こんなところで、傷ついてはなりません」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、藍染、那由他……!?」

 

「冬獅郎くん、桃さんを連れて急ぎ中央四十六室へ」

 

「な、あ、え?」

 

「ここは私にお任せ下さい。乱菊さんも、冬獅郎くんと共に」

 

「……ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

 

 何が、起こったの……? 

 

 

 

 

 

 この手に付いている赤いのは何? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何で、あたしは──那由他さんを斬っているの……? 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あ、やぁ……」

「大丈夫です」

「ご、ごめん、なさっ……」

「大丈夫です」

「あ、あたし、そんな、違っ」

「桃さん」

「いや、もう、いやなのぉ……。誰も、傷つけたくなんて、ないぃぃぃ……!」

 

「大丈夫です」

 

 

 那由他さんの腕に抱かれた。

 

 少し前にも見た、真っ赤な血の流れる腕で。

 

 どうして、わざわざ斬られたのですか? 

 那由他さんなら、あたしなんかの攻撃で、傷つくわけない。

 

「貴方の刃は優しいですから」

 

 頭を撫でる那由他さんの温かさを感じる。

 

 

 ああ、ずっと、求めていた、温かい手。

 

 

 

 涙が止まらない。

 

 

 

 もう、手に入らないと思っていたものなのに。

 

 

 

 

 

「ごめ、んな、さい。ごめんなさいぃ……!!」

 

 

 

 

 

「お兄様が、貴方を待っています」

 

 

 言葉を失った。

 

 

「藍染、隊長……?」

 

「お兄様は死んでいません」

 

「そ、それは本当か!?」

 

「はい、あの死体はお兄様の能力で敵を欺いたものです」

「そんな事が……!」

 

 駄目だ、頭の理解が追い付かない。

 

 皆の話が耳を通り抜けている。

 

 でも、会える。

 

 もう一度、藍染隊長に会える。

 

 あたしを抱きしめる腕が、これが現実だと教えてくれている。

 

「藍染隊長が、いるんですか……?」

「はい。どうして私に接触したのかは分からないのですが、”自分は無事だ”と貴方に伝えて欲しいと」

 

 もう周囲の言葉は聞こえていなかった。

 

 

 

 

 

 藍染隊長、藍染隊長、藍染隊長……! 

 

 

 

 

 

 中央四十六室に踏み込む。

 

 

 

 周囲の光景など何も目に入らない。

 

 

 

 奥に進めば進むほど、あの愛しい霊圧を感じる。

 

 

 

 

 

 

 帰ってきたんだ。

 

 

 

 

 那由他さんも帰ってきた。

 

 

 

 

 藍染隊長も帰ってきた! 

 

 

 

 

 全部、全部元通りになる! 

 

 

 

 

 また、皆で笑って過ごせる! 

 

 

 

 

 

 戦わなくて良い、あの頃の、幸せな日々が──! 

 

 

 

 

 

 

 

 

「藍染隊長っ!」

 

 

 

 

「心配かけたね、雛森君」

 

 

 

 

「いいんです、藍染隊長が無事なら、那由他さんが帰ってこれるなら……!」

 

 

 

 

 

「ありがとう、雛森君。僕は君を部下に持ててよかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、もう、あたしは──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──さようなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「笑っ……て……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見上げていた顔は変わらず柔らかい笑顔だ。

 

 慈愛ともとれる温かさを感じる。

 

 

 目線を下げる。

 

 

 自分の胸に何か刺さっていた。

 

 

 もう一度見上げる。

 

 変わらない。

 

 藍染隊長の顔だ。

 

 目線を逸らせないまま、胸から生えている何かに手を添える。

 

 温かい。

 

 自分の血だ。

 

 でも、それだけじゃない。

 

 

 

 藍染隊長の手の、温かさだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 縋るように藍染隊長へと伸ばした手は震えていて。

 

 

 

 

 

 振り払われるように、胸に突き立てられていた藍染隊長の斬魄刀は抜けて行った。

 

 

 

 

 

 

「行こうか、ギン」

 

「はい、藍染隊長」

 

 

 

 

 

 

 何も、聞こえない。

 

 

 

 何も、感じない。

 

 

 

 ただ、自分からどんどん熱が失われていく事だけが分かる。

 

 

 

 

 

 

 なんで。

 

 

 

 

 どうして。

 

 

 

 

 藍染隊長……?

 

 

 

 

 再び、私は絶望の淵へと落ちていき。

 

 

 

 

 

 

 

 意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 




ああ、雛森……悲しいなぁ


ルキアの処刑が原作よりも早まって苺の卍解間に合うぅ……?
しかも東仙・狛村vs更木はスキップされた模様。
安心して下さい、全部ガバです。

次回は同じ時系列の那由他視点。
多分……明後日くらいには投稿できる?(まだ一文字も書いてない

ふと思ったんでアンケ取りたいのですが、


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展開…だと…!?

更新日時、大嘘ついてほんとごめんなさい。(土下座
週に二、三回は更新したい……。


 ――そいぽんに攫われた。

 

 

 完璧に想定外である。

 え、君、俺の味方して大丈夫? 

 

 幸いにも彼女の活躍の場は夜一さんとの決闘と双極の丘だ。

 

 ここで俺に付いてきても……夜一さんとの戦闘は? 

 

 あれ、どうなんだろ。巻きで入る感じ? 

 いやまあ、まだ夜一さんは瀞霊廷にも入ってないだろうけれど。

 

 えっと、確か苺たちの行動スケジュールは流魂街で一日、空鶴邸で一日をそれぞれ過ごしてから瀞霊廷に侵入。

 その後は瀞霊廷で二日くらいドンパチしてから卍解の修行で三日。

 

 そんな感じだった気がする。

 

 なので、今日含め三日くらいは余裕がある、と思いたい。

 ……俺がこっちに残ってんのに流魂街とかでのんびりするかなぁ。

 

 しかも六車さんの修行の成果で苺は霊力のコントロールは出来てるだろうから、多分空鶴邸での修行らしきものもいらないと思われる。

 

 早けりゃ明日くらいには突っ込んでくるかもしれん。

 

 

 でも、俺が良い感じで隠れられる機会を得られたのは素直に嬉しい。

 ここはそいぽんと二人で苺観賞でもしてみるかな? 

 

「那由他姉様、しっかりなさって下さい!」

 

 え、砕蜂に呆れられた……。

 俺ってそんなにしっかりしてない感じに見えるんだな。知ってはいたんだけどさ。

 

「傷は深いですが、急所は外れております!」

 

 もう回道で回復してるよ? 

 

「私が那由他姉様を決して死なせません!」

 

 なんかメッチャ覚悟決まった顔をしていらっしゃる。

 そりゃそうか。

 護廷に背いた形だもんね。背水の陣だ。

 

「双極の丘の下まで行って下さい」

「かしこまりました!」

 

 全肯定マシーンそいぽん。

 昔を思い出すね~。何言っても「はい!」しか言わなかったんだよな、この子。

 ちょっと面白くなって無理言っても実行しようとするから夜一さんに怒られてたっけ。

 

 なんてしみじみと回想していたらあっという間に目的の場所についた。

 

 苺の卍解修行でおなじみの温泉だ。

 

 浦原さんと夜一さんが現役だった頃に何度もお邪魔していたので場所はしっかりと把握している。

 

「ここは……」

「秘密基地です」

「私と姉様の……秘密!」

 

 そいぽんが千切れんばかりに尻尾を振っている。(幻視

 

 何故かは知らんが喜んでくれたようで何より。で、なんで? 

 まいっか。

 

「しばらくここで傷を癒しましょう」

「はい!」

 

 て訳で二人で温泉に入った。

 そいぽんが鼻血を噴射して大変だった。(小並感

 

 や、他に語る事もなくてね……。

 

 とりあえず苺たちがやってくるまでのんびりと温泉旅行気分を満喫していた。

 そいぽんはずっと幸せそうだった。

 実は君、温泉好きなんじゃろ。(名推理

 

 一応、今後の行動方針についても相談しておいた。

 

 まず、夜一さんとは仲直りして欲しいので彼女が来ている事を伝え二人で少し話をするように説得。

 次いで苺たち旅禍は自分の大切な子たちだから陰からフォローして欲しい事を。

 

 だって隊長格強いんじゃもん。

 

 出来れば介入はしたくないのだが、何かあってからでは遅い。

 もしかしたら過保護かもしれんけど……死んで欲しくはないし流石に放置は少し怖い。

 

 なお、俺の口下手で分かるように説明するのに一昼夜かかった。

 根気強く付き合ってくれたそいぽんには感謝だ。

 

 後、その際に砕蜂から浦原さんの事を聞いたのだが驚いた。

 もう極悪人なんて言葉でも生温いほどの恨みを買っているようである。

 

 しかも何か俺のせいっぽい。

 

 いや、諸悪の根源はお兄様なんだけどさ。

 

 浦原さんは現世に尸魂界のアイテムを入荷してるくらいなんだから、こっちの情報にも精通してるだろうしね。

 そりゃ目立つ感じで死神の前に現れたくない訳だよ。把握した。

 

 って事で、とりあえず砕蜂の誤解は頑張って解いておいた。

 ついでに俺がお兄様を止める気だと言う事も。

 

 いきなり泣き出したそいぽんにはマジで困惑したが、なんとか伝えるべき事は伝えられたかな? 

 

「私が、私が那由他姉様を支えますから……! ですから、ですからどうか御一人で全てを背負わないで下さい……!」

 

 もうボロ泣きそいぽんである。

 どうすれば良いのだろう……。

 

 分からんから頭撫でといたら俺の膝枕で寝ちゃったし。

 

 まあ、苺たちが来るまでは暇だし一昼夜話に付き合ってくれたし、私は一向に構わん! 

 

 なんてボンヤリとそいぽんの寝顔を眺め俺もウトウトとしていた時だった。

 

 

 ──ガン! ガン! ガン! 

 

 

「この音はっ!?」

「侵入警鐘ですね」

「という事は」

「はい」

 

 無言で頷くそいぽんが凄い頼もしい。

 

 俺の前では何かポンコツ臭が凄いが、彼女はこれでも夜一さんの後を継いだ隠密機動のトップだ。

 陰から支援する事に不安は全く感じていない。

 

「お願いします」

「お任せ下さい! 必ずや、憎き藍染惣右介を私が打ち倒してみせましょう!」

 

 ……分かってるん、だよね? 

 君はまだ表に出ちゃ駄目なんだよ? 

 一気に不安になってきた。

 

 しかし、本当に一日でやって来ちゃったよ。

 

 双極の丘のイベントとの時間差大丈夫かなぁ……。

 

 兎にも角にも、俺とそいぽんは揃って温泉宿を出立。

 彼女には夜一さんを探してもらいながら苺以外を任せる。

 

 俺? 

 

 

 もちろん苺の鑑賞に決まってんだろ? 

 

 

 という事で、二日間。

 俺はたっぷりと苺の雄姿を目に焼き付ける事が出来た。大変に満足です。

 

 苺が一角と戦った時に浦原さんの情報が回って瀞霊廷が予想以上に混乱していたが、その他は概ね原作展開通りである。

 

 たつきちゃんも微妙な不安要素だったんだけど、なんかいつの間にか捕まっていた。

 雨竜くんとチャドと同じルートである。

 

 で、いざ苺がルキアの元へ着いたら立ちはだかる白哉ですよ。

 助けに来たのが夜一さんだけじゃなく砕蜂もいた時点で無事仲直りは出来たようだ。

 

 では、いざ卍解の修行パートですな! 

 

 ルキアの処刑よりも一日くらい早いんだけど、時間が余ったら適当に戦闘訓練でもしとけば良いじゃろ。(思考放棄

 

 

「お待ちしておりました」

「那由姉!」

 

 先回りして秘密基地に着いていた俺は苺たちを無表情で出迎える。

 苺なんかは素直に俺が無事で喜んでいるみたいだ。夜一さんもどこかホッとしている。

 嬉しいね~。

 

「砕蜂から聞いておったが、目で見るまでは安心できなくての。無事なようで何よりじゃ」

「そちらも」

 

 ボロボロな苺は俺を見ただけで元気が回復しているんだから可愛い。

 より一層ルキア救出のために目を燃え上がらせていた。

 

 

 

 ──そして、卍解修行の一日目が終了した。

 

 

 

 まあ、原作通りで特に語る事もない。

 苺が斬月のおっさんにフルボッコされながらも戦闘能力が上がった感じだ。

 

「ここの温泉に入って下さい」

「こんなところに……」

 

 まあ、初めて見ればビビるわな。

 

「効果効能は折り紙付きです」

「へえ」

 

 そして、何故か俺の方を向く苺。

 ん、どったん? 

 

「……や、俺、入るから」

「どうぞ」

「どうぞじゃなくて、だから……」

「お気になさらず」

「気になるわっ!?」

 

 ちっ、しょうがねぇ。ここは一時撤退だ。

 

 どうせ後で夜一さんが揶揄いに行くだろうし、その時にでも一緒しよ。

 

「ぜってぇ覗くなよ!?」

女子(おなご)みたいな事を言う奴じゃのぉ」

「この人は前科があるんだよ!」

「那由他、お主……」

 

 そんな目で見るなよぉ。

 

「ならば、私も一緒に入りましょう」

「お願いだから止めて下さい、ほんと」

「昔はよく一緒に入ったではありませんか」

「何年前の話だよっ!?」

 

 いーじゃん、一緒に入ろうよ~。

 心は男の子なんだから恥ずかしくないよ? 

 

「なら儂も」

「はぁぁぁああ!?」

 

 ナイスフォローです、夜一さん! 

 

「早く入らないと傷に障りますよ」

「誰のせいだよ!」

 

 ギャーギャーと喚いている苺の目の前でストリップを開始する俺。

 真っ赤になった苺はすぐにそっぽを向いてしまった。

 

 うん、ほんと揶揄い甲斐があるなぁ、この子。

 

 しかし、夜一さん。

 いつ見てもナイスバディである。

 

「夜一さんは良い体付きをしておりますね」

「うん? 現世で鈍った分、少し引き締まりがなくなったんじゃがな」

「腰や手足も細いですし」

「スピードを出すためには体重は出来るだけ落とした方が良かろ」

「胸もご立派」

「そういう話かい」

 

「おい、黒崎一護。もし後ろを見てみろ。貴様は二度と光を見る事が出来なくなると思え」

「見ねぇよ!?」

 

 そいぽんが苺とじゃれている。

 いつの間に仲良くなったんだ、この二人。

 

 ついでにそいぽんも揶揄ってみようかしら。

 

「砕蜂、貴方も」

「はっ! ……は?」

「入りましょう」

 

 無言で鼻血を噴射した。(二度目

 

 あ、そっか。憧れの夜一様がいるもんね! 

 これは失敬。それに苺相手に肌は晒したくないか。

 

「よ、夜一様と那由他姉様のきょ、巨峰が……!」

「やめろ! マジでやめろ! 実況しないでくれ!?」

「別に裸くらいどうという事もないでしょう」

「那由姉の価値観どうなってんだよ、夜一さん!?」

「儂よりお主の方が詳しそうじゃが……一言で言えば、鈍い」

「知ってる情報しかねぇ!」

 

 

 非常に楽しかったです。(微愉悦

 

 

 何とか落ち着いて皆で温泉タイム。

 

 何だかんだ一緒に入ってくれる皆が好きです。

 

「黒崎一護」

「分かってるっつの!?」

 

 苺は岩の向こう側にお隠れになってしまった。

 ダンスでも踊れば出て来てくれるだろうか。ちょうど裸だし。天鈿女命ごっこでもしてみる? 

 

「やめよ、はしたない」

 

 立ち上がったら夜一さんに止められた。

 この人から「はしたない」とか言われるのは地味にショックだった……。

 

 苺以外にはこんな事しないんだからセーフでしょ……? 

 

 今まで隠してた事とか、これからへの期待とか、久々に一緒のお風呂とかでテンションがちょっと迷走しているだけなんだよ。

 

「ここ、あそこに似てるな。“勉強部屋”」

 

 とか一人でスンスン心の中で泣いていたら苺がポツリと零すように言葉を漏らした。

 

「そうじゃろうな」

「あの人──浦原喜助さんって何者だ?」

 

 その後、苺は瀞霊廷で戦った猛者たち皆が反応したという『浦原喜助』についての疑問を夜一さんに問いただした。

 

 そして、夜一さんは答えた。

 

 意外だったのが、浦原さんが『何故、現世にいたのか』という事まで含めて説明した事。

 俺が現世にいる理由も同時に説明された事だった。

 

 つまり、

 

「これらの事件を起こし、儂らを現世へと追放させた人物。その名は──」

 

「お待ちください」

 

 

 ネタバレじゃん!? 

 

 

 駄目だよ、双極の丘でバラすんだから! メッ! 

 

「那由他……」

「那由他姉様……」

 

 何故か二人が厳しい目で俺を見てくる。

 な、なんだよぉ、そんな目で見るなよぉ……。

 

「まだこの子が知るべきではありません」

 

 だから、俺は端的に意見を伝えた。

 

「……お主がそう言うなら伏せよう。しかし、いずれ知る事になるぞ」

「構いません」

「……まだ迷っておるのか?」

 

 何を? 

 

 キラーパスは止めて欲しい。

 話題に付いていけているようで付いていけていない。

 

「いえ」

 

 とりあえず否定しておく。

 肯定しても碌な事にならん。俺はノーと言える日本人なんだ。

 

『……』

 

 何故か微妙な雰囲気になってしまった。

 

 やっぱり肯定しておいた方が良かったかなぁ……。

 

「先に出ます」

「砕蜂、お主」

「那由他姉様を曇らす奴を、私は許す事が出来ません……鍛錬をしております」

「ほどほどにの」

 

 奴って、誰……? 

 

 え、俺が曇らされてるの? 

 予想外過ぎるんじゃが。

 

 まあ、なんとかこの場は乗り切ったっぽいから、ヨシ! 

 

 

 

 その後、苺の修行は順調に続き三日目。

 

 

 ──遂に苺は卍解を習得した。

 

 

 無事、育成目標達成! 

 一安心である。

 

 途中で恋次が来たのは予想通りだったが、何故かワンちゃんとかも来た。

 

『手紙、拝見いたしました。……その心に、今度こそワシは寄り添うと決めたのです。そして、見事逆賊を討ってご覧に入れます』

 

 何を言っているのかチンプンカンプンだった。

 とりあえず頷いておいた。この間は否定したら微妙な空気になったしね。

 イエスと言うのが基本スタンスな日本人は俺です。

 

『藍染元七番隊隊長。“義”によってお助けいたします』

 

 で、なんで要っちも来るんですかね? 

 剣八戦どうした? 

 

 修兵くんとかも来るしさぁ……原作どこ行ったし。

 

「姉御!」

「鉄左衛門」

「へい!」

「参りますよ」

「御供致しやす!」

 

 一番意外だったのが、恋次とほぼ同じタイミングでやってきた七番隊の副隊長・射場鉄左衛門。

 

 剣八戦がスキップされた時点でもうどこにいても同じでしょ?(諦め

 彼の活躍っていうか行動は殆ど覚えていなかったので好きにさせてあげていたのだが、彼は俺を『姉御』と呼ぶ。

 俺が隊長だった頃からだ。

 

 無理矢理十一番隊から引っ張ってきたから嫌われるかなぁ、と思っていたんだが、何故か好かれているっぽい。

 ワンちゃん同様に色々面倒を見てあげただけなんじゃが。

 

 君たちは俺がいなければ七番隊の隊長格になる人材なんだし、面倒見るのは当然じゃん? 

 

 まあ、苺の修行も裏方みたいに手伝ってくれたし無碍にも出来ない。

 俺の背後にピッタリと付いて来るのは地味にプレッシャーだったのは言うまい。

 

 

「那由他様」

 

 

 そんな感じで苺の卍解修行がひと段落した時だった。

 

 そいぽんからの情報でルキアの処刑が更に早まり明日になったのは天啓(師匠の修正力)かと感動していた俺に要っちが話しかけてきた。

 

「今夜、“例の場所で待つ”、と」

「分かりました」

 

 ここでお兄様からの呼び出しか……。

 

 殺されないよね? (震え声

 

 射場さんには付いてこないように言い含め、俺は指定された日時にいつもサバトが行われている場所へと向かった。

 

 

「久しぶりだね、那由他」

「お兄様も」

 

 普段と変わらぬ微笑が怖い。

 

 要っちが秘密基地に来た時点である程度お察しだったが、これからどうなる事やら。

 もうなるようになれ、としか考えていない俺である。

 

「君の舞台の手伝いをしよう」

「ありがとうございます」

 

 礼節は大事。

 条件反射みたいにお礼を言ったけど……どういう事だってばよ。

 

「君が望む未来への一助に手紙を出しておいた。今夜にでも雛森くんが動くだろう」

 

 ふぁっ!? 

 

 どうして桃ちゃんの事を知っているんですかね!? 

 

「何、簡単な事さ」

 

 もう頭脳が異次元過ぎて訳ワカメ。

 原作展開に一番貢献しているのはヨン様だと確信しましたわ。

 

 どうやら、俺が桃ちゃんを可愛がっており、彼女がヨン様に心酔している事から展開を予想。

 戦力分散の一つとして利用する事にしたようだ。

 

「まあ、君が必要十分に戦力を分散してくれたから、あまり必要性は感じなかったんだけれど……せっかく用意した駒だからね、有効活用しよう」

 

 正に外道。

 

 それ以外の感想が思い浮かびません。

 

「君は一度僕と敵対している姿を誰かに見せた方が良いだろう」

「四十六室ですか」

「流石だね」

 

 なんだろう。お兄様の矜持的に妹を殺す理由はやっぱり欲しいのだろうか。

 今更そんな、わざわざ演出して下さるなんて。

 

 ありがとうございます! 

 

 桃ちゃんの話から続いた話題なんだからと思って当てずっぽうで言ってみたが、どうやら正解だったようだ。

 寿命が延びた。ここで変な事言っていたら「用済みだ」とかいって斬り捨て御免されてたよ、きっと。

 

「ギンの場所へ向かってご覧。きっと面白い事になるだろう」

「分かりました」

 

 これは理解した。

 

 桃ちゃんが冬獅郎きゅんを殺そうとする場面じゃろ! 

 ルキアの処刑が明日って事から、恐らく桃ちゃんリョナシーンはその直後! 

 

 つまり! 

 

「桃さん、冬獅郎くん、乱菊さんを四十六室へ促せば良いのですね」

 

 これにはヨン様もニッコリ。

 

 正解を引き当てたぜ! 

 ほぼ原作知識だけの綱渡りだけどな! 

 

 って訳で射場さんには付いてこないように言い含め、俺は桃ちゃんのとこへ向かった。

 

 

 

 おうおう、良い感じに場が盛り上がってますね。

 

 桃ちゃんの悲壮な顔はゾクゾクします。

 冬獅郎きゅんの歪んだ顔もキュンキュンしますね。

 

 いや、俺の本命は苺とルキアの顔! 

 

 ここはヨン様の助言に従い、よく分からんが介入すべし。

 

「よく頑張りましたね」

 

 割って入ったは良いけど、どう止めたら良いかはよう分からんかった。

 迷っている内に桃ちゃんに斬られちゃったし。別に大した傷じゃないから良いんだけど。

 

 剣八みたいに霊圧差で弾けば良かったんか。

 

 なんかもう霊圧抑えるのが癖になっちゃってるんだよね。

 

 ワナワナ震えてはらはらと涙を流す桃ちゃんを必死に慰める。

 こういう時は無表情先生は不便です。

 

 これから悲しい事が起こるの確定演出なんだからさ、こんな時くらいは元気になって欲しいじゃん。

 

 ただ、俺がお兄様の話題を出した瞬間に飛んで行った。

 これがお兄様のカリスマよ。流石です。

 

「私たちも追いましょう」

「あ、ああ!」

 

 冬獅郎きゅんを促し俺たちは四十六室へ。

 やっぱり惨状と化していた。

 

 その様子に驚く冬獅郎きゅんに合わせてのんびりと周囲を眺める。

 

 お兄様と市丸くんの霊圧を奥から感じる。

 

 さっき冬獅郎きゅんと一緒にいたのは別人だったからね。

 鏡花水月でしょ、どうせ。

 

 戦闘になったらすぐバレたんだろうけど、その対策に俺を呼んだ訳か。さすヨン。

 

「随分と早いご帰還だね」

 

 あ、お兄様だ。

 

「すんません、那由他さんの引き付けが甘かったみたいで」

「何の話を、してるんだテメェら……」

 

 冬獅郎きゅんが驚愕しながらもヨン様の暴露を聞いていく。

 そして、奥で倒れている桃ちゃんに気付いた。

 

「知ってるはずだ、雛森はテメェに憧れた。てめぇの役に立ちたいと、それこそ死に物狂いで努力して」

「知っているさ。自分に憧れを抱く人間ほど御しやすい者はない。良い機会だ、一つ覚えておくと良いよ

 

 

 

 

 

──憧れは、理解から最も遠い感情だよ」

 

 

 

 

 

名言キタ──!! 

 

 俺は思わず感動で硬直してしまう。

 

 

 

「藍染、俺はてめぇを──殺す」

 

 

「あまり強い言葉を使うなよ──弱く見えるぞ」

 

 

 

 キャ──!? 

 

 名言のオンパレード! 

 もう感無量です! 

 このシーンを生で見れてアドレナリンがドバってる! 

 

 なんて放心していたら冬獅郎きゅんが九曜縛された。

 卍解すら使わせてないんじゃが……どうなんの、こっから? 

 

「なっ!?」

「所詮、君の実力なんてその程度のものなんだ。そこで大人しくしていてくれたまえ──さて」

 

 驚愕に目を見開く冬獅郎きゅんを放置してヨン様が俺の方へ向く。

 

 ど、どうすればええん……? 

 

「待たせたね、那由他」

「お兄様」

「ここから、君はどうするんだい?」

 

 

 ええぇぇぇぇ!? 

 

 俺に丸投げすんの!? 嘘でしょ!? 

 

 

 

「止めます」

 

 もうここは初志貫徹! 

 どうせ殺されるんなら抵抗してやるわボケェ!? 

 

「君にはまだ死んでもらう訳にもいかない」

 

 え、そうなん? 

 

「だから、倒れてもらおうか」

 

 

 それって精神的にって事ですかね?(困惑

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 俺──日番谷冬獅郎は藍染にかけられた縛道を解く事も忘れ、目の前の光景に見入っていた。

 

「なんだ、これ……」

 

 思わず漏れた言葉だった。

 

 しかし、そう言わずにはいられない戦闘だった。

 

 

「彼方を駆けよ──”天輪”」

 

 

 那由他が始解し、当初は那由他が優勢。

 

 その圧倒的な霊圧で他を凌駕する能力を披露していた。

 

 

「光牙堕衝」

 

「甘いね」

 

 

 那由他が出した光の帯は周囲を縦横に駆け巡る。

 

 その力の始点は剣先だけでない。

 空間のありとあらゆる場所から何条もの光線が相手を蹂躙せしめんと交差した。

 

 しかも、周囲への被害は皆無。

 

 藍染に触れた瞬間のみ燃え盛るような焔が立ち上る。

 これがあの時に言っていた力か! 

 

 という事は、

 

 

()()──衝天(しょうてん)牙月(がげつ)

 

 

 これが視認不可能の攻撃!? 

 

 先ほどまで乱舞していた流星が一斉に姿を消す。

 そして、周囲の空気が圧縮したような爆発的な衝撃破が周囲を襲った。

 

 

「”反転”か。久々に見るね」

 

 

 藍染はそれでも余裕の表情を崩さない。

 

 

「最後に見たのは1()1()0()()()かな。エネルギーの反転──これならば元柳斎重國の流刃若火すら抑え込める可能性がある」

 

 

 圧縮ではなく拡散。

 ビッグバンのような力の奔流で俺を捉えていた縛道にも亀裂が入った。

 

 これなら! 

 

「冬獅郎くんは動かない方が」

「なっ、どういう事だ」

 

「分からないかい? ──足手まといだって那由他は言っているんだ」

 

 藍染の言葉で腸が煮えくり返る。

 

 こいつは今まで優しい顔で皆に接し、その裏で雛森や俺たちを騙していたのだ。

 そして、その事実に那由他は気付いた。

 こいつの悪事を白日の下に晒す機会を虎視眈々と見計らっていたって事だろう。

 

 しかし、

 

「卍解!」

 

 俺だって、伊達に隊長をやっている訳じゃねぇ! 

 

 

「愚かだね」

 

 

 声が聞こえた。

 

 その瞬間、俺は斬られた。

 

 何も、察知出来なかった。

 

 幸いにも傷がそこまで深くないのは、地べたに倒れ伏した俺の頭上で藍染の刃を受け止めている那由他のおかげなのだと、簡単に理解できてしまう。

 

 

「言っただろう? 君は足手まといだと」

「お兄様」

 

 

 那由他が藍染の口上を遮る。

 その瞳には必死な色が伺えた。

 

 

 俺の、これまでの努力は、藍染には何一つ届いていなかった。

 

 

 

 そこから、那由他と藍染の戦いは長かった。

 

 恐らく、外では既に処刑の時刻が近づいているだろう。

 

「はぁ、はぁ……」

「どうしたんだい、那由他。卍解を見せてくれても良いんだよ」

 

 あの那由他が押されている。

 

 俺たち隊長格を一人で完封した、あの那由他が。

 

 それだけで、藍染の実力は嫌と言う程分かる。

 なんとか苦手な回道で傷も癒えてきた頃、俺は再び刀を持って立ち上がる。

 

 倒れてから藍染の追い打ちで縛道をかけられ随分と時間がかかってしまった。

 

 例え俺の実力が足りなかろうと、ここで指を銜えて見ている事なんか出来ねぇ。

 

 

「やはり此処でしたか、藍染隊長。いえ、もう隊長と呼ぶべきではないですね」

 

 

 すると、一人の女性の声が凛と響いた。

 

「大逆の罪人、藍染惣右介」

 

 四番隊の隊長、卯ノ花だ。

 

 そこからは答え合わせのようだった。

 

 藍染が自慢気に語ったのは『鏡花水月』の真の能力──完全催眠。

 発動条件は始解を目に入れる事。

 

 そこまで聞き、察した。

 

 

「つまり最初から──東仙要は僕の部下だ」

 

 

 こいつらのグループが、市丸以外にもいたという事を。

 

「お兄様」

「なんだい、那由他」

「止めます」

「なら、待っているよ」

 

 

 そう言って、藍染は布のような物を展開し姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

「な、ここは……!?」

 

 

 俺──阿散井恋次は周囲の光景に言葉を無くした。

 

 そこは、先ほどルキアを連れて逃げた双極の丘そのものだったからだ。

 

「朽木ルキアを置いて、退がり給え」

 

 耳に聞こえる声もどこか現実感がない。

 確か、俺は東仙隊長と会って、そんで今は目の前に藍染隊長と市丸隊長がいる。

 

 どう、なってるんだ……? 

 

「仕様の無い子だ、二度は聞き返すなよ」

 

 藍染隊長はいつもの柔和な笑みを浮かべている。

 

 いや、そもそも、なんで、生きて。

 

『護廷十三隊各隊長及び副隊長・副隊長代理各位、そして旅禍の皆さん。緊急通信です──』

 

 信じられなかった。

 

 四番隊の虎徹副隊長からの天艇空羅。

 そこから伝えられた情報は、現実という物を嫌でも理解させられるだけの暴力を持っていた。

 

 つまり、

 

「……何?」

「断る、って言ったんです」

「成程」

 

 藍染隊長(この人)は、敵って事だな……! 

 

「僕も君の気持ちを汲もう。朽木ルキアを抱いたままで良い──腕ごと置いて退がり給え」

 

 圧倒的な霊圧が吹き荒れる。

 なんだよ、これ。

 こんな霊圧、朽木隊長からも感じた事がねぇ。

 

 必死に避ける。

 

 それでも避けきれない。

 

 腕から血が流れる。

 

 胸元のルキアが焦った声を上げる。

 

 それがどうした。

 

 ここで、こいつを見捨てるなんて、俺に出来る訳がねぇ。

 

「やはり君は厄介だよ。朽木ルキアを離し給え」

 

 静かな声が聞こえる。

 

 膝を地面に着く。

 腕が上がらねぇ。

 折角、ルキアを助けられると、思ったのによぉ……!? 

 

 それでも、

 

 

「誰が、離すかよ……!」

 

 

「そうか、残念だ」

 

 

 そんな時だ。

 

 あの人の声が聞こえた。

 

 そして、あいつの声も。

 

 

 

 

 

「よぉ、しゃがみ込んでどうした」

 

 

 

 

「大切なこの子たちを、殺させはしません」

 

 

 

 

「随分とルキアが重そうじゃねぇか」

 

 

 

 

「私の全力全開です」

 

 

 

 

 

 

「手伝いに来てやったぜ、恋次!」

 

「助けに来ましたよ、恋次くん」

 

 

 

 

 

 俺たちの希望の光とも言える、それだけのものを残していった二人だった。

 

 

 

 

 

 

『 卍 解 ! 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“天鎖斬月”!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“無窮天輪”」

 

 

 

 

 

 

 



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藍染…だと…!?

今回はシリアスという名のシリアル回。

*オリジナル鬼道や技が多く出ます、苦手な方はご注意下さい。


「“無窮(むきゅう)天輪(てんりん)”」

 

 

 その名が聞こえた瞬間、辺りに暴風とも言うべき霊圧の渦が巻き起こった。

 

「す、凄い……」

 

 私──朽木ルキアは恋次に支えられながら、目の前に立つ大きな背中を見上げる。

 

 卍解に伴って生まれたのだろう。

 その身にまとう死覇装は絹のように白い着物へと変化していた。

 

 凛とした姿に、その純白は私の目に酷く眩しく見える。

 

 そして、始解では掻き消えていた刀身が露わになり、その色は深紅。

 鍔と柄は漆黒に染まり、より刀身の色が映えている。

 

 何よりも特徴的なのは、その刀身の長さだ。

 

 物干し竿。

 

 一言で表すなら、かの剣豪・佐々木小次郎が操ったという長大な刀となるだろう。

 那由他殿のように研ぎ澄まされた波打つ刃文は美しくすら感じる。

 

 ただ、卍解にしては地味な刀。

 

 通常、卍解はその力に呼応するかのように肥大する傾向にある。

 確かに刀身は大きく伸びているように感じるが、それでも一見すればそこまで絶大な威力を誇るものには見えない。

 

 そして、それは一護の卍解においても言える点だった。

 

 巨大な出刃包丁のような見た目は鳴りを潜め、その卍解は実にシンプル。

 漆黒の衣装と刀から見るに那由他殿と同系統の進化を遂げているように思える。

 

 黒い一護に対し、白い那由他殿。

 

 やはり、親子なのだな……。

 

 私が現世で連れ去られる際には必死で否定した一護だったが、この姿を見れば分かる。

 

 この二人は、やはり似た霊圧なのだ。

 

 燃え滾るような一護の霊圧と深く沈むような那由他殿の霊圧。

 まるで正反対のように思えるが、それでもどことなく同じ気配を感じる。

 

 その頼もしい背中を見れば、なけなしのプライドで保っていた処刑への覚悟はガラガラと音を立てて崩れていくようだった。

 

「素晴らしい……。それが君の卍解かい、那由他」

 

 そして、その声でハッと我に返った。

 

 詳しくは分からないが、五番隊の藍染隊長が裏で暗躍していた、という事だけは理解できる。

 私がこのような事になっている事も、どうやらこの人の謀略のようだ。

 

「一護、那由他殿……」

 

 口から名が零れる。

 

 少し前から噂で聞いていた。

 私を助けるために、何名かが瀞霊廷へと侵入したと。

 

 こんな、私なんかのために……。

 

 死神の力を渡し、平穏な生活から一護を遠ざけてしまった。

 大切な子として、一護や皆の安全を第一に考えていた那由他殿を巻き込んでしまった。

 ただの女子高生だった織姫やたつき、大きくも優しいチャド、死神を恨んでいるはずの石田。

 

 皆が、私のために立ってくれた。

 

 その事実は素直に嬉しいと思う。

 しかし、それで危地へと招いたのは私なのだ。

 囚われの身であり、自分では何一つ手助け出来なかった。

 

 そんな現実に胸が張り裂けそうだった。

 

 

 それでも、この二人はここに立っている。

 

 

 自然と、私の瞳から雫が一粒零れ落ちた。

 

 

「すんまへん。男の方は止めよう思えば止められましたけど素通りさせました」

「何、構わないよ。──那由他が育てた者がどれほどの力を付けたか試す良い機会だ」

 

 その言葉に一護の霊圧が増す。

 

 いつの間にこれほどの力を……! 

 

 以前から確かに強いとは思っていた。

 しかし、今の一護の姿は昔とは異なる。

 

 卍解という、死神の頂きへ到達していたのだ。

 

 恐らく、那由他殿が稽古をつけたのだろう。

 それでもこの短期間で卍解へ至るなど、並大抵の努力と才能ではない。

 

「藍染隊長の強さは並みじゃねぇ、気を付けろ」

 

 あの恋次ですら一護を頼るような忠告を口にしている。

 

 もはや、一護の力は隊長格と同等。

 恐ろしい成長速度だ。

 

 私はその並ぶ背に、希望を見出してしまった。

 

 助かりたい。

 また一緒に笑い合いたい。

 人々の笑顔を護りたい。

 

 笑い、かけられたい。

 

 未来への未練とも言うべき渇望が胸中に渦巻く。

 

 

 私はまだ、この人たちと──一緒にいたい! 

 

 

「一護、那由他殿!」

 

 

 一触即発な空気の中。

 私はあらん限りの声で叫ぶ。

 

 

 

 

 

「勝ってくれ……!」

 

 

 

 

 

 そして、

 

 

 

 

 

「任せろ!!」

「任せなさい」

 

 

 

 

 なんと、頼もしいのだろうか……! 

 

 

「お兄様──参ります」

 

 

 世界が歪み、視界が霞むほどの霊圧。

 ただし、卍解した直後は荒々しかった力の奔流も、今では嵐の前の静けさもかくや。

 

 慣れ親しんだ、あの波風一つ立っていない静かな湖面を思わせる静謐な霊圧が那由他殿の体に集まっていた。

 

 

 そして、一護が動いた。

 

 

 目にも止まらぬ疾風となって、藍染隊長へと切りかかる。

 

 

 次の瞬間には一護の振るう斬魄刀を指先で掴んだ藍染と、奴の斬魄刀を防いでいる那由他殿の光景が現出する。

 

 

 速すぎて私の目にはコマ送りされたようにしか見えなかった。

 恐らく、一護の腹を斬り裂くはずだった凶刃を瞬きの間に詰めた那由他殿が防いだのだろう。

 

「……速いね。私一人では厳しそうだ」

「ほな、お手伝いしますわ」

「……覚悟」

 

 ここで背後に控えていた市丸ギンと新たに現れた東仙要が参戦する。

 

 しかし、

 

 

 

 

「とうせぇぇぇぇぇえええん!!!」

 

 

 

 

 護廷は未だ健在。

 

 戦力は分散されたものの、その意志の起点と成りうる那由他殿がこの場で卍解をされたのだ。

 その霊圧は瀞霊廷中を巡りすぐに皆がここに急行するだろう事は予測できた。

 

 空から降って来た七番隊の狛村隊長と射場副隊長が東仙要へと絶大な威力を持つ一刀を振り下ろす。

 

 

「くっ……!?」

「東仙!! 貴公は無き友のために死神になったのではないのか!? 正義を貫くためではないのか!? 貴公の正義は、何処へ消え失せた!!! 

「言ったろう狛村。私のこの目に映るのは最も血に染まぬ道だけだ」

「ならば!」

「私の歩む道こそが正義だ」

 

「ギン……!」

「……なんや、乱菊」

「どうして、こんな……!」

 

「動くなよ」

「動けばその首、即刻刎ねる」

「おやおや、四楓院夜一に砕蜂隊長か」

 

 

 続々と集まる護廷の猛者たち。

 

 形勢は完全に逆転した。

 

 

「全く、僕は今大事な用事があるんだ。邪魔はしないで欲しいね」

 

 

 そして、藍染を捉えていたはずのお二人が地に沈んだ。

 

 

『なっ……!?』

 

「何を驚いているんだい? まさか、僕が隊長格二人程度に遅れを取るとでも?」

 

 圧倒的な実力。

 

 瞬間的に上がった霊圧を肌で感じ、私の体は自分の意思でどうこう出来るような物ではなくなってしまった。

 瞳孔が開き筋肉が弛緩する。

 支えてくれていたはずの恋次の腕からもスルリと抜け落ち、私は惨めにも地面へと尻もちをついた。

 

 

「湧き上がる静謐な祈り 高貴なる王の器 永久(とわ)の雷鳴 (いなな)く車輪 同道する歩兵の群れ」

 

 

 その時、あの人の声が静かに皆を包んだ。

 

 

「邪魔者には消えてもらおうか」

 

「誓い 栄光 喝采 黎明 根源に満ちる天上の宴 刮目せよ 胎動せよ 羽ばたき 己の力を知れ」

 

 

 

「破道の九十・”黒棺”」

 

「──反転破道・”白棺”」

 

 

 瞬間、黒と白の衝撃が辺りに散らばった。

 

「これはっ……! 鬼道相殺!?」

 

 あの藍染が驚愕に目を見開く。

 

 私たちを襲うはずだった破道は、霧散しその被害はゼロ。

 しかし、鬼道を発動させずに無効化する術など聞いた事がない……! 

 

 

 

「“無窮天輪”の能力は、光を操る事のみに非ず」

 

 

 

 何が起こったのかの理解が周囲に広がっていく。

 

「光とは“波”。その真価は──“同調”と“共鳴”」

「スペクトル解析……。解析と分解を霊力にも当てはめられる、といった感じかな」

 

 何かを言っている。

 しかし、頭が付いて行かない。

 

 私は防衛本能とでも言うべき体の震えを止める事が出来なかった。

 

 その背には私だけでなく、もう皆を負っているのだろう。

 

 

 これほど、この人を遠くに感じた事はなかった。

 

 

 どれだけ追い付こうとしても、いつまでも護られる側である。

 数十年前に決意した“誇り”すら、今の私にはあるかどうか分からない。

 

 

 今の私は、ただ震えて那由他殿に縋る赤子以外の何者でもなかった。

 

「わりぃ、那由姉! 助かった……!」

 

 悔しそうに顔を歪める一護も私と同じような想いを抱いているのかもしれない。

 それでも、この人は私たちを静かに照らし続ける。

 

「当然の事です」

 

 苦笑してしまう。

 なんて、大きな人なのだろう。

 

 力の入らなかった体に活力が戻って来る。

 

 那由他殿なら……そう思ってしまう自分は弱いのだ。

 

 けれど、この弱さがあるからこそ、私は上を目指せるのだ。

 

「しかし、それでは君自身の速さを説明できないね。それだけじゃないのだろう?」

「簡単な事です」

 

 那由他殿が藍染惣右介に向かって長い刀身を翳す。

 

 

 

「私自身が──“光”となるのです」

 

 

 

 瞬間、那由他殿の姿が藍染の後ろに現れた。

 

『!?』

 

 皆が驚く。

 一護もどうやら那由他殿の卍解は知らなかったようだ。

 

「驚いた。つまり──君は光の速度で動けると言う事かい?」

「それだけではありません」

 

 那由他殿の振るった刃を紙一重で避けられる。

 その顔には未だ張り付けたような笑みがあった。

 

 

「鬼道と斬魄刀を()()()()()()

 

 

 何を言っているのかはよく分からない。

 しかし、あの藍染惣右介が驚いたような表情をしているだけで那由他殿の凄さが分かる。

 

 対面しただけで霊圧に当てられる力持つ者に、那由他殿は一歩も引けをとっていない。

 

 

「光牙堕衝──」

「その技は既に知っているよ」

 

 

「一の閃、“地の彼方”」

 

 

「!?」

 

 

 地面が割れる。

 

 槍が如く鋭い石柱が立ち並び、藍染の進路を制限させた。

 

 

「二の閃、“空の頂き”」

 

 

 空から光撃が降ってくる。

 

 もはや逃げ場などない……! 

 

「甘いよ」

 

 しかし、それでも藍染は避けきった。

 なんという瞬歩の練度か。

 

 

「三の閃、“人の輪還”」

 

 

 那由他殿の姿がブレる。

 いや、違う。

 

 増えたのだ。

 

 これは、分身か? 

 光の操作による虚像? 

 もはや現実に起こっている事への把握で精一杯となる。

 

 

「四の閃、“虚空の果て”」

 

 

 幾人もの那由他殿が藍染を中心として一斉に斬魄刀を走らせる。

 流石の奴にも刀傷が無数に生まれた。

 

 

「ぐっ!? 実体がある、だと……!?」

 

 

「黄道 天座 星読みの巫女 蒼穹を駆ける光を堕とす 絶えず遠のく高天を見よ

 

──光牙(こうが)天翔(てんしょう)

 

 

 

 那由他殿の髪が皆燃え上がった。

 

 その色は蒼炎。

 

 翻る長い髪は、まるで彗星のように煌めき流れる。

 

 

 

 そして、藍染は血を吹き出し地面に伏した。

 

 

 

 そのあまりに強く高潔な姿に、その場の誰もが言葉を失う。

 

 これが、元七番隊隊長・藍染那由他の真の実力……! 

 

「あらら、藍染隊長やられてもた」

 

 不利になったにも関わらず泰然自若としている市丸ギンの姿には薄気味悪さすら覚えるが……。

 

 事ここに至っては奴に逃げ場などない。

 

 

 

 

 

 

 

「何やってんだよ、那由姉ぇぇぇぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 一護のその声が響くまでは。

 

 

 

 

 

 

 ──ドシュッ。

 

 

 

 

 

 嫌な音が響く。

 

 

 

 

 

 

 

「砕けろ──”鏡花水月”」

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄、様……」

「流石だよ、那由他」

 

 

 

 

 

『なん……だと……!?』

 

 

 

 

 場の空気が凍る。

 

 那由他殿の胸から生えた刃を握るは、その背後に現れた藍染惣右介。

 

「破道の詠唱で斬魄刀と共鳴させるとは、とても面白い見世物だったよ」

「馬鹿な!? 藍染はそこに倒れとるはずじゃ……!」

「哀れだね、射場鉄左衛門。僕が那由他と対峙するに当たり何も対策をしていなかったとでも思っていたのかい?」

「何じゃと!?」

「僕が何のために()()()()()鏡花水月の能力を君たちの前で披露したか。全てはその瞬間に那由他へ完全催眠をかけるためさ

 

 

 絶句。

 

 奴は、既に那由他殿すら手玉にとっていたというのか。

 

「テメェェェェェ!!??」

 

 一番初めに動いたのは一護だった。

 

 那由他殿の力が圧倒的に過ぎ、今まで誰も手だしする事が出来なかった状況が変わった。

 

 皆が一斉に斬魄刀を握り力を開放する。

 

 

『卍解!』

 

 

「“黒蝿天諠明王”!!」

「“大紅蓮氷輪丸”!!」

「“雀蜂雷公鞭”!!」

「“狒狒王蛇尾丸”!!」

 

 

 

「黙って見ていてもらおうか──卍解・“清虫終式(すずむしついしき)閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)”」

 

 

 

 瞬間、視界全てが暗闇に閉ざされた。

 音も聞こえず、自分が本当にこの場にいるかが不安定になる。

 

 これが、東仙要の卍解。

 

 触覚はなんとか生きているようだが、これでは手も足も出せないではないか。

 

 

 

 そして、私はグイと誰かに引っ張られ、胸に唐突に腕を突き立てられた。

 

 

 

“光牙天翔”

 

 

 

「これが“崩玉”。意外と小さいのだな。さて──君はもう用済みだ」

 

 何故か聞こえた那由他殿の声、次いで視界が晴れ、目の前には藍染が小さな球状の物体を持って私を見下ろしていた。

 

 何が、起こって……。

 

 未だ自由に動かない手足。私はただ、その光景を他人事のように呆然と眺めているしかなかった。

 

 目の前が真っ暗となる。

 迫る刃は光に陰りを与え、私は常闇へと落ちていく。

 

 そのはずだった。

 

「させ、ません……」

 

 頬に生温かいモノが落ちてくる。

 

 状況が理解できていない。

 

「君の卍解とはその程度のものなのかい? 未だ実力の半分も出していないだろうに」

 

 藍染惣右介の言葉が分からない。

 

「未だに僕の事を大切に思ってくれている、と言う事かな」

 

 何を言っているのか、脳が現実を拒絶する。

 

「ならば、所詮は君もその程度と言う事だ」

 

 飛沫が上がる。

 

 赤い。

 

 深紅の噴水が撒き散らされる。

 

「足りないよ」

「がっ、ぐ……」

 

 藍染惣右介が距離を取るように下がる。

 

 那由他殿が咳き込み、再び赤が視界を過った。

 

「要の卍解を()()()()()()という手段で打ち破ったのは流石だ。卍解に囚われながらも外の光すら操れるとは……効果範囲の広さが段違いだね」

「まだ、です……」

「その体でかい?」

「舐めないで、下さい」

「それは愉しみだ」

 

 那由他殿が駆ける。

 もはや動きを目で追う事すら叶わない。

 霊圧が上がっていく。

 

 もはや隊長格を遥かに越えた、超常の実力と評して過言ない。

 

「那由他隊長!」

「姉御!」

 

 虚ろな目を向けると、そこには地面に倒れ血を流している狛村隊長と射場副隊長がいた。

 いや、彼らだけではない。

 

 そこら中に護廷の隊長格が倒れている。

 

 感覚を奪われたとは言え、あの一瞬で全ての隊長格を無力化したと言うのか……? 

 

 

「もう君は十分に護廷に尽くした。今更罪の意識に苛まれる必要はない」

 

 

 何を、言って。

 一体、藍染は何を言っている!? 

 

 

「君は皆の幸せを願っている。その中には僕も含まれているのだろう。そして、だからこそこの100年間、君は僕を只管説得し続けていた。僕の行いを君は看過できず、さりとて僕を害する事も出来なかった」

 

 

 皆が那由他殿へ驚愕の表情を向ける。

 

 この人は……、

 

 

「その中で知り合ったギンへの想いは予想外だったが、尚更君は私たちを救おうとしていたね。──あまりにも傲りが過ぎる」

 

 

「藍染!!」

 

 誰かが激昂したような怒声を放つ。

 それでも藍染の顔は変わらず、張り付けたような笑みを覗かせていた。

 

「その傲りによって、君は大事な者を失うのさ。──ギン」

「なんです?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒崎一護を、殺したまえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「分かりました~。ほな、ゴメンな

 

 

 

       ──射殺せ・“神槍”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かを言う暇すらなかった。

 

 何故だ。

 

 どうしてそこまで、那由他殿を追い詰める。

 

 この人が、どのような想いで貴方の側にいたのか。その片鱗は先ほどの藍染の言葉で痛いほど分かった。

 

 

 

 

 

『私は、貴方たちの顔を見るために死神になったのかもしれません』

 

 

 

 

 

 遠い昔の記憶。

 

 那由他殿の誇りに触れた、とても尊く大切な思い出。

 

 

 それが──汚泥で穢された。

 

 

 

 

 

 

 

「那由、姉……?」

 

 

 

 

 

 

 呆然とした一護の声が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

「私が、貴方たちを、まも、る、と……」

 

 

 

 

 

 一護も多くの血を流し伏している。

 

 市丸ギンの斬魄刀を避けるだけの力は残っていなかっただろう。

 

 だからこそ、予想してしかるべきだったのだ。

 

 

 

 

 

「あらアカン。邪魔せんといて下さいな、那由他さん」

 

「ギン、くん……」

 

 

 

 

 

 

「……良い機会やから言っときますけど、ボク、

 

 

 

 

 別に貴方の事なんかこれっぽっちも好きやあらへんで?」

 

 

 

 

 

 そう言って、市丸ギンは那由他殿を再び切り裂いた。

 

 

 

「が、ぎ、ぐっ……」

 

 

「ええ加減倒れてくれへんかなぁ」

 

 

 

 皆が絶望に落とされるに、これほどの光景があっただろうか。

 

 

 純白であったはずの装いはボロボロとなり、その色はドス黒い赤に染まっている。

 

 綺麗だった髪も土埃と泥にまみれ、既に立っている事すら奇蹟のような重傷だと一目で分かった。

 

 

 大切な兄に刺され、想い人から心砕かれ。

 

 

 それでも、この人は大切な人々を守ろうとしているのだ。

 

 

「あ、ああぁ……やめて、止めてくれ……!?」

 

 

 たまらず私は叫んだ。

 

 

「私の身などどうなっても良い! だから、だからこれ以上那由他殿を傷つけないでくれ、お願いだぁ!?」

 

 

「あい、ぜん……!!」

 

 一護が最後の力を振り絞るように立ち上がる。

 

「囀るなよ」

 

 瞬間、一護が吹き飛ばされた。

 

 実力があまりにも違いすぎる。

 

「こんなでも彼女は僕の妹でね。いつまでも君に家族面されるのも御免だ」

「ち、っくしょう……!」

 

 

 

 

「もう良いよ、ギン。興が醒めた。この子にもまだ使い道はある。回収して“虚”にでもしてみよう」

 

 

 

 

『……は?』

 

 

 

 

 

「もう崩玉も手に入った。中途半端に死神だから那由他もこうなってしまったのだろう。自我を失ってしまうまで虚化を繰り返し、加えて虚を食べさせれば良い具合に僕の贄と成りうる」

 

 

 

 

 

 なんという、外道だろうか……。

 

 

 

 

 開いた口が塞がらず、改めて那由他殿の運命を呪った。

 

 

 

 

 どうして、どうしてこの人がそんな目に遭わなければならない。

 

 

 

 

 皆の笑顔を、ただ、ただ護りたいと願ったこの人に、一体なんの罪があると言うのだ……!!! 

 

 

 

「もう君たちの役目は終わりだ。そこで横になっていてくれたまえ」

 

 

 

 そこから藍染が語った事実を、私たちは呆然と聞く事しか出来なかった。

 

 常に発させる膨大な霊圧と体に負った傷が私たちを地面へ縫い付けていたのだ。

 

 

 ──全て、全てが奴の掌の上だった。

 

 

 私の処刑も、その救出に一護と那由他殿が現れる事も。

 崩玉という物を巡る藍染の壮大な陰謀を、私たちは黙って聞く事しか出来なかった。

 

 

 

「そこまでじゃ」

 

 

 そして、遅れてやってきたのは、京楽隊長、浮竹隊長、──総隊長・山本元柳斎重國殿。

 

 

 だが、もう、遅かった……。

 

 

「おや、随分と遅い到着だ」

「……無事で済むとは思っておらんな?」

 

「いや、残念ながら──時間だ」

 

 光の帯が天上から地上へと差し込む。

 

「ば、馬鹿な……!? 大虚(メノス・グランデ)!!」

 

 その光は那由他殿を小脇に抱えた藍染共々、市丸と東仙を包み込んだ。

 

 

「御免な、乱菊」

 

 

「何が、何がゴメンよ……! こんな事して、貴方は一体何を考えているのよ……!!」

 

 

「東仙!!!」

 

 

「さらばだ、狛村」

 

 

「大虚とすら手を組んだか……何のためだ」

「高みを目指すため」

「地に落ちたか、藍染……!」

 

 

「傲りが過ぎるぞ、浮竹。最初から誰も天に立ってなどいない。君も、僕も、神すらも」

 

 

「何を……!?」

 

 

「だが、その耐えがたい天の座の空白も終わる、これからは

 

 

 

 

 

──私が天に立つ」

 

 

 

 

 

 

 護廷史上における最大の裏切りと爪痕を残し、藍染惣右介は那由他殿を連れ去り、悠然とその姿を虚空へと消していった。

 

 

 

 

 

 




ヨ「素晴らしい演目だったよ、那由他」(オメメキラッキラ
カ「流石です、那由他様」(キラキラ
ナ「は、い……」(白目
ギ「  」(ドン引き


という訳でSS編・完!
こいつぁヒデェ……。

あと、感想だけでなく直接メッセで応援下さったりと本当にありがとうございます…!
これからも執筆続けていきますんで、簡単なものでも感想頂けたら嬉しいです!


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第三章 破面編
意思…だと…!?


もうほんと、お待たせまくって申し訳ないです…!

新章始めまっせ!


 ──ガシャァァァアン

 

 吹き飛んで行った隊士が近くの建物の窓を割りその奥へと消えた。

 

「ようし、次!!」

 

 視界の端へ消えて行った奴を気にする事なく上裸で肩に木刀を担ぐハゲ──斑目一角は皆が目を逸らすほどの気迫を纏っていた。

 

「オラオラ、誰も来ねーのかテメェら!?」

 

 相対した者を食い破らんとする眼光に体から立ち上るオーラが如き霊圧。

 その迫力は正に鬼と言えるだろう。

 

「次は俺だ」

「……来な」

 

 そんな奴の前に俺──黒崎一護は立つ。

 

 

 

『もう那由他(きみ)は十分に護廷に尽くした。今更罪の意識に苛まれる必要はない』

 

 

 

 あの双極の丘での事件から数日。

 

 俺の心を蝕むように藍染(あいつ)の言葉が思い起こされる。

 

 今まで那由姉が隠していた事もそうだが、背負っていたもんに全く気付けなかった自分にも反吐が出る。

 

 

 

『私が、貴方たちを、まも、る、と……』

 

 

 

 あの言葉にはどれだけの想いが詰まっていたのか。

 血だらけになりながらも、俺たちを守るために立っていたあの人の姿を幻視する。

 俺の顔に飛び散った那由姉の鮮血の感触を思い出す。

 

 実の兄に道具のように抱えられ連れていかれた姿が蘇る。

 

 あの人は、()()()()()んだ。

 

 自分がどれだけ傷ついても、どんな扱いを受けても。

 それでも、俺らを見て薄い笑みを浮かべていた。

 

 

 ──まるで「無事で良かった」とでも言うように。

 

 

 己の無力を思い知らされる。

 これほど自分に怒りを覚えた事はないかもしれない。

 

 斬魄刀を握る拳に必要以上の力が籠った。

 

 

 未だ護廷(ここ)はあの悲劇から立ち直れていない。

 歩けばいろんなとこからすすり泣くような悲嘆の声が聞こえる。

 

『君たちは尸魂界の恩人だ』

 

 そういった奴は誰だったか。

 確かどっかの隊長さんだった気がする。

 

 しかし、俺にとってはどうでも良い。

 

 那由姉を護れなかった俺にとって、そんな言葉は何の慰めにもならなかった。

 

 藍染の力に全く歯が立たなかった。

 那由姉以外に、奴と拮抗するだけの力を持った奴がいなかった。

 

 ただ、それだけだったんだ。

 

 つまり、俺らは那由姉から信用されていても信頼はされていなかった。

 頼るに値するほどの力が無かった。

 

 そんな俺らに那由姉が相談なんかできる訳がねぇ。

 

 那由姉の事だ。

 真実を打ち明けて動揺したり心配かけるよりも自分で背負った方が、ある意味楽だったんだろう。

 

 

 ──ふざけんな!! 

 

 

 俺は何のために6年前から修行してたんだ。

 六車のおっさんや浦原さん、夜一さんたちと死に物狂いでやっていた事は無駄だったってのかよ! 

 

 死なないために最低限必要だった実力を過信して! 

 俺ならルキアや那由姉を救えるって慢心して! 

 結局最後に割食うのは那由姉かよ!? 

 

 ありえねぇ。

 絶対に認めねぇ。

 

 ──藍染惣右介は俺が倒す。

 

 那由姉を救うだけじゃねぇ。

 あのいけ好かないキザ野郎に一発かましてやらないと気が済まねえ。

 

 これは八つ当たりみたいなもんだとも思っている。

 自分の足りなさと敵の強さは別もんだ。

 

 

『彼女はこれでも僕の妹でね。君にいつまでも家族面されるのも御免だ』

 

 

 それでも、兄でありながら、妹を道具扱いする奴を許せる訳がねえ!!

 

 

『これっぽっちも好きやあらへんで?』

 

 

 あの狐野郎もだ。

 絶対に、俺が……!

 

 

 だからこそ、俺はもっと強くなんなきゃならねぇ。

 

 

 立ち止まっている暇なんて、ねぇ。

 

 

 

 ねぇのに……俺の心は乱れに乱れていた。

 

 

 

「おらぁ!!」

「ぐっ!?」

「どうしたぁ、一護ぉ!! テメェの力はこんなもんかよ!!」

「まだまだぁぁぁあああ!!」

 

 一角に何度も吹き飛ばされる。

 

「あん? 一護じゃねぇか。俺の相手もしろや」

 

 剣八に何度も殺されかける。

 

「その程度の覚悟か? 黒崎一護」

 

 砕蜂に何度も転がされる。

 

「那由他隊長を助けると決意したのが貴殿だけと思っておるのか、黒崎一護」

 

 狛村さんに何度も叩き潰される。

 

 病み上がりなんて関係ない。

 それだけの闘志と覚悟が皆にあった。

 

 そんな中、俺の体は思うように動いてくれなかった。

 

「黒崎くん!? もう今日はやめとこ? ねっ!?」

 

 血反吐を拭って立ち上がる俺に慌てた様子で駆け寄ってくる井上の姿を、この短期間で何度見たことか。

 でも、俺は……!

 

 

「兄には感謝している。……が、今のままでは些か荷が重いと見える」

 

 

 心の中のざわめきが止まらない。

 自分の力がまるで自分のものじゃねぇみたいだ。

 

 この感じは白哉と戦った時にも感じた。

 しかし、あの時とは比べ物にならないほどの違和感がある。

 

「ちくしょう……!」

 

 俺の掌から斬魄刀が零れ落ちる。

 ガランと寂し気な音を立てて、俺の力の象徴は地を転がった。

 

「ちくしょう……!!」

 

 どうしてだ。

 どうして俺の大事なもんを、俺はここぞという時に護れねぇんだ。

 

 俺は強くなんなきゃ、いけねぇのに……。

 

 

 

「ちっっっくしょぉぉぉぉおおおおお!!!!」

 

 

 

 俺の悲鳴ともとれる叫びが、憎たらしいほどの青空に吸い込まれていった。

 

 

 

 心の中の()()が、嗤っている気がした。

 

 

 

 

 そうして、俺は何も掴めないまま現世へと帰る事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 私──朽木ルキアは、気付いたらその家を訪れていた。

 

『志波空鶴の家』。

 

 独特の感性で形作られたその家は、傍目から見ても目立っている。

 思わず呆然と門構えを見上げてしまった。

 

 心の空虚を埋めるように、私は贖罪を願っていたのだろうか。

 

 あの日、海燕殿を救えなかった私を救ってくれた那由他殿に向けて、何も動けなかった私。

 

 けれども、ここから何も動かない訳にはいかない。

 

 一護も、たつきも、チャドも、織姫も、石田も。

 皆が既に行動を起こしている。

 

 一護とたつき、チャドは我が身を顧みない地獄のような鍛錬を行っている。

 石田は失った力を取り戻すために、何かを決意した目をしている。

 そして、織姫はそんな彼らを支えつつ、自らの稽古を夜間にしているようだ。

 

 皆が、那由他殿を助けるために歩みを止めることなく。

 

 では私はどうだろうか? 

 

 

 ──海燕殿の過去を乗り越えなければ、恐らく私はまた同じ事を繰り返す。

 

 

 乗り越えたつもりだった。

 覚悟を決めたつもりだった。

 

 しかし、結果はどうだ。

 

 泣きわめいただけの今の私では、那由他殿を救う事など出来ない。

 

 一度深呼吸をする。

 

 海燕殿を救えなかった私はきっと空鶴殿にも許されないだろう。

 

 それでも、ここで立ち止まる訳にはいかないのだ。

 

 私は、意を決して一歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

「緋真……」

 

 私――朽木白哉は、間違えたのだろうか……。

 

 桜の木を見上げながら今一度思い返す。

 

 またあの時のように、法を順守する事で大切な者を秤にかけてしまった。

 

 桜舞う出会いを思い出す。

 四楓院夜一に連れられてきた彼女には随分と驚いたものだ。

 

 無表情で、口下手で……けれども、愛するという事を教えてもらった。

 

 緋真を連れてきた時は愕然としたものだが、今では良い思い出の一つと言っても良いだろう。

 

「私は、今度こそ裏切らぬと誓った……はずなのだがな」

 

 緋真を朽木家に招き、家の掟を破った私にはそれだけの資格すらなかったのかもしれない。

 しかし、感情は別だ。

 

 あの桜日和を思い出す。

 

 君もどこかで見ているのかと、そう信じて尸魂界から追放した後の日々。

 

 朗らかに笑う緋真と、静かな優しさを携えた君。

 

「ああ……やはり私は愚かだな」

 

 大事な者を守れずに、大切な掟を守れずに。

 ただ己のプライドのみを護っているだけではないか。

 

「今度は違えぬ」

 

 腰に佩いている斬魄刀を撫でる。

 

 千本桜よ。

 未だ私を主と認めるのであれば、私の想いに応えてくれ。

 

 風に揺れて舞い踊る花びらは、今はない。

 

 ――好き、だったのだな。

 

 私だけが知っていたその場所は、もう私の場所ではない。

 

 ならば、兄の想いを果たせぬまま朽ちるのを待つか。

 

 否。

 

 我が名は朽木白哉。

 

 けれども、我が心の木は朽ちる事を知らず。

 

「報いてみせよう。成し遂げてみせよう。それが兄の望みであれば。それが緋真の想いであれば」

 

 

 

 

 

 藍染惣右介、東仙要。

 

 

 そして、

 

 

 

 

 ――市丸ギン。

 

 

 

 

 

 兄らだけは許さぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼ 

 

 

 

 

 

 

 

「ワシに、何が出来たんでしょうかね」

「……」

 

 ワシ──射場鉄左衛門は傍らで鍛錬に励む狛村隊長に声をかけた。

 

 運命の日の前の晩。

 どうしても付いてこないで欲しいと言った姉御の顔を思い出す。

 

 どこか覚悟を決めたような。

 逆に諦めたような、不思議な顔付きをしちょった。

 

 なんじゃ、あん顔で言われたら放ってはおけんけぇのぉ。

 それでも、何故かあんときは付いてったらアカンとワシの本能みたいな直感が告げとった。

 

 そがなこつしたら、きっとワシはあん人の信用を失うと、そう感じたんじゃ。

 

「ワシにも、分からん。しかし分かる事もある」

 

 狛村隊長が先ほどの答えを返される。

 あんまりにも時間差があって、ワシは一瞬何が話しちょるか分からんかった。

 

「那由他隊長の高潔な意思を、継ぐ者がおらねばならぬという事だ」

 

 そん言葉に我に返る。

 ただ、それじゃ、まるで、

 

「狛村隊長、お言葉でごぜぇやすが、姉御の意思が既に絶たれたちゅう言い回しは止めてくだせぇ」

「……失言であったな」

「いえ、こちらこそ差し出がましく」

「よい」

 

 こんなん、狛村隊長も分かっておられる。

 あん人の下で、誰よりもあん御方を見てきた矜持っちゅうもんがワシらにはある。

 

「良い機会である。聞かせてもらいたい」

「へい」

「鉄左衛門。貴殿は十一番隊より七番隊へ移った時、どのような想いを抱いていた」

「……」

 

 それは、一言で表せやせんよ。

 戦闘狂と言われて少し敬遠されちょった十一番隊の、確かにワシは席次も持っていたんじゃ。

 それでも副隊長として起用したいと言われた時は喜びよりも驚愕が勝っとった。

 

「驚き、ですかね」

「そうであろうな」

「それでも」

 

 ――力、山を抜き、気、世を覆う。

 ――駆ければ無窮、構えれば天。

 

 ──その技、護廷において並ぶ者なし。

 

 あん総隊長がそう評した七番隊隊長に興味を惹かれたんじゃ。

 

 それは才覚か、人格か、はたまた別の何かか。

 それだけのモンをあん人は持っとったんじゃ。

 

 誰をも護り、誰へも接し、誰をも育てた。

 

 稀代の才覚を持ちながら努力を惜しまず、自らの体質すら乗り越え護廷の頂きが一つを担った英傑。

 

 それがワシから見た姉御じゃ。

 その在り方全てに惚れ込んだ。

 

 こん人に見出された事に興奮した。

 こん人を支えられる事にやりがいを覚えた。

 こん人に頼られる事を目指した。

 

 そうじゃ。

 あん人は頼るのが苦手じゃったなぁ。

 

「ワシらは、不甲斐ない」

「へい」

「今も、これからも、それで良いか」

「断じて」

「うむ」

 

 そうじゃ。

 ワシらが不甲斐ないばかりに、姉御に全てを背負ってもらっている。

 

 今更かもしれん。

 手遅れかもしれん。

 

 じゃけん、それは今から動かん理由にはならん。

 

「ワシ()の覚悟、とくと御覧じろ」

 

 姉御が見出した次代の隊長──狛村左陣。

 

 副隊長──射場鉄左衛門。

 

 

 

 

 姉御。

 

 貴方が育てたワシらは、必ずや“義”を成してみせましょう。

 

 

 

 

『顔が見えないのは寂しいですから』

 

 

 

 

 ワシのサングラスと狛村隊長の笠をそう評した貴方の想い。

 

 

 決して侮辱させやしやせん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 あたし──松本乱菊は雛森の様子を見に行った後、隊首室にて虚ろに空を見上げていた。

 

『ごめんな、乱菊』

 

 ギンのあの言葉が頭から離れない。

 

 何で謝ったのか。

 謝るくらいなら何で裏切ったのか。

 その真意は何なのか。

 

 何も分からなかった。

 

 普段なら酒でも飲んで誤魔化すところだが、生憎とその相手もいない。

 

 吉良も修兵も、心に影を落としていた。

 

「松本さん……」

 

 と思っていたら吉良が来た。

 ははっ。みんな一人じゃ抱えきれないか。

 そりゃそうだよね。

 

 今まで信じていた人に裏切られ、憧れていた人を連れ去られたのだ。

 

『乱菊さん』

 

 感情の起伏の乏しいあの人の声が脳裏をよぎる。

 

『貴方はとても優しい人ですね』

 

 いつも仕事をサボってばかりいるあたしに向けて言った那由他さんの言葉には驚いたものだ。

 

『貴方に救われている人は、貴方が思う以上に多くいますよ』

 

 そんなあたしを救ってくれたのが貴方だと言うのに。

 

 ギンに置いて行かれ、離されないように懸命に食らいついていた当時のあたし。

 そんな内心を誤魔化すように派手で適当な振る舞いをしていたあたしをただ一人、平隊士の頃から目をかけてくれていた人。

 

『そんな貴方だから、きっとギンくんは貴方を見ているのですね』

 

 何を言っているんだろうと思ったっけ。

 いつもと変わらぬ無表情の中に愛情のようなものを感じたのは驚いたけど、那由他さんから見ればあたしはヒヨッコも良いところだった。

 

 110年前なんて、まだ入隊したばっかだってのに、どうしてあたしなんかの事を見てくれていたのか。

 

 未だにその心の内は分からないけど、もしかしたらもうその時には那由他さんはギンの事を想っていたのかもしれない。

 女の勘ってやつなのかな。

 

 ギンの心が自分に向いてないって気付いていたんだ。

 

「はぁー……それで少し嬉しくなってる自分とか……ほんっと最低だわ」

 

 憎たらしいほどの快晴を見上げ、あたしは盛大にため息をつく。

 このぐらいなら今の護廷の人なら誰だってしている。

 あたしはまだマシな方かもしれない。

 

 沈痛で陰鬱な雰囲気は苦手なんだ。

 

 それでも瀞霊廷を覆うこの雰囲気は一朝一夕でどうにかなるものでもないだろう。

 

 誤魔化す事には慣れていても、誰かを支えるのは正直ガラじゃない。

 そんな事が出来る、あの人の方が稀なのだ。

 

 なんて、それこそガラにもなく感傷に浸っていたからだろうか。

 

「松本」

「うひゃい!?」

 

 新たにかけられた声に飛び上がらんばかりに驚いてしまった。

 

「入口で吉良が固まってるが……どうした?」

「え? あ……」

 

 しまった、吉良の事をすっかり忘れてた。

 

「きょ、今日は飲むぞー!」

「お、おぉ……?」

「……程々にな」

 

 あの日番谷隊長が許すなんて珍しい。

 

 いや、違うか。

 この子もこの子で心に大きな傷を負った。

 

 幼馴染の雛森が生死の境を彷徨い、少なからず那由他さんに憧れていたのだ。

 ほんと、誰の心にもこんな思い出残すなんて……那由他さんほど罪な女はいないだろう。

 

「あ、修兵! あんたも飲まなーい?」

「え……? あ、はい……。そうっすね!」

 

 たまたま近くを通りかかった修兵を見つけてすぐさま声をかける。

 こいつもおんなじ。一人で抱え込んでも何も良い事なんかないでしょ。

 

 

 

 

 

 そう。

 

 一人で抱え込んでも、良い事なんかないんですよ、那由他さん。

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 あたし──井上織姫はあの時、震えている事しか出来なかった。

 

 幼い頃から受けたあの人の愛情を宝物のように、必死に守るように抱きしめて。

 本当の母よりも温かく、本当の姉のように優しく包んでくれたあの人の幻影を求めて。

 

 那由他さんが傷つく姿を眺めているだけだった。

 

「井上さん」

「井上」

「石田くん、チャドくん」

 

 それは、誰もが抱える後悔の形の一つに過ぎない。

 

 だからこそ、立ち止まる訳にはいかなかった。

 

 現世へと帰ってきた黒崎くんは心身ともにボロボロだ。

 悲壮な顔で死神の人達と寒気がするほどの稽古をしていた。

 夏休みが終わり高校へ通っても無理に笑っていた。

 

 そして、彼の想いに体が付いて行っていないのは、傍から見ても明らかだった。

 

「ボクたちでは黒崎を止められない。恐らく、彼は自分を見失っている」

「うん……」

 

 石田くんの言葉にあたしは力強く頷きを返した。

 

 始めは打ちひしがれていた朽木さんも、尸魂界へ残ると宣言していた時には目に活力を戻していた。

 何があったのかは分からないけど、自分で乗り越えたんだと思う。

 

 石田くんもこの間の戦いで力の殆どを失っちゃったみたい。

 だけど、それでもどうにかするんだろう。

 目を見れば分かる。彼は何も諦めていない。

 

 チャドくんもそうだ。

 いつもはどこかのんびりとした雰囲気のある彼の体からは、なんて形容して良いか分からないほどの迫力を感じる。

 

 それでも、一番はたつきちゃんだった。

 

 今にも噛みつきそうな荒々しい様子に、あたしですら恐怖を感じた。

 黒崎くんの次に付き合いが長いんだから、きっと想像を絶する想いを抱いているんだろう。

 

 あの丘での出来事は、あたしたちの心に絶望を確かに植え付けた。

 

 だけど、それ以上の覚悟と決意を胸に灯した。

 

 

「朽木さんを救ったのは黒崎くんと那由他さん。だから、今度はあたしたちの番だ」

 

 

 髪留めにそっと触れる。

 

 あたしの想いに呼応するかのような力強い返答が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 ボク──石田雨竜は力を失った。

 

 あの隊長、涅マユリを倒すにはそれだけの覚悟が必要だった。

 だから後悔はしていない。

 

 しかし、那由他さんを助けるための力を失った事には絶望しか覚えなかった。

 

 本当の黒幕、藍染惣右介。

 

 奴を倒すために振るう力を手に入れるのが何よりの急務。

 そのためならば、ボクは()()()に頭を下げよう。

 

 始めは知りもしようとしなかった竜弦の想い。

 

 それをボクに諭してくれたのは那由他さんだった。

 

『彼も苦しんでいるのです』

 

 そう言って少し寂しそうに笑った……ような気がする彼女の無表情な顔は今でも覚えている。

 

 尸魂界へ来る前のわずかな時間。

 それでも彼女がボクに語って聞かせた事は、要領を得ないなりにボクの価値観を揺さぶるものだった。

 

『護りたくても護れなかったという楔は、彼を今でも苛んでいます』

 

 どこか遠い目をする那由他さんの姿をボクは確かに何度か見た事がある。

 ただ、彼女の話を理解しきれていなかった。

 

 そんなあの人の話で伝わってくるのは感情的なものだ。

 

 竜弦が後悔している? 

 信じられなかった。

 あの何事にも興味を抱かなそうな冷血漢に、母を見殺しにしたアイツに、ボクは忌避感しかない。

 

『彼は叶絵さんや貴方を、きちんと愛していますよ』

 

 その言葉がどれだけ衝撃的だったか。

 恐らくボク以外には分かるまい。

 

 けれども、今回の事件を経験した後に、その言葉がストンと胸に落ちたのだ。

 

 

 ──護りたくても護れなかったという楔。

 

 

 ああ、そうか。

 この感情か。

 

 これが、諦観というものなのか。

 

 

 

 ならば、ボクは抗おう。

 

 

 

 ボクは父と違う。

 あの人が諦めてしまったものすら、ボクは背負って立ち上がろう。

 

 必要であれば頭を下げよう。

 

 あの人に師事を乞おう。

 

 

 それが、那由他さんを助けるために必要であるならば。

 

 

 

 

 ──ボクは死神にすら()()しよう。

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 俺──茶渡泰虎は無力を嘆いていた。

 

 助けられると思っていた。

 救えると思っていた。

 

 この右手に宿ったじいちゃん(アブウェロ)の想いと俺の誇りにかけて。

 

 しかし、届かなかった。

 

 何も出来なかった。

 

 ただ地面に這いつくばり、見上げ、見送る事しか出来なかった。

 

 ならば、俺は今何をする? 

 

 嘆くだけか。違う。

 後悔する事か。違う。

 

 頭の切り替えはすぐに済んだ。

 

「一護」

「……チャド」

 

 現世に戻った俺たちは、一度普通の学園生活へと戻った。

 それがどれだけ仮初の平和だとしても、俺たちは学生という枠に囚われている。

 

 そして、そんな世界をこそあの人は望んでいた。

 

 俺たちが笑い合い、平穏に過ごす日常をこそ。

 

「……」

「……」

 

 一護に声をかけたは良いが、何と言っていいか分からない。

 

 そもそも、俺は自分のこの気持ちを表現するのが苦手だ。

 

「待っている」

 

 俺はそれしか言えなかった。

 不器用にもほどがあるだろう。

 しかし、これ以上の事は出来そうになかった。

 

 あの人と俺の付き合いはそう深くない。

 そんな俺ですら、あの人には世話になった事も多いのだ。

 皆の気持ちなど俺が計り知れないものだろう。

 

 それでも、一護への信頼は絶対であった。

 

 声をかけずとも、一護なら立ち上がれるだろう。

 ならば、俺は一護が立ち上がるまでの壁となろう。

 

 この大きな体と手が届く範囲の人々を護る盾であろう。

 

 

 

 その相手が、たとえどれだけ巨大な存在であろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 あたし──有沢たつきには何も特別な力などなかった。

 

 一護みたいな死神の力もなく、石田のように滅却師の力もなく、織姫やチャドのような特殊な力がある訳でもない。

 ただ、一般人よりも霊力が強く、霊圧のコントロールが出来るだけの“人間”だ。

 

 これまではそれでも良かった。

 

 現世の友達を虚から護るという実績を作れていたから。

 師匠の稽古で自分は確実に強くなっているという実感があったから。

 ライバルとも呼べる仲間がいたから。

 

 あたしはもしかしたら、そこで満足して足を止めていたのかもしれない。

 

 ふざけるな……! 

 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁ!! 

 

 あたしは自らの愚かさと弱さをあの丘でまざまざと見せつけられた。

 

 那由他さんの覚悟を、これっぽっちも理解してなかった。

 

 今度こそ。今度こそ間違えない。

 

 あたしにはもう、後悔するだけの時間すら勿体ない。

 

「夜一さん」

「……たつきか」

「覚悟を決めました」

「何のじゃ」

「“人間”を止める覚悟です」

「……まさか!?」

「はい」

 

 現世に戻ったら、師匠に会ったら。

 

 何とか自分に言い聞かせ、あたしは浦原商店を訪れた。

 店先に偶々いた夜一さんが猫の姿でも構わず話しかけた。

 周囲に人がいるかいないか、なんて確認する余裕すらなかった。

 

 藍染とかいう下衆が狙っていた崩玉ってのは、魂魄のバランスを崩す事でより高次元の存在になる代物らしい。

 今はもう手元にないし、その治療薬であるワクチンはそのバランスを正常に戻すためのものだと聞いた。

 

 始めに聞いた時はスケールがデカすぎて理解出来なかったが、人間であるあたしに何が出来るかを考えて考えて考えて考えて。

 

 ある一つの思考に思い至った。

 

 

 

 

 ――人間を止めればいいんだ。

 

 

 

 

 例えば、魂魄のバランスが正常な人間が()()()()()()()()()()()()どうなるか。

 

 

「そんな事をしたら!」

「魂魄崩壊、ですよね?」

「分かっておるのならば!」

 

「那由他さんが持ってた義魂丸!」

 

「!?」

「あれ、きっと浦原さんも作れるんでしょ?」

 

 夜一さんは話した事を後悔するように顔を歪めた。

 

 それがどれくらい危険な事かってのは分かっている。

 でも、あたしはもう自分の力が足りなかったとか、覚悟が足りなかったとかで後悔だけは絶対にしたくない! 

 

 

「あたしが虚になりかける。その上でワクチンを接種すれば──“人間”のあたしでも“虚”の力を手に入れられる可能性がある。違いますか?」

 

 

 夜一さんはあたしの顔を真っ直ぐと見つめ返す。

 

「本気、なんじゃな……?」

 

 あたしは頷く。

 

 もう、あたしは人間には戻れないんだろう。

 ただの女子高生なんかとっくに止めたつもりだったけど、その一歩があたしには足りなかったんだ。

 

 

 

 

 

「あたしは──虚の力を制御してみせる。那由他さんのように……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




苺は順調に虚に蝕まれております、まる()

そして、曳舟義魂丸の伏線をやっとこさ無事回収じゃー!
ぶっちゃけ、たつきちゃんのための曳舟義魂丸だったんやで、ほんと。
これは誰も気づかんかったじゃろ!?(ソワソワ


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立場…だと…!?

そういえばで申し訳ないですが、お気に入り1万突破してまして。
本当にありがとうございます!(土下座


「お待ちしておりました、那由他様」

 

 俺がボッロボロの状態で連れていかれた先は虚夜宮(ラスノーチェス)

 劇団員みんなのおうちだ。

 

 そんな場所で待ち構えていた破面の方々に言われたのが最初のそれよ。

 

 おう、どったん……? 

 

 1番さんから10番さんまで勢揃い。壮観です。

 

「この度のお勤め、ご苦労様でした」

 

 わあ、シャバに戻った人みたーい。

 

「いえ」

 

 ここは「おう」みたいなセリフを言った方が良かったんかな? 

 一応、それっぽく振舞うために背筋伸ばして返事したけど、もう体中が痛い。

 

 知ってた? 

 今の俺、胸元に穴開いてんでっせ。破面かよ。

 

「那由他、もう傷を治しても良いよ」

 

 あ、そう? 

 

 そんな俺へ微笑みかけてきたお兄様の言葉に甘えて、俺はサクッと()()()()()()()体の傷を治す。

 

「……え、那由他ちゃん、それ出来るん?」

 

 ポカンとした顔の市丸くんにニヤリと内心で笑みを浮かべる。

 

 伊達に虚を喰っちゃ寝ハピハピしてないでござんす。

 虚の能力なら大体使えましてよ。

 

 でも痛いのは本当なので、そもそも怪我したくない。(真顔

 

 今回はお兄様に殺されるかどうか分からんかったから当初抵抗はしたけど、何か途中から気付いてしまったのだ。

 

 

 ──あ、これ手加減してるわ、と。

 

 

 だったら俺も合わせて力をセーブした方が良いじゃろ。

 

 そんなアドリブに溢れた演劇だったのだが、苺とルキアの顔を見た限り問題なかったんだと思う。思いたい。

 俺とお兄様が()()()()()()もっと周囲の被害が甚大やったし。

 

 確実に原作よりも強くなってんよね、ヨン様。

 

 市丸くんとか見てたら何となくそうじゃないかと思っていたし、だからこそ覚悟ガン決まりで挑んだんだけど……。

 

 

 

 

 

──だって俺、未だに鏡花水月かかってないもん。

 

 

 

 

 双極の丘でお兄様と斬り合った最初の一合。

 

『……速いね。私一人では厳しそうだ』

 

 このセリフで何となく察した。

 

 ヨン様があんな美味しい状況で他に頼る訳ないじゃん。

 しかもあの時俺、ヨン様の斬魄刀触ってたんよ? 

 

 その時に鏡花水月を発動したのに気付けた。

 

 あとは何かヨン様が目線で合図した方へ適当に攻撃放ってた。

 そうしたらあの場面の出来上がりよ。

 俺はただ目線の指示に従ってただけだけど、まああのスピードについていける人はあの場にもいなかっただろうしね。

 

 これが兄妹のコミュニケーションよ! (ドヤァ

 

 疑っててほんとすいませんでした。

 要っちも良いタイミングで卍解解除してくれてありがとうございます。

 

 ただし市丸、テメェは別だ。

 

「ギンくん」

「なんですか?」

「随分と楽しそうでしたね」

「まさかー。ボクも心が痛かったですよ?」

 

 おいこら、テメェ。分かってんぞ。

 

「私の急所を容赦なく狙ってきておいて良く言います」

 

 あと「こっれぽっちも好きじゃない」発言は地味に傷ついたんだからなぁ!? 

 これ演技じゃなくね? って流石に察したわ! 

 

「ボクは藍染隊長ちゃいますもん。そないに上手く誤魔化せる自信なんてあらへんてー」

 

 ……まあ、そうかもしれん。

 

 あれ? 

 じゃあ俺の勘違い? 

 俺の実力を信じて心を鬼にし、内心で涙しながら俺に刀を向けていた? 

 やだ、ちょっと可愛いんじゃが。

 

 なーんだ、市丸くんは分かりにくいぞー☆

 

「なら良いです」

 

 とりあえず双極の丘での出来事は良いや。

 苺とルキアの曇り顔とか言うご馳走を貰ったお礼だ。とやかく言うまい。

 

 それよりも今後ですよ、今後。

 

「お兄様」

「うん、そうだね」

 

 これぞ阿吽の呼吸である。

 口下手な俺の意思を一瞬で汲み取るこの頭脳と気遣いよ。

 

 

 

 

「今後は君が十刃のトップだ」

 

 

 

 

 ……? 

 

 おっと、難聴かな? 

 

 

 

「”番外刃(フエラ・エスパーダ)”。それがこれからの肩書だよ」

 

 

 

 んんんんんん!? 

 

 ちょっとどころではなく思ってたんと違うんじゃがぁ!? 

 

 

「いい加減()()()()()をするのにも飽きただろう。もう我慢する必要はないさ」

 

 

 マジでヨン様が何を仰っているか分からんちん。

 

 つまり、えっと、どういう事だってばよ。

 

 

君の本質は既に“虚”へと成っている。今まではそれに気付かれないように虚の霊圧を抑えていたようだが、もう十分だろう。それに十刃(かれら)へ君の実力を示す良い機会だ」

 

 

 デジマ……? (白目

 

 

 

【悲報】俺氏、既にほぼ虚だった件について【速報】

 

 

 

 確かにさ、虚を喰らって力を奪えるし? 

 霊圧の半分以上は虚だし? 

 虚に能力の割譲とか出来るし? 

 最上級大虚を霊圧だけで黙らせられるし? 

 仮面を出さずに虚化して、虚化以上の力を引き出す死覇破面(アランカル・パルカ)とか編み出しちゃったし? 

 帰刃も刀剣開放第二階層(セグンダ・エターパ)まで使えるし? 

 むしろウルキオラに教えたの俺だし? 

 ヤミーの憤怒(イーラ)による0刃(セロ・エスパーダ)の能力とかも俺があげたし? 

 元0のザエルアポロから能力獲ったの俺だし? 

 アーロニーロにもメタスタ君あげたし? 

 ハリベル部下の三人娘とか結構好きなキャラだったから特別に目をかけて育ててたし? 

 ネリエル追放したくない~って駄々こねたし? 

 ノイトラまだ何もしてなかったのに八つ当たりでボコって大人しくさせちゃったし? 

 

 ……ん~? 

 

 案外やらかしてますねぇ。(小声

 

 ちなみに、これらは虚圏を放浪してた2年くらいの間の出来事だ。

 破面のみんなからは感謝される事が多かったから気にしてなかったわ。

 

 特に変態紳士(ザエルアポロ)

 

 なんか彼は力よりも知能が欲しかったみたいだからね。

 俺の中の“知識の力”とトレードしてあげた。

 

 はい、「だから余計にアホになったんじゃ?」とか思った子。怒らないから前に出なさい。

 

 まあ、“知識の力”とか言うと分かりにくいが、ようは俺の()()()だ。

 俺なら絶対にいらないけど、ザエルアポロが何か凄い興味深々だったから手術して摘出させてあげた。

 もう魂魄が虚とか諸々でしっちゃかめっちゃかになってたからさ、考えるのが億劫だったんだよね。

 

『分離しても那由他様との接続は絶えないように処理させて頂きます』

 

 とか言ってたから、あんま意味なかったけど。

 頭が少し軽くなったくらいだ。

 

 

 ……とか当時は思ってたんだよ。

 

 

 グロすぎ、マッドすぎ、意味分からん。

 貰うザエルアポロもだけどさ、普通に「良いですよ」とか頷く俺も相当だ。

 

 うっ、今更ながら吐き気が……。

 俺の頭ん中はアイツが持ってんですぜ? 

 思考回路の分析してるらしいけど。

 

 え? 

 

 じゃあ、俺のアホな思考全部バレてんの? 

 何それ鬼畜すぎ怖い。余計な事考えんとこ。

 

 

「君の“死覇破面”は見た目では破面化した虚と変わりない。これは今後の計画を進める上で非常に効果的だ」

 

 おっと、お兄様の言葉を聞き逃すところだった。

 

 過去の過ちを気にしてはいけない。

 俺は未来に生きるんだ。

 ちょっと未来に行き過ぎて周りがついてこれないだけなんだ。

 

「君の新しい衣装も用意している。那由他に合ったものを私自らデザインした。いつまでも死神の恰好をするのも護廷の所属のようで良くない」

 

 ……ちょっと先取りすぎぃ?

 

「それと、少し現世に行って黒崎一護たちに刺激を与えよう。あまり悠長に過ごしているとは思わないが、君の現状を見せて危機感を煽るのも良い。もう君は私のモノだとも知らしめられる」

 

 ドSか。

 なにそれ楽しそうとか思う俺はもう真っ黒である。

 暗黒面にドップリだ。

 

 肉体的に傷つけたいんじゃなくて、精神的に追い詰めたいのだ。

 

 この違い分かる人いる? 

 いたら俺と握手! 

 

「そのためにも、君には十刃以上の破面の頂点である事を見せつける必要がある」

「つまり、外で模擬戦を行えば良いのですか」

「ああ、構わないよ」

 

 お兄様の言葉に頷くと俺が振り返る。

 そこには一様に顔を青くしている破面の皆さんがいた。

 

「という事ですので、皆さま。お時間を頂きたく」

 

 反抗期まっしぐらのノイトラくんもガクガク震えているのは少し笑った。

 

「大丈夫です。殺しはしません」

「必要ないと思ったら処分も構わないよ」

 

 おおぅ、ナチュラルにパワハラしますねヨン様……。

 皆一斉に決死の覚悟をした瞳をしていらっしゃいますよ? 

 

 でも俺は基本的にBLEACHキャラみんなが好きなので、そんな殺すなんてそんな。

 

 とりあえず、皆を瞬歩で外に運ぶ。

 いきなり景色が変わってビビっている子が何人かいたけど、十刃の人達はちゃんとついてきていた。

 

 何人くらいいる? 100くらい? 

 

 う~ん。

 久々に“オレ”を使うか。

 

『ちょちょちょ~い! オレの扱い雑じゃね?』

 

 ──そんなもんでしょ。

 

『泣いて良いっすか、自分?』

 

 ──とか言いつつ愉しみな癖に~。

 

『あ、分かる?』

 

 ──分かりますとも。だって“オレ”だもん。

 

『じゃあ、派手にやろーぜい!』

 

 ──あいあいさ~! 

 

 

 心の中でマブダチの“オレ”とキャッキャしてたら“天輪”がため息をついていた。

 

 

『貴方様、私の事もお忘れなきよう』

 

 ──君みたいなイケメン忘れる訳なかろう。

 

『……素直に喜べない』

 

 

 さてさて。

 あまりふざけてないでちゃっちゃと()りますか。

 

 

「あ、(あね)さん? 俺らさ、別にアンタに逆らう気なんて……」

 

 第一刃(スタークくん)が何か言ってるが問答無用である。

 お兄様の指示なんだから仕方ない。

 

 俺だって命が大事なの。

 

 大丈夫、ちょっとしたストレス発散に付き合ってもらうだけさ。

 

 苺とルキアの顔を見れて満ちてるけど、それとこれとは別の話。

 ボッコボコにされたら少しは溜まるでしょ、ストレス? 

 これでも結構自分は強いと思ってる方なんだ。

 

 ワザととは言え、フルボッコの汚名は雪がねば! (使命感

 

 まあ、正直に言えば念願の悲嘆顔見れてテンション上がってるの。

 

 飲みに誘われたと思ってさ、付き合って★

 

 

 

 

帰刃(レスレクシオン)

 

 

 

 

「あ、駄目だ、こりゃ……」

「スターク、覚悟を決めろ」

「いやいや。姐さんの恐ろしさだったらお前も知ってんだろ、ハリベル……」

「だからこそだ。胸を借りる良い機会と思え」

「むしろ、ここで儂があの小娘を捻りつぶそう」

「バラガン爺……そりゃ勇猛っていうか無謀だぜ?」

「ここならば第二階層でも問題あるまい」

「ウルキオラぁ……、ああくそ! やるしかねぇか!?」

 

 

 

 

 

 

 

「彼方を廻れ──”天壌無窮(シエ・シエロス)”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫かい、ノイトラ?」

 

 俺──ノイトラ・ジルガはその声で意識を取り戻した。

 

 声の主を確認する事もなく、差し出されていた手を払う。

 

「……相変わらずのようだ」

 

 どこか諦めたような蔑んだようなため息。

 それだけでコイツが誰かが分かった。

 

「何だ? お得意の“愛”って奴か?」

「ノイトラ。君は私の“愛”を馬鹿にするのかね?」

 

 褐色の肌にスキンヘッド。

 十刃の中でも特徴的な外見をしている奴──ゾマリ・ルルーを傍目に俺は唾を吐いた。

 ベチャと地面に赤いシミが出来る。

 

「あのクソ女はどこに行きやがった?」

「その前に訂正したまえ。那由他様は既に我らが頂きだ」

 

 舌打ちをする。

 

 あの女の強さなんてもんは昔から知っている。

 知っているからこそ気に入らない。

 

 あれほどの強さを持ちながら、弱い者にこそ手を差し伸べる女だ。

 

 まるで俺の在り方を全て否定するようである。

 

 強さを求め、戦いの中で死ぬ。

 それを本望とし、強ければ弱くすれば勝てるという戦法。

 

 アイツは良しとした。

 

『何が悪いのですか? それが貴方の在り方でしょう』

 

 そんな事をのたまった。

 

 反吐が出る。

 

 強者たる堂々とした態度。

 比類なき力。

 底の見えない霊圧。

 

 初めは──憧れたんだ。

 

 俺もアンタみたいに成りたいと思った。

 でも、アンタは弱者こそに救いの手を差し伸べた。

 

 

 俺とは、真逆だ。

 

 

 頭を振る。

 

「……てことはアレか? 十刃が揃いも揃って負けたって事か?」

「予測してしかるべき事実。いや、もはや成るべくして成った現実だった」

 

 もう一度舌打ちする。

 

「番外の帰刃。──あれはもはや“愛”を超えた」

「分かるように言えや、クソが」

「“太陽”である」

 

 本当なら余計分からねぇと言いたかった。

 

 しかし、理解出来てしまった。

 

 

 あの女は──“太陽”なんだ。

 

 

 静かな月を思わせる霊圧と雰囲気に反して、奴の力は全てを燃やし尽くす。

 

 それだけでなく、皆を照らす。

 

 弱者も強者も関係ねぇ。

 遍く全ての万象を照らす。

 恵みを齎し、命を育て、神が如き視点から俺らを見下ろす。

 

 あの慈愛に満ちた視線が、とにかく気に入らなかった。

 

 だから俺は反発した。

 

 奴が虚圏にいる間、俺は虚の時に戦いを挑んだ。

 そして、あっけなく負けた。

 

『名は?』

 

 何の気まぐれか、俺にそう問いかけた女は、その日から俺の上司になった。

 

『ノイトラ、貴方は強いです』

『ノイトラ、貴方には成せるだけの力があります』

『ノイトラ、だから貴方は卑怯で良いのです』

 

 褒められてんのか貶されてんのか分からなかった。

 

 だから、初めは従順なフリをして力をつけてからアイツの寝込みを襲った。

 

 

 

『なんでだ……なんで抵抗しねぇ!!??』

 

 

 

 そんな俺を襲った虚無感を、どう表現したら良いだろうか。

 

 俺に腕を落とされ、足を落とされ、衣服を剥され、目玉をくりぬき、ありとあらゆる拷問を行った。

 それでもアイツは言ったんだ。

 

『満足しましたか?』

 

 全てがどうでも良くなった。

 

 絶望を、まさか無抵抗の女から与えられるとは思ってもみなかった。

 

『犯されるくらいは覚悟しましたが、貴方も紳士なのですね』

 

 しまいにはそんな戯言まで言って。

 あいつは泰然とした態度のまま俺を後目に去っていった。

 

 その後、今まで見た事が無いような憤怒の形相のネリエルに殺されかけたが……。

 まあ、どうでも良い。

 アイツならどうせ数秒あれば腕も足も生やせる。

 死神とか虚なんて枠を既に超えている化け物だ。

 

 俺は……認められたかったのかもしれない。

 

 あれだけの強者に、自分が強者であるという表明したかったのかもしれない。

 

 

 

 そんなある日、アイツは虚圏から姿を消した。

 

 

 

 憤慨した。

 

 激昂した。

 

 侮蔑した。

 

 俺の倒すべき姿が消えたのだ。

 

 そして、藍染様から聞いた。

 

 

『黒崎一護を庇い、那由他が負傷した。──グランドフィッシャー、何か言い分はあるかな?』

 

 

 殺そうと思った。

 

 アイツを傷つけるのは俺だ。

 

 俺だけがアイツを傷つけるのだ。

 

 グランドフィッシャー? 

 

 確かそんな名前の虚がいたと聞いたが……冗談だろ?

 

 そもそも、何でアイツがこんな雑魚に傷つけられた?

 

 ……ああ、義骸とか言うのに入ってんだったか?

 死神共に気付かれず、普通の人間として過ごしてんならそういう事もあるかもしれない。

 

 ただ、それでも信じられなかった。

 

 俺の目指した強者がそんな事で死ぬはずがない。

 

『お、俺、いえ、私は! 私は言いつけの通り黒崎真咲を襲ったのです!? そこに突然……!』

『自らに非はないと?』

 

 あの時の藍染様の迫力は類を見ないものだった。

 にこやかな笑顔を浮かべているが、その身から放たれる霊圧に十刃含め誰も顔を上げる事が出来ないほどだ。

 

『い、いえ……その……!?』

 

 必死になって弁解する奴を滑稽に思った。

 これが弱者の姿だ。

 

 俺は違う。

 

『藍染様。私に処分を』

 

 ネリエルが言った。

 俺を「弱い」と評しウザったく絡んでくるコイツを排除したかったが、アイツの顔が思い浮かんで止めた。

 

『いえ、私に』

 

 ハリベルが言った。

 実力があるにも関わらず、アイツの近侍なんて身分で満足していたこいつも気に入らねぇ。

 まあ、今はネリエルを倒して第3の地位を持ってるけどな。

 

『儂がやろう』

 

 バラガンが言った。

 虚の時は大帝と呼ばれ虚圏を支配していた王も、アイツのせいですっかり丸くなっちまった。

 まあ、実力は認めている。

 

『是非とも、私に』

 

 ドルドーニが言った。

 実力の伸びが悪くて今にも十刃を落ちそうな奴が何言ってんだ。

 ただ、その忠義心は本物だ。

 強くないから興味はないが、こいつが強かったらと思う事はある。

 

『いえ、私に!』

 

 チルッチが言った。

 こいつもアイツの強さに魅せられた一人だ。

 手段を選ばない訳ではないが、人一倍強さに対する拘りを感じる。

 

『なら、私の実験にでも』

 

 ザエルアポロが言った。

 こいつが一番いけ好かない。

 しかし、俺にとって一番有益な奴でもあった。

 強さよりも知識を求める姿勢は気味が悪いが、使える奴は使う。

 そんなコイツが考えているのも、どうせ部屋の中央にデカデカと置いてある脳味噌の事だけだろ。

 本当に気持ち悪い。

 

『あー、俺がやっても良いですけど……。他の奴だと酷い事になりそうですし』

 

 スタークが言った。

 実力に反してやる気の感じられない奴だ。

 しかし、その実力が本物だから俺は何も言えない。

 いつか俺がその座を奪うと密かにライバル視している奴だ。

 

 

 他にも色々な声が挙がる。

 

 それら憎悪の対象とされているグランドフィッシャーとやらは酷く顔を青くしていた。

 

 

 

『いや、彼には破面化してもらう』

 

 

 

 だからこそ、藍染様が言った言葉を皆が理解出来なかった。

 

『次の失敗は許さない、良いね?』

『は、ははぁ!!』

 

 誰もが納得していなかった。

 空気だけで分かる。

 しかし、藍染様の決定に異を唱える奴もいなかった。

 

 

『那由他様を傷つけたんでしょ!? 何で破面化を許されるの!?』

『アーロニーロ、気持ちは分かるけど……藍染様の決定だわ』

『でもネリエル!』

『分かってる、分かってるわ……私だって、今すぐにでも殺したいくらいよ』

 

 アイツの強さは力だけじゃない。

 

『まだモノに出来ていないのだが……次はいつ教えて頂けるのだろうか』

『おいウルキオラ、それ嫌味か?』

『何の話だ?』

『第二階層を出来るのがお前だけだって話だよ!』

『ヤミー、お前はもっと理路整然と主語をつけて喋れ』

『あいにくと俺様は人間じゃないからな。そういうのは苦手だ』

『那由他様が泣くぞ』

『あの人ずりぃよなぁ……、何で無表情なのに泣いたように見える時あんだよ。マジであの顔が苦手なんだよ』

『お前が不出来すぎるからだろう』

『ようし分かった、ちょっと訓練しようや。俺様の的な、お前』

『それは八つ当たりだ』

 

 あれだけ恐れつつも、皆がアイツを尊敬し、尊重し、憧れている。

 かく言う俺もその一人だってのが、余計に腹が立つ。

 

 自分で自覚しているんだから救えねぇ。

 

 あの人が虚圏にいたのはたったの2年だ。

 その後もちょくちょくと来ていたが、それでも多くの時間を過ごしていた訳ではない。

 

 それでも……。

 

 

 

 

 

「ノイトラ?」

 

 

 ゾマリの言葉にハッと我に返る。

 

 ちくしょう。

 

 俺は未だ塵の舞う周囲を見渡した。

 

「ゾマリ」

「何かね」

「俺は弱くねぇ」

「……知っているとも」

 

 

 

 

 

 

 ただでさえ荒野と称される虚圏。

 

 

 

 

 その世界をえぐり取るかのように、

 

 

 

 

 

 

 

「俺は強くなる」

「私もだ」

「テメェよりも強くだ」

「そうかね」

「そもそも、俺が一番強ぇ」

「……些か前後の話と矛盾してないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の倒れていた脇には、底の見えない虚無の穴が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ギ「なあ、この穴どないするん?」
カ「…そのままで良いだろう」
ギ「その心は」
カ「那由他様の力の象徴として使える」
ギ「統括官は大変やな~」
カ「いや、那由他様の方が忙しい」
ギ「ああ、そやね~…」

破「番外ーー!!!」(キラキラ
ナ(うわこっち来るなヤメロ!俺は保母さんじゃねぇ!でも可愛いから許す!)

ギ「どっかで見た事あんなぁ」
カ「ムツ〇ロウ」
ギ「それ」

ヨ「ふふっ、流石だよ那由他…」(コメカミピクピク


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現世…だと…!?

本当におまたせして申し訳ありません(土下座

ちょっとプライベートがゴタゴタしていたもので……。
これからは以前のように毎日とはいきませんが、少しずつでも更新を再開したいと思います。
コメント等で応援してくださっていた方、ありがとうございます。
よろしければ、これからもご愛読いただけると幸いです!


 俺が番外刃(フエラ・エスパーダ)となってから数日。

 

 まあ、割と落ち着いた日々を過ごせました。

 破面のみんなとキャッキャしていただけである。

 

 まあ、一応苺とかの様子を探ってみたりはしたけどさ。

 

 劇団員の役割分担ガバガバ過ぎんよ。よく要っちは統括官とかやれるな。

 俺はそんな責任だけある役職なんて御免である。

 

 肩書あるじゃんって? 

 

 番外とか、つまり破面に目を配っとけばなんとかなるのだ。

 つまり、自発的になんかする事は全くと言って良いほどない。

 

 ガハハ、勝ったな! 

 

 何に?(迷走

 

 とりあえず、手始めに十刃の序列を原作通りに整理しといた。

 十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)となったドルドーニとチルッチちゃんは泣き崩れていて罪悪感がマッハである。

 えぇ……、だって原作だとそうだったんだもん……ごめんよぉ。

 それ以外の理由とかないからさ、別に君たちはいらないとか言うつもりはないし。

 

「貴方たちは必要です。努々(ゆめゆめ)忘れぬように」

『ハッ……!!』

 

 だから何でそんなに決意込めた返事するん? 

 大丈夫、苺たちが虚圏に来たら大活躍してもらうからさ! 

 

「那由他様、本日はどうされますか?」

 

 俺が何をするでもなく入れ替わっていたネリエルなんかは普段通りなのだが。

 いや、なんか専属メイドみたいな雰囲気で接してくるのは違和感すごいんじゃがね。

 

 でも、これじゃネル・トゥにならなくない? マズくない? 

 え、君ちゃんと苺のとこに行くんだぞ? 

 俺は信じているからな? 

 

 ……ここはテコ入れしといた方が良いか? 

 

 つっても俺がノイトラとザエルアポロに変なプレッシャー与えたせいで改変しちゃったっぽいし。

 本当に余計な事しかしないな、俺! 

 

 そんな感じで「どうすっぺー」といつものように悩んでいた時だった。

 

 

「現世へ行ってきてくれるかい、那由他」

 

 

 ヨン様から言われた事に一瞬だけポカンとしてしまう。

 

 あ、そういやそれらしき事を言ってたわ。

 すっかり忘れていた。

 

「供にはウルキオラとヤミーでも連れて行くと良い」

 

 原作通りの人選だけどさ、俺はいなくても……でも苺たちに精神的負荷かけるなら上策なんだよなぁ。

 

「分かりました」

 

 そもそもヨン様が言ってんだ。俺に断る選択肢はない。

 ハリベる心配はどうやら無さそうだが、こんなところで不興を買う必要もないし。

 

 

 という訳で俺はウルキオラくんとヤミーくんを引き連れて遠足に出かける事になった。

 

 

「で、那由他様よぉ」

「なんですか、ヤミー」

「結局俺らは何をすりゃいいんですかい?」

「……」

 

 

 

 

 何すりゃええのん……?(困惑

 

 

 

 

 やっべ、「行け」からの「はい」しかヨン様とやり取りしてねぇじゃん。

 何のために現世に行くんだろぉ……。

 

 なんか原作だと目的があったはずなんじゃが、記憶にございません。

 

 ととととにかく苺に会って原作再現すれば問題ないじゃろ! 

 おっと、俺がいる時点で原作展開と違うんだよなぁ。

 

 では、何故に俺は現世に向かうのか?(哲学

 

「黒崎一護の実力を測りに行きます」

 

 なんかそれっぽい理由を無愛想先生が答えてくれました! 

 いや、俺なんだけどね。

 頭が真っ白になっても口が勝手に動く事ってない? 

 

「黒崎、一護……?」

「ヤミー、お前はもう少し資料の内容をその小さな頭に入れる努力をしろ」

「俺の頭はテメェよりデケェだろがよぉ、ウルキオラ!」

「……度し難い程のアホだと言ったのだ」

「んだとテメェ!?」

「止めなさい」

「「ハッ!」」

 

 う~ん、この。

 仲が良いのか悪いのか。

 それと俺の一言で静かになるこの忠犬っぷりよ。

 

 ちょっと楽しくなっちゃうじゃん、やめてよ~。

 

「ヤミー」

「は? あ、ハイ!」

「現世勢力の炙り出しを行います。──ある程度なら暴れても構いません」

「マジっすか!? ヘヘッ! 那由他様は話が分かるぜ!」

「ウルキオラ」

「ハッ。門、開きます」

 

 魂吸シーンくらいは再現して傷心した俺を慰めよう。

 

 うん? 

 そういやアレって人が普通に死ぬんじゃね? 

 

 あ、それは良くない。

 

 俺は別に人の命を何とも思っていない訳じゃないんだ。

 もう既に原作シーンが崩壊しているのなら、殺しをしてまで再現したいとは思わないわ。

 

 苺とルキアの輝くシーンを見るためには、ある程度原作に沿った展開へ誘導した方が俺がニアミスする事がなくなるだろうという我欲まっしぐらな思考である。

 これぞクズゥ……。

 

「ヤミー、やはり」

「来たぜ現世! じゃあ、早速」

 

 ちょっと待ってぇ!? 

 

 思い切りよすぎない? 俺のせい? せやな。(諦観

 

 あ、それと俺まだ“死覇破面(アランカル・パルカ)”してない。

 これじゃ普通の『藍染那由他』だ。こんなとこ見られたら不味い。

 

 口下手な俺じゃ無理なので、申し訳ないが斬魄刀を抜き放ちヤミーの首元に添える。

 でも少し吸っちゃったぽいなぁ……。

 

「へ? な、那由他様……?」

「許す必要がなくなりました」

「おいおいおい、そりゃねぇだろ……?」

 

 おっと、ヤミーくんの憤怒ボルテージが上がっております。

 そらそやろ。俺でも理不尽だと思う。本当にごめん……。

 

 ウルキオラくんは黙ってこちらを見つめているだけだ。

 図らずも何か俺vsウルキオラ&ヤミーみたいな立ち位置になってしまった。

 

 ま、まあとにかく破面化しとこ。

 

 俺は頭に手を添えると顔を隠すように少し俯く。

 この瞬間は地味に緊張するのだ。

 “オレ”と融合するようなもんだからね。

 

 

『ん? 呼んだ?』

 

 ──呼んだ呼んだ、アレやっぞ。

 

『お、やるか! 憑依合体!』

 

 ──地味にどっかの版権に引っかかりそうで怖いから、それあんま言わんといて。

 

 

 ゾアッと自分の霊圧が混ざり合うように周囲へと溶け出す。

 不機嫌そうだったヤミーも俺の変化に瞠目すると、少しだけ後ずさった。

 

 自分で言うのもなんだけど、これやると()()()()()()()からねぇ。

 

 ちなみに、俺は既に死覇装ではなく、あの破面編でヨン様陣営が着ている白い服を着ている。

 

 露出はそこそこで、胸元が大胆に出ている。ハリベルほどじゃないが。

 あれだ、某英霊召喚ファンタジーにおける乳上みたいな感じ。

 ただし、上半身は割と体にピッタリとしたタイプだが、腰から下はロングスカートみたいになっている。

 上には白いロングコートらしきものを着ているから、なんか全体的な構図はヨン様に近い。

 シンプルなんだけど女性らしく体の曲線が出ているのはお兄様の拘りか何かだろうか。

 いや、まあだから何だって話だけど。

 

 ただ、一つ困った事がある。

 

「おい、アレってなんだ……コスプレか?」

 

 まだ義骸に入ってるから一般人から丸見えなんですよねー。(白目

 

 霊界にいるときは体を霊子で再構成しているんだが、現世にくると見た目だけは普通の肉体っぽくなる。

 

 浦原さんに施された処置はやはりと言うべきか複雑だったようだ。

 結びつけは真咲さんだったから、今更義骸から出ても問題ないみたいなんだけどね。

 単純に魂魄と義骸の結びつきが予想以上に強固になっていたらしい。

 

 しかも、今の俺の霊圧がちょっと予測できないのだ。

 ほぼ虚となった俺が死神の姿を維持できているのは義骸のおかげでもあるのである。

 ある意味、安全装置のような役割を期せずして担っているようなもの。

 

 だからこその“死覇破面”なんだが。

 

 これは俺の虚の能力やら力を()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 気分的にはコスプレのようなものである。実際、変化した後の姿は個人的な趣向全盛りである。

 オタク的よくあるやーつ。みんな好きやろ? 的な。いや、煽るまでもなくこの世界だと他人に伝わらないネタなので勝手に楽しんだ結果なんだ。(ここだけ早口

 ただ、普段から虚の霊圧を抑えていた俺の霊圧が急激に虚寄りになるため、周囲から見れば異常な変化に見えるらしく、ヨン様も大変喜んであらせられた。(白目

 

 つまり、簡単に言えば──俺の霊圧・外見・威圧感が大変身する、らしい。

 

 自覚ないからなんとも言えん。

 

「わ、分かった……。アンタには逆らわねぇ」

 

 ちょっと遠い目で“死覇破面”について思いを馳せていたら、ヤミーが青い顔で声を漏らしていた。

 そこまでビビらんでもええやろ。

 

 なんて考えていたからだろうか。

 

 俺は近くにいる見慣れた霊圧に気づいていないというポカを早速やらかしてしまっていた。

 

 

 

「なゆ、た……さん?」

 

 

 

 おん? 

 

 あれ? たつきちゃんじゃーん! おひさー、元気そうで何よりです。

 

 

 

 

 

 ……おん? 

 

 なんでいるの? 

 

 あ、そういえば原作だと、ここでヤミーに半殺しにされてたね、君。

 

 

 

 

 おん!!?? 

 

 

 それはヤバない!!?? 

 

 

 

 

 

 ▼△▼

 

 

 

 

 

「平子真子でぃす。よろしくーゥ」

 

 いきなり()()()が転校してきたのは、俺──黒崎一護が現世に戻って少しの時間が経った頃だった。

 

 驚きで一瞬強張り大声を上げそうになったのをなんとか堪える。

 

 間違いない。

 

 

 ルキアが尸魂界へ連れて行かれる時に、那由姉と一緒に俺と石田を助けた人だ!! 

 

 

 これには石田も気づいたようで、一見冷静そうにしていてもソワソワとしていたのが分かった。

 那由姉の関係者がこのタイミングで転入してくる。

 俺たちと無関係とは到底思えない。

 しかし、学校でそう簡単にこんな話題を出すわけにもいかない。

 

 俺は放課後までの時間を焦れったく感じながらも待ち、すぐに平子を呼び出した。

 

 

「なんや、黒崎くんはせっかちやなぁ」

「御託はいいんすよ。さっさと目的を言っちゃくれねぇすか」

「俺たち同級生やで? 慣れてない敬語モドキなんて使わんでええで?」

「……なら、そうさせてもらう」

 

 逸る心をなんとか押し込める。

 もしかしたら、この閉塞した状況を打開する一手を持っているかもしれないのだ。

 なんとか情報を聞き出さなきゃなんねぇ! 

 

「焦んな言うとるやろ」

 

 しかし、当の平子はのんびりとした調子を崩さない。

 ここには俺含め、この間の騒動の関係者全員が集まっているのだ。

 表情を険しくするも何とか言葉を飲み込み、平子の次の言葉を待つ。

 

「……はぁ。分かっとったけど、こらアカンな」

 

 平子はわざとらしく額に手を当てかぶりを振る。

 

 これにはついに、たつきがキレた。

 

「──吐け」

 

 仁王もかくやという怒気を撒き散らしながら、たつきは平子の胸元を握り詰め寄る。

 

「落ち着きぃ」

「吐け」

「言葉が通じないんか?」

 

 

「吐けって言ってんのが分かんないのかよ!?」

 

 

「たつき、落ち着け!」

 

 流石にヤバイと思い、俺はたつきを羽交い締めにして平子から引き剥がす。

 しかし、この場にいる皆の気持ちがたつきと同じである事も事実であった。

 

「……まぁ、気持ちは分かるつもりやで」

 

 対して、平子の態度は変わらなかった。

 シワの寄った胸元をホコリを払うように軽く叩き、これまた軽い調子で言葉を続ける。

 

「せやけど、今のままのお前らじゃ力不足も甚だしいわ」

「んなこと言われなくても分かってる……!」

「ま、当たり前っちゃ当たり前やな。そこから説得せんで助かるわ」

「……説得?」

「せや」

 

 平子はグッと俺へ顔を近づけると、下から覗き込むように見上げてきた。

 その顔には、言いようもない覚悟と決意、そして狂気を感じた。

 

 

「お前、自分の中に眠っとる力の片鱗に気づいとるんやろ?」

 

 

 極力表情を変えないようにしたつもりだったが、平子は俺の変化を感じ取ったのか、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「後ろの、ええと、たつき、やったか? あんたもな」

「……」

 

 先程までの烈火が如き感情の流出が嘘のように静かな雰囲気を纏うたつき。

 あいつが何かをしようとしていたのは知っていたが、その内容までは知らなかった。

 まさか、俺と同じような感覚を持っていたのか……? 

 

「どうやら、たつきの方が自覚……というよりも、自ら望んで足を突っ込んどるようやな」

「浦原さんから話でも聞いたの?」

「そないな怖い顔せんでもちゃんと教えたるわ」

 

 あくまで飄々とした態度を崩さない平子だったが、

 

 

「俺たち──“仮面の軍勢(ヴァイザード)”が使い方を教えたる。那由他を救う力の使い方を、な」

 

 

 その時の目は、真剣そのものだった。

 

 

 

 

 ▼▽▲

 

 

 

 

「たつきサンが、ちょっと思いつめてましてねぇ。どうしましょ」

「それを俺に言われても、俺はもう死神の力なんてないぞ?」

 

 アタシ──浦原喜助が訪れたのは、日中で人のいない黒崎医院です。

 

 目の前で頭をボリボリと掻き、難しい表情をしているのは一心サン。

 

「俺だって那由他さんには数えるのも馬鹿らしいほどの恩があるんだ。手を貸すことに躊躇いなんかねぇ。だけどなぁ……」

 

 一心さんへ「義骸に入る事で死神の力を発揮できなくなる」と説明したのは15年以上前の事。

 今では色々と変わっているんスよ。

 状況も、技術も、ね。

 

「ハイ! という訳で! ジャジャーン!」

「一気に胡散臭くなったな」

「一言以上に余計な茶々ありがとうございます」

「で?」

 

 更に渋くなった顔で覗き込むのは、アタシの差し出したビー玉みたいな球形の物体。

 

「ぶっちゃけ、ただの義魂丸です」

「はぁ」

「気のない返事っスねぇ」

「いや、どう反応しろと?」

「今から説明するっスよぉ」

 

 簡単に言うと、一心サンを義骸に縛り付ける要因であった黒崎真咲サン、そして那由他サンがどちらも近辺から離れて異常が起きていない以上、普通の手段で死神に戻れる可能性が高いのです。

 あくまで“可能性が高い”だけですが。

 他に例のない稀なケースですからね、断定はできません。

 

 しかし、

 

「それならもらうわ」

 

 この即断即決が一心サンの魅力とも言えますねぇ。

 

「藍染サンは双極の丘であんな事を言ってましたが、恐らくあれはブラフでしょう」

 

 アタシの言葉に一心サンは無言で頷きます。

 

 

『もう崩玉も手に入った。中途半端に死神だから那由他もこうなってしまったのだろう。自我を失ってしまうまで虚化を繰り返し、加えて虚を食べさせれば良い具合に僕の贄と成りうる』

 

 

「あの藍染サンが那由他サンをそう簡単に切り捨てるとは思えません。真咲サンが襲われた時もそうですが、那由他サンを本気で殺そうとしていたならば、もっとチャンスはあったはずです」

「それは浦原さんから話を聞いた時から思っていた。あの藍染が那由他さんを切るにしても、あまりにタイミングが悪すぎる」

 

 そうなのです。

 那由他サンを殺すにしても、まるで見せつけるように彼女を痛めつけていた。

 この事から考えられるのは、

 

「恐らく、那由他サンの“霊王の目”を、崩玉を使って覚醒させ超越者へと至らせようとしているのだと思います」

 

 双極の丘での言葉は、その目的から我々の目を逸らすための布石。

 そう考えた方がしっくりきます。

 

 まぁ、分かったところで対抗するのは難しいのが現状ですが。

 

「100年前に那由他さんとお茶しただけで十番隊舎まで俺に釘刺しにくる人だぞ? あの人を切り捨てるなんてありえねぇだろ」

 

 一心サンは真剣な顔で言っているのですが、内容だけで見ると完璧にシスコンで面白いんですよねぇ……。

 

 っと、本題から少しズレてしまいました。

 

「そのため、藍染サンはまず虚を使って実験を行うはずです」

「虚で? なんでだ?」

「はい。尸魂界で仮面の軍勢や那由他サンに死神からの虚化を施した過程を鑑みるに、次は虚の死神化を段階として想定しているはずです」

「虚の死神化……“破面(アランカル)”か!?」

「はい。今までもそれっぽいモノたちが現れていましたが、今後の完成度は崩玉を手に入れたのですから段違いでしょう」

「こりゃ藍染を抜きにしたって俺の手も借りたい訳だ」

「そういう事です」

 

 理屈よりも直感で物事を判断する一心サンは戦場において無類の強さを発揮します。

 そんな彼に手を貸してもらわない訳もありません。

 

「そして、黒崎サンたちのレベルアップも必須事項ッス。そのための手は既に打ってるので、後は報告待ちッスねぇ」

「……あのさ、前から思ってたんだがよ」

「なんスか?」

「なんで一護の事を“黒崎さん”って呼ぶんだ?」

 

 少し以外な質問でした。

 思わず目を丸くしてしまいます。

「いや、特に深い意味とかねぇけどよ」なんて言っていますが、何となく気にかかるのでしょうね。

 

「それこそ、大した理由じゃないですよ」

 

 一拍おいて、

 

 

「那由他サンが見出した次代の英雄に、自分なりの敬意を表しているだけッス」

 

 

 平子さんたち、しっかり教えてあげてくださいね。

 

 “虚化”という新たな力を。

 

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 僕──石田雨竜は、平子真子から「俺が教えられんのは“虚化”だけや。滅却師は畑違いやから()()()()()()()()()で」と言われた。

 

 今頃、黒崎と有沢さんは平子から特訓を受けているのだろう。

 その内容は分からないが、“虚化”という言葉から何となくは想像できる。

 

 自分の力を自覚し、コントロールする訓練だ。

 

 僕とは真逆と言っても良いだろう。

 尸魂界での戦いによって、自身の力を燃料として燃やし尽くした僕には、既に大したものなど残っていない。

 ならば、これからどのようにして成長すれば良いのか。

 

 本音を言えば、僕は途方にくれていた。

 

 しかし、未だ上を目指すことを諦めない気持ちは皆と同じつもりだ。

 ただ、その方法が分からない。

 

 この苛立ちは自分自身に対するものであり、ヒントとなると思えた平子から門前払いされた怒りでもあり、別に頼んだ人が誰かも分からない困惑であった。

 

 そんな気持ちを誤魔化す様に、僕は夜の街を徘徊していた。

 

 そういえば、那由他さんと初めてまともに話したあの日。

 黒崎に勝負を持ちかけた後も、このように夜に家を飛び出したな、そんな事を思い出す。

 

 あの時は滅却師としての在り方と目指す方向性や目標が揺らぎ、自身の根幹に自信を持てなくなった時だったな。

 思い返すと、何となく今の状況と似ている気がする。

 だからだろうか。

 

 予兆でも無く、珍しく勘で存在を把握できたのは。

 

「──!」

 

 振り向きざまに、僕は懐に隠し持っていた銀筒を中空へ投げつける。

 その先には、空間を割るようにして現れた虚──大虚(メノス・グランデ)がいた。

 

大気の戦陣を(レンゼ・フォルメル・ヴェント)杯に受けよ(・イ・グラール)! ──聖噬(ハイゼン)!!」

 

 修行の合間に霊力を溜め込んでおいた旧式の道具、銀筒。

 これを使えば、倒せないまでも戦える! 

 

 しかし、僕の予測を楽観視とでも言ってあざ笑うかのように、大虚は欠損部位を超速再生で回復してしまう。

 

「くっ!?」

 

 やはり、今の僕は無力なのだろうか? 

 

 那由他さんどころか、黒崎にも、茶渡や井上さん、有沢さんの背中も──遠い存在なのだろうか? 

 

 

『護りたくても護れなかったという楔』

 

 

 唐突に、那由他さんの言葉が聞こえた気がした。

 

 

『彼を今でも苛んでいます』

 

 

 そうだ、僕は抗うと決めたではないか。

 

 最初から最後まで、人々を守ると決めたではないか。

 

 迷っても、悩んでも、それでも前へ進むと決めたではないか。

 

 こんな相手に背を向けて、それで僕の誇りを貫けるのか? 

 

 いや、違う。

 

 僕の誇りではない。

 

 

 僕()()の、誇りだ! 

 

 

 

 

「やれやれ、──無様な姿だな、雨竜」

 

 

 

 

 一条の光閃が対峙する大虚を貫く。

 

 一瞬呆然としてしまうが、すぐにその発生源へと視線を向けた。

 

 そこには、

 

 

「とう、さん……」

 

 

 父・石田竜弦の姿があった。

 

 

 ピクリと眉を動かすも、表情は冷徹無比。

 肉親への情など無いように見える。

 

 いや、今までの僕だったら間違いなく「無い」と判断したはずだった。

 

「父さん、か。……これも、あのお節介な奴の影響だろうな」

 

 小さく呟いた竜弦の声をハッキリとは聞き取れなかった。

 しかし、それでも彼が那由他さんの事について愚痴めいた言葉を発し、口元が少し緩んでいたのを見た。

 

 ──Gruoooooooooooo!!!!! 

 

 その時、攻撃を受けた大虚が怒りの籠もった狂声を上げる。

 

「とうさ、ん……!」

 

 未だ抵抗が残るにも関わらず口から出た自分の言葉に驚く。

 僕があいつを心配しているとでも言うのか……? 

 

 いや、きっと心配しているのだろう。

 

 そんな僕の様子にフッとニヒルな笑みを浮かべた竜弦──父はこう言った。

 

 

 

「これから、稽古を始める」

 

 

 

 言葉は少なかった。

 

 しかし、彼の行動を、見逃すまいとする僕の心は、なぜか高ぶっていた。

 

 

「虚の超速再生など取るに足らん」

 

 

 父は構えた動作すら無い、ただ片手で弓を掲げただけにしか見えない姿勢で、万雷が如き撃鉄を起こした。

 

 

 

「それをさせる前に、──片付ければ良いだけの事だ」

 

 

 

 そして、驟雨(しゅうう)のような怒涛の光条が煌めく。

 

 時に優しく、そして激しく。

 敵に動く暇すら与えず、流星群のように降り注ぐ。

 動かぬ敵はただの的だ。

 

 彼は、竜弦は、父は、その極技を、滅却師の極技を体現するように、僕に秘奥を見せつけた。

 

「どうして、父さんが、滅却師の能力を……!?」

 

 彼は滅却師を毛嫌いしていた。

 その理由は分からないが、その能力はとっくに捨てたと察する程に嫌悪していた。

 

「だからお前は馬鹿だと言ったんだ」

 

 父は先程と変わらず、片手で持っていた弓をゆっくりと下ろす。

 

 その姿は、祖父・石田宗弦を彷彿とさせる、威厳と覚悟に満ちていた。

 

 

「石田竜弦。それは、先代・石田宗弦から全ての能力(ちから)と技術を継承し」

 

 

『滅却師は多くの人を救ったが、多くの死神を殺した。そして多くの虚も()()()んじゃ』

 

 

「“()()()滅却師”を名乗る事を許された」

 

 

『復讐の輪廻は止めねばならん。だから竜弦や、お前は今までの滅却師ではない、人を守護する新たな形を模索せよ』

 

 

 

「──ただ一人の男だ」

 

 

 

 圧倒的な尊厳と自負。見合うだけの実力。

 滅却師としてのあらゆる面で僕を凌駕する姿に、僕は目を離す事が出来なかった。

 

 

「雨竜、お前は未熟だ。未熟なまま尸魂界へと向かい、その未熟な力すらも失って戻ってきた」

 

 

 彼の言葉にハッと我に返る。

 平子の「別の奴に頼んだ」という言葉の意味を理解したからだ。

 

「私なら、お前の失った能力を戻してやる事ができる。……しかし、それで満足か?」

 

 父の目を強く見据える。

 

「守るべき者、護りたい者。守護し、自身も生還するために、果たしてそれで十全と言えるか?」

 

 これは、踏み絵だ。

 ちっぽけなプライドや意地を捨てられるか。

 

 そう、聞かれている気がした。

 

「僕は」

 

『お前は今までの滅却師ではない、人を守護する新たな形を模索せよ』

 

 祖父の幻影を追いかけ、誇りを捨てた父を嫌悪し、母の温もりを求めた子供だ。

 

 だから! 

 

 

「強く、なりたい……! 

 

 人を、友を、大切な人たちを守れるように……!!」

 

 

 父は口角を少しだけ上げた。

 

 そうか。

 

 この人は、不器用なだけなのか。

 

 

「ならば教えよう。私の力と技術の全て。そして、6年前の事件を」

「6年前の、事件……?」

「お前の母が死んだ原因だ」

「!?」

 

 

「滅却師の始祖にして王。運命を司る、神と驕っている男の話だ」

 

 

 

 そして、僕は父の弟子となり──那由他さんの運命を呪った。

 

 

 必ず助けるという灯火を胸に宿して。

 

 

 

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 

 

 アタシ──有沢たつきは、その日、久々の休日だった。

 

 

 本当は「休んでる暇なんてない!」なんて言って暴れていたんだけど、六車の師匠にゲンコツをもらって少し冷静になれた。

 得難い存在だ、師匠は。

 

『疲れてる時に敵と戦って、それで勝てるほどテメェは強いのか? アァ!?』

 

 なんて言われてシュンとしたアタシの姿には一護も目を丸くしてたっけ。

 自分の事だけどアイツの顔を思い出しただけで少し笑えてくるのは助かるわ。

 

 平子って人が現れてからは虚化の特訓に明け暮れてて、そういえば普通の生活なんて送ってなかった。

 

 

 那由他さんが一番望んでいた風景を、アタシは忘れていたんだ。

 

 

 一護と同じ道場の腐れ縁ってだけなのに、あの人は本当にアタシを可愛がってくれた。

 幼い記憶の欠片には、あの人の姿が多く残っている。

 

『貴方を可愛いと思う事に理由は多々ありますが、可愛くあるべき理由など無いのです。貴方は貴方なのですから』

『喧嘩は程々に、相手の体と貴方の心が傷つきます』

『外面を繕わなくとも、貴方を大切に思う人はいますよ。少なくともここに』

 

『よく出来ましたね』

『素晴らしいです』

『格好良かったですよ』

『流石ですね』

 

 

『たつきさん』

 

 

 思い出しただけで心が暖かくなり、そして悲しみで張り裂けそうになる。

 

 どうして、アタシは気付けなかったのだろう。

 あの人の悲しみに。

 あの人の苦しみに。

 あの人の切なさに。

 

 どうして、アタシは気付けなかったんだろう。

 あの人の幸せに。

 あの人の望みに。

 あの人の笑みに。

 

 そんな、罪悪感ともとれる焦燥感が、尸魂界から帰ってきたアタシを苛んでいた。

 

 

 頭を振る。

 

 そうだ、こんな考えを見透かされたからゲンコツを貰ったんだ。

 

 ペシペシと頬を軽く叩き気合を入れ直す。

 

 と言っても、今日は普通の部活に参加しランニングの最中である。

 久々に顔を出したアタシにも嫌な顔をせず迎えてくれた仲間のおかげで少し気持ちも軽くなった。

 今日は軽く運動して、家で美味しいご飯を食べて、そんでたくさん寝よう! そうしよう! 

 

 

 

 ──なんて、少しでも気分を上げる考えをしていた時だった。

 

 

 

 少し離れたところから凄まじい轟音と地響きが伝わり、一緒にランニングをしていた皆と共に足が止まる。

 

 

 

 

 

 

 そして、途轍もない霊圧がアタシを襲った。

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 周囲の人も困惑しているようだが、野次馬根性で音の出所へ移動し始めたようだった。

 止めるべきだ。

 この霊圧は、ヤバイ! 

 尸魂界でも中々感じることが出来ないような重圧。

 

 確実に隊長格以上だ……!? 

 

「ま、まっ……!」

 

 声が思うように出ない。

 ビビってる? 

 嘘。

 嘘でしょ、アタシ? 

 

 だったら、アタシが今までしてきた訓練って何なの? 

 

 膝に拳を一発入れる。

 

 結構良い音がしたのか、何人かがギョッとした顔でこちらを見るが関係ない。

 このままじゃマズイという、アタシの生存本能みたいなやつがガンガンと警鐘を鳴らしてんだ。

 

 走った。

 

 音の元凶へ。

 

 そして、

 

「え?」

 

 

 

 そこには、知らない男二人と、──那由他さんがいた。

 

 

 

「な、なゆ」

 

 上手く声が出せない。

 

 無事だった。

 生きてる。

 良かった。

 

 様々な感情が混ざり合って、音が意味を成さなかった。

 

 しかし、男の一人、巨漢の方がスゥッと息を吸った瞬間に多くの人が目の前で、倒れた。

 

「は?」

 

 理解が追いつかない。

 何が起きた? 

 

 そして、アタシの力もスッと少し抜ける感覚を覚える。

 

 これは、霊力? 生命力? よく分かんないけど、何か大切なモンが取られている!? 

 

 咄嗟に師匠から教わった霊圧コントロールで魂魄の制御を行う。

 おかげで大事には至らなかったけど、くそっ!? 

 

 それよりも、那由他さんだ! 

 

 慌てて視線を向けると、さっきの巨漢の男に刀を抜き放ち首元に添えている那由他さんの姿が見えた。

 やっぱり那由他さんは無事だ! 

 前と変わらぬ姿に安堵し、すぐに助けに行こうと一歩を踏み出した時だった。

 

 おもむろに俯き顔に手を当てた那由他さんの霊圧が一変する。

 

 背筋を蛇が這うような悪寒を感じ、全身に鳥肌が立つ。

 なんだ、あれ……? 

 

 感じるのは濃厚な虚の霊圧。

 側にいる男二人よりも、より高く、禍々しく。

 狂気に直接内臓を撫で回されたような怖気と恐怖。

 

「う、そ」

 

 あれが、那由他、さん……? 

 

 あの、優しかった? 

 あの、温かかった? 

 

 

 あの、包み込んでくれるような愛情は、全く別のモノに変貌してしまっていた。

 

 

「うそ、だ」

 

 瞳から勝手に涙がこぼれ落ちる。

 誰だ。

 あの人をこんなバケモノのような姿にしたのは。

 

 外見的にはそこまでの変化はない。

 

 左側の額に般若に似た面を被る形で破面が現れ左目が隠れており、右の目は綺麗な藍色から爛々と輝く紅に。

 頭の横で結っていた髪はハラリと地面に垂れ、霊圧のせいか、まるで蛇のようにユラユラと蠢いている。

 髪色は陽の光を反射する茶から、血が通っていないような白銀へと変わったのが一番大きな違いだろう。

 

 しかし、纏う雰囲気や霊圧は別人のそれだった。

 

 

「なゆ、た……さん?」

 

 

 思わずといった形で漏れた言葉。

 

 クルっと向いた那由他さんの目を見て戦慄する。

 

 

 

 

「あっれ? たつきちゃんじゃーん!」

 

 

 

 

 静かな水面を思わせる“あの目”は無く、下等生物と見下すような目だけがそこにあった。

 

「あ、あ」

「お? どした? あれか? 緊張してんの? 久々に会ったお姉さまだからねー!」

 

 何が面白いのかケタケタと笑う那由他さん。

 いや、()()は那由他さんなんかじゃない。

 

「私の体で、好き勝手しないで、下さい」

「おん? “俺”は心配性だなぁ。これくらいのが、後々楽しいぜ?」

「後で、くっ……。この()が厄介、ですね」

「まぁ、帰刃(レスレクシオン)は“オレ”が素直に従ってんだから、この時くらいは楽しませてーな」

「だから、あまりやりたく──」

 

 目の前の霊圧が揺らぎに揺らぐ。

 発している言葉も一人芝居のようである。

 まるで2つの別人格がせめぎ合っている感じだ。

 

「那由他、さん? そこに、いるの?」

 

 縋るような声が溢れる。

 そうでもしないと、アタシの心が壊れそうだった。

 

「あん?」

 

 一瞬だけ虚空を見つめていたヤツがこちらへと反応する。

 

「あぁ、()()()ね、うん。いるよー。今は“オレ”の中でオネンネしてるけどねー」

 

 何が可笑しいのか、ヤツはクスクスと笑う。

 

「その顔で笑うな」

「あ?」

 

 

 

「その顔で、笑うな」

 

 

 

 アタシの限界はとうに超えていた。

 ただ、目の前の存在が那由他さんなのかもしれないと、そんな希望に縋っていたかったアタシの弱さが二の足を踏んでいた。

 

「那由他様、こりゃオレ様の獲物にしていいか?」

「お下がりを」

 

 何を護るような言葉を言ってんだ? 

 

 

 

「師匠。アタシ、いきなり約束破ります。ゴメンナサイ」

 

 

 

 不審気な顔をした巨漢と眉間にシワを寄せた色白の男を無視して、()()()()()()()目を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

「助けます」

 

 

 

 

 

 

 

「何を言ってんだぁ? この(アマ)ぁ……?」

「……構えろ、ヤミー」

「あん?」

 

 

「……これは、藍染様へも報告が必要だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来刃(リソルシオン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『破面の斬魄刀は、「虚としての本来の力を刀の形に封じたもの」であり、死神の斬魄刀とは根本的に異なる。……しかし』

 

 

 

 

 ──師匠、アタシ、やるよ。

 

 

 

 

『そもそも虚でも死神でもないたつき(おまえ)が虚化した場合、その余剰霊力はどこに行く? 破面化? おまえの力はそんなモンじゃねぇ! だからこそ、無闇に使うモンでもねぇ』

 

 

 

 

 ──アタシの、新しい力で!! 

 

 

 

『お前が掴み取った能力(ちから)は、()()()()()()()()()()、魂魄の想いに斬魄刀とは別の形で応えた“力”だ!!』

 

 

 

 

 ──那由他さんを、救ってみせる!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天頂(テッペン)穿て──『暁光出船(ルナ・ガレオン)』!!!」

 

 

 

 

 

 




たつきちゃんに関しては賛否両論ありそうですが……。
実は初期からの構想で「死神と虚の境目を壊す」のが『虚化』なら、「人間と虚の境目壊したらどうなんじゃろ」という思いはありましてこうなりました。
”三界”って言うくらいだから、そこまでありえない発想じゃ無いと思うんですよねー。

次回は今週中に上げます!


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破面…だと…!?

久々の投稿にも関わらず、多くの応援ありがとうございます……!!
お気に入り・評価・感想をわんさか貰ってしまい感動で震えております。

とか言いながら早速の遅刻で申し訳ねぇです……。
今後は週一くらいの更新頻度を目標にして書いていきたいと思ってますので、どうぞよろしくです!




 今こそ動き出せ、有沢たつき(あたし)

 

 ここでやらなきゃ女が(すた)るよ。

 

 自分の事を強いと勘違いしていた自分が滑稽だ。

 

 そして、そんな弱い自分を何度も嫌ってきた。

 

 那由他さんを呪うような、この間違いだらけの世界に絶望してきた。

 

 それでも、那由他さん(あなた)には笑っていて欲しいから。

 

 だから、もう貴方が泣かなくても良いように。

 

 あたしは強くなりたいんだ。

 

 それは、あたしが"あたし"でいるために。

 

 あたしの親友やライバルが笑顔で過ごせるために。

 

 絶対に必要な事なんだ。

 

 

 胸中に宿るは、ただ那由他さんを護る想い。

 

 

 そのためになら──

 

 

あたしの中の"アタシ"を、有沢たつき(あたし)は超えてやる。

 

 

 

来刃(リソルシオン)

 

 

 

 これは、今はまだ師匠から禁じ手と言われた技だ。

 なにせあたしは、未だに"アタシ"を制御しきれていない。

 様々な衝動が思考を埋め尽くし、狂ったように暴れてしまう時もある。

 

 ──それでも、ここで二の足踏んでんのは、あたしでも"アタシ"でもないでしょ? 

 

『それもそうね』

 

 心の中に、もう一つの声が響く。

 

『いつもは従え従えってウザッタイけど、他人に舐められてんのはそれ以上にムカつく訳よ』

 

 ──珍しく意見が一致するじゃん。

 

『だから、今だけは"アタシ"の力を貸したげる。せいぜい使いこなしてみせてよね』

 

 ニヤリとした笑みを浮かべているだろう"アタシ"の顔が思い浮かぶ。

 

 

『"アタシ"の能力を()()なんて思い上がってるバカ野郎共に教えてやるよ!』

 

 

 

天頂(テッペン)穿て──」

 

 

 

『尸魂界で死神と対等に渡り合っていたただの人間(有沢たつき)が、()()()()()虚の力を手に入れたらどうなるかってねぇ!』

 

 

 

「『暁光出船(ルナ・ガレオン)』!!!」

 

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 

 目の前の女が俺──ウルキオラ・シファーを含めた三人の前で姿を変える。

 

 体格こそ変化してはいない。

 しかし、頭頂部から後方へと伸びるように生えた一対の角。

 彼女の胴ほどの太さがある尾と、その先端に生えている鋭い二対の尾棘。

 肩部を覆う装甲は外側へ向かって広がる掌骨のように刺々しい。

 腕の肘関節から下には肉食獣を思わせる巨大な篭手。

 前面はホットパンツに胸元を隠す程度の外装であるが、腰部には側面から後方へとロングスカート状に流れる形で炎が揺らめく。

 そして、爬虫類を思わせる金地に黒い縦長の瞳孔、()()()()()()()が既に奴が人間ではない事を強く印象付けた。

 

 そこには、一体の『(ドラゴン)』がいた。

 

「この霊圧は……、だと?」

 

 俺は思わず呟いてしまう。

 こいつはただの人間だったはずだ。

 死神でも、ましてや虚でもない。

 さらに言えば、データ上での奴の戦闘能力は良くて護廷十三隊における上位席官ほどであったはずだ。

 

「おいおいおい、この見かけにこの霊圧って……」

 

 ヤミーが呆けた声で瞠目する。

 相手の力量を図る破面の『探査回路(ペスキス)』を大して重要視していないこいつが驚くほどの変化。

 那由他様も珍しく目を丸くしている。

 

 無理もない。

 

 那由他様によって虚の戦力底上げが成されたが、それでも存在自体が希少であり、虚の中でも頭一つ飛び抜けた力を持つ大虚。

 

 

「ゴミが最上級大虚(ヴァストローデ)にまで化けたか」

 

 

 最上級大虚は、虚圏(ウェコムンド)にそもそも十数体ほどしか存在していなかった。

 その実力は護廷の隊長格と同等かそれ以上。

 それら虚を那由他様が取り込み、しかし取り込んだ分だけ中級大虚(アジューカス)を最上級大虚へと押し上げた。

 十刃に名を連ねる者はアーロニーロ以外が元最上級大虚という事実が示している。

 また、十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)の中でも、何名かは元最上級大虚だ。

 那由他様が多くの虚を取り込む過程で偏った三界の均衡を、まさか"質"によって補完されるなど誰も考えていなかっただろう。

 

 すなわち、それだけ珍しく強大な力を持つ存在こそが『最上級大虚』なのだ。

 

 だが、

 

「それでも、不完全だな」

「あ? そうなのか?」

「……だから貴様は探査回路(ペスキス)をもっと鍛えろと言っているんだ」

 

 片眉を上げてしかめっ面をするヤミーには既に動揺の色は見えない。

 当たり前だ。

 

「元々が最上級大虚であった俺たちが破面化し力をつけ、更に那由他様によって研磨されたんだ。例え奴が完全な最上級大虚の実力を付けていたとしても、俺たちに負ける道理などない」

 

 人間が虚にどうやって成れたのかは分からないが……そのような事などどうでも良い。

 

 この女の霊圧上昇幅、成長率、共に標的となる黒崎一護に匹敵すると判断できる。藍染様への報告は必要だろう。

 

 しかし、目下の敵勢力である護廷十三隊における隊長格に匹敵する霊圧には目を瞠るが、所詮は俺の敵ではない。

 那由他様より授けられた刀剣開放第二階層(レスレクシオン・セグンダ・エターパ)を十刃の中で唯一使いこなせている自負というものが俺にはある。

 

 不思議なものだ。

 

 俺には感情というものは無い。

 にも関わらず、あの方の感情の変化を、何となくは察せてしまっている。

 

 無表情という仮面の奥に眠る、那由他様の期待や悲しみ、驚きや喜びを。明確に"いる"のだと感覚で。

 ただ、それがどのようなものかを未だに理解は出来ていない。

 そして、俺にもそのような感情があるのかは分からない。

 情報として、「このような行動を取れば、このような感情を読み取れる」という処理しかしていないのだ。

 

 現世へ来る前にも、ヤミーへ「お前の不出来を見れば那由他様が悲しむだろう」と忠告した事があった。

 それは単純に、あの方の反応を予測しただけに過ぎず、俺が感情を理解したわけではない。

 

 

 だからこそ、俺は『心』というものが気になっていた。

 

 

 那由他様によって齎された『力』の中に、『心』という存在があるのだとしたら。

 

 俺はそれを理解できた時、さらなる『力』を手に入れられる。

 

 そんな朧気な予感を持っていた。

 

 そして、その『心』を持つが故に、俺たちへと立ち向かってくるのが目の前の女であり、黒崎一護たちなのであろう。

 絶望を知ってなお、無謀と知ってなお、強者へと挑み続ける姿勢に共感も理解も出来ない。

 

 俺に見せてみろ。

 

『心』とは何か。

 

 俺に教えてみせろ……! 

 

 

「ま、軽く遊んでやるよ。このオレ様がな!」

「……」

 

 ヤミーは首を鳴らしながら悠然と歩みを進める。

 女は先程までが嘘のように静まりかえっていた。

 

「おらぁ!!」

 

 一気に踏み込み、超重量の拳を女に向けてヤミーは放つ。

 あの体格差だ。そう簡単に受け止められるものでもない。

 ならば、

 

「六車流拳術・(はやぶさ)

「!?」

 

 振るわれた拳に掌を乗せ女は体を半回転。

 そのまま体を中空で横にし、ヤミーの腕を駆け上るように攻撃をいなした。

 そして、

 

「初の型・(はやて)

 

 回転の威力そのままにヤミーの横面に掌打、すれ違いざまに回し蹴りを掌打した逆側頭部へ叩き込む。

 こいつ、かなり戦闘慣れしている。

 

「がっ!? クッソガァ!!」

 

 しかし、ヤミーの耐久力は那由他様の折り紙付きだ。

 スピードこそ無いものの、その巨漢に見合った体力と打撃力を奴は持っている。

 

 勘で放っているであろう、ヤミーの裏拳は女の腹部へとまっすぐに伸びていった。

 

「弐の型・滑腔(かっくう)

 

 途端、女の左肘から炎が噴射した。

 反動で女が錐揉み回転しながら急激な方向転換を行い、ヤミーの攻撃は空を切る。

 そして、そのまま女の左拳がヤミーへとアッパーカットを繰り出した。

 

「ゴッ、ガァッ!?」

(つい)の型──」

 

 ヤミーは仰け反り腹部が隙だらけだ。

 思わず瞠目する。

 

破邪拳正(はじゃけんしょう)!」

 

 地へと降り立った女の双掌打がヤミーへと炸裂する。

 まともに食らったヤミーはその巨漢が嘘のようにまっすぐと横へと吹き飛ばされ、轟音と共に土埃の中へと消えた。

 

「さあ、残るはアンタと那由他さんの体を奪った奴。二人だけだよ」

 

 静かな闘気と燃え上がるような霊圧。

 なるほど。那由他様を「助ける」などと見当違いの言葉を吐くだけはある。

 

 だが、

 

 

「おいおい、この程度でオレ様を倒したとか思ってんじゃねぇだろうな?」

 

 

 口から血を流しながらも、口端を釣り上げた憤怒の形相でヤミーは女の左腕を掴んでいた。

 

「なっ!?」

 

 これには女も驚いたのか、すぐさま掴まれた腕を振りほどき距離を取ろうとする。

 

「まずは一本な」

「え……?」

「次は足でもいっとくか?」

 

 ──女の左腕は、二の腕中頃から千切り取られていた。

 

「あ、ぐっ、あああああぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 絶叫が迸る。

 確かに、この女は強者だろう。

 しかし、俺たちからして見れば──ゴミでしかない。

 

「ったく、響転(ソニード)とか久々に使ったぜ」

「習得のため根気強く付き合って頂いた那由他様に感謝するんだな」

「へーへー、わぁってるよ」

 

 ヤミーの言葉に眉間へ皺を寄せるが、隣の那由他様が楽しそうにニヤニヤとしているので良しとする。

 やはり死覇破面(この姿)になると大分変わられるようだ。

 

響転(ソニード)……!?」

「死神の瞬歩の破面バージョンみたいなやつだよー」

 

 律儀にも答えてくださった那由他様へ、女は痛みに耐えながらも憎々しげな視線を一瞬向ける。

 まだ諦めていないとは、理解に苦しむ。

 これも奴が持つ『心』の影響なのだろうか。

 

「ガ、アアアアアアアアアアア!!!」

「なんだぁ?」

 

 すると、唐突に女が咆哮を上げる。

 ヤミーが訝しげな顔になるが、その答えは直ぐに出た。

 

 ──ズルンッ! 

 

「おいおい、マジかよ」

 

 再び女に驚かされたのはヤミーだ。

 奴が最上級大虚相当の実力になった点から予測出来ていたが、まさか本当に出来るともあまり考えていなかった。

 

 女は、虚の超速再生で失った左腕を生やしたのだ。

 

「これは能力解放中はマジモンの虚になったって事だねぇ。人間と虚の境を超えたら虚になるだけかと思ってたけど、そっか。『自我()を失わずに虚になる能力』かぁ……え? それってそもそも虚なんか?」

 

 那由他様の独り言が耳朶を打つ。

 その音は、俺の何かを強く揺さぶった。

 

 俺の求める何かの一端を、目の前の女が持っている。

 

 そう言われた気がした。

 

「女、名は」

「……有沢たつき」

 

 女は脂汗を流しながらも、その瞳には揺るぎない決意が宿っていた。

 

「師匠の一番弟子で、那由他さんの妹分だ。覚えときな!」

 

 そう言ってヤミーへと突撃する女、有沢たつき。

 俺は、何かに手を引かれるように一歩を踏み出した。

 

「おっとウルキオラ」

「はい」

「君に『心』を教える存在は二人いるとオレは思っている。一人は黒崎一護、もう一人は井上織姫だ」

「……なぜ、その二人だと?」

 

 一歩を踏み出した形のまま、目の前で繰り広げられる戦闘を眺める。

 

 ヤミーが優勢であるものの、それはあいつの体力と硬度──破面の防御技術『鋼皮(イエロ)』があるが故の状況だ。

 有効打撃自体は女の方がヤミーへ入れているし、ヤミーの攻撃を食らっても超速再生で何とか凌いでいる。

()()()()お互いに決定力に欠けている。ただ、先に体力が尽きるのは女の方だろう。

 

「オレとしては不屈の精神力で格上へと挑む一護と、女神バリの包容力と対等な関係を望む織姫ちゃん、二人から学び取って名シーンのクソデカ『心か』をやって欲しいんじゃが……」

 

 今回の任務は黒崎一護の実力を測る事。

 ここで時間を取られるのも得策ではないが、奴ならこの女が戦っている霊圧を察してここに来るだろう。

 ここで俺が女と戦うメリットはあまりない。

 分かってはいる。

 

 しかし、この状態の那由他様はいつもよく分からない事を仰る。

 

「まぁ、既に色々と変な方向には進んでるし……いいんかなぁ?」

「つまり、那由他様は俺がここで手を出さない方が良いと考えているのでしょうか」

「あ? まぁ、うん、そうなんだけどぉ……ぶっちゃけたつきちゃんと織姫ちゃんの女性二人組から心を学ぶ展開も若干魅力に感じているオレがいる」

「……と、いうと?」

「行ってもいいよー」

「は」

 

 やはり、何を言っているかは良く分からなかった。

 

 ただ、俺が『心』とは何か探している事を。

 何でも無いように、当たり前のように口に出すこの御方は、藍染様の妹御に相応しい深淵を持っていると感じた。

 

 平時は虚無の仮面を持ち、破面化すると虚飾の仮面をも被る。

 

 ──この人の『心』を、俺が分かる日は来るのだろうか? 

 

 深い闇の中で育った俺が、まるで闇に落ちていくような錯覚に囚われる。

 強大な力を持ちながらも、人も死神も虚すらも育てた御方、藍染那由他様。

 その真意を理解している者は、誰もいないのかもしれない。

 

 あの藍染様ですら。

 

 いや、これは不敬かつ不要な思考だ。

 思考を切り替え、改めて歩みを進める。

 

 ヤミーへ放った一撃を俺が代わりに掌で受けた。

 

「なっ!? おい、ウルキオラ! オレ様の獲物を横取りすんじゃねぇよ!!」

「那由他様より了承を頂いている」

「ハァア!!??」

 

 全身から血を流しながらも無駄に元気な奴だ。

 

「ヤミー。この後に来るだろう、チャドと織姫ちゃんと浦原さんと夜一さんは、ぜーんぶ君が相手していーからさ! ここは譲ってあげてー!」

「……チッ、仕方ねぇ」

「ツンデレかな? やはりオレのヤミーはツンデレハチ公説は間違っていない件について」

 

 本当に何を言っているのか分からなかった。

 

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 

 

「たつきちゃん!?」

 

 あたし──井上織姫は感じ取った霊圧に恐怖しながらも、茶渡くんと一緒に必死に現場へと駆けつけた。

 

 そこには、血だらけになりながらも仁王立ちしているたつきちゃんがいた。

 両腕を失い、片目は潰れ、見慣れない衣装の所々にもヒビや欠損が出ているようだ。

 

 しかし、次の瞬間には両腕と目が嘘の様に元通りになっていた。

 

 流した血は戻らないのか、フラフラとしながらもしっかりとした強い目で対峙している相手を睨んでいる姿は、今までの急かされた様なたつきちゃんと違って強い想いによって自ら立っているように見える。

 ただし、傷だらけの様子には変わりない。

 このままじゃマズイと思い、私は一瞬止まりかけた足を再び動かしたつきちゃんと相手の間に立ちはだかる。

 

三天結盾(さんてんけっしゅん)!」

 

 たつきちゃんへ襲いかかってきた攻撃を受ける。

 相手の表情は微動だにしないが、背後からたつきちゃんの驚いた気配が伝わってきた。

 

 そして、今までたつきちゃんに気を取られて気がついていなかった事実に直面する。

 

 霊圧が以前とは全くの別物になっていて、あの人だとは思ってもみなかったせい。

 だけど、その顔を見れば嫌でも分かる。

 

「那由他さん……なの?」

 

 攻勢に出ようとしていた茶渡くんも驚きで硬直してしまっている。

 当たり前だ。

 だって、こんな、この霊圧って、そんな!? 

 

「うんうん、ちゃんとチャドと織姫ちゃんも来れたねー、えらいえらい!」

 

 ニタニタとした気持ち悪い醜悪な笑顔を浮かべ、完全に虚の霊圧を漂わせる那由他さん(だれか)がそこにいた。

 

「違う!!」

 

 力強い声でハッと我に返る。

 

「あの人が、こんな姿が、那由他さんなんて、絶対に認めない!!」

 

 威嚇するように牙をむき出して吠えるたつきちゃん。

 姿は変われど、その心の真っ直ぐさは変わらないたつきちゃん。

 

 どんな訓練をしていたかは分からないけど、黒崎くんと一緒に新しい力を得るために頑張っていたのはあたしだって知ってるんだ。

 

 茶渡くんも、石田くんも、あたしだって。

 那由他さんを取り戻すため、藍染惣右介って人を倒すため。

 心に決意を宿してがむしゃらに努力して来たんだ。

 

 なら、ここであの人の姿に惑わされちゃ駄目だ。

 

「井上、俺が時間を稼ぐ。その間に有沢を回復させてくれ」

「でも、それだと……!」

「あくまで時間稼ぎだ。俺たち二人だけじゃ、逆にやられる」

 

 グッと拳を握る。

 

 そう、あたしたち二人じゃ目の前の三人には敵わない。

 霊圧を感じれば分かる。この人たちがとっても強いって事くらい。

 

「……双天帰盾(そうてんきしゅん)

 

 たつきちゃんの全身を満遍なく覆う。

 見た目の傷は無いように見えるけど、中身はきっとボロボロだ。

 これで少しでも。

 

「……回復術。いや、時間回帰か空間回帰か?」

 

 ビクッと肩が揺れる。

 色白な男の人が少し見ただけであたしの能力を分析している。

 

 それでも、なんとか持ちこたえなきゃ。

 

 せめて黒崎くんが来るまで──。

 

 

 

 

 

 

 だめ。

 

 

 

 

 

 

 どうして、すぐ黒崎くんに頼ろうとするの。

 今、黒崎くんに負担はかけられない。

 黒崎くんが悩んでいる事も少しなら分かる。

 でも、あたしには完全に理解できていないんだとも思う。

 

 あたしじゃ、黒崎くんを元通りの元気な黒崎くんにはしてあげられないから。

 

 だから、黒崎くんに頼らずこの人達を倒すまではいかなくても、せめて追い返すぐらいはしなきゃ。

 少しでも黒崎くんを安心させてあげなきゃ。

 

 こんな姿の那由他さんを見たら、きっと黒崎くんは……! 

 

椿鬼(つばき)!!!」

 

 今のあたしに出来るのは、きっとそれぐらい。

 あたしの能力の中でも攻撃特化の椿鬼を呼び出して想う。

 

 那由他さんを取り戻すための力もなく。

 黒崎くんを立ち直らせる方法も分からない。

 

 それでも、

 

 

「あたしがみんなを、守ってみせるから!!」

 

 

 隣に茶渡くんが静かに並ぶ。

 

 ありがとう。

 

 あたしを尊重してくれて。

 あたしを頼ってくれて。

 あたしと肩を並べてくれて。

 

 あたしは、皆の後ろにいただけなんだ。

 

 みんなから守られる存在だった。

 でも、もう、そんな立場は嫌なのだ。

 

盾舜六花(この力)』を手に入れた時の事を思い出す。

 

 

『必死に誰かを護ろうとする黒崎くんも! 

 必死にあたしを護ろうとするたつきちゃんも! 

 あたしにとっては憧れで、大切で! 

 でも、それだけじゃ駄目なんだ! 

 あたしは護りたいんだ! 

 大切な大切な、あたしの大切な人たちを護りたいんだ!! 

 もう護られるだけじゃ、駄目なんだ。

 

 ──“憧れ”だけじゃ、護れない!!』

 

 あの時の辛さを忘れるな。

 あの時の絶望を忘れるな。

 あの時の希望を忘れるな! 

 

孤天斬盾(こてんざんしゅん)……!」

 

 茶渡くんが駆ける。

 

 中学時代は黒崎くんと背中を任せあっていた人が、今ではあたしに背中を託してくれている。

 

 それだけで、あたしの中の勇気が燃え上がるように沸き立った。

 

「よぉし! こいつらはオレ様の獲物だな!」

 

 全身に怪我を負いながらも楽しそうにしている大柄な男の人。

 この人達を、乗り越えてみせる。

 

 

"天奏舜華(てんそうしゅんか)!!」

 

 

「え?」

 

 一瞬聞こえた那由他さんの声に惑わされず。

 

 あたしの中の那由他さんを信じ、仲間を信じ、己の力を信じ。

 

 皆を苦しめる"事象"そのものを! 

 

 

 

「私は──拒絶する!!!」

 

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 

 俺──黒崎一護は感じた膨大な霊圧に急かされるように駆けていた。

 

 一瞬だけ感じた那由姉の霊圧は既に無い。

 何が起こったのかは分からないが、今感じている虚の霊圧だけで藍染の野郎が何かしたのだと直感した。

 

 しかし、俺の脳裏には家を飛び出す前に妹、夏梨に言われた事がこびりついていた。

 

『あたし、知ってるんだよ……! 一兄が、死神だってこと!』

 

 どうして夏梨が知っているのか分からないが、飛び出す前に掴まれた服の袖を引っ張られる感触が未だに残っている。

 

『どこ行くの、一兄……!?』

 

 普段は無愛想で男勝りで少し達観したところのある夏梨だが、あの時の縋るような瞳は忘れられそうにない。

 那由姉が帰ってこない理由を上手く説明出来る訳もなかった俺だ。

 俺まで帰ってこなくなるんじゃないか、なんて思ったのかもしれない。

 それに、俺が死神だと知っているんなら那由姉が死神である事にも気づいていた可能性が高い。

 

「くそっ……!」

 

 藍染によって那由姉を連れ去られてから、俺の心は乱れに乱れ、周囲の奴らにも要らない心配を与えてしまっている。

 分かってはいるんだ。

 

 ただ、どうしようもないのだ。

 

『今のお前の精神状態じゃ、内なる虚に飲み込まれんのがオチやで』

 

 平子によって開始した特訓──虚化の能力を得る訓練も、たつきとは違って難航している。

 

 たつきは特別な義魂丸によって無理やり起こされた、いや、内に取り込んだ虚の力を得る事に成功した。

 なんか殴り合ってたらある程度認められたとか言っていたが……河原で決闘して友情が芽生えた不良漫画かよ……! 

 

『たつきのは"虚そのものになる能力"だ。だから、お前とは違って屈服させるというか……一体化? みたいな感じなんだよな』

 

 師匠も説明し辛そうにしていたが、難しい事は俺には分からねぇ。

 ただ、たつきが俺よりも一歩先んじたってのは分かった。

 

 しかし、俺には卍解がある。

 

 那由姉と夜一さんの修行で身に付けた力がある。

 藍染ではなく、その部下である虚には通用するはずだ……! 

 

 ──この時の俺は気付いていなかったが、既にこの時点で随分と弱腰な思考を持っていた。

 

 それは内なる虚に怯えてか、自尊心を守るためか。

 その辺りは分からないが、現場についた時には「俺がやらなきゃならない」という、強迫観念に似た何かを抱いていた。

 

 

「たつき! チャド! 井上!」

 

 そこには、血溜まりに沈むチャドと色白の男と決死の形相で殴り合うたつき。片腕を無くしながらも今にも井上を殴り潰しそうな大男。

 

 そして、那由姉に似たナニカがいた。

 

「……黒崎くん」

「悪い。遅くなった、井上」

「ごめん……、ごめんね、黒崎くん。あたしがもっと強かったら……!」

 

 今にも倒れそうな青い顔で謝罪を続ける井上。

 ここで俺が情けない顔を晒すわけにはいかない。

 少しでも安心させてやらないと。

 

「謝んねぇでくれ、井上。心配すんな」

 

 自らを奮い立たせるように、俺は井上を屠るはずだった拳を受け止めている斬魄刀を払い相手を引かせる。

 

「俺がこいつらを……倒して終わりだ!!」

 

 目の端にちらつくナニカに思考が逸れそうになるのを必死に堪える。

 違う。

 あれは那由姉じゃねぇ。

 違う。

 あれは、俺の知ってる人じゃねぇ。

 

 

 あれは──虚だ。

 

 

「卍解!!」

 

 

「卍解だと……? おい、ウルキオラ、こいつ」

「ああ、オレンジの髪に黒い卍解。間違いない。──そいつが標的だ、ヤミー」

 

 凶悪な笑顔を見せた巨漢が何かを叫びながら突っ込んでくる。

 

 それを卍解した俺の斬魄刀、天鎖斬月で受け止めながらも意識は別の方へ持っていかれようとしていた。

 

 だから、違う。

 気にするな。

 目の前の相手に集中しろ! 

 

 

 

 

 

「やぁ、一護。久しぶりだね!」

 

 

 

 

 

 汗腺が一気に開いたように鳥肌が体中を駆け巡る。

 

 その声で俺の名を呼ばないでくれ。

 

 

 

 

 

「まだ虚化は出来てない、かな? いやぁ、たつきちゃんとか織姫ちゃんが予想外の力を持っててビビってたんだけど、そこは思ったとおりで良かったわぁ」

 

 

 

 

 

 そんな喋り方じゃなかっただろ? 

 

 そんな霊圧じゃなかっただろ? 

 

 そんな顔して笑わなかっただろ? 

 

 そんな服着てなかっただろ? 

 

 そんな髪色じゃなかっただろ? 

 

 

 そんな、そんな……!! 

 

 

「がっ!?」

「なんだぁ、こいつ? 一気に弱くなったぞ?」

 

 頭が揺さぶられる。

 殴られ地に叩きつけられたのだと、少し経ってから分かった。

 

「まぁ、織姫ちゃんが予想以上に強くなってたからねぇ。ヤミーの右腕飛んでったし。あれはオレも目ン玉が飛び出るかと思った。……その分、一護が帳尻合わせしてんのかな? これぞ師匠の導きですなぁ」

「あ、あれは油断しただけで!?」

「言い訳するな。その腕を誰が治すと思っている」

「グッ!?」

 

 なんだ、これ? 

 何なんだよ。

 

 ナンナンダヨ

 

 瞬間、俺の中に眠っていたはずのアイツが目を覚ましそうになる。

 やめろ。

 やめてくれ。

 

 これ以上、那由姉を汚さないでくれ!! 

 

 

 

「どぉーもー、遅くなっちゃってスミマセン、黒崎サン♪」

 

 

 

 何かを言いながら俺を叩き潰そうとした一撃が紅の盾によって防がれる。

 そして、目の前には二人の人物が立っていた。

 

「今の黒崎サンは情緒不安定のナメクジメンタルですからね。ここは大人しくしといて下さい」

「そうじゃな、とりあえずそこらに転がっておれ」

 

 散々な言われようであるが、意識が逸れたおかげか大分落ち着いた。

 

「浦原さんと夜一さんも登場っと。良かった、変な方向行かなくて」

「……いやぁ、お久しぶりですねぇ」

「オレとは初対面みたいなもんだけどねー」

「"オレ"、ですか……。貴方が那由他さんの中に眠っていた虚ですか?」

「そそ。那由他にフルボッコにされた可愛そうな奴がオレです」

「では、そんな可愛そうな虚が、なんで今頃になって那由他さんの体を使ってるんっスか?」

「そらおめ、那由他が強制シャットダウンされてっからよ」

「つまり、意識を眠らされてると……。逆に言えば、那由他さんは()()()()()()()()()んッスね?」

「……天才にちょっと情報与えるとこれだよ」

 

 俺はガバッと勢いよく上半身を起こす。

 

 まだ、那由姉は消えて、ない? 

 

「その通りでござんすよ、ホレ」

 

 そう言っておもむろに、那由姉(そいつ)は左側に被り左目を隠していた面を上げる。

 

「なっ!?」

 

 そこには、()()()()()()

 

【挿絵表示】

 

 

 藍色の瞳、無表情に見える澄んだ表情。仄かに漂う死神の霊圧。

 まさしく那由姉だった。

 

「今の俺は半分を借り受けてる感じかな。まぁ、体の支配権は()()オレにあるんじゃが」

「顔半分でだけそんな笑みを浮かべられるというのもホラーというか、器用というか……キショイッスね!」

「それ言わんといて、若干気にしてんだから」

 

 まるで旧知の仲であるかのように会話する二人。

 俺には、浦原さんの気持ちが理解出来なかった。

 

 目の前に那由姉がいるんだぞ? 

 

 どうして笑って話してられるんだ? 

 

「では、その面は破面であると同時に那由他さんを封じ込める楔でもあるって訳ッスね」

「あんまり考察せんでもろて、ネタバレみたいになるのん」

「面を壊したら那由他さんの自我と(あなた)の支配権における均衡も崩れると」

「……やだ、なんかホストに貢いでる気分になっちゃう」

 

 すげぇ、浦原さん。

 たった数回の会話で那由姉を救える道筋を暴きやがった! 

 

「お主はじっとしておれ」

「な、夜一さん!? ここでジッとなんてしてられるかよ!?」

「そのセリフは能力を一人前に使いこなせるようになってから言うんじゃな」

 

 俺の焦燥を一刀両断する言葉に思わず詰まる。

 この胸に渦巻く衝動を、俺を飲み込みそうな闇を使いこなせなきゃ、俺には那由姉を助ける資格すらないって事かよ!? 

 

「じゃ、帰るとしますかー」

「おや、帰すとお思いで?」

「うん? やだなぁ、何か勘違いしてない?」

 

 呑気に喋るナニカは、ニタァと片方の口端のみを吊り上げるように笑うと、

 

 

 

 

 

「君等は、ここでオレを倒しちゃ駄目なんだよ、それがこの世界の決まりなんだ」

 

 

 

 

 

 ゾクリと背筋を這う悪寒に、この場にいる皆が動けなくなる。

 

「まさか、虚が"目"を使えるなんて、最悪の展開ッスねぇ……」

 

 浦原さんも夜一さんもピリピリとした霊圧を放つ。

 巨漢と色白の男もナニカの横へと移動し、静かに霊圧を放っている。

 

 緊迫した雰囲気の中、楽しそうにしているアイツだけが浮いていた。

 

「あん?」

 

 と、アイツが虚空を見上げる。

 

「このタイミングで来るとか……。色々と変わってるなぁ。これも"俺"の影響かね」

 

 すると、懐かしい霊圧を直ぐ側で感じた。

 これは、この霊圧は……!! 

 

 

 

 

 

「ギリギリ間に合ったみたいだな!」

 

 ──六番隊副隊長・阿散井恋次。

 

 

「十二番隊に感謝しなきゃならないのか、嫌だねぇ」

 

 ──十一番隊第五席・綾瀬川弓親。

 

 

「あたしは別に良いわよ、こんな軽い頭ならいくらでも下げてやるわ」

 

 ──十番隊副隊長・松本乱菊。

 

 

「ぶっ倒して連れ帰る! 後のことは後で考えろ!」

 

 ──十一番隊第三席・斑目一角。

 

 

「これ以上、藍染の野郎の好きにはさせねぇ!」

 

 ──十番隊隊長・日番谷冬獅郎。

 

 

 

 

「今度は私が助ける番だ……! 那由他さん、一護……!」

 

 

 

 

──十三番隊・朽木ルキア

 

 

 

 




ナ「俺の出番がオレに奪われている件について…」
オレ「天輪とイチャイチャしてな!」
ナ「それはそれでアリ」
オレ「おい」


※挿絵はゆーぼ様から頂いた支援絵です。
本当にありがとうございます!


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興奮…だと…!?

おまたせしました(白目


 その光景に、俺──黒崎一護はアホみたいに間抜けな面を晒すしかなかった。

 

「れ……恋次!?」

 

 そして脳が現実に追いつくよりも早く、ただ現れた人達の名前を呼ぶ。

 

「一角! 弓親(ゆみちか)! 乱菊さん! 冬獅郎!!」

「日番谷隊長だ」

 

 仏頂面で返す冬獅郎に、ようやく全身に血が巡り体が動き始める。

 

 約一ヶ月ぶりだろうか。ただ、もっと長い期間を会っていなかったような錯覚に陥る。

 それでも、その顔を忘れるわけがないと断言できる人々。

 その中でも、

 

「……ルキア」

 

 不敵な笑顔をこちらへ向けるコイツには、様々な感情が絡み合い上手く言葉に出来ない。

 

「“破面(アランカル)との本格戦闘に備えて現世に入り死神代行組と合流せよ”って上からのお達しがあったんだが……。まさか、こうもドンピシャで来れるとは思ってなかったぜ」

「アラン……って何だ?」

「アァ!? お前、自分が戦ってるのが何者かも分かってなかったのかよ!?」

 

 恋次の言葉に思わず疑問を返すと、呆れたような視線が返ってくる。

 那由姉がそこにいるんだ。相手が誰だろうと関係ないだろうが。

 少しバツが悪くなり、顔を斜め下へと逸してしまう。

 

「……」

 

 と思ったら、ルキアが無言で俺へと近づいてくる。

 何て言葉を交わせば良いか分からない。

 しかし、それでも、俺は再び死神として立っているルキアに万感の思いを抱いていた。

 

 抱いていたんだ。

 

 なのに、アイツは何故か歩調を強歩から駆け足へと変え、

 

「へぶっ!!??」

 

 あろうことか、俺の顔面へと飛び蹴りを繰り出してきた。

 

「な……!? なにしやがん──」

 

 

「なんだ! その腑抜けた顔は!!」

 

 

 俺の文句を遮るように発された言葉は、俺の心胆を心底冷やさせた。

 

「貴様はその程度で心折れるような男だったか! 敗北が恐ろしいか!? 仲間を護れぬ事が恐ろしいか!? それとも──貴様の内なる虚が恐ろしいか!?」

 

 ズバリ心を言い当てられた動揺で、思わず怒りも忘れてルキアの顔を見てしまう。

 そこには、ただ静かな眼差しでこちらを見つめる彼女がいた。

 

 どこか那由姉に似た、凪いだ湖面の底に熱を秘めているような、そんな目だった。

 

「敗北が恐ろしければ強くなれば良い。仲間を護れぬ事が恐ろしければ、強くなって必ず護ると誓えば良い。内なる虚が恐ろしければ、それすら叩き潰すまで強くなれば良い」

 

 淡々と紡がれる想いに俺は何も口を挟めず、ただ呆然とルキアを眺める。

 しかし、体に宿る熱は薪をくべられていくように、その炎を段々と大きくしていった。

 

 

「他の誰が信じなくとも、ただ胸を張ってそう叫べ! 私の(なか)にいる貴様は──そういう男だ、一護!! 

 

 

 コイツに蹴られ尻もちをついていた体勢から、俺はゆっくりと起き上がる。

 しっかりと地に足を付け、手に握る俺の力の象徴『斬月』へと視線を向けた。

 

 ──すまなかったな、斬月のおっさん。

 

 心中で一言謝り、瞑目。

 そして、今度は真っ直ぐとルキアを見据えた。

 

「──うるせぇんだよ……、てめーは」

 

 意図せず口元に不敵な笑みが浮かぶ。

 

 確かに、ルキアとの付き合いは長くない。

 それでも自身を“そういう男”だと断言した彼女に、護りたいと願った仲間たちに、死闘を繰り広げたライバルたちに。

 

 ──心を閉ざすな。

 己の力を、信念を、護るという生き方を! 

 

 ──俺は誇りを持って。

 誰のためでもない、その行末は俺自身のために! 

 

 ──ただ、目の前の現実に立ち向かう! 

 

 

これ以上、腑抜けた顔は見せらんねぇ!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アッハハハハハハハ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途端、空気を割るような大声が響いた。

 

 それは嘲笑のようで、歓喜のようで、侮蔑のようで、祝福の音だった。

 

 

「そう! これだよ“これ”! オレが、“俺”が見たかったのは、()()()()()だったんだ! アハハハハハ!!」

 

 

 狂ったように想いを垂れ流し、紅の目を爛々と輝かせる。

 生気を感じさせない真っ白な髪は蛇のようにゆらゆらと揺蕩い、色素の薄い肌は紅潮して。

 普段は感情を映さない端正な顔には、蕩けるような至福が貼りつき淫靡な気配を振りまいていた。

 

「あぁ~……、良いなぁ。実に良き……。麗しき友情、信じ合い、激励し、応えるために奮起する姿! 絶望を跳ね除ける、確かな煌めきがここにある!!」

 

 ソイツは手を頬に当てながら腰をくねらせ、支離滅裂な事をほざいていやがる。

 純粋に気持ち悪い。背筋を悪寒が走り抜ける。

 

 ルキアを除く死神の5人は表情を強張らせながらも、それぞれの得物へと素早く手を添え身構えた。

 浦原さんと夜一さんも隙の無い雰囲気を出している。

 

 もう、俺も迷っているなんて無様は晒さない。

 

 ゆっくり、しかし確実に。俺は『斬月』を構えた。

 

「……これだけの数を相手に、逃げ切れるとでも思ってんのか?」

「冬獅郎キュン、だから強い言葉はあんまり使わない方が良いって。お兄様も言ってたでしょ?」

 

 冬獅郎の霊圧が少し上がる。

 こいつと舌戦なんかしても、こちらが不利を強いられるだけだ。

 問答してても仕方ねぇ! 

 

「みんな! 那由姉はまだあの虚によって眠らされてるだけだ! 生きてる!」

「何だと!? チッ、たたっ斬りにくくなったじゃねぇか!」

 

 一角が愚痴を吐くが、コイツは問題なく切りそうだ。

 だから、先程の浦原さんの考えを手短に伝える。

 

 憶測が多分に含まれるが、今の俺たちにとっては間違いなく希望となる手段を。

 

「なるほどね、あの悪趣味で美しくない面を狙えば良い訳だ。それが本当なら、ね」

「……信用して良いのよね、浦原喜助」

「やだなぁ、綾瀬川サンに松本サン。こんな場面で嘘なんてつく訳ないじゃないっスか」

「だったら、その胡散臭い物言いをなんとかしろよ」

「阿散井サンまで……。まぁ、アタシの容疑が晴れても感情はそう簡単に割り切れるものでもないですしね」

 

「うーん。ここは本来さがるべきだろうけど……テンション上がったし、少し遊んでいく?」

 

 軽口を含めた言葉で緊張を誤魔化していた俺たちに、ソイツは冷水を浴びせるような言葉を投げかける。

 

 途端に皆の警戒度が跳ね上がった。

 

「さっきも言ったけど、今はオレを倒しちゃ駄目なんだよね。だから遊びで許してね」

 

 違和感を覚える言葉。

 まるで、時が来たら倒される事が既定路線のようなセリフだ。

 

 それは浦原さんも感じていたのだろう。

 

「なら、いつなら倒しても良いんですかねぇ?」

「おん?」

 

 未だ興奮が収まらないようにニヤニヤと相好を崩していたソイツがピシリと固まる。

 

「え? いつだろ……? オレも見たいシーンはいっぱいある訳だし、出来れば細くても長めに生きたいんじゃが」

 

 ……何言ってんだ、コイツ? 

 

 これには浦原さんも意図が読めないのか表情を厳しくする。

 

「答える気は無いってことッスか」

「いや、スマン。マジで分からんねん。適当言ってスイマセン」

「誤魔化し方が杜撰ッスよぉ」

「全く信じてくれない件について」

 

 余裕の表れなのか、やれやれとでも言いたげにソイツは肩を竦める。

 左右に侍らせているアラン……なんちゃらって奴らは憮然とした顔のまま動こうともしていない。

 

「那由他様を倒す? 愚かだな」

「バカも休み休み言えっての」

 

 那由姉の実力のみに留まらない信頼を見せている二人にも虚勢は感じられない。

 ただ、虚圏(ウェコムンド)で何があったかは知らないが、今の那由姉を認めるなんて事は俺には出来なかった。

 

「まぁ、細かい話なんて今はいいっしょ」

 

 ソイツは腰の斬魄刀に手をかけ、

 

「あ、そっか。オレは“天輪”使えなかったんだわ。えっと、確か、こう」

 

 虚空を握り軽く横へとその拳を薙いだ。

 

 

 すると、奴の手には一振りの斬馬刀のような大太刀が現れる。

 その姿は──

 

 

「な!? 斬……月!?」

 

 

 俺が名を聞いた自らの半身。

 鍔も存在しない無骨な斬魄刀、『斬月』そのものだった。

 

「うんうん、上手くいったわー!」

 

 幼子のように喜びながら、満足そうに刀身をポンポンと叩いているソイツ。

 訳の分からないモノを見せつけられた俺たちの動揺は計り知れなかった。

 

「ど、どういう事だ!」

「おん?」

 

 思わずと言った形で弓親が叫ぶ。

 

「僕たちの斬魄刀は唯一で無二の相棒だ! それをどうして君が持っている!?」

「なーに、ちょいと()()()()()()()()()()()()だけだって」

「は?」

 

「那由他は自覚してないけど、オレは使えるんよね。まぁ、あいつの魂魄で百年以上住んでりゃ分かるもんがあるってことよ」

 

「何を、言って……」

 

 俺は喉が渇くほどの焦燥を覚え冷や汗を流す。

 

「“目”の使い方って、相当応用が効くんよ。──そもそも“天輪”の存在が()()を証明してんだ」

 

 ソイツは、ニタァと口が裂けるたかのように口元に三日月を浮かべ、

 

 

 

 

「那由他の魂魄が脆い理由の一つに、(お前)も関係してるってこった」

 

 

 

 

「黒崎サン!!」

 

 俺はハッと我に返る。

 浦原さんの声で飲み込まれそうになった思考を振り払えたのは運が良かったとしか言えない。

 それだけ、奴の言葉は毒のように俺の心を蝕もうとしていた。

 

「ま、匂わせと愉悦の種は蒔いたんで。苺を弄るのもこのくらいにしときましょっか」

 

 相も変わらずニタニタとする奴の本心は霞のように朧げで、概形すら掴めない。

 しかし、ここで睨み合っていても仕方がない! 

 

「吼えろ、蛇尾丸!!」

 

 恋次がすぐさま始解し、その斬魄刀を真っ直ぐに奴へと向ける。

 

 

「吼えろ、蛇尾丸」

 

 

 ──そして、奴は同じ技でもって応えた。

 

 

『!?』

 

「アッハ♪ みんな同じ顔しててオモロっw」

 

 嘲笑うように、ソイツは狂気の笑みを崩さない。

 

「さぁ、どうする? どうする? 動揺した? 絶望した? それならもっと、モット、MO☆TO MO☆TO! ……あれ? この世界ってJ●M Pro存在してたっけ? まぁいいや! オレを、“俺”に! その抗う姿を見せてよねー!!」

 

 高笑いを上げながら、ソイツは皆の技を全て模倣していた。

 

 一角の鬼灯丸も。

 乱菊さんの灰猫も。

 弓親の()()()も。

 冬獅郎の氷輪丸や、浦原さんの紅姫でさえも。

 

「ネタバレは良くないから。ね、弓親くん?」

 

 ニコニコと崩した顔。

 悍ましいほどに妖艶で、何よりも那由姉の欠片もない表情だった。

 

 

 ──そして、圧倒的だった。

 

 

「あー、遊んだ遊んだ!」

 

 

 ──ただ、俺の“月牙天衝”と、ルキアの斬魄刀だけは模倣していなかった。

 

 

「ルキアはまだ始解するタイミングじゃないからねー。ディ・ロイが行くまで待っててね☆」

 

 

 訳の分からない事しか言わない奴を、俺らはただ黙って見送る事しか出来なかった。

 

 絶望を仲間の気持ちに応える事で乗り越え、新たな絶望が押し寄せる。

 どうやったら那由姉を、助けられるんだ……? 

 

「苺ー」

 

 肩で息をする俺に対して、ユラリとのんびり歩くソイツの声が耳朶を打つ。

 

 

 

 

「頑張ってねー♪ 那由他が待ってるよ!」

 

 

 

 そうだ。

 

 絶対に取り戻してみせる! 

 絶対に掴んでみせる! 

 絶対に、倒してみせる! 

 

 俺の、俺たちの、那由姉の! 

 

 世界を!! 

 

 

 去っていく存在を前に、俺たちは敗北感を植え付けられ、同じだけの燃え上がる何かを覚えていた。

 

 

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 

 

 ──で、どういう事ですかねぇ? 

 

 俺は虚圏に戻る暇すら惜しむように“オレ”へと不機嫌をこれでもかと込めた声を投げかけた。

 何か俺以上に「この身体」の事を知っていそうなオレに困惑ですわ。

 

『逆に聞くけどさぁ、俺は何で──”虚の能力を奪えた”んだと思ってるん?』

 

 おん? 

 ちょ、待って。話題の転換について行けてない。

 

『メタスタ君の能力じゃないよな? だってアーロニーロにもう返してるもんな』

 

 なんか俺を揶揄する響きが含まれているのは勘違いじゃないだろう。

 こいつ、あとでボコす。

 

『そ、それは八つ当たりだよぉ……』

 

 ──だまらっしゃい。

 

『オレはあくまで俺の写身だ。俺の知識や能力を反映してるだけで、さらに言えば、その能力を十全に使いこなせてる訳でもないし』

 

 え、そうなん? 

 

 

『そそ、ただの劣化版よ。俺が本当に“目”を自覚して使いこなせたら──ユーハバッハのおっさんと似たような、いや、逆か?  みたいな力だし』

 

 

 ど、どどどどういうことだってばよ!!?? 

 

 “天輪”が瞑目して黙ってるのも怖いんじゃが。

 え、俺って実は苺ばりに凄い能力持ってるってことですかね!? 

 

『案外間違ってない点が草』

 

 草生やしてんじゃねぇ! 

 

『いやぁ、これは千年血戦編が楽しみですなぁー。まぁ? その前に破面編の立ち位置が不明すぎるんですが』

 

 オレからもツッコまれた内容に思わず「ウッ!」とぜかましみたいな想いが漏れる。

 マジで何も考えてないからな……。

 

 ──と、とりあえず、この後はグリムジョーが現世行ってくれるだろうし、それ見てからかな……? 

 

『優柔不断、乙!』

 

 ──てめぇ、マジでボコす。

 

『だから八つ当たりはやめろよぉ……』

『はぁ……』

 

 “天輪”のため息は万病に効くけど、同時に万病を併発します。

 用法用量を守って正しく使っても駄目なんだよなぁ……。

 

『GJJJ(※グリムジョー・ジャガージャック)は俺らのガバを補完してくれる大切な存在です』

 

 ──半分は(かわ)き、もう半分は嫉妬で出来ています。

 

『コントはいい加減やめなさい』

 

 これにはオレと俺も精神世界で正座しました。(真顔

 

 ──まぁ、苺が虚化して織姫ちゃんが攫われたら、それで良いかなぁ。

 

 これが俺が朧げに描いている原作路線だ。

 もう細かいとこ気にしても仕方ないし。

 

 虚圏でみたいシーンは、

 

 ①ドルドーニvs苺

 ②チルッチvs雨竜くん

 ③アーロニーロvsルキア

 

 この3点だ。

 本当はルキアの戦闘を一番見たいのだが、海燕殿事件に俺が介入した時点で原作の煌めきを見るのは諦めモードである。

 

 ②は単純に()()チルッチが雨竜くんとどう戦うか楽しみ、という原作よりも現実を楽しんでいる感があるけれども。

 

 後は絶対に外せないウルキオラvs苺、剣八vsノイトラ、隊長達vsヤミーだ。

 俺、地味にノイトラ好きなんだよね。ああいう拗らせた子に愛しさを覚える。(微愉悦

 

 最後にネリエルvsノイトラだが……。

 

 これは、どうなるかなぁ。

 そもそもネリエルが追放されていない時点で崩れている気がするし、そうなると苺とネル・トゥの出会いも無い訳で。

 原作はどこ? ここ……? 

 

 ──どうすっぺ。

 

『知らんがな』

 

 オレが冷たい。

 

『オレの愉悦には俺も含まれます。何という自家発電。エコだね☆』

 

 こいつ、ほんまにぶっ飛ばすわ。

 

『だから八つ当たり……、って、天丼は二回まででしょ、メッ!』

 

 てへっ☆

 

『ハァ……』

 

 本格的な“天輪”のため息は地味に傷ついた。

 

 何も解決してない、話が進んでいない脳内会議のようなモノですしおすし。

 

 そもそも、俺は俺の能力について、そこまで知りたいと思っていないのがデカイ。

 

 だって、俺はBLEACHの異物だ。

 その能力で世界を弄るのは師匠の世界に対する冒涜だ。

 オサレを知らない俺が出来るのは、劇団員へのアシストだけと心得よ! 

 

 

 

 

『既に形容し難いナニカによって冒涜された世界がこちらです。クトゥルフも真っ青のカオス』

 

 

 

 

 

 ……オレの言葉によって、俺は沈黙を余儀なくされた。

 

 ヨン様の前でも出張ってて、どうぞ。

 

 

『エッッッッ!!??』

 

 

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 

 

「おかえり」

 

 私──藍染惣右介は、同朋の前で現世偵察に赴いた那由他たちに微笑を浮かべていた。

 

 そして、報告の内容を吟味するに、彼女は随分とヤンチャをしたらしい。

 

「……なぜ、護廷の面々を前に能力を使用した?」

「いやぁ、その、テンションが上がりまして……ガッ!? 

 

 私は場に満ちる怒りをそのまま奴へとぶつけた。

 

「貴様は、那由他の身体を使わせてもらっているという立場を忘れたのかい?」

「が、っぐぅ!? いえ、そんな、こと、は……!!」

「ならば、何故、君の興奮という下らない理由を私に伝えられたのかな?」

「申し訳、あり、ません……!!」

 

 霊圧を緩める。

 

 奴は肩で息をしながら額の汗を拭っていた。

 やはり小物だ。

 

 那由他の中に宿ることによって、“目”の力を知覚しているのが厄介ではあるが、それ以上に奴の存在によって那由他の魂魄が安定している事実に不快感が募る。

 浦原喜助の義骸を未だに使っている事自体が不愉快なのだ。

 しかし、これも那由他が力を行使するために必要なことでもある。

 

 ──やはり、私はまだ足りない。

 

 頂きは遠く、自身は何事も出来ると驕る心を諫めてくれる。

 不愉快な事に変わりは無いが。

 

「もう良い。さて、ウルキオラ、私達に何が起こったのかを見せてくれるかい?」

「はっ」

 

 短く言葉を返した彼は自らの目玉を(えぐ)りぬき、掌で割ってみせた。

 それと同時に、彼の目で見た景色が我らの脳裏に流れていく。

 

 

 那由他の“目”の力を引き継いだウルキオラ独自の能力だ。

 

 

 彼女は十刃(エスパーダ)の中でも特にウルキオラ・シファーを贔屓していた。

 元から最上級大虚(ヴァストローデ)ではあった彼だが、那由他が見出したのは恐らく彼の未来に於ける立ち位置だろう。

 そして、それを証明するかのように、彼女の『能力』によって力を分け与えられたウルキオラは目に関する能力を開花させた。その一端がこれだ。

 

 ウルキオラは黒崎一護と同様に特別な存在かもしれない。

 

 私に憶測を抱かせるに十分な環境は整っている。

 だからこそ、今回の現世視察に彼を伴として付けた。

 

 心を失い、求める心の形──己の罪とも言える感情を十刃は持っている。

 

 例えば一番のスタークは“孤独”、二番のバラガンは“老い”だ。

 その中でウルキオラは“虚無”の罪を背負っている。

 それは自身が最も忌避すると同時に求めている感情。

 

 最も輝いており、最も敬っており、最も憧れており、最も嫌悪を抱くものだ。

 

 最も醜悪であり、最も偽善的であり、最も唾棄すべきものであり、最も尊いものだ。

 

 その矛盾こそが、私たちの仲を繋いでいると言っても過言ではないだろう。

 

 何よりも矛盾を抱えているのは私なのだから。

 十刃の存在は、私の抱える罪の形なのかもしれない。

 自ら切り離したく、されども遠くに置けないようなナニカ。

 

 ウルキオラの抱える“虚無”という罪は、それらを意識させる側面を持っていた。

 

 

「……只今、戻りました」

 

 

 少々疲れた声が場にこだまする。

 那由他だ。

 

「やあ、おかえり、那由他」

「はい」

 

 “死覇破面(アランカル・パルカ)”は確かに便利だが、虚に身体を譲渡するという仕様には遺憾を覚えている。

 彼女を支配するとも取れるのだから致し方あるまい。

 

「君はどう考える?」

 

 だからだろう。

 私は那由他の反応を揶揄するような、幼稚じみた問いを投げかけた。

 ただ、彼女を“彼女”だと認識したかっただけかもしれない。

 

「グリムジョー」

「!?」

 

 しかし、彼女は十刃の一人、第6(セスタ)のグリムジョー・ジャガージャックへと声をかけた。

 

「……なんすか」

「現世へ行ってください」

「……あ?」

 

 先程、ウルキオラたちの対応に対して「(ぬる)いっ!」と噛みついていた彼だ。

 独断で現世へ赴くだろうとは思っていたが、彼女がそれを促すとは……。

 

「その目で、見てきなさい」

「……礼は言わねぇ」

 

 彼は上からの指示で行けるという大義名分を得た、つまり借りを作ったと考えたのだろう。

 

「ただ」

 

 しかし、続く那由他の言葉に、グリムジョーは瞠目する。

 

 

 

 

 

 

従属官(フラシオン)が生きて帰れるとは思わない事です」

 

 

 

 

 

「……ナメてんのか!?」

 

 激昂するも、行動を何とか収める彼を少し滑稽に思う。

 

「いえ、ただ、貴方の事も従属官の皆様も大切ですが──自身を過信しているようでしたので」

 

 嗤いそうになった。

 

 恐らく、彼女は本気で彼らのことを案じている。

 口下手がここにきて面白いことになった。

 

「黙って見てろ!!」

 

 グリムジョーは肩を怒らせ部屋を出ていく。

 その様子を他の面々は冷めた目で眺めていた。

 

「……失礼しました」

 

 那由他が気落ちしたように呟く。

 その変化に気がつけるのは……ウルキオラとハリベル、あとはネリエルくらいか。

 

「那由他様、本日はお疲れでしょう。お部屋へ戻られては如何ですか?」

 

 見かねたのか、ネリエルが那由他へと寄り添うように声をかける。

 それに無言で頷いた那由他は、最後に私の方をチラリと振り返り、

 

 

「私は、“目”の前に見える事しか分かりません」

 

 

 驚いた。

 

 彼女から“目”について触れるとは。

 

 ──『霊王の目』

 

 それは、未だその進化を、いや、神化を止めていない。

 

 

 

 

 

 

「ふふっ、ユーハバッハが蘇った時が楽しみだよ……。貴様は、那由他に対してどう未来を改変しようとするのだろうな?」

 

 

 

 

 

 

 

未来を改変するのと、未来を簒奪するのは、どちらが勝つのだろうか。

 

 

 

 

 




更新遅くてゴメンね!による伏線ヒント

・黒崎真咲の死を映像として認識(直感)していた辺り(誕生…だと…!?)から伏線は出ている。なお、これは当時に認識したのが“小学生くらいの苺”が泣いているシーンであるが、実際は“苺の高校入学前”に真咲さんが亡くなっている点(日常…だと…!?)から
→真咲さんが亡くなる未来の()()は出来ていないが、苺が小学生の頃に真咲さんが亡くなる未来を()()しているとも解釈できますね


って事で、未来への愉悦と伏線をばら撒く意味深回でした。スマン。
更新遅くて申し訳ねぇ。


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襲来…だと…!?

「泊まりたい!? ウチに、ですか?」

 

 あたし──井上織姫の家に突然訪れたのは、十番隊の副隊長という肩書を持つ松本乱菊さんだった。

 

「今日はたつきちゃんもいますから、いいですけど、なんで……「ナイス即答!」いたたたた!?」

 

 あたしを押し流すかのようにグイグイくる乱菊さんにしどろもどろになりながら、あたしは乱菊さんを自宅へ迎え入れた。

 

 今日の戦闘で援軍として来てくれた死神のみんな。

 それぞれが現世で過ごす場所を探していたみたいで、乱菊さんはあたしの家を頼ってきたようだ。

 

 那由他さんたち、確か“破面(アランカル)”っていう存在が去っていった後の惨状は筆舌に尽くしがたい。

 

 怪我を負ったのはあたしを除けば二人の男の人と戦ったたつきちゃんと茶渡くん、それと黒崎くんくらいで、那由他さんと戦った他の面々は無傷。

 あの人が言っていたように、本当にただ()()()だけなんだろう。

 

 ただ、あたしも先の戦闘で負傷したが、それでも確かな手応えを感じている。

 黒崎くんや、みんなの助けになっている。

 たつきちゃんも内なる虚との折り合いがついたと話していた。

 

『やられっぱなしはムカツクってさ』

 

 なんて言っていたけど、なんとなくたつきちゃんらしくて少し笑ってしまった。

 

 今は回復のために寝ているたつきちゃんだが、あたしの能力とたつきちゃん自身の能力で外傷はほとんど残っていない。

 単純な疲れを取るためと霊力の回復らしいけど、あれだけの大怪我を「寝れば治る」と言う感覚はどうかと思う。

 

()()に拘る未練みたいなものなんてないわよ、別に。使えるもんは使って強くなる。そんで、大切な人を護る。それが出来れば上等ってもんよ』

 

 ……たつきちゃんは、やっぱり凄いな。

 

 那由他さんや黒崎くんとの付き合いが長いだけあるや。

 

 

 それでも、黒崎くんが前を向けたキッカケは──朽木さんだった。

 

 

 朽木さんは優しくて、キレイで。

 そして、強くて。

 黒崎くんを元気にしてくれた。

 

 そんな彼女の事が大好きなのに……。

 

 普段は()()()()()思わないのに、ふと一人になった瞬間になると全然ダメだ。

 

 だからだろうか。

 お風呂に入っている乱菊さんからの扉越しの質問に、あたしは壁を取り払われてしまった。

 

「……あんたさ、なんで今日そんなに元気ないの?」

 

 那由他さんの現状を見て、皆が奮い立っている中で。

 あたしに対してオブラートに包むことなく投げかけられた言葉に、あたしは息が詰まる程の恐怖を覚えた。

 

 

 あたしは──自分の心配を、自分の醜さを隠そうとしていたから。

 

 

「朽木さんって……凄いですよね」

 

 思わず出た言の葉は、あたしの想いを包み隠すことが無かった。

 自らの内に秘めることで、誰も傷つかず、誰をも護れると思っていた。

 

 しかし、今日の光景を見ては、ダメだった。

 

「あんなにずぅっと、元気がなかった黒崎くんを。一瞬で、少しの会話で元気にしちゃうんですもん」

 

 これは、誇れる感情じゃない。

 

 誰に対してではなく、自分に誇れる行動をしようと前を見据える彼に対して。

 世界を愛するように、あたしたちを愛してくれたあの人に対して。

 

 あたしの想いは──酷く醜いモノに思える。

 

 

「黒崎くんが元気になれば良いと思ってた。あたしも那由他さんを取り戻そうって頑張れてた。でも……なのに……あたし、朽木さんに嫉妬してた……!」

 

 

「バカね……」

「乱菊、さん?」

 

 いきなりガラリと開いた浴室の扉。

 洗面所で体育座りをして俯いていたあたしに、彼女は濡れたままの身体で唐突に抱きついてきた。

 

「一護はまだ一人で立てないガキだから、今のあの子にはあんたも朽木も必要なの」

 

 押し倒されるように上からかけられた声の優しさは、まるで母のようであり姉のようであり。

 どこか、那由他さんを彷彿とさせた。

 

「妬いて何が悪いの。あんたはそうして、自分の悪いところをちゃんと受け止めようとしてるじゃない」

 

 だからだろうか。

 恐る恐る見上げた先にあった乱菊さんの瞳から、目が離せなかった。

 

「知ってる? 逃げ回って相手にぶつけた方がどんなに楽か。逃げずに受け止めようとしてるだけ──あんたは充分カッコイイのよ、織姫」

 

 勝手に涙が浮かんでくる。

 強くなろうって、そう思っていたのに。

 自分の弱さに嫌気が差して、惨めな気分だったのに。

 

 それを、カッコイイと言ってもらえるなんて、考えてもいなかった。

 

「よーしよしよし! 泣け、このヤロウ! あたしのムネでどーんと受け止めてやらぁ!」

 

 幼子のように抱きつくあたしを、乱菊さんは温かく包んでくれた。

 

 黒崎くんだけじゃない。

 乱菊さんも、朽木さんも。

 たつきちゃん、茶渡くん、石田くん。

 

 他にも多くの人へ、あたしは胸を張れる存在でいたい。

 

 だから、彼女の言葉に決して甘えてはいけない。

 でも、無視してもいけない。

 

 あたしの強さを確かな形として表してくれた、彼女の期待に応えたい! 

 

「あーあ、良いところは取られちゃったか」

「たつきちゃん……?」

「ごめんね、たつき!」

「そんな笑顔で謝られても苦笑しか出ませんって。それに、織姫が元気になれたなら良いんです」

「懐の広い女ねー」

「良い女でしょ?」

「違いないわ。苦労しそうだけど」

 

 カラカラと笑う二人に、あたしはポカンとした顔しかできない。

 

 今日、あんな事があったばかりなのに。

 ウジウジとしていた自分が急に恥ずかしくなる。

 

 二人は別に悲しんだり悩んだりしていないわけではない。

 

 それでも前を向ける、とっても強い人たちなんだ。

 

 

 ──そんな人たちと、あたしは肩を並べたい。

 

 

 胸に軽く手を当てる。

 そして、強く拳を握った。

 

 

 そんな時だった。

 

 

 

 

 

 ()()()と同じ、強い霊圧を感じ取ったのは。

 

 

 

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 黒崎家。

 

 そこでは俺──黒崎一心と一護、そして朽木ルキアちゃんが対面していた。

 

「……良い顔になって戻ってきた息子にハグしようとしたら、ボクを射殺しそうな後輩がいるんだけどぉ」

 

 軽口叩かなきゃポンポン痛くなっちゃうわ。

 

「ルキア。前から気になってたんだけどよぉ」

「なんだ」

「お前、どうして親父に対してえらい敵意持ってんだ?」

「それは一心殿が一番理解しているはずだ」

 

 あのぉ……、申し訳ないが分かってないです、ハイ。

 

「いや、今は良い。母を奪われた家族に追い打ちをかけるような事など流石にしない」

「はぁ?」

 

 これには一護も困惑顔である。

 しかし、俺はピンと来たね! 

 

「……もしかしてだけど、ルキアちゃん」

「なんだ」

 

 

 

「俺と那由他さんが夫婦だと思ってる……?」

 

 

 

「ん?」

「はぁ!?」

 

 ルキアちゃんは片眉をピクリと上げ、一護は驚愕に顔を歪ませた。

 あぁ、そ~ゆうことねー。

 

「いやいや、んな訳あるかよ」

 

 一護に鼻で笑われる父の悲しさよ。

 

「いや、一護が母だと言って──」

「だ・か・ら! 母親()()()()モンだって言っただろ!? そもそも黒崎を名乗ってねぇだろうが!?」

「なん……だと……!?」

 

「母さん! 聞いてくれ母さん! 俺は母さん一筋だーーー!!」

 

「……ほれ、()()を見ろ」

「なる、ほど」

 

 どこか納得がいかないような顔をしていたルキアちゃんだが、眉間の険は取れた。

 首の皮一枚は繋がったようである。

 

 そもそも、俺なんかが那由他さんと夫婦なんて烏滸がましい。

 

「……そら、女性として魅力的である事に違いはないが」

 

「「あ?」」

 

 二人揃ってドスの利いた声を出すのはやめてくれませんか!? 

 

「違う! 違うぞ!? 俺はただ憧れてるだけで、別に今も好きとか、そういう訳じゃ!」

 

「今、()……?」

 

 これが墓穴を掘るって事か! 

 

 一護が心底嫌そうに頬を引きつらせている。

 そんなに嫌がらなくても……。

 

 待て。

 

 もしかして、だが……。

 

「一護、お前、もしかしてだけど……。那由他さんの事を──」

 

 

 

 

「それ以上言ったらブッ飛ばす」

 

 

 

 

「ア、ハイ」

 

 小さい頃から自分にたっぷりの愛情を注いでくれる美人なお姉さんだもんなぁ。

 まぁ、そりゃそうなるか。

 

 うーん、織姫ちゃんよ、頑張れ。お義父さんは応援しているぞ! 

 

「分かるぞ、一護!」

 

 ここでルキアちゃんが腕を組みながら大きく頷いて同意を示してきた。

 ……え、同意? 

 

「那由他殿は見習うべき存在として素晴らしい方だ! 貴様が憧れるのも分かる!」

 

 うんうんと首を上下に振った後、ドヤ顔でサムズアップ。 

 どうやら恋愛感情ではなく親愛感情として受け取ったようだ。

 

 この子、こんな愉快な子だったっけ? 

 

「え? あ、おう」

 

 これには一護も照れくさいのか。

 頬を人差し指でポリポリと掻きながら顔を明後日の方向へと逸していた。

 

 うーん。

 我が息子ながら青春しとるな。

 

 

 俺も、一護も、ルキアちゃんも。

 

 あえて、現状の那由他さんについては触れなかった。

 

 それは、決して現実逃避ではなく、自らの力と敵戦力の力量差を痛感し、なお那由他さんの奪還を諦めていないからだ。

 

 一護は浦原さん、仮面の軍勢(ヴァイザード)の面々との修行で虚化を会得するために努力を続けている。

 今後はもっと厳しい内容の修行になるだろう。

 

 ルキアちゃんは尸魂界にて死神の力を取り戻した。

 見た感じ席官でもおかしくない霊圧も持っている。

 

 浦原さんから貰った義魂丸によって、俺も既に死神の力を取り戻している。

 

 それは一護も、もちろんルキアちゃんも目の前の俺から感じているのだろう。

 これでも元隊長なんだ。

 そばにいれば察するくらい出来るだろう。

 

 しかし、それについて二人が触れる事は無かった。

 

 俺も、一護も、ルキアちゃんも。

 前を向き、これからの戦いに向かう覚悟が出来ている。

 

 

 ──那由他さんと刃を交える覚悟を。

 

 

 ならば、ここで言葉にしなくても良い。

 

 今は、この世界にいる日常ってやつを噛み締めている。

 それが那由他さんが最も大切にしているものだと確信しているから。

 

 ただ、

 

「……」

 

 不安な心を必死に押し殺し扉の隙間から隠れるように、こちらを伺い覗いている夏梨がいた。

 

 こいつはもう、死神ってモンを認識している。

 母さんと俺の力の一端を継いじまったんだろう。

 父親として複雑だよなぁ。他の才能だったら両手を上げて喜べたんだけどよぉ。

 

『親父、あたしにも霊圧ってやつはあんのか? 親父の……一兄を助けるだけの力とか、才能ってやつがあるのか?』

 

 夏梨からこんな事を言われて。俺は何て応えるのが正解だったんだろうな。

 あの強気で斜に構えた夏梨が、俺にこんなドストレートな言葉を投げかけてきたんだ。

 でも、いつもの馬鹿やって誤魔化そうとしたさ。

 

『……! バカ親父』

 

 いつもの罵倒でも呆れでもなく、泣くの我慢するように顔を歪めた娘の姿に、俺はどうすりゃ良かったんだろうな。

 

 

 ──なぁ、母さん。那由他さん。俺はやっぱり父親としては上等なモンじゃねぇな。

 

 

 眼の前でギャーギャーと那由他さんに関して盛り上がっている一護とルキアちゃんを視界に収めつつ、俺は夏梨の方へと顔を向ける。

 俺と目が合いビクリと肩を揺らした夏梨は、逃げるように二階へと上がっていった。

 

 でもよ。

 

 

 

 ──妹を護るのが兄貴なら、家族を護るのが父親ってもんだろ? 

 

 

 

 だから、俺は。

 

 那由他さん(家族)を護るために、この力を奮うんだ。

 一護(家族)を護るために、この力を振るうんだ。

 夏梨と遊子(家族)を護るために、この力を(ふる)うんだ。

 

 真咲(家族)を護るために、この力を。

 

 待ってろよ、藍染惣右介……! 

 

 

 

「では、何故に一心殿は護廷を離れたのですか?」

 

 

 

「へ?」

「それは俺も気になるな」

「あのぉ、それは、えっと……」

 

 二人の話をキチンと聞いていなかった俺はルキアちゃんからの質問に面食らってしまった。

 息子の前で母さんとの出会いや那由他さんとの再会エピソードを語るってマジ? 

 

 気恥ずかしくも俺の愛あふれるトークを聞いた二人は、最後には胃もたれしたような顔をしていた。

 

 

 そんな時だった。

 

 

 

 

 ()()()と同じ、強い霊圧を感じ取ったのは。

 

 

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 俺──阿散井(あばらい)恋次(れんじ)は浦原商店の前に居座っていた。

 

 護廷より援軍として駆けつけた俺たちだったが、あの破面たち以前に那由他さんに太刀打ちが出来なかった。

 瀞霊廷へルキアを救いに来た時、隊長格6人を相手に対等以上の力を見せつけたあの人だ。

 虚化した事で更なる実力を付けていても不思議じゃねぇ。

 

 それでも、俺たちは藍染の討伐を、那由他さんの奪還を諦める訳にはいかねぇんだ。

 

 だから、俺も力をつけなきゃならない。

 そのために必要なのは、一護を短期間で隊長格に匹敵する実力まで育て上げた浦原喜助の手を借りるのが最も効率的だ。

 

 今までの感情に蓋をしてでも、俺は強くなりたい。ならなきゃなんねえ。

 

 そもそもが藍染の陰謀で汚名を被っていた浦原喜助だ。

 今でも恨むのはお門違いってもんだろう。

 

 ただ、浦原喜助が『崩玉』なんてもんを作ったから始まった今でもあると、俺は自分の心に巣食う想いを消せずにいた。

 

 分かってはいる。

 

 那由他さんを助けるために尽くした結果だと。

 そして、同時にそれを利用した藍染の野郎の気持ちも、少しは理解出来てしまう自分に気が滅入りそうになる。

 

 頭を振る。

 

 違う。他人の犠牲の上に成り立つ自身を、あの人はきっと許せないだろう。

 何よりも、誰よりもこの世界を愛していたあの人は、きっと微かな笑みをたたえながら、自らを傷つけるように去っていくだろう。

 

 そんな事、俺が、俺らが許すはずがないって事もわかった上で、それでも那由他さんは──。

 

 目を瞑る。

 

 腕を組んで電柱により掛かる形で胡座(あぐら)をかき座る俺は、とにかく、浦原喜助の助力を勝ち取るつもりでいた。

 

「……店長~。まだいるぜ、アイツ」

 

 店の方から子供の声がする。

 どうして浦原喜助のところにいるかは分からないが、霊圧を感じ取れるところから訳アリなんだろう。

 

 元鬼道衆総帥である握菱(つかびし)鉄裁(てっさい)もいるんだ。

 ……思っていたのと違う浦原喜助の実像に当初は困惑もしたが。

 って、思考がループしちまってる。

 いい加減切り替えろよ、俺。

 

 

 

「あのぉ~、阿散井恋次サン?」

 

 

 

 と思っていたら、遂に観念したのか。

 浦原喜助が店から出てきて俺へと声をかけてきた。

 

「ウチにどのようなご要件ですかねぇ? アタシたちは別に護廷の方々へ用は無いんすけど……」

「俺にあるからここにいんだよ」

「まぁ、それはそうでしょうけど」

 

 俺は胡座から正座へと姿勢を正す。

 

「へ?」

 

 俺の態度の変化に奴は驚いた声を漏らすも、俺は無視して伝えた。

 

 

「俺を、鍛えてくれ。頼む……!」

 

 

 土下座する勢いで下げた頭の上から先程よりも強い困惑の気配が伺える。

 まぁ、当然だわな。

 

「一護は強い。アイツ自身の才能もあるだろうが、それだけであそこまで強くなれるとも思えねぇ。それを育てた人がいるはずだ。それは、アンタだろ。浦原喜助」

 

 視線を地面に向けたまま、俺は眼の前の人物に想いを吐露した。

 ただ、強くなり大切なモンを護れるようになるために。

 

「……」

 

 それを黙ったまま聞く浦原喜助の思考は読めない。

 そういう奴だろうとは分かっていても緊張はする。

 

「アタシだけの力とは口が裂けても言えないですけど……。阿散井サンの気持ちは分かりました」

 

 俺はその言葉にガバリと頭を上げる。

 

「そもそも、阿散井サンは()()()使()()()()()()()? どうして副隊長から隊長にならなかったんすか?」

「決まってんだろ」

 

 一つ息を吸い、

 

 

 

 

「俺がまだ、()()()()()()()()()()()じゃないからだ」

 

 

 

 

 ニヤリと口元を歪めた浦原喜助に対して、俺も不敵な笑みを返してやる。

 

「良いッスね。……分かりました」

 

 眼の前の胡散臭い天才は扇子で口元を隠し言う。

 

 

「貴方の特訓、承りました♪ ──そのためにも」

 

 

 そんな時だった。

 

 

「貴方の今の実力を、アタシに示して下さい」

 

 

 一転して鋭い目となった浦原喜助の目を見返す。

 

 

 

 ()()()と同じ、強い霊圧を感じ取ったのだ。

 

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 

 俺──グリムジョー・ジャガージャックは現世へと来ていた。

 

『その目で、見てきなさい』

 

 ウルキオラとヤミーが無様にも戻ってきた時点で、俺は死神共を始末してやろうと考えていた。

 それを見透かす、あの深い藍色の瞳に、俺は畏怖を覚えてしまった。

 

 クソがっ!? 

 

 他人に対して畏れを抱くだと? この俺が? 

 

 フザけるな! 

 

 誰に(はばか)る事なく、俺たちは現世へと来れた。

 それもアイツが許可を出したからだ。

 

 藍染(ボス)に真っ向から意見を言えるのはアイツくらいだろう。

 いや、意見じゃねぇな。ある意味で独断の指示だ。

 それを藍染は許容している。

 

 クソが。

 

 圧倒的な力。

 心酔させるカリスマ。

 包み込む慈悲。

 

 そして、断罪する覚悟。

 

 奴の優しさは、俺らに対する想いは本物だ。

 だからこそ気に入らない。

 ノイトラも同じようなモンを考えてるだろう。

 

 逆にハリベルやネリエル、ゾマリにアーロニーロは崇拝に近い。

 ザエルアポロは別の意味で信仰していて気色悪いが。

 

 スタークやバラガンらは態度にこそあまり表していないが、アイツを尊重している。

 あの十刃のトップ2を張る殺戮者たちが、だ。

 

 それでも、俺は気に入らない。

 

 ノイトラは自身の望みを正確に理解されているのが気持ち悪くも憧れている要因だろう。

 

 だが、俺は違う。

 

 俺は中級大虚(アジューカス)である時に、俺についてきていた、俺を王の器と信じていた奴らを喰った。

 

『俺はこれ以上強くなれない。だからグリムジョー、俺を喰って、お前は王となれ』

 

 そう言葉を残し、数多の最下級大虚(ギリアン)を喰った。

 

 今、俺の従属官(フラシオン)として残っているのは数人だけだ。

 

 

 ──ディ・ロイ。

 弱いくせに威張るのが好きなやつ。

 それでも、俺を王と信じて、俺と共に歩くために破面となった奴。

 小物だと周囲から馬鹿にされても、俺の従属官である事に、ある種の誇りを持っている。

 

 ──シャウロン・クーファン。

 自身の力を冷静に見れる、俺らの中じゃ珍しいタイプの奴。

 だからこそ、俺もこいつを頼りに出来る。俺と対等とも言える存在。

 

 ──エドラド・リオネス。

 脳筋なバカだが、その分言葉に嘘がない。

 力こそが自身を貫くもんだと信じる姿は嫌いじゃねぇ。

 

 ──イールフォルト・グランツ。

 ナルシストで他人を見下すが、それはこいつに限った話でもない。

 それに見合う努力を人知れずしているのは、こいつの美学ってやつなんだろう。

 そんな泥臭いところを含めての自信は、ある意味こいつらしい。

 

 ──ナキーム・グリンディーナ。

 最下級大虚の時から、自身の醜さを気にしていた。

 だからこそ、誰にもバカにされない力を貪欲に追い求めた奴だ。

 

 

 今はこれしか居ない、俺の同朋たち。

 

 那由他(アイツ)に拾われてからは奴の能力によって力の割譲が行われ、俺は最大級大虚(ヴァストローデ)に、他の奴らも中級大虚(アジューカス)となってから破面化した。

 

 ハッキリ言おう。

 

 

 

 ──俺たちは強い。

 

 

 

 初期に破面化した奴を除き、俺たち十刃と従属官に元最下級大虚(ギリアン)はいない

 

 それを成したのが那由他(アイツ)てのが業腹だが……。力こそが全ての(オレら)だ。

 なら、使えるもんはすべて使って。

 

 のし上がってやる。

 

 いつか、那由他(アイツ)すら喰らって。

 

 

 俺は、王と成る。

 

 

 そんなアイツが言ったんだ。

『その目で見てこい』ってな。

 あぁ、見てやろうじゃねぇか。

 

 てめぇの目が何を見たのか! 

 俺の目で、しっかり見届けてやるよ! 

 

 

「全員、捕捉は完了したか?」

「無論」

 

 俺の質問にシャウロンが返す。

 

 ウルキオラからの報告で、現世にいる死神を始めとした霊力持ちは既に割れている。

 こっちから仕掛けるのに造作もない。

 

 名前なんて知らねぇが、別に関係ねぇ。

 

「いくぜ」

 

 俺の背後で獰猛な笑みを浮かべる奴らがいる。

 

 俺は、こいつらの王だ。

 

 

 

「一匹たりとも、逃がすんじゃねぇぞ!!」

 

 

 

 今まで押し留めていた霊圧を爆発させ、俺らは侵軍を開始した。

 

 

『従属官が生きて帰れるとは思わない事です』

 

 

 うるせぇ! 

 

 見せてやるよ、俺らの実力を、俺らの覚悟を。

 

 

 那由他(テメェ)は黙って眺めてな!! 

 

 




ゆーぼ様より支援絵を頂きました!
人生で初めて頂戴したのでテンションが爆上がりしております。都市伝説じゃなかったんだ……。
『第34話:破面…だと…!?』における那由他の死覇破面の姿です。

【挿絵表示】

本当にありがとうございます!
これからも皆様に楽しんでいただけるような話を目指して更新をして参ります!


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破る…だと…!?

 俺──茶渡泰虎は感じた霊圧に呼応するように上体を寝床から起こした。

 

「ダメだよ、茶渡くん! まだ治療は終わっていないんだ!?」

 

 井上の双天……なんだったか。

 彼女の能力による精霊? みたいな存在に回復を(ほどこ)してもらっていたが、この子たちの言う事にうなずく事も出来ない。

 

「いや、もう大丈夫だ。井上のところへ戻って彼女を治してやってくれ」

 

 自身よりも俺の治療を優先してくれた井上には申し訳ないが。

 俺の言葉に動揺する彼ら、彼女らか? を置いて自宅を飛び出す。

 

 今も感じている強い霊圧は虚に似ている。

 それは()()()と同じ感覚。

 

 つまり、俺が超えなければいけない壁だ。

 

 

「何でぇ、死神じゃねーのかよ」

 

 

 家を出て。

 霊圧を探ろうとした瞬間にかかる声に、ゆっくりと振り返る。

 

 

「ハズレだ」

 

 

 相手の顔を見る間もなく、俺の胸元に凶刃は振られていた。

 

 しかし、

 

 

 

 

 

「遅いな」

 

 

 

 

 

「あ?」

 

 俺はその手を握手するように握る。

 自分よりも小さな手だった。

 

「あ!?」

 

「ハズレかどうかは知らないが──」

 

 苛立ちと困惑、そして隠しきれない驚愕を宿した相手の顔を、ようやく見れた。

 掴んだ後で気づいたが、どうやら手刀でもって攻撃をしていたようだ。

 もし刀だったら普通に切られていただろう。どうして、俺は彼の手を握ったんだ……? 

 

 咄嗟の行動に意味はないかもしれない。

 しかし、俺にはこの場に立つ理由がある。

 

 

「戦ってから判断したらどうだ、破面(アランカル)……!」

 

 

「……ハッ! それもそうだなぁ!」

 

 俺は誰とも知らない相手を殴るのは止めたのだ。

 自らのエゴで、拳で、殴るのならば。

 

 

 俺は殴る相手を、せめて知りたい。

 

 

「俺は茶渡(さど)泰虎(やすとら)だ。お前の名は?」

「はぁ……?」

 

 ……こちらに近づいてくる霊圧を感じる。

 これは、一護とルキアか。

 

「バッカじゃねぇんか、オマエ? これから死ぬ奴に教える意味とかねぇだろ」

 

 顔半分を隠す形で頭へ巻いている白いターバンのような衣装。

 前を(はだ)けている着崩し方も含め、どこか民族的な装いだ。

 だからかもしれない。

 

 

 自らが依って立つ“芯”というモノが彼にもあるのなら、俺は知りたいと思った。

 

 

「俺はラテン系の血を引いている」

「?」

 

 呆れたような表情を返す彼を気にせず、俺は言葉を続ける。

 

「メキシカンのクオーター……メキシカーナのクアルタだ。俺は故郷(プエブロ・ナタル)でも周囲から認められなかった。暴力で解決し、何も得るモノが無かった」

「……だからなんだよ」

 

 構えながらも戦意を若干落とした相手に感謝を覚える。

 自分語りなどする性格ではないが、彼には何故か、俺の事を伝えたいと思った。

 

「だからこそ、俺が“俺”と成るために大切な出会いが、“ここ”には多くある」

 

 無言で、まるで続きを促すように待つ相手。

 名も知らぬ、敵である、破面。

 

「だから、俺はお前と戦う。──お前は、何故、俺と戦う」

「……」

 

 すると、敵は構えを解き俺に伝える。

 

 

「──名は、ディ・ロイ・リンカー。俺が信じる王のために、俺は馬鹿にされようと前に進み戦う」

 

 

 そうか、目の前の()()は、ディ・ロイ・リンカーというのか。

 

 おもむろに頭に付けていた布をディ・ロイは取り払う。

 そこには(かじ)られたような傷跡を残す顔半分があった。

 

 憐れむのは違う。

 

 ああ、そうか。

 

 俺が暴力で何も得られなかったのに対し、ディ・ロイは暴力という虚にとって最も象徴すべき(あと)をつけた相手が──“王”であるから誇りなのかもしれない。

 

 

「ありがとう。これで……躊躇い無く拳を振るえる」

 

「あぁ、礼を言うぜ。俺の傷痕(誇り)に拳を構えてくれてよ」

 

 

 先日までの俺に対して、一護はきっと言うだろう。

 

『俺に任せて、下がっててくれ』、と。

 

 それは単純に俺の実力が足りないからだ。

 中学までのように、俺に背中を託せないからだ。

 

 あいつは強くなった。

 俺よりもずっと、誰よりも強い心を持って。

 

 背中を預けられるってことは、相棒の背を護るということだ。

 

 ならば、

 

 

「気にするだけ無駄だと、気を遣う無意味さを──俺自身で証明するしかない」

 

 

 ディ・ロイは嬉しそうに口元を歪める。

 

「あぁ、そうだな。気にするだけ無駄だぜ、ヤストラ」

 

 俺の名を呼ぶ破面(てき)は、再度戦闘の構えを取り叫ぶ。

 

 言葉足らずで、独りよがりで、無意味かもしれない。

 それでも、譲れないものがある。

 

 それを教えてくれたのは──お前だ、一護。

 

 

「俺を認めて(救って)くれた言葉は、大切なモノ(ココロ)を持たない(オレ)らが決して言えないモンだ! だから俺は、俺を認めてくれた(グリムジョー)を王にしたい!! そして──」

 

 

 俺は自らの芯を作ってくれた一護に、そして──

 

 

 

 

「「それら誇りを気付かせてくれた、那由他(あの人)に誇れるように!!」」

 

 

 

 

 ……まさか同じような言葉を言うと思ってもいなかった。

 

「やめようや、喋んのはもう充分だろ?」

 

 ディ・ロイの言葉に苦笑が漏れる。

 彼も呆れたような笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 それでも、俺らは──敵だ。

 

 

 

 

「じゃあな、ヤストラ。虚になってまた会おうぜ」

「あぁ、ディ・ロイ。もう二度と会うことは無いだろう」

 

 

 これは、一護にも邪魔させない。

 

 俺がお前の背を追いかけるだけの存在では無いと、知らしめる覚悟だ。

 

 

 

「『巨人の右腕(ブラソ・デレチャ・デ・ヒガンテ)』……!!」

 

 

 

 振りかぶった右腕の向こう側。

 どうして相手の背後に。

 

 

 

 ──俺は那由他(あの人)の幻影を見てるんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 

 

 

「これから殺す奴を相手に名なんぞ名乗るだけ無駄だろう」

 

 俺──斑目(まだらめ)一角(いっかく)に対して、目の前の男はホザいた。

 

 

 

 那由他さんが()()()後は誰が来るかと思っていたら、どうやら俺は極上の戦場を用意されていたらしい。

 見晴らしの良い高台みたいな建物の上に胡座をかいてたら、相手さんから来やがった。

 

 霊圧を感じ取って興奮した。

 

 圧力ってのは身体に押し掛かる期待だ。

 願望で理想だ。他人に己の欲望を押し付ける行為だ。

 しかし、誰もが出せないからこそ、誰もが(ひか)えるからこそ。

 

 

 奮える奴に価値を覚える! 

 

 

 自身の実力がどこまで通じるか、どのような力を持ちたいか。それは直接対峙したら肌で感じられる。

 その魅力を語れない奴は十一番隊にいない。

 

 じゃぁ、俺は今どうかっていうと──。

 

 

 

「楽しいなあ!!」

 

 

 

「戦いに楽しみを覚えたら、ただの暴走じゃねえかと思ってた」

「あん?」

 

 そいつは、額から血を流しながら、

 

 

「……無礼を詫びよう。俺は『エドラド・リオネス』だ!」

 

 

 真っ直ぐ見つめる瞳の中に、一護に通ずるものを見た気がした。

 

 

「更木隊第三席、斑目一角だ」

 

 何が通じたかは分からない。

 そもそも、殴り合う気性の十一番隊(オレら)は喋るより斬る。

 

 十一番隊(その環境)を理想としている俺なのだ。

 十一番隊(その隊長)を理想としている俺なのだ。

 十一番隊(その右腕)を理想としている俺なのだ。

 

 

「護廷の番号を名乗らないか」

「あん? 俺の上は一人だからな」

 

 そう、俺の応えを聞いた破面──エドラドはニヤリと笑った。

 

「なるほど……、俺の上も一人だ」

「気が合うじゃねぇか」

「なら、俺の全力でもって応えよう」

「おうよ」

 

 

 

 

 

『待ち……やが、れ……!!』

 

 

 思い出すのは更木隊長と初めて会った時。

 

 

「なんだ、まだ生きてたのか」

「どういう気だてめえ! どうして止めを刺さねえ……!?」

 

 死神になる前の遠い記憶。

 しかし、俺の根幹であり、鮮明に思い浮かぶ光景。

 

「悪ぃな、戦えなくなった奴に興味はねえんだ。わざわざ止めを刺してやる義理もねえ」

 

 ふざけるなと思った。

 バカにしているのかと思った。

 

 しかし、更木隊長の言葉に、俺は生き方ってモンを教えられた。

 

 

「負けを認めて死にたがるな! 死んで初めて負けを認めろ!」

 

 

 死に損ねた俺を()()()()と言った人。

 てめえを殺し損ねた自分を殺しにこいと言った人。

 

 俺の考える“力”ってモンをぶっ壊す価値観だった。

 

 だけどよ、俺の胸の中にもう一個宿る教えがある。

 

 

『一角さんは、卍解をどのような物だと考えますか』

 

 

 那由他さんに稽古をつけてもらっていた時の話だ。

 

『力の象徴でしょうか。それとも、隊長格への資格でしょうか』

 

 俺は更木隊長と出会った時に、「あの人の下で戦いたい」と願った。

 だから、第三席を貰っても、卍解を習得しても。俺は隊長になりたいとは思わなかった。

 

 しかし、じゃあ、俺は何で卍解を会得出来たのだろうか、とも考えさせられた。

 

 俺の斬魄刀『鬼灯丸』は俺に反して起きるのが遅い。

 今まではイライラする相性の合わねえ奴だと思ってもいたが、那由他さんからの質問でふと疑問が浮かんだ。

 

 

 

 ──魂の半身である斬魄刀との相性が合わないってのは、どういうことだ? ってな。

 

 

 

 藍染の裏切りに端を発する今回の現世行き。

 色々とゴチャゴチャした理由はあるだろうが、んなもんはとりあえず置いておく。

 

 ただ、メンバーの選抜をする上での起点は現死神代行である黒崎一護だった。

 あいつを知っている朽木が選ばれ、その朽木を一番知っている恋次が選ばれ、そして恋次が信頼できる戦闘要員として俺が選ばれた。

 

 でも、それ以上に直感したんだ。

 

 

 俺は更木隊長に憧れ、那由他()()に気付かされた。

 殴ったり切ったりじゃなく、どうしてお前は殴るんだって意味を問いかけられた。

 なんで、

 

『卍解の出来ない隊長がいるのですから、卍解の出来る席官がいても良いでしょう』

 

 なんで、そんな言葉をくれたのか。

 卍解が出来ねえ奴が、そういう言葉を言えんのか? 

 

 違う、もっと、根本的なモノだ。

 

 自身の弱みを、真っ正面から言えるかどうかだ。

 強くなりたいと願う人が、他人の強みに惜しみない賛辞を贈れるかどうかだ。

 上から見下す人に、謙虚でありつつも貪欲でいられるかどうかだ。

 

 俺が知った時なんて、那由他さんが隊長になってから少し経った時期ではあった。

 しかし、射場さんを七番隊に持っていかれて、少しふてくされていた時期でもあった。

 

 

「なして、ワシが移ったと思っちょる」

 

 

 射場さんは藍染七番隊隊長を尊敬していた。

 当時の俺には全く理解できなかったが。

 

「知らねぇから聞いてんすよ」

 

 面白そうにカラカラと一瞬笑った射場さんは、一言だけ伝えた。

 

「姉御」

 

「は?」

 

「あん人は、伝えんのが苦手じゃぁ」

 

「はぁ」

 

 何を言いたいのかは分からなかったが、何かを伝えたいのだとは分かった。

 

「でも、伝えられん──どげんとする?」

 

 伝えるには言葉を使うだろう。

 だから、簡潔にするとかだろうか。

 

「目的を明確にするとか、誰かを倒したい、みたいな……とかっすか?」

 

 笑われた。

 え、なんで笑うんすかね。

 

「姉御の答えを教えちゃる」

「はい」

 

 むしろ、射場さんが教える内容の方が気になっていた。

 

「手を握る、じゃとさ」

 

「は?」

 

 それは言葉でのやり取りじゃない。

 俺らが強さと言うように、その人は

 

『手を握らせてもらえたら相手の反応で判断します。手を握る瞬間までは何も考えていません』

 

 訳が分からなかった。

 

「儂も訳が分からんかったけぇの」

 

 射場さんは言う。

 それこそがあの人の魅力であり、大事な事を教わった瞬間だったと。

 

 

 

 

()きろ──”火山獣(ボルカニカ)!!」

 

 奴──エドラドと名乗った破面が斬魄刀の名を呼ぶ。

 

 瞬間、エドラドの体躯が豹変した。

 刀が消え去り、自身の両腕が怪物のような剛腕へと変貌する。

 

「これが俺の、破面No.13(トレッセ)『エドラド・リオネス』の斬魄刀解放だ!」

 

 そいつは目に誇りと自負を宿していた。

 

 あぁ、この目は駄目だわ。

 

 俺──斑目一角の矜持を刺激する。

 

「なら、俺も応えなくちゃな」

 

 俺は再度構え、エドラドの目を見据える。

 

「戦いを楽しむのならば、破面(俺たち)に歯向かう気さえ無くなるほどの差を、貴様の骨に刻み込む!」

 

 エドラドはその巨体すらも凌駕する、己の身長と同じほどに肥大化した巨腕を地面へとゆっくり下ろした。

 

「俺の上にいるのは一人だが、尊敬する者の言葉があってな──『まずは手を握れ』だそうだ」

「!?」

 

 そいつぁ、ハッ! 

 気が合うなぁ、おい。

 

 那由他さんが今の状態になったのも、そんな時間が経ってないって事だろう。

 

「俺は握りつぶした方が早いって言ったんだがよ、そしたら何て返されたと思う? ──『それは、貴方の手が相手を握ったのです。握り返された時、貴方はどうするのですか』だとよ」

 

 エドラドは思い出したのかクツクツと可笑しそうに笑う。

 その顔が予想以上に純粋なもので、俺は少し驚いた。

 

「どうするもこうするも、こうやってお前と対峙しているのが答えだろうな。あの人が伝えたかった事とは違うだろうけどよ」

「いや」

 

 俺は口元に笑みを携え、目を大きく見開きながら霊圧を上げていく。

 

「たぶん、お前の言葉にあの人は満足するだろうぜ」

 

 戦いに楽しみを見出す俺に対しても、那由他さんはきっと似たような事を言うだろう。

 それだけ、俺という存在に価値を見出していたんだろう。

 

 

 だから、俺の斬魄刀と向き合った時、俺は“壁”を超えられたんだ。

 

 

 

「行くぜ。まだ数人しか知らねぇ、俺の()()を披露してやるよ」

 

 

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 あたし──松本乱菊の相手は、その巨漢に似合わない素早さを誇っていた。

 

「副隊長とはその程度の実力なのか?」

「ぐっ!?」

 

 向こうでは隊長が別の破面と戦っているが、卍解をしても押されている。

 こいつら、強い! 

 

「あの人が『従属官(俺たち)は生き残れない』なんて言ってたが……この程度の奴に負けると思われたって事か?」

 

 呆れとも言えるため息を吐いた眼の前の巨漢は、視線をあたしからズラして少し後ろの方を見る。

 

「そこにいる女に助けてもらったらどうだ?」

 

 思わず舌打ちをしてしまう。

 女、とは織姫の事だろう。

 

 彼女は胸元で強く手を握りながら、それでもこの戦いに手を出そうとはしていない。

 それはあたしが予め彼女へ「手を出さないで」と伝えていたからだ。

 

 那由他さんが虚として力を振るったあの時。

 あたしたちは翻弄されるだけで、正直なにも出来なかった。

 その悔しさや、何よりも誇りが許さなかった。

 

 ──ギンを討つのはあたしでありたいという、暗い感情も。

 

「……チッ。まだ足りねぇか」

 

 その言葉に、あたしは驚き相手の顔を見つめる。

 今のは、恐らくだけど、那由他さん(あの人)への想いだ。

 

 それは直感であり、特に確証のない感情。

 けれども、あたしはその言葉の意味を、どうしても知りたいと思った。

 

 

「ねえ、あんた。“オペラ座の怪人”って知ってる?」

 

 

「は?」

「あれ、那由多さんから勧められて見てみたんだけど、あたしには理解できなかったのよね。なんかクリスティーナが那由多さんで、ファントムが藍染に見えてきたのは少し笑ったけど」

 

 唐突なあたしの話に訝しげな顔をするのも当然だろう。

 それでも、あたしの口は、想いは止まらなかった。

 

「ただ、その中でも共感というか尊敬できる部分もあってさ。それはクリスティーナの、ただ前を向く姿なのよね」

 

 彼女の輝きを曲解して、報われず、救われなかったのがファントム。

 そしたらさ、なんかファントムに同情しちゃったんだ。

 

 ──まるであたしみたいだなって。

 

 今は敵になった幼馴染にあたしが向けていた視線って、なんかファントムと被るかもって。

 

 いや、別に似てはないんだけどね。

 なんか気持ちの根幹というか、思考の始まりというか。

 そんな部分が、似てるような気がしただけ。

 

「だから、あんたに聞くわ──あんたの気持ちは、何?」

 

 虚に気持ちを聞くのは馬鹿らしいって言われるかもだけど。

 あたしたちは那由多さんの教え子なんだ。

 

「あの人に敬意を表すなら、あんたも嘘偽り無く答えな」

 

「……」

 

 鋭い視線でこちらを睨む破面。

 

 しばし無言の時間が続いたが、

 

 

「俺は醜かった」

 

 

 そいつは、重い口をようやく開いた。

 

「虚なんて、自分の求めるモノしか無い奴らだ。だから求めた。あの人の愛を、あの人の慈悲を。──そして、俺は褒められたんだ」

 

 

『ナキーム、貴方は随分と身体を張るのですね』

 

 

「俺は身体がデカイのが取り柄だったから。ただ、それだけの事を、那由多様は心配して下さった」

 

 

『貴方の役目は確かにあります。ですから、それまでは労って下さい』

 

 

「醜い俺に投げかけられた言葉を、俺がどんな気持ちで受け取ったか分かるか!?」

 

 段々と感情的になっていく喋り口に瞠目する。

 誰だ、虚に心が無いなんて言った奴は。

 

 彼は、こんなにも、

 

「他から馬鹿にされ、愚鈍でノロマな俺に、あの人がかけた言葉がどれだけのモノだったか理解できる訳がねぇ!!」

 

 “心”を持っているじゃない。

 

「だから俺は響歩(ソニード)を鍛えた」

 

 そこには誇り、矜持、譲れぬ確かな想いが宿っていた。

 

「俺でも目指せる頂があると信じた。今の俺が、こうして死神と戦うのも、我らが王とあの人に報いるためだ!」

 

 

「……そう」

 

 

 圧倒された。

 それだけの、叫びだった。

 

「なら、あたしはあんたを馬鹿にできないわ」

 

 でも、

 

「あんたを倒すことに、躊躇いも持てない」

 

 霊圧を更に開放する。

 こいつに……、そういや名前を聞いてなかった。

 那由他さんに名前は大事ですよって、よく言われてたなぁ。

 

「あたしは、松本乱菊」

「……ナキーム・グリンディーナ」

 

「そっか、ナキーム。あの人の事を想ってくれてありがとう。そして、あたしに話してくれてありがとう」

 

 これが、あたしの矜持だから。背負いたい信念だから。

 だから、あんたの“心”も、あたしが背負ってあげる。

 

 

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 

 

「てめぇは、“頂きに届くことはない”と言われた人を知ってるか?」

 

 

 死神二人は問う。

 

 

「自分の欠点を、人に曝け出せる人を知ってる?」

 

 

 自身の原点を。

 

 

「他人への想いで、心を傷つける人を知ってんのかよ」

 

 

 松本乱菊が、斑目一角が問う。

 

 

「その人が、どうやって頂へと歩き始めたか」

 

「なんてことはねぇ。大切なモンを護るためだ」

 

「でも、それを実践出来た人が、どれだけいるってのよ」

 

 

 少なからず言葉を交わし、死神たちは虚の想いを受け取った。

 心を持たない虚の気持ちを感じとれたのだ。

 

 

「ただ、それだけのために強くなれた人は居なかった」

 

「ただ、それだけのために身体を張った人は居なかった」

 

 

 だからこそ、虚の気持ちを育てたであろう存在を意識せずにはいられない。

 だからこそ、最近出会ったばかりの黒崎一護に対しても、その心を突き動かされた。

 

 自分たちが見てきた背中が、確かに一護の中に息づいていたから。

 

 そして、だからこそ、虚に気付いて欲しいとも強く思っていた。

 

 

「なぁ、知ってるか? ──自分の身体やプライドよりも大切なモンを持ってる人が、いかに偉大で強いかって事をよ」

 

「教えてあげる。──あたし達が、誰の背を追い、そして追い越したいのかを」

 

「てめぇの魂に刻みつけろ。──俺らの誇りを、そして強さの意味を」

 

「気付かせてあげる。──“心”ってのは、他人からは奪えないってことを」

 

 

 彼らは那由他の背を見てきた。

 

 本人の意思を考えれば、確かに彼女は世界(彼ら)を愛していたのだろう。

 

 

 しかし、那由他が表面的に捉えていた強さよりも、もっと大きく影響を与えた“心”の変化を、那由他は気づけていなかった。

 

 

 

 

 

 

『 卍 解 』

 

 

 

 

 

 

 本来の世界(原作)における実力を基準にしている那由他には、考えの一端も思い浮かばないであろう変化。

 

 

 

 

 

「『灰燼之猫爪(かいじんのびょうそう)』!!」

 

 

 

「『覇龍鬼灯丸(はりゅうほおずきまる)』!!」

 

 

 

 

 

 彼らの力は、目指す、見据える頂きは。

 

 

 己の仮面(げんかい)を破る──。

 

 

 




ナ「なん…ですとぉ…!?」


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矜持…だと!?

 

「──これを以て、十一番隊第六席、阿散井恋次を六番隊副隊長に任ずるものとする」

 

ピッと張り詰めた空気の中。

俺──阿散井恋次は同期の雛森、いや、五番隊副隊長である雛森桃から辞令を貰った。

 

「おめでとう、阿散井くん!」

 

ただ、その空気も雛森によってすぐにぶっ壊されたが。

同期とは言え今までは席官と隊長格だった訳で、今はもう俺も副隊長になったがまだ辞令を貰ったばかりな訳で。

 

「お、おうっ! あ、イヤ、慎んでお受け致します、雛森副隊長!」

「いいよそんな、堅苦しいなあ」

 

クスクスと口元に手を当てながら笑う雛森に、なんだかバツが悪くなる。

そして、俺もようやく隊長格へと至れたことに、遅ればせながら嬉しさがこみ上げてきた。

 

これで、少しはあの人にも近づけただろうか……。

 

「良かったじゃねぇか。これでまた一歩近づいた訳だ」

「……一角さん」

 

俺の尊敬する先輩の一人である十一番隊の第三席を担う一角さんからも言葉をもらう。

 

「そろそろ良いんじゃねぇか、ルキアちゃんてのに話してやっても」

 

……ルキアは六番隊の隊長、俺の新たな上司となる朽木白哉隊長の実家へ養子に入った。

 

真央霊術院に目の前の雛森、吉良、俺、そしてルキアの四人が特の一組に入り過ごした1年を思い出す。

希望と期待を胸に抱いて、現世実習の時に起きた事件によってあの人への憧れを強くした。

皆で死神になり、歴史に名を残すような偉大な死神になろうと誓いあった。

 

その場から、ルキアが消えるなんて、考えてもみなかった。

 

「相手がいくら貴族だからって、副隊長なら対等以上だろ。そろそろ元の関係に戻っても良い頃だぜ」

「いえ、こんなんで満足なんて出来ません」

 

俺の中に宿る“強さ”の格は、まだ隊長格に至っていない。

 

 

 

「それにアイツとは約束があるんすよ。俺とルキアが交わした最後の言葉は──」

 

 

 

△▽△

 

 

 

「おおおおおぉおぉお!!」

 

感じ取った霊圧の内の一つ。

金髪ロンゲな優男風の破面が俺──阿散井恋次の対峙した相手だった。

 

しかし、

 

「はははははは!」

 

こいつ、強えぇ!

 

「そんなものか兄弟! お前の卍解ってのは!」

「兄弟兄弟うるせぇんだよ!」

「お前も那由他様に教えを頂いていたんだろう? 同じ師を(いただ)いているなら兄弟じゃないか」

 

何を言ってやがんだ、コイツ!?

那由他さんをあんな姿にして、まるで別人となったあの人を!

 

 

「テメェがあの人を語んじゃねぇ!!」

 

 

「!?」

 

瞬間、爆発的に上がった霊力で相手を吹き飛ばす。

しかし、しっかりと奴は斬魄刀で防御をしていた。ダメージはほぼ入っていないだろう。

 

チッ!

隊長格以上が現世へ赴く際に付与される“限定霊印”。

これは現世への影響を考え、本来の力を約5分の1まで引き下げるものだ。

 

……敵の実力を軽く見すぎてたかもしれねぇ。

 

このままじゃ、結構ヤベェな。

 

「お前程度の実力で副隊長か。護廷十三隊の底が知れるな」

「んだと」

「分かりやすく伝えようか? 那由他様が護った存在がこれでは、あの方も悲しまれるだろう、と言ったのだ」

 

一瞬にして頭に血が上りそうになる。

だめだ、冷静になれ。怒りに身を任せて勝てるような相手じゃない。

 

 

「お姉ちゃんを悪く言う奴は──許さない」

 

 

「「!?」」

 

 

途端、奴が吹き飛んだ。

 

先程の俺が吹き飛ばした時とは明らかに違う、確かな一撃が入っていた。

 

あれは……浦原喜助のとこにいた子供の一人か!?

 

「くそっ! 何だお前は!?」

 

奴も咄嗟の出来事に反応出来なかったのだろう。

攻撃を食らった頭から流血しながら驚愕の表情で襲撃者を見据える。

 

今まで気付かなかったのが信じられない程の霊圧を身体から迸らせる少女。

そのガキは人間の身であるにも関わらず、瞬歩もかくやという速度で破面へと肉薄した。

 

「あなたは言った、那由他さん(お姉ちゃん)が悲しむって」

「ガッ!?」

 

「お姉ちゃんが悲しむのは許さない。許せないから敵。敵は──排除

 

そう一方的に告げたガキは、己の小さな拳を振り上げた。

 

 

「図に、乗るなぁァァァ!!」

 

 

ただし、相手もそれを許さなかった。

ガキの拳よりも素早く手に持つ斬魄刀を薙ぎ払い、少女との距離を無理やりこじ開ける。

 

「悲しむのが許せない? 許せないから敵、だと? ガキのチンケな理由など、理想にすぎない!!」

 

もらった一撃が思いの外重かったのだろう。

破面は肩で息を弾ませながらも、こちらが驚くほどの怒りと感情をぶつけてきた。

 

ただ、一番驚いたのは──奴が殊更「那由他さんを侮辱された」と、そう露わにした事だった。

 

「あの方の理想は、我ら破面と共にある! 偉大なお方の、あの方の、那由他様の信念は、決して自らの悲しみに左右されない!! ガキが優先する自己欲求のような卑小なもので彼女を語るな!!!」

 

絶句した。

 

こいつらは、確かに、()()()()()()()()()()()

 

それが正しいかどうかじゃない。

自分が知っている彼女の姿を、言葉に想いに乗せていた。

 

俺の知っている、あの人の想いは。

破面(こいつら)にすら届いていたのか。

 

「虚であった俺が破面となり、人としての姿を得た際。あの方は俺には役目があると仰った! そして、それは決して他者では担えないものであると!」

 

『恋次くん。力を求めるのは決して間違ってはいません。しかし』

 

「俺だけでない! 誰もがあの方からお言葉を頂戴した! 己の責務を忘れてはならないと!」

 

『自らの足元は、決して見失わないように』

 

「ガキが! 死神どもが! 自身をあの方の特別だと信じる奴ら全て! 俺、破面No.15(クインセ)『イールフォルト・グランツ』が!」

 

『敵であっても、相手を理解した上で、自身を理解した上で……刃を向けなさい』

 

「──砕いてみせる……!」

 

自らが信じる願いがあった。

自らが信じる恐れがあった。

自らが信じる憧れがあった。

 

 

「“突き砕け”!──蒼角王子(ボルトロ)』!!

 

 

那由他さん、あんたやっぱとんでもねぇわ。

 

上半身が牛のように巨大な姿へと变化した破面、『イールフォルト・グランツ』を呑気に眺めてしまう。

あのガキも奴の慟哭まがいの叫びで正気に戻ったようだ。

目が逝ってたからな、さっき。

 

は~、俺まで頭から冷水ぶっかけられた気分なんだがよぉ。

怒り狂ってるイールフォルトに話が今更通じるとは思えねぇ。

 

「……悪かったよ。さっきは『あの人を語んな』、なんて言って」

 

相手からの返答を期待していた訳ではない。

ただ、俺の矜持ってもんを貫くために一方的に放っただけの自己満足みたいなもんだ。

 

 

ただ、……これは運が良いのか悪いのか。

 

 

折角、目の前の奴と向き合う覚悟が出来たとこなのによ。

 

「悪ぃな、終いみてぇだ」

「あぁ!?」

 

未だ興奮状態のイールフォルトに、俺は静かに向き合う。

 

 

「“限定霊印”が解除された」

 

 

俺の言葉の意味を直感で理解したのだろう。

イールフォルトは仮面の奥から覗く瞳を大きく開いた。

 

 

「なんか、もっと話してたかったな」

「舐めるな、死神がぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「……あばよ」

 

 

今まで5分の1しか実力を出せなかったってのは、斬魄刀本来の力を出せていないも同義だ。

 

だから、俺は蛇尾丸の本来の姿で卍解出来ていなかった。

 

 

 

「“吼えろ”──『双王蛇尾丸』」

 

 

 

俺の周囲の霊圧が渦巻き、身に纏う衣装、既に卍解している斬魄刀すら姿を変える。

 

「卍解は死神の頂きだ。だからこそ、習得出来た時と“真の姿”を解放出来た時でも差が出る」

「なん……だと……」

 

「蛇尾丸は狒々の身体に蛇の尾を持つ、故に『双王』。──これが俺の全力で、てめぇの想いに対する応えだ」

 

イールフォルトの仮面を破り、俺の大蛇王が奴の身体を貫く。

 

ほんと、さっき言った“話したかった”は嘘じゃねぇ。

 

俺が知らないあの人を知っているんだろう。

俺の知らないあの人を敬っているんだろう。

俺の知らないあの人を追っているんだろう。

 

 

「俺は、()から……“戦士”の、素質、を……あぁ」

 

 

でもよ、最後の一言は違えだろ。

 

 

「那由他様、これが、俺の“役目”なのですか…………?」

 

 

「馬鹿野郎が」

 

 

那由他さんが、()()()()()()()なんて望むわけねぇだろ──。

 

 

 

 

「ごめん、なさい……」

 

 

感傷っぽいものに一人浸ってたら話かけられた。

え、すげぇ恥ずかしいんだが。

 

そういやガキ、名前は知らねぇが小学生くらいの女子がいたんだったわ。

 

見かけた程度の、知人とも言えない奴だから忘れていた。

 

「私、人見知りで、でも、お姉ちゃんは、すごく優しくて強くて、私と同じだって」

「同じ?」

「……ほかの人から、怖がられたりとか」

 

なんとなく察した。

 

こいつも、自身の心が身体とかに付いて行けてねぇんだ。

俺と同じじゃねぇか。

 

「なら、自分がどうなりたいか考えるんだな」

「どうなりたい、か?」

「おお」

 

 

てめぇが姉って呼ぶ人が、どうして臆病な(てめぇ)()()したか、よく考えろや、ガキ。

 

 

 

『兄を、姉を、偉大な背を、私は誇りだと他人事で済ますつもりはないぞ、恋次』

 

 

 

──ルキアとの約束は、今も俺の中で煌々と燃え上がっている。

 

 

 

 

 

▲▽▲

 

 

 

 

「卍解……だと……!?」

 

俺──エドラド・リオネスの前で悪戯じみた笑みを浮かべる死神、斑目一角に驚愕の表情を浮かべる。

 

 

奴は両手に身の丈を越える大刀を振りかざし、背後に一本の大きな()を携えていた。

 

 

「『鬼灯丸』は俺に反して寝起きが悪ぃんだ」

 

 

だから、俺は言葉よりも太刀(ウデ)を振るった。

いつもの俺らしくなく、ただ刃を交えたいと思った。

 

 

「でもよ、一合ごとに目が覚める」

 

 

俺は自らの武を誇り、それだけ相手の武に対して慎重である。

だからだろうか、

 

 

「強靭な()に想いが籠もるように、俺の武は龍が如く天に昇る! 強敵と相対し、一合ごとに震える心は──刃を強くする!」

 

 

敵と見据えた死神の言葉に、ここまで呼応したいと思うのは。

俺の存在価値が今ここで試されていると思うのは。

 

 

ここまで“覇”を宿した戦士がいたかと、この場に楽しみを覚えるのは!

 

 

 

「『覇龍鬼灯丸』は、相手と刃を交えるほどに、その威力を増していく!!

 

 

 

“覇”とは他者を虐げる事ではない。

他者を飲み込む“武”である!

 

「震えろ! 己の武が俺を育てることに! 奮え! 己の武が俺を強敵とする事に!」

 

これほど歓喜する戦いがあっただろうか。

 

 

 

「強敵とは、己の心を超えるモンだ!!」

 

 

 

「ああ!!!」

 

 

 

感謝しよう、斑目一角!

俺は戦いを盤上の遊戯のように捉えていた節がある。

相手の癖を読み、相手の弱点をつき、相手の強さを封じようと考えていた。

 

それは、俺の戦いにおける価値観でもあるが、武を誇る事にはならないとも感じていた。

 

 

「俺の斬魄刀()が折れなきゃ、俺を超えられねぇぞ! エドラド・リオネス!!!」

 

 

きっと、奴の斬魄刀()硬いだろう。

羨ましいなぁ、おい。

 

自身の想いを“心”と表せる事に羨望を抱く。

 

破面(俺ら)は、それを()()()()()()

 

無いのは勿論だが、亡くしたんだ。

 

だから、羨ましいんだ。

 

 

「餞別だ、持ってきな」

「俺の一撃を見てから言いな」

「おう、そらそうだ」

「なら、行くぜ?

 

     

──炎獣神撃(ボルカ・カルゴ)

 

 

 

龍紋月鐘(りゅうもんげっしょう)

 

 

 

奴の──斑目一角という死神の姿を見続け、俺は力の奔流に飲まれた。

 

 

 

クソが。

悔しいって思っちまったじゃねぇかよ。

 

 

お前の武を、もっと見ていたかったってな。

 

 

 

 

 




ヨンでくださって感謝!
更新したいけど執筆時間を取れてない弱者です。ホントありがとう。


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虚構…だと…!?

 

 

「お前は卍解を習得していなかったはずでは……!?」

 

 

 俺──ナキーム・グリンディーナは驚愕の表情で言葉を漏らした。

 

 “松本乱菊”と名乗ったその死神は、決して実力が上位として名を馳せた者ではない。

 隊長格ではあるが、決して武威を誇る死神ではなかったはずだ。

 

 それでも、俺たち破面における刀剣第二解放(レスレクシオン・セグンタ・エターパ)と呼べるような位階へとたどり着けたのだと。

 

 

 俺は、現実を受け止めきれなかった。

 

 

「あたしの斬魄刀はね、気まぐれなの」

 

 死神が口を開く。

 

「だからさ、卍解も波があるのよね。斑目一角(どっかの誰かさん)みたいに」

 

 その誰かは分からない。

 しかし、そこに敬意が込められている事は感じ取れた。

 

「本人は隠してるみたいだけど、割とバレてんのよねえ。ま、だからあたしにしたら甘いけどって話」

 

 気安く俺に話しかける姿は友人に対するそれだ。

 破面の俺に、敵である俺に。

 彼女はそう話しかけていた。

 

「あたしは決めてたのよ。自分の卍解を見せるのは敵にって」

 

 そこにどんな意味が込められているかも分からない。

 俺が破面だからだろうか。

 

 

 ──それなら、馬鹿にされているのだろうか、俺は。

 

 

「貴様に名を名乗ったのが屈辱だ」

「なら、それを悔いにさせないのが、あたしの役割ね」

 

 どの口でホザく!? 

 

 

 

「“圧し潰せ”──『大地母神(シベレス)』!!」

 

 

 

 我慢の限界だった。

 俺を認めてくれたグリムジョー(父なる王)、俺を認めてくれた那由他さん(母なる力)に対し、それは侮辱以外の何物でもなかった。

 

 

「我が体躯は大地! その重さに平伏せ!!」

 

 

「そう。それがあなたの“力”なのね」

 

 破面は自らの力を斬魄刀に込める。

 故に、斬魄刀を解放する事で本来の力と姿を取り戻す。

 しかし、破面化した俺らの姿は虚ではない! 

 

「虚も力を増すごとに小型化し、人と近い形へとなる! ならば、大きい身体の俺が身体を縮めた今の姿はどうだ!」

 

 身長は2mを超え、体重も100kgを超えていた俺が、解放するとどうだ。

 まるで凝縮されたように小柄な身体となるではないか! 

 

「そうね、見た目的には3分の1」

「ならば、この渦巻く霊圧の濃さも分かるだろう!」

「ええ」

 

 

 奴の卍解は見た目の差異が殆どない。

 

 

 姿も衣装も変わらず、ただ──斬魄刀が()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「じゃぁ、あたしの卍解についても言うけどさ」

 

 すこし気怠げな物言いにもかかわらず、奴の目はまっすぐこちらを見据えていた。

 先程の俺を侮辱した言葉は忘れないが、それでも聞いてみたいと思える目だった。

 

 

「あたしは、そんな分かりやすい力じゃないのよ……、“限定霊印”が今解除されるかぁ

 

 

「なに?」

「さっきも言ったけど、灰猫って気紛れで、正直あたしと犬猿の仲なの。……でも、卍解を会得できた」

 

 何を言いたいのか分からない。

 

「回りくどい言い方ばっかして、自分の本心隠して、色々と隠してるくせに気付いてもらいたがりなの」

 

 何を言いたいのか分からない。

 

「だからかな、()()()()相手って特別なのよ。──それは親しいって意味じゃなくて、相手の心に触れた時」

 

 

 何を言いたいのか、分かれた気がした。

 

 

「あたしはあんたの心に触れた。あんたが持ってないとか言う“心”にね」

 

 震えた。

 ここまで俺を個人を、見られたのは那由他様以来かもしれない。

 

 しかし、何が奮えたのかは分からない。

 もしかしたら、それが“心”なのかもしれない。

 

 けれども、破面には、虚には“心”がないのだ。だから求めるんだ。

 

「戯言だな」

「なら結構」

 

 女死神──松本乱菊は俺の言葉に薄く笑い、その能力を解き放った。

 

「最近のお話って直ぐに自分の虚像を求めすぎなのよ、物語(人生)って読めば読むほど、見れば見るほど、聞けば聞くほど魅力を感じるもんじゃないの?」

 

 それは先程言っていた“オペラ座の怪人”なるモノについてだろうか。

 俺は人間について理解する事を放棄していた事に気付く。

 興味はないが、興味を持つ事すら悪だと思っていた。

 人間から悪のように思われている(おれ)がだ。

 

 いや、俺は虚ではない! 

 

 “破面(アランカル)”だ!! 

 

「だから、あたしはあんたの話を聞きたいと思えたし、それを教えてくれたのは那由他さんだった」

 

『乱菊さん、人とは語れない秘密も多く抱えますが、人に語りたく伝えたい事も多くあるのです。その数だけ、その人の魅力があるのです』

 

「だから、あたしはあえて語るわ」

 

『オペラ座の怪人とは、そういった人物のお話です』

 

 

「『灰燼之猫爪』は、相手の弱みを暴き出す! 灰と、(のこり)となる、想いを浮き彫りにさせる!

 

 

 その言葉に息が詰まりそうになる。

 けれども! 

 

「俺に隠したい心があるとでも思ってるのか!」

「あるでしょ!」

 

 そう言い、女死神は灰で出来た幻想を現実に表す。現す。

 

 

「人にはねぇ! 誰にでも隠したいもんがあるってんのよ! だから、あたしはこの卍解が気に入らないの!!」

 

 

「これは……」

「あんたの心よ」

「馬鹿な!?」

 

 それは幻想に誘い込む甘い誘惑でもない。

 それは(うつつ)を見せる()()だった。

 

 

 ──俺とグリムジョーが肩を抱き合いながら笑い合っている姿なんて。

 

 

「俺に心がある訳ねぇ!」

 

 だから、拒絶した。

 

「虚だから?」

 

 松本乱菊の想いに言葉を無くす。

 そうだ、俺は“俺”だからではなく、“虚”だからと思って言った。

 

 なら、この光景は……? 

 

「あんたの──ナキームとして、そのツッコまれたくないとこに爪を立てる。嫌らしい能力でしょ?」

 

 俺の心を、具象化? 

 心のない、俺の? 

 

「まぁ。相手の霊力と同等以下でないと発動できない能力ではあるけどね、今は」

「それを俺に伝えるって事は」

「ええ、そうね。あんたとあたしの霊力は()()よ。限定霊印を解除したあたしとね

 

 ()()()()と言葉を濁し、()()を先程の台詞で外したのは事実か優しさか。

 しかし、俺からも差は感じないほどだ。

 

 こんな殺傷能力のない卍解なんて馬鹿げている。

 

「あたしがまだ灰猫から認められてない……ってか、認めたくない意地っ張りって感じよね」

 

『私は、恐らく貴方の力……魅力とも言えるでしょうか、その“爪”を奪いました』

 

「でもさ、あたしは牙は無くても()くらいは持ってるんだ」

 

 眼の前の。

 

 

 ──()()()()()、グリムジョーと一緒に笑っているのが、オレの望んだ姿だって? 

 

 

「……こんな姿の相手を斬る、それがあたしの能力なのよ」

 

 

 酷く悲しげに聞こえた、その先。

 

 俺は胸元を大きく斬られながら、灯火が切れるのを感じた。

 

 

「ナキーム、あんたの能力、なにか聞かせてくれる?」

 

「俺の“大地母神(シベレス)”、は……身体を縮めた分……、自らの身体能力を上げるだけの能力、だ」

「そう」

「笑えよ……。名前に反して、小さい、ってな」

「笑うわけ無いでしょ」

 

 

 そう言って、松本乱菊は、泣きそうな顔で笑った。

 

 

「あたしも他人の想い(だれか)にすがる、ちっぽけな奴なのよ」

 

 

 俺は身体のデカさを褒めてくれて、気遣ってくれた那由他様の想いに反するような能力を身に着けてしまった。

 だから、恥ずかしかった。

 あの人に褒めて欲しいのに、俺は褒められた姿を自分から()()()んだ。

 だから、恥ずかしかった。

 自分で誇れる俺に成れなかった姿を見せたく無かった。

 

 

 だから、嬉しかった。

 

 

 醜い俺を馬鹿にしないで、真っ直ぐに目を見てくれた死神が……!

 

 

 ……なのによぉ。

 

 

 クソォ。

 

 俺は“心”を感じ取れたと思える瞬間に消えるのか。

 

 悔しいなあ……。

 

 

 悔しいなぁ! 

 

 

 

 

 

 

 

 悔しい、なぁ……!! 

 

 



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重い…だと…!?

数ヶ月前から作曲を始めようと思ってて、買ったは良いけど機材が腐り始めてます。ミコトです。
やっぱ曲作りが難しい。目標は本作のOPとED的な奴を作る。


 

「隊長格が卍解してもこの程度……。極めて残念です」

「はぁ……はぁ……」

 

 私──シャウロン・クーファンは落胆していた。

 

 眼の前で肩を上下させるのが護廷における隊長だと言うのだから仕方ない。

 確か……十番隊でしたか? 

 彼の、護廷の力も底が知れた。無意味に戦いを引き延ばすのも慈悲が無いと言えましょう。

 

「せめてその姿のまま叩き潰して差し上げましょう」

「なに?」

 

 目尻を吊り上げて威嚇する様は子供のよう。

 いえ、正しく子供なのでしょう。

 

 その姿に、どこか私は苛立ちを覚えていた。

 

 

「こちらの最大戦力でね」

 

 

 だからだろうか。

 私は、少年に油断ではなく嫉妬のような感情をぶつけていた。

 “心”を持たないはずの私がだ。

 自身の事ながら滑稽だと笑ってしまう。

 

 しかし、譲れない何かが、私の胸中で渦巻いたのだ。

 

 

「“()て”──五鋏蟲(ティヘレタ)

 

 

 驚愕に目を見開いた少年を見る。

 どうして、私も平静を装おうとするのだろうか。

 

「フム。一応名を教えておきましょうか」

 

 ……私の帰刃(レスレクシオン)響歩(ソニード)に全く反応出来ていない。

 失望を改めて覚える。

 那由他様が危惧していた事に疑問しか浮かばない。

 

 まるで赤子を相手にするように容易くその胸を切り裂いた私にとって、何がそこまでの刺激を齎すのか分からなかった。

 

 

「破面No.11(ウンディシーモ)、『シャウロン・クーファン』だ」

 

 

「……一つ聞きたい」

「ほう、何かね?」

「てめぇは自分を指してNo.11と言った。てめぇの強さは破面の中で11番目って事か?」

「いいえ。我々の番号は“生まれた順番”です。ただし……NO.11(わたし)より下に限ってですが」

 

 そして、1から10の数を与えられた十刃が実力でも存在でも特別であると語る。

 私よりも強い存在であると、わかりやすく伝える。

 

 ただ、貴様の問いに苛立ちすら覚える。

 私は虚と死神の境を超え、“破面”となったのだ。

 

 ならば、なぜ今更になって()()()()()敵を問う

 

 そして、その破面について嬉々として答える私も私だ。

 

 なぜ、私を聞かない。

 ──お前の眼の前にいるのは私なのだ。赤子の手を(ひね)ると先ほど表現したではないか。

 なぜ、私は聞かない。

 ──お前の眼の前にいるのは私なのだ。自身が名乗ったから名乗ってくれるとでも思っていたのか。

 

 私は揺り動かされる感情に動揺していた。

 

「はっきり申し上げましょう。私達、従属官は『十刃』の下にある」

 

 八つ当たりでしょう。

 自身の言動を客観的に判断する自分に失笑する。

 ええ、それが何か? 

 

 私は、従属官(フラシオン)は、王が失った欠片(かんじょう)を現すのです。

 であれば、彼を王と変えるのも私たちなのです。

 

「藍染様に第6(セスタ)の数字を与えられし我が王

 

──“グリムジョー・ジャガージャック”

 

 この()()()は何なのだろうか。

 これが“心”だろうか。

 

 

 

「彼の強さは、従属官(我ら)のそれとは別次元です」

 

 

 

 

 だからこそ言おう。

 

 我が王の偉大さを。

 我が王の尊厳を!

 我が王の(ほまれ)を!

 

「それは魂の片割れ、それは“心”の全て」

 

 虚における“心”とは何か。

 足りない(うつ)ろ自らを“足す”事である。

 

 

「貴様ら死神には分かるまい、だがその生き様がここにある!」

 

 

 それを示唆して下さった女性を思考に浮かべ、失笑する。

 微笑ではない、失笑だ。

 嘲笑でもない、失笑だ。

 

 あの方は悲しむだろう。

 だが、それが、私の背負った、背負いたかった“心”なのです。

 

 貴方が有るといった、“心”なのだ!!! 

 

「虚と死神の境界を取り払ったのが“破面”であると貴様らは言う」

 

 ならば私はその“心”を以て対峙しよう! 

 我が“心”の赴くままに!! 

 

 

「ならば、その()()とは何だ? 無闇に人を襲う事もなく、自らの目的を自覚し、主を戴きそのルールを則る我らは。少なくない犠牲を出しつつ武力をふるい、大義名分という錦を掲げ、護廷という組織に属す貴様らと──どうして死神と違うと言える?」

 

 

「……」

 

 疑問に無言で以て返す死神は滑稽である。

 己のルーツに疑問すら抱かないのだろうか。

 

 しかし。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……限定霊印が解除された」

 

 

 

 静かに告げた少年の声は、どこか迷子の様であった。

 私が虚圏(ウェコムンド)という荒野に投げ出された時のような。

 

「……俺たち護廷の隊長格は現世への影響を考えて、力を1/5に引き下げる限定霊印という物を受ける」

 

 その事実は知っていた。

 だから、那由他様も私達が帰れないと申されたのだろう。

 

 分かっていた。

 

 だから、死神に何か刻みつけてやりたいと思ったのかもしれない、

 幼稚な考えだ。

 

「それが?」

「……てめぇに()()()モンが他にねぇ。だから、俺の卍解を、本当の実力をぶつける」

「滑稽ですね」

「足りないかどうか、それを判断するのはてめぇだ」

「なら、ええ、そうですね。受けましょう」

 

 返す、ではないのでしょうね。恐らく。

 私が無いと言った“心”でも()()()()()のでしょうか。

 

 それは、楽しみですね。

 

 

 

 ──竜霰架(りゅうせんか)

 

 

 

 その(ワザ)は、酷く美しく、そして、醜く鮮やかでした。

 

 

 だから。

 

 

「これが返答ですよ、十番隊隊長さん」

 

 

 相手が崩れ落ちるほどの傷を与えられた事に、満足してしまうのです。

 

 

 でも。

 

 

「日番谷、冬獅郎だ」

 

 

 

 

 今、名乗るのはズルイですねぇ──。

 

 

 

 

 自らの意識が失われるのを感じながら、一石を投じた自分の言葉に満足して。

 

 

 結局、私は赤に染まる視界を閉じました。

 

 

 ──あぁ、那由他様。

 

 

 私は、貴方の側に、少しでも寄れたでしょうか? 

 

 

 ──あぁ、グリムジョー。

 

 

 私は、貴方の側に、少しでも残せたでしょうか? 

 

 

 

 

 

 

 ならば、私を誰がどのように評価しようとも、私は私を“こう”言えるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 悔いは、“無い”と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──シャウロンの気持ち、おっも……。

 

 

 

 

 

 

 いや、なんか皆そうなんだけどね。

 

『なんか、破面の皆様に同情するわ。……これがガバか』

 

 ──ええっ!? そこは同情じゃなくて同調でしょオレ!? 

 

 オレの動揺に俺が動揺する。

 漫画で見れたら感動出来たけど、なんか俺に対する想いが重くてそれどころじゃないんだわ。

 別に無感動って訳でもないんだけど、何ていうの? 

 自分が対象になると思ってなかったから(くすぐ)ったいというか照れ隠し的な? 的な的な。

 

『いや、うん、第三者視点で見る自分って言うか? ここまでの影響を少し考えようぜえ、俺ぇ……』

 

 

 俺はヨン様ことお兄様の拠点である虚夜宮(ラスノーチェス)から鑑賞(感傷)していた場面に感想を漏らした。

 賛同者はいなさそうだが。

 

 

『そもそも、貴方様はなぜ精神世界(ここ)に?』

 

 “天輪”の呆れ混じりのツッコミも慣れたものである。

 あれ、これは慣れたらあかんやつちゃうかな? 

 気付いたら負け。働いたら負け。Tシャツにも書いてある(杏並感

 

 ─ー強さ(精神の安定)を求めてたら精神と時の部屋に来るのはOSRだろ? 

 

『全くOSRでは無いんだよなぁ……。DB(ドラゴ○ボール)から勉強し直してどうぞ』

 

 オレが冷たい。

 BLEACHもJ○MPじゃん……。この言い訳意味ある? 伏せ字意味ある? 

 

『メタい』

 

 心を読むのはオレのキャラ的にアリだけど、そういう意味じゃないんだよなぁ……。

 

『しかし、こちらよりも現実を見た方が良いかと。真面目に』

 

 ──ア、ハイ。

 

 

 

 △▽△

 

 

 

「面白い事になっているね、那由他」

 

 

 お兄様が目覚ましボイスは勘弁な。

 

 俺は女子だけどさ、求めているのが違うからか、このタイミングのハヤミさんボイスは好みが分かれるんよ。ハヤミさんは大好きだけど。

 おい、今「女子?」とか思ったやつ前に出ろ? 

 俺も自分が女か否かは疑問だから今なら和解できるぞ。良かったな!(謎上目線 

 

 

「それで?」

 

 

 こんな怖いフリあるぅ……? (震え声

 

 何かニコニコしてるのは良いんだけどさぁ。

 それは圧迫と変わらんのよね。

 

 

 

 

ハイ、現世中継の内容から現実逃避していました。

 

 

 

 

 え? ちょ、まっ! 

 ただ俺の時間をくれっていう悲鳴なだけなんだけど。

 分かったから、オラに時間を分けてくれ! (錯乱

 

 現状はお兄様と一緒に、二人きりで、何故か現世鑑賞会をしております。

 

 ほんとなんで?(白目

 

 

 

「君がグリムジョーを促したから見てみたのだけれど」

 

 

 

 これは処刑確定では? 

 アカン失敗したのでは? 

 俺が亡くなるなら双極の丘と思っていたが、運命はここだったか。

 受け入れよう、残念ながら! 

 

 

 

「面白いね」

 

 

 おっと、俺に都合の良い幻聴が聞こえた。

 ヨン様がそんなそんな……。

 

「初めに言っただろう、面白いと。君はどう考える?」

「承りました」

 

 無愛想先生は今日も良い仕事をしてくれます。どんなボールも受け取れる名キャッチャー! 

 ただこの先生、ポーカーフェイスは役に立ってないらしいんですけどね。

 俺に無愛想先生と無表情先生の違いは分かりませんが。

 

「お兄様が見過ごしているだけかと」

 

 おい、このキャッチャー素質ねぇぞ!?

 

 でも、「お兄様、これはガバっすわぁ」って見過ごしてもらってるのは俺だから責任擦り付ける意見すら俺っぽいですわ!

 自業自得で草も生えない。

 

「ほう、その見過ごしを重視している訳だね」

 

 デッドボールをストライクに持っていく技術は流石です。名キャッチャー! 

 先生は感情コントロールを度外視した顔面操作でも右に出る者はいない! 

 

『てのひらクルックルやん』

 ──だまらっしゃい! 

『インパクトドライバーと反転術式、どっちがイイ?』

 ──どっちも分かりにくくて草。しかも後者はクルクルとは意味違う。五条さん的にはクルクル出来そうなのが困るけど。

 

『いい加減にしなさい……?』

 

 ハイ。

 

 精神世界(会話)をシャットダウンするしか亡くなった、いや、無くなった人が俺です。オレにしたい。

 死覇仮面はありですか? ないですか? そうですね……。

 

 俺って何か、“俺”以外の意思多すぎ……? 

 

 

 

「──那由他は破面と護廷、ひいては現世にいる黒崎一護たちの具合を測ろうとしつつ、これを見せる事で十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)の促進も見越していたのかな」

「……」

 

 

 ……ヨン様の話を何も聞いて無かったんじゃが、どうすれば良いのか。

 

「ドルドーニ、チルッチ」

「「ハッ!!!」」

 

 何かつい知ってる子を呼んでしまった。

 話についていけていないからスマンな。

 

「期待しています」

 

 

 

「「ハッ!!!」」

 

 

 

 無愛想先生、違う、そうじゃない。

 



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好敵手…だと…!?


お久しぶりです(白目
生きてますよ、エタりませんよ…だからよ、読者様も、止まるんじゃねぇぞ…!


 

「「うおぉおおおおぉぉぉぉぉ!!!」」

 

 

 俺──茶渡泰虎とディ・ロイ・リンカーの攻撃が咆哮と共に交錯する。

 

 一護に認められるためではない。

 これは俺の誇りと矜持を護るための、エゴを宿した拳だ。

 他人に誇れるものではない。自身を誇示するものでもない。

 

 しかし、この場において、最も相応しい想いが込められた拳でもあった。

 

 それはディ・ロイにおいても同じだったのだろう。

 奴は頬にめり込んだ俺の拳を見て、血を撒き散らしながらもニヤリと笑った。

 

「ぐぅっ!? ……重い拳だなぁ、おい」

 

 楽しそうに、愉しそうに、狂気とも言える微笑みを携え。

 彼は嬉しそうに言葉を零す。

 

「お前の拳は、随分と体格に見合わないが、いや、その想いに見合う一撃だ……!」

 

 俺に比べて小さいと評しても良い小柄かつ痩身を持つディ・ロイ。

 反して、放たれた攻撃を軽いとはとても言えなかった。

 

 俺の武器はこの『拳』だ。

 人よりも大きい、この拳だ。

 

 だからこそ、その使い方を考えてきた。

 

 それはディ・ロイも同じなのだろう。俺とは真逆の考えでもって。

 

「俺は小せぇからよぉ」

 

 口端から垂れる血を手の甲でグイッと拭い取り、彼は言うのだ。

 

「どうやったら、デケェ奴を倒せるかを考えてきた」

 

 再び構えた奴の掌には、斬魄刀が握られていない。

 既に奴はその力を開放していた。

 

 

(なぶ)れ──『虚栄蝙蝠(ヴァニダッド)』”

《/xbig》

 

 

 解号と思しき言葉はディ・ロイの姿を一変させる、ことは無かった。

 

 蝙蝠(こうもり)のように手が翼に変化することも、逆に威嚇するような巨大な異容になる事も無かった。

 ただ、メリケンサックを着けたような、骨のように硬質化し少し盛り上がった拳が鈍く光っている。

 

「俺の帰刃(レスレクシオン)は見た目がショボくてな。その分、相手の油断も誘えるって寸法だ」

 

 自嘲とも言える台詞だが、その音の中に卑下する色は見えない。

 自らの長所とも言える戦法を暴露している? 

 これは俺に対する礼儀とも受け取れるだろうか。

 

 つまり、ディ・ロイは戦士として俺に向かいながらも、卑怯とも取れる戦い方をすると宣言しているようなものだ。

 

 それだけで、彼が真に俺と向き合ってくれている事が分かる。

 

「俺の力は……良く分からない」

「ああ?」

 

 ディ・ロイが訝しげな顔をするが、これは本当の事なのだ。

 俺自身が俺の力の根源と言うか、その由来を理解出来ていない。

 

「すまないとは思う。しかし、お前に嘘はつかん」

「……そうかよ」

 

 苦笑のような、なんとも形容し難い表情で相槌を打つ彼と拳を交え始めて、まだ数分である。

 もしかしたら1分も経っていないかもしれない。

 しかし、俺たちにとって十分な時間でもあった。

 少なくとも、お互いの全力を振りかざす必要がある相手であると理解する程度には。

 

「オメェは真っ直ぐなんだろうさ」

 

 ディ・ロイは言う。

 

「俺とは違う、純粋な力ってやつか? 俺には無いモンを感じる。だからこそ、俺はテメェを倒すぜ、ヤストラ!」

 

 繰り出される連撃を右腕で防ぎながら、俺はディ・ロイの言葉も黙って受け止める。

 

「こういった口で注意を逸して、死角から必殺の一撃を入れる。そんな小賢しい俺を卑怯と言えよ。俺の傲慢で見えっ張りな虚栄心を見ろよ! そういったテメェを一番嫌ってるのが俺だって笑えよ!!」

「笑えないな」

「そうかよ!」

 

 感情の昂りを見せるディ・ロイとは逆に冷静に攻撃を捌いていく。

 彼の劣等感を刺激する見た目の俺が何かを言う事もない。ただ、相手と向き合い拳を交えるだけだ。

 

 ディ・ロイは自身の事を語る、彼が望む王ではなく。

 

 それが、俺にとっては嬉しかったのかもしれない。

 

 だから、俺は油断していたのだろう。

 拳だけと思っていたディ・ロイの攻撃が下から来る瞬間に一拍反応が遅れた。

 

「!?」

「おっと、まだ引き付けが足りなかったか」

 

 先ほどとは打って変わって落ち着いた反応を見せるディ・ロイにやられたと感じる。

 先程のは演技か! 

 

「足癖は悪いようだな」

「足()、なんて言うじゃねぇか。どこもかしこもお利口なんていないぜ?」

 

 やってくれる! 

 

 俺は避けきれずに受けた胸元の傷も気にせず、自分の口角が上がっている事を自覚した。

 

 明らかに俺とは違うスタイルの戦い方。しかし、その事は始めに彼自身から伝えられた事ではないか。

 それを誠意と取るかブラフと取るか。

 それすらもディ・ロイの戦い方なのだろう。

 

 一瞬にして相手の霊圧の雰囲気が変わる。

 

 今までは感情の昂りに合わせて周囲を威圧するように霊圧を放っていたのだろう。

 今では深く沈むように練り込まれた静かな霊圧がディ・ロイの周囲に渦巻いている。

 

 まるで那由他さんのようだ。

 

「俺のこの戦い方は俺の性格とか、まぁ自分で考えたもんなんだけどよ」

 

 ディ・ロイが口を開く。

 反省を活かして全体を見るようにして油断を見せないようにするが、はたして効果があるかどうか。

 

「鍛錬ってのは、“あの人”がしてくれたもんなんだよな」

 

 ……那由他さんが? 

 あの人が、言っては何だが、こういった戦法を勧めるイメージが湧かない。

 

 

 

「──だっから、そういうとこだよ」

 

 

 

 ディ・ロイの声は、俺の右下から地を這うように聞こえた。

 

 急ぎ反応するが、響転(ソニード)で移動した彼の左拳が顎下に襲いかかる。

 俺の思考を読んだ上で、更に俺の思考を誘導するように言葉で注意を逸したというのか!? 

 

 凄まじい洞察力である。

 

 彼の腕力といった純粋な力に依らない実力は、確かに(ホロウ)らしくない。

 いや、俺は彼を“虚”だと、やはりどうしても思っていたのだろう。

 だからこそ、こういった戦法に対処できない事をディ・ロイは見破ったのかもしれない。

 

 なんとか逸した上半身に今度は蹴撃が来る! 

 

 これは予測でき回避できたが、かなり体勢が不安定になってしまった。

 インファイトにおいて、次の一撃は食らう覚悟をもって防御するべきだ。

 

 

 ──俺は自身の大きな体を、ある意味で過信していたのかもしれない。

 

 

「知ってるか? コウモリってのは後ろ足が弱くて地面に立てないらしいぜ?」

 

 

 呟くように聞こえたディ・ロイの言葉に悪寒が走る。

 繰り出された足は急激に軌道を変え、俺の顔面を掴んだ。

 

 そう、俺の顔を()()()()()()()のだ。

 

 驚き離れようとするが、何かに引っかかるような力で距離を取ることが出来ない……!? 

 

()を使ってぶら下がるんだ」

 

体勢も整わず、意表を突かれ、言葉によって精神的な圧力を掛けられた。

 

それら事実を頭の片隅で理解は出来ても、受けた攻撃に対処出来るかは別だった。

 

 

 

垂涎(ラスカール)

 

 

 

いつの間にか装甲していたディ・ロイの足(かぎ)によって、俺の体に五本の裂爪が走った。

 

 

拳に纏ったものだけじゃなかったのか!?

ここまでの戦い方から彼の言葉全てを疑ってかかっても、まだ足りないのかもしれないと感じた。

 

それでも!

 

 

「捕まえた……!!」

 

「なっ!?」

 

 

俺は、自身を切り裂いたディ・ロイの凶爪を逃しはしなかった。

倒れかけた体を捨てる覚悟で、相手が逃げられない距離に持ち込んだのだ。

振り抜かれる前の足を拳で掴み、俺は側へと引き寄せるように引っ張る。

 

「馬鹿力、だな!」

 

掴まれた反対の足を振り抜き俺の側頭部へと強烈な一撃を加えるディ・ロイ。

しかし、それは驚異的な襲撃ではない。

 

俺は自身の体を過信していた。

しかし、先の一撃をもってしても、俺は倒れていない自分を信じていた。

 

 

「俺は、俺の戦い方でお前を倒す!!」

 

 

 

一瞬見開かれた目の奥を見据える。

時間はコンマ数秒という世界。

 

 

それだけで、勝敗が決した。

 

 

ディ・ロイは自分を信じた。

しかし、他人を信じる事に躊躇いを持っていた。

 

俺は自分を信じられなかった。

しかし、仲間を信じる事に躊躇いを持っていなかった。

 

 

 

 

 

俺たちの霊圧を感じ駆けつけた一護と朽木だけでなく、ディ・ロイ・リンカーが『王』と呼んだであろう。

 

その『人物』も、俺たちの戦いを黙って見ていたからだ。

 

 

 

 

 

 

「『巨人の右腕(ブラソ・デレチャ・デ・ヒガンテ)』……!!」

 

 

 

 

 

 

「蝙蝠は……俺の血が繋がるメキシコと近い位置にキューバという国がある」

「あ?」

 

 話が下手すぎて自分でも苦笑してしまう。

 

「そこでは、蝙蝠は健康・富・家族の団結などをもたらすという考えもあり、そこで作られている世界的ラム酒のロゴマークにも使われているそうだ」

「……だから、なんだよ。つか、んでそんな事、知ってんだ」

「俺は家族や絆というものに憧れていた」

「……そう、かよ」

 

 

 ハハッと楽しそうに笑うと、ディ・ロイは──動かなくなった。

 

 

「俺の魂に刻もう。“ディ・ロイ・リンカー”という男がいた事を」

 

 

 





以下、更新が阿呆みたいに遅くなった言い訳の活動報告です。
興味がある方は覗いて下さい…。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=292885&uid=327453


ちな
Vanidad(ヴァニダッド)」は直訳(スペイン語)で「虚栄」です。
バットとダッドの部分を掛けてる意味もあります(ダジャレ
Badではないと思ってくれたら嬉しい


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友…だと…!?

この曲を聞きながら書きました
https://www.youtube.com/watch?v=qqJqUM3GQC8


 

「ディ・ロイ……」

 

 俺──グリムジョー・ジャガージャックは呟いた。

 今まで知らなかった臣下の姿を見て。

 今まで知らなかった仲間の想いを見て。

 

 行動どころか、言葉すら発する事が出来なかった。

 

 その想いとは"心”なのだろうか。

 それすら分からない俺に取れる行動は一つしか無かった。

 

「死神」

「……なんだよ」

 

 俺よりも先にこの場へ、ディ・ロイと人間が争う場へと辿り着いていた死神に俺は言葉を述べる。

 そこには二人の死神がいた。俺よりも弱そうではあるが、この場へ水を差さず静観しているだけで気に入りそうだ。

 

 

「──ありがとよ」

 

 

 相手の反応を伺う余裕すらない俺は、ディ・ロイが消えゆく光景を目に焼き付ける。

 冷静に言葉をこぼせても胸中は別だ。

 

 誰が奴にこんな姿を晒した。

 誰が奴にこんな醜態を晒させた。

 誰が奴にこんな惨めを齎した。

 誰が奴にこんな、想いを抱かさせた! 

 

 俺だ! 

 

 俺を『王』と信じさせた! 

 

 だからこそ、俺はこいつらの『王』でなければならない!! 

 

 

「てめぇら死神のおかげで、俺は『王』を背負う意味を知った」

 

 

 だからこそ、俺は言う。

 

 

「名前の意味なんてクソ食らえだ! 俺は、もっと強い道を──!」

 

 

 そこまで言って、はたと気づく。

 俺が今まで見ていた奴らは、俺が今まで見ようとしていた奴らは何だったのか、ってな。

 

 俺は、魅せていた、のか? 

 

 知った事か! 

 でもよぉ、

 

 

俺の従属官(フラシオン)は! お前らに、テメエに、デッケェ傷跡を残した訳じゃねぇか!!」

 

 

「……たりめぇだ」

「あ?」

 

 

「当たり前だって言ったんだ! その姿を見て、”心”が(ふる)えない、関係ない訳ないってのは、お前が一番分かってんだろ!!」

 

 

 その通りだった。

 霊圧の変化で知っていた。奴らが去っていったことを。

 だからこそ、分かったように言われる事が癪に障った。

 俺は表面的な部分での、触れた気になったような”感情”というモノに左右されただけなのかもしれない。

 

「そうかよ」

 

 だが、それでも! 

 

 

「俺が『王』だと、死神共にも見せつけなきゃならねぇな」

 

 

 この願いだけは変えられない!! 

 

 

 俺は一足飛びに二人立つ死神の片側へと寄ると手刀を放つ。

 男女でペアのように立つ二人の死神、その女の方へ向けてだ。

 自身の昂ぶった”心”という何かを抑えつけたくて、無意識に無駄な牽制をしてしまった。

 

「ぐっ……!?」

 

 それを眼の前の女死神は防ぎやがった! 

 ハハッ! 

 実力は大した事なさそうな霊圧してる癖にやるじゃねぇか! 

 

「なろ!?」

 

 俺の行動に反応した男死神も大したことねぇ。

 嬉々とした顔のままに迎えた男の顔。

 

 そこには、必死に女死神を守ろうとする意志が見えた。

 

 俺と戦うよりも、護る確かな目的があった。

 その中に眠る力すらも使わずに。

 いや、使わせずに。

 

 

 

 

 

 ────ーは? 

 

 

 

 

 

 もっと実力があんだろ、もっと俺に見せてみろよ。

 何で出し惜しみしてやがんだ? 

 意味がわからねぇ。

 

 俺よりも強いと思ってんのか? 

 実力を出す条件でもあんのか? 

 誰でも守れると思ってんのか? 

 

 

 

 ────ーは? 

 

 

 

 ナメてんのか……? 

 

 

 

 その思考に至った瞬間、俺は抑えきれなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(きし)れーー『豹王(パンテラ)』……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで、撤退の合図とも言うべき声が聞こえたのは幸いなのかもしれない。

 

 今思えばだが、俺が五体満足で帰れてた時点で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでです」

 

 

 チャドと破面の激闘を見守った後に、その親玉っぽい奴と戦端を開いた直後。

 俺──黒崎一護は見知った声を聞いて体が凍った。

 

 破面が止まってくれて助かったと素直に言える。

 それくらいヤバい硬直だった。

 

 

「許可はしましたが、()()()()、とは言ってません」

「……ッ」

 

 

 舌打ちだけを返して反抗する様子のない破面に困惑する。

 この叱責する姿や、困ったような雰囲気を出しているのは、その姿は……!? 

 

「なゆ、ねぇ……?」

 

 こんがらがったままの思考で言葉を発する。

 それに対して、困ったように返す口調は『那由姉』だ。

 理解できるからこそ困惑する。

 

 俺の知ってる那由姉だ。

 幼い頃から可愛がってくれた、そんな人なのだ。

 母ちゃんが亡くなった時も、側にいてくれた人なのだ。

 

 

 どんな時も、側にいてくれた、姉なのだ……。そして。

 

 

「いつでも、一護は可愛いですね」

 

 口調だけで苦笑している姉。

 顔が無表情のままだ。

 しかし、今のままでも、その表情からで感情を読み取れた。

 ただ今では、その表情から以上の隠された想いは読み取れないが。

 

 

「グリムジョー」

「……はい」

「学べましたね? 強さというものを」

「……くそ」

「よきです」

 

 うっすらと笑顔を浮かべる姿を認められない。

 

 

 

 なぜ、その人が破面の側にいるのか、という意味が分からない。

 




短くてスマン

冒頭の曲は単純なオススメ系で。ステマですら無いので、気にしないで下さい


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壊した…だと…!?

 

 

 今、現世へとグリムジョーを止めに来た俺の両隣には、十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)がそれぞれ控えている。(白目

 

 

 

 控えてた子を引き連れているのは、俺は悪くない。

 

 

 

 最初は、俺がグリムジョー鑑賞会へ呼んだんだもん。

 ヨン様とのタイマンよりも教え子の顔を見たかったんじゃ。でもいつの間にかヨン様が乱入して現世に突入しただけなんじゃ。

 個人的にグリムジョーを見ようとしたら、「面白いじゃないか」みたいなノリでヨン様にキャンセルされましたが。

 

 現世へ来た理由? 

 

 そら、DJ・KANAMEに突入されないためだYO! 

 

 

 

 ヨン様のところで胃痛と戦っていたが、もちろん観察という監視をしていたので現状も把握済み。

 何故か知らんが各所で好戦している胸熱バトルも、原作というフィルターを通して見ている俺から見ればハラハラものである。

 

 ”お願いだから勝敗は覆るなよ? ” という感じの。

 

 なんか超強化されている両陣営に対して、祈りの姿勢を見せる事しかできない無力な俺です。

 

「なゆ、ねぇ……?」

 

 あ、苺が脳破壊されてーら。

 

 以前とは違って死覇破面(アランカル・パルカ)もしていない。

 そんな俺を見て、苺が信じられない顔をしている。

 色々な疑問を俺にぶつけたいよりも、単純に衝撃が大きい感じだろうか。

 

 

 愛しいなぁ。

 

 

 のほほんとした感想を脳内で漏らす。

 まあ、脳は持って無いんですけどね! (ギャグ

 

「いつでも、苺は可愛いですね」

 

 おっと、俺の本音がだだ漏れした。

 更に悲壮な顔になった彼にゾクゾクとしてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、ちょい待ち。

 

 

 

 

 

 

 

 なんで俺の思考は今こんななの? 

 

 もうちょっと平和的ではあったと思うんですが! 

 そこんとこ、どうなの、おいオレ!! 

 

『なんでもかんでもオレのせいにするの、いくない』

 

 大体がキミのせいでしょ。

 

『否定できない悲しみが辛いわ』

 

 ってことで、言い訳どうぞ。

 

『単純に同化が進んだ』

 

 産業すら要らない、だと!? 

 

『三行な。今北産業が伝わる人って、どれくらいいるんやろな』

 

 ケラケラと笑うオレに戦慄する。

 ジェネレーションギャップで驚いているのではない。それもあるが。

 

 

 ──え、オレとの同化って現在進行形なの? 

 

 

 これである。

 

『だって、オレは虚だもん』

 

 至極明快な回答に吐き気すら覚えるが、笑えてくるのも不思議である。

 

『“俺”を主と認めてるけど、別にオレの自我がある訳だし。そらモチのロン、下剋上は狙うでしょ。”天輪”にバレない範囲で』

 

 既にバレてる件について──、いや。

 そうか、俺に伝えてる時点で既に”天輪”にバレた後の事後処理なんだな。

 

『ご名答~』

 

 そんな状況でここまで気楽に接する事ができるオレに畏怖すら覚えるわ。

 

 

 ただ、俺はオレに負けない、負けないんだから! (フラグ

 

 

 

「どういう事だよ、那由姉ぇ!」

 

 

 

 話題転換は別として、苺の叫びに愉悦を感じている俺は、ああ、“オレ”なんだと深く感じた。

 

 ここに来る過程やらを噛み締めて、そんな俺を大事な家族と信じてる姿! 

 あぁ……、生きててよかった。

 

 

「分からないでしょうね」

 

 

 俺は万感の想いを込めて。

 

 

「それが、理由です」

 

 

 言葉足らずの、一方通行の想いを呟く。

 

 

「分かんねぇよ! なんの想いだよ!?」

 

 

 苺が可愛い。ルキアが可愛い。

 冬獅郎きゅんが、恋次が、乱菊さんが、一角さんが。

 

 

 全てが愛しい。

 

 

 だからこそ言う。

 

 

 

 

 

「足りません」

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 

 苺の呆けた声に夢想する。

 この想いが、どこまで高みに届くのかと。

 

 

 

「愛すべき(キャラ)の、行く末を見届けます」

 

 

 

「わっかんねぇよ!? 何で那由姉がそこにいんだよ!!」

 

 

 

 しかし、苺の想いを断つように。グリムジョーが静かに恫喝する。

 

 

「うるせえよ」

 

 

 この想いを汲み取れないが、俺の愉悦は捗るだろう。

 

 

 

 

 

 ……え? 

 

 俺は周囲を巻き込んだ愉悦をしたいんだっけ? 

 あれ? 

 なんかオカシイ。

 俺は、オレは、俺は……? 

 

 

 

 

 

番外(フエラ)はお前たちと並び立つ存在じゃねぇんだ。そのチンケな自尊心を抱いて喰われてろ」

 

 

 グリムジョーの言葉に瞠目する。

 え、キミってそんな俺のことを評価してくれてたん? 

 

 頭を振り、意識を保とうとする。

 そうだ、俺は苺とルキアの曇る顔を見たいだけ……。

 グリムジョーの言葉やら、今まで見た従属官(フラシオン)に意識を左右された訳ではない。

 

 

 ──意識を左右された? 

 

 

 俺の感情による混乱が起きる。

 

 俺は俺だよね? 

 あれ、いつの間にか変に影響を受けてる? 

 

 

 

 

 

 思考のドツボに陥っている俺。

 なにが正解かも分からぬまま、何かを掴み取ろうとしている姿は滑稽だ。

 ただ、何かを掴みたいと藻掻く様が滑稽だ。

 そんな姿はピエロでしかない。

 

 それでも、

 

 

 

 

 

「ふざけんな!!」

 

 

 

 

 一護は吠えた。

 

 俺のために、その全霊を燃やしてくれた。

 

 

 

「俺の想いが誰を見て生まれたと思ってんだ、俺の想いを誰に伝えたいと思ってんだ!!」

 

 

 

 その魂を燃やしていた。

 

 

 

 

「ここで、那由姉の姿を見て、誰が引き下がれるかよぉ!!!!」

 

 

 

 

 一護が吠えた。

 俺のために、その全霊を燃やしてくれた。

 

 そこに大きな疑問もあるだろう。

 

 なぜ、破面と一緒なのか。

 なぜ、無事なら連絡してくれなかったのか。

 なぜ、一護と共にいられなかったか。

 

 笑うほどに純粋な想い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからこそ、曇らせたくなるって──“俺”の想いを察せずままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一護、もう良いのです」

 

「は?」

 

 グリムジョーへと振るわれた義憤の刀を、俺は止める。

 天輪は憐憫の情を深め、オレは喜悦の花を咲かせた。

 そこに宿るのは「愉悦」なのだろう。

 しかし、俺は苺の、いや、一護の顔に恍惚としてしまった。

 

 

 

 

 

「なん、で、だよ」

 

 

 

 

 

 全てを、打ち砕かれたように。

 

 

 

 そこには絶望が宿っていた。

 

 

 

 全ての希望が朽ち果てたように。

 全ての望みが折られたように。

 全ての未来が願望であったかのように。

 全ての理想が夢であったかのように。

 全ての歩みが無駄であったかのように。

 全ての言葉が欲望であったかのように。

 全ての理想が独善であったかのように。

 全ての情が独りよがりであったかのように。

 全ての気持ちが、

 

 ──自己満足であったかのように。

 

 

「うそ、だろ……?」

 

 

 苺の曇り顔でしか摂取できない栄養素があります、なんて思っている俺である。

 ほんまにクソ野郎やな。草も生えない。

 

 苺の顔を見てニヤケ顔を晒すのはマズイと思ってはいるんだ。

 ただ、予想以上のモノをぶつけられてて困惑してる。

 

 

 ニチャリたいけど、出来ない!? 

 

 

 だって、まだ原作的には中盤も中盤! 

 俺がここでヨン様のシナリオを崩す訳にもいかん。殺されたくないし。

 

 あれ? 

 オレの影響ってどこまで? 

 

『それはもう、混ざりすぎてて分からない件について』

 

 いやぁ~、分かっててよぉ。

 俺の原作知識がガバだから、今後の対応はマジで分からん。

 

『お、おう……。こんな場面でも客観的に自分を見れるって、割と精神が人外やぞ』

 

 おろ? 

 俺の感性がバグってる? 

 

(オレ)から、あえて言おう。バグってると』

 

 Oh……、苺が可愛いとだけ言っておこう。

 

 

 

 

 そんな、「訳わからんままでスマンな!」感で出てきた俺に脳破壊されている苺を愛しいと思いつつ、俺は微笑みを浮かべている事しか出来ていなかった。

 

 なんか、マジで苺に対して罪悪感が芽生えている。

 

 

 

 

 だって、この後は何も考えてないのよ……? 

 ほんとなのよ? 

 

 

 

「まるでショコラテのように甘いな、ニーニョ」

「うざったいにも程があるんだけど?」

「立ち向かうならば潰そう」

 

 

 

 ドルドーニ、チルッチ、ガンテンバインという側にいた強者が零す。

 己の矜持に沿わない出来事と、自らが成したい明日を。

 

 本当に脳破壊展開すぎて草すら生えない。

 

 せめて草は生えさせてヨン様ぁ。

 

 

 

 

 

 あ、これは俺のせいだわ。(草

 

 

 

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 

 

 

「あそこで、那由他さんがああやったら……分かってはったんでしょ?」

 

 ギンが問う。

 私──藍染惣右介の名に懸けて言おう。

 

 

分かっていたと。

 

 

「破面も結構な数が消えてもうたし」

 

 ヘラヘラと言葉を紡ぐギンに焦りや困惑は見られない。

 当然だ。彼は私の隙を生みたいのだからね。

 

「所詮は、元、最下級(ギリアン)だ」

 

 純粋な笑みを彼に魅せたつもりだが、おや、何か強張っているね。

 まだまだ人間を捨てられていない証左だ。

 

「言うたかて、那由他さんの鍛錬で相当な数が壁を超えましたで。……最大級大虚(ヴァストローデ)って形で」

 

 余裕の感じられない声を面白いと感じる。

 きっと、那由他の目によって予定が狂ったのだろう。

 そして、私の予定との齟齬を感じ取っただろう。

 

「それを、キミはどう判断するんだい? 他者の支配を受けたくないと言ったキミが」

「……」

 

 私の皮肉にも気付いているのだろう。

 やはり思考が早い。

 

 ボクは、ギンが5番隊へ入る際に聞いた。

『何を成したい?』と。

 そして、ギンは意趣返しとして言った。

 

 

 ──『ボクらを支配しようとする人には負けたないですね』

 

 

 それは支配を前提とした考えに対抗する意見であった。そして、支配を否定してもいなかった。

 

 ただ、自分の大切な存在を護る行為であった。

 

 

「他者と身内を明確に区分するなら、その境界線は感情だろう。虚に求めるものではないね」

 

 

 面白いと思う。

 その感情の境界線も分からぬまま、他人の情動を評価している。

 客観的に見ておかしいだろう。

 しかし、その情動こそが、私を導く(しるべ)となった。

 

「誰が示した、その頂の道を。誰が(さと)した、その頂への道を」

 

 私の口角は上がっているだろう。

 この光景を魅せた人物に対して。

 

「誰が示した、その過程を。誰が諭した、その苦労を」

 

 私は、自らの(おご)った精神を叩き直されているのだ。

 

 

 

 

 

「那由他の示す未来を、どうして見られずにいられようか……!!」

 

 

 

 

 

 彼女が示す未来を知りたいとは思わない。

 なぜなら、知った時点で、「彼女の描く未来」に行き着くからだ。

 

 私の望む未来は違う。

 私の描く未来は違う。

 私の抱く未来は違う。

 

 私の嫌う未来は違う。

 私の拒む未来は違う。

 私の(おと)す未来は違う。

 

 私の。

 

 私の果ての未来は、違う。

 

 

 そんな自己否定と欲求を理解してもらおうとは思わない。

 ただ、彼女が成したい事を、こう評しよう。

 

 面白い、と。

 

 

 

「面白いよ、那由他」

 

 

 

 彼女はグリムジョーを伴って私に頭を下げている。

 十刃(エスパーダ)がいる場でだ。

 

「独断専行でした」

 

 端的に告げる姿はいつもと変わらない。彼女だ。

 

「いや、面白かったよ。君の姿にどのような反応をするかも含めてね」

 

 私は紅茶を飲む。どうやらダージリンのようだ。個人的にはアッサムの気分だったが言うまい。

 

「君よりも配下の虚が踊りそうだ。しっかりとリードしてあげるんだよ。一人で勇んでは相手にも恥をかかせるからね」

 

 グリムジョーではないが、先走りそうな者に牽制をかける。

 あくまで、私の目の届かない部分だが。

 しかし、

 

「お兄様の手を煩わせる事はないでしょう」

「ほぅ」

 

 彼女の、妹の進言はいつも心を踊らせる。

 

「見えていないならば、見える目を置いておけばよいだけです」

「君が?」

「不満でも?」

「ないさ」

 

 まるで、黒崎一護だけでなく現世、ひいては十刃を含めた破面すら監視下に置くという発言だ。

 試しをしてみても、

 

「お兄様、私のプライベートは見ないでくださいね、本当に」

 

 なんて、釘を刺されてしまった。

 

 

 そんな彼女を信じよう。

 

 

 

 なにせ、彼女は数百年前からボクの側にいたのだから。




こんな時間ばっかりの更新で申し訳ねえ


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認識…だと…!?

 

「流石、那由多様ですかね」

 

 

 

 私──ザエルアポロとしては、現世における那由他様の行動は非常に興味深い。

 どんな成果を魅せるための場なのか……。

 なにせ、素晴らしいサンプルを持っていながら何の成果も上げていない。

 

 虚圏(ウェコムンド)において、彼女は我々の存在を凌駕した。

 

 意識しての事かは分からない。

 しかし、(ことごと)くが想像の斜め上。

 私は踊る心を抑える事を止めた。

 

 

『シロちゃんには桃ちゃん一択!』

『メタスタくん、思ったより関係ない……?』

『恋次にぶつけるのは、やはりルキアかなぁ……』

『ウルキオラは控えてどうぞ、ヤミーはもっと報われて』

『浮竹さん、人格者すぎ』

『乱菊さんは思ったより強いな』

『たつきちゃん強すぎぃ!?』

『芝の、いや、志波の家名強すぎ? 煽りじゃないからw』

 

 

 

 彼女の思考を解析するつもりではあったが、その思考の支離滅裂なこと! 

 意味がわからない……! 

 

 

 ”ルキア可愛い、素敵、好き。自分の行動が余計になる。だって好きな人を追ってるから。”

 ”苺ステキ、カッコイイ、好き。自分の妄想が具現化する気持ちよさよ。だって輝きを求めてるから。”

 

 ”お兄様の笑顔を見ているだけで満たされちゃう……。これが恍惚って感覚なのかな。”

 ”十刃はちょっと強すぎるかなぁ……。まぁ、可愛い可愛い世界の落し子やからね。”

 

 くふっ! 

 意味が分からない。

 自らが裏切った存在を、自らを利用する存在を、自らを崇拝する子らを。

 全てを愛しく抱きしめている! 

 

 

 

 正しく、『愛を伝える使者(ガブリエル)』に対する『聖処女(マリア)』ではないか!! 

 

 

 

 

 那由他様の思考を解析するために、頂いた姿()を眺める。

 

 

 私の、至高の()()()()を。

 

 

 ああぁ、なんて美しいのだろう。

 その姿はマリアに他ならない。

 私の()()でもって、彼女から産まれた際の悦楽は如何ほどのものか……! 

 

 

 この限られた世界で、何を考えているのか理解できない! 

 理解したいという知的興奮を、どうして抑えられるだろうか! 

 

 理解出来ない私を蔑んでください。そして、そんな貴方様を満足させてみせますから! 

 どんな趣向が良いでしょうか? 

 例えば、私の四肢を欠損させてはどうでしょう? 胎児のように丸くなるでしょう。

 那由他様の子宮に傷を負わせる、というのは? 誰も貴方から生まれることはなく聖性が保たれる! 

 

 ええ、ええ。

 

 喜んで差し出してくれますよね! 私も喜んで協力いたします!! 

 

 いや、失う事を先にしてはダメですね。

 失ってしまう部位よりも、感情を優先する貴方でしょうから。

 

 つまり、生命の神秘を体現していただけると! 

 

 貴方の(おなか)から出たら、さぞ快楽に浸れるでしょう! 

 

 くふっ! 

 これはさっき考えていましたねぇ。ええ、それほどの魅力という事ですよぉ。

 

 

 

 

 

『ザエルアポロ』

 

「これは藍染様。ご機嫌麗しゅう」

 

『分かっているね?』

 

「もちろんですとも」

 

 

 

 突然の連絡に少し驚くが、それをおくびにも出さず、私はスッと真面目になった顔で画面越しに主を見つめた

 藍染様には感謝している。

 

 ただ、それだけだ。

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 しかし──

 私が藍染様を主と戴いているのは、この環境を用意して頂き、私の研究に関して口を挟まないからである。

 そして──

 私の望む彼女に触れる事に対して、彼は決して良い感情を持っていない。

 

 

 

 

 

「私は、那由他様の思考を眺めているだけで、達してしまいそうなので。少々()()()()()を怠っていたようです。失礼しました」

 

『君が”十刃”で良かったよ。それだけの危機意識を持っているのは十刃で君だけだ。ところで……私は()()が好きでね』

 

「もちろん存じておりますとも。しかし、最近飲んでいる物よりも、()()()()()()を探してみては?」

 

『おっと、()()()を好んでいるか──君に伝えたかな?』

 

「ええ……。事前に()()()()()からこそ、献上したく思います」

 

『それは、届くのが楽しみだ』

 

 

 

 未来を描く脳内には、脳のことしかない。

 

 

 

『ただ、一つ、言っておこう』

 

 

 随分と強い言葉で言われた気がしたが、私の那由他様への思いは変わらない。

 

 

『好きなものは、最後に取っておく性分なのだよ』

 

 

 くふっ! 

 死神よりも虚が、いや、“滅却師"をお望みか……!! 

 さらに言えば、数十年前の始祖における件が尾を引いている。

 

 

「ならば、後ろの()()にも」

『彼女の口に合うかは、分からないからね』

 

 

 つまり、彼女は詳しく存じ上げていないという事ですね。

 藍染様が虚をコマとして扱うであろう行動も、逆に那由他様が虚へ対して丁寧に接する姿にも。

 

 何もおっしゃられないと。

 

 ああ、それは良いですねぇ……。

 私の行動が那由他様に利すれば、貴方様は口出しをしなくなる可能性がある、と。

 もちろん、度を越した行動は出来ませんが、少なくとも行動の幅は広がりました。

 これも想定された上での発言でしょうから、私の理性を信じた、というところでしょうか。

 いやはや、虚へのあるまじき対処ですね。

 

「ならば、十分に利用させて頂きますよ、藍染様」

 

 口元に浮かぶ笑みは感謝と期待。

 彼女へどういったモノを押し付けるか。

 

 いやはや、興奮してしまいますね。

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 

「キスケ、さん……。お姉ちゃんは、味方、だよね……?」

 

 

 浦原商店に住まわせている少女、紬屋(つむぎや)(うるる)はアタシ──浦原喜助に問うています。

 今の彼女がどういった立場であるかを。

 

「……当たり前じゃないっすか。姉ってのは、妹や家族がとっても大事なモノなんすよ」

「うん……」

 

 アタシの気休めにも健気に返事をする姿は、少し前なら考えられなかった姿でもあります。

 

 彼女は()()()()

 

 ただの人間ではなく、その存在は造られたもの。

 ジン太さんも同じですが人とは大きな隔たりがあり人間社会に、いえ、彼女たちは他人に対して恐怖を抱いていた。

 それを解した那由多さんが異常とも言えますが。

 そして、一度身内に入れた存在が失われる事を非常に恐れている。

 

「お姉ちゃんは、大丈夫……?」

 

 うわ言のように繰り返す言葉は那由他さんへの思い。

 従属官であるイールフォルト・グランツとの戦闘で霊力を消費した彼女は意識も朦朧としています。

 それでも、彼女は那由他さんへの想いを止められないのでしょう。

 

「おね、え、ちゃん」

 

「……寝たのかよ」

 

 彼女へ回道をかけていた鉄斎サンの隣にいた(ジン太さん)は、握りこぶしを作りながら俯いています。

 

「俺は、あの時に動けなかった」

 

 それは彼にとっての屈辱なのでしょう。

 いつも雨さんに強気な姿勢を見せているから、余計に。

 

「あの死神や人間にも稽古つけてんだろ?」

「ダメッスね」

「はっ!? まだ何も言ってねぇだろ!?」

「それくらいは分かるッスよぉ」

 

 何で、はじめにアタシが()()()雨さんよりも、ジン太さんの方が落ち着きがないんでしょうかね。

 これも人の感情ってやつでしょうか。

 

 いやはや、本当に分からないものです。

 

 

 (うるる)さんの感情は、とても素敵でしょうから。

 見守るだけっスね。

 

 

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 

 

 

「で、対策会議をするわけだが」

 

 

 

 俺──日番谷冬獅郎は眼の前の光景に頭を抱えていた。

 

 

「織姫は可愛いんだから凄いの! その凄さがわからないハゲは可哀想ね」

「おう、喧嘩なら買うぞ。スキンヘッドとの違いを教えてやろうか」

「一角は言葉から読める裏を考える頭をもってね。まぁ、この場合は純粋な喧嘩を売られたと思うけど」

「弓親よぉ、つまり?」

「止める気なし。美しくないけどね」

 

 

 こいつら、妙に殺気立ってて話しにならん。

 

 

「あ、あの! お茶を淹れてみたんですけど、どうでしょうか!?」

 

 織姫とかいう人間に気を使わせている死神って何なんだよ……。

 

「あら、この茶葉は知らないけど好きー」

「あん? 匂いは嫌いじゃねぇ」

「ふむ、好みとは違うけど良い匂いだ」

 

 なんか、まとまったから、いいか! 

 

 

 

 んな訳あるか!? 

 

 

 

「おい、松本ぉ! この場の趣旨を言え!」

「ふぁ!? え、どうしたんです、隊長?」

「なんで和んでるのか、逆に聞きたいがな!?」

「あ、はい。その前に甘いもの食べていいですか?」

「それを許されると思ってるお前を叩きたい気分だがなぁ、俺は!?」

 

 

 

 

 

 

「で、だ」

 

 

 

 

 

 随分と遠回りしているが、懸念事項はゴマンとある。

 これも下手くそな肩の抜き方だったのかもしれない。

 真剣な時との違いを、もっとわかりやすくしてくれたら助かるんだけどな。

 いや、自分の感覚で分かって無いから難しいな……。

 

 

「那由他は虚だ」

 

 

 これは決められていたことだ。零番隊が定義したのだ。

 どれだけ、ふざけても、変わらない。

 

「分かってたことだろ?」

 

 だから、俺は隊長としての言葉を紡ぐ。

 

「分かっているから、一般隊士への影響を考えて、お前らはここにいんだろ」

 

 残酷ともとれる言葉を吐くんだ。

 

「那由他が、虚を好きになる事なんて、俺らは分かっていただろ?」

 

 そして、那由他のアホみたいな気持ちを、俺らは知っているんだ。

 見てきたから、簡単に予想出来てしまう。

 

 

「あいつは、きっと藍染と違って虚を切り捨てられないでいる」

 

 

 志波隊長がいた頃から、もっと前の、俺等が新米だった頃から変わらねえ。

 でも、なんとか治さないと。

 

 

「俺らを切れねえ敵がいるんだから、俺らが切ってやらねえとな」

 

 

 それは心を切る行為だ。

 あの人に教えてもらったもんはたくさんある。

 

 

「ただ、その前に返す言葉があるよなぁ……()()()()??」

 

 

 

 

 

「あの、ぼくは()隊長でして……」

 

 

 

 

 

 

 浦原喜助も、この期に及んで人脈を隠すつもりは無かったようだ。

 

 

 

「あら? 私の事を忘れたんですか?」

「いえ、松本さん。忘れてません」

「だったら、俺も覚えてるってことで?」

「あ、ハイ。もちろん当時の三席を忘れるわけがないって言うか……」

「俺は当時、十一番隊でしたけど」

「今は六番隊の副隊長でしょ? 知ってますよ、もちろん!」

「お? 十一番隊はどうですかぁ?」

「あ、その、はい。もちろん覚えているます」

「……みんな、いい加減止めて差し上げなよ」

 

 

 弓親の声で止まる。

 今は一護の家、というよりも一護の部屋を借りて話していたのだが。

 

 

 元隊長殿は良い思いをしていたらしい。

 恋次や一角から、「こう言って下さい、隊長!」とか頼まれていた。よく分かっていないが、ちょっとしたジャレあいだろう? 

 部屋の主である一護は呆れた顔をしていたが。

 

「よく分からねぇが、落ち着いたんだな?」

 

 一護に対してうなずく俺だが、

 

「これを良くわからないで済ます冬獅郎って、友達ちゃんといるか?」

「ああ多分。ただ、雛森に聞かねぇと分からねぇわ」

「そういうとこが可愛いのに」

 

「おいそこぉ!?」

 

 一護に恋次、乱菊がふざけて言うが、まぁ気持ちは分かる。

 巫山戯ないと、やっていられない。

 

 

 

 ふざけないと、やっていられない。

 

 

 

 

 

「……落ち着いたか?」

 

 

 俺の一言を察したのだろう。

 皆が姿勢を正す。

 

「議題としては、那由他の意識だ」

 

 あいつが失ったと思われる自我。それを認識出来ているなら、話しは別だ。

 

「それなんだけどさ」

 

 

 俺らの認識を変える一言が、唐突に産まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「那由他さんは、意識ある?」

 

 

 

 

 

 

 

 志波一心元十番隊隊長──いや。

 

 黒崎一心の言葉は、虚圏に突入する上での前提を覆す言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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推測…だと…!?

先日、『とある出来事』といった番外編をこれまでの話しに新規で挿入してます。
本編には関わりませんし短い内容ですが、未読の方はぜひご覧ください。


 

「考えてみな。那由他さんが虚と通常の意識の切り替えが出来るなら、って」

 

 隊長の顔に戻った親父の言葉に俺──黒崎一護は気持ちを切り替え耳を傾ける。

 

「那由他さんが虚になった姿ってのは、皆が見ているはずだ」

 

 忘れもしねぇ。

 たつきやチャド、井上が倒れ、その中心で愉しそうに笑っていた奴だ。

 あんなのは、絶対に那由姉じゃねぇ!! 

 

「じゃぁ、一護が見たって言う“那由他”さんは?」

「間違いなく那由姉だった」

 

 だから混乱してるし、皆が認めたくないって現実逃避みたいなジャレ合いをしてたんだ。

 そんなモンは親父も分かっているはず。

 ……分かってるよな? 

 

「その、『こいつ本当に大丈夫か?』みたいな目は止めてくれない!?」

 

 俺以外も似たような目つきだったらしい。

 そらぁ、()()親父が言う言葉だし。どこまで真に受けて良いか分からない。

 

 疑問点はもちろんある。

 ただ、その数が多すぎて頭の中が整理できてねえ。

 だから、こうやって話をまとめようとしてくれている姿勢にはすげえ感謝している。

 

 

 親父じゃなければ。

 

 

「もうちょっと俺の事を信頼してくれても良いんじゃないの?」

「那由姉との関係を洗いざらい吐いてくれたらな」

「それは、ちょっと……」

 

 なんでか知らねぇが、親父は那由姉の過去を俺に伝える事を渋る。

 

 尸魂界(ソウルソサエティ)にルキアの救出へ向かった時は、夜一さんが事のあらましを簡単に説明してはくれた。

 しかし、全てを語ってくれた訳じゃねえ。

 特に、那由姉と藍染が絡んだ過去については殆ど語ってくれなかった。

 当時の事を思い出すと、確か那由姉が事あるごとに口を挟んで情報を伝えないようにしていた。

 

 何を知っても俺の那由姉に対する想いは変わらない。

 でも、那由姉の知られたくない秘密みたいなモンだったのかもしれない。

 

 そう思って、当時は聞けずじまいだった。

 

 過去は過去として置いておくとして、現状で那由姉の救出に繋がる情報を出し渋るってのはどういう事だよ!? 

 

「いや、あの、非常に言いにくいと言いますか、これは護廷の人たちがいると余計に言いづらいと言いますか」

 

 

「とっとと吐け」

「さっさと吐け」

 

 俺とルキアがほぼハモった。

 

「乱菊ぅ~!!」

「はやくしてよ」

 

「冬獅郎!!!」

「うるせぇバカ」

 

「十一番隊の!」

 

「御託はいいわ」

「美しくないね」

 

「織姫ちゃんは」

「えっと、はい」

 

 

 味方はいないようだな、親父ぃ! 

 

 

 てか、なんで井上は俺の部屋にいるんだ……? 

 ほかの面子は……あぁ。チャドは治療で浦原さんとこだし、石田はなんか知らねぇけど特訓してるらしいな。恋次も浦原さんとこで世話になってるみたいだし。

 全部親父経由で浦原さんの情報だけど。

 この場の面子は井上が応急処置してくれたからな。やっぱ強ぇよ、井上は。

 俺は皆を守らなきゃいけねぇのに、いつも守ってもらってばかりだ。クソ。

 

 

 

 ……って、あれ? たつきは? 

 

 

 

 まぁ、細けぇ事はいいけどよ。

 

 

「はい、僕のイジりは後でやってもらうとして」

 

 親父が場を仕切り直すようにパンと手を打つ。

 

「え、本当にイジって良いんですか?」

「そりゃ愉しそうだ」

「十番隊の人は空気読んでー」

 

 凄いワチャワチャとしていたが、今のやり取りを終えた後。乱菊も冬獅郎も真面目な顔をしている。

 この辺りは流石親父、と言わざるを得ないだろう。

 

 母ちゃんがいた頃は、その役目は母ちゃんだったんだけどな……。

 

 

「俺が那由他さんの意識について疑問に思ったのは何点かある。一つずつ挙げてくぞ」

 

 親父の発言に俺も気持ちを入れ替えるため軽く頭を振る。

 そうだ。今は那由姉の問題だ。

 

「まず一つ。那由他さんが虚を引き上げさせたタイミングだ」

 

 親父が人差し指を上げて真剣な表情をしながら言う。

 俺はすかさず疑問を投げかけた。

 

「どういう事だ?」

「だって、もし那由他さんが完全に虚側なら、あのタイミングで引き上げる理由はないだろ?」

「……確かにそうだ。俺たちは限定霊印を解除出来たが、それまでに受けたダメージがデカすぎる」

 

 冬獅郎が苦い顔で井上に治療してもらった体を見る。

 

「あの後に十刃(エスパーダ)っていう、虚にとっての隊長格と互角に渡り合える自信はねぇな」

 

 あの冬獅郎が弱音のような事を吐く事に驚く。

 若い故にいつも負けん気が強くて、それを黙らせるほどの実力を持っていたはずだ。

 

「勘違いすんな、黒崎一護」

 

 唐突に名前を呼ばれ目を見開く。

 

 

「俺は──現、十番隊の隊長だ」

 

 

 まるで、親父を褒められたかのような幼い優越感が芽生える。

 ……クソ、なんか負けた気分だ。

 そんな俺を眺めてる親父には照れ隠しに似た怒りを覚える。

 いや、八つ当たりだし流石に何かをしたりはしないが。

 

「で、2つ目は?」

 

 十一番隊の一角が声を上げる。

 

 こういった見た目だけでも冷静に振る舞える奴はスゲエと思うわ。石田とかな。

 

「2つ目は正にさっき言った“タイミングを指示できた”事だ。これは、藍染が那由他さんに対して一定の裁量権を与えているって事の証明だろ?」

「それはそうだが、それが那由他さんの意識とどう繋がるんだ?」

 

 一角は話がややこしくなってきたからか、今ひとつ理解出来ていないようだ。

 まぁ、俺も不安なとこはあるが。

 

 

「虚は藍染に従っている。これは尸魂界から逃げる時に大虚(メノスグランデ)を利用していたことからも明らかだ。なら、破面を藍染が支配していると考えるのも不思議ではない。そもそも、破面は浦原さんが創った崩玉によって成り立っている」

 

 

 親父の言に静かに首を縦に振る。

 つまり、那由姉は破面に対して優位な立場って訳だ。

 あそこでグリムジョーが引いた、命令を受け入れたって事がその説明を補強している。

 

「これは、藍染が那由他さんの意識を完全に()()()()()()()()()()()、という意味だ。逆説的に、那由他さんを虚化させてはダメだって事な訳」

 

「それは憶測が過ぎないか?」

 

 弓親がすぐさま声を上げる。

 俺には理解するだけでも一杯なんで助かる。

 

「那由他元七番隊隊長は以前から虚を身に宿していた。その影響を考えて、単純に藍染が……あえてこの表現で言うが、調()()を見誤った可能性は?」

「……ある」

「なら!」

 

「しかし! 藍染が双極の丘から動く際に言った言葉は、“中途半端に死神だから那由他もこうなってしまったのだろう”、だ」

 

 これには皆が肩をビクリと震わせ慄いた。

 奴の姿を思い出した事もあるが、先程の言葉通りに受け取るのならば現状の那由姉は中途半端だ。

 

 

「護廷を裏切った男が、その際の盤上を支配する男が、こんな言葉で齟齬を起こすとは思えない

 

 

 確かにそうだ。

 何度目ともなる『確かに』という、自身の感覚に対して(ほぞ)を噛む。

 

 俺は那由姉を助けたいってイキがってた、ガキの頃と変わらないままなのかよ……!! 

 

 

 

「じゃぁ、なんで那由他さんが元の性格でこっちに来たかって話なんだがよ」

 

 

 まるで親父じゃねぇみたいだ。

 スラスラと現状の分析と推測を重ねて意見を述べている。ウッソだろ。

 

 

 

「これは那由他さんにおける虚と死神の認識・境界線とも言えるものが薄れているんじゃないか?」

 

 

「って事は!?」

「那由他さんの”虚化”は、まだ止まってないって事!?」

 

 

 嘘だろ……? 

 

 

 那由姉が、どんだけの人を現世で救ってきたと思ってんだよ。

 那由姉が、どれだけ俺たちを愛してくれたと思ってんだよ。

 

 那由姉に、どれほどの心配を俺たちがかけたと思ってんだよ。

 

 

 そんな那由姉を救う術があるのなら。

 こんな自分を変える術があるのなら。

 

 

 乗り越える、デカイ壁があるのなら。

 

 

 俺は挑むよ。

 

 忘れたくない笑顔を守るために。

 忘れてほしくない人のために。

 忘れないほどの存在のために。

 失いたくない、この想いと共に。

 

 

 

 

 そのためには、俺は一刻も早く元五番隊隊長である真子のところで、虚化を習得しなければならない。

 

 たつきと共に励んだ。それは嘘ではない。

 しかし、俺はまだどこか甘えていたんだろう。

 朝には柚子の朝飯を食い、夜には夏梨の文句を聞きに家へ帰った。

 

 これは甘えだったんだ。

 

 懐かしい匂いのする、家を恋しがっていたんだ。

 

 ガキだ。

 

 

 たつきは? どうだった? 

 

 

 

 

 

 今回の騒動でも変わらず、鍛錬していた。

 那由姉が来たにも関わらず。

 

 

 

 

 あの霊圧は那由姉だった。それでも、踏みとどまった。

 自分の成すべき事をガムシャラにしていた。

 いや、すげえわ。

 

 これはライバルとして負けてらんねぇな!! 

 

 

 

 

 

 

 井上は那由姉に教えて貰った実践的な能力の運用を。

 チャドは浦原さんとこで知り合った恋次と協力しあって特訓。

 石田は親父さんと秘密の訓練らしい。

 

 そんで俺は──

 

 

 

 

「一護。手、抜いたら承知しないから」

「お、おう」

 

 

 

 なんか随分と殺気だってるたつきと師匠に向き合っている。

 

 

 

 

 △▽△

 

 

 

 

 ──最後に。

 

 

 

「なぁ、あれだけの考えを出せるってのは、やっぱ隊長として凄ぇのか?」

「あたしも隊長のあんな姿見たことないけど、流石としかね。シロちゃんもでしょ?」

「日番谷隊長だ……。まぁ、そうだな」

「あー、あれね。浦原さんの意見の丸パクリだよ」

「「「え?? 弓親さん、なんて??」」」

「僕もちょっと疑問だったから恋次に聞いてみたら連絡が来てね。一心元隊長殿は随分と愉快な人のようだ」

 

 

 親父への尊敬は灰燼と帰した。

 

 

 




気分転換に絵を描いてみよう!
とか思ってドハマリした結果が下です。

【挿絵表示】

単行本表紙絵風を目指してみました。個人的なポイントはサイドテールに結ぶリボンがオレンジなとこ。
ただ、ド初心者なので色々変でも許してクレメンス…。影とかハイライトとか、難しすぎんよ…。
イラストレーターって本当に凄いんだな、尊敬(今更

…え?こんな絵を描く暇あったら続き書け?

その通りなんだよなぁ(白目


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剥奪…だと…!?

 

 苺の脳破壊展開が終わり、虚夜宮(ラスノーチェス)へと戻ってきた俺は、お兄様の詰問を無事に終えることに成功していた。

 

 それとなく俺のプライベートを死守した点は、「今の流れならいけんじゃね?」という勢いだ。

 苺の曇り顔を見てテンションが上がっていたのかもしれない。よくヨン様相手に普通に言えたな、俺。

 今振り返ってみても中々の度胸である。

 

 これは、俺のメンタル強度も上がってきているのではなかろうか! 

 

 そんなルンルン気分で次の日を迎えたわけだが、

 

 

「藍染様、この者の処罰の許可を!!」

 

 

 そういえば要っちは昨日の場にはいなかったな。

 確か原作だとグリムジョーの片腕を消し飛ばしてたわ。忘れてた。テヘッ★

 

「彼の今回の行動は御し難いほどの忠誠心の表れだと、私は思っているよ」

「しかしっ!」

「それに、今後は那由他が彼を見るという」

「那由他様が……」

 

 目は見えていないものの、眉間にシワを寄せ鋭い眼光をGJJJに向ける要っち。

 このシーンの存在をすっかりと忘れていた俺だが、別にGJJJの腕が飛ばされようが構わない。

 むしろ、そちらの方が原作展開に沿うし、一息にやちゃって下さい統括官殿! 

 

 あれ? 

 

 腕を切られないGJJJって、十刃落ちするのだろうか……? 

 流石にNo.6(セスタ)はルピくんに渡したいんじゃが……。

 

 おっと、ここにきて俺のガバがアップを始めたようですよ? 

 忘れた頃にやってくるガバとか、サブリミナルガバかよ。いわらんわ、永久に忘却させてくれ。

 でも、ガバやってんのに気付かず破滅するのだけは勘弁な。そのタイミングは少なくとも今じゃないんだわ。

 

 え、えっと、つまり……要さん、ヤッちゃって下さい! オナシャス!! 

 

 

「けっ! 私情だなぁ。統括官様が俺を気に入らねぇだけじゃねえか」

「私は調和を乱す者を許すべきではないと考える。それだけだ」

「はっ! 大義を掲げるのがお上手なこった!」

「そうだ、大義だ。貴様の行いにはそれが無い。那由他様に庇われている、己の失態すら理解できていないらしい」

「んだと!?」

 

 要っちとグリムジョーの煽り合戦を黙って聞く。

 沸点低いんだから、GJJJには無理だと思うけど。

 

 てか、このままだと要っちが渋々でも納得して矛を収めそうなんじゃが!? 

 収めてるのは刀だけどさ! それ抜き放ってもええのよ!? むしろ抜けよ! 俺の事を想って抜け! なんかエッチだな! 

 

「大義なき正義は殺戮に過ぎない。だが、大義の下の殺戮は正義だ」

 

 俺の想いは届かず、要っちは抜かなかった。その細くて長い物は鞘を被ったままだ。

 ちくしょう! 

 俺の好感度が謎に高いせいで、要っちが俺で抜いてくれない! 

 違う。抜くだけじゃ意味がねーわ。

 

 これじゃあ、GJJJの腕を切ってくれない! 

 

 と思ったが、ここで俺の灰色の脳細胞に電流が走る! 

 本物は変態が持ってるんだけど、電極でも刺されたのかしら。

 

 

 GJJJの腕を切り落とす事が目的ではないじゃない! 

 

 

 そう。No.6(セスタ)をGJJJから奪ってルピくんに渡せば良いのだ。

 両腕あるグリムジョーが次に苺へ会った時、どんな変化が起こるか分からんが、ルピくん不在よりかはええじゃろ。多分。

 

 そもそも止めたの俺だし、意味もなく切るわけにもいかんし。

 でも、代わりに第6位は剥奪ね! 

 

 ルピくん、カモン! 

 

「……では、No.6(セスタ)の称号を剥奪し、私の直轄に加えましょう」

「「えっ」」

 

 え? 

 

 俺の背後から思わずといった声が複数上がる。

 どの部分に対する「えっ」なのだろうか。もしかして俺、なんか変な事言っちゃった? 

 でも、昨日はヨン様に直接俺が面倒見るよって言ったし許可も貰った。

 

 そこまで変な事は言ってない、よね? 

 

 何なんだい、この空気は……。

 GJJJだって破面なんだから、仲間外れみたいな雰囲気は良くないよぉ。

 

「それで良いかい、要」

「……はっ」

 

 この空気を物ともしないお兄様。

 微妙な表情ながらも了承の返事をした要っちは、早々に踵を返しこの場を去っていった。

 えっ、要っちもそういう反応なの。

 

「ちっ……」

 

 要っちに少し遅れ、グリムジョーも出ていこうとする。

 ちょちょちょ、ちょっと待ってよぉ。俺を置いてかないでぇ。

 少しくらいは感謝してくれても良いのよ? 

 君の腕が無事なのは俺のおかげ。要っちが引いてくれたのも俺のおかげ。お兄様が何も言わないのも俺のおかげ。

 そして、君は俺の下とはいえ、ある程度の自由を得られて苺と戦えるんだぞぉ!? 

 

 あれ? 言ってて思ったが、わしファインプレーじゃね? 

 もっと褒めてくれても良いのよ! (ドヤァ

 

 

「しかし、何回も自由に動かれては──私も君を許せなくなる」

 

 

 瞬間、俺の肝がヒェってなった。

 お兄様、急に喋るのは良くないからやめて。

 少し滲み出している霊圧は、俺にとってはそよ風に等しいが周囲に待機している破面たちにとってはそうでも無いのだろう。ピリッとした緊張感が一気に場に満ちた。

 

「ウルキオラ」

「は、ここに」

「空いたNo.6(セスタ)を補充し大勢が整ったら……。そうだな、一ヶ月後としよう。君に再び指令を与える」

「かしこまりました」

「そのためのメンバーを選出しておきたまえ。なに、ほんの数人で構わないだろう」

 

 お兄様の言葉にコクンと静かに首肯すると、ウルキオラは控えたまま何も喋らなくなった。

 指令の内容を全く言っていないのに頷くとかスゲェな。やはり心を知るには織姫ちゃんが必要。

 俺だったらビビって文句も言わず頷くことしか出来ねえな。あ、結果だけ見れば同じだ。

 

 って、そうだ、織姫ちゃん! 

 

 またしても今後の展開をド忘れしていた俺はヨン様の指示で思い出す。

 確か、このウルキオラへの指示は織姫ちゃんを拉致ってこいってやつだ! 今日の俺は冴えている! 

 調子に乗って、No.6の選考に口出しちゃおっかなー! 

 

「No.6に適任と思われる者がいます」

「ほう」

 

 チラリと俺をヨン様が見つめる。

 その顔は面白いものを見つけたとばかりに微笑んでいた。テライケメンである。なお、俺は恐怖しか感じ取れない。

 なんで調子に乗っちゃったの、俺? バカなの? 

 せめて少し考えてから思ったことを口にしてくれませんかね、無愛想先生。(責任転嫁

 

「ならば、その件は君に一任しよう」

 

 結果オーライ! ナイス無愛想先生! 

 俺の意思を汲み取り、即座に反映させる有能! 

 

「では、これで」

 

 簡単な挨拶を行い、俺は充足感で胸を膨らませながら部屋を出ようとヨン様に背を向ける。

 そこには俺の側近としてハリベルとネリエルがいた。その更に背後に十刃落ちの子たち(プリバロンズ)がおり、さらにその背後にはメイドみたいに身の回りの世話をしてくれているロリやメノリなどの女性破面ちゃん達が控えている。

 えっ、なんでそんな隊列作ってんの? 鋒矢の陣かな? 

 てかいつの間にかめっちゃ増えてんじゃん。俺はハリベルとネリエルとGJJJしかこの場には連れてきてないぞ。

 

 流石にビビったが、そこは無表情先生である。

 特に反応を示すこともなく、静静とその場を後にした。

 

 

「那由他様の下にいるというのなら、今後はあのような勝手は許さないから」

 

 ヨン様から離れ歩き出し暫く経つと、俺の後ろでぞろぞろと大名行列のように連なり歩いていた集団の先頭、ネリエルがボソリと呟いた。

 恐らく、グリムジョーに対する警告をしたのだろう。君ら仲悪いね。

 

「うるせぇ」

「未だ私は貴様の行動を認めてはいない。肝に銘じておくのだな」

 

 今度はハリベルだ。君ら仲悪いね。

 

「そこまで邪険にする事もあるまい。吾輩は迎え入れよう! 元十刃という同じ肩書を持つ者同士、気が合うやもしれぬ!」

「うるせぇ……」

「なーによ、辛気臭い態度とって。いつもの傍若無人っぷりはどうした訳ぇ?」

「チルッチも煽ってやんなよ。いや、ドルドーニは素だろうけどさ……。ま、仲良くやろーや」

「うるせぇ……!」

 

 プリバロンズは番号を剥奪されたGJJJの気持ちを汲んでいるのか、やけに馴れ馴れしい。君ら仲良いね。ガンテンバインは苦労しそうだけど。

 

 

 さて、こっからは苺たちの修行と織姫ちゃんの拉致。

 その後に遂に苺たちが虚圏に潜入してくる訳だけど……。

 

 何か忘れてね? 

 

 うーん、なんか大事なことを忘れている気がすんだよなぁ。

 

「那由他様、どうかされましたか?」

 

 俺の背中から、何か悩んでいる雰囲気でも感じ取ったのか。ネリエルが隣に来て真剣な顔で声をかけてきた。

 まだ大人の姿だからか、俺とそう大差ない身長だ。他の子だと下から上目遣いに覗き込まれる事が多いのでちょっと嬉しい。

 いや、ネリエルも(かしず)きながら話される事が多いので、あんま変わらんか。

 

 ……ん? 

 

 あっ。(察し

 

 ネリエルがネル・トゥになってない。

 

 

 

 ネリエルがネル・トゥになってない!!?? 

 

 

 

 誰のせいだ! 俺だ! 

 俺がノイトラから庇ったからだ! 

 ヤベェ、どうしよう!? 

 

 アホかな!? 正解だよ! 

 

 

 




お久しぶりです。
更新は今後もマイペースですがやってきます。


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教唆…だと…!?

 

 俺──グリムジョー・ジャガージャックはNo.6(セスタ)の地位を剥奪された。

 

 それだけでも腹立たしい事だ。

 しかし、今の俺はもっと別の事を考えていた。

 

 那由他に庇われた。

 

 その事実が、どうしようもないほど俺の怒りを掻き立てる。

 虚であった時には自覚してすらいなかった感情というもの。

 破面となって手に入れたのは力だけでなく、この焦燥感と苛立ちも伴ってなのだから、俺には余計なものとしか思えなかった。

 

 何故、那由他はこの感情という物を大事にしているのか。

 

 直接言葉として奴の意見とやらを聞いた訳では無いが、それでも見ていれば感じる。

 あいつはきっと、そこに何やら大切なものを見出していると。

 

 この間、刃を交わした黒崎一護もそうだ。

 

 どうやら那由他の家族らしいが……家族ってのはよく分からねえ。

 そんな繋がりを殊更大事に抱えてやがる人間ってものが、俺には理解し難い。

 まるで意味のないものだ。

 

 俺を『王』と讃え、従属官(フラシオン)として側に侍っていたあいつらも──俺にとってはカスみたいな奴らだった。

 

 俺が黒崎一護と決着を付けられなかったのも。

 あのいけ好かねえ統括官も。

 『王』と言って付き従う奴らも。

 俺の苛立ちが止まらないのは、全てが藍染那由他のせいだ。

 

 そうでなければならない。

 

 だからだろう。

 俺はあいつの大事なもんをぶっ壊して、この感情との決着をつけたいと考えるようになっていた。

 壊すのはなんでもいい。

 あいつが俺に向けるあの『目』を、常に他者を慮り、虚や破面を我が子のように慈しむような。

 

 あの『目』が俺は、とにかく気に入らねえんだ……!! 

 

 そのために丁度良い標的(えもの)もついこの間見つけられた。

 

 

黒崎一護……! 

 

 

 てめぇは随分と那由他に入れ込んでるみてぇだな。

 俺がてめぇをこの手で殺してやれば、那由他のあの『目』はどうなるんだろうな!! 

 それでも俺を変わらぬ『目』で映すのか、こいつは見ものだ!! 

 

 未だ見ぬ負の感情を宿した那由他の瞳を思い浮かべ、俺は胸に(わだかま)る不快感を無理やり飲み下した。

 

 

「よぉ、随分と苛ついてんなぁ。グリムジョー」

 

「……ちっ。何の用だ、ノイトラ」

「つれねぇ事を言うなよ、同じ十刃の仲だろ? いや、お前はもう十刃落ちだったか」

「てっめぇ……!」

 

 破面に仲が良い、なんて関係があるのか甚だ疑問だ。あるとしたら強さによる上下関係だろう。

 ノイトラ(こいつ)は俺を煽って遊びたいだけで、こんな奴に構うだけ時間の無駄である。

 こめかみに青筋を浮かべ舌打ちだけし、ガンを飛ばしながら奴の隣を通り過ぎようとした。

 

「そう急ぐなよ、てめえにも悪くない提案があんだ。話だけでも聞いてけよ」

 

 普段だったらニヤニヤとした嘲笑を浮かべながら見送るノイトラが、今日に限ってはやけに絡んできやがる。

 通り過ぎざまに掴まれた肩から奴の手を払い除けた。

 

「お前と話すなんてクソ喰らえだ」

「俺も随分と嫌われたみたいだな」

「自覚してんなら話しかけてくんじゃねぇ」

 

 今度こそこの場から立ち去ろうと一歩を踏み出した、その時だった。

 

 

「てめぇも那由他の、あの『目』が気に入らねえんだろ?」

 

 

 次の足が前に出ず、俺はまるで縫い付けられたかのようにその場から動けなくなった。

 何がここまでの動揺を俺に(もたら)すのか。

 自身の感情を見透かされたからか、俺と同じような感情をノイトラ(こいつ)が抱いていたからか。それとも、同じ穴の(むじな)であったことが分かった嫌悪感からか。

 ただ、ノイトラの言葉にどういった意図があるのかはすぐに分かった。

 

 

那由他(あいつ)が大事にしている()()を──ぶっ壊そうぜ?」

 

 

 ゆっくりと後ろを振り返った俺は、一体どんな顔をしていたかは分からない。

 ただ、視線の合ったノイトラは口角を引き上げ、三日月のような笑みを浮かべていた。

 俺の反応に機嫌を良くしたのか、ノイトラは饒舌に話し始める。

 

「親衛隊を自称している女破面たちを嬲っても那由他(あいつ)は『目』を曇らせるだろうが、雑魚どもに用はねぇ。殺す価値もねえ奴らを殺したところで、俺の苛立ちは収まらねえからな」

「……どうして那由他にそこまで固執してんだ」

「てめえがそれを言うか? ククッ」

 

 虚には“心”がない。しかし、破面としてヒトに近づいた俺たちには、どうしてだか“感情”がある。

 理性と呼ばれるものがある。

 

 

「気に喰わねえんだよ、戦場でメスがオスの上に立つのがな」

 

 

『貴方たちは、既に獣ではありません』

 

 そう那由他(あいつ)に言われた時、俺はどう思ったか。

 あぁ、簡単だ。

 

 俺は『王』だ。

 

 俺が『王』になると、本気で信じ付いてきていたあいつらの『王』だ。

 そして、それは“()()()”であった。

 だから、俺は獣らしく、『王』らしく。

 本能に従って、獲物を全力で狩りに行く。

 

 ノイトラの狙いは興味もねえ。

 ただ、片方しか無いその目には絶望と歓喜、執着や恐怖といった様々な感情が渦巻いている事だけは分かった。

 

 分かるぜ、ノイトラ。

 

 その目はきっと、俺と同じものに取り憑かれている。

 

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 

 俺──ノイトラ・ジルガは未完成の崩玉によって破面化した。

 

 破面化してからは自らの力に酔いしれ、誰彼構わずに決闘を挑んだ。

 藍染那由他もその一人だ。

 

 とにかく癪に障り、気に入らない奴だった。

 

 俺の何もかもを、俺が自分でも気付いていない願いすら見透かすような、あの『目』に初めは恐怖すら覚えた。

 以前、あの『目』を曇らせるために那由他へと闇討ちを仕掛けたが、その時ですら奴の『目』は変わらなかった。

 

 以来、俺には女破面どもの警戒と敵意の視線がずっと付き纏う。ウザッテェ。

 群れなきゃ何も出来ない雑魚どもの癖に、いっちょ前に俺を敵視している姿は滑稽だった。

 お前らは俺の敵ですらねーんだよ、バカが。

 しかし、藍染那由他以外にも俺には勝てねえメス(やつ)がいた。

 

 『ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク』、そして『ティア・ハリベル』だ。

 

 虚とは違う破面は、根源的欲求を抑える事が出来る。

 その中でも特に人間に近しい感性を持っている奴らだ。

 それが、無意味な足かせになってるとも知らずに。

 

 

 

『俺は決闘だと言ったはずだぜ……。最後までやれ!』

 

 那由他によって認めたくない感情を抱いてしまった俺は、とにかく何もかもを壊してしまいたかった。

 当時、No.3(トレス)でありながら那由他の侍従のように付き従っていたネリエルも、その対象として決闘を挑んだ。

 そして、歯牙にも掛けず一蹴された。

 

『私達は一度ヒトから虚となり、そして再び破面として理性を取り戻した。理性を持つ者は戦いに理由が必要なの』

『理由ならあるさ! 俺は気に喰わねえ奴ら、すべてぶっ壊してえだけだ!!』

『それは理由じゃない。本能よ』

『だから何だ! 俺には関係ねえ!』

 

『そう、……貴方、那由他様が恐ろしいのね

 

 しばらく、ネリエルの言葉が理解できなかった。

 俺が、誰を、恐れているって? 

 

『なん……だと……?』

『那由他様は私達にヒトとして歩む道を示して下さった。戦いを目的とする貴方は、自身があの方に認められていないと受け取ったのかもしれないけれど』

『ふざ、けるなぁ!!』

『貴方は獣よ。戦士でもない者の命を背負う気は無いわ』

 

 虚や破面が、那由他(あいつ)によって救われているとでも言うのか? 

 そんな訳がない! 

 虚は破面は、俺は、「救われない存在」だ。

 感情を取り戻しても、人であった時に持っていた大切な何かは失っているんだ。

 だからこそ、俺は戦いの中で倒れる事を望んでいる。

 

 

 

『このコロニーの殲滅は指令に無かったはずよ。藍染様の命令は最上級大虚(ヴァストローデ)を探し出せ。大量殺戮は目的に反するわ』

『俺に殺される程度の奴が最大級大虚な訳はねえ。むしろ向かってくるやつは反乱分子だろ。殺すのが藍染様の為じゃねえか』

 

 この時もそうだ。

 

『私達はその()()()()から運良く進化したに過ぎないのよ。そして、ただの虚で無くなったのなら、それ相応の言動を取るべきなの』

『それも那由他(あいつ)の戯言か?』

 

 目を細め無言で俺を睨むネリエルを見て、俺はこいつを挑発するのに那由他の名は使えると思った。

 つまり、那由他に対する手は周囲の奴にやった方が効果的だと理解したんだ。

 

『……呆れるわ。十刃になっても子供なのね』

『何だと!?』

 

 俺はネリエルが気に入らねえ。

 寡黙なハリベルはまだマシだが、ネリエルは事あるごとに俺を諌めようとしてきた。

 御大層な那由他様の言葉を並べ立ててなぁ! 

 

 どいつもこいつも、軽々しく情けをかけやがる。

 それがどれほど傷口を踏みにじるかも知らずに。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に、俺は命を救われ破面にされたんだ。

 同時に、ただ絶望だけが俺を支配した。

 決して俺は救われないのだと、その時に初めて理解した。

 

 だから、俺は容赦しねえ。

 

 強かろうが、弱かろうが、赤子だろうが、獣だろうが。

 二度と立ち上がることがないように、一撃で叩き潰す。

 そうする事で俺は最強となり、最強の敵と戦える。

 那由他に感謝する事があるとすれば、あいつに与えられた絶望が俺を更に強くさせてくれた点だろう。

 

 

 

「だからよぉ、グリムジョー。俺と手を組め」

 

 陶酔したように気分が昂ぶっている事を自覚しながら、俺は目を逸らさずにこちらを見据えるグリムジョーへと再び声を掛けた。

 

「那由他に庇われるように虚圏(ウェコムンド)へ帰ってきて苛ついてるんだろ? No.6(セスタ)の地位まで奪われて、お前は納得できんのかよ!?」

 

 グリムジョーとの距離を詰め、額が触れ合うほどの距離で目を見つめる。

 

「てめえにとっても、鬱憤を晴らせるチャンスだろ?」

「……うるせえ。俺は俺のやり方でやる」

 

 しかし、それでもグリムジョーは猛々しい霊圧を俺に当てながら威嚇するように目を逸らさない。

 そういった奴だと分かっているから声を掛けた。

 

 そして、こういった奴だからこそ、お前は()()()()()()()動いてくれるだろうよ。

 これが、どれだけてめえにとってメリットのある話か。分からないバカでもねえ。

 

「俺の獲物に手を出したらぶっ殺す」

 

 低い唸り声と共に吐かれた言葉は想像と寸分違わない。

 続く言葉にも、俺は嘲笑を消さず応えるだろう。

 

「ただし、狩りの途中で()()()()()()が割り込んできたら、まとめてぶっ殺してやるよ」

 

 

 俺はどんな卑怯な手であろうと勝てれば良いと考える。

 

 どうせ那由他の事だ。

 黒崎一護の、家族の危機には反応するだろうさ。

 

 てめえだけは必ず殺すぜ。

 

 

 ──ネリエルよぉ。

 




那由他によって『目』を焼かれた二人。
これは悪女(棒読み


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指針…だと…!?

えー、昨日の夜、バチクソ中途半端な状態の話を誤って投稿してしまい、1時間ほど気付かず放置してしまいました。
多くの方にご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございませんでした……。
お詫びに今回は1万字弱くらい書いたので許してつかぁさい……。


 

 私──ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクは、那由他様の様子に不安を抱いていた。

 

 それは、グリムジョーの件があってからだ。

 これまで、私たち破面に分け隔てなく接し、その御心でヒトとして歩む事を教えて頂いた。

 だからこそ不思議なのだ。

 本能で進むグリムジョーを庇うように、彼の理性と良心を刺激するような態度を取られることは。

 

 グリムジョーの面倒を那由他様が見ると仰った際、私を含めた多くの者は思わず動揺の声を漏らしてしまった。

 

 東仙統括官が指摘されたように、本来は彼の行動は諌められるべきだ。

 理性を持ち、ヒトとして過ごすべきなら改めなくてはいけない点を指摘する。この事は間違っていないのではないだろうか? 

 確かに、現世へ行く事を那由他様は推奨した。これはグリムジョーの本能を理解されていたのだろう。

 その点だけで言えば、グリムジョーの行動は非難されるべきではない。

 

 だが、那由他様が庇った点は「現世へ行く」点のみ。

 決して、現地死神勢力と帰刃(レスレクシオン)を使うほどの大規模な戦闘を許した訳では無い。

 さらに、藍染様とのやり取りも抽象的で、那由他様に対して藍染様が「どう思う?」と問いかけただけだ。

 藍染様は現世へ行けと命じる言葉を一言も発されていない。

 

 それでも、先に考えた様にグリムジョーに現世行きを許せば、どのような事態になるか分からない那由他様でもない。

 彼が実際に“人”へ触れることで己の在り方を考えるように促した? しかし、グリムジョーの性格的に自発的な態度の変化を期待するのは難しいでしょうし。

 一体、那由他様は何を考えて彼を現世へと向かわせたのかしら……。

 

 そんな、敬愛する主の胸中を察することが出来ない事への焦りがあったからだろう。

 藍染様の前から去っていく時、顔色を伺うようにチラチラと那由他様の方へ私は視線をやっていた。だからこそ気付けた。

 那由他様が、何か思い悩んでいる事を。

 

「那由他様、どうかされましたか?」

 

 こんなに胸が痛いのは何でなのだろう。

 絶対なんて無いとしても、私は貴方様と繋がっていたかったのかもしれない。

 (おもんばか)る態度を取ることで安堵したかったのだと思う。

 『私は貴方様の事を理解しております、貴方様の味方です』と誇示したかったのだと思う。

 

 他の者に気付かれぬよう小声で那由他様へと声を掛けた私は、そこで初めて己の愚かさを理解した。

 

 那由他様は、慈愛を讃えた『目』をされている。

 希望に満ちた、喜びの『目』だ。

 

 しかし、返ってきた今の『目』はどうだろう。

 長年側に控えていた私でも、一度も拝見した事のない那由他様の『目』だったかもしれない。

 

 

絶望や恐怖、焦燥に驚愕と言った“負の感情”で大きく見開かれていた『目』など。

 

 

 どれほどの衝撃を私が受けたか、筆舌に尽くし難い。

 

 那由他様の『目』を澱ませたのは誰だ。私だ。

 私が那由他様の心中を察せず、とんだ醜態を晒し、酷く落胆させてしまったのだ。

 

「も……申し訳、ござい、ません」

 

 けれども、ここで露骨な態度を取れば那由他様は自らの非だと逆に謝罪をされるだろう。そういう御人だ。

 加えて、周囲の皆に知られたら大事へと発展してしまう。

 那由他様はそのような事を望んではおられないだろう。

 

「いえ、少々取り乱しました。忘れて下さい」

 

 少し気不味そうな、いえ、真剣に考える雰囲気を(かも)す我が主の姿に(ほぞ)を噛む。

 何をやっているのよ、私は。

 那由他様が危惧されている展開を事前に排除する事こそ我らが役目だと言うのに……! 

 

 悔しいけれど私一人の能力では限界もある。

 ここはハリベルにも相談をした上で行動を起こす必要があるだろう。

 

 

「……ノイトラが勤めを果たすか、気にかかりまして」

 

 

 この短い時間で、私は何度驚けばよいのだろうか。

 思わず那由他様の方へと向けてしまいそうになる顔をグッと理性で押し留める。

 変わらぬ速度で廊下を歩きながら、僅かでも那由他様の真意を理解しようと必死で脳を回転させた。

 

 ノイトラの勤めは、十刃としての勤めと考えて間違いない。

 では、何故このタイミングでノイトラに限定されたのか。

 

 藍染様は超越者の地位へ至ることを目的とされている。

 そのためには死神たちは邪魔な存在だ。いずれ大規模な戦端が開かれるだろう。

 今後の細かいプランは十刃でもない私には聞かされていない。ハリベルに聞いても教えては貰えないだろう。

 では、ノイトラがそこで重要な役割を果たす? 

 いえ、考えにくいわ。ノイトラもグリムジョーと同じく本能に則った行動を主体としている上に序列もNo.5(クイント)。藍染様が任せるとしても戦闘面においてのみだろう。

 藍染様ではなく、那由他様において? 

 そう考えるならば、ノイトラと似たグリムジョーを手元においた理由と関係があるのかもしれない。

 そして、関連しているからこそグリムジョーの一件からノイトラについて不安視する要素が出てきた。

 

 こんなところかしら。

 

 いえ、思考を止めてはいけない。

 那由他様のお心を悩ませている要因を特定出来てはいないのだ。ここまで分かったところで何の意味もない。

 

 死神勢力との決着をつける地は恐らく現世。

 やつらの態勢は未だ整っておらず、我らが侵攻した際に迎え撃とうと準備している事だろう。

 しかし、虚圏を留守にするわけにもいかない。誰かが残り守護を担当するはずだ。妥当に考えるならばNo.4(クワトロ)の地位であるウルキオラが現地指揮官となるだろうか。

 その際のノイトラの役目とは? 予測される展開として、那由他様が危惧されている点は何だ? 

 

「ネリエル」

「! はっ」

 

 思考の渦へと沈んでいきそうになった私は、那由他様からの呼びかけでハッと我に返った。

 

「貴方が気に病む必要はありません。全て、私が自ら蒔いた種なのですから」

「そ、そのような事……! 那由他様、私にご命令を」

 

 確かに、言われる前に察することが出来ればベストであるが、現状では難しい。那由他様から直接ご命令頂ければ、この命を賭してでも遂行すると誓おう。

 上げそうになった大声をグッと堪えたが、近くにいたハリベルには気付かれてしまった。

 幸いにもグリムジョーは絡んでくる十刃落ちの子たち(プリバロンズ)に気を取られていたようだ。

 

「どうかしたか?」

「いえ、ハリベル、その……」

 

 私は近づいてきた彼女へなんと伝えるべきかを逡巡する。

 先程ハリベルにも相談すべきと考えていた事は確か。ただ、主の眼の前で醜態を晒すことになるのは遺憾だ。那由他様の様子をチラリと横目で見てしまった。

 

 那由他様は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ように、前を見据えたまま淡々と私への命令を下した。

 

 

 

「一護が虚圏へ来た際、ネリエル──貴方は彼の味方となってあげて下さい」

 

 

 

 今度は我慢する事も出来ず、ハリベルと共に那由他様を驚愕の表情で凝視してしまった。

 その意味は、私に“藍染様を裏切り死神側へ付け”と命令している、という事に他ならない。

 更にハリベルがこの事を聞いている中で()()()()指名している。

 つまり、ハリベルにはスパイとして藍染様の側に控えろと、暗に命令を伝えているのだ。

 

 流石に叫声を上げるような事にはならなかったが、取り繕う余裕などあるはずもない。

 

 しかし、それも一瞬のこと。

 

 立ち止まった姿すら抱き込んでくれた方の“今”を見て、私が迷う訳がない。

 

 私は那由他様の『目』をまっすぐと見つめながら、静かに首肯だけを返した。

 その『目』には多少の動揺が見て取れた。もしかしたら、私が即答した事に驚いたのかも知れない。

 小さな悪戯が成功した時のような微笑みが私から溢れた。

 

 

 ──私が成しましょう。

 

 

 それは、藍染様とは違った忠誠だった。

 いや、私は分かっていた。藍染様に向ける意識とは違う事を。

 恐らくはハリベルを始めとしたここにいる者は皆そうだろう。……いえ、グリムジョーは違うでしょうけど。

 

 私は藍染様よりも、那由他様を優先してしまっている。

 

 溢れていく、想い。

 

 私が、もし、生まれ変わっても。

 孤独に苛まされても、約束はなくても。

 

 自分だけでは選べなかった、この“今”を与えてくれた方を。

 

 

 私は、どうしようもなく、()()()()()()()()()

 

 

 こんなに胸が奮えるのは、藍染様の配下として正しいのだろうか? 

 那由他様と接する時間が何かを変えたのだろうか? 

 藍染様の考えなど分からない私に、どうしろと言うのだろうか。

 

 そんな、混乱を含んだ私の意識の中にあったのは、「私を見てて」という承認欲求だったのかもしれない。

 自分の目では見えなかったモノが溢れたのだろうか? 

 だとしたら、私はヒトとして足りない器だったのかもしれない。

 それでも、“私”だと思う“ネリエル”がいたのだと、そんな哲学的な下らない思想で主を求めているのだ。

 

 

 私は、那由他様に、()()()()()()を求めている。

 

 

 

 

 

 ▲▽▲

 

 

 

 

 

 グリムジョーが無断出撃し、現世にて死神共と争ってから一月ほどが過ぎた。

 

 俺──ウルキオラ・シファーは藍染様からの命を受けて再侵攻するメンバーを選出し終わる。

 それを伝えるために、とある部屋へと足を運んでいた。

 

「ウルキオラか、何の用だよ?」

「治ったじゃないか。念のため切られた腕を持って帰っておいて正解だった」

 

 ──第10十刃(ディエス・エスパーダ)『ヤミー・リヤルゴ』。

 

 こいつとは昔からの付き合いだ。

 粗暴な性格と勢いに任せた思考は憂慮すべき懸念点だが、実力は確かである。

 既に俺と共に現世へ赴き、死神とも実際に刃を交わしている。その経験も考慮して今回の侵攻へと組み入れた。

 また、切り落とされた腕を治療したため、そのリハビリも兼ねている。

 前回で死神共の実力も知れているのだ。こいつなら特に問題ないだろう。

 

「オメーの目玉みてえに自動回復すりゃラクなのによぉ」

「馬鹿を言え。この力は()()()()()()()()()()()()()だ。誰にも模倣出来などしない」

「わあってるよ」

 

「あの……。処置、終了いたしました」

 

 そこへ、ヤミーの腕を治療していた女破面がおずおずと声を掛けた。

 確かザエルアポロの従属官であり、那由他様の側近であるネリエルといるところをよく見る……。

 

 そう、ロカ・パラミアだ。

 

 女破面は大抵がそうだが、こいつも那由他様に心酔している。

 また、ザエルアポロにとっても()()()()()()()らしく、能力も治癒に特化しているため那由他様に侍り尽くしているようだ。

 俺も詳しくは知らないが、那由他様曰く「反膜(ネガシオン)の糸”は、私にとっても意義あるものです」との事。

 

 ヤミーの肩慣らしで下手に危害を加えられても面倒だ。俺はヤミーをちらりと見やる。

 奴は「……ちっ。わあってるよ」と再び漏らし、口をへの字に曲げながら掌を開いたり閉じたりしていた。

 

「いかがですか? 動きや反応等、切断前と変わりありませんか?」

「悪くねえ」

「……え? あ、はい。それなら良かった、です」

 

 女破面は少し驚いた様子で言葉をオドオドと返し、そそくさと部屋を出ていった。

 ヤミーの事だから何かされるとでも思っていたのだろう。

 

「なんだよ。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」

「……貴様がそんな台詞を言える事に驚いただけだ」

「言う前から驚いてたろうが」

「……下らん、行くぞ」

「どこにだよ?」

 

「藍染様と那由他様がお呼びだ」

 

 

 

「ウルキオラ、入ります」

 

 俺とヤミーは無駄口を叩くこと無く藍染様たちの待つ部屋へとたどり着く。

 そこには十刃の面々と。部屋の中心に石膏像のようなものが鎮座されていた。

 

「来たね、ウルキオラ、ヤミー。──今、終わるところだ」

「崩玉の覚醒状態は……」

「予定通りだ。()()()()()()()()()

 

 石膏像の前に置かれた台座へ向かい合うようにして佇む藍染様。そして、台座の上に崩玉は静かに置かれていた。

 確かな存在感を放つ崩玉は、まるで意思を持っているかのように鈍く紫色に光っている。

 

 魄内封印から解かれた崩玉は強い睡眠状態にある。

 

 如何なる手段を用いようと、完全覚醒までには四月はかかるだろう。

 そのため、護廷は俺たちとの決戦をその時期だと想定しているはずだ。

 

 愚かだな。

 

「私も実際に崩玉に触れてから理解出来たが、細かい事は那由他が把握してくれた」

「……いえ、私はロカに助けてもらったに過ぎません」

「そうかい」

 

 藍染様は不敵な笑みを崩さずに崩玉へと手をかざす。

 そうか、ロカ・パラミアの名を何故覚えていたのか疑問だったが、今の藍染様と那由他様との会話で思い出した。

 崩玉を解析する際に(ロカ)の能力で情報を那由他様へと共有したのだ。

 

 ロカ(やつ)は“反膜(ネガシオン)の糸”を用いてあらゆる物質と繋がり、霊力や情報を共有する事が出来る。

 元はザエルアポロが自身の情報をバックアップして再生を可能とするために造った被造虚だった上に、『受胎告知(ガブリエル)』が完成してからは特に必要とされなくなった。そのため、一度は用済みの烙印を押された。

 

 そこを拾い上げたのが那由他様だ。

 

 必要とされていなかった者が受ける「必要とされている」は麻薬に等しい。自身を肯定される言葉は神の言葉と成り得る。

 己を否定する姿が卑屈ならば、否定を抱き込む他者が肯定だろう。

 すなわち、卑屈とは他者へ自己の評価を委ねることに過ぎない。故に、肯定された自身を信じたがるのだ。

 

 自分の依って立つところが無い、まるで俺のような存在だ。

 

「ウルキオラ、人選は済ませましたか」

「はっ」

 

 少し思考を逸していた俺は、那由他様の言葉で再び気を張り詰める。

 そうだ。ここで他者を気にしている余裕などない。

 俺は藍染様の目指す世界のため、そして、那由他様の目指す未来のために尽くすと誓った。

 

 これは、卑屈なのかもしれない。

 

 いや、そもそも、俺は自身の感情を上手く把握できていない。

 破面となり、虚よりも感情を理解できるはずなのに、何故か、俺は感情というものを計測しているだけだ。

 卑屈の条件とは、己の能力に捕らわれず否定的な事、謙虚よりも一層の自己否定。

 ……それが俺にあるだろか? 

 

 分からない。

 俺には、破面になった事で得た“感情”すら知覚出来ていないのだ。

 

 だからこそ、心を知るため、ヒトとは何かを知るため。

 俺は戦い続ける。

 

「ねーねー、No.4(クワトロ)さん。もちろん、ボクは連れて行ってくれるんだよね?」

「……そのつもりだ」

「ま、当然だよね! なんたって、ボクは那由他様から直々に“この地位(セスタ)”を賜ったんだからさ!」

 

 一見すると細く頼りない肢体を持つ少年姿の破面。

 

 ──第6十刃(セスタ・エスパーダ)『ルピ・アンテノール』。

 

 グリムジョーに代わり、新たにNo.6の地位を手に入れた者だ。

 こいつは相手を侮る癖があり、その実力は十刃として少々実力不足である感が否めない。

 

 だが、那由他様からの推挙によって就任した点を忘れてはならないだろう。

 

 本人も那由他様に期待されていると思い、随分と張り切っている。今回の侵攻でも俺に対してメンバーに入れろと予測通りに言ってきた。

 特に不都合もないため奴の意を組みメンバーとするが、実際は那由他様の意図を読み取るための駒に過ぎない。

 死神相手への時間稼ぎでもしてもらおう。

 

 そして、

 

「さて、先にこちらを済ませてしまうとしようか」

 

 俺たちの様子をしばらく眺めた後、(おもむ)ろに片手を崩玉へと(かざ)すと、藍染様はその膨大な霊圧を解放させた。

 

「名を聞かせてくれるかい。新たなる同胞よ」

「……ワンダーワイス……」

 

 那由他様によって齎された事実。

 護廷の隊長格に倍する霊圧を持つ者が崩玉と一時的に融合することで、一瞬だが崩玉は完全覚醒と同等の能力を発揮する。

 この事によって、たった今。部屋に置かれていた石膏像が砕け、中から新たな使命を帯びた破面が生まれた。

 

 ──破面No.77『ワンダーワイス・マルジェラ』。

 

 こいつは藍染様が護廷総隊長である山本元柳斎重國の斬魄刀“流刃若火”を封じるためだけに生み出された破面だ。

 藍染様をして警戒すべき実力を持つ元柳斎に対して対抗措置を取ることは当然である。ただ、逆を言えば対策さえ取っていれば恐れるに足りん。

 ただし、強力な流刃若火を抑える能力を付与した弊害は現れるだろうと那由他様は予想されていた。

 

「ワンダーワイス。私の言っている言葉を理解出来ますか」

「ぁ……うぁ……」

「やはり、知能や理性を失くしているようですね」

 

 その言葉に俺を始めとした数人の破面が反応した。

 那由他様は「やはり」と仰った。まさか、そこまで具体的かつ正確に把握されていたとは。

 これもロカによる情報共有と解析の賜物なのだろうか。だとすれば、確かに奴は有用だろう。

 

「那由他様、『やはり』とは? 私の従属官(フラシオン)であるロカからは、そのようなデータが挙げられていませんが」

「いえ、私が崩玉に触れた際に感覚的にわかったことです。ロカのせいではありません」

 

 那由他様にしては珍しく、やや早口でザエルアポロの質問に答えられる。

 ロカを庇ったのだろうか。相変わらずのお方である。

 

 とはいえ、ワンダーワイスには知性や理性がない。つまり、一貫性の無い行動を取り連携が取りにくい事が分かった。

 であれば山本元柳斎に当てる前に実戦での試運転を兼ねて今回の件にも参加させておこう。

 

「ああそうだ……君も一緒に行くかい? グリムジョー」

「……」

 

 思い出したように藍染様から声を掛けられた奴は、眉間にシワを寄せるだけで無言を貫いた。

 

 ──元第6十刃『グリムジョー・ジャガージャック』。

 

 本来、十刃を落ちたグリムジョーには“剥奪の意味を持つ三桁の数字”が与えられるはずだった。

 規定通りになればNo.106だろう。

 しかし、

 

『今しばらくは様子を見てみよう。数字はその後で構わないさ』

 

 ただでさえ現世行きを那由他様に許されたのだ、目的が明確であった俺の時とは違う。

 だから東仙統括官も怒りを露わにしたのだろう。那由他様の「現世へ」と言った意味を理解していない。

 

 那由他様は、「現世でヒトを学びなさい」と仰ったのだ。

 

 先程も考えたことだが、ルピの実力に対してNo.6(セスタ)は時期尚早だろう。

 グリムジョーとの地位を賭けた決闘を行った訳でもなく、那由他様の鶴の一声があったから決まったようなもの。

 

 この事から、那由他様はそのうちにグリムジョーをNo.6の地位へと戻すことをお考えなのだろう。

 

 グリムジョーは表面上こそ従っているものの、本心で忠誠を誓っている事などはない。

 その行動は自己中心的であり、だからこそ那由他様は奴を手元に置いておかれたいのだろう。

 那由他様の事であるから、恐らくは警戒ではなく心配という感情だと推測できる。

 では、今回の一件にグリムジョーを参加させるか否か。

 

 今回の指令。

 本当の目的は死神勢力の支柱とも言える黒崎一護と隊長格数名を虚圏へとおびき寄せる餌──『井上織姫の拉致』である。

 

 そのため、死神共の視線を逸らす囮としての戦力を現世侵攻メンバーとして送り込まなければならない。

 敵一人ひとりは大した脅威でもないが、数を考えるともう一人は欲しいところだ。

 中でも黒崎一護。奴は那由他様が特別に注視している。

 そして、その黒崎一護に敵愾心を抱いているのがグリムジョーだ。

 なるほど。グリムジョーを監視すれば自然と黒崎一護も観測する事が出来る。

 那由他様はこれも狙っていたのだろう。

 

 ヤミー、ルピ、ワンダーワイス、そしてグリムジョー。

 

 この面子であれば時間稼ぎは出来るだろう。

 

 俺はこの間に女へ接触。死神共に疑惑の念を抱かせるよう仕込みをしておく。

 簡単な作業だ。

 

 

「うーあー……ぅう……」

「そう、感情はあるのですね。……そう」

 

 今後について考えを巡らせていたが、どうやら那由他様は未だワンダーワイスの側に寄って声を掛けられていたらしい。

 

 自らが仰っていたように、奴には知性も理性も無いのだろう。

 不明瞭な言葉を発するだけで、その音には意味など無い。

 

 しかし、那由他様はこの無意味な音の羅列に“感情”を見出していた。

 

 これには藍染様も興味を唆られたようだ。

 那由他様を見据えるように体の向きを変えると、

 

「那由他、その子を哀れんでいるのかい?」

 

 

「いえ──祝福しているのです」

 

 

 那由他様はゆっくりと、微かな笑みを口元に浮かべながらワンダーワイス(うまれたばかりの子)に伝えた。

 

 

 

「よく生まれてきましたね。ありがとう」

 

 

 

 この場の空気が変わった。

 

 何か神聖な、それこそ厳かな雰囲気へと豹変し、幾人かの者がその場に傅き那由他様へと頭を垂れた。

 

 存在すら知らぬ、母の姿を幻視した気がした。

 心の片鱗に触れられた気がした。

 

 この俺の触れたものが、掌の上にあるのが、もしかしたら──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが──“心”、なのか……? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺にふと、今回の指令に関して違った観点が生まれた。

 井上織姫を連れ去る指令には、那由他様に限って言えば、藍染様の示された目的とは違う視点があるのかもしれない。

 

 以前、那由他様は仰っていた。

 

『ウルキオラ、貴方に“心”を教える存在は、()()()()と黒崎一護です』

 

 未だその真意は分からないが、女を拿捕する今回の指令も、その過程なのかもしれない。

 

「藍染様。ご相談がございます」

 

 俺は自らの行動に異変を感じた。

 自らの口を衝いて出た提案は不可解だ。

 

 

 けれど、この時の俺は、とても大事な何かを感じたのだ。

 

 

「──ああ、好きにすると良いさ。ウルキオラ」

 

 

 そんな俺を見て、藍染様は緩やかに微笑んだ。

 

 



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